#町田限定色
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戦闘服の男たちNo.0
現職自衛官の告白体験手記
「遠くで突撃喇叭が」
原題「遠くでラッパが」
作 島 守

新隊員の便所はノリだらけ
朝五時、起床まであと一時間である。いやあ、変な夢を見たるんだなと思って、ギンギンになっているセガレに手をのばすと、ああ、やっちゃった。まったくしょうのない奴だぜ、昨日センズリかいたばっかりだろうが!
畜生!今起きると、となりのベッド��奴が目をさましてカッコ悪いし、しょうがネーな、起床で戦闘服に着替える時にでも一緒に履きかえるか。
それにしても新隊員は外出が制限されてるせいで、夜なんかとても遊びに行けないし、極度に欲求不満の日々が読いている。
雄臭い野郎を見るだけならここは本当にいい所だけれど、それ以上のことはちと不可能。けっきょく、夜、誰もいないトイレにはいってシコシコ激しくセンズリをカクしかないのだ。風呂で見たガッチリしたオアニイさんや、カワユイ隊員たちがチラチラ浮かんできたりする。
でも終わってみると、やっぱりむなしいな。なんか小便とたいしてかわりないみたいで。それでもけっこうさかんなようすで、この間も班長から、
「新隊員の便所はノリだらけでたまらん!」
なんて怒られてしまった。マア、ノリは冗談としても、エロマンガのちぎれたのや、ビニ本なんかが時々モロ、トイレにおきっぱなしになってたりする。金があれば普通の隊員はトルコにでも行くんだろうけど、そこはまだペイペイの新隊員、月給は少ないし、貯金はしろとうるさいし、とてもとても…
それでも、あけっぴろげな男だけの世界。
「これからセンズリ行くゾー」
と、エロ本片手に走って行く奴もいる。
そんでもって自分もけっきょくその日のタ方、バラしてしまうのだった。
「昨日の夜、爆発しちまったでェー」
「いやー、エッチだなあ。勝見二士がいないからじゃないのォー」
前期の教育隊から一緒に来た北村二士にいうと、思わぬ返事が返ってきた。まいったなあ。
「このヤロォー、勝見と俺はそんなに深い仲でネェゾ!」
「エへへへ、でも勝見二士は、島二士のダッチワイフだったんじゃないのォー」
まったく北村の野郎、口のへらない奴だ。
まっ、べつに勝見二土はダッチワイフだなんてのは冗談だからいいけど、でも俺は、やっぱりドッキン!そう、あいつはいい奴だったもんな。この俺に、男と男が精神的に強く結ばれることがどんなに素晴らしいことか数えてくれたから・・・•・・ネ。
それは3ヶ月前
桜のつぼみがまだ硬い三月の下旬、俺は陸上自衛隊のある駐屯地に入隊した。出身県の関係で他の県の出身者より四日ほど遅い入隊だった。勝見二士とはこの時に初めて出会ったのである。
〈三月某日〉
なかなかできてる奴
今日から俺の自衛隊員としての生活が始まる。まわりの環境は、想像していたのとそれほど変りはない。でも一部屋四十人というのは多すぎるようだ。
それから自衛隊ではバディという仕組があって、二段ベッドの上下でペアを組み、訓練面や私生活でいくそうだ。
俺のバディは勝見次郎。ガタイが良くてイモの煮っ転がしみたいな顔をした奴だが、なかなか性格はよさそうだ。
この時はまだバディの重要さなんか知るよしもなかった。
勝見二士は俺より年下だが、四日も早く入していただけあってちょっと先輩気取りで、ベッドのとり方から戦闘服のネームの縫い物まで俺に協力してやってくれた。早くもリードされっぱなし。それでもけっして悪い顔をしないで黙々と手伝ってくれる彼を見て、
「なかなかできてる奴だワイ」
と内心思ったものである。
<四月某日>
ビニ本でぬいて来い
入隊式も終わり、訓練も徐々に本格的になってきた。銃こそまだ持たされていないが、戦闘服を着て半長靴をはいて走り回るさまは、一人前の兵隊さん・・・・・なんちゃって。
そんな時、体育の時間に勝見の野郎がすっころんでけがをした。運動神経いいくせにまったくそそっかしい奴だ。おかげでその晩、俺がヨーチン片手に手当てしてやる。
両足おさえつけて、ヨーチンをぬるさまはSの気分。ムフフフと不敵に笑って、「グチェッ!」とぬってやる。勝見の奴たまりかねて、「ギャアー!」
苦痛にゆがんだ顔って、ちょっとエロチックやなアー。
四月にはいっても外出は下旬にならないとできない。新隊員とはつらいもんである。ああ、自衛隊には自由なんてない!これでは縛られるのが好きなMじゃなきゃ向かないんじゃないだろうか。そんなわけで貴重な休みも隊舎のベッドでゴロゴロ、これじゃ夜寝られるワケがない。
消燈もとっくに過ぎた十二時半、なんとなく昼間寝すぎたので寝つけない。緑色の毛布の中でごそっと寝返りを打つと、上のベッドでもごそっと寝返りを打ったようだ。安物のベッドがグラッとくる。これじゃセンズリかいてようもんなら、片っぽのベッドの奴は地震かと思って起きちまうだろうななんて思ってると、
「オイ、島さん寝たかい?」
と、勝見が小さな声で話しかけてきた。
「なーんか、こうムラムラして寝られネェんだョオ」
と俺。すると、
「島さん、最近やってないんでしょ、アレを」
「まっ、まあな」
と、二人はムクッとベッドから起き上がて話を始めた。まったく目がさえてしかたいない。すると、その時へやの戸があいて、だれかがはいってきた。なんと班付(つまり上官)の上田士長である。よーく見ると、片手にビニ本を持っている。
「お前ら、まだ起きとるんか」
「エエ、寝られないんです���」
と勝見二士。すると上田士長、恥ずかし気もなく片手でもってるビニ本二冊を差し出すと、
「これでちょっとぬいてこい、そうすればバッチリ寝られるゾ。俺も抜いて来た」
思わず俺と見、顔を見合わせてニヤリ、もちろん俺はあんまりビニ本には興味はないが、そこはノンケの顔をしていなければならないのがツライところ。
ともかく、俺と勝見の二人はビニ本片手に仲よくトイレに直行。そこで二人は同じ個室に••••••てなわけにはいかなくって別々の目室に。ハイ、でも、ガマン!
「オッ、スケニ本だぜ、もうビンピンだァ」
「タマンネニナー。でもあんまりおっきな声だすなァ、不寝番がびっくりして飛んでくるゾォー」
なんてことを話しながら、お互いに実況中継をし合う。洋式トイレなのですわってカケるのでらくなのだ。となりの個室からのすっとんきょうな声がとだえた。奴も本気になってきたようだ。こっちがたまんなくなるようなあえぎ声が聞こえてくる。思わず俺の手の動きも早くなる……。
すると、突然奴の声、
「ウッ!ウッーウ」
畜生、俺より早く終わりやがったな。
奴の家は海辺の町で漁師をやっている。中学、高校と、よくアルバイトを兼ねて家の手伝いをしたそうだ。そのためか潮で鍛えられた体は浅黒く、区隊で誰にもまけないくらいの逞しさを持っている。そんな奴から海の話を聞くのが俺も好きで、いろいろと聞いたものだった。サザエの採り方なんか、実に詳しく話をしてくれたもんだった。
<5月某日>
好きになったのかな?
知らないというのは恐ろしい。いつものように勝見二土から海の話を聞いていた俺は、なにげなく聞いてしまった。
「じゃ、なんで家の仕事を継がなかったんだい?」
「親父が許してくれなかったんだよ」
「どーして?」
「・・・・・・兄貴が海で死んだからさ••・・生きてれば二十七歳さ。よく晴れてベタなぎの海にもぐったきり、サザエ採りにネ、兄貴、上がってこなかった」
淡々と話し続ける奴は、やっぱりいつもと違っていた。
「やっぱり親は親なんだな。二人も海で死なせたくはないんだろうな。いくら俺がねばってもだめだった。今の俺なんて、丘に上がったカッパさ・・・・・・・」
と、彼は言う。いやいや、丘に上がったカッパなんてとんでもない。奴の体力は区隊のトップをいつも争っている。俺だって気力じや負けないつもりだが、やっぱり体力検定だとかではっきり数字に出されると、どうも一歩も二歩もゆずってしまう。
「漁仲間の人から最近よく言われるんだ、兄貴に似てるって」
彼はこう最後に明るく付け加えた。なんか、この話を聞いてい���うちに、自分が奴に引かれていることに気がついてきた。なんとなく奴のことを、俺は他の班員とは違う目で見ているということに・・・・・・。
俺、奴のこと好きになったのかな?
まだ五月の下旬だというのに、真夏のような暑さが続く。そんな太陽の下での戦闘訓練は、まだ自衛官として一人前の体力を持ち合わせてない俺たちには、とてもキツイ。
たかが4.3kgの小銃が自分の体じゅうの汗を吸いまくる。気がつくと小銃から滴がしたたるほどに汗でぬれている。
地面だってこんな間近に見つめることなんてあったろうか。地にふせた俺の目の前にあるのは、青々とした草が高々と繁っている姿と、小さな虫たちの世界だった。
一瞬、自分が虫けらになったような気がする。ふと隣を見ると、3メートルほど離れて奴がこっちを見てニヤリとした。埃にまみれた顔から白い歯がチラリとのぞく。ほんの数秒の間の静けさが何時間にも感じる。

すると突然、頭上で班長の大声が響く!
「目標、前方の敵!」
「突撃!前へ!」
銃をかまえると全力で走りだす。核の時代にこんなことが役に立つのだろうか、もうバカになるしかないな。班長の号令が頭の中を素通りして直接手足に伝ってゆく。俺も奴も、そして愛すべき仲間たちも、死ぬ時はみんな一緒・・・・・なんだろうな。
<六月某日>
レイプごっこ
3ヶ月の前期教育も大詰めをむかえてきた。今月の末には、俺も奴もバラバラになって全国の部隊のどこかの駐屯地に配属されることになるだろう。なんか、そう思うと、とてもせつない。でも、俺と奴は違う道をたどらなければならない。希望も適性も違うから。だからあと数週間、思いっきり悔い��ないようにガンバッテいく。それが今の俺たちには一番なの
だ。
営内近は1班12名前後いる。学校の教室の約2倍ほどの大きさの部屋に、実に40人の隊員が詰め込まれ、2段ベッドで毎日の訓練生活を送っている。もちろん性格もさまざまであるが、そんな隊員たちが40人も一つの部屋にいる姿は、なんとも壮観で異様でもある。しかも全員、スポーツ刈りか坊頭で、体格もこの六月ごろになると個人差こそあれ、すっかり逞しくなってくる。
その中にはやっぱり俺以外にも、男が好きな奴がいるらしい。時々どっかからか、〇〇二土と二士が二人でトイレにはいって行くのを見たなんて話を耳にすることがある。
うまいことやってるなあなんて思うけど、やっぱり毎日寝起きしている仲間の前ではなかなか、そんなことできるワケがない。それでもよく俺たち二人は皆の前で冗談を飛ばし合う。
「オッ、いいケツしてんなあー、たまんねえぜ!」
「バーカ、今夜はもう予約ズミダヨ」
「ベッドあんまりゆらしてこわすなヨ。下で俺が寝られネェからヨ」
「じゃペーパー貸してやっから、センズリでもかいてきな!」
なんてやり合ってると、周りの仲間も悪乗りしてきて、なにがなんだかわからないうちにレイプごっこ(つまり解剖というやつ)が始まったりする。どんなバカ力の持ち主でも二十人ぐらいにせめられたんじゃ手も足もでない。アッというまにスッポンポン。一回やられるとくせになるみたいで、次の獲物をさかす。でも気がつくと、一番必死でやってるのは俺みたい。
<六月中旬某日>
こみ上げてくるような話
今日から前期教育で最初で最後の野営(泊まりがけの野外訓練)が始まった。
午前中に寝泊まりするテントを設営する。
午後からは小銃手用の掩体(一種の個人用の隠れ穴…ここに隠れて首と銃だけ出して、敵を狙う)を掘った。
1グループ6人で3時間ほどで仕上げなければいけない。
もっぱら俺は現場監督のように地面に穴を掘る設計図を引く。そして奴は、パワーショベルのようなバカカで他の仲間四人とともに穴を掘る。もちろんきっかり時間内に仕上がった。
野営で俺たちが使うテントは、二人用の小さなもので、朝起きてみると足が外に出ていた、なんてことがしょっちゅうある。もちろん奴、勝見二士と一緒である。
一日めの夜は夜間訓練もあり、ビールも一本入ったので、二人はろくに話しもしないで寝てしまった。
二日の夜、目が冴えて眠れない。久しぶりに奴と俺はいろんな話しをした。酔うと滑舌になる勝見。入隊する前の事や、これからのこと、もちろん女の話し���って出てくる。俺は当然聞き手に回るわけだが、それでも奴は初体験の話や、彼女にふられてしまったことを、こっちが感心するほど克明に話してくれた。
なんかこみ上げてくるようなものも感じるけれど、それは明日の厳しい訓練にとかして流してしまおう。
三日めは、昼間の行軍が災いして床についたら、またまた、あっという間に寝てしまった。それでも就寝前、点呼に来る班長が、
「お前ら、あんまりいちゃつくなよ!」
「いやーあ、昨日なんて島さんが寝かしてくれないんスよ。まいったなあ」
なーんて冗談も飛ばしてくれて、言葉の中だけど、楽しませてくれた。
<前期教育終了7日前>
愛すべきパワーショベル
今日は最後の体育だ。項目はなんと苦手の障害走。外見に似合わず(?)体力のちと足りない俺には恐怖の時間である。だが、今回はなんと二人でペアになってやれというのである。当然勝見二土と組むことになる。よし、やるぞ!
