#銀座生業
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deepspeed · 10 months ago
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ここでもう一度大事なことを。教育ローンは返済です。
奨学金は、、、返還です。
僕が借りた奨学金は、先輩たちが学校を卒業して働いて稼いだお金を「返還」することで生まれているんです。
奨学金の返還に指定する銀行口座のことを、リレー口座といいます。
昔はその言葉の意味なんて全く考えなかったけど、日本学生支援機構のウェブサイトにはこう書いてありました。
『あなたの返還金が後輩奨学生の奨学金としてリレーされる』
だから奨学金は返済じゃなくて、返還なんですね。
今、一部の方が踏み倒そうとしているそれは、その方達の負担が軽くなるのと同時に、次の世代の若者たちが学ぶチャンスを奪うということなんです。
返還とは、なにかを元の位置に戻すということです。自分が借りて使ったものを元の位置に戻すこともできない人は、大人と言えるのでしょうか。
給付型の奨学金は増えてほしい。でも、今の日本の奨学金の形で救われている学生もたくさんいるんだと知ってほしいです。かつての僕がそうだったように。
https://x.com/gakuto_akashi/status/1767107419925360735?s=46&t=3uBU4NAcX1YMMVPF4niZ4w
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m12gatsu · 3 months ago
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8月75日
三連休、家人の機嫌を伺いに九州へ渡っていた。ひときわ大きくなったお腹を撫でながら、適当につけた胎児ネームを呼びかけてやると、モゾモゾと力強い胎動が皮膚の下で蠢く。健診によれば、平均よりもやや大きいらしい。他にこれといってやることもないので、彼女と商業施設のシネコンに行って、ジョーカー:フォリ・ア・ドゥを観た。彼女と付き合う前に、一作目のジョーカーの話をしたのが懐かしい。いま9時半。飛行機を待ちながら、空港でこれを書いている。朝飯の代わりにビール飲んでる。全く信じられないけど、午後から出勤する。
九州はまだ残暑よろしく、湿って温かい気候だった。夕涼みに少し開けた掃き出し窓の側で座椅子に腰掛けてビール飲んでいると、甘苦い香りが外から漂ってきたので、金木犀ですかね? と誰に訊くわけでもなく口にしてみると、銀木犀、と彼女と義父がほぼ同時にいった。首をもたげて庭の方を見やると、よく手入れされた生垣には確かに金木犀と同じ形の、しかしオレンジではない白っぽい花が咲いていた。
家人に黙ってエフェクター買ったった。Fender Hammertoneのリバーブ。デジマートで¥8,800。俺はギター��一生の趣味にするのだろうか。それともいつか手放すだろうか。
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kyoto4 · 6 months ago
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『 貨物列車で行こう!』長田 昭二 緒 (文藝春秋)
わたしも乗りたい。
第一章 ついに貨物列車に乗る! 貨物線を歩く/乗れないから乗りたい――そこにロマンがある/人知れず日本の物流を支える駅/極限までのスリム化/「拳一つ分」の隙間/動力車の拠点「機関区」/ついに貨物列車に乗る!/突然の鉄道無線/いよいよ「貨物専用線」に進入/東京で貨物列車を見ない理由 第二章 ルポ・東京貨物ターミナル 鉄道貨物の全容を見るべく「東京タ」へ/貨物列車に乗って貨物駅に向かう/「新鶴見信号場」とは/梯子段を上る「垂直乗車」/「ブレーキ、ゆるめーゆるめー!」/心躍る〝短絡線〟/「いよいよ来たか……」貨物列車は地下へ/羽田空港の下を通る点線=東京港トンネルへの憧れ/昭和で見た夢が令和に実現/添乗区間が延長した!/「東京タ」の構内をほぼ二往復/輸送量は毎年約一〇三%の伸び/高まる大型コンテナのニーズ/変わりゆく物流の仕組み/日本最大の貨物駅にある「中央研修センター」に潜入/異常生時の対応を学ぶシミュレーター/ここに座った以上は定時運行遂行の義務がある/「輸送指令」は〝二��呼び〟が基本/懐中電灯一つで長大な列車を点検 第���章 経営再建と未来の貨物輸送――JR貨物トップインタビュー 「変えるをよし」の企業風土が自信をもたらした/さらなる被害が予想される南海トラフ地震への対策/経営が厳しいJR旅客会社が増えた現状/貨物輸送の新提案・新幹線による鉄道輸送は?/総合的な輸送体系「モーダルコンビネーション」という概念/「安全」のための人材確保と労働環境の整備が不可欠/あらゆる物流の集積地点「東京レールゲートWEST」/銀行員、ハウステンボス……様々な経験から生まれた経営軸/「企業として安全はすべての基盤である」/原風景は「貨物列車のある情景」/「ベテランから若手へ」鉄道を支える、技術を受け継ぐ仕組み/運転士によるリレー方式――確立された輸送体系が強み/鉄道貨物が抱える問題をテクノロジーで解決できるか/従来の設備を有効活用「積替ステーション」/「空荷」を解消した「ビール列車」 第四章 広島車両所探訪記 重要拠点・広島/迂回運転を実現した「匠の技」/歴史を刻む広島車両所/「日本一」の車両所/全般検査と重要部検査奈々枝歴史ゆえの「使いにくさ」/「走って磨かれて輝く」車輪/時に親子、時に兄弟/機関車にはトイレがない/憧れの〝車掌車〟の現実/ベテランから若手へ「技の伝承」/車両所は「大きな家族」 第五章 「セノハチ」貨物列車添乗ルポ――広島貨物ターミナル駅‐西条駅 フィーダー輸送の拠点/数字に出てこない忙しさ/日本一のフォークリフトドライバー/営業面の司令塔/もし列車が遅れたら……信号扱い所の修羅場/〝途中下車〟できない貨物は……/鉄道マンにとっての〝難所〟はマニアにとっての〝名所〟/九州と首都圏を結ぶ物流の大動脈/居住性に優れた運転室/無線の通信に沸き上がる感動/普段乗れない貨物線を走行/本格的な上り坂へ――補機本来の業務開始/上り線には架線が二本/「ノッチオフお願いします。どうぞ」/登りきって連結を外す/「ポウッ!」遠ざかる本務機/待ち時間も切らさない集中力/「発車!」「進行!」一人ぽっちで走り始める/視界も広く、軽快に走る/帰りのほうが忙しい/シカ、イノシシ……夜に遭遇する動物たち/登りと同じ十三分で「瀬野八」を下り終える/列車は貨物専用線へ。時速八十キロで快走/廃車を待つ〝もみじ色〟の機関車/物流を支えるプロの技と知恵 第六章 「文藝春秋」を北に追え!――青函トンネル貨物列車添乗ルポ 大きなミッションを持って貨物列車に乗り込む/「文藝春秋」十月号の積み込みを見学/貨物の積み下ろしや旅客の乗降は行わない「青森信号所」へ/貨物列車でなければ通れない区間に感じるロマン/中村さんが席を譲ってくれた理由が判明/トンボが乱舞する田園地帯を疾走/青函トンネル五十三キロを貨物列車はひた走る/世界第四位、長大トンネルの入口/しばらくすると飽きてくる……運転士の眠気対策は/地上に出たと思ったら次々とトンネルが……/津軽海峡と函館山を望む〝絶景路線〟/急に無数の線路と並走するようになり……/三〇五九列車は定刻より二分遅れで到着/「北斗9号」で三〇五九列車を追跡/コンテナ貨物取扱量全国二位の「札幌タ」/十七時間五十分の鉄路の旅/「盛りだくさん」にもほどがある一日の終わり/一日半ぶりの対面/「イクラ丼」か「混載丼」か/「あとがき」に代えて
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kennak · 11 days ago
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1982年7月27日、「三和銀行オンライン詐欺事件」の判決が下された。三和銀行(現・三菱UFJ銀行)茨木支店の女性行員(当時32歳)が、オンラインシステムを悪用して1億3000万円を詐取したもので、実行したA容疑者は懲役2年6カ月の刑となった。 「好きな人のためにやりました」  逃亡先のマニラで、マスコミに囲まれながらAは笑って答えた。銀行に勤めて12年ほどたったころ、家庭のある実業家にたらしこまれて関係を持ったが、次第に男は金を無心してくるようになる。あげく、「お前、銀行から金を持ち出せないか。その金でフィリピンのマニラに飛んで一緒に暮らそう」と言い出した。  1981年3月25日、Aは1億3000万円の詐取に成功し、男に金を渡してマニラに飛んだ。だが、「後から追いかけるから、先に向かっていてくれ」と言った男は、待てど暮らせど来なかった。Aがマニラに潜伏していた約半年間、男は日本で家族と豪遊しており、迎えに行く気などさらさらなかったのだ。  当時、銀行のオンラインシステムを悪用した犯罪は珍しかった。甲南大学名誉教授で、刑法を専門にする園田寿さんが、こう語る。 「日本の銀行では、1965年の三井銀行(現・三井住友銀行)を皮切りに、オンラインシステムが採用され始めました。本店と支店がオンラインでつながることで、ATMでの預金の預入れや引出し、自動引き落としサービスなどが実現したのです。  しかし、コンピューターの技術が進んでいくと同時に、コンピューターがらみの犯罪が増えていきます。三和銀行の事件が起きた1980年代は、まさに銀行のオンラインシステムが狙われ始めた時代です。当時はシステムそのものが稚拙でしたし、銀行内でしか使わない閉ざされたシステムでしたから、セキュリティ意識も低かったのです」  では、Aはどのようにして、わずか1日で1億3000万円を詐取したのか。 「3月25日に出社したAは、自分の支店のコンピューター端末を使って、あらかじめ別の支店に偽名で作っておいた4つの口座に、合計1億8000万円の架空入金をおこないました。その後すぐに歯痛を理由に早退すると、口座を作った支店に向かい、窓口で『マンションを購入するので手付金が必要だ』と話し、現金5000万円と小切手8000万円分を引き出します。  その後、Aは男と落ちあって全額を渡し、一足先にマニラに飛びました。いつまでも待っても男は来ず、Aは国際指名手配の末に逮捕されました」  Aが語った「好きな人のためにやりました」という言葉は当時の流行語になり、美人だったことから、刑務所にファンレターが殺到したと言われている。Aは模範囚だったため2年後に仮釈放されたが、この事件は、後に数多くのドラマや映画の元ネタにもなった。  Aが起こした事件は、その後、法律も変えた。 「『詐欺』とは人が人をあざむくことですが、Aがおこなった架空口座への入金は機械が処理したもので、人間は間に入っていません。この事件では、Aが偽名を使って金銭を入手したことから詐欺罪に問うことができましたが、そもそもの入金作業は当時の法律で裁けなかったのです。  そのため、1987年におこなわれた刑法改正で、『電子計算機使用詐欺罪』なるものが規定されます。これは、事務処理に使用する電子計算機に、虚偽の情報や不正な指令を与えることで利益を得る行為を罰するものです。  最近は時代の流れが速く、法律が想定する社会と、実際の現実社会との間に “隙” が生じることが多いんです。こうした隙間の犯罪を抑制するには、暗号システムの強化など、さまざまな方法で攻めていくしかないのです」
愛人に1億3000万円を貢いだ女性行員「好きな人のためにやりました」/7月27日の話 | Smart FLASH/スマフ��[光文社週刊誌]
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ari0921 · 3 months ago
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
  令和六年(2024年)10月21日(月曜日)
    通巻第8469号 
 華やかな観光地にも闇の伏魔殿、マネロンの根城がある
  世界の大富豪が集結し、逆に西側先進国や中露から資金は流失した
*************************
 ドバイが何故マネロンとギャング、大富豪からテロ集���の拠点となったのか?
