#カレーちゃん家
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onyomugan34 · 2 years ago
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2020年9月19日14:28
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chibiutsubo · 1 month ago
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#たべもの #お雑煮
これも毎年上げている気がしますが、我が家のお雑煮。質素!シンプル!東海地方!という感じのお雑煮です。
茹でた角餅をお椀に入れ、砂糖醤油を少しだけかけて、茹でた菜っ葉を乗せます。以上です。完成です。お好みでかつお節をかけてください。
小さい頃からこのお雑煮なので、まあお雑煮とはこういうものよな……と思って食べていますが、私は甘辛味があまり好きではないので、メジャーな出汁味のものも食べてみたいものです。遠方出身の人と一緒に住んでいた時は違うお雑煮が食べられるのでは、と思ったものの、うちは毎年正月カレー食べるよ!と言われ、カレーなの……?😊😊となった思い出。結局実家以外のお雑煮は食べられずじまいでした。
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とりあえずの家族だけで食べる用のおせち。ちゃんとしたおせちの開封は来客のある明日(2日)になります。
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iameyetea · 8 days ago
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豊橋カレーうどん&お土産
滋賀から豊橋へ移動🚙
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手筒豊橋カレーうどんを食べに行きました😊
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豊橋の手筒花火がちくわと野菜の葉で表現された素晴らしい映えうどん!✨メニュー写真みたいに、福神漬けを火花に見立てトッピングするのを忘れてしまった...悲しい😭w
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豊橋カレーうどんの特徴は、必ず自家製麺であること、器の底にはトロロご飯、豊橋産うずらの卵をトッピング、福神漬けor壺漬けを添える、だそうな。
お店によっては豊橋産ミニトマトや、海老カツ、お餅が入ってたり。具材が違うのも楽しみ😊
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夫さんは三河豚の味噌煮込みうどん + とんかつ
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妹が途中からうどん飛び入り参加🚗
妹の旦那ちゃんの実家に腐るほど夏みかんが実っていて、わざわざ持って来てくれましたありがたやありがたや🍊
やっぱり純正タイヤ4本持ち帰るのやめて正解でした...お土産たちで後部座席埋まっちゃいましたからねw
今日の晩御飯は、豊橋のクックマートで買ったハンバーグにしよう🤤
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走り井餅とケーニヒスクローネは、娘たちの彼氏ちゃんにお裾分け😋
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lllusioninthehead · 2 months ago
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女性の家で留守番をするのが好きだった。
何度目か、男女の関係になった人。相手だけが仕事で自分は休みで。なんとなく帰るのがめんどくさくなっていたら「別に家にいても良いよ」と言われお腹空いたはこれ食べててとタッパーに残った肉じゃがや冷凍されたご飯やうどん。インスタントラーメンなんかを提示される。
持っていた文庫本を枕元に置いて、他人の家で寛いでいる奇妙な状況に身を沈ませてあれこれ考えてみる。
他人の部屋は、空間丸ごと空気が違っていて、時間の進み方も違うようで、日々の焦りに競争、やりかけの仕事に片付けなければならない家事をすべて停めてくれるように思える。
大抵���指示通りのものを食べずに近くのスーパーに行き夕飯を作って待っている。機を織る鶴の心境。と入ってもカレーを作ったりするだけなんだけど。
あまりプライベートの重ならない人を何度かの印象や会話や物腰とあとは好みかどうかで判断されて、許し許されてそこにいる。
ホワイトボードに貼ってある学生時代の写真を眺めて、棚にある本の趣味に思いを重ねて、冷蔵庫の食材から日々の暮らしを想像したりして。
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大抵お付き合いすることはなく、何度かしんどさやどうしようもなさを交換して、どちらかが忙しくなったり、風邪を引いたりして関係が終わる。
また、いつあってもいいように。やり掛けの編物を大切にしまうように。
とても私的な(詩的な)関係のまま。
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momokuri-sannen · 2 months ago
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昼飯はいつもの中華麺から作る焼きそば。
これもかなり作り込んできたので、よほどの突発的な事故でも起きない限り失敗ることはない。
