#飲酒運転撲滅
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takaoito · 2 years ago
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【鬼はどこに住んでいる】昨日は節分。「飲酒運転根絶フォーラム2023」が開催されたサンレイクかすやへ。主催の「はぁとスペース」山本美也子さんとは、共に飲酒運転根絶を進めているいわば同志。11年前、まだLED照明もついていなかった福岡タワーに「0ゼロ」を点灯させたとき以来のお付き合いだ。そんな美也子さんを慕い応援しようと多くの人々が集った会場。「華太鼓」のみなさんによる、飲酒運転撲滅向けた気合いの和太鼓演奏。そして支援者のお一人「愛しとーと」の岩本初恵社長より、寄付金の贈呈と「生きる」をテーマにした講演が行われた。2006年8月25日、福岡市東区の海の中道大橋で幼い3人の命が奪われる悲惨な飲酒運転事故が発生。当時日本で最も飲酒運転事故が多かった福岡県。そんな飲酒運転事故の悲しさを一番知っているはずの福岡県で、なぜ未だ飲酒運転がゼロにならないのか?その解決策はないものか?そんな議論から生まれた一つの気づきがありました。もし自分の愛する人がドライバーを見守っていたら、お酒を飲んで車を運転しようとする人の心に大きなブレーキがかかるのではないか。悲惨な運転事故が減らせるのではないか。そう、お酒や車が悪者ではない。お酒を飲んでハンドルを握ってしまう、人の心に住む「鬼」を退治しなければならないのです。そんな気づきが生んだ一つのプロダクトがあります。私の研究室と、廃材のセレクトショップ「マテリアルマーケット」そして飲酒運転撲滅運動NPO法人はあとスペース」が合同で企画した、ダッシュポードにマグネットで着脱できる、キューブ状の小さな木製フォトフレーム『issho (イッショ)』です。 ぜひあなたの愛する人・大切な人やペットの写真を入れて一緒にお出かけしてください。大切な人といつも一緒でいることを忘れないために!自分の心に住む鬼を退治するために!発売開始から今年2年を迎える『issho』。「MATERIAL MARKET オンラインストア」で販売中です。 <MATERIAL MARKET オンラインストア> https://materialmkt.buyshop.jp/items/50682980 #飲酒運転撲滅 #飲酒運転根絶フォーラム2023 #はぁとスペース #山本美也子 #愛しとーと #岩本初恵 #和太鼓 #華太鼓 #宝船輪光 #博多高校 #粕屋町 #福岡県庁 #福岡県警 #MATERIALMARKET #久保哲也 #久保睦 #木製フォトフレーム #issho #イッショ #九州産業大学芸術学部 #九芸 #ソーシャルデザイン学科 #希望はあちこちに転がっている #findhopetourはじまる #授業と呼ばずツアーと呼ぼう (サンレイクかすや) https://www.instagram.com/p/CoOAft2Swpq/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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kennak · 7 months ago
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飲酒運転して懲戒免職にならないのが不思議。 飲酒運転撲滅を呼びかけてるのに警察官は飲酒運転しても一ヶ月の停職で済むんですね。 そこに驚いた
「ダブル不倫」の警察官男女2人を減給1ヵ月の懲戒処分 勤務時間中に交番で性行為「自分のことしか考えられなかった」(ABCニュース)のコメント一覧 - Yahoo!ニュース
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kijitora3 · 1 year ago
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飲酒運転はどんなに軽微でも実刑で最低懲役5年 人が傷ついたら最低15年 人が死んだら無期懲役ぐらいにするべき
酒飲んで運転する奴らは、人をひいても仕方がない、ぐらいにしか考えていない そういう輩が後悔するぐらいでないと刑罰の威嚇効果がない
いくら厳罰化しても酒を煽って運転するゴミは���を絶たないが、せめてそのゴミの人生を終わらせるぐらいの刑罰を課さないと殺された者たちが浮かばれない
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mxargent · 1 year ago
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
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“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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mikilight · 5 months ago
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糸島市 飲酒運転撲滅モニュメントが完成しました
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飲酒運転を撲滅しようと、福岡県糸島市に飲酒運転の事故による犠牲となった市出身の女性などをモデルにしたモニュメントが設置されました。 6月22日に糸島市泊の交差点で除幕式が行われ、飲酒運転による事故の犠牲者の遺族などが幕を取り除くとモニュメントが姿を現しました。 モニュメントは、右手を差し出して腰掛けている女性としば犬が表現され、近くの石碑には「君たちを忘れない」と刻まれています。
