#自分軸をつくる占い
Explore tagged Tumblr posts
ari0921 · 8 months ago
Text
「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和六年(2024)3月22日(金曜日)
    通巻第8186号 
【書評】
ラピダスの2ナノ半導体は、「できっこない」のか
  経済安全保障のアングルに特化、日本再生を展望する『元気の出る本』
平井宏治『新半導体戦争』(ワック)
************************
 半導体戦争は米国vs中国がメインの戦場だが、半導体世界一は台湾のTSMC、韓国のサムスンとSKハイニックスであり、米国のインテルは後塵を拝している。だからバイデン政権はインテルに破格の195億ドルを支援し、捲土重来を期す。
 アップルの新型iPhoneは3ナノ半導体を搭載している。すでに3ナノを量産するTSMCは次世代最先端の1・4ナノ開発センターを台湾に開設した。エヌビディアは新型半導体を発表し斯界の度肝を抜いた。
 米国勢は頭脳部分の基本設計とルールを先に決めるのが得意だが、ものつくりはじつに下手くそ。そのくせ賃金が高いから、競争では負ける。インテルの優位回復は難儀するのではないか。
 さてバイデン政権は対中政策を厳格にすると言いながら、最高機密はどんどん中国の盗まれており『ザル法』と化している。そのうえ米国の半導体業界はバイデンの対中政策に反対しているから話はややこしい。
 評者(宮崎)も拙著『半導体戦争』(宝島社)で指摘しておいたが、半導体はもはや『産業のコメ』ではなく、『戦略物資』であり次世代の武器ならびに兵器システム、とくに兵士ロボットに用いられる。イラク戦争でピンポイント攻撃の制度が挙がったが、これから根本的に戦争形態が変わるのである。
 1980年代に日本は世界半導体市場の80%を占めていた。その頃、TSMCは誕生もしていなかった。
 それが様変わり、日本は先端の半導体競争ではるか後方にあって、もはや再生は不可能、絶望的と言われていた。
 ラピダスが挑む2ナノは2027年量産開始予定だが、現実の日本の半導体は40ナノ程度の生産しか出来ない。その格差は九世代、台湾系エヌビィディアのCPUには十世代の開きがある。つまり、9から10の「周回遅れ」である。
 そのうえ、第二の敗戦が重なり、「喪われた三十年」の間に半導体の技術者が日本から払底していた。優秀なエンジニアは外国企業に移籍した。
 TSMCには適わないと鬱々としていた。それが日本の半導体業界の空気だった。
「ラピダスが2ナノを2027年につくる」と宣言するや、「できっこない」の大合唱が日本のビジネスジャーナリズムを覆い尽くした。筆者の平井氏もいささか懐疑的である。
 たしかに2ナノ実現は「困難である」。しかし日本はこの目標を達成しなければならないのである。
 嘗て日米半導体協定で日本を潰したのはアメリカである。
 そのアメリカが「心変わり」。いきなり2ナノ半導体開発を日本に奨め、ラピダスに全面協力となった背景がある。IBMがラピダスを支援する態勢が急速に組まれ、突然、日本政府は9200億円の補助金を供与するまでになった。
 これは戦後GHQが日本を非武装の三流農業国家として落とし込んできた占領政策を百八十度変えて、武装と産業復活を推奨し始めたこととに似ている。この基軸の転換の直接動機は朝鮮戦争だった。
 半導体戦争で対日戦略をがらりと一変させたのは、まさに朝鮮戦争のケースと似ている。
 すなわち平井宏治氏が指摘するように「米国は中国を『競争相手』と位置づけるが、中国は米国を『超限戦』の対象、『闘争相手』」なのである。
 米国は中国に新技術を渡さないと決意し、ものつくりは『カントリーリスクの高い』台湾、韓国より日本がふさわしいという政治判断に至ったのだ。
 なぜか。
ファーウェイの新製品に7ナノ半導体が使われていたが、これはADSLのエンジニアが機密データを中国に渡したこと、韓国、台湾からスカウトされて技術者たちが協力し、当該半導体は流通の「抜け穴」を通じて中国のSMICに漏れたからだ。
 本書はつぎに中国にのめり込んでにっちもさっちもいかなくなったSBG(ソフトバンクグループ)と中国に売り上げの半分を依存する村田製作所の危ない体質に危険信号を発している。
 また中国に甘いドイツですら、中国国防七校からの留学生を閉め出し始めた。オランダもそうしているが、日本はノーテンキに受け入れ続けている。アメリカは「中国人とみたらスパイと想え」という認識で留学生受けいれを厳格にしており、大学留学も一年ごとにヴィザの切り替えをさせている。
平和惚けの日本は自衛隊基地の近くに土地や不動産を中国人が購入しても放置してきた。国家安全保障という概念が欠落しているからだ。
 次の指摘も重要だろう
 「日本の経済安全保障推進法にある四つの重要事項、(1)重要物資の安定的な供給確保、(2)基幹インフラの安定提供、(3)先端的重要技術の開発を支援、(4)特許出願の非公開条項である。これらを基盤とした「セキュリティクリアランス制度」は、これすべて「半導体産業に関連する」のである。
 平井氏は経済安全保障のアングルに絞り込んで、状況を分析しつつ、「眠れる半導体大国」の日本が再生するために何を為すべきかを具体的に述べる。理由
Tumblr media
20 notes · View notes
kennak · 10 months ago
Quote
2024 年にテレビ視聴者が期待できることが 1 つあります。それは、料金の値上げとコマーシャルの増加です。 主要なストリーミングサービスであるAmazon、Netflix、Hulu、Disney+、Maxは いずれも 料金値上げと新たな広告政策を発表した。 私が新著『 24時間年中無休の政治: ウォーターゲートからFOXニュースまでケーブルテレビとアメリカの断片化 』で示しているように、ケーブルテレビを危機に陥れたストリーミングブームは、実際にはテレビ視聴者にお金を支払わせたのと全く同じビジネスモデルに基づいて構築されている。数十年前の月額制のサブスクリプション。 前任のケーブル会社と同様に、ストリーミング会社は、より優れた、より安価な視聴体験を約束して人々を魅了してきました。 現在、同社は強固な加入者ベースを獲得したため、料金の値上げを進めていると同時に、より多くのコマーシャルを導入したり、顧客にますます多く支払ってもらうために番組をバンドルしたりしているところだ。 ただし、違いはあります。 1980年代後半にケーブル会社が同様の戦術を試みたとき、そのような商慣行は有権者にとって「不��平」であるとして政治家から大騒ぎになった。 今では、のぞき見はまったくありません。これは、顧客を搾り取ろうとする企業の気まぐれにアメリカ人がいかに慣れてしまっているかを示しています。 「有料テレビ」の流れを食い止める ストリーミング会社と同様に、1960 年代のケーブル TV の起業家たちは、より少ないコマーシャルでより多くの選択肢を得る道として、ケーブル テレビを構成するビジネスの可能性を見出しました。 当時、 連邦規制は、 」にも貢献する限り、放送波を独占することを許可することで、競争を圧殺しました CBS、NBC、ABC という「ビッグ 3」放送ネットワークが、曖昧に定義された「公共の利益 。 広告主が番組の費用を負担したため、視聴者は毎月のテレビ料金を支払う必要はなかったものの、コマーシャルを我慢しなければならなかった。 このビジネス構造は、可能な限り幅広い視聴者を広告主に提供するために、大衆にアピールする番組制作も奨励しました。 しかし、すべてのテレビ視聴者が、放送波を独占していた定型的なクイズ番組やホームコメディに満足していたわけではありません。 未開発の機会を察知したテレビ起業家たちは、ビッグ 3 の支配を回避する方法をでっち上げようとしました。 ケーブルテレビの歴史は 1940 年代後半にまで遡ります。 」 (CATV)として知られていました。 当初は「コミュニティ アンテナ テレビ 大都市から信号を受信できない小規模なコミュニティに放送信号を届けるために使用されていたため、 当初、このテクノロジーは、競合するサービスを提供するのではなく、CBS、NBC、ABC のサービス範囲を単に拡大するものでした。 元 NBC 幹部のパット・ウィーバー氏は、娘の女優シガニー・ウィーバー氏とともに、初期からサブスクリプション TV の支持者でした。 ロン・ガレラコレクション/ゲッティイメージズ しかし、1963 年に、パット ウィーバーという元 NBC 幹部が サブスクリプション テレビを提案しました。 、有線接続を介して専門チャンネルにアクセスするために月額料金を支払う ウィーバー氏は、自身の会社であるSTVが、全米のお茶の間まで届く「広告トリビアの広大な土地」を回避する方法を提供したと、ある公開フォーラムで説明した。 ウィーバー氏は、個々の加入者により多くの選択肢を与えることで、放送番組の限界を打ち破るビジネス モデルを構築できるのではないかと夢見ていました。 結局、STVは続かなかった。 放送局と劇場所有者は、このような実験によってすべてのテレビが有料テレビに変わり、アメリカ人がテレビにアクセスできる人とそうでない人に二分されることを国民に説得するために動員された。 放送ロビイストらは 、「有料テレビ」は視聴者から無料でテレビを視聴する権利を奪い、「非民主的で不和の影響を与える」と警告した。 あるチラシには、 テレビに入れる十分なコインを持たず、サッカー用のヘルメットをかぶった打ちのめされた少年が描かれていた。 「ポップは、球技の試合を観るのにもう1ドル半も持たないと言っている」とキャプションには書かれていた。 無料テレビの終了に関する悲惨な警告は効果をもたらし、有権者は 1964 年に定期購読テレビを非合法化する州投票計画を 支持した。 裁判所は合衆国憲法 新しい法律を破棄しましたが、STV は存続しませんでした。 修正第 1 条に違反するとして ケーブルが引っ掛かる しかし、有線テレビが視聴者により多くの選択肢を提供するという考えは変わりませんでした。 1970 年代にテレビ放送の限界に対する不満が 政治分野全体で強まる中 、消費者、選挙で選ばれた役人、規制当局は皆、代替手段を提供するケーブル テレビの可能性を受け入れました。 1970 年代半ばまでに、ケーブル システムの衛星経由で配信される番組の実験により、視聴者が興味を持つかどうかを確認するために、ノンストップ映画、スポーツ、音楽、天気などの新しいタイプのニッチなチャンネルや番組がテストされました。 1975年、HBOはモハメド・アリとジョー・フレイジャーの国際ボクシング試合「 スリラ・イン・マニラ 」の生中継が、苦境に立たされていた有料テレビ事業の活性化につながると賭けた。 1972 年に初めて開始された HBO のような有料テレビ サービスからの収入は、 急増しました。 1975 年の 2,900 万ドルから 1980 年の 7 億 6,900 万ドルまで 以前の STV と同様に、ケーブル会社は放送とその広告モデルに対する不満を利用しました。 彼らは、HBO のようなプレミアム チャンネルが「ノーカット、ノーコマーシャル」で映画を提供できると約束して、サブスクリプションを販売しました。 何百万人もの人々が、ケーブルのサブスクリプションや、さらに料金がかかる HBO などのプレミアム チャンネルに熱心にサインアップしました。 規制緩和国家 特定の層にアピールするニッチなケーブル チャンネルがすぐに登場しました。 ブラック エンターテイメント テレビは、黒人視聴者に向けた番組の新たな機会を生み出しました。 デイタイム チャンネルは女性向けのエンターテイメントやニュースを提供し、MTV はミュージック ビデオを通じて若い世代とつながりました。 次に、1979 年から下院にカメラを設置したケーブル業界が資金提供する C-SPAN の取り組みがありました。1984 年にネットワークに宛てた手紙の中で、熱心な視聴者は広報チャンネルが「裏側からの情報」を提供していることを賞賛しました。 -共通の関心事については近隣住民と柵を設けて議論するが、その範囲は近隣住民の範囲が米国全地域を網羅するものとする。」 ケーブルの人気は業界のロビー活動を後押しし、議会に事業運営の重要な側面の規制緩和を促した。 1984 年に彼らは成功しました。1984 年のケーブル通信政策法により、 企業がサブスクリプション サービスに請求できる金額に対する地方自治体の制限が特に撤廃されました。 価格高騰と顧客サービスの低下という結果がすぐに明らかになりました。 その後数年間で、ケーブルの基本料金は急騰し、 平均 90% 増加しました 。 政治サッカーをする 当時テネシー州を代表する野心的な上院議員だったアル・ゴアはチャンスを見出しました。 同氏はこの問題を激しく非難し、ケーブル会社とロビイストが、 同氏が 「市場の完全な支配」と呼ぶような方法で消費者の需要をどのように利用してきたかを非難した。 ジョン・マローンは 20 年以上にわたり TCI の CEO を務めました。 リック・メイマン/シグマ、ゲッティイメージズ経由 ゴア氏は業界を 米国人の「コーサ・ノストラ」と非難し、テレ・コミュニケーションズ社(TCI)幹部の ジョン・マローン 氏を「ダース・ベイダー」に例え、1989年の議会公聴会で平均的な米国人を「揺さぶった」として同氏を激しく非難した。 。 マローン氏はこれに反発し、ケーブル放送で人々が前例のない選択肢を得ることができたことを強調した。 料金の値上げにより、ネットワーク放送テレビでは決してチャンスがなかったニッチな番組の実験が可能になった、と同氏は付け加えた。 また、こうしたサービスを提供するために全国に電線を敷設し、その後アップグレードするための費用の支払いも支援しました。 古いものはすべて再び新しくなります ケーブルバッシングは、ゴア氏と最有力候補のアーカンソー州知事ビル・クリントン氏の選挙活動において効果的だった。 しかし、いったん就任すると方針を変えた。 と考えている情報ハイウェイを構築することを望んでおり 彼らは、民間産業が政府の政策課題の中心である 、ケーブル会社は何百万もの家庭に引き込まれている同軸線を所有していました。 4 年後、ゴアとクリントンは 1996 年の電気通信法 を祝い、ゴアが 1992 年の選挙活動中に支持していた多くの料金規制措置を削減しました。 根拠は? 市場での競争と番組の選択だけでも公共の利益に貢献できるということ。 結果? 民間企業とその利益率の基盤の上に築かれたメディア環境の拡大。 利上げ、 パスワード共有の制限 、利益を上げることを目的とした変更に対する今日の不満にも関わらず、 、スポーツイベントの独占ストリーミング契約など 人々はかつてのように、政治家にこれらの懸念を乗り越え、対処してくれるように頼ることはなくなっています。 規制緩和に対する超党派の信念が、代替政策に関するこうした議論を閉ざしているように見える。 だからこそ、ケーブルは新たなビジネス モデルへの道を切り開くだけではなかったのです。 また、選挙で選ばれた役人や有権者に、公共の利益について、市場が最高に君臨するという異なる理解を受け入れるよう説得した。
料金の上昇と広告の増加により、Netflix、Disney+、Hulu などのストリーミング サービスは、ケーブル TV の古い戦術を利用して利益を得ています。
6 notes · View notes
ogawa-xd · 2 years ago
Text
■第三言語革命
Tumblr media
自分が聞いたことがないだけかもしれないが、まだ誰もこういうことをいっていないようなので、一つの大きな話しをしてみたい。もちろん自分は専門家ではないが、ぎゃくに誰なら専門家を名乗れるというのだろう? これは自分なりのコンシリエンス/帰納統合の結果である。骨子は5年くらい前に考えた内容だが、ここへ来て「いよいよ感」が高まっている。 このAIで起きている「変化」は、人類の第三の言語革命の一つの章なのではないか、ということ。しかももっともコアな一章だ。「言語」と人の関係が深いことは言うまでもないが、こんなふうに考えている。
言語という技術
はじめに、「言語」というのは、人の手にしたとても大きな「技術」と考えられる。人にとって最大級の発明品といってもいい。それは偶然に手に入れたものだが、それを習得していると爆発的に「いいこと」があった。
言語という技術は、人の全歴史(20万年)の約半分ほどの時間(10万年)、人と随行している。もちろん出来事的には人が言語を作った(創発した?)のだが、時間軸全体のなかでみると、言語が人を作ったといった方がいいのではとも思う。20万年前に生まれたばかりの人と現代の我々は、ハードウェアとしては互換性があるかもしれないが、生きている内容や状況は大きくちがう。その大きな「差」を作ったのは言語である。言語は動物と人を隔てる高い高い壁だ。いっそ、人は言語である、といってしまってもいいくらい。
言語革命
言語という技術そのものが革命だった(言語革命、認知革命:ハラリら)わけだが、そのなかには「話し言葉」と「書き言葉(文字)」という、やはり革命と呼べるような二つの段階があった。それらの変節点の前後で人自体が大きく変わった(オング)。
Tumblr media
20万年前に人=ホモ・サピエンスが興ったときは、言語を持たない時代で、サピエンスはとても賢かったけれど、まだ「賢い動物」というレベルにすぎなかった。
だいたい10万年くらい前に「話し言葉」という形で言語を獲得した。はじめの会話は「うわさ話」のようなもので、仲間同士の親密度を高める効果があった。これは猿の仲間同士でおこなうグルーミングのような効果を持つものだったという(ダンバー)。
この第一の言語革命以前の、無言語の時代/前言語時代は、だいたいは動物と同じような精神活動をしていたのだろう。それは動物的な〈感覚〉の支配する時代だ。動物なりの合理的な〈思考〉も多少はあったのだろうが、〈感覚〉:右脳の支配する、そんな心を我々も持っていた。
その革命後の時代を、名付け・説明するような学説を自分は知らないのだが、ジュリアン・ジェインズという動物心理学者が〈二分心〉の時代という魅力的な時代仮説を打ち出している。
言葉によって〈思考〉は劇的に飛躍したにちがいない。言葉によって今ここにないモノやコトを指し示すことができるようになった(「言語の志向性」)。〈二分心〉の時代を手短にいえば、役割としての右脳と左脳、あるいは〈感覚〉と(合理的な)〈思考〉があることは現代と変わらないが、その関係は右脳/〈感覚〉が優位を占めていて、左脳/〈思考〉は完全に右脳の忠実な僕だった。〈感覚〉の命ずるところを実現する「ために」〈思考〉は使われた。〈思考〉にはまだ自治権が与えられていなかった。
(「右脳/左脳」については実際の部位というより、機能的比喩と捉えてほしい。)
その後、だいたい6000年前に人は文字という技術を獲得した。これによって右脳左脳の役割のバランスが変わった。それが第二の言語革命である。文字によって合理的な〈思考〉は飛躍的に強化され、その結果として生まれたものこそが、われわれの「この」〈意識〉であるという(ジェインズ)。合理的な〈思考〉がヒトを支配し〈感覚〉はやや後退した。確かに合理的な〈思考〉により、哲学も科学も成立し、そういった土台の上でビルが建ちロケットは月にまで到達する。そしてそういう科学技術の進展の末に、〈思考〉や知識を扱う技術が、20世紀の前半に生まれた。〈意識〉は、哲学や科学のベースにあるものであるが、〈意識〉が実際に「文字」の効果として生まれたのが3000年前であったとジェインズは特定する。
現代のわれわれはこの〈意識〉の時代にいる。そして、いたことになるのかもしれない。
ここからは自分の妄想。
20世紀から21世紀にかけてコンピュータという「技術」が出現した。はじめは計算機としてやがて情報機器として。この情報を扱う技術全体を、第三の言語の革命と自分は捉えたい。言語が扱っているものは、話し言葉にせよ書き言葉にせよ、それは「事実の移し絵」としての「情報」である。情報もまた「言葉」である。
第一言語革命/話し言葉では、とにかくある精度で人に「情報」を伝えることができるようになった。第二の言語革命では、それを記録/蓄積し空間も時間も越えて遠くへ情報を運ぶことができた。でもいったん書かれた言葉は、そのまま固定されている。
第三の言語革命では、情報/言葉を無尽蔵に朽ちることなく蓄え/書き換え、世界中へ瞬時に伝えることができるようになった。また情報を「操作/計算/処理」することができた。これは「情報を操作するための情報(プログラミング)」による効果と考えられる。そして今、情報を操作するための情報を「自律」させようとしている。AIとはそのようなものなのではないか。
声とは、空気の振動
文字とは、紙のしみ/粘土板のへこみ 現代の言葉は、操作変容可能・光速移動可能な電気の印
今起きているこのAIによる変革は、AIやChatGPTというだけで考えるべきではないと思う。もっと大きなコンピュータ技術というか情報にかんする技術(これにはいずれ適切な名前も与えられるだろう)による、第三の言語革命というロケットの、最終段階のロケットエンジンがAIであり、いまそのエンジンに点火されたのだと思う。その大きな推進力の起こす「G」が、今我々が感じている「強い力」である。マイクロチップもインターネットやWebもSNSも、必要な何段目かのロケットエンジンだったのだろう。
一人の人間にとっては約一生分の長い時間かもしれないが、コンピュータという技術が出現してまだ100年も経過していない。それはほんの一瞬のできごとである。
第三言語革命によってどういう世界に突入するのか、今はまだまったくわからない。
動物が人の豊かな「心」を想像できないように、前の時代にいるあいだには、次の時代をリアルに想像することはできないのである。
状態1:無言語の時代、動物の時代/動物的な〈感覚〉の時代  ↓ 技術1:話し言葉(アバウト10万年前)、第一言語革命  ↓ 状態2:〈二分心〉の時代、言葉によって左脳の働きが生まれたが、右脳優位の時代  ↓ 技術2:書き言葉(6000年前)の発明、第二言語革命  ↓ 状態3:〈意識〉の時代、〈意識〉の誕生(3000年前)  ↓ 技術3:コンピュータ・ネットワーク/情報機器(紀元2000年頃)、第三言語革命  ↓ 状態4:???
