#ノー加工
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政府が宗教法人法に基づき、13日にも解散命令請求に踏み切る世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡って、東京都多摩市に新たな大規模研修施設を建設する計画が浮上し、地域の混迷が深まっている。一帯は高校や大学がある閑静な住宅街で、市民は若者らへの勧誘を懸念し反対運動を展開。市も計画停止を教団側に申し入れているが、法的根拠はない。地元は、解散命令請求を契機に国政レベルで事態が進展するよう期待を寄せている。 登記簿や市への取材によると、建設予定地は菓子業者が所有していた約6300平方メートルで、教団が2022年4月に土地と既存の建物を取得した。近くには国士舘大多摩キャンパスや都立高校がある。 計画の詳細は公表されていないが、教団側の市への説明では、延べ床面積約8800平方メートルの建物を解体し約400人が宿泊できる同規模の建物を新設。国士舘大の建設反対申し入れに対する教団の回答書では、「伝道や布教活動を目的とした使用は考えていない」「活動は主に室内での学習であり、外部に『著しい悪影響』を与えるものでは決してない」とする。 教団の土地取得は、3月に多摩市議会で取り上げられて表面化。阿部裕行市長は「市民の平穏な暮らしが脅かされるのではないか」と容認できない考えを表明した。既存の建物の解体は7月に始まり、市は解散命令の有無が決まるまで建築工事などを止めるよう求めたが、教団は「市に土地利用計画を制限する法律上の権限はない」と回答。解体は来年1月に終わる予定。 教団進出に反対する住民でつくる市民団体は署名約5万筆を集めた。市議会も今月6日、市の要請と同様に新しく建物の建築などをしないよう教団に申し入れた。ただ、不当な契約や計画でない限り、宗教法人が民間契約で売買した土地への施設建設に対する法的制限はない。財産権や信教の自由は憲法上保障されており、地元には手詰まり感も漂う。署名運動に参加した市議は「市民の不安に正面から向き合ってとし��言えない」。市幹部も「地方行政の範疇(はんちゅう)を超えている」と肩を落とす。 市民らは打開策を解散命令に託す。ジャーナリストの鈴木エイト氏によると、解散命令が司法の場で確定して宗教法人格が失われれば固定資産税の非課税など税制上の優遇措置がなくなり、計画が止まる可能性も出てくるという。市民団体共同代表の佐久間む津美さん(84)は「請求で風向きが変わるかもしれない。われわれは諦めずにノーを訴え続ける」と力を込める。 旧統一教会の広報担当者は取材に「施設の建設は安倍晋三元首相銃撃事件前に計画していたもの。その後の反対運動も受け、計画を見直すかどうかを含めて検討している」と説明。住民説明会の開催も内部で協議しているが、「過料の問題や解散命令請求への対応があり、追い付いていない」と話した。 (岩谷瞬)
住宅街に旧統一教会施設建設計画 住民、解散請求に望み 東京・多摩市(西日本新聞) - Yahoo!ニュース
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2023年8月2日(水)
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先月届いた<京都みなみ会館>の閉館ニュースは、とても残念だった。リニューアル直後からのサポート会員ではあるが、実際に足を運んだ回数は誇れるものではなく少し罪悪感さえ感じている。ということで、夏休み期間中に可能な限り出かけることにする。とは言え、私が選んだものは126席のスクリーンに5名だけ、いくら平日とは言えこれでは厳しいよなぁ・・・。
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5時30分起床。
日誌書く。
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今回のお蕎麦はこれで最後、明日の朝食はパンにしよう。
洗濯1回。
弁当はツレアイと3男の分。
空きビン・缶、45L*1。
ゴミ袋がなくなったので補充しなければならない。
ツレアイを職場まで送る、リモートで先に冷房していたのでとても快適だ。
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京都みなみ会館へとやって来た。本日選んだのは・・・
陸送屋のコワルスキーは、70年型ダッジ・チャレンジャーをデンバーから1200マイル離れたサンフランシスコまで15時間で届けるという無謀な賭けをした。爆走するその車を追って各州警察が追跡を開始。警察無線を傍受した盲目の黒人DJスーパー・ソウルは、ラジオでその模様を実況中継する。大勢の野次馬やメディアが押し寄せる中、コワルスキーは、ブルドーザーが道路封鎖するバニシング・ポイント<消失点>に向かってアクセルを踏み込んでいく…。
『バニシング・ポイント』は、権力への反抗と現実に敗北する者たちを感傷的に描いた多くのアメリカン・ニューシネマとは一線を画し、作品全体の乾き切った精神性に加え、遡行と跳躍によって非直線的に描かれる【時間】という概念の表現を革新、かつてない高みに達した鮮烈・孤高の雄篇だ。現実に対する底知れぬ虚無と諦念を抱え、速度の限界に挑むコワルスキーの姿は、観る者をスピードの陶酔と快楽の果て、時空も生死も超越した無限の境地へと誘っていく。
タイトルは覚えていたが、映画が始まってすぐにすでに見ていたことを思いだした。とは言え、おそらくテレビで放送されたものだったと思う。70年代初頭の空気感と音楽、いやぁ良かった!
帰路にライフ西七条店で買物、ゴミ袋(2種)と鱧皮を購入する。
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ホンダからメールが届く
以下のとおり契約の更新手続きが完了いたしましたのでお知らせいたします。 詳細は添付の契約書(PDF)をご確認ください。
【受付内容】 ------------------------------------------------------------------------------------ 購入日 : 2023年8月1日 操作者 : 自動継続による購入 HTC会員番号 : HTC7299452837 対象車種 : フィットハイブリッド(京都544す1105) 対象サービス : 基本パック (月額) お支払金額(税込): 550円 ------------------------------------------------------------------------------------
あれ、手放した前の車に課金されている。ディーラーは定休日なのでコールセンターに電話、アプリで自分で解約手続きが必要とのことだ。恐らくセールス担当も知らなかったのであろう、納車時に説明はなかった(と思う)。電話を切ってアプリにログインするが、今の車の情報が表示されるのでこれを解約するわけにはいかない。再度コールセンターに連絡、アプリの車の画像をタップすれば以前の車の情報が表示されるとのこと、なるほど過去2台分の情報がちゃんと残っている。やっとのことで<過去車>に変更して解約することができた。しかし、アプリ時代の世の中、対応できない高齢者は多いだろうなぁ。
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ツレアイは<ノー残業デー>とのことで早めに帰宅、みなで夕飯を頂く。さんだかん燻製工房の無添加ベーコンと奥川ファームの平飼い有精卵とのベーコンエッグ、ささみ燻製、キュウリとわかめの和え物、トマト+レタス。息子たちにはヱビスビール、私たちは賀茂鶴を冷やし、魚は鱧皮とキュウリの和え物。
片付け+入浴・・・のはずが、冷酒が効いて先にダウンしてしまった。
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今日の京都は38℃越え、こんな日は無理してはいけない。水分は、1,530ml。
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TEDにて
アル・セッケル:私たちの脳が間違ってプログラミングされる?と語っている
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
アル・セッケルは、認知脳科学者で、脳をごまかす錯覚について、研究しており、私たちは、いろいろな目の錯覚で、人が、簡単に、テレビによってだまされることを紹介します。
TEDで紹介するために準備したものですが、幸福と関係させて、お話ししたいと思います。幸福について私が考えていること。
何によって、一時的な幸福が与えられるのか?一時的な幸福とは、私の場合、つまり、ある特定の領域で感じる喜びです。
例えば、映画と見に行くとします。
そこに、予期しない展開があります。予測しなかった何かが起きるのです。すると、そこで起きたことを楽しいとさえ感じる場合があるのです。
私たちが予測を裏切るには、一般的に、いろんな方法があります。表現の仕方、形、色、デザインや広告などについてです。
では、本日の話ですが、錯覚についてご紹介したいと思います。
TEDで紹介するために準備したものですが、幸福と関係させてお話ししたいと思います。
幸福について私が考えていこと、何によって幸福が与えられるのか、幸福とは、私の場合、つまり、ある特定の領域で感じる喜びなのですが、そこには、非常に、根本的な何かが存在しています。
また、こうも言えます。
私たちが見にいくイリュージョンや映画、ジョークやマジックショーを見れば、そこでは、何か、私たちが楽しみながら期待を裏切られていることが起こっているのです。映画と見に行くとします。
するとそこに予期しない。予想外の展開があります。
予測しなかった何かが起きるのですそこで楽しい経験をすることができます。このような錯覚については私の著書で紹介しています。期待とは異なっていても、楽しむことができます。
ジョークで感じることと同じようなものです。
つまり、私がこれから述べたいことは、そこから少しばかり発展して、期待を裏切ることで、皆さんを楽しませることができるか試してみたいと思います。予測を、裏切られることがあり、楽しいものではありませんが、とにかくやってみましょう。
なるべく楽しく、なるべく簡単なものを紹介します、皆さんは幸せな気分になれます。
私たちが、予測を裏切るには、一般的に、いろんな方法があります。
表現の仕方、形、、色などについてですが、非常に原始的な方法です。ここで面白い質問があります。なぜ、私たちはこのような事について、楽しいと感じるのでしょうか?楽しいと感じる理由な何でしょうか?
似たようなことは他にもあります。結局デザインについての話でもあるのです。
予測は裏切られます。
経験に基づく予測です。
これは、戸外にある水飲み場です。私が友達と一緒に作ったものですが 水のしずくを、止めることはできますが、実際には、すべての水のしずくを浮かせることができます。遊園地などの施設に設置するため、作られているようなものです。
静止画です。
見えますか?中央部分は下へ、外側部分が上へ動いているように見えますか?完全に静止しています。静止画ですよ。
これが錯覚だと見抜ける方はいらっしゃるでしょうか?(マスメディア広告での使用は説明責任が生じます。説明しないと詐欺行為に該当)
完全な静止画です。
興味深いことですが、私たちが見えるイメージを見る時は 画像、色、奥行き、質感を見ます。全体として見て、分析します。ここに見える女性は、壁よりも近くにいるようです。
でも、全体として見ると、実際は平面です。だまし絵です。良くできただまし絵で、これを見た人々は、この女性に話しかけてイライラしました。何の反応もないのですから。
また、デザインを誤って見る事があります。
ニューヨークの建物ですが、この角度から見ると、バルコニーは上へ向いているように見えます��ぐるっと回って別の方から見ると、バルコニーが下に向いているように見えます。このように、デザインにだまされる場合もあります。
錯覚を利用したデザインです。
では、この手を加えていない写真を見てください。興味深いことがあります。私はたくさんの電子メールをもらい、次のような質問内容でした「男性と女性では、認識の仕方に違いがあるか?」というものです。
答えは「ノー」です。女性達も、世界を探索しますが、方法は男性と同じです。
全く同じです。
しかし、この錯覚については、どうしても男性より女性の方が引っかかりやすいのです。どちらの人物の頭か判断するとき、ファッションが手掛かりとなりうるからです。帽子がマッチする方を選んでしまうのです。
前提として、公人、有名人、俳優、著名人は知名度と言う概念での優越的地位の乱用を防止するため徹底追跡可能にしておくこと。
このようなやり方で行うと、錯覚は、どのくらい強力なものになるでしょうか?
これはいつでも、ちょとした楽しみで、幸福をもたらしてくれるように望んでいます。もし、皆さんが、素晴らしいものにもっと興味をお持ちなら、またお会いしましょう。いつでも、たくさんのものをお見せすることができます。
特に日本のマスメディア、テレビ局など、顕著な傾向で、構造的な問題もあるかもしれません。
国民にマスメディアを使用して巧妙に情報操作している可能性が色濃くあります。再編して改善かな?
テレビなどは、アーカイブで追跡調査できるから倫理委員会に依頼するのも東京地検が抜き打ち調査しても良いかも知れません。
今ではテレビ局も権力者!日本のテレビ局は再編すべき!
一度、国に返上して、車と同様に放送免許停止や放送免許取消を導入すべきです。
もう一度言います!
テレビ局も今では権力者!再び、過ちを繰り返すかもしれません!
影響力の巨大な政治家、役所、警察、テレビ局や大中企業などの権力者以外なら規模も小さいので
表現の自由も良いでしょう。弱者にこそ自由!
世の中の影響力や権力が大きくなるほど言論の自由は制限されるのがこの世の真理。
今や、テレビやこれに出演している人間は、言論や表現の自由ではなく情報操作の自由。
テレビ局は解体、再編を!日本のテレビ局は再編すべき!一度、国に返上して、車と同様に放送
免許停止や放送免許取消を導入すべきです。
東日本大震災の際に放送無用でも、庶民生活に支障はなかったことですでに証明されています。
そして、裁判所の令状なしに監視カメラに人工知能を使用するのはプライバシー侵害です。
もしかして、日本国憲法の通信の秘匿にも?弱者である庶民への圧力?自動車のナンバーも無許可で読み取っています。
まず、影響力の巨大な政治家、役所、警察、テレビ局や大中企業の内部通��用として搭載して
手本を示してはいかがでしょうか?
スタンフォード実験(1970年代)?ミルグラム実験(1960年代)?マスメディアを悪用した戦前の日本の空気(1940年代)?似ている?同じことを繰り返さないようにみんなで見守っていくことだ。
日本では、適用されていないから令状申請を法律で義務化すればいいかもしれない。
基本的に人間に対して疑うことは良く有りませんが・・・
特別に、日本の場合は、テレビに関係する放送内容、広告については、巧妙に情報操作している可能性が色濃く、出演料も高額な出演者、放送関係者も含めて全員、巨大な権力者は疑って観ることが重要です。
なお、日本の全テレビ局は超裕福層に入ります。
自らが権力者であることを発信せず視聴者を混乱させ、それに便乗して権力乱用する日本の民法テレビ局。同じことを繰り返さないようにみんなで見守っていくことだ。
ヨーロッパでの一般データ保護規則(GDPR)でも言うように・・・
年収の低い個人(中央値で600万円以下)から集めたデータほど金銭同様に経済的に高い価値を持ち、独占禁止法の適用対象にしていくことで、高価格にし抑止力を持たせるアイデア。
自分自身のデータを渡す個人も各社の取引先に当たりデータに関しては優越的地位の乱用を年収の低い個人(中央値で600万円以下)に行う場合は厳しく適用していく。
良い人生は、良い人間関係とある程度の中央値で適度な年収600万円くらいで築かれます。
個人ではどうすることもできないため、行政府による強力な再分配が必須です。
良い人生は、良い人間関係とある程度の中央値で適度な年収600万円くらいで築かれます。
個人ではどうすることもできないため、行政府による強力な再分配が必須です。
良い人生は、良い人間関係とある程度の中央値で適度な年収600万円くらいで築かれます。
個人ではどうすることもできないため、行政府による強力な再分配が必須です。
ノーベル経済学賞受賞ダニエルカーネマンによると収入と密接に関わることで、中央値の一人の年収約600万円以下だと惨めさを感じ、金額が下がるほど顕著に!
これ以上の年収の場合は、変化はなし。経験的な幸福をお金で買えないが、お金がないと惨めな思いをすると言っています。富裕層は増税方向へ!マクロ経済学から確実で同時に低収入な人達をお金持ちにする支援も裕福層はして全国民をお金持ちに引き上げると双方プラスに
最後に、マクロ経済学の大目標には、「長期的に生活水準を高め、今日のこども達がおじいさん達よりも良い暮らしを送れるようにする!!」という目標があります。
経済成長を「パーセント」という指数関数的な指標で数値化します。経験則的に毎年、経済成長2%くらいで巡航速度にて上昇すれば良いことがわかっています。
たった、経済成長2%のように見えますが、毎年、積み重ねるとムーアの法則みたいに膨大な量になって行きます。
また、経済学は、大前提としてある個人、法人モデルを扱う。それは、身勝手で自己中心的な欲望を満たしていく人間の部��としては最低クズというハードルの高い個人、法人。
たとえば、生産性、利益という欲だけを追求する人間。地球を救うという欲だけを追求する人間。利益と真逆なぐうたらしたい時間を最大化したいという欲を追求する人間。などの最低生活を保護、向上しつつお金の循環を通じて個人同士の相互作用も考えていく(また、憎しみの連鎖も解消する)
多様性はあるが、欲という側面では皆平等。つまり、利益以外からも解決策を見出しお金儲けだけの話だけではないのが経済学(カントの「永遠平和のために」思想も含めて国家や権力者は透明性を究極にして個人のプライバシーも考慮)
<おすすめサイト>
毎年4 月 2 日は、国際ファクトチェックデー。
アダム・オルター: なぜ?テレビ画面を見て過ごしていると幸せから遠のくか
ダン・ギルバート:マスメディアに操られた私達の誤った予測認識
アニル・セス: 脳が「意識された現実」という幻覚を作り出す?
ジェフ・ホーキンス:脳科学があらゆるコンピューティングを変えていく!
ロバート・ウォールディンガー:人生を幸せにするのは何?最も長期に渡る幸福の研究から
マチウ・リカール:幸せの習慣
データ配当金の概念から閃いた個人的なアイデア2019
ポール・ピフ:お金の独占が人と大企業を嫌なヤツにする?
ルネデカルトの「方法序説」についてOf Rene Descartes on “Discourse on Method”
ヘンリー・マークラム:スーパーコンピュータの中に脳を構築!
