Tumgik
#愛する者へ捧ぐように
niceage1993 · 9 months
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色狂いが落ちる地獄ってなんだっけ?
かなり本格的にセックスというものに絶望してしまった。セックスっていうのはつまりセックスで、人と人とが皮膚に触れあったり粘膜をこすり合わせたりして性的に気持ちよくなるというアレなわけだけど、わたしは若干三十歳にしてその行為に対し心の限りなく底のほうから“こりゃわたしには向いてないわ”とネガティブな感情を湧きあがらせているわけである。わけである、ではない。
自分の意に反して馬鹿でかい乳房とぽってり薄ら開いた唇のせいで助平の権化みたいな見てくれをしている自覚はあり、加えて求められれば比較的誰とでも寝てきたせいで(本当におしまい)勘違いされがちなんだけれど、わたしは元来、性に対してかなり淡泊な性質だと思っている。セックス“できる”だけで“したい”と思ったことはほとんどなかったし、ごくまれに沸き起こる性欲的なものは自分で適当にやり過ごすことができる程度のそれで、別に他者の介入を求めようだなんて考えたこともなかった。
そもそもわたしにとってセックスは目的というより手段の要素が強くて、自分が手に入れたいもの(お金とか地位的なものではない)のために相手の要望に応えて体を重ねる、ということをしてきているせいで、そもそも行為自体に愛とか勇気とか希望とか、それから快楽とかを期待することもなかった。じゃあ何を求めていたかっていうのは、話が逸れるしクソ長くなるので割愛する。ちなみにキスとかは好き。
実はわたしと旦那の性に対する意識に北極と南極くらいの距離があって、夫婦関係がマジでヤバくなったときがある。旦那はとにかくヤりたくてたまらないし、わたしはわたしで子どもを産んだり育てたり社会復帰したりとかで手一杯でそれどころではなく、とにかくヤりたくなかった。別に旦那が嫌いになったわけでもなんでもなくて、ただ肉体的に交わる余裕がないというか、そんなことする時間あるなら一文字でも多く本を読みたかったし1秒でも長く寝たかっただけで、つまりセックスの優先度が地面にめり込むほど低かった。で、じゃあどうやって打開したかっていうと旦那に対して婚外交渉をOKしたわけである。今っぽく言うと“オープンマリッジ”ってやつ。案外旦那が外に遊びにいくことへの嫌悪感とかはなくて、むしろよそ様が発散させてくれることで家庭内に平穏が訪れるならかえって良いことなのでは?という気持ちでさえいる。わたしの知らないマッチングアプリの女性のみなさん、旦那をよろしく頼む、と感じている。大抵の人はこの話を聞くと驚くか呆れるか、もしくは“じゃあこいつともヤれるのでは?”なんていう感情を抱くかするんだけど、わたしたちはこれでかなり上手くやってるし、当然わたしとはヤれない。
そこまでして性的な接触をなるべく避けてきたわたしが、どうして今改めてわざわざセックスに絶望なんかしているかというと、ごく最近に、意外にも「あ、したいかもしれない」と思う瞬間があったからだった。残念ながらその相手は旦那じゃなかったけど、個人的にはそういう感情に至ったこと自体が奇跡みたいなもので、正直処女を捧げることになったときくらいの胸の高鳴りを感じていた。三十路にもなって。結局その人とはラブホテルのベッドの上で小一時間転げ回るだけでとくにそういうことにはならなかったんだけど(というかわたしがしないことにしていたんだけど)、その胸の高鳴り、というか紛れもない性欲は数日尾を引いた。その人との接触が引き金になったのは言うまでもないが、果たしてその人としたかったかどうかというのはいまいちよくわかっていない。実際わたしは、閉鎖されて二人きりの薄暗い部屋のベッドの上で触れられて気持ちが昂っても、その人に「抱いてくれ!」とはついぞ言わなかったし。こういうところが自分の面倒なところだよな、と思う。思うだけでとくに対策を講じなかったので、いい歳をこいてこんなことになっている。で、旦那が登場するわけである。こういう書き方をすると、ラブホテルのベッドで転げ回った相手にも気まぐれな性欲のはけ口にされた旦那にも本当に失礼だというのは承知なんだけど、でもやっぱりわたしが気軽に「抱いてくれ!」って誘っていいのは旦那だけだと思うし、実際旦那も喜んでくれたのでいいことにしてほしい。
結論からいうと本当に地獄だった。旦那の名誉のために誓って言うけど、彼のやり方がダメだったわけでは断じてない。むしろ彼はあらゆる面において丁寧でなんならかわいらしさみたいなものもあり、彼自身も素晴らしいと思うのでマッチングアプリでこれから出会うかもしれない皆さんは心配しないでほしい。最悪なのはわたしで、一時間半あまりの行為のうち三分の二の時間は「早く終わってくれ」ということばかり考えていた。気持ちいいとかよくないとかそういう次元の話ではもはやなく、というかもう快感を与えられそれを拾い体が勝手に動いたりうっかり声が出たりすることすら億劫だと感じていた。こんなにむなしいことってあるだろうか、とかなり明確に自分に対してうんざりして、それがよりセックスに対する絶望へ拍車をかけた。ほかにうまく言い表す言葉が見つからないし、そんなもの多分なくて、ただただ“向いていない”んだと思う。なまじ「したいかも」なんて淡い欲と期待を抱いてしまっていたせいで、落ちた地獄はあまりに深い。もう二度としたくないとさえ思うけど、旦那と夫婦である以上この先も肌を重ねることはきっとあるだろうし、そのたび腹の底で「早く終われ」と思っているわたしを抱かせるのはしっかり申し訳ないと思う。そういうのもひっくるめて、わたしは本格的に自分のセックスというものに絶望してしまった。
気が削がれすぎてこれをどうしようみたいな気持ちにもならない。こういう話をすると「女性は30代以降から性欲が強くなる」とか「おれが変えてやる」とか言い出す人が出てくるし、実際に言われたこともあるんだけど、やれるもんならやってみろ、こっちは本気だぞ、本気の絶望と地獄だぞ。とか思う。そのくらい諦めている。別にいいんだけど。でもなんかやっぱり衝撃を受けた部分も確かにあって、うわー自分この先誰とも肌の触れ合いを楽しむことないんだ、という悲しみもうっすらある。悲しみなのか?わからないけど。新年早々こんなことを長々と書き連ねるほどには驚いた、という感じ。どうでもいいと思い続けてきたことをまあまあ真剣に考えてしまった。
えーと、なんだっけ。つまり何が言いたいかというと、バイアグラ的なものってわたしみたいな終わり人間も奮い立たせることができるんでしょうか?
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445art · 10 months
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Floyd x Janice fanfic
The story of when Janice stole Floyd’s heart.
(Sorry, it’s written in Japanese! Does anyone translate this?😂)
フロイドは一人、路地裏のベンチに腰をおろしてエレキギターを弾いていた。
今いるここは、音楽が根付いている小さな街。路上で楽器を奏でているのは何もフロイドだけではなく、人通りの少ないこの場所には、ジャズからロック、クラシックまで、ちらほらと楽器の練習をする若者がいる。
今夜はこの街で自分たちが出演するギグがある。本番に向けてバンの中で練習しても良かったが、理由があって一人にさせてもらった。
フロイドは、ああでもない、こうでもないと、唸りながら音を出していた。
「ハァイ、フロイド」
声のする方に顔を向けると、見知った顔に口角が上がる。
「よぉ、ジャニス。また会ったな」
「アンプのボリュームをマックスにしてるでしょう。隣町まで音が聞こえてるわ」
「おっと、失礼」
ボリュームを下げると、ジャニスは笑って「でも、おかげであなたが来てるってすぐにわかった」とフロイドの隣に座った。
ジャニスは、フロイドがティースとアニマルの3人で州内のライブハウスを回っている中で知り合った子だ。
ヒッピーグループの1人である彼女は、自分たちと同じく色々なところを旅しているらしい。だからか、彼女とは出かけた先でよく会う。
ブロンドでスタイルの良い美人なうえ、人のオーラが見えるだとか不思議な発言をする彼女を、フロイドはすぐに覚えた。ライブ終わりに話すことも少なくなく、音楽の趣味もなかなか合う。
グルーピーというよりは、友人に近い関係だ。
「先月、ダラスにいたでしょう?私たちもいたのよ」
「そうだったのか?」
「えぇ。自然公園で愛と自由をうたう集会があったの」
「へぇ、いいね」
「その帰りにあなたたちのライブを見たわ。本当に最高だった」
「ありがとよ」
声かけてくれりゃぁその後のパーティーに誘ったのに。フロイドがそう言うと、ジャニスは「次からはそうするわ」と人好きのする笑顔を見せた。
「さっき弾いていた曲、素敵な曲ね。新曲?」
「ああ。まだ途中までしか書けていないんだが…」
フロイドは照れくさそうに口髭を撫でつけた。
「ラブソングなんだ、ベティへの」
ベティ。
フロイドを知っている人なら誰でも聞いたことがある噂だ。
フロイドの彼女であるベティは、他の男性にも求愛されていて、揺れていると。
ジャニスもベティをライブハウスで数回見かけたことがあった。笑顔の素敵な子だ。
ベティがどちらを選ぶのか、バンドのファンの間ではいつも���題になっている。ふざけて賭けをしている人を見たこともあるが、当の本人は「賭けに勝ったらビールを奢ってくれ」と飄々と返していた。
「ベティはまだ迷ってるの?あなたと結婚するのか、それともあの人を選ぶのか」
「今のところ、俺は劣勢だな」
「そう…」
聞いたことを申し訳なく思ったのか俯くジャニスを見て、フロイドは殊更明るい声を出した。
「俺は相手の男みたいに見た目も良くねえし、金もねえ、仕事も続かねえ。更に口下手ときたもんだ」
へへ、と笑って小さくコードを弾く。
「彼女をまともに口説くこともできないけどよ、音楽なら…」
自分には、音楽しかない。
でも、その音楽は誰よりも人を惹きつける力があると信じている。
ベティだってそうだ。
曲が完成すれば、きっと。
「実は今日、ギグにベティが来るんだ。そこで聞かせるつもりでさ」
今夜が勝負どころだな、と自分に言い聞かせるようにこぼしたところで、ハッとする。
聞かれてもいないことまでペラペラと喋ってしまった。ジャニスも心配そうな顔でこちらを見ている。
フロイドは自分が恥ずかしくなって、話を逸らそうとわざとらしく頭を掻いた。
「しかし、ウーン…なんだか物足りねぇな。サビも悪くはないんだが」
あともう少しって感じだよな、とジャニスに笑いかける。
“そうね。”でも、”そんなことないわ。”でも、返事はどちらでも良かった。
話題さえ変わればなんだって良かったのだ。
けれど、ジャニスからは思っても見なかった言葉が出てきた。
「貸してくれる?」
フロイドはパチクリと大きな音を立てて瞬きをした。
“貸してくれる?“
…何を?
ジャニスの目線はギターに向いている。
ギターを貸せって言ってるのか?
「お前さん、弾けるのか?」
「ええ」
「レフティギターだが…」
「大丈夫、私も左利きよ」
サラリと言うジャニスに、フロイドは驚いたままギターを渡す。
「良いギターソロを思いついたの」
受け取った彼女のいでたちは、確かにサマになっている。
ジャニスがギターのフィンガーボードに指を滑らせると、小気味良い音がした。
「ねぇフロイド。私なら、振り向いて欲しい人にこうするわ」
1音。
それだけで十分だった。
彼女が弦を爪ではじく。それだけで、身体に電流が走った。
ーーーなんて音だ。
こんな音は聞いたことがない。
とんでもないテクニック、それにこのメロディ。どうすればこんなフレーズを思いつける?