 世界一の高層ビルや豪華リゾート、七つ星のホテル、世界の大富豪達の別荘が海を埋め立てた景勝地に並ぶ。
この富に目がくらんで世界各地から新興企業や妖しげなビジネスマンがあつまり、加えて犯罪集団のマネロン基地、中国の地下銀行など何でも御座れ。日本でもドバイからメッセージを発信して、あろうことか、参議院議員に当選し、一度も登院しなかった男はドバイを根城にしていた。
 英紙『タイムズ』は「コカイン・インク──英国の麻薬取引の決済金がドバイで純金に変わる仕組み」という特��を組んだ。
 英国の犯罪集団もドバイと深く関わっている事実を明らかにしたのだ。UAE(アラブ首長連邦)の中心ドバイに「現金運び屋」と渾名された闇のシンジケートが形成され、英国の麻薬や詐欺、犯罪組織の拠点となっていた。
密輸される金の中継地でもある。表の顔は国際都市、チャイナタウンもあれば、広大な売り場面積の紀伊國屋書店もある。日本語書籍は片隅で、諸外国語のベストセラ-、英訳された日本の漫画も売っている。
ドバイ当局は無策ではない。
「マネーロンダリング・テロ資金供与・違法組織資金供与対策委員会」(NAMLCFTC)はインターポールなど国際警察と緊密に協力し犯罪集団の摘発に努力している。
 英国の違法薬物取引は100億ポンド(132億米ドル)規模と見積もられ、2016年から2022年の6年間に67億ポンド(88億9000万ドル)がマネロンされた。その洗浄された「きれいな資金」は英国に環流し、不動産に投資され、そのうち15億ポンド(19億9000万ドル)は汚職や正体不明のロシア人と関係していると前述英国紙が報じた。
 UAEは毎年、世界の金の20~30%を取引している。UAE の金市場は宝飾品だけではなく、金地金や金貨の需要が高い。
英国における拠点はバーバーだった。「パンデミック以降、繁華街のあちこちで理髪店の開店ラッシュが見られました。こうした店の多くは、何千ポンドもの機器を持っているのに、客がいません」と捜査関係者が語る。
英国の犯罪集団は毎年1,500億ポンド(1,990億米ドル)を資金洗浄しており、米国に次いで世界第2位の「マネロン経済」となっている。
 英国で増え続ける麻薬、大量の不���移民の乱入に納税者が悲鳴を上げる。この構造はアメリカと同じである。英国は歴史的に移民に寛大で、「合法移民」はナイジェリア、インド、パキスタン、香港など旧植民地や、英国と関わりが深いイラン、アフガニスタン、エチオピア、エリトリアなど。不法移民は多彩で、昨今はルワンダからの難民が目立つ。
 ▼不法移民の潜入ルートが代わった
「主にフランスから小型船舶で不法に入国する移民の急増によって起きている。英国の社会問題(となった)。小型船舶による不法入国は2020年に約8500人だったが、21年は約2万8500人、22年には約4万5700人に増えた。新型コロナ禍での入国規制で、英仏海峡トンネルをトラックで移動することが困難になり、小型船舶で不法入国が行われるようになったことが背景にある」(『ジェトロ海外報告』、24年5月2日)。
 英国は移民に寛容だったうえ、彼らにも福祉政策が適応された。そのうえ不法滞在でも職を得やすいとされたが、欧州連合(EU)離脱後、経済が低迷し、不法入国者の収容に多額の公費が投入された。国民保健は、2024年7月時点で762 万件の待機リスト、約430万人の子供たちが貧困生活を送っているとされる。
 
英国納税者の歳入から年間140億ポンド(185億7000万米ドル)を割いて不法移民を養っていることになる。(因みに日本への不法移民(日本は『不法残留者』という)の五傑はベトナムが15,806人、タイ:11,494人、韓国:10,869人、中国:6,881人、フィリピン:5,069人、インドネシア:4,537人ほか)。
あまつさえ治安が悪化し、国民の不法移民への警戒と不満が拡がった。凶悪犯罪が急増し国民生活の安寧が覆った。この深刻な問題は英国ばかりか米国、独・仏などEU諸国に共通である。
  
 ドバイに話を戻すと、世界一の富裕層を引き寄せる国であり、2024年末までに過去最高の6,700人の億万長者の流入が予想されている。対照的に英国は2028年までに億万長者の凡そ17パーセントを失うだろうと予測される。
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riccia0556 · 1 year ago
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カレンチャン-WORK-
ウマ娘 プリティダービーより
Cerberus Project フレンチドール様のガレージキット カレンチャン
製作工程まとめです。
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トレフェスオンライン12にて購入
出戻りでガレキをやり始め(といっても美少女ガレキは今作で人生6体目)た為トレフェスオンライン自体初でした。いい時代になったものです。
早速仮組
いくつか埋めた気泡はあるものの微細気泡もなくパーティングラインもそこまででした。
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もうカワイイ
台座は100均フォトスタンドにそれっぽいフェルトを敷いてます。
面相
いつものリキテックスソフトを使用
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下描きが馴染む気がするのでプライマー→クリアコート後に目を描いてサフレス塗装
ただオーバーコートを吹きすぎてまつ毛が消えすぎたので後に修正してます。
キャラデザの原画とゲーム内で微妙に違うのと(ゲーム内は赤が強め?)寒色と暖色の間といえばいいのかこれが微妙な色で寒色系の銀髪好きの自分は大苦戦。
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FGプラチナブロンドから立ち上げた結果
まぁ黄色い
流石にドボンしてベースにラスキウスの亜麻色を使用したものがこちら
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ラスキウス使っとけばなんとかなるのでは?
他の作例より寒色寄りな気もしますがゲーム内はこれくらいの印象なのでこれでよしとしました。
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さらにゲーム内で特徴的なハイライトもマスキングで塗り分け
脚 赤タイツの塗装は初めてでしたが中々いい感じ
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太ももと一緒に全体を肌色で塗った後マスキング後クリアレッドを重ね塗り、シャドウはクリアパープルで 最後にクリアイエローをオーバーコート
勝負服等
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シャドウにココアブラウンを吹いた後フィニッシャーズのクリアブラックで調整(茶系なので助かります)
艶消し前はかなり濃淡を出せたと思いましたが艶消しで仕上げるとあっさりめに
今回の反省は今後の参考にします。 やはり黒は難しい。
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フリル含め勝負服自体の白はナッツホワイトベースで暖色寄りに仕上げてます。
ストライプ柄も初でした。 これもなかなか難しい。
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途切れた細い線は面相筆でちまちま修正しました。
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今作の難所 金色の装飾部分
フチはマスキング、正面の細かい部分は4アーティストマーカーにて筆塗り。
シルバーに近い上品な金にしたかったのでEXゴールドを使用、マーカーも金と銀を混ぜて近い色にした上で塗ってます。
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ペチコート(スカート裏)こちらも難所
そのまま接着しても見えずらい部分ではあるのですがスカートを着脱仕様にするとやはり見られる部分の���一応合わせ目消しを行いました。 もはや気分の問題。
塗装後の作業なので気を使います。
ところどころ筆入れ、修正を行なって組み付けたら…
完成!
