#伊勢和紙
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nanahaphotograph · 8 months ago
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Mountain_N
2024 
227mm×227mm
伊勢和紙にピグメントプリント
Pigment print on Isewashi
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shibatoraneko · 9 months ago
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展示のお知らせ 「お部屋に窓を飾りましょう」
柴トラ夏子 題: 春、道のまんなかでウンチをはじめる柴犬
紙本彩色(雲肌麻紙、水干絵具、胡粉ほか)額装あり
私はあるあるな絵を二点展示します🐾
~~~企画内容(引用)
お部屋にまるで窓が増えたかのようになるコンセプトで描いた作品を展示いたします。
表現する技法も解釈もさまざま。ぜひお楽しみください。
~~~
会場: 伊勢丹浦和店 6F 美術サロン
会期: 4/17(水)~4/23(火)
時間: 10:00~19:00 ※最終日17:00終了
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happy-pix-jpn · 8 months ago
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【英虞湾】
伊勢和紙さんからの帰りにふらり📸 英虞湾に浮かぶ島と真珠養殖の浮き輪。 小一時間ほど空が焼け 目の前の景色がオレンジからピンク・紫へと変化する 美しい夕景に巡り合えました✨ 伊勢志摩にて撮影 2024年5月17日
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kennak · 4 months ago
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これが世界最大という超超巨大書店を、どーんと僻地でもなんでもいいから街が作れそうな平野に作ってほしい。その超超巨大さは世界第2位を突き抜けてほしい。 政府もテコ入れし、クラウドファンディングも募り、数多ある企業も全勢力が参入してほしい。もうとにかく全力をかけて作ってほしい。 「そんなことして失敗したらどうする?!バカじゃん?!」とか考えず作ってほしい。勝算とか考えず勢いで作ってほしい。 そこには和書だけではなく洋書もある。西洋の本だけではなく中国語の本、アラビア語の本、アフリカーンス語の本、とにかく片っ端から「いやこれいらんだろ」みたいな本だったとしてもすべておく。 なんなら和書が中央ではなく洋書が中央である。日本語を中心で考えてほしくはない。言語別に存在する知の量に応じた配分をしてほしい。 客層に応じてカテゴリ分けは必要だろう。1つの書店だけでなく複数の書店が統合してもかまわない。古本屋を集めてもかまわない。 「よくわからなくても物理の本を買うなら日本のここへ行け。たぶんあるから」という状態になっていてほしい。日本の中規模以上の書店はほぼすべてここに集める。 全勢力が協力してできた超超巨大書店を中央に据えて、その周りを他の超巨大書店が取り囲む。その周りは巨大書店。その周りは中規模書店、その周りには小規模書店。 海外からも片っ端から誘致する。必要なら補助金も出す。「バカ��の?」とか「さすがに海外出店は難しいです」とか一蹴されるだろうが「まあ採算とれそうだからいいよ」と言われるまで粘ってほしい。 税金をたくさん投入してもかまわない。重要なことは「そこにある」「とにかく日本のここに来たらある」「お前のやりたいことは知らんけど本がほしいなら日本のここに行け」という願いが叶う場所だ。 例外を作ればそのブランドは失われる。このブランドこそが他国が追随不可能な圧倒性を生む。先行者利益だ。バカすぎて1つ1つで見るとデメリットしかない行為が、結合すると巨大な1つのメリットを作り出す。 どこかで手を抜くと終わる。そんなことまでする必要ないんじゃないのとか、それってめちゃくちゃ損しますよねとか言われようが、究極に本を集める。 書店と書店の隙間にはさまざまなカフェが立ち並ぶ。個人で経営するカフェからチェーン店が密集する。コンビニも立ち並び、公園には読書に適したベンチがある。公園は読書に最適化されている。 その街にはどこにでも椅子が置いてある。買った本をすぐ座って読む人向けのものだ。 この街には有名人が毎日のようにやってくる。たとえば「ビル・ゲイツが本を選びに来日!」など当たり前のことになるだろう。 読書家はこの街の付近に別荘をかまえる。なんにもなかった僻地の近隣に富裕層街が誕生し、地価がとんでもなく上昇する。意味不明なおいしい話だ。 一方で本を読むことが目的でない人間には居心地が悪い空間になる。この街に存在している人間はほぼ全員本かその周辺が目的なのだ。本以外が目的の人間は異様に目立つようになり警戒される。 街の中央部分は徹底的に、本、本、本、本、本、と本が存在するのが当然の本の密集空間になっている。普通の人間が「ここまですることはないんじゃ・・・だって採算とか・・・」とドン引きするぐらいの熱量で本で溢れかえっていてほしい。 地面に敷かれたタイルには、文章が書かれている。まっすぐ歩くと偉人の言葉などがそのまま読めるようになっているのだ。たとえば「良い本は私の人生におけるイベントである。」「本の無い家は窓の無い部屋のようなものだ。」「天才とは努力する凡才のことである」などという文が永久に書かれている。有名な書の冒頭部分だったりもあるし、古典文学もあるし、文学のみならず数式も書かれていたりする。それを読むだけで日が暮れる。 この街の広告はすべて本に関するものでいっぱいだ。ほかでは絶対に見られない、読書家にだけ向けた広告が撃たれる。「こんな難しそうな本の広告ある?」というのがそこここで見つかる。 たとえばベトナム語のマンガの新刊広告なども見受けられていてほしい。 この街にあるのは紙の本ばかりではない。電子書籍派のための書店もある。他では絶対採算がとれないような形の店であっても、「読書家が毎日のように集まることが普通」の街特有の書店ができる。たとえば巨大な8Kモニタにその人へレコメンドされた電子書籍が大量に表示され、立ち読みすることができるとか。「辞書専門店」や「単語帳専門店」や「栄養学書籍専門店」などがあったりもする。そういうものを作っても不思議と利益が出るのだ。 この超超巨大書店圏内部には研究所や大学なども誘致する。どのような言語でも関係ない。化学系のカテゴリが立ち並ぶ「化学通り」のようなところには実験器具専門店も立ち並ぶ。 そういうところは、基本的には英語がメインだ。英語の下に日本語が書かれている感じ。イメージ的にはハリーポッターだろうか。ときどき「なんで化学通りにオムライス専門店がこんなにあるんだよ」などということもあるかもしれない。秋葉原や神田にカレーがたくさんあるようなものだろう。 やや込み入ったところにはマイナーな本屋がある。「なんだよこの本屋・・・」という、見るからに異国感が漂う本屋だ。謎の部族の謎言語で書かれた謎の材質の本が置いてあるなど。ネクロノミコンのような本も見つかる。 石版などもなぜかある。読書向けの椅子専門店もある。「本のためだけの椅子専門店」が生存できる場所は日本ではここしかない。 しかし、この超超巨大書店群の主目的は「本の集積」である。そこから逸れるようなことがあってはならない。何か欲をかいて「ここに企業をうんたら」などとして利益を優先するとこの街はあっという間にその意味をなくし滅びるだろう。ありとあらゆる人々が周辺の利益を求めて集ってくる。そういうのを一蹴できるような体制であってほしい。 「この街意味ないだろ。なんで作った。赤字だろ」と罵られながらも存続する街であってほしい。そして、そう罵る人も、ひとたびその街に入ると「すげえ・・・この街は地球に必要だわ・・・」とどうあがいても認めざるをえないほど感動できる街であってほしい。街自体で見ると赤字なのだが不思議と日本経済が潤う源泉である摩訶不思議都市であってほしい。完全に未来へと投資された都市である。 この街では、夜もたくさんの書店が営業している。こんな大きな本屋が24時間営業できるのはこの街しかありえないとなっていてほしい。「夜眠れないな・・・本でも買いに行くか・・・」という人外の行動を普通にするような場所であってほしい。 街の周囲には民家が立ち並ぶ。ただしこの民家に住む民間人はややおかしい。本のために移住してきた狂信者たちだ。軒先には自分の選書が並び「1冊100円」などと書かれていることも多々ある。 富豪がゴッソリ買っていくことを見越して少し離れたところに在庫置き場がある。 富豪が「ではこの棚からこっちの棚まで」などと爆買いしていく。もはやテロリストのようなものだが、そんなことは気にせずまた入荷する。本はバカみたいに売れる。 近隣の都市はこの超超巨大書店都市のおかげで経済効果がある。 この街は、「日本人なら1度は絶対行け」と呼ばれる場所になる。そしてひとたびそこに立ち入れば「世の中にはこんなに知識があったのか」「世の中はこんなに頭のいい人たちで溢れかえっていたのか」ということが、嫌でも全身の細胞に刻みつけられる。伊勢神宮みたいなものだ。それよりも神々しいかもしれない。 そして、全身の細胞で体感したその人は、格段に読書するようになるだろう。それは地元へ帰っても同じことだ。一流を目の当たりにした者は一流になる。 取次の問題も、書店が潰れかけている問題も、日本人が本を読まなくなってしまっている問題も、経済が深刻化している問題も、だいたい解決できるだろう。 誰か作ってください。 ちなみに国防にも役に立ちます。一度作ってしまえばここを潰すやつは「バカ」なので。ペンは剣よりも強し! 書店は兵器です。 追記 ジュンク堂書店など大型書店が潰れかけているのは知っている。 ただそれは、「本がたくさんあっても意味がない」のではない。逆。 大型書店であっても、本が少なすぎるのが問題である。 だいたい日本語の本というのは大して範囲が広くない。 それに「物理本を読む人が少ないから本屋が潰れちゃう」というのも逆だ。 「物理本を読みたいと思う人を増やす。そのためには本屋すべてが潰れることも辞さない」という情熱が正道である。 本というのは知の源泉である。だから知識がない人に迎合すれば、潰れるのは自然だ。知識がない側に与するのだから。 本の機能はそれとは真逆であり、全体を引っ張り上げるものである。知識がない側が「欲しい」と願える場にすべきなのだ。 ない側に媚を売っていれば潰れて当然。 「この本は今は読めないけれど、読みたいと思う」そういうものがない。 「この本は内容はちんぷんかんぷんだけど、そういう本の存在を知っている」そういうものもない。 ジュンク堂書店などですら、知らない人々が多い。大型書店の重要性を知覚できていない。入ったことがない人間もいる。 だからこそドカンとぶち上げるのだ。 記事を読んでくれた人へ: 記事を読んでくれたのはありがたいが、たぶん自分が考えている規模と読んだ人が考えている規模に大きな差があると思う。 自分が考えているのは、もっとも小さく考えても深圳書城中心城の数十倍の大きさであり、既存の書店をちょっとだけ大きくしたものとか、蔵書が全く同一であるような大型書店が単に10個ある街という形ではない。 コーチャンフォーつくば店は50万冊、池袋ジュンク堂書店は150万冊、深圳書城中心城は400万冊、国会図書館は4685万点。Amazon Kindleは60万点。 自分が言っているのは、数億冊あるような書店群である。つまり、コーチャンフォーやジュンク堂書店や紀伊國屋書店��超超巨大書店(世界中の意味わからんハイレベルの本から選びぬかれ集まったエリー��本屋)の周辺を取り囲む「日本区域最大の超巨大書店」の周辺を取り囲む「大型書店の1つ」という状態を考えている。ブックオフなどはその周りを取り囲む中型書店になるだろう。その周りを、身近にあるご近所の本屋さんがたくさんずらーーーっと並んでいるというような領域だ。いうならばこれが日本区域である。 世界の蔵書数はGoogleによると約1.3億冊であるらしい。日本区域内に別に中国語や韓国語の本があることもある。ただし日本区域の横には韓国区域だったり中国区域だったりする。その中国区域でもばかみたいにデカい超巨大書店があり、それを取り囲むようにジュンク堂書店並の大型書店があり、英語区域では……というような状態だ。言語別に分けられているだけでなく、「数学領域」で分けられていることもあり、そこでは「高校数学」の棚に世界各国の高校数学が並ぶ。数学の参考書を買いに来た高校生が、カメルーン人の中学生と仲良くなるみたいなことも想定できるわけだ。 地方のクソデカ本屋が数百個単位で入る「は・・・?」