#ヒーリング
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Yuri+
Cielo series music gallery
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水と空を音で創造した全8曲。
PLUS09386.
Y+-DESIGN.
2023.
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TEDにて
ジェニファー・パルカ:コーディングでより良いスマートな賢い政府を創造する!
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
注意!!現在、基本的人権を侵害するストーカーアルゴリズムしか能力のない人工知能です。
注意!!現在、基本的人権を侵害するストーカーアルゴリズムしか能力のない人工知能です。
注意!!現在、基本的人権を侵害するストーカーアルゴリズムしか能力のない人工知能です。
国家システムの単位である行政府を、インターネットのように運営できないだろうか?インターネットは、オープンで許可を待つ必要がない世界です。
コーダー(プログラマーのことです)であり、活動家のジェニファー・パルカは、そんな風に行政府を運営できるだろうと考えています。
迅速かつ安く作られたアプリは、一般市民をスマートな賢い行政府とつなぎ、ご近所との関係も築く強力で新しいやり方であるでしょうと言っています。
これは公共経済学の分野で言われる「行政府の失敗」のリスクを低くする試みです。「市場の失敗」に対し、これらを改善するために行政府の介入が正当化されることになる口実に使用されるためです。
理論的には、産業政策で「市場の失敗」が回避できたことによる経済メリットが政策推進で生じる「行政府の失敗」のデメリットを上回���時に産業政策は正当化されます。
しかし、「市場の失敗」が生じる形態は、個別の具体事例により大きく異なることから、ここの事例に対して市場の機能不全がどれほどの弊害を引き起こし得るかを評価することが出発点になります。
「市場の失敗」の程度を指標化できれば良いが、最先端の経済学を持ってしても、そこまで信頼性に足る指標は存在しませんのでクリエイトする必要があります。
プログラムは人間の限界をはるかに超えて 、光速まで処理できるので、人工知能の時代には、人間の議論のスピードを超えていける可能性すらあります(新型コロナウイルス2020がパンデミックを引き起こして、人間の概念を数値化できないストーカー人工知能では、不可能!と判明した)
MITの物理学者であり、AIの研究者であるマックス・テグマークの言うように・・・
ロケットの話と似ていて技術が単に強力になれば良いというものではなく、もし、本当に野心的になろうとするなら、コントロールの仕方と、どこへ向かうべきかも理解しないといけません。
エリエゼル・ユドカウスキーが、「友好的なAI」と呼ぶものです。そして、これができれば素晴らしいことでしょう。病気、貧困、犯罪など苦痛というマイナスの経験を無くすことができるだけではなく、様々な新しいプラスの経験から、選択する自由を与えてくれるかもしれません。
そうなれば、私たちは自分の手で運命を決められるのです。そして、準備がないままにつまづきながらアジャイル(=機敏さ)で進んで行くとおそらく人類史上最大の間違いとなるでしょう。
それは認めるべきです。冷酷な全世界的独裁政権が可能になり、前代未聞の差別、監視社会と苦しみが産まれ、さらに、人類の絶滅さえ起こるかもしれません。
しかし、注意深くコントロールすれば、誰もが裕福になれる素晴らしい未来にたどり着くかもしれません。貧乏人は、金持ちにより近づき、金持ちはさらに金持ちになり、みんなが健康で夢を追い求めながら自由に人生を送れることでしょう。
その他に、行政府自身が社会システム全体の資源配分の効率化を目的とする保証はないため政治家や官僚は自らの私的利益のために行動を歪め、市場の失敗を矯正するどころか資源配分をより非効率にする可能性すらあります。
数年前、こんな活動を始めました。超人気の技術屋や設計屋に1年���休職してもらって、彼ら��気に入りそうにもない職場環境で働いてもらおうというものです。
つまり、市の行政機関で働いてもらうのです。「コード・フォー・アメリカ」と呼んでいて、マニア版「ピースコープ(平和部隊)」のような活動をします。
毎年、フェローを選んで市の行政機関で働いてもらいます。途上国に送り出すのではなく、市役所という未開の地に送り込んでます。
そこで、フェローは役立つアプリを作って市役所職員と検討します。しかし、実際には、彼らは今ある技術で何ができるかを示しているのです。
もし、行政府が使う技術をご存知でしたら、通常こんな風には、ものごとが進まないのをご存知でしょう。
通常なら行政府の情報システム調達には2~3年かかるところを、昨年プロジェクトに参加した別のチームは3人で2カ月半しかかけずにこのプロジェクトを終了しました。
アプリは、数日で書きあげられてバイラルに広がっていきます。これは行政府機関に対する威嚇射撃のようなものです。これは行政府運営を改善する方法を示唆しています。
多くの人が、行政府そうあるべきと考えるような民営の会社のようにするのではなく、技術系の会社のようにするのでもなく、インターネット自体が成り立っている方法です。
許可を待ってから動くものではなく、オープンで依存せずに自らを創造していくものです。
そして、それこそが重要なのです。しかし、このアプリでもっと重要なのは、新しい世代が行政府の問題にどう取り組んでいるのかを表しているからです。
硬直した組織の問題としてではなく、皆で取り組む問題として捉えています。これは非常によい知らせです。デジタル技術を使った共同行動が非常に得意だと分かったからです。
行政府について考えないといけないことで大切なことの一つは、政治とは違うということです。これはほとんどの人が理解できるのですが、入力を与えれば出力が得られると考えてしまうのです。
すなわち、行政府のシステムへの入力は投票と考えてしまうのです。人は政治に惹きつけられているように思われますが、もし、行政府機関に力になってほしいなら、官僚機構を惹きつけられるものにしなければならないでしょう。
なぜなら、官僚機構でこそ、実際の行政府の仕事がなされているからです。行政府への期待を捨てた人には、どんな世界を子供たち��残したいと思うのか?
を自問する時です。子供たちがどれほど巨大な 問題に直面するか考えなければなりません。
私たちを代表して行動する行政府機関を正すことなくして、私たちが行くべき所に辿りつくことができるでしょうか?ジョン・ロックの言うように、行政府なしではできませんし、より効率的であるために私たちには政府が絶対に必要です。
ジョン・ロックは、イギリスの哲学者。哲学者としては、イギリス経験論の父と呼ばれ「人間悟性論」において経験論的認識論を体系化しました。社会契約説と立���主義を簡単に説明すると自然は、誰のものでもない!同意ある制限付きの権利は、政府(行政府)が勝手に作っているだけ!
厳しい自然から抜け出したければ、多数派の管理する社会に入って従わなければならないようになっていく。
つまり、行政府。この政府の優劣が重要と説いた初めての人とされている。マイケルサンデルが著書で言っています。
よい知らせは、市民社会システムを強化していくことにより規模を拡張していくというやり方で最新技術を用いて行政府機能の抜本的な再編成が実現できることです。
この国には、インターネットで育った世代がいて、この世代は協力して実行するのがそれほど難しいことでないと知っています。システムを正しく設計しさえすればよいのです。
このため、この世代が行政府の問題に直面したら、主張する代表者を決める選挙のような手段はあまりあてにしません。手を使うのです。手を使って行政府がよりよく機能するためのアプリを作るのです。
2020年に発表されたAppleシリコン搭載Macの方は・・・
「Mシリーズ」チップとして名称が付いてます。これは、Rosetta2と言うソフトウェアなどを活用。
3回目のAppleシリコン搭載Macへの大規模な国家システムに匹敵するくらいの全体的なOSレベルでのシステム移植の自動化を行っています。
このレベルで、しかも、最速で!移行の自動化ができるノウハウを保有しているのは全世界で、唯一、Appleのみ。
他に、Intel CPU向けとAppleシリコン向けコードを同梱したソフトウェア「Universal 2」もあります。
さらに、Appleシリコンは、iPhone用に、当時のスティーブジョブズがゼロから開発構築した遺産です!
高度なセキュリティーや高いプライバシーに投資を積極的に行い、力を入れています。
Appleはこれらの対策として提案した内容がこれ。
データミニマイゼーション!
取得する情報・できる情報を最小化する。データが取れなければ、守る必要も漏れる可能性もない!
オンデバイスでのインテリジェンス!
スマートフォンなど機器のなかで処理を完結させることでプライバシーにかかわる部分を端末内に留める。
クラウドにアップロードして、照会プロセスを最小化することで、漏洩や不適切な保存の可能性を排除する!
高い透明性とコントロール!
どんなデータを集め、送っているのか、どう使うのかを明示し、ユーザーが理解したうえで自身で選んだり変更できるようにする!
セキュリティプロテクション!
機器上などで、どうしても発生するデータに関しては指紋認証や顔認証などを使ったセキュリティ技術で、漏えいがないようにしっかりと守るセキュリティプロテクション!
