#cdウォークマン
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Sony Walkman F5, 1985
#Sony#walkman#ウォークマン#1985#mp3#cassette player#minidisc#discman#cds#compact disc#headphones#isolation#toshiba#ubiquity#vinyl#playstation#electronic#Portable#aerobics#nostalgia#ipod#ipod nano#ipod classic
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私のニット引っ掛けて締められてる奴↑
昨日から日本の音楽シーンがアツいですね
涙が止まりません。
TSUTAYAでCD借りてウォークマンに入れて同じアルバムを何回も何回も聴いていたあの時代が好きです、その感情に名前なんて無いけどそんな感情に感動出来る自分で良かったなと日々思います
めっちゃ好きな映画再上映決まったしなんか今年楽しい気がする(๑>◡<๑)(๑>◡<๑)
バレンタインジャンボ買います(๑>◡<๑)
そういえば昨日魔法少女になる夢見たんやけどなんか朝起きて辛かった、、
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そもそも電池なんて日本で鉛蓄電池が発明されて以来、軍需を始めとした戦略物資で世界中の国と企業で開発競争行ってるんですよ。 その発展具合を皆さんが一番実感出来るのが携帯電話の電池。 80年代後半に携帯電話が登場した時、それ以前にあったウォークマンの様な携帯オーディオ用の電池として需要があった Ni-Cd電池が流用されたのですが全然容量が足らなくて、それまでは高額で一般には使われてなかったニッケル水素やリチウムイオンが使われ出します。 それでも1日に何度も電話してれば半日持たない程度だったので、ハードユーザーは交換用電池をいくつか常備してないといけませんでしたし当時の携帯電話充電器には携帯本体挿す場所の他に電池単体を充電する場所があるくらいでした。 で、それからだいたい半世紀、カネを突っ込めば技術が進展するのなら1回充電すれば1ヶ月くらい余裕で使える携帯電話が出て来てて当然なんですけど、実際にはあなたの手に持ってる物のまま。 技術の進展なんてそんなもんです。
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2024/03/12
朝から近所のセブンにセカオワのアルバムを受け取りに行く。
最近のセカオワの円盤はこれでもかというくらいデカい。画集ぐらいのサイズと厚みがある。アートワークも凝っていて、見ていて飽きない。
曲を楽しむ準備も整えて、ウォークマンに曲を移した。移す時にデータがまたうまいこと整理されてなくて大きいレコーダーに繋ぎ変える羽目に。この整理に少し時間がかかりそうだ。
ライブの音源もそのままで、11月13日に見たあのライブが思い起こされる。
午後から診察があったので東京に行った。新宿に寄ったついでに衣裳の展示を見て、CDの買ってないバージョンのものを買う。ライブDVDが初回限定版の一番上のサイズに収録されないと判明したのは最近だったから、ポイントを貯めて買った。
東京で3年くらい診てもらった精神科に行くのもこれが最後だったんだろう。
先生は3回くらい変わっているが、今の先生は良く診てくれた。
カウンセラーさんとはもう一回カウンセリングの予定がある。
BGMがいつも独特で、流行りのJPOPやら曲やらのオルゴールの時もあれば、ディズニーランドのウエスタンランドかアドベンチャーランドのBGMだった時がある。
いつも胸高鳴らせながら診察やカウンセリングを受けていた覚えがある。
良い病院だった。
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ウォークマン
ォークマン(Walkman)は、ソニーが初めて1980年に発売したポータブル音楽プレーヤーのブランドで、その後も様々なモデルが登場しました。以下は、ウォークマンに関する簡単な説明です:
発売背景: ウォークマンは、持ち運び可能で個別に音楽を楽しむことができるポータブル音楽プレーヤーとして、1980年に初めて発売されました。当初はカセットテープを使用していましたが、後にCD、MD、デジタルオーディオプレーヤーなどの形態も展開されました。
デザイン: 初代のウォークマンは、ヘッドフォンと本体が一体となったコンパクトなデザインで、ユーザーが外出先で音楽を気軽に楽しむことができました。このデザインが一世を風靡し、ポータブル音楽の先駆けとなりました。
メディアの変遷: 初代ウォークマンはカセットテープを使用しており、その後、CD、MD(ミニディスク)、MP3、ウォークマン携帯プレーヤーシリーズなど、音楽再生メディアが進化するにつれて新しいモデルが登場しました。
技術の進化: ウォークマンは技術の進歩に伴い、デジタル技術や高音質技術の導入、タッチスクリーンディスプレイ、Bluetooth接続など、様々な機能が追加され、ユーザーエクスペリエンスが向上しました。
歴史的な影響: ウォークマンはポータブル音楽プレーヤーの普及に大きく寄与し、個���の音楽体験をよりプライベートで自由に楽しむことが可能になりました。その影響は、後にiPodやスマートフォンに継承され、ポータブル音楽の歴史に深く刻まれています。
ウォークマンは初期から現代までの長い歴史を持ち、音楽を手軽に持ち歩きたいというニーズに応えてきました。
手抜きイラスト集
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CDウォークマンからPCでCDをリップしMP3作る様になったからMDを使う機会って無かったよな?