繊細で、大胆で、胸が締め付けられるような。それでいて、ロマンチック。
彼女の音楽を聴いて、振り向かないヤツなんて、いるわけがない。
どうかしら、というジャニスの声に、ふと我にかえる。
雷を受けたような衝撃を喰らっている間に、彼女のソロは終わっていた。
意識を取り戻すかのように頭を振って、フロイドは唾を飲み込んだ。
“ワオ“。
それしか言えない。
「おいおい、嘘だろ、どうなってんだ、まるで指が10本あるみたいだ!」
両手を突き出し、興奮して叫ぶと、ジャニスがふふふと笑う。あのソロを弾いていたとは思えない、穏やかな声だ。
「いいえ、あなたと同じ8本よ」
ジャニスがフロイドの手に自分の手を合わせた。確かに、自分と同じ指の数だ。
「驚いたぜ! こんなに近くに最高のギタリストがいたなんてな!」
「ありがとう」
「本気で言ってるんだ、ジャニス! すげぇ才能だ、なんてこった!」
ギターの概念が変わるぜ、と嬉しさで声を荒げる。自分の思いつく限りの言葉で彼女を褒めちぎった。
もうこれ以上言葉が思いつかない、というところまで行くと、ジャニスが静かに彼を呼んだ。
「ねぇフロイド」
高揚していた身体が、スッと落ち着いた。
彼女の声があまりにも真剣だったからだ。
「あなたは最高の恋人だと思うわ。だって、あなたといる時のベティはいつも笑顔だもの」
「…そうだといいんだが」
「そうなのよ」
“だから、自信をもって。頑張ってね“。
本来ならそんな言葉が聞けるのだろう。
けれど、きっと違う。
「でもね、あなたが笑顔にしている相手は、ベティだけじゃないのよ」
女心には疎いが、その言葉の意味がわからないほど、察しが悪いわけではない。
彼女の言葉が蘇る。
ーーー“私なら、振り向いて欲しい人にこうするわ“。
ーーー“彼女の音楽を聴いて、振り向かないヤツなんて、いるわけがない“。
そう、彼女に振り向かないヤツなんて。
「ジャニス」
「なぁに、フロイド」
「もう一度聞かせてくれないか、さっきの、君のギターを」
「ええ、もちろん」
二度目のソロで、確信に変わる。
「…まいったな」
はは、と乾いた笑いが漏れた。
「ベティに捧げる曲だったんだが」
今夜はこの曲でベティを自分のものにするはずだった。
彼女と結婚するつもりで、この曲を仕上げるはずだった。
この曲に、自分たちの未来を託すはずだった。
それなのに。
「これじゃまるで……、」
まるで、君と俺のラブソングだ。
「ジャニス、今夜、その…ギグをやるって言ったろ。いつものところでやるんだが」
「えぇ、知ってる。あなたが出る回は全て見に行ってるから」
「そうか。じゃあ…君も一緒に出ないか」
「私が?」
「俺はベースを弾くよ。だから君はギターを弾いてくれ」
「でも…」
「ジャニス、ロックしようぜ」
思わず彼女の手を握った。
「君となら…俺は…」
続きを、言ってしまって良いのだろうか。
俺にはベティがいるのに。
言ってしまったら、ここから全てが変わってしまう気がする。
……いや、言おうが言わまいが、同じことだ。
もう、自分の気持ちはわかっている。
握った手をパッと離して、フロイドは立ち上がった。
「い、いきなり出てくれってのは流石に急すぎるな! まず曲のリフを教えるよ、お前さんならすぐできる。俺はバンにベースを取りに行ってくる。すぐ戻るから待っててくれ」
言いながら、ジャニスに背を向ける。
「待ってフロイド、新曲はいいの?」
「いい。もういいんだ」
振り返ることもせず、フロイドは裏路地から消えた。
「フロイドって、走るのね…」
フロイドの背中を見送り、ジャニスは呟いた。
彼の走る姿を見るのは初めてだ。フロイドはいつもクールで、急ぐイメージもない。
ジャニスはさっきまでフロイドが座っていた場所を見つめて、ギターを抱きしめた。
ーーー“君となら…俺は…“。
口下手な彼が、この言葉の続きを言うことはないだろう。
それでも構わないとジャニスは思った。
だって、彼の音楽が代わりに答えてくれる。
息を切らして、ベースを背負ったフロイドが戻ってきた。
肩が上下するのに合わせて、ふわりと、彼の口髭が揺れる。
「待たせたな。それじゃ…始めるか。最初のコードはFだ」
::::::::::
フロイドがバンのドアを開けたのは、出発予定時刻から1時間ほど経った頃だった。
「悪いドク、遅くなった」
膝に手をついて息を荒くするフロイドに、ティースは冷静に答えた。
「ギグまであと30分もあるんだから大丈夫だ。今から向かえば開始20秒前には着くだろう」
まぁ余裕だな、と笑う。バンドにとって、遅刻なんて大した問題ではないのだ。
それにしても、今日は珍しい日だ。なんたってあのフロイドが走ってきたのだ。それも2回も。
今と、それからベースを取りに来たとき。
「しかし、すごい形相でベースを取りに来たと思ったら…3時間もどこ行ってた?」
「ちょっとな、今夜の曲の練習してたんだ」
そうか、と返事をしたところで、顔を上げたフロイドと目が合った。
途端に、サングラスに半分隠れたティースの瞳が輝き出す。
「よかったな、サージ! ベティとの結婚も秒読みかぁ?」
すかさず、アニマルが「結婚! 結婚!」と叫んで暴れ回る。フロイドは首を傾げた。
「…なんの話だ?」
落ち着け、とアニマルの鎖を引っ張りながら尋ねると、ドクターはへへへ、とからかうようにして自分の口の端を指した。車内灯の光を受けた彼の指輪が怪しげに反射する。
「口紅がついてる」
ーーーしまった。
咄嗟に袖口で口元を拭うと、黄色いフリルに赤い染みがついた。
「やっとだな。幸せになれよ、兄弟」
「フロイド、しあわせ! フロイド、しあわせ! 」
野郎二人が喜ぶ姿を見ながら、フロイドはクールに答えた。
「ああ、幸せになってやるさ」
その前に、彼に言わなくてはならないことがある。
「ティース、今夜のギグなんだが…」
「なんだ?」
ティースのサングラスが上に飛び上がるまで、あと少し。
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tomoya-jinguuji · 7 months
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天壌無窮の皇運を扶翼すべし
3月 14, 2017
FBに短文を投稿しようかと思ったけど、ここは一発話題の教育勅語を考察してみようか。 12の徳目が素晴らしいから教育勅語は正しいんだという論調は全く問題ないんだが、教育勅語が気に入らないと言っている人達が一番気に入らないのは 「天壌無窮の皇運を扶翼すべし」 ここでしょう? ここを論じることなくしては、議論にならないわけだ。 正面突破しようか。 この一文の前にある 「一旦緩急あれば義勇公に奉じ」と繋げて 「国が危機的状況に陥ったら自らを犠牲にして天皇陛下のために死ね」 と訳して、軍国主義だ〜〜〜とやるわけだ。 「一旦緩急あれば」はまさしく「国の」とは明記していないものの、確かに「危機的状況」には違いない。 「義勇公に奉じ」はもちろん「勇気を持って公の為に尽くしなさい」となる。 「以て」それにより 「天壌無窮の」天地に永遠に続く 「皇運を」後に回す 「扶翼すべし」助けなさい。 ここで皇運をどう捉えるかが問題だ。 皇=天皇陛下と捉えれば 皇運、即ち陛下の運、運命ないしは皇室の運という事になる。 ************ よく考えてみてくれ この教育勅語は 「朕おもうに我が皇祖皇宗「国」をはじむること広遠に 徳をたつること深厚なり」 皇祖:天照大神 皇宗:神武天皇以降歴代の天皇 は、遠い昔に日本国を建設され、代々その徳は深く厚いものだった。 つまり「国」を語るところから始まっている。 そして以下のように続く 我が臣民(略)億兆心を一にして代々(よよ)その美をなせるは これ我が国体の精華にして教育の淵源また実にここにそんす 日本国民は全国民心を一つにして代々その美しさを体現してきたのは、これはこの国の在り方そのものが発露したものであって、正に教育の根がそこにあるのです。 となる。 その後12の徳目が列挙されるわけだが、 なぜ国家を語るところから始まって 一旦緩急あれば、の段に突然天皇陛下お一人のことに話が変わるのか。 全体を読めば「天皇のために死ね」と解する事のおかしさが分かる。 この場合皇運とは皇国の運命と訳すべきで有り、即ち日本国の運命という事になる。 よって「緩急」とは単なる危機的状況ではなく 国家を揺るがす一大事に於いては、と訳すべきで有り、 義勇公に奉じ:その際には自らを顧みず皆のために全力を尽くし、 これをもって 天壌無窮の:天地に永遠につづく(べき) 皇運を扶翼すべし:日本国の運命を助けよ。 となる。 陛下だけ守って国民が居なくなれば、これは国ではなくなる。 公に奉じておいて、陛下だけの運命を守れ、では辻褄が合わない。 6年前の東日本大震災のおりに自衛隊の方々は、自分たちも余震に脅かされいつまた周辺の瓦礫が崩れ自らも二次被害に遭うかも知れないという状況にありながら、必至に行方不明者の捜索を行い、一人でも多くの被災者の命を救おうとしてくれた。 もちろん先の大戦の折にも、硫黄島に向かった兵士達は自らが生きて帰って来れないことは重々承知していた。しかしながら硫黄島が獲られればそこから本土に空襲に向かう爆撃機が飛び立つことが出来る事も知っていた。だからこそ、彼らが一日でも長く抵抗することが本国の愛する家族を守ることになる。だから5日で占領出来ると考えていたアメリカに対して1ヶ月以上も粘り続ける事が出来た。 昨今日本の道徳心が低下した等と言われるが、私は、日本人の心は根底では変わっていないと思っている。 話がずれた。 ************************* 皇運=日本国の運命 を理解するためには、そもそも天皇陛下と我々臣民(国民)との関係を理解している必要がある。 仁徳天皇の民の竈の話は有名だ。 日本独自の伝統~仁徳天皇 詳しい内容は上記リンクに譲る。 臣民(国民)の竈から煙が出ていない、すなわちご飯が食べられていない事を知り、年貢の徴収をとりやめた。おかげで皇居に雨漏りがするほど貧しくなってしまった。この事を苦にした皇后陛下に対し 臣民(国民)が貧しいことは自らが貧しい 臣民(国民)が富めるときは自らも富んでいる と答えられた仁徳天皇。 そして、竈に煙が戻り充分食べられるようになった人々は、 陛下の心に答えて自ら集って皇居を治した。 という話。 この話が事実かどうかは些末な問題だ。 それ以上に1300年近く前に編纂された日本書紀に書かれたこの話が、以降1000年以上の長きにわたって日本で語り継がれ、模範とされてきた事実が重要だ。 日本に於いて天皇陛下と我々国民の関係は、互いにその幸せを願い、助け合う存在だという事。時に人はこれを親と子になぞらえて語る。 陛下は国民を「たから」とよび我々は���下を敬う。 この陛下と国民との関係を理想として、我々はこの国を代々継承してきた。 この関係は住民を自らの富のために搾取してきたヨーロッパの王の姿とは大きく異なる。結果フランスでは革命が起こり王が処刑される。 時にそのような理想的な天皇陛下に恵まれなかったことも歴史の中にはあったかも知れない。 それは正に夫婦と同様、仲むつまじい夫婦という理想を追いかけながら、現実は夫婦喧嘩もし、日々の様々な問題を乗り越えていく。 同様に、陛下と我々国民の間も長い歴史の間に於いて理想通りに行っていない時期もあったかも知れないが、それでも理想的関係を模索しながら切磋琢磨してきた歴史なのではないだろうか。 そう考えると、現代の我々国民のありかたは、はたして理想的姿を体現出来ているのか、幾ばくかの疑問が残ることを否めない。 また話がそれた。 天皇陛下の国民への思いは今も変わらない。 国民に知ってほしい陛下の祈り 詳しくは上リンクに譲るが、陛下は元旦早朝より日本の国の平穏を願い祈りを捧げる。 また、毎日祈りを捧げてから一日を始められるそうだ。 国民の平和と繁栄を第一に思う陛下だからこそ、日米開戦に最後まで反対されたのは他でもない天皇陛下だった。 大東亜戦争開戦前の御前会議 上リンクより引用
昭和16年9月6日、日本は昭和天皇の前で御前会議を開きます。その席で昭和天皇は、「外交が主か、戦争が主か」と閣僚たちに尋ねられました。及川海相が「重点は外交にある」と答えました。すると昭和天皇は、懐から紙片を取り出され、御自らお詠みになられた。 よもの海 みなはらからと思ふ世に など波風の たちさわぐらむ四方の海は、みんな同じ人間、同じ家族であり兄弟であると思うのに、なぜ争いの波風が起こるのだろうか。そう詠まれたこの歌は、明治天皇の御製です。昭和天皇のこのお言葉に、列席した閣僚たちは、全員、ただうなだれるより言葉がなかった。しばらくの間、誰もがうつむき、言葉を発する者さえなかった。
そして終戦を決断出来なかった政府に、終戦の聖断を下したのも陛下だった。
「迫水久常の手記」(終戦時内閣書記官長)天皇の聖断で受諾した“ポツダム宣言”
上リンクより引用
そして、いまにして思えば、終戦ができたのも、一に天皇陛下の御仁徳のおかげであった。陛下の真のご信念はいつも平和にあった、ということを、私はそのときほど強く感じたことはない。戦争終結の動機も、実にそのご信念から発したものであった。
陛下は常に国と国民の平和と繁栄を望み、その為に祈っている。 だからこそ我々は陛下のため、即ちこの国のため、この国に住む家族全ての同胞の為に資力を尽くす。 これを君民一体という。 これが理解出来れば、 皇運がすなわち我々全て日本に住む国民の運命だという事が容易に理解出来るはずである。 ******************* 最後に教育勅語のそもそもの在り方を好く現していると思う末尾を語って締めくくろう。 この道は(略):即ち12の徳目 古今につうじて謬(あやま)らず:昔から今に至るまで変わらないことで 中外にほどこして悖(もと)らず:外国の人達に伝えても正しいことです。 「朕汝臣民と共に拳々服膺して みなその徳を一にせんことをこいねがう」 私は、あなた方国民と共にこの正しい道理(12の徳目)を両手で大事に抱くように大切にしします。だから我々みながこの徳を一緒に体現していくことを願ってやまないのです。 教育勅語を支配者である天皇が従属者である国民に対して、あたかも命令のように下したものであると主張する旨が如何に根拠のないものか、この最後の一文を理解すれば良く分かると思う。
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kennak · 3 months
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(注意: つらい内容が含まれます) ヨギタ・リマエ、BBCニュース 丘の上、木々の合間に、ミャンマー軍キャンプの廃墟がある。眼下に、特徴的なハートの形で地元で有名な、絵のように美しい湖が見える。足元には、地雷の薬筒や使用済みの弾丸が散乱している。兵舎があった場所では、散らばるトタン屋根の隙間から、黄色い花をつけた野草が顔を出している。キャンプの一角には、急いで掘られた塹壕(ざんごう)がある。 赤、白、青の横じまの中央にサイチョウという鳥が描かれた旗が、曇り空の下で風になびいている。ミャンマーの西部チン州で同国の軍事政権と戦う、民族武装組織「チン民族軍(CNA)」の旗だ。 CNAは7カ月前、地元の武装住民グループとともに、インドとの国境貿易の町リクホーダルにあるこのキャンプと、チン州の他の地域からミャンマー軍を追い出した。チン州の武装勢力は、2021年のクーデターでミャンマーのぜい弱な民主主義を粉砕した軍事独裁政権と戦ってきた。その彼らにとって、前例のない成果だった。 国軍がこの地域で支配権を失ったのは初めてだ。BBCは今回、同国西部で反政権勢力の躍進を目にするという、めったにない機会を得た。 リクホーダルでの勝利は、決して簡単ではなかった。武装勢力は1年以上にわたり、何度も攻勢をかけた。一部の家族は、耐え難い犠牲を払った。 画像説明,武装抵抗運動に加わったラルヌンプイさん ラルヌンプイさんはダンスが大好きな17歳だった。彼女のソーシャルメディアのアカウントは、人気映像のダンスをまねる彼女の動画でいっぱいだった。 「彼女はいつも自信たっぷりに踊っていた。でも、着飾ることには興味がなかった。兵士に憧れ、国のために命を捧げた兵士についての歌を一日中聴いていた。勇敢で強く、怖いもの知らずだった」。ラルヌンプイさんの母ラルサントルアンギさんは、そう話す。 クーデターが起こると、ラルヌンプイさんは両親を説得し、家族が暮らすハイムアル村で武装住民運動に加わった。その理由を、学校で手書きした英作文の中で、次のように説明していた。 「ミャンマーはいま、壊れている。(中略)ビルマ兵は私にとって敵だ。情けがないからだ。(中略)私の将来は国民防衛隊にあって、私はそれが好きだ」 2022年8月、彼女の村の武装住民らは他のグループとともに、リクホーダルの軍キャンプに攻撃を仕掛けた。 「私たちは13日間連続で、相手側にドローン(無人機)の雨を降らせた。爆弾のほとんどは私が作った。私が部隊で一番の溶接工だったので」と、ラルヌンプイさんの父ラルジディンガさんは言う。彼はクーデター前はトラック運転手だったが、ハイムアルで何人かと国民防衛隊を組織するようになった。 この時の攻撃では、軍キャンプを奪うことはできなかった。双方に犠牲者が出た。 ミャンマーの地図 2022年8月14日、ミャンマー軍は報復攻撃としてハイムアル村を急襲した。住民の話では、民家十数軒に火が放たれた。私たち取材班は、そのような家屋の残骸をたくさん目にした。ミャンマー軍は、北部と西部で抵抗勢力を抑え込むため、何万軒もの民家を焼き払ったと非難されている。 この報復攻撃で、17人が軍に人質に取られた。ラルヌンプイさんと、弟のラルルアトマウィアさん(15)も含まれていた。その後、この2人を除いて全員が解放された。2人の父親に軍が仕返しをしたのだと、家族は考えている。 2日後、ハイムアルの外れにある森の浅い墓の中に2人の遺体があるのを、村人たちが発見した。 どちらも残忍な拷問を受け、銃床で殴り殺されていた。ラルヌンプイさんはレイプされていた。弟の胸、腕、性器には熱湯によるやけどの跡があった。BBCは、遺体の詳細な写真と検死報告書を確認している。 BBCはこの件でミャンマー軍に質問を送っているが、まだ回答はない。 ラルヌンプイさんの弟ラルルアトマウィアさんはまだ15歳だった 「子どもたちに何が起こったのか、考える勇気がない」。父ラルジディンガさんはしばらく黙った後、言葉を探すように言った。「子どもたちは殉死者だ。