#試乗インプレッション
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YouTube更新しました‼️ 試乗インプレッションしながら新型クラウンの色々な機能をわかりやすく説明したYouTubeになりますのでぜひぜひご覧下さい🫡 https://youtu.be/t1GeeFHYkt0 #カーブティックイフ #カーブティックイフ豊中ショールーム #carboutiqueif #新型クラウン #クラウンクロスオーバー #クラウンクロスオーバーrsアドバンス #試乗インプレッション #youtube #大阪 #豊中 #伊丹 (カーブティックイフ) https://www.instagram.com/p/Cn6dC8ELPNS/?igshid=NGJjMDIxMWI=
#カーブティックイフ#カーブティックイフ豊中ショールーム#carboutiqueif#新型クラウン#クラウンクロスオーバー#クラウンクロスオーバーrsアドバンス#試乗インプレッション#youtube#大阪#豊中#伊丹
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どうゆうことなの!?Tumblr.
前回はチェックマークのことを書いたのですが、 今回はTumblrブーストについて。
先月チェックマークが無事についたので 調子に乗ってちょっと普段やらない初めてのことを やってみようと思い。Webで「Tumblrブースト」を 検索。結果など全く見つからなく、Twitterで検索しても 全く見つからない....。 まあいいやと思い、ブーストを試す。
金額とインプレッションはこんな感じ。 詳しい友人に聞いてみたところ、 「いつかちゃん!10ドルで2500インプレッションなんて 全然アクセス稼げないからやめなよ〜」と助言をもらう。
が、Tumblrブーストの検証結果を書いてくれている人が 見つからないのこともあって被験者として試してみることを決意。 ポチポチとTumblrブースト購入。 10ドル、2,500インプレッションコース。
数分後、 Tumblr.社から届いたメールが届くが、
おかしい。 やはりTumblr.は普通じゃない。
大好きだ。
「私たちには山頂もなければ、まだ孫もいません。そこで、天高くまで燃え立たせる代わりに、ボーナスとして100,000インプレッションを追加することにしました。」
ははは。
10ドルで102,500インプレッションもらえるとの事。 どーかしてる。
24時間の結果は以下
Tumblrブースト、試してみて結果はどうあれおもしろかった。 もしかして前回のチェックマークのお詫びなのか?と思いもしたが、 よかったよかった。
Tumblrブーストの記事やツイートを見つけれなかったので 体験記としてここに記します。
でわでわみなさま 再見(>ᴗ < σ),,,,
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F・バニャイヤ選手「恋に落ちるほどいいバイクだよ❤」新型パニガーレV4試乗インプレッション! https://dougarider.com/archives/124622
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Specialissima COMP 試乗・インプレッション!サイクルモードライド大阪
サイクルモード・ライド大阪でスペシャリッシマCOMPを試乗しました! 安定感、剛性などあにまるランド的インプレッションします!
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1901年、アメリカで初めてオートバイを作ったメーカー「インディアン」。中でもスカウトというバイクは、インディアンの歴史を語る上で外せない伝説のモデル。その誕生100周年記念し、アニバーサリーモデルが発売されました。
https://www.l-bike.com/bike/22203/
#INDIAN#INDIAN MOTORCYCLE#Scout#Scout 100th Anniversary Edition#インプレッション#クラシック#クルーザー#大型自動二輪免許#試乗#試乗インプレッション
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ベントレー フライングスパー V8S 試乗インプレッション Bentley Flying Spur
この間初めてベントレーのSUV走ってるの見かけたんですけど周りの車とは一線を画してて存在感しかなかったし怪しさ全開だった でも個人的にはセダンとかクーペタイプ(特にフライングスパー)が好きなんですよね...
ベントレーに乗ることができる世界線が来る日は絶対来ないとは思うけど一度は乗ってみたい
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面白いのは、シフトダウン時の回転合わせは一切やってくれないことだ。シフトアップでこれだけ緻密なアシストを行ってくれるのだからシフトダウンでも技術的には可能なはずだと開発陣に問えば、「だって、わざわざマニュアルに乗る人は自分でアクセルを煽りたいでしょ? ヒール&トーをやりたいでしょ?」と痛快な答えが返ってきた。 この発想は、間違いなく普段からMTに乗っている人のものだ。そして普段からMTに乗っている上司でなければ、ゴーサインを出さないだろう。
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🇩🇰デンマーク、フレゼリクスハウンで、トナカイの過剰労働と地球環境に配慮した #近未来系そり の試作車が発表されました。🇯🇵日本でも導入可能か、試乗してきました。 June "JUL IN JUNE 2018" in Frederikshavn 🇩🇰 #santa #santaclaus #julemanden #julemand #julijuni #frederikshavn #denmark #danmark #6月のクリスマス #試乗インプレッション (Frederikshavn)
#julijuni#frederikshavn#6月のクリスマス#julemanden#santa#julemand#santaclaus#近未来系そり#試乗インプレッション#denmark#danmark
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SUZUKI GSX‐8R ライディングスクールSRTT https://dougarider.com/archives/122470
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200Miles