ハラリ:ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史」など ダンバー:ロビン・ダンバー「ことばの起源」 オング:W-J. オング「声の文化と文字の文化」 ジェインズ:ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙」
230327
11 notes · View notes
takahashicleaning · 11 months ago
Text
TEDにて
ヴィージェイ・クーマー :自律的に協力し合う飛行ロボット
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
アメリカのペンシルベニア大学のヴィージェイ・クーマーの研究室で開発しているクワッドローター型の小さく敏捷(びんしょう)な飛行ロボットは、自律的に集合を作り
お互いの存在をカメラで認識し臨機応変にチームを組んで、建設や災害時の初動調査やその他様々なことをこなします。
コンピューター制御の方法は、12次元に及ぶ複雑な計算を驚くべきことに、4次元の最小スナップ軌道に変換する計算に置き換えて、しかも!、内部の高速なCPUを処理させていくことで軌道をリアルタイムで、微修正していきます。
他に、リアルタイムな高速なセンサーフィードバック技術リアルタイムな高速なモーションキャプチャー技術も導入しています。
最後には、映画007のテーマソングを自律的なロボットが自動演奏してくれます!
私が、今、手にしているロボットは、私の学生アレックスとダニエルが作ったものです。重さは、50グラムほど消費電力は15ワットで見ての通り、直径20センチほどの大きさです。
このようなロボットの仕組みを簡単にご説明しましょ。4つのローターが、すべて同じ速さで回っているとき、ロボットは空中で静止します。
4つのローターの回転速度を上げると上に加速し上昇します。ロボットが傾いていれば、当然、その傾いた方向に進むことになります。ロボットを傾けるには2つの方法があります。
この写真で4番ローターは速く。2番ローターは遅く回っています。そうするとロボットを「ローリング」させる力が働きます。一方、3番ローターの回転を速く。
1番ローターの回転を遅くするとロボットは手前側に「ピッチング」します。最後に、向かい合った2つのローターを他の2つより、速く回転させると垂直軸を中心に「ヨーイング」します。
オンボードプロセッサは、行うべき動作に対して必要となるこれらの方法の組み合わせを求め、モーターに対して毎秒600回送る命令を決めています。それがこの基本的な仕組みです。
この設計が有利な点は、サイズを小さくするほど、ロボットの動きが敏捷になることです。ここで、Rはロボットの大きさを表す数字で実際には半径です。Rを小さくすると様々な物理的パラメータが変わります。
中でも一番重要なのは、慣性。すなわち動きに対する抵抗力です。回転運動を支配する慣性の大きさは、Rの5乗に比例します。
ですから、Rを小さくすると慣性は劇的に減るのです。結果として、ここでギリシャ文字のαで表している角加速度は1/Rになります。Rに反比例するのです。
小さくするほど速く回ることができるようになります。このようなロボットを作る理由は何かというと多くの平和的な応用があるからです。
自律的なロボットが、解決すべき基本的な問題は、1つの地点から別の地点へ移動する方法を見出すということです。これが簡単でないのは、このロボットの力学的特性が極めて複雑なためです。
実際、12次元空間で考える必要があり、そのためちょっとしたトリックを使って曲がった12次元空間を平らな4次元空間に変換しています。その4次元空間は、X、Y、Z座標とヨー角からなっています。
そうするとロボットがするのは、最小スナップ軌道を求めるということになります。物理学のおさらいですが、位置の変化を微分していくと速度、加速度、ジャーク、スナップとなります。
このロボットは、スナップを最小化するようになっています。それは、結果としてなめらかできれいな動作を生み出すことになります。
また、障害物の回避も行います。この平らな空間における最小スナップ軌道を 複雑な12次元空間へと逆変換して、それによって制御や動作の実行をするわけです。
MITの物理学者であり、AIの研究者であるマックス・テグマークの言うように・・・
ロケットの話と似ていて技術が単に強力になれば良いというものではなく、もし、本当に野心的になろうとするなら、コントロールの仕方と、どこへ向かうべきかも理解しないといけません。
エリエゼル・ユドカウスキーが、「友好的なAI」と呼ぶものです。そして、これができれば素晴らしいことでしょう。病気、貧困、犯罪など苦痛というマイナスの経験を無くすことができるだけではなく、様々な新しいプラスの経験から、選択する自由を与えてくれるかもしれません。
そうなれば、私たちは自分の手で運命を決められるのです。そして、準備がないままにつまづきながらアジャイル(=機敏さ)で進んで行くとおそらく人類史上最大の間違いとなるでしょう。
それは認めるべきです。冷酷な全世界的独裁政権が可能になり、前代未聞の差別、監視社会と苦しみが産まれ、さらに、人類の絶滅さえ起こ���かもしれません。
しかし、注意深くコントロールすれば、誰もが裕福になれる素晴らしい未来にたどり着くかもしれません。貧乏人は、金持ちにより近づき、金持ちはさらに金持ちになり、みんなが健康で夢を追い求めながら自由に人生を送れることでしょう。
その他に、行政府自身が社会システム全体の資源配分の効率化を目的とする保証はないため政治家や官僚は自らの私的利益のために行動を歪め、市場の失敗を矯正するどころか資源配分をより非効率にする可能性すらあります。
続いて
人間自体を、追跡すると基本的人権からプライバシーの侵害やセキュリティ上の問題から絶対に不可能です!!
これは、基本的人権がないと権力者が悪逆非道の限りを尽くしてしまうことは、先の第二次大戦で白日の元にさらされたのは、記憶に新しいことです。
マンハッタン計画、ヒットラーのテクノロジー、拷問、奴隷や人体実験など、権力者の思うままに任せるとこうなるという真の男女平等弱肉強食の究極が白日の元にさらされ、戦争の負の遺産に。
基本的人権がないがしろにされたことを教訓に、人権に対して厳しく権力者を監視したり、カントの思想などを源流にした国際連合を創設します。他にもあります。
参考として、フランスの哲学者であり啓蒙思想家のモンテスキュー。
法の原理として、三権分立論を提唱。フランス革命(立憲君主制とは異なり王様は処刑されました)の理念やアメリカ独立の思想に大きな影響を与え、現代においても、言葉の定義を決めつつも、再解釈されながら議論されています。
また、ジョン・ロックの「統治二論」を基礎において修正を加え、権力分立、法の規範、奴隷制度の廃止や市民的自由の保持などの提案もしています。現代では権力分立のアイデアは「トリレンマ」「ゲーム理論の均衡状態」に似ています。概念を数値化できるかもしれません。
権限が分離されていても、各権力を実行する人間が、同一人物であれば権力分立は意味をなさない。
そのため、権力の分離の一つの要素として兼職の禁止が挙げられるが、その他、法律上、日本ではどうなのか?権力者を縛るための日本国憲法側には書いてない。
モンテスキューの「法の精神」からのバランス上、法律側なのか不明。
立法と行政の関係においては、アメリカ型の限定的な独裁である大統領制において、相互の抑制均衡を重視し、厳格な分立をとるのに対し、イギリス、日本などの議院内閣制は、相互の協働関係を重んじるため、ゆるい権力分立にとどまる。
アメリカ型の限定的な独裁である大統領制は、立法権と行政権を厳格に独立させるもので、行政権をつかさどる大統領選挙と立法権���つかさどる議員選挙を、別々に選出する政治制度となっている。
通常の「プロトコル」の定義は、独占禁止法の優越的地位の乱用、基本的人権の尊重に深く関わってきます。
通信に特化した通信プロトコルとは違います。言葉に特化した言葉プロトコル。またの名を、言論の自由ともいわれますがこれとも異なります。
基本的人権がないと科学者やエンジニア(ここでは、サイエンスプロトコルと定義します)はどうなるかは、歴史が証明している!独占独裁君主に口封じに形を変えつつ処刑される!確実に!これでも人権に無関係といえますか?だから、マスメディアも含めた権力者を厳しくファクトチェックし説明責任、透明性を高めて監視しないといけない。
今回、未知のウイルス。新型コロナウイルス2020では、様々な概念が重なり合うため、均衡点を決断できるのは、人間の倫理観が最も重要!人間の概念を数値化できないストーカー人工知能では、不可能!と判明した。
複数概念をざっくりと瞬時に数値化できるのは、人間の倫理観だ。
そして、サンデルやマルクスガブリエルも言うように、哲学の善悪を判別し、格差原理、功利主義も考慮した善性側に相対的にでかい影響力を持たせるため、弱者側の視点で、XAI(説明可能なAI)、インターネット、マスメディアができるだけ透明な議論をしてコンピューターのアルゴリズムをファクトチェックする必要があります。
情報技術の発展とインターネットで大企業の何十万、何百万単位から、facebook、Apple、Amazom、Google、Microsoftなどで数億単位で共同作業ができるようになりました。
現在、プラットフォーマー企業と呼ばれる法人は先進国の国家単位レベルに近づき欧米、日本、アジア、インドが協調すれば、中国の人口をも超越するかもしれません。
法人は潰れることを前提にした有限責任! 慈愛や基本的人権を根本とした社会システムの中の保護されなければならない小企業や個人レベルでは、違いますが・・・
こういう新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところのプラスサムになるから既存の産業との
戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありませんので、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!
<おすすめサイト>
ラファエロ・ダンドリーア:魅惑的な未来の飛行ロボットを披露
マルコ・テンペスト:小型ドローンの群れが作り出す魔法
ラファエロ・ダンドリーア: クアッドコプターの驚くべき運動性能
すべて電動で動く人間が乗れるマルチコプター
グウィン・ショットウェル: 30分で地球を半周するSpaceXの旅行プラン
SpaceXのFalcon 9ブースターロケットが海上の無人ドローン船舶に着陸成功!!
ハワード ラインゴールド: 個々のイノベーションをコラボレーションさせる
ヘンリー・エヴァンズ&チャド・ジェンキンス: 人類のためのロボットを!
Drone Racing League ( DRL ) 101: What is FPV Flying?