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tomoyoshi-abe · 8 months ago
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春の交通安全県民運動
「こどもが安全に通行できる道路交通環境の確保と安全な横断方法の実践」 「歩行者優先意識の徹底と「思いやり・ゆずり合い」運転の励行」 「自転車・電動キックボード等利用時のヘルメット着用と交通ルールの遵守」 「飲酒運転の撲滅」 を掲げ、県内各地で様々な取組を実施します。 また、運動期間中の4月10日(水曜日)は、「交通事故死ゼロを目指す日」として、交通事故防止のための広報啓発活動を実施します。 以上の文章は、福岡県が発表した春の交通安全県民運動の実施要領の一文です。 この時期は、みなさんもご存知の通り、入園・入学の時期で初めて通園・登校する 子どもたちがいます。なれない道、大きなランドセル、お友達との楽しいおしゃべり、 大人たちは、しっかりと子どもたちを見守っていきたいものですね。 この笑顔をなんとしても守り通す、そんな想いを持って車・バイク・自転車を運転してほしいですね。 皆さんの安全意…
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4o314 · 1 year ago
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みんなーー!!!ひっさしぶりーーー!!!20日も空いてもうたーー!!!!ほぼ1ヶ月。笑
ちょっと休みとか諸々取れず有難く忙しくさせて貰ってたから、中々来れんかった!!返信は辛うじて頑張っとったけどな。笑
んで、俺は何が書きたかったんやろ、。さっきまでこれ書こうって思ってた内容があってんけど、むっちゃ今ど忘れしてもうた。やから、近況っていうか最近気付いたことでも書いとくわー!!俺、最近生きててむちゃくちゃ思うんがさ、幸せを勝ち取るためには何か犠牲にせなあかんのやなって感じてて。急にどうしたん?って感じやねんけど。笑 ん、みんながみんな誰も傷つかへん幸せってきっとないんやろなって。俺も今むちゃくちゃ幸せやねん。やけど、その反面苦しんどることもある。人生やってそうやんか!!楽しいこと嬉しいことでは成り立たへん。辛いこと悲しいことがあるからこそ豊かになるわけやから。それと同じで幸せも苦しみと共存することによって、幸福度が上がるんかなーって。そんな深いようで浅い、浅いようで深いことを考えてたんよな。笑 まぁ何が言いたいか言うたら、みんなは周りのこと考えんでええんやで!!ってこと。自分の幸せは自分で勝ち取るもんなんやから、この選択肢を取ったら自分は幸せになれるけど誰かを傷付ける苦しめてしまうかもしれんって時が来るかもしれん。そしたら、自分が幸せになれそうな道を信じて突っ走って。絶対その方が幸せになれるからー!!!俺もちゃーんと突っ走って、守りたい人を守るし傍にずっと居たい人の傍に居っとく。今日はそんなことを思いながら、泣いたり笑ったり忙しい1日を過ごしとったわ。笑 泣くのも悪くないぞーー!!!俺やって、泣くんやから。我慢する方がよっぽど悪いって俺は思っとる!!つって、あんま言いたいことを上手く言葉にはできんかったけど、もし読んでくれた人が居るならそれぞれで感じ取って好きな解釈で受け取っとって。それが大大大正解になるからさ。笑
てことで、次は俺と流星と康二と優馬の入所日かな。その日までドロンっ!!!
あっ、そや��今、飲酒運転撲滅のPRとして警察署とか交番のとこにこうやってポスター貼ってもらってます!!!みんなも見かけたら、俺居る、飲酒運転はあかんよなって思ってもらえれば幸いです。笑
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- 写真提供 姉ちゃん -
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kokoronomamani74-blog · 6 years ago
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おはようございます。 スマホながら運転 タバコながら運転 飲酒運転 ほかにも色んなことしながら慌てて運転 ダメですよ❗️ あなたの帰りを待つ家族や、あなたを必要とする人に迷惑がかかります。 被害に遭う方にも人生があります。 どうか今週も当たり前の幸せの為に 【安全運転】 で過ごしましょうね。 #ひろしま整骨院 #広島 #安佐北区 #安佐南区 #安芸高田市 #可部 #三入 #整骨院 #可部の整骨院 #整体 #24時間ネット予約可能 #交通事故のむちうち #自賠責保険対応 #飲酒運転撲滅 #スマホながら運転撲滅 https://hiroshima-seikotsu.com 広島市安佐北区三入3-3-28 ☎︎082-818-7017 予約制 (ひろしま整骨院) https://www.instagram.com/p/Bs355kaHD4z/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=c7dwpjkmct38
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dadnews · 3 years ago
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小田島数幸さん 飲酒運転撲滅 生徒に訴え続け 一家5人死傷 教え子亡くした砂川高・小田島校長 「自らを律する大切さ」説く 定年退職前に振り返る [北海道新聞] 2022-03-24
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takaoito · 3 years ago
