#祝儀袋
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2日の奥様の誕生日に結局ケーキも買えず。 奥様の実家から両親とお姉ちゃんから5千円ずつもらったと言っていたので僕も5千円を祝儀袋に入れて奥様の買い物バッグに内緒で入れました。 何回も「みんなに15000円も貰ってええなぁ。なんか買いや。」と言ってみるも「貯金するねん。あんたもくれや。」と気づいてないのかな。 今朝2回目しのばせてみました。 いつ気づくでしょうw #japan #osaka #birthday #祝儀袋 (Osaka) https://www.instagram.com/p/CpZOdpeSOLV/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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Osomatsu-San Event I found:
“June Bride - Sanpo”
(According to the Ososan AU Wiki)
“June Bride (ジューンブライド) is a 4 star Osomatsu Sanpo event set that features the sextuplets as grooms awaiting for their brides.
The set was available through an event called "The Sextuplets' June Bride: Where’s Our Wife?" (6つ子のジューンブライド 花嫁はどこ?), where Engagement Rings (エンゲージリング) can be used as event items to catch the corresponding sextuplets. Engagement Rings were obtained by collecting Shuugi-bukuro[1] (ご祝儀袋).
The event ran from June 1 to June 15, 2017.”
edit: THESE ARE THE RING DESIGNS CLOSE UP
#jarvis.posts#osomatsu san#osomatsu matsuno#karamatsu matsuno#choromatsu matsuno#ichimatsu matsuno#jyushimatsu matsuno#todomatsu matsuno#osomatsu#karamatsu#choromatsu#ichimatsu#jyushimatsu#todomatsu#reblog this so all of the fangirls and boys can wife em up!!
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Naruto and H1n0t0's wedding chapter confirms SNS
While doing research alongside @ilbenmalpensanteus for a fanfic, the subject of Shippuden's last chapter aka the wedding and some misconceptions you might have heard about (promoted by s*s* no less) were brought up. I went to re-watch the scene and found some interesting things that, perhaps not so surprisingly, support sns case.
I want to do this as extensively as possible, so the analysis will be composed of multiple parts.
(pt.1) The usual delusion of Sakura and s*s* fans
It all started because I was informed some s*s* were saying the note Sasuke's summon delivered was meant to congratulate Sakura for her birthday and not Naruto for the wedding. I was pretty sure that wasn't the case but went to confirm it because I only watched the chapter once and superficially.
I confirmed s*s* claims as preposterous right away, as expected.
The kanji written in the note 「寿」 which is read as 「ことぶき」 or "kotobuki" simply means "congratulations" "best wishes" or "longevity". It is a formal kanji used for formal affairs (weddings, duh!) and definitely not for the birthday of a partner or love interest, in which case it is preferred to use some variant for 「誕生日おめでとう」 or "tanjôbi omedetô".
Also, no, the wedding didn't take place during Sakura´s birthday just because it looks like a "Hanami" event because there isn't a fixed date for such a celebration. The date on which it is celebrated depends on the region where it is celebrated, ranging from March to May in the northernmost parts of Japan.
The summon landed on Sakura's arm because at that moment Naruto was indoors and Sakura only smiled and blushed because she gets off on anything Sasuke related and is creepy.
(pt.2) Sasuke's not so subtle fuck this wedding congratulatory note
I don't know who was involved in this wedding thing but I don't think this wasn't on purpose. I can't believe I have not seen any discussion about this, but well, I joined Tumblr relatively recently, and there must have been some mention around Japanese forums that I most likely won't have the time to look for. (let me know if you have more information)
Anyway, for context, there are many social conventions followed by the Japanese people depending on the circumstances. One of the many that apply to celebrations is 「祝儀袋」 read as 「しゅうぎぶくろ」 or "shûgibukuro" which literally means "envelope for monetary gifts". Now, this could apply to funerals, new year and, of course, weddings, and there are strict rules one must follow to avoid being rude.
The amount of money gifted depends on the closeness of the relationship between the new couple and the wedding guests.
The amount of money must match the envelope. In other words, if you are using an expensive fine envelope, you should gift more money and vice-versa.
Even when you won't attend the wedding you should send a "non-attendance" envelope with a fixed amount of money.
The details and ornaments on the envelope the guests choose reflect upon the wishes they have for the newlyweds.
Here I present some examples:
First of all, you can see the kanji used in all the envelopes is the same Sasuke used for his note. The ornament that looks like an origami figure means good luck and the more complex it looks, the finer is the envelope. The same goes for the complexity and color of the knots. A golden-silver cord is better than the red-white one and the more difficult a knot is to unravel the better, because it means the newlyweds have strong bonds. The knot in the first image is one of the bests because the shape is meant to represent a rising sun and the start of a new stage in the couples lives, also its the most difficult to untie. The second one is considered standard and the third one is for no-attendees. The fourth is not recommended because the knot is easy to untie.
There are many other characteristics, but I think this overview is enough to understand Sasuke's note was a direct pronouncement against the wedding. As Naruto's best friend he should have sent half of his Uchiha inheritance inside an envelope like this one
What did Naruto get?
A "Fuck you" would have been more subtle.
Edit: What Naruto got from other wedding guests
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I'll leave it here for today, but expect the analysis of Kakashi and Iruka's conversation. Iruka and Naruto as well as Naruto and Hinata looking at the Hokage monument.
If you are skeptical about the information I shared, here's my source and there are lots of youtube videos where this is also explained.
