#建立抗逆能力
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談天說道 之 近鄰的祝福
作者:教會關懷貧窮網絡 「又要吩咐他們行善,在善工上富足,慷慨好施,這樣就是為自己得未來的積儲,作美好的基礎,好讓自己能夠緊握那真正的生命。」(提摩太前書第六章18至19節,《環球聖經譯本》) 2022年9月4日的新聞報道了一件震撼的事,一位懷孕五個月的33歲母親企圖跳樓獲救,當警方到她的住所進行調查,發現一名五歲男童昏迷倒臥於單位內,被送往醫院搶救,最終不治。當你看見這宗新聞,你會有甚麼反應?誰是她的鄰舍?你看見左鄰右里的需要嗎?中國人常言「遠親不如近鄰」,住在附近的鄰舍,與我們生活在同一個社區,經歷同樣的變化,日常生活的微細點滴,或許會讓我們無意中發現他們的需要,只是我們有沒有意識和時間去了解?有「鄰居」是我們的福氣。因為我們能透過建立關係而互相幫助,建立共同支援網絡,甚至能防止一些悲劇發生。你有曾經因為鄰舍的幫助而感恩嗎? 建立社區抗逆能力 沙田水泉澳邨是2015年新落成、…
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カルタゴ滅亡をトレースする現代日本
◆カルタゴはなぜ滅んだのか?!
日本と同じような商人国家であったカルタゴが、完膚なきまでに滅ぼされた例を他山の石として日本人は国防を考え直す必要があると切に思うからです。
カルタゴは紀元前250年頃、地中海に覇を唱えていた大国でした。
第2次ポエニ戦争に負けて、戦勝国から武装を解除させられ、戦争を放棄することになったカルタゴは、戦後の復興を貿易一筋で見事に成し遂げ、戦後賠償も全てきれいに払い終えました。しかし、その経済を脅威だと捉えたローマ帝国によって、結局は滅ぼされてしまいました。
滅ぼされる直前、カルタゴの愛国者であるハンニバル将軍は、ローマの考えを悟り、祖国の危機をカルタゴ市民に訴えましたが、平和ぼけした市民は耳を貸そうとしませんでした。
それどころか「ハンニバルは戦争をしようとしている!」と中傷する者さえいました。しかも、最終的にハンニバルはローマに洗脳された者達によってローマに売られ、自殺にまで追い込まれてしまったのです。
平和ぼけした市民は、ローマから無理難題を次々に要���されてからはじめてハンニバルの警告が正しかったことに気が付きましたが、時すでに遅く、徹底抗戦に踏み切るもカルタゴの陥落を防ぐことはできませんでした。この間、たった3年の出来事でした。
ちなみに、生き残ったカルタゴ市民は約5万人でしたが、その全てが奴隷にされてしまいました。城塞は更地になるまで徹底的に破壊され、再びこの地に人が住み、作物が実らぬように大量の塩が撒かれたと言われています。
これはただの負け方ではありません。まさに地上からの抹殺です。
この悲惨なカルタゴ滅亡の理由は2つあると言われています。
1つは、カルタゴ市民が軍事についてほとんど無関心だったことが挙げられます。もともと自国の防衛はおおむね傭兵に頼っていた上に、国内世論も「平和主義的」な論調が強く、有事に備えて軍事力を蓄えておくといったことはままなりませんでした。
2つめは、国内の思想が分裂状態であったことが挙げられます。そもそも挙国一致して事に当たらなければ有事を乗り切ることはなかなか難しいものですが、カルタゴにはそれがなく、戦時中にハンニバルが外地を転戦している間も市民は素知らぬ顔をしていました。そして、ハンニバルを売り渡したのは、ローマに洗脳されたカルタゴの売国奴達でした。
自らの手で愛国者を切り捨てる・・・かくしてカルタゴは「滅ぶべくして」滅んだわけですが、私は今の日本がこのカルタゴに酷似している様に見えて仕方がありません。
今こそ日本の国防を真剣に考えないと本当に危ないと思います。
【対比】日本と似すぎているカルタゴの運命
カルタゴは、フェニキア人が建国した海洋国家で、現在のアフリカ大陸チュニジアに位置しています。
カルタゴは、世界一の造船技術を持ち、スペイン、シチリア島などの海外領土を支配していました。
紀元前3世紀、地中海貿易により富を蓄え、ローマ帝国と並ぶ強国となります。
BC264年、両者の中間にあるシシリー島で紛争がおこります。そして、これを契機にカルタゴとローマは、世界の覇権を賭けて激突します。この戦いは、23年間の中断をはさんで63年間続きます。(第一次ポエニ戦争、第二次ポエニ戦争)
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1867年、島国日本は、長い眠りから覚め、明治維新により近代国家への道を目指します。西洋文明を積極的に取り入れ、富国強兵に邁進します。日清・日露の戦争に勝ち、朝鮮、台湾、南樺太と領土を拡張します。
強国となった日本は、戦艦大和を建造して、世界有数の海軍を持ち、
太平洋をはさみ、超大国アメリカと対峙します。
1941年12月、日本連合艦隊は、ハワイの真珠湾の奇襲に成功します。太平洋戦争が始まります。
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カルタゴの英雄ハンニバルは、象36頭と兵士5万人を率いて、スペインを出発します。象を連れて、アルプス山脈越えに成功、ローマの本拠地イタリア半島を奇襲します。ハンニバルは、イタリアに、なんと15年も踏みとどまり、ローマを一時追い詰めます。
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「マレーの虎」山下奉文中将は、マレー半島を南下、シンガポールに侵攻します。インド兵への離反策が成功し、1942年2月15日シンガポールは陥落、イギリス軍は降伏します。
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カルタゴは、地力に勝るローマに対して次第に劣勢になり���す。ついに、名将スキピオ率いるローマ軍が、カルタゴの本拠地に進軍します。カルタゴは、イタリアで善戦していたハンニバルを帰国させ、本土決戦に賭けます。BC202年、天下分け目の戦い(ザマの戦い)が行われます。カルタゴの完膚なき負け戦でした。
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アメリカは、生産力、技術力で日本に勝っていました。ミッドウェー海戦を境に、戦局は逆転します。ガダルカナル、硫黄島、沖縄。日本は、敗退を続けます。本土空襲が激しくなり、広島と長崎に原爆が投下されます。日本の完膚なき負け戦でした。
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カルタゴは、ローマに無条件降伏します。
全ての海外領土は、放棄され、軍船、象もローマに引き渡されます。軍隊は、自衛のためのものだけが許されました。そして、自衛のためでも戦争する場合、ローマの許可が要ることになったのです。(この許可の項目が、後に大問題となります)
そして、50年賦で1万タラントの賠償金をローマに支払うことが決まります。
ともかく、カルタゴの町は、無事に残りました。100人会は、貴族の世襲制でしたが、戦後まもなく代議員が選挙で選ばれるようになります。
カルタゴは、民主主義の国家に生まれ変わります。
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「忍び難きを忍び、耐え難きを耐え・・・」玉音放送が流れ、日本は無条件降伏します。
日本列島以外の領土は、返還されます。アメリカが決めた平和憲法で戦争が放棄されます。(後に自衛隊が誕生します。)国土は焼け野原、アジア諸国には賠償金の支払いが必要でした。ともかく、本土決戦だけは避けられました。
日本は、天皇主権の国家から、主権在民の民主主義国家に生まれ変わります。
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カルタゴ人(フェニキア人)は、ユダヤ人やアラビア商人と同じセム語族で、最も商才があるといわれている種族です。
軍事国家への野心を棄てたカルタゴ人は、ますます貿易や商売に熱中するようになります。ローマ人は、楽しむために働きましたが、カルタゴ人は働くこと自体が人生の目的でした。奇跡の経済復興が実現します。
戦勝国ローマは、休む間もなく、マケドニアやシリアと戦わなければなりません。軍備費の要らないカルタゴは、次第にローマに匹敵する経済大国に、のしあがります。
BC191年ローマは、シリアを打ち破ります。
無敵の軍事大国ローマにとっての脅威は、経済大国カルタゴに移っていくのです。
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日本人には、勤勉さと物作りの才能がありました。
焼け原から立ち上がった日本人は、ひたすら一生懸命働くことで豊かになろうとしました。エコノミックアニマルと日本人は、陰口を叩かれます。奇跡の経済復興が実現します。
アメリカの核の傘に入り、軍事費もいりません。戦勝国アメリカは、ソ連との冷戦を戦わなくてはなりませんでした。
10%を超す高度経済成長が続きます。日本は、世界第二位の経済大国になります。
ソ連が崩壊し、日米の経済摩擦が激化します。
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BC187年、カルタゴは、50年賦と決められた賠償金を一括払いしたいと申し出ます。いくら叩いても不死鳥のように蘇る、カルタゴ人の経済力に、ローマ人は、羨望と恐怖心を抱きます。ポエニ戦争の悪夢がふと蘇ります。
経済大国カルタゴの最大の悩みは、隣国のヌミディアでした。ヌミディアは、騎馬兵団で有名な、戦争に強い国です。自衛力しか持たないカルタゴを侮り、その領土を侵犯します。
カルタゴは、ローマに調停を頼みますが、黒幕のローマはもちろん取り合いません。ついに、カルタゴとヌミディアの間で戦争が起こり、平和の国カルタゴは、敗北します。
ローマの事前許可のない戦争開始は、条約違反でした。
ローマは、カルタゴに対して、突然宣戦布告をします。
驚いたのは、カルタゴです。ローマの許しを得ようと、300人の貴族の子供を人質に差し出します。しかし、8万人の世界最強のローマ兵が、上陸し、カルタゴに進軍します。
カルタゴの使者が、「どうすれば、許していただけるのですか?」とローマの司令官に聞きます。
「全ての武器を差し出せ。」司令官は、答えます。
カルタゴは、20万人分の鎧、投げやり、投げ矢、2000の石弓を司令官に差し出します。
すると、司令官は、最後の要求を使者に言い渡します。
我々は、カルタゴの街を根こそぎ破壊することを決めた。
カルタゴ人には、今の街より10マイル内陸部に
新しい居住地帯を造ることを許可しよう。
使者からローマの意向を聞いた20万人のカルタゴ人は、驚愕して、嘆き悲しみ、最後に激怒します。
「こんなひどい仕打ちがあろうか。街を破壊するだと。
内陸部に引っ込めだと。どうせ死��なら戦って死のう!」
カルタゴ人は、丸腰で戦う覚悟を決めます。返事の猶予期間の30日間、密かに戦争準備がすすめられます。
武器職人は、連日徹夜で武器を作ります。
若い女性は、長い髪を元から切って石弓の弦が作られます。
こうして、始まったのが、第三次ポエニ戦争でした。
(戦争というより、ローマによるカルタゴの民族浄化です。)
カルタゴは、ここで奇跡的な粘りを見せます。なんと丸腰で三年間ローマの猛攻を食い止めたのです。
しかし、戦闘と飢えと疫病で、20万人のカルタゴ市民は、10万人に減ります。
そして、ついに、ローマ兵は城壁を破り、街へ進入します。
女、子供までがレンガを投げて抵抗しますが、5万人が虐殺されます。
ビュルサの砦に逃げ込んだ5万人のカルタゴ人は、オリーブの枝を掲げて投降します。
彼らは、一部が処刑され、残りは奴隷として売られます。
カルタゴの街は、十数日燃えつづけ、灰は1メートル積もります。カルタゴの復活を恐れたローマ人は、この地に塩を撒き不毛の土地にします。
700年続いた経済大国カルタゴと世界の富を独占したカルタゴ人は、BC146年こうして滅んだのです。
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イラン・パッペ - Wikipedia
イラン・パッペ(英語: Ilan Pappé、ヘブライ語: אילן פפה 、1954年 - )は、イスラエルの歴史家、政治活動家。エ��セター大学教授。 自身の著書でイスラエル建国によって、パレスチナ人に対する民族浄化が行われたと主張。これらの主張からイスラエル国内ではほぼ完全に「国賊」扱いされている状況であり、殺害予告も受けたことがある[5]。
アート界の「先住民族ブーム」の陰で進む、歴史の忘却に警鐘を鳴らす。2024年3月11日に国立西洋美術館で起きたこと、2023年10月7日から——あるいは、もっと以前より、そして、この瞬間も——ガザで起きていること #3(文:山本浩貴)|Tokyo Art Beat