記事を読むにはこちらをクリック http://www.gadget2ch.com/archives/post-218082.html
MD, メディア, 音楽
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It's a beautiful dayのCD買えた。
彼岸まで愛用のウォークマンとワイヤレスイヤホンを持ち込めたらいいのに
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君がくれたのはあの朝焼け
今日の日記は長くなっちゃったので、暇な人だけ見てね。(まあ誰が見るはずもない)
でも大事なこと、もう忘れたくないからここに書きますね。
8月6日、PKShampoo 大阪野音①
P.R.O.ツアー最終だったと思う。彼女を連れていこうと2枚とってたチケットは、夢も儚く当時同居してた親友エノくんに渡し、二人で行くことにした。彼の事を詳しく書くのは気が引けるが、俺がPKを聴かせて彼もバンドにハマった。
その日が来るのを2人ともチケットを見ては、待ち望んでいたはずだ。
その予定だったんだけど俺が8月2日に大田区に連れていかれしまいました(事の顛末はゴメンだけど、伏せます)その兼ね合いでエノくんは1人でライブ行くことになってしまった。
その頃俺は大田区で1人、ベンガルトラになっていた。不安だった。申し訳ないことをしたと。
ここでなぜ不安なのかって?彼の事を語ると半分推測ですまないが、恐らくそれまではJPOPや有名なバンド辺りなら広く聴いたことはある。その程度の心構えで“ライブが初めてだった”からである。ノリ方とか分かるかな?
それは何とも傲慢な俺の考えでしかなかった。
一抹の不安に終わる。②に続くよ。
※ここからはどうでもいい回想
(興味なきゃ②まで飛ばしてOK)
でもそれは俺だって同じだった。遡ること14歳、俺はYouTubeでSUM41に出会うこととなった。当時好きだったエヴァンゲリオンのMAD動画(通じるかな?)で新劇場版エヴァンゲリオンの映像と共にSUM41のNo Reasonの動画に出会った。脳天直下、俺は母さんに頼んで沼津にあるTSUTAYAさんでSUM41を借りた。
NoReasonが収録されている“chuck”の表紙を飲んで母親が俺が病んでいるのかと勘違いした話は今でも飲みの席でもたまにする。
学校をサボってBOOK・OFFの中古CDコーナーで東京事変の大人(adult)のアルバムに出会う。(最初はエッチなものかと思って買った)
それから高校に進学し、バイト代でウォークマンを手にし、交際費、クリープハイプの激レア廃盤CD。TSUTAYAさんの木曜10枚CDレンタル1000円等、給与を費やし様々な種類の音楽に没頭した。
そして俺が18歳、高校三年生。青春の終わりあるバンドに出会うバズマザーズだ。
バズマザーズ ー スクールカースト
それは初めての感覚だった。高校で初恋した女の子が聴いてた(その後こっぴどく振られた)バンド。“クリープハイプ”もそこそこ擦り切れるくらい聞いてた。本当に大好きだった。尾崎世界観のことも、メルカリで廃盤CDを漁る程には、当時まだ見れた黄色い日記を見る程には。
ただ、それでもバンドのライブには行かなかった。田舎の高校生であったこともあるのか、それともビビってんのか。生でライブを見てみたい!!となる事がなかった。それまで聴いたどのバンドもね。
バズマザーズのスクールカーストを初めてYouTubeで見つけた。疾走感溢れるテレキャスターの出す金属のような冷たく鋭い音、それに乗って聞こえる山田亮一の独特な声。(当時アフロのボーカル)という認識だった
洋楽を聞かない邦楽マニア(自称)の俺にとって。学のない俺のような人間でもわかる日本語の歌詞は本当に重要だった。前述したクリープハイプもバズマザーズも素晴らしい歌詞を書くバンドだ。以下、バズマザーズのスクールカーストより歌詞を引用
“黒板消し吸うアレよりもクラスで存在のないそこのお前”
心臓が掴まれた感覚に陥る。なぜなら俺は中学3年生の頃…田舎の学校から少し不良の多い学校に転校し田舎の学校にはない、スクールカーストや本格的なイジメを経験していた。
“今内心ドキッとしたお前のためだけに俺は歌うよ”
本当に内心ドキッとしていた。中学の経験を生かし、高校ではスクールカースト上のグループに紛れた汚い捨て犬みたいな学生をしていた。高校デビュー(今は死語?)を果たそうと…
そんな俺の心の中を見透かしたような、そんな歌詞だった。完全に10代の俺に刺さった歌詞だった。
“登校中改札抜けるだけなのに荒野を行く兵法者みたいな気分かい?ーーー俺にだけ言っちまえ。”
全てを見透かされていた。そんな曲だった。サビに入るーー。
“ア・ボーイ・イン・ザ・スクールカーストきっとお前は一人きり、泣いたり狂ったりしているア・デイ・イン・ザ・スクールカースト”