家族も安心して食う。
我が家の焼きそばだ。
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晩飯はチキンカレー。
カレー粉とホールトマトで作る。
これも我が家のカレー。
しかし雨が降らない。
乾燥しているせいか、やたら喉が渇く。
朝からお茶やら野菜ジュースやら梅ジュースやら飲みっぱなしだ。
肌も乾燥していて、これは老化なんだろうけれど痒くて仕方ないのでワセリンを塗りたくっている。
暑けりゃ暑いで文句を言い、寒けりゃ寒いで文句を言い、雨が続けば文句を言い、晴れが続いても文句を言う。
勝手なもんだよなァ。
ごちそうさん。
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kennak · 5 months ago
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これが世界最大という超超巨大書店を、どーんと僻地でもなんでもいいから街が作れそうな平野に作ってほしい。その超超巨大さは世界第2位を突き抜けてほしい。 政府もテコ入れし、クラウドファンディングも募り、数多ある企業も全勢力が参入してほしい。もうとにかく全力をかけて作ってほしい。 「そんなことして失敗したらどうする?!バカじゃん?!」とか考えず作ってほしい。勝算とか考えず勢いで作ってほしい。 そこには和書だけではなく洋書もある。西洋の本だけではなく中国語の本、アラビア語の本、アフリカーンス語の本、とにかく片っ端から「いやこれいらんだろ」みたいな本だったとしてもすべておく。 なんなら和書が中央ではなく洋書が中央である。日本語を中心で考えてほしくはない。言語別に存在する知の量に応じた配分をしてほしい。 客層に応じてカテゴリ分けは必要だろ���。1つの書店だけでなく複数の書店が統合してもかまわない。古本屋を集めてもかまわない。 「よくわからなくても物理の本を買うなら日本のここへ行け。たぶんあるから」という状態になっていてほしい。日本の中規模以上の書店はほぼすべてここに集める。 全勢力が協力してできた超超巨大書店を中央に据えて、その周りを他の超巨大書店が取り囲む。その周りは巨大書店。その周りは中規模書店、その周りには小規模書店。 海外からも片っ端から誘致する。必要なら補助金も出す。「バカなの?」とか「さすがに海外出店は難しいです」とか一蹴されるだろうが「まあ採算とれそうだからいいよ」と言われるまで粘ってほしい。 税金をたくさん投入してもかまわない。重要なことは「そこにある」「とにかく日本のここに来たらある」「お前のやりたいことは知らんけど本がほしいなら日本のここに行け」という願いが叶う場所だ。 例外を作ればそのブランドは失われる。このブランドこそが他国が追随不可能な圧倒性を生む。先行者利益だ。バカすぎて1つ1つで見るとデメリットしかない行為が、結合すると巨大な1つのメリットを作り出す。 どこかで手を抜くと終わる。そんなことまでする必要ないんじゃないのとか、それってめちゃくちゃ損しますよねとか言われようが、究極に本を集める。 書店と書店の隙間にはさまざまなカフェが立ち並ぶ。個人で経営するカフェからチェーン店が密集する。コンビニも立ち並び、公園には読書に適したベンチがある。公園は読書に最適化されている。 その街にはどこにでも椅子が置いてある。買った本をすぐ座って読む人向けのものだ。 この街には有名人が毎日のようにやってくる。たとえば「ビル・ゲイツが本を選びに来日!」など当たり前のことになるだろう。 読書家はこの街の付近に別荘をかまえる。なんにもなかった僻地の近隣に富裕層街が誕生し、地価がとんでもなく上昇する。意味不明なおいしい話だ。 一方で本を読むことが目的でない人間には居心地が悪い空間になる。この街に存在している人間はほぼ全員本かその周辺が目的なのだ。本以外が目的の人間は異様に目立つようになり警戒される。 街の中央部分は徹底的に、本、本、本、本、本、と本が存在するのが当然の本の密集空間になっている。普通の人間が「ここまですることはないんじゃ・・・だって採算とか・・・」とドン引きするぐらいの熱量で本で溢れかえっていてほしい。 地面に敷かれたタイルには、文章が書かれている。まっすぐ歩くと偉人の言葉などがそのまま読めるようになっているのだ。たとえば「良い本は私の人生におけるイベントである。」「本の無い家は窓の無い部屋のようなものだ。」「���才とは努力する凡才のことである」などという文が永久に書かれている。有名な書の冒頭部分だったりもあるし、古典文学もあるし、文学のみならず数式も書かれていたりする。それを読むだけで日が暮れる。 この街の広告はすべて本に関するものでいっぱいだ。ほかでは絶対に見られない、読書家にだけ向けた広告が撃たれる。「こんな難しそうな本の広告ある?」というのがそこここで見つかる。 たとえばベトナム語のマンガの新刊広告なども見受けられていてほしい。 この街にあるのは紙の本ばかりではない。電子書籍派のための書店もある。他では絶対採算がとれないような形の店であっても、「読書家が毎日のように集まることが普通」の街特有の書店ができる。たとえば巨大な8Kモニタにその人へレコメンドされた電子書籍が大量に表示され、立ち読みすることができるとか。「辞書専門店」や「単語帳専門店」や「栄養学書籍専門店」などがあったりもする。そういうものを作っても不思議と利益が出るのだ。 この超超巨大書店圏内部には研究所や大学なども誘致する。どのような言語でも関係ない。化学系のカテゴリが立ち並ぶ「化学通り」のようなところには実験器具専門店も立ち並ぶ。 そういうところは、基本的には英語がメインだ。英語の下に日本語が書かれている感じ。イメージ的にはハリーポッターだろうか。ときどき「なんで化学通りにオムライス専門店がこんなにあるんだよ」などということもあるかもしれない。秋葉原や神田にカレーがたくさんあるようなものだろう。 やや込み入ったところにはマイナーな本屋がある。