「この街が・・・全部・・・本屋さん・・・?」という規模の書店群である。 イメージとしては↓な感じ。 まもなく目的地の駅に近付く。電車にいる人々は全員が本を読んでいる。スマホを触っている人たちなど誰もいない。不思議な光景だ。多くの人がそわそわしている。初めて来た人たちが多いのかもしれない。 電車が駅に滑り込み走って降りる人々の後ろでのんびりと降りる。全く、はしゃぎすぎだろう。 降りた直後、本の形をした案内板が表れた。真っ先に飛び込んできたのは「↑ バベル中央書店」というやたらとデカい黒文字と、その下にあるやや大きな黒文字の「↑ 北区域書店」だった。 右を向くと・・・あれは・・・本の自動販売機?! 本を自販機で販売するのか。カルピスの作り方・・・自動販売機の歴史・・・Why could he make vending machines?・・・なるほど。 床には文字が書かれている。Station, State, Statue, Status. 何のことやらわからない。 改札を出る。改札を出ると、ああ、もうこれは本のテーマパークだ。最奥部に見える巨大な塔には雲がかかっている。おそらくあれが中央書店だ。その横には数えるのもバカバカしくなるほど書店が並ぶ。街には今まで見たこともないような人々で溢れかえっていた。ベンチでは読書をしている中東とおぼしき人が中国人らしき人と何やら議論している。彼らが話しているのは何語だろうか。 デジタルサイネージで目まぐるしく本の広告が入れ替わっていく。「サウダージにさようなら」「入門グロッキング」「般若心経の終焉」 ぼうっとしていると���トが飛んできた。ここでは何やら、ハトでさえ賢く見える。予算は5万円だったが、足りるだろうか。 Amazon倉庫でもないんだって。 なんか全然伝わっていなくてものすごく悲しい。 子どものときに巨大書店や巨大図書館に人生で初めて行ったときとか、論文と大学と研究の仕組みと接したときに、知の偉大さに震えたことがないだろうか。 目に見えないものは見えないことが多い。たとえば、ライブ会場に行ったことがなければライブの偉大さは本当にはわからないし、「本当にこんなにたくさんの人がファンなのだな」ということもわからない。 記号接地問題ともいうらしいが。 いま「自分が考えるクラスの巨大な本の集積地を人類の誰もが見ていない」というのが問題であると思う。誰1人として。 そういう知がたくさんあることは存在としては知っていても、「それを見たことがある人は誰もいない」のだ。いわば、月は見えるけど、月に行ったことは誰もいないような状態だ。 神田の古本屋街や、既存の大型書店というのは、いわば地球上にある月に似たところでしかない。「たぶんこれとこれがこうなると月」というふうにしか想像できない。だが月に行かなければ月の隕石は無いのだ。 ほとんどの人は、目に見えないなら存在しないと感じてしまう。マッチングアプリで人間を左右にスワイプするとき、人間ではないように扱う。それは人間として存在しているのに。 一方、眼の前に相手がいるとき、同じように左右に指を振って弾くのは容易ではない。これが目の前にあるかないかの大きな違いである。 自分が言っているのは、そういう知の集積の偉大さが理解できなくてもとにかくそこに行けば、「ああそういうこと」「人類は偉大だったのか」と、誰もがたちどころにわかってしまう場所がほしいということである。 それから、実現の不可否はともかくとして、「え、そういう本屋あったらめっちゃいいな〜〜〜〜〜〜〜〜〜」と感じてほしい。
ド田舎に世界各国の超超巨大書店が集積する都市がほしい
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monthly-ambigram · 3 days ago
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2025-1月号
アンビグラム作家の皆様に同じテーマでアンビグラムを作っていただく「月刊アンビグラム」、主宰のigatoxin(アンビグラム研究室 室長)です。
『アンビグラム』とは「複数の異なる見方を一つの図形にしたもの」であり、逆さにしたり裏返したりしても読めてしまう楽しいカラクリ文字です。詳しくはコチラをご参照ください⇒アンビグラムの作り方/Frog96
 
◆今月のお題はフリーです◆
今月は参加者の皆様に毎年恒例、お題フリーでアンビグラムを制作していただいております。作家の皆さんが書き初めに何を書くのか楽しみにご覧下さい。
今号も失礼ながら簡易的なコメントとさせていただいております。皆様のコメントがいただけますと幸いです。
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「今年最初の月ア」 回転重畳型:えむゆ氏
今年最初の月アです。 どの文字も読みやすいです。回転重畳で起こりがちな字画の重なりもなくすように丁寧に作ってありますね。
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「新年一発目」 回転型:あおやゆびぜい氏
新年一発目です。 モザイク処理がはまっていますね。そこに線があると思えば見えるし、ないと思えば見えなくなる効果が引き立っています。
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「克己/巳年」回転共存型:すざく氏
書き初め。 墨のにじみのような処理が効果的ですね。「己/巳」を撥ね方で切り替えているのが筆文字ならではです。
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「恭/ミドシ」 敷詰回転共存型:kawahar氏
今年は巳年です。 自然な字形のままこの対応を見出すのはさすがです。右下がりの「ミドシ」が音階と符合しているのは意図の外でしょうか。
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「賀/乙巳」 共存型:兼吉共心堂氏
今年の干支は「乙巳」。 筆の勢いが文字を読ませているように感じます。「巳」が元気な蛇のようです。
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「抱負」 回転型:.38氏
新年の抱負は。 どちらの文字も大胆な省略がされていますが、文字の特徴が残っているのですぐ読めますね。ステキな作字です。
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「夢/楽」 図地反転回転共存型: いとうさとし氏
楽しい初夢は見られたでしょうか。 この二文字がキレイに対応付けできるのは良い発見ですね。とても読みやすいです。
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「しめ飾り」 回転型:てるだよ氏
正月が終わったら外しましょう。 文字の特徴をとらえつつわかりやすい対応付けで読みやすいですね。良作です。
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「年男」「年女」 回転重畳型:うら紙氏
今年は巳年生まれの方々。 「年男」「年女」それぞれが回転重畳型で作字されています。回転中心の違いも含め、差を見てみるのも面白いです。
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「学知利行」 図地反転鏡像型:繋氏
人としての道を学んで理解し、学んだことの正しさを考えて実際に行うこと。 かなりチャレンジングな文字列ですが、文字の特徴をうまく拾って仕上げていると思います。
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「花の色は移りにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに」回転型:結七氏
小倉百人一首第九番、小野小町の一首。 結七氏による久しぶりの短歌アンビグラム。一文字:複数文字の対応も多く活用してまっすぐにまとめ上げられていてすごいですね。
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「四半世紀」  交換式旋回型:lszk氏
西暦2000年から四半世紀経ちました。 4つのパーツをうまく組み替えると「四半世紀」の4つの文字になるギミックです。厳密には、同一の敷き詰め方で4種の解釈がとれているわけではないので、複数の旋回型の組み合わせであるところに注意が必要です。
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「心技体」 アンビグラム亜種:ラティエ氏
心、技、体の3つの要素すべてが満たされるのが大事。 0度の向きの「心技体」に120度(240度)回転した「心技体」を排他的論理和で重ねると別の「心技体」になるという不思議な作品です(0度、120度、240度の3つのXORで真っ白になります)。通常のアンビグラムの定義には入らなそうですが、言葉の意味も相まってすごい作品です。
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「伊れない病」 鏡像型:超階乗氏
SCP財団がプロトコルへ収容及び保管しているSCP-161-JP。 字形、対応、文字配置ともどことなく不安をあおる作品です。「伊」は読みやすいものの、勢いでは読めない文字列です。
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「予知夢/大予言」 図地反転共存型: いとうさとし氏
初夢が大予言の予知夢だったら。 どちらも「予」を使っていますがその裏の文字が異なっているのが面白いですね。「夢」は大きく字形が変わっても読めるので強い文字だということを再認識しました。
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「横組み斜め鏡像図地」 図地反転鏡像型:つーさま!氏
横組み斜め鏡像図地です。 どの文字も驚くほど読めます。名は体を表すシリーズトッ��クラスの出来だと思います。
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「竜頭蛇尾」 敷詰図地反転回転型:Jinanbou氏
初めは勢いがよいが、終わりのほうになると振るわなくなること。 正方向の『「竜頭蛇尾の」敷詰』を図地反転すると、180度回転した『「竜頭蛇尾」の敷詰』になります。 文字の大きさに意味が表れていて面白いです。
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「流動」 鏡像型:給食だより氏
移り変わり。 流れるような書体がステキな作品ですね。左右対称の図形として認識できるのと同時に左右対称ではない文字同士の組み合わせだとも認識できるのがこのタイプの面白いところです。
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「陸蓮根」 重畳型:松茸氏
難読漢字の定番。 「蓮」は2文字の組み合わせなのですが、分割線が見えにくいので一文字として認識しやすくなっていますね。解釈の変化が楽しく、何度も見てしまいます。
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「蚤の市」 敷詰回転型:ちくわああ氏
”フリー”マーケット。 単独で回すにはいろいろ壁がありますが敷き詰めるとぴったりでした。ノミのように飛び出した点が敷き詰めたときにうまく収まるのが面白いです。
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「平方数」  回転型:lszk氏
2025=25×25。 「平」の分割処理がよいですね。「攵」の下が平らでもしっかり読めるようになっているのはさすがです。
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「白い惑星まで電波を送った」 回転型:Σ氏
文字列生成で。 とても読みやすいしかっこいいですね。「つ」はほかの文字とほぼ同じ大きさながら字下げにより「っ」に読ませやすくしているのでしょう。
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「はたらく細胞」 敷詰回転型:螺旋氏
実写版の映画が2024年12月13日より公開中。 回転中心4つの敷き詰め。きれいに分解されていますね。格子状に並べるところはまさに細胞のようですね。
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「政治不信/国民反乱」 図地反転回転共存型: いとうさとし氏
