#ハンセン病
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cabakascabaka-blog · 2 years ago
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scof75 · 2 years ago
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・ #世界ハンセン病の日 毎年、1月の最終日曜日は世界ハンセン病の日です。 子供の頃、母や熊本生まれのお婆ちゃんから度々聞いていたハンセン病や水俣の話。 聞くたびに、母やおばあちゃんは何も出来なかった事を悔いながら話していました。 おとぎ話ように聞いていた物語は、有薗真代さん著『ハンセン病療養所を生きる 隔離壁を砦に』読み、病と並行する酷い苦しみを知りました。 このコロナ禍を過ごし、思いもよらない痛み苦しみが存在する事が見えて来た今だからこそ読まれるべき本だと痛感します。 読み返しす度に、お話ししていますが、以前フランスに特化した情報サイト「French bloom net」2018にBEST本として寄稿した文章。 「(私文中)「未完成」であろう人間��、もちろん自戒も含め願い、よりよく変わることを今は祈るのみです」 この言葉は5年経った今も変わらず、さらには「願うんだったら行動し、声に文字にすることだ」と思い変えています。 https://www.frenchbloom.net/books/5780/ 感染症からはじまった病を超えレイシズムと言う事が深く横たわり、差別が繰り返される歴史を刻んでいく。 感染症の未だ困難な行く末と、人間のこうも残酷なヘイト、憎しみが実は普段暮らす身のまわりに潜んでいる事を今日と言う日にあらためて反芻しているところです。 いや、けっこう大胆にかもしれない。 #ハンセン病 #有薗真代 #水俣 #水俣病 #scof75 #studio75 #スモサの本 (Tokyo, Japan) https://www.instagram.com/p/Cn_ZWrWS_QX/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kukaiskt · 2 years ago
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今日は高野山を案内する一日。 偶然見つけた長島愛生園と邑久光明園の慰霊を含めた墓地。これもまた、改めての声無き魂とのご縁。 来年は記念式典もありますから、立派に勤め終えたら…私がきちんと(身体が動く限り)法要したいと誓います。 ご賛同いただけます皆さま、是非、お力添えください! #ハンセン病 #長島愛生園 #邑久光明園 https://www.instagram.com/p/ClLc23CyqB7z-GQX6Kms2ZVKCyIt17Ju-UyF5Y0/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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tokinfile · 3 months ago
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otome-ism · 2 years ago
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買ったものうp!
終末ツーリング 4
東島丹三郎は仮面ライダーになりたい(12)
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか外伝 ソード・オラトリア13
ノーゲーム・ノーライフ 12 ゲーマー兄妹たちは『魔王』に挑むようです
金色のガッシュ!! 2【単話版】 Page 10
ウィッチクラフトワークス EXTRA(1)
ガールズ&パンツァー もっとらぶらぶ作戦です! 19
はるかリセット 8
はるかリセットの中でハンセン病資料館に行ったのはちょっと衝撃���だった。ずっと行きたいと思ってたんだよね。あたたたたたくなった行ってみよう。
ウィッチクラフトワークスは本編が綺麗に終わりすぎてもっと読みたかったところで続編が出てくれるのはとてもありがたい。まだ次もあるっぽいので期待。
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triflingdoodle · 2 months ago
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在日をやってると100
 最近、文章やスピーチをお願いされることがチラホラとあって、内心、「僕なんかに依頼して大丈夫なのか」と戸惑いながらもせっかくだしと引き受けては後になって後悔するというのを繰り返している。
 自分で読み返すと、語彙力も無いしなんて程度の低い感想文なんだろうと思うし、後になってあれも書けなかったこれも書けなかったと気が付いて反省することが多い。
 このブログでもシェアしたけれど、関東大震災の朝鮮人・中国人虐殺から99年目の2022年の9月1日にはGQ JAPANに「関東大震災朝鮮人虐殺事件から99年目──僕たちは差別を止める側、弱者を助ける側に回れるのか?(https://www.gqjapan.jp/culture/article/20220901-great-kanto-earthquake-massacre)」というコラムを書かせてもらった。2年経ったいまは在日クルド人をターゲットにしたヘイトスピーチがかなり危険ところまできていて社会はなかなか良い方向に進まないなと暗い気持ちになってしまう。  過去も現在も未来も、あの問題もこの問題も繋がっているというのがわかるようなのが書きたいなと思いながらなんとか書き上げて掲載してもらえたけれど、読み返すと、あのこともこのことも書けなかったし書くべきだったなと密かに反省していた。特に虐殺された中国人や社会主義者のこと。虐殺された社会主義者のことは僕の記事では完全に抜け落ちてしまっているし...。まとめて語られがちだけれど、数の多い朝鮮人の話がメインで語られる傾向があるけれど、そうなることでみえなくなっていることがある。虐殺された中国人ついてはぜひ @fukuyoken3daime さんのツイートの連投を読んでみてほしい。 (https://x.com/fukuyoken3daime/status/1830043385396342866)
 今年はいまのところ、2つのコラムを書かせてもらっている。一つは8月6日に発売された、広島から平和を希求するマガジン「TO FUTURE ZINE 2024 -ISSUE 18-」で、2023年と2024年の入管法改悪についての文章を書かせてもらった。もう一つは、先日開催された「スナック社会科横浜映画祭#2 特集:飯山由貴」の配布資料に掲載される文章。
   TO FUTURE ZINEの方はネット(https://online.recordshop-misery.com/items/88231992)で購入可能です。「スナック社会科横浜映画祭#2 特集:飯山由貴」の方ですが、公開して良いとのこと��のでせっかくなので掲載しておこうと思います。作品をすでに観た人もまだ観たことない人も少しだけ違う視点をで作品を観れる文章が書けたらいいなと思いながら書いたけれど、読み返すとやっぱり上手く書けていないなと思ってしまって、あちこち手直ししたい気持ちになってしまう。でもいまそれをする時間の余裕もないのでそのままにしておきます。 
無題(スナック社会科横浜映画祭#2 特集: 飯山由貴映画祭 によせて) 
初めて飯山由貴さんの作品を観たのは、2022年10月15日、16日と京都の龍谷大学響都ホールでの「オールドロングステイ」の上映会に実行委員会の一人として参加させてもらった時だった。 
ヘイトスピーチデモのカウンター行動で知り合った友人が、 僕が入管収容の問題に関心を持ち 大阪入管に収容されている人たちや一時的に収容から解放された仮放免の状態で生活してい る人たちの支援をしていることを知っていて映画に興味があるのではと声をかけてくれた。 
入管の被収容者や仮放免者を支援するようになって、 難民、 犯罪等で在留資格を取り消され た人、 技能実習先から逃げ出すなどさまざまな理由で非正規滞在となりそれが発覚し収容され た人、ほんとうにいろいろな人と出会ってきた。 いつも支援をしながら 「特別永住」という在留 資格で生活する自分の状況と彼ら彼女らの状況を照らし合わせて考えてしまう。 
支援を始めてすぐの頃、「永住者」 が犯罪で在留資格を取り消され退去を迫られている現実に 衝撃を受けた。「日本にしか生活基盤がない人に帰れってどういうこと?」 という僕の素朴な疑 問は世間一般の日本人にはなかなか理解してもらえない。 
難民が入管に強制的に収容されているというのも衝撃だった。 「特別永住」の在日朝鮮人の 中には戦後、政治的な迫害(済州島四・三事件など)から逃れるために「密航」してきた人たちも いる。 元技能実習生の面会では彼らが戦前戦後の朝鮮人労働者の状況と重なった。 
