#日本:牛すじ肉
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十六代九郎右衛門(日本酒/純米吟醸 美山錦)、牛すじ肉の中国醤��を用いた煮込みうどん、サラミ・サラダ。最後の四枚目は翌日の残りもの朝食。カメさん付き。
Picture 1-3: Jyurokudai-Kurouemon(Japanese Sake) & Udon with Beef Sinew Stew Dinner - March 2024
Picture 4: Leftover Breakfast feat. Kame-San, Next Day - March 2024
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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和七年(2025年)1月31日(金曜日)
通巻第8631号
中国各地は春節(旧正月)で賑わうが、その質に変化
豪華ホテルは満員だがお大尽が不在、日本行き旅客機は15分に一本
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香港の空港から日本各地への出発便は15分に一本という頻度。ほとんどの便は満員で今年は山形県へのチャーター便とか冬を経験したい人が多い。大半の香港人は雪を観たことがない。
香港の豪華ホテルは90%の稼働、香港島のマンダリン、ヒルトン、コンラッド、リッツカールトンや九龍半島の旺角のビジネスホテルも満員。ところが中産階級がびっしりと部屋を埋めるものの大富豪はいない。お大尽がいない。
小規模な宴会はあっても贅沢を極める宴会がさっぱりだと『サウスチャイナ・モーニングポスト』(1月30日)が報じている。
世界各地のチャイナタウンは例年恒例の獅子舞パレードがあるが、ことしは蛇舞いも取り入れられた。北京の前夜祭はNHK紅白歌合戦に匹敵する年越し番組だ。ことしはロボットがダンスチ��ムを組んで、あの張藝謀が監督を務めた。
中国経済は大不況突入したが、中産階級が広がりを見せて消費が意外に拡大していることが分かった。これまでGDPにしめる個人消費は35%と推計されてきたが、どうやらGDPの50%が個人消費となり、とくに牛肉など、贅沢品嗜好がめだつという。
金の購買は35%上昇し、宝石の消費は劇的に減った 近年の市場の変化と投資特性に敏感である。
春節直前にディープシークの報道が入ったが、中国メディアは「国家の運命を変える」「ゲームチェンジだ」等と祝賀ムードというより「愛国的」な表現が多い。しかし『フォーチュン500社』のうち69社が中国企業なれど、そのうちの65社が国有企業なのである。
まだまだ民間企業の伸びしろがあっても、規制が強く、金持ちが海外へ脱出する傾向は変わらない。
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奮発して、すげえ高いイタリアンのコースを食ったわけですよ(つっても庶民なので、ひとり一万円はしないくらい)(とはいえ、逆にいうと一万円近くはするわけだ!) まあ美味かったですよね… すべての皿に驚きがあり、それぞれの皿の中に変化があり、なんというか、たとえば俺が6畳の部屋で自炊したヤキソバを5分でかっ食らうような普段の「食事」とは雲泥の差があった マジで、文字どおり泥と雲くらい違った 栄養補給とかじゃなく、あれはひとつの旅、ジャーニー、アドベンチャーだった ○前菜 イチジク・クリームチーズ・生ハムのベルガモット風味オリーブオイルがけ まあそれはうまいですよね フルーツと生ハムを一緒に食うっていうのは、さすがにガキじゃねえから概念としては知ってるわけですが、そうはいってもやはり日常的にはやらないわけだ そういうのをサラリとやってきて、そんですげえうまいんだよ 生ハムもなんつうか、ひと山いくらの軟弱なやつじゃなくて、ハード系の、味に芯があるやつ 生クリームとイチジクの風味が広がる中で、流されずにそこにあり続ける そんでベルガモットというのが一体なんなのか分かってないんだけど、たしかにオリーブオイルには何か華やかな風味がありました つまりうまいということだ ○ホタテとトマトのカルパッチョ 俺はじつは貝類がけっこうダメで、クセなんてほぼないホタテの貝柱すらわりと苦手としてるんだけど、カルパッチョなんていう生っぽい調理法なのに、このホタテは全然クセがなく、うまさだけがあった 食感もこう、なん��抵抗もないって感じで、なんていうのかな、流れるように過ぎていく一皿だったな ○自家製カンパーニュ カンパーニュってなんのことか分かってないんだけど、まあなんかこう、硬めのパン?みたいなことだと思っている そういう、黒っぽい、ハード系のパンがひと切れ、皿に置かれているわけですよ 華やかさは全然ない ナメてんのか?と思いながら食うと、マジでびっくりするくらいうまい パンはパンであり、パン以上のなにか具なんかが入っているわけではないんだけど、もはや料理と言っていいくらい「味」があった ランチパックのタマゴサンドとあのカンパーニュだったら、実際のところマジでカンパーニュのほうが「味が濃い」と言っていいと思う(ランチパックだって悪くはないけどよ!) オリーブオイルとバルサミコ酢?が小皿でついてきて、それにつけて食うこともでき、そうするとまた非常にうまかった バルサミコ酢はブドウっぽさを感じさせる味わいで、少しジャムのようですらあった たぶんコース全体の主食ポジションとして、ほかの料理と合わせてゆっくり食っていく想定で出てきてたんだけど、完全に単体で主役を張れる味だったというか、料理としてしか認識できないほどうまかったため、普通にすぐ全部食ってしまった… ○さつまいものポタージュ 牛乳ベースというか、生クリームベースというか、そういうクリーミーな白く冷たい液体の中に、粗いさつまいものペーストが入っている 塩気も甘味も控えめなんだけど、それがいい 滋味がある…というにはうますぎるんだが、しかし方向性としては滋味があるということになるんだと思う さつまいもがペーストなのがよかった ペーストは底の方にいるんで、最初上の方の汁だけ飲んで、あー!確かにサツマイモだ!と思い、その後本当のサツマイモを発見する そういう流れがありましたね ○自家製サルシッチャ ロンティーユ これまでのメニューがどちらかと言えば「抑えた」食材だったのに対して、これはもう完全にメイン感のあるものだ サルシッチャというのはソーセージのことですからね そんでまあ、メチャクチャにうまい ロンティーユというのはレンズ豆のことみたいで、トマトベースの味付けがされたレンズ豆の煮付けが太いサルシッチャに添えられていて、バルサミコ酢もかかっている 全てを口に入れると、もう爆発的にうまい ここにきて肉の旨みだ それはまあうまいですよ そんで、添えられたみかんマスタードも非常によい 北イタリアあたりにモスタルダっつう、果物のマスタード漬け料理があるらしく、それを意識したものらしい 粒マスタードのプチプチした食感、マスタードの風味、柑橘の爽やかさ これがサルシッチャに加わって最強となった ○牛肉炭火焼き メインのメニューだ これがうまくないわけがない ピンクの断面が目に嬉しいステーキ トリュフ塩・わさび・さっきのモスタルダという、3種類の調味料がそれぞれ皿の上にあって、好きに選んで食える 白アスパラガスが添えてあるんだけど、これがただ焼かれてるだけじゃなくて出汁で煮込んであって、単体でも美味い トリュフ塩で食うと肉の甘みが後味に感じられる いちばん肉を食っている感じがする わさびで食うと、なんというか爽やかだ 俺の表現力ではもはや美味いとしかいえねえ モスタルダもやはり爽やかで、酸味や柑橘の風味が印象的 ワンディッシュとは思えない複雑さであった ○きのことマスカルポーネのパスタ マスカルポーネチーズがひと握りくらい乗っていて、もうその時点で嬉しい ニンニク、というよりガーリックと言った方がいいのかもしれないが、そのガーリックの香りが激しく効いていた キノコも全部ジューシー けっこう満腹感がでてきたところにパスタなんだけど、すぐ食えてしまうし、むしろもっとあってもいいとすら思えた ○ガトーショコラ アイス添え 冷たく、なんというかソリッドな甘さ、というか在り方であり、コースの締めくくりにピッタリだった 渋かった もう一度食いたい 高えコース、うめえですわ 俺はわりと余計な金なんていらねえと思っていたけど、高えメシ・うめえメシをバンバン食えると思うと、金ってやっぱすげえわ でも、高いからうまいってわけでもないとはもちろん思う いい店だからうまいんですよね いい店だった……
高いメシ、うまくてワロタ
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Legends and myths about trees
Celtic beliefs in trees (17)
U for Ura (Heather) - June 21st Summer Solstice
“Flowers of Passion - Summer Solstice in the Celtic Tree Calendar (Ref)”
Star: Mars, Venus; Gemstone: garnet; Gender: female; Patron: Erecura (Aerecura), Venus, Cybele, Isis, Arecurius (or Aericurus); Symbol: passion
In the height of summer, it is hard not to be moved by the lustrous spectacle of heather flowers as they colour the moorlands and hillsides from pale lilac to red.
For the passionate Celts, the heather flower was a harbinger of joy and indulgence. With the fragrant scent of heather carried on the breeze, and the richness of heather honey, the Celts would give off an extra burst of joy when summer arrived with ale made from the heather flower. This legendary ancient brew was an essential drink in the Scottish Highlands and Western Isles, where people drank it from cups made of bull's horns.
