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iPhone 14 docomo フロントパネル割れ 交換修理 手垢のつき方で利き手がわかる?
観光で沖縄にお越しのお客様。「落とした後、縦に線が出る様になって左側がさわれなくなったんです。」とのこと。 Continue reading iPhone 14 docomo フロントパネル割れ 交換修理 手垢のつき方で利き手がわかる?
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「エヴァンゲリオン」シリーズに登場する組織を名乗り、防災情報を「国内最速」のレベルで発信し続けるSNSアカウントがある。今や気象庁も認める社会インフラの一つとなった「特務機関NERV(ネルフ)」だ。当初は19歳の大学生による無許可のファン活動だったというNERVが、最速と呼ばれる防災情報組織に発展した背景には何があったのか。アカウントの設立者でセキュリティー会社「ゲヒルン」(東京)社長の石森大貴さん(34)の歩みを追った。(時事ドットコム取材班キャップ 太田宇律) ◇学生起業「すぐにつぶれると」 大学生だった石森さんが、ツイッター(現X)上に防災情報を発信するアカウント「特務機関NERV」を立ち上げたのは、2010年2月のこと。エヴァンゲリオンに登場するNERVは、謎の敵「使徒」と戦う組織の名称だ。「突如現れる使徒は、現実世界で言う災害のようなもの。当初は、全国の警報や避難指示を自動投稿するだけのアカウントで、ただのファン活動でした」(石森さん) エヴァと出会ったのは、主人公の碇シンジと同じ14歳のとき。幼なじみがDVDを貸してくれたのがきっかけで、「新劇場版」の公開時には映画館に何度も足を運ぶほど熱中した。大学在学中に知人の勧めで起業したときも、社名はエヴァにちなんで「ゲヒルン」に決めた。「頭脳」を意味するドイツ語だが、ファンにはNERVの前身組織名として知られている。 石森さんは設立当初のゲヒルンについて、「若手エンジニアを集めたイベントの開催や、ウェブサイト制作などを手掛けていましたが、大した仕事はなかった。きっとすぐにつぶれてしまって、自分は普通に就職するんだろうなと思っていました」と振り返る。その運命を大きく変えたのは、起業から半年後、2011年3月に発生した東日本大震災だった。 ◇炎上する小学校「もうだめか」 石森さんは宮城県石巻市出身。震災当時は東京都内で1人暮らしをしていたが、同市渡波の実家には母と妹がいた。 「揺れの直後は一度だけ家族と連絡が取れましたが、すぐに通信が途絶えてしまった。報道ではなかなか石巻の情報が得られず、一晩中ツイッターにかじり付いていました」。東京にいる自分にできることはないか。石森さんはネットや報道で得られた石巻市内の被害状況や避難情報を、自身のブログに「スクラップ」していった。被災者や故郷を案じ��人のため、せめてもの行動だった。 夜が明けた午前6時ごろ、炎上する石巻市内の小学校や津波で押し流された家屋の空撮映像がテレビで流れた。「実家や家族も、もうだめじゃないか」―。最悪の想像が頭をよぎったが、数日が経った後、石森さんの実家が流失を免れ、中にいた母や妹も無事だったことが分かった。しかし、石巻市雄勝町で病院職員として働いていた伯母は、大津波で帰らぬ人となった。 ◇ヤシマ作戦 震災直後から、東京では輪番停電(計画停電)が始まった。エヴァには、使徒を倒すために日本中を停電させ、その電力で陽電子砲を撃つ「ヤシマ作戦」という場面がある。石森さんはNERVのツイッターアカウントで、計画停電をヤシマ作戦に例え、連日必死に協力を呼び掛けた。 「怪しい」といぶかしむ人もいたが、次第に賛同する人は増えた。アニメの版権元は「あくまで非公式」としつつ、NERVの名称やロゴの使用を容認してくれた。石森さんはこれ以降、NERVのアカウントを徐々に「国内最速の防災情報アカウント」へと発展させていく。 災害情報共有システム(Lアラート)から避難情報などを受信できるようにし、気象業務支援センターとも専用線をつないでもらった。ゲヒルンは防災情報発信だけでなく、有名企業のセキュリティー診断を手がける企業として成長し、2016年にはさくらインターネットの子会社に。NERVの緊急地震速報は、テレビのテロップ表示を速度で上回ることも多く、災害時に多くの人が頼る情報インフラの一つとなっていった。 ◇防災アプリ、始動 ただ、ツイッターでの防災情報発信には限界も感じていたという。「全国の情報が全部流れてくることは、メリットでもデメリットでもある。一度でも煩わしいと思われたら、フォローを外されてそれっきり、その人の役には立てなくなってしまう」(石森さん)。ツイッターの運営企業の方針変更に振り回され、アカウントが突然「凍結」されてしまう事件も起きた。ニーズに合わせた防災情報を自主発信するため、自社アプリの制作を決断した。 「防災の日」に当たる2019年9月1日、ゲヒルンはiPhone用アプリ「特務機関NERV防災」をリリース。わずか1日で10万人超がダウンロードするほど大きな反響があったという。エヴァの版権元からは「社会的に意義のある活動」として正式に名称やデザインの使用許諾を得られ、気象庁も「使命を共にする頼もしいアプリ」と太鼓判を押した。2025年3月時点で、Android向けを含めたアプリの総ユーザー数は680万人を超える。 ◇「国内最速」無力感を糧に 現在、ゲヒルンの社員��15人。国内最速レベルの通知を実現しているのは、石森さんを含む少数精鋭の技術者たちが日々、システム改修と効率化を進め、人間には知覚できない「1ミリ秒」を削る努力をしているからだという。その背景にあるのは、石森さんが震災時に痛感したという「無力感」だった。 「大学で情報科学を勉強していたので、情報の取り扱いには長けていると思っていました。でもあの災害で、自分は家族や親戚にとって何の役にも立てなかった。あの日、自分がブログに情報をスクラップしていたように、全ての災害情報を一カ所にまとめたい。必要な情報を、大切な人に一瞬でも早く届けられたらと思い、開発を続けています」(石森さん) ◇「会社辞める」心折れた過去も 伯母を亡くした震災から今年で14年。スマートフォンの普及や技術の発展で、災害の情報は当時より早く、必要なときに必要な分だけ届けられるようになりつつある。ただ、石森さんはかつて、「このままSNSで防災情報をつぶやいていても、本当に人を救えるのか」と疑念を持ち、周囲と連絡を絶った時期もあった。 防災アプリ公開から半年前の2019年2月。きっかけは、親会社とのグループ会議で、防災事業の赤字をとがめられたことだった。「防災情報で儲かるのか」「社員と信頼関係は結べているのか」。役員からの厳しい言葉に、石森さんは強いショックを受けた。「この会社ではやりたいことができない。辞める」。そう言い残して、石巻市の実家に帰ってしまったという。 ◇情報は完全じゃない 再起のきっかけは、たまたま見に行ったリアス・アーク美術館(宮城県気仙沼市)で出会った東日本大震災の展示だった。「現代人は情報に命を託している」「しかし、あのような大規模災害が発生したなら、情報を待つ前に、想像力を働かせ、自ら行動しなければならない」―。常設展示の解説にあったこの一文が、石森さんの心に刺さった。 震災の日、伯母がいた石巻市雄勝町の雄勝病院。周辺に第1報として発表された大津波警報は「高さ6m」で、3階建ての病院屋上に逃げればやり過ごせたはずだった。しかし、実際に雄勝町を襲った津波は最大16.2メートル。雄勝病院は屋上まで津波に��み込まれ、入院患者40人と、伯母を含む職員24人が犠牲となった。 「情報は完全じゃないし、答えじゃないし、届かないこともあるし、遅れることも、間違っていることもある。情報の役割は、その人に『判断をもたらす』ところまでなんです。情報に依存しないで、自分で考えて行動することを、自分は開発者として伝えなければならない。そう気付きました」 東京に戻った石森さんに、ゲヒルンの専務で、少���時代からの友人でもある糠谷崇志さんは「みんな待ってるよ」と声を掛けた。再起した石森さんを、ゲヒルンの仲間たちは温かく迎えてくれた。「心の整理がついて、それからは迷わず仕事に向き合えるようになった」と、今は思える。 ◇「1ミリ秒」削り続ける 防災アプリの運用コストは、精度や性能の向上とともに年々膨らみ続けている。「広告を見たら無料で使えるとか、課金したらより良い情報が得られますというのは、防災アプリとしてはあるまじき姿。一方で、ユーザーからは、『このアプリがなくなったら本当に困るので、課金させて欲しい』という声も寄せられていました」。そこで、2020年9月から「サポーターズクラブ」を開設し、運営費の一部を有志に支援してもらうことにした。 ただ、サポーターからの収益で賄えているのは、サーバー代などで年間1億円を超える運用コストの1割程度という。「あったらあっただけシステム改良に使ってしまうから、どんどんコストが大きくなる」と石森さんは笑う。 東日本大震災では、指定されていた一次避難所に身を寄せたにも関わらず、津波にさらわれ命を落とした人々がいた。情報は命を救うこともあれば、奪うこともあると、石森さんは言う。「怪しいアカウントの情報だから間違っている、気象庁や自治体、報道機関の情報だから正しいということでもないんです。情報の正確さと共に、自分の想像力も大事にして行動してほしい」。情報で人を救うことまではできなくても、少しでも早く伝えられたら、その人はどう行動するか判断できる。そのために、NERVは今後も「1ミリ秒」を削り続けていく。 <この記事は、時事通信社とYahoo!ニュースの共同連携企画です>
「情報で人は救えない」心折れた過去◆特務機関「NERV」、それでも削る1ミリ秒 #知り続ける(時事通信) - Yahoo!ニュース
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2025年05月27日 11時15分 CIAが秘密裏にスター・ウォーズのファンサイトを運営していたと判明 2010年頃に作られた「スター・ウォーズ」シリーズのファンサイトが、実は「アメリカ中央情報局(CIA)が他国の情報提供者と秘密裏に連絡を取るためのツール」だったとセキュリティ研究者のチーロ・サンティッリ氏が報告しています。 CIA 2010 covert communication websites - Ciro Santilli (@cirosantilli) - OurBigBook.com https://ourbigbook.com/cirosantilli/cia-2010-covert-communication-websites 中国の政治に関心を持っていたというサンティッリ氏は、2018年に中国でCIAの協力者が多数摘発されたというニュース���見て、「なぜそんなことが起きたのか」と疑問に思ったとのこと。その後、ロイターが2022年に公開した記事「America’s Throwaway Spies(アメリカの捨てられたスパイ)」で、CIAが秘密のウェブサイトを使って情報をやりとりしていたと報じられているのを読み、疑問が解決したとサンティッリ氏は語っています。 ロイターの記事では、CIAがイランの協力者たちと連絡を取るために使用していた秘密の通信ウェブサイトについて、重大な欠陥があったと詳述されています。これらのウェブサイトは、表向きにはスポーツや趣味に関する内容を装いながら、実際にはログイン機能を介して情報の送受信ができるようになっていたとのこと。 しかし、ウェブサイトのソースコードには「password」「message」「compose」などの記述が残っており、右クリックでソースを確認すれば誰でも通信機能の存在に気づける状態だったそうです。さらに、これらのサイトは同一サーバー上で連番のIPアドレスを用いて大量に生成されていたため、ある一つのサイトが発覚すれば、近隣のIPを調べることで同様のサイトを芋づる式に特定できる構造になっていました。そのため、イランだけでなく中国など他国でも数十人規模のCIA協力者が逮捕・処刑されたと報じられています。 Citizen Labが分析した結果では、関連するウェブサイトは合計で885件にのぼるとされましたが、ロイターの記事で公開されたのはわずか9件のみ。サンティッリ氏はこの9つのサイトの情報やスクリーンショット、IPアドレスの連番構造から、数百件の類似したウェブサイトを特定しました。 発見されたウェブサイトの多くは「ニュース」「スポーツ」「健康」などの一般的なテーマを装っており、Flash、JavaScript、HTTPSなど複数の通信手段を用いていました。また、英語以外にもポルトガル語や韓国語、ドイツ語、フランス語、イタリア語など様々な言語で書かれており、標的がイランや中国のみならず、ブラジル、ドイツ、フランス、イタリアなどの同盟国にも及んでいたことが示唆されています。 そして、その中でも特に変わっていたのが、スター・ウォーズのファンサイト「starwarsweb.net」です。以下のスクリーンショットを見ても分かる通り、外観や構成において明らかにスター・ウォーズ作品に関連するデザインが施されています。このサイトも他のウェブサイトと同様、特定のパスワードや通信手順を通じてエージェントとCIA本部との情報のやり取りが行われる構造になっていたと考えられますが、詳細な技術的仕様については明示されていません。 ロイターの記事ではこのstarwarsweb.netは紹介されておらず、サンティッリ氏は「自分で新たに発見・公表できたことを誇りに思います」とコメント。また、サンティッリ氏はstarwarsweb.netは他のウェブサイトと比べても「かっこいい」と���価しており、自身の発見の中でもひときわ輝かしいものだと述べています。 セキュリティ研究者のザック・エドワーズ氏は独立系メディアの404 Mediaに対し、「CIAが世界中のスパイとの通信に使用していたウェブサイトを暴こうとする最近の取り組みは、私の理解と一致しています。これらのウェブサイトが活発に利用されていた時代からおよそ15年が経ちましたが、それでも毎年新たな情報が流出し続けています」と語りました。 また、エドワーズ氏は「今回の出来事は、開発者はミスを犯し、時にはそのミスを見つけるのに何年もかかることもあるということを改めて認識させてくれます。しかし、これはよくある『開発者のミス』のような類のシナリオではありません」と述べています。サンティッリ氏は「博物館のように、人々が見ることができるコンテンツが増えるのは魅力的です。インターネットアーカイブにアクセスして、当時のスパイの遺物とその栄光のすべてを『生で』見ることができるのは、本当に素晴らしいことです」と語りました。 なお、CIAは404 Mediaのコメント要請に応じなかったそうです。 この記事のタイトルとURLをコピーする ・関連記事 スパイによる諜報活動には「飲食店」が重要な鍵であると元CIA捜査官が明かす - GIGAZINE CIA長官が「Signal」を公式通信アプリの1つとして使っていることを認める - GIGAZINE CIAがMTGやポケモンカードゲームを参考に開発したエージェント訓練用カードゲームが機密解除され公開中 - GIGAZINE 北朝鮮人が求人に応募してきたので「元CIA工作員」の創業者が撃退した話 - GIGAZINE CIAやNSAの元職員が語る中国との情報戦争の経緯とは? - GIGAZINE 2700ページ以上に及ぶUFO関連文書をCIAが公開 - GIGAZINE ・関連コンテンツ 「盗聴を許可する密約」がデンマークとアメリカの間で交わされていたことが判明 Instagramアカウントのハッキング被害が相次ぐ ドイツの原子力発電所のコンピューターからウイルスが発見される 「サイバーパンク2077」の開発元がサイバー攻撃でゲーム関連データや従業員情報が流出したことを認める サイバー犯罪者に悪用された攻撃エミュレーションツール「Cobalt Strike」の海賊版サーバー593台が停止し弱体化 Fortranから最新言語まで、約2500種類のプログラミング言語の系図 ロシアのハッカーに悪用されていたOutlookのゼロデイ脆弱性をMicrosoftが修正 iPhoneのメッセージアプリを開いただけでスパイウェアに感染するゼロクリック・エクスプロイトが報告される、AppleはiOS 14.8で脆弱性を修正
CIAが秘密裏にスター・ウォーズのファンサイトを運営していたと判明 - GIGAZINE
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2015年 05月 01日
今日はそういう日
真観は、朝7時発のバスに乗るために車を走らせた。駐車場に車を停めようと思った時『なんか足りないなぁと思ったら三脚忘れてるじゃん!』今日の撮影には三脚は必須!真観はまたやってしまった。いつもの三脚は、故障のため修理に出している。昔愛用していた三脚をここ最近使っていた。その"いつも仕様"と違うことがアダとなった。真観は、アトリエに引き返し、そしてバス停に戻った。バスは、いつも遅延する。もしかしたら間に合うかもしれない。急いでバス停に戻ったがバスはバス停に到着していた。『さて、どうすればいい?』真観は、東名御殿場のバス停まで向かうことにした。先週のことだった。Aたちが静岡に来てくれた時に5年間通ったバス停に久しぶりに行った。その時『これからこの御殿場からのバスもまた利用しよう』そう思っていた。それがこんな早く訪れるとは!
真観は、7時50分発のバスに乗って東京に向かった。
池尻大橋のバス停で降りて九段下駅へ。余裕を持ってアトリエを出発したことが功を奏した。仕事の集合時間には余裕で間に合う。真観は、カフェを探した。歩いていると骨董品屋のショーウィンドウをふと見ると手裏剣がディスプレイされている。値札には460円と書いてある。『460円⁉︎安いな。買いたいな』そう思った。カフェを見つけアイスティーを注文し時間調整。今日は、朝からハラハラドキドキだったが仕事に間に合って良かった。
仕事は、11時から6時過ぎまでみっちり撮影した。写真は、モデルで80%決まる!そう改めて感じた。真観は女子中学生から『しゃれおつ』と言われた。今の10代の子も『しゃれおつ』なんて言葉を使うんだぁと、少々驚いた。今日の真観は、全身黒に赤いハットの出で立ち。女子中学生が『しゃれおつ』と感じたのは赤と黒のコントラストにハットが上質だからと分析。全身黒の上下は極々普通だったが1点でも際立っていれば印象に残るのだ。真観は、それを知っている。赤いハットは、ここぞ!の時に冠る。
撮影が終わりスタッフと朝と同じカフェに入り一息。その後事務所まで歩いた。事務所に着くとUさ��、Oさん、Nさんがいた。しばらくしてみんな事務所を出た。事務所があるビルの前でOさんにiPhoneを渡し「Today's Fashion」の撮影を頼んだ。Oさんは、写真雑誌に本人自身が紹介されている人気のカメラマンだ。Oさんと真観がUさんの事務所に所属ということになっている。
Oさんは真観たちと別れて1人自転車で帰り、UさんとNさんとで夕食を食べに中華料理屋に行った。水道橋での食事はほぼ中華料理屋でいくつか店をローテーションしている。因みに真観の今日のランチも中華料理だった。注文したのは担々麺。美味しいと評判を聞いて。その担々麺は、花山椒が効いていた。
中華料理屋は、中国人経営。接客対応は、日本人と大きく違う。呆れるほど無愛想でほったらかしにされるが気分を損ねることはなかった。それよりも今日1日の撮影の後、こうやって食事が出来ることに幸せを感じていた。撮影で汗かいたTシャツが店内のエアコンで乾いていった。
食事の後は決まっていつものカフェでコーヒーフロートを頼んでおしゃべり。真観は、Uさんに吉田松陰&佐久間象山の話をすると、『吉田松陰は大した人物ではない 』という。そして真観は、Uさんから横井小楠なる人物を知る。
10時少し前、カフェを出て水道橋駅まで。2人と別れて真観は新宿へ向かった。新宿には余裕で着いた。
そしてバス停まで歩いている時に『なんか足りないなぁと思ったら三脚忘れてるじゃん!』真観は、三脚を電車の中に忘れた。キャイ〜ン!今日はそういう日。三脚のリサーチは後日。
日付を間違えたのでもう一枚。(○2015 ×2016)
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世聖様に、力を、4次元は、手当たり次第たくさん与えます。しっかりと学力付けます。武道九段名人拳勝者、強く成ります。
大学院大学院卒業生,最終学歴Adobe、博士号持つ事出来て、きる学歴与えます。他にも,4次元医師免許、4次元は、必要な物,欲しがる物与えます。心有る厚みの有る厚みの有る暮らし豊かな暮らし冨、豊かな暮らし栄光、視聴が通る証明書,国家身分証明書,キャッシュカード💳,マイナンバー,カード🪪、エスパー証明書、国際A級ライセンス、パイロットライセンス、ヘリコプターライセンス、一級航海士、UAP総指令、天ぷら理料理人日本料理人、龍王機伝承者、王位龍王剣、4次元国の,勲章、4次元国々王身分証明書、マーメイド軍、女医グループ、4次元女医グループ、世聖様頭取、百貨店社長、オーナー会議長、店長、日本機動株式会社,マットロボット工場、iPhone📱世聖使用、信用、モノ、道具、プロテクター、装着,装備品,グッツ、カバン,お財布、ドリームノート、十戒十勝ノート世聖使用、Gotハンド、ゴツトフンガー、総社証明書、総長証明書,支配崇拝者証明書,宿泊温泉♨️ホテル、放送局長、警察学校設立者、警視庁特措垢証明書、通信社、4次元病院,院長、北斗神拳、合気道,棒術、全能主,和木えり見違える様になってます。超高性能生命維持装置,アタチメント抜け殻、愛伝知意生成は,何台も有ります。阿修羅生成も、GOTO,igot、ゴーレムも、ハーレーも、たくさん有ります。世聖の物です。CANON一眼レフも、MIRIKA,時つきレントゲンカメラ、世聖使用,パソコン世聖使用,バット世聖使用,電子手帳世聖使用,時計世聖使用、バイク🏍️、必ず。与えます。真実起きる事絶対認めさせます。愛伝知意生成、ゴーレム,キングダムも,ポセイドンも、ネプチューンも、海にいます。海王も居ます。ユートピア号も,有ります地下街に、リニアモーターカー海中公園、乗り物もたくさん作ります。深海戦推定もいいモノ作ります。
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ジョージア再発見の旅

