#蓮花瞑想
Explore tagged Tumblr posts
Text
「宮崎正弘の国際情勢解題」
令和五年(2023) 6月21日(水曜日)
通巻第7804号
中国が密輸するフェンタニルでアメリカ人7万人が死亡
これは中国がしかける対米アヘン戦争ではないのか
************************
ブリンケン国務長官の訪中は『歓迎』されなかった。赤絨毯の出迎えも花束贈呈もなかった。マクロン仏大統領訪中では赤絨毯、大歓迎の厚遇ぶりで習近平は上海にも付き合った。同時に北京にいたEUのフ��ンデアライエン委員長を送り出すときに一般ゲートで扱った。
米中の冷たい空気をほぐすなどと最初から無理な話だったが、コミュニケーションの維持だけが目的だったとすれば、ブリンケン訪中はとりあえずの時間稼ぎをしたことになるか。
中国の対米関係における五つのNOとは
(1) 新冷戦をのぞまない
(2) 体制転覆を求めない
(3) 中国に反対する同盟強化をのぞまない
(4) 台湾独立に断固反対する
(5) 中国と衝突する意思がないことを明確に
ブリンケンは秦剛外相、王毅政治局員、そして習近平主席と面談した。双方はお互いの主張を繰り返しただけ、事実上の成果はない。次は九月のインドにおけるG20,11月の米国におけるAPECで首脳会議が開催されるときに、おそらく米中首脳会談となるだろう。
最大の懸案は台湾防衛である。在台湾アメリカ人はおよそ8万人とされ、有事の際の待避計画が用意されている。王毅は「台湾問題ではまったく妥協の余地はない。悪いのは米国で制裁や脅威論が両国関係を悪化させたのだ。中国脅威論を言いふらすのをやめろ」と言い放った。
さてブリンケンが習近平と面談のおり、人民大会堂の会議室の真ん中に蓮が飾られていたことを記憶しておきたい。
蓮は「清心、神聖、離愛」を象徴する。仏陀は蓮の台座に座って瞑想した。習近平は蓮を飾ることによって、何を言外に語ろうとしたのか? 清心からほど遠く、人民大会堂は神聖な場所ではないから残るのは「愛が離れていく」ことしかない。
ブリンケンは中国を離れる前に記者会見を行い、次のことを言っている。
「人権、異常気象、環境対策、ウクライナなど幅広く議論した。米国は経済的に中国を追い込むことはない。中国の経済発展は米国の利益である。デカップリングではなくデリスキングに基づくのである」。
そしてブリンケンは、「フェンタニル問題で話し合ったこと」と言及したのである。
▼フェンタニル密輸でアメリカ人7万人が死亡。これぞ「アヘン戦争だ」
「アメリカ人18~45歳の死因のトップが、心臓疾患や癌、自動車事故、新型コロナなどではなく、フェンタニルだと知ったら驚く人もいるだろう」と米国メディアは報じた。
フェンタニルは米国で「チャイナガール」と呼ばれる。
だれもが知っている。中国からの密輸であることを!
米国に流通する違法フェンタニルの90%以上が中国から来ている。中国がアメリカに「アヘン戦争」を仕掛けていることになる。
5月30日、米国は「麻薬フェンタニルの密造に関与した」として、中国やメキシコを拠点とする8企業・団体と9個人を制裁対象に指定した。中国企業はフェンタニルの錠剤を製造できる機器を供給していた。
以前は国際郵便などで直接購入して捌くような売人が幅をきかせていた。
輸入管理強化や中国人に対する制裁措置などの対策を米国が講じるようになると、今度はメキシコの麻薬カルテルなどを経由してアメリカに違法フェンタニルなどが届くようになった。
結局、中国が違法薬物の輸出規制への協力を強化しないため、いつまでもアメリカに違法薬物が流れ続けている。
これをブリンケン国務長官は公式の場で中国に抗議したのである。
フェンタニルは患者の苦痛緩和鎮痛薬。中国起源の化学物質がメキシコで合成され、米国に大量密輸されている。モルヒネの50~100倍の効果がある。フェンタニルは合成オピオイドのことだが、オピオイドは、罌粟(けし)の実からから採取される有機化合物とそこから生成される化合物の総称。
さて日本の報道のあり方に一言。米中外相会談ならびにブリンケン習近経会談が一面トップだったが、その下に天皇陛下のインドネシア訪問でジョコ大統領と会談したニュースである。
順番が間違っていないか。日本の新聞はどこの国の新聞なのか。
3 notes
·
View notes
Text
対話劇
蒼鬱の遠景を夏の頭上に祈る姿は死んだ(はずだった)僕の惑いで敵うわけはなく
魔法使いの国を書きとめるしるしを集めるために、
クレシェンド、徐々に大きくなる死者の声
(ただ、走って!)
初夏のアレグロ、眠るきみの速度、引き裂いた羊皮紙、雪には名前がない、だから、
ただ銃を持つこと 「戦争があるんだって!(*)」 そう、きみは知らないから、
花と火でできた草原を走りながら、まだ僕は祈ることが出来る
睡蓮に 堪えきった翡翠に 海が空になるまで、都市が堕ちるまで、モルフォが殖えるから、
指先が花に氷るまで、羊の群れが透過する水平線になるまで 犬が僕を朗読する、
朗読する、喋らないで、唇が震える樹木になるから、僕に語らせて、愛についての戯言にすぎないから、
(それは夢の速度で?)
いや、滴り続ける唾液の悲しみを、憂う透明の唄がなぞり、逸らせるまで
(あ、つまり死んでしまうまでね)
(黙ってくれ)
腐乱した魔法使いの綺麗な息を燃やしてみたい、星座がわたしたちの喉に小さな傷を付け、手首のアンチ・フォビアに至るように。だから夢の速度で走りたくて、今日もきみの日記を夢見ていた
人が死なない国の困った子供が抱きしめる玩具は青白い夢の息を固めた死者のかたどりで、
花の樹海を惑い続けるぼくたちの夢に過ぎないのかもしれないが、とても綺麗に語りつづけている、身籠りを
その汚い言葉が、季節が変わることが夢のように響くから、まだ残響する色調の放物線を眺めていた
たましいの心臓の息、ふるえる鼠が書いた世界で一番美しい言葉、溶けてしまった氷が象っていた真理の形象、夜がかつて司っていた幸福な世界の時間、戦争が起きる、「ここでは祈ることさえ(*)」
(祈りはどこにでもあるでしょ)
(ふざけないでくれ)
(ありふれているから祈りなんでしょ)
…………
死者が憩う小さな首の草原、雪の名前、輝いた日の署名、「泣かないで、また唄うから」、母の生としての子宮の視界、嘘を付くまでの僅かな青、永遠に至る傷口の空のような青さ、不可思議な夢の青、臨界点の青、濁る十字架の青、青、青、青、青、青、青、あお、君の青、瞳の青、感情の青、愛情の青、情欲の青、死の青、青、青、あお、輝いた日の青、深い死の青、死んだ後の青、きみがぼくの死体を見る瞬間の青、青、青、あお、星の青、霧の青、夜の青、記憶が汚れることの青、損なわれないことの青、綺麗なものを燃やした時間の青、首をかしげた青、表情の青、速度の青、温かい青、冷たさ、これは僕だ、それらはすべて唄われる青、きみと並んでみた天空の青。
(これは僕のパラノイアに過ぎない?)