国立西洋美術館で開催中の「ここは未来のアーティストたちが眠る部屋となりえてきたか? —— 国立西洋美術館65年目の自問|現代美術家たちへの問いかけ」。3月11日に行われた内覧会で、イスラエルのパレスチナ侵攻に対するアーティストや市民による抗議活動が行われた。 1954年にイスラエルで生まれたユダヤ系イスラエル人歴史家のイラン・パぺは、2006年に『パレスチナの民族浄化——イスラエル建国の暴力』を著した。2017年に邦訳が出た同書は、パレスチナ人がアラビア語で「ナクバ(大災厄)」と呼ぶ1948年前後の出来事を詳細に描く。その年にイスラエルが建国されたとき、そこに先住していたパレスチナ住民は計画的に追放され、さらには組織的な虐殺さえ被った。「シオニスト」はパレスチナにユダヤ人の民族的拠点を創設することを悲願とする人々を指すが(「シオニズム」は、そのイデオロギー)、戦後、こうした人々はそこにあった元々のパレスチナ社会を不可逆的に破壊した。パぺの本は、このナクバを一貫して「民族浄化(エスニック・クレンジング)」として解析している。 そこでパぺは読者に、こう問いかける。 「こういうことを想像してほしい。あなたのよく知る国で、少し前に全人口の半分が1年もしないうちに強制的に追放され、その国の村や町の半分が壊滅させられ、あとには瓦礫と石ころだけが残された、と。あるいは次のような可能性も想像してほしい。こうした犯罪行為がどういうわけか歴史書でまったく説明されず、その国で勃発した紛争を解決するためのあらゆる外交努力は、この大災厄を、無視はしないまでも、完全に脇に追い��っている、と」(イラン・パぺ『パレスチナの民族浄化——イスラエル建国の暴力』田浪亜央江・早尾貴紀訳、法政大学出版局、2017年、24頁)。
前回、ぼくはアイヌの過去と現在に関する日本人のあいだの「忘却と否認は深い部分で、ガザで起こっていることへの無関心と地続きの関係にある」と書いた。ここまで論じてきたように、昨今のアート界における「先住民族ブーム」を真に意義のある現象にするため、その文化や思想だけではなく、各地の先住民族が背負わされてきた負の歴史を知ることが不可欠だ。同時に、それぞれの先住民族の状況が地域により異なること、その歴史的・文化的背景が多様であることを認識しながら。加えて、イスラエルと同じくセトラー・コロニアリズム(入植植民地主義)を通して創設された近代国家のひとつである日本に生きる人々は、パレスチナ人が被る現在進行中の苦難に際して自らの足元を見つめ直す必要性に迫られている。私たちに求められるのは、過去と現在の様々な出来事を結び付けて思考しながら、それらの個別性にも注意を怠らない立体的な視座だ。
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Happy birthday, J'onn J'onzz
他的生日(姑且这么称呼)其实是4月24日,当天我只在微博和AO3上发布了内容,现在我要把这篇生贺在这里再发一遍。就当成是存档吧,我不觉得有人会拿翻译器阅读……但以我的英文水平,很难把整篇文章恰如其分地翻译成英语。这是以闪点宇宙为背景的故事,接受的话请阅读↓↓↓
【荣恩中心】万用地球语
warning:闪点世界观,可能存在令人不适的描写,私设如山,ooc。
summary:1985年4月24日,火星与地球首次非正式建交。
chapter 1
火星上只有一种语言。人人都会心灵感应的种族不需要第二种语言——不可能产生第二种语言。隐喻,暗语,密码——在相互理解的瞬间,它们就变成了同一种语言。那是心的语言。这当然是令人自豪的天赋:在这广阔无垠而冷酷无情的宇宙之中,高等智慧种族说不上多,也称不上少,然而绝大多数都不具有心灵沟通的能力,非得用有声语言、肢体语言、信息素语言之类之类彼此交流不可。这在星际交往中带来��多大的弊端呀!多少误解,多少纷争,多少战乱,正由于语言的壁垒而爆发!然而这对于火星人而言,不过是与生俱来的感官的一部分。每个火星孩子出生的时候,最先“听”到的就是父母的爱与感动。不少人长大后还记得那种感觉,他们往往将其描述为“温暖的海洋”、“柔软的拥抱”,依个人的审美与喜好不同,还有可能是“黎明的玫瑰色”、“小心翼翼的太阳”、“毛茸茸的弧线”。火星并非没有罪恶与痛苦的理想世界,但相互理解让他们中大多数人更为友善、更善于理解与共情、更愿意相信他人。曾经,荣恩·荣兹也是这些火星人的一员。
他现在仍然是火星人。研究所里的每个人都会认同这个结论:这头身体瘦长、浑身无毛的绿皮怪物,当然绝非人类。
荣恩·荣兹是被买到这里来的,或者说,卖到这里来的。地球语言多奇妙啊!这两句话居然是同一个意思。
当时的情况是这样的:为了以防万一,荣恩·荣兹被关在一个形制复杂的铁笼里,这个笼子的构造分为最内侧的合金栅栏笼,中间的隔热层与喷火口,最外侧的储液层连接着高压氧气瓶。整个产品完全为确保内容物充分燃烧而设计,火星人就是那个内容物。印度人研究了他整整五年,发现的最大弱点仍然是最开始的那个——火。因此火成了最可靠的安全收容措施。
出发前,荣恩·荣兹对即将发生的一切一无所知。所有知情人员都被专门调走,因为他们缺乏抵抗心灵感应的专业素养,只有一些驯服而无知的研究员留下来。迈克尔·德萨尔若无其事地敲敲火星人的房门,通知他十点钟有一场实验,涉及部分生理指标的测量,需要麻醉进行,请他提前半小时到场。荣恩·荣兹早已习惯人体实验,只是应了一声,盯着电视机里的超级英雄剧集。
“那都是骗小孩的。”德萨尔说。他无法理解火星人对地球文化的偏好,这个时代最缺超级英雄——于是超英作品层出不穷。人们渴望被拯救——人,超人,神明般的存在,非比寻常之物。
“那也不错。”荣恩·荣兹若有所思,“我们也有传说与神话……但我们极少构建纯粹虚构的东西。你们的思维方式很有趣。”
“我想那是因为人类没有超能力——绝大多数吧,也不会读心术。想象力是弱者的庇护,一层隔绝了真实世界的壳,逃避真相的手段。他们躲在自己的蛋壳里,假装自己从未出生过,会有永恒的奇迹与英雄保护他们。”
他们紧接着闲聊了两句地球的虚拟作品,德萨尔推荐了几本小说后告辞离开,因为还有许多决策要等他下达。九点二十五的时候,荣恩·荣兹到了实验室,发现研究员换了几人,但他完全不在乎,这种人总是轮换个不停。他躺上病床,熟悉的不安涌上心头,丢失意识总是令人神经紧绷。麻醉医生是个性情温和的女人,她柔和的语调总让荣恩·荣兹想起自己的妻子。那好像是很久之前的事了。棕皮肤的女人请他放松,不要紧张,不然针头扎不进去——特质的合金针头在火星人绷紧的皮肤面前仍可能弯成铁钩——接着给他扣上手环式的麻醉泵。麻醉药安静地淌进血管,火星人盯着软管里白色的液体,相比人类,他对镇静药物的抗性强得多,因此失去意识的过程被拖得极为漫长:“你在这工作多久了?”
“八年了,先生。”女人平和地说。荣恩知道这是实话,他有时候就会这样干:把某人的思想扒拉开,一边提问一边倾听,并观察人类会在什么时候撒谎。观察结果总是十分有趣。他知道女人三十四岁,未婚,有一个生病的父亲,一个劳累的母亲,以及两个妹妹和一个弟弟。比起长姐,她更像他们的父母。她不喜欢男人,也不喜欢小孩,更不喜欢自己的家,但仍旧出于某种盲目的义务抚养弟妹、照料父母。得亏德萨尔确实出手大方,发的工资足够她安全无忧地养活一家人。但是话说回来,他从来不是什么大方的人,那双眼睛,总是精明、狡黠而市侩,毫不介意从别人身上割下两块肉称称斤两。
火星人的眼皮沉重地坠了坠,最后安然闭合。又过了一会儿,德萨尔走了进来,左右看了看:“他睡过去了吗?”
“指标一切正常,先生。”麻醉医生看了一眼仪器,微微躬身,“请问您……”
“很好。接下来就不是你们的工作了。”德萨尔摆摆手,“都出去吧。”研究员们面面相觑。但是他们都是非常本分、非常守规矩的人,所以他们一个字也没多问,顺从地离开了实验室。
德萨尔带着笑容碰了碰输液管:他的皮肤比里头的液体还苍白,整体泛着一种灰蓝色或是灰紫色,而且粗糙皴裂,没有体毛,导致他看起来像个怪物。不过,他的确是人类,至少他的DNA这样说。
“做个好梦,荣恩·荣兹。”他打开对讲机,朝另一头的人交代道,“麻醉起效,开始运输。”
麻醉药物是经过多次实验与调配的。火星���免疫绝大部分细菌、病毒、毒素,以及药品。阿片类药物对他既没有成瘾性,也没有任何镇痛效果。起初他们纯粹靠火来控制场面,让所有采样过程都像是发生在屠宰场,火星人尖叫着爆发出一连串黏连而震颤的音节,如同某种复杂管乐的声响,然而节奏相当急促,而且夹了十足的怒火,显然是在骂人。好在他们一个词也听不懂,包括再之后的那些:痛苦累积到一个地步后,那音调会软化下来,断断续续的连不起来,接近某种哀求。语言不通让火星人成为一头待解剖的动物,减少了许多研究人员的心理压力——他们虽然为德萨尔工作,但毕竟只是普通人——尽管他们私下里承认,火星人的惨叫着实叫人心里不好受。他们试了很多药物,最终研发了独创的复配麻醉药,配合足以麻死一头成年大象的药量,总算让火星人昏迷过去。
德萨尔是信奉万全准备的那种人。特种麻醉药的研发当然非他本意,也绝对不是为火星人减免些许痛苦,但这项研究最终允许他平安地把荣恩·荣兹送出去:经过六个半小时的空运以及一小时车程,荣恩·荣兹坐在了俄罗斯研究所的个人专属牢房里。他坐在一把完全不符合人体工程学的金属椅子上,呆呆地望着皮肤发红、满脸络腮胡的大块头白种人,一时没反应过来这是哪儿——他问:“迈克尔呢?”
俄国人嘴角抽动了一下。那是一个忍得很艰难的笑容。荣恩提高音量:“迈克尔·德萨尔在哪里?”
“这里是俄罗斯。”大胡子男人说。他的英语卷舌音很重,荣恩懵了一下——这时候他注意到环境的变化,异常的气温与湿度、奇怪的外国人均表明他身处异乡。他一下子理解了自己的处境,并且毫不迟疑地破口大骂。
遗憾的是,他要骂的人远在天边。俄罗斯人敲了敲玻璃,命令他安静一点。荣恩·荣兹的英语不算很好,印度语倒是上佳:他总是很有学习精神,而且很有语言天赋,能迅速依靠心灵感应建立词句与含义的链接。听力方面——整个研究所内只有所长德萨尔发音相对标准,大部分研究员都是本地人,说话仍然带着浓重的印度口音,他也习惯了这样发音;电视剧与电影又大多是美国人拍的。因此这句话他一样没能听懂。鉴于他骂的是火星语粗口,俄罗斯人也不知道他在说什么。两次警告无效,俄国人拉下了窗边的闸门——牢房的四面墙喷出火焰,火星人惨叫起来。这就是人类与火星人的第二次建交过程,场景非常不体面,也相当不友好,充满了误解与隔阂。
chapter 2
那么,让我们来谈谈第一次建交吧:那得倒回五年前,也就是1985年。那是一个闷热的夜晚,俄德博士正在进行最后的调试。他正在建造一部伟大的机器,并且坚信跨维度传输技术的成功将影响整个人类世界,怀抱着青史留名的期待与拓展科学边界的崇高精神,他热情洋溢地完成了自己的工作。德萨尔要求他带来“其他世界的东西”作为成功的证明,而俄德野心勃勃,想要带来“活物”。在完成自己疯狂科学家式的幻想之前,他其实完全没有细想过要是真的外星生物——甚至外星人降临地球后要怎么做,万一他们怀抱敌意,科技水平远超地球,或是携带致命细菌病毒怎么办?真正目睹那个场景之前,他胸腔中只有纯粹的兴奋与喜悦,以及对未来的美好幻想。这里不得不提一句,要是他再过几年才研发成功,可能会对这个选项警惕些:当时流行的科幻电影中出场的外星人虽说与人类外貌大相径庭,却总是友好善良,还会被充满内乱与纷争的人类吓个半死。总之,他信心满满地按下了按钮。
他们还未为原型机命名。甚至,跨维度传输技术这个词也没有得到学术界的广泛认可:早在1954年,一位量子物理学家就提出了平行宇宙理论,这个概念就和量子物理这个神秘莫测的词一样,成为了科幻作品的��儿。但假若谁宣称自己见证过平行世界,那一定会被人当成疯子的呓语,叫人笑掉大牙。绝大多数人不知道的是,尽管因为连绵的战火,他们世界的民用科技比大多数平行宇宙的地球还低一些,但世界上从不缺乏高科技,只是它往往掌握在少数人手中:譬如德萨尔。他招揽了郁郁不得志的俄德,获得了他的忠诚与智慧——可能没那么忠诚,这不是每个人都有的素质——但俄德毕竟不是个逆反的人,德萨尔为他提供食宿、实验室、助手、研究材料,离了这白皮肤的印度人,他上哪儿去找这样的好地方?
机器忠实地运转起来。在正式工作之前,它首先要经过一连串准备程序,以正确地构建通往另一个世界的通道。俄德博士紧张地把手插进兜里,好把汗水抹在衣兜内衬。有十几名安全人员站在他身后,更有两人一左一右地护住他,十几双眼睛盯着嗡嗡作响的机器,但仅有俄德博士一人陷于极度的紧张与振奋之中。
在机器运转的同时——同时,这词不太准确,时间是相对流动的,特别是跨维度讨论的时候——某个遥远的火星上,正举行着一场葬礼。一个火星人将灰烬扬起,让它们随着狂风与红沙一同离去,同时念诵起死者的名字。他没有选择使用心灵去呼唤,因为他们正是因此而死;他选择了使用有声语言,因为再没有人能倾听心声,只有回音能令他略感宽慰。这位幸运而不幸的火星人正打算研究一下自己接下来该做什么——哭个半小时还是发呆,或是辱骂神灵和苍天一个小时,鉴于此刻所有事于他都失去了意义,因此他可以做任何事——的时候,他眼前一亮,又一暗。
这可是真咄咄怪事!火星人大吃一惊,本能地挣了一下:没用,他好像被塞进了某个极细的管子,压缩成一条长长的细线,并且迅速移动着。无形的管道压抑而狭窄,他呼吸困难,眼前发黑,恍惚间认为这是死亡。因此他放弃了挣扎,品味到某种解脱:赫隆米尔啊!爱之神,艺术之神,火之神——死亡之神!您终于垂怜于我,不独留我一人苟活于世!这个猜想当然是完全错误的。机器预加载了十分钟,正式运转了一秒钟后,火星人头昏眼花地出现在了传送区域内。
按设定的程序,舱门开启前要填充大量的麻醉气体,直到异星生物昏迷为止。若是它拒绝昏迷,那就得通入毒气,这是为了在场地球人的生命安全考虑。想法是好的,现实相当残酷:火星人只迷茫了一小会儿,在吸入一口高浓度混合麻醉气体后决定立刻离开,他反转自己的相位通过舱门,在机器外现形,有点恼火地跟面前的人打了个招呼——出于防止误会的好意,他的声音直接在俄德颅腔里响起:“这是哪儿?你是谁?我……”
俄德博士尖叫起来。他叫得无比惨烈,骇得火星人退了半步:我还什么都没做呢!