特別永住の資格ができる狭間で在留資格を得られなかった韓国人の老夫婦の帰国の支援を したことがある。 最初は「密航」で日本に来日し、親戚を頼って生活していたが、あるとき摘発さ れて大村収容所に収容され強制送還となってしまった。 「特別永住」の資格ができたあとに観光 で来日し、在留期限が過ぎた後もオーバーステイのまま滞在しずっと大阪でひっそりと生きてた という。 僕と出会った時の夫婦の年齢は80歳前後。 病気で倒れるまで現場作業でバリバ��働 いていたけれど、 非正規滞在のため健康保険も非加入で公的支援も何も受けられず、どうにも ならないと帰国することになってしまった。 1度目の強制送還がなければもしかしたら 「特別永 住」を取得する道もあったんじゃないだろうか。 僕よりも長く (最初の来日から数えると50年 以上)、ただ働いて生きてきただけなのになぜ医療も生活保護も受けられず日本から追い出さ れないといけないのかいまだに理解ができずにいる。 
日本人と外国人の間に引かれた線、 特別永住の外国人とそれ以外の外国人の間に引かれた 線、 永住の外国人とそれ以外の外国人の間に引かれた線、 あちこちに引かれた見えない線がほ んとうに正しいのか社会に問いかけるにはどうしたらいいのか。 そういうことを日々考えてい たときにたまたま観ることになった「オールドロングステイ」は大きなヒントをくれたように感じている。  外国人登録令による日本国籍喪失とその後の参政権や社会保障からの排除、 民族教育を否定 する通達、日本国憲法の制定過程など植民地主義を根にするさまざまな問題、ハンセン病療養 施設における朝鮮人差別と格差是正運動、 帰化制度における差別、 在日朝鮮人の中の障害者差別など、 在日であり障害者であることで受ける差別の背景に広く深く迫ることで引かれた線を次々に可視化しているのが良かったし、普段はなかなか可視化されない声なき声を描くのに、安易にわかりやすくして伝えない、受け手の本気度が試されるような表現の仕方もおもしろいと思った。  その後に観たのは、戦前に都内の私立精神病院に入院していた2人の朝鮮人患者の診療日 誌のことばをモチーフに、ラッパー・詩人の FUNI の声と身体で映像化した作品「In-Mates」。 この作品は東京都の指定管理施設「東京都人権プラザ」で開催された企画展「飯山由貴 あな たの本当の家を探しにいく」 (2022年8月30日~11月30日) において上映が禁止とさ れて大きな話題となった。 (詳細は記事を参照→東京都人権部による飯山由貴 《In-Mates》上 映不許可事件は、何を問うのか https://t.co/7fk561FzCn )
上映禁止について語られることが多いこの作品。 自分自身が在日朝鮮人であり、さらには父 親がアルコール依存症で精神科病棟に強制入院となってその中で死亡していること、そして、今 現在、入管の収容施設に強制収容されている人たちや、仮放免という身分で一時的には外に出 られたものの、 就労も、 健康保険加入も、移動の自由も制限され、ほとんど何もできない生活��� 強いられている人たちの支援をしていることもあって、 強く心を打つ作品となった。 患者 A、患 者Bの生きてきた環境やそれによって形成されたアイデンティティを想像すると言葉にならな い感情が湧いてきた。 
入管の被収容者や仮放免者の支援をするようになって”自由”に対する感覚が随分とかわっ た。 アクリル板の向こう側、 握手すらできないところで何ヶ月も何年も小さな部屋に閉じ込めら れている人との会話。 仮放免された瞬間の表情としばらくして就労もできず結局は自由がない 生活に苦しんでいる表情。 
「In-Mates」のエンディング、ニーナ・シモンの「I Wish I Knew How It Would Feel To Be Free」は支援で出会った人たちの表情を思い出してしまいとても重かった。 
無いことにされてしまっている声、 叫びに気付き可視化していく飯山由貴さんの作品。 この先も追いかけたい。
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nyantria · 5 months ago
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「Can You Catch A Cold?」サンプル5
字幕大王2024.06.25
サンプル4はこちら
水俣病の混乱
細菌論に夢中だったために伝染病と間違われた病気は栄養不足だけではない。1956年5月のこと、5歳の少女が日本の水俣市の病院に入院した。水俣は八代海に面した人口約5万人の小さな漁村だった。その少女は、けいれん、歩行困難、言語障害などの異常な神経症状を呈し、急速に体調を崩していた。数日後、彼女の妹と町内の他の3人もまったく同じ症状で病院を訪れた[45,46]。
その後、数週間から数ヶ月で、村の人々が病気になるケースが急増したが、罹患したのは村人だけではなかった。大量の魚が奇妙な泳ぎ方になり、やがて死んで陸に打ち上げられた。海鳥は飛べなくなり、異常な行動をとるようになった。これらの動物を捕食する猫も具合が悪くなり、口からよだれを垂らし、気が狂ったかのようにぐるぐる走り回った[47]。動物と人間の間で何らかの病原体が伝播したのだろうか。誰も確かなことはわからないが、この大流行は伝染病の特徴をすべて備えているように思われた。最初の患者が出た後、村に住む人々が次々と同じ症状で倒れ始めたのだ。そのため、ある種の「奇妙な伝染病」が発生したという噂が広まった[48]。やがて、この病気は伝染性髄膜炎であるという未確認の報道が出始め、地域社会は大きなパニックに陥ったのである[49]。
謎の病気への恐怖は極めて大きく、近隣の町の人々は水俣人を排斥し始め、長い間築かれてきた密接なコミュニティの絆は急速に失われていった[50]。伝染病まん延を抑えるため、家屋は消毒され、病人は隔離された[49]。この対策にもかかわらず、伝染病が地域住民を襲い続けた。初期の報道によれば、少なくとも55人が感染し、17人が死亡した[45]。
しかし、約3年後、研究グループはついに病気の原因が地元の肥料製造会社であると突き止めた。同社が、合成肥料製造の廃棄物であるメチル水銀27トンを水俣湾に投棄していたのだ[51]。この水銀が地元の水���を汚し、何百平方キロメートルもの海を汚染した。かつては美しく肥沃な自然の珊瑚礁であった水俣湾は、有毒な荒れ地となり、かつては豊かであったその恵みを不運にも口にした人間や動物を毒した。
1963年2月、水俣病の発生原因を調査していた研究グループから正式な発表があった。誰もが落胆したが、水俣病の原因は感染性微生物ではなく、メチル水銀に汚染された水俣湾の魚介類の摂取によるものだった[49]。長年にわたって、この環境破壊の犠牲者たちは、日常生活で出会う人々に伝染性ではないと安心させねばならなかった[52]。この災害によって900人以上が死亡し、200万人が慢性的な健康被害に苦しんだ[51]。
水銀中毒の混乱
水俣で起きた出来事にもかかわらず、医療関係者は今日に至るまで、水銀中毒を感染症として誤って診断している。2018年8月のこと、15歳女性、13歳女性、11歳男性の3人兄弟が救急外来を受診した。彼らには、発熱、筋肉痛、皮疹、倦怠感など、非特異的な症状が進行していた。検査は陰性の連続であり、その結果、「ウイルス性症候群」と診断された。子供たちは休ませるために家に帰らせられたが、その3日後、兄弟はさらに悪化した状態で救急部に戻ってきた。うち一人は神経障害を起こしていた。子供たちは溶連菌性咽頭炎(連鎖球菌性咽頭炎)と猩紅熱(しょうこうねつ)と診断された。彼らには抗生物質が投与されて退院した[53]。
その数日後、子供たちはセカンドオピニオンのために別の救急外来を受診した。この時までに、症状はかなり悪化しており、激しい頭痛、息切れ、手足のしびれ、全身の脱力感などが生じていた。結論に飛びついてウイルスやバクテリアのせいにするのではなく、救急医たちはさらに詳しく調べた。すると、子���たちが自宅で水銀の瓶で遊んでいて、それがカーペットにこぼれていたことがわかった。母親はこぼれた水銀を掃除しようとして掃除機を使った。母親はそうとは知らず、これが水銀を加熱・気化させて、子供たちはうっかり吸い込んでしまったのだ。不思議なことに、母親には何の症状も現れなかったので、この病気は小児感染症のように思われたのだ。
子供たちが水銀中毒であることを知った医師たちは、水銀除去のためにキレーション療法を開始した。二人の子供は完全に回復したが、1人は関節、背中、筋肉の痛みが続き、歩行器が必要になった。この出来事はケーススタディとして記録され、2020年2月の医学雑誌に掲載された。著者の結論としては、水銀中毒が感染症に似ている可能性があることだ[53]。子供たちは同じ家で暮らしており、似��ような症状を呈していたため、最初の病院の医師は、小児期の伝染病が兄弟間で広がったに違いないと誤って考えたのだ。ここでもまた、一面的なレンズを通して世界を見ることが誤った思い込みを招き、正しい診断と治療を遅らせたのである。
なぜこれが重要なのか?