群馬県を中心に活動するサイクリングコミュニティCycleClub.jp(ccjp)は、関東圏から多くの参加者を集めるクラブライドを活動の中心に、前橋シクロクロスをはじめとしたイベントを何度も成功させ、自転車のまちを標榜する前橋市との信頼関係を築くなど、地元の自転車仲間という枠組みを超えた存在感を示している。そんな彼らが過去2年で2度クローズドで開催した200miles、320km/4300mUPというビッグライドのことは友人であり同じくRaphaアンバサダーを務めるccjpの中心人物の1人、Tkeyから話は聞いていた。僕は自身の最高距離も平坦基調で260km程度が一度あるぐらいで長距離走にも別段興味はなく、半笑いで彼に「自転車好っきゃな〜」と賛辞を送るに過ぎなかったのだけど。聞くところによると、満を持してということかはわからないが、その200milesをオープンなイベントとして開催するという。4人を1チームとして群馬県は前橋からスタートし、平坦を東へ栃木県小山市まで進んだところで北上、日光いろは坂・中禅寺湖を経て、国道日本3位の標高である金精峠の2024mをピークとし、群馬の沼田へ下り、中之条・東吾妻とアップダウンを繰り返し前橋へと戻ってくる320km、獲得標高4300mの道のり。朝3:30のスタートで、完走が認められるのは夜22:00まで。という話を聞いた頃には、なぜか僕も走る流れになっていた。長距離走が自分の関心外だったこともあり、特に走りたかった訳でも無いけど、なりゆきでそうなったら走らない理由は無い。運命が選んだ���だ、と静かに受け入れた。走ることが決まったら、それはそれで楽しみだと感じていた。結局は「自転車好っきゃな〜」ということである。 そうこうして決まったチームは、Rapha Japanのヒロ、Onyourmark MAGAZINEのユフタ(もちろんこのライドも記事にしている)、RaphaCyclingClub(RCC)の東京チャプターを牽引する落合さん、そして僕という4人で、ヒロとユフタはCANYON Japanから新作のグラベルバイクGRAILを借り受けていて、オンロードでのインプレッションするという事になっていた。落合さんもまたCANYONライダーだという。チーム3人がCANYONで参加するのなら僕もということで、CANYON Japanのご厚意でハイエンドのカーボンディスクロードUltimate CF SLXを借り受けた。彼らが持つテストバイクのパーツを利用して市販のアッセンブルより軽く仕上げてもらったこのディスクロードは、油圧ディスクにeTapとまさに最先端の装備。僕のクロモリバイクとは対極の価値観で生まれたスーパースポーツは、ディスクブレーキで驚きの7kgちょうどという軽さで、このビッグライドを少しは楽にしてくれそうだった。結果として、このバイクは僕を強く支えてくれることになる。そうしてチーム全員がCANYONにまたがり、Raphaの新作カーゴビブショーツとテクニカルTシャツをチームキットとして身にまとい、プロモーション臭をそこはかとなく漂わせつつ、我らがCANYON//シャカヶ岳チームは準備万端で5月4日午前3時35分にスタートしたのだった。この時には知る由もないが、この日、北関東圏の一部を襲った異常気象は、ちょうどそこを走っていた僕たちを雨、雷、霰、雹、吹雪、氷点下の気温と、気まぐれに様々なカード(もちろん晴れも)でもって翻弄した。最初の試練はスタートしてたったの30分後に天気予報で伝えなかった雨として現れる。未だ明けぬ宵闇の中で弱まることのない雨脚は、徐々に僕たちを削っていくが、とにかく前へ前へとペダルを回していく。ジャケットを雨予報ではなかったけど2000mからのダウンヒルの防寒と万が一の雨に備えてお守り的にRaphaのClassic Rain Jacket IIをチョイスしたのは幸いだった。これもこの日、僕を強く支えてくれることになる。 別のチームと出会って抜いたり抜かれたり、トレインを組んだりして走り続けると、やがて空は白み始めるが、雨雲は厚くなり雷を呼び込み、真夏の夕立のように様相を変えた。最初の平坦路で長い休���を取る予定は無かったが、雨宿りに入ったコンビニで足留めをくらってしまう。既に全身は水浴びをしたようにぐっしょりと濡れていて、靴にも水が溜まっているような状態だが、ジャケットのおかげで胴がドライなのはありがたい。しかしまだ平坦を70km程度しか走っていない。先はまだまだ長く、ダウンヒル向けの装備が既に濡れていて、窓の外はさながらスコール。これからの旅の困難さに眩暈を覚えていた僕の横で、仲間たちはインスタントラーメンを食べながら晴れたらすぐ乾くだろうと笑っていた。 雨脚が弱まってきたところでリスタート。小雨になったとはいえ雨が降っている状態で自転車を漕ぎ出すなんて、税金を支払いに金融機関に行くぐらいに完全なる億劫でしかないが、日光方面に向かうにつれ、雨は止み雲はちぎれ、太陽が控えめに顔を出してきた。しかし先程のスコールは相当な雨量を広範囲にもたらしたようで、どこまでも路面はウェット。水捌けの良くない路肩は浅い川のような状態。前走者や自身の跳ね上げる飛沫で、体感としては雨の中を走っているのと変わらず、タフな状況はまったく変わらない。既に僕の意識と身体は切り離され、ただペダルを回し続ける機械としての自己を認識することで、かろうじてこのストレスフルな状態に耐え、歩みを進めていたのだが、北へと進路をとる頃には徐々に登り勾配を感じることになる。前半の100kmに及ぶ平坦区間が終わろうとしていた。 日光のコンビニで休憩していた他チームの友人と談笑すると疲れも少しは和らぐが、135km地点のここからピークの金精峠まで50kmほど登り続けることになる。いよいよ山岳コースか、と静かに気合を入れて走り出したのだが、見上げると、僕たちの進む道の先には黒々とした雲がかかっている。山頂は全く見えない。誰も何も言わないが、あれはどうみても雨雲、むしろ今日これまで雨を降らせてきた雲よりもどす黒く、嫌な予感しかしないが、雨が降っていないとそこそこ暖かく、このあたりは例のスコールが降っていなかったようで路面も乾いており、久しぶりにストレスを感じずにペダルを回すことができるので、僕は意識的に無意識を操作して前方の暗雲を消し去ることにした。そうして淡々と登り続けると、すぐに日光東照宮を超え、いろは坂へとさしかかる。チームメイトは皆ジャケットを脱ぎTシャツ姿だ。思えば、この日ここだけがチーム4人が揃ってチームキットを見せることができたタイミングだった。とても短い時間だったが、かっこいいと思った。本当はずっとTシャツ姿でいるつもりだった���だけど。 連休中ということもあり、車もとても多いが、いろは坂は2車線の一方通行で交通量が多くても比較的登りやすい。とにかく負荷をかけずに淡々と。それなりにヒルクライム的な気持ちよさを感じていたところ、ふと顔に水滴がかかると、僕が操作した無意識はあるべき場所へと立ち戻り、残された意識はすぐさま状況を判断する。気づけば周りは真っ暗だ。見上げていたあの悪意すら感じる色の雲に飛び込んだ格好だ。すぐに雨脚は強くなる。せっかくなんとなく乾いてきたウェアやシューズがまた濡れるのかとうんざりしていると、早々に本降りになりそうで慌ててレインジャケットを着る。チームキットのTシャツはまたおあずけだ。 15分後、山頂あたりで雨脚は弱まった。他チームも山頂に設けられた駐車場で休憩をしている。苦しそうな顔、色んな感情が混ざった無表情、伏し目がちで立つ姿、様々に入り交じっているが、そこに笑顔はない。そりゃそうだ。気まぐれに降った、たった15分程度の強い雨でまた濡れ鼠にされ、残りは150km以上ある。あんな短時間に強く降るならせめて僕たちが居ないタイミングでやってくれという話で、ここでヘラヘラしてるヤツなんてネジが一本飛んだと表現されるような人間だ。幸い、チームメイトもそれなりに渋い表情をしているし、僕もそうだ。思いっきり渋い顔をしてやった。皆無言だが、その表情から様々な感情を吐露している。誰も口を開かない。