#民族調刺繍
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gallerynamba · 26 days ago
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◇TWINSET(ツインセット)◇ブラウスが入荷しました。 定価:50,600円(税込) 弊社通販サイト商品ページ⇒http://www.gallery-jpg.com/item/643-140-338-89/ SPRING&SUMMER 素材: (本体1)コットン95%、亜麻5% (本体2)コットン100% (刺繍)ポリエステル100% (本体3)ポリエステル100% カラー:ホワイト×ブラック サイズ:42 総丈約60cm、肩幅約37cm、袖丈約60.5cm、バスト約98cm、ウエスト約100cm (平置きの状態で測っています。) 額縁と花のモチーフを刺繍で施したコットンリネンのブラウス。 ヨーク部分は透かし刺繍をあしらい、シースルーのデザインになっています。 刺繍は非常に細かく、芸術的。 前身頃のセンター部分はボックスプリーツ。 袖口カフス部分も刺繍をあしらっています。 北欧や中欧の民族衣装の様な雰囲気です。 ※ご覧頂いている媒体により、色の見え方が多少変わる場合がございます。 ※店頭でも同商品を販売しておりますので、通販サイトの在庫反映が遅れる場合があり商品をご用意出来ない場合がございます。予めご了承頂きますようお願い致します。 ━━━━━━━━━■アクセス□━━━━━━━━━         なんばCITY本館の1階     大阪難波郵便局側から入って1軒目        靴のダイアナ(DIANA)の隣 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ Gallery なんばCITY本館1階店 〒542-0076 大阪府大阪市中央区難波5-1-60 なんばCITY本館1階 【営業時間】11:00~21:00 【休館日】10月無休 【PHONE】06-6644-2526 【e-mail】[email protected]
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sina1986 · 1 year ago
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オーダーメイド携帯ポシェットのご紹介です。
お仕事中に大活躍の、シンプルな形の携帯ポシェット。
シックな装いのコーディネートのアクセントに使えるような色合いで制作しました。
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黒を基調に中国雲南地方のセレモニー用の民族衣装の生地や、スパンコールがついた生地、刺繍の生地などをパッチワークしました。
へびの手刺繍。あどけなく、のんきな表情の蛇ちゃんです。
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裏地は鮮やかな緑と、リアルな蛇柄の組み合わせにしました。
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このポシェットでお仕事も日常も、より楽しく過ごせますように🐍🐍🐍
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kitsuneponchan · 2 years ago
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春の乙女、モラヴィアの春
絵をお迎えしました。
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西日向さん「春の乙女」
本当に素敵な絵で、そっちを見てみる度に素敵な絵がそこにある。本当に有る。手に取って覗く。何度見ても良い。美しい。嬉しい。東欧がぎゅっと詰まってる。
昼間も素敵な絵だったけど、夜になるとますます存在感を増して部屋の空間に浮き出す。スカートは膨らんで、色は濃く、よりはっきりと、豪華に、細密な柄がより細かく、艶も増し、力を得てうようよと動き出しそう。
チェコの民族衣装。東欧の色。レースとリボンで彩られた村の女の子の着る晴れ着。暗い歴史を背負う人々の鮮やかな刺繍。伝統の色。
手刺繍が世界に一つだけの衣装の証であるように、この絵も世界に一つだけ、多分多くの人に好かれ望まれる。でも私が惹かれたから、きっと私のところに在っていいものなのだと思う。
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西日向さん「モラヴィアの春」
てのひらに乗る小さな絵の、小さな花たち。冬に一度死んで花に生まれ変わった生き物のようにこっちを見ている。生きている苦しみも喜びもぜんぶこの子だけのもの。何も言わず風に揺れる。
這い出てきた小さなてんとう虫。命には大きさがあるのだろうか。てんとう虫は枯葉の下でじっとして極寒の冬を越す。また出会えたね。額縁にも可愛い花が咲いている。小さな花畑。
思いがけず私に訪れた春。私は本物に出会えたと思う。
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almostautohonyakudiary · 1 year ago
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ロワー・イーストサイドの民俗史家
この40年間、この界隈の最も粘り強いアーティスト兼アクティビストだったクレイトン・パターソンのこと
ーーミス・ローゼン、2023.7.8
アーティストであり民間歴史家のクレイトン・パターソンは同じロワー・イーストサイドの店構えに40年間住んでいる。道に面した大きな窓のすぐ内側にある古い布張りの椅子に座って、視線を集めているから、すぐわかる。トレードマークの銀色の髭が胸まで流れ、微笑むスカルがついたオリジナルのクレイトン・キャップをかぶっている。74歳のパターソンは、あまりに長いあいだロワー・イーストサイドでこの場所を題材にしたアートをつくってきたので、ここの歴史と自分の人生とが切っても切れない状態になっている。10年ほど前、彼はこの界隈を出て行きそうになった。ジェントリフィケーションの進行の速さ、行きつけの場所の閉鎖、親しい友人の死などに嫌気が刺したのだ。タイムズ紙は彼が去ることを「マンハッタン最後のボヘミアン」が退場すると記し、一時代の終わりだと告げた。しかし結局パターソンはそこにとどまった。
写真キャプション: ・クレイトン・パターソン。2023年7月6日、自宅にて。 ・ニューヨーク市警が武装した警官を乗せた車両を「ブレット・スペース」(ロワー・イーストサイドのアーティストコレクティブ兼ギャラリー)の前に止めたことに抗議して作られた段ボールの戦車 ・意識がない様子の人をチェックする警官 ・放置されていることに抗議して放火された公衆トイレ ・伝説のミュージッククラブ、CBGB
カナダのアルバータ出身のパターソンは、最近私に自分の出自を「労働者階級の悪い方の端っこ」だ説明した。15歳で家を出ると、その後15年をさまざまな美術学校の学生や教師として過ごした。1979年にパートナーであるアーティストのエルサ・レンサアと共にロワー・イーストサイドに来ると、地主が手を回した放火、政府による差し押さえ、そして10年間にわたって「見て見ぬふり」をされてきたことによって、この移民たちの小さな居住区��廃墟と化した建物と捨てられた注射針が散見される場所になっていた。しかし、ニューヨーカーはなにもない場所を放ってはおかない。この界隈の安い不動産を目指して、すぐに不法占拠者やアーティストや社会ののけ者たちが群がってきた。パターソンはレンサアに贈られたペンタックス125SLRを持って道を歩き始めた。そしてセックスワーカーや詩人、学校に通う子供たちやパンクスなど、ロワー・イーストサイドを自分たちの街と呼ぶ人々の写真を撮り始めた。カメラは街の扉を開く鍵となり、そうでなければ行かなかっただろうところにパターソンを導いた。ピラミッドクラブのドラアグクイーンやハードコアのショー、ストリートの過激な抗議行動、CBGBやブレット・スペースなどのローカルなランドマークやアートイベント。その中には自分の指を切り落としたパフォーマンスアーティスト、ロジャー・カウフマンのイベントもあった。パターソンの写真は、コミュニティの赤裸々なタイムカプセルとなった。彼のロワー・イーストサイドでの生活を記録した「Captured(撮った!)」と題された2008年のドキュメンタリーで、パターソンは「ストリートを眺めているのは、水族館にいるのと似ている。通りを見ていればこういう活動がいつだっ��見えるんだ」と語っている。
写真キャプション: ストリートの撮影に出かけようとしている、パターソンのパートナーであり、クリエーティブ・コラボレーターのエルサ・レンサア
1983年にパターソンとレンサアはエセックス通り161番地を購入した。以前は仕立て屋が入っていた2階建ての建物だ。それから、生活費を稼ぐために「クレイトン・キャップ」を製作した。それは1986年にリリースされた、おそらく初のデザイナー・ベースボールキャップだった。その界隈から急速に消滅しつつあった衣料品産業から救い出して再利用した機械を使って、レンサアが刺繍のパターンをつくった。これがアーティストや著名人の間で大ヒットし、ジム・ダイン、デイヴィッド・ホックニー、ミック・ジャガー、マット・ディロンなどが顧客になった。その同じ年に、パターソンとレンサアは自分たちの店先をギャラリーに改装し、そこでジェネシス・P・オリッジ、テイラー・ミード、クエンティン・クリスプ、ダッシュ・スノーなど、地元の才能の展覧会を開いた。パターソンはギャラリー正面の窓を「ホール・オブ・フェーム(殿堂)」に変え、自らのポートレート写真シリーズ「ウォール・オブ・フェーム」を週替わりで展示した。被写体はほとんどが近所の住民で、グラフィティで埋め尽くされたギャラリーの壁の前でポーズをとっている。
写真キャプション: ・少年と彼のペット ・ポーズをとる若い女性 ・歩道に立つ若者 ・アーティストのブッチ・モリス