#sns#sasunaru#narusasu#sns analysis#anti naruto ending#anti sasusaku#anti naruhina#japanese culture#anti sakura haruno
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確定審の「有罪」を突き崩したのは、初めて開示さ��た287点の膨大な新証拠だった。福井市で昭和61年、中学3年の女子生徒=当時(15)=が殺害された事件で、前川彰司さん(59)の再審開始を認めた23日の名古屋高裁金沢支部決定。裁判所側は検察側に強い姿勢で開示させた捜査報告書などをつぶさに検証し、供述誘導を含む不当な捜査・立証を浮き彫りにした。証拠開示の制度化を求める声も今後いっそう高まりそうだ。 確定判決が有罪の根拠としたのは、主に知人3人の証言だった。事件の約7カ月後、覚醒剤事件などで逮捕、勾留中に「事件直後に血の付いた服を着た前川さんから助けを求められた」と言い始めた元暴力団組員、さらに現場付近に前川さんを車で送迎したとされる男性A、元組員の指示でその車を迎えに行ったとされる男性Bだ。 「テレビ番組を見ているときに呼び出された」 男性Bは事件との接点をこう説明した。公判中に証言は変遷したが、検察側はBが説明した番組のシーンが事件当日に放送されていたことを根拠に信用性を主張。確定判決もそれを追認した。 ところが、開示された当時の捜査資料で、公判中に警察が検察の指示でテレビ局に照会した結果、そのシーンが別の日の放送だったと把握していたことが判明した。 検察側は事実に反する主張を続けたことになり、山田耕司裁判長は「不誠実で罪深い不正の所為」と指弾。さらに、第2次再審請求審で改めて行われたBへの尋問などに基づき、Bが最終的に前川さんの関与を証言後、取り調べ担当の警察官から「結婚祝い」として祝儀袋に入った現金を受け取ったことも認定した。 車で送迎したとの男性Aの証言を巡っても、裏付け証言となった「現場付近で特徴的な車の尾灯を見た」という別の目撃者が、当初は「(車を)見た記憶がない」と話していたことが新証拠で判明するなどした。 山田裁判長はAとBの証言に疑義が生じたことを踏まえ、元組員の証言の信用性やAやBらの供述過程を検討。元組員は自身の刑の軽減や保釈を狙い、供述を取引材料に留置場へのすしの差し入れや刑務所への移監中止といった「不当な利益供与」を得ていたとした上で、警察側が虚偽供述の意欲が強い元組員をBらの取り調べに同席させるなどしたと指摘した。 犯人の摘発に執着する警察官らが捜査に行き詰まり、元組員の供述にすがりついた-。山田裁判長は警察がこうした姿勢でAやBを誘導し、2人が迎合して虚偽の供述をしたという「具体的かつ合理的な可能性がある」と指摘。ほかの知人らも含めて証言は信用できず、前川さんが「犯人であると認めることはできない」と結論づけた。 証拠開示、再審可否を左右 38年前に発生した事件にもかかわらず、今回の再審請求審で初めて開示された捜査資料などは287点に上った。その中に含まれた前川彰司さんに有利な証拠が再審開始決定の決め手となった。 「開示命令に踏み切る用意がある」。開示を拒否する姿勢だった検察側に対し、山田耕司裁判長は昨年5月、検察側と弁護側との三者協議の場でこのように述べ、事態は大きく動き出した。 弁護団長の吉村悟弁護士(福井弁護士会)は決定後の会見で「弁護団は説得力のある新証拠を出したつもりだが、再現実験結果などはあくまで間接証拠。今回は端的に捜査機関の証拠で決まった」と述べた。 同様の事態は、ほかの再審請求事件でも起きている。袴田巌さん(88)の再審無罪が確定した事件でも、犯行着衣とされた「5点の衣類」のカラー写真などが第2次再審請求審中の平成22年に初めて開示。再審開始に向けて動き出した。 証拠開示は再審請求の結果を左右するともいえるが、刑事訴訟法には再審に関する手続きを具体的に定めた規定がなく、開示の実現は裁判所と検察の考えに委ねられているのが現状だ。同じ事件であっても裁判官によって対応は異なり、「再審格差が生じている」との批判も根強い。 こうした事態を受け、再審規定(再審法)の整備を求める声は国会でも高まっている。今年3月には超党派の「えん罪被害者のための再審法改正を早期に実現する議員連盟」が発足。法務省主導で法改正が進まない場合には、議員立法に踏み切ることも視野に入れており、今後議論が本格化する見通しだ。 公平性確保へ再審法整備を 元裁判官で法政大法科大学院の水野智幸教授(刑事法) 具体的な根拠を挙げて関係者証言の信用性を否定しており、説得的で手堅い決定だ。きめ細かい判断ができたのは、開示証拠によって、捜査側がどの時点で、どういう情報を知っていたか、といった点が明らかになったことが要因で、証拠開示が非常に重要だった。 今回の再審請求審で、裁判官の訴訟指揮により検察側が証拠を開示したことは評価できる。ただ、こうした対応はほかの再審請求事件でも一律に行われているわけではない。どの裁判所でも公平に証拠開示がなされるようただちに法制化し、再審法を整備すべきだ。 (再審無罪となった)袴田巌さんの事件で証拠の捏造(ねつぞう)が指摘されたのに続き、有罪にしなければというプレッシャーが捜査機関にかかったときには、不当な捜査や立証が行われ得ることが今回、分かった。昭和の末期に起きた事件で明らかになったことは、率直にショックでもある。 証拠開示が決め手となる再審開始決定は相次いでおり、開示を認めない理由はもはやない。今回の決定は刑事司法制度を見直す動きの後押しになるだろう。(西山瑞穂)
初開示の証拠287点、突き崩した「有罪」 中3女子殺害再審開始決定、不当な捜査や立証浮き彫りに - 産経ニュース
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(テキトーに買ったポチ袋で弟にお年玉をあげたら「姉ちゃんにしては普通」と言われた悔しさを昨日のことのように覚えてるから、結婚式の祝儀袋はこれ - Togetter [トゥギャッター]から)
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くちなしの花!2「クレーマー!」
葬儀場を離れてしばらくもやもやしていた泰蔵はちょっと時間オーバーしてしまったが、昼の休憩に入る事にした。だいぶ離れた所まできて近くにちょうど良い定食屋がないかと探していると、開店祝いとおおきな垂れ幕がかかった大きな建物がみえてきた。こんな所でオープンしたのか! 今は一人暮らし、節約がてら、適当に路肩にタクシーを止めどんよりと灰色に変色してきた空の下、泰蔵はその大型スーパーの店の中に入っていった。
結構、品ぞろえも良い感じで、冷房がしっかりきいた店内を歩いていろいろと眺めていたが、今は勤務中あんまり沢山の品は買えないと思い、とりあえず惣菜屋目指して探していたら、お酒コーナーの前に大量にかごに入っているビール缶を見つけた。只今開店祝い当店一押し半額セールと書かれている張り紙に足が止まる!