Drone Racing League ( DRL ) : Gates of Hell The Dream Takes Form
Drone Racing League - Episode 1: Qualifying Round (Level 1: Miami Lights) - DRL
Drone Racing League - Episode 2: Semi-Finals (Level 1: Miami Lights) - DRL
Drone Racing League - Episode 3: Finals (LEVEL 1: Miami Lights) - DRL
Carbon Flyer: The Ultimate Crash Proof Video Drone
CyPhy LVL 1 Drone: Reinvented for Performance and Control
Intel’s 500 Drone Light Show
<提供>
東京都北区神谷の高橋クリーニングプレゼント
独自サービス展開中!服の高橋クリーニング店は職人による手仕上げ。お手頃50ですよ。往復送料、曲Song購入可。詳細は、今すぐ電話。東京都内限定。北部、東部、渋谷区周囲。地元周辺区もOKです
東京都北区神谷のハイブリッドな直送ウェブサービス(Hybrid Synergy Service)高橋クリーニングFacebook版
2 notes · View notes
alaephoenicis · 1 year ago
Text
【翻訳】〈イーヴィ・カプラー〉黄金時代へ 〈3〉:タイムラインの相関関係 - 終末の創造主のコード
Tumblr media
オリジナル・タイトル&動画🔗:Auf ins goldene Zeitalter - Teil 3: Korrelation der Zeitlinien - Endzeit - Ur-Schöpfercodes
公開日:2023年9月18日
【和訳】ALAE PHOENICIS
 (最新情報➡Telegram)
イーヴィ・カプラーについて
イーヴィさんは透視能力をもって生まれ、「子供の頃から自分だけの世界で生きていた」といいます。年頃になると、母親に勝手に銀行へ履歴書を送られ、「これも道か」と従順に銀行員になって働いていましたが、並行してヒーラーとしても活動し続けていました。数年前に「自分の本来の天職に絞る」決心をし、銀行を退職���これまで20年間、エネルギー・プラクティショナー、意識トレーナー、透視ミディアム、エネルギー・ヒーラーとして活動してきた実績の持ち主。
はじめに
時期が訪れたアイデアほど強力なものはない ヴィクトル・ユゴー
今日は私たちが移行してきている暗黒時代の終わり、この先どうなるのか、そしてここ数ヶ月がどういう状態であったのかをお話します。
タイムラインというものを通して、人はどのような影響を感じ、またその時点でその人物の心理面、微物質面、精神面、そして肉体的内面にどのようなプロセスが引き起こされるのでしょうか。
それは解放の時であり、私にとっては黄金時代への道を示すものでもあります。
生きる喜びを見出せないこともある地球を、私たちに押し付ける者たちの権力主張の終焉でです。これより皆さんを時空間の連続体へと旅へお連れしますので、一緒に大宇宙を駆け巡りましょう。
沢山の重要な情報があります。細胞の記憶についても触れます。
遺伝学、ある程度は後成遺伝学(エピジェネティクス)、そしてどの記憶空間が人為的に作られたのか、その背後にあるエネルギーは何なのか。私は、数千年前から繰り返されており、2023年以降に正真正銘のクライマックスを迎えることになる相関関係に踏み込んでいきます。
このすべては、いつものようにミディアム(霊媒)・コーチ兼エネルギー理論家の私の見解であり、あなたのハートに耳を傾けて、共鳴するかどうかを確かめ、共鳴するものだけを自分のために受け取ってください。
無意識空間の解放
そうです。私たちは、この時代に優れた助っ人、先見者、支援者となって、地球と宇宙を高揚させ、パラダイム・シフトを起こすためにここへやってきました。私たちはまた、思い出すため、つまり記憶を取り戻すためにここに居ます。
この文脈において、こんな素敵な言葉も:
「覚醒する」とは、自分が何であるかを捨てることではない。自分でないものを捨てるということだ。これは、まさにそういうことなのだ。
私たちは神聖な形ある存在であり、この居場所を占めるために非常に強力に密度を濃縮させました。そして、二元的世界観でいうところの邪悪とは、究極的には無意識にすぎず、邪悪とは常に分離の周波数です。そして人間は、そのプロセス、プログラミング、習慣の95パーセントをこの無意識の空間に保存しているため、そこに飛び込み、そこに含まれる感情、音、状況、すべてを覚醒した意識へと呼び覚ますことが重要であり、癒やしとなるのです。
ここ数年、私たちはこの凝縮さ���た、そう、しばしば意識されない、そして忘れ去られた、あるいはカプセル化されたエネルギーをますます溶解させています。そうすることで、私たちは創造主のコードの中にスペースを作り出しているの��す。私たちのブループリント(青写真)に反映されているオリジナルのクリエーターコードです。
タイムライン(時間軸)
先に話を進める前に、まずタイムラインから始めます。
というのも、ここ数ヶ月の間に、非常に印象的なことがここで起こっているからです。また、それがどのように発展していくのか様子を見ていました。というのも、地球の表面ではすでに激しい揺れやそれに関連した出来事が起こっており、直接に目には見えなかったかもしれませんが、非常に印象的だったからです。
まずは、皆さんもおそらく既にご存知の、タイムラインが何であるかを説明します。人間が宇宙的に多次元的であるように、タイムラインも多次元的です。
タイムラインは特定の周波数領域を内包しており、この領域を保ち、フレームに収め、枠組みを与える。このことを理解するためには、線形の時空連続体という思考からも私たちは離れなければなりません。
私たち人類の歴史において今後起こることはすべて、たったひとつのタイムラインに集約されます。説明としては、太陽光線が虫眼鏡の上で合流し、それが真ん中で焦点を結び始め、虫眼鏡の反対側に強力な透過光線として現れるのを想像してください。これらの小さな光線が、ひとつの大きな光線、ひとつの本質的な光線を生み出すことになります。そしてすべてのタイムラインは、この計画フィールドで合流することになります。つまり、地球という惑星の話なので、これは地球フィールドのことであり、その本質となるタイムラインが刻印されるということです。
過去と未来の統合 ― 「今、ここ」
私はよく、日常生活の中で、それほど本質的なことではない特定の決断が、タイムラインの変換を引き起こすことはあるのだろうか、という質問を受けます。本当によく聞かれるのですが、私ははっきりと「ノー」と答えます。なぜなら、それによってあなたの全体的な周波数が変わることはないからです。あなたは依然として全体的な周波数の中にいて、魂の計画と同様、別の道を選択するさまざまな可能性はあちこちにありますが、大まかなデフォルトは残っています。
しかし、私たちが過去のあるレベルにおいて非常にトラウマ的な何かを経験していることに気づいたとき ― だから私たちは「基本的傷・トラウマ」について語るわけですが ― 例えば、アトランティスの暗黒化の時代やレムリアの滅亡など、目立ったものを2つ挙げるとすれば、ですが…他にも全く別のもの、私たちの細胞の記憶から消去されてしまったために、もはや覚えていないものもあります。そうした記憶がまだ残されている場合、それは私たちの細胞構造と結びついて繰り返されることになり、嵐、洪水、火事、火山の噴火、そして私たちのこの時代に起こるあらゆる激変もそれと同様です。
自覚があろうとなかろうと、その時の記憶が存在し続けている限りは、それを精算し、��去と未来を再統合することを意味しています。あなたがそれを望むのならば、です。
過去と未来という現象は、「今、ここ」という時間の質を形成します。そして、“今ここ”というのは「現在」という瞬間に向いており、そこから私たちは微物質的な形態へと拡張していくのです。あらゆる時間、あらゆる空間へと。
そして、ますます多くの人々がそれを活用するようになっているので、とてもエキサイティングです。今まさにエキサイティングな時であり、過去の高度な文明にあった純粋な演出を信用するのであれば、すでに別の時間レベルでこれを経験しているため、私たち自身の感覚、感知、行動の中に、その最初の証を得ていることになります。
タイムラインの相関関係
以上のプロセスは、私たちの青写真から濃縮されたエネルギー的パケットを放出するので、私たちの「身体-魂-精神-システム」にとって非常に重要でもあります。つまり、非常に素晴らしいことが物理的なレベルでここでも起こっており、すべての形而上学的身体における統合が肉体を超えて広がっているのです。
ですから、ダウンロード・コードは太陽といった外側からだけではなく、むしろ自分自身の内側からも受け取っており、それはタイムラインの重複があるからで、これによって情報が形態形成フィールド(morphogenetic field)に入り、意識に統合的に固定され、私たちの青写真を通して作用する、となっていることが想像できます。
つまり、私たちはつまるところ "意識 " であり、ここで私たちはますます多くの情報を得ることになるのでワクワクするわけです。だって、微物質的な世界(スピリチュアリティ)は私たちから切り離された存在として知覚されるべきものではなく、私たちの現実の一部を形成しているのだということに、ますます多くの人たちが気づいているからです。
この情報を統合的に知覚することは、心臓のトーラス・フィールドを介して起こります。これはまた、私たちのハート、直感、ミディアム的なチャンネルや能力が相互作用し、心臓トーラスを介してさらに多くの情報を吸収できるフィールドを作り出すということでもあります。
そう、そして春から夏にかけて、私の認識ではもう一つのタイムラインが加わりました。今までは、そのタイムラインは分断された形で浮遊しており、そのタイムラインとつながりのあった存在だけが記憶空間や情報と接触していました。そしてこのタイムラインは複数の魔法的なレベル(層)とも関連しています。これは神話の世界と同じで、既におとぎ話、物語、伝説、あるいは魔術のような物語形式を通して、無意識のうちに私たちみんなの中にあったし、儀式のようなものも用いてきました。しかし今では、異教的なものからギリシャ神話やケルト神話の神々、そしてこれらの諸世界に至るまでのものが、ある周波数をこのフィールドにもたらしてきているのです。
また、そこには1297といった非常に神聖な数字の組み合わせもあり、魔法レベルに関する限り、例えば3、7、12といった数字もあります。これらはほんの一例です。しかし、これらの周波数はいまや私たちの既存のタイムラインと連動し、そのために多くの情報がここで明らかになったのです。
この件に関しても多くの方からご連絡をいただき、いろいろ出てきたことについてその都度話し合うのはとても���い刺激になりました。
タイムラインの統合
それは、私たちにとって何を意味するのでしょうか?
とても並外れていて、とても感動的なものになることでしょう。なぜなら、特に神々のテーマ、領域、中間世界、冥界、そしてアストラル層は、繰り返し我々のいるこの場所に登場するわけです。私はアストラル層は第4のネガティブ密度だと見なしているのですが、この層と契約関係にある人々の夢の中にも飛び込んできて、記憶空間を開いてくれます。
そして私がいつも言っているのは、意識の旅をすることですが、アストラル層を旅するのは控えめにしましょう、ということ。なぜなら、アストラル層にはあらゆる物体が行き交い、喘ぎ声がしてジメジメしており、時には必ずしも私たちに役に立つとは限らないエネルギーも付着するからです。持ち帰ってきた魔法のレベルは、しばしばエネルギ―的な攻撃のように感じられる落とし穴となることもあるのです。
ここでもまた、転生してきた中でいつか締結されたことのある非常に古い契約が関係していて、このタイムラインはそれ自体が結合したため、それが突然再び露呈したのです。そして、ルシファーのレベル、つまり暗黒のレベル、そしてアストラル契約を繰り返し消去して、これらから自由になることを私はお勧めします。誰もが自分自身のために、これを実践することができます。
この攻撃はどのように感じ取るものなのでしょうか?あるいは、突然、呪いに対処しなければならなくなった時、何が起こるのでしょうか?
呪いには非常に微妙なもの...さまざまな種類と影響のレベルがあります。何かが強迫的だと感じるときはいつもそうです。何かが依存対象になったり、繰り返し考えるようになったり、典型例としては恋に落ちたり、身体的な症状が非常にはっきりしてきて、過去の何かを思い出したりするなど。
これらはすべて、…私に言わせると「広範囲に渡るエネルギー的な攻撃」であることを示しています。
そして、これらの全ては切り離すことができるし、あっという間に消えてしまうことに気づいてください。これらの古いレベル、周波数、時空間を再統合することなのです。
私たちが創造主の意識に戻り、自己啓発に戻り、回想に戻り、そして何よりもハートに戻るのは、それが神的存在がもっている能力だからなのです。
宗教の狂信性は解消されることが望まれています。ここでも、何かが癒されたがっているのです。一人一人の中で。
私たちの知る宗教とは、非常に全体主義的なものです。特に初期の時代には、さまざまな神々が存在し、生け贄の習慣があり、人間の生活には合わない儀式があり、強制的に行われてきましたが、ここでは人の生命はあまり重視されていませんでした。そしてこのタイムラインが統一されることで、全人類に癒しと再統合、そして何よりも変革がもたらされることになります。
これは私たちにとって絶好のチャンスだし、そう思っていて良いのです。
創造主の力
私たち自身の中には創造主のレベルがあり、そこから他の特定の事例と結合することなく、すべてを変化させることが可能です。なぜかというと、セルフ・エンパワーメントを活性化し、輝きは自分の中で光り、燃え、輝いている���だと気づけば、私たちは何でも創造し、何でも変えることができ、ビジョンや夢を生きることができるからです。
私たちのささやかな行動のすべてが、大局に影響を及ぼします。常にそうであり、だからこそ私たち一人ひとりは価値があり、重要であり、またこの時代に必要なのです。
そしてもし、今はまだ魂の課題への準備が出来ていないと感じ、それでも自分にはここで果たすべき課題がある、とあなたが知っているのなら、自分が喜びに思える感覚に従うこと。身も心も軽くなるようなことをするのです。なぜって、私たち一人ひとりに才能と贈物が備わっているのだから。
これらは今、姿を現しつつあります。これらは顕在化しつつあり、そして私は、あなたが100%の創造力を発揮するよう促したいのです。これは、単に自分の創造力をフルに活用しようという意図だけで、往々にして起こることなのです。
そして、こんな美しい言葉があるので、皆さんにお伝えしますね。
神聖なる青写真において、次に私が踏み出すべき完璧な一歩を、はっきりと明らかにしてくれたこと、そして、この青写真を顕現させるための創造と実現に参与するための手段、そして最適な人選を与えて下さったことに、感謝いたします。
遺伝学、後成遺伝学、DNA
遺伝学、後成遺伝学(エピジェネティクス)、そしてDNAの12本鎖について簡単な説明だけしておきます。
私たちのゲノムは、細胞内に存在するすべての遺伝情報を含んでいます。遺伝学は遺伝の理論を扱い、ここではDNA、そして突然変異による変化も同じく中心的要素となります。そして私たちは、DNAの12本の鎖が微物質的に私たちの中に配置されていることを知っています。
多くの人において、さまざまな鎖がすでに紐解かれています。そして、後成遺伝学は、環境の影響と遺伝子との連結部位であると考えられています。つまり、どういう状況でどの遺伝子のスイッチが入るか、あるいはいつまたスイッチが切れるかを判断するわけです。
この観察も非常に興味深いものです。というのも、私たちの医学的な知識にはかなり歪みがあり、それが遺伝情報にまで及んでいるからで、これに対する関心は非常に高いのです。
何より、ここに変化を起こすため…だって私たちはこの暗闇の終末期にあって、黄金時代へと向かっているのですが、ここに来てまたもや錯覚が用いられ、人類のDNAが変化しないよう、特定の医学的手段で妨害しようとしているのです。
一方、ジャンクDNAについての知識も話題です。そして脳のこの5%の能力もまた、現在では広く流布しています。そして、多くの人々に、さらに多くの配列がすでに発見されて��ます。
つまり、より速く移動し、何かがより目敏く近づいてくる、もしくは遠ざかっていくことをいち早く察知する人たちがいる、ということで、それは彼らの透視能力とDNAの配列のせいでもあります。
私の心からの願いとは:このようなプロセスを何とか迅速に進めるために、自らをもっと支援するヒントとしてできることは何でしょうか?
まずは太陽が中心的かつ重要な要素であり、太陽で自分をチャージし続けること、太陽に向かって瞬きをすること、皮膚や光線を通して太陽を吸収することです。太陽はもっと大きくてパワフルなツールで、ここで私たちと相互に働き、私たちをサポートしてくれる。だから、それを第一に考えるなら、私たちの細胞を物質的・微物質的な汚染から清浄に保つことも重要だと言えます。
解毒、良質な水、良質な食べ物、そして何よりも良質なエネルギーがテーマとなります。私たちは何と向き合っているのでしょうか?この間、多くのコンピューターゲームや携帯電話の周波数、特定の映画や広告などを通して、場合によっては異質なエネルギーが伝達され、それが私たちの中に充満することもあります。つまり、これらすべてが私たちからエネルギーを吸い上げているのです。しかし、私たちが何かを吸収し、それが私たちの身体-魂-心のシステムに蓄積され、それがそこに相応しくない場合、それは一種の異物のようなもので、外に出さなければなりません。だからこそ、きれいな浄化、アルカリ性の入浴、そしてもちろん精神的な解毒、言葉の衛生なども必要で、これらすべてがこのパラダイムシフトをサポートしてくれるのです。
ライトランゲージ − 原初の響き
私たちを創造主のコード、私たちの原初的創造主へと導いてくれるのは、実はサウンドなのです。原初の音色、原初の周波数の響きです。
私たち一人ひとりが自分の音色、自分の言語を持っていて、それを通して細胞の意識の中で何かが再活性化され、そうすることで、私たちは精神的、スピリチュアルなレベルで成長することができるのです。 そしてそれこそが、今の時代の私たちにとってものごとを把握する能力を持つ上で重要なことなのです。
同じように素晴らしいことは、私たちの身体との対話です。身体というのは、物理的に凝縮された最終的な構成要素であり、動くことを必要とし、私たちの身体もまた、自分自身を鍛え、自分自身を感じ、それによって力を解放する必要があります。だから運動は、ここでの健康を維持するための中心的な要素でもあります。それから、自分がどんな適性を持っているかも見てください。一方、DNAがより多くの配列を発見しているため、まったく異なる方法で創造の領域とつながっている子供たちもいます。すると、植物の世界や他の微妙な世界との対話、言語があることも観察できます。言語とは、まず言葉による表現で成り立っています。しかし、私たちは実にさまざまな方法でしゃべることができるし、言語の混同というテーマを思い出せば、最初から言語はあったのです。
これについては以前、とても興味深い動画を作ったことがありますが、YouTubeではもう見ることができません。
私たちは今、テレパシーで物を投げたり返したりすることができるのです。私たちはテレパシーで物を動かす能力を持っている。動物やペット、あるいは私たちの周辺に居る動物と触れ合うとき、テレパシーで呼んでみると、動物がそれに感応していることに気づくはずです。つまり、この先の展望として、そしてもちろん対人関係において、このレベルではすべてのことがすでに起こっているのです。
最後に
親愛なる皆さん、関心を持っていただきありがとうございます。心から感謝します。私たちは、これから起こることに備えているのだ、という自覚を持ってください。
私たちはとても大勢で、私たちの自由意志、目的意識、それに伴うすべての行動を、この意識のシフトに向け、自分のハートの呼びかけに従って良いのです。
ここにいてくれてありがとう。
ハートからハートへ
あなたのイーヴィ
2 notes · View notes
sskyt · 1 year ago
Text
『「呪術」の呪縛』下巻の読書ノート
Tumblr media
江川純一・久保田浩編『「呪術」の呪縛』(下)リトン、2017年。
第一部 呪術概念の再検討
鶴岡賀雄「「呪術」の魅力:「永遠のオルタナティブ」の来歴と可能性についての試論」