ここで弱音を吐く意味が無いことは皆理解していたし、何を言おうが今ここにいるのは自分の判断で、天候なんて誰の所為でもない。誰も何も言えないから、一様に無言で、吐息で毒を吐き、表情で文句をたれる。それぐらいは許してくれ。 ここは頂上に見えるのだか、ここから下るわけではなく、標高1,250mあたりの中禅寺湖を横目に少しばかりの平坦を走り、いよいよ本日のピーク金精峠へと向かう。この後はコンビニ的なものはしばらくないと言うので、中禅寺湖のほとりにあった小さな商店で補給をすることにした。気まぐれな天気はここで晴れ間を見せ、雨の中でカップラーメンやおにぎりを食べるなんてバカバカしいことにはならなかったが、身体は冷えている。僕は身体の中から暖めるイメージでカップヌードルのカレーと豚キムチ丼を選択した。少しでも暖かいところへと日が当たるところで皆で座って食事をするが、弱音のようなものは出てこない。僕たちにとって暖かい食事と太陽というのは太古の昔からいつだってそういうものだ。 腹が満たされ、太陽に暖められると、なんとなく走り出そうという気持ちになるのだから不思議なものだ。さっきまで努めて渋い顔をしていたというの��、冗談なんか言って笑い合えるようにもなったりする。ここはちょうど半分ぐらいの地点。思ったよりも身体に疲労はなく、このまま天気が良ければと空を見上げるが、太陽は厚い雲の切れ目から顔を出しているだけであり、山岳というのもあってどうにも楽観的ではいられない。むしろ厚く複雑な形をした雲が浮かぶ空はもう一雨ぐらい持ってきそうに見えてしまう。それはまるで、お気に入りのシャツにいつの間にか付けてしまった染みのように、僕の心には気づいたら不安がこびり付いていて、指でなぞっては、もう取れないことを確認するような作業だ。そんなネガティブな気持ちと休憩明けの重い脚で中禅寺湖のほとりを進むのだが、路面は乾いておりストレスなくペダルを回すことができる。そうそう、これこれ。このまま後半戦を進めていこうよ、と心の染みに向かってつぶやいてみるが返事は聞こえない。高地の気温は低く、乾ききらず湿ったままの靴は足先を冷やす。香辛料をもってしても足先までは温まらないし、むしろ体温もいまいち上がらないが、いよいよ本日の最高点の金精峠へのヒルクライムがスタートする。分かれ道を右へ進路をとると、すぐに勾配が強くなった。ゴールを探し空を仰ぐように見上げるとただ真っ白な雲の中へと道は続いていくのだった。 ところで、さきほどから小さくヘルメットやカーボンフレームを叩く音がしていて、それは金精峠を登るにつれて降ってくる雹とも霰ともつかないものが僕を打ち付ける音だ。マイペースで登ろうと序盤でチームからあえて遅れたが、この天候に心はバキバキに折られている。サイコンが示すパワーの表示は150W程度だ。軽量級の僕とは言え、こんな省エネルギーで登れるわけはなく、その歩みは亀のように遅い。僕はふたたびペダルを回し続ける機械と成り果て、一切の感情を持たずに登り続ける。そうだ、僕がいま、こんな天候でこの峠を超えていることに意味なんてないし、ただWahooのサイクルコンピュータが塗ったルートをトレースしているだけで、むしろ僕はサイクルコンピュータの一部で、パワーメーターが示す値の通りに僕の脚が回っている。それは僕の脚が150Wの出力をしているのではない。パワーメーターが150Wと僕に指定しているのだ。電子機器に支配されたサイクリストはいつのまにかパワーメーターに乗っ取られ主従関係が逆転していることに気づかず、今日もこうしてディスプレイに示された値を視覚から入力し、それを自らの脚で出力しているだけに過ぎない。 という状況に至るまで感情を身体から切り離したところで、ピークの金精トンネルが見えてきた。チームメイトが雹とも霰ともつかないものから逃れるようにトンネルの入り口にいるのが見えると、感情が一気に戻ってくる。待たせてごめん。さっきまでパワーメーターに乗っ取られていたんだ、とは言わなかったが、お互いにこの苦しいヒルクライムをクリアしたことを称え合い顔が綻ぶ。やはり孤独はだめだ。仲間がいればパワーメーターに乗っ取られることなんてなかった���さぁ、このトンネルをくぐればあとは30kmにも及ぶダウンヒルで、ご褒美的に一気に210km地点まで気持ちよくワープできるのだ。この下りこそディスクロードの本領を発揮するところ。いつもより安全に気持ちよくダウンヒルを楽しめるだろう。そう思いリスタートした。前方のトンネルの出口が近づくにつれ、僕たちは違和感を覚えだす。色がおかしい、あまりにも白いのだ。その色に「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」なんて昭和初期の小説の冒頭が思い浮かぶが、彼は列車に乗っていたはずで、僕たちは自転車だ。このトンネルを抜けた先に美しい物語の始まりはなく、地獄のダウンヒルが待ち受けているだけだった。 トンネルの出口からその雪国とやらにつっこむと、完全に吹雪で気温はマイナス2度を指している。ニーウォーマーもなく、ペラペラのグローブはすぐに氷結した。少しでも体温が上がるかとペダルを回すが、膝に電気のような痺れが走ったので止めておいた。ここで選択を誤ると、とんでもない故障をしてしまいそうな気がする。指先も足先も痺れるような痛みがあるが、油圧ブレーキはこの極限状態でも優秀で、安全なスピードをキープすることができる。すぐに山小屋が見えてきたので退避する。もう限界だ、これ以上どうして下ればいいというのか。まだ山頂から3kmしか下っていない。時間にしても5分も経っていないと思う。ずぶ濡れの身体がガタガタと震え、手足の痺れと痛みが取れることがない。チームメイトが暖かいコーヒーを買ってきてくれ、山小屋の方がストーブを付けてくれたので、なんとか震えは収まってくる。 寒さ耐性というのは個人差があり、僕は昔から冬に痩せて夏に太る体質が示すように、寒さが苦手で暑さが得意である。こういう極限状態を経験するまでは寒さも暑さも趣味嗜好かと思っていたが、低体温症になった経験もあり、どうやらそういうことのようだ。以前にシクロクロスのレース会場で低体温症になり救護された時と比べると、レインジャケットを着ていることによって胴が濡れていないことで相当に冷えは軽減できているように思えた。先が見えない状況だが、いつまでもここに居るわけにはいかない。吹雪は収まりそうになく、標高が100m変わるごとに気温は0.6度変わるというので、今が1番辛いんだと言い聞かせ、山小屋のお土産物として売られていた群馬県のゆるキャラ、ぐんまちゃんが描かれた手袋を買い、チームメイトと吹雪の中に飛び出して凍りついた自転車にまたがり重力に任せて下り始めた。サバイバルの鉄則は現地調達だ。新しいグローブをゲットして少しは楽になるだろう。 山小屋で取った暖は一瞬で消え去り、地獄のようなダウンヒルが続く。子どもの頃に読んだ絵本のようなもので、様々な地獄出てくるお話があったのを覚えていて、その中に灼熱地獄はあったが、逆のものはなかった。これからは極寒地獄も追加するべきで、な��ならここは地獄のようだからだ。すでに知覚が鈍っていて痛みのディティールを感じることは出来ないが、身体のあらゆるところが痛い気がする。手足は先程まであった痺れを伴う痛みを感じなくなったが、それは感覚が無くなったということだろう。得意の無意識を発揮して、何も感じずに下るだけの機械になることが出来ればいいのだが、あまりにも僕はそこで人間だった。ここでパンクしたら死ぬだろうなと思った。ましてや落車なんか。5月の装備でマイナス2度の吹雪で走行不能になったら死ぬに決まっている。