Japan TV of Secret(日本のテレビの秘密)Kindle版
バリー・シュワルツ:選択の自由パラドックスについて語る
グレン・グリーンウォルド: なぜプライバシーは重要なのか!
ダン•ギルバート:私たちが幸せを感じる理由
<提供>
東京都北区神谷の高橋クリーニングプレゼント
独自サービス展開中!服の高橋クリーニング店は職人による手仕上げ。お手頃50ですよ。往復送料、曲Song購入可。詳細は、今すぐ電話。東京都内限定。北部、東部、渋谷区周囲。地元周辺区もOKです
東京都北区神谷高橋クリーニング店Facebook版
#アル#セッケル#脳#TV#テレビ#マスメディア#認知#秘匿#携帯#権力#通信#幸福#幸せ#賃金#貨幣#デザイン#錯覚#映画#人権#カーネマン#幻覚#プライバシー#NHK#zero#ニュース#発見#discover#discovery
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Instagramだからこそノー加工😚 リアル見せます! 産後初!バッサリカットでイメチェン!やっとスッキリ!【大人ハンサムショート】20代30代40代髪型人気前下が���ショートボブ https://youtu.be/BFwBkdZsWK0 加工の時代は終わりました😌 荒削りの画像をどうぞ👍 ありのままのヘアカットをYouTubeにて更新中🤗 人気ヘアスタイルをまとめた動画は↓ https://youtu.be/Grlc8cyugFY 似合わせの部分は、ご相談くださいませ☆ 【池袋・目白エリア】 ・ミディアムヘアランキング1位獲得 ・ベリーショートヘアランキング1位獲得 ・ミディアムヘアランキング上位スタイル多数。 【ボブ指名No.1スタイリスト】 【ショート、ボブ】の似合わせが得意です。 ショートからボブまでのスタイルは骨格、髪質、輪郭、お顔のイメージへの影響が大きいので技術の差がでます。似合わせは、カタチからの似合わせとイメージからの似合わせを大切にしております。 ・お電話ですと予約取れる事あります♪→03-3988-1100 ヘアカタログもご覧下さい♪【ショートボブ】沢山あります♪ →佐野元気スタイリストページにあるヘアカタログから入るとほぼショート、ボブスタイルだけが見れます https://beauty.hotpepper.jp/slnH000315167/stylist/T000297240/ 【ショートボブ似合わせ】 のスペシャリスト~Genki~動画 ☆チャンネル登録お願い致します☆ https://www.youtube.com/channel/UCcTFHf0bulj5MyCzoSIxF4w #ボブ #外ハネボブ #バッサリカット #イメチェン #ハンサムショート #池袋美容室 #ノー加工 #ショートカット #池袋ボブ #池袋ショート #前下がりボブ #ショートヘア #大人可愛い #池袋 #ショートボブ #前下がりショートボブ #ショートカットが得意 #佐野ボブ #ボブが得意 https://www.instagram.com/p/CVAxcUVvUlQ/?utm_medium=tumblr
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けさの朝焼け🌞✨ #雷雨あけの朝🌬 #三時間以上つづいたカミナリ⚡️ #激しかった⛈🌩💦💦 #耐えた暁に❤️🔥 #燃える空🔥 #山の上は抜けてます💫 #4:26am✨☀️✨ #ノー編集 #ノー加工 #iPhone12pro📱 (Daisetsuzan National Park) https://www.instagram.com/p/CSSRYwiB8uUKvg6neZ2CJYqtwOvmP1mPSKBzxw0/?utm_medium=tumblr
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令和初GWもあとわずか… バリはサンセットがきれいな時期です🌇 . #ノー加工 #ノー加工でこの綺麗さ #伝えたい何かがある #夕日 #サンセット #sunset #バリ島 #バリ旅 #カーチャーター #カーチャーターバリ #バリガイド #バリ島ガイド #女子旅 #家族旅行 #カップル旅行 #新婚旅行 #ファインダー越しの私の世界 #インスタ映えスポット巡り #人生は旅だ #best_of_bali #4travel #balilife #タビジョ #カメラ好きな人と繋がりたい #バリ好きな人と繋がりたい #南国好き #旅好きな人と繋がりたい #海好きな人と繋がりたい #真心バリ . . LINE📳magokorobali_kb ✉ [email protected] 💻magokorobali.com (Bali) https://www.instagram.com/magokoro_bali/p/BxBP4z4lmrx/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=bdmflqsq85zt
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38しかし、暇な貴族は誰しも退屈したり、やる気を失ったようになるというわけではない。例えば昭和天皇ヒロヒトは、退廃的な快楽主義に沈む代わりに海洋生物学に専念し、その分野では卓越した存在となった。人々が肉体維持のために努力をする必要がない場合、彼らはしばしば人工的に目的を設定する。そして通常なら生存競争のために用いるのと同じエネルギーと情熱をもって、これらの目的に向かう。したがってローマ帝国の貴族には、彼らの文学的な目的があった。数世紀前のヨーロッパの貴族は、肉が必要ではなかったにも��かわらず、狩りに多大な時間を費やした。また富を誇示する競争に参加した貴族もいたし、少数は天皇ヒロヒトのように科学に目を向けた。 39、このように人々が目的意識のために、あるいは生き甲斐のために人工的に設定する目標を、われわれは「代理活動」と呼ぶ。この代理活動を見分けるための大まかな方法がある。Xという目的に多大な時間とエネルギーを捧げる人物がいるとする。もしも彼が生存競争のために時間とエネルギーのほとんどを捧げなければならなかったとすれば、そしてもしその努力が彼に生き甲斐を感じさせたとしたら、彼が目標Xを達成しなかったことに対して後悔するか?もしも答えがノーならば、彼の目的Xは代理活動である。昭和天皇がもし生計を立てるために生き甲斐を感じる仕事に従事していたとすれば、彼はきっと海洋生物の生態や、生活形態を知らなくても後悔することはなかったであろう。したがって、彼の研究は明らかに代理活動であったのだ。その一方では、例えば愛とセックスの追求は、代理活動とはいえない。というのは、大多数の人々はたとえ人生に満足していても、異性とよい関係が持てなければ人生が充実しているとは感じないからである(しかしひとりの人間が必要以上のセックスを追求するのは、代理活動であるといえる)。
産業社会とその未来 日本語訳
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【今日のDONUT】午前中、埼玉の工場までDONUT 12 #コレクターズ 号の印刷立ち合いに行ってきました。いよいよ印刷開始です。すでにECサイト、Amazon共に沢山のご予約をいただいています。ありがとうございます。 #加藤ひさし のThis is Modsなアルバム10枚、 #古市コータロー のアルバムインタビュー、#山森jeff正之 がZ世代に伝授する日本の名盤、 #古沢cozi岳之 が語るヴィンテージドラム、カラーページは武道館の写真と他の音楽メディアじゃなかなかできないようなページ構成(DONUTは毎号そうなんだけど)でお送りします。いつものようにノー広告&ノー案件でお値段お高めがなんとも心苦しいのですが、何年経っても読み返せるような内容&かっこいい本になっていますので、楽しみに待っていてください。 https://www.instagram.com/p/CdVl5QOJAcC/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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カラフルキラキラ✨花手水🌿 ・ ノー加工、ノーフィルター。 ずっと見ていたら不思議な世界に見えてきた。 ・ ・ ・ #花手水#琴崎八幡宮花手水 #琴崎八幡宮 #ひまわり#flowers #flowerphotography #花のある風景 #光#水#花 #カラフル#夏 #今日もx日和 #xt20 #xf35mmf14 #fujifilm_xseries #life_with_xseries #ig_japan #pics_jp #instagramjapan (琴崎八幡宮) https://www.instagram.com/p/CSJ--0rBJoG/?utm_medium=tumblr
#花手水#琴崎八幡宮花手水#琴崎八幡宮#ひまわり#flowers#flowerphotography#花のある風景#光#水#花#カラフル#夏#今日もx日和#xt20#xf35mmf14#fujifilm_xseries#life_with_xseries#ig_japan#pics_jp#instagramjapan
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櫻井よしこさんの論考をシェアさせていただきます。
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中国の豪州侵略は、日本への警告だ
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豪州は危ういところで踏みとどまった。殆どの人々が気づかない内に中国に国を乗っ取られるところだった。すでに手遅れの分野はあるものの、中国の侵略は「まだ止めることはできる」。
オーストラリア人たちが祖国を守る手立てを講じることは、まだ可能である。中国の魔の手を払いのけるのは容易ではないが、希望は豪州政府、そして一部とはいえ議会が、祖国が長年にわたるあらゆる分野への中国の侵略工作に蝕まれていたと、ようやく気づいたことだ。
中国は如何にして豪州を意のままに動かし得る体制を築き始めていたのか、その実態を詳述したのが『目に見えぬ侵略 中国のオーストラリア支配計画』(クライブ・ハミルトン著、山岡鉄秀監訳・奥山真司訳、飛鳥新社)である。
著者のハミルトン氏は豪州キャンベラのチャールズ・スタート大学公共倫理学部の教授である。2008年、北京五輪の年、豪州における中国勢力の浸透に不審を抱いた。聖火が到着したキャンベラに何万人もの中国系学生が集まり、一般のオーストラリア人が中国人たちから蹴られ、殴られた。
自分の国で外国人学生の乱暴狼藉をなぜ受けなければならないのか。そもそも万単位の中国人学生たちは如何にして突如キャンベラに集結したのか。この疑問が氏の中国研究の始まりだった。
氏の体験は、同じ年、長野市に中国人学生が集結しチベット人や日本人に暴力を振るった事件とほぼ完全に重なるではないか。
監訳者の山岡氏はかつてシドニー郊外のストラスフィールド市の公有地に慰安婦像が設置されようとしたとき、そこに住んでいる日本人のお母さん方と協力し、現地の豪州人も交えて話し合い、像設置を止めた体験を持つ。中国の侵略工作の現実を識る二人の研究者の手を経て日本の読者に届けられたのが本書である。
本書は紛れもなく日本に対する警告の書だ。豪州の人々は中国の侵略の意図など夢にも気づかず国を開きす��たとハミルトン氏は書いている。私は日本が同じ道を進もうとしていると深刻な危機感を抱いている。
電力は産業のコメ
北京の大戦略は米国の同盟国を米国から分離させ、米国の力を殺(そ)ぎ落とし、中華の世界を築き上げることだ。
『目に見えぬ侵略』は、北京が豪州とニュージーランド(NZ)を米国の同盟国の中の「最弱の鎖」と見ていること、この両国を第二のフランス、つまり「米国にノーと言う国」に仕立て上げたいと考えていること、その為に両国の国全体、社会全体をコントロールし易いように親中的に変えていく政策を、中国政府が採用したことをつきとめている。
これは中国お定まりの手法だ。1998年に江沢民国家主席(当時)が国賓として訪日した。それに先立って中国共産党がまとめた対日政策の中に似た記述がある。
日本を支配するには日本人が自ら中国に尽くすように日本人の価値観を変えていくことが重要で、その為に未来永劫歴史問題を活用するのが最上の手段だなどと書かれている。
豪州全体を親中色に染め上げるべく、北京政府は2000年に試験的に華僑の活用を開始し、11年に完全に制度として確立したとハミルトン氏は断じている。世界に散らばる華僑は2300万人規模、豪州総人口2500万人の内100万人以上が中国系市民で、彼らも北京政府の標的に含まれているという。
華僑を大勢力としてまとめる司令塔が僑務弁公室だった。同室は豊かな中国人ビジネスマンの政治献金、選挙時における中国系市民の組織票の動員、中国系候補者当選への支援、政府高官の取り込み、中国を利する政策決定の誘導等、幅広く活動する。
ハミルトン氏は、われわれは「中国共産党は支配のための、考え抜かれた長期的戦略」に従って動いていることを忘れてはならないと強調する。中国は豪州人の精神を親中国に変えることに加えて、豪州に対する有無を言わさぬ支配権を握るべく工作してきた。そのひとつがインフラの買収だ。
数ある事例のひとつが電力である。ビクトリア州の電力供給会社5社と南オーストラリア州唯一の送電会社はすでに、中国国営企業の国家電網公司と香港を拠点とする長江基建集団の所有となった。
豪州西部州の3大電力販売会社のひとつ、エナジーオーストラリアは300万人の顧客を持つ大企業だが、これも香港に拠点を持ち北京と深い関係にある「中電集団」に買い取られた。豪州最大級のエネルギーインフラ企業、アリンタ・エナジーも香港の大富豪、周大福に40億豪ドルで売却された。
電力は産業のコメだ。安定した供給なしにはその国の産業は成り立たない。豪州政府が中国の意向に逆らうような政策を打ち出す場合、北京政府は中国系資本所有の電力会社の供給を止めることで豪州を締め上げることができる。
特別に甘い言葉
ハミルトン氏は警告する。豪州の配電網は電信サービス網と融合しているため、前者の所有者は豪州全国民全組織のインターネットと電話のメッセージ機能すべてにアクセス可能になる。豪州政府の情報すべてを中国は文字どおり、手にとって見ることが可能なのだ。豪州は政府ごと丸裸にされているということだ。
中国はさらに攻勢を強め首都キャンベラや、シドニーを擁するニューサウスウェールズ州の電力インフラ、オースグリッドを99年間租借しようとした。豪州連邦政府が危うくこれを阻止したのが16年8月だった。
だが、豪州内の親中勢力は右の政府決定に徹底的に反撃した。そして奇妙なことが起きた。17年4月に対中警戒レベルを上げていたはずの外国投資監査委員会が突如軟化し、巨大インフラ運用会社「デュエット社」を長江基建を主軸とする中国のコンソーシアムに74.8億豪ドルで売却することを許可したのである。
豪州の国運をかけての戦いは一進一退だ。現在、北京はモリソン豪首相が新型コロナウイルスの発生源に関する独立調査を求めたのに対して豪州産農産物の輸入規制で報復中だ。
輸出の3割を中国に依存する豪州には大きな痛手だが、首相支持率は66%、2倍にはね上がった。業を煮やした北京政府が特別に甘い言葉をかけ始めたのが日本である。
中国共産党機関紙の環球時報が5月26日、「日本は豪州に非ず」という社説を配信した。日本は豪州とは異なる、米国側につかず、中国側に来いとして、次のようにも書いた。
「米中摩擦の中で日本が正義の側(中国側)でなく、同盟国側につくなら、日米同盟を当然の(安全)策として活用することはできない」
米国側につけばただでは措かないという恫喝だ。日豪はいま中国の攻勢の真っ只中にある。共に力を合わせて中国共産党の侵略から国と国民、経済を守り通さなければならない。
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ワクチン配布数に異常なバラつきがある問題で、基礎自治体の接種体制に大混乱が生じている。その事態改善と収拾に地方行政が奔走しているため現況を報告したい。にわかには信じがたい状況で、接種予約が絶望的に無理な自治体と、接種対象たる高齢者の人数以上の配布を受けた自治体もある。 人口密集地である政令市や感染者数が激増している自治体に大きくカバーして欲しいところだが、隣接自治体でも三倍の格差がある。自治体の接種体制は、大混乱に陥ってしまい、この混乱はさらに激しくなる危険が否定できない。