仕事がら、しばらく大好きなお酒類は我慢していたが、つい当店の目玉商品というシールの誘惑に負けてしまい、気づいたら大量のビールを買い物かごいっぱいに放り込んでいた!
泰蔵「さすがに買いすぎか!まあ、同僚の社員たちにも配ればいいか!普段接点もあまりないが、この顔のせいか変な誤解イメージ抱かれている空気を感じるのもあまり気持ちの良いもんじゃねえしな!(-_-メ)」
気難しく、一匹狼的な存在の風貌のせいか、しばし泰蔵は裏社会側の人間じゃないかと勘違いされる事があった。度々、乗客からも拒否される事もあって、そのせいであまり泰蔵だけ売上が伸びない状態も続いたりしているが、きちんと毎月、最低賃金だけは払ってもらっているので文句は言えない!というか、社長たちにも、若干恐れられている感じがして幸い、これまで、売り上げの事で文句を会社から言われた事もほとんどなかった。 泰蔵は、そのあと適当に割引のついたつまみの袋を数種類と、惣菜屋の手軽なおにぎりで節約しようとかごに詰め込むとレジに並ぼうとした。が、予想外にレジには人だかりにあふれていて、すぐに会計が出来る状態ではなかった! それに、土曜日か並んでいる間もにぎやかにしている親子連れも多かった!
気が短い泰蔵も普段ならすぐにほっぽりだす状況なのだろうけど、やはり、大好きなビールには勝てなかったのか、しぶしぶ待つことにした。なかなか列は進まず、そしてようやく、昼休憩から戻ってきたのかお助けのパートの女性らしき人が、水色の涼しいかっこのパート服で小走りに、臨時のサービスカウンターを解放して、客足が進むようになった。
だが、この時になると、だいぶ短気のしびれをきらしていた泰蔵は一言文句を言わなきゃ気が済まなかったのか、自分の番がくるやいなや、足押しで重く引きずってきたビールの詰められたかごをドンとカウンターに乗せると女性店員に大声でがなりちらした!
泰蔵「遅っせえなあ~、どんだけ待たせるんだ!足が棒になるだろ!ったく!(# ゚Д゚)」
女性店員「大変ながらくお待たせいたしました!こちらで承ります!<(_ _)>」
泰蔵「休憩時間なくなるだろ、早くしろたわけ!(# ゚Д゚)」
女性定員、ちょっとあたふたして・・・!
女性店員「すみません、お客様ふたたび申し訳ないのですが、こちらの商品は昼1時までのタイムサービスでして・・・!今からだと、すべて定価通りになりますけどよろしいでしょうか!?」
泰蔵、半ギレ状態で・・・!
泰蔵「ああん?まだ30分もたっとらんだろ~!よろしくねえわばかやろう!さんざん無駄な時間、またせやがって、客に対する礼儀か、それが!(# ゚Д゚)」
女性店員、泰蔵の威圧感に動揺しながらも・・・!
女性店員「それと、こちら、もともとおひとり様2本まででしてお連れ様とかいらっしゃらない場合一度にこんなに、大量なお買い上げは出来ないんですよ!」
泰蔵「同僚に渡すやつだよ!俺一人で飲むんじゃないわ!」
泰蔵の後ろの方では、そわそわとばつの悪そうな顔をした客たちが、視線をそらすように、だんまりとこちらの様子をうかがっている。
女性店員「どちらにしても、一応当店の規則になっておりますので!広告の方にも���ゃんと書いてありますし!お客様だけ特別扱いすると他のお客様にも示しがつかないのでご理解いただけたら・・・!」
泰蔵「知らねえわ、そんなもんそっちの都合だろ!チラシなんかいちいち見るか、このくそ忙しいときに!そのへんの愚痴ほざいて遊んでる主婦と一緒にするな!なにパートの分際があほな事ぬかしとるんだ、さっさと気いきかせて客の要望を優先するのが当たり前だろ!責任者呼んで来い!(# ゚Д゚)」
女性店員「あいにく今は、他の従業員も手一杯なので、お客様をお相手できないかと!(>_<)」
声はかすかに震えながらも、それでも、冷静な対応の女性定員!
