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むかしのはなし
消防士になることを夢見る青年の薄い腹には、横一文字に傷痕が走っていた。新しく形成された皮膚は桜色で、わずかに隆起している。その傷跡を指先でなぞると、引き締まった背中がにわかに丸まった。
青年の生家と家族は、黒く冷たい波に押し流されたんだという。あとに残ったのは倒壊した家屋の木材とひしゃげた車と妹の千切れた左腕、それからこの腹の傷だけだったそうだ。その話が本当か嘘かなんていうのはどうだってよくて、わたしの感傷に触れるには十分だった。生意気を撒き散らし飲めもしない酒を煽る唇から紡がれるには、どちらにしろ繊細す���る。
とっくに塞がっているはずの傷からは絶えず悲しみが漏れ出していた。彼はいま歌舞伎町で、田舎者の女を風俗に売り飛ばす仕事をしている。
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むかしラブホテルのベッドの上で聞かされてさ、どんな顔して抱かれりゃいいのよと思ったよね。もう二度と会うことはないけど、元気でいてねと思ううちのひとり。
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色狂いが落ちる地獄ってなんだっけ?
かなり本格的にセックスというものに絶望してしまった。セックスっていうのはつまりセックスで、人と人とが皮膚に触れあったり粘膜をこすり合わせたりして性的に気持ちよくなるというアレなわけだけど、わたしは若干三十歳にしてその行為に対し心の限りなく底のほうから“こりゃわたしには向いてないわ”とネガティブな感情を湧きあがらせているわけである。わけである、ではない。
自分の意に反して馬鹿でかい乳房とぽってり薄ら開いた唇のせいで助平の権化みたいな見てくれをしている自覚はあり、加えて求められれば比較的誰とでも寝てきたせいで(本当におしまい)勘違いされがちなんだけれど、わたしは元来、性に対してかなり淡泊な性質だと思っている。セックス“できる”だけで“したい”と思ったことはほとんどなかったし、ごくまれに沸き起こる性欲的なものは自分で適当にやり過ごすことができる程度のそれで、別に他者の介入を求めようだなんて考えたこともなかった。
そもそもわたしにとってセックスは目的というより手段の要素が強くて、自分が手に入れたいもの(お金とか地位的なものではない)のために相手の要望に応えて体を重ねる、ということをしてきているせいで、そもそも行為自体に愛とか勇気とか希望とか、それから快楽とかを期待することもなかった。じゃあ何を求めていたかっていうのは、話が逸れるしクソ長くなるので割愛する。ちなみにキスとかは好き。
実はわたしと旦那の性に対する意識に北極と南極くらいの距離があって、夫婦関係がマジでヤバくなったときがある。旦那はとにかくヤりたくてたまらないし、わたしはわたしで子どもを産んだり育てたり社会復帰したりとかで手一杯でそれどころではなく、とにかくヤりたくなかった。別に旦那が嫌いになったわけでもなんでもなくて、ただ肉体的に交わる余裕がないというか、そんなことする時間あるなら一文字でも多く本を読みたかったし1秒でも長く寝たかっただけで、つまりセックスの優先度が地面にめり込むほど低かった。で、じゃあどうやって打開したかっていうと旦那に対して婚外交渉をOKしたわけである。今っぽく言うと“オープンマリッジ”ってやつ。案外旦那が外に遊びにいくことへの嫌悪感とかはなくて、むしろよそ様が発散させてくれることで家庭内に平穏が訪れるならかえって良いことなのでは?という気持ちでさえいる。わたしの知らないマッチングアプリの女性のみなさん、旦那をよろしく頼む、と感じている。大抵の人はこの話を聞くと驚くか呆れるか、もしくは“じゃあこいつともヤれるのでは?”なんていう感情を抱くかするんだけど、わたしたちはこれでかなり上手くやってるし、当然わたしとはヤれない。