隊長の合図でスタートし、戦闘服姿で障害物を切りぬけていく。高さニメートルの垂直の壁あり、幅一・五メートルの溝あり、まったくとんでもないコースだ。やっぱり勝見の奴は早い。確実に障害をこなしてゆく。時々日に焼けた顔でこっちをふり向く。そうだ、奴がいるから今俺は、三カ月間ここまできたんだ、汗と埃は今、大きなエネルギーと変わって俺たちに吸い込まれてゆく。奴が好きだ、そう、心の中で叫んでやる、
「好きだ」と。
ふと気がつくと、目の前にロープが下がっていた。最後の難関のロープ登りである。畜生!俺が最も苦手とするやつだ。それでも登らなければならない。一段階一段階と手足を使って登るのだが、なかなか上へ進まない。
畜生!もうだめだ、あと五十センチでロープのフックに手が届くに・・。すると、そ畜生!もうだめだ、あと五十センチでロープのフックに手が届くのに…。
すると、その時である。足をなにか、すごい力で下からさ押れた。グーッと上に上がる。フ、フックに手が届いた。やったあ!思わず下を見る。そう、俺の足の下には勝見のこぶしがあった。奴は満身の力で、俺を下から押し上げてくれたのである。
この野郎!お前はやっぱりパワーショベルなんだなあ。
<前期教育終了6日前>
自衛隊部隊はラッパの音と共に、毎朝8時に国旗掲揚、夕方5時に国旗降納がある。
俺の前に整列している奴の後ろ姿の敬礼を見るのもあと数回しかない。教育終了後に別の部隊に進む事に決まったからだ。
日に焼けたうなじを目に対み込んでおこうと思う。毎日、一緒に行く食事も別れが近いせいか会話が少なくなったような気がする。
そろそろ身辺の整理を始める。ダンボールに荷物をつめる時、背中に後ろで見ている奴の視線がやけに気になる。
<前期教育終了4日前>
パンツの隙間から半立ちのものが…
教育打ち上げの研修旅行で、ある山奥の温泉に行った。
やはり百名近い短髪の青年集団というのは一般の人々に奇異に見えるようで、必ず「お仕事は何ですか」なんて聞かれる。もちろん醜態をさらす飲み会に制服なんて着ていくワケがないから、わからないのは無理もない。
「皆さんお若いですネ。今年入社したのですか?」
「ハアー、そうです」
「いい体している人ばかりですけど、どんな仕事ですか」
「まあー(モゴモゴモゴ)」
「ガードマンかなんかですか?」
「似たようなもんですネ」
と、けっこうおもしろがって遠回しに話をするんだけど、後ろから当然、
「島二土!」
なんて階級で呼ばれるもんだから、わけ知りの人にはバレちゃう。そしてその夜ー。
バカ騒ぎのうちに飲み会も終わり、各班ごとに���っそりと部屋に集まって二次会が始まる。ビールの本数が増えるに従って、歌が出る。かわるがわる歌う員の歌声をバックにして、俺も奴も仲間たちも、この三カ月間の訓練をいろいろ思い出していた。苦しかったことしか浮かんでこない。
でも、俺たちはその中で同期愛ということを学んだ。
いつのまにかみんな寝てしまっていた。もう外は白みかかっている。
突然、俺の寝ている毛布に奴が割り込んできた。肌がふれ合う。奴の匂いがする。すぐいびきかく。でも、なんとなく手が出せない。チラリと下を見る。パンツのすき間から、奴の半立ちしたものが見える。そういえば、いつか俺も言われたっけなあ。
「島さん、立ったチンポぐらいしまって寝てろよナ。思わずさわりたくなるだろが!」
奴が不寝番をやっていた時見られてしまったようだ。まったく助平な奴だと思った。でも俺のほうが助平だったりして。
「俺、眠ってる時って何されてもわかんねえんだよなあ」
と奴がカマをかけてくる。
「バーカ、もうやっちゃったヨ。でも1万円のダッチワイフのほうが気持ちよかったぜ」
と俺。してやられたというような奴の顔。
そんなこと思い出しながらいいチャンスの中、俺も寝てしまった。
<前期教育終了日>
再会をめざして頑張ろう
とうとう、今日という日が来てしまった。
俺も奴も違う部隊へ行ってしまう。場所も離れているので、顔も見られなくなるかもしれない。両手で握手をして別れた。
遠くでいラッパが鳴っている。戻は出なかったが、心で泣いてしまった。ありがとう、リスの目をしたパワーショベル、勝見次郎よ。日に洗けて埃にまみれながら走り続けた道を、ふり返りながら前を行く。奴だから、今日まで.....。
そして今…
新隊員後期教育が始まって1ヶ月半。前期教育から一緒に教育を受けている北村二士が手紙を見せてくれた。勝見二士と同じ部隊に行った高田二士からだった。
<あ、そうそう、この間の手紙に島さんが夢精したって書いてあったネ。あの文、勝見二士に見せたら、「まいったなあー」って口ではいってたけど、ニヤニヤしてたぜ。島さんに会いたいって伝えといてくれとのこと>
俺も奴に会いたい。こんど会うのはいつのことだろうか。
「士、別れて三日を経たるは刮目して待つべし」
お互い、目をみはる再会をめざして頑張ろうじゃないか。人は出合いと別れを通じて成長するのだから。
そして後日談…2024年
題名「遠くで突撃喇叭が」は第二書房が付けた題名。
原題は「遠くでラッパが」である。今どき戦闘訓練で突撃喇叭なぞ吹かない。この時代の薔薇族には戦記物を書ける文字通り百戦錬磨の先輩がたくさんいたから仕方ないが、俺の指したラッパの音は毎日部隊で鳴らされる国旗掲揚、国旗降納のラッパである。
勝見二士(仮称)は俺が見込んだとおり自衛隊員募集パンフレットの表紙を飾った。
残念ながら2任期(4年)で退職。
再会は果たせなかかった…親父の後を継いで海に出たそうだ。
新隊員当時の写真。小説に出てくる面々。
その他の隊員と再会したのは地下鉄サリン事件。不幸な事件であったが、それぞれが一線で任務についていた頼もしさを感じた。
もちろん俺も新隊員の教育をする先任陸曹になった。
その後俺も2等陸曹で依願退職。約15年の自衛隊生活を終了。鳶職となり予備自衛官で約10年、1曹まで務めた。
2024年現在、自衛隊に残った同期たちは全て定年退官している。
俺を薔薇族、さぶに引っ張ってくれた木村べん氏も他界された。
読んでもらって分かる通り、肉体関係は無くとも男同士の愛情はある事への感動を自衛隊で得ることができた。
職務上死の覚悟を要求される世界。
その感動をセックス描写のない小説でも構わないからと木村べん氏に書いてみないかと言われて作ったのがこの作品。
べん氏に銃を持つ手ではイラストは描けなくなると言われて、好きなメカ画も共同で作品表紙等で書かせていただいた。もちろん最初で最後。ben &tetsuは勉&(鳶)徹って言うこと。
文中漢数字が多いのは縦書きの影響。

「遠くで突撃喇叭が」掲載誌表紙
もう一つ参考にしてさせていただいた本。
1974年芥川賞受賞作品「草のつるぎ」
実はエロ度こちらの方が数段上。戦闘訓練の打ち上げで全員でセンズリこくシーンがある。実話だからノーカットなんだろう。
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何年か前私はここでインスタントオナニーの話をした。名前の通り手っ取り早い自慰行為なんだけど、今はその逆でタイパより丁寧さに最近力を入れている。手っ取り早くしすぎたせいで、慣れもあったし、なんせ、行為自体早く終わらせなきゃ悪、みたいな思いが勝手に付いてきていた。セックスレスにも繋がるけど、慣れと手っ取り早さを行為に当て嵌めてはいけない。
最近読み始めた本がある。アンソロジー本で『私の身体を生きる』各著者の性や身体に関することがエッセイとして書かれている。私の知らない部分を見入っては圧巻というか関心というか。20代後半になって性に関することで悩んだり通院することになったり三大欲求であると共に切るに切り離せないものだと思っているので、これを機に振り返ってみようと思う。
私の初体験は知らない男だった。知らないというのは素性をそこまで知らずインターネットで知り合った男だった。私は16、向こうは32。家の縛りや慣習に辟易として早く捨ててしまいたいと思っていた。初めて行ったラブホテルは部屋になぜか自転車が置いてあったので今でも印象に残っている。わからないなりに咥えたり喘いでみたりしたけど挿入時は痛みがあった。出血はしなかったことに安心した。その後、大学進学のための上京で欲が爆発した。行為が好きだった、裏にはいつと贖罪があった。好きにさせてしまった、と思えば身体を差し出して許しを乞うてみたり、可哀想だから、と頭ひとつ出て相手を見下している部分もあった。そんな私を知った母親から「私は純潔で父に捧げた」と言われた時は取り戻せない後悔より、��から?と見下していた。
コロナ禍に学生に戻った時なんてTinder無双をした。チンソムなんてしょうもない事もしていた。
欲だから浮き沈みもあって、修論書いていた時は1年間性行為と無縁だった。っていいように書いてみたものの、無双の中で出会った男に無理矢理犯されて痛みと共に下物の色がおかしくなってその時初めて婦人科に行った。M字開脚に放心になりながらも、異形成と知りコルポスコピーも受けた。癌になるかならないかのグレーゾーン判定を受けた時は人生呆気ないかも、と思った。結局なんやかんやで生き延びているし、最近の定期検診も大丈夫だったので適度に生き抜いていきたい。
再社会人になってからも少し遊んでいたが、ピルを飲み始めたら体調が悪くなった。常に気持ちが悪く、欲もどうでもよくなった。丁度その頃付き合い始めた恋人と燃えあがるような想いと行為だったのに、ピルと具合の悪さが続いて花火のように消化してしまった。ちょっとした興味本位もあったのに、なんだかなぁ。
夜になると欲を消化しないと眠れない日々が続いた。冒頭のようにしていたら、上手く達せられなくて、脚ピンの良くない体位でどうにか、を繰り返した。パブロフの犬。
夫婦間のレスの投稿をXかnoteかはてなで読んだ。行為が嬉しさだと気付いたような文を読んだ時は、幸せの先の嬉しさか、嬉しさゆえの幸せか鶏卵になった。
飲み会や日常で聞く下ネタに嫌悪を抱いている。どうでもええわ。が核心。勝手に私の知らないところで勝手にどうにかしてください。奥ゆかしさこそみたいなものもある気がする。(知らんがな)
29にして常日頃将来を見つめ直し思い悩んでいる。性もそう。このままじゃと思って伝えたけど、家族になり過ぎる前に妊娠出産を得ないと安寧に縋ってしまうかもしれないと自分自身で思う。この脅迫概念に近しいものは、時期やイベントが過ぎれば呆気なかったなと思うかもしれない。わからないが故に時間と共に杞憂して焦っている。女故の性に囚われてしまっている。
消費期限と揶揄されることがあり、焦るにせよみないにせよ人生80年、100年ある中でなんたる微々たるものよ。
私の性は自分のものでいたいけど、世間的にといい家族といいレールに敷かれる上でぞんざいに扱われている気がする。
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Made books 2024
HOMMAGE 特別号 地味なひとり旅
HOMMAGE No.4 共通ラッピング車両
HOMMAGE No.5 山手線
HOMMAGE No.6 ドラえもん電車
東急8500系 2020系がいない日常
HOMMAGE No.7 行ってみたい駅
My Train No.1 京急1000形
My Train No.2 横浜
My Train No.3 上越線
大分発金沢経由上野行き
東急8500系 サークルKの終焉
My Train 総集編 目的地は駅(Kindle版)
2024年は12冊作成しました。
・HOMMAGE 特別号 地味なひとり旅
(発売開始:サンシャインクリエイション 2024spring)
目次:山中城跡公園 / URまちとくらしのミュージアム / NTT技術史料館 / 澤乃井(小澤酒造) 豆らく、きき酒処 / 旧伊藤博久金沢別邸 / 江戸東京たてもの園 前川國男邸 / 横浜���電保存館 / 京王れーるランド / 大崎公園・披露山公園
ひとりで巡った場所を厳選して紹介。テーマがニッチだったり、開館日が極めて限定的だったり、さらには美味しい日本酒を満喫したり。 話題にしても地味でパッとしない、でもそこでの学びや感動はひとりで行くからこそ味わえないかと。
・HOMMAGE No.4 共通ラッピング車両
(発売開始:COMIC1☆24)
目次:共通ラッピング車両ガイド(JR西日本323系 / 大阪メトロ30000系 / 京阪8000系 / 近鉄9820系・近鉄5820系 / 阪急1000系・1300系 / 阪神1000系 / 大阪モノレール2000系 / キャラクターを探して / 横浜市営バス「あかいくつ」)
増殖するキャラクターラッピング車両。大規模イベント開催前に、この一冊はいかが?
・HOMMAGE No.5 山手線
(発売開始:コミティア148)
目次:数字で知る山手線 / E235系 伝統のウグイス色を受け継ぐ / 影の薄い山手線の駅/駅そば、うどんの思い出 / 山手線横断~南と北の名所~ / New brand / Natirta Express E259 / N'EX From Hachioji
東京の中心を1周60分で走る山手線。東京に行けば必ず乗る路線だが、意外と知らないことも多かったり。 そんな山手線の気になること、一緒に探してみませんか。
・HOMMAGE No.6 ドラえもん電車
(発売開始:おもしろ同人誌バザール大崎)
目次:高岡市 藤子・F ・不二雄ふるさとギャラリー / ドラえもん電車に乗ろう(DORAEMON-GO!・DORAEMON TRAM・Wrapping train) / 小田急F-trainⅠ correction / 小田急F-trainⅡ 8 month diary / 川崎市 藤子・F ・不二雄ミュージアム
今や国内問わず海外でも人気な「ドラえもん」と電車のコラボを紹介。今も走るドラえもん電車や幻のF-trainなど、藤子・F・不二雄ファン必見な一冊。
・東急8500系 2020系がいない日常
(発売開始:コミックマーケット104)
目次:朝 / 偶然 / 四季
2013~2015年の東急8500系の写真を掲載。毎朝の始業光景から、偶然な一枚、そして四季と8500系。沿線住人にとっては懐かしい光景、それ以外の方も見たことがない鉄道のシーンを見てみませんか?
・HOMMAGE No.7 行ってみたい駅
(発売開始:コミティア149)
目次:3駅連続 スノーシェルターの駅 / 首都圏のご当地発車メロディのすすめ / 旅先の変わった駅 / 食べたかった駅弁 / 復活?80年代の歌姫 / ひと夏の思い出 小田急ロマンスカーLSE
駅は旅の経由地ではなく目的地。そんな行きたくなる駅を紹介。あなたの地元の駅もあったりして。
・My Train No.1 京急1000形
(発売開始:おもしろ同人誌バザール神保町)
目次:空増結 金沢文庫 / 車体別車両図鑑 / 1000形(アルミ) 2100形 600形 同じじゃないですか!? / 体感快特!?普通浦賀行き / イエローハッピーターントレイン
総製造数500 両を越えた京急1000 形。600 形、2100 形から受け継いだ車両は、確立した技術をもとに今も進化を続けている。今回は20年以上同じ形式をつくり続けた京急のスタンダードを見ていく。
・My Train No.2 横浜
(発売開始:コミティア150)
目次:歩き鉄 汽車道・山下臨港線プロムナード / 濱の鉄道ヒストリー / リバイブ横浜市電 横浜市営バスで辿る横浜市電の旅 / SOTETSU NAVY BLUE / Seaside Line シーサイドライン / 南町田グランベリーパーク号
1872年10月14日、横浜~ 新橋に日本初の鉄道が開業した。その後もネットワークを広げ新たな鉄道が誕生したり、時代と共に消えた鉄道もあった。発祥の地で歴史を変えた鉄道を訪れる。
・My Train No.3 上越線
(発売開始:文学フリマ東京39)
目次:繁栄期の歴史 1962-1982 / 明日使える?上越線の小ネタ / 新清水トンネルの駅 土合駅・湯檜曽駅 / 過去の栄光を残す 石打駅 / SLを支えた車両の最後 DLぐんま4fine / 最後のひととき 特急��きの振り回された転属劇 / 群馬デスティネーションキャンペーンラッピング車両
上越線と言われて雪国(作 川端康成)を浮かぶ人は多いだろう。群馬と新潟を結ぶ重要な路線は、東京発着の特急が行き交っていた。時代の流れで変わってしまった路線だが、そんなかつての繁栄を探した。
・大分発金沢経由上野行き
(発売開始:文学フリマ東京39)
目次:はじまり / 大分発金沢経由上野行き / コラム 鉄道博物館で図書を読む / あとがき
昭和45年10月1日ダイヤ改正の運用表から気になる列車を見つけた。今では考えられない大分から大阪、金沢さらには上野と広範囲で運転を行っていた。なぜこの運用が出来たのか、当時を知らないからこそ気になる疑問が出て来る。新幹線のネットワークにより、縮小する在来線特急列車。今とは違う特急列車の存在を探ってみる。
・東急8500系 サークルKの終焉
(発売開始:コミックマーケット105)
目次:新生 / 大井�� / 非直車 / 幕車終焉
東急8500系写真集第三弾。2020系の導入により、変化するサークルKを中心に取り上げる。
・My Train 総集編 No.1 目的地は駅 (us / uk)
(e-book 発売開始:12/26 Thu)
目次:3駅連続 スノーシェルターの駅 / 美佐島 / 分割増結 / 復活?80年代の歌姫 / #八景シリーズ Best shot No.468 秩父八景-私鉄貨物
駅は旅の経由地ではなく目的地。そんな目的地として行きたくなる駅を紹介。意外と近くの駅があったりして。
★Can buy
メロンブックス / フロマージュブックス
★Link
Made books 2023
About(2024.10) Post:10.10 2024
Work Post:9.13 2024
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Igusa Matsuyama Interview #2 Original Japanese correspondence
Below is our original e-mail correspondence with Igusa Matsuyama in Japanese. This is provided for the benefit of Japanese readers and fans wishing to translate Igusa Matsuyama’s words on their own. The text is presented mostly as-is, though Tumblr ate some elements like emoji. Sorry about that.
If you missed our English translation yesterday, you can find it here:
Ranch Story の皆様へお待たせいたしました。まずは質問の答えを順番にお返事しますね。
Anonymous asks: 牧場物語幸せの詩の女神様とリオンはどのような関係ですか?
リオンは確か妖精という扱いだったと思います。
女神さまと接点があるかどうかは、私もちょっとわかりません。ごめんなさい。
Tomato asks: 牧場物語ワンダフルライフforガールの主人公の衣装なんですが、I love Kumaのコーデを見ると、Mezzo Pianoというレディースアパレルブランドを思い出しますが、どこからインスピレーションを受けましたか?
春らしい色合いにしよう!と思っていただけだったと記憶しています。(それぞれ春夏秋冬のイメージで作っていました。)いろいろなイベントが予定されていたダーちゃんが、ほとんど活躍しないと知って、せめてマスコット的存在をアピールできればと、シャツのデザインに入れました。
Pansy Asks: まつやまさまがもし、制限無しという条件で、自分の牧場物語の作品を作る機会があれば、どのよう作品にすると思いますか?
私は犬が大好きなので、犬だらけの世界が舞台の牧場物語を作ってみたいですね。
おそらく、叶わない夢ですが。
Anonymous asks: 牧場物語は昔からあるゲームで、時間が経��ほど大きく変わりますね。昔のベーシックなデザインと、最近の密度が高いデザイン、どちらの方が作るのが難しいですか?
昔はゲーム上では再現できないことが、とても多かったです。
髪型や服装に関しても、色数や模様の制限などがありました。その制約の中でやりくりするのは難しかったですが、同時に楽しかったです。
最近はその逆で、ほぼそういった制限なくデザインできるようになりました。そして昔とは違って、模様や飾りのようなパーツを増やして欲しいと頼まれます。
ただ、欲張りすぎると、イラストの作成を頼まれた際にとても苦労します。どちらもそれぞれに難しさがあるなと思っています。
Anonymous asks: まつやまさまのイラストのおかげで、牧場物語がすてきなゲームになったと思います。 まつやまさまからすごく刺激を受けています! 牧場物語のキャラクターで、ワンダフルライフのロックが1番好きです。 21年前のロックのデザインと、リメークしたロックのデザイン、インスピレーションはどこからきたか教えていただければ嬉しいです!