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【今朝の西日本新聞に】 今朝の西日本新聞に「issho」の記事が掲載されました(顔大きすぎて恥ずかしいです….汗)。あらためて、社会に伝わるところ、社会に広がるところまでデザインするのが、ソーシャルデザインだと実感しています。田中さん取材ありがとうございました。今までありそうでなかったソーシャルグッドプロダクト「issho」。高齢者のドライバーや、赤ちゃんが生まれたばかりのご家族へのギフトでも人気です。マテリアルマーケットのオンラインショップ以外に、大濠公園『&ローカルズ』東区土井の『はぁとcoffee』でも販売中ですので、実際に実物を手にとってみていただけたらうれしいです。さぁ!大切な人をいつもいっしょにセーフティドライブを。 今年の8月25日に撮影した「TEAM ZERO FUKUOKA」による飲酒運転啓発動画『つながる想い』が完成しました。こちらもぜひごらんください。   ↓ <TEAM ZERO FUKUOKA つながる想い> https://www.youtube.com/watch?v=JrTqQmzghy8 #いつも大切な人と走っている #ソーシャルグッドプロジェクト #socialgoodproject #飲酒運転撲滅 #飲酒運転抑止 #危険運転抑止 #セーフティドライブ #プロダクト #どこでもフォトフレーム #issho #イッショ #西日本新聞 #TEAMZEROFUKUOKA #つながる想い #九州産業大学芸術学部 #九芸 #ソーシャルデザイン学科 #マテリアルマーケット #廃材じゃなくなる日 #はぁとスペース #はぁとcoffee #アンドローカルズ #限定100個 #授業と呼ばずツアーと呼ぼう #希望はあちこちに転がっている #findhopetour #findhopetourはじまる #homebase (マテリアルマーケット) https://www.instagram.com/p/CUqoKKuBi2n/?utm_medium=tumblr
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kennak · 2 months ago
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1時間で5本は早すぎる
[B! 車] 【飲酒運転撲滅】記者が酒を飲んで運転を体験 コーンに接触して引きずる 何度も脱輪「異常な状態に気づかず」福岡|FBS NEWS NNN
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69poem · 5 years ago
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誰かに撮って欲しかった 俺が居ない(笑) #奈良県 #近鉄百貨店 #橿原 #大和八木 #催事 #イベント #夏休み #こども博 #皮ジャン #瞑想 #気 #お名前ポエム #心葉 #ロックな詩人ツヨシ #名言 #飲酒運転 #ダメ絶対 #撲滅 #奈良県警 #啓蒙 #行列 #本人不在 https://www.instagram.com/p/B03xAq4nQvl/?igshid=l2nbrlq8b4sv
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f1atblr · 4 years ago
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Amazonで「鬼滅の刃」のコミックを買ってしまったのに、どうしても読み始める気になれない。 人生 pato2020/12/21 3.9万 メルマガ登録facebookページ 「鬼滅の刃」が絶好調だ。 あえて説明する必要もないが、劇場版の興行収入がえらいことになっていたり、単行本の売り上げがドえらいことになっていたり、最終巻を求めて長蛇の列ができたり、めちゃくちゃ転売されたり、わけわからんコラボグッズが出たり、とんでもない状況だ。 見ると、町ゆく子どもたちのマスクまでどこかで見たような柄のものになっている。 これはもう社会現象と言っても過言ではないのだろう。 この「鬼滅の刃」はすごい。 たぶんどえらい作品だ。 そんなもの詳しくなくても分かる。 ただ、「たぶん」と表現しているのは、実はまだ観たことがないからだ。 そう、僕はこの作品に全く触れていないのだ。 原作も見てなければアニメも見ていない。もちろん劇場版も見るつもりはない。 やはり、たとえ末端といえども文章を書いたりして表現活動をしている者として、こういった作品は必ず抑えておく必要がある。 社会現象は多くの人に暗黙のうちに共有される事象であり、それをもとに表現をしていくことは基本中の基本だからだ。 そういった意味で必ず読まねばならない作品なので、単行本を全巻、近所のヴィレッジヴァンガードで購入した。 最終巻もつい先日、Amazonから届いた。 それらは威風堂々と本棚に並んでいる。 だからいつでも読める状態ではあるのだ。ただ、それでも僕は読まない。 様々なメディアから嫌でも流れてくる「鬼滅の刃」の情報は、この漫画が確実に面白いことを物語っている。 おそらく、読めばはまる。めちゃくちゃはまる。泣く。グッズ買う、コラボグッズも買う、劇場にも何度も足を運ぶ、「ストロングゼロの呼吸」とか言い出す。 それくらいドはまり間違いなしだ。それはわかりきっている。けれども、どうしても読み始める気がしないのだ。 「新しいものはしんどくてなあ、おっちゃんはもうこれだけだよ」 鬼滅の刃と対峙すると、あの時、そう言ったおっさんの言葉が思い出されるのだ。 あれは小学生の頃だった。 ちょうど、鬼滅の刃に夢中になっている現代の小学生と同じように、僕たちはビックリマンチョコに夢中だった。 シールだけ入手してチョコを捨てる子どもが続出し、社会問題になった時期だったと思う。 当時、うちの母親はアル中だった。 学校を終えて家に帰ると、彼女はだいたい飲んだくれて眠っていた。 