壊血病、ペラグラ、水銀中毒といった病気の原因を正しく特定することが重要だったことは明らかだ。しかし、いずれの場合も、細菌論というレンズが真実を邪魔し、調査者を無益な捜索に向かわせ、一般大衆を無用なパニックに陥れた。これらの事例だけを見ても、間違った説明モデルを適用したことによる影響を定量化するのは難しい。数え切れないほどの資源、時間、人命が、存在もしない敵と戦い、追いかけて失われたのだ。また、どれだけの人々が仲間はずれにされ、孤立し、非人道的な扱いを受け、タイムリーで効果的な医療を拒否されたかを考えると胸が痛む。それは伝染病だからではなく、伝染病であることを恐れたからである。このように、我々が世界を見るレンズは強力だ。良くも悪くも、レンズは我々のあらゆる知覚を彩り、我々の見方に一致する結果をもたらす。
もちろん、今では良くわかっており、これらの病気を伝染病と見なすことはない。壊血病、ペラグラ、水俣病のような病気を振り返り、その過ちに気づくのは簡単なことだ。現在の我々から見れば、人間がハンセン病患者のような烙印を押され、治療を拒否され、檻に入れられた動物のように閉じ込められていたのは野蛮なことのように思える。後知恵とはおかしなものだ。我々は今、すべての答えを持っていると思い込んでいる。しかし、我々がいまだに伝染病だと考えているが、そうでない病気が他にもあるとしたらどうだろう?ここまで来たと誇らしげに振り返っても、まだ同じ過ちを犯しているかもしれない。プライドと甘さに目がくらみ、過ちを犯し続けていることに気づかないまま、我々は突き進むのだ。
今にして思えば、過去の研究者の一部が傲慢でなく、型にはまっていなかったのは幸運だった。彼らは謙虚であり続け、心をオープンにし、勇気を持って行動した。もし彼らが、受け入れられているパラダイムに挑戦しようと思わなかったら、今日の世界はどうなっていただろう?我々はまだそれらの病気を伝染病とみなし、かつてと同じ非効率的で非人道的な治療法を続けていたかもしれない。単純な食生活改善の代わりに、重金属を注射し、ペラグラのために隔離されることを想像してみてほしい。壊血病や脚気、くる病に他人から感染することを恐れて暮らすことを想像してみてほしい。おそらく我々は、ワクチン接種、手洗い、社会的距離、抗生物質、抗ウイルス薬、マスク、ロックダウンといった現代的な方法��、これらの(存在しない)細菌から身を守ろうとするだろう。そのあいだ、人々はライフスタイルや環境によって不必要に死に続けるのだ。そういった想像は難しくはない。例えば風邪やインフルエンザなど、他多くの病気についても、今日の世界はこのような方法で対処しているからだ。ただひとつ違うのは、現代の研究者たちが、伝染病モデルによってこれらの病気を正確に説明できると信じてこんでいることだ。この信念は現在、集団心理に深く刻み込まれており、間違いの可能性を受け入れるのは難しい。文化もまた変化しており、受け入れられているパラダイムに異議を唱える者は、狂った陰謀論者のレッテルを貼られる。
我々はあまりに自身を確信しすぎてしまっている。しかし、本章で示すことは、結果を観察して原因を誤って帰することが、いかに物事を間違えやすいかである。また、結論を急ぐのではなく、厳密に管理された(controlled)科学実験によって因果関係を確認することがいかに重要であるかを強調している。我々は過去にも過ちを犯したし、因果関係を正しく理解しなければ、我々自身がどれほど進歩していると考えていようと、過ちを犯し続けるだろう。誤った例が強調しているように、病気を伝染病と誤って診断することは、あらゆる種類の悪影響をもたらす。病人にとっては、適切な診断や治療へのアクセスが遅れ、より深刻な機能障害や身体障害につながる可能性がある。総合的には、これは広範囲に及ぶ影響をもたらす。実際、病気の原因を伝染病と混同してしまえば、より恐れを抱く回避的な社会が培われ、資源の配分を誤り(研究助成金など)、誤った経済(医薬品など)を支え、組織(政府など)に権力を譲り渡し、誤った道を進む間に、より多くの人々が病気になり、命を落とすという機会損失を最終的には被ることになる。
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「Can You Catch A Cold?」サンプル5 | 字幕大王
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kennak · 6 months ago
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編集者注:ナショナル・フットボール・リーグのカンザスシティ・チーフスのプレースキッカーであるハリソン・バトカー氏(28歳)は、 2024年5月11日土曜日、カンザス州アチソンのベネディクト大学で卒業式の演説 を行った。彼の発言の転写は以下の通りである。 2024 年卒業生の皆様:まず、皆さんが本日無事にこの成果を達成できたことを祝福したいと思います。 あなたの高校卒業は想像していたものではなかったと思いますし、おそらく大学の最初の数年間も想像していたものではなかったでしょう。 新型コロナウイルスによるあらゆる逆境を乗り越えてこの瞬間に辿り着いたことで、この人生の苦しみは一時的なものに過ぎないという重要な教訓���学んだことを願��ています。 あなたはグループとして、自分たちのレーンに留まらない悪いリーダーがいかに社会に悪影響を与えるかを目の当たりにしました。 このレンズを通して、私たちがどのようにして今の場所にたどり着いたのか、そして国民として、そしてカトリック教徒としてどこに行きたいのかを考えてみたいと思います。 始める前に最後に、講演への招待をいただいたミニス会長と理事会に必ず感謝したいと思います。 数か月前、ミニス学長が最初に連絡を取ったとき、私は最初は「ノー」と答えていました。ご存知のように、昨年、私は母校であるジョージア工科大学で卒業式のスピーチをしましたが、特に卒業式のスピーチは 1 回で十分だと感じていました。プロのスピーカーではない人。 しかしもちろん、ミニス大統領は説得力を発揮した。 [ 笑い ] この曲は、新型コロナウイルスの大惨事の中で皆さんが直面した多くの課題と、私たち高齢者が当たり前だと思っていた多くのマイルストーンを皆さんがいかに逃したかを物語っていました。 新型コロナウイルスはあなたの形成期を通じて大きな役割を果たしたかもしれませんが、それは特別なものではありません。 間違った政策と不十分なリーダーシップは、生活の主要な問題に悪影響を及ぼしています。 中絶、体外受精、代理出産、安楽死、そしてメディアにおける退廃的な文化的価値観への支持の高まりなどは、すべて無秩序の蔓延に起因しています。 私たちの国は、カトリック信仰を公に誇らしげに宣言しながらも、同時に中絶推進集会で十字架のサインをするほど妄想的な人物によって指導されています。 彼は罪のない赤ん坊の殺害に対する支持を非常に声高に主張してきたので、多くの人にとって、あなたはカトリック教徒であると同時に選択を支持する人でもあるように見えるはずです。 彼は一人ではありません。 新型コロナウイルスのロックダウンを主導した人物から、アメリカの若者に危険なジェンダーイデオロギーを押し付けている人々まで、彼らには明らかな共通点がある。 彼らはカトリック教徒です。 