私は62才である。とある地方都市で、公務員として約36年働いてきた。生まれ故郷だ。
地元、そう、本当に地元だ。保育所から高等学校まで、ずっと地元である。(地元にある大学で行きたい)大学はなかったので、大阪府内に進学することになったのだが。
それから民間で三年ほど働いて、地元の市役所の採用試験を受けて入庁した。
いいことも嫌なこともたくさんあった。思い出深い職場である。時間が過ぎるのはあっという間だった。
ずっと土木建築の仕事をしてきた。道路造りに、水道に、都市計画に、施工監理に……少しの間だが、まちづくりの仕事もした。思い出が蘇ってくる。もっと写真を撮っておけばよかった。
本題である。定年延長により、公務員の定年退職はしばらくの間、2年に1回になっている。
私が定年になったのは61才になる年度である。民間企業は誕生月に退職になるのが一般的だが、公務員の場合は年度末まで在籍できる。
今年の3月末をもって分限退職の辞令を受け取り、退職日には労働組合の行事で退職者一同での職場巡りを行い(※有給である。有給が残ってない人は人事がわかってて見逃してくれる)、最後は市長のポケットマネーで退職者のための小宴会が催され、皆それぞれに挨拶をして――私を含めた有志は、翌年度からも再任用(あるいは再雇用)されて働き続ける――はずだった。
タイトルにあるとおり、私は再任用の対象にならなかった。再雇用もNGだった。
2023年の秋頃だったか、再任用の希望票を人事に提出した。その後、返送されてきたのは「再任用は不承認」なる文言の書かれた通知が1枚だけだった。
理由によると、総合的な事情により再任用できないらしい。同じ階にある労働組合の職場委員会を通じて確認したところ、この階の職員だけでも数名が再任用されなかったということだ。
はてなユーザーであればご存じかと思うが、一応説明しておく。
民間企業では、「雇用と年金の接続」という観点から、年金が支給となる65才まで退職者を継続雇用する義務がある。例えば、60歳定年制を採用する企業の場合、65歳までの再雇用は法律上の義務であり、再雇用拒否は原則として違法である。
では、公務員の場合はどうかというと、こちらも原則として再任用をすべき~という旨の総務省通知が平成25年3月に出ている。
内容を要約すると……
「公的年金の報酬比例部分の支給開始年齢が段階的に60歳から65歳へと引上げられることに伴い、無収入期間が発生しないよう国家公務員の雇用と年金の接続を図るとともに、人事の新陳代謝を図り組織活力を維持しつつ職員の能力を十分活用していくため、当面、定年退職する職員が公的年金の支給開始年齢に達するまでの間、再任用を希望する職員については再任用するものとすること等を内容とする閣議決定をした」
ということだ。
【参考URL】
(平成 25 年3月 29 日総務省通知)
https://www.soumu.go.jp/main_content/000216510.pdf
(停職6月の懲戒処分を受けた者の再任用)
http://www.rilg.or.jp/htdocs/main/houmu_qa/2015/43_winter02.html
ただし、この通知はあくまで国から地方自治体への技術的助言であり、法的効力があるわけではない。
組織からその価値がないと判断された職員だと、再任用はされないことになる。
私は、36年間ずっと、このまちで働いてきた。
そこまで目立たない中国地方の地方都市ではあるが、このまちが気に入っている。
できれば、ずっと働きたい、もっと働きたいと思っている。
労働組合に上記の再任用拒否を相談したところ、今後の団体交渉前の当局とのやり取りにおいて、本件に言及いただけるとの回答が執行部からあった。だが、望みは薄いようである。こういった当局の対応は、何年も前から続いているからだ。
市役所にとって不要な人材は、再任用(再雇用)しない。それが人事当局の方針である。
実際のところだが、私は確かに不良な職員であった。
私は怒りやすい人間であり、周囲に迷惑をかけたこともある。若い頃は上司と反りが合わず、反発して死のイベントを無断欠勤したことがある。なんてことをしてしまったんだろう。あのイベントに出ていればよかった。
日常の仕事においても、市民や業者と言い争いになることがよくあった。
感情の振れ幅が大きく、職場の人に迷惑をかけた。用地買収の仕事の時にも、地権者との交渉がうまくいかなかったのは私のせいである。
査定が低かったのは間違いない。でも、私は私で、このまちが好きで市役所職員の仕事を続けていた。もうちょっと働いていたい想いがある。
仕事とは別の方面になるが、二十代の頃からずっと組合活動をしていた。
土木建築の職場委員会はずっと仕切っていたし、反核の平和の火リレー、メーデー、自治労の定期大会その他の行事などは、40代になって体にガタが出るまで前線に出ていた。
平和の火リレーの時は、市立総合体育館の前にある大きい道路をまっすぐに進んでいったっけ。本当に懐かしい。
一番、血気盛んな時期だと……国と県が合同で実施する泊まり込みの研修があった時、私が朝のラジオ体操時の国旗掲揚係になった時だった。私は、つい大声で主張したのだ。自分の平和にかける想いを。
あの時は、江田島にあった国立青少年自然の家だった。集会室での私の言葉は、十数年前の日記に確かに記録してある。
「皆さん。申し訳ありません。これは研修中の職務ではありますが、私は日本国旗を掲揚する係にはなれません。太平洋戦争を引き起こし、被差別部落問題を長年放置してきたのは日本政府です。人権侵害の象徴である、その政府が作った国旗を掲げることは、平和を愛する者として到底できないのであります!」
と、研修参加者50人以上の前ではっきり告げたのだ。これは、当時の労働組合における一般方針のひとつであった。
今では思う。広島県全体の研修の時なのだから、この時ばかりは組合の方針に反してもよかったのではないかと。
実際、研修が終わった後で人事当局に呼び出された私は、総務部長から「増田さん。悪いけど辞めてくれるか?」と言われた。国か県かはわからないが、クレームがあったらしい。
だが、やはり血気盛んだった頃の私は、組合にも相談したうえで、基本は一人っきりで人事当局と戦った。少しばかりは助けを求めたこともあったが。
最終的に、処分ではなく厳重注意に留まった。組合が助けてくれなかった場合、本当に辞めされられていた可能性がある。
愚痴ばかりで申し訳ないのだが、これでも反省している。
私が悪いのだ。私は仕事に対して真摯に向き合ってきた。本気でやってきた。それでも成績が悪かったのは事実であり、その時期の上司の方々の温情に賜れたことに感謝している。
仕事は本気でやっていたけれども、周囲への配慮が足りなかった。令和になっても、今でいうパワハラみたいなことをしていた。
あの時、いつだったか。令和元年のことだ。
税務の子が当時、私が働いていた施工監理(兼庶務管理)の部署に来ることがあった。土地の課税評価のことで、私が依頼していた文書を届けにきたのだ。
その文書には誤りがあった。その時、私は怒鳴ってしまった。今でも反省している。後悔の念を込めて、できうる限り思い出してみる。
確か、私はこんなことを言った。
「お前、まちごうとるぞ。小字(こあざ)がなかろうが、字がっ!! なしてないんならあ、おい」
「え……どういうことですか」
「水吞町だけじゃなかろうが、さらに、その下に水~(※龍だったかもしれない)という小字の名前がなかろうが」
「すいません、つけ忘れました。打ってません」
「なんでそんな大事なもん、付けわすれるんならあ、おい」
「すいません」
「お前、法務局にこれ出してみろやあ~、恥ずかしいどお!!」
「ごめんなさい……」
恥ずかしいのは私の方である。若い子に対して、こんなに失礼なことを言ってしまった。
その次の週に同僚から聞いたのだが、その女の子はうつ病になり、職場に来ることができなくなったという。
元々、抑うつ気味で元気がなかったらしい。私が怒鳴った金曜日だけでなく、土日にあったイベントでも動員があり、その子は仕事ができず辛い思いをしたという。
ただ、私にも原因があるのは明らかである。本当に申し訳ないと思っている。
その子は、労働組合を通して聞いたところだと――翌年に単純事務労働として税務の仕事に復帰したが、なかなか調子が戻らず、結局は新卒2年目で退職したとのことだ。
後悔先に立たず、という言葉がある。私の場合がまさにそれだ。
