#尾道商店街
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蒸し暑い日。
目も開けてられないほど暑い日が続きますが
私は寒いよりは暑い方が好きで
滝汗をかきながらも日々夏を感じて生きてます。
最近珍しく忙しくて、夏休みしたいなぁ。
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Xユーザーの大田謙冶さん: 「各アニメ関係者さま 尾道商店街のみなさま 応援してくださった視聴者さまに 感謝しかなしこちゃん!! https://t.co/HNNW1jo3N4」 / Twitter
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るんぺんパリ【RunPenParis】
自己紹介 2024年11月4日追記 6116文字】 三重県伊賀市(旧名:上野市)出身 伊賀市(旧名:上野市)に 1976年(3歳)から 1996年(23歳)6月まで住んでいた 1976年以前の記憶と出生は不明 津市にある施設にいたと聞いた覚えがある 三重県亀山市に二つか三つ年上のお兄さんいるらしいが あった事は一度もない 30代の頃に一度だけ電話で話をした 父方に引き取られたお兄さんに 母親の事を聞いた 母親は別の人と再婚し離婚して 娘さんと一緒に暮らしているらしい 父親は再婚して自分と同じぐらい娘さんがいるらしい お兄さんはおじいさんの事を尊敬していて 中国語を勉強してるらしい あとは���々と聞いたけど 覚えているのはそれぐらいの内容で もう二度と話す事はないだろうと その時に思ったけど お兄さんの顔がどんな顔なのかは 見てみたい気持ちは少しある
伊賀市でそこそこ有名なのが 伊賀流忍者で忍者屋敷は今も昔も変わらない内容で 営業している それは去年に末っ子を連れていったから確認済 外観はただの古い家だけど 中に入ると意外と見応えはある 観光施設って感じ 伊賀牛は金谷のすき焼きが有名で 森辻が新しい様相なってから焼肉を食べた 個人的には伊藤の牛丼が好きだ 油が多い感じのお肉だから 100gも食べれば満足感がある 上野天神祭の鬼行列も有名かな ひょろつき鬼が子供の頃は本気で怖かった 銀座通りが歩行者天国になり 的屋がならぶ 高校生の頃はリング焼きが100円ぐらいで 何個も買って食べた 今年は10月18・19・20(金土日) 19(土)は久しぶりに一人で一日中お祭りを楽しむ予定だったけど 昼前から雨が降ってきて鬼行列は中止 午前中は親戚を3件回って、おみやげを渡した 午後に実家によって車を駐車して 歩いて上野天神祭へと向かった いつも泊まる「伊賀上野シティホテル」は1泊10000円以上も高い 16800円だった。この日は駐車場も使えなかった 夜の19時から同級生のお店「クワトロNo.4」に初めていった 30年ぶりにちゃんと会ったガキさんは すぐに気がついてくれた 居心地がよかったので閉店の1時までカクテルを8杯ぐらい呑んだかな 意外と安くて8200円だった 次の20(日)は上野天神祭に参加している同級生のオデに会って 鬼行列の準備風景を写真に撮って 上野天神さんの近く紅梅屋でおみやげを結構買って 桔梗屋で上生菓子とお茶を飲んで 静岡へ帰った 松尾芭蕉は俳句で有名で伊賀出身で 小学生の頃はがっつりと俳句を作らされる 俳句はいやいや作らされたので 俳句番組は見ない 俳聖殿の中には過去の優秀な俳句が収められていたかな 普段はこれといって何もないけど 俳聖殿のたたずまいは何か「The Haiku」という感じ 上野城のお堀の高さ日本2位? 一時期は日本1位説もあった 中学生の頃は上野城で体育の授業があったり クロスカントリーレースで走らされたり 高校生のデートも上野城が定番だったのか それらしき男女がイチャついていた 夜のライトアップは不気味なお城に見えた 一応、桜の名所なのかな 高校生の頃に一つ年下の子とつきあっていた頃は よく上野城をさんぽした 帰りはその子の家の近くまで送っていった この子はとても純粋な子で 自分にはもったいない子だった 半年もつきあっていないが 今でも純粋で幸せになっているかなと思い出す事もある もう向こうは忘れているだろうけど 伊賀の街には銀座通りとか丸の内とか 東京で聞くような名称が多く使われている 地元のうわさでは東京が伊賀の真似をして 街を作ったとの話がよく出てくるから 誰か本気でテレビとかで調べてほしい気もする いまだに東京が伊賀のマネをした説を 親戚がまじめな顔でいいだす時があるから 本当に真実が知りたいけど 自分が調べるほどは興味がない 2004年(平成16年)11月1日に 伊賀市に変わってから 上野市駅が忍者市駅になり 近鉄の電車だったのが伊賀鉄道になり 電車がコスプレになった 駅前には銀河鉄道999のメーテルと哲郎の銅像があり 産業会館がハイトピア伊賀になった 産業会館だった時にマルキンのパン屋が近くにあった そこのシナモンパンが子供の頃から大好きで 今はもう手に入らない もう一度、あのシナモンパンが食べてみたい あと小さなパチンコ店「マルト」があった 「フルーツパンチ」という機種で勝った覚えがある あと「麻雀物語」もあったかな 「海物語」という機種が記憶の最終機かな 上野で住んでいた時期に一日で20万近く負けて それからパチンコは完全に辞めた じつはその後もたまにしたが 本当に気晴らし程度で その内にきっぱりとやめた スロットが主流になったら なおさら興味すらなくなった 新天地もなんかおしゃれなサビれかたで 「新天地Otonari」となった 街は高校生の頃の面影は薄くなったけど 何となく残っている上野市街は今でも魅力的だ 新天地には映画館もあった気がする 当時は賑やかな商店街だった 当時からあった「喫茶店フランセ」は今もある 大きな化粧品店は更地になっていた 高校の時の知り合いが「クワトロNo.4」という バーを経営しているが、まだ入った事はない いつか行ってみたい気持ちはある ただダーツバーらしく 常連っぽい人たちのたまり場っぽいイメージで 気楽入れなさそうな雰囲気はある 一度だけ朝方にお店の扉までいったけど バーの扉って感じで雰囲気はあった 最近は実家で一人暮らしのおかんの様子を見に よく帰省するようになったけど 若い頃は年一回も帰省しなかった 最近の伊賀でよく立ち寄るのが 「菓匠 桔梗屋織居」と 「HANAMORI COFFEE STAND」と 「岡森書店白鳳店」で 岡森書店は、Kマーホの名で出版した 「トイレの閃き」が背表紙の色が抜けた状態で 25年以上も本棚に置いてくれている これを見ると初心に戻れて まだまた創作していこうとがんばれる この岡森書店の店長さんは従姉の同級生で 小学校の先輩の同級生でもあり この店長の妹さんは自分と同年代で それにしても伊賀は狭いなと感じる
市部という地区だったと思う 近くに市部駅という無人駅がありその近くの 依那古第一保育所に5歳から6歳の2年間通った おかんは自分の送り向かいのために 自転車を乗る練習して そのおかんが運転する自転車の後ろに乗って 途中の田んぼに二人で落ちて 泥だらけになった おかんは去年の年末まで 81歳でまだ自転車に乗って 小田町の坂を下っていたらしい いまは親戚から危ないからと 召し上げられた 小学校6年卒業までは上野市依那具にある 市営の城ケ丘住宅で過ごした この市営住宅はもう40年以上も その雰囲気を変えずに今でも残っている ここは伊賀市の文化遺産にしていいほどの時間が止まった場所だ いまだに汲み取り式の便所の換気の煙突が立ち並んでいる このカオスな感じは小学生の頃の不便な生活を思い出させる あの生活で暮らしたから今があるのは確かだ 小学校の通学路にある 垂園森でよく遊んだ 現在も存在しているが オバケが出そうな森 この森は当時通っていた依那古小学校の校歌の歌詞にも出て来る イメージ的には幽霊が出そうな森だけど 何か不思議な生き物が住んで居そうな森に見えた きつねも出そうだし おばけも幽霊も心霊も もしかするとタイムスリップして 小学生の頃に戻れそうな気もする森だと変な懐かしさを感じる 近くには無人駅の市部駅とにらめっこしている森 中学校から市街の上野城の 城下町で過ごした 当時はカオスな市営城ケ丘住宅から出れる事が���当にうれしかった 小学校までの友達とも飽きてしまっていたので寂しくはなかった 当時から色々な物にすぐに飽きては新しい物が好きだったので そっちのワクワク感で本当にうれしかった そして築20年以上の中古の一軒家で2階建て 自分の部屋がありトイレは汲み取り式だけど洋式で あこがれの上野の街で住める事もあって本当にうれしかった
そして近くの崇廣中学校に通う事に 中学校の3年間は 転校生という立場と 中一で足の骨折 バスケ部の試合で名張の体育館で遊んでいて 二階から飛び降りたら右足のかかと��にヒビが入った その夏にはバスケ部をクビになり陶芸部に入った 中二で腕の骨折 どちらも遊んでいての骨折2回 中三の高校受験で いい想い出は無い
高校2年生で 小学校の時にサッカーで出会った 旧友とバンドを組んだ RCサクセションのコピーで 「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」 「ベイベー逃げるんだ」「サマーツアー」 「サントワマミー」「いけないルージュマジック」 「いいことばかりはありゃしない」 「どかどかうるさいR&Rバンド」 旧友が作ったオリジナル曲「ガレージの上のR&Rバンド」 一番のモテ期だった気がする ただバンドをやっている自分を見て 好意を寄せられても違うなと思った バンドをしていない時はただのバイトに明け暮れた 高校生だったから バンドマン目線のそういう女子には興味がなかったから 冷たい感じだったかも 本当にこの時期がこれまでで一番楽しかった。 高校生の頃はたくさん恋をしたが 自分が不器用だったので自分が好きだった人からは つきあえてもすぐにフラれた 人を好きになることに迷走し始めて 最終的に好きになる事はやめて なんとなくという感情で奥手に過ごしていった そのせいか、他校の女子からゲイだとウワサされる事もあった なぜそうなるか不思議だったけど 当時は楽しければなんでもよかった
1993年 一人暮らしを始める やっと自由になった気がした 2年間ぐらいは金が無くて 通帳の残高は毎月マイナス50万 カツカツ生活 家賃と車のローンがきつかった 1996年7月から 2003年7月の 7年間は茨城県と千葉県の県境 利根川の近くに住んでいた この界隈を走るタクシー運転手の 態度は本当にムカつくから こっちも態度悪く乗ると 気分の悪さはお互いさまになる 関東平野は景色が無く ここでの生活は落ち着かなかった 食文化も人も気候も水も 肌に合わなかった 特にうどんの汁が濃いだけのシンプルな味は げんなりさせてもらった ただ寺原駅近くの「ふる川」はよく通った とくにカレーめちゃくちゃ美味かった この「ふる川」は今もやっている 当時はお店の小学生の女の子が手伝っていた 夫婦だけでやっていて 週3回ぐらい夕飯でお世話になった 「さば定食」もよく食べた気がする
1997年から パソコンをミドリ電化で38万で購入して 作詞やネットに興味を持つ まどみちお詩集を読みだす 作詞に近い詩を書き始める 「Kマーホ」という名で 詩を書き始める 目標を300篇と決めて 詩を思いついたら メモをつけるようになる 週末は家に引きこもり 一日中、音楽を聴きながら パソコンがあるのに まだワープロで詩を清書��ていた
1998年から2002年まで 「Kマーホ」の名で 詩に団体に参加したり 詩の賞に応募したり 詩集を自費出版したり この当時参加していた詩の団体には もうドロドロとした 詩を書く人や あまりにも読み解けない詩や 暴力的な人や いい人もいたけど 自分とは全然目指している方向が 違うので2年目ぐらいで辞めた それからは詩の団体に興味は無くなった それから 自費出版した詩集を 全国の小中学校や 全国の図書館へ寄贈して 活動を休止 理由は2000年に結婚してから 集中して詩を書く時間が無くなってきたから 2002年に2つの詩集を出版して 詩の事は全部段ボール箱へ入れた
2003年から2019年まで 育児に重点を置いて生活をする この時期は友達とも連絡を 切っていたので のちに死亡説や宗教説が出ていたらしい 2003年7月から 現在は静岡県在住 もう20年以上住んでいる
2019年 るんぺんパリ【RunPenParis】の名で 詩を書き始める SNSでの詩の発信を始める るんぺんパリ【RunPenParis】とは フランスはパリの街を ぺんを持って 走るという意味から 【RunPenParis】ができた 1973年8月1日生まれ(もう51歳) しし座 O型 右利き 詩・詩集・ことばをデザイン アート・写真・小説・ペン画 松尾芭蕉の生家がある伊賀市で 十代までを過ごし 俳句が幼少期から 身近に存在していた 二十代から詩を書き始めて 「Kマーホ」名で活動(1999-2002) 詩集6冊を出版して活動休止