「なんだよこの本屋・・・」という、見るからに異国感が漂う本屋だ。謎の部族の謎言語で書かれた謎の材質の本が置いてあるなど。ネクロノミコンのような本も見つかる。 石版などもなぜかある。読書向けの椅子専門店もある。「本のためだけの椅子専門店」が生存できる場所は日本ではここしかない。 しかし、この超超巨大書店群の主目的は「本の集積」である。そこから逸れるようなことがあってはならない。何か欲をかいて「ここに企業をうんたら」などとして利益を優先するとこの街はあっという間にその意味をなくし滅びるだろう。ありとあらゆる人々が周辺の利益を求めて集ってくる。そういうのを一蹴できるような体制であってほしい。 「この街意味ないだろ。なんで作った。赤字だろ」と罵られながらも存続する街であってほしい。そして、そう罵る人も、ひとたびその街に入ると「すげえ・・・この街は地球に必要だわ・・・」とどうあがいても認めざるをえないほど感動できる街であってほしい。街自体で見ると赤字なのだが不思議と日本経済が潤う源泉である摩訶不思議都市であってほしい。完全に未来へと投資された都市である。 この街では、���もたくさんの書店が営業している。こんな大きな本屋が24時間営業できるのはこの街しか��りえないとなっていてほしい。「夜眠れないな・・・本でも買いに行くか・・・」という人外の行動を普通にするような場所であってほしい。 街の周囲には民家が立ち並ぶ。ただしこの民家に住む民間人はややおかしい。本のために移住してきた狂信者たちだ。軒先には自分の選書が並び「1冊100円」などと書かれていることも多々ある。 富豪がゴッソリ買っていくことを見越して少し離れたところに在庫置き場がある。 富豪が「ではこの棚からこっちの棚まで」などと爆買いしていく。もはやテロリストのようなものだが、そんなことは気にせずまた入荷する。本はバカみたいに売れる。 近隣の都市はこの超超巨大書店都市のおかげで経済効果がある。 この街は、「日本人なら1度は絶対行け」と呼ばれる場所になる。そしてひとたびそこに立ち入れば「世の中にはこんなに知識があったのか」「世の中はこんなに頭のいい人たちで溢れかえっていたのか」ということが、嫌でも全身の細胞に刻みつけられる。伊勢神宮みたいなものだ。それよりも神々しいかもしれない。 そして、全身の細胞で体感したその人は、格段に読書するようになるだろう。それは地元へ帰っても同じことだ。一流を目の当たりにした者は一流になる。 取次の問題も、書店が潰れかけている問題も、日本人が本を読まなくなってしまっている問題も、経済が深刻化している問題も、だいたい解決できるだろう。 誰か作ってください。 ちなみに国防にも役に立ちます。一度作ってしまえばここを潰すやつは「バカ」なので。ペンは剣よりも強し! 書店は兵器です。 追記 ジュンク堂書店など大型書店が潰れかけているのは知っている。 ただそれは、「本がたくさんあっても意味がない」のではない。逆。 大型書店であっても、本が少なすぎるのが問題である。 だいたい日本語の本というのは大して範囲が広くない。 それに「物理本を読む人が少ないから本屋が潰れちゃう」というのも逆だ。 「物理本を読みたいと思う人を増やす。そのためには本屋すべてが潰れることも辞さない」という情熱が正道である。 本というのは知の源泉である。だから知識がない人に迎合すれば、潰れるのは自然だ。知識がない側に与するのだから。 本の機能はそれとは真逆であり、全体を引っ張り上げるものである。知識がない側が「欲しい」と願える場にすべきなのだ。 ない側に媚を売っていれば潰れて当然。 「この本は今は読めないけれど、読みたいと思う」そういうものがない。 「この本は内容はちんぷんかんぷんだけど、そういう本の存在を知っている」そういうものもない。 ジュンク堂書店などですら、知らない人々が多い。大型書店の重要性を知覚できていない。入ったことが���い人間もいる。 だからこそドカンとぶち上げるのだ。 記事を読んでくれた人へ: 記事を読んでくれたのはありがたいが、たぶん自分が考えている規模と読んだ人が考えている規模に大きな差があると思う。 自分が考えているのは、もっとも小さく考えても深圳書城中心城の数十倍の大きさであり、既存の書店をちょっとだけ大きくしたものとか、蔵書が全く同一であるような大型書店が単に10個ある街という形ではない。 コーチャンフォーつくば店は50万冊、池袋ジュンク堂書店は150万冊、深圳書城中心城は400万冊、国会図書館は4685万点。Amazon Kindleは60万点。 自分が言っているのは、数億冊あるような書店群である。つまり、コーチャンフォーやジュンク堂書店や紀伊國屋書店は超超巨大書店(世界中の意味わからんハイレベルの本から選びぬかれ集まったエリート本屋)の周辺を取り囲む「日本区域最大の超巨大書店」の周辺を取り囲む「大型書店の1つ」という状態を考えている。ブックオフなどはその周りを取り囲む中型書店になるだろう。その周りを、身近にあるご近所の本屋さんがたくさんずらーーーっと並んでいるというような領域だ。いうならばこれが日本区域である。 世界の蔵書数はGoogleによると約1.3億冊であるらしい。日本区域内に別に中国語や韓国語の本があることもある。ただし日本区域の横には韓国区域だったり中国区域だったりする。その中国区域でもばかみたいにデカい超巨大書店があり、それを取り囲むようにジュンク堂書店並の大型書店があり、英語区域では……というような状態だ。言語別に分けられているだけでなく、「数学領域」で分けられていることもあり、そこでは「高校数学」の棚に世界各国の高校数学が並ぶ。数学の参考書を買いに来た高校生が、カメルーン人の中学生と仲良くなるみたいなことも想定できるわけだ。 地方のクソデカ本屋が数百個単位で入る「は・・・?」「この街が・・・全部・・・本屋さん・・・?」という規模の書店群である。 イメージとしては↓な感じ。 まもなく目的地の駅に近付く。電車にいる人々は全員が本を読んでいる。スマホを触っている人たちなど誰もいない。