#20時閉店です
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chinopan2 · 2 years ago
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#冬本番 #冬パンツ #polartec #stonemaster #ptalfred #12時開店 #20時閉店です (Pt.Alfred) https://www.instagram.com/p/CnA7ebCvrWX/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kennak · 10 days ago
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https://anond.hatelabo.jp/20240921093915 失業者は日増しに増え、収入の道が途絶える一方で、家賃や光熱費、生活費など生きるための最低限の費用は賄っていかなければならない。多くの人々が大都市から脱出し、田舎の町に帰って「寝そべり族」化することを選択している。激しい不景気の波にさらされる中、田舎の町は、まるで時が静かに流れる安息の地を思わせるようだ。 その一方で、私の従兄が逆に田舎の町から大都市へ最近「逃げ戻った」のだ。 この二つの対照的な選択、果たしてどちらが現実的なのか?  気になって、家族のグループチャットで聞いてみた。以下は、親戚が教えてくれた田舎の町の最新情報だ。 不動産業界は全国的に不振で、田舎の町も例外ではない。今年は新しいマンションが一つも立たず、建材、リフォーム、家具の店が最も打撃を受けている。親戚が働いているオーダーメイド家具の店舗も、客足と売上が大幅に減少し、今年の前三四半期は2021年のたった一四半期にも及ばない。さらに、2022年にはTikTokが一気に浸透し、客がまずTikTokで下調べをしてから実店舗で価格交渉を始めるようになり、利益がほとんど出なくなった。 かつて田舎で有名だった「XX時代ショッピングモール」(日本で言うイオン)が20年の歴史に幕を閉じ、三階建ての全フロアが10元ショップに取って代わられた。親戚が送ってきた写真では、6元のサンダルや10元の洗剤を売る店に人が溢れ、レジ待ちの行列ができている。開店して一ヶ月経ってもまだその熱気は冷めていないようだ。 公務員の給料は警察だけが正常に支給されている。看護師として働く親戚は二ヶ月分の給料が未払い、教師をしている親戚は基本給しか支払われておらず、ボーナスや授業料は一向に振り込まれる気配がない。 日常の消費に目を向けると、ジムやヨガスタジオは数年前にすでに廃業し、今年に至ってはケーキ屋までもが続々と閉店。地元最大のケーキチェーンは4店舗が閉鎖された。旧市街の商店街では、三分の一ほどの店舗が「好立地、賃貸募集中」の張り紙を掲げている。かつて平米単価55元だった賃料が、今年は30元まで下がったが、それでも借り手が見つからない。 田舎唯一のケンタッキーが閉店したが、新たにLuckin Coffeeが多数開店した。 各住宅街に突如として出現した謎の店舗――粉ミルクや白樺の樹液を売る店だが、店内にはほとんど商品がなく、毎日おじいさんおばあさんたちが集まってお茶を飲み、雑談している光景が広がっている。 通りには配達員の数が増え、以前なら夜9時以降は自分でバイクを走らせないと夜食を手に入れられなかったが、今では深夜1時でも配達員が動いている。 親戚が言うには、近所の物件で警備員の仕事を探しているが、月給2150元、食事付きだが住まいは提供されず、月に半月分の夜勤があり、それでもコネを頼ってようやく仕事にありつけるという状況だ。 親戚たちがちらほらと送ってくれた田舎の現状を見て感じたのは、大都市よりも田舎の方が経済的に苦しいということだ。公務員ですら蓄えを切り崩しながら生活している。大多数の「普通」の人たちは、実家からの支援も受けられず、だからこそ大都市に留まって奮闘している。一度大都市を離れ、田舎に戻ってしまえば、仕事が見つかるかどうかも��しい。仕事が見つからなければ、家に引きこもるしかない。そして、経済問題や家族関係の渦に巻き込まれ、じわじわと沈んでいく――もう二度と立ち上がれない。人生そこで終わりだ。 確かに大都市で生計を立てていくことは厳しく、生活費も高い。しかし、チャンスが多く、公平でもある。田舎のリソースはほとんどが上層階級に独占され、普通の人たちには生き延びるためのわずかな資源しか残されていない。発展なんて望むべくもない。だからこそ、苦しい時こそ大都市に留まるべきなのだ。少なくとも、大都市では利害が全てだ。そして、金の前では皆平等だ。 追記:田舎の上層階級について、親戚たちの話を聞くと、どうやら新たな権力の再編が進んでいるようだ。この件についてまた詳しく書いてみようと思う。なかなか興味深い話だ。
中国の奇妙な現象:田舎に戻って寝そべり族化すると人生詰む
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kyokocanary777 · 1 year ago
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中国の獅子
横浜のみなとみらい線の元町中華街駅の中に置かれていた中国の獅子。中華街が近いからか、ここに展示されていたようです。
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中国のお正月は1月中旬から2月初めなので、その頃になると横浜中華街では、盛大な春節イベントが行われます。
そして、このような獅子が登場するのです。
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私は生まれが富山県で、子供の頃はよく獅子舞を見ていました。富山県は獅子舞が盛んな地域らしく。
しかーし、この獅子と富山で見ていた獅子では、かなりビジュアルが違います。
私が見ていたのは、木彫りで朱塗りの光沢ある日本の獅子です。
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中国の獅子はカラフルで派手。着ぐるみのような印象です。
春節イベントでは、爆竹を鳴らしたりの演出もあるので、これくらい派手じゃないとカッコつかないかもしれません。
主に中華街では、獅子と龍をよく見かけます。どちらも、迫力あって色が派手です。
龍は、こんな感じですね。
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店が閉まる時間になると、龍だけが輝いてて、結構怖いです💦
23時くらいですかね。
近くに住んでたので、ときどき歩いてました。
2023/06/05
20:06
カナリヤ響子
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xx86 · 4 months ago
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7/15(月)
トヨタカレンダーだし夏休み前だし変な時間だし大丈夫だろうとたかを括ってショッピングセンターへ行って白目剥いた。永遠に立駐に停めら��ず、諦めて雨の中屋上の駐車場へ停める。色々と買いたいものがあったのにとにかくどこを見ても人人人で気持ち悪くなって何も買わずにそそくさと後にした。私は人混みと暑さと乗り換えが大嫌い。帰りもまるでバリウムを飲んだあとみたいにアクロバティックに迂回させられまくり、あまりの疲れで夜ご飯前に寝た。もう二度と土日祝の昼下がりのショッピングセンターへは行かないと誓った。
7/16(火)
仕事を定時で終えて、図書館に寄ったあとネイルサロンへ行く。絶対に仕事的にアウトだろうというデザインにしちゃったけどデートだし許して。帰る頃には雨がざんざかふって、目に見えるような湿度を感じながら帰った。
7/19(金)
あづみにモロッコ料理が美味しいと聞いたから一緒にいかないかと誘われ、仕事終わりに待ち合わせる。こういった突然の不思議なお誘いが大好きだし、あづみも礼は急でも何でも誘ったら来てくれるところが好きと言ってくれたのでほんとに私達ってサイコ〜という気分。あづみへのプレゼントが入った紙袋の紐が家から100mぐらい歩いたところで抜けて、慌ててコンビニで小さなセロテープを買う。割れ物が入っていたので、見た目が悪くなる事を諦め何重にもテープで止めるも歩く度に抜ける。普通さあ重たいもの入れる時袋二重にしない?とか毒づきながら、目的地へ。夜でも暑い。あづみは部屋着のようなレモン柄のショートパンツを履いていた。
モロッコ料理は想像以上においしかった。途中でベリーダンスのショーがあって、お姉さんに誘われたので一緒に踊ったらベリーダンサーにならないかとスカウトされた。人生初めてのスカウトである。茉弥と3人で夏に島へ行こうと話していたのに、言い出しっぺのあづみが島は暑いから嫌だと駄々をこねる。ああだこうだいいながら、結局阿智村にでも行こうと話はまとまった。プロポーズの定番、阿智村。
私は普段10時半には寝ているので10時をすぎた頃から帰りたいな〜と思っていたのだけれど、ダラダラ閉店までいた。お家に帰ってすぐに眠りにつく。
7/20(土)
朝一で脱毛に行ったあと、パルコのピーチジョンへ向かう。元下着屋のあづみと今いちばんきてるブランドはサロンバイピーチジョンではないかという話になったのだ。でもピーチジョンってつけ心地があんまりのイメージだったので、私が試してくるから!となった。結論、良かったけど絶対試着して買うべきのブランドという感じ。後は好きなお花屋さんでお花だけ買って帰ろうと思ってたのに、あらこんなところにインティミッシミできてたのね、とふらっと入ってしまったのが運の尽き。何度も3点買ったら1点無料と言われても2点しか買わず、花屋さんへ。昔は興味がなかった向日葵も品種が増えて可愛くて数本いただく。数日後に松崎に会う予定があったので、南国でトロピカルで派手な感じでボリューム少なめの花束作ってくださいと予約してようやく帰る。
ピーチジョンで下着を買ったのは初めてなのに、いきなり1番上のプラチナ会員になっていて打ちひしがれた。使った金額で会員ランク決まるやつ、あれってああこんなにお金使ったんだ……って気持ちになりません?