これは、カトリック教徒であるだけでは役に立たないということを思い出させる重要なものです。 こうしたことは、礼儀正しい社会では持ち出さないようにと言われている類のものです。 わかります、困難なこと、不快なこと。 しかし、私たちが歴史のこの時期に男性と女性でありたいのであれば、「ニース教会」が勝利の提案であるかのように振る舞うのをやめなければなりません。 私たちは常に慈善活動に基づいて話し、行動しなければなりませんが、決して慈善活動を卑劣なものと取り違えてはなりません。 ここ数年で、私は自分の考えを話すことでかなりの評判を得てきたと言っても過言ではありません。 私は自分自身がこのようなプラットフォームを持つことを想像したことも、望んだこともありませんでしたが、神がそれを私に与え���くれたので、私にはそれを受け入れ、自分のレーンを受け入れ、そこにとどまることについてのより厳しい真実を説く以外に選択肢はありません。 イエス・キリストによって設立された教会の会員として、真に、そして��びれることなくカトリック教徒であることは、私たちの義務であり、最終的には特権です。 誤解しないでください。教会内であっても、礼儀正しいカトリックサークルの人々はあなたに沈黙するよう説得しようとします。 という受賞歴のある映画さえあったが 同じカトリック信者が製作した『沈黙』 、その映画では、主人公の一人であるイエズス会の司祭が教会を捨て、背教者として死んだとき、静かに誰にも知られずに十字架を握っている姿が描かれている。しかし神。 ベネディクト会大学の友人であるロバート・バロン司教閣下がこの映画の批評で述べたように、それはまさに文化的エリートがキリスト教において見たいもの、つまりプライベートで、隠れていて、無害なものだった。 私たちのカトリック信仰は常にカウンターカルチャーでした。 私たちの主と数え切れないほどの信奉者たちは皆、彼女の教えを忠実に守ったために処刑されました。 私たちの周りの世界は、私たちの信念が多様性、公平性、包括性の圧政に反する場合は常に自分の信念を内に秘めておくべきだと主張します。 私たちが真実を話すことを恐れるのは、残念ながら現在では真実は少数派だからです。 議会は、誰がイエスを殺したかという聖書の教えのような基本的なことを述べると、刑務所に入れられる可能性があるという法案を可決したばかりだ。 しかし、誤解しないでください。社会を悩ませている問題を解決しようとする前に、まず自分自身の家庭を整えなければなりません。それはリーダーから始まります。 神によって私たちの霊的父として任命された司教と司祭は、正しく命令されなければなりません。 今日、司祭や司教が群れを誤解させた話をすべて列挙するには時間がありませんが、私たちの誰ももう無知を責めて、ただ盲目的に「お父様がおっしゃったことです」と宣言することはできません。 なぜなら、悲しいことに、私たちがリーダーとして期待している司祭の多くは、自分の趣味を優先したり、教区名簿に掲載する犬との写真やおそろいの服装を優先したりする司祭たちと同じだからです。 私たち信徒も女性も、聖なるためには小教区で積極的に活動し、問題を解決しようと努めなければならないと考えがちです。 はい、私たちは小教区の支援に絶対に関与すべきですが、私たちが小教区の司祭たちが問題を解決するために頼れる拠り所になることはできません。 父親と息子の関係に目を向けるのと同じように、司祭とその民との関係にも目を向けるべきです。 父親として息子を導くのが私の仕事であるにもかかわらず、常に息子に助けを求めるのは適切ではありません。 聖ホセマリア・エスクリバは、司祭は奉仕するように任命されており、信徒を模倣する誘惑に負けず、徹底的に司祭であり続ける��きであると述べています。 悲劇的なことに、非常に多くの司祭は幸福の多くを教区民から受ける賞賛に依存しており、それを求めるうちに警戒を緩め、過剰に馴れ馴れしくなってしまうのです。 私のチームメイトのガールフレンドが言うように、馴れ合いは軽蔑を生むので、この過度の馴れ合いは毎回問題になることがわかります。 [ 笑い ] 聖ホセマリアは、司祭を単なる一人の人間として見たい人もいると続けます。 そうではありません。 彼らは司祭の中に、すべてのキリスト教徒、そして実際すべての名誉ある人にふさわしい美徳、すなわち理解力、正義、仕事生活(この場合は司祭の仕事)、そして良いマナーを見つけたいと思っている。 私たちが信徒として、あれこれの神学の教えを解読できるようにアマチュア神学者になることに身を投じるのは賢明ではありません――もちろん、あなたが神学を専攻している場合は別ですが。 私たちは、人生における自分の状態と自分自身の使命に意図的に焦点を当てなければなりません。 そして私たちのほとんどにとって、それは既婚男性と女性としてのことです。 それでも、私たちはすぐに使える素晴らしいリソースをたくさん持っているので、現代に合わせて曖昧に言い換えられていない、伝統的で時代を超越した教えを見つけるのにそれほど時間はかかりません。 さらに、善良で聖なる司祭はまだたくさんいますので、彼らを探し出すのは私たち次第です。 世界の混乱は残念ながら私たちの小教区の混乱に反映されており、悲しいことに大聖堂にも反映されています。 パンデミック中に見られたように、あまりにも多くの司教がまったくリーダーではありませんでした。 彼らの動機は、恐怖、訴えられることへの恐怖、排除されることへの恐怖、嫌われることへの恐怖でした。 彼らは、意図的か非意図的かにかかわらず、秘跡は実際には重要ではないことを行動によって示しました。 このため、秘跡も受けられずに孤独死した人が数え切れないほどおり、決して忘れてはいけない悲劇です。 カトリック教徒として、私たちは民、そして最終的には教会のために命を捧げた英雄的な羊飼いたちの例を数多く挙げることができます。 コロナ禍で経験したことが適切だったという嘘を信じることはできません。 何世紀にもわたって、大戦争、大飢餓、そしてそうです、大病気さえもあり、それらはすべてある程度の致死性と危険性を伴いました。 しかし、これらの例のいずれにおいても、教会指導者は自らの召命に力を注ぎ、民が秘跡を受けられるようにした。 モロカイ島の聖ダミアンのような偉大な聖人たちは、自らの宣教の危険性を承知しており、精神的指導者としてハワイのハンセン病植民地に11年間滞在しました。 彼の英雄的行為は、理想的にはまったくユニークであるべきではないにもかかわらず、今日では何か特別でユニークなものとして見なされています。 なぜなら、父親が自分の子供を愛するように、羊飼いも自分の霊的な子供たちを愛すべきだからです。 それは、現代の使徒である司教たちにとってはさらに当てはまります。 私たちの司教たちはかつて、指輪にキスをし、彼らの言葉をすべて受け止める崇拝の群衆を持っていましたが、今では取るに足らない存在の地位に追いやられています。 さて、教区の司教や司教協議会全体が、この問題やあれこれに関する重要な文書を発表しても、誰もそれを読むどころか、一刻も読もうともしない。 いいえ、今日、私たちの羊飼いたちは、難しいことを大声で言うことよりも、公会議への扉を常に開いておくことにはるかに関心を持っています。 司教たちから連絡を受けるのは、毎年恒例のアピールの時だけのようですが、私たちは司教たちに、個人的な慰めを脇に置き、十字架を抱きながら教会の教えについて声を上げる必要があります。 