泰蔵「なんだ、そのいちいちしゃくにさわる態度は・・・!バカにしとるだろ!(# ゚Д゚)」
その瞬間、順番待ちしている、他のお客の中から、パシャっとスマホで撮られる音が・・・!
泰蔵「誰だ!今、シャッター押したやつ!出てこい!(# ゚Д゚)」
怒り任王顔で泰蔵は、ビール缶を一つかごからつかみ取り乱暴に構えるが!
泰蔵「なんだお前ら!見物(みせもん)じゃねーぞ俺は!(# ゚Д゚)」
並んでいる客たちもざわざわと、眉間にしわをよせて曇った表情をしていて・・・!もちろん何人かの主婦も!母親の後ろにしがみついて泣きそうな子供まで・・・!
このままだと、警備員を呼ばれて大げさになりかねないと多少戻りつつあった理性の中、泰蔵もさっしたのか、持っていたビール缶を無造作にかごに戻し店から出て行こうとすると、なおも女性定員が社交辞令じみた言い方をしてきた。
女性店員「本当に、大変申し訳ございません!<(_ _)>お客様、こちらのおつまみでしたら、割引のままお買い上げいただけますが・・・!」
泰蔵「うるさい!!もうなんもいらんわ!客に恥をかかせやがって、すぐにつぶれるぞ、こんな店!(# ゚Д゚)」
完全ブチぎれ状態の泰蔵は結局なにひとつ会計もせず大声を張り上げて店を出て行った!
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「御即位式」 大正天皇の御即位式が行われたのは、青島陥落の翌年、大正四年十一月十日だった。御即位式のことを、一般に御大典といったが、明治天皇の御大葬が、日本が文明開化の代になってから初めての出来事であったと同じように、御即位式もここ数十年の間かつてなかったことではあるし、欧州戦線のあおりを受けて、丁度日本が好景気のさなかだったので、全国民挙げてお祝い申し上げたのであった。その時僕は、五年生になってゐた。 その日は、学校で祝賀式があって、新しい天皇陛下の御真影を拝み、「君が代」を斉唱し、教育勅語の拝読のあと、校長先生から色々のお話があって、天皇陛下万歳を三唱して、その日の授���はお休みになった。 明治天皇の御真影はどうなったか知らないが、新しい天皇陛下の御真影を頂く行事があったことを覚えている。尤も、それが何年の何月だったか忘れたが、御即位式よりも前だったことは確かである。 多分、神戸の県庁で、校長先生が頂いて帰られたのだらうと思う。何時何分に御真影が姫路駅にお着きになり、何時何分に学校にお着きになる、と時刻予定がきまって、全校生徒は、校門の前にズラっと両側に整列して、お迎えした。その時刻の少し前から、学校前の道路は一般の通行禁止になって、警官が警戒に立ってゐた。 待つほどに、京口橋の方から、人力車がボツボツ来るのが見えて、「気をつけ!!」の号令がかかった。見てゐると、警官が一人、車の前をテクテク歩いて、人力車の上には、校長先生が白手袋の両手で、大きな紫色の風呂敷包みを、おもそうに捧げて居られる。それがやっと見えた頃に「最敬礼!!」の号令がかかった。しばらくすると、警官の足と、車夫の足と人力車の車輪、その後にもう一人の足が、目の前を通って行った。 その日しばらくしてから、講堂で、御真影奉戴式があった。明治天皇が崩御になってから、三大節にも、講堂の御真影の棚は開かなかったが、新しい天皇陛下の御真影を頂いてから、前通に、御真影奉拝の最敬礼が、よみがえったのであった。 御即位祝賀式のときには、校長先生から、御即位式について色々お話があった。万世一系の日本では、一日一刻も天皇陛下のない時があってはならぬので、明治天皇がなくなった時、すぐに、当時の皇太子殿下が三種の神器をお受けになって、天皇の位につかれた。それを践祚(せんそ)といったが、天皇陛下がその位におつきになったことを、天照大神その他の御先祖に報告されなければならぬし、国民一般に又外国にも、そのことをハッキリ知らせなければならないので、先帝陛下の喪が明けてから、その儀式を行われるのである。この御即位式は、大昔から続いてゐる儀式だから、昔からの仕来り通りに、元の皇居である京都御所の、紫宸殿という第一の御殿で、古式通り厳かに行われるのである、というようなお話であった。 御即位式の日取りがきまると、その儀式のことや日程が、次々に新聞で細かく解説予告されてゐたが、いよいよ式が始まると、天皇陛下が東京を出て、京都に向かわれる鹵簿((注)ろぼ=天子の行列のこと)や、関連の色々な写真が、その記事と共に、次々に掲載された。新聞もここ数年の間に非常に発達して、写真版などもきれいになってゐた。 又、前年の青島陥落のときと同じように、全市を挙げての祝賀行事が催され、我々小学生は、日の本の小旗をかざして、町々を旗行列をし、夜は夜で、色んな団体の提灯行列が、いくつもいくつも、「祝えや祝え!!」と歌いながら、又、それぞれで万歳万歳!!と、市内を行進して、大変な賑やかさだった。 