そこまでして性的な接触をなるべく避けてきたわたしが、どうして今改めてわざわざセックスに絶望なんかしているかというと、ごく最近に、意外にも「あ、したいかもしれない」と思う瞬間があったからだった。残念ながらその相手は旦那じゃなかったけど、個人的にはそういう感情に至ったこと自体が奇跡みたいなもので、正直処女を捧げることになったときくらいの胸の高鳴りを感じていた。三十路にもなって。結局その人とはラブホテルのベッドの上で小一時間転げ回るだけでとくにそういうことにはならなかったんだけど(というかわたしがしないことにしていたんだけど)、その胸の高鳴り、というか紛れもない性欲は数日尾を引いた。その人との接触が引き金になったのは言うまでもないが、果たしてその人としたかったかどうかという��はいまいちよくわかっていない。実際わたしは、閉鎖されて二人きりの薄暗い部屋のベッドの上で触れられて気持ちが昂っても、その人に「抱いてくれ!」とはついぞ言わなかったし。こういうところが自分の面倒なところだよな、と思う。思うだけでとくに対策を講じなかったので、いい歳をこいてこんなことになっている。で、旦那が登場するわけである。こういう書き方をすると、ラブホテルのベッドで転げ回った相手にも気まぐれな性欲のはけ口にされた旦那にも本当に失礼だというのは承知なんだけど、でもやっぱりわたしが気軽に「抱いてくれ!」って誘っていいのは旦那だけだと思うし、実際旦那も喜んでくれたのでいいことにしてほしい。
結論からいうと本当に地獄だった。旦那の名誉のために誓って言うけど、彼のやり方がダメだったわけでは断じてない。むしろ彼はあらゆる面において丁寧でなんならかわいらしさみたいなものもあり、彼自身も素晴らしいと思うのでマッチングアプリでこれから出会うかもしれない皆さんは心配しないでほしい。最悪なのはわたしで、一時間半あまりの行為のうち三分の二の時間は「早く終わってくれ」ということばかり考えていた。気持ちいいとかよくないとかそういう次元の話ではもはやなく、というかもう快感を与えられそれを拾い体が勝手に動いたりうっかり声が出たりすることすら億劫だと感じていた。こんなにむなしいことってあるだろうか、とかなり明確に自分に対してうんざりして、それがよりセックスに対する絶望へ拍車をかけた。ほかにうまく言い表す言葉が見つからないし、そんなもの多分なくて、ただただ“向いていない”んだと思う。なまじ「したいかも」なんて淡い欲と期待を抱いてしまっていたせいで、落ちた地獄はあまりに深い。もう二度としたくないとさえ思うけど、旦那と夫婦である以上この先も肌を重ねることはきっとあるだろうし、そのたび腹の底で「早く終われ」と思っているわたしを抱かせるのはしっかり申し訳ないと思う。そういうのもひっくるめて、わたしは本格的に自分のセックスというものに絶望してしまった。
気が削がれすぎてこれをどうしようみたいな気持ちにもならない。こういう話をすると「女性は30代以降から性欲が強くなる」とか「おれが変えてやる」とか言い出す人が出てくるし、実際に言われたこともあるんだけど、やれるもんならや��てみろ、こっちは本気だぞ、本気の絶望と地獄だぞ。とか思う。そのくらい諦めている。別にいいんだけど。でもなんかやっぱり衝撃を受けた部分も確かにあって、うわー自分この先誰とも肌の触れ合いを楽しむことないんだ、という悲しみもうっすらある。悲しみなのか?わからないけど。新年早々こんなことを長々と書き連ねるほどには驚いた、という感じ。どうでもいいと思い続けてきたことをまあまあ真剣に考えてしまった。
えーと、なんだっけ。つまり何が言いたいかというと、バイアグラ的なものってわたしみたいな終わり人間も奮い立たせることができるんでしょうか?