機器上などで、どうしても発生するデータに関しては指紋認証や顔認証などを使ったセキュリティ技術で、漏えいがないようにしっかりと守る
202012のApp Storeプライバシー情報セクションは、3つ目「透明性とコントロール」の取り組み。
位置情報などは自己申告だが、アップルとユーザーを欺いて不適切な利用をしていることが分かればガイドラインと契約違反になり、App Storeからの削除や開発者登録の抹消もありえます。
このプライバシー情報の開示は12月8日から、iOS、iPadOS、macOS、tvOSなどOSを問わず、新アプリの審査時または更新時に提出が求められるようになっています。
最後に、マクロ経済学の大目標には、「長期的に生活水準を高め、今日のこども達がおじいさん達よりも良い暮らしを送れるようにする!!」という目標があります。
経済成長を「パーセント」という指数関数的な指標で数値化します。経験則的に毎年、経済成長2%くらいで巡航速度にて上昇すれば良いことがわかっています。
たった、経済成長2%のように見えますが、毎年、積み重ねるとムーアの法則みたいに膨大な量になって行きます。
また、経済学は、大前提としてある個人、法人モデルを扱う。それは、身勝手で自己中心的な欲望を満たしていく人間の部類としては最低クズというハードルの高い個人、法人。
たとえば、生産性、利益という欲だけを追求する人間。地球を救うという欲だけを追求する人間。利益と真逆なぐうたらしたい時間を最大化したいという欲を追求する人間。などの最低生活を保護、向上しつつお金の循環を通じて個人同士の相互作用も考えていく(また、憎しみの連鎖も解消する)
多様性はあるが、欲という側面では皆平等。つまり、利益以外からも解決策を見出しお金儲けだけの話だけではないのが経済学(カントの「永遠平和のために」思想も含めて国家や権力者は透明性を究極にして個人のプライバシーも考慮)
(合成の誤謬について)
合成の誤謬とは、ミクロの視点では正しいことでも、それが、合成されたマクロ(集計量)の世界では、必ずしも意図しない結果が生じること。物理学では、相転移みたいな現象です。性質が変わってしまうということ。
ミクロのメカニズムが個人同士の経済における仕組みであるのに対して、マクロのメカニズムは、国家間や経済全体の循環における仕組みだからである。
例えば、家計の貯蓄などがよく登場するが悪い例えです。前提条件が、所得が一定の場合!!所得が一定じゃない増加する場合は?これは、論じていませんので参考になりません!!(法人が提供する製品やサービスの価格も一定の場合も前提条件です)
1930年代のアメリカ経済が金融危機2008と似たような状態に陥った時、ケインズは、���倹約のパラドックス」というケインズ経済学の法則を発見しています。
それは、ポール・A・サミュエルソン(1915-2009)が、近代経済学の教科書「経済学」の冒頭で「個人を富裕にする貯金は、経済全体を貧困にする!(所得が一定の場合)」というわかりやすい言葉で表現しました。しかし、庶民の所得が増加し、貯蓄が投資、消費に回る場合には、「倹約のパラドックス」は生じません。
その後、この「倹約のパラドックス」は、アメリカの経済学者・ケネス・J・アロー(1921- )が「合成の誤謬」を数学的論理に基づいて「個人個人がそれぞれ合理的選択をしても、社会システム全体は合理的選択をするとは限らない」を検証してみせた。 要するに、部分最適ではなく、全体最適させていくということ。
つまり、新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところのプラスサムになるから既存の産業との 戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありませんので、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!ということに集約していきます。
なお、金融危機2008では、マイケル・メトカルフェも言うように、「特別資金引出権(SDR)」は、2008年に行われた緊急対策で、一国だけで行われたのではなく、驚くほど足並みの揃った協調の下に国際通貨基金(IMF)を構成する188ヶ国が各国通貨で総額2500億ドル相当を「特別資金引出権(SDR)」を用いて世界中の準備通貨を潤沢にする目的で増刷してます。
このアイデアの根本は、元FRB議長であったベンバーナンキの書籍「大恐慌論」です。この研究がなければ、誰一人として、変動相場制での当時の状況を改善し解決できなかったと言われています。
それ以前では、固定相場制でのマーシャルプランが有名です。
続いて、トリクルダウンと新自由主義
インターネットの情報爆発により隠れていた価値観も言葉となり爆発していくことになった。
しかし、法定通貨の方が、その価値、概念に対する通貨量拡大として価格で応じることができず、圧倒的に通貨量が足りない状況が生まれていたのが、2010年代の問題点のひとつでした。
リーマンショックの後に、新自由主義が誤りであることが、ピケティやサンデルによって指摘され、当時のFRBバーナンキ議長が、通貨供給量を大幅に増やした対策により、ベースマネーの金融、銀行間の相互不信を解消して収束した。
それでも、��だ足りないが、適正水準に収まったことで、さらに価値も増幅され、マネーストックの財政政策から再分配、事前分配を大規模に行い、さらなる通貨供給量が重要となっている現在の日本国内。
例えば
Googleがしようとしてた事は、まだ新産業として、基礎研究から発展できない機械学習の先端の成果をすべて持ち込んだ社会実験に近いこと。
シュンペーターの創造的破壊は、一定数の創造の基礎を蓄積後に、未来を高密度なアイデアで練り上げてから破壊をするのが本質です。
こうして、憎しみの連鎖や混乱を最小限にする。
アルビン・トフラーの言うように、法人と行政府とのスピードの違いが縮まらないのは、構造上の違いであって、それを補うためにプラスサムな連携するということが、必要になってくることを説いています。
三権分立が、規制のないGAFAMを非政府部門としてMMT(現代貨幣理論)からプラスサムに連携したらどこで均衡するのか?という社会実験も兼ねています。
このような前提で、あらゆるインターネット企業が、創業時、貢献するためコンセプトの中心であったものが、今では、悪性に変質して違う目的に成り下がっています。
再分配、事前分配の強化がスッポリ抜けてる欠点があり、ここに明かしたくないイノベーションの余地があります!!
2021年には、新自由主義のような弱肉強食では自然とトリクルダウンは生じないことは明らかになる。
確かに、トリクルダウンは発生しないが、法律で人工的に同じ効果は、貨幣の再分配、事前分配という形にできる可能性は高い。
再分配や事前分配をケムにまく「金持ちを貧乏にしても、貧乏人は金持ちにならない」「価値を生み出している人を罰するつもりがないのであれば税に差をつけないほうがいい」(サッチャー)
とあるが、新自由主義は誤りで、ピケティやサンデルによると違うみたいだ。
(個人的なアイデア)
As Alvin Toffler says, the speed of the government and the speed of the company are fundamentally different from each other, so it will be more difficult to go backwards.
アルビントフラーも言うように、政府のスピードと企業のスピードは根本的に異なるため、どうしても後手に回ることが多くなります。
Therefore, by carefully intervening in the market, utilizing the power of artificial intelligence etc., if you speed up the routine work of bureaucrats including police to light speed
そのため、市場への介入は慎重にして人工知能などのパワーを活用して、警察を含めた官僚のルーティンワークを光の速さまで高速化すれば
It may approach the speed of the company. Also, it is privacy infringement to use artificial intelligence in surveillance cameras in Japan without a court warrant.
企業のスピード並みに近づけるかもしれません。また、日本では裁判所の令状なしに監視カメラに人工知能を使用するのはプライバシー侵害です。
Perhaps also to conceal the communication of the Constitution of Japan? Pressure against the common people who are weak? I read the number of the car without permission.
It is installed as a huge politician of the influence, a government office, a police, a television station and a large and medium enterprise for reporting
How about showing an example?
もしかして、日本国憲法の通信の秘匿にも?弱者である庶民への圧力?自動車のナンバーも無許可で読み取っています。
影響力の巨大な政治家、役所、警察、テレビ局や大中企業の内部通報用として搭載して
手本を示してはいかがでしょう���?
Since it is not applied in Japan, it may be better to mandate a warrant application legally.
日本では、適用されていないから令状申請を法律で義務化すればいいかもしれない。
続いて
前提として、公人、有名人、俳優、著名人は知名度と言う概念での優越的地位の乱用を防止するため徹底追跡可能にしておくこと。
人間自体を、追跡すると基本的人権からプライバシーの侵害やセキュリティ上の問題から絶対に不可能です!!
これは、基本的人権がないと権力者が悪逆非道の限りを尽くしてしまうことは、先の第二次大戦で白日の元にさらされたのは、記憶に新しいことです。
マンハッタン計画、ヒットラーのテクノロジー、拷問、奴隷や人体実験など、権力者の思うままに任せるとこうなるという真の男女平等弱肉強食の究極が白日の元にさらされ、戦争の負の遺産に。
基本的人権がないがしろにされたことを教訓に、人権に対して厳しく権力者を監視したり、カントの思想などを源流にした国際連合を創設します。他にもあります。
参考として、フランスの哲学者であり啓蒙思想家のモンテスキュー。
法の原理として、三権分立論を提唱。フランス革命(立憲君主制とは異なり王様は処刑されました)の理念やアメリカ独立の思想に大きな影響を与え、現代においても、言葉の定義を決めつつも、再解釈されながら議論されています。
また、ジョン・ロックの「統治二論」を基礎において修正を加え、権力分立、法の規範、奴隷制度の廃止や市民的自由の保持などの提案もしています。現代では権力分立のアイデアは「トリレンマ」「ゲーム理論の均衡状態」に似ています。概念を数値化できるかもしれません。
権限が分離されていても、各権力を実行する人間が、同一人物であれば権力分立は意味をなさない。
そのため、権力の分離の一つの要素として兼職の禁止が挙げられるが、その他、法律上、日本ではどうなのか?権力者を縛るための日本国憲法側には書いてない。
モンテスキューの「法の精神」からのバランス上、法律側なのか不明。
立法と行政の関係においては、アメリカ型の限定的な独裁である大統領制において、相互の抑制均衡を重視し、厳格な分立をとるのに対し、イギリス、日本などの議院内閣制は、相互の協働関係を重んじるため、ゆるい権力分立にとどまる。
アメリカ型の限定的な独裁である大統領制は、立法権と行政権を厳格に独立させるもので、行政権をつかさどる大統領選挙と立法権をつかさどる議員選挙を、別々に選出する政治制度となっている。
通常の「プロトコル」の定義は、独占禁止法の優越的地位の乱用、基本的人権の尊重に深く関わってきます。
通信に特化した通信プロトコルとは違います。言葉に特化した言葉プロトコル。またの名を、言論の自由ともいわれますがこれとも異なります。
基本的人権がないと科学者やエンジニア(ここでは、サイエンスプロトコルと定義します)はどうなるかは、歴史が証明している!独占独裁君主に口封じに形を変えつつ処刑される!確実に!これでも人権に無関係といえますか?だから、マスメディアも含めた権力者を厳しくファクトチェックし説明責任、透明性を高めて監視しないといけない。
今回、未知のウイルス。新型コロナウイルス2020では、様々な概念が重なり合うため、均衡点を決断できるのは、人間の倫理観が最も重要!人間の概念を数値化できないストーカー人工知能では、不可能!と判明した。
複数概念をざっくりと瞬時に数値化できるのは、人間の倫理観だ。
そして、サンデルやマルクスガブリエルも言うように、哲学の善悪を判別し、格差原理、功利主義も考慮した善性側に相対的にでかい影響力を持たせるため、弱者側の視点で、XAI(説明可能なAI)、インターネット、マスメディアができるだけ透明な議論をしてコンピューターのアルゴリズムをファクトチェックする必要があります。
<おすすめサイト>
マット・カッツ:シリコンバレーの技術屋が行政府で働くとどうなるか?
ブー・スリニバサン: 資本主義とはイデオロギーではなくオペレーティングシステムである!