荣恩·荣兹是个火星人,这意味着三件事:一,他知道外星人的存在,不害怕未知生物;二,他善于变形,从不以貌取人;三,他有超能力,无惧与人交流沟通。而俄德博士是地球人。这意味着另外三件事:他叶公好龙式地憧憬外星人,真看到了却吓得连滚带爬;面容冷峻、绿色皮肤、脊背与手臂生着棘刺的细瘦人形不在普通地球人的审美光谱内;他是个年事已高、身躯脆弱的人类,遇上怪事的第一反应总是自保。结果是:俄德惊恐万分地从衣兜里掏出枪,本能地扣下扳机。他的手腕发颤,手指发软,子弹只打中了天花板,但这声枪响象征着一道命令:他的身后,负责保护他与处理外来物的专员抬起枪口。
“我没有恶意!”荣恩·荣兹立刻高呼,回应他的是连绵不绝的子弹。这东西虽然伤不到他,但打在身上还是有点疼的,故而他很快丧失了耐心,双目迸发红光,专员们被烧融的枪支烫得吱哇乱叫。而俄德博士像一个正统的疯狂科学家那样,只擅长制造烂摊子,不擅长收拾自己带来的超级生物。他瘫坐在地,好半天才凝聚起逃跑的力气,连滚带爬地缩到门口按下警报器,等待更多支援的到来。他们大大低估了外星生物的强度——也是因为没人对俄德博士的研究怀有信心——手忙脚乱地抛掷自己携带的武器。伟大的机器在第一发手榴弹后炸毁了小半边,俄德博士发出一声凄惨的哀叫。火星人被闪光弹逼退半步,但很快就恢复过来。催泪弹和毒气弹都不适合使用,火星人动得又快,靠得又近。他们差一点点就输了:要是这样,历史就会永久性地改变。但混乱之中,有个专员惊慌地四处射击,一枚子弹击穿了维度穿越机器的发动机,液体燃料的部分汩汩流出,被火花点燃。那绿皮怪物猛地缩到墙边,发出一声惊惧的怒吼。那���音贯穿在场所有人的心脏与耳膜,震得他们脑壳隆隆作响,俄德博士尖叫起来。
“火!”他惊呼道,“这东西怕火!”
这就是荣恩·荣兹躺在这里的原因:他有恐火症。火是人类最容易获得的武器之一。在生理意义上,他当然比人类强得多,只是仅此一点就叫他在人类面前全无抵抗之力。曾经,在极度的恐慌中他失去了自控能力,杀死了几名专员,然后被赶来的支援人员用薄膜控制住;现在,他连人带椅子翻倒在地,因为升腾的火焰而缩成一团。
大胡子男人说了什么。他听不懂,也听不见对方心里的声音:毫无疑问,心灵力场抑制器。德萨尔的技术。既然他卖了自己,当然也可以打包卖一些技术。
在之后的日子里,他学会了俄罗斯语。这没有使他的处境好上半分:德萨尔把他放出来可不是因为他学会了英语或者印度语,而是觉得有火星人的自主配合更方便某些研究。荣恩·荣兹不理解如果无法沟通,语言还有何意义?为什么他念出了正确的单词,组织了正确的语法,表达了正确的意思,却没有人听得懂——没有人愿意听——没有人在听他说话?为什么他尝试交流,却没有得到任何回音,只得到暴力与更多的暴力?
如果德萨尔在这里,就会回答他:是没有意义的。巴别塔的倒下,意味着人类从根本上无法相互理解,更何况去理解外星人呢?
荣恩·荣兹不再想学习语言。他扭过脸躲避火焰,竭力蜷缩起来,不受控制地尖叫与挣扎:至少他确定,学会一门新语言救不了他。
chapter 3
特斯-亚当意识到自己在被某人拖着走。面部的拘束被取掉了,但他嘴里还残留着冰冷的金属味,以及血腥味:他自己的血。为了张嘴念出咒语,他做过很多次尝试,磨得舌头与口腔鲜血淋漓。那只手一下子松开了:你醒了?那就自己走吧。
声音是直接在颅骨内侧响起来的。他一开始以为对方说的是英语,但细细揣摩,却不是他所了解的任何一门语言。事实上,他好像压根就没听出什么单词,只是本能地理解了对方的意思。他困难地站起来,捂住自己空落落的右臂,唤起咒语才获得些许安全感:“你是谁?”
那是一头……一只——一个人形生物。个子比他还高,但瘦得多,浑身赤裸,灰绿色皮肤上不见一根毛发,沾了许多赤红的血。它转过脸的时候,露出一对分不出瞳孔与虹膜的红眼睛。它的声音有些低沉,似乎是男性:“是我救了你,你该感激我,黑亚当。他们是这样叫��的吧?”
黑亚当的思绪有些混乱。他还记得可恨的印度人,冰冷的雪地,拿枪的士兵,穿着白大褂戴口罩的研究员,不记得这只绿色的生物是什么。但是他基本能确定对方说的是真的:那些俄罗斯人在惨叫。把他当成实验动物、超能力个体的研究员在惨叫,奔跑,然后变成一堆肉块,或者莫名地瘫软下来抱着脑袋尖叫。这座研究所已经变成了血腥的地狱,但他并不讨厌,反倒觉得畅快:他老早看这帮俄罗斯人不爽了。
“你也是他们的实验品吗?”
“我比你来得早多了。”绿色生物看了他一眼,“我来自火星。”
他简略介绍了一下自己的经历,许多地方寥寥带过,但黑亚当大致勾勒出故事的雏形:不幸的外星人流落地球,被人逮住做活体实验,为俄罗斯人的超能力研究贡献力量。他在这待得更久,受过更多折磨,他完全没详细描述人类对他做过什么,只是在虐杀人类时露出阵阵冷笑。火星人扯出一个人的心脏,又把它放进另一个的嘴里,将两个人拧成一股让骨头发出刺耳的声音。那只绿色的手可以穿过人的身体而不留下一滴血,也可以不撕开颅骨就捏爆人的脑子。五根手指虚虚插进人脑袋里的时候,会让人发出怪异的嗬嗬声,然后撕扯抓挠自己的脸和身体,把脑袋往墙上地上撞。死得最安详的是开枪自杀的那些,他们被同伴的死吓崩溃了。荣恩.·荣兹笑得极为狰狞,扭曲的面容浮现纯然的快意,那是掌控局面的得意与复仇的狂喜。“你瞧,亚当。”火星人笑着,扯下一个不住求饶的研究员的胳膊,“非得这样他们才明白事理,这是为什么啊?”
“求求你……”那人嚎了几声,又被打碎几颗牙,只能哀哀叫唤,说话也含糊不清,带得卷舌音更为严重,“求求你,我错了,我没对你做过什么!我只是个助手……我很抱歉,求你放过我,我……”
“我也很抱歉。”荣恩·荣兹用火星语说,声音几乎是温和而谦逊的,就如同他过去一般,“我听不懂。”
荣恩·荣兹扭断他的脖子。
确认方圆几公里没有人类生命迹象后,荣恩迟缓地感觉到冷。狂怒与狂喜的热血褪去,冰冷而新鲜的空气抚过他的皮肤。他变幻身形,给自己造了身过得去的衣服,打量了一下旁边飘着的大块头:“你不离开这里?”黑亚当也杀了一些人,不过���他多,花样也没他新。
黑亚当静静地落下来。他直觉这就是自己最需要的援手:一个和本地任何势力都没有关联的外星人,一个力量强大的超级生物,一个同样仇恨迈克尔·德萨尔的人。他似乎无意结交什么人,却把自己救了出来。
“无论身份与意图如何,有一件事不会改变:你是我的救命恩人。”黑亚当说,“我是坎达克的国王,若你来到我的国家,我与我的人民将盛情款待你,将你当成最尊贵的客人。我知道你或许憎恨人类,正如同我憎恨德萨尔和这帮俄罗斯人。但是,人类并不都同他们一样狡诈残忍,我会向你证明,我们也可以是最忠诚的盟友。”他伸出手,等待火星人的反应。
荣恩·荣兹望向那双眼睛。特斯-亚当有一双坚毅的黑眼睛,现出十足的坚决果断,那是一双为了某物可以牺牲任何人——包括自己的眼睛。他轻柔地探入他的记忆,看见白皮肤的印度人与冻僵的女人,看见被屠杀的军队,然后看见坎达克。这个位于埃及与以色列之间的小国因自身资源而饱受外敌的折磨,在这个混乱的世道上仅靠国王一人勉力支撑。但荣恩一点也不关心石油。他几乎浑身战栗:那干燥的空气,卷着尘土的风,连绵的沙漠与玫瑰色的黎明——啊,那令他想起——
“好啊。”火星人露出一个极为得体的笑容,握住了坎达克国王的手,“我很乐意。”
*本文中出现的所有时间点与设定若与读者所知的历史存在冲突,请记住:这是一个发生在已不存在的宇宙的不存在的故事。
**在那之后,荣恩·荣兹意图占有坎达克,杀死了特斯-亚当。
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「徳洲会」という名前を聞いたことあるだろうか。日本No.1の病院グループである。が、多くの人にとって知名度は高くはないと思うので数字を見るのが1番かもしれない。https://catr.jp/settlements/11ce8/271558直近の業績だが、凄まじい。事業収益: 4,523億円当期純利益: 459億円もし上場していれば数千億円〜兆円クラスの企業体かつ、2位以下の医療法人と収益規模で数倍の差がある圧倒的市場リーダーである。(医療法人なので通常の株式会社とそのまま比較できるわけではないが)徳洲会は、高度経済成長・都市化のひずみによって生まれた病院の数と医療ニーズにギャップのある”医療空白地帯”を中心に拡大してきた。そんな巨大病院グループをたった一代で築き上げた��業者が今回取り上げる「徳田虎雄」だが、とても"強烈"な人物である。「人命救助のためなら、人殺し以外は何でもやれ」徳田虎雄 - Wikipedia医療のためには手段を選んでいられないという考えから赤信号を守らないなど規範意識が薄く 、部下の運転手が赤信号で停止するたびに缶で頭部を殴打するなど 、グループ内では暴君として恐れられた。徳田虎雄 - Wikipedia事実彼の歩みを見ると、時にはお金の力、時には政治の力など清濁併せ呑んで病院グループを拡大してきた連続だった。言葉を選ばず言うと、こんなヤバい人がどのように圧倒的規模の病院グループを作り上げたのか、どういった考えの持ち主なのか興味が湧いた。医療法人とはいえ、この規模の事業体をつくったという意味では傑物な起業家のはずである。 ゴッドドクター 徳田虎雄 (小学館文庫) www.amazon.co.jp 803円 (2023年07月17日 20:46時点 詳しくはこちら) Amazon.co.jpで購入する 目次 初期病院の開業徳洲会の発足医師会との攻防成長の原動力政治への進出難病ALSを患う海外進出とプロジェクトファイナンス徳田王国崩壊と晩年番外編・徳洲会が伸びたマーケットの背景 すべて表示 初期徳洲会の「年中無休・二四時間オープン」という画期的コンセプトの1つや、医療空白地域を中心に拡大してきた原動力となったのは、徳田の幼少期の体験からだった。徳田が小3の頃、三歳の弟が激しい嘔吐と下痢に苦しんでおり、山道を走って医者を探し回ったが、やっと見つけた医者は診てくれず、弟の容態は悪化していった。夜明けに別の医者を呼びにいくが、ようやく到着したのは昼を過ぎた頃で、すでに手遅れとなった弟は亡くなってしまった。こうして医者に診療を拒絶され続けた結果として、弟が死んだという原体験、見殺しにされた怒りが「どんな患者でも診る」方向に徳田を突き動かし、「生命だけは平等だ」という理念を形成した。しかし、清い志だけの人ではない。大学時代に親族の美容院経営に肩入れし、チェーン展開させるなど商売っ気もある上に、のちに徳洲会を拡大するために総理を目指すほど野心的な人間だ。「代議士になれば、もっと病院をつくれる。総理大臣の椅子に座ろう」病院の開業https://www.tokushukai.or.jp/media/newspaper/1115/article-1.php徳田は医師として働きながら、病院を開業するために土地を探して見つけるが、土地と建物、医療機器すべて含めて1億6,000万円が開業にかかることがわかる。銀行に頼ろうにもなかなか貸してくれるところが見つからない。何件も銀行を回って、興味を持ってくれるところが見つかって面談するも、「担保物件と保証人が必要です」と断られてしまう。しかしそこで徳田は考えた。生命保険を自らに掛け、その受取人を銀行にすることで、生命保険を担保にお金を借りようとしたのだ。実際にこう掛け合う。「着工して病院を開くまで一年ぐらいかかります。もしも返済できないとなれば、病院の屋上から頭を下にして飛び降ります」すると銀行はOKと応じた。文字通り”命をかけて”病院開業資金を借りて、1年後に「徳田病院」がオープンした。徳洲会の発足1つ目の病院経営を安定させると、次の病院建設にとりかかる。医療過疎地の大東市に新病院建設の話を持ち込ませたが、市が購入した用地を競争入札で、しかも割高で購入しなくてはならなかった。だが、やらない選択肢はない。徳田は生命保険の掛け金を8億円に引き上げ、さらにお金を借り入れてベッド数200床と、1つ目の病院から3倍規模の病院立ち上げを実行した。こうして病院が増えたところで、医療法人「徳洲会」を発足させる。これを機にコンセプトが固まり、年中無休・二四時間オープン患者さまからの贈り物は一切受け取らない健康保険の三割負担金も困っている人には猶予する生活資金の立替・供与をすると掲げた。いずれも医療界の常識を覆す、画期的な声明だった。また徳田は、早くから「医療と運営の分離」を志向した。医師が診療しながら、薬や医療機器の購入、経理、人事、土地の入手まで管理・実行するのは難しい。全国展開のチェーン病院には、中央集権的な運営部門が必須であると考えた。病院の医療は院長に任せ、自分の手足となって動く運営部門を編成しようと徳田は人材をかき集め組織成長を図っていく。医師会との攻防順調に拡大していた徳洲会は、次の病院を建設するためいくつか土地も確保していたが、それぞれの地元医師会が敵として立ちはだかる。彼らは「徳洲会は儲け主義」と反発する。ある種当然ではある。徳洲会が拡大するのは医療過疎地とはいえ、患者は無限にいるわけではなく、パイの決まってるマーケットを取り合っているからだ。進出阻止をしたい医師会は、市に対して徳洲会の進出を認めるのなら、学校の校医をボイコット、予防接種を拒否する、と圧力をかける。ほかの地域の医師会も、徳洲会が病院建設用地を入手すると、徳洲会のメインバンクで��る第一勧業銀に取引停止を通告。医師会員の預金を全額引き出し、重圧をかける作戦をとる。しかし、結果は医師会の敗北だった。学校医のボイコットは子どもを人質にとってるように映り逆効果に、そして何よりも病院を欲しがる「民意」の追い風によって病院建設にこぎつけた。成長の原動力ゴッドドクター 徳田虎雄ここまで数年であちこちに病院を立て急成長する徳洲会の要因は、徳田の医療界とかけ離れた経営にあった。第一は、徹底的な「低コスト主義」。同時期に開院した埼玉県の市立病院と比べると違いが明らかだ。市立病院はベッド数300床で、建設費に69.7億円をかけている。それに対して徳洲会の病院は、同じベッド数300床だが、建設費は16.5億円で、ベッド一床あたり4分の1のコストで建てている。そのカラクリを徳田はこう語る。「僕に言わせれば、市民病院は市民のためのものではなくて、働く職員のためということです。デラックスで広々とした院長室、副院長室、総婦長室、外科医長室……これらはことごとく、患者にとっては無縁の設備ですよ。これに比べて、僕たちは患者のために病院をつくるわけですから、副院長室、総婦長室なんてものは、最初からつくってないわけです。理事長室なんてものもありませんよ。僕が病院に行ったら、絶えず会議室にいるわけです。」