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初夢供養と抱負とか
月に2冊は本を読む
月に100km以上走る
毎月1本は創作する(長さは問わない)
何かの賞に応募する
5㎏は痩せたい
なるべく日記(tumbler)を書く
次の誕生日までにタトゥー入れる
ハーフマラソン走れるようになる
会いたい人には会っておく
年末からどうも胃の調子がおかしく、食事をすると絶望的に具合が悪くなる。今日なんて、朝食と昼食の狭間の時間にこしらえた一人前のつけ麺を食べ切るのに丸一日かかった。付け合わせも何もない、別に多くも少なくもないただの麺のみを、だ。食べるたびにつけ汁を電子レンジで温め直すから汁はグズグズだし、麺は時間が経って口当たりが最悪だった。それでも食事を残すことに躊躇いがある意地汚さで今さっき食べ切ったけれど、やっぱり全て戻しそうなくらい胃がひっつれている。
そのくせなんか気が向いて、日に五キロも十キロも走り回っている。もともとかなり太めなのでこれを機に痩せられたら儲けもんだ、と思ってお構いなしに走る。走る。走る。ランニングはいい。Thee Michelle Gum ElephantかTHE BACK HORNを爆音で聴きながら、頭の中を空にして走ると、どうにもならないことを少しだけ忘れられた。友人とハーフマラソンを走る約束をしているし、なるべくもっと長い距離を普通みたいな顔して走れるようになりたい。
そういえば初夢を見た。二日から三日にかけて見た夢だから厳密には初夢とは言わないんだろうけれど、今年初めて見た夢だからそういうことにしておく。ずっと昔に好きだった男の子が出てきた。彼は何年も顔を見ていないどころか思い出すことすら稀なのにたびたび夢に登場した。わたしはこいつに呪われている。夢のなかの彼はわたしの実家を下宿にしていて、知らない間にわたしの母親と親しくなっていた。実家に帰るバスのなか、必死に自転車を漕ぐ顔に見覚えがあったので、隣にいる母親に「同級生だ」と言ったら「あら、あの子���う帰ってくるのね」なんて知ったふうに言うので車内が震えるほどデカい声を出してしまった。実家に着くと彼がいて、見慣れたスカし顔で出迎えてくる。ぶん殴ってやりたかった。わたしの部屋だった場所はしっかり彼の部屋として使われていて、その日わたしは自室に間借りして宿泊するしかないようだった。部屋の梁に凧糸を吊って、そこにバカでかいシーツを引っ掛けて目隠しにする。妙齢の男女(しかも知人)を一つの部屋に泊めるとかどうなったんだとかこの部屋にあったわたしの本はどこいったとか地元が同じなのになんでわたしの家に下宿してんだとか言いたいことが頭を巡るうちに、布団の上で頭を抱えるわたしの背中に得意げに口の端を釣り上げた彼がもたれ掛かってくる。重たくてたまらないのにわたしは抵抗の一つもできない。こいつをどうにかしてくれ!と叫ぶ前に目が覚めた。目が覚めたあとも最悪で、夢のなかの彼が思い出どおり本当に男前なのが問題だった。呪われている。
どうでもいいけど今年の目標みたいなものを書き連ねてみた。書くといいよってどこかで見たからだ。タトゥーはかならず入れたい。節目の年だし。息子の生年月日を入れると決めている。わたしのクソッタレな人生で唯一、絶対に変わることなく美しい成功の証だから。
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「今ならまだ引き返せる」そう言うくせに彼は、しっかりわたしの背後をとっている。優しく促すようなふりをしながら部屋に押し込み、恭しいふうを装ってベッドに押し倒す。
ラブホテルのベッドは沈没船で、口付けが深くなるたびわたしは溺れるみたいに気が遠くなった。彼は拒絶されることを恐れて、時折目を泳がせている。中途半端に触れるくらいなら無理やりにでも愛せよ、と思う。どうせわたしは敵いっこないんだから。優しくするのもひどくするのも全て手の中にあるくせに迷う男が愛おしくて、心の底から憎たらしい。引き返すどころか進むことだってできない。
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2023年