あと土曜の栄はショッピングモールより全然人がいなくて快適だった。人口密度って大事。
7/21(日)
午後から仕事だったことをすっかり忘れて朝一でマツエクに行く。私は朝に滅法強い。ついでに読み終わった本を返しに図書館へ行き、数冊また借りる。最近は林真理子のエッセイを熱心に読んでいるのだけれど、図書館で借りてごめんなさい……という気持ちになってくる。
日曜だしダラダラ仕事しよ〜と修理したてのダイアナの真っ赤なパンプスを履いて行く。先生から日曜の仕事ごめんねとご好意でいただいた焼き菓子に全く手をつけられていない。最近甘いものがとんとダメになった。
7/23(火)
有休を取ってオープンと同時に県美へ行く。アブソリュート・チェアーズ。かなり皮肉めいた作品が多くて(そもそも現代美術のなかの椅子なるものとタイトルがついているぐらいなので)負のパワーを纏った造形って美しいけど精神力ゴリゴリ持ってかれるなあと思った。ちゃっかりミュージアムショップで椅子を作る時の廃材でつくったタイルと愛知芸術文化劇場限定の近沢レースのハンカチを買う。
その後ベイクルーズストアへ。最近は栄に行ってばかりだ。ゲートタワーができてからずうっと長らく服を買う時は名駅一筋だったのに。
早々にスローブでジャケットを取り置きしてもらい、ボトムスを何点か試す。これからの時期絶対履かないと思いながらも履いたデニムがすごく形が綺麗でうっとりする。ほんとは週末に島に行くから自転車に乗れる楽なパンツが欲しかったのに。私は式典用のパンツしか持っていない。
レリュームに大好きなお姉さんがいるので、地下1階に降りるとちょうど休憩に行かれたとのこと。戻りが13時と聞いて、うーんと唸る。お仕事の休憩中とかですか?と聞かれたので、お花を取りに行かなきゃ行けなくて……と正直に答える。先にお花を取りに行こうかなあ、どうしようかなあとまた1階に上がりルタロンで靴を試着していたらレリュームのお姉さんが休憩を切り上げて帰ってきてくれた。申し訳ない。
散々わがままを言ってえらんでもらった服が可愛すぎてボトムを買いに来たはずなのに結局全身買ってしまった。本当にちょろい。
急いでお花を取りに行ったあと、スローブで取り置きしていたジャケットと試着したデニムも結局買う。爆買い人生。
この世で1番どうしようもない女だと思っていた松崎はかなり丸くなっていて、彼女も色々あったんだなあとしみじみ感じる。
5時だから電車混む前に帰るとさっさと切り上げたら嵐のような女だと言われた。この世で1番どうしようもない女だと思っていた彼女に。ウケる、だから人生やめられないよな。
7/24(水)
仕事終わりに実家に寄ったら痩せたというかやつれた、と母親に言われショックを受ける。やっぱりほうれい線気になるよね?!と頬を摩っていたら土用だからと鰻をもらう。ラッキー。父親に何も言わずに父の好物の南部せんべいをもらった。また食べられないお菓子が増えた。甘いものはいいんだってば、とは言えず。帰り道に即エリクシールのレチノールクリームを買う。お肌ピシピシにしておかないとお盆に会う親戚に嫌味のひとつやふたつ言われるだろう。
太っても痩せても私を揶揄する人達。ダルい。お前らの適正体重いってみろ、何キロになれば文句言わないんだ?62kg?52kg?42kg?32kg?という気分。
7/25(木)
有休をとって最近辞められた派遣さんとランチへ行く。1月からずっと走り続けてきたので絶賛閑散期である。
パン食べ放題のお店で、平日だけどよく混んでいた。夏休みだからだろうか。
妊婦さんなので早々に別れて、家で本を読んだりお昼寝をする。サイコーに気持ち良い。
7/26(金)
明日は3時半起きなので早く寝たいのだけど、19-21時で頼んだ��配がまだ届かない。宅配を待ってる間にTumblrを書き終えてしまった。
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felt-art · 6 months ago
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<<代表理事がirocaリミテッドショップにゲストブランドとして参加します>>
「今の時代に生きるからこそ表現できる新しい日本の美を求めて」
新しい時代の着物を表現し続ける「iroca」が新しい色を生み出すリミテッドショップ 強い色を放つデザイン、モチーフ、世界観、現代にリアルな色を!