エセックス通りはパターソンにとって、80年代の高騰するアート市場への足がかりとなった。しかし彼はその状況にしらけていた。「金を儲けて、オデオンに行ったり、ミスター・チャオで食事したり。ブルペンでいちばん強い牛になるという競争ばかりだった」。その代わりに彼がやったのは、界隈でいちばんしつこいアクティビストとしてのキャリアを築くことだった。レンサアといっしょにつくったクレイトン・キャップを売った資金で「クレイトン・アーカイブ」を設立。ビデオ、アート作品、本、新聞の切り抜き、そしてロワー・イーストサイドからのさまざまな収集物。中には空のヘロインの袋もあった。ストリート写真は何千枚にもなった。「俺は他に誰も写真を持っていない人間の写真を持ってる。火事にあったり、家を失ったり、ホームレスになってすべてを失ったりしてるやつらだ」。パターソンの友人、グライフォン・ルーは、2021年にダウンタウンの書店兼アートスペース「プリンテッド・マター」でパターソンの写真展のキュレーションをした。写真のアーカイブを調べていくのは「段ボールの箱の内側から穴を開けているような、亡霊のポケットの中を探っているような感じだった」と言う。「雪崩てくる魂をどうやって整理しろっていうんだ」。
写真キャプション: ・90年代、9thストリートとアベニューDでの火災の後で ・抗議行動のサイン「ジェントリフィケーションは階級戦争だ。反撃しろ」「金持ちを追い出せ」 ・ホームレスの住宅支援デモに参加するデイヴィッド・(レッド)・ロドリゲス ・抗議団体ARTIST(Artist’s Response To Illegal State Tactics、不法な行政指針に対するアーティストの抵抗)を創設したロバート・レデルマン、1993年
パターソンは長い年月をかけて「ニューヨーク・タトゥー・ソサエティ」を組織してきた。この団体はアンダーグラウンドのアート表現がニューヨーク全体で禁止になったことを覆し、ロワー・イーストサイドを記録した数えきれないほどの本や選集を出版し、毎年実験的なアーティストやアクティビストの仕事を讃えるニューヨーク・アッカー・アワードを創設した。しかしパターソンが果たした最も重要な役割は「市民ジャーナリスト」としてのものだろう。1988年、パターソンがピラミッド・クラブでのパフォーマンスをビデオで録画していたときに、数ブロック先でトムプキンズ・スクエア・パークの暴動が勃発した。警察が公園から人を排除して封鎖しようとした後のことだった。パターソンは現場に駆けつけ、状況を録画し始めた。レンサアはテープを公園からこっそり持ち出して��る手助けをした。その映像はニューヨーク市警が抗議行動を抑圧した残忍な手法を捉えており、ニュースで放送された。ニューヨークの地方検事はパターソンを召喚して映像の提出を求めたが、パターソンは拒否し(その結果、法廷侮辱罪で収監された)、交渉の結果、映像への著作権を手にした。「人は俺のことを反社会的で反政府的なトラブルメーカーで、アナーキストだと思っているが、それはちがう。俺はアーティストなんだ。
写真キャプション: ・80年代後半の裁判所入口 ・ジェントリフィケーションへの抗議活動で投石によって割れたガラスに映ったパターソンの自画像
パターソンの映像と写真の作品はニューヨークやその他の場所で何百回も展示されてきた。その幾つかは、現在、市のフォトヴィル・フェスティバルの一部として野外に設置されている。しかしパターソンは自分を写真家と定義づけることを拒否する。カメラは彼の何十年にもわたる保存プロジェクトの一つのツールに過ぎないからだ。「俺のアートは一つひとつの作品じゃない。それはもっと大きなビジョンであり、生存、存在、そしてクリエイティブであり続けるということなんだ」。
写真キャプション: ・90年代初頭、ふざけてパターソンを撮影する警官。後ろに見えるのはテレビシリーズ “The Church of Shooting Yourself” のリック・リトル(彼が扮するパラノイアのフェイク・ジャーナリストがイーストビレッジの出来事を自撮りする番組)
ニューヨーカーに掲載。2023.7.8
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monologxxx · 5 years ago
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: : ちくちく 今日も針しごと☺︎ : : #monologピアス#イヤリング#モノログ#monolog小惑星ピアス#embroidery#ビーズ刺繍#bordado#ピアス#イアリング#iichi#accessory#アクセサリー#ファッションアイテム#手仕事のある暮らし#art#design#光#民族調ピアス#植物#ヤドリギ https://www.instagram.com/p/B_HxCgAFxom/?igshid=1abakhmyl01o1
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kunugihay · 5 years ago
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・ 赤字覚悟 それより生命 !!! ・ ・ コロナウイルス感染拡大予防に際し 当面の間営業を自粛させて頂きます 。 と言うのも 家族を守るため 命を守るため。 ここに来て さらに家族という小社会の絆は深まっています 。皆さんもそうだと思います 。 家にいる時間が増え 家族を思いやり 外出を自粛する 。 自分が誰かを思い行動に起こすことは とても素晴らしい事だと思うんです 。 この流れがより良い社会を作るエネルギーとなる事を 僕たちは信じています 。 僕の父は肝臓移植を行っているため 健全者より免疫力が弱く 感染してしまった場合 死に至る確率が非常に高いと 色んな先生方から連絡がありました 。 感染経路も分からず ましてや目にも見えないウイルスですので どこで感染するか本当にわからない状況です 。 今僕たちの出来ることは 予防をすること 気をつけることしか出来ません 。 そう言った経緯で 僕たちはお店を休業する事を決めました 。 ・ 経済的なところでは 正直赤字かな?赤字にならないよう オンラインを使って商品をドンドコ上げていく予定です 。 皆様のご理解とご協力を どうぞ宜しくお願いします 。 ・ ここ最近コロナの問題もあって 色んなことに首を突っ込んでいます 。 真実は もっと平和で 調和の取れた 争いの無い そんな世の中! それを確信に近づけるよう 日々学びを深めようと思います 。 2020年 誰もが平等で みんなで助け合い 高め合う 調和の取れた社会が来ると 本気で思っていて そこにすごくワクワクしています 。 ただ今は コロナの終息を切に願っております。 ・ ・ 雨降り 喫茶と民藝 静岡県三島市北田町3-55,2F 三島田町駅前 09076967520 Pは駅前timesをご利用下さい HP(onlineshop) 「amefri.com」 小豆島移住ブログ http://kunugihay.tumblr.com/ ・ ・ #amefri#chai#&#craft#三島田町#雨降り#喫茶#民藝#スパイスカレー#カレーランチ#spiceカレープレート#spicecurry#気まぐれスイーツ#rawsweets#今週のスイーツ#民藝#日用品#刺繍#手織り#手編み#籠#草木染め#古道具#古布#小豆島#移住#セルフビルド#セルフリノベーション#古民家#小豆島移住記録 (雨降り喫茶と民藝) https://www.instagram.com/p/B-tssTQFvq_/?igshid=192xpvcbsa0xg
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yukinko22 · 5 years ago
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怪しいインビテーション・フロム彼方  夏休みに、知らない人に誘われて、知らない人たち5人と、知らない国の知らない場所を旅することになった。twitterで、今まで全く交流がなかった人から突然誘われたのだ。なぜ誘われたのかもわからないし、なぜ、自分がその誘いに応じたのかもわからない。  当時の私は、激務で有名な会社の、最も激務と噂される部署で働いていた。会社の机で眠り、近くのジムでシャワーを浴び、充血した目でエクセルを叩く。正月もゴールデンウィークもなかった。ウイグル旅行の誘いが届いたのは、そんな折だった。  メッセージが目に入るやいなや、発作的に行きたいと返事をしてしまったが、後になって疑念が湧いてきた。メッセージの主は、いったいどんな人なんだろう。私は当時、人と絡まない孤高のスタイルでtwitterをしていたのでDMがきたこと自体初めてだった。  とにかく、行くと言ってしまったのだから、休みをとらなければならない。その時点で夏休みを取得する予定はなかった。取得できるのかもわかっていなかった。 どうしてウイグルなんかに行くんですか  休暇取得を申し出る私に対し、職場のみんなはやさしかった。みんな忙しいのに、「仕事は引き取るから」「ゆっくり休んで」と言ってくれた。しかし、旅行の詳細を聞くと、同僚たちの善良な笑顔はさっと曇った。  彼らは問う。 「どうして、ハワイでもセブ島でもなく、ウイグルなのか」 「どうして、親しい友人や家族と行かないのか」  もっともな疑問だ。私は、どうして、気が合うかわからない人々と、楽しいかわからない場所に行こうとしているのだろう。自分にもわからない。どちらかといえば、こちらが問い返したいくらいだ。 「どうして私は、知らない人とウイグルに行くのでしょう?」  私は、夏休みまでに仕上げなければいけない書類の山を見つめた。 羽田からウルムチへ  早朝の羽田空港国際ターミナルで、私は疲れ果てていた。休暇を目前にひかえる中で押し寄せる仕事の波に飲み込まれ、家に帰れない日々が続いていたからだ。最終日も仕事が終わらず、徹夜で職場から直接空港に向かう羽目になった。  今回の旅行メンバーは、男性3人・女性3人。私以外は、大学時代のサークルを中心としたつながりのようだった。それだけ聞くと、「あいのり」や「テラスハウス」のような、青春の匂いただよう若い男女の旅行なのだが、グループからはそれをかき消す不穏なバイブスが満ち満ちていた。  なかでも完全におかしいのは、グループの中に「尊師」と「レーニン」を称する人物がいることだ。通常、「尊師」というのは、オウム真理教教祖の麻原彰晃(本名・松本智津夫)を意味し、「レーニン」というのは、ロシア社会民主労働党の指導者であり、ソビエト連邦を建国した人物であるウラジミール・イリイチ・レーニンを意味する。  