#痺れる辛さ
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難しいタイミングであることは承知しておりますが、自殺について少し皆さんに知っておいてほしいことがあります。 人の精神が参ってしまう仕組みについてです。かつて人間は野生に暮らし、猛獣などと遭遇するとアドレナリンなどが分泌され脳が活性化し、危険を回避するために多少無理をしても危機を脱するような機能によって生存してきました。 これは、簡単に言うと逃げるために、めっちゃ無理をしてる状態なんです。ですが、そんな危機がしょっちゅうある訳ではありませんので、危機がすぎれば無理をした分だけ休む事でこの仕組みは成立していました。 しかし、この野生の機能が現代ではおかしな働きをしてしまいます。 その引き金がSNSでの誹謗中傷です。 SNSで攻撃されると、まるで野生で猛獣に襲われたような状態になります。つまりアドレナリンなどが多量に分泌されます。これは攻撃的な言葉に身の危険を感じるためです。 大昔なら、猛獣から逃げおおせればそれで終わりでした。 ところが、SNSでは24時間休み無く、猛獣が押し寄せるわけです。SNSでの誹謗中傷を見続けると、アドレナリンなどの過剰分泌で、比較的短期間で不眠とうつの症状が発生します。 精神がいつもと違うと感じたら、すぐにSNSから距離を置いてください。炎上などが原因で誹謗中傷されると真面目な人はそれに真摯に対応してしまいます。 個人的にはSNSの強すぎる正義感には疑問を感じますが、世の中をかえるのはとても難しので、まずは自分を守ることを考えてください。こういった炎上は有名でなくても巻き込まれることもあります。他人事と思わずに明日は我が身とおもって聞いてください。 人は辛いという理由で死んだりはしません。 なぜなら、大抵のことより死ぬ方が辛いからです。ですが、このアドレナリンの過剰分泌から不眠になり、短期間でうつ病のような状態に陥ると、あっさりと自ら命をたってしまうことがあります。これは急性のうつ病のようなものだと思われます。この場合、人が死に至る厳密なストーリーはなく、ただその引き金は、精神の疲弊とそれによる脳内物質の異常分泌です。 悲しくて…辛くて、死ぬのではなく、わりと勢いで死に至ってしまうため、なかなか周りも対処出来ません。私自身、SNSの炎上から自殺を考えて、なんとか思いとどまり、閉鎖病棟に5ヶ月入院した経験があります。 うつ病も治り、健康になったいまは、死のうとは思いませんが、当時を考えると完全に思考が麻痺していたのを思い出します。アドレナリンなどの分泌異常起きると、死に対する恐怖心が��くなることを経験しました。つまり、辛いから死ぬのではなく、わりとハイテンションで積極的に死を選択してしまうのです。これは本当に危険な状態です。 自分がそうなってしまう前にSNSと距離を置くことも大切ですが、SNSの使い方もマナーを守って欲しい。 SNSを使うすべての皆様にお願いがあります。 なにかの炎上をみかけても、そこにのかって正論をぶつけるような活動には参加しない人になってください。その意見がもし正しかったとしても、正論で24時間攻撃を続けられると、どんな人間も耐えられません。 SNSをストレス発散に使ってる人は多いと思います。 ですが、一人ひとりの小さな正義よりも、その先にいる人の命を守る事を優先して下さい。自分のストレス発散をグッと我慢して、攻撃的なリプなどに加担しない・拡散しない人になって下さい。自分の考えが正しいと思っても、それを多くの人が一人にぶつければ、相手を殺してしまう事があることを理解して下さい。 「いや違う、自分は悪くない、正義のためにやったんだ!」という気持ちをグッと抑えて、SNSの仕組みそのものに危険があると言うことを理解して行動してください。 もし仮に、相手に確実に非があったとしても、SNSでの私刑に加担しないで下さい。法的にもそれは許されません。 炎上に加担しないことを、少しでも多くの人がネットのマナーとして身につけることを心より願っております。
Xユーザーの榊正宗さん
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My Cutie... Drive me Crazy! - Lyrics + Translation
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Kanji:
Me-Cha-Ku-Cha
Ha-Cha-Me-Cha
Doki-Doki-Now!
一目で 胸のドア
蹴破るような稲妻
心が奪われて夢の中
痺れるくらいにノックアウ���!
一度きりなら真剣に
Love is perfect!
(Love is perfect!)
大人の味は 苦味アリ
余裕で味わうさ!
最上 (my cutie)
最高 (my cutie)
I'm crazy! (crazy!)
crazy! (crazy!)
crazy for you!
全てを (my cutie)
抱き寄せ (my cutie)
辛さだって何だって
人生丸ごと受け止める!
冒険しよう? "モットー"
照れた目を覗き込む
色んな角度から眺めたい
可愛すぎるから全部!
Just wanna be with you!
You are the one for me!
追い求めれば 離れてく
Love is blind!
(Love is blind!)
甘さだけでは 越えられない
恋はスリリングに!
本気の (my cutie)
本気で (my cutie)
I'm crazy! (crazy!)
crazy! (crazy!)
crazy for you!
後悔 (my cutie)
させない (my cutie)
世界中誰よりも…
最上 (my cutie)
最高 (my cutie)
I'm crazy! (crazy!)
crazy! (crazy!)
crazy for you!
全てを (my cutie)
抱き寄せ (my cutie)
辛さだって何だって
人生丸ごと受け止める!
Um…
最後の日までずっと
I love you…
Rōmaji:
Me-Cha-Ku-Cha
Ha-Cha-Me-Cha
Doki-Doki-Now!
Hitome de mune no doa
Keyaburu yō na inazuma
Kokoro ga ubawarete yume no naka
Shibireru kurai ni knockout!
Ichido kiri nara shinken ni
Love is perfect!
(Love is perfect!)
Otona no aji wa nigami ari
Yoyū de ajiwau sa!
Saijō (my cutie)
Saikō (my cutie)
I'm crazy! (crazy!)
crazy! (crazy!)
crazy for you!
Subete o (my cutie)
Idaki yose (my cutie)
Tsurasa datte nani datte
Jinsei marugoto uketomeru!
Bōken shiyou? “Mottō”
Tereta me o nozoki komu
Iron'na kakudo kara nagametai
Kawai sugirukara zenbu!
Just wanna be with you!
You are the one for me!
Oimotomereba hanareteku
Love is blind!
(Love is blind!)
Ama-sa dake de wa koerarenai
Koi wa suriringu ni!
Honki no (my cutie)
Honki de (my cutie)
I'm crazy! (crazy!)
crazy! (crazy!)
crazy for you!
Kōkai (my cutie)
Sasenai (my cutie)
Sekaijū dare yori mo…
Saijō (my cutie)
Saikō (my cutie)
I'm crazy! (crazy!)
crazy! (crazy!)
crazy for you!
Subete o (my cutie)
Idaki yose (my cutie)
Tsurasa datte nani datte
Jinsei marugoto uketomeru!
Um…
Saigo no hi made zutto
I love you…
Translation:
Crazily
Absurdly
My heart beats now!
With one glance, a flash of lightning
Kicks open the door to my heart,
You knocked me out in my dreams
To the point I went numb!
It’s a once-in-a-lifetime thing so I’m taking it seriously
Love is perfect!
(Love is perfect!)
This acquired taste may be bitter,
But I’ll enjoy it fully!
The best (my cutie)
The highest (my cutie)
I'm crazy! (crazy!)
crazy! (crazy!)
crazy for you!
I’ll embrace (my cutie)
Everything (my cutie)
Even the pain, no matter what
I’ll wholly accept life as it is!
Shall we venture even more?
I want to look into your shy eyes
From various angles
All of them are ridiculously cute!
Just wanna be with you!
You are the one for me!
If we chase it, it runs away
Love is blind!
(Love is blind!)
Sweetness alone can’t reach it
Love is thrilling!
Seriously (my cutie)
Truthfully (my cutie)
I'm crazy! (crazy!)
crazy! (crazy!)
crazy for you!
I won’t let you (my cutie)
Have any regrets (my cutie)
More than anyone else in the world...
The best (my cutie)
The highest (my cutie)
I'm crazy! (crazy!)
crazy! (crazy!)
crazy for you!
I’ll embrace (my cutie)
Everything (my cutie)
Even the pain, no matter what
I’ll wholly accept life as it is!