私よりずっと立派だった」。 少しの間を置いて、彼は続けた。子どもたちのことを愛情をこめて語る、誇らしい父親の姿だった。「息子は私より5センチ背が高くなっていた。話し好きで、家の手伝いを何でもいやがらずにやった」、「2人は切っても切れない仲だった。人が集まっているところに娘が行けば、みんな楽しく笑顔になった」。 母ラルサントルアンギさんは、涙を拭いながら末娘のハダシちゃん(4)を抱きしめ、こう話した。 「夫には、子どもたちの死で落ち込まないように言っている。これは私たちだけの問題ではない。将来の世代も自由は必要だ。何の権利もなく、軍の言いなりになるような、そんな状態で暮らすのは正しくない。命をかける価値がある戦いだ。私は自分の子どもたちを誇りに思っている」 私たちはミャンマー滞在中、戦闘服に身を包んだ人たちに会った。半自動小銃などの銃器を携えている人もいた。ただ、職業軍人ではない。野蛮な紛争に直面し、見事なまでに意を決している農民、学生、一般住民たちだ。 国民防衛隊のヴァラ司令官は、ハイムアルの眼下に広がる緑豊かな谷を指さしながら、ミャンマー軍はこの全域から撤退し、最も近い基地でも直線距離で50キロ以上離れていると笑顔で説明した。現地の墓地では、ピンクと白の造花で覆われた新しい墓へと私たちを案内した。 「軍事政権と戦って死んだ人たちのものだ」と、ヴァラ司令官は義理のきょうだいの墓のそばに倒れている花束を戻しながら言った。私たちは、ラルヌンプイさんとラルルアトマウィアさんの墓も見つけた。 私たちが会った住民らのほとんどは、ハイムアルの南にあるチン民族軍のヴィクトリア基地で訓練を受けていた。私たちは、緑深い森と山間部を通る、曲がりくねったでこぼこ道を進み、同基地を訪ねた。 そこでは、制服を着た何百人もの若者が新兵となって、広々とした平原を行進していた。 行進が終わると若者たちは、「私たちの祖国、愛する土地、私たちは血と命をかけてそれを守る」と歌う。 そして、武器の訓練へと続く。銃声が響く。 全員18歳以上だと説明されたが、もっと若く見える人も多い。2011年のミャンマーの民政移管で、大勢が自由を味わった。それだけに、もはや軍事政権は受け入れられないと考える10代の若者たちが、それぞれの夢を捨てて、抵抗運動に加わったのだ。 サン・ダール・リンさん(19)は教師を目指していた。 「クーデター後の最初の1年は、それほど悪くなかった。けれども、やがて軍が私たちの村を砲撃し始めた。私たちの家は壊されて、村に入って来た兵士は家を燃やし、人や動物まで殺した。私たちはジャングルに逃げた。かなりの人数がいたので、ジャングルがそのまま村になった」 「おじは無残に射殺された。私は軍が大嫌い。自分の国と国民を守るため、CNAに加わった」 私たちは行く先々で、ミャンマーの若者たちが革命の波に巻き込まれているのを目にした。 ビルマ国家のために働いていた何千人もの人たちもまた、支持する対象を変えた。 ヴァンラルペクタラさん(22)はかつて警官だった。 母親のモリー・キアンさんは、息子が警察で訓練を受けていたころの古い写真を3枚差し出すと、「彼はそこそこの月給をもらっていた。私たちは幸せで満足していた。そうしたらクーデターで政府が倒され、彼は抵抗運動に参加することを決めた」と説明した。 モリーさん自身は青春時代を軍事政権下で過ごした。「当時は楽しい日なんて1日もなかった。軍がとても怖かった。だから私は息子の決断を支持した」。 息子ヴァンラルペクタラさんは2022年3月に抵抗運動に参加。その6日後に殺害された。 モリーさんは胸と首を指さしながら、「息子はこことここを刺された」と言った。「残忍に襲われた。片足は切り落とされていた」。さらに話を続けようとしたが泣き崩れた。「この話をするのはつらい」。 ヴァンラルペクタラさんが死んだ時、彼の妻は妊娠していた。もうすぐ1歳半になる男の子は現在、遠く離れた難民キャンプで暮らしている。 軍が村から追い出されたときの気持ちを尋ねると、モリーさんは拳を突き上げた。「とてもうれしい。でも完全な勝利が見たい」。 彼女の次男も国民防衛隊の一員となっている。 国軍に比べれば弱い複数の反政権勢力が、この紛争の流れを変え、はるかに強力で装備の整ったミャンマー軍を守勢に立たせた。それができたのは、一般国民の幅広い支持があるからだ。 「最初は軍が勝っているように見えた。しかし、戦争であれ政治であれ、国民の支持がなければ誰も勝てない。軍は武器では優位かもしれないが、民衆を味方につけられていない」。チン州の反政権グループが設立した並行政権の「首相」に指名されている政治家、パ・サンさんはこう話す。彼はアウンサンスーチーさんが率いる国民民主連盟(NLD)のメンバーでもある。 並行政権は、チン州全域の80%近くを掌握していると主張する。しかしミャンマー軍は、州都を含め戦略的に重要な町のほとんどを今も支配している。 それでも、反政権勢力には勢いがある。今週初めにはトンザンという町を奪った。 チン民族軍のフテト・ニー広報官画像提供,AAKRITI THAPAR/BBC 画像説明,チン民族軍のフテト・ニー広報官 「ここは私たちの土地だ。ビルマ軍の土地ではない。私たちは勝利を収めつつある。この土地の隅々までよく知っているからだ」。チン民族軍のフテト・ニー広報官はそ��言う。 民族軍側が戦果を挙げている理由は、ほかにもある。国内各地の反政権勢力が協調し、軍が力の入れどころを選ばなくてはならない状況を作っているのだ。チン民族軍によると、自分たちはカチン独立軍やカレン民族解放軍、カレンニー軍と協力関係にあるという。 反政権勢力が直面する最大の課題は、グループ同士の内紛だ。チン州だけでも数多くの派閥が活動しており、その多くは従来から敵対している。 前出の政治家パ・サンさんは、結束を維持するのは可能だと主張。クーデター後に軍によって投獄されたアウンサンスーチーさんが率いる、選挙で選ばれた文民政府を代表する国民統一政府(NUG)の下で活動することに向けて、将来的な計画があると話す。 「私たちは鋭意、法律と憲法を作成している。NUGの一員として、チン州から大臣2人と副大臣1人を出す予定だ。ミャンマー軍が敗北を認めるときに向けて、あらゆる準備をしている」 私たちが会った人たちには、明らかな共通点があった。自分たちは勝てると、全員信じているのだ。 「もう、それほど長くはかからない」とパ・サンさんは言う。「こういう予測をするのは良くないが、私たちがあと2〜3年以上戦うような、そんなことにはならない。そう信じている」。 (追加取材:アアクリティ・サパル、サンジェイ・ガングリー) (英語記事 The devastating cost of fighting Myanmar's military dictatorship)
【ルポ】 ミャンマー軍事独裁政権と戦う人たち その途方もない犠牲 - BBCニュース
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Idk if you still need it, but since you said you wanted to see the kanji for the epitaph, here is it typed out:
懐かしき、故郷を貫く鮎の川。
黄金郷を目指す者よ、これを下りて鍵を探せ。
川を下れば、やがて里あり。
その里にて二人が口にし岸を探れ。
そこに黄金郷への鍵が眠る。
鍵を手にせし者は、以下に従いて黄金郷へ旅立つべし。
第一の晩に、鍵の選びし六人を生贄に捧げよ。
第二の晩に、残されし者は寄り添う二人を引き裂け。
第三の晩に、残されし者は誉れ高き我が名を讃えよ。
第四の晩に、頭をえぐりて殺せ。
第五の晩に、胸をえぐりて殺せ。
第六の晩に、腹をえぐりて殺せ。
第七の晩に、膝をえぐりて殺せ。
第八の晩に、足をえぐりて殺せ。
第九の晩に、魔女は蘇り、誰も生き残れはしない。
第十の晩に、旅は終わり、黄金の郷に至るだろう。
魔女は賢者を讃え、四つの宝を授けるだろう。
一つは、黄金郷の全ての黄金。
一つは、全ての死者の魂を蘇らせ。
一つは、失った愛すらも蘇らせる。
一つは、魔女を永遠に眠りにつかせよう。
安らかに眠れ、我が最愛の魔女ベアトリーチェ。
Thank you!!! I feel like this is really important and I don't want to lose it so this will be my pinned post until further notice! I'll also copy paste the English version down here.
Behold the sweetfish river running through my beloved hometown. You who seek the Golden Land, follow its path downstream in search of the key. As you travel down it, you will see a village. In that village, look for the shore the two will tell you of. There sleeps the key to the Golden Land. The one who obtains the key must then travel to the Golden Land in accordance with these rules. On the first twilight, offer the six chosen by the key as sacrifices. On the second twilight, those who remain shall tear apart the two who are close. On the third twilight, those who remain shall praise my noble name. On the fourth twilight, gouge the head and kill. On the fifth twilight, gouge the chest and kill. On the sixth twilight, gouge the stomach and kill. On the seventh twilight, gouge the knee and kill. On the eighth twilight, gouge the leg and kill. On the ninth twilight, the witch shall revive, and none shall be left alive. On the tenth twilight, at journey's end, you shall attain to the power of the Golden Land's treasures, once and for the last time. The witch shall praise the wise and bestow four treasures. One shall be all the gold from the Golden Land. One shall be the resurrection of all the dead souls. One shall be the resurrection of the love that was lost. One shall be to put the witch to sleep for all time. Sleep peacefully, my beloved witch, Beatrice.
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ndmnemosyne · 1 year
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2023.8.11
わたしのヒースクリフ、休暇も今日で終わり。わたしが修道女になりたかった頃の話を少しするから、適当に聞いて欲しい。
最も修道女になりたい熱が高まり、それが冷えて固まった頃のこと。まだわたしがずいぶん若く、仕事を辞めてぼんやり京都市で暮らしていた頃、北海道の、父方の法事に足寄まで母と父で赴いた。父が故郷に帰る最後の機会になるだろうことはぼんやりと聞いていた。確か季節は十月ごろのことで、セーターを持っていくか行かないかで迷ったはずだ。飛行機で帯広に着くと、父の弟が迎えにきてくれていて、一晩泊まった。次の日が法事なので帯広から足寄まで父の弟(この人にはほとんど会った事がないので、叔父というイメージがない)がわたしたちと一緒に車で連れて行ってくれた。法事が終わると足寄の親戚がパックにたくさんの混ぜご飯とおかずを詰めてくれて送り出してくれた。父はずいぶん名残惜しそうで、こっちで働ける場所はない��か、と父の兄に聞いていたが、その答えは意図して耳に入れなかった。
鉄道で函館へ向かう。函館はこの旅行のついでとして設定されていたが、ずいぶん長い距離を電車の中で過ごしたと思う。いつもの京都行きの電車ならもうとっくに京都に着いているだろう時間乗っていても、まったく函館に着かない。わたしは北海道が広いことを知らなかったので、そう感じるのだろうけれど。函館では修道院を見学するつもりだった。もちろん一観光客として。その頃わたしはまだ教会の勉強会にも通っておらず、カトリックとの細い繋がりは、よくしてくださったシスターを介してだった。あんなふうにいられたらどんなにいいだろう。それがそのシスターだったから、ふんわりとわたしは修道女に憧れていたのだ。
修道院では確か、大きな大天使ミカエル像がわたしたちを迎えてくれたと思う。それから慈しみのマリア像。広くて、緑が豊かで、時間の流れ方がずいぶん違うようだった。ミカエル像はまだ写真が残っているかもしれない。土産屋で母はシスターに扮したリカちゃんのキーホルダーを二つほど買い求めたと思う。わたしはなんだっただろう。今もまだ持っているのは、「修道女の生活」という小冊子。そして多分もう一つは『天使の聖母 トラピスチヌ修道院』(野呂希一/青菁社)という写真集。写真集は後から通販などで買ったのかもしれないが、もうわからない。小冊子には修道会に入会を希望される方向けの簡単な説明がある。わたしはそこをだいぶ熱心に読み、何度も読んで、そして諦めたのだった。まず第一に、当時すぐ洗礼を受けても熱心なキリスト教者であることを示すために三年は掛かる。そうすると修道院が受け入れられる年齢の女子ではなくなってしまう(多少の事情は汲むとのことだが)。教会の推薦もなく、親の承諾はまず取れない。そして一番重要だと思われる、身体的・精神的に健康であること。これだけは絶対にクリアできないからだ。性格的に熱心に献身するだけであればそれもできないこともなかったろうが、健康だけはわたしには持ち合わせがなかった。それで、無理なのだと知った。当時はひどい希死念慮と自殺願望があり、ほとんどの物事を見下していて、不摂生極まりない生活をしていたから、今さらなにをするにしてももう、遅かった。わたしのふんわりとした憧れは終わりにする事になった。でもねえヒースクリフ、わたしは、あのシスターに会えたことで本当に今やっと思うのだけれど、あのシスターこそ、わたしに、わたしのみに遣わされた人だったのだということ。そして過去になってはじめてその深い恵みや愛を知ったのよ。あのシスターは当時それなりに高齢だったから、今もまだお元気かはわからない。心残りはあるけれど、わたしたちは姉妹になったので、いずれここではないところに集う事になる。それってとっても素敵でしょう。でも、夜の祈祷に蝋燭を捧げ持って集まりたかったわ、とも思う。
昨日から冷たい飲み物やカフェインの摂りすぎでお腹の調子が悪かったが、今日は網戸を洗った。砂埃などでサッシもひどく汚れていたので気になっていたからだ。去年は連休がなかったから洗わずにほっておいたから、えらい汚れで閉口したけれど、ブラシで擦ったからだいぶ汚れが落ちたと思う。ついでにシェードを下ろしてない方の窓も洗ったらそれも綺麗になって、透き通るような青空が見えた。それは網戸をはめてなかったからなのだけど、晴れた空も案外綺麗なものだな、と思った。少しずつカフェインを摂り始めているが、いったん減らしてみると眠くてたまらない。今日の午後はほとんど寝て過ごしたので、ずいぶん楽になった気もする。でもそれも今日で終わり。明日からはまた一日に七時間四十五分働く事になる……(この十五分の意味を知りたい人は検索してみて。馬鹿げてるから)。大体八時間も働くのは人間には無理なのだ。昼寝でもしないと身体が保たないようになっているというのに、この社会は野蛮だ。
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ari0921 · 7 months
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和六年(2024)2月14日(水曜日)弐
   通巻第8132号
こなた習近平が尊敬する思想家はマルクスと毛沢東である
   かたやプーチンが尊敬してやまないのはソルジェニツィン
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 習近平が尊敬する思想家はマルクスと毛沢東である。習のまわりを囲む御用学者らは毛沢東思想礼賛のカチカチの共産主義者だ。欧米に留学し近代経済学や国際金融を学んで,多少は中国の経済『改革』を進めてきた改革思考のブレーンは不在となった。朱容基も、李克強も居なくなった。周小川も易鋼も退官し、そして胡春華も閑職に飛ばされた。
 一方、ロシアのプーチン大統領が尊敬してやまないのはアレクサンドル・ソルジェニツィンである。
 ソルジェニツィンはゴルバチョフ、エリツィン、プーチンの三人の指導者とそれぞれ別個に懇談したが、もっとも共鳴した政治家は、じつはプーチンだった。そしてプーチンもソルジェニツィンの考え方に深く共鳴し、尊敬していた。
 ノーベル文学賞受賞の作家にして哲学者の残した言葉をプーチン大統領はよく演説に引用する。
「彼の心、魂、思考は祖国への痛みと尽きることのない祖国愛で満たされていました。こうした感情が彼の創作活動の原動力となったのです」とプーチン大統領は、2018年にソルジェニツィンの記念碑除幕式で演説している。