チームメイトの命だって危険に晒してしまう可能性もある。そんな人間的な考えばかり溢れてくるが、そのぶん意識は冴えてくる。感覚がなくても油圧ブレーキはしっかりと仕事をしてくれるので、危険を感じることはなく、パンクのリスクがありそうなところを避けたラインを取ることができた。自転車を借りて本当によかったと心の底から思った。心の底というのはこの深さにあるのかと自覚したほどに。これまでディスクロードに対して特に必要性を感じていなかったけど、とにかく安全でいるということに関しては圧倒的だった。5月に氷点下で吹雪のダウンヒルなんてあまりに極限状態であることは確かだが、それでも油圧ディスクブレーキがもたらす安全マージンはかなりのものだ。しかし身体は冷え切っている。もう限界だと何度も思ったが休めるところはなければ話にならない。ふと先にリフトが見えた。どうやらスキー場があって休憩できそうだ。ここまで10kmで約15分。永遠のように長かった。 ガタガタと震えて建物に逃げ込む。5月ということもあり暖房はあまり効いておらず、灯油のストーブみたいな暖を取るものもない。激しく震える身体と、おぼつかない手元で凍結したグローブと靴と靴下を脱ぎすてた。全身びしょ濡れだが、スキー場の食堂だけあって気兼ねなく座れる感じの椅子なのは助かった。暖かい飲み物や蕎麦をかきこむ。空腹ではなく、温度に飢えていた。なかなか回復しないが、それでもここにいれば大丈夫だと実感する。実際にここに入ってきた時よりも震えは小刻みになっているし、なんとなく、これから先のことを考えたりもする。今は約190km地点。残りは2,000mほどの獲得標高となるアップダウンを130kmほどとなる。そして、僕はふと「次、雨が降ったらもう帰るから」と口にした。何度も心は折れそうになったし、パワーメーターに意識を乗っ取られるなど実際に折れたこともあったかもしれないが、諦めた訳ではない。だけど固執はしていない。こんな連休の遊びのライド、いつでもリタイアすればいいと思っていたし、退路をつくるのも役割かなと、くらくらする頭で考えたはずだけど、チームメイトはそれでも果てしなくポジティブで、その時、僕たちは完走するんだなと思った。ほうぼうの体で吹雪から逃げ、低体温に震え、手も足も感覚なんて全くなくて、それでも僕はここでそう確信したんだった。この苦痛の先になにがあるかはわからないし、栄光なんて確実にない。だけど、こいつらと、このクソみたいな状況で前しか向かない連中と、やりきってみたくなった���だ。今日やろうとしたことすべて、ひとつのこらずだ。 ようやく回復したと感じる頃には1時間も経っていた。その頃には吹雪も止んでいて、なんて運のない日なんだろうと苦笑いする。なんとなく暖かくなった気がする下りを進むと、ほどなく雲は予めそうであったかと思わせるほどに、一片も残らずに消え去り、このライドではじめて見る晴天となる。さっきまで震えていたのが嘘のようだし、馬鹿みたいだ。いつも、いつだって意味のあるように見えるものは、あっけなく消え去って、結局は何も僕たちにもたらすことはない。でも、だけど僕たちはこんなにも青い空の下で、行き先なんてどうでも良くなるのかもしれないし、なるようにしかならないのかもしれないが、つまり自由だということなんだ。 群馬県の沼田まで降りきって久しぶりのコンビニで補給すると、参加者の連絡用のメッセンジャーにリタイアの連絡が飛び交い始める。そうか、そうだよな。だってあんな地獄で、そこに何を見出せるというのだろうか。いや、無い。そこにあったのは、ただ、この青空のように底抜けに明るいチームメイトのことばだけだった。もし君のチームにそれが無かったなら、残念だがそのリタイアは決まっていたことだったんだ。それは僕たちが生まれた年月日で、運命が予め決められているように語るほどに、なんら意味のあることではないし、そんなものは道化師か占い師に任せるしかないのだから。 コンビニの駐車場で大の字に横たわって感じる。太陽の暖かさを、その恵みを。僕の細胞に葉緑素があったとしたら、きっと光合成はこんな気分だろう。僕の肌を焼く陽光を、こんなに全身で待ち望んだことはなかった。靴下を雑巾のようにしぼり、レインジャケットを脱ぎ、僕は今日ここにまた生まれる。残りは110kmだ。もうなんの迷いもない。あの時に交わしたことばのとおりだ。だから、ここから先の全てを僕が引き受けよう。この先で何が起きても、その事実に誰の心が折れたとしても、僕の真実で、その事実を捻じ曲げよう。もう僕は無意識を操作したりはしない。さぁ共に進み登ろうぜ。リタイアした彼らを指差す腰抜けどもに、勇敢な彼らの証人となる為に、じき訪れる宵闇に向かって走りだそう。登りきった先に何も見えなくたっていい。 そうして僕たちは進みだした。それから、いくつもの苦しい登り坂があり、同じだけ下り坂があった。気づけばもう真っ暗だ。太陽が登る前に走り出し、果たしてその太陽は再び地平線に沈んだ。ひたすらに前を引くヒロの背中に僕たちのライトが光を落とす。彼が着るジレは、まるではためく旗のようで、そこにはあのロゴが見える。あぁ、そうだった。いつだってサドルの上で僕たちに多くのもの、それは、発見であり、学びであるし、多くの気づき、または苛立ち、諦め、哀しみ、喜び、畏れ、感動、妬み、あるいは愛情かもしれないし、おそらくこの世界のあらゆる感情だった。そして、僕にとってそれはいつだってRaphaという文字列の延長線上だった。光を追い抜いて消えてしまいそうなヒロの背中を追い続ける。やがて僕たちは街に降りていく。22時の制限時間に間に合うのかと考えたりもするのだが、僕にとってそんなことはもはや些細な事象に過ぎない。ただ太陽が動き、時間が過ぎただけで、それ以上でも、それ以下でもない。 見覚えのある前橋の街並みを走っていた。やっとここに帰ってきて、それは長い長い旅路の終わりだった。幸福を求めた少年が世界の素晴らしさに気づいたその時にスプーンの油をこぼしてしまったように、果たして僕たちはゴールした時に何かを見出すのだろうか。スタートして最初に曲がった交差点を逆に曲がる。みんなが待っていた。それもそのはずだ、僕たちは21時58分にゴールしたのだから。走行時間は18時間24分。チームメイトと肩を組み、皆で破顔する。ありがとう、ありがとう、こんなにもクソみたいな1日は人生で初めてだ。バカヤロウ、ファック!本当に最高だし、同時に最低でもあって、やはり全ての感情がここにはある。それを言語化なんて到底出来そうにもないし、チャレンジすることも愚かなことかもしれない。でも、こうして書き残そうと思ったんだった。もし君がスタートする時のために。どこか遠くへと乗り出すその日のために。その時、僕たちがどこにいるのかは、まだわからない。 10日ほど経って、未だに痺れが残る指先でこの文章を書いている。あれ以来、自転車には乗っていない。いま振り返ってもやはりこのライドの核心は氷点下の金精峠のダウンヒルだ。あまりにも不安定な天気はおそらく1時間早かったら、または遅かったら表情を変えていただろう。しかしあの日、多くのチームが地獄の時間にそこを下っていた。スキー場で会った他チームの友人もみな憔悴しきっていたのを覚えている。あらためていま、参加者の連絡用のメッセンジャーを見て、リタイアの文字が飛び交う様を見て、涙が出そうになった。わかる。ここでリタイアを決意する気持ちは痛いほどわかる。人の想いは良し悪しを問わずに伝播する。もし僕があの時、次に雨が降ったら、と言わずに、今すぐ帰る、と言っていたら。誰かひとりのその判断は諦めではないし、弱音でもない。あの日、あの時、あの場所であの状況なら至極真っ当なものだ。僕もそう言われると否定せず、もう辞めようか、と思ったかもしれない。だからこそ僕は、底なしにポジティブなチームメイトたちに本当に感謝し、尊敬する。僕はこの過酷な環境で、それでもここに立つことになった運命を信じ、その輪を回し続けるために、次に雨が降ったら、と話したとき、こう返してくれたことを。「じゃあ、もう雨が降らなかったら?」 結局、雨は降らなかったし、その光はいつだって眩しかった。