テロ、あるいは革命という形で、国家体制の転覆をめざした宗教的・政治的指導者が、なぜ一同に会しているのだろう。空港前で集合しているだけで、破壊活動防止法(通称・破防法)の適用対象団体となってしまいそうだ。  ともあれ、この時点で、今回の旅行が恋と友情の甘酸っぱい青春旅行になる可能性は限りなくゼロだ。麻原彰晃とウラジミール・レーニンが旅を通じて友情を深め、それがいつしか愛に変わる……。そんな突飛な話は、両者の思想的相違点を考慮すればおよそ考えられないだろう。  私は、国家転覆を試みる宗教家でもなければ、社会主義の革命的指導者でもない。どうしてこの旅に誘われたのだろう。ぷくぷくとふくらむ疑問と不安を乗せて、飛行機は羽田を旅立とうとしていた。 尊師とレーニン  羽田からウルムチへの長い移動中に分かったことがある。尊師は、工学の修士号を持つ知識人であり、特定の宗教とのつながりはないということだ。「尊師」というのは、極めて不謹慎なあだ名にすぎない。  では、旅の同行者にふさわしい安全な人物かというと、そんなことは決してなかった。尊師は、無邪気な下ネタをガンガン投下してくるという反社会的な性質を有していた。  例えば、北京の空港でのことだ。 「マーン・コーヒーだ!見てください!マーン・コーヒーですよ」  尊師は、北京空港内のオシャレなカフェチェーンを指差し、目をキラキラ輝かせて写真を撮りはじめた。そのとき、私は「どこにでもあるチェーン店になぜ興奮しているのだろう」と不思議だったのだが、後になって、それが低レベルすぎる下ネタであることに気がついた。もっと早く気づいてしかるべきだったのだが、工学の修士号を持つ知識人が、そんな知性ひかえめのジョークを言うとは思わなかったのだ。  他の同行者もまた、尊師の被害を受けていた。 尊師 「ちんマ!? ちんマ!?」 同行者「ちんマってなんですか?」 尊師 「ちんマというのは、ちんちんマッサージのことです」 同行者「……」  それ以来、その人は、尊師には何も質問しないと決めたという。  尊師が、大きな身体のうるさいお兄さんである一方、レーニンは、小柄でツインテール姿の、無口でちょっぴりエッチな美少女だった。  ちなみに、ちょっぴりエッチというのは、彼女が尊師の下ネタをときどき拾ってあげていたのを私が面白おかしく書き立てているだけだ。実際には、彼女は、渾身の下ネタをたびたびスルーされ、ときにはうるさいと一喝される尊師を気遣っていたのだと思う。  なので、正確には「レーニンは、小柄でツインテール姿の、無口で心優しい美少女」ということになる。それでいてソ連のコミンテルンを率いる革命的指導者であり思想家だなんて、今すぐアニメの主人公になれそうだ。  それにしても、尊師もレーニンも、私の凡庸な日常生活には絶対にあらわれないタイプのキャラクターだ。二人とも、普段は善良な労働者として社会に潜伏しているらしいので、本当は自分のまわりにもいるのかもしれないが、それを知るすべはない。 「ずいぶん遠いところにきちゃったなあ……」  あまりの非日常感にめまいがした。まだ、目的地にさえついていない。 謎の秘密結社・うどん部   新疆ウイグル自治区は、中国の最西部に位置しており、国境を接して南にはインドがあり、西にはカザフスタン・キルギス・タジキスタン・パキスタンが連なる。古くからシルクロードの要衝として栄え、ウイグル人・カザフ人などの多民族が住む、ムスリムが多い中央アジア文化圏だ。  今回の旅程は、新疆ウイグル自治区の玄関口であるウルムチを経由し、前半は電車でトルファン、カシュガルを巡り、後半は車でパキスタンとの国境であるタシュクルガンまで足を伸ばすというものだ。  羽田からウルムチまでの移動にまる一日かかるため、実質的な旅のスタートは二日めのトルファンからになる。隣の国のはずなのに、移動の体感的にはヨーロッパと同じくらい遠い。  私たちがトルファンに到着して最初に向かったのは、ウイグル料理店だった。 「やはり我々うどん部としては、まずはラグメンの調査からですよね」  旅行の主催者である女性は、ニコニコしながらそう言った。ラグメンとは、中央アジア全域で食べられている麺類で、うどんのような麺に、トマト味のソースがかかった食べ物だ。  なんでも、今回の旅行は「某大うどん部」という、大学の��どん愛好家サークルの卒業生を中心としたメンバーで構成されているらしい。旅の目的のひとつも、ラグメンを食べることで古代中国で生まれたうどんの起源を探ることにあるのだという。 「うどん部……?」  私は思わず考え込んでしまった。特にうどん好きというわけでもない自分が誘われた理由がわからないと感じたこともあるが、一番の理由は、今回のメンバーが「うどん部」という言葉がもつ牧歌的かつ平和的な響きからはおよそかけ離れた集団のように思えたからだ。  先程言及した「尊師」と「レーニン」が名前からして不穏なのはもちろんだが、他のメンバーたちの話題もとにかく不穏だった。 「前進チャンネル」の話 中核派Youtuberが、警視庁公安部のキャンピングカーを紹介したり、不当逮捕された同志の奪還を訴えたりしている番組の話。 北朝鮮脱北ノウハウの話 中国と北朝鮮の国境地帯に住んでいたことがあるうどん部員による、脱北ノウハウの話。北朝鮮脱北者が、国境近辺に住む中国人民を襲い、金品と身分証を奪いとることで中国人として生きようとするが、中国語が話せないことからバレてしまい、強制送還されるという救いのない事件が多発しているらしい。 スターリンに乾杯した話 「ヨシ」という名前のうどん部員が、スターリンの故郷であるジョージアを訪ねたところ、「ヨシ」は同志スターリンの名前だと歓迎され、「ヨシフ・スターリンに乾杯」と密造酒をすすめられた話。  一言でいうと、うどんは関係ない。  うどんは関係ない上に、思想的にかたよっている。うどんを愛する心に右も左もないと思うのだが、一体どういうサークル勧誘をすればこんなことになるのだろう。世界がもし100人のうどん愛好家の村だったら、中核派は0名、教祖も0名、スターリンの故郷を訪ねた人も0名になるのが普通だ。  今回の旅行メンバーはたった6人なのに、公安にマークされそうな発言をする人しかいない。思想・良心の自由が限りなく認められたコミュニティであるともいえるが、うどんを隠れ蓑とした何らかの過激な団体である可能性も捨てきれない。謎の秘密結社・うどん部だ。 「こうした旅行は、よく企画されるんですか?」  私は、うどん部の背景を探るべく、おそるおそる尋ねた。 「主催者さんは、旧ソ連圏に関する仕事をしているんです。その関係で、旧ソ連の珍しいエリアへの旅行をよく企画しますよ」 「でも、どういうわけか、たまに、その旅行に行った人たちが仕事や学校を辞めてしまうんですよ」 「この前の旅行では、社会主義国家によくある、労働を賛えるモニュメントをめぐっていたら、一緒に旅行していた学生の友人が『労働意欲が湧いてきた。学校はやめるぞ』と言って、突然中退してしまったんです」 「僕も仕事を辞めたしね」  社会主義国家を旅することで、反社会性が養われてしまうとは……。 「旧ソ連圏への旅行は、うどんとは関係あるんですか?」 「うどんとは関係ありません。ただ、うどん部員には、真っ赤な��が流れているんです」  これまでの話をまとめると、「うどん部」とは、うどんの絆で連帯し、ときに資本主義社会から人をドロップアウトさせる赤い集団ということになる。なにがなんだか、全くわからない。  主催者の女性は、旧ソ連圏に関する仕事をしているだけあって、中央アジア文化に詳しかった。彼女は、うどん部員らしい話題として、シルクロードにおける麺の広がりについて話をしてくれた。 「トルクメン人も、カザフ人も、ウズベク人も、友人たちは口を揃えてラグメンはウイグルが一番美味しいというんですよ」  全中央アジアの人民が認めるウイグルラグメンは、たしかにおいしかった。もちもちした手延べ麺の感触と、オイリーなソースに絡まるたっぷり野菜のバランスがよく、濃い味なのにいくらでも食べられてしまう。  特に、ニンニクでパンチを効かせたラグメンは癖になるおいしさで、そのジャンクかつ中毒性が高い味わいから、勝手に「ウイグルの二郎」と命名されていた。  内装も異国情緒が爆発していた。天井から階段までいたるところがタイルやステンドグラスで彩られている。細やかな幾何学模様を見ていると、確かに中央アジア文化圏に来たのだということを実感する。  中央アジアを旅行するたびに思うのだけれど、彼らの、あらゆる場所を「美」で埋め尽くそうとする情熱はすごい。衣服やクッションの細かな刺繍、木彫りのアラベスク、色とりどりのランタン……。よくみると、料理に使うボウルまで鮮やかな矢絣模様がついている。  私は、ステンドグラスが貼られた天井を見つめた。 「遠い場所に場所にきたんだ」  そう思ったが、どういうわけか実感がなかった。足元だけが、なんだかふわふわしている気がした。 砂漠は空中浮遊する尊師の夢をみるか  午後から本格的な観光がスタートした。最初に訪れたのは、交河城址という遺跡だ。紀元前2世紀頃に作られ、14世紀まで実際に街として使われてい要塞都市だ。地平線が見えそうなほど広い。  地面の上にレンガを重ねるのではなく地面を掘って街を作ったところに特徴があるらしいのだが、これだけの土地を彫り抜くなんて、想像もつかない労力だ。中国の圧倒的なマンパワーを感じる。  遺跡が広すぎる一方で観光客があまりいないため、とても静かだ。どこまでも続く風化した街並みを歩き、静謐な空気に触れ、かつては賑わっていたであろう都市の姿を想う……そんな触れ込みの場所なのだけれど、正直言って、そうしたロマンチックな思い出は一切残っていない。  なぜなら、悠久の大地を包む静寂を切り裂くように、尊師がマシンガントークを繰り広げていたからだ。麻原彰晃がおしゃべりだったのかは知らないが、少なくともウイグルの尊師は非常におしゃべりで、一人で優に5、6��分は話していた。観光中、常にニコニコ動画の弾幕が飛んでいるような状況であり、センチメンタルな旅情の入り込む隙はない。  尊師の話は、基本的にどれも「興味深いがどうでも良く、とにかく怪しい」内容で統一されている。 ・中国の深センで売られている「Android搭載のiPhone」の話 ・中国貴州省の山奥に住むラブドール仙人の話 ・中国の内陸部では旅行カバンの代わりに尿素袋が使われているという話 ・中國の伪日本製品に書かれている怪レい日本语が好きだという話……。  気がつくと、夕暮れ時になっていた。  乾いた大地は茜色に染められて、民族音楽の弾き語りが響く。旅行者としてのセンチメンタリズムが刺激され、私はこの地の長い歴史に思いを馳せる。