御即位式のときに、国家社会に功労があって勲章を頂いてゐる人に、天皇陛下からごちそうを下される、ということがあった。特別立派な勲章を貰ってゐる人は、東京に召されるのだが、勲五等だった父には、神戸の県庁でごちそうを賜るというので、菊の御紋章のついた御召状が届けられた。 父は以前に、広島や大阪に勤めて、軍需品の納入その他のことで、功績があったのだそうで、勲大等の旭日勲章を頂いたが、僕がごく幼い頃、専売局に勤めてゐた時に、一段進んで、勲五等になり、瑞宝章を頂いてゐた。だから、今では民間の塩田業者であったが、御即位式の御馳走に召されたので、大変の喜び方で、あちらやこちらで、大自慢にしてゐたが、いよいよその日には、朝早くからフロックコートを着て、これが勲五等の瑞宝章だ、これが勲大等の旭日章である。旭日章は本当に手柄がなければ頂けないので、一段下ではあるがこの方が立派なのだ。これが日清戦争の従軍章、これは北清事変(明治三十三年)の従軍章、これが日露戦役の従軍章だと、一つ一つ、僕に説明しながら、それを胸にズラッと吊り並べて、シルクハットをかぶって、意気揚々と停車場に向かった。 その日、もう日が暮れてから、父は、胸いっぱいに勲章を飾ったまま、人力車から自分独りで降りるのが危ないほど酒に酔って、それでも白い風呂敷包みだけは、大切に持って、帰ってきた。その風呂敷包みには、その日の御馳走が入ってゐたのである。素木の足のないお膳と、素焼きのお皿や瓶子(へいし)のようなものと、銀色のボンボニールとかいうものを取り出して、これには何が入ってゐた、これに何がと、一つ一つ説明してくれたが、どれも空だったことを記憶してゐる。
大正天皇の即位式の日のことが、大伯父(祖母の兄)の遺した回顧録に記されてました。 従兄弟が見つけて、文字起こしまでしてくれた! けっこう貴重な資料だと思う。
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23年6月5週目
今年に入ってからずっと忙しかったけど、やっと少し落ち着いてきた。7月8月はゆっくり働きたい...
さぁ、気持ちを切り替えて!とすっきりは割り切れるわけもなく、大丈夫なときと大丈夫じゃないときが交互にやってくる。大丈夫なときにはご祝儀袋を用意したりして、大丈夫じゃないときは気が紛れる呪いみたいな言葉を唱えたりして、我ながらサイコパスかと思う。こういう一面が自分にあるんだと思う。Twitterなどで見かける夫大好きな人を見ると羨ましく感じることがあるけれど、そういう人たちが何かしらの要因で夫を失ってしまったとき、どうなってしまうんだろうと余計なことを心配する。仕事をしながら、いつかマッチングアプリを始めるなら、同じ職種の人に会うことで、恋人と転職先両方探せるのでは!?とアホなことを思いついて仲良しの男友達に連絡をする。彼は面白がってくれたけど、元恋人には例えば今でも嫌な顔をされそうだなと思ってこんなことは言えないなと思った。そうだ、元恋人には怒られそうで言えないことがたくさんあったなと思い出す。日曜の夕方、ジムに行って夕暮れと登り始めたほぼ満月と海外ドラ���を交互に眺めて運動しながら、私は今の生活がとても気に入っているな、と思った。
先週ソローキンの『親衛隊士の日』をボロクソに言ってしまって申し訳ない。不快な読み心地を我慢して読んでいくとあまりにも誇りを持ってやりたい放題しているので、愉快になってくる瞬間がある。狂わないと正常に生きていけない世界を垣間見た。
観たかった『流れないでよ、リバー』を観に日比谷まで。前作『ドロステのはてで僕ら』もわざわざ日比谷まで観に行ったような気がする。TOHOシネマズに独占されているの何でなの。小さなアイディアでいつも上手く作っているなと思う。面白さは前作のが上かもしれない。インディージョーンズ最新作を映画館で観たいのに、まだ1作目も観終えてない。むしろちょっとずつ観てて分からなくなって戻って見直したりしている。フロリダのディズニーでインディージョーンズのスタントショーみたいなの見たけど、この作品のこれだったのか、とやっと理解した。
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2023/04/08
昼間で寝られる幸せをこんなに噛み締められるなんてナ
グラタン食べて、雨でびしょびしょになって、パウンドケーキをやいた 選挙明日だと思い出して、フィルム現像してご祝儀袋買い忘れた 本は買った 夜ご飯がビビンバでマッコリを飲みすぎた 後回しにしていたしゅうせいをやったのでえらい
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大勝軒「ラーメンの神様」が打ち明けた「つけ麺の秘密」…足を向けて寝られないチェーン店があった
