#自衛艦
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自衛隊フェスタin大阪2023~試験艦「あすか」(2023年7月17日) https://youtu.be/C47JOftT2H0?list=PL5_p1JmhJjC6H0Yr6UUwrSerucpPwFSyM
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#高台から望む景色 #アレイからすこじま #護衛艦 と #潜水艦 #アレイからすこじま公園 #呉市観光 #広島観光 #海上自衛隊呉基地 #hitひろしま観光大使 (アレイからすこじま) https://www.instagram.com/p/Co_b_kfvMtt/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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海上自衛隊 潜水艦隊(公式)@JMSDF_SBF
新年おめでとうございます。 潜水艦隊は、本年も隊員一丸となり、様々な任務に邁進してきます。 引き続き潜水艦隊をよろしくお願いします。
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1: ばーど ★ 2024/05/20(月) 18:00:49.39 ID:+iC0pf82 韓日間の争点だった「レーダー照射-哨戒機葛藤」再発防止のために両国国防当局が文書の交換を推進すると日本メディアが報じた。 #【写真】韓国駆逐艦の上を飛行している日本海上自衛隊の哨戒機「P-3」 読
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第1海上支援隊 訓練支援艦 くろべ
見学してきました。
第50回川崎みなと祭り
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護衛艦じんつう高知入港。 青い空に映える船体ですね。 明日は飛行艇が飛びます。 #護衛艦 #護衛艦じんつう #高知港 #海上自衛隊 #高知地本 #高知の風景 #自衛隊 #高知ここ好き @naturallykochi (高知港) https://www.instagram.com/p/CpFUL6VJxSw/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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#長崎 #長崎観光 #長崎旅行 #長崎港 #三菱造船株式会社長崎造船所 #長崎造船所 #自衛隊 #イージス艦 (長崎港) https://www.instagram.com/p/Cowwxnkyx7j/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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カルタゴ滅亡をトレースする現代日本
◆カルタゴはなぜ滅んだのか?!
日本と同じような商人国家であったカルタゴが、完膚なきまでに滅ぼされた例を他山の石として日本人は国防を考え直す必要があると切に思うからです。
カルタゴは紀元前250年頃、地中海に覇を唱えていた大国でした。
第2次ポエニ戦争に負けて、戦勝国から武装を解除させられ、戦争を放棄することになったカルタゴは、戦後の復興を貿易一筋で見事に成し遂げ、戦後賠償も全てきれいに払い終えました。しかし、その経済を脅威だと捉えたローマ帝国によって、結局は滅ぼされてしまいました。
滅ぼされる直前、カルタゴの愛国者であるハンニバル将軍は、ローマの考えを悟り、祖国の危機をカルタゴ市民に訴えましたが、平和ぼけした市民は耳を貸そうとしませんでした。
それどころか「ハンニバルは戦争をしようとしている!」と中傷する者さえいました。しかも、最終的にハンニバルはローマに洗脳された者達によってローマに売られ、自殺にまで追い込まれてしまったのです。
平和ぼけした市民は、ローマから無理難題を次々に要求されてからはじめてハンニバルの警告が正しかったことに気が付きましたが、時すでに遅く、徹底抗戦に踏み切るもカルタゴの陥落を防ぐことはできませんでした。この間、たった3年の出来事でした。
ちなみに、生き残ったカルタゴ市民は約5万人でしたが、その全てが奴隷にされてしまいました。城塞は更地になるまで徹底的に破壊され、再びこの地に人が住み、作物が実らぬように大量の塩が撒かれたと言われています。
これはただの負け方ではありません。まさに地上からの抹殺です。