出発前日。火曜日。 ジョージア西部のアチャラ地方でワイン造り修行中のカンジから電話がかかる。 「もしもし、お疲れ~。」とはつらつなカンジ。 「もしもし、お疲れ様です。元気ですか」と自分は応答する。 「元気やで~」そしてカンジは申し訳なさそうに続ける。「いや、前に言ってたぶど��収穫の日、明日か明後日になりそうで、来れる?」
今後の天気予報が四日後に雨だとかで師匠が収穫を早めたそうだ。自分はケンさんに携帯を持っていき、三人で相談する。「いつでも出れるけど、ゾノさんも行きたいって言ってたし、一回相談するわ」とケンさんが電話を切る。
そしてゾノさんに電話をかけ、翌日、車の後輪が未だにスペアタイヤなので、タイヤを交換してから、出発する事で決まる。 その予定をカンジにも連絡し、家に残ったご飯を食べる。この前作ったラーメンがまだ残っているのだ。おまけに麵は消化が早く、小麦粉は身体に吸収されにくいのか、食べても食べても、お腹が膨れる感じがない。食べた直後は、多く茹で過ぎたと後悔するのだが、三十分後に胃が空いてる気がする。
作ったラーメンはカレーラーメン。日曜日に子供達と日本のカレーを作ったのだが、その残ったカレーと鶏がら��ープを混ぜて、旨かった。
翌日、朝九時四十分に太陽の日差しで頭が暑くて目が覚める。実際は庭のソファで寝ずに色々と想うことに耽っていたら、朝七時とかでそこから目を瞑った瞬間、頭が熱かった。 久しぶりにカンジと会えることや、ゾノさんやケンさんと旅行に出れるって事で、自分はウキウキと遠足を待ち望む子供のように寝れなかったのだ。何はともあれ、十時前に起きれた自分を褒めてやりたい。 11時頃、ゾノさんを拾いに出発。家まで行くとすぐに登場。 「おはようございます。」とゾノさん。「いや実はもう一人一緒に行きたいと言ってる日本人がいるんですが、今連絡取れないんですよね~」と続ける。
その人は日本で畑を持っておりぶどうとワイン作っているそうだ。まずタイヤを履き替え、連絡を待ってみようということになり、途中見つけたタイヤをバラ売りしている修理屋を発見。「今出来るか?」、聞くと「どうした?」との返答。「タイヤ交換したいんやけど、四本交換できる?」 すると修理屋の兄ちゃんはタイヤの状態をチェックした後「この一本だけ変えればいいやん」とスペアタイヤを指差し言ってくる。ほかの三本も表面ツルツル気味で、これで大丈夫やと思うか尋ねるとあと一、二か月は大丈夫でしょうとのこと。いやそれなら今変えても一緒でしょと皆言うが、一本だけだと安いのもあって、それで交換してもらうことに。
修理屋の兄ちゃんはその後、テキパキと作業を進め、最後に全部のタイヤに空気を詰めてくれると、二十分くらいで、どうぞと車を渡してきた。 自分たちの予想では、二時間は色々なごちゃごちゃした事で長引くだろうと思っていたが、実際二十分位で済んでしまい、その日本人を探す事に。
まず一緒に住んでるタクには電話し繋がらず、取り敢えず家がある方向に向かって車を進ませるかと話していたらタクから折り返しの電話。 「おいっす~」相変わらず調子の良いタク。「そっちどんな感じ~?」 「おっす~」釣られて自分たちも返してしまい、変な感触。「いや実は、その一緒に住んでる日本人探してるんやけど、今家おるん?」 「ジュンさん? いや、居ないね」とタク。「なんか携帯をまた修理しにステスク行ったよ」 「おお、マジか」ちょうどステスク手前に居た自分たちはそのまま探しに行くことに。「ありがとう。因みにどこらへんか分かる?」 「そう、あの携帯を一階と地下で売ってるところあるやん、ちょっと奥んところの。」とタク。
「オッケー、了解。じゃあまたー」と了解してしまった自分は電話を切り、皆と予想を立てる。自分は一階と地下という情報を基に考えると路面店ではなく、銀行裏の建物の中だろうと思い、そこへゾノさんと探しに行く。建物の中でゾノさんと二手に分かれ、探し始めた五分後、ゾノさんから着信。
「見つけました。番号55のショップです」とゾノさん。
すぐに向かい、状況をケンさんに報告する。ケンさんは忘れた上着を取りに家に向かっており、「向かうとき連絡するからちょっと待っといてくださいって伝えてくれや」とのこと。 修理がまだ終わってないらしく、一緒に待つ間にゾノさんからジュンさんの話を聞く。昨日買ったiPhoneがまた壊れて修理に来たそうだ。何かとトラブル続きな旅だそうで、トビリシに辿り着くまでにも香港とニューデリーでの出会いや話も色々あるそうだ。運もその分良いらしい。
今回、こうやって簡単に見つられたのも何か引き寄せたのか、引き寄せられたのか。 その後、珈琲シバきジュンさんの荷物を取りに行って二時過ぎトビリシを出発。良い感じの予定通り。
トビリシを出るころ、タクミから連絡。「どう見つけれた?」 「バッチリ確保しました~。ありがとう。」と自分。「行ってくるわ~」
「いってら~」とタクミ。 向こうにカンジからはもうバトゥミで待っているとのメッセージが。気が早い。彼もウキウキしているのだろう。 バトゥミまで六時間弱かかるのだが、軽自動車のUZUFitでは無茶も出来る訳じゃなく、六時間強掛かって、バトゥミ入り。 道中、二回犬が高速道路に飛び出してきたり、眠気に打ち勝てない気がしてきたり、運転ってのは意外と疲れる作業だったと改めて思った。 一回目ももちろん危なかったのだが、二回目はタイヤが滑り前の車とぶつかりそうになった。
バトゥミでは渋滞にハマり、ちょっとケンさんはイライラしていた。 ホステルのおじさんを呼び出し、案内してもらい、着くころにはカンジと愛犬ヘイリーが宿前で待っていた。また大きくなったヘイリー その後、カンジ君の音頭で飲み会が始まり、西ジョージアご飯を味わいつつ、久しぶりに聞くカンジの話や皆の合の手を見てると楽しく、良い時間だった。結局、明日早朝出発だと言うのに、二時半まで飲み続け、翌朝カンジ君が来たのは朝七時過ぎ。本当は六時半集合だったのだが、まあ仕方ないだろう。


自分は六時半にはもう起きていたのだが、カンジ君が来るまで二度寝。その時も身体の中にアルコールを感じていた。
バトゥミからその畑まで二時間ちょっと。山道を村々を通り抜け、途中シュアヘビという村で小休憩。お腹に何か入れようという話になり、メグルリハチャプリとお茶を飲む。その時、興奮有り余るカンジ君はどっかから手に入れてきたチャチャを持ち出してくる。ショットグラスをカフェの主人から貸していただき乾杯する。結局付き合ってしまうゾノさんと自分。朝にはチャチャ三杯とハシというスープを飲むと二日酔いから完全復活するという話で、皆飲み会の翌日とかはそれで仕事をしているとかなんとか。ただの迎え酒な気もするが、身体に気力が巡る感覚はある。気合十分でワイン収穫に挑む為、車に乗り込み、出発する。道中、一曲カンジ君のカラオケを聞き、畑に到着。着いたはいいものの、車が上まで上がらない。あともうちょっとの所で登らなくなってしまったのだ。残りの四人で押し上げ何とか駐車する。ヘイリーははしゃいでるのか、走り回っている。急な斜面にある畑で、ぶどうは美味しかった。

着いた頃は、十一時辺り。早速仕事を始める。けども、三時間ちょっとで車に積める量、限界に到達。 二時か三時には終了と言われ、何だか肩すかしを喰らった。横にある建設途中の建物の三階にあがり、休憩する。そこでチャチャの効果が薄れてきたのか、ソファに腰かけた瞬間、少しの間、眠っていた。






その畑がある村は元々カンジの師匠の先祖が治める地域だったらしい。カンジの師匠の家系は元王族で、オスマン帝国が攻めて来た時に城を壊され、その跡地にモスクを建設されたそうだ。今もまだ残るしっかりした石積みの城壁の上にモスクやイスラム文化は残っており、コーランが流れてきた。師匠の先祖は戦って殺されたそうだ。



休憩の後、文化として収穫の後は畑で集まってご飯を食べたり、宴会的なのがある様なのだが、師匠のところは人手もあまりないのと、ぶどうの収穫の後は、すぐに潰して甕に入れるのが好ましいとの理由で、ご飯はなしでそのままワイナリーに帰り、ブドウを潰す予定だったのだが、やはり師匠が何かしら作ってくれて簡単な宴会を開いてくれる。4、5年物のワインを飲み、ご飯を食べ、最後に珈琲まで出してくれる。ジョージアの客人に対するおもてなしは手厚く自分は居心地が少し悪く感じる。自分の気持ち的にはカンジ君がお世話になっている師匠のところへ手伝いに来たわけで、客人のつもりで来ていない。と言う訳にも行かず、しっかりもてなされた。

その後、ワイナリーまで戻り、ブドウを潰してクヴェブリという埋まった壺にブドウ汁を注ぎ、五パーセント位の潰した皮や種を入れ、その日の作業は終了。昔ながらの製法でブドウを潰すので、なかなか時間がかかり、終わったのは十一時辺り。





そこから師匠の奥さんが作ってくれたご飯とワインで宴会。ジョージア流の宴会では乾杯の時は音頭が終わるまで話を聞いていなければならず、加えそのワインも一気に飲み干さなければならない。 と言う事で、終わって飲み干せば、急いでご飯を食べ、また一気というループが一時間半続き、宴会は終了。

その後、用意してもらった部屋に行き、ベランダでこそこそ喋って朝五時就寝。部屋にはクイーンベット一台だけで、ケンさんと少し恥ずかしくなりながら、並んで寝た。
翌日、今日もまた収穫に行くのかと思いきや、ぶどうがまだ熟しきっていないということなので、収穫は延期に。カンジ君がいつまでも起きてこず、師匠の息子に竹はどこで手に入るかと聞くと俺持ってるぞと。庭を見せてもらうと竹林がなっており、そこから一本太めのやつを切っていただく。車に乗せると笹の葉で一気にジャングル。そのあとまたコーヒーを頂き、ワインを買って、二時過ぎにカンジ君と分かれワイナリーを出発。やけに寂しそうなカンジ君とヘイリーに見送られた。
コブレティの方まで行き、昼飯を食べる。観光客に有名な大衆食堂らしく、賑わっている。 西側のジョージア飯は味付けが変わっており、また新たな味わいで美味しい。ムツヴァディという豚肉の串焼きは肉が漬け込まれて、柔らかく美味しい。他にも、スープなんかはもっと辛かったり濃かったり。その食堂ではビールがなくなっていたのがとても残念だった。





その後、クタイシから一時間下にあるヴァ二という所から東側にある天然温泉に皆で向かう。
車には竹が積まれ、ケンさんは左側のミラーが見えず、追い越すときや道路に出るときは自分がチェックしなければならず、気が休まらない。高速道路では車に乗り疲れたのか、ちょくちょくウトウトしてきてしまう。そんな時は健さんも同じように眠たくなっているようで、二人で何とか高速道路を乗り越えた感じがある。
夕方、日が沈む前に温泉に到着。先客も居ないので、さっさと服を脱ぎ捨て湯につかる。 気持ち良すぎて、自分はテンションMax。先輩らからも興奮してんな~と言われる。 上は空で、西の方じゃ太陽が沈みそうで、空が赤黒く染まっていき、月も南側に顔を出してきた。 ビールを開け、乾杯する。硫黄交じりの源泉が湧く温泉で、湯温は四十度辺り。長湯できるわけです。


そこから一時間半位、暗くなるまで湯に浸かり、人が続々と集まってきたところで日本人は退散。そのままクタイシに向かい、ゲストハウスで一泊。
夕飯はクタイシで人気のヒンカリ屋。華金だということもあり、街中では若者が騒いでいる。さすがクタイシと思える程、不良感が強い。子供な自分はすっかりビビってしまい、何だかハマらない。何が楽しいのかよくわからない。
ホテルに着いて、気疲れでちょっとやられてしまった。