その後 松尾芭蕉の俳句のような シンプルな言葉遊びを 詩で出来ないかと考えていた中で 令和元年(2019)に 「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で 活動を再開 SNSに140文字に 言葉をデザインした詩 「140文字詩」を 毎日投稿する活動を始める 2023年9月に140文字詩が 1200作品に到達した事で 「140文字詩」を全国へ さらに世界へと 俳句のように広く知られる 存在になって欲しい ◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧 【2023年】Amazonで販売 2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」 2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」 2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」 2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」 2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」 2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」 2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」 【2022年】Amazonで販売 2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」 2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」 2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」 2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」 2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」 2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」 2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」 【2021年】Amazonで販売 2021/9/8 第6詩集「そんな ��とばは さよなら」 2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」 2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」 2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」 【2020年】Amazonで販売 2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」 2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」 【2019年】Amazonで販売 2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」 ◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002) 【2002年】 2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」 2002/4/4 第5詩集「コールサック」 【2000年】 2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」 2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」 【1999年】 1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」 1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」 【受賞】 2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞 2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞 1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞 1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
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東京7区から出馬した自民党新人の丸川珠代氏が、厳しい戦いを強いられている。参院からの鞍替えで注目を集めながら、旧安倍派で裏金事件に関与。党の公認は得られたものの比例代表との重複はない。埼玉9区で6期目を目指す夫で同党前職の大塚拓氏も裏金で大揺れ。夫婦ともに落選の影が忍び寄る。 16日夜、渋谷区の商店街。政治の道に導いた安倍晋三元首相の妻・昭恵さんと共にマイクを握った丸川氏が「安倍先生がいないことが悲しい」と涙を流し「小選挙区一本です。どうかお助けください」と訴えた。昭恵さんも目元をタオルで拭い「主人のまいた種が丸川さんの中で育っていてくれたら」と安倍系を強調。演説後に2人で抱き合った。 立憲民主党元職の松尾明弘氏と競る展開。戒告処分を受けた裏金事件の影響で、区議の一人は「有権者から“なぜ裏金候補をサポートしているのか”と言われる」とぼやいた。 「タイミングの悪い」(都連関係者)鞍替えもマイナスに作用。参院東京選挙区で当選3回を重ね、直近2回はトップ当選。元アナウンサーという肩書に加え、環境相や五輪相も歴任し、今や都連の顔。しかし、都内全域が選挙区で自民支持団体の票が見込まれる参院選とは異なり、鍵となるのは地元での浸透度だ。 地域の運動会や祭りに積極的に参加するなど、地道なドブ板活動で票の掘り起こしを図ってきたものの、区議は「参院議員の印象が強く、有権者からすれば“自分の選挙区から出る人”という認識が浅い。まだ地元に根付ききっていない」と顔を曇らせた。 安定的な得票数を叩き出してきた大塚氏は現段階では優勢。しかし、立民新人の杉村慎治氏が追う状況で「差は縮まるのでは」との観測が出ている。 戒告処分を受けた際「強い憤りを覚える」と発言し、有権者の間で「言い訳ばかりで信用できない」と広がった反発が沈静化したとは言えない状況。関係者によると、一部首長から苦言を呈されているほか、後援会の組織力低下もささやかれる。 3回連続となった杉村氏との対決。17年に約5万票あった差は、21年は約3万票にまで詰められた。これまでは知名度のある丸川氏の応援が大きな効果を上げていたが、丸川氏陣営は「今回はそんな余裕はない」。大塚氏も応援には入らないという。ライバル陣営は「2人そろえば“裏金夫婦”とやゆされかねない。それを避けているのでは」とほくそ笑んだ。
“裏金夫婦”ピンチ 丸川珠代氏、東京7区に鞍替え出馬 安倍昭恵さん応援も逆風 立民・松尾氏と競る展開(スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース
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P3 Club Book Koromaru short story scan and transcription.
虎狼丸の優雅な一日
初夏の爽やかな日差しが心地よい日曜日。今日もなかなかの散歩日和だ。少し早めに出かけて、少し寄��道をするのもいいかもしれない。明確な言葉によるものではないが、だいたいそんなことを考えつつ、その柴犬は神社の石畳から身を起こして軽くあくびをした。
犬の名はコロマル。正式には虎狼丸と書くのだが、本人 (本犬?) は字が読めないので、とくにその違いにこだわりはない。彼がこだわっているのは、毎日の散歩。先日、彼の飼い主である神社の神主が事故で亡くなって以来、新しく神社の主となった人間は、最低限必要な食事は出してくれるものの、散歩に連れて行ったり頭をなでてくれたりはしない。コロマル自身、前の飼い主だけが唯一の主人であると思っており、もし新たな神主が散歩に連れて行こうとしたとしても、以前のルートを変えるなど考えもつかないことだった。なので、今日もコロマルは散歩に行く。まず、長鳴神社からムーンライトブリッジを超えてポートアイランドの駅前まで。その後、再びブリッジから蔵戸台方面に戻り、町をぐるりと巡ってから神社に戻る。これが、毎日の長い散歩のロードマップ。
「わん!」
人間の言葉に直せば、さあ行くか、といった感じだろうか。コロマルは一声鳴くと、いつもののんびりとしたペースで歩き出した。
「あ、コロ助、おはよ!」
ふと、かけられた声に、コロマルは面倒くさそうに顔を向ける。それは、三つ編みの髪を頭の両側でお団子にした、小学生くらいの女の子。いつも、夕方ごろに神社で遊んでいる子だ。
実を言うと、コロマルはこの子が少し苦手だった。嫌いなわけではないのだが、ややコロマルを構いすぎる傾向にあるのだ。大人と比べて体温が高い子供が、気温が高い日にむしゃぶりつくように抱きしめてくることを想像してほしい。毛皮に覆われたコロマルの苦労は、その想像の軽く上をいくものだ。ただし、慈悲深いコロマルは、そんな女の子も無下には扱わない。この子がわりと苦労人であることを、コロマルは知っているのだ。そうしょっちゅうではないが、この子の両親は酷いケンカをするらしく、夕刻の神社で悲しみをこらえるようにコロマルに抱きついてくることがある。群れで暮らす犬族は、それこそ家族や仲間は命に等しい。それが仲良く暮らせない悲しみは、いかほどのものだろうか?そう思うと、コロマルは多少うっとうしくても、彼女に優しくせずにはいられないのである。
「あ、もう時間だ。ごめんねコロちゃん、舞子もう行かなきゃ。あーあ、塾面倒くさいなあ」
そう言って、彼女はコロマルの頭をひとなですると、廠戸台商店街方面へと歩み去った。うん、これぐらいのスキンシップが、コロマルにとってはちょうどいい。少し気分を良くして、コロマルも再び歩み始め��のだった。
潮の香りがする中、コロマルはムーンライトブリッジをてくてく進む。人間は、ここを観光地とかいう扱いでありがたがって見に来るらしいのだが、コロマルにとっては散歩ルート中もっとも退屈な行程である。というのも、橋の手すりが高すぎて、コロマルの体高では絶景と噂の風景も見えないからだ。しかも、やたらとたくさんの自動車が前から後ろから突っ走ってきて、危ないわ埃っぽいわ、嫌な油臭い空気を吐き出すわで不愉快ですらある。
であるからして、コロマルはこの場所を無心で歩く。なるべく潮の匂いにだけ集中し、遠くに見えるポロニアンモールの丸いドームを目指してずんずん歩く。時おり、ランニング中の人間が立ち止まって手を伸ばしてきたりするが、それも可能な限り無視してひたすら前へ。
しかし、それでも2度呼ばれると、つい立ち止まってしまう。コロマルが行ってやらないと、呼んだ人間は時々えらく傷ついた顔をすることがあるのだ。人間を傷つけることは、コロマルの本意ではない。なので、コロマルはあくまで “仕方なく” 人間に思うさま頭をなでさせる。コロマルはそういう自分の性格を時おり誇らしくすら思っているが、じつはなでられている間、ついつい尻尾を振ってしまっていることには気づいていない。コロマルはそんな犬だった。
「あれー、コロちゃん?こんなとこまでお散歩に来てるの?」
「あ、ホントだ。健脚だね〜」
ポロニアンモールに来たところで、厳戸台あたりでよく見る女子高校生に出会った。いつもの制服姿ではなく私服姿。セミロングの髪の子は、ピンクのタンクトップにデニムのジーンズ、ショートの髪の小さい子の方は、水色のワンピースを着ている。もっとも、犬であるコロマルにとって、服の違いは別にどうでもいいのだが。
このふたりは、けっこうコロマルのお気に入りである。水色ワンピースの子は、動物の扱い方を心得ているのか、コロマルが気持ちいい場所を的確になでてくれる。タンクトップの子は、なでかたこそ普通だが、あまりベタベタしようとしない点で好感が持てる。コロマルに触りたいという気持ちは、たくさん伝わってくるので、むしろもっと触ってくれてもいいのに、と思うことすらある。もし犬の言葉がわかる人がいれば、遠慮しないでいいよと言ってあげたいほどだ。まあ、そうそう都合のいいことはないと、犬ながらに買いコロマルはそう思う。
「あ、コロちゃん、こういうの食べるかな?」
そう言って、水色ワンピースの子が手に提げていた袋から何かを取り出す。赤いビニールに包まれた、棒状の何か。漂ってくるかすかな匂いに、ある期待を抱き、思わずコロマルの尾がぶんぶんと大振りになった。
「あれ?ソーセージじゃん。どーしたの?」
「え?あ、た、たまには自分で料理しようかと思って······さっきデパートで、ちょっと」
「ふーん、風花も料理したりするんだ」
「��、まあね。あはははは」
ワンピースの子は何か焦った様子だが、すでにコロマルは、想像の中に広がるソーセージの味で心が一杯になっている。ワンピースの子は、そんなコロマルの期待に応えるように、できるだけ意いでビニールをむいてくれた。
「はい、どうぞ」
「わん!」
礼を言うのもそこそこに、コロマルはソーセージにかぶりついた。そういえば、朝食をとってからけっこうな時間が過ぎている。ちょうどいいタイミングの思わぬ幸運に、コロマルの心にじんわり幸せが広がっていく。やはり、何かを食べているときが、いちばん幸せだ。それがとくに、好きな人が手ずから食べさせてくれるとあれば、それ以上何を望むことがあろうか。
欠片ひとつ残さずにコロマルはソーセージをたいらげ、もう一度「わん」と礼を言う。
「どういたしまして」
とワンピースの子が答え、買い物の続きがあるからと、コロマルをひとなでしてどこかの店へと向かってふたりは歩き出した。ごくまれにだが、このようにコロマルの意思が、人間に通じているように思えることがある。それは単なる錯覚や勘違いかもしれないが、それもまたコロマルに満足感を与えることのひとつなのだ。
ともあれ、コロマルは今日彼女たちに会えた幸運に感謝しつつ、散歩の続きを楽しむことにした。いずれ、コロマルは先ほどの想像どおり彼の言葉を理解できる存在と出会い、この日もっとも幸運だったことは、ワンピースの子がくれた食物が “調理前” だったことにあったのだと知るのだが、それはまた別の話である。
散歩の折り返し点、ポートアイランド駅に着いたときには、太陽は南天を過ぎ、もっとも暑い時間帯を迎えていた。駅そばにあるオープンテラスのカフェは、日曜ということもあって満員。いつもなら、ここで小腹が空くタイミングとなるために、カフェの客に愛想を振りまいたりすることもあるのだが、今日はもらったソーセージのおかげでその必要もない。
とりあえず、涼しい日陰でも探そうかとコロマルが駅前広場を見回したとき、ぞわり、と背中の毛 が逆立つような感覚がした。無意識に、尻尾が丸くなって足の間に挟みこまれる。コロマルは、その感覚に覚えがあった。
--いた。
花塩そばのベンチに座った、白いドレスの少女。手には大きめのスケッチブックを持ち、空ろな目でしばし前を見つめては、手元に目線を移して右手を動かす。その作業を、少女はひたすら続けている。
コロマルは、あまりこの少女に近づいたことがない。別に危害を加えられた訳ではない。ただ、以前1度だけ、少女の前方にいたときにじっとあの目で見つめられた。それだけだ。その目が、コロマルは今も怖くて仕方がない。
言葉を持たないコロマルは、その印象をうまくまとめることはできないが、あえて説明するとしたら、それは生き物としてはありえないほどの、虚無に満ちた視線だった。コロマルの目からは、少女は既に死者に等しく見えた。
だが、そんな少女が。
「······おいで」
��んと、コロマルを認めて声をかけてきたのである。一瞬のためらいののちに、コロマルは少女のほうへと近寄った。丸めた尻尾は、気力を振り絞って常態に戻している。少女に対しておびえを見せることが、何となく申し訳なく思えたからだ。それがなぜかは、わからない。
コロマルが近寄ると、少女は手に持ったスケッチブックを数枚めくり、やがてコロマルにひとつの絵を示した。強弱が定まらない輪郭線、不安定な色彩。正直、犬であるコロマルに絵の良し悪しはわかりはしないのだが、その絵からは何か圧倒されるものが伝わってきた。それは、この世のすべての生き物が恐れるべく定められた、“死” そのもののイメージだった。
「······これ、お前よ」
その言葉に、コロマルは首をかしげて再び絵を見る。よくわからない。だが、コロマルの生き物としての鋭敏な感覚が、その絵にこめられた別のイメージを感じ取った。
これは、憧れ?