 「マギア」を人類学的・宗教学的分析概念としてではなく西欧精神史の構成要素として見て、古代ギリシアから、中世神学、ルネサンス、近世キリスト教、現代芸術に至るまで、マギアの位置づけを跡づける。  そこでは、マギアがつねに、公共宗教や哲学といった正統的な知や生き方に対して、劣位に置かれた人々による代替行為として位置づけられる。しかし、この民衆の低級知は正統知でないがゆえに、かえってそれを批判的に超える超高級知ともなりうるものであった。  近世神秘神学における神的/悪魔的/自然的という三分法が、人類学・宗教学における宗教/呪術/科学の三区分に改鋳されていったのではないか、という指摘はなるほどなあと感じ。また、世間的・民衆的な低級知たるマギアがつねに物を介するというのも、フェティッシュとの関係で興味深い。  「神秘主義」概念の検討については別稿に譲るとされているが、その「別稿」とはこれですね。→ 鶴岡賀雄「「神秘主義」概念の歴史と現状」『東京大学宗教学年報』vol. 34、東京大学文学部宗教学研究室、2017年、pp. 1–24。 https://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/records/47687#  なお、本論文の中で、サラマンカ大学の学士アマドール・デ・ベラスコが持っていたグリモワール(魔術の指南書)をめぐる事件の話が出てくるが、最近、魔術のことを考えすぎて、先日、江川さんから「grimoireとは魔術書のことなんですよ」と教えてもらう夢を見た。 山���亮「社会学年報学派の呪術論素描」
 ユベールとモースの「呪術論」は混乱に満ちた論文であり、その一因として呪術のアポリア(呪術は私的なものであるが、社会的な性格ももつ)が挙げられる。この混乱を理論的に整理したのがデュルケームの聖理論であるが、ユベールとモースは納得していなかった。 江川純一「「magia」とは何か:デ・マルティーノと、呪術の認識論」
 イタリア宗教史学におけるマジーア概念を、特にエルネスト・デ・マルティーノの『呪術的世界』とその後の転回にしたがって明らかにする。宗教学において一般的に、「呪術」は「宗教」のネガとして語られがちだが、宗教史学はこの対比・対立を認めない。  デ・マルティーノは『呪術的世界』において、呪術的世界は「自分の魂の喪失の危機とそこからの解放」という実存のドラマによって根拠づけられるとして肯定的に評価したが、この世界を歴史的時代であるとしたがゆえに、進化主義的宗教論と見分けがつかなくなってしまった。  「呪術的心性と原始的心性を混同している」という師ペッタッツォーニらの批判を受け、デ・マルティーノは後年、「呪術的世界」という想定を取り下げ、神話ー儀礼の結合物としての「呪術ー宗教現象」を探究するようになる。  注にある、「今後、20世紀の宗教学思想を振り返るときには、ペッタッツォーニ、デ・マルティーノ、エリアーデのトライアングルによる、神話ー儀礼的技術としての「呪術ー宗教」の考察が軸となるであろう」という指摘が興味深い。
 なお、A. C. ハッドンが報告したボルネオのトゥリク族の男の話(ある男は鉤形の石を頑なに手放そうとしなかった、その石は魂が自分の身体を去るのを引き留めているのだという)がラトゥールのファクティッシュのようで面白い。
第二部 事例研究:古代~中世
渡辺和子「メソポタミアにおける「祈���呪術」と誓約:「宗教」と「呪術」と「法」」
 なかなか論争的ですごい論文であった。一言ではまとめづらいが、アッシリアの『エサルハドン王位継承誓約文書』(ESOD)の構成や文法を分析することで、誓約と儀礼、「言うこと」と「すること」の宗教的な結びつきを考察する。  アッシリア学者の重鎮オッペンハイムは、西洋人として祈りと儀礼が結びつくことに耐えられず、「メソポタミア宗教」は書かれるべきではない、とまで言う。また、ESODの誓約と儀礼という形式こそが、契約(誓約)宗教としての一神教の成立と後のキリスト教の成立にも影響を与えたという。
高井啓介「その声はどこから来るのか:腹話術の魔術性についての考察」
 叙述がトリッキーで面白い。腹話術が古代の神学者たち��よって魔術として扱われ、近代に脱魔術化していった過程が示される。旧約聖書サムエル記上の「降霊術」がギリシア語に翻訳される際にἐγγαστρίμυθος(腹話術)と訳されたために腹話術の魔術化が始まった。  降霊術が腹話術と見なされることで、腹話術師は腹の中に悪霊をもつことになり、霊媒は魔女扱いされるようになる。しかし、腹話術の魔術性を否定し、単なるトリックだとしたのが、『百科全書』で数学に関する項目を多く書いているジャンバプティスト・ドゥ・ラ・シャペルの『腹話術』であった。
山本伸一「カバラーにおける神名の技法と魔術の境界」
 ユダヤ教のカバラーにおいて、正当な呪術と禁じられた魔術の境界は不分明である。このことを15世紀のカバラー文学、ルネサンスの自然魔術の影響下のカバラー、18世紀のエムデン=アイベシュッツ論争という3つの事例に即して考える。  15世紀スペインのカバラー文学の共通点は、主人公であるカバリストが終末とメシア来臨を促すために悪魔を追放しようと立ち上がるも、悪魔に騙されて取り逃がしてしまい、逆に魔術に手を染めた悪人として非難される、という物語。中2っぽいというか、『進撃の巨人』(デビルマン)フォーマットだなと。 青木健「ゾロアスター教神官マゴスの呪術師イメージ:バビロニア文化の影響と呪術師イメージの由来」
 マゴスには「呪術師」「神秘主義の達人」「放蕩」といったイメージが付与されるが、ゾロアスター教の神官の職能を検討してみると、実態は王朝に仕える官僚であり、吉凶暦や蛇占いといった副業の方がイメージの形成要因となったと考えられる。  青木健『古代オリエントの宗教』は、渡辺論文の注で、紀元前2世紀から13世紀までのオリエントの宗教史を扱うものなので、「書名と内容が一致していない」と批判されていた。 毛利晶「古代ローマにおける凱旋の儀式:トリウンプスに関する最近の研究動向を中心に」
 ローマで戦争で勝利を収めた将軍が行う凱旋の儀式トリウンプス(triumphus)。そこでユピテルの扮装をする凱旋将軍の役割は神か王か。近年の論争を踏まえて、著者は元々ユピテルの儀式であったものが後に将軍自身を讃える儀式へと変化していったと推測する。  凱旋式挙行の要件が、①命令権(imperium)、②鳥占権(auspicium)、③軍隊指揮(ductus)、④幸運(felicitas)の4つだったというのが、統治(王)・呪術(宗教)・軍事の三権が一人に集中しているようで興味深い。 野口孝之「近代ドイツ・オカルティズムの「学問」における「魔術」」
 19世紀後半から20世紀初頭に展開されたオカルティズムにおける「魔術」の位置づけを、キーゼヴェッター、エスターライヒ、シュティルナーという3人の思想を中心に検討する。  ドイツの代表的なスピリチュアリスト、カール・ドゥ・プレルの概念das transzendentale Subjektを「超越的主体」と訳しているけど、「超越論的主観」では。このドゥ・プレルの理論を援用するキーゼヴェッターはオカルティズムをGeheimwissenschaftと呼び、先人としてスウェーデンボルグを挙げている。  ちなみに、スウェーデンボルクを批判したカントの『視霊者の夢』の第一部第二章のタイトルはgeheime Philosophie(オカルト哲学)である。
寺戸淳子「「呪術ではない」祭儀:「秘義」としての聖体拝領」
 大変勉強になった。キリスト教の「聖体拝領(聖餐)」「実体変化」「神秘的肢体」といったややこしい話を基本的なところから丁寧に教えてくれるので、これらの神学的議論に関心がある人におすすめの入門的論文。  12世紀に「実体変化」の教理が確立したのと同時に、「神秘的肢体」(Corpus mysticum)論も確立していった。Corpus mysticumは元々、食べる方の「聖体」を意味していたが、秘義的ニュアンスがよろしくないため、それまで「教会」を意味していた「キリストの体」Corpus Christiと呼ばれるようになった。  12世紀に「実体変化」の教理が確立したのと同時に、「神秘的肢体」(Corpus mysticum)論も確立していった。Corpus mysticumは元々、食べる方の「聖体」を意味していたが、秘義的ニュアンスがよろしくないため、それまで「教会」を意味していた「キリストの体」Corpus Christiと呼ばれるようになった。  逆に、教会はCorpus mysticumと呼ばれるようになった。つまり、聖体と教会の呼び方が入れ替わったのである。この教会を指す「神秘的肢体」がやがて法人のような擬制的人格一般を指すようになっていった。カントーロヴィチぽいなと思ったら、カントーロヴィチが参照されていた。 佐藤清子「19世紀合衆国における回心と「呪術」:チャールズ・G・フィニーの新手法擁護論とその批判を中心として」
 きわめて明晰な論文。19世紀アメリカの第二次大覚醒の時代を代表する牧師フィニーは「新手法」と呼ばれる礼拝方式を導入して革新をもたらしたが、それは回心を意図的・合理的に促す手法であり、限りなく呪術に接近していく。  フィニーはスコットランド啓蒙思想の影響の下、自然法則の学習・応用という方法論を採用し、自らの回心の方法を「科学」あるいは「哲学」であると称した。他方で、呪術・宗教・科学の三区分で知られるフレイザーもまた、同じくスコットランド啓蒙の思潮に影響を受けていることは興味深い。  フレイザーは呪術を稚拙な科学であるとしたが、もし仮に「回心」を心理学的な技術によって達成できるようになったとしたら、それは科学なのか呪術なのか。実は科学と呪術の区別は、その知識や技術の程度の差異によるのではないのではないか。  フィニーの「祈り」についての議論も面白い。回心は聖霊の働きによるが、人間は聖霊をコントロールできないがゆえに、回心も究極的には神に委ねられている。しかし、フィニーは回心と聖霊の間に「祈り」という人間の行為を介入させる。とはいえ、人間は祈りによって神を操作できるわけではない。  フィニーによれば、祈りはそもそも聖霊の働きによって可能になるのだから、祈ることができること自体がそれが叶えられる可能性があることの証拠となる、という。ここには、祈りのアポリア(祈りは効果があるならば、祈りにはならず、効果がないならば、祈る必要がない)を解く鍵があるように思われる。 久保田浩「近代ドイツにおける「奇術=魔術」:奇術とスピリチュアリズムの関係に見る〈秘められてあるもの〉の意味論」
 19世紀ドイツで機械仕掛けの奇術を行う奇術師は、トリックを説明(klaeren)可能なものとしながら、それを驚嘆すべきものとして提示する者であり、スピリチュアリストの種明かし(erklaeren)をして詐欺を暴く啓蒙(Aufklaerung)の意義も担っていた。  奇術師がスピリチュアリストを科学的に暴いたり、宮廷からお墨付きを得た「宮廷奇術師」が登場したりと、『鋼の錬金術師』が好きな人にお薦めしたい論文。スピリチュアリストが、奇術師は本人も気づいていないけれど実は霊媒であり、本人が奇術だと思っているのも霊媒現象なのだと主張する話が面白い。
井上まどか「ロシアにおける呪術概念の検討」
 前半が現代ロシアの事典や概説書における「呪術」概念の分析、後半が16世紀に編纂された『百章』における「呪術」の用法について。「準備的覚え書き以上のものではなく」という著者の言葉通りの文章であった。  『金枝篇』の著者名が「D. D. フレイザー」となっていて、目を疑った(ロシアだとJもGもDなんですか)。それ以外にも本書は誤植が非常に多い印象。上巻目次のタイトルからして既に間違っている。
西村明「呪術としてのキリスト教受容:ミクロネシア・ポンペイ島を中心に」
 最終章でいよいよ真打ち「マナ」登場。ミクロネシアのポンペイ島における宣教でキーワードとなった「マナマン」から、マジックワードとしての「マナ」概念の歴史的形成の議論へ。  まず、宣教師は植民地主義的視点で現地の宗教的・呪術的実践を裁断するが、しかし、その視線は一方向的なものではなく、現地民もまた、自分たちの価値体系の中にキリスト教を位置づけて理解する。ポンペイ島で、二つの異なる価値体系を通訳した概念が「マナマン」であった、という話が面白い。  さらに後半、この「マナマン」(ミクロネシア)と同族語である「マナ」(メラネシア・ポリネシア)という概念が辿った数奇な運命が論じられるが、これも面白い。  「マナ」とはそもそも、コドリントンが『メラネシア人』(1891)において初めて学術的議論に導入した語で、その後、超自然的力を指す普遍的な概念として人類学・宗教学で多用されていった。しかし、コドリントンが現地調査したモタ島とバンクス諸島は、当時、ポリネシア人と宣教師の影響を受けていた。  メラネシアの「マナ」が形容詞や動詞としての含意があったのに、ポリネシアでは名詞として用いられた。メラネシアの宣教師たちは先にポリネシア語に通じていたために、「マナ」を名詞的に理解してしまった。こうして、コドリントンがやってきた頃には、既にバイアスのかった「マナ」となっていたのだ。  このように、「マナ」とは、ポリネシアとメラネシア、現地民と宣教師、そして世界各地の多様な宗教間といった、異質な価値体系を通訳=通約する概念として強力な力をもつようになっていったのである。異質な体系の間の界面に生じる通約的概念という意味では、「フェティッシュ」にも似ているように思う。
3 notes · View notes
Text
誰かのために人のために生きるは不健全、という考え方に長い間ちょっとだけ困ってたけど、 私、誰かのために生きたいは違うな、そんなことはないな。
でも、人の幸せや安心のために生きたい。そう思えるような優しさにふれて、貰って生きてきたんだ、自分はこれ以上は望まない。与えられる人になりたいよう。今後も生きる意味としては十分で、未来にも人と過ごせる幸せな時間があったらなおうれしい。くらいでおっけい。
それなら、まだ、世間からも許されそうだし、私もこっちの方がしっくりくる。
今日、ふっと人生の答えに出会えた心地がしたから記録!
誰かを幸せをするために生まれてきたかもしれないけど、「できたら良いな」で良いんだな。
誰かを不幸にしたくない、は、とっても強いままだから、配慮が足りなかった時とか、自身への失望感とか、ショックが大きいけど、不幸にとか幸せにとか、神様じゃないんだから。できなくていい
なれるとしたら、ほとけさまだ。居合わせた人を安心させたり、笑顔にできたり、したらいちばんいいなあ。
それができる自分じゃないって思ってしまうから、なにかをつくりたいと焦るきがする
生まれた使命を果たすには、私が人を幸せにはできなくても、私がつくったものに非はないから、ポテンシャルに期待できる。
誰かの笑顔を曇らせない人でありたい。それがすごく難しいんだよなあ。気持ちだけではできない。。
曇らせるくらいなら死にたい なんでそこまで…
私は「とっても好きで、信じられる人」と、「好きなところはある人」の2択があって(多分)
後者は信用していないし、悪いけどそれなら1人がいい(めっちゃ失礼でキャパか狭い)。
ただ、前者が貴重だから、一度認めると宝物のように思え、執着というか異様にこだわってしまうところがあり、そんな自分が嫌いになるし、
この人好きだなと思うほど自分が吊り合わないきがして身をひいてしまうくせがある、
昔からずっとそうで、友達関係において顕著で、クラスでこの子好きだなと思うと私がそばにいるのはつり合わないきがして、長い時間は申し訳なくて、たまに時々ごはんにいくくらいは許してもらえたらくらいの遠い立場を保っていた。
好きではない子といるのも失礼だし無理だし、基本だれとでも浅く広く、一歩身をひいて、ずっと孤独だった。
本当はあの子と仲良くなりたかった、がいくつもあって、仲良くなるに値する、相手の大切な時間におじゃまするに値する自分と思えないことがまた嫌だったし、どうすれば嫌��ゃなくなれるのか、描けなかった。
大学くらいから、なにか変わったきがする。本当に大好きだし、いっしょに居ても苦しくならない友達が何人もできた。
私が誰かといっしょに居ることを、ROCKでだけは許せたのは、なぜなのか。
考えてみた、高校までとの違い。思いついた理由だけだけど3つ。
1、役割があること。理由があること。
ここにいても良い理由があった。ドラムをしっかり担うことだった。
振り返った時、例えば「転校生をみんなに繋ぐ」は出来た。繋ぎ目になるのは喜んで担えた。けど、その子が私としっかり仲良くなるのはお断りだった(本当は仲良くなりたかった)。
例えばキックベースをしたり野球をしたり役割が明確なら喜んで入った。
人が悲しい思いをしているときには、悲しくないように何か働きかけたいと思える動機があった。そうでない時には、関わる意義がわからなかった。私に出来ることが描ければ、近づけた。 そうでないときが多かったのは、何を話せば笑わせられるのかわからなかったから、かもしれない。
思えば、小学生の頃は、お笑いやゲームが好きで、漫画も好きで、どれも、観るとか楽しむよりも、こんなものがつくれるひとになりたかった。お笑い芸人になりたいと思って観ていたし、みんなで楽しめるゲームづくりに加担したいと思いキャメロットにアポを取って社会見学に行った。漫画家をめざして絵をたくさん練習していた。「人を楽しませる」ということに心から憧れがあったのかも、ありすぎて、それが出来ないならいけないと思ってしまっていたのかも。そして出来ないまま大人になった自分がすきになれないのかも。
楽しく会話できる力。傾聴力。課題はそこかもしれない。
2、相手をよく知る機会があった、過ごせる時間が長かった。
学校でいっしょに授業を受けて移動を共にするだけで、わかるわけないじゃないか、
みんなどうして選べるんだ、と思ってた。もし合わなかったら消えることはできない、相手にとって私があんまりだったらどうすればいいかわからないじゃないか。
ROCKではみんなのことをたくさん見つめることが許される環境だった。良く知った上で、この人は、私と居ても嫌な思いをしないでくれるとか、「信用できる」とか。
だとしたら、高校の頃も、もっと怖がらずに積極的に関わっていたら、仲良くなれる関係もあったのかな、なんて、当たり前のような結論に辿り着いてしまった。
3、愛や価値を伝えてくれる人に出会った。
「認めてほしい人に認められる」という経験が出来たのだろう。そうでないときに傷付けるほどに。ありがとう。
好きって、良い感情のはずなのに、うまく使えば最高だろうに、
抑えないといけないと、理性的にあらねばならないと、強く思っている。
他人には別にそう思わないのは、扱えない感情にのまれたら何をしでかすかわからない、私を信用できないからだと思う。
他人を好きだと思うということに責任感がすごくあること。最近自覚してきたこと。
好き嫌いしないように生きてきたつもりだけど
全然そんなことはなく、本来はキャパの狭い人間だって沼くんに指摘されたり、マミちゃんに友人への理想が高いと言われたり、
悔しいけどその通りで、全然人に厳しすぎる、あくまでも私の判断軸だから、それ以外の部分によってか、寛容だと言ってもらえることも多くて紛れてたけど、私はとっても人に厳しい。自分にも人にも厳しいなんて、良いことないじゃんと思うけど、、。
ただ、すべての人に等しく思いやりのある行動をしたいと思うと、それが基準になると、相対的に、好きな人に対して重たくなりすぎるという危険がある。なんでだよ。
「私の幸せを願えない人に」依存されるのはとってもたいへんだったから、その枕詞には気づかないまま、依存は良くない、好きな人は多ければ多いほど良い、と思って生きてきた。
人は大抵好きなところくらいはあるので基本好きだが、てきとうに好き くらいで、基本信用してなくて、一度「心から好き」までいったら、よっぽどのことがないかぎりはもう私は味方でいる意志を固めていて
あなたの支持者、フォロワーでありたい という気持ちが、私の「好き」かもしれない。
だから、私の好きは、あなたがあなたで居てくれてありがとう。だし、好きだなと思う人と居合わせるのは幸せだから、やっぱり、ありがとうになる。
好き=ありがとう、なら、抱いても良い感情だと思える☺️
あなたがあなたで居られるように、助けられることがあったらしたい、と思うのは、全然「私のための時間」だ、私が私で居られる時間なのだ、本当に。
心から支持できない人に、私が望めない時にまで「強いられる」のは苦しいけど、
支持できる人な時点で私の意志や時間を尊重してくれるような優しい人でありいくらでも協力したい。
「この人を好きな自分が好き」って、批判されがちだけど、大事なことな気がする。私はこういう人間でありたいとか、こういう人間を支持したいとか、意思表明でもあるよな。いや、それだけだとしたら問題なきがするけど、でも、よく考えたらそもそも「この人を好き」から始まっている感情のはずだから、それだけにはなり得ないだろう。
そもそも「それだけ」なことなんて、何事においてもそうそうないだろう。言葉にできたことだけが真実になるのだろうか。なかなか厳しいよなあ。
ただ、好きだから長い時間いっしょに居たい、他の人と居てほしくない、という感情、嫉妬とか、そうだよそれこそが恋だよなんて肯定されがちだけど、
これ、なんで??その文化が受け容れられているこの世界が、本当に理解できない。なんでそこが繋がるのか?ずっと、どうしてそれが普通なのか、ずっと受け入れ難い。そして、それが当たり前のこととして話が進んでいくことに引っかかってしまう自分が扱いづらく、しんどい。
いっしょにいられたらそれはありがたいことだけど、人は本来は一人だ。いっしょが嬉しいけど、私「だけ」といっしょの方が良いって何?そんなことはなくない??
相手がいっしょにいて幸せな気持ちになれる人が多いほど、幸せじゃない?
相対的に、いっしょに過ごせる時間が減っちゃうからなのかしら?「相手が自分を優先してくれない」は、自分が相手を優先してる場合には対等じゃないから、その場合は…相手に合わせるのが優しさ?
だとしたら、相手が浮気してたら自分も浮気することで相手��同じ立場になって相手を許せるように動くのが、優しさ?