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tokyomariegold · 10 days ago
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2024/6/30
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6月30日 3つの予定はしごの一つ目は、二度寝してキャンセルをした。三つ目の予定は、二つ目の予定が延びてキャンセルをした。けれど逆転ホームランで滑り込ませてもらった。 一つ目をキャンセルしたおかげ(?)で資生堂ギャラリーでとても楽しい展示を観ることができた(ドタキャン、だめ絶対!)。
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銀座から築地、新橋までお散歩をして、まだまだ築地の市場が混んでいたり、汐留近くの歩道橋の上から道路ペイントの文字を眺めたりして、shiggy jr.のサマータイムラブのアルバムをたくさん聴いた。
水曜日に買ったラベンダーカラーのお花(ラベンダーではない)が思いがけずさらに花開いていてかわいい。
入院用のパジャマや、入院中の洗濯セットを買おうかと考えつつ、やっぱり8月頭の担当しているお仕事の最重大イベント的業務は出席して、心身を酷使してから入院するべきかな?と思い始めている。
冬のお布団を圧縮してしまった。えらい!
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myonbl · 14 days ago
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2024年12月27日(金)
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ツレアイ��訪問看護師)はメインの勤務先が昨日で年内の仕事終了、週明けには別の訪問はあるが一応仕事の区切り・・・と勝手に理由を付けて、今年の打ち上げを敢行した。京都シネマで映画(キノ・ライカ 小さな町の映画館)を観て、銀座ライオン四条烏丸店でビア・ランチをいただいた。映画で胸を一杯にし、ビールで喉を潤す幸せ、今年も生きていて良かった・・・と、心底思い至ったのであった。
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5時起床。
日誌書く。
ツレアイの起床を待って洗濯開始。
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朝食はとろろ蕎麦。
洗濯物を干す。
珈琲を���れる。
3男の弁当を用意する。
可燃ゴミ、20L*1、30L*2&45L*1。
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年明けのmac買い換えの準備、Amazonで Apple Gift Card ¥50,000を購入してチャージする。
市バスで京都駅、地下鉄で四条、ココン烏丸へとやって来た。
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なんの予備知識も無くただただ上映時間の都合で選んだ映画、意に反してとても面白かった。映画館を商業施設として捉えるのではなく、コミュニティセンターとして捉える設置者と地元住民、登場人物の一人の日本人にも大層興味をそそられた。
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毎日アプリのガチャでポイントを貯めている銀座ライオン、ここのビールは本当に美味しい。スタッフの接客もテンポよく勝つフレンドリー、毎月最終金曜日の楽しみである。
いったん帰宅、彼女はあちこち買い物に走る。
私は作業場の片付け。
夕方、秋山恵蔵動物クリニックへ彼女がココの点滴を受け取りに行く。帰宅後すぐに、3男と点滴。人間にたとえれば終末期の介護ではあるが、本人(本猫)が少しでも食事を摂る以上は彼の生きる意思を尊重したい。
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冷蔵庫の食材整理、息子たちにはスパークリングワイン。我々はいつも通り、🍶+🍷。
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BSの映画を録画モードで鑑賞、原作は発売日と同時に読んでいたし、映画も封切りで観ていたが、何度観ても泣いてしまう。
片付け、入浴、体重は2日で300g減。
ハーパーロック舐めながら日誌書く。
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映画から戻って一歩も外に出ていないので、この状態も仕方なし。
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chaukachawan · 25 days ago
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日頃の感謝を忘れない、これ大事
おはようございます。先日とある先輩に「ちょうちょ結び出来なさそう」と言われ、「いや出来るぞ?先輩の想像を超えたぞ」と心の中でドヤっていたら最近逆にちょうちょ結びがほどけないことに気がついた、埖麦でございます。あれなんでなんですかね、履いてるうちに紐が本来通ってはいけない穴を通ってるんでしょうか、さすがに結び方は合ってると思うんですけど…
さて、新人公演の団員紹介です。早いですね、とってもはやい。ポケポケのピカチュウexデッキぐらいはやい。言ってる場合か。
タイトルにも書いた通り、日頃の感謝って大事だと思うんですよね。なので今回はみんなにいつもの感謝を伝えます。軽率にエモくなれ。ついでに今回演じる役についても少し触れますかね、せっかくなので。稽古日誌とかでは基本敬語を外さない僕ですが、ここからは敢えて外そうかと。その方が同期っぽくてよくない?いいよね?
ルーベ!いつもツッコミありがとう!これだけ聞く��ふざけてんのかって感じだけど、ルーベはほんとに36期のストッパー的な役割をこなしてると思ってる。ちゃうかにおいて稀有な存在である真面目なツッコミ、大事で貴重な立ち位置だと感じてる。切実に。そういえば最近、俺の適当なボケに対して「え、〇〇ってこと?w」ってノリなのかツッコミなのかノリツッコミなのか、わかりずらいことしてくるよね、あれさぁ……正直ボケ甲斐があるというか、「どこまでボケの設定で食らいつけるか」みたいな面白みあるから今後もやりたい。やってほしい。
今回の役、ムズいよな。わりと悩みながら練習してるけど、あんまり思い詰めず、そのときのベストを尽くして楽しもうやって感じでいこう。もちろんストイックなのが良さでもあるし、そこに刺激される部分もあるからやめなくてもいいよ、大事にしていこう。
森々仙入
ラムダ!こんな俺を見捨てないでくれてありがとう…!重い?重いか、そうだよなぁ…けど続けますね?いやもうほんとにいっつもダラダラとクソ人間ムーブをカマす俺をずっと気にかけてくれてる。心からの行動なのか面白がってるのか真意は分からんけども。「一緒に卒業しようなぁ…?」って言ってくれてるの普通に嬉しくて泣くかと思ったよ、できる限り頑張ろうとは思うよ。
今回の役、やっぱりコメディ合うよねって感じ。後でてにの所でも同じようなこと書くんだけど、ボケもツッコミも行けるのがいいよね。でもてにとは似て非なるというか、どう違うかと言われればムズいけどもって感じ。なにげにてにと初共演よね?この2人がかけ合わさるとこんなにも見応えのあるものが出来てしまうのかと。36期のコメディを背負って行ってくれよ。
月銀蓮
アネモネ!いつも癒しをありがとう!こっちが勝手に享受してるだけな気もするけど、稽古場でアネモネの声が響くだけでなんか和むんよな…俺が適当に振ったボケに対して、結構な頻度でそれを超える乗っかり方をしてくるのほんとに好き。オムニの時から言ってるけど、36期でアネモネが1番「おもしれーやつ」だと思ってるし、稀にぶっ込む毒舌(?)も癖になる。
今回の役、正直ムズそうだなって思ってる。日常会話と見せかけて家族とあんな会話普段しないしな。え、うちだけかな。けどアネモネの独特な空気感がなんかこういい感じに、いい感じにしてる。とてもいい感じだ。
ぶらん!いつも優しいツッコミをありがとう!なんていうかぶらんのいい所って「塩梅」なんだと思う。優しさと厳しさの塩梅、ラフと失礼の塩梅、出るところと抑えるところの塩梅、君が意図的にやっていることかは分からないけど、こういう細かいところが「ちょうどいい��気がする。だから一緒にいて心地いいし、気軽に話しに行ける。これはやっぱりかけがえのない長所だと思う。
今回の役、相変わらず座ってるっていうのには笑ったけど、ぶらんの初のガッツリコメディっていうのは、キャスティングの時点で楽しみだった。実際やってみたら合うもんだね。今後こういう役増えそうだなって思ったし、もっとそういう役見たいなって思った。
埖麦
おれ!死なずに生きていてくれてありがとう!お前のおかげで毎日楽しいよ!
叶イブ
ふぃあ!いつも男子勢のこといじり倒してくれてありがとう!こう書くと誤解を産むかもしれないけど、でも本音で思ってることで、こういう団体で男女間がほんとに気兼ねなく喋れるためには、程度はどうあれ「いじりいじられ」の関係って必要不可欠だと思うんだよ。実際例としてふぃあはぜを中心にてにだったりあずだったりがワイワイ喋ってたりさ。まぁそれはきっかけでしかないのかもしれないけど、思えば36期はらいらがはぜをいじったとこから始まったじゃん。ほら、はぜも「過剰」って言ってたことだしさ。まぁ限度はあるけど俺ももう単位云々でいじられるのはなんも感じなくなってきたとこだし。
今回の役、やっぱり鯛鯛を思わせるよね。発声の感じとか。滑舌とか声量とか、悩むところはいっぱいあるだろうけどさ、こういうタイプの芯のある声、正直36期でふぃあしか出せないと思うよ。羨ましい部分でもあるし。
ポンにゃ
なびや!いつも遠慮なく接してくれてありがとう!誰にでも遠慮とブレーキがなさそうななびやは、話してると謎の安心感があるよ。裏表がなさそうな感じが、なびやと他の人との距離を自然と縮めてる所をよく見る気がする。まぁ安心感ってのは俺と話してる時って意味で、なびやと先輩が話してる時はヒヤヒヤしながら見てるけど。
今回の役、秋公から連想するに「そりゃ合うよね」な役で、予想通りハマり役って感じだったな。でも第二回通しで、これまで以上の成長を見せた気がしてびっくりしてる。ここからまだまだ上手くなるんだなって考えたら楽しみでしかないよ頑張れ!