不思議な光景だ。多くの人がそわそわしている。初めて来た人たちが多いのかもしれない。 電車が駅に滑り込み走って降りる人々の後ろでのんびりと降りる。全く、はしゃぎすぎだろう。 降りた直後、本の形をした案内板が表れた。真っ先に飛び込んできたのは「↑ バベル中央書店」というやたらとデカい黒文字と、その下にあるやや大きな黒文字の「↑ 北区域書店」だった。 右を向くと・・・あれは・・・本の自動販売機?! 本を自販機で販売するのか。カルピスの作り方・・・自動販売機の歴史・・・Why could he make vending machines?・・・なるほど。 床には文字が書かれている。Station, State, Statue, Status. 何のことやらわからない。 改札を出る。改札を出ると、ああ、もうこれは本のテーマパークだ。最奥部に見える巨大な塔には雲がかかっている。おそらくあれが中央書店だ。その横には数えるのもバカバカしくなるほど書店が並ぶ。街には今まで見たこともないような人々で溢れかえっていた。ベンチでは読書をしている中東とおぼしき人が中国人らしき人と何やら議論している。彼らが話しているのは何語だろうか。 デジタルサイネージで目まぐるしく本の広告が入れ替わっていく。「サウダージにさようなら」「入門グロッキング」「般若心経の終焉」 ぼうっとしているとハトが飛んできた。ここでは何やら、ハトでさえ賢く見える。予算は5万円だったが、足りるだろうか。 Amazon倉庫でもないんだって。 なんか全然伝わっていなくてものすごく悲しい。 子どものときに巨大書店や巨大図書館に人生で初めて行ったときとか、論文と大学と研究の仕組みと接したときに、知の偉大さに震えたことがないだろうか。 目に見えないものは見えないことが多い。たとえば、ライブ会場に行ったことがなければライブの偉大さは本当にはわからないし、「本当にこんなにたくさんの人がファンなのだな」ということもわからない。 記号接地問題ともいうらしいが。 いま「自分が考えるクラスの巨大な本の集積地を人類の誰もが見ていない」というのが問題であると思う。誰1人として。 そういう知がたくさんあることは存在としては知っていても、「それを見たことがある人は誰もいない」のだ。いわば、月は見えるけど、月に行ったことは誰もいないような状態だ。 神田の古本屋街や、既存の大型書店というのは、いわば地球上にある月に似たところでしかない。「たぶんこれとこれがこうなると月」というふうにしか想像できない。だが月に行かなければ月の隕石は無いのだ。 ほとんどの人は、目に見えないなら存在しないと感じてしまう。マッチングアプリで人間を左右にスワイプするとき、人間ではないように扱う。それは人間として存在しているのに。 一方、眼の前に相手がいるとき、同じように左右に指を振って弾くのは容易ではない。これが目の前にあるかないかの大きな違いである。 自分が言っているのは、そういう知の集積の偉大さが理解できなくてもとにかくそこに行けば、「ああそういうこと」「人類は偉大だったのか」と、誰もがたちどころにわかってしまう場所がほしいということである。 それから、実現の不可否はともかくとして、「え、そういう本屋あったらめっちゃいいな〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と感じてほしい。
ド田舎に世界各国の超超巨大書店が集積する都市がほしい
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oheya30 · 4 months ago
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だれにたいしても完璧であろうなんてむずかしいのに、すべてを掬いあげることなんてできないのに、悩んでしまうのはよくあること。日々の生活なんて、たのしいやうれしいよりも、つらいとかしんどいかなしいが圧倒的に多いのかもしれない。できればポジティブな形容詞ばかりの生活をしたいけれど歳を重ねるごとにネガティブな形容詞が増えている気がする。もしもくらげならこんなこと悩まずにぷかぷか泳いでいられるのに、もしもねこならこんなこと悩まずに日向ぼっこしながら眠りにつけるのに。なんて羨んでしまうことも少なからず。でも、すきな本に触れたときのむねの高鳴り、どこからかのお家からするカレーの香り、なんでもない日に花束をプレゼントしてもらえるうれしさ、おともだちと会う日のあのかるい足取り、がちゃがちゃを回すときのどきどき、日曜日のよるにちょっぴり憂鬱なきもちでみるちびまる子ちゃんの穏やかさ、二日酔いの日にのむお味噌汁の美味しさ、ふゆの澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込むあの新鮮さ。ぜんぶ人間じゃないとわかりっこない。人間だから喜怒哀楽のこころに振り回されたりもするけれど、悩んでしまう人間だからこそ気づけることも共感できることもたくさんあって、だれかの痛みや弱さを包み込むことができるんだろうね。
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shitakeo33 · 8 months ago
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となりの家カレーのめっちゃいい匂いする。行ってみようかな
Xユーザーのはみがきさん: 「となりの家カレーのめっちゃいい匂いする。行ってみようかな」 / X
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cori-chan-meal · 9 months ago
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久しぶりのお家カレー🍛
気づいたら3ヶ月ぶりでした★⡱
にんにく+黒にんにく→Wにんにく🧄で、スタミナたっぷり!!