ゲストブランドは立体刺繍作家「PieniSieni」 「命の循環」をテーマに全て一点もののアクセサリーを展開、根付き植物のヘアアクセサリーは初お目見えです。
お着物と立体刺繍のコラボをお見逃しなく。
◆irocaリミテッドショップ◆ 会期:2024.7.1(月)~7.13(土)11:00~20:00(最終日は19時閉店) 会場:ラフォーレ原宿 2F CONTAINER 東京都渋谷区神宮前1-11-6 guest brand:PieniSieni
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amiya3 · 1 month ago
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さいきんのできごと
「大使館の美術展Ⅲ―文化交流随想―ブルガリア」展 記者発表会&カクテルレセプション
にうかがってきました。『令和ブルガリアヨーグルト』でお世話になったとき大使館スタッフの方に名刺をお渡しした関係で、自動的に招待状が届いたみたいです。普通に生活してたら大使公邸に入れるチャンスなんて二度とないなと思い、野次馬根性フルオープンで編集者と一緒に行ってきました。
大使館の美術展という、その名のとおり大使館が所有する絵画や工芸品が展示される催しが定期的に東京富士美術館@八王子で行われているそうで、今回それがブルガリア大使館です。 記者向けのプレゼン映像でいくつか紹介されていた絵画、主に20世紀以降の風景画を見て、ちょっとびっくりしました。というのも、私の中のブルガリア像って、小説書いてたときに読んだ資料や文学作品の印象の限り、もうちょっと寒くて曇ってる感じでした。残ってる史実がどこもかしこも悲惨すぎて、小説内でも同じ事書いた気がしますが、しかし実際にはどの絵も晴れ晴れと暖かで、光がキラキラしてた。もしかしたら資料映像以外の絵画は曇ってるかもしれないけど、なんか勝手に、よかったね!!! あったかいね!!! という気持ちになったよね。でも昔のイコンもわりとすっきりした顔だった。以外と昔からあったかかったのかもしれない。 併設のレストランではブルガリアンなメニューのアフタヌーンティ��もいただけるそうです。このレストラン、めっちゃ凄腕のプロデューサーさんがプロデュースしてるらしいので食べに行ってみてね。私は会場で一部をいただいたよ。美味しかったよ。 会期:10月12日~12月22日 休館日:毎週月曜 開館時間:10時~17時 https://www.fujibi.or.jp/ ちなみに同時開催のメイン展示が「サムライ・アート展-刀剣、印籠、武具甲冑、武者絵、合戦絵-」という、一部界隈が好きそうな感じので、これ『ガラシャ』書いてるときに観たかったです。書いてるだけでどんどん痩せていくという過酷な連載でした。当時……もっと物質的な資料があれば……
近況
北米大陸の北のほうへひとり旅に行ってきました。無事戻ってまいりました。 レンタカー屋で 「海外で車運転するの初めてだから付けれる保険ぜんぶ付けて」 「それはラッキーだね! この町での運転はパリに比べればチョロいぜ! それでも保険いる?」 「イエス!」 「でもタイヤのパンクと窓ガラスの破損は保険の適用外だよ? それでもいる?」 「イエス!!」 「まあ君に貸す車もともと窓ガラス割れてるからちょっとくらい欠けても問題ないけどね!」 というやりとりをし、マジで「これをよく商品として貸せるな……」と思うレベルで窓ガラスが逝ってる車を渡され、肩慣らしのためにグーグルマップでお勧めされた絶景スポットのある近くの山に入っていったらぜんぜんチョロくなかったです。全面的に砂利道で(そりゃ飛び石で窓ガラス割れるわ)深さ30㎝くらいの穴ぼこがいっぱい空いてて、雪も積もってて、それを避けつつ崖から落ちないように山側に張り付いて走ってたら横転しそうになって入国二時間で死ぬところだったわ。しかも途中で心折れてグーグルマップのおすすめスポットまでたどり着けなかったうえに道幅狭くてUターンできなくてしばらくバックで下山する羽目になったわ。生きててよかったです。 一生のうちにやりたいことリストの中に「アラスカハイウェイを車で走る」「でかい橋を歩いて渡る」があり、今回そのふたつが叶いました。アラスカハイウェイについては検索すると画像いっぱい出てくるので興味のある方はぜひ。
もしかしてこれから初めて北米の北のほうでレンタカー旅をするかもしれない読者へ、主に私が大変だったことを書いておくね。 ・レンタカー屋では自分で駐車場へ行き、鍵オープンのボタンを押して応えてくれる車を探します。 ・行き先を設定すると「170キロ先を左折」とか普通に出てきて笑っちゃう。 ・ガソリンスタンドを見つけたらこまめに満タンにしておくといい。気づいたら目盛りが三つになってて、最寄りのスタンドが100キロ以上先とかだと冷や汗出ます。 ・スタンド併設の売店でトイレも借りておいたほうがいい。道端の休憩エリアのトイレは便器のような台がついた穴だしだいたいドアも閉まらない。 ・田舎に行けば行くほどガソリン代が高くなる。メーター見てると絶望的な気持ちになる。 ・ナビがついてても人の住む場所を大きく外れるとナビごと迷子になるからオフラインマップ必須。 ・「常に運転席が中央線の近く」を意識して走れば右車線走行も怖くないです。
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runpenparis · 23 days ago
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るんぺんパリ【RunPenParis】
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自己紹介 2024年11月4日追記 6116文字】 三重県伊賀市(旧名:上野市)出身 伊賀市(旧名:上野市)に 1976年(3歳)から 1996年(23歳)6月まで住んでいた 1976年以前の記憶と出生は不明 津市にある施設にいたと聞いた覚えがある 三重県亀山市に二つか三つ年上のお兄さんいるらしいが あった事は一度もない 30代の頃に一度だけ���話で話をした 父方に引き取られたお兄さんに 母親の事を聞いた 母親は別の人と再婚し離婚して 娘さんと一緒に暮らしているらしい 父親は再婚して自分と同じぐらい娘さんがいるらしい お兄さんはおじいさんの事を尊敬していて 中国語を勉強してるらしい あとは色々と聞いたけど 覚えているのはそれぐらいの内容で もう二度と話す事はないだろうと その時に思ったけど お兄さんの顔がどんな顔なのかは 見てみたい気持ちは少しある
伊賀市でそこそ���有名なのが 伊賀流忍者で忍者屋敷は今も昔も変わらない内容で 営業している それは去年に末っ子を連れていったから確認済 外観はただの古い家だけど 中に入ると意外と見応えはある 観光施設って感じ 伊賀牛は金谷のすき焼きが有名で 森辻が新しい様相なってから焼肉を食べた 個人的には伊藤の牛丼が好きだ 油が多い感じのお肉だから 100gも食べれば満足感がある 上野天神祭の鬼行列も有名かな ひょろつき鬼が子供の頃は本気で怖かった 銀座通りが歩行者天国になり 的屋がならぶ 高校生の頃はリング焼きが100円ぐらいで 何個も買って食べた 今年は10月18・19・20(金土日) 19(土)は久しぶりに一人で一日中お祭りを楽しむ予定だったけど 昼前から雨が降ってきて鬼行列は中止 午前中は親戚を3件回って、おみやげを渡した 午後に実家によって車を駐車して 歩いて上野天神祭へと向かった いつも泊まる「伊賀上野シティホテル」は1泊10000円以上も高い 16800円だった。この日は駐車場も使えなかった 夜の19時から同級生のお店「クワトロNo.4」に初めていった 30年ぶりにちゃんと会ったガキさんは すぐに気がついてくれた 居心地がよかったので閉店の1時までカクテルを8杯ぐらい呑んだかな 意外と安くて8200円だった 次の20(日)は上野天神祭に参加している同級生のオデに会って 鬼行列の準備風景を写真に撮って 上野天神さんの近く紅梅屋でおみやげを結構買って 桔梗屋で上生菓子とお茶を飲んで 静岡へ帰った 松尾芭蕉は俳句で有名で伊賀出身で 小学生の頃はがっつりと俳句を作らされる 俳句はいやいや作らされたので 俳句番組は見ない 俳聖殿の中には過去の優秀な俳句が収められていたかな 普段はこれといって何もないけど 俳聖殿のたたずまいは何か「The Haiku」という感じ 上野城のお堀の高さ日本2位? 