Um…
Until the very last day
I love you…
#uta no prince sama#utapri#translation#english#he★vens#heavens#van kiryuin#maji love legend star#birthday gift
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大阪船場の和レー屋南船場ゴヤクラでパイタンGES。花椒の痺れる辛さと海鮮とろみ出汁の組み合わせ。ぐいぐい進む旨さ。
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今日は天気が崩れるとか言っていたような。
まあ悪いのが良くなるのは好い。
そんなわけで昼飯は池袋で。
今まで食った汁なし担々麺の中で1番痺れるヤツだ。
汁なし坦々麺
拌三絲
水餃子
池袋の「中国家庭料理 楊 2号店」である。
昔「孤独のグルメ」で見て行ってみたのだが、初めは火を吹くかと思うくらい辛かった。
いや辛いのもそうだが「山椒」が効いていて、とにかく痺れる。
あとで一気飲みした水が、まるで味がついているように甘く感じるほどだった。
それから2度3度と行ったが、回を重ねるごとに刺激が薄れていく。
これは宜しくないが、今日に至っては普通に食い終えてしまった。
辛いのは辛いが最初の強烈な印象はなくなってしまったのだ。
慣れるってのはイヤだねェ。
晩飯は家人による。
「まぐろヅケ丼」「おぼろ豆腐」
ヘルシーの極み。
単に昼飯を食い過ぎて腹が減らないためだ。
今日は「父の日」ということで。
ごちそうさん。
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0330新宿南口デモ
新宿南口が混み合っていて、バスタ側に移動できる人は行ってくださいとなった。これは2/18のデモのときもそうで、甲州街道を挟んでコールしあうのがまるで「川から���まで」声を響かせるみたいな、とても鼓舞されるいい時間だった。
今日もそんな感じで促されたんだけど、昼間だったからかバスタ側では路上ライブをやっている人たちがいたんだよね(2グループいた)。邪魔しちゃ悪いかな。デモは声出しなしでもいけるかな…。なんとなく大きな声でやるのはちょっとためらわれた。その場にいた乃衣さんたちとちょっと話した。 そうしたらコールが始まり、たぶん先導してくれてる方はバスタ側でや��てきますねと声をかけてきたのだろう。声出ししよう、盛り上げよう、そういった何か責任のようなものを感じていたかもしれない。2月もここにいたのかも。いい記憶や経験は再現したくなるよなあと思う。
どうしようと思ってちょっとライブの方に近づいてみて、マイクを使って歌っているからコールやってても歌声はお客さんに聴こえるようだったけど、まあやっぱり邪魔だろうなとは思った。デモの役割の一つとして街でノイズになるのはあるけど、いまここでライブを飲み込むくらい大きな声を出したら、この人たちは「パレスチナ」に悪感情を抱いてしまうのではないか。いまあなたがたの歌よりデモの方が「正しい」みたいな態度をやるのは苦しい。実際、コールが始まったらわかりやすくマイクの音量が上がった。もともとライブは2グループ並んでやっていたわけだけど、ライブ同士は許容できてもデモの喧しさはやはり別物なんだろう。
もし自分だったら邪魔されてると思うだろうか。わたしの小説も自ら発信しているもので、いわゆる路上的な表現ではある。メジャーではない表現をやる人たちを、おおぜい集まった大きな声で押しつぶしたくない。ただ、路上で音楽をやるのと小説を書いて同人誌を売るのはあんまり一緒にはしづらいよなとは思い(もしも文フリでデモやっても影響の度合いがぜんぜんちがう、本っていつ読んでもいいのでライブのような一回性の表現とは一緒にしづらい)、わたしはこの人たちのことをあんまり想像できていない気がして後ろめたい。これに限らずだけど人の気持ちを想像しようとするときわたしは細かいことが気にかかって、いつもうまく整理できない。 そして、迷惑だろうかとあまり心配するのも、わたしにはこの人たちを見くびるような気持ちがあるんじゃないかと考え込んだ。この人たちもパレスチナに連帯する気持ちはあるかもしれない。たまたま場所と時間が重なってしまっただけかもしれない。いまここで歌っているイコール無関心と言い切っていいのか。まあぜんぜん希望的観測ではあるけど…。
なんとか歩み寄れないだろうかと思った。歌の合間に2分くらい譲ってもらえたらいいのにな。なんだったらちょっとだけ一緒にコールしてくれたらいいのにな。��互いに邪魔だなと思って無視しあうのは溝を広げるだけじゃないのか。なんとか、ちょっとでも話せないかな…。 とはいえそんな交渉はできなくて、コールを先導している人たちに声をかけるのもなかなか勇気が出なかった。それで本当に根本的な解決ではないんだけど、わたしたちはルミネ側に場所を移った。難しいね…。 (そしてほんとにどうでもいいことなんだけど、わたし今日財布忘れて出かけてきちゃって…。現金を一円も持っておらず募金もできないという体たらくで、それでなんかこう気持ちが弱いのもあったかも。財布忘れたような奴が何言ってるんだみたいな)
デモで大きな声を出すときの高揚感みたいなものはまちがいなくある。ここのところマイクを持つ機会もあったから本当にそれは噛み締めている。高揚することで鼓舞されるものが確実にあり、だからこその危うさもある気がしていて悩む。何であれ「一色に染まる」みたいなものがわたしはとても怖い。 あるいはSNSの言葉でもそうで、さすがにそれはキャッチーすぎないかと足踏みするものがけっこうある。大意としては賛成なんだけどその語を用いるのはなあみたいな…。なんだけど、いろんな人が精いっぱい言葉を発しようとしていて、口が滑ったり言いすぎたり言い間違えたりするのはどうしたってあることだよな、なんかこう「ジャッジ」の目線になっていやしないか?と考え込む自分もいる。難しい。ほんとに難しい。浅草や北千住でマイクを持ってスピーチしたとき、わたしは本当にうまくしゃべれなかったけど、そういうことはみんなあるだろう。そしてわたしくらいたどたどしい人がスピーチすることでハードルを下げていけたらみたいな気持ちもあるし。ぐるぐる考え込んでいる。
それでいまやってる「五人の男」アンソロ(庄野潤三オマージュで父性、男性性を捉え直すアンソロ。5月文フリ東京刊行予定)で、まさとさんが書いてくださった論考を思い出した。
「面白がりと見下しの距離は近い。楽しさと不遜の距離も近い。」「だから、ていねいに自分の首を絞めたい。でも、それさえヒロイックに行いかねない。」 「自分もよくわからなくて仲間も「いいね」を示してくれないものに耳を傾けること。静かに不安感と憂うつを抱え続けて初めて変えられることがある。何も気にせずにすむというある種の特権(神谷、2022)から、まなざされることへと自らを曝露して嫌な気持ちになる。自分の酷さが心地悪くて辛い。そう感じることでしか始まらないものがある。」 「私の意図が・誤解が・相性がと言ってプレゼンテーション(説得・論破)するより、コミュニケーションしたい。話すために聴くより、聴くために話す。あるいは黙る。」
(「公的な別離へ──からかいへの男性性──」まさと(まなざしのフェミニズム)より)
まだほぼ情報出してないアンソロの原稿をいきなり引用してしまって本当に勝手にとても申し訳ないんだけど、考え続けたい、話し続けたい気持ちの背中を押してくれる文章で、ビリビリ痺れました。こういうアクションのこと、SNSのこと、それ以外でも、何かモヤモヤのある人にぜひ読んでもらいたいです。 (デモの日記から急にアンソロの話になって本当になんなんだって感じなんだけど、こういうことをまとめたzineも作りたいなと思っています〜)
今日お会いできた乃衣さん堀川夢さん万次ノ輔さんくくるさん山田パセリさんフィリフヨンカさん、たいへんお世話になりました。また何かお話できましたら幸いです…!
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2024/3/4〜
3月4日 バレンタインのモロゾフのミッフィーを渡した方から、お返しに…、と可愛い栗のお菓子をいただく。その方には以前、ベンガルスパイスの紅茶を一つあげたことがあって、そのハーブティーのシリーズの、アップルシナモンを買ったことを報告してくれた。
昨日買って、開封した袋のままラップになんとなく包んだ油揚げが、今日もまだ使えるか不安で、インターネットで調べても大丈夫そうだけど不安で、よくしてもらっている職員さんに訊いてみると「3日くらいは全然平気!冷凍すればもっと大丈夫よ!」と教えてくれた。 昨日は油揚げと見切り品のレタスで作ったお味噌汁がとてもよかったので、できるだけ続けたい気持ち。 レンジで味噌汁を作った話をしたら「息子が4月から一人暮らしをするかもしれないから、いいこと聞けた!」と言ってくださった。 高校を卒業できないかも?というエピソードを聞いていた息子さんだったので、卒業はできたのかな?と思った。
今日はロキソニンを飲まなかった。 でも代償としてずっと頭や首や肩や腰や、身体中が痺れて痛かった。
3月5日 都庁の展望台は火曜日がお休み。 また、新幹線で大阪へ行ける時間を費やしながら都庁から職場へ戻り、そしてまた明日都庁へ行くことになってしまった!