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diarytheroomoffuji · 9 months ago
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道徳心と言うのか
常識と言うのか
tumblr繋がりである方が、ご近所さんの事を語られていて、とても共感させて頂いた・・・
私の所では、日本では考えられないような事が極ふつ~にあります。殆どが日本人的には考えられない事です。マイナスの方(苦笑)
その理由は多国籍社会が一因ですけど、そもそも北米社会の常識って日本の一般的な常識とは全く違います。日本で紹介されるこちらの華やかな事って何処の事?って感じですよ(笑)以前も日記に記しましたが、その辺に疲れて日本��戻る方々も多々います。
ゴミのポイ捨て。これって日本人の私達は幼稚園や学校でも教わりますし、社会人でなくても子供の頃から常識だったりします。毎度言いますけど、最近の日本社会は全く知りません。私が言ってる日本社会は30年前で止まっていますから、ズレていたら申し訳ないです。
私の家のお隣さん、一方はもう20年以上前から暮らしているヨーロッパ系のご家族で、いつもお庭も綺麗にしていますし、私も色々な事を教わっております。
そしてもう一方のお隣さんは、以前はおばあちゃんと息子さんの2人暮らし(30年程)でしたが数年前に南アジアのカレー系の若い女性の投資家が買いました。・・が、彼女、お庭の掃除とか殆どしません(苦笑)。これは、差別ではありませんが、一般的に彼らの国民性で、庭の芝をコンクリートに敷き替えてしまう方々もいるくらいです。場所によっては、それを禁止している条例もあります。街の景観が崩れるので・・・(こちらの住宅地、家の前や後ろにに芝があります)
その投資家が突然その家を貸し出しましたが、引っ越してきたのは中近東系(たぶん)の家族でしたが、彼らはオーナーよりも更に家の事を殆どしませんし(レンタル物件あるある)、ゴミの問題も多々(苦笑)
私は、我慢に我慢を重ねていましたが、うちの敷地にもゴミは散らかってるし、その家の幼い子供達がうちのフロントヤードまで遊びに来ていたりと。一般的な日本の住宅事情より恵まれているので、フロントヤードもかなり広いので子供達が遊ぶ事はよくあります。しかしこれは別の問題で、その子達はゴミもポイ捨てします。子供達には怒れませんし、ある時子供達の親に話をしようと隣の家に行ったのですが全く英語が通じなく、彼らの原語もどこの国なのか??でした。
そんな事が何度か続いたのですが、ある朝彼らのゴミ箱をアライグマがひっくり返し、我が家の庭に散乱(ヒぃ~!)。私は、英語で手紙を書いてカナダの一般的なルールを彼らに伝えました。きっと彼らの仲間の誰かに英語が分かる人がいると思い。普通なら怒っても良いのですが、私も移民でこれまでにカナダの人達に色々教わってきましたから、本当に丁寧に接しました。
そんな事があってから数ヵ月経ちましたが、今まではこちらが挨拶しても殆どリアクションがなかったお隣さん(大人)も、手を上げて「ハロー」と言うようになりました。
このような問題で近所で抗争があることもありますし、警察が来ることもあります。これは良い例なのかもしれません。でも常識の違い、道徳心の違いってのは本当に大変です。まして同じ日本人��士なら尚更大変だと思います。
私の国では移民を大量に受け入れますけど、そのような常識をまず入国時にキッチリと彼らに教えて頂きたい。差別がどうこうと以前より騒ぐ世の中になりましたけど、差別が起きる原因もあり、政府機関が現場に丸投げしているから余計に問題が起きると思っています。
因みにこちらの幼稚園や小学校等では、子供達に教室や廊下の掃除の教育はありません。私がこちらに来て驚いた事の一つでした。ガッカリ・・・
自然環境を守る事も重要ですが、自分達が生活する所、しかも教育の場でそのような重要な事が行われていません。なので私は自分の子供達には掃除やゴミの話を常にしてきました。
世の中って難しいよね
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aoki-toru · 1 month ago
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(親の、その教えは、何十年もの?から)
とかく変化が激しい時代を、私たちは生き続けています。 祖父母のいいつけはもとより、父母のいいつけすら当てにはならない。 こんなことを言うと、たいへん無礼で伝統を軽視するように思われはしないかと危惧しますが…思い切って申し上げますと、 大人になった後は、そのいいつけが当てになるかどうかは、 自分で責任をもって判断しなきゃいけないと思うのです。 多くの場面では適切に判断しているのだろうけれども、 多くの場面では言いつけをただ単に守ってもいるようです。 心当たりはありませんか。
私が息子にいいつけたことは子育てであり、大切なことだったと今でも思います。おかげで、今でもそのいいつけが身についている部分があり安堵もしますが…今はそれではいけない…と思ったりすることもあります。 息子にいいつけたとき、私は30代だったり40代だったり。50代後半の今の私からすると、そのいいつけに疑問を感じたりもするのです。 大人になった息子に、「俺の言ったことはとりあえず忘れて」と伝えたことがあります。