The legendary bard and wizard Taliesin, in his ancient Welsh poem, The Battle of the Trees (Cad Goddeu), praises the heather as 'a comforter to a people in distress'. He claims that this legendary drink has the power to restore vitality.
The Picts (a group of people who lived in Britain north of the Forth Clyde isthmus in the early Middle Ages) used to make a very pleasant strong ale from heather. Legend has it that during the massacre of the Picts in the 4th century, the last surviving Pictish man was offered his life if he would teach how to brew heath ale, but he refused stubbornly the offer and threw himself off a cliff to his death.
Fever, carnal pleasures and unbridled pleasure are what Heather symbolises, but there is a deep lesson lurking in the pleasures. That is the 'consequence' that unchecked passion sometimes causes. So the Celts believed that before drinking heather ale, you should be aware of who you really are.
Between self-expression and self-control, Heather teaches, there is joy in living only when you live in balance between the two.
[Image below by Windermere Brewing Co.]
木にまつわる伝説・神話
ケルト人の樹木の信仰 (17)
UはUra (ヒース) - 6月21日・夏至
『情熱の花 〜 ケルトの木の暦(参照)夏至』
星: 火星、金星; 宝石:ガーネット; 性別:女性; 守護星:エレクラ(エーレクラ)、ヴィーナス、キュベレー、イシス、アレクリウス(またはエアキュロス); 象徴:情熱
夏たけなわのこの季節、ヒースの花がムーア地帯や山腹を、淡いライラック色から赤まで染めていく、艶やかな光景に心を動かされない人はいないでしょう。
情熱的なケルト人にとって、ヒースの花は喜びと贅沢の前触れだった。そよ風に乗って運ばれてくるヒースのかぐわしい香り、そして濃厚なヒースの蜂蜜…夏を迎えると、ケルト人は、ヒースの花からつくったエールをあおり、さらに喜びを爆発させた。古代から伝わるこの伝説の醸造酒は、スコットランドのハイランド地方や西部の島々にはなくてはならない飲み物で、人々は牛の角でできた杯で飲んだものであった。
伝説の吟唱詩人で魔法使いのタリエシンは、古代ウエールズの詩『木の戦い (カット・ゴザイ)』の中で、ヒースを「苦難の民を慰めるもの」として称えている。
もともとはピクト人(ヴァイキング以前の中世初期に、フォース・クライド地峡以北のブリテンに住んでいた人々)が、ヒースからとても心地よく強いエールを造っていた。伝説によれば、4世紀にピクト人が虐殺された際、最後に生き残ったピクト人は、ヒース・エールの造り方を教えれば命を与えると持ちかけられたが、頑なに拒否し、崖から身を投げて命を絶ったという。
熱狂や肉欲の愉しみ、そして奔放な快楽こそが象徴であるヒースだが、享楽には深い教えが潜んでいる。それは、無軌道な情熱がときとして引き起こす「結果」だ。だから、ヒース・エールを飲む前に、本当の自分とは何者なのか、よくわきまえておくべきだとケルト人は信じていた。
自己表現と自己抑制、この二つの間で、バランス良く生きてこそ、生きる喜び���あると、ヒースは教えている。
#trees#tree legend#tree myth#celtic belief#celtic calender#summer solstice#heather#flowers of passion#heather ale#picts#legend#folklore#nature#art#mythology
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「スパイス」や「バター」を使った料理は、当時の日本人の口に合わなかったのです。しかし、ある日本の調味料がきっかけで、一転して「肉が大好き」になりました。その魔法の調味料は「味噌」と「醤油」です。普段から馴染みのある調味料を使って、獣肉の臭みを消すことに成功。かくして牛肉にネギ・コンニャク・豆腐などを入れて、味噌・醤油・砂糖で煮込んだ「牛鍋」が誕生、大流行しました。明治8年(1875)、牛鍋屋は東京で100軒を越え、2年後にはなんと558軒と激増。大正時代になると、焼いた牛肉を醤油・みりん・砂糖で煮込み、溶いた生卵につけて食する、関西発祥の「すき焼」が主流になり、現在に至っています。岡田哲氏は「なぜ日本人に肉食が浸透したのか」について、以下のように考察しました。 「肉鍋の調理形態は、獣肉から牛肉へ、そして、味噌から醤油と砂糖へ移行していく。換言すれば、米飯に合うおかずとして発展しはじめる。しかし、欧米の肉料理に共通する、香辛料(スパイス)の使用はまったく見られない。つまり牛鍋は、日本人の食卓を欧風化したのではない。洋風素材の牛肉を、和風鍋に取りこんだ」 『とんかつの誕生~明治洋食事始め/岡田哲著』から抜粋 日本人は、西洋料理をそのまま受け入れることはせず、自分たちの主食である「御飯」に合うように日本風にアレンジしていったわけです。小菅桂子氏も著作で「カレー」にまつわる面白いエピソードを紹介しています。 「かつてインド料理店のインド人のコックが『ボンカレー』を食べて、「これはなかなかおいしい日本料理だ。なんていう料理か教えてくれ」と真顔で訊いたという嘘のような本当の話も伝わっている」 『にっぽん洋食物語大全/小菅桂子著』から抜粋
ナガジン!|特集:発見!長崎の歩き方 「西洋は長崎から~「洋食」」
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「頭」「羽」など「動物の数え方は死んだ後に残る(食べ残す)部位で決まる」というのは、単なる最近の俗説と見ておきます。牛や豚の頭肉は、今と同じく古代中国でも食べていたでしょう。ちなみに、日本で「頭」が一般化したのは明治時代、英語headの翻訳によってでした(昔もあることはあった)。
Xユーザーの飯間浩明さん
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2024年12月17日(火)
朝一で下京区役所に用事があったので、バス停へとやって来た。すると、交差点にもバス停にも<全国高校駅伝>の告知があるではないか。���都の冬の風物詩としてすっかり定着しているのだが、ここしばらくの私の生活はそんなことに気づく余裕がなくなっていたらしい。いかんなぁ、どんなときでも周りが見えなくなっているのは危険だ。気持ちをリセットし、余裕を持って残り2週間を乗り切ろう。
5時30分起床。
ツレアイもすぐに起きたので、早速洗濯開始。
朝食を頂く。
洗濯物を干す。
珈琲を入れる。
可燃ゴミ、今日は多い、30L*1&45L*4。
ヤクルトさんから、野菜ジュースを購入する。
彼女は午前中に訪問1件、9時30分出勤とのことで、先に私が下京区役所へ出向く。使わなくなったテプラを処分するためだ。
帰路のバスで西大路花屋町、セントラルスクエアだココの療養食を購入する。
南側のセブンイレブンで、2/15(土)の天満天神繁昌亭汗席のチケット発行、加えて大型ゴミチケットを1枚(400円)購入する。
コレモ七条店、豚肉の特売でブロック2パックを購入する。
帰宅して、豚肉を塩豚に仕込む。
タマネギ鯖を仕込む。
<浅井牛乳>に電話、12/20(金)の配達を最後にしてあとは止めるように依頼する。
彼女が仕事から帰宅する。
ランチ、息子たちにはサッポロ一番味噌ラーメン、私たちは残りもののカレー仕立て。
録画番組視聴、日本の話芸から
桂文之助 落語「軒付け」
初回放送日:2024年12月15日 桂文之助さんの落語「軒付け」をお送りします(令和6年11月7日(木)NHK大阪ホールで収録)【あらすじ】最近「浄瑠璃」に凝りはじめたという男が、知り合いの家へ遊びに行った。どれくらい腕を上げたのかと聞かれた男は、浄瑠璃の会に出たが緊張でしくじったと話す。すると、修業としてよその家の軒下に立って浄瑠璃を語る「軒付け」に連れていってもらえ、と勧められた。さっそく軒付けの仲間に入ることになったのだが…。
刑事コロンボから、
第64話「死を呼ぶジグソー」/ Undercoverシーズン 1, エピソード 64 ある夜、アパートに忍び込んだ男と��人が相打ちで死に、侵入��から住人の男が持っていたと思われる写真の一片が発見された。次の日、コロンボの元を保険調査員のアーヴィングが訪れ、同様の一片を見せると、その謂われを語った。
私は午睡。
彼女は買物、その後歯医者へ。
夕飯準備、鶏ムネ肉に塩と大蒜を塗って寝かす。
彼女が帰宅、早速三男とココに点滴。
オーブンを使わないローストチキンの試作品・炊き合わせ・レタスとトマトのサラダ・リンゴ・スパークリングワイン。
録画番組視聴、
秋・豊肥本線、南阿蘇鉄道を呑む!