しかし、次の瞬間には、そんなセンチメンタリズムを切り裂くように尊師の怪しい話が炸裂し、安易な旅情に回復不可能な一撃を加える。  たちまち、私の心の中で放映されていた「NHK特集 シルクロード」の映像は乱れ、テーマソングを奏でる喜多郎は、へなへなと地面にへたり込む。   砂漠で果敢にも空中浮遊を試み転落する尊師、唐突に尊師マーチを歌い始める尊師、中国の怪しいガジェット情報に詳しい尊師……。  トルファンでの私の思い出は、尊師色に染め上げられていった。 遊牧民が住む砂漠の街で不慮のノマドワーカーになる  まさかウイグルで徹夜をすることになるとは思わなかった。  観光を終えてホテルに戻った私を待っていたのは、職場から送られてくる容赦ないメールの数々だった。 「夏休み中恐縮ですが、添付の資料につき18時までにご確認お願いします」 「確認が終わるのは何時頃になるでしょうか」 「こちらも限界です、連絡ください」  休暇を申し出たときの「ゆっくり休んでください」はなんだったのか。そもそも、今日、日本は日曜だし明日は月曜で祝日のはずだ。私が旅行にでかけたのは土曜日なので、まだ夏休みは始まってさえいない。どうしてこんな惨状になっているのだろう。  ひとつ断っておきたいのは、私の職場の同僚たちは、基本的に優しく善良な人たちであるということだ。本当に仕事が回らなくなり、やむを得ずメールをしてきたのだろう。  今回の夏休みは「正月がなかったのはあまりにも気の毒だから」と上司が、わざわざチームに根回しをしてくれてようやく取得に至ったものだ。上司のただひとつの誤算は「現場に人が足りていない」という根本的な問題は、根回しでは決して解決しないということだ。  私はその夜、ホテル近くの雑貨店でレッドブルとコーヒーを買い込み、目を真っ赤にしてキーボードを叩き続けた。  空が白み、まばゆい朝日がきらきらと射しこむ時間になっても、私の仕事は終わらなかった。他の人々には私を置いて観光に行ってもらい、一人で仕事を続けた。そんな私を気遣って、尊師が食事を買ってきてくれた。  ようやく仕事が終わったのは、太陽が高くのぼり、熱された大地が蜃気楼で揺れるころだった。 鳥の声しかしない場所  午後、観光に出ていた他のメンバーと合流し、タクシーで訪れたトルファン郊外はのどかな場所だった。乾いた土地に葡萄溝やバラ園が広がっていて、木陰で商売をするスイカ売りやぶどう売りが、こちらにおいでと手招きをする。  ぶどうはいつも無料だった。一房分を買おうとするのだが、安すぎてお金を受け取ってもらえないのだ。口に含むと、雨の降らない土地で育つ果物特有の凝縮された甘みを感じる。  観光名所とされている遺跡にはだれもおらず、車の音も人の声もしない。絶え間なく響く鳥の声を聞き、強い光が地面に落とす影を見ていると、数時間前まで仕事に追われていたのが、遠い昔の記憶のように思えてくる。  静かな場所だった。太陽が眩しくて、あたまがぼんやりした。  ふと見ると、道端でビニール袋に入れられた羊の頭蓋骨が風化していた。その後も、私たちは、農地の側溝や休憩所のトイレ等、そこかしこで羊の頭蓋骨を見つけることとなる。この土地で暮らす人々には、お弁当がわりに羊の頭を持ってくる風習があるのだろうか。  私は、以前、イランのホームステイ先で「イランでは朝ごはんに羊の脳みそのスープを飲む」「日本でいうと、みそ汁的な存在」と言われたことを思い出した。「羊の頭が��そ汁の具として扱わている地域があるなら、お弁当がわりに羊の頭をぶらさげる人々がいても不思議はない」と思う。  私は、強い日差しから逃れ、木陰に座ってこの土地で暮らしてきた人々のことを思った。日本にはまだ神話の神様さえいなかった遠い昔に、砂漠のオアシスで暮らし、羊を飼い、ときには西瓜で喉を潤していたかもしれない人々のこと。彼らの聞いていた鳥の声と、私たちが聞いている鳥の声は同じだろうか。  夏の光にまみれてきらきらする西瓜の皮と、そばに落ちる暗い影を眺めていると無気力が押し寄せてきて、労働の意義も経済成長の意味もわからなくなった。  私はふと、今回の旅行について話したときの、同僚たちの反応を思い出した。 「どうしてウイグルなんかに行くんですか」  彼らの疑問は、要するに「その夏休みの使い方に、確かな価値はあるのか」という点に集約できる。たまの休みなのだから、確実に楽しく、気分良く過ごせる場所に行くべきだ。彼らはそういっていたのだろう。  同僚たちの疑問に対し、そのとき私は答えることができなかった。  職場の同僚たちは「この先、生き延びるにはどうすればいいか」という話をよくしていた。真夜中から始まる飲み会で、明け方の6時や7時まで話す人もいた。生き延びるとはなんだろう。  生産性が自分の人生を覆い尽くし、人間性がわかりやすい価値で塗りつぶされていくのを受け入れること。「使える」人とだけつるみ、評価されること。夏休みはハワイに行くこと。  生き延びるとは���きっとそういうことだった。  忙しいことには慣れていた。仕事に慣れてしばらくたったあるとき、もう必要がないからという理由で、少しずつ集めていたアンティークの食器や学生時代に好きだった小説を捨てた。重要なのは、「役割」を果たすことであり、社会の共通言語で話すことだと考えた。  でも、私は突然、久しぶりの夏休みを、確実に楽しい場所ではなく、楽しいかよくわからない場所で過ごしてみたくなったのだ。知らない人に誘われて、どういうわけか、そういう気持ちになったのだ。  農家のおばさんからもらって持て余していたぶどうを一粒、口に含んだ。日本のものとは全く違う、知らない味がした。 星降る夜行列車に乗って  疲れからか、やたらと物憂げな気持ちになっていたところに、尊師の「バ〜ニラ、バニラ高収入〜!」という歌声が響いてきて、現実にひきもどされた。そろそろ、この街を離れる時間だ。  それにしても、すっかり考え込んでしまった。私は、「うどん部の旅行に参加した人は社会からドロップアウトしがちである」という話を思い出した。  葡萄溝の木陰で、やたらとメランコリックな気持ちになったのも、この旅行の危険な効果だろうか。このままでは、謎の秘密結社・うどん部の陰謀の思う壺だ。  夜行列車で過ごした夜は、楽しかった。  トルファンのぶどうで作った珍しい白酒をたくさん飲んで、加熱する仕掛けが施されたインスタントの火鍋をつついた。  普段は飲まない強いお酒にはしゃぎすぎて寝てしまい、気がつくと真夜中だった。  夜行列車の窓から空を見上げると、満天の星空だった。肌寒い寝台で、毛布をだきしめながら、流れていく星空を見つめた。まばたきも、呼吸もできなかった。体中の神経が粟立ち、スパークした。  私は、冷凍されていた自分の人生が、急激に自分の身体に戻ってくるのを感じた。  もしかして、私は、生き延びることから遠ざかっているのだろうか。  このときの私はまだ、自分がその数カ月後、仕事を辞める運命にあることを知らなった。 (カシュガル編につづく) 補足とおしらせ  ウイグル旅行記は、長くなってしまったので数回に分けて書きます。今後の予定はこんな感じです。 ・ カシュガルで公安警察から"重点旅客"として熱烈歓迎されてしまった話 ・ ウイグルの果てでゾロアスター教の遺跡を探し、廃墟の温泉に入った話 ・ 突如の軍事パレード開始により限界帰国チャレンジを強いられた話 旅の写真は、twitter(@eli_elilema)にもあげているので、よかったら見てみてください。 ※ 尊師はとても良い人でした。
https://note.mu/elielilema/n/nb8baf42077cd
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xf-2 · 6 years ago
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写真の中心に立っているのは私の姉で、その後ろで巾着を左手に持ち立っているのが私の祖母である。 祖母はいち早く個の自立を訴え日曜学校を開いた���阿寒にお土産店を開くなど活発な女性だった。 手先も起用で多くの着物や編み物を作り指導もし、言語学者の金田一京助氏と共に道内を巡り「所謂アイヌ文化」の研究にも協力した。 写真は昭和30年代阿寒湖のマリモ祭りでの一コマなのだが、誤解されないように先に書いておくが口の入れ墨は祭りの見世物用に眉墨で書いたもので刺繍された着物や首飾り等もそうです。所謂アイヌという少数部族が皆このような格好をしていたかというのは漫画や観光地とアイヌ政策で生計を立てるアイヌ屋の悪影響ですね。実際、アイヌは針一本生地一枚生産出来たわけではなく、その殆どを交易によって得てきたもので千年以上の混交と交易の歴史と文化は日本の北海道の特色ある文化、つまり日本文化と捉えるのが自然です。 着物の模様も、アイヌの活動家が先祖代々受け継いできた等と嘯きますが、確かに部族と地域によって大きな差異がありますね。(物流経路や部落内差別諸々) 刺繍やパッチワークのようなもの等何種類かに分類されますが、殆どの場合、刺繍した着物や飾りをつけられたのは極々一部の者に限られていました。飾りも殆どの者が身につけられることが出来ず泥や粘土で代用していたのが事実。 皆さん、想像してみて下さい、ガラス玉や金、漆器がどれ程まで高価な物だったか? 何故私がこのようなことを書いているかと言うと、 オリジナル浴衣ときもの居内商店さんが 所謂アイヌ紋様の浴衣を作ったところ、SNS等でアイヌの文化を侵略している肖像権の侵害だ等と、頭のイカれた方々が騒ぎ折角作った浴衣を販売中止させたことを知ったからで、毎度毎度アイヌ側の卑しいというか貧しい強請り集りには呆れるというか何というか・・・・・これまでも書籍・映画・ドラマだけではなくゲームの世界でも「俺達が監修しないと本物は作れない!トラブルが起きるぞ!」等と脅しをかけ金品を要求してきたのは何度も見聞きしてきた。 今回もアイヌ利権に群がる連中と歴史をまともに見れない思考が歪な方々が居内商店に様々なクレームを寄せているが 木彫り熊はアイヌの物と思われているが、あれは八雲や白老に入植した旧尾張藩主達がスイスのお土産を手本に作り始め、それを私の祖父市太郎や松井梅太郎・藤戸竹夫等が中心となり木彫り熊を作り始めたのが昭和10年代のことであるが、これも立派な日本の北海道の特色ある文化、つまり日本文化である。旧尾張藩主の方々は誰も真似られたパ��られた等・・・一言も何も言わないどころか切磋琢磨し技術を争ったはずですよ? 刺繍の紋様も唐草等大陸との交易の影響であったり、和柄の幾何学模様からの影響を受けたものでアイヌ独特のもので先祖代々受け継いできたというのであれば、所謂アイヌと称する何処の地域の何処の部族の物なのか明確に答える必要があろう。 