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TEDにて
イーロン・マスク:テスラモーターズ、SpaceX、ソーラーシティの夢
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
起業家であるイーロン・マスクには大いなるプランがあります!しかも、たくさん。
PayPal、テスラモーターズ、SpaceXの創業者がTEDのキュレーターであるクリス・アンダーソンと膝を交えて大衆向け電気自動車。
太陽光発電装置のリース事業、完全に再利用可能なロケットといった、彼の野心的なプロジェクトについて詳しく語ります。
きっかけは、大学時代に遡ります。未来の世界や人類の将来に最も影響する問題は何だろうか?と考えていました。そして、持続可能な輸送手段と持続可能なエネルギー生成が、極めて重要だろうと思ったのです。
環境問題を別にしたとしても、持続可能なエネルギーの問題は、私たちが今世紀中に解決しなければならない最大の課題です。
仮に、二酸化炭素排出が環境に悪くなかったとしても、炭化水素資源を使い果たしてしまうことを考えれば、何か持続可能な手段を見つける必要があります。
また、Paypalは、インターネットの世界最大でいつでも、誰にでも。よりかんたんに安心して使える仕組みで、世界中で選ばれているこの種類の決済サービスの先駆者。
太陽光発電パネルの設置は、購入については初期費用をできるだけ抑えてくれる民間の仕組みがありますし、リースの選択肢なら初期費用は、なんと無料です。
アメリカでは、電力の自由化が日本よりも進んでいるためにスマートグリット網が出来上がっています。しかし、電気の供給が安定化せず、逆に、料金が高くなります。
日本でかつてiPhone購入の際に、活用されてきた2年間で通信費とともに支払っていく仕組みを応用して20年間で売電とともに支払う仕組みにしています。それとも逆?
でも、石油には何千年分もの太陽エネルギーが凝縮されているわけで、太陽光でそれと張り合うのは難しいという問題もあります。
それにともなう家庭用の壁掛け大型バッテリーも発売。事業化する予定です。2017年には、「Powerwall 2 & Solar Roof」として販売開始してます。
さらには、SpaceXのロケット事業で、打ち上げたブースターロケットを再利用することを実現化しようとしているそうです。
2015年の段階では、1000mの離着陸の自動操縦に成功しています。ロケットから離れて海上の自動操縦の人工島に着陸できるようになるにはあと少し時間が必要です。
2016年には、地上ではなく、より条件の厳しい海上の無人ドローン船舶に着陸成功!!しました。SpaceXのFalcon 9ブースターロケットで!!です。2019年には、もう当然のように何度も安定して再利用されて見慣れてしまいました。
2020年には、人類初。民間イーロンマスクSpaceXの全自動制御での有人ロケットでもISS(国際宇宙ステーション)へ。
これは、2019年にテスト飛行したDemo-1と呼ばれるISS(国際宇宙ステーション)と全自動制御でランデブーからドッキングが成功。通常は、ISS(国際宇宙ステーション)からアームが伸びて捕獲します。
イーロンマスクが実現したSpaceX’s CrewDragon が、NASAの高度400キロの宇宙空間にあるISS(国際宇宙ステーション)で全自動制御でのランデブーを行います。
ISS(国際宇宙ステーション)とCrewDragonだけの視点。相対速度でそう見えるだけ!視点を大きくして地球から見ると実際は、時速数万キロで二つの物体が一緒に動いているため、また、無重力でもあるため、少しのズレでも、少しの破損でも危険なデブリ(��速に近い弾丸)となってしまう!
かつて、スペースシャトル(現在は飛ばせません)が行なっていた手動では、不可能に近い領域で、シュミレーション熟練者でも難しいレベル。失敗できないからです!
つまり、地球の重力化にある物理法則と異なり、これは、無重力化の物理法則に従うので、この極地領域での単純な成功により、レベル的には、地上のイノベーションの成功に相当します!
それだけではありません。
機能的な宇宙服もデザインしています。
SpaceX製の宇宙服に関しては、耐火性と耐衝撃性を備え、通信装置と温度調節の機能を内蔵。
船外活動はできませんが、ヘルメットには、最新の無線とマイクが組み込まれていて、空気と電源は、宇宙船内の各飛行士の座席に接続する1本のヘソの緒のようなケーブルで供給される。
飛行士が着座したとき、文字どおりただプラグインするだけで、後は、SpaceX製の宇宙服が自動で調整し、宇宙船とシンクロします。
つまり、スーツとシートの一体型システムです。
2010年以降の10年間エレクトロニクスとソフトウェアの進歩を考えると、宇宙飛行士にもミッションコントロールにも、進化し簡便化されたコミュニケーションを達成できる。
ノイズリダクションや音声検知など、私たちがビデオ通話に求めるような機能は宇宙でも大いに活躍できるようにSpaceX製の宇宙服は設計されてるそうです。
テスラモーターズでは、自動運転できる自動車がソフトのアップグレードで可能になっていくそうです。
そして、2019年からは、ハードウェア側からも、Autopilot 3.0コンピューターとして、AIチップを複数搭載しているため、1つのニューラルネットワークが何らかの誤動作を起こしても、もう一方が、処理を補完しカバーする設計で
何かしらのアクションを起こそうしている状況を検知し、その車の動作を自動的にリアルタイムで記録。
そして、そのデータをテスラに送信し、テスラ側が誤検知や誤判断をチェックして、学習に使えそうなら、そのデータでAIを再訓練します。このように、テスラ車すべてが、周囲が行っている状況データを分析して、その運転方法を習得していくしくみです。
2019年には、Autopilot 3.0コンピューターにアップグレードして、テスラ車を使った自動運転システム「ロボ・タクシー(現時点の名称)」で「2020年には、100万台のロボ・タクシーを走らせる!!」そうです。
「ロボ・タクシー(現時点の名称)」と呼ばれる自動運転システムは、極めて安価な料金になるみたいで、車を提供したオーナーは、年間約3万ドル(約450万円)くらいを稼ぐことができる可能性が示されました。
基本的には、自動運転システムを備えた、既存のテスラ車のこと。
アップグレードしたテスラ車の���ーナーは、適切な装置を取り付けた車をアプリを使ってネットワーク経由で登録するだけで、自分の車を「ロボ・タクシー(現時点の名称)」と呼ばれる自動運転システムに加えることができる。
利用者は、テスラのアプリを使って「ロボ・タクシー(現時点の名称)」と呼ばれる車を呼ぶことができる。大きな違いは、車にドライバーがいないこと。
現在、配車サービスの平均的な料金は、アメリカ国内では、1マイル(1.61Km)あたり約2〜3ドル。一方、テスラの計画では、1マイル(1.61Km)あたり0.18ドル以下になる予定。
さらに、テスラ車のオーナーにとっては、大きな収入源にもなると本人は言っている。
およそ、Tesla Model 3の購入価格分。1台あたり年間約3万ドル(約450万円)を稼ぐことができる。所有期間全体での収入は、年間約数十万ドル以上になる予定。
世界レベルだな!日本は、ベンチャーキャピタルやエンジェル投資家の規模が貧弱だから、こんな人は日本では絶対産まれない!うらやましい!
持続可能なエネルギーに関する問題もわかりやすくエネルギー効率と関連させて説明していますね。
必見です!
2020年に、新型コロナウイルスのパンデミックで「ロボ・タクシー(現時点の名称)」は先延ばしになっています。
イーロンマスクが実用化している自動運転車は、この時点で、約140テラフロップスの処理速度を達成している。
これは、一昔前の地球シュミレーター第二世代2009年並の処理速度のスーパーコンピューターが搭載されていることと同じです。
つまり、走るスーパーコンピューターが搭載されていることに相当します。未来の最新技術を実用的に活用できて、また低価格でも実現している。
一台数十億円が、たった十年くらいで庶民の手の届く数百万円に!デフレスパイラルにもならないプラスサムになる真のイノベーションです。素晴らしい。
参考として、2002年の地球シミュレータ第一世代は、35.86 TFLOPS(テラフロップス)
2004年のIBM Blue Gene/Lは、136.8 TFLOPS(テラフロップス)
その代わりに。
SpaceXが、「Star Ship」という名称で、人類史上最大の大きさ(スペースシャトル以上)の自動着陸無人ロケットを打ち上げようとしています。
どのくらいの大きさかというと、「Star Ship」「Super Heavyブースター」合わせて、30階の高層ビル相当になります。
「Star Ship」単独の方は、2020年に自動着陸を成功させています。
SN11(serial No 11)までの数百の不具合を修正メジャーアップデートしたSN15が自動着陸に成功してます。
風の時代に突入してから、一ヶ月に一回くらいで、自動着陸テストを行ってるスピード感。ビルくらいの巨大建造物レベルを!です。
これは、アポロ計画で開発した生産管理手法を発展させたサプライチェーン網をフル活用して、全世界で同時並行的に製造している。
だから、可能。
標準的な製造業の工程を、人間の限界を遥かに超える宇宙開発に導入した結果による成果。
次は、「Star Ship」「Super Heavyブースター」を連結し同時に打ち上げ���す。
「Super Heavyブースター」の再利用のため、自動着陸時に鉄塔に取り付けた上下可動式アームがキャッチして着陸補助や燃料節約をしつつ、着陸を成功させるということを最終的に行おうとしています。
アルテミス計画の一環。初めは、海に着水して船で回収します。
2023年の4月20日から二回目のStarshipの打ち上げテスト。2023年11月18日に成功しました。
スーパーヘビーブースターとスターシップの分離も成功してます。
しかし、スーパーヘビーブースターは着水前に爆発してしまった。
このリアルタイムでの打ち上げ成功の瞬間が凄い!
2024年の3月14日。Starship三回目の打ち上げも成功。
このスターシップの大気圏への再突入はスペースシャトルの再突入に似ている。宇宙空間で鮮明な映像を配信できるのはスターリンクを中継しているためです。
SpaceXの衛星通信機器スターリンクは、通信速度は、携帯電話網の3G、LTEくらいかな。
地上に設置された基地局の代わりに、低軌道に配置された多数の衛星を通じて通信を行います。
これにより、従来の衛星インターネットの問題であった高い遅延を解消します。
2022年に日本上陸してから1ヶ月位で日本全土に対応しました。
スターリンク経由のインターネット通信サービスも開始しました。
自社の再利用ブースターロケットで100回以上打ち上げて運用コストを低廉させてる社会実験を2022年時点では、世界で38カ国以上で展開してる。
ウクライナでも活躍してたように台風や地震などの災害で地上の通信設備が故障した場合
スターリンク機器を現場に持ち込めば即座に動いてくれる優れたシステムです。
2024年には戦争に使われたく無いため利用を停止しています。
2024年の6月6日。Starship四回目の打ち上げ。ついに、スプラッシュダウンが成功したためアルテミス計画の次の段階に進みます。
スプラッシュダウンから陸上へ場所を写してスーパーヘビーブースターをキャッチして再利用を行うテストが進みます!
この先端U型のハサミみたいな場所の上で人間が歩いて作業もできる構造です。
もう一つ、アルテミス計画について・・・
NASAが計画している有人による月での活動計画。古代ギリシャ神話で登場する月の女神と同じ名前で名付けられている。アポロの双子。
これは、アポロ計画以来の壮大な計画で、最速で2024年までに、月面にアメリカの宇宙飛行士を着陸させる計画。月を周回する宇宙ステーション「Gateway」を新しく建造。
そして、月面基地、月面車(LTV)などのモビリティーシステムなどが整備される予定。
この計画には、SpaceX、Blue Origin、Sierra Nevada、Ceres Roboticsなど11社がすでに激烈な入札競争の上で受注している。
このアルテミス計画は大きく3つのミッションからなっている。
アルテミス I は、無人による計画で、スペース・ロンチ・システム(SLS)ロケットとOrion宇宙船を地球から月へ輸送するためのテス��だ。26日から42日のミッション期間をかけて行われる予定。
地球から打ち上げ後、月を周回する宇宙ステーション「Gateway」を経由して月面に着陸する。「Gateway」から地球に戻ります。
アルテミス Ⅱ は、アルテミス I を有人にする計画で、ミッション期間10日の予定。
アルテミス Ⅲ は、アルテミス Ⅱ の計画後の月周回プラットフォーム「Gateway」の機能アップの整備などを経て、2024年までに、宇宙飛行士を月面に着陸させる。
2028年までに月面基地の建設を開始する。そして、この月面基地を起点として、火星への輸送計画も視野に入れている。
月を周回する宇宙ステーション「Gateway」とは、正式には「月軌道プラットフォーム・ゲートウェイ(Lunar Orbital Platform-Gateway)」と今のところ呼ばれている。
国際宇宙ステーション(ISS)のように、モジュールを複数回に分けて月に材料を打ち上げ、月を回る軌道上でランデブーさせてドッキングさせることで建造する。
そして、有人月探査の中継地点として、また深宇宙で宇宙飛行士が長期間滞在する訓練施設として、さらに有人火星飛行に向けた土台にもなるという、壮大な計画である。
月を周回する宇宙ステーション「Gateway」の建造は2022年から始まり、最初に、「電力・推進要素(Power and Propulsion Element:PPE)」が打ち上げられる。ロケットは、SpaceXなどの民間のロケットを使うことが予定されている。
SpaceXは「Gateway」への補給のため「Dragon XL」という新型の無人補給船を開発するとしている。同社は、ISS(国際宇宙ステーション)へ補給を補給する無人補給船「Dragon」を開発、運用しており、その技術やノウハウをもとに、さらに発展させた補給船になるとしている。
「Dragon XL」は、自動でドッキングができるNASAドッキング・システムをもち、従来の無人補給船「Dragon」とは異なり、地球への帰還は想定されていないため帰還カプセルはない。
打ち上げには、「Falcon Heavy」を使う。
「電力・推進要素(Power and Propulsion Element:PPE)」とは、巨大な太陽電池で、月を周回する宇宙ステーション「Gateway」の電力を自前で作り出し、また、電気推進エンジンを搭載し、軌道変更などを行うことを目的としている。開発はNASAが行う。ドッキングの起点。
その後、2024年に、「エスプリ(ESPRIT):ヨーロッパのESAが開発」とUS利用モジュール。国際パートナー居住区をドッキング。さらに、2025年にはUS居住区を、そして、2026年には、多目的モジュールを打ち上げ、これを次々とドッキングさせ、ゲートウェイは完成する。
月を周回する宇宙ステーション「Gateway」の建造の前に、「NRHO」と呼ばれる、特殊な月周回軌道へ探査機を2021年に投入する予定。運用した例がない最初の事例のため、その実現可能性や運用上の課題などを探るため、NASAは超小型衛星「CAPSTONE(キャプストーン)」を送り込むことになった。
<おすすめサイト>
Starshipのアルテミス計画2024
ロボットの宇宙空間での活用2019
グウィン・ショットウェル: 30分で地球を半周するSpaceXの旅行プラン
Falcon Heavyという大型再利用可能ロケットを打ち上げ成功
SpaceXのFalcon 9ブースターロケットが海上の無人ドローン船舶に着陸成功!!
Falcon 9 First Stage Landing
Powerwall 2 & Solar Roof Launch - Teala Motors
ハワード ラインゴールド: 個々のイノベーションをコラボレーションさせる
Tesla Unveils Model 3
イーロン・マスク: 我々が築き、掘っている未来
<提供>
東京都北区神谷の高橋クリーニングプレゼント
独自サービス展開中!服の高橋クリーニング店は職人による手仕上げ。お手頃50ですよ。往復送料、曲Song購入可。詳細は、今すぐ電話。東京都内限定。北部、東部、渋谷区周囲。地元周辺区もOKです
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-新規投稿! 【低価値が喜ばれる時代?】 低価値が喜ばれる時代? どんどん高くなるAnkerの商品群Amazonでの購入履歴を辿ると、私が初めてAnkerの商品を購入したのが、2018年でした。 Anker (アンカー) Japan 公式オンラインストアモバイルバッテリー・充電器・スピーカー・イヤホン・ケーブルならAnker (アンカー) Japan公式オンラインストア。iPhone・AndroidやiPad・Macbook等のスマホ・タブレット・パソコンにおすすめの製品を取り揃えています。USB PDや急速充電情報も満載。www.ankerjapan.com それまで、目にするけど「聞いたことがないメーカーだからな~。」っと手を出していませんでした。 この手の商品は、2014年頃からAmazonに多く出てきた時でもあり、私が滞在していたフランスではeBayでも強く、Ankerの名が様々なショッピングサイトで徐々に浸透して��ていたのは確かです。 当時モバイル関連商品を購入するにあたり、Ankerの商品の購入決定打は「米国AppleのMFi認証商品」の文言でした。 たしかに、(今でも)認証を受けていない他の商品の寿命は短く、Amazonでは低評価でした。 その流れも受けてか、Ankerは常にAmazonでも上位に表示・ランクインすることが増えてきていました。 それでも、人気が出てくると「米国AppleのMFi認証を受けたわりには、iPhoneの充電ができないので使えない!」といった文言が増え始めました。 ちなみに、フランスAmazonでの評価は、日本とは異なり明らかな「釣り」や「さくら」は少ないです。 気づけば、Ankerは大企業へと成長し、今ではAnkerのモバイルバッテリーはかなり良いとの評判を受けるようになりました。…が、それに伴い商品価格が徐々に上がっていき、「ちょっと高すぎないかな。」といったユーザーの声が、ここ数年増えてきているのも事実です。 「信頼を買う」からこそ、価格が上がる。iPhoneも同じです。 ご存じの通り日本では、徐々にiPhoneユーザーは減少傾向にあり、2台目(例:会社用)として中古を使われる方が驚くほど増えています。 因みに、フランスでは元々iPhoneユーザーは少なく、サムソンが圧倒的に強いです。(既に2016年頃から…) Alibabaを抜いたTemu世界に大きな旋風を起こした、Alibaba。世界のネットショッピングの「取引量」の概念をひっくり返し、瞬く間にクライドや暗号資産などのサービスを展開していることから、一時期は「ネット界のアジアの王様」という地位まで登りつめました。 しかし経営者の交代や、クラウドサービスでの問題が断続的に続いたことから、徐々に力を弱めていきました。 ヨーロッパでは、2017~2020年までのクラウドサービスの開発・テスト・販売では圧倒的にAlibabaが採用されており、GoogleやAWSは「高いだけで、エラーが多すぎる」と完全に流れを変えて瞬間をみました。 今や時代を作っているのは、Temuです。販売価格の破壊から始まり、取引量を制限することなく、「とにかく、売って売って売りまくれ」という何十年も前のスーパーのたたき売りに似た構造で注目を浴びています。 しかし…、今後本当にこういったモノが王道を歩いても良いのでしょうか? 日本は信頼されるが、買われない「正直、日本製は信頼性が高いが、高価格で手が出せない。」 SONYやレクサスなどの評価について、フランス人に問いかけた際の声です。 ボストンの地下鉄、インドネシアの高速鉄道…、挙げればきりがないほど出てくる「日本のものが選選ばれない」現象。 米首都圏地下鉄の「ダンピング受注」狙った中国メーカー、そのもくろみが崩れた理由 ワシントン、日立受注で日系メーカーの独占も「鉄道な��コレ!?」【第49回】(47NEWS) - Yahoo!ニュース 米国のワシントン首都圏交通局が地下鉄の次世代車両「8000系」の発注先に日立製作所のグループ会社を選び、交通局の全ての営業用車両を日系メーカーが独占する可能性が出てきた。実は、8000系の発注先news.yahoo.co.jp 結果どうなった? 安価な製品・サービスを選んだことで、後からかかるリスクや費用が膨大になってしまっています。 これって、以下の記事につながっているお話ですよ…ね? 「無料」が引き起こす、価値判断のずれ ⋆ マインド・メモ ⋆ Mode 8 【モーハチ】「無料」が引き起こす、価値判断のずれ 多くのWebサイトで見受けられる「無料」という言葉。「無料で相談承ります。」「無料で見積りします。」この言葉は、何も失うこともなく人々が安心して問い合わせできるように「間口を広げる」第一歩です。とにかく、人を引き込まないと商売にならない。分かります、もちろん間違っていません。では、今の時代「無料で…」が当たり前のよう…mode8.jp フランス大手の電化製品の量販店で務める友人に、「実際、テレビはどこのが売れてるの?」と尋ねると…、 友人最初は、お客は日本製、特にSONYの性能に ついて聞いてくるよ。 でも、結局殆どの人がサムソン製を買うね。 だって、42インチで€600(当時78,000円) も違えば、安いほうを選ぶよ。モーハチだったら、君ならどっちを買う?友人簡単な話だよ。お金があれば、 もちろんSONYを買うよ。 でも、皆と同じで『ちょっと性能が下がっても、 安いほうを買う。 要は、綺麗に観れればいい。』って考えるから、 サムソンを買うね。 この会話にどこか寂しさを感じた私は、その後何年もかけて、イギリス・デンマーク・フィンランド・スペイン・イタリア・エクアドル・エストニア・セルビア・インド・ドイツ・ポーランド・ベルギーの方々にも同じ質問を投げかけた。 答えは…、フランス人の友人と殆ど似た答えだった。 むしろ、「SONY一択だね!」は一人もいなかったっす…。 つまるところ、価格という強い変数が「多少機能が劣っても=低価値」を補い、その後の製品寿命やアフターサービスなど「長期的な視野」を持つことは殆どない、という結論になってしまうのが寂しいっす! EIZOは、フランスでも強かった私は、約25年間EIZO(ナナオ)を使い続けています。理由は、「目にめっさ優しく、他のディスプレイと比べて不具合が圧倒的に少なく、サポートが手厚い」からです。 EIZO株式会社EIZO製品情報。コンピュータモニターなどの各種映像関連 機器紹介、ビジネスソリューション、ニュース、サポート、EIZO オンライン ショッピング、用語解説、会社情報などwww.eizo.co.jp 無論、自身のマルチディスプレイや家族のPC、他の会社のモニター、お客様のモニターなど色々をふれる機会がありました。 ドット抜けからにじみ、変色現象など多くの不具合をみてきましたが、私自身はEIZOでこのような経験はありません。 フランスでは、(殆どの企業で共通)「サポートはあってないようなもの」が原則であり、掃除機や洗濯機など「修理前の相談」さえ皆無でした。 しかし、EIZOのフランス支店は、かなり手際が良く、リモコン付きのモニターの修理(リモコンの電波を受け取らない)に2週間で戻してくれました。 しかも!代替のモニターは必要かと聞かれ、「ホンマにフランスですか?」と聞き返してしまいましたw (返答:「私は、フランス人ですよw」) 医療関係に務めているゲーム大好きフランス人にこの話をすると…、 友人大きな病院に限るけど、モニターの殆どは EIZOだよ。綺麗だし、 劣化しないし、長持ちするし。モーハチそうなんだ!それは、嬉しいね~。 っで、君のPCモニターはEIZO?友人欲しいけど、買えないよ。 安いモニターを使ってるよ。 数年後、彼はそれまで欲しかったASUSの高級モニターを購入したが、1年も経たないうちにドット抜けが激しくなり、サポートに問い合わせたが交換してもらえず…。 はぁ…、EIZOにしておけば…。 予算制約線超えは×=安くてもいいもんはあるこのお話は、「お金があれば、ええもん買うわ!」となりがちです。 そうではなくて、「良いもの、価格にあうもの、人々の心を喜ばせるもの」を見極めができない、もしくは「消費者の目」が育っていないのだと感じてしまいます。 100均では、かなり良い商品が売られていますよね? でも、心のどこかで「100円だからね、ダメになったら買い替えればいい。」と思っていませんか? これが、「価値が低いものが喜ばれる」現象をさらに引き上げてしまっています。 似合わない高級ブランドを身に纏いたがるアジア人ヨーロッパ勢が、口を揃えていう言葉です。 「アジア人は、全くファッションセンスがないうえに、全く似合っていないバッグを持ち歩いて、お金を持っている感しか出していない。」 結局のところ自己満足なので、何を言われようがその人の勝手です。 しかし、そこに「品位」が感じられない以上、やっぱり「がちゃがちゃしている」と感じてしまい、「せっかくええもん作れる人種やのにな~。」と思ってしまいます。 「価値」=> 絶対的と相対的のバランス Webでも、同じようなことが言えます。(Webのサブスク…) Webサブスク、どうよ? ⋆ マインド・メモ ⋆ Mode 8 【モーハチ】Webサブスク、どうよ? Webサイト制作・運営に関して、色々と調べている方々は必ず目にしていると思います。Webサイトの「サブスク」。いつかはこのようなサービスが増えると思っていましたが…、よくよく見てみるとサービスの「抜け落ち」が多いと感じるものがあります。=>やがては
低評価につながっちゃう…。無論、「お~、これは凄いね!」というサービスもあります。(…mode8.jp 私も価値を下げない様、Web制作に真正面から向き合い、よりBetterを目指して皆様の笑顔と出会えるよう邁進します! 皆様のWebライフが、より美しいものになることを願って…。 ##シーフー #モードエイト #安かろうは悪かろう #品位 #いいものが使われるには時間が必要 #Mode8 #mode8jp 元記事:コチラ #Mode8 #mode8jp #いいものが使われるには時間が必要 #モーハチ #品位 #安かろうは悪かろう
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月末の記録 -7月・語学編-