初回放送日:2024年12月12日 俳優・六角精児が「酒」と「鉄道」という偏った視点で旅する▽秋の九州、JR豊肥本線と南阿蘇鉄道の旅▽大分から熊本にかけて、名水が生み出す美酒との出会い▽語り・壇蜜 ▽自分で作った米で昔ながらの日本酒造り▽圧巻、幅120mの滝!▽熊本名物「あか牛」に舌鼓▽バスで阿蘇山中岳の火口へ。見えたものは…▽城下町・竹田市の居酒屋で元洋食の料理人が作る絶品料理▽麦焼酎をあえて米こうじで造る理由とは?▽高低差188mを克服する豊肥本線のスイッチバックを堪能▽熊本地震被害から7年ぶりに全線開通した南阿蘇鉄道で阿蘇カルデラ���部の絶景旅▽震災に負けない熊本最古の酒蔵の自慢の日本酒
刑事コロンボから
第65話「奇妙な助っ人」/ Strange Bedfellowsシーズン 1, エピソード 65 サラブレッドの牧場を経営するグラハムは借金の返済に困る弟テディに頼まれ、レースの八百長を約束する。貸主でマフェィアとも関係があると噂されるブルーノに儲けさせ、借金を帳消しにする計画だった。しかし、彼は薬を使い、勝つべき馬を負けさせてしまう。
片付け、入浴、体重は1,250g増。
ハーパーのハイボール舐めながら、日誌書く。
やはり1万歩超えると気持ちが良い。
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るんぺんパリ【RunPenParis】
自己紹介 2024年11月4日追記 6116文字】 三重県伊賀市(旧名:上野市)出身 伊賀市(旧名:上野市)に 1976年(3歳)から 1996年(23歳)6月まで住んでいた 1976年以前の記憶と出生は不明 津市にある施設にいたと聞いた覚えがある 三重県亀山市に二つか三つ年上のお兄さんいるらしいが あった事は一度もない 30代の頃に一度だけ電話で話をした 父方に引き取られたお兄さんに 母親の事を聞いた 母親は別の人と再婚し離婚して 娘さんと一緒に暮らしているらしい 父親は再婚して自分と同じぐらい娘さんがいるらしい お兄さんはおじいさんの事を尊敬していて 中国語を勉強してるらしい あとは色々と聞いたけど 覚えているのはそれぐらいの内容で もう二度と話す事はないだろうと その時に思ったけど お兄さんの顔がどんな顔なのかは 見てみたい気持ちは少しある
伊賀市でそこそこ有名なのが 伊賀流忍者で忍者屋敷は今も昔も変わらない内容で 営業している それは去年に末っ子を連れていったから確認済 外観はただの古い家だけど 中に入ると意外と見応えはある 観光施設って感じ 伊賀牛は金谷のすき焼きが有名で 森辻が新しい様相なってから焼肉を食べた 個人的には伊藤の牛丼が好きだ 油が多い感じのお肉だから 100gも食べれば満足感がある 上野天神祭の鬼行列も有名かな ひょろつき鬼が子供の頃は本気で怖かった 銀座通りが歩行者天国になり 的屋がならぶ 高校生の頃はリング焼きが100円ぐらいで 何個も買って食べた 今年は10月18・19・20(金土日) 19(土)は久しぶりに一人で一日中お祭りを楽しむ予定だったけど 昼前から雨が降ってきて鬼行列は中止 午前中は親戚を3件回って、おみやげを渡した 午後に実家によって車を駐車して 歩いて上野天神祭へと向かった いつも泊まる「伊賀上野シティホテル」は1泊10000円以上も高い 16800円だった。この日は駐車場も使えなかった 夜の19時から同級生のお店「クワトロNo.4」に初めていった 30年ぶりにちゃんと会ったガキさんは すぐに気がついてくれた 居心地がよかったので閉店の1時までカクテルを8杯ぐらい呑んだかな 意外と安くて8200円だった 次の20(日)は上野天神祭に参加している同級生のオデに会って 鬼行列の準備風景を写真に撮って 上野天神さんの近く紅梅屋でおみやげを結構買って 桔梗屋で上生菓子とお茶を飲んで 静岡へ帰った 松尾芭蕉は俳句で有名で伊賀出身で 小学生の頃はがっつりと俳句を作らされる 俳句はいやいや作らされたので 俳句番組は見ない 俳聖殿の中には過去の優秀な俳句が収められていたかな 普段はこれといって何もないけど 俳聖殿のたたずまいは何か「The Haiku」という感じ 上野城のお堀の高さ日本2位? 一時期は日本1位説もあった 中学生の頃は上野城で体育の授業があったり クロスカントリーレースで走らされたり 高校生のデートも上野城が定番だったのか それらしき男女がイチャついていた 夜のライトアップは不気味なお城に見えた 一応、桜の名所なのかな 高校生の頃に一つ年下の子とつきあっていた頃は よく上野城をさんぽした 帰りはその子の家の近くまで送っていった この子はとても純粋な子で 自分にはもったいない子だった 半年もつきあっていないが 今でも純粋で幸せになっているかなと思い出す事もある もう向こうは忘れているだろうけど 伊賀の街には銀座通りとか丸の内とか 東京で聞くような名称が多く使われている 地元のうわさでは東京が伊賀の真似をして 街を作ったとの話がよく出てくるから 誰か本気でテレビとかで調べてほしい気もする いまだに東京が伊賀のマネをした説を 親戚がまじめな顔でいいだす時があるから 本当に真実が知りたいけど 自分が調べるほどは興味がない 2004年(平成16年)11月1日に 伊賀市に変わってから 上野市駅が忍者市駅になり 近鉄の電車だったのが伊賀鉄道になり 電車がコスプレになった 駅前には銀河鉄道999のメーテルと哲郎の銅像があり 産業会館がハイトピア伊賀になった 産業会館だった時にマルキンのパン屋が近くにあった そこのシナモンパンが子供の頃から大好きで 今はもう手に入らない もう一度、あのシナモンパンが食べてみたい あと小さなパチンコ店「マルト」があった 「フルーツパンチ」という機種で勝った覚えがある あと「麻雀物語」もあったかな 「海物語」という機種が記憶の最終機かな 上野で住んでいた時期に一日で20万近く負けて それからパチンコは完全に辞めた じつはその後もたまにしたが 本当に気晴らし程度で その内にきっぱりとやめた スロットが主流になったら なおさら興味すらなくなった 新天地もなんかおしゃれなサビれかたで 「新天地Otonari」となった 街は高校生の頃の面影は薄くなったけど 何となく残っている上野市街は今でも魅力的だ 新天地には映画館もあった気がする 当時は賑やかな商店街だった 当時からあった「喫茶店フランセ」は今もある 大きな化粧品店は更地になっていた 高校の時の知り合いが「クワトロNo.4」という バーを経営しているが、まだ入った事はない いつか行ってみたい気持ちはある ただダーツバーらしく 常連っぽい人たちのたまり場っぽいイメージで 気楽入れなさそうな雰囲気はある 一度だけ朝方にお店の扉までいったけど バーの扉って感じで雰囲気はあった 最近は実家で一人暮らしのおかんの様子を見に よく帰省するようになったけど 若い頃は年一回も帰省しなかった 最近の伊賀でよく立ち寄るのが 「菓匠 桔梗屋織居」と 「HANAMORI COFFEE STAND」と 「岡森書店白鳳店」で 岡森書店は、Kマーホの名で出版した 「トイレの閃き」が背表紙の色が抜けた状態で 25年以上も本棚に置いてくれている これを見ると初心に戻れて まだまた創作していこうとがんばれる この岡森書店の店長さんは従姉の同級生で 小学校の先輩の同級生でもあり この店長の妹さんは自分と同年代で それにしても伊賀は狭いなと感じる
市部という地区だったと思う 近くに市部駅という無人駅がありその近くの 依那古第一保育所に5歳から6歳の2年間通った おかんは自分の送り向かいのために 自転車を乗る練習して そのおかんが運転する自転車の後ろに乗って 途中の田んぼに二人で落ちて 泥だらけになった おかんは去年の年末まで 81歳でまだ自転車に乗って 小田町の坂を下っていたらしい いまは親戚から危ないからと 召し上げられた 小学校6年卒業までは上野市依那具にある 市営の城ケ丘住宅で過ごした この市営住宅はもう40年以上も その雰囲気を変えずに今でも残っている ここは伊賀市の文化遺産にしていいほどの時間が止まった場所だ いまだに汲み取り式の便所の換気の煙突が立ち並んでいる このカオスな感じは小学生の頃の不便な生活を思い出させる あの生活で暮らしたから今があるのは確かだ 小学校の通学路にある 垂園森でよく遊んだ 現在も存在しているが オバケが出そうな森 この森は当時通っていた依那古小学校の校歌の歌詞にも出て来る イメージ的には幽霊が出そうな森だけど 何か不思議な生き物が住んで居そうな森に見えた きつねも出そうだし おばけも幽霊も心霊も もしかするとタイムスリップして 小学生の頃に戻れそうな気もする森だと変な懐かしさを感じる 近くには無人駅の市部駅とにらめっこしている森 中学校から市街の上野城の 城下町で過ごした 当時はカオスな市営城ケ丘住宅から出れる事が本当にうれしかった 小学校までの友達とも飽きてしまっていたので寂しくはなかった 当時から色々な物にすぐに飽きては新しい物が好きだったので そっちのワクワク感で本当にうれしかった そして築20年以上の中古の一軒家で2階建て 自分の部屋がありトイレは汲み取り式だけど洋式で あこがれの上野の街で住める事もあって本当にうれしかった