この世のシステム一覧イメージ図2012
マックス・テグマーク: AIに圧倒されるのではなく、AIからパワーを得る方法
データ配当金の概念から閃いた個人的なアイデア2019
セザー・ヒダルゴ:政治家をあるものに置き換える大胆な構想
ヘイリー・ヴァン・ダイク:政府支出を年に何百万ドルも節約している技術者集団
人工知能時代の行政府システムのアイデア
クレイ・シャーキー:インターネットが (いつの日か) 政治を変える
イギリス保守党。党首デービッド・キャメロン: 政府の新時代
マーク・フォーサイス: 政治における言葉について
デイヴィッド・ブルックス:人間の本質と社会的動物
ルトハー・ブレフマン:貧困は「人格の欠如」ではなく「金銭の欠乏」である!
個人賃金→年収保障、ベーシックインカムは、労働市場に対する破壊的イノベーションということ?2022(人間の限界を遥かに超えることが前提条件)
世界の通貨供給量は、幸福の最低ライン人間ひとりで年収6万ドルに到達しているのか?2017
ベティーナ・ウォーバーグ: ブロックチェーンが経済にもたらす劇的な変化
<提供>
東京都北区神谷の高橋クリーニングプレゼント
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統合 〜 分離された魂のプロセス
【第三部:最大の落とし穴】
アンティエ・リンデンブラット
オリジナル動画:https://youtu.be/Y1Q8xg8YEDk
公開日:2023年4月9日
【和訳:ALAE PHOENICIS】
最新情報は Telegram :https://t.me/alaephoenicis
【第一部:トラウマと隔離】🔗
【第二部:統合のプロセス】🔗
親愛なる皆さん、
まずは第一部、第二部をご覧になっていない方は、そちらを先に観覧することをおすすめします。
この第三部を終えてから、皆さんからの質問の内容と量によっては第四部も配信するかも知れません。
第三部ではまず、魂の統合の際に「落とし穴」があることについて、次に私達が統合しようとする光と闇の側面について、もうすこし詳細にお話します。
統合プロセスにおける落とし穴とは、まず始めに「被害者意識」とそこに釘付けになっている状態のことです。次に挙げられる落とし穴とは、「自分はいい人でいたい」という観念。そして3つめの落とし穴は、自分自身の「感情が乖離された状態」が続いてしまうことです。
これらの三つのテーマは、確然としてお互いに関わり合っていますが、一つ一つ説明していきます。
まずは「被害者意識・被害者の姿勢」、そしてそこに釘付けになる場合、そこには「加害者vs被害者」という動態が繰り返しやってきますが、それは人間的な経験の一部を成しています。「被害者の気分」を味わってみること自体は「間違い」ではなく、それが悪いわけでもありません。問題となるのは、自分が被害者であるという感覚に「釘付け」された状態がずっと継続されてしまうことです。
ここで取り上げているのはそのような永続化された状態に、いつの間にか自身を非常に強く同一視してしまうことで、それはずっと以前に被害者であると感じたことがある、もしくはあらゆる場面でそんな経験をしてきたという経験によるものです。そうやって自分と「被害者」とを同一視してしまうことで、その役割に固執してしまうのです。
人生を歩む中、何かが潜在意識下へ「滑り落ちてしまう」のはよくあることで、例えばトラウマの元になる状況が前世などにある場合はアクセス不可となりますが、それが幼少期に起きた場合、それは意識に顕在化されることなく、つまりはっきりとした記憶がなく、人生で年齢を重ねる内に、自分がはまり込んで��る被害者意識、即ち被害者��姿勢が潜在意識の奥の方に定着してしまうのです。
自覚が出来ていない間は、これを変えることは出来ません。
そのような被害者意識にある場合、繰り返し自己のパワーが削がれるようなことが起こります。問題は、被害者の姿勢で固まっている間は、癒やしはやってきません。これは決定的な点で、こうなると魂を統合することが出来ないのです。
自分が被害者意識に継続的に陥ってしまってはいるのかどうかを識るための兆しは、繰り返し「誰かのせい」にしようとする態度です。
更なる兆しは「投影」、自分の思考や感情が信念を他人に投影してしまいます。そして自分の中にどのような感情が起こったのか、その責任を他人に転嫁し、それと繋げて「相手が何かを改善しなければいけない、相手が変われば自分の気分が良くなり、自分も変ることが出来る」という信念があります。
この投影と共に時に起こりうるのは、相手には「何らかの形で他人を傷つけようという悪意があるのだ」という無自覚の想定です。
ここで強調したいのは、よくあるのは…すくなくとも「癒やしのプロセス」が始まる前は、こんなことをしている自分に自覚がないのです。そしてポイントはまさに、一体何が起こっているのかを「自覚すること」なのです。
だから私は、ひとつずつ取り出して「自分にこういうところがあるなあ、いやこういうのは無いなあ、ああこういうのが出てくるんだ」というように(クライエントが)それを眺められるようにしていきます。これは人間としての経験の一環、すごく普通のことなので、根本的に誰もがこのことに関連があります。
癒やされることで分離されていたすべての魂の欠片を統合させたいという願いがあるのなら、物事を自覚していくことで「全体」へと戻っていく、これは重要なことです。
被害者意識になっている更なる兆しは、物事に「善悪」の評価をしてしまうこと。強力な「白黒」思想と結び付いています。当然、加害者は悪で、被害者は善だと想定されます。これと繋がってっくるのは、私たちには「攻撃されている」と言う感情が非常に素早く誘発されること、個人攻撃だと受け取ってしまうことです。
こうした考えには、「そこには誘発されるもの」が存在している、つまり「誰かによって自分の中に引き起こされたこの感情は、既にとっくの昔からそこにあった」、という自覚の欠落です。そしてこの感情は、まず自分自身の問題であることを知り、それが他人との接し方にどう関わってくるのか見つめることが出来ます。
しかし、そうした「引き金」というのは、被害者的視点から「攻撃」として受け取られます。攻撃されたと感じたとき、人は大抵反撃をします。そしてこれをまでも、自覚なくやってしまうのです。
あまりにも素早く、あらゆることを個人に向けられたものだと受取ってしまい、それが本当に個人攻撃なのか、そうではないのか、という区別がつけられず、「自分は攻撃された(被害者である)」という感覚のみに走ってしまいます。
また、「ネガティブな感情」を否定&ジャッジしようという姿勢が、被害者意識と繋がってきます。ネガティブな感情、とくに怒りや憎しみ、羨望、嫉妬などの感情に至ることは、みんな嫌が���ものですよね。
その他、被害者意識としてあげられるのは、相手に対して自分の方から愛のない、傷つけるような態度を取っていることを正当化��ていることです。だって「自分は被害者」だと思っているわけですから、根本的に「自分には相手を傷つける権利がある」と見なしています。
こうして、多くのことが無意識のうちになされているので、これら癒やすためには自覚していくことが大事です。
つまり、この被害者意識に入っている部分も、意識下から外れているために、統合されるべき分離した魂の一部でしかありません。統合することで、制御して自分の支配下へと持っていくことが出来るようになります。
もしも被害者的姿勢にハマっている場合、根底にあるのは、自分の人生や感情を自己責任と見なすことが出来ず、他人、つまり外界にその責任を押し付けることになります。
それも、私が何をどのように感じるのか、というコントロールを私以外の誰かが握っているという信念が私の中にある、ということになっているのです。ここに、「自分の感情や状況を変わるためには、まず外界が変わらなければならない」と信じてしまう危険があるのです。つまり、「つみがあるのは外界」であり、その被害者である自分は「無罪」となります。
要となるのは、自分がいつ、どのように被害者的な態度に陥っているのか、ということを一つ一つを自覚していくこと。そして、最終的には自分自身、自分の感情、自分の人生に対して責任を担うことなのです。
それは自分が体験したトラウマについても言えることで、第一部・第二部でも言いましたが、責任を担うということは、罪を背負うことではないし、繰り返し同じ状況(もしくは元来のトラウマとなるもの)を引き寄せてしまうのは「自分が悪い」ということでもありません。
「責任」とは「罪」と全く関係がありません。単に「答え」そして「癒やしへの解消」が自分に掛かっている、ということです。つまり、自分自身を覗き込むのです。外に目を向けて、被害者の気分になっている自分が何をしているのかみるのではなく。そういうとき「外界がどう変わるべきなのか」を考えてしまっています。
責任を担う、ということは「自分は内観するべきなのだ」と気づくこと。「私のトラウマを解消し、私を癒やすことのできる全ては、私の中にある」のです。
これらを区別することは非常に大事です。
なぜなら、私たちには2つの可能性があり、それを特定の状況で何度も自覚することが出来ます。もしも理不尽な状況を体験したり、理不尽な扱いを受けた時、または傷つくようなことが起こったり、もしくは古い傷が開くような出来事が起こったりした時、つまりはをある状況の中において自分のことを犠牲者だと知覚することは原則的には間違いではありません。…とここで改めて言っておきます。しかし、ここで犠牲者の役割にハマり込むのなら、繰り返し他人に罪を押し付けることになるわけで、それと同時に自分は無力となり、相手に責任を譲り渡しているのです。すると、先はどういうことになるのかとか、自分は癒やされるのかどうか、というのは相手が決めることになり、自分が癒やされるためには外界に変化が起きないとならない、と信じています。
もしくは、私が自分に起こった感情に対して自分で責任を担うのならば、自らそれを認知し、自分で自分のことを癒せる、ということに気づきます。私は単にそこに座り、評価することなく理解に努めながら自分を観察し、自分の中で引き起こされた感情を『感じる」ことを自分に許可します。これはもう「統合プロセス」なわけです。
私は変化が外から��って来るのを待ちわびること無く、自分が自分に望む変化を自分でもたらすことが出来ることを理解します。
そして、私は何が自分を動かし、どんな感情が自分の中で起こるのか、もしかして自分にはどんな欲求があるのか、何処が自分の限界なのか、などに関する「自己表現」をも学ぶことになるのです。
これらが、「被害者的姿勢」から「自己責任」、そして「自己権力」への脱出路です。
ここで、理解しておくべき非常に大事なことは、加害者vs被害者の全体の動態の中で、誰かがあなたに対してやらかすことというのは、結局は「あなたがやらせている」ということです。あなたが被害者的姿勢でいる限り、繰り返しそういう扱いを「させている」のですが、「自分がそうさせている」ということや、自分にはそれを変える力がある、ということが理解できないわけです。