遊び人風の青年とのことだったので、なんとなくああいうデザインになりました。リメイク版では元のイメージはあまり変えずに、更に遊ぶのが大好きな人に見えるよう、服をゆったりめにしました。日本のスタッフの中にも元のロックらしさを好きな人がいて、私もなるべく変えたくなかったの��、お互い意見を交換しながらあのようなリメイクになりました。
Jerome asks: Special Comicの130ページに、そこ以外見たいことのないスーパーファミコンのキャラクターが出場すると思うんですが、全身のキャラデザインが気になっていまして、Marvelousかまつやまがなもし立ち絵などまだ手元にあれば、見せていただけないでしょうか? 彼らについて何か教えていただけることがあれば聞きたいです https://i.imgur.com/Sh5nvqm.png
ニーナの両親、エレンのお母さん、アンのお父さん、マリアの両親(町長夫妻)など、全員スーパーファミコン版の『牧場物語』に登場するキャラクターたちです。
スーパーファミコン時代のイラストは、ただいま行方不明になっておりまして・・・ごめんなさい。
Raven Bloom, Ryan, and Moth ask: 原作の牧場物語ワンダフルライフのマシューは、若い時のBruce Campbellという有名なアメリカ人の俳優に似ていて、いいなと思っていたのですが、まつやまさまはリメークした男性結婚候補はどのように思われていますか?もともと結婚候補じゃなかった男性たちがそうなった時、どう思われましたか? https://i.imgur.com/FAQGmOz.jpeg
マシューは、日本の『ワンダフルライフ』での名前はマッシュとなっております。この名前を初めて聞いた時、真っ先に���かんだのが『EVIL DEAD』シリーズの主人公であるアッシュ。
そう、ブルース・キャンベルさんをイメージしてデザインしました。
私は今も、ブルース・キャンベルさんが大好きです。
最初の『ワンダフルライフ』制作当初は、女性主人公のバージョンは作らないと聞いていたので、彼は恋愛対象ではなく個性的なキャラクターとしてデザインしていました。
リメイク版では男性結婚候補として登場することが分かった状態での再デザインだったので、幅広く好かれるようなデザインに変更しました。
懐かしさ以上に、パワーアップした新作として楽しんでいただければ嬉しいです。
Salmon Axe and Anonymous ask: 個人的にドラえもん版の牧場物語が大好きなんですが、将来牧場物語以外で、コラボでも、イラストを担当してみたいなと思う作品がありますか?ゲストアーティストとして出たいなと思う作品はありますか?(もしかしてポケモンとか?)
『ドラえもん』の漫画は、子供時代から大好きです!
ゲストアーティストをやりたいか?と言われれば・・・ゲストではなくメインの仕事の方がありがたいので、特にないです。『Fallout』『Far Cry』『Border Lands』など、プライベートではいろんなゲームを楽しんでます。
Anonymous asks: 噂のワンタタンの隠されている顔なんですが、着ぐるみなしのデザインはあったりしますか?
ワンタタンはワンタタンという生き物だと思いながらデザインしたので、着ぐるみなしのデザインはありません。
Idris asks: まつやまさまが流行に敏感で、今のデザインは昔のと大きく変わったように感じます。牧場物語の新しい作品で、昔みたいなベーシックなデザインを使おうと思われたことありますか? まつやまさま的に自分のデザインの魅力はなんだと思われますか?
『牧場物語』の仕事におけるデザインのこだわりは、作品内容に合った頭身と雰囲気のキャラクター作りだと思っています。まずクライアントの希望を聞いて、それに沿ったデザインを考えます。
最近はゲーム内のビジュアルも豪華になってきたので、なかなか頭身の低いキャラクターが登場できないですね。
私にとってデザインのこだわりは「遊び心」でしょうか。
綺麗やかっこいいというものよりも、親しみやすかったり楽しかったり、そんなキャラクターを生み出すことに喜びを感じています。
MacGyver asks: わださまが前に一番最初に出たスーパーファミコンの牧場物語の開発がどれほどケオスだったかの話し聞いた事あるのですが、まつやまさまはあの時の思い出話はありますか?
今となっては、笑い話ですが・・・どこまで話していいのか分からないので、ご容赦ください。
あの時、和田さんがいなかったら、『牧場物語』シリーズは生まれなかったと思います。
Toyherb asks: 牛のデザインが豊かになりましたね。 どれを描くのが1番楽しいですか?
私は子供の頃から、動物の絵を描くのが大好きでした。
なので、どの牛の絵も大好きですよ。
描きやすいのは鼻の大きな牛ですけどね。
Anonymous asks: 主人公と異性のキャラクターデザインは、描いたけど最終的に使われなかったのはありますか? 例えば、牧場物語3・牧場物語シュガー村とみんなの願いの女性版の主人公とか、牧場物語ワンダフルライフまで、ノンバイナリーの主人公��どです。 よろしければ、その絵も見せていただけたらすごく嬉しいです!
ボツになったデザインは山ほどありますが、設定自体がボツになったようなキャラクターは、特になかったように記憶しています。(後述の親指姫を除きます。)
Koharu asks: スーパーファミコンのエレンが牧場物語2に出たように、他の作品に出るつもりだったスーパーファミコンのキャラクターはありますか? 例えばですが、牧場物語2のマリーは髪の毛が黒ですが、青色のマリーが載ってるマガジンも見たことあります。 もともとスーパーファミコンのマリーが64に登場するつもりだったのかなと思って、聞いてみました!
他の作品のキャラクターを登場させるなど、シナリオや設定を作る立場にはないので、私にはわからないです。でも昔のキャラが登場したら、私も楽しいなと思います!
Bunbun asks: 最近発表されたクレアのねんどろいどがすごく楽しみです! 牧場物語2のキャラクターのねんどろいども出たらいいなと思います。 まつやまさまのブログに、フィグアよく見かけますが、自分がデザインしたキャラクターをうちのコレクションに入れるのはどんな気持ちですか? クレアの他に、このキャラクターがフィギュアになれたらいいなと思うキャラクターはありますか?
クレアのねんどろいど!
私もとても楽しみにしているんですが、いつ発売されるのでしょうね?
可能であれば、ぜひワンタタンをお願いしたいです。
Chickee asks: 牧場物語2の噂の紫色の髪の毛のお姫さまなんですが、最終的に登場はしなかったけど、もしかしてまつやまさまがそのキャラクターをデザインしましたか?
おそらく「親指姫」だと思います。
とても小さなキャラじゃなかったですか?
一応デザインはしたものの、最終的には登場しませんでした。『牧場物語2』のキャラクターといえば、ペットに亀を入れて欲しいと無理なお願いをしたのですが、最終的には置物として登場。
『ワンダフルライフ』の際に、再度お願いしてスカーフ付きのリクガメをデザインしたのですが、ペットにはなれなかったものの池のそばを歩く野生の亀として登場しました。
いつかゲーム中で、カメをペットとして飼える日が来て欲しいものです。
Emery Flower 147 asks: 牧場物語ワンダフルライフの女性たち3人がチームを組んでいて、ムームーが銃声を持っていたりするマンガが目に入って、オーマイガー!!と思いましたが、他に誰かチームを組んでかっこよく活動しそうなキャラクターはありますか?
『ミネラルタウンのなかまたち』の攻略本の時には、ポプリ、マリー、ラン、エリィ、カレンの5人をコロボックルにして活躍してもらいました。あとは
ピート(昔の男主人公)とサラ(ゲームボーイ版の女主人公)、そしてクレアの3人は、攻略本の時に好き勝手に描きました。かっこいいかどうかはわかりませんが、この3人を動かすのは楽しかったです。
Ixur asks: 私が住んでいる地域で、牧場物語 オリーブタウンと希望の大地のキャラクターの多く、例えばベス、みさき、クレメンス、ラーシュ が結構人気です。 それ、まつやまさま、Marvelousも認識していることですか?
マーベラスとはそういったお話をあまりしないので、先方が認識しているかは知りません。私はSNSをやっていないので、どのキャラが人気��のかは知りませんでした。でも、どのキャラでも気に入っていただけるのはとても嬉しいです。ラーシュのシャツの模様は私の愛犬がモデルなので、彼のシャツも気に入ってもらえると更に嬉しいです。
Anonymous asks: まつやまさまがデザインしたキャラクターをコスプレされるのはどんな気持ちですか?
とても嬉しいです!私は裁縫がとても苦手なので、自分で服を作ってしまう人を尊敬しています。私がデザインした服を実際に作ってもらえるなんてとても光栄ですし、皆さんがキャラクターを演じて楽しむのも素敵だと思います。
Afro Fae asks: キャラクターデザインする時に、色選びはどうやってしてますか? 色の雰囲気をキャラクターの性格に合わせるか、なんとく選んでいますか?
クライアントからイメージカラーを伝えられた時は、それを意識してデザインします。こんな色の方が似合うのでは?と思った時は、こちらから提案することもあります。遠くから見てすぐにどのキャラかわかるように、色もそれぞれに特徴が出るよう気をつけています。ただ、家族などは逆に共通のカラーを入れたりして、まとまりを持たせたりする時もあります。
また質問に答えてくださるのは本当に嬉しいです。 何を聞けばいいか分からないけど、とにかくまつやまさまの絵が好きだ!!と言っているファンたちもいて、それも伝えたかったです。 今までデザインしたキャラクターが好きだし、これから制作するデザインもお楽しみにしています!!
こちらこそ、本当にありがとうございます。皆様に喜んでいただけるのが、なによりも嬉しいです!感謝のイラストを添付しました。これからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。 まつやまいぐさ
#牧場物語#harvest moon#story of seasons#it's literally just copy+paste from the e-mail so if there's anything weird... sorry about that!
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やあ! みなさんこんにちは。 クソバイス男こと増田です。 何を隠そうこのワイ、母親の介護歴17年(糖尿→脳卒中→骨折→認知症で要介護4。この間祖母の介護も4年被ってる)、父親の介護歴11年(骨折→肺がん→認知症予備軍で要介護3)を自宅みている 大馬鹿者 大ベテランなんですね。もちろん独身KKOです。 と言うワケで、アドバイス欲を満たすための生贄を見つけたので、クソバイスするよ。 さあLet'sクソバイス ストレス解消方法について ストレス解消はルーチンにして日常に入れ込むことが大切。 水分補給と同じで、ストレスがたまったら解消するのでは間に合わないことが多いので、ルーチンにれる。 例えば俺の場合、毎週木曜日が仕事完全休暇という仕事なのだが、この休みに合わせて、木曜日は両親ともにデイサービスに送り出している。 そして、木曜日はストレス解消の日、自分を甘やかす日と決めて、何もしなかったり、だらっとアニメを見たり、本を読んだりしてる。 また、3ヶ月に一度ぐらいショートステイに夫婦揃って出てもらったら、泊まりのエンタメにも行く事にしている。 自分の場合は、だいたいは夜行バスで大都市圏まで出て、大きなシネコンで一日映画三昧したりって感じですが、こう言う日を確実に大切にすること。 そしてこれは「開いたらやる」じゃなくて「何があってもやる」と決めてスケジュールに入れること。有給休暇と同じね。 そうじゃないと自分が持ちません。 なお、ショートステイは定期的に利用しておかないと、緊急時に対応してもらえないので、その訓練も兼ねています。 緊急時ってのは、俺に何かあった時が最大。そのほか、どうしても外せない義理のときとか、高校生の頃に心を救ってくれた声優さんがx年ぶりにコンサートするとか、そういうときね。 災害のときとか、色々なときに泊まりで預けられるようにしておかないと詰む。 増田で愚痴れ それでも愚痴を言いたいときあるよね。そういうときは増田で愚痴りましょう。 𝕏?とかああいうアカウントがあるのはオススメしない。 増田なら💩💩🎠🦌とか書いても誰も何も言わないし、きゃっきゃしてりゃいいので。 そのための増田。まぁ、実践しているのだと思いってそこは安心しました。 技術的な話 まぁこれはやってんだろうと思いますけど一応通り一辺倒だけ。 まさにクソバイス 地域包括支援センターに言って、ケアマネを付けてもらってみっちり話をしよう(まぁ付けてると思っていますが) 他に相談出来る窓口をざっと揚げておくと 地元の社会福祉協議会 病院の患者相談窓口(ソーシャルワーカー・ただ忙しすぎて駄目な事も多い) 都道府県の国民保険連合会(電話・法的な窓口) 市区町村の福祉関係窓口 大会社の場合、会社が介護離職予防のために相談窓口を持っている場合があるとか。 どこの窓口がよいとかは当たり外れが大きすぎて厳しいことも。数を打とう。 病院などで介護向けの家族会みたいな組織がありますが、ワイは入ってません。参加者の年齢が上すぎて流石に合わなかった。 介護は親の金でやれ���自分の金は使うな(入れるなら生活費だな) 介護離職だめ、絶対。 介護者の都合>本人の希望>行政・施設の都合 と言う優先度でプランを組み上げろ まぁ実際には逆になるんだけど、最初はこうするつもりで挑まないとつらい。 介護は情報戦。繰り返す。介護は情報戦。 要介護者のことを一番良く知ってるのは自分だ、というスタンスを決してぶらさないこと。プロのアドバイスはプロのアドバイスで客観視できて貴重でちゃんと耳を貸すべきだけど、丸呑みはしないこと。プロはずっと介護しているワイらほど長く過ごしていないから。 さらに細かい話 状況がハマったら活用してね 長期になりそうなら、介護保険の点数はできる限りサービスに振るべし。ものは借りた後に買取するつもりで 介護保険は物品の貸与と、サービスが同等になっているが、貸与は長期になるとコスパが悪い。できるだけその分をサービスに割り振る方向で。 確かに介護期間が2年以内とかならレンタルの方がコスパがいい。短期間で症状が変わっていく場合にはどんどん変えられるメリットもあるので、最初の1年ぐらいはレンタルするのがよい。しかし、その後、状況が安定して、なおかつ必需品で、メンテがいらないものは買い取って介護保険から外し、その分をサービスに回すべし。中古の購入は簿価になっているので十万円とかする器具が数千円で買えたりします。 置き手すりやトイレ用の肘掛けなど ベッドの本体(マットレスは汚れると交換なので) スロープ 以下のものは貸与のほうがいい 車椅子や介護ロボットなど 定期メンテナンスが必要で消耗品 マットレス 使っているとへたってくるのと、完全に粗相して汚したといった理由でも交換出来る デイサービスに必要なものはとにかくクリアメッシュ袋(ファスナーがついているやつ)に入れて準備して整理。 便で汚染された衣服はドラム式ではなくて、操作してたっぷりの水を入れた縦型洗濯機でやれば手洗いをせずに落ちる コインランドリーは恋人。雨の日や寒い日でも暖めてくれる(乾燥機) テプラ君は頼れるひと。 3Dプリンタとレーザーカッターは神器。フルオーダーの本人に合わせた道具が2千円とかで出せちゃう。レーザーカッター+ポリエチレンフォームの可能性も無限台。 しまむらは神。 介護ショップで購入すると凄い高い介護用の下着が、なんとしまむら価格で売ってる。やばい。 それに比べて靴屋の渋いことよ…。足下見すぎ(靴だけに) 車椅子を乗せられる自動車は、諦めて新車で買うべし。中古で4年探し続けたが毎日送り迎えに使われて30万kmとかとんでもなく走ったようなものしか回ってこないので貯金をはたいて買った。今では欠かせない相棒。 親の金で解決できる範囲のことは金で解決する。 だるいとき用に冷凍弁当を用意しておく。そのために冷凍庫を追加で買っとく とろみがついた状態で売っているペットボトル飲料とかあるんやで 柔らかレトルトご飯とかもあるんやで 親はテレビっ子世代なので、異様に安い中華テレビを買って放置、後はテレビがお守りをしてくれる。 報連相大事。 通っているデイの連絡ノートとか大事や。 最後に頼るべき所には必ず報連相 自分の兄弟、叔父伯母など、遠くに住んでいていつもは介護に参画してもらえない人でも、とにかく報連相はしておく。今どんな状態だとか、入院したとか退院したとか。 ワイの場合、介護すると言う共通の目的が出来たことで、前よりも親類と仲良くなった気がする。 万が一親を残して自分が死んだ場合のことを考えておく。親がワイがいないときに死ぬより、ワイが先に死ぬほうが悲惨なことになるので。 デイサービスにしておくことのメリットはこれ。自然と毎日来てくれるので、最大でも48時間以内には発見される 通院2回方式どうよ。検査と診察を2回にわける 検査科が独立しているような病院だと、検査科は診療時間関係なく稼働していて検査OKになっていることが多い。そこで、検査は診察日の一週間前以内の診察がある日のどこかで行く。 検査の攻略法 採尿は自宅で採尿して持ち込みたいと相談すると採尿キットをくれるので、それで当日朝とって冷蔵庫に入れておき、持ち込む。 すると、スムーズに進むと、採血だけで到着してから最短10分で終わったりする。通常診察があると結果が出るまで待つことになるが、待つ必要は無いので速効で帰れる 診察は、朝一番の一番最初の予約に入れてもらう 朝一番は開いていることが多い。通常採血から検査結果が出るまで1時間かかるため、この時間帯の予約は検査が不要な患者しか入れられないのだ。 しかし、事前検査をしておくと検査の待ち時間がないため、入れてもらえる。すると待ち時間がほとんどなく診察を終えることができる。 ワイの場合は、検査はデイサービスに迎えに行って車に乗せ、その足で病院に行って検査する。また診察日は、診察を終えたら、その足でデイサービスに送り届けて預けてしまう。こうすることでデイサービスを休む日も最短に出来る。 そのほか よくある質問と回答 仕事はどうしたらいいですか? 介護離職だめ、絶対。ソースはワイ まず今の職場で働く事を考える。無理なら今の会社で働けることを考える。 プライバシーとかかなぐり捨てて、上司や同僚には状況をいつも話しておくことが大事。 ワイの場合、結果論だが、2ヶ月介護休暇取って環境を整えて���れば離職しなくても時短勤務でいけたと思われるんで、マジ早まらない方がいい。一度離職すると介護持ちが新たな就職口探すのは困難。 どうしても介護離職に追い込まれたら、介護者向けの求職なども存在はするので、労基の窓口に相談してみる。 介護施設とトラブルになったんですが 介護保険での事業の場合は、介護保険の保険者、つまり都道府県の健保連が窓口になった苦情申し立て相談窓口があるので、ここに相談するのが正規ルート。他に相談してもぬるっとしか対応してくれない。 行政の相談窓口はクソ せやな。ワイもそう思うわ。行政は相談するところと言うより情報を引き出すところと、手続きの窓口だと思って対応した方が上手いこと動いてくれる。 てか、なんで施設に預けずにお前見てんの? 金がないから。 人間そんなに簡単に割り切れる生き物ではありません。 なんでそんなにがんばってるの? しょうがねえだろうっせえよ 老人は生産性がないから若者のためにうんぬんかんぬん 安楽死うんぬんかんぬん うるせえ黙れ かわいそう だから黙ってろって 俺は見捨てるわ ワイにもそうやってイキってる時期がありました。ちゃんと現実を見つめて備えとけよマジで。 真面目な話、医療費とか使い過ぎていて気が引けるんですが 親が払った社会保険料や税金をざっくり計算してみるといいよ。生涯で家が建つぐらいの金は平気で払っている。ほとんどの人は、払った分を使ってるだけ。 統計学の心得があるなら年金・社会保障の構造を計算してみると実によく出来ていて、惚れ惚れするから。 特に公的保険てのはミクロではな���てマクロで社会的コスト(≠費用)を最小化し経済効果(≠金銭的利益)を最大化する仕組みなので、個人であの人は多くもらいすぎているなんてのは間違った議論です。理解できずに言う輩には「うるせえ黙れ」でよい。 終わったら俺も介護される側じゃん 先輩を見てると、介護をしっかりやってた人はあんまり要介護者にはならずにぽっくりいってる感じがする(終末期は別) 介護をやってると自然と介護予防の知識も付くから、地道にやっていこう 介護に巻き込まれた時点で人生終わりでは? まぁ、終わったということを受け入れるとそれなりに楽になるよ。
介護に関するクソバイス (増田編)
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いつも投稿拝見しています。以前ベストバイを投稿していたと思うのですが、今年度の上半期ベストバイも、もしよければ教えてください。
あー、やりました!