一時期は日本1位説もあった 中学生の頃は上野城で体育の授業があったり クロスカントリーレースで走らされたり 高校生のデートも上野城が定番だったのか それらしき男女がイチャついていた 夜のライトアップは不気味なお城に見えた 一応、桜の名所なのかな 高校生の頃に一つ年下の子とつきあっていた頃は よく上野城をさんぽした 帰りはその子の家の近くまで送っていった この子はとても純粋な子で 自分にはもったいない子だった 半年もつきあっていないが 今でも純粋で幸せになっているかなと思い出す事もある もう向��うは忘れているだろうけど 伊賀の��には銀座通りとか丸の内とか 東京で聞くような名称が多く使われている 地元のうわさでは東京が伊賀の真似をして 街を作ったとの話がよく出てくるから 誰か本気でテレビとかで調べてほしい気もする いまだに東京が伊賀のマネをした説を 親戚がまじめな顔でいいだす時があるから 本当に真実が知りたいけど 自分が調べるほどは興味がない 2004年(平成16年)11月1日に 伊賀市に変わってから 上野市駅が忍者市駅になり 近鉄の電車だったのが伊賀鉄道になり 電車がコスプレになった 駅前には銀河鉄道999のメーテルと哲郎の銅像があり 産業会館がハイトピア伊賀になった 産業会館だった時にマルキンのパン屋が近くにあった そこのシナモンパンが子供の頃から大好きで 今はもう手に入らない もう一度、あのシナモンパンが食べてみたい あと小さなパチンコ店「マルト」があった 「フルーツパンチ」という機種で勝った覚えがある あと「麻雀物語」もあったかな 「海物語」という機種が記憶の最終機かな 上野で住んでいた時期に一日で20万近く負けて それからパチンコは完全に辞めた じつはその後もたまにしたが 本当に気晴らし程度で その内にきっぱりとやめた スロットが主流になったら なおさら興味すらなくなった 新天地もなんかおしゃれなサビれかたで 「新天地Otonari」となった 街は高校生の頃の面影は薄くなったけど 何となく残っている上野市街は今でも魅力的だ 新天地には映画館もあった気がする 当時は賑やかな商店街だった 当時からあった「喫茶店フランセ」は今もある 大きな化粧品店は更地になっていた 高校の時の知り合いが「クワトロNo.4」という バーを経営しているが、まだ入った事はない いつか行ってみたい気持ちはある ただダーツバーらしく 常連っぽい人たちのたまり場っぽいイメージで 気楽入れなさそうな雰囲気はある 一度だけ朝方にお店の扉までいったけど バーの扉って感じで雰囲気はあった 最近は実家で一人暮らしのおかんの様子を見に よく帰省するようになったけど 若い頃は年一回も帰省しなかった 最近の伊賀でよく立ち寄るのが 「菓匠 桔梗屋織居」と 「HANAMORI COFFEE STAND」と 「岡森書店白鳳店」で 岡森書店は、Kマーホの名で出版した 「トイレの閃き」が背表紙の色が抜けた状態で 25年以上も本棚に置いてくれている これを見ると初心に戻れて まだまた創作していこうとがんばれる この岡森書店の店長さんは従姉の同級生で 小学校の先輩の同級生でもあり この店長の妹さんは自分と同年代で それにしても伊賀は狭いなと感じる
市部という地区だったと思う 近くに市部駅という無人駅がありその近くの 依那古第一保育所に5歳から6歳の2年間通った おかんは自分の送り向かいのために 自転車を乗る練習して そのおかんが運転する自転車の後ろに乗って 途中の田んぼに二人で落ちて 泥だらけになった おかんは去年の年末まで 81歳でまだ自転車に乗って 小田町の坂を下っていたらしい いまは親戚から危ないからと 召し上げられた 小学校6年卒業までは上野市依那具にある 市営の城ケ丘住宅で過ごした この市営住宅はもう40年以上も その雰囲気を変えずに今でも残っている ここは伊賀市の文化遺産にしていいほどの時間が止まった場所だ いまだに汲み取り式の便所の換気の煙突が立ち並んでいる このカオスな感じは小学生の頃の不便な生活を思い出させる あの生活で暮らしたから今があるのは確かだ 小学校の通学路にある 垂園森でよく遊んだ 現在も存在しているが オバケが出そうな森 この森は当時通っていた依那古小学校の校歌の歌詞にも出て来る イメージ的には幽霊が出そうな森だけど 何か不思議な生き物が住んで居そうな森に見えた きつねも出そうだし おばけも幽霊も心霊も もしかするとタイムスリップして 小学生の頃に戻れそうな気もする森だと変な懐かしさを感じる 近くには無人駅の市部駅とにらめっこしている森 中学校から市街の上野城の 城下町で過ごした 当時はカオスな市営城ケ丘住宅から出れる事が本当にうれしかった 小学校までの友達とも飽きてしまっていたので寂しくはなかった 当時から色々な物にすぐに飽きては新しい物が好きだったので そっちのワクワク感で本当にうれしかった そして築20年以上の中古の一軒家で2階建て 自分の部屋がありトイレは汲み取り式だけど洋式で あこがれの上野の街で住める事もあって本当にうれしかった
そして近くの崇廣中学校に通う事に 中学校の3年間は 転校生という立場と 中一で足の骨折 バスケ部の試合で名張の体育館で遊んでいて 二階から飛び降りたら右足のかかとがにヒビが入った その夏にはバスケ部をクビになり陶芸部に入った 中二で腕の骨折 どちらも遊んでいての骨折2回 中三の高校受験で いい想い出は無い
高校2年生で 小学校の時にサッカーで出会った 旧友とバンドを組んだ RCサクセションのコピーで 「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」 「ベイベー逃げるんだ」「サマーツアー」 「サントワマミー」「いけないルージュマジック」 「いいことばかりはありゃしない」 「どかどかうるさいR&Rバンド」 旧友が作ったオリジナル曲「ガレージの上のR&Rバンド」 一番のモテ期だった気がする ただバンドをやっている自分を見て 好意を寄せられても違うなと思った バンドをしていない時はただのバイトに��け暮れた 高校生だったから バンドマン目線のそういう女子には興味がなかったから 冷たい感じだったかも 本当にこの時期がこれまでで一番楽しかった。 高校生の頃はたくさん恋をしたが 自分が不器用だったので自分が好きだった人からは つきあえてもすぐにフラれた 人を好きになることに迷走し始めて 最終的に好きになる事はやめて なんとなくという感情で奥手に過ごしていった そのせいか、他校の女子からゲイだとウワサされる事もあった なぜそうなるか不思議だったけど 当時は楽しければなんでもよかった
1993年 一人暮らしを始める やっと自由になった気がした 2年間ぐらいは金が無くて 通帳の残高は毎月マイナス50万 カツカツ生活 家賃と車のローンがきつかった 1996年7月から 2003年7月の 7年間は茨城県と千葉県の県境 利根川の近くに住んでいた この界隈を走るタクシー運転手の 態度は本当にムカつくから こっちも態度悪く乗ると 気分の悪さはお互いさまになる 関東平野は景色が無く ここでの生活は落ち着かなかった 食文化も人も気候も水も 肌に合わなかった 特にうどんの汁が濃いだけのシンプルな味は げんなりさせてもらった ただ寺原駅近くの「ふる川」はよく通った とくにカレーめちゃくちゃ美味かった この「ふる川」は今もやっている 当時はお店の小学生の女の子が手伝っていた 夫婦だけでやっていて 週3回ぐらい夕飯でお世話になった 「さば定食」もよく食べた気がする
1997年から パソコンをミドリ電化で38万で購入して 作詞やネットに興味を持つ まどみちお詩集を読みだす 作詞に近い詩を書き始める 「Kマーホ」という名で 詩を書き始める 目標を300篇と決めて 詩を思いついたら メモをつけるようになる 週末は家に引きこもり 一日中、音楽を聴きながら パソコンがあるのに まだワープロで詩を清書していた
1998年から2002年まで 「Kマーホ」の名で 詩に団体に参加したり 詩の賞に応募したり 詩集を自費出版したり この当時参加していた詩の団体には もうドロドロとした 詩を書く人や あまりにも読み解けない詩や 暴力的な人や いい人もいたけど 自分とは全然目指している方向が 違うので2年目ぐらいで辞めた それからは詩の団体に興味は無くなった それから 自費出版した詩集を 全国の小中学校や 全国の図書館へ寄贈して 活動を休止 理由は2000年に結婚してから 集中して詩を書く時間が無くなってきたから 2002年に2つの詩集を出版して 詩の事は全部段ボール箱へ入れた
2003年から2019年まで 育児に重点を置いて生活をする この時期は友達とも連絡を 切っていたので のちに死亡説や宗教説が出ていたらしい 2003年7月から 現在は静岡県在住 もう20年以上住んでいる
2019年 るんぺんパリ【RunPenParis】の名で 詩を書き始める SNSでの詩の発信を始める るんぺんパリ【RunPenParis】とは フランスはパリの街を ぺんを持って 走るという意味から 【RunPenParis】ができた 1973年8月1日生まれ(もう51歳) しし座 O型 右利き 詩・詩集・ことばをデザイン アート・写真・小説・ペン画 松尾芭蕉の生家がある伊賀市で 十代までを過ごし 俳句が幼少期から 身近に存在していた 二十代から詩を書き始めて 「Kマーホ」名で活動(1999-2002) 詩集6冊を出版して活動休止