ある時、関西で大勝軒がオープンしていたので、入ってみた。つけ麺を頼んだが、マスターの東池袋大勝軒とは大きく味が異なっており、3分の1も食べられず、残してしまった。
「つけ麺って、慣れてないんでしょ。これが東京では流行っているんですよ」
会計の際に女将がそう言う。いやいや、何から何まで違いますから…腹の中でそう言っていた。
「マスター、とんでもない店に行きましたよ。あんな店が大勝軒って、マイナスイメージになるんじゃないですか」
後日、マスターに関西のお店のことをこぼした。
「いろいろなのがいてねぇ。2日しか修行しないで、その後に『大勝軒で修行した』としている店もあるし、『1週間で店を出せるように教えて下さい』なんて言う者もいるんだよ。でもさ、それぞれにいろんな事情があるから断れないんです。そんなにヒドい味だったの? 困ったな…」
マスターは教えを請う者に対し、一円も要求しない。他の有名なラーメン店では、独立する弟子から「のれん代」として数百万円を要求するのに、彼は開店祝いとして祝儀を送るほど。これも神様と呼ばれる所以なのだ。
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
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“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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営業中【本日18:00で早じまいします】ポチ袋各種、50%OFF。お年玉にしか使えないのもありますが、ほとんどはご祝儀用としていつでも使えるようなポチ袋です。実店舗閉店のため在庫整理中。使えそうなものがありましたら、ご協力をお願いいたします。 --- 2~3はお休み。なんだけど、この時期にやらなくちゃいけない棚卸の結果を帳簿つけしたり、引越し先での生活を考えてメインバンクを変える検討、支払い用にいくつも持っていた口座の整理、クレジットや公共料金の引き落とし先の変更など、お金にまつわるあれこれの整理に時間使いました。
素面の時じゃないと怖いので、飲んだくれることも出来ずに真面目に作業頑張ったので、今夜はお友達とプチ新年会。
あれ?昨日は大泉で飲んでませんでしたか?と思い出したあなた、お口チャックです(笑
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冬至
H:冬至吃湯圓。王家大宅每年的「冬至」是這樣過多。冬至前一天雜貨買二斤糯米,然後去柑園豆腐店A糯米,帶回放入布袋用石頭壓乾,再用手揉糯米,然後分塊搌成小塊搓成圓形,並用乾麵粉分開,結束後先煮部分當點心。其他隔日烹煮分鹹的,或甜的,也有包料的,祭拜完成再食用。吃完湯園,號稱「長一歲」。「冬至圓仔呷落加一歲」。20241221W6
維基百科
冬至,又稱冬節、賀冬、冬至節、亞歲,二十四節氣之第二十二個節氣、八大天象類節氣之一,與夏至相反。冬至日是北半球一年中白晝最短之日,冬至一般都在西曆12/21至12/23,北斗的斗柄指向子,太陽位於黃經270°,農曆用冬至所在月來定義十一月。
臺灣
祭祖祠
冬至,臺灣古稱「冬節」(台灣閩南語:Tang-Tseh/Tang-Tsueh ,客家語:Dung24 Jied2,閩東馬祖話:tøyŋ ʒai[14],閩東福州話:tøyk1 tsaik7)。民間首重祭祖,分為家中奉祀的祖先公媽,與各地宗親祖厝、��廟所舉行的隆重莊嚴的三獻禮,稱為「祭祖祠」或「進祖」。禮成後則設宴款待,臺灣稱為「食祖」、金門稱為「食頭」、澎湖稱為「食冬」。冬節時,主婦會在清早便開始「浮圓仔」、「炊菜包」,拜完神佛後,便開始祭拜祖先。祭畢後,全家團圓著,食用冬節圓、菜包,寓意添一歲。祭拜神佛準備全副牲禮(號稱謝平安)、四果、冬節圓和菜包,拜祖先則準備剖開的牲醴、米飯、十二碗、五味碗、四果、冬節圓、雞母狗仔、菜包等。
為了賀節與酬神,人們會在下元與冬節期間,請戲班演出「冬節戲」,臺灣日治時期的冬節戲多為「亂彈戲」,臺灣戰後時期則多為「歌仔戲」。舊時官廳府衙亦會在冬節亦要設筵慶賀。金門是典型的宗族社會,因此冬至祭祖在金門是隆重的大事,各地宗親氏族會舉行隆重的三獻禮與食頭儀式。所謂的「頭」,分為男子新婚的「新婚頭」、家中有子成婚的「老大頭」、男子年滿十六歲的「成丁頭」。推舉任官職、學位或聲望的人士擔任主祭,陪祭則由爐主擔任。另外除了冬節圓外,金門人亦會在��至食「拭餅」(即潤餅)[15]。
慶祝方式
傳統上冬至半月是喜慶氣氛濃重的節期,更是其中蘊含最豐富、最多不同節俗的節日,且最具繼承力。慶祝方式多樣,包括但不限於祭祀(祭天、祭地、祭神、祭祖)、賀禮(拜賀、送寒衣)、飲食、文藝(數九)等。