この低コスト主義は、薬剤や医療機器の仕入れと管理にも適用された。徳田は、製薬会社が個々の医師に接触して薬剤を売り込むのを止めさせて、グループ全体の薬剤の仕入れを一元管理して値を抑えるようにした。というのも、医療機関は国が定めた基準価格より安く薬剤を仕入れ、患者に使った後に基準どおりの価格で保険請求をする形だが、そもそも医薬品の値段が曖昧で、巨額の差益を生んでいたからだ。徳田はこの隠れた収益源である薬剤に目をつけた。各病院の要望を本部がとりまとめ、何が最適の薬かを見極め、一括で仕入れて配分するシステムを作った。メーカーとの価格交渉も、グループを代表して本部が行う。病院が増え、薬の使用量が膨らむと、さらなる値引き交渉が行われ、莫大な差益が生まれるスケールメリットも発生した。第二に「実力主義での人材登用」だ。医療界は閉鎖的で、教授をトップにしたヒエラルキーの元、教授の意向で、配下の医師の勤務先や序列が決まってしまうという、忠誠心が試される構造にあった。そうした構造の中、アメリカで腕を磨いた医師の多くが、帰国後は不遇な扱いを受けていた。ヒエラルキーの医局から飛び出た者は、いくら技術を高めても、忠誠心が低いと見なされ��、帰国後もなかなか良いポストを与えられなかったのだ。そこに徳田は目をつけ、「アメリカ帰り」の医師を積極的にスカウトしていった。アメリカで身につけた能力が正当に評価されなかったところに、徳洲会病院の院長というポストが差し出されると、彼らは日本育ちの医師の二倍、三倍働いた。彼らは患者のために働くのは当たり前であり、「年中無休・二四時間診療」と言われても驚かず、アメリカなら当然、と受け入れる。病院を経営の観点から見れば、収益を上げられるかどうかは医師の良し悪しにかかっており、医師の質と量が経営を決定づける。そう考えると、徳洲会の成長基盤は、アメリカ帰りの医師たちがつくったといえる。政治への進出https://www.fnn.jp/articles/-/26017徳田が政治に強い関心を抱いたのは、最初の病院を建てた頃に応援した候補が市長に当選してからで、その時に医療と政治の距離の近さを実感した。政治権力を持てば、医師会という病院進出の抵抗勢力もねじ伏せられる。近い将来、制約がなかった病院の開設にも制限が課せられると予想されている中で、政治力を持てば、病院開設の許認可権を握る行政に強く当たれる。とにかく病院を沢山作るために”政治力”が必要だと思うようになった。そこで衆議院選挙に出馬することになるが、死闘の末2回も落選してしまう。3度目の正直で挑んだ衆議院選挙、対抗候補とお金で票を買収し合う凄まじい戦いになる。金で票を買うのを媒介する統括者は、買収のポイントを知る年配の熟練者で、徳田に「こ��で10億打てるかどうかで、勝負が決まる。勝つか、負けるか、あんたが決めろ。諦めるのなら諦めてもいい」と迫った。徳田は、東京本部の部下に連絡し、「やれ。カネを送れ」と命じた。 それから毎日、部下は徳田が出馬している地域宛に現金を一億円、二億円と送った。投票までの一週間でちょうど10億円、選挙期間中を通して30億円のカネが投じられた。この30億円というお金は徳洲会が医療機器を仕入れる時に、関連会社を経由したり、代理店からのキックバックで作った裏金によって賄った。あらゆる手段を尽くした結果、ついに当選し政界に進出する。初当選でまだ政治家として力ないにもかかわらず、周囲への発言から尽きない野心がうかがえる。「でも彼の言い方はですね、2期目は厚生大臣、3期目は総理大臣、4期目は世界大統領だと平気で言うわけですね。」https://www.fnn.jp/articles/-/26017「自由連合」という政党まで立ち上げ、徳洲会の資金力を目当てに政治家も複数人集まり、石原慎太郎の都知事選のスポンサーもする等、精力的に政治活動に勤しんでいく。難病ALSを患うしかし60代になると、難病・ALSが発症し病魔が徳田を襲う。ALSは筋肉を動かすための神経が障害を受け、「手足を動かせ」といった命令が伝わらなくなっていき、筋肉が衰えていく。口も動かせないので会話もできなくなり、最終的には呼吸の筋肉も動かず呼吸不全に陥ってしまう病気だ。一度罹ったら治らない難病である。海外進出とプロジェクトファイナンスそれでも執念で経営を続け、徳田の野望は「世界」に向けられていた。「世界中に二〇〇の病院を建設する。『生命だけは平等だ』の哲学で、人間主義の人道追求型病院経営を世界で展開し、世界平和に貢献したい」と徳田は大きく宣言した。しかし、資金を安定的に調達しなくては、病院を増やすのは難しい。そこで浮上したのが「プロジェクトファイナンス」だった。これは、土地ではなく、特定の事業が生みだすキャッシュフローを返済の原資にした融資であり、長期的な安定収入を見込んだ方法である。その債権を証券化して第三者に売って資金を調達したりもする。 徳洲会は、日本の医療機関ではいち早く、この新しい資金調達を取り入れた。徳洲会の主なキャッシュフローである診療報酬はかなり魅力的で、プロジェクトファイナンスにぴったりだった。なぜなら、金融機関からすると「診療報酬債権」の報酬を支払うのは公的機関であり、焦げつく怖れはない回収確実で安定的な資産と捉えられるからだ。ゆえに極めて格付けの高い債権となる。診療報酬債権の価値に目覚めた徳田は、診療報酬債権を証券に変えて機関投資家に売り、8病院は市場から年間約280億円を調達した。日本の医療界では初めての試みとなった。しかし当時、徳洲会の負債は1,300億円を超えていて、8病院の証券化でも効果は限定的だった。性急な拡大路線で稼働率の低い病院が生まれていたり、徳田の政治活動資金への荒すぎるカネ遣いが原因だった。一度は銀行に経営を乗っ取られたこともあったくらいである。そこでさらなる資金調達を模索していた時、新たに外銀・RBSが度肝を抜く提案をしてきた。徳洲会の医療法人だけでなく、関連会社を合わせた全事業をまるごと証券化し、それを担保に2,000億円を融資するというプランだ。全事業対象の証券化は前代未聞の荒業で、2年後に孫正義もボーダフォンを買収する際にこの手法を使ったことで有名だ。徳田は、ビジネス界よりも早く、事業証券化に注目した。そして一度は合意に至り全事業を証券化しようとするが、様々な制約によって見通しが立たず、つなぎ融資が財務を圧迫する。最終的に徳田は大胆な方針転換を命じ、RBSとは契約解消、他行への借り換えをすることを決定した。この判断は功を奏した。病院の建設も急ピッチで進んでいき徳洲会は絶頂を迎える。徳田王国崩壊と晩年そんな絶頂の中、徳田のALSの症状は進行し、2006年には声を出して会話できないまでになり、文字盤を目で指して意図を伝えていた。そ��状態でも海外展開を推し進め、事業欲が旺盛だったのが末恐ろしい。https://www.youtube.com/watch?v=CJzc5LH230oただ、体調は悪くなる一方なため、その少し前から政治活動は次男・毅に任せ、徳洲会の後継も長男・哲に移行し始めていた。ところが、徳洲会を哲へ継承しようとするのを他のファミリーが阻む。これまで徳田が一族を徳洲会には近づけないようにしていたのに、ALSが進行し身体が不自由になっていくと、一人では生きていけないため、一族は心配して近づくとともに「創業家の利得」にありつこうと徳洲会に踏み込んでくるようになってきた。こうして徳田と徳田の右腕・能宗 vs 徳田ファミリーという構図で火種がくすぶるようになる。そしてついに、徳田が過去立ち上げた政党「自由連合」への徳洲会からの巨額の貸付といった爆弾処理を巡って緊張が一気に高まることに。能宗は返済スキームを考案するが、ファミリーはバックデートで文書を作ったり等に抵抗を感じ、脱税を推進してるとして裏切り者に仕立て上げた。ファミリーは徳田にも「能宗は裏切り者」と迫る。これまで固い絆で結ばれ「大事なことは能宗に聞け」と全幅の信頼を置いていたが、この爆弾をうやむやにしたい徳田は能宗を切ることにし、解雇した。こうなれば能宗も闘うしかない。これまで右腕として握り潰してきた「選挙違反」や「政治とカネ」にまつわる数々の徳洲会の爆弾を世間に知らしめた。結果、能宗にもファミリーにも検察の捜査が入り、両者逮捕に至る泥沼に。この一連の事件で、職員は大量に辞め、徳田一族も能宗も去り、徳田本人も要職から外され、徳田王国は崩壊した。徳洲会そのものも「社会医療法人」の認定が取り消され、解体されるかどうかという瀬戸際に立った。だが、厚労省は取り消さなかった。徳洲会が地域の医療に果たす役割があまりにも大きかったからだ。徳洲会の病院が閉鎖すれば、地域の医療は破綻し、厚労省にも責任が及ぶ。王国は崩壊したが、徳田が立ち上げた現場の医療は残り、徳洲会は徳田ファミリーとは決別し今なお繁栄を続けることができている。番外編・徳洲会が伸びたマーケットの背景ここからは番外編で、徳洲会がなぜ伸びたかだ。ひとことで言えば、高度経済成長による人口動態の急速な変化が生んだ”ひずみ”を解消したことが大きい。当時、一次産業が廃れ、若くて「安い労働力」が商工業の雇用を求めて地方から都市へと急速に人口が移動した。その結果、人口急増地域は医療機関が全然足りず、医療砂漠が生まれる。一方で労働者を送りだした地方は人口が減って高齢が進み、こちらは医師が消えていく。また見通しの甘い都市・国土計画と、自由開業制による病院開設で皆が好き勝手に病院を立てたために、医療過疎や医師��在が発生した。高度経済成長&国の制度設計の不備で生まれた需給にギャップのある空白地域をターゲットに病院を開設する戦略で、徳洲会は「住民のニーズ」を掲げて埋めていった。そこに徳洲会が成長した歴史的な必然性があった。徳田虎雄の知恵優秀な人材と仕事する「僕は自分より能力のある人間と仕事をする」「医師の場合、学閥、教室閥、年功序列にこだわることなく、実力主義で採用してます。他の病院だと、院長は大学教授の古手の天下りが多いけれど、徳洲会病院の場合は、実力とリーダーシップさえあれば、三十代、四十代の若さで院長になってもらっています」任せる力徳田は「できる」と見込んだ部下には仕事を全面的に任せた。人使いの妙がここにある。田中が猛勉強をして無影灯のメーカーを絞ると、徳田はさらに要求する。 「岸和田は三五〇床や、大型病院で徳洲会の顔になる。医療機器も最新鋭のものをそろえないとだめだ。人工透析センターも稼働させる。血管造影のCAD、バイタルサインモニタ、透析機器……、野崎にないものもぜーんぶ、交渉して決めろ」 徳洲会に入って一年経つかどうかの田中に億単位の商談が委ねられたのだった。ゴッドドクター 徳田虎雄人間ウジ虫論徳田は、使えると見込んだ人間がカネを欲しがればカネを、ポストを求めればポスト、色を欲すれば色、理想を求めるのなら理想を、瞬時に見分けて与えた。人間の欲望を掌握する勘は並外れていた。与えられた側は、自己実現の悦びにひたれる。徳田は自己実現の機会をおびただしく創出した。そうして人心を掌握し、徳洲会を拡大させた。 徳洲会を支える医師の前で、徳田はしばしば「人間ウジ虫論」を説いた。「人間なんてな、ウジ虫みたいにそこらを這いずりまわりながら、何をするかわからん生きものや。てんでんバラバラ、好き勝手をしよる。国会議員なんか見てみい、もっともひどいヤツらや。おれやおまえらもウジ虫。全然、まとまらへん。けどな、ウジ虫みたいな連中を、ガサガサ好きにさせてると、ときどき、すごい仕事をしてくれる。ウジ虫やからできる、でかい仕事がある。そこがおもしろい。徳洲会は、いろんなウジ虫がおってええんや」ゴッドドクター 徳田虎雄徳洲会の朝礼「徳洲会の理念、生命を安心して預けられる病院、健康と生活を守る病院、理念の実行方法、一、年中無休・二四時間オープン 二、入院保証金、総室の室料差額、冷暖房費等一切無料 三、健康保険の三割負担金も困っている人には猶予する 四、生活資金を立て替え・供与する 五、患者からの贈り物は一切受け取らない……」 と、声を張り上げるのに合わせて全職員が一斉に唱和していた。内容は極めて事務的だ。「これで世のなかは動いているのか。こんなに簡単なプロパガンダで職員の意識づけができている��は!」と盛岡は仰天した。 インテリは理屈ばかりこねたがるが、世間はまったく違う回路で動いている。それにしても、もう少し、言葉に潤いというか、大脳に響く装いがあってもよさそうだが、飾りはゼロだ。 徳田は、徹頭徹尾、即物的だった。ゴッドドクター 徳田虎雄正しい情報だけをもってこい徳田の職員に対する口癖は「正しい情報だけを持ってこい。間違った情報で判断を誤れば、時間の無駄だ。おれの一分、一秒は、おまえの一時間よりも尊い」だった。ゴッドドクター 徳田虎雄目標はホラでいい「私のモットーは『有言実行』だ。口にしたことは必ず実行する。公言することでそれを実行せざるを得ないように自分を追い込んでいく。みなさんも命がけの迫力をもってほしい。目標はホラでいい。ホラを吹く。 生半可 なホラではダメだ。大欲は無欲に似たり。大欲で死ぬまで全力投球しよう」敵は己自身ゴッドドクター 徳田虎雄出典:https://www.fnn.jp/articles/-/26017ゴッドドクター 徳田虎雄
4,500億円の病院グループ - 徳洲会 創業者「病院王・徳田虎雄」|Yuya Murakami / East Ventures
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TEDにて
ヴィージェイ・クーマー :自律的に協力し合う飛行ロボット
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
アメリカのペンシルベニア大学のヴィージェイ・クーマーの研究室で開発しているクワッドローター型の小さく敏捷(びんしょう)な飛行ロボットは、自律的に集合を作り
お互いの存在をカメラで認識し臨機応変にチームを組んで、建設や災害時の初動調査やその他様々なことをこなします。
コンピューター制御の方法は、12次元に及ぶ複雑な計算を驚くべきことに、4次元の最小スナップ軌道に変換する計算に置き換えて、しかも!、内部の高速なCPUを処理させていくことで軌道をリアルタイムで、微修正していきます。
他に、リアルタイムな高速なセンサーフィードバック技術リアルタイムな高速なモーションキャプチャー技術も導入しています。
最後には、映画007のテーマソングを自律的なロボットが自動演奏してくれます!