彼女はちゃんとしているときとアル中状態な時の落差が激しく、普段は元気でちゃきちゃきしているのに、いったん闇の領域に足を踏み入れるとそれが長く、そして重かった。 いま思うとなかなかにひでー家庭環境だなと感じるけれども、当時の僕はそれが普通だと思っていた。 ただただ、今日の夕飯はどうなるんだろう、弟にも食べさせないと、また父親が帰ってきて夫婦喧嘩になったら嫌だな、ということだけを考えていた。 ある日のことだった。 いつものように学校から帰ると、やはり母親は飲んだくれて眠っていた。 昼間だというのに居間は暗く、酒の匂いに満たされていた。 いつもなら、やはり同じように夕飯の心配をして、僕と弟が夜に食べるものあるかなと冷蔵庫を開けるのだけど、その日は少し様子が違った。 台所をゴソゴソしていると、母親がやってきたのだ。 酒の匂いをプンプンさせて亡霊のような佇まいでやってきた。 足元はおぼつかず、あまり呂律もまわっていないようだ。 当時はそういうものだと思っていたが、大人になってやっとわかる。 相当の量を飲んでいないかぎりこうはならない。 「ごめんね、ごめんね」 母は泣きながらそう言った。 そして、ボロボロになった財布からこれまたしわくちゃの千円札を数枚取り出して言った。 「これでお酒を買ってきてほしい」 一線を越えたな、子ども心にそう思った。 これまではどんなに追い込まれても自分で準備した酒を飲んでいたようだった。 バレバレだったが、隠れて飲んでいるという体裁だけは保っていたのだ。 それが、ついに子どもに酒を買いに行かせるまでになったのだ。 彼女もまた相当に追い込まれていると感じたし、確実に何かを踏み越えて未知の領域へと入り込んだと感じた。 彼女は彼女で苦しかったんだと思う。 「いいよ、買ってきてやる。なんてやつ買えばいい?」 僕は彼女のことをかわいそうに思った。 だから、千円札を受け取り承諾した。 そして彼女は申し訳なさそうに付け加え��。 「鬼ごろしってやつを買ってきてほしい。1.8リットルのパックのやつ」 日本酒だったか焼酎だったか忘れてしまったが、当時は「鬼ごろし」という比較的安価な酒が売られており、彼女はその鬼ごろしのヘビーユーザーだった。 生まれ育った町は漁師町で、飲んだくれの多い風土だったけど、その飲んだくれたち御用達しの酒、それが「鬼ごろし」だった。 たしか緑と白のパッケージに何体かの鬼が水墨画みたいに描かれていたように思う。 そして相撲取りみたいなフォントでドーンと「鬼ごろし」とかかれていた。 それを買ってきてくれとのことだった。 千円札を握りしめて小走りに酒屋へと向かう。 なんだかすごく胸が痛かった。 正体不明に胸が痛かったのを今でも思い出す。 家から少し離れた場所に、駄菓子とちょっとした日用品を売っている商店と酒屋を合体させた店があり、この辺で酒を買うとなるとそこしかなかった。 正直なところ、あまり行きたくない場所だ。 店の前では、駄菓子屋パートの入口のところで同級生たちがビックリマンチョコに興じており、やれ、お守りシールがどうとか、箱の左側列の後ろから4番目にヘッドシールが入っている確率が高い、などと大騒ぎしていた。 「ビックリマン、入荷したらしいぞ! ひとり3個まで!」 僕の姿を認めた同級生が声をあげる。 当時はあまりにビックリマン人気が高すぎて、入荷すると大騒ぎになったし、個数制限が設けられていることがほとんどだった。 僕らにとって、あの40個だかのビックリマンチョコが敷き詰められた箱は煌びやかな宝石箱に近かった。 いつかは箱買い、そんな夢を抱いていたように思う。 「いや、買わないんだ」 それどころではないので、同級生の誘いを断る。 ビックリマンではなく鬼殺しを買わなければならないのだ。 彼らのことを無邪気だと思った。 親のことも夕飯のことも弟のことも、なにも心配せずビックリマンに興じることができる彼らを羨ましいとさえ思った。 お前らは親に頼まれて鬼ごろしを買いにきたりしないんだろうな、そう思うと無性に羨ましかった。 駄菓子屋パートの入口を通り抜け、酒屋パートの入口に向かう。 ガラガラと立て付けの悪い引き戸を開けると、思った以上に大きな音がした。 その音を合図に、中にいた大人が一斉にこちらを見た。 この酒屋は、角打ちという形態をとっていた。 今で言うところの酒のイートインみたいなシステムだ。 酒屋なので酒を売っているのだけど、ちょっとしたカウンターが備えられていて、買った酒をその場で飲めるようになっていたのだ。 はやい話、酒屋と立ち飲み屋が合体したスタイルだ。 前述したように、生まれ育った街は漁師町で、朝の仕事を終えた漁業関係の人が昼間っからこの角打ちで飲んだくれていた。 おまけに、酒屋の店主がなかなかセクシーなマダムだったので、多くのおっさんがそのマダム目当��に通っていた。 僕らが店の周辺で遊んでいると、この酔っ払いたちが絡んできて冷やかしたり、怒鳴ったり、立ちションしたり、あまりいいものではなかったのでこの酒屋パートにはあまり近づきたくはなかった。 ただ、今日は違う。 鬼ごろしを買うために入らねばならないのだ。 「おやおや、お酒ですかな? まだ早いぞー」 南海ホークスの帽子をかぶったおっさんが冷やかすように声をかけてきた。 これだからこの場所は嫌いなのだ。 同時に周囲の大人たちがドッと涌き、からかうように笑った。 「おれは中学から飲んでたぜ」 「本町の沢田は小6かららしい」 「あいつは嘘つきだ」 そんな、田舎町のくだらない大人にありがちな謎のマウント合戦が繰り広げられた。 「鬼ごろしをください!」 そんなおっさんどもは無視をして、カウンターの奥でクソ細長い魔女みたいなタバコをふかしているマダム店主に注文した。 「お、鬼ごろしか!」 「あれはいい酒だぞ」 「俺の血液は鬼ごろしでできている!」 また、やいのやいのと冷やかし、囃し立てるおっさんたち。 特に南海ホークスのおっさんはひどくて、歌舞伎っぽい独自の鬼ごろしポーズを「鬼ごろし!」と叫びながらコミカルに決めて見せた。 また、ドッと店内が湧いた。 「1.8リットルのパックにやつください。いくらですか?」 おっさんどもを無視してマダム店主に詰め寄る。 