その後 松尾芭蕉の俳句のような シンプルな言葉遊びを 詩で出来ないかと考えていた中で 令和元年(2019)に 「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で 活動を再開 SNSに140文字に 言葉をデザインした詩 「140文字詩」を 毎日投稿する活動を始める 2023年9月に140文字詩が 1200作品に到達した事で 「140文字詩」を全国へ さらに世界へと 俳句のように広く知られる 存在になって欲しい ◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧 【2023年】Amazonで販売 2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」 2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」 2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」 2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」 2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」 2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」 2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」 【2022年】Amazonで販売 2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」 2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」 2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」 2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」 2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」 2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」 2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」 【2021年】Amazonで販売 2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」 2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」 2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」 2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」 【2020年】Amazonで販売 2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」 2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」 【2019年】Amazonで販売 2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」 ◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002) 【2002年】 2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」 2002/4/4 第5詩集「コールサック」 【2000年】 2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」 2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」 【1999年】 1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」 1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」 【受賞】 2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞 2000年 詩「永遠の親友」信越郵政��長賞 1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞 1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
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honnakagawa · 1 month ago
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10月18日(金)open 12-19
本日も皆さまありがとうございました! もちろん閉店している時間であります。 また明日12時よりお待ちしておりますよ。
色んなお知らせが渋滞しておりますが… まずはnakabanさんの作品通販がこの週末いっぱいとなっております。 まだまだ素晴らしい作品を選んでいただけます。 是非ご覧くださいませ! https://honnakagawa.stores.jp/ 通販サイトには来年のカレンダー、有賀傑さん、はせがわはっちさん、山田美津子さんのものも掲載しています◎
それから20日 日曜日には、開催中の絵本原画展『かるがものクッカ』のおはなし担当かんちくたかこさん、編集のスタジオポーキュパイン川嶋さんが在廊です。 楽しいお話し、是非聞きにお出かけください🦆 最終週26日(土)のおはなし会も、まだまだお申し込み可能です! お話し会の詳細は、当店の10月9日の投稿をご覧ください。 お申し込みは店頭、またはメールにてお願いいたします🐥
届いている本のお知らせもしたいけれど、店頭で手一杯…! ではまた明日。
写真はいつもの買い出し途中の水鳥スポット。 大好きなオオバンと、遠方に何かしらカモが渡ってきている様子が見えました。 双眼鏡を持っていなかったのでまた改めて出かけなくては。
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myonbl · 2 months ago
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2024年10月10日(木)
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ここしばらくのこと、自宅Mac miniに繋いでいるキーボードのBluetoothが切れてしまい、その都度ケーブルをつなぐということが頻繁に起こる。再現性がないので原因は分からないが、作業が中断されるのに閉口し、新しいTouchID付属のものと交換した。これなら、立ち上がりにパスワードを入れれば、あとは指紋認証ですぐにロック解除出来る。こうしてみると長年使用しただけあって汚れが溜まっているなぁ、今度は定期的に掃除してあげねば。
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4時30分起床。
日誌書く。
ツレアイの起床を待って、洗濯機を回す。
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朝食はいつも奥川ファームの手打蕎麦を頂く。ちと、天かすを入れすぎてしまった。
洗濯物を干す。
珈琲を淹れる。
今日は彼女が休みなので、弁当はなし。
プラゴミ、30L*1。
一人で出勤する。
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順調に到着する。
メールボックスに、履修者名簿(確定版)が届いていた。
換気、ラジオ体操第一。
木曜日1限は<共生社会と人権>、結局今期の受講生は19名、やりやすい人数だ。今日のテーマは<女性の人権について考える>、「女性差別撤廃条約」を紹介し、日本政府は<女子差別>、他は<女性差別>と表記していることを取り上げ、そこから均等法への流れ、<#metoo><#kutoo>などの運動を紹介した。
明日が締切の査読、手を付けていなかったがなんとか2限で作業終了、図書館に提出する。
ラジオ体操第二。
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帰路も順調。
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Twitterで、京都在住の長谷川ういこさんが比例北関東に転出することを知る、餞別代わりにカンパを送る。
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コレモ七条店へ買い物、安売りのアジフライが目的だったが、20%引き攻撃に負けてあれ��れ買ってしまった。
彼女は午前中に龍谷ミュージアムへ、午後はあれこれ片付けをしてから、買い物��走り回る。
夕飯前に、彼女と三男でココに点滴する、明日はクリニックの受診だ。
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サンダカンの無添加ベーコンとナス・パプリカの炒め煮、彼女作の平飼い有精卵の卵焼き、20%引き商品炊き合わせ、レタスとトマト。
録画番組が無いので、柳家小ゑん「鉄指南」を聴く。
片付け、入浴、体重は2日で500g減。
日誌書く間もなく布団に吸い込まれる。
