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日本人を思考停止に追い込んだ非核三原則、見直しが急務
織田 邦男
ロシアによるウクライナ侵略戦争の出口が見えない。
この戦争で明確になったことは、国連の常任理事国が、核の脅しを背景に、力による現状変更、つまり侵略戦争を始めれば誰も止められないということだ。
国連は無力な醜態を晒し、米国は早々に武力不行使を宣言した。
ウラジーミル・プーチン露大統領は2014年のクリミア併合を巡るインタビューで、「核兵器を使う用意があった」と述べた。
ジョー・バイデン米大統領が早々に米軍は派遣しないと宣言したのも、この発言が多分に影響を及ぼしている。
戦略家エドワード・ルトワックは「核兵器は使われない限り有効」と喝破した。核はなるほど使い難い兵器になった。広島、長崎��降、核は使用されていない。
では核は無駄かというと残念ながら現実はそうなっていない。核による威嚇、恫喝が極めて有効であり、外交力、国防力を格段に向上させることをロシアは世界に証明してみせた。
日本にとって、これは他人事ではない。
我が国の隣には、もう一つの「力の信奉者」である常任理事国、中国がいる。中国は台湾併合を国家目標と掲げ、武力併合を否定していない。
中国が台湾武力併合に動いた時、習近平国家主席が「米国が参戦すれば、核の使用も辞さない」と言えば米国はどう動くのだろう。
台湾有事は日本有事である。核をちらつかされても日本は台湾への支援を実施するのか。
核に対しては核である。核を通常兵器で抑止することはできない。
日本への「核の傘」は果たして有効なのか。ウクライナ戦争の現実をみて、不安を覚える国民が増えたようだ。
NATO(北大西洋条約機構)の「核共有」の話題が降って湧いた。
世論調査では、核共有について賛成が約2割、核共有については反対だが、核の議論はすべきが約6割あった。国民の約8割が核について議論すべきと考えている。
先日、安倍晋三元総理が核の議論を提起した。これだけで有力メディアはヒステリー気味になり、バッシングが起こり、言論封殺の空気が蔓延した。
メディアは国民の感覚と相当ずれている。
安全保障政策は国民の自由闊達な議論の末に決定されなければならない。それは核抑止政策についても同じはずだ。
日本はこれまで「核」と言った途端、思考停止してきた。非核三原則に「考えない」「議論しない」を加えた非核五原則だとも言われてきた。
そのせいか、核に対する国民の知識レベルは驚くほど低い。
こちらの方がよほど恐ろしい。正しい知識をもって、自由闊達な議論が行えるようにしなければ国を誤ることにもなりかねない。
「核共有」(Nuclear Sharing)についても、政治家、メディアの知識レベルは低い。
冷戦時、NATOの最大の課題はソ連の機甲部隊を阻止することであった。
ソ連機甲部隊がウクライナからポーランドを経て欧州に進撃するのに、これを邪魔する山はない。
幅約300キロ以上にわたる前線に、何千という戦車が一斉に雲霞のごとく押し寄せることが想定された。
これを阻止するには、とてもNATOの通常戦力では足りない。そこで米国は戦闘機に戦術核を搭載し、これを空から阻止する作戦を���てた。
だが、米軍の戦闘機を総動員しても手が足りない。そこで米軍以外のNATOの空軍にも支援を求めたのが「核共有」である。
現在、核共有しているのは、ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコの5カ国 、6カ所(イタリアが2カ所)であり、約150の核爆弾(B61)が保管されている。
冷戦の最盛期には最大約7000の戦術核がNATO加盟国に配備されていた。
ソ連の防空網をかいくぐって戦術核を機甲部隊に落とすため、超低高度を高速で侵出し、目標手前で急激に引き起こし、上昇角度約45度で戦術核を切り離す。
戦術核はそのまま上昇し放物線を描いて落下する。その間の時間を利用して爆発地点からできるだけ遠くに離脱し、核爆発で自機を損傷しないようにする。
この爆撃方法を「トスボンビング」と呼んでいる。
いわば敵と刺し違える危険な戦法なので、訓練でも事故が多発した。西ドイツはこのために超音速戦闘機「F104」を導入したが、事故の多さに「未亡人製造機」と揶揄された。
冷戦終了後、ソ連が崩壊し、機甲部隊の大規模進撃想定も幻となった。核共有も役目を終え、約7000発の戦術核も徐々に削減されていった。
だが2014年、ロシアによるクリミア半島併合が起きた。プーチン大統領の「核を使う用意」の発言があり、削減は凍結され、現在、5か国に約150発が残された。
現在は機甲軍団の進撃阻止という戦術的目的ではなく、米国の「核の傘」の信頼性を向上させる、いわば「安心」の提供が目的となっている。
核使用については、NATOが決心して米国と核共有国が実行する。その際、米国が拒否すれば核共有国も核使用はできない。
逆に米国が同意しても、核共有国が拒否すれば共有した核は使用されない。
だが、核共有国が拒否しても米国は単独で核使用ができるため、事実上、米国が決心すれば、核共有国も核使用は不可避となる。
核共有は、いわば「レンタル予約」と表現した学者もいる。米国の核を予約しているだけで、米国がノーと言えば共有国が単独で使用することはできない。
核共有国のメリットは、核使用の協議や作戦計画策定に参画できることである。
米国、英国、フランスという核保有国が勝手に核使用を決断するのではなく、非核国も核使用のプロセスに参画できるメリットは大きい。安心感が「共有」できる。
日本で核を議論する場合、欧州の「核共有」は参考にならない。中国の戦車が雲霞のごとく海を渡って攻めてくるわけでない。船舶であれば核でなくても対処できる。
結論から言うと、日本に今求められているのは、今後とも「非核三原則」を続けるか否かの議論である。
中国は通常兵器のみならず、核兵器でも米国を凌駕しようと���ている。
ロイド・オースティン米国防長官は、中国は2030年までに核弾頭を約1000発に増勢し、核戦力の3本柱(地上配備、潜水艦発射、戦略爆撃機搭載)強化を目指していると述べた。
戦略核も問題だが、日本にとっては、中距離核戦力が既に米中で著しく不均衡になっている問題が大きい。
1970年代後半、ソ連は中距離核ミサイル(SS20)を配備した。核の不均衡が生じ、「核の傘」に疑念を抱いた欧州はSS20と同等の中距離核戦力(パーシング II、地上発射巡航ミサイル)の欧州配備を米国に迫った。
核配備で均衡が実現するや、米ソ軍縮交渉が始まり、1987年、中距離核戦力は全廃された。
軍拡によって軍縮を実現した成功例であるが、皮肉にもこの成功が米中の中距離核戦力の著しい不均衡を生んだ。
条約の制約を受けない中国は、日本、グアムを射程に収める中距離ミサイルを着々と整備し、今や1250基が配備されている(米議会報告)。
これに対して米国はゼロであり、著しい不均衡が生じた。憂慮したドナルド・トランプ政権はINF条約から離脱し、中距離核戦力を急ピッチで再構築中である。
「力の不均衡」はウクライナを見るまでもなく、戦争の可能性を高める。
「力の信奉者」である中国への抑止が崩れれば、東アジアの平和と安定は危うくなる。核による威嚇、恫喝を無効化し、日本に向けられた中距離核戦力をどう廃絶させるか。
2021年3月、米インド太平洋軍司令官は議会に要望書を提出した。
中国への抑止は崩れつつあり、完成した中距離ミサイルは第1列島線(九州から沖縄、台湾、フィリピン、南シナ海に至るライン)に配備すべしとの要望である。
英国のマーガレット・サッチャー首相やドイツのヘルムート・シュミット首相(当時)が、反対世論を押し切って米国の中距離核戦力を持ち込み、均衡をとり戻して中距離核戦力を全廃したように、まずは「力の均衡」を取り戻し、米中の核軍縮交渉を開始させねばならない。
日本は積極的に受け入れるべきである。
中距離ミサイルは核弾頭も搭載可能である。米国は否定も肯定もしない(Neither confirm nor deny)戦略をとっている。
日本に配備する場合、当然、非核三原則に抵触する。ことは日本および東アジアの安全保障である。そのために必要であれば、非核三原則も見直すべきだ。
平和の確保が目的であり、非核三原則の継続自体が目的であってはならない。この議論が今求められている���
自民党は3月16日の安全保障調査会で、「核共有」をはじめ核抑止に関して勉強会を開いた。
だが「唯一の戦争被爆国として、世界平和に貢献する我が国の立場は絶対に崩すべきではない。『(非核三原則は)国是』とは大変適切な言葉だ」とさしたる議論もなく結論ありきで思考停止した。
この1回で検討は終了し、継続もしないという。まさに「アリバイ作り」で終わった。
「非核三原則」は我が国の安全のためになっているのかという国民の疑問に答えていない。もし「非核三原則」を続けることが日本の安全保障にマイナスであれば、見直すべきである。
安全保障政策は感情に流されてはならない。日本の国民、領土領海を守るには、いかなる政策が必要なのか。政治家は現実を直視すべきである。
「あやまちを繰り返さないため」にも、「非核三原則」の継続が目的であってはならないし、金科玉条であってはならないのだ。
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日本のエリザベス女王の国葬とゴルバチョフ香淳皇后の「葬儀」は延期された前例を考慮しない? (1/5) | JBプレス
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香淳皇后の「葬式」で見送った先例を考慮しないことにしますか。 つぶやき 故エリザベス女王が新首相にエリザベス・トラス氏を任命(9月6日、写真:代表写真/Reuters/Aflo) 最初の報道はイギリス時間の2022年9月8日午後3時7分でしたが、エリザベス女王が亡くなったと報じられました。 はじめに、心よりお悔やみ申し上げます。 1952年に25歳で即位して以来、96歳で71年間在位。亡くなる2日前の9月6日、リズ・トラス首相(47)に謁見した。実は彼の最後の公務であった保守党の党首であり、任命された。 最後まで王妃としての務め��果たし、立派に逝��されたと思います。…
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「独裁者は自己の発言を必ず実行するものだということを信じなかったために、民主主義諸国は膨大な代償を払わされた」ディーン・ラスク国務長官(ケネディ政権)
ロシアをさまよう「アンドロポフの亡霊」、今も生きるソ連時代の歪んだ理想 世界に理解されないプーチンの思想と論理https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/69937 JBプレス プーチンに影響を与えたアンドロポフ ハンガリー動乱を鎮圧「ブダペストの虐殺者」
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【スズキ・ジムニー試乗】教えて開発者さん!新型ジムニーの気になる点を色々質問してみた
プレス向けの試乗会では、試乗後にエンジニアやマーケティング担当など、関係者の方々と話をする機会があります。新型ジムニーの試乗会でもこうしたチャンスがあり、少しマニアックな質問も含めていろいろ伺いました。 ── 新型ジムニーはユーザーの声を聞いて開発したとのことですが、具体的に話を聞いたのはどのような方なのでしょうか? A:ディーラー及びプロの森林組合の方々や、日常使用しているエンドユーザーの方からお話しをお伺いしました。 ※ジムニーに限らず、ディーラー(販売会社)などを通じて集めたユーザーの声を開発に反映させた事例は珍しくありません。さらに、ジムニーのように用途がはっきりしたモデルに関しては、個別にインタビューなどを行なってオーナーなどのニーズを集めていく例もあります。 ── 用品開発についても、ユーザーからの意見を参考に開発されたのでしょうか? A:ユーザーだけでなく代理店や販売店からの意見も参考に、設定する項目を決定して用品開発をしました。 ── ジムニーのアプローチアングルが先代よりも4°マイナスになったのはなぜですか? シエラでは逆に1°改善していますが… A:万が一の際の歩行者の脚部保護性能確保および荷室長確保のバランスを取った結果です。 ※最近のクルマ作りでは、歩行者との衝突時の頭部保護・脚部保護性能が外観の設計に影響を与える例も多いようです。 ── アクセルペダルからヒップポイントを前後方向に30mm拡大しのは、ドライビングポジションの改善のためですか? A:背の高い方の運転姿勢を向上させるためと居住性向上のためです。 ※あわせて35mm上下するチルトステアリング機構が備わったことで、先代よりも運転姿勢の自由度は高まっています。 ── ヒーター性能は、スズキのほかのモデルと比較して強化されているとのことですが… A:クルマを使うユーザーの使用事例を考慮し、他車よりもヒーター性能が重要と考え、強化しています。 ※寒冷地などの厳しい環境でも活躍するジムニーらしい配慮といえそうです。 ── エアコンユニットのHVAC(Heating, Ventilation, and Air Conditioning)パネルは他車と共通ですか? A:クロスビーなどから一部を流用して新規開発しました。 ── シートフレームは、現行ア��トなど、最新の軽自動車で共通化されたものと同じですか? A:一部の部品は共用していますが、ジムニー専用です。 ※現行のアルトでは、超高張力鋼板980MPaを使ったフロントシート用フレームが新開発されています。 ── リアシートがシングルフォールディングでフラットに畳めるようになりましたね。 A:操作性とレイアウトの改善を実現させました。 ※軽自動車に限らず、背もたれを前倒しするだけですむシングルフォールディングが現在の主流になっています。 ── エンジンはアルトと共通の「R06A」ですが、違いはありますか? A:アルトの「R06A」と基本的に同じですが、ジムニー専用にチューニングを行っています。さらに、ジムニーはエンジンが縦置きになるため、アルミオイルパンや吸排気システムを専用開発しています。また、オフロード走行に対応すべく、水や泥などへの対策として専用の補機ベルトシステムを開発しています。 ── 先代のJB23と比較するとスペックでは最大トルクがダウンしていますね A:「K6A」エンジンよりも低速域のトルクを重視し、燃費と走りのバランスを取った結果、スペック上はダウンとなりました。 ※新型ジムニーの最大トルクは96Nm/3500rpmで、先代は103Nm/3500rpm。最大トルクは下がっているものの、実際に乗ってみると低速域からトルクは十分に感じられます。小型のタービンを使ったターボや慣性モーメントの高いフライホイール、低速から高い駆動力を発揮するトランスミッションなどにより実用上のトルクは十分に確保されています。 ── 型式が「JB」のままなのは先代のブランドイメージを引き継ぐためですか? A:ジムニーに限らず、型式の社内規定についてはお答えしていません。 ※以前のスズキの車輌はモデルチェンジ毎に型式名が大きく変っていました。しかし最近では、今回のジムニーやアルト、ワゴンR、ソリオなど、新型に移行しても同じ型式(前半のアルファベットは同じで、後半の数字が大きくなる)を使う例はよくあるようです。 (文/塚田勝弘・写真/前田惠介) 【関連記事】 オフロード専用コースで確認できた新型の進化のポイントは? https://clicccar.com/2018/09/02/623816/ 強化されたボディ剛性と新採用のエンジンが洗練された乗り味を実現 https://clicccar.com/2018/08/27/622443/ あわせて読みたい * 「ピックアップ」や「カブリオレ」は期待できる!? スズキ・エスクード改良型への3つの提案 * 【ジムニー/ジムニーシエラ試乗】運転環境や居住性、乗降性などは先代からどう進化した? * 箱形ボディなど「歴代モチーフ」の理由とは? 新型ジムニーが目指したのは「機能のためのカタチ」の昇華 * 販売好調のスズキ・ジムニーに織り込まれた��ユーザー思い」な工夫とは? * 小型・軽量を活かす!アジアクロスカントリーラリーでもスズキ・ジムニーの活躍に期待 http://dlvr.it/QjVrTT
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THEO PARRISH / FIRST FLOOR PART 2 : PEACEFROG (2LP) [[ repress !! ]] UKの名門Peacefrogから98年にリリースされたファースト・アルバムのPt2が待望の再プレス!ザラついた独特な質感や意図的に歪ませたキックやベースラインが醸し出す漆黒のグルーヴはビートダウン、デトロイト・ハウスを定義付けた記念碑的作品!このPART 2にはカントリー~スワンプっぽいモタついたグルーヴにピアノが絡む「Electric Alleycat」やタイトル通りJames Brownネタのロウファイ・ハウス「JB's Edit」、ヘヴィなキックと少ない音数による空気感がたまらないシリアスなディープ・ハウス「Heal Yourself And Move」等、全5曲を収録!中古市場では高騰していた盤だけにこの機会を見逃しなく! http://www.stradarecords.com/shop/item/17593/index.php #theoparrish #peacefrog #repress #beatdown #soulmusic #blackmusic #funk #rawhouse #discohouse #jazzyhouse #deephouse #housemusic #soundsignature #disco #nudisco #moody #groovy #dj #turntable #record #vinyl #vinyljunkies #analog #stradarecords #recordshop #recordshops #recordstore (Strada Records)