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透明化を真剣に考えるなら広告産業はSDKをオープンソース化せよ 広告トラフィックの出所、その販売方法、測定方法は、いつまで経っても不透明のままで、いろいろな広告技術プロバイダーを利用したい広告主にとって、それがフラストレーションの元となり、参入障壁にもなっている。GDPR(EU一般データ保護規則)やCOPPA(児童オンライン保護法)などの法律により、個人データの保護やプライバシーの面では進展が見られたものの、広告マーケティングの透明性という大きな視点からすれば、状況はほとんど変わっていない。 その理由のひとつに、運用型広告やその他の広告テクノロジーの仕組みが圧倒的に複雑である点が挙げられる。毎日数十億件ものインプレッションが自動的に処理される世界では、物事をもっとシンプルに明確にするための共通のソリューションが存在しない。したがって広告業界が対処すべき課題は、透明化への意欲を持つことのみならず、透明化を実現させる手段を備えることだ。 苛立たしいことに、個人データの収集方法と一部企業の個人データの扱い方が、オンライン広告への人々の信頼を損ねる大きな要因になっている。これは一夜にして現れた問題ではない。長い間に築かれたものであり、自分の個人データの使われ方、分析のされ方、商品化のされ方に、消費者はフラストレーションを募らせてきた。同時に、支払いを要求されるクリック報酬型広告の透明性と合法性に、広告主は同様のフラストレーションを溜めている。 IAB(インタラクティブ広告協会)やTAG(トラストワージー・アカウンタビリティー・グループ)といった団体は、ads.txtのような透明性の高い指針構築の取り組みを続けている。しかし、厳格な法律がともなわなければ、責任は個々の企業に委ねられてしまう。 だがひとつだけ、大変に不���ながら比較的シンプルで、すべての関係者(ブランド、消費者、広告またはマーケティングの提供者)の利益となる透明性と信頼性を引き出せる方法がある。業界が結束して、すべての企業がそれぞれのSDKをオープンソース化することだ。 オープンソース化が広告主、パブリッシャー、広告業界に利益をもたらす理由 オープンソースソフトウェアとは、誰もが無料で使え、解析や変更や改良が許されたプログラムことだ。 プログラムを解析して、SDKの機能を個別の必要性に応じて調整するという作業は、よく行われている。アプリによる不正行為を公正に審査するセキュリティ企業や利害関係者も、同じようにプログラムの解析が行える。開発者とその依頼主にとれば、SDKを構成するプログラムがどのように記述されているかを公開することが、秘密の機能や好ましくない仕様がないことを証明する最良の手段となる。 オープンソースSDKを使う人は、誰もがその構造を正確に知ることができる。またオープンソースライセンスの元で公開されるため、誰もが修正や改良を提言できる。 オープンソースにもリスクはあるが恩恵ははるかに大きい SDKのプログラムを公開する際の最大のリスクには、第三者が悪意あるプログラムを組み込んで悪用する恐れと、脆弱性を突いたバックエンドのサービスやデータへの不正アクセスを許してしまう恐れとがある。しかし、そこに注意を払っていれば、攻撃されやすい部分が見つかり次第、SDKの提供者は即座に修正できる。 オープンソース化の恩恵は、信頼と透明性を引き出せる点だ。それは顧客ロイヤリティーと消費者信頼感に確実につながる。結果として、広告主と開発者の全員が、誰とどのような条件で仕事をしたいかを自由に選べる市場での事業展開が可能になる。 身勝手なようだが実際の話として、SDKをオープン��ース化すれば、我々の業界の企業は、自社製品の売り込みを目的とした他社からの根拠のない批判から身を守ることができるようにもなる。 オープンスタンダードの下では、宣伝目的の根も葉もない不当な非難はできなくなる。万人の目前で潔白を証明できるからだ。 アドテクノロジーはオープンソース化をどう受け入れたか アドテクノロジーの分野では、MoPub(モーパブ)、Appodeal(アポディール)、AppsFlyer(アプスフライヤー)が、一部またはすべてのSDKをすでにオープンソースライセンスの下で公開している数少ない企業だ。 これらの企業はみな、透明性と信頼性が重要であることに気づき、オープンソース化に踏み切っている。自社ブランドの安全性と評判をアルゴリズムの手に委ねる場合は、なおさら透明性と信頼性が重要になる。だが大半のSDKは、未だ非公開のままだ。 自社の透明化のレベルを、先進的な企業に倣って設定しているようでは、業界の現状を乗り越えることはできない。今や、信頼とデータの透明性に関する精力的な行動が求められている。企業にプライバシー保護を要請し、最終的に必要とされる変革を推進するよう強要するGDPRやCOPPAの手法を採り入れ、SDKのオープンソース化を義務化すれば、広告マーケティングの世界は新たな高みへ導かれ、顧客、競合他社、規制当局そして消費者に対する新しいレベルの信頼が得られ、より高度なデプロイが可能になる。 業界全体におよぶ透明化の試みは、すぐに結果を出せるものではないが、正しい方向への動きを示す良いニュースだ。すでに実践している企業があるため、他の企業も追随しやすい。ブランドセーフティーを確かなものにする手段を備え、広告詐欺の抑制を促すことで、ブランド、広告代理店、プログラマティックパートナーとの関係は改善され、消費者の個人データの用途は明確化され、広告業界の信用は高まり、やがてはビジネスチャンスが増大する。 だからこそ私たちは、すべての広告およびマーケティング企業に対して、信頼と透明性と業界改革を引き出すSDKのオープンソース化に向けて、ともに一歩踏み出そうと呼びかけている。これは、私たちの消費者、ブランド、広告技術プロバイダーそして業界全体の利益を生む。そうすれば、ブランドとブランドの広告への信用を増した消費者から、そしてやがては、私たちを信頼し、より高度なソリューションを導入してビジネスを大きくしたいと考えるブランドから、私たち全員が恩恵を受けることになるのだ。 【編集部注】著者のErick Fang(エリック・ファン)氏はMintegral(ミンテグラル)のCEOとして、同社グローバルモバイル広告プラットフォームの経営、顧客関係、製品開発を監督している。 カテゴリー:ネットサービス タグ:アドテック、オープンソース、透明性 画像クレジット:MirageC / Getty Images [原文へ] (翻訳:金井哲夫) Source: テッククランチ・ジャパン
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梅雨の合間
晴れの日があると外に走りに行きたくなるもので、グラベルにも入っていきたくなりますよね。
ん?ならない?