ご質問というかご提案ありがとうございます。
最近買ったものをいくつか思い出してみます。
①ペイズリー柄のシャツ2枚
キャプテンサンシャインというアパレルブランドを最近買ってます。歳を重ねると(特に男は)服装難しいなぁと感じる日々。落ち着きすぎたくないんですよね。なので、下品でない柄シャツは好きです。喫茶店や飲み屋で視界の端で誰か入ってきたなと思い視線をやる。薄い色のジーンズにシャツを着たその男は注文を終えるとカバーがかかった本を取り出して読み始める。『こういう人ってどんな本読んでるんだろうな』なんて思いながらコーヒーをひとくち飲み彼の生活に思いを馳せる。の彼側になれると素敵だなと思います。のためのシャツです。
②最近読んでる本3冊
本が積み上がっていく日々。ヤマシタトモコさんは下北沢の本屋さん(Peacockのところ)で、違国日記と出会ってから虜です。最近、インタビュー本が出たので買いました。まだ、未読。
森博嗣さんは昔から読んでる理系ミステリーを主に書く作家さん。の、純文学っぽい文章が好きです。
妙に人に惹きつけられる瞬間というのがある。特に際立った美人でもないのに、話し方なのか所作なのか見た目なのかどうにもむず痒くわからない。でも、会ったあとに悪くないと思う。ただ、会うまでは同じ気持ちになれない。なので、ずっと会っていればこの感覚は失われないのではないかと人間関係を進めてみようと一歩乗り出す。でも、そうした時に限ってもう2度と会えなくなる。
まぁ、そんな感じの本が好きなのです。
↑これも好きな本で、社会学者の方が書いたものです。社会学ってやつは現代の文化をしっかりと後世に残すというのも仕事なようです。この方は自己破産した中小企業の社長や風俗嬢、会社員、学生、受刑が終わった人とあらゆる人にインタビューしてまとめるのをライフワークにしてるそうなのですが、話の中身や主文よりも何故か頭に残ってしまう情景や言葉があるそうで、それを愛おしく思いまとめた本です。
これって我らがTumblrに残してることだなぁとおもって。面白かったんですよね。
③沖縄で買った月桃茶。
月桃は南国ならどこにでも映えてる植物だそうですが、その名の通り桃のような甘さと香りがします。抗酸化作用がとてもあるそうで、あと単純に美味しくて飲んでます。母にも買ってあげたのですが、こういうのってすぐに試す人と永遠にタンスの肥やしにする人がいますよね。母は後者で家族ながら気に入らないところです。野菜やフルーツは腐らせるし。いまは関係ないか。
④叙々苑のドレッシングと高カカオチョコ
叙々苑のドレッシング高いです。チョレギサラダの味です。単純に味が美味しいっていうのもありますが、さらに言えば味が強い。なので、少量で済むんです。なかなか減らないので高いけど結果からすればお得なのでは?と思い常備してます。KALDIにこれの偽物がありますがやはりなんかちょっと違う。
高カカオチョコは健康のために。肌の炎症を抑える作用があります。アレルギー体質なので夏場は特に嫌になるんですよね。95%のこれは友人に食べさせたら『錆を食べてるみたい』と吐き出した代物。美味しくはないけどそこまで言われる筋合いもないと思ってます笑
⑤未解決事件は終わらせないといけないから。
度々書いてますが、ラジオユーザーです。これは伊集院さんのラジオでオススメしていたゲーム。そう、実はSwitchとかやるんですよね。ただ、メジャーゲームはほぼやってなくて、名前を言ってもわからないようなゲームをやる癖があります。
これはノベルズのようなゲームで殺人事件を追うミステリー。事件関係者の話を聞き、パズルを組み合わせるように意味と意図をくっつけて解決させていく。
らしいのですが、まだ序盤。これから楽しくなるのかな。伊集院さん曰く、1つの出来事をきっかけにすべてが腑に落ちる瞬間があり、それが快感だそう。
⑤喪服(写真なし)
裾上げしてから届くらしいですがまだ未着。楽しみにしてるわけではないですが、クリーニングとか預けてるとむず痒くなる人間なので、頭の片隅にずっとある感じがして(未了のタスクのように)嫌なんです。早く届かないかなと。
⑥NEW BALANCE×AIME LEON DORE RAINIER
NewBalanceの登山靴です。
登山はしません。
革靴以外も履くかなと思って買った靴2足目。そう言えば1足目もNew Balanceだ。そっちはBB550WT。
紫が好きなのですが、なんだか連れ合いはあまり好きじゃないみたい。私といるときは着ないで履かないでという靴や服が一定数あります。靴は大きめ派。28.5または29センチくらいの靴が1番形よくないですか?
⑦小松製菓 割りまめ醤せんべえ(醤油)
南部せんべいってあまり好きじゃなかったのです。
味がないし、豆もなんか邪魔くさいし、なぜこれが青森名物なのか…。ちょっと看板に偽りないか?名物?って思ってましたが、これはめちゃくちゃ美味しかった。お土産もらってまた食べたくなってネットでまた買って。甘辛で香ばしい醤油の美味しさが最初にあって、それが薄まってきたときに今度は豆の旨味がググって持ち上がってくる感じです。永遠に食えます。
⑧今年は安いぜ、シャインマスカット
500円ですよ。祖師ヶ谷大蔵の八百屋やばい。ちゃんと美味しかったし。
⑨大衆ジンギスカン酒場ラムちゃん
町田、御徒町、有楽町なんかにあるチェーン店。5000円くらいで食べ放題+ハイボール飲み放題ができます。
ラム肉が生でちゃんと美味しいんですよ。北海道で食べたのと遜色��いくらい(怒れるか?)
タレに入れる薬味が生姜と春菊を混ぜた絶妙な味で。すごく好き。ちゃんと服は臭くなります。
⑩アンメット(ドラマ版)
我が家に杉咲花さんブームを巻き起こした恐ろしい作品。毎日記憶がなくなる脳外科医という皮肉の効いた存在である女医さんが患者や周囲の人と関わりながら生きる意味や記憶の意義や定義を見つけて再生していく。人間ドラマとミステリーと恋愛の配分が絶妙でした。上半期No.1ドラマ。一番好きな花も好きだったよ。
なにかまだまだ忘れてるような…。がこのへんで!
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たどり着かなかったおおくの未来たちへ
文フリ東京だった。 土曜日開催のイベントってなんだかんだ言いながらはじめてのような気がする……労働が土日祝休めなかったころはなんでイベントは平日にやらないんだろうと思っていたし、土日が休みだったころはイベントは土曜日にしてほしいと思っていたが、日月休みになると、イベントは日曜日がいいなと思ってしまう。日月は宿泊料金がやすい。
そんな自分本位な「この日がいいな」をわたしはいくつも持っている。
文フリ東京は、土曜日の朝に出発した。車内販売がなくなってしまって、でもまあ新幹線のホームとか購買にシンカンセンスゴイカタイアイス(シンカンセンモウカタクナイアイスだという噂だが)が売っているらしいから、それを食べようと思っていたが、朝、名古屋駅で見つけることはできなかった。 しょんぼりしながら新幹線に乗る。新幹線の中ではほとんど寝ていた。
東京駅・浜松町・流通センター。いつもの乗り換えで会場に向かう。来年の12月の文フリはビッグサイトでやるらしいから、この行程で向かうのはあと一回。
会場前に八束さんのスペースで不穏なフライヤーをもらう予定だったのでもらいに行ったら、八束さんがさいたま文学館で開催中の『澁澤龍彦の文学世界』のフライヤーも一緒にくれた。 ので、スペースが出入り口の真ん前だったこともあって、これはたくさんのひとに見てもらえるんじゃないか…!ということで、出口に向けて配置した。完璧である。
そんな素敵な設営をして、開場。
遠方からきてくれたフォロワーさんに展示のフライヤーを見せ澁澤龍彦の話をし、「若い頃にわたしも全集読みました!」と言ってもらうなどしたり、痛覚の麻子さんにはえんえんと「この写真見てくださいやばくないですか?羽田に楯の会の制服を着て見送りに着た三島の帽子をかぶっておどけているときの写真でこれが二人が実際にあった最後になるんですよ……」と一生終わらないんじゃない勝手くらいの話をしつづけてしまったり、このフライヤーに気づいてくれた通行人のひと(「澁澤龍彦だ…!」という声が聞こえた)に「裏面も見てください!そしてよろしくお願いします!」とさっと差し出したり……。こんなに充実した文学フリマ東京は、2014年から参加していて初めてじゃないかと言うくらい充実していた。
惜しむらくは、澁澤龍彦のフライヤーと一緒に不穏なフライヤーを挟んでいたにもかかわらず、だれも「澁澤龍彦と棄てに行ける家父長制があるんですか?」と聞いてくれなかったこと…。澁澤龍彦と棄てに行ける家父長制は果たして存在するのか……?
とまあ、こんな感じなのだが、そろそろ皆さんも不穏なフライヤーとは?と思っているところだろうと思うので、ご紹介致しますとこういうやつです。
「父親の死体を棄てに行く」アンソロジー。家父長制を棄てに行きたい方はどうぞ2024年5月の文学フリマ東京をお待ちください。
イベントが終わってからは、八束さんとヒマラヤ鍋を食べに行った。 お店の予約時間まで過ごしていたドトールで渋沢栄一の話になり、「ああ、向こうは傍家で、本家はうちなので」と話したら「いまうちって言いました?」と聞き返される。うちです。 ヒマラヤ鍋屋さんはめちゃくちゃすてきな楽隊(?)のお誕生日パレードがあったり、びっくりするような美味しい鍋を食べられたりと大満足だった。
打ち上げを終えて、翌日のさいたま文学館に備えて埼玉に宿を取っていたので、移動をはじめたら電車がいきなり止まった! 電車の沿線で人身事故があったとのことで、近くのハブ駅みたいなところで電車を降ろされてしまう。こんなこと担ったのは初めてなのでびっくりしていると、とりあえず一時間くらいしたら電車は動くからね~とアナウンスが入り、事なきを得る。
都会ならではの体験だな…と思いながら、ホテルにたどり着いて泥のように寝た。
そしてさいたま文学館へ。
張り切って出てきたら開館まえについてしまった…。図録を買って、老人クラブの展示があったので見せてもらったりして(ヤツガシラの俳句があってとてもよかった)、10時になる。
貸し切り状態……。
展示は、埼玉と澁澤の関係から始まっていて、浦和高校時代の写真(浦和高校同窓会が出しているものだった)があるのがとてもよかった。 限定本も展示がたくさんあり、原稿も、文学館が所蔵しているものが4、5点。 サ��裁判のときに澁澤が三島に書き送った手紙に、争点が「わいせつか芸術かを超え、表現の自由/検閲への抵抗である」ことが書かれていることを指摘していたり、『高丘親王航海記』の原稿用紙、最初は「了」と書いてあったのを、推敲の段階で文字を自ら消したことを指摘していたり、「澁澤龍彦」という人物を表現との向き合いかたから見せているのが良いと思った。 面白かったのは三島の写真の使い方で、「血と薔薇」の「男の死」の三島の写真、あと、メインビジュアルが羽田に見送りにきた三島の帽子をかぶっておどける澁澤の写真だったからか、「楯の会の制服を着た三島由紀夫」の写真が展示してあったりした。
展示をひとしきり見た後は、図書室に今回の展示の関連本がまとめてあるとのことだったのでそれを身に。「作家のおやつ」「作家の食卓」といった本の紹介や、山﨑ナオコーラが文豪の墓参りにいく本に澁澤の項目があった。山﨑ナオコーラの澁澤へのまなざしにはわたしにもおぼえがある。よい本だった。そしてその本で、先月わたしが緑色のインコに夢中になっていた霊園に中島敦の墓があることを知った。敦、ごめんな……墓のことなんて全然知らなかったから、緑色のインコのことしか考えてなくて……。
その後は文学館併設の「けやきカフェ」で澁澤龍彦コラボメニューをたべる。黒糖と胡桃のパンケーキ。澁澤が好きだった胡桃や黒糖のお菓子をイメージしてつくられていて、とてもよかった。 思い出したのは、今よりもっと貧乏だったころ、いろんなところでやっている澁澤の展示に行けなくて悔しい思いをしたことだった。いまこうしてたどり着くことができるようになったことを、なんだかとても、自分が、自分をなんとかしているように思えた。
パンケーキを食べ終えてから、「武蔵野うどん」に挑戦することにした。「伊勢うどんとは対極にあるうどんだ」という事前情報しかなかった。 桶川駅ちかくのお店はかなり人気店のようでたくさん人が並んでいて、お店に入れたのは並び始めてから一時間後くらいだった。 つけ麺(うどんのことをつけ麺というのか?)システムで、つけ汁とうどんは別々の皿に載っている。なるほどこういうやつなのか、となにも考えずにがっと箸でつかんで汁につけてすすりはじめたはいいが、うどん、めちゃくちゃかたいんですけど?!噛みちぎれない…やばい、全部すすって口の中に入れるしかない……と思ったが、これがまたすさまじく長くて……永遠にうどんがおわらない……。 こんなに硬くて長いうどんはじめてなんですけど?!おれたちは箸で持ち上げただけでへたしたらブツッといく伊勢うどんの民なんだということを再確認し、「これは風邪を引いたときに食べるうどんではなく、体力が有り余っているときに食べるうどんだな」と確信しました。きっと武蔵野のひとたちは、風邪をひいたときにはおかゆを食べるに違いない。(伊勢志摩の人間は風邪をひいたら伊勢うどんを食べます)
二口目からは一本ずつ食べることで武蔵野うどんのおいしさを堪能し、また是非食べたい、顎の力を試したい、と思った。
武蔵野うどんを噛み砕くのに体力のほとんどを持って行かれて、疲れ果てたので、そのまま帰宅することに。 購買にシンカンセンスゴイカタイアイスを見つけたので購入し、席に着くと、隣のひともおなじシンカンセンスゴイカタイアイスを持っていた。しかもおなじチョコレート味。
べつに示し合わせてはいないがふたり一緒に食べることになってしまい、こんなに好きなひとがいるのに、もうシンカンセンスゴイカタイアイスは車内販売されないんだな……と悲しくなる。 そして、乗車15分まえに買ったし、シンカンセンモウカタクナイアイスだった。
アイスを食べ終えてからは、記憶がない。気づいたら名古屋だった。
名古屋駅で、近鉄のホームに来たら、電車を待つ人は無秩序にホームにたたずんでいて、車両のドアとか何も気にしていなかったし、電車が着いても「先に並んでいたひと」という概念がないので、運良くドアの近くにいたひとから電車に乗りこんだ。東京とかから帰る途中、この近鉄のホームの無秩序さを目の当たりにすると、まだ名古屋から三重まで帰らないと行けないのに、「帰ってきたなあ」と思うのだった。
名古屋駅から最寄り駅までも、寝ていたのでほとんど記憶がない。
帰宅したら、夕食は焼きそばだった。焼きそばの麺は、どれだけ頬張っても簡単に噛みちぎれた。武蔵野うどんは硬かった。
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#おでかけ #カフェ #珈琲ボタン
成田山での初詣の後は、これも毎年恒例、犬山の城下町に移動してぶらつきます。しょっちゅう来ているので食べ歩きとかは特にしないのですが、ここのカフェ「珈琲ボタン」さんが開いている時は一休みしていきます。看板の絵にもある通り、猫のいるカフェです。でもこの日は別の部屋で過ごしていたのか姿が見えませんでした。
深煎りのボタンブレンドと、冬期限定のラムレーズンのケーキ。美味しいコーヒーとケーキ、そして広すぎず狭すぎず、ちょっと暗めなのがとても落ち着く店内。城下町に来るといつも立ち寄りたくなるカフェです。
ただこの日は、海外の観光客グループが先にお店に入っていて、途中で席を立って店内の色んなところでコーヒー片手にSNS投稿用の撮影会になってしまうという、大変落ち着かない状態になっていたのですが……。
でもちゃんとオーナーさんが注意してくださって、店内の平和は保たれました。やっぱりゆっくりしたくてやってきているので、こうやってちゃんと注意してくださるのはとてもありがたい。そして例え浮かれ気分でどこかに観光に行ったとしても、はしゃぎ過ぎないように気を付けねばなと改めて思うのでした。
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もう無理……キャクエンしよ……。
役者として1ステを迎えるのは、実に1年ぶり。
ぶっちゃけありえないほどのクソ雑魚っぷりを披露した私は、帰り道、道端に残る水たまりに片足を突っ込みならこう思いました。
そうだ、京都行こう。
役者エグむずいやん。みんないっつもこんな大変なことしてたんですか。いろんな感情があふれてこぼれて、僕の足元には新たな水たまり。明日は晴れます。晴れさせます。
かく言ってますけど、楽しくやらせてもろてます。おおよそベガさんとなぽりが寛容なおかげです。本当にありがとうございます。
何はともあれ役者はすごい!てなわけで、そんな偉くて凄い役者の中から、『いつか栞を挟んで』に登場する皆様をご紹介します。今回は「この役者を主役にするなら、こんなタイトルのこんな劇」というテーマで。
以下役者は本チラ掲載順。
園堂香莉
『シング』
歌でみんなを笑顔にすることを夢見てきた少女。念願叶ってバンドを結成。しかし、第三次世界大戦が始まりかけた世界で、音楽などの娯楽は次第にタブーとされるようになった。そうした社会の風に吹かれ、バンドメンバーも1人また1人と去っていく。そんな少女がたどり着いたのは、商店街にある小さなお布団屋さんだった。彼女の子守唄と、お布団屋さんのお布団で、彼女らは「全世界ふかふかすやすや計画」を実行する。
「世界中の人がふかふかの毛布で眠れば、争いなんてなくなると思わないかい?」
近未来ミイラ
私には主役になれるほどの器はありません。
誰かを主役にすることなら、きっと、なんとか。
たぴおか太郎
『キャッサバイバル』
タピオカの原料として知られる「キャッサバ」、その和名が「イモノキ(芋の木)」であることは周知の事実であるが、そんなキャッサバにも、一時期本物の芋になることを目指していた時期があるということを、君は知っているだろうか。
これは、キャッサバが芋社会からの洗礼を受け、まさに芋洗い状態になりながらも、憧れることの光と闇を垣間見るお話。ちなみに、これはネタバレなのですが、最終的には芋社会のカースト、通称ポーテトで最上位に位置する「スイートポテト」が貢茶(ゴンチャ)の本店を燃やすことになります。芋もホテルも、「スイート」が最上級なんですね。
錫蘭リーフ
『虚ろにジャックポット』
ゲームセンターで働く男。ある日、ゲームセンターの喧騒が似合わない風貌の紳士がその店を訪れる。男が様々なゲーム機に対応する鍵を全て腰からぶら下げているせいで、紳士は男のことを、この世の全ての鍵を開けることができる鍵職人だと勘違いする。半ば無理やり紳士に連れられ、男は大小様々な扉がある部屋へと案内される。紳士は言う。「ここにある全ての扉を、君に開けて欲しいんだ」
「鍵」をテーマに繰り広げられる、ゲームセンターのように騒がしく、それでいてどこか空っぽな物語。
帝京魂
『職場参観』
小学生が、後ろから見ている。作業中の俺のパソコンを覗いている。部長に資料の修正を求められている俺を見ている。電話なのに頭を下げながら話す俺を、なぜか愛しそうに。その小学生の中に、我が子はいるのだろうか。気になるけど、ここで後ろを振り返るのは、なんとなく恥ずかしいような気がする。
オムニくらいの尺で、サクッと笑える劇に仕立てたいですね。
森々仙入
『タイトルコールが始まらない』
とある劇団の公演。いよいよ本番。当初の予定だと、タイトルコールの映像が流れてから本編が始まることになっていた。しかし、本番直前。機材トラブルにより映像が流れなくなる。担当者曰く、「多分すぐ復旧できるから、前説出ちゃっていいよ」とのこと。男は半信半疑で前説に出る。注意事項をあらかた言い終わったところで、舞台袖にちらりと目を向けると、舞台監督が必死の形相で両手を広げている。……延ばせということか?