仕事でヘマをしてるだけだったら、まだ再任用されたのかもしれない。
しかし、それだけではない。私が他者の信頼を損ねる行為を繰り返したからこそ、こうなったのだ。
できれば、今からでもまた市役所で働きたいよ。でも、その資格がないことも重々承知している。
たとえば今、私は市役所で働いていた頃の思い出を書いてるけれども、守秘義務に反している可能性がある。それでもいい。罪があれば償おう。これも責任の取り方というものだ。
私は罪を犯した。犯し続けた。それで再任用されなくなった。仕事人生の責任を、こんな最悪なかたちで取ることになった。
あれは今年の1月だったか。後輩と一緒に現場に出るため、廊下を歩いていると、部長級の職員が前からやってきた。
その人は、正面にいた私に向かってこう言ったのだ。
「なんや増田。お前、まだ辞めとらんかったんか。はよお、辞めろや!!」
後輩が見ている前で、こんなことを言われてしまった。恥ずかしかった。
でも、しょうがないのだ。私はずっと、禄でもない職員だった。
だから、こんなことになっている。
最終勤務日のことだ。
労働組合が主催する職場巡りの会が終わり、最後に職場に帰って、デスクに座ってしばらく待ち、定時を迎えた時のことだ。
定時のチャイムが鳴って、2~3分くらい後だったか。私は、カバンを抱えてまっすぐに職場を出た。
事務所にいた同僚連中には、「じゃあの~」と軽快な口調でさよならを言った。みな、私に「お疲れ様でした」と返してくれた。
しかし、ひとつだけやっていないことがあった。最終勤務日の前日、職場の親睦会の若い幹事職員に言われたのだ。
「増田さん。最後に僕が花束を渡すので、退職スピーチをお願いします。その後記念撮影をしますから、残っておいてくださいね!」
と、しっかり伝えられ、私はOKの返事をしている。
にもかかわらず、こんなことをしてしまった。チャイムが鳴ったら逃げるように、すぐに家に帰ってしまった。
スピーチなどしたくなかった。再任用されなかったこんな私がスピーチをしても、恥ずかしいだけだと思っていた。
自分に負けたのだ。彼の思いに応えられなかった。
最後になるが、もし増田の利用者の方で思い当たるフシがある方は、どうか職場では自重してほしい。
他者の信頼を損ねる行為ばかりしていると、私のように情けない老後を過ごすことになる。この日記がひとつの警句になってくれたら望外の幸せである。
明日からは、またはてな匿名ダイアリーのイチ利用者である。また面白い日記、楽しい日記をたくさん読んでみたい。
ありがとうございました。
再任用を拒否された
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1014①
さいかちどブンコのモーニング読書会。各自好きな本を持ち寄って1時間黙々と読む会。朝7時半スタート。
6時半くらいに起きた。前日頭痛がひどくてなにもせず寝てしまったので、シャワー浴びて洗い物してごみをまとめ、ちょっと小説も書き、だめだった前日を早回しで消化しているみたいな朝。夫はまだ寝ていたので「出かけるからね!」と布団のかたまりに声をかけた(布団を頭までかぶって寝ている)。
ブンコへは自転車で10分くらい。ぶらっと行けるのがいいなと思う。GUで買った辛子色のスウェットで出かけた。裏地が起毛じゃないスウェットはさっぱりしてていいな、こういうの一枚で出かけられる季節っていいよなーと思っていたらけっこう寒かった。
読書会は4人。主催のヨシイさんがわたしが棚に置いている『イスラーム精肉店』を読んでくれてすごくうれしかった。おすすめのものを手に取ってもらうことのうれしさ。お金が発生するとかでもないんだけどなんだろう…「かまってもらえてうれしい」みたいな感じなのかな…。韓国文学の話をちょびっとした。
わたしも今日は韓国文学にしようかなと思って、キム・ヘジン『中央駅』を読んだ。1時間で半分くらい。1時間でこのくらい進むんだなーという発見がある。駅前に流れ着いたホームレスの男が、同じくホームレスの女にカバンを盗まれてしまい…という話。彼がなぜホームレスになったのか、出自のようなものはいっさい語られない。駅の通路で寝起きする生活、そこでの感情やできごとが語られ、過去や未来はない。読み終わったらまたこのあたりのことは語りたいけど、いま小説をごそごそ書いている身からすると、語ること・読まれることへのなんだろう…信頼のようなものを感じて強く打たれた。
やっぱ過去とか語りたくなっちゃうじゃないですか。いや過去を語ることがだめなわけではぜんぜんないんだけど、自分で書いていて「説明したい欲」みたいなものに抗えないなーと思うことが多いので…。この、ひたすら彼のいまいまを語る、それで小説が”もつ”のだという凄み。なんかすごい飛躍するようだけど、「筋の通った物語は家父長制を強化するのでは」という仮説がわたしのなかにあって…これすごい誰かとしゃべりたいんだけどまだまとまってない。これの話と通じるものがある気がする。
帰ってきたら入れ違いに夫は整体へ。このあと出かける用事があるのにぜったいに行く。二週間に一回行くルーティンをぜったいに崩さない。いわく「命より大事な整体」。わたしは朝ごはんを食べて小説を書いた。
甥っ子の運動会。その後の用事があるので車で出かけたんだけどコインパの料金が高っけえ。都会だ…と思った。保育園には園庭がないので近くの小学校を借りてやる。小学校の校庭もめちゃめちゃ狭い。トラック一周100メートル…いやこれ75メートルくらいじゃないか…? 人工芝でフカフカしていて、妹と「運動会の前日はグラウンドの小石を拾うという作業があったよね…」「これは三角石とかない校庭だね…」「毎年ぜったい誰かが骨折する遊具とかないね…」としゃべった。
甥っ子の出る種目は徒競走と玉入れとみんなででかい布でバルーンみたいなの作るやつ。出かける道すがら、夫がずっといろんなオリンピックの歌(ゆずとかミスチルとか)を歌ってたんだけど、ほんとに流れてきてめっちゃ笑った。先生たちの世代がそうなんだろう。
甥は徒競走2着。ゴール前ですとんと減速してしまい、最後の最後で抜かれてしまった感じ。妹たちと写真判定しろとかハナ差とかふざけた。子どもの行事を見物しながら子どもにはわからない大人の言葉でふざける…みたいなのすごい楽しくてよくやっちゃうんだけど、こういうの親たちもやっていたんだろうか。甥にかけっこ速かったね〜!と声をかけたら「うん、1番だった」と言う。いや2着だったでしょとみんなが言うがしらんぷりで、「本来ならば僕が1着の能力だということはおわかりいただけたと思いますが…」「着順は結果にすぎず僕の走りを見ていただければ誰が一番だったかは明らかだと思いますが…」という意味かもしれない。
園児たち、年少さんと年長さんではぜんぜん体の大きさがちがうので面白い。年少さんはまだ赤ちゃんという感じだし、年長さんは「児童」という感じ。同じ学年でも体の差がけっこうある。そして去年まで園児だったのだろう「OBたち」が見学席の一番前を陣取って、「おれたちもあれ去年やったな」「今年のエイサーはまあなかなか悪くないな」と解説しているのがかわいかった。年長さんのリレーを大きな声で応援していた。リレーを見ながら妹の夫がいろいろ解説してくれて、彼は駅伝の選手だったので走ることへの熱がすごい。
親子競技のほか親だけで闘う種目もあり、去年はリレーだったそう。親のリレーは盛り上がるし無双できるでしょ〜と彼に言ったら、トラックが小さすぎて転倒&負傷者続出だったと言い、今年は棒ひっぱりゲームになったとのこと。「やっぱもうちょっとしっかり走れる種目がいいな…」とぶつぶつ言っていた。「400mくらい?」とうちの夫が言ったら、いや短距離だと実力差出ないんで…と言い、「5km走だったら誰にも負けないんですけど」と胸をはった。保育園で5キロ走る絵面はシュールすぎる。なんだかんだ言いつつ棒ひっぱりゲームでは大活躍していた。
運動会のあとは車の点検へ。運転しながら夫が「おれはああいうの陽キャの親たちの中に入っていくのぜったい無理だ…」とこぼした。わたしの友だちとかにはガンガンいくのに。「そりゃあ自分と同じかもっと陰の者には強く出られるよ」と陰キャムーブが発動していて可笑しかった。
かく言うわたしも、いま小説で既婚男性の不倫の話を書いているので、これ書きながら運動会に来ると温度差がすごいな〜とか思ってはいた。園児のパパでスパイダーマンのコスプレの人がいて(毎年スパイダーマンの格好で競技に出ているらしい)会場はとても沸いていたんだけど、要するに全身タイツなのでゼンタイだ〜!エッチじゃん〜!とか思っていた(その筋においてはスパイディのスーツはどテッパンのフェチ衣装である)。スパイディのコスプレする既婚パパのエロ小説めっちゃ書きてえ〜と思った。最悪。