明日は元々出張の予定があって、終わったあとの時間は坂本龍一の展示でも行こうかなと思った矢先。 でも今は何も楽しめない感じの無の心なのでちょうど良かったかも。
ポッドキャストを聴くのに思ったよりはまってしまい、いろんな番組を探すのも楽しい。
amazonセールも楽天スーパーセールもあやかりたくても何も欲しくない(届いた時のことを考えると面倒になってしまう)。 でも今朝、鏡につけているライトの灯りがつかなくなってしまい、以前と同じものをamazonで注文した。
出張先から職場へ戻ると、リュックにつけていた毛(黒カビ)が落ちてしまった。 書類を運ぶように持っていた手提げにつけていた、てらおかさんの犬のピンバッジも取れていることに気がついた。悲しい。
雨だったと出張の荷物が重かったので一旦家にもどってからスーパーへ。いつも買いたいものたちが今日は少しお安めだったり、レンジでゆで卵を作る機械が届いたので生卵を買ってみたりして、セルフレジでお会計をしようとしたところ、iPhoneもお財布もおいてきてしまっていることに気がつく。 店員さんに事情を説明して、iPhoneを取りに戻り、またスーパーへ戻っている。
3月6日 昨晩は、連続して出張のために自分のデスクでしておくべきことを忘れていたこ��、それがちょっと怒られ気味案件だったことを思い出し、ただただ怒られ対策メールの文面をずっと考えたりしながら怒られたくない!という気持ちで過ごしていた。
そのせいかとても頭が冴えてしまい、でも夜の一食目の食事がなかなか進まず、22時からたぶん日付が変わる頃までかけて食事をしてしまった。
ゆで卵のお稲荷さんをレンジで作りたかったけれど、半分に切った油揚げは卵1個分がはみ出てしまう大きさで、油揚げと卵の他人丼の具みたいなのを作ってしまった。でも美味しかった。
今日はいつもの東京出張からと都庁へ移動。 思いがけず2日連続でナチュラルローソンのコバトンに会って、昨日は陳列していなかったグルテンフリーのドーナツを買って食べてみた!散々ミスドの話をした日々で、流石にドーナツ本体を食べてみたくはなっていたので丁度よい感じで食べることができた。
新宿三丁目から西口まで地下を歩きながら、伊勢丹や紀伊國屋や丸井によって、平日でも伊勢丹の人気店は長蛇の列ができていて、丸井はとっても閑散としていて、紀伊國屋の地下に大将がいるカウンターのお寿司屋さんは誰も居なかった。前を通りかかったら、嘘みたいに「へいらっしゃい!」と声をかけられた。
都庁で数十分で用事を終えて、ニコンサロンで若山さんの写真展を鑑賞。 都庁もニコンサロンもおじさんばかりだった。
どんなに忙しくても、もうすでに無の心の年度末を迎えてしまっているけれど、人生するべく大阪に行くんだよ!と新幹線のチケットを取った。
3月7日 久しぶりにまともに職場に出勤した気がして、出張は移動するのがお仕事だということを実感。溜めていたお仕事を少しずつ動かしてあっという間に1日が終わってしまった。
朝、向かいのデスクの方から「コーヒー飲みますか。新しいドリップ買ったので良かったら」と声をかけていただく。コーヒーもお酒も飲めないしタバコも吸わないし、嗜好品がない人生、何が楽しいんだろう、と思ってしまう。「胃が痛くなってしまうんです…」とお断りさせてもらう。
本当、最近は何を楽しみに生きているのかわからなくて、嫌なことや辛いことを予防することに精一杯だったり、それでもそんな良くないことが起きてしまいそうな予感に怖くなり、焦って祈ることしかできない日々。
ポッドキャストを聴く日々を始めて、chelmicoの番組とゆっきゅんが出ているY2Kの番組などを聴いている。chelmicoの2人の感じがハッピーでとても良い!と思っていたら、あのちゃんの番組の直近の回にゲスト出演していることに気がつき、嬉しくなってすぐ観てしまった。そして番組の中でレイチェルさんが怒ることについての本を紹介していて、怒られ案件の日々に嬉しい紹介だった。
駅まで歩く帰り道にあった、しあわせのポキ丼の店が潰れていた。
3月8日 朝起きて窓の外が思ったよりずっと雪で「雪じゃん!」と声が出てしまった。それで写真を撮って、思わずカメラを持って出かけてしまった。 今年は寒さが長引いている気がする。
去年の今頃は白い花が咲く中で三脚を立てて自撮りをした気がして、その花を確かめに行ったらまだ咲いていなかった。
金曜日なのでとても掃除をしたいけれど、もうへとへと過ぎて今日こそは何もできないかもしれない。 何もできなかったらそれはそれで、何かを克服できた新しい気持ちになれそうで、そっちへ転んでもよいかな、と思ったりしている。
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864 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:24/06/01(土) 20:51:24 ID:t1oF 小さい時分から癇癪持ちだった3人目の子 思春期に入っていよいよ手に負えなくなって疲れ切ってた 何か言われて返事をすると気に入らずに叫んで暴れ、黙っていると聞いているのかと怒鳴って暴れる 常にクソババアと呼ばれて子供が床に置いたものを数cm移動しただけで罵詈雑言を浴びせられる 壁は怒りに任せて殴った跡で穴だらけ そんな生活を送っていてその日も怒鳴られていて 怒号が言葉に聞こえなくてピーって機械音みたいなものに聞こえてた 限界を感じてたけどソファに座ってると癇癪が酷くなるから対面式キッチンのシンクの縁にしがみつくようにして立ってたら 急に「もう死にたいんじゃ!ババアも死ね!全員死ね!くたばれ!しねしねしね!」という叫び声が言葉として認識できた じゃあ早く死ねよしつこいんだよ毎日、ぽつりと言ってしまった 激昂した息子に刺されても殴られてもどうだっていいやという感情だった 息をつまらせるように黙った息子に「うるさいんだよ、おまえ、毎日」とだけ言って顔も見ず寝室に行って眠ってしまった 昼頃のことだったけど起きたら夕方で真っ暗だった 夕飯の準備ができてない事を思い出すのと同時に息子とのやりとりも思い出して 部屋めちゃくちゃになってるんだろうな…と憂鬱になりながらリビングに行くと綺麗なままだった 息子の部屋に行ったら鍵が��かってなくて中を見るとぶら下がってた 息子の手を握ると氷に触ったみたいにジンと痺れるように冷たくて だめだって思ったのを最後にそこからはあまり記憶がなくて気付いたら上の娘2人と夫が 学校や警察の対応もお葬式も手続きも家事もなにもかも全てのことをしてくれてた 完全に正気に戻ったのは10日くらい経ってからで家族も周囲もかなり心配してくれて 優しい言葉をたくさんかけてもらったけどその優しさが必要ないくらい 心静かで息子がいなくなったときからずっと安心して暮らしてる 世間の普通のお母さんは当たり前にこなしてるのだろうに、私は精神的に不安定な思春期の子供を支えてあげられなかった でも神様に時間を戻してやるからもう一度やりなおせと言われてもあんな辛い日々には戻りたくない 本当に疲れ果てた お母さんはよく頑張ったよと言ってくれる家族に、あの子を死に追いやったのは私だと言わなくてはいけないけど もうそんな地獄に立つ元気も怒鳴り声や暴力のない穏やかな日々を手放す勇気もない そんなふうに思ってる酷い母親のくせに、都合よく身勝手なことに 幼稚園で母の日におりがみで花を作ってはにかみながらプレゼントしてくれた時の事や まだ赤ちゃんだった頃のミルクを飲んで安心した顔で眠る息子を抱っこしてあやす夢をよく見る 起きたら泣いてる時もある でも息子がいなくなった安心感もある 長文すみません 書き捨てです
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桜林美佐の「美佐日記」(265)
パリオリンピック開会式で痛感した「音楽の力」
桜林美佐(防衛問題研究家)
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おはようございます。桜林です。「男もすなる日記
といふものを、女もしてみむとてするなり」の『土
佐日記』ならぬ『美佐日記』、265回目となりま
す。
今回も感想を頂戴しています。「ミサイル発射で、
総員が配置に就くというその時に『私は資格がない
ので離脱します!』なんて隊員がいたらトンデモナ
イこと」ということは、民間の会社でも、しばしば
みられます。(中略)情報漏えいを防ぐという体裁
を取り繕うという部分最適に目が向き、きちんと自
国防衛ができるのかという全体最適に目が向かなけ
れば、何のための「特定秘密」なのかと思います」
ということで、全くその通りですね! 企業におけ
る「不正検査」事案も同じ構図だとして、現場の矛
盾を放置したまま臭いものにふたをすることばかり
しているとご指摘頂きました。
本当に、こういう時にこそ政治の真価が問われる
のに、声を荒げて怒るだけでは・・・ですね・・・。
さて、パリオリンピックが始まり、開会式につい
ては賛否両論のよう��す。確かに、ニュースで部分
的にしか観ていないと、首を持っているマリーアン
トワネットとか奇抜な場面だけ観ることになり、こ
りゃいかがなものか・・・とは感じましたが、全体
を観ているわけではないので評価はできません。
また「最後の晩餐」のパロディや、聖書の「ヨハネ
の黙示録」に書かれている死を象徴する馬が登場し
たと不快に感じたキリスト教徒から批判の声が上が
った、とも言われますが、私の周囲のクリスチャン
たちはそのようなことで怒っている人はいません。
むしろショーの総てを観た人は「全部を観ないと分
からないと思うけど、素晴らしい芸術だった」との
ことで、そう、やはり全体を観なければ評してはい
けないなあと思ったのです。
私としてはレディ・ガガとセリーヌ・ディオンと
いう両アーティストの登場は心打たれました。
「なぜ米国人やカナダ人なの?」という声も出た
ようですが、そこもまた意外性があり、あっと驚か
せる演出だと理解しました。
レディ・ガガはフランス発祥のキャバレーをイメ
ージしたステージを披露。私は彼女は真の実力者だ
と思っていて、映画「A Star Is Born」(『アリー
/ スター誕生』)は、それを知らしめてくれました。
1976年に製作されたバーブラ・ストライサンド
主演のものも子供の頃に観ていたのですが、やはり
私自身が大人になっていてかつ音楽ももっと好きに
なっていたこともあり、ガガさんのスキルの高さに
圧倒されたのでした。
そして今回の開会式のフィナーレを飾ったセリー
ヌ・ディオンさんの「愛の賛歌」も痺れました!