次の歌詞だ
“青春が何に見えるかだなんてロールシャッハテストみたいに無数の解答が、俺はあって良いと想う これ、すなわち 率先して同窓会の幹事をする様な、人間がいても然るべきだと想う”
山田亮一に会ったこともないのに肩を叩かれた気がする。「まぁ、あれや、あんまり背負い込むな」関西弁で。過去に味わった陵辱、高校時代虚勢を張っていたあの苦汁。全てを肯定してもらった気がした。
長くなるので最後に一部分の歌詞を引用します。
“率先して同窓会の幹事をする様な、人間が事実いる事も。越権だ、お前がそれを否定するのは 受け流してりゃ良いと想う。人生なんて、騙し絵みたいなもんさ、お前の焦点が合う世界を信じてりゃ良いと想う”
俺の焦点が合う世界…虚勢を張ってた高校生活。隠れて呼んでた好きな小説、様々な音楽。好きなバンド。好きなドラマや映画。俺の焦点が合う世界で生きていこう。周りに合わせないで、流されず好き勝手生きてやろう。
そんな風に背中を押してくれた。
この日記以前、いや、以降も山田亮一、バズマザーズ、ハヌマーン(バズマの前身バンド)という単語若しくは、それに通ずる歌詞や曲は出てくるだろう。先に言っとくねん。
それほどにまで影響を受けたバンドだった。
(ハヌマーンを語ると長くなるのでまた今度)
だから俺は1人だろうと東京にバズマザーズを見に行ったのだ。
そう俺の初体験(バンドのライブ)は実質のところ19歳だった。耳が壊れそうになるくらいの爆音。観客の熱量。山田亮一の掻くテレキャスターの轟音。全てが思い出になった。棒立ちしてポカーンと見てた。涙も出た。
それから沢山のバンドのライブに行くキッカケにもなりました。ありがとう山田亮一。
あれ、ああ。つい筆が走ってしまった。
話を戻しますね
8月6日、PKShampoo 大阪野音②
エノくん。彼の目にはどう写っただろう。
ベンガルトラは気になった。とにかく親友であるエノくんと話したかった。
ーどうだった?あのライブは?
驚愕した。
なんと、①に記載したように、ライブ初体験のくせにモッシュで胴上げされ夜間通行口を熱唱しPK Shampooの世界を、そのライブの一体感を全力で楽しんできたという。
「だよな!よかったよ!PKは熱量がすごいからな!」俺はそう返したと思う。一昨日のことなのに思い出せない。だからこの日記を書いた。
そんなことを言いながら、内心ビビった。ライブ初心者でノリ方も分からないだろうに。当時1人でビクビクしながら東京に見に行った俺とは対照的だった。
こいつ凄っ!ライブが、ロックが、“熱”が好きじゃん!。 次は俺と行ってくれ。俺と暴れよう。本気で心から、そう思った。
この転がり続けた3年間で握りしめていたものの中に1つ。ニワカなんかじゃない。同じ音楽を語り合えるなんて、そんな良い友達が出来た。
という事実がハッキリ。くっきりとわかった日だった。
以上、9月1日 ヒナ公園からお届け。ベンガルトラ視点でした
終わりに
誰とでもどんな人種とも、仲良くなれる(表面上はね)そんな俺が。
方眼紙を飲んだ時。どこかに感じていた周りとの趣味や音楽や女やタバコや酒、人生観、死生観。その乖離。1人ただひとりずっと何年も。絶対に他人に見せること無かった閉鎖感。孤独感。そのモヤモヤ��本当の意味でぶっ壊してくれたエノくん。彼とは本当の意味で親友になれたと思う。(彼はそこまでしたつもりなさそうだけど)ありがとう。
遠くも近くもない未来ーー
頭がぶっ飛んじまった俺が勢いで恥ずかしいと思いながらも、こんな思いだったということをつたえたくなってこの日記を読ませる時が来るかもしれない。そんな時はどうか、どうか…この語り口調な日記を鼻で笑ってもらいたい。
我入道で“第三の目”を飲んだ時、俺はそこに居合わせたエノくん、松ちゃんに対して、“朝焼けをあげた”と、プレゼントした気持ちでした。
そのお返しを本当の意味で貰った気がする。
死に損ないの、俺の孤独を埋めてくれてありがとうエノくん。
2023/09/03(写真はYouTubeより野音ライブ映像から引用)
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五月病の前兆だろうか。なんだか気が重く、苦しい。夜更、眠れそうにないほどの冴えようだ。眠れない夜にあたし、の続きを断定するのはなんだか違う気分である。今日は自分の音楽のルーツを概括的に辿ってみる。
音楽との歩みを語る前に、ガキの時分を顧みる。物心がつく前は音楽の"音"、つまり聴覚の部分を視覚の付録的なものとして捉えていた。音楽番組の放送はビジュアルでインプットし、そこに音を後付けしていた。当然アウトプットの順番も、視覚が先、聴覚が後であった。無論、音楽の醍醐味は聴覚で嗜むことであるのだが。