はっきり言って・・・・所謂アイヌの辛気臭い着物を、クオリティーの高い作品に作り上げ紹介してくれるだけでも本来なら感謝するほうが懸命だろう!それでこそ底辺が広がるというものであるが、何せ自分達の活動がアイヌ政策に依存し差別や全てを奪われたという被害者意識が出発点なので、自分よりクオリティーの高い物を作られたりすると兎に角ヒステリーを起こす。 所詮、現代においては観光地の見世物でしかなく著作権や肖像権の侵害という話は筋違い、 他者を妬む潰しにかかるのは昔も今も変わらない所謂アイヌの典型的な体質である。 それを言うのであれば、国民の税金を詐取・横領した金で作った着物を返し制作費も返金されなければならないはずである。 所謂アイヌの貧しい主張は「日本でフラの教室を開くのはハワイの原住民じゃないから教室を開くのも踊るのも許さない」と言っているのに等しい、私は所謂アイヌの着物や紋様を微塵も良いとは思わないが、それを売れる、もしくは良いものとして取り上げてくれる人や企業がいるのであれば、それは本来喜ぶべきことだろうが、今のアイヌ活動家やアイヌ伝統工芸師を名乗って活動している工芸詐欺師からすると、自分より良いものを作られると困るので因縁つけるしか手立てはないんだよね。 身内内でも盗作や差別なんかは日常茶飯事の連中が他者に対して噛み付くとは片手落ちもいいところ 所謂アイヌがアイヌを名乗らない、アイヌと関わらないというのは、こうした差別を自分たちで作る体質が生んだマッチポンプ! 所謂アイヌなんぞ別に特別でも被害者でも何でも無い!同じ日本国民で同じ民族で 逆に歴史を捏造され税金を詐取されている側こそアイヌ利権の被害者である。これを和人に制圧されたアイヌは可哀想などと偽善を装い自国の歴史を連鎖的に考えようとしない思考こそ差別を再生産する差別者ではないだろうか? 居内商店さんの商品は、アイヌ屋が作ったものよりセンスも質もいい!アイヌ利権や自国の歴史をまもとに考えられない卑屈な連中に屈することなく販売に踏み切ってほしい。 逆にきつい一言を付け加えるが、昨今、日の丸や愛国心を歌詞に入れたミュージシャンが意味不明な謝罪をしているが、謝罪とは非を認めることである、居内商店さんには絶対に謝罪はしてほしくない、良いものだと判断し製品にしたのだから自身を持っていただきたい、先にも書いたが、アイヌ史とやらは日本の文化の一つである! 非難されるべきは定義のないアイヌ��やらの上に胡座をかき税金を詐取し続ける自浄力の欠片もないアイヌ側である。 アイヌ警察なる馬鹿がアチラコチラで出没しているが、所謂アイヌとやらの内情を調査しなされ! 居内商店さん!折角作った着物、私の方で引き取って販売しましょうか?手数料も何も要りませんよ !日本国民もそろそろ怒りましょうね!北海道開拓使は侵略史だから使うな等など馬鹿にされて差別政策を押し付けられてるんですよ? 「追」 最近はゴールデンカムイという娯楽本の悪影響で変に誇張された「嘘」が広がっていますが「あれは。娯楽本」 あれを読んで真に受けるのは「戦国BASARA」を読んで歴史を勉強しましたと真顔で言ってるのに等しい。 そのうちツイッターでやっていたゴールデンカムイないない書かなきゃ駄目ですね。 (ゴールデンカムイは娯楽本としては嘘が多いが、よく書き込まれているとは思いますよ!w戦国BASARAも見ましたがぶっ飛んでいて面白い漫画でしたよ、一応ちゃんと読んだり見たりしてますからね) ゴールデンカムイ読んで被れるのも聖地巡りするのも関知するもんじゃないが、全てアイヌ利権巡りにしか過ぎませんよ。 あっ!うちの祖母は頼まれて相当数の着物を作ったのだが、刺繍の模様や色諸々全て祖母にお任せで、何処出身だから何じゃなきゃ駄目とか全く無かったらしいですよ。それよりも祖母に作ってもらうステータスの方が大きかったようです。 それと、無くならないビッキ紋様の盗作については別な場面で書きますが・・・・・いい加減にしましょうね!某骨董商と美術商・アイヌ協会役員・芸術の森・洞爺湖美術館さん!
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oneoneotta · 2 years ago
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8月19日〜9月11日 東京ニコタマのSAKE SHOP 福光屋さんで開催される、乙女の金沢展(記念すべき15回目!)に参加いたします🍶 one one ottaからは、お酒のアテにぴったりなスパイシーグラノーラなどの焼菓子をどうぞ🍶 東京近郊にお住まいの皆様、ぜひお出かけください〜🍶🍶🍶💕 #Repost @fukumitsuya_shop with @use.repost ・・・ ・ お待たせ致しました❕ 記念すべき15回目の乙女の金沢展開催です❕ 🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶🍶 オトメの金沢展 I LOVE SAKE 2022年 8/19(金)~9/11(日) 「オトメの金沢展 I LOVE SAKE」 15回目のオトメの金沢展。 会場はニコタマのSAKE SHOP 福光屋。 そんな原点に立ち返り、 今年のテーマは日本酒です。 石川生まれのいいもの&おいしいもの、もちろんこだわりのお酒もずらり。 カウンターで気軽に飲み比べもできます。 お時間あればちらりとのぞいてください。 お待ちしております🍶 ※出品者は変更になる可能性もあります。また、作家により出品点数の少ない場合もございます。なにとぞご了承くださいませ。 ●食品 甘納豆かわむら(甘納豆)/甘味こしらえしおや(和洋菓子)/うつろふ(サルサソース)/大畑食品(惣菜・佃煮)/家族野菜tsugutsugu(無農薬野菜)/金沢小町(欧風菓子)/金沢大地(あめちゃんジャム・ジンジャーシロップ)/CAFE DUMBO(ラムレーズンサンド)/越山甘清堂(焼きまん)/こびり(焼菓子)/坂の上ベーカリー(天然酵母パン)/酒屋彌三郎(干しイチジクと焼きクルミのようかん)/自然農園もとや(自然茶・酒粕クッキー)/髙木糀商店(甘酒・味噌)/townsfolk coffee(水出しコーヒー)/直源醤油(醤油煎餅)/中初商店(味噌・ごまみそ・梅肉かつお)/NIKUO(和牛パテドカンパーニュ)/ニワトコ(梅干し・レモン塩糀)/HUG mitten WORKS(おつまみクラッカー・甘酒ベーグル)/ハーブ農園ペザン(ハーブティ)/東出珈琲店(乙女ブレンドafter SAKE)/BISTRO YUIGA(スパイスケーキ・リエット・ジャム)/ひらみぱん(レモンケーキ・みりんメロン)/ファミーリエ(吟醸酒粕ソーセージ)/PHYTO soixante-deux(ハーブティ)/豆半(寒氷)/丸八製茶場(加賀棒茶)/ムシャリラムシャリロ(チャイ・調味料)/諸江屋(落雁)/oneoneotta(焼菓子)/奥能登みっち���ファーム(能登115干し椎茸)/福光屋(純米酒など)他 ●工芸・雑貨 あうん堂本舗(本)/青山健一(てぬぐい・カード)/赤池佳江子(イラストグッズ)/赤地 径(九谷焼)/atelier KiU(ポーチ)/アトリエタフタ(刺繍ブローチ)/石川まゆみ(手漉き和紙)/石引パブリック(リソグラフ印刷グッズ)/伊能一三(へいわののりもの)/井上美樹(ガラスの器)/今井美智(ガラスの片口)/今江未央(九谷焼)/今城晶子(金工アクセサリー)/岩﨑晴彦(うつわ)/岩本清商店(桐工芸品)/えちゃけ編集部(『えちゃけ』)/大迫友紀(ガラス)/奥の麻衣子(漆器)/乙女の金沢(ひめだるまカード)/オヨヨ書林せせらぎ通り店(古本)/加賀てまり毬屋(てまり・針山)/金澤町家研究会(本)/金沢民景(『金沢民景』)/上出長右衛門窯(九谷焼)/kappa堂(お香)/龜鳴屋(本)/木本百合子(カード)/Qure aromablend(ハンドジェル・ハンドソープ)/グリグリレザーズ(革小物)/工人(まな板・トレー)/工房あめつち(九谷焼)/collabon(てぬぐい・古墳冊子)/近撥弦楽器(ウクレレ・アクセサリー)/sasakihitomi(アクセサリー)/坂井直樹(鉄の花器)/定池夏子(うるしアクセサリー)/静観朋恵(ガラスジュエリー)/庄田春海(九谷焼)/杉田明彦(漆器)/杉原万理江(陶磁器)/スズキサト(はしおき・器)/すはらゆう子(うるし)/たくまポタリー(うつわ)/千と世水引(水引細工)/田 聡美(ガラスの香立・豆皿)/ドウガミスミコ(陶磁器)/中嶋寿子(陶磁器・ブローチ)/名雪園代(うるし)/西川美穂(金工)/能登デザイン室(縄文の香りスプレー・オイルなど)/NorikazuHatta(ミニだるま)/乗越(乗越グッズ)/原田直治(陶磁器)/半田濃史(陶磁器)/廣島晴弥(カットグラス)/弘田朋実(手紡ぎ藍染アクセサリー)/black coffee(ガラスアクセサリー)/benlly’s&job(雑貨)/豆本工房わかい(豆本)/饅頭verymuch(靴下)/目細八郎兵衞商店(めぼそ針・裁縫セット)/山岸紗綾(蒔絵の箸・板皿)/山﨑菜穂子(型染め)/山崎麻織物工房(麻小物)/山﨑美和(陶磁器)/山田睦美(珠洲焼)/結城彩(器)/吉本大輔(加賀友禅柄ハンカチ)/らくや(てぬぐい)/ろくろく工房(���ブローチ)他 企画:陳列室 https://otomenokanazawa.shop https://www.instagram.com/p/ChHZEjqpLuE/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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changsijiesi724-blog · 6 years ago
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このようなコテージ産業がここにあります