例えば、人口6,764人の吉富町には、2925回分が配布。同町の高齢者は2,124人であり、つまり希望者は100%接種できる。というか余ってしまう。 隣接する上毛町は人口7,619人(高齢者は2,648人)で吉富より規模が大きいが、975回分のみ。当選確率は約37%。上毛町と吉富町は互いに隣接するのだが、この倍率差は異常だろう。 さらに、豊前市の人口は25,341人(高齢者9,097人)は、吉富町と同数の2925回分に留まる。当選確率は約32%。 築上町は、18,119人(高齢者6,569人)、配布数は1950回分。当選確率は最低の約29%である。
便宜的に用いた当選確率とは、全高齢者が接種を希望したと仮定し、かつ今回のロットから次回の配布が遅延したという条件で計算した。 問題は、「豊前市・吉富町・上毛町・築上町」は、広域連携で合同で接種していく点。それぞれの会場で互いの住民が鉢合わせるわけだが、一自治体は100%の接種で、隣接自治体は3割以下だ。同じ医師会から支援を受け、なんと予約に要するコールセンターも統合されている。配布数が不十分な自治体は第一回接種の予約を受け付けている中で、充分に有する自治体は第二回接種を求める。コールセンターは、二つの業務が混在してしまい、また接種にあたる医師も対応が難しい。
行橋市73,317人(高齢者21,562人)は、2925回分(3箱)。高齢者数が10倍も違う吉富町と同数だ。当選確率は、13%。 本市に隣接するみやこ町は、人口19,512人(高齢者7,721人)に対し、なぜか行橋市よりも多い3900回分(4箱)を配布。当選確率は約50%。 みやこ町には、医師はほとんどおらず、結果的に行橋市の医師もサポートしていく可能性もある。(行橋みやこ医師会) 隣接自治体において、ここまでの当選確率の差は、住民に説明ができない。行橋市においても感染者は出ている。
飯塚市128,184人(高齢者40,121人)も2925回分(3箱)。高齢者数が20倍近く違う吉富町と同数だ。当選確率は、7%に過ぎない。県が調整した結果だが、飯塚市が悪いわけではない。 ここで行橋市と飯塚市について述べさせて頂きたいが、自治体単独での接種能力を一般に有する自治体である。町村の場合は広域連携などで合同接種などを行っており、当然ながら「飯塚市・行橋市は、打つ能力」を持っている。銃はあれども弾がないという状態。
町村を優先配布した���能性は否定できないという声もあるだろう。 しかし、那珂川市50,323人(高齢者11,545)には13箱、実に12675回分が配布。高齢者数よりも多いため、当選確率は100%だ。
地域差なのかと言えばそうではない。遠賀川周辺の3町の例。 65歳以上人口が8780人の水巻町に3箱、9828人の岡垣町に9箱、5800人の遠賀町に6箱と人口規模に応じていない。
当然、地方行政は大混乱に陥った。 最悪の事態としては、かなりの量を破棄せざるを得ない危険性も指摘されていた。理由は本稿で詳述するが、1箱が975回分のため高齢者数が2000とか3000の小規模自治体で中途半端な人数で開封してしまうと、かなりの量を破棄せざるを得ないため。それを抑止するための広域連携だったのだが、バラツキが大きすぎて同時接種は絶望的だ。
また、接種能力を有する中規模自治体で、近隣の町村のサポートを行う市は、自らが守るべき市民の接種が終わってない中で、ワクチンのみ持っている町村の支援を行うのは住民感情からも難しい。接種支援に周れずデッドストック化するリスクもあった。
これらワクチンの配布偏在ですが、本日の状況を報告します。
(プレス対応) 昨日が祝日であったため、(配布箱数のデータについて)メディア側が裏取りできませんでした。公式の資料ではありますが非公開であったため、プレスが扱うにあたっては事実確認が必要だったのです。ほぼ徹夜のまま(早朝4時ぐらいまで)複数の電話会議・オンライン会議を行っており、朝一で対応を開始。 朝より対応。無事に裏取りを完了させ、首長のコメントも用意できました。 明日の朝、一紙ですが掲載できます。web版でありますが、すでに記事はアップされています。取材を経ての、正規の報道です。
次に、地方公共6団体。 動いたのは、市長会です。ここからは御礼になるのですが、谷畑英吾・前湖南市長(全国の副会長など要職を歴任)が一緒に動いてくださいました。一昨日のBlogを拡散してくださり、動きがありました。 私の住む行橋市の田中市長より電話を頂き、本庄市(埼玉県)の吉田信解市長(市長会の委員長)より架電があったとのこと。当市市長からの伝聞にはなりますが「全国市長会会長の立谷会長が、本日たまたま河野大臣に要請書を持って行くところだったので、本問題について共有している。」とのことでした。谷畑市長には行橋市と豊前市の偏在について報告していたため、本庄市長からは行橋・豊前に連絡を入れてくれたと谷畑市長からお伺いしました。当市市長からのお礼をお伝えしました。
私は市長職は有しておりませんので断片情報にはなりますが、市長会トップからは(恐らく自治体名は伏せて)配布数の偏在について報告がなされた模様です。谷畑市長を経由し、前述の自治体情報については逐一調査するとともに、私の信頼する敏腕記者たちが徹底的に数字の洗い出しを行っていきました。皆、徹夜の連続でした。プレスの動きを淡々と報告しつつ、数字の積み上げ作業を行っていきました。
自治体へのワクチン配布は、厚労省から総務省に移管されていました。総務大臣の記者会見において、本件が反映されたことを確認。各所にお礼の連絡を入れていったのは夕刻でした。目の前の偏在の問題は未解決も、2陣以降の効率化の向上に期待。 ここは総務マターのため、これより都道府県に指導を入れて頂くにあたって、その資料作成を行っておりました。
そうしたところ、これら偏在を解消するためでしょうか、国からさらなる次の便が実数が突然の公開。川の大臣の会見です。各地の市長・町長の動き、メディアの動きが奏功した可能性もあります。
私もその前線で戦っていたのですが、GW直前ゆえ平日が一日しかありません。裏取りを短期決戦で完了させる必要があったため、かなりの手続きを簡素化(詠唱破棄)してしまいました。近隣町長には非常に申し訳なく思っておりましたところ、上毛町の坪根町長が同行してくださり、一部の町長への報告が叶いました。築上町の新川町長にお会いし状況報告をしたのは19時を回っており、ご迷惑にも自宅までお邪魔してしまいました。
とりあえず、大臣まで公式団体名にて情報があがったと想定されるため、第一次の動きとしては良しとします。私は市議でありますので、これが職責の果たし方。 明日、明後日までは過負荷かかる見込み。
さて、これら動きの中で、今後の課題や混乱が想定される箇所が洗い出されてきましたので報告します。 国の新たな発表により、偏在の多くは解消されると期待いたしますが、地方行政における混乱は継続する可能性があり、それを早期に事前想定することにより「接種の混乱抑止、および事態解決」を期待して本稿を記します。
すでに本日の記事がネットには公開されておりますので併せて紹介します。
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報道の紹介明日の朝刊にも掲載されることでしょう。
コロナワクチン、福岡県内の自治体配分数に格差 調整不足を指摘する声も
新型コロナウイルスのワクチン確保をめぐり、福岡県内の自治体間で格差が生じている。5月以降、各自治体で順次、接種を進めていく中、初期段階では人口規模が同程度の自治体間で確保数が大きく異なるケースがみられ、場合によっては規模との逆転現象も生じた。自治体からは必要数をまとめる県の調整不足を指摘する声が上がる。
福岡県内には6月末までに2456箱(6回接種で約287万3千回分)が届く。このうち、5月10日からの2週間に各自治体に届けられるワクチンは567箱で、最多の144箱を受け取る福岡市をはじめ、県内60市町村で高齢者向けへの接種準備が進む。
ただ、複数の県内自治体から「人口規模や接種体制の実情と食い違う配分だ」との指摘が相次ぐ。
県西部では、65歳以上人口(平成27年国勢調査)で約10倍の差がある行橋市(1万9835人)と吉富町(1989人)で、配分数はともに3箱だった。遠賀川周辺の3町でも、65歳以上人口(同)が8780人の水巻町に3箱、9828人の岡垣町に9箱、5800人の遠賀町に6箱と人口規模に応じていない。
自治体のワクチン確保担当者は「自前の接種体制をもとに2週間で可能な量を申請した」との声がある一方、「供給体制が不確実な中、75歳以上の2回接種に必要な量を確保しようとした」との説明もあり、考え方の違いが浮き彫りに。この違いが格差が生じた原因とみられる。
自治体の申請を取りまとめる県は「市町村には2週間分で接種可能な量を申請するよう通知している」とするが、マンパワー不足や、時間の制約から「各自治体から上がってきた申請を信頼するしかない」(県担当者)という。
ワクチンをめぐっては、必要数は確保される一定の見込みが立ち、今後の配分によって自治体間の偏在は解消していくとみられる。
ただ、ある県西部の自治体首長は「都市部で封じ込めを進めるための優先供給は理解できるが、郡部で格差が生じるのは住民に説明ができず、理解に苦しむ(配分数の)増減もあった。現状のままでは不信を招く」と憤りを隠さない。
産経ニュースコロナワクチン、福岡県内の自治体配分数に格差 調整不足を指摘する声もhttps://www.sankei.com/region/news/210430/rgn2104300003-n2.html自治体の申請を取りまとめる県は「市町村には2週間分で接種可能な量を申請するよう通知している」とするが、マンパワー不足や、時間の制約から「各自治体から上がってきた…
ワクチン配布の考え方(私見)まずもって私見であることは冒頭で述べておきます。
ワクチンそのものが危険という意見がネット上にはあるのは重々承知しておりますが、特に高齢者の中には熱望している方もおり、「国費で購入した資材」に対する「入手難易度」の機会平等の観点は述べられるべきだと考えております。
その上で、人口密集地である政令指定都市や大規模自治体には集中投資して頂いて全く構わないと(少なくとも私個人は)考えています。これは各自治体ごとに考えがありましょうし、接種希望者の気持ちを考えれば「あくまで私見」と述べるに留めさせて頂きたい。
感染者が増えている自治体やまんぼう、ワクチン接種の傾斜配分は全くもって否定する立場ではありません。 むしろ傾斜配分がなされていなければ、それは逆の問題も指摘されるでしょう。単に人口比で割ればいいとは思っておりません。
しかし、明らかに人口比が異なり、10倍とか20倍という差があるのは問題です。各自治体は、接種体制を構築してきており、体制構築(銃を用意)するも弾は来ない、これでは何のために地方行政が準備をしてきたのか全く意味が分からない。
また、多く取り過ぎた自治体も果たして接種可能なのか?という話がでてくる。同時に接種できる人数には、施設規模なども影響してくるわけで、ワクチンさえあれば一気に終わるというものでもない。著しくバランスを欠くことは凄まじい問題を生じてしまう。
特に広域連携の話は、別項で詳述させて頂きますが、「偏在」は接種体制そのものを破壊してしまうのです。この点は強く主張したい。
高齢者への接種を進めるのであれば、対応にあたる医師・看護師への接種を事前に完了させたうえで、まずは人口比(より正確には高齢者数の比率)で基準値を作成する。その上で政令市や人口密集地に加配、ここは大きく加配すべきでしょう。さらに政令市と交流人口の多い自治体に傾斜配分をかけます。
当然ながら感染者数が激増している自治体やまんぼうによる加配も行います。 さらに、接種体制が充分に整っている、つまり銃の多い自治体にもプラスαを行う。 これがスタンダードな考え方ではないでしょうか。
基準値を設け、これをベースに置いたのは地方自治体が接種にあたるためです。 当選倍率に著しい差が出てしまえば、恐ろしいまでの不満を住民に与えることになる。地方の首長は、あくまで地域住民に選ばれているのであり、守るべき住民がおります。行橋市長は行橋市民に選ばれ、そして行橋市民が雇っているのです。行橋市の職員を養っているのは、行橋市民です。
いずれの自治体も、自分の市民を守りたい!という思いは当然に出てくるわけであり、郡部や隣接自治体において高齢化率や感染者数に違いはないものの、何倍もの当選確率の差が出た場合には「地方行政は、住民に説明できない」のです。
その不平不満の中で、市職員らが現場に立てるかと言えば答えはノーです。 基礎自治体には振った以上は、最低限の格差是正はなされていなければ【接種はできません。】というのが私の考えです。
よって最低条件をクリアした上で、つまり一定の公平性は担保しつつも、人口密集地や感染数の多い地域に集中投資する。ここはセンスなのでしょうが、私ならば人口比を5割、傾斜配分用に5割です。傾斜の比率が高いように感じるかもしれませんが、政令市と一般市の人口差は凄まじいものがあり、これぐらいの比率を設けなければ「有意な差」は得られないと考える為です。あくまで私見にはなりますけれども。
一般市側からのクレームはあるかと思いますが、「感染抑制」という考えに立ちかれば、人と人が接する可能性の高いところから集中運用するより��く、ゆえに準備が整っている自治体にも若干の加配を行うことを条件に交渉します。
スタンダードな考え方ではないでしょうか。 (あくまで私見にはなります。)
大事なことは、ワクチンを熱望する高齢者がいずれの自治体にもおり、現場で対応する市職員が「住民にちゃんと説明できる」だけのロジックとなっている必要があるという点です。そこが満たせるのであれば、どのような方法でも構わない。
後段においては、私個人の考えであるとさらに断ったうえで、高齢者への接種の優先順位にも言及させて頂きたい。
高齢者のみへの接種という国の方針に反発するわけではありませんが、私は「政令市・人口密集地の”高齢者以外の層”」にも早期に接種して良かったのではないかと思っています。難しい政治判断になるとは思いますが、外に出て、かつ人と会う者にこそ接種を急ぐべきです。
果たして若者が接種を希望するかは分かりませんし(ネット上には危険論があることは承知していると断ったうえで)希望する若者にも接種して行った方が、最終的には感染を沈静化させる近道だと思えてならないのです。
郡部、いわゆる田舎においては、都心部から持ち込まれる事例が多いのは事実です。 まずは都心部を抑えなければ、郡部の自治体は守れない。医療体制も貧弱であり、ここはクラスターが発生、重症者が大量に出た場合には本当に対処不可能なのです。
だからこそ、地方議員としては「都市部の感染抑止を最優先」することは方策としてはアリだと思っており、高齢者のみに限定しての接種ではなく、もう一歩踏み込んだ対策があってもよかったのではないかと考えています。
※ しかし、熱望する高齢者が大量に存在する中で、この政策決定を(自分自身がその立場にあったと仮定して)私ができるかと言えば、強く自信を持つこともできないことは正直に述べておきます。
広域連携とワクチンの破棄
冒頭において、豊前市・上毛町・吉富町・築上町の事例を述べました。 これは県内の各所でも起きていることかと思いますが、連携して接種にあたります。
豊前は市政にはなりますが、人口は2万人代であり潤沢な市職員を有するわけではありません。また近隣の3町は独自の接種体制を構築するのは難しいでしょう。そもそも医師会が全ての自治体にあるわけではないのです。
メディアは大規模自治体の事例ばかりを取り上げますが、郡部には郡部の難しさがあるのです。
1市3町で連携し、共通のコールセンター、同じ医師会で対処する。 事例で言えば、Aチーム(豊前町・上毛町)、Bチーム(築上町・吉富町)を編成し、日付けをずらして同じ医師たちが対応する。 これなら効率的です。
事務局は上毛町が受け、コールセンターは築上町が担っています。
冒頭の事例で、私が「破棄の危険」まで述べた理由がここにあるのですが、吉富町は”第一回接種”の100%持っているため、医者側の協力が得られたならば早い段階で①接種が完了します。
しかし、豊前・上毛・築上町は高齢者の3割しか接種が完了しません。弾が足りないからです。 単に不公平感だけではなく、業務がまわらない。
同じコールセンターにおいて、吉富の「2回目接種の予約」と、豊前・築上・上毛の「1回目接種の積み残し」の対応を行うことは無理です。そもそも第一回接種が完了していない築上町の町長・職員が、吉富の2回目接種に負荷を割くことは(地方自治の観点から言えば)異常です。
コールセンターが機能を停止すれば、接種予約そのものができません。
「緊急だから」とのことで、国からの御下命ではありますが、地方自治体には「通常の業務」も併行して行われているのです。介護保険を止めていいのか、課税業務を止めていいのか。