「彼は何百万人もの人々を苦しみや厳しい試練に陥れた「全体主義体制」と(純朴な)「ロシア人」とを明確に区別した。20世紀のロシアが産んだ社会政治思想家である。その知的遺産が今日までロシア政治に影響を与えている」
 代表作は『イワン・デニーソヴィチの一日』で、実際にソルジェニツィンは、8年間強制収容所で過ごした。労働収容所や外国への亡命生活で何年も過ごし、共産主義イデオロギーに幻滅し、ロシアナショナリズムとキリスト教正教会の価値観に強い関心を抱く。
ソルジェニツィンは土着の愛郷心と魂を重視する宗教への回帰を訴えた。ソ連指導部に対し、共産主義イデオロギーを手放し、国内の発展を妨げる世界中の左翼政権への支援をやめるように呼び掛けた。
「私たちの国は、国民の内的、道徳的、健全な発達を考慮して導かれるべきです。私たちは女性を、お金を稼ぐための強制労働、特にバールやシャベルから解放すべきです。学校教育と子供の育成を改善する。土壌、水域、ロシアの自然全体を保護し、都市の健康な生活を回復しなければなりません」
この共産党指導部への公開書簡のため、1974 年 2 月、ソルジェニツィンは逮捕され、「大反逆罪」と「ソ連の市民権」を剥奪された。ソルジェニツィンは西側諸国を放浪し、1976年に米国バーモント州に定住した。
▼ソルジェニツィンの葬儀にはプーチンもメドベージェフも参列した
国家の独立を維持し、ロシアとその国民の利益を守ることが、ソルジェニツィンの創作活動の重要なテーマとなった。
やがてペレストロイカの雪解けが訪れ、ソルジェニツィンは市民権を回復、1994年、ロシアに帰国した。2008年にモスクワで死去。享年89歳だった。
葬儀にはプーチン、メドベージェフにくわえてロシア科学アカデミー会長、ロシア科学院学長らが参列した。何千人もの一般の人々が花束を捧げた。
2022年のヴァルダイ・フォーラムで演説したプーチン大統領は、「西側諸国は新植民地主義と一極性によって『盲目』になっている」としたソルジェニツィンの言葉を引用した。
西側諸国の外交政策に対するソルジェニツィンの批判は時間の経過とともに強まるばかりだった。
ソルジェニツィンは米国が複数の国を占領していると非難した。
「ボスニアでは9年間、コソボとアフガニスタンでは5年間、そしてイラクでは3年間。こうした状況が続いているが、現地の状況は長期化するのは確実だ」
彼はまた、東欧での軍事的プレゼンスを拡大し続け、同国を南から包囲し続ける米国にとって、ロシアはいかなる脅威にもなっていないと指摘した。
それは「『小さな自由』であり、大きな意味での『自由』を風刺したものにすぎません。責任や義務感のない自由です」とソルジェニツィンは1975年にフランスのジャーナリストとのインタビューで語った。
ソルジェニツィンにとって、道徳的発達は、事実上、社会的、政治的問題と切り離せない価値であり、義務感や個人の責任は、現代の西洋の思想家や指導者の中では信じられていない。
プーチンの演説の言葉の端々、その行間に秘められているのはソルジェニツィンの思想なのである。
 毛沢東とマルクスの幻惑に浸り,全体主義に盲進する短絡的な習近平とプーチンを同列に論じるのは基本的な誤謬といえる。
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keredomo · 10 months
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写真
 先日、ひょんなことから、写真家の友人に私がずっと愛している男を会わせる機会があった。  友人との待ち合わせ場所に男を同伴して赴いたのは、きっとその写真家がわたしたちふたりの姿を撮ってくれるだろうという淡い期待があったためだ。  世界に二人きりであることをひたすら求めて関係してきたわたしたちにはついぞ「公」をやる機会がなく、数年来、頑なに「二人きり」を行使してきた。しかしここにきてどうしてか、このところわれわれは公に現れたくて仕方ない。その衝動の一環として、他者に二人を撮ってもらう客観的な一枚を渇望していた。何かしら、愛の証拠を残しておきたかったのだろう。二人の成し遂げた、類稀な愛の、その証拠を。  「二人の写真」。われわれを捉えるそれは傑作であるべきだった。美しいものであるべきだった。われわれが、心底から納得できるものであるべきだった。それがゆえに、軽々しくは撮らせられないのだった。この愛を、何も知らない者に撮らせるわけにはいかない。少なくとも私の文章を解する者でなくては。私は偶発性への賭けに出たのだった。  写真家の友人は私がことわりなく人を引き連れてきたことの異常性を察知し、瞬時におのれのなすべきことを把握した。待ち合わせた交差点で軽やかに、何の準備も指示もなく、彼は私が愛する男と私のツーショットを撮った。愛する男は私を愛しているし、写真家の友人も私に対して友愛をもっている。彼がシャッターを押し、彼がレンズに映る、その一瞬は私のために捧げられた一瞬だった。
 後日届いた二人の写真を見ると、互いがまるで別の世界を生きているような、まったく異なる筆致をしていた。  つるりとした顔の私、複雑に入り組んだ顔の彼。モノクロームに加工された二人の姿の、あなたの顔はおそろしく暗い。私の顔は、反して、白く輝いている。腕を抱えて寄り添いながらも、わたしたちはまったく違う地獄を生きている。写真とは残酷なものだ。ありありと、二人の形而下での隔たりを示してしまうのだから。それでも、わたしたちが別の地獄を生きていることもまた、わたしたちの関係を深める糧となっていることを双方ともに理解している。生を共にするとは、本質的にそういうことだった。おためごかしでもなりゆきでもない、そんな真に迫るかたちで共にあれる人が現れてくれることを私はずっと切望していた。現れ、意志でもって関わり、道行きを共に歩む。この実現は生の奇跡であった。
 *
 「もしかすると気を悪くしてしまうかもしれないんだけど」  交差点での出来事のひと月後、写真家と飲みに行ったところ、例の写真の話題になった。撮ってくれてありがとう、嬉しかった、と伝えたら、何やら神妙な顔をするので少し驚いた。私はその友人の品性を信用していて、むやみなことは言わないとよく知っているので、気を悪くするわけはないよと続きを促す。  「写真を整えていて、思ったんだ。その、彼の目が、狂気を孕んでいてさ……」  だん、と音がするほどに荒々しくジョッキを机に置いて、「そう」と叫んだ。  そうなのだ。叫びながら、私は悶えた。どうしてか、誰もあの目の孕む狂気に気づかない。あの異常性に。世界で私だけが気づいている、恐ろしい輝き。ようやく気づいてくれる人が現れて高揚する。カメラマンというのはずばぬけた観察眼を持っているのだなと思う。あの一瞬で、よくも。  そんなふうに話すと、写真家は少し謙遜して、付け加えた。  「会って話していてもわからなかったことも、撮るとわかるんだよ。写真の明度を調整している時に、ああこの目は、と思った。あなたが彼をミューズとしたのはよくわかる。あの男は異常だよ」  写真家が彼を評するその言葉のすべてに頷く。よくぞ見抜いてくれた。私は彼のその異常性に恋しているのだから。  「そうでしょう、そうなの。にこやかに社交をこなしている彼の目がまったく笑っていないことに気づいた時、本当にぞっとした。そして恐ろしく惹かれた。その狂気を徹底して表に出してこない、人間離れした抑制。あれを飼い慣らす知性の強度。本人ですら、自分が何を制御しているのか気づいていないのではないかと思った。そして、私はそれをどうしても暴きたくなってしまった」  写真家は苦笑して、「あんなのに会ってしまったらもう、仕方ない。苦しむからやめとけだなんて、おいそれと言えないよ」と言う。  「写真を撮るとき、人にカメラを向けると誰しもかならず身構えるんだよ。撮られたい顔を模索したり、少なからず萎縮したり、恥じ入ったりする。でも、彼にはそれが一切なかった。怖じるということが。撮られ慣れているとかそういうことじゃない、世界におのれの身を投げ出してしまっている人の無頓着と言うべきか、あるいは……。正直、こちらが一瞬怯んでしまったよ。悔しいなあ」
 *
 話しながら、男の目を思い出す。  写真家はその眼光の鋭さを指摘していたが、私が見ていたのは、彼の目に何の感情も宿っていないことの異常さだった。表情は微笑みを絶やさないのに、目だけはたえず無を湛えていた。生まれて初めて、これほどまでに世界から乖離している人を見た。あの目が光る瞬間を見てみたくなった。彼の目が光る時、その光が私に向けられているべきだと思った。  撮ってもらった写真のなかの男の目は、改めて見ると、少なからず威嚇の表情を帯びている。おそらく思い上がりではないだろう、「この人はわたしのものだから、くれぐれも丁重に」ということを言っている。私が友人として親しんでいる写真家の存在を尊重しつつ、自分の所有物である私を傷つけたら殺す、と言っている。  他者に暴力を向けることを徹底して避けてきた男が、殺す、という目をする。わたしの大事なものを傷つけたら殺す、と。私があの目を光らせたのだ。欲望によって。本質的には何事にも無関心であった男の目を私だけが光らせた。私がその狂気を剥き出しにした。そうして今ようやく、あの目の異常な輝きが第三者の手によって写し取られ、顕現したのだった。私を見つめるあの目の獰猛な輝きが、私の視界にのみ映っていたあの輝きが、ついに表象された。
 男がひた隠しにしていた狂気をあますことなく引き出し、そのすべてを自分に浴びせる。その愉楽に酔いしれて日々を過ごすことの、なんという甘さ。なんという痛々しさ。痺れるような快感に耽って、私も男も、かつては備えていた厳格な統制機能を放棄してしまった。生きることに淫している。共に生きることに。道行きを行くことに。
 *
 かつて、「ファム・ファタール」というタイトルで、男について書いた。ファム・ファタールとはフランス語で「運命の女」を指す。女が男たちの文学の題材として易々と死なされてきたことを批難し、そのような文学作品たちへの復讐のためには男たちこそが私の文学のために死ぬべきであると語った記事だった。  実際に、これまで私はほとんど書くためだけに男たちの性を搾取し、愛することもせずに暴虐の限りを尽くしてきたつもりだったが、その運動は奏功しなかったのかもしれない。それが、ついには一人の男に忠誠を誓ってしまったことで露呈した。計画を頓挫させ、忠誠を誓った相手が、この眼光の男だ。ファム・ファタールを題材として筆を走らせてきたような男どもはけっして一人の女に忠誠を誓わなかった。私の計画は、���人の男に忠誠を誓うことで瓦解した。  その瓦解を引き起こした当人である私���男はこれを読んで、「ファム・ファタールはあなただろう」と笑っていた。いつまでも笑っていた。理知的な人なので、けっして男性強権的な価値観のもとにそう言っているわけではない。ただ、現実的な状況に鑑みて、自分がファム・ファタールと呼ばれることにどうしても納得がいかないらしい。  出会い、惹かれあい、関わり、生殺与奪の権まで預けた女。何十年にもわたって敷いてきたおのれの統御を巧みにほどき、押し込めて潜めていた狂気をあられもなく暴いた、たった一人の女。いわゆる伝統的なファム・ファタールを演じている当の本人が、自身のやったことを差し置いて男の側をファム・ファタールと呼んで嗤おうとする。男は、その手のひら返しをある種の裏切りだと感じたのかもしれない。
 指摘されるとおりなのだ。私は確かにあなたのファム・ファタールで、本当は、あなたは私の「ミューズ」。私にものを書かせる女神。ミューズという概念もまた、搾取の文脈を逃れ得ないものかもしれないが、「あなたを描かせてくれ」と一方的に恋い縋っているだけまだよいだろう。そもそもの位相が違う。あなたはファム・ファタールである私によって快楽とともに人生を狂わされる。私はミューズであるあなたを描いて人生を至上の美しさに仕立て上げる。  写真がとらえたわたしたちの顔が白と黒のソラリゼーションをなしていたことが、この位相の相違をよく示していた。そここそに私はあなたと私の対等を見出す。  あなたは私のミューズで、あなたが私に向ける狂気を糧に、私はものを書き続ける。ファム・ファタールを抱えてしまったあなたは、あなたをミューズとして追い縋っている私に、一方的に運命を翻弄され続ける。私はあなたのために書く。あなたは私のために死ぬ。これがわたしたちの対等で、わたしたちにとっての「共に生きる」ことなのだ。共に歩み、共に死ぬことなのだ。
 *
 写真家は言う。「いつかもう一度、彼を撮ってみたい」と。  ミューズを持つ生がどれほど美しかろうと、彼を書くことによって明らかに命を削られている私は思う。あなたもあの狂気に魅入られないといいけれど、と。
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ashi-yuri · 8 months
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Kentucky Route Zeroテキストを巡る冒険12
X/Twitterで投稿規制になぜか引っかかってしまったため、今回からこちらにて。最終的には全部まとめてブログに投稿する予定です。
テキスト(詩)
本作のテキストは詩情をたたえるが、そのほとんどは脚本・散文調で書かれており、形式的に「詩」といえる文章は数か所しかない。
その詩は、詩のいくつかがそうであるように、短くも作品全体を貫く精神を象徴する。
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ジョセフ:パスワードは長くて、ちょっとした詩みたいなものでね。人生を要約した短い詩さ。
1.    はじまりの詩
3つの文章からひとつ選ぶ選択を3回繰り返せば、パソコンのパスワードとなる詩が完成する。
単体では美しい響きだけの言葉は、組み合わせることで必然のように先の展開を予兆させる。
このパスワードでは、どんな選択も間違いにならない。プレイヤーの選択を報酬・展開の変化等によりゲームが評価することはなく、すべての選択は等価となる。プレイヤーが何を選ぶかは、この先もずっと自由に任される。
最初に作るこの詩から「マルケス」というキーワードが開け、本作の旅は始まる。
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(Act.1 EQUUS石油:パソコンのパスワードとして、3つの文章から3回選んで詩を作り入力する。)
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2.町はずれの者の死を悼む詩
アマチュア詩人である「町」の住人ニッキがコミュニティテレビWEVP-TVで披露する詩。
居場所でありよりどころであった「町」がより弱い立場にある町はずれの者に対して振るった暴力と罪を悔い記憶するための詩。
もう思い出す者もいないHomeなき者への詩。
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ニッキ:町外れの者へ。 どの鷲があなたを終の眠りへと運んだだろう? あなたを運び、眠りにつかせたのは人ではない。 泥と泥水の流れる小川を選んだ者たちは、血まみれのあなたを残して逃げ出した。(以下略)
3.最後の詩
なにもわからず宙ぶらりんでさまよう気持ちのまま、あなたはそれでも詩を紡がなければならない。
まったく現実の世界でもそうであるように。
喪失、追悼、後悔、慰安、再生、悲嘆、鎮魂、決意、休息
悲劇といわれる旅の終着点で、だれに、なにに向けて祈るのか。この作品があなたにとって何だったのか。
作り手たちとの言葉と混ざり合いながら、あなたは短い言葉で詩を紡ぐ。それを表明するために、あなたはこの場にいるのだから。
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(Act.5:最後に捧げる詩の言葉を選ぶ)
ウォルト・ホイットマン「草の葉」
「自由詩の父」と呼ばれ、放浪しながら一般民衆に広く詩を行きわたらせた19世紀アメリカの代表的な詩人のひとり。「草の葉」は彼の代表作であり、おおらかで気宇壮大で自然と理想に満ちたアメリカ建国時のイメージが映る。
最後の詩の直前の台詞及び第5幕の実績「あなたの足下にいる私を探して」はここから引用されている。
おれはおれ自身を土に遺す、やがては愛しき草地から生え出るように、 もしおれをまた求めるなら、おまえの靴底の下を探すがいい 「草の葉 おれ自身の歌(抄)」ウォルト・ホイットマン 飯野友幸訳より
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ニッキ:「私を探すなら君の足元を見るがいい!」、そんな言葉があったわね。
ロバート・フロスト「雇い人の死」
『選ばなかった道』などの詩で有名なアメリカ詩人。簡潔で平易な言葉を用いながら、象徴的で喪失感・諦観に満ち謎めいた詩を多く残した。
20世紀のアメリカを代表する詩人のひとりであるとともに、その詩はアメリカ一国を超えてひろく読まれてきた。
「雇い人の死」は、老いてどこにも行く当てのない雇われ小作人サイラスが放浪の末、雇用先の納屋で誰にも知られぬままひっそりと息を引き取るさまを雇用主夫婦の会話により描いた詩。KRZはこの詩を基調として作られていることがキャリントンの口から示唆されている。
「雇い人の死」和約:神戸親和女子大学学術リポジトリ
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Act.1 EQUUS石油 キャリントン:私はこの12年間を人生における最高傑作を作り出すため捧げてきた。ロバート・フロスト���詩「雇い人の死」を、壮大かつ実験的な演劇へと翻案することに。
最後の幕間劇「雇い人の死」においてサイラスの最期と重なるように雇い人ブランドンがひとまずHomeで眠りにつくことでKRZは終わりを迎える。
「ウォレン」と彼女。「彼は死ぬためにうちに戻ったの。もう今度は途中でいなくなる心配はいらないわ」。 「うちにね」、彼はおだやかに皮肉をこめた。 「だってうちじゃない。うちをどう考えるかで、話はずいぶん違うけど。もちろん彼は私たちには赤の他人で、それは以前、森から出てうちに来た見知らぬ犬―長い旅路でやつれ果てたあの犬と変わりはないわ」。 「フロスト詩集」『雇われ農夫の死』 ロバート・フロスト 川本皓嗣編より