「お節料理は用意しない方が4割、すべて手作りする方が2割」 そんなアンケ―ト結果に触れました。(ざっくりとしか覚えていませんが) もしあなたが、お正月にはおせち料理を用意するのだと、祖先の言いつけをただ単に守っているのだとしたら、判断し直してもよいのかもしれないと思います。 逆にあなたがお節料理���用意しない派だとすると、それはそれで、「おせちもいいけど、カレーもね」というCMにただ単に洗脳されているかもしれないと、 振り返ってもいいかもしれませんね。(笑) そもそもおせち料理の由来は平安時代の宮中だとか。庶民に広がったのは江戸時代だとか。どうして今でも同じように食べるのだろうか。そこに意味は今でもあるのだろうか。そんな風に考えて、食べたり食べなかったり、作ったり作らなかったりすればいいのでしょうね。 ちなみに我が家は妻が、義母の味に習って作ってきました(今年はちょっと病欠気味)。私は黒豆だけ担当…なかなか好評です。皆さまがどうか1年、まめにお暮しできますように。まめにお働き出来ますように。
*1 1976年(昭和51年)にキャンディーズを起用したハウス食品のククレカレーのCM。私は当時9歳。祖母から受け継がれた母の手作りお節料理を食べていたと記憶します。
親の呪縛から解放されたい方は、カウンセリングをお薦めします。 親の呪縛は自然で必要なことで、どんな形であれ誰しもあります。 親の呪縛をネガティブに意識されていることは、あなたが殻を破るステップだと思います。 ピンチでありチャンスです。この機を逃さないで、活かしてください。
お待ちしています。
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myonbl · 1 month ago
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2024年12月28日(土)
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毎月第4土曜日は、使用済み天ぷら油回収日だ。7時30分に幟を立て、回収タンクをセットする。この担当になって3年、実はそれまでは自宅で揚げ物をすることは無かった、油の処理が面倒なので。ところが、近年は月に数度は自宅で天ぷらを揚げている。というのも、他の方には申し訳ないが、いつでも使用済み油を保管しているタンクに捨てることができるからだ。さて、今日の夕飯はどうしようか?
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5時30分起床。
洗濯開始。
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今朝もとろろ蕎麦、美味しい。
洗濯物を干す。
珈琲をいれる。
天ぷら油回収の幟を立て、タンクをセットする。
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研究室と自宅の蔵書整理はずいぶん進んだ。ところが、自宅デスク周りがちっともスッキリしない。というのも、mac mini と 27インチディスプレイ周りのケーブルがやたら多いのだ。外部スピーカーやハブなど含めて何とかスッキリすることは出来ないか・・・、答は簡単、iMac に換えれば良いのだ。ということで(ほぼ)衝動的に、iMacを発注してしまった。
彼女は休み、自分の仕事や買物で出たり入ったり。
10時過ぎに業者が回収、今回は10L。
iMacの発注で霧が晴れたよう、届くのは正月明けだがあちこち掃除機をかけてきれいにする。
BSでドラマの再放送「団地のふたり」
初回放送日:2024年9月1日 大学非常勤講師の野枝(小泉今日子)とイラストレーターの奈津子(小林聡美)。団地で育ってきた二人は、保育園からの幼なじみ。若い頃は色々あったけれど、今は50代独身で実家暮らし。夕飯は奈津子の手料理を一緒に食べ、昭和なレトログッズがフリマアプリで売れた時は食材が少しだけぜいたくになる、そんな日々を送っている。ある日、二人は昔からのご近所さん・佐久間(由紀さおり)から意外な依頼を受ける。
いやぁ、面白い。昼をはさんで観てしまう。
クロネコヤマトが集荷に来てくれる、彼女から福岡の叔母へのご機嫌伺い。
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ランチ、息子たちは<うまかっちゃん>、私たちは残りご飯で残りカレーを片付ける。
軽く午睡。
掃除機3台の掃除。
早めに夕飯準備、このところお気に入りの鶏ムネ肉のローストチキンを仕込む。
彼女と3男でココに点滴。
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鶏ムネ肉のローストチキン・蓮根と豚バラ肉の甘辛炒め・蒸しブロッコリー・トマト、息子たちはスパークリングワイン、我々は🍶+🍷。
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昨晩に続いて映画の続編、観ているはずだがほとんど忘れていたので新鮮である。
片付け、入浴、体重は550g増。
ハーパーロック舐めながら、日誌書く。
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布団に入った瞬間に、3つのリング完成!
