#喜楽堂
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2023年3月17日(金)
今日はツレアイが休み、昨日に続いて神戸新開地へとやって来た。まずは腹拵え、湊川公園近くの<湊川大食堂>でランチ、初めて入ったが決め手はカウンターが通路に面して密では無いことだ。少しビールも頂いてから<喜楽館>へ移動、中トリの露の新治さんを聴いてから中座、早めに帰宅したのは昨日と同じ。休日の早めの晩酌を楽しみたかったのだ。
5時起床。
日誌書く。
ツレアイは息子たちの朝食と2男のおにぎりを用意する。
奥川ファームの蕎麦がなくなったので、今朝はパンを頂く。
3男の弁当を用意する。
可燃ゴミ、30L*1。
洗濯1回。
今日も新開地へと向かう。ツレアイの希望は<ソースもの>だったが、お好み焼き店がことごとく休み、もしくは夜の営業らしい。仕方なく、湊川公園周辺を物色、<湊川大食堂>のカウンターに席を取った。昼のメニューは、野菜炒め定食/出汁巻きと豚汁定食/刺身定食/魚定食/日替わり定食からの選択だ。彼女は魚定食(鯖の塩焼きにブリのアラ汁)、私は出汁巻きと豚汁定食を選択した。瓶ビール(大)を頂きながら待つことしばし、登場したのは大ぶりの器たっぷりの豚汁と、厚みのある出汁巻き。実は昨日のランチも出汁巻きだったが、こちらのほうはちゃんと出汁がきいている。いやぁ、また来たくなる店だ。
喜楽館へと移動、客席は昨日より若干少ないか。
「普請ほめ」月亭柳正
「延陽伯」桂九ノ一
「本膳」笑福亭瓶二
「アコーディオン・パフォーマンス」遠峰あこ
「お太刀の鍔」露の新治
仲入りで中座、阪急桂駅で買い物して帰宅する。
ツレアイは、すぐに自転車で買い物に走る。
私はミニレポートを書いて、新治さんのWeb管理者に送る。
夕飯は桂駅で買った揚げ物、少し寒かったので熱燗をつける。
録画番組視聴。名探偵ポワロ
(40)「死人の鏡」
世界が愛した名探偵、エルキュール・ポワロ。アガサ・クリスティー原作の人気ドラマシリーズ。競売場で知り合った紳士。詐欺調査の依頼が、やがて殺人事件へと続くことに…
競売でポワロが狙っていた鏡を高値で競り落としたシェブニックスという男性が、詐欺の調査を依頼してきた。彼の館には、風変わりな夫人と家族、そして詐欺の疑いをかけられている建築家がいた。夜、夕食の時間に一同がホールに集まるとシェブニックスの姿がない。彼は鍵のかかった書斎の中で死んでいた。遺書のメモも見つかり警察は自殺と断定するが、ポワロ��は気になる点があった。
腹ごなしの町内ウォーキングは諦め、片付け、入浴、体重は300g増。
吸い込まれるように布団に入る。
辛うじて3つのリング完成、水分は1,860ml。
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本日出演される先生です✨ #山奥先生 #釈楽先生 #YURIA先生 #愛叶夢先生 #白川喜子先生 #ユニヴェール先生 #宇凰先生 #紗亜良先生 #釈迦堂アリア先生 #叶恋妃先生 #杜草先生 #爽音先生 #福岡 #天神 #占いの館千里眼 #占い #当たる #悩み #解決 #電話占い #ヴェルニ #本日出演 https://www.instagram.com/p/Com-tdqvFNO/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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- A message from 23 nights temple -
“In times of hardship, there is actually hope and joy. When things are easy, actually trouble and suffering increase.”
-二十三夜堂からのメッセージ-
“苦労しているときには、却って希望や喜びがある。楽をしていると、却って悩みや苦しみが増える。”
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仮にここではEさんと呼ぶ。彼女は昨年の2月に私と同じ部署に異動してきた。来る前はスピリチュアルだとか、魔女のような人だとか変な噂が漂っていたがそんなことはなかった。ピラティスを嗜み満月や新月を忌み孤独を好む女性だった。と書いたらさして来る前の噂と変わらないかしら。この部署に来て尊敬している人になった。彼女の考え方が好きで、サバサバしていてハッキリと物事を言う。喜怒哀楽がハッキリとしているけれど周りに迷惑はかけない。己を持っていてずっと貫いている。趣味で手毬を作っている。何事にも前向きで後ろ振り返らず堂々としている。かといって欠点があるのかと言えばない。チームが違ったけれど席替えをきっかけに近くなって徐々に話すことになった。彼女はしっかりしていて物凄く頼りがいがある人で理解がある。物腰の柔らかさと後輩である私たちからも知識を得たり、距離感も弁えている���らこそどんどん魅入っていったんだと思う。彼女とはラムネ部を結成して部署にいる時はラムネの話をする。自分を持っているってことが私にとってとても素敵なことで、だからと言って自己中心的なわがままのような人ではないからだと思う。年齢的に30くらいは離れていると思うけど新しいことを吸収する。そんな姿勢や価値観がとても好きなんだと思う。前に私が資料作りをしていると手伝ってくれて、そこで私がこの会社に入った理由を話すことになったけど、否定するわけではなく肯定してくれたことが嬉しかった。最近だと面談ツールが会社に導入されることになり一緒にテストしている中でアイスブレイクの機能があり、話題がいくつか出る中でまだ知らない彼女の話を聞くことが好きだった。「本を残したいんです」とアイスブレイクの話題に沿って話すと笑わず肯定してくれて、嬉しくなった。いつかTumblrで書き落としている文章が纏まって自分の手元に形として残るのが夢なんです。私の取得した資格も、とる!と言って学んでいる姿に憧れを抱いている。自分を持っている人が私は好きで憧れで尊敬する。人から与えられた優しさ勇気気遣いをまた違う誰かに与えてあげたいね。認められることが私の計り知れないパワーを生み出す。Eさんって冒頭だけしか書いてないね。この気持ちもいつか曖昧になってしまうから、出逢えてよかったなぁ、と思い書き記す。
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ジャニーが同性愛者(真性の少年性愛者、児童性愛者)であり、事務所に所属する男性タレントに対して性的児童虐待(同性愛行為の強要)を行っているとの話は、1960年代から散発的に繰り返し報道されてきた。 まず、駐留米軍の「在日軍事援助顧問団 (MAAGJ)」に勤務していた頃(1958年~1966年)から、外交官ナンバーの車(クライスラー)で新宿・花園神社の界隈に繰り出し、「ケニー」、「L」、「牛若丸」といったゲイバーで遊んでいたこと、更に新宿駅南口で網を張り、田舎から出てきた少年たちに声をかけては、常宿の「相模屋」(1泊600円のベッドハウス)に連れ込んでいたことを、当時のゲイ仲間・原吾一が、著書『二丁目のジャニーズ』シリーズで明かしている。 ジャニー喜多川が最初に手がけたタレントは「ジャニーズ」の4名(真家ひろみ、飯野おさみ、あおい輝彦、中谷良)で、当初は池袋の芸能学校「新芸能学院」に所属させていたが、学院内にてジャニーが15名の男子生徒たちに性的児童虐待行為をしていたことが発覚。 オーナーの名和太郎学院長(本名:高橋幸吉。2000年6月7日に急性心不全で逝去。81歳没)はジャニーを1964年6月28日付で解雇した。 しかしジャニーが、ジャニーズの4名も一緒に引き連れて出て行ってしまったためにトラブルとなり、ジャニーらが所属中の授業料やスタジオ使用料、食費など270万円を求めて学院長がジャニーを提訴し、裁判へと発展した (通称:ホモセクハラ裁判)。 なお、当時のジャニーは在日軍事援助顧問団(MAAGJ)に在籍する下士官事務職員として、米国軍人および外交官の立場にあったが、新芸能学院との騒動は「MAAGJの公務の範囲外の職業活動」で起こった問題であるため、「外交関係に関するウィーン条約」(日本では1964年6月8日に発行)の第31条1項による外交特権「外交官は接受国の刑事・民事・行政裁判権からの免除を享有する」の対象から漏れ、訴えられた。 この裁判は長期化し、1964年から実に4年に渡って行われた。 ジャニーズの4名も実際に証言台に立っており、その証言記録は『女性自身』(1967年9月25日号)、『ジャニーズの逆襲』(データハウス刊)、『ジャニーズスキャンダル調書』(鹿砦社刊)にて再現されている。 『週刊サンケイ』(1965年3月29日号)でも「ジャニーズ騒動 “ジャニーズ”売り出しのかげに」として5ページの記事が組まれた他、ルポライターの竹中労も、著書『タレント帝国 芸能プロの内幕』(1968年7月、現代書房)の中で「ジャニーズ解散・始末記」と題してジャニーの性加害について言及した (当書はその後、初代ジャニーズを管理していた渡辺プロダクションの渡邊美佐の圧力で販売停止)。 なお、『ジャニーズスキャンダル調書』では「同性愛」という表現自体を否定しており、ホモセクハラである以上、「性的虐待」、善意に表現しても「少年愛」であるとしている。 『週刊現代』(1981年4月30日号、講談社)にて、「『たのきんトリオ』で大当たり アイドル育成で評判の喜多川姉弟の異能」と題し、ジャーナリストの元木昌彦がジャニーの性趣向問題について言及。 (直後、ジャニーの姉のメリー喜多川から編集部に「今後、講談社には一切うちのタレントを出さない」と猛クレームが入り、元木は処分として『週刊現代』から『婦人倶楽���』の部署へと異動させられた。 この件については、『週刊文春』(1981年5月28日号、文藝春秋)でも、「大講談社を震え上がらせたメリー喜多川の“たのきん”操縦術」と題して報じられた。 なお、ジャニーの性的児童虐待についてメリーは、「弟は病気なんだからしょうがないでしょ!」と言ってずっと放任していた) 雑誌『噂の眞相』(1983年11月号)が、「ホモの館」と題してジャニーズ事務所の合宿所の写真を公開。 元所属タレントの告発も相次いだ。 元フォーリーブスの北公次は『光GENJIへ』(1988年12月)、 元ジューク・ボックスの小谷純とやなせかおるは『さらば ! ! 光GENJIへ』(1989年9月)、 元ジャニーズの中谷良は『ジャニーズの逆襲』(1989年10月)、 元ジャニーズJr.の平本淳也は『ジャニーズのすべて ~ 少年愛の館』(1996年4月)、 豊川誕は『ひとりぼっちの旅立ち ~ 元ジャニーズ・アイドル 豊川誕半生記』(1997年3月)、 山崎正人は『SMAPへ』(2005年3月)をそれぞれ上梓。 タレントの生殺与奪の全権を握るジャニーの性的要求を受け入れなければ、仕事を与えられずに干されてしまうという実態が明るみに出た。 中でも『SMAPへ』は、ジャニーが行っていた性行為の内容について最も細かく具体的に描写しており、少年に肛門性交を強要していたことも明かしている。 同じく元Jr.の蓬田利久も、漫画『Jr.メモリーズ ~もしも記憶が確かなら~』(竹書房の漫画雑誌『本当にあった愉快な話』シリーズに掲載。著:柏屋コッコ、2014年1月~2015年4月)に取材協力する形で暴露している。 ジャニーは肛門性交時にノグゼマスキンクリーム、メンソレータム、ベビーローションなどを愛用しており、少年隊もラジオ番組で、錦織一清が「ジャニーさんと言えばメンソレータム思い出すなぁ・・・」、東山紀之は「合宿所はいつもメンソレータムの匂いがしてた」など、分かる人には分かるギリギリの発言をしている。 元Jr.の星英徳も、ジャニー喜多川の死後になってネット配信で、「ただのJr.だった自分ですら、何十回もやられた。 ジャニーさんが特に好んだのは、小中学生の段階のJr.。 時には平日の朝から学校を休んで合宿所に来いと呼び出され、マンツーマンで性行為を受けた。 