パリのクチュール要塞は、アメリカのスポーツウェアのラベル、プロイセン·シュウラー、そしてアートレーベル、ロダルトとして秋の2017年秋のためにこれまで以上に挑戦され、春の2018年には、オートクチュールのスケジュール中に着用する準備ができて街を下る。「我々は、現在、1ヵ月のように、刺繍していました」と、プロエンザのジャックMcCulloughが言いました。「あのフェザー・ジャケットは、月を作りました。このようなコテージ産業がここにあります。アパートの織機……400年のおっぱいのようだまた、4日間のイベントには、ミューチュウとヘルムのS .からのリゾートコレクションが含まれています。 【エルメス】HERMES公式オンラインブティック混乱のこの時代には、伝統的に編集者を不満とデザイナーをショート拡張していたファッションウィークのカルーセルは、さらに合併の結果として遅くなる可能性があります。 ラグ&ボーンは、ミハイルBaryshnikov、琥珀バレッタとRadioheadのThom Yorkeのような有名な顔の一連のポラロイドの肖像画のシリーズを作成する秋のためにグレンLuchfordを従事したとき、有名人はコレクション内のスタイル自体に招待されました。それは彼らが簡単なビジネス取引として服を着るために有名人を支払うの業界の実践よりも本物の方法でブランドと接続する機会だった。したがって、このプロセスは、これらのよく支払ったスタイリストの必要性を排除し、実際にメイクと髪の専門家は、各季節に有名な家にswoopは、デザイナーからの創造的なビジョンを最後の分を引き継ぐために、コレクションに新鮮なスピンを置く。 二年前、ジバンシーがニューヨーク市の助けを借りて、彼らのNYCショーのために一般市民に1200枚のチケットを提供しました。それから成長して、Rag & Boneのクリエイティブディレクター、マーカス・ウェインライトはこう言いました。彼の2月ポラロイドプロジェクトの成功は、明らかに彼を考えさせました:「私の一部は、あなたがなぜ9月にそれをしなければならないかについて疑問に思います」。ブランドを代表し、ファッションプレスに従事する強力な何かを作成することは明らかに非常に重要ですが、ファッションウィークはそれを行うにはベストタイムですか?「Vetementsデザイナー、Demna Gvasaliaは、広範囲にわたるgaspsに6月に発表しました」と、我々がもう古典的なシステムで示すつもりはありません。退屈した。新しい章に入る必要があると思います。ファッションショーは最良の道具ではない 長年にわたり、ロンドンは若いデザイナー、ミラン伝統的な家族ベースの職人のためのショーケース、パリ、光とクチュールの街、ニューヨーク、商業駆動のアパレルの資本の創造的な育成地と見なされています。しかし、マックイーン、バーバリーとウエストウッドは数年前にミランとパリのために船を乗り越えるために出発しました;モスキーノ、それから、アルマーニはロンドンに現れました; Nycのジバンシー;それから、ロダルとフッド空気はパリのためにNYCに彼らの背中を向けました。世界的なブランドが毎回異なる都市に集まるファッションの二年の世界選手権についてはどう��すか? あなたは、削除またはフィルタオプションなしで単一のイメージを提供するポラロイドカメラより多くのアナログを得ることができません。 エルメススーパーコピー しかし、ラグ&ボーンの実験は、我々のレースでは、sped - upシステム、Instagramの即時の満足感と競争するために私たちのレースの視力を失っていた重要な側面を強調し、その消費者のように明らかに飽くことのないバーカ塩。服はアナログ。彼らは、我々が我々の体を包むIRL感覚アイテムです。彼らは抱擁のようなものです。いいえ、デバイスやオンラインの相互作用を複製することができます。そして、我々の産業のより進んでいる考えは、それを認識し始めています。
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gallerynamba · 1 year ago
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◇ELISABETTA FRANCHI(エリザベッタ フランキ)◇ジャケットが入荷しました。 定価:195,000円(税込)⇒137,060円(税込) 弊社通販サイト商品ページ⇒http://www.gallery-jpg.com/item/12326008/ 2023年SPRING&SUMMER MADE IN ITALY 素材: (表地)コットン75%、レーヨン23%、ナイロン2% (裏地)ポリエステル60%、ポリウレタン40% カラー:ブラック×レッド×ホワイト サイズ:42 着丈 約41cm、肩幅 約37cm、袖丈 約46cm、バスト 約88cm、ウエスト 約82cm (平置きの状態で測っています。) ネップツイードジャケット生地のノーカラージャケット。 肩パッド入り。 ネックライン、前立て部分、裾、袖口のあらゆる縁にツートンカラーの民族調ビーズ刺繍をあしらっています。 袖口に半球体のメタルゴールドの飾りボタンがあしらわれています。7分袖。 着用時に立体的なバストに見える様に仕立てられたバストライン。 クロップ丈でコンパクトな着丈は腰高の印象に見せてくれます。 弊社在庫ラスト1点です。 再入荷予定はありません。 ※ご覧いている媒体により、色の見え方が多少変わる場合がございます。 ※店頭でも同商品を販売しておりますので、通販サイトの在庫反映が遅れる場合があり商品をご用意出来ない場合がございます。予めご了承頂きますようお願い致します。 Gallery なんばCITY本館1F店 〒542-0076 大阪府大阪市中央区難波5-1-60 なんばCITY本館1F 【営業時間】11:00~21:00 【休館日】7月無休 【PHONE】06-6644-2526 【MAIL】[email protected]
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sina1986 · 3 years ago
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今年の七夕は短冊に願いを書きませんでした。
気になったので、“願い”を広辞苑で調べました。
ねがい【願】
①ねがうこと。願望。
②特に神仏に希望ごとを祈る事。
③願書。ねがい出ること。願書を差し出すこと。
(新村出編広辞苑第二版補訂版 昭和53年第三刷)
②について。
有本にとっての神さまは人間以外の神羅万象 — つまり、草木、風、光、音、動物、虫、人が作ったもの。(人は誰が作ったんだ?!)
と、なると有本の願い事は『ともに生きてお互い見守ってゆきましょう』のみ一点突破なのです。
今まで祈っていた願書は自分で申請、自分で受諾する具体的な目標となり、目標は実現するための小さな項目につながり、ひとつひとつ目の前の小さな課題をクリアしていけば毎秒毎秒叶ってしまうということに気が付きました。
7/28発売の『装苑』 2021年9月号 ~衣装、その衝動~
毎年恒例の装苑衣装特集号の中の「ファッションデザイナーが手掛ける衣装」4ページ企画『 SINA SUIEN が手掛けたZOCの衣装』
その中の見開き(2ページ)の撮り下ろしディレクションやりました。
担当編集者の岡田佐知子さんに4ページ企画いただいた時に前のめり被せ気味で撮り下ろしディレクションさせくださいって叫びながら提案メールしました。
ご快諾いただき、ディレクション企画は始まりました。
まず、大森靖子さんに今の気分や気になるものなどの思いつくキーワードを適当に啓示いただきました。
靖子さんの啓示はずばり、
“庭、ダム、水路、江戸切子”
 で、 調べました。
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時を同じくして、Yuka Tsuruno Galleryで開催されていたmamoruさんの展示『私たちはそれらを溶かし地に注ぐ/WE MELT THEM AND POUR IT ON THE GROUND』を観ました。そして、mamoruさんと会って話をしました。
(mamoruさんは2018年SINA SUIENコレクション“こしょろがみた夢”の演出を担当してくれました。)
mamoruさんの新作の中で、戦争中に武力以外の方法で柔軟に、でもしたたかに抵抗する台湾の少数先住民族の姿が鮮やかに息づいていました。
mamoruさんのひたむきなリサーチに対する姿勢とか作品の美しさにめっちゃインスパイアされて、第一企画書が爆誕しました。
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※↑企画書の内容について
これはあくまで有本の妄想による企画書です。
mamoruさんが長年かけて現地でリサーチ、検証し、辿り着いた一つの解釈です。そうしてできたmamoruさんの作品が、有本を刺激→有本の妄想、創造を広げるきっかけとなった(ネタ元)わけです。歴史的事実や当事者の意識には少しズレがある可能性があるのでご注意を。。
だけど、とにかくmamoruさんの誠実なリサーチblogすごく胸を打つので是非この機会に読んでみてほしいです。
まもさん、発案や考案にご協力いただきありがとうございました!
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しかし、紙にしたためて客観的に眺めてみましたところ、“mamoruさんの作品や言葉に感動した!それを伝えたい!”という気持ちが先行、上滑りしてて有本の創造にできていないな、と気付きました。
もう少し調べることにしました。
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戦時中、米軍戦闘機(通称ヘルキャット)が台湾上空から撃ち放った弾丸のカスを拾い集めて溶かして地面に刀や飛行機や色んな形の型を作って流し込み冷やしてから磨いたり削ったりして作った飾りを腰にぶら下げて自慢したりして遊んでいた台湾先住民族プユマ族の少年たち。
時は流れ現代日本。
見えないけど確かに存在する強大な良くない力、抑圧、向けられてる攻撃。
ZOC族の少女たちは生きづらい毎日を過ごしていた。
彼女たちはドロドロの感情の中から綺麗なメロディーと鮮烈な言葉で歌を生む。
綺麗な綺麗な抵抗の記録。
戦争で放たれ、人を実際に傷つけた鉛(弾丸)を含んだ可能性のある透き通ったクリスタルガラス(鉛ガラス)。キラキラが彼女たちを包み込む。
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企画考えてる時、
“このままじゃダメだ、大森さんと、ZOCのメンバーの皆さんともっと向き合いたい”
って思った。
で、とりあえず大森さんとZOCのメンバーさんそれぞれの読めるインタビューを読み込んで、深夜に大森さんにLINEしたりして企画を練り直した。
そしてこのアルティメット企画書になった。
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特別な女の子?