紙の上にすみずみまで満ち溢れる、死というマイナスイメージの中、ほんのかすかに匂う生への憧れというプラス。それはまるで、地平線まで広がる黒々とした底なし沼の真ん中から、すがるように空に向かって伸ばされた白い手。
「普通は······誰かに見せたりしないけど······お前は、勝手にモデルにしたから、一応······」
目を合わせず、言い訳するように少女は呟き、そそくさとスケッチブックを畳んでしまう。
「く~ん」
と、コロマルは、甘えるように鼻を鳴らす。少女に付きまとう、得体の知れない死のイメージは微塵も薄れてはいないが、それでも小さな小さな助けを呼ぶような気配が気になった。だが、少女にはそんな想いは通じず--。
小さな体に不釣合いな大きさのスケッチブックを抱え、少女は無言で立ち去ってしまった。
自分には、あの虚無から彼女を助けることはできない。それを本能的に知覚し、コロマルは少し悲しくなる。そしてコロマルは気づく。
--誰かを守れる力が欲しい。
そんな想いが、自分でも意外なほどに、強く強く満ち溢れていることに。それは、愛する主人を突然の事故で亡くして以来、自分の気づかない場所で、静かにっていた火だった。
それから、コロマルは沈んだ気分を晴らすように、ポートアイランド駅近辺をたっぷり散策した。今日はなかなか面白い人間が多く、別に吠えたり呻ったりもしていないのに「ちょっと!アタシは犬って苦手なのよ!犬は悪い人がわかるって言うし、アタシなんか噛まれるに違いないんだからね!しっし!訴えて慰謝料とるわよっ!」と叫ぶ中年男にじゃれ付いたり、なにやら月高の女生徒を付け回す同じく月高の男子生徒を、真似して尾行してみたりした。そして、ほんの少し気持ちが復活したところで、コロマルはポートアイランドをあとにして、行きと同じ道を辿って帰路に着く。
ポロニアンモールで立ち話をする主婦の、買い物袋から漂う匂いの誘惑に打��勝ち、相変わらず埃っぽくて油臭いムーンライトブリッジをずんずん進み、ほんのちょっと厳戸台駅前に寄り道をする。これもいつものルート。
このあたりに来ると、昼が長い夏とは言え、すっかり日は傾きかけていた。駅前商店街に多数存在する食べ物屋からは、それぞれに違ったいい匂いが漂ってくる。とくに気になるのが、香ばしく焦げたソースの匂い。前に1度だけ食べたことがある、たこ焼きの匂いである。
ちょっとした気まぐれで、店主が散歩中のコロマルに投げてよこしたたこ焼きは、今までに経験のない美味だった。
「ホンマは犬猫にタコやイカはあかんのやけどな。ウチのはほら、タコ入ってへんから」
店主はそんなことを言っていたが、コロマルにとってはどうでもいいことである。ただ、もう1度だけ店主が気まぐれを起こしてくれないかと、このあたりで足を止める癖がついてしまったのが、我ながら情けない。
空腹をこらえながら、コロマルは商店街を進む。今日はあいにく、コロマルに食べ物を恵んでくれる気になる人間はいないようだ。いつも新しい神主が提供してくれる食事は、コロマルにとってはやや物足りない分量である。今日はちょっと疲れたので、もしかするとあれでは足りないかもしれない。今夜は、空腹をこらえて寝るしかないかと、コロマルが覚悟したとき。
「よう、コロちゃんじゃねえか」
後ろからかかる声。
大きく尻尾を振って、コロマルは声の主のもとに走り寄った。亡くなった主人を除けば、おそらくコロマルがもっとも大好きな人間だ。
「ほら、焦るなって」
そういって、その人は懐から容器を取り出し、地面に置いて開けてくれる。中身は何か肉を煮込んだもの。巌戸台商店街やポートアイランドでよく見かけるその人は、いつの頃からか、定期的にコロマルに食べ物を持ってきてくれるようになっていた。口調は乱暴だが、優しい人だ。
「よし、いいぜ。食えよ」
いつものことだが、コロマルは律儀に一声吠えて礼をいい、それから出された食事を食べ始める。あまり味を気にしないコロマルだが、その肉は絶品だった。濃すぎない味付け、適度な歯ごたえ、神社で出されるドッグフードとは雲泥の差である。食べながらコロマルは思う。色々あったが、今日は総じていい日だった。明日もいい日になるだろうか?
どちらにせよ、コロマルは毎日を精一杯生きるだけだし、日課の散歩も変わらないだろう。手が届く範囲の幸せ、それを守ることがコロマルの重要事であり、それは確かに、生き物すべての真理なのである。
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ゲストハウスに到着してから夕食を買いに商店街まで階段を降りてきた。長距離移動のあとに雨が降り始めてしまったが別に煩わしさはなかった。むしろ誘い込まれる感覚だ。
この街は海と山に挟まれた狭い土地にできていて、曲がりくねった細い道や階段が張り巡らされている。
ここは古民家と猫でちょっとした有名になっている箱庭、尾道。一歩先の偶然の出会いや景色が楽しい。
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2024.04.18
尾道では、7月前に七夕に向けて
尾道商店街にアーケードの天井に届くくらいの
大きな竹が設置され、地域の小学生や子供たちが
笹の葉に願いを書いた短冊を飾って
昔ながらの風物詩を演出し、見るものを楽しませてる
この大きな竹は、とある方の竹林から
持って来るんだけど、その竹林の持ち主が
Cat ch.22の常連さんなので、
タケノコの生える時期に、採って��れた方が
竹が増えすぎ無いので助かる!と言われたので
敷地の鍵を預かり、タケノコバスターに出向いた先週
先週は、全く生えてなかったのだが、
本日行ってみると…
めちゃんこ生えてる!!!
大収穫なのですが…
1本目のタケノコ伐採の時、振りかぶったクワが
力みすぎたのか、いきなり折ってしまったのだ
そこから上���の写真にある
コンテナ3個分のタケノコ…全て手掘り!!
このダイアリーを書いてる現在、朝6時…
タケノコ掘りから、今迄…
握力が無いんだけど…プルプル震えてるし
ギターも弾けないし…
このブログ書いてるのもプルプル…
タケノコ掘り
手掘りはダメだな
クワを新調しよっ!
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《金锁记》剧本改编
喧闹的商业街的午后,街上处处是叫卖声、吆喝声。街上熙熙攘攘的,人们不停地进出各式各样的店铺,手上拎着满满的物品。从外往内数的第三家,是一家麻油铺。店里满是芝麻的油香,柜台是带着油污的黑色,油缸上吊着不同大小的舀子。
曹七巧,大约十八、九岁的模样,着蓝夏布衫裤,镜面乌绫镶滚,站在麻油铺柜台后,正和一个头缠白色汗巾、身着带血污的背心的男孩相互打趣着。
男孩是肉铺里的朝禄,他看向七巧时,眼里总是带着些许欣喜。朝禄叫她曹大姑娘,或是巧姐儿。七巧略带愠色地打了朝禄一巴掌,眼角却带着笑意。
麻油铺旁的肉铺,伙计正在分割猪肉,只见他从钩子上摘下一片生猪油,重重地抛向肉案。初夏的微风,伴随着逐渐升高的温度,空气中弥漫着腻滞的死去的肉体的气味。
三十来岁的曹七巧睁开了双眼,她试图将自己的丈夫固定在椅子上,但这一团毫无生命力的肉体却不断向下滑,曹七巧用力踢了一下桌角,脸上是委屈的泪痕。她垂下头。
曹七巧的声音:“你碰过他的肉没有?是软的、重的,就像人的脚有时发了���,摸上去那感觉……”
她带着戏谑打量着周围的一切,眼中曾经的光芒荡然无存,只有对眼前苟延残喘生命的嫌弃以及对周遭一切的不满:
丫鬟在曹七巧背后的窃窃私语以及轻视的眼光;
姜季泽的摸自己脚的轻薄以及自己对他又爱又恨的交织情感;
分家时孤儿寡母被欺负的无助与无奈……
五十来岁的曹七巧半躺在床上,她的脸色枯黄,牙齿是被鸦片熏过的黄色。她带着玉质的、银质的、金质的手镯与戒指,手上握着枪杆,吞云吐雾。
姜长白进入屋内,试图找七巧要钱,七巧顺手将身旁的枕头扔了过去,长白悻悻地退了出去。
长安的脸浮现在曹七巧眼前,曾经满怀期待的少女,如今眼中的光已然全部熄灭。七巧脑海中的长安好像已经永远失去了笑容,眼中只有对母亲的怨恨与失望。
七巧好像突然受到了什么惊吓,手中的烟枪重重地落到了地上。她摸了摸胸前挂着的、已经有些褪色的金锁,缓缓闭上了双眼。
出现皎洁月光缓缓泻下的场景。
片头:金锁记。
片头完。
1
这是姜季泽家中。
小姐太太们时常在家中支起麻将桌,约上三五好友,闲话家常,有时会请说书的、唱戏的来家中逗乐,大家在牌桌上消磨时光。屋内的丫鬟们进进出出,时而添茶送水,时而呈上吃食。
洗牌的声音回响着,麻将敲击桌面,发出脆响。女人的笑声尖利,贵妇们身上的首饰叮铃作响。似乎每一桌都拥有闲聊的话题,人们的注意力更多在八卦上。呷一口茶,摸一张牌,然后全身心地投入到闲谈他人的生活中。
一进门是许多牌桌,每一张桌子上都坐满了人。桌上摆着茶壶与点心,不时有丫鬟呈上热毛巾揩手。屋内的装潢是旧式风格,有一木质的屏风,墙上挂着中国山水画。屋前有一矮桌,有一个训鸟人正在教鹦鹉学舌,但并没有多少人注意他。
突然一声惊呼,所有的声音戛然而止。
兰仙(大笑着):“哎!又和了!对不住了,今天手气好。”
兰仙发现周围的��都在看向自己,不好意思地向周围人点头示意,并连连小声道歉。周围的牌桌又渐渐恢复到了先前的热闹。
与兰仙同桌的牌搭子们露出了些许的不悦,但很快就用讪笑掩饰过去。与兰仙同桌的牌搭子三人分别是李太太、王太太与陈太太,四人都是阔太太,衣着华丽,身上佩戴着许多首饰,交谈甚欢。
李太太(着手准备开始洗牌):“姜太太,这都第几把了,您这是有什么顺心事吗?所有的好火气都在您这儿。”
兰仙没有回答,眼里满是自得的神气。李太太左手边的王太太一边洗牌,一边做惊讶状。
王太太(惊讶状):“嗐,李太太,您还不知道呢。自打姜老夫人仙去、姜家分家后,姜太太这不和她家那位讨人嫌的麻油铺分开了嘛,这可不是天大的喜事。”
四人不约而同地发出了笑声。
陈太太(呶呶嘴,不屑状):“要我说,麻油铺就是一扫把星。姜太太之前和我们打牌的时候,总是愁眉苦脸地说着麻油铺的‘奇闻轶事’,又是家中丢了东西,又是争执不断、鸡犬不宁的。这一分家,人逢喜事精神爽,可不手气好嘛。”
兰仙的眼中带着戏谑,伸出手连连摆了摆,试图让三人讨论的声音降低些。
兰仙(食指放在嘴前,“嘘”声):“哎哎,这可离人家地盘儿不远,可不敢这样说。(大笑)想我刚嫁到姜家的时候,她倒好,先是要姜家云泽姑娘早些出嫁,甚至写信给人家未来夫家,赶她出门,又是把我揣着捏着、捶着打着,恨不得把我一并赶走好。你说说,就算她命苦嫁了个残废,这谁可受得了她!”