その最中は、当時付き合ってた彼女のことを毎回必死に頭で思い描きながら耐えてた。 メジャーデビューしたメンバーは必ず全員やられている。 必ずです! 全員やられてる! そもそも断ったらデビュー出来ない」と幾度も打ち明け、ジャニーによる性被害や当時の事務所内での異常な状況を説明した。 ジャニーズの���身者以外からも、浜村淳が関西ローカルのラジオ番組『ありがとう浜村淳です』(MBSラジオ)の中でジャニーのことを「あのホモのおっさん」と発言したり、ミュージシャンのジーザス花園が、2009年発表の自作曲『ジャニー&メリー』で、AV監督の村西とおるもブログやTwitterで糾弾している。 ジャニーに対する感謝、愛情が誰よりも強いことで知られるKinKi Kidsの堂本剛(児童劇団の子役出身)は、小学5年生の段階で子役活動を辞め、一旦芸能界を引退していたが、姉による他薦でジャニーズのエンターテインメントの世界に触れ、自分もスターになって成功したいという感情が芽生える。 しかし成功するためには、まだ幼い小学6年生の段階からジャニーの性的な行為を耐え忍ぶしかなく、剛が中学2年生の14歳の時に奈良県から東京の合宿所に正式に転居してからは、ジャニーの性行為は更に過熱していった。 当時剛と非常に親しい関係にあった元Jr.の星英徳も、「剛は普通のJr.たちとは違うレベルの性行為をジャニーさんから受けていて、そのことにいつも悩んでた。剛が病んじゃったのはジャニーさんが原因」と、2021年6月25日の深夜にツイキャス配信で証言した。 剛にしてみれば、確かにジャニーには芸能界で大成功させて貰って感謝はしているものの、幼い頃から異常すぎる性体験を強いられ、自分の心と体を捨て去るという代償を払わされてきた訳であり、更に人一倍繊細な性格がゆえ、15歳からは芸能活動へのストレスも相まってパニック障害を抱えるようになり、長年に渡って自殺を考えるほどに苦しんだ時期が続いた。 自分で選んだ道ではあるし、ストックホルム症候群、トラウマボンド(トラウマティック・ボンディング)、グルーミングなどの効果によって、ジャニーに対して大きな感謝はしつつも、もしジャニーと出会わなければ、こんなにも苦しい思いをすることは無かった、という愛憎が入り混じった複雑な感情から、剛の自作曲『美しく在る為に』は、ジャニーへの思いや、芸能活動への葛藤が描かれた曲だと、一部のファンの間では解釈されている。 その歌詞の一部には、 「あたしが悪いなんて 云わせないの あなたが悪いなんて 云う筈がないの 人は勝手だったもの 何時も勝手だったもの 美しく在る為に 勝手だったもの」とある。 [1] 元光GENJIの諸星和己も、2016年11月6日放送のバラエティ番組『にけつッ ! !』(日本テレビ)に出演した際、千原ジュニアとの会話でジャニーについて、 千原 「数年後に大スターになると見抜くその力よ」 諸星 「違う違う��たまたま、たまたま」 千原 「先見の明がすごいんでしょ?」 諸星 「僕の考えだと、“結果論”だね。 あの人(ジャニー喜多川)の目がいいとか、見抜く力がすごいとか、“全く”無い!」 と断じ、ジャニーに対する世間の過大評価に異を唱えた。 そして番組の最後では、「ジャニーの感性はね、あれホ〇だから!」と締めくくった。 ジャニーについてはよく、「少年の10年後の成長した顔が見えていた」などと評されてしまうことがあるが、それは間違い。 確かに子供の頃は冴えない平凡な顔をした者が、美容整形なども踏まえて将来二枚目に化けたパターンもあるが、その一方、小さい頃は可愛かったのに、成長と共にどんどん劣化してしまったパターンも少なくない。 そもそも、テレビなどで頻繁に同じタレントの顔を目にしていれば、視聴者の目はその顔に慣れていく訳だから、マイナス面はどんどん軽減されていく。 ジャニーが持っていたのは権力と財力であって、人の10年後の顔はおろか、人の本質や将来を見抜けるような特殊能力、神通力は存在しない。 ジャニーは将来を予見して採用していたのではなく、ただ単に、今その瞬間の“自分の好み”の少年、個人的に性欲を感じる“ヤりたい相手”を選んでいただけであり、その少年がたまたまスターになるかならないかは、諸星が述べた通り、後からついてきた“結果論”に過ぎない。 ジャニーに個人的に嫌われれば、いくらスター性や才能がある者であっても捨てられるし、ジャニーに個人的に好かれれば、スター性の無い者であっても権力と財力でメディアにゴリ推しされ、結果、誰でも人気者になれた。 こうした、ジャニーの個人的な好み、機嫌だけで全てが操作・決定される、非常に特殊で独裁的な事務所だったため、多くのスターを製造した一方、本当に将来有望だったはずの多くの才能も死んでいった。 なお諸星はこの放送の一ヶ月後の2016年12月2日に大沢樹生と共に開催したトークライブでも、ステージ上で「俺が何で結婚しないか? ホモだから。 ジャニーみたいなものだから」と発言し、ジャニーを茶化している (諸星自身がゲイであるという部分は自虐による冗談であり、諸星はゲイではない)。 1988年~1989年にかけ、月刊誌『噂の眞相』もこの問題を数回取り上げた。 しかしジャニーズ側は、「『噂の眞相』という雑誌はこの世に存在しないもの」という姿勢を貫いていたため、全く相手にされることは無かった。 週刊誌『FOCUS』(1989年8月11日号、 新潮社)に、ジャニー喜多川が合宿所で撮影した田原俊彦の全裸のポラロイド写真が流出掲載される。 1999年10月28日号から2000年2月17日号にかけ、『週刊文春』がジャニーズ事務所に対する糾弾を14回に渡ってキャンペーンとしてシリーズ掲載。 ジャニーが所属タレントに対してセクハラ・児童虐待を行い、事務所内では未成年所属タレントの喫煙や飲酒が日常的に黙認されていると報道し、約15名もの元ジャニーズJr.が取材に協力した。 出版元である文藝春秋は、他の大手出版社と違ってジャニーズ事務所との癒着や影響力が皆無に等しかったために出来たことだった。 【キャンペーン開始の引き金的な記事】 江木俊夫 公判で元アイドルが「ジャニーズ」批判 (1999年10月7日号) 【14回のキャンペーン】 青山孝 元フォーリーブス衝撃の告発 芸能界のモンスター「ジャニーズ事務所」の非道 TVも新聞も絶対報じない (1999年10月28日号・p252~255) ジャニーズの少年たちが耐える「おぞましい」環境 元メンバーが告発 「芸能界のモンスター」追及第2弾 (1999年11月4日号・p190~193) ジャニーズの少年たちが「悪魔の館」合宿所で 「芸能界のモンスター」追及第3弾 強いられる“行為” スクーブグラビア ジャニーズ「喫煙常習」の証拠写真 (1999年11月11日号・p26~29)[1] テレビ局が封印したジャニーズの少年たち集団万引き事件 追及キャンペーン4 マスコミはなぜ恐れるのか (1999年11月18日号・p188~191) ジャニー喜多川は関西の少年たちを「ホテル」に呼び出す 追及第5弾 芸能界のモンスター (1999年11月25日号・p188~191)[1] ジャニーズOBが決起! ホモセクハラの犠牲者たち 芸能界のモンスター追及第6弾 (1999年12月2日号・p195~197) 小誌だけが知っているジャニー喜多川「絶体絶命」 追及第7弾 (1999年12月9日号・p179~181)[1] ジャニーズ人気スターの「恋人」が脅された! 追及第8弾 (1999年12月16日号・p185~187) ジャニー喜多川殿 ユー、法廷に立てますか? 「噴飯告訴に答える 追及第9弾」 (1999年12月23日号・p179~181) 外国人記者が「ジャニー喜多川ホモ・セクハラは日本の恥」 追及第10弾 (1999年12月30日号・p38~40) ジャニーズ裁判 元タレントはなぜ「偽証」した キャンペーン再開! (2000年1月27日号・p180~181) ジャニー喜多川よ、ファンもこんなに怒っている 徹底追及(第12弾) (2000年2月3日号・p165~167) NYタイムスも報じたジャ二ー喜多川「性的児童虐待」 (2000年2月10日号・p172~173) ジャニー喜多川「性的虐待」 日本のメディアは腰くだけ ピュリツァー記者が激白 (2000年2月17日号・p34~35) 【追加報道】 スクープ撮! ジャニー喜多川の素顔 (2000年3月16日号) ジャニー喜多川の性的虐待! 母親が決意の告白 「息子は私に訴えた」 (2000年3月23日号・p184~186) 新展開 ついに国会で質問されたジャニーズ性的虐待 なぜNYタイムスしか報じないのか (2000年4月27日号・p176~179) ジャニーズ疑惑 梨元勝国会で証言へ! (2000年5月4日・11日合併号・p180~181) 大手メディアがこの性的児童虐待問題をこれほどまでに取り上げたのは1960年代以来初めてのことで、その波紋は大きく、自民党衆議院議員・阪上善秀(後の宝塚市長)も、2000年4月13日にこの問題を衆議院で取り上げた [注 6]。 1999年11月、ジャニー側は名��毀損であるとして文藝春秋を訴え、1億700万円(ジャニーズ事務所に対し5350万円、ジャニー喜多川に対し5350万円)の損害賠償と謝罪広告1回を求める民事訴訟を起こした。 2002年3月27日、東京地裁の一審判決では、「高度の信用性を認めがたい。 証人の証言はたやすく信用できない点を残している」としてジャニー側が勝訴し、東京地裁は文藝春秋に対し、ジャニーへ440万円、ジャニーズ事務所へ440万円の、計880万円の損害賠償を命じた (井上哲男裁判長)。 文春側はこれを不服として東京高裁に控訴。 これに対抗するかのようにジャニー側も控訴。 2003年7月15日の二審判決では、ジャニーの性的児童虐待に���する記述について、 「喜多川が少年らに対しセクハラ行為をしたとの各証言はこれを信用することができ、喜多川が、少年達が逆らえばステージの立ち位置が悪くなったり、デビューできなくなるという抗拒不能な状態にあるのに乗じ、セクハラ行為をしているとの記述については、いわゆる真実性の抗弁が認められ、かつ、公共の利害に関する事実に係るものである」 と結論づけられ、ジャニー側の性的児童虐待行為を認定 (矢崎秀一裁判長)。 このため、性的児童虐待部分のジャニー側の勝訴は取り消され、損害賠償額はジャニーへ60万円、ジャニーズ事務所へ60万円の、計120万円に減額された。 ジャニー側は損害賠償額を不服として最高裁に上告したが、2004年2月24日に棄却され (藤田宙靖裁判長)、120万円の損害賠償と性的児童虐待行為認定が確定した。[1]、[2] しかし各芸能マスコミは、一審の880万円から120万円に減額された事実だけをベタ記事で書いて済ませ、「性的児童虐待が認められた」という肝心の部分は書かなかった。 この問題について、懐疑主義団体「JAPAN SKEPTICS」の機関誌『NEWSLETTER 53号』にて、当時同会の副会長だった草野直樹が批判。 「マスコミの誤りというのは、『間違ったことを報じる』だけでなく、『必要なことを報じない』ことも含まれる。 そして後者の多くは、いくつかの『タブー』に縛られていることが原因になっている。 報道におけるタブーのベールを抜いた報道には、オカルト・疑似科学の類と同様に騙されないようにしよう」と訴えた。 芸能評論家の肥留間正明も、「芸能界でホモセクハラが裁判になったのは異例。 真実と認められたのも初めてで、これは社会的な事件」と語っている。 また、ニューヨーク・タイムズや、イギリスの新聞・オブザーバーなどの海外メディアも大々的に取り上げ、この問題をタブー視するなどして真実を報道しない卑怯で腰抜けな日本のマスメディアの姿勢、体質を批判した。 以後もジャニーズ事務所と文藝春秋は対立。 2006年に『武士の一分』が���画化された際、ジャニーズは文春文庫で発売されている藤沢周平の原作本の帯に、主演の木村拓哉の写真の使用を一切許可しない、という対抗措置を取っている。 また、木村が工藤静香と結婚した際にも、会見への週刊文春の参加を禁じた。 そのため、文春側は巻頭グラビアで白紙ページに木村とインタビュアーの輪郭のみを描き、ジャニーズによるメディア統制であると非難した。 2010年3月14日、サイゾーウーマンにてシリーズ連載「新約・ジャニーズ暴露本」開始。 2018年6月6日、サイゾーウーマンにてシリーズ連載「いま振り返るジャニーズの“少年愛”報道」開始。 2019年7月9日にジャニーが逝去。 その際、テレビや雑誌など、日本の主要メディアではジャニーを賛美��る歯の浮くような美辞麗句のみが並べられ、まるでジャニーを聖人君子かのように崇め奉った。