しかし、自分が被害者的姿勢でいることを自覚すればするほど、次にまた似たような状況下で被害者的な感覚になった時には「ノー」と言えることが分かってきます。嫌だと思うことには境界線を引いて、意思表明をすることが出来るのです。
「いいえ、私はそんな扱いを受けることを容認しません」と意思表示できるし、従って「私はもう犠牲者にはならない」と自分で決めることが出来ます。少なくとも、それまでの元々の状況がどうであろうと関係なく、その後の人生で自分を被害者にするのか、しないのか、決められるのです。
元々の状況では、選択肢はなかったのです。なぜなら、ことは突然起こったとか、もしくは子供だったので何が起こっているのか状況把握して自覚できるほど、意識が育っていなかったからです。そこでは自分を被害者として感知するのかしないのか、を自覚を持って決断するという選択肢はありませんでした。
しかし、この癒やしのプロセス、統合プロセスにおいては、自分が被害者意識へ至るのかどうか、その選択肢があるのです。
こうした意識化のプロセスは、一歩ずつ進めていきます。
私はこれを、自分自身の人生で確かに経験しました。私は長い間「被害者意識」の中にいたのです。そこから脱皮していくのは長い道のりでした。そして未だに…今では途中でそれに気づくんですが、やはり自分が被害者だと感じてしまうことがあります。そういうとき自覚をもって「OK、どうやってここから出るべきか」と考えてみます。「私には選択がある」わけで、無自覚に、勝手に反応してしまうのに身を任せず、どう向き合うのかを私は意識的に決めることが出来るのです。
つまり、気づくことが最初の一歩です。次の一歩は自覚をもって自分の態度を選ぶこと。そして自分の感情をどう完治するのかも決定し、そこにあるメッセージを認識するのです。
例えば、誰かが私の内なる引き金を引いたことで、私に怒りの感情が起きたとします。そのとき「私は何にこんなに怒っているんだろう」と問いかけます。「そうか、相手は私の一線を越えてきたからだ」とか、「無礼な物言いをしてきて、私は傷ついたのだ」等々。
怒りとは、「そこで何かが整っていない」ことを示しています。そこで、自分の感情に責任を持とうとするならば、先程述べたように、境界線を引き、意思表示をし、「私は被害者にはなりません」という決断をすることが出来ます。
このプロセスにおいて、自己表現というのはとても大事です。
また、大事なことは、被害者意識に陥るのは、私たちの魂のほんの一部だということです。魂全体がそうなるわけではありません。何を体験したかによって、心の奥底に残ることはありますが、それでもこの被害者意識に定着しているのは、魂の一部でしかないのです。ということ��、自己責任を担っていて、自身の勢力を掲げている魂の部位もあるわけで、こうした部位が、被害者意識に陥っている部分を救済したりサポートすることが出来ます。これを理解しておくことも大事です。
そして、全体において大事なのは、自分自身に対して正直であることです。なぜなら、その状況に至るまでに、我々は自分を自分から隠しておくことに長けていたのです。自分の「被害者意識」というものに向き合わされそうになると、自分から遠くへ押しやっていました。誰かに「君は被害者意識に陥っているよ」とか言われて引き金が引かれそうになると、すぐに反発を感じて「そんなことはない、私は自分が被害者だとか全然思っていない」と言い返しても、態度は別のことを物語っているのです。
それ自体が、困ったことではないのです。認めたがらないことが困ったこと、つまり認めない限りは癒せないので、それが自分にとって困ったことになります。
自分自身に対して正直であること。ここが、自身の癒やしのためには最も大切な部分です。自分が何を感じているのかについてや、自分が他人を傷つけるような態度をとっていることについて、正直に向き合うことです。これまでも私はよく言ってきましたが、「傷ついている人は、他人を傷つける」のです。無自覚でいる限り。
ですから、被害者的な姿勢でいる人は、常に自分が攻撃され、傷つけられていると感じている、つまり誰かに銃で撃たれそうになっているかの如く、自分自身も引き金が引かれた状態で、「撃たれる」と感じた途端に撃ち返すわけです。そうして、他人を傷つけています。
だから、自分自身に対して誠実で正直であることが、最も大事な鍵となってきます。「そうね、ちょうど今、私は被害者だって感じてしまったわ」と認めるのです。次の瞬間には時々、「自分に正直」でいることに勇気が必要なところに至ります。なぜなら、認めるのが嫌な感情、というのもあるからです。特に霊的な場面においては、とでもいいましょうか。
例えば「憎しみ」といった感情は、酷く拒否反応を起こします。“評判が悪い”といいましょうか。「憎しみ」はまっさきに否定されがちで、「いえ、私は誰も憎んでなんかいません」となります。
でも、正直なところ、感情のパレットにはあらゆる人間的な感情が備わっていて、誰もがこれを感じ得るのです。それは非難を浴びるべきことでもなく、憎しみを感じること自体は悪いことではないです。むしろ深く傷ついたのならば、愛が突然憎しみに換わることや、暖かさが冷たさに換わること、率直さが寡黙さに換わることは「ふつうなこと」です。憎しみとは、それを物語るものです。
しかし、このことを認識することは、憎しみの感情を最初から否定して、何も感じていないことにしていては出来ません。そんなことをしていると内側から蝕んでくる、内側で病気になります。
ですからとってもとっても大事なのは、自分の感情を、自分で正直に認めることです。
罪の意識、羞恥心、憎しみ、怒り、羨望、嫉妬、もしくは他人を蔑んだりする感情など、色々あります。
これらは大切な鍵ですが、常に容易いことではなくて、これもプロセスであり、癒やしの道なのです。
自分の中に起こる感情をジャッジすることなく、もっともっと認識し、観察し、理解するようになっていけば、そのプロセスの中でそれらの感情は私たちにとって別のクウォリティを担うようになっていきます。
そこでポイントはやはり、自分の行動と態度、もしくは被害者的感覚を体験する中で生み出されていった自己の態度パターン・被害者的姿勢に陥っていったことに向き合うことです。
また、こうした被害者的な行動や態度のパターンは、傷心が原因だったということを理解しておくことも大事です。それで、悪気や自覚がなくても、あなたは相手を傷つけてしまうのです。
もう一度言いますが、「傷ついている人は、他人を傷つける」わけですが、これは自覚が出来ていない限り、続くのです。
ですから(相手を攻める前に)、自分の方はアンフェアではなかったか?自分の方も相手を傷つけてはいなかったか?と自問することが大事です。自分の方が反撃してしまってから、後になって「相手には悪意はなかった、こちらに向けられた攻撃ではなかった」と気づくこともあります。そして相手には悪気があったに違いない、わざと傷つけようとした、という想定をしがちな自分だと気づくのです。
これは、プロセスなのです。心の内にあるフタを開けるようなものです。
「私は本当は何を感じているのか?」
「自分の態度は自分で云うように、愛情がこもっているだろうか?」
それとも「時に、意図せずして・望まずして、自分は傷ついた経験から行動してはいないか?」
自分と向き合い、被害者意識を自分の中で徐々に溶かしていく、ということは勇気がいることです。
素晴らしいのは、これが「被害者・犠牲者 Opfer」から「創造者 Schöpfer」へ向かう道だということです。
訳注:ドイツ語で被害者・犠牲者のことを Opfer (オップファー)といいますが、創造者のことは Schöpfer (シェォップファー) といい、アンティエさんは「この“創造主”という言葉の中に“犠牲者”という言葉の音が含まれているのは素敵なこと」と話しています。
ただ、Schöpfer にはOの上に点々がついています。つまり、これらはコインの裏表であり、この道のりはそんなに遠くはないということです。
こうした被害者意識というものを溶かせば溶かすほど、私たちは自分が創造者であることに気づいていきます。つまり、自分の内側に入り、内側を覗き込み、自己責任を担っていけば、何かを変化させるパワーを私たちは持っているのだ、ということに気づきます。
被害者でいる限り、私たちは依存関係の中にあります。相手が変わってくれないと、自分の人生や感情は変わらないと思うわけです。
しかし、創造者の依存度は低くなり、どんどん自由になっていきます。「自分を癒やすため、気分を良くするために、外界は必要ない」と理解します。自分で物事を変化させる力を持っているからです。
つまり、こうした「自己責任」は最終的には「自己権限付与(セルフエンパワーメント)」となり、被害者意識からの解放、自由を獲得します。
それは、人生において、本質的な心の安定へと繋がっていきます。
次の「落とし穴」に行きましょう。
それは「自分はいい人でいたい」という気持ちですが、これらの落とし穴はすべて、互いに関連し合っていると述べました。多くの人がこれを抱えており、私もその一人です(笑)。
自分はいい人でいたい、これには理由があるのです。
愛されたいとか、受け入れられたいとか、私たちの誰もが持っている欲求です。
ここで都合が良いのは「被害者」とは善側であることです。
「いい人でいたい」欲求、もしくは願望を内に抱えていて、しかも被害者的な姿勢であるならば、それに固執しがちになります。
被害者は善、加害者は悪、この役割は定着しているからです。
究極的に、本当は私たちは両方なのです。ある特定の状況下で、私たちは被害者だったけれど、誰もが別の状況では形を変えて加害者だったことがあるのです。そんなに酷いことをしたわけではないかも知れませんが、誰かを傷つけるような行動をしたり、言葉を言ったり、フェアではない態度をとったり、自分自身の問題を相手に投影したり、といったことです。
どうしても「いい人でいたい」想いでいることで、何が問題なのかというと、統合させようとしている魂の影の側面を悪だと見なして否定してしまうことです。「悪」と見なしたものにはなりたくないわけで、自分に統合させるどころか遠くへ押しやってしまいます。すると、その影の部分にある、羨望、憎しみ、怒り、悲しみ、などといった感情の存在を「悪いもの」だとして否定しているので、癒やすことが出来ません。
そうすると、被害者的姿勢に居残ってしまうのです。だって、それでは、自分に正直ともいえませんよね。「そう、私だって時に加害者なんだわ」とか「私にも闇の部分があるわ」、「誰かを傷つけることがあるんだわ」という認識が欠けているわけで。
この時役に立つのは、「なぜ、私は常にいい人でありたいのかしら?」と、その部分を照らし出してみること。そこで自問していみるべきなのは「常にいい人でいることで、どんなメリットがあるのか」ということです。質問から浮かんでくる答えはひとつずつ書き出し、眺めてみると常にメリットがあって、良いことで、思ったほど悪いことは出てきません。しかし、「いつもいい人でいる」という方法でなくても他の方法でそのメリットは得られたりします。
では、「いい人でいる」ことで何がもたらされるのでしょうか?