すでに小規模自治体の行政力は、コロナ以前から相当に弱体化しています。市町村合併とパソコンの導入により、かつてと比較すると地方公務員の数は激減しているのです。効率化を高めていった結果、コスト削減はできましたが、マンパワーは減少しており有事への対処能力は減少していたのです。
「ワクチン予約の電話がつながらない」という抗議とか意見も、役場にはかかってきます。 行橋市(人口7万人)ぐらいの規模であれば、それなりの職員数はおります。うまく編成すれば一時的な負荷分散は可能で、他部門からも応援も見込めます。
けれども町村単位になると全量を投入しても限りがある。 そのための広域連携でした。
「つながらない予約電話」「それに対する抗議」が混在し、職員がボロボロの状態で。。。
【1回目の接種】と【2回目の接種】の予約処理を行うのは不可能です。どうやっても無理なんだ。
では、なぜ広域連携なのかと言えば、ワクチンの有効活用のため、その側面もあったのです。 1箱をあければ975回。これは町村からすると大きすぎるロットなのです。
例えば吉富町の高齢者は2,124人、上毛町は高齢者は2,648人です。 975回とは、接種対象者の半数にあたるわけですが、解凍したワクチン通りの人数が来るでしょうか? では、1100人の接種希望者が来てしまった場合には、2箱目を開けるのか。3週間を空けるため、中途半端に開けてしまった箱の残分を破棄することになっても。
豊前市の人口は25,341人(高齢者9,097人)築上町は、18,119人(高齢者6,569人)。 だから、豊前市と上毛がセット、築上と上毛がセットなのではないでしょうか。私はこの1市3町の議員ではありませんので、この広域化の発端や議論には詳しくありませんが、「ワクチンの破棄分を抑える」効果を期待しての連携であったと考えるのは自然なことだと思います。 (当たりくじは各自治体で管理するも、会場においては同じ箱から出していき順次開梱すれば破棄は極小化できる。)
県が、謎の配分を行った結果どうなったか。 吉富が3箱、豊前が3箱、上毛は1箱、築上は2箱。 吉富は100%、築上29%。
これらのボトムがあわなければ、合同での連携しての接種業務は破綻する。 ならば吉富は3箱を「好きなタイミングでどんどん開ける」と、その分の残分は、場合によっては破棄していかねばならない。
実は、築上町長には話を通さずに動いていたため、先ほどお会いしていたのですが、やはり自らの町民を守らねばならないという観点や、第一回接種・第二回接種の予約作業の混在は「難しいだろう」という考えでしたので、場合によってはコールセンターの統合を解除する可能性だってすでに出ています。 (豊前・上毛・築上は共に高齢者の約3割のため、今後も連携できると思います。)
吉富だけ出て行く形になった場合、吉富町は今から早急に専決処分で予算を通し、スタッフを雇用して体制構築から行わねばなりません。 そして大量のワクチン破棄を行いながら、自前で町民に接種していくよりない。広域で確保した意思を(フリーライドするような形で)残る1市2町が使うことを許したり、築上町のコールセンターが機能するかは分からない。
これは、この1市3町の連携のみの話ではありません。
人口規模の小さな自治体は、恐らく類似の工夫を担当者間で締結していると想定され、この無作為なバラバラのワクチン配布は、構築していた自治体間連携を破壊してしまった可能性が高い。少なくとも前述の4自治体については致命的なヒビが入ったと当職は認識する。
(県は、自治体からの申請数を基準にしたと述べているため、1市3町で申請中の共同歩調をとる予定であったにも関わらず、吉富町が協調を破棄して多く申請したことが発覚しているため。県が止めるべきだったと思う。)
また、築上町町長・上毛町長は頭を抱えており、「じゃ仕方ないかぁ」と笑って許すような表情ではなかった。少なくとも私の見る限りは。
市町村は、それぞれ持ちうる予算も職員数もギリギリの中、一年に渡る「緊急」を延々とこなしてきました。もう、兵隊はいないんです、いないんだ。政令指定都市や都庁とは違うんです。交代要員もいない。
その限られた人的資源を紡ぎ合わせて、それでもゲームチェンジャーとされ、地域住民が期待するワクチン接種に「ギリギリの調整」を組み上げていたんです。こんな乱暴な配布方法は、それを全て破壊する行為だった。
みんなカリカリしている、とても平和的に行こうという空気ではない。 貧すれば鈍するという言葉もあるが、つらい現状があれば「減らされたらどうしよう」と過大に申請した自治体だって出てくるだろう。けれども、それを県が容認してしまえば、全体の破綻を招いてしまう。
実際に、私の目の前で壊れかけている。
これは、県内の各所で生じた「ヒビ」だと思う。 ワクチンは来ても、接種することができるかは分からない。
謝辞
昨日は過去記事を流し込んだのみとなり、少し手を抜かせて頂きました。 その間、命懸けで事務作業をしていた次第です。それは私のことではありません。
何より時間がなかった。 問題発覚が水曜日の昼、ここで各自治体の配布差の問題を知る。 問題は木曜日が祝日であり、平日の金曜日を逃せばGWに突入してしまう。
行政機関の公式の窓口は止まってしまうため、資料の裏取りや首長のコメントはとれなくなる。
与えられた時間は、48時間。
実際に動けるのは金曜日のみ、朝8時から17時まで、実質9時間が勝負。
それまでに必要な資料を準備し(ないから作る)、すべての人間が同時に動かねばならない。
まず、谷畑市長にお礼を書きたい。 相当な多方面に連絡を入れてくださったと思います。 どことどこに連絡というのは教えてくれませんが、行橋市長に、本庄市の吉田信解市長(市長会の委員長)から連絡を頂いています。豊前市にも連絡を入れてくださったと伺いました。
また(本庄市長経由し)市長会の立谷会長(相馬市長)が河野大臣にお伝え頂いたであろうことも。
これを、祝日の一日だけで完了させるというのは、どういう負荷を背負ったのか筆舌に尽くしがたい。 谷畑市長が有する、積み重ねた人間関係、その財産に甘えてしまったというのが実態だ。
私にはできない。
本来は、様々な手続きがある。 私は市長ではないので、ある意味では越権行為だとは思うが、市長会を動かしてくれと要望することは本当は筋違いなのだ。また、谷畑市長は、先日勇退しており現職ではない。物凄く無理をさせてしまったと思う、それでも「頼みます」とお願いしました。
福岡の市長会は、私はアクセスできません。 田中市長に報告しつつ勝手に動きました。その他の市長達には、一部ではありましょうが、上毛町長が連絡を入れてくれました。
そもそも記者は、金曜日の朝一に裏取り(前述の記事の資料は、当時は公開されていなかった)をするため、貫徹で準備をしていました。凄まじい数の自治体に取材をあてていって、それで記事が間に合った。
たった一日の平日、ここに全ての照準をあわせて全処理能力を投入。
正規ルートはとれておらず、あらゆるものをすっ飛ばして対応。 これは本来ならば、行儀の悪い行為であって、仁義をきれたとは言えない。
アニメでいうところの詠唱破棄。 これが許されるのは、事態の緊急性と、日ごろのお付き合い。 (許されてないかもしれませんが。)
豊前市長には市長会から連絡が行っており事態を把握していると推定しますが、1市3町を事例としつつも築上町の新川久三町長には、まった��報告ができていません。 携帯番号を知らなかったから、祝日に連絡をつけることができなかったからです。まったく知らぬ中で、記事だけ出る(築上の名前は出ずとも)のは失礼です。
(平均よりも多い自治体は良いでしょうが、そうではないところには情報共有をしておかないとトップが知らないというのは恥をかかせてしまいます。)
(本来は中間報告を入れつつ動くのが筋です。)
ある程度の目処がついたのは夕刻。
紙面化がほぼ確定の報告を坪根町長にしたところ 「何かして欲しいことはあるか」と言われたので、ワガママを言いました。
上毛町長から築上町長にアポをとってもらったのが18時半頃。当然、庁舎にはおりません。 【いまから行きますから】と押し切ってくれて、新川町長の自宅についたのは19時過ぎでした。
私は、隣接する自治体とはいえ、ただの市議の身分に過ぎないのでありますが、夜中に自宅まで押しかけてお時間を頂きました。まずもって感謝いたします。
報告が遅れたこと、仁義をきってなかったことをお詫びし、現在持ちうる情報を報告しました。
新川町長からは、そこまで君らが粘ったとはと深くお礼を言われ、玄関まで見送ってくれました。
新川町長の携帯番号をゲットした。 今度、町長室も遊びに行っていいって。 やったZE☆
他、各地の地方議会の正副議長級が奔走し、全国の都道府県の配布状況をボトムから逆ハック。 凄い人数が、数日、寝ていない。
一部ではありますが、僭越ながら陣頭指揮をとらせて頂いたことを誇りに思います。 私に賭けてくれたこと、地方行政の矜持を示せたこと、感謝します。
残48時間からスタートし、実際に大臣までつながったこと。 「君だったら間に合うかもしれない、名前は貸すから行きなさい!」って言ってくれたのは嬉しかった。
共に戦ってくれたこと、駆け抜けてくれたこと、 読者の皆様の拡散支援も含め、深く感謝いたします。
ワクチン配布 国、明言ここのニュースは大きく触れる必要はないでしょう。
河野大臣から、PF06、PF07、PF08が示されました。
現在の配布は、PF01~05まで。 PF01~04は少量でトライアルなどに用いられたものです。
本Blogで取り上げた「偏在」は、PF05になります。 ここが高齢者用の大規模納入の開始。
私たちは、PF06において不足自治体との調整、および広域対応をしている自治体の調整を要望する構えでありました。これは都道府県で決定されるものと考えていました。
しかし、PF06~PF08までを国が策定、配布計画として「国が決定」したのです。 昨晩のニュースの中身であります。
実はもうその資料も持っておるのですが、かなりの部分の偏在は解消できるものと期待しています。 最初から国が強権発動できるのであれば、そうしたほうが良かったのかな、とも。
ただ弊害もありまして、都道府県単位で「ここ!」という個所付けができなくなったという課題も残ります。 一気にPF06~PF08まで決めてしまうと、感染爆発などが生じた場合の対応ができません。
とは言え、都道府県単位に(総務省から)取りまとめさせ、基礎自治体に申請させる方式は実際に事故を起こしています。これは大事故と言っていい。
ならば国が早期に乗り出すのも理解はできますし、万が一の大幅不足(地域単位での感染激増)の場合は、何がしかの対処を講じて行けばよい。 どこもかしこも「少しでもワクチンを」となっている以上、それぞれが利害関係者みたいな状況ですから、協議をまとめろというのは無理だったのかもしれません。
下手に余地を残さず、一気に06~08を発表してしまうのは正解かもしれません。
私は、「市」の議員でありますが、他府県の地方議員には申し訳ない思いもあり、ここまでの供給の謎配分は恐らく福岡だけのようです。まだ全県データは見ておりませんが、実は福岡県行政のみが起こした事故という可能性が否定できず、スタートした時点では全貌が見えませんでしたので(また今も把握できていない)ごめんなさい。
公平に、かつ迅速に対応できていた都道府県からすれば、一気にPF08まで固定されてしまったことには弊害もあるかもしれません。
しかし、「いつ、どれだけ入る」という数を、具体的に国が示したことで 「この接種体制で、どこに何人の人員配置」という、純粋な接種体制の構築に集中していけることでしょう。
その計画が立案できるようになったことは、私はやはり喜ぶべきことだと考えております。
スペシャルサンクス 中野��の吉田康一郎議員からは「プリンと羊羹があったら、プリンから先に食べるものだ。物事には優先順位がある。君はいまワクチン偏在問題に特化すべきだ!」という、一瞬、意味が分からない例え話で激励しれくれました。ヘトヘトに疲れていて頭が回っていなくて愚痴ったときです。
私はわけも分からず「プリンも食べたい、羊羹も食べる」と答えたら、「いやプリンのほうが早く痛むから」と言われたので「今度、買ってくれるなら、もう少し頑張る」と答えました。今度、羊羹もプリンも食べさせてくれると信じております。
国希研の同志議員へ。 数日、不在にして申し訳ありません。職権代行を受けてくださった笠間議員に感謝します。
併せて、ウイグルを応援する全国地方議員の会においては幹事長の職を頂いているにも関わらず、他執行部メンバー、代表理事・議員会員の皆様にご迷惑をおかけしました。
もう一両日中には戦線復帰いたします。
↓ウイグル問題の啓発支援にご協力頂ける方は、下記もお願いいたします。↓
ウイグル応援グッズ
保守基金ウイグル応援グッズ | 保守基金https://hosyukikin.jp/category/item/itemgenre/org/uyghur/<strong>ウイグル証言集会</strong><strong> </strong>「ウイグルを応援する全国地方議員の会」が主催し、日本ウイグル協会の共催で実施しています。実際に迫害にあっている方に登壇して頂き、地方議員が同席のもと被害実態を訴えてきまし...
一部ではありますが、僭越ながら陣頭指揮をとらせて頂いたことを誇りに思います。
私に賭けてくれたこと、感謝いたします。
残48時間からスタートし、実際に大臣までつながったこと。
中一日は祝日、分の悪い戦いだった。
「乗った」という声、
「君だったら間に合うかもしれない、名前は貸すから行きなさい!」って言ってくれたこと、
共に地方行政の矜持を示せたこと、戦ってくれたこと、駆け抜けてくれたこと、感謝します。
読者の皆様の拡散支援も含め、深く感謝いたします。
さて、残りの残務を片付けよう。
よう頑張ったという方は、FBのイイネ・シェア、Twitterでの拡散をお願いします。
※ 恐らく表示される人数が極少数になると思うので、とりあえず「見えた」人はイイネをお願いします。一定数がないと、タイムラインにあがらないと思う。私のアカウントの場合は特に。
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愛はひきだしの中に
「勇利、今日、勇利の家に行っていいかい?」 練習が終わってヴィクトルにそう尋ねられたとき、勇利は心底からどきっとして、うろたえて、しどろもどろになってしまった。いつかそんなことを訊かれるのではないかと思っていた。訊かれたらどうしようとも思っていた。しかし、あまりにも自意識過剰だし、こんなふうに考えるのはヴィクトルに対して失礼だとごまかしていた。 ヴィクトルが家に来ることに異論はないし、それはおかしなことでもなんでもない。勇利はもとはヴィクトルと一緒に暮らしており──ふたりきりではなかったけれど──仲がよいし、そもそも、彼は勇利のコーチなのだ。家にすこし寄って今後のことを話しあいたいというのは自然なことだ。だが、ヴィクトルは勇利のアパートへ来てもスケートの話はしそうになかった。相談すべきことはリンクできちんと済ませているからである。もちろん、ヴィクトルが私的な時間のために勇利のところへ来るのも何も問題はない。ふたりは──そう、仲がよいのだから。ごく普通の、たわいもない時を過ごすのはきっと楽しいだろう。でも。しかし。けれど──。 ヴィクトルはしばしば、「勇利の家に行きたい」ということを口にしていた。最初に一度、勇利がきちんとしたところに住み暮らしているか確かめに来たきりだったから、彼の主張は当たり前のことだった。だが、そう言われるたび、勇利は変な気持ちがしていた。どうしても、ヴィクトルが「勇利のところに遊びに行きたい」とかるく言っているようには思えなかったからである。ではどのように聞こえていたかというと──。 「だめかい?」 答えあぐねている勇利に、ヴィクトルが優しく尋ねた。勇利は慌ててかぶりを振った。 「そ、そんなことないよ」 「じゃあ、帰りにそのまま……いいかな?」 「う、うん」 断ることはできない。断りたいわけでもなかった。ただ──ただ──。 ヴィクトルがうちに来たら、ぼくはえっちなことされちゃうのかな? 勇利はずっと、そんなことを思ってきた。それこそ自意識過剰だし、ヴィクトルに失礼だ。けれど、そう思わせる何かをヴィクトルは持っているのである。ふたりきりでいるとき、彼は、何か──どこか熱のこもった目つきをしている。口ぶりはやわらかく、甘く、勇利の気持ちをとらえて離さない。勇利にふれる手にも意味がありそうで、声は深い響きをはらんでいて、もっと意味がありそうで、彼から向けられる情熱ときたら──。 もちろん勘違いだとは思う。けれど勇利は常にそういったものを感じてきた。ふたりきりになったら服を脱がされるのではないかという想像が頭から離れなかった。ヴィクトルがいやらしいことを言ったり、そういう目で見たりするわけではない。彼はこのうえなく紳士的だ。