ラムダが数十分間真面目にふざけ倒す劇。彼は無事に、タイトルコールというエンディングを迎えることができるのだろうか。
箏
『すがる藁もなく』
「この子、きっと何かの病気だと思うんです」。母親がそういって診察室に連れてきた少女は、何を尋ねても無口で、表情一つ変えない。どうやら学校でもこの調子らしく、クラスでは孤立し、家族もどう接すれば良いのか悩んでいるらしい。医者はその子を「不笑病」と診断し、一言。「今から治療をしますので、他の医者と看護師を呼んできます」。院内の医者と看護師総出で、彼女を笑わせにかかる。しかし彼女は笑わない。いや、笑えないと言った方が、正しいのかもしれない。
ルーベの口角が上がったが最後、この物語は崩壊します。地獄を見てほしい。
苔丸
『冷仏』
僕らのクラスには、「仏」と呼ばれる生徒がいる。なんでもできて、なんでも持ってて、なんでも許してくれる。と思っていたのだけれど、仏と同じ中学だった生徒が言うには、それは今が夏だからなのだという。なんでもその仏、「仏の顔もn度まで」のnの部分が、その日の最高気温と等しいという特殊な性質を持つらしい。とはいえ、一日にそんな何十回も仏の気に障ることなんかするはずもなく、大きな問題もなく時は流れていった。……その日、秋にしては異例の寒波が日本を襲う。最高気温は、0度。
苔丸の本当の怖さを、君たちはまだ知らない。僕もまだ知らない。
響夜
『見込み無き巫女見習い』
ある神社に、自らを巫女見習いと称する女がやってきた。おいおい。巫女見習いとかいうわりに、コイツ巫女についてなんにも知らねぇじゃねぇか。発言も行動も全部予測できない巫女見習いに、振り回される人々。挙句、巫女見習いはこんなことを訊いてきやがった。「あの、神様って、なんですか?」
今まで当然のように存在すると思っていた何かが、存在しないと言われたとき。あなたはその存在を証明できますか。
ミル鍋
『アマクチカラクチ』
インターネット上でも有名な辛口料理レビュアー。今日も口にする料理のほぼ全てにマイナスの評価をつけて回る。ある日、そんなレビュアーの隣で食事をしていたのは、インターネット上でも有名な甘口料理レビュアー。どんな料理でも「美味しい!」と言い、その料理の良いところをツラツラと述べていく。「そんなお世辞並べたって、この店は成長しないんだぞ!?」「じゃあ、あなたがつけた難癖で、この店は成長するんですか?」 食を通して、��と鞭の使い方について考察する劇。
ゆには甘口レビュアーの方が似合いそう。ちなみに本編中に食事シーンが5〜6回登場します。楽ステ後は満腹ですね。
西峰ケイ
『穏やかな濁流』
親の都合で大阪から田舎の町へ転校してきた少女。その町のヌルさに愕然とした彼女は、大阪とは何かを体現していくことを決める。そしてクラスを、学校を、町全体を、大阪一色に染めていく。その町が彼女にとってかなり居心地の良い場所になってきた頃、彼女がいるクラスの扉を開けたのは、町長だった。「俺たちの町を壊したのは、お前か」
新しい宗教が蔓延れば、それを抑制しようとする派閥が出てくる。長い歴史でもずっとそうだったし、きっとこれからもそうで。
あろハム権左衛門
『スローに踊るだけ』
一流のマネジメントウーマン。日々様々な企業へ出向き、無駄を徹底的に省くよう的確に指導。その腕が認められ、彼女の予定は2年先まで埋まっている。一方で恋をする予定なんて入れてないから、恋なんてするはずがなかった。なかったのに。ある日訪れたベンチャー企業を統べる若い社長に、恋をしてしまった、ような気がするんです。
キャスパはもちろん、ゲスの極み乙女の「スローに踊るだけ」です。振付もアロー本人が(え)
アリリ・オルタネイト
『つづきつづれずとも』
日本政府は言う。「みんな別々のものを持っているから、それを振りかざして争うのだ。これからは逆の時代だ。みんな別々のものを失い、支え合っていくべきなのだ」 その次の日から、人々からはそれぞれ別々のものが奪われることが決まった。ある人はお金、ある人は片足。そして彼女から奪われるものは、言葉だった。奪われるまで、あと12時間。彼女は彼女の言葉をできる限り残そうと足掻く。文字で、音で、人伝てで。24時。政府の人間がやってきた。
イルルさんの役者紹介意気込みコメントが好きです。言葉を大切にしている感じがするからです。だからこそ。
〆切三日前
『いくつ担っても』
一人複数性制が導入された日本。今日はこっちの苗字の私で生きようかな。それは先週のことだから、今の苗字の私じゃなくて、先週の苗字の私が来た時に言ってください。そんな世界線で繰り広げられる、非日常的日常系短篇集。しかし日常というのは案外あっさり終わってしまうもので。「面倒だから」という理由で一人複数性制は突如廃止が決まる。おっけー、了解した。で、私はどの私を残せばいいんだろう。
キャスト欄に10個くらい異なる芸名が書いてあるんですけど、その内5個はみそかです。
黒井白子
『試行柵誤』
舞台と客席を隔てるのは、上手ハケ口から下手ハケ口まで一直線に伸びた柵。暗転が挟まるごとに、その柵は意味合いを変える。例えばそれは豪華客船の上。例えばそれは高校の渡り廊下。例えばそれはジュリエットがロミオを見下ろす場所で、例えばそれは高層ビルの屋上。この劇においてツラ線を破るということは、柵を飛び越えるということであり、柵を飛び越えるということは、大抵無事では済まない。そんなオムニバス公演。
僕がやりたいことに、彼はまだ付き合ってくれるのかな。付き合ってくれたらいいなという思いを込めて。
中森ダリア
『カメレオンガール』
バーで働く女。しかしこれは世を忍ぶ仮の���。彼女の正体は、秘密結社「ユージン」のエリートメンバー。コードネームは「華芽麗音(カメレオン)」。彼女の本当の使命は、彼女自身が様々な姿に化けて、この世に数多いる、友達がいないと嘆く人にとっての「それなりの友達」になること。ある時はギャルに、ある時はおばあさんに、またある時は青年にまでなり、その任務を遂行する。
そんな彼女に、「それなりの友達」はいるのだろうか。
きなこ
『毒あるキノコは美しい』
それはなんの前触れもなく、突然の出来事だった。全国民の頭の上にキノコが生えたのだ。そのキノコは色も大きさも様々で、次第に人々はキノコで人を判断するようになっていく。恋人に求める3Kは、価値観が合う、金銭感覚が合う、キノコと言われるようになった。しかし、ほとんどの国民は知らない。ただ1人、キノコが生えてこない少女がいることを。
キャスパ曲は多分「マッシュルームマザー」
暁レミエル
『マイノリティ魔女リティ』
「魔女ってなんか、思ってたのと違うね」 その言葉が彼女を蝕んでいく。そんなこと言われたって、それが私なのだ。魔女のくせにちりとりの方持ってるのとか言われても、それが私なのだ。魔女のくせに電子書籍で魔法覚えてるのとか言われても、それが私なのだ。それが私なのに。
これは悩める少女の、笑って泣ける物語。
肆桜逸
『寝るまで起きてる』
夜。眠れない夜。男の枕元にあるスマホもまた眠らず、その液晶を煌々と光らせている。その夜男には、無数の電話がかかってくる。恋人から、親から、友人から、先輩から、そして、すでに"眠ってしまった"自分から。
男は"眠る"ことを選ぶのか。それとも、もう一度朝日を見ることを望むのか。スチルさんと他役者の録音された声だけで進む、怒涛の一人芝居。
埖麦
『無念ゴミ』
部屋中の本棚に詰め込まれたアルバムの数々。これらは全て、男が後悔している出来事が鮮明に記録されている「後悔アルバム」であった。一度開けばその時の記憶は鮮明に思い出され、その度に男は、懐かしさというには悍ましいような感情を抱く。ふと、見覚えのないアルバムを見つける。「……これは、親父のだ」
「アルバムって、何曜日に捨てればいいんだろう」
紫苑
『as mysteriously as possible』
少し不思議、いや、かなり不気味。そんな1人の男がひょんなことから異世界に飛ばされるものの、男が不気味すぎて逆に異世界の住人が怯む話。異世界に行けば周りに馴染めると期待していた男は、「変」であることに虚無感を覚え始める。これは「私」が悪いのか、「私以外」が悪いのか。「変」なりの、奮闘記。
略称はAMAP。ほぼSMAP。
水琴冬雪
『いつかオレンジの原付で』
ブゥーーーンブンブブーンブンブンブブゥーンブーンブンブゥーーンブンブンブンブブゥーーーンブンブゥーーンブンブンブブゥーーンブンブリョゥドゥーーンブゥーンブンブブンブンスウブンカィーーンブゥーンブブブーーン
(原付の音であらすじがよく聞こえないが、ベガさんが主役を張る演劇なんて、良い作品になるに決まってる)
以上です。もし実際に脚本に起こしてほしいという物好きな人がいたら教えてください。そのときには10年かけてでも、あなたを主役にする体で当て書きして完成させたいと思います。
びあげのブゥーンはどうしようかなぁ……
大学のキャンパスでcampusノート使ってる学生、見たことない。
近未来ミイラ
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Recommended Books 【京都・Kyoto】
&Premium特別編集 まだまだ知らない京都、街歩きガイド。 (MAGAZINE HOUSE MOOK) 雑誌 – 2024/8/6
マガジンハウス (編集)
雑誌「&Premium」発、人気の京都ガイド第5弾! 混雑する観光地から離れて、暮らす人だからこそ薦めたい15のエリアと8つのテーマ、全316軒を紹介します。 ■大和まこの京都さんぽ部 暮らすように歩く、京の街
【紹介エリア・テーマ】 静かに過ごす時間/七条通/四条南/御所南再訪/自分みやげ/叡電/現地系中華/老舗の味/賀茂川/河原町松原/栗の菓子/鹿ヶ谷通/アペロの時間/二条城南/東大路通/冷泉通/吉田&聖護院/壬生/整える/北野天満宮界隈/栗の菓子2/御所西再訪/京丹後
女人京都 ペーパーバック – 2022/9/28
酒井 順子 (著)
京都に通い続けるエッセイスト・酒井順子による、全く新しい視点から切り取った京都エッセイ&ガイド。 女性の生き方、古典、旅、文学など幅広く執筆活動を行う著者が、小野小町、紫式部、清少納言、日野富子、淀君、大田垣蓮月、上村松園など歴史上の女性たち43人の足跡をたどる旅に出た。
「京都の中でも、京都らしさを最も濃厚に抱いている存在は、名所旧跡でも食べ物でもなく、京都の『人』なのではないかと私は思います。(中略)京都の都会人の中には、今も、平安以来続く都会人らしさのしずくが、滴り続けているのです。」(「はじめに」より)
京都に暮らした女性たちの生き様を知ることは、現代の京都の人々、そして京都の街を知ること。 この本を片手に歩いてみると、平安時代の遺構がそのまま残っているところもあれば、貴族の屋敷が今は児童公園になっていたりすることにも気づく。京都の通りを上ル下ルし、西へ東へと歩き回り、時代を行ったり来たりして、新たな旅の提案を教えてくれる。 この本を読むと京都の歴史や文学がぐっと身近になること間違いなし。
京都散策に便利な地図付きです。
お茶の味 京都寺町 一保堂茶舖 (新潮文庫) 文庫 – 2020/5/28
渡辺 都 (著)
ゆったりと流れる時間、その時々で変化する風味、茶葉が持つ本来の美味しさ──お湯を沸かし、急須で淹れてこそ感じられるお茶の味わいがあります。江戸時代半ばから京都に店を構える老舗茶舗「一保堂」に嫁いで知った、代々が受け継ぎ伝えてきた知恵と経験、家族のこと、お店のいまと未来、出会いと発��に満ち��京都生活。お茶とともにある豊かな暮らしを綴った、心あたたまるエッセイ。
京都、パリ ―この美しくもイケズな街 単行本 – 2018/9/27
鹿島 茂 (著), 井上 章一 (著)
◎26万部『京都ぎらい』の井上章一氏、フランス文学界の重鎮である鹿島茂氏が、知られざる京都とパリの「表と裏の顔」を語り尽くす。たとえば、 ・日本には「怨霊」がいるが、フランスにはいない ・日本のお茶屋とパリの娼館は、管理システムが似ている ・パリの娼館は、スパイの温床だった ・日仏では、女性のどこに魅力を感じるか ・洛中の人にとっての「京都」はどこ? ・パリの人にとっての「パリ」はどこ? ・パリと京都の「汚れ」に対する意識の違い など、知っているようで知らなかった「京都とパリ」の秘密がわかる。
京都のおねだん (講談社現代新書 2419) 新書 – 2017/3/15
大野 裕之 (著)
お地蔵さんの貸出料は3000円、発売第一号の抹茶パフェは1080円、では舞妓さんとのお茶屋遊びは? 京都では値段が前もって知らされないことも多く、往々にして不思議な「おねだん」設定に出くわす。京都を京都たらしめているゆえんともいえる、京都の 「おねだん」。それを知ることは、京都人の思考や人生観を知ることにつながるはず。京都歴二十余年、サントリー学芸賞受賞の気鋭の研究者が解読する、京都の秘密。
なぜこれがこんな高いのか、あんな安いのか、なんで無料なのか、そもそもあんなものになんでおねだんがつくのか―― 大学進学以来、京都住まい二十余年。往々にしてそんな局面に出くわした著者が、そんな「京都のおねだん」の秘密に迫る。 そもそも「おねだん」の表示がされていない料理屋さん、おねだん「上限なし」という貸しビデオ屋、お地蔵さんに生ずる「借用料」。 そして究極の謎、花街遊びにはいくらかかる?