政治不信を改善し、国民反乱を抑えるのが喫緊の課題。 こちらも読みやすくてさすがです。図地反転界隈の統治状態は安泰のようです。
 
 
 
 
最後に私の作品を。
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「囍(双喜紋)」 重畳型:igatoxin
作例がありそうでなかった(?)pm型。 本年も喜ばしいことが続きますように。
 
 
お題フリー のアンビグラム祭、いかがでしたでしょうか。御参加いただいた作家の皆様には深く感謝申し上げます。
さて次回のお題は「記憶」です。メモリ、レコード、思い出、追憶、懐古、情報蓄積、受験勉強、面影、免疫記憶 など 参加者が自由に記憶というワードから発想・連想してアンビグラムを作ります。
締切は1/31、発行は2/8の予定です。今年もよろしくお願いいたします。
——————————–index——————————————
2023年 1月{フリー}   2月{TV}        3月{クイズ}        4月{健康}   5月{回文}    6月{本}               7月{神話}   8月{ジャングル} 9月{日本史}     10月{ヒーロー}     11月{ゲーム}         12月{時事}
2024年 1月{フリー}         2月{レトロ}   3月{うた}         4月{アニメ}   5月{遊園地}      6月{中華}          7月{猫}     8月{夢} 9月{くりかえし}    10月{読書}          11月{運}           12月{時事}
2025年 1月{フリー}
※これ以前のindexはこちら→《index:2017年~》
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ari0921 · 3 months ago
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
  令和六年(2024年)10月21日(月曜日)
    通巻第8469号 
 華やかな観光地にも闇の伏魔殿、マネロンの根城がある
  世界の大富豪が集結し、逆に西側先進国や中露から資金は流失した
*************************
 ドバイが何故マネロンとギャング、大富豪からテロ集団の拠点となったのか?
 世界一の高層ビルや豪華リゾート、七つ星のホテル、世界の大富豪達の別荘が海を埋め立てた景勝地に並ぶ。
この富に目がくらんで世界各地から新興企業や妖しげなビジネスマンがあつまり、加えて犯罪集団のマネロン基地、中国の地下銀行など何でも御座れ。日本でもドバイからメッセージを発信して、あろうことか、参議院議員に当選し、一度も登院しなかった男はドバイを根城にしていた。
 英紙『タイムズ』は「コカイン・インク──英国の麻薬取引の決済金がドバイで純金に変わる仕組み」という特集を組んだ。
 英国の犯罪集団もドバイと深く関わっている事実を明らかにしたのだ。UAE(アラブ首長連邦)の中心ドバイに「現金運び屋」と渾名された闇のシンジケートが形成され、英国の麻薬や詐欺、犯罪組織の拠点となっていた。
密輸される金の中継地でもある。表の顔は国際都市、チャイナタウンもあれば、広大な売り場面積の紀伊國屋書店もある。日本語書籍は片隅で、諸外国語のベストセラ-、英訳された日本の漫画も売っている。
���バイ当局は無策ではない。
「マネーロンダリング・テロ資金供与・違法組織資金供与対策委員会」(NAMLCFTC)はインターポールなど国際警察と緊密に協力し犯罪集団の摘発に努力している。
 英国の違法薬物取引は100億ポンド(132億米ドル)規模と見積もられ、2016年から2022年の6年間に67億ポンド(88億9000万ドル)がマネロンされた。その洗浄された「きれいな資金」は英国に環流し、不動産に投資され、そのうち15億ポンド(19億9000万ドル)は汚職や正体不明のロシア人と関係していると前述英国紙が報じた。
 UAEは毎年、世界の金の20~30%を取引している。UAE の金市場は宝飾品だけではなく、金地金や金貨の需要が高い。
英国における拠点はバーバーだった。「パンデミック以降、繁華街のあちこちで理髪店の開店ラッシュが見られました。こうした店の多くは、何千ポンドもの機器を持っているのに、客がいません」と捜査関係者が語る。
英国の犯罪集団は毎年1,500億ポンド(1,990億米ドル)を資金洗浄しており、米国に次いで世界第2位の「マネロン経済」となっている。
 英国で増え続ける麻薬、大量の不法移民の乱入に納税者が悲鳴を上げる。この構造はアメリカと同じである。英国は歴史的に移民に寛大で、「合法移民」はナイジェリア、インド、パキスタン、香港など旧植民地や、英国と関わりが深いイラン、アフガニスタン、エチオピア、エリトリアなど。不法移民は多彩で、昨今はルワンダからの難民が目立つ。
 ▼不法移民の潜入ルートが代わった
「主にフランスから小型船舶で不法に入国する移民の急増によって起きている。英国の社会問題(となった)。小型船舶による不法入国は2020年に約8500人だったが、21年は約2万8500人、22年には約4万5700人に増えた。新型コロナ禍での入国規制で、英仏海峡トンネルをトラックで移動することが困難になり、小型船舶で不法入国が行われるようになったことが背景にある」(『ジェトロ海外報告』、24年5月2日)。
 英国は移民に寛容だったうえ、彼らにも福祉政策が適応された。そのうえ不法滞在でも職を得やすいとされたが、欧州連合(EU)離脱後、経済が低迷し、不法入国者の収容に多額の公費が投入された。国民保健は、2024年7月時点で762 万件の待機リスト、約430万人の子供たちが貧困生活を送っているとされる。
 
英国納税者の歳入から年間140億ポンド(185億7000万米ドル)を割いて不法移民を養っていることになる。(因みに日本への不法移民(日本は『不法残留者』という)の五傑はベトナムが15,806人、タイ:11,494人、韓国:10,869人、中国:6,881人、フィリピン:5,069人、インドネシア:4,537人ほか)。
あまつさえ治安が悪化し、国民の不法移民への警戒と不満が拡がった。凶悪犯罪が急増し国民生活の安寧が覆った。この深刻な問題は英国ばかりか米国、独・仏などEU諸国に共通である。
  
 ドバイに話を戻すと、世界一の富裕層を引き寄せる国であり、2024年末までに過去最高の6,700人の億万長者の流入が予想されている。対照的に英国は2028年までに億万長者の凡そ17パーセントを失うだろうと予測される。
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pineappleyk · 2 years ago
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神島にて、三島由紀夫が『潮騒』取材中に滞在していた寺田家を、宿泊した旅館にお願いして案内してもらいました。
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①寺田家に続く階段
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②『潮騒』の登場人物、漁業協同組合長「宮田照吉」のモデルになった寺田宗一さん宅。現在はどなたも居住されていません。
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③寺田家の屋根越しに臨む景色。島の電気供給に大切なケーブルは、まるで空に線を引いたように見えます。
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④玄関を入ってすぐ。左側には原作の通り、急な傾斜の梯子階段がありますが、本当に梯子のように急な傾斜で撮影出来ませんでした。
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⑤三島由紀夫が朝6時半に起きる毎日を過ごしていた2階のお部屋。
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⑥2階の窓から三島由紀夫も眺めたと思われる眺望。
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⑦三島由紀夫から寺田宗一さんへの贈り物など、所縁の品々。赤い机は当時、三島由紀夫が実際に使用していたもの。奥に山口百恵さんのパネルが❗️
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⑧三島由紀夫のサインの入った品々。左上はシガレット入れの付いたライター、右上はその外箱。
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⑨怖い程、澄み切ったエメラルドカラーの神島の海。
当時、28歳だった三島由紀夫が、
「人口千二、三百、戸数二百戸、映画館もパチンコ屋も、呑屋も、喫茶店も、すべて「よごれた」ものは何もありません。この僕まで忽ち浄化されて、毎朝六時半に起きてゐる始末です。ここには本当の人間の生活がありさうです。たとへ一週間でも、本当の人間の生活をまねして暮すのは、快適でした。」と川端康成宛の手紙に書いたように、現在も映画館、パチンコ屋、そして呑屋はありません���、宿泊した旅館の姉妹店でもあるかわいい喫茶(軽食)店が時計台の隣にありました。
人口は昭和28年当時、1,200〜1,300人となっていますが、2022年で402人に…。澄んだ海のように島の人々は快活、気さく、親切で働き者ばかり、しかし荒波で知られる伊勢湾の海を相手に命懸けの漁業をされるのですから、遊びに来たのがちょっぴり恥ずかしくなるような旅でした。
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tutai-k · 1 year ago
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たどり着かなかったおおくの未来たちへ
文フリ東京だった。 土曜日開催の���ベントってなんだかんだ言いながらはじめてのような気がする……労働が土日祝休めなかったころはなんでイベントは平日にやらないんだろうと思っていたし、土日が休みだったころはイベントは土曜日にしてほしいと思っていたが、日月休みになると、イベントは日曜日がいいなと思ってしまう。日月は宿泊料金がやすい。
そんな自分本位な「この日がいいな」をわたしはいくつも持っている。
文フリ東京は、土曜日の朝に出発した。車内販売がなくなってしまって、でもまあ新幹線のホームとか購買にシンカンセンスゴイカタイアイス(シンカンセンモウカタクナイアイスだという噂だが)が売っているらしいから、それを食べようと思っていたが、朝、名古屋駅で見つけることはできなかった。 しょんぼりしながら新幹線に乗る。新幹線の中ではほとんど寝ていた。
東京駅・浜松町・流通センター。いつもの乗り換えで会場に向かう。来年の12月の文フリはビッグサイトでやるらしいから、この行程で向かうのはあと一回。
会場前に八束さんのスペースで不穏なフライヤーをもらう予定だったのでもらいに行ったら、八束さんがさいたま文学館で開催中の『澁澤龍彦の文学世界』のフライヤーも一緒にくれた。 ので、スペースが出入り口の真ん前だったこともあって、これはたくさんのひとに見てもらえるんじゃないか…!ということで、出口に向けて配置した。完璧である。
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そんな素敵な設営をして、開場。
遠方からきてくれたフォロワーさんに展示のフライヤーを見せ澁澤龍彦の話をし、「若い頃にわたしも全集読みました!」と言ってもらうなどしたり、痛覚の麻子さんにはえんえんと「この写真見てくださいやばくないですか?羽田に楯の会の制服を着て見送りに着た三島の帽子をかぶっておどけているときの写真でこれが二人が実際にあった最後になるんですよ……」と一生終わらないんじゃない勝手くらいの話をしつづけてしまったり、このフライヤーに気づいてくれた通行人のひと(「澁澤龍彦だ…!」という声が聞こえた)に「裏面も見てください!そしてよろしくお願いします!」とさっと差し出したり……。こんなに充実した文学フリマ東京は、2014年から参加していて初めてじゃないかと言うくらい充実していた。
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惜しむらくは、澁澤龍彦のフライヤーと一緒に不穏なフライヤーを挟んでいたにもかかわらず、だれも「澁澤龍彦と棄てに行ける家父長制があるんですか?」と聞いてくれなかったこと…。澁澤龍彦と棄てに行ける家父長制は果たして存在するのか……?