今年も父親が死んだことを実感できないまま1年が終わってしまった。わたしの父親はもう5年も前に亡くなっているのだけれど、どうも人が死ぬってことがよくわからないまま大人になってしまったせいなのか、父と会えないのは長く留守にしているからで、今もきっとどこかで生活をしているふうな気がしているのだ。薬で眠っている父の、冷えた生ゴムみたいな感触がずっと忘れられない。ベッドサイドモニタが心拍の止まったのを知らせる甲高い音を出して、家族がみんなベッドにすがるように泣き出し��も、わたしは壁に背中を貼り付けたまま少しも動けなかった。思えばあのとき、確かにわたしは別れることに失敗していた。そして今年も、また父をここではないどこかで生き存えさせてしまった。
今年は本当によく父の夢を見た。夢の中の父は決まって遊び人で、本当にかっこよかった。いい加減にしろ、と言われている気がするものの、んなこと言われたって長い不在と死んでしまった人の区別なんてどうやってつけるんだ、会えないのは同じなのに、と思う。でもやっぱり流石にいい加減にしたほうがいいよな、とも思う。
いつかは書き留めて、折り合いをつけなければならないと思っていたんだけれど、5年もかかってしまった。いろんなことが落ち着いて、こうやって自分の中身を漁るみたいにじっと向き合える時間と余裕ができた1年だったから、多分もうそろそろなのだろうな。来年はきちんと、わたしの中から旅立たせてあげたい。そこに空いた隙間にしばらく悲しむかもしれないけれど、そうしたら今までどうしても書けなくなってしまっていた(父が亡くなってから全く何も書けなくなったんである)のが、またうまくいくようになる気がするし、ていうかそうであってくれ。
父はわたしがものを書くのをすこぶる気に入ってくれていた。仕事帰りのお土産によく原稿用紙を買ってきてくれた。来年、わたしはそれに何を書けるだろう。
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鼻筋で滑り台ができそうで羨ましい
1年以上ぶりに顔を合わせるいい男といい雰囲気の店でいい酒を飲みいい料理を食べたもんだから、反動で、ひとり薄汚い赤ちょうちんの大衆居酒屋のカウンターの隅っこで動物の内臓の串焼きをかじりながらお��割を飲みたい衝動に駆られている。
すばらしい夜だった、んだと思う。たぶん。ずっと会いたいと思っていたひとだったし、話もまあまあ弾んだんじゃない。横並びのいやらしい席だったせいで(素敵なお店だったよ)、そのひとの尋常じゃなく整った鼻筋と、目頭の鋭い切れ込みにばかり目がいってしまって、わたし自身はあまり気の利いたことを言った記憶はないけれど。
すばらしい夜を過ごせば過ごすほど、なにかとてつもなく普通のことをして記憶を薄めたい。ひとに優しくされすぎると、自分をいじめたくなる。抱きしめられると、頭を掻きむしって大暴れしたくなる。うれしくてむなしい。理由が分かっているせいで、余計にあほらしい。もう三十路だぞー、って、今よりずっと上手に遊んでいた若いわたしが笑っているが、本当にうるせえなと思う。
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ワンダフル・アメージング・ワールド
チバユウスケが死んでしまった。クソッタレすぎる。
今まで著名人が死んだって、あまりに距離が遠いから驚きばかりが大きく、ぼんやりとした消失感がわずかな時間漂うくらいだったのに、今日はもうあまりに寂しくて具合が悪くなるほどで、わたしは自分が思ったよりずっとチバユウスケのことを好きだったんだなと思い知る。
彼は紛ことなきロックスターだけれど、わたしのなかでは繊細で美しい詩人のイメージが強い。ミッシェルもロッソもバースデイも、いつの時代のどの曲も彼の歌の歌詞は、誰もが書きたくて仕方ないだろうかっこよさに満ち溢れていた。
青い春を観たときが最初だった。ドロップが苦く響いていたのを、今でもはっきり覚えてる。
どうすんだほんとに。勝手に戻ってくると思ってたよ。本当にくそったれの世界になってしまうじゃないか。そう思うけど、彼はそれでも愛おしいというんだろうか。
絶望に絶望している暇はないとチバユウスケが言ったから。かなしみはもう捨てていいと、未来は青空だと言ったから、そう信じることで自分を誤魔化すしかできない。