この悲惨なカルタゴ滅亡の理由は2つあると言われています。
1つは、カルタゴ市民が軍事についてほとんど無関心だったことが挙げられます。もともと自国の防衛はおおむね傭兵に頼っていた上に、国内世論も「平和主義的」な論調が強く、有事に備えて軍事力を蓄えておくといったことはままなりませんでした。
2つめは、国内の思想が分裂状態であったことが挙げられます。そもそも挙国一致して事に当たらなければ有事を乗り切ることはなかなか難しいものですが、カルタゴにはそれがなく、戦時中にハンニバルが外地を転戦している間も市民は素知らぬ顔をしていました。そして、ハンニバルを売り渡したのは、ローマに洗脳されたカルタゴの売国奴達でした。
自らの手で愛国者を切り捨てる・・・かくしてカルタゴは「滅ぶべくして」滅んだわけですが、私は今の日本がこのカルタゴに酷似している様に見えて仕方がありません。
今こそ日本の国防を真剣に考えないと本当に危ないと思います。
【対比】日本と似すぎているカルタゴの運命
カルタゴは、フェニキア人が建国した海洋国家で、現在のアフリカ大陸チュニジアに位置しています。
カルタゴは、世界一の造船技術を持ち、スペイン、シチリア島などの海外領土を支配していました。
紀元前3世紀、地中海貿易により富を蓄え、ローマ帝国と並ぶ強国となります。
BC264年、両者の中間にあるシシリー島で紛争がおこります。そして、これを契機にカルタゴとローマは、世界の覇権を賭けて激突します。この戦いは、23年間の中断をはさんで63年間続きます。(第一次ポエニ戦争、第二次ポエニ戦争)
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1867年、島国日本は、長い眠りから覚め、明治維新により近代国家への道を目指します。西洋文明を積極的に取り入れ、富国強兵に邁進します。日清・日露の戦争に勝ち、朝鮮、台湾、南樺太と領土を拡張します。
強国となった日本は、戦艦大和を建造して、世界有数の海軍を持ち、
太平洋をはさみ、超大国アメリカと対峙します。
1941年12���、日本連合艦隊は、ハワイの真珠湾の奇襲に成功します。太平洋戦争が始まります。
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カルタゴの英雄ハンニバルは、象36頭と兵士5万人を率いて、スペインを出発します。象を連れて、アルプス山脈越えに成功、ローマの本拠地イタリア半島を奇襲します。ハンニバルは、イタリアに、なんと15年も踏みとどまり、ローマを一時追い詰めます。
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「マレーの虎」山下奉文中将は、マレー半島を南下、シンガポールに侵攻します。インド兵への離反策が成功し、1942年2月15日シンガポールは陥落、イギリス軍は降伏します。
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カルタゴは、地力に勝るローマに対して次第に劣勢になります。ついに、名将スキピオ率いるローマ軍が、カルタゴの本拠地に進軍します。カルタゴは、イタリアで善戦していたハンニバルを帰国させ、本土決戦に賭けます。BC202年、天下分け目の戦い(ザマの戦い)が行われます。カルタゴの完膚なき負け戦でした。
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アメリカは、生産力、技術力で日本に勝っていました。ミッドウェー海戦を境に、戦局は逆転します。ガダルカナル、硫黄島、沖縄。日本は、敗退を続けます。本土空襲が激しくなり、広島と長崎に原爆が投下されます。日本の完膚なき負け戦でした。
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カルタゴは、ローマに無条件降伏します。
全ての海外領土は、放棄され、軍船、象もローマに引き渡されます。軍隊は、自衛のためのものだけが許されました。そして、自衛のためでも戦争する場合、ローマの許可が要ることになったのです。(この許可の項目が、後に大問題となります)
そして、50年賦で1万タラントの賠償金をローマに支払うことが決まります。
ともかく、カルタゴの町は、無事に残りました。100人会は、貴族の世襲制でしたが、戦後まもなく代議員が選挙で選ばれるようになります。
カルタゴは、民主主義の国家に生まれ変わります。
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「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え・・・」玉音放送が流れ、日本は無条件降伏します。