2時間くらい車をぶっとばしながら夫にパレスチナ・イスラエルの解説をしてもらった。そのほかのニュースへの愚痴なども。一番身近な人がいろいろ詳しくて、さまざまな怒りを共有できるので助かる(よくニュース見ながら一緒にヤジをとばしている)。ただそうすると、SNSに何か書くことがおっくうにはなる。自分が閉じていると思うことがある。
日記は長くなりそうなので後半はまたあとで。小声書房さんに行った。
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希釈する時間
同居人である彼氏は働きたくなったら働けばいいよと言う。朝起きて、したいことが山ほどあって、それを消化していると夜になる。仕事も家事もしていないのに無為に一日を過ごすことがない。通院している精神科のカウンセリングで主治医からは毎週「すごくいい状態だね」としか言われず、カウンセリング後に呼ばれるソーシャルワーカーとの面談ではほとんど雑談しかせず、「貴方はいま何に困っているんですか?」と訊かれる。その質問を「人生に何の障害も無いのにどうしてここ(精神科)に来てるの?」と受け取るのは被害妄想なのか。
新潮9月号「テロと戦時下の2022-2023日記リレー」を読んだ。寄稿していた小山田浩子さんの文章に惹かれて、小説「庭」を買って読んだ。好みだったので今度は図書館で「穴」を借りて読んだ。人と人は自身の中に同じ何かを内在させていても共鳴することはできない、という諦めみたいなものをこの2作品から私は解釈した。他の作品も読みたい。
村上春樹「アフターダーク」をファミレスで長居して読んだ。村上春樹は元々好みではなく、世のかぶれた大学生は太宰治と村上春樹が生みだしているという偏見を私は持っているので、どうかなと思いながら読んだのだけどこれは結構好きな感じだった。登場人物同士の会話が面白かった。会話のない章は読むのに時間がかかった。Amazonのレビューを見ると村上作品の中ではあまり人気がないらしい。掴みどころが無くて、何も起きないのがその理由らしいが、他の村上作品は掴みどころあるのか?すすんで読まないから分からない。私は掴みどころが無くて何も起きない話が好きだ。
映画「パーフェクトブルー」のリマスター版が限定上映されていたので、観に行った。プレッツェル入りのキャラメルポップコーンが美味すぎたので後日Amazonで6袋入りを買った。映画はとても面白かった。ストーリー、映像ともにアトラクションのようだった。
ボクセルアートにハマって色々作った。カチカチしているとあっという間に時間が経つ。楽しい。
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こころごすぺる
✨とてもステキなコンサートでした✨
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今回もしあわせでした✨(練習の時から感動の嵐)
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ゲネプロで涙出そうになってこらえました
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神様の働きで
沢山の人達が携わって、目標に向かって一つとなることの素晴らしさを✨
(短距離走よりリレーの方が好きです🙋♀️)
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終わってある準備をしていたら
立っていたソファーからすべり落ちて
床とこんにちはしました🥲
怪我しなくてよかった、、、
終わったあとのものに気をつけつつ💪
.
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💡これは必ず書こうと思っていたことを
.
前日の夜から喉が痛くなって
これはヤバい😨と
手をあててお祈りをするたびに
痛みが取れていくような😶
朝起きて、やっぱり痛くて
あまり声が出なくて
これは今回は本当にヤバい😱と
.
💡色々な方々が、声が出なくても
本番立ったら声が良く出て歌えたお話しを
ブログなどでされていて💡
やっぱりお祈りして求めようと🏃♀️
私もその癒しを体験したいと🏃♀️
願って
午前中の礼拝では声があまり出なかったのですが
.
サウンドチェック、ゲネプロ、本番と
のびのび👀今迄で一番のびのび🤔
賛美できました🥲🥲🙌✨✨
(クワイヤーとして歌うべき所が歌えていたらよかったなぁと)
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ハレルヤ🥲🌈
.
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.
今日は写真何も撮っていなかったな。。。
と思っていたら、ピラリと思わぬ所から出てきた🔖
April 29,2024
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こんにちは!
いつも読んでいただきありがとうございます💓
今回担当のいばら🎪🍫です。
すっかり街はハロウィン一色ですね🎃
先日例の黒いフラペチーノを飲みましたが、見た目も味もハロウィン全開でとても美味しかったです♪
さて、今回のお題は
【✞CHIAROSCURO✟でやりたいこと、行きたい所】
すでに挙げてくれた旅行もいいし、ボードゲームも楽しそうですよね☺️
私がこのサークルでやってみたいことは、次の2つです!
1️⃣リレー小説を書く
2️⃣みんなで料理してパーティーをする
まずひとつめのリレー小説!
これは、このブログでも他のサイトでも載せるところはどこでも良いのですが、
ある程度長過ぎない程度の文字数を決めてみんなで回して小説を書いていったらすごい作品が出来そうだなっていう興味本位です。
自分のターンで勝手にキャラを増やしても良いし、話を急展開させても良いし。
都度内容が変化していくのでまわってきた人には相当ストレスをかけると思いますが(笑)、なかなかカオスなものができるのではないでしょうか!
ふたつめのお料理パーティーですが、
コス●コとか業●スーパーに行って大量の食材を買って来て、みんなでパーティー料理を作って食べる会をやりたいです!
テレビでたまにそういうコーナーありますよね、コ●トコですごく大きなお肉や野菜を買って来て豪快でおもしろい料理を作るみたいな。あれやりたいんです。
というか、私が個人的にこのサークルに入る以前は複数人で遊ぶっていうことをあまりしてこなかった人間なので、そういうのをやってみたいだけなんですけどね。
だからタコパでもいいしバーベキューでもいいし。そっちのほうが現実的だな。笑
とにかく大人数でわいわいご飯食べたいな〜という感じです!
なかなかハードな提案もあったかと思いますが😅、どれか実現できたらいいな〜(*´꒳`*)
というわけでいばらのやりたいことはこんなところにしておいて、
お次はみけちゃん🍓🎀です!
最近は朝晩なかなか冷えますので、みなさま体調にはお気をつけてお過ごしくださいね☺️
今回も最後までお読みいただきありがとうございました。次回の更新も��楽しみに〜🖐️
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2023年12月11日(月)曇り時々雨
午前中はよく眠ってくれたので、といっても、2時間半毎の授乳とおむつ替えはもちろんあるのだけど、授乳がおわるとすぐに眠ってくれるので、私もちょこちょこと一緒に寝た。そんなこんなですっかり朝ごはんを食べ忘れ、昼ごはんに二日前の残りを食べる。午後15時半頃から起きだし、授乳をしたあとに15分ほど散歩。近所の農家さんたちとすこしだけ話す。家族以外から娘の名前を呼ばれると嬉しいということをはじめて知る。例にたがわず黄昏泣きをしっかりとする娘。夜になることが嫌なのかい、と問う母。一瞬泣き止んだ隙にと、夜ご飯を作るが、作っている最中にまた泣く。あやして泣き止ませ、また夜ご飯を作る。出来上がった頃にまた泣き出すを繰り返す。一品を作るだけで2時間はかかる。しかし作りきった自分をとりあえず褒める。私が褒めなきゃ、誰が私を褒めるの。大丈夫、あなたはしっかりとやれている。20時頃まで泣き続け、沐浴をし、また泣き、授乳をしたらスコンと落ちるように眠りについた。息をしているのか心配なくらい、完全に落ちていた。そりゃ5時間起きてたらしんどいよなと娘の寝顔をみながらおもう。その後、4時間眠ってくれて、私も気づいたら隣で寝ていた。そして今。オムツを替え、授乳をし、眠らせて、シャワーを浴びる。せっかく作った夜ご飯は食べ損ねた。