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渋谷のバカハロウインの記事なのに川崎ハロウィンの記事を載せるバカげたJBプレス。
本当にこんなバカみたいなポータルビジネスサイトがいるから、渋谷のバカハロウインと池袋・川崎の真面目なハロウインが一緒にされる。 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/54522
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人ロケット技術者が米国亡命、ベール脱ぐ極超音速ミサイル
渡部 悦和
英国のタブロイド紙デイリー・エクスプレス(Daily Express)は1月23日、情報筋の話として、中国人ロケット科学者が米国に亡命したために、中国当局に衝撃が走っていると報道した。
この亡命者は大物の科学者で、映画「007」で有名な英国の秘密情報部(MI6)が亡命の手助けをしたと報道されている。
周知のとおり、MI6は英国の対外諜報機関で、国外の政治・経済などの秘密情報の収集・情報工作を任務としている。
亡命した中国人は、有名な国営企業である中国航空工業集団(AVIC)に所属し、中国が誇る極超音速滑空兵器(HGV)である「DF-ZF」(「東風ZF」、NATOコードネームでは「WU-14」と呼ばれている、図1の写真でDF-17と書かれた部分)の開発に重要な役割を果たした科学者だった。
DF-ZFは、弾頭として中距離弾道ミサイル「DF-17」に搭載され、マッハ5以上の高速で飛翔し、射程約1000~1500マイル(1600~2400キロ)の目標を攻撃する極超音速兵器になる。
以下、DF-ZFを搭載したDF-17をDF-17極超音速滑空ミサイルと呼ぶ。
極超音速滑空ミサイルについては、米中露などの主要国の間で熾烈な開発競争が行われているが、特に中国のDF-17極超音速滑空ミサイル��実験は頻繁に行われ、部隊配備されているとも言われていて、米国の専門家の間でも評価が高い。
その情報は、中国にとって極秘中の極秘であり、他国への流出などあってはならないことだ。
さらに亡命した科学者は、DF-ZFのみならず人工衛星の軌道を利用して米国を攻撃する極超音速ミサイル運搬システム「部分軌道爆撃システム(FOBS:Fractional Orbital Bombardment System)」の開発にも関係したという。
つまり、亡命者を確保した米国は、中国の極���音速滑空兵器のみならず、FOBSに関する中国の極秘情報も入手することになる。
これは中国と技術覇権争いを展開する米国にとっての画期的成果になる可能性がある。
今回の亡命事件は日本の安全保障にも影響を与えることなので、簡単にまとめてみた。
▪️亡命の経緯
2021年9月末、亡命した30歳代の中国人科学者は香港の英国情報機関に初めて接触し、中国の極超音速滑空兵器に関する詳細な情報を持っていることを明らかにした。
科学者は、亡命計画が発覚すれば中国に死刑を宣告されることを承知の上で、妻子とともに亡命することを希望したという。
その連絡を受けたMI6のロンドン本部は、情報部員2人と技術部員1人の3人で、香港に向かったが、その際にCIAにも連絡した。
このため、MI6チームには、CIAの2人も加わったという。
MI6とCIAは当初、この科学者が北京の工作員であることを懸念していたという。
しかし、科学者の人物や資格を確認する過程で、この科学者が中国の最新の極超音速兵器開発について、詳細な情報を有していることを確認した。
科学者から提供された技術情報のほとんどは彼の頭の中に入っていたが、技術データを密かに持ち出すことも可能であったという。
亡命希望者は家族とともに英国旧植民地に渡航し、その後ドイツの米軍基地へ、そして英国経由で米国へ飛ぶ脱出計画が実行に移された。
この30代の科学者が西側に逃亡した理由は、イデオロギー的な理由ではなく、中国での極超音速滑空兵器の開発で重要な役割を果たしたにもかかわらず、昇進を拒否されたことへの憤りであった。
自分の才能を認め、もっと高く評価されるべきだという確固たる信念からだった。
共産党一党独裁体制でも人の心をコントロールすることはできなかったのだ。
DF-17極超音速滑空ミサイルについて
亡命者が開発に携わったDF-17極超音速滑空ミサイルについて簡単に紹介する。
DF-17は、中国が世界に誇る極超音速滑空兵器DF-ZFを搭載可能な中国の固体燃料式・道路移動型・中距離弾道ミサイルである。
DF-17 は、DF-ZFの予測不可能な軌道により、敵の弾道弾迎撃ミサイル(ABM)による迎撃を難しくしている。
DF-17はDF-ZFとともに、2019年10月1日の国慶節軍事パレードで正式に披露された中国初の極超音速滑空ミサイルであり、世界で初めて完全初期運用に入ることにな���た。
DF-ZFの軌道は低高度に抑制されるため、敵のABMにとって、通常の再突入体よりもはるかに迎撃が難しく、複雑なものになる。
また、滑空することでDF-ZFの機動性が高まり、射程距離が伸びるとともに、潜在的なABMの迎撃を避けるため、さらに複雑なものとなっている。
加えて、DF-17はDF-ZFではなく通常の再突入体(核・非核の弾頭)を搭載することも可能である。
DF-17のプロトタイプの実験は2014年1月から2017年11月までの間に少なくとも9回の試験飛行が行われ、成果を出している。
米国は、極超音速ミサイルの開発において、中国のDF-17に遅れていると認識していて、米国の極超音速ミサイルの開発を加速している。
いずれにしろ、今回の中国科学者の亡命により米国に非常に貴重な情報がもたらされることになるだろう。
部分軌道爆撃システム(FOBS)について
亡命者が関与したFOBSについても説明する。
FOBSは、旧ソ連が1960年代に開発したが、1979年に調印された米ソ間の第2次戦略兵器制限交渉(SALT Ⅱ)で禁止されたものだ。
図2を見てもらいたい。FOBSでは、発射したミサイルを一度、衛星軌道に乗せ、地球を一回りする前に飛翔体を降下させ目標に突入させるもので、衛星爆弾とも呼ばれる。
FOBSは、米国の弾道ミサイル防衛の弱点を突くシステムであり、ICBMなどの弾道ミサイルよりも対処が難しいと考えられている。
中国は2021年8月、FOBSらしき新型ミサイル実験を行った模様だ。
2021年11月16日に公開された米テレビ局CBSによるインタビューで、ジョン・ハイテン米国統合参謀本部副議長は、「ミサイルは地球を一周し、そこから切り離された飛翔体は、中国国内の砂漠に設営された目標から40キロ離れた地点に着弾した」と話している。
これは中国が2021年8月に実施した実験で、従来の弾道ミサイルに極超音速滑空兵器(HGV)を搭載するのではなく、衛星打ち上げロケット長征を使ってHGVを周回軌道に乗せて地球を一周し、HGVを切り離して目標を攻撃するものだ。
つまり、新型ミサイルは、通常の弾道ミサイルとは違う軌道を採用した。
中国から南に向けてミサイルを打ち上げ、大気圏から宇宙に入り、気象衛星と同じように、南極・北極を回る「極軌道」で地球を一周。再び中国上空に戻ると、そこからHGVを発射し、砂漠の目標近くに着弾させたという。
これにより中国はロケット発射基地から地球全域に対し打撃する能力を持ち、打撃の前の警告時間も短くすることが可能になる。
なお、FOBSは、北極回りの弾道ミサイルに備えた米国の弾道ミサイル防衛(BMD)の弱点である、南極周りの地球周回軌道を利用するケースが多い。
さらに、中国のミサイルは単なるロシアのFOBSのコピーではなく、軌道上から地上へ向けて発射されたのは、最高速度がマッハ20にも及び不規則な軌道を描くHGVだったのだ。
▪️北朝鮮もFOBS技術保有の可能性
FOBSについては、中国やロシアの専売特許ではなくて、北朝鮮もその技術を保有しているという情報がある。
電磁パ��ス攻撃(EPM攻撃)の研究で有名な米国のピーター・プライ博士によると、北朝鮮はFOBSの実験を行い、その技術を持っている可能性があるという*1。
北朝鮮は 2012年12月12日、衛星「光明星3号(KMS-3)」の発射と周回に成功した。
そして、2016年2月7日には衛星「光明星4号(KMS-4)」の発射と周回に成功した。
その衛星軌道は、ソ連が米国に対して高高度電磁パルス(HEMP:High-altitude EMP)攻撃を行うために開発した「部分軌道爆撃システム」の軌道と類似している。
つまり、北朝鮮のロケットは、米国の方向(北方向)ではなく、南の方向に打ち上げられ、南極軌道上の衛星となりスーパーEMP弾を運んだ。
「スーパー EMP衛星」は、米国の対弾道ミサイル防衛体制の手薄な南方向から米国に接近し、全州をHEMP攻撃の影響圏に置く最適な高度を周回している。
今や、北朝鮮は、スーパーEMP衛星で米国を含む地球上のすべての国を攻撃する能力を備えていることになる。
以上のような分析は我々日本人には馴染みがないかもしれないが、注目すべき分析であることを強調しておく。
そして、今回の中国人科学者の亡命事件は、北朝鮮のFOBSにまで焦点を当てる結果になった。
北朝鮮は、FOBSのみならず、HGVに似たミサイルの発射実験を行っている。中国のみならず、北朝鮮の動向にも警戒が必要な理由がここにある。
*1=Peter Vincent Pry,“North Korea EMP Threat-North Korea’s Capabilities for EMP Attack |EMP Shield”
科学者亡命の影響
科学者の亡命は、中国のみならず米国や日本にも大きな影響を与えるであろう。
人民解放軍を研究してきた私にとって、今回の亡命事件で今まで分からなかったことが明らかになるだろうという期待感がある。亡命の影響を以下に列挙する。
①米中露を始めとして多くの国々が最先端兵器開発の焦点としている極超音速滑空兵器HGVについて、中国の技術レベルが明らかになるであろう。
中国のHGVの技術が本当に米国の技術を超えたものなのか。HGVの命中精度はどの程度のものなのか。地上に存在する大きな固定目標に対してであれば命中するかもしれない。
しかし、動いている艦艇(例えば米海軍の空母)が目標であるならば、本当に命中するのか。この点に関して私は懐疑的に見ている。
たとえ停止中の艦艇が目標であったとしても、マッハ5以上の極超音速で不規則な飛行をしながら、目標に本当に命中するのか。中国の技術レベルを知る絶好のチャンスだ。
②米国や英国は、亡命科学者からもたらされた情報をもとに、HGVの開発を加速することができるかもしれない。
③FOBSやHGVは、中国やロシアのみならず北朝鮮も開発を行っており、その技術の一部を保有している可能性がある。
日本の安全保障を考えた場合、中国、ロシア、北朝鮮の連携に対して、日米英の連携を深めるべきであろう。
④中国にとって科学者の亡命はショッキングな出来事である。
流出するHGVなどの技術情報を無効にする措置を取るには最低2年はかかると言われている。この間に、日本���HGVの開発に目途をつけるべきであろう。
▪️おわりに
今回の亡命事件は、米国にとっても日本にとっても良いチャンスである。
特に日本は、このチャンスを最大限に利用して、人民解放軍をはじめとする中国情報の入手に努め、日本の防衛を強化するべきであろう
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織田先生よりシェア
準備は整った中国の台湾侵攻、日本も間違いなく戦場になる
習近平の決意は本物、もはや「対岸の火事」では済まされない
2021.11.25(木)
織田 邦男
する
テレビのあるワイドショーで台湾に関するアンケート結果を公表していた。
日本は「台湾有事に軍事的にかかわるべきか」という設問に対し、「関わるべき」が71%、「関わるべきでない」が18%、「どちらとも言えない」11%であった。
どこか他人事のメディア人
筆者は大変驚いた。驚いたのはこの数字より、設問である。
「台湾有事」は好むと好まざるとにかかわらず、「日本有事」になる。軍事的常識があれば、沖縄、先島諸島は少なくとも戦場になることは分かるはずだ。
フォークランド紛争、湾岸戦争、イラク戦争などからも容易に想像がつく。
この設問を作った人は、台湾有事について日本が「軍事的にかかわらず」に済ませることができるとでも思っているのだろうか。
コメンテーターが誰一人これを指摘しなかったことも問題だ。
現代戦はサイバー戦、心理戦、世論戦などから始まるが、武力行使は制空権奪取から始まる。台湾から与那国島まで110キロしか離れておらず、戦闘機では7分もかからない。
台湾で事が起きると、指呼の間にある日本の領土は否応なく戦場にならざるを得ない。
このアンケートを企画した人は、平均的日本人だと思う。だが、台湾有事を「ベトナム戦争」の感覚で観ていることに驚いてしまう。
またぞろ米国の戦争への「巻き込まれ論」の再生である。
沖縄県民140万人をどう守るのか
軍事を教えてこなかった戦後教育のつけが、こんな形で出てきたのかもしれない。もし日本の政治家が、この程度の認識であれば恐ろしいことになる。
国民の71%が「かかわるべき」と応えているが、設問にはおかしいと感じつつも「かかわらざるを得ない」と考えたのだろう。
一般国民の方がよほど常識的な感覚を示している。少しホッとする。
台湾有事という危機は日本にとって2つの深刻さがある。一つは先述のとおり、日本の領土、少なくとも南西諸島が戦場になるということだ。
沖縄県民140万人の命をどのように守るのか、先島諸島に住む約10万人の国民をどのように安全に避難させるかなど喫緊の課題は山盛りである。
2つ目は台湾が中国の手に落ちた時の深刻さである。
もし台湾が中国に屈服し、中国���軍、空軍が台湾に常駐するようになれば、日本のシーレーンは容易に中国に押さえられる。
貿易立国の日本、資源の大半を海外に依存する日本にとってシーレーンは生命線である。このシーレーンが押さえられれば、中国の属国に成り下がらざるを得なくなる。
台湾有事は日本存亡の危機ともいえる。
習近平主席の本気度
だからこそ、中国に対し台湾有事を起こさせないよう、外交はもとより、価値観を同じくする国が一致結束してハード、ソフトの「抑止力」を整えなければならないのだ。
日本の最大の問題は、アンケートの設問にみられるように、台湾有事がどこか「対岸の火事」的感覚で捉えられていていることだ。
危機に対する当事者意識が日本人にないこと、これが最大の危機である。
2021年7月1日、中国共産党創建100年にあたり、習近平党総書記は「台湾問題を解決し、祖国の完全な統一を実現することは、党の歴史的な任務だ」と強調した。
10月9日の辛亥革命110周年記念大会では、「祖国の完全な統一は必ず実現しなければならない歴史的任務であり、必ず実現できる」と述べた。
11月16日(日本時間)に行われたオンライン米中首脳会談で、ジョー・バイデン大統領が「台湾海峡の平和と安定を損なう一方的な行動に反対」すると述べると、すかさず習近平氏は「台湾独立派がレッドラインを突破すれば、断固たる措置を取らざるを得ない」「火遊びする者は焼け死ぬ」と警告した。
軍事的にみれば、この1~2年に台湾武力侵攻が可能なほど軍事力が十分整っているとは言い難い。
ただ米国の参戦がなければ、明日でも台湾の空中、海上封鎖は可能である。
現在、中国海軍艦艇数は約350隻、米海軍は293隻であり、世界最大の海軍の座は既に中国に奪われている。
台湾侵攻への法整備は整った
台湾侵攻のための中国国内の法整備は既に整った。
2010年に国防動員法、2015年には国家安全法が施行され、2017年には国家情報法およびサイバー・セキュリティー法、そして2021年には、改正国防法と海警法が施行された。
主権や領土の保全に加えて、海外権益などを軍事力で守る方針を明記しており、軍民の総動員は可能になった。
台湾の武力統一は起こるか否かではなく、いつ起こるかという段階にきている。
日本人は危機を直視し、危機の未然防止のために、あらゆる手立てを尽くさねばならない。
「危機を未然に防止する者は決して英雄になれない」といわれる。英雄はいらないのだ。
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渡部悦和先生の論考です。
バイデン政権の「情報戦」に敗北したプーチン
ウクライナ侵略を予期し発足した「タイガー・チーム」の働き
2022.3.1(火)
渡部 悦和
ロシアの大統領・ウラジーミル・プーチンは2月24日、ウクライナに対する大規模な攻撃を命じた。
主権国家ウクライナに対するプーチンの暴挙は、明らかな国際法違反であり、ウクライナのみならず欧州および世界の安全保障体制を根本から揺るがしている。