色んな人が色んな正義で?感情で?動いている、なんだかわからなくなってくる
とりあえず個人の意見としては、独占したいって気持ちが当たり前に恋愛感情としてうけいれられている世の中が理解できない。
独占、拘束がそれだとしたら恋愛感情って良いとこなくない?そうではないことはわかっているつもりだけど、論理的に一度ちゃんとわかりたい…
自由でありたい、しばられるのは自分で選んだ不自由がいい。
不倫沙汰を近くで目にして思ったのが、「不倫された」と気が狂って、他人を傷つけ他人の未来を傷つけようとすることを厭わないことがどうして肯定されるのか。いや、そうなってしまった場合には1番傷ついてるのは本人なので、許される…?のは良いとして、
そもそも、私と居ることを選んでくれてありがとうな訳で、足りなかったんだなって悲しくなり絶望しちゃうかもしれないけど、いっしょに幸せでいようと選んだ相手を絶望させてるところに非はあるけど…お互いの言葉を信じられなくなる。不倫が悪いのは賛成だけど、根本的に「私「だけ」を愛してくれてると思ったのにそうじゃなかったのね」ってこと?私だけを愛してくれるって何?
「私を選んでくれる」は嬉しいことだけど
相手が私以外と過ごす選択肢を失っても良いって信じられないけどなあ、、そう思ってる人は不倫がどうの以前に結婚ができないか。。
相手の人生が豊かになってほしいなと無償で愛せる人ほど、すてきなひとと時間を過ごせてた方がうれしいきがしてくる。
そりゃ、いっしょだとうれしいけれど、相手の時間を拘束してることに引け目を感じ出してしまう、誰かとの時間を奪ってるかもしれないという気持ちになる、その架空の「誰か」と居る時間が私と居るよりも価値があると思ってしまう思考のくせが根強くついている。
そうならないには、そう思わないように思わせてくれる相手の思いやりありきだ…ありがとう私との時間を喜んでくれる人たち。
長い人生のうち、1日だけでもいっしょに楽しく過ごせたらとってもすてきだと思う。ありがとう、それをおぼえていたいから生きていける。
もっと、もっとって望んでしまうことがあれば、それが片思いってやつなのかなぁ。
どっちもまた会いたいねって思えるなら、それは望まなくても叶うから、その方がうれしいね。
心から好きだなと思うひとたちを思い浮かべながら、あれこれと考えている。
私の生きる軸はきっともう決まっていて、見つけたいのは、形にしてみて、精査して、おかしなところがあったら軌道修正したいし、とにかく、納得したいんだろう。
あなたの幸せを守れるならそれで良い、と頭では思いながらも、本当は私がいっしょに居たい、なんらかの理由でそう在れないかなしい、と思ってしまうことが、片思いというやつなんだろうか。
ありがとうと思えれば、その気持ちで幸せを願って接せる、ただそれだけであって
同じ気持ちだったら嬉しいなとか、この人が居合わせてくれたらホッとするなとか、
この人と喋るの楽しいなとか、この人の考え方好きだなとか
こういうところ尊敬できるなとか、そう思おうとしなくても思えるとか、こうありたいなとか、こう在ってくれてありがとうとか、
この人は信じられるなとか、���がないもしくは嘘の動機が優しいなとか、感覚や善悪の判断が似てるから、この人といっしょなら自分を嫌いにならずに済むなとか。
この人は私と居て幸せそうだって信じられるかとか、私がこの人との時間が好きだなとか。
この人のセンスや選ぶものが好きだなとか。この人のまなざしやこの人にふれられるのは嫌悪感がないとか、においが好きとか、美しいとおもえるとか、同じものをきれいだなと思うとか、同じものに笑えるとか、同じものを怖がれるとか。同じことに腹を立てられるとか、悲しみを共有できるとか。
この人の笑顔が好きだなとか、この人を笑わせたい、笑っていたらうれしいなとか。声の紡ぎ方、言葉の選び方、丁寧で好きだなとか。ずっと聴いていたいとか。自分とはちがっておもしろいなとか。視野がひろがるとか、視点が移って救われるとか、元気が出るなとか。こうあれないけど最高だなとか。つくるものが好きとか。
思いやりにありがとうと思えるとか、目的はなくてもいっしょに居たいなと思えるとか、会いたいなと思うとか、助けてって思った時に助けてほしいと思えるとか。助けてくれると思えるとか。
目的があってあなたを選ぶとか私を選ぶとか。
どれも、理性じゃなんともならないこともあって、もう運命でしかないのかもしれないけれど(運命に抵抗して生きていきたい人間なので、ネガティブな意味で使うけど)、
好きな人たちと生きていけたら最高やんな。
やっぱりみんなで大家族みたいに生きていきたいなあ…。
好きな人たちそれぞれの時間を「独占」するのは無理。て思ってしまうけど
みんなのうちの1人なら許せそう。
なんて、私の望みは現実的じゃないから諦めがつく。
好きな時に、好きだと言えない関係性は苦しい。のみこんで抑え込んで生きると、それは我慢ならなくて苦しい、抑えられると肥大化するから、そんな感情を飼い慣らすことがまだまだできないし、自分に嘘をつくことがいちばん苦しいことだ、
好きだと伝えて許されるとか、思いが思い通りに伝わるとか
好意に恐怖や嫌悪感を抱かないでくれる人の信頼関係に感謝だ、乾杯だ。
あとあれだね、優先順位として、選ばないといけない時に、「だいじだ、好きだ」と私が私の選択に満足できる人の幸せを選びたい。ということがわかったよ、選ばないといけない時じゃないならいくらでも大切にしたらいいし、大切にしたいひとを大切にできている満足感がないなら、対策を打たねばならないのだ
総括すると、感謝できるってのは1番幸せなことなのかもしれん、ありがたい
ありがたいと思えることがありがたい ってことっすわ。
2023.01.19 なんの日でもないけれど、内省?を言葉にして自分を保つ。
最近、寝ても寝た気がしない、寒くてこごえているか、寝苦しくて悪夢にうなされているかどっちかだ ここに花粉までくるなんて殺す気か!
どうでもいいけど、今日こまったのは、会話力のなさ。ローソン行く時、吉岡さん(会社の人)が後ろから声かけてくれてびっくりしてしまって嫌な思いをさせてないか気になったところから始まって、
まーじで何話したら良いかわからない…。
そうなると受け身になって、質問してくれる��に答えるみたいになるけど、答え方、いくつも選択肢が思いついてもどれも「こう思わせる可能性があるからだめだ」と却下してしまって1つも口から出てこなくて、うまく会話ができない…。申し訳なくてつらい…。
なんというか、会社の関係、ほんとにわからない…
これからも、もし今日誤解させることを言ってしまっても何度でも話せるし誤解も解けるだろうと思えるくらいの友達じゃないと、自由になんて話せない。。
今日話して次話せる日なんて来るかどうかもわからない
天気の会話しかできない。がちで。笑い事じゃなく、いつも天気の話をしている。信じられんくらい。さすがにこいつ喋りたくなさすぎやろって思われてそう。ごめんなさい。違うんです…喋りかけてくれてうれしいし、気遣いだとしてもうけいれられている感覚にほっとするし、そう思わせられるところほんとに尊敬してるし、ほんとに尊敬してるから近くで学べてうれしいし、うう… きっとなにも思い通りにつたわってない、へたくそ
会社、高校までに戻った気分って史織が言ってた気持ちがすごくわかる。また話したいな
日付がこえてしまった!21時に会社を出て、脳死で鍋をつくって、食べ過ぎて、でもいまはおなかがすいた💦
これを書いて吐き出してしかしてない。明日は発表。マジ無理
おやすみなさい😴
4 notes · View notes
kanglo · 2 years ago
Text
「なぜ、ビジネスにアート思考が必要なのか?/世界の見方を変えるアート思考」第16回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ講演者:森夕花氏 〔2022年12月9日(金)20時~〕
Tumblr media
「なぜ、ビジネスにアート思考が必要なのか?/世界の見方を変えるアート思考」第16回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ講演者:森夕花氏 〔2022年12月9日(金)20時~〕 チケット:https://scic20221209.peatix.com/view https://www.facebook.com/events/576877384242593 ■日時:2022年12月9日(金)20時~22時(オンライン開催) ■講演概要:アーティストは見えないものを見るようにする役割を担い、その時代や社会の中で、「問い」を私たちに問いかけながら常識を揺さぶり、今までにない価値や意味を提示してきました。近年、ビジネスの舵取りは非常に難しくなってきています。企業は従来の古い価値観、世界観から抜け出し、直観的、感性的な創造性が求められ、ますます「アート思考」の必要性が高まっています。 アートには「唯一正しい答え」はありません。観察者が自由に解釈することが可能であるため、考えたことを、それぞれの独創的視点で物語化し、語り合うことで、互いの深い部分で共感がおこり、創造的無意識が自然に開かれていきます。このプロセスを通じて、新しい価値や未来が創造される「安心安全な創造の場」が作られ、クリエイティブな組織へと発展を遂げることが可能となるのです。 ■講師:森夕花(もりゆうか)氏 プロフィール: カングロ株式会社 取締役 執行役員COO/マスターライフコーチ・PXファシリテイタ・フィロアーツ研究会主宰 ●神奈川県横浜市出身。音楽学校のピアノ科卒業後、銀行系信販会社に入社。三井住友カードに転職した後、ドイツのフライブルクに留学。フライブルグ市の行政と市民による持続可能な世界を目指す社会システムと、ユーゴスラビア紛争で、ドイツに逃れた難民の方々との出会いを通じて、平和で精神的な豊かさを基本とした「サステナブルな社会作り」に興味を抱く。帰国後、三井住友カードに再び戻り、お客様対応や、クレジット決済端末機の管理システム“TACシステム”の開発に携わる。 ●帰国して5年が過ぎたころ、戦争や内乱に巻き込まれ傷ついた子供達を救済するためのNGOドイツ国際平和村の存在を知り、世界の平和と心の癒しに携わることが自分自身の使命と感じ、ヒーリングセンターアルケミストでカウンセラー、セラピスト、講師を務め、2008年に独立。2015年1月、カングロ株式会社 執行役員に就任。現役ライフコーチとして、ベンチャーから大手企業の多くのビジネスリーダーを受け持ち、個々の潜在意識にアプローチし、ビジネス ・プライベート両面における、変化、成長をサポートしている。 ●2021年より京都芸術大学芸術学部芸術教養学科に在籍。創造的思考によって「モノの見方、感じ方」を変え、仕事と暮らしをより良く変化させる「アート思考講座」を開催している。 ●自らの内面の探求のため、インドに十数回訪れ、心理学、禅、認知行動学、ジョーティッシュ(インド占星術)、手相、メディカルハーブ、中医学(中医食療士)などにも深い知識がある。 ●趣味は声楽(オペラ)・読書・映画鑑賞・美術鑑賞・ぶらり旅・歴史探訪・日記を書くこと。最近はウェルビーイングを軸とした、地域コミュニティー・組織つくりに関心をもつ。 ■Zoomオンライン:URLは、Peatix経由によるチケット購入者に自動送信されます ■タイムスケジュール:基調講演(約90分 Q&A含)後に、講師を囲み、対話を行います。 ■オープン・ダイアログ参加対象: ※どなたもご参加頂けます ・SCIC正会員 ・SCBC修了生&SCBC受講生 ※SCIC未会員 ・一般参加(社会人) ※SCIC非会員 ・特別ご優待枠 ・学生(中学~大学院生) ■参加料: 一般参加者(社会人)※SCIC非会員\5,000 SCBC修了生&受講生 ※SCIC非会員\3,000 SCIC正会員 無料 特別ご優待枠 \3,000 学生(中学~大学院生)\1,000 ■SCICとは: SCIC(Shock Coherent Innovation Club)は、ショック・コヒーレント基礎講座(SCBC)修了生をベースとした会員制クラブです(ご入会頂くためには、SCBCを受講し修了証明が必要となります)。 https://scic2023.peatix.com/view ●目的:SCBC修了生同士の交流と創発の加速。私たち自身が動き、世界に奇跡を起こす ●概要:  ①月例会の開催  ②会員同士のコラボ醸成   ③SCC訪問視察ツアーの企画   ④会員の生業のサポート  ⑤その他創発事 ※いずれも参加できる時に参加  ⑥基礎講座の復習フォロー(基礎講座への復習参加は原則全回無料)↓  https://scbc2023r.peatix.com/view ●SCICに関する問合せ: [email protected] -------------------------------- ■『Shock Coherent(ショック・コヒーレント)』とは: 現代社会は今、破壊的な人間活動によって、エントロピー(無秩序・乱雑さの度合い)を加速度的に増大させています。故に、地球環境の悪化による気候変動や自然災害、絶え間ない疫病の発生、人心荒廃による貧富の格差拡大、資源収奪、世界各地で紛争や戦争が頻発化し、世界の指導者たちが核兵器の使用をほのめかす事態となり、もはや地球生命全体の未曾有の危機に陥っています。これを人々は、VUCAワールドと呼び、行先不透明な生き難い時代の合言葉となってしまっています。 このような時代において、「私は、これからどう生きれば良いのか?」と、多くの人々が、自問自答を繰り返し、五里霧中の状態に陥っています。このままでは、時代に翻弄され、本来あるべき使命を全うすることなく人生を終えてしまうことになるやも知れません。そうならないために、私たちに何が出来るのか。当講座は、そうした社会の強い要請により、30年に及ぶ研究の集大成により創発的に完成した稀有なプログラムです。 当講座では、様々な立場の仲間と共に、自分自身の「存在意義(パーパス)」を見つける5ヵ月間の不思議な旅に出て頂くこととなります。即ち、この「存在意義(パーパス)」が、自己変革への道標となるのです。そして、感性を刺激し、心を揺さぶる独自のアプローチフレームを活用し、固定観念の融解を起こし、��例や課題から自己変革へのヒントを得、仲間やファシリテイタとの多くの対話や繋がりから閃きをもらい、自身でも予期せぬ“創発”を起こしていきます。 このワークショップは、個人が真の意識変革を興すことを目的として、カングロ株式会社によって開発されたプログラムです。私たちは、この講座を多くの方々にお届けすることを使命とし、日々事業を営んでおります。そのことを通じて、真の道を啓く方が増え、社会そのものの変革を成し遂げられたら本望であります。ぜひ、講座で会いましょう。 (プログラム開発者:藤井啓人) ■ショック・コヒーレント基礎講座 第5期生絶賛募集中! ■第5期『ショック・コヒーレント基礎講座』VUCA世界を突き破り、己の道を啓け~パーパス(存在意義)によるシン変革ワークショップ:2022年9月13日~2023年1月24日全10回講座 チケット: https://scbc05r.peatix.com/view https://www.facebook.com/events/323129486509872 ■第1~5期「ショック・コヒーレント基礎講座」全アーカイブ・オンデマンド映像集(有料コンテンツ) https://vimeo.com/ondemand/shockcoherent ----------------- ★特別提供映像: 【ダイジェスト版動画⑮】「VUCAワールドに効く個人と組織の視点の再構築~自己や地者、そして世界への認識の見直し」第15回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/講演者:楠徳生氏 (2022年11月11日) https://youtu.be/-wIwXLX4ZUQ 【ダイジェスト版動画⑭】「破壊と創造~壊れると、新しく生まれる/コロナ禍で悪者だった飲食店はどう変化していくのか」第14回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープンダイアログ/講演者:福本浩幸氏(2022年10月7日) https://youtu.be/ygxXywmvQ1w 【ダイジェスト版動画⑬】大企業病への挑戦 第2章~認知科学の実践における人間性と抽象度の壁/自分を変え、常識を変え、世界を変えていく/第13回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/講演者:内藤礼志氏 〔2022年9月9日) https://youtu.be/qBNlFTor9hw 【ダイジェスト版動画⑫】新しい『構造』がうつ病から復活させ組織も前進させる~うつ病経験者が語る、ストレスとつき合い未来をつくる方法/第12回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープンダイアログ/講演者:堀北祐司氏(2022年8月5日) https://youtu.be/HudMdpphjEI 【ダイジェスト版動画⑪】The 事業承継~当社流、バトンの受け方、渡し方/第11回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/講演者:大島右京氏/2022年7月8日【ダイジェスト版】 https://youtu.be/dWnOtXQAmqw 【ダイジェスト版動画⑩】心理的安全性のリーダーシップを身に付ける方法~組織パフォーマンス最大化の処方箋/第10回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/講演者:倉持茂通氏(2022年6月8日)https://youtu.be/DuUvRzcqJD0 【ダイジェスト版動画⑨】100年企業研究から見えてきた、コロナ禍だからこそ変えなければならないこと、変えてはいけないこと/第9回Shock Coherent Innovation Clubオープンダイアログ/講演者:小山貴子氏(2022年5月13日) https://youtu.be/0juftCrZ1mQ 【ダイジェスト版動画⑧】人事制度のミライを探求する~ノーレイティングを超え給与を自己申告する人事制度への挑戦/第8回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープンダイアログ/講演者:福留幸輔氏(2022年4月15日) https://youtu.be/XEm-OdMYwMY 【ダイジェスト版動画⑦】「パーパスと共に生きる時代/パーパスとはいったい何なのか?宇宙の営みから壮大なタペストリーを読み解く」第7回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/講演者:森夕花氏(2022年3月11日) https://youtu.be/vNaK4qH94fA 【ダイジェスト版動画⑥】「部署なし管理無し評価無し、VUCA時代に挑む選択できる組織作りへの挑戦」第6回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/金光広樹氏(2022年2月18日) https://youtu.be/33DyPirlM7c 【ダイジェスト版動画⑤】「新規事業における企業の在り方」第5回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/長島壮洋氏(2022年1月13日) https://youtu.be/eM3sRZDo0Ng 【ダイジェスト版動画④】「ティール組織の作り方“レシピ”」第4回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/嶋田崇孝氏(2021年12月10日) https://youtu.be/JDp0srEGxGE 【ダイジェスト版動画③】「こころの病との上手な付き合い方~仕組みがわかれば予防ができる」第3回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/中田健士氏(2021年11月5日) https://youtu.be/_OW88883t7o 【ダイジェスト版動画②】「混ざると、新しい事業価値が生まれる。」第2回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/星野良太氏(2021年10月8日) https://youtu.be/fZJWaFmhAD4 【ダイジェスト版動画①】「大企業病への挑戦~認知科学の理論と実践」第1回Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ/内藤礼志氏(2021年9月3日) https://youtu.be/aV8ux6Ha-9M ■「Shock Coherent Innovation Club(SCIC)オープン・ダイアログ」アーカイブ・全オンデマンド映像集(有料コンテンツ) https://vimeo.com/ondemand/scic ■主催:カングロ株式会社 https://www.kanglo.co.jp 協力:サステナ塾/SDGs超実践者委員会/イノベーションサロンZ/システムD研究会/フィロアーツ研究会