私の左側に娘、右側には猫。ものすごいスピードで過ぎていく毎日にまだ慣れない。今までの私の生活はなんて穏やかだったのだろう。かわりゆく生活に体が適応しない。しかしどちらがよかったかと問われると、どちらにも苦悩があって、どちらにも幸福があるということで、選べないな、きっと。まだ。
2023年9月号新潮の日記リレーをちょこちょこと読んだ。金原ひとみさんまで。
また1時間後には娘は起きてくるだろう。それまで、すこしだけ、おやすみ。
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今朝の知恵の分かち合いは、「あなたの祖先はあなたのクプナの記憶を讃えよう」というアロハスピリッツの教えを頂きました。そして、それぞれの祖先の話に及びました。皆さんの遠い祖先の方々は、どのような人生を送ってきたのか、伝承されているお家も多いのではないでしょうか。不思議な文化というか、これが人間としては、自然のことなのでしょうね。血統を残し伝承していくというのは、祖先の思いをリレーしてきているということなのでしょうね。有難う御座います。今日も素晴らしい一日を!いつもご参加ありがとうございます!(SDGs目標3,4,11,17)
https://youtu.be/g9YygXF-524
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四期生リレー / 朝の言葉でこんにちは 藤嶌果歩
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つまりさ、ジミー大西先生で、言うところの、【風の歌を聴け】の、主人公の、友達、親友役の、鼠【🐁】な、わけよ。で、これさ、ようやく、ここで、この、慎吾の、再臨で、最も、大きな、役割になってる、つまり、ホンマル👀と、慎吾の、関係性、そして、ホンマル👀と、爺ちゃん🦠🤡🦠の、関係性である、神=三位一体、仏=三位一体な、わけよ。で、それが、つまりは、椎名林檎の、丸の内サディスティックの、歌詞にある、【【ラット🐀】一つの、商売道具】に、つながる、わけだよ👀👌
【僕の、好きな、先生♪】
これさ、話しは、慎吾の、中学時代に、さかのぼるんやけどさ、そう、慎吾が、中学2年生のころの、担任、教師、彼は、体育指導の、顧問で、つまり、体育、担当の、先生なんだけどさ、ある日、運動会の、数日前に、皆の前で、慎吾を、立ち上がらせて、慎吾に、【岩﨑、お前、今度の、運動会の、出しものである、競技、駅伝に、出ろよ、そう、運動会の、駅伝に、いや、お前の、体育のときの、長距離ランニングの、タイムが、速いから、お前、出ろよ、岩﨑】と、😂シンゴに、ジミー大西という、あだ名を、生徒につけられ、嫌な、気持ちで、毎日、学校に、通ってた、先生😂そう、慎吾が、言うにはさ、彼こそが、忌野清志郎の、【僕の、好きな、先生】だと、慎吾、気付いた、わけよ😂数日前😂そんで、彼と、馬鹿笑い、してたんだよ、慎吾、部屋で、独りで、😂で、慎吾はさ、当時、喘息持ちで、医者からも、走る、ことを、止められててさ、😂そう、それで、ジミー大西先生が、慎吾に、名指して、指名してきた、その、もう時期、開催される、運動会の、駅伝に、一人だけ、クラスから、出すようにと、職員室で、言われた、彼の、最も、生徒たちに、お願いするのが、嫌な、ジミー大西先生は、😂慎吾に、指名、してきた、わけだよ、運動会の、駅伝の、出席者に、慎吾を、選んで、きた、わけだよ😂でさ、そう、慎吾、当時、喘息持ちだから、無理だと、みんなの前で、断った、わけよ😂つまり、ジミー大西先生の、慎吾にとって、理不尽な、指名を、慎吾、皆の前で、断った、わけだよ😂でさ、その、ジミー大西先生、それに対して、結局、慎吾の、伝えたことを、勿論、理解はしてたんだけどさ、😂そう、最後はさ、なんか、その、慎吾が、運動会の、駅伝に、出る出らんを、ウヤムヤ☁💭に、させられて、終わった、わけよ😂いや、てか、出ろと、彼は、つぶやいて、つまり、押し付けて、終わった、わけだよ、その、理不尽な、要求を、してくる、ジミー先生と、それに、たじろぐ、慎吾を、とりまく、放課後、近くの、生徒、皆が、2人の、滑稽な、やりとりを、見つめるなか、放課後の、教室から、見た外は、陽が、スッカリ、落ちてしまって、夕暮れどきの、風景の、なか、終わった、わけだよ。で、まるで、それはさ、ハタから、そのやり取りを、見つめる、生徒たちからしたらさ😂そう、それは、まるで、空に、ポッカリと、浮かぶ、白い、雲のように、☁ 💭 ☁ 見えた、わけだよ。その、幾分、風変わりな、中年教師と、変わり者、慎吾との、間で、曖昧に、会話されて、いつの間にか、気付いたら、そのやり取りは、つまりは、その情景は、その、話し合いは、薄くなり、やがては、消えて、いった、わけだよ。そう、それは、まるで、朝が訪れては、日が落ちる、という、自然界の、しごく当然の、当たり前の、サイクルが、日々、連続する、と、いうことに、なんら、疑問を、抱かない、ことのように。
それで、慎吾はさ、家に帰り、早速、その、担任の、ジミー大西先生に、今度の、運動会で、長距離走者に、選ばれて、しまって、困ってることを、慎吾は、つまり、母に、ただの、そう、慎吾からしたら、ただの、ハケ口を、聞いてもらった、わけだよ。そう、母親にね。勿論、喘息が、あることを、知った、常識ある、担任ならば、生徒たちに、その、長距離走に、出る、出ない、を、そもそも、立候補やら、多数決で、本来、決める、ものを、無理やりに、その、担任の、ジミー大西先生は、慎吾に、押し付けてきた、と、慎吾は、母親に、愚痴った、わけよ。😂そしたらさ、慎吾の、母親が、ブチキレて、その、ジミー大西先生に、その日の、夕刻どきに、電話してさ、😂その、慎吾は、本人も、言うてる、とおり、喘息だから、長距離、走ったら、あとで、その、喘息の発作が、出て、胸が、ヒューヒューなるから、医者からも、とめられてるから、その、運動会の、駅伝リレーから、慎吾を、はずして、くださいと、願い、入れた、わけだよ😂勿論、怒らずに、哀願するような、口調で、慎吾の、母親は、ジミー大西先生に、伝えた、わけだよ、電話☎ごしに。そしたらさ、その、電話の、やり取りを、横で、聴いてた、慎吾は、特に、その、ジミー大西先生が、どういう、態度で、母の、申し入れを、受け取ったか?そして、どういう、リアクションで、どういう? 結果に、なったのか?😮は、本人、知らん、状態のまま、学校に、普段どおり、次の日、通学、した、わけだよ😂そしたらさ、その、ジミー大西先生、慎吾を、見るや、いなや、個人的に、呼び出してさ、😂慎吾に、こう言うた、😂わけだよ😂
👇
🦛 【岩﨑、ちょっと、こっち来い、(✋↑↓)】
🦛【 岩﨑、おまえ、親に、告げ口、するなよ、男と、男の、話し合い、なら、親に、頼るのではななく、自分で、解決しろよ 】
と、慎吾は、とても、またもや、理不尽に、怒られた、わけだよ😂でさ、その出来事、慎吾は、成長してもさ、いつまでも、いつまでも、その時の、出来事を、覚えててさ、😂そう、社会人に、なり、色んな、人間関係✊🤓✊に、揉まれるなか、その、慎吾が、学生時代に、ジミー大西先生の、言うたことは、確かに、誰が、どうみても、間違ってるし、理不尽なんやけども、そう、けどさ、そう、でも、彼、良い先生だったなと、慎吾は、最近、ようやく、気付いた、わけだよ😂つまりさ、ジミー大西先生は、まず、辞書に、書かれた、通りの、模範、教師ではない、生き方、考え方を、されてる、数少ない、変わり者、教師だし、それに、その、世間、一般の、教師に、おちいりがちな、常識大人の、モラルを、押し付けてくる、所謂、人間先生ではない、と、言うことに、慎吾は、気付いた、わけだよ。つまりさ、要約すると、子供たちとの、うわべだけの、関わり方を、するのではなく、慎吾、と、言う、一人の、人格を備えた、人間として接してくれた、数少ない、先生のうちの、一人であるし、それに、慎吾自身の、人柄に、珍しく、その、風来坊、ジミー先生は、興味を、持ってくれてて、そう、慎吾、と、言う、人柄に、何よりも、興味を、持ってくれた、そう、教師と、教え子という、垣根を、取っ払って、人間と、人間の、関係性を、重んじて、接して、くれてたな、と、慎吾は、ある日、気付いたんだわ、😂つまり、ジミー大西先生は、人間臭いとこも、勿論、持ち合わせては、いる、けども、そう、本来、世に、はばかる、聖人君子気取りの、偽善者の、先生よりかは、むしろ、この、理不尽では、あるけども、慎吾にとって、確かに、理不尽な、要求を、してきたかも、しれへんけど、その、辞書に、書かれた、つまり、偽善者という、鎧【よろい】で、鎧武装【よろいぶそう】した、所謂、偽善者教師、なんかよりも���よっぽど、素晴らしい、先生、だったなと、そう、彼のことを、つまり、ジミー大西と、教え子たちに、変な、あだ名を、つけられても、聴いてない、風を、装い、毎日毎日、嫌〜な、顔して、教室に、入って来て、教団に、立つ、その、ジミー大西先生を、見て、慎吾は、そう、切なく、彼の、そのときの、心の、傷を、知った、わけだよ、イタコ慎吾は、またしてもな。