マダムは酒の棚からそっと位牌でも取り扱うような手つきで1.8リットルパックの鬼殺しを手にした。 「おつかいかなー? お父ちゃんが夜に飲むお酒かなー?」 南海ホークスが囃し立てる。 僕はキッと睨みつけて言い放った。 「違います。お母さんのやつです。もうお酒を飲まないと何もできないみたいなので」 僕の言葉に、店内の時が停まった。 あれだけ囃し立てる笑い声���、凪のように止まったのだ。 「お母ちゃんが……?」 南海ホークスが急に真剣な顔つきになった。 かなり深刻な空気が流れた。 それから、ご飯はどうしてるだとか、それ以外の家事はどうしてるだとか、そんなありきたりな質問が続いた。 「絶対にダメだ、そんなのダメだ。おい、売らないでくれ」 南海ホークスがマダムにそう告げる。 面倒なことになった。いいから売ってくれよと思った。 現代では、たとえお使いであっても子どもに酒を売ってくれることはない。 けれども当時は当たり前のことで、子どもがお使いで酒を買うなんてそう珍しいことではなかった。 だから急に深刻なトーンになってしまったことに戸惑いを隠せなかった。 「いいから売ってくださいよ、鬼ごろし」 そう懇願するが、南海ホークスは引き下がらない。 ゆっくりと首を横に振った。 「ダメだ」 確固たる信念みたいなものを感じる勢いだった。 そもそも売る売らないは店主であるマダムの権限で、南海ホークスはただの客だ。 なんの権限もないのだが、それでも絶対に売らないという鬼気迫るものを感じた。 雰囲気からなんとなく他の客や南海ホークスが言いたいことが分かった。 おそらく、母ちゃんがアル中気味であることが良くない、と言いたいのだ。 家庭をほっぽり出し、子どもをほっぽりだし、潰れている、そんなやつに売ってはいけない、みたいなことを言いたいのだと思う。 けれども、家庭をほっぽり出して酒に飲まれているのは、昼間から飲んでいるここの面々だって同じだし、彼女だけが酒に飲まれてはいけないなんて理由はない。 みんな等しく苦しいし、酒に逃げたく思うのかもしれない。 この世で母親だけがそうなってはいけないなんて理由はないはずだ。 母親だって苦しいのだ。 「鬼ごろし売ってください。母さんだって苦しいんです」 母親がそうなるのは良くない、みたいなありきたりのセリフを言われる前に先回りしてそう告げた。 何が良いのか、何が悪いのか、わからない。 ただ、彼女のために鬼ごろしを買わねばならなかった。 南海ホークスは首を横に振った。そしてゆっくりと口を開いた。 「いいか、酒に飲まれて潰れる、それが良くないことなんてここにいるみんな分かってる。だから俺たちがお前のお母さんにとやかく言うつもりも資格もねえよ。みんな酒に飲まれたい。苦しいからな。ただな、お前が買っちゃならねえ」 南海ホークスは真っすぐと射抜くような視線をこちらに向けていた。 「お前が買うとな、大きくなった時、自分も加担したって後悔するんだ。これからお前の母ちゃんがもっと酷くなるかもしれない、病気になるかもしれない、取り返しのつかないことになるかもしれない。その時に、あの時、酒を買って加担したのは自分だって後悔する」 その言葉は、なんだかずっと感じていた違和感みたいなものの答えだったようだった。 僕は、ただただ泣いた。 ダムが決壊したかのように、声を押し殺してずっとずっと泣いていた。 何を思っていたのだろか母が可哀想だったのだろうか、自分が可哀想だったのだろうか。いまとなってはよく分からない。 結局、鬼ごろしは売ってもらえなかった。 ただ、南海ホークスをはじめとする面々が、依存になりにくく、それでも満足する酒を選ぼうとということになった。 ビールがいいだとか、酎ハイみたいなものがいいだとか、そんなことを真剣に話し合っていたと思う。 とにかく、鬼ごろしは良くない、あれは鬼を殺すのではなく鬼を作る酒だ、そう言っていた気がする。 もちろん、選ぶのもおっさんたち、金を出すのもおっさんたち、お前が加担したことにはならない、そういってビニール袋を渡された。 「これを飲ませれば大丈夫だ」 おっさんたちは本当に真剣に相談していた。 負担なく、依存なく、それでいて満足いくもの、たぶん、弱めの酒を選んでくれたんだと思う。 母は鬼だったのかもしれない。 でも、これを飲めばいつかきっと良くなるはず。 この酒は鬼を倒すためのものだ。 そう信じ、ビニール袋を抱えて来た時よりも足早に家へと向かった。 居間にはまだ酒の匂いが充満しており、闇のように真っ暗だった。 3枚くらいの布団がぐちゃぐちゃに折り重なったその奥に、鬼がいた。 「これ、いいらしいから飲みな」 そう言って渡す。 おっさんたちが選んでくれたのはビンだった。すこしボテッとしたビン、暗すぎてラベルは見えない。 「ごめんね、ごめんね」 母はそう言って蓋を開け、一気にかっこむ。 よほど飲みたかったらしい。 「いいから、いいから」 そう言った瞬間だった。 ブホーーーーー! 母は、ちょっとノリの良いマーライオンみたいに口に入れたものを吐き出した。 グレートムタの毒霧のように吐き出した。 なんだなんだ、あいつら毒でも���りやがったか。 そう思い、急いでビンのラベルを見る。 そこには衝撃的な文字列が並んでいた。 「めんつゆ」 酒ですらねえ。めんのつゆじゃねえか。 あいつらなに考えてるんだ。「めんつゆ」じゃねえか。 僕の記憶が確かならヤマキの「めんつゆ」だったと思う。 どうやらビールはダメだ、思ったよりアルコールが強いだとか、ああでもないこうでもないと議論するうちに迷走してしまい、最終的に「めんつゆ」になったようだった。 悪いことに、酒屋は日用品を売る商店と繋がっていたため、「めんつゆ」の在庫もあった。しっかりあった。 不思議なことに、あのあと、母は闇の領域に足を踏み入れることが減った。 そして、いつのまにか酒なんかとんでもないみたいな状態になっていた。 もしかしたら「めんつゆ」が効いたのかもしれない。 鬼ごろしではなく「めんつゆ」こそが鬼を殺す刃だったのかもしれない。 ストロングゼロが入ったグラスを傾けながら思い出す。 こうしておっさんになり、眠る前にストロングゼロを飲むようになってよく分かる。 