(きみが決めることだよ)
(じゃあこれは世界だ)
(もう死んでしまってもいいだろうか)
呪刻する死んでしまった魔法使いはもう僕の元には現れない。顕な蒼鬱の時刻、一角獣の時刻
モルフォ蝶はもう死ななくてもいいから、優しさを崩して途切れた記憶のフィルムを焼き直してまた夜を再構築する、
汚れた瞑想を吐きながら、墓の署名を上書きしながら
崩れる意味の恩赦をきみから得られるなら、臨界地の鳥みたいに飛べるから青い結晶をまた吐ける
空が注がれるからぼくの時間が夜になる意味、靴はもう亡くしたけど病の色で爆ぜるから、きみは絶対に死なないで。
火の記憶、出生の記憶、落丁の記憶、灰になるまでの静かな記憶、記憶、記憶、記憶、
(綴られたものがきみであるなら、きみは言葉なのか)
(僕はぼくのすべてであり、そのなかに響きがある)
(でも死んでしまうから、)
「千年の祈りを待つ天使の翼がもう燃えたのなら、この鳥たちは唄われる森になる! 地上の人々は愛を食べ、火を育て、氷る世界の霧になるだろう、それが死の隠喩であるなら、僕の言葉は愛の(ための)戯言だろう。だから朗読する速度で歩いている、痛くもかゆくもないふりをして、雪につつまれて、地上が消えるまで、墓所へ」
(そこには誰もいないよ)
・(*)が記載されているテキストはThe Cabsのリリックから引���しています。
0 notes
Text
各地句会報
花鳥誌 令和6年7月号
坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
………………………………………………………………
令和6年4月4日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
受験の子送りてしばし黙す父母 喜代子 うつうつも待つこと楽し花便り さとみ 初桜幾歳月や句座の道 都 野遊びのノスタルジーを胸に秘め 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月6日 零の会 坊城俊樹選 特選句
野遊の一人は高きハイヒール はるか 春愁の長き耳垂れ犬来たる 光子 譲ること大嫌ひなの半仙戯 同 ボール蹴る子に一瞬の花吹雪 美紀 ぶらんこを替つてくれず漕ぐばかり 瑠璃 花いつもさびしきところより散りぬ 緋路 大使笑ふ南麻布の花の昼 佑天 花冷のベンチに花冷のお尻 緋路 群青の絵の具は春の水に溶け 同 教会の桜は透けるほど白く 小鳥
岡田順子選 特選句
花に息ととのへてゐる太極拳 光子 鞦韆の蹴り寄せてゐる桜色 三郎 純白の肌着吊られて花曇 同 皆遠き目をしてをれば桜かな 和子 花いつもさびしきところより散りぬ 緋路 子の声は残響となり連翹黄 同 花は散るべしと笛吹く裸体像 俊樹 春の野の児らしか知らぬものがたり 軽象 花すみれ遠くの空に戦闘機 美紀 春光の鳩はみどりの首見せに きみよ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月6日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
夕日落つ別離の駅の古巣かな 朝子 冴返る齢八十骨の音 成子 仔犬抱き遅日の船を見送りぬ かおり 菜の花や千の棺より生るる 睦子 枝枝に声転がせて鳥交る たかし いつせいに揺るゝ吊革鳥帰る かおり 煙草屋は古巣残して店仕舞ひ 久美子 陽炎の消えて居座る陰陽師 美穂 地に古巣天に野鳥の窓があり 修二 我先に舫ひ綱解き鰆東風 たかし 朧月十二単衣に逢へさうな 同 しつけ糸解くおぼろ夜の京友禅 美穂 待つといふうれしさ人も桜にも 孝子 永遠の未��でありぬ桜かな たかし
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月8日 なかみち句会
春の海ばかりの駅に途中下車 秋尚 つれづれに雨音聞いて日永かな 廸子 鎌倉や角曲がるたび春の海 三無 石楠花や参道狭し奥の宮 史空 お別れの日に石楠花の紅の濃く 貴薫 また元の話に戻る母日永 美貴 小刻みにきらめく春の海まどか のりこ 寺領にも石楠花紅く小糠雨 ます江 ………………………………………………………………
令和6年4月8日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
娘良し妻さらに良し春日傘 三四郎 母の忌を迎へし朝の春の雪 ただし 風光る千年超えし物語 みす枝 春浅し耳朶柔らかなイヤリング 世詩明 天空へ光を返す白木蓮 三四郎 愛猫に愚痴こぼしをり四月馬鹿 みす枝 初蝶の二つ行先定まらず 英美子 貝の紐噛んでひとりの春炬燵 昭子 ほろ酔ひを名妓支へて大石忌 同 校庭の鉄棒に触れ卒業す 時江 薔薇一本くれる夫ではなけれども 昭子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月9日 萩花鳥会
春一番濁りし川の鯉めざめ 祐子 春愁の情緒一新晴衣着る 健雄 春の宵椿徳利の矢の根寿司 俊文 四月空総出で迎える娘の帰国 ゆかり 遊覧の舟に続くや花筏 明子 教科書に漢字で名前進級す 美恵子 ………………………………………………………………
令和6年4月12日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
山笑ふ札所巡りにの急き 宇太郎 一歩づつ眼下となつてゆく桜 美智子 渡船場に飯蛸釣りて島土産 宇太郎 桃咲いて捨て犬たちの誕生日 都 杖を曳き混じりて遊ぶ花筵 悦子 囀を総て抱へてゐる大樹 史子 初燕無音の青を切り分けて 宇太郎
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月13日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
としあつ忌修す爛漫卓の上 百合子 信濃路は薄紅に花杏 和代 里は今杏の花に溺れたる 白陶 想ひ出のとしあつ談義飛花落花 亜栄子 竹秋の風を聞かむと句碑に佇ち 三無 白寿なる母満開の花と散る 多美女 句碑古りて若さ溢るる花楓 文英 雨上り杏の花の山家かな 幸風 ふんはりと包みたる香の花通草 秋尚 白き卓都忘れの彩映えて 恭子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月13日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
対岸に人の流れてゆく花見 あけみ 軽貨物春の泥付け走る町 紀子 犬ふぐり自転車の子は風のやう 裕子 烏ども引き���れてゐる田打ちかな 紀子 障子開け全て我が世の花見なり みえこ
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月13日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
余生をば貪る朝寝でありにけり かづを 一穢なき姿のままの落椿 同 落ちてなほ華やぎ続けゐる椿 同 春風に仰ぎて凜と左内像 同 板木打つ仕草秘かに春そこに 和子 朝寝して咎める人も無き自在 泰俊 春愁や錆びし火の見の鉄梯子 同 蛇穴を出づと云ふ世の一大事 雪
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月16日 伊藤柏翠記念館句会 坊城俊樹選 特選句
咲き満ちし花に静けきある古刹 かづを 芽柳に縁なる風棲み初めし 同 沈丁の闇をつないでゆく香り 同 九頭竜に吐息とも見る春の雲 同 此の花に幾春秋を共にせし 雪 花を見に一人で行ける所まで 同 春休み児ら自転車で飛び廻る 富子 鴬のしきりに啼く日啼かざる日 英美子 川幅を歪めて流る花筏 真喜栄 夜ざくらやいつも打つ寡婦暮し 世詩明 筍や十二単の皮を剥ぐ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月17日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
哀愁の容姿あらはに紫木蓮 数幸 徐に白を極めて花水木 千加江 流されて留まり忘る花筏 同 春場所やふるさと力士負け多し 令子 唐門の昔を語る桜かな 啓子 紫の夜空の中に桜散る 同 二人で見いつしか一人花の道 希子 仮の世にしては見事な花吹雪 泰俊 無住寺は無住寺のまま桜咲く 同 愛子忌やせめて初蝶見たること 雪 落椿踏まるるをもて瞑すべし 同 和尚来たかと散る花に酌まるるや 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月19日 さきたま花鳥句会
たまゆらの時を浮遊し石鹸玉 月惑 春愁や己を鼓舞し逝く句友 八草 花篝名残りの片のうらおもて 裕章 脱ぎ捨てし靴下にある花疲 紀花 掛茶屋へたどりつきたる花疲 孝江 花吹雪渋沢像の頭に肩に ふゆ子 腰痛の愚痴ふき飛ばす芝桜 としゑ 楤の芽の口にひろごる大地の香 康子 春炬燵夫の座椅子のたばこ臭 恵美子 藤棚の真中を風の通り抜け みのり 待ちかねた早朝よりの花見客 彩香 十字架の隣に読経山笑ふ 良江
………………………………………………………………