雨々単元気
てに!ちゃうかコメディの権化、いつもありがとう!これ書き始めた時は「てにはやっぱ日常ではボケが輝くよなぁ」とか思ってたけど、思い返せばこいつツッコミもめちゃくちゃやってるなと。なんならツッコミの方がやってる気がするなと。ともあれ36期が笑いの絶えないものであるにはてにの存在は不可欠だと思う。
今回の役、言わずもがなどっちもハマり役やね。もうてには自分がどういう役で求められてるかがわかってきてる感じがするよね、いいぞもっとやれ。やっぱり「自分にどんな演技ができるのか、どんな演技が映えるのか」を自覚する役者って強いと思うんだよ。強いね。憧れるね。
紫苑
なつめ!ほんまごめん、同類だと思って安心してるいつもありがとう!���初の方はそういう方向性だとは思ってなかったけど、最近化応勢から君の話を聞く度に、「仲間がいる…」と勝手に安心してるよ。でも取り返しがつかなくならない程度には一緒に頑張ろうな。俺に言われてもって感じだろうけど。
今回の役、なつめの新しい一歩って感じでめちゃくちゃワクワクしてる自分がいる。最近になって急にって感じだよね、直前の改定っていうか方向転換ってムズいと思うけどマジで頑張れ。極めれば絶対おもろいから。てかもう既におもろいけど。もっとやれるぞ。
暁レミエル
える!いつも趣味の話とか乗っかってきてくれてありがとう!君にならある程度コアな話しても大丈夫なんじゃないかっていう安心感がある。いつかセカライとかも行こうな。あと当パンありがとう!唐突な仲間入りびっくりしたけど助かった、でもキャパだけは気にしなね。チーフは基本自分で管理するしかないんだからね!
今回の役、何となくこれまでとは違ったテイストだったけど結構ハマってて、こういうのも行けるんだってなってる。特に母親の方は、こんな演技出来たんだって、新しいものをみてちょっと嬉しくなってる自分がいる。この調子で演技の幅広げていって欲しいね。
熊吉
熊吉!まずはまじでちゃうかに来てくれてありがとう!最近くまの周りに人が集まってるかと思ったら、大量のボケに囲まれて乗るに乗れずに、ツッコミ切れることも無く苦労人ポジにはいってるところをよく見る気がする。あのね、あんなの災害と同じなんだから。あんま真面目にならずに諦めて身を任せるのもいいと思うよ。とか災害の一部が言ってみたりする。あと、衣装の件はマジでありがとう!君がいなかったら一生靴わかんなかった、おかげで普段履ける靴が2倍にふえたよ。
今回の役、くまにとってちゃうか初の役になるわけだけど、なんか不安げなく乗りこなしてる感じがするよね。さすが経験者と言うべきなのか分からないけど、役がしっかり入ってる気がする、その調子でこれからも頑張ろうな!
張潤玲
マーモット!今回、当パンほんとにありがとう!明らかに分量マモの方が多かったよね、なのにめちゃくちゃ高いクオリティで仕上げてきてまじでびっくりした。マモが頑張ってくれたから俺の心に余裕が出来た感じがしたよ。助かった。
今回の役、正直最初は演じる想像ついてなかったけど、今となってはほんとにマモにしか出来ない役が完成してるよ。稽古中に他の代役やってたりする所も見たけど、みんな言ってるけどほんとに日本語上手よね。まじで尊敬してる。
和來
きなこ!今公演トップレベルでお世話になったよほんとにありがとう!衣装の相談とかはもちろんだけど、役の関係をきっかけに喋ったり関わる機会が増えたし、きなこの方から結構話しかけてくれたりもして嬉しかったしめちゃくちゃありがたかったよ!
今回の役、むずくて2人で苦しんだりもしたけど、今となってはきなこしか出来ない、きなこだからこそ映える今カノが出来上がってると思う。もう残り時間も少ないけど、観客に(とついでにふぃあにも)完璧な今カノを見せつけてやるためにも頑張ろうぜ!
鞠凸二郎
はぜ!いつもサンドバッグありがとう!いやごめん、ほんとにごめん。でもふぃあの所にも書いた通りよ。ふぃあのとこ読んできて。読んできた?そういうことなんだよ。はぜがいないと今の36期はないし、はぜがこのポジションにいなかったら今の36期はないと心から思ってる。ほんとにありがとう。話は変わるけど、36期のなかで「尊敬」で言えば冗談抜きでトップレベルに君だと言えるよ。ほんとに映像については、好みもあるんだろうけど「自慢の同期」と胸を張って言える。それだけの魅力が詰まってる。
今回の役、言わなくてもわかる、ハマり役って感じだね。はぜにしか出来ないよこれは、自信もっていい。なんかね?いろいろ言われてるよ。セリフ覚えろだの読みを止めるなだの。俺も言ってるよ。でもね、心配しなくても唯一無二なんだよ。はぜがはぜらしくおじさんを演じるだけでそこにはそこにしかない空気感が生まれる。もっと胸張ってけ、気に病まんでいい。
東愛莉
あず!いつも当たりを引いてくれてありがとう!ってどういうこっちゃって感じだけど、あずってほんとに周りが見えると思うんだよ。ほんとに。そこでその場にあった行動が出来るというか、「ハズレの行動」をマジでしない人だと思う。あずならではの良さだし、ほんとに尊敬してる。けど、周り見えすぎて時々心読んだような事を言ってくるのはちょっと怖いしそれ以上に恥ずかしいからやめてくれ。秋公仕込み期間中の帰りの日、あの時のあずのセリフ、表情まで含めて覚えてるもん。まぁやめろとは言うけどほんとにすごいと思うよ。マジで。
今回の役、すごいよね。端的に。今の演技と85パーセント同じものが初回稽古の時には出来上がってた気がする。完全にあずのものにしてるよね、あんな大正解の演技、俺もしてみたいわ。演技の勘?がいいのかな、羨ましい限りですわ。
錫蘭リーフ
セイロン!36期屈指のまとも真面目男子!ありがとう!と、思ってた時期が僕には、いやほぼ全員にありました…いやまぁまともなのは今も変わらず間違いないんだけど、真面目なだけじゃない!はっちゃけたりしてるところにもセイロンならではの良さがある!セイロンのそういう側面を、新人公演で見つけれたっていうのは今公演の嬉しいポイントかな。最近は最近で、これまでとは違ったコミュニケーションが取れて毎日面白い、ありがとう。
今回の役、最初当てられた時正直びっくりしたよ、読みの段階であんま演じる想像ついてなかったから。でも今となってはあずに引っ張られてか実力か、はたまた両方か分からないけど、他の36期、特に他の男子じゃ絶対にこのヨルは出来ないし、唯一無二なアサヨルが出来上がってる。演じれる幅広すぎやろって俺の中で話題だよ。日に日に2人が普段から似てきてるのはおもろいけどw
城戸大夢
オーム!音響オペ選んでくれてありがとう!音響スタッフと音響仕込みと音響オペとで音響コンプやな、関わる機会多くて嬉しいよ。俺の計画性が無さすぎて会議日程とか中々にカツカツにしちゃってごめんな。会議がめちゃくちゃスムーズにいったのはオームの協力あってこそだったと思うよ助かった!
大良ルナ
らいら!いつもみんなをまとめてくれてありがとう!舞監っていう難しい役職は、らいらだからこそこなせるのかな、といつも外からみて感じてるよ。実際やってみたら俺から見たイメージとは全然違ってたりするかもだけど。役職から来るものなのか、それ以外の要素もありそうだけど、らいらの言葉って何となく重みが違うのよね。君が釘を指してくれてるからこそ、俺は本番遅刻とかの、取り返しのつかないミスをしていないのかもしれない。けどその責任感からなのか、キャパを抱えすぎるところを時々見る気がする。事前には避けられない事だったのかもだけど、今回早めに頼ってくれて嬉しかった。まぁ結局俺は何もすることはなかったけど。隠すことでもないし言うけどらいらのキャスト結構好きだから、しばらくちゃうかで演じる姿が見れないのはちょっと寂しい。またステージでらいらが見れるのを楽しみにしてるよ。あとキャスパめっちゃ好きだぞ。
海月
スミ!演出お疲れ様andありがとう!ほんとに初めての演出かよって!自称幽霊部員のころに実はやってたんじゃねえのって!そう思ってます。あまりにも手際がよすぎる。演出の仕事じゃねえだろって、それ誰の仕事なんだよってとこまでやってる。演出補佐ってなんだっけって感じ、俺ほぼなんもやってなくない?やっぱりスミの中で舞台演出がはっきりしてるって言うのは座組としてめっちゃいい利点だよね。みんな安心して演技稽古出来てた気がする。それでいてみんなの意見を取り入れる柔軟さ、誰でも意見提案が出来る空気感、何もかもがスムーズにいった公演になったのは他でもないスミのおかげだと思う。でもやっぱり俺はスミの役者も見たいな。Cが恋しいよ。いつかまた舞台上で暴れるのを心待ちにしておくよ。
やっぱりこう見ると、ほとんどの人には書いたけど全員が「これしかない」ってバランスでキャスティングされてるよね。全員が活きた役者になってる。ほんとに素晴らしい脚本だと思うし、この36期じゃないと出来上がらない劇だったと思う。
最後に全員に、ちゃうかに入ってくれてありがとう、36期で、同期でいてくれてありがとう!こんな感じだけど最終回じゃないです。ちゃうかを辞める訳でもないです。辞めれるわけねえだろ、こんなおもれえサークル。これからもよろしくね。
まずい。どこかにツッコミどころを作ってボケようと思ってたのに真面目に最後まで来てしまった。ツッコミどころがない役者紹介なんて、俺の役者紹介じゃない!ツッコミどころ…ハッ!この状況自体がツッコミどころのある寸劇になるのでは!?いやダメだ、こう言ってしまったことで自分でツッコんでしまった…ツッコミどころを作らなきゃ…ツッコミがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
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patsatshit · 1 year ago