京都人が何にどれだけ支払うのかという価値基準は、もしかしたら京都を京都たらしめているゆえんかもしれない。 京都の「おねだん」を知ることは、京都人の思考や人生観を知ることにつながるはず。 2015年サントリー学芸賞芸術・文学部門を受賞、気鋭のチャップリン研究者にして「京都人見習い」を自称する著者による、初エッセイ。
京都 ものがたりの道 単行本 – 2016/10/28
彬子女王 (著)
「京都という街は、タイムカプセルのようだ」と著者は言う。オフィス街の真ん中に聖徳太子創建と伝えられるお寺があったり、京都きっての繁華街に、坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された地の石碑がひっそりと立っていたり。そこには人々の日常があり、みなが変わりない暮らしを続けている。そんな石碑になど目を留めない人もたくさんいるはずだ。 それでも著者は、そんな場所に出会う度に、タイムカプセルを開けたような気持ちになるのだという。幕末の争乱期の京都へ、平安遷都する以前の京都へ、近代化が急速に進んだ明治・大正時代の京都へ……。さまざまな時代の“時"のカケラが、街のそこかしこに埋まっている。この場所で徳川慶喜は何を思ったのだろう。平家全盛のころの六波羅は、どんな景色だったのだろう。安倍晴明はここで何を見たのだろう。その“時"のカケラは、一瞬の時間旅行へと誘ってくれる。 日本美術研究者として活動する著者が、京都の通り界隈にまつわる逸話から、神社仏閣の歴史、地元の人々の季節折々の暮らし、街歩きでの目のつけどころや楽しみどころ、京都人の気質までを生活者の視点から紹介する。さらに、自身のご家族のこと、京都府警と側衛の方たちとのやり取りなどの日常生活の一端を、親しみやすい文体でつづる。6年以上、著者が京都に暮らす中で感じ、経験した京都の魅力が存分に語られており、「京都」という街の奥深さと、「京都」の楽しみ方を知る手がかりとなる。 新聞連載の24作品に、書き下ろし3作品を加えて刊行。京都の街歩きに役立つ「ちょっと寄り道」情報や地図も掲載。
京都はんなり暮し〈新装版〉 (徳間文庫) 文庫 – 2015/9/4
澤田瞳子 (著)
京都の和菓子と一口で言っても、お餅屋・お菓子屋の違い、ご存知ですか? 京都生まれ京都育ち、気鋭の歴史時代作家がこっそり教える京都の姿。『枕草子』『平家物語』などの著名な書や、『鈴鹿家記』『古今名物御前菓子秘伝抄』などの貴重な資料を繙き、過去から現代における京都の奥深さを教えます。誰もが知る名所や祭事の他、地元に馴染む商店に根付く歴史は読んで愉しく、ためになる!
京の花街「輪違屋」物語 (PHP新書 477) 新書 – 2007/8/11
高橋 利樹 (著)
京都・島原といえば、かつて興隆をきわめた、日本でいちばん古い廓(ルビ:くるわ)。幕末の時代、新選組が闊歩したことでも有名である。その地でたった一軒、現在でも営業を続けるお茶屋が、輪違屋(ルビ:わちがいや)である。芸・教養・容姿のすべてにおいて極上の妓女(ルビ:ぎじよ)、太夫(ルビ:たゆう)を抱え、室町の公家文化に始まる三百年の伝統を脈々と受け継いできた。 古色なたたずまいを残す輪違屋の暖簾をくぐれば、古(ルビ:いにしえ)の美しい女たちの息づかいが聞こえてくる。太夫のくりひろげる絢爛な宴は、多くの客人たちを魅了し続けている。 本書では、輪違屋十代目当主が、幼き日々の思い出、太夫の歴史と文化、お座敷の話、跡継ぎとしての日常と想いを、京ことばを交えてつづる。あでやかでみやびな粋と艶の世界----これまでは語られることのなかった古都の姿が、ここにある。
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泳池的秘密
西元2312年,日本首次举办了一个称作古铜杯游泳锦标赛的比赛。这个游泳比赛仅限男性报名,且年龄限制为18至30岁。但这个比赛的成绩不只有游泳的项目,选手的身材与肤色也将列入比赛时的成绩,所以前来报名的选手除���平时游泳的训练外,更需要找时间去做日晒以及健身。比赛当天更是所有媒体的焦点,每位选手秀出超结实的肉体,两块大胸肌下有着六至八块不等的腹肌,古铜色的皮肤展现出健康的体态。比赛结束后也有不少选手被挖掘去拍写真集,甚至G片厂商也找他们来拍摄他们的处女秀,引来更多的商机...而首届的冠军,是由东京体育学院刚毕业的高材生北岛夺得。
年仅23岁的北岛,一身结实的肉体以及俊俏的脸庞,成了各家媒体争先报导的焦点。但北岛只想低调地过着生活,于是决定搬离了东京市区,寻找安宁的住所。他来到了一个完全不熟悉的小城镇-黑神町。黑神町虽然没有市区先进的环境,但在这里不受外界的打扰,也没有吵杂的交通噪音,村民都是以老人与小孩居多。黑神町看似一个宁静的田野小镇,北岛相当喜欢这种自然的环境,决定定居下来。但他完全不知道,这个黑神町藏着一个不可告人的秘密...
北岛离开市区之后,虽然已经没有比赛的压力,但依然想要维持自己的体力和游泳技术,于是向村民打听有没有游泳池的场所。问了好几位老村民过后,得知只有一个地方有游泳池,是位在黑神町最角落位置。不过有几位老人说这个游泳池有个恐怖的传说,虽然没有讲明,但劝北岛不要到那里。北岛有点苦恼,因为再更近的泳池就要回到市区才行,于是北岛不迷信地前往了这个游泳池-黑神泳池馆。
黑神泳池馆里面的设施虽然老旧但不脏乱,且该有的设备一应俱全。诡异的是,这里没有看到半个人在游,北岛猜想也许是冬天较冷的原因。在柜台的员工是一名年约70岁的老人,第一次来的客人必须缴交身分证件申请出入证明,北岛交出了救生员的执照。虽然离开时会归还,但总有一股奇怪的感觉。北岛进入更衣室内,将衣物脱下,露出一身结实的完美身材,泳裤紧紧包住北岛那傲人的下体。只是比较可惜的是少了众人羡慕的目光,不过也因为没有人的打扰,让他能专心地游泳。
数个钟头后,北岛正要到浴室冲洗。在阴暗的走道上走到底,发现有两大间的浴室,其中一间的门上了锁,正在整修而不能使用,于是北岛进入了另一间浴室。北岛在冲洗时,在走道外似乎传出一些对话的声音
「这次的猎物相当不错...」
「等等就下手吧...」
数分钟后,不知情的北岛回到了更衣室,但他发现他的置物柜被打开,里面的包包也被翻过。正要转头时,一名黑衣人从他身后用毛巾将他的口鼻呜住,北岛被毛巾里的药味熏昏了过去...
时间约是下午四点多,泳池馆提早关门。柜台的老人开始锁上所有的门窗,接着批上黑色的斗篷后,走进了阴暗的更衣室内。在更衣室尽头的置物柜后方,似乎有什么光线照亮着。老人按下墙壁上的按钮,置物柜像电动门一样往外开启,后方竟然有一个通往地下的入口。而走道旁用蜡烛照亮了楼梯的视线,穿着黑衣的老人进入洞口中并关上了置物柜...
北岛昏迷了数个钟头后终于醒了过来,他发现他全身被绑在一个平台上。只穿着游泳时的贴身泳裤,上半身的结实身材完全展露出来
「这里是......」
北岛仔细看了一下周围,发现一群黑衣人正围着他,但他们好像在念着什么咒语,此时一旁穿着黑衣的祭司走到北岛身旁
「哼哼...没想到这次的猎物是这次锦标赛的冠军...太棒了...」
北岛发现这名祭司正是柜台的那位老人
「你是...!!你想对我做什么...!?」
老人用粗糙的双手摸着北岛那身结实的肌肉
「嘿...这么充满力量的年轻肉体好久没有享用了...」
接着老人开始舔着北岛的肉体曲线,北岛非常抗拒地想挣脱他的举动,但身体无法移动
「可恶...住手...」
「嘿...你现在在我的祭坛,这些黑衣人正是我的信徒。而这些信徒们都是黑神町饥渴的老人们...我们要获得年轻少年们那股强大的体力与精力...藉由神的力量。」
「神的力量...?」
黑衣信徒们正对着北岛身后的一尊巨大神像祭拜着,在神像前方放着一个杯子,看似用来供奉给神的器具。老人用剪刀把北岛的泳裤剪破,毫无预警的北岛就这样露出11公分并包着包皮的大肉棒
「好惊人...还没勃起就这么大吗...嘿嘿...」
北岛听了感到有点羞涩,接着老人开始用手不停抽着他的肉棒
「啊...不可以...」
不到几分钟,肉棒变得直挺挺���包皮被老人的手指推开,露出胀红的龟头。老人张开大嘴将它含住,并用舌尖不停挑逗着马眼,北岛心想这老人的口技竟然如此熟练。没多久,大量的爱液开始溢出在老人的嘴里。北岛即将进入了高潮,此时老人停止了动作,嘴巴牵着数条透明的爱液离开了肉棒。老人将神像前的杯子拿下,另一只手握住北岛坚硬到不行的肉棒。完全勃起的长度足足有21公分左右,为了方便将精华收集到杯子内,老人将杯子放在北岛那整齐的八块腹肌上,直挺挺的肉棒就这样架住了杯子...
老人走到北岛张开的双脚后方,准备开始玩弄北岛的后挺,手指抹了油后,缓缓进入了菊花内 「啊啊...啊...」
老人用两只手指不停顶压着北岛的前列腺,北岛似乎相当敏感,龟头上的马眼不停流下大量的爱液到杯子内
「哇...不愧是体育系的...真厉害...」
手指的动作越来越快
「啊...啊...这是什么感觉...快停手...」
曾未体验过前列腺高潮的北岛相当紧张,像是体内有东西要涌出来一样。老人当然不会放过这个机会,指尖快速地狂顶前列腺...
「啊啊啊...要出来了!!啊啊!!啊...」
北岛的下半身突然出现无数次的强烈颤抖,胀红的龟头瞬间喷出大量的浓精。老人的手指触摸到这前列腺强烈跳动的快感,北岛的肛门不停紧缩想把老人的手指推出,但老人持续触碰这敏感的地带
「啊啊...不要...啊... 啊...」
北岛持续颤抖下半身,大量的浓稠精华一波又一波注入杯内...
一个钟头后...北岛的强大精力果然让黑衣人们感到惊讶。杯子早已装满放在神像前,其它的浓稠精华也分了数杯递给信徒们轮流品尝。老人优先品尝了好几口浓精,脸上还有沾着数条刚飞溅出来的白色液体。北岛满身大汗地躺在台上,身上已经被自己的浓精沾了到处都是,散发出一股浓浓的腥味。一身油亮的古铜色肉体让全场的人感到十分过瘾
「看来囤积的量都被激发出来了...哈哈...」
北岛体内的精华在老人的强制取出后已经所剩无几,老人用手指再度按压着北岛的前列腺,北岛的身体已经麻木到只剩下微弱的抽蓄。黑衣人们品尝完充满营养的精华后,继续念着尚未结束的咒语。老人算好了时辰,也开始念了咒语,此时神像的眼睛发出红光,杯子内的浓稠精华开始飘入神像的口中。接着神像的皮肤脱落,一只巨大的深绿色怪物出现在众人的眼前。北岛仔细一看,发现是一只非常丑陋的巨大青蛙...
这只青蛙有着肥大的身躯,四肢如同人类一样。深红色的眼��,皮肤因为庞大的体形而出现皱摺。老人叫数名黑衣人将北岛送至另一个入口内,北岛双手被绑住,瘫软地被黑衣人们架走。而这只青蛙也跟着进入了这个入口,这个入口里面是一条通往楼上的走道。北岛上楼后所看到的,是一间破烂不堪的隔间浴室,他才惊觉原来这就是当时施工中的上锁房间,在周遭不停传出淫乱的喊叫声
「啊啊...要射了...啊...」
「啊...好爽...」
这间破旧的隔间浴室非常大间,虽然从各个隔间内频频传出爽快的叫声,但每个隔间都关上了门。北岛好奇这些浴室里面到底有谁在里面
「是谁在里面...?」
老人打开第一间的门后,让北岛哑口无言...
「哼...你也将跟他们一样...嘿嘿...」
一名身高约180公分的精壮男孩,帅气的脸蛋带着羞涩的表情。全身结实的肌肉泛着油光,周围被一团深红色的肉壁包围,无数条触手正在调教着他,从他的肛门里不断抽送。破洞的泳裤掉在地上,是数周前被触手玩坏的,触手轮流进入了他的后挺里
「啊啊...不要急...慢慢来...」
接着发出响亮的抽送声
(趴!趴!...)
这名男孩已经完全沉溺在淫欢之中,北岛看傻了眼。黑衣人继续拖着北岛,往更深处的隔间观摩...
最后到了一排看似没人使用的隔间浴室,但直到老人轻轻推开其中一间浴室的门之后,让北岛感到非常错愕
「嘿嘿...这名极品叫淳也,陆战队的精英,在这里当救生员时就已经住在这...」
一名满身结实肌肉的平头帅哥,浓密的眉毛却带着呆滞的眼神,四肢被周围的触手吊起,地上积水处不停游着数十只小蝌蚪。北岛已经无法想像是这名男子生出来的...
「神主每天都至少跟他玩个十几次才行,门都不用关了...哈哈...」
此时巨大的青蛙怪看到了熟悉的面孔与体格,直接将他抬起,并掏出丑陋的阳物进入了淳也的体内...
「啊...啊...主人好猛...」
这里禁闭的男孩们全是为青蛙怪繁殖下一代的生产工具,在每天淫乱的调教下,已经彻底洗脑成奴。
北岛专用的隔间在淳也的隔壁,看来这附近的隔间都是禁闭着非常优秀的品种,北岛被黑衣人推入充满肉壁的隔间内。身上的锁拆解后,马上就被四周的触手捆住,由于不久前的调教使得北岛相当疲累,于是触手开始分泌补充体力的养分注射到北岛体内。老人关上门后,让北岛在里面补充一个晚上,接着老人将他们交给青蛙怪来处置。到了半夜,身为陆战队的淳也果然体力惊人 被青蛙怪搞了好几个钟头,精液浓郁的腥味连北岛都能闻到。淳也停止了叫声后,看来是终于办完了事情,接下来青蛙怪开启北岛的隔间,青蛙怪看到的是更可口的肉体。北岛在先前补充体力完后,触手随之注入了大量的催情液体,北岛早已陷入饥渴的疯狂状态,身上也被触手的催情液体沾了油亮,比赛时那般光滑的结实肌肉再度表现出来。北岛刻意让胸腹肌不停收缩,扭动出性感的线条。
「呼...主人...我...好想...」
青蛙怪毫不犹豫地扑了上去。就这样,北岛也被青蛙怪搞了整个半夜...。数个钟头后,青蛙怪也注入了不少后代在北岛体内,这些后代在短时间内即可成熟。青蛙怪满意地回到了祭坛,变回神像后等待下一次的飨宴...
到了隔天早上,老人来观察他们的情形。北岛第一次的表现真是优秀,他胀着一个大肚子,也排出了好几十颗的卵在地上,满身油亮的他呆滞着看着老人
「恭喜你获得今天产量的冠军...哈...」 老人将北岛比赛赢得的金牌项炼挂在他身上后满意地离开...
黑神町的恐怖传说在当地无人不知,好心的居民只能劝这些年轻男孩们远离这个地方。也许到了黑神町完全被彻村时,真相才会大白...
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2024/2/6〜
2月6日 昨日お部屋で冷やしすぎた身体を引きずって、2日連続でロキソニンを飲んでしまった。せっかくこのところ飲まない日を続けられていたのに。
朝起きると窓の外が真っ白だった。 昨晩雪の降るカーン、みたいな音と、ものすごくバキバキなる雷の音を聞きながら、冷えすぎた身体で何も味覚を感じられない状態で無味食事をした。 無味だと満たされなくて必要以上に食べ過ぎで良くない。
今住んでいる地獄だけが真っ白で、職場のある町は通常通りで拍子抜けしてしまった。 職場の方々は昨日、いつも通り帰宅できたとのこと。 今日も引き続き寒さが続いてお昼前には身体が冷えすぎて焦る以外何もできなくなってしまい、引き出しにあった賞味期限が一年切れたアマノのフリーズドライお味噌汁を飲んでしまった。 文字通りその場を凌いだだけで、後からお腹痛くなったらどうしよう。
帰り際にムーミンクッキーをプレゼントしてくださった職員さんから「あの、LINEを交換しませんか」と話しかけてもらう。全然安売りできちゃう連絡先なので、そんなに気を遣って気持ちを込めて言われてしまって面食らってしまって「こんなこと言われたら、いいですよ、以外答えられないですよね…すみません」と言わせてしまった。
結婚祝いを贈った友人のもとに品物が届いたらしく、お礼のメッセージが来ていて、彼女の言葉やテンションを思い出す文面にとても懐かしくて嬉しくなった。毎朝、毎晩一緒に通学して、朝の「おはよう」だけで相手の機嫌がわかるくらいの仲で、何曜日かの夕方は、彼女の観たいアニメに間に合うかもしれないから、と、別れ際の立ち話はせず別れて、部活の引退の文集では“ずっと仲が良さそうな2人”ランキング第1位だった私たちだった。
今週は2回東京出張がある。今は、ある、という事実だけを受け入れるしかできなくて、ついでに都内を楽しむ予定や、へとへとに倒れるのを防ぐための心得をできずにいる。
同じフロアでいつも帰るのバスが同じ職員さんが、来週から産休に入る、と聞いてとても驚いて、多分私と一つくらいしか違わない。みんな人生している。
2月7日 朝、窓の外が真っ白で、今日の白は雪ではなく霜。 東京出張をして、職場よりも雪景色の東京の街でたくさん雪だるまをみた。雪があるせいか、東京もそこから冷えて寒くて、今日は1日に3回くらい身体を芯から冷やしては吐き気と眩暈を起こしていた。
午前でお仕事を終えて、池袋のデパート地下の揺れるバレンタインのお菓子売り場を眺めたり、alt_mediumへ行って展示を観て、白濱さんの同級生さんたちの会話に混ざったり、関西のギャラリーや塩釜ヤングポートフォリオのことを教えてもらったりした。 平日の昼間でも行列ができているお菓子屋さんもあり、眺めるだけの身分だと、とてもわくわく光景だった。 モロゾフでナインチェのバレンタインコフレを探してみたところ「この先の催事にあります」と店員さんが丁寧に教えてくれた。映画館でアルバイトをしていた時の同僚の、女優業をされている方にとてもよく似ていた。 職場の方々へ渡せる個包装のナインチェのハッピーボックスと、缶タイプのチョコレートを買った!ナインチェへの愛!