苦しかった母も、南海ホークスも、あの時の僕も、みんなのことがよく理解できる。 それでも「めんつゆ」を選んだ経緯だけはちょっと理解できない。 あのあと、公園で遊んでいると、南海ホークスが箱を持ってきてくれたんだった。 「ほらよ、子どもはこういうのを買いに来るもんだ」 そういって、ビックリマンチョコを箱ごとくれた。 夢にまで見た宝石箱だ。 入荷してきたやつをマダムに頼み込んで一箱ゆずってもらったらしい。 満を持して、左の列の後ろから4番目のチョコを開封する。 キラキラのヘッドシールだった。 狂喜乱舞する僕に南海ホークスは言った。 「好きという気持ちはいいことだ大切にするといい」 その時の僕にはその意味が分からなかった。 本当に一箱まるまるビックリマンチョコが貰えることが信じられなかった僕は、妙に遠慮してしまい、半分はおっちゃんが持って帰って開けてくれと言った。 おっちゃんもビックリマン集めようよと提案したのだ。 僕の提案に対し、南海ホークスはチョップのように右手を前にだし小刻みに左右に振った。 「もう新しいものはしんどくてなあ、おっちゃんはもうこれだけだよ」 そう言って酒を飲む仕草を見せた。 その時から今に至るまであの時の南海ホークスの言葉の意味が分からなかった。 ただ、同じくらいの年齢になり、空前のブームである「鬼滅の刃」に対峙してやっとわかった。 そう、新しいものはしんどいのだ。 人でもモノでも、何かを好きになり、のめりこんで夢中になっていくことは幸福なことだ。 けれども、同時にそれらは色々なものを消費する。 気力だったり、体力だったり、経済力だったり、様々だ。 何度かそれらを繰り返してきた人のいくらかは、それ以上の摩耗に耐えられない瞬間がやってくる。 新しいものが受け入れられなくなってしまう。 それを老化と言ってしまえばそれまでだが、おそらくは防衛本能なのだろう。 みんな、何かを好きになり、何かに夢中になり、なにかに摩耗し、何かに失望し、何かに傷つけられてきた。 のめりこむことに対して待ち受ける結末は幸福でないことがままある。 それらを知った時、自分を守ろうとするのではないだろうか。 これ以上はきつい。そう思うのだ。 あの時、母は鬼だったのだろうか。 母も何かから自分を守ろうとしたのかもしれない。 摩耗の果てがそうだったのかもしれない。 ただ、そこで逃げる先がお酒だったのは少し可哀想なことだ。 「鬼滅の刃」に対峙した僕は、その気持ちがなんだかよくわかる。 きっと摩耗するの��。 だから読むのを躊躇してしまう。 好きになるのが分かりきっていて、もうあまり何かを好きになりたくないから。 「でもまあ、まだ酒に逃げるのは早いよな」 でも、僕はまだまだ大丈夫だ。 まだまだ何かを好きになる余地がある。 母のこと、南海ホークスのこと、あの日の自分、めんつゆ、それらを思い出しながらストロングゼロを飲み「鬼滅の刃 1巻」を手に取る。 ストロングゼロの呼吸! そう叫びながらページをめくる。 なにかを好きになることの大切さを噛み締めながら。
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tomoyoshi-abe · 9 months ago
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交通安全
『子どもでも分かるのに、大人が分からないなんて・・・』 突然ラジオから流れてきて、爆笑してしまいました。 ごもっともです。 FM福岡でやっている、飲酒運転撲滅キャンペーン 【JD共済 presents…
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nagako · 5 years ago
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2019.12.07 感が動くと思考がとまる。そしてDQウォーク
このところ、趣味の激辛料理摂取をやめている。うどんに七味、パスタにタバスコくらいは軽くエンジョイするものの、人体に戦いを挑んでくる種の凶暴なチャレンジメニュー=大好物とは距離をおくよう心がけている。
というのも、酒と激辛の大量摂取のおかげさまで順当に罹った逆流性食道炎が、悪化傾向にあるからだ。刺激物を摂ると、明らかにみぞおちと背中が痛む。酒も飲みすぎると、塩に触れたかすり傷のごとく内臓がひりひりする。
長年飼っている胆石が悪暴れしている可能性も否めない。みぞおちの痛みはまさしくその症状のひとつ。胆石の中には投薬治療できる種もあるらしいが、私の子らには薬は効かず、いよいよ暴れた場合は入院手術が必要となる。
その胆石や生活習慣の影響を監視すべく、毎年胃カメラとエコーの検査を欠かさずおこなっている。小心者の大酒飲みの激辛愛好家ゆえに、いつまでも容赦のない刺激を受け続けるための健康チェックには余念がない。
余談だが、血液検査と尿検査は毎月おこなう。その都度、逆流性食道炎とか食後血糖値症とか自律神経失調症とか頚椎椎間板ヘルニアとか貧血とか、いろいろな不備が発見される。そう羅列するといかにも体調不良のオンパレードだが、最近思うのだ。私、お医者さんに行き過ぎなのではないかと。
もう中年なのだからまったくの健康体であるはずがない。内臓にダメージを食らわせる生活習慣にも心当たりがあり過ぎる。加えてそう頻繁に病院に出向いていたら、何かしらの不備が見つかるに決まっている。
健康診断を受けずに、突然大病を患い、こまめに受けておけばよかったと後悔したという話をよく聞く。それを避けたい一心でこまめにチェックしているわけだが、そもそも病気の原因となる生活習慣を改善する気がさっぱりないのはどういうつもりなのだろうか。
しかしそう鷹揚に構えているわけにもいかなくなった。今年は内視鏡等の診断結果が悪く、いよいよ明確に食道ガン予備軍と宣告されてしまった。さすがに反省し、先々月はとり急ぎ1週間アルコールをぬき、激辛とカフェインも控えた。