本題に入る。小学5年生の頃、SEKAI NO OWARIと出会う。いつものように音楽番組を流し観ていた時のことだ。彼らの"RPG"が目に留まった。正しくは耳に留まった、と言うべきだろう。あの時、初めてわたしは音楽というものを、聴覚で捉えた気がする。それからというもの、わたしは彼らの虜になり、彼らの経歴を調べ上げ、ディスコグラフィを聴き漁った。初めてのライブも彼らに捧げた。アリーナを目の当たりにし、耳がやられたが、甘ったるいドキドキが微熱のように続いたのを鮮明に覚えている。小学校の卒業文集も彼らについて綴った。当時の熱を思い出せば出すほど恥じらいを感じるが、あの時の出会いこそが、わたしとしての"音楽"の起点となった。
中学生になり、04 Limited Sazabysと出会う。入学してすぐの頃だった。詳しいことはよく思い出せないが、確かCDショップのチラシがきっかけであったと思う。音楽の楽しみ方を心得てきた頃に彼らと出会ったことで、また新しい扉を開くことになる。あの頃のわたしを惹きつけたのは、ボーカルのハイトーンボイスとツービートであった。当時もまたAB型のBが発揮し、彼らについて詳細に調べ上げたことを思い出す。3年ほど思いを馳せ、高1の時に初めてライブに行くことができた。本編終盤"midnight cruising"の口上、"星が降って、降って、積もりますように"からのイントロで感動し、涙したことが感慨深く思い出される。フォーリミのとの出会いは、ロックとの出会いであったと感じる。ウォークマンを手にし、TSUTAYAでたくさんのロックバンドのCDを借りた。とにかく数を聴き漁った。音楽に対しての嗜好も明確になってきた頃であった。
高校入学後、忙しさのあまり音楽を聴く時間が減ってしまった。目紛しい毎日、通学時のバスで、新しい音楽を発掘する元気はなかった。再生するのは決まって同じ音楽であった。
そんな中、高校2年生になり、ハルカミライに完全に魅了される。元々名前は知っていた。心と時間に少し余裕が出てきたため、新しく音楽を発掘しようとしていたが、メロコアに夢中だったわたしは、彼らに興味を持たなかった。しかし、あまりにもロックシーンで彼らの名前が浮上していたため、興味を持ち、YouTubeで再生した"世界を終わらせて"。高1のわたしは、ボーカルの奇行に戸惑ったまま画面をそっと閉じた。今思えば笑える。印象は特に良くなかった。しかし、それからというもの、相変わらずよく聴いていたフォーリミや、当時好きだったマイヘアと仲が良かった彼らのライブがどんなものなのか、気になり出した。機会ができたため、高2の冬に初めて彼らのライブを見に行った。高校が終わった後、1人で向かったenn2nd。あれから全てが変わることになるとは思わなかった。
スリーマンであったが、対バンのことはあまり覚えていない。それほど、彼らのライブが衝撃であったからだ。彼らの出番は2番目だった。小さな箱が、"カントリーロード"のイントロで、一気に灼熱になったのを覚えている。ステージとフロアの境目などなかった。わたしたちの上���縦横無尽に動き回るボーカルを見上げた時、ミラーボールの煌めき以上に眩しかった。目が眩んだ。出会ってしまった。そう思った。
高校3年生になるのと同時に、コロナが猛威を振るった。そんな中、彼らはツアーを回っていて、受験勉強の合間を縫って足を運んだ仙台公演。立ち位置指定のライブでのもどかしさすらも忘れるほどのライブであった。どうなるのか分からない、お先真っ暗な大学生活に希望すら持てなかったあの頃、彼らだけが希望だった。高校を卒業したらバイトに打ち込み、彼らを追いかけると決めたのだ。
それからというもの、本当にいろいろな土地で彼らのライブを観た。北海道と九州以外の全ての地域で、観た。とてもいい経験であったと感じる。彼らがいつでもどこでも、まっすぐにフロアと向き合ってくれるから、わたしも毎度真っ新な気持ちでライブを観ることができた。
高校卒業後、心が掻き乱される出会いや別れがあり、これまた音楽を楽しむ余裕がなくなった。だが、やはり生活が落ち着いてきた頃には徐々にライブハウスに行く頻度が上がっていった。
セカオワを起点として、フォーリミ、ハルカミ���イと、3組がわたしのルーツになっている。彼らの音楽と一緒に、時間の流れに沿って様々な音楽を聴いた。特に印象的な数曲を、ここ最近も合わせて数年分記載しておこう。ロックからJ-popまで、幅広く聴いた。
気付けば夜が明けてきたので、稚拙な文章を綴るのもこの辺にしておこうと思う。いつからか、わたしの日常には音楽があることが当たり前になっていた。特定のアーティストをひたすらに聴くときもあれば、気分によってシャッフルボタンを押すこともある。わたしと音楽との距離が最も近くなるのは、楽しい時、悲しい時、このふたつの感情のときである。夜更の鬱屈が何からきていたのかを漏らすと、自己と他者の対比によるものである。今日は、近しい人々への感謝を忘れがちである自分を憎く感じ、悲しい気持ちに苛まれた。だが、そのモヤモヤとした蟠りは、その時浮かんだ音楽がどこかへ消し去ってくれると分かっている。脳裏に浮かんだこの曲の再生ボタンを押すと共に、目を瞑る。