彼女は現在56歳、2022年にスティッフパーソン症
候群(SPS)という難病にかかってしまい、過酷な闘
病生活を送っていました。
この病気は、筋肉の痙攣と硬直で体が衰弱するも
ので、耐え難いほどの痛みと痙攣によって歩くこと
も困難となり、声帯を使って歌うこともできない状
態だったのだそうです。
そのため、今回のオリンピックは2020年3月以来の
パフォーマンスだったのです。「愛の賛歌」はエデ
ィット・ピアフの大ヒット曲で、飛行機事故で亡く
なったプロボクサーの恋人への思いが詩に込められ
ているということですが、日本人としてはなんとい
っても岩谷時���さんの詩がお馴染みでしょう。知っ
ている曲ということもあり、感動は大きかったので
はないでしょうか。
とにかく、最後の最後で難病を乗り越えてきたセ
リーヌ・ディオンを出してくるなんて、これ以上に
ない「演出」であり、辛い境遇にある人への「激励」
であったと思います。彼女自身に対しても病気を克
服してパリ五輪で歌うという目標を提供した、その
発案をした人がいるのかと思うと、無条件に大きな
拍手を送るしかありません。
このステージを観てみんなが感動の涙を経験した
とすれば、世界中のあらゆる人を1つにすることがで
きる「音楽の力」というものを痛感しました。
それから、これはどこも報じていないようですが、
レディ・ガガも難病である線維筋痛症に苦しみ、ヨ
ーロッパ講演をキャンセルせざるを得なかったこと
もありました。
線維筋痛症は、全身に耐えがたいほどの激痛が生じ
るリウマチ性疾患です。私はかつてこの病気につい
てのラジオドキュメンタリーで構成を担当しました
ので、いかに過酷なものか知っています。精神的な
苦痛は計り知れません。
そのことを考えると、彼女の出演も意味が大きかっ
たと思います。
そんなわけで、今回も軍事情報とは全く関係ない
内容となりましたが、引き続き真夏のオリンピック
をお楽しみ下さい!
今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
皆様にとって素晴らしい1週間となりますように。
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芙蓉からそうびまで
薔薇って漢字は、「しょうび」と読むのだと思えば、なるほど納得して覚えられる気がする(たぶん覚えないと思うが)。
気圧が下がって今はかなりきつい。夕方、精神科の診療だったのだが、家を出る直前まで寝て、どうにか頭を洗い、ぎりぎりの時間に病院に着いた。この1ヶ月のことを報告するのは気が重いな…くらいに思っていたが、いざ診察室に入ったら、先生にもはや何も話せず、そこで自分がかなり深くうつ状態に陥っていることがわかった。先生もかなり心配して、アリピプラゾールを増量して、睡眠薬は今まで自力で寝る方向だったが、今回はもうフルニトラゼパムが出た。フルニトラゼパム、有名な薬だが私は飲んだことがなく、少しどきどきしている。たぶん飲んでからすぐ目を閉じたほうがいいのだと思うが、全然眠気が来ず、思ったほどの効果が無いかもしれない、とちょっと安堵した。シクレスト舌下錠を以前に処方された時は、口の痺れというか感覚麻痺とともに深く眠り、かなりの吐き気を伴ったので(結局すぐに服用を中止)自分に効くレベルの睡眠薬となると、身構えてしまう。デエビゴは効かなかった。そのほか短時間系のものはほぼ全て試したが効かないので、中長時間系のもの(今までは働いていたので日中に残りそうなものは試していなかった)でとりあえずスタンダードなフルニトラゼパムが出されたのだと思う。本当に中途覚醒が無いのだろうか。今のところ1~2時間置きに目が覚めて睡眠をロスしているので、続けて眠れるのならばかなり有り難い。薬を追加した関係もあってか、次回の診察は最速で予約が取れる再来週にねじ込まれた。そこまで心配しなくても、と思ったが、先生のまえでうつ状態を披露するのはあまりないことなので、確かにおおごとに捉えるかもしれない。普段の振る舞いとうつ状態の時の振る舞い(ほぼ動かず、喋らない)があまりにも異なるため。
21時から、ままごとという劇団の「わが星」という舞台をYouTubeでみんなと同時鑑賞して、とてもよかった。日本語ラップミュージカルで、つねにバックグラウンドで時報が流れており、人物はその四拍子に乗ってしゃべり続ける、歌う、ポエトリーリーディングする。本当に耳に心地いいうえに動きも面白い舞台だし、なにより私にとっては脚本がよかった。人間賛歌、命への愛情というのはこういうことだと思った。完膚なきまでに、制作者に降伏した。くちろろさん(□□□)というか三浦さんの音楽で、台本も公開されているのだがこれがもう大変凝ったことになっていて、すご〜いと思いました。エンドロールで制作助手につくにうららさんのお名前を見てとてもうれしかった。つくにさんは、我が友たちの劇団水中めがね∞の一員だった方であり、カミグセの主宰かつ脚本家であり、なんか最後に見た時は大きいお腹で、つまり腹の中に命を宿しながらなんらかの舞台で制作としてお働きになっていたような気がする。バイタリティと誠実が天元突破しているような方という印象。そもそもそういう人にしか制作というのは務まらないのかもしれない。「わが星」のURLをかつての我が友に送り付け、その節(私が彼女の世話をし入院させ面会のたびに必要なものを持っていき彼女の家に住んで猫の世話をした期間)は、あなたを生き延びさせるためとはいえ、意に沿わぬ決定をさせてしまって、いくら恨まれても仕方ないと思っている、と前から思っていたことをLINEに書いて送った。返信がくることはないとは思うが、とにかく自己満足のために送った。私は彼女の作る舞台が好きだった。過酷な環境と理不尽の中で苦しんでいた彼女を、歌舞伎町のショーレストラン(ショーパブの現代版)は卒業して、うちの店で暫くのんびりやるのはどうかと誘い、同僚として働いたりもした。その頃も毎日笑いころげて、だいぶん楽しかった。彼女が数日家を空ける時には猫の世話を請負い、その家で暮らしたので、生活も混ざりあっていたような感じだ。一緒に金曜ロードショーのラプンツェルやライオンキングを見て、ずっとミュージカル調で会話しながら面白おかしく暮らした記憶は、死ぬまでずっと宝物だと思う。彼女にはそういう力があった。辛い中でも、なんでも笑いに変え���、優しさで世界を包み込むような力が。私は今でも彼女の作る舞台をまた見たいと思っている。できれば演劇の途中で突然コンテンポラリーダンスが始まる、あの形式で。
フルニトラゼパムは効くのだろうか。ともかく明日は気圧が下がりに下がるので、15時頃までは眠って動けないことだろう。
というところまで書きかけて寝ていた。
2023.10.15
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マリオワンダークリアしました!!
…1週間ほど前に!!
最終コース打開したら即感想殴り書きするつもりがあっという間に時間が経ってしまった、時の進行が早すぎる。
Wonderful!!
いやーー大傑作、最高に楽しい2Dマリオ体験でした。もうすぐ40年に届くかというシリーズの最新作とは思えない新鮮さの塊、操作感が魂に染み付くほど共にしてきたヒゲ男なのにどこを向いても知らない体験が満載、満足も満足ですよ…!
「しかしいくら任天堂でも数多のユーザーの手によって生み出された上質で衝撃的なコースを好きなだけ遊べる、あまつさえ他プレイヤーとレースまでできちゃうマリオメーカー2を経た上でマンネリの壁を壊すのは厳しいのでは~~?」
とプレイ前に僅かに思ってたら、マの字すら抱かさねえよとなみなみ注がれた珠玉の新アイデアを次から次へ顔面に浴びせてくれたのは嬉しい事この上なかったですね、初っ端からパックン歌っちゃうもん。
それだけで数コース作れそうな思わず唸る新ギミックでもほぼ使い切りで次々と投入していったのがとにかく印象的だった、これが期限を定めず11年熟成したマリオか…!(インタビュー談)
知らんマリオでいっぱい。でもプレイ感覚は既存の枠から外れてないのがまた凄い。
結構な速度で横移動する上にトゲコロに押し潰されるとミス扱いになる指折りの謎ワンダー、これすき(もっと出番欲しかった)
体験に文字通り花を添えてくれるおしゃべりフラワーも良い。
大体がその場に合わせた当たり障りのない事しか言わない、たまにクスッとさせてくる賑やかし要員なんだけど、それがちょうど良いんですよね…こちらのアクションに反応をくれる個体がいるのも嬉しい。
過去作品ではまずあり得ない、ペラペラと日本語をフルボイスで喋る異質極まりない存在のはずなのに、一切ノイズに感じず愛着しか湧いてないのが今思うと不思議。その点は拘って台詞考えてそうだなぁ、もう以前の作品やったら寂しくて仕方ないと思う。
ちゃんと距離が離れると声も遠くなる拘りっぷりも好き(動画貼ろうとしたら1記事1つまでと言われておこった)
そして欠かせないゆるーく繋がるオンラインプレイ。
これ!!マリワンでとびきり刺さった新要素がこれです!!!
基本的にはリアルタイム��同じコースに挑戦している他プレイヤーが映るだけ、互いの画面へのギミック干渉はできず可能なのはエモートやアイテムの送り合い、ミス時に他人にタッチすると復活できる機能くらい。
これだけ、たったこれだけなのに「みしらぬだれか」との楽しい一期一会コミュニケーションが無尽蔵に生まれていく素晴らしいアイデアよ…!
偶然同時にゴールしたプレイヤーと😊を送り合うだけでも楽しいし、道中のペースが近い相手と歩調を合わせて協力してゴールまで進んで互いに称え合うなんて楽しみもある。相手の動きがラグなくスムーズに反映されるので隠しブロックの在りかや隠しルートへのヒントを貰うこともできるし、逆に迷ってる相手を誘導することもできる。楽しい…すべてが楽しい…!