ジャニー喜多川 - ジャニーズ百科事典
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0401(百合など)
高校生のとき書店で『百合姉妹』を見つけたとき、こういうのがあるんだと驚いた。女の子と女の子の恋愛の漫画があるんだ。ちゃんと雑誌で売ってるんだ。ドキドキしながら立ち読みして、その書店に何度も通った。今日もあるな、まだ売れてないな、じゃあこれはわたしが買っていいってことかな…。コミケで同人誌を買うよりよほどドキドキした。 百合っていう名前もいいなと思った。ボーイズラブがあるんならガールズラブもあるんだろうけど「ガール」はな〜と思っていた。「ガール」にどうしてもなじめなかったからお花の名前でごまかしてくれるのはいいなと思った。ただまあこれは当時高校生だったわたしの感覚なので、花の名前にされるのをいやがる人の方が多い気はする。あとこれ同世代なら伝わるかもなんだけど、「ガール」はYUKIとかあんじとか市川実和子のための語で、わたしの語ではないな〜みたいな感覚もあった。 百合姉妹の作家陣、ひびき玲音、硝音あや、蔵王大志…。当時のわたしとしては”ワンピースとかナルトの同人誌で見かけた名前”だったので、あっこの人たち女の子の話も描くんだ!とワクワクした。よく同人誌のあとがきとかで作家同士が「◯◯ちゃんもう結婚してくれよ〜」とか馴れ合っていたのを見ていたから、わーーっわーーってなんかこうジタバタしてよろこんだ。CUTiEのモデルより同人誌の作家の方が距離が近い感じ。
ボーイズラブの漫画や小説、二次創作の同人誌は身の回りにたくさんあって、でも女性同士の物語ってあんまりないんだなあと当時ちょっとさみしく思っていた。まあ探し方が悪かったんだけど、まだSNSもpixivもなかった時代の高校生だからそんなもんだったと思う。周囲に読んでる人もいなかったし。マリ見てはなんかしっくりこなかった。あずまんが大王はけっこう好きだった。NANAはナナとハチがカップルになる漫画かも?と思って読み始めた(ちがった)。少年漫画でいえばBLEACHのたつきと織姫の同人誌ないかな〜とか思っていた。ぜんぜんあったんだろうけどうまく探せなかった。BLEACH、クラスメイトでレズビアンのキャラクターがいて、クリトリスが勃起するってせりふがあってちょっとドキドキしたんだけど正直よくわからんと思っていた(自分の性器ってよく���えないから)。 あと当時ヤマシタトモコがワンピースの同人誌を描いていて、らくがき的に女性キャラクターの絵もちょこちょこ描いていたのがスタイリッシュでとても好きだった。秀良子、のばらあいこ、阿弥陀しずく…その後商業BLで活躍している作家たちがワンピースにいて(このいるって感覚面白いよな)、たまに描いてくれる女性キャラクターを大事に大事に噛み締めていた。 ジャンプだとジョジョの6部がやっていたころ。コミケで探せば徐倫とかエルメェスの同人誌があったことはあった。でもカップリング感はあんまなかったかな。ジョジョは当時そんなにスペース数なくてコピー本が多かった。まあでも徐倫とエルメェスとFFの連帯の感じは原作を読んでいるだけでも本当にワクワクして大好きだったので、二次創作でそれ以上の掘り下げは求めていなかったかもしれない。またジョジョの二次創作はおしゃれな絵柄が多くて、作家の絵柄に落とし込んだイラストを眺めているだけでも面白かった。
コミケではモー娘。の同人誌を買ってうれしくなっていた。芸能系二次創作というのはいろいろ危ういものがあり言及が難しいんだけど、女性と女性が恋愛することを喜びたかった。わたしが見た限りだと同人誌でもあまり激しいものは見たことなくて、いわゆる現パロとかおとぎ話パロでちょっといちゃいちゃしながら仲良く暮らすような感じ…いってしまえばガワだけ借りてきて、女性同士の親密さをよろこぶような感じのものをよく見かけた。女性作家が多かった記憶。 現実にいる人間でそういう創作をやるのはあんまり行儀のよくはないことではあり、その感覚は当時だってあったけども、とはいえ、自分の「これ」はうそではないのだと思いたい、そういう素朴な切迫をなぐさめるものとして現実の人間をモデルにした絵柄でやる漫画同人誌というのはありがたい存在だった。すごいおぼえてるのが、モー娘。の風俗嬢パロ。後藤真希の娘。卒業を作中では「嬢の引退」とし、いやーーすごい読み応えあったな…。 モーヲタみたいな呼称もけっこう便利だった。いや自分モーヲタなんで〜〜とか冗談ぽく言って、写真集やグラビア雑誌を買ってみたりして。アイドルだからそんなにきわどい衣装やポージングはなかったのが、わたしにはかえってうれしいものが多く、飯田香織が素敵なワンピース着てメガネかけて図書館に佇んでいるとか、後藤真希と吉澤ひとみがおそろいのパジャマで歯みがいているとか、すごく幸せな気持ちで眺めていた。
その後大学生になり、まあなんかこうそこそこ遊び回るようになって百合の漫画を熱心に読まなくなってしまったので、いわゆる百合ジャンルの盛り上がりみたいなのはあんまりよくわからない。志村貴子の漫画をけっこう買っていたくらい。百合姉妹が百合姫になってからのことや、「尊い」みたいな言い回しも正直馴染みがないし、百合雑誌、百合ジャンルがどっちかというとシスヘテロ男性向けっ��くなってからはよくわからない(『百合姉妹』の想定読者は女性だったと思う)。百合SFで「百合が俺を人間にしてくれた」とかの感じは本当にもうわからん…。ただまあわたしは百合以前のこともあまり掘り下げてないのでわたし自身リスペクトに欠けるといわれればそうではある。ジャンルのファンというわけではなくて自分の時間のなかでそうであったということ。まあ最近はまた百合の作品で好きなものけっこうあるので、マイペースに楽しんでるんだけど(妹サブスクリプションよかったです)。 だから百合について語れることってあんまりないんだけど、それでも自分としては、『百合姉妹』を見つけたときのうれしさをすごく覚えているので、エイプリルフールに百合的な表現と接続したかたちで悪ふざけをやるのは悲しい。同人作家同士の馴れ合い的なやりとりが、じっさいどういう感覚だったのかわからんけども、高校生の自分としては素朴にうれしかったという思い出もあるので、なんというかそういう…中の人のじゃれあい的なのが「営業」みたいになっちゃう、「営業」でしかないみたいなのも苦しい。オタク的な表現にとても救われた子どもはけっこういた・いると思う。 だから百合で活動(とくに商売)している人たちはそういう悪ふざけや迂闊さにNOって言ってほしいし、同性婚にも言及してほしい。ほんとは。べつに創作は創作だとは思うというのはそりゃそうなんだけど、「言及しません」って堂々と言うのはけっこう驚く。驚くというかさみしいし心ぼそいのだと思う。でもぜんぜん黙っててもいいと思います(言えることしか言えないと思うから。これ伝わるかな…)。
ぜんぜん余談だけど、自分が大学生のとき資生堂でブランド整理があり、マキアージュの登場が印象深い。篠原涼子、伊東美咲、蛯原友里、栗山千明。タイプのちがう4人が並んで、「この世のハルがきた」というキャッチコピー。なんとも鮮烈で感激したな。CM内のキャラにちゃんと設定もあって、スペシャルドラマもやって…。レズビアンの物語ってわけではなかったけど、ちょっと百合っぽい親密さがあって大好きだった。あと篠原涼子どタイプなので最高だった。コフレドールがブランド終了ときいて思い出したけど、百合の話題からの連想でもある。
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まりおりの力でぐーるぐるパート
どうもまりおです。本当は初ステの日にあげる予定でした。無理でした!!
私は文章を書くことが苦手なので、毎度の如くまとまってないし、感動的なことも書けません。なんなら去年の方がもっといい文を書いてた気がします。実際に今投稿前にみんなの読みながら、うわめっちゃいいこと書いてる...ってなりながらあげます。辛いね!!これを読んでも嬉しい気持ちになるか分かりませんが、せっかくなので好きだったり、印象に残ってる役を添えて、思ってる事を書いてみようと思った次第でアリマス。順番は芸名の名簿順❤
うみつき
すみちゃん!!いつも私のセクハラの餌食になってくれています。すみと話してる時のするどいツッコミと急に手を離される感じがたまりません。オムニで声量と存在感に度肝を抜かれました。声量を調整しながら全て聞こえるように読めるのはすごいこと。秋でもそれが遺憾無く発揮されてかつ柳の不気味な感じも表現出来てて、きっとこれからどんな役でもお客さんの頭に必ず残っていくような役者になるんだろうなーと個人的に思ってます。いっぱい話せて楽しかった!!体験稽古2回も来てくれてありがとう!��出頑張れ!!
ーーー「BE YOU AGAIN」柳
東愛莉
あずちゃん!!ディズニープリンセスみたいに笑う子です。秋公で沢山お話出来た気がします。オムニ外公のような明るめ面白い系とは全く違う役柄を秋では演じていて、これは新たなあずが見れる!!!とファンは大歓喜してました。ビアゲは間違いなくあずとらいらが主役じゃなかったら成立してないです。お母さんが謝るところ、1st本当に泣きそうになった。それ以外も稽古初期から細かい感情の表現がすごく上手になってて、ずっと見ていられる役者になった気がします。本番の爆発すごい。また大きい役がみたいな!!たのしみにしてます!
ーーー「BE YOU AGAIN」 優
月銀蓮
アネモネ!!あんまり関わり無かった😭😭遠方勢ってのもあって、電車がないので20分遅れる連絡を見た時はビビりました。早く吹田においでなさい。さすればきっと1人暮しの生活が手に入るはず。幕班でニコニコしてる印象が強いです。36期の仕込みチはみんなのほほんとしてそうだから、誰よりも強いニコニコで幕に権力をもたらしてください。新人では役者をすると聞きました。早起きばっかだろうから体調には気をつけてね!!!でもメッッッッチャたのしみ!!!!!
ーーー「いつか栞を挟んで」そこの幕をつってくれた人(通しの時かなー?)
オーム
オーム!!関わりがないまま終わってしまうのか!?ってなってたらまさかの秋公で座組が一緒になるとは思いませんでした。きっとスタオンと役者では楽しさが違うと思いますが、どうだったでしょう。スタオンとはまた違った楽しさがあると思うから是非続けて欲しいな!!役者参加は噛めば噛むほど美味しいスルメのような感じです。「ちゃんと探してみろよ」1stのやつめっちゃ好きでした。ぶっきらぼう過ぎず、でも馴れ馴れしすぎない感じ!!今回の大隅みたいな!
ーーー「BE YOU AGAIN」安納/シェフ1
雨々単元気
てに!!がっころファミリーですね。まじで後輩力が高いというかなんというか。えぴの扱いがもはや同期でいつも笑ってます。てにのことはダメを出してすぐに直せるとても器用な人だと思ってます。私には出来ない。てにっぽい役が多かったけど料理人はまた違った1面を見られて、こいつこんな役もできるんか!!と幕裏で見てます。稽古期間でいい意味でてにでは無い人に変わっていったのを覚えてます。いい声してるから、自問自答みたいな自分に言い聞かせたり宣言するセリフが似合う。もっと聞きたい。聞かせてくれ。
ーーー「学園天獄」西野
きなこ
きなこちゃん!!次の衣装を統べる者だね。ニコニコで衣装今どうなってますかー?ってLINEが来た時は震えました。いいぞその調子だ!!ちゃうか民は上回ほど締切を守らないからね!初めて秋でお芝居を見たけど、うわ、こんないじめっ子いるー!!!って思いました。ひらりの役みたいにグイグイは行かないけどしれっとやってる事やばいみたいな人。特徴を捉えるのが本当に上手。声量も稽古初めよりずっと増えててまだまだ色んな所にもっと良くなろうを感じます。また役者やって欲しいな!!