おかしいなぁ...。
まぁ、そういうのはさておき近場のグラベルに走りに行ってきました。
これは本人です。こんな感じで一眼レフを肩から掛けて走り回ってます。
SSCX(変速機無し)のシクロクロスバイクなので正直登りはかなりきつい...
でも、変速機がないから下りとか段差を越えるときは壊れることを気にしなくてもいいし変速機がない分気持ちよく走れます。(スピードはでないよ‼)
グラベル自体は意外とガレ場も少なく始めていく人でも楽しく走れると思いますよ。
なんやかんや撮影しながら走ってたらすぐ走り切ってしまいますしね。
この日はお店の店長と2人でのサイクリング&試乗車のインプレッションも兼ねて店長は
”RITEWAY SONOMA ADVENTURE 650B”←RITEWAYホームページに飛びます
に乗ってグラベルと舗装路を走ってます。
詳しいインプレッションは
”BETTER BICYCLES Instagram”
こちらで見てもらえればと。
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診断
このところの陽気に誘われて短い時間だけど毎日走ってます。
長時間は体力的に走れないけれど、短時間の走行でも首の痛みが気になり、少しポジション変更することに。
とはいえシートの変更は今のところ考えていない。
ハンドルで姿勢の変更にかかることに。
もう少し前傾で乗る方が楽なのかもしれないと思い、
プルバックから用意したフランダースのような少し前傾姿勢になるものへ変更。
数分で変更は完了し、さて試乗。
二十分ほど走った結果
驚くほど首が痛い
というわけでまだましな元のハンドルをカットすることに。
インプレッションはまた後日。
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【ロードバイク向け携帯ポンプの未来を考える】 - 東京⇔大阪 キャノンボール研究 : https://cannonball24.com/future-of-portable-pumps-for-road-bikes/ : https://archive.ph/KYo9Y 2020年2月14日
私は携帯ポンプを沢山持っています。
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今までに買った本数は20本以上。現在、家にあるだけでも15本はあります。別にコレクションしているわけではないのですが、ロングライド使用時に最適なポンプを探すうちに、自然と数が集まってしまいました。
メーカーが鎬を削るフレームや、LED・電池の進化と共に急速に明るく長持ちになっているライトのような急速な進化はありませんが、携帯ポンプも緩やかに進化を続けていると思っています。
この記事では、ロードバイク向け携帯ポンプの未来を考えてみようと思います。
なお、私が自転車趣味を始めたのは2008年なので、それ以前の話は書籍・ネット記事の調査に基づくものです。誤りがあればご指摘をお願いします。
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携帯ポンプの時代考証に関しては、八重洲出版発行のサイクルパーツカタログの1987年版と2002年版を参考にしました。 ■《スチールフレーム時代の携帯ポンプ》
未来を考えるには、まずは過去から。
スチールフレームの時代には、フレームに直接取り付ける「フレームポンプ」が一般的でした。下記ブログで取り上げられているようなポンプです。
{{ フレームポンプは、こーでねーと - Bicicletta Shonan : http://bici-shonan.com/2014/12/08/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%97%E3%81%AF%E3%80%81%E3%81%93%E3%83%BC%E3%81%A7%E3%81%AD%E3%83%BC%E3%81%A8/ : https://archive.ph/wip/uI1QR }}
JISで定められているフレームポンプは、携帯ポンプ全てを包含する言葉なのですが、ここでは「トップチューブまたはシートチューブに突っ張って持ち運ぶタイプの携帯ポンプ」を指すこととします。
1987年のサイクルパーツカタログを見ると、1本を除いて全てがフレームポンプでした。ブリヂストンだけが、フロントバッグ用の携帯ポンプを出していたようです。
◆《フレームポンプの特徴》
実はフレームポンプって、携帯ポンプとしては理に適った作りだと思っています。少ないポンピング回数で指定空気圧まで入れられ、高圧にも強い構造だからです。
基本的に、携帯ポンプの性能(一回のポンピングで何cc入るか)は、長さに比例します。長く太い携帯ポンプほど、ポンプ内部の容積が大きくなり、一回のポンピングで入る空気の量は大きくなります。当たり前のことですね。トップチューブの長さは50cm前後ありますから、ポンプの長さは45cm前後になります。これはよくある携帯ポンプの倍以上の長さです。
ただ、太い携帯ポンプはロードバイクには向きません。ロードバイクのタイヤが高圧運用を前提として��るからです。
高圧運用の場合は、細い方が有利となります。気になる人は「パスカルの原理」を検索してみてください。最近流行りの油圧ブレーキもこの仕組みを応用しています。
つまり、「長くて細い」フレームポンプは、高圧で細いタイヤ(エアボリュームが少ない)を使うロードバイクには理想的であると言えます。
一方で、短所ももちろんあります。ずばり、重いことだと思います。
サイズが大きいので、どうしても重量がかさみます。現在売っているアルミ製のものでも250~300g程度の重量があります。現在の携帯ポンプは100-150gがボリュームゾーンなので、倍近くの重さがありますね。
やはりロード乗りは軽量化が大好きなので、出番の少ない携帯ポンプは真っ先にリストラを要求される部分です。
◆《消えたフレームポンプ》
現在でもフレームポンプを作っているメーカーはあります(TOPEAK、Zefalなど)。しかし、街で見かける機会は多くありません。
{{ ゼファール(Zefal) フレームポンプ 自転車 HPX/size1 シートチューブ360-410mmに適合 米式(アメリカン)/仏式(フレンチ)対応 工具不要 12bar/174psi 7342 : http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00RN48K6C/ }}
先の重量も原因の一つだとは思いますが、アルミ・カーボンフレーム時代の到来によって、取り付けにくくなったのが主要因かな、と私は考えています。
フレームポンプは端がパイプ形状にフィットするように作られています。スチールフレームのパイプは太さが規格化されており、ほぼ同一です(大体1インチか1-1/8インチ)。しかし、アルミ・カーボンフレームのパイプ径はバラバラな上に、真円ではありません。扁平なものもありますからね。フィットしないわけです。スローピングフレームが増えたことも要因かもしれません。