また、どんな欲求が満たされるのでしょうか?
更なる問いかけは、「どうすれば、自分の魂の影の部分へ向ける視点を変えられるのか」です。そもそも、どうして私にはこの感情が起こったのでしょうか。「憎しみ」の例で話しましたが、その感情があることをジャッジするよりも、なぜその感情が起きたのか、を理解することです。
そこには全く別の動態が起こり、深い理解が生まれることで、「否定」というのが取り除かれ、ネガティブな感情を感じることができる自分だからといって悪なわけではない、他人を傷つけてしまうことがあるからといって悪なわけではない、過ちを犯して正しくない態度をとることがあるからといって悪なわけではない、ということが分かってきます。これを理解することはとても大事です。
そして、三つ目の落とし穴ですが、これも他の二つと関連しあっていているのですが、単独で短く述べます。
それは感情の乖離で、それが定着してしまうことです。
私たちは誰でも、感情が乖離してしまうことが何度もありますが、それは一過性で、また自分の感情に接触できる状態に戻ります。
私が問題にしているのは、その状態が続いていること、継続的にその感情が乖離した状態です。それは、自分の感情を「よくないこと」と評価することで拒否しているか、もしくは抑圧しているということです。もしかして、その感情に呑まれてしまうのが怖いからなのか、またはそれを受け入れられるほど自分は成長していないと感じるからかも知れません。感情というのは信じられないぐらいに激しい力を持っていることもありますから、それで自分はダメになってしまうというか、引きずり降ろされるような怖さを感じるのでしょう。
しかし、これはやはり、自分が感じていることに対して正直ではないことになり、フタを被せたり、切り離したりするわけです。
魂の部位の統合プロセスにおいて、感情という層は癒やしを齎すべきもっとも重要な部分です。なぜなら、トラウマやトラウマ的経験によってもっとも傷ついているのは感情の部分だからです。だからこそ、その部分に乖離が起こっててしまったわけですが。
そうした感情を感じること、そしてその感情を統合することが、癒やしへの鍵であり、魂の部分らの「完全性・統合性」を取り戻すことです。
これらが主要となる「落とし穴」です。これらは、私の個人的な経験上、そして私の顧客たち、つまり他人とのワーキングの経験を繰り返してきた上で、言えることです。
そして、この動画の最初に述べていたように、「影と光」という面についてお話します。
魂の部位の統合について話すときは、「影」の面を扱うことになり、この影をどう統合するのかという話になります。それで良いのですが、光という側面を忘れています。
この影の部分を統合する時、光をも統合しています。これらはコインの裏表なのです。
影を統合するときには、同時に光も統合されます。両者はつながり合っているからです。
この光の部分には沢山の側面があるのですが、いくつか書き出してみました。
賢さ、賢明さ、叡智というのがひとつ。即ち、トラウマを経験したことで影の統合プロセスを経ることになり、それによって生じた叡智です。それは多くの気付きと結び付いていて、私たちは賢くなります。
また、よくあることは、トラウマが癒やされ、光の部分が魂に統合されることで、人間らしさ、共感能力が出てきます。また、物事を深く理解することが出来るようになりますが、それは自分自身に関してだけではなく、人間という性のことであり、時に自分が体験したトラウマに関連したことで、他人を助けたいという情熱が起きたりします。
その人は深いところで学びを得たのと、トンネルから脱出出来たわけで、光という側面も知りました。それを他の人にも渡したくなるのです。
更なる光の側面は、トラウマが癒やされたことで、真の自分というのを発見したことです。
トラウマによって生じた魂の分裂によって、私たちは多くの痛みを伴う感情、そしてそれを「犠牲(いけにえ)」と同一視してきたわけで、でもそれは自分ではない、自分はトラウマではない、自分は傷ではない、自分は犠牲ではない。そのことに気づけば気づくほど、私たちは創造者になっていくのです。
ということは、私は自分の中に可能性を発見したのです。自分が何を考え、何を感じるのか、世界をどのように体験し、その世界にどう反応するのか、または他人にどう反応するのか、すべて自分で決められるパワーがある、という可能性。
そして、私たちは純粋無垢な自分を再発見することが出来ました。
影の部分を拒否して「いい人でいたい」という自分は、実はこの純真無垢な自分を探していたともいえます。でも、「自分は純真無垢なのだ」ということを自分の中に認めることが出来れば、それは影の部分を統合できたことになります。
「私は影ではない」
「私は傷ではない」
「私はトラウマではない」...のです。
そして、更にありえることは、影の部分を統合することで、本当に才能や能力といったものを、自分の中に再発見していきます。それまで阻止されていたのか、はっきり見えていなかったのか、そういったものが開花されていきますが、それはまさに特定の魂の部位と結び付いた部分なのです。
こうした「犠牲者から創造者」へ移行する私たちの内なる道のりのすべてにおいて、コントラスト(照らし合わせ)となる状況を体験することで、私たちは自分が誰なのかに本当の意味で気付いていきます。
つまり、「自分が誰ではないのか(過った自己同一視)」ということが、「自分が本当は誰なのか」という認識を明瞭に照らし出す可能性が与えられるのです。
「自分が本当は誰なのか」というのは「被害者vs加害者の動態」の外部にあります。
私たちは常に、両方なのです。自分の中には両方の側面があります。被害者だったり、加害者だったりして、両方ともが「人間としての経験」なのです。
もうひとつの光の側面は、切り離されていた影の部分と統合されることで、その統一感を得て、すべてを完全性へと変換することが出来た、という感覚です。
これは、自分という存在にとっては全く新しい感覚であると同時に、この世界の中に在る自己認識も新しいものとなります。
それは真の自分の一部です。
なぜなら、私たちは完全なるものから生まれたのですから。
それが本当の私たちであり、真実です。
以上が、皆さんにこの第三部で明らかにしようと思ったことです。
何か質問やコメントがあれば、お待ちしております。
いつもの如く、沢山の愛と光を、私の心から皆さんに送りますね。
さようなら。
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桜の季節 なんか嬉しい ちょっぴりさびしい だけど満開の桜は、見ているだけで力が湧いてくるような気がします 今年も咲いてくれてありがとうという気持ちになります #タロット #オラクルカード #パワーストーン #スピリチュアル #雑貨 #占い #ヒーリング #セラピー #スタジオビーウィッチ #ファビュラスアートギャラリー https://www.instagram.com/p/Cp9zM2Rycd-/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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今夏の運気を味方につける方法
こんにちは。タロットリーダーのサトです。
夏真っ盛りの今の運気をタロット鑑定すると、大変強い陽のエネルギーを感じます。しかし、意外なことに今夏は体を動かす活動よりも、静の活動、つまり知力を使う方が吉となるようです。
2024年の Year Card は 「知性、経験」です。そして、8月を示すカードの意味は 「知識や洞察力」。この2枚の相乗効果で、今年の夏は、知的活動が大いに運気アップにつながるでしょう。手作業など、座ってできる分野の趣味を始めるのもおすすめです。
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mgb skinから、本格的な角質対策を叶えるピールマスク「RED PEEL (レッドピール)」発売
megbabyのオリジナリティと説得力で新しいビューティーを提案する・mgb skin(エムジービースキン)から、つるんとなめらかな肌のための、本格的な角質対策を叶える洗い流すタイプのピールマスク「RED PEEL (レッドピール)」が登場。販売は、公式オンラインショップと全国の取扱店舗(welcia、ツルハドラッグ、ロフト、PLAZA、ハンズ、shop in、パルファン、京王アートマン、ローズマリー、COSMURA、&choa!、DHOLIC、イロハニの一部または全店舗)で行う。 RED PEEL…
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「生命の實相」 ① 神想観による癒しー メタフィジカル・ヒーリング | 神は愛なり
○ 特に癒さねばならぬ病いのある時ー肉体の実相化
特に癒さねばならぬ病いのある時は、静かに坐して、暝目し、招神歌をとなえ、「実相を観ずる歌」を黙誦し、心に人の実相なる「完全人」を描いて、人の全存在-頭上より足の爪先にいたるまで、全細胞ーがことごとくこれ水晶のごとく清浄玲瓏(しょうじょうれいろう)たる霊的実在であり、最高純化の極致に到達せる宇宙霊の精髄のごとき純浄透徹せる実在であると観ぜよ。
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25日の満月以降、あらゆることが急展開のような気がしています。
何か全体的な流れとしてまた違ったフェイズに移ったのかもしれませんね。
それも一興。
この世を味わい、楽しむ。
それがテーマなのかもしれません。
特に今日はインスピレーションが次から次へと湧いてきて。
このブログについても向き合い方を考え直そうと思っております。
スピリチュアルを通して、魂を磨き、進化を共にしていく為に。
この場だからできることですよね。
真なる美しさ、強さ、本来の自分として過ごしていく為に。
まずはこの記事をご覧いただいている貴方の愛と気づきと豊かさが溢れますように。
そのような波長の設定をして届けようと思います。
久々の感覚に帰ったような、新鮮でもあり懐かしくもあるこの感覚で書いてます。
これも今だから浸れることなのかもしれません。
これも色々な方々に支えられたからこそこうしていられます。
あらゆること・あらゆるものに感謝を。
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営業中。月末の支払いで銀行巡り。毎月恐ろしい勢いで減る残高を見るこの時間は、心臓に悪くて嫌いです。
こういう心がざわつく場面で出番がくるのが『塗香』
小豆島にお遍路しに行っていた時に、同行させてもらった参拝会の方々が使っていて、身を清める時に体にすりこみ使う粉状のお香と聞きました。
仁丹を思わせるスパイシーな香りの中に甘い香木の香りもあって、スーハーしていると確かに気持ちが鎮まる気がいたします。
京都香老舗・松栄堂さんに聞くと、半分は香木、半分は漢方薬の材料を粉にして調合したもの、と��ことで、なるほどの香りです。
昔から、よい香りは悪いものを祓ったり、清めたり、精神統一しやすくしたり、神秘的な効果を持つ特別なものとして扱われてきたのだなと思います。
店頭には見本が置いてあるのですが、人生の節目を迎える方が香りを気に入り、お買い求めになることが多い印象。
塗香は信仰に熱心な方でもなければ、日々の生活にあまり出番が無い抹香なので、「どうして興味を持ったのですか?」と切り出すと、皆さん新しいフェーズへのステップアップのタイミング。ちょっと心許ない気分を癒す香りだと感じているようなのです。
そんなにたくさん売れる品物ではございませんが、いつも一つ二つ置いてありますので、心が弱っているなと感じる時には、この香りの力を頼ってみてもよろしいかと思います。
もちろん、わたくしも、今まさに、絶賛摺りこみしてスンスンしているところです(笑
落ち着く香りの室内香なら「白檀系の二条」「沈香こころみ香(3種入)」がおすすめ
通販→
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YASURAGI SOUNDTIME Ⅸ
sea healing chillpad memory...🌊
sound by yuriplus.