私たちの司教たちは政治家ではなく羊飼いなので、仲良くしようとして世界に溶け込むのではなく、彼らも自分たちの道に留まり、先頭に立たなければなりません。 私がこのすべてを怒りから言っているわけではありません。私たちはふさわしい指導者を獲得しているからです。 しかし、これは私が自分の車線にとどまり、自分の使命に集中すること、そしてより良い父親、夫になり、世界で生きながらも世界に属さないようにするにはどうすればよいかを考えさせます。 これらの人々のために祈り、断食しながら自分の召命に集中することは、私が教会の指導者たちに不平を言うよりも、教会のためにもっと役に立ちます。 私たちの指導者たちからは非常に多くの混乱が生じているように見えるため、ミズーリ川の上流の断崖絶壁に建てられたカンザス州の小さな大学ベネディクト校のような場所で人々が参考になる具体例が必要であり、秩序ある政策がどのように世界に示されているかを示している。 , キリストを中心とした存在が成功の秘訣です。 過去 20 年間で入学者数が 2 倍に増加し、建設と活性化が常に生活の一部となっており、人々、学生、教職員が繁栄しています。このキャンパスのいたるところにある例を見る必要はありません。 これは偶然に起こったわけではありません。 伝統的なカトリックの価値観を受け入れる意図的な運動の中で、ベネディクト会は、他と区別するものが何もない単なるリベラルアーツ学校から、繁栄する光の灯台となり、伝統を受け入れると、世俗的な、精神的な成功が得られるということを私たち全員に思い出させてくれます。フォローする。 AP通信の記者たちは、ここベネディクト会のような場所や人々を叱責し当惑させようとする試みが、怒りを持たれず、むしろ興奮と誇りを持って迎えられるとは想像できなかったに違いない。 それは、一か月をそれに費やす大罪のような誇りではなく、聖霊と協力して神の栄光を現わす、神を中心とした真の誇りです。 現在世界中で共有されているその記事を読むと、自己を完全に明け渡し、キリストに向かうことで幸福が得られることがわかります。 ここカンザス州の小さな町で、私たちは自分の才能を活かしてインスピレーションを与える多くの信徒を見つけます。 ミニス学長、[アンドリュー] スワフォード博士、[ジャレッド] ジメラー博士は、まさにこのキャンパスで、キリストの光を今後何世代にもわたって明るく照らし続ける素晴らしい例です。 自分の使命にしっかりと向き合い、自分のレーンにとどまることが、この人生で真の幸福と平安を見つける最も確実な方法となるでしょう。 信徒であれ、司祭であれ、修道者であれ、私たちは人生における自分自身の状態に焦点を当てることが不可欠です。 2024 年卒業生の皆さん、皆さんは残りの人生の瀬戸際に座っています。 皆さん一人ひとりは、自分自身とこの人類存在の時代を超える遺産を残す可能性を持っています。 小さなことではありますが、自分の召命を全うすることで、神の教会が存続し、世界があなたの模範によって啓発されることを保証するでしょう。 本日ご出席の女性の皆様、素晴らしい成果をおめでとうございます。 あなたは、若い人生でこれまでに達成してきたすべてのことを誇りに思うべきです。 私があなたたちに直接話したいのは、最も悪魔的な嘘をついたのはあなたたち女性たちだと思うからです。 今ここに座って、この段階を通過しようとしていて、自分のキャリアで獲得するすべての昇進やタイトルについて考えている人は何人いますか? 皆さんの中には、世界で成功したキャリアを送り続ける人もいるかもしれませんが、あえて推測すると、皆さんの大多数は、自分の結婚と、この世に産む子供たちに最も興奮しているのではないかと思います。 私の美しい妻、イザベルは、妻として、そして母親としての使命を果たし始めたときから彼女の人生が本当に始まったと最初に言うでしょう。 私が今日ステージに立って、今の私でいられるのは、天職に身を寄せる妻がいるからです。 私は神が私に与えてくださった多くの才能に恵まれていますが、私のすべての成功は、中学校時代にバンドのクラスで出会った女の子が信仰に改宗し、私の妻となり、すべての中で最も重要な肩書きの 1 つである主婦を受け入れましょう。 [ 18 秒間の拍手 ] 彼女は私たちの子供たちの主な教育者です。 彼女は、私が夫や父親の仕事からフットボールや私の仕事を決して邪魔にならないようにしてくれた人です。 彼女は私の根幹を最もよく知っている人であり、私たちの結婚を通して、主の御心によって私たちは二人とも救いを得ることができます。 私がこのようなことを皆さんに言うのは、外の騒音を無視して人生において神のご意志にどんどん近づいたときに、人がどれほど幸せになれるかをこの目で見てきたからです。 キャリアを持つというイザベルの夢は叶わなかったかもしれませんが、もし今、彼女に自分の決断に後悔があるかと尋ねたら、ためらうことなく大声で笑って、「いや、違う」と答えるでしょう。 多くの賞賛を受け、今日このような聴衆に向けて話す機会を与えられた男として、私は自分の声を自分のためではなく、常に神のために使うように祈ります。 私が皆さんに話していることはすべて、知恵の場からのものではなく、むしろ経験の場からのものです。 私は、この言葉があなたとそれほど年上ではない、この階級、この世代、そしてこの社会において、私たちの周りに見ているものが本物であるかのように振る舞うことをやめなければならないと感じている男性の言葉として受け取ってもらえることを願っています。普通。 カトリックのサークル内にも異端的な考えが溢れています。 しかし、正直に言うと、子供を産むことで神ごっこをすることは、それが理想的な数であれ、妊娠に最適な時期であれ、何も良いことはありません。 どう解釈しても、カトリックの避妊には自然なことは何もありません。 私がより大胆かつ率直に話すようになったのはここ数年のことです。なぜなら、先に述べたように、私は夫として、父親として、そして男性としての使命に傾倒してきたからです。 今日ここにいる紳士の皆様へ:私たちの社会を悩ませているものの一部は、家庭や地域社会に男性は必要ないという、あなた方に伝えられてきたこの嘘です。 私たちは男性として、文化の雰囲気を決めますが、それが欠けると、無秩序、機能不全、混乱が始まります。この家庭に男性がいないことが、全国各地で見られる暴力に大きな役割を果たしています。 他の国では、父親の不在率がここ米国とほぼ同じではなく、暴力率が大幅に低いことにも相関関係がある可能性があります。 ��性の文化的骨抜きと闘いながら、自分の男らしさを悪びることなく行動してください。 難しいことをやってください。 決して簡単なことだけに妥協しないでください。 あなたには、必ずしも楽しんでいるとは限らない才能があるかもしれませんが、それが神を讃えるものであれば、自分にもっと適していると思われるものよりも、その才能に頼るべきかもしれません。 私は内向的で、今ではアマチュアの講演者や起業家になっているという経験に基づいて話しますが、産業工学の学位を取得したときには、自分がそうなるとは思っていませんでした。 前途は明るいです。 状況は変わりつつあります。 社会は変化しています。 そして、老若男女が伝統を受け入れています。 私と私に最も近い人々を助けてきたのは私の使命であるだけでなく、伝統的なラテン語のミサを率直に支持することは多くの人にとって驚くべきことではありません。私は TLM への愛と献身を非常に声高に主張してきました。そしてそれは私たちの生活にとって必要なものです。 