ーーー「いつか栞を挟んで」女子B
大良ルナ
らいら!えらいら!次代の舞監。是非ちゃうかを統べてください。きっと大変なことだらけでしょうが、らいらはらいららしくいればいいと思います。みどりちゃん、初めて見た時からやばかった。食べられるところ、動画で見てえっっっぐい子だな〜って思��てました。言い表すのは難しいけど、現実と演劇の狭間感を出すのが上手。どちらか過ぎる事がなくて、演劇っぽくて見やすいのにどこか自然さが残ってる。その境地に達する人ってなかなかいないんじゃないかな。外部公演も楽しみにしてます!
ーーー「恋愛ゾンビみどりちゃん」みどりちゃん
紫苑
なつめ!!いっっぱい練習してたね〜!秋は座組が違ってあまり喋れなかったけど、オムニ、外公の印象は沢山練習してた人です。きっとなつめは動きをきっちり決めてしまうのがやりやすい人なのではないでしょうか。私もそのタイプです。だからこそ稽古が楽しくもあり時々しんどいかもしれませんが、必ず前進してます。信じて突き進め。明らかに声量が上がってるし、舞台上の振る舞いも堂々となってきてる。セールスまじでなつめにしかできない。その人にしか出来ないってまじですごいことだから、誇ってくれ!!
ーーー「タイムマシンの使い方」セールス
張潤玲
マーモット!!合宿以来会えてないけど、1度だけ豊中ですれ違いました。マーモットは打ち上げって何?って聞いてきたイメージが強い。確かにわからん!!噂によると猫ミームでLINEが帰ってくるそうな。めっちゃ見てみたい。オムニの記者と当パンめっちゃ素敵だった!!情報チェックで当パン見た時、なんてセンスのある子なんだろう!!って思いました。記者役もセリフとか難しいだろうにゆにちゃんとかと一緒に練習頑張ってるな〜って見てました。どこか楽しかったと思える所があれば嬉しいな!!
ーーー「鯛焼き」記者
はぜちかきつ
はぜ!!本当にごめんなさい。今ははぜのテンションに助けられてます。初演出お疲れ様!最高に楽しい役をくれてありがとう。個人的に優母が1番美味しい役だと思ってます。考えることが沢山で、存在が異質で、読み方動き方1つで大きく印象が変わる役で、これで終われるのが本当に嬉しい。個人的にはまたはぜの役者が見たい。エンドロの読み込み量にビビってた。そこまで考えてるの!?って思う事が何度あったことか。シリアスのイメージしかないけどコント見てたらそんなことないなって思��始めました。突っ込んでるはぜが1番輝いてた!
ーーー「エンドロールが終わらない」多崎颯
筝
るーべ!!分離式で話題のるべぜん。双葉めっちゃ大変そう。器用!!努力家!!まじで舞台上別人すぎて、こんな人本当にいるんだ〜!!ってなった。めっちゃ丁寧に役を作りこんでる。体験稽古で王将に食べに行った時かな〜?あの時からすっっごい腰低いなって思ってたけど、ちょっとずーつ腰が上がってきててこのまま行くと引退頃には30度ぐらいの折り具合になってそう。舞美も大変そうだけどちゃうか楽しめてるかな?しんどい時は人を頼るんだよ!!私はいつでもるーべのためならどこからでも飛んでいくよ!!
ーーー「タイムマシンの使い方」降谷
「はい、お邪魔します」が世界一好き
暁レミエル
える!!えるからはものづくりの系譜を感じます。苔丸の後を継ぎそうと勝手に思ってる!!オムニのダメージジーンズ自分で作ってたのよく考えたらやばい。オムニもだけど、今回ずっと練習してたね。勝手に親近感を湧かせてました。やらないと不安になるの分かる。仕込み週、1番セリフを聞いた気がする。ゲネまじでよくなってて、ちゃんと怖い!!いるこういう人!!1週間でここまで変わる??って思った。結果は必ず着いて来るって信じるの怖いけど、でも突き進んでください。きっとえるなら大丈夫!
ーーー「いつか栞を挟んで」女子C
銀蘭リーフ
セイロン!リーフなんだかセイロンなんだかもうわからん。入学前の3月ぐらいに、セイロンとふぃあが新歓行くかTwitterで話してるのをみて、このアカウントベガの後輩!?え、こっち私の後輩!!と勝手に認識してました。自分を魅せるのがすごく上手で、肝も座ってて、堂々とした演技ができる人だなとオムニで思いました。かと思ったら外公で弥生人とかやり出してふっきれたのもできるのかこの子は!!!となってました。もしかしたら私が知らないだけでまだまだ新たな一面が眠ってるのかもしれない...色んな役が見たいなーと陰ながら思ってます!
ーーー「恋愛ゾンビみどりちゃん」ハルト
埖麦
むぎ!!寝坊のイメージしかなくて第2回通しの日マジでビビったすまん。秋で沢山話せて嬉しかった。直前まで寝てるのが本当にビビるけど、お芝居は上手なんだよな〜雰囲気が良い。見ていたくなる良さがある。優弟のあの気まずさをあの少ない動きとほぼセリフだけで表現できるのすごいことよマジで。誇れ。勝手に話しかけてたけど、王将で聞いたことないような声で話しかけてくれたの、心の距離近くなってる〜〜!!って勝手に感動してた。むぎだけが持ってる感覚や考え方、接し方がいっぱいあるから演補個人的にめっちゃ向いてると思う。むぎならやれるさ!
ーーー「BE YOU AGAIN」優弟
叶イブ
ふぃあ!!まさかの本当にちゃうかで再開するとは思わなかった!!びっくりです。高校の時もそこまで話せなかったから実質的ふぃあ経験値はみんなとそんなに変わ���ないんです。オムニでこんな声出せるの!?こんな役できるの!?ってなった印象。かと思ったら子供役もできてまたびっくり。めっちゃ慕ってくれて、追いかけてきてくれて嬉しかった。「らぶい」とか「かわいい」とかよく言ってくれるから、褒めて欲しい時は必ずふぃあの視界に入るように通り過ぎてる気がします。正面からは恥ずかしいので行きません!!
ーーー「鯛焼き」高校生B
響夜
なびや!!ぶらんと並んで36期第1号の子。新歓1st終わりに言ってくれたの今でも覚えてます。まじで嬉しかった!あと体験稽古で妄想をやってくれました。間に合わなくて外だったのマジごめん。なびやにはいつもニコニコしてて欲しいですね。ニコニコしながらみんなを救う未来が見える。ビアゲの景色みたいにここぞと言う時にいい意見を言ってくれるイメージそして今回の子びや大好き。鬼の演じ分けでまあまあ演技力求められるけど、その他が素っぽいからいっそやりやすいのか...?って思ってます!!そのままでいてくれ!
ーーー「いつか栞を挟んで」子
森々仙入
らむだ!!エンドロの子ですね。良い奴です。彼のおかげで助かってる人は沢山いるし、踏み込み具合が上手。誰にでもできることでは絶対にない。少なくとも私にはできん。今回の役ハマりすぎて忘れそうになるけどシリアスも大得意なのでまた見たいな。共通点として、感情を絞り出すような演技が本当に上手。言いづらいけど何とか声にする感じが全身から伝わってくる!あとまじいい声してるから叫んだりする役が似合う。今日聞いて思ったけどらむだの外郎売が1番聞きやすい。誇れ!!
ーーー「エンドロールが終わらない」多崎の過去
白
ぶらん!!エンドロの子!最後に舞台上で共演できたのが本当に嬉しかった!!オムニ頑張ったね!!稽古場で私は大丈夫かな、ちゃうか楽しいかなと終始不安でしたが杞憂そうで何よりです。あれだけ努力ができるのはひとつの才能。稽古終わり大集前はぜと稽古してたのが懐かしい。きっとこれからも活かされる場面が来るはず。秋を通して、こんな考え方をしてるんだな、といい意味で印象が変わりました。脚本を通して全体を見通せてるし、演出家向きの見方だなって感じた。いつかみたいな、ぶらんの演出!
ーーー「エンドロールが終わらない」岡田一希
いざ書き終わってみると、もっと感動的なこと書けたな、もっとエピソードあったなとも思います。きっとオムニから役者紹介を書かなかった罰ですね。でも新歓活動を通して仲良くなれた人は沢山いて、みんながちゃうかに入ってくれて、それが何よりも嬉しいです。ありがとう!!!
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桂文福さん(左) ・ 旭堂南鱗さん(右) 大相撲ファンの噺家集結 神戸・喜楽館で「応援ウイーク」4~10日 [神戸新聞] 2024-03-01 桂文福さん過去記事
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「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和五年(2023)12月27日(水曜日)参
通巻第8070号
AIは喜怒哀楽を表現できない。人間の霊的な精神の営為を超えることはない
文学の名作は豊かな情感と創造性の霊感がつくりだしたのだ
*************************
わずか五七五の十七文字で、すべてを印象的に表現できる芸術が俳句である。三十一文字に表すのが和歌である。文学の極地といってよい。
どんな新聞や雑誌にも俳句と和歌の欄があり、多くの読者を引きつけている。その魅力の源泉に、私たちはAI時代の創作のあり方を見いだせるのではないか。
「荒海や佐渡によこたう天の川」、「夏草や強者どもが夢の跡」、「無残やな甲の下の蟋蟀」、「旅に病で夢は枯野をかけ巡る」。。。。。
このような芭蕉の俳句を、AIは真似事は出来るだろうが、人の心を打つ名句をひねり出すとは考えにくい。和歌もそうだろう。
『春過ぎて 夏来にけらし 白妙の 衣干すてふ 天香具山』(持統天皇)
皇族から庶民に至るまで日本人は深い味わいが籠もる歌を詠んだ。歌の伝統はすでにスサノオの出雲八重垣にはじまり、ヤマトタケルの「まほろば」へとうたいつがれた。
しかし人工知能(AI)の開発を米国と凌ぎを削る中国で、ついにAIが書いたSF小説が文学賞を受賞した。衝撃に近いニュースである。
生成AIで対話を繰り返し、たったの3時間で作品が完成したと『武漢晩報』(12月26日)が報じた。この作品は『機憶(機械の記憶)の地』と題され、実験の失敗で家族の記憶を失った神経工学の専門家が、AIとともに仮想空間「メタバース」を旅して自らの記憶を取り戻そうとする短編。作者は清華大でAIを研究する沈陽教授である。生成AIと66回の対話を重ね、沈教授はこの作品を「江蘇省青年SF作品大賞」に応募した。AIが生成した作品であることを予め知らされていたのは選考委員6人のうち1人だけで、委員3人がこの作品を推薦し
「2等賞」受賞となったとか。
きっと近年中に芥川賞、直木賞、谷崎賞、川端賞のほかに文学界新人賞、群像賞など新人が応募できる文学賞は中止することになるのでは? 考えようによっては、それは恐るべき時代ではないのか。
文学の名作は最初の一行が作家の精神の凝縮として呻吟から産まれるのである。
紫式部『源氏物語』の有名な書き出しはこうである。
「いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いと��むごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」
ライバルは清少納言だった。「春は曙、やうやう白く成り行く山際すこし明かりて、紫立ちたる雲の細くたなびきたる」(清少納言『『枕草子』』
「かくありし時すぎて、世の中にいとものはかなく、とにもかくにもつかで、世に経るひとありけり」(道綱母『蜻蛉日記』)
額田女王の和歌の代表作とされるのは、愛媛の港で白村江へ向かおうとする船団の情景を齊明天王の心情に託して詠んだ。
「熟田津に 船乗りせむと月待てば 潮もかなひぬ今は漕こぎ出いでな」(『万葉集』)。
「昔、男初冠して、平城の京春日の郷に、しるよしして、狩りにいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。」(『伊勢物語』)
▼中世の日本人はかくも情緒にみちていた
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。淀みに浮かぶ泡沫(うたかた)はかつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」(『方丈記』)
『平家物語』の書き出しは誰もが知っている。
「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。 奢れる人も久からず、ただ春の夜の夢のごとし。 猛き者も遂にはほろびぬ、 偏(ひとへ)に風の前の塵におなじ」。
『太平記』の書き出しは「蒙(もう)竊(ひそ)かに古今の変化を探つて、安危の所由を察(み)るに、覆つて外(ほか)なきは天の徳なり」(『太平記』兵藤祐己校注、岩波文庫版)
「つれづれなるままに、日くらし硯にむかひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ」(『徒然草』)
古代から平安時代まで日本の文学は無常観を基盤としている。
江戸時代になると、文章が多彩に変わる。