王太太因为久坐,颈椎有些难受。她向左右侧了侧头,似乎是在拉伸,同时一只手放在颈部揉捏。
王太太:“可不是嘛,毕竟和我们不是一个出身。早年听我家老妈子说,这麻油铺可是街上一枝花呢,那肉铺家的、修鞋的、拉车的,可都把她视若天仙,她可不心高气傲!谁成想她兄嫂钻钱眼里了,把亲妹妹卖给姜家作姨太太,侍奉个残废。可真够狠的!”
兰仙眼前浮现出曹大年夫妇的模样:欠着腰、唯唯诺诺的,身上穿的还不及姜家下人好,看到姜家人就像是见了活菩萨般。
兰仙(翻了个白眼,冷笑):“麻油铺心里恨毒了她兄嫂,却又不得不接济他们,毕竟这是她在世上��存的亲人。她兄嫂也正是认准了这点,才敢继续腆着脸来我们姜家要这要那,装得满满的进来,一样装得满满的出去。我可看见了,麻油铺可是拿了金镯子、金簪子、金锞子给他们!她兄嫂那道谢不迭的样子,可像极了陈太太家那只哈巴狗!”
四人似乎联想到了陈太太家那只吐着舌头,看见人就摇尾巴的哈巴狗,不由得同时发出大笑。
陈太太虽然感觉有些被冒犯,但碍于主人家的面子不好发作,只能将这口气咽了下去,脸上不得不赔着笑脸。
陈太太(尽可能压抑心中的不悦):“姜太太,您这可是折煞我家的狗了!”
兰仙的丫鬟小双端着明前的龙井和各类茶点从门口进入。她半弯着腰,给每个太太都换上了新茶水,将变凉的揩手巾一并收了。转身欲退下。
兰仙看到小双,突然反应她原来在姜家时服侍二房的。兰仙心生一计,伸手拉住了正欲离开的小双,对她莞尔一笑。
兰仙(不怀好意状):“我近年来年岁长了,记忆力也大不如从前,小双,你来详细说说之前曹家舅爷来姜家的场景给各位太太听吧。”
小双想到在姜家被曹七巧打压的过往,心中不由得涌起愤怒。她将手中的托盘放在麻将桌旁的小茶几上,双手抱胸,十分努力忍住不让自己翻白眼。
小双:“那天我可记得清清楚楚。各位太太,麻油铺一听到我说她兄嫂来了,嘴上说着怎么又来了,可她的眼睛居然亮了起来,好像来的是两个大宝贝!明明每次来姜家都是拿这拿那,象征性问候两句,她居然还盼着他们来?要换做是我,我可巴不得离这二位瘟神远远儿的呢!”
四位太太相互交换眼神,想到曹七巧会对将她推入火坑的兄嫂还有所期待,仿佛像是听到了天大的笑话一般,笑着摇了摇头。
小双看到四人的反应,以为是和她有共鸣,内心甚至有些窃喜。便继续讲了下去。
小双:“她不停地给这个给那个的,谁还不贪呢!除了自己要的,还给儿女,甚至是家里的老妈子都拿了东西。一向扣扣搜搜的麻油铺在这个时候倒是大方得很呢!”
李太太(深表赞同状):“可不,按她这样的脾性,姜家上下谁会乐意接近她?这也是自作孽不可活!”
小双听到李太太的赞同,十分高兴,准备继续往下说
小双:“李太太,您说的对极了。我看她送走兄嫂时还舍不得呢,那个时候我还觉得她有点可怜,但想起她平日里是怎么���我们这群下人的,我只觉得恶心!说起……”
兰仙见小双洪水决堤般的牢骚,内心有些许的厌烦,敲了敲桌子。
兰仙:“小双,够了,下去吧。”
小双似乎也意识到自己说得有些多了,拿起刚刚放下的托盘,向四位太太鞠了一躬,缓缓退下。
四位太太的牌局正酣,手上摸牌、打牌的速度也渐渐变快。突然,陈太太好像想起了什么的样子,起身调整了一下坐姿,将头凑近牌桌。
陈太太(低声):“话说回来,我一直好奇,这残废到底是怎样能够生儿育女的?麻油铺的一双儿女看起来可正常得很,完全没有残废父亲的影子呢。”(打出了二饼)
李太太兴奋地抓过那张二饼。
李太太:“哎,我听牌了!”(揉了揉微微发酸的手腕)“陈太太,我想,麻油铺既然能在年轻的时候吸引那么多男人,自然有她的厉害之处,谁知道她有没有什么秘籍呢!”
四人再次交换眼神,发出轻蔑的笑声。好像想到了什么,恍然大悟。
兰仙(厌恶状,仿佛在回忆极度不愿回首的事情):“嗐,在姜家时,她可一直和姜季泽在我眼皮子底下眉来眼去呢,连脚都摸上了,还以为能瞒住我?她自己都说残废的肉是松的,还要我们去碰他的肉,说是软的、重的。天哪,真是令我作呕。”
王太太:“八万。这可不是想拉着别人可怜可怜她?她诚然可怜,但可怜也不是她恶心别人的托词吧?说到姜先生,姜太太,前几日我可见他去麻油铺家了,您可知道这事?”
兰仙摸了一张牌,兴致突然高涨了起来,她将自己面前的牌推倒,脸上又浮现了得意的笑容。三位太太有些无可奈何。
兰仙:“自摸,清一色!不好意思了各位。(三人数了数钞票递给兰仙)我知道这事,姜季泽有什么事情我不知道?早前姜家分家的时候,他就盯上麻油铺这块肥肉了。年轻的时候姜季泽还称得上端正,姜家本身也没几个正常男人,麻油铺对他有意实属正常。这些年他愈发肥头大耳,头发也稀疏了,儿女一天天大了,他也开始逛起窑子了,还真以为我傻?”
兰仙呷了一口茶,仿佛将自己的怨气也一并咽了下去。三位太太交换了眼神,但是并没有任何意外的神情。姜季泽本就花名在外,听到兰仙对丈夫的描述,三人心中反而有些许嘲讽的意味。
兰仙(清了清嗓子):“咳,他去找麻油铺,无非是以为麻油铺还念着旧情,会乖乖拿钱出来给他用。麻油铺哪有这么傻!死了丈夫的女人,只有钱不会背叛自己了,这不就把姜季泽扫地出门了?可把我���死了。”
陈太太用戴着戒指的手小心地夹起一块桂花糕,就着一口茶送入嘴中。细细咀嚼后,用手绢擦拭手上的残屑。她想起前几日在曹七巧家门前曾见到过姜季泽。
陈太太(试探状):“我是说怎么姜先生从麻油铺家出来的时候一脸晦气,脸色微红。不得不说姜先生这如意算盘打得可够好。没成想这麻油铺倒还机灵,知道自己配不上姜先生,把钱紧紧攥在自己手里。”
王太太听到陈太太认为曹七巧知道自己配不上姜季泽,十分不同意,她将手放在陈太太的手腕处,轻轻一捏。陈太太抬头看了王太太一眼,有些疑惑。
王太太:“她那哪是知道自己配不上姜先生?在我看来,年轻的时候被那么些男人中意,她的心气可高了吧,在听到姜先生的表白时怎么可能没有一丝心潮涌动?只不过是提到钱了,就好似突然察觉到了危险信号,这时被泼了一盆冷水吧?听说分家的时候就闹得不愉快?”
回想起分家时曹七巧带着一双儿女将整个姜家闹得鸡飞狗跳,兰仙翻了个白眼,咬紧牙关,像是从牙缝中蹦出一个个字。
兰仙(咬牙切齿):“是,当初分家的时候,她说她家那个有病不能出去做官,她是个没脚蟹,长白还不满十四岁,往后苦日子有得过呢。九老太爷问她想怎么办,她也没个想法,只会哭哭啼啼,喊着人家欺负她们孤儿寡母,最后把九太爷直接气走了。最后还是按原计划分家,你说闹这一出,何必呢?”(不耐烦地抓起一张牌,恨恨地摔在牌桌上)
坐在她下手的李太太被她突然的举动吓到了,抬头看了兰仙一眼。兰仙端起茶杯,猛地吞了一大口,眼中是无比的痛恨。李太太摇了摇头,将心思放在牌上。
李太太(与兰仙相反,轻轻地放牌):“四筒。真是会给姜家丢人。这姜长白和姜长安也这么大了,他们妈把人都给丢完了,这俩孩子以后可怎么过哟!真造孽!”
兰仙冷哼一声。
兰仙:“麻油铺把钱看得死死的,都不给自己儿女花。姜长白是个男孩,还供他读书,姜长安这么大了,看上去还像七八岁的女孩,感觉像是长期在家吃不饱饭。(眼中突然迸射光芒,将身子和声音都压得低低的)我听有人说,麻油铺这么多年也没个男人,她现在眼里就只有他们家白哥儿咯!”
四人不知道联想到了什么画面,笑作一团,伴随着嫌弃与厌恶的表情。
王太太成功接受到兰仙的信号,抓住机会,做出谄媚的神情。
王太太(拿了一张牌,看着兰仙,嘴角牵了一丝笑):“对比一下您家的长馨,小小年纪���聪颖过人,在学堂里也是拔尖儿的,麻油铺不是一直心高气傲嘛,这儿女也比不过姜太太您呀!”
兰仙似乎很受用的样子,脸上的笑意是对王太太的赞同。但是将她家长馨同姜长白姜长安相比,她内心还是十分鄙夷的。这份不屑十分明显地在她的眼底显露出来。
兰仙:“可不敢和她比,可不敢和她比。我们和麻油铺不是一道人,我们家长馨以后是要嫁给好人家的,可不像姜长安一样是个没爹的野丫头。(陈太太出了幺鸡,兰仙看了一眼自己的牌,高声笑道)哎呀陈太太,谢谢您的幺鸡,我又和啦!哈哈!”