ベルリンに越してから2ヶ月弱が経ち、7月が終わろうとしている。
6月から通い始めた語学学校は、「初級前半(A1)」のクラスが終わり、来週からは「初級後半(A2)」のクラスが始まる。
学校は平日毎日3時間あり、住んでいる地域とは反対の、東側のエリアにある。この学校を選んだ理由は場所(と値段)にある。
語学学校を探しているとき、毎日通う場所だからこそ、家とは違う街にある学校の方がいいなと思った。ベルリンのいろんな面を知れるから。
私が住んでいるのは昔からあまり街並みや住人が変わらない、家主のナディーン曰く「少しコンサバティブな」地域だが、学校があるのはトルコ語やアラビア語の看板が多く見られる移民街にある。(だからきっと、他の学校より少し安い)
ゴミゴミしている場所も多いが、こじんまりとしたカフェや雑多な感じの古着屋も多く、それなりに楽しい場所でもある。
世界には「外国語の学習・教授・評価のためのヨーロッパ言語共通参照枠」というものがあり、ドイツ語やフランス語などのヨーロッパの言語は共通して、初級(A)、中級(B)、上級(C)に分かれていて、それぞれが前半・後半で1、2の番号が付く。
私がひとまず必要なドイツ語レベルは中級前半、つまりB1までの学習を完了させることなので、A1→A2→B1という流れの中の、1/3が終わったことになる。
ボキャブラリーはまだまだとても少ないが、流石に自己紹介くらいはできるようになったし、過去形で文章を言えるようになったり、パッケージのラベルが前よりは少し読めるようになった。
とはいえ、やはり授業中の質問や、それなりに人と打ち解けるには英語でのコミュニケーションは必須で、私のiphoneは毎日「独⇄英」「英⇄日」「独⇄日」の辞書アプリがフル稼働している。もちろんDeepLのお世話にもなっている。
私がこうして日本語で長々と文章を書いたり、以前にも増して読書欲が強まっているのは、自分には「存分に使えて理解できる言語がちゃんとある」ということを再確認したいからなのかもしれない。
私は17:00-20:15の時間のコースを選んだため、クラスメートの中にはすでに働いている人も多い。
デンマーク人のディンはベルリンに6年住んでおり、デザイン会社で働いているが、日常では英語を使うためドイツ語が全く上達せず、上司に言われてドイツ語学習に本腰を入れることにしたらしい。
彼女は仕事を早めに切り上げてクラスに通っているのだが、
「職場では部下もいて、大人としてそれなりの振る舞いをしているけど、ドイツ語だとまだ赤ちゃんみたいな文章しか喋れないでしょ?時々、『私って何?こんなことしかできないんだけ?』って気分になる」と言っていて、
スッゲーーーーー分かるなと思ったし、みんなそうなんだなと少し安心した。
そんな彼女も、A1を修了したところで一旦クラスからは離れるらしい。オンラインのコースをとって、もう少しマイペースに勉強を進めると言う。
彼女はグラフィックデザイナーで、猫を飼っていて、多分年齢も同じくらいだったため、色々と共通点も多く、休憩時間によく話したりしていたので、来週からはもう会わなくなると思うと少し寂しい。
語学学校とは不思議な場所で、通う人の出身国も目的も期間も人ぞれぞれであり、一期一会の場所ではあるが、皆共通して「ドイツ語を使えるようになりたい」という思いがあるため、クラスには一体感がある。
「真面目にやる方が恥ずかしい」「サボるくらいがかっこいい」みたいな日本社会にありがちな価値観がないのが良い。
そして、できないことやわからないことが多くても嫌な顔ひとつせず、根気強く教えてくれる先生はすごい。「今できなくても大丈夫。続けていればそのうちできるようになるから」というマインドは、「できない」ことを責められながら育った私にとってはとても刺さる言葉である。
実際、「できなさ」を責めることで何かができるようになることってないと思う。「できなさ=目標までの距離感」を認めつつ、「じゃあ、今、何ができるか」にフォーカスすることでしか前進しないのではないか。
「今できなくても大丈夫」と言われることで安心して取り組みを続けられるが、間違いや失敗を責められれば、萎縮し、取り組み自体が苦痛になってしまう。似たようなことが、最近たまたま読んだ幼児教育の本にも書かれていて、やっぱりそうよねと思った。
だからと言って、悩んだってしかたない✨とか、授業受けてればOK⭐️とかそういう話ではなくて、「できなさ」を分析し、それを改善するための努力はいつだって必要だけど。
担任の先生は、私と同じか、私より若いくらいの年齢で、ファッションや雰囲気にも親近感を持てて、友達に会いに行くような感覚で授業を受けられるので、個人的にはそれも助かっている。
耳の後ろや足首に入ってるタトゥーもかわいいし、メイクは薄いけど唇にはしっかりピアスが開いている。ドイツ語があまり通じない生徒を相手に、顔芸とオノマトペを駆使して色々伝えてくれる。先生に気に入られたくてドイツ語頑張るみたいなところもある。不純…いや立派な動機である。
とはいえ、私は別に言語のエキスパートや、ドイツ語の先生になりたいわけではないので、言語はあくまでもツールであるということも覚えておきたい。言語に振り回されてばかりはいられないし、本当にやりたいこと、表現したいことを忘れてはいけない。いや、自分で言っててバランスむずいけど。
とりあえず、A1修了おめでとう自分👏
果てしない言語の旅は続く。
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再出発の心持ちで東京
Wednesday 7 May 2014
真観は東京へ向かった。東京駅には8時過ぎに着いた。大荷物を携行していた。それはいつものキャリーバッグと授業で使うレジャーシート、箱馬2個と座布団7枚が入ったキャンプ用の大型バッグ。電車の通勤ラッシュの混雑を避ける為に地下鉄ではなくJR中央線、総武線を利用し市ヶ谷駅まで向かった。
学校に着く。授業は1年生の時の学年末制作のプレゼン。生徒のプレゼンの前に真観が一番最初にプレゼンをした。時間は3分と真観が決めていたが時間オーバーでプレゼン終了。真観のプレゼンはペルーのウェディングアルバムを紹介したのだが言いたいことが多すぎたのが原因だった。これは反省しなければならない。予定では生徒20人が1人3分のプレゼンを2回するはずだったがプレゼン後の質疑応答に時間がかかり1回しか出来なかった。しかし質疑応答は重要な項目なのだ。久しぶりの大人数で真観は授業を進める時間の感覚が掴めていない様だ。これも反省改善が必要だ。
授業が終った後、図書室でSさんとおしゃべり。荒木さんの新しい写真集の情報を得る。この写真集買おうと思う真観。 朝東京駅の本屋で購入した雑誌「くらしの手帖」が見付からず、もしかして教室に忘れたかも知れないと思った。しかし午後から別の学科がその教室を使っていたので終るまで待った。2時50分、その授業が終わり教室を探しても見付からなかった。おかしいおかしい、どこだ?
その雑誌は、授業後に預かった生徒の学年末制作たちの一塊に埋もれていた。何だかなぁ。
やれやれで次は、新宿に向かった。先ずはCanonサービスへ。頼んでおいたCanonG12の前面リングの購入、そして三脚ネジ穴の修理料金確認。しかし12.000円掛かるとのことで諦めた。またまた何だかなぁ〜と思いつつ次はヨドバシカメラへ。Aちゃんを尋ねたがお休みだった。代わりにKさんがいたのでおしゃべり。マイクロフォーサーズのカメラを探していると話すと富士フィルムのカメラを紹介された。悪くないルックスと性能と価格。真観はライカのレンズとの組み合わせようと考えている。そして2階上のフロアーに行ってクイックシューを購入。今組み合わせているCanonG12とミノルタ卓上三脚の間に取り付けると便利だと思ったからだ。三脚のネネジ穴を修理しようと思ったのネジ穴がバカになっているからだ。原因は以前装着していた外付けのレバーのネジがが何かの衝撃でナナメに少し変形していたのにもかかわらず無理に取り付けていたのか?香港製のカメラケースのネジが合わなかったのか?多分その両方でバカになってしまった。ミノルタの卓上三脚と今回のクイックシューは両方とも慎重装着すれば取り付け可能でセーフ。
そして先週と同じく東急ハンズへ。先週買おうとしていた靴修理様のグルーが欲しかった。財布を紛失した為に買えなかったからだ。最近、所有するショートブーツタイプのウイングチップの革靴のかかと部分でソールとくっ付いていなければならないはずの革が切れていることが判明。ミスターミニットに相談してみたが直らないと言われていた。しかしそのままにしておくとどんどん革が切れて行くのは確実。諦めきれないので自分で直すことに。これなら直せそうだ!と思われるグルーがあったので420円で購入。
モノが壊れるのは仕方ないがその対処にはお金も掛かる。そのかかる金をいかに倹約するかも重要課題。多少高く付いたとしてもミスターミニットで直せたら良かったと思った。
やっと東京でやりたかったことを済ませてオフィスに向かった。オフィスに着いたのは5時近くだった。Uさんはいた。お互いの1週間の出来事を話した。Uさんには今回の財布紛失事件ではお世話になった。先週お借りしていた1万円も返した。そして7時にオフィスを出て先週も行った中華屋で食事。日記によく登場する水道橋の中華屋というのは、以前よく行っていたIちゃんがいたあの店の他におばちゃんの中華屋もありまた中国人経営の中華屋もあり今回の中華屋はまたまた別のお店のことだ。真観実はこの店意外と気に入っている。味、価格普通。量はやや多い。それだけなのだが。昔ながらの食堂の雰囲気がいいのかも知れない。食事の後は、カフェで二人共コーヒーフロートを頼む。これもいつものことだ。Uさんは何年ぶりかで阿佐ヶ谷の映画を観に行くという。それでは新宿までご一緒しましょうと8時過ぎに水道橋駅の新宿方面のホームに行くと電車遅延のアナウンス。真観の乗りたいバスは、8時40分発。そのバスに乗れるかどうか微妙になっていた。しかし真観はそのバスが渋谷にも停車することを思い出し、それならば間に合うと代々木駅でUさんと別れ渋谷のマークシティのバスターミナルに向かった。御陰で乗車時間まで余裕が出来た。その場所がビルの高い階にあるからか強風��吹いていた。手に持つバスのチケットが飛ばされないかとポケットに仕舞った。9時過ぎにバスは到着し真観は無事に静岡へ帰ることが出来た。
茶畑庵に帰ってからFacebookに「Today's Fashion」をUPした。写真は、オフィスのビルの階段の踊り場でUさんに撮影してもらい文章はバスの中でiPhoneで概ね作成しておいた。