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いきなり偉そうなことを書いて各方面から顰蹙を買いそうなんだけど、あえて言う。僕は自分の日記より面白い日記を読んだことがない。これはハッタリでもなんでもなくて、それくらいの気持ちがないと何処の馬の骨とも知れないチャリンコ屋の日記に1,500円や2,000円を出して購入してくれている方々に申し訳が立たない。ただし「自分より」と言うのには注釈が必要。『富士日記』や『ミシェル・レリス日記』みたいな別次元の傑作は対象外として、近年、雨後の筍のように量産されているリトルプレスやZINEを体裁とした日記やエッセイ群を見据えての発言と思って頂きたい。商売としての仕入れはさておき、個人的に興味があったので色々と手を伸ばして読んでみたものの、そのほとんどが「私を褒めて。私を認めて。私に居場所を与えて」というアスカ・ラングレーの咆哮をそのままなぞらえたような内容、若しくは「持たざる者同士でも手を取り合い、心で繋がっていれば大丈夫」的な似非スピリチュアルなマジカル達観思想で構成されているので、正直ゲンナリした。しかもタチの悪いことに、そういうものを書いている人たち、あわよくば商業出版の機を窺っていたりするものだから、出版社や編集者の立場からしたらまさに入れ食い状態。「ビジネス万歳!」という感じでしょう。晴れて書籍化の際には口を揃えて「見つけてくれてありがとう」の大合唱。いやいやいや、ちょっと待って、あんたら結局そこにいきたかっただけやんってなりません?これまでの人生をかけて手にした「生きづらさ」の手綱をそんなにも容易く手放すんかい!と思わずツッコミを入れたくもなる。現世で個人が抱える「生きづらさ」はマジョリティに染まらぬ意思表明と表裏の関係にあった筈なのに、どっこいそうはさせないとばかりにどこからともなく湧いてくる刺客たちの誘惑にそそのかされては、呆気なく自らの意志で握手(悪手)に握手(悪手)を重ねる。ミイラ取りがミイラになるとはまさにこのことだ。以前、僕もある出版社の編集長から「DJ PATSATの日記を当社で出版させてほしい」という誘いを受けたけれど、もちろん丁重にお断りした。僕は自主で作った300冊以上の読者を想定していないし、それより多くの読者に対する責任は負いかねるというような趣旨の言葉を伝えた。そもそもなぜ僕が友人(マノ製作所)の力を借りながらわざわざシルクスクリーンという手間をかけて制作しているのかを理解しようともしない。編集長は口説き文句のひとつとしてECDの『失点・イン・ザ・パーク』を引き合いに出してこられたのだけれど、いま思えばそういう発言自体が安易というか不遜だと思わざるを得ない。結局その方は僕を踏み台にしようとしていただけだったので、負け惜しみでも何でもなく、あのときの誘いに乗らなくて良かったといまも本気でそう思っている。まぁ、これは僕個人の考え方/価値観なので他者に強要するものでもなければ、共感を得たいと思っている訳でもない。逆に彼らも推して知るべしだ。誰もが商業出版に憧憬を抱いている訳ではない。昔から煽���られることが好きじゃないし、賑やかで華やかな場面がはっきりと苦手だ。だからと言って消極的に引きこもっているつもりもなく、寧ろ積極的に小さく留まっていたいだけ。かつては各地の井の中の蛙がきちんと自分の領域、結界を守っていたのに、いつしかみんな大海を目指すようになり、やがて井の中は枯渇してしまった。当然、大海で有象無象に紛れた蛙も行き場をなくして窒息する。そのようなことがもう何年も何年も当たり前のように続いている現状に辟易している。そんな自分が小さな店をやり、作品を自主制作して販売するのは必要最低限の大切な関係を自分のそばから手離さないためである。何度も言うているように自営とは紛れもなく自衛のことであり、率先して井の中の蛙であろうとする気概そのものなのだ。自衛のためには少なからず武器も必要で、言うなれば作品は呪いの籠った呪具みたいなもの。そんな危なっかしいものを自分の意識の埒外にある不特定多数のコロニーに好んで攪拌させたりはしない。多数の読者を求め、物書きとして生計を立てたいのなら、最初から出版賞に応募し続ける。だからこそ積年の呪いを各種出版賞にぶつけ続けた結果、見事に芥川賞を射止めた市川沙央さんは本当に凄いし、めちゃくちゃにパンクな人だと思う。不謹慎な言い方に聞こえるかもしれないが、天与呪縛の逆フィジカルギフテッドというか、とにかく尋常ならざる気迫みたいなものを感じた。なぜ彼女がたびたび批判に晒されるのか理解できない。それに佐川恭一さん、初期の頃からゲスの極みとも言える作風を一切変えることなく、次々と商業誌の誌面を飾ってゆく様は痛快そのもの。タラウマラ発行の季刊ZINEに参加してくれた際もダントツにくだらない短編を寄稿してくれて、僕は膝を飛び越えて股間を強く打った。
佐川恭一による抱腹絶倒の掌編「シコティウスの受難」は『FACETIME vol.2』に掲載。
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ついでにこれまた長くなるが、かつてジル・ドゥルーズが真摯に打ち鳴らした警鐘を引用する。
文学の危機についていうなら、その責任の一端はジャーナリストにあるだろうと思います。当然ながら、ジャーナリストにも本を書いた人がいる。しかし本を書くとき、ジャーナリストも新聞報道とは違う形式を用いていたわけだし、書く以上は文章化になるのがあたりまえでした。ところがその状況が変わった。本の形式を用いるのは当然自分たちの権利だし、この形式に到達するにはなにも特別な労力をはらう必要はない、そんなふうにジャーナリストが思い込むようになったからです。こうして無媒介的に、しかもみずからの身体を押しつけるかたちで、ジャーナリストが文学を征服した。そこから規格型小説の代表的形態が生まれます。たとえば『植民地のオイディプス』とでも題をつけることができるような、女性を物色したり、父親をもとめたりした体験をもとに書かれたレポーターの旅行記。そしてこの状況があらゆる作家の身にはねかえっていき、作家は自分自身と自分の作品について取材するジャーナリストになりさがる。極端な場合には、作家としてのジャーナリストと批評家としてのジャーナリストのあいだですべてが演じられ、本そのものはこの両者をつなぐ橋渡しにすぎず、ほとんど存在する必要がないものになりさがってしまうのです。本は、本以外のところでくりひろげられた活動や体験や意図や目的の報告にすぎなくなる。つまり本自体がただの記録になってしまうわけです。すると、なんらかの仕事をもっているとか、あるいはただたんに家族がある、親族に病人がいる、職場に嫌な上司がいるというだけで、どんな人でも本を産み出せるような気がしてくるし、このケースに該当する当人も、自分は本を産み出せると思い始める。誰もが家庭や職場で小説をかかえている……。文学に手を染める以上、あらゆる人に特別な探究と修練がもとめられるということを忘れているのです。そして文学には、文学でしか実現できない独自の創造的意図がある、そもそも文学が、文学とはおよそ無縁の活動や意図から直接に生まれた残滓を受けとる必要はないということを忘れているのです。こうして本は「副次化」され、マーケティングの様相を帯びてくる。
ジル・ドゥルーズ『記号と事件 1972-1990年の対話』(河出文庫p262-263)
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僕は制作の際にはいつも必ずドゥルーズのこの言葉に立ち返っては何度も確認作業を繰り返し、ようやっとリリースにこぎつける。しかしそもそもが作品化を企んでいる時点で自分まだまだやなぁと思うに至る訳で、なんとも一筋縄ではいかない。そういう意味では滝野次郎という人がインスタグラムに投稿している日記のような文章には、はじめから読まれることを意図しているにもかかわらず、本来ならば読まれることを目的とした日記からは真っ先に削除されるような状況ばかりが羅列されていて、なかなかどうして凄まじい。馴染みの飲食店で見つけたお気に入りの女性店員を執拗に観察したり、断酒を誓った直後に朝から晩まで酒浸りであったり、謎の投資で10分間で40万円を失っていたり、銀行口座と手持ちの金を合わせても1,000円に満たなかったり、それでも「俺は俺を信じる」と闇雲に自身を鼓舞していたり、そうかと思えば急に脈絡もなくひたすらに左手のハンドサインを連投していたりと、しっちゃかめっちゃか。比肩しうるは円盤/黒猫から出版された『創作』くらいか。あらゆる規範から逃れるべくして逃れ得た、いま最もスリリングな読み物であることに間違いはないが、同時に、これは断じて文学ではない……とも言い切れない不気味な何かが海の藻屑のように蠢いている。
(すでに何らかの隠喩ではないかと勘ぐったり……)
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m12gatsu · 1 year ago
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無題
言及すべき事象の多すぎ(る気がし)て、畢竟沈黙してしまう。本気で悲しんだり怒ったりしたい、と思うのは姑息ですか、傲慢ですか。目の届く範囲、手の届く範囲のことしかわからない。
彼女の病院に付き添った。制服の高校生カップルが待合でお互いの指を絡め合い寄り添い座っていた。銀だこの明太チーズを食べた。歯医者に行った。齲歯だと思ったら歯肉炎だった。粘度の濃い血がドバドバ出た。業者を呼んでエアコン掃除してもらった。真っ黒い水がドバドバ出た。熱っぽい気がして測ったら37.1℃だった。
花腐しの映画が良くて、彼女は気持ち悪いといって本当に具合悪くなっていたけれど、俺は美容室で綾野剛の写真を見せて、これにしてくれ、といってあつらえた。後ろ髪の長さが足りないといわれた。伸ばしていく。
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runpenparis · 2 months ago
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るんぺんパリ【RunPenParis】
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自己紹介 2024年11月4日追記 6116文字】 三重県伊賀市(旧名:上野市)出身 伊賀市(旧名:上野市)に 1976年(3歳)から 1996年(23歳)6月まで住んでいた 1976年以前の記憶と出生は不明 津市にある施設にいたと聞いた覚えがある 三重県亀山市に二つか三つ年上のお兄さんいるらしいが あった事は一度もない 30代の頃に一度だけ電話で話をした 父方に引き取られたお兄さんに 母親の事を聞いた 母親は別の人と再婚し離婚して 娘さんと一緒に暮らしているらしい 父親は再婚して自分と同じぐらい娘さんがいるらしい お兄さんはおじいさんの事を尊敬していて 中国語を勉強してるらしい あとは色々と聞いたけど 覚えているのはそれぐらいの内容で もう二度と話す事はないだろうと その時に思ったけど お兄さんの顔がどんな顔なのかは 見てみたい気持ちは少しある