2002年のサイクルパーツカタログを見ると、1987年とは逆にフレームポンプはほとんど残っていません。今でも残っているTOPEAK、Zefalに加えてBLACKBURNが作っているのみでした。ほぼ全てが、フレームに付けないタイプの携帯ポンプに切り替わっています。
■《アルミ・カーボンフレーム時代の携帯ポンプ》
2000年代に入り、ロードバイクのフレームはアルミ製・カーボン製が当たり前になりました。
フレームポンプは廃れ、ボトルケージ台座に共締めするブラケットや、バックポケットに入れて携帯するケースが増えたように思います。
◆《2000年代前半》
{{ TOPEAK(トピーク) ピーク DX 2 マスターブラスター シルバー : http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B004BUI7A0/ }}
過去の文献をあさってみると、2000年代前半はTOPEAKのこちらのポンプのような、持ち手がハンドルになるタイプのものが主流だったようです。上記のポンプは「DX2」という後継モデルですが、「DX」は2002年のカタログには既に記載されています。
{{ TOPEAK(トピーク) ロード モーフ : http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B004BUI4BC/ }}
また、フロアポンプを小さくしたような、いわゆるミニフロアポンプもこの頃からあります。現在でも���強い人気を誇るタイプですね。こちらのロードモーフは2002年には既に存在しており、約20年間に渡ってラインナップされているロングセラー製品です。
重量的には、200g前後が主流だったようです。
◆《2000年代後半》
携帯電話がどんどん小さくなっていった2000年代後半、携帯ポンプも小型化・軽量化が進みます。
{{ 【製品レビュー】 airbone 「ZT-702 SUPERNOVA PUMP」 : https://cannonball24.com/review-airbone-zt-702-supernova-pump/ : https://archive.ph/3rAh6 }}
代表的なのは、「airbone ミニポンプ」でしょう。99mm・58gという極めて小さいサイズで、ツール缶や小さなサドルバッグにも入ります。性能はそこまで高くありませんが、回数さえこなせれば確実に空気圧を増やせることから人気を博しました。airbone本国サイトを見ると、発売は2007年のようです。 {{ シルベストサイクルのブログ : http://clubsilbest.blog61.fc2.com/blog-entry-1432.html : https://archive.ph/I1yWd }} にも紹介がありますね。
{{ TOPEAK(トピーク) マイクロ ロケット ALT マスター ブラスター : http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B004BUEPQK/ }}
携帯ポンプ界の覇者たるTOPEAKも、次々に小さい携帯ポンプをリリース。2006年には現在も販売されている人気商品「マイクロロケット」シリーズがリリースされました。私が最初に買ったのもこれでした。
{{ UNICO(ユニコ) BARBIERI(バルビエリ) ナノ 携帯用 超軽量 35g ミニポンプ : http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B003GSL110/ }}
2009年には、軽量ブームの一つの到達点たる携帯ポンプ「バルビエリ ナノ」がリリースされます。重量なんと35g。カーボンを贅沢に使った超軽量仕様でした。長さも155mmとコンパクトでしたが、性能はお察しだったようです。
重量的には、100-150gが主流となり、現在の水準に近くなりました。
◆《2010年代前半》
2010年代の前半は特にコレと言った携帯ポンプ界隈の動きは無かったように記憶しています。
{{ アイポンプ・マイクロ | iPump Micro - iPump Japan : https://ipump.jp/jp/store/ipump-micro : https://archive.ph/DvwOo }}
一つ書いておくとすれば、クラウドファンディングから誕生した超軽量ポンプ「iPump」でしょうか。日本に住むモリス・オストロウという人がkickstarterで5万ドル以上を集めたことでも有名ですが、 {{ 既に2012年にはサイスポで紹介されていました : https://old.cyclesports.jp/depot/detail/40643 : https://archive.ph/8mahd }} (この段階では試作だったようです)。
特徴は何といってもその軽さで、なんと19g(現在は改良されて21g)。先に紹介した「バルビエリ ナノ」の更に半分近い重量です。恐らく2020年現在でも世界最軽量の携帯ポンプだと思われます。
◆《2010年代後半》
2010年代後半もしばらくは大きな変化が見えませんでしたが、2018年に一つの転機が訪れます。「例のポンプ」の登場です。
{{ 【製品レビュー】 Oture 「携帯ポンプ(例のポンプ)」 : https://cannonball24.com/review-oture-portable-pump/ : https://archive.ph/pltwF }}
例のポンプとは、このポンプのことです。このポンプの製造元は「PRO STAR」という中国のメーカーで、さまざまなブランドのOEM生産を手掛けています。色々なブランドで販売されているため特定のブランドで呼びようがなく、「例のポンプ」と呼ばれるようになりました。
例のポンプがエポックメイキングだったのは、内部で加圧するデュアルチャンバー方式を取っていたことです。詳しくは上記レビューで構造を解説していますが、簡単に言えば「内部に2本のポンプがマトリョーシカのように入っている」構造です。このため、見た目は結構太さがあるのですが、高圧状態(5気圧以上)でも楽に空気が入ります。
実はこの機構自体はそこまで目新しいものではなく、過去に採用していたメーカーもあります。ただ、「例のポンプ」は筒の太さと長さを最適化し、「ポンピング回数の少なさ」と「高圧での押しの軽さ」を両立する設計になっていました。
スペック上、ほとんどの携帯ポンプは5気圧以上入ることになっていますが、実際に5気圧以上入れられるポンプってかなり少ないんですよね。5気圧を超えても女性の力で加圧出来る押しの軽さは衝撃的でした。
2010年代後半のもう一つの大きなトピックは、「タイヤとリムのワイド化」です。
それまでは23Cタイヤが主流でしたが、「太いタイヤの方が転がり抵抗が低い」「エアボリュームが大きいので乗り心地が良い」ということで、あっという間に25Cタイヤが広まりました。更に、「リムが太い方がエアロ」「安定性も高まる」という理由で、リムも太くなりました。