ただ──まなざしは何かを秘めており、勇利は敏感にそれを感じ取ってしまうのである。誘惑されている気がする。もちろん──もちろん──もちろん気のせいだ。こんなことを考えてしまう勇利のほうに問題があるのだろう。もしかしてぼくはヴィクトルにそういうことをされたがってるのか? そんな問いかけをしたこともある。しかし、まじめに思案する前に勇利はその疑問を投げ出してしまった。あまりにも恥ずかしいしうぬぼれが過ぎるので、考えられなかったのである。それでいて、ヴィクトルがもしうちに来ることがあったら何かされるかもしれない──という思いは捨てられずにいた。 そしてとうとうヴィクトルは勇利のところへ来ることになり、勇利はどきどきしながら彼と通りを歩いた。どうしよう、ということしか頭になかった。本当に何かされたら……いや、そんなわけはない。ヴィクトルがそんなことを考えているとは思えない。何かされたらどうしようなんて、ぼくはずいぶん思いこみが激しくないか? そんな魅力が自分にあるか? しかも相手はヴィクトル・ニキフォロフ……。ぼくは相当頭のおかしい、気持ち悪いやつじゃないか? こんなこと、絶対ヴィクトルに知られるわけにはいかない。 「何か買って帰ろうか」 ヴィクトルが提案した。勇利は「えっ」と声を上げてしまった。やばい。変な声出しちゃった……。 「夕食だよ。食べるものがないとね」 「あ、うん、そうだよね。つくる?」 「いや、出来合いのものにしておこう。一緒につくるのも楽しいだろうけど、今日はすこし遅くなったし」 勇利はそうだねと返事をしながら、そんなに遅いかなと首をかしげた。まだせいぜい七時だ。これから帰ってふたりで食事をつくれば、八時か八時半だろう。それから食べてヴィクトルが帰るころには十時……。ごく普通の時刻ではないだろうか? ヴィクトルの家は勇利のアパートから近い。もっとも、彼は早起きだから、早く帰りたいのかもしれない。帰宅してからすることもあるだろう。……忙しいのになんでぼくの部屋に来るのかな、と勇利は思った。 すぐに食べられるものを買って帰り、それをちいさなテーブルに並べて夕食にした。買ってきた容器をそのまま出したら、ヴィクトルに笑われた。 「いいじゃん���ぼくの家、食器少ないんだよ。それに、食べたらおんなじだ」 「もちろんいいさ。時間がもったいないからね」 勇利は、ヴィクトルがこれでかまわないと言ったことにほっとしたけれど、「時間がもったいない」にまた首をかしげた。時間がないのになんでぼくの部屋に来るのかな……。 「ごちそうさまでした」 両手を合わせ、挨拶をすると、ヴィクトルも同じようにした。勇利はくすっと笑った。長谷津でおぼえたことをそのまま続けてくれていることがうれしかった。 「じゃあ、さっと洗っちゃうね」 飲み物を入れたグラスやフォークなどを台所へ持っていくと、「俺もやるよ」とヴィクトルが言った。 「ちょっとだから。ヴィクトルはもう帰ったら?」 ヴィクトルは驚いたように勇利を見た。 「なに?」 「……勝生勇利なら何か変わったことを言いそうだとは思ってたけど、本当に言ったね。なぜ俺を追い返す?」 「えっ、だって時間ないって言うから……」 「ああ」 ヴィクトルは笑いだした。勇利はきょとんとした。どうして彼が笑うのかわからなかった。 「勇利」 勇利がグラスを割らないようにすすいでいると、ヴィクトルは、ちいさなソファでくつろぎながら尋ねた。 「泊まっていってもいいかな」 割らないように、という注意力は台無しになった。勇利はグラスを流しに落とした。盛大な音がしたけれど、さいわい割れなかった。 「えっ、あ、えっと、な、なんで?」 勇利は混乱して顔を上げた。ソファに座っているヴィクトルが見えた。 「泊まりたいからだよ」 ヴィクトルはほほえみながら答えた。勇利はうつむいて、流れる水とグラスを見た。もうとっくにすすぎ終わっているのに、洗い物を終えることができなかった。えっと、えっと、どういうこと? ヴィクトルは時間がないんじゃないの? 今日は遅くなったんでしょ? あ、遅くなったから泊まりたいってこと? でもまだ九時だよ。ヴィクトルの家は近いし。えっと。えっと……。 勇利は、ヴィクトルがここへ来たら何かされそうだと思っていたけれど、いま、いちばん強くそれを感じた。 えっちなことしたいから、食べてる時間があまりないってことだったの? 「あっ、やっ、え、えーっと」 勇利はまっかになった。どっと汗が噴き出した。どうしよう。なんて言えばいい。どう答えるべきなのだ? 「泊まるっていってもあれだよ」 勇利は一生懸命に話した。ヴィクトルが「あれ?」と訊き返した。 「そう、あれ。あの、えっと……、そう! 着替えがないでしょ」 「着替え?」 「そうそう。そうそうそう。困るじゃない? 着替えは大事だよ。なにしろ、翌日着るものだからね」 当たり前のことを言ってしまった。変な発言だ。しかし勇利はそれどころではなかった。 「着るものがないと大変だよ! ヴィクトル、洋服好きでしょ? 洋服が好きなら着なきゃ。すぐ新しいのを買うよね。なんかすごい値段のやつ。よく知らないけど。あと、ぼくの着るものをいつもダサいって言ってくるよね。燃やすとか。それはともかく、着るものがないと大変だよ!」 勇利のめちゃくちゃな話しぶりを、ヴィクトルは黙って聞いていた。勇利はどきどきしながら口をつぐんだ。もっと何か言いたいけれど、何も思いつかなかった。それでも泊まるって言われたらどうしよう? だめだめ……着るものがないのは……ほら……えっと、大変だし……。 「……そうだね」 ヴィクトルが微笑を浮かべてうなずいた。 「着るものがないのは大変だ」 「そう!」 勇利は熱心に同意した。 「そうなんだよ! さすがヴィクトル」 勇利の態度に、ヴィクトルは笑いをこらえるような表情をした。しかしすぐに彼は平然とした顔つきになり、「じゃあやめておいたほうがよさそうだね」と静かに言った。 「うん、そうだよ! そう……、着るものがないと大変だから。何かと」 「そうだね。大変だ。勇利の言うとおりだ」 ヴィクトルはにこにこしながら帰り支度をし、「じゃあこれで」と言った。勇利は本当はヴィクトルともっと一緒にいたかったけれど、えっちなことをされる覚悟はできていなかったので彼を見送るしかなかった。 いや……待てよ。ヴィクトルが本当にそんなことをしたがるかな? やっぱりぼくが勝手に想像しただけじゃないの? 勇利はそんなふうに考え、自分のばかげたふるまいにあきれるやら溜息をつくやらだった。あのときは──あの瞬間はそうとしか思えなかったのだけれど、あとになって落ち着いてみると、いかにもあり得なそうな、とんでもないことだった。ヴィクトルも気の毒に。勝手に勇利に何かしたがっているなんて想像されて。もしこのことを知ったら、さぞ迷惑するだろう。二度と勇利の家に行きたいなんて口に出さないかもしれない。 勇利は罪悪感でいっぱいになり、次にヴィクトルが「勇利の部屋へ寄りたい」と言ったとき、一も二もなく了承し、おまけに、「今日はぼくが夕食をつくるから」と言い張った。あのとき、妙な疑いをかけて追い返してしまったのだから、これくらいは当然だ。本当ならきちんと説明して謝るところだけれど、こんなこと、打ち明けられるほうがヴィクトルは気分が悪いだろう。世の中には言わなくてもよいこともあるのだ。勇利は子どもだけれど、すこしはそういう大人の事情もわかってきていた。 「味の保証はできないけど、がんばってみるよ」 「勇利がつくってくれるならなんでもうれしいよ。手伝わなくていいのかい?」 「いい、いい。いいから」 勇利が台所に立っているあいだ、ヴィクトルはソファでテレビを眺めたり、勇利の雑誌をひらいたりしていた。そのうち、のんびりした声で「ゆうりー」と呼んできたので、慎重に下ごしらえをしていた勇利は顔も上げずに「なに」と短く答えた。 「ここ、使ってもいいかい?」 「いいよ」 ここってなんだ、とちらと思ったけれど、とくに意味はないのだろう。机の上を占領してちょっと仕事をしたいとか、ソファにのびのびと寝転びたいとか、そういうことにちがいない。そんなことより、勇利は調理を成功させることのほうが大事だった。テーブルだろうが床だろうが、ヴィクトルの好きに使ってくれてけっこうだ。 「できたよ、ヴィクトル。机、片づけて」 ようやく仕上がった料理に勇利はほっと息をつき、いそいそと器に盛った。なかなか上手くできたと思った。これなら先日のお詫びになるのではないかと、我がことながら得意になった。 ヴィクトルは、缶詰の魚をのせた黒パンだとか、いろどりよく盛り付けられたサラダだとか、野菜たっぷりのスープだとかを見て勇利を褒めた。 「すごいね。勇利、料理がじょうずなんだね」 「ちゃんとつくったのはスープだけだけど……」 「いいんだ。とても美味しそうだ」 口に入れても、実際ヴィクトルは「フクースナ」と何度も言ってくれた。彼は陽気にいろいろなことをしゃべり、勇利を笑わせた。勇利は楽しかった。今夜のヴィクトルからは、誘惑されているような、どぎまぎしてしまう気配をまったく感じなかった。いままでもそうだったにちがいない。勇利が勝手に妄想していたいたのだ。本当にばかだった。子どもだから、ちょっとしたことでもおおげさにとらえてしまうのだ。勇利は自分を恥じ、またヴィクトルに申し訳ないという気持ちになった。きっと今夜は、ヴィクトルは泊まっていきたいなんて言わないだろう。 「じゃあ、そろそろ帰るよ。とても美味しかった。ありがとう、勇利」 予想したとおり、彼は食事を終えると、大きなかばんを抱えてすぐに立ち上がった。勇利はほっとするやら、やっぱり勘違いだったのだと気恥ずかしくなるやらで大変だった。彼はごまかすように言った。 「ヴィクトルの荷物が多いのは珍しいね。重そう」 「いや、中身はほとんどないよ」 「そう」 クラブのロッカーに置いておくための衣服が入っていたのだろう。勇利もよく、着替えやタオルをまとめて持っていく。 ヴィクトルが笑顔で別れの挨拶をし、勇利も手を振った。勇利はひとりになってから、ベッドに座り、頬にてのひらを当てて吐息をついた。 「ああ……恥ずかしい」 ひとりで思いちがいをして、慌てて、騒いでいたのだ。しかも、思いちがいの内容が「ヴィクトルに何かされそう」とはなにごとだ。なんというはれんち……。 「…………」 勇利はベッドに身体を倒すと、まくらに顔を埋めて端を握りしめ、首を左右に振って羞恥にもだえた。 それからまた数日経って、ヴィクトルが勇利のところへやってきた。今夜は彼が腕をふるうというので、勇利は反対した。 「そんなことしなくていいよ」 「でも前は勇利がごちそうしてくれたからね」 「あれはお詫びだから」 「お詫び? なんの?」 「えっ、あ、あの、べつに……とにかくいいんだよ」 「とにかくというなら、とにかく俺にも何かさせてくれ」 結局押しきられ、ヴィクトルが料理をし、そのあいだ勇利はソファでくつろぐというかたちになった。なんか手持ち無沙汰だ、と思ったけれど、ぼんやりしながら、ヴィクトルがすぐそこにいる気配を感じ、彼のたてる物音を聞くというのはよいものだと安心した。以前は──長谷津にいるときはそれが当たり前だったのに。もちろん、そんなこといまさら言っても仕方ないけれど。ここは長谷津ではないのだ。 「勇利、できたよ!」 ヴィクトルのつくった料理は、野菜の切り方はぶかっこうだったけれど、味はよかった。勇利は魚ときのこのクリーム煮を食べながら彼に尋ねた。 「どうしてロシアって魚売ってないの?」 「売ってるよ」 「冷凍とか加工品ばっかりじゃない」 「海に接しているところが少ないからさ」 「あ、そうか。なるほど」 「日本へ行くと魚料理を食べたくなる。昔からそうだった。でもやっぱりカツ丼が好きだな」 「ぼくも好き」 勇利は匙を口へ運びながらにこにこして答えた。ヴィクトルは勇利をじっと見た。 「ふたつの意味で好きなんだけどね」 「ふたつの意味ってなに?」 ヴィクトルは笑っただけだった。食事はなごやかに済み、洗い物は一緒にした。勇利は時計を気にした。ヴィクトル、もう帰っちゃうかな。もっといて欲しいな。でもあんまりわがままは言えないし……。勇利は先日、食事が終わるなり帰宅してしまったヴィクトルのことを思い出した。 「勇利……」 洗い物のあと、勇利がもじもじしていると、ふいにヴィクトルが顔を近づけてきた。彼の声は低く、勇利はどうしたのだろうと思って目を���げた。 「今夜、泊まっていっていいかい?」 その物言いには、ひどく情熱的なものがこもっているようで、勇利はどきっとした。もちろん気のせいだ。そうにきまっている。あれは勘違いだったのだ。勇利の恥ずかしいまちがいだ。いまになってまた変なことを考えるなんてどうかしている。ヴィクトルが泊まりたいなら泊まればよい。何も問題はないのだから。 しかし勇利は、そんな考えとは反対にうろたえ、しどろもどろになり、反射的にこう言ってしまった。 「えっと、それはやめたほうがいいよ」 「なぜ?」 「だって、だってほら……、だって……、そう、着替えがないじゃない」 勇利は、以前に使った理由をまた口にした。こう言えばヴィクトルは帰ってくれるのだ。もう知っている。ヴィクトルを泊まらせないためにはこう言うしかない。──泊まらせないため? どうして拒絶なんてしているのだろう? べつにヴィクトルは勇利に何もしないのに。あれは考えちがいだったのだ。また自意識過剰なことを……。 「その点なら心配ないよ」 ヴィクトルははしゃいだような笑顔になり、勇利の部屋の衣装箪笥のところへ行った。そして彼は、得意そうに衣服を取り出した。 「俺の着替えなら、ここにたくさんあるから」 「ちょっと待っていま変なところから出さなかった!?」 勇利は素っ頓狂な声を上げた。なんだか──なんだか、自分の衣装箪笥のひきだしから出てきたように見えたけれど。 「変じゃないよ」 ヴィクトルは平然として、ひとつのひきだしを示した。そこはヴィクトルの下着や着替えでいっぱいだった。勇利は目をみひらき、わけがわからなくなった。 「なんでそんなとこにヴィクトルの服があるの!?」 「使うことにしたからさ」 「当たり前みたいに言わないで!」 「勇利がいいって言ったんだろ?」 「そんなこと言ってない!」 「言ったよ。使っていいかって訊いたら、いいよって」 「いつ!?」 「前にここへ来たとき」 勇利は頬に手を当てて考えこんだ。確かに──ヴィクトルに「使ってもいいかい」と尋ねられた記憶がある。勇利は了承したけれど、でも──。 「ひきだし使うってことだったの!?」 「そうだよ。なんだと思ったんだ?」 「いや……、机とか、ソファとか、そういうことかと……」 だって、まさか訪問者が、自分の衣装箪笥を使おうとしているなんて考えないではないか。そんな質問、勇利は人の家でとてもできない。しかしこれを訊いたのは勇利ではなくヴィクトルで、ヴィクトルはとんでもないことだって簡単にしてのけるひとだった。そうだ。 「だめだったのかい」 ヴィクトルがつぶやいた。勇利はうろたえた。予想外ではあったけれど、かまわないと答えたのは自分だ。それに、ヴィクトルが占領している場所はもともと使っていなかった。勇利はそんなに持ち物が多くないのである。 「あ、えっと……、あの、べつにいいけど……ちょっとびっくりしただけ……」 そうだ。何も問題はない。勇利が使用していなかったひきだしをヴィクトルが使うことにした。それだけのことだ。ヴィクトルが泊まっていくのだって、いちいち騒ぎ立てるようなことではない。何をひとりでおおげさに受け取っているのだろう。 「そうか。じゃあかまわないんだね」 ヴィクトルがうれしそうにほほえんだ。そのひきだしを使ってもよいと言うことは、ここに泊まってもよいと言うことだ。勇利はそれがわかっていたけれど、慎重にうなずいた。 「どうぞ。あの、狭いところだけど」 ヴィクトルが泊まる。そう思うと勇利は急にわくわくし始めた。長谷津でのあのころのように過ごせるのだ。それはたいそうすてきな、すばらしいことではないか? さっきはちょっとどきどきしてしまったが、そんなのは勘違いなのだし──ヴィクトルが勇利に何かしたがっているなんてそんなことはあるわけないのだし、彼がいる時間を素直に喜べばよいのだ。 勇利はさきに風呂に入り、交代でヴィクトルが入った。もちろんベッドはひとつしかないので、同じ場所で眠ることになるが、かまうものか。長谷津時代、ヴィクトルが「一緒に寝よう」と言うのをさんざん断ってきたけれど、いまならよいという気がした。だってヴィクトルと離れて暮らしているのだ。たまに彼と親密にするくらい……。 「ヴィクトルのベッドみたいに快適じゃないよ」 眠るとき、勇利は前もって忠告した。 「勇利がいれば快適だよ」 ヴィクトルが笑った。 「明日の朝もそう言っていられるかどうか、ぼくは知らないよ」 「明日の朝はもっと言ってると思うね」 ヴィクトルの論理はわからない。勇利は、ヴィクトルって相変わらず変なひと、と笑みを漏らしながら明かりを消した。 「おやすみ、ヴィクトル」 「おやすみ?」 「そう、おやすみ」 寝るときの挨拶も忘れてしまったのだろうか。忘れっぽいひとだと聞くけれど。ぼくとの約束は忘れないのに、日常的なことはおぼえられないのかな、と思いながら勇利はヴィクトルに背を向け、まぶたを閉じた。