そして近くの崇廣中学校に通う事に 中学校の3年間は 転校生という立場と 中一で足の骨折 バスケ部の試合で名張の体育館で遊んでいて 二階から飛び降りたら右足のかかとがにヒビが入った その夏にはバスケ部をクビになり陶芸部に入った 中二で腕の骨折 どちらも遊んでいての骨折2回 中三の高校受験で いい想い出は無い
高校2年生で 小学校の時にサッカーで出会った 旧友とバンドを組んだ RCサクセションのコピーで 「雨上がりの夜空に」「トランジスタラジオ」 「ベイベー逃げるんだ」「サマーツアー」 「サントワマミー」「いけないルージュマジック」 「いいことばかりはありゃしない」 「どかどかうるさいR&Rバンド」 旧友が作ったオリジナル曲「ガレージの上のR&Rバンド」 一番のモテ期だった気がする ただバンドをやっている自分を見て 好意を寄せられても違うなと思った バンドをしていない時はただのバイトに明け暮れた 高校生だったから バンドマン目線のそういう女子には興味がなかったから 冷たい感じだったかも 本当にこの時期がこれまでで一番楽しかった。 高校生の頃はたくさん恋をしたが 自分が不器用だったので自分が好きだった人からは つきあえてもすぐにフラれた 人を好きになることに迷走し始めて 最終的に好きになる事はやめて なんとなくという感情で奥手に過ごしていった そのせいか、他校の女子からゲイだとウワサされる事もあった なぜそうなるか不思議だったけど 当時は楽しければなんでもよかった
1993年 一人暮らしを始める やっと自由になった気がした 2年間ぐらいは金が無くて 通帳の残高は毎月マイナス50万 カツカツ生活 家賃と車のローンがきつかった 1996年7月から 2003年7月の 7年間は茨城県と千葉県の県境 利根川の近くに住んでいた この界隈を走るタクシー運転手の 態度は本当にムカつくから こっちも態度悪く乗ると 気分の悪さはお互いさまになる 関東平野は景色が無く ここでの生活は落ち着かなかった 食文化���人も気候も水も 肌に合わなかった 特にうどんの汁が濃いだけのシンプルな味は げんなりさせてもらった ただ寺原駅近くの「ふる川」はよく通った とくにカレーめちゃくちゃ美味かった この「ふる川」は今もやっている 当時はお店の小学生の女の子が手伝っていた 夫婦だけでやっていて 週3回ぐらい夕飯でお世話になった 「さば定食」もよく食べた気がする
1997年から パソコンをミドリ電化で38万で購入して 作詞やネットに興味を持つ まどみちお詩集を読みだす 作詞に近い詩を書き始める 「Kマーホ」という名で 詩を書き始める 目標を300篇と決めて 詩を思いついたら メモをつけるようになる 週末は家に引きこもり 一日中、音楽を聴きながら パソコンがあるのに まだワープロで詩を清書していた
1998年から2002年まで 「Kマーホ」の名で 詩に団体に参加したり 詩の賞に応募したり 詩集を自費出版したり この当時参加していた詩の団体には もうドロドロとした 詩を書く人や あまりにも読み解けない詩や 暴力的な人や いい人もいたけど 自分とは全然目指している方向が 違うので2年目ぐらいで辞めた それからは詩の団体に興味は無くなった それから 自費出版した詩集を 全国の小中学校や 全国の図書館へ寄贈して 活動を休止 理由は2000年に結婚してから 集中して詩を書く時間が無くなってきたから 2002年に2つの詩集を出版して 詩の事は全部段ボール箱へ入れた
2003年から2019年まで 育児に重点を置いて生活をする この時期は友達とも連絡を 切っていたので のちに死亡説や宗教説が出ていたらしい 2003年7月から 現在は静岡県在住 もう20年以上住んでいる
2019年 るんぺんパリ【RunPenParis】の名で 詩を書き始める SNSでの詩の発信を始める るんぺんパリ【RunPenParis】とは フランスはパリの街を ぺんを持って 走るという意味から 【RunPenParis】ができた 1973年8月1日生まれ(もう51歳) しし座 O型 右利き 詩・詩集・ことばをデザイン アート・写真・小説・ペン画 松尾芭蕉の生家がある伊賀市で 十代までを過ごし 俳句が幼少期から 身近に存在していた 二十代から詩を書き始めて 「Kマーホ」名で活動(1999-2002) 詩集6冊を出版して活動休止
その後 松尾芭蕉の俳句のような シンプルな言葉遊びを 詩で出来ないかと考えていた中で 令和元年(2019)に 「るんぺんパリ【RunPenParis】」の名で 活動を再開 SNSに140文字に 言葉をデザインした詩 「140文字詩」を 毎日投稿する活動を始める 2023年9月に140文字詩が 1200作品に到達した事で 「140文字詩」を全国へ さらに世界へと 俳句のように広く知られる 存在になって欲しい ◆るんぺんパリ【RunPenParis】作品一覧 【2023年】Amazonで販売 2023/12/27第2フォト集「ほちきす それでは あかんで」 2023/12/2 第1フォト集「とめても ええか ほちきすで」 2023/11/23 第16詩集「もあいの ねごとを よみとる」 2023/9/16 第15詩集「さんもじ もしくは よんもじ」 2023/9/9 第14詩集「のこりの あぶらは わるもの」 2023/9/2 第13詩集「あそびも しごとも たいふう」 2023/8/26 第12詩集「かいてきな しつどに おぼれる」 【2022年】Amazonで販売 2022/12/6 第11詩集「やくそくは よなかの おひるに」 2022/11/3 第10詩集「みさんがの ともだちの たまんご」 2022/10/7 第9詩集「くうきと さんその かつさんど」 2022/9/3 第8詩集「さついを こめた いもけんぴ」 2022/8/7 アート作品集「やさいに つめる にくえらび」 2022/2/14 アート作品集「よなかに ひかる かみぶくろ」 2022/1/1 第7詩集「みかんの むくちな きもち」 【2021年】Amazonで販売 2021/9/8 第6詩集「そんな ことばは さよなら」 2021/8/3 第5詩集「あさに おくれた なんて」 2021/6/5 第4詩集「すいかの たねの ちょうこく」 2021/5/31 第3詩集「たんぽぽの たまご ひとつで」 【2020年】Amazonで販売 2020/7/27 第2詩集「こよい こよりの そらから」 2020/3/2 詩小説「すきから あいへ おやすみ」 【2019年】Amazonで販売 2019/7/21 第1 詩集「ところで あした あいてる」 ◆Kマーホ 作品一覧(1999-2002) 【2002年】 2002/4/30 第6詩集「眠立体(ねむりったい)」 2002/4/4 第5詩集「コールサック」 【2000年】 2000/7/31 第4詩集「マガサス星人」 2000/1/31 第3詩集「おしりとサドルが あいますか」 【1999年】 1999/8/1 第2詩集「テレビジョン」 1999/5/1 第1詩集「トイレの閃き(ひらめき)」 【受賞】 2001年 詩「眠立体(ねむりったい)」第6回トワイライト文学賞 2000年 詩「永遠の親友」信越郵政局長賞 1999年 詩「トイレの閃き(ひらめき)」第1回万有賞 1998年 作詞「地球のウラハラ」第31回日本作詞大賞新人賞候補ノミネート
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20240214