大森さんも、り子さんも、まろさんも、にっちゃんも、カレンさんも、のどかちゃんも、人間。ふつーに傷つく��し、人間以上の期待受け止めて応えようとし続けてたら壊れる。中傷も然り。
だし、普通の女の子だってことを身近にいる人も忘れないでいて欲しいなって思った。
これ描きあげたの撮影当日のAM4:00くらいだった。
撮影当日。
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道具屋の鉄男に鉛ガラスを大量に手配してもらった。
クリスタルガラスめちゃくちゃ重い。重厚な輝き。
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カメラマンは稲垣雄治さん。撮影イメージ図を元に、光などをめっちゃ綺麗に組んでくれました。
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ヘアメイクはRyujiさん。
グループラインで企画書の画像とか長文とかめっちゃ送りつけたのですが、しっかり受け止めてくださり、RyujiさんのZOC族を創造してくださりました。
有本の狂った刺繍に沿ってくださり、メンバーの顔に細かな紋様を手描きで一つ一つ記してくださった。信念の意思の強くて美しいヘアメイクだった。
撮影現場はキラキラで夢みたいだった。
準備してる時にカレンさんが、ご自身が持ってるアクセサリーの中から今回の衣装に合いそうなものを沢山持ってきてくださり、有本に全部見せて『どれがいいですかね?やっぱゴールドで赤かな?』って聞いてくださった。
企画に向き合ってくださってるんだー!ってすごく嬉しかった。
にっちゃんが『ジャケット撮影の時と(印象が)全然違うから気付かなかった!今日かわちいね!(クリスタルガラスのセットを指差して)これかわちいね!』って言ってくれて嬉しかった。
にっちゃんに褒めてもらった有本のコーディネートも誌面で見ることできます。
撮影が始まって、大森さんが『ガラスたちをもっとメンバーの近くに、ってか中?に移動したい。浸食してるみたいに』って言ってくれて、り子さんとまろさんのスカートの裾を広げて、重ねて、上にガラスを置いて行って…みんなの境界線がどんどん無くなっていく様子が、自分で動かしてるのに凄く綺麗で心が震えた。
のどかちゃんはジャケット撮影の時が初仕事ですごく��どけなかったんだけど、今回の撮影ではもう表情がちゃうんですわ。15さい!女の成長早!!!末恐ろしいですわ。
現場は操作できないものが宿るから好き。わくわくした。
編集の岡田さんが、SINA SUIENの衣装がちゃんと綺麗に映ることを第一に撮影進行してくださった。
有本は作ったものを綺麗にわかりやすく伝えるってことに関して無頓着だから、(今までの有本の興味はモノを作るときの過程がほとんど全てでした。)新しい視点を知ることができてありがたかった。
大森さんとの対談も楽しかった。大森さんはほんとに敏感で視点がやばい。有本はひたすら鈍感。
ライターの三浦達矢さんが、大森さんのすごい表現は瑞々しいままに有本の拙い言葉はその中の気持ちを汲み取ってくださり、わかりやすいテキストにしてくだりました。
読み込んでね。
現在、地球上にいて、何にも感じていない生き物はいないと思う。
そんな生き物がいたらA.I.だと思う。
そして余談ですが…
何かを催すということ。それは大きい小さい関わらず、また主要末端関わらず関係者みな手を取り合って創作を楽しみながら共通のゴールに向かうこと。これがチームワークのあるべき姿だと思います。そのためにはお互いが同じ目線で対話し、知ろうとする態度が礼儀として必要です。
また、有本はインタビューやドキュメンタリーは今後なるべく見ないことにします。制作者が提出した創作作品を最善の方法で鑑賞、体験する。同じ作り手としてできることはそれしかありません。(仕事で必要あらば資料として摂取します。ですし、有本はインタビュー受けると思う。臨機応変に。)
制作に対する長いレポートも今回で最後にしようかな。
有本は近い将来に叶えたい目標ができました。
だからその目標を叶えるために、できる事から現実化していきます。
焦らず、ゆっくり、丁寧に。
その小さな一歩として、ZOCちゃんへの、装苑さんへの愛!を、4ページにめっちゃ込めてみなさんにプレゼントします。
是非、楽しんで欲しいです。よろしくおねがいします!!
『装苑』 2021年9月号 ~衣装、その衝動~
発売日:7月28日
税込定価:748円
出版社:文化出版局刊
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cafedumbo · 2 years ago
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今年もCAFE DUMBOからはラムレーズンバターサンドで参加させて頂きます。 皆様よろしくお願いいたします。 #Repost @otomenokanazawa with @use.repost ・・・ オトメの金沢展 I LOVE SAKE 2022年 8/19(金)~9/11(日) SAKE SHOP 福光屋 玉川店 (玉川髙島屋S・C南館地下1F) tel.&fax 03-5717-3305 [email protected] www.fukumitsuya.co.jp 「オトメの金沢展 I LOVE SAKE」 15回目のオトメの金沢展。 会場はニコタマのSAKE SHOP 福光屋。 そんな原点に立ち返り、 今年のテーマは日本酒です。 石川生まれのいいもの&おいしいもの、 もちろんこだわりのお酒もずらり。 カウンターで気軽に飲み比べもできます。 お時間あればちらりとのぞいてください。 お待ちしております。 ※出品者は変更になる可能性もあります。また、作家により出品点数の少ない場合もございます。なにとぞご了承くださいませ。 ※こびりさんとtsugutsuguさんは、大雨の影響で出品できない予定です。 ●食品 甘納豆かわむら(甘納豆)/甘味こしらえしおや(和洋菓子)/うつろふ(サルサソース)/大畑食品(惣菜・佃煮)/家族野菜tsugutsugu(無農薬野菜)/金沢小町(欧風菓子)/金沢大地(あめちゃんジャム・ジンジャーシロップ)/CAFE DUMBO(ラムレーズンサンド)/越山甘清堂(焼きまん)/こびり(焼菓子)/坂の上ベーカリー(天然酵母パン)/酒屋彌三郎(干しイチジクと焼きクルミのようかん)/自然農園もとや(自然茶・酒粕クッキー)/髙木糀商店(甘酒・味噌)/townsfolk coffee(水出しコーヒー)/直源醤油(醤油煎餅)/中初商店(味噌・ごまみそ・梅肉かつお)/NIKUO(和牛パテドカンパーニュ)/ニワトコ(梅干し・レモン塩糀)/HUG mitten WORKS(おつまみクラッカー・甘酒ベーグル)/ハーブ農園ペザン(ハーブティ)/東出珈琲店(乙女ブレンドafter SAKE)/BISTRO YUIGA(スパイスケーキ・リエット・ジャム)/ひらみぱん(レモンケーキ・みりんメロン)/ファミーリエ(吟醸酒粕ソーセージ)/PHYTO soixante-deux(ハーブティ)/豆半(寒氷)/丸八製茶場(加賀棒茶)/ムシャリラムシャリロ(チャイ・調味料)/諸江屋(落雁)/oneoneotta(焼菓子)/奥能登みっちーファーム(能登115干し椎茸)/福光屋(純米酒など)他 ●工芸・雑貨 あうん堂本舗(本)/青山健一(てぬぐい・カード)/赤池佳江子(イラストグッズ)/赤地 径(九谷焼)/atelier KiU(ポーチ)/アトリエタフタ(刺繍ブローチ)/石川まゆみ(手漉き和紙)/石引パブリック(リソグラフ印刷グッズ)/伊能一三(へいわののりもの)/井上美樹(ガラスの器)/今井美智(ガラスの片口)/今江未央(九谷焼)/今城晶子(金工アクセサリー)/岩﨑晴彦(うつわ)/岩本清商店(桐工芸品)/えちゃけ編集部(『えちゃけ』)/大迫友紀(ガラス)/奥の麻衣子(漆器)/乙女の金沢(ひめだるまカード)/オヨヨ書林せせらぎ通り店(古本)/加賀てまり毬屋(てまり・針山)/金澤町家研究会(本)/金沢民景(『金沢民景』)/上出長右衛門窯(九谷焼)/kappa堂(お香)/龜鳴屋(本)/木本百合子(カード)/Qure aromablend(ハンドジェル・ハンドソープ)/グリグリレザーズ(革小物)/工人(まな板・トレー)/工房あめつち(九谷焼)/collabon(てぬぐい・古墳冊子)/近撥弦楽器(ウクレレ・アクセサリー)/sasakihitomi(アクセサリー)/坂井直樹(鉄の花器)/定池夏子(うるしアクセサリー)/静観朋恵(ガラスジュエリー)/庄田春海(九谷焼)/杉田明彦(漆器)/杉原万理江(陶磁器)/スズキサト(はしおき・器)/すはらゆう子(うるし)/たくまポタリー(うつわ)/千と世水引(水引細工)/田 聡美(ガラスの香立・豆皿)/ドウガミスミコ(陶磁器)/中嶋寿子(陶磁器・ブローチ)/名雪園代(うるし)/西川美穂(金工)/能登デザイン室(縄文の香りスプレー・オイルなど)/NorikazuHatta(ミニだるま)/乗越(乗越グッズ)/原田直治(陶磁器)/半田濃史(陶磁器)/廣島晴弥(カットグラス)/弘田朋実(手紡ぎ藍染アクセサリー)/black coffee(ガラスアクセサリー)/benlly’s&job(雑貨)/豆本工房わかい(豆本)/饅頭verymuch(靴下)/目細八郎兵衞商店(めぼそ針・裁縫セット)/山岸紗綾(蒔絵の箸・板皿)/山﨑菜穂子(型染め)/山崎麻織物工房(麻小物)/山﨑美和(陶磁器)/山田睦美(珠洲焼)/結城彩(器)/吉本大輔(加賀友禅柄ハンカチ)/らくや(てぬぐい)/ろくろく工房(陶ブローチ)他 企画:陳列室 https://otomenokanazawa.shop https://www.instagram.com/p/Cg-2RTAJLyJ/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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oshigotomax · 2 years ago
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ウェディングドレス
欧米における結婚習俗や婚礼は、ギリシャ・ローマ文化とキリスト教文化を基に発展を遂げてきたものであり、現代社会において世界中で一般的になっている婚礼慣習の多くも西洋の結婚史から由来する。起源はローマ帝国の時代にさかのぼる。ヨーロッパにキリスト教が普及すると、結婚式は教会で行なわれるようになり、その際に王侯貴族の花嫁が婚姻儀礼用に着用した衣装がウェディングドレスの始まりであった。中世では青、赤、緑の絹やベルベットの布地を基調に金糸・銀糸の刺繍の縫い取りがあるものが着られた。この婚礼衣装は、花嫁の家の経済力や社会的な地位などを誇示することを目的としたため非常に豪華なものであった。また、しばしば家紋の刺繍も入っていた。16世紀末になると、スペイン宮廷での流行を背景に黒や暗色がウェディングドレスの色として流行した。この色は特に中産階級の間でもその手入れのし易さと婚礼以外の祝祭日での着用が可能であることから積極的に取り入れられ、20世紀初頭にいたるまで広く着られた。1900年ごろには、黒のドレスに白いベールというスタイルも流行した。白いドレスはすでに史料上17世紀末までさかのぼることができるが、18世紀後半以降、特に19世紀に入ってヴィクトリア女王の結婚衣裳をきっかけに急速に普及したとされる。