洗牌的声音渐渐淡去,四人依旧在牌桌前叽叽喳喳地。笑声与交谈声逐渐淡去,门口的训鸟人教会鹦鹉“恭喜发财,吉祥如意”这句话,鹦鹉不断地重复着,略带哀凉。
2
曹七巧家的宅子在这片尽是阔太太的街区显得格格不入,斑驳的鹅黄色小洋楼,生锈的铁栅栏,常年紧闭的大门,无一例外地像是在向他人宣告主人的“贫穷”,甚至连推销员与报童也绝不会去“打扰”这一家人。
院内也是十分的荒凉,秋风将法国梧桐枯黄的叶子吹落,由于老妈子与丫鬟的数量不够,这满庭院的落叶竟无人打扫,远远望去像是一层黄色的薄毯覆盖于深灰色的地面上。老妈子与丫鬟各自心怀鬼胎,都想方设法地偷着懒,都最怕太太的突然召唤。
曹七巧的侄子曹春熙风风火火地从大门进入院内,好像给这座死气沉沉的宅子带来了些许生机。他与长白、长安的年纪相仿,三人很快成为了玩伴。
有天,长安想要拿放在柜子最上方的莲子,长白摆摆手,表示要妹妹自己拿。长安便搬了个凳子,支在柜子旁,拼命踮着脚,试图够到莲子。但由于她长期营养不良,十三岁的年纪却只有七、八岁的身高,怎么都够不着。这时曹春熙看到了。
曹春熙(担心状):“哎呦,安姐儿可别摔了,回头我可脱不了干系!”
话音未落,长安一个没站稳,向后一仰,凳子被踢翻,曹春熙果断上前扶住了长安。长安有些惊魂未定,大口喘着粗气。
曹七巧(突然冲入房间内,将曹春熙扶住长安的手打掉,十分愤怒,冲曹春熙咆哮):“我三茶六饭款待你这狼心狗肺的东西,什么地方亏待了你,你欺负我女儿?你那狼心狗肺,你道我揣摩不出么?你别以为你教坏了我女儿,我就不能不捏着鼻子把她许配给你,你好霸占我们的家产!”
曹七巧顿了顿,上下打量了一下不过十来岁的曹春熙,又回想起这么多年以来兄嫂对自己的压榨与欺负,顿时恍然大悟。
曹七巧(冷笑):“我看你这浑蛋,也还想不出这等主意来,敢情是你爹娘把着手儿教的!那两个狼心狗肺忘恩负义的老浑蛋!齐了心想我的钱,一计不成,又生一计!”
曹春熙听了这席话,气得只想翻白眼,但碍于曹七巧是长辈而不得不压下心中的怒火。他刚欲开口为自己辩解,甚至连长安都想开口解释时,曹七巧更是气不打一处来。
曹七巧(指着他们俩的鼻子,叉着腰):“你们还有脸顶撞我!(对曹春熙)还不给我快滚,别等我乱棒打出去!(对长白长安)你们俩也给我滚,多大的人了,还胳膊肘往外拐了?你们是想气死我吗!”
三人咧咧呛呛地从房间里退了出去,曹七巧在发完脾气后感到一阵眩晕,扶着丫鬟也离开了房间。
曹春熙年轻,血气方刚,从小到大哪里受过这种委屈?他回到房间后,忿忿不平地开始收拾行李,嘴里还小声骂骂咧咧,当天晚上头也不回地离开了曹七巧的宅子。
姜长安内心虽然也觉得对不起表哥,但这么多年,深知自己母亲脾性的她也不敢和母亲顶撞。在曹春熙离开后,长安蹑手蹑脚地来到七巧的卧室。只见七巧靠坐在床上,腰间垫了一个小枕头,她闭着双眼,手不停地揉着太阳穴,好像是头疼。长安见状有些心疼,悄悄在床边坐下。
姜长安(轻声):妈,对不起,我让你头疼了。
曹七巧缓缓睁开双眼,眼前的长安让她感觉有些模糊。那一刹,她突然不想让长安长大。虽然很气愤,但曹七巧还是握住长安的手,轻轻抚摸着。
曹七巧(因为疲惫而声音略带温柔):“你今年过了年也有十三岁了,也该放明白些。表哥虽不是外人,天下的男子都是一样混账。你自己要晓得当心,谁不想你的钱?”
曹七巧想到前些日子姜季泽的所作所为,心中五味杂陈,一是愤怒姜季泽竟然会打孤儿寡母的主意,一是伤感自己对姜季泽竟然还有不切实际的幻想。她撅了噘嘴,表情逐渐严肃。
曹七巧(长叹一口气,悲哀状):“男人……碰都碰不得!你娘这几个钱不是容易得来的,也不是容易守得住。轮到你们手里,我可不能眼睁睁看着你们上人的当——以后提防着些,听见了没有?”
姜长安垂下了双眼,在内心深处并不苟同母亲的想法,随后脸上挂着一丝悲哀。在她心中,母亲永远把钱看得比一切都重,甚至比自己和哥哥更重。长安感��无可奈何,但在这个家里,曹七巧才是那个拥有绝对权威的人。她很快收起自己脸上的悲哀,微微点了点头。
姜长安(十分小声):“我听到了。”
曹七巧看了看自己曾经被姜季泽捏过的脚,又看了看长安的一双大脚。突然,她意识到,如果给长安裹脚,她是不是就会待在家中,远离所有的男人?她不出门抛头露面,是不是也意味着节省了很大一笔开支?她咧着嘴,盯着长安笑,长安只觉得有些毛骨悚然。
曹七巧(试探):“你嘴里尽管答应着,我怎么知道你心里是明白还是糊涂?你人也有这么大了,又是一双大脚,哪里去不得?按说你今年十三了,裹脚已经嫌晚了,原怪我耽误了你。马上这就替你裹起来,也还来得及。”
话音未落,周围的老妈子倒笑了,她们看向彼此,有些不可置信。姜长安在听完母亲的一席话后直直定在了原地,她感到十分恐慌,双眼放大,嘴巴微微打开,想说些什么却又什么都说不出。
曹七巧(笃定地拉着长安):“我不愁我的女儿没人要,不劳你们替我担心!真没人要,养活她一辈子,我也养得起!”(招呼着几个老妈子按住长安,她亲自替长安裹脚)
姜长安的哭喊声在寂静的黑夜中惊醒了整条街。
第二天,曹七巧盘算着自己的女儿已经缠足,也没办法再去学堂,便寻思着去学堂把学费要回来。她带着两个老妈子,气势汹汹地冲进了学堂,在校长办公室找到了校长。校长本是儒雅之人,先是静静地聆听她的诉求,但当他听到曹七巧在给长安缠足并希望要回学费时,校长感到十分震惊。他愤然起身,坚定地回绝了曹七巧的无理要求。曹七巧哪肯依,她也起身,分开腿,叉着腰,手指着校长,痛骂他不要脸、钻钱眼里了。最后,校长让保安将她们三人架出了校园。
整个学堂都知道了这件轶事,每当长安上街遇见老同学时,总感觉他们在背后窃窃私语。久而久之,姜长安眼中原有的热忱与希望已经被世俗磨灭。再见到她的人,会发现她打了一根辫子,叉着腰,迈着小碎步,不停地发表对世俗的高见,紧紧攥着手中的钱──谁都说她是活脱的一个七巧。
3
姜长白在完成学业后,成天无所事事,先是染上了赌瘾,后来渐渐和姜季泽一起逛起了窑子。曹七巧看着儿子一天天花着这么多钱,便想着为他张罗婚事。曹七巧对��婆带来的人选总是挑三拣四,媒婆早已厌烦,背地里总是骂七巧“不撒泡尿照照自己”,但表面上还是要赔着笑脸。��顿手忙脚乱之后,她为长白定下了袁家名为芝寿的小姐。
新妇过门,曹七巧怎么都看她不顺眼,还暗中给她使绊子。芝寿心中委屈,但丈夫不体谅,又不能回娘家,只能将满腹委屈自我消化。
这天,芝寿的母亲前来探望女儿,曹七巧便约上另外两个太太(张太太、赵太太),一起吃午饭。另外两位太太不知道这是芝寿的母亲,只当是曹七巧的朋友,便以芝寿作为话题开始闲聊。
丫鬟们陆续送上了菜,放眼望去,西红柿鸡蛋、小葱拌豆腐、清炒时蔬、虎皮青椒。袁太太有些惊讶,请客竟然一点荤腥都没有。但看张太太和赵太太习以为常的模样,她也不好问些什么。
张太太(让丫鬟给自己倒了一杯茶,润了润嗓子):“姜太太,我看您这新媳妇嘴唇可有些太厚呢!听说嘴厚的人天性厚呢!”
曹七巧抬起眼,瞟了一眼袁太太,只见她的脸一阵红一阵白,额前冒了细细的汗珠,神情十分不自然。她勾起嘴角,一副看好戏的模样。曹七巧天生一副高爽的喉咙,扃扃的,刮得人疼痛,像剃刀片。
曹七巧(大笑):“张太太,天性厚可并不是什么好话。我只但愿咱们白哥儿这条命别送在她手里!(她夹了一筷子豆腐)你们瞧咱们新少奶奶老实呀,一见了白哥儿,她就得去上马桶!”(不屑地哼了一声)
袁太太此时有些愣住,刚刚伸出的筷子猛地抖了一下,她悄悄打量了一下身边的三人,发现另外两位太太并没有发觉到她的异样,便稍微低下了自己的头,呷了一口茶。
曹七巧察觉到袁太太的坐立难安,心中却是一份窃喜。她用手绢揩了揩嘴,扭头和赵太太攀谈。
曹七巧(略带骄傲意味):“赵太太呀,不是我说,我家白哥儿和我可亲了。我要他给我烧一夜的烟,他可甘之如饴!这新媳妇啊……”(曹七巧将自己儿子亲口招供的媳妇的秘密宣布了出来,有声有色地渲染着)。
张太太和赵太太听得津津有味,还时不时打断七巧,试图与她一同探讨。这边的袁太太脸上挂不住了,她慢慢放下筷子,神色有些恍惚,汗珠顺着她的脸颊滑落,滴在有些掉漆的餐桌上。
张太太发现袁太太有些不对劲,便投来了关切的目光。
张太太(关心状):“袁太太,您没事吧,是哪儿不舒服吗?”
袁太太正愁没有一个台阶可以下,她猛然起身,向席间三人欠身致意。
袁太太(有气无力):“三位太太,实在是不好意思,我突然有些头晕,就先回去了。三位慢吃。”
曹七巧也没有挽留的意思,她对着袁太太笑了笑,眼底带着不屑和嫌弃。她也缓缓起身,走到袁太太面前,挽住她的���膊。
曹七巧(带着笑意):“哎呀,这可真是不巧,那我就让丫鬟送您到门口。亲家母,下次您再来看芝寿的时候,我们再聊。”
袁太太连连点头,却很快地拿开曹七巧的胳膊,和丫鬟匆匆离开了。她离开时脸皮紫胀,心中觉得也无颜再见女儿,乘了包车回去了。
姜长白和芝寿本就不亲密,在曹七巧的搅和后更是渐行渐远。姜长白的心又回到了花柳巷之中,花销越来越大,曹七巧看着账簿上的每日支出也是越发心烦。为了拴住长白,她把一个丫鬟娟儿给长白做了小,又让长白和她一起抽烟,长白这才安心在家守着烟袋和姨太太。
4
姜季泽的女儿姜长馨给长安介绍了一个留学归来的男朋友,名叫童世舫。多年以来,姜长安第一次感受到了恋爱的滋味,每每见到童世舫,她总会心跳加速。过去十年她总是过着“小曹七巧”式的生活,这是第一次,她想要逃离自己的母亲、自己的家庭。
童世舫是一个具有英伦气质的绅士,多年在海外的求学使他对中国的传统女性抱有极大的兴趣。他在姜长馨的介绍下认识了姜长安,他被长安身上的传统气息所吸引:她的一颦一笑总是温婉的,旗袍下她的身姿婀娜,眉眼间总是明媚的。在几次约会后,二人确定了恋爱关系,最后甚至瞒着曹七巧定下婚约。
曹七巧不知从哪里听到了这个消息,她气急败坏地质问长安。长安被爱情蒙蔽了双眼,只想着自己未来的幸福。曹七巧恨她执迷不悟,总是以自己嫁到姜家被欺负的过往来警告长安,甚至侮辱童世舫,认为他这么多年在海外没有娶亲是不正常的事情。多年顺从的长安在这一件事全然不肯让步,最后七巧竟只能答应见童世舫一面。
童世舫来到姜家时,有一种莫名的恐惧感。当他落座吃饭时,见他的却只有姜长白一人。两人就着酒谈天说地,气氛相对缓和了许多。正当童世舫以为这场“鸿门宴”即将顺利结束时,他突然看见,姜长白身后的阴影里,出现了一个有些驼背的、干瘦的老太太,他的直觉告诉他——这是一个疯子,他只觉得毛骨悚然。
曹七巧在阴影中打量了童世舫许久,她上前一步,微微欠身,算是问好。童世舫也连忙向七巧鞠了一躬。
曹七巧(略带疲惫):“童先生您好,我老了,若有招待不周,请您多多谅解。”
童世舫(连忙摇头):“姜太太不必如此客气,您能邀请我前来作客我已经感到十分荣幸了。只是不知道长安现在何处?”