最近、私は情報戦(IW: Information Warfare)について書籍『日本はすでに戦時下にある』(ワニ・プラス)を書いたり、講演することが多くなってきた。
情報戦は現代戦において最も重要で基本的な戦い(warfare)であり、「攻撃と防御の両方の作戦を含む、競争上の優位性を追求するための情報の使用と管理に関する戦略」と定義される。
この情報戦は、ロシアがウクライナを併合した時に採用したとされるいわゆるハイブリッド戦(Hybrid Warfare)の重要な構成要素であり、特に中国やロシアは重視し採用している。
情報戦は幅広い概念で、情報を使って相手のものの見方・考え方や行動をコントロールして目的を達成しようとする政治戦、影響工作(Influence Operation)、心理戦、認知戦などを含んでいる。
中国などはさらに、サイバー戦、宇宙戦、電磁波戦など情報が関係するあらゆる戦い(Warfare)を情報戦の範疇に入れている。
情報戦は、平時および戦時を通じて行われるが、特に戦争開始前の情報戦は非常に重要である。
平時において情報戦が成功すると、孫子が言うところの「戦わずして勝つ」ことができる。
ロシアや中国は情報戦大国である。
しかし、プーチンのロシアは、今回のウクライナ侵攻前後の情報戦において、ジョー・バイデン大統領の米国に敗北した。これが私の結論である。
本稿においては、なぜプーチンはバイデン政権との情報戦に敗北したのかについて説明する。
バイデン政権が実施した「開示による抑止」
バイデン政権の政府高官らが、2月に入ってから積極的に会見やインタビューに応じ、ロシア軍の兵力数、部隊の配置状況、ウクライナに攻撃を開始するか否か、攻撃するとすればその時期、攻撃の要領(攻撃目標、攻撃方向、兵力)といった機密情報を次々と開示した。
例えば、米国務省のネッド・プライス報道官は2月16日に「ロシア当局者がウクライナ侵攻の口実となるような偽情報を報道機関に広めており、多くの誤った主張が拡散している」と警告した。
また、2月23日には「ロシア軍の80%が臨戦態勢に入っている。プーチン大統領はいつでもウクライ���に侵攻できる状態にある」「ロシア軍はウクライナ国境において、北・南・東から攻撃する態勢を完了している」、24日には「大規模侵攻が48時間以内に迫っている」「事実上、いつでも攻撃可能である」などと情報を開示した。
バイデン大統領みずからも「侵攻は数日中にもある」「プーチン大統領は侵攻を決断したと確信している」などと発言した。
このように米国政府は機密情報をあえて積極的に開示する異例の戦略を取ってきたが、安全保障の専門家でもこのバイデン政権の情報開示に驚いた。
NHKのWEB特集 によると、この戦略は「開示による抑止(Deterrence by disclosure)」と呼ばれるもので、相手側の機先を制し、行動を抑止するのが狙いだ。
「開示による抑止」の具体的な目的は以下の3点だ。
①ロシア側の行動の機先を制し、ロシア側の状況を把握していることを明らかにし、攻撃の中止などの行動の変化を促す。
②ロシア側の偽情報を早めに開示することにより、世界にロシアの嘘を明らかにし、ロシアの偽情報を根拠とする侵攻の正当化を防ぐ。
③ロシア側の手の内を明らかにすることで、同盟国や友好国との相互理解・連携を密にし、ロシア側の行動に先んじて対応策を講じる。
当然ながら機密情報を開示することで、以下のような問題も発生する。
①情報源を危険にさらしたり、情報収集の方法を知られるおそれがある。
②侵攻が間近に迫っていると繰り返すことで、「オオカミ少年」の非難を受ける可能性がある。
③開示した情報どおりにならなければ、バイデン政権自身が信用を失うことになる。
バイデン政権が情報発信を強化した背景には2014年にロシアによるウクライナ領クリミア半島の併合を許した失敗の教訓がある。
当時のバラク・オバマ政権は情報開示に消極的で、欧州の同盟国などにも情報を十分に伝えなかったという。
オバマ政権の元高官は、「知っている情報を世界に発信すれば、我々の利益になると思ったことが何度もあった」と振り返っている。
私は、バイデン政権が「開示による抑止(Deterrence by disclosure)」を採用したことは適切だったと思っている。
バイデン政権が開示した多くの情報は正確であったことは大多数の識者が認めるところだ。
確かに、「開示による抑止」によってプーチンのウクライナ攻撃を抑止できなかった。しかし、「開示による抑止」により、プーチンの主張の欺瞞性を世界に明らかにできた。
また、米国と同盟国や友好国との相互理解は深まったし、機先を制する米国の情報開示にプーチンの対応が難しくなったことは確かであろう。
結論として、プーチンの嘘(ロシアはウクライナ侵攻計画を持っていない、米国が戦争を煽っている、ロシア軍は撤退をしている、ウクライナがロシア人に対するジェノサイドを行っているなど)に基づく情報戦は、バイデン政権の「開示による抑止」に敗北したのだ。
「開示による抑止」を可能にしたのは、バイデン政権がロシアのウクライナ侵攻に対処するために編成した「タイガー・チーム」の存在が大きい。
タイガー・チームとは何か
以下の記述は、2月14日付のワシントンポスト紙の記事(Inside the White House preparations for a Russian invasion)に基づく。
タイガー・チームは2021年11月に正式に誕生した。
国家安全保障担当のジェイク・サリバン大統領補佐官が国家安全保障会議(NSC)のアレックス・ビック戦略計画担当ディレクターに、複数の省庁にまたがる計画策定の指揮をとるよう依頼したことが始まりだ。
ビック氏は、国防省、国務省、エネルギー省、財務省、国土安全保障省に加え、人道的危機を所掌する米国際開発庁を加入させた。
また、情報機関も関与させ、ロシアが取り得る様々な行動方針、それに対するリスクと利点などを検討したという。
シナリオには、サイバー攻撃、ウクライナの一部だけを占領する限定的な攻撃、ヴォロディミル・ゼレンスキー政権を崩壊させ、国土の大半または全部を占領しようとする全面的な侵攻まで幅広いシナリオを想定し、侵攻から2週間後までの対応策をまとめた「プレイブック」を作成した。
この「プレイブック」を基に現在もロシアの侵攻に対処している。
ロシアを抑止するために検討してきたテーマは、欧州などと協調した外交努力や経済制裁、米軍の展開、ウクライナへの���器支援、大使館の警備体制など幅広い。
以上のような取り組みは、起こりうる事態を予測するのに役立っただけでなく、ロシアの情報戦に先手を打ち、その意図を事前に暴露し、ロシアのプロパガンダ力を削ぐことであった。
プーチンを信じ彼を擁護し続けた日本人
最後に、ロシアの情報戦を信じて「プーチンは悪くない。米国の陰謀だ」「すべて米欧が悪い」と思い込んでいる日本人について書きたい。
タイガー・チームの編成と「開示による抑止」により、プーチンの主張の多くが嘘であることは世界に提示された。
しかし、その嘘をいまだに信じる日本人が相当数いることには驚きを禁じ得ない。
これは、ソーシャルメディアの誕生と密接な関係がある。 ソーシャルメディアがなかった一昔前には、プーチンやロシアを擁護する歪んだ意見を持つ人々が世界に発信するチャンネルがなかった。
しかし、今や一般人がソーシャルメディアを通じて自らの主張をしつこく繰り返すようになっている憂慮すべき現状がある。
実例を挙げよう。筑波大学の東野篤子准教授は、各種メディアにおいてウクライナ・ロシア情勢について立派な的を射た解説をされていた。
ところが、彼女はツイッターで偽情報を信じる陰謀論者に攻撃されていることを以下のように訴えている。
「コメント欄がここしばらく荒れてきまして、定番の『すべて米国の陰謀』や私への罵倒だけではなく、明らかに誤った分析を事実であるかのように開陳してしまわれる方も増えてきました」
「人の命がかかっている状況で、弊アカウントがディスインフォメーションの拡散に間接的に加担することは避けたいので、大変恐縮ですが当面、私がフォローしている方以外がコメント出来ないよう設定させていただきます」
「自分が『正しい見方』を教えてやるからありがたく思え!という方、全部米欧のせいだと仰りたい方、色々いらっしゃると思いますし、色々な見方があってよいのですが、そのご披露はどうか私へのコメントではなく、ご自身のアカウントで自己完結させていただくようお願いします」
国際政治や安全保障を学んだ者の大部分は、「ロシアのウクライナ攻撃の責任はプーチンにある。プーチンが命じたウクライナへの攻撃は国際法違反である」と言っている。
「ロシア軍によるウクライナ侵攻反対」というデモがロシア国内でさえ起きている。
プーチンこそが、今回のロシア軍によるウクライナ侵攻の責任を負うべきであることを強調する。
そして、ソーシャルメディアを通じた情報戦にいかに対処するかという大きな課題があることを指摘したい。
おわりに
ロシア軍のウクライナでの攻撃は続いているが、米欧諸国はロシアの一部銀行に対するSWIFT(国際銀行間の送金・決済システム)からの排除、ロシア中央銀行への制裁などの強い制裁を発動した。
この制裁によりロシア国内の経済・金融は��混乱に陥るであろう。
プーチンのウクライナ侵攻は、戦略的には明らかに失敗であり、その後始末に苦労するであろう。
現代戦は、全領域戦(All-Domain Warfare)がその本質である。
全領域戦とは陸・海・空戦、サイバー戦、宇宙戦、電磁波戦、情報戦、外交戦、経済制裁などの経済戦、法律戦などを含むあらゆる手段を駆使した戦いである。
バイデン政権のタイガー・チームの編成は、全領域戦の実践であると私は思う。
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80年前の歴史的大失態と並べられるバイデン「宥和」外交の不安
古森 義久
近代の外交政策で“歴史的な失態”という評価が定着した実例は、イギリスの首相ネヴィル・チェンバレンのナチス・ドイツ総統アドルフ・ヒトラーに対する宥和である。1938年のミュンヘン会議でチェンバレンはドイツによるチェコスロバキアの一部占拠を認めてヒトラーを増長させ、ポーランドへの侵攻を招き、第2次世界大戦を引き起こす結果となったとされる。
このときのチェンバレン首相の対応はアピーズメント(Appeasement)と呼ばれた。日本語では「宥和」と訳される。相手の要求や行動が不当でも、当面の衝突を避けるために受け入れる譲歩である。この譲歩は危険な結果を招きかねない歩み寄りであり、単に相手と打ち解け、仲よくなる「融和」とは意味が異なる。
チェンバレンに重ねられたバイデン
12月10日、そのチェンバレンという名がバイデン大統領の名前と並んでワシントン・ポストの記事の見出しに大きく掲載されていたのには驚いた。
「ウクライナに関してバイデンは自分の内部のチェンバレンを投射している」というのが記事の見出しだった。バイデン大統領のウクライナ問題でのロシアへの対応は、バイデン氏のチェンバレン的傾向を投射している、つまりバイデン氏の外交政策はチェンバレンの宥和政策に似ている、という仮借のない批判だった。
記事の筆者はワシントン・ポストで国際問題をカバーするベテランコラムニスト、マーク・ティエッセン氏である。ティエッセン氏は、80年以上前にヒトラーの小さな侵略を許して大きな侵略を招いてしまったイギリス���首相と、現在の米国大統領を重ね合わせていた。バイデン外交の批判もついにここまできたか、というのが率直な感想だった。
外交における度重なる失敗
確かにバイデン大統領の外交における失敗は否定できない。
今年(2021年)の8月末には、アフガニスタンからの米軍の撤退で大失態を演じた。バイデン大統領は米軍首脳の助言を無視して、一気に短期かつ唐突な全面撤退に踏み切り、20年にわたり支援してきたアフガニスタン共和国政府の瞬時の崩壊を招いた。官民の米国人や米国に協力したアフガン人の救出にも失敗し、米軍将兵の多数が殺されるイスラム側のテロをも許した。
また9月には、オーストラリアとイギリスとの新たな軍事協定AUKUSを唐突に発表した。米国のオーストラリアへの原子力潜水艦供与を突然公表した結果、それまで自国の潜水艦をオーストラリアに提供する契約を進めていたフランスが激怒し、駐米フランス大使の本国召還という抗議の措置までとった。北大西洋条約機構(NATO)の同盟国同士では前例のない強硬な反発だった。
バイデン大統領はさらに10月から11月にかけて、台湾が中国の武力攻撃を受ければ、米国は台湾を防衛する義務があるという趣旨の間違った発言を繰り返した。そのたびにホワイトハウスや国防総省の担当高官が訂正するという始末だった。
���からバイデン大統領が外交でのミスを非難されるのも当然とはいえる。とはいえ、ヒトラーへの宥和政策で知られるチェンバレンと重ねるというのはあまりに過激な糾弾である。
バイデンの弱さを見逃さないプーチン
ティエッセン氏によるこの評論記事は、バイデン大統領のウクライナ問題でのロシアへの対応を取り上げていた。
ティエッセン氏は、バイデン大統領がロシアのプーチン大統領のウクライナへの再度の軍事侵攻の構えに対して経済制裁以上の対抗措置を取らない方針を当初から言明したことや、ウクライナへの兵器供与もロシアが侵攻しない限りは実施しないと言明したことを批判し、これらの対応はかえってロシアの軍事攻勢を誘う「宥和」だと警告していた。
また、プーチン大統領がウクライナ問題で強気に出るのは、バイデン大統領のアフガニスタン撤退での失態が弱さを露呈したと認識したからだ、とも述べていた。
ティエッセン氏は、2014年のロシアのクリミア占拠も、当時のオバマ政権がシリアのアサド政権に弱さを見せたからだという。オバマ政権は、アサド政権が「レッドライン」を超えて化学兵器を使用した場合に強硬対応をとると宣言していた。しかし実際にはなんら強硬対応をとらなかったのである。このとき、バイデン氏は副大統領だった。
米国議会でも欧州でも
実は、チェンバレン首相を引き合いに出したバイデン大統領への批判は米国議会でも見られた。
12月中旬、ロシア軍の国境地帯集結で危機の迫るウクライナを現地視察した米国下院軍事委員会の超党派議員団の団長、マイク・ウォルツ議員(共和党)が、「米国はウクライナに緊急に軍事支援を実行すべきだ。それをしないバイデン政権の対応はチェンバレンの宥和政策と同じになる」と言明したのだ。
同様の批判は、欧州でも出ていた。エストニア軍の元最高幹部で、米国でも知られる軍事評論家のレオ・クナス氏は、「バイデン大統領のロシアへの態度はミュンヘン会議を思わせる」と警告し、チェンバレンの名前も挙げていた。この見解はイギリスの主要紙などで報道された。
さて、これほどの酷評を米国でも欧州でもぶつけられたバイデン大統領はこの汚名をどうすすぐのか。
それでなくても中国への対応やメキシコ国境での違法入国者の急増、民主党内での経済やコロナウイルスへの対策をめぐる造反など、バイデン大統領が直面する難題は多い。そんな内憂外患のなかで、ウクライナ危機をどう治めるか、改めて注目されるところである。
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#jbプレス #織田邦男 先生の論考です
中国の尖閣諸島侵攻から始まる台湾有事
尖閣に地対空ミサイル「S-400」設置を狙う中国
2021.4.21(水)
織田 邦男
菅義偉内閣総理大臣は3月16日(日本時間17日)、ホワイトハウスでジョセフ・バイデン米国大統領と日米首脳会談を行い、共同声明を発出した。
共同声明の重要なポイントは、覇権主義的な動向を強める中国に、共同して対抗する姿勢を強く打ち出したことである。
中でも「台湾海峡の平和と安定の重要性」が明記されたことは時宜を得ている。台湾海峡有事は差し迫った危機なのである。
3月9日、米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官は、上院軍事委員会公聴会で、今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性があると証言した。
23日には、次期米インド太平洋軍司令官に指名されたジョン・アキリーノ太平洋艦隊司令官は同じく公聴会で、中国による台湾侵攻の脅威は深刻であり、「大半の人が考えているよりもはるかに切迫している」と述べた。
なぜ今、台湾海峡有事なのか。
本気の中国、他人事の日本
これについては、拙稿「北京五輪後に台湾侵攻狙う中国���ソチ五輪後にクリミア併合の二の舞を避けよ」(3月12日掲載、https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/64426)に書いたのでここでは省略する。
いずれにしろ共同声明で「威圧の行使を含む国際秩序に合致しない中国の行動について、懸念を共有した」と中国を名指し、「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」と明記した意味は大きい。
中国は即座に反応した。
共同声明に対し「強烈な不満と断固とした反対」を表明し、「中国の懸念に厳粛に対応し、直ちに中国内政への干渉をやめるよう求める」とする中国外務省報道官談話を発表した。
加えて「あらゆる必要な措置を取り、国家主権、安全、発展の利益を断固として守る」と報復をも示唆している。
台湾海峡危機を未然に防止するには、バイデン政権が戦争をも辞さず台湾を守るという覚悟を示す必要があり、今後のバイデン政権の対中姿勢次第であると拙稿にも書いた。今回、日米で台湾海峡有事に言及し、中国に対し力強く牽制したことは、北東アジア情勢の安定にも寄与するに違いない。