そうなると困るのがパンク時です。「エアボリュームが大きい」と言う事は取りも直さず、「入れなければならない空気量が多い」と言う事です。
タイヤが23Cから25Cになると、エアボリュームは1.2~1.3倍になります。つまり、同じ携帯ポンプを使う場合、ある空気圧に達するまでのポンピング回数は1.2~1.3倍になります(★)。これまで23Cのタイヤに7気圧入れるのに300回のポンピングで済んでいたのに、25Cタイヤになると360~390回ポンピングする必要があります。出先でのパンク修理の時間は確実に伸びます。
★ 容積から行くと1.2~1.3倍になるはずなのですが、実際に空気を入れてみると25Cのポンピング回数は1.4~1.5倍になります。理由は不明。
もっとも、タイヤが太くなると空気圧を下げる人がほとんどなので、実際にはここまで回数は増えません。それでも、ポンピング回数自体は23C時代より確実に増えます。
■《ディスクロード時代の携帯ポンプ》
さて、ここからは未来の話です。
2020年のツアーダウンアンダー、半分以上のプロチームがディスクロードを選択しました。これからはディスクロードの時代になっていくと思われるので、その視点で携帯ポンプの未来を考えてみます。
◆《さらなる太タイヤ化》
ディスクブレーキ化することで得られる最大の恩恵は制動性が上がることですが、もう一つ、タイヤの太さの制限が大幅に緩和されるということが挙げられます。
���れまで存在していたリムブレーキのキャリパーが無くなることで、ロードバイクでもシクロクロス並みの太さのタイヤを履くことが可能になりました。しばらく25Cが普通だったロード界隈ですが、近い将来には28Cが普通になるだろうと言われています。
……となると、当然エアボリュームが増えます。もうお分かりかと思いますが、携帯ポンプでのポンピング回数は25C時代の更に1.2~1.3倍、23Cから比べると1.4~1.7倍の回数が必要になるわけです。当然、その分の進化がポンプ側に必要になると思っています。
◆《電動携帯ポンプ》
ここからは私の想像ですが、今後は「電動携帯ポンプ」の時代が来るのではないかと思っています。「例のポンプ」を見つけてきたチャリモさんも似たようなことを言ってました。
どんどん太くなってエアボリュームが増えるタイヤに人力で空気を入れるのは、もはや難しくなってくるはず。となると、電気の力を使うことになるのではないかな?と。
2010年代後半から電動携帯ポンプは出てきましたが、初登場時は重量500g程度と、スチールロード時代のフレームポンプより重いものでした。ただ、徐々に小型化が進んでいます。
{{ わずか20秒で空気充填が完了するコンパクト電動エアポンプ Fumpa Pumps - 製品インプレッション - cyclowired : https://www.cyclowired.jp/news/node/289922 : https://archive.ph/lULqe }}
現状、世界最小で最軽量と思われるのが、「Mini Fumpa」です。重量は190g。シクロワイヤードの計測によれば、26Cタイヤに50秒で7気圧まで充填出来たと言う事で、十分な性能を持っています。
ただ、バッテリーの容量があまり大きくないためか、使用できるのはロード用タイヤで2回までという制限が付きます。パンクって割と連続して起こるものなので、2回制限はちょっと心もとないですね。
サイズもまだまだ大きく、ツール缶に入るサイズにはなっていません。エアーコンプレッサーの機構を考えると、細長い形状にするのは難しいのかもしれませんが。
そして値段。定価は25000円ほどと、普通の携帯ポンプが10本前後買えてしまいます。さすがに買うには至っていません。
◆《こんな携帯ポンプが欲しい》
具体的に今後出てきて欲しいと思うのは、
「モバイルバッテリーからの給電で動作する電動携帯ポンプ」
です。今時、スマホ用にモバイルバッテリーは普通に持ち歩いていますし、大容量なモバイルバッテリーを使えば空気を入れる回数制限も緩和されるはずです。ポンプ本体からバッテリーを省けば、小型化も可能でしょう。
これに近いものは既にAliexpressでは販売されています。「モバイルバッテリーと別体」ではなく「モバイルバッテリーとしても使うことが出来る」電動携帯ポンプですが。例によって、新しい携帯ポンプをすぐに見つけてくるチャリモさんが購入して試していました。サイズは大きいですが、実用に足る性能は持っているようです(23Cタイヤに6.9気圧で14回充填可能)。
{{ US $11.29 34% OFF|ポータブル空気自転車���ンプミニ電動インフレータ充電式エアーポンプ自動車インフレータブル 12 12v 多機能ミニ空気コンプレッサー - AliExpress | Alibaba : https://ja.aliexpress.com/item/4000125010074.html : https://archive.ph/8Nm9c }}
もしかしたら、コンプレッサーを動かすには汎用モバイルバッテリーの電源では力不足なのかもしれません。その辺りの技術的課題が解決されれば、「モバイルバッテリーで動く電動携帯ポンプ」が実用される日が来るでしょう。発売されたら真っ先に買います。
■《まとめ》
携帯ポンプの歴史と、未来の携帯ポンプについての私見を述べました。
Mini Fumpaはもう少し流行るかなと思っていたのですが、発売から2年経つ今でも周りで使っている人は見かけません。回数制限があるならばCO2ボンベでも同じなので、25000円を出そうという人は少数派なのでしょう。ただ、もう少し参入してくる会社が増えて電動携帯ポンプ市場が活性化すれば、値段も下がってくるとは思うのですが。
今後も我が家の携帯ポンプは増え続けそうです。
(完)
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【カワサキ】KLX230 / Rの全貌と魅力を紐解く、特濃試乗インプレッション&開発者インタビュー。(KLX230R編)
掲載日/2020年2月17日 取材・写真・文/やかん 取材協力/カワサキモータースジャパン
━導入編からの続き
さて、ではより突っ込んだ『インプレッション記事』である。
順番的には、国内でのメインターゲットとなり得る『 KLX230 』(公道車)を紹介したくなるのだが、開発の経緯、目的、意図を尊重して『 KLX230R 』(コース専用車)を先に取り上げる。
カワサキ KLX230R(2020年モデル) 完全オールニューの、クローズドコース専用オフロードモデル。基本仕様は、同時期発売のKLX230とほぼ一緒。 価格:51万7,000円(税10%込み)、カラー:ライムグリーン、2019年10月1日発売済
都内での事前説明会に続き、試乗コースでもお話を聞かせてもらった���KLX230兄弟の開発陣。中央が、開発責任者である川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニーの和田…
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