令和6年4月21日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
メタセコイアむんずと掴む春の雲 三無 今日も来て舞ひを見せたる春の蝶 ます江 佐保姫を見送る空の雲白く 軽象 蒲公英の真白き絮は飛ばず揺れ ます江 一山をより高くみせ桐の花 斉 僧一人花韮咲かす露地に消ゆ 久子 牡丹の重たく崩れ���けてをり 秋尚 桜蘂降つて大地に横たはる 斉 春草の足裏くすぐる田圃道 経彦 観音の御手のやさしく著莪の花 芙佐子 ゆつくりと翅を広げて蝶生まる 斉
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和6年4月22日 鯖江花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
昨夜爪を切りたる指に草を引く 雪 十一面千手千眼像朧 同 瞑すべし柏翠踏みし落椿 同 この椿もんどり打つて落ちたるか 同 初蝶や昨日は森田愛子の忌 同 不器用を誰憚からず針供養 同 春愁や文箱に封じたる手紙 同 春愁や此の髪に手を置きし人 同 昭和人昔語らず花の下 昭子 本気度を探るお見合亀鳴けり 同 久々に手に取る修司五月来る 同 しなやかにそしてしたたか単帯 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
1 note
·
View note
Text
寒暖差のある日が続いていますね。体調には十分に気をつけてお過ごしください。関東地方も梅雨入りし、夏至も過ぎて少しずつ夜の時間が増えてゆきます。「闇がないと光に気づかない」とは、よく精神世界の学びの中で言われる表現ですが、物資世界における映写もそれを現す良い例だと思います。
最近見た2本の映画は、どちらも冒頭から聴覚を刺激される作品でした。他の共通点は主演女優が同じこと、家族関係を描いていること、そして人によって真実が異なることを描いています。どちらもエンディングに客観的な事実を求めない人向きの映画です。また、どちらの映画も犬の演技(?)が素晴らしく、その存在が重要な意味を示しているように感じます。
第76回カンヌ国際映画祭でパルムドール���受賞したジュスティーヌ・トリエ監督作品の『落下の解剖学』は、物語のほとんどが法廷劇となっています。その中で夫、妻、息子、検察そして弁護士それぞれの立場や視点を通した異なる真実が明らかにされ、観客は客観的な事実を見極めたいという気持ちになってゆきます。事件の真相が暴かれないのは、観るものに判断を委ねているからでしょう。
同じく第76回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞したジョナサン・グレイザー監督作品の『関心領域』では、第2次世界大戦下のアウシュビッツ収容所と壁を隔てたすぐ隣の美しい家に住む収容所所長とその家族の日常を描いています。その中でも所長夫人の視点がクローズアップされる場面では、罪悪感や嫌悪感が湧き上がってきます。でもそれは、私たちがその後に起こった出来事を知っているからです。
冒頭の聴覚の刺激という点では、『落下の解剖学』では耳を塞ぎたくなるほどの爆音でラップ音楽が流れていたのに対し、『関心領域』では壁の向こうの収容所から聞こえてくる音や声がバックグラウンド程度の音量で流れています。前者では音楽にかき消されがちな会話を観客はなんとか聞きとろうとするでしょうし、後者では所長家族の会話よりも壁の向こうのさまざまな音や声の方が気になってしまいます。
この2本の映画で私たちは皆、異なる真実を持っていることに気づかされます。魂の永遠性を真実とするのがスピリチュアリストならば、その反対が唯物論者であり、鶏が先か卵が先か、写真のドレスの色は白なのか青なのか、小池百合子なのか蓮舫なのか、柄本佑はイケメンか否か、トランス女性は男性なのか、それとも女性なのか。
人間は誰しも自分の真実や信条を絶対的な事実、真理だと信じています。けれど、私たちの住む世界はとても曖昧で善悪や正誤、美醜の区別がつきにくいもので溢れています。法律や規律、常識やマナーも国や文化、時代によって大きく異なります。どちらの映画でも大型の飼い犬が登場人���の間を縫うようにのんびりと歩き回り、誰の事もジャッジせず、あるがままに自然に振る舞っている姿が印象的でした。
・・・・・
秋学期クラスへのお申し込みを受付中です。クラスの詳細とラインナップはサイトとショップからご覧いただけます。(アイイスのサイトでも告知されています)
秋学期は春に種を蒔き、夏に大切に育てた果実を収穫する季節です。十分に栄養が行き渡った今年の霊性開花の学びの成果を皆で味わいながら共に分かち合いましょう。皆さまのご参加をお待ちしています!
また、6時間ワークショップを8月24日(土)と8月26日(月)に開催いたします。両日共に同じ内容となります。詳細につきましては後日告知いたしますので、今しばらくお待ちくださいませ。
・・・・・・・・・・
アウェアネス・ベーシック前期 Zoomクラス
土曜日:19:00~21:00 日程:9/7、9/21、10/5、10/19、11/2
・・・
アウェアネス・ベーシック後期 Zoomクラス
火曜日:10:00~12:00 日程:9/3、9/17、10/1、10/15、10/29
・・・
アウェアネス・ベーシック通信クラス
開催日程:全6回 お申し込み締め切り:9/15
・・・
アウェアネス・オールレベルZoomクラス
火曜日:19:00~21:00 日程:9/10、9/24、10/8、10/22、11/5
木曜日:10:00〜12:00 日程:9/5、9/19、10/3、10/17、10/31
・・・
アウェアネス・マスターZoom クラス
火曜日:19:00〜21:00 日程:9/3、9/17、10/1、10/15、10/29
金曜日:19:00〜21:00 日程:9/13、9/27、10/11、10/25、11/8
・・・
サイキックアートZoomクラス
日曜日:17:00~19:00 日程:9/8、9/22、10/6、10/20、11/3 水曜日:16:00~18:00 日程:9/11、9/25、10/9、10/23、11/6
・・・
インナージャーニー 〜瞑想と内観〜 Zoomクラス
月曜日:16:00~17:00 日程:9/16、9/30、10/14、10/28、11/11
土曜日:10:00~11:00 日程:9/7、9/21、10/5、10/19、11/2
・・・
マントラ入門 Zoomクラス
土曜日:13:00~15:00 日程:9/14、9/28、10/12、10/26、11/9
・・・
トランスZoomクラス
水曜日:10:00~12:00 日程:9/11、9/25、10/9、10/23、11/6
土曜日:19:00~21:00 日程:9/14、9/28、10/12、10/26、11/9
・・・
サンスクリット・般若心経 Zoomクラス
月曜日:13:00~15:00 日程:9/16、9/30、10/14、10/28、11/11
水曜日:19:00~21:00 日程:9/11、9/25、10/9、10/23、11/6
クラスの詳細はサイトのこちらのページをご覧ください。
継続受講の方は直接ショップからお申し込みください。
・・・・・
サンデー・サービス(日曜 12:30〜14:00)詳細はこちらから。
6月30日 担当ミディアム:本村・森
ご参加は無料ですが、一口500円からの寄付金をお願いしています。
当日は以下のリンクよりご参加ください。
・・・・・
ドロップイン・ナイト 木曜日 19:00〜20:00
10月17日(木)指導霊(スピリット・ガイド)のサイキックアート
詳細とお申し込みはこちらからどうぞ。
過去の開催の様子はこちらからご覧ください。
#mediumship#spiritualism#awareness#psychic art#spirit communication#meditation#guided meditation#demonstration#unfoldment#アウェアネス#アウェアネスクラス#霊性開花#ミディアム#サイキック#ミディアムシップ#霊界通信#スピリットコミュニケーション#落下の解剖学#関心領域
0 notes
Text
繋がれた部屋 1 /
その物語で思い出すのは落ち葉だった。黄の色をした落ち葉だ。落ち葉は木々を裾野に持っている。また、木々は落ち葉を取り巻くように存在している。木々は地表を覆い森を形成した。森はその地になくてはならないものだ。例えば、円を描いたとして、外側と内側を望むことが円であるように。外側が森で、内側は黄の色をした落ち葉なのだ。落ち葉は、恐ろしく広大で、その範囲を俯瞰するのは難しい。取り囲む森の木々をよじ登ってみても意味をなさない。しかし、よほどの欠けを持たない限りは、円形であると考えて良さそうだ。
落ち葉はいつしか消えてしまった巨木の跡である。消えてしまった巨木が散らした葉が、黄の色をとどめてその跡を示している。消えてしまった巨木は森のどの位置からでも、見上げればその姿を拝むことができた。しかし、その姿を探し求めれば、そこには黄の色をした落ち葉が忍び寄るのだった。見上げていたその姿が、いつしか消えてしまった巨木の残像だと悟るのに、そう時間はかからない。程なくして崇拝の対象となるが、時を経て数派に別れた宗派も、落ち葉を取り巻く木々のように、ただ平坦な森の様相となった。