伊賀市でそこそこ有名なのが 伊賀流忍者で忍者屋敷は今も昔も変わらない内容で 営業している それは去年に末っ子を連れていったから確認済 外観はただの古い家だけど 中に入ると意外と見応えはある 観光施設って感じ 伊賀牛は金谷のすき焼きが有名で 森辻が新しい様相なってから焼肉を食べた 個人的には伊藤の牛丼が好きだ 油が多い感じのお肉だから 100gも食べれば満足感がある 上野天神祭の鬼行列も有名かな ひょろつき鬼が子供の頃は本気で怖かった 銀座通りが歩行者天国になり 的屋がならぶ 高校生の頃はリング焼きが100円ぐらいで 何個も買って食べた 今年は10月18・19・20(金土日) 19(土)は久しぶりに一人で一日中お祭りを楽しむ予定だったけど 昼前から雨が降ってきて鬼行列は中止 午前中は親戚を3件回って、おみやげを渡した 午後に実家によって車を駐車して 歩いて上野天神祭へと向かった いつも泊まる「伊賀上野シティホテル」は1泊10000円以上も高い 16800円だった。この日は駐車場も使えなかった 夜の19時から同級生のお店「クワトロNo.4」に初めていった 30年ぶりにちゃんと会ったガキさんは すぐに気がついてくれた 居心地がよかったので閉店の1時までカクテルを8杯ぐらい呑んだかな 意外と安くて8200円だった 次の20(日)は上野天神祭に参加している同級生のオデに会って 鬼行列の準備風景を写真に撮って 上野天神さんの近く紅梅屋でおみやげを結構買って 桔梗屋で上生菓子とお茶を飲んで 静岡へ帰った 松尾芭蕉は俳句で有名で伊賀出身で 小学生の頃はがっつりと俳句を作らされる 俳句はいやいや作らされたので 俳句番組は見ない 俳聖殿の中には過去の優秀な俳句が収められていたかな 普段はこれといって何もないけど 俳聖殿のたたずまいは何か「The Haiku」という感じ 上野城のお堀の高さ日本2位? 一時期は日本1位説もあった 中学生の頃は上野城で体育の授業があったり クロスカントリーレースで走らされたり 高校生のデートも上野城が定番だったのか それらしき男女がイチャついていた 夜のライトアップは不気味なお城に見えた 一応、桜の名所なのかな 高校生の頃に一つ年下の子とつきあっていた頃は よく上野城をさんぽした 帰りはその子の家の近くまで送っていった この子はとても純粋な子で 自分にはもったいない子だった 半年もつきあっていないが 今でも純粋で幸せになっているかなと思い出す事もある もう向こうは忘れているだろうけど 伊賀の街には銀座通りとか丸の内とか 東京で聞くような名称が多く使われている 地元のうわさでは東京が伊賀の真似をして 街を作ったとの話がよく出てくるから 誰か本気でテレビとかで調べてほしい気もする いまだに東京が伊賀のマネをした説を 親戚がまじめな顔でいいだす時があるから 本当に真実が知りたいけど 自分が調べるほどは興味がない 2004年(平成16年)11月1日に 伊賀市に変わってから 上野市駅が忍者市駅になり 近鉄の電車だったのが伊賀鉄道になり 電車がコスプレになった 駅前には銀河鉄道999のメーテルと哲郎の銅像があり 産業会館がハイトピア伊賀になった 産業会館だった時にマルキンのパン屋が近くにあった そこのシナモンパンが子供の頃から大好きで 今はもう手に入らない もう一度、あのシナモンパンが食べてみたい あと小さなパチンコ店「マルト」があった 「フルーツパンチ」という機種で勝った覚えがある あと「麻雀物語」もあったかな 「海物語」という機種が記憶の最終機かな 上野で住んでいた時期に一日で20万近く負けて それからパチンコは完全に辞めた じつはその後もたまにしたが 本当に気晴らし程度で その内にきっぱりとやめた スロットが主流になったら なおさら興味すらなくなった 新天地もなんかおしゃれなサビれかたで 「新天地Otonari」となった 街は高校生の頃の面影は薄くなったけど 何となく残っている上野市街は今でも魅力的だ 新天地には映画館もあった気がする 当時は賑やかな商店街だった 当時からあった「喫茶店フランセ」は今もある 大きな化粧品店は更地になっていた 高校の時の知り合いが「クワトロNo.4」という バーを経営しているが、まだ入った事はない いつか行ってみたい気持ちはある ただダーツバーらしく 常連っぽい人たちのたまり場っぽいイメージで 気楽入れなさそうな雰囲気はある 一度だけ朝方にお店の扉までいったけど バーの扉って感じで雰囲気はあった 最近は実家で一人暮らしのおかんの様子を見に よく帰省するようになったけど 若い頃は年一回も帰省しなかった 最近の伊賀でよく立ち寄るのが 「菓匠 桔梗屋織居」と 「HANAMORI COFFEE STAND」と 「岡森書店白鳳店」で 岡森書店は、Kマーホの名で出版した 「トイレの閃き」が背表紙の色が抜けた状態で 25年以上も本棚に置いてくれている これを見ると初心に戻れて まだまた創作していこうとがんばれる この岡森書店の店長さんは従姉の同級生で 小学校の先輩の同級生でもあり この店長の妹さんは自分と同年代で それにしても伊賀は狭いなと感じる
市部という地区だったと思う 近くに市部駅という無人駅がありその近くの 依那古第一保育所に5歳から6歳の2年間通った おかんは自分の送り向かいのために 自転車を乗る練習して そのおかんが運転する自転車の後ろに乗って 途中の田んぼに二人で落ちて 泥だらけになった おかんは去年の年末まで 81歳でまだ自転車に乗って 小田町の坂を下っていたらしい いまは親戚から危ないからと 召し上げられた 小学校6年卒業までは上野市依那具にある 市営の城ケ丘住宅で過ごした この市営住宅はもう40年以上も その雰囲気を変えずに今でも残っている ここは伊賀市の文化遺産にしていいほどの時間が止まった場所だ いまだに汲み取り式の便所の換気の煙突が立ち並んでいる このカオスな感じは小学生の頃の不便な生活を思い出させる あの生活で暮らしたから今があるのは確かだ 小学校の通学路にある 垂園森でよく遊んだ 現在も存在しているが オバケが出そうな森 この森は当時通っていた依那古小学校の校歌の歌詞にも出て来る イメージ的には幽霊が出そうな森だけど 何か不思議な生き物が住んで居そうな森に見えた きつねも出そうだし おばけも幽霊も心霊も もしかするとタイムスリップして 小学生の頃に戻れそうな気もする森だと変な懐かしさを感じる 近くには無人駅の市部駅とにらめっこしている森 中学校から市街の上野城の 城下町で過ごした 当時はカオスな市営城ケ丘住宅から出れる事が本当にうれしかった 小学校までの友達とも飽きてしまっていたので寂しくはなかった 当時から色々な物にすぐに飽きては新しい物が好きだったので そっちのワクワク感で本当にうれしかった そして築20年以上の中古の一軒家で2階建て 自分の部屋がありトイレは汲み取り式だけど洋式で あこがれの上野の街で住める事もあって本当にうれしかった
そして近くの崇廣中学校に通う事に 中学校の3年間は 転校生という立場と 中一で足の骨折 バスケ部の試合で名張の体育館で遊んでいて 二階から飛び降りたら右足のかかとがにヒビが入った その夏にはバスケ部をクビになり陶芸部に入った 中二で腕の骨折 どちらも遊んでいての骨折2回 中三の高校受験で いい想い出は無い
高校2年生で 小学校の時にサッカーで出会った 旧友とバンドを組んだ RCサクセションのコピーで 「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」 「ベイベー逃げるんだ」「サマーツアー」 「サントワマミー」「いけないルージュマジック」 「いいことばかりはありゃしない」 「どかどかうるさいR&Rバンド」 旧友が作ったオリジナル曲「ガレージの上のR&Rバンド」 一番のモテ期だった気がする ただバンドをやっている自分を見��� 好意を寄せられても違うなと思った バンドをしていない時はただのバイトに明け暮れた 高校生だったから バンドマン目線のそういう女子には興味がなかったから 冷たい感じだったかも 本当にこの時期がこれまでで一番楽しかった。 高校生の頃はたくさん恋をしたが 自分が不器用だったので自分が好きだった人からは つきあえてもすぐにフラれた 人を好きになることに迷走し始めて 最終的に好きになる事はやめて なんとなくという感情で奥手に過ごしていった そのせいか、他校の女子からゲイだとウワサされる事もあった なぜそうなるか不思議だったけど 当時は楽しければなんでもよかった
1993年 一人暮らしを始める やっと自由になった気がした 2年間ぐらいは金が無くて 通帳の残高は毎月マイナス50万 カツカツ生活 家賃と車のローンがきつかった 1996年7月から 2003年7月の 7年間は茨城県と千葉県の県境 利根川の近くに住んでいた この界隈を走るタクシー運転手の 態度は本当にムカつくから こっちも態度悪く乗ると 気分の悪さはお互いさまになる 関東平野は景色が無く ここでの生活は落ち着かなかった 食文化も人も気候も水も 肌に合わなかった 特にうどんの汁が濃いだけのシンプルな味は げんなりさせてもらった ただ寺原駅近くの「ふる川」はよく通った とくにカレーめちゃくちゃ美味かった この「ふる川」は今もやっている 当時はお店の小学生の女の子が手伝っていた 夫婦だけでやっていて 週3回ぐらい夕飯でお世話になった 「さば定食」もよく食べた気がする
1997年から パソコンをミドリ電化で38万で購入して 作詞やネットに興味を持つ まどみちお詩集を読みだす 作詞に近い詩を書き始める 「Kマーホ」という名で 詩を書き始める 目標を300篇と決めて 詩を思いついたら メモをつけるようになる 週末は家に引きこもり 一日中、音楽を聴きながら パソコンがあるのに まだワープロで詩を清書していた
1998年から2002年まで 「Kマーホ」の名で 詩に団体に参加したり 詩の賞に応募したり 詩集を自費出版したり この当時参加していた詩の団体には もうドロドロとした 詩を書く人や あまりにも読み解けない詩や 暴力的な人や いい人もいたけど 自分とは全然目指している方向が 違うので2年目ぐらいで辞めた それからは詩の団体に興味は無くなった それから 自費出版した詩集を 全国の小中学校や 全国の図書館へ寄贈して 活動を休止 理由は2000年に結婚してから 集中して詩を書く時間が無くなってきたから 2002年に2つの詩集を出版して 詩の事は全部段ボール箱へ入れた
2003年から2019年まで 育児に重点を置いて生活をする この時期は友達とも連絡を 切っていたので のちに死亡説や宗教説が出ていたらしい 2003年7月から 現在は静岡県在住 もう20年以上住んでいる
2019年 るんぺんパリ【RunPenParis】の名で 詩を書き始める SNSでの詩の発信を始める るんぺんパリ【RunPenParis】とは フランスはパリの街を ぺんを持って 走るという意味から 【RunPenParis】ができた 1973年8月1日生まれ(もう51歳) しし座 O型 右利き 詩・詩集・ことばをデザイン アート・写真・小説・ペン画 松尾芭蕉の生家がある伊賀市で 十代までを過ごし 俳句が幼少期から 身近に存在していた 二十代から詩を書き始めて 「Kマーホ」名で活動(1999-2002) 詩集6冊を出版して活動休止