井原西鶴の『好色一代男』の書き出しは「「本朝遊女のはじまり、江州の朝妻、播州の室津より事起こりて、いま国々になりぬ」
上田秋成の『雨月物語』の書き出しはこうだ。
「あふ坂の関守にゆるされてより、秋こし山の黄葉(もみぢ)見過しがたく、浜千鳥の跡ふみつくる鳴海がた、不尽(ふじ)の高嶺の煙、浮島がはら、清見が関、大磯小いその浦々」。
近代文学は文体がかわって合理性を帯びてくる。
「木曽路はすべて山の中である」(島崎藤村『夜明け前』)
「親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜ぬかした事がある」(夏目漱石『坊っちゃん』)
「石炭をば早はや積み果てつ。中等室の卓つくゑのほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒らなり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌カルタ仲間もホテルに宿りて、舟に残れるは余一人ひとりのみなれば」(森鴎外『舞姫』)。
描写は絵画的になり実生活の情緒が溢れる。
「国境の長いトンネルをぬけると雪国だった」(川端康成『雪国』)
谷崎潤一郎『細雪』の書き出しは写実的になる。
「『こいさん、頼むわ』。鏡の中で、廊下からうしろへ這入はいって来た妙子を見ると、自分で襟えりを塗りかけていた刷毛はけを渡して、其方は見ずに、眼の前に映っている長襦袢姿の、抜き衣紋の顔を他人の顔のように見据みすえながら、『雪子ちゃん下で何してる』と、幸子はきいた」。
「或春の日暮れです。唐の都洛陽の西の門の下に、ばんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました」(芥川龍之介『杜子春』)
▼戦後文学はかなり変質を遂げたが。。。
戦後文学はそれぞれが独自の文体を発揮し始めた。
「朝、食堂でスウプをひとさじ吸って、お母様が『あ』と幽(かす)かな声をお挙げになった」(太宰治『斜陽』)
「その頃も旅をしていた。ある国を出て、別の国に入り、そこの首府の学生町の安い旅館で寝たり起きたりして私はその日その日をすごしていた」(開高健『夏の闇』)
「雪後庵は起伏の多い小石川の高台にあって、幸いに戦災を免れた」(三島由紀夫『宴のあと』)
和歌もかなりの変質を遂げた。
正統派の辞世は
「益荒男が 手挟む太刀の鞘鳴りに 幾とせ耐えて今日の初霜」(三島由紀夫)
「散るをいとふ 世にも人にも さきがけて 散るこそ花と 吹く小夜嵐」(同)
サラダ記念日などのような前衛は例外としても、たとえば寺山修司の和歌は
「マッチ擦る つかのま海に霧ふ��し 身捨つるほどの 祖国はありや。」
わずか三十一文字のなかで総てが凝縮されている。そこから想像が拡がっていく。
こうした絶望、空虚、無常を表す人間の微細な感情は、喜怒哀楽のない機械が想像出来るとはとうてい考えられないのである。
AIは人間の霊感、霊的な精神の営みをこえることはない。
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Recommended Books 【京都・Kyoto】
&Premium特別編集 まだまだ知らない京都、街歩きガイド。 (MAGAZINE HOUSE MOOK) 雑誌 – 2024/8/6
マガジンハウス (編集)
雑誌「&Premium」発、人気の京都ガイド第5弾! 混雑する観光地から離れて、暮らす人だからこそ薦めたい15のエリアと8つのテーマ、全316軒を紹介します。 ■大和まこの京都さんぽ部 暮らすように歩く、京の街
【紹介エリア・テーマ】 静かに過ごす時間/七条通/四条南/御所南再訪/自分みやげ/叡電/現地系中華/老舗の味/賀茂川/河原町松原/栗の菓子/鹿ヶ谷通/アペロの時間/二条城南/東大路通/冷泉通/吉田&聖護院/壬生/整える/北野天満宮界隈/栗の菓子2/御所西再訪/京丹後
女人京都 ペーパーバック – 2022/9/28
酒井 順子 (著)
京都に通い続けるエッセイスト・酒井順子による、全く新しい視点から切り取った京都エッセイ&ガイド。 女性の生き方、古典、旅、文学など幅広く執筆活動を行う著者が、小野小町、紫式部、清少納言、日野富子、淀君、大田垣蓮月、上村松園など歴史上の女性たち43人の足跡をたどる旅に出た。
「京都の中でも、京都らしさを最も濃厚に抱いている存在は、名所旧跡でも食べ物でもなく、京都の『人』なのではないかと私は思います。(中略)京都の都会人の中には、今も、平安以来続く都会人らしさのしずくが、滴り続けているのです。」(「はじめに」より)
京都に暮らした女性たちの生き様を知ることは、現代の京都の人々、そして京都の街を知ること。 この本を片手に歩いてみると、平安時代の遺構がそのまま残っているところもあれば、貴族の屋敷が今は児童公園になっていたりすることにも気づく。京都の通りを上ル下ルし、西へ東へと歩き回り、時代を行ったり来たりして、新たな旅の提案を教えてくれる。 この本を読むと京都の歴史や文学がぐっと身近になること間違いなし。
京都散策に便利な地図付きです。
お茶の味 京都寺町 一保堂茶舖 (新潮文庫) 文庫 – 2020/5/28
渡辺 都 (著)
ゆったりと流れる時間、その時々で変化する風味、茶葉が持つ本来の美味しさ──お湯を沸かし、急須で淹れてこそ感じられるお茶の味わいがあります。江戸時代半ばから京都��店を構える老舗茶舗「一保堂」に嫁いで知った、代々が受け継ぎ伝えてきた知恵と経験、家族のこと、お店のいまと未来、出会いと発見に満ちた京都生活。お茶とともにある豊かな暮らしを綴った、心あたたまるエッセイ。
京都、パリ ―この美しくもイケズな街 単行本 – 2018/9/27
鹿島 茂 (著), 井上 章一 (著)
◎26万部『京都ぎらい』の井上章一氏、フランス文学界の重鎮である鹿島茂氏が、知られざる京都とパリの「表と裏の顔」を語り尽くす。たとえば、 ・日本には「怨霊」がいるが、フランスにはいない ・日本のお茶屋とパリの娼館は、管理システムが似ている ・パリの娼館は、スパイの温床だった ・日仏では、女性のどこに魅力を感じるか ・洛中の人にとっての「京都」はどこ? ・パリの人にとっての「パリ」はどこ? ・パリと京都の「汚れ」に対する意識の違い など、知っているようで知らなかった「京都とパリ」の秘密がわかる。
京都のおねだん (講談社現代新書 2419) 新書 – 2017/3/15
大野 裕之 (著)
お地蔵さんの貸出料は3000円、発売第一号の抹茶パフェは1080円、では舞妓さんとのお茶屋遊びは? 京都では値段が前もって知らされないことも多く、往々にして不思議な「おねだん」設定に出くわす。京都を京都たらしめているゆえんともいえる、京都の 「おねだん」。それを知ることは、京都人の思考や人生観を知ることにつながるはず。京都歴二十余年、サントリー学芸賞受賞の気鋭の研究者が解読する、京都の秘密。
なぜこれがこんな高いのか、あんな安いのか、なんで無料なのか、そもそもあんなものになんでおねだんがつくのか―― 大学進学以来、京都住まい二十余年。往々にしてそんな局面に出くわした著者が、そんな「京都のおねだん」の秘密に迫る。 そもそも「おねだん」の表示がされていない料理屋さん、おねだん「上限なし」という貸しビデオ屋、お地蔵さんに生ずる「借用料」。 そして究極の謎、花街遊びにはいくらかかる?
京都人が何にどれだけ支払うのかという価値基準は、もしかしたら京都を京都たらしめているゆえんかもしれない。 京都の「おねだん」を知ることは、京都人の思考や人生観を知ることにつながるはず。 2015年サントリー学芸賞芸術・文学部門を受賞、気鋭のチャップリン研究者にして「京都人見習い」を自称する著者による、初エッセイ。
京都 ものがたりの道 単行本 – 2016/10/28
彬子女王 (著)
「京都という街は、タイムカプセルのようだ」と著者は言う。オフィス街の真ん中に聖徳太子創建と伝えられるお寺があったり、京都きっての繁華街��、坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された地の石碑がひっそりと立っていたり。そこには人々の日常があり、みなが変わりない暮らしを続けている。そんな石碑になど目を留めない人もたくさんいるはずだ。 それでも著者は、そんな場所に出会う度に、タイムカプセルを開けたような気持ちになるのだという。幕末の争乱期の京都へ、平安遷都する以前の京都へ、近代化が急速に進んだ明治・大正時代の京都へ……。さまざまな時代の“時"のカケラが、街のそこかしこに埋まっている。この場所で徳川慶喜は何を思ったのだろう。平家全盛のころの六波羅は、どんな景色だったのだろう。安倍晴明はここで何を見たのだろう。その“時"のカケラは、一瞬の時間旅行へと誘ってくれる。 日本美術研究者として活動する著者が、京都の通り界隈にまつわる逸話から、神社仏閣の歴史、地元の人々の季節折々の暮らし、街歩きでの目のつけどころや楽しみどころ、京都人の気質までを生活者の視点から紹介する。さらに、自身のご家族のこと、京都府警と側衛の方たちとのやり取りなどの日常生活の一端を、親しみやすい文体でつづる。6年以上、著者が京都に暮らす中で感じ、経験した京都の魅力が存分に語られており、「京都」という街の奥深さと、「京都」の楽しみ方を知る手がかりとなる。 新聞連載の24作品に、書き下ろし3作品を加えて刊行。京都の街歩きに役立つ「ちょっと寄り道」情報や地図も掲載。
京都はんなり暮し〈新装版〉 (徳間文庫) 文庫 – 2015/9/4
澤田瞳子 (著)
京都の和菓子と一口で言っても、お餅屋・お菓子屋の違い、ご存知ですか? 京都生まれ京都育ち、気鋭の歴史時代作家がこっそり教える京都の姿。『枕草子』『平家物語』などの著名な書や、『鈴鹿家記』『古今名物御前菓子秘伝抄』などの貴重な資料を繙き、過去から現代における京都の奥深さを教えます。誰もが知る名所や祭事の他、地元に馴染む商店に根付く歴史は読んで愉しく、ためになる!
京の花街「輪違屋」物語 (PHP新書 477) 新書 – 2007/8/11
高橋 利樹 (著)
京都・島原といえば、かつて興隆をきわめた、日本でいちばん古い廓(ルビ:くるわ)。幕末の時代、新選組が闊歩したことでも有名である。その地でたった一軒、現在でも営業を続けるお茶屋が、輪違屋(ルビ:わちがいや)である。芸・教養・容姿のすべてにおいて極上の妓女(ルビ:ぎじよ)、��夫(ルビ:たゆう)を抱え、室町の公家文化に始まる三百年の伝統を脈々と受け継いできた。 古色なたたずまいを残す輪違屋の暖簾をくぐれば、古(ルビ:いにしえ)の美しい女たちの息づかいが聞こえてくる。太夫のくりひろげる絢爛な宴は、多くの客人たちを魅了し続けている。 本書では、輪違屋十代目当主が、幼き日々の思い出、太夫の歴史と文化、お座敷の話、跡継ぎとしての日常と想いを、京ことばを交えてつづる。あでやかでみやびな粋と艶の世界----これまでは語られることのなかった古都の姿が、ここにある。
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2024/2/26〜
2月26日 午後から目眩と吐き気と胃痛で、おかしくなって待って一目散に帰ってきている。
でもそれまでは、また一段といろんなお花が咲いていること、学生時代にお世話になった職員さんから私が撮った写真を使わせて欲しいという依頼を受けたこと、水野しずのnoteを購入して心療内科は江戸前寿司に「やってる?」と覗き入る感じで向かえばいいと気付かされたこと、友人からちいかわのポロショコラをやっと見つけたメッセージをもらったこと、これから聴くのが楽しみなポッドキャストをたくさん見つけたこと等、いろいろ嬉しかったことがあったはず。 体調第一。
でも少し歩いて帰って、体を動かしたらちょっと気分が良くなった。月をとりたくてカメラも持って出てきたけれど帰り道で月を見つけられなかった。まだ明るかったからかな。
産業医の先生との面談があり「これってどうなったら終わりが来ますか?」と訊いてしまった。 どこかに今の病気と社会生活の落とし所をつけたい。 いつも「さあ最近はどうですか?」から始まり「では次回は…」で終わる、当たり前だけれど、何も私の心身の好転に加担しないとだけがわかるこの時間、なんなんだろう、と思った。 この人は何のために毎回そんなにメモしているんだろう、と思った。江戸前寿司屋さんなのかもしれない。やってる、だけなのかもしれない。
戻ってからデスクに座って、どんどん眩暈がして耳が聞こえなくなって、上司から話しかけられていることが全く理解できない状態で姿勢を保つのが精一杯なのを、度々ロッカールームへうずくまり休みを取りながら何とか時間を過ごした。 何とかしないで身体の通りに倒れてしまった方が色々伏線回収、つじつま合わせができたのに! でも!人生はつじつま合わせのためにあるのではなかったのでした!