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ハリー:眠らせてやろう。
詩という形式で、短く象徴的に凝縮されたこれらの言葉こそが、本作の精神をよく表しているといえるだろう。
いや、「迷ったと感じるべき」なんだ、ジョセフ。我々が常に迷い続けているように。 あの哀れな、放浪する雇い人サイラスのように。道をさまよい、帰るべき家を探しながら。 Act.1 EQUUS石油 劇演出家ジェームズ・キャリントン
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myonbl · 1 year
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2023年8月4日(金)
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早めにランチを済ませ、今日も<京都みなみ会館>へとやってきた。今日のターゲットは<銀河鉄道の父>、“無名だった宮沢賢治を支えた、父と家族の絶対的な愛に涙する。日本中に届けたい感動の物語”とのことだが、もちろん何の予備知識も持っていない。酷暑の中のこの3日、暗い劇場で怒って笑って泣いて・・・、感情を解放して大きな感動を得ることができた。暫くは原稿執筆のため来られないが、9月になればまた来よう。
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4時起床。
日誌書く。
5時30分を待ってシャワーを浴びる。
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朝食、洗濯、弁当*2。
可燃ゴミ、30L*2&45L*1。
ツレアイを職場まで送る。
ホンダファイナンスから銀行振替依頼用紙の押印が不鮮明とのこと、書類を書き直して投函する。
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9時を待って七条大宮の<笹屋伊織>まで、明日の熊野行に持参する土産を購入する。用意していただいている間のお茶が美味しい、もっとも、隣の席には宇治金時を頬張る若い女性がいたが、この時間になぁと、少しビックリ。
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<よこはま落語会>から8/12(土)のチケットが届く、いよいよ来週だ。
早めにランチを済ませ、208系統のバスに乗って近鉄東寺前へ。
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2023年/128分/日本 原作:門井慶喜「銀河鉄道の父」(講談社文庫) 脚本:坂口理子  音楽:海田庄吾 製作:木下グループ 制作プロダクション:キノフィルムズ / ツインズジャパン 配給:キノフィルムズ 助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会 出演:役所広司 / 菅田将暉 森七菜 豊田裕大 / 坂井真紀 / 田中泯
質屋を営む裕福な政次郎の長男に生まれた賢治は、跡取りとして大事に育てられるが、家業を「弱い者いじめ」だと断固として拒み、農業や人造宝石に夢中になって、父・政次郎と母・イチを振り回す。さらに、宗教に身を捧げると東京へ家出してしまう。 そんな中、賢治の一番の理解者である妹のトシが、当時は不治の病だった結核に倒れる。賢治はトシを励ますために、一心不乱に物語を書き続け読み聞かせる。だが、願いは叶わず、みぞれの降る日にトシは旅立ってしまう。「トシがいなければ何も書けない」と慟哭する賢治に、「私が宮沢賢治の一番の読者になる!」と、再び筆を執らせたのは政次郎だった。「物語は自分の子供だ」と打ち明ける賢治に、「それなら、お父さんの孫だ。大好きで当たり前だ」と励ます政次郎。だが、ようやく道を見つけた賢治にトシと同じ運命が降りかかる──。
中学生の時に<雨ニモマケズ>のパロディーを作ってテレビ番組に投稿し、紹介されたことを思いだした。まったく知らない賢治像の造形、見終わってからすぐに原作を注文した。
帰宅して明日の荷物準備、まずはモバイルバッテリーを充電し、ケーブル類を揃える。他のものは明日の朝で十分間に合う。
発注した<瑞冠>が届く、お盆に少しずついただくのだ。
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夕飯は蒸し鶏、さんだかん燻製工房の骨付きハム、レタスとトマト、これで冷蔵庫の食材はほぼ空になった。息子たちの夕飯が終わる頃にツレアイ帰宅、先にココの点滴を始める。いつもなら3男がサポートするのだが、今日は私の役目、気配を察したココは2男の部屋のベランダに隠れている。移動用籠の中で私が頭部をおさえ、彼女が針を刺すと観念したのか意外に大人しい。10分程度で終了、お疲れさま、これで元気になるよ。
残り物を肴に、冷酒+🍷、そこそこで切り上げる。
久しぶりに散髪をしてもらい、入浴後の体重は3日前から550g減。
彼女が入浴している間に食器の片付け、とは言え既に睡魔到来、布団の中へ滑り込んだ。
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今日も3つのリングは未完成、水分は1,690ml。
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powerinpraise · 2 years
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シビアな問題
これからの時代
&現在も切実だったり🙋‍♀️。。
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私達の受ける祝福について復習🏃‍♀️📝
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日曜日のメッセージで開かれた聖書の言葉
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だから、神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。
マタイの福音書 6章33節
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私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。
エペソ人への手紙 1章3節
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十分の一をことごとく、宝物倉に携えて来て、わたしの家の食物とせよ。こうしてわたしをためしてみよ。--万軍の主は仰せられる--わたしがあなたがたのために、天の窓を開き、あふれるばかりの祝福をあなたがたに注ぐかどうかをためしてみよ。
マラキ書 3章10節
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あなたがたは、私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、あなたがたが、キリストの貧しさによって富む者となる���めです。
コリント人への手紙 第二 8章9節
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私はこう考えます。少しだけ蒔く者は、少しだけ刈り取り、豊かに蒔く者は、豊かに刈り取ります。
コリント人への手紙 第二 9章6節
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蒔く人に種と食べるパンを備えてくださる方は、あなたがたにも蒔く種を備え、それをふやし、あなたがたの義の実を増し加えてくださいます。
コリント人への手紙 第二 9章10節
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あなたがたは、すべてのことに、すなわち、信仰にも、ことばにも、知識にも、あらゆる熱心にも、私たちから出てあなたがたの間にある愛にも富んでいるように、この恵みのわざにも富むようになってください。
コリント人への手紙 第二 8章7節
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なぜなら、この奉仕のわざは、聖徒たちの必要を十分に満たすばかりでなく、神への多くの感謝を通して、満ちあふれるようになるからです。
コリント人への手紙 第二 9章12節
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私達は神の国と神の義を第一にする事
によって、経済的に守られる。
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不正はやめる 
気が付かない様な事があったら、やめる
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そして、神に捧げる
より多くささげる事を通して、
私達の受ける神様の実際的な恵みは、
より多く現れる様になる
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🏃‍♀️🕊🕊🕊
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December 29,2022
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spqr0000000000 · 2 days
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子どもを性的に消費する社会が、「加害者の認知の歪み」を支える。小児性犯罪を防ぐには【専門家インタビュー】(ハフポスト日本版) - goo ニュース
子どもを性的に消費する社会が、「加害者の認知の歪み」を支える。小児性犯罪を防ぐには【専門家インタビュー】
2024/08/03 10:01
子どもを性的に消費する社会が、「加害者の認知の歪み」を支える。小児性犯罪を防ぐには【専門家インタビュー】
(ハフポスト日本版)
『コンセント/同意』
著名作家による性虐待を告発したフランスのベストセラー「同意(Le Consentement)」。本作品を原作とした映画『コンセント/同意』が8月2日、日本で公開された。 加害者の男は、仏文学界における地位を利用して未成年の少女に近づき、巧みな接触で「恋愛関係にある」と思い込ませ、性加害を繰り返す。 映画では、実際に起きた事件を基に、子どもを物理的・精神的に周囲から引き離し、加害行為を継続するといった「性的グルーミング」(※)の手口が描かれている。 「加害者たちは、被害児童本人だけでなくその子を取り巻く環境に対しても極めて巧妙にグルーミングをします。だからこそ、被害者は声を奪われてしまう」 性犯罪者の再犯防止プログラムに長年携わる精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんは、子どもへの性加害が表面化しにくい要因の一つをそう指摘する。 映画でも描写された性的グルーミングのプロセス、加害者に特有の「認知の歪み」、そして子どもへの性加害を繰り返させないために必要な社会の仕組みについて、斉藤さんに聞いた。 (※)性的行為を目的に子どもを手なずけることを「性的グルーミング」と呼ぶ。ターゲットを絞り込んで接近手段を確保し、被害者を孤立させ、被害者からの信頼を得てその関係性をコントロール・隠蔽する行為と言われる 【映画『コンセント/同意』のヴァネッサ・フィロ監督のインタビューはこちら⬇︎】 「子どもたちの被害は芸術に捧げられた」著名作家と性的関係に。14歳の少女が問う「同意」
▽目次
・性的グルーミングの5つのプロセス
・純愛幻想という「認知の歪み」
・子どもを性の対象とするコンテンツが日本社会に溢れている
・加害をやめ続けるために必要なこと
・性被害を子どもに打ち明けられたら
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性的グルーミングの5つのプロセス
━映画では、著名作家のガブリエルが性的な意図を持って未成年者との距離を縮めていき、暴行や脅迫といった手段を用いることなく性的関係を維持する様子が描かれています
性的グルーミングとは一体何であり、どのようなプロセスを踏むのかを学べる映画だと思いました。 加害者のガブリエルは有名な作家で、読書に強い関心を抱く少女ヴァネッサにとっては憧れの、絶対的な力を持った存在です。また、子ども本人だけでなく、子どもを取り巻く環境に対しても粘り強く、かつ巧妙にグルーミングをしていきます。 子どもを取り巻く周囲の大人たちの信頼や承認を取り付け、被害を受ける子どもが声を上げられないようにしていく。多くの小児性犯罪者たちに共通する性的グルーミングの手口です。 どんな権力者も、一人だけで長期間、性加害行為を続けることは難しいです。周りの環境ごとグルーミングする構図は、故ジャニー喜多川氏による性加害問題にもみることができます。
━性的グルーミングは、どのようなプロセスで行われるのでしょうか
米フェアリー・ディキンソン大学の研究によると、性的グルーミングの典型モデルは次の5段階を経るとされています。
①被害者の選択
②子どもにアクセスし、分離を進める(子どもの周辺のアセスメント)
③信頼を発展させていく
④性的コンテンツや身体的接触に鈍麻させる
⑤虐待後の維持行動
まず、加害者はターゲットを探します。自尊心が低い、孤立している、貧困家庭、母子家庭で父親のような存在を求めているなど、「懐柔しやすい」と考える子どもを選びます。 ②では物理的・心理的に子どもを周囲から引き離します。例として、習い事の個人指導をする、子どもを対象としたスポーツイベントやボランティア団体で指導者的な立場になる、などが挙げられます。 心理面でも、「君を理解しているのは自分(加害者)だけ」「家族の人や友達は誰も君のことを分かってくれないね」などと吹き込み、周囲と距離を取らせ孤立させていきます。 続く③では、子どもを褒める、子どもが好きな遊びをする、手に入りにくいゲームカードなどの報酬を与えるといった方法で急接近します。子どもは自身に関心を寄せられたり、悩みに共感してもらったりすることで、加害者に信頼感を抱いていきます。 その次の段階④で、ようやく性的なニュアンスを少しずつ出していきます。マッサージやくすぐりといった一見すると性的には思えないような接触から始まり、児童ポルノや裸を見せるなどの行為で性的な刺激に慣れさせていきます。 近年よくある手口としては、アダルトコンテンツをスマホで見せる方法です。画像や映像を見せて「じゃあ一緒にやってみようか」と提案し、性加害をします。 最後の⑤で、虐待後の維持行動として加害者は加害行為を継続できるように口止めをします。「君を愛している、君は特別だ」といった優しい言葉をささやく以外にも、「二人だけの秘密がバレたら、家族は悲しむよ」などと暗に脅す場合もあります。 「子どもと性行為をする」という目標に向かって、多くの小児性犯罪者たちは計画的にこのプロセスを遂行しています。 映画では、加害者がヴァネッサと知り合ってからかなり早い段階で性的な接触をしているように描かれていました。通常は性的な意図を隠して関係を作り、時間をかけて信頼を深めていくので、その点は加害者臨床の現場で出会うリアルの加害者とは少し違うと感じました。
純愛幻想という「認知の歪み」
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━10代のヴァネッサは、父親との関係が希薄な上、母親との不和も抱えていました。「大人に見守られる」ことを渇望していたときに、ガブリエルと出会います
先ほど①で説明した通り、加害者がグルーミングを実行するときには、対象者である子どもの家族関係や親の仕事、経済状況といった背景を事前に調べます。これを、「子どもを取り巻く環境のリテラシーレベルのアセスメント」といいます。 経済的に困窮する家庭や、親との関係が希薄で孤独感を抱えている子どもの方がグルーミングしやすく、性的接触を続けやすいからです。 被害に遭うケースで圧倒的に多いのは孤立状態にある子どもたちですが、一方で家庭や学校生活で特に問題を抱えているわけではない子どももターゲットになります。女児だけでなく男児が被害に遭うことも決して珍しくありません。どんな子どもも無関係ではなく、性的グルーミングの被害に遭う可能性があります。
━ガブリエルは、ヴァネッサに対して2人の関係は特別であり、「互いに愛し合っている」と繰り返し伝えていました
まさに加害者の「認知の歪み」の一つである「純愛幻想」です。「認知の歪み」とは、「嗜癖行動を継続するための、本人にとって都合の良い認知の枠組み」のこと。つまり、自分を正当化するための都合の良い言い訳です。 ガブリエルはまるで文学作品だとでも言うように、2人の関係を「純愛」だと美化していました。「自分とこの子は純愛で結ばれていて、これは誰にも理解できない。愛し合っているから性行為は当然だ」という認知の歪みは、加害行為を繰り返し「成功」するたびに強化されます。 当然ながら、子どもの判断能力や経験値は大人と同等ではなく、未熟です。そして住んでいる世界も狭いです。 「支配━被支配」という圧倒的な力関係の差があるにも関わらず、加害者は「恋愛関係だ」と主張して加害行為を正当化します。そこでは性的同意や性交同意年齢の概念が決定的に抜け落ちているのです。 ヴァネッサをはじめ、性的な経験がない子どもたちに対しては、加害者の歪んだ性的価値観を埋め込みやすくもあります。小児性犯罪者たちは「目の前の子どもの生殺与奪の権を自分が握っている」とよく言いますが、ガブリエルもこの感覚に近かったのだと推測します。 「君は特別」という言葉も、加害者の常套句です。こうした「特別感の演出」によって、最初の加害をした後も次につなげられる状況を作っていきます。 加害者たちの表現で言うと、「子どもの承認欲求を転がす」。大人から特別視され、認められたと感じさせて、加害行為を維持するのです。