日本列島以外の領土は、返還されます。アメリカが決めた平和憲法で戦争が放棄されます。(後に自衛隊が誕生します。)国土は焼け野原、アジア諸国には賠償金の支払いが必要でした。ともかく、本土決戦だけは避けられました。
日本は、天皇主権の国家から、主権在民の民主主義国家に生まれ変わります。
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カルタゴ人(フェニキア人)は、ユダヤ人やアラビア商人と同じセム語族で、最も商才があるといわれている種族です。
軍事国家への野心を棄てたカルタゴ人は、ますます貿易や商売に熱中するようになります。ローマ人は、楽しむために働きましたが、カルタゴ人は働くこと自体が人生の目的でした。奇跡の経済復興が実現します。
戦勝国ローマは、休む間もなく、マケドニアやシリアと戦わなければなりません。軍備費の要らないカルタゴは、次第にローマに匹敵する経済大国に、のしあがります。
BC191年ローマは、シリアを打ち破ります。
無敵の軍事大国ローマにとっての脅威は、経済大国カルタゴに移っていくのです。
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日本人には、勤勉さと物作りの才能がありました。
焼け原から立ち上がった日本人は、ひたすら一生懸命働くことで豊かになろうとしました。エコノミックアニマルと日本人は、陰口を叩かれます。奇跡の経済復興が実現します。
アメリカの核の傘に入り、軍事費もいりません。戦勝国アメリカは、ソ連との冷戦を戦わなくてはなりませんでした。
10%を超す高度経済成長が続きます。日本は、世界第二位の経済大国になります。
ソ連が崩壊し、日米の経済摩擦が激化します。
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BC187年、カルタゴは、50年賦と決められた賠償金を一括払いしたいと申し出ます。いくら叩いても不死鳥のように蘇る、カルタゴ人の経済力に、ローマ人は、羨望と恐怖心を抱きます。ポエニ戦争の悪夢がふと蘇ります。
経済大国カルタゴの最大の悩みは、隣国のヌミディアでした。ヌミディアは、騎馬兵団で有名な、戦争に強い国です。自衛力しか持たないカルタゴを侮り、その領土を侵犯します。
カルタゴは、ローマに調停を頼みますが、黒幕のローマはもちろん取り合いません。ついに、カルタゴとヌミディアの間で戦争が起こり、平和の国カルタゴは、敗北します。
ローマの事前許可のない戦争開始は、条約違反でした。
ローマは、カルタゴに対して、突然宣戦布告をします。
驚いたのは、カルタゴです。ローマの許しを得ようと、300人の貴族の子供を人質に差し出します。しかし、8万人の世界最強のローマ兵が、上陸し、カルタゴに進軍します。
カルタゴの使者が、「どうすれば、許していただけるのですか?」とローマの司令官に聞きます。
「全ての武器を差し出せ。」司令官は、答えます。
カルタゴは、20万人分の鎧、投げやり、投げ矢、2000の石弓を司令官に差し出します。
すると、司令官は、最後の要求を使者に言い渡します。
我々は、カルタゴの街を根こそぎ破壊することを決めた。
カルタゴ人には、今の街より10マイル内陸部に
新しい居住地帯を造ることを許可しよう。
使者からローマの意向を聞いた20万人のカルタゴ人は、驚愕して、嘆き悲しみ、最後に激怒します。
「こんなひどい仕打ちがあろうか。街を破壊するだと。
内陸部に引っ込めだと。どうせ死ぬなら戦って死のう!」
カルタゴ人は、丸腰で戦う覚悟を決めます。返事の猶予期間の30日間、密かに戦争準備がすすめられます。
武器職人は、連日���夜で武器を作ります。
若い女性は、長い髪を元から切って石弓の弦が作られます。
こうして、始まったのが、第三次ポエニ戦争でした。
(戦争というより、ローマによるカルタゴの民族浄化です。)
カルタゴは、ここで奇跡的な粘りを見せます。なんと丸腰で三年間ローマの猛攻を食い止めたのです。
しかし、戦闘と飢えと疫病で、20万人のカルタゴ市民は、10万人に減ります。
そして、ついに、ローマ兵は城壁を破り、街へ進入します。
女、子供までがレンガを投げて抵抗しますが、5万人が虐殺されます。
ビュルサの砦に逃げ込んだ5万人のカルタゴ人は、オリーブの枝を掲げて投降します。
彼らは、一部が処刑され、残りは奴隷として売られます。
カルタゴの街は、十数日燃えつづけ、灰は1メートル積もります。カルタゴの復活を恐れたローマ人は、この地に塩を撒き不毛の土地にします。
700年続いた経済大国カルタゴと世界の富を独占したカルタゴ人は、BC146年こうして滅んだのです。