干渉できる要素が全てプラスに向かう要素しかないのでこの手のマルチで発生しがちな悪意が介入する場面に一切出会わなかったのも凄かった、これだけ他プレイヤーとの関わり合いが気持ちいいゲームなかなか無いよ!?
そのオンラインプレイの中での極めつけがこれ。みんなの広場。
ステージ内に隠された5つのフラワーコインを他プレイヤーと協力して見つける宝探しゲームで、恐らく先述した「他人の動きからヒントを得られる」点から着想を得て生まれた遊びだと思うんだけど、やった人なら分かると思うがこれが感動するほど楽しい。
難易度はこの手の宝探し系ゲームにしては隠し場所がしっかりと難しく設定されていて詰む人はとことん詰む造り。そこを先に見つけた人が他者に分かるようなんとか伝えることでクリアまで誘導する、結構プレイヤーの善意に委ねた難易度調整がされてるんですよね。
そんな���意の連鎖が赤の他人に対して果たして続くのか!?というと…
続きます!!!
何故なら身振り手振りでのジェスチャーが相手に伝わると人間むっちゃ楽しいから!!!!!
いくらでも連鎖するんです、楽しければ。
いやほんと楽しいんですよこれ……凝った隠し方がしてあると要求されるジェスチャーも難題になるものの、それがまた適度な難しさで……ああ、もう一度あの土管押してこようかな。Switch今京都じゃん。
惜しいのはそんなに数が多くないとこなんですよね、あと10広場はいける。
最後に高難易度コース、今回もべらぼうに満足できました。
序盤からこの難易度を!?とギョッとさせるモックモックSPをはじめ、任天堂がぶつけてくる難関コースって難しくありながら意外と乗り越えられるものを絶望として描くのが上手いというか、そう思わせる調整が怪奇的に絶妙でとにかく楽しいんですよね。一番いい激辛さ。
その極めつけがスペシャル最終コースのクソムズいやつで。
あのコース、最後に相応しく各パートがどれも初見時は絶望的に映るんだけども、ランダム要素由来の難しさが殆ど無いので数をこなして全体像とパターンを掴む段階まで至れればその時点で気持ちよく突破できるものが多いんです。
そしてそれ以降は小さい労力でサクサク乗り越えられる、要は覚えゲーなんだけど見た目は絶望的難関なので何回突破しても爽快で楽しい。あれだけ苦戦したのに気づけばスイスイ突破できる楽しさ、弾幕STGのそれにも似てます。
それでいて最後の最後、真の難所は覚えゲーにせずゲーマー目線��見ても明らかな「クソムズい」を叩きつけてくるのが最高で…オデッセイの時といいあの部分は公式マリオのトロと自分は呼んでいて…。一番ふざけんなばかと声が出る部分でもある
纏めるなら「Switchから遊びに行けるマリオのテーマパーク」のような作品でした。
ありがとう任天堂。楽しかったよ任天堂。
…と、いいだけ楽しんだマリオワンダーだけども一つだけ心残りがあって。
フレンドと4人マルチできてないんですよ!!!!!!!!!!!!
3人までは叶ったんですけどね…!
プレイ中のフレンドとの繋がり辛さはこのゲームの数少ない欠点だなぁと、12人まで入れる仕様なんだけどフレを眺めてても4人以上集まってるケースを見たことがない。
部屋を建ててもゲーム内で通知が行かないので外部で告知や声掛けが必要。
告知を流しても相手は当然マリオ中なので気づかないケースがかなり多い。
部屋建てしながら野良と遊ぶという事ができないので建てっぱプレイが難しい、告知に気づくころには大体痺れを切らして閉まってる。
恐らくこの3点が原因、箇条書き機能が使いたかった。
この点はゆるく遊ぶのと同時にゆるく繋げてくれる仕様が欲しかったですね、フレンドとのマルチは野良とはまた別の楽しさが満載なだけに…!
いつか4人でこのポールを掴むぞォ!!!!
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みんな最近どう?
俺はなんとかやってます
先週、体調が悪くなるくらいつまらない舞台を観ました。
誰が偉そうにと自分でも思うんですが、お金と時間をかけてしっかり体験したことなので、つまらないという権利はあると信じています。
いやーもうはじめから終わりまで、名前の知らない病気三つくらい発症するんじゃないかってくらいつまらなかった。
舞台のすごいところは、目の前にそれをやっている人がいるので、なんとなく気を遣ってしまい
どんなに面白くなくとも、終演の瞬間まで椅子に縛られるというところです。
そしてその椅子は、パイプ椅子に座布団敷いただけみたいなやつがほとんどで、座り心地がすごく悪い!
映画館のように自由に席を立てたり、動画のようにボタンひとつでどうにかできるなんて生やさしい場所じゃないんです。
あらゆるエンタメが豊富にそろったこの時代に、お金を払って、こんな不毛な経験できる場所なかなかないですよ。
あーつまらなかった。
そのつまらなさを詳細に書くと、この悪口がどこの何に向けてのものなのかが知れ渡ってしまい、それは自分にとってなんのメリットもないことなので詳細は避けますが
自分のしていることを顧みて、こうなっていやしないかとゾッとしてしまい、怖くなりました。
しかし
ここ一ヶ月弱、ずっとやんわりと不調が続いていて
フィクションへの関心が薄くなっているのも事実なんです。
他の人はどうなんでしょう
個人的に、元気な時じゃないと文字も絵も情報として以外全然入ってこないというか
感動とか、笑いとか、スリルとか、そういった驚異や興奮の類を受け取り辛くなってしまう上、
集中力も下がって没頭するのも難しいですし、
些細なことですごくイライラしてしまいます。
心にサランラップを何重にも巻いたような麻痺感と不快感、そして身動きの取りづらさ。
これを書きながら、先週観た芝居も自分の状態のせいであんなにハマらなかったんじゃないかとわずかに思い直したんですが
もう一周して、やっぱりどう考えてもつまらなかったなというところに結局落ち着きそうです。
心身、季節の変わり目でちゃんと不調になるとか、やめてほしいですね。
不調がどうのこうのとか、こんなのったりとしたことを言える立場にいないんです本当は。
もっとがむしゃらに頑張らないと無理な立ち位置にいるはずなんですよ。
この��でこの仕事をしようとしていて
全然これからだっていうのに
具体的には先にむけてストックをたくさん作らないといけないというのに
イマイチ頑張れないという、もう、じゃあダメじゃんという他ないじゃないの。
そのくせに人には頑張りなよって思えるし、平気で言えてしまうよ〜
新自由主義が内からも外からも自分を苦しめいます。染み込んでいて取れない。
その通りです。
よそと比べれば多分大したことのない苦しみを、こういうところに吐き出すことで少しでも気を楽にしようとしています。
世界は暴力の嵐だというのに。
卑しい存在ですよ!!卑しい存在がここにいますよ!!
自己弁護ですか?
そうですよ!!臆病で��しい存在ですよ!!