━ヴァネッサも当初ガブリエルの言葉を信じ、2人の関係に猛反対した母親に対して強い口調で反発します
被害児童が加害者をかばうケースを、私も数多く見てきました。親は警察に被害届を出そうとするけれど、子どもは「あの人は悪い人ではない」と言って止める。「尊敬している」と言うことさえあります。 なぜそんなことが起こるのでしょうか。 グルーミングは朝の「おはよう」から始まり、夜の「おやすみ」の声かけまで、非常に粘り強く子どもに寄り添います。
加害者はとにかく子どもに対して優しい。グルーミングの本質は「優しさ」です。これは加害者の「戦略」と言ってもいいと思います。だから孤立している子どもがその「優しさ」に触れると、初めて自分の話を否定せずに聞いてもらったという体験になる。 被害児童がよく言うのは、加害者は「ひだまりのような存在」だということ。毎日時間をかけてオンライン上などでメッセージのやり取りをする。親身に相談に乗り、自分のことを世界で一番理解してくれている特別な人だと感じさせる。そうした信頼関係を巧みに利用し、加害者は子どもと会うたびに少しずつ体の境界線を侵していきます。
グルーミングによって、「これは恋愛なんだ」「自分自身も同意したことだ」と、被害者も思い込まされてしまいます。
子どもを性の対象とするコンテンツが日本社会に溢れている
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━著書『子どもへの性加害−性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)で、「幼い子どもを性的に消費することをいわば当たり前とする風潮が日本にはある」と指摘しています
児童ポルノが小児性愛障害(※)の直接的な病因かと言うと、そうではありません。児童ポルノを愛好して自慰行為を繰り返すだけでは、小児性愛障害にはなりません。もっと他にも複合的な要因があります。 ただ、加害者臨床に長く関わってきた経験上確実に言えるのは、小児性愛障害の診断を満たしている人で、過去に子どもへの性加害歴がある場合、児童ポルノは次の性加害のトリガー(引き金)になるということです。 日本社会には、子どもを性の対象として消費するコンテンツが溢れています。幼い子どもを性的に消費することを当たり前とする社会で、加害者たちは「子どもは性的な存在である」というメッセージを受け取ります。そうした社会の価値観が、小児性犯罪者たちの認知の歪みを支えていると私は考えています。 痴漢も盗撮も小児性犯罪も、それぞれの加害者特有の認知の歪みがあります。 これらに共通するのは「No means Yes」、つまり「嫌よ嫌よも好きのうち」の考え方です。2023年の刑法改正で不同意性交等罪が創設され、「同意のない性行為は犯罪」との認識が少しずつ広まり始めているものの、「No means Yes」は日本社会に根付いてきた価値観であり、加害者の認知の歪みと地続きだと思います。 ※小児性愛障害・・・通常13歳以下の子どもに対し、少なくとも6カ月にわたり性行為に関する空想、性的衝動、行動が反復する特徴を持つ精神疾患。「ペドフィリア(Pedophilic Disorder)」とも呼ばれる ━ガブリエルは、ヴァネッサだけでなく複数の少女たちに対する性虐待についても告発されています。ガブリエルも小児性愛障害の当事者だと考えられますか
映画の情報だけで断定することは難しいですが、一般的には、子どもへの性加害を繰り返しており、本人がその性的嗜好にとらわれ何らかの社会的損失や経済的損失などの苦痛を感じている場合、小児性愛障害と診断されることが多いです。小児性愛障害にも、行為依存という「性的嗜癖行動=アディクション(依存症)」としての側面があります。 だからといって、精神疾患だから仕方ないとか、許されるということには当然なりません。 子どもが視界に入ることがトリガーとなり、衝動に抗えずに性的接触をしてしまうという衝動制御障害の側面があるこ��も事実です。ですが、加害者は交番の前では絶対に加害行為には及びません。被害者や場所、状況・タイミング(時間帯)を選んでおり、その行為は選択的かつ計画的であることから、行為責任という視点も重要です。 被害に遭った子どもはその後も長きにわたって苦しみ続けます。小児性愛障害という精神疾患と、本人が選択的に行っている行為責任を分けて考えなければいけません。加害者臨床には、加害に至った「原因」と、それによって担うべき「責任」を分けて、それぞれの面からアプローチをするという原則があります。
加害をやめ続けるために必要なこと
━加害者臨床では、具体的にどのように本人と関わるのでしょうか
当人の逮捕後、起訴までは最も報道量が多いですが、判決が出たら一気に報道されなくなります。でも加害者は刑務所に行って、何年かしたら出てくるわけです。
刑事手続きの入り口段階での支援、受刑中の支援、出所後の出口支援というシームレスな関わりが重要で、そこに加害者臨床の専門家が伴走を続ける必要があります。刑務所で治療経験があったとしても、出所後につながりが切れると、治療の再導入率は格段に落ちます。 刑期を終え、これからやり直そうと思っても、実名報道がネット上に残っているためまずデジタルタトゥーの問題から就労の壁にぶつかります。私は、結局治療から離れて孤立化し、社会から排除され自暴自棄になった結果、再犯する加害者をたくさん見てきました。だから社会に戻った後も関わり続けるキーパーソンが必要なのです。 出所前に面会し、受刑中に出所後の環境調整をして、出所してからも治療や就労につないでいく。再犯を防ぎ、二度と被害者を出さないためには、加害者たちの「生きる」ことに伴走する視点を持っていないといけません。
━斉藤さんは2018年、小児性犯罪の加害者に特化した治療グループを立ち上げています
小児性犯罪の加害者が、一人で加害行為をやめ続けることは極めて困難です。ハイリスクな状況や引き金を適切に回避するためのスキルを身につける場と、同じ問題を抱えながら一緒に治療する仲間とつながることができる機会が必要です。 小児性愛障害の人たちだけの治療コミュニティは、日本では私が所属する榎本クリニック(東京・池袋)しかなく、全国から相談の問い合わせがあります。 特にハイリスクの人を対象にした治療プログラムは週6日、9:00〜19:00までデイナイトケアという仕組みを利用して行います。地方の場合は通えないので、引っ越して通院する方もいますが、それが叶わず断念した人も多いです。 出所後に帰住予定地で治療を受けられる受け皿が、圧倒的に足りていないのが現状です。 小児性犯罪の加害者が、出所後に仕事に就けず家も借りられず、居場所がなくなって追い詰められれば、生きる場所は刑務所しかなくなります。一時的に社会から排除できても、再犯を繰り返してまた被害者が出てしまう。 同じような問題を抱え、再犯したくないという思いを共有できる人たちとつながり、さらに加害行為をやめ続けながら生きる力を身につけることができる。被害を生まないためには、そういう場所が社会に必要です。 小児性愛障害がある人は世の中に一定数います。 カナダやイギリスでは、性犯罪で受刑した人が、出所後の保護観察期間中に再犯防止プログラムの受講を義務付けられています。強制力のある治療制度で、「受けない」選択肢はありません。 小児性犯罪者が治療の途中でドロップアウトせず、加害行為をやめ続けるスキルを身につけるための専門治療のあり方について、海外の先駆的な取り組みを参考に、社会で議論が深まることを願っています。それが子どもを性被害から守ることにつながるからです。
━再犯防止プログラムでは、再発のリスクが高まった時に「周囲に助けを求める」対処法も学ぶと著書で記されています
周りに助けを求めることは、依存症からの回復にとって非常に重要です。小児性犯罪者の多くは男性で、困った時に周囲に助けを求める「援助希求能力」が低い傾向があります。 小さい頃から「男なら泣くんじゃない」「歯を食いしばれ」などと言われて育ってきた男性は多いですよね。大人に「痛み」を訴えた時に、その感情を大切に扱われず、我慢するように言われ「なかったこと」にされる。そういった日本社会にある「有害な男らしさ」の教育や呪いに、援助希求能力の低さの元凶があるのではと私は考えています。
自分の「痛み」を大切にされたという経験があって初めて、人は他人の痛みを共感的に理解できるようになります。ですが「痛みを痛みとして感じないように」と繰り返し刷り込まれると、我慢・抑圧することに慣れてしまう。 その結果、困難なことが起きても助けを求められず、追い込まれたときに最後には自暴自棄になって「他害か自傷」を選択しがちです。そうならないように、治療を通じ、もっと早い段階で人に相談して一緒に解決法を考えられるよう、SOSを出すスキルを身につけていくのです。
性被害を子どもに打ち明けられたら
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━子どもから性被害を打ち明けられた時、親など周りはどうするべきですか
まず大前提として、絶対に否定せずに子どもの話をしっかりと聞くことです。本人の言葉を聞いた後、「よく話してくれたね」「話してくれてありがとう」と全面的に受け止める。 その上で、あなたに責任はないとはっきりと説明してください。「自分があんなところを歩いていたせいだ」「あんな服を着ていたからだ」「私が悪い」などと、自分を責めている子どももいるので、悪いのは加害者だと伝えてほしいです。また、必要があればワンストップ支援センターを介して適切な治療につなげてください。 被害に遭ったと言ってくれるのはまだ良いです、言えないことがほとんどなので。そもそも幼い子どもは性暴力だと認識できません。 日頃から、「プライベートゾーン」という言葉を使いながら具体的にどの部分を触られたら性暴力なのかを話したり、「誰かから不快なことや痛いこと、つらいこと、少しでもおかしいと感じることをされたと思ったら話してほしい。絶対に怒らないし、あなたの受けた加害行為は絶対に許されない犯罪だ」と繰り返し伝えてもらいたいです。これは、性的自己決定権に関する教育にもつながっていきます。 親が24時間見ていることはできませんので、1回目の被害を100%防ぐことは現実的には難しいです。ですが、早い段階で本人が「あれは性暴力だ」と認識して大人に相談することができれば、適切なケアにつながる可能性が高まります。 そのためにも、子どもをターゲットにした性的グルーミングという行為が社会で起きていると話題にしたり、テレビなどを見ているときに親が性被害者を責める発言を絶対にしないなど、日常における子どもとの会話を大事にしてほしいです。 子どもを加害者にも被害者にも傍観者にもしないために、性の多様性やジェンダー平等、性的同意といった、人権を基盤に性に関して幅広く学ぶ「包括的な性教育」を家庭でも幼少期から取り入れる試みが広がってほしいなと思います。
▽斉藤章佳氏・プロフィール:さいとう・あきよし、精神保健福祉士、社会福祉士。国内最大規模といわれる依存症回復施設の「榎本クリニック」でソーシャルワーカーとして長年勤務し、アルコール、ギャンブル、薬物、性犯罪など様々な依存症問題に携わる。2006年、性犯罪を繰り返す当事者の再犯防止プログラムを日本で初めて民間のクリニックで開始。これまでに治療に関わった性犯罪者は3000人を超える。2018年には小児性犯罪の加害者に特化した治療グループを立ち上げた。著書に『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『「小児性愛」という病 それは、愛ではない』(ブックマン社)、『男尊女卑依存症社会』(亜紀書房)、『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(幻冬舎新書)など多数。
【取材・執筆=國﨑万智(@machiruda0702)】
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thetaizuru · 12 days
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 ダグラス アダムズの『銀河ヒッチハイクガイド』は、1978年にBBCラジオドラマからスタートしたSFシリーズであり、小説版第1作(1979)のタイトルである。  ラジオドラマがスタートした当初から人気があり、小説版はベストセラーになり、テレビドラマ、演劇、コミックス、コンピュータゲームなどにもなった。アダムズは2001年に死去するが、小説版の5作品は存命中に世界で1500万部以上売れた。2005年には映画化もされた。  本当かどうかはわからないが、イギリスで最初にMacを購入したのはアダムズだと言われていて、初期のインターネット文化の擁護者だったとも語られる。『銀河ヒッチハイクガイド』作中に登場する重要なフレーズというかジョークである「ドント パニック」や「42」は、SNS以前のインターネットにおいて「インターネットミーム」として認識される最初期のものの一つになったとも言われる。  「ミーム」という語は、文化現象の広まる原理を説明するために、文化の伝播を遺伝子になぞらえ、脳から脳へと伝わる文化の単位として、進化生物学者であるリチャード ドーキンスが1976年に『利己的な遺伝子』という著書の中で造語したものである。アダムズとドーキンスは友人で、共に無神論者であることを公言していた。ドーキンスの著書『神は妄想である』(2006)はアダムズに捧げられており、アダムズの「妖精が隠れていることを信じなくたって、庭は十分美しいじゃないか」という言葉が引用されている。
 去年の末くらいにイーロン マスクがインタビューで、影響を受けた作品として『銀河ヒッチハイクガイド』を挙げていて、それを聞くとなんとなく言ってることのノリがわかる気もして印象に残っていたが、改めて読んでみると何言ってんのか全然わからなくなってくるというか、わからなさをジョークにした作品である。  『銀河ヒッチハイクガイド』は、荒唐無稽な展開を起こすためにSF的な用語や形式をとってつけた「バカSF」であり、政治、宗教、社会制度から科学まで、さらにはSF自体をも風刺して皮肉った「ナンセンス文学」である。  イーロン マスクがこの本を愛読書として挙げているのは大分前からよく知られた話らしく、今年7月の、心理学者ジョーダン ピーターソンによるインタビューにおいても、自身の考えの基礎を作った本として紹介していた。マスクはこの本を、人生に意味を見出せないと悩んだ少年期に、「ユーモアを装った哲学」として読み、「正しい問いを探すことこそが重要だ」という考えに救われたという。それを「宗教的な信念」と呼びたいならそれでもいいし、それなら「好奇心という名の宗教 (レリジョン オブ キュリオシティ)」だということになるだろうと言っていた。  このインタビューの話の流れでマスクは、自身は「宗教的(レリジャス)な」人間ではないが、キリスト教の原則はとても良いものだと思っていると語り、そこでピーターソンが、無神論者として有名なリチャード ドーキンスが最近「自身は文化的なクリスチャン(カルチャル クリスチャン)だ」と語り多くの人を驚かせたことに触れ、それについてマスクが「だったら自分も文化的なクリスチャンかもしれない」というようなやりとりがあった。  このインタビューの中でも、両者共に「WOKEカルチャー」を批判していたが、WOKEカルチャーが宗教や伝統文化、特にキリスト教文化を攻撃対象にしているのに対し、他方では、伝統的で宗教的な文化に回帰しようという、「リバイバル」と呼ぶ人もいる文化的な動きも起きている。このインタビューでピーターソンも指摘しているが、WOKEカルチャーの中心にある思想であり、近年の様々な問題の根本だとも考えられるものは、虚無主義(ニヒリズム)と、意志を欠いた虚無主義として現れる快楽主義(ヘドニズム)であり、それは反動的あるいは漂流的なリバイバルの中にもある。これは20世紀の問題に通底したものでもあり、それを予言的な正���さで指摘していたのがニーチェだった。だが、ニーチェが解決策として挙げたものは、「超人」になることという、何を言ってるのかわからない、わかったとしてもかなり無理そうなものだった。
 『銀河ヒッチハイクガイド』は、ある日地球に宇宙開発局というのがやってきて、銀河ハイウェイ建設工事の立ち退き期限が過ぎたので工事を開始すると言って地球を破壊してしまうところから始まる。その直前にひょんなことから宇宙船をヒッチハイクして生き残った地球人の主人公が宇宙を放浪するという物語である。  大昔ある宇宙人が「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え」を計算するためにスーパーコンピューター「ディープ ソート」を作った。750万年かかって導き出された答えは「42」だった。皆は当然ディープソートの答えの意味が分からず、納得がいかない。ディープソートは言う。「究極の答え」に対応する「究極の問い」が分からないから答えの意味が分からないのです。しかし残念ながら私には究極の問いを計算する能力はありません。そこで代わりに究極の問いを計算する「この宇宙の時空で最もすぐれた」コンピュータを設計しましょう。  ディープソートが「問い」を求めるために設計した巨大コンピュータは生命体を取り込んだもので、あまりに大きいのでよく惑星と間違えられる。それは「地球」である。「地球」で計算を始めたが、「問い」がわかる5分前に「地球」は建設工事のために破壊されてしまう。こうして「究極の問い」は永遠に失われてしまった。