寂しいならやめておけばいいのに、流れるように曲や映像をなぞっては、もういないのかを繰り返している。もう二度と歌わないなんて信じられない。かなしい。心の底から。
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夢の話3
細い腕のなかだった。それは白くすべらかな肌で、およそ40も半ばに差し掛かった中年男性のものとは思えなかった。腕の向こうの胸やら腹やらは一糸纏わず剥き出しで、ホテル特有のパリッとしたカバーに包まれた掛け布団が、鳩尾あたりにまで雑にかぶさっているだけだ。
かくいうわたしも生まれたままの姿で彼の腕の中に収まっている。なるべく腕に負担をかけないように身じろいで枕の下に突っ込んでいたスマートフォンを取り出すと、迷いなく恋人からの連絡に返事をした。
寝タバコの紫煙で器用に輪をつくり遊んでいた彼が、ディスプレイに不躾な視線を遣す。けれどもわたしは少しも気にならなくて、まなざしを無視してアプリからアプリを行き来する。そうしていると咥えタバコのまま少し覆い被さるようにしてきて、いよいよしっかりスマートフォンを覗き込んでくると彼は、至極どうでも良さそうに「彼氏に言う?」と訊ねた。
わたしはディスプレイを黒に戻し、どうでも良さそうな横顔に尋ね返す。
「じゃあ山中さんは、このこと奥さんに言います?」
このことっていうのはもちろんわたしたちが素っ裸で肌を寄せ合っている理由で、そしてこの会話は言うまでもなく不毛なものだと、互いに確かに理解していた。それでも口をついて出たのは、おそらく暇つぶしだろう。
彼は目も合わせずに鼻で嗤った。たっぷり時間をかけてタバコをひと吸いし、フィルタの焼けてゆくチリチリという音だけが部屋の中に響く。やがて肺のなかを空にするような深い深いため息のあと、この世の全てを蔑むみたいな薄っぺらな声で言った。
「言うわけないでしょ。何人いると思ってんの、こういうの」
腕枕をした左手がわたしの耳にイタズラをする。視界の端で光る指環がまぶしい。
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不良は日本の風物詩か
とにかく何もない。特段��しておくような出来事も起こらんし、面白い夢も見ん。あるのはうずたかく積みあがった業務ばかりで、うっかり頑張ろうものならより多くの仕事をぶん投げられてしまうため、日々無能を演じるのに必死だ。いや別に、有能だと言いたいわけではないが。
あ、そうだ。「ザワクロ」が届きましたね。わたしが昨秋にハマり狂っていた「ザワクロ」ことHIGH & LOW THE WORST X(クロス)、略して「ザワクロ。の円盤もといBlu-rayが届いたというわけ。
映画自体は7回くらい劇場に観にいっているんだけど、それとディスクはまた別ですよね。Blu-rayもすでに2回見た。
もともとヤンキー映画が好きな傾向にあるとはいえ、ハイローシリーズ、特にTHE WORSTとコラボをはじめてからの求心力と言ったらない。なんでだろう。鬼邪地区の男子高校生たちにこれほどまでに惹かれてしまうのは。あれかな、主人公=最強の公式を破っているからかな。
ザワシリーズは、ハイロー本編と当然世界線が地続きになっているので、ハイローに出ていたキャラがザワシリーズにも続投されているんだけれど、そういった観点からパワーバランスが必ずしも主人公最強、にはならない。というかなれない。でありながらザワシリーズの主人公である花岡楓士雄は満場一致で学校の頭だし、一番になりたくて拳で勢力争いしていた連中や、そもそも同世代の子どもに興味なんてなかった脳筋暴走メガネをも引っ張っている、という設定に説得力がある。こういった、王道をひた走りつつ正統派ではないみたいな設定が好きなのかもしれん。
あとヤンキーはやっぱり、儚いですからね。喧嘩や友情が派手であればあるほど、その儚さは際立つ。言わずもがなL社のヤンキー映画なんだからそりゃド派手よ。演者の顔もいいしね!!そういう彼らが、学校という媒体のなかで制服というラベルに包まれて「不良」ないしは「ヤンキー」として存在できる、あまりに短い時間のことを想うとまあ、胸の奥がキュッとならざるを得ないというわけだ。
なんのはなしだっけ?