私が、今、手にしているロボットは、私の学生アレックスとダニエルが作ったものです。重さは、50グラムほど消費電力は15ワットで見ての通り、直径20センチほどの大きさです。
このようなロボットの仕組みを簡単にご説明しましょ。4つのローターが、すべて同じ速さで回っているとき、ロボットは空中で静止します。
4つのローターの回転速度を上げると上に加速し上昇します。ロボットが傾いていれば、当然、その傾いた方向に進むことになります。ロボットを傾けるには2つの方法があります。
この写真で4番ローターは速く。2番ローターは遅く回っています。そうするとロボットを「ローリング」させる力が働きます。一方、3番ローターの回転を速く。
1番ローターの回転を遅くするとロボットは手前側に「ピッチング」します。最後に、向かい合った2つのローターを他の2つより、速く回転させると垂直軸を中心に「ヨーイング」します。
オンボードプロセッサは、行うべき動作に対して必要となるこれらの方法の組み合わせを求め、モーターに対して毎秒600回送る命令を決めています。それがこの基本的な仕組みです。
この設計が有利な点は、サイズを小さくするほど、ロボットの動きが敏捷になることです。ここで、Rはロボットの大きさを表す数字で実際には半径です。Rを小さくすると様々な物理的パラメータが変わります。
中でも一番重要なのは、慣性。すなわち動きに対する抵抗力です。回転運動を支配する慣性の大きさは、Rの5乗に比例します。
ですから、Rを小さくすると慣性は劇的に減るのです。結果として、ここでギリシャ文字のαで表している角加速度は1/Rになります。Rに反比例するのです。
小さくするほど速く回ることができるようになります。このようなロボットを作る理由は何かというと多くの平和的な応用があるからです。
自律的なロボットが、解決すべき基本的な問題は、1つの地点から別の地点へ移動する方法を見出すということです。これが簡単でないのは、このロボットの力学的特性が極めて複雑なためです。
実際、12次元空間で考える必要があり、そのためちょっとしたトリックを使って曲がった12次元空間を平らな4次元空間に変換しています。その4次元空間は、X、Y、Z座標とヨー角からなっています。
そうするとロボットがするのは、最小スナップ軌道を求めるということになります。物理学のおさらいですが、位置の変化を微分していくと速度、加速度、ジャーク、スナップとなります。
このロボットは、スナップを最小化するようになっています。それは、結果としてなめらかできれいな動作を生み出すことになります。
また、障害物の回避も行います。この平らな空間における最小スナップ軌道を 複雑な12次元空間へと逆変換して、それによって制御や動作の実行をするわけです。
MITの物理学者であり、AIの研究者であるマックス・テグマークの言うように・・・
ロケットの話と似ていて技術が単に強力になれば良いというものではなく、もし、本当に野心的になろうとするなら、コントロールの仕方と、どこへ向かうべきかも理解しないといけません。
エリエゼル・ユドカウスキーが、「友好的なAI」と呼ぶものです。そして、これができれば素晴らしいことでしょう。病気、貧困、犯罪など苦痛というマイナスの経験を無くすことができるだけではなく、様々な新しいプラスの経験から、選択する自由を与えてくれるかもしれません。
そうなれば、私たちは自分の手で運命を決められるのです。そして、準備がないままにつまづきながらアジャイル(=機敏さ)で進んで行くとおそらく人類史上最大の間違いとなるでしょう。
それは認めるべきです。冷酷な全世界的独裁政権が可能になり、前代未聞の差別、監視社会と苦しみが産まれ、さらに、人類の絶滅さえ起こるかもしれません。
しかし、注意深くコントロールすれば、誰もが裕福になれる素晴らしい未来にたどり着くかもしれません。貧乏人は、金持ちにより近づき、金持ちはさらに金持ちになり、みんなが健康で夢を追い求めながら自由に人生を送れることでしょう。
その他に、行政府自身が社会システム全体の資源配分の効率化を目的とする保証はないため政治家や官僚は自らの私的利益のために行動を歪め、市場の失敗を矯正するどころか資源配分をより非効率にする可能性すらあります。
続いて
人間自体を、追跡すると基本的人権からプライバシーの侵害やセキュリティ上の問題から絶対に不可能です!!
これは、基本的人権がないと権力者が悪逆非道の限りを尽くしてしまうことは、先の第二次大戦で白日の元にさらされたのは、記憶に新しいことです。
マンハッタン計画、ヒットラーのテクノロジー、拷問、奴隷や人体実験など、権力者の思うままに任せるとこうなるという真の男女平等弱肉強食の究極が白日の元にさらされ、戦争の負の遺産に。
基本的人権がないがしろにされたことを教訓に、人権に対して厳しく権力者を監視したり、カントの思想などを源流にした国際連合を創設します。他にもあります。
参考として、フランスの哲学者であり啓蒙思想家のモンテスキュー。
法の原理として、三権分立論を提唱。フランス革命(立憲君主制とは異なり王様は処刑されました)の理念やアメリカ独立の思想に大きな影響を与え、現代においても、言葉の定義を決めつつも、再解釈されながら議論されています。
また、ジョン・ロックの「統治二論」を基礎において修正を加え、権力分立、法の規範、奴隷制度の廃止や市民的自由の保持などの提案もしています。現代では権力分立のアイデアは「トリレンマ」「ゲーム理論の均衡状態」に似ています。概念を数値化できるかもしれません。
権限が分離されていても、各権力を実行する人間が、���一人物であれば権力分立は意味をなさない。
そのため、権力の分離の一つの要素として兼職の禁止が挙げられるが、その他、法律上、日本ではどうなのか?権力者を縛るための日本国憲法側には書いてない。
モンテスキューの「法の精神」からのバランス上、法律側なのか不明。
立法と行政の関係においては、アメリカ型の限定的な独裁である大統領制において、相互の抑制均衡を重視し、厳格な分立をとるのに対し、イギリス、日本などの議院内閣制は、相互の協働関係を重んじるため、ゆるい権力分立にとどまる。
アメリカ型の限定的な独裁である大統領制は、立法権と行政権を厳格に独立させるもので、行政権をつかさどる大統領選挙と立法権をつかさどる議員選挙を、別々に選出する政治制度となっている。
通常の「プロトコル」の定義は、独占禁止法の優越的地位の乱用、基本的人権の尊重に深く関わってきます。
通信に特化した通信プロトコルとは違います。言葉に特化した言葉プロトコル。またの名を、言論の自由ともいわれますがこれとも異なります。
基本的人権がないと科学者やエンジニア(ここでは、サイエンスプロトコルと定義します)はどうなるかは、歴史が証明している!独占独裁君主に口封じに形を変えつつ処刑される!確実に!これでも人権に無関係といえますか?だから、マスメディアも含めた権力者を厳しくファクトチェックし説明責任、透明性を高めて監視しないといけない。
今回、未知のウイルス。新型コロナウイルス2020では、様々な概念が重なり合うため、均衡点を決断できるのは、人間の倫理観が最も重要!人間の概念を数値化できないストーカー人工知能では、不可能!と判明した。
複数概念をざっくりと瞬時に数値化できるのは、人間の倫理観だ。
そして、サンデルやマルクスガブリエルも言うように、哲学の善悪を判別し、格差原理、功利主義も考慮した善性側に相対的にでかい影響力を持たせるため、弱者側の視点で、XAI(説明可能なAI)、インターネット、マスメディアができるだけ透明な議論をしてコンピューターのアルゴリズムをファクトチェックする必要があります。
情報技術の発展とインターネットで大企業の何十万、何百万単位から、facebook、Apple、Amazom、Google、Microsoftなどで数億単位で共同作業ができるようになりました。
現在、プラットフォーマー企業と呼ばれる法人は先進国の国家単位レベルに近づき欧米、日本、アジア、インドが協調すれば、中国の人口をも超越するかもしれません。
法人は潰れることを前提にした有限責任! 慈愛や基本的人権を根本とした社会システムの中の保護されなければならない小企業や個人レベルでは、違いますが・・・
こういう新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところの��ラスサムになるから既存の産業との
戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありませんので、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!
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P3 Club Book Yukari Takeba short story scan and transcription.