しかしすぐにぱっとひらいた。ヴィクトルが背後から勇利を抱きしめたのである。 「まだ寝ないだろ?」 「え……どうして?」 「どうしてって……、勇利、おまえは本当にそうやって俺のこころをめちゃくちゃにして……わかっててやってるのか?」 「何を?」 ヴィクトルの手が寝巻の中に入ってきたので、勇利はぎょっとした。何をやってるんだこのひとは! 「ちょ、ちょっと!」 「なんだい?」 「なんだいじゃないよ! どこをさわってるの──」 「え? だって……」 ヴィクトルが困惑したように言った。 「いいんだよね……?」 「…………」 何かがおかしい。勇利の思っていることとヴィクトルの思っていることには、へだたりがあるのではないか? 勇利はもぞもぞと身体の向きを変えてヴィクトルに向き直った。そして、ほの暗い中で彼の目を見て息をのんだ。ヴィクトルの瞳は情熱的で、何か深い意味を秘めており、あきらかに勇利に──勇利に──それ以上は勇利には考えられなかった。 「ヴィクトル……」 「さっき、いいって言ったよね?」 「……ぼくがいいって言ったのは、あのひきだしを使ってもいいってことだよ」 「使ってもいいなら泊まってもいいんだろう?」 「泊まってもいいよ。でも──」 「でも、セックスはだめなのか?」 勇利は赤くなった。 「勇利、わかってて俺を泊めることにしたんじゃないの?」 「わかっててって──わかっててって──」 「ずっとわかってただろう? 俺はあからさまに勇利に愛を表現していたじゃないか」 勇利はぱちぱちと瞬いた。あからさまに……ヴィクトルが……愛を……。 「……勘違いじゃないの?」 勇利はささやいた。 「いやかい?」 ヴィクトルは真剣に尋ねた。勇利はどう答えればよいのか思い惑った。ヴィクトルのことは深く愛している。 「あの……、ぼく、えっちなことされちゃいそうってずっと思ってて……」 ヴィクトルはうなずいた。 「そうだよ。やっぱりわかってるじゃないか。それなのになぜそんなふうに驚いてるんだ?」 「だから勘違いだって……」 「あれだけわかりやすくしてるのに、どうして勘違いだなんて思えるんだ?」 ヴィクトルは、まったく勇利は理解できないという態度だった。勇利は頬が燃えるように熱かった。 「えっと、ぼく、まだ、えっちなことの覚悟はできてなくて……」 「覚悟なんてなくてもできるよ」 「待って待って待って。ないと困るよ。絶対困るよ」 「じゃあ、ゆっくりするから、しながら覚悟も固めてくれ」 「難しいこと言わないでよ!」 初めてなのに、そんな高等なことができるものか。ヴィクトルの言っていることはめちゃくちゃだ。 「や、待って……ほんとに……その……」 「勇利」 ヴィクトルが顔を近づけ、熱っぽくささやいた。 「俺は勇利を愛してるんだ……」 「それはぼくもだけど……」 「勇利とセックスがしたい……」 「あの……あからさまに言わないでくれる?」 「勇利ははっきり言わないとわからないみたいだ���らね。早く返事をして欲しい。好きな子と同じベッドに入ってもう精神的にめちゃくちゃになってる。身体的にもだよ。このままだと、答えを聞かないうちにいろいろしてしまいそうだ」 「それって、イエスしか受け付けないってこと?」 「ノーと言うつもりなのかい?」 「…………」 ヴィクトルが熱愛とくるおしさと甘さでいっぱいの瞳で勇利をみつめた。いつも勇利が「何かされそう」と思うおりの目つきだった。しかし、その過去のどんなときよりも、彼は情熱的だった。 「あ、あの……」 「勇利」 ヴィクトルが真剣に言った。 「俺のところにも勇利のひきだしをつくるから……」 勇利は目をまるくした。なんだ、そのくどき文句は。いかにもおかしな言葉だった。勇利は笑いだしてしまった。 「……いい?」 ヴィクトルのことがこのうえなくいとおしく、彼は目を閉じてちいさくうなずいた。 「このいちばん下が勇利の場所だよ。なんでも持ってきて置いてくれ。とりあえず、勇利の下着と服は用意しようかと思ったんだけど、勇利が持参した、勇利の生活を感じられるものを置いておいてもらいたい気がしてひかえたんだ。たとえどんなにダサくても、勇利の気配をまとっているものがいいよ」 「ダサいとか、大きなお世話だよ」 新しい衣服を独断で購入されなかったことに勇利はほっと息をついた。ヴィクトルならやりかねないと思っていたのだ。もっとも、彼が勇利のためのひきだしを支度するなんて半信半疑ではあったのだけれど、どうやら本当にそうしたようだ。どちらかといえば冗談ととらえていた勇利はすこし可笑しかった。 「どうせなら衣装戸棚ひとつを新しく買おうかと思ったんだけどね。選ぶ時間がなかった。今度一緒に行こう」 「そういうのいいから。ここだけでじゅうぶんです」 勇利はきっぱり言った。そもそも、ヴィクトルのところにあまり自分の荷物を置きたくなかった。遠慮があるし、それ以上に──いや、考えるのはよそう。 「勇利、わかってる?」 夕食の片づけを終えたヴィクトルは、食後のお茶を淹れながら確かめた。 「何が?」 「勇利は前のとき、ぜんぜん理解してなかったみたいだから。もしかしたら今回もそうかもしれない」 「だから何が?」 「こうやって私物を置く場所をつくるっていうのは泊まっていくということだし、泊まっていくっていうことはセックスするということだよ」 「ちょっと!」 勇利は慌てた。どうしてヴィクトルはこういうことをかるがるしく口にするのだ。しかし、もっと慎みを持って欲しいとか、あんまりなんでもはっきりずけずけ言うのは感心しないとか、こごとを言ってぷんぷんしている勇利を、お茶のあとヴィクトルは寝室へ連れていった。勇利はされるがままになっていて、そこで朝まで彼と一緒に過ごした。なんだかんだいってしあわせなのだ。ヴィクトルと仲よくすることになんの異論もなかった。 勇利の部屋のひきだしには、ヴィクトルのものがどんどん増えていった。もう一段増やしたほうがよいかと勇利は思いながら、しかしけっしてそうは言わなかった。ヴィクトルは少ない衣服でどうにかやりくりしているようだったけれど、その苦労さえ楽しそうで、「困るよ」とうれしそうによく勇利に報告した。勇利はといえば、ヴィクトルのところのひきだしを使ってはいたものの、最初にきめた以上には着替えを持っていかなかった。ひと晩過ごすだけならそんなに多くはいらないし、必要なら泊まるときに新しいものをひとそろい持っていけばよいのだし、あまりたくさん置いておくと、なんだか──なんだか──とにかくそれはよくないと考えた。 「勇利、もっといろいろ置いていったら?」 お互いの家に自分の場所を持つようになってずいぶん経ったころ、ヴィクトルが真剣に提案した。 「べつに困ってないし、これでじゅうぶんだよ」 勇利はとりすまして答えた。 「勇利はきちんとし��ぎるよ。もっと適当にやってもいいのに。勇利の場所を増やすくらい、俺にはなんの苦労もないんだから」 「でも、いまのままでやっていけるからね」 「たまに二日続けて泊まりたくなることもあるだろう」 「二日続けて泊まるのを我慢すればいいんだよ」 「だから、我慢しなくていいように普段から……」 「きちんと線を引いておかないと、どんどん規律がみだれるよ」 「みだれてもいいじゃないか」 勇利はかぶりを振った。ヴィクトルは不満そうだったけれど、勇利のものを買ってきてひきだしにしまうということはしなかった。勇利がかたくなだからか、最初に言ったとおり、勇利の気配が感じられるものを置いておいて欲しいからか、どちらかはわからない。 ヴィクトルのところで過ごすのは幸福だ。そうするのが当然だというふうにひきだしから自分の衣服を取り出し、それに着替えるとき、勇利はどうしようもない喜びをおぼえる。ぼくはヴィクトルの家にいていいんだ、自分のものだって好きなだけ置いておけるんだ、と思うとたまらないときめかしさでいっぱいになる。だが、だからこそ用心し、自分がわがままになりすぎないように慎重になった。あまり贅沢をしてはいけない。だって──際限なく好きなようにふるまっていたら、ヴィクトルと暮らしたくなってしまうではないか。 それは自分の家で、ヴィクトルが置いていった衣類を洗濯しているときにもよく考えた。ああ、こんなふうにヴィクトルのものを洗うなんて、まるでふたりで暮らしてるみたい、とうれしくなり、ことさら丁寧に洗濯物を干した。ヴィクトルもこうしてぼくのものを洗ってくれてるのかな、といつも清潔になっている彼の家の着替えのことを思った。だめだめ……こんなことばっかり考えて……ヴィクトルと暮らしたくなっちゃう……。 勇利は、ヴィクトルが「今夜は泊まるよ」と言いながら、彼のひきだしから着るものを出してにこにこするのが好きだった。 シーズンに入るまでは、かなりひんぱんに互いの家に泊まっていたのだけれど、始まるとそうもいかない。ヴィクトルは、あまり泊まりに来なくなった勇利に対して不満を持っており、そして不安があった。スケートに熱中すれば、勇利がほかのことは目に入らなくなることはわかっていたのだけれど、何か──それ以上のものがあるような気がしてならないのだ。勇利はよくわからないものの考え方をしていて、彼の論理はヴィクトルには完全に理解不能なので、ちょっとしたことでも気になってしまうのかもしれない。しかし──やはり、勇利の態度はなんとなくおかしいように感じられた。 「勇利、今夜は泊まりに来る?」 ふたりとも、グランプリシリーズの前半戦でファイナル出場がきまり、すこし日程にゆとりがあった。勇利はシーズン中にセックスはしたくないかもしれないけれど、それでも、ただ一緒にいて話をするだけでもヴィクトルはよかった。 「あー、えっと……、今日はやめとく」 勇利は迷うそぶりも見せず、あっさりと断った。ヴィクトルはやきもきした。勇利は俺のことを好きじゃないのかもしれないと思った。もちろんそんなはずはない。勇利の愛はいつだって感じている。 「じゃあ、俺が行ってもいいかい?」 ヴィクトルはさらに踏みこんだ。勇利は瞬き、ちょっと困惑したような顔をした。なんなんだ!? 俺が泊まりに行ったら迷惑なのか!? ヴィクトルははらはらする思いだった。 「……いいよ」 勇利はちいさく答えた。うつむきがちな清楚な横顔を見たヴィクトルの胸は、めちゃくちゃにかきみだされた。どうしてこう抱きしめたくなるような態度をするのだろう。勇利はいつまで経ってもヴィクトルにとって謎だし、日ごとに彼への想いは増すばかりである。 「本当にいいのかい?」 ヴィクトルは念を押した。勇利はヴィクトルを見てはにかみながらほほえんだ。 「いいよ……」 ヴィクトルはどきどきした。この子は俺のことを愛している。どうしようもなく。そう感じた。都合のよいように受け取っているだろうか? しかし、勇利は愛情深くうつくしかった。確かに。 ヴィクトルはセックスはしないつもりだった。勇利もそのほうがよかったのか、それとも、ヴィクトルがしないのならそれでよいと思ったのか、とくに何も言わなかった。けれど寝るとき、ヴィクトルがまじめにキスしたら、彼のほうも楚々としたそぶりで身を寄せてき、頬を赤くして、きよらかな接吻をひとつした。ヴィクトルは気が狂いそうなほど勇利がいとおしいと思った。俺は勇利を愛している。勇利も俺を愛している。愛している……。 ああ、勇利と一緒に暮らしたい。これが日々の当たり前だったらいいのに。どうして勇利は俺の家にいないんだ? 十二月に入るとグランプリファイナルがあり、そのあとは勇利のジャパンナショナルなので、家に泊まるどころではなかった。ヴィクトルは、だからこそ、ああ、勇利と暮らしたい、とそのことばかり考え続けた。勇利にそばにいてもらいたいし、彼のそばにいてやりたかった。試合のときはもちろん、私的な時間にもそうしたかった。しかし勇利はいつも平気そうにしている。勇利が平気そうにしているからといって、本当に平気かどうかはわからない。彼はたいへん難しいのだ。 「俺も日本へ行きたいな」 十二月の終わり、勇利が突然ヴィクトルの家にやってきたとき、ヴィクトルは、全日本選手権に帯同したいということをほのめかした。それについてはずいぶん前から、「一月にはロシアナショナルがあるから来なくていいよ」と勇利に断られていた。いくら言っても彼は聞き入れてくれなかった。 「だめ」 このときも勇利はにべもなくはねつけ、首を縦に振らなかった。ヴィクトルは不満だった。 「でも勇利、俺がいなくても大丈夫?」 「大丈夫だよ」 「泣かない?」 「なにそれ。どういう意味?」 「さびしいだろ?」 「さびしいけど泣かないよ」 にらまれてしまった。さびしい、と言ってくれたことがヴィクトルはうれしかったけれど、浮かれている場合ではない。 「さびしいなら行くよ」 「そのことはもう何度も話しあったじゃない」 「話しあってない。勇利が一方的にきめつけただけだ」 「ぼくのことはいいから、ヴィクトルは国内大会のことを考えてよ」 「俺は勇利のコーチだ」 「わかってるよ。でもだめ」 「勇利はもっとわがままになったほうがいい」 「その代わり、ほかの試合では思いきりわがままにふるまってるよ」 そうだろうか? 勇利はそのつもりかもしれないけれど、ヴィクトルには足りなかった。ヴィクトルはもっと勇利に求めてもらいたいのだ。ずっとそばにいて、離れないでと言って欲しい。しかし、勇利は言いだしたら聞かないし、頑固なので、無理についていくことはできなかった。ヴィクトルはぶつぶつこぼした。 「マッカチン、勇利はひどいと思わないか? 俺なんて必要ないんだって。ひとりで試合にのぞむんだってさ。信じられない。俺は勇利のコーチだぞ」 勇利は試合のため、日本へ発った。なんてつまらないのだろう。勇利のいないリンクは寒々としているし、家だって──日常的に彼がヴィクトルの自宅にいたわけではないけれど、いまはロシアにいないのだと思うと、特別さびしいような気がした。 「くそ……やっぱり帯同すればよかった……」 ヴィクトルは、勇利のものになっているひきだしのところへ行き、なにげなくそこを開けた。まちがえて勇利のタオルを自分の持ち物にしていたので、それをしまっておこうと思ったのだ。だが、中を見た瞬間、彼は凍りついて息ができなくなった。 衣服が減っている……。 なぜ、という思いでいっぱいになった。もちろん、近頃は勇利はまったく泊まりに来ていなかったのだ。衣類が少なくても問題はない。だが、泊まりに来ていないからこそ、いままでとはちがっているのはおかしかった。置きっぱなしでよいではないか。ここにある服が少ないということは、つまり、勇利が意図的に持って帰ったということだ。ただ家で使いたかったからと考えることもできるけれど、こういうとき、勇利はたいていヴィクトルのして欲しくない行動を取るのだ。もうわかっている。 「勇利……なぜだ……」 ヴィクトルは、もう勇利はここへ来る気はないのではないかという気がした。来たとしても、一度か二度で終わってしまうのではないか。すこしずつ荷物を減らしていき、最後にはこのひきだしをからっぽにするのだ。思えば、互いの部屋に服を置いておこうと提案したのはヴィクトルだし、勇利のほうはさほど乗り気ではなかった。強引なヴィクトルに押しきられたかたちだったのだ。 「勇利は……勇利はもう……」 彼はヴィクトルのことを愛している。しかし、こんなふうに家を行き来して、そこに自分の居場所をつくるのには賛成ではないのかもしれない。「ひとりでも大丈夫だよ」と言って試合におもむいたように、「普段もひとりで大丈夫だよ」という気持ちなのだ。勇利は自立心が強い。 「ああ……」 ヴィクトルは頭がぐらぐらし、気分が悪くなったので、すばやくひきだしを閉めて、その日はそれきりベッドにもぐりこんでしまった。 ヴィクトルは勇利のことばかり考えていた。報道によると、公式練習での勇利の調子はあまりよくないようだった。いつものことだ。勇利は事前の練習では上手くいったためしがない。直前の六分間練習などでは入りこんで���事なすべりを見せることもあるのだけれど、それ以外はだめだ。だが、それでよいのだ。試合当日でもないのに絶好調になるのは感心しない。練習でいくら出来がよくても、本番でできなければ意味がない。だからヴィクトルは、勇利の場合、試合の前は、ちょっと首をかしげるくらいでちょうどよいと考えていた。 だがそれは、ヴィクトルがそばにいるときの話だ。ヴィクトルなら、ちゃんとできないと言って落ちこむ勇利を元気づけることができるし、笑わせることができるし、優しく撫でることができる。ひとりのときにそんな状態では、ヴィクトルのほうが気になって仕方なかった。いまごろ勇利は悩み、不安を感じ、泣いているのではないだろうか。 いますぐ勇利のところへ飛んでいきたい。ヴィクトルは苦しんだ。勇利はどうして来なくてもいいと言ったのだろう。もちろんヴィクトルのことを気遣ったからだろうけれど、ヴィクトルの家から勇利の荷物が減っていることを考えずにはいられなかった。勇利はヴィクトルからへだたりを取ろうとしている。私的にも──もしかしたら選手としても。勇利が必要としているのはコーチのヴィクトルで、しかしヴィクトルは四六時中勇利のコーチではなく、選手としての顔も持っているから、それで勇利はいろいろと思案しているのだ。