5 notes · View notes
recipe-cookingclass · 2 years ago
Photo
Tumblr media
I really like eating at home together with my family. 我が家は外食以上の『おうち外食』で楽しむのは、やっぱり美味しい健康が基本の中心軸にあるからですし、何より外食でいただく食事よりも大変美味しく大変大満足。 それでも外食で美味しいお食事や色々な味を良し悪し関係なくいただいて学ぶことも多くあるからです。 外食の利点は自分とは違う人や食文化の違いを大きくもつ国の食事を頂けたりと。 自分への料理の食の自信につながるわけです。 それも楽しく。親が楽しんで料理と向き合うと子供もとても豊かな発想でクリエイティブな表現力と視点で物事を料理一つだって答えていける。 これが無い子供が増加しているのも簡易化(食のインフラや多くのインフラが整いすぎているせいです。) ですが、知恵や知識や工夫やアイデアが無いと生きていく上でも面白く無い。 食はその一つの重要な部分を占めているわけです。 多くを経験して視野を広げて表現力と発想力と想像力と多くの経験を持てるように親は日常の暮らしからもサポートしやすいのも食事です。 簡易化すればするほどサボる癖も増加しているそうな(笑)習い事にもその子供さんの姿勢が見えるのも食生活です。 だからこそ美味しく楽しんで外食も家でも美味しいお料理を幅広く楽しんで! 皆様も元気にお仕事を頑張ってくださいませ😊 料理研究家 指宿さゆり ーーーーーーーーーーー #料理研究家指宿さゆり #レシピ開発 #レシピ制作 #レシピ制作専門スタジオ #料理は教養 #食は品性 #夜ごはん #うなぎ #鰻丼 #教育 #お昼ごはん #おうち定食 #おばんざい #幸福度 #ひつまぶし #今日のランチ #京のおばんざい #小鉢 #食べスタグラム #モーニング #グルメ女子 #インスタグルメ #神戸料理教室 #神戸グルメ #幸せホルモン #玄米ごはん #和食 #定食 #おうちごはん #小鉢定食 (Kobe, Japan) https://www.instagram.com/p/Cpy9JtovBbq/?igshid=NGJjMDIxMWI=
2 notes · View notes
mxargent · 1 year ago
Text
"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
アイウエオカキクケコガギグゲゴサシスセソザジズゼゾタチツテトダ ヂ ヅ デ ドナニヌネノハヒフヘホバ ビ ブ ベ ボパ ピ プ ペ ポマミムメモヤユヨrラリルレロワヰヱヲあいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを日一国会人年大十二本中長出三同時政事自行社見月分議後前民生連五発間対上部東者党地合市業内相方四定今回新場金員九入選立開手米力学問高代明実円関決子動京全目表戦経通外最言氏現理調体化田当八六約主題下首意法不来作性的要用制治度務強気小七成期公持野協取都和統以機平総加山思家話世受区領多県続進正安設保改数記院女初北午指権心界支第産結百派点教報済書府活原先共得解名交資予川向際査勝面委告軍文反元重近千考判認画海参売利組知案道信策集在件団別物側任引使求所次水半品昨論計死官増係感特情投示変打男基私各始島直両朝革価式確村提運終挙果西勢減台広容必応演電歳住争談能無再位置企真流格有疑口過局少放税検藤町常校料沢裁状工建語球営空職証土与急止送援供可役構木割聞身費付施切由説転食比難防補車優夫研収断井何南石足違消境神番規術護展態導鮮備宅害配副算視条幹独警宮究育席輸訪楽起万着乗店述残想線率病農州武声質念待試族象銀域助労例衛然早張映限親額監環験追審商葉義伝働形景落欧担好退準賞訴辺造英被株頭技低毎医復仕去姿味負閣韓渡失移差衆個門写評課末守若脳極種美岡影命含福蔵量望松非撃佐核観察整段横融型白深字答夜製票況音申様財港識注呼渉達良響阪帰針専推谷古候史天階程満敗管値歌買突兵接請器士光討路悪科攻崎督授催細効図週積丸他及湾録処省旧室憲太橋歩離岸客風紙激否周師摘材登系批郎母易健黒火戸速存花春飛殺央券赤��単盟座青破編捜竹除完降超責並療従右修捕隊危採織森競拡故館振給屋介読弁根色友苦就迎走販園具左異歴辞将秋因献厳馬愛幅休維富浜父遺彼般未塁貿講邦舞林装諸夏素亡劇河遣航抗冷模雄適婦鉄寄益込顔緊類児余禁印逆王返標換久短油妻暴輪占宣背昭廃植熱宿薬伊江清習険頼僚覚吉盛船倍均億途圧芸許皇臨踏駅署抜壊債便伸留罪停興爆陸玉源儀波創障継筋狙帯延羽努固闘精則葬乱避普散司康測豊洋静善逮婚厚喜齢囲卒迫略承浮惑崩順紀聴脱旅絶級幸岩練押軽倒了庁博城患締等救執層版老令角絡損房募曲撤裏払削密庭徒措仏績築貨志混載昇池陣我勤為血遅抑幕居染温雑招奈季困星傷永択秀著徴誌庫弾償刊像功拠香欠更秘拒刑坂刻底賛塚致抱繰服犯尾描布恐寺鈴盤息宇項喪伴遠養懸戻街巨震願絵希越契掲躍棄欲痛触邸依籍汚縮還枚属笑互複慮郵束仲栄札枠似夕恵板列露沖探逃借緩節需骨射傾届曜遊迷夢巻購揮君燃充雨閉緒跡包駐貢鹿弱却端賃折紹獲郡併草徹飲貴埼衝焦奪雇災浦暮替析預焼簡譲称肉納樹挑章臓律誘紛貸至宗促慎控贈智握照宙酒俊銭薄堂渋群銃悲秒操携奥診詰託晴撮誕侵括掛謝双孝刺到駆寝透津壁稲仮暗裂敏鳥純是飯排裕堅訳盗芝綱吸典賀扱顧弘看訟戒祉誉歓勉奏勧騒翌陽閥甲快縄片郷敬揺免既薦隣悩華泉御範隠冬徳皮哲漁杉里釈己荒貯硬妥威豪熊歯滞微隆埋症暫忠倉昼茶彦肝柱喚沿妙唱祭袋阿索誠忘襲雪筆吹訓懇浴俳童宝柄驚麻封胸娘砂李塩浩誤剤瀬趣陥斎貫仙慰賢序弟旬腕兼聖旨即洗柳舎偽較覇兆床畑慣詳毛緑尊抵脅祝礼窓柔茂犠旗距雅飾網竜詩昔繁殿濃翼牛茨潟敵魅嫌魚斉液貧敷擁衣肩圏零酸兄罰怒滅泳礎腐祖幼脚菱荷潮梅泊尽杯僕桜滑孤黄煕炎賠句寿鋼頑甘臣鎖彩摩浅励掃雲掘縦輝蓄軸巡疲稼瞬捨皆砲軟噴沈誇祥牲秩帝宏唆鳴阻泰賄撲凍堀腹菊絞乳煙縁唯膨矢耐恋塾漏紅慶猛芳懲郊剣腰炭踊幌彰棋丁冊恒眠揚冒之勇曽械倫陳憶怖犬菜耳潜珍
“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
184K notes · View notes
ari0921 · 4 months ago
Text
「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和六年(2024年)7月18日(木曜日)
    通巻第8335号 
「法人税率を15%まで引き下げる。TikTokを禁止する予定はない」
   トランプ、はやくも政権構想を語った
*************************
 大統領選の投票日まで残り16週。CNNは7月16日の番組で予測を発表し、トランプ330 vs バイデン 208(選挙人の総数は538)となり、トランプのランドスライド的な大勝利が起こるとした。2020年の結果はバイデン306,トランプ232だった。
 共和党大会は最終日にトランプが登壇し、大統領候補指名受諾演説を行う。すでに三日目には党内予備選を争ったニッキー・ヘイリー、デサンティスに加えて、テッド・クルーズ、マルコ・ルビオ各上院議員らが勢揃いし、トランプ支持を表明した。共和党は一丸となった。
 トランプはブルームバーグの独占インタビューに応じ、「トランプノミクス2.0」の核芯を説明した。
第一に法人税率を15%まで引き下げる。
第二にTikTokを禁止する予定はない。
 第三にジェイミー・ダイモンを財務長官に指名することを検討している(これはグローバリストへの嫌がらせ?)
 第四にFRBのパウウェル議長は続投を認める(たぶん交替させる含意がある)。
第五に基本方針は第一期政権のときと変わらないが実行スピードと効率を重視し、「素晴らしい人材」を政権に集める、とした。つまり言外に閣僚名簿の検討段階に入っていると示唆している。
米国の負債が膨張し、ドル基軸体制が瓦解するかもしれないが、トランプは減税、石油増産、規制緩和、関税引き上げ、対外金融への関与削減に政策を傾ける。
党内の一部やヘリティッジ財団などから出ている金本位制への復帰に関してトランプの言及はなかった。
最近の世論調査では、食料、住宅、ガソリンの高騰に不満を抱く黒人、ヒスパニックが共和党に移っている。黒人男性の20%が現在トランプ氏を支持している。CNN予測のように、トランプ勝利はもはや動かしがたく、民主党はバイデンを引き釣り降ろしたところで、勝ち目はない。しかし現職の議員等はバイデン不人気の煽りをうけて自分の当選が危ないため、「バイデンを替えろ」と発言しているのである。
勢いにのる共和党に、民主党指導者はホワイトハウスだけでなく下院と上院も共和党に掌握させるのではないかと考えるようになった。
トランプは冒頭インタビューで、「移民問題が最大のファクターであるとし、低所得層は不法移民に職を奪われている。賃金は大幅に下がった。彼らの仕事は、この国に不法にやってくる移民に奪われている」。
 自由貿易は維持するが関税を手段化する政策も同時に行う。中国だけでなく欧州連合(EU)に対する関税も引き上げるつもりであると強調した。
 ▼トランプ、台湾防衛に消極的
注目は台湾防衛である。
民主主義国家である台湾を分離独立の地域とみなす中国から台湾を守るという米国の取り組みについて、トランプは「超党派で台湾を支持しているが、中国の侵略に立ち向かうには生ぬるい」
一方で、トランプはこう言うのである。
「台湾は我々の半導体ビジネスを奪った。彼らは莫大な富を持っている。したがって台湾が米国に保護費を支払うことだ。我々は保険契約と何ら変わらないと思う」。
「地球の反対側にある小さな島を守ることは実質的に困難ではないのか。台湾は9,500マイルも離れている。中国からは68マイルしか離れていない」
衝撃的な発言、というよりトランプは個人的にはイーロン・マスクに近く、台湾への関与を縮小、あるいは放棄する考え方を抱いている可能性がある。
これはウクライナへの支援停止と同様に、深刻な姿勢、米国の孤立主義のあらわれであり、重大な、米国の外交政策の劇的な転換を意味する。発言から推量できることはトランプが従来的条件を根本的に変える用意があるようだ。
2 notes · View notes
kennak · 1 year ago
Quote
「財政再建に取り組むべし」(公共支出削減や増税をすべし)という主張の理由として,しばしばこういうことが言われる.「債務対GDPの比を下げるのに必要だからだ」 ――だが,なるほど財政再建のためのさまざまな方策を打てば公共部門の債務は減少する見込みが大きいものの,同時に,GDP も減少させることになる見込みも大きい.だから,債務対GDPの比への影響は定かでない.IMF が公開したばかりの研究によれば,過去の証拠に照らして見ると,財政再建が債務対 GDP 比にもたらす影響は,平均で見て無視できる程度(i.e.実質ゼロ)なのがうかがえる. さらにその研究を詳しく見てみると,緊縮支持派にとっていっそう悪い研究結果が出ていることが見てとれる.ここでいう緊縮とは,支出削減のかたちをとった財政再建のことではなく,経済全体の産出がトレンドを下回っているときに実施された財政再建策すべてを指す.IMF の研究から,ひとつ,チャートを引こう: 左側の縦軸は,財政再建によって債務対GDP比が下がる確率を示している.平均確率は 51% だ.左端の青い棒は,国内の産出ギャップがプラスだったとき(つまり GDP が平均トレンドを超えている好景気の時期)に,債務対GDPの比が下がる確率が 57% であることを示している.その隣の青い棒は,世界経済が平均トレンドを上回っているときに,財政再建で債務対GDP比が下がる確率が 60% まで上昇することを示している.右端の赤い棒は,プライベートクレジット対GDPの比が高いときに,財政再建によって債務対GDP比が下がる確率が 42% にまで下落することを示している. 2010年に,あらゆる国で経済が景気後退から回復しつつあって(国内経済でも世界経済でも産出ギャップがマイナスで),しかもプライベートクレジットが 対GDP比で大きかった(金融危機以後に急速に下がりつつあったのだが).だから,2010年の緊縮は 対GDP 比でみた政府債務を減らすどころか増やす見込みの方が顕著に大きかったのだ.当時,私たち経済学者の多くが言っていたように,2010年は,財政再建を試みるのにまったくふさわしくないときだった(それどころか最悪のタイミングだった).なぜなら,緊縮によって GDP が減少するだけでなく,債務減少を打ち消してなお余りあるほど GDP を減らすことになって対GDP比の政府債務を増やすことにもなるだろうと見込まれたからだ.さまざまなモデルのなかでもとくに国立経済社会研究所 (NIESR) のモデルは,2011年当時に,緊縮によってまさにそうしたことが起こるだろうと語っていた. 経済学者のなかには,こういう風に考えられないかと言っている人たちもいる――「その教訓は低金利の状況(金利がやすやすと下限に達しうる状況)であれば意義があったかもしれないが,その時代は最近になって終わったのではないか.」 ここで登場するのが, IMF の2つ目の研究だ.これも同じく World Economic Outlook に掲載されている.こちらの研究は,実質金利の歴史的なトレンドに着目し,これを主要な原動力で説明しようと試み,それから,将来それらがどうなりうるかを検討している. その要点はこれだ――我々は新時代に突入してはいない.それどころか,実質金利はパンデミック以前に見られた低水準に戻る見込みが大きい.その一つの理由は,比較的に予測しやすい:人口動態だ.もう一つの理由は,世界的に生産性の成長が鈍っている点にある.生産性の成長は,人口動態ほど予測しやすくはない.だが,近��うちに大きく跳ね上がる見込みもない現状では,このまま低調な生産性成長が続くと仮定しておいてよさそうに思える.なにか重大な要因を分析で見落としているのでないかぎり,実質金利が低い時代は,このまま終わりそうもない(こういう時代を,経済学者の界隈では「長期停滞」(secular stagnation) と呼ぶ.) 実際に何をどうするかという観点で言えば,先進諸国の経済に見られるこうした名目金利のトレンド水準,つまり,中期的に経済活動を刺激することも押し下げることもなく,実際のインフレ率が〔中央銀行の〕目標に達している金利水準は,1%から3% のあいだということになる.それはつまり,インフレ率が下がるとともに,現行の金利も下がるということだ.経済が鈍るとあっさりと金利が下限に達しうる時代は,まだ終わっていない.その結果として,(超過の)インフレ率を制御するために最初に選ばれるツールが金融政策であることに変わりはないものの,景気後退を避けて経済の回復を後押しするために最初に選ばれるツールは,財政政策となる. この証拠が物語っているメッセージは,2010年以前のマクロ経済理論を理解していた人であればおなじみのものだ:「財政再建は景気がいいときまで後回しにすべし.」 だが,政治家たちや,彼らに助言している人々にとって,この助言は非常に呑み込みにくかった. では,どうしてこれほど多くの政治家たちやメディアのかなりの部分が,「財政再建が――必要であれば――景気のいいときまで後回しにして不況時にはすべきでない」という考えを受け入れるのにあれほどの抵抗を示しているのだろうか? その答えの大きな割合を占めるのは,次の点だ――右派の大半の政治家たちにとって,財政再建は政府債務対 GDP 比を下げることが主なねらいなのではなく,財政再建を口実に公共支出を減らし国家規模を小さくすることがねらいだからだ.これを私は「赤字の欺瞞」と呼んでいる.過去13年間に,イギリスにおいて,政府の財政ルールが変化したように見える年がほんのわずかしかないのも,不思議はない.なにしろ,そうした財政ルールは,マクロ経済運営を強化することよりも公共支出を絞るためにたいてい選ばれているからだ. だが,これで話がおしまいだとも私は思わない.政府の財政赤字には,景気循環とともに変わる性質がある(不況時には赤字が増え,好況時には赤字が減る).そのため,政治家たちは,見当違いなタイミングで財政再建を推し進め,しかるべきときには財政再建に及び腰になりやすい [1].なぜなら,赤字目標が設定されると,政府がまるで懐に現金があるかどうかに制約される普通の人々のように扱われるからだ.普通の人々は,懐具合が寂しくなれば支出を切り詰めるしかないし,懐に余裕があるときにはもっとお金を使う.赤字目標によって,政府もそのようにふるまわなくてはいけなくなるのだ〔不況時には政府の歳入は減るから,赤字目標に政府支出をおさめようとすれば,これを減らす必要が生じる〕. 理論上,信用のある政府が債務目標を捨てて赤字目標を5年繰り越し型の中期に設定するなら,こうしたことが起こる必要はない.信用のある政府が,この中期的な赤字目標から公共投資は除外されると保証して,公共投資が社会へのリターン・政府の責務・借り入れコストを反映できるようにすれば,そうしたことは起こらなくてすむ.こうした中期の赤字目標が賢明に選ばれ,理にかなっているときに政府債務対GDP比が上がるのを許容するなら,起こらなくてすむ.また,景気後退を避けるため,あるいは現に起きてしまった景気後退からの回復を後押しするために財政政策が必要とされるときに,こうした中期的な赤字目標が無視されるなら,これは起こるはずがない. 理にかなった財政政策は,そのように機能する.理にかなった財政政策が機能しているとき,財政再建がなされるのは,好況時にかぎられる.しかも,これは政府債務対GDP比を下げるのにも効果的だ.財政再建は,不況時にはなされず,財政刺激策によって不況に終止符を打つことができるようになる.また,財政再建はそれが経済的に意味をなす好況時にかぎってなされる. だが,実際の政策がそうなっていない理由は,たんに小さい国家を目指す政治家たちがいるためだけではない.他にも理由がある.それは,メディアだ.小さい国家をのぞむ右派メディアだけでなく,好んで不偏不党を自認しているメディアも,これに含まれる.以前の記事で解説したように,メディアマクロの世界では,財政赤字目標を達成することが「政府の責任」の指標ということになっており,目標を達成することなく繰り越すのは無責任の証しだと捉えられている.今日,イギリスには中期的な繰り越し型の赤字目標がある.それにもかかわらず,メディアは財政赤字の最新数値を毎月毎月(!)報道してくれている.その度に,お決まりのように減税や支出削減についての推測が終わることなく繰り返されている. なぜこういうことになっているのかと言えば,経済政策がどう機能するのかについてメディアのジャーナリストたちの大半が間違ったモデルを持っているからではない.そもそもなんのモデルも持ち合わせていないからだ.最近の BBC の報道からうかがえるように,経済問題に関するジャーナリズムの多くを主に特徴づけているのは,経済学についての無知だ.経済学に無知だからこそ,たとえば,「医師や看護師にもっとお金を出すとインフレ率を高めてしまう」などと大臣たちが断定しても,なんの批判や疑義が向けられることなくまかりとおる.(NHS のスタッフや教員たちへの支払いを増やしても,物価に上昇圧力は加わらない.実際の証拠を見てもインフレとのつながりがまったく見出されないのも,驚くようなことではない.) 政府の債務や赤字や「悪いこと」だと自分はわかっているのだとあらゆるジャーナリストたちが思っているとしたら,それこそが,私の言うメディアマクロを生み出しているのだ. 政治家たちはメディア環境ではたらいている.そのため,彼らの多くはメディアマクロにあらがうのが難しい.赤字目標の重要度をメディアが途方もなくあおり立てて,赤字目標はインフレ目標に比べてずっと長期的な目標である理由を理解しそびれていると,赤字をめぐるメディアの見解が正しいかのようにふるまう方に政治家たちは引き寄せられてしまう.このため,赤字目標によって政治家たちはよりにもよって大間違いのことを財政政策でやってしまう――すなわち,経済が低調で赤字が増えているさなかに財政再建に取り組み,経済が好調で赤字が減っているとき(あるいは黒字になっているとき)に財政拡張をやってしまうのだ.[2] 右派による赤字の欺瞞と主流メディアの無知,この2つの両方に対処するにはどうすればいいだろうか? すぐに思い浮かぶ答えは――Chris Dillow が提案しているように――しかるべき制度・組織からの助言を知らしめることだ.この場合は,独立の財政諮問委員会を強化することが,それに当たる.イギリスの予算責任局 (OBR) はずっと限定された役割を果たすためにジョージ・オズボーンによって創設された.イギリス大蔵省は,財政予測を OBR に委ねたものの,マクロ経済分析は自分たちの管轄のままにした.この分担は,経済学的にほぼ無意味だ.変更する必要がある.