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辛うじて3つのリング完成、エクササイズが60分に到達したのでよしとしよう。
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idoyukari · 4 months ago
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こんにちは、井戸です。
もしかして梅雨終わりましたか…? 私の住んでる地方では雨が降った日が1週間もなかったように思います。これからは昼間に酷暑、夕方に豪雨を繰り返す日々になりますでしょう…皆様も熱中症にはお気をつけください。
さて、展示のご案内です。
ZEROTEN2024 -Osaka-
📅8月1日(木)〜8月13日(火)
⌚10時〜20時※最終日17時閉場
📍大丸梅田店11階"ART GALLERY UMEDA"
F0サイズ(180×140mm:文庫本くらい)作品限定のアートコンペです。
勝者はお客様からの投票で決まります。
展示作品は購入も可能です。
※会期終了後の発送になります。
暑い日のお出かけに是非お越しください。
DMはこちらです。
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今回井戸は、出展No.108と何とも業の深い番号をいただきました。作品売れて欲しいなぁ、あわよくばコンペで勝ちたいしこれからも作家活動を末永く続けていきたいなぁ…という煩悩にまみれているのは事実です。
作品はもう完成しておりますが、ここでは一部を公開いたしますね。
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ここまでご覧いただきましてありがとうございました。
それではまた。
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chinopan2 · 2 years ago
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#キリッとピシッと #ドレス系ウールも #チノパン屋ですが #ガッツリしっかり #大量補充入荷予定日 #ptalfredoriginal #ptalfred #12時開店 #20時閉店 (Pt.Alfred) https://www.instagram.com/p/CqZU-PaPvDF/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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flamingo-rex · 2 months ago
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2024.09.24
先週、都内弾丸ツアーはタニさんに
逢いに行く為だった
その2日前に、彼の容態を聞き、急いで逢いに行った
出逢ったのは10代の頃で、
どう考えてもクソガキだったワイを
優しく受け止め、沢山遊びを教えてくれた。
広島から出て来たばかりの田舎者のワイに
ファッションの文化を教えてくれた人でもある
渋谷から原宿に向か雨通りに消防署があったから
フォイヤー通りと呼ぶようになり、
いつの間にか定着した。
名付け親とは本人は言わないが、当時、あの通りに
何の店も無かった頃にHELLOって店を掲げて
恐らく、当時のグラム、パンク、ロッカー達は
お世話になった事があると思うお店だ。
ワイも、その1人で、ライブの衣装に限らず、
HELLOとDEE DEEの、服とアイテムに身を包んで闊歩してた
HELLOを閉める時には、周りにはタニさんが発信し続けた
渋谷カルチャーのフォロワーが沢山出来て
HELLOしか無かったストリートは、ぶっ飛んだお店が並んでた
ファイヤー通りの先駆者は、ピョン!と青森に移住。
???産まれも育ちも違う青森に??と、
この移住の理由は、先週逢いに行った時に
時を経て教えてくれた
そんな青森に仲間とみんなでタニさんを訪ねて遊びに行ったな
青森にHELLOってBARを出して、みんなで飲んで
翌日バイクと車で高原行って、BBQして、温泉行って
強烈に印象的な旅だった。
その後、ワイはアメリカに。
タニさんも、数年後、都内に戻って来た
昔みたいに、頻繁に飲み歩く事は無くなったけど
昔の仲間に会うと、近況を教えてくれた
タニさんが、最後に選んだ場所は福生。
米軍基地も近くにあり、自然も豊富で気に入ったと言う。
ワイも都内に20年以上住んだけど、福生は先週初めて行った
病院の7階から見える景色は、関東平野ってワードに相応しく
遮る物が無い抜けた景色。富士山も見えると言う。
とても患者とは思えない派手な服に身を包み
え?Kaz.か?と迎えてくれたタニさん。
めちゃんこ痩せてたけど、3時間くらい仲間と談笑してんだから
やっぱ、すげぇわな(^^)
他の患者さんに迷惑になるので!と、看護婦に退席を促され
タニさんフレンドは解散。初めて会う人ばかりだったけど
バイク仲間やHELLOのショップ仲間だった人達らしい
何も変わらす、沢山の人に愛されてる人だ。
葬式で逢いたくねぇから、陣中見舞いに行ったけど
そな2日後に体調は急変したと連絡が来た。
抗がん剤も、延命も拒否。そりゃそうだ。そういう人だもんな
退院して在宅を選んだ。
20日に退院して、渋谷の仲間が逢いに行って近況を
逐一連絡してくれた。
前日にも聞きつけた仲間が逢いに行ったらしいが
会話出来る状態では無かったらしい。
22時過ぎ、電話が鳴った
さっき、タニさんが旅立ったと。
覚悟も準備もする時間あったから、そっか…と電話を切り
タニさんお疲れさん!と、ちと離れた場所で呟いた
先週、見舞いに行った時、
Kaz.今、尾道なんだよな〜?酒でも持ってい行こう!って
みんなで言ってたんだよ!と言ってた
おう!案内するで!!ワイの店にも飲みに来ぇや〜!と
クソガキの頃のままで答えたけど
それは叶わなかったな。
沢山、遊んで貰って、よく飲んだな〜
渋谷の街をベロベロになったタニさんを、
何度担いで移動した事か(笑)
良い思い出だ。
間違い無く、ワイの人生で出逢えて良かった人の1人。
ありがとう!タニさん!(^^)
またね!
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kennak · 1 month ago
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追記  気づいたら伸びてた、ありがたい。  店の名前言った方がいい→これは何人か推測されてる通りKOZO、ありがとうKOZO。  金に糸目をつけない美食か→決してそこまで敷居は高くない。食べログに値段出てたけどソシャゲのガチャ20連と同じ程度なので庶民にも十分手が出る。何に価値を感じるかってあると思うけどこれは本気でいい体験だった。   目的  ステマとかではない。よっしゃ再訪のチャンス!とか思っていたらお店が閉店になっていてショックを受けた。  なんなら親の還暦祝いを絶対そこでしたかったぐらいの勢いだし親が死ぬまでには、いや自分が死ぬまでにもう一度あの店(シェフ)の料理を食べておきたいと思った。  辞めた理由ってのもあるだろうけど正直有名店の半額以下だしコスパ良すぎて儲からないなら倍払っていいまであるからもう一度店出してという、中毒患者の呻きみたいなものだと思ってほしい。   どんな店なの  京都にあるガストロノミーのお店。分類がこれであってるかはわからんけど一見これ食べるの……みたいな騙し絵的な料理が出てきたらだいたいこう言ってる。   食べたものに対する鮮烈な記憶  同僚とランチをしに行った。値段は安くはなかったのだが、この食事、いや、体験に比べると絶対に安い。繰り返すようだが別の店で倍払ってもなかなかこうはならない。ならなかった。ガチでオモコロの「味でめちゃくちゃになりたい」ができる店だった。    まず前菜ではなく、いきなりフィンガーフードとよばれる小さなおつまみみたいなものがやってきた。この時点では我々はシェフの力量を知らず、一気に不安になってざわついた。だってあんまりにも小さいんだもん。小さい、ホタテとトマトソースがのったタルト。こんなの一瞬でなくなっちゃうよ……そう思いながらとりあえず食べる。  ──凄まじいとしか言えなかった。最初は普通にホタテの旨み溢れる味わいだったのが、次の瞬間ドライポモドーロの奥行きのあるソースが支配的になる。最後はタルトをかたちづくる良質な小麦粉の素朴でいて贅沢な味わい。こんなに小さいのに、こんなに激変する。これはボヘミアンラプソディと同じぐらいの変わりっぷりでいて、そして同じぐらいのまとまりだ。 「なんか、ディズニーランドに行った記憶とか、パレードみたいな味がする。すごくないですか?」同僚はそう表現した。語彙を失って壊れたように「おいしい、これおいしいよ!」と繰り返す自分とは大違い。たしかにこれは極小のディズニーランドであり、エレクトリカルパレードであると首を縦に振った。ふたりして若干何かを吸った後の人みたいになっているが何も吸わずにこれはひたすらすごいことである、経済的なうえに健康的だ。    