結果、食道の調子はすこぶる良くなった。が、困ったことに、頭がまったく働かない。集中力が低下し、原稿が書けない。単語は出てきても、文脈がまとまらない。6時間かけてなんとか記した文章は、たったの2行だ。
数年前までは、蒙古タンメン中本の北極10倍辛を汁まで食らって平らげた後、日中はコーヒーを、夜は焼酎をがぶ飲みながら1晩で2万字書いてた。それが一転、ひたすらに脳がもじゃもじゃして2行しか書けないのだから、廃業まっしぐらだ。
2年半前に煙草をやめたときもそうだった。煙草を吸いながら原稿を書く習慣がセットになってしまっていたせいで、片方を禁じたらさっぱり書けなくなってしまった。禁煙直後は、それまで2日で終えていた文章量の執筆に2ヶ月かかった。
それはいわゆるニコチン依存症の離脱症状で、ニコチンによって脳内に日常的に大量分泌されていた快楽物質ドーパミンが欠乏することにより、イライラしたり、怠くなったり、無気力になったり、眠くなったり、集中力が低下したり、抑うつ状態に陥ったりする。
アルコールもドーパミンをじゃんじゃん分泌させる。激辛のカプサイシンは脳内麻薬エンドルフィンをじゃんじゃん誘発する。疲労や眠気の受容を邪魔するカフェインも含め、様々に多幸感溢れる脳内分泌物によって散々鼓舞され、覚醒し続けた我が脳は、今、ドーピングを失い、すっかり鈍化した。
それまで酷使してきた疲労も蓄積されているのだろう。自ら動く力が弱まっている。我が脳は、いうなれば脳内麻薬の人参がなければ走れない馬。私は脳の持ち主のはずなのに、その分泌物に行動を制限されるとは情けない。
諸々の依存は、人間の意志や思考を無視して人間を支配する。身体にもダメージを与える。私は煙草の吸いすぎによって肺気腫になったし、酒と激辛の摂りすぎによって逆流性食道炎になった。なんとわかりやすい構造だろうか。わかっているのになぜ先にやめないのか。
呆れ果てながらも、身体からのダメだしを受けて、なんとか生活習慣の改善を試みる。禁煙を続け、激辛を避け、なるべく消化の良い食べ物を摂取する。コーヒーも常飲をやめ、外食ランチのときに1杯だけ飲んでいいご馳走方向へと切り替えた。
ところが、酒だけがやめられない。強敵。我慢できても、がんばって1週間。その後はご褒美とばかりにまた飲み出す。もっぱら焼酎の緑茶割りを飲んでいるのだが、緑茶もカフェインを含むわけだからコーヒーのみご馳走扱いしても意味がない。
さらに困ったことには、頭がクリアになってしまうのだ。依存のメカニズム上、本当は鈍重化を促進させているのだが、頭が軽くなり、気も晴れるような錯覚が生成され、調子がいいぞと脳が騙される。主治医曰く「酒はうつ症状の素。陽気になるのは脳が騙されてるだけ」とのこと。
アルコール依存の仕組みはひととおり理解している。支配されているだけで、心身ともに良いことなどないと承知のうえである。しかしながら酒を飲むとするする文章が書けてしまう。まじでただのドーピング、ヒロポンさながら。
コーヒーを飲むと、如実に頭が冴える。錆びて動かない思考の���車が回転し始める。カプサイシンを摂ると急に霞のかかった脳内がクリアになる。気力活力ともに大充実。しかし食道は痛む。再び2、3日、それらを抜いて調子を整える。
ノンカフェイン、ノンアルコール、ノンカプサイシンの日々は憂鬱で、脳のひだというひだに灰が詰まったみたいに頭が重い。それも偏にカフェイン、アルコール、カプサイシン、かつてはニコチンがもたらした後遺症に他ならないのだから、ただの因果応報だ。
最も困るのは、私の意志や思考の許可なく、動きだしてしまう「感」である。脳内麻薬も、私の人体内の活動であるにも関わらず当の私の許可なく私を支配するが、感情や感覚もまた、私の意志や思考を無視して勝手に反応するのでうんざりする。
テレビで見かけた、親子の断絶とお涙頂戴の仲直りのような予定調和を斜めに見ながら、まじでくそくだらないと心底軽蔑している最中、なぜか、号泣している。頭は、感動ポルノなんか消滅してしまえと思考しているのに、身体はそれを無視して嗚咽を漏らしている。
Netflixで延々と映画やドラマを見続けて、頭では分かりきっているフィクションの設定に対し、脊髄反射的に激怒し、大笑いする。お笑い芸人さんにガチ恋してYouTubeを漁るうちに、おまえ本当にガチ恋してるけど大丈夫か、と自問自答することさえ忘れ、ただひたすらに漁り続ける。
買い物に行けば、すれ違った幼い子供を見て、子供を産まなかった自分の人生を、がらにもなく逡巡し始める。その選択には意味があった。理由もあった。何より意志がある。しかしそうした私の思考は棚上げされた状態で、感が動き、メランコリー質の戸惑いに心をとらわれる。
レジの長い列や混雑している病院の待合室で、公共のルールを守ってきちんと並んで順番を待とう、社会は自分の都合の良いようにできていないと考える一方で、なぜそんなにと理由を問いただしたくなるくらい激怒し、地団駄を踏みたくなる。ちょっとしたことで意味もなく喚き散らしたくなる。
他方、ふらっと立ち寄った手芸店で可愛らしいくるみのボタンを見つけたときには、本当は可愛らしいものが好きなのに照れて意識的に隠し、粗野な男みたいに凶暴に振る舞うペルソナを社会で機能させたわけだが、そんな設定どうでもいいくらい超可愛いなにこれ大好きと、激しいテンションで少女のごとく嬉々とする。ちなみに、後日見ると全然可愛くない。
ある日は、犬を見て泣いた。完全に情緒不安定である。これはおそらく、無情の灰の塊のように固まった脳に、私なのか、無意識なのか、脳自らなのかわからないが、何かが、刺激を与えて動かすべく、感情を故意に昂ぶらせにかかっているのではないかと推���する。
ならば、気に入らない。脳内分泌物質に支配され、思考が鈍った。その隙に感情がつけ入り、いよいよ思考が止まった。そして、感情に支配される。私の人体が、脳内物質と感情に乗っ取られている。そこには、私がいない。私の言動に、私の自己決定が反映されていない。その私とは、果たして誰だろうか。
脳内物質が分泌されるきっかけを作ったのは、私の嗜好であり、摂取したのは私の選択である以上、その不足による不調は自己責任の範疇にある。人体の一部に滲み出る脳内物質の分際で私を支配するのは気に入らないが、自分の言動の結果として理解はしている。