曹七巧的眼中突然闪现一丝光芒,童世舫很快捕��到了,这只让他觉得可怖。曹七巧缓慢地转身。
曹七巧(慢悠悠地):“您还没有参观过我们的宅子吧,我带您参观一下,您就能看到长安了。”
童世舫随着曹七巧穿过昏暗的走廊,宅子不大,却是死一般的寂静,曹七巧轻微的咳嗽在宅子里竟然有回音。微黄的灯光下,墙壁上藏青色在这一刻仿佛成为了死亡的黑色。童世舫不禁打了一个寒颤。在二楼站定,二人面前是微微虚掩的房门。
曹七巧(回头,声音有些飘忽):“童先生,这就是长安的房间,她正在里面,您自己去见她吧。”(说完便又走进了一片黑暗中)
童世舫微微推了一下房门,并不急着进去,他的视线定格在了躺在床上的长安身上:长安的右手拿着烟枪,正在吞云吐雾,那一双三寸金莲似乎是长安“旧女性”身份的“勋章”。那种吸鸦片之人特有的糜烂与恍惚全然不似他平时所认识的那个活泼的、满眼爱意的中国少女。眼前的瘾君子头发散落着,像极了《聊斋》中尚未化成人形的聂小倩,她直直地盯着天花板,浑身竟然没有一丝生气。童世舫被眼前的场景惊吓到了,他悄悄带上了房门。
童世舫(小声嘟哝):“这就是现在的中国闺秀了吗?为什么传统的女性也会抽鸦片?是我离乡太久不知道现在的习俗了吗?”
正当童世舫有些神游时,一个丫鬟不小心撞到了他。丫鬟连忙道歉,还一边小声向外吐着“姨太太”、“生了”之类的词语,童世舫有些疑惑不解。
童世舫(拦下丫鬟,疑惑状):“姑娘为什么这样着急?是有什么急事吗?”
丫鬟(十分不耐地挣脱他的手,匆忙欲离开):“哎呀,我们少爷的姨太太要生了,我得赶紧过去帮忙了,您请别拦着我。去完了太太要骂的!”(说完便急匆匆往上赶)
童世舫消化了一阵,才将丫鬟说的话完全理解。他的神情依旧有些恍惚。
童世舫(继续小声嘟哝):“姨太太,这难道不是旧时代的糟粕?三寸金莲,不也是对女性的剥削与压迫?”(他的眼前突然浮现出曹七巧那干枯的脸庞以及空洞的双眼)
童世舫只觉得冷汗一阵一阵的,他不敢在这座吃人的监狱里再多呆一分钟,他只觉背后好似有什么人在追赶着他,不由得加快步伐,跌跌撞撞、头也不回地离开了姜家,从此再无音讯。
5
病入膏肓的芝寿听到丫鬟说娟儿生了个小少爷,她已经瘦得皮包骨头,曹七巧和姜长白很少过问她的死活。她艰难地翻了个身,头歪在枕头上,嘴角淌着��水,她缓缓张开嘴,试图说些什么,却发不出任何声音。没有人知道她是什么时候咽的气。
娟儿虽然被扶正,但是曹七巧长期以来的打压与嘲讽、抚养孩子的艰辛与痛苦、对长白迷失于花柳巷的无奈与愤怒,使她本就不坚强的心理防线彻底崩塌了。仅仅过了一年,她便吞生鸦片自杀了。
姜长白不敢再续弦,他成天在外面闲逛,有时赌上几把,有时嫖个妓女,有时抽上几口。每当囊中羞涩时,他总是会去找曹七巧,刚开始七巧还有些可怜他,渐渐也只让他滚。
长安又回到了“小七巧”的状态,她叉着腰,对这个世界充满怨恨与不满。她时常暴怒,对家里的丫鬟、老妈子冷嘲热讽。七巧再也不提给嫁人一事,长安也再也不和七巧说上一句话。
七巧半躺在床上,手边放着烟枪。窗外皎洁的月光泻下,好似曾经她在麻油铺当姑娘时看到的一般。她的眼前突然出现朝禄那年轻的脸庞。
朝禄(半羞赧半开玩笑地):“巧姐儿,等我攒够钱,就娶你回家好不?”
曾经的七巧轻轻给了朝禄一巴掌。
曹七巧(羞红了脸):“嗐,你说什么呢!别乱开这种玩笑!”
曹七巧至今还能记起朝禄略微失望的模样。
她摸了摸自己胸前挂着的金锁,这一生像电影般在她的脑海中不断闪回。她知道她儿子女儿恨毒了她,她婆家的人恨她,她娘家的人恨她,就连她自己也恨毒了她。她左手腕上的玉镯子,还是当姑娘时带上的。她侧过身,用右手徐徐将这镯子向上推,竟然推到了腋下。
她又穿着蓝夏布衫裤,镜面乌绫镶滚,这件衣裳不知道从何时起竟如此大了。她直直地盯着前方,少女时代对邻家少年的悸动,嫁入姜家后承受的屈辱,自己当家后对子女与金钱的掌控,在如今的七巧看来,全是荒唐中带着些许心酸。眼角的泪水滑落,她把脸侧向头底下的荷叶边小洋枕,凑上脸去揉擦了一下。
朝禄的脸庞又突然浮现在了她的眼前,似乎是在等待一个答案。
曹七巧已经没有任何力气了,她只觉得脑袋昏昏沉沉的,四肢已然麻木,意识也逐渐模糊了。
曹七巧(艰难地长大嘴巴,面部有些狰狞):“好”。
她闭上了双眼,脸上残留最后一滴眼泪,她就由它挂在腮上,渐渐自己干了。
6
渐渐淡出的、皎洁月光泻下的场景。
叠印字���:剧终。
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尾道商店街のバナナジュース、
めちゃくちゃ美味しいから飲んでみてほしい。
チョコソースとかトッピングできますが、
まずはノーマルで。シェイク界No.1の美味しさ。
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六麓荘町(ろくろくそうちょう)は、兵庫県芦屋市の町名及び同地の高級邸宅街。「丁目」のない単独行政地名。 神戸市、大阪市および阪神間の市街地と瀬戸内海を俯瞰する六甲山地の南東麓斜面の海抜200 - 250メートル地点に位置する。1928年に払い下げられるまでは国有林で[5]、現在も芦屋市の自然環境の一部分を形成している。 芦屋の一部は元々、大阪財界人の別荘地として開拓されていた。六麓荘町の開発は、明治後半から大正時代にかけ、日本一の富豪村[6]と呼ばれた住吉村(現・神戸市東灘区)や夙川、香櫨園など近隣地域の影響を受けた延長上のものであった。1928年(昭和3年)から富商・内藤為三郎ら大阪財界人の手によって、国有林の払い下げを受けて当初197区画、数万坪にのぼる宅地造成を行ったことから始まった。六麓荘という地名は「風光明媚な六甲山の麓にある別荘地」に因み名付けられた。電線類地中化など先進的な街づくりが取り組まれた[5]。 六麓荘の開発は、1928年(昭和3年)に大阪財界人のひとり森本喜太郎が発起人になって、土地開発・住宅造成の会社である「株式会社六麓荘」を設立したことが始まりである。社長には上記の内藤為三郎、専務に森本喜太郎が就任した。この当時は、資金があまり準備できず、2人は協賛金や株の手付けなどの資金調達に専念した。 この地帯も国有林であったので、国有林の払い下げなどの運動については、法律に長けた取締役の瀬尾喜二郎が国との交渉にあたったとされる。 六麓荘開発のコンセプトは、この地を「東洋一の住宅地」とすべく香港の九龍半島やその対岸の香港島の白人専用街区をモデルに開発が行われた[5]。南斜面の起伏のある恵まれた地形を有効に利用し、スケールの大きな住宅地が形成された。例えば、細い山道にすぎなかった道を幅6メートル以上に拡幅して、1区画につき少なくとも300坪か��400坪以上を標準とした。また、自然の地形を尊重した曲線道路により、住宅地全体が構成され、造成時に切り出された石材は石垣や石橋、庭石に利用。山林の赤松もできるだけ残されて庭木などに活用された。 敷地内に流れる山からの湧水を小川として取り込むほか、溜池や道路を流れる川には橋をかけた。さらに、特色として上水道は経営地の最高部に貯水池を設け、下水道はヒューム管を埋設。都市ガスも導入している。また、電気については、電柱が著しく風致を損なうとして、多額の費用をかけて日本で初めてとなる電線類の地中化が行われた。道路の保全と美観上の問題を含めて全面的な道路舗装を行い、安全面にも留意している。開発当初の1区画の敷地規模は、平均300 - 1000坪以上である。 六麓荘最大の特色として「六麓荘町内会」が開発直後から組織されていることが挙げられる。なお、「町内会」を別に「自治会」と称する事もある。町内会は環境保護・景観保護の為に、ある意味においては、治外法権的な役割を果たしており、町の住民は、開発当初から町内会独自の協定を設けて高級住宅街の維持に努めてきた。協定では、建物は一戸建ての個人宅に限り、新築と増改築には町内会の承認が必要である。 町内での営業行為は一切禁止しているため、マンションや商店、自動販売機は全くない[5]。町内会員により構成される六麓荘町内会(六麓荘土地有限会社)は、道路部分の土地所有権を有している。開発当初は道路を区分所有していたが、管理に限界があり、有限会社を設立することで共有財産とした。しかし、有限会社での自主管理にも限界があったために、芦屋市に無償貸与して市による管理が行われることになった。 新規居住者は、入居時に、町内会の入会金を支払いとともにこれとは別に月々の管理費を支払っている。これらの資金は、共有施設がある駐在所兼公会堂施設の維持・管理と町内会の活動経費に充てられている。新規入居者は、計画時に芦屋市から申請の内容が町内会に伝えられ、町内会でこれを承認するという手続きをとっている。セキュリティー面では、1930年(昭和5年)に町内会が無償で建物を提供して、芦屋警察署の六麓荘駐在所が開設された。 現在の建築条例(旧建築協定)は敷地面積を400平方メートル(121坪)以上とし、400平方メートル未満の面積への分筆も禁止され、用途は2階建以下の一戸建個人専用住宅に限られる。建物の高さは最高10メートルで、軒の高さは7メートル以下とし、営業行為も一切禁止で他にも色々な制限がある。 上述の厳しい制約から、賃貸契約や会社名義(社宅)としての利用が不可であると勘違いされる事も多いが、建築条例を充たした建物であれば居住形態の制限等は無い。賃貸(借家)住まいや社宅住まいの住人も数多く存在している。 バブル経済崩壊、阪神・淡路大震災以後の近年では世代の交代や高額の相続税の支払いが原因で、土地を手放すケースが増加した。そのうえ前述している紳士協定に過ぎない「建築協定」では風致を維持することができなくなることが懸念されるようになる。そのため住民は強制力のある条例による景観保護を市に求めることとなった。 住民の要望を受けて芦屋市は「建築協定」をそのまま「条例」に格上げした「景観保護条例」を市議会に提出した。「景観保護条例」は、2006年(平成18年)12月22日の芦屋市議会で全会一致で可決されて、2007年(平成19年)2月1日から施行となった。通称「豪邸条例」��して話題になった[5][7]。
六麓荘町 - Wikipedia
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2023年8月5日(土)
今年の夏のミニ旅行、第一弾は夫婦としては5年ぶり(?)の東紀州訪問である。尾鷲市の<三重県立熊野古道センター>で特別展を学び、隣接する<夢古道おわせ>でランチをいただく。熊野市へ移動して友人たちとの再会、夜は<浜峰商店ファミリー>と<鮨割烹 徳川>で会食(もちろん一方的にご馳走になる)。美味しく楽しい1日はあっという間に更けていったのだ。
2時30分起床。
日誌書く。
二度寝する。
朝食を頂く。
今日は久しぶりの東紀州訪問、ところが朝から名神は事故渋滞、いつもの京都南ICから渋滞の中へ突入するのは避けたい。MK石油で給油の後、稲荷山トンネルを抜けて山科へ、本当に久しぶりの京都東ICから名神高速道路・新名神高速道路・東名阪道・伊勢自動車道・紀勢自動車道・熊野尾鷲道路を経て、昼前には尾鷲市に到着した。
まずは夢古道おわせ・イサバヤでランチ、迷わず海鮮丼を頂く。ついで熊野古道センターへ移動し、御浜町の写真展を興味深く拝見する。
熊野市へ移動、晴れてはいるが雨が降り出した。
浜峰商店・浜街道店でK夫婦・T兄と久しぶりの近況報告、互いの加齢情況を確認しあった。
新宮市へ移動して速玉大社へ参拝、神木の大梛はいつ見ても凄い。
コンビニで寝酒用に🍷を購入してから今夜の宿の<フェアフィールド・バイ・マリオット・三重御浜>にチェックイン、もちろん初めてお世話になる。
浜峰夫妻に迎えに来ていただき、新宮市へ移動していつもの店で歓待を受ける。帰路はファミリーでホテルまで送っていただく、大感謝!