各々宗派が抱える教えは、森の様相を織りなすように世界をかたどった。それらを繋ぎ合わせれば、黄の色をした落ち葉は蓋だった。蓋は世界の中心で、世界の蓋だと言う。しかし、元来森を成し得ている外側と内側という平たい言説のもとに、それらは破壌する。そもそも世界という概念が、落ち葉を有する森では失われているのだ。世界という概念が失われてなお、黄の色をした落ち葉の教えは蓋として残った。蓋は閉じることと開くことをかたどり、巨木を表裏するものとして、内側と外側が示す言説をそのまま補完した。そのような四方向を経て落ち葉は存在する。それならば、巨木を残像にしているのは森の木々かもしれないと気づく。それが内側と外側であるのだと。
落ち葉が地表を覆い尽くし、森の木々が一本たりとも消えてなくなると、巨木が現れる。確かそう聞いたと思ったが、もしかしたらそんなふうに想像しただけかもしれない。しかし、表側と同じく裏側には巨木があった。物語に先んじて、落ち葉は裏側からやってくるのではないかと考えたが、蓋は事実上閉じているので、落ち葉が通り抜けるのは不可能だ。落ち葉は残像となった巨木から今も散り続けている。それは表側のものであり、裏側のものではない。裏側も然りだ。巨木崇拝が盛んなころには、開いてはならない蓋としての位置付けを、蓋の裏側の巨木は担っていた。それは、畏敬ではあったが、同時に開閉への言及を阻んだ都合だった。蓋が開かれるとあっては宗派としての根幹が揺らぐ。また、閉じたままであっても理由は必要だった。
森の住人の中には、裏側を旅した者が少なからずあった。そのような者たちによれば、開かずとも蓋は自ずと開いたと言う。そして、それは開くことのできない蓋という印象を与えた。転じて、時すれば蓋は開くと思わせたのだった。かくして、挑戦者が現れた。落ち葉の淵を見定め、瞑想に耽る者たちだ。瞑想の果てに、裏側を旅したという者もあった。しかし、巨木への言及がない。それはいささか不自然に思えた。まるで、裏側の巨木だけをつまんでどこかへ隠したみたいに。その不自然な印象は、そのまま物語の構成なのだろう。表裏する巨木の一方をつまんで、物語を渦のようにぐるぐる回転させるための。
落ち葉の次に思い出すのは、物語の半ばを過ぎて現れる花だ。花は、蓮だったと思う。物語を聞��ながら思い浮かべたのは、水辺に浮かぶ濃いピンク色をした花だった。花が咲くとき、ポンっと音がしていたから、まず間違いない。森の住人は、日々の生活の中で実によく蓮の花に出くわす。物語の後半に明かされることによれば、住人は各々蓮の花を抱えているのだ。そして、事あるごとに自分自身を蓮の花に置き換える。花の中は、覗くと過去もしくは未来がそこに見える。水鏡のように揺らぐ過去や未来は、置き換えの不完全性を意味した。しかし、完全であることを物語は求めていない。巨木の残像のように、不確かさは確かさを支え、同時に振り幅となる。その揺らぎの中で森の住人は健やかなのだ。
その場面で面白かったのは、調律師のくだりだ。蓮の花は調律が可能である。それをするのが調律師だ。蓮の花の揺らぎを調律して、揺らぎのない過去または未来を見るのだ。一種のトランスだろうと解釈して聞いていたが、そうは書かれていない。森の住人は揺らがない過去や未来を象形的に見る。もともと揺らぎが少ない調律であればしばしば具体的な画を纏い象形し、もともとの揺らぎが大きければ具体性から程遠い象形として見ることになる。自分の過去や未来は自分自身であると当たり前のように感じていたので、過去や未来に直面するとは自分自身に直面するものと思った。しかし、そのようには書かれておらず、まるで自分が象形にでもなるようで興味深い。誰もに一つ蓮の花があり調律師がいるなら、是非に調律してもらい、過去や未来がどのように呈するか見たいものだ。具体的と束ねていた主体である自分自身が、時系列をはばかり象形しバラバラに存在する様を。
あと思い出されるのは森の図書館だ。平たい森にあってそこだけおうとつした場所に図書館という役割を持たせていた。それは物語の結びであるにも関わらず、物語のおまけのようだった。それで、この物語自体が物語としての入れ子なのだと気づいた。物語が図書館の本の一冊のように振る舞う���だ。それなら、蓋の裏側の巨木がつまみ取られていたのもわかる気がした。この物語で印象に残ったのはその三つで、その三つは物語を構成する箇所だった。黄の色をした落ち葉に四方向を持たせたのは物語を支えるためで、四方行を持たせた蓋の裏側の巨木をつまんで循環を与えた。蓮の花は森の住人の対抗軸として時間を刷新している。そうすることで物語自体を図書館の本の一冊と位置づけた。古い本には時折、そのような構成的技巧を目にすることがある。読者の目をかいくぐり、生き延びた物語に望みを委ね、行間を閉じたものだ。しかし、この本には隠そうという意図はなかった。りんごの芯を抜くように、蓋の裏側の巨木をつまみ取ることで隠したように見せかけたというほうが、物語の評にあたいする。
0 notes
Text
怒涛のように過ぎた一週間。ウナギを50ユーロも出して食べに行ったドイツ国籍日本人のお店は、色々な意味で興味深かった。普段の私ならば、絶対に行かない店だ。大体、ワシは海外にいる日本人はほぼ全員嫌いである。よっぽどの事がない限り、身元がしっかりしていると思わるる大使館員とでさえ、会話どころか御挨拶も避けたい。バンコクでもNYCでも、どこにいようが、海外在住日本人どもとお付き合いするのは、まっぴら御免被りたい。従い、日本人経営のスー��ーがあると、N婦人に教わったが、そこにも一歩も近づいていない。
Isabelの娘Noaが来ているので、今週は関西弁喋る癖にマジで濃い味の料理しか作れない不思議な方々のレストランの後は、こちらの中華ドイツ友好文化交流組合みたいな所が作っている、頤和園という中華料理を奢ってもらう。麻婆豆腐は、こちらではまるっきりヴェジタリアン食だそうで、ワシの作る麻婆豆腐に豚肉ミンチを入れて山椒(shichuan pepperという)を用いる事にドン引きしたIsabel親子。昨年末からずっと、いつか一緒に行こうと誘ってくれていたレストラン。まぁ不味くは無いのだが、豆板醤とケチャップだけで味付け。キクラゲとネギが少し入っていて、上から香草を散らしてある。うーむ。これは麻婆豆腐では無い。。。つーか、日本のド田舎の中華な感じ。そーだ。河口湖へ行く途中の街道筋にある、あの東京で修行した自慢で売っている店と、味付けのコンセプトが全く同じ。
困ったらケチャップと醤油と、豆板醤。この三点セットに、場合によっては砂糖を少し加えてみたりと、どの料理もベースは同じ味付けである。飽きるだろ、とワシは思うが、ドイツ人には最高に美味しいらしい。確かに、アミノ酸の量は少なめで、ワシも安心して食べる事ができたが。。。ナス炒めにしても、何にしても、同じ味付けなのには閉口する。田舎なので、大量の白米にカレーのようにナス炒めでも、肉炒めでも、なんでもかんでもごちゃごちゃにして食べるのが、ドイツ流らしい。うーむ。ワシ、自分の料理でいいッス。
木曜日は、来年度からのフェロー選考会があったため、彼らの選考会に合わせて開かれたハンブルグ市内Walkingツアーがあったので、便乗参加する。当然、自慢のPlantenundBlumenに連行され、日本庭園自慢。まぁ、菖蒲が綺麗でした。しかし、Irisといっても通じない事が判明。菖蒲はirisだが、あの花は蓮のwater lilyだと言い張られる。いやぁ、ワシは確かに御立派なドイツ人様達と比べると東洋のバカザルですが、花菖蒲と蓮は違うと思うよ。。。と言っておく。立派な人には逆らわないのが良い。王様が裸でフルチンでも、えっ、王様の癖にパンツ履いてないじゃん。。などと公に呟いてはいけないのだ。ワシは、日本では一早く、王様が裸だと焦るタイプで、何なら、ねぇねぇと隣のボ~っとした脳味噌半分豆腐の奴に注意喚起したりしていた。
しかしだ。ドイツに来て、やっと、ママが言っていた事が分かってきた。バカにバーカって言っちゃいけません!とワシを叱ってくれていたママ。ママはある意味で正しかった。バカにバーカって言うと、後が面倒臭いのだ。バカは自分が一番正しいと信じるある種の新興宗教の方々だから、そんな奴ら相手に、あなたは無知ですね、なぁんて言ってもキレるだけである。正しいのは常に自分だからだ。この手の方々は御自身が、もはや無敵全能の神である。おまけにもっと面倒臭いのは、小賢しいバカは、神のフリも心得ているので、バカと言ってくる相手にはにこやかに対応し、己の無知でさえ恥でなくチャームポイント的に自己アピールするので、余計に疲れる。相手にするだけ無駄である。
ということはだ。気付いてしまった。。。ワシは、バカな日本人の間で理解できなかった、関わり過ぎてはいけない、という教訓を学べ無かったので、神様が、しゃーないなぁマキは。。。とか言いながら、強化レッスン先としてドイツを選んだんかもしれんちゅぅこっちゃ。ワシャ、段々、バカと切断する。付き合いつつも遮断する。無関与の関与を身に付けるじょ。ブハハ。ドイツでドイツ人相手に猛特訓やで〜!