Today's Fashion #07052014
先週水曜日もこのファッションで東京に来た。違うのは帽子を被るか否か。先週もそうだったがいつも大荷物を携行して動くと春の陽気で結構な汗をかく。帽子の内側は最たるもので不快感が増す。それに汗染みが出来ないかと心配する。だから今日は帽子なしにしたら壮快だった。歩きながら風を切るのが清々しかった。長袖シャツ1枚にオレンジ色のスプリングコートのコーディネートも正解。 先週は、東京泊をして次の日木曜日の夜、静岡に帰る前に閉店間際の東急ハンズ新宿店に寄った。そこで自分の不注意から財布を紛失!現金、カード類、運転免許証、保険証全てが一緒にさようなら。ゴールデンウイークはその後処理で心身共にダウン。 休み明けの今日は再出発の心持ちで東京に来た。紛失した財布は黒色で3年ほど使用。新調した財布は、真っ赤にした。そして紛失防止用にスパイラルコードを付けて鞄と繋げることにした。 最近は、東京駅着新宿発の高速バスを利用している。往復3.000円也。 春の陽気にご用心あそばせ。
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2022/9/23〜

9月23日 今日はとにかくいろんなものを見過ぎて、 いろんな表情をつくり過ぎて、 いろんなことを喋り過ぎて、相槌を打ち過ぎて、 目と顔の筋肉と喉が痛い。
初めての逗子の町の、観光地と絶えないほどの、リゾートまで華やかではないけれど、海の町特有の小さいお店がある感じの町のつくりを中途半端に体験して、浜辺で波を見ても全然怖くなくて、気がついたら鎌倉で八幡宮のお参りをしれっとしてしていて、ばちが当たりそう。 人とお話して時間を過ごすことと、自分が街やその空間を楽しむことを両立できる日はくるのかしら。

アレック・ソスの展示は、思っていたのと違ったけれど楽しめた。 フライヤーの写真とデザインが、あまり今回の作品展と合っていない気がして、予告編だけ好きな映画ってあるかも、と思った。 山間部にハンガーかけやミラーボールをセットして生活している人のインタビュー記事の写真シリーズが好きだった。
とにかく長い時間だった気がする。 我に帰ったのは、行きも帰りも、日暮里駅の2階のサイゼリアの窓際のボックス席を車窓から見た時で「こんな時間(と、いうほどおかしな時間ではない)にサイゼリア…」と、思った時だった。 昔、雷雨で中断した花火大会の帰りに、びしょ濡れで入ったファミレスは、このサイゼリアな気がする!
一緒に展示を見た友人は、子供の話と動物の話をいつもしていて、今日も友達が子供を産んだ話をしたので、彼女自身がそろそろ子供を持つのかな〜、と思っていた。それと、動物が可愛いうんぬん、と言っていて、犬でも飼うんだろうか〜、とも思った(今日は子豚の話をしていたけれど)。
私は出産がどんなものなのか経験してみたいけれど、子育てはしたくないので、他人の子を産めば良いのかな、と考えて、でも倫理的にアウト?
帰り、旦那さんと合流して帰る友人と横浜駅で別れる。いつも私と遊ぶ時、私たちが遊んでいる場所の近くまで旦那さんが来ていたり、待ち合わせのラインを仕切りにしていたり、常に影が見え隠れする感じで、彼女との時間を過ごしている。私はいつか、彼女と2人で遊ぶ待ち合わせの場に、しれっと旦那さんもいて、今日は3人で……み���いなことになったりしないかドキドキしている。

9月24日 人付き合いがだめなターンなので、1時間くらいキュッとおしゃべりするだけでよかった。 今日は、クラシカルなメイド喫茶で本格紅茶を飲んで、人の物件探しに付き添った。
メイド喫茶は、電子ケトルで沸かしたお湯を、高い位置からティーポットへ注いでいて、やかんでなくてケトルで可愛い。
物件探しは、楽しそうなので付き添っちゃお!と思っていたのに、結果、不動産屋ってこの世の嫌い空間わりと上位に入るのでは!と気が付いたのと、人の生活に関わっている暇はない!と、自分の生活のタスクをいろいろ思い出して、先に帰ってきてしまった。
駅の広場でちいかわとサンリオのコラボグッズが売られていた。たくさんの女の子達が本当にちいかわを愛でている!と驚き、友人に報告のメッセージを送る。
メイド喫茶から不動産屋までの移動中、マンスーンさんとすれ違ったのかもしれない…でも人違いかもしれない…ちいかわグッズを見にきていたのかもしれない…テンションが上がっている、と久しぶりに実感した。


9月25日 このところの人間関係の悪態を反省して一日を過ごした。 昨日の雨で、川の水が増大していて、いつも野球やサッカーをしているところまで川が拡幅していた。ボートで何かを捜索している様子もあり、土手からたくさんの人が見ていた。
昨日投稿した日記を読み返すと、毎度のことながら誤字だらけ!最近はiPhoneで文字起こしをしているのだけれど、変換の精度が高すぎる(?)。 「うそみたい」→「朝みたい」、「かるいんで」→「辛いんで」、「ぶしょ」→「場所」、「きえないと」→「変えないと」。 読みと異なる変換を一番上に持ってくるのをやめてほしい。でもこれがiPhone的正解ワード。 30歳で変えないと!
9月26日 「落とし物が届いています」と、朝一で内線に電話が届く。ありがとうございます。まるっと落としたパスケース全部が手元に戻ってきた。
文化庁メディア芸術祭の展覧会が今日までだった!毎年、情報収集のために会場へ行っていたけれど、今年はネットで眺めよう、と、マンガ部門の大賞を確認する。北極百貨店?という素敵なタイトルの漫画をKindleでダウンロードしてみた。

9月27日 2日分の洗濯物を溜めて洗濯機を回してみた…!ドキドキ。確かにこちらの方が回し甲斐がありそう。
隣の席の上司から、アメリカのチョコレートをもらう。お姉さんが、アメリカ在住とのことで、日本に一時帰国されているらしい。最近のアメリカは、グルテンフリー 、パレオ、ケト、と健康志向の食事がブーム。マックにはあまり行かない(そもそもマックの値段が高い。ハッピーセットで1000円弱するとか。)とのこと。コーラもみんな飲んでないんだって! プレッツェルのお菓子のパッケージには“BIG TIME FLAVOR”とあり、大きい時間風味…? 大味ってこと?となった。
日本で言う、ハワイアンとかミラノ風とか清涼感とか、味覚以外で食べ物を感じる感覚の表現なのかな。
明日は出張(研修)で、乗ったことのない電車に乗って、行ったことのないところへ行くのでへとへとになってしまうと思う。

9月28日 研修のため、いつもより2時間遅い出勤。 朝にいろいろお掃除ができて精神衛生も良くなる。 空港へつながる路線、違う駅名だけど乗り換えできる駅間の30秒くらい歩く町、目印のデイリーヤマザキ、4匹の猫の親子、多分もう全部見ることはないんだと思うものばかりを通過して研修先へ行く。 (帰りに、オンライン研修でしか顔を合わせたことのなかった同期にこのことを話したら、めっちゃわかる、と言ってた。)
幼稚園や小学校の施設のにおいが苦手なので、気持ち悪くなりながら2時間歩き回った。 黒板に、前の授業の板書が残されていて“ゆでる→ものをやわらかくする。ゆで汁は捨てる。 煮る→味をしみこませる”とあり、思わずメモに書き写す。研修の報告レポートには使えない。
“BIG TIME”とは“すげーまじうまい!”的な意味らしい。
乗車駅でメロンくらいの巨大梨が売られていた。下車駅では行方不明の女の子を探すチラシを配っている人がいた。
9月29日 エドワード・レルフの場所性の本を冒頭から読み直し中。目次を見て、興味のある章から読んでいたけれど、ばかみたいに頭から読むと、ちゃんと点と点が繋がるように理解できるところが増えた。 ①物理的なもの②人々の動き③感覚 が、場所を構成していた、①と②は定量的なもので捉えやすいが、③は一概に言えるものがなく捉えにくい。そもそも①②③の相関関係を探ることが重要。 自分を中心とした同心円を描きながら人は移動をし、その円の内にいれるものに人は愛着を持つ。愛着の持てる場所には配慮があり“つつましさ”が、ある。……などなど。
研修のレポートを3枚提出した。 1から自分で文章を作り上げるのは、始めるまで気力がかかるけれど、始まってしまえば添削までずっと楽しいし、良い疲れかたができる。

9月30日 研修のレポートを上司に褒めてもらう。 内容というより、レポートの構成や読みやすさ、伝わりやすさ、独自の視点の効果的な入れどころなど。こういう場の書き物には正解がある気がしていて、それを叩き出してしまった複雑な気持ち。でも褒められるのは嬉しい。
一期下の方とロッカールーム前でおしゃべりした花金の終業後。やっぱり私はこの方がすごく好きなのだと思う。写真を撮りたい!とも思えて、その発見に嬉しくなり帰り道はなんだか明るい気分。
社会の人をみんな嫌いなわけではなくて、その人個人をみてしまって、それでもっと関わりたい!と思ってしまうこともある。
そして、昔からの友人達を撮りたいと思わなくなったのは、新鮮さがなくなってしまったこともあると思う。 たぶん、今日ラインを交換して、「一緒に遊びましょう���」と言い合った時が、一番楽しい時だったかもしれない。 人と関わるときの新鮮さが好きなので、なるべく頻度や距離を、高めず詰め過ぎずにしたい。
やっと粗大ゴミセンターに電話を繋げ予約をした!えらい!
帰り道の遠くの茂みと、私が立っている道の間で、猫が何かを捕食していた。

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iPhone 11 au 液晶パネル 交換修理
「操作がうまくいかなくなったので修理をお願いしたい」とのことでお持ち込みです。 Continue reading iPhone 11 au 液晶パネル 交換修理
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7/28(水)→7/29(木)
日記を書き上げるとまずパリにいる槻舘さんに送る。たのしみにしてくれてる。すぐにメッセージが既読になって1分後くらいには「続きを楽しみにしています❤️」と返ってくる。文章を読むのが早い。修正が必要なときは即座にメッセージが届く。リアルタイム校正。昨日書いた日記では、ジェノベーゼは少し食べたとのこと。
7/28は帰国の日。早朝にソファベッドで目が覚める。ここはどこ? と思う。少しずつ前夜の記憶が蘇る。どうしてちゃんとここに寝てるのだろうと思う。iPhoneを探すけれど見つからない。本当に見つからない。ここにはないだろうと思ったソファベッドを折り畳むスペースの奥に落ちてた。見つけた頃には目が覚める。シャワーを浴びた。キッチンに置いてあった前夜の残り物のパンなどを少しずつつまみながら各方面からのメールに返信をしていく。まず荒木さんが起きてきて、そのあとは確か槻舘さん、川村さんの順番。昨夜の私の寝姿を撮った写真を見せてくれる。謝る。みなさん笑ってくれる。槻舘さんはこの朝も珈琲を淹れてくれる。私がパソコンにメールを打ち込んでる間に皆さんが朝食を済ませていく。お顔を整えながら槻舘さんがちなみに今日は何時に出ますか? と聞く。11時に出ることに。その時間に合わせてトランクの整理をして身支度を整える。飛行機の時間は19時だから空港には17時に到着目標。それまでの間に念願だったシネマテーク・フランセーズに連れて行ってもらう予定。これまで私が預かってた鍵を川村さんに託す。川村さんはもうしばらくパリに滞在予定。今度は川村さんが鍵の練習。この日記を書いてたらさみしくなってきた。その時はわからなかったけれどさみしかったのだと思う。
回数券がなくなったので、駅の券売機で乗車券の往復分と、槻舘さんに勧められて空港までのバスの乗車券を購入。川村さんもなぜか空港まで見送ってくれると言う。槻舘さんが、え、本当に行くんですか? と念押ししてる。川村さんは行きますと言う。電車を乗り継ぐ。シネマテークの最寄りの駅は工事中のため、手前の駅で降車。そこから一駅分歩く。しばらくしたところであれですよと槻舘さんが教えてくれる。これまで写真などでも見たことがなかったから、ああこれがシネマテークと思った。立派な建物だった。ジョルジュ・メリエス展の大きな看板も見える。入口の人にiPhoneで検査陰性の証明を見せて中へ。荒木さんと川村さんがトイレに行く。槻舘さんはシネマテークにお知り合いがいるらしく、受付の人から4人分の展示鑑賞チケットを受け取って渡してくれる。私もやっぱりトイレに行きたくなり、向かう。トイレを出たところに『大人は判ってくれない』の日本版の巨大なポスターが飾られていて圧倒される。荒木さんに前に立ってもらって記念撮影。ジャン=ピエール・レオーと同じポーズをしてほしいとお願いしたら、振り返って見上げて確認しながら少しずつ調整してくれた。視線が左上��と槻舘さんからも演出が入る。エレベーターに乗って階上の展示室へ。メリエス展、超おもしろい。行きすぎた人たちが映画の歴史を作ってきたことを思う。競争に敗れて映画の発明者になれなかったエジソンのキネトコープの実物も見られて感動。メリエスの作品を大きなスクリーンで見ながら笑った。この間、川村さんはご自身の会社の方の送別会の時間だったらしく、iPhoneでずっと参加してる。イヤホンを忘れたみたいで、メリエス展に送別会の音が微かに混ざって聴こえてくる。どこにいるか見えなくなった川村さんを残して先に展示室を出て2階の書店へ。『月世界旅行』のエコバックと、槻舘さんはジャック・リヴェットのエコバッグを推してくれたけれどジム・ジャームッシュの映画の歴代の主人公たちがかわいく描かれたのに惹かれてそちらを購入。1階のカフェレストランへ。前夜のジェノベーゼが効いたのか荒木さんは食事は頼まずにドリンクだけ、槻舘さんと私はお肉のランチプレートを注文してテラス席で食べた。ビールも飲んだ。途中、槻舘さんを見かけて声をかけてくる人たち。一人はシネマテークのたぶんトップの方。その方が今日のチケットを用意してくれたと知って恐縮。川村さんも合流してランチ。書店でメリエス作品のブルーレイディスクを買ってた。私も買えばよかった。
食事を終えて駅までまた歩く。するとまた「Nanako?」と槻舘さんに気づいて声をかける人たち。顔が広い。地下鉄に乗って、何の話だったか忘れたけれど何かで盛り上がってる間に乗り換え駅を通過。引き返さずに迂回して元の駅までそのまま向かうことに。途中の乗り換えホームで、ああ、この人はきっとみんなが言ってたスリの人だろうとわかる人が近くに立つ。そちらに体を向けてたら大丈夫だろうと思って目は合わせないようにしつつ電車を待つ。少し時間がかかって槻舘さんの部屋に到着。急いで最後の帰り支度。こういう時は絶対に忘れ物をするからあちこち隈なくチェックする(あとで槻舘さんから髭剃りの写真が送られてきた。やっぱり忘れてた)。土産品を入れる用のバッグを槻舘さんが貸してくれたけれど小物が多かったからかトランク一つで大丈夫だった。荒木さんはトランクと借りた大きなバッグ。名残惜しくしてる時間もなく出発。川村さんが荒木さんの荷物を運んでくれる。オペラ座のある駅まで電車で移動。ちょうど空港行きのバスが停車してる。槻舘さんとお別れの挨拶。切り返しながら荒木さんと槻舘さんの写真をそれぞれ撮った。バスに乗り込む。手を振りながら槻舘さんは遠ざかっていった。最後までかっこよかった。
空港までの移動の時間、荒木さんはずっと寝てた。川村さんと二人で長く話す。空港に到着。降り場から空港に入れそうなドアは見当たるけれど開かない。近くを通ったこどもたちがあっちだよと教えてくれる。入ろうとしたら入口に警備の人がいて、航空チケットの確認をしてる。川村さんは中にも入れないとわかる。到着口でバスを降りて、中に入れなくて、どうやってまた戻るのか心配だったけれど、川村さんは大丈夫だと言う。飛行機の時間まで一緒にいられると思ってたけれど急なお別れ。記念に川村さんと荒木さんの写真を撮った。手を振りつつ中へ。ガラスの向こうに見える川村さんの姿が遠ざかっていく。さみしいねと荒木さんに言う。荒木さんもさみしいですと言う。まずトイレに行きたくなって二人で探す。まず私が荷物番をすることにして、荒木さんが先に入っていく。ぼんやり辺りを眺めてたら川村さんの姿が見える。手を振って知らせる。川村さんは入れましたと言う。どうやらどこにもタクシーやバスへの乗り場がなかったらしく、何とかして中に入ってきたとのこと。川村さんに荷物番を代わってもらってトイレへ。出てきたら荒木さんがうれしそうに川村さんと話してる。航空会社のカウンターでトランクを預けてカフェでゆっくりすることに。飛行機に乗ったらすぐに夕食が出る時間だったけれど、荒木さんは少しお腹が空いたみたいでサラダを入念に選んで購入。私と川村さんはビール。なぜか大きな生ビールが3つも出てくる。川村さんが2杯飲んでくれた。写真を撮って槻舘さんに送る。しばらく3人で話した。今度こそ本当にお別れ。最後にもう一度記念撮影。手を振った。
飛行機は行きと同じくらい空いてるかと思ったけれど、よく見ると私服の添乗員らしき人たちが窓際の席にずらっと座ってる。研修か何かかもしれない。行きに荒木さんの誕生日を祝ってくれた人たちがいたら映画祭の結果を伝えられると思ったけれど、見かけなかった。後で会社宛にお礼のメールを送ろうと思ったことをこの日記を書いてて思い出した。飛行機が上空に上がってすぐに夕食が出る。カレーが好きな荒木さんはカレーを選ぶかと思ったらお肉を選んでた。私はカレー。食後すぐに荒木さんは睡眠。私は「日記は書いたんすか?」の槻舘さんのプレッシャーを受けてパソコンを機内に持ち込んでいたため、執筆。頭がぼんやりして全然はかどらない。機内で使用できるwi-fiを購入したけれど、Tumblrのページも開かないくらいに遅い。ネットは諦めてワード文書を開いて下書きをするけれど、10分で1行くらいのペース。しばらくしてパソコンを閉じた。映画も何か見たかもしれない。どう過ごしてたかをほとんど覚えてない。眠らないのが私だけだったみたいで、ちょくちょく添乗員の人が他の席を使って横になってもいいですよと声をかけにきてくれる。行きと違って機内に緊張感があったからそのまま到着まで椅子に座ってた。そのまま羽田空港に着陸。
無事に日本に到着したことを槻舘さんと川村さんにメッセンジャーで伝える。covid19に対しての検査や手続きは想像してたよりもスムーズだった。もっとすごいのを覚悟してた。成田空港だとまた違ったりするのかもしれない。2時間ほどで到着ロビーに出られた。荒木さんの俳優賞の賞状だけ渡そうと思ってトランクから出す。荒木さんのカバンに無理やり入れようとしたけれど、やめた方がよさそうな音がしたので、まとめて持ち帰ることに。最後にもう一度持ってもらって記念撮影だけした。荒木さんとお別れ。遠くまで手を振った。
家までの帰り道、トランクを引きながら『春原さんのうた』の撮影場所でもあるキノコヤの前を通った。Closedの札が下がってる。このあとは自主隔離でしばらく家から出られなから渡せないと思い、観客賞の賞状を窓際に置いた。店主の黒川由美子さんに置いておきますとメッセージを送った。ちょうど夕日がきれいな時間だった。川沿いを歩いて帰った。






























