#小五郎
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theforbodingboglands · 17 days ago
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蘭ちゃんと小五郎伯父さん💕
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bibbidybobbin · 23 days ago
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Some Kogoro doodles I did a while ago to learn how to draw him
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mineda00 · 7 months ago
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nakamorijuan · 1 year ago
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名探偵コナン - 運命のルーレット廻して
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mediaomnivore · 1 year ago
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A flow chart of some fictional figures I’m interested in~
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herofestival · 1 year ago
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シェフ役、2回目なんですけど・・・
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baaly-k · 5 months ago
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2024/9/21
八本松市民センターにて打ち合わせ
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anamon-book · 1 year ago
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作家の素顔 PART 1 インタビュアー=小川琴子 名古屋タイムズ社 写真=佐川二亮、装幀=中村康生 「文学の原点と小説作法の“秘密”を語る」 五木寛之/遠藤周作/辻井喬/古井由吉/三浦哲郎/村上春樹/村上龍/山口瞳/吉村昭
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happykureha330 · 2 years ago
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翼を授かっちゃった(?)山村警部!
山「いいですか?犯人はまるで鳥のように現場から姿を消してくれちゃったんですッ!」
小「そんなことできるわけが...」
山「ところが!こうすればできちゃうんですよ!...ゴクッ...せーの!ほっぷ、すてっぷ、じゃ〜んぷ!!ほら〜!あー風が気持ちいい〜!!」
コ蘭小「マジか........」
過去絵です。
Twitterでフォロワーさんの「山村警部ってレッドブルのCMに出てきても違和感なさそう」というツイートを見て、よっしゃなら描いてやろう!ということでできたイラスト(笑)
よーく見ると山村さんの左手にレッドブルらしきものを持っています😁
↑の茶番劇(笑)はTwitter投稿時にイラストと一緒に載せたものですw
これは��のイラストとはだいぶタッチが違いますねー。それっぽい雰囲気に描けてるといいな。パロ系のイラストは今までほとんど描いてこなかったので楽しく描けましたー。
このイラストは個人的に色々初めてづくしの意欲作でしたね。
まずおっちゃんはこの時が初描き。蘭ちゃんとコナンくんもめちゃくちゃ久々に描きました。いろいろ誤魔化しつつなんとか描いた思い出(笑)4人も1つのイラストに詰め込んだのも初めてでした。
色鉛筆で青空も初めて描きました。頑張ったけど雲がコッペパンみたいになってしまった…(笑)
今までは割と自分が楽しめればそれでいいやという感じでそんなに見栄えとか気にしていなかったんですが、自分以外に見てくれた人にも楽しんでもらえるようなものになっているかな?と意識するようになった最初のイラストかもしれないです。
2022.8.21
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ashitakaxsan · 2 years ago
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  Men's love-com manga were around long before Rumiko sama.However  Maison Ikkoku is original,cause the main girl is a Widow!