とまあ、こんな感じなのだが、そろそろ皆さんも不穏なフライヤーとは?と思っているところだろうと思うので、ご紹介致しますとこういうやつです。
「父親の死体を棄てに行く」アンソロジー。家父長制を棄てに行きたい方はどうぞ2024年5月の文学フリマ東京をお待ちください。
イベントが終わってからは、八束さんとヒマラヤ鍋を食べに行った。 お店の予約時間まで過ごしていたドトールで渋沢栄一の話になり、「ああ、向こうは傍家で、本家はうちなので」と話したら「いまうちって言いました?」と聞き返される。うちです。 ヒマラヤ鍋屋さんはめちゃくちゃすてきな楽隊(?)のお誕生日パ��ードがあったり、びっくりするような美味しい鍋を食べられたりと大満足だった。
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打ち上げを終えて、翌日のさいたま文学館に備えて埼玉に宿を取っていたので、移動をはじめたら電車がいきなり止まった! 電車の沿線で人身事故があったとのことで、近くのハブ駅みたいなところで電車を降ろされてしまう。こんなこと担ったのは初めてなのでびっくりしていると、とりあえず一時間くらいしたら電車は動くからね~とアナウンスが入り、事なきを得る。
都会ならではの体験だな…と思いながら、ホテルにたどり着いて泥のように寝た。
そしてさいたま文学館へ。
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張り切って出てきたら開館まえについてしまった…。図録を買って、老人クラブの展示があったので見せてもらったりして(ヤツガシラの俳句があってとてもよかった)、10時になる。
貸し切り状態……。
展示は、埼玉と澁澤の関係から始まっていて、浦和高校時代の写真(浦和高校同窓会が出しているものだった)があるのがとてもよかった。 限定本も展示がたくさんあり、原稿も、文学館が所蔵しているものが4、5点。 サド裁判のときに澁澤が三島に書き送った手紙に、争点が「わいせつか芸術かを超え、表現の自由/検閲への抵抗である」ことが書かれていることを指摘していたり、『高丘親王航海記』の原稿用紙、最初は「了」と書いてあったのを、推敲の段階で文字を自ら消したことを指摘していたり、「澁澤龍彦」という人物を表現との向き合いかたから見せているのが良いと思った。 面白かったのは三島の写真の使い方で、「血と薔薇」の「男の死」の三島の写真、あと、メインビジュアルが羽田に見送りにきた三島の帽子をかぶっておどける澁澤の写真だったからか、「楯の会の制服を着た三島由紀夫」の写真が展示してあったりした。
展示をひとしきり見た後は、図書室に今回の展示の関連本がまとめてあるとのことだったのでそれを身に。「作家のおやつ」「作家の食卓」といった本の紹介や、山﨑ナオコーラが文豪の墓参りにいく本に澁澤の項目があった。山﨑ナオコーラの澁澤へのまなざしにはわたしにもおぼえがある。よい本だった。そしてその本で、先月わたしが緑色のインコに夢中になっていた霊園に中島敦の墓があることを知った。敦、ごめんな……墓のことなんて全然知らなかったから、緑色のインコのことしか考えてなくて……。
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その後は文学館併設の「けやきカフェ」で澁澤龍彦コラボメニューをたべる。黒糖と胡桃のパンケーキ。澁澤が好きだった胡桃や黒糖のお菓子をイメージしてつくられていて、とてもよかった。 思い出したのは、今よりもっと貧乏だったころ、いろんなところでやっている澁澤の展示に行けなくて悔しい思いをしたことだった。いまこうしてたどり着くことができるようになったことを、なんだかとても、自分が、自分をなんとかしているように思えた。
パンケーキを食べ終えてから、「武蔵野うどん」に挑戦することにした。「伊勢うどんとは対極にあるうどんだ」という事前情報しかなかった。 桶川駅ちかくのお店はかなり人気店のようでたくさん人が並んでいて、お店に入れたのは並び始めてから一時間後くらいだった。 つけ麺(うどんのことをつけ麺というのか?)システムで、つけ汁とうどんは別々の皿に載っている。なるほどこういうやつなのか、となにも考えずにがっと箸でつかんで汁につけてすすりはじめたはいいが、うどん、めちゃくちゃかたいんですけど?!噛みちぎれない…やばい、全部すすって口の中に入れるしかない……と思ったが、これがまたすさまじく長くて……永遠にうどんがおわらない……。 こんなに硬くて長いうどんはじめてなんですけど?!おれたちは箸で持ち上げただけでへたしたらブツッといく伊勢うどんの民なんだということを再確認し、「これは風邪を引いたときに食べるうどんではなく、体力が有り余っているときに食べるうどんだな」と確信しました。きっと武蔵野のひとたちは、風邪をひいたときにはおかゆを食べるに違いない。(伊勢志摩の人間は風邪をひいたら伊勢うどんを食べます)
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二口目からは一本ずつ食べることで武蔵野うどんのおいしさを堪能し、また是非食べたい、顎の力を試したい、と思った。
武蔵野うどんを噛み砕くのに体力のほとんどを持って行かれて、疲れ果てたので、そのまま帰宅することに。 購買にシンカンセンスゴイカタイアイスを見つけたので購入し、席に着くと、隣のひともおなじシンカンセンスゴイカタイアイスを持っていた。しかもおなじチョコレート味。
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べつに示し合わせてはいないがふたり一緒に食べることになってしまい、こんなに好きなひとがいるのに、もうシンカンセンスゴイカタイアイスは車内販売されないんだな……と悲しくなる。 そして、乗車15分まえに買ったし、シンカンセンモウカタクナイアイスだった。
アイスを食べ終えてからは、記憶がない。気づいたら名古屋だった。
名古屋駅で、近鉄のホームに来たら、電車を待つ人は無秩序にホームにたたずんでいて、車両のドアとか何も気にしていなかったし、電車が着いても「先に並んでいたひと」という概念がないので、運良くドアの近くにいたひとから電車に乗りこんだ。東京とかから帰る途中、この近鉄のホームの無秩序さを目の当たりにすると、まだ名古屋から三重まで帰らないと行けないのに、「帰ってきたなあ」と思うのだった。
名古屋駅から最寄り駅までも、寝ていたのでほとんど記憶がない。
帰宅したら、夕食は焼きそばだった。焼きそばの麺は、どれだけ頬張っても簡単に噛みちぎれた。武蔵野うどんは硬かった。
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shintani24 · 10 months ago
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2024年3月5日
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昭和50年代 広島市写真展(広島テレビ)
昭和50年代と現在の広島を比較し、変遷をたどる写真展が、きょうから広島市内で始まりました。
カープが初優勝した1975年。山陽新幹線の岡山・博多間が開業し、「カープの優勝は新幹線のおかげ」とも語られました。
旧日本銀行広島支店では、広島市が大きく発展した昭和50年代の街並みと現在を比較する写真、およそ170枚を展示しています。
会場には1981年に撮影された巨大な空中写真も展示。訪れた人たちは現在のマツダスタジアムの近くにあった貨物駅などを見ながらかつての景色を懐かしんでいました。
「ほとんど見たことがある写真団塊の世代ですからちょうど」
写真展は、今月10日まで開かれています。
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減少する街の書店、国が本格的支援へ…読書イベント・カフェギャラリーなど個性的な取り組み後押し(読売新聞)
全国で減少する街の書店について、経済産業省が大臣直属の「書店振興プロジェクトチーム」を5日設置し、初の本格的支援に乗り出す。書店は本や雑誌を売ることを通し、地域文化を振興する重要拠点と位置づける。読書イベントやカフェギャラリーの運営など、個性ある取り組みを後押しする方策を検討する。
経産省によると、プロジェクトチームは映画や音楽、文芸などを扱うコンテンツ産業課に事務局を置く。キャッシュレス決済の推進や中小企業支援を担当する部署も参加し、部局横断型で事業内容の議論や調査を進める。
今後、経産省の担当者らと書店や出版関係者による車座ヒアリングの開催を予定。非効率な出版流通の改善や店舗運営におけるデジタル技術活用の必要性など課題を把握する。店主が一冊ずつ良書を選んで入荷し、店のサイトやSNS上で紹介する個人書店や、カフェや文具店を併設し魅力的な読書空間を作る書店チェーンなど優れた事例を共有し、支援策の参考にする。
街の書店は、インターネットの普及による紙の出版物の不振やネット書店の伸長により苦境が続く。日本出版インフラセンターによると、2013年に全国1万5602店あった書店の総店舗数は、22年に1万1495店に減った。
一般財団法人・出版文化産業振興財団(東京)の調査によると、全国の市区町村のうち、地域に書店が一つもない無書店自治体はおよそ4分の1にのぼる。本や雑誌を直接手に取って購入できない人が増える深刻な状況となっている。
本と出会う機会喪失に深刻な危機感