さて、本題。どこの主要都市でも、ジェントリフィケーションが問題になっとる。なんやそれ?と最初思って、辞書引っ張っても、今どきの言語学者はバブルパリピなので、gentrificationは、日本語でジェントリフィケーションとしか出てこんのですよ、皆様。ワシは、ア��なので、全く意味分からんのですが、お灯台とか桶言おうとか出ると、意味がサックリ分かるらしい。ワシは絶望。桶言おうで修士号とってお灯台で博士号とっても、このワシの生まれつきのアホは治りませんことよ。ワシは頭悪い、口悪い、目が悪いの三重苦だから、ヘレン・ケラーもおののくような障害者ならぬギフテッドパーソンですことよ。全く実に哀れむべき対象ですことよ。。詠嘆。
っで、ジェントリフィケーションとは、要は都市の中心部の昔、労働者階層の住む地区が、gentryに貴族階級に支配されて、労働者が郊外へ移住させられていく過程で、多くの労働者階級の文化が失われたり、住居跡が破壊されていく過程を表す。こうした動きに反するため、ハンブルグでは80年代後半から、建物の価値を付けるために、落書きをするのが流行ったらしい。日本では落書きアートは眉ひそめる対象で、最近になってやっと学歴詐欺の小池百合子のお陰でバンクシーが知れ渡り、落書きアートに何百万、何千万円と払われる事に気付いたようだ。が、ハンブルグでは、80年代から、この落書きアート効果を古い労働者住宅の保存のために、アートを使って行っている。ハンブルグは港湾都市なので、カモメが良く飛んでいる。上の写真は、保存運動対象のボロいアパートに描かれていたアート。アート、アートってうるせー。ただの落書きじゃろ。と、目が悪くて趣味を共有できない東洋のバカは、心の中でツイツイ思っていた。
ちなみに菖蒲の写真の左隣の写真は、道路に埋め込まれているユダヤ人達の碑です。これの説明は、一切無し。そして、当然、説明されないので、研究所の人々も、ガシガシ踏みつけて歩いておられました。こういう事で傷付くワシは繊細なバカなので、繊細すぎて四重苦かもしれん。
心を落ち着けるために、大好きな象さんを、と思い立ち、折り紙で三種類の象さんを折る。土を捏ねると無心になれるとほざいとった、ワシの父上を名乗る方がいるが、無心とは、色々と多分、無心レベルが違うんだろうなぁと、ふと思う。最近、エキゾチックが大好きなドイツ人達の間では仏教や瞑想ブーム。それで大儲けしている胡散臭い輩がわんさかおる。そして、胡散臭い事に気付き、自分がついている師がタダのインチキ金むしり取り野郎だった事を素直に認める事のできない、ある意味での拝金主義者は、仏教とは無だの空だの言って、意味が無いという議論を展開しとる。なんか、下らないので、ベムりんみたいに耳だけそばだてて聞いていけど、目を開けてまでして相手する気すら起��ない。
何故か。自分に問う。これは多分、上の無心の問題と同じだ。理解したいという理解度レベルと、知識レベルの乖離から、多くの人は、自分の知識と理解度が常に同等であると勘違いする罠に陥っている。知識は、知識が多いから意味がある訳ではない。体験も同じ。いっぱい練習しても伸びない時期もあるのと同じ。理解度というのは。当然、知識や体験と連動して正の相関にある。しかし、それはある程度のレベルまででしかない。その先を目指す時、違う次元に行く時、知識偏重や体験主義だけでは乗り越えられない何かがある。
まぁね、知識も無く、体験もしないでシッタカブッタになれて、自分の立派さに素直に酔える人には、到達できない次元ちゅーんが、あるって事ですなぁ。素直は大事。でも、素直の次元、無知の次元、無心の次元。同じ言葉を使っているけれど、異次元レベルの話をしている事が、時としてあって、人とはオメデタクできているので、その人の次元に合ったことしか受け取れないし、それで満足してたら、オワリ。それだけの事ですな。
1 note
·
View note
Text
お釈迦様降誕会 花まつり 写経会 仏像スクラッチアート マインドフルネス瞑想座禅
4月2日(日)
13時 仏像スクラッチアート 写経
15時15分 学び会
15時半 マインドフルネス瞑想座禅
本日はお釈迦様誕生日月間として仏像スクラッチアートを
4月5月全2回にわたり開催です。
大きさもそれぞれで
仕上げる時間も様々です。
気持ちを込めすぎて手に力が入り痛めてしまうので
程よく斜めに力が��散するように努めて参ります。
仕上がった作品はラミネートフィルムに挟んで保存しやすいようにして完成です。
裏には皆様、事前に書いて頂いた願いや思いを和尚が墨で書いてご朱印のように仕上げます。
これで世界にたった一つの作品となるわけですね。
今回花まつりにちなんでお釈迦様のお話と
『般若心経 空』のお話をしました。
仏教では密教系・浄土系・日蓮系・禅系と4つの示し方があるので
当山は臨済宗の禅寺です。
禅的仏教の解釈として示します。
それをご理解した上でのお話ですね。
お釈迦様の伝えたいことは
本来の色と違う色に変えようとはせず
みんな同じ色にしようともせず
それぞれの個性を発揮させ
それぞれの色で光り輝くように導かせました。
お釈迦様自体を拠り所にするのではなく、
自らを拠り所にできるように
心の在り方をお説きになられてます。
桜を咲かせる春のような『縁』に自分も囲まれ、
良い行いから幸せという結果
悪い行いから苦しみという結果
自分の行いをすべて自分で刈り取らなければいけないわけです。
良い縁や悪い縁を招きやすい環境や状況をしっかり見定めることが大切です。
そのためには
かたよらずの心
こだわらずの心
とらわれずの心
これが空の心と言います。
ことは
移り変化し
つながりがあり
この2つにより安らかな心を得られるが
なかなか思い通りにならないことは沢山あります。
人は思い通りにならないことに怒りを感じ
どうしても偏ってしまい、こだわってしまい、とらわれてしまう。
だからこそ、上記の『空の心』の在り方を持つのだ、というのです。
そういう見方をすれば
万が一うまくいかなかったとしても
それほど落ち込むことなく、
またやり直せばいいのだという気持ちに繋が���て来るということです。
広い豊かな心で現実の世の中を生き抜く大切なことを
般若心経の『空』は示しているんですね!