確かに彼は、ヴィクトルコーチにだけはわがままを言っているつもりなのだろう。 コーチ以外の俺のことがいやになったんだろうか、とヴィクトルはぼんやり思った。ヴィクトルが彼の部屋に衣服を置いたり、我が物顔でひきだしを開けたりすることを、勇利はいやがっていなかった。しかし、ときおり、困ったような顔をするのも事実だった。 「ヴィクトル、ものがどんどん増えてない?」 「必要なんだよ。いいじゃないか」 「必要って、ほとんど一泊しかしないのに、どうしてそんなに必要なの?」 「勇利のところに俺のものがあるというのがいいんだ。その状況が好きなんだ。実際に使うかどうかじゃない」 「意味がわからない。そんなにたくさん置きたいなら──」 勇利はそこで口をつぐんだ。ヴィクトルはそのとき、彼が、「そんなにたくさん置きたいなら、もうひとつひきだしを使う?」と言おうとしたのだと思った。しかしもしかしたらちがったのかもしれない。本当は、苦情か、ひかえて欲しいということを言いたかったのかもしれない。 「勇利も俺のところにたくさん置けばいいんだよ」 ヴィクトルはしばしばそう勧めた。勇利は「いまのままで困ってないから」というひとことで済ませるか、「そうだね」と気の��い返事をするだけだった。彼はそんなふうにするのはいやだったのかもしれない。だから──だからこんなに、いつの間にか彼の持ち物がヴィクトルの家から減っているのだ。 大丈夫だ。勇利はコーチとしての俺は必要としている。いつかみたいに、終わりにしようなんて言いたがっているわけじゃない。それはわかってるんだ。知っている──。 しかし、もはやヴィクトルは、師弟としてだけふるまうのでは満足できないのだ。もっと勇利を愛したいし、勇利に愛されたい。そうでなければ──。 「ヴィクトル」 勇利は朝、ベッドの中で、うつぶせになって両腕を重ね、顔を斜めにしてよくヴィクトルをみつめていた。そのときの清楚さ、まばゆいばかりの素肌、純真な微笑、やわらかいうつくしさ──すべてがヴィクトルにとっては永遠だった。 「ヴィクトルって、えっちだよ……」 勇利はビロードのような声で、陶酔したように笑いながらささやいた。 「えっちなのは嫌いかな」 ヴィクトルの問いかけに、勇利は目をほそめて口元をほころばせた。 「嫌いじゃないよ。でもヴィクトルってえっちだ……」 だから勇利は俺がいやになったんだろうか。セックスなんてしたくなかったのだろうか。ヴィクトルはそのことを思案した。勇利を抱きしめているときは幸福だった。彼とスケートをしているときと同じくらい──。 勇利をどのようにして説得しようか、ヴィクトルは真剣に考えた。言葉を尽くすつもりではいた。しかし、勇利のかたくなさ、自立心の強さ、法外なほどのおそろしい決断力を彼は知っていた。何をどう言っても勇利のこころを変えることはできないのではないかと思った。勇利はヴィクトルを愛している。愛していれば愛しているぶんだけ、彼の決心はかたいのだ。 勇利が心配するほど、選手としてちゃんとできていなかっただろうか。それとも、彼を求めすぎたのだろうか。どうすればよいのだろう。なんて言えば勇利の気持ちを変えられる? ヴィクトルは全日本選手権の勇利のショートプログラムを見た。たいへんすばらしい出来だった。ほっとし、うれしくなり、いますぐ抱きしめて褒めてやりたいと思った。勇利は立派に独り立ちしている。だからヴィクトルの家から服が減るし、彼はそのうち、ひきだしはもういらないと言いだすだろう。 ショートプログラムの結果をコンピュータで流しっぱなしにしながら、明日練習へ行くための支度をヴィクトルはした。いつも使っているタオルが見当たらなかった。勇利と一緒に買ったもので、ヴィクトルにとってはひどく大切だった。どこへやったのだろう? そういえば、勇利のタオルをまちがえて自分のものにしてしまったことがあった。あべこべに、今度は自分のものを勇利のひきだしに入れているのではないだろうか。 衣服の減ったところなど見たくもなかったけれど、ほうっておくこともできないので、ヴィクトルはしぶしぶ衣装箪笥のところへ行き、いちばん下の勇利のひきだしを開けた。自分のタオルは見当たらなかった。奥のほうにあるのかもしれない。ヴィクトルはたたんであるシャツをいくつか取り上げ、ひきだしの底に目を向けた。 「フリーもすばらしい出来でしたね!」 諸岡が、まるで自分のことのように喜びながら、勇利にマイクを差し出した。勇利は輝かしく頬を紅潮させ、おさえられない高揚に声をつまらせた。 「どうも──ありがとうございます」 「どのような気持ちで演技にのぞまれましたか」 「今回はヴィクトルがいなかったので──彼を心配させたくなくて──彼の誇りになれるようにがんばろうときめてて──それに──それに──」 「それに……なんですか?」 勇利の頬はさらに赤くなった。余計なことを言ってしまった。勇利ははにかんだ笑みを浮かべた。 「……なんでもありません」 「では、ヴィクトルコーチに伝えたいことはありますか? きっと見ていらっしゃることと思います」 「は、はい。えっと……」 勇利は緊張した面持ちでカメラに視線を向けた。きちんと言えるかな? ──言わなければ。 「ヴィクトル、あの……、いろいろ話したいことはあるけど、それは帰って、顔を見てから話します。いま……、いま言いたいことはひとつだけで……、ヴィクトル、ぼくの……ぼくのひきだしを見てください。ぼくのひきだしの中……それだけ……」 諸岡や、ほかの記者たちがふしぎそうな表情をした。もちろん、中継を見ているほかの者たちもわけがわからないだろう。しかし、勇利が言いたいことはこれしかなかった。これ以外には何も言えなかった。 「……それだけですか?」 「それだけ──それだけです」 「ヴィクトルコーチに会いたいですか?」 「あの……」 ヴィクトルに会いたいかどうか? そんなこと、考えたこともなかった。わかりきっているからだ。 「……はい。会いたいです」 勇利がこっくりとうなずいたときだった。ミックスゾーンの奥から、「勇利!」という、すてきな、いまいちばん聞きたい、愛情深い──大好きな声が聞こえた。勇利ははっとして振り返った。 「勇利! ──俺の勇利!」 「ヴィクトル!」 勇利はあぜんとした。スーツ姿のヴィクトルが関係者を避けながら、急いでやってくるところだった。勇利はわけがわからなかった。胸がいっぱいになった。 「なんでいるの!?」 「勇利、俺の顔を見ていちばんに言うことがそれかい?」 ヴィクトルが笑った。勇利は彼に駆け寄って、「だってヴィクトル意味わからないんだもん!」と叫び、思いきり抱きついた。ヴィクトルはしっかりと勇利を受け止め、抱きしめて、優しく髪を撫でた。 「勇利、すばらしかったよ。おまえは最高の生徒だ。俺の勇利だ」 「ヴィクトル、どうして来たの?」 勇利はヴィクトルの顔をひたむきにみつめた。 「ひきだしの中を見たからさ」 「え?」 勇利は目をまるくした。 「だって──いま見てって言ったんだよ。ついさっきだよ。それで、あれを読んで、すぐにぼくのところへ来たの?」 ヴィクトルは笑いだした。彼は、おおげさにうなずいてはしゃいで答えた。 「そうだよ! 空を飛んできたんだ──勇利のためにね」 愛するヴィクトル ヴィクトル。やることがたくさんあって、日本へ発つまであまり時間がありません。ぼくは今日じゅうにこれを書いて、ヴィクトルのところへ行って、ひきだしにしまわなければなりません。 全日本選手権へ行きます。ぼくひとりで行きます。とてもさびしいです。向こうで泣いてしまうかもしれません。ヴィクトル、ぼくが泣いたら、それに気づいて、ぼくのために空を飛んできてくれる? 貴方はきっと、いま、笑っていますね。おまえが来なくていいと言ったんだろうとあきれていることでしょう。でも、ぼくが来なくていいと言うとき、それは、本当は、来て欲しいということなのです。ひとりで大丈夫と言うときは、つまり、貴方がいなくちゃだめということなのです。それでいて、そう言えないのです。いろんな理由から言えないのです。もちろんもうヴィクトルは知っていますね。 ヴィクトル、貴方は、ぼくの部屋にたくさんの着替えを置いていきますね。この春からずっとそうしてきました。貴方の服が増えるたび、ぼくはたまらなくうれしい気持ちになりました。貴方の着替えたものを洗濯するときなど、まるで──まるで──いえ、たとえすべてを書くと決心した手紙でも、あまりはしたないので言えません。 ヴィクトル。貴方はぼくの残した服を洗濯するとき、ぼくのことを考えてくれていましたか? 貴方の衣類が増えると、ぼくは、ひきだしをもう一段使ったら? といつも言いそうになりました。でも我慢しました。ぼくは貴方の家に服を置くとき、これも置いていこうかといつも一枚余分に残したくなりました。けれど、これも我慢しました。なぜ我慢していたかわかりますか? ぼくはだんだん貴方の家に置く荷物を減らしていきました。貴方のことをあんまり愛しすぎて、慎重に、用心しなければならなかったのです。だって──そんなことをして甘えてわがままにふるまっていたら、貴方と暮らしたくてたまらなくなってしまいます。だから自制をしようと、どんどん少なくしました。 いま、ひきだしを開けた貴方は、どうしてこんなにものがないんだと驚いているかもしれません。そういう理由だとわかってください。ばかなやつだなと笑ってください。 けれど──、もう、その気持ちをおさえられそうにありません。ヴィクトル。ぼくはひとりで日本で戦うときめたとき、どうして貴方は来てくれないのだろうと不満を持ちました。いつも貴方のそばにいられればいいのにと思いました。貴方がそばにいてくれればいいのにと思いました。だから決心しました。もし──もし、ひとりでも立派にやりとげることができたら──そうできるほどぼくがしっかりして凛としていられるのなら──そのときは貴方に気持ちを打ち明けていいのではないかと思ったのです。 ヴィクトル。 貴方を愛しています。 一緒に暮らしたいです。 貴方の家にぼくを置いてくれますか? 早く貴方に会いたいです。 お目にかかって、すべてきちんとお伝えします。 貴方の勝生勇利
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デヴィッド・グレーバー『ブルシット・ジョブ』
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「クソ面白くもない仕事」の告白事例で埋め尽くされた本書は、読むものをブルシット・ジョブの疑似体験へと誘う。おまけに攻略対象は、小さめのフォントで構成された426ページ、648グラムという結構な大著だ。デヴィッド・グレーバーの『ブルシット・ジョブ』は、読むのに覚悟を必要とするたぐいの本である。
しかし、本書を読み終えるころには、グレーバーが投げかけるクソ面白くもない話の深刻さと、それに立ち向かう彼の粘り強い思索にどっぷりと浸かることになる。本書には、現代社会が抱える仕事の欺瞞、不毛な労働、ケアリングの不当な扱いの実態と問題の告発、その解決に立ち向かう反逆者グレーバーの奮闘ぶりが溢れている。
著者のデヴィッド・グレーバーは、「ウォール街を占拠せよ」運動を主導し、"We are the 99%”のスローガンを作ったことで知られる。この『ブルシット・ジョブ』は、文化人類学の精神に立ち現代の経済と労働の問題に切り込んだ、過激で情熱的そして人間味のある一冊である。
CONTENTS
「クソ面白くもない仕事」の蔓延と欺瞞的な実態
なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか?
世界的パンデミックで露呈した身近なブルシット・ジョブ
足を引っ張る道徳的羨望
あらっぽいマルクス主義のススメ
生活を労働から切り離すためのベーシック・インカム
避けるべきだが避けられない本書の要約
「クソ面白くもない仕事」の蔓延と欺瞞的な実態
この本にはにはさまざまなタイプのブルシット・ジョブが登場する。それは著者の分類に従えば、取り巻き型、脅し屋型、尻拭い型、書類穴埋め型といったものだ。グレーバーはこれらの「クソ面白くもない」仕事は、金融、教育、コンサルタントなどの業界を中心に、とりわけ、わけのわからない横文字の職業に蔓延しているという。
本書に登場するブルシット・ジョブはあまりにも多様で何を例示するか悩ましいが、ひとつだけ取り上げるとすれば、経営管理型の大学などはその最たるものだろう。例えば、1985年から2005年の20年間で、アメリカの大学における管理業務サービスの供給量は大幅に増えている。驚くのはその内訳である。同期間に増加した学生数の伸びは56%だったのにたいし、職員数は240%に増えたとある。(p.214)本書の文脈に従えば、この20年間で大学の職員は大量のブルシット・ジョブ労働者を抱え込んだ可能性がある。
しかし、本書が指摘するのはブルシット・ジョブの増殖ぶりだけではない。その「クソ面白くない」仕事に、高額の給与が支払われている実態も描かれている。典型的な事例は次のようなものだ。
大手デザイン会社の「インターフェイス・アドミニストレーター」だったエリックは、仕事のあまりの無意味さに抗議するため、遅刻、早退、ランチでの飲酒、デスクで小説を読む、勤務中の三時間を散歩に充てるといった反乱行動に出た。しかし、会社の反応は彼の期待を裏切るものだった。エリックは次のように告白している。
辞めようとしたところ、上司が2600ポンドまで給料を上げようと提案したので、しぶしぶ受け入れました。あの人たちがわたしを必要としていたのは、まさに、あの人たちが実行していほしくないことを実行する力量が、私になかったからで、あの人たちはわたしを繋ぎ止めようとして、すすんで金を払おうとしたのです。(p.104)
エリックの仕事ぶりはひどかったが、上司にとって不都合な仕事をする人物でなかった。彼らにとって、部下の一人がサボろうが酒を飲もうが関係ない。エリックはプログラミングや何かの開発といったことはできなかったが、Eメールのリストから上司が必要とする相手のアドレスを検索して示すことはできた。上司はそれだけの仕事に、2600ポンド(約36万円)の給料が支払われてもよしとしたわけである。エリックが反乱を起こそうとした気持ちはよく分かる。
この事例のようにグレーバーは、ブルシット・ジョブは公共部門に限らず民間部門にもはびこっているという。そうであれば、公共部門よりも民間部門の方がスリムで効率化されているという一般の認識には、かなりの思い込みが含まることになる。
例えば、本書に掲載されている「企業労働の実態報告」からの抜粋によれば、アメリカの事務員が本来の業務に注いでいる時間は、2015年から2016年の1年間で、46%から39%に低下しという。本来の業務を圧迫しているのは、無駄な会議、管理業務、Eメールなどの増加によるものだ。(p.46)
社会的な貢献と報酬の不可解な関係は、医療従事者の間にも広がっている。ハンス・ロスリングがいうように、この200年間で人類は大幅に寿命を伸ばし経済的にも豊かになった。その伸びは寿命で4倍、収入で70倍にもおよぶ。このうち健康は医療の進歩によってもたらされたと、多くの人が信じている。
しかしグレーバーは、寿命が伸びた最大の理由は医療そのものよりも、衛生学や栄養学、そして公衆衛生が改善されたことに起因している、というよくある指摘を引き合いに、次のように述べている。
病院では(きわめて給与の低い)看護師や清掃員こそが、(きわめて高額の給与を受け取っている)医者たちよりも、じっさいには健康状態の改善によりおおきな貢献をなしていると言えるかも知れない。(p.277)
この年収格差がどの程度のものかといえば、2017年の米労働省労働統計局の職業別雇用・推定賃金に関するデータによれば、トップ10の9位までを医者が占めておりその平均額は約2500万円である一方、本書に示されている英国の病院の清掃員の年収は180万円でしかない。(p.276)国が異なり厳密な比較とは言えないが、両者のあいだには14倍もの開きがある。程度の差はあれ、こうした格差は多くの国でも共通の傾向だろう。
もしグレーバーが指摘するように、健康状態の改善に実質的に寄与しているのが医療現場で働く看護師や清掃員であるなら、この格差はあまりにも大きいように思える。医者が行う専門的な治療行為の貢献はあるにせよ、健康改善への貢献はどこまで評価されているのだろうか。
こうした事態についてグレーバーは、「こうした傾向が続けば、10年と待たず、アメリカのオフィスワーカーのなかで実質のある仕事を行う者は存在しなくなるだろう」と述べ、労働時間の50%以上がブルシットな仕事に費やされていることに警告を発している。これはブルシット・ジョブが経済や経営の無駄を招くという理由からだけではない。ここには、世界に何の影響も及ぼさないと自分自身が考えている労働者と彼らが過ごす時間、つまり人間的な無力感と空虚な世界が社会に蔓延することへのグレーバーの強い危機感がある。
なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか?