学校で起きる怖い話
こつり。
その書きは、暗く大きな建造物の中に大きく広がり、ふっと消える。そして、また。
こつり。
まるでそれは、骨か石膏でできた心臓が発する、鼓動のよう。断続的に、一定のペースで、ゆっくりと。それが心音だとすると、その寿命は尽きかけているのではないか?そう思わせるほど、ゆっくりと、途絶えがちにすら思える音が、こつりこつりと響いている。
そこは、昼の光の中で見れば、明るく清潔な印象を与える場所だったに違いない。だが深夜、満月もほど近い、十三夜のほの暗く青い月光のもとでは、鮮やかな若草色のはずの床はどす黒く、陽の光を思わせある真っ白な壁は死人の肌のように蒼白で、ただひたすらに---怖い。
そんな場所の、長い廊下にゆらゆらと、頼りなげにうごめくひとつの影。ゆらりと動いては、止まり、また動いては、止まる。そしてそのたびに、こつりこつりと、音が鳴る。その影は、ひとつの扉の前でふと停止した。一拍置いて、影が細く枝分かれして、扉に伸びる。よく見ると、その影は小刻みに震えていた。やがて聞こえてくる、影と同じように震える声。
「······怖くない。こ、怖くないんだからね。 ぜんっぜんちっとも微塵も怖くなんかないから。な、なによ、たかが暗いだけじゃん。つ、月明かりもあるし。あ、あは。あははははは」
人影の正体は、月光館学園2年F組、弓道部期待のホープにして、シャドウを狩る特別課外活動部員こと、岳羽ゆかりであった。
「し、シャドウと戦ってるあたしが、こんな暗闇程度でブビ······ビビッてたまるかっつーの」
勇ましい言葉に反し、ビビリまくりで、しかもきっちり噛んでいる。どうやら、目の前のドアを開けるのに躊躇しているらしい。だが、それでも、ついに彼女は意を決して腕に力を込め。
がらり。
何の抵抗も無く、ドアは横にスライドし、その室内をあらわにした。そして。
「······うみゃああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」
壮絶な悲鳴だった。悲鳴を上げながら、ゆかりは既に10メートルは離れた場所を疾走している。悲鳴の後半が���や���下がりに低く聞こえるのは、そのあまりのスピードによるドップラー現象が起こっているせいだ。
暗闇に取り残される、開きっぱなしのドアと、その内部の影。ゆかりに悲鳴を上げさせた元凶である、入り口脇に置かれた人体模型は、悲鳴を上げたいのはこっちだと言わんばかりに、大きく目を見開いて直立していた。
そもそもの発端は、タルタロスの探索に深入りしすぎたことにあった。満月を控え、いつもより実戦経験を積んでおきたかったこと。既に踏破済みの階層で、体力的には余裕があったこと。その他、いくつかの不幸な理由が重なり、あってはならない “事故” が起きた。
それは突然の風花の悲痛な叫びから始まる。
《これは······いけません! エントランスに戻ってっ!影時間から······弾かれますっ!!》
探索中のタイムオーバー。
誰にとっても始めての事態だった。
そのときに探索メンバーとして参加していたのは、ゆかり、順平、天田、そしてリーダー。風花の声に、全員が目を見合わせた瞬間に、それは来た。ぐにゃりと周囲の壁が歪む。一瞬で平衡感覚が失われ、高いところに放り投げられ、叩き落されるような衝撃。内臓が持ち上がり、また下がり、脳が揺さぶられる。そして気づいたときには---ゆかりはひとり、この場所に倒れていたのだ。
「ど······どこ?ここ?」
最初は、訳もわからず暗闇の中にいたが、徐々に目が慣れてくると周囲の状況が把握できるようになる。長い廊下と、壁の片面にだけ点々と存在する横開きの扉。壁の掲示板らしきボードには、「こんしゅうのもくひょう・きゅうしょくのまえに手をあらう」という文字が読み取れる。遠くに赤く光って見えるのは、たぶん消火栓の非常灯。
「学校······初等部?」
その推測は正しく、そこは月光館学園初等部の校舎内だった。以前、体育館に閉じ込められた風花が、タルタロスのいずこかへと飛ばされたことがあったが、今回はその逆転現象とも言える事態が起こったのだ。本来、タルタロス内部では、影時間が終了しても翌日の影時間へと間断なく入り込む。だが何らかの原因で、ゆかりたち4人はその影時間の流れから弾き出され、正常な状態に折り畳まれたタルタロス---すなわち月光館学園へ、バラバラに強制転移させられたのだろう。
「······とりあえず、外に出なきゃね」
事態を把握し、ゆかりは呟いた。そして、ゆっくりと身体を起し、ぱんぱんとスカートについた埃をはらう。落ち着いた、様子だった。だが実際は、まったくもって落ち着いちゃいなかった。彼女は既に、自分が大の怖がりだということすら忘れるほど、パニクってい���のだ。
そして、意識を取り戻してから十数分後、ゆかりはけたたましく喚きながら、学校内を疾走していた。その叫びは、もはや人類の解する言語ではなく、火災現場に急行する消防車のサイレンさながらである。
しかしそれでも、さすがに体力の限界が来たか、ゆかりは何階かも知れぬ階段の踊り場で足を止めた。目の前には大きな窓。冴え冴えとした光を帯びる月が、そこから見える。ガクガクと震える足を最後の力を振り絞るように動かし、ゆかりはその窓に近づいて、手をかける。窓から見える景色からして、そこが1階と2階を結ぶ階段の踊り場であることがわかり、ゆかりはぐっと腕に力を込める。
だが、窓はびくとも動かない。
その窓を隅々まで見たが、ロックに当たる機構は見当たらず、それがはめ殺しの窓であることが理解できると、ゆかりはがっくりと膝をついた。そう。ゆかりをパニックに陥らせている最大の原因が、この初等部校舎の構造にあったのだ。数年前、変質者が学校に侵入して子供を傷つけるという痛ましい事件が連続し、学校側の安全意識が大きく変化したことがある。その際、部外者を完全にシャットアウトするという目的で施されたのが、この
執拗なまでに完璧なセキュリティ体制であった。
大半の、開ける必要がない窓はすべてはめ殺しで強化ガラスが張られ、開けられる窓も内部からのみ操作可能な電子ロック式。外部に通じる扉もそれは同様で、外部からの侵入どころか内部から外に出るのも、教師によってロックが解除されないと自由にはならないという徹底ぶり。そのため、生徒および関係者がすべて下校し、完全に電源が落とされた現時点では、この校舎は脱出不能の密室と化していたのだ。
「っ······たく、か、火事でも起こったら、ど、どうすんのよ······ひぐっ」
べそをかきながらも、精一杯の虚勢を張ってゆかりが呟いた。実際には非常時に備えて、停電時でも手動で開けられる窓があったり、強化ガラスを打ち割れる特殊ハンマーが各所に設置されていたりするのだが、それを知らないゆかりには、ここはまさに牢獄であった。
だが、そこに救いの手が差し伸べられた。
《ゆかりちゃんっ!?》
心に染み渡るように柔らかな、それでいて包み込まれるように心強い声が頭の中に響く。ついに風花が、散り散りになったゆかりの位置を補足したのだ。それに対する返事は。
「もぎゃああぁythh@kwf*!!??」
先ほど以上に壮絶な、ゆかりの悲鳴だった。
《も、もう······びっくりしたよ》
「ごめん······」
おずおずと、しかしちょっと前は確実にカ強い足取りで、ゆかりは廊下を歩いた。
《あ、そこの角は右ね》
「うん、オッケー······うぎゃっ!!」
《ど、どうしたの!?》
「······は、あ、あ······だ、だいじょび、美術室の石膏像が、ちょっと······」
《あはは、月光館七不思議のふたつ目だね。“夜中にまばたきするビーナス像”》
「······やめてよ、もう······」
《最初に見たっていう “覗き込む人体型” と、さっ見た音楽室の “抜け出すハイドンの肖像画” と合 わせて、あとは“未来が見えるトイレの鏡”でコンプリートだよ。······ゆかりちゃん、トイレ行きたくならない?》
「ならないっつーの!ったく、だいたいそれでコンプリートって、4つしかないじゃん」
《それも、不思議のひとつなのかもね》
くすくすと笑う風花に、ゆかりもついつられて軽い苦笑を浮かべていた。
いまは風花の誘導で、仲間との合流地点を目指して進んでいるところだ。暗闇に一人きりという状況は変わらずとも、会話する相手がいるだけでずいぶんと心は安定する。そもそも携帯で連絡を取るということを、最初に考え付くべきだったが、それも先ほど風花に指摘されるまで、すっかりと失念していた。本当に、自分はこういうのはダメだと、ゆかりは深く自覚する。
《······本当に、ゆかりちゃんってお化けとか苦手なんだね》
ゆかりの心を読んだように、風花が言う。
「ま、まあね。カッコ悪いよね?あはは」
《ううん、そんなこと、ない。でも、なんでそんなに苦手なんだろね?》
「たぶん······ホントは、居て欲しいのかも」
《えっ?》
ゆかりの聞き取れるかどうかという呟きに、風花の軽く驚いたような声が返る。 少しだけ迷ったように間を空けて、ゆかりは言葉を続けた。
「あたし······お父さん死んじゃってるでしょ?できるものなら、もう一度話したいとか思ってる。だから、ホントに霊ってのがあるんなら、できれば······なんてね」
《ゆかりちゃん······》
ゆかりのさっぱりとした性格上、霊なんてないと否定すれば、それで済むはず。だが、そうしたくてもできない過去。その複雑な感情が、霊の存在を信じさせ、その想いに付随する形で、余計な恐怖をもたらしている、のだろう。
《あのね、ゆかりちゃん》
「ん?」
《気を悪くしないで欲しいんだけど、私は、こういう能力を持っているから、生きている人同士の心の繋がりや、それが持つ力を知っている。だからわかるんだけど······死んだら、人はそれっきり。もう、生きている人との繋がりは、そこで終わっちゃうと、そう思うの。だから私は、霊っていうものはないと思ってる》
「うん······」
《でも、だから、逆に生きている人との繋がりは、何よりも強いし、大切だと······思う。上手く、言えないけど······生きている私たちが、ゆかりちゃんの怖いこととか、辛いこととか、受け止めてあげること······できない、かな?》
珍しく饒舌な風花の言葉に、ゆかりはふっと心が軽くなったような気分になる。風花が言っていること、それは霊が存在するかどうかという議論とは、まったくピントの外れたものだったが、それでも、不思議と怖さが薄れていく。
「ま、要するにさ、 今は風花がいてくれるから、大丈夫ってことだよね?」
《そ、そういうこと、かな?》
「なによー、ハッキリしないなあ」
《あ、ご、ごめん》
「あはは、うそうそ。······ありがとね」
《······!う、うん!》
霊なんてものが、いるかいないかはわからない。でも、仲間がいれば大丈夫。それだけは、確実に実感できる。そして、それだけで、今のゆかりにとっては十分だった。
「で、 あとどれぐらいでゴール?」
《えっと······そこから10メートルくらい先の角を、左に曲がれば合流地点です。もう皆で、待ってるはずだよ》
「りょーかい!風花、さんきゅーね」
一人でいたときの怯えぶりが、まるで嘘のようにゆかりは元気を取り戻していた。いまだ、目の端に映る影が動くような気がしたり、ちょっとだけビクッとするときもあるが、すっかり恐怖は影を潜めたようだった。やがて、曲がり角のシルエットが、暗闇の中に現われたとき。
「······から、大丈夫だって······」
「······メですよ、 順平さん······に悪い······」
小さなささやき声が漏れ聞こえてきた。かすかでわかりにくかったが、どうやら順平と天田が会話をしているようである。
「順平?天田くん?いるの?」
明るい声を上げ、小走りになるゆかり。
「······しっ!」
「······知りませんよ······もう······」
順平と天田の、ちょっとばかり不穏な声は、あいにくと再会の喜びに浸るゆかりには届かなかった。そして満面の笑みで、ゆかりが角を曲がったとき、そこに見た物は。
「······!?」
懐中電灯で下からライトアップし、どこで入手したものか血糊らしきものを顔面に垂らして、白目を剥いて鬼気迫る形相を浮かべる順平のアップであった。もし、違う状況なら、こんな子供だましの脅かしは、一笑に付されて終わり、のはずだった。しかし、相手は人一倍怖がりの岳羽ゆかり、場所は学校、時間は深夜、いくつもの原因が重なり······“事故” が起きた。
「&△×○#▼□%◇$●@+☆дつ!!」
その悲鳴は、もはや超音波を超え、衝撃波とすら形容できる恐ろしいもの。だが、それに続く、男性の悲鳴は、それ以上に血を凍らせるほど悲痛な、断末魔の声だった。
数日後、月光館学園初等部の昼休み。大型シャドウとの戦いでの疲労が残っているのか、天田乾はうーんと腕を伸ばしつつ、眠そうな目で大あくびをした。そこに、ひとりの女子クラスメイトが声をかけてくる。
「ねえねえ、天田くん、知ってる?」
「ん?何?」
「七不思議だよ、七不思議。ついに七不思議が揃ったんだって。何日か前、夜中に肝試しにきた6年生が見たらしいよ。えっと······確か、“絶叫して渡り廊下を走り回る女” と “玄関ホールに浮かぶ大きな牛の頭” と “はいずり回る血まみれの男” だったかな?嘘じゃないって!ホントにホントなんだってば!」
「う、うん······知ってる······怖いよね」
返事をする天田の脳裏に浮かぶのは、数日前の惨劇。いるかいないかわからない霊よ��も、誠に恐ろしいのは、生きている人間、であった。
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4泊5日のプラハの旅は、まるで夢のように、忙しく断片的イマージュに切り取られていく時間を過ごしたような感じだった。帰り際に、宿屋の伯母さんKristinaが、Neroがマキになんか用意したみたいよと愛犬Neroのベッドの毛布を指差す。ちなみに15歳のミニチュアダックスフントのNeroは、客間のソファからソファへと、短い足で器用に飛び越えつつ、犬用ベッドに辿り着くと、器用に毛布をかぶって、毛布の中で寝る。ネロの毛布をそっと開けて見ると、寝床の中にネロからのプレゼントが入っていた。開けろというので、開けると、プラハの観光名所を印刷したピンク色のTシャツが入っていた。なんだか感動して涙が出る。そんなこんなしている間に、電車に乗り遅れそうになり、慌ててタクシーでプラハ中央駅へ。
チェコは本当の人間が暮らす所と言うけれど、本当の人間、real peopleって、優しさと、周りや未来、過去への気遣いなのかなと思った。一人の人間にできる事なんて小さい。その一人一人が、どれだけ、自己犠牲と他者への優しい気持ちを態度で表すことができるのか。それだけで、その社会の在り方は変わると思う。チェコと日本の類似性を、Kristina伯母さんは毎朝のように言っていた。電車でお年寄りに席を譲るとか、隣の家の人が風邪引いたって知っているから買い物してあげるとか、そういうのが、本来の人間らしさであり、観念や理念だけで、やれ差別だ平等だと自由だと騒ぎ立てる前に、自分の日々の行動の中で、どれだけ他者に関心を持てる余裕が備わっているか、という事だと、Kristina伯母さんは力説していた。