しかし誤解されていると思うのは、TLM に参加する人はプライドや好みから参加しているということです。 私は自分自身の経験について話すことができますが、これらのコミュニティ内で出会ったほとんどの人にとって、これはまったく真実ではありません。 私が TLM に参加しないのは、自分が他の人よりも優れていると思っているため、または匂いや鐘のため、さらにはラテン語への愛のためでもありません。 私が TLM に参加しているのは、旧約聖書の神がどのように崇拝されることを望んでいたかについて非常にこだわりがあったのと同じように、同じことが今日の私たちにも当てはまると信じているからです。 私が秩序に出会い、自分の人生の中でそれを追求し始めたのは、TLM を通じてでした。 TLM自体は別として、私たちの神聖な伝統の多くは過去のものに追いやられていますが、私の教区では、残り火の日、断食をして召命と司祭のために祈る日などが今も守られています。 TLM は非常に不可欠なので、すぐに利用できる場所に移動する場所を選ぶよう皆さんにお願いしたいと思います。 多くの人が教区や共同体について不満を持っていますが、私たちは共同体のためにミサを犠牲にするべきではありません。 たとえ教区が美しくなくても、司祭が素晴らしくなくても、コミュニティが素晴らしくなくても、私はTLMを優先します。 私が今でもTLMに通っているのは、ミサの聖���る犠牲が何よりも大切だと信じているからです。 私は、あなた方一人一人が教会の偉大な伝統の多くについての知識と遵守を再燃させたとき、自分の人生がどれほどカラフルで生き生きとしたものになることができるか、そしてそうあるべきであることがわかるだろうということを十分に承知してこのように述べています。 あなたがこの場所から進んで世界に飛び出すとき、多くの課題に直面することを知ってください。 悲しいことに、このコミュニティの善良で活発なメンバーが、卒業してベネディクト会のバブルから離れた後、結婚前にボーイフレンドまたはガールフレンドと同棲することになった無数の話をご存知の方も多いと思います。 教会を離れて神を捨てる人さえいます。 こうした話を聞くのはいつも心が痛むもので、何が起こったのか、何がうまくいかなかったのかを知りたいという欲求があります。 覚えておかなければならないのは、人生とは、小さなことをうまくやり遂げ、成功に向けて準備を整え、最高の自分になるよう絶えずプッシュしてくれる人々に囲まれることだということです。 私はいつも言っていますが、鉄は鉄を研ぎます。 これは、私たちに最も近い人たちが私たちをより良くしてくれるはずだということを思い出させてくれます。 もしあなたが自分の信仰を共有していない人と付き合っているとしたら、その人があなたを聖人になれるようどのように助けてくれると期待しますか? もしあなたの友人グループが、あなたが次の週末に何をするかだけを考えていて、難しい会話をしたくない人たちでいっぱいなら、どうやって彼らがあなたを研ぎ澄ますのに役立つでしょうか? 就職の準備をする際には、転職先について実際に考えることが非常に重要です。 司教は誰ですか? どのような教区がありますか? 彼らはTLMを提供しており、司祭としての使命を受け入れる司祭を抱えていますか? 生活費だけがあなたの選択の決め手であってはなりません。神のいない人生はまったく人生ではなく、救いのコストはどんなキャリアよりも価値があるからです。 私は将来に興奮しています。そして、あなたが人生の次の章に進む際に、私の言ったことが心に響くことを祈っています。 唯一の聖なるカトリック使徒教会を告白することを決して恐れてはなりません。なぜなら、これはイエス・キリストが設立された教会であり、それを通して私たちは聖化の恵みを受けるからです。 今日の私のメッセージは、これらのスピーチで期待されているよりも少し綿毛が少なかったことは承知していますが、この聴衆とこの会場は、私たちが何者であるか、そして私たち全員がどこに行きたいのかについてオープンかつ正直に話すのに最適な場所であると信じています。天国。 ベネディクト会大学と、それが世界に模範を与えてくれたことを神に感謝します。 ミニス大統領のような王国のために自らの役割を果たしている人々のことを神に感謝します。 本格的なカトリック大学 と 盛んなフットボール プログラムがあることを知りに来てください。 [ 笑いと拍手 ] 誤解しないでください。あなたは神の後の世界で宣教領域に入ろうとしていますが、あなたはそのために造られました。 そして、神がそばにいて、自分の使命の中で美徳を求めて絶えず努力していれば、あなたも聖人になれるのです。 キリストは王です。 ハイツへ。
全文: カンザスシティ・チーフス卒業式スピーチのハリソン・バトカー| 全国カトリック登録簿
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shinjihi · 1 year ago
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韓国軍による韓国人虐殺犠牲者数(戦後)
1945年 ハンセン病院虐殺84人
48年済州島虐殺約~7万人
麗水・順天反乱5000人〜
49年 聞慶虐殺88人
50年 漢江人道橋爆破〜800人
国民保導連盟虐殺30万人〜
大田刑務所虐殺1800人〜
国民防衛軍数十万人
51年異山居 大人334人、子供385人
80年 光州主に学生170人
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kyoto4 · 10 months ago
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『差別と日本人 』野中 広務、辛 淑玉 著 (KADOKAWA)
差別は享楽、という重いことば。
第1章 差別は何を生むか(昭和という時代と差別;部落出身の男とは ほか)
第2章 差別といかに闘うか(関東大震災における虐殺;軍隊と差別 ほか)
第3章 国政と差別(阪神淡路大震災と差別;オウム真理教事件と破防法 ほか)
第4章 これからの政治と差別(ハンセン病訴訟で国が控訴を断念;人権擁護法案 ほか)
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hachikenyakaiwai · 1 year ago
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【かいわいの時】昭和九年(1934)9月21日:室戸台風近畿地方直撃、強風・高潮などで大被害。死者・不明990人、校園に大被害、児童・教員など259人死亡、外島保養院倒壊、189人死亡(大阪市史編纂所「今日は何の日」)。
学校A(鶴橋第二小学校)大阪市内の小学校で最も死傷者が多かったのは鶴橋第二小学校で、死者は児童67名、職員1人、重軽傷者は児童188名、職員4名であった。 学校B(天王寺第一小学校)校舎が倒壊したが、児童を鉄筋校舎の講堂に避難させて、一人の怪我人もなかった。
午前7時: (大阪の気象状況)気圧967.3mb、風速12.6m/秒 (学校Aの対応)7時少し過ぎ、登校。直ぐに担当クラスへ行く。生徒を北側に座らせる。 (学校Bの対応)校長はじめ、ほぼ全員の職員が登校。教頭が火種を消す。校舎を巡回。