だが、感情は、私の所有物ではない。自分の心に湧き上がる感情や、外部の刺激を察知する感覚は、私と、他者や社会や外界との摩擦によって生成されるただの反射反応である。私サイドには、私に与えられた環境や経験より培った価値観や思想があり、それが様々なひと・こと・ものと遭遇し、ある感情がどこからともなく現れたり、五感の感覚が生まれたりする。
その感じ方には、個体差がある。私にとって嬉しいことを、悲しいと捉える人がいる。誰かにとって美味しいものも、不味いと思う人がいる。よって、こと・ものを主語に据えた形で、「そのことは嬉しい」「そのものは美味しい」という事実はこの世には存在しない。ひとを主語に、「そのひとは、そのことが嬉しい」「そのひとは、そのものが美味しい」が正解である。
時に、他者と同様であるとは証明し得ない自分の感情や感覚を、無自覚的に全世界の事実と取り違えたり、「感じ方」を根拠に自分とは異なる「感じ方」の持ち主を人非人として断罪したり、そうした「感じ方」「お気持ち」を故意に引き合いに出してファクトを捻じ曲げたりする人を見かけるが、そういう方々は自分と「感」と他者と世界の境界線が有耶無耶になっていると「感じる」。
私は境界線に意識的でありたい。感情は反射・反応でしかない。それを感��る素養や肉体は私のものであっても、相対するものがなければ発生しない以上、すべて私が所有するとは言い難い。
両者の接触より発生する性質を鑑みると、作用とでもいうべきか。翻って私の意志や思考や決定権は、私の所有物だ。それが正しかろうが間違っていようが知ったことではない。それらは私だけのものなのだ。
その大切な私の所有物が、ただの反射反応の作用である感情によって、ねじ伏せられている。無意味、無思考、無許可のまま、漫然と犬を見ただけでメランコリーに陥り、泣いてしまうようなことがあっていいのか。
ノンアルコール、ノンカフェイン、ノンカプサイシンの、ないない尽くしの毎日をぼうっとやり過ごして、それでいいというのか己よ。嫌だろうよ。
とはいえ、ここにきて感情がのさばっている状況にも因果はある。私には、物心ついた時から感情を「ただの反射反応」と小馬鹿にし、思考と理由と意志を執拗に言語化して愛でる癖がある。
子供の頃、感情が怖かった。うちは親の教育が��しかったので、親の意向に沿わない感情、つまり自我が芽生えると、「なにこの感情、勝手に生成されちゃってるけどすごい罪悪感。これを自由にさせておくとまた叱られる。迷惑」などと考えて、ありのままの自分を受容せず、感情を抑圧した。
親や先生の求める理想像になるべく、頭を使って演技した。それが結果的にのちの自分を苦しめた。その抑圧に対する仕返しが、今さらの感情のでしゃばりを誘発しているのではないか。
あるいは、私には感情の解放こそ必要であるとも考えられる。そういえば、思考を黙らせ、感情的な動物になるための装置として、大酒を食らっていたような節もある。
そして脳と身体、思考と感情などと、対立構造を煽って客観視する風情で、全部自分事という得意の独り相撲を楽しむ最中において、脳も身体も思考も感情もほどほどに仲良くするためには、どうすればいいのだろうかと、重たい脳で考える。
そういえば、昔主治医に「鬱々としたときは、有酸素運動を20分以上続けると、脳内麻薬βエンドルフィンが分泌され、スッキリするからやってみて」と言われ、それから週に2回、ジムのトレッドミルで早歩きウォーキングをおこなっていたのだった。
走るのは、嫌いなうえに頚椎ヘルニアのおかげさまで無理なので、早歩きで。普段も万歩計アプリを覗きながら、極力歩くように心がけた。ところが夏にジムが潰れてしまい、外出自体もあまりしなくなり、明らかに運動不足に陥っていた。
そうだ、歩こう。脳も喜ぶし、身体にも良い。脳が喜ぶと身体が悲鳴をあげ、身体を労ると脳が鈍化するこの状況を打開する策として、もってこいだ。好きな美術館や古着屋を巡ったり、都内近郊の海辺を散歩したりするのも良い。少し趣味に寄せてアレンジすると手放しに楽しいうえに、確かに頭もスッキリする。
しかし手軽な近所の散歩となると、飽きる。うちの周りは国道と住宅街と公園と団地と坂しかないので、行きたい場所がない。そうだ、あれだ、スマホの歩行ゲーム。ゲームを取り入れたら退屈せずに歩けるかもしれない。今、話題のやつなんだっけ。そうそうDQウォーク。
というわけで、ドラゴンクエストウォークに嵌る。ゲームも楽しいのだが、近隣を散策していると、思わぬところに美味しい豆腐店や絶景スポットを発見。周辺を地図アプリで検索すると、また知らないお店などが出てくるので、スマホ片手にせっせとレベルをあげながら右往左往している次第。
ただ一点、スマホを見おろす姿勢には難儀する。いわゆるスマホ首は、頚椎ヘルニアには大打撃なので、極力顔の前に画面を持ってきて操作し、歩き、立ち止まって操作し、を繰り返す。完全に不審者だ。しかもその歩き方ではウォーキングの効果も��減である。スカウターはまだか。
最後に、DQウォークしながら立ち寄った本屋で、酒がやめられない私のために神が遣わせた聖書を入手した。町田康先生の新書「しらふで生きる」。完全に天のお導き。勉強させていただきます。
というわけで、読み始める前に、アルコールとニコチンとカプサイシンとカフェインを摂れば半日もかからなかったであろうこの内容も目的も意味もないペラペラの��記を書くために、しらふで3日もかかったため、これを労い、今日は酒を飲んで良いことにする。作戦は「いのちだいじ」で、ほどほどに。
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dadnews · 5 years ago
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藤田陽一さん(左) 六ケ所村の新成人が飲酒運転撲滅などの誓約書を提出 [デーリー東北新聞] 2020-01-22
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