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ellie-lili · 1 year ago
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はじめての大阪 能勢へ。
気になったカフェでカレーのランチ。
テラス席はわんちゃんも可能で、大人気のお店のようで、本日のランチプレートは完売でした。
スパイシーなお家カレーみたくて、美味しかったです。田園風景を眺めながら。いつも見慣れているのですが、やっぱりいいもんですね。
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momokuri-sannen · 4 months ago
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今朝は昨日遅くに来た娘を送る。
たかだか30kmちょっとだけれど、都内を横切るので往復3時間になる。
この「都内」というのは東京に住む人とそうでない人の間には認識の違いがあったりする。
もちろん人にもよるだろうし、だからなんだという話でもないので悪しからず。
ぼくはぼくの住んでいるあたりのことを「|都下《とか》」や「多摩」という。
都内というのは23区をいう。
これは東京居住ではない人にしてみると、住んでいるのは東京都なのだから都内じゃないか、という話になる。
もともと多摩地区は神奈川県であった経緯もあり、かつての東京市や東京府のイメージから多摩地区には都内と言いにくい(?)雰囲気はある。
まあここらへんは住んでみないと分かりにくい。
もちろんぼくが住んでいるあたりはそう田舎でもないし、なにか卑屈になったりする感じはない。
帰宅すると昼前くらいだったのだけど、家人は美容院で出かけていて、それじゃあなにか作ろうかと思いつつ寝てしまったのだ。
美容院終わりの家人からの電話で起きたのだけど、もう昼をかなり過ぎていて、じゃなにか買っていくよという申し出を受ける。
まあそんなだったので写真はなし。
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晩飯は「ポークカレー」
最近はルーを使わず小麦粉とカレー粉、チリペッパーで作っている。
玉ねぎをバター、しょうが、にんにくでしっかりと炒め、小麦粉を入れて炒り付けカレー粉、チリペッパーを入れてさらに炒り付ける。
水を少しずつ入れて乳化させながら仕上げる。
こういうのは辛さの調整が効くからいい。
ぼくは辛いのがいいのだけど家人は苦手なのだ。
今日は家人に合わせて控えめにする。
ごちそうさん。
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kennak · 5 months ago
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安売り枠 バーモント 熟カレー こくまろカレー とろけるカレー 箱単価はバーモントがやや高いが、パッケージサイズが大きいのでグラム単価では安い。 熟、こくまろ、とろけるの3つはコンセプトが同じなんだと思う。一晩寝かせたカレーが何ちゃらが流行った頃に発売されてる。とにかく無難。 こいつらは原材料の種類が多い。原材料の種類が多いほど複雑で美味しくなるわけじゃなく、ボケてマイルドな味になるということなんだなと。 そう考えると、市販のルーを混ぜて美味しくなるは眉唾。 熟カレーはプレミアム熟カレーと名前が変わって、パッケージに高級感が出て特売の頻度は減った。イメージ戦略なのだろうか。味は変わらないし、特売してないだけで価格も最下層枠のまま。 バーモントはパッと見では出来上がりがとにかく黄色い。かといってターメリックが効いてるというわけじゃない。フルーティで甘味が強い。 小学校や子供会のイベントがやたらバーモントだったせいで、不味いイメージだったけど、意外といける。バターを多めに使って華やかに仕上げてやるといい。せっかくフルーティで甘味が強いって個性があるのに、安いこま切れ豚肉とジャガイモだらけのカレーにしちゃうからダメなんだと思う。ルーじゃなくて貧乏を憎むべき。 安いが最下層よりはちょっと高級感 ゴールデンカレー ジャワカレー 絶品カレー 人は、松竹梅の3ランクを選ばせると竹を選びたがるらしいが、まさにその竹ランク。 安物を使ってない! 我が家のカレー���これを使ってるから美味い! みたいな自尊心のためのルー。 高いって言っても8皿分つくって50円や100円なんて誤差だけど。 ゴールデンは王道。これが家庭のカレーのスタンダードという印象。でも、意外だったけど記憶の中のゴールデンよりも辛味は強い。 ジャワは個性派。けっこう辛い。 