PLUS09386.
Y+-DESIGN.
2024.
youtube
#plus09386#artists on tumblr#安らぎの音楽時間#yasuragisoundtime#heal#ヒーリング#癒しの音楽#yuriplus#youtube#アンビエント#御殿場#海#夏の日#海水浴#chill#pad#chillout
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TEDにて
テイラー•ウィルソン:僕のラジカルな計画 ― 小型核分裂炉で世界を変える!
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
テイラー・ウィルソンが、自宅ガレージで核融合炉を作ったのは14歳のとき。そして、19歳となった今、彼は、再びTEDのステージに立ち、既存技術である「核分裂反応」の新たな活用法を提示します。
ウィルソンは、支援を取り付けて起業し、彼のビジョン実現に向けて最新の原子力発電の実現に動いています。なぜ?小型のモジュール式核分裂炉を製作する革新的な計画に燃えているのか?
そして、なぜ?それが世界のエネルギー危機を救う大きな一歩となりうるのか、語ります。
もう一度言います!
これは、現在、最新式である第4世代原子力発電の仕組みです。
核分裂反応は、適切なレベルで制御、維持されています。核分裂反応によって、水が熱され水が蒸気に変わり、蒸気がタービンを回すことで電気を得られるのです。
100年も前から、この方法。蒸気タービン発電で電力を作ってきました。
原子力は、水を熱する方法を大きく進化させはしましたが、水を熱して蒸気に変え、それでタービンを回すところは同じです。
そこで思ったのです。これが一番いいやり方なのか?
核分裂は、枯れた技術になったのか?それとも、まだ何か革新できることが残っているのか?そこで、僕は世界を変える大きな可能性があることを思いつきました。
これです。小型モジュール式原子炉です。
あちらの図に示したような原子炉ほど大きくありません。でも、50~100メガワットという大きな電力を作れます。これは、そう平均的な家庭で2万5千から10万世帯分の電力です。
この原子炉が、魅力的なのは工場で作れることです。これら、モジュール式原子炉は、基本的に組立ラインで作れ、世界中。どこへでも運べ、設置さえすれば発電ができます。
ちょうど、この部分が原子炉でここが重要なのですが、地下に埋められています。
テロ対策に通じている人なら地下に埋めることが、どれだけ核拡散防止や警備の上で素晴らしいことか言うまでもないでしょう。
さて、さきほど電力は全て。まあ、太陽光発電を除けば、蒸気を熱してタービンを回すことで作られると言いました。
実は、これはそれほど効率はよくないんです。図のような原子力発電でも大体30~35%の効率なんです。
この数字は、炉が出力する熱エネルギーと実際に発電できる電力の割合で熱効率が悪いのは、これらの炉が低温で稼働しているからです。炉の温度は、せいぜい摂氏200~300度くらいなんです。
でも、新しい炉は、摂氏600~700度で稼働します。温度を高くすれば、より高い熱効率を得られます。
そして、この炉は水を使わず、超臨界のCO2やヘリウムといった気体を使いそれでタービンを回すのです。
これは、ブレイトンサイクルと言います。
電気を作る熱力学のサイクルで熱効率は、ほぼ50%、45%~50%の効率になります。素晴らしいと思うのは炉心がかなりコンパクトなことです。
融解塩炉は、もともと小さなものですが、さらにすごいのは、核分裂させたウランからより多くの電気を生み出せることです。
おまけに燃焼してなくなるこの燃焼度はかなり高いです。同じ量の燃料でもこの炉ならより多くの割合が使えるのです。
新しい原子炉は、燃料補給なしで30年も稼働できる。これは、僕は本当に素晴らしいことだと思うんです。密封されたシステムということですから。
燃料を補給しなくて良いので密封できます。
核拡散の危険もなく、炉心から核物質や放射性物質が、外に漏れることもないのです。
安全の問題に戻りましょう。東日本大震災原子炉事故のあと、誰もが原子力の安全性見直しを迫られました。
僕が、原子炉を設計するときに考えたことの一つは、そのままでも本質的に安全であることでしたから。
僕が、この原子炉に大いに期待しているのは、主に二つの理由からです。
まず、高圧下で稼働しないこと。加圧水型炉。沸騰水型原子炉といったこれまでの原子炉は、非常に高温の水を高圧下で使います。
すなわち、事故が起こったとき。もし、ステンレス鋼圧力容器が破損したら、冷却剤が炉心から流れ出すのです。
新しい原子炉は、ほぼ大気圧で稼働しますから、事故のときにも核分裂の生成物が炉の外に出ることはありません。
さらに、高温で稼働し、燃料も融解されているのでメルト・ダウンも起こりません。
原子炉が許容範囲を超えたり、東日本大震災原子炉事故のように電力供給が断たれたりしたときは排出タンクがあります。
燃料は液体で冷却剤と一緒になっているので、炉心を流し出して臨界以下の条件に落とせます。基本的には反応炉の下にある中性子吸収剤の入ったタンクに落とすのです。
これは本当に重要なことです。核反応を止められるのですから古いタイプの原子炉ではそれができないのです。
さっき言った通り、燃料はジルコニウム燃料棒内のセラミックでこの原子炉で事故が起こったとき、その前のスリー・マイル島の事故では解明するまでに時間がかかりましたが
燃料棒のジルコニウム被覆は、高圧の水や蒸気に酸化環境でさらされたとき水素を発生します。水素は爆発する可能性があり、核分裂の生成物を放出することになります。
新しい原子炉の炉心には、圧力は加わっていないので化学的な反応は起こらず、中の核分裂の生成物が炉の外に出ることもないのです。事故が起こったとしてもまあ原子炉はダメになるかもしれない。
それは、電力会社には気の毒だけど、でも、多くの土地を汚染することはないんです!
また、安全性を確立した後、この小型原子炉をロケットに積めば、50~100メガワットの電力を供給できるわけですから。
これは、ロケット設計者の夢。他の異星への移住も夢じゃない。
50~100メガワットの電力で行きたいところに行けるだけでなく、着いてからも 電力があるのです。ロケット、人工衛星の設計にソーラーパネルや燃料電池を使えば、数ワット、数キロワットが出せます。
それは、たくさんの電力です。でも、ここで話しているのは100メガワット。すごい電力ですよ。火星の街に電力供給できるし、高いレベルの安全性が必要ですが、そこのロケット、人工衛星にも供給できます。
原子力を使って、他の星に飛んでいくのは、これは、とても詩的なところがあると思うんです。銀河の星々は、巨大な融合炉として燃焼している結果、地球に光が届くのです���ら。つまり、空に浮かぶ巨大な原子炉です。
今日、お話ししている僕のエネルギー源も元々は核反応から由来して、食物の化学エネルギーに変換されたもの。ですから、核分裂の技術を極め、将来の革新的エネルギー源とすることはやっぱり詩的なんだと思います。
参考までに、平和利用のために考案された原子力発電は以下の種類に分けられます。
他にもあるけど省略します。
1)沸騰水型軽水炉 (Boiling Water Reactorで略してBWRとも呼ばれる)
核燃料の液体が入った圧力容器内で水を沸騰させ、核燃料の液体とともに直接!外部の!タービンに送って発電機を回す原子炉。
なお、福島第一原発もこのタイプです。そして、第1世代 ( GEN-I ) -1950年代から1960年代前半に運転を開始した初期の原型炉。危険性が確率的に高いタイプ。第2世代 (GEN-II)もここらへん。
2)加圧水型軽水炉 (Pressurized Water Reactorで略してPWRとも呼ばれる)
圧力容器内で加熱される核燃料の液体が内部で循環して、タービンに送られる水と完全分離している原子炉。
こちらは、第3世代 ( GEN-III ) - 1990年代後半から2010年代頃に運転開始した原子炉で、第2世代の改良型として開発された原子炉。西日本で主に使用されているタイプ。
これを小型化したタイプが第4世代 (GEN-IV)といわれるもので過去の障害を克服している天然ガス火力発電とも競合できる高い熱効率、高度な安全性、放射性廃棄物の負担の最小化及び高度な核拡散抵抗性などの特徴をもつ革新的原子炉です。
東日本の原子力発電は、ほとんどが第1世代 ( GEN-I )、第2世代 (GEN-II)というタイプです。(北海道以外)
(個人的なアイデア)
本当は、震災が起きる前に設備を小型化した第4世代へ大胆に更新すればよかったけど、もう、後始末、廃炉の時間の関係上、手遅れかもしれません。
実は、高度経済成長後のバブル経済への成長の達成は、当時は、最先端のイノベーションである原子力発電の建造も重要なターニングポイントの一つでした。
電気を作る熱力学のサイクルで熱効率は、ほぼ50%、45%~50%の効率まで高めることは可能ですが・・・
高温の物体から熱を受け取り、電気という「使えるエネルギー」に変換できる機械を一般的に「熱エンジン」と呼んでいる。
高温の物体から受け取った熱エネルギーのうち、どれだけ活用できたかという比率を「効率」と物理学では定義している。
この効率は、原理的に超えられない「カルノー効率」という上限があることが知られている。
カルノー効率が達成されると、効率は上がるが、同時に仕事率がゼロになる現象。
つまり、熱エンジンの効率を最大限に上げると出力がほぼゼロになることを意味しています。そして、効率100%は物理的に不可能ということです。
中世で試行錯誤が行われたことに終止符が示され、機械での永久機関は作れないことが、この現象から理解できます。エネルギー保存の法則からも理解できます。
他には、燃料の持つエネルギーをどれだけ動力として取り出すことができるか?これをエンジンの熱効率と定義しています。
2020年の段階で、ガソリンエンジンの熱効率は最高で40%前後あり、10年くらい前までは30%程度。低燃費の技術競争もあるけどカルノー効率から限界も見え始めています。
だから、ガソリン自動車から電気自動車へ世界中の法人が開発を加速して切り替えている潮流があります。
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統合 〜 分離された魂のプロセス
【第二部:統合のプロセス】
アンティエ・リンデンブラット