ここまで書いて思慮深く消すこともできるんですが
なんかそれすると余計深みに行きそうなので
許してください
寝ようとします
みんなちゃんとご飯食べてね。
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椅子を引く、という子どものちょっとしたいたずら。これが人の一生を狂わせるほどの大事故につながることがある。 「新学期が始まった子どもたちに事実を伝えたい」。このいたずらで障害を負った男性に話を聞いた。 「いつ何が起こるかわからない」 この日(2014.7.2)から俺の人生はガラッと変わった。 椅子に座ろうとした時に、後ろにいた女の子がふざけて俺の椅子を引いた。 床にお尻から突き上げるように落ちた。その瞬間、背中と腰に異常な激痛が走った。 (山田雄也さんのXより) これは、座ろうとしていた人の椅子を引くといういたずらで、大怪我をしてしまった山田雄也さんのSNSでの投稿だ。 10年前、当時高校3年生だった山田さんは、席に座ろうとして同級生に椅子を引かれ、背中とお尻を強打し、病院へ救急搬送された。 山田さんは当時について、「脊髄が打ち所が悪かったっていうのもあって、潰れた感じっていうか…そこから痺れと、痛みが発生したというふうに言われた」と振り返った。 山田さんは医師から手術を勧められたが、その選択はとても辛いものだった。なぜなら山田さんは、八村塁選手と対戦した経験もあるなど、プロを目指すほど実力のあるバスケットボール選手であり、当時は国体の選考会とウインターカップを控えていた。 「手術やめて、そっち(国体)の方に行きたいという気持ちはすごくあったが、バスケ人生終わっちゃうのかなってという方の気持ちの方が大きかったので、覚悟を決めて手術をした」(山田さん、以下同) 強力な全身麻酔を使い、9時間もの大手術に耐えた山田さん。しかし、手術から3日後、背中に激しい痛みを感じたのだ。 9時間もの大手術 MRI検査の結果、血栓が見つかり緊急手術を受けることに。2度目の手術の後、山田さんはしばらく意識が戻らず、1週間ほど生死の境をさまよった。 意識が戻ってからの症状について山田さんは「目が覚めた時には、お腹から下の感覚が全くなくて��宙に浮いている状態っていうか、上半身しかない体みたいな感じですごいショックを受けた。走って跳んでというのが当たり前の生活だったのに、いきなり座ることもできなかったので、信じられないというか…」と説明した。 その後は下半身がまひした状態のまま、辛い治療が続いた。髄液を抜くための太い注射をした際には“背中からナイフを突き刺されたような痛み”を感じ、たまらず叫んでしまったという。 しかし、希望がみえる日もあった。 「酸素カプセルを試した次の日に、指先がちょっと動くようになって、感覚も少し分かるようになってきたので、その時は一人で泣いた」 家族の支えやリハビリのかいもあり、2カ月後には車いすに乗れるまでに回復した。 椅子を引く。ちょっとしたいたずらだったかもしれないその行為は、プロバスケットボール選手を目指すほどの身体能力を持っていた山田さんに、下半身まひという取り返しもつかない大きな障害を負わせることになった。 バスケットボールがしたいという一心で、リハビリに励んでいた山田さん。転機は20歳のときに訪れた。 「岐阜SHINE」という車いすバスケットボールチームから、SNSを通じて連絡があったのだ。車いすバスケについて知らなかった山田さんは、チームの練習に参加してみることにした。 「競技用の車いすに乗せてもらって、走り方とか、車いすの操作の仕方を教えてもらってから、一緒にゲームに交らせてもらって。久しぶりに、風を切って走ってる感覚がうれしくて、『また走ってる』と感じた」 プレーする楽しさを全身で味わえたこの日から、山田さんは車いすバスケにのめり込んだ。しかし、やればやるほど、健常者だったときの記憶が戻ってきたという。 「自分はもともとジャンプ力や脚力が持ち味のプレーヤーであり、もともとのバスケの感覚が残っているので、(車いすバスケを)だんだん違うスポーツに感じてしまうようになり、楽しさがなくなってしまって」
「椅子引き」で下半身まひに…バスケ選手の夢絶たれた男性「絶対しないで!」 子どもたちへの切なる願い(ABEMA TIMES) - Yahoo!ニュース
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Denisa-profile
▼プロフィール
【名前】デニサ ノルダール(Denisa Nordahl) 【年齢/性別/身長】??歳/女/161cm 【一人称/二人称】私(わたし)/貴方 【長所】慎重・献身的・聡明・優雅・忍耐力 【短所】冷淡・保守的・生真面目・過保護 【好き】月夜・魔法・調薬・お世話・実用的なもの・可愛いもの 【嫌い】人混み・熱気・賭け事・運任せ
凛とした佇まいの気品ある雰囲気の女性。 感情を表に出す事が少なく冷淡で近寄り難いオーラを感じさせるが、実際は心優しく包容力のある穏和な性格。 堅実的に物事を考えて何でも卒なくこなす能力があるものの、規律を重視してしまうが故に柔軟な対応をやや苦手としている。
風と闇魔法を得意とする聡明な魔導師。 大きな街にある商家の生まれだが、店が経営難に陥った影響で両親に捨てられ、幼少期は孤児として過酷な日々を過ごしていた。 後に放浪していた際にとある魔導師と出会い、魔法の資質を見出された彼女は彼に引き取られ、彼が住む村で魔女として育てられる事となる。 天性の恵まれた魔力と頭脳を活かし優秀な魔女として成長した彼女は、彼や村人への恩返しの為に魔法や調合した薬を使って様々な貢献を行いながら平穏に暮らしていた。 そんなある日、突然何の前触れも無く村が大規模な人狩りに遭い、村人が惨殺され村は崩壊してしまう。懸命に戦った彼女もまた重傷を負ってしまうが、親代わりであった魔導師の身命を賭した手助けで、彼女だけは辛うじて逃げ出すことに成功する。以後、追っ手に追われ瀕死のところをとある人物に救われ、一命を取り留めている。 現在は村を襲った組織に対する復讐に加え、命を救われた恩義を返すべくその人物の苦手分野を補う補佐役として協力し、共に各地を転々としながら旅している。
魔法の改良や調薬が趣味。 戦闘用の高威力な魔法や病気の治療薬など、主に自分の能力を高めたり、人の役に立つ魔法や薬の研究を好んで行っている。特に薬に関してはどれも効能が高く、安定した品質で周囲からの評価は極めて高い。 因みに使役する魔物はゲイザー。邪視により視線が合った者を麻痺・眠り・混乱・石化など様々な状態異常にする能力を持っている。
◇「私は自身の責務を全うします。邪魔をするのであれば容赦はしません」 ◇「僭越ながら私がお相手させていただきます」 ◇「用件があるのでしたら手短に。そんなに暇じゃないので」 ◇「彼のチャームポイントはこの大きな目玉と表皮のつるつるとした手触りね。ふふっ可愛い私の子」 ◇「大丈夫ですか?無理せず、甘えてくれてもいいんですよ?」 ◇「あの可愛さは流石に反則よ…反射的に抱きしめたくなっちゃうじゃない…」 ◇「別に私は完璧なんかじゃないの…私にも誰かに寄り添って甘えたくなる時だってあるのよ…?」 ◇「善悪多様…貴方にとっての善は私にとっての悪。よって私は貴方の罪を裁きます」 ◇「おかえりなさい。お風呂でしたら既に準備が整っていますよ。一日の疲れを落とすには入浴が一番効果的です。よろしければお背中お流しいたしましょうか?」 ◇「この身が朽ち果てるまで…私は貴方に尽力する事をお約束いたします」
◆「ジル。私のゲイザーを知らない?…何故フライパンの上に縛り付けてあるの。いい加減彼を焼いても貴女の思っている目玉焼きにはならないことを学びなさい」 ◆「燿香。貴女はとても努力家で真っ直ぐな人です。そして可愛…ごほん。他人に愛される容姿を持っている。それは素直に誇るべき素質だと私は思います…事のついでに少しだけ頭を撫でてもいいですか?」
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▼使い魔と武器
◆使い魔は「ゲイザー」。 邪視により視線が合った者を麻痺・眠り・混乱・石化など様々な状態異常にする能力を持っている。能力を使い過ぎると目が充血してくることが欠点。 又、視力が人間の数十倍あり遠方まで広く視認が可能な為、索敵能力は非常に高い。 因みに彼は主人の調合��る目薬が大好きで、よく主人に目薬を差してもらっている。
◆杖と斧の混合武器。 内部の宝石により魔法を強化し、刃に属性を付与する効果を持つ。 内部の宝石を換装することによって武器の属性が変更され、刃の色が属性に沿った色へと変色する。 内部の宝石は魔力によって浮遊している状態。
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▼リンク
◆イラストの高解像度版と他クリエイター様による作品一覧
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【3675日目】2023-02-09 あの、超人気創作ピザ屋さん「エンボカ東京」が無くなって、跡地がモダンタイ料理店になりました。 THALEE-LINGタレーリン@代々木上原 ____________________________________ 先週オープンした、新しいお店。外装はエンボカのままの蔦に覆われたモジャハウスですが、中はぐっと大人空間にリノベーションされていました。 *青パパイヤと文旦のソムタム 美しい世にも美しいソムタム。果汁たっぷりで艶々とした文旦と、シャキシャキの青パパイヤ。優しいナンプラー使い。 *北海ホタテのタルタル これには痺れました。細かく刻まれて混ぜ込んであるフレッシュライムの苦みが、タルタルの甘っトロさを引き締める。甘い風味と、柑橘の爽やかさ、そして苦み、香りの三重奏。 *魚介と野菜のグリーンカレーと山形の香り米 タイのグリーンカレーではありますが、ただのグリーンカレーではありません。 フレッシュハーブの舌触り。上品な甘みと鋭い辛さ。塩はしっかり、でもナンプラーの香りは優しめ、甘さに頼らないタイ料理です。 アロマティックというより、爽快感が生まれる とんがった味でした。タイ料理の新しい扉が開いた気がします。 もう少し通ってみよう。 ____________________________________ 🇹🇭 #lunch #thailand #thaifood #thai #instafood #asianfood #asia #foodpic #foodstagram #tasty #delicious #spice #curry #thaleeling #タイ #タイ料理 #ランチ #代々木上原 #カレー #フクドローン #ふくすたぐらむ ↓Thalee-ling @thalee_ling (Thalee ling) https://www.instagram.com/p/CooMK6sSEXY/?igshid=NGJjMDIxMWI=