シャワーで汗を流し、テレビで女子サッカーの勝利を知り、少し🍷をいただいて大満足の1日を閉じたのだ。
さすがに長距離の車移動、3つのリングはこんなもの。水分は1,860ml。
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台北、月見ル君想フ(潮州店)にてカレーと映画、音楽、ZINEのマーケットイベントが開催されます。 前夜祭の2/24(土)見汐はDJで参加します。 本や7epも販売します。 __________________________
2/24「chili chili library 前夜祭」
昨年映画「1秒先の彼」で台北映画祭を訪れ、現在「カラオケ行こ!」が台湾公開中の山下敦弘監督の短編作品「ランブラーズ2」日本国外初、特別上映を行います。(山下監督ご本人もいます!)
「リアリズムの宿」(2014)の続編という位置付けのこの作品、おじさんになった登場人物たちの変わらぬ空気感や時間経過に伴う喪失感、そしてきらりと残る光を体感しにきてください。台湾でDVD化されている「リアリズムの宿」を鑑賞してから来ることを強くおすすめします!
「ランブラーズ2」あらすじ
監督の木下、脚本家の坪井、俳優の船木の三人は映画仲間だった加地のお通夜に出席するため、加地の地元にやって来る。友人の死に対してどう受け止めればいいのか分からない三人は、知らない街を彷徨い、誰もいない冬の海に辿り着く…。映画『リアリズムの宿』から17年後に制作され、オリジナルのメンバーが集まった、正式な続編。30分の短編映画だが、長編映画の冒頭部分として製作されています。
「chili chili library 前夜祭」
2024年2月24日(土)
at 台北月見ル君想フ(潮州店)
Basement
17:30 OPEN 18:00 START
入場 200元(1DRINK付、カレーご予約の方は入場無料)
*山下敦弘監督作品「ランブラーズ2」特別上映*
上映時間:18:00-18:30
18:30~21:00 DJ time
大橋裕之 nuttsponchon
乙事亭成太(よはく酒店)
山下敦弘
〜〜〜〜〜〜〜
2/25「chili chili library & market」
国内外のアーティストのZINEを扱う架空の図書館がやってくる!
今回は日本各地で活躍している漫画家・大橋裕之や、バンド「neco眠る」のドラマー三木章弘、飯本貴子、尾道からnuttsponchon、GUYDES、長野からMIGHTY MUMMY FROGS→、よはく酒店などが来台、その他写真家、タトゥーアーティストなど様々なジャンルのアーティストの作品をお届けします。 台湾の素敵なアーティストの作品もたくさん並ぶスペシャルな日!
先月台湾で公開されたアニメーション映画「音楽」の原作者であり、「シティライツ」「ゾッキ」など個性的な世界を唯一無二の線で描く漫画家大橋裕之が日本でも長蛇の列ができる似顔絵POPUPを開催します!
この機会をお見逃しなく!
「chili chili library & market」
2024年2月25日(日)
at 台北月見ル君想フ(潮州店)
Basement
13:00 OPEN 13:30START
入場 200元(1DRINK付、カレーご予約の方は入場無料)
13:30-14:00
*山下敦弘監督作品「ランブラーズ2」特別上映*
14:00~21:00 LIVE&DJ time
Hana (問題總部)
DJs:
Ami Tseng(DSPS)
Akihiro Miki(neco眠る)
乙事亭成太(よはく酒店)
台北コーリング
Shop: <Japan>
Akihiro Miki(ZINE)
飯本貴子(ZINE)
大橋裕之(似顔絵、ZINE)
GUYDES(ZINE)
nuttsponchon (POSTER、APPAREL)
MIGHTY MUMMY FROGS→(ZINE)
LIVERARY(Artist items)
<Taiwan>
Mangasick
安爺堂
Dopechillbin muik
8bit_textiledesign
〜〜〜
“chili chili library” ZINE Store:
Handling artists
<Japan>
石塚さん
ON READING
亀谷きよみ
木下ようすけ/Megumi Yamazaki
Jiajia(ジャジャ)
SONIC WAVE
東郷清丸
Toyameg
なま
hisakanao
FUKE
前田流星 / Ryusei Maeda
松園 量介
マツモトダイスケ
MOOLA(YANGGAO)
morookamanabu
<Taiwan> 紅 林
Peter Mann
SAD仙窟
DSPS
妄想印度カレーネグラ
LIVERARY
浪漫的工作室
*台北 at 台北月見ル君想フ(潮州店)店頭 2/24 - 3/3
*台中 at 大浪漫商店台中店 店頭 3/8 - 3/17
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【 2 0 2 3 】
这篇 献给即将逝去的2023。
当时你的开篇,让我不知所措的来到了这一年。
我想,这也将会是我去往2024的感受吧。
--
< 一月 >
我开启了实习之旅,接触到了平常不会接触的自闭症儿童,有了工作的经验,虽然并不是商业化的模式,但我学习颇多教学以外的知识。
我看完了《白夜行》,真的不愧是东野圭吾的封神之作,能有幸阅读,感恩。
月末,是农历新年,回乡之日。虽然团圆饭自己一个人吃,也还没回乡。但回乡后,我很快乐,收到红包,吃到外婆做的肉圆和海参,吃到超多的福州饼,还有当时回吉隆坡赛车的路上,手里捧着的卷卷薯条,很快乐!
梵高的展,我去看了,不是原作的摆设,但还是喜欢亲近艺术。原来艺术的美可以流传至今,撩拨的情感和起伏的情绪,都是艺术带给我的。
我的一月老公是王凯。向风而行真的很好看!当时好馋他的颜值和他剧里人物的性格,想来我的理想型就是这种吧。
< 二月 >
有点emo 因为我不小心摔碎了之前送给爸爸的许愿瓶。我深知已救不回,当时伤心了许久,而现在回想起来,凡事皆有意义。当时的我可能浑然不知,这一年是我即将蜕变的一年。
星落凝成糖很好看,当时是我实习期间压力的一小放松契机,也导致我一听到ost,就会想到我那个时候实习的每一天早上。
华文学会开linkedin了。他们做了一个全家福大海报,有华学、辩论社 和 电竞社的全体执委头像+名字。荣幸能在那里有一席之地。
二月没什么特别,可能只是自己的心不知何处安放,以至于我会感到寂寞孤单。
< 三月 >
三月见了朋友吃了美食,但不及最高兴的是,和辩论的那一群人吃饭,还有和教练一起。和他们在一起,我不必说话应酬,便有人替我说话了。他们吵死了,但也是我唯一能够安静下来只听他们闹的时候,很幸福。
我也正式结束了我的实习,和实习认识的朋友一起吃个韩式烧烤,大家乐呵呵的,算圆满了。
大侦探8真的很好看,这一季真的升华了,好几案都是经典。永远支持,侦心不变!
優里出新专辑“弐”。全部歌都好好听,但最喜欢 ガリレオは恋をする <3 < 四月 >
愚人节当天,我做了一个勇敢的决定,我独自拾起遗忘多年的篮球,时隔三年后再次触碰它。看它在我手心,也惊见自己竟然还有肌肉记忆,一瞬间的快乐叫人难以割舍。庆幸,我很勇敢。
这个月的我重新当了线上一对一数学补习老师,赚点零用钱花,重点是这次全价收下学费,不用再被公司给瓜分了,爽!
第一次单独和男性去看电影(是朋友),看的すずめの戸締まり(鈴芽之旅)。很喜欢新海诚的新作品,也超喜欢ost!以至于最后我用软陶做了个草太椅子,嘿嘿!
也许挺疯狂的。不是很喜欢房间的壁纸,就索性拆了一小部分,自己贴上白色的壁纸。很喜欢偶尔疯狂想做就做的自己,喜欢如此果敢率真不顾一切的自己。
还做了一次美容,虽然只是很简单的,感觉不怎么有效果说实话。也做了好多美甲,真的几乎天天做,囤起来给以后。
四月听的歌全都围绕在长月烬明这部剧。以我神髓,还你仙骨。澹台烬一生如此悲惨却善良,希望有人能理解他,给他最真诚忠诚的爱吧。
当然,也有我一生中最不想碰到的事。我妈忽然到篮球场上发疯,还抹黑我让我难堪。当时的我好无助,只能落荒而逃,当时觉得,难道��不值得快乐吗,就连这一点喜悦都要被你剥夺。而后来我找了intj友人,他的理性中和了我的感性,于是鼓起勇气,我再次去。我要让她知道,这点小事阻止不了我。我的篮球是我一生的喜好,喜欢做的当然要去做,莫要在乎他人了,你要把中心给自己。
< 五月 >
开学了,开始了我的毕业论文初稿之旅。当时我还真的完全没有头绪,只是一些天马行空但落实不下来的想法。
焦虑是有的,毕竟我也开始寻找part time工。今年可是我第一次做这种兼职呢!更压力的是,工作完的隔天,我还得考车。幸运的是,一次便过了,只是上山那里失败了一次,考官给了一次机会,就通过啦!好快乐,我竟然在如此压力之下,并且每三个月练一次车的情况下,考到了一直以来愁着以为很难得的驾照,这下我可松了一口气。
五月,duty了最后一次的C&S,办了最后一场社团活动,我终于卸任了。回顾以前,真的很庆幸所有的决定,决定接触辩论,打辩论比赛,参与训练和比赛,成为这副社长,一切的一切,给我带来前所未有的宝贵经验和历练,使我获益良多,学到了很多很多。感恩,也看到了前社长,还送来了他亲手制作的提拉米苏,很暖心,还是如此善良的他。
篮球场上,有被陌生人的暖心举动暖到,以致于如今依然感到暖暖的。我喜欢这种偏爱,感觉被照顾到会很快乐。
< 六月 >
你敢信!!我家PRX赢了,我前不久还在说,你们某天一定会拿到冠军的,结果下一秒就成为2023 vct pacific champions。你们的时代,从此刻开始,尽情的w gaming,永远的PRX精神,我看中的队伍,是金子,所以,一定会发光!
啊,我的左上排最里边的牙齿长了一颗智慧牙,牙医说之后要拔。好吧,我永远逃不过拔牙的命运,做好心理准备了。
我重新刷回去刀剑神域了,终于把之前未看完的遗憾都补回来了。unlasting真的很爱。然后我发现,以前看不懂的剧情和英文词汇,现在看懂了,便明白了。忽然发现,学习的过程就是不断在给未未来的自己做铺垫。
这次还去了大众书局的书展。已经好久好久没去KLCC的书展了。买了三本书,也买了平价但好吃的泡芙,很充实的一天!