オリジナル動画:https://youtu.be/ikfg2YCk7H0
公開日:2023年2月9日
【和訳:ALAE PHOENICIS】
最新情報は Telegram:https://t.me/alaephoenicis
➡第一部🔗
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第二部のテーマは、分離された魂の統合プロセスです。
最初に、過去生について触れるのは、多くの場合、トラウマは過去生に起こっているからで、「トラウマを癒やすために、過去生で何があったか思い出さなければならないのですか?」という質問がよく寄せられるからです。
いいえ、過去生を思い出すことは必然ではありません。
もし、思い出すことが役に立つ場合は、魂はそれに関する情報を与えてきます。それは、大抵は「パズルのピース」や「側面的な一部」という形です。
なぜかというと、過去生のトラウマを癒やすために、今生でも同じトラウマとなる出来事を体験しているからで、過去生で起こったことを思い出さなくても、今生の体験をベースに癒やしのプロセスを経ることが出来ます。時には、過去生で背負ったトラウマまで思い出すのは害になることもあります。なぜかというと、過去の物語に理解が偏って、感情移入しすぎてしまうことで、「癒やしのプロセス」難しくなることがあるからです。
この統合プロセスは魂によって制御・監視されています。そうやって魂は、その時に処理できる程度の記憶や感情が放出されるように調整しています。統合プロセスではまさに、元々トラウマになったものを処理できることが課題だからですが、例えば幼い頃に虐待に遭うと、それがインナーチャイルドの魂の一部となっているので、その視角からは癒やしをもたらすことが出来ません。ですから、ある程度の精神的な成熟度・意識のグレードに達している必要があります。
分離された魂が日常にどのような影響として現れてくるのかというと、それは身体的なブロックであったり、もしくは生活状況、特定の生活領域にも現れることがあります。なかなかうまく行かないこと、努力が実らず、それが辛い感情と結び付いているのは、どの分野でしょうか。
まず、これらは「引き寄せ」の法則として現れてきます。トラウマを内に抱えていると、そのエネルギーは「似通ったもの」を引き寄せます。しかしそれは、無意識下に追いやられ、気づけなかったトラウマが何なのか、を知らせてくれるものでもあります。
その他、「被害者意識」「無力感」といった信念構造に、影響が現れて来る場合もあります。トラウマを体験することで、いったんは「被害者」の立場になるわけなので、この経験によって生じる信念構造というのがあります。
身体的に現れるものとしては、病気、もしくは特に敏感な身体の部分や臓器があります。例えば胃、呼吸器官、その部位特有の病気など。エネルギー的にはその起源はトラウマで、それと関連した身体部分に弊害が出てきます。エネルギー的な刻印は、もともとの状況からきているのです。
例えば、ナイフで刺されたとします。するとその部分にはエネルギー的な刻印が残されたりします。ナイフによって傷つけられたという事実と、傷口にもそれが残るのです。
このトラウマにより、神経系に緊張感が現れたりします。トラウマを背負うと、神経系が警戒態勢に入ります。そして、このトラウマと関連していて、解消されていない全てが神経系に警戒態勢を布きます。つまり、その人はストレス状態にとても敏感となる、もしくはすぐにストレス状態に陥り易くなります。例えば、大したことのない情報によって簡単に生命が脅かされるほどの負担を感じます。それは神経系が、そのような警戒態勢にあるからです。
不眠症となることもあります。そうなるとリラックスできなくなり、悪夢を見る傾向があると尚更です。
不合理な行動にでることもあり、その人が特定の状況になぜ過剰反応するのか、外からはそれが説明できませんが、この場合トラウマが背景にあったりします。
ありがちなのは、この世に留まりたくない、生きていなくない、という感情です。その理由は、トラウマによって基本的な信頼や安心感が酷く損なわれているからで、魂はこの体に留まりたくないと感じていますが、特に下部のチャクラがトラウマの影響を受け、支障をきたすので、魂はそのエネルギーを下部のチャクラまで通せないのです。このような影響は、比較的よくあるケースとなります。
よくある傾向として次に述べられるのは、麻痺感覚、ある種の感情的な麻痺で、これはうつ病へ向かっていくことがあります。
第一部でお話したように、トラウマを受けた流れが主流から切り離されてしまった状態です。主流に流れている本来の感覚から切り離されると、こうした麻痺感が現れます。
あ���りの痛みで、切り離されていた支流の水はしかし、主流へと少しずつ流れ込んできます。しかし、それを扱うにはまだ未熟だと感じている魂は潜在意識下へその水を押しやってしまいます。そうやって「一部の感情」に蓋をするようにしていると、その他の感情も蓋されてしまうので、全体が麻痺して感じられなくなってしまうのです。まさに多くの感情を抑圧し続けることで、「うつ病」に発展していくのです。
トラウマによる魂の分離の結果、日常に現れる更なる傾向は、自信の欠如です。これがどのように統合されていくのかというと、最初の兆候は、再度トラウマとなる出来事が繰り返されることで起こる圧迫感である反面、魂自体が「川の水」のように流れているため、トラウマで閉塞されると自然の流れではなくなっているところに圧力が生じます。こうして、魂の一部が作り出した感情や信念構造といったものを徐々に無視できなくなってくるのです。魂はこうやって、統合プロセスに協力するよう、意識に呼びかけてきます。
トラウマを思い出させる類似状況が繰り返されることで「もう沢山だ!」となり、その人は意識して「どうすれば良いのか、一体どういう仕組みになっているのか」など、考えるようになります。これは、実はそうした統合プロセスに取り組むよう、魂に促されているのです。「癒やされたい、克服したい、状況を変えたい」という願いが強くなり、統合プロセスに対して心を開くようになります。
この統合プロセスに意識的に取り組めるよう、魂は元のトラウマに似せたあらゆるトリガーを使います。人間関係だったり、似たような状況、場所だったり、または生活の中のあるシーンで何かに導かれるように特定の行動を取ろうとしても、あまりの閉塞感、不安や疑念が出てきて出来なかったりします。
その時、真っ先に反応するのは「身体」です。体には全ての記憶が振動周波数として保存されているので、トリガーがもたらす振動に反応します。
光の周波数を上昇させることによって、この統合プロセスを促進させます。
高い振動数の光が体に流れて込んであふれることで周波数は高まりますが、体の何処かに痛みが走ったりするのは、切り離されていた魂の部位に光が当たったときです。これによって統合プロセスがブーストされ、浄化が始まります。
これは、真っ暗闇で懐中電灯を点けたときと似ていて、突然光が差し込むことで何かが見えてくることがあります。急に認識したり、記憶が蘇ったり、身体に痛みが走ったりします。閉塞されていた場所でエネルギーが詰まったような感じになるわけです。
こうして分離されていた魂の部位の癒やしとは、様々��レベルで起こります。感情面、精神面、身体面、そしてエネルギー面です。
つまり、辛かった感情や展開された信念などがチャクラを詰まらせ、エネルギーや情報が身体を健全に流れなくなるので、全体に統合されるには上述の其々のレベルで癒やしを必要とします。
感情面:
「感情」は癒やしへとガイドしてくれる最も重要な鍵となります。つまり、統合のプロセスではどのような感情であろうと、全て「ひと通り感じる」必要があります。「感じる」ということを通して、手放すことが可能になるからです。この「感じる」ということが解毒になり、主流に戻ることが出来るからです。しかし「感じる」だけでは不十分です。「何故そう感じているのか」を理解することが必要です。
傾向として、私たちはそこにある感情をジャッジしてしまい、否定し、拒否してしまいがちです。そのように条件反射するよう、学習させられています。特に「その感情は自分に何を語りかけているのか」を理解することが大切です。ここで、感情が癒やしへのガイド役をするのです。
また、感情とは常に、私たちの欲求を表現してくれている、ということも大切な点です。
例えば、恐怖とパニックという感情は、安全への欲求が満たされていないことを示しているわけです。
ここで、「では安全ではないと思わせるのはどのような状況なのか」と問いかけ、その状況を避けてもいいですし、もしくはどうやって安心感をもたらして欠けている欲求を満たせば良いのかを考えることも出来ます。
精神面:
これは、経験によって構築してきた信念・信条と強く関わってきます。これを変容させるためにはまず、よく認識・自覚せねばなりません。思考が変わらなければ同じ信条を掲げ続けることになり、従って同じ感情を引き起こすので、破れない悪循環の中に閉じ込められることとなります。
あなたの信念・信条が結局、変化を阻止します。
例えば、「自分は罪深いのだ」「自分には価値がない」などと思っていれば、そこから身動きが取れません。だから、同じことばかり繰り返し体験してしまうのです。精神はあなたの内側を外側に向かって投影するので、あなたが被害者意識からそのように信じていれば、その通りのことをあなたは体験するのです。その意味で、精神面の癒やしも非常に重要な部分です。
被害者意識の仕組みは、自分に集中して自分を中心軸に持っていかず、「あなたのせい」と考えることです。これも癒やしのプロセスを妨げます。つまり、感情・思考というのは、自分が自分で展開したものなので、それらに対して自分で責任を担う、というのが非常に大事なポイントです。
身体・エネルギー面:
結局のところ、全てが「エネルギー」として総括できるので、この2つは纏めました。意識のエネルギー領域は質的に微細ですが、身体というのもエネルギーで、ただ質的にはより粗雑です。
このに種類のエネルギーは互いに依存しあっています。
また、感情と思考もエネルギーですが、これらは身体に「記録保存」されていて、魂の部位とつながり合っています。
トラウマに関する思い出と情報は、身体、エネルギーシステムの両方に記録されています。
身体とエネルギー体の動きは一致しているため、両者は依存しあっています。すると、エネルギーの不調和は、エネルギーシステム全体において、感情的にも思考的にも調和の取れた流れを阻止し、同時に身体のエネルギーシステムをも害します。