まぁ、新入社員、つまり、新卒連中に、一つ、俺から😂忠告するとさ、その、はじめて、働きだした、会社でさ、昼休憩、あるいは、喫煙所🚬で、輪になって、会社の、愚痴、上司の、愚痴、言うてる、君たちには、申し訳ないけども、そう、狭き門と、言われている、天の、御国【みくに】へ、通じる、重くて、厚い扉である、鉄の門は、開かないよ。それに、門の前に、立ちはだかる、番人、デカくて、奇妙な、風体をして、しかめ面、頑強な、門番の、姿を、一目、見た👁🗨👁🗨だけで、もう、後ずさり、してまうと、😂思うよ😂君たちは😂
いや、だって、そもそも、そう言う、自分一人では、到底、敵わへん、と、思うた、相手をさ、出会ってきた、人たちをさ、😂 意図的に、みんなで、集まって、集団虐め、してきた、奴らだろ?君たちは😂地上の、生ある、限られた、煉獄期間中に😂
でさ、煉獄とは、これ、なんだよ😂 👇
👉 煉獄 = 地上 = 天国か?🧐🤔はたまた、地獄か🧐→💡😮、 🧐→💡😮、 🧐→💡😮、、、、の、査定期間😂な、わけやからさ😂 そもそもな😂
あっし、ガキの頃から、悪さばかり、しておりました。なりが小さい割には、一度キレたら、みさかいがつかなくなり、気づいたときには、私より、ひとまわりも大きな相手を、血しぶきを浴びて、喧嘩相手が眼の前で、泡を吹いて倒れているのであります。そんな、あっしだったから、学校でも、誰も近寄る者はおりませんでした。ただ、そんなあっしに、『婆ちゃん』だけは、目にかけて、可愛がってもらった記憶があります。ガキの頃、縁日の祭りの夜、婆ちゃんの手に引かれ、『金魚すくい』をしたのが、今でも婆ちゃんとの思い出です。中学2年の頃、そんな婆ちゃんが、亡くなり、私の『悪さ』は、輪をかけて酷くなり、学校へもろくすっぽ行かず、他校の不良どもと、つるんでは、恐喝を繰り返す日々が、続きました。その後、度々少年院と、シャバを行ったり来たり、する生活が続き、気づいたときには、中学をろくすっぽ卒業することなく、カタギの道へ足を踏み入れていたのであります。
📙 雑記集 📙
まぁ、新入社員、つまり、新卒連中に、一つ、俺から😂忠告するとさ、その、はじめて、働きだした、会社でさ、昼休憩、あるいは、喫煙所🚬で、輪になって、会社の、愚痴、上司の、愚痴、言うてる、君たちには、申し訳ないけども、そう、狭き門と、言われている、天の、御国【みくに】へ、通じる、重くて、厚い扉である、鉄の門は、開かないよ。それに、門の前に、立ちはだかる、番人、デカくて、奇妙な、風体をして、しかめ面、頑強な、門番の、姿を、一目、見た👁🗨👁🗨だけで、もう、後ずさり、してまうと、😂思うよ😂君たちは😂いや、だって、そもそも、そう言う、自分一人では、到底、敵わへん、と、思うた、相手をさ、出会ってきた、人たちをさ、😂 意図的に、みんなで、集まって、集団虐め、してきた、奴らだろ?君たちは😂地上の、生ある、限られた、煉獄期間中に😂
でさ、煉獄とは、これ、なんだよ😂 👇
👉 煉獄 = 地上 = 天国か?🧐🤔はたまた、地獄か🧐→💡😮、 🧐→💡😮、 🧐→💡😮、、、、の、査定期間😂な、わけやからさ😂 そもそもな😂また、ソマリ🐱と、出会えたよ。昨夜、公園に猫の餌を、置くのと、木🌲の、根本に、カルピス垂らすために、行ったらさ、ソマリ🐱が、いたんだよ。公園に。元気そうで、良かった。で、ふと、目を、上げたらさ、白いトップス着た、女の子が、ブランコに、座っててさ、あきらかに、幽靈なんだよ。深夜12:00頃だし、雰囲気完全にそれ、出てたから。で、幽靈だよね、君?って、話しかけたらさ、聞こえてはいるんだけど、うつむいて、なんか、ブツブツ言ってんだよ。でさ、こんな遅くに、公園に、一人だと、危ないんじゃないのかなって、さらに、伝えたんだけどさ、それに対しても、なんも、返してくれなくて、相変わらず、下を向いて、なんか、ブツブツ言ってんだよ。で、俺が、公園出るときに、彼女も、ブランコから、立ち上がって、そそくさと、公園出ていったんだよ。
数日前に、書いた、文書↓
二度目の、霊界の、再臨は、爺ちゃん🦠仏様と、私の、最期の、一騎打ち、だったのだよ。そして、わたしは、爺ちゃん🦠仏様に、そんなに、ライバル意識を、持たれていることに、ただ、ただ、悲しんでいたら、いつの間にか、爺ちゃん🦠仏様を、負かして、しまって、いたのだよ。わたしは、爺ちゃん🦠仏様の、下で、永遠に、それで、つかえることを、望んで、いたのだから
で、最初にさ、爺ちゃん🦠仏様が、俺を、虐めてることに、気付いたのが、ソマリ🐱なんだよ、ソマリ🐱が、いきなり、こんなこと、言ってきたんだよ。「ホンマル👀と、爺ちゃん🦠仏様は、慎吾を、虐めてるだにゃん」って。それでさ、😂もう、爺ちゃん🦠仏様に、対して、イヤーな、気持に、なってさ、😂そんな、ことを、口にした、😂ソマリ🐱に、対して😂俺はさ😂ぶちキレてさ😂蓋をあけたらさ、😂いつの間にか😂爺ちゃん🦠仏様が、😂小さく😂なってて😂で、俺はさ😂きまづーい、😂気持ちに😂なってさ、😂そう、😂草野正宗が、😂まわりの、😂ミュージシャンに、😂申し訳なく😂感じている😂のと、😂ほぼ、ほぼほぼ😂おんなじ😂気持ちに😂なったらさ、😂爺ちゃん🦠仏様が、😂ますます、😂消えて、😂いくからさ、😂これは、😂勿体ないから😂俺と😂ホンマル👀と、😂爺ちゃん🦠仏様😂でさ、😂とりあえず😂結合😂しようぜって😂なった、わけだよ😂そこら、😂だよ、😂俺の😂苦しみは、😂なんせさ、😂わずかに、残ってた、😂岩﨑慎吾が😂もう、😂悲鳴を😂あげて😂そこから、😂まーた、爺ちゃん🦠仏様😂と、ホンマル👀から、😂嫌な😂感じに😂されて、いったわけよ😂
そう、それで、俺はさ、野生動物たちの、世界に、入ることを、臨んだんじゃ、ないのかな、それと、オカルト集団な。
ソマリ🐱、あんときは、すまんかった。そしてさ、ありがとな。これからもさ、俺ら、永遠に、一緒に、いてな。頼むからな。
結局さ、爺ちゃん🦠仏様が、出てきた、最初はさ、俺、爺ちゃん🦠仏様の、犬になる、言うてたんよ。てか、もうさ、爺ちゃん🦠仏様が、怖すぎたからさ、上に、いてくれないと、怖すぎたんだよ。永遠溺れ🔵とか、色んなことを、想像したらさ。それでさ、最初は、爺ちゃん🦠仏様も、それで、エエと、言うてた、わけよ。で、ある日さ、去年の夏の、一回目の、霊界の、再臨の、ときさ、近所の、セブンイレブンの、駐車場を、俺が、出る、ときさ、爺ちゃん🦠仏様に、こう、言われたんよ、「爺ちゃん🦠仏様の、犬には、おまえは、なるな」と、つまり、そう、ここまで、俺がさ、成長、するのを、爺ちゃん🦠仏様は、複雑な、気持ちで、期待も、してた、わけよ。なんせ、爺ちゃん🦠仏様はさ、俺が、産まれる前から、キリン🦒みたいに、つまり、俺の、子供のときに、家の、窓から、🌲の、🦒な。そう、ずーっと、見守ってたわけよ。だからさ、愛は、そこに、間違いなく、あった、わけよ。で、多分、爺ちゃん🦠仏様が、俺に、多少なりとも、妬みの、演技、してくれたんちゃうかな、とさ、今、考えたらそ、ソマリ🐱だよ、コイツ、が、出るからさ、😂結局さ、😂わけわからんことないな、爺ちゃん🦠仏様😂ソマリ🐱 ソマリ🐱、爺ちゃん🦠仏様、愛してる。二人を、心の、底から、愛してるよ😂俺は😂
そしたらさ、フワッと、夏目三久さんが、笑顔で😂両手を、あげて、🙆⭕してくれる、のよ😂
つまりさ、😂俺は😂ドラゴンボールZで、😂言うところの、😂セル😂な、😂わけよ😂九州、吸収😂して、😂いく、わけよ😂俺の😂意志とは😂別にさ😂否応無しに😂