元来、世界の諸民族・諸文化には独自の結婚装束があったが、白人主流派の先進国であるアングロサクソン諸国の文化の世界的拡散によりウェディングドレスが広く普及し、従来のものを圧倒している例も見られる。例えば、東アジア文化圏においては白は死装束の色であり、本来は忌み嫌われ慶事には避けられたが、西洋文化の流入と共に(従来から白無垢が用いられていた)日本はもちろん、韓国・中国・台湾などでも純白のウェディングドレスが好まれるようになっている。
日本では、1873年に長崎で磯部於平(いそべ おつね)という女性が中国人と結婚した際に初めてウェディングドレスを着用した。2年後に森有礼も西洋式の結婚式を行なったが、当時の日本にはウェディングドレスはなく、舶来品であった。その後も洋式の結婚式はごく一部の著名人に限られた。一般向けとしては、1929年の婦人雑誌に洋装花嫁としてウェディングドレスを紹介する記事が出たのを嚆矢とするが、当時の結婚式は神前式・人前式が多数であり、普及しなかった。第二次世界大戦後はアメリカ文化の流入で一般にも知られるようになったが、ウェディングドレスの絶対数が少なく、洋装での挙式を受け入れる体制が不充分だったこともあり、1960年頃でもウェディングドレスの利用者は全体の3%程度であった。元々ウエディングドレスは欧米人の立体的な体型に合わせて作られたものであったが、西洋白人文化への根強い憧憬、服装をはじめとする生活様式の洋風化、また和装の花嫁衣装に比べて廉価で着用も容易であるなどの利点があり、一方で森英恵・桂由美・エマ理永(旧名松居エリ)・西村有紀子・秦清子・高山尚子など国際感覚の卓越したファッションデザイナーにより供給側の充実も図られ、1960年代後半から1980年代にかけて日本でも急速に普及し、和装を圧倒し、現在では花嫁衣装の主流を占めるに至った。1974年には、フランスのプロニプシア(PRONUPTIA PARIS)などの海外ウェディングドレスブランドも参入した。
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monologxxx · 4 years ago
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沖縄県「染織品」
2022年現在、経産省指定伝統的工芸品は全国で〝236品目〟あり、内13品目が沖縄県の染織品です。
1.久米島紬(くめじまつむぎ)
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14世紀に「堂之比屋」が養蚕の技術を導入して織り始めたことが起源と伝えられ、1975年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定された後、2004年には重要無形文化財に指定されました。
2.宮古上布(みやこじょうふ)
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宮古島に自生する苧麻を用いて16世紀には完成しています。
精緻なかすり模様と光沢感のある生地も特徴的ですが、何と云っても〝軽い〟が特徴で、一反は250g程度。
かすり模様を織り出す滑らかな麻織物で、この薄い生地は沖縄の気候に適した高級着物として人気が高く「東の越後、西の宮古」と伝えられる逸品。
1975年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定された後、1978年には重要無形文化財に指定されました。
3.読谷山花織 (ゆんたんざはなおり)
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手で模様を構成する「手花織」のほか、花綜絖という装置を用いた「緯浮花織」「経浮花織」、紋織物の花織などがあります。 「花織」とは、「オージバナ(扇花)」、「カジマヤー(風車)」、「ジンバナ(銭花)」の3種類ある小花模様を縞の中に浮き織りにしたもので、15世紀には琉球王朝の御用布とされ、当時は地元住民以外の庶民は着用することが出来なかったと伝えられています。
1976年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定されました。
4.読谷山ミンサー(ゆんたんざみんさー)
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絣模様が特徴的な木綿の紋織物。
「ミンサー」とは、アフガニスタン起源の織物で、チベットから中国に伝えられ琉球の織物技術として発展したもので「綿(ミン)で織られた幅の狭(サー)い帯」が語源で〝細帯〟を意味します。
読谷山ミンサーは、15世紀にはおられていて、立体的な幾何学上の柄を表すところから「グーシー花織」と呼ばれ、鮮やかな色彩が人気です。
1976年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定されました。
南風原花織(はえばるはなおり)
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沖縄県鳥尻郡南風原町で主に生産される伝統的工芸品で、明治時代に伝承の記録が残っています。1914年(大正3)に南風原村立女子補修学校で技術習得が進み花織や浮織技術を発展させたと伝わっています。ヤシラミ花織、クワンクワン織り、タッチリー、チップガサーなど、南風原花織だけの独特な模様や名称が存在する立体的で華やかな織物です。
6.琉球絣(りゅうきゅうかすり)
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〝琉球絣〟は14世紀の中国貿易で伝わり琉球時代の生活に関係する自然や動物、植物などの模様を描いた沖縄県の絣発祥とされ経済産業省指定伝統的工芸品として沖縄本島で織られる織物のことを指し、特に沖縄本島の〝南風原町周辺〟で織られる織物に限定され「南風原花織」とは区別されています。
伝統絣柄は600前後あり、1983年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定されました。
7.首里織(しゅりおり)
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〝首里織〟は、王府の城下町として栄えた現在の「那覇市」「西原町」「南風原町」辺りで格調高く洗練された上流階級用として生産された織物です。
特に花織と絽織を市松に配した「花倉織」や平織に経糸だけを浮かせた「道屯織(ろーとんおり)」は王家や貴族のみ使用が許されていました。
1983年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定されました。
8.与那国織(よなぐにおり)
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16世紀から生産されていた平織の民族衣装「ドゥタティ」、細帯「ガガンヌブー」、紋織物の「花織」、紋織物の「シダティ」という4種類の総称が「与那国織」です。
戦後は古い漁網で伝統を継承したそうです。
1987年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定されました。
9.喜如嘉の芭蕉布(きじょかのばしょうふ)
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喜如嘉の芭蕉布は、13世紀には織られていた県内最古の織物として1974年に重要無形文化財となり、1988年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定されました。
バショウ科の糸芭蕉(いとばしょう)という多年草から繊維を取り出して織られる〝大宜味村〟の織物で、特徴は〝肌触り〟と〝風通しの良さ〟で現在まで伝統が繋げられています。
10.八重山ミンサー(やえやまみんさー)
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17世紀に石垣市八重山郡竹富町で主に帯として生産される織物で、1989年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定されました。
特徴は、4つの四角と5つの四角の絣模様で手括りの木綿の絣糸を使い緯糸の打ち込みに手投げ杼や刀杼を用いて織られる技法です。 伝承では、「いつの世までも変わらぬ愛」を意味する絣模様は、男性の求婚に女性が返事の代わりに贈っていたと伝わっています。
11.八重山上布(やえやまじょうふ)
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八重山上布は〝八重山ミンサー(〟と同じく17世紀に石垣市八重山郡竹富町で生産され琉球王府に納められていた記録に残っている織物で、明治時代には組合が結成され産業として盛んになりました。
八重山ミンサーが〝帯〟として織られ、八重山上布は白地に赤茶色の染料で絣模様を捺染した手織りの麻織物で、着心地の良さが人気となっています。
1989年に八重山ミンサーと共に経済産業省指定伝統的工芸品に指定されました。
12.琉球びんがた
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沖縄を代表する顔料を用いた染色技法が特徴の〝琉球びんがた〟ですが、”びん”は色、”がた”は模様を意味します。
染料よりも日差しに強い顔料を使い、塗り筆で色を入れ、それをこすり筆で塗り込み浸透させていくという技法で、藍型(イェーガタ)や糊引(ヌイビチ)と呼ばれるこの技術の発祥は13世紀の琉球王府時代に王族や士族の衣装に使われ、その技術は手厚く保護されて発展したと伝わっています。
13.知花花織(ちばなはなおり)
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2012年に経済産業省指定伝統的工芸品に指定された伝統的工芸品で、沖縄市で生産されます。 模様が縦に連続して浮く経浮花織(たてうきはなおり)と刺繍のように糸が浮く縫取花織(ぬいとりはなおり)の技法が特徴で、お祭りや行事などの〝晴れ舞台〟で着用する着物として18世紀頃には現在の形で織り始められたと伝わっています。
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