経済産業省が大臣直属の「書店振興プロジェクトチーム」を設置する背景には、街の書店が減り、多くの人がリアルな空間で未知の本と出会う機会を失っていることへの深刻な危機感がある。全国の自治体のうち約4分の1はすでに書店がなく、実際に地域による文化格差は生まれている。
世界経済のグローバル化が進む中、経産省は、映画や音楽をはじめコンテンツ産業の振興を掲げる。「経済が成熟する中で、自国のサービスや商品が海外で勝ち抜くには、文化による新たな付加価値をつけることが必要」と語る。だが文化の基盤である活字や本に人々が広く触れる環境がなければ、新たな魅力的な発想は生まれないだろう。
韓国では、日本の文化庁やスポーツ庁などにあたる文化体育観光省管轄の「韓国出版文化産業振興院」が中核になって支援事業を担当。独立系書店と呼ばれる中小の書店が活気づく。
東京都文京区で街の書店「往来堂書店」を営む笈入(おいり)建志さん(53)は、「雑誌が売れた頃は、お客が定期的に街の書店を訪れる習慣があった。今は2000年頃に比べ、お客は7~8割になった感覚だ」と語る。人々が本を買いに店に立ち寄るきっかけを作るため、トークイベントや読書会などを開く工夫をしている。
各地の書店には、優れた選書眼や読書イベントの経験を持つ書店員たちがいる。まずは、現場から優れた事例を集め、何ができるのか国や民間の垣根を越えて知恵を絞りたい。(文化部 小杉千尋)
西川立一(ラディック代表/流通ジャーナリスト/マーケティングプランナー)
見解 街の書店の苦境は、稼ぎ頭だった週刊誌などの雑誌の衰退や漫画の電子本の台頭も要因で、それに店主の高齢化による廃業や後継者不足で店舗数の減少が加速化した。
一方で、若い人を中心に特色ある書店の出店も盛んになりつつあり、紀伊国屋書店をはじめとする大手は堅調で、大型のショッピングモールには書店が必ずと言ってある。
経産省の「書店振興プロジェクトチーム」の設置は、遅まきながらの感もあるが支援は必要だ。ただ、官主導での取り組みだけではなく、地域の人たちがどれだけ書店を必要としているか、そのため主体的に何ができ、何をするのかが求められている。
中井彰人(株式会社nakaja lab 代表取締役/流通アナリスト)
見解 生き残って頑張っている街の書店は、イベントやSNS発信によって文化の灯を消さぬよう努力をしている。しかし、書籍小売業が苦しいのは、本が売れなくなったことに加えて、本がある程度売れたとしても、粗利率が低く抑えられているため(2割強)、収益の確保が難しく、持続するのが困難なことにある。この解決策を見つけたのが、ヴィレッジヴァンガードである。今は店舗を広げすぎて業績が苦しい状態ではあるが、かつて、ヴィレヴァンは、総売上の6割以上を雑貨で構成することで、読んでもらいたい本の売場(売上の3割弱)を維持することに成功した(2002年時点のデータ)。この時の同社の雑貨粗利率36%、本は21%であり、これで事業としての持続可能性を構成していたのである。書店支援は単に予算を流し込むのではなく、書店が事業として収益確保するため、商材やサービス及び、自立的ビジネスモデル開拓の支援に、重点を置いてほしい。
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「書店」10年間で764社が倒産や廃業で消えた(東京商工リサーチ 3月10日)
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「書店」倒産、休廃業・解散、新設法人 社数推移(1-12月)
書店運営会社(以下、書店)の市場退出が止まらない。2014年以降、書店は倒産・休廃業が新設法人を上回る状態が続き、10年間で764社が市場から退出した。店舗数の減少も続いている。経済産業省は3月5日、「書店振興プロジェクトチーム」を立ち上げ、支援意向を示すが、ネット書店や電子書籍に押された書店の減少に歯止めがかかっていない。
書店の倒産 ピークは太洋社破産の2016年
書店の倒産(負債1,000万円以上)は、2014年から2023年の10年間で140社に及ぶ。
ピークの2016年は25社発生した。2016年は、出版取次の(株)太洋社(千代田区)が自主廃業の方針から一転して3月に破産を申請した。連鎖する形で同月30日までに18社の書店が、次々と倒産や廃業に追い込まれた。書店の経営環境が厳しさを増し、書籍を卸す取次店の業績悪化も深刻な時期だった。
その後、書店の倒産は一進一退が続き、コロナ禍では資金繰り支援や巣ごもり需要などを背景に、倒産は減少に転じた。2021年、2022年の倒産は各5社と小康状態にあったが、支援縮小や特需が一巡した2023年は一気に13社と2.6倍に急増した。
書店の休廃業・解散が高止まり
倒産以外で事業を停止した休廃業・解散も分析した。太洋社が破産した2016年の休廃業・解散は63社(前年比28.5%増)と急増。その後も増勢をたどり、2018年は78社、2019年は77社と高水準が続いた。
コロナ禍では倒産と同様、休廃業・解散も減少したが、60社前後で高止まり状態にある。
倒産と休廃業・解散の合計は、ピークの2019年に101社に達した。コロナ禍では減少したが、2023年は67社に微増し、過去10年間で764社が市場から退出している。
書店は8年連続で純減
一方、書店の新設法人は、2013年が81社だった。2013年の倒産と休廃業・解散の合計は75社で、書店は6社の純増だった。
ところが、新設数の減少から2014年は8社の純減に転じ、2019年は56社まで純減が拡大した。コロナ禍の2022年も21社の純減で、2014年から8年連続で純減が続いている。
電子書籍が浸透し、書店の存在が揺らいでいる。店舗で目当ての本を探す楽しみや、知らない本との出会いも、書店の減少で失われつつある。書店の復活には“待ちの営業”から客足を向かせる創意工夫への転換と同時に、国や出版社の継続的な支援が必要だ。
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myonbl · 8 months ago
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2024年5月12日(日)
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京都国立近代美術館で開催中の<没後100年 富岡鉄斎>、観覧したツレアイから瀞峡を描いたハガキと布袋を描いた一筆箋を頂いた。
良い絵を描くためには「万巻の書を読み、万里の路を行く」ことが必要であるという先人の教えを徹底して守ろうとした彼は、何を描くにもまずは対象の研究に努め、北海道から鹿児島まで全国を旅して各地の勝景を探りました。
まさにフィールドワーカーとしての芸術家、名前しか知らなかったがこれをきっかけにちゃんと研究してみたい。その上で、<もはや布袋では無いぞ!>と叫んでみたい気分である(楽屋落ち)。
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5時30分起床。
日誌書く。
洗濯機回す。
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朝食。
珈琲。
ツレアイは奈良で太鼓の練習、京都駅まで送る。
前任校時代の教え子・M君の誕生日、祝福メッセージを送る。気がつけば、知りあった当時の私より年上になっている。
室内履きがそろそろ暑く感じるので、無印良品で夏用のものを発注する。
あれこれ片付け、30L*2のゴミが出る。
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ランチ、息子たちにはきつねうどん。
ツレアイを京都駅まで迎えに行く。
遅いランチは伊勢うどん+🍷。
録画番組視聴
笑福亭松喬 落語「近江八景」
初回放送日:2024年5月12日 笑福亭松喬さんの落語「近江八景」をお送りします(令和6年4月4日(木)NHK大阪ホールで収録)【あらすじ】ある男が「紅梅という女と夫婦になる口約束をしたが、本心が気になり仕方がない」というので、占ってもらうことに。すると易者は「女は別の男へ逃げてしまうので、あきらめたほうがよい」と言う。納得のいかない男は「『近江八景』がよみ込まれた手紙を女からもらった。これを読んでもう一度占ってくれ」と頼むが…。
少しいただきすぎてしばらく横になる。
今日は<還幸祭>、彼女は買物と写真撮影に走り回る。
<もったいない本舗>に頼んでおいた段ボール箱が届く、来週末に発送しよう。
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今日は<母の日>、例年通り三男から彼女にワインのプレゼント。
夕飯は、昆布締めポークステーキとツレアイ特製の玉子焼き、みなで乾杯する。
録画番組視聴。
サラメシ (5)滋賀・菓子メーカーの社員食堂▽霊きゅう車工場の弁当
初回放送日:2024年5月9日 滋賀・近江八幡市にある老舗お菓子メーカーの本社は、草や木に囲まれた広大な敷地の中。店舗も併設され観光スポットとしても人気だ。ここを整備するガーデンプランナーの皆さんの仕事、“大盛り”社食ランチを紹介▽富山にある霊きゅう車専門の工場。棺を納めるために車体を切断し1台ずつ丁寧に仕上げる。製造の様子と技術者たちのランチを、お弁当ハンター・阿部了さんが拝見!▽テレワーク中のランチを覗き見!「テレメシ」。
<落語のお時間>から、桂南光「らくだ」
 素晴らしい! 南光テイストに味付けされた絶品!
片付け、入浴、体重は400g増、週末故仕方なし。
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血圧は、先週よりもずいぶん低くなっている。
パジャマに着替えて日誌書く。
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午後からの雨模様、ウォーキングを諦めたので3つのリング完成ならず。
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kaneninarananesaki · 1 year ago
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9月締め括り
大きな大きな夏の尾を見上げ続けていたら、小さい秋に気づかないわけ。
「あの頃は」と言って秋を見逃さないように、9月を締めくくっていこう。
ソリティアは自分のバイオリズムを確認する手段として有効である。「紙の本を読もうよ」みたいな。
人はいつの間にか自分がどうやって生きていたかを見失ってしまうことがあります。そんなときは活動的だった時の轍をどこかにとっておいて、その動きをトレースすれば感覚は擦り合わさっていく、もしかしたらだけど。
数独や詰将棋はやや味気ない、上手くいかなくてもそれはそれでいやはや参ったよな思い出ができる。なによりカードをシャッフルして引くだけというお手軽さが調子の悪い時にも負担にならなくていいじゃない、最高点を取っても繰り返し遊べる素晴らしいゲームです。
213日という数字にややビビるよね。だって213日っておめー1年の58%くらいだよ?パーセンテージにすると案外妥当だな、そんなもんです。「今年も早いね」とかも全部錯覚です。ちゃんと今日を生ききってくだ���い。
実際35℃前後で追肥等の面倒をしっかり見ていた(とは決していいがたいけども)頃に比べてもそれ以上にポンポコ実ができている。外気35℃~40℃に対応できる生命は結構限られているのかもしれないと思うと地球という星の生命は綱渡りというか、刃の上を歩いているね。なんかの拍子に平均50℃とかになったらドーーーーーーンwwwwwwwwwって感じで何もかも終わっていくよね。はかないね、でも正しいよねそれも。正しいならしゃーなしっていうかさ、まぁちゃんと今日くらいは生ききってくださいよ。ハラペーニョの話をしなさいよ。虫がすげーんで明日からちゃんとやりますよハイハイ。
和歌山県に行ってきました。最初の動機は「天神崎でウユニ塩湖的な写真を撮る」だったはずが色々想像を絶するものであった。すげーや和歌山。
現地更新型の旅行記はなんだかんだで手元が忙しい、ライブ感のままに書き留めようとすると意識がスマホに吸われてライブ感が薄まるというジレンマ、いや、熊野古道の電波が悪いのがいけないのではないか?すげー投稿しなおしたよ確か。
思いのほとんどは記事に書ききってるわけだけど、そんなん言ったらあんた何のための締め括り振り返りなんじゃいって話。差し置いて言うならば本当にクジラが見れて良かった。ずーーーーっと言ってたもんね、クジラが見たいって、なんでクジラがいいんだろうね?多分「必ずしも孤独を嘆かなくていい」というアイコンとして「大洋を泳ぐクジラ」というものを置いているような気がする。その同族意識が「必ずしも孤独を嘆かなくていい」という命題に二律背反になっていませんか?じゃあ正しくないか、よくわかんねーや。
しかし皆さんにお伝えしたいのは和歌山ラーメン、いやさ和歌山の中華の美味さよ。食べたことあるかい?和歌山の中華、もう最高さ。
豚骨醤油というか、醤油豚骨というか、存在感を主張しながらも決して重くない凛としたスープに「これでいいのか」と思わせる中太ストレート麺、豚骨ハリガ���細麺に慣れ切った私にはラーメンのカテゴリーにいながら「和食」のアトモスフィアを感じずにはいられない、やや少なめな丼を開けた後は鯖すしを食べてさっぱり終了、完成されているんだこの一連の流れは、食べたことない?そりゃあもったいない。
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熊野本宮大社に行きながら御朱印はあえて頂いてません、御朱印ほど世俗煩悩に塗れたものはないと考えているためです。帰りの空港で日本航空限定御朱印帳が買えなくて駄々こねてるおじさん見てうわ……ってなっちゃったもん。仮にそれ手に入ったとしてそこに書かれる御朱印そんなに偉いもんか?そんなもん500円払わずとも心に刻めよ。その点スタンプラリーのスタンプを景品目当てでなく手帳に押して帰るのは敬虔な行いです。ていうかインク薄いな。
スーツケースの中でビールが漏れ出たり、バーベキューに馳せ参じたりほら僕達なんて十分適度にドラマチックさ。あるいはバイオリズムはビールで取り戻せということか。
「必ずしも孤独を嘆かなくていい」というのは「如何なる選択も孤独を選べ」ということではありません。十分適度にやっていけばいいんじゃないでしょうか。会合に参加できているうちが花とかなんとか、でも来年の夏は平均50℃とかになるかもよ?そうしたらなにもかも終わりだね。よかったね、正しいね。なんつって。それでも生きてる奴は生きてるよきっと。馬鹿なこと考えてないでさっさと寝な、という意味の歌を52ヘルツの鯨が歌ったのは私だけにしか理解できなかったんです。鯨が好きな理由は、多分そんな感じだ。
イマイチ調子が上がらなくて、「これからの僕ら、一体どうなっちゃうんだろう」と考えてしまうのは年々上昇する夏の気温のせい、だから明日から秋を始めよう、もう今日から10月なんだからさ。
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nanahaphotograph · 8 months ago
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Mountain_M
2024 
227mm×227mm
伊勢和紙にピグメントプリント
Pigment print on Isewashi
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shibatoraneko · 9 months ago
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展示のお知らせ 「お部屋に窓を飾りましょう」
題名:春、道のまんなかでウンチをはじめる柴犬
🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾🐾
柴トラ 夏子
水干絵具、胡粉、岩絵具、雲肌麻紙
9.3×9.3cm(額除く)
2024
SHIBATORA, Natsuko
Nihonga (Japanese style painting)
9.3��9.3cm
2024
ギャラリーInstagramアカウント @isetan_urawa_artgallery
https://www.instagram.com/isetan_urawa_artgallery?igsh=MzRlODBiNWFlZA==
伊勢丹浦和店にて展示します!
飾ると窓が増えたように感じられる絵を集めた面白い企画です
私はあるあるな場面の絵を2点出します🐾
「お部屋に窓を飾りましょう」
会場 伊勢丹浦和店 6階美術サロン
会期 4/17〜4/23 ※最終日17時まで
お問合せはギャラリーにて受け付けております
https://www.mistore.jp/store/urawa/shops/art/art.html
≪柴トラ夏子 ≫
日本画画材を中心に、絵を描いたり立体造形をしています。愛犬と愛猫をモデルにした「柴犬とトラネコ シリーズ」の他、動物や子どもなどをテーマとした作品を発表しています。
🐾HP https://shibatoraneko.tumblr.com
🐾Twitter https://twitter.com/shibatoraneko
~~~企画内容(引用)
お部屋にまるで窓が増えたかのようになるコンセプトで描いた作品を展示いたします。
表現する技法も解釈もさまざま。ぜひお楽しみください。
~~~
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manganjiiji · 1 year ago
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こはく雪積れ積れ
友人が結構復調してきているらしい。喜ばしい。私からはとくに伝えることがないので個人的なメッセージを送ってはいないが、周りの話を聞くとメッセージもスムーズなやり取りができるようで、とてもよかったと思う。私も何か言葉をかけたいような気はするが、こちらからは本当になんの報告もない。ただそのまま順然と回復していきますように、というのは皆が願っていることで、わざわざ私が個人的に伝えることでもないような気がする。そのような元気が自分にないだけの気もする。ともかく良い事です。本当に、もっと幸せになってから死んでもらわなきゃ困る。
今日は友人(こうこさん)の誕生日「苦肉の日」だった。昨夜21時半頃からもくり(通話スペース)を立てて、23:30になったらこうこさんお誕生日カウントダウン会場になりますと栞に書いておいた。そして集まった4人で(当然本人は寝ているので不在)30分前からカウントし、15秒前から数を数え、0時になった瞬間ハッピーバースデーを歌った。その後はもくりのタイトルが「こうこさん誕生日おめでとう」になった。本人は不在だが、祝いが届けばいいなと思い、その様子を今日報告した(やはり本人はまったく感知していなかった)。こうこさんには今年はかなりの、いわゆるキャラグッズをプレゼントとして送った(去年は洒落たボディソープなどを送った)。チェンソーマンとA3!のグッズ詰め合わせと、最近こうこさんがステッカー収集にはまっているので、ロルバーンの横型ノートと、その表紙につける透明カバー。このカバーに(もちろん本体にでもいい)たくさんステッカーを貼ってくれというわけだ。カバーを掛け変えれば別のステッカーの表紙にもなるし、ノートを使い終わっても、また別のノートにステッカー付きカバーを使いまわせる。無限大の夢が詰まった商品だ。すごい。あとかわいいジェットストリームがあったのでそれもおまけで付けた。友人のことがわかっていると、好みにジャストなプレゼントを送ることができていいな、と思った。無事に喜んでもらうことができ、安堵。こうこさん達の界隈というか、周辺では、誕生日付近になるとAmazonのほしい物リストを公開して、本を贈り合うのが慣例になっている。私も1冊送った(川端康成の異相短篇集)。明日着くと思う。みな誕生日前や誕生日後にもばらばらと届くように注文するので、誕生月は本が不意に降ってくる月になるらしく、お祭りだなあと思った。私は欲しい本があったらすぐ買ってしまうので、そういった催しには縁がない。また、読むべき本が意図せず増えてしまうのも苦手だ。本が読める人はすごいと思う。どんどん買ったり借りたりしてぐんぐん読んでいく。脳が強くてつねに空き容量があるのだなあと感動する。私は脳が貧弱で物語飽和症であるため、フィクションを摂取できる量が少ない。買う本はほとんど小説ではない本で、それさえも読むのが遅いし、積む。本日の時点で机の横に置いてある「今読んでいる本」を写真に撮ったものがたまたまあったので貼る。