次に来たのは本日のお目当て、「盆栽」である。といっても全てが食材で作られたミニ盆栽である。フォアグラの入ったなめらかなマッシュポテトの土に、青のりの苔がむしている。ディルなどのハーブを飾ると大自然の植生があらわれ、そこに黒白の米で枯山水が設えられている。  はっきり言ってこれは普通に盆栽の見た目である。レストランよりホームセンター、いや、オシャレ花屋さんあたりにお還りとでも言いたくなるぐらいだ。ただし、さっきのディズニーパレードのおかげでこのシェフに絶対的な信頼感が生まれていたわれわれは臆することなく土や石にスコップを入れて、自分の口に放り込んだ。  「石!おいしい石!すごい!」人生で石が美味いなんてなかなか出る言葉ではないだろうが、だって石がおいしいのだから仕方がない。フォアグラポテトの土はひたすらなめらかで濃厚で、そこに海苔とハーブで味の奥行きが作り出されている。さらに、枯山水の米がパリパリプチプチと舌触りのアクセントを生み出している。こんな佇まいなのになにも難しいことはない、「無限に食えるやつ」なのだ。こんなことならミニではなくノーマルサイズの盆栽で良かったのに……あっという間に盆栽は消えてなくなってしまった。    ここまででじゅうぶん楽しかったのに、ようやく前菜がお出ましになる。蛤と椎茸に出汁ジュレが乗って菊の花びらが散らされている。今までとは違ってハッキリと高くて美味い見た目である。そして──この一皿は見た目に違わぬ高いパフォーマンスを見せてきた。  まず一口食べてみる。ぷりぷりで柔らかな蛤が爽やかなジュレで包まれてもう大好き。そのままのテンションで奥に進む。スモーキーな椎茸としゃっきりと野菜が口の中で主張する。  次、次と進むとどこかからぷちぷちとした食感が弾けて、柑橘のシャキッとした引き締めに行き当たる。計算されつくした絶えず移り変わるその味わいは、ただの層のある料理とは違う。不思議のダンジョンの階層ぐらい全然違う。もうダンジョン飯だし私のためのパーティー開かれてる。最高。未知の階層への好奇心のままに食べ進めると、あっという間になくなってしまった。かなしい。    そしてメインの肉料理。皿に配置された料理とソースがまるで絵画に見えてしまう。赤蕪のほろ苦さや素揚げされた蓮根の歯触り、そしてもう一度出会えた無限マッシュポテト。今度はチーズ風味でさらに止まらない度がアップして帰って来てくれた。かなり嬉しい再会だ。同僚とうわごとのように「無限に食える〜」と繰り返してしまった。  しかし肉料理の話だから肉の話をせねばなるまい。肉は鴨肉のローストで、みるからに食欲をそそる茶褐色のきのこのソースがかかっている。  肉を食べると、鴨の味と並走するかのようにはっきりと存在するはずのないクレームブリュレの味がした。何を言ってるのかわからねーと思うが、何をされたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……。  存在しないその味の記憶にたじろぎながら控えめに同僚に「これ、クレームブリュレの味しません……?」と言ってみるとすかさず「思いました!」と返事があり安堵した。いや、集団でスタンド攻撃や呪術をうけていたなら安心して良くはない。ただしっかり破綻せずに美味いので幸せならオッケーである。    出てきたものの半分も紹介できていないが、しっかりとボリュームがあり、はっきり全てが美味しかったし、それ以上に驚きと楽しさがあった。正直なところガストロノミーに半信半疑だったものの、こんだけパレードで不思議のダンジョンでスタンドの気配まで感じられて、十分に味でめちゃくちゃになれてほんとうに行って良かった店だった。  叶うならもう一度再訪したい。叶わなければそれでも一生に1番レベルで美味しかったとシェフに伝えたい。こんなところに書いて伝わるかは知らんけど……。
人生イチ旨かったレストランの話をさせてほしい
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dixiefunk · 2 months ago
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Grant Green - "Idle Moments"
1963年にリリースされたグラント・グリーンの名盤『Idle Moments』です。
かれこれ20年近く前にたまたま某大手CDショップの閉店セール時にワゴンセールされていたこのCDをジャケ買いしたのが始まりでした。
それまでブルースギターにしか興味がなかったのに本作をきっかけにジャズギターにハマりました。
オリジナル盤は全4曲とコンパクトな作品です。
内訳は…
本作にもピアノで参加しているデューク・ピアソンが"Idle Moments"と"Normad"の2曲を提供していて、MJQのピアニスト、ジョン・ルイス作の"Django"もカヴァーしています。
そしてグラント・グリーン作のモード・ジャズの名曲"Jean De Fleur"を合わせて全4曲収録です。
曲数は多ければいいってもんじゃなく、じっくり1曲1曲を味わって聴くことが出来る渋い作品です。
タイトル・トラックも含め10分越えの曲が多く、当時のLPの収録時間を超えてしまうため急遽"Jean De Fleur"のテンポを上げて時間を短くしてアルバム収録用に再録音したという逸話もあります。
CD化に際してボーナス・トラックとして"Jean De Fleur"のスロー・バージョンが追加収録されました。
どう考えてもアップ・テンポの方がかっこよく、当時のLP盤の収録時間が短かったおかげで生まれた名演となりました。
それまでシンプルなジャズ・ブルース曲ばかり書いていたグラント・グリーンが、敬愛するマイルス・デイヴィスやジョン・コルトレーンに触発されモード・ジャズに挑戦したら名曲が生まれたのがこの"Jean De Fleur"です。
ちなみに当時台頭してきた「新主流派(New Mainstream)」の若手だったテナー・サックスのジョー・ヘンダーソン奏者にヴィブラフォン奏者のボビー・ハッチャーソンも参加しており、若手とは思えない渋い名演���残しています。
グラント・グリーンのジャズ・ギタリストとしての演奏も本作でより磨きが掛かっています。
キーがころころ変わる"Jean De Fleur"だけでなく"Normad"のギター・ソロ後半でスウィープ・ピッキングによるチョップ奏法で畳み掛けるフレーズが、独特のタメと共にズレそうでズレない不思議な感じは他のギタリストにはない燻し銀のプレイです。
「速いフレーズ」よりも「タメるフレーズ」だからこそスリリングな演出ができるという逆転の発想が「わかる人にはわかる」といった燻し銀の職人技を味わうことができます。
世の中には「速いフレーズ」を弾きまくるテクニカルなギタリストが溢れていますが、逆にギリギリまでタメてズレそうなのにズレていない絶妙なフレーズを弾きこなすことが出来るギタリストは滅多にいません。
楽譜では表すことができない独特なニュアンスは練習でどうにかなるものではありません。
グラント・グリーンの凄さはまさにそこにあります!
どうしてもジャズ・ギター・ファン以外にはあまり知られていないアルバムですが、ジョーヘンやボビハチも参加した全ジャズ・ファン必携の隠れたモード・ジャズの名盤です。
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patsatshit · 11 months ago
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2023年も色んなことがあった。嬉しいことも嫌なことも悲しいことも。それでもこの夏はきっと終わらないって、心からそう思わせてくれた特別な日がある。8月19日、あれは猛烈に暑い日だった。そして今年のタラウマラ営業日のなかでも屈指の忙しさと売上を記録した日だ。朝から途絶えることなく自転車修理と整備業務に追われて滝のように汗を流しながらタイヤ交換をしていたときにSTRUGGLE FOR PRIDEの今里さんが「土井さん、久しぶり」と言って朗らかな笑顔で店先に姿を現した。これまでに自分の日記やSNS等でSFPについて何度も書いてきたから、SFPに対する僕の過剰な思い入れについては周知の通りだ。とにかく20代の僕の生活には常にSFPとECDがあった。だからと言って熱心にライブに足を運んだり、血眼になって音源やマーチャンダイズを探し求めていた訳ではない。もちろんライブに行くこともあったが、当時は声をかけたりはしなかった。直接、話をしなくても心で対話をしているような錯覚を抱いていた。そう、当時の僕ははっきりと痛い奴だったのだ。20代の自分を振り返るとなかなかにクソったれな日々を送っていたけれど、無理に同志を見つけようとは思わなかったし、誰かとつるんで何かをしようとも考えなかった。ボクシングのプロテストに挫折してからは、ひたすらに小説を書き続けていた。執筆時に爆音で流していたのがSFPやECD、そしてデトロイトのUnderground Resistanceの音源だった。その頃は参考文献と併せてBGMを記載していて、彼らの楽曲は必ずセレクトしていた。