な、むりやからさ、Facebookが、永遠溺れ🔵に、なるのはさ、😂わかるやろ?😂だって、爺ちゃん🦠仏様と、ホンマル👀入ってるからさ、😂そう、俺さ、もう、優しくは、ない、わけよ👀 ano👀👌
とにかくさ、ano、俺、楽してると、思われたく、ないんだわ、😂楽してると😂
青色🔵担当の、あのちゃん、😂俺さ、楽してると、思われたく、ないんだわ😂
↓
そうなんだよ、俺が、二度目の、霊界の、再臨の、出来事である、爺ちゃん🦠仏様と、俺の、最期の一騎打ちと、なってしまった、理由が、ソマリ🐱の、一言から、始まった文書を、書いた、翌日にさ、なんと、夜中に、ソマリ🐱と、また、再開、したんだよ。↓ここでさ、みんなに、わかって、欲しいのはさ、俺が、頭に、ひらめいたことはさ、全部、霊界からの、メッセージ、な、わけよ。その、爺ちゃん🦠仏様との、一騎打ちの、出来事はさ、ずっと、憶えては、いたんだけど、その、頭に、毎回ひらめくのがさ、まだ、この話しを、する、時期ではない、と、ひらめくんだよ。だから、二度目の、霊界のときに、起こった、俺と、爺ちゃん🦠仏様との、エピソードはさ、ずっと、温めておいた、わけよ。伝書鳩🕊の、使命として。そう、すぐに、文書にしても、いいひらめきと、そうでない、ひらめきが、ある、わけよ。だからさ、霊界で、爺ちゃん🦠仏様と、一騎打ちをしたことを、頭には、あるけども、ずっと、文書に、しなかったって、いうだけの、ことなんだよ。
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2024/9/5 15:00:13現在のニュース
ビンタ1回500円、無許可で接待 容疑で大阪・ミナミのコンセプトカフェ経営者ら逮捕([B!]産経新聞, 2024/9/5 14:51:20)
米兵の性暴力、後たたず 新たに事件発覚 沖縄県警が情報共有(毎日新聞, 2024/9/5 14:48:06)
「園のやったこと許せぬ」 園児バス置き去り死2年、現場に献花台 | 毎日新聞([B!]毎日新聞, 2024/9/5 14:45:56)
習近平氏、アフリカに7兆円超の資金援助表明 安保でも影響力強化(毎日新聞, 2024/9/5 14:40:58)
崎陽軒のシウマイ弁当70年 ローカルブランド掲げファン獲得 他地域の振興にも一役([B!]産経新聞, 2024/9/5 14:39:46)
特集ワイド:一線越えた「慰霊碑破壊」予告 関東大震災の朝鮮人虐殺、「否定派」が今年も集会 | 毎日新聞([B!]毎日新聞, 2024/9/5 14:39:23)
河野デジタル相、原潜保有に言及 「議論しないといけない時代」 | 毎日新聞([B!]毎日新聞, 2024/9/5 14:39:23)
平凡な大学生はなぜ、闇バイトに「流されるまま」従ったのか…心の動きの一部始終 6日判決:東京新聞 TOKYO Web([B!]東京新聞, 2024/9/5 14:36:28)
心ひとつ、バトンつなぐ マスターズ陸上400リレー、日本が世界新(毎日新聞, 2024/9/5 14:33:45)
デビュー30周年も「いまだに新人」妖怪誕生前夜の虫描く 京極夏彦さん新刊「病葉草紙」([B!]産経新聞, 2024/9/5 14:33:14)
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毎日が記念日
7月20日は…
月面着陸の日
1969年7月20日、アポロ11号が月面の「静かの海」に着陸し、人類が初めて月面に降り立ちました。(日本時間では7月21日早朝)
アームストロング船長は「この一歩は小さいが、人類にとっては大きな飛躍である」とのメッセージを地球に送ったのは有名。
お茶の間で見れたのが印象的でした。
【疑わしいAI-イチロウによる7月20日の出来事】
1969年: アポロ11号が月面着陸した日です。ニール・アームストロング船長とバズ・オルドリン中尉が月面に降り立ち、人類史上初の月歩を行いました。この歴史的な出来事は世界中で大きな注目を集め、人類の宇宙探査の節目となりました。
1974年: トルコ軍がキプロス島北部に侵攻し、キプロス問題を引き起こした日です。トルコ軍はキプロス島の北部を占領し、その後北キプロス・トルコ共和国を建国しました。この侵攻は国際的な非難を受け、キプロス問題は未解決のまま続いています。
2012年: 中国の宇宙船シャン・2号が有人宇宙飛行を行った日です。中国はこれにより、ロシア、アメリカ、欧州宇宙機関に続いて4カ国目の有人宇宙飛行を成功させました。
2021年: 東京オリンピックで、日本のテニス選手大坂なおみが大会の聖火リレーを最後のランナーとして締めくくった日です。彼女は全米オープン、全豪オープンでの優勝経験を持ち、日本を代表するスポーツスターとして注目を集めました。
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最近はテスト期間で全く勉強しない私はただ生活リズムが狂うだけの(もとからあまり良くない)期間なのだが、そんな中でついさっき、久しぶりにおかしな時間に夢を見た。さっき起きたのだけど、夕方の16時25分ごろだ。早いテストから帰ってきて、昼ごはんを食べたのち、13時過ぎくらいに寝ようとベッドに入ったのを覚えている。それからだいたい3時間。久しぶりに夢を見た。しかも、というかそもそも夢というものは最近の自分の記憶の整理によって見る夢の内容が映されるはずなのだが、さっき見た夢は最近の私とどこもかすっていない、人間や出来事が多々あった。このまま前振りを書いているうちに忘れてしまいそうなので、久しぶりの鮮明な夢をここに記す。とはいってももう断片的なのだが、まず覚えている限りでは3つずつ場面があった(それぞれのつなぎにまだ鮮明な場面があったかもしれない(いやおそらくあった)、またそれら自体一つの時間の過ぎ方だったかもしれないが、今ハッキリ覚えているのはその3場面)。まず覚えているやつ一つ目。私の近くの高校、芥川高校という高校のサッカー部が、私が中学生の時に通っていたサッカーのクラブチームの練習場でどうやら強豪の高校のサッカーチームと対戦しているのをその練習場の入ってすぐのコートのエンドラインで眺めていた。その中で、中学生の時に入っていたサッカーのクラブチームで自分より早く辞めてしまった同じ学年のなぎらというやつが芥川高校のサッカー部に入っていて(実際では芥川高校にはいるが、サッカー部ではなく軽音部である。)その人がちょっと試合中ちょっと上手だったことと、実際の練習場にはない、私のすぐ後ろに屋根付きのベンチがあり、そこで芥川高校と対戦をしているチームとは別の、でもまた体がゴツくいかにも強豪校のようなえんじ色のユニフォームをきた高校生?4人がそこに座っていて、汗をかきながらサッカーの応援歌のようなものを楽しそうに歌っていた。書いていて思ったが、これらは多分最近インスタグラムで中学のときのサッカーのチームメイトの活躍を調べて見ていたことからの記憶の整理なのではないのかと思う。サッカーはあんまり好きじゃなくなったが。そして二つ目。これもどうしてそうなったのかわからないが、今の高校の水泳場で、大勢でまるで水泳の授業のようにリレーをしていた。覚えている人は今同じクラスの本橋くん。順番的に私の前にいた。リレーというか、全員がプールに入って7列ぐらいある自分を含めた生徒?と思わしき列がそれぞれ入って一列に羅列して泳いでいた。意味がわからない。がすぐその前で本橋くんが泳いでいたのを覚えている。私はクロールをしていた。そしてその謎の一行が終われば、案外人は少なかったらしく、4人か5人くらいの列が5列ほどの人数だった。なぜ推測で���るのかというと、まず泳ぎ終わった後にそのままプールサイドの飛び込む側のとこへ並んでいて、そこは後ろにフェンスがあるのだが、多くても座って6人までぐらいしか座れなく、その時は余裕があって座っていたのでそのくらいの人数で、また飛び込む側なので大体5列くらいだと推測できる。私の列はおそらく右から2番目であった。なにがあったのかというと、その列の中ごとで速い人が選抜でリレーをしようというものであった。なぜだか泳ぐ列は私の列ともう2個右の右から2列目の列だけであった。そして速かったのだろうか立っていた人は私の列は中学の時にサッカーをやっていた背の高い金子くんという人で、もう一つの列は今は私と同じ高校で中学の時も同じだった宮本くんという人だ。確かに宮本くんは泳ぐのが上手だったと思う。