サイモン・レン=ルイス「財政再建に励んでも債務対GDP比が下がらない理由,そして,政治家たちが見当違いなタイミングで財政を引き締めがちな理由」(2023年4月18日) – 経済学101
2 notes · View notes
bailonglee · 14 days ago
Text
グローバリストは何がしたいのか?
-------------------&--&---------------------------
日本のグローバリストと言えば、自民党。
今回の選挙、その力を大きく落とした。
YouTube 、つまりGoogle。
一番力を持つ、グローバリスト。
フランスの制作会社が作った、絶食の科学という番組がある。
何度もYouTubeに上げられ、何度もYouTubeは削除した。
私のサイトに置いたw🤣
もう一つ、YouTubeが必死に削除するのが、「セロ高山」だ。
だが、何度削除しても、世界中にセロのDVD自体を持っている人らがいるw🤣
youtube
この場合無駄だw🤣
グローバリストは、何が気に要らない?なぜそんな血まなこで、これらを消すか?
私達庶民が、力を持つのを、一番恐れてる。
まあでも、日本でも秋山佳胤さんや、甲田光雄医学博士、ありありと、絶食や断食に関して、我ら庶民は知っていった。
サイキックに関しても、徐々に広がりを見せるだろう。
では、なぜグローバリストはこんな事を、情報統制をするか?
GHQが巣鴨プリズンに、“戦犯”を収容した。
戦争とは殺し合いだから、当然アメリカ側も、国民を殺された。
現地決戦は無かったが、兵士たちは死んだ。
そして裁判を開くわけだが、満州の資材並びに、阿片利益の関係者は、逮捕抑留された。
だが、戦犯たちは、ワシントン(アメリカの裏の力、グローバリスト)からの命令で、何人かいきなり釈放された。
その一人が岸信介であり、戦後政治の始まり、自由党発足だ。
さて、
何ゆえの情報統制か?
という事だが、
利益の独占
という事だ。
大量阿片、それをモルヒネに改良した星製薬、それは莫大な金を生む。
満州政治と、阿片利権に関わる人間らを、そのまんま、日本の政治の枢軸とし、グローバリストがコントロールしながら、その恩恵を貪る。
つまり、グローバリストは、日本の国そのものを、ATMにした訳だw🤣
そんなもん、政治でも何でもないw🤣奴隷だw🤣
グローバリストは、基軸は強大な宗教、アメリカピューリタン、The World Swastika、ハラールによりイスラムも巻き込み、ヴェトナムカオダイ教など。
フリーメイソン中心に宗教合一の流れ、それが基本。
だから組織はあまりにも大きく、あらゆる分野の最先端の集結だ。
彼らグローバリストは、グローバリスト以外一切認めない。
断食するとは、自立を確立してしまう。
サイキックを得れば、自立を確立してしまう。
だから、それらは彼らには、最も排除すべき事項。庶民の自立とは、支配の終焉そのもの。
自立せず、他力本願、他者依存ゆえ、支配出来る。
自立されてしまったら、ぶら下げる人参🥕を失うという事だw🤣
実にわかりやすい阿呆なのは、ベースが暴力団じゃなく、ベースが宗教だからだw🤣
だが、世界の覇権を握っているのが、グローバリストだ。
まずやったのが、DVDを作らせないパソコンを作ったw🤣
サブスク中心とし、“所有”させない事により、サブスクに“依存”させるやり口。
ヴィーガンを必要以上に馬鹿にし、断食を危険と叫び(どういう不思議か、グローバリストは断食で死ぬ🤣)、利権保持に必死だw🤣
まあだから、グローバリストとは最も厄介な存在だw🤣
大正、昭和(戦前)まで、グローバリスト(上田喜三郎乗っ取り後大本教配下達)に手を出すと、とんでもない返り討ちに合う…w🤣
ま、単純な話だ。
戦わず、自立せよ!
これだけ。
なぜ修験宗は禁止されたか?
神社本庁とは、明治維新以前は存在してない、明治維新で作られた事を、知って下さい。
追記:20241102
↑↑↑神社本庁は、マッカーサーが作ったが正解でしたw🤣
youtube
簡単な答えしかない。
周りのバウンスを気にせず、それぞれが自立しましょう🙂✨👍
0 notes
takahashicleaning · 1 month ago
Text
TEDにて
ミゲル・ニコレリス:脳から脳へと意思疎通する時代へ ― その方法とは?
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
神経科学者のミゲル・ニコレリスを覚えているでしょうか? ― 彼は脳で制御するエクソスケルトンを開発し、そのおかげで2014年のFIFAワールドカップで、全身まひの男性が大会最初のキックオフをすることができました。
彼は、今、何に取り組んでいるのでしょうか?2つの知能が(今のところはマウスやサルですが)
脳から脳へとメッセージを送れるシステムをブレインマシーンインターフェイスというテクノロジーによって構築しているのです。彼の言葉を借りれば、「想像の限界を超える」ことになる実験を見逃さないよう、最後までご覧ください。
ブレイン・マシン・インターフェースはロケット科学ではありません。脳の研究です。運動の指令を出すために脳が発する電気信号を読み取るのにセンサーを用いるだけです。
この信号は、脊髄にダウンロードする必要があるので、何百もの現在では何千もの脳細胞を同時に読み取ることのできるセンサーを取り付けました。
こうした電気信号から空間を動き回るために、脳が生成している運動計画を抽出するのです。そうすることで、それらの信号をデジタル化された指令に変えて機械や電子制御装置や仮想デバイスも理解できるようにします。
それにより、被験者は動きを想像してデバイスは脳の指令に従うのです。
こうしたデバイスに様々な種類のセンサーを装備することによって、これからご覧いただくように脳にメッセージを送り返して、それがどこであれ随意運動が実行されたことを確認します。
被験者のすぐ横であっても、一軒隣であっても地球の反対側であってもです。このメッセージが脳にフィードバックされると脳は、目標を実現したことになります。そう動かすのです!
ブレイン・マシン・インターフェース(Brain-machine Interface : BMI)とは、シナプスやニューロンから発生する脳波や脳活動による血流量変化の電気信号を読み取り
脳(思考)と機械のダイレクトな情報伝達を達成するプログラムや機器(fMRIなど他にも様々あります)のことです。
逆に、脳への信号の機械的な伝送によって、BMIがこれを適切な脳刺激の形に変換し、後頭葉の視覚野に対して磁気刺激することによって、その場にいながら空撮映像イメージが「脳裏に浮かぶ」ことが可能になっている。
こちらは人間では実用化までは至っていない。
私たちは、彼らと一緒にエクソスケルトンを作りました。可動域15度の水圧式機械で脳波記録法と呼ばれる非観血的に記録された脳信号によって命令が下されます。
患者は、運動を思い描き、命令を制御装置。そして、モーターへと送り遂行するのです。このエクソスケルトンは人工皮膚で覆われています。これはミュンヘンにいる私のよき友人のゴードン・チェンによって作られたもので、動いている関節や地面に触れている足の感覚が患者にベストやシャツを通じて伝わるようにするためです。
微細振動を発生するスマートシャツで、フィードバックを伝達して患者の脳を欺いて、その感覚を感知しているのが機械ではなく、再び歩き始めた患者自身なのだと思わせるのです。
私たちはこの開発を進め、これは、私たちの患者の1人ブルーノが初めて歩いた様子です。これには数秒間かかります。というのも設定しているところでヘルメットの前方が青く光るのが見えると思います。
ブルーノが行おうとしている運動を思い描くとコンピュータがそれを分析して、ブルーノがそれを確認します。確認されるとデバイスはブルーノの脳の命令に従って動き始めるのです。���はちょうど確認して歩き始めるところです。9年間動くことができなかった彼が自らの足で歩いているのです。
そして、それ以上に歩いているだけでなく、彼は地面を感じてもいるのです。エクソ(スケルトン)のスピードが上がると彼は、サントスの砂の上を歩いているのだと教えてくれます。事故に遭う前によく訪れたビーチ・リゾートだそうです。
こうして、脳はブルーノの頭の中に新たな知覚を生み出しているのです。
では、これからこの研究はどこへ向かうのでしょう?
残りの2分間であなたがたの想像を超えることをお伝えしましょう。脳制御技術はすでにあります。これが最新のものです。1年前に発表したもので、初めての脳から脳へと伝達するインターフェースです。
動物の2つの個体が思考でメッセージを交換できます。一方の個体が環境から何かを感じ取ると、いわば思考でSMS。神経生理学的な信号をもう一方の個体に送り、もう一方は環境が発するメッセージを知ることなく、必要とされる動きができるのです。
なぜならメッセージは最初の個体の脳から送られているからです。
私たちは、これをもう少し高度なものにしてサルに脳のネットワークで思考で共同作業させています。脳の活動を共有しあい、先ほどお見せした仮想の腕を一緒に動かすのです。
これは、2匹のサルがはじめて脳の活動を組み合わせ、脳を完璧に同調させて仮想の腕を動かす様子です。1匹のサルは、x軸を操作し、もう1匹は、y軸を操作します。しかし、3匹のサルに共同作業させ、1匹にx軸とy軸をもう1匹にy軸とz軸を。
そして、3匹目にx軸とz軸を操作させると大変興味深いことが起こります。3匹一緒に3Dの腕を動かして有名なブラジルのオレンジジュースを手に入れるというゲームをプレイさせるのです。実際に一緒にやりとげることができます。
いつか、数十年後に私たちの孫の世代は、考えるだけでネットサーフィンをしたり、目が不自由な自閉症の子供にある母親が視力をあげたり、脳から脳への伝達のおかげでしゃべれるようになったりするはずです。
こういう新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところのプラスサムになるから既存の産業との
戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありませんので、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!
2018年現在では、サピエンスは20万年前からアフリカで進化し、紀元前3万年に集団が形成され、氷河のまだ残るヨーロッパへ進出。紀元前2万年くらいにネアンデルタール人との生存競争に勝ち残ります。
そして、約1万2千年前のギョベクリ・テペの神殿遺跡(トルコ)から古代シュメール人の可能性もあり得るかもしれないので、今後の「T型オベリスク」など発掘作業の進展具合で判明するかもしれません。
メソポタミアのシュメール文明よりも古いことは、年代測定で確認されています。古代エジプトは、約5千年前の紀元前3000年に人類最初の王朝が誕生しています。
(個人的なアイデア)
電気を作る熱力学のサイクルで熱効率は、ほぼ50%、45%~50%の効率まで高めることは可能ですが・・・
高温の物体から熱を受け取り、電気という「使えるエネルギー」に変換できる機械を一般的に「熱エンジン」と呼んでいる。
高温の物体から受け取った熱エネルギーのうち、どれだけ活用できたかという比率を「効率」と物理学では定義している。
この効率は、原理的に超えられない「カルノー効率」という上限があることが知られている。
カルノー効率が達成されると、効率は上がるが、同時に仕事率がゼロになる現象。
つまり、熱エンジンの効率を最大限に上げると出力がほぼゼロになることを意味しています。そして、効率100%は物理的に不可能ということです。
中世で試行錯誤が行われたことに終止符が示され、機械での永久機関は作れないことが、この現象から理解できます。エネルギー保存の法則からも理解できます。
他には、燃料の持つエネルギーをどれだけ動力として取り出すことができるか?これをエンジンの熱効率と定義しています。
2020年の段階で、ガソリンエンジンの熱効率は最高で40%前後あり、10年くらい前までは30%程度。低燃費の技術競争もあるけどカルノー効率から限界も見え始めています。
だから、ガソリン自動車から電気自動車へ世界中の法人が開発を加速して切り替えている潮流があります。
2020年後半くらいから様々な占いで出てきてた時代の変わり目。それが、西洋占星術で具体的に「風」の時代という形で出てきました。
私が、感じとってたインスピレーションは、たぶんこれかな?
兆しは、世界的な金融ビックバンの1970年代、IT革命のミレニアムの前から出ていたけど。
これは、これまでの約200年間。物質やリアリティの影響力優位「土」の属性の時代から、量子コンピューター、ビットやインターネットなどといった物質ではないものに影響力が増していく「風」の属性の時代に。
そして、本格的に軌道にのっていく属性は、今後200年程続くことになるのです(2020年12月22日から、2100年当たりをピークに少しずつ衰退していく2220年まで)
直前に!
Appleも何かを感じてたのか?Appleシリコン搭載Macの方は、「Mシリーズ」チップに移行してるし、符号してる。
Googleは、量子超越性を達成してきてるし、Facebookも脳波を読み取る機械の開発を発表してますし、符号してる。
イーロンマスクもブレイン・マシン・インターフェース(Brain-machine Interface : BMI)を具体的に発表。これも、符号してる。
ここから予想できることは、バリーシュワルツが言うように、労働の概念が変わり、地球に居ながら映画アバターのように!その惑星にある資源を使い。
月や火星、土星や衛星などに無人ロボット部品を送り、ゲームのように自宅にいながら共同作業しつつ仕事をすることで高額な賃金が手に入る可能性も高い。
火星や土星や衛星に関しては、有人宇宙船内を無重力工場にして惑星移動期間に3Dプリンター製造、組立を効率的に行うことが実現すれば良いが無人ならベスト。
光速で惑星間通信できるようになったとしても、火星や土星や衛星への通信は、地球からでもリアルタイムで遅延が起きるため、月面のみ、この可能性が開けます!
無重力でもあるため、洞窟に工場を建築して人間の暮らせる環境を作り出すこともできそうです。可能性は無限!この領域に限界はありません!国家や行政府の範囲外なので極端な自由もあります。命の保障はないけど!
このアイデアは、今後数十年、人間の限界を遥かに超える新産業なのでプラスサムになり、地球環境は汚染されず資源エネルギー問題も起こりません。
さて
今回の新型コロナで浮き彫りになった!ことがあります。
センセーショナルなテロなんかより、パンデミックやインフルエンザの方が、普段から亡くなる人多い!
テロ発生有無の違いは、イベント規模の有無と関連してること。
その証拠に、日本国内の場合、新型コロナウイルス流行直後。
イベント規模が、縮小中は、テロどころか軽犯罪も減少したし、新型コロナウイルス感染を避けるため人も減った。
イベント規模が、拡大するほど、テロの発生率が拡大するから、発生したら一定期間。
イベント全停止のサーキットブレーカー発動で、解決できるかを社会実験する必要があります。
テロや無差別殺傷事件犯を、逆に、差別的に生贄にする監視社会システムに問題があります。
対策として、ヨーロッパのGDPR相当の規制が必須です。
または、社会的孤立の定義は?
本人の許可なく情報扱う傲慢な法人に鉄槌下し覗き見対策のGDPR強化が絶対必要。
許可の確認メールやメッセンジャーで確認しても良いか?をせずに勝手に覗き見できる状態になっている。
現代では、双方向にできるなら別の対策として、逆に、法人の社員が覗き見してたら、AIで公共空間のモニタに社員の覗き見してる状態をリアルタイムで映し出せば、対等じゃないの?
これを拡張して
行政府や権力者、警察にも適用。覗き見してたら、AIで全国の公共空間に専用モニタ設置して、覗き見状態をリアルタイムで映し出せば、対等かも知れない?