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Walkmanを買った
おそらく20年くらいぶりの購入。その時買ったのはCDウォークマンだったと思うから隔世の感がある。一番安いモデルがモデルチェンジしたので、いいタイミングだった。
有線で聞くと大きな違いはあるだろうなと思っていたけど、無線でも大きな違いがあるのにびっくりした。今までは自動車のディスプレイオーディオ(DA)にiPhoneを繋いてCarPlayで音楽を聞いていたので、有線でハイレゾ音源をDA経由で聞いていたはずなんだけど、明らかにWalkmanで無線接続のほうが音が良い。音楽ファイル的には確実に劣化しているはずなので、Walkmanのデジタルアンプや高音質化技術がめっちゃいい働きをしているんだと思う。
音楽好きな人は買っていいと思う。僕は車のなかで使いたくて買ったんだけど、DAの場合、CarPlayとBluetooth接続が両立しないので微妙に不便。カーナビの場合は大丈夫だから、そっちなら文句なしでおすすめできる。あと一番安いのでこれなんだから、一番高いやつはどんな音がするんだろうっていう興味も沸いた。ひとまず有線ヘッドフォンをいいやつにしたい。
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🌱🌾🎧💿📀 #リリイシュシュのすべて #映画#邦画#CDウォークマン#cdウォークマン欲しい #岩井俊二監督 https://www.instagram.com/p/CV6dBG1BVt6/?utm_medium=tumblr
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“CDウォークマン” 『D-E01』をいろいろ頑張って手に入れる
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夏の匂いがした
マイヘアイズバットをよく聴いていたのは高3〜大1くらい。その時は結構熱があって、ワンマンライブとかも行ったりしてた。いつからあんまり聴かなくなったのかと考える。私がアップルミュージックへ課金を始めたのが分岐点になったのだと気づく。それまでは、普通に買ったCDやTSUTAYAで借りたCDを青色のウォークマンにぶち込んで音楽を嗜んでいたんだけど、結構な人数がサブスクリプションを使っていることにだんだん違和感がなくなってきて、私も、と思い、課金を始めた。でもそこにマイヘアはなくて、それにマイヘアはTSUTAYAで借りたCDをウォークマンに取り込んでいたから手元にあるCDからiPhoneに落とすってこともできなくて、最初はiPhoneとウォークマン両方使って聴いていたりもしてたんだけど、いつのまにかウォークマンはベッドの下に落ちて電池切れになったまま、2回くらい年を跨いだと思う。だからマイヘアのサブスク解禁は素直に嬉しかった。というか、都合が良かった。ここにさえいてくれれば、いつでも聴く。こんなこと、ファンに言ったら怒られるな。あなたの宝物を都合良く使ってごめんね。
とは言え、私はそれからというもの、出勤時にはもっぱらwoman'sを聴いている。大学生になったばかりの青々しい私が登校中に聴いていたwoman'sと社会人2年目のくたびれた私が出勤時に聴くwoman's、面白いほど色が違う。それに何より、運悪く、好きな人とお別れしたこのタイミングに。そのまま浸ることができるならまだしも、マイヘアみたいなダメダメなラブソング、もとい失恋ソングを聴くと、そりゃ私はその人のことをちょっと考えたりするけど、その人はきっと私じゃなくて5年付き合って別れた彼女のこと思うのだと思う。だから余計に虚しくて、へちゃむくれな気持ちになる。こんな春、本当に、もう二度とごめんだ。
でも、これで私にとってwoman'sは間違いなく春のアルバムになった。そして、夏の匂いがするのも、春。出会いと別れの季節にしては緊張感のない柔らかな空気が漂う中に、夏の匂いがしている。早く前を向かなきゃ、春に取り残される。私、がんばれ。
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2022年12月4日 ノンフィクション・poery
映画「背 空間現代×吉増剛造」が12月15日(木)まで出町座でやっているらしいので見に行きたい。見に行きたい、身に行きたい、という欲望が確かにあることを確かめる。かたちをなぞる。今月、後は何をしたいのだろう。もう朝の6時34分になってしまって眠い。ビリー・アイリッシュを聴いている。電気ストーブのオレンジ色、Youtubeで動画を流しながら眠ると思うきっと、この日記を書き終わったのなら。