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護衛艦に乗った医官は病人・怪我人が出るまでする事が何も無いので、調理室で一緒にじゃが芋の皮剥いたりキャベツの千切りしたりしてる。最初は一番下手だが、航海中ずっと千切りし続けるので航海終わりには誰よりも上手くなるらしい。キャベツの千切りが上手い医官がいる船は平和な証拠。
Xユーザーの自衛隊医官だった人@防衛医大は辞めとけさん
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第31代アメリカ大統領ハーバート・フーヴァー は、回顧録にこのように書いています。 『6年に及ぶニューディール政策の失敗を糊塗するため、また1000万人の失業者の存在を覆い隠すためだったと推測している。 1938年にはルーズベルトの政策顧問が「日本を戦争に多い込むことで、アメリカの海軍用艦船を建造させ、アメリカの重工業を復活���せる」と、語っていた���うだから、早くから日本を戦争に追い込んでアメリカの軍需産業を復活させ不況を克服するという政策がルーズベルトのオーバルオフィスの中で常に議論されていたのだろう。 アメリカの産業を復活させるために、日本は戦争せざるを得なくなって、数百万人の尊い命が失われた。』 さらに、フーバーは著作の中で戦争へと至った19の過ちを指摘している。 1.1933年の国際経済会議をルーズベルトが破壊したこと 2.1933年11月にソ連と共産党を承認したこと 3.1938年、ドイツによるチェコスロバキアのズデーデン地方の 割譲要求を、ミュンヘン融和会議で承認したこと 4.1939年、イギリスとフランスがポーランドと ルーマニアの独立を保証したこと 5.1941年、ルーズベルトが宣戦布告することなく ドイツと日本を相手に戦争を始めたこと 6.ルーズベルトが警戒心を持った忍耐政策をとらなかったこと 7.1941年、ヒトラーがソ連を攻撃した時にルーズベルトが 大量の武器を支援してスターリンと共産主義を助けたこと 8.1941年7月、日本に対する経済制裁 9.1941年9月、近衛内閣の和平提案を拒絶したこと 10.1941年11月、日本からの3ヶ月間の冷却期間という提案拒絶 11.1943年1月、カサブランカにおける無条件降伏の要求 12.1943年10月、バルト三国とポーランド東部のソ連への割譲 13.1943年12月、テヘラン会議で7つソ連の傀儡国家を認めたこと 14.1945年2月、ヤルタ会談での秘密協定 15.1945年5月、6月、7月、日本からの和平提案を拒否したこと 16.1945年7月、ポツダムにおけるトルーマンの決断、具体的には ①共産主義者とスターリンの世界における権力強化 ②ドイツの再興 ③民族追放 ④日本への無条件降伏の最後通牒 17.1945年8月、日本への原爆投下、 実際には日本の18都市への原爆投下を承認したのは ルーズベルトで、トルーマンはそれを止められなかった だけなのだが 18.毛沢東に中国を与えたこと、アメリカは 太平洋戦争以前は蒋介石を支援していたのに、 戦後は逆に支援を打ち切ってしまい、毛沢東が勝利した 19.戦後世界に共産主義の種を撒き散らしかしたこと ルーズベルト政権中枢には多数のソ連のスパイが暗躍していたので、 容共は避けられなかったのだろうが、 アメリカも和平を望んでいるはずだと信じて和平工作に明け暮れた近衛内閣が憐れに思える。 東條英機は遺書の中で 『自分はアメリカとの��戦については責任はない。しかし、 戦争によって多くの人が亡くなったことについては責任がある。 アメリカは日本という自由主義の国を破壊して、 世界の赤化の砦を失ったことに対して責任を負わなければならない』 としています。日本、特に近衛内閣などに対しての認識は、正確なものではありませんが、ルーズベルトに対する分析は正しいものであると思っています。
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自衛隊の能力は信じてるけど、この基地セキュリティの甘さは・・・早急に何とかしてください! ちと恥ずかしい気がするレベル
現在は街頭演説中の政治家をドローンで襲撃しようと思えば素人でもできかねない 安倍氏暗殺事件のように銃オタクが銃自作しなくても、ドローンになにか重めのものを括りつけて高速度で政治家に衝突させれば十分命狙えると思う
爆弾とか搭載した軍事ドローンでなくてよかったと安心する場合じゃなくて、マジで基地周辺空域にはドローンが近づくこともできないのが当たり前にしないと
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自衛隊フェスタin大阪2023~試験艦「あすか」(2023年7月17日)