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あとかたもない
仕事をしていたら表から、プァン、という効果音みたいな警笛がとんでもない音量で聞こえた。そのす��後に車輪と線路が乱暴に擦れ合う耳障りな音がしばし続いて、やがて止んだ。
わたしはそのとき書斎にいて、今日はあんまり寒いから雨戸もカーテンも閉めて暖房を焚いていたんで表は見えなかったんだけれど、そうしていてもうわっとなるくらいに聞こえてきた不穏な音に、これはダメなやつだろうな、とぼんやり思った。
案の定、少しするとあっちからこっちからサイレンの音が聞こえてきて、うちの近所で止まる。玄関を開けて少しだけ外を見たら、消防車が何台も止まっていた。救助隊なのか鉄道整備のひとなのかはわからなかったけれど、とにかく作業着を着たたくさんの男のひとがブルーシートを持って線路のなかに入って行くのが見えた。
わたしはすぐに書斎に戻って仕事を再開した。確実にダメなやつだった。だってブルーシートだ。事故なのか、それとも自らなのかはわからん。ひとつだけわかるのは、(おそらく)終わってしまった命に「人身かよ、ウゼー」みたいな声がかかること。
人身事故で電車を止めてしまった故人の遺族にとんでもない賠償金が請求されるって聞いたことがある。まあ当たり前と言えば当たり前だが、ひとが死んだ後に通り過ぎるのが罵声と罰金かと思うとなんとも言えない気分になる。とか言って、わたしだって大事な用事のある日に人身事故に巻き込まれたらきっと口汚く罵るんだろう、という気もしている。
夕方、子どもの迎えに行くときに踏切から線路を見たが何もなかった。結局電車が止まっていたのだって2時間足らずで、あっという間に元通りになっていた。ひとが死んだとは思えないいたって普通の線路で、いつもの通りに電車や横断車が行き来していく。急行電車が突っ込んだらしいから、きっと派手にどうにかなったはずなのに、なにも残らない。
鉄道柵に肉片の一つでもこびりついてあれば、多少は説得力もあるっていうのに、なんにも残らないもんだから、死んだのだって嘘みたいだ。
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あなたはだあれ
旦那が近所の八百屋で買ってきた、見切り品だという柑橘系の果物を食べた。蜜柑にしてはまあるく、オレンジにしては房の大きな果物で、名前はわからん。
旦那が剥いたものは皮も身も硬く、薄皮なんてポロンと簡単にはげてしまうほどだった。果肉の一粒一粒に弾力があって、ピリッと刺すような酸味が突き抜ける。一方わたしが剥いたものは蜜柑と同じくらいに皮が��くなっていて、あともう少しでダメになる、というくらいに実も熟していた。旦那の剥いたのを先に見ていたものだから、なるほどそういう果物なのだな、と信じ込んでいたのに違う側面を見せられて動揺する。果肉は砂糖をかけたように甘く、およそ同じ果物とは思えなかった。
柑橘類が出回ると冬だなあという気分になる。食べ過ぎて手を黄色くしていた幼い弟を思い出す。あらゆる柑橘系を食べてきたと思うけれど、名前はさっぱりわからない。
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青いシンボルマークのこと
Tumblrの公式マークも金で買えるようになってんのか、と驚く。公式からの承認がそのひと個人の知名度や拡散力などではなく、金銭の授受でどうにかなるってのはまあまあ面白い。Twitterにしろインスタにしろ、公式マークはなりすまされやすい有名人の本アカですよ、っていう証明だと思っていた節があるので、なんかこう、一般人が金で買ってどうするものでもないだろうよ、という気もする。
ああでも、企業や個人事業主なんかは重宝するのかな?なんて思っているとマジのマジな一般人が公式マークをつけていたりなどするので笑う。(笑うなよ)
ところでTumblrの青いチェックマークに関する項目を読んだことがあるだろうか。本国サイトの英文を直訳したんだろうな、っていうの分かるんだけど、にしたって様子がおかしい。いくらするんだかはわからないが、公式マークを買ったひとは注意しておいたほうが良いかもしれない。重要なインターネットの青いチェックマークは、いつかカニ軍団に変わるとも知れないんだというので。