問題は、この共同声明に基づく今後の具体的行動である。日本の政界の反応、メディアの報道ぶりを見ると、台湾海峡有事に対し、どこか他人事のように感ずるのは筆者だけだろうか。
ピントが外れ、リアリティーが欠如しているとしか思えない報道も多い。軍事的知識の欠如や想像力の貧弱さから来ているのかもしれないが、今後の対応が懸念される。
日本は巻き込まれるのではない
台湾海峡有事に対する日本人の一般的認識は、中国が台湾に武力侵攻すれば、米軍が参戦し、日本が米軍を支援する。こういう単純な構図である。
簡単に言えば、米軍の実施する戦争に日本がどう支援するかだと思っているようだ。
従って、またぞろ日本が米国の戦争に「巻き込まれる」といったデジャブ的報道を垂れ流すメディアもみられる。
良識的な新聞でも、「重要影響事態」「存立危機事態」など真剣に論評を加えるが、基本的には米軍が実施する戦争を日本が支援するという構図に変わりはない。
だが、これは大きな誤りである。
台湾海峡有事は、すなわち日本の有事である。それは米軍の参戦有無には関係がない。
台湾侵攻作戦の戦闘エリアには、沖縄を含む日本の南西諸島が含まれる。否が応でも日本は戦争に巻き込まれる。
作戦は尖閣奪取から始まり、日本の初動対応いかんによっては、沖縄の米軍が後方に下がる可能性がある。
台湾攻略に中国が最も留意することは、可能な限り米軍を参戦させないことである。
米軍が本気になれば、今でも中国は敵わない。だが米軍が初動で参戦できない状況を作為する、つまり米軍が参戦する暇もなく既成事実を作ってしまえば、後からの参戦は非常に難しい。
ロシアのクリミア半島併合を見れば分かる。
他方、沖縄の米空軍戦力が存在している限り、台湾周辺の制空権獲得は難しい。制空権のない現代戦に勝利はない。
逆に言えば、制空権がと��ない限り、中国の台湾侵攻はないだろう。中国は何としても、初動で沖縄の米空軍戦力の無力化を図っておきたい。
尖閣に地対空ミサイル設置を狙う中国
米軍とのガチンコ勝負を避け、可能な限り流血の事態を回避しつつ、台湾周辺の制空権をとる作戦はあるか。当然、中国はこれを模索しているはずである。
考えられるシナリオは、平時の内に海警を使って、尖閣に地対空ミサイル「S-400」を搬入し、尖閣で稼働させるという作戦である。
S-400は、ロシア連邦で開発された同時多目標交戦能力を持つ超長距離地対空ミサイルシステムである。
空自が保有する地対空ミサイル「PAC3」の2倍の射程を有し、400キロ先の6つの目標に対する同時撃墜能力を有している。
ステルス機に対する能力も高く、極超音速ミサイルや弾道ミサイルにも対処可能とされ、中国は2014年から導入を開始し、現在実戦配備されている。
現存する最強の地対空ミサイルといえる。NATO(北大西洋条約機構)の一員でもあるトルコが導入を決め、米国のドナルド・トランプ前大統領が激怒して制裁を発動したのもこのミサイルシステムである。
尖閣から沖縄本島まで約400キロ、台湾までが約170キロである。尖閣の久場島はなだらかな丘陵地形であり、山もなく地対空ミサイル配備の好適地である。無人島であるから流血なく確保できる。
久場島にS-400が配備され、いったん稼働されれば、台湾、沖縄はその射程圏内に入る。嘉手納基地、那覇基地からの軍用機の活動は大きく制約される。
これを無力化しない限り、嘉手納の米空軍は三沢かグアムに後退せざるをえなくなる。
台湾侵攻も始まっていない平時であれば、日本が対応しない限り、米軍はこれを破壊するのは困難であろう。
だが台湾への侵攻作戦が始まった途端、S-400の威力が発揮され、米空軍は、尖閣、台湾に接近することさえ難しくなる。
「平時のうちに尖閣奪取」が号砲
尖閣諸島は台湾侵攻のために欠かせない戦略的要地である。台湾侵攻の作戦準備として、平時の内に中国軍は尖閣を取りに来るだろう。
尖閣と台湾は、政治的には切り離せても、安全保障上は切り離すことはできないのだ。
平時に、海警を使って作戦準備を整えるというところが肝である。
海警はコーストガードではあるが、中央軍事委員会に直属する武装警察の隷下にあり、海軍と同じ指揮系統で動ける第2の海軍である。2月1日の海警法改正により、自衛行動がとれ、武力行使もできるようになった。
台湾侵攻の作戦準備活動として、平時に海警がS-400を搬入するのを日本は阻止できるのか。阻止できなければ日米同盟は地に堕ちる可能性がある。
海警が平時に作戦準備に使われる場合、日本の対応は非常に難しい。海警の行動が純粋な警察活動か、軍事活動か判断できない上に、仮にS-400の搬入だと分かったとしても、これを阻止する法的根拠(任務、権限)がないからだ。
海保はいつものように領海侵犯として対応し、現在と同じように無線と電光掲示板による警告だけが関の山であろう。
仮に海上自衛隊に海上警備行動が下令されても基本的には海保と法的権限は同じであり、海保以上のことはできない。S-400を破壊することはもちろん、没収も調査さえすることもできない。
では「明白な危機が切迫している」として「武力攻撃事態」を認定し、防衛出動を下令して自衛隊にこれを破壊させればどうか。
国会で最優先に議論すべき内容
法律的には可能であるが、今の日本では小田原評定が続き、「認定行為」自体が政治的に難しいことが予想される。
中国が海軍を出動させていない段階で、そして物理的な武力攻撃を受けてもいない時点で、自衛隊に流血を伴う武力行使をさせる。政府にその腹はあるか――。
今回の共同声明を受け、こういったことこそ、国会で堂々と議論してもらいたい。
巷間言われているように、中国の台湾武力侵攻には、米軍が参戦し、日本は「重要影響事態」か「存立危機事態」を認定して、米軍を支援する。ことはこんな単純な話ではないのである。
「台湾有事が起これば、日本は集団的自衛権の行使も含めて対応を検討する。ただ、米軍が介入する本格的な戦争になれば、中国軍は在日米軍基地や南西諸島も標的にするとみられる。政府高官は『日本有事を意味するので武力攻撃事態と認定し防衛出動することになるだろう』と語る」と某保守メディアでもこうだ。
こんなシナリオは軍事的にはあり得ない。
中国もバカではない。核戦争を覚悟してまで米軍とガチンコ勝負をする蓋然性は低いだろう。現実的、合理的、かつ蓋然性の高いシナリオで議論しなければ、有事に必要な処方箋は得られない。
我が国としては、可能な限り、事態のエスカレートを避けるため、平時にあっては海警には海保が対応し、有事は、海軍には海自が対応するのが正しい。
海保のソフト・ハード強化が急務
このシナリオで分かることは、作戦準備期間といったグレーゾーンにあって、海保のハード、ソフトの強化が急務であることだ。
自民党国防議員連盟は、中国の海警法改正に危機感を抱き、海上保安庁法改正に、そして領域警備法制定に精力的に取り組んできた。
だが結果的には、国土交通部会の反対で「必要があれば法整備も検討する」という腰砕けになった。
大山鳴動して鼠一匹も出ないような結果となったのは、いかに台湾海峡危機が他人事であり、リアリティーと想像力が欠如している証左でもある。
菅首相は日米首脳会談後の記者会見で「防衛力強化への決意」を表明した。これはある意味、対米公約である。
「防衛力強化」といえば、これまでは兵器購入というハードを中心とした強化であった。だが今回はそれだけであってはならない。
戦闘機の購入を決めても、それを手にするのは4年後である、護衛艦を購入しても部隊に配備されるのは5年後である。
前述のように、台湾侵攻は6年以内、いやそれよりも早く起きる可能性があり、今から兵器を購入しても間に���わない。
「防衛力強化」は台湾海峡有事を抑止するための強化でなければならない。米国が日本に求めているのは、今までのような「負担の分担」ではなく、「抑止力の分担」である。
初動の対応が抑止の全局を左右する。その初動は日本の役割なのだ。
「防衛力強化」とは、明日にでも起こりうる台湾海峡有事に対し、日本が初動で主体的に対応できる強化でなければならない。
それはグレーゾーンにおける、自衛隊、海保、警察の有機的な連携と有効な作戦活動を可能にしなければならない。そのためには、法整備と政府の覚悟、そして国民への説明が大きな比重を占める。
危機管理の要諦は、起こりうる事態を「まさか」と捉えるのではなく、「もしかして」と捉え、最悪を想定して準備をしておくことだ。
台湾海峡有事は、「重要影響事態」でもなければ、「存立危機事態」でもない。
日本の有事そのものであり、グレーゾーンにおける日本の初動対応が戦争抑止の処方箋になり得ることを忘れてはならない。
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映画『日本独立』がついに描いた日本国憲法の真実
古森 義久
飛行するB29(1945年、米空軍撮影/パブリックドメイン)
(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
「ついに出たか」というのが私の実感だった。日本国憲法がどのように作られたのかをここまで現実通りに描いた作品は、映画に留まらずテレビドラマ、歴史書、学術論文など、どの分野を見渡しても日本ではまずないだろう、と感じた。最近、封切られた日本映画『日本独立』(2020年12月18日公開)を見ての率直な感想である。
今、あえてこの映画について報告するのは、決して作品の宣伝をするためではない。戦後の日本にとって最も重要といえる憲法についての歴史の展開が、これほど簡明に実際の歴史どおりに報告されることは、私の知る限りまずなかったと思えるからだ。だからその歴史の現実を伝え、知るには、この映画の紹介が好材料だと感じた次第である。
米軍の将校十数人が一気に起草
日本の憲法が、占領下の1946年(昭和21年)2月に米軍総司令部(GHQ)の米軍人たちによっていかにあわただしく作成されたか、私はその経緯を、作成にあたった当事者から詳しく聞いた数少ない日本人の1人である。その当事者が語った実際の歴史は、今回の映画で描かれた経緯とほぼ同じだった。
実際の歴史をこれほど正確に伝えた表現や描写の記録を私は知らない。つまり日本国憲法の草案作りの実態は、歴史として正確に語られることがほとんどなかったのだ。
ただし、その骨子はすでに多方面で多様な資料によって明確となっている。日本国憲法は、日本がアメリカをはじめとする連合国の占領下にあった1946年2月3日からの10日ほどの期間に、米軍の将校十数人により一気に書き上げられた。この将校団は連合国軍総司令部(GHQ)の民政局次長だったチャールズ・ケーディス米陸軍大佐を実務責任者としていた。「連合国軍」といっても主体は米軍だったのだ。
ケーディス大佐の直属の上官は民政局の局長のコートニー・ホイットニー准将、さらにその上官は連合軍最高司令官のダグラス・マッカーサー元帥だった。
日本の新憲法を作成するにあたって、GHQは当初、日本側にその起草を命じた。命を受けた時の幣原喜重郎内閣は松本烝治国務大臣にその起草を任せた。まもなくその草案ができたが、GHQは一蹴してしまった。「内容が十分に民主主義的ではない」という理由だった。その結果、GHQ自身が日本の新憲法を書くことを急遽決定した。そしてその実務がケーディス大佐に委ねられたのだ。
その結果、書き上げられた日本国憲法案は、3月13日に日本側の幣原内閣に提示された。日本側は内容を不満だとして抵抗を試みたが、しょせんは戦争の勝者と敗者の関係である。ふつうの独立国家であれば、考えられない戦力の不保持や戦争の放棄、さらには自衛の放棄までをうたうような憲法案を受け入れざるをえなかった。
米国側の意図はもちろん日本を二度と軍事強国にさせないということだった。そのためには、たとえ自国を守るためでも「戦力」や「戦争」は禁止するという意図だったのだ。
反論の余地なく押し付けられた
映画『日本独立』は、その米国製の憲法案を押しつけられた日本側の責任者たちの米国との交渉、苦闘を描いている。
その筋書きは歴史どおり、米国のGHQが独断で書いた憲法草案を、「日本政府が自主的に書いた」という虚構とともに日本側にそのまま受け入れることを強制する、という展開だった。
出演は浅野忠信、小林薫、宮沢りえ、松重豊、柄本明、浅田美代子といったスターたちだ。監督は、かつて東条英機にユニークな光をあてた映画『プライド・運命の瞬間』を作った超ベテランの伊藤俊也である。
映画のストーリーは、幣原内閣の外相の吉田茂、そしてその知己の国際派実業家だった白洲次郎に焦点を合わせ、「日本を独立国ではなく、まったくの隷属国として扱っている」(白洲次郎の言葉)米国への反発を追っていく。だが、結局は米国の命令どおりに事態は進んでいく。
この映画の展開は、私にとってきわめて新鮮に感じられた。なぜならこれまでの日本では、憲法をめぐる論議がこれほど長く、これほど広く進められてきても、憲法草案が占領軍の米軍によってすべて作られ、日本側にはなんの反論の余地もないまま、そのとおりに受け入れさせられたという事実が明示されることはまずなかったからだ。
その意味で、この映画は重要だといえる。改憲にしても、護憲にしても、まず現在の日本の憲法がどんな経緯で、どんな環境下で作成されたかを客観的に知ることは、憲法問題への取り組みの第一歩だからである。これまでの日本の憲法論議では、その事実認定の第一歩がきちんと踏み出されていないのだ。
真の主役、第9条を書いたケーディス大佐
映画『日本独立』では、米国側のマッカーサー、ホイットニー、ケーディスという重要人物たちも頻繁に登場し、日本側代表と衝突する。だが当然ながら戦争の勝者の占領軍はほぼ100パーセント、その意思を押し通していった。この映画では、そのやり取りがわかりやすく、ドラマティックに活写されていた。
その米側の多数の登場人物たちの間でも、真の主役はやはりケーディス大佐である。GHQでの肩書は民政局の次長だった。
ケーディスは当時39歳、コーネル大学、ハーバード大学の出身で、戦前からすでに弁護士として活動していた。1941年12月に米国が日本やドイツとの戦争に入ると、陸軍に入り、参謀本部で勤務した後、フランス戦線で活動した。日本には1945年8月の日本の降伏後すぐに赴任して、GHQで働くようになった。そして赴任の翌年の2月に憲法草案作成の実務責任者となった。
私はそのケーディスに1981年4月、面会し、日本国憲法作成の経緯を詳しく聞く機会を得た。場所は、当時75歳の彼が勤務していたニューヨークのウォール街の大手法律事務所だった。
私の質問に、彼は時には用意した資料をみながら、なんでもためらわずに答えてくれた。結局4時間近くの質疑応答となった。
私は彼の話から日本国憲法作成の状況の異様さに衝撃を受け続けた。なにしろ手続きがあまりに大ざっぱだったからだ。日本側への対処があまりに一方的な押しつけに徹していたからでもあった。そもそも戦勝国が占領中の旧敵国に受け入れを強制した憲法なのだから当然なのかもしれないが、それにしても、なんと粗雑な点が多かったのかと驚かされた。
彼の言によれば、起草は都内の各大学図書館から他の諸国の憲法内容を集めることから始まり、後に「マッカーサー・ノート」と呼ばれる黄色の用紙に殴り書きされた天皇の地位や戦争の放棄など簡単な基本指針だけが盛り込むべき内容として指示されていた。
「私自身が書くことになった第9条の目的は、日本を永久に非武装にしておくことでした。しかも上司からのノートでは、戦争の放棄は『自国の安全保障のためでも』となっていました。この部分は私の一存で削りました。どの国も固有の自衛の権利は有しているからです」
ケーディスは後に日本側から「芦田修正案」が出されたときも、自分の判断だけでOKを与えたという。この修正案は9条の第2項の冒頭に「前項の目的を達するため」という字句を挿入することで、固有の自衛権を認め、自衛隊保持の根拠を供した。
憲法草案のこうした枢要な部分は、上司のホイットニー民政局長やマッカーサー元帥の承認を事後に得てはいるが、ケーディスの判断だけでも済んだという。
最大の目的は日本の永久非武装化
このインタビューでケーディス元大佐が私に語った内容の主要点は以下のとおりであった。
・憲法草案の最大の目的は日本を永久に非武装にしておくことだった。
・草案の指針は日本の自国防衛の権利までを否定する意図だったが、自分の一存でその部分を削った。上司の了解は事後に得た。
・「天皇は日本国の象徴」という表現もアメリカ政府の事前の指示にはなく、ケーディスら実務担当者が思いついた。
・第9条の発案者はマッカーサー元帥か、幣原喜重郎首相か、天皇か、あるいは他のだれかなのか、自分にもいまだにわからないままである。
・アメリカ側は、日本政府が新憲法を受け入れない場合は国民投票にかけるという圧力をかけたが、日本側の受け入れには選択の余地はないとみていた。
以上の5点からも、現在の日本国憲法は日本の占領下に米軍によって書かれ、なおかつ押しつけられたことがあまりにも明白である。しかも日本���永久に非武装にして自国の防衛の能力や意思をも奪おうとしたのだ。戦後の日本は、自国の防衛という主権行為の権利さえも制約された「半国家」にされたと言っても過言ではない。
日本国憲法は、あまりにも異常な条件下で、占領する側が一方的に作成した憲法だった。その実態が、憲法案作成から75年近くが過ぎたいま、映画のなかでやっと正確に再現されるようになったというわけである。これも令和という新時代になったからこそ、なのだろうか。
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日本に「見えない戦争」を仕掛け始めた中国