  Godai is frustrated  by his offbeat and mischievous tenants,in the Maison Ikkoku boarding house.Due to them he can’t concentrate to the study and pass the entry exams for university.He’s about to abandon it,but he is stopped at the door by the beautiful Kyoko Otonashi, who announces she will be the new manager.Immediately he’is in love with her,so he decides to stay,and win her heart. Despite the running Sadness(caused of  tragic death of Kyoko’s first husband , Soichiro Otonashi),the persistent  antagonist  Shun Mitaka ,the numerous misunderstandings he was with High Spirit. He bravely tells to Kyoko how he Loves Only her.Thus with honesty she warmly affirms she loves him by quite long ago.Shortly after they get married :)
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telluriumsblog · 22 days ago
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薩長同盟
蛤御門ハマグリゴモンの変は禁門の変とも言う。幕末の京都で薩摩と会津が長州の志士を虐殺し長州は京都での影響力を失った。この件をきっかけに長州の武士は薩摩と会津を深く恨む。時に第二次幕長戦争が勃発。長州は長州以外の藩からフルボッコになった。長州の危機を打開できるのは薩摩だけであった。
坂本龍馬率いる船場海援隊フナバカイエンタイ(東芝の前身)が薩摩名義でイギリスの武器を長州に買ってあげるという作戦。西郷隆盛と桂小五郎の会合が京都小松帯刀タテワキ邸で設けられた。しかしごめんねが言えない子供のように一向に切り出さない両者。龍馬は桂を別室に呼び出した
「若し長州から和解を切り出せば危機にある長州が薩摩に情けを乞うことになる。たとえ長州が焦土になろうとも面目を落とすことはできない」
「長州の體面云云一應承ろう。然し元來この薩長の同盟は日本国を救わんが為ならば一藩の私情は忍ばざるべからず」
こうしてその時慶應貳年睦月貳拾壹日薩長同盟が成立した。
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shogotakeuchi · 11 months ago
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いろんな意味で、グッときた…
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bibbidybobbin · 1 month ago
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Oh my God I forgot to upload this here so Merry (late) Christmas and Happy Holidays from my husband Kogoro. I did this quick little sketch across the island from my home with nothing but a blunt pencil and a dream
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games-info-2022 · 1 year ago
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熊五郎と鮭の掴み取りのお話
The story of Kumagoro and catching salmon
「熊五郎と鮭の掴み取りの物語」は、熊五郎の指導下で鮭捕りを学ぶ若い熊たちの成長と友情を描いた心温まる物語です。
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ground696 · 2 years ago
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美少女一番乗りを聴きながら模様替え。店飲み大会準備中。#東福岡高校 #中村学園女子高等学校 #剣道部 #小倉日新館 #山本周五郎 (GROUND hair cut) https://www.instagram.com/p/CpyxYB9Pkno/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kennak · 3 months ago