午前7時30分: (大阪の気象状況)風は次第に強まる。 (学校Aの対応)両隣のクラスの先生はまだ来ていない。
午前7時40分: (大阪の気象状況)17~18mの烈風となった。 (学校Aの対応)校舎が動揺し、瓦が窓を破る。生徒を机の下に入れる。職員室の指令を聞きに行く余裕がない。 (学校Bの対応)校長の指示で木造校舎の児童を鉄筋校舎の講堂に移動させる。隣の教室へ校長の指示を伝言した。
午前7時55分: (大阪の気象状況)最低気圧954.4mb。猛烈な暴風となる。 (学校Aの対応)2階の生徒がなだれ込んできた。机の下に入るように指示する。校舎が物凄く揺れ、ガラスが割れる。隣室との境に立ち、風が鎮まるのを祈る。 (学校Bの対応)校長・仕丁が玄関に立ち、登校してきた児童を鉄筋校舎の講堂に入るよう指示する。教頭が2回構内を巡視、居残り児童がいないか確認。
午前8時3分: (大阪の気象状況)瞬間風速がダインス風圧計で60mを越える。 (学校Aの対応)南側校舎が倒壊、北校舎も倒壊。柱の下敷きとなり、気を失う。 (学校Bの対応)御真影を講堂に移動。木造校舎が倒壊する。
※(学校Aの対応)教員の手記による。(学校Bの対応)大阪新聞及び当時の教頭の回想記による。 参考文献:『大風水災学園美績』101~104頁、『大阪新聞』1934.9.21、『天王寺』14頁。
※(大阪の気象状況)参考文献:大阪管区気象台『大阪の気象百年』、青木滋一『大阪の四季と災害』、藤原咲平『室戸台風調査報告概況』、大阪市『大阪風水害誌』。
以上、長尾武「室戸台風、大阪での暴風・高潮の被害―小学校の倒壊、ハンセン病外島保養院の流出―」立命館大学歴史都市防災研究所『京都歴史災害研究 第11号』2010より、抜粋して編集。
(写真)倒壊した校舎。毎日新聞「View+ あの日伝え継ぐ 慰霊碑/大阪」2021/8/29より。
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myonbl · 1 year ago
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2023年11月23日(木)
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今日は勤労感謝の日、祝日ではあるが私の職場含めて多くの大学では通常通り授業が行われている。1限(09:00〜10:30)終わりで妙齢女子からメッセージ、夜勤明けで研究室に向かうと。それならと、車に同乗して拙宅まで戻り、徒歩1分の<味平>でランチ。車を置いたので安心してビールで乾杯、久闊を叙しながら互いの勤労を慰め合ったのだ。
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5時起床。
日誌書く。
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朝食。
洗濯。
弁当*3、今日は妙齢女子と約束があるので家族3人分を用意した。
プラゴミ、45L*1。
ツレアイの職場経由で出勤。
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さすがに交通量は少なく、48分で到着した。
木曜日1限は<共生社会と人権>、今日のテーマは<ハンセン病回復者と家族の人権について>。国立ハンセン病資料館の紹介と映像による学習、その後、熊野古道の巡礼慰霊碑の紹介、松本清張の<砂の器>と話を展開した。21世紀生まれの彼女たちには松本清張は通じなかったが、ミステリー好きという学生もいたので是非作品を味わってほしいものだ。
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妙齢女子から連絡、バスが無いので徒歩で大学へ向かうと��それならとこちらから車で迎えに行き(ちと迷ったけど)、渋滞の名神を通って昼前には拙宅に到着。車を置いて、近所の<味平>でランチと相成った。
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食後は西大路七条から九条大宮までバスで移動、<おはぎ平野屋>でデザートを仕入れ東寺境内の床几に座っていただく。金堂・講堂と拝観するのも久しぶり、改めて立体曼荼羅を堪能した。
帰宅して軽く午睡。
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あり合わせ食材で夕飯準備、ツレアイも早めに帰宅して4人で夕飯・・・と思っていたが、私が尾鷲から取り寄せた<生節>をスライスしていると、ココが勢いよく飛び込んできた。どうやら鰹の匂いに反応したよう、試しにツレアイが小さくちぎった生節を食べさせると勢いよく齧り付いて、たちまち3枚を食べてしまった。こんなものばかり食べさせるわけにはいかないが、何であれ食欲が出るのは嬉しいことだ。
録画番組視聴。
ロング・ナイト (9)「刑事」
初回放送日: 2023年2月19日 不可解な殺人事件の闇に迫る中国発社会派ミステリー。2006年。ジュー・ウェイは刑事に復帰し、ジアン・ヤンと執念の捜査を続け、ついに事件の重要な証拠をつかむが…。 刑事ジュー・ウェイの行方を捜すイエン・リアンたちのもとに目撃情報が入る。新聞記者ジャン・シアオチエンに5通目の匿名の手紙が届いた。2006年。3年の研修を終え現場の刑事に復帰するジュー・ウェイと、ジアン・ヤン、チェン・ミンジャンは再会し、近況を報告。ジュー・ウェイは事件の手がかりをすべて失ったというジアン・ヤンを励まし捜査を再開。翌年、別件で逮捕された男から有力な証拠につながる情報がもたらされる。
私には人名が覚えられないので、よくわからない。
腹ごなしに軽く町内ウォーキング。
片付け、入浴、体重は50g減。
シロクマパジャマに着替えて日誌書く。
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いい数字���今日も終了出来た。
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pudknocker · 2 years ago
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死者や重体患者が相次いでも軍嘱託の医学者たちが投与を続けたことが記されており、専門家は「当時の医学倫理に照らしても残酷な人体実験で、文書群を検証すべき」と話している。
陸軍の人体実験「虹波」、ハンセン病入所者9人死亡 熊本の療養所が初開���|社会|地域のニュース|京都新聞
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tkhkisi · 21 days ago
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遣る瀬無い日々に
滝山病院事件(知らない人はググってね)の中心人物(責任者)2名のうち1人が長らく、そうほぼ20年、医療とは関係ない別のコミュニティで親しくしていた人だとちょっと前に知ってショックだった。一時期は兄のような存在だった。 あの事件は相模原の事件や袴田氏の冤罪、旧優生保護法と通底するように思う。 この話にはまだ続きがあり、さらにひどくゲンナリした。ここでは割愛。