日本は「全政府対応型アプローチ」で備えよ
2020.11.16(月)
樋口 譲次
「新しい戦争」の形
21世紀の戦争は、国家が堂々と紛争の解決を軍事的手段に訴える分かりやすい従来型の戦争から、知らないうちに始まっている外形上「戦争に見えない戦争」へと形を変えている。
この「新しい戦争」の形を初めて実戦に採り入れたのはロシアである。
その実戦とは、2014年のロシアのクリミア半島併合と東部ウクライナへの軍事介入であり、西側では「ハイブリッド戦」と呼んでいる。
ハイブリッド戦は、『防衛白書』(令和2年版)によると下記のように説明されている。
軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法であり、このような手法は、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いることになります。
例えば、国籍を隠した不明部隊を用いた作戦、サイバー攻撃による通信・重要インフラの妨害、インターネットやメディアを通じた偽情報の流布などによる影響工作を複合的に用いた手法が、「ハイブリッド戦」に該当すると考えています。
このような手法は、外形上、「武力の行使」と明確には認定しがたい手段をとることにより、軍の初動対応を遅らせるなど相手方の対応を困難なものにするとともに、自国の関与を否定するねらいがあるとの指摘もあります。
顕在化する国家間の競争の一環として、「ハイブリッド戦」を含む多様な手段により、グレーゾーン事態(純然たる平時でも有事でもない幅広い状況)が長期にわたり継続する傾向にあります。(括弧は筆者)
東西冷戦が終結して2000年代に入り、複数の旧ソ連邦国家で独裁的政権の交代を求めて民主化と自由を渇望する運動が起こった。
非暴力の象徴として花や色の名を冠した、グルジア(ジョージア)のバラ革命(2003年)、ウクライナのオレンジ革命(2004年)、キルギスのチューリップ革命(2005年)などがそれである。
また、アラブ諸国においても「アラブの春」と呼ばれた同様の運動が起こり、2010年から2011年にかけてチュニジアの民衆が蜂起した「ジャスミン革命」を発端として、エジプト、リビア、イエメンなどでも独裁・腐敗の政権が倒された。
シリアでは激しい内戦が最近まで続いている。
これらの民主化と自由を求める運動によって、かつての衛星国を失ったロシアでは、本運動は米国や欧州などの西側が介入・扇動し、旧ソ連邦国家やアラブ諸国住民の「抗議ポテンシャル」を活性化させた意図的な体制転��あるいは陰謀であり、一種の戦争であるとの見方が強まった。
そして、ロシアもまた、このような脅威に晒されているとの認識が高まり、安全保障・国防政策上の中心���テーマとして急浮上したのである。
それを背景として、2013年2月に発表されたのが、ロシア連邦軍の制服組トップであるヴァレリー・ゲラシモフ参謀総長による「予測における科学の価値」(『軍需産業クーリエ』、2013年2月27日付)というタイトルの論文である。
ゲラシモフ論文は、「21世紀には近代的な戦争のモデルが通用しなくなり、戦争は平時とも有事ともつかない状態で進む。戦争の手段としては、軍事的手段だけでなく非軍事的手段の役割が増加しており、政治・経済・情報・人道上の措置によって敵国住民の「抗議ポテンシャル」を活性化することが行われる」と述べている。
そして、ゲラシモフ論文による21世紀の戦争では、非軍事的手段と軍事的手段との比率を4対1とし、非軍事的手段の役割の大きさが強調されている。
そのように、ゲラシモフは「戦争のルールが変わった」と指摘しており、いわば「新しい戦争」の到来を告げたのである。
その後、2014年にウラジーミル・プーチン大統領が承認した「ロシア連邦軍事ドクトリン」は、前年のゲラシモフ論文の考え方を踏まえて作成されたとみられている。
ロシアの2014���事ドクトリンでは、政治的、外交的、法的、経済的、情報その他の非攻撃的性格の手段を使用する可能性が尽きた場合のみ、自国およびその同盟国の利益のために軍事的手段を行使するとの原則を固守するとし、最終手段としての軍事とその他の手段との連続性を示唆している。
そして、同ドクトリンでは「現代の軍事紛争の特徴および特質」と題して10項目を挙げ、ハイブリッドという言葉こそ使っていないが、ハイブリッドな戦い方が現代戦の特色であることを強調している。
「現代の軍事紛争の特徴および特質」を時系列的にまとめると、次のようになろう。
平・戦時の境目のない戦い→ハイブリッド戦/グレーゾーン事態
①軍事力、政治的・経済的・情報その他の非軍事的性格の手段の複合的な使用による国民の抗議ポテンシャル(相手国民への宣伝戦・心理戦による懐柔)と特殊作戦(リトル・グリーンメン)の広範な活用
②政治勢力、社会運動に対して外部から財政支援および指示を与えること
③敵対する国家の領域内において、常に軍事活動が行われる地域を作り出すこと(東シナ海:尖閣諸島~沖縄、南シナ海)
軍事活動への移行
④軍事活動を実施するまでの準備時間の減少
軍事活動
⑤グローバルな情報空間、航空・宇宙空間、地上および海洋において敵領域の全縦深で同時に活動を行うこと(マルチドメイン作戦)
⑥精密誘導型兵器および軍用装備、極超音速兵器、電子戦兵器、核兵器に匹敵する効果を持つ新たな物理的原理に基づく兵器、情報・指揮システム、無人航空機および自動化海洋装置、ロボット化された兵器および軍用装備の大量使用(技術的優越/先進的兵器)
⑦垂直的かつ厳密な指揮システムからグローバルな部隊および指揮システムネットワー���への移行による部隊および兵器の指揮の集中化および自動化
⑧軍事活動に非公式の軍事編成および民間軍事会社が関与すること
(以上、括弧は筆者)
つまり、「新しい戦争」の特徴・特質は、まず、純然たる戦時と認定しがたい条件の範囲内で、軍事的手段と非軍事的手段を複合的に使用し、相手の知らないうちに外形上「戦争に見えない戦争」を仕掛ける。
それによる可能性が尽きた場合には一挙に軍事活動へと移行し、最終的に最先端技術・兵器を駆使したマルチドメイン作戦による軍事活動をもって戦争の政治的目的を達成することにあると言えよう。
ロシアは、旧ソ連邦国家やアラブ諸国の民主化や自由を求める運動を西側による体制転換の脅威として非難しているが、むしろそれを逆手にとり、実際にウクライナやシリアで「新しい戦争」を展開しているのはロシアの方である。
そして、最近ロシアとの軍事的接近を強めている中国が、「孫子」の伝統と2人の軍人によって提唱された「超限戦」の思想と相まって、従来と形を変えた「新しい戦争」を描く「ロシア連邦軍事ドクトリン」に関心を示さないはずはないのである。
すでに始まった中国の対日“戦争”
習近平国家主席は、故毛沢東主席のほかに、ロシアのプーチン大統領をロール・モデルとしていると言われている。
クリミア半島併合などの実戦で採用された「ハイブリッド戦」に代表されるロシアの軍事ドクトリンは格好の教材である。
習近平主席は、中国のシンクタンクにその研究を命じ、それによって、中国の台湾統一戦略や尖閣諸島・南シナ海などへの海洋侵出戦略に大きな影響を及ぼしていると見られている。
そこで、中国がわが国に対して仕掛けている「新しい戦争」について、ロシアが挙げる「現代の軍事紛争の特徴および特質」に沿って分析してみることにする。
①「軍事・非軍事手段の複合的使用等」について
中国は、軍事や戦争に関して、物理的手段のみならず、非物理的手段も重視しているとみられ、「三戦」と呼ばれる「輿論(よろん)戦」、「心理戦」および「法律戦」を軍の政治工作の項目としているほか、軍事闘争を政治、外交、経済、文化、法律などの分野の闘争と密接に呼応させるとの方針も掲げている。(令和2年版『防衛白書』)
米国防省によると、輿論戦は、中国の軍事行動に対する大衆および国際社会の支持を得るとともに、敵が中国の利益に反するとみられる政策を追求することのないよう、国内および国際世論に影響を及ぼすことを目的としている。
心理戦は、敵の軍人およびそれを支援する文民に対する抑止・衝撃・士気低下を目的とする心理作戦を通じて、敵が戦闘作戦を遂行する能力を低下させようとする。
また、法律戦は、国際法および国内法を利用して、国際的な支持を獲得するとともに、中国の軍事行動に対する予想される反発に対処するものである。
中国は、海洋侵出の野望を実現するため海軍および海警局の先兵として海上民兵(リトル・ブルーメン)を活用している。
海上民兵は、普段、漁業などに従事しているが、命令があれば、民間漁船などで編成された軍事組織(armed forces)に早変わりし、軍事活動であることを隠すため、漁民などを装って任務を遂行する。
東シナ海の尖閣諸島や南シナ海で見られるように、海上民兵は、中国の一方的な権利の主張に従い、情報収集や監視・傍受、相手の法執行機関や軍隊の牽制・妨害、諸施設・設備の破壊など様々な特殊作戦・ゲリラ活動を行う。
同時に、係争海域における中国のプレゼンス維持を目的とし、あるいは領有権を主張する島々に上陸して既成事実を作るなど幅広い活動を行い、中国の外交政策や軍事活動の支援任務に従事している。
その行動は、「サラミ1本全部を1度に盗るのではなく、気づかれないように少しずつスライスして盗る」という寓意に似ていることから、「サラミスライス戦術」と呼ばれている。
「サラミスライス戦術」を行う海上民兵が乗船する漁船などの周りを海警局の艦船が取り囲み、公船の後方に海軍の艦艇が待機し、島や岩礁を2重3重に囲んで作戦する様子が、中心を1枚ずつ包み込んでいるキャベツの葉に似ているので、これを「キャベツ戦術」と呼んでいる。
そこには、前述の通り、計算尽の巧妙な仕掛けが潜んでいる。
まず、中国は、歴史的にも国際法上も日本固有の領土である尖閣諸島を、中国の「領海・接続水域法」で自国領土と規定した「法律戦」に訴えつつ、妥協の余地のない「核心的利益」と主張している。
その虚構の上に、尖閣諸島周辺海域で漁船(海上民兵)を活動させ、その保護を名目に法執行機関(海警)を常続的に出動させている。
そして、「釣魚島は中国固有の領土である」という題目の白書を発表するとともに、いかにも尖閣諸島を自国領として実効的に支配しているかのように国際社会に向けた大規模な「輿論戦」を繰り広げている。
同時に、日本および日本国民に対しては力の誇示や威圧による士気の低下を目的とした「心理戦」を展開している。
このように、中国の日本に対する「戦争に見えない戦争」は、すでにこの段階まで進んでおり、中国の尖閣諸島奪取工作は危機的状況にまで高まっている。
そして、中国は、同島周辺地域で不測の事態が起きることを虎視眈々と窺っており、もしそのような事態が発生すれば、力による現状変更の好機と見て軍隊(海軍)を出動させ、軍事的解決に訴える態勢を整えているのである。
②「敵対国家内の政治勢力や社会運動に対する財政支援・指示」について
米有力シンクタンクの戦略国際問題研究所(CSIS)は2020年夏、「日本における中国の影響」についての報告書を発表した。中でも、中国の沖縄工作が注目される。
報告書は、中国が世界中で展開する戦術には、中国経済の武器化(取引の強制や制限)、 物語的優位性の主張(プロパガンダと偽情報)、エリート仲介者の活用、在外華人の道具化、 権威主義的支配の浸透などがあるとした。
こうした工作を中国は日本に対しても行い、表向きの外交から、特定個人との接触などの隠蔽、強制、賄賂による買収(3C=covert, coercive and corrupt)を用いているとしている。
特に、尖閣諸島を有する沖縄県は、日本の安全保障上の重要懸念の一つであり、米軍基地を擁するこの島で、外交、ニセ情報、投資などを通じて、日本と米国の中央に対する不満を引き起こしていると指摘する。
報告書は、中国共産党が海外の中国人コ��ュニティに影響を与えるために使用する多くの方法の一つが中国語メディアであり、ニュースメディアを通じた中国の影響力の最も重要なターゲットは沖縄だと指摘する。
この件については、日本の公安調査庁も年次報告書(2015・17年の『内外情勢の回顧と展望』)において、中国官製メディアの環球時報や人民日報が、日本による沖縄の主権に疑問を投げかける論文を複数掲載していることを取り上げ、沖縄で中国に有利な世論を形成し、日本国内の分断を図る戦略的な狙いが潜んでいるものとみられ、今後の沖縄に対する中国の動向には注意を要すると問題提起している。
そのように、中国が沖縄に「独立宣言」させる工作を進めている可能性があるとして懸念が広がっている。
③「敵対国家の領域内における軍事活動地域の創出」について
中国は、尖閣諸島周辺の日本の領海や接続水域に法執行機関である海警局の艦船を絶え間なく送り込み、同諸島の領有をかたくなに主張している。
この動きは、2019年から強まっており、今年、各国が新型コロナウイルスへの対応に迫られる中でもその攻勢はむしろ激化し、これまでとは違った危険な局面に入っていると見られている。
尖閣諸島周辺での中国公船等による接続水域内入域および領海侵入は、今年4月中旬から110日以上連続した。
そして、5月8日、日本の領海に侵入した中国海警局の2隻が、そこで漁をしていた日本漁船を追尾し続け、3日間にわたって領海への侵入を繰り返した。
この件について中国外務省の報道官は、「日本漁船が中国の領海内で違法な操業をしたため海域から出るよう求めた」と主張した。
すでに尖閣諸島は自国領であるとの前提に立ち、あくまで自国の海で主権を行使しているに過ぎないとうそぶく始末である。
中国では、2018年1月に人民武装警察(武警)部隊が、また同年3月には武警部隊の傘下に海警局が、それぞれ国務院(政府)の指揮を離れ、最高軍事機関である中国共産党中央軍事委員会(主席・習近平国家主席)に編入された。
この改編を通じ、海警局の法執行の強化および武警・人民解放軍と融合した軍隊化が図られた。
その結果、尖閣諸島周辺海域で行動する中国海警局の艦船は、準軍隊としての性格と役割を付与され、東シナ海を管轄する人民解放軍の「東部戦区」とともに一元的に作戦行動をとる体制が整ったことになる。
さらに、中国の立法機関である全国人民代表大会(全人代)は今年11月初め、海警局(海警)の権限を定めた「海警法」案の全文を発表し、国家主権や管轄権が外国の組織、個人に侵害されたときは「武器の使用を含めたあらゆる必要措置」を取れると規定した。
また最高軍事機関である中央軍事委員会の命令に基づき「防衛作戦などの任務」にあたることも明記された。海警局の艦船は、大型化し、軍艦並みの兵器を装備しており、法制定後は海軍との連携を一段と強めるとみられている。
前述の通り、海警局の艦船は、尖閣諸島周辺で領海侵入を繰り返しており、周辺で操業する日本漁船も「海警法」の対象となるのは間違いなかろう。
このように中国は、日本領域内の尖閣諸島ひいては南西諸島周辺を焦点に軍事活動を行う地域を意図的に作り出していると見ることができ、今後、不測の事態が生起すれば、一挙に軍事活動へとエスカレートさせる危機が迫っていると考えなければならない。
④「軍事活動への短時間の移行」について
中国は、東シナ海の尖閣諸島、南シナ海そしてインドとの国境で、領土的野心を露わにしている。
今年6月に中国とインドの国境付近で発生した両国軍の衝突は、中国が自国周辺の領有権主張を巡り、一段と強硬姿勢を取���リスクを浮き彫りにした。
また、その衝突によって、中国が国境付近の現状を変えるため、現場の比較的小規模な小競り合いを利用しごく短時間に軍事作戦へ移行することも明らかになった。
同じように、中国の尖閣諸島を焦点とする日本に対する軍事作戦は、「Short, Sharp War」(迅速開始・短期決戦の激烈な戦争)になると見られている。
そのシナリオの一例はこうだ。
米国がINF全廃条約の影響で、東アジアに対する中距離(戦域)核戦力による核の傘を提供できない弱点に乗じて、中国軍は日本を核恫喝してその抵抗意思を削ぐ。
同時に、対艦・対地弾道ミサイルを作戦展開し、それによる損害を回避させるべく米海軍を第2列島線以遠へ後退させるとともに、米空軍を北日本などへ分散退避させる。
その米軍事力の空白を突いて、中国軍は、海空軍を全力展開して東シナ海の海上・航空優勢を獲得し、その掩護下に海上民兵や日本国内で武装蜂起した特殊部隊などに先導されて尖閣諸島をはじめとする南西諸島地域に奇襲的な上陸作戦を敢行し、一挙に同地域を奪取占領する。
まさにその軍事作戦は、迅速に開始され短期決戦を追及する激烈な戦争、すなわち「Short, Sharp War」を追求している。
その際、米陸軍および海兵隊は、中国軍の侵攻に遅れまいと第1列島線への早期展開を追求するため、中国軍の侵攻と米地上部隊の展開が交錯する戦場でいかに主導権を握るかがカギである。
したがって、日本や第1列島線の国々は、米陸軍・海兵隊の受け入れをスムーズに行う体制を平時から整備することが重要である。
⑤「マルチドメイン作戦による戦争」について
中国は、日米などが新たな戦いの形として追求しているマルチドメイン作戦(MDO)という言葉を使用していないが、それに相当する概念を「情報化戦争」と呼んでいる。
中国は、2016年7月に公表された「国家情報化発展戦略綱要」などで表明しているように、経済と社会発展のための道は情報分野に依存しているとし、軍事的側面からは情報化時代の到来が戦争の本質を情報化戦争へと導いていると認識している。