その後 松尾芭蕉の俳句のような シンプルな言葉遊びを 詩で出来ないかと考えていた中で 令和元年(2019)に 「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で 活動を再開 SNSに140文字に 言葉をデザインした詩 「140文字詩」を 毎日投稿する活動を始める 2023年9月に140文字詩が 1200作品に到達した事で 「140文字詩」を全国へ さらに世界へと 俳句のように広く知られる 存在になって欲しい ◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧 【2023年】Amazonで販売 2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」 2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」 2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」 2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」 2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」 2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」 2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」 【2022年】Amazonで販売 2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」 2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」 2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」 2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」 2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」 2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」 2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」 【2021年】Amazonで販売 2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」 2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」 2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」 2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」 【2020年】Amazonで販売 2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」 2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」 【2019年】Amazonで販売 2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」 ◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002) 【2002年】 2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」 2002/4/4 第5詩集「コールサック」 【2000年】 2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」 2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」 【1999年】 1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」 1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」 【受賞】 2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞 2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞 1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞 1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
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kennak · 1 day ago
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【前置き】 はてな匿名で書く内容なのかというのはともかく、私が美味しいと思うケーキ屋・パティシエを書き出して、順に並べてみた。私は製菓や料理について専門的な教育を受けたこともないし、生業としてフードライターをやっているわけでもない。仕事柄、堅い文章を書くことにはある程度慣れているけれど、エッセーのような柔らかい文章を書いた経験はほとんどない。 このランキングを作ってみようと思ったのは、怪我をして外を歩く気になれず暇だったからというのが一番の動機だけれど、ランキング作成の過程で「あの時のあのケーキは本当においしかったな」と幸せな思い出を振り返���ことができたし、「自分はこういうケーキを美味しいと思っているのか」という傾向を何となく知ることができて面白かった。 このランキングは、私の個人的な好みに基づいて、偏差値表のような形で作成している(もちろん偏差値そのものは表していない。)。偏差値50を超えるケーキは基本的にどれも文句なく美味しいし、そこまで確固たる優劣があるとは思わない。特に、偏差値60-65のレンジはその日の気分によって順番が変わるだろうと思う。比較的趣向が近い友人に意見を聞いても、結構な食い違いがあったので、本当にその人の好み次第ということなのだと思う。また、日頃からメモを取っているわけでもなく、思い出した順に書きだしただけなので、ランキングに載っていて当然なのに書き落としているものもたくさんあると思う。 そんな感じで免責みたいなものを書き連ねたところで、ランキングをご覧ください。 【美味しいケーキ屋ランキング】 80: Maxime Frédéric (Le Tout-Paris, Maxime Frédéric chez Louis Vuitton) (Paris) 79: Matthieu Carlin (Butterfly Pâtisserie at Hôtel de Crillon) (Paris), François Perret (Ritz Paris Le Comptoir) (Paris) 78: 77: 76: 75: Mori Yoshida (Paris), Cedric Grolet (Paris) 74: 73: [xxxxxxxxxxxx] (京橋) 71: 70: LESS (恵比寿) 69: ASSEMBLAGES KAKIMOTO (京都), pàtisserie Tendresse (京都) 68: 67: 66: FOBS (蔵前), Les Alternatives (東小金井), Pâtisserie K-Vincent (神楽坂) 65: La Pâtisserie Cyril Lignac (Paris), Equal (幡ヶ谷), LE CAFE DU BONBON (代々木八幡) 64: Libertable(赤坂), grains de vanille (京都), Ryoura (用賀), Dining 33 Pâtisserie à la maison (麻布台), おかしやうっちー (北参道) 63: Yann Couvreur Pâtisserie (Paris), La Pâtisserie Ryoco (高輪), Fleurs d’été (代々木上原), Harmonika Kyoto (京都), sweets garden YUJI AJIKI (神奈川), Sweet Rehab (NY) 62: PIERRE HERMÉ PARIS, AU BON VIEUX TEMPS (尾山台), Paris S'éveille (自由が丘), AIGRE DOUCE (目白), CONFECT-CONCEPT (稲荷町), Paris S'éveille (自由が丘), AIGRE DOUCE (目白), 61: équilibre (不動前), Pâtisserie ease (日本橋), 銀座和光 (銀座), Palace Hotel Tokyo (大手町),その他美味しいホテル系, Asterisque (代々木上原), a tes souhaits! (吉祥寺), N'importe quoi (京都) 60: Avranches Guesnay (春日), Taisuke Endo (学芸大学), Préférence (新中野), feuquiage (調布), PÂTISSERIE ASAKO IWAYANAGI (等々力) [...] 55: 千疋屋総本店, Henri Charpentier, その他デパ地下系・工場系 [...] 50: LAWSON, Lady M (NY) [...] 45: Lysee (NY) [...] 40: Whole Foods Market 【いくつか補足】 パリには複数回行ったことがあるが、パリのケーキは本当に美味しく感じた。もちろん遠路はるばる補正・思い出補正もあるのだと思うけれど、単純に値段がとても高いので、惜しむことなく良い材料を使えているのではないかと思う。パティシエの社会的地位が高いらしいので、その結果パティシエが制約なしで好きなようにケーキを作れる、ということもあるのかもしれない。 Maxime Frédéricは有名人だし、本当にどのケーキ(あと、ややテーマ外だけれど、レストランのデザートも)も美味しい。いつかホテルのシグネチャーレストランにも行ってみたい。Matthieu CarlinやFrançois Perretは、少なくとも私のアンテナでは情報がたくさん入ってくる感じではないけれど、複数のケーキで感動した。 Cedric GroletはMaxime Frédéricよりも有名人で、逆張りしてみたくはなるのだけれど、フルーツの使い方が独創的で、まあ確かに美味しい。あの値段であれだけの人を集められるのは、SNS映えだけでは説明できないと思う。 [xxxxxxxxxxxx]は、フルーツに真摯に向き合っていることや高い洋菓子基礎力に裏打ちされていることが素人の私にも伝わってくるような気がする。接客は独特で毎回緊張するけれど、敬意をもって謙虚に臨めば、丁寧に遇してくれるし、嫌な思いをしたことはない。職人ってそういうものなのかな、と思っている。 LESSは、以前はnomaやINUAみたいな雰囲気の実験的なケーキが多くて毎回面白かったのだけれど、最近はそれよりは分かりやすいケーキが多くなった。もちろん、それらもとても美味しい。たまに昔のLESSを食べてみたくなるときもある。 タンドレスは、もともと酒やムースとかのイデミスギノ的なものがあまり得意ではない私でも、これは凄いと感じる何かがある。私では理解が及ばないというか、置いて行かれている感じもする。 