これは大抵、チャクラと経絡に障害をもたらし、エネルギーが上手く流れず、行き渡らない身体部分は痛みや強張り、もしくは病気で反応します。そうやって可視化することで、魂は「ここを見て!様子が可怪しいよ!」と語っています。
ヒーラーとしての私の経験では、トラウマを経験すると、大抵下部3つまでのチャクラに関わって来ます。これらのチャクラは、私たちの地上での存在の仕方に大きく関わってくるからです。これ対し、上部のチャクラは高次の存在、自分のハイヤーセルフ(魂)と繋がっています。
トラウマというのはある種の「ショック(衝撃)」であり、急激なものと長期に渡って刻まれるものがありますが、これらは下部のチャクラに淀むため、身体的にはその位置に症状が出ます。これは閉塞部分の鏡であり、エネルギー的・身体的に解毒し、健全な流れを取り戻すことで統合され、癒やされます。
分離された魂の統合プロセスは、下記の二つの領域に分けることが出来ます。
片方の領域では、魂が統合プロセスを制御し、監視するとともに、上述したように意図的にトリガーとなる状況を創り出して分離された魂を統合させようとします。
もう一方の領域は、私たちが内側へ働きかける部分です。つまり、統合プロセスは勝手に進むわけではなく…「私の魂が勝手にやっておいてくれる」というわけではありません。私たちは自覚をもって、いわゆる「シャドー・ワーク」をしなければなりません。この時、魂が担うのは繰り返し渡されるダウンロードを受け取ることです。魂によって、トリガーや、そこから気付きももたらされたりしますが、周波数が魂から肉体へと流し込まれ、それが支流へと分離されていた魂の部位へと染み渡っていきます。
これは、トラウマに関連するエネルギーを意識上に持ってくるためと、更に、思い出を徐々に解明して不調和の全てを浄化するためです。
私たちが取り組むべきシャドー・ワークは、これまで無意識下にあったこと、そしてそこにある「傷」に気づくことで、心を開いてその部分を直視します。自分の影の部分を認めるのです。これはなかなかの挑戦です。なぜならこれは感情的な痛みを伴うからで、思い出すのが辛いからです。
また、トラウマを思い出すと、「被害者意識」も自動的に戻って来てしまいます。
本人は自らをジャッジし、自らの感情や特定の行動の仕方を否定する傾向を、もうなんども繰り返し学習してきてしまっていて、こうしたジャッジや否認をし続けている間は、癒やされません。
ここで「中庸の精神」が大事になってきます。中庸をもって、自らの影を直視し、ジャッジしたりせずに、自分に問いかけるべきことは、「何故、こんな目にあったのか?どんな意味を成すのか?これは、私に何を見せようとしているのか?」などです。
ここで、「感情面」が鍵となってきます。感情の部分こそが、その裏にどのような思考があるのかも示しており、それが行動の選択にも繋がります。
これらを一つ一つ観察することが、あなたの内面での取り組みとなります。
とても大事なのは、あなたの「被害者としての姿勢」を自己認識することです。これはトラウマによって自動的に生じてしまったもの。
自分自身が被害者的な姿勢になっていることを認めるのは、かなりしんどいことです。繰り返し自分が「被害者」であるという感覚になったり、「攻撃された」とか「悪意を持って迫られた」と感じて続けているのです。
ここで重要なのは、「どこまでが現実で、どこからが自分の内的投影なのか」を区別することです。そして、そこでまた、自分をジャッジしないこと。だって、トラウマを体験したということは、誰かがあなたに何かをしたわけで、その時あなたは「被害者」だったのですから。
しかし、あなたがそこで癒やされること無くずっと引っかかっていると、分離された魂は統合されないのです。
あなたが被害者意識を手放して行けば、あなたは徐々に自分のパワー領域に戻ることが出来ます。
そもそも、トラウマを得るとともに、強烈な無力感が生じます。その時のあなたには、状況を操るパワーが無くなっていた、もしくはそれが起こるのを避けられなかった、どうにか出来るような手段も持っていなかったわけですから。これも「私には、起こってしまったことを受け止めるだけの力がない(自分は無力である)」という感情なのです。少なくともそれが起こった時点では。ですから、これを消化していく必要があるのです。
そして、心にできた「傷」がそこにあります。これを癒やすには、あなたが自分自身に対して大きな愛情、信頼、共感を持つことが大事です。
わかりやすい例えだと、足を骨折し、骨が見えるほどで手術をしなけばならないとします。この手術が統合プロセスに値します。手術をして、全てを正しい位置へ戻し、つなげあわせるのです。しかし、治癒はまだ完全ではなく、術後にすぐにマラソンを走れるわけではありません。統合プロセスを経た後も、全快するまで暫くは、癒やしの期間が必要なのです。そして最後にもう痛みはなくなっても傷跡は残っています。その傷は、「ここを怪我して痛かったのだ」ということを思い出させるのです。
この統合プロセスは、玉ねぎを一枚ずつ剥がしていくような作業です。なぜかというと、上述した感情面、精神面、身体面、エネルギーといった4つの層の全てを、いっぺんに癒やすことは出来ないからです。
統合プロセスに取り組むときは、余裕がなくなりがちなので、全てを一挙にやるのは不可能です。特に統合プロセスの初期段階は最も過酷なときです。その時点では「これからどうなっていくのか」という感覚がまだ持てず、不安になります。
真ん中の核心に触れられるまで、時間を掛けます。その間、多くの感情を通り抜け、徐々に理解していきます。これまでの信念構造も解除されていき、全体の関連性を認識していきます。
もともと、トラウマは一瞬にして魂の分離を引き起こすことがありますが、「意識化と癒やしのプロセス」というのはこうして、段階を踏んで徐々に行われるのです。
共感することと忍耐をもつこと、にも言及しました。そして、このプロセスを信頼することも大事です。
統合プロセスの途中で、「もうこんなにも全て見つめ直したし、感情も繰り返したし」、そして「もう全部やったのに」と苛立っていると、次の層が見えてきて、改めてまた同じ感情を通り抜けることになるので、段々と焦りが出てきて、これまで頑張ってきたことが無意味に感じたりします。しかし、どんな小さなことでも、意識化していくことに意義があります。その努力が無駄になることはありません。ただ、多層になっているので、忍耐をもって徐々に進んでいくことで、どんどんと深いところにある分離された魂へと進む事が出来ます。
だから、「まだこれもあった、あれもあった、ここにもまだあった」となるのです。
トラウマを抱えて分離した魂の部位とは、非常に子供っぽい状態なのだと想像するといいでしょう。意識の成熟と、という点で幼いのです。幼い子供は、大人の大きな愛情と忍耐を必要としています。
ですから、この分離した魂の部位が感情をむき出しにしたときには、あなたの成熟した部分で「大人」として手を差し伸べて上げるつもりで、自分自身に優しく言い聞かせます。「うん、これとこれが起こったから、今癒やしましょうね」というように。これは分離された魂の部位にとって大きなサポートとなり、癒やしに貢献します。
癒やしがもたらされることを信頼し、統合プロセスに身を委ねようとするほど、癒やしは早く、楽にやってきます。
統合プロセスの最終目的は、「完全体に戻ること」です。
内なる統一、内なる調和を取り戻すこと。
自分の肉体の内に、エネルギー的に完全に戻ること。
そして自分の人生の中で、エネルギー的に完全に戻ること。
なぜなら、魂に分離された部位があって、身体の中で統合できていない間は、自分の願望も顕現させることが出来ないからです。
人生を自らの願望どおりに創造・顕現しようとする側面において、魂全体が癒やされて統合されていることは大変重要なことです。さもないと、あなたの創造性は阻止されてしまいます。
ですから、魂のエネルギーを身体全体に定着させることが、統合の目的なのです。
これは、創造主である「神」から、分離した私たちが、「ひとつ」に戻ろうとする、普遍の大きいプロセスと同じです。ここには身体は関わってきませんが、精神面の部分です。
また、この人生であなたに与えられた可能性を。フルで発揮するという目的もあります。分離された魂は「影」なだけではなく��光の部分もあるんです。ですから、統合がなされると、分離していた間にはみられなかった才能や性質が戻ってきて開花することもあります。そうした素質が「ある」ということは認識していたかもですが、実際にはロックされていたり、不安を感じるなどが理由で「活かす」ことが出来ていなかったはずです。
また、この統合されることになった「光」には賢智も含まれています。
なぜかというと、トラウマは「偶然」に起こるのではなく、その領域で特定の賢智を得るために、あなたの魂は契約としてその体験を「選んだ」からです。
こうして、統合プロセスのが進むと、また途中の段階でも、どれほどの悟りがそこにあり、宝が隠されていたのか、どれほど深いことがわかる自分になれたのか、ということに気付いていきます。
それは個人的な収穫かも知れませんが、もしかすると誰かに伝えていくことになるかも知れません。
だから、「このトラウマで、私は何を学んだのか」を自分に問い直して下さい。あなたは「人間の性」をより深く知ることになったり、もしくは「自分が何者なのか」「私たち(人類)とは何なのか」を悟ったことでしょう。
統合プロセスは、癒やしであり、完全に戻ることであり、魂と調和し直して、秘められた可能性を開くこと。魂の可能性には限界がないのです。つまり、統合プロセスが完成した時には、全ての扉は開いているのです。
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深い霧
人の気持ちは中身や重さでは測れない 疑いながら抱える不安 信じることで深まる自身の強さ どちらも計り知れないほどの漠然とした 空一面を覆うような霧のようなイメージ 形あるものではない感情は 連絡もないままに、襲ってくる『今から、あなたへ不安が向かいますよ』なんて連絡があったら準備できるのかな 自分の価値観で、溢れそうな感情を大事にしてあげたいですね 冬本番のような1日になりそうです。暖かくされ、お仕事や学校へ、そしてご家庭のお仕事のお時間をお過ごし下さいませ。 カウンセラー 田中絵里
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