#lunch#thailand#thaifood#thai#instafood#asianfood#asia#foodpic#foodstagram#tasty#delicious#spice#curry#thaleeling#タイ#タイ料理#ランチ#代々木上原#カレー#ふくすたぐらむ
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統合 〜 分離された魂のプロセス
【第二部:統合のプロセス】
アンティエ・リンデンブラット
オリジナル動画:https://youtu.be/ikfg2YCk7H0
公開日:2023年2月9日
【和訳:ALAE PHOENICIS】
最新情報は Telegram:https://t.me/alaephoenicis
➡第一部🔗
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第二部のテーマは、分離された魂の統合プロセスです。
最初に、過去生について触れるのは、多くの場合、トラウマは過去生に起こっているからで、「トラウマを癒やすために、過去生で何があったか思い出さなければならないのですか?」という質問がよく寄せられるからです。
いいえ、過去生を思い出すことは必然ではありません。
もし、思い出すことが役に立つ場合は、魂はそれに関する情報を与えてきます。それは、大抵は「パズルのピース」や「側面的な一部」という形です。
なぜかというと、過去生のトラウマを癒やすために、今生でも同じトラウマとなる出来事を体験しているからで、過去生で起こったことを思い出さなくても、今生の体験をベースに癒やしのプロセスを経ることが出来ます。時には、過去生で背負ったトラウマまで思い出すのは害になることもあります。なぜかというと、過去の物語に理解が偏って、感情移入しすぎてしまうことで、「癒やしのプロセス」難しくなることがあるからです。
この統合プロセスは魂によって制御・監視されています。そうやって魂は、その時に処理できる程度の記憶や感情が放出されるように調整しています。統合プロセスではまさに、元々トラウマになったものを処理できることが課題だからですが、例えば幼い頃に虐待に遭うと、それがインナーチャイルドの魂の一部となっているので、その視角からは癒やしをもたらすことが出来ません。ですから、ある程度の精神的な成熟度・意識のグレードに達している必要があります。
分離された魂が日常にどのような影響として現れてくるのかというと、それは身体的なブロックであったり、もしくは生活状況、特定の生活領域にも現れることがあります。なかなかうまく行かないこと、努力が実らず、それが辛い感情と結び付いているのは、どの分野でしょうか。
まず、これらは「引き寄せ」の法則として現れてきます。トラウマを内に抱えていると、そのエネルギーは「似通ったもの」を引き寄せます。しかしそれは、無意識下に追いやられ、気づけなかったトラウマが何なのか、を知らせてくれるものでもあります。
その他、「被害者意識」「無力感」といった信念構造に、影響が現れて来る場合もあります。トラウマを体験することで、いったんは「被害者」の立場になるわけなので、この経験によって生じる信念構造というのがあります。
身体的に現れるものとしては、病気、もしくは特に敏感な身体の部分や臓器があります。例えば胃、呼吸器官、その部位特有の病気など。エネルギー的にはその起源はトラウマで、それと関連した身体部分に弊害が出てきます。エネルギー的な刻印は、もともとの状況からきているのです。
例えば、ナイフで刺されたとします。するとその部分にはエネルギー的な刻印が残されたりします。ナイフによって傷つけられたという事実と、傷口にもそれが残るのです。
このトラウマにより、神経系に緊張感が現れたりします。トラウマを背負うと、神経系が警戒態勢に入ります。そして、このトラウマと関連していて、解消されていない全てが神経系に警戒態勢を布きます。つまり、その人はストレス状態にとても敏感となる、もしくはすぐにストレス状態に陥り易くなります。例えば、大したことのない情報によって簡単に生命が脅かされるほどの負担を感じます。それは神経系が、そのような警戒態勢にあるからです。
不眠症となることもあります。そうなるとリラックスできなくなり、悪夢を見る傾向があると尚更です。
不合理な行動にでることもあり、その人が特定の状況になぜ過剰反応するのか、外からはそれが説明できませんが、この場合トラウマが背景にあったりします。
ありがちなのは、この世に留まりたくない、生きていなくない、という感情です。その理由は、トラウマによって基本的な信頼や安心感が酷く損なわれているからで、魂はこの体に留まりたくないと感じていますが、特に下部のチャクラがトラウマの影響を受け、支障をきたすので、魂はそのエネルギーを下部のチャクラまで通せないのです。このような影響は、比較的よくあるケースとなります。
よくある傾向として次に述べられるのは、麻痺感覚、ある種の感情的な麻痺で、これはうつ病へ向かっていくことがあります。
第一部でお話したように、トラウマを受けた流れが主流から切り離されてしまった状態です。主流に流れている本来の感覚から切り離されると、こうした麻痺感が現れます。
あまりの痛みで、切り離されていた支流の水はしかし、主流へと少しずつ流れ込んできます。しかし、それを扱うにはまだ未熟だと感じている魂は潜在意識下へその水を押しやってしまいます。そうやって「一部の感情」に蓋をするようにしていると、その他の感情も蓋されてしまうので、全体が麻痺して感じられなくなってしまうのです。まさに多くの感情を抑圧し続けることで、「うつ病」に発展していくのです。
トラウマによる魂の分離の結果、日常に現れる更なる傾向は、自信の欠如です。これがどのように統合されていくのかというと、最初の兆候は、再度トラウマとなる出来事が繰り返されることで起こる圧迫感である反面、魂自体が「川の水」のように流れているため、トラウマで閉塞されると自然の流れではなくなっているところに圧力が生じます。こうして、魂の一部が作り出した感情や信念構造といったものを徐々に無視できなくなってくるのです。魂はこうやって、統合プロセスに協力するよう、意識に呼びかけてきます。
トラウマを思い出させる類似状況が繰り返されることで「もう沢山だ!」となり、その人は意識して「どうすれば良いのか、一体どういう仕組みになっているのか」など、考えるようになります。これは、実はそうした統合プロセスに取り組むよう、魂に促されているのです。「癒やされたい、克服したい、状況を変えたい」という願いが強くなり、統合プロセスに対して心を開くようになります。
この統合プロセスに意識的に取り組めるよう、魂は元のトラウマに似せたあらゆるトリガーを使います。人間関係だったり、似たような状況、場所だったり、または生活の中のあるシーンで何かに導かれるように特定の行動を取ろうとしても、あまりの閉塞感、不安や疑念が出てきて出来なかったりします。
その時、真っ先に反応するのは「身体」です。体には全ての記憶が振動周波数として保存されているので、トリガーがもたらす振動に反応します。
光の周波数を上昇させることによって、この統合プロセスを促進させます。
高い振動数の光が体に流れて込んであふれることで周波数は高まりますが、体の何処かに痛みが走ったりするのは、切り離されていた魂の部位に光が当たったときです。これによって統合プロセスがブーストされ、浄化が始まります。
これは、真っ暗闇で懐中電灯を点けたときと似ていて、突然光が差し込むことで何かが見えてくることがあります。急に認識したり、記憶が蘇ったり、身体に痛みが走ったりします。閉塞されていた場所でエネルギーが詰まったような感じになるわけです。
こうして分離されていた魂の部位の癒やしとは、様々なレベルで起こります。感情面、精神面、身体面、そしてエネルギー面です。
つまり、辛かった感情や展開された信念などがチャクラを詰まらせ、エネルギーや情報が身体を健全に流れなくなるので、全体に統合されるには上述の其々のレベルで癒やしを必要とします。
感情面:
「感情」は癒やしへとガイドしてくれる最も重要な鍵となります。つまり、統合のプロセスではどのような感情であろうと、全て「ひと通り感じる」必要があります。「感じる」ということを通して、手放すことが可能になるからです。この「感じる」ということが解毒になり、主流に戻ることが出来るからです。しかし「感じる」だけでは不十分です。「何故そう感じているのか」を理解することが必要です。
傾向として、私たちはそこにある感情をジャッジしてしまい、否定し、拒否してしまいがちです。そのように条件反射するよう、学習させられています。特に「その感情は自分に何を語りかけているのか」を理解することが大切です。ここで、感情が癒やしへのガイド役をするのです。
また、感情とは常に、私たちの欲求を表現してくれている、ということも大切な点です。
例えば、恐怖とパニックという感情は、安全への欲求が満たされていないことを示しているわけです。
ここで、「では安全ではないと思わせるのはどのような状況なのか」と問いかけ、その状況を避けてもいいですし、もしくはどうやって安心感をもたらして欠けている欲求を満たせば良いのかを考えることも出来ます。
精神面:
これは、経験によって構築してきた信念・信条と強く関わってきます。これを変容させるためにはまず、よく認識・自覚せねばなりません。思考が変わらなければ同じ信条を掲げ続けることになり、従って同じ感情を引き起こすので、破れない悪循環の中に閉じ込められることとなります。
あなたの信念・信条が結局、変化を阻止します。
例えば、「自分は罪深いのだ」「自分には価値がない」などと思っていれば、そこから身動きが取れません。だから、同じことばかり繰り返し体験してしまうのです。精神はあなたの内側を外側に向かって投影するので、あなたが被害者意識からそのように信じていれば、その通りのことをあなたは体験するのです。その意味で、精神面の癒やしも非常に重要な部分です。
被害者意識の仕組みは、自分に集中して自分を中心軸に持っていかず、「あなたのせい」と考えることです。これも癒やしのプロセスを妨げます。つまり、感情・思考というのは、自分が自分で展開したものなので、それらに対して自分で責任を担う、というのが非常に大事なポイントです。
身体・エネルギー面:
結局のところ、全てが「エネルギー」として総括できるので、この2つは纏めました。意識のエネルギー領域は質的に微細ですが、身体というのもエネルギーで、ただ質的にはより粗雑です。
このに種類のエネルギーは互いに依存しあっています。
また、感情と思考もエネルギーですが、これらは身体に「記録保存」されていて、魂の部位とつながり合っています。
トラウマに関する思い出と情報は、身体、エネルギーシステムの両方に記録されています。
身体とエネルギー体の動きは一致しているため、両者は依存しあっています。すると、エネルギーの不調和は、エネルギーシステム全体において、感情的にも思考的にも調和の取れた流れを阻止し、同時に身体のエネルギーシステムをも害します。