我又一次敢想敢做,想要拥有不同口味的坚果酱,就全自制了。而现在我有花生酱、黑芝麻酱、白芝麻酱、杏仁抹茶酱和巧克力榛子酱。终于实现坚果酱自由啦,快乐快乐!
< 七月 >
和好友在setia walk看了elemental,她提前送了我生日礼物,是降噪耳机,她深知我的处境,好贴心<3
也去了茨场街,终于买到心心念念的老婆婆加央蛋糕,虽然有点太甜,但支持一下老人家吧。第一次吃到三层炸年糕,真的很好吃啊!后悔没买回家囤货。
大部分时间都在茑屋书店里备考。很怀念当时一边看书一边读书的自己,那种惬意,那种把自己埋在书海里的感觉。书名叫“How Do You Live?” 当时每次去就看一个章节,每一章结尾都令人深思反省,这本书还未看完,但每每去看,我都被治愈着。
还有偷偷藏不住陪伴了我度过这艰难的一个学期。这部剧让我久违地怦然心动,感叹爱情的美好与浪漫,还有他们地相辅相成,我想,我其实最是憧憬这般恋爱吧。
也在这个月,看完了《被讨厌的勇气》。我会开始勇敢,开始接纳自己,开始相信等,源自于阅读这本书。它让我了解到课题分离,把重心重新放在自我本身,而非他人。
< 八月 >
八月,我的生辰月。原本以为今年的生日又要自己一个人默默且草率地过去了。但朋友临时的邀约,说要为我庆生,我真的受宠若惊。一同吃了美食,就连甜点也很幸运地被送了两片,我小小的幸福了一下。
我第一次与朋友的远程旅行,也在这个月实现了。第一次搭火车乘坐3个小时抵达怡保。吃了很多,也步行了很多,汗流浃背是挺狼狈,但新鲜的蛋黄酥、正宗的加央角 和 香脆的花生糖,让我意识到此行值得。也最后一次见到了jane,她也要出国了,会想念以前一同打辩论的日子。她是最认真聆听我观点的人,是我初来乍到第一个照顾我情绪的人,我永生难忘,望她珍重。
也在这个月,我看了致命之吻,一开始以为的恋爱下饭剧,后来大结局时看得我一把鼻涕一把泪的,也确实可笑。不仅如此,和朋友一同看了“Barbie",和之前兼职认识的朋友看了”孤注一掷”,也首次自己一个人看电影---"消失的她”。
我也动手做了健康版本的芋泥香酥鸭,真的咸香咸香的好吃及了!
< 九月 >
一切渐渐明朗起来了。这是我最最开心的月份,是我自父亲逝世后的3年里,唯一那么一次,确确实实的认为,我终于能够敞开心扉地去爱与被爱,我认认真真地,打从心里的快乐。
原因之一是我在放假期间的每个礼拜六和日都去兼职打工。在这期间,我遇到了很多很多人,和他们接触让我领悟了很多。我的存在有了价值与定位,我能够让身边的人开心欢乐,而我的努力也被看到---我至今为止还是销售王,甚至还在工作期间被递明信片。这是对我实力的认可,还有结交到弥足珍贵地新朋友。
并且,我见了很多朋友。其中包括全丰送别会,我记得他当时泪含眼眶,我知道他想说什么,他也知道我想说什么,就这样心照不宣,一切都藏在欢笑声中,随风拂过。我感恩曾经与他并肩作战,有幸成为他的队友,但更多的是,我觉得他的细腻温柔与真诚值得被守护。
也在这个月,我算是‘提现’自己所赚到的工资,购买了我人生中第一个大牌美妆--MAC。对于色号,我算是纠结了很久,当时默默雀跃着,但也不敢声张,只是小心翼翼藏好这份美好,心里守护这份喜悦。
九月份的老公是丞磊,果然我的理想型永远是爹系少年感,他便很好诠释这一点。云之羽是我那个时候每晚准点守候更新的剧,小四果然善于拿捏我这种人oops
还看了第一场OBG,陈宏耀当时也在,我能看出他利益的双眼,但还是给面子地去和他要了合照。但,也不妨碍我看我家教练精彩的发挥。
< 十月 >
第一次户口的钱超过了一万,自己努力赚的钱(虽然过后全花完了)很值得被好好记录下来。
但也在这个月,我从未预想我自己能有如此遭遇。算是我一辈子最糟糕的经历,使我一度崩溃,思想上已死的经历。母亲她肚子长了块巨大的血瘤,而她不愿就医,尽管大家都那么努力,能做的都做了。她日渐消瘦,和当初父亲临走时的模样很相似,有那么一刻,我连葬礼上要播放什么歌曲都想好了。
那样的日子,好黑暗好窒息。没人能帮助得了我,除了我自己。也要感谢那个男人,他终究当时是花时间经历给我陪伴与劝告,这一点我必须得谢谢他。还有我的堂姐,真的实际上有帮助到,还有来不了的阿姨们,其他的人,等等的。让我意识到,家人才是能够给予unconditional positive regard。
我仍记得,当初把想说的话说给了母亲听。我其实是在降低遗憾,因为父亲走时突然,我还没长大,也还没反应过来。有了前车之鉴,我倒是聪明了些许,也勇敢了些许。回首,才发现,我一直很坚强,从小到大皆是如此。
人生中的黑暗,却有些小确幸,谢谢每个愿意载我来回学校的朋友,谢谢那些善良的护士,谢谢那些温柔与陪伴。
< 十一月 >
待一切重新渐渐的好起来后,我悬着的心情总算安下来,重拾了快乐的自己,更学会感恩身边的一切。我望向刺眼的阳光时,感觉自己活了过来。我吃到了非常难得的tauhu berdegil,吃到了医院食堂的美食。所以心想:能活着,真好。
双十一我买了很多自己喜欢的东西,比如香水,我的第一个大牌香水YSL,之后也买了阿玛尼myway。越来越爱打扮自己了,这是自爱的一种体现。
而也在这个月,历经一小时多,我终于成功地戴上了隐形眼镜!
这个月的我好像心动了,但,又不完全深陷。因为理智的一面再澄清事实,感性的一面却渴望被爱。但那些个快乐,是认真快乐过的。
< 十二月 >
最后的这一个月,是我蜕变的月份。开始精心打扮自己,勇敢地戴上隐形眼镜出门,被夸漂亮还是会默默开心好久,人也变得自信起来。
看了电影“苍鹭与少年”和“Wonka",两部意义非凡的电影。电视剧方面,看完了宁安如梦,也开始看了神隐。
也在这个月我其实经历了heartbroken,但又不是太伤心,也许我并不是很喜欢他,而自己也早已在他的一举一动获得答案,也有了心理准备。所以当事情明朗的时候,我并没有痛哭,而是更开心真相有大白的一天,因为我不喜欢不明不白。
我写完了8000字的毕业论文,看着我自己的宝贝从无到有,顿时为我自己耗时7个月左右而感到快乐。它始于路边采摘的野果,却终于一份精致的甜品。记得最后,我以此 “Since individuals experience, perceive, and appraise their challenges differently, there can hardly be standardized metrics for determining the severity of one's adversity. Therefore, this research advocates individuals to cultivate the capacity to bounce back irrespective of the types and severity of their stressors.” 来为它画上句点。我认为一切足矣。一直以来,毕业论文的意义,还真是到最后一刻才领悟到的 。就好像我的supervisor说过的那样,我们在过程中学习成长,我在这段旅程中,学到了好多。
这个月,我意外地和一位老熟人,但,从未想过会再次有频繁交集的人。我和他很相似,三观兴趣一致,他很懂我,我也应该蛮懂他。原来,真的有人会像灵魂伴侣那般懂我;原来,一直以来梦想的事情也会在某一刻实现;原来,梦是可以持续做的,愿望也是可以一直许的。
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纵然2023年大起大落,我依旧如此勇敢砥砺前行。我想,2023年最适合用“勇气”二字来形容自己吧。我的勇敢体现在重拾篮球,并且在被当众羞辱的情况下再次回到那个地点,我亲手抹去了黑暗,亲自缝补自己的伤口。我的勇敢体现在了自主权,我主动询问,主动打扰,主动参与,主动接受,一切的一切,只要我想,我便去做。我的勇敢体现在了去爱,我敢爱,也用心爱,我遵从自身意愿,也真诚于自己的情感。我的勇敢体现在即便遭遇坎坷,也能重新支棱起来,就像毕业论文所谈的那样,我铸造的resilience,使我挺过种种难关。
我还很坚强,无论经历悲伤或失望,我还是向前看向前走。我没有让痛苦的回忆折磨自己,也没有让一时的困境予我禁锢,我尝试自给自足,让即便没有靠山的自己还能屹立不倒。
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献给2023的自己,你幸苦了。
展望2024,愿自己轻舟已过万重山。来临,也仍要继续加油努力,慢慢地在变好,越来越接近自己理想中的生活,自己也要越来越优秀。你想成为怎样的人,便好好生活,生活便也会好好的。
{20240101; 23:44}
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夏前におもうこと
電車通勤のお話から。先週にちょっとした車の事故に遭い、運転を控えていたのでここ最近は電車で通勤をしていました。
前までは、田舎に住んでいてどこにいくにも遠くて移動が億劫でしたし、車移動がすごく楽しかったのを覚えています。でも、車を運転するようになってからは、自身が飽きたのだろうか寂しくなったのだろうか、全然楽しくなくなってきて。
だから、ここ数日の電車通勤がとても心地よかったです。イヤホンから鳴る音とすれ違う赤の他人の風景で、ひとつのシーンができていくような感じが良かったし、窓側を眺めて黄昏る人たちが何を考えているんだろう、と、どんな生活をしていて何に悩んでいるんだろう、とか、考えるだけで片道50分の通勤が一瞬にして終わったのです。
あと、自分で動かしているわけではないですから、まるでどこか遠くに連れて行ってくれるのではないだろうか、とか期待感のようなものがありますし、モニターから行ったことのない地名を見てどんな所だろうな、行ってみたいなと思わせてくれるのも頼もしかったのです。
私はいつも遠くに行きたいと思っているらしい。きっと、逃げたい気持ちに言い訳してそう言葉にしているだけだろうけれど。その中で、からかわひかりは、私をどこか知らない遠くにいつも連れて行ってくれる。京都・大阪は言わずもがな、東京だったり長野だったり広島だったり。彼は滋賀にもたくさん来たし、「君はどこの人なの?」と問いたくなる。
そしたら彼は「鳥取」と答える。
広島。誕生日の当日に行ったうどん屋さん「小福」で流れていたQoodowのEP「水槽から」を聴いては未だに抜けきれない幸福感に襲われて何度も目が湿った。
頼んだひとつの肉うどんを半分こしようと言っていたのに、ほとんど私が食べてしまった事、コンビニに入ったとき大人数の喧嘩に少し巻き込まれて光さんを見失ってちょっと泣いてしまった事、原爆ドームの前で寝てしまっていつのまにか朝を迎えた事、みそんぬちゃんと光さんの企画を最高の場所で、最高の人たちに囲まれて誕生日を祝ってもらえた事、ギター2本と歌で好きなだけ音楽を楽しんだ夜の事、朝まで意識が朦朧とするくらい呑んだ事、そのあと朝まで飲みすぎて予約していた朝食に間に合わなかった事、尾道の商店街と海や街並み、空気のすべてが気持ち良かった事、帰り道に真剣な話をした事。
まだまだいろんなことがありました。こんな旅をしたのです。
正直、生活のために社会の型にはまるような過ごし方に侵されていたような気がする。彼の歌にあるように、そのことを"色が無い"と言うなら、私はこの広島をきっかけに"色は有りたい"と改めて自覚しただろう。からかわひかりに乾杯。広島に乾杯。といった所でしょうか。
『ひらく夏』は私だけでは完成させられない。まだ私にとって救われる歌であるから、まだ聴かせて欲しいと思うのです。
そんな彼と私は、一緒に組んでいるYear After Yearで夏を迎える1日を作っていくそうな。私だけでは完成させられないなら、みんなと一緒に。光さん、太陽、尾賀に、来てくれるみんなと。
ほな、7月15日にまた。
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