プラハの人々の議論好きは、ドイツ人の議論好きに引けを取らない。今回は、プラハの東大、カレル大学(プラハではチャールズ大学といったり、シャルル大学と言ったりする。つづりがCharleだから仕方がないが、困惑した)の建築や演劇の教員達と議論の機会があったが、ドイツ人や、日本人の知識層と自認している人との議論と根本的に違うところがある。それは、議論の位相をズラス事による批判はしないという点にあろう。
彼らが射程に入れているのは、根底にある人間や社会の問題。だから表面的な所で安直な問題設定をしていなかった。深いところで問題設定ができているという事は、昨今の日本を含めた欧米で流行っている、表面的な言葉尻を捉える批判をしないという事だ。誰だって、言い間違いや誤解を与えるような事を言ってしまう。でも、話す人の、議論の全体的俯瞰や、議論の根底にある考え方を捉えていれば、言葉尻や言い方だけで批判、批評はしないものだ。
逆に、表面的な議論だけを捉えて、挙げ足取りのように、それも、そんな下らん事を、まるで勝ち誇ったようにやる人間との議論は、はっきり言って、議論にならない。多分、そういう表面的な議論で自分の優位性を信じ、他人を簡単に批判できるオメデタイ馬鹿どもは、自分の事を自分で、言語を完璧に操っていると、自分を過信できるからこそ、そこまで居猛々しくいられるのだろう。東大に生息する奴で、できの悪い奴のやる学問と称する言説批判のほぼ9割はこれ。実にshallowで下らない。逆に、そういう人たちは、自分の言語操作能力への自信に加えて、言葉への信頼が高いとも言える。兎に角、立派な人とは私は話するのは苦手だ。私も、チェコ人知識層も、言語を感性的に操っているのだと思う。感性的だから、言葉で捉える事のできる事の限界を知っている。だから、言葉を実験的に使っているのと、言葉だけを信じる人との違いが、議論に現れてしまう。
ちなみに、チェコ人は、昔から英語は完璧に話すらしい。彼らの複雑なチェコ語文法では、ドイツ語の男性、女性、中性名詞に加えて、男性名詞は、生命あるものと、生命無いものとで、男性名詞が二種類に別れているらしい。簡単に言うと、生きているものと、生きていないものなんだよ、と現地で生まれ育つ12歳になるカノンちゃんは説明してくれる。でも、例外もあってね、そこが難しいんだよ!って笑う。英語は超簡単!と笑う。もう、英語だけでタジタジのオバハン、ついていけまへんわ。ヨーロッパ人の英語上手なランクには、スウェーデンやフィンランド、チェコが必ず入るらしいが、米軍基地の存在と難しい母国語が、街中の一般人でも英語を話す諸要素として考えられているらしい。日本は、日本語が簡単すぎるか、英語教えるセンコーが馬鹿か、民衆がアメリカ拒否っているかの何れなのだろうか。日本では最近、意味も分からず、クリスマスに加えて、ハロウィンまで喜んで真似ているので、アメリカは好きみたいなのだが。。。ヨーロッパは知らないから、アメリカで人気ないイースターは存在すら知らないらしい。
プラハでは、芸術は、共産主義への対抗手段としてあったので、芸術が豊かだ。ブルジョアの嗜みであるオペラ、コンサート、美術に対して、volksによる、一般民衆による演劇、音楽、絵画がある。そして、それら芸術を通して社会批判を行っている。だから、アート界隈は知識層が多い。ブルジョア的知識層とは異なる地に足ついた知識層は、volksなので、幻想主義でもなく、生活に根差した批判を行う。言語化するとヤバイものは、言葉ではない演劇表現を借りて表現する。つまり、共産主義体制において、言葉狩りを経験している人々は、言葉に頼ることの危うさを知っている。逆説的に、ドイツも日本も、言葉への信頼が高いという事は、言葉狩りによる弾圧や差別を知らない平和ボケの結果なのかもしれない。平和ボケている奴ほど、凶暴なのだ。辛さを知らないから。実に色々な意味でオメデタイのだ。
プラハ。また帰ります!ネロとKristinaの家へ。そして、豊かな議論をしてくれたチェコの知識層の元へ!まだ生息している、真の人間に会いに。。。チェコに生まれなかった真の人間が疲弊した時に、安らぎにいく場所、プラハへ。
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230316 STRETCH
超幸せでどんどん楽しい事が押し寄せラクできる完璧な生活・・
そんなの望むべくもないが、望まなければそもそもなんも手に入らない。
なので実際それを想像してみる。
どうしても「酸っぱい葡萄理論」が発動し、幸せの絶頂味わってる時に最悪な喪失イベント発生して幸せプラマイマイになる的なイメージしか湧かない。
だったら最初から持たねーよ��な。
今のままで十分でござい的な。
宵越しの銭は持たねぇスタイル。膨大な螺旋力を持ちながら自分の幸せの為には何一つその力を使わない最終話後のシモンみてーな。
そーいうのがいいよなって、歳食ったら思うようになったなー。
仕事でキービジュのポスターとか貰いそうになるんだけど「どうせ捨てるから要らん」つって断ってる。いくつかのプラモもそう。
いらねーし。だって最後はホームレスだもん。
ルール上売ったらダメなんだから持ってても無意味。
じゃあ逆に豪邸建ててそこに自分がやった仕事の功績としてトロフィーみたいに飾るかっつったらそんなのめちゃくちゃ気持ち悪い。
ヤだ。そんな人。
妄想性パーソナリティ障害抱えて河川敷で暮らしながら最後は殺人事件の替え玉として焼死体になって終わりたい。
そういう人が実は「ガンダム」デザインしてましたみてーなストーリーの方が俺は1億倍好きだね。
まあ、こういうムーブもなんかのヒステリーというか「失う恐怖」への無意識の抵抗って事はわかってる。小さく得る分には失ってもダメージ小さいが大きく得てしまったら喪失の落差によるダメージがデカいからそもそも得たくない。
現状、大きく得てるので大忙しで捨ててます。ほんっと次から次に「普通の人が悦ぶであろうプレゼントや愛」が届くのでガンガン捨ててる。
僕はね、ブレンディ無糖とプロテインだけ欲しいんです。今もね、S氏から貰った粉末ブレンディを水で溶いて飲んでるけどその度にS氏の笑顔が蜃気楼のように浮かんでは消えてるから。ああ、いいもんだな、って。
A氏から貰ったぺんてる筆で仕事をし、FANBOXで支援してもらったお金でサラダとソーセージを買い。
もうそれだけで十分。ジモティーで貰える開封済みプロテインにはダニ湧いてる可能性があるって教えてくれたI氏にも感謝してるし「生きる」事に直結する支援だけが嬉しいのだ。
ミステリー仕立てのドラマの登場人物になりてぇ。死体役でいいー。
この世の「無常」をもっともっと味わいたい。青カビ生えたブルーチーズの廃墟臭のような芳しさの中でよぉ~ 安い600円の調理用赤ワインあおって得る恍惚こそが最高のチルじゃんすか。それ以上のエンタメなんて要らんっすよ。
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談天說道 之 報喜信的天使
「天使進去,對她說:『蒙大恩的女子,你好!主與你同在!』」(路加福音1:28《環球聖經譯本》) 你有想像過,在聖誕節除了享受節日的氣氛之外,也可以把自己看成被差派進入社區的「天使」,成為祝福別人的人嗎? 教會關懷貧窮網絡(簡稱「教關」)是一個社區網絡平台,與伙伴攜手合作,同心關懷貧窮、網絡同行、轉化社區。我們認識很多伙伴已成為「報喜信的天使」,在聖誕期間走進社區,預備了不同的活動祝福街坊。盼望將耶穌基督的平安與愛帶進各個群體,長遠轉化生命,建立關愛共融社區。這些伙伴都是來自教會、基督徒專業團契、商業團體、學校、機構等的有心人士,願意通過付出來體會聖誕節真正的「喜樂」!他們不單止在節期才走進社區服侍街坊,長久以來,也藉著「教關」的平台與街坊建立了關係。他們一直「深耕細作」,以福音轉化生命,讓有需要的群體在身、心、社、靈四方面得到關懷,甚至由受助者轉化成為助人者,是真正「蒙大恩」的人,生…
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#「能帶給別人幸福」的鄰舍#「天佑鄰里」義工訓練課程#環球天道傳基協會#社關義工津助券計劃#社區網絡平台#能帶給別人幸福#內心平安#可持續發展的項目#報喜信的天使#建立關愛共融社區#建立出抗逆能力#心靈富足#心靈指數#教會關懷貧窮網絡#新界北鄰舍調查研究#明報#以福音轉化生命#以基督的愛轉化社區
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桜林美佐の「美佐日記」(252)
「地震予知」から建築物・インフラの強靭化へ
桜林美佐(防衛問題研究家)
──────────────────
おはようございます。桜林です。「男もすなる日記
といふものを、女もしてみむとてするなり」の『土
佐日記』ならぬ『美佐日記』、252回目となりま
す。
前回、お休みし、時間が空きましたが、柳澤真一さ
んについてご感想を頂戴しました。「柳澤さんは、
陰徳を励行する方だったのですね。人は、よいこと
をすると、ついつい、言いふらしたくなりますが、
それではよいことをしたことにはならないと、私も
考えています。私も、引き続き、柳澤さんをお手本
にして、できる限り、陰徳を積んでいきたいと思い
ます」
同感です。ありがとうございました。
先週は台湾で大地震が発生し、沖縄にも津波警報
が発令されました。自衛隊ではまだ能登半島地震の
災害派遣が続いており、恐れているのは、このよう
に複合的に災害が発生する事態です。
もはや現在進行中の災害派遣は報じられなくなっ
てしまっていますが、ファストイン・ファストアウ
トが鉄則のはずの自衛隊をここまで長期間にわたり
使うというのは、やはり問題があると思います。水
道などインフラのダメージが大きいことは承知して
いますが、派遣が長期間に及ばないよう国や自治体
は全力で努力してもらいたいです。
そうした中、地震学者である島村英紀さんと対談す
る機会がありました。内容は私にとっては目から鱗
が落ちる話ばかりでした。
島村先生は東大理学部物理学科で博士課程を修了
し、北海道大学教授、国立極地研究所所長も務めた
方で、海底地震観測を世界中で実施し、研究のため
の海外渡航歴は76回、船上で地球12周を過ごしたと
いう、まさに地震研究のエキスパートと言っていい
方。
その先生から出た日本の地震研究に関する言葉は
衝撃的でした。結論から言うと「地震は予測できな
い」というのです。
震度7を記録した能登半島地震は、政府機関である
地震調査研究推進本部では「能登半島が今後30年
間で震度6以上の揺れに見舞われる確率」は、わず
か「0.1%未満」だったといいます。
なぜ、こんなに大ハズシをしたのか?を問うと
「地震予測はできない」とひと言。そもそも「マグ
ニチュード」という言葉を考案した地震学者のチャ
ールズ・リヒター氏もこんな言葉を残しています。
「地震を予知できるのは、愚か者とウソつきとイカ
サマ師だけである」と。
それなのに、日本では「地震予知は可能」という前
提で、1978年に「大規模地震対策特別措置法」
(大震法)が制定されました。予測の信頼性がない
ことから「見直すべき」との声が上がっているもの
の、依然としてこれが有効になっていることに先生
は警鐘を鳴らしています。
これには、地震学会に属する3000人の会員の
抵抗があるようです。国費で維持されている地震研
究だけに、これを止めてもらっては困るというわけ
です。
しかし、数々の地震予測をあざ笑うかのように、
悉くノーマークの場所で大地震が発生してきたとい
います。
2016年の熊本地震の時は、発生前に「今後30
年以内の地震発生確率はほぼ0%から0.9%」と評
価されたそうで、これが安心情報になったことが、
油断を招き、被害を大きくした可能性も指摘されて
います。
では、緊急地震速報は何なのか、と思いますが、
これは地震予知ではないので誤解してはいけないと
いいます。
この原理は単純で、全国に設置されている地震計
のいずれかで揺れを感じたら震源を計算して、まだ
揺れが届いていない場所に警報を送るという仕組み
で、直下地震には対応困難なのだそうです。
地震予知研究は始まって以来、1兆円近い国費と
数百人の公務員が増員され、それも大学だけではな
く、気象庁や国土地理院をはじめとする数々の省庁
に資金が投入されてきたといいます。
これだけの巨額な投資が容認されてきたのは、私
たち日本人にとって、難しいとは分かっていても地
震予測は悲願だったからでしょう。
天気予報が可能なのは、大気の運動方程式がすで
に分かっているからだそうです。しかし、地震や火
山の噴火は同じような方程式がまだ分かっていない
のです。
余震などの前兆を観測していれば何らかの規則性
が見いだせるのではないかという期待に基づき研究
は進められてきたものの、残念ながら、前兆に規則
性や共通性はなく、前兆のない大地震も数多く起き
ているといいます。
世界には地震の起きない国もあるようですが、4
つのプレートがせめぎ合う日本では、現在言われて
いる南海トラフや首都直下などだけでなく、いつで
もどこでも「起こり得る」というのが答えのようで
す。
一体、どうすればいいのか、と思いますが、島村
先生は何より建築物の強靭化や木造住宅密集の解消
など「あらゆる地域で」インフラを強くすることを
優先すべきだと説きます。
問題はそこに国費を注ぐと、地震研究に充てる資
金が減りかねず反発が起こるという、大いなる矛盾
です。
また「地震が起きない地域」を謳って企業誘致を
したり、逆に地震の可能性のあるなしで不動産価格
も左右するなど、影響は他にもあることでしょう。
しかし「ここでは地震が起きない」という安心情報
によって被害を広げているとしたら、これは見過ご
せません。
私たちは今、宇宙への進出やAIなどの先進技術
を目の当たりにし、科学の進歩を実感しているとこ
ろです。しかし、地震研究も長くて千年単位のデー
タでしかなく、何万年のスパンでの調査はできてい
ません。海底調査も数キロの範囲で、宇宙に進出す
るよりも困難です。AIといっても、存在する情報
を使用しているにすぎません。
結局、まだまだ人間の力ではどうにもできないこ
とがあるようです。
今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
どうぞ良い1週間をお過ごし下さい!