これは大抵、チャクラと経絡に障害をもたらし、エネルギーが上手く流れず、行き渡らない身体部分は痛みや強張り、もしくは病気で反応します。そうやって可視化することで、魂は「ここを見て!様子が可怪しいよ!」と語っています。
ヒーラーとしての私の経験では、トラウマを経験すると、大抵下部3つまでのチャクラに関わって来ます。これらのチャクラは、私たちの地上での存在の仕方に大きく関わってくるからです。これ対し、上部のチャクラは高次の存在、自分のハイヤーセルフ(魂)と繋がっています。
トラウマというのはある種の「ショック(衝撃)」であり、急激なものと長期に渡って刻まれるものがありますが、これらは下部のチャクラに淀むため、身体的にはその位置に症状が出ます。これは閉塞部分の鏡であり、エネルギー的・身体的に解毒し、健全な流れを取り戻すことで統合され、癒やされます。
分離された魂の統合プロセスは、下記の二つの領域に分けることが出来ます。
片方の領域では、魂が統合プロセスを制御し、監視するとともに、上述したように意図的にトリガーとなる状況を創り出して分離された魂を統合させようとします。
もう一方の領域は、私たちが内側へ働きかける部分です。つまり、統合プロセスは勝手に進むわけではなく…「私の魂が勝手にやっておいてくれる」というわけではありません。私たちは自覚をもって、いわゆる「シャドー・ワーク」をしなければなりません。この時、魂が担うのは繰り返し渡されるダウンロードを受け取ることです。魂によって、トリガーや、そこから気付きももたらされたりしますが、周波数が魂から肉体へと流し込まれ、それが支流へと分離されていた魂の部位へと染み渡っていきます。
これは、トラウマに関連するエネルギーを意識上に持ってくるためと、更に、思い出を徐々に解明して不調和の全てを浄化するためです。
私たちが取り組むべきシャドー・ワークは、これまで無意識下にあったこと、そしてそこにある「傷」に気づくことで、心を開いてその部分を直視します。自分の影の部分を認めるのです。これはなかなかの挑戦です。なぜならこれは感情的な痛みを伴うからで、思い出すのが辛いからです。
また、トラウマを思い出すと、「被害者意識」も自動的に戻って来てしまいます。
本人は自らをジャッジし、自らの感情や特定の行動の仕方を否定する傾向を、もうなんども繰り返し学習してきてしまっていて、こうしたジャッジや否認をし続けている間は、癒やされません。
ここで「中庸の精神」が大事になってきます。中庸をもって、自らの影を直視し、ジャッジしたりせずに、自分に問いかけるべきことは、「何故、こんな目にあったのか?どんな意味を成すのか?これは、私に何を見せようとしているのか?」などです。
ここで、「感情面」が鍵となってきます。感情の部分こそが、その裏にどのような思考があるのかも示しており、それが行動の選択にも繋がります。
これらを一つ一つ観察することが、あなたの内面での取り組みとなります。
とても大事なのは、あなたの「被害者としての姿勢」を自己認識することです。これはトラウマによって自動的に生じてしまったもの。
自分自身が被害者的な姿勢になっていることを認めるのは、かなりしんどいことです。繰り返し自分が「被害者」であるという感覚になったり、「攻撃された」とか「悪意を持って迫られた」と感じて続けているのです。
ここで重要なのは、「どこまでが現実で、どこからが自分の内的投影なのか」を区別することです。そして、そこでまた、自分をジャッジしないこと。だって、トラウマを体験したということは、誰かがあなたに何かをしたわけで、その時あなたは「被害者」だったのですから。
しかし、あなたがそこで癒やされること無くずっと引っかかっていると、分離された魂は統合されないのです。
あなたが被害者意識を手放して行けば、あなたは徐々に自分のパワー領域に戻ることが出来ます。
そもそも、トラウマを得るとともに、強烈な無力感が生じます。その時のあなたには、状況を操るパワーが無くなっていた、もしくはそれが起こるのを避けられなかった、どうにか出来るような手段も持っていなかったわけですから。これも「私には、起こってしまったことを受け止めるだけの力がない(自分は無力である)」という感情なのです。少なくともそれが起こった時点では。ですから、これを消化していく必要があるのです。
そして、心にできた「傷」がそこにあります。これを癒やすには、あなたが自分自身に対して大きな愛情、信頼、共感を持つことが大事です。
わかりやすい例えだと、足を骨折し、骨が見えるほどで手術をしなけばならないとします。この手術が統合プロセスに値します。手術をして、全てを正しい位置へ戻し、つなげあわせるのです。しかし、治癒はまだ完全ではなく、術後にすぐにマラソンを走れるわけではありません。統合プロセスを経た後も、全快するまで暫くは、癒やしの期間が必要なのです。そして最後にもう痛みはなくなっても傷跡は残っています。その傷は、「ここを怪我して痛かったのだ」ということを思い出させるのです。
この統合プロセスは、玉ねぎを一枚ずつ剥がしていくような作業です。なぜかというと、上述した感情面、精神面、身体面、エネルギーといった4つの層の全てを、いっぺんに癒やすことは出来ないからです。
統合プロセスに取り組むときは、余裕がなくなりがちなので、全てを一挙にやるのは不可能です。特に統合プロセスの初期段階は最も過酷なときです。その時点では「これからどうなっていくのか」という感覚がまだ持てず、不安になります。
真ん中の核心に触れられるまで、時間を掛けます。その間、多くの感情を通り抜け、徐々に理解していきます。これまでの信念構造も解除されていき、全体の関連性を認識していきます。
もともと、トラウマは一瞬にして魂の分離を引き起こすことがありますが、「意識化と癒やしのプロセス」というのはこうして、段階を踏んで徐々に行われるのです。
共感することと忍耐をもつこと、にも言及しました。そして、このプロセスを信頼することも大事です。
統合プロセスの途中で、「もうこんなにも全て見つめ直したし、感情も繰り返したし」、そして「もう全部やったのに」と苛立っていると、次の層が見えてきて、改めてまた同じ感情を通り抜けることになるので、段々と焦りが出てきて、これまで頑張ってきたことが無意味に感じたりします。しかし、どんな小さなことでも、意識化していくことに意義があります。その努力が無駄になることはありません。ただ、多層になっているので、忍耐をもって徐々に進んでいくことで、どんどんと深いところにある分離された魂へと進む事が出来ます。
だから、「まだこれもあった、あれもあった、ここにもまだあった」となるのです。
トラウマを抱えて分離した魂の部位とは、非常に子供っぽい状態なのだと想像するといいでしょう。意識の成熟と、という点で幼いのです。幼い子供は、大人の大きな愛情と忍耐を必要としています。
ですから、この分離した魂の部位が感情をむき出しにしたときには、あなたの成熟した部分で「大人」として手を差し伸べて上げるつもりで、自分自身に優しく言い聞かせます。「うん、これとこれが起こったから、今癒やしましょうね」というように���これは分離された魂の部位にとって大きなサポートとなり、癒やしに貢献します。
癒やしがもたらされることを信頼し、統合プロセスに身を委ねようとするほど、癒やしは早く、楽にやってきます。
統合プロセスの最終目的は、「完全体に戻ること」です。
内なる統一、内なる調和を取り戻すこと。
自分の肉体の内に、エネルギー的に完全に戻ること。
そして自分の人生の中で、エネルギー的に完全に戻ること。
なぜなら、魂に分離された部位があって、身体の中で統合できていない間は、自分の願望も顕現させることが出来ないからです。
人生を自らの願望どおりに創造・顕現しようとする側面において、魂全体が癒やされて統合されていることは大変重要なことです。さもないと、あなたの創造性は阻止されてしまいます。
ですから、魂のエネルギーを身体全体に定着させることが、統合の目的なのです。
これは、創造主である「神」から、分離した私たちが、「ひとつ」に戻ろうとする、普遍の大きいプロセスと同じです。ここには身体は関わってきませんが、精神面の部分です。
また、この人生であなたに与えられた可能性を。フルで発揮するという目的もあります。分離された魂は「影」なだけではなく、光の部分もあるんです。ですから、統合がなされると、分離していた間にはみられなかった才能や性質が戻ってきて開花することもあります。そうした素質が「ある」ということは認識していたかもですが、実際にはロックされていたり、不安を感じるなどが理由で「活かす」ことが出来ていなかったはずです。
また、この統合されることになった「光」には賢智も含まれています。
なぜかというと、トラウマは「偶然」に起こるのではなく、その領域で特定の賢智を得るために、あなたの魂は契約としてその体験を「選んだ」からです。
こうして、統合プロセスのが進むと、また途中の段階でも、どれほどの悟りがそこにあり、宝が隠されていたのか、どれほど深いことがわかる自分になれたのか、ということに気付いていきます。
それは個人的な収穫かも知れませんが、もしかすると誰かに伝えていくことになるかも知れません。
だから、「このトラウマで、私は何を学んだのか」を自分に問い直して下さい。あなたは「人間の性」をより深く知ることになったり、もしくは「自分が何者なのか」「私たち(人類)とは何なのか」を悟ったことでしょう。
統合プロセスは、癒やしであり、完全に戻ることであり、魂と調和し直して、秘められた可能性を開くこと。魂の可能性には限界がないのです。つまり、統合プロセスが完成した時には、全ての扉は開いているのです。
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今日2月24日 遅めのランチは所用の帰りに萩中商店街にある麺屋うさぎさんへ。オーダーは温泉たまごセット(担々麺、温泉たまご、小ライス)、1100円。そして辣油4、痺れ4。それぞれ40円だったかな? 麺は細めのストレート、スープはモミジ主体の白湯とのとこでトロッとしていますが軽めな感じ。 追加した4倍の自家製辣油、粒山椒は辛さも痺れも程よく汗が出まくりで(゚д゚)ウマー 全体的に美味しいけど、おすすめどおり食べすすめたけどライスが少ないね。スープに浮く感じで一口あるかどうか?それと辛さはまぁほどほどなんだけど、スープにもう少し旨味というかなんかが足りない。 あと、お値段が1100円かぁ!と思った。 #麺屋うさぎ #麺屋うさぎ萩中 #担々麺 #温泉たまごセット #大田区ラーメン #萩中商店街 #麺スタグラム #麺 #tantanmen #noodles #tantannoodle (麺屋うさぎ) https://www.instagram.com/p/CpCPkpaSML6/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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