最後に笑顔いっぱいの言葉を紹介しました。
『いのちのはたらき』
私という命は
自分で設計し
組み立てたものではない
かぎりなくつながり合う
命のはたらきで
今 わたしはここにいるのだ
次回、5月7日(日) 13時 仏像スクラッチアート 写経 15時15分 学び会 15時30分 マインドフルネス瞑想座禅
0 notes
Photo
#Japanese 10.feb.23 プラシャーンティ・ニラヤムからの御言葉 - 2023年2月10日 ヤショーダが攪拌していたヨーグルト入りの壺をクリシュナが割ってしまった時、彼女は、逃げたクリシュナの足跡を追って、クリシュナが隠れている場所を突き止めました。これは神がどのようにして、「私は肉体である」という意識を打ち破り、神が私たちの周囲に設けた信号やしるしによって神そのものへと導くかを示す象徴的物語です。これらのしるしは、私たち一人ひとりの周りにある大自然の中に――朝日の美しさの中に、虹を見た時の恍惚感の中に、鳥のさえずりの中に、蓮の花が咲いている湖面に、冠雪した静かな峰の中に――常に存在しています。実際のところ、神はラサ(甘さ、本質)なのですから、神の行動以外の大自然すべては、甘美で恍惚感をもたらします。姿形があってもなくても、それはアーナンダ(至福)です。ラーマ(喜びであり、喜びを与えるお方)として、あるいはクリシュナ(彼がもたらす喜びによって皆を惹きつけるお方)として、それ(��)をハートに迎え入れなさい。そして、瞑想、礼拝、黙想をそれ(神)に捧げながら、すべての瞬間をそれ(神)と共に生きなさい。そうすれば、英知と解脱の扉が開かれるでしょう。 #sathyasai #saibhakta #sathyasaibaba #saibaba https://www.instagram.com/p/Cplw86psIQP/?igshid=NGJjMDIxMWI=
0 notes
Photo
#google翻訳 #らぼんば #ヨガ #ヨガインストラクター #ヨガティーチャー #呼吸 #瞑想 #神門瞑想 #自分自身を生きる #蓮花瞑想 #人形町ヨガの会 #人形町 #shinjukugyoen #新宿御苑 #アーシングヨガ #グラウンディング #大地とつながる #プラーナフロー #ロータスエイト #kosmosヨガ部 #新松戸 #HAPヨガ部 #これでいいのだ #荒川ヨガ #荒川老人福祉センター https://www.instagram.com/p/BvnsxcpHQar/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=1o5dhrus1xqsq
#google翻訳#らぼんば#ヨガ#ヨガインストラクター#ヨガティーチャー#呼吸#瞑想#神門瞑想#自分自身を生きる#蓮花瞑想#人形町ヨガの会#人形町#shinjukugyoen#新宿御苑#アーシングヨガ#グラウンディング#大地とつながる#プラーナフロー#ロータスエイト#kosmosヨガ部#新松戸#hapヨガ部#これでいいのだ#荒川ヨガ#荒川老人福祉センター
0 notes
Text
20200510
日記(蓮の実生)
蓮を植え付けた。
今のところ10粒発芽した。真如蓮の種子は20粒400円で個人から購入したのだが、開花可能な2年目の苗だとネットでも一株3〜4千円、高いのだと5千円ちょいもするらしい。人は時間に金を払っている。
ボーフラ対策に去年生まれたメダカも20匹程入れた。広くなってすいすい気持ち良さそうに泳いでいた。近所をテリトリーに持つでぶの茶虎のどら猫に食われないようにテグスを張ったが意味あんのかしら。咲くのは早くても来年。この蓮が白い花を咲かせる頃に今を振り返って何を思うだろうか。とりあえず水たまりは希望を映している。
子供の時分より多動の気があり、幾分か年を取り精神が落ち着き出して植物に惹かれていったのか、または植物を育てるようになってから落ち着いたのかは定かではないが、こんな辛気くさい趣味を持つようになるとはと自分でも不思議に思う。
生き物は進化の過程で植物からミトコンドリアを取り込んだという。私は静と動の統合のために植物の振る舞いを生き方に取り込んでいるのではないか。植物を育てる眼差しは感覚としては瞑想に近い。瞑想の中を生きている。
2 notes
·
View notes
Text
Wellbeing Life Library 2020年2月10日〜2月16日
#zen #mindfulness #meditation #sungazing #yoga #surfin #football #karate #exercise #fasting #vegan #vegitarian #liquidarian #breatharian #onsen #hot-spring #wellbeing #brain-gut-axis --------------------------------------------------- 2/10 月☀️14:00Max9度/体温37.5℃ 朝課 仏前焼香/祝之神事30+太陽凝視瞑想30 14:20WeightTR【腕立60腹筋60Squat50】 → 14:50PowerVinyasaYoga60+空手形チントウ+ 温冷交代浴3回【露天 塩化物重曹泉 Sauna】 / 体重54.35kg 経口摂取 日中 Honey煮出珈琲180 煎茶120 甘酒120 入浴後 甘酒煮出珈琲140甘酒140 10/12珈琲120 蜂蜜煮出珈琲180 みかん2個 OatsHoneyLatte130 /OrganicShag15本
午後に @nagishanti のPowerVinyasaに恐る恐る参加したが、右膝の状態は深い屈伸が無ければまずまず良好だ。今日迄が満月の大潮期間。今回は昨日今日は、飲む点滴と言われる甘酒を少し水で薄めて摂取してみたが、満月前後なのに空腹感は抑制されて快適に過ごすことが出来た(^^) 考えてみれば液状にした発酵米を一膳食べてるようなものだ。江戸時代の人々は特に真夏に甘酒を愉しんでいたようだが、腸に優しく真夏の滋養強壮には持ってこいの先人の経験と知恵が生んだ伝統食に改めて感謝と敬意を表した。Yoga参加直前の治療も太陽凝視瞑想で、またもや恍惚状態体験。時間が短く感じられた。
------------------------------------------------------2/11 火 紀元節㊗️氏神☀️Max11度/体温37.3℃ 朝課 氏神→仏前焼香/神前祝神事+Radon瞑想20 12:00Gardening日外浴40 14:00年中CLUBサッカー練習試合2/30FW20×3=60+WeightTR【腕立60Bridge3mSquat50】 →
押上温泉大黒湯/温冷交代浴4回【弱アルカリメタケイ酸泉&露天ルフロ泉&生生姜湯】体重53.5kg 経口摂取日中 煮出珈琲180有機緑茶珈琲Pot300 緑茶100 入浴後 パイン乳酸飲料100 夕食【玄米 大根味噌汁 鰤大根 白菜漬 蜜柑】 Agave煮出珈琲180 苺Cake OatsMilkTea130 冷珈琲140 OrganicShag10本
この所天気が良すぎて夜間の放射冷却で朝晩が極度に冷え込んでいたが、今日は微風のポカポカ陽気で絶好のサッカー日和。内田先生より新ユニフォームを受け取って早速着用。久々の60分のフルコートプレーで膝には違和感は無かったが、大黒湯の湯舟で蓮華座にチャレンジするとコキっと音がして痛みが走る。今日で絶食丸4日間だが特に食欲は沸かず、昨夜に鈴木登紀子バァバのレシピで天然鰤大根を仕込んでいたので感謝を表して食した。
------------------------------------------------------ 2/12 水🌤15:00Max16度/体温37.4℃ 朝課 仏前焼香/祝之神事30 日光浴太陽凝視瞑想30+Radon瞑想15 =45 9:30HomeWeightTR【腕立100腹筋100Squat50】→10:00VinyasaYoga45/21:30空手形TR+温冷交代浴3回【露天 塩化物重曹泉 Sauna】 体重56.2kg 経口摂取日中 緑茶200 OatsChai200 有機煮出珈琲180 OatsRoyalMTea200 ベリー珈琲&入浴後21:00夕食【玄米 味噌汁 鰤大根 お汁粉】 煮出珈琲160 OrganicShag15本