***
11月30日に行った熊野寮での「反ワクチンVS京大生」のことを思い出していた。科学という単一の正しさに対して、そうではない別の世界観を果たすものとしての陰謀論(それは宗教と似た役割を果たすのかもしれない)ということ。あと、議論の中では反ワクチンの側にはほとんど出典(エビデンス)がないということが指摘されていて、それは完全にその通りだし、ワクチンを擁護する側の方に正しさはある。でも、同時に、科学というものが完全に公正中立で客観的な真理であるとも言い切れないところはあって、客観的とされている科学が体制側やマジョリティを強化するように働く可能性というのは常にある、とは思った。
勝敗について、結局のところは某ゲーム(大乱闘スマッシュブラザーズ)で決まったわけだけど、もしそれが観客に委ねられるということがあったとしたら自分はどちらを選んだだろうと考える。たとえばそれがラップバトルであったのなら話は単純で、技術なのかかっこよさなのか面白さなのか、基準は複数あるけれど、最終的にはよりテンションが上がった方を選んだらいい。でも、議論の場合の勝ち負けを決めるのはなんだか難しい。それがディベートであったのなら、たぶん客観的であることが重視されるのかな。
***
最近読んだ本
→『プラトン全集9』より「メノン」、内田春菊『ファザーファッカー』、ベケット『サミュエル・ベケット短編集』、坂口恭平『継続するコツ』、日比野コレコ『ビューティフルからビューティフルへ』、廣瀬純『絶望論―革命的になることについて』、
特に、今日読んだのは内田春菊『ファザーファッカー』だった。1990年代のベストセラーだったらしいけど、内容からしてベストセラーだったのが何だか意外な気がする(多くの人にとって、読んでいて愉快なものではないだろうから)。内容は、小説としては必ずしも表現豊かというわけではないしその意味での物足りなさはあった。けれど、これがノンフィクション小説であること、そしてそこで扱われているのがトラウマ的な記憶であることを考えれば、小説として流暢に装飾や技巧をふんだんに施されながら書かれるはずはないし、ただ淡々と記憶を掘り起こすように書かれるその文体は最適、というか、そうでしかあれなかったのだと思う。
文章として好きだったのは、「母は、毎日診察があるのだからと、普段はほとんどパジャマしか着ない私にネグリジェを何枚も用意してくれたが、そのネグリジェは純白やクリーム色の天使の着るようなデザインで、気恥ずかしかった。そんなものを着て、毎日性器をいじられる妊娠六ヵ月の自分がとても滑稽に思えた」という箇所。
と、こうやって感想を書いていると、ノンフィクション小説というものに対してどう向き合えばいいのかよく分からなくなる。ノンフィクション小説というのは理念として現実をありのままに描くわけで、その人生そのものがそこに書いてあるとして、それをどう評価したらいいんだろう。もちろんその表現の上手さだったり切り取り方(構成の仕方)だったり色々あるだろうけれど、たとえばストーリーに関してはそれが人生そのものである以上、「いい」とか「悪い」とか言っても仕方がないし、「私は~だと思った」という文章があったとき、それが虚構ではなく実際に人生の中でその人が思ったことなのだとしたら、それをどう評価したらいいのだろう。最終的には、その人の存在そのもの、人生そのものの強度を評価することになる。私小説も同じことになるのかな、でも、私小説は決してノンフィクションではないということ。その境目。
***
何となく、Twitterのフォロー内検索に「内田春菊」と入れてみたら、ともちゃん9さいさんのツイートが出てきた。不意に、どこからでもなく。
「強くなるっていいことだよな?ガロの内田春菊読む女子高生のわたしに問いたい。山田花子は自殺したけどお前ははじめてもらった精神安定剤ワンシート飲むことしかできない高2の夏のまま、もうこんな歳だよ。あの虫の音、夢が見れる機械がほしいね、音飛びCDウォークマン、ほしいね、コンビニのひかり」(2015年8月24日のツイートより @tomochan9sai)
ともちゃん9さいさんはもうこの世界にはいないけど、こうして不意に現れて、その言葉に存在に触れられるのはいいな、と思う。小説や音楽や映画とかそういう「作品」が後世に残ることはあってもツイート、というものが100年後まで残ったりする可能性は少ないだろうけど、少なくともいま、2015年のツイートを2022年に読んでいる。もちろん、ともちゃん9さいさんのポエトリーリーディングを私は、思い出したように聴き続けるのだと思いながら。
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JAGATARAの名盤アルバム5作、リマスター・紙ジャケCD再発決定
JAGATARAの名盤アルバム5作、久保田麻琴リマスターで紙ジャケCD再発決定!