お家に早く帰れたので、加湿器を洗って(一部壊したり)、ちょっと床を拭くだけ…と思いつつ全床拭き上げてしまったりで、すっかり身体を冷やしてへとへとにしてしまい今日もアンコントロールラブ。
友人が投稿していた素甘の写真がとても良くて、すあまって食べたくないけれど、概念として考えがいのある存在な気がして気になっている。 すごく、ハッピー度?ポップ指数?の低い存在な気がしている。
1日を通して、ずっと職場の業務内容でない、人間関係的なことが頭の中で思考のBGMのように流れ続けていた(特に悩んではいないはずなのに)。
2月8日 大学時代の友人のお誕生日。ひとのお誕生日をお祝いして、やっと自分のお誕生日を終えることができた気がする。
すあまのことが気になり、職場の関西出身の方に聞いてみたところ「すあま?あのニッキみたいなお菓子?」と言われ、それは、すはまかも!と言いながら写真を見てもらう。 やっぱり関東に来てから知ったそう。 そして、昨日から“すあま”と検索したところ、予測に“すはま 違い”と出てきて少しに気になっていた“すはま”について調べてみる。 昔祖母が京都土産で買ってきてくれていた三色団子の形をしたお菓子が、すはま、だったことが判明!
全然美味しくないな!と思いながら、京都えりのお土産話のお供にお茶の席で出してもらっていたすはまだんご。爪楊枝の串に刺さった三色団子が三段くらいずらっと箱に並んでいて、二枚ほど硬い食べられる(多分これもすはま)紅葉が乗っていた。
自分で京都に行く様になるまでずっと、京都といえばこのお団子のお菓子だったので、今思うともっといろんなお土産があったはずなのになんですはまだったんだろう。 それに京都のお土産コーナーにすはまだんごが当たり前に並んでいる記憶がない。
久しぶりに祖母のことを思い出した。
2月9日 都庁へ出張して、2時間半かけて職場へ移動して、一期下の方とすあまやセブンティーンアイスの話をしながら帰ってきて、とても長い1日だった。
雪が降ったり、東京出張が2回あったり、今週1週間がとても長かった。
新宿の西口の風景が様変わりしていて、何かがなくなっていたのだけれど、なんなのかがはっきりわからなくて、多分ミロードだったか小田急?京王?の建物がすっかりなくなっていた気がする。
新宿もデパートがバレンタインで見ていて楽しかった。
移動中に去年投稿したストーリーのアーカイブを眺めて、自分のことながら、よいかんじで投稿しているな、と思って、でも今は自分を満足させられる投稿を継続できる自信もなく、日記も最近更新できてい���くてちょっと不安になった。
明日のフォトレビューのお知らせも来てなくて不安になっているし、そもそもレビューを通しで受けられる体力や気力もない気がしている。
一期下の方と、セブンティーンアイスのカスタードプリンがおいしかったけれど最近自販機に並んでいるのを見ないね、と話して別れた矢先、ここにはないと思っていた乗り換え駅でセブンティーンアイスの自販機を見つけ、更に右上角にカスタードプリンを見つけ、思わず写真を送ってしまった金曜日の夜。
新宿はどこの足を置いても汚物を踏んでいる気持ちになって、もういろいろ諦めてしまった。
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伊勢神宮へ 酔いと音の古殿地
先日、友人のピアニストであるふじいさんと伊勢神宮に行った。初めて観光地で昼間からお酒をのむということをし、今までの観光のなかでいちばん心地よく頭のまわらなさ、とてもよい小旅行だった。またわたしは偶然、京都の伏見と混号になっている伊勢特集のブラタモリを所持しており、これが今回とても役に立った。前の週に予習として読んだときは(ふ〜ん、)というくらいだったが、伊勢までの電車の中で読むと既に実感を伴い、(知識にも入れどきってもんがあるのよ〜)となった。わたしの人生初のお伊勢参りは午前中だったからか観光地としては非常にちょうど良いくらいの人の多さ(多くなく)で、曇り雨予報もお伊勢参り中は全く降られることなくとても良かった。神宮のつくりと見かけ、また観光地としての佇まいはとても美しく、気高く、tidyな賢さのある観光地であった。おおきく見ていてうれしかったポイントとしてはふたつある。
ひとつめは古殿地のシステム。古殿地というのは、伊勢神宮は20年毎に1回式年遷宮という正殿を筆頭にいくつかの社殿を真横にそっくりそのまま建て替えるということをする。古殿地とはそのための土地、要するにholyな空き地である。この20年を節目にして建て替えられるというのは飛鳥時代の620年あたりからで、ここまでのべ62回の造り替えが行われてきたそうだ。社殿に使われる装具品なども全て作りなおされるので、伊勢神宮はトラディショナルだが常に新しいということである。して、それの何がよかったのかというと、完成された社殿に開発できるスペースが常にあると言う状態がこの神宮の格式の高さだと思えたからだ。これをふじいさんに伝えようと思ったときに何に例えると良いだろうかと参道を歩きながら考えた。大抵いつもこういう感動を伝えやすいのはエンジニアの友人であるカイくんで、彼だったらプログラミング、書ききったコードにあらかじめバッファを残すやり方とかそういうものがありそうだな、、とか思ったが、その辺のプログラミングの素養がわたしにはないし、プログラミングに例えてもわたしもふじいさんも納得感が薄い感じ〜となりそうと思うと、ピアノのスケールに例えられる気がした。スケールというのは順当に並んだ音階のこと、単純言うとドレミファソラシドという音列(これはCメジャースケール)のことで、これをたとえば片手で1オクターブ分のスケールを引くときには、(右手で弾く場合)15音に対して指は5本しかないので運指を少し工夫する必要がある。ドレミまで123(親指から番号を振り)の指で引きファの音で指を潜らせて1の指で引いてやると次のドまでの音階を残った2345の指で弾いてやることができる。これを左手で行うと(小指から逆順に番号を振り)5432/1321の運指でありここまではとても美しいシステム、指の運びだなとわたしは思うのだが、わたしが気にしているのは2オクターブ以上引くときの運指である。音の始めはいずれにしても1の指からなのだが1オクターブ上のドに辿り着く指はいずれも345の流れである。つまり2オクターブ以上引くときには間で指を潜らせたり跨がせる所作をさらに加えて行う必要がある。具体的には右手の場合は123/1234/123/12345。左手だと54321/321/321/4321となる。このときの右手の運指に問題がある。1オクターブ引き切る前に2オクターブ目のスケールに向かうための運指の変化があるのだ。つまり1オクターブのスケールを弾くときと2オクターブ引くときの指を流れが違う。1オクターブ弾き切ってから(ア!もう1オクターブいきたいかも)にシステムとしては対応できていない。というようなことをつい先日スケールの練習をしているときにそういうことを考えていたことを思い出した。たとえばクラシックではそんな場面はあまりないかもしれないが、たとえばジャズでインプロビゼーションなどするのであれば土壇場でもう一音階上がりたいという場面があってもおかしくないのではと想像したのだ。前置きが長くなったが、どこまでも上がり下がりする音階をつくるためには一般的な運指ではなくあらかじめ次の音階に上がれる「音(指)の古殿地」が必要かもしれないということ。それを彼女に話すと、よくそんなこと思いつくと言ったあと、でもそういった場合たとえばペダルを併用したりもう一方の手でカバーを入れたりして澱みなく繋ぎ直す方法もあると教えてくれて、わたしはとても愉快になった。ふじいさんはとてもピアノが上手いし、いつも話を聞いているとピアノに対しての甘えのない人だ。そしてこの彼女がシステムを超えるためのアドホックな技巧があること、またそう言ったときの(おそらく演奏というものは必ずしもそういうことではない)というような毅然とした態度に、わたしは増してわくわくした。
ふたつめは終点の標識。伊勢神宮には愛知から名古屋を経由し国道23号線をずっと走ってくると伊勢神宮までたどり着くことができ、そこには国道23号の��わりがある。標識の23の文字の下には白地に黒文字で終点と書かれており、ことは内務省より「東京より伊勢宗廟に達する路線」 として国道9号が指定されたのが1885年、1920年には旧道路法に基づく変更にのり国道1号となり名実ともに日本を代表する幹線道路だったわけだが、終戦後に再び何度かの道路改正があり、一級二級といった区別がなくなり今の一般国道23号線になったのは1965年のことだそうだ。この終点の標識ひとつとっても、当時からの伊勢神宮の位の高さが伺える。神宮としてあり続けるために観光面においても、御司という平安から明治の初めにかけて多くいた伊勢神宮への参拝のための旅行コンシェルジュのような存在や、江戸の街並みを再現したおはらい町など、伊勢神宮の気高さは街全体がつくってきたのだ。そして終点もそのひとつ。観光地が維持されながらも同時にアップデートされていく一端を見れてとてもうれしい心持ちであった。なんといっても「終点」 というのが良い、目的地のなかでも終点と言われてしまえば(真に目指す必要のある場所だ!)と思うのも頷ける。
とりあえず外宮と内宮を見て周り、初お伊勢参りとしては十分及第点だろうといったところで、そのまま横に流れ、おはらい町へ。てこね寿司を食べようと思ったが、ふじいさんがそんなに乗り気ではないように思われたので、とりあえずコロッケのおいしいという店でコロッケとメンチカツを頼んだタイミングで、焼酎をのもうと言われ2号をふたりで飲んだら、すごくきれいに酩酊。わたしは観光地ではいつも専ら学習モチベーションが高く、神宮でも、最高な巨木!美しい五十鈴川。気高き社殿群と、直感的には伊勢の空気に触れつつもしばしばブラタモリを開いてはふむふむしていたお昼まで、初めて旅行先の外でしっかり酔っ払いとても愉快であった。神宮に行く前に伊勢うどんを食べたこともあり、めちゃくちゃ腹減りという感じでもなく、すっかり機嫌の良いわたしたちは観光地とはおおよそ関係の希薄そうなアイスクリームを食べ、こちらは子供サイズというひと巻きかふた巻きほど少ないのが大きさのものがあり、一個は多いが、というニーズにぴったりであった。その後は本店の赤福を食べ、ふじいさんの友人の谷さんいわくお土産の赤福とは一線を画すとの前情報であったが、たしかに、食感においていつもの赤福より餅が柔く、餡も心なしかみずみずしいように感じられた。このあたりでは少し酔いが覚めてきて、非常にちょうど良さではあったが、良さのもう一段上、更なる心地よさへの高みに想像がはたらき(酔いの古殿地)、別のお店であともう一杯だけ日本酒をのむと、それはなんとも贅沢な昼の心地であった。そうこうしているとおおよそ帰路に着く時間に近づいてきていたので、わたしのリクエストでバスで宇治山田駅へと向かう。かく宇治山田駅もお伊勢参りの後援として一役買っている重要な場所である。1931年に建てられたこのモダン調の駅舎は近鉄電車、大阪のなんばから宇治山田駅間を2時間ほどで繋いでおり、関西から参拝にくるひとの多くが利用するルートのひとつである。ちなみにブラタモリには駅舎のテラコッタ色のタイルが印象的であると書かれていたのだが、わたしが見る限りではどこにテラコッタ色のタイルはなく(見つけられず)、それは少し悔やまれたが、しかしそんなことはどうでも良いと思わせるほどのサプライズがあった。なんと宇治山田駅にはストリートピアノなるものが設置されていたのだ。開けた構内には普段であればちょっとピアノ弾くか迷うくらいのひとの多さがあったが、ここで追い日本酒がほどよく効いていたのもあり、純粋に突如現れたグランドピアノにテンションがあがった。思いもしないタイミングでふじいさんの演奏を直に聴くことができるのがうれしい。確実に演奏家として彼女の方がはるかに上手に弾くだろうと思ったので、先に私から演奏する。すこし音をならすと、非常に良い調律というか鍵盤の硬さで(あとでピアノの写真を見返すとYAMAHAであった)、初見でこんなに手に馴染むピアノがめずらしく、また酔いも助けてわたしはとても良いモチベーションで演奏できた。楽しく弾くことができたし聴き手からしても楽しさ〜という演奏になっていたように思う。あとからあれはBLUE GIANTの2巻でダイが、「音楽はいいな〜音楽はスゲェな〜を吹きます」 のシーンの心持ちだった。それからふじいさんの演奏。連弾用に椅子が二脚あり横に座って聴いたのだが、彼女の演奏はとても流暢で、酔いのなか、彼女としてはどんな出来だったのかは分からないが、とても軽やかで流れのある水を撫でているような心地よさ、砕けたいうにはいささか繊細な粒子の細かいフランクな音でとてもよかった。彼女の手の動きは見ていてもおもしろかったし、途中からは音楽に身を委ねて目を瞑って聴いたのであった。彼女は2曲(だったと思う)弾いてくれ、一曲はラヴェルだと言っていた(もう一曲はなんだったんだろう)そのあとは少しだけふたりでポロポロと弾いたり弾かなかったりした。あらためてとても良い旅であった。
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2023年 八景シリーズBest5
あっ、年越しちゃった。年末に片付けようと総集編に手を付けたが、期日迫るものの片付け、コミケが想像以上の盛況、さらに同人誌の通信販売の整備。印刷所が止まって増刷待ちのタイミングで、ようやく着手した。
今年は42作品だが、ここ最近は忙しかったり創作活動の模索を始めて月に1作品がやっとといったところ。正直続けるか悩んでいるが、SNSでの発信や写真選択の自由度を考えると潰すのも惜しかったりします。
さて存続の葛藤はこの辺にして、昨年のランキングを発表します。個人的にインパクトがあったり、反響があり多くのリアクションがあった作品を紹介します。
第5位 No.439
湘南八景 細道通り抜け-京急バス 鎌40 小坪線
(3/11投稿)
電車に飽きた? いえいえそんなことはないです。ただより身近なテーマを追い求めて、バスにも手を付けてみました。
まず最初に選んだ鎌40小坪線は、乗ったことあるバスの中で、インパクトがあった路線だったからです。鎌倉付近は大通りを抜けたらすぐ行き違いが大変そうな道路。さらに一方通行の道路のため、上下線で走行ルートが異なる。一方通行が戻ったと思ったら、また行き違いが大変そうな道路。そんな狭いに狭いを重ねる運転手泣かせの路線に魅力を感じていた。
電車では味わえない魅力、そのおもしろさを記録したいとはじめてみた。
第4位 No.433
浪漫八景 乗った思い出-小田急ロマンスカー LSE
(2/12投稿)
今年から現像ソフトのサブスクをはじめてみた。はじめは方向性が変わるとゴニョゴニョ言っていたが、次第に発色の良さや現像のしやすさに気が付き、今ではなくてはならないほど。
最近も乗って思い出つくりをしているが、どうもここまでインパクトのあるものがつくれないと思ったり。もう少し時期をずらさないと味が出ないのですかね。
そんな現像ソフトで昔の画像をブラッシュアップしてみようと始めたのが、小田急ロマンスカーLSEの写真だった。当時はこの車両の写真で競い合っていたこともあり、オリジナルを求めた画作りを行っていた。伝えたいことはっきりしてなかったが、組み直して、よりわかりやすくしたい。そんな現像だけでなく伝える目的にもブラッシュアップしてみた。
第3位 No.449
葛飾八景 昭和-京成3600形(ファイヤーオレンジ塗装)
(7/29投稿)
2022年後半から京成にお世話になっていた。旧成田空港駅の東成田や京成千葉線と気になるところを訪れたが、未だに撮れていない車両がいた。それが題材となったリバイバルカラーの3600形。この勢いで行こうかと、訪れたのがきっかけだった。
あちこちがいい雰囲気で、どこから撮ろうかと悩んでいた。その中でお気に入りだったのが、高砂から一つ隣のお花茶屋駅だ。今回都区にエリアを限定したが、ほどよく古く、どこか身近な駅に思えた。誰も撮らないけど、そんな発見を伝えられたのではないだろうか。
第2位 No.428
多摩八景 最後-東急8500系8637F
(2/4投稿)
あれだけいた車両が、もう地元を走っていない。電車を待っているときは実感がないけど、こうして写真を見返すとふいに喪失感が漂ってくる。
写真集「東急8500系」メロンブックスなどで好評発売中
そんな8500系の日々を写真集にして発売した。コミケでも評判で見本誌を読んだら大半が即購入、写真撮っている知り合いからは写真チョイスが絶妙と褒めていただいた。
ただ最後の一年を写真集に詰め込むことが難しく、このシリーズのほうがより細かくかつ様々な視点から捉えているかと。中でも「No.428 多摩八景 最後-東急8500系8637F」が印象深い。オタクたちの盛り上がりは写真を撮っている以上避けられず見てきたが、普段使いの人に視点を当ててみるといつもと変わらない光景。そんな非日常が見える裏に眠る日常を題材としたが、あれから1年経つんですね。
第1位 No.450
箱根八景 裏道街道-箱根登山バス K系統旧街道経由
(8/26投稿)
仕事の疲れを癒そうか。そう思ってふと湯治目的に乗ったバスだったが、これが意外とおもしろかった。家に帰ってすぐ調べたら、奥に行けば行くほどおもしろいことがわかり、この箱根を走るバスを題材にした。
箱根登山バスK系統旧街道経由は、箱根駅伝で選手達が走るメインの東海道とは違う。箱根湯本から東海道を分岐する旧道を通るルートで、芦ノ湖辺りで再び東海道と合流する。ただメインルートではないため、車線は途中からバス同士のすれ違いが出来なかったりと運転手泣かせなところだったり。旧街道と言われるだけあって、箱根寄木細工を売りとした宿場町畑宿、今も茶屋として営んでいる甘酒茶屋といった、かつてここを多くの人が行き交って痕跡を通っていく。