そして、「情報戦で敗北することは、戦いに負けることになる」として、情報を生命線と考えるのが中国の情報化戦争の概念であり、そのため、従来の陸海空の領域に加え、敵の通信ネットワークの混乱などを可能とするサイバー領域や、敵のレーダーなどを無効化して戦力発揮を妨げることなどを可能とする電磁波領域、そして敵の宇宙利用を制限する宇宙領域を特に重視して情報優越の確立を目指している。
この際、中国の情報化戦争は、米国のような全般的な能力において優勢にある敵の戦力発揮を効果的に妨害する非対称的な能力を獲得するという意味合いもあり、新たな領域における優勢の確保を重視している。
前述の通り、「孫子」の忠実な実践者である中国は、情報化戦争の一環として政治戦や影響工作も重視している。
また、1999年に発表された中国空軍大佐の喬良と王湘穂による戦略研究の共著『超限戦』は、25種類にも及ぶ作戦・戦闘の方法を提案し、通常戦、外交戦、国家テロ戦、諜報戦、金融戦、ネットワーク戦、法律戦、心理戦、メディア戦などを列挙し、これらのあらゆる手段で制限なく戦うものとして今後の戦争を捉えており、中国の情報化戦争に少なからぬ影響を及ぼしていると見られている。
⑥「技術的優越の追求と先進的兵器の使用」について
中国は、2019年10月1日の建国70周年の軍事パレードで23種の最新兵器を公開し、軍事力を内外に誇示した。
その中で、超音速ミサイルや無人戦闘システム、電子戦などに力を入れていることが明らかになったが、パレードで公開された最新兵器はすべて実際に配備されていると説明されている。
その一部を紹介すると下記の通りである。
新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「DF-41」、極超音速滑空ミサイル「DF-17」、超音速巡航ミサイル「CJ-100/DF-100」、超音速対艦巡航ミサイル「YJ-12B/YJ-18A」、最新鋭ステルス戦略爆撃機「H20」、攻撃型ステルス無人機「GJ-11」、高高度高速無人偵察機「WZ-8」、無人潜水艇(UUV)「HSU001」など
中国は、全般的な兵力やグローバルな作戦展開能力、実戦経験でなお米国に後れを取っているとはいえ、今や自国からはるか遠くで作戦を遂行する能力を持ち、インド太平洋地域の紛争を巡る米軍および同盟国軍に対する接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力を有する自国製兵器を幅広く取りそろえている。
中国は、米国に対する技術的劣勢を跳ね返すため、特に、海洋、宇宙、サイバー、人工知能(AI)といった「新興領域」分野を重視した「軍民融合」政策を全面的に推進しつつ、軍事利用が可能な先端技術の開発・獲得に積極的に取り組んでいる。
中国が開発・獲得を目指す先端技術には、将来の戦闘様相を一変させるゲームチェンジャー技術も含まれており、技術的優位性の追求を急速かつ執拗に進めている。
⑦「ネットワーク型指揮システムによる部隊指揮・兵器運用の集中化・自動化」について
中国は、建国以来最大規模とも評される「軍改革」を急ピッチで進めている。
軍改革は、2016年末までに、第1段階の「首から上」の改革と呼ばれる軍中央レベルの改革が概成した。
2017年以降は、第2段階の「首から下」と呼ばれる現場レベルでの改革を着実に推進し、そして「神経の改革」と呼ばれる第3段階の改革に着手している。
中国は、中央軍事委員会に習近平総書記を「総指揮」とし、最高戦略レベルにおける意思決定を行うための「統合作戦指揮センター」を新設した。
これをもって、習近平総書記が、統合参謀部や政治工作部などで構成される中央軍事委員会直属機関の補佐を受け、統合作戦指揮センターにおいて中国全軍を集中一元的に指揮する体制が整ったことになる。
また、中央軍事委員会/統合作戦指揮センターの直下に、従来、総参謀部が持っていた多くの作戦支援部門の機能を統合し、航空宇宙部、ネットワークシステム(サイバー)部、電子電磁システム部および軍事情報部から構成され、情報の戦いを一元的に遂行できる戦略支援部隊が編成された。
さらに、これまでの「七大軍区」が廃止され、軍全体で統合運用能力を高めるため、統合作戦指揮を主導的に���当する「五大戦区」、すなわち東部、南部、西部、北部および中部戦区が新編され、常設の統合作戦司令部がおかれている。
これに先立つ2014年7月、環球時報(電子版)は、中国軍が2013年11月、東シナ海に防空識別圏を設定したのに続き、「東海(東シナ海)合同作戦指揮センター」を新設したと伝えた。
合同指揮センターは、中国各軍区の海、空軍を統合し、東シナ海の防空識別圏を効果的に監視し、日本の軍事的軽挙妄動を防止するのが目的だと報じている。
このように、中国は、マルチドメイン作戦としての情報化戦争で「戦える、勝てる」(習近平総書記)よう、統合作戦遂行能力の向上と効率的な部隊・兵器運用に向けて、ネットワーク型指揮統制システムによる部隊指揮および兵器運用の集中化・自動化に注力している。
⑧「軍事活動への非公式の軍事編成および民間軍事会社の関与」について
中国は、2010年7月に国防関連法制の集大成となる「国防動員法」を制定した。
同法は、有事にあらゆる権限を政府に集中させるもので、民間の組織や国内外に居住する中国公民に対して、政府の統制下に服する義務を課している。
国防動員の実施が決定されれば、公民と組織は、国防動員任務を完遂する義務を負い、軍の作戦に対する支援や保障、戦争災害の救助や社会秩序維持への協力などが求められる。
同法は、日本国内で仕事をしている中国国籍保持者や留学生、中国人旅行者にも適用され、突発的に国防動員がかかった場合、中国の膨大な「人口圧」がわが国の安全保障・防衛に重大な影響を及ぼす。
そのことについて深刻に受け止め、有効な対策を練っておかなければならない。
また、同法は、国が動員の必要に応じ、組織および個人の設備施設、交通手段そのほか物資を収容しおよび徴収することができると定め、その際の徴用の対象となる組織や個人は、党政府機関、大衆団体、企業や事業体等で、中国国内のすべての組織と中国公民、中国の居住権をもつ外国人をも含むすべての個人としている。
つまり、本法律は、中国に進出している日本企業や中国在住の日本人をも徴用の対象としている点に注意が必要である。
コロナ禍によって、マスクをはじめとする薬や医薬品、医療機器など、日本人の生命や国家の生存に関わる生活必需品や戦略物資が不足した。
その原因は、中国でマスクを生産していた日本企業が中国の国防動員の徴用の対象となったことにあり、医薬品などを極度にまで中国に依存し、脆弱性を露呈した厳しい現実を決して忘れるわけにはいかない。
他方、中国は、2017年に軍隊と民間を結びつけ、軍需産業を民間産業と融合させる「軍民融合」政策を国家戦略として正式採用した。
その狙いは、軍の近代化のために民間企業の先進的な技術やノウハウを利用することにある。
中でも、最先端の軍民両用(デュアル・ユース)の技術を他国に先駆けて取得・利用することを重視していることから、民間セクターと軍事の壁を曖昧にし、あるいは排除して軍事分野に活用する動きを強めている。
そのため、国有企業と民間企業の相互補完的な関係づくりに取り組みつつ、米国の軍産複合体を目指すとともに、国有企業の規模・シェアの拡大と民間企業の縮小・後退を意味する「国進民退」を積極的に推進し、政府の官僚を「政務事務代表」としてアリババやAI監視カメラメーカーのハイクビジョン(海康威視)などの重点民営企業に駐在させ、政府官僚による民営企業の直接支配を始めている。
このような共産党一党独裁体制下での軍民融合は、軍事力の近代化・強化がすべてに優先する「軍国主義」化に拍車をかける危険性がある。
軍民融合政策と同時に警戒しなければならないのが、「国家情報法」である。
同法は、「国家情報活動を強化および保障し、国の安全および利益を守るため」(同法第1条)、国内外の情報工作活動に法的根拠を与える目的で作られた。
その第7条では「いかなる組織および国民も、法に基づき国家情報活動に対する支持、援助および協力を行い、知り得た国家情報活動についての秘密を守らなければならない」と定め、国内外において一般の組織や市民にも情報活動を義務付けている。
つまり、中国は軍民融合政策と国家情報法を一体として運用しており、そのことは、日本の企業や研究者が意図せずして、あるいは気付かないうちに、人民解放軍によるドローンや人工知能(AI)などの民間の最先端技術や専門知識の取得を助け、新たなリスクを生み出す可能性があることを意味している。
このように、中国は、軍事活動に民間の組織や公民を動員する体制を敷き、また、軍の近代化のために民間企業の先進的な技術やノウハウを利用するため、民間セクターと軍事の境界を曖昧にし、あるいは排除して軍事分野に積極的に活用する動きを強めている。
以上、ロシアが挙げる「現代の軍事紛争の特徴および特質」に沿いながら、中国がわが国に対し仕掛けている「新しい戦争」の形について概要を説明した。
それから読み解けることは、中国は、ロシアの軍事ドクトリンとほぼ同じ軌道をたどった行動や工作を行っているということだ。
ロシアが、当初ウクライナで行ったこと、すなわち純然たる平時でも戦時でもない境目において、軍事的手段と非軍事的手段を複合的に使用し知らないうちに始められた外形上「戦争に見えない戦争」、それと同じあるいは更に厄介な戦争を、中国は日本に対しすでに仕掛けていることは疑う余地のない事実である。
もし、それによる可能性が尽きた場合には一挙に軍事活動へと移行し、最終的に最先端技術・兵器を駆使した情報化戦争をもって戦争の政治的目的を達成しようとすることも、ロシアのクリミア半島併合や東部ウクライナへの軍事介入と同じと見なければな��ない。
「全政府対応型アプローチ」で備えよ
「新しい戦争」の形である外形上「戦争に見えない戦争」の大きな特徴および特質は、軍事力を背景とし、軍事的手段と非軍事的手段を複合的かつ連続的に使用することにある。
したがって、わが国の防衛も、軍事と非軍事の両部門をもって構成されなければならない。
その軍事部門を防衛省・自衛隊が所掌することは自明である。
では、これまで説明してきた中国の非軍事的手段である「輿論(よろん)戦」、「心理戦」および「法律戦」の「三戦」、そして政治、外交、経済、文化などの分野の闘争、さらに常態化しているサイバー攻撃などに対しては、どの行政組織がどのように備えているのであろうか。
それ以前に、わが国が中国の「戦争に見えない戦争」の挑戦を受け危機的状況にあるとの情勢認識があるのか、ななはだ疑わしい。
そこでまず、「日中関係は完全に正常な軌道に戻った」や習近平国家主席の国賓来日など、誤った対中情勢認識に基づいた日中関係の推進は、直ちに是正されなければならない。
そのうえで、中国の複雑多様な非軍事的手段による脅威を考えると、政府内各省庁のそれぞれの任務所掌事務・機能を結集した「全政府対応型アプローチ」(all government approach)を取ることが何よりも重要である。
しかし、各省庁の縦割り行政では、効果的・実効的な対応は期待できないので、その弊害をなくし、政府が総合一体的な取組みを行えるよう、行政府内に非常事態対処の非軍事部門を統括する機関を新たに創設することが望まれる。
例えば、内閣府または総務省に「国土保全庁」(仮称)を設置するか、米国の「国土安全保障省」のように、各省庁の関係組織を統合して一体的に運用する「国土保全省」(仮称)を創設する選択肢もある。
そして、国家安全保障局(NSS)の補佐の下、国家安全保障会議(NSC)を国家非常事態における国家最高司令部とし、内閣総理大臣、内閣官房長官、外務大臣および防衛大臣(4大臣会合)を中核に関係閣僚をもって国家意思を決定し、最高指揮権限者(NCA)である内閣総理大臣が軍事部門の自衛隊および非軍事部門を集約する「国土保全庁」あるいは「国土保全省」に対して一元的に指揮監督権を行使するピラミッド型の有事体制を作ることが必要だ。
他方、わが国は「自然災害大国」であり、平成7(1995)年1月の阪神淡路大震災や平成23(2011)年3月に発生した東日本大震災をはじめ、ほぼ毎年全国各地で大規模自然災害が発生し、その都度、共助、公助の不足が社会的課題として指摘されてきた。
近い将来、南海トラフ地震や首都直下地震などによって国家的危機の発生が予測されている。
併せて、中国による広範なサイバー攻撃や高高度電磁パルス(HEMP)攻撃があれば、一般住民をも直接的・間接的に巻き込まずには措かないのである。
このように、国民保護や重要インフラ維持の国土政策、産業政策なども含めた総合的な対応を、いわば「国家百年の大計」の国づくりとして、千年の時をも見据えながら行っていくことが求められる。
つまり、わが国の安全保障・防衛を強化するためには、社会全体でわが国を守る仕組み・取組みが不可欠であり、国民の「自助、共助、公助」への責任ある参画を促し、それを「民間防衛」の組織へと発展させることが更なる喫緊の課題である。
一方、軍事部門を見れば、わが国は、戦後の「経済重視・軽武装」政策を引きずり、いまだにその充実強化が疎かにされている。
最大の課題は、列国と比較して防衛費が極端に低く抑え込まれていることだ。
日本は、中国の「情報化戦争」を念頭に、30防衛大綱で「領域横断(クロスドメイン)作戦(CDO)」を打ち出し、自衛隊の能力構築を始めた。
CDOでは、従来の陸上、海上、航空の活動領域が宇宙空間へと拡大し、さらにサイバー空間や電磁波空間といった新たな活動領域が加わった。
そのように、軍事活動の領域・空間が3つから6つへと一挙に倍増し、多領域・多空間に拡大して戦われるのが近未来戦の際立った趨勢である。
そのため、これまでの自衛隊の組織規模をスクラップ・アンド・ビルト方式で再編成するのには一から無理があり、従来の防衛力を基盤として、中国の新たな脅威に対抗できるCDO能力を付加的に強化するには、自衛隊の組織規模の飛躍的拡大や最先端のハイテク装備の取得が必須である。
また、CDO(米軍はマルチドメイン作戦:MDOと呼称)を前提とした日米共同作戦には、両軍のC4ISRをネットワーク化することが不可欠であり、そのような防衛力の整備には防衛費の倍増は避けて通れない。
米国は、中国との本格的かつ全面的な対決に踏み出し、そのため今後���世界の分断が進むと予測されている。
つまり、米中対立は、米中間に限られたものではなく、自由・民主主義を支持する国々と共産主義中国との対立であり、他ならぬ日本自身の問題である。
その対立が前提の世界において、日本が二者択一で同盟国の米国をさて置き、中国を選択することがあってはならない。
同盟が成り立つには、①価値の共有、②利益の共有、③負担の共有、そして④リスクの共有、すなわち戦略的利害の共有が必要である。
米国が中国との新冷戦を決意している時、日本が安全保障・防衛上の利益のみを享受し、新冷戦において生じる米国の通商や金融、テクノロジー、外交、それに安全保障・軍事などの負担やリスクを、中国との経済関係を重視するあまり、日本が共有する明確な姿勢を示さない場合、同盟は成り立つはずがない。
そのうえ、米国からは見放され、中国からは経済面で裏切られた上、安全保障上の敵対心を露わにされるのは必定である。
コロナ禍とともに戦後最大の安全保障の危機に直面している今こそ、日本は米国との同盟関係を一段と深化させ、米国と同じ構えで中国に備えることが強く求められるのである。
そして、日米同盟を基軸として、インド、オーストラリアの4か国(クワッド)に台湾などの周辺諸国やASEANなどを加えて、「自由で開かれたインド太平洋」構想(戦略)の下、インド太平洋版「NATO」へと発展させることが今後の大きな課題でもある。
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JB Press ひらいこうじさんの論考より
資本市場に法規制を!中国軍拡への資金提供を防げ
国家安全保障上の懸念から発令された米国「大統領令13959号」
2021.2.26(金)
日本戦略研究フォーラム
へ
(平井 宏治:日本戦略研究フォーラム政策提言委員・株式会社アシスト代表取締役)
アメリカ政府は、中国軍と密接な関係のある中国の軍事企業がアメリカの資本市場を通じ軍事技術開発資金などを調達していることに対し、適切な対策を講じている。しかし、わが国や欧州では法整備がアメリカなみに追いついていない。
本稿では、アメリカで国際緊急経済権限法(IEEPA)に基づき発令された「共産主義中国の軍事企業に資金を供給することとなる証券投資の脅威に対応するための大統領令」(大統領令13959号)の概略を紹介し、アメリカ政府がとった金融市場対策を紹介する。
中国軍関連企業への資本提供を防止
2020年11月12日、当時のトランプ大統領は「共産主義中国の軍事企業に資金を供給することとなる証券投資の脅威に対応するための大統領令」(大統領令13959号)に署名し、この大統領令が2021年1月11日に発効した。
国際緊急経済権限法(IEEPA)は、安全保障上の重大なリスクに対抗する措置を定めた法律だ。
下の表の「共産主義中国の軍事企業」(以下、「中国軍関連企業」という)とは、アメリカ国防総省が認定した中国共産党人民解放軍と関係が深いとされる中国企業を指す。確かに、リストアップされた44社の中には、軍事企業集団(中国版軍産複合体)や軍民融合政策の中核企業の名前がならんでいる。