不世出のヴォーカリスト・江戸アケミを擁し、パンク~レゲエ~ファンク~アフロビート等々を取り込んだ唯一無二の音楽性と、タブーに臆せず鋭��時代を撃つ独自の言語感覚で格別の存在感を放った伝説のバンド・JAGATARA。 不慮の事故によるアケミの他界(1990年1月27日)から33年目の命日に合わせ、 1982年から1989年の間にリリースされた4作のオリジナルアルバムと、1993年リリースの2枚組ベスト盤『BEST OF JAGATARA~西暦2000年分の反省~』が、2023年1月25日に紙ジャケット仕様のCDで再発売されることが決定した。
今回再発される5作品は、2007年にも紙ジャケット仕様で発売されているが、現在はいずれも廃盤で入手困難となっていた。 今回はメンバー・OTOの強い要望により、新たに久保田麻琴(ex.裸のラリーズ、久保田麻琴と夕焼け楽団、サンディー&ザ・サンセッツ 他)によるリマスタリングが施されている。日本ロック史に残る問題作にして名盤との呼び声高いアルバム群が最新のサウンドトリートメントで甦る、JAGATARAファンならずとも注目必至の再発企画と言えよう。
<JAGATARA 2023 CD REISSUES> 完全生産限定盤・2023年1月25日発売 発売元:ソニー・ミュージックレーベルズ 紙ジャケット/高品質Blu-spec CD2仕様・2023年版最新リマスタリング by 久保田麻琴
[ソニーミュージック特設サイト]
JAGATARA『BEST OF JAGATARA~西暦2000年分の反省~』 Original release: 1993.2.24 (MHCL-30791~2(2枚組)・¥4400 tax in) 江戸アケミ死後の1993年にリリースされた2枚組ベストアルバム。“財団法人じゃがたら”時代のシングル曲「LAST TANGO IN JUKU」に始まり、キャリア全時代から代表曲が選ばれているが、随所にアケミのライヴMCやモノローグも挿入され、オリジナルとはまた違った聴感を残す。またDisc 1:5~8、Disc 2:1は1989年ニュー・ミックス。
Disc 1 1. LAST TANGO IN JUKU* 2. でも・デモ・DEMO** 3. BABY** 4. クニナマシェ** 5. 裸の王様 6. もうがまんできない 7. ゴーグル、それをしろ 8. 都市生活者の夜
Disc 2 1. みちくさ 2. つながった世界 FUCK OFF!! NOSTRADAMUS 3. ある平凡な男の一日 A DAY IN THE LIFE OF A MAN 4. 中産階級ハーレム―故ジョン・レノンと全フォーク・ミュージシャンに捧ぐ― MIDDLE CLASS HARLEM 5. SUPER STAR? 6. そらそれ(MANTLE VERSION) 7. HEY SAY!*
*…財団法人じゃがたら **…暗黒大陸じゃがたら
暗黒大陸じゃがたら『南蛮渡来』 Original release: 1982.5 (MHCL-30793・¥2750 tax in) “暗黒大陸じゃがたら”名義で1982年バンド自身のレーベルUGLY ORPHANからリリースした1stアルバム。初期からのパンク的要素とのちの黒人音楽~アフロ要素が混在し、闇雲なパワーと危うさを孕んだ本作は、発表と同時に国内の代表的なロック・メディアから高い評価を受けた。本作のジャケット・デザインは再発の度に変更され全部で4種あると言われるが、今回のCDは初回発売盤LPに準拠している。Track 9、10はLP未収録。
1. でも・デモ・DEMO 2. 季節のおわり 3. BABY 4. タンゴ 5. アジテーション 6. ヴァギナ・FUCK 7. FADE OUT 8. クニナマシェ 9. 元祖家族百景 10. ウォークマンのテーマ
JAGATARA『裸の王様』 Original release: 1987.3.25 (MHCL-30794・¥2,750 tax in) “JAGATARA”として初のオリジナル・アルバムとなる2nd。アケミの精神的不調による休養を経て、前作『南蛮渡来』から5年後の1987年にバンド自身のレーベルDOCTOR RECORDSから発表された。ファンク・ナンバーを中心に長尺曲4曲で構成され、“和製アフロビート”と呼ばれるスタイルを確立した作品。 本作のジャケット・デザインは色違いで数種類存在するが、今回のCDは初回発売盤LP(青色)に準拠している。
1. 裸の王様 2. 岬でまつわ 3. ジャンキー・ティーチャー 4. もうがまんできない