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
アイウエオカキクケコガギグゲゴサシスセソザジズゼゾタチツテトダ ヂ ヅ デ ドナニヌネノハヒフヘホバ ビ ブ ベ ボパ ピ プ ペ ポマミムメモヤユヨrラリルレロワヰヱヲあいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを日一国会人年大十二本中長出三同時政事自行社見月分議後前民生連五発間対上部東者党地合市業内相方四定今回新場金員九入選立開手米力学問高代明実円関決子動京全目表戦経通外最言氏現理調体化田当八六約主題下首意法不来作性的要用制治度務強気小七成期公持野協取都和統以機平総加山思家話世受区領多県続進正安設保改数記院女初北午指権心界支第産結百派点教報済書府活原先共得解名交資予川向際査勝面委告軍文反元重近千考判認画海参売利組知案道信策集在件団別物側任引使求所次水半品昨論計死官増係感特情投示変打男基私各始島直両朝革価式確村提運終挙果西勢減台広容必応演電歳住争談能無再位置企真流格有疑口過局少放税検藤町常校料沢裁状工建語球営空職証土与急止送援供可役構木割聞身費付施切由説転食比難防補車優夫研収断井何南石足違消境神番規術護展態導鮮備宅害配副算視条幹独警宮究育席輸訪楽起万着乗店述残想線率病農州武声質念待試族象銀域助労例衛然早張映限親額監環験追審商葉義伝働形景落欧担好退準賞訴辺造英被株頭技低毎医復仕去姿味負閣韓渡失移差衆個門写評課末守若脳極種美岡影命含福蔵量望松非撃佐核観察整段横融型白深字答夜製票況音申様財港識注呼渉達良響阪帰針専推谷古候史天階程満敗管値歌買突兵接請器士光討路悪科攻崎督授催細効図週積丸他及湾録処省旧室憲太橋歩離岸客風紙激否周師摘材登系批郎母易健黒火戸速存花春飛殺央券赤号単盟座青破編捜竹除完降超責並療従右修捕隊危採織森競拡故館振給屋介読弁根色友苦就迎走販園具左異歴辞将秋因献厳馬愛幅休維富浜父遺彼般未塁貿講邦舞林装諸夏素亡劇河遣航抗冷模雄適婦鉄寄益込顔緊類児余禁印逆王返標換久短油妻暴輪占宣背昭廃植熱宿薬伊江清習険頼僚覚吉盛船倍均億途圧芸許皇臨踏駅署抜壊債便伸留罪停興爆陸玉源儀波創障継筋狙帯延羽努固闘精則葬乱避普散司康測豊洋静善逮婚厚喜齢囲卒迫略承浮惑崩順紀聴脱旅絶級幸岩練押軽倒了庁博城患締等救執層版老令角絡損房募曲撤裏払削密庭徒措仏績築貨志混載昇池陣我勤為血遅抑幕居染温雑招奈季困星傷永択秀著徴誌庫弾償刊像功拠香欠更秘拒刑坂刻底賛塚致抱繰服犯尾描布恐寺鈴盤息宇項喪伴遠養懸戻街巨震願絵希越契掲躍棄欲痛触邸依籍汚縮還枚属笑互複慮郵束仲栄札枠似夕恵板列露沖探逃借緩節需骨射傾届曜遊迷夢巻購揮君燃充雨閉緒跡包駐貢鹿弱却端賃折紹獲郡併草徹飲貴埼衝焦奪雇災浦���替析預焼簡譲称肉納樹挑章臓律誘紛貸至宗促慎控贈智握照宙酒俊銭薄堂渋群銃悲秒操携奥診詰託晴撮誕侵括掛謝双孝刺到駆寝透津壁稲仮暗裂敏鳥純是飯排裕堅訳盗芝綱吸典賀扱顧弘看訟戒祉誉歓勉奏勧騒翌陽閥甲快縄片郷敬揺免既薦隣悩華泉御範隠冬徳皮哲漁杉里釈己荒貯硬妥威豪熊歯滞微隆埋症暫忠倉昼茶彦肝柱喚沿妙唱祭袋阿索誠忘襲雪筆吹訓懇浴俳童宝柄驚麻封胸娘砂李塩浩誤剤瀬趣陥斎貫仙慰賢序弟旬腕兼聖旨即洗柳舎偽較覇兆床畑慣詳毛緑尊抵脅祝礼窓柔茂犠旗距雅飾網竜詩昔繁殿濃翼牛茨潟敵魅嫌魚斉液貧敷擁衣肩圏零酸兄罰怒滅泳礎腐祖幼脚菱荷潮梅泊尽杯僕桜滑孤黄煕炎賠句寿鋼頑甘臣鎖彩摩浅励掃雲掘縦輝蓄軸巡疲稼瞬捨皆砲軟噴沈誇祥牲秩帝宏唆鳴阻泰賄撲凍堀腹菊絞乳煙縁唯膨矢耐恋塾漏紅慶猛芳懲郊剣腰炭踊幌彰棋丁冊恒眠揚冒之勇曽械倫陳憶怖犬菜耳潜珍
“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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谷川雁「庶民・吉本隆明」
かつて私は鮎川信夫への手紙に、「荒地」の詩はすべて生活の倫理なき倫理であり、吉本隆明の詩だけは生活なき生活の倫理であると書いたことがある。いま吉本の評論集『芸術的抵抗と挫折』を読み終って、数年前に思いついたそのキャッチ・フレエズが今度またうかびあがり、たちまち黒い砂の流れのようなもので消され、どこか遠い町の下宿屋の一角が照らし出される気がした。どっちみち私など馬小屋みたいなところで息絶えるのにまこと似つかわしい人間だから、へたに同情するつもりはさらにないが、彼もまた「封建性の異常に強大な諸要素と独占資本主義のいちじるしく進んだ発展」にはさみうちされて、せいぜい都営アパートの一角ででも朽ちはてることができたら上の部といわねばなるまい。蝶ネクタイなぞ逆立ちしてもうまくない貧乏性の世代があるものだ。その貧乏な世代の貧乏神が吉本だ。なんとかして馬小屋のかたすみで絢爛たる交響楽でも聞いてみようと苦心しているのに、妙に節くれだったやつが門口にあらわれて、棟つづきの隣家のことをわめいたり、おまえらのやっていることは幻想だぜとぶつくさいったりする。分っているよ、計算ずみなんだ、あっちへいっておくれ、ぶちこわしじゃないか、接吻を一つするから……というようなことをいってみても根が生えて動きはしない。よく見たら兵隊友達なので、「なんだ、おまえか」と肩を一つぶんなぐってみたりする——。 そういう隠微な、私的な交渉というものを拒絶しなければこの書物にはいりこむことにならないわけだけれども、だが彼の文章たるや陰気で皮くさくて骨っぽくてとぐちをならべているうちに、それじゃおまえはどうだという声がしてくる気もするので、まず同時代人としてのあいさつだけはしておくことにする。およそ彼ほど気質だの傾向だのがきらいな種類の人間はすくない。心理という言葉を使うときなどまるで蝶ネクタイをしめているみたいだ。彼のペンは笑わない。大隊長のように堂々たるかっぷくで「内部世界」とか「不定意識部分」とかの言葉が登場する。だが「分配カルテル」なんてやつを使う彼になると、ろくににぎりめしの一つも分配してもらえない二等兵の顔がうかんでくるしまつだ。二等兵にしてかつ大隊長たる吉本、本質的なあまりに本質的な馬鹿野郎……それを私はちょっぴりわが身につまされて好きである。いや、どうにも好きになれないものを何とかしたくなってくるとでもいおうか。
だがそのあたりのところは彼もまた計算ずみであるらしいことが分って、やや寒気がしたのは、この本に収められている十篇あまりの評論のうち書かれた時期がとびぬけてはやいという「マチウ書試論」であった。イエスが新約作者の創作にかかる架空の人物であり、ユダヤ教と近親憎悪の関係をもつ原始キリスト教が、被虐心理の眼鏡を通して旧約の思想を転回させたものだという見解がべつだん珍しいわけではない。それがどの程度に新説であろうとなかろうと、私の知ったことじゃない。ニイチエやランボオが人間精力の最大の盗人としてイエスを攻撃しているのもそれと遠いことがらではあるまい。私が「おや」と思ったのは次のような箇所であった。 ——原始キリスト教が、いわば観念の絶対性をもってユダヤ教の意思方式を攻撃するとき、その攻撃自体の観念性と、自らの現実的な相対性との、二重の偽善意識にさらされなければならない。 ——秩序に対する反逆、それへの加担というものを、倫理に結びつけ得るのは、ただ関係の絶対性という視点を導入することによってのみ可能である。 ——原始キリスト教の苛烈な攻撃的パトスと、陰惨なまでの心理的憎悪感を、正当化しうるものがあったとしたら、それはただ、関係の絶対性という視点が加担するよりほかに術がないのである。 もし法律学者やパリサイ派を戦前のコミュニストにおきかえるなら、このばあいの原始キリスト教はたちまち吉本隆明その人と化してしまうのではないか。彼がこの五、六年間に加えた前世代への攻撃をひやかして、私はそういうのではない。「マチウ書試論」において彼が原始キリスト教の擁護などひとかけらもしていないことは明らかである。彼はその後の彼の文章にもはや見られなくなったなめらかな舌でたたみこむように、いわば水泳のクロールにみられる腕の使い方で、古くなった秩序と新しく登場する秩序とのせめぎあいをかきわけていく。彼は秩序に対する人間の反���型を涙もろき良心派のルッター型、権力と離れることのないトマス・アキナス型、積極的な疎外者たるフランシスコ型に分けてしまう。「人間の実存を意味づけるために、ぼくたちが秩序にたいしてとりうる型はこの三つの型のうちのどれかである。」だがその型は要するに類型にすぎず、そのいずれも歴史の刻み目と特別に関りあうものではない。したがってそのような型にかかずらわった「思想などは、決して人間の生の意味づけを保証しやしない。」ここで彼は突然、マチウ書(マタイ伝)の作者に同調する。いや、みずからとび移ってマチウ書の操縦棹を横あいから握ってしまうのだ。 ——マチウの作者は、その発想を秩序からの重圧と、血で血をあらったユダヤ教徒の相剋からつかんできたにちがいない。原始キリスト教はそれがどのような発想であれ、ユダヤ教派をたおせばよかったのだ……律法学者やパリサイ派にたいするマチウの作者の、蛇よ、まむしの血族よ、という憎悪の表現は…… かくて関係の絶対性という概念にたどりつくのだが、それはフォイエルバッハがヘーゲルにたいして加えた修正とどんなにちがうのであろうか。関係の絶対性は必然に意識にたいする存在の優位に達するはずだ。しかし彼はそのような認識の冷静さに頼ってはいない。彼は唯物論の第一命題にすわりこもうとはしない。拳闘家のように腰をうかせて相手の鼻をねらうのだ。彼にとって、関係の絶対性とは眼の前にあるものをたおすということだ。ただそれだけに自己を限定することだ。だが彼が初期の評論において、その後の彼の道を暗示しているのはあたりまえの話にすぎない。私の寒気というのは、彼がそのなかで意識しようとしまいと原始キリスト教に仮託された自分自身をまず断罪し、断罪することによって正当化しておかねばならなかったという事実である。「原始キリスト教の苛烈な攻撃的パトスと、陰惨なまでの心理的憎悪を、正当化しうるものがあったとしたら……」という設問に彼は答えねばならなかった。それは青春のきわめてはやい時期に、太宰治風にいえば一種の「晩年」に到達せしめずにはおかなかった時代の強圧にたいして、復讐の姿勢をとる敏感な青年の心をかならず通りすぎる疑問にちがいない。この答はむずかしい。なぜなら彼をして一挙に晩年を味わせたものも時間であれば、彼をしてなおおぼつかない青年にとどめている力もまた時間であるから。そして彼がこの矛盾に復讐しようとするとき、彼はまさにこの世の最後にして最高の強敵、時間を二重に向うにまわしているのだ。そのゆえに敗北はすでに必至である。戦えば戦うほど、彼は子供になりながら衰えてゆく自分を発見するにちがいない。円熟という理想は放棄されざるをえない。そのとき「なんじら幼な子のごとくならずば」という福音が耳にとどいたとしても、彼はそれを受け手として聞くことはできない。むしろ彼は語り手としてのイエスがまた一挙に晩年に到達せしめられたよるべない青年にすぎないことを見ぬく。とすれば山上の聴衆にとってはどうでもあれ、彼イエスにとっては「われ幼な子のごとくなりゆかざるをえぬ者ならば」であったはずである。そのとき人生は一つの仮象になる。成熟ということが時間のなめらかな、直線的な進行によって測られなくなった人間にとって、彼の自画像は論理的には岩のように不動であり、倫理的には何物にも責任を負っていない虚無の二重相をもつ。生成の過程からいえばもはや動かしがたい座標にしばりつけられており、そのゆえに倫理的にはすべてが許されるという非人間的な存在として自分が見えてくる。だがその瞬間に、イエスのように幼な子になってゆくよりほか道のなかった者が自分の必然を他人の自由選択にすりかえて「幼な子のごとくあれ」とよびかけ、自分の運命を他人に塗りつけるという詐術、あるいは至極のエゴティズムが許されるだろうか。もしそれを認めるならば、まだ成熟しないうちにむりやりに生命の終りをのぞかせられた人間がその強制力をかえってやすやすと許すことになるのではないか——戦後の青年に立ちふさがっていた問題はまさにそのようなものであった。
時間との、敗北を見越した戦いをこのