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#鼻にゴミ
m12gatsu · 6 months
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無題
アニエス・ヴァルダみたいな髪型で、アニエス・ヴァルダみたいに鼻筋の綺麗なお婆さんがいた。アニエス・ヴァルダだったのかもしれない。
ベビーカー乗った嬰児が自分の手足をぢっと矯めつ眇めつするみたいに、寝そべって自分の手を見ていたらだんだんゲシュタルト崩壊してきて、指の数多い気がした。なんで5本? 
イヤフォン越しでも立体感のある、爆発みたいな、何かが崩壊したようなスケールのでかい音がどよもして、交差点で信号待ちしていた人たちも振り向いた。事故か何かかと思った。清掃員が自販機横のゴミ箱を開けて、ふくれたビニール袋を手繰っている音だった。坂下には桜の名所があって、そこへ行き来する人々が捨てた空き缶やペットボトルの音。空っぽだから大きい音が鳴る。なんかそういう教訓めいた説話がなかったっけ。
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rosysnow · 10 days
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祈りが届く夜
純粋にお祭りを楽しみ、幸せを願う人の中で
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 残暑の夜、この町では無数に心願成就の赤い提燈を灯し、にぎやかなお祭りが行なわれる。
 子供の頃からこの町に住む私は、いつもこの日は浴衣を着てお祭りをまわる。昔は両親と、そのうち友人と、今は彼氏と。
 遠方からの人も混じるお祭りはかなり混雑するので、はぐれないように必死になる。駅前から神社までの道にも警備員が入るほど、今夜の町はざわめいていた。
 隣町の高校で知り合った、初めての彼氏である智行は、私と駅で合流して、「浴衣エロいな」とか言って私をむすっとさせる。笑って「かわいいよ」と言い直したシャツとジーンズの智行を私は見上げて、「智行は甚平着ないの?」と首をかたむけた。
「持ってないし」
「来年着てよ」
「それは、来年も別れてないということでいいんですかね」
「え……わ、別れてると思うの?」
 私が不安をあらわにして智行の服をつかむと、智行は笑って、「俺が振られてなきゃ続いてるだろ」とアップにかんざしをさした頭を、丁重にぽんぽんしてくれる。私は智行を見て、その手を取るときゅっとつかんだ。
「智行とはずっと一緒にいたい」
「じゃ、大丈夫だろ。告ったのは俺だぞ」
「でも、私も二年になって同じクラスになってから、智行がずっと好きだったし。落とせそうだったから、告白し──」
 智行がつないだ手に力をこめたから、立ち止まった。その隙に、唇にキスをされた。
 びっくりしてまばたくと、「千波はその卑屈なとこを直しなさい」と言われた。私は智行の瞳を見つめて、何とも返せずに素直にうなずく。
「よし」と智行は私の手を引いて再び歩き出した。
「智行」
「んー」
「私、小学生のときに、このお祭りで両親とはぐれたことがあるの」
「マジか。大丈夫だったのか」
「知らないおにいさんとお祭りまわった」
「は⁉ 何だよそれ、警察沙汰?」
「ううん。普通におとうさんとおかあさんに保護されたけど、家でめちゃくちゃしかられた」
「おにいさんをしかれよ」
「悪かったのは、ついていった私だからって。何か、その頃から、悪いことが起きたら原因は私じゃないかって思うくせがあるの」
 智行は私を見下ろして、「千波はいい子だよ」と言った。私はこくんとして、智行の肩にもたれた。夜風は涼しいけど、伝わりあう体温はまだ熱い。
 前方に目をやると、あふれそうに提燈がつるされた上り階段があって、その先にもたくさん赤提燈が並んでいる。「すげえ」と智行は子供みたいな笑顔を向けてきて、でも駆け出す前に私に引っ張られて足を止める。
「ちゃんとここで神様に挨拶したら、お願いが叶うんだよ」
 神社への階段、提燈の光が届かない入口のかたわらに、子供の図工の作品のような案山子が静かに何人か立っている。この案山子には、ライトアップも何もなく、たいていの人は見向きもせずに階段をのぼって、喧騒に混じっていく。
「これ、神様なのか?」
「そう。ほんとに叶うから」
「ふうん。じゃあ、千波と結婚できますように!」
「ここでそれを、大きな声で言わなくてもいいんだけど」
「もう言っちゃってから言うなよ」
「普通に、『今日はお邪魔します』って挨拶するの」
 私はそう言って、その案山子を見つめた。
 そう、このお祭りに来たら、この神様に「お邪魔します」と挨拶して。帰るときは、「ありがとうございました」とお辞儀する。そうして、きちんと神社で託した願いを預けると、神様はそれを叶えてくれる。
 あの人もそうだった。あの人が私に教えてくれた。
 私は七歳で、小学校に上がって一年も経っていなかった。右手にいちごのかき氷、左手に大きな綿飴、両手がふさがって「はぐれちゃダメだよ」と両親に何度もお祭りの人混みの中で言われていたのに、ちょっと立ち止まって顔を埋めるように綿飴を食べた隙に、おとうさんとおかあさんの背中を見失ってしまった。
 焦ってきょろきょろして、駆け出そうとしたけど、慣れない浴衣と下駄でつまずきそうになった。「わっ」と声を上げて地面に崩れかけて、誰かが肩をつかんでそれを止めてくれた。
 私は慌てて振り返り、そこにいた高校生ぐらいのおにいさんに、急いで頭を下げた。
「あ、えと、すみません。ありがとう」
 たどたどしい口調で言うと、おにいさんはたくさんの赤提燈の明かりの中で微笑んで、首を横に振った。
「おとうさんとおかあさんは?」
「あっ、い、いなくなっちゃって。探してて」
「はぐれたの?」
 私はうなずいて、転びかけてこぼれそうになっていたかき氷を少し食べる。
「ひとりで探せる?」
 私は暖色に彩られたあたりを見まわして、首を横に振った。振ってから、どうしよう、と瞳が滲んできた。このまま、おとうさんとおかあさんが見つからなくてひとりになってしまったら。
 おにいさんは腰をかがめて、私の手から綿飴を取ると代わりに手をつないだ。
「一緒に探してあげるよ。ひとりだと危ないからね」
「いいの?」
「うん。おとうさんとおかあさん、どっちに行ったかは分かる?」
「たぶん、まっすぐ」
「境内のほうかな。足元、気をつけて」
 私はうなずいて、おにいさんの手をつかみ、たまに甘いかき氷を食べながら、人混みの中を歩きはじめた。
 赤い光が高く、永遠のようにいくつもいくつも並び、それで楽しげな夜店が浮かび上がっている。金魚すくいや水風船、おいしそうな匂いがあふれてくるベビーカステラや、宝石のようないちご飴やりんご飴。笑い声や叫び声がはじけて、みんなはしゃいで、お祭りを楽しんでいる。
「今日は、何か願い事はあるの?」
 ふとおにいさんが問いかけてきて、「え」と私は顔を仰がせて、まばたきをする。
「お願い」
「このお祭りは、神様に願い事を伝えるお祭りなんだよ。たくさん、提燈あるでしょ」
「うん」
「そのひとつひとつに、願いが込められてるんだ」
「そうなんだ。知らなかった」
「ふふ。神様も大変だよね。こんなにお願いされて」
 おにいさんは、まばゆく灯っている提燈を見やった。その横顔がどこか哀しそうに見えて、私は口を開いた。
「おにいさんは?」
「え、僕?」
「おにいさんも、お願いがあるから来たの?」
「ああ、……うん。そうだね」
「どんなお願い?」
「うーん……いろいろあるけど、子供が欲しいかなあ」
「赤ちゃん? 結婚してるの?」
 おにいさんは微笑んでそれ以上言わず、「ひと口もらっていい?」と綿飴をしめした。私がうなずくと、おにいさんは綿飴を食べる。「甘い」とおにいさんは咲ってから、不意にうつむいた。
「僕のお願いは、醜いのかもしれない」
「えっ」
「こんなに提燈があって、それだけ人の願い事があって。綺麗なお願いもあるよね。でも、醜い願いもあると思うんだ」
「……みにくい」
「純粋にお祭りを楽しんで、幸せを願ってる人たちの中で、僕はたぶんすごく汚い」
「おにいさん、優しいよ? 一緒に、私のおとうさんとおかあさん探してくれてるよ」
 私がそう言って、つないだ手を引っ張ると、おにいさんは泣きそうな顔をして、それでもうなずいた。私は考えて、「かき氷も食べていいよ」とさしだした。「ありがとう」とおにいさんは涙が混じった声で言って、懸命に私に微笑した。
 騒がしい混雑の中で、おとうさんとおかあさんはなかなか見つからなかった。私がつまらない想いをしないよう、おにいさんは少しお金を出してくれて、食べ物を買ってくれたり遊びに混じらせたりしてくれた。
 私が下駄の鼻緒がちょっと痛いのを言うと、おにいさんは腕時計を見て、「僕も帰る時間だし、出口で座って待ってたほうがいいかな」とにぎやかな露店の通りを抜け、ゴミを捨てて階段を降りていった。
 提燈が途切れた暗がりで、来るときには両親とはしゃいでいて気づかなかった案山子が、階段のかたわらに立っているのに気づいた。暗闇の中で不気味に見えて、おにいさんの手をぎゅっとつかむと、「この案山子には、神様が宿ってるんだよ」とおにいさんは私の頭を安んじてくれた。
「かみさま」
「このお祭りに来たときには、この案山子に『お邪魔します』って挨拶するんだ。そして、帰るときは『楽しかったです、ありがとうございました』ってお礼を言う。そしたら、願い事を叶えてもらえるんだ」
「私、来るとき挨拶しなかった」
「ふふ、来年からね」
 おにいさんが咲ったときだった。みんなお祭りに吸いこまれて、今は人がまばらの道の中から、「橋元っ」と声を上げながらこちらに駆け寄ってくる人がいた。おにいさんははっと振り返って、「湯原」とつぶやいた。
 おにいさんが私の手を離したのと同時に、その人がおにいさんにぶつかってそのまま抱きしめた。
「ごめん、家抜け出せなくて」
「ううん。来ないかと思ったけど」
「二十一時には帰るって言ってたから、焦って来た」
「そっか。来てくれて嬉しい」
「もう、一緒に見てまわれないよな」
「そう、だね。……いや、湯原が来てくれたなら」
「無理すんなって。また来年──」
「湯原と一緒に、願掛けたいから。来年にはもうこんな町出てて、一緒に暮らしてて、家族になるって」
「……橋元」
「ほんとに……ごめん。僕が、女じゃなくてごめん。もし湯原の子供とか作ってあげられるなら、こんな──」
「バカ。いいんだ、そんなもう気にしないって決めただろ」
 私は、ふたりのおにいさんが抱きしめあうのを見つめた。
 そのとき、「千波っ」と呼ばれてはたと階段をかえりみた。おかあさんが階段を駆け降りてきていた。おにいさんたちも私を見て、私は一緒にお祭りを見てくれたおにいさんに何か言おうとした。でも、すぐさまおかあさんに乱暴に手首をつかまれ、引きずるように階段をのぼる。
 私は、なおもおにいさんを見た。好きな人の腕の中から、おにいさんも私を見上げてきた。
 子供が欲しい。女じゃなくてごめん。子供を作ってあげられるなら。
 ああ、と思った。だから、おにいさんは自分の願いを「醜い」なんて言ったのか。
 でも、私はそう思わないよ。せめてそう言いたかった。おにいさんがその人を好きなのは、すごく分かったから。そして、好きな人と子供を持ちたいというのは、ぜんぜん普通で、とても綺麗な願い事だよ。
「ほんとに、あんたは何してるのっ」
 階段をのぼって、また赤提燈がふわふわ浮かぶ中に戻されると、おかあさんは軽く私の頬をはたいた。
「よりによって、あんな気持ち悪いうわさのある子たちといるなんて」
 その言い草に私は驚いて、おかあさんを見上げたけど、提燈の逆光でその顔は見えなかった。
「ほんとに嫌、うわさ通りなのね。男の子同士で抱きあってたわ」
「まったく……千波、何でおとうさんから離れたんだ。はぐれるなって言っただろう」
「もう何も買ってあげませんからね。おとうさんの手をちゃんとつかんでなさい」
「千波、その男に何もされてないよな?」
「う、うん──」
 すごく優しかったよ、と続けたかったのに、それは聞かずにおとうさんは息をつく。やっぱり、提燈の逆光で顔は見えない。
「ああいう輩には、いい加減この町を出ていってほしいな。気分が悪い」
「ほんとだわ。見かけるだけで嫌になるわね」
 何で。何で何で何で。
 おにいさん、優しかったのに。私のこと、心配してくれたのに。あの男の人が、大好きなだけなのに。
 どうして、おとうさんもおかあさんもひどいことを言うの? うわさってことは、みんなおとうさんたちみたいに、おにいさんたちをひどく言ってるの? あのふたりは、ただの恋人同士なんじゃないの? 一緒にいたいだけなのに、そんなふうに悪く言われているの?
 次の春、おにいさんと男の人は、一緒に高校を卒業して一緒に町を出ていった。ふたりはお盆もお正月も里帰りなんてしなかったけど、私が中学生になった夏、一度帰ってきたとうわさになった。
 孤児の子を養子として迎えた報告だったそうだ。でもふたりの家族は誰もそれを喜ばないどころか、受け入れることもしなかったらしい。ふたりとその子は、町に泊まることなく、平穏に暮らせているのだろう場所へ帰っていった。
 ……よかった。子供持てたんだね、おにいさん。お願い、叶ったんだね。
 それを言いたかったけど、結局伝えられなかった。
「──おっ、射的だぜ。やろうぜ、射的」
「いや、小学生しかやってないよ?」
「景品的には、さっき通った輪投げやりたいんだよ。まだこらえてるんだよ」
「輪投げ……」
「何か欲しい景品あるか? 狙ってやるぞ」
 智行は財布から出した三百円をおじさんに渡して、代わりに射的銃を受け取っている。
 本当に、小学生の男の子しかいないのだけど。その保護者の人に、何だか智行は生温かく見られているのだけど。
 恥ずかしい、と思いつつも、私は並ぶ景品を覗きこむ。一応見渡してから、私は智行に耳打ちした。
「智行」
「おう」
「私も、結婚がいいな」
「えっ」
「今夜、ここでのお願い」
 智行は私を見た。私は照れながら咲った。「よし」と智行も笑顔になる。
「じゃあ、あの指輪でも撃ち落とすか」
 私たちは思わず咲いあって、「もっと上か」とか「少し右」とか一緒に照準を狙い、それが小学生より真剣なので、店番のおじさんにちょっと苦笑される。
「もっとこう持ったほうがいいよ」と小学生たちにアドバイスまでされはじめて、智行はそれで銃を持ち直したりして、授業中よりまじめなその顔に私は微笑んでしまう。
 境内まで続く提燈が、暖かい光を灯して無数に並んでいる。その提燈のひとつひとつに、願いが込められている。
 それはどこまでも綺麗な祈りしかないようで。
 あまりにも貪るように願って醜い気もして。
 幻想的に揺れるあの赤い光は、どんな願いを聞き届けているのだろう。
 家族になりたい。階段の下の陰にたたずむ神様は、おにいさんのあの願いを叶えてくれた。そして今夜も、明るくにぎやかなお祭りから聴こえてくる願い事に静かに耳を澄ましている。だから私も、このお祭りで神様に祈りたい。
 この人と、いつまでも一緒にいられますように。
 それが私の祈り。両親に縛られ、自分の気持ちを言えない私が、初めて強く持った望み。
 どうか届いて、私にその光のような未来を。好きな人と家族になれる幸せを。
 提燈の光が、瞳の中に煌々と降りしきる。昔から変わらないその優しい明かりの下にいると、願い事は確かに神様に届いた気がした。
 FIN
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wwwwwwwwwwww123 · 2 years
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知念実希人 小説家・医師さんはTwitterを使っています: 「抗原検査キットの注意事項 ・発熱当日は偽陰性になりやすい ・出来れば発熱翌日に使用を ・うっすらでもラインが浮かび上がれば陽性 ・痛くてもしっかり鼻粘膜、鼻咽頭粘膜の採取を ・『体外診断用』と書かれた製品を買いましょう ・研究用はゴミです ・研究用はゴミです ・研究用はゴミです」 / Twitter
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kennak · 16 days
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「あなたの家で覚醒剤が作られていました」 松山市の一軒家を所有する男性に警察からかかってきた電話。 この家で鼻炎薬から覚醒剤を製造したとして密造グループが検挙された。 密造人とされたのは台湾から来たひとりの男。 国内で流通する覚醒剤は海外からの密輸がほとんどとされる中、愛媛で起きた「密造」事件。 背景に潜む闇を取材した。 (松山放送局 記者 川原の乃・ディレクター 御巫清英 高橋英佑) 覚醒剤密造事件の衝撃 取材のきっかけは令和5年の夏。ある噂が記者の耳に入った。 愛媛県警が珍しい事件に着手している――。 「薬物の事件らしい」「台湾が絡んでいる」 関係者から聞こえてきた断片的な情報を並べてみてもピンとこない。取材を進めても全容がつかめない中、その答えは、検察の起訴状にあった。 松山市で覚醒剤100グラムあまりを製造していたとして、男女5人を起訴。 密造場所は山あいの一軒家。こんなところでなぜ?背景を探ろうと本格的な取材を始めた。 “あなたの家で覚醒剤が” 松山市の中心部から車で数十分。うっそうとした林道を進んだ先に、その一軒家はあった。中は静まりかえっていて、人が住んでいる様子はなかった。周辺には店舗や住宅もなく、人の気配はない。 取材を進めるうちに、この一軒家を所有する男性に話を聞くことができた。 男性によると、この家はかつて農作業の資材置き場として使われていた。 ことの発端は令和4年12月。職場に見知らぬ男が突然訪ねてきて「通勤用に家を貸してほしい」と頼みこんできたという。後に今回の事件で起訴された人物だった。捜査関係者によると、かつて松山市の暴力団に所属し、有名な覚醒剤の売人だったという。 不審に思った男性は追い返したが、男は毎日のように訪ねてきたという。男性は最終的に根負けして、1年契約でしぶしぶ貸すことにした。 それから半年がたった令和5年5月末。男性のもとに警察から突然、あの電話がかかってきたのだ。 「あなたの家で覚醒剤が作られていました」 一軒家に残された密造の痕跡 令和5年11月、事件後初めて室内に入るという所有者と一緒に内部に入った。すでに事件の証拠品は警察に押収された後だったが、潜伏生活の痕跡はあちこちに残されていた。 捜査関係者によると、メンバーの一部がこの家に住み込み、玄関脇の机がある部屋からキッチン周辺で密造が行われていたとみられている。玄関に放置されていたのは、割り箸やペットボトルのふたなどが入ったゴミ袋。 玄関脇の部屋の机の上には白い粉のようなものがこびりついたアルミホイル。和室の押し入れには薬品が入っていたとみられる段ボールが残されていた。 人目を避けて生活していたとみられる様子もうかがえた。窓のカーテンは閉めきられ、カーテンレールのない窓にはくぎを打ち付けて布を張る徹底ぶり。玄関先には、新たに防犯カメラが取り付けられていた。 ここで覚醒剤を密造していた人物の顔写真を見つけた。室内に放置されたスーツケースの中に台湾の運転免許証が入っていたのだ。 名前は「呉明修」。今回の事件で起訴されたメンバーの1人。私たちがこの人物をこの目で見ることになるのは、4か月後、場所は法廷だ。 裁判で見えてきた台湾側の指示役 ことし3月18日、呉被告は、松山地方裁判所で開かれた初公判にスエット姿で現れた。検察官が起訴状を読み上げると、通訳を介して「間違いありません」と罪を認めた。 法廷では検察官から耳慣れない人名が出てきた。 その名前は「ジロー」。 被告はこの人物に派遣されて、愛媛にやってきたのだという。 被告の証言によると、かつてドバイでカラオケボックスを経営していたとき、店の客から「日本に行ってくれる人を探している人物がいる」として「ジロー」を紹介されたという。 そして令和4年の秋、渡航を指示された。提示された報酬は2万台湾ドル(=日本円で約9万円)。当時無職だった被告は、これを引き受けることにしたという。向かったのは愛媛だった。 覚醒剤の密造という目的を知らされずに来日したと主張する呉被告。台湾にいるジローから、こう告げられたという。 ジロー 「そこでは覚醒剤を作っている」 「君の周りにいるのは裏社会の人間だ。帰らせるわけにはいかない」 こうして、半ば脅される形で密造に関わることになったと話した呉被告。十分な知識はなく、製造に必要な情報はインターネットで入手したと証言した。 今回の事件で原料として使われたのは、アレルギー性鼻炎の処方薬およそ20万錠だったことが裁判資料から分かっている。 検察は被告が錠剤にわずかに含まれる覚醒剤の原料成分を抽出するなどして製造したと主張した。 初公判から1週間後のことし3月25日、呉被告に判決が言い渡された。 懲役10年の求刑に対して、懲役7年の実刑判決。「台湾のマフィアと日本人グループが結託して密造した」とする検察の主張がおおむね認められた形だ。一方で裁判長は「なし崩し的に引き込まれ、脅されやむを得なかった面もあった」と情状も考慮した。 密造人としての呉被告と、台湾側から指示を出したとされる「ジロー」。事件と台湾とのつながりを探ろうと取材班は台湾に飛んだ。 台湾でも及ぶ捜査の手 愛媛で警察が強制捜査に乗り出したころ、台湾でも現地当局による捜査が水面下で進められていた。 私たちは当時のことを聞こうと、ことし6月、台湾刑事警察局を訪ねた。 台湾側は松山の密造事件を「愛媛事件」と呼び、日本側と情報共有しながら捜査したという。最大の関心は呉受刑者に指示を出していた人物の存在だった。 経歴や交友関係を捜査しても割り出せなかった。 「ジロー」とみられる人物 そうした中、台湾側はついに、日本の捜査で浮上していた台湾の人物「ジロー」にたどりつくことになる。 内偵捜査の結果、「ジロー」とみられる人物が���造に必要な薬品を日本に送付する姿を映像で捉えた。決定的な証拠だ。 台北市の近くにある住宅街。令和5年6月、下町の古びたアパートの1室に警察が踏み込み、愛媛の密造事件に関わった疑いで「ジロー」こと、蔵天宝容疑者を逮捕。その後起訴された。 室内からは複数のスマートフォンやタブレット端末が押収された。この部屋にこもって松山にいる呉受刑者に密造の指示を送っていたとみられている。 台湾の密造“ビジネス” 台湾刑事警察局 蘇宥穆さん 捜査に当たった台湾刑事警察局の捜査員は「台湾の指示役が日本に密造の指導をするという事件は初めてだ」と振り返る。 ただ、覚醒剤が密造されたこと自体には驚いた様子を見せなかった。覚醒剤密造は台湾ではごくありふれた事件だという。令和5年には8か所の密造拠点が摘発され、大量の覚醒剤が押収されている。いわば台湾は覚醒剤の“一大産地”なのだ。 なぜ、台湾では密造が横行しているのか? 台湾の裏社会に詳しく、かつてみずからも覚醒剤の密造に関わったことがあるという人物を取材すると、台湾特有の事情があることが分かった。 その人物が教えてくれたことばがこちら。 (どくしふ) 毒(違法薬物)の師匠という意味で、覚醒剤の密造技術に長けた人のことを指すという。 40年ほど前に現れたひとりの密造者の技術を受け継ぎ、質の高い覚醒剤を作る人物がこう呼ばれるのだという。 彼らは台湾の裏社会から依頼され、原料や場所の提供を受けながら、わずかな人数で覚醒剤を密造する。そのノウハウは多大な利益を生み出すものになっていると話す。 台湾メディア「報導者」 李雪莉編集長 台湾で取材する中で、密造の舞台として日本が狙われたことは偶然ではないと話す人がいた。薬物問題に詳しい台湾メディアのジャーナリストたちだ。 指摘したのは、日本の末端の密売価格。高値で取り引きされる日本に覚醒剤を持ち込むことができれば、より大きな利益を得ることができるため、世界中の犯罪グループが日本市場を狙っているという。 覚醒剤の脅威はすぐそばに 台湾から密造人を呼び寄せ、愛媛の人里離れた一軒家で覚醒剤の密造を試みたとされる今回の事件。 薬物事件に詳しい専門家は密造の背景に日本の厳しい水際対策があるのではないかと指摘する。 元麻薬取締官 瀬戸晴海さん 「台湾にとって日本は大きなマーケットですが、密輸対策を年々強化しています。ですから日本の組織と台湾の組織が結託して、試験的に技術を日本に持って行って密造すればリスクも少なく、大きな利益が上げられると考えたのではないでしょうか」 そのうえで愛媛に限らず人口減少が進む地方では、空き家などが新たな犯罪インフラとして悪用されるケースが増えるのではないかと話した。 元麻薬取締官 瀬戸晴海さん 「覚醒剤の密造は悪臭や毒ガスが発生したり、火災が起きたりして、危険なうえ周辺にも影響が及びます。ですから今回の事件のように密造者は人目のつかない中山間地域に拠点を求めます。過疎化が進む日本では各地で空き家が増えていて、こうした事件が全国各地で起きてもおかしくありません」 (7月17日「おはよう日本」で放送)
山あいの一軒家で覚醒剤密造~日本に忍び寄る闇 | NHK | WEB特集 | 事件
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14-sakiii · 3 months
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引越しの記録
6月26日(水)
引越し作業が辛くてヘロヘロ。本当にすぐに疲れてしまう。疲れてて泣けてくる。
6月27日(木)
ノンちゃんとご飯。誕生日プレゼントを渡した。体調が悪かったので健康的なものが食べたいって思っていたら、猫吉というお店に行こうって提案してくれて助かった。とろろご飯の定食を食べて大満足。そしていつもの喫茶店。名前とメニューが変わっていて、あの美味しいパスタは食べられないという事実に驚いた。ずっと続くものなんてないのか?今、続いていること全て、すごいぞ。私はこの日もヘロヘロだったのだけど、ノンちゃんと話している途中で疲れを忘れていた。ノンちゃんはすごい。この日から左耳がなんだか塞がったような感じがし始めた。少し心配。
6月28日(金)
引越し前日。最後の出勤。みんなにレモンケーキを配った。自分と同じ歳の双子ちゃんと一番仲良くしてくれたYさんから可愛らしいお菓子を貰った。Yさんが寂しいと言いながら本当に泣いてしまいそうで焦った。しんみりしないようにちょっとヘラヘラしてしまった。家に帰って来てからじわじわと寂しさにおそわれた。4年間、居たんだな。夜、業者の人に不用品を持って行って貰った。軽トラで来る話だったのに普通のトラックで来てびっくり。雨だからという理由だった。約束していた値段は変わらなかったから、ラッキー。「若いから」という理由でなんでもかんでも積み込んでもらえた。カタコトの日本語と微笑み。その後、土屋さんとノンちゃんと電話。いよいよだなという壮大な計画が始まった。
6月29日(土)
引越し当日。体力勝負。沢山動いてヘトヘト。引越し先までどうやって移動しようか迷っていたら引越し屋さんが助手席に乗せてくれてラッキーだった。開口一番、あいみょんみたいですねと言われた。何度か人からあいみょんみたいと言われたことがある。似ているのか?仕事の話になり、これまでの経緯を聞いていたらインタビューしている人の気持ちになってなんだかアツかった。その人は正社員になる必要性に対し、疑問を感じているタイプの人だった。共感がほしい訳ではなく、自分の意見はしっかり突き通す感じだったので、言葉の厚みを感じた。無事に到着。すると、母と父と妹もやって来てびっくり。生まれて初めて引越し蕎麦を食べた。そんな文化があること自体知らなかった。年越し蕎麦みたいでワクワク。ドーナツと私の大好きな和菓子屋さんの饅頭も食べた。その後、雨樋が詰まっているとのことで、業者の人とまた色々やり取りをした。人と話しすぎて疲れた。
6月30日(日)
すんごくバタバタ。毎月恒例の一ヶ月の振り返り投稿は意地でもやりたくて更新。この日は部屋の引き渡し・立ち会い日だった。掃除を頑張ったのだけど、壁にサーっと傷があり、2万円くらい損した。悔しい。こういうことで悔しくならないような人間になると心に強く誓った。悲しかった。おまけに物干し竿を持って帰らなくちゃいけなくて、握り締めながら電車に揺られ、そのまま帰宅。もう、あまりにも疲れていた。寝る前にピルクルのミラクルケアのむヨーグルトを飲んだ。6月は人生最大の疲労だったなと思う。
7月1日(月)
やっほー、七月。妹の誕生日。喧嘩をしていておめでとうって伝えられなかった。転出届と転入届を出すために市をハシゴ。1万歩歩いた。市役所で健康的なお弁当に出会えて嬉しかった。野菜がたっぷり。そういえば最近野菜を食べていなかったのだ。雑穀米も美味しかった。元気が出て、免許の書き換えもやりに行くことが出来た。警察署に入るのは、悪いことしていなくてもどきどきする。お年寄りが多かった。お年寄りの人が普段何をしているのか疑問だったのだけど、こういった場所に集まっているのだなって謎が解け、スッキリした。この日の移動中は服部みれいさんの「あたらしい自分になる本」を再読。早速、無印でオーガニックコットンの下着を購入。自分に優しくなりたい。
7月2日(火)
耳鼻科へ。聴力検査の結果、やはり左耳の聴こえが悪かった。薬をもらえたからしっかり治していきたい。治りますように。その後、美容院だったのだけど30分前にキャンセルの電話が来てびっくり。落ち着くためにコメダへ。あみやきサンドとホットミルク。お腹が満ちると落ち着く。金曜日に変更。気を取り直して図書館へ。小さい頃によく行っていた図書館で匂いがすごく懐かしかった。カードを無事に再発行できた。工藤玲音さん、服部みれいさん、銀色夏生さんの本を数冊借りた。機械に重ねて置くだけで借りられてハイテク過ぎて驚いた。電子書籍も借りられる。すごいすごい。帰りに妹の誕生日プレゼントを購入。コスメキッチンの人に全部決めて貰った。プロに聞くのが結局早い。渡すのが楽しみ。帰宅後、父に頼んでいた机が届いた。早すぎる誕生日プレゼント。これでようやく椅子に座って字を書ける日がやって来た。色々頑張りたい。
7月3日(水)
メンタルが圧倒的に安定した。安心、安心。早寝早起きが習慣化している。祖母のおかげだなって思う。今日は祖母もお休みだったから粗大ゴミの整理を一緒にやった。なんとか処理の仕方がわかってよかった。電話の女の人が凄く丁寧でわかりやすかった。出掛けずにひたすら部屋の整理や連絡を頑張った。夜ご飯は炒飯を作った。美味しくできてよかった。そろそろ仕事を決めなくちゃ。この先の檸檬の予定が決まっているからこそ!仕事一筋だった祖父の仏壇に向かってお祈りしてみた。
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jerusalemaya · 4 months
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感謝です!
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2024.06.05
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今朝は耳鼻科に行って診てもらいましたら、鼓膜にゴミがついているとのことで、吸い取ってもらったら耳の違和感が全くなくなりました。
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感謝です!
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今日も一日、無事に終わりました。
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神さまの恵みを深く感じた一日でした😆
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myonbl · 5 months
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2024年4月16日(火)
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桜がソメイヨシノから八重桜へとシフトすると、急に気温が上昇した。予定より1週間前倒しで春のシャツを引っ張り出したのだが、5枚で5週間の生活、今日はどれを着たのかと記録を取っておかないと被ってしまう。スタンドカラーの一番上のボタンが苦しいのは、まだ体重がオーバーしている証拠、このボタンを楽にはめられるまで減量プロジェクトを頑張らねばならない。もっとも、その前に半袖シャツの季節になったりして・・・。
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5時45分起床。
洗濯。
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朝食。
珈琲。
火曜日は弁当不要の日。
可燃ゴミ、20L*1、30L*2、45L*1。
ヤクルトさんから野菜ジュース購入。
O姉と一緒に出勤。
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順調に到着する。
昨日の<情報機器の操作Ⅰ(看護学科)>の入力課題をチェック、10分間で300字が合格ラインだが、タイピング練習を頑張って貰わねば。
今週の<スタディスキルズ>の進行打合せ、内容を詰め込みすぎていたとの判断で一部を来週に回すことにする。
O姉もランチを忘れたとかで、2人でルイボスティーを頂く。
3限・4限は<スタディスキルズ(看護学科)>、先週の振り返り、キャリアデザイン、大学コンソーシアム大阪の単位互換の紹介、ノートテイクの練習、試験の種類、評価とGPA。予定通り消化することが出来た。
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O姉は耳鼻科を受診するとかで地下鉄十条駅まで送る。
帰宅してすぐに夕飯準備、蒸し鶏を仕込む。
ツレアイは午後の用事を済ませて帰宅、18時30分からWeb研修。
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息子たちの夕飯終了後、研修を終えた彼女と少し遅めの晩酌開始。
昨晩の喬太郎・小ゑん二人会のトーク部分を視聴する。
刑事コロンボを観る、
第67話「復讐を抱いて眠れ」/ Ashes to Ashesシーズン 1, エピソード 67 葬儀社を経営するエリック・プリンスは、元愛人で芸能レポーターのヴェリティから「あなたを破滅させるネタをつかんだ」と告げられる。彼女は前に、プリンスが大女優の遺体からダイヤのネックレスを盗み、現在の事業を確立させたことを調べ上げていたのだ。
片付け、入浴、体重は300g限。
眠いので、日誌は明日のことにする。
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夕方歩く余裕がなかったので、3つのリング完成ならず。
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ashrhal · 6 months
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2024年4月8日
みなさん元気ですか?僕は今、東京の公園で小雨に打たれながらスーツ姿でハイボールを煽り指で鼻くそをこねているおじさんです。
ピーマンの汁が飛んだ。ブシャーっという効果音がこんなに似合う光景があるのかってくらい、俺が齧ったピーマンの汁が飛んだ。
月曜日。土曜日に今のクソの中のクソ、汚泥みたいな家から引っ越すべく奥さんと今の街の周辺を練り歩き、不動産屋を梯子して、条件に合いそうないい物件を見つけたり、生理特有のズンとした気持ちをほぐすために日曜日に高円寺にビリヤニを食べにいくなどして僕たちは楽しく休みを過ごすことができたが、朝6時に目を覚まして迎えた二週目の月曜日の朝は暗澹という言葉がここまで似合うのかというくらい濁っていて、瘴気の漂う電車に揺られ出社した。隣に座ったケバいOLが韓流ポップをこれでもかと音漏れしていてつらかった。
仕事は相変わらず、右も左も分からない。当たり前だ、まだこの職場に来て1週間なのだから。それでも仕事は止まらないからあれこれと降りかかってくる。わけもわからないままこうしたらいいかな、こういう考え方でいいかな、ここは上司に聞いた方がいいかな、と俺なりに考えて自分のできることを探して行動する。俺は本当によく頑張ってると思うが俺以外きっとそんなこと誰も思わない。作成した資料を上司に確認してもらうよう依頼する、ミスが見つかる。指摘される。そんなことわかるわけねえだろクソが手順書のどこにも書いてねえから自分で考えてやったんだろうがと思うが口にせずにっこり笑って「ありがとうございます」と伝える。これがサラリーマンだと理解はしていたが、サラリーマンはクソだということをこれまでもより強く理解する。そんなことじゃ俺はへこたれないぞ、と思いながらも心のどこかでストレスを蓄積してしまう俺は煙草が吸いたくなる。これまでの職場は、午前中には一回、午後には一回どんなに忙しくても必ず煙草を吸えた。しかし、他のチームのメンバーが血走った目でキーボードを叩く姿を見て新参者のペーペーの俺はタバコを吸いに行くことすらままならない。そのまま午前が終わり、痺れを切らして「昼休憩行ってきます」と憮然とした表情で伝え、喫煙所に向かう。喫煙所はビルに一つしかなく、毎日昼の時間は行列ができている。煙草を吸いたい煙草を吸いたいというはやる気持ちを押さえつけて20分並ぶ。ようやく据えた煙草は泥みたいな味がして喫煙室にいる人間全員殺すぞという気持ちと、この喫煙室にいる人間は全員こんな俺が抱いているような感情を乗り越えて毎日働いているんだという尊敬が生まれる。
昼飯はマズい食堂のラーメンを食い、午後の業務にあたる。「ここにこういう風に連絡すればいいから」と聞いていた通り連絡をすると「昨年度もお伝えしましたが、担当部署が変わっているのでここじゃないです」と言われる。クソがと思いながら、今後も関係がある部署かもしれないからごめんなさいの電話をしようと思うと何度かけても一向に繋がらず、俺の心は折れる。そんなこんなで「殺すぞ」と「ありがとうございます」の間を行き来しながら今日も朝の8:30から22:30まで元気に健やかに働いた。
昼休み俺に「仕事で失敗した」「死にたい」とLINEを送ってきた「帰るよ」と妻に連絡をすると、最寄駅のルノアールにいると伝えてくれた。今日の俺のつらさが浄化されるのではないかという淡い期待を抱き妻を居酒屋に誘い夜メシを食べに行った。そこは料理もおいしく酒もそこそこ安い価格で飲める、短い東京生活で憩いの場の候補の一つであったが、その店のメニューのひとつに出汁に浸したピーマンがあり、俺はそれを頼んだ。駅で会ってから、昼間の「死にたい」を引きずってる妻と、社会から受けた傷を舐め合って明日からまた元気に働きたかった。俺が一杯目のビールを飲み終えるか飲み終えないかでピーマンが卓に届く。「出汁が飛び出すんで注意してください」店員のそんな声を聞き流しながら、俺はピーマンに齧り付いた。
ピーマンの汁が飛んだ。ブシャーっという効果音がこんなに似合う光景があるのかってくらい、俺が齧ったピーマンの汁が飛んだ。
その汁は、テーブルの対面に座っている妻まで届き、妻が最近購入した水色のストライプが入ったワイシャツを盛大に濡らした。そこからは最悪だった。妻は落ち込みとブチギレの狭間で宙空を見つめ、俺は浄化できないつらさを抱えてそれを妻が拒絶することに傷つき宙空を見つめ、ほぼ会話もすることなく、俺が何かを投げかけても妻は一切歩み寄ってくれる気配もなく、ビール一杯とハイボール2杯を飲んで店をあとにした。
妻がつらい時、俺は優しくしてきたはずだ。他人に平等を求めること自体平等ではないとはわかっているが、今日の俺は妻に優しくして欲しかった。そんな俺の感情よりも自分の気持ちとスタンスを尊重して誰よりも損してしまう妻は終始俺に寄り添うことはなく、帰り道で俺を置いていく妻につらい気持ちをアピールするために壁を蹴ったり半泣きになりながら「なんでそんなにいつも攻撃的なの」と嘯いたり道路にしゃがみこんだりしていたら、妻が俺置いて家(ゴミ)に向かって歩いてどこかへ消えてしまった。
その結果、僕は今東京の名もない公園のベンチでコンビニで買ったハイボールを飲みながら、急に馬鹿らしくなって鼻くそをほじってこねてみたり、リリィシュシュを聴いて神妙な気持ちになってみたり、実は全然つらいことなんかないんじゃないかと思いながらもしっかりとつらさを感じて、小雨に打たれながら日記を書いています。誰か助けてくれ。できれば妻がいいけど。
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pix-ied · 6 months
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24年3月3週目
体調が悪い。歯茎が痛い、喉が痛い、鼻の調子が悪い、体が痛んでいる。それでも仕事はあり続ける。映画館に行きたかったがとても行けなかった。
呉明益『眠りの航路』読了。睡眠リズムがおかしくなった現代の息子と戦時中日本で工員に従事していた過去の父がリンクする、という話の筋書きを上手く読み取れないまま読み終えてしまった。息子は日本を訪れたら唐突に病気が治ってしまった。解説がとても面白くてこの本の奥深さを全然理解できていなかったなと思いながら本を返した。他の作品も微妙にリンクしているらしいので、読んでみたい。普通に読んでると気づかなかったけれど三島由紀夫が登場人物として出ていた。著者の父親と三島が同じ工場で働いていたかもしれないというというのがあるらしい。
日曜の休みは具合が悪くて、自宅というかほぼベッドに引きこもり。久しぶりにNetflix。マイリストに入れっぱなしの作品から見かけだった『ヴィレッジ』を鑑賞。村民の反対を押し切って、ゴミ処理場を作った村のその処理場で働く青年が主人公。母親がギャンブルにはまり借金を作って、その身代わりとして昼夜働く。死人のように生きる彼だが、ある日昔の同級生である女性が東京から地元に帰ってきてゴミ処理場(かもしくは町?)の広報となったことから彼の人生は好転していく。中盤ですごく良い感じになったので、これはもうネガポジネガ展開やんと思っていたら概ねそうだった。映画のプロモーションに能のお面が大きく出ていて、ヴィレッジというナイト・シャマラン映画を彷彿させるタイトルになんとなく、閉鎖的な村の恐怖みたいなイメージで見始めたけど、ちょっと違った。まぁ、村から逃れられない恐怖という意味ではそうなんだけど、村と言うより親から引き継いだ階層から逃れるのは難しいという感じがした。
元気になりたい...
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xx86 · 2 years
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2022年、バニラ、お蕎麦、がらくた
長く愛用していた香水が廃盤になってしまった。眠れない夜、寂しい夜にいつでも抱きしめてくれた香り。だいすきなのに、特別だったのに、毎日使っていたのに、どんな香りだったのか思い出せない。なんて薄情。
さてどうしよう、と松坂屋を出ようとしたところにあった香水ショップで見覚えのある香水瓶が目に付いた。そのブランドで買い物した時に、リボンに振りかけてもらった香水だった。甘く、じゃくじゃくとした、砂糖を煮詰めたようなにおい。または、子供にフリフリの服を着せたがるお母さんが使ってそうな香水。
店員さんにこの香水は男性でも使われる方が多いと話していてまさかと思ったけれど、ラストのくしゃみをしたくなる甘さを引き摺りながら、この香りを選ぶ男性はぜったい欧米人だなと思った。日本人男性の体臭にはパンチが強すぎる。人と被らない香水を選んできたわたしがまさかブランドのアイコンとなるような香水を選ぶ日がくるとは思わなかった。普遍と考えるならいいのかもしれない。しばらく試してみて、夜を越えられそうだったら定番にしてみようと思う。
と、思っていたのは夏の話で50mlの香水は突如空になった。何の前兆もなく。クリアガラスになっていない香水瓶だったので、残量を把握できてなかったのだ。しかしながらトップの立ち上がりがだいぶマイルドになって、鼻が慣れてきたのかななんてお気楽なことを考えていたけど、今思えばだいぶ揮発していたのだと思う。揮発してちょうどよく感じるほどトップがきつい香水って多くない?ずっと使っていた香水は、トップからスペシャルに甘酸っぱくて好きだった。
まあこの香水も使いこなせるようになってきたので、もう一度同じものを買っても良かったのだけれど、もうすぐ会える彼と香水を揃える約束を幾分前からしていたので、取り急ぎつなぎとして全然違うバニラのにおいのする香水を買った。置いてあるテスターって大体ラストだから気をつけなければいけない。やっぱりトップがきつい。明日から泊まりに来る妹に嫌がられそうな匂い。でもまあ赤のキラキラの箱に入っているところからギャルみたいで気に入っている。20代の内にバニラのにおいがするtinyな女の子ぶってみたかったから。
仕事に疲れ土日は寝倒し、空腹で目が覚めるも食べるものがなく、仕方なくUberEATSでマックを頼む、みたいな怠惰な週末を過し続け気づいた。私、マックは別に好きじゃない。そもそも実家に暮らしていた頃は10年近くマックを口にしていなかった。私にとってマックのハンバーガーは小中学生の時ジャスコで友達と食べるものだったから。高校生の時はひたすらサイゼにいた。専門学生の時は居酒屋ばっかにいた。社会人になってからはフレンチやら懐石やらちょっといい焼き鳥なんかを食べていた。自分のお金で。言わばマックは私にとって子供時代に遊び尽くしたおもちゃみたいなものだったのだ。子供というのは常に新しいものに敏感だから。そして行きたいところも食べたいものも一巡して、戻ってきたのだった。マックとスタバの新作にやたら敏感な26歳のできあがり。
しかしながらカロリーの高いものを食べるのは疲れる。これは26歳という年齢もあるのかもしれない。いつも食べては後悔していた。なのにしばらくするとまた頼んでしまう。なんらかの力が働くみたいに。やけになっていたのだろう。激務に追われ心身共にボロボロだった。疲れると何もかも破壊したくなる。
疲れきった仕事帰りのある日、なんとなくショッピングモールにあるお蕎麦屋さんに入った。暖かいお蕎麦と八寸を口にして、涙が出るかと思った。優しいお出汁の味。これだ、日本人のDNAが喜んでいると馬鹿みたいなことを真剣に思った。やっぱりハンバーガーじゃなくて、和食なのだ。私の体が欲しいものは。元々薄味が好きだし。そんなことを思いながら、マックを食べている。懲りない。
こんなはずじゃなかったと思ったのが去年で、こんなはずじゃなくても生きていける、と思ったのが今年だ。なんだ��んだ私は強い。死なずに生きてる。生きるためには、適応していける。生きがいなんて、やりがいなんてゴミ箱の中からでも探し出せる。虚しさなんて犬にくれてやった。
社会人7年目にもなると最早独壇場だ。研修も無くなってくる。カリキュラムもマニュアルもない。やれ電話の取り方だ、やれ打ち合わせの進め方だと教えてくれる先輩も、1限目は数学だとか2年生から文理選択とか、決めてくれる大人もいない。
子供と違って大人はなんとなくでも生きていける。自分の手ではっきり選びとったり、掴み取った感覚が無くても、流されるだけで生きていける。私はそれが嫌なのだ。もったいないし、去年と今年は変わり映えない1年だったなとぼんやり思う自分を想像すると居ても立っても居られなくなるから。生き急ぐ性質は結構セーブしてるけど、ひとつひとつちゃんとこなしてはいきたいのだ。時間は有限だから。
ぼんやり生きないこと、多忙に流されず争うこと。それが私の来年の目標であり、20代の目標でもある。
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aldebaran0519 · 11 months
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更新しました。体調がゴミです。
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wanderwonderland · 1 year
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ちょうど可燃ゴミの日でした。君に言わせれば「サービスエリアのソフトクリームを好きって言うのと同じ類の」僕の君への愛も、鼻水がついた紙屑の山にぶち込んだ。
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trm517 · 1 year
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にゃん、というわたしの鼻先に虹がかかる夕方 枯れたいちごのヘタをもてあそんでいた 静かに死んでいた 日々は流れるどころじゃなく全てを丸呑みにしてわたしをぐんと追い越してゆく 与える人になりたいと思って、そして与えられるのが怖かったことを思い出した 思って、思い出した 桜の花びらが粒に見えるほどあなたの頭に載っていた 見知らぬあなたは大声で笑っていた オートロックの暗証番号を3回間違えていた 明日は雨で今日をすっかり諦めることにした ゴミが出せなかったり外に出られなかったりすることを、あなたはきっと分かってくれない 分からなくてもいいけれど、あなたはきっと分かってくれない、ことをわたしは分かっている
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highwayly · 1 year
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少しずつ気が狂っていくうちに本当に目が回って立てなくなってよくわかんない首のストレッチとかして耳を元に戻してやっとまっすぐ歩けるようになった今日なんですけど。夜ご飯の鮭のムニエルの付け合わせにぶなしめじを炒めたところで結構前に買ったやつだったな食べれないかもって気づいたら全部やる気なくなって座っている。体調も若干戻らないから歯医者をキャンセルしてしまったし。歯医者だの耳鼻科だのなにもかもが本当に本当にむずかしいなあ。あたしの仕事は精神疾患とかフツーのフツーの生活を送れない人ばかりを相手にする。そのひとたちの部屋からする異臭とかゴミとか虫とかそういうものの異様さは自分の感覚を鈍らせてく。そういうのを毎日見てるうちに大好きだった映画や音楽や本がよくわからなくなってきた。しょうもないとさえ思うようになった。こんなふうになるんじゃないかっていつか友達と土手で泣いた日にまだ戻りたい。このまま大切なことがすこしずつわからなくなってしまったらどうしようと思うのに、まわりで普通に普通に普通に毎日出勤して働いてる同じ会社の人とかみると同じようにできなかったらあたしもあっち側に行っちゃうのかもしれないとか思って特におんなじ仕事をしてる恋人が毎日ちゃんと仕事してることになにより酔ってどこももう埋まってて仕方ないからいろんな本を買った。恋人はやさしくて大好きだけど、音楽や本や映画がなくても生きていられるひとであることが許せない日がある。ゆるせない日があるんですよ、だいすきなバンドの新譜がめちゃくちゃかっこよくてそのときにわきあがるなんとも言えない勇気でずっと欲しかった3万のTシャツをカートに入れちゃう横で貯金残高がいくらを超えたとか言われるのがどーしても嫌な日があるんだよ大切なものがわからなくなるんだよもう全部ぐちゃぐちゃだから。クッソ本当に全部馬鹿みたいだな砂糖切れてたし1番高い砂糖買ってきてなんか作ろ!ナメんなー!!!!でもスーパーに寄ってもコンビニに寄ってもきみの好きな飲み物を買ってみたり好きなケーキを買ってみたりそういうふうに出来上がる毎日のことは大好きなんだ。やさしくしたい。自分の食べたいものはいつもわからないのに。
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monogradation · 2 years
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なんとなく、着の身着のままで外に出て薬局に行った。
薬局で僕が買った商品は一つしかなかった。レジ袋を省略するのは薬局でもそうで、その少ない商品を見て店員さんは袋の必要の有無を聞くことすらしなかった。マスクのたくさん入った少し大きめの箱だったにも関わらずだ。僕はその目立つ箱を手につかんだまま薬局を出て家路へと急いだ。
風が強かった、花粉が舞っていそうだ。
なんとなく目の前にヴェールがかかったようであり、春らしい眠さを感じているのだと思った。多分、春は花粉が多く飛んでおり、それによって横になることで鼻が詰まりやすく、日本人全体の睡眠の質が落ちる、それが春眠暁を覚えずの由来なのではないか、と、そんな空想をしながら、この眠気をどうにかしたいと思った。
そこにコーヒーのチェーン店があった。
コーヒーには御存知の通りカフェインが含まれており、若い頃にはその効果をあまり感じなかったが、最近その恩恵と害を強く感じるようになった。しかし今この瞬間のこの自分の体調には必要なのだと、そういう確信があった。それで、最小の一杯を飲むことにした。
レジの人はとても「にこやか」で、そのにこやかさをアイデンティティにしているようなそんな皺が目元に備わっており、僕はその人が若い頃に「あなたの笑顔はとても素敵ね」と言われているところを想像した。その人に一番小さく、そして大きさに伴った値段のコーヒーを頼むと、にこやかにお会計の手段を聞かれ、いつもの電子決済サービスを告げ、コーヒーを受け取って、砂糖を取り、植物性油脂のポーションを取り、そして席を探した。
レジから窓際へと店をぐるり、右から左へと見渡した。店は程よく混んでいたが、窓際の席がずらりとあいている。どこかの一団の客が陣取り、そして去っていったあとなのかなと思った。コロナよけのシールドとシールドの間にコーヒーを慎重に、マスクの箱を乱暴に置き席についてすぐに気づいた。その日当たりのとても良い席はただ単に暑かったのだ。上着を脱ぎたかったが・・・上着を脱ぐとその下に着ていた長袖のタートルネックのシャツはなんとなく肌着みたいに見えるような気がした。なぜか?少し僕には袖が短いからだ。着の身着のままで出てきたことを後悔したが、別に日陰の席に移ればそれで済むことだった。
そこでふと友達が「田舎ではスーツなんかだれも着ない」という話をしていたことを思い出し、田舎で暮らしてたらこんな事気にする人はいないんだろうな、となんとなく想像し、そして、いや、田舎は周りみんなが知り合いである可能性が高くてむしろそんな格好できないのかなとか、なんかややこしいことを考えた。田舎では多分、そのスーツ以外の服にも細かくチェックが入り・・・Tシャツだって肌着だ、長袖Tみたいなものでは?いや、これはババシャツならぬ、ジジシャツだ!
窓から見える向かいの木がまだ裸で寒々しかった、あの木にはいずれ綺麗な花が咲く事を知っている。そして空は春の青さがあったし、日差しもその気配を十分感じた。
僕はジジシャツを隠すために日陰の席に移り、コーヒーを飲み始めた。薄いコーヒーだ、いや違う、いつも飲んでいるコーヒーが濃いのだ。もう本当に味覚がだめになってしまったのかな、いや亜鉛を摂れよ、などということを思いながらコーヒーを飲んだ。砂糖は一つ、ミルクは入れる。コーヒーに砂糖を入れずに人工甘味料を入れる人は、そのカロリーを知っているのかな、とか、ブラウンシュガーをありがたがって選ぶ人もいるけど、ブラウンシュガーって精製された純粋な糖に、サトウキビの茎、虫の死骸、ゴミ、そういうものでできたもので、確かにキビとかの風味が少しあるけど、コーヒーに入れてもわかるのかな・・・みたいな意地悪なことを思った。
それでふと左に見える鏡を見ると・・・ひどい格好だった。外に出ちゃいけない格好だなと思った。それは自分の存在を空気みたいに感じている証拠だ。髪型も少し変で・・・明後日もう少し短めにしてもらおう。誰も自分を見ていないだろう、そういう気持ちでないとできない格好だった。髭も剃ってない。しかし、右の方にある鏡を見たら少しまともだった。つまり、左側の髪型が・・・おかしいことは確かだった。だから右端の席に座っちゃだめなんだよ・・・左側は日ナタでジジシャツだけど。
こんな服装は本当に良くないと思った、上着を脱げないし。そういうことがあったその服は一式まるごと捨てたくなる。でもそれはやめろと自分に対して思った。そうして捨てられる服は確率的によく着ている服で便利な服であることが多いからだ。捨てるならあの青紫のキラキラした金属片の入ったふわふわのニットだろ?着たか?などと思った。
ま、バカバカしいな。この店内にいる誰かに気に入られたいか?この店内にいるどんな女性とでも結婚できるとして、外見的に誰としたい?あたりを見回す、誰も、全然だ。とここまで思って、バカじゃない?何様のつもりだよ!と自戒して、じゃぁ、やっぱり服を気にするべきなの?みたいなことを考えて、髪を少し手で触って整えたような気になって、バカバカしくてそれについて考えるのをやめることにした。
コーヒーを飲みながら「人はなぜ自殺するのか」の続きを読む。詩的な部分で・・・僕はなんとなくミッドサマーの最初の方で死ぬお姉さんのことを思い出した。この本の話はまた別の機会に。
コーヒーを飲み終わって外に出た。風はまだ冷たかった。コーヒーの効果を感じながら歩いた。
家に帰ってきて、外に出る用事も特になかったが服を着替え、鏡の前に立ち、メガネをクイッとして、それからその日の仕事をした。
僕は本当にややこしいことを毎秒置きに考えて生きているが、人間そんなもんだと思っている。
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sakanafromhell · 2 years
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テニスコートに右脚が(2222字)
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 死に場所を探すという言葉があるが、私には心に決めた死に場所がすでにある。文字通り自分がそこで死にたいと願う場所。それは近所のゴミ捨て場だ。正確には誰かの広大な私有地らしいのだが。少なくとも10年以上は放置されている。いつの頃からか誰もが何のためらいもなくゴミの不法投棄を繰り返すようになった。土地そのものが不浄を求めているとしか思えない、ある種の魔力に満ちた空間だ。とくに珍しくもないだろう。
 私はこのゴミ捨て場が好きだ。長靴をはいて散歩することも多い。冷蔵庫、洗濯機、ブラウン管のテレビ、5連のCDチェンジャー、2年分の月刊アフタヌーン誌、茶釜、神棚、フェラガモの赤いバレエシューズ……そんなものが積み重なって、遠目には賑やかな新興都市のよう。近づけば目を背けたくなるような欲望の汚泥だ。人類の営みの薄暗い情念。その壮大なエコー。  私はここで静かに息絶えたい。壊れたレーザープリンタとか、錆びたバーベキューセットとか、X68000と書かれた謎の黒い箱とか、そんなものと並列の物体になって、資本主義の短い歴史とともに人生を終了させたい。  初代iPod。成人指定のDVD。割れた植木鉢。私の死体。
 朝の4時17分。  そのゴミ捨て場に、原因不明の死にたさを抱えた私の姿があった。といっても、実際に自殺する可能性は2%ほどだろうか。高いとも低いとも思わない。  無印良品の椅子。工事現場の三角コーン。露出度の高い服を着た女の子のフィギュア。それらを踏みしめ、一歩一歩ぐらつきながら歩く。新米のピエロみたいな足どりだ。死ぬ前に何かの新米になれるなんて、なかなか素敵なことだと思う。死の確率が7%あたりにまで上昇する。もはや無視できない数字といえる。  半径50メートル以内で唯一の動く物体が私だ。そのことがなんだか恥ずかしい。
 右足がシャンデリア、左足がエスプレッソマシンに乗った状態で私は歩みを止めた。  生首が落ちている。  まだ若い女の子の。  死にたいと7%ぐらい思っているときに本物の生首を見せられるとは。出鼻をくじかれたような気分になる。  生首だ!  などと私が慌てなかったのは、それがちっとも死人の顔には見えなかったからだ。ゴミの山から顔だけを突き出している。目をぱっちり開けて、頬をばら色(としか言いようがない色)に染めた可愛らしい女の子の、どこにも接続されていない頭部。この場所においては、大きめの電球と同じ意味しか持っていない。 「おはよう、良い天気だね!」と生首が喋った。 「おはよう、良い天気だね」と私も返す。 「今日は部活の朝練なんだ。でも昨日あんまり寝てなくて。ついついゲームしちゃってさ。眠い。だるい。つらい」  ご丁寧にあくびまでしている。 「大変だね」と私。 「部活は何? って聞かないの」 「え? じゃあ……。部活は何?」 「軟式テニス部!」元気いっぱいに生首は答える。「ダブルスの後衛なんだよ。上手ではないけど。打ち方に変なクセがあってね。パワー不足だし、スタミナもない。まあ、わりと課題は多いタイプのプレイヤーだね。我ながら」 「そうなんだ」 「前衛の松川さんが、近眼で乱視のくせにメガネしないのも勝てない要因なんだよ。メガネは似合わないから嫌で、コンタクトは怖いから嫌なんだって。たまに勘でラケット振ってるとか言うんだよ!」 「それは酷いね」 「もっと練習して上手になりたい」 「がんばって」 「今の話、ぜんぶウソだよ」 「うん」 「生きてる頃は園芸部だった。園芸部の花壇からテニスコートが見えたんだ。きらきらしてて、みんなきれいだったな」 「遠くから見てるからだよ」 「近づいたらきれいじゃないの?」 「たいていのものは」 「私ね、サニーレタスの収穫予定日に殺されたんだ」 「可哀相に」 「サニーレタスが? 私が?」 「どっちも」 「どっちもか」 「ねえ」私は生首に聞く。「その犯人の顔って、覚えてる?」 「もちろん」と生首は顔をしかめた。 「私に似てなかった?」 「うーん」生首が私をしっかり観察する。「似てないかな」 「そう」 「あなたが犯人だったら文句言えたのに」 「ごめんね」 「あーあ。なんか疲れた。喋りすぎ。少し眠るね」  女の子の生首は目を閉じた。皮膚が急激に土気色になり、腐乱し、崩れて、まさに惨殺死体といった姿に変貌する。  自殺の予感は0.2%にまで低下していた。
 その夜、夢を見た。  6つに分断された少女の肉体のありかが、すべて明示される夢。  それは現実には発見されていないのだ。  私は生首の指示に従って、一緒に体のパーツを集めて回る。  彼女の立派な右脚は、今はもう使われていないテニスコートの草むらに静かに放置されていた。  彼女のものだけではない。テニスコートには無数の右脚が転がっている。ゴミのように。そこには私の右脚もあった。  15歳だった私の。  右脚が。  私も当時は軟式テニス部で、ダブルスの後衛を務めていた。生首の女の子が見ていたのは、私だったのかもしれない。遠くから見たら、きれいで楽しげだったのかも。今の私の目にも、あの頃の自分は美しく映る。それだけ遠くなってしまったということだ。
 パーツをすべて回収しても、女の子は元通りにならなかった。  命がないから。 「だったら、こうして喋っている私は誰?」と生首。 「生きてた頃のエコーだよ」と私は答えた。「じきに消える」  そこで目が覚めた。  歯を磨きながら、私は15歳の自分の右脚をもう一度だけ見てみたいと思った。  じつに見事な右脚だった。  あの頃のエコーが今の私。じきに消える。
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