それでは、「クソ面白くもない仕事」はなぜこうも増え続けているのだろうか。グレーバーによれば、ブルシット・ジョブは社会を占める物質生産の割合が減り、金融や情報などの抽象物を操作する仕事が増える過程で増えてきたが、そこには政治的な思惑が関係しているという。
ブルシット・ジョブが政治的な力から生まれるとする説明にグレーバーが繰り返し引き合いに出すのが、オバマ大統領の医療保険制度改革に関する発言である。当時オバマ大統領は、民意であった公的保険ではなく、民間企業の手を借りた健康保険制度を選んだ。その理由はつぎのようなものだったという。
単一支払者制度のよる医療制度を支持するひとはみな「それによって保険やペーパーワークの非効率が改善されるのだ」といいます。でもここでいう「非効率」とは、ブルークロス・ブルーシールドやカイザー(いずれも保険会社)などで��に就いている100万、200万、300万人のことなのです。この人達をどうするんですか? この人達はどこで働けばいいのですか?」(p.210)
単一支払者制度とは、ヘルスケア原資を単一の公的機関によって負担する仕組みで、いわゆる公的保険制度にあたる。つまり上の発言をしたオバマ大統領は、公的保険であれば300万人の仕事がなくても保険制度が成り立つと認め、しかもそれによってペーパーワークなどの非効率な仕事、つまりブルシット・ジョブがなくせると知りながら、政治的な思惑によって公的保険制度は望ましくないと判断したことになる。
オバマ大統領がこのように述べた背景には、「この人達をどうするんですか?」の発言に示されている通り、完全雇用の含意にもとづく300万人の雇用があったと思われる。それが文字通りの「完全」ではないせよ、雇用の確保は国民との間に交わされたひとつの合意事項ではなかっただろうか。
グレーバーはこうした政治的判断は民間企業にも当てはまるという。生産性の向上に見合った設備投資や給料に回す以上の利益が上がるようになると、忠実なる協力者に報奨を与えることで不満分子を買収したり、経営的なヒエラルキーの維持や再生産に回すためのお金や仕事が生まれるようになる。こうした経営的な思惑は、まさに政界のそれと同じだというわけだ。
この一連の話のなかで、政治の世界の完全雇用にあたる民間企業の含意が何かといえば、それは技術の発展への信頼ではないだろうか。産業革命からはじまった機械化は生産の効率向上をもたらし、その利益を物質的な再分配を超えて抽象的な領域へ注ぎ込ませる力となった。この新領域が生まれたのは経営者の意志というより、技術発展の自動作用だっただろう。そうであれば、民間企業にとって技術の発展は、経営を支える前提としての含意だったことになる。経営の前提に技術の発展があればこそ、事業家は経営的な思惑を資金の運用や人材に向けることができたと考えられる。
新たな領域にお金が回るようになった当初、企業家の思惑が社会に与える影響力は限られていた。しかし、1900年代の終りにコンピュータが普及すると、もともと記号であるお金と記号を操作する機械のコンピュータが相乗効果を発揮しはじめ、金融業や情報産業などの新しい業界と新市場が生まれた。その成長は著しく、結果的に利益の抽象的な再分配は産業全体におよぶようになった。この機械的な効率性の向上をベースとした、非物質的な抽象価値のハンドリングこそが「クソ面白くもない仕事」の温床と考えられる。前掲のエリックは、まさにこうした業界で上司に依頼されたEメールの検索だけで一日を過ごし、2600ポンドの収入を得ることになった。そのエリックが「クソ面白くもない」日常に反抗を試みたのは上述の通りだ。
そうだとすれば完全雇用と技術の発展は、ブルシット・ジョブの両輪を担ってきたことになる。もし、どちらかの合意が欠けていれば、「クソ面白くもない仕事」がいまほど増え続けることはなかっただろう。しかしその一方で、効率がわるく失業者も多い事態を意に介さない社会が、失業者を救済する手段を持たなかったら、もっと悲惨なことになっていたことは明らかだ。そしていずれの混乱も因果関係からいえば、技術の発展が政治的な思惑の生みの親だった。
このことは未来の労働について深刻な問題を提起する。ブルシット・ジョブを生み出す本質が技術による効率向上であるなら、純粋機械生産が予想される未来は、いま以上に「クソ面白くもない仕事」が蔓延する社会になりかねないからである。
世界的パンデミックで露呈した身近なブルシット・ジョブ
本書にはエリックに似た境遇にある人々の告発が次から次へと登場する。それらは、ブルシット・ジョブを対岸の火事のように見ている多くの読者には、あまり現実味のない記述かもしれない。しかし、後半に差し掛かり、なぜ無意味な雇用が停止できないのかとグレーバーが問うあたりから、話はにわかに現実味をおびてくる。なぜなら、コロナウィルスの流行で、世界のいたるところで起きている通常業務の停止が、自分の置かれた状況に似ていることに気づくようになるからだ。
会社に行かなくなれば、デリケートな人間関係や、無駄を前提に成り立っていた仕事はやりにくくなる。存在自体に気を配ることが評価される取り巻き型の仕事、システム化の遅れが仕事の源泉だった書類穴埋めの仕事などは真っ先に機能しなくなる。
わたしたちはいま、まさにその只中にいる。事実、コロナ禍で国単位のロックダウンが敷かれたり、ホームステイやホームワークが強要されたことで、「クソ面白くない」仕事の多くが機能不全に陥った。いまわたしたちは、これまでやむを得ず受け入れていたブルシット・ジョブにどれだけの価値があるか、その真贋が強制的に問われる壮大な社会実験に投げ込まれている。強制的とは、コロナウィルスがもたらしたロックダウンや行動自粛といった、人間の自由を規制するフィルターが、人びとの自由な意志を超えて作用している状態を指す。
そして社会のいたるところで、既存のブルシット・ジョブの多くが現役を退き、反対に新手の不毛な仕事が生まれたり顕在化するようになった。書類に赤い印を押すハンコや、デジタル化から取り残された紙の書類が自分を縛り付けてきたことが、日本のあちこちで問題として浮かび上がりはじめたのだ。ウィルス感染を恐れながら職場まで移動し、紙の書類に捺印するだけの仕事は、仕事を任された者にとって「クソ面白くない」ばかりか、コロナ感染の危険を伴う。その仕事ははたして、内容や危険に見合ったものなのだろうか? この問いが現実の問題となったのは、コロナ禍によるフィルターが機能しているからだ。
その一方でフィルターは、一部のシット・ジョブが実はエッセンシャル・ワークであったことを明らかにした。混乱に陥ってはじめて、社会を根本で支える医療従事者、介護福祉士、スーパーの店員、清掃作業者、宅配運転手、さらには教師や消防士や料理人など、現場で働く人々の仕事の重要性が再認識されるようになった。
しかし、彼らの仕事の中身と待遇は多くの場合エリックとはまるで正反対のものだ。社会を動かすのに不可欠な仕事への見返りは、その貴重さと激務にとうてい見合うものではない。反対に、ロビイスト、ヘッジファンド・マネージャー、コンサルタント、弁護士といったエッセンシャル・ワーカーの対岸にいる人々の多くは、コロナ禍によるフィルターの存在を気に留めることが少ない。なぜなら、出社を制限されたからといって、彼らの仕事の負担が増えたり給料の支払いが滞ることはほとんどないからだ。
こうした事態は2020年のいま、コロナウィルスの流行により世界中で起きている現実だが、グレーバーはいまから7年前、2013年の小論のなかでこの事態を描写している。そのとき彼は、「特定の職種の人びとが消え去ってしまったらどうなるか」という「思考実験」を提起したという。その内容は次のようなものだ。
もしある朝起きて看護師やゴミ収集に従事している人びと、整備工、さらにはバスの運転手やスーパーの店員や消防士、ショートオーダー・シェフたちが異次元に連れ去られてしまったとすれば、その結果はやはり壊滅的なはずだ。小学校の先生たちが消え去れば、学校に通う子どもたちのほとんどが一日や二日は大喜びするだろうが、その長期的な影響は甚大だろう。(p.273)
実験の結果をグレーバーはどのように想像しただろうか。要約すれば、「仕事の社会的価値とその対価として支払われる金額は倒錯した関係にあることが明らかになる」というものだ。そしてグレーバーはこの予想される事態を「ひそかにだが、ケアリング階級の反乱、と呼ぶようになった」と書いている。ひそかにと言うのは、反乱が自分にとってもケアにかかわる人びとにとっても、内心に留まっているという意味だろう。
しかし、現実は予想外の展開になった。グレーバーが思考実験を行った7年後、コロナ禍のフィルターがケアリング階級の内心を飛び越えて強制的に反乱を引き起こしたのである。政府は生活者や小規模事業者に莫大な補償をしなくてはならなくなった。よもやグレーバーは、彼が提起した「思考実験」が、その後のパンデミックによって世界中で強制執行されようとは思いもしなかっただろう。そして彼の予測した「倒錯した関係」が現実のものとして露呈したのである。
足を引っ張る道徳的羨望
しかし、世界的なパンデミックが終わればこの事態はもとに戻り、再び「クソ面白くもない仕事」が再開し「倒錯した関係」が再現されるのだろうか。もちろん、それでいいわけがないというのが、本書の基本的なスタンスだ。それではこの問題の出口は、いったいどこにあるというのだろう? グレーバーは「この状況に対してなにをなしうるのか?」と題した最終章で、道徳的羨望、上出来のロボット、ベーシック・インカムの三つの話題を取り上げている。
道徳的羨望とは、自分もそうでありたい美徳が相手によって高度に示されたとき、自分の内部で起こる妬みの感情を指す。多くの場合その妬みには羨望や反感をともなう。グレーバーがこの感情を取り上げるのは、道徳的羨望は労働を取り巻く政治に微妙な影響をおよぼすと考えているからだ。(p.321)
例えば、貧困者にたいする怒りは、働いていない人にも働いている人にも向けれるという。なぜなら、前者は怠惰だから後者はブルシット・ジョブではないから、というそれぞれの理由で怒りに変わるからである。これでは、「クソ面白くもない仕事」をしながら生活に困らない給料を得る人びとと、労働に見合わない条件のもとで現場で奮闘するエッセンシャル・ワーカーとが、共通の政治的な解決策について共闘するのは難しい。
仮にベーシック・インカムが実施され、給与水準の低いエッセンシャル・ワーカーの所得が引き上げられる提案が出されたとする。それによって現場で働く人びとの給与水準が、ブルシット・ジョブを過ごす人びとのそれに近づけば彼らのなかに、現場の連中は十分な働きがいを得ているくせにという理由で、自分たちよりも総合的に生活が上がることへの妬みが生まれる。
このような道徳的羨望が人びとの心に潜在する限り、その政策課題が多くの人びとから支持を得ることはできないだろう。これは、ベーシック・インカムで労働意欲が低下するとされることへの反証に比べ、科学的な取り扱いが難しい点で解決がやっかいだ。この点についてグレーバーはこれといった解決策を示していない。
あらっぽいマルクス主義のススメ
次の話題に移ろう。上出来のロボットがブルシット・ジョブの解放に役立つかという点はどうだろうか。これについてグレーバーは、いささか皮肉に満ちた言い回しでノーを突きつけている。彼が引き合いに出す未来のロボットは、SF作家スタニスワフ・レムにその発想源を求めたものだ。グレーバーは、いっさいの管理も指示もなしに作動するロボット「ニューマシン」が活躍するある星の出来事として、およそ次のような逸話を記している。
ニューマシンの配備が進むことで、働き口を失った労働者はバタバタとハエのように死んでいった。あるとき異星人が訪れ、ニューマシンの恩恵がみなで受けられるように、工場を社会の共有財産にすれば済むはずだと提案した。しかしその星の国民は、「我が星の最高法は貴族が自分の財産を享楽したがっている限り、何人もそれを取り上げることはできないことを受け入れている、バカなことをいわないでほしい」と懇願した。こうして、消費者としての労働者は追いはらわることになった。(pp.334-336の要旨)
この逸話についてグレーバーは、「苦役を排除するというような見通しが、あってはならない問題とみなされるという事実以上に、その経済システムが不合理であることを示すしるし(サイン)は想像がむずかしい」と述べている。(p.336)わかりにくい言い回しだが、これは、純粋機械生産のような不幸な未来を考えるのはどうかしているという以前に、そうした未来の経済システムがとうてい成立しない証拠をあらかじめ見つけることはむずかしい、ということだろう。彼は「いくぶんかのあらっぽいマルクス主義こそ、ときにわたしたちには必要なのである」とも書いている。グレーバーは、そもそも人間が労働しないことを良しとすること自体がおかしい、といいたいのだ。
それはたんなる願望だろう、労働が苦役になることも多い、そんな声が聞こえてきそう��気がする。そうでなければ、なぜ人類は産業革命から200年以上ものあいだ、機械を発明し省力化に努めてきたのわからなくなる。
しかし、人類が洞窟に壁画を描いたり、道具を生み出してきたのは、耐えられないほどの不便を解消するためだけではなかった。洞窟の先人からこのかた、人びとはその行為自体に生きる価値を見出してきたはずだ。そうでなければ壁画が人を魅了したり、バイオリンやMacintoshのような美しい道具は生まれなかった。このことは、現代の画家、陶工、料理人はもちろん、子どもの世話をする母親や育児スタッフもおなじだ。
これらの労働に共通していえることは、直接的な労働には何かしらの価値や喜びがあるということだ。これがグレーバーのいう「あらっぽいマルクス主義」の意味ではないだろうか。
それではもうひとつの、未来のロボットは人類全体の共有財産になるはずだという異星人の提案はどうだろうか。これについてグレーバーは、不可能ではないかも知れないが、深刻な自己矛盾を抱え込むことになるだろうという。その根本的な考え方は、「自動化は特定の作業をより効率的にするが、同時に別の作業の効率を下げる」というものだ。(p.337)その理由としてグレーバーは、エッセンシャル・ワーカーの仕事の本質をなすケアリングの価値は、超大な量の人間的労働によらない限りデータ化してコンピュータに取り込むことができないからだという。
おそらくこれには、汎用人工知能の研究者あたりから多くの反論がありそうだ。よく言われるようにコンピュータは単純作業の自動化からはじまり、次第にできることの範囲や能力を広げてきた。例えば、マックス・テグマークは『LIFE 3.0』のなかでハンス・モラヴェックが描いた「人間の能力のランドスケープ」を引き合いに次のように述べている。
その重大な海面レベルに相当するのが、機械がAIを設計できるようになるレベルである。この転換点に達するまでは、海面上昇は人間が機械を改良することによって起こるが、転換点以降は、機械が機械を改良することによって促され、人間が進めていたときよりもはるかに速く進んですべての陸地があっという間に浸水する可能性がある。(Kindleの位置No.1000-1003)
実際のところつい数年前には、人工知能を鍛えるには大量のデータを人間がコンピュータに与える必要があると考えられていた。しかしいまでは、例えば画像認識の分野のように、人工知能が自らデータを生成するデータ拡張(Data Augmentation)といった手法のおかげで手作業は格段に少なくなっている。グレーバーがいうデータ化のための人間的労働がいつまでも人間固有の能力を必要とするとは限らない。
生活を労働から切り離すためのベーシック・インカム
しかし、これまで見てきたように、グレーバーは労働の正の側面に期待を寄せている。むしろ、多少シンドくても充実感をともなう労働、すなわちケアリングのような仕事に「あらっぽいマルクス主義」の価値を認めることが必要だという。「クソ面白くもない仕事」は、クソ面白くないから苦役なのだ。そうなると問題は、いかに人びとをブルシット・ジョブから解放し、ケアリング労働の価値自体は残しながら、労働と対価の倒錯した関係を修復できるかに集約されることになる。
その点でグレーバーは、ブルシット・ジョブから逃れるための政策としてベーシック・インカムが有効なことを認めている。このベーシック・インカムは、今回のコロナ禍で一人あたり10万円の特別給付を受けた日本人にとって、馴染みのある方法だ。一回限りであるうえに非課税である点など、本来のベーシック・インカムとは異なるところもあるが、生活の困窮の解消に向けた施策が広く経験できた意義は大きい。これもまたコロナ禍のフィルターによる強制力がもたらしたものだ。
しかしグレーバーは、本書の内容や彼の考えが政策と受け止められることには抵抗があるという。彼が本書を執筆したのは政策を示すことではなく、あくまで「問題--ほとんどの人びとがその存在に気づきさえもしなかった--についての本なのだ」と述べている。彼がこのことを強調するのは、政策課題は人びとの目に止まりやすく、すぐにそれが有効かどうかに心を奪われ、考えに至った事情を見えにくくするからだという。そもそも政策という考えがうさんくさいとも述べている。
政策を明示することにこれほどの抵抗を示しながらも、しかしグレーバーは、ベーシック・インカムはブルシット・ジョブの削減に効果があるひとつの解決策だという。その最大の理由は、ベーシック・インカムによって生活から「クソ面白くもない」仕事を切り離すことができるからだ。このときしばしば指摘されるのが、無条件にお金を分配すれば、好きなことにうつつを抜かしたり労働意欲を失う人たちが増えるという問題だ。これに対してグレーバーは次のように書いている。
洞窟探検をおこなおうが、マヤ族の象形文字を翻訳しようが、高齢セックスの世界記録を打ち立てようとしようが、なんの問題もない。好きなことをやればよいのだ! 結局、何をやることになるにしても、履歴書作成セミナーに遅刻した失業者に罰則を科したり、ホームレスが三種類のIDをもっているかどうかをチェックするよりも、みんな、ほぼ確実に幸福になるはずだ。そしてかれらの幸福は周囲にも跳ね返ってくるであろう。(p.359)
こうしたことのすべては、あきらかにつぎのような想定にもとづいている。すなわち、人間は強制がなくとも労働をおこなうであろう、ないし、少なくとも他者にとって有用ないし、便益をもたらすと感じていることをおこなうであろう、と。(p.360)
グレーバーがどれほど性善説に立っているかは明らかだろう。しかし当然ながら、彼はすべて無条件に自由にすればうまくいくと言っているわけではない。あまりにも多くのブルシット・ジョブを余儀なくされている人びとがいる、つまり自分の仕事をバカバカしいと感じている人びとがいてその仕事に給料が支払われる一方で、社会を成り立たせる上で不可欠なエッセンシャル・ワーカーには満足な給料が支払われない、この倒錯した状況にいる大多数の人びとを自由にし、人間信頼のもとで救済する必要がある、というのがグレーバーの主張なのである。
避けるべきだが避けられない本書の要約
『ブルシット・ジョブ』は論点を要約するのをためらう本だ。ブツブツとひとりで呟くような文章が延々とつづくからではない。本書の節のタイトルがいつも「終結部=人間の創造性に対するブルシット・ジョブの影響と、無意味な仕事に対して創造的または政治的に自分を主張しよとする試みがなぜ精神的な戦争の一形態と考えられるかについて」といった調子だからというわけでもない。これらの文体や表現の特徴は、グレーバーが思考を煮詰めていく過程を追体験するうえで、むしろ、読む者にともに考えることを誘う効果もある。そうではなく、グレーバーはどうやら、わかりやすさの弊害に敏感なのだろう。まとめることを拒否しているように思えるのだ。
こうした事情を考えると、この本の要約は避けるべきなのだろう。しかし、それはわたしにとって、グレーバーの気分に引きずられ過ぎだとも思う。やはり、自分のためにこそ、この貴重な読書体験で得たことを記録するのが凡人の努めであるはずだ。
わたしが本書から得た著者の考えはこうだ--グレーバーは、ニューマシンのような発達したロボットが、「ブルシット・ジョブ」の解消に役立つとは考えていない。ロボットは苦役としての労働の代替��は役立つが、そもそも人間の労働の喜びや働く価値を代替すると期待するべきものでもない。それよりも労働に含まれる価値を認め、「クソ面白くもない仕事」から人びとを解放する必要がある。そして解放された人びととともに幸福を分かつには、社会制度としてのベーシック・インカムが有効である。--これが彼の考え方の骨子だと思う。
こうして、実際に要約を書いてみて気づくことがある。確かにグレーバーが危惧する政策に言及することの危うさがわかるような気がするのだ。要約することでどこか納得した気持ちになった途端に、彼が『ブルシット・ジョブ』のおそらく95%を要して訴えてきた「クソ面白くもない仕事」の複雑でクソバカらしい現実がどこかへ消えてしまうように思えてくる。いったいわたしたちは、すでに受け入れて半ば習慣化している問題について、自分自身の手でそれを克服することができなくなっているのだろうか。そうではないと信じたい。グレーバーは本書の最後をつぎの言葉で締めくくっている。
本書の主要な論点は、具体的な政策提言をおこなうことにはない。本当に自由な社会とは実際にどのようなものなのかの思考や議論に、手をつけはじめることにある。(p.364)
わたしたちも彼に習って、本当に自由な社会とは何かを考えることだけは諦めないようにする必要がある。わたしもその一人でありたいと、この本と格闘しながらその思いを強めた。
更新歴 2020.8.22 初回投稿 2020.8.23 「なぜブルシット・ジョブが増殖しているのか?」の項目を追記
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