お早うございます♪(令和5年9月9日) 大阪府の今日の天気予報は ☁|☀ 最高予想気温 31℃(堺市 7時00分 24.4℃)
今日もマイペースで頑張りたいといます。 今日も宜しくお願いします。(^^)
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台湾やフィリピンにどんどん軍事支援してやればいいよ。 次期自民党総裁だって高市早苗か青山繁晴しか外交、防衛、安全保障、経済安保など任せられる方がいないんじゃない。
中国「トカラ海峡は国際海峡だ」と主張 中国海軍測量艦の領海侵入について(TBS NEWS DIG Powered by JNN)のコメント一覧 - Yahoo!ニュース
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次の企画を考え始めているが、「戦争論」が分からないと書けないな、ということが分かってきた。 アニメ界は(女子高生による戦車を用いた武道を描く)「ガールズ&パンツァー」や(軍艦を少女に見立てた)「艦これ(艦隊これくしょん)」のような物語が出てくるようになった。エンタメだからと認めている部分もあるが、これでいいのかとも思う。われわれの世代としては「戦争はそんなふうに扱うものではないのでは」という気がして、気持ちがいいものではない。 最近では「この世界の片隅に」は希有(けう)な作品だった。自宅近くの畑から戦艦大和が見えるという距離感、市民生活と軍があれだけ密着していたことを市民の目から描いていた。そういう作品を僕は他に知らない。 毎年八月になると戦争体験の話をするが、それは被害者の体験談であって、戦争論ではない。日本人は本気になってリアリズムで戦争を考えて、自衛隊はいいのか悪いのかといった話をしてこなかったんだ。 今後、地球上では国家間戦争はできない。エネルギー、食料、水、廃プラスチックといった環境問題があるからだ。軍隊を保有していても国家が消耗するだけだ。そういうところまで来ているのに、(自衛隊の)宇宙作戦隊なんてものを作っちゃう。そんな暇があるのだろうか。 ミリタリー(軍事)というのは、半分くらいは一���人の考える「かっこいいもの」で妄想。でも、かっこいいことなんて一切ない。戦争はやっぱりあっちゃいけない。しかし、戦争に憧れる人類の妄想があるために、戦争がなくならないという不幸な現象がある。 次の企画に戦争は出てこないが、戦艦大和は出てくる。形にできるか分からないけど。 (談)<とみの・よしゆき>
一九九〇年代、ソ連崩壊とユーゴスラビアの内戦は衝撃だった。歴史は進歩せず繰り返してしまうんだ。われわれは基本的に愚かなものなんだ。愚かでしかありようがないんだ、と。
その中で正気を保つためのてこになるものは、宗教、大義、愛国心といったものではない。戦いに巻き込まれる「小さき者」たちの視点に心を寄せ、自分自身を小さき者として自覚すること以外にないのではないかと思う。小さき者がどれだけ影響を受け、どういう状況に陥るかが見えなくなった時、人間は間違いを犯してしまうのではないか。
今、シベリア出兵(一九一八〜二二年)の物語を描いている。世界から嫌われ、愚かなことの典型のようにいわれている。だが、調べれば調べるほど他の選択肢はなかったことが分かってくる。あの時、小さき者たちがどう右往左往して、どんな目に遭ったのかを、描いてみてもいいんじゃないか、という気がした。
歴史や戦争を描く理由に「やわな時代に生まれてしまった」という気分もあるから。何年か早く生まれていたら空襲で焼かれていたかもしれないし、戦死していたかもしれない。ほんの少しの差で、親が経験した激動や苦労を知らないままのうのうと生活してきた。
戦後民主主義の教育を受けてきたわれわれは、年長者を敬わなかった。「間違ったのはあの人たちだ。どうしてあんなばかな戦争をしたんだ」と。戦争で苦労してきた人はその苦労をあまりしゃべらず、われわれは反撃を受けないからと言いたい放題だった。でも、自分たちはただの苦労知らずだった。だから「あなたたちも大変だったんだね」と、自分なりの埋め合わせをしないと済まないような気がしている。 (談)<やすひこ・よしかず>
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【速報】海自護衛艦「いずも」ドローン動画「実際に撮影された可能性が高い」防衛省が分析結果を公表 再発防止へ対策
【速報】海自護衛艦「いずも」ドローン動画「実際に撮影された可能性が高い」防衛省が分析結果を公表 再発防止へ対策(FNNプライムオンライン(フジテレビ系)) - Yahoo!ニュース
さっさと改憲すればいいだろ。
治安維持法も復活させたらよい。
誰が困る?え?
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