昨日は久々のフルコートFootballだったが、Radon吸浴のお陰で筋肉の張りも殆ど無い。朝筋トレしてからYogaに行くと小田急線人身事故遅延の為、渚ちゃんが遅れて45分間のFlow。 昨夜、今日と連続で食事を摂ったら一変に体重が戻った^^;クンバカの際に肛門を締め上げるムーラバンダを意識する快適な呼吸時間を模索するために、吸息5秒/止息【クンバカ】5秒/吐息【ウジャイ】5秒でやってみたが、とても集中出来た。Bar Faleにて注文しておいたAmaretto仕入
------------------------------------------------------2/13 木 🌦→☀️Max19度12:00 13度/体温37.1℃ 朝課 仏前焼香/祝之神事30+裸日光浴瞑想30 Gardening裸日外浴45 HomeWeightTR【腕立100腹筋100Squat50】 → 19:15空手��錬100→HotRingYoga40+空手形復習+温冷交代浴3回【露天 塩化物重曹泉 Sauna】 /体重55.8kg 経口摂取日中 煮出珈琲320 煎茶160 OatsTea180 甘酒200 入浴後 軽食【低糖質サラダ麺 13穀米 コロッケ Espresso】/OrganicShag18本
昨夜は24時で11度と防寒着要らず。午後の出張前の日光浴瞑想でまるで初夏のような暑さにジワっと汗をかいた。今日は吸息5/止息5/吐息8の呼吸法を試してみたが、太陽凝視をせずに目を閉じて瞑想したせいか、残り10分位で睡魔に襲われて爆睡してしまった。雨が殆ど降らなかったので洗車帰宅後に牡丹と芍薬の寄せ植替え、落ち葉の掃除、水遣りを済ませてから空手鍛錬へ。空手鍛錬時に千歳ガールズより手作りバレンタインチョコを戴く。毎年恒例だが素直に嬉しい(^^)
------------------------------------------------------2/14 金🌤Max16度 9:00 12度/体温37.1℃ 朝課 仏前焼香/神前祝之神事30+Radon瞑想30 HomeWeightTR【腕立100腹筋100Squat50】 → 天然温泉Spa成城 露天モール泉温冷交代浴3回/体重56.5kg 経口摂取日中 煮出珈琲3杯500 煎茶150 GFPoundCake2切 Choco2片 食事【ざる蕎麦、牡蠣フライ、ご飯】 入浴後 Amaretto珈琲130 みかん1個/OrganicShag18本
昨夜ネットのレシピで玄米甘酒の仕込んだが、12時間後でも甘くならない。何が足りない?炊飯器の保温の温度が高いのか?時間後の本日完成(^^) セントラルスポーツ50周年で併設SPA成城の利用料が50円ということで久しぶりに コロラドで少食指導した瀬山くんから昨年の健診から5キロ痩せて数値も全部OKとの報告を受けた。今まで唯単に食い過ぎだったことが本当によく分かったと笑っていた。
----------------------------------------------------- 2/15土⛅️新月氏神14:00Max16度/体温37.5℃ 朝課 仏前焼香/祝之神事30 11:00天王洲TSFC練習試合3/30CH20分×4=80 HomeWeightTR【腕立100腹筋100Squat50】 → Gardening日外浴60→氏神参拝→耕雲寺坐禅40 →温冷交代浴3回【露天&塩化物/重曹泉&Sauna】/体重56.4kg
経口摂取日中 有機珈琲250 Honey煮出珈琲160 食事【せいろ カレー丼 味噌汁】 入浴坐禅後 Amaretto珈琲130 みかん1個 MillCrepe&SoyTea OrganicShag18本 チーム写真
東京世田谷FCの開幕前練習2回目は神奈川県リーグのSONYサッカー部との練習試合ニトリで阿字観用色紙額、曼陀羅用額を購入。80分プレーして膝が痛むのでRajaYogaはお休みして、薔薇その他の剪定作業。土曜坐禅会は総勢16名で新規参禅者4名。クンバカ呼吸法は何故か乱れたが、恍惚状態を意識することで前回同様に所要時間短縮感覚を味わえた(^^)
----------------------------------------------------- 2/9 日🌧13:00Max17度/体温37.4℃ 朝課 仏前焼香/神前祝之神事30 Radon瞑想30 HomeWeightTR【腕立60腹筋60Squat50】 → 氏神 → 16:20Yoga60+温冷交代浴【露天&塩化物/重曹泉&Sauna】3回/体重56.4kg 経口摂取日中 煮出珈琲160 HotCake/黒田珈琲 入浴後 萩珈琲120/CinnamonToast OrganicShag15本
朝から暖かい雨がしとしと降り続けたが、昼過ぎに一時やんだので黒金屋で薔薇植替え用の土と沈丁花を買いに行った。春の沈丁花、夏の梔子、秋の金木犀、冬の蝋梅で四大香木とのこと。右膝の安静のため冠光寺流合気道もお休みして通常Yogaクラスに参加すると、偶然鳥居さんの奥様の隣だったのでご挨拶。小笠原くんにも膝の状態を心配された^^;
#zen#maditation#mindfulness#sungazing#onsen#hotsprings#surfin#yoga#rajayoga#ashtangayoga#vinyasayoga#fasting#plant based#wholefoods#chinastudy#vegan#vegitarian#pescovegitarian#breatharian#liquidarian#ikebana#bonsai#gardening#naturopathy#altanativemedicin#shinto#古神道#玄米菜食#one meel a day#art
1 note
·
View note
Photo
第三十二候 小暑 次候「蓮始開」
夏の空が白みはじめる頃。
ゆっくりと、ひとつ。
またひとつ。
瞑想から目覚めるように開き始める蓮の花・・・。
日本には七十二候というものがあります。
これは古代中国で考案された季節を表すもので、名称は気象の動きや動植物の変化を知らせる短文で表されます。
7月12日から16日ごろは「蓮始開」。
「はすはじめてひらく」と読みます。
蓮は不浄である泥の中から生まれ、やがて美しくも儚い花を咲かせます。
一粒の種から芽を出し、花を咲かせ、やがては散り枯れ、またそこから生まれた種から新しい命が芽吹く・・・。
仏教では、こうした植物のシンプルで直線的な生き方を理想とし、植物が咲かせる美しい花を、悟りの境地に達した聖人にたとえました。
「蓮は泥より出でて泥に染まらず」
こうした植物たちは、語らずも、僕たち現代人に多くのことを教えてくれているのではないでしょうか。
写真:このまえ金澤神社で撮ったものです。
21 notes
·
View notes
Photo
今日の東京は雨模様です。桜が散り、鮮やかなツツジや藤、チューリップや木蓮が、自分達の出番を待っていたかのように私たちの目を楽しませてくれますし、ハゴロモジャスミンの香りも季節が巡ってきたことを教えてくれます。明るい太陽の光に包まれた花々の姿はイキイキとして美しいですが、雨や曇りの日に見せる表情にもまた、捉え難い魅力があります。
それはまるで、役者が舞台に立っている時と舞台裏にいる時の二つの面を持っているかのようです。私たちの人生にもまた、舞台と舞台裏の二つの場所が用意されています。『晴れの舞台』という言い方があるように、太陽光のように明るいスポットライトを浴びて注目され、喝采を受ける時もあれば、舞台裏で失敗しながら練習し、休息して英気を養い、目標に向けて準備に勤しむべき時もあります。スピリチュアルな視点から見ると、舞台裏の方が『晴れの舞台』です。悩み、苦しみ、光を求めて努力を積み重ねている時、周りにいるスピリット達はあなたに注目し、喝采を送っているのです。
先日、『社会から虐げられた女たち』という邦題のフランス映画を観ました。ヴィクトリア・マスによる史実を元にした歴史小説が原作です。なんとなく見始めた映画ですが、主人公がミディアムでした。(このパターン、実に多し)霊界について描かれた映画だと分かると、次はインチキ霊媒師がいつ登場するのか(このパターンもまた多し)、あるいは恐ろしい悪霊がいつ現れるのか(このパターンも残念ながら多し)、ストーリー展開を冷静に追っていたら意外に良作でした。(原題は『狂女たちの舞踏会』。邦題とポスターヴィジュアルが惜しい!暴力的なシーンがあります)