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原因不明
土曜、久々に酒を(しこたま)飲んで以来左脚が尋常じゃなく痛い。前腿から膝にかけて、だるさを伴った鈍痛がある。因果関係がまるでわからない。
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夢の話 2
わたしは桃太郎の親友だった。ぺらりとした奥行きのない世界は、日に焼けた絵本のようにかさついて薄茶色くかすんでいる。野山、というにはあまりに荒涼とした丘の上で、親友の桃太郎とその仲間が、次々と鬼に斬られていくのをわたしは藪の影からただただ見ていた。
犬の痛ましい鳴き声が響き、猿の腕が飛んで、雉の羽が舞った。傷ついて血まみれの桃太郎が、鬼に首を締めあげられている。鬼は美しい男だった。赤くも青くもなく、その容貌は人間と見分けがつかない。けれどわたしには、親友の首に手をかける男が鬼だということを確かに分かっていた。
鬼は桃太郎を殺しはせず、ぐったりと力をなくした彼を肩に担いでどこかへ連れて行くつもりらしかった。さすがにたまらなくなったわたしは藪から飛び出そうとする。鬼の背中に飛び掛かって、どうにか桃太郎を助けなければ、と思った。ところが鬼に担がれた彼が、最後の力を振り絞るような動作でわたしに手を向ける。「くるな」と言っているのだ。よく見ればわたしは、粗野な腰蓑を一枚纏ったきりの丸腰だった。あの桃太郎をいとも簡単に薙ぎ払った鬼に、こんなわたしがどうして太刀打ちできよう。そもそも打つ太刀すら持っていない。やがて持ち上げていた腕もだらりと垂れ下がり、ただ鬼の歩調に合わせて体をゆらすだけになってしまった親友を、わたしはじっと見つめることしかできなかった。
瞬きをする間に時間が激しく飛んだ。気が付くと小学校の昇降口に立っている。わたしは何かに急き立てられるように、一番近くの階段を駆け上った。階段はどういうわけか古くて大きな積み木でできていて、とんでもなく揺れる。そのうえ崩してしまうと戻ることさえできなくなるので、壊してしまわないように、そのうえでなるべく早く駆け上がった。背後で積み木がいくつか転がり落ちていく音がしたが、かまっている暇はなかった。
上の階に桃太郎がいる、そういう確信があった。最後に彼を見たあの日から、ひとが生きられる時間をゆうに超えた時が経っている。それにあれだけ痛めつけられて、鬼に連れてゆかれた桃太郎が今まで生きているわけがない。そう分かっているのにわたしは、ここには絶対に彼がいる、と信じていた。
積み木の階段を登り切り、なんとか二階の踊り場にたどり着く。一番手前の教室から、今まさに生まれたばかりというような赤子の泣き声が響いた。
再び時間が飛ぶ。場所はやはり小学校であったが、目の前には青年の桃太郎がいる。あの日この校舎の一室で生まれたのは、桃太郎だった。今やもうすっかり大人の風貌で、わたしより頭ふたつ分は背が高い。鴉の濡れ羽色の髪を短く切った姿は精悍という���ふさわしく、かつて鬼と戦っていた桃太郎そのものだった。しかし彼にその記憶はない。どうやら生まれ変わりというやつのようで、前世のことはなにひとつとして覚えていなかった。
わたしは生きている彼に安堵する。別人だとしても、こうしてまた自分のいる世界に生れ落ちてきてくれたことが心底嬉しかった。防球ネットに寄りかかる彼の胸元に頭を押し付ける。涙が出そうだった。彼は旧い友人の稀有な行動に驚いて「なんだよ、気持ちわりいな」とごまかすように笑う。この世界で、わたしだけが歳をとらない。
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かつて生えていた翼
好きなアーティストが脚本を務めたという朗読劇を見た。本当は会場で見る予定だったのだが、のっぴきならない事情で叶わなくなってしまったため配信を購入した。
そのアーティストというのは某L社のパフォーマーなのだが、メンバーの中でも飛びぬけて読書家であり、なんとコバルトが運営するウェブサイトに読書コラムまで持っている。う~ん、L社の印象とかけ離れている。だってイケイケのダンスを踊り狂うイケイケのあんちゃんが、コラムでは「三人称単一視点」とか言う。しかし、わたしはそういうギャップがめちゃくちゃ好きだ。