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思いをかたちにするスタイリスト、北村道子インタビュー portraits jan 14, 2019 7:10 pm
michiko kitamura
photographer & interviewer: chikashi suzuki writer: tomoko ogawa
portraits/
北村道子さんが手がける衣裳や彼女の言葉に触れると見えてくるのは、北村道子という生きる哲学のかっこよさだ。その哲学が、服になり、仕事になり、彼女そのものを形づくっている。唯一無二の個性を持ちながら、約40年、一切の妥協をすることなく、今目の前にある人物とその人が着る服と対峙してきた。そんな彼女が、前著『衣裳術』から10年ぶりに、俳優34人、写真家6人との10年にわたるコラボレーションを記録した『衣裳術2』をリリースした。2000年代初頭に角田純氏がアートディレクションを手がけていた雑誌『X-Knowledge HOME』にて、北村さんを撮影したことをきっかけに出会い、以降、コラボレーションを続けるフォトグラファーの鈴木親氏を聞き手に迎え、型破りで刺激的な北村道子さんの仕事術について語ってもらった。
portraits
jan 14, 2019 7:10 pm
北村道子さんが手がける衣裳や彼女の言葉に触れると見えてくるのは、北村道子という生きる哲学のかっこよさだ。その哲学が、服になり、仕事になり、彼女そのものを形づくっている。唯一無二の個性を持ちながら、約40年、一切の妥協をすることなく、今目の前にある人物とその人が着る服と対峙してきた。そんな彼女が、前著『衣裳術』から10年ぶりに、俳優34人、写真家6人との10年にわたるコラボレーションを記録した『衣裳術2』をリリースした。2000年代初頭に角田純氏がアートディレクションを手がけていた雑誌『X-Knowledge HOME』にて、北村さんを撮影したことをきっかけに出会い、以降、コラボレーションを続けるフォトグラファーの鈴木親氏を聞き手に迎え、型破りで刺激的な北村道子さんの仕事術について語ってもらった。

Photo by Chikashi Suzuki
鈴木親(以下、鈴木):僕が、北村道子さんという存在を初めて意識したのは、大学のときに観た映画、『幻の光』(95)なんですよね。北村さんの衣裳って、何という印象もなく普通に映画としてスーっと入ってくる。でも、もう1回観るときって、ディテールをよく見るじゃないですか。そうすると、衣裳がすごく綺麗だなと思う。変なリアルさもないんだけど、ファンタジーが入っていて。何%の嘘と何%の真実みたいなものの割合を、映画ごとに全部変えているというか。
北村道子(以下、北村):それは、いつも私が思ってる思いだよね。さすが親くん、大学で先生してるだけあるなぁ!
鈴木:映画の雰囲気に合うようにスタイリングしているから、絶対作品の邪魔はしないんです。『バットマン』(05-12)シリーズの衣裳と同じ方向性ですよね。Christopher Nolan (クリストファー・ノーラン)作品と一緒で、現実だと嘘っぽいけど完全に嘘にはならない。でも、映画の中ではちゃんと映えている。逆に、ガチガチにリアルにスタイリングをしちゃうと���たぶん映画としては全く面白くない。ノーランとかがやって���エポックメイキングだ!」と言われていたようなことを、偉ぶることもなく、普通にスッとやっていたというのが、北村さんなんですよ。
北村:でも、日本では叩かれているんですよ。
鈴木:『幻の光』が?
北村:そう。まず、私の関わった映画はみんな、日本の映画監督にも叩かれているんですよ。『幻の光』に関しては、誰が送ってくれたのかはわからないけど、フランスの『Figaro』をはじめ、ドイツ、イタリアのみんながメディアで取り上げてくれたんです。あまりに取り上げてくれるから評価されるようになってきて、ヴェネチア国際映画祭で賞を取って、逆輸入的に話題になったんです。当時、主役の江角マキコさんは、基本的にモデルだったじゃないですか。モデルが「自分のために何かやりたい」という雰囲気を出してくると、私、拒否感が出てくるの。だって、江角のためにやる映画というのは、おかしいじゃないですか。それまでに、10回くらい断ったんですよ。それで、引き受ける条件として、葛西薫と藤井保を突っ込んだんです。
鈴木:それで、あの本、『ESUMI』(リトルモア )ができた?
北村:そう。その二人を入れるならと、映画を受けたんですよ。衣裳合わせも自分で5トン車借りて、是枝さんと私でやったんですよ。
鈴木:是枝さんの中でも、『幻の光』は良かったですけどね。リアルさがあるんだけど、何となく違う。現実にいないけどいそうな人物という感じがすごくして。だから、正直に言うと、ストーリーというよりは、映像が綺麗だったという印象が残ってる。
北村:どの映画でも、私は孤独で独りぼっちなんです。黒澤明監督もドローイングや着色をやっていたのと同じように、洋服を作っている。それが当然だと思うのよね。自分の中でそういうものが映画だと思うじゃない。映画というものを私はミケランジェロ・アントニオーニから出発していて、女優で一番好きなのは、モニカ・ヴィッティなんです。だから、映画を観ていて、彼女は裸足で道を歩いているという表現から、シナリオがわかるじゃないですか。全部通して観たあとは、たとえば、あそこであの椅子がどうして出てくるのか、そこをもう1回観ることを何度もしていく。そういうふうに、自分で映画の洋服の表現力というものをマスターしていったんですよ。
鈴木:それが正しい見方ですよね。
北村:それから自分で衣裳をやるようになって、「監督が描いたドローイングはないの?」と聞くと、「え?」と返ってくる。しょうがないから、それを私がやっていく。役者には絵コンテがあったほうが、わかりやすいじゃないですか。それを元にみんなやっていくようになってきたの。『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』(08)もそうだった。それはもう、孤独になっていくよね。
鈴木:北村さんが人物像をほとんど作っているんだと思ったのは、『メゾン・ド・ヒミコ』(05)の裏話を聞いたとき。採用されなかった設定なんだけど、主演の柴咲コウはゲイのための老人ホームにいて、白いシャツに薄く赤い下着が透けている。それが、「女性の性の部分をグッと抑えているけど、残っているという表現だ」と言われたとき、もう台詞は要らないなと思った。その服だけで人物像が成り立つじゃないですか。ビジュアルで表現することって、ビジュアルだけで一気に全てが入ってくることがあるから、言葉も超えてしまうことってあって。
北村:それ、正解です。小津安二郎監督がやっていた、原節子の二の腕から見えるブラジャーに私は辿り着いたんですよ。あの時代にそういうふうにやっていたなぁって。そうやって脚本を読み込んでで、ドローイングしていくタイプなんですよ。だから、プロデューサー側から「こういう普通の長袖で綿のシャツでこういうのにしてくれ」と言われるようになったときに、「じゃあ、どっち側をあなたたちは取るんですか?」という話になった。私は、そこから衣裳合わせに行かなくなったの。
鈴木:(笑)。
北村:アクセサリーも同じで、全く合わないアクセサリーや時計をみんな持ってくるのよ。美術の小道具さんがダンボール箱で持ってくる。そういう儀式なんですよ。「ここから選んで」と言われるんだけど、私は「え、なぜこれを使わなきゃいけないの?」って。長年ダンボールに入ってて、カビ臭いもん。それで喧嘩になって、「私は降ります」ということになる。思いをかたちにして表現するときに、役者側の意見が強いんだったら、監督は要らないんじゃないのと思っちゃうのよ。
鈴木:それじゃ、映画にならないですもんね。
北村:そう。『幻の光』も、その衣裳に対する思いみたいなものがあるわけ。石川県・能登で育った自分の子どもの時代の冬というのは、やっぱりモノトーンで世界が見えてた。私がアイスランドに行ったときに、能登と同じだなと思った。それを作品の中にフィードバックしたの。私、監督って、もし日本の作品だったら、あらかじめ役者を想定しながらシナリオを書いていると私は思っていたんです。ところが、私が衣裳をやるというとき、役者は誰も決まっていないんですよ。だから、想定してやってなきゃいけない。
鈴木:だいたいの当て書き、みたいな感じで進めますよね。
北村:うん。「例えばどういう人ですか? その人、私が交渉しますよ。あなたたちがしないんだったら」という話になってくるわけですよ。
鈴木:でも、以前は衣裳部の人がやるのが衣裳だったけど、北村さん以降、衣裳という考え方で映画にスタッフとして入る人たちが出てきた。伊賀(大介)くんとか三田(真一)くんとかは、北村さんのメソッドみたいなものがあったから、その後にスッと入れたんだと思う。

Photo by Chikashi Suzuki
北村:はじまりの話をすると、私は若い頃に、ものすごい広告業界に入って、300人を前にして恥をかいたんですよ。それは、メンズウェアが何たるかを知らなかったからです。イギリスの大物の撮影で恥をかいたから、そのギャランティをいただいて、「私、1年間この国に残ります」と言って、サビルロウのリージェントストリートとボンドストリートをくまなく調べたんです。洋服について全くわかってないお姉ちゃんがイギリスに行って、ボンドストリートを歩いていくと、ここでは全部揃うんだということがまずわかったの。
鈴木:シャツ屋も靴屋も帽子屋も時計屋も全部ありますもんね。
北村:そう。とにかく、メンズをマスターすればTPOがわかる。なぜって、メンズの人たちが、女の人たちをエスコートしていくわけじゃない。
鈴木:本当にそうなんですよね。CHANELの服も、基本的にニットは男性の下着だったり、ツイードは男性のスポーツウェアだったり、男性の生活に合わせて女性はどうするかということを考えて作られていたし。
北村:そうなんですよ。勉強してから日本に帰ると、飛行機でみんなロングホースの靴下を誰も履いていないんです。みんなカジュアルな靴下を履いて、モチャモチ��してて。こんなにひどい国なんだってわかって、そういうことを良しとしている自分がいたんだと。それが日本がアマチュアリズムなんじゃないかと私が言っているところなんですよ。普通は、何も知らないことを恥ずかしいと思わなきゃいけないじゃない。私がそれだったんです。そこからですね。
鈴木:コートもチェスターやステンカラーとチェスターの間みたいなローデンコートってのがあるんだけど、そういうタイプを着ているとあの人は貴族系なんだなとわかる。日本は、そういう習慣が一切ないですもんね。
北村:そうだよね。海軍にしても、デッキシューズを履いてないじゃないですか。そういう意味で、やっぱり、衣服にステートメントがないんですよ。
鈴木:日本人だと、良くも悪くもTPOにとらわれ過ぎて、コスプレ化しちゃう人はいますよね。生活の中で着ることは普通のことなのに、儀式になっちゃってる。それに関して、北村さんの上手さが際立っていたのが、『バベル』(06)のときにカンヌのレッドカーペットで菊地凛子ちゃんに CHANEL を着せたことです。ハリウッドに行って、ハリウッド俳優に囲まれているアジア人は目立たないことが多いけど、どんだけ目立ったかっていう(笑)。でも、悪目立ちだとブーイングものじゃないですか。賛否両論がちゃんとあるように、上手く北村さんはやってるんですよ。それは、どういうふうに着せるべきかをわかっているからですよね。あの後すぐですからね、Karl Lagerfeld(カール・ラガーフェルド)が凛子ちゃんをピックアップしたの。
北村:身も心も凛子ちゃんに尽くしました。カンヌに行くときに、まず1個だけココ・シャネルのバッグを持って行ったほうがいいと。それから、Karl LagerfeldのFENDIのバッグにドレスを詰めて、2カ月分のサ��グラスから靴までも全部トランクに入れて渡したんですよ。そうじゃないと、ランチやディナーのときに困るから。それで、カンヌを歩くときはこの中から着なさいって。全部、返してもらってないな(笑)。
鈴木:イブニングと昼間のドレスって全然違うけれど、日本ってそういう生活習慣はないじゃない。そのTPOは守られているのにアバンギャルドっていうのが格好いいんだけど、北村さんはそれを全部やってて。例えば、カンヌで浅野(忠信)さんが着ていたスーツ、どれだけサイズが合ってるのっていうくらい合ってた。でも、それだけじゃなくて、男性は目立ち過ぎちゃいけないんだけど、ちゃんと目につく。絶対に俳優さんに恥をかかせないんだけれど、映画と一緒で、ちょっとした違和感を出す。ネクタイだったりチーフだったりで一部だけ異物感を出してるんですよね。本当に上手い。俺が言うのも何だけど(笑)。たぶん、その人の個性をきちんと見抜いてるからできる。
北村:もう、その通り!
鈴木:それって、本当にわかってる人じゃないと絶対にスタイリングできないから。単純にTPOがわかればいいってことでもなくて、本人が着ている感じにプラスアルファで違和感を出していて。普通に見たらスッとはしてるんだけど、「なんか気になる」みたいな要素を探って、ズラしているというか。でも、他が完璧だから何も言えない。凛子ちゃんも未だにずっと CHANEL のファミリーだけど、アジア人でヨーロッパのいわゆる上流階級にいきなり入れるわけがないから、最初のインパクトがたぶんあったんだと思う。
北村:私、1回彼女を映画で降板させたことがあるんです。まだ菊地百合子でやっていたとき。そしたら、当時所属していた事務所の社長が凛子ちゃんを連れて、その理由を問いただしに来たんです、渋谷の私の事務所に。ちょうどそのときに、別の用事でカメラマンの小林響が偶然いたのよ。響は関係ないんだけど、あえて第三者がいたほうがいいやって思っていてもらったの。第三者によって今まで思ってなかった言葉が出てくることがあるのよ。それで、私は凛子ちゃんに、「今に絶対違う映画がやってくるから、そのオーディションを受けたほうがいい。そのために、名前はRで発音ができたほうがいい。外国では発音しやすいから」と言ったの。ハッタリだけど(笑)。「じゃあ、凛とした凛子にしよう」って。そうしたら、彼女が「私、変えます」って言ったのよ。それで社長が、「お前いい加減すぎる。この人、嘘ばっかり言ってる女なんだから」って。
鈴木:それで、菊地凛子が誕生したと。
北村:そう。彼女、その後、本当に『バベル』(06)が決まったのよ。オーディションに行くとき、「私が女優だったら、裸で行くよ!」って言ったら、「わかった! コートの下は裸にする」って言って、本当にそうしたかどうかはわからないけど、監督が「わかった、君の役を作るから」となったらしいのよね。意味あったよね、ちょっとした嘘も博打も。響がいなかったら、凛子という名前は出てこないのよ。あいつクソみたいな男だけど、よくいてくれたよ。
鈴木:写真家としてはワールドワイドなのに(笑)。
北村:凛子ちゃんって、どんな取材でも応じるよね。飛行機に乗って自分で行くんですよ。本当に少しのスペースしか露出がなくても、「大丈夫、行く!」って行くんだって。あれは見習うべき姿勢だと思うよ、女優たち。
鈴木:それは、北村さんが教育したからですよ。
北村:私はさ、親くんから洋服を学んでるよね。
鈴木:いやいや。

『衣装術2』(リトルモア)
北村:私の中で、渋谷の雑踏とか公園の隅っこで撮るというアイディアは全くないもん! もともと、『衣裳術2』(リトルモア )でまとめた雑誌『T.』の連載企画を持ってきたのは、親くんと門間雄介くんだったし。
鈴木:『T.』でもこの連載だけ、テンションが違いましたよね。でも、今なら特にそうだけど、雑誌を買ってもらうのに特別なコンテンツが絶対ほしいじゃない。昔から日本の雑誌で多いのは、だいたいプロモーション取材のタイミングで同じ顔の表紙がバーっと並んでて、独自のチョイスがない。アートディレクターの大橋 修さんはすごく抵抗して、独自のチョイスを作らないと意味がないって、北村さんという異物をページの中に放り込んだという(笑)。
北村:でも、二人とも先に辞めちゃって。そうしたら、大橋くんが「北村さん、俺は続けたいから、毎回カメラマンを変えていくというのはどう?」っていう話になって。
鈴木:北村さんは、「こういうふうにしよう」と強引には、自分から言わないタイプだからね。
北村:そう、言わないです。大橋くんから、「続けてほしい」と言われたときに、「ほかの記事もファッションにはならないの?」って聞いたの。映画雑誌だから、そこは変えられないということで、「じゃあこれが最終的に書籍になるんだったら、目的がある」ということで続けて、それでリトルモアに頼み込んだのよ。
鈴木:北村さんが撮影しているシリーズも面白かったです。『衣裳術2』の表紙になった写真とか。
北村:そのときは、カメラマンが誰もいなかったんですよ。タカムラダイスケと言われても、その人の写真知らないじゃない。そしたらタカムラくんが、「北村さん俺のこと知らないから、俺がアシスタントやります」って言って。それで、凛子ちゃんの旦那の染谷将太くんを最初に撮ったんですよ。この連載で、私は親くんとのゲリラ撮影を、ものすごく覚えてるんですよ。親くんとやった新井浩文くんの撮影が、私、相当ショックだったのよ。後ろに警察官が写ってるの知ってる? あれ5分後だったら、「君、何してるんだ!」って来るやつでしょう? もう笑っちゃうよね。あれは計算して撮ってるんでしょう?
鈴木:一般の人は基本的に肖像権があるじゃないですか。警官は、公務員だからないんですよ。
北村:すごいよね、実際に来るんだから。
鈴木:そういうのが好きなんですよ。
北村:やっぱりね。だから目立ったところで撮影するんだ。
鈴木:そう。