《周禮·春官宗伯》云:「以冬日至,致天神人鬼。以夏日至,致地祇物魅。」古時華夏民眾按照天圓地方的原則,冬至圜丘祭天,夏至方澤祭地。[9]
《夢粱錄》也提及:「十一月仲冬,正當小雪、大雪氣候。大扯杭都風俗,舉行典禮,四方則之為師,最是冬至歲節,士庶所重,如饋送節儀,及舉杯相慶,祭享宗禮,加於常節……此日宰臣以下,行朝賀禮。士夫庶人,互相為慶。太廟行薦黍之典,朝廷命宰執祀於圜丘。官放公私僦金三日。東駕詣攢官朝享。」[10]
朝廷與官民
早在周代,冬至就有國家祀典。《周禮.春官》提及:「以冬至日,致天神人鬼。」冬至��則是在漢代開始成為通行節日,並在往後衍生出越來越多節俗,排場與風光也漸甚。甚至會有不少文人因此大獻頌詩,例如漢代有一賀君作品《獨斷》則提到:「冬至,陽氣起,君道長,故賀。」[4]
《後漢書》「禮儀志」中記載東漢王朝對待冬至的情況:「冬至前後,君子安身靜體,百官絕事,不聽政,擇吉辰而後省事。」由此可知從漢代起冬至是國定假日。而歷代帝王亦會以冬至為盛大的國事大典,南郊祭天(取太陽要從冬至後從南回歸線「回歸」),北郊祭地,朝會群臣與鄰國使節等。《史記.封禪書》提及:「冬至日,禮天於南郊,迎長日之至。」可見當時人們視「長日」當作喜福。[4][9]
河北《懷安縣誌》提及:「冬至日,縉紳拜闕,士人拜師長,子孫拜祖父,曰賀冬。」,當中「拜闕」就是指到皇宮中朝拜君主,赴拜闕者有本國臣僚,亦有外國使節。南北朝時代沈約《宋書》則記載了:「魏晉冬至日,受萬國及百僚朝賀,因小會,其儀禮亞於歲朝。」並有獻襪履之儀,表示迎福踐長。曹植《冬至獻襪頌表》記載:「千載昌期,一陽嘉節,四方交泰,萬物昭甦……並獻紋履七緉,襪若干副。」[4][2]
魏晉朝以後,時任朝廷也開始在冬至當日舉行朝會,其盛大僅次於元日(元旦)。朝會典禮中有一儀式為朝賀禮,皇帝在當中要接受各國與周邊民族的使臣、以及文武百官的上表祝賀。[1]
宋朝以後,皇帝更專門制定冬至節大朝會的儀衛兵仗,俗稱「掛冬仗」,宮城內外遍佈排列井然有序的步騎兵甲,同時懸掛旌旗、擊鼓、奏樂。而入朝官員則必須穿著制服覲見皇帝,比照祭祀大禮。[1]
明清兩代則在北京南郊天壇祭天。清代皇帝祭天儀式每年都有,祈求天帝保佑、國泰民安,並已發展到極為繁瑣、複雜、隆重:期間皇帝必須穿祭服、請牌神,太常寺官奏請行禮,典儀官唱讚「燔柴迎帝神」;更在東南煪柴爐升火,西南方懸望燈,樂隊齊鳴。[10]
清代《帝京歲時紀勝》亦提及:「長至南郊大祀,次日百官進表慶賀,為國大典。」[4]
官府亦會在冬至期間允許開放賭場供民聚自由出入。[1]
古時民間
冬至是昔時各家庭團聚慶賀的節日,不僅家庭成員間相互飲「節酒」和食佳節美食慶祝,更會走訪親友居所慶賀送禮和祭奠祖先與神明,其中河北《柏鄉縣志》就有提及:「是日士民祭始祖墓」。而民眾也會準備一套新衣服以求在冬至體面應節,哪怕是節衣縮食儲錢甚至問親友借貸也得購買新衣服。而冬至亦有時值一陽初至「扶陽」的信仰意義及相應習俗,取陽氣於冬至既小又弱故需扶助使其健旺,例如「擁爐會飲」、食圓形食品等,雖則扶陽觀念的習俗在20世紀開始式微。[4][1]
早在商朝,民間已有著年終祭祀「清祀」的習俗,祭祖妣兼祭百神。而早在周代,每年農曆十月,民間都會有年終「大蠟」(其中「蠟」解作「合祭」之意),祭一切神祇鬼靈;後於漢朝正式採用農曆時將大蠟禮儀移到農曆十二月。這反映著傳統華夏人民善祭的一面──認為眾生皆由眾神靈庇護,且延續著祖先的歷史。[9]
《s:東京夢華錄/卷十》就記載了宋都開封城每逢冬至節到處洋溢的節日氣氛:「十一月冬至,京師最重此節。雖至貧者一年之間積累假借,至此日更易新衣、備辦飲食、享祝先祖。官放關撲,慶賀往來,一如年節。」。[1]此外開封特別普遍流行「守冬」習俗,乃趁冬至一陽復始之時人如能與大自然息息相應就會獲得新的生命力,表示兒孫添歲、老人延壽。同時因正值冬天及農務閒期,中國北方多在冬至前後有冰上,雪上遊戲,例如堆雪獅、雪人、雪山、雪燈、打滑澾、打雪仗、溜冰、爬犁等,另外還盛行冬獵並攜帶獵物串親訪友,同時盛行閭里饋贈家慶瑞雪豐年。[10]
《清嘉錄》亦有一首詩描述送禮:「冬至家家講物儀,近來送去費心機。胸前盡收渾閒事,原物多時卻再歸。」[1]
清光緒八年刻本河北《懷來縣誌》:「冬至,拜節,或以羊、酒相饋送,謂之肥冬。」指肥冬乃指冬至正當糧入倉、豬已宰、酒正釀之時節,飲食豐饒,各家各戶皆酒肉飄香之餘亦會饋送酒肉予親朋戚友。[4]
《中華全國風俗誌.江蘇儀證》:「十一月冬至節,從火,祀家廟、福祠、灶經,拜父母尊長,設家宴,親戚相賀,與元旦一例。諺云『大冬如大年』,即吳中『肥冬瘦年』之說也。」可見南北朝時冬至,民眾更有拜父、拜母之禮。[4][2]
冬至與春節同樣有「拜冬」、「賀冬」等習俗尊師敬老。東漢崔寔《s:四民月令》提到:「(冬至)進酒淆,及謁賀君師耆老,如正旦。」
冬至的飲食文化與規模更是豐富非常。