変わらない道がここ箱根にある、そんなことを伝えたく作品にした。その日本の文化が伝わったのか、2023年一番のリアクション数を記録した。
いかがでしょうか。忙しいと言い訳したいですが、暇な時間にここに投稿する作品をつくらず遊んでいるので何ともいえませんが。
ただ今後も作品を投稿して、他の人が記録しないような当たり前だけど見たことがない景色。そんなのを提供出来たらなと思っている。
#japan#tokyo#kanagawa prefecture#yokohama#kamakura#hakone#railway#bus#東京#横浜#湘南#鎌倉#逗子#箱根#鉄道#東急#京急#京急バス#小田急#ロマンスカー#箱根登山バス#八景シリーズ#バス
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Silent Jazz Case 5 Self Liner Notes
Twenty minutes, let me rest ちょうど1年前のre:plus中国ツアー2023年7月、蘇州にて。バス・タクシーの運転手が突然中央分離帯に横付けして「俺は4時間運転してきてるから、会社の決まりで20分休ませろ」と急に言い出して、、しょうがないからその間にiPhoneにメロを録音してできた曲。ウェザー・リポートの”Teen Town”のような、難しいパッセージでキメが多いAメロからの、サビはキャッチーみたいな曲をイメージしました。 この曲だけミックスは大津惇。以降曲のミックスの指針になり、大変感謝。
夜桜甘雨 (よざくらかんう) 桜のシーズン、わざわざ雨の日を選んで、車で出かけて桜見るのが好き。 甘雨とは草木に潤いを与える恵みの雨。 和風なフルート&バスフルート&フリューゲルによるメロディと、 フロントガラスが濡れて桜の木が印象派の絵画のようになる感じを、深いディレイのミュートトランペットで表現してみました。 ジャズミュージシャンならではのローファイヒップホップサウンドを感じていただけたら幸いです。
天神 be-bop この20年、半年ごとに福岡で何公演かするくらい縁のある街ですが、 割とbe-bopスタイルの曲を愛する人が多いなという印象。 be-bopとは1940年代後半、主にチャーリー・パーカーなどが築き上げた現代ジャズの基本スタイル、私のルーツ・ミュージックでもある。 メロディはbe-bopなオールドスクールだけど、高速ファンク16ビートなリズムをブレンドして、 古さと新しさがうまく融合された街「天神」を表現できたのではないかなと。 杉浦睦のグルーヴが美味しかったので、ミックスではかなりベースを前に出して、ほぼ全編ベースソロ状態です。
Museum in Green 私が好んでたまに行く「世田谷美術館」をイメージした曲。 砧公園の緑に囲まれた素敵な美術館。 とある日に行ったときに、ロビーで聞き覚えのある曲がかかっており、 「あれ?俺じゃん!」、なんと前作のNever Die Miles が流れておりました。 そんなサプライズも嬉しく、この曲を捧げました。 フリューゲルのワンホーンで柔らかなジャズサウンドに仕上げました。
雲仙霧中(うんぜんむちゅう) 長崎県雲仙は霧が深く、かなり視界が悪い。まさにツアー中に車で山登りのときに視界がものすごく悪く煙ったときがあり。 この曲は最初シンプルなAメロだけ作って、そのまま河野祐亮に「Bセクション」を作ってほしいと丸投げしてできた曲。突如の5拍子とトリッキーなコードワークは彼ならでは。不思議とループ感があり、なかなか刺激的かつシュールな曲になったなと。雲仙の深い霧の中を走行しているのがBセクション、その霧を抜ける感じがAセクションというイメージ。 あえてのピアノなしローズのみで、ネオソウル感もあり。
Chillin' 曽根崎 大阪梅田の曽根崎新地の名店「ミスターケリーズ」閉店に際して捧げた曲。 あらゆるプロジェクトで20年来お世話になりました。 Silent Jazz Case と、関西の超絶クリエイティブなボーカリストSOA(私プロデュースアルバム「Voice of Buoy」発売中)とのコラボ2Daysライブ、その日も大いに盛り上がりまして、 深夜は信じられないくらいの酒量でして(私は激弱なので、ほどほど)、、 翌日、ベースの杉浦睦、激二日酔い。Chillin' は酩酊状態のチルと受け止めていただければ、 ベースソロがよりグッと聴こえてくるのではないかと思います。 過去作品でも1曲はやっている「島多重オーケストラ」、駆使しております。
Sunset like a persimmon にっぽん丸でシンガポールから横浜港まで9日間の演奏旅という、たまに調子の良いお仕事をいただけることには本当に感謝しております。 台湾海峡の悪天候荒波が落ち着いたあとの、「柿色」の美しい夕日はいまでも目に焼き付いています。 Silent Jazz Case のライブでは何回かゲスト出演していただいている辻本美博にはなにかで録音参加してほしいなという思いがあり、彼のクラリネットが映える曲が書けたのでオファーさせていただきました。クラリネット・フリューゲルホーンのアンサンブルが、壮大な夕日の叙情感を表現できたのではと。
Silent Dancer 長野県辰野町在住のフルート赤羽泉美(私プロデュースアルバム「羽色」発売中)の縁でたまに行くのですが、オトトという山奥の古民家リノベした面白い連中が集うハコがあり、Silent Jazz Case を気に入っていただき演奏させていただくようになりました。 Silent Jazz Case をバックに踊りまくってくれるのが嬉しく、この曲を捧げます。 ここに限らず、近年ダンサーうけが良くなっている気がする。 ドラム大津惇が4年前くらいからレギュラーでやってくれてますが、彼のダンサブルなグルーヴのおかげもあるな。
Whisper of Rain 今年の正月に書いた最新曲。 雨音が好きなんです。ミュージシャンに多いような気もします。 ツアー中にビジネスホテルや車中で、体力的にきつくどうしてもちゃんと休みたいとき、 SpotifyのRainプレイリストを爆音で聴き、心を落ち着けます。 昔、深夜のクラブに通い続けて、そこで爆音のビート聴きながら寝るのが心地よいって言ってた某女性ジャズボーカリストがいたけど、ちょっと気持ちがわかる気がする。。
Take the S line 河野祐亮が書き上げた、熱量高めの難曲。 有名な”Take the A train”はハーレム経由ですが、S lineはグランドセントラルからタイムズスクエアへの短線。NY在住時代の想い出と、前作の”Grand Central in NY”へのアンサーソングだそうです。 Bメロの高速7拍子しかもコードチェンジも容易でなく、、彼ならではのジャズに対する厳しさと熱意を感じる曲。 ちなみにこの曲は先行配信してますが、かつて配信ではウケなかった”熱い・速い・難い・長い”曲が3週間Spotifyで2万再生超えたというのは、ジャズのコアな演奏が配信でも受け入れるようになってきた、と感じられます。今後の指針となりますね。
Floating Ocean 昨年2023年秋リリースの”Wind Loop Case 1”より、セルフカバー。 ライブでやった感触がよく、バンドバージョンで再録しました。 前述のにっぽん丸で太平洋を浮遊しているイメージ。 通なら、途中「フリーダム・ジャズ・ダンス」っぽいリフにビクんと来るはず。
Sunrise on the Bell ”Silent Jazz Case 4”より、セルフカバー。 前作ではDUOテイクでしたが、今回はバンドバージョン。 あえてスタジオセッション感を出すために、ほぼノーリバーブでドライなミックスにしました。 ちょうどコロナ禍に書いた曲で、フリューゲルホーンのベルに陽が差している様子を、「コロナの夜明け」という思いも込めてタイトルにしました(お客様のアイデアよりタイトル付け、感謝)。
[後記] ”Silent Jazz Case”と名乗るようになってから、おそらく16年。 最初はライブやオリジナル作品を作る意識はまったくなく、各レーベルから請負ったジャズカヴァー・アルバムのプロデューサー名義でした(Silent Jazz Caseで検索したら謎の作品がヒットすると思いますが、私です)。 “Jazz in R&B”という2009年i-tunes限定作品がかなりヒットしたおかげもあり、当時のレーベル”Rambling Records”さんが予算を出してくれて、”Silent Jazz Case 1”を2010年にリリースさせていただきました。思えば当時大活躍中のたくさんの演者に参加していただき、豪華に作らせていただきました。 その後"2"からは”Playwright”(ディスクユニオン)さんにお世話になり、谷口氏とも長い付き合いとなりました。きっかけはImmigrant's Bossa Bandのレコーディング参加だったかなと。今としては、若手インストシーンの憧れのレーベルとなっていてなにより。私の主宰のレーベル「等々力ジャズレコーズ」もディスクユニオン流通なので、SJC以外の他作品をお世話になっており、本当に感謝。 今では名義は”島裕介”ですが、アルバム名として”Silent Jazz Case”に+番号をタイトルとしております(レッド・ツェッペリン風)。2020年初頭から現メンバー固定となり、ライブのたびに充実を重ねております。2021年7月発売”Silent Jazz Case 4”は、Spotify100万回再生超えるなど世界中で聴いていただき、自分の新たな視界が広がった感じを得ることができました、感謝です。 "4"を出した3年前の時点で「もう出し切った感」はあったのですが、メンバーの協力・進化に触発される形で、不思議とアイデアは湧いてくるもので、全12曲オリジナルの”Silent Jazz Case 5”が生まれました。もうリーダー・自分名義として18作目のリリースとなりますが、「過去最高」と思える作品をリリースできること、なんて幸せなことでしょう!
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昔の職場が派手に爆発四散したので思い出を語ってみる。 とっくの昔に退職したから、今回の件の内部事情は全然知らない。 期待して開いた人はごめんね。 大学の推薦で選考受けた。 写真やってたからカメラ関係のメーカーに行きたかった。 一次面接で志望理由説明したら「うちカメラやってないけど?」 募 集 要 項 に 書 い て あ っ た ん で す け ど ? 調べてみたら2ちゃんねるのブラック企業リストにも載ってた。 大学の推薦で受けてるから無碍に扱う事も出来ず、真面目に選考受けつつも落ちる事を祈っていた。 無 事 採 用 。 リーマンショックの影響が色濃い時代だったので、内定出ただけマシかって事で入社。 本社で入社式と新人研修だけ受けて、そこからは中国工場に3か月間放り込まれる。 F井電機は「FPS」と言われる生産方式を採用していて、カンバン方式とカイゼンによる効率化が特徴。 要は昔えらい人たちがトヨタの工場で研修を受けて「すげぇ!」ってなったトヨタ生産方式(TPS)をまんまなぞってるだけ。 「FPSで無限の改善」とか言ってたけど「無限ではねぇだろ」といつも思ってた。 このFPSを学ぶために新人は中国工場にライン工として送り込まれる。 工場は広東省のド田舎にあるので娯楽はなく、自動的に工場の寮に缶詰状態になる。 休みの日はたまに先輩が深圳に連れてってくれたりはあったけど、基本的に工場周辺の飲食店かスーパーに行くぐらいしか出来なかった。 工場で一緒に働くのは更にド田舎から出稼ぎに来てる兄ちゃん姉ちゃんで、自分は中国語話せなかったけどメモ帳に漢字で筆談で割となんとかコミュニケーションできてた。 無愛想な人もいたけど、フレンドリーな人も多くて異文化交流が楽しかった思い出がある。 ただ、自分たちがその辺の工員の10倍の給料を貰ってる事だけは絶対黙っとけと言われてたので、交流しながらずっと心にわだかまりがあった。 肝心の研修の方は、まぁキツいながらも面白かったかな。 ただ、それ以上の学びはそんなになく「こんなに金と時間かけてやるほどの研修か?」と思った。 研修の終わりに配属希望を聞かれたので、ラインで担当していた製品の部署を希望した。(当然カメラじゃない) 最後の送別会では白酒をアホほど飲まされ、みんなで寮のロビーで死んでた。掃除のおばちゃんごめん。 で、本社に戻って配属先発表。 全く別製品の部署に配属が決定。 流石に3か月も工場にいるとその製品について詳しくなるわけで、それを活かす部署に配属されるのかと思いきや、全く別の部署。 いよいよ何のための研修だったのかわからなくなる。 部署に配属されて、先輩のもとOJTで色々と学んでいった。 人に関しては良い人が多かったかなーと思う。 ただ、雑談で話す内容が基本「社内の噂話」「ゴルフ」「女」「酒」ばっかりで、全然水が合わなかった。 技術職ってもっとオタクがいるのかと思いきやめっちゃ体育会系。 そういう意味では情に厚く面倒見のいい人が多かったかもしれない。 飲み会の後に興味ないおっパブに呼び出された挙句、自分の分自腹で払わされたのは未だに納得してないけどな。 仕事の方は流石にアレコレと具体的には書けないけど、とにかく会社がケチだった。 年間休日数は業界内でぶっちぎりの最下位。祝日のある週は土曜出勤ってパターン。 出勤日数多いから給料多いかっていうと全くそんなことなはい。 しかし残業代はフルで出てた。定時は22時みたいな感じだったけど満額支給だった。謎。 仕事で使う文房具や工具類は買って貰えないので基本自腹。 外注するような部品は流石に経費申請するけど、ホームセンターで買えるような材料は自腹。 外注先への見積もり依頼も基本的に相見積もりを取って、必ず価格交渉するようにと厳命されていた。 地元のおじいちゃんがやってるような町工場に毎回価格交渉するのが本当に嫌だった。 良い仕事してくれる相手を買い叩こうとする会社が嫌いだった。 挙句、値段だけみて中国の激安工場に発注して、とんでもない品質で上がって来た部品を社員が手作業でリワークすんの。バカ��と。 そういえば、全国にある某施設に収めた製品に不具合があるのが分かって、暇そうな社員集めて全国修理行脚するなんてイベントがあった。 北海道や沖縄の案件に誰が行くかでザワザワしてた気がする。 自分は青森担当になって、往復の飛行機とホテル2泊の事前申請?をしたんだけども、 「往路は丸一日かけて青森まで新幹線で行ってください」「復路はホテルに泊まらず夜行列車で帰ってきてそのまま出社して下さい」って言われた。 行きはバカみたいに時間かけて行くくせに、帰りそんな急いでホテル代までケチる必要あるんか???(帰着日に急ぎの案件があるわけでもない ちなみにその夜行列車は普通に遅延したので、出社したのは朝の予定が昼過ぎ。なんなんだよ。 出張の時はどれだけ時間かけてもいいから1円でも安い交通手段を探せってのがルールになってて、人件費って知っとる????って感じだった。本当にアホ。 自分が辞める直前の頃は業績も悪くて出張行くのは管理職以上ばっかりで その管理職自身で役員が納得するような安い飛行機をめっちゃ時間使って探すような状況だった。あのさぁ人件費って(ry まぁ、こんな感じで人にもモノにも金払い悪いし、本当にセンスないなって思った。 あと、おじいちゃん会長が自分と会社を好きすぎ。 会長が本書く度に社内で配ってた。誰も興味ないのに。 「業績悪いからボーナス減らすね」って言いながら自分の功績をまとめたWebサイトとか社史とか作ってた。マジそういうとこやぞ。 社長から会長になっても、新社長の影が超薄い。裏で牛耳ってるのは結局会長。 社内行事があっても「会長は、会長でないと対応できない案件のため欠席です」ばっかり。 波乱万丈なAV機器業界で90歳のおじいちゃんが舵取りしてて生き残れるわけないじゃん。 辞める決意をした一番の理由はやりがいの無さだったかな。 自分が設計したものが工場で量産されて市場に出ていくのは確かにおもろいよ。 でも、 自分が日本で設計して、 行った事もない中国の工場で量産されて、 アメリカのどこぞのウォルマートで売られて、 全然知らん人達が手に取っていく って一見すると技術者として幸せなようで、全くやりがいがなかった。 自分の仕事がどこにどう繋がってるのか、自分の目や肌で感じる事が自分の中では大切な事なんだなって気付いた。 だから辞めた。 会社でものづくりしても何も面白くねぇわ!!!ってなって、今は全く別の業界で生きてる。 辞める時は上司が「そんなんで世間で通用するとは思えない」って言ってたけど、普通に年収増えてるしノー残業だよ。 一緒に仕事してた人たちはどうしてるだろうなぁ。無事に逃げられてたらいいけど。 追記 嘘松認定されてて草 まぁ話半分で読んでくれたらいいよ。 編集画面開いたついでに小ネタ書いとくわ クリスマスは社長から全社員にホールケーキが贈られてた。入社して2年目から業績悪くなってなくなった。え、経費だったの? クリスマス会は近所のシャ◯ンってレストランでやってて、毎年社長からOEMのテレビがビンゴの景品として提供されてた。激安テレビなのでハズレ枠扱い。 量産試作品を持って帰る奴がめっちゃいて禁止になった。北米でしか出してないブランドの製品が地元のハードオフに置いてあって草。 B-CASカードは付いて来ないから、どうやって入手するかがキーポイントだった
F井電機の思い出
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