『衣装術2』(リトルモア)
鈴木:撮影時間をコンパクトにやるということは、考えてはいて。撮影って、下手に長時間やることが多いでしょう? でも、テンションってそんなに持たないじゃないですか。北村さんは瞬発力が半端ないから。持続力よりは瞬発力に北村さんのすごさがあるから、それは狭い範囲でぎゅっと終わるほうが、逆に良く出るというか。新井くんの撮影は、目黒の駅の線路を挟んで前後だけだから、実質半径300mとかの移動で終わったし。
北村:ああいう撮影をするのは、親くんだけですよ。まず皇居で撮るでしょ。渋谷は交差点で撮るじゃない。あとは御苑とかね。「こんなの平気で撮ってる��?」って思って。でも、ついていくと面白いんだよね。隅っこにいて、オロオロしてるのは私だけでさ。安藤政信くんの撮影なんて、ホームレスのいる隣に連れていくのよ。
鈴木:中央公園ですかね(笑)。
北村:あれカシミアのスーツよ?本当に場所を見つけるのが、上手いのよ。「こんなところあるの?」って感じで。

『衣装術2』(リトルモア)
鈴木:でも真面目な話、違和感を北村さんが入れてくれるから、街中でも成立するんですよ。ただ、普通に街で撮ったら、ただのストリート・フォトになっちゃう。北村さんとの撮影だから、普通のロケーションがちょうどいいんです。一瞬普通に見えるけど、よく見ると違和感があるのは、たぶん普通の服じゃないというのが一番大きい理由だから。北村さんと『Purple』を初めてやったときに、凛子ちゃんがモデルだったんだけど、普通のスタイリストなら100%絶対ダメって言うくらいの台風が来て。だって、80万円くらいするコートだし、濡れるに決まってるし。でも、北村さんが言ったことで忘れられないのは、「全部濡れちゃえばわからない」っていう(笑)。
北村:だから、親くんの手口で嵐の中の池松壮亮くんの撮影もやったのよ。
鈴木:俺、すげぇなと思って。ラッキーと。北村さんは、乱暴に扱うけど、最高に丁寧にも扱うというか。普通だったら濡らして買取だけど、ちゃんとカシミアの質をわかっているから。
北村:あれが日本の洋服ならびちゃびちゃですよ。池松くんの撮影のときも台風が来て、じゃあTOM FORDを借りてこようかって。そしたら、大森克己さんはiPhoneで撮ってたらしいの。
鈴木:iPhoneは雨でも大丈夫なんですよ。フィルムのカメラはダメだけど。
北村:親くんは、フィルムで撮ってたじゃない!
鈴木:そう。正直に言うと、カメラは別に壊れても買い換えられるじゃない。でもこの台風は過ぎ去ったらもう撮れないから。
北村:でもね、Balenciaga、濡らした写真を『Purple』で使ってくれたんだよね。決められたルック通りじゃなかったのに。
鈴木:しかもそのときってNicolas Ghesquiere (ニコラ・ジェスキエール)がデザインを始めたばかりだったから、崩すのはダメだった。洋服の着方も全部指定で、「確実にやってくれ」と言われていて。しかも、広告は『Vogue』と『Purple』にしか打っていない時期で。
北村:そういや、『Purple』で押井守もやったじゃない。日本テレビまで行ってさ。
鈴木:押井守さんがまだアニメ好きだけの支持を受けていた頃、今みたいな存在じゃなくて。ちょうど、日本のモデルで誰か面白いのがいないかと話していて、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊2.0』(08)を観てたから、北村さんに話したら、北村さんも押井さんが大好きで。『ブレードランナー』(82)の影響を受けてはいるけど、逆にハリウッドにも影響を与えたような人だから、立場上、凛子ちゃんと同じようなものだって。海外の評価が異常に高いから、これは北村さんがやるしかないでしょうと思って。
北村:会話が止まらなかったよね、二人で。『ブレードランナー』の話になって。Ridley Scott(リドリー・スコット)のことをようやく会話できる奴がいたって感じで。
鈴木:映画のプロデューサーからは、一切ファッションの要素はない人だと聞いていて、「着るかどうかはわからないですよ」と言われていて。事前に、スタッフの書かれたシートを渡しておいたら、たぶん北村さんの名前を見て押井さんはすぐわかったんだと思う。ボサボサの髪を期待してたら、髪の毛をきれいに切って待っててくれて(笑)。北村さんの用意したライダースを「これどこの?」とか言って、着る気満々で嬉しそうにしてましたよね。
北村:その後、同じのを買いに行ったんだよね。懐かしい。
鈴木:Maison MargielaのニットにMarc Jacobsのジャケットを着せたんだけど、本人が着てる感じを残すために、今だったらおしゃれなダッドスニーカーだけど、そのときは全然だった本人のスニーカーを履かせてた。
北村:私物みたいだったよね。
鈴木:北村さんって、本当にその場に生きている人だから。例えば、通常の撮影だと、俳優さんや女優さんが初めて仕事する人だったりすると、服をいっぱい持ってくるんです。逆に、僕が「これを外して」と言っても、外させなかったりする。それだけあったら、被写体本人が選びたいとなっちゃうじゃない。親切にしたら、その後の仕事に繋がる可能性があるじゃないですか。たぶん、そこまで考えてやっている。
北村:頭いいね。
鈴木:このシューティングというよりは、次の指名とかコマーシャルとかも考えてる。ビジネスとしてやってたらそれは正論なんだけど、カメラマンからすると、目の前の撮影が上手くいけばいいだけで、もしその後に被写体に嫌われようがかまわないと僕は考えてるタイプ。北村さんは俺よりもっとハードコアで、撮影で4コーディネートを使うと言ったら、4半くらいしか持ってこない。サイズが合わなかったときとか、場所によってちょっと変えるとかくらいですよね。
北村:だって重いし。
鈴木:それは、目の前のシューティングが上手くいくことをすごく考えてるから。カメラマンからすると本当に、正直に言うと超やりやすいんです。俳優さんに服について説明するのも、カメラマンがするよりも、北村さんがこれはこうだからいいって言ってくれたら、それで通っちゃう。
北村:上げるもんね。親くんはヘアメイクのAMANOくんをいびっているだけでさ。ロケバスの中、人の悪口ばっかりだからね、私たち。
鈴木:(笑)。人って、その場に生きることっていうのが、大人になればなるほどできない。子どもは単純に言うと、その一瞬を生きてるじゃない。だから、若い頃ってすごく瑞々しさもあって、大人になればなるほどその瑞々しさに憧れる。北村さんは、みんなよりも先輩なのに誰よりもその場に生きてて、その一瞬が良ければいいという考えですよね。
北村:そう思わない?
鈴木:本来、人生ってそういうものというか、その一瞬が積み重なっていくと良くなるし、すごく先のことを心配しても本当はしょうがないんだけど、それができる人っていうのは、立場ができればできるほど少なくなってくる。でも北村さんは、映画でも全部それをやってるから。
北村:ライブなんです。
鈴木:そう、その場を生きてる。好奇心と共に。
北村:好奇心がなくなったら、やることないんじゃないの? と思ってる。
鈴木:哲学もそうだし、最近の量子力学や物理学もそうなんだけど、結局人の思いみたいなものが全部の形を変えるとなってる。人の意思が介在したときに、実際の物が動くというのが最新の物理学の考えらしいの。北村さんって、たぶん、そういう意思が明確だから。
北村:私はけっこう若いときから三木成夫を読んでるじゃない。だから、生命って、水と油という相反するものが、実は心と体、脳と体として、そこにあるってことを最初から読んでるから、何というか、波動がどうやっても上手くいかないなというときは、「水と油だからしょうがないんじゃない?」という感じだし、素数を大事にしてるから。3とか5を。4になったら、どっかで乱したくなってくるんだよね。
鈴木:哲学と物理学が、今はほぼ一緒みたいになっている。北村さんの時代は哲学を学んで、その哲学が服になってる。実際、北村さんの思いみたいなものが衣裳に入るということは物理学が証明している。その場に強い意思がちゃんと介在している、観察者という人だからね、やっぱり。
北村:本当に先生だねぇ、親くん。
鈴木:「気持ちは伝わらない」ってよく言うけど、物理学上、今の量子学では本当に伝わっているとされていて、北村さんの撮影を見ていると、たとえ他の人と同じものを持ってきたとしても、何かが違く見える。その何かっていうのは、もしかしたら強い思いなのかもというのはすごくある。
北村:親くんと『GQ』の15年周年でTOM FORDのルックを撮影して、TOM FORDから絶賛のメールが来たんですよ。
鈴木:ヒップホップの男の子で、IOくんって子なんだけど、まぁ、きっとTOM FORDは着ないでしょ。それをポコっと着せて。普通の人が来たら、演歌歌手みたいになるのを。
北村:北島三郎だよね。TOM FORD側としては、ものすごくいいカシミアの服を用意していたんですよ。でも、私は行ったときに、「これしかないの?」って言って、ヘビメタみたいなのを使っちゃったのよ。
鈴木:やっぱり、着丈とか、スラックスの裾をブーツに入れるとか、そのバランスみたいなのが絶妙に上手い。もちろんサビルロウとかの着方がわかってるからなんだけど。本人が履いてきたブーツにそのまま入れちゃって、バッと出てきたみたいな格好良さがあって。
北村:またさ、ウィンドウにベースが並んでる、みたいな楽器屋にロケに行くんだもんね。あれは、トムちゃんが「Nice!」って言ったのわかる。
鈴木:さっき話した、同じ服でも北村さんが持ってくると違く見えるというその差って、もちろん北村さんって細かく見てるところもあるんだけど、コンセプトを全部を通して綺麗に見た後に、現場はライブにする。そこがすごく上手くて。たぶん、撮影の前までは全部緻密に考えてる。その準備がハード。写真や映像って、その場の偶然性みたいなものが入らなければ、広告になっていっちゃう。その偶然性が入ることで、エディトリアルとして一番美味しいところが撮れる。コマーシャルだったら絶対決めていくけど、北村さんはそこでも無茶苦茶するっていうのはよく聞いてるから(笑)。撮ってる側からすると、そこの要素っていうのが一番強いところ。ハプニングだけを入れるのはできるし、緻密にやれと言われたらできる人はいるけど、その両方は矛盾するじゃないですか。さっきの水と油じゃないけど、矛盾するものを両方入れられる。しかも自然に。そこが、北村さんにしかできないところですよね。
北村:ありがとうございます。
鈴木:例えばファッションって、1年か2年過ぎるとすごく古く見えちゃうところがある。30年とか過ぎるとまた新しく見えるけど、10年だとしょぼく見えやすい。でも北村さんのスタイリングって、わかりやすい表現をすると、強度があるんだよね。本人に合ってるとか、写真に合ってるとか、映画に合ってるスタイリングだから、もちろん時代性はちゃんと入ってるんだけど、いつの時代に見てもよく見えるというか。��から、10年前のものを今見ても、一切古く見えない。それがすごいなあと。
北村:それ、けっこう褒めてるよね?
鈴木:褒めてますよ。例えば、Joe McKenna(ジョー・マッケナ)というスタイリストも、北村さんと同じようなメソッドでやっている。海外でもそういう人って少ない。彼は、分厚いハードカバーの本とか出すような人だから。北村さんはヨーロッパで生まれていたら、ハードカバーの本をもう5冊くらい出してると思う。
北村:一応、2冊は出してるんだけどね(笑)。