JAGATARA『ニセ予言者ども』 Original release: 1987.12.10 (MHCL-30795・¥2750 tax in) 『南蛮渡来』、『ロビンソンの庭』(山本政志監督映画サントラ)に続いて1987年3枚目のアルバムとなった作品で、バンド自身のレーベルDOCTOR RECORDSからリリースされた。収録全4曲すべてアンセムと呼ばれるほどの充実度を誇り、���すます冴えわたるアケミの詞作と共にアフロ/ファンクを血肉化した安定期のバンドの自信漲る演奏を堪能できる。これが彼らのインディ時代最後のアルバムとなった。
1. 少年少女 2. みちくさ 3. ゴーグル、それをしろ 4. 都市生活者の夜
JAGATARA『それから』 Original release: 1989.4.21 (MHCL-30796・¥2750 tax in) 満を持してBMGビクター(当時)から1989年にリリースされたメジャー第1作。ジョン・ゾーン、ハムザ・エル・ディンら海外勢も含む多数のゲストが参加。一部録音とミックスをパリで行い、ミキシング・エンジニアにはゴドウィン・ロギー(アスワド、キング・サニー・アデ他)を起用。音楽的にはカリプソ、ヒップホップ、フォーク等の要素も交えた多彩にしてゴージャスな作風となったが、後の瓦解の予感も忍ばせる。CDデザインは初回発売盤LPに準拠している。前回CD発売時未収録だったシングル曲「タンゴ(完結バージョン)」を追加収録。
1. TABOO SYNDROME いっちゃいけない症候群 2. GODFATHER 黒幕 3. BLACK JOKE 気の効いたセリフ 4. CASH CARD カード時代の幕開け 5. つながった世界 FUCK OFF!! NOSTRADAMUS 6. ある平凡な男の一日 A DAY IN THE LIFE OF A MAN 7. 中産階級ハーレム―故ジョン・レノンと全フォーク・ミュージシャンに捧ぐ― MIDDLE CLASS HARLEM 8. ヘイ・セイ!(元年のドッジボール) HEY SAY! 9. タンゴ(完結バージョン) TANGO(COMPLETE VERSION)
JAGATARA Profile 1979年、江戸アケミ(vo)を中心に“エド&じゃがたら”として活動開始。 その後“財団法人じゃがたら”“暗黒大陸じゃがたら”等改名を重ね、1986年頃より“JAGATARA”に固定。 初期のライヴではアケミがステージ上で全裸になり流血、ニワトリやヘビを食いちぎる等の奇矯なパフォーマンスが一般誌でも報道され悪名を馳せる。 1981年のOTO(g)加入前後よりシリアスに音楽を追求する姿勢に方向転換。 アケミの精神的不調による活動休止(1984~86)を挟み、1989年『それから』でBMGビクター(当時)よりメジャーデビュー。 その後も旺盛なライヴ/レコーディング活動を展開したが、その矢先の1990年1月27日、アケミが不慮の事故で急死し、活動休止。 その後もナベ(b)、篠田昌已(sax)とメンバーの物故が続くが、OTOを中心に存命メンバーが折に触れて集結しライヴを行う。 アケミ他界から30年目となる2020年1月、“Jagatara2020”として新曲を含むCD『虹色のファンファーレ』を発表、豪華ゲストを多数交えて敢行した復活ライヴは大反響を呼んだ。 その後コロナ禍により活動休止を余儀なくされたが、2022年夏には橋の下世界音楽祭(愛知県豊田市)に出演、2年半ぶりのライヴ復帰を果たした。
*おことわり JAGATARAがかつて発表した楽曲の一部には、現在では不適切と思われる歌詞内容を含んでいるものがあり、お客様によっては不快に感じられることがあるかもしれません。しかし、それらは当時の時代背景の中で、ヴォーカリストの故・江戸アケミをはじめとするJAGATARAのメンバーが、弱者・マイノリティーの立場から真摯に生み出した表現であることを鑑み、当時の内容のままで発売いたします。ご了承ください。
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以下引用
「PC用の外付けドライブを出してどうするの?」
なんて、思われるのも無理はありません。でも、違うんです。実はこれ「スマホ用のドライブ」。パソコン不要(転送ケーブルも不要)で音楽CDを直接スマホに音楽を取り込めちゃうよ、というドラえもんのひみつ道具みたいなやつ。
これが、ホントに簡単なんです。スマホとWi-Fiで接続できて、わずか数ステップで音楽CDがスマホへと転送できちゃう。
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