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資本主義、民主主義、キリスト教、アメリカ、というのが相変わらず私の興味の中心だ。若い頃はもっと日本の歴史や思想にも興味があったはずだが、今はそのあたりへの情熱が薄れている。ミュージカル「ラグタイム」のパンフレットにもまだ目を通しきっていない。アメリカの近代というものに、私たち日本の今が凝縮されている気がして、ついそのような本を手に取る。ベスト・オブ・エネミーズの上映を友人(ことこさん)に薦められたのはたまたまだが、あまりにも私向きのコンテンツだった。舞台って、ミュージカルと違って歌のうまさを気にせずフィクションの世界にのめり込めるからいいな、ということに気づいた。そして英語を聞くのも心地いいなと思ったので、最近は数人の友人にアマプラで見れる洋画を沢山教えてもらった。物語としてまとまった英語が聞こえてくるのは楽しいな、脈絡がある知らない言語っていいな、と思ったので、内容が見えなくても流しておくくらいはしたい。寝たまま映画や動画を見るためにiPadを買ってはどうか、ということをいよいよ本格的に考えている。
数日前に、正式に退職した。次職も決まっていない。なんとなく応募してはいるが、たぶん決まらないだろうと思う。色んな人が私に仕事を辞めるように言ったし、そもそもどうせ続かないということもよく言われたし、その人たちの思惑通りというか予想通りになり、私は悔しいような気持ちもあるが、ただ、また敗けたのか、と思っている。私が働くことを無駄だと思う人、そんなことに意味は無いと思う人、私が働くと都合が悪い人、色々いる。私は前職の仕事も同僚も本当に好きだったので、退職したことはかなり悲しい。しかし、体が動かないのであれば、もう仕方がなく、私の「失脚」を望む人々の希望通りになった。それはそれで少し落ち着いた気持ちになった面もある。心配して言ってくれているとか、現実を見て言ってくれているとか、そういうことは頭ではわかっているが、私は単に仕事がしたくて仕事が好きなのであり、それを否定してくるということは私に死ね、今すぐ自殺しろと言っているのと同義である。と私の心は捉えている。これはもちろん拗ねているのだと思う。そのような捉え方はよくないし、幼稚だと思う。しかし、それでも、なぜ、私のやりたいことを応援してくれないのか、なぜ、最初からできない、やるべきではないと言われなければならないのか、そんなに私に「生きない」でほしいのか、と感じる心の動きは自分で押さえられるものではなく、自然発生である。私にとって生きることは働くことであり、働けなくなったら死ぬしかないと思っている。実際この世はそうだと思うし、そう思うことでしか生きていけないような個人的な事情が私にはある。そのことはカウンセリングでの先生との対話を通して整理していくべき課題だと思う。
仕事を辞めたことで、うつ状態になる確率が急上昇し、ふとした瞬間に、あ、ここで落ちたらもううつになるな、という「手前」を感じる。実際ほとんどうつ状態で寝ているし、希死念慮と自殺企図が一日おきに発生している。無気力はややましになったが、その代わりに、という感じだ。そのストレスにより、偏頭痛が頻発し、予防の注射を打ってもなお、毎日偏頭痛薬を飲んでいる。酷い時は朝も夕も飲んでいる。自炊する気力もきっかけもうしなって、とりあえずロッテリアをウーバーイーツで頼み続けているため、明らかにまた太ってしまった。ウエスト部分がきついと吐き気も生じやすい。まずロッテリアを食べることを辞めるべきだが、これも正気を保つひとつの手段になってしまっている。
なかなか正気を保てない。寝ているか、食べているか、余力があれば友人と通話する。さらに無理をして外出、勉強ができるときもある。今日はほとんど何もできなかったが、明日が期限の書類を速達で出すことができた。今日の成果はそれのみ。英語の勉強をしたかったなと思う。大澤真幸の『資本主義〜』も早く読み終わりたいのだが、段々話のレベルが上がってきて、そこまで早くは読み進められない(やっと第3章:増殖する知、勢いがどんどん増していき面白い)。マイケル・サンデルの『実力も運のうち』も、西洋思想やキリスト教にかなり突っ込んだ内容のようだったので気になって文庫版を結局買ってしまった。諏訪部浩一の『現代アメリカ小説探訪』も、かなり歴史の補助���として有難い。教科書的に(体系的に)アメリカ史を学んだことがあるわけではないので、独自の個別講義から得た知識で穴埋めしていっている感はぬぐえないが、このようなやり方も面白いなと思う。日本の歴史は小学校から徹底的に外枠から��実の順に埋めさせられたが、世界史(外国史)の知識は今のところほぼないので、内実から外枠に向かっている。果たして自分でアウトラインを説明できるほどになるのかはわからないが、できるようになりたいとは思う。しかしアメリカは広すぎて、地理知識が日本史の比ではない。連邦国家ということがそもそもアメリカの特徴的なすがたであるので、アメリカ史というのは、12から15くらいの国の歴史を学ぶ感覚になっている。ざっくりと北部と南部、西海岸、東海岸、と思ってはいるが、とにかく都市や州ごとにルーツの違う人達だし、ルーツの意識とは別に「アメリカ人」として育った意識もまた別にあり、縦にも横にも重層的な国だと思う。しかもこれが近代になってから作られた人工的な国なのだから、びっくりしてしまう。それでも現代日本人である私には、明治以前の社会よりは、アメリカ社会のほうがまだ感覚が近しい。そこにはキリスト教という絶対的な断絶があるけれども、その断絶を眺める作業はかなり楽しい。その仕組みさえわかれば、あとはだいたい私たちと同じ、と思えるので(というのも落とし穴だと思うが)200年前のことでも理解しやすい。日本だと、200年前の人というのは、その感覚をほとんど想像できない。同じ列島に住んではいるが異国の人だと思う、旧日本人は。それでも文化や宗教への感覚がほぼ変わっていない点があると思うので(勉強不足のため曖昧な表現だが)、前近代の感覚さえ掴めれば、霊的な部分の繋がりには、キリスト教圏ほどの隔たりはないように思える。
紀伊国屋ホールで「燕のいる駅」という芝居を見た。和田雅成さんが主演のため、友人(となりさん。和田さんの長年の、かなり前線のファン)が観に行っているのを見ていいな、と思っていたら控えめに薦められたので、そのままチケットを取り、話をした翌日、つまり昨日見に行った。帰宅しながらとなりさんにLINEで感想をぽつぽつ送っているうち、2人ともすごい熱量の文章を送りあってしまい、ひとつの演劇作品について、こんなにも自由度の高い読み取り方ができてすごいなと思った。私の感じたことは実はあまりなくて、ただ芝居のテンポやリズムがおもしろくて、そういうのがいいな、と思った。となりさんは脚本(物語)についてもかなり考えていて、私はそこまで深く考えて見ていなかったので、ほんとうに、観劇や読書というのは、受け手の人生体験に依るところが大きいのだなと改めて思った。二次創作の恋愛中心の小説でさえ、やはり読んでいる時は自分の恋愛観や人間関係の記憶が読む時の手すりになっている気がするし、人の数だけ物語がある。受け手が創造しているんだよな、と思う。私はこの、同じものを見たり読んだりしても、頭の中には違う物語が残っている現象というのがとても好きである。受け取り手がいて初めて物語は出来上がると思う。もちろん、書いている人も書きながら読んでいるので、書き上がった時点ですでに物語が1つできている。みんなそうやって、物語を読みながら、自分の人生に整理をつけて生きていて、偉いなと思う。私は読むことによって自分の人生の記憶と向き合うことを避けているのかもしれない。それはあまりにも大きな消耗を伴うため。読んでも読んでもすり減らないくらいに強くなりたいが、それはなろうと思ってなれるものなのだろうか。
2023.9.29
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kennak · 1 year ago
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なんだか小学校の国語の時間のようでカッコワルイが、自分の日本での言論の自由についての考えをまとめるためにも「報道の自由」と「自由な報道」は違う、ということから書こうと思います。 「報道の自由がない」という表現が通常意味するのは国家が自由な報道を許さない、という意味です。 高度な文明が発達している国のなかで、オダキンが述べる「報道の自由」がない国の典型は、衆目の一致するところ中国でしょう。 歴史をほんの少し遡って80年代までの韓国と台湾も「自由な報道なんて、とんでもない。そんなことをしたら殺される」国で、百数十人の死者を出した韓国での光州事件(1980年)や二・二八事件から始まって、1987年に戒厳令が解除されるまでの白色テロ(Terreur blanche)が頻発した台湾の「李登輝以前」の時代を見れば明らかだと思います。 日本では、どうか。 日本では韓国のような民衆の蜂起によるものでも、より妥協的で、選挙とデモによった台湾のようなやり方でもなく、1945年8月、強圧的な軍事政権が「米英」を中心とした民主社会国と共産主義独裁ソビエトの連合軍によって国そのものもろとも破壊されることによって「自由」がやってきました。 この「自由」は実はかなり徹底的なもので、アメリカでは居所が得られない多くの急進的リベラル人が、アメリカ合衆国に愛想をつかして、いわば日本に新天地を求めるようにして、GHQに潜り込んで理想主義的な国家制度をつくったのは、よく知られていると思います。 