また別の話で、これまたとても親しい友人が、最近メンタルの不調を抱え通院し始めたのだと告白してくれた。 ���人に会わなきゃと思うんだけどしんどくて�� 彼はいうのだが、それに対しては通院歴が今年でちょうど10年となった当事者としての実感と、各種精神疾患・障害の専門書で禁忌として指摘されていることとを踏まえ、やめておいたほうがいいと伝えておいた。特に発症初期は。 (その点ではおよそ10年前にfacebookなんか始めて、浅はかにいろいろ人と繋がったのは失敗だったと思う次第)
どういうわけか、精神疾患及び障害に関し、一般の多くの人は「癌に効く〇〇(食品とか)」などと同様のエセ医学のような「アドバイス」を悪気はないのであろうが、口にしがちである。 またそれとは逆に、身体疾患への配慮同様に精神疾患への配慮をするのはひどく難しいようだ。 精神・思考が宿っている「脳」もそもそもは身体の一部だし、身体と精神はいつも連動している。精神疾患は身体機能不全も併発するものだが、それさえ認識されてるとは言い難い。 胡乱な「心構え」の問題であるかのような認識をしている人と多々出会う。2024年にもなって。
「心の風邪」、「気の持ちよう」、「気にしすぎ」などなど。 それで社会復帰ができたり、重症化や自死を防げるなら、医療の存在意義がなくなる。実際はそうではない。そもそも専門医療をなんだと思っているのだろうか。 かつてのハンセン氏病やエイズなどと同様のスティグマを、多くの精神疾患・障害者は大なり小なり負わされたままでいる。2024年にもなって。
精神に不調を抱えた人はなるべく人に会うのは避けたほうがいい、というのは各種発達障害や適応障害、うつ、双極症など、どの疾患の専門医も推奨している。 よっぽど親しい人でも、まだまだ十分な知識がある人は少ないし、偏見や誤認識が残念だが未だまかり通っている。
心ない一言や、不見識ゆえの何気ない一言が、そこに悪意があろうがなかろうが、時に大きなナタのように心を裂くこともある。
罹患を伝えるのも、単に会うのも、よくよく人を選ぶか、そもそも避けたほうがいいでしょうと、専門書の監修を依頼されるレベルにあるお医者さんは唱えている。 (私のパートナーはこのところずっと精神疾患に関する実用書を何冊も編集していて、毎回ゲラ読みを手伝わされているのでいろいろ勉強になっている)
身近にそういった疾患や障害を抱える人がいる場合、どう付き合えばいいか。 「そもそもおっかない」、「めんどくさい」、そういう本音はわからないでもない。 「こっちは気にしない」、「難しく考えないでいい」、というのも然り。
個人の本音としては、増加し続ける精神疾患に限らず、同時代の各社会問題についての認識をアップデートできていない人には疑問符が浮かぶこともままある。大人でしょう?と。 ただそのことを��啓蒙」しようとは思わない。よっぽどのことを言われない限り糾弾(笑)して、詰めようとも思わない。 でもいつも噛み合わない諸々に忸怩たる思いを抱えてはいる。けっこうしんどい。 (「それがまさに『人間関係』だよ」、というツッコミはいらないです) (尤も、知識階級、教育者でありながら、差別発言そのものの暴言を投げかけてくる人も残念ながらいた。)
自分を守るために、孤独や焦燥や承認欲求と向き合わなければならない。 「辛さ」の元となる認知の歪みや思考パターンに「リアルタイムで」「自らで」気づかなければならない。 だが、その奮闘の中で無理をし過ぎると、社会の不見識を憎みはじめてしまう。それが行き過ぎると途端に拗れる「黒い犬」がいつも心の中に伏せている。
思うまま書いたので文脈が破綻し始めた。ので、この辺で。備忘録程度に。
【資料】 「もし内科や外科で患者さんが虐待されたら、大問題になりますよね。でも、精神科だと「仕方がない」とされ、不合理な差を設けて異なる扱いをする。それは差別です。」引用元 https://www.asahi.com/articles/ASSBR0CFWSBROXIE028M.html
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fluqwa-blog-blog-blog · 1 month ago
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謎なぞ
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sohgendo · 2 months ago
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朗読コンサートのお知らせ
作家のドリアン助川さんとサックス奏者の仲野麻紀さんの朗読コンサート「ドリアン助川×仲野麻紀  Music, Talk, Reading Concert - 動物の哲学、古今 ー 時間をめぐる音楽と文学 -」が10月26日(土曜日)15:30から旧田島うるし工場で開催されます。
若い方(特にお子様!)にも聴いて頂きたい内容となっておりますので、大学生以下無料となっております。ぜひ、ご家族やお友達とお誘い合わせの上ご来場くださいませ。チケット前売りご予約はそうげん堂&OLD FACTORY BOOKS でも承っております。
たくさんのご来場をお待ちしております。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・
ドリアン助川×仲野麻紀  Music, Talk, Reading Concert
- 動物の哲学、古今 ー 時間をめぐる音楽と文学 -
2024年10月26日(土)開場15時 開演15時30 分
現在23ヶ国語で翻訳されている、ハンセン病患者による哲学の開闢を描いた小説『あん』の作者、ドリアン助川さんと、(縁舎さんで過去演奏会を行っている)サックス奏者仲野麻紀さんによる、言葉と音楽が交差する朗読コンサートの時間。
ドリアン助川(作家)
1962年東京生まれの神戸育ち。早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒。放送作家を経て、1990年、バンド「叫ぶ詩人の会」を結成。ラジオ深夜放送のパーソナリティとしても活躍。深夜ラジオ番組やテレビ出演など若者の人気を集める。バンド解散後NY滞在を経て、帰国後は本格的に執筆活動を開始。著書『あん』(映画化/カンヌ国際映画祭ある視点部門オープニング上映)、2017年、同作がフランスの「DOMITYS文学賞」と「読者による文庫本大賞」の二冠を得る。『線量計と奥の細道』(日本エッセイスト・クラブ賞)など、著書多数。近著に『動物哲学物語確かなリスの不確かさ』(集英社)。
仲野麻紀 (サックス奏者・俳人)
2002年渡仏。自然発生的な即興、エリック・サティの楽曲を取り入れた演奏からなるユニット Ky [キィ] での活動の傍ら、様々な土地、人々と演奏を行いながら、音楽レーベルopenmusic、アソシエーション-芸術と文化、共生-をフランスで主宰。『旅する音楽』(せりか書房)にて第4回鉄犬ヘテロトピア文学賞受賞。 最新作は、古・現代美術のコレクションギャラリーでの撮影・演奏を収録した俳句 CD-Book 『古今』(Edition Ecoute出版)。
2017年から始めたネットラジオopenradioは300回を越えて続行中。
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