恋人が中野に住み始めたので仕事終わりに向かう。ずっと好きな街だったので気軽に行けるのが嬉しい。スーツケースを持って行ったので、徐々に変わっていく街並みを車窓越しに見ながら上京する田舎っぺの気持ちになった。ラストオーダー10分前の秋吉で焼き鳥と串カツを食べた。秋吉はいつも串カツを頼んでしまう。
20240215
仕事を早めに切り上げて成田空港へ。4年ぶりの海外、3回目のタイへ向かう。コロナが流行る寸前に滑り込みでシンガポールから帰国し、その間にパスポートも切れ、ずっと時間が止まっていた。はじめての赤色のパスポートなので、自動認証ゲートを抜けたあとにわざわざスタンプを押してもらった。搭乗前に吉野家の牛丼を食べた。
20240216
早朝2:30にバンコクへ到着。受託手荷物とSIMカードをゲットし、Grabでタクシーを捕まえてホテルへ向かう。Grabだから大丈夫しょ、と思って現金を持たずに飛び乗ったら、クレカ情報の登録を忘れていて、無銭でタクシーに乗り込む日本人2人になってしまってめちゃくちゃ焦った。運転手は英語もままならず、Google翻訳を使ってなんとかATMで現金を下ろす。ホテルについた頃にはもう朝で、近くの屋台でご飯の上にオムレツが載ったものを買って食べた。おばあちゃんがWokでつくる美味しいオムレツ、40バーツ、約160円。
仮眠をとってからバンコクの渋谷ことサイアムに行き、お昼ご飯にプーポッパンカレーをはじめて食べた。高かったけれどそれに見合う美味しさだった。フットマッサージを30分受けて、アンパワー水上マーケットやメークローン市場へ。ガイドなしのツアーに申し込んだが、自分たち以外中国の方で、マーケットに着いても中国人ばかりでアウェイな気持ちになった(元々ホームではないけど)バンコク3回目だけれど、どちらも初めて行く場所で新鮮だった。生まれて初めてホタルを肉眼で見た。再びサイアムで解散しマンゴースムージーを飲みに行くと、そこは日本人だらけだった。みんなここにいるんだね、と話しながらホテルに帰る。この日はパッタイ1回とガパオライスを2回も食べたけれど、結局おばあちゃんがつくる40バーツの朝ごはんが一番忘れられなかった。
東南アジアのこの空気感がやっぱり好きです
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トマス・M・ディッシュ「SFの気恥ずかしさ」
神を信じないあなたが贈るSFへの信仰告白
昨年国書刊行会から出たSF評論集。ディッシュのSF短編集「アジアの岸辺」をむかし読んで、すごく露悪的だし悪意に満ちてるけれど、どこかさわやかなところが印象に残っていたので買って積んでた。
同業他者の本をこう評す文章が楽しめる人は楽しめるとおもう。わりと楽しかったです。
この本は小説ではなくて治療的読書の英語で書かれた空想である。それが私にはうまく働かない。
ディズニーランドに行った疑り深い人間のように、私はつい本物でない細部に目が向かう。つまり椰子の木のコンクリートの幹だとか、すりきれた人工芝だとか、人造ライオンの生気のないうなり声だとか。しばらくすると旅行者ばかりが気にかかる。つまり、どこのどいつがこんなに手順通りのにせものを楽しめるのだろうか、楽しめるのだとしたら、本物でないから楽しいのだろうか、それとも、とても信じられないが、あえて虚構性に目をつぶっているのだろうか、と。
「SFの気恥ずかしさ」
実験・思弁小説としてではなく、いわゆる大衆小説としてのSF批判なんだと思う。現代日本に置き換えると需要層に向けてもっとピーキーになった「なろう小説」批判に近いように思える。
ただ、ここで批判される子供っぽい欲望や恨みという感情、さらにそれに対する複雑で変わりゆく眼差し自体を消費させながらすごい速度で大量の情報と欲望を集めて、メディアミックスを駆使しテキストをお金集約装置へと変えていくあまりにもファストなシステムを横目で見てると、本編は大衆小説批判としては少し古びてしまった印象
それとはまったく別にSFへの信仰告白としては100点
いまいったようなことは、どれも重要ではないと。そして、結局のところ、こういう調子で締めくくって、どこがいけないのでしょうか?たとえ完全な真実ではなくても、それは良い本をかこうとするものの信仰の祈りでなければならない。わたしはそれを信じます。みなさんもそれを信じるべきなのです。
「アイデア」「壮大なアイデアと行き止まりのスリル」
古今東西のさまざま文学と結びつけ、するどい言葉でさくさく刻んでいくのが読み物として楽しい。個別の作品がわからないので適切な批評かはよくわからない。ポーへの批判がすごい。ディックは高評価。
ポーは昔読んだきりだけど、これ聞いてなるほどと思うとともに、奇想と雰囲気いいのでポーっぽい一人称ホラー短編ゲームは楽しそうと思った。
「ポーのあきれた人生」「テーブルいっぱいのトゥインキー」
ポーとかブラッドベリとかに半分自己嫌悪に近い形で悪口言ってるときのが筆が乗ってていきいきしていて魅力的。以下、ブラッドベリの悪口から引用。
たくさんの大人たちにとってこうした短編は早すぎる埋葬をこうむった十一歳の自分に戻る戸口となり、子供たちは(ずっと昔、私がそうだったように)まるで本物であるかのようにこの魅力にとびつくのだろう。―ホステスのトゥインキーやキャンディー・コーンやストロベリーのクール・エイドが、どれもギラギラと火星のように赤色二号の怪しい光を放って並ぶビュッフェであるかのように。
「レイバーデイグループ」「聖ブラッドベリ祭」
二流作品(ディッシュ評)お焚き上げの会。文章も性格もわるくていいですね。
「ヴィレッジ・エイリアン」「最初の茶番」
ベストセラーとなったUFO連れ去り事件ノンフィクションor小説?についてのフィクション込みの論考。往年の高橋源一郎の文学探偵みたいで、嫌味と紙一重のもってまわった技巧含めて楽しかった。 ディッシュ、すごくSFを愛してるからこそSFづらして出てくるいい加減な作品のこと許せないんだろうな。
「『未知との遭遇』との遭遇」
スピルバーグの未知との遭遇の解題。宇宙戦争とかもそうだけど、結構宗教的だなあと思うスピルバーグをよく説明してくれている。最後の皮肉っぽさ、ディッシュだなという感じ。
それが本当に映画のサブテクストだとしたら、どうしてこんなにヒットしたのだろう。(中略)観客が映画の教訓に感銘を受けたからではなく、迫力ある映像、金色の仔牛としての神という、印象的な神の実像を描いてみせたからだ。我々は神の顔を見たいと渇望しても、神のために狂人になる覚悟はない。大勢の宗教者が狂気は神にいたる道だとくり返し説いてきたが、凡人にできることではない。しかし、それを映画のシミュレーションで見るなら楽しめるし、しかもその映像がSFのお約束のイメージで無菌化されていれば、なおさら考える必要はない。SFはその定義からして、重要なことを決して意味しないのだから。
「SF ゲットーへの案内」
欧米SFをくさすレムに、もっとちゃんと現代欧米SFを読んでくれ!という訴え
ディッシュは無神論者だったらしいけど、全体的にSF信仰を強く感じる。SFの価値を信じてて、SFかくあるべしというのが強固にあるからこそ、各作品をきちんと読んだうえで駄作という批判も傑作という賛辞も強く示していくそういう文章はきらいじゃない。
ディッシュの破綻してしまった人生最後の支離滅裂な小説「The Word of God」が、SFへの殉教だったのかなとSFロマンチストとしては考えてしまうところ。参照Wiki
ところで、マンハッタンについてのインタラクティブテキストであるところの「アムネジア」というテキストADVゲームの脚本書いていたのははじめて知った。
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紫蘇肉味噌をのせた冷やしうどん。
Cold Udon with Meat Miso(Minced Pork & Home-Grown Shiso Vegetable) - May 19, 2024.
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P3 Club Book Shinjiro Aragaki short story scan and transcription.