世界でも一、二を争う言論や報道の自由を保証した日本の世界中のリベラルが「ほんまかいな」とおもうような急進的な自由主義の戦後日本社会は、こうして出来上がった。 「自分たちの血を流さなければ真の自由社会は得られない」という意見は、もっともらしくはあっても、歴史を見ればほんとうとは言えない。 フランス革命もロシア革命も、革命としては「輝かしい失敗」とでもいうべきもので、現代の人間は歴史をふり返り、検証し、理解を共有することによって暴力による革命は結局はうまくいかないことを、すでに学んでいるとおもいます。 「革命」に対する憧れは、日本の体制側の「西洋列強」への近代化された軍事力への憧れと対をなすもので、日本の民衆のなかで知的な層は、「革命」に、いわばロマンティックな執着を感じてきたように見えます。 閑話休題 近代日本には「保守」が存在しない、という特徴があります。 日本の政治世界の歴史で西洋的な意味における「保守」は、例えば昭和天皇が、それにあたるでしょう。 戦後も左派と右派は存在したが「保守」と言える勢力は存在しなかった。 では、��治力学上の保守がいなかったかというと、複雑に思えるかもしれませんが、最大勢力として存在して、その中枢はワシントンDCにありました。 「アメリカ合衆国」という「保守」が、日本を実効支配してきたのだと、世界中の人が判っていると思います。 日本は、その日本の現実を支配するアメリカ合衆国という保守勢力に、反発したり追従したりして戦後80年を過ごしてきました。 おおざっぱに言ってしまえば、そういうことですが、この「見えない保守勢力」にも、戦後80年のあいだには重要な変化があって、もともとは保守の中枢がアメリカ軍であったのが、70年代と80年代に日本がアメリカの国家としての想像力を遙かに上廻る経済発展を遂げた結果、軍の手には負えなくなって、ホワイトハウスに移行します。 最近、ようやく日本の人の意識にのぼるようになった「日米地位協定」に判りやすく現れているのは、いまの「民主主義日本」をつくったのはアメリカ合衆国ですらなくて、アメリカ太平洋軍なのです。 軍人は、もちろん民主制とはなにか、自由社会とはなにか、というような問題にはたいした興味を持ちません。 要は、自分たちの任務のために日本という、アメリカからひっきりなしの援助を必要とせずに、自前の工業を持ち、いわば基地運営のための「環境」をもった自力で維持される巨大な基地+兵站が恙なく動いてくれれば、それでいいんです。 南ベトナムでも、中東でもうまくいかなかったことを、たいした問題も起こさず(といっても、日本の人にとっては砂川闘争、60年安保闘争、戦車搬入搬出闘争と、おおきな闘争を繰り広げたつもりだったが、アメリカ側からみれば、予想された以下のかすり傷程度でしかなかったようです)80年、営々と運営して、太平洋支配の要の役割を果たし続けて来てくれた日本の努力をアメリカ軍は実際奇特なことだと考えているのは、アメリカ太平洋軍の若い将校と(妙な言いがかりを避けるために付け加えると、ガールフレンドとして)付き合いがあったあいだ、何度も聴いて、判っているつもりです。 日本には「報道の自由」は制度として守られているのに、自由な報道をめざすジャーナリストがほぼ存在しないのは、以上の理由・背景によるのでしょう。 遠くなった戦後の記憶として、日本の「自由社会」の正体が、「軍政」であることを知っているからです。 いまでも、ほんとうのことを報道すると「消される」ことになるのかどうか、そこまでは、ぼくには判りません。 日本は真相に近付いた人間が世間に公表する決意をすると、都合良く「自殺」したり、あるいは切羽詰まると、外聞もなく刺殺されたり銃殺されたりする国ですが、個々のケースを見ていくと、組織犯罪の都合であることが殆どで石井紘基にしろ伊丹十三にしろ、国家が直截殺害を企図したようには見えません。 日本社会の言論封殺は、もっと巧妙で、新聞記者を例に挙げれば、日本の大新聞の記者は、社会的には「有名企業のエリート社員」で、その内心は例外なく新聞記者と会社員の二面で構成されていて、内々で会社員としての個人に脅しをかければ新聞記者の顔は引っ込む、という仕組みになっているように思えます。 「紙面」を、よく注意してみれば判る事で、最近は特に顕著で、見出しと記事がおおきく乖離している記事が増えて、どうやら見出しの向こう側には自社社員を厳しく管理統制していこうとする「上司」の顔が並んでいるようです。 さて、ここまで書けば、いささか単純でドンキホーテ的な正義漢であるオダキンの言葉の正体が判ったとおもいます。 それが示しているものは、単純な国語力の不足であるよりも、やや深刻で、背後の、「戦後民主主義」が隠匿してきた重大な欺瞞が原因であるようにおもえます。 わが友オダキンにとっては、ごく自然にジャーナリストが「体制側の人間」と意識されていて、だから「日本には報道の自由がない」という表現になるのでしょう。 日本の報道が腐り始めるのは1930年代に、少しでも「英米との戦争は避けるべきだ」「戦争はやめるべきだ」と述べると、販売部数があっというまに部数が下がって経営危機を迎えるせいで、国民の希望どおり、読者が聴きたいニュースだけを流すほかなくなった新聞が「支那膺懲」「鬼畜米英殲滅」と連日書き立てたからでした。 日本は世界に稀な大衆社会なので、あとからふり返って衆愚に陥っていたことが判明しても、 「国民が悪い」とは絶対に口外できない国です。 いまの日本社会でも、太平洋戦争でアメリカと戦うという、ちょっと現実味を欠いているほどの愚かな選択をして、ついには核攻撃を受け、国土がそのまま原野にもどされ、兵士も国民も大量に餓死するような未曾有の事態に至ったのも、諸外国の人間にとっては、「日本国民が愚かだった」ことが自明でも、日本の国内では、その事実を認めたり、まして口外するのは、タブー中のタブーです。 そんなことを述べたら日本の社会では抹殺されてしまう。 「政府がやった」 「軍部がやった」 我々は欺かれただけだ、と現実ではないことを述べあっていて、「あれはおれではない他者がやったことだ」ということにして、真実が報道されないことも、その伝で、 「日本には報道の自由がない」と繰り返すのが日本社会の掟なのでしょう。 そんなことばかりやっていて、社会が変わるわけはないのではないか、とおもうが、 そこから先は、日本人でないものが言うことではない「余計なお世話」なので、この辺で黙ることにします。 (オダキン、これで判りにくければ、あとはDMで訊いてくれ。きみは人間が頑迷で、見た目ほど他人の話に納得しているわけではないのは判っています。まあ、あとで)
XユーザーのJames F. ガメ・オベールさん
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mxargent · 1 year ago
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
アイウエオカキクケコガギグゲゴサシスセソザジズゼゾタチツテトダ ヂ ヅ デ ドナニヌネノハヒフヘホバ ビ ブ ベ ボパ ピ プ ペ ポマミムメモヤユヨrラリルレロワヰヱヲあいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを日一国会人年大十二本中長出三同時政事自行社見月分議後前民生連五発間対上部東者党地合市業内相方四定今回新場金員九入選立開手米力学問高代明実円関決子動京全目表戦経通外最言氏現理調体化田当八六約主題下首意法不来作性的要用制治度務強気小七成期公持野協取都和統以機平総加山思家話世受区領多県続進正安設保改数記院女初北午指権心界支第産結百派点教報済書府活原先共得解名交資予川向際査勝面委告軍文反元重近千考判認画海参売利組知案道信策集在件団別物側任引使求所次水半品昨論計死官増係感特情投示変打男基私各始島直両朝革価式確村提運終挙果西勢減台広容必応演電歳住争談能無再位置企真流格有疑口過局少放税検藤町常校料沢裁状工建語球営空職証土与急止送援供可役構木割聞身費付施切由説転食比難防補車優夫研収断井何南石足違消境神番規術護展態導鮮備宅害配副算視条幹独警宮究育席輸訪楽起万着乗店述残想線率病農州武声質念待試族象銀域助労例衛然早張映限親額監環験追審商葉義伝働形景落欧担好退準賞訴辺造英被株頭技低毎医復仕去姿味負閣韓渡失移差衆個門写評課末守若脳極種美岡影命含福蔵量望松非撃佐核観察整段横融型白深字答夜製票況音申様財港識注呼渉達良響阪帰針専推谷古候史天階程満敗管値歌買突兵接請器士光討路悪科攻崎督授催細効図週積丸他及湾録処省旧室憲太橋歩離岸客風紙激否周師摘材登系批郎母易健黒火戸速存花春飛殺央券赤号単盟座青破編捜竹除完降超責並療従右修捕隊危採織森競拡故館振給屋介読弁根色友苦就迎走販園具左異歴辞将秋因献厳馬愛幅休維富浜父遺彼般未塁貿講邦舞林装諸夏素亡劇河遣航抗冷模雄適婦鉄寄益込顔緊類児余禁印逆王返標換久短油妻暴輪占宣背昭廃植熱宿薬伊江清習険頼僚覚吉盛船倍均億途圧芸許皇臨踏駅署抜壊債便伸留罪停興爆陸玉源儀波創障継筋狙帯延羽努固闘精則葬乱避普散司康測豊洋静善逮婚厚喜齢囲卒迫略承浮惑崩順紀聴脱旅絶級幸岩練押軽倒了庁博城患締等救執層版老令角絡損房募曲撤裏払削密庭徒措仏績築貨志混載昇池陣我勤為血遅抑幕居染温雑招奈季困星傷永択秀著徴誌庫弾償刊像功拠香欠更秘拒刑坂刻底賛塚致抱繰服犯尾描布恐寺鈴盤息宇項喪伴遠養懸戻街巨震願絵希越契掲躍棄欲痛触邸依籍汚縮還枚属笑互複慮郵束仲栄札枠似夕恵板列露沖探逃借緩節需骨射傾届曜遊迷夢巻購揮君燃充雨閉緒跡包駐貢鹿弱却端賃折紹獲郡併草徹飲貴埼衝焦奪雇災浦暮替析預焼簡譲称肉納樹挑章臓律誘紛貸至宗促慎控贈智握照宙酒俊銭薄堂渋群銃悲秒操携奥診詰託晴撮誕侵括掛謝双孝刺到駆寝透津壁稲仮暗裂敏鳥純是飯排裕堅訳盗芝綱吸典賀扱顧弘看訟戒祉誉歓勉奏勧騒翌陽閥甲快縄片郷敬揺免既薦隣悩華泉御範隠冬徳皮哲漁杉里釈己荒貯硬妥威豪熊歯滞微隆埋症暫忠倉昼茶彦肝柱喚沿妙唱祭袋阿索誠忘襲雪筆吹訓懇浴俳童宝柄驚麻封胸娘砂李塩浩誤剤瀬趣陥斎貫仙慰賢序弟旬腕兼聖旨即洗柳舎偽較覇兆床畑慣詳毛緑尊抵脅祝礼窓柔茂犠旗距雅飾網竜詩昔繁殿濃翼牛茨潟敵魅嫌魚斉液貧敷擁衣肩圏零酸兄罰怒滅泳礎腐祖幼脚菱荷潮梅泊尽杯僕桜滑孤黄煕炎賠句寿鋼頑甘臣鎖彩摩浅励掃雲掘縦輝蓄軸巡疲稼瞬捨皆砲軟噴沈誇祥牲秩帝宏唆鳴阻泰賄撲凍堀腹菊絞乳煙縁唯膨矢耐恋塾漏紅慶猛芳懲郊剣腰炭踊幌彰棋丁冊恒眠揚冒之勇曽械倫陳憶怖犬菜耳潜珍
“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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