辛さの種類が、唐辛子系のとは違った、胡椒系の尖った辛さがある。挽きたてという感じで、熟やこくまろのマイルドさの対極。 絶品カレーは、味の方向は、一つ上のランクのディナーカレーとザ・カリーを意識してるけど、ペースト別入れとかのアイツらの味に届くわけもなく。そもそもカレーって素材からエキスがでるんだから、材料ケチらなければ、肉の旨みも野菜の旨みもでるんで。 高級枠 ディナーカレー ザ・カリー はじめに言っておくと、俺はザ・カリー中辛が1番好きだ。とりあえずこれを使ってとにかくレシピどおり作って欲しい。もしアレンジするなら、肉は牛肉を使い、肉と玉ねぎの分量をレシピより増やしてつくると至高の味。 まあ、豚でも鳥でも野菜が何でも、ルーの力でねじ伏せる旨さがあるんだけども。自分で作ると分量が難しい、しかもちょっと高いスパイスのカルダモンの量がちょうどいい。 ザ・カリーが好きすぎてディナーカレーを忘れてた。ディナーカレーはバターの香りが強い。ファンドボーを売りにするが俺はバターの香りのほうが印象が強い。そして、ザ・カリーとは方向が違うけど、やっぱりスパイスの香りも華やか。香りはディナーカレー、コクはザ・カリー。 問題は、この2つはパッケージあたり5皿分とかで、グラム単価は安売り枠の倍。俺がスーパーでザ・カリーを買おうとすると、妻は嫌な顔をする。高いっていってもだ、こんくらい贅沢していいんじゃないかと思うけど。 追記 妻への文句もあるから匿名で吐き出しただけのクソ記事にブックマークがついてビビる。 トラバやブックマークを拝聴し、いろいろ思うところあったのでいくつか補足する。 バーモントが中価格帯という意見。 本文でもパッケージサイズが大きいのでグラム単価では安いと書いたが、バーモントの大箱は12人用で、熟こくまろとろけるは8人用。 バーモントカレーが大箱12皿用、小箱は6皿用。 ジャワカレーは大箱8皿用、小箱5皿用。 印度カレーはバーモントカレーと同じ。 横浜舶来亭 素直に使ったことがない。 それから、今回はハウスSBグリコの3大メジャーに限定した。 あれとあれを混ぜると美味い、このスパイスを足すと美味い系 最初から取説どおりがいいと思うよ。 味噌ラーメンが好きだからっていって、塩ラーメンに味噌足しても思ったとおりの味になるわけじゃないし。 ケチャップとかウスターソースとか粉チーズとか味噌とか醤油で複雑な味にしたい人は、熟こくまろとろけるを使えばいいし。 コンソメキューブとかローリエとかハーブ系が好きならザ・カリーかディナーカレー。牛スジ煮込んだ時��かは、ハーブ系が効いた欧風のルーが合う気がする。 スパイス系を足すくらいなら、好きな方向の製品を買えばいい。我が家はスパイス系が食べたい時はジャワカレーか、「印度の味」って瓶のやつ使ってる。 激辛が好きな人とは食卓を同じくできないからノーコメント。 安いので十分的なコメント 安い商品のほうが、万人に好かれる味を狙った商品でハズレはない。高価格帯になるほど、ニッチな需要を狙ってきてる。シャンプーとかと同じ。 カレー粉(カレーパウダー) 実家はハウスのカレー粉を常備してたのだけど、廃盤になってた。GABANを子会社にしたからGABANのカレー粉が同じものなのかどうか知らない。赤缶、まだあんまり馴染めない。
市販カレールー総評
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oniwabanryoko · 3 months ago
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椎茸のバター醤油焼き。丸ごと人参サラダ。
人参グラッセ。完熟赤ピーマンと木耳のツナ炒め。冷奴。
今季初もの、叔父の原木栽培椎茸。シンプルにヘルシオでバター醤油焼きに。私きのこは何でも大好きなんだけど、椎茸は特に好きかも。妹夫婦はきのこ嫌い、特に椎茸が嫌いで絶対に食卓に上がらないらしくて、きのこ椎茸大好きな長男は可哀想。
母親が嫌いなものって食卓に上がらないのはあるあるだよね。うちの母のカレーはずっと甘口だったし、人参は自家栽培してたのに登場も少なかったw
さて、オスマン。めちゃくちゃ唐突なんだけど、モンゴル爺ゲイハトゥに何故か捕まってたギョクトゥクが殉教者に。え?今?って目玉ポーンだよ。
これアメドラなら、中の人の交通事故とかの不祥事で急遽降板する時のやつなんだが。LOSTとかでよく見たやつ。唐突すぎる。
ギョクトゥク、テクフルの娘といい感じだったし、早逝した兄の分まで幸せになって欲しかったなぁ。ついでに、コヌールに協力してくれた指揮官も殉教。実はカイ族の人だったから悔やまれる。ゲイハトゥももういいよ。お腹いっぱい。若い女の子を何人も侍らせてて気持ち悪いし、早く滅びろw
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