明日は出張なのでそれまでは何とかやり遂げておきたい気持ち。
2月27日 明日は妹の誕生日。そして明後日で2月が終わる、と思うとやっぱりたかが2日3日でも、2月って短い。
昨晩、帰り道で探していた月を、お部屋の窓の外に見つけて嬉しかった。満月から1日遅れだけどお月見をした。
都庁へ出張して、午前中で終えた用事のあとは、本当は荷物を置きにだけでも職場へ戻りたかった。でももう午後をお休みにしたい上司に合わせて私も職場へ戻れず早々に帰宅。 帰ってから掃除をしたり、先日作ってみた豆腐と鶏ひき肉のレンジ蒸し(?)のリベンジをしたり、日記をリュックに入れたままで(道中で文字起こしをしようとしていた)、部屋にいるのにiPhoneで日記を書いている。 1日がとても長くて、半分お仕事、半分生活だったから充実していた印なのかもしれない。お仕事の日は自分の席にいる時間がほとんどでなのにあっという間に1日が過ぎてしまう。 今はどちらがいいのかわからない。
歩いたり手を動かしたり、何かしていないと眠ってしまうくらいずっとずっと眠たくて、昨日の目眩も引きずっている感じだった。 東京も住んでいる町も風がとてつもなく強かった。 今日も強風で眠れないかもしれない。
都庁近くのナチュラルローソンにコバトン(Mサイズ)か2羽いて、なぜこんなところに!と思ったら、ナチュラルローソンの埼玉県アンテナショップコーナーだった。 埼玉県のアンテナショップってどこにあっても居心地悪そう。
突然の午後からできた自由な時間にとても困った日だった。 新宿西口地下でおばあさんに「京王デパートはどう行くの?」と道を訊かれて一緒に地図をみて、でも道案内をし終えてもずっと話しかけられていて、怖くなり近くの丸の内線の改札内にとりあえず逃げてしまった。 丸の内線沿線で降りたい駅もなくて、東京駅で降りてオフィス街のランチタイムに何となく巻き込まてれ何も買えず、本当に眠たいくて元気がない気がして帰宅した。 (でも帰宅して2時間くらいまたお掃除はできた。)
職場にいなくても、今はお仕事の内容ではなくて、職場の人たちのことを考える時間が長くなっている。
2月28日 今困っている身体の症状に対処するためのものをamazonで注文。 ひびあかぎれに塗るタイプの絆創膏、口角炎(久しぶりにできたけれど本当にいやだ!)の塗り薬、花粉症と思いたくないけれど日々止まらない鼻水と鼻血に鼻炎の飲み薬。 これ以上飲み薬を増やしたら内臓がどうなってしまうのか。 そういえば今日はナイアシン摂取を控えめにしたら身体の疲労感と目眩がいつもよりましだった気がする。何が良いのか悪いのかわからない。早くコントロールラブでオールOKにしたい。
本当に一瞬で1日が終わって、今日は妹の誕生日なので2月も終わってしまう。
業務的に、来月大阪に行けるか不安になってきたけれど、大阪の友人からのメッセージに、これだけを今は楽しみにしれっと言ってこよう!という気持ちになった。
2月29日 昨日は妹の誕生日だった。 高校生時代の閏日生まれの先輩は、当時まだ4歳だったけれど���年8歳になったということか、と思うと高校生までの時間を2回分過ごそうとしている!と気がつく。
職場の建物までの道で、その状況でも確かに鳥だとわかる感じで、鳥が2羽轢かれてつぶれてた。 1回目にその道を一緒に通った上司は「生き物ってやっぱりあんなふうに潰れちゃうんだな、人間もそうなのかな」みたいなことを言っていた。 2回目に他の上司とその道を通った時は、もう肉体は片付けられていて、でも地面に血痕は残っていて「今朝そこで鳥が…」と話してしまった。その上司は「朝からグロ画像を見ちゃったんだね」と言っていた。 画像じゃないんだけどな、と思った。 でも状況を示す概念みたいな単語ってあるような、とも思ってわかってしまった。
大阪の友人がおすすめしてくれた美容室を予約したので、3月は大阪に行く、きっと。
昨晩、docomo2.0のCMをみて、見てみてすごく色々思い出した。キャストがとてもちょうど良くて、一堂に会した合コン?のシーンがとても楽しかった。 ちょうどお昼に聴いたポッドキャストでは、蒼井優ちゃん表紙の森ガール特集のspoon.が話題にあがっていた。
冷蔵庫の豆腐をどうにかしたいけれど、何も案がない。
3月1日 結局昨日はどうしたいかわからないまま豆腐2パックをやっつけた。 月末だからかスーパーの品揃えが良くなくて、いつも買っているものがなくて何も買えないまま狼狽えてしまった。
そのせいかたくさん掃除に追われて、そこからずっと腰が良くない感じで今日1日も過ごした。
穏やかにあっという間に1日を終えた。 今の部署のトップの方の異動が発表された。 3月に入ると人事異動の兆しや話題でそわそわして、心が無になる。 今のトップの方は2年前までは京都の大学で勤務されていて、挨拶の時は阿闍梨餅を持ってきてくれた方。大らかな雰囲気が、自分の所属する組織のトップとして安心感があって好きだったので、少し残念だな〜という気持ち。
先日LINEを交換した職員さんから、バレンタインに渡したモロゾフのミッフィーの写真とメッセージを送ってもらう。可愛らしいメッセージをもらって普通に嬉しくなる。 モロゾフのミッフィーを渡した他の方からは「可愛くってお雛様と並べて飾ってます」とご報告いただいた。 もう1人の方は「娘がとても喜んでた!もちろんわたしも!」と感想をいただいた。嬉しい。 何の見返りもなくただ少しだけ喜んでもらえてそのエピソードを聞いて嬉しくなるなんて、わたし神様かよ、と思った。
新しい調味料、味噌を手に入れた!
完売御礼の建設中の分譲マンションは完成が近くて、最近は夜はもう共用廊下は電気がついている。
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港まちアートブックフェア、今年も出品します!
新書である個展「SPACE」の記録冊子は初めての販売となります。
その他、「アインシュタインかの手紙」、「きらめきの結晶体/紡がれる物語」も出品いたします。
ぜひお手に取ってご覧ください。
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港まちアートブックフェア2024
「本」を中心にアーティストやデザイナー、出版者の作品や活動を紹介し、鑑賞者と出会う場を作ることを目的に名古屋の港まちで開催している「港まちアートブックフェア」を���年も開催します。
これまで港まちと関わりのある方々をはじめ、今回は140組以上が参加し、アーティストやデザイナー、出版社、レーベルなどが手がけたアーティストブック、作品集、ヴィジュアルブック、ZINEなどの本が一堂に集まります。
会場ではゆったりと本を楽しむことができる展覧会形式のブックフェアです。
「本」によってたくさんの表現や作品と出会うことのできる機会に、ぜひご来場ください。
2024年8月27日(火)–10月5日(土)
11:00–19:00(入場は閉館30分前まで)
会場|Minatomachi POTLUCK BUILDING 3F:Exhibition Space
休館日|日曜・月曜・祝日
入場|無料
主催|港まちづくり協議会
出品者
ノブセノブヨ、つくじか出版、LOVERS'NAGOYA、よはく舎、夕書房、長島有里枝、artical inc.、K.Art Studio、本屋メガホン、平川祐樹、山下拓也、NEUTRAL COLORS、soda、迫 鉄平、蜜柑出版、KANA KAWANISHI ART OFFICE、佐藤李青、crevasse、寺脇扶美、Landschaft、これでいいんだ村、SeeSaw gallery + hibit・小野冬黄、若尾武幸、CLUB METROアーカイブ実行委員会、さとういもこ、Life Stories Project、paper company、EMI YOKOGOSHI、山をおりる、まるいわ書店、大福書林、hikita chisato、イシグロカツヤ、鈴木悠哉、Manila Books & Gift、Kana Kurata、ELVIS PRESS、小栗沙弥子、平松純一 平松絵里奈、田中瑞穂、anaguma 文庫、CAVE-AYUMI GALLERY、Type Slowly、吉岡千尋、madras、久常未智、村瀬ひより、谷澤陽佑、斉と公平太、秋吉風人、平尾 菫、Aokid + さとうかい、浄土複合、金 佳辰、土屋誠一(お蔵出し)、CYRO、今村 航/土屋小春、溝田尚子、いったーんプロジェクト編集部、新多正典、MOTEL、2ndLap、原田和馬、世界西垣感と伊藤健太、verse-paradox、小栢健太、上田 良、オル太、浅沼香織、momos(平出規人&今村 文)、平出規人、へいめん子、Yoshiki Fujiwara、365 wishes(神村泰代)、masayoshi suzuki gallery、のだはる、森田新聞社、小林真依、福田 柊、C-DOTS DESIGN PROJECT、The Liminal Voice、道音舎、C7C gallery and shop、坂田健一、komagoma press、oar press、彦坂敏昭、宮田明日鹿、lurie1969、早川美香、MYY Books(白澤真生、尾崎芳弘、荒木由香里のユニット)、Akane Yamazaki、this and that、ADHDじん編集部、リア制作室、ケルベロス・セオリー、千賀凱喜 | Kaiki Senga、くま書店、佐藤克久、タン・ルイ、片山 浩、PARADISE AIR、アートオブリスト実行委員会、mufubooks、霜山博也、between in between、名古屋芸術大学 文芸・ライティングコース、三村萌嘉、川崎光克、tunnel PRESS(天野入華・張 祐寿/psyain)、when press、デザイン・クリエイティブセンター神戸、Dog Ears Archive and Distribution、泉麻衣子・中島久美子、なかむら出版、Chizu Ogai research+design、山口由葉、のわ、服部浩之、詫間のり子、torch press、ウエヤマトモコ、細井章世、田本雅子、シバタリョウ、加納俊輔、北條知子、WEI-NI LU 陸 瑋妮+上田佳奈+六根由里香、Art Space & Cafe Barrack、川村格夫、ミヤギフトシ、山村國晶、川上幸之介、Sakumag+佐久間裕美子、Project Space hazi、Tiny Splendor、山口麻加、喫水線、蓮沼昌宏 ほか
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ゲームセンターというかアミューズメント業界自体は皆が思うほどそこまで衰退していない。たしかに店舗数は4000店を切る勢いなんだけど、店舗当たりの売り上げはそこまででもない
日本アミューズメント産業協会/2019年度アミューズメント産業界の実態調査
巷で言われている「ゲームセンター離れ」というのは「90年代までのぼくたちが楽しかったゲームセンター離れ」に過ぎないんだ。30年前の商品をそのまま販売する商店が衰退するのは当たり前な話なんだよ
変革なくして進化はないなんて当たり前のことじゃないか。「昔ながら」のゲームを並べて衰退しないなら任天堂は永遠にファミコン販売していればいいのか? そんなことないでしょ?
業務用のゲームだって時代のニーズに合わせないとそら衰退もするでしょ。何当たり前のこと言ってんだよって「レトロゲーム界隈」を見ていると俺は思うんだよ
んで、ゲームマニアがあまり好まないであろう現代のゲームセンター(マニアというのは変化を嫌う種族の総称)は、現代のお客が楽しんでもらえるよう、血を吐くような企業努力をしている。複雑で難易度の狂ったビデオゲームではなく、技術介入を廃して確率で景品を獲得できるプライズ機はそのひとつの回答なんだ。2400円で平等に景品獲得のチャンスがやってくるというのは、不公平感を廃止したという意味で現代にちゃんと受け入れられたんだよ。でもファンシーリフターは滅ぶべしと思ってるけどな!