あとその2人が中学生のときに仲が良かったのも覚えている(私は普通くらい)。そして泳いだのかと思いきや覚えているのはここまで。もう忘れてしまったのだろう。夢は大体そんなものだろう。そして1番鮮明に残っている3つ目、この場面の最後に起きたのでそうと言われればそうだが、内容も結構覚えている。まず、。私は家の中にいたのだが、なにか家族でパーティをしていたのか、ここらへんは曖昧だが、そんな感じだったと思う。夜遅くまで家族5人で飲んだり食べたりしたのだろう。不思議だったのは兄のベッドがリビングの食べるテーブルのすぐ横にあったことだった。テレビに向かって足を向ける方向で、宴が終わってぐっすりと寝ている母の姿があったのを覚えている。宴の中盤から終わりまで、曖昧に覚えているくらいなので省略する。キッチンの灯りが綺麗だった。私はそれを終えて時間帯は朝の5時6時くらいだったと思う。まだ全然暗かったので恐らく秋下旬か冬だったのだろう。なぜその暗さで朝5時か6時かわかるのかというと、私はふときていたラインをみて、最近現実で仲のいい井上という人間から、「あかり」?のような名前のラーメン屋か居酒屋かわからないが、そこでラーメンを食べているから来いという趣旨の内容であった。その送信の横の時間に恐らく5時や6時と書いてあった。その時の体感は5時6時だったので確実にはわからないが多分そのくらい。そして私はなぜか場所を知っている「あかり」?という名前のラーメン屋に向かって家の外へ出た。私の家は坂の途中に建っているのだが、上り坂視点だと右側、下り坂視点だと左側に建っている。家を出て、すぐ右を登って行った。行っていた中学校へ向かう道のりの道を歩いていた。すると、住宅街へ入る脇道が並んでいる一本の道路に、私の住宅街の中からそのうちのある脇道をとおってその一本の道へ出たのだが、ここであることがあった。スマホが落ちていた。脇道を出てすぐ横の歩道を歩道を守るフェンスとその内側に一定間隔で木が植えられているのだが、ちょっと雑草が生えたあたりのところに、落ちていた。私はこういう時は大抵はそこに無いかのように無視するのだが、夢の中の私は、一旦その歩道を通り過ぎた後、もう一度戻ってスマホを拾い上げた。割と最近のiPhoneの機種だった。もらってしまおうとなど考えていたのだろう。そして私はおもむろにスマホの中を見ようとすると、鍵はかかっておらず、電話?か設定かのアプリの連絡先を見ると、そこにはなんと私の父の名前があったのである。ただ、私はそのまま「あかり」に向かうため戻った方向の脇道を出て向こう側の歩道へ渡って歩いて行った。すると、200メートルほど行った先に曲がり角があるのだがそこのあたりで、一本の車道にスマホがあった方向に私の父とそのスマホの持ち主らしき父の友人?が話しながら通り過ぎて行った。現実なら聞こえるわけないのだが、その時は車内のBluetoothに繋がっているイヤホンをしているかのように、鮮明に会話の内容が聞こえていた。ここら辺で落としたような気がする、や、あっちの方向にはいっていないからこっちの方向だろう、などとあまりはっきり覚えていないが、おそらくこの人たちは落としたスマホを探しているのだろうとすぐにわかった。それをさっき拾って、そのままそれで連絡できたのにしなかった私は、幼い頃に悪事をはたらいて父に怒られる前のバレていく焦る気持ちにだんだんとなっていった。だが、今の私は高校生であり(夢の中も)、そもそも私が拾ってそのまま行ってしまったことは見られていないので、どうにかする策は必死に考えていた。「あかり」へ向かいながら歩いていて考えていた策はまず、彼らが話している内容から私が拾った周辺はスマホがないということを確認していたらしいので、その後に拾ったのだと言うとくまなく探した彼らからしたら辻褄が合わないとなるので、彼らが見つける前から見つけて拾ったということにすること。そして、拾って行ってしまったことも嘘はつかないが、父の名前がスマホの中にあったので、ちゃんと自分から連絡すること。意外と素直なルールを作り、もらってしまおうと思っていた気持ちを悟られないために策を考えていた。そして歩いている場面に戻るのだが、先程の曲がり角を左に曲がると少し下る坂になるのだが、夢でも同じく、ただ、「あかり」の場所が現実で言うと、そのまま進んでいった先の中学校に向かう右から入る道の入ってすぐのとこらしい。坂を下って、右へ曲がる。右側の歩道を歩いていた。すると次はベトナムやフィリピンの人といったような顔の女性が肩にかなり大きい荷物か何かを担ぎながら、担いでいるには速すぎるスピードで自転車を漕いでいた。その右側を歩いている時には2人、同じような特徴の中東の人が私の横を過ぎ去って行ったのだが、すれ違う時に目を見ながら私にはわからない母国の言葉で明らかに暴言と思われるようなことを吐き捨てて通り過ぎて行ったのを覚えている。2人ともだ。でもなぜだか私はその時、日本の私の地元の道ではなく、異国の道を歩いている気分で、暴言を吐かれるのもその国のある地域のしきたりかなにかだと思って平然としていた。そしてそのまま進むと、T字路があり私はTで言うところの右上から私の視点で言うとまっすぐ歩いてきて左側にTの真ん中の線があるのだが、そこの信号を渡ろうとしていた。渡って、なぜだかわからないがまた右側を歩いていた。そこら辺から少し曖昧になっていく。なぜかというと、恐らくさっきのフィリピン人との流れを終えて、信号を渡るまでは現実とほとんど同じ道や風景だったが、信号を渡ってから少しずつ知らない風景になっていって、困惑しているからかもしれない。話に戻って、信号を渡って右側を歩いている時は、どこか祭りのような灯りが、ついていて、大阪の駅前の店がいっぱい並んでいる通りのような灯りがついていた。その時は、道の途中でベビーカーとかあったがあまり覚えていない。そしてその通りを過ぎると一気に暗くなり、気づけば前にクラスの可愛いと定評のある女が制服姿で自転車に乗って前方にいた。私はおそらくなにか話していたが覚えていない。そして、右側を歩いていて左に曲がる道があり、それは先ほど言っていた右から入る
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2024年6月8日
語り始めた92歳の被爆者 原爆投下から79年 封印した記憶 生き残った後ろめたさ「辛くてもいつかは伝えなければ」ウクライナ侵攻で決心(RCCニュース)
原爆投下から79年近くが経ち、初めて自らの体験を語り始めた被爆者の男性がいます。男性は92歳。長年、封印してきた原爆の記憶を今なぜ、伝えようと思ったのでしょうか。
才木幹夫さん(92)「靴を履こうとかがんだ瞬間です。8時15分。強烈な光、真っ白な光に包まれたと思ったら、建物が崩れて真っ暗になりました」
被爆者の才木幹夫さん、92歳。4月から自らの被爆体験を語り始めました。
原爆投下から79年近く語ることのなかった記憶。一方で「当時を知る被爆者が伝えなければ」という思いも年々高まり、92歳で初めて証言者になりました。
才木さん(被爆体験証言者の委嘱書交付式/4月)「踏ん切りがつかなかったんです。90の年を聞いて、こりゃやらなければならないと」
被爆したのは13歳。「一中」と呼ばれた広島第一中学校の2年生の時でした。
才木さん「我が家はですね、ちょうどこのトンネルから出たところと、広島駅から来た大きな交差点ですね、この交差点のど真ん中が、ちょうど我が家だったんです」
爆心地から2・2㎞の自宅で被爆しました。予定では「建物疎開」の作業のため、爆心地近くに行くはずでしたが、才木さんのクラスは急きょ休みになっていました。両親やきょうだい全員が一命を取り留めました。今も鮮明に焼き付いているのは中心部から比治山を通って逃げてくる被爆者の姿です。
才木さん「集団がもそっと降りてくる。うごめいていているのが人間だったんですよ。みんな顔が真っ黒で髪の毛は縮れてね、皮ふも垂れ下がっているような状態でしたね。う男女の区別もつきません。その集団の姿をどう表現していいかね、今も言葉がないくらい、あわれな状態ですよね」
翌朝、比治山で見た光景も、忘れることはできません。
才木さん「ここに出てきて驚いたのが、両方にずっともう黒い物体が並んでいる。全部人間の死体なんですよね、両側にね、降りるまで死体が続いているんです」
一中では、生徒たち353人もの命が奪われました。自分も行くはずだった「建物疎開」に動員され、屋外で直接閃光にさらされていました。以来、才木さんは原爆を語ることはありませんでした。