料理天国、食べたら地獄
······ったく、 何で俺がこんなこと······」
「す、すいません荒垣先輩······っくしゅん!う~げほげほっ」
「ゆ、ゆかりちゃん、大丈夫?」
ここは、寮のゆかりの私室。ピンクのパジャマにカーディガンを羽織り、つらそうに咳き込むゆかりの背を、優しく風花がさすっている。体調不良を押してタルタロスに出撃し、ゆかりはすっかり風邪をこじらせていた。そんなゆかりのベッドの横には、同じく心配そうにたたずむ美鶴と、やや所在なげに立つ荒垣の姿があった。そして荒垣の手には、彼が言った “こんなこと” の成果である、温かそうな料理がトレイに乗って湯気を立てていた。どうやら、ゆかりを心配する美鶴に頼まれ、病人食の定番となる粥を作っきてくれたらしい。
「荒垣先輩って、優しいですよね」
「んな······っ!?ま、まあ、ただの気まぐれだ。気にすんな。さっさと食っちまえ」
風花の素直な言葉に、荒垣はそれだけ言ってぶっきらぼうにトレイを差し出す。
「 うう、ありがとうございます。はふ······」
ゆかりが、一見普通の粥に見えるその料理をスプーンですくい、ぱくりと口に入れた。
「どうだ?岳羽?」
熱くないか、ちゃんと飲み込めるかと、美鶴が母親のように心配げに声をかけるが、その目の前でゆかりの表情がみるみる蕩けた。
「ぅ美味しい~っ!何これ、どうやって作ったんですか? 信じらんないー!」
先ほどまでの苦しそうな様子はどこへやら、あっという間に元気を取り戻したゆかりが、凄い勢いで手と口を動かし、器の中身はさほど間を置かずに空になってしまっていた。
「どうやってつーか、ま······適当だな。普通の粥じゃ栄養が足りねえかと思って、中華風のミルク粥にしてみた」
あっさりと荒垣は言うが、じつはけっこう手間がかかったもの。ニンニク、生姜、ネギのみじん切りをゴマ油でじっくり炒め、米と具---拍子木に切ったニンジンと大根を投入して鶏ガラスープを注ぎ入れる。あとはフタをし、沸騰したら吹きこぼれないよう弱火でことこと30~40分。米が十分柔らかくなったところで、牛乳を入れて塩で味をととのえ、できあがったものがこちらにございます、という感じ。体の免疫力を高める、炭水化物や蛋白質、ビタミンA・B・Cに β カロチンを含む、まさに完璧なる病人食なのだ。
以前から、荒垣の料理はプロ並だと真田あたりが言っていたが、その現物を実際に口にしたゆかりは、想像以上の感動を味わっていた。ゆかりは素直に、その賞賛を口にする。
「適当なんてとんでもない!荒垣先輩、もう最高ですよ!尊敬します!」
「バカ野郎······なに恥ずかしいことを······」
「なーに謙遜してるんですか?食事は人間の基本ですよ。大切なことです。それをしっかりできる荒垣先輩は立派です!もう、他の男連中にも見習わせたいぐらいですよ。人として、料理のひとつもできなきゃ駄目だって、ね」
興奮気味で止まらないゆかりの演説に、そこで突然ストップがかかった。
「ちょーっと待ったぁ!」
「!?じゅ、順平?それに皆も?」
ゆかりの部屋の入り口に、順平を先頭にして寮生の面々、すなわちこの部屋にいなかった全員が集まっていた。順平の足元からはコロマルまでが顔を出している。
「何ごとよ、いったい?」
「いや、あんまりいい匂いなんでな、つい······」
正直に真田が言いかけるが、それを体ごと遮って順平がびしっと指を突きつける。
「ゆかりッチ······貴様はオレを怒らせた!」
「は、はぁ?」
「料理ができなきゃ人として駄目?料理がお上手な岳羽サマは、オレたちが人間じゃないとおっしゃるわけだよな?」
「い、いや、別にそこまでは······。そ、それに順平がまともに料理できないのは事実じゃん」
と、そこで順平は、ちっちっと指を横に振る。
「料理が “できない” と “やらない” は違うんだぜ、ゆかりッチ。それに、オレだけじゃねえぞ、お前が傷吻つけたのはな······」
くくっと、芝居の気まんまんで順平が涙をこらえるように両目を手で押さえた。その言葉に、ゆかりが周囲をあらためて見ると。 「あ」
ベッドの脇で美鶴と風花が、顔を伏せてどんよりと暗い空気をまとっていた。
「い、いや、あの。私······別にそういうつもりじゃ······せ、先輩?風花?」
「ゆえにっ!!」
ぐわっと伏せていた顔を上げ、順平は大いに 盛り上がって高らかに宣言した。
「貴様に料理勝負を挑むっ!!」
「はぁ?」
かくて、第一回巌戸台分寮クッキング王決定戦の開催が決定したのであった (どどーん)
「という訳で、本日の司会はわたくし、アイギスがお送りするであります。いかがでしょう、解説の天 田さん」
「······みなさん、ヒマですね」
「なるほど。では、審査委員長の荒垣さん」
「······ったく、 何で俺がこんなこと······」
順平が宣言した翌々日。ゆかりがすっかり体調を取り戻し、ちょうど日曜ということもあって、ついに料理対決が開催される運びとなった。おそらく仲間内でもっとも鋭敏な味覚を持つであろう荒垣を審査委員長とし、味覚がないアイギスは司会を勤めることになっている。天田も参加をうながされていたが、「なんで僕が料理なんか······小学生に何を期待してるんです?」と一蹴し、解説者の席についている。そして、残る全員が参加者兼審査員というわけだ。
当初、美鶴と風花は徹底的に拒否の構えを見せていたのだが、「お祭りみたいなもんだし」とか、「何ごとも経験だし」とかいう順平の甘言で徐々に態度を軟化させ、ついには「······にイイとこ見せるチャンスなんだけどなー」という、とある個人名を出しての決定的なひと言で、料理対決に参加するよう洗脳、もとい説得されてしまったのであった。
「では、いよいよ競技を開始するであります。最初はゆかりさんからお願いします」
「オッケー!見てなさいよ、順平!」
意気揚々とゆかりが持ってきた料理、それは本人の自信を裏切らない見事なできばえ。見た目からして美味しそうな、幕の内弁当である。卵焼き、焼き魚、かまぼこといった幕の内弁当定番のおかず��加え、小さなハンバーグやチーズチキンカツなど洋風のおかずも入っている。もちろんご飯は俵型に成型され、上にはパラパラと黒ゴマが振りかけられている。
「うん、なかなかやるじゃねえか」
卵焼きをひと口かじった荒垣の評価に、ゆかりがガッツポーズを決め、それに続いて他のメンバ ーも横から次々に箸を伸ばす。
「焼き魚は西京味噌漬けか······いい仕事だ」
「うわあ、このかまぼこの切り方、凝ってる」
「もう、優勝は岳羽で確定か?」
立て続けに上がる賞賛の声に、ちょっと照れたような誇らしいような顔でゆかりが言う。
「あ、でもね。今回は意外なライバルがいたっつーか······私も食べてみたいんだよね、 彼の」
そのゆかりの視線の先にいるのは、自己主張が足りない気味の現場リーダーの姿。だが、前髪で隠され半分しか見えない顔に、常にはない自信がかすかに滲んでいるような気もする。
「では、続いてお願いしましょう」
アイギスに促され、2番手の料理が運ばれ���。
「おお······!」
それは、ちょっとしたレストランで出してもおかしくないアサリとトマトのパスタ、ボンゴレ・ロッソであった。さっそく審査委員長の荒垣が、フォーク一本で器用にパスタを巻きつけて、ぱくりと口に入れる。
「ちょっとパスタが柔らかいが、合格点だな」
「どれどれオレにも······おおっ、美味ぇ!」
「アサリとトマトって合うのねー」
意外といえば意外だが、幼い頃に両親を亡くしてひとり暮らし歴も長い彼は、料理の腕は決して悪くないのである。ただ、あっさりした性格ゆえか、パスタや丼ものなど簡単に作れるものに限られるというのが弱点といえなくもない。
「で、次は誰だ?」
連続して出される美味い料理に、最初は苦い顔をしていた荒垣も、上機嫌になってきたようだ。やはり、楽しい食事は人を和ませる。もしかすると順平は単に、荒垣と他のメンバーとの間の距離を、少しでも縮めようとして料理対決を企画したのかもしれない。もし、そうだとしたら、その意図は十分に果たされつつあった。
だが。
そんな楽しい雰囲気は、あまり続かなかった。
「······なんだこりゃ?」
「え、えーっと、ラーメンっす」
「カップ麺じゃねえか」
荒垣の前にあるのは、お湯を入れて3分でできるカップ麺だった。ちなみにシーフード味。
「い、いやカップなんすけど!ちゃーんとオレなりの工夫があってですね。荒垣先輩のミルク粥にヒントを得て、牛乳で作ってますっ!」
荒垣がうげっという顔をする。残りの連中も、一様に嫌そうな顔を浮かべている。 「え?え?みんな何だよ?いや、マジ美味い
んだって!」
「たとえ美味くても······料理じゃねえだろ」
「順平さん、失格であります」
どこに置いていたか、アイギスが横にあった鐘をカーンと1回鳴らす。
「いいっ!?そ、そんなぁ······」
がっくりと肩を落とす順平。ただひとり、そのカップ麺をひと口すすった現場リーダーが、うんまあ不味くないよ、といった感じで順平の肩をぽんぽんと叩いていた。
「では、続いて美鶴さん、お願いします」
事態は、破滅に向かって加速していた。
「鴨肉のコンフェ、フォアグラとトリュフ添えだ。素材はすべてフランスから空輸させた」
胸を張って、 豪華な銀の皿を突き出す美鶴の顔には、しかしだらだらと汗が流れていた。皿の上の料理を凝視しつつ、荒垣が尋ねる。