アメリカの資本市場を経由した資金調達を簡単な例を使い説明する。中国軍関連企業X社がアメリカの証券取引所に上場しているとしよう。投資家は、X社の株式をアメリカの証券取引所を通じて自由に売買できる。X社はアメリカの資本市場でエクイティファイナンスやデットファイナンスを行うことができる。エクイティファイナンスとは、企業が新株の発行、新株予約権付社債の発行のように、純資産の増加をもたらす資金調達をおこない、事業に必要な資金を調達する行為である。X社が新株の発行を決めアメリカで売り出すとする。投資家は、X社の新株と引き換えに対価を払うので、X社はアメリカの資本市場から資金調達ができる。一般的なエクイティファイナンス自体は何の問題もないが、アメリカの資本市場で調達された資金が、アメリカから覇権を奪うための中国軍の兵器の近代化に使われるのであれば、話が変わる。つまり、大統領令13959号は、中国がアメリカの資本市場から資金を吸い上げ、市場から吸い上げられた資金を軍拡に使う行為を阻止するものだ。
2021年1月11日以降、アメリカでは、アメリカの個人や法人が中国軍関連企業によって発行された上場証券やその関連デリバティブ商品を取引したり保有したりすることが禁止された。ファンドなど通じた間接投資も禁止された。株式取得、債券取得、これらの企業を組み入れた上場投資信託(ETF)、金融派生商品などへの投資も禁じられた(1月11日時点で既に保有している上場証券等に係るポジションを解消するために2021年11月11日までに行われる取引は例外とされる)。
トランプ政権当時のロバート・オブライエン前国家安全保障担当補佐官は、大統領令13959号の趣旨について「米国の投資家が意図せずに、中国人民解放軍と中国の諜報機関の能力向上に使われる資本を提供することを防ぐ」ためと説明した。
バイデン政権も同じスタンス
昨年(2020年)の大統領選挙でバイデン大統領が当選したが、大統領令の効力は政権交代で失われない。トランプ前大統領が署名した大統領令は、廃止や改正といった手続きを経ない限り有効だ。国防長官または財務長官の判断で、中国軍関連企業リストへの追加も可能だ。国家安全保障担当補佐官に就任したジェイク・サリバン氏は、中国に厳然とした対応を取っていく姿勢と報道されている。中国企業のアメリカ資本市場へのアクセスについては、共和党のスタンスとほぼ同じである。アメリカの状況は、バイデン大統領がアメリカの投資家に中国軍関連企業への投資活動を再開することを許さないだろう。
バイデン政権は発効直後の1月27日、中国人民解放軍関係企業に類似した名前の銘柄を、投資禁止の発効を1月28日から5月27日に延期すると表明した。バイデン政権下で、中国軍関連企業がさらに増加するのかを今後とも注視する必要を感じる。
大統領令が発効した結果、ニューヨーク証券取引所では、中国移動通信(China Mobile Ltd.)と中国電信(China Telecom Corp.)、中国聯合網絡通信(China Unicom Hong Kong Ltd.)の株式の取引が1月11日に終了。これら3社は上場廃止となる予定だ。ナスダックでは2020年12月11日、中国交通建設(China Communications Construction Company)、中国鉄建(China Railway Construction)、中国中車(CRRC)、中芯国際(SMIC)を株価指数から除外すると発表した。
ハイテク技術を駆使する「智能化戦争」では、通信技術が重要な役割を果たす。中国移動、中国電信、中国聯合網絡通信は、アメリカの資本市場から資金を調達して通信分野の市場支配を進めようとした。これら3社がアメリカの資本市場から追放されることは、最新の通信規格「5G」普及に向けた中国軍関連企業の資金調達に影響を与える。さらに、アメリカの通信当局は中国移動のアメリカ事業参入を拒否し、中国電信、中国聯合網絡通信にも事業免許の取り消しを警告している。独裁国家の企業に自国の通信分野を支配させることは安全保障の問題に直結するからだ。
中国資産を手に入れたがっている投資家も
しかし、この大統領令に反対意見が出ているのも事実である。ロイターは「中国債券市場は世界屈指の規模になっている。中国の社債スプレッドは、アメリカに比べて投資家に魅力がある。また、投資家は資金を振り向ける市場や地域を広げることで、分散化の恩恵を受けられる」という意見を紹介している。また、中国軍関連企業掲載企業の子会社などが発行した社債(2029-2030年償還)の平均利回りは3.1%と、10年もののアメリカ債利回りより200ベーシス��イント(bp)強も高い」と指摘し、「国際投資家たちは、中国資産をより手に入れたがっている。一歩引いて大きな構図として見ると、中国人民元の保有を増やし、中国債券をポートフォリオに加えたいという世界的な意欲は大きい」とも報道している。
自分たちの懐に入る手数料(儲け)しか頭になく、中国による力による現状変更に間接的に加担していることに頬かむりを決め込む人たちがいるのも事実だ。自国の安全保障に悪影響を及ぼす事態を避けるために必要な規制と金融機関の手数料収入の機会が失われる問題を同列で論じることは、議論の次元が違う。しかし、国家安全保障の意識が希薄で、母国の安全よりも自分の目先の儲けや手数料が失われることに不平を述べる人たちが、国家安全保障を優先し、中国軍関連企業排除の動きを強めたトランプ前大統領を憎んだことは容易に想像できる。
中国軍関連企業が、力による国際社会の現状変更を実現するために高利回りの金融商品を餌にして軍拡資金を西側諸国から調達している。大統領令13959号に反対する人たちは、中国軍関連企業の資金調達に協力することが、西側諸国の安全保障に悪影響を及ぼすことを認識してほしい。大統領令反対の声を上げることは、独裁国家を宗主国と崇める世界を作るために利用されていることを直視してほしい。
日本もアメリカ同様の仕組み作りを
わが国は、アメリカの商務省が輸出管理法に基づき公表する「エンティティリスト」に外国為替及び外国貿易法(外為法)で対応している。エンティティリストとは、国家安全保障や外交政策上の懸念があるとして指定した企業や大学などを記載したものだ。経済産業省が大量破壊兵器等の開発等の懸念が払拭されない外国所在団体の情報を「外国ユーザーリスト」として提供し、輸出管理を行っている。この仕組みは部品や製品などのモノや機微技術、軍民両用技術などを対象とした輸出管理だ。
一方で、わが国では、軍事利用が懸念される団体などによる資本市場での資金調達を規制するアメリカの国際緊急経済権限法と大統領令13959号に対応する仕組みがまだできていない。こうしている間も中国軍関連企業が西側諸国の資本市場から資金を調達し、その資金が軍備の拡大や近代化に使われ、西側諸国の安全保障を脅かしている。
中国企業の場合、親会社ではなく子会社や関連会社を上場させることが多く、国有企業は特にその傾向が強い。中国軍関連企業が子会社などを通じて債券を発行することは十分に想定できる。子会社・関連会社を除外しないことが規制を設計する上で重要だ。
中国軍関連企業には、中国の軍事企業集団(中国版軍産複合体)や軍事関連企業が列挙されている。このリストに記載された軍事企業集団全体が、今後、アメリカによる制裁対象になることも想定される。中国軍関連企業の中には、日本企業や日本の大学と取引・交流があるものもあり、要注意である。中国軍関連企業と取引を行うことが、企業の社会的責任(CSR)の観点から適切な行為なのかという議論もある。
中国軍関連企業が西側諸国の資本市場で調達した資金を中国軍の武装近代化に使う結果、わが国や西側諸国の安全保障上の脅威が増大する事態を招いている。わが国が、欧州と足並みを揃えて、アメリカの国際緊急経済権限法や大統領令13959号に対応する仕組みをつくることは、喫緊の課題である。
[筆者プロフィール] 平井 宏治(Hirai Koji)
1958(昭和33)年、神奈川県生れ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科修了。1982年、電機メーカー入社。外資系投資銀行、M&A仲介会社、メガバンクの証券子会社、会計系コンサルティング会社勤務を経て、2016年、株式会社アシスト代表取締役社長。1991年から、一貫してM&A助言ならびに事業再生支援業務を行う傍ら、メディアへの寄稿や講演会を行う。2020年より、JFSS政策提言委員。
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APEC首脳会議で台風の目になる台湾問題
末永 恵
米中対立が激化していることは台湾にとってリスクでもありチャンスでもある
11月20日、APEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議を初めてオンライン形式で開催する。
APECは日米中ロを含むアジア太平洋地域の唯一の経済的枠組みであり、今回の首脳会議には、21か国・地域(東アジア、東南アジア、南米諸国など)が参加。3年ぶりとなる首脳宣言採択を目指している。
2018年は中国の習近平国家主席と米国のマイク・ペンス副大統領の米中対立、2019年は南米諸国で最初に経済協力開発機構(OECD)に加盟した「南米の優等生」、チリの内政混乱による中止で、採択を断念せざるを得なかった。
今年は、「域内貿易・投資の自由化」を掲げた1994年策定の「ボゴール宣言」(1994年11月にインドネシアのボゴールで開催されたAPECで採択)が期限を迎えるため、新規目標を採択する予定だ。
デジタル化を柱とした経済成長、気候変動や環境を踏まえた持続可能な成長、さらには貿易投資の一層の自由化を目標に、「APECポスト2020ビジョン」の指針を掲げ、具体的なアクションプランを来年以降に決めることを目指している。
そして、今回の会議で重要なのが台湾の動向である。
米中対立が深刻になる中で台湾は中国による「一つの中国」構想から抜け出し、独立国としての地位を築きたいという強い思いがある。今回のAPEC首脳会議はその第一歩となる可能性があるからだ。
当初、台湾は蔡英文総統の出席を狙っていたとされる。
台湾の蘇貞昌行政院長(首相に相当)が「蔡英文総統はあらゆる機会で、世界にメッセージを発信し、台湾の存在感を高めたいと願っている」と発言。加盟後約30年ぶりに台湾の総統が出席するか注目されていた。
これまでにも台湾はAPCE首脳会議への出席を虎視眈々と狙っていた。しかし、一つの中国を掲げる中国が、APEC主催国に対し「台湾の首脳に査証(ビザ)を発給するべきでない」と圧力をかけ、実現を阻止してきた経緯がある。
ところが、今回のAPEC首脳会議はオンライン開催だ。ビザの発給が必要なくなる。台湾にとっては千載一遇のチャンスとなった。
実際、10月末には、台湾の複数の民間団体が蔡総統の出席を認可するようAPECの議長国、マレーシア政府に訴えた。
その中で、台湾の主権や経済の自立性を訴える「経済民主連合」の代表、頼中強氏は蔡総統のAPEC首脳会議参加の正当性を次のように訴えた。
「将来的に、域内の経済統合のカギとなるのは、知的財産権や人権問題など貿易摩擦に絡む紛争解決のメカニズムの構築にある。労働者や環境などの条項をカバーした経済協力協定をAPEC加盟国であるニュージーランドと締結した台湾には、APECに有益な知見と経験がある」
一方、台湾のこうした動きをいち早く察知していた中国は迅速に対応した。10月中旬、王毅外相がマレーシアを訪問。
コロナワクチンの優先供給、マレーシアの戦略的貿易品目のパーム油の巨額購入を取引材料に、APEC議長国マレーシアに台湾の参加阻止を求めたとされる。
マレーシア政府関係者は筆者の取材に対して、「台湾側から打診があった���は事実」としながら、「これまでの慣例に従って台湾総統の首脳会議出席は見送った」と淡々と内情を明らかにした。
APEC担当省の外務省トップのマレーシアのヒシャムディン外相は、マレーシアがASEANで中国と国交を樹立した最初の国となった当時の首相、ラザク氏の息子で親中だったナジブ元首相の従弟。
同外相自身も中国とのビジネスで巨額の富を得ているといわれ、中国の意向を汲んだ当然の結果ともいえるだろう。
結果、蔡英文総統の首脳会議初参加は水に流れてしまった。
とはいえ、台湾に何も成果がなかったかと言えばそうでもない。
台湾は、総統の特使として、「台湾の半導体の父」と称される半導体受託製造の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)の創業者で前董事長(前会長)の張忠謀(モリス・チャン)氏を派遣することを決めたのだ。
首脳会議に出席する張氏は、台湾を半導体産業で世界2位の地位に君臨させたアジアの経済界を代表する重鎮として尊敬される存在だ。
張氏が台湾を代表し、APEC首脳会議に出席するのは今回が初めてではない。だが、中国のファーウェイが米国の制裁対象になっているように、米中のハイテク戦争が激化している中での張氏の派遣はこれまでにない意味がある。
蔡総統は今回の首脳会議参加の意義と張氏の特使派遣の決定について、次のように明らかにした。
「台湾は第1に、APEC加盟国に台湾が医療エネルギーと防疫経験で貢献したいという意思があることを伝え、第2に、台湾と各国の連携強化を推進し、台湾が世界のサプライチェーンのカギとなる重要な地位を強固にしていく方針を示したい」
さらにこう続ける。
「アジアの経済界の支柱である張氏は、デジタル産業とテクノロジーの未来において卓越したビジョンをもっている」
「今年は(米中貿易戦争などによる脱中国の現象など)サプライチェーンの再構築が進む節目の年である。張氏の知見を最大限に生かし、将来への提言や方向性をすべてのAPEC加盟国に伝えることは大変意義がある」
蔡総統が、張氏を再び総統特使としてAPEC首脳会議に送り出した最大の狙いは米国とのFTA(自由貿易協定)締結��の基盤づくりにある。
今年の9月中旬には、米国のキース・クラック国務次官が訪台。蔡総統との会談には、TSMCの張氏も出席した。
蔡総統が「近年、台米関係は大きな進展があり、今後も信頼関係をより強固にし、双方でさらなる強い基盤を構築することを望む」としたのに対し、同国務次官も「民主的な台湾の立場を支持し、さらなる関係強化を図りたい」と台湾への統一圧力を図る中国を牽制し、台米関係における緊密化を確認した。
中国の軍事的脅威にさらされている台湾にとって、経済的な自由貿易連携は、国の安全保障の布石をも意味する。
「台湾の半導体の父」と称される張氏が創業した半導体受託製造の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)は、軍事兵器や次世代通信規格「5G」対応ブランド製品、スマートフォン、サーバーなどの最先端品に多く使用され、世界の強豪メーカーをも圧倒する存在感を示している。
TSMCの売上高の約60%は米国市場、同20%が中国市場で占められているという。
「中国のファーウェイは、すべての先端的半導体でTSMCを使用しているだけでなく、多くの中国企業がTSMCの半導体に依存している現状がある」(米経済アナリスト)
こうした背景から、中国はTSMCのエンジニアや幹部の多くをヘッドハンティングする一方、TSMCを巡り、米中両国は長年、工場誘致で競合してきた。
しかし、米国は今年5月、TSMCの誘致をやっとのことで実現させ、TSMCの海外初の最新鋭工場の建設をアリゾナ州に決定。投資額は120億ドル(約1兆4000億円)に上り、米政府が巨額資金を補助する方向で、2024年の稼働を目指している。
しかも、TSMCが同アリゾナ工場建設計画を発表したのは、米商務省がファーウェイへの半導体輸出規制強化案を発表する数時間前だった。
マイク・ポンペオ国務長官は、TSMCのアリゾナ新工場が生産する半導体は、人工知能から5G移動通信基地局、さらには戦闘機まで動かすことが可能だと強調。
「米中関係の緊張を最大限利用し、そこから最大限の利益をどう得るか。世界最大手にのし上がったTSMCの企業戦略は、まさに台湾の行く末だけでなく、米中関係に大きな影響力を及ぼす政治的な力をも帯びてきた」(米経済アナリスト)
日本と中国、韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国など15カ国は、11月15日、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定に署名した。
しかし、今回合意に至ったRCEPには、APEC加盟国の台湾や米国が含まれていない。
こうした中で開かれるAPEC首脳会議に張氏が出席し、次世代通信機器のカギを握る半導体技術で米国との関係強化を他の参加国に見せつけることは、大きな意義がある。
RCEP交渉で15カ国が合意したことについて、台湾の通商交渉官を務める行政院政務委員(無任所大臣に相当)の鄧振中氏は「台湾が15カ国に輸出している製品のうち、7割がゼロ関税の対象である電子部品などのICT製品で、台湾への影響は限定的だ」との見解を示した。
その上で、「中国が参加していないTPPへの加入こそが蔡政権の目標だ」と語った。
米次期大統領のバイデン氏も、RCEP誕生で中国への通商政策への対抗を示唆し、オバマ政権時代、副大統領としてTPPを推し進めた同氏の下、米国のTPP復帰が期待されている。
台湾と米国が除外されたRCEPの合意に台湾は「大きな影響はない」とし、「日本が台湾のTPP参加を支持してほしい」とも訴えている。
11月20日に開催されるAPEC首脳会議は台湾を中心に眺めることをお勧めしたい。
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渡部悦和先生の論考です。
中国の対艦弾道ミサイル(ASBM)の脅威
DF-21DやDF-26Bは本当に移動する艦艇に命中するか?