 SFでは、そこに登場するアイディアや技術などについて、科学的に「説明する」ことが求められる。が、『銀河ヒッチハイクガイド』は、そうした「説明」をもパロディ化し、ジョークにする。  常識的な約束事や論理性を無視し、壊そうとするような文学を「ナンセンス文学」という。「ナンセンス」は「意味のないもの」「馬鹿げたもの」を意味するが、ナンセンス文学の「ナンセンス」は、意味の欠如よりもむしろ意味の過剰によってもたらされる。「ナンセンス文学」の多くはユーモアを目的にしたものだが、「意味を成すこと」によって面白みが引き出される大多数のユーモアとは反対に、「意味を成さないこと」によって成立するユーモアである。ナンセンス文学が読者に与える効果の一つは、「わかっているという思い込み」「知っているという妄想 (イリュージョン オブ ナレッジ)」を壊すということである。  人は常に何に対しても意味を求めるが、しばしばそれが過剰になることがある。相手を説き伏せたいと思っている人同士の口論などが典型だが、過剰に積み上げられた意味の大部分は、たとえ一つ一つが事実で、論理的に正しく組み合わされていても、なぜか、ナンセンス(無意味)なイリュージョン(妄想、幻想)になってしまう。積み上げられたナンセンスの中では、当然だが、意味が見出せず、虚無主義に陥る。ナンセンス文学は、それを皮肉ってジョークにする。  あらゆるものを皮肉った『銀河ヒッチハイクガイド』は、哲学的論争の風刺とも言えるものになっている。また、内と外を逆さまにして、根本からひっくり返すようなものの見方をジョークにして風刺につなげている。こうした視座の転換は、当たり前と思っていた物事を、懐疑的な目で見られるようにする。そしてそれは哲学的な問いかけを含むことが多い。  哲学を風刺すると同時に、「風刺としての哲学」ともなっている『銀河ヒッチハイクガイド』は哲学者たちを刺激し、作品の中の問いを哲学的に考察したり、作品内のエピソードを使って哲学を説明するというような本もいくつも出版されたらしい。それらを紹介し、それに加えてさらに、その時話題の哲学的あるいは科学的な議論などを説明するというような記事もいくつも書かれている。  例えば、「地球」が「究極の問い」を計算し終える5分前に破壊されてしまうというエピソードは、それだけで皮肉の効いたナンセンスなジョークでもあり、哲学的な疑問を呼び起こすような気もしてくるが、そこに哲学者バートランド ラッセルが提唱した「世界五分前仮説」という思考実験を紹介する。世界五分前仮説とは、「世界は実は5分前に始まったのかもしれない」という仮説から様々な思考実験を行うものだが、この仮説は確実に否定する事ができない。つまり、世界は5分前に出来たのではなく、ひいては過去というものが存在するということを、論理だけで示す事は不可能である。例えば5分以上前の記憶があるという事は反証にならない。なぜなら偽の記憶を植えつけられた状態で、5分前に世界が始まったのかもしれないからだ。現在を「結果」とみなし、これに対応する「原因」が位置すべき過去が存在するはずだという主張、つまり「因果律」というのは論理的な必然性から導かれたものではなく、日頃の経験から無意識的にそれを前提として思考しているという類の仮定であり、因果律自体を論理的必然から導くことは出来ない。これは、事実だけを論理的に正しく並べてもなぜか「ナンセンスなイリュージョン」になってしまう理由のひとつでもある。そのため、こうした思考実験は「知識とはいったい何なのか」というような根源的な問いへと繋がっていく。世界は5分前に始まったのかもしれないし、地球の究極の目的は5分後に達成されるのかもしれないが、もう何を言ってんのかわからなくて爆発する。  『銀河ヒッチハイクガイド』に絡めて「哲学」を語る際に、多くの人がウィトゲンシュタインの次の言葉を引用している。 「   たとえ可能な科学の問いが全て答えられたとしても、生の問題は依然としてまったく手つかずのまま残されるだろう。これがわれわれの直感である。もちろん、そのときもはや問われるべき何も残されていはいない。そしてまさにそれが答えなのである。生の問題の解決を、ひとは問題の消滅によって気づく。 」 「  私を理解する人は、私の命題を通り抜け - その上に立ち - それを乗り越え、最後にそれがナンセンスであると気付く。そのようにして私の諸命題は解明を行う。(いわば、梯子を上りきった者は梯子を投げ捨てねばならない。)  私の諸命題を葬り去ること。そのとき世界を正しく見るだろう。 」
 人間の存在には意義、目的、理解できるような真理、本質的な価値などないという考えは、すなわち「虚無主義 (ニヒリズム)」だが、意義も目的も真理も価値も、あらゆるものを皮肉った『銀河ヒッチハイクガイド』も虚無主義である。  ニーチェは、今まで最高の価値と人々がみなし、目的としていたものが無価値となる事態のことをニヒリズムと呼んだ。今まで最高の価値と人々がみなしていたものというのは、キリスト教の文化圏においては「神」であり「キリスト」が念頭にある。ダグラス アダムズは無神論者であることを公言していた。  ニーチェは、ニヒリズムという事態において、人が取りうる態度は大きく分けて次の3つだとした。一つは、従来の最高の価値を信じる精神力を失ったために、そうした価値を無意味に感じ、何も信じられない事態に絶望し、その時々の状況に身を任せ、流れるように生きるという態度、「消極的、受動的ニヒリズム」である。もう一つは、精神力が高揚し、従来の価値を乗り越えてゆくがために、すべてが無価値、偽り、仮象だということを前向きに考え、自ら積極的に新しい価値を創造していく生き方、「積極的、能動的ニヒリズム」である。そのどちらも否定し、自分では何も考えずに、しかし他者からの干渉も価値がないものだと無視して生きるという態度を「無関心的ニヒリズム」とした。  ニーチェは積極的ニヒリズムを肯定し、高揚した精神力と確立した意思でもって自らを創造的に展開していく「超人」としての道���切り拓くことをすすめた。
 ジョークは、人を笑わせようという、最も気高く美しい、崇高な形での人間精神の表れであり、積極的な意思である。それは必ず精神を高揚させる。面白くても、ムカつくほどつまらなくても。言った本人だけでも。
 世界の平和を祈っている。
2024年9月 オン ザ トラジェクトリー フロム ア ミラクル
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kennak · 4 months
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編集者注:ナショナル・フットボール・リーグのカンザスシティ・チーフスのプレースキッカーであるハリソン・バトカー氏(28歳)は、 2024年5月11日土曜日、カンザス州アチソンのベネディクト大学で卒業式の演説 を行った。彼の発言の転写は以下の通りである。 2024 年卒業生の皆様:まず、皆さんが本日無事にこの成果を達成できたことを祝福したいと思います。 あなたの高校卒業は想像していたものではなかったと思いますし、おそらく大学の最初の数年間も想像していたものではなかったでしょう。 新型コロナウイルスによるあらゆる逆境を乗り越えてこの瞬間に辿り着いたことで、この人生の苦しみは一時的なものに過ぎないという重要な教訓を学んだことを願っています。 あなたはグループとして、自分たちのレーンに留まらない悪いリーダーがいかに社会に悪影響を与えるかを目の当たりにしました。 このレンズを通して、私たちがどのようにして今の場所にたどり着いたのか、そして国民として、そしてカトリック教徒としてどこに行きたいのかを考えてみたいと思います。 始める前に最後に、講演への招待をいただいたミニス会長と理事会に必ず感謝したいと思います。 数か月前、ミニス学長が最初に連絡を取ったとき、私は最初は「ノー」と答えていました。ご存知のように、昨年、私は母校であるジョージア工科大学で卒業式のスピーチをしましたが、特に卒業式のスピーチは 1 回で十分だと感じていました。プロのスピーカーではない人。 しかしもちろん、ミニス大統領は説得力を発揮した。 [ 笑い ] この曲は、新型コロナウイルスの大惨事の中で皆さんが直面した多くの課題と、私たち高齢者が当たり前だと思っていた多くのマイルストーンを皆さんがいかに逃したかを物語っていました。 新型コロナウイルスはあなたの形成期を通じて大きな役割を果たしたかもしれませんが、それは特別なものではありません。 間違った政策と不十分なリーダーシップは、生活の主要な問題に悪影響を及ぼしています。 中絶、体外受精、代理出産、安楽死、そしてメディアにおける退廃的な文化的価値観への支持の高まりなどは、すべて無秩序の蔓延に起因しています。 私たちの国は、カトリック信仰を公に誇らしげに宣言しながらも、同時に中絶推進集会で十字架のサインをするほど妄想的な人物によって指導されています。 彼は罪のない赤ん坊の殺害に対する支持を非常に声高に主張してきたので、多くの人にとって、あなたはカトリック教徒であると同時に選択を支持する人でもあるように見えるはずです。 彼は一人ではありません。 新型コロナウイルスのロックダウンを主導した人物から、アメリカの若者に危険なジェンダーイデオロギーを押し付けている人々まで、彼らには明らかな共通点がある。 彼らはカトリック教徒です。 これは、カトリック教徒であるだけでは役に立たないということを思い出させる重要なものです。 こうしたことは、礼儀正しい社会では持ち出さないようにと言われている類のものです。 わかります、困難なこと、不快なこと。 しかし、私たちが歴史のこの時期に男性と女性でありたいのであれば、「ニース教会」が勝利の提案であるかのように振る舞うのをやめなければなりません。 私たちは常に慈善活動に基づいて話し、行動しなければなりませんが、決して慈善活動を卑劣なものと取り違えてはなりません。 ここ数年で、私は自分の考えを話すことでかなりの評判を得てきたと言っても過言ではありません。 私は自分自身がこのようなプラットフォームを持つことを想像したことも、望んだこともありませんでしたが、神がそれを私に与えてくれたので、私にはそれを受け入れ、自分のレーンを受け入れ、そこにとどまることについてのより厳しい真実を説く以外に選択肢はありません。 イエス・キリストによって設立された教会の会員として、真に、そして悪びれることなくカトリック教徒であることは、私たちの義務であり、最終的には特権です。 誤解しないでください。教会内であっても、礼儀正しいカトリックサークルの人々はあなたに沈黙するよう説得しようとします。 という受賞歴のある映画さえあったが 同じカトリック信者が製作した『沈黙』 、その映画では、主人公の一人であるイエズス会の司祭が教会を捨て、背教者として死んだとき、静かに誰にも知られずに十字架を握っている姿が描かれている。しかし神。 ベネディクト会大学の友人であるロバート・バロン司教閣下がこの映画の批評で述べたように、それはまさに文化的エリートがキリスト教において見たいもの、つまりプライベートで、隠れていて、無害なものだった。 私たちのカトリック信仰は常にカウンターカルチャーでした。 私たちの主と数え切れないほどの信奉者たちは皆、彼女の教えを忠実に守ったために処刑されました。 私たちの周りの世界は、私たちの信念が多様性、公平性、包括性の圧政に反する場合は常に自分の信念を内に秘めておくべきだと主張します。 私たちが真実を話すことを恐れるのは、残念ながら現在では真実は少数派だからです。 議会は、誰がイエスを殺したかという聖書の教えのような基本的なことを述べると、刑務所に入れられる可能性があるという法案を可決したばかりだ。 しかし、誤解しないでください。社会を悩ませている問題を解決しようとする前に、まず自分自身の家庭を整えなければなりません。それはリーダーから始まります。 神によって私たちの霊的父として任命された司教と司祭は、正しく命令されなければなりません。 今日、司祭や司教が群れを誤解させた話をすべて列挙するには時間がありませんが、私たちの誰ももう無知を責めて、ただ盲目的に「お父様がおっしゃったことです」と宣言することはできません。 なぜなら、悲しいことに、私たちがリーダーとして期待している司祭の多くは、自分の趣味を優先したり、教区名簿に掲載する犬との写真やおそろいの服装を優先したりする司祭たちと同じだからです。 私たち信徒も女性も、聖なるためには小教区で積極的に活動し、問題を解決しようと努めなければならないと考えがちです。 はい、私たちは小教区の支援に絶対に関与すべきですが、私たちが小教区の司祭たちが問題を解決するために頼れる拠り所になることはできません。 父親と息子の関係に目を向けるのと同じように、司祭とその民との関係にも目を向けるべきです。 父親として息子を導くのが私の仕事であるにもかかわらず、常に息子に助けを求めるのは適切ではありません。 聖ホセマリア・エスクリバは、司祭は奉仕するように任命されており、信徒を模倣する誘惑に負けず、徹底的に司祭であり続けるべきであると述べています。 悲劇的なことに、非常に多くの司祭は幸福の多くを教区民から受ける賞賛に依存しており、それを求めるうちに警戒を緩め、過剰に馴れ馴れしくなってしまうのです。 私のチームメイトのガールフレンドが言うように、馴れ合いは軽蔑を生むので、この過度の馴れ合いは毎回問題になることがわかります。 [ 笑い ] 聖ホセマリアは、司祭を単なる一人の人間として見たい人もいると続けます。 そうではありません。 彼らは司祭の中に、すべてのキリスト教徒、そして実際すべての名誉ある人にふさわしい美徳、すなわち理解力、正義、仕事生活(この場合は司祭の仕事)、そして良いマナーを見つけたいと思っている。 私たちが信徒として、あれこれの神学の教えを解読できるようにアマチュア神学者になることに身を投じるのは賢明ではありません――もちろん、あなたが神学を専攻している場合は別ですが。 私たちは、人生における自分の状態と自分自身の使命に意図的に焦点を当てなければなりません。 そして私たちのほとんどにとって、それは既婚男性と女性としてのことです。 それでも、私たちはすぐに使える素晴らしいリソースをたくさん持っているので、現代に合わせて曖昧に言い換えられていない、伝統的で時代を超越した教えを見つけるのにそれほど時間はかかりません。 さらに、善良で聖なる司祭はまだたくさんいますので、彼らを探し出すのは私たち次第です。 世界の混乱は残念ながら私たちの小教区の混乱に反映されており、悲しいことに大聖堂にも反映されています。 パンデミック中に見られたように、あまりにも多くの司教がまったくリーダーではありませんでした。 彼らの動機は、恐怖、訴えられることへの恐怖、排除されることへの恐怖、嫌われることへの恐怖でした。 彼らは、意図的か非意図的かにかかわらず、秘跡は実際には重要ではないことを行動によって示しました。 このため、秘跡も受けられずに孤独死した人が数え切れないほどおり、決して忘れてはいけない悲劇です。 カトリック教徒として、私たちは民、そして最終的には教会のために命を捧げた英雄的な羊飼いたちの例を数多く挙げることができます。 コロナ禍で経験したことが適切だったという嘘を信じることはできません。 何世紀にもわたって、大戦争、大飢餓、そしてそうです、大病気さえもあり、それらはすべてある程度の致死性と危険性を伴いました。 しかし、これらの例のいずれにおいても、教会指導者は自らの召命に力を注ぎ、民が秘跡を受けられるようにした。 モロカイ島の聖ダミアンのような偉大な聖人たちは、自らの宣教の危険性を承知しており、精神的指導者としてハワイのハンセン病植民地に11年間滞在しました。 彼の英雄的行為は、理想的にはまったくユニークであるべきではないにもかかわらず、今日では何か特別でユニークなものとして見なされています。 なぜなら、父親が自分の子供を愛するように、羊飼いも自分の霊的な子供たちを愛すべきだからです。 それは、現代の使徒である司教たちにとってはさらに当てはまります。 私たちの司教たちはかつて、指輪にキスをし、彼らの言葉をすべて受け止める崇拝の群衆を持っていましたが、今では取るに足らない存在の地位に追いやられています。 さて、教区の司教や司教協議会全体が、この問題やあれこれに関する重要な文書を発表しても、誰もそれを読むどころか、一刻も読もうともしない。 いいえ、今日、私たちの羊飼いたちは、難しいことを大声で言うことよりも、公会議への扉を常に開いておくことにはるかに関心を持っています。 司教たちから連絡を受けるのは、毎年恒例のアピールの時だけのようですが、私たちは司教たちに、個人的な慰めを脇に置き、十字架を抱きながら教会の教えについて声を上げる必要があります。 私たちの司教たちは政治家ではなく羊飼いなので、仲良くしようとして世界に溶け込むのではなく、彼らも自分たちの道に留まり、先頭に立たなければなりません。 私がこのすべてを怒りから言っているわけではありません。私たちはふさわしい指導者を獲得しているからです。 しかし、これは私が自分の車線にとどまり、自分の使命に集中すること、そしてより良い父親、夫になり、世界で生きながらも世界に属さないようにするにはどうすればよいかを考えさせます。 これらの人々のために祈り、断食しながら自分の召命に集中することは、私が教会の指導者たちに不平を言うよりも、教会のためにもっと役に立ちます。 私たちの指導者たちからは非常に多くの混乱が生じているように見えるため、ミズーリ川の上流の断崖絶壁に建てられたカンザス州の小さな大学ベネディクト校のような場所で人々が参考になる具体例が必要であり、秩序ある政策がどのように世界に示されているかを示している。 , キリストを中心とした存在が成功の秘訣です。 過去 20 年間で入学者数が 2 倍に増加し、建設と活性化が常に生活の一部となっており、人々、学生、教職員が繁栄しています。このキャンパスのいたるところにある例を見る必要はありません。 これは偶然に起こったわけではありません。 伝統的なカトリックの価値観を受け入れる意図的な運動の中で、ベネディクト会は、他と区別するものが何もない単なるリベラルアーツ学校から、繁栄する光の灯台となり、伝統を受け入れると、世俗的な、精神的な成功が得られるということを私たち全員に思い出させてくれます。フォローする。 AP通信の記者たちは、ここベネディクト会のような場所や人々を叱責し当惑させようとする試みが、怒りを持たれず、むしろ興奮と誇りを持って迎えられるとは想像できなかったに違いない。 それは、一か月をそれに費やす大罪のような誇りではなく、聖霊と協力して神の栄光を現わす、神を中心とした真の誇りです。 現在世界中で共有されているその記事を読むと���自己を完全に明け渡し、キリストに向かうことで幸福が得られることがわかります。 ここカンザス州の小さな町で、私たちは自分の才能を活かしてインスピレーションを与える多くの信徒を見つけます。 ミニス学長、[アンドリュー] スワフォード博士、[ジャレッド] ジメラー博士は、まさにこのキャンパスで、キリストの光を今後何世代にもわたって明るく照らし続ける素晴らしい例です。 