「······鴨は、どれだ?」
「こ、これに決まってるだろう」
「この黒いのは?」
「と、トリュフだ」
「こっちの黒いのは?」
「フォアグラ······だと思う」
「んじゃ、こっちの黒いのは?」
「ええと······付け合せのポロ葱、か?」
聞かれても困る。
下を向いていた荒垣は、凶悪な光を目に宿らせつつ、美鶴に向かってぽつりと言った。
「全部、炭じゃねえか」
「ま、まあ多少火加減を間違えたかもしれないが、素材はいいんだ。食ってないと······」
「食えるかぁ!次だ��!」
世界の終わりのような顔をする美鶴を尻目に、アイギスが鳴らす鐘がかーんと響いた。
「俺は料理などあまりやったことがないからな。変なものを出すのも申し訳ないから、シンジの料理を真似させてもらうことにした」
続く真田の料理は、白濁したスープのようなものだった。どうやら、 荒垣が一昨日作ったミルク粥を参考に作ったらしい。
「順平も、どうせシンジの料理を参考にするならこうするべきだったな。まあ、俺も多少は自己流にアレンジさせてもらっているが」
既に勝ち誇った様子の真田に、荒垣も苦笑しつつ答える。
「くくっ、アキの料理か······そう簡単に俺の味が盗めるもんかよ」
「食べてみなければわからんだろ?」
「わかったわかった。じゃ、いただくぜ」
スプーンで粥をすくい、軽く冷ましてから口へと運ぶ。そして、刹那の間を置いて。
ぶぴゅる。
変な音と同時に、荒垣の鼻と口から白濁液が吹き出した。
「な、な、な、なんだこりゃあっ!!」
「牛乳よりも高蛋白で低カロリーなプロテイン粥だが······筋肉にはいいぞ?」
「食えるかあああああっ!!」
「最後に風花さん、どうぞ」
鐘を鳴らしつつ、 アイギスが淡々と言った。
---それから、5分後。この世のものとは思えない絶叫が、月光館学園巌戸台分寮から響き渡った。付近の住民の通報で、パトカーや救急車が出動したが、とくに事件性はないとのことで早々に引き上げたらしい。ただ、目撃者の証言によると、捜査員や救急救命士たちは一様に、口や腹を押さえていまにも嘔吐しそうな表情を浮かべていたとか。その日、どんな恐ろしいことがあったのか、口を開くものはいない。
「いいかお前らっ!料理の命は火加減!それと塩加減だ!いいな、順平!」
「う、ういっすっ!」
「あと常識だが、プロテインは料理に入れるなよ!わかったか、アキっ!!」
「あ、ああ、わかった」
「つか、山岸!なんでそこでタバスコとか入れるんだ!色を基準にして調味料足すんじゃねえ!味見しろ味見っ!」
「は、はいっ!」
料理対決の翌日。寮のキッチンでは突発料理教室が行なわれていた。こいつらの料理の腕を放置していたら、いずれ人死にが出る。事実、俺は死にかけたという荒垣の命令で、順平、真田、美鶴、風花に対し、マンツーマンで料理を教えることになったのだ。
「······ったく、何で俺がこんなこと······」
そうボヤきつつも、手取り足取り指導する荒垣の頑張りもあり、徐々に全員の料理は “食えなくはない” レベルへと上がっているようだ。
「おら、待て美鶴。焦げそうになったら、一度フライパンを火から降ろして······そうそう。落ち着いてやりゃあ大丈夫だ」
「りょ、了解した」
そんな荒垣の様子を横目で見て、風花はくすりと笑って���った。
「やっぱり、荒垣先輩って優しいですよね?」
その言葉が届いたかどうか定かではないが、荒垣は黙々と料理指導を続けていく。ただ、その横顔には、かすかに笑みが浮かんでいるような気がする。やがて、料理のいい匂いを嗅ぎつけてか、ゆかりたちが同じく笑顔でキッチンへと歩いてくるのが見えた。やはり、楽しい食事は人を和ませる。どうやら、今日の夕食も楽しいものになりそうだった。
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深夜に料理したテンションでツイートしようと思ったんだけど言いたいことこんくらいあるのに140文字でまとめてるのって無理ゲー。 カルディーのバジル&チリペーストを使った牛豚鳥挽肉のガパオ。このカルディーのペーストが確か100円ちょいなんだけど、信じられないくらい美味しくてこの前まとめ買いしたとこ。冷凍庫にあった牛豚合挽き肉をたろさんが間違えて大量に送ってきたにんにくと共に炒める。炒め始めて思ったけど確かガパオって鶏肉だよな?しょうがないから追加でこれまた冷凍庫の鳥挽肉も追加。牛豚鳥のフルコースやでこれ。目玉焼きは半熟がマスト、焦らず弱火でじっくり焼くと簡単にいい感じの半熟目玉焼きができることに気付いてからは失敗していない。ここで冷凍庫に一本だけ余っていた海老フライを発見、めんどくさいなと思いつつも、思い立った時に行動しなければいつまでもこの海老フライは消費できない。海老フライの半分つかるくらいの油で片面づつ揚げた。これで冷凍庫がまたひとつ片付いた。いつもは食べすぎないように150gのご飯を常備しているけど、ここでこれまたたろさんが間違えて大量に送ってきたさとうのご飯を思い出す。200gだが仕方ない。今はとてつもなく腹が減っているのだ。たろさんダンボールを開封してさとうのご飯をレンチン。にんにくを大量購入して自宅に送ろうと思ったら僕の家がデフォルトで登録されてて間違えて僕の家に送ってしまったところまではわかる。けどさ、次に大量購入したさとうのご飯でも同じ過ちを繰り返す人いる?たろさん。さてガパオと言えばトムヤムスープである。僕はトムヤムスープがめちゃくちゃ好きなのだけど、ガパオ+ミニトムヤムスープという最強の組み合わせが何故かタイ料理店のランチメニューにはなかなかない。ミニガパオをつけられることはよくあるけど、ミニトムヤムスープはないのだ。だから両方欲しければ、トムヤムラーメン+ミニガパオとする他ないのだけど、ラーメンが食べたいわけではないのですよ。あくまでガパオはしっかりと食べさせてもろてお味噌汁的な立ち位置でトムヤムスープを飲みたいのよね。あ、そういえばティーヌンはそれできたな。+200円くらいでスープをトムヤムに変更みたいな。けどティーヌンもウーバーイーツでは出来なかったはず。ミニトムヤムスープつけれるようにすると絶対人気でるはずですよ全国のウーバーイーツやってるタイ料理店のみなさま。というわけでここぞとばかりにこれまたカルディーで買ったトムヤムペーストをお湯で溶いてスープの、出来上がり。キノコやエビと一緒に煮込んでとか書いてあるけどここは無視。タイパ重視ね。タイパって言葉最近覚えたので使ったみたかったのだ。あとはやっぱりサラダよね。タマネギとレタスを氷水につけて辛みをとった状態のものを野菜室に大量にストックしてある。それをちょいちょいとつまんで、ローストビーフを切って乗せる。ローストビーフは昨日作ったやつ。みちるちゃんにボニーク教えてもらって買って低温調理の素晴らしさに感動してる。スーパーで買ってきた牛モモを4時間ちょいボニーク、塩まぶしてから冷蔵庫で恐ろしく美味しいローストビーフの作り置きが完成。もちろんサラダチキンとかでもいいんだけど、サラダにこーゆーあっさりしたお肉が入ってるのって美味しさの面ですごく重要だと思う。美味しさの点ではフライドオニオンも必須。これカレーとサラダに入れること考えた人天才だわ。ドレッシングはツルヤ。この前行く機会があって何種類か買ってきたんだけど、信州わさびマヨの美味さに感動。信州わさびマヨばかり使ってたらもう無くなっちゃって今日はしぶしぶバーニャカウダ風。いやこれも美味しいんだけどね。え、まとめ?特にないんだけど、と、とにかく自炊って楽しいよね😋
Xユーザーの園田賢 (YouTube『その研』始めました)さん
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るろうサマー represent
母親に謝罪のLINEをした。うつ期間の明ける時と、また別のうつ期間中に、多大に浪費してしまい、母親にお金を借りるしかなくなった。こんなこと本当に情けなくて、こんなところに書きたくない。できれば全ての人に秘匿しておきたい。でも、ともかく謝罪と金の無心のLINEを送り、夜のエアコンの風の中でぼうっとしている。なぜ、突然1ヶ月分の生活費を浪費してしまうのか。なぜ、自分の「分」を守れないのか。なぜ、身分相応の振る舞いができないのか。このように、「なぜ」を考え始めると、自分の場合、何に対してであれ、もう末期であるということはわかっている。「なぜ」も何もない、とにかく「だめ」なのだ。できないことはできない。なし得なかったことは、なし得なかったことで、私の場合はだが、「なぜ」はただの呪詛である。だから、「なぜ」を考え始めてしまったら、意味の無いループに陥っていると気づき、なぜではなくて、これからのことを考えるべきである。これから。とりあえず、次の職場では、労働時間が増える。フルタイムとまでは行かないが、週4×7時間である。以前はだいたいこの週4フルタイムと、別のバイトを掛け持ちしていた。それでキャパオーバーになり、結局倒れる→実家に連れ戻されるを繰り返していた。しかし、今回はそうはならない。今回の独立生計は、もう今後一生のことで、二度と実家に戻ることはない。と言うと言い過ぎだが、母親の介護が発生するまでは戻らない。発生したら潔く田舎に戻り、免許を取って、スーパーのレジ打ちでもしながら実家で暮らし、兄の面倒を見る。