で、そんな彼が2年かけて構想したという、自グループの楽曲を題材にした朗読劇を、見たわけである。なんというかまあ、当然書くトレーニングをしてきているひとではないから文章は拙いんだけれど、わたしは自分が小説を書き始めたころのことを思い出して、みぞおちのあたりがキュッとなってしまった。
無知は罪だ、というが、無知は武器でもあるよな、と書くことを続けてきて思う。中学生や高校生のころの、まだ世の中や物事をよく知らないわたしの書く物語は、文章こそ稚拙だが発想はどこまでも独創的だった。もちろん「ありえないこと」だってたくさん書かれているんだが、歳を重ねながらいろんな知識を携えて、これはありえない、これもありえない、って切り捨てているうちにあの頃のようなみずみずしく伸びやかな想像力は失われてしまった。だってかつての自分が書いた物語を、いまのわたしが生み出せる気がしないのだ。
あの、無知からくる自由な想像力はいっときの武器だ。かなり強力な。雄大な大地を駆ける脚だし、壮大な海を泳ぐ腕だし、果てしない空を飛ぶ翼だ。比喩とかじゃなく、いや紛れもなく比喩だが、とにかくだだっ広い空き地で転げまわるように創作することができるのは、湯水のように世界が生まれるのは、知識に縛られない無知ゆえの強さだろう。
語彙が増えて、文章に気温や湿度をはらませるテクニックとか、どうしたらひとの感情に切り込めるかとか、上級者っぽいノウハウを覚えていくうちに、なんか大切なものが指の間からボロボロ零れ落ちて行っているように感じる。たぶんそれはわたしの力量不足に他ならないんだけれど、わたしがなくしてしまったそういうものが、彼の書いた作品には確かに在った。
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おじさんとどうにかなりたい
欲望がダダ漏れである。今日は仕事中ずーっと、昨日の夢の続きはどうだったろうか、という煩悩が脳内を占拠していた。欲求不満なのか、といわれると別にそういうわけでもないんだが、生来のおじさん好きとしてはやっぱり、かっこいいおじさんとはどうにかなりたいものなのだ。(なのだ?)
うーん、やはりわたしはあのまま力負けして、狭い玄関の三和土に押し倒されてしまうんだろうか。いや我がアパートの玄関の間取りを考えると、「押し倒す」ということにはなるまい。(ひと1人立つのがやっとの小さな玄関なのである。)とすればきっと、押し入られた拍子に背後の壁に追いやられてそのまま……きゃー!すけべ!!足の間に膝なんか入れられちゃって、もう逃げられなくするんだわ!!いやらしい!!!
大森南朋の画像を検索する手が止められない。優しげにも凶悪にもなれる重い一重瞼と垂れた目じり。年相応の老いを感じる(しかしそれがセクシー)シワやたるみ、スラっとしていない無骨で厚い手指。そこにつけられたアクセサリー。うーん、最高すぎる。そして大森さんは自身のブランドを持っているほどのおしゃれさんでもあるのだ。アイウェアや足元のこだわりにも痺れてしまう。
余談だが、最近だと「初情事まで1時間」という1話完結のオムニバスドラマがとてつもなく良かった。タイトル通りさまざまなふたりの初情事までの1時間を描いた作品で、大森さんは幼馴染で同級生を演じる松雪泰子さんとのもどかしくも色っぽい空気感をドンピシャの湿度で演じていらっしゃった。思い出すだけで鼻血が垂れそうだ。
大森さんは口髭を生やされているから、口付けられた周りがちくちくしてくすぐったいに違いない。宅配屋の大森さんが肉食獣が獲物を喰らうみたいにあちこち唇を落とすのに、わたしはこしょばしくなって笑いが堪えられなくなってしまう。すると墨を落としたみたいな感情のない真っ黒な瞳が、どこか不安げに少しだけ揺れた。
おっとおじさんが好きなあまりヒートアップしすぎた。誰かに叱られる前にやめておくとしよう。ところでわたしがいっとう好きなおじさんは大倉孝二さんです。
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