中國北方
北京市一戶家庭在冬至日食用水餃
北方的冬至飲食習俗:
有諺語「冬至餃子夏至麵」,認為冬天寒冷而人體耗熱量多故應該多食有營養的食品補充熱量。因此有冬至日有食餃子和餛飩的習俗:吃餛飩寓意破陰釋陽,表達冬至的新舊交接宇宙混沌狀態,更意味親自開闢世界;而吃餃子又俗稱「安耳朵」(擠餃形似耳朵),民間習俗認為冬至日不食餃子會凍掉耳朵,也不利農事收穫;另一說食餃子防為紀念藥王張仲景。而餃子、餛飩和包子等更會是家庭成員團聚圍桌而食,稱為「蒸冬」。 當然也有例外,如在四川、山東棗莊流行冬至當日喝羊肉湯的習俗,寓意驅除寒冷之意。各地食俗不同,但吃水餃最為常見。 [10][4]
南宋陳元靚在《歲時廣記》提及:「京師人家,冬至多食餛飩。」;[4]
南宋周密在《s:武林舊事/卷三》提及:「享先則以餛飩。」;[4]
清代乾隆年間記載著一段歲時民俗:「冬至、祀先祖,食餛飩,取陰陽胚胎,包孕渾涵。」;[9]
河北《柏鄉縣誌》則提到:「冬至日,作餛飩為食,取天開於子」,混沌初分,人食之可益聰明。」[4]
傳說漢末醫聖張仲景體念家鄉鄉民在寒冬中辛苦工作,就在冬至日利用羊肉等祛寒的藥材包在麵皮中,作成耳朵模樣,給鄉民們治病補身,此藥方名字叫作「祛寒嬌耳湯」,嬌耳就是餃兒。
據最早在《s:荊楚歲時記》記載之風俗,陝西一些地方在冬至會食用赤豆粥,認為可以驅疫鬼以避疫與卜壬日,該疫鬼相傳乃共工之子在冬至日死亡後的化身。傳統華夏人民一直以紅豆、赤豆、桃木等有避災袪疫的「神物」來陪件節時,更有「剪草成馬,撒豆成兵」一說,屏山先生《至日詩》亦有描述:「豆糜厭勝憐荊俗,雲物書祥憶魯台」;隨後此習俗與冬臘節令的臘八粥融合,遂民間記憶傳襲出現了模糊。[9][2]
「擁爐會飲」:爐火與酒都屬暖,圍爐溫酒,團聚共飲,既扶陽又賀節。[4]
北方少數漢族和朝鮮族人還會吃狗肉,認為是大補食品。[10]
北方滿族旗人在冬至時既祭天又祭祖:到了冬至晚上,家庭會在庭院內舖桌、擺供桌,掛「天地禡兒」,殺豬祭祀;同時祭祀祖兒,在院內立祖先竿子,其中竿頂為葫蘆狀,下有「刁斗」。參與祭典之親朋事後更獲分得祭祀用過的肉(稱為「白肉」)享用,是為「吃白肉」;而豬腸和豬尿則丟在刁斗上任雀鳥進食。[9][10]
北方冬至前後亦是舊地主討債的時期,窮苦人往往外出討飯,各地社倉實行賑濟。民眾也喜歡掃雪煮茶,認為有助健身。[10]
冬節圓湯圓
在臺灣,冬至的湯圓被稱為「冬節圓」(臺灣閩南語:tang-tseh-înn/tang-tsueh-înn,客家語:Dung-Jied-Rhan[註 1])或「圓仔」。圓仔有分甜鹹、大小之分。用於祭祀的紅白兩色的小圓仔與如雞蛋大小般的「圓仔母」兩色各六。圓仔母通常包花生餡或芝麻餡及糖料[16]。冬節前夕,全家人一齊將糯米糰搓挲成大大小小的圓粒,稱為「公孫父子圓」。人們在祭祀完畢後,一起食用,稱為「添歲」。小孩會將「圓仔丁」黏糊於門扉、窗戶、車窗、桌、櫃、畜欄、牲窩、水井或器物等處,犒勞窗牖神及家具神等守護神一年辛勞,稱為「餉耗」。糊黏圓仔丁在傳統習俗中亦有祈求「出好丁」之意,為祈禱新婦生子之寓意(古時指是男子)。待圓仔丁乾燥後可以藉由圓仔的膨脹或塌陷來預卜生育之兆,給孩子們食用,亦有保佑發育健康,添新歲 [註 2] [註 3]。古代流傳著食用冬節圓需每匙兩粒,若未婚者最後一匙必為單數 ,若已婚者最後一匙必為雙數。舊時臺灣尚賭,賭客食用時亦預卜最後一匙剩雙數為贏兆、單數為��兆[16]。
搓丸
馬祖冬至時令,會搓製糯米作成的粉團(糍粑),為「搓丸」(ㄘㄨㄛ ㄨㄥˋ)[14],也稱「搓糍」(tshɔ si)。「糍」,馬祖當地也寫作「𥻵(米時)」。
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新社会人が知っておくべき冠婚葬祭の基本マナー
冠婚葬祭の重要性と基本知識 冠婚葬祭は日本の社会生活において重要な役割を果たしています。 新社会人にとって、これらの行事に参加することは避けられません。 冠婚葬祭は「冠」「婚」「葬」「祭」の4つの要素から成り立っています。 それぞれ、成人式などの人生の節目、結婚式、葬儀、そして先祖を祀る儀式や季節の祭りを指します。 これらの行事に適切に対応することは、社会人としての基本的なマナーの一つです。 結婚式のマナー:祝福の気持ちを込めて 結婚式に招待された際は、まず出欠の返事を速やかに行うことが大切です。 服装は華美になりすぎず、かつカジュアルすぎないものを選びましょう。 男性はスーツ、女性はワンピースやスーツが一般的です。黒や白など、花嫁の衣装と似たような色は避けるのがマナーです。 祝儀袋には新札を用意し、金額は自身の立場や新郎新婦との関係性を考慮して決めます。 葬儀のマナー:弔意を表す適切な…
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