まあそれにはまだあと10年くらい猶予があると思うので、そのあいだは本屋の店員という「将来の夢」を遂行し続ける。もちろん、今回は掛け持ちはなし。これは障害年金を受給しているおかげだ。これがなければ独立生計は成り立たない。私の場合、目安としては障害年金と家賃がイコールくらいです。だから食費やその他の生活費を稼げれば大丈夫。今までは貯蓄と、それが尽きて数月は母親からの援助に頼っていたが、今後、まず障害年金と給与だけで生計を立てられるように努力する。しかし、今後どの程度うつ状態を発症し、どの程度また浪費するか、それがわからないのが恐ろしい。私が戦うべきは、うつ状態が発生しないようにとにかく疲労をその日のうちに解消すること(疲労により薬が効かなくなるため)、また、浪費してしまう「その時」に、浪費を止める仕組みを作ること。その他にも、サブスクの継続の吟味や、UberEATSを使わざるを得ない場合(体調)の詳しい条件検討もしたほうがいいだろう。お金の計算がとにかく苦手であるが、今回こそは、なんらかのアプリに課金して、支出と収入を把握し、自分の人生を管理できるようになる。なりたい、じゃなくて、なる。なるしかない。もう本当にこんな当たり前のことを決意するのは恥ずかしい。何歳なんだ?という感じだが、意識がきちんとしてきたのが25歳で、その前の10年間ぼうっとしていたことを考えると、まあ10年遅れているので、今26歳くらいである。25以降も、療養で累計3年分くらいは寝たきりだったため、もっと幼いと思う。23歳くらいかもしれない。中身が23歳の36歳。最悪だ。最悪だが現実だ。こんな馬鹿みたいな、社会人1年生でみんながやっていることを、今やっているんです。馬鹿というか、頭がおかしいんです。こんな事言いたくねーけど。でも、他の人になんと言われようと、私は今が社会人1年生だと思って、お金のことをやっていくしかない。ほんとうに悲しい。この日記を見てくださっているかたにもドン引きされていることと思う。もう本当に、ドン引きされたり、友人付き合いを考えられたり、そういう感じで、私は1回社会に見放されたほうがいい。そうしないと分からないのだと思う。でも友達は失いたくないので、私がまともになったら、またお話してやってください。
もうひとつ。体重の増加が止まらないこと。今日、人生で初めて70kgを超えた。数字で見ると衝撃だったが、「ついにこの時が来たか」と思った。
なんのストッパーもなく食べている。もちろんこうなることはわかっていた。お腹の肉が邪魔で苦しい。階段の昇り降りも苦しい。ジーンズの脚の部分がきついため、全ての動きが制限される。
クエチアピンを睡眠薬がわりに使い、一旦夏バテから回復したので、またクエチアピンなしで睡眠をどうにかとる日々に戻ろうと思う。
加えて、食べることも減らしていく。(運動はラジオ体操からなのだが、まだ運動を考えられる段階ではない。)UberEATSでコンビニのインスタント食品とお菓子をバカスカ買って食べていたが、それをやめる。ただし、まだ料理をする体力や気力はないので、スーパーやコンビニの惣菜や冷凍食品を利用する。自炊は「できる」と思った時にやっていく。最初から上を目指さない。少しずつできることだけやる。バナナと牛乳と食パンを切らさないようにするところから。いつもそうだが、できなくなったら、できていたところまで戻る。戻って戻って、できるところから始めるしかない。米を炊く。冷凍する。夜ご飯に米を食べる。まずはそれを目標にする。こんなことは人間としてできて当たり前のことだが、今、私にはできていない。他の人はできても、私にはできない。ただそれだけのことなのだ、とわかるまでにかなりの年数がかかった。できないことはできない。できるところからやる。できなくなったら、やり方を考える。年金受給している精神障害者なのだという自覚を、悪い意味ではなく、自分を律するために持つ。
こういうことを、人生で何度繰り返してきただろう。本当に困難だと思う。ただ、私は楽天的なので、こういうことが何回あったかとか、そういうことはすぐに忘れる。うつ状態で生活が崩壊した回数など、100回を越えている。でも、過去などどうでもよくて、常にこれからどうするかを考えているから、あまり凹まずにすむ。これは自分の数少ない美点、かつ、生まれつきの性質だと思うので、遺伝子に感謝だ。
体につきまくっている肉が重くても、溌剌と未来に向かって動いていたい。私はそのための薬を飲んでいるし、その薬は効いているし、それができると思う。必要なことは都度考えて、実行していく。何もできない時には、仕方がないので休む。人生に締切は設定しない。逆算しない。目標を決めない。今できることをベースに、それを維持することを真剣にやっていく。私にできるのはせいぜいその程度の人生なのだということを、早く私にも納得してもらいたい。
2024.8.23
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2024.8.4
お腹が減ったまま自転車に乗ってお弁当を買いに行こうとするのも決死の覚悟みたいな気温と日差し。太陽と地球の距離や角度は20年前と変わらなそうなのにものすごく暑いというのがよく分からない。気候変動なんだろうけど、二酸化炭素だけでこのような事態になるというのがしっくり来ず、二酸化炭素やマイクロプラスチックと言っても私は車の免許すら持っていないし、車も持っていなければプールも芝生もプライベートジェットも持っていない細々とした生活なのでこれが地球に大きな影響を与えるかというとそうでもないんじゃね?というのが実感ベースになってしまう。牛肉やアボカドの環境負荷が高いらしいから固執しなくてもいいかなとか、種の保存を脅かしてまで鰻や秋刀魚を食べたいかというと私はそこまでの情熱がないので数年〜10数年捕らなくてもいいのではないかと思うが、人間は10年後のための決断ができない生き物でもある。個人でならできても、100人くらいで集まって10年後の決断なんてできなそうな感じが最近より増している。
決死の覚悟で頑張ってまで見に行きたい映画がなかったため、家で『窓辺にて』を見た。この前primeで『1122』を見てそちらは楽しく見た。『1122』は脚本が今泉力哉監督ではなく今泉かおるさん(女性)で、私は『街の上で』で男性が話す風俗のところがなければもっと好きだったのにな〜と思っていたので、『1122』の方が安心して見ていられた。私は不倫よりも男性が利用する風俗の公言の方に嫌悪感がある。お仕事をしているかたが嫌なわけではない。(コロナの時給付を出さないのは差別だったと思う)不倫をしていたら「軽蔑されるかも・非難されるかも」というのがうっすらあるのに、テレビ・ラジオで男性が風俗の話を延々としているのが気持ち悪いのだ。
『窓辺にて』の茂巳さんはそれにしても全然仕事をしていない。ものすごく良い家に住んでいる・照明や家具各種も値段が高いものなので世帯年収が高そうだけれど、妻一人でなんとかなる範囲なのだろうか。茂巳さんが久保さんとは距離を縮めないところが良かったけれども、あの呼び出した場所は本当にあそこじゃなきゃいけなかったんだろうか、久保さんの試し行動のようなものだけれども少し気持ちが悪い。
映画の中の茂巳の手が綺麗すぎないところや、全員の顔がペカッとしていないところがとてもいい。眉間や頬に凹凸があり、毛穴がある。質感はニュアンスであり質量であり世界の奥行きなので、人物の顔をペカペカにすればいいというものではない。広告というのはペカペカなものだけれども、生きている人間や人生は広告ではない。毛穴や眉間の皺を悪いものだと思う必要はない。いい画面の中で堂々と映せばいいのだ。
『1122』も『窓辺にて』も撮影が『きみの鳥はうたえる』や『ドライブ・マイ・カー』の四宮秀俊さんで、奇をてらった画面ではないのに豊かで、しっとりと見てしまう。『さよならくちびる』も私は好きだ。
『窓辺にて』の茂巳は他者から見える時の感情表現の薄さを後ろめたく思っている。個人的には浮気に対して「怒れない」ことなんて気にしなければ良いし、一緒にいたければあのまま一緒にいたら良いのにと思う。あの居心地の良さそうな家を引き払うのは大変そうだ。『1122』では「やっぱり別に暮らす」ことへの葛藤があり良かった(原作があるのでそちらの展開なのだろうけど)
『窓辺にて』の、別荘のシーンとタクシー運転手さんとの会話の部分は全体に生きているのかちょっとよく分からなかった。無駄が大事・贅沢周りは少し途切れ途切れな感じがした。感情の証明を規定されない方が、無駄・贅沢周りとも繋がったかもしれない。
「浮気を怒れない」ことはなんの感情の証明でもなく、怒れないだけで、人が人を大事に思う形は人間と人間の組み合わせと時間の流れのバリエーションだけあり、特定の形式に収まらないと愛や恋や好意ではないなんて言えないのに。この映画の白眉は紗衣さんと茂己のリビングでの対話だろう。12分ほどもある長回しがきまっていて素晴らしかった。(でもあの繊細そうな真っ白なブラウスをお話ししながらくっちゃくちゃにするので、美しい大理石のテーブルの向こうへ置いてくれよと思った。綺麗に洗ってアイロンをかけるんだろうな)『1122』でも長回し会話シーンが素晴らしかったな。
でも怒れないことなんて気にしなければ良いのにね。
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