2021.1.19(火)
渡部 悦和
本稿を書くきっかけになったのは、1月13日付読売新聞の「中国、動く船へ弾道弾実験」という記事に違和感を持ったからだ。
読売新聞は次のように記述している。
「中国軍が南シナ海で行った対艦弾道ミサイル発射実験の際、航行中の船を標的にしていたことを、中国の内情を知りうる関係筋が明らかにした。米軍高官もこの事実を認めている」
「発射実験は8月26日、海南省とパラセル(西沙諸島)の中間の海域で行われた」
「関係筋によれば、無人で自動運行させていた古い商船を標的に、内陸部の青海省からDF-26B (射程約4000km)1発を先に発射。数分後、東部の浙江省からもDF-21D (射程約1500km)1発を発射した。ミサイル2発はほぼ同時に船を直撃し沈没させた」(図1参照)
なお、自衛隊ではこのような射撃を「同時弾着射撃」というが、このような危険を伴う射撃を人口900万人もいる海南省のすぐ近くの海域で行うとは、さすが全体主義国家中国だ。
民主主義国家の日本では考えられないことだが、侮ることができない中国の一面ではある。
読売新聞はまた、次のようにも記述している。
「対艦弾道ミサイルは、中国周辺で米軍の活動を制限するA2/AD(接近阻止・領域拒否)戦略*1の切り札となる。習近平政権は偵察衛星打ち上げなどで米軍艦艇の監視体制も強化し、ミサイル戦力のさらなる増強につなげる構えだ」
「衛星『遙感』は空母を追跡する能力があると推定される。遙感の打ち上げは2006年以降、60基を超え、昨年新たに7基を打ち上げた。中国は洋上での偵察技術を急進展させている模様だ」
「無人機も空母を追う上空の目となる。高解像度カメラで艦艇を撮影できる超音速の無人偵察機『無偵(WZ)8』が攻撃後の標的の被弾状況を確認する役割も担う」
本稿では、以上のような記述の妥当性について考えてみたい。
*1=A2/AD(接近阻止・領域拒否)戦略は、米軍の第1列島線(日本列島~台湾~フィリピン~インドネシアを結ぶ線)や第2列島線(日本列島~小笠原諸島~グアムなどのマリアナ諸島を結ぶ線)の中国本土寄りへの接近を阻止し、もしも侵入されたとしてもその地域における米軍の作戦基地等の使用を拒否する戦略
読売新聞の報道に対する分析
DF-21Dは当初、移動目標に対する攻撃能力を証明できなかった
中国当局は、DF-21Dが2009年に登場した時から、「DF-21Dは対艦弾道ミサイルであり、洋上を移動する空母などの艦艇への攻撃能力を保有する」と主張してきた。
しかし、その当時のDF-21Dとそれを支えるC4ISR(指揮・統制・通信・情報・監視・偵察)システムにはその能力はなく、中国当局の主張は情報戦の一環で特に米海軍を牽制するプロパガンダであると私は分析してきた。
拙著「自衛隊は中国人民解放軍に敗北する」(扶桑社新書)において、中国が対艦弾道ミサイルと称するDF-21DとDF-26B などが「弾道ミサイルを1000キロメートル以上の距離から発射し、動いている空母をピンポイントで撃破する能力について多くの専���家は疑問を持っている」と記述した。
そもそも人民解放軍は、動く目標に対して長距離からの射撃実験を実施してこなかったにもかかわらず、DF-21DとDF-26B を対艦弾道ミサイルだと主張したこと自体が情報戦の一環だったのだ。
以上の分析を裏付けるように、中国国営のCCTV(中国中央テレビ)は、2009年11月29日、対艦弾道ミサイルに関する長時間番組を放映し、米空母に飛来する対艦弾道ミサイルをイージス艦が迎撃できず水兵が悲惨な末路を迎える衝撃的なシーンは効果的であった。
この番組が米国に与えた影響は大きく、ロバート・ゲーツ国防長官(当時)は2010年9月、「中国が高精度の対艦弾道ミサイルを保有すると、空母は数百マイルも中国沿岸から離隔して行動せざるを得ず、我々は第2列島線まで後退させられてしまう」と発言した。
そして、当時の米太平洋軍司令官ロバート・ウィラード大将も「中国の戦略ミサイル部隊は、米国の空母打撃群に対してDF-21Dを使用する能力を既に有しており、米国の空母機打撃群を抑止する度合いを高めている」と発言している。
しかし、当時の米国の高官たちのDF-21Dに対する過大評価に反論する専門家たちもいた。
例えば、米海軍大学のアンドリュー・エリクソン教授は、「DF-21DやDF-26Bが過去にゴビ砂漠において空母を模擬した固定目標に対して発射実験を行ったとの情報はあるものの、洋上における移動目標に対する発射試験は現時点まで確認されていない」とし、対艦弾道ミサイルが洋上における移動目標に対する発射試験を経ずに実用段階に入っているとした。
今回の射撃で初めて移動目標に対する「甘い条件下」での攻撃能力を示した
読売新聞の記事が事実だとすると、中国の対艦弾道ミサイルが海上を航行する標的に命中した初めて実弾射撃実験であり、一つの段階をクリアしたことになる。
今回は、DF-21DとDF-26Bを別の場所から射撃し、2発をほぼ同時に商船に命中・沈没させたと主張している。
もしこの記事が事実だとしても、この記事で明確になっていないことがある。
この射撃実験が「実戦的な厳しい条件下で行われたのか」、それとも「ただ単に同時に命中させればいいという甘い条件下で行われたか」のどちらなのかである。この点は重要だ。
つまり、同時弾着射撃を実施するためには正確な目標の位置情報や気象データなどが不可欠だが、そのデータを射撃部隊に与えていたのではないかという疑念が湧いてくる。
私は、ミサイルが標的に同時に命中するように射撃実施部隊に商船の位置に関する情報が提供されていたのではないかと推定する。
少なくとも、目標地域は海南島とパラセル(西沙諸島)の中間の海域という限定された地域であり、目標の発見は容易である。
実戦においては、相手の艦艇の位置情報などが不明確な状況が常態であり、そのような厳しい状況下において目標を発見し、1000キロを超える地域から、航行する艦艇に命中させることは米海軍でも難しい。
したがって、現時点での評価として、中国の対艦弾道ミサイルが実戦で大活躍するゲームチェンジャーと認めることはできない。
以下に、中国が米国の空母を破壊するまでに克服しなければいけない「キルチェイン」構築の難しさについて書く。
実戦的な厳しい条件下での「キルチェイン」の構築は難しい*2
人民解放軍が米空母を標的にするためには、克服しなければならない以下のようなISR(情報・監視・偵察)などに関する複数のハードルがある。
①まず空母を発見する。
②位置を確定し、敵味方の識別を行う。
③その動きを継続的に監視する。
④空母を対艦弾道ミサイルなどで攻撃する。
⑤標的に到達するためには、空母の多層防御を突破し命中・破壊しなければならない。
⑥最終的には、その結果生じる損傷が空母を機能停止させるのに十分かどうかを評価する必要がある。
米海軍はこのプロセスを「キルチェイン」(図2参照)と呼んでいるが、各ステップは順番に実行される必要があるため、キルチェイン内のいずれかの段階で失敗すると、プロセス全体が失敗に終わる。
米海軍と空軍などの他の軍種は、プロセスの各段階で攻撃を妨害する能力を持っている。
読売新聞が指摘するように艦艇の情報を入手するためには偵察衛星が不可欠だ。
品質の高い目標情報を得るためには、衛星は低地球軌道(地球の表面から約660マイル)を周回しなければならない。
その高度で、衛星はおよそ時速1万6000マイルで移動している。つまり、衛星はすぐに地平線に消え、1時間以上戻ってこない。
中国付近の海域を継続的に監視するためには、低軌道に南北に平行な3本の軌道を設置し、それぞれの軌道に数十基の衛星を周回させ、継続的な観測を確保する必要がある。
中国はそのような大量の人工衛星群を保有していない。
*2=渡部悦和、「自衛隊は中国人民解放軍に敗北する」、扶桑社
読売新聞が指摘する偵察衛星「遙感」は60~70基程度に過ぎない。今後大量に所有したとしても、空母に兵器を命中するための地上の指揮統制システムをすべての人工衛星のノード(結節点)に接続することは非常に難しい。
他の手段は有人または無人のレーダー搭載の航空機だ。
しかし、米国の空母機動群は、迎撃機、ネットワーク化された地対空ミサイル、監視機、空中に設置された妨害機などを使って、空母の周囲に濃密な防衛網を構築している。
中国の航空機は、持続的な目標情報の確保のために空母に接近する可能性は低い。中国の水上艦艇や潜水艦も同様で、空母機動部隊の攻撃に対して脆弱である。
したがって、空母を発見して目標決定するという重要な初期段階は容易ではない。
これらのタスクに必要な資産を、キルチェインのその後のタスクで使用するシステムと接続することは、継続的に移動するターゲットに対しては難しい。
また、標的に向けて発射されるいかなる兵器も、電子的な対抗手段や将来的にはビーム兵器を含む多層の防御網を突破する必要がある。
なお、読売新聞は「高解像度カメラで艦艇を撮影できる超音速の無人偵察機『無偵(WZ)8』が攻撃後の標的の被弾状況を確認する役割も担う」と記述しているが、無人偵察機「無偵(WZ)8」が実戦環境下で運用可能かどうか、可能性は低いと私は思う。
なぜなら、WZ-8は米軍がかつて保有していた空中発進するD-21に非常に似ているが、D-21の機体は回収することはなく使い捨てであり、カメラフィルムを海面に投下し回収する方式であった。
また、空中発進だと航続距離は短くなるが、中国本土から1000キロ先の目標を撮影したWZ-8がどのように基地に帰還できるのか、難しいと思う。
リチャードソン大将の警告
中国の対艦弾道ミサイルへの対処の基本は、「過度に恐れることなく、しかし侮ることなく、確実に任務を遂行せよ」に尽きる。
2016年当時に米海軍作戦部長であったリチャードソン大将は、当時の米海軍が中国の対艦弾道ミサイルを過度に恐れて作戦が消極的になっていることに危機感を募らせ、「今後、米海軍においてはA2/AD(接近阻止・領域拒否)という用語を使用しない」と発表し、世界中の安全保障専門家を驚かせた。
作戦部長が強調したかったのは以下の諸点であったと思う。
・A2/ADという用語を使用する弊害として、人民解放軍のA2/AD能力(その主体はDF-21DやDF-26Bに代表される弾道ミサイルや対艦巡航ミサイル)を過度に恐れ、米海軍の発想が防衛的で臆病になってしまっている。この状況を転換しなければいけない。
・米海軍の存在意義は、いつでもどこでも作戦し、言葉ではなく行動によって米国の国益に寄与することである。そのためには、米海軍本来の攻撃的で強い海軍に回帰することが急務である。
このリチャードソン大将の考えは、「中国のDF-21DやDF-26Bで米空母を破壊するというプロパガンダに負けてはだめだ。その脅威を過度に恐れることなく、侮ることなく、米海軍に与えられた任務を遂行しなければいけない」ということだ。
このリチャードソン大将の主張は自衛隊にも当てはまるであろう。
結論
読売新聞の記事が正しいとすると、今までの単なるプロパガンダだと思われていた対艦弾道ミサイルが、移動する艦艇の位置情報などがあらかじめ知らされているという甘い条件下では命中する可能性が出てきた。
しかし、実戦環境下においては、米国の空母に命中し、破壊するために必要なC4ISR機能は十分に整っていないと評価するのが妥当だと思う。
ただし、中国が今後数年間をかけてキルチェイン用のC4ISRを改善すると、機動している空母に対艦弾道ミサイルを命中させることが可能になる。
特に偵察衛星など宇宙を利用したC4ISRの改善は注目すべきだ。その意味で宇宙戦はますます重要になる。
自衛隊にとっても着実に質を向上させているDF-21DやDF-26Bは厄介な存在である。
中国の対艦弾道ミサイルのさらなる能力向上を前提として、自衛隊の対処能力を向上させることが急務になっている。
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