才木さん「もう紙一重ですよね。我々2年だけが生き延びて、何かそういう生き延びてるということに後ろめたさを感じるんですね。本当は原爆は忘れたかったですね。ええ。触れたくなかったですよね」
若い頃、東京でプロの声楽家として活動していた才木さん。今も毎週、コーラスグループの指導を続けています。
27歳で広島に戻ってからは開局して間もないRCCに入社しました。RCCではディレクターとして数々の音楽番組を制作。世界的指揮者、小澤征爾さんの番組を作り、今も続く年末の音楽イベント「第九ひろしま」を立ち上げました。原爆の記憶を封印して仕事に邁進しました。
いつかは伝えなければー。踏み出せずにいた才木さんが証言者になろうと決めたのは、ロシアのウクライナ侵攻がきっかけでした。
才木さん「もうこれを逃してはいかんと思って、率直にありのまま話さなければいけないなと。もう絶対に戦争はやめなければいけない」
証言者になって5回目の講話です。
才木さん「当時どれだけむごい惨状だったのかは伝えたいと思っている。でもそれが分かるかどうかよね、あまりにも状況が違うから。まだまだリラックスして話ができないから。これからですよ」
資料の使い方やしゃべり方、どうすればより伝わるのか、才木さんは考え続けています。
証言を聞くのは大阪から修学旅行で来た中学3年生です。原爆の惨状を語ったあと、平和の大切さを訴えました。
才木さん「世界の人は核の恐ろしさを知りません。実感しておりません。私たちは本気になってその恐ろしさを知らせていかなければならないと思うんですよ」
証言を聞いた中学3年生「今までYouTubeとか動画でしか被爆体験を聞かなかった。自分が次の世代にも語り継いでいかないとなと思いました」「今の平和な環境や時代がどんなに大切か分かった。これからもこの平和な時代を続けていかなければならないと思いました」
才木さん「伝えるの難しいね。もっともっと僕自体が学習しないといけない。僕自身のことも学ばないといけない。まだ今からですよ」
1回1回の講話を大切に、これからも語り続けるつもりです。
才木さんは、いつかは語らなければという思いと、一方で思い出したくないという辛い記憶の間でずっと悩んでいましたが、世界情勢を受けて決心し語り始めたといいます。
79年前のことを伝える難しさを実感しているとのことで、講話原稿を読むのではなく対話するように語る方が良いのか、視覚的に分かるように写真や資料を増やすべきか、常に考えていると言います。より正確に伝えるため、一中の同窓生にも会いに行って話を聞いたりして学んでいるといいます。才木さんの行動には我々も勇気をもらう気がします。
国立大工学部生のスプリンター「時の人に」 男子100㍍であの桐生も破る 世界リレー代表の広島大4年山本匠真選手 五輪切符の可能性も(中国新聞)2024年6月8日
布勢スプリント男子100メートルでゴール後、ユニホームの「広島大」をアピールする山本
広島陸上界の「時の人」だ。男子100メートルの山本匠真選手(広島大)は、2日にあった布勢スプリントの予選で10秒16の自己ベストをマーク。国内トップ選手たちと争った決勝でも2位に入り、桐生たち実力者に先着した。5月には世界リレー大会の代表に選ばれるなど注目度は急上昇。「全然メンタルが追いついてない」と苦笑する21歳から目が離せない。
広島・国泰寺高出身。3年時の2020年は新型コロナウイルスの影響で大会のほとんどが中止になり、2年時に出した10秒98が自己ベストだった。入学した広島大では「続けるつもりはなかったけど、見学に行ってみたら思ったより楽しいし、陸上が好きなんだと思えた。もうちょっと続けてみようかなと思ってやってみたら、どんどんのめり込んじゃいました」と笑顔を見せる。
大学では練習メニューを自ら組み立てたり、レース���像を分析したりして「理論立てて練習できるようになった」。食事管理で体重も約5キロ増えて68キロになり、出力が上がった。2年時には自己ベストを10秒64とし、3年時の日本学生対校選手権の準決勝で10秒32をマーク。決勝でも3位に入って表彰台に上がった。
工学部の4年生。卒業論文と大学院入試が控える多忙な日々にも「自分がやりたくてやっていることなので責任を持ってやっていく」と口にする。レースの前後では胸の「広島大学」をさかんにアピールし、「普通の国立の工学部の大学生でも、頑張れば戦えるというのは、今後自分が結果を出すことで証明できると思う。僕を見て、自分でもいけるんじゃないかというアスリートが増えていけばすごくうれしい」。パリ五輪切符が懸かる6月末の日本選手権(新潟)でも快走への期待が高まる。
騒音被害が急増 広島市内の県道で検問(広テレ NEWS)
バイクや車による騒音被害が急増していることを受け7日夜、警察が広島市内の県道を取り締まりました。
検問は、爆音による苦情が去年の2倍近く寄せられている広島市西区の県道で実施されました。ことし、県内の騒音による通報は782件で、去年より約270件増えています。
広島西警察署 小川拓也 交通課長「爆音をたてている車両が多く通っているという現実があると感じている。厳しく検問・取り締まりを進めていきたい」
7日夜の検問では、21件を検挙しました。
クレーム電話、AIで「怖くない声」に ソフトバンクがカスハラ対策(朝日新聞 6月8日)2024年6月9日に追記
客が理不尽な要求をする「カスタマーハラスメント(カスハラ)」から従業員を守ろうと、ソフトバンクが人工知能(AI)を使った技術を開発した。
電話でのクレーマーの声を穏やかなトーンに変えて、コールセンターのオペレーターの心理的負担をやわらげる。離職率の高いコールセンターの業務環境を改善する。
【動画】クレームの声、AIでどう変わる?
「怒鳴り声が(『ゲゲゲの鬼太郎』の)目玉の親父(おやじ)の声だったら、怖くないのにな」。カスハラを特集したテレビ番組をみたソフトバンクの中谷敏之さんがこう思ったことが、開発のきっかけだった。3年前に社内起業制度に応募。AIの音声加工技術を使って電話相手の音声を変える「エモーション・キャンセリング」の研究を始めた。
AIは怒鳴り声や糾弾する口調など多くの表現を学び、音声変換を改良していく。「怒りの声」のデータはあまり流通していないことから、10人の役者に100以上の発話を様々な感情で演じてもらい、計1万以上の音声データをAIに学習させた。
言葉遣いはそのままだが、声の高さや抑揚を穏やかにする。たとえば、女性のかん高い声は響かないようにトーンを低くし、怖く感じる男性の重低音は音を上げて柔らかく聞こえるようにする。
新型コロナウイルス 沖縄で急拡大の兆候 基本的な感染対策を(RBC琉球放送 6月8日)
沖縄県内の新型コロナウイルス感染状況は、医療機関1定点あたりの報告数が、5月27日~6月2日の7日間に定点当たり19.74人となって8週連続で増加している。県が7日公表した(定点医療機関 53か所、報告数 1046 人)。感染報告数の推移を記したグラフ(写真で掲載)を見ても、急拡大した去年のように増え始めていることが分かる。
年齢別では60歳以上の感染が38.2%と最も多く、次いで50~59歳が10.4%、30~39歳が9.8%の順となっている。
地域別では南部保健所管内が1定点あたり29.00人で最も多く、次いで中部保健所が18.53人、那覇市保健所が18.17人、宮古保健所が14.25人、八重山保健所が4.00人北部保健所が9.00人。
県は、「手洗い」「咳エチケット」「換気」といった基本的な感染対策と、医療機関や高齢者施設に訪問する際や体調不良時など、状況に応じたマスクの着用を呼び掛けている。
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土曜日は、娘の中学校の運動会。
棒でボール挟んで走るやつとか、リレーの他に、体育係でスターターをすると言うので、見に行って来ました。
On your mark. Set 💥 とやってる��を見て、今は「位置について」って言わないのねぇとしみじみ(昭和世代)。
今日は恒例の早朝弁当作りから始まり、世田谷区立大蔵運動公園まで応援に。
燦々と紫外線を浴びた週末でした。
画像は、運動会後の撮影で行った神宮外苑。
トリプルLotusでした。
かっこえかったー!
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