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私は、高校を卒業してすぐに就職した。生まれ育った静岡県の山奥から、千葉県松戸市へ。 やたらと地方出身者ばかりを集める会社だった。会社名義でアパートを借りてくれ、家賃まで払ってくれる。なんていい会社に入れたのだろう、というのは若さゆえの勘違いだった。 とにかく休日というものがない。シフト上で「休日」とされている日にはタイムカードをうってはいけない。それだけのことだった。 そんな環境でも二年間勤めたのは、単に逃げられなかっただけだ。会社名義でアパートを借りているので、職を失うというのは住居を失うのと同義だった。 食事もろくに摂れなかったため、がりがりに痩せた。食事の時間があるなら��、そのぶん寝る時間にあてたかった。となると歯など磨くはずもない。虫歯が痛み、前歯を一本失ったが、それすらどうでもよくなっていた。 関連会社の男性社員から「借金してでも逃げろ」とまで言われ、ようやく逃げたのが二十歳の頃。 振り返れば、その二年間に休日という休日はなく、七百連勤以上を続けていたのだ。 千葉県内に土地勘などなかった。あてもなく新京成線に乗り、新津田沼駅で降りた。新津田沼を目指したわけではない。単に人がたくさん降りたから、つられて降りた。それだけだった。 駅とイトーヨーカドーがくっついているのは驚きだった。そんな場所がこの世にあるとは知らなかった。 そのままイトーヨーカドーへ入った。エスカレーターで上の階へあがると、そこにはゲームセンターがあった。ゲームセンターといっても、小さな子どもをメインターゲットにしたもので、真ん中には大きなトランポリンが設置されていた。 ここで働きたい。そう思ったのは、子どもが好きだとかそんな理由ではなかった。暇そうだったからだ。もう一生懸命働きたくなどない。この二年間で、一生分働いた。そんな気分だった。 求人誌で見つけたのか、インターネットで見つけたのかはいまとなっては記憶が曖昧だが、そこのゲームセンターは求人広告を出していた。アルバイトで、週に三日程度から可。 とはいえ、住所不定の若造を雇ってくれるとも思えない。先に住居を探した。 幸いなことに、新しい住居はすぐに決まった。駅から遠い、築五十年超の木造アパート。壁を叩けばゴキブリが五、六匹出てくるような部屋だったが、ようやく自分の居場所を手に入れた気分だった。 その住所を履歴書に書き、就職の���に両親が買ってくれたスーツに身を包み、伸びたままだった髪は自分でカットした。がりがりの体と失った前歯はどうしようもなかった。 鏡を見て、「まあ、これは雇わないだろうな」と自分でも思うほどだったが、面接ではなんとなく好感触を得た気がした。 そして数日後、採用が決定したと連絡があった。なぜ採用されたのかは知らない。他に応募者がいなかったのかもしれない。 赤いポロシャツに、黒いズボン。センスがいいとは言いがたい制服だったが、不満はなかった。 とにかく来客数が少なく、やることと言えばクレーンゲームの景品の補充だとか、当時流行っていたムシキングとかおしゃれ魔女などのカード補充とか。 あとはトランポリンで遊びたい子が来たら対応をした。たしか五分で百円。十分だったかもしれない。��細は覚えていないが、百円玉を握りしめた子どもが目をきらきらさせながら声をかけてきたのは覚えている。 一度の勤務が四時間程度。それを週に数日。時給はたしか八百円ほど。食っていけるはずもなかったが、しばらくはその生活を続けた。とてももう、まともに働く気力などなかった。 借金がある程度膨らんでから、ようやく他にも仕事を始めた。コンビニ、警備員、チラシのポスティング、宅配便の仕分けなど。非正規雇用ばかりを山ほど抱えて、なんとか借金は返した。 ゲームセンターでのアルバイトは続けるつもりだったが、近いうちに閉店すると耳にした。一時間あたりの売り上げが私の時給を下回っているような有様だったので、遅かれ早かれそうなるだろうとは思っていた。 閉店まで続けようかとも考えたが、そのときに面接を受けた倉庫作業の会社で正社員の誘いがあったので、そのまま辞めてしまった。辞めた後、しばらくは営業をしていたようだったが、たしか一年経たずに閉店してしまった。 私は就職し、転職し、結婚して離婚した。また就職して、転勤して、いまは東京の西のほうで暮らしている。 津田沼まで片道一時間強。あまり気軽には来れなくなってしまった。 あれから約二十年。私はすっかりおじさんになってしまったが、おじさんになれてよかった。いま振り返ると、あの頃の自分はいつ人生を終わりにしてもおかしくはなかった。 あそこで働いたのは一年だったか、二年だったか。もっと長かったかもしれないが、まったく思い出せない。 あのゲームセンターはたぶん、七階のマクドナルドの前にあったはずだが、いくら検索しても情報は出てこない。 まるで幻だったかのように、私自身にも曖昧な記憶しか残っていない。検索しても、トランポリンがあったのは屋上だという情報ばかり。屋上ではなかったのはたしかなのだが。 ともあれ、私がなんとか再起をはかれたのは、あそこで働いた期間があったからだ。変に忙しい職場に入っていたなら、きっと潰れてしまっていた。 しかしまさか、イトーヨーカドー津田沼店自体がなくなってしまうとは。 なんとなく、イトーヨーカドー自体はずっとそこにあってくれるような気がしていたので、いつでも行けると思い込んでいた。 二十代前半の、あの時期の私の中心にはイトーヨーカドー津田沼店があった。書店にもよく寄ったし、四本の親知らずのうち三本はヨーカドー内の歯科で抜いてもらった。 あと、誰も気にしていないようなことだけれど、トイレの洗面台の脇に置かれた小さな花瓶に花が生けてあったのが好きだった。造花かもしれない。ただ、誰かの気遣いがそこにあった。トイレ自体古かったが、きちんと清掃しているのはよくわかった。私とは違い、仕事熱心な人が清掃を担当していたのだろう��もう何年も訪れていないので、最近はどうだったのかは知らない。 テナントが徐々に撤退していったのは伝え聞いていだが、それがなんだか思い出の場所が徐々に衰弱していくようで受け入れられなかった。 さて。ここまで長々と書いてきてどう締めればいいのかわからない。結局、歳ばかり重ねて、あの頃からまったく成長などしていない。 「さようなら、いままでありがとう」 でいいのだろうか。 あと、「寂しい」と「もう大丈夫」を付け加えて文を締めたいと思う。 小山征二郎さんが、イトーヨーカドー津田沼店閉館に寄せたエッセイ
時給800円のゲーセンに救われた… 閉館の商業施設に寄せた思い出
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