ことに応用できる!と気づいた!
このアイデアどうかな?新産業だし雇用も産まれる。
前提として、公人、有名人、俳優、著名人は知名度と言う概念での優越的地位の乱用を防止するため徹底追跡可能にしておくこと。
行政府や警察など権力機構もSNSに近い仕組みだから、業務の情報を悪用したら、AIで瞬時に使用履歴を専用モニタに公共表示させて、権力の透明性を向上させた方が、カントが言う永遠平和に資するけど?
裁判所令状なく、情報覗き見する職員を浮き彫りにできる。
内部通報も専用モニタに瞬時に公共表示できればいい。これも新産業だから雇用が増える。
逆に、裁判所令状なく、庶民を追跡すると基本的人権侵害。
法による善悪は、行政府が、勝手に決めた裏付けなしの法律は、棚卸しして無効にすべき。
ある程度、便利な物中心社会システムが達成すると、瞬時にセキュリティや基本的人権が重視へ。
トフラーから実現のスピードが、構造上、行政府と民間では違うし、太古から王族内では、限定的でこれらの差分が微小になっていく。
ここから王族から庶民へ拡張して、情報を扱う場合、国内一人ずつへの詳細精密な本人許可の有無確認をすることで、情報の扱い方を王族並みに対応すべきです。
メリトクラシー至上主義、競争主義社会システム新自由主義を古代中国から、たとえて簡単に言うと乱世。
意図して均衡させて、奸雄は排除していくことが鉄則。カントの永遠平和を実現が重要に。
つまり、IT産業長者は、乱世の奸雄。テロ抑止にもなる現代では、競争時代の奸雄を排除することと同様の概念になります。
<おすすめサイト>
実用に向けた大規模言語モデルApple インテリジェンス 2024
シェーン・レッグとクリス・アンダーソン :AGI(汎用人工知能)のトランスフォーマーアルゴリズムな可能性 - そしてそれがいつ到達するか
量子コンピューターの基本素子である超電導磁束量子ビットについて2019
人類の革新。方向性のインスピレーション
Kickstarter タン・レイ :脳波で動作するヘッドセットインターフェイス
EMOTIV EPOCを使用して、GoogleCarを念じただけで運転
ダフニー・コラー :人工知能オンライン教育が教えてくれること
インターステラー(字幕版)
ダニエル・クラフト: 医学の未来ですか?アプリがありますよ!
<提供>
東京都北区神谷の高橋クリーニングプレゼント
独自サービス展開中!服の高橋クリーニング店は職人による手仕上げ。お手頃50ですよ。往復送料、曲Song購入可。詳細は、今すぐ電話。東京都内限定。北部、東部、渋谷区周囲。地元周辺区もOKです
東京都北区神谷の高橋クリーニング店Facebook版
0 notes
djcyberspace · 2 months ago
Text
仮に憲法9条2項を改正しても、日本が侵略国家になることは不可能だという話。
最近、国内の政治界隈で定期的に話題に上がる「憲法9条改正」。与党第1党である自民党にとっては結党以来の党是であり、ロシア-ウクライナ戦争や中国の軍事的圧力の強まりといった安全保障環境の悪化により、政治家の口からこの話題が語られることもしばしばになっている。
結論から言うと、自分は憲法改正には賛成の立場だ。それも、今の自民党が掲げる「自衛隊明記案」では無意味であり、きちんと今の自衛隊を国内法上も軍隊として位置づけるべき、という考えを持っている。
現状の自衛隊は法律上、有り体に言えば「見た目だけは軍人っぽく整えた公務員の集まり」であり、それを有事の際に相手国の「本物の」軍隊にぶつけるのは安全保障上不安であるということ。国際法上は既に軍隊として扱われている以上、もしもの際に十全に実力を発揮してもらうためにも、国内法と国際法上の取り扱いを統一すべきと考えていることがその理由だ。
そもそも、憲法改正自体に否定的な考え方を持つ方々から見れば、「戦争したがっている危険人物だ」とでも見えるかもしれない。
ただ、どうか安心して欲しい。たとえ日本が今後憲法改正をして、よしんば本当に自衛隊が正式な軍隊組織になったとしても、それを以て日本が「侵略戦争をするような国」になることは、絶対に出来ないからだ。それも、これは単に「政治家にその決断をする胆力がない」とかいう話ではない。それよりももっと現実的な障壁の話だ(まぁ、今の日本の政治家にその胆力があるかと聞かれたら、ぶっちゃけないと思うけどね)。
まず第一に、今の日本にはそもそも侵略戦争を仕掛ける動機がない。今の日本は、尖閣諸島・竹島・北方領土の問題を除けば、基本的には諸外国との外交関係は概ね良好だ。欧米諸国と中東諸国、それぞれ全く異なる文化や世界観をもつ勢力のいずれとも友好的な関係を持てているのは、誇張ではなく日本くらいのものかもしれない。
そして、エネルギー資源の乏しい日本は海外から物資を輸入し続けることで経済を回す必要があるが、ウクライナ戦争勃発以降の物価高を見ても分かる通り、安定的な貿易を続けるためには世界秩序の安定は必要不可欠。つまり、わざわざ今の日本が自分から戦争当事国になりにいくことは、全くもって意味がないどころか国益を損なう行為でしかないわけだ。
じゃあ、仮に何かしらの侵略の動機を曲がりなりにもでっちあげられたとしても、今の日本には侵攻作戦を仕掛けるための軍事的能力はない。これが第二の障壁だ。
「侵略戦争」を成り立たせるにあたっては、歩兵による相手国の領土の占領を伴うことが必要だ。領土の占領がなければ、仮に相手国がダメージを受けたとしてもいずれは回復し、反攻する余地を与えてしまうからだ。
そして、日本は四方を海に囲まれた島国、仮に他国を侵略するならば、その橋頭堡を築くための上陸作戦が必須になる。そのためには、実際に海から敵国領土に上陸する部隊と、上空から航空支援を行う戦闘機部隊の両方を運用できる船、すなわち強襲揚陸艦が必要だ。
だが、今の日本国自衛隊は強襲揚陸艦を一隻も保有していない。おおすみ型輸送艦と呼ばれる似たような機能を持つ艦艇は持っているが、この船に戦闘機部隊の運用能力はなく、保有数もたったの3隻しかない。敵国への侵攻作戦を形にするには、あまりにも数が少なすぎる。
そもそも、専守防衛を旨とする自衛隊の装備体系は、その方針を逸脱しないように厳しく能力が制限されてきた。過去には「航続距離が伸びるのは侵略につながる」などという謎めいた理由で、航空自衛隊の戦闘機から空中給油能力が一時的にではあれオミットされたことすらある。今の自衛隊が保有する装備はそういう議論の積み重ねの上にある、ということを忘れてはいけない。
ハード面はもちろん、ソフトの部分も足りない。今の陸上自衛隊においては、ピラミッドの最下層に位置付けられる陸士の数が足りていない。彼らは階級においてこそ最下層ではあるが、民間における平社員と同じで有事の際は最前線で手足となる立場だ。それが不足しているということを甘く考えてはならない。
現状の陸自は、陸士の人数不足の問題から防衛戦闘においてすら作戦遂行に不安がつきまとう状況だ。まして、防衛戦以上に攻撃側が人数を割かねばならない侵攻作戦など、とてもではないが出来る状況ではない。もちろん、専守防衛を掲げてきた以上、そのような作戦を遂行するためのドクトリンもない。常識的に考えて、装備も戦術も戦力の頭数もない軍隊に、侵略戦争など不可能だ。
で、仮にその障壁を人外レベルの根性で乗り越えられたとしても、第三の、そしてある意味最大の障壁が待っている。今の世界秩序においては、侵略戦争は違法行為として禁じられているということだ。
現在の国連憲章においては、自衛権(個別的あるいは集団的の別を問わない)の行使あるいは国連決議に基づく武力制裁以外の、全ての武力行使が違法行為として禁止されている。それに背いた国は少なくとも経済制裁に晒されることになるし、ロシアがウクライナ相手に開戦した際は、日本も対露制裁に加わったのは記憶に新しい。
それでも、ロシアは世界屈指の資源国だからまだ辛うじて耐えられてしまっているけれど、前述の通りエネルギーを輸入に頼っている日本はそうはいかない。日本が仮に制裁を受けるようなことがあれば、日本行きの物資は合法的に輸出を止められることになる。そうなればその影響はたちまち経済や国民生活を直撃するだろう。よしんば侵攻が何かの間違いでうまくいったとしても、本国の経済が潰れてしまったら本末転倒だ。
そして、日本は基軸通貨・円を保有する国であり、G7の一員という世界をリードする立場の国でもある。そういう国の経済が制裁によりぶっ壊れれば、それは即ち世界経済がぶっ壊れることを意味するわけだ。仮にそうはならなかったとしても、戦後一貫して力による現状変更を否定してきた日本が自らそれを否定するムーブをすれば、日本に対する外交上の信用や尊敬は無になるだろう。日本や日本人が今のように世界から受け入れられるようなことは、二度となくなると思う。
長々と書いてしまったけれど、敢えて乱暴な言い方をするなら、「たかが憲法改正ごとき」で日本が侵略国家になることなどあり得ない。たとえ憲法を変えたとしても、それ以外にも越えなければならない障壁は山ほどあり、そしてその中の少なくない数は「日本政府の都合ではどうにもならない」ものだからだ。
過去には日本だって侵略をやってたじゃないか、という人もいるだろう。確かに大日本帝国の時代に、我が国も実際に海外への侵攻をやっていたのは事実だ。ただ、あの時の日本には帝國陸海軍という軍事的能力、そして当時の植民地獲得競争に勝ち、自国の権益を守るという動機があった。そして、帝国主義の時代にそのような軍事力行使が容認される時代背景もあった。今とは真逆の状況である以上、それは今の日本国も同じことをするという根拠にはならない。
戦後の日本では軍事についての議論がタブー視されてきた背景もあり、よく知らない分野に対して恐怖感を抱くという人もいるだろう。それはそれぞれの価値観であり否定はしない。ただ、安全保障は自分たち自身の命の問題でもある以上、現実がどうなっているのかをきちんと知って、自分が抱いた恐怖感が思い込みでないのかどうか、検証する必要があるんじゃないだろうか。それをやらずに感情的に喚き散らかすのは、分別のある大人のやることではないよ。
0 notes
itocaci · 2 months ago
Text
今井祝雄を見て"amachi."を想う
Tumblr media
こんばんは。
電車に揺られて、当初は神戸市立博物館で開催中の「デ・キリコ展」でも見に行こうかと思っていたのだけど、綺麗な青空を車窓から見ていたら、なんとなく芦屋市立美術博物館に行きたくなった。
車内アナウンスで「芦屋」の案内が流れると、一瞬悩んだものの思い切って席を立った。
Tumblr media
「今井祝雄 - 長い未来をひきつれて」が9/14から11/17まで、芦屋市立美術博物館で開催されている。
興味があって、チェックはしていたもののまさか、こんな軽いノリでくることになるとは思っていなかった。
僕が前回、芦屋市立美術博物館を訪れたのは2016年の春のこと。
「美術と音楽の1日」という企画で、コンサートと美術展が開催された展示以来となる。
気持ちの良い音と、時間が経過することで表情を変える天井からの光が美しかったことを思い出して、こんな気持ちよく晴れた日にはぴったりな美術館ではないだろうか。
8年前の記憶を辿って訪れることにした。
芦屋市立美術博物館は、ひっそりと閑静な住宅街の中にあるものの、海の気配を感じるような気持ちの良い場所だ。
街にある大きな美術館とは違い、街に溶け込むようにひっそりと佇む美術館だ。
Tumblr media
今回の企画、「今井祝雄 - 長い未来をひきつれて」は、今井祝雄のこれまでの活動を「現在」・「70年〜80年代」・「60年〜70年代」と過去へと遡り、振り返る展示だ。
具体のメンバーとして活動を始めた今井。
「空間」・「時間」・「現象」・「存在」といった根源的なテーマを軸に制作を行う作家の姿勢や眼差しを、過去へと遡りながら振り返ることで、今井の作品の根幹へと繋がる展示構造が刺激的だった。
また、作品の横には、今井が掲載された雑誌などのインタビューも抜粋されて掲示されることで、一層作品を楽しむことができる。
「空間」・「時間」・「現象」・「存在」といった根源的なテーマを軸に作品を制作するということを先ほどお話ししたけど、今回の展示を通じて制作のプロセスの中で生じる「現象」の可視化、「時間」の堆積といった点を感じることができた。
「作品とは完成を目的としない思考と行為の副産物であるという考えは。70年代から変わらないものとあらためて思います」
そのように話す今井。
つまり、制作プロセスの可視化が作品となる。
「空間」・「時間」・「現象」・「存在」に対するアプローチ、その結果が作品となっているに過ぎないのだ。
Tumblr media
瀑布 - ビデオの時代 (2024年)
VHSのテープが滝のように上から落ち、下に堆積する。
録画し、記録した時間の堆積を感じることができる。
Tumblr media Tumblr media
デイリーポートレート (1979年〜)
1979年から続ける、自身のポートレート。
前日に撮った自身のポートレートを手にして撮影をすることで、過去と現在を繋ぐ。
時間の堆積、ポートレートを撮影するという行為の可視化とも言える。
Tumblr media
タイムコレクション (1981年)
ブラウン管に映し出される様々なテレビ映像を、一定時間シャッターを開放して撮影した作品。
数秒単位で変わる画像の積み重ねは何を示すのか分からなくなり、テレビ画面に変わらず存在する時間表示だけが読み取れる。
Tumblr media
時間の風景 / 阿倍野筋 (1977年)
信号の赤と青に塗りつぶし、走る車と歩く人を二重に写した作品。
空間は定点でありながら、その空間に流れる時間の差異を一つの画面に同居させた。
Tumblr media
Red Light (1976年〜1977年)
赤信号になった瞬間にシャッターを押すことで生まれる、偶然性によって生まれた風景写真とも考えられる。
Tumblr media
SQUARE - glass/grass (1970年 / 2013年)
夏のある日。草の上に透明のガラス板を置き、その空間における現象の変化を記録した作品。
Tumblr media
左:白のセレモニー ・90度 (1967年 / 2013年)
右:白のセレモニー HOLES 3 (1966年)
空間に落ちる影や光も作品の一部であるという考えから、空間そのものを作品として提示した。
このように、今井の一貫した「空間」・「時間」・「現象」・「存在」といった根源的なテーマを、多くの作品を通じて感じることができる展示だった。
「空間」・「時間」・「現象」・「存在」というテーマは、どの時においても誰しもに、平等に与えられているものである。
そんなテーマを扱った作品に触れることで、私たちも「空間」・「時間」・「現象」・「存在」に対してこれまでと異なった眼差しを向けてしまうのだ。
また、今井のこのような作品に触れることで、「偶発性」という言葉も合わせて紹介したい。
作家の制作プロセスの可視化は、そこに映し出される風景は作家の支配下を離れ、偶然映し出された風景であったり、時間であったり、現象である。
ここ数年、僕自身がそういった偶発的というか、自分のコントロールを離れる環境に、出来る限り身を置く時間を作るようにしている。
行き先をルーレットで決めてみたり、事前の下調べを最低限に留めて、出会いをその時に委ねたり。
もっと身近なことで言えば、晩御飯の買い出しをその日の特売を見て決めたり。
インターネットやガジェットの普及によって、無数の情報にアクセスが可能となった社会において、SNSやサブスクリプションといったサービスは自分の思考や行動を、ある方向へと強めていると考える。
情報化社会において、私たちが目にする投稿であったり、広告というものは、そういった過去の検索履歴を元にして選ばれている情報になるのだ。
知らず知らずに私たちの思考や行動というものは、ある一定の方向へと導かれている。
例えば、選挙において自分の主張や主義は、SNSで大数を占めているような錯覚に陥る。
しかし、いざ蓋を開けてみると、世間とは乖離しており、自分の投票した支持者が負けているなんてことはよく経験することだ。
だからこそ、そんな情報化社会によって導かれる道から外れるために、自分の意図しない偶発的な出会いを求めている。
「今井祝雄 - 長い未来をひきつれて」で、今井の作品に触れることで、「空間」・「時間」・「現象」・「存在」を通じた、作家のコントロールを離れた風景というものは、改めて僕自身にとても刺激を与える展示と作品だった。
さて、僕はこの展示を見ながら、この展示に"amachi."の服を着て訪れれば良かったなんて思った。
Tumblr media
今井と対象は異なるかもしれないが、"amachi."は自然の観察を通じて、作品へと落とし込む。
そして、時に、自然にデザインを委ねるような手法も取る。
ある種、"amachi."の発表する服というのは、"amachi."が行った自然の観察結果とも言える。
雪が堆積したようなデザインのニットは、実際にデザイナーが雪の降る日に外に出て、服の上に雪が堆積した部分をトレースし、デザインへと昇華させている。
また、実際に降ってきた雪の結晶を顕微鏡で観察し、そのまま刺繍に落とし込むといったアプローチをとったアイテムもある。
Tumblr media
2つの天然染料を使って生み出したシャツの色は、1着ごとに色の入り方も異なり、色のムラが存在する。
雨の降る日に外に出て、雨に濡れた部分をトレースしてニットの柄に落とし込んだこともある。
多くを紹介すればキリがないことなのだが、確かにデザインはきちんと考えられているのだけど、自然に委ねる余白の面白さ。
自然という現象の可視化であり、偶然の積み重ねによって当店に到着しているのだ。
目を向ける眼差しは全く異なるし、作品も全く異なるのだけど、僕は今井の作品を見ながら、"amachi."の服のことを思ってしまった。
この日、気持ちに任せて、ふと芦屋で降りたという行為もそれはコントロール不可の状態だったのかもしれない。
そんなことを思いながら美術館を後にした。
Tumblr media
帰り道。
僕は、Googleマップを放棄し、気の向くままに歩いて帰路についた。
駅から10分ちょっとの美術館。
帰りは1時間かけて歩いて帰った。
芦屋川の河口。
大阪湾の夕暮れ。
じめっとした潮風。
波の音。
その全てが、そのまま駅へと向かえば出会いない風景であり、時間だった。
その気持ちよさを一層感じた1日となった。
Tumblr media
0 notes