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それくらいSFPの存在は僕が生きていく上での一本の「筋」や「芯」だった。彼らが居てくれたから、ウダツの上がらないシミったれた日々も「何とかなるやろ」と肯定できた。前回の日常炒飯事くんのインタビューからの流れで言えば、SFPが僕にとって20年来変わることのない「推し」なのかもしれない。サイクルショップすずめをやっていたときには常連のハタさんが「土井さん、SFPお好きでしたよね?」と言って、超デカい今里さんのポスターをプレゼントしてくれて、それを店頭にデーンと掲示したことでマリヲくんと出会うことになる。そんな今里さんとはじめてお話をしたのが2年前の年末、旧グッゲンハイム邸で開催されたRC SLUM主催のパーティーだった。タカアキ(BUSHMIND)さんに手を引かれ、紹介された。今里さんは「俺、ソウタくんの真似してタラウマラに突撃しようと思ってたんですけど、寝坊して行けなかったんですよ」といつものあの笑い声を聞かせてくれた。
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それから2年ぶりの再会、夏、茹だるような暑さの淡路の路上で。今里さん、お久しぶりです、このタイヤ交換をちゃっちゃと終わらせるんで、店内でゆっくりしてて下さいと告げるも、今里さんはお邪魔でなければ外で見てて良いですか?と言ってずっと店頭で僕の作業を見ていた。しかし当のタイヤ交換を終わらせても一向に客足が途絶えず、パンク修理、タイヤ交換、自転車販売、スタンド修理、チェーン交換と立て続く。あまりの慌ただしさを見かねた今里さんが「土井くん!俺も手伝うわ」と手を差し伸べてくれた。車体を押さえてくれたり、タイヤを取ってくれたり、スタンドを調整してくれたり。そのスタンドはタラウマラの主要登場人物シュウ(小学4年生)のもので、このシュウという少年はなかなかの個性持ちで、阪急淡路駅の改札をサラリーマンの後について入場し、そのまま難波や心斎橋まで行って駅員に保護されたり、23時を過ぎた人もまばらな淡路商店街で空き缶やペットボトルを並べてボーリングをしていたり、方々で犬と本気で喧嘩をしていたり、知らないおっさんの部屋で一緒にゲームをして遊んでいたりするような最高に愛すべき問題児なのだが、今里さんの前では珍しく猫を被っていた。途中、今里さんがコンビニに行った際にシュウのお母ちゃんが僕にそっと耳打ちする、うちのシュウがビビってる、と。僕は思わず爆笑した。ちょうど今里さんがコンビニから戻ってきたタイミングで、CHOPPY'S SKATEBOARDの上野さんが来てくれたので僕は修理作業を継続しながら紹介すると、おふたりはスケートボードや共通の知人の話で盛り上がっていた。その頃になるとようやくシュウもギアが上がってきて「どっちかのお兄ちゃん、僕のお母さんと結婚して欲しい」と冗談とも本気とも取れる言葉をぶっ込んできた(シュウの両親は離婚している)ので、みんなで爆笑。お母ちゃんは「お兄ちゃんらにも選ぶ権利があるわ」と言うて苦笑していた。結局シュウのスタンドは完全には直すことができず、ちょうどサイズも小さくなってきたこともあって、まだ整備できてないけど一台シュウにぴったりのサイズの自転車があるからそれが出来上がったらお母ちゃんに電話するからそれまで辛抱しとき、と伝えると瞳を輝かせて、ほんま!絶対やで!約束やで!と嬉しそうに手を振って帰って行った。その後もなかなか客足が途絶えないため、今里さんが「軽くメシでも喰ってくるよ、オススメある?」とおっしゃったので、食い気味に「大阪王将」と言うと「いや、王将が美味いのは知ってるけど、もうちょっとローカルのが良いな、せっかくやから」と苦笑い。僕も思わず、ですよね、と吹き出した。さっき今里さんが行かれたコンビニの裏手に「いしかわ」という定食屋があって、そこのカスうどんめちゃ美味いですよ、と伝えると、じゃあ行ってくるー、と今里さん。僕は一度、頭から水を被って残りの作業を続ける。ようやくひと段落つこうかというタイミングで今里さんが戻ってきた。え、もう喰ってきたんですか?と驚くと、いや、やっぱり土井さんと一緒に食べようと思ってお好み焼きを買ってきた、と手に下げた袋を見せてくれた。僕らは一枚のお好み焼きを半分こして食べた。そこでようやくゆっくり話せるかと思ったんだけど、またしても来客があり、整備依頼が舞い込んでくる。ついつい話し込んで僕の手が止まることを懸念して、今里さんはこれ以上いたら邪魔になるので今日はもう行きます、と店を出る。たくさんのプレゼントを頂いたお礼に僕は自分の作品を手渡した。そのときたまたま定食屋「いしかわ」の社長がタラウマラにやってきたので、今里さん、この方がさっき言うてたカスうどんの美味い店をやってるお父ちゃんですよ、と伝えると、ああああ俺やっぱりカスうどん喰っときゃ良かった、とほんまに悔しそうにしていたのが可笑しかった。社長は、わしはカスうどんなんて認めへん、あれは孫が勝手にやっとるだけや、とか言うて何やねんそれ(笑)。そんな訳で2年ぶりの再会はゆっくり話せるなんてことはほとんどなかったけれど、その時に流れていた時間は僕にとってはSFPのライブの激しさとDJ HOLIDAYのミックスで聴ける優しさが全部つまった特別な瞬間だった。この夏はきっと終わらない、心の底からそう思った。汗だくヘトヘトで閉店作業をしているときに今里さんからメッセージが届いて、スマホを持つ手が喜びに震えた。
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supertvkidharaso · 3 months ago
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2024/08/16(金)元気
日記ってその日のうちじゃないと書けないなー
夏休みみんな楽しんでますか?
わたしは楽しんでるよ☀️
でも連休の時って楽しいことしなきゃと半ば強迫的に思ってしまって、うまく計画が立てられなかったりうまく一日を過ごせなかったりする。
てか、iPhoneのメモに毎日日記をつけてるんだけど、前までは日付のあとに一日ごとに違うタイトルをつけてたんだけど、なんかめんどくさくなったので元気かそうでないかだけをタイトルにつけることにしたら、8/2からずっと元気でウケた。
夏休み初日の日記↓
2024/08/10(土)元気🥐
13:30ごろ?おきてダラダラして
シャワーして、すっぴんで日焼け止めだけ塗って外に出た
パン屋さんでパンを食べようと思い立ち、バスに乗って木場三丁目で降りる。
パン屋さんを探して歩く。タンクトップでPCの入ったリュックを背負っているので疲れる。
ようやく見つけたけれど、イートインスペースがなかった…ショック
しかしもう他の店を探す気力もないので入店、クロワッサンとボロネーゼのパンを注文。500円ちょいくらい。
外に出て歩きながら食べる。おしゃれなパン屋のパンを道で歩きながら雑に食べるのってけっこうニューヨークなんじゃないか。
しかし、木場あたりを歩くのは楽しいなと思った。大きな公園があるし橋があるし、なんだか、全然違う場所に来た感じがするのだ。ちょっと家から離れただけのところなのに。
天気も良く、なんだか夏を体じゅうに感じた。
クロワッサンがサクサクでうまい
作業できるカフェをgooglemapで探して、あるく。つかれるなあ。汗ダラダラ。
お店に着いた17:26、本日18時閉店の文字が目に飛び込んできた…。クソー!!!ということで踵を翻す。
別のカフェを探し歩く。ワールドネイバーズカフェ?というなにやらオシャレそうなシティなカフェにたどり着く。コインランドリーが併設されているようだった。フーン。フーン。
アイスカフェラテだけ注文した。ドリンクのみの注文でもいいのかよくわからずキョドッてしまったが、とりあえず座る。
本を読んだり、この夏休みの予定を考えたり、いろいろした。
でもなんだか居心地が悪かった。やっぱり作業はチェーン店に限るかもしれない。
いま、インスタのストーリーで中高の頃のどうってことない同級生がフレッドペリーのポロシャツを着ているのを見て、わたしは���対にフレッドペリーのポロシャツを着ないだろうと常々思っているということを思い出し、再び強くそう思った。
フレッドペリーのポロシャツをお洒落に着こなしている人だってもちろんいるが、あれは大半の人間をどうってことなく見えさせる代物だ。もしくはどうってことない人間が選びがちなのかもしれない。なんにせよわたしの好みの服ではない。
でも、不思議なことに面白い人については何着てても何にも思わないからやっぱり面白いのが1番すごい、、このことには絶望もする😭
20時前に店を出る。すっかり当たりが暗くなっている。
門仲のブックオフに向かった。
木場公園を突っ切っている時、蝉の声がこれでもかと鳴り響いていた。木場公園、自分の記憶してたよりなんだかデッカイなー
歩くのが楽しくて途中動画を撮ったりした
橋でブタと遭遇してたまげた。かわいかったな。飼ってんのか?
ブックオフに到着。川上未映子のヘヴンと岡崎京子のpinkを探すけど、ぜーんぜんみつからない。。。ぐるぐる回ってるうちになぜかデッカい鉄コン筋クリートと躁鬱大学とadhdの本とつめたいよるにとダンス・ダンス・ダンスを腕に抱え、レジで会計していた。
ブックオフ大好き!
クサイの大嫌い!
おわり
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