各ゲームセンターは衰退の波にあがらって、歯を食いしばって阻止しようとしている。そしてその成果はちゃんと数字にも出ている。休日のゲームコーナーにプライズを取ろうと一喜一憂して、『太鼓の達人』を楽しんでる彼ら彼女らもアミューズメント業界をしっかりと支えている
そこを評価しないで「ゲームセンター離れ」なんて言ってほしくない。アミューズメント業界を支えているのは断じてマニアではない。休日にプライズを遊びに来るみんななんだ
それはそれとして、リンク先の記事の人てっきり中古筐体を寄付したのかと思ったら最新のライトニングモデルをババーンと寄付したのか。すげーな! リンク先のゲームセンターはいわゆる「ものすごく頑張ってるゲームセンター」なので、ほんとがんばってほしいなと思う
※2020年は売り上げがかなり下がったけどそれはコロナ禍の影響。それをもってして「産業が衰退した」というのはフェアじゃないでしょ?
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27クラブ
まあ、どうでもいいのだ。10月27日に産まれたりあらゆるライフイベントが27に関連している。が、蠍座特権というか、毒を以て毒を制すのが常だった。それも、自分の中の毒を。
表向きにはすごく優しい。どこに行っても誰かが親切にしてくれる。
反面、しぶとさもある。恨んだら一生忘れない。絶対に許さないことに決めた人が五人いる。
自分の話をしてこなかった、と周囲に言われる。寂しいと思うには自分はくだらないからね(星野源)。自分の話なんて面白くない。人の話を聞きたい。あなたの声であなたの話を聞きたいのだ。
奪われてしまった会話。みんなスマホばかり見ている。お前そんなものを見ずに挨拶をしろよ、と思う。花を喜び、鳥を見て、土を観察し、虫も見て、人間に挨拶してほしい。とはいえ、自分は子供に挨拶したら不審者扱いされる状況にあるので、難しいね。
若くして死ぬのは美徳ではない。27クラブに憧れるな。聞こえる音楽の演奏者を偶像化しない方がいい。音楽を聴き、27クラブを思いながら、再び奏でたり、アレンジしたり、インスピレーションを受けたり、次に向かおう。誰だって死ぬときゃ死ぬ。人間だから。人間は人間である。薔薇が薔薇であるのと同様に。
自らを神聖な場所に閉じ込めよ���とすると、何も食べられなくなる。何も聞こえなくなる。何も話せなくなる。即身仏も殉教者も、偉いとは思うが、憧れない方がいい。憧れるのではなく、追い求めて追い越せ。
音よりも光よりも、あなたは速い。自らを低く見積りながら、実のところ高いところに置く。自らが高いところにいると考えながら、その実、ただ何も考えていないだけ。「あなたのお仕事はなんですか?」じゃないんだよ。「あなたの話をあなたの声で聞かせてください。声が出なければ伝えようと思ってください。何もできないのであれば、10分だけ隣にいます。いいですか?」職に貴賎なし。人に貴賎なし。上も下もねえ。生きてるだけでいいじゃねえか。
生きて、いいことも悪いことも合わせ飲んで、寛容かつ人と話そうとすれば全部いいと思うんだけどさ。そこのところが全然わからんらしい。美徳も悪徳も流行です。カトリックでは、子作りをめちゃくちゃな女性嫌悪の下に行った。ずた袋に女性を入れて穴開けて注入。子袋じゃねえんだよ。こちとら堪忍袋が耐えらんねえ。
で?産むマシーンだの種無しだの?お前なあ、手取り15ぐらいでガキ育てて、とか、無理なのわかる?奨学金の返済。時代が違う。でも産まれそうな命と生まれた命だけは、絶対に守らなければ、と思う。
ガキの散歩に帯同しながら、手に隠れる加熱式タバコでちょいちょい一服してる親御さんよ、馬鹿か?堂々と吸え。あんな匂いを覚えさせるな。
この島にゴミ箱はない。ゴミを捨てるにも金がかかる。捨てたゴミを集める人は、なぜか忌避されている。鳶職のあんちゃんは、命の危険を常に感じているのに、なぜか「馬鹿だ」と。違うんだよ。ゴミを集めたり、命懸けでものを作ったり、あんたらが「汚いから嫌い」とおっしゃる仕事でこそ、この世界は回ってるんです。高みの見物か?雲の上で退屈地獄に住んでろよ。
ここで一曲。星野源『地獄でなぜ悪い』
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人生初めての新宿御苑。 かつて、桜を見る会は総理公邸で開催されていたはずだが、いつの頃からか新宿御苑。 天野秘書に車で送ってもらい、大木土門に到着。 人ごみ。 かき分けて受付に向かうと、おお、ちょうど、石川県からご招待した米川女性局長や野口幹事長や自民党石川県連の岡部さんと合流。 すると、そこにやってきたのは、高見恭子さんが所属する「ナベプロ」の渡邊ミキ社長。 かっこいい! オレンジ色のスーツを着こなして、てきぱきと動くキャリアウーマン。 「どうしたの?」 「うちのタレント連れて行くんです。ここで待ち合わせなんです!」 とのこと。 高見さんも「うちのタレントの一人」なのだが、今日ばかりは、国会議員夫人。 そのうち集まってきたのは、ボクシングの具志堅さんとか、中山秀征さんとか、恵さんとか、しょこたんとか、井上純一さんとか、東尾理子さんとか、東尾監督とか、アイドルのみなさん・・・・・・・・・・ そっか、みなさん、ナベプロなんだ。 あらためて、幅の広いタレントさんが所属されているんだなと、実感。 渋谷のホテルからタクシーで向かっていた小矢部の両親も、迷子にならずに到着し、いよいよ会場へ! といっても、広い広い会場いっぱいに紅白の幕を垂らしたテントがいくつもあり、簡単な食事が提供されているだけ。 でも、安倍総理はじめ閣僚のみなさんや、タレントの皆さんも参加されており、全国から招待された国民にとっては晴れ舞台。 にぎやかで和やかなひと時。 惜しむらくは、もう3週間前に開催すれば、本当に桜満開だったのにな、ということ。 本日は、うすら寒く、葉桜もしぼみがち。 そんな中、自衛隊音楽団の皆様のかなでるメロディに、あちこちで、記念撮影や歓談の輪が広がる。 われわれも、メインテントで北村茂男ご夫妻や、顔見知りの皆様と、懇談。 神田うのチャンもご来場であり、よくわからないけど、なんかゴージャスな気分。 ちょっとお寿司が冷たくて硬かったけどね。 こないだオーストリアとウクライナの出張に同行してくださった外務省の西林文化交流大使や、JSCの河野一郎理事長や、石川県建設業協会の北川会長もご夫妻でお見え。 はせ浩 オフィシャルブログ「はせ日記」Powered by Ameba はせ浩 オフィシャルブログ「はせ日記」Powered by Ameba 金沢からお招きした紐野県議や村田信親後援会長なども、のんびりと新宿御苑を堪能。 はせ浩 オフィシャルブログ「はせ日記」Powered by Ameba 小矢部の両親にも、少しは楽しんでもらえたかな。 最初は行くのが億劫だったと言っていた千尋特別秘書も、 「来てよかったです!」 と大喜び。 マチコデラックス秘書は、地元のみなさんをかいがいしくお世話し、大活躍。 こういう大掛かりなパーティに来て、いろんな人たちに逢うことも、これもまた社会勉強の一つ。 国会議員仲間にも、あちこちでご挨拶。 はせ浩 オフィシャルブログ「はせ日記」Powered by Ameba 萩生田光一代議士など、地元の皆さんと一緒に、バスを借り切ってお見えであったし。 10時半、終了し、いったん帰宅。 大混雑でちょっと人疲れしたので、しばしシンバルをいじって休憩。 13時45分、自宅を再出発。 おりんさんの高校保護者会に出席。 クラスには高見さんが向い、なぜか俺は、校長室へ。 教育問題について、世間話。 15時過ぎには一足早くお暇し、羽田空港へ。 16時前、ぎりぎりに羽田空港貴賓室到着。 16時15分発のJAL機にて、小松空港へ。 17時到着。 ここで、小矢部の両親とも合流し、秘書の車のハンドルを握り、一路富山県へ。 18時05分、山辺県議の南砺市連合後援会総会到着。 地元福野町での開催。 5月2日には夜高祭りで再訪するので、今夜は堂故参議院候補の応援演説。 わずか5分滞在。 小矢部の実家で両親をおろし、金沢へととんぼ返り。 19時04分、金沢エクセル東急ホテルへ。 新神田校下各種団体連合会懇親会にお招きいただき、全テーブルへとご挨拶。 19時35分金沢駅へ。 小松からやってきた大学時代の同級生をピックアップ。 19時50分、笠舞の居酒屋で懇親会をしている大桑団地町会の皆様のもとへご挨拶。 20時10分、青柳。 マスコミのみなさん、各種団体代表の皆さんと、情報交換会。 21時50分、退出。 22時10分、金沢駅へと同級生を送り届け、帰宅。
桜を見る会~4月20日~ | はせ浩 オフィシャルブログ「はせ日記」Powered by Ameba
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1130-1205
1130 うちはトイレと物置が隣にあって同じドアが並んでいて、物置に何か取りに行ったつもりが隣のトイレのドアを開けていて、あれおしっこしたかったっけ…とか思いながら用を足している。物置に何か用事があったのを忘れてしまう。こういうことはスマートフォンの上でもよくあって、メールをチェックするつもりがツイッターを開いている。 なんか電車が空いていた。べつに理由はないんだろうけどなんでだろうと思ってしまう。理由を探してしまう。窓の外の荒川が濃い色をしていて冬だなーと思う。そしてその窓に、明らかにデマというかインチキ医療の本の広告が貼ってあり、こういう本が堂々と出版されているのにどうしてわたしの小説は同人誌なんだろうなーとか思う。やつあたりみたいに思う。
ずいぶん前に買ったエッセイの本を読んでいる。とても自由であたたかい家庭の話だと思うのに読んでいるとどんどん心がささくれだっていく。夫婦でやっているお店の話で、お店の仕事は女の人がメイン。本の語り手の男の人はサポートと広報をやっていて、その流れで本を出したようす。 なんかこうなんかこう、あなたの話はいいからこの女の人の話がききたいよとか思ってしまう。この女の人がどのように考えて店をやっているのか、あなたの口からじゃなくてこの女の人の言葉でききたい。声をききたい。いやそんなのは役割分担だとは思うのに、まったく何も取��繕わない自分の気持ちとしては、こいつなんかいけすかねえな〜!と思ってしまう。仕事の役割が夫婦で逆だったら、サポートしている女の人に本を書きませんかって話はきたかな〜とか訝ってしまう。そうしてあるいは、これが女の人同士のカップルだったら、わたしはこんなふうに思うんだろうか。 じゃあつまり自分にはひどいミサンドリーがあるんだよな…。この本に限らず日常の中のほんとにいろんな瞬間で自分のミサンドリーにぶちあたり、しょんぼりする。ハッとしたときはもう遅くて、本当になにかこう、ごく自然に、嫌悪の感情がある。 自分にべったりしみついた差別心や偏見はもうどうにもならないんじゃないかと怖くなる。わたしは自分の性格をなんて意地悪なんだろうと思っているけど、意地悪どころでは済まないひどいものが自分のすみずみまでがっつりしみついていて、このような土をいくら耕したってここから生えるものはみんなだめなんじゃないか。わたしのやっていることは本当にぜんぜんだめなんじゃないか。ときどき絶望的な気持ちになる。
夕方、通販と書店さんへの荷物を送った。思ったより手間取ったし部屋もとっ散らかった。そんなにたくさん送ったわけではないんだけどたぶん要領が悪い。本の梱包とか荷造りとかがとても苦手で、何年やってんだって感じだけど本当に慣れない。引き続き腹も痛いし尻も痛い。夕飯は豚肉とチンゲンサイとえのきと春雨を炒め煮したやつとかつおのたたきと厚揚げ。
1201 今日も通販の荷物を送る。このところほとんど毎日やってるのにぜんぜん梱包うまくならないのどうなってんだ。ガムテープをまっすぐ貼るのがへたくそすぎるし本を袋詰めするのもなんかきれいにならない。手のしびれ、震えのこともあるとは思うけど、送る荷物が格好悪くてまいどほんとに恥ずかしい。お手に取ってくださった方は薄目で見てほしい…。