FOBSは一般的にはすごく���く評価されている感じはしないものの(ゴーフレットはとても有名)、ここのショートケーキは特に美味しいと思う。卵や牛乳などの素材がシンプルによくまとまっている感じがする。判官贔屓的なものが入っているかもしれないけれど。 Alternativeは夏の焼き菓子イベントのタルト類が全て美味しい。Equalのチーズケーキは瑞々しくてチーズの香りがよく整っていて、これより美味しいチーズケーキはなかなかないと思う。「フランス菓子道」の真ん中・正当を通ってきたかはよく分からないけれど、個人的な好みに合っている。 Ryouraは街のケーキの範疇で、傑出して美味しい。うっちーのシグネチャーのショートケーキの生クリームのミルク感は特徴的。 リョーコは(伝統的という意味ではなく)ちょっと古い感じがするけれど、分かりやすく美味しいと思う。セブンイレブンとのコラボレーションは。。カーヴァンソンやリベルターブルも私の中では同じような枠に入っているのだけれど、こちらの方が個人的な好みに合っている(何でだろう)。 étéをどう位置づけるかは難しかった。テンションの上がる見た目だし確かに美味しいのだけれど、洋菓子としての工夫・洗練を感じるかというと、そういうことを目指して作られたものでもないような気がする。 ピエールエルメのイスパハンは、なんだかんだといってやっぱり名作だと思う。ホテル系のちゃんと作られたケーキは、やや割高な感じはするものの、総じてしっかり美味しい。 easeは個人的な好みにはあまりハマらないけれど、美味しいし評価されていることもわかる。アステリスクやアテスウェイは家族で食べるのにとてもよいと思う。ナンポルトクワのリンゴのタルトは一つの発明だと思う(別途元祖があるのかな)。パリセヴェイユはフランス菓子の正当という感じで間違いなく美味しいのだけれど、個人的に好きなケーキとは少し違う(パンや焼き菓子はすごく好み)。 アメリカでウケているケーキは、個人的にはそこまでヒットしなかった。Sweet Rehabは見た目もきれいですごく高く評価されているけれど、高額すぎる点を措いても、評価に見合うほどではない気がする。 店名が大文字だったり小文字だったり「pàtisserie」が付いたり付かなかったりするのは、適当にgoogle検索した結果をそのまま引き写しているだけなので、正確ではないかもしれない。 こういう番付モノは、それ自体を批評の対象として「それは違う、こっちの方が上だ」等々とケチをつけることに楽しさがあると思う。コメントをいただけたら嬉しい。 【追記1209】 記事を公開した後、思ってもいなかった程たくさんの方に見ていただいて、色々なコメントをいただいた。一つ一つどれもありがたいと思っている。 書き忘れていたお店を何個か思い出したので、適宜ランキングに追加してみた(Asako Iwayanagi, AU BON VIEUX TEMPS, CONFECT-CONCEPT, Dining 33 Pâtisserie à la maison, équilibre, Libertable, sweets garden YUJI AJIKI, Patisserie Porte Bonheur)。また、説明部分にもいくつか加筆をした。加筆するにあたっても、既に順番を書き換えた方がいいのではないかという気がしてくるから、やっぱりその時の気分次第の順に過ぎないんだなと分かった。 「偏差値表のような形」というのが分かりにくいというコメントがあった。イメージしていた偏差値表は、例えばこんな感じのものだった。 https://www.syutoken-mosi.co.jp/application/hensachi/upload/dansi202412.pdf もちろん、今回は母集団が正規分布かもよく分からないし平均や分散を求めて何かしているわけではない。あくまで偏差値「風」ということでご容赦いただきたい。今回は、偏差値50の重責をローソンに担ってもらった。個人的に偏差値(風)60以下かなと思ったものは、角が立つので基本的には取り上げなかった(NYでいくら角が立っても大丈夫。)。 神奈川・千葉・埼玉などの郊外や大阪・神戸のような別の都市圏はあまり開拓できていないので、いつか掘り下げてみたい。 中野のMORI YOSHIDAについては、どう取り上げるか迷った。例えば、パリで食べたババトロピックはミルクが入ったスポイトのようなものが刺さっていて、それを注入して食べるのがとても美味しかった記憶がある。中野の方はそうはなっていなくて、少なくとも何らかの「違い」はあるのだと思う(見た目に明らかに分かるもの以外も多分。)。ただ、だからといって劣るとかいうわけでもないし、でもそうすると今度は、中野のMORI YOSHIDAとLESSに大きな差があるかのようになるけれど、本当にそうなのかというとよく分からない。突き詰めていくと、遠路はるばる補正・思い出補正を数値化することにもつながりそうで、それは楽しい思い出のためにも止めておいた方がよいかなと思い、取り上げないことにしていた。
美味しいケーキ屋ランキング
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ari0921 · 5 months ago
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和六年(2024年)8月7日(水曜日)
   通巻第8359号 
 バングラデシュは暴動から政権転覆。「黒幕はパキスタンと中国」とインド
  インド紙は「イスラム過激派のテロリストが政変を計画していた」と報道
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 8月5日、ハシナ首相はヘリコプターにとりあえずの財宝(スーツケース数個)を積んでパキスタン空軍基地からインドへ脱出した。嘗て「民主主義のイコン」といわれた彼女も15年間、権力の座にいるうちに“腐った”林檎になったのか。
 他方、自宅監禁になっていたジア前首相は自由の身になった。ジアは大統領未亡人で1991年に夫が暗殺されると首相となり五年間、バングラ国政を担った。BNP(バングラ・ナショナル党)党首でもあり、反ハシナ路線を唱え、2014年と2024年の総選挙をBNPはボイコットしてきた。
 学生による暴動で死者は430名以上、負傷者数千。幕切れは呆気なくハシナ逃亡とともに軍が暫定的に権力を掌握し、新政府顧問にムハメド・ユヌス(2006年度ノーベル平和賞、84歳)を迎える。ユヌスは”亡命先“のフランスからダッカへ戻る。
 当面は陸軍司令官のウエイカー・ウズ・ザマンが暫定政府を舵取りし「早い時期に総選挙を実施する」としている。
 
 学生たちの最初の要求は公務員枠の撤廃だった。これは建国の英雄(アブドラ・ラーマン)が主導した独立戦争で犠牲となった遺族の子供達が公務員の枠で優遇され、これが不公平というものだった。ハシナはラーマンのむすめである。なにしろバングラでは1800万人の若者に職がなく、数少ない輸出産業の繊維産業もコロナ禍以後、ZARAなどが工場を縮小したため不況に陥っていた。若い女性の500万人が繊維産業に従事しているが、中国資本の人使いの荒さにも不満が昂じていた。
 暴動は公務員枠の不公平が原因とされるが、これは口実でしかなく(すでに数年前にハシナ政権が撤廃を声明)、実際の狙いは政権転覆にあった。
 中核となったのは「ジャマート・エ・イスラミ」というテロリスト集団だ。現在の指導者は不明。だが、インド情報部によればアフガニスタンで軍事訓練を受けた形跡があるという
「ジャマート・エ・イスラミ」は1975年に結成され、一時期はBNPと連携していたが、ヒンズー撲滅などを唱えて過激化し、非合法とされて地下に潜った。
「ジャマート・エ・イスラミ」の過激学生セクトが「シャハトラ・シビル」と呼ばれ、イスラム同胞団、イスラムジハードならびにハマスと連携している。この「シャハトラ・シビル」が暴動を煽ったプロ活動家である。
▼習近平は「貸したカネを取り戻せるのか」と心配
 インドのメディアは政変の黒幕はパキスタンと中国とした。しかし中国は、むしろハシナ政権との癒着、巨額の汚職が問題であり、政権転覆でメリットはない。
 中国のBRI(一帯一路)は、合計1兆3400億ドルを世界165ヶ国に投じて、合計20000件のプロジェクトを展開している。
 
ハシナ首相が訪中はつい先日、24年7月10日のことである。
北京の人民大会堂でバングラデシュのハシナ首相と会談し、両国関係を「包括的戦略協力パートナーシップ」に格上げしたばかり。中国はバングラデシュに50億ドルを投じ、さらにハシナ政権は追加50億ドルを訪中時に要請した。習近平は、とりあえず10億ドルでどうかと打診していた。
 
またハシナは23年4月に訪日しており、独立以来バングラへの支援は巨額に登る。バングラ進出の日本企業はすでに340社、在留邦人は千名を超えており、安全確保が急務とされている。
 バングラデシュは世界銀行から195億ドルを借りており、年間の利払いだけでも2・5億ドル。日本のバングラデシュ援助は
 バングラデシュのテロ組織は、ほかにJMB(ジャマトゥル・ムジャヒデン・バングラ)がISILの影響下にあって、その分派が2016年に日本人7名を殺害したテロ事件を起こした。他にAAI(アンサール・アル・イスラム)がアルカイーデの流れを組むとされる。
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leomacgivena · 2 years ago
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警察は暴力団に銀行口座を作らせず、社会的に抹殺することで、生業をさせないよう追い込んでいる。暴排条例は暴力団との取引は、いかなる理由があっても違法になる。が、個人の飲食店で、おいしい料理を提供し、常連客がつけば、暴排条例の中でもまっとうな商売はできる。警察とて店を訪れ、「ここはヤクザの店だ」と、客に喧伝したりはしない。銀行口座がなくても現金で買い物をすれば仕入れもできる。
山口組系組長のラーメン店店主が厨房で銃殺 ラーメン屋が暴力団の「シノギ」として人気になった背景|NEWSポストセブン
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utagejp · 1 year ago
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ニッポンの唐揚げは銀座生まれ
昭和7年に東京・銀座の三笠会館が、営業不振の打開策として考案したメニューが若鶏の唐揚げでした。今朝は鶏モモ肉を、おろしニンニク&ショウガ、水、醤油、黒糖でよく揉み込み、米粉を全体に混ぜ、オリーブ油でカラッと揚げて青ユズを搾る〰️😋
美味しく健康に、自然の恵みに感謝して頂きます(合掌)。
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