Photo by Chikashi Suzuki
<プロフィール> 北村道子(きたむら・みちこ) 1949年、石川県生まれ。サハラ砂漠やアメリカ大陸、フランスなどを放浪ののち、30歳頃から、映画、 広告、雑誌等さまざまな媒体で衣裳を務める。映画衣裳のデビューは85年、『それから』(森田芳光監督)。07年に『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』(三池崇史監督)で第62回毎日映画コンクール技術賞を受賞した。著書に『Tribe』(朝日出版社)、『COCUE』(コキュ)、『衣裳術 2』『衣裳術《新装版》』(リトルモア)がある。2019年1月21日(月) 、東京・文化学園にて、「北村道子さんトークショウ」(17:30入場/18:00開始)を開催予定。1月10日(木)より出版社・リトルモアHPで観覧予約開始。
<書籍情報> タイトル 衣裳術2 著者 北村道子 装幀 大橋修 価格 ¥2,000 判型 A5判 /192ページ 発行日 2018年12月 出版社 リトルモア HP: www.littlemore.co.jp
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michiko kitamura
思いをかたちにするスタイリスト、北村道子インタビュー
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怪しいインビテーション・フロム彼方 夏休みに、知らない人に誘われて、知らない人たち5人と、知らない国の知らない場所を旅することになった。twitterで、今まで全く交流がなかった人から突然誘われたのだ。なぜ誘われたのかもわからないし、なぜ、自分がその誘いに応じたのかもわからない。 当時の私は、激務で有名な会社の、最も激務と噂される部署で働いていた。会社の机で眠り、近くのジムでシャワーを浴び、充血した目でエクセルを叩く。正月もゴールデンウィークもなかった。ウイグル旅行の誘いが届いたのは、そんな折だった。 メッセージが目に入るやいなや、発作的に行きたいと返事をしてしまったが、後になって疑念が湧いてきた。メッセージの主は、いったいどんな人なんだろう。私は当時、人と絡まない孤高のスタイルでtwitterをしていたのでDMがきたこと自体初めてだった。 とにかく、行くと言ってしまったのだから、休みをとらなければならない。その時点で夏休みを取得する予定はなかった。取得できるのかもわかっていなかった。 どうしてウイグルなんかに行くんですか 休暇取得を申し出る私に対し、職場のみんなはやさしかった。みんな忙しいのに、「仕事は引き取るから」「ゆっくり休んで」と言ってくれた。しかし、旅行の詳細を聞くと、同僚たちの善良な笑顔はさっと曇った。 彼らは問う。 「どうして、ハワイでもセブ島でもなく、ウイグルなのか」 「どうして、親しい友人や家族と行かないのか」 もっともな疑問だ。私は、どうして、気が合うかわからない人々と、楽しいかわからない場所に行こうとしているのだろう。自分にもわからない。どちらかといえば、こちらが問い返したいくらいだ。 「どうして私は、知らない人とウイグルに行くのでしょう?」 私は、夏休みまでに仕上げなければいけない書類の山を見つめた。 羽田からウルムチへ 早朝の羽田空港国際ターミナルで、私は疲れ果てていた。休暇を目前にひかえる中で押し寄せる仕事の波に飲み込まれ、家に帰れない日々が続いていたからだ。最終日も仕事が終わらず、徹夜で職場から直接空港に向かう羽目になった。 今回の旅行メンバーは、男性3人・女性3人。私以外は、大学時代のサークルを中心としたつながりのようだった。それだけ聞くと、「あいのり」や「テラスハウス」のような、青春の匂いただよう若い男女の旅行なのだが、グループからはそれをかき消す不穏なバイブスが満ち満ちていた。 なかでも完全におかしいのは、グループの中に「尊師」と「レーニン」を称する人物がいることだ。通常、「尊師」というのは、オウム真理教教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)を意味し、「レーニン」というのは、ロシア社会民主労働党の指導者であり、ソビエト連邦を建国した人物であるウラジミール・イリイチ・レーニンを意味する。 テロ、あるいは革命という形で、国家体制の転覆をめざした宗教的・政治的指導者が、なぜ一同に会しているのだろう。空港前で集合しているだけで、破壊活動防止法(通称・破防法)の適用対象団体となってしまいそうだ。 ともあれ、この時点で、今回の旅行が恋と友情の甘酸っぱい青春旅行になる可能性は限りなくゼロだ。麻原彰晃とウラジミール・レーニンが旅を通じて友情を深め、それがいつしか愛に変わる……。そんな突飛な話は、両者の思想的相違点を考慮すればおよそ考えられないだろう。 私は、国家転覆を試みる宗教家でもなければ、社会主義の革命的指導者でもない。どうしてこの旅に誘われたのだろう。ぷくぷくとふくらむ疑問と不安を乗せて、飛行機は羽田を旅立とうとしていた。 尊師とレーニン 羽田からウルムチへの長い移動中に分かったことがある。尊師は、工学の修士号を持つ知識人であり、特定の宗教とのつながりはないということだ。「尊師」というのは、極めて不謹慎なあだ名にすぎない。 では、旅の同行者にふさわしい安全な人物かというと、そんなことは決してなかった。尊師は、無邪気な下ネタをガンガン投下してくるという反社会的な性質を有していた。 例えば、北京の空港でのことだ。 「マーン・コーヒーだ!見てください!マーン・コーヒーですよ」 尊師は、北京空港内のオシャレなカフェチェーンを指差し、目をキラキラ輝かせて写真を撮りはじめた。そのとき、私は「どこにでもあるチェーン店になぜ興奮しているのだろう」と不思議だったのだが、後になって、それが低レベルすぎる下ネタであることに気がついた。もっと早く気づいてしかるべきだったのだが、工学の修士号を持つ知識人が、そんな知性ひかえめのジョークを言うとは思わなかったのだ。 他の同行者もまた、尊師の被害を受けていた。 尊師 「ちんマ!? ちんマ!?」 同行者「ちんマってなんですか?」 尊師 「ちんマというのは、ちんちんマッサージのことです」 同行者「……」 それ以来、その人は、尊師には何も質問しないと決めたという。 尊師が、大きな身体のうるさいお兄さんである一方、レーニンは、小柄でツインテール姿の、無口でちょっぴりエッチな美少女だった。 ちなみに、ちょっぴりエッチというのは、彼女が尊師の下ネタをときどき拾ってあげていたのを私が面白おかしく書き立てているだけだ。実際には、彼女は、渾身の下ネタをたびたびスルーされ、ときにはうるさいと一喝される尊師を気遣っていたのだと思う。 なので、正確には「レーニンは、小柄でツインテール姿の、無口で心優しい美少女」ということになる。それでいてソ連のコミンテルンを率いる革命的指導者であり思想家だなんて、今すぐアニメの主人公になれそうだ。 それにしても、尊師もレーニンも、私の凡庸な日常生活には絶対にあらわれないタイプのキャラクターだ。二人とも、普段は善良な労働者として社会に潜伏しているらしいので、本当は自分のまわりにもいるのかもしれないが、それを知るすべはない。 「ずいぶん遠いところにきちゃったなあ……」 あまりの非日常感にめまいがした。まだ、目的地にさえついていない。 謎の秘密結社・うどん部 新疆ウイグル自治区は、中国の最西部に位置しており、国境を接して南にはインドがあり、西にはカザフスタン・キルギス・タジキスタン・パキスタンが連なる。古くからシルクロードの要衝として栄え、ウイグル人・カザフ人などの多民族が住む、ムスリムが多い中央アジア文化圏だ。 今回の旅程は、新疆ウイグル自治区の玄関口であるウルムチを経由し、前半は電車でトルファン、カシュガルを巡り、後半は車でパキスタンとの国境であるタシュクルガンまで足を伸ばすというものだ。 羽田からウルムチまでの移動にまる一日かかるため、実質的な旅のスタートは二日めのトルファンからになる。隣の国のはずなのに、移動の体感的にはヨーロッパと同じくらい遠い。 私たちがトルファンに到着して最初に向かったのは、ウイグル料理店だった。 「やはり我々うどん部としては、まずはラグメンの調査からですよね」 旅行の主催者���ある女性は、ニコニコしながらそう言った。ラグメンとは、中央アジア全域で食べられている麺類で、うどんのような麺に、トマト味のソースがかかった食べ物だ。 なんでも、今回の旅行は「某大うどん部」という、大学のうどん愛好家サークルの卒業生を中心としたメンバーで構成されているらしい。旅の目的のひとつも、ラグメンを食べることで古代中国で生まれたうどんの起源を探ることにあるのだという。 「うどん部……?」 私は思わず考え込んでしまった。特にうどん好きというわけでもない自分が誘われた理由がわからないと感じたこともあるが、一番の理由は、今回のメンバーが「うどん部」という言葉がもつ牧歌的かつ平和的な響きからはおよそかけ離れた集団のように思えたからだ。 先程言及した「尊師」と「レーニン」が名前からして不穏なのはもちろんだが、他のメンバーたちの話題もとにかく不穏だった。 「前進チャンネル」の話 中核派Youtuberが、警視庁公安部のキャンピングカーを紹介したり、不当逮捕された同志の奪還を訴えたりしている番組の話。 北朝鮮脱北ノウハウの話 中国と北朝鮮の国境地帯に住んでいたことがあるうどん部員による、脱北ノウハウの話。北朝鮮脱北者が、国境近辺に住む中国人民を襲い、金品と身分証を奪いとることで中国人として生きようとするが、中国語が話せないことからバレてしまい、強制送還されるという救いのない事件が多発しているらしい。 スターリンに乾杯した話 「ヨシ」という名前のうどん部員が、スターリンの故郷であるジョージアを訪ねたところ、「ヨシ」は同志スターリンの名前だと歓迎され、「ヨシフ・スターリンに乾杯」と密造酒をすすめられた話。 一言でいうと、うどんは関係ない。 うどんは関係ない上に、思想的にかたよっている。うどんを愛する心に右も左もないと思うのだが、一体どういうサークル勧誘をすればこんなことになるのだろう。世界がもし100人のうどん愛好家の村だったら、中核派は0名、教祖も0名、スターリンの故郷を訪ねた人も0名になるのが普通だ。 今回の旅行メンバーはたった6人なのに、公安にマークされそうな発言をする人しかいない。思想・良心の自由が限りなく認められたコミュニティであるともいえるが、うどんを隠れ蓑とした何らかの過激な団体である可能性も捨てきれない。謎の秘密結社・うどん部だ。 「こうした旅行は、よく企画されるんですか?」 私は、うどん部の背景を探るべく、おそるおそる尋ねた。 「主催者さんは、旧ソ連圏に関する仕事をしているんです。その関係で、旧ソ連の珍しいエリアへの旅行をよく企画しますよ」 「でも、どういうわけか、たまに、その旅行に行った人たちが仕事や学校を辞めてしまうんですよ」 「この前の旅行では、社会主義国家によくある、労働を賛えるモニュメントをめぐっていたら、一緒に旅行していた学生の友人が『労働意欲が湧いてきた。学校はやめるぞ』と言って、突然中退してしまったんです」 「僕も仕事を辞めたしね」 社会主義国家を旅することで、反社会性が養われてしまうとは……。 「旧ソ連圏への旅行は、うどんとは関係あるんですか?」 「うどんとは関係ありません。ただ、うどん部員には、真っ赤な血が流れているんです」 これまでの話をまとめると、「うどん部」とは、うどんの絆で連帯し、ときに資本主義社会から人をドロップアウトさせる赤い集団ということになる。なにがなんだか、全くわからない。 主催者の女性は、旧ソ連圏に関する仕事をしているだけあって、中央アジア文化に詳しかった。彼女は、うどん部員らしい話題として、シルクロードにおける麺の広がりについて話をしてくれた。 「トルクメン人も、カザフ人も、ウズベク人も、友人たちは口を揃えてラグメンはウイグルが一番美味しいというんですよ」 全中央アジアの人民が認めるウイグルラグメンは、たしかにおいしかった。もちもちした手延べ麺の感触と、オイリーなソースに絡まるたっぷり野菜のバランスがよく、濃い味なのにいくらでも食べられてしまう。 特に、ニンニクでパンチを効かせたラグメンは癖になるおいしさで、そのジャンクかつ中毒性が高い味わいから、勝手に「ウイグルの二郎」と命名されていた。 内装も異国情緒が爆発していた。天井から階段までいたるところがタイルやステンドグラスで彩られている。細やかな幾何学模様を見ていると、確かに中央アジア文化圏に来たのだということを実感する。 中央アジアを旅行するたびに思うのだけれど、彼らの、あらゆる場所を「美」で埋め尽くそうとする情熱はすごい。衣服やクッションの細かな刺繍、木彫りのアラベスク、色とりどりのランタン……。よくみると、料理に使うボウルまで鮮やかな矢絣模様がついている。 私は、ステンドグラスが貼られた天井を見つめた。 「遠い場所に場所にきたんだ」 そう思ったが、どういうわけか実感がなかった。足元だけが、なんだかふわふわしている気がした。 砂漠は空中浮遊する尊師の夢をみるか 午後から本格的な観光がスタートした。最初に訪れたのは、交河城址という遺跡だ。紀元前2世紀頃に作られ、14世紀まで実際に街として使われてい要塞都市だ。地平線が見えそうなほど広い。 地面の上にレンガを重ねるのではなく地面を掘って街を作ったところに特徴があるらしいのだが、これだけの土地を彫り抜くなんて、想像もつかない労力だ。中国の圧倒的なマンパワーを感じる。 遺跡が広すぎる一方で観光客があまりいないため、とても静かだ。どこまでも続く風化した街並みを歩き、静謐な空気に触れ、かつては賑わっていたであろう都市の姿を想う……そんな触れ込みの場所なのだけれど、正直言って、そうしたロマンチックな思い出は一切残っていない。 なぜなら、悠久の大地を包む静寂を切り裂くように、尊師がマシンガントークを繰り広げていたからだ。麻原彰晃がおしゃべりだったのかは知らないが、少なくともウイグルの尊師は非常におしゃべりで、一人で優に5、6人分は話していた。観光中、常にニコニコ動画の弾幕が飛んでいるような状況であり、センチメンタルな旅情の入り込む隙はない。 尊師の話は、基本的にどれも「興味深いがどうでも良く、とにかく怪しい」内容で統一されている。 ・中国の深センで売られている「Android搭載のiPhone」の話 ・中国貴州省の山奥に住むラブドール仙人の話 ・中国の内陸部では旅行カバンの代わりに尿素袋が使われているという話 ・中國の伪日本製品に書かれている怪レい日本语が好きだという話……。 気がつくと、夕暮れ時になっていた。 乾いた大地は茜色に染められて、民族音楽の弾き語りが響く。旅行者としてのセンチメンタリズムが刺激され、私はこの地の長い歴史に思いを馳せる。しかし、次の瞬間には、そんなセンチメンタリズムを切り裂くように尊師の怪しい話が炸裂し、安易な旅情に回復不可能な一撃を加える。 たちまち、私の心の中で放映されていた「NHK特集 シルクロード」の映像は乱れ、テーマソングを奏でる喜多郎は、へなへなと地面にへたり込む。 砂漠で果敢にも空中浮遊を試み転落する尊師、唐突に尊師マーチを歌い始める尊師、中国の怪しいガジェット情報に詳しい尊師……。 トルファンでの私の思い出は、尊師色に染め上げられていった。 遊牧民が住む砂漠の街で不慮のノマドワーカーになる まさかウイグルで徹夜をすることになるとは思わなかった。 観光を終えてホテルに戻った私を待っていたのは、職場から送られてくる容赦ないメールの数々だった。 「夏休み中恐縮ですが、添付の資料につき18時までにご確認お願いします」 「確認が終わるのは何時頃になるでしょうか」 「こちらも限界です、連絡ください」 休暇を申し出たときの「ゆっくり休んでください」はなんだったのか。そもそも、今日、日本は日曜だし明日は月曜で祝日のはずだ。私が旅行にでかけたのは土曜日なので、まだ夏休みは始まってさえいない。どうしてこんな惨状になっているのだろう。 ひとつ断っておきたいのは、私の職場の同僚たちは、基本的に優しく善良な人たちであるということだ。本当に仕事が回らなくなり、やむを得ずメールをしてきたのだろう。 今回の夏休みは「正月がなかったのはあまりにも気の毒だから」と上司が、わざわざチームに根回しをしてくれてようやく取得に至ったものだ。上司のただひとつの誤算は「現場に人が足りていない」という根本的な問題は、根回しでは決して解決しないということだ。 私はその夜、ホテル近くの雑貨店でレッドブルとコーヒーを買い込み、目を真っ赤にしてキーボードを叩き続けた。 空が白み、まばゆい朝日がきらきらと射しこむ時間になっても、私の仕事は終わらなかった。他の人々には私を置いて観光に行ってもらい、一人で仕事を続けた。そんな私を気遣って、尊師が食事を買ってきてくれた。 ようやく仕事が終わったのは、太陽が高くのぼり、熱された大地が蜃気楼で揺れるころだった。 鳥の声しかしない場所 午後、観光に出ていた他のメンバーと合流し、タクシーで訪れたトルファン郊外はのどかな場所だった。乾いた土地に葡萄溝やバラ園が広がっていて、木陰で商売をするスイカ売りやぶどう売りが、こちらにおいでと手招きをする。 ぶどうはいつも無料だった。一房分を買おうとするのだが、安すぎてお金を受け取ってもらえないのだ。口に含むと、雨の降らない土地で育つ果物特有の凝縮された甘みを感じる。 観光名所とされている遺跡にはだれもおらず、車の音も人の声もしない。絶え間なく響く鳥の声を聞き、強い光が地面に落とす影を見ていると、数時間前まで仕事に追われていたのが、遠い昔の記憶のように思えてくる。 静かな場所だった。太陽が眩しくて、あたまがぼんやりした。 ふと見ると、道端でビニール袋に入れられた羊の頭蓋骨が風化していた。その後も、私たちは、農地の側溝や休憩所のトイレ等、そこかしこで羊の頭蓋骨を見つけることとなる。この土地で暮らす人々には、お弁当がわりに羊の頭を持ってくる風習があるのだろうか。 私は、以前、イランのホームステイ先で「イランでは朝ごはんに羊の脳みそのスープを飲む」「日本でいうと、みそ汁的な存在」と言われたことを思い出した。「羊の頭がみそ汁の具として扱わている地域があるなら、お弁当がわりに羊の頭をぶらさげる人々がいても不思議はない」と思う。 私は、強い日差しから逃れ、木陰に座ってこの土地で暮らしてきた人々のことを思った。日本にはまだ神話の神様さえいなかった遠い昔に、砂漠のオアシスで暮らし、羊を飼い、ときには西瓜で喉を潤していたかもしれない人々のこと。彼らの聞いていた鳥の声と、私たちが聞いている鳥の声は同じだろうか。 夏の光にまみれてきらきらする西瓜の皮と、そばに落ちる暗い影を眺めていると無気力が押し寄せてきて、労働の意義も経済成長の意味もわからなくなった。 私はふと、今回の旅行について話したときの、同僚たちの反応を思い出した。 「どうしてウイグルなんかに行くんですか」 彼らの疑問は、要するに「その夏休みの使い方に、確かな価値はあるのか」という点に集約できる。たまの休みなのだから、確実に楽しく、気分良く過ごせる場所に行くべきだ。彼らはそういっていたのだろう。 同僚たちの疑問に対し、そのとき私は答えることができなかった。 職場の同僚たちは「この先、生き延びるにはどうすればいいか」という話をよくしていた。真夜中から始まる飲み会で、明け方の6時や7時まで話す人もいた。生き延びるとはなんだろう。 生産性が自分の人生を覆い尽くし、人間性がわかりやすい価値で塗りつぶされていくのを受け入れること。「使える」人とだけつるみ、評価されること。夏休みはハワイに行くこと。 生き延びるとは、きっとそういうことだった。 忙しいことには慣れていた。仕事に慣れてしばらくたったあるとき、もう必要がないからという理由で、少しずつ集めていたアンティークの食器や学生時代に好きだった小説を捨てた。重要なのは、「役割」を果たすことであり、社会の共通言語で話すことだと考えた。 でも、私は突然、久しぶりの夏休みを、確実に楽しい場所ではなく、楽しいかよくわからない場所で過ごしてみたくなったのだ。知らない人に誘われて、どういうわけか、そういう気持ちになったのだ。 農家のおばさんからもらって持て余していたぶどうを一粒、口に含んだ。日本のものとは全く違う、知らない味がした。 星降る夜行列車に乗って 疲れからか、やたらと物憂げな気持ちになっていたところに、尊師の「バ〜ニラ、バニラ高収入〜!」という歌声が響いてきて、現実にひきもどされた。そろそろ、この街を離れる時間だ。 それにしても、すっかり考え込んでしまった。私は、「うどん部の旅行に参加した人は社会からドロップアウトしがちである」という話を思い出した。 葡萄溝の木陰で、やたらとメランコリックな気持ちになったのも、この旅行の危険な効果だろうか。このままでは、謎の秘密結社・うどん部の陰謀の思う壺だ。 夜行列車で過ごした夜は、楽しかった。 ト��ファンのぶどうで作った珍しい白酒をたくさん飲んで、加熱する仕掛けが施されたインスタントの火鍋をつついた。 普段は飲まない強いお酒にはしゃぎすぎて寝てしまい、気がつくと真夜中だった。 夜行列車の窓から空を見上げると、満天の星空だった。肌寒い寝台で、毛布をだきしめながら、流れていく星空を見つめた。まばたきも、呼吸もできなかった。体中の神経が粟立ち、スパークした。 私は、冷凍されていた自分の人生が、急激に自分の身体に戻ってくるのを感じた。 もしかして、私は、生き延びることから遠ざかっているのだろうか。 このときの私はまだ、自分がその数カ月後、仕事を辞める運命にあることを知らなった。 (カシュガル編につづく) 補足とおしらせ ウイグル旅行記は、長くなってしまったので数回に分けて書きます。今後の予定はこんな感じです。 ・ カシュガルで公安警察から"重点旅客"として熱烈歓迎されてしまった話 ・ ウイグルの果てでゾロアスター教の遺跡を探し、廃墟の温泉に入った話 ・ 突如の軍事パレード開始により限界帰国チャレンジを強いられた話 旅の写真は、twitter(@eli_elilema)にもあげているので、よかったら見てみてください。 ※ 尊師はとても良い人でした。
https://note.mu/elielilema/n/nb8baf42077cd
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