書店さん宛に送った荷物が届きはじめているようで、犬と街灯さん(表紙を描いてくださった谷脇栗太さんのお店)がさっそくネットショップに追加してくださっていた。ツイートを見て、ほんとにある!と驚いた。驚くって言い方はなんか変なんだけど、遠くのお店にほんとにあるんだな…と感慨深くなる。本屋lighthouseさんからも本が届いたよと連絡がきていて、ほんとに置いてもらえるんだな〜とドキドキした。書店委託はまったくの初めてではないんだけどなんかこうどうしたんだろう。 「顔たち、犬たち」関連はずっと気持ちが張り詰めている。新しい小説の本を出すときはいつもtumblrにステイトメントみたいな記事を書くんだけどそれも書けていない。言いたいことや話したいことがいっぱいあって、どっからどうしたらいいのか、やりたいことが目詰まりしている…。そうしてそんなに激重感情でやってるのに小説自体はほんとにしょ〜もない話で、よわよわおちんぽの〆切直前もそうだったけど、悲壮感を出すような作品ではないのでなんかチグハグしている。
でもこの「しょうもない話」はちょっといい傾向かなとも思っている。執筆の佳境とか書き終わる直前ってなんかこう気持ちが盛り上がってしまって、作品を「大層な話」にしたくなってしまいがちというか…。なんていうの、谷川俊太郎の「魂のいちばんおいしいところ」みたいに書きたいみたいな、高望みした欲がある。
私たちの上に広がる青空にひそむ あのあてどないものに逆らって そうしてあなたは自分でも気づかずに あなたの魂のいちばんおいしいところを 私にくれた
長めの話に時間をかけて取り組むと自分の中のそういう…純っぽいもの…?を差し出したくなってしまうというか、自分の芯を取り出したものでありたいみたいな、そういう欲がわいてしまう。やけに体重をのせてしまう。 で、最近それを回避したくて、けっこう意識的に「しょうもない話」をやっているふしがある。単純に作品がくどくなるのを避けたいのもあるし、なんかこう自分の差別心や意地悪ってそういうとこからきてるんじゃないかみたいなことも思って。これはまとまってないのでもうちょっと考える。
夕飯はおでん。夜中、ふと思い立って虐殺反対のステッカーを作った。ネットプリントにした。
12/2 ゴルフの練習に行って洗濯をして掃除機をかけた。お昼はきのうのおでんの残りとチャーカラ(チャーハン唐揚げ弁当のこと)。きのうのステッカーをプリントアウトしてみたらいい感じだった。ロボット掃除機が壊れたかもしれない件はやっと言えた。まるでいま壊れたかも?みたいな感じで言った。えもからもらった柿をジャムにした。柿プリンも作ってみたけどあんまり固まらなかった。やけに疲れてしまって2時間くらい昼寝した。寒いので夕飯は鍋。アド街を見ながら食べた。
夜中、通販などの荷造り。本を袋に入れて送るだけのことがどうしてわたしはこんなにへたくそなんだ…と散らかった部屋で途方に暮れた。毎日同じことを思っている。
12/3 プリパラプリチャンプリマジのライブ。毎年恒例の幕張メッセでのライブで、前回の幕張がついこのあいだのように感じる。一年が早すぎる。きのうの残りの鍋を食べて車で出かけた。幕張メッセの駐車場は一日千円なので、二人分の電車代やコーヒー代を考えたらこっちの方が安い。昼公演と夜公演の間の待ち時間を過ごせる場所があるのも気楽だし。スタンレーの水筒にお茶を入れて持って行った。夜になっても湯気が立った。
今年は演出がとてもよかった。とくにプリマジの各キャラクターのソロ曲、ほかのキャラクターがうしろで盛り上げてるの最高最高最高だった。庄司宇芽香さんの演じるあまね様が本当に素晴らしくてたくさん手を振った。声出しOKライブでよかった。今日の公演のためだけに髪の毛真っ赤にしてくれたのかと思うと胸がいっぱいになる。夜公演はアリーナの花道そばだったので、一回だけ目があって本当に泣いちゃうかと思った。 プリマジは9月のリーディングイベントのときも思ったけど、女性が女性にキャーキャーいうのがどまんなかにきているので本当に居心地がいい。なんていうのかな、「本来は女児向けのアニメにいわゆる大きなお友だちのオタク男性が大挙して…」みたいな感じでもないんだよな。男オタが女の子(女の子のキャラクターだったりそれを演じる若い女性の演者だったり)を愛でてやるぜ的な感じがあんまなくて、みんながキャーキャーいいながら女の人たちの格好よさ、かわいさ、楽曲のよさを喜んでいる。本当にすごい。長いシリーズを通して作品が変化しているのもあるし、観客を育ててきた感があるなーと思う。演者も客も年齢を重ねたのもあるかも。 そしてプリティーシリーズ通してだけど、ファンにセクマイが多いのをなんとなく認知してくれているように思う。もちろん演者によって濃淡はあるのでたまーに発言にハラハラすることはあるんだけど、あなたのための席がありますと言い続けてくれているシリーズだと思う。リングマリィの「コトバブーケ」は「おとぎ話の通りじゃなくても私はヒロイン」「おとぎ話の通りじゃない方が自分らしい」と始まる曲で、まっすぐ女性同士のウエディングを描いていてすごくうれしい…。それを冷やかすような反応や百合!みたいな茶化した感じの反応が今回はあんまなかった気がして(あることはあるんだけど前より減った感じで)よかった。
そして大好きな大好きな厚木那奈美さんが本当に本当に…いつも変わらずお姫さまみたいで…本当に素敵だった…。内側から光ってるんだよな…存在が光、祝福なんだと思う。厚木那奈美さんを前にするとわたしはいつも幼稚園の子どもになってしまう。厚木那奈美さんがお姫さまの国でリスとかネズミとかコロボックルとかになって暮らしたいよ…。「ブランニューガール」はミディアムテンポのちょっとセンチメンタルな曲なんだけどけっこうしっかりめの振り付けで、でも厚木那奈美さんはニコニコ笑顔で歌って踊っていて、本当に本当に宇宙に神さまに星々に絶対絶対絶対愛されているほんもののお姫さまなんだな〜!って泣いた。厚木那奈美さんの長い手足がすらーっとすーっとどこまでも伸びていって、ほんとにもう東京湾くらいなら全然余裕でまたげるんじゃないかと思う。厚木那奈美さんが微笑めば木からどんぐりが落ちてきて、リスとかネズミとかコロボックルはそれをぎゅっと抱きしめます。 厚木那奈美さん、友だちや知り合いにわたしはこの人が好きなんだよ〜って教えると「うわ好きそー」って納得されるのすごい面白い。わかりやすくどタイプ。厚木那奈美さんとかムンビョルさんとか美少女さんとか、おかわだくんはこういうスラッとした人が本当に大好きだよね…。
あと泣いたといえば、コスモさんの「君100%人生」やってくれて! 久しぶりにライブで聴けて爆泣した。君100の何がいいって、「次は負けないよ」「取り戻せ」「自信出して 元気になって」「体 心 鍛え直すよ人生」のとこ。わかりやすく励ます歌詞ではあるんだけど、それ以上に「今回は負けたよね、いろんなもの奪われたし失くしちゃったよね、自信も元気もないよね、体も心もおしまいだよね」っていうのをまんま受け止めてくれるのがすごい好き。おまえは今回負けたよねって目をそらさず認めてくれるのとても安心する。 日記やけに長くなってるからここらへんにしとくけど、小林竜之さんのアサヒの仕上がりがやばすぎてすっげーよかった。ほんとに「マジヤッベーチョースッゲー」だった。34歳男性のあの感じ最高ですわ。小林竜之さん40歳のアサヒ役ぜってえぜってえ観たいのでプリティーシリーズを今後とも応援していこうと思った。
ライブがあまりにもよかったので、やっぱプリティーシリーズミリしらアンソロやりたいな〜と思った。わたしは二次創作的なのは書けないので、「プリティーシリーズのことを考えて書いた小説」とかになっちゃうんだけど、それを本にしたい…そしてなんかいろんな人にゲスト原稿を依頼したい…すごく同人誌って感じするやつ…。いったい誰が読むんだって感じなんだけどそういう変なアンソロをやりたいよね…。 そしてウキウキの気持ちで帰ってきたらKADOKAWAがろくでもねえトランスヘイト本を刊行しようとしているのでテンションだだ下がりになった。ふざけるなよとインスタのストーリーズでキレ散らかした。
12/4 えもとなむあひさんと遊んだ。朝パン屋で待ちあわせて多摩川に行った。いい天気で冬って感じの空だった。広々していて気持ちいい。二子玉川の駅を降りてすぐこの景色なのほんといいよな。橋を渡る電車がずっとごとんごとんいっていて、遠くの橋や向こう岸で車が流れている。水や物がずっと動いている。サギがたくさんいた。白くて大きな鳥が冬の濃い青い空にたくさん舞っているのが、なんだかうそみたいにすがすがしい眺めだった。 えもから個展のDMをもらった。先々週会ったときに元の絵を見せてもらっていたけど、すごくきれいに色が出ていてほんと展示楽しみだなーと思った。あと「あいじょうぶ」ブローチももらった。「俺の愛があるから大丈夫!あいじょうぶや!」のブローチ(ナポリのすぎるのやつ)。草の上に置いて写真を撮った。 なむあひさんが「顔たち、犬たち」の感想を伝えてくださってうれしかった。なんかこうがんばって書いていきたいよな…という話をした。本を持ってきてくださったので表紙の優人さんに川を見せてあげた(?) そのあと昼から磯丸水産に行って飲んだ。トマトハイめっちゃ薄かったけど美味しかった。えもとわたしで何杯飲んだんだ…。このあいだなむあひさんと焼き鳥食べたとき、注文したはずのタコウインナーが結局来なくて、わたしはすっかり忘れていたんだけど次の日なむあひさんがそういえばタコウインナー来なかったですねって思い出していて、じゃあ今度リベンジしましょうって言ってたんだけど2週間で早くもそれが叶うの面白いな。川行って、(磯丸だけど)イカとかウインナーとか網で焼いて、実質バーベキューみたいだった。あとプリティーシリーズミリしらアンソロやりたいんですよ〜という話をした。いきなりどうしたって思ったろうな…。 夕方もっかい川に行って、あまりにも楽しくて手つないでワーイとかした。えもの手が小さくて冷たくてびっくりした。
KADOKAWAに問い合わせメール送った。刊行中止してくださいとははっきり書かず(できないだろうと思った)、なんでこういうのを出そうと思ったのか経緯を知りたかった。それで質問を送った感じ。
12/5 これぜったい乾かないよなと思いながら朝洗濯物を干して出かけた。曇っていたし寒かった。昼にチバユウスケの訃報を知って驚いた。これがきのうえもと一緒にいるときに知ったらどうだったろう。明るい川べりで知ったら、真昼間の磯丸水産で知ったらどんなふうだったろう。コンビニでコーヒーを��って小袋成彬の「Night Out」を聴いた。今日はとても寒くて、外もずっと暗かった。むかしの友だち、ミッシェルを好きだった人たちの顔がつぎつぎ浮かんだ。なんかツイートではなにも言えなくてリツイートのカウンターがまわるのをじっと見ていた。ものすごい熱心なファンとかではないけどなんかこういっぱい思い出深い…みたいな距離感だからだと思う。いま小説のあれこれでやりとりしている人や現在進行形で作品を生み出している人、みんなひとり残らずいつかいなくなるのだ…とすごく当たり前のことを思った。夜になって、長いこと連絡をとっていなかった人からチバのこと悲しいねってメールがきていた。携帯電話のキャリアメール宛で、迷惑メールかと思った。そういやこの人のLINE知らないや。そうだねみたいなことをちょっと書いて送って、それ以上はべつにやりとりしたくない気がした。これを機に旧交をあたためようなんていうのはなんかこう格好悪いだろと思った。いやこれがめっちゃ好きな人からきた連絡だったらしっぽ振って返事送るんだろうけどさ…。洗濯物は厚手の靴下がやっぱり乾いていなかった。Mリーグを見ながらキムチ鍋を食べた。
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