自分の使命にしっかりと向き合い、自分のレーンにとどまることが、この人生で真の幸福と平安を見つける最も確実な方法となるでしょう。 信徒であれ、司祭であれ、修道者であれ、私たちは人生における自分自身の状態に焦点を当てることが不可欠です。 2024 年卒業生の皆さん、皆さんは残りの人生の瀬戸際に座っています。 皆さん一人ひとりは、自分自身とこの人類存在の時代を超える遺産を残す可能性を持っています。 小さなことではありますが、自分の召命を全うすることで、神の教会が存続し、世界があなたの模範によって啓発されることを保証するでしょう。 本日ご出席の女性の皆様、素晴らしい成果をおめでとうございます。 あなたは、若い人生でこれまでに達成してきたすべてのことを誇りに思うべきです。 私があなたたちに直接話したいのは、最も悪魔的な嘘をついたのはあなたたち女性たちだと思うからです。 今ここに座って、この段階を通過しようとしていて、自分のキャリアで獲得するすべての昇進やタイトルについて考えている人は何人いますか? 皆さんの中には、世界で成功したキャリアを送り続ける人もいるかもしれませんが、あえて推測すると、皆さんの大多数は、自分の結婚と、この世に産む子供たちに最も興奮しているのではないかと思います。 私の美しい妻、イザベルは、妻として、そして母親としての使命を果たし始めたときから彼女の人生が本当に始まったと最初に言うでしょう。 私が今日ステージに立って、今の私でいられるのは、天職に身を寄せる妻がいるからです。 私は神が私に与えてくださった多くの才能に恵まれていますが、私のすべての成功は、中学校時代にバンドのクラスで出会った女の子が信仰に改宗し、私の妻となり、すべての中で最も重要な肩書きの 1 つである主婦を受け入れましょう。 [ 18 秒間の拍��� ] 彼女は私たちの子供たちの主な教育者です。 彼女は、私が夫や父親の仕事からフットボールや私の仕事を決して邪魔にならないようにしてくれた人です。 彼女は私の根幹を最もよく知っている人であり、私たちの結婚を通して、主の御心によって私たちは二人とも救いを得ることができます。 私がこのようなことを皆さんに言うのは、外の騒音を無視して人生において神のご意志にどんどん近づいたときに、人がどれほど幸せになれるかをこの目で見てきたからです。 キャリアを持つというイザベルの夢は叶わなかったかもしれませんが、もし今、彼女に自分の決断に後悔があるかと尋ねたら、ためらうことなく大声で笑って、「いや、違う」と答えるでしょう。 多くの賞賛を受け、今日このような聴衆に向けて話す機会を与えられた男として、私は自分の声を自分のためではなく、常に神のために使うように祈ります。 私が皆さんに話していることはすべて、知恵の場からのものではなく、むしろ経験の場からのものです。 私は、この言葉があなたとそれほど年上ではない、この階級、この世代、そしてこの社会において、私たちの周りに見ているものが本物であるかのように振る舞うことをやめなければならないと感じている男性の言葉として受け取ってもらえることを願っています。普通。 カトリックのサークル内にも異端的な考えが溢れています。 しかし、正直に言うと、子供を産むことで神ごっこをすることは、それが理想的な数であれ、妊娠に最適な時期であれ、何も良いことはありません。 どう解釈しても、カトリックの避妊には自然なことは何もありません。 私がより大胆かつ率直に話すようになったのはここ数年のことです。なぜなら、先に述べたように、私は夫として、父親として、そして男性としての使命に傾倒してきたからです。 今日ここにいる紳士の皆様へ:私たちの社会を悩ませているものの一部は、家庭や地域社会に男性は必要ないという、あなた方に伝えられてきたこの嘘です。 私たちは男性として、文化の雰囲気を決めますが、それが欠けると、無秩序、機能不全、混乱が始まります。この家庭に男性がいないことが、全国各地で見られる暴力に大きな役割を果たしています。 他の国では、父親の不在率がここ米国とほぼ同じではなく、暴力率が大幅に低いことにも相関関係がある可能性があります。 男性の文化的骨抜きと闘いながら、自分の男らしさを悪びることなく行動してください。 難しいことをやってください。 決して簡単なことだけに妥協しないでください。 あなたには、必ずしも楽しんでいるとは限らない才能があるかもしれませんが、それが神を讃えるものであれば、自分にもっと適していると思われるものよりも、その才能に頼るべきかもしれません。 私は内向的で、今ではアマチュアの講演者や起業家になっているという経験に基づいて話しますが、産業工学の学位を取得したときには、自分がそうなるとは思っていませんでした。 前途は明るいです。 状況は変わりつつあります。 社会は変化しています。 そして、老若男女が伝統を受け入れています。 私と私に最も近い人々を助けてきたのは私の使命であるだけでなく、伝統的なラテン語のミサを率直に支持することは多くの人にとって驚くべきことではありません。私は TLM への愛と献身を非常に声高に主張してきました。そしてそれは私たちの生活にとって必要なものです。 しかし誤解されていると思うのは、TLM に参加する人はプライドや好みから参加しているということです。 私は自分自身の経験について話すことができますが、これらのコミュニティ内で出会ったほとんどの人にとって、これはまったく真実ではありません。 私が TLM に参加しないのは、自分が他の人よりも優れていると思っているため、または匂いや鐘のため、さらにはラテン語への愛のためでもありません。 私が TLM に参加しているのは、旧約聖書の神がどのように崇拝されることを望んでいたかについて非常にこだわりがあったのと同じように、同じことが今日の私たちにも当てはまると信じているからです。 私が秩序に出会い、自分の人生の中でそれを追求し始めたのは、TLM を通じてでした。 TLM自体は別として、私たちの神聖な伝統の多くは過去のものに追いやられていますが、私の教区では、残り火の日、断食をして召命と司祭のために祈る日などが今も守られています。 TLM は非常に不可欠なので、すぐに利用できる場所に移動する場所を選ぶよう皆さんにお願いしたいと思います。 多くの人が教区や共同体について不満を持っていますが、私たちは共同体のためにミサを犠牲にするべきではありません。 たとえ教区が美しくなくても、司祭が素晴らしくなくても、コミュニティが素晴らしくなくても、私はTLMを優先します。 私が今でもTLMに通っているのは、ミサの聖なる犠牲が何よりも大切だと信じているからです。 私は、あなた方一人一人が教会の偉大な伝統の多くについての知識と遵守を再燃させたとき、自分の人生がどれほどカラフルで生き生きとしたものになることができるか、そしてそうあるべきであることがわかるだろうということを十分に承知してこのように述べています。 あなたがこの場所から進んで世界に飛び出すとき、多くの課題に直面することを知ってください。 悲しいことに、このコミュニティの善良で活発なメンバーが、卒業してベネディクト会のバブルから離れた後、結婚前にボーイフレンドまたはガールフレンドと同棲することになった無数の話をご存知の方も多いと思います。 教会を離れて神を捨てる人さえいます。 こうした話を聞くのはいつも心が痛むもので、何が起こったのか、何がうまくいかなかったのかを知りたいという欲求があります。 覚えておかなければならないのは、人生とは、小さなことをうまくやり遂げ、成功に向けて準備を整え、最高の自分になるよう絶えずプッシュしてくれる人々に囲まれることだということです。 私はいつも言っていますが、鉄は鉄を研ぎます。 これは、私たちに最も近い人たちが私たちをより良くしてくれるはずだということを思い出させてくれます。 もしあなたが自分の信仰を共有していない人と付き合っているとしたら、その人があなたを聖人になれるようどのように助けてくれると期待しますか? もしあなたの友人グループが、あなたが次の週末に何をするかだけを考えていて、難しい会話をしたくない人たちでいっぱいなら、どうやって彼らがあなたを研ぎ澄ますのに役立つでしょうか? 就職の準備をする際には、転職先について実際に考えることが非常に重要です。 司教は誰ですか? どのような教区がありますか? 彼らはTLMを提供しており、司祭としての使命を受け入れる司祭を抱えていますか? 生活費だけがあなたの選択の決め手であってはなりません。神のいない人生はまったく人生ではなく、救いのコストはどんなキャリアよりも価値があるからです。 私は将来に興奮しています。そして、あなたが人生の次の章に進む際に、私の言ったことが心に響くことを祈っています。 唯一の聖なるカトリック使徒教会を告白することを決して恐れてはなりません。なぜなら、これはイエス・キリストが設立された教会であり、それを通して私たちは聖化の恵みを受けるからです。 今日の私のメッセージは、これらのスピーチで期待されているよりも少し綿毛が少なかったことは承知していますが、この聴衆とこの会場は、私たちが何者であるか、そして私たち全員がどこに行きたいのかについてオープンかつ正直に話すのに最適な場所であると信じています。天国。 ベネディクト会大学と、それが世界に模範を与えてくれたことを神に感謝します。 ミニス大統領のような王国のために自らの役割を果たしている人々のことを神に感謝します。 本格的なカトリック大学 と 盛んなフットボール プログラムがあることを知りに来てください。 [ 笑いと拍手 ] 誤解しないでください。あなたは神の後の世界で宣教領域に入ろうとしていますが、あなたはそのために造られました。 そして、神がそばにいて、自分の使命の中で美徳を求めて絶えず努力していれば、あなたも聖人になれるのです。 キリストは王です。 ハイツへ。
全文: カンザスシティ・チーフス卒業式スピーチのハリソン・バトカー| 全国カトリック登録簿
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pinkfuehherin · 15 days
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「いい作品をつくりたい」という驕り
「いい作品をつくりたい」と願う事は、奢りだと思う。
人は、例えば「金や注目のために作品を“製造”している」という手合いに対しては遠慮なく「ヨゴレ」の誹りをぶつけられるだろう。
ただ一方で「私は富も名声もいらない。ただひたすらいい作品をつくりたいのです。」と��から語る芸術家に対しては「彼は素晴らしく高潔な人物だ」と称賛するだろう。
でも僕は、前者は勿論、後者の在り方に対しても疑念を持ってやまないのである。
それはなぜかというと、「いい作品をつくりたい」という願望……つまり“欲望”は、人間の我欲・我執でしかないからだ。
それは芸術の女神への信仰心というより、ヒトの我欲・我執なのである。
つまりそれは芸術という神的な営みをヒト(猿)の営みへと堕落させる行為であり、つまり醜悪かつ傲慢だと僕は思うのである。
僕が「いい作品をつくりたい」という創作者ならごく自然と抱く願望に対して疑念を持つようになったのは、大学生の時分だった。
当時僕は名もなき美大に通いひたすら芸術に命を燃やしていたが、命を燃やしていたからこそ、徹底的に芸術を突き詰めたからこそ、「ただひたすら技巧を研鑽する」「絵に打ち込む」という芸術家としては当然の在り方に疑念を持つに至った。
当時の僕が抱いた虚無感はおそらく、かつて岡本太郎がパリで抱いた芸術への失望とまったく同一だったろう。
たった一度の人生をひたすら芸術に浪費する。日夜技巧の研鑽に明け暮れて、やがてはご立派な大作を描けるようになる。それによって、栄達する、世間から褒められる。
……で?それで?それに何か意味あんの???
それが若き日の僕が痛切に抱いた虚無であった。
僕は芸術は好きだったけれど、好きだったからこそ、ただひたすらソレだけに打ち込むという在り方を妄信できなかったのだ。
その結果僕が行きついた人生観・宇宙観は、「ただ在ろう」「ただ祈りの中に生きよう」というものだった。
僕や岡本太郎のみならず、上に述べてきた虚無感、芸事への失望というのは、ある程度以上真剣に芸術・創作に打ち込み且つある程度以上頭の切れるものであれば誰でも、行き着かざるを得ない現実だと思う。
天衣無縫にひたすら芸術に没頭できる者は幸せではあろうけども、彼ら彼女らは必ずしも芸術の女神と対話しているわけではない。
嘘か本当かはよく知らないが、例えばレオナルド・ダ・ヴィンチであるとかパブロ・ピカソ、モネといった巨匠達は最晩年に至って実は芸術に失望していたなんて話もある。
「俺はこの一度の生涯をひたすら傑作を創造する事に捧げてきた。で?それが果たして何の意味があったんだ?」「今から俺は死ぬ。死の直前になって改めて己の人生を振り返ってみると、なんで俺はあんなにゲイジュツに打ち込んでいたんだ?」「今から死んでいく俺にとって、巨匠としての名声であるとか富に一体何の価値があるんだ?」
という失望である。
芥川龍之介や松尾芭蕉も同様の失望に苛まれていたそうな。繰り返すように、嘘か本当かは知らないが。
↓参考サイト
ただ、僕自身の経験則からいって、上述の「逸話」にはある程度信憑性がある。
もし盲目的に「芸術は素晴らしい!」なんて言える人間がいれば、きっと、彼は本当の意味で芸術に命を捧げた経験のない者だ。
もし徹底的に徹底的に芸術をつきつめていけば、嫌でも「……で????」という虚無感にぶつかる。
だから僕は敢えて、否定したいのである。
「いい作品をつくりたい」という創作者にとってほとんど普遍的な願望・欲求を。
そんな願望・欲求を抱きながらのモノづくりの日々はいわば人間的我欲と人間的我執に苛まれた日々であり、そこにきっと魂と精神の開放は存在しない。
また、無欲さもない。
神へ祈る暇もない。
僕が欲しいのは、芸術的技巧でもなければ、芸術的技巧が為す栄達でもない。栄達がもたらす名声でもなければ、富でもない。
僕が欲しいのはたったひとつだけ。
祈る時間なのだ。祈る暇なのだ。
神へ祈る時間なのだ。神へ祈る暇なのだ。
芸術的没頭は、その暇を奪い去ってしまう。
デッサンの研究と色彩の研究に没頭していては、それだけで一日が終わってしまう。一生が終わってしまう。
それでは神との対話が生じない。それが僕は虚しい。
だから僕は、徹底的に芸術を愛したからこそ、敢えてそれを見捨てたいのである。破壊したいのである。
人間的我欲と我執を敢えてかなぐり捨てて、それと共に芸術的欲求もすべてかなぐり捨てて、ただひたすら、神への祈りに帰依したいのである。
徹底的に芸術をつきつめて、徹底的に我執を手放した果てにあるのは、「いい作品をつくりたい」という欲求すら手離すこと。
ただひたすら祈るように作品をつくる事。
すべてを芸術の女神に委ねる事。
人間の都合で芸術を執り行わない事。神の都合にヒトは合わせるべきだという事。
それが今現在の僕の芸術観である。と同時に、僕の死生観そのものである。
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enakuroda · 1 month
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丘へ
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星屑が記述する線の意味
光の傷が流れる意味
鳥の心が廃墟みたいに染まる世の
裏拍で聴く心音が、
筋繊維を月の文様に変える
そして、生後十ヶ月の僕が書いた紅い太陽は
現在も脳裏の雪を溶かしている
捧げながら、
崩落したと聞かされていた橋を飛び越える情動が月の血管を神さまみたいに切ることに至り、僕はあいまいで柔らかい手つきの少女のまぼろしを追って走っていた、世界から零れ落ちた言葉を集めながら、
星々は終身の息であると決めた世界の秩序を創造する老人はもういないから、きみは「祈りの廃墟の国」の底にある「翼の骨」を掘り出して、嘆きの高さで星座を創る、だから僕たちが触れる永遠はチェレンコフ光の靑で満ちている、その瞬間を見て、僕は泣いていた、泣きながら、熱が熱としてうつくしいままであるように祈っていた、街は静かに燃えている、だから走って、雪の速度で
でもさ、僕たちの街が燃えるなら、昔、鉄塔の下できみが僕の腕に刻んだ「靑く澄む失語」の傷は記憶として永遠になるから、きみがその時何を考えていたのか僕にも触れられるかもしれない、数少ない希望として、
花が花であるように祈り続ける千年の樹海は毒を溜め込んで、解毒されないまま鎮静している、僕は奥に、もっとも深いところに入り込んで愛になるまでを待つ、手の先から順番に身体が樹木に変わってしまっても(何も抱きとめられない)、夜の暗闇に呑まれても忘れない(レーテを拒否しているから)、
その速度で、その純粋さで一角獣の言葉を記すことがぼくの意味であり手紙であるとき、靑いインクが軋轢する現象
すぐに墜ちてしまう靑空を綺麗な小瓶に詰めて永遠にするように、そして、
きみが何かを喪うことは祈りじゃなくて、赦しでもないただのよろこびを欠いた唄だから、それを避けて 灰が灰であるように 夜が夜であるように(Eternity touches eternity, like snow)、でも、
すべて偽の星座である 
でも、僕たちの生の痕跡である
その高度の構造を、射抜く昏がりは存在しないから
永遠になる 灰になる 群青として
ハレルヤ、
白夜、
(星の光が褪せてゆく、海の波音も消えている、大地はない、���もない 、ここには雪しか降らない、)
そして、
永遠に触れた指先が呪われたように生から離れてゆく深夜、僕たちがまだ識らない色調の花々が「滅びの朝」という意味に変わって、街の聖者は「赦すこと」と「怒りの日」のあいだで震えている、彼は善意の隠喩の鳥の死骸を拾い、僕たちが知っている丘に埋葬する、
そして世界はリンボになる、同じ速度でアダムが笑う 崩れるところを見ていてほしい
だから、言葉の意味を呪わずに、祈りの清さの梯子を掛けて、
日が暮れる美しい土地の記憶を描いて、
歪に狂わない丘へ行こう
きみが河の向こうへ渡るとき、月光は澄んでゆくから
太陽の無い対岸で、眠りの底に沈むとき、
丘の頂上に天使の死が引きずられてゆく。
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