物語は19世紀末、フランスのブルジョワ階級に長女として生まれたウジェニーが、文豪ヴィクトル・ユーゴーの国葬に参列しているシーンから始まります。当時まだ女性達の社会進出が許されず、自由や権利も抑圧されている中、ウジェニーはヴィクトル・ユーゴーの著書『静観詩集』を読み耽る本の虫で、男性だけが参加を許されている討論会に出たいと主張したり、しばしば家の中で霊の姿を視る、ちょっと変わり者です。ある日、モンマルトルのカフェで出会った芸術家風の男性から、スピリティズムの創始者アラン・カルデックの著作『霊の書』を紹介されます。本を読み進めるうちに霊の存在を確信した彼女は自分に霊能力がある事を家族に打ち明けますが、厳格な父親に精神病院に入れられてしまいます。その病院の名前は、ピティエ=サルペトリエール病院。(写真上)パリの13区に現存する総合病院で、英国王室に新しい風を吹き込んだダイアナ妃がこの病院で息を引き取ったというのも因縁深いです。
当時、この病院は精神疾患と診断された女性たちを治療という名目で拘禁していた施設でした。実在したジャン=マルタン・シャルコー医師による非人道的な治療や催眠療法などの見世物のような公開実験が行われていた実際の様子(写真上)が、この映画の中でも描かれています。精神疾患と診断された女性たちの中には男性優位社会の中で権利を主張したり、社会規範に対抗した人々も含まれていました。そして霊媒であるウジェニーもまた、異分子、危険人物と見なされて収監されます。
ある日、ウジェニーは患者達を日々厳しく監視している看護師長ジュヌヴィエーヴの亡くなった妹と交信し、彼女にメ���セージを伝えます。ジュヌヴィエーヴはそのエビデンスの正確さに驚き、動揺しますが、愛に溢れたメッセージの内容に深く癒され、霊の存在を確信します。この映画では、男性優位社会からの抑圧に苦しむ2人の女性が真の自由を得るまでの葛藤を、身体をきつく締め付けるコルセットを脱ぎ捨てるシーンや女性同士の友情、霊の存在を否定する男性とそれを受け入れる女性、といった対比の中でシンボリックに描いています。また、家族の中で唯一ウジェニーの霊能力を理解し、支え続けた弟のテオがゲイという設定という点も興味深いです。
ウジェニーがテオとジュヌヴィエーヴの助けを借りて精神病院から脱出したのは、この病院で例年開催される仮装舞踏会の最中でした(写真右上)。四旬節(イースターを迎えるまでの40日間)に行われるこのパーティの間、思い思いに着飾った患者達は勿論、興味本位でやってきた招待客達や医師達も皆、我を忘れて大いに踊り、騒ぎ、本能のままに振る舞い、誰もが正気と狂気の境目のあやふやさを持っている姿を映し出しています。
映画の冒頭でウジェニーが熱心に読んでいたヴィクトル・ユーゴーの著書『静観詩集』は『瞑想詩集』とも呼ばれ、足繁く降霊術に参加していたと言われているユーゴーが愛娘であるレオポルディーヌの突然の事故死に直面して書き始めた作品です。その中の詩の一編には、こう書かれています。「私たちがこの世で終わりだと思っているものは、実は始まりなのだ。」
この映画もまた、この詩人をシンボリックに表した権威主義、男性中心主義や家父長制というひとつの時代が彼の死と共に終焉を迎え、20世紀に向けて花開くフェミニズムや多様性の夜明けを描いた作品なのです。
夏学期クラス(5月〜7月)へのお申し込み受付中です。今学期から新しく『サンスクリット般若心経クラス』が始まります。インド・チベット密教で現在も唱えられている、サンスクリット語での般若心経を学ぶクラスです。5回に分けてゆっくりと発音を確認しながら学んでいただけるので、マントラやサンスクリット語が初めての方でも安心してご参加ください。日本語の般若心経との違いを比べてみるのも楽しいと思います。また、トランスクラスも水曜日クラスが新たに加わります。
夏学期クラスへのお申し込みはこちらからどうぞ。継続の方は直接ショップからお申し込みください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今後のイベント・ワークショップ
・4/21, 22, 24 プラクティカル・ミディアムシップ
・4/27 アイイス・ドロップイン・ナイト お申し込みはこちらまで
#awareness#unfoldment#spiritualism#spiritual#spirit communication#mediumship#awarenessclass#le bal des folles
1 note
·
View note
Photo
名残惜しみながら今日もしつこくこんな写真。 舞い落ちる黄色い世界の中を歩いていたら、バッグの中に銀杏の綺麗な葉っぱが入っていました^^ 来年1月までのスケジュールを更新しました。(コチラ) 金曜日のスタジオ・ヨギーのクラスは、渋谷スタジオから中目黒スタジオへ移り、内容もリラックスへと変更です。 一週間の疲れやこわばりをほどきに、どうぞお越し下さいね。 1月には新年にふさわしい特別クラスをご用意しています。 毎年恒例となったサンカルパ瞑想(3スタジオで行います) 1/4(土)のstudio mukunokiのクラスはキャンセル待ちになっています。 そして、1月13日(月・成人の日)にはヨガスタジオ グロウ(たまプラーザ)で2本立てで「始まりのヨガ エナジーフロー&蓮の花の瞑想」「始まりのヨガ リラックス&サンカルパ瞑想」 動と静、どちらのクラスも瞑想の時間をたっぷりとります。
1月25日(土)の旧正月の日は、ヨガスタジオ グロウ(二子玉川)で「新月のサンカルパ瞑想」のクラスを開く予定です。
新年を 清々しい気持ちで迎えられますように。
1 note
·
View note
Photo
【ha-su】 僕の絵は 瞑想→言葉や音が浮かぶ→筆を進めると絵が完成したする という流れなのですが この絵は 【蓮】1文字が浮かんで来た所からスタートしています お部屋にお花を飾る様に アートを軽快に飾って頂きたい そんな想いを込めた1枚でもあります🌸 こちら 2021モデルにつきお値下げ致しました 是非 心に響く方がいらっしゃったら お迎えよろしくお願いします✨ 【BASEショップ】 https://watertobirth.base.shop/ ¥44000→¥22000(税込) ※売上表示金額の10%は寄付に回しています アートに気軽に触れてくださいね #光の絵 #インスピレーションアート #ヒーリングアート #蓮 #花 #癒し #カフェ #アート販売 #watertobirthday water to birthday shop artist: roppi https://www.instagram.com/p/ChUUtyDvnt9/?igshid=NGJjMDIxMWI=
0 notes
Text
写経会・写仏会
7月5日(日)14時~15時半
本日は梅雨の合間の曇り空。
だいぶ湿度が高く蒸しております。
世間のコロナ禍でありました当山の写経会も
久しぶりの大人数でのご参加です。
誠にありがとうございます。
一年の前半最終日、自分の思いのままに筆を動かし、願いを込めて参ります。
浄土宗の経典「維摩詰所説経」の中に汚れた世界にこそ,
咲く花があると説く場面があります。
それは『蓮の華』です。
蓮華は泥の中にもかかわらず、
泥に染まることなく
見事な花を咲かせます。
私たちは皆それぞれ悩みを抱えて生きています。
その悩みを避けないで、
真摯に向き合う時、
いつしかその悩みを克服する糸口が見つかり、
今後の人生の糧となります。
「己を忘れて他を利するは慈悲の極み」
天台宗最澄の言葉です。
相手の身になって考える思いやりの心にこそ、
仏教の核心に迫るところです。
汚れや乱れの多いこの世にあっても、
なお他者への思いやりに基づく行動をとり続けることで
自己中心的な考えから、
やがては地球全体の環境のことをも
考えられるようになる、
まさに人が成長する有り様をも
「泥中の蓮華」は表しております。
次回、9月6日(日) 14時 写経会・写仏会(60分) 15時5分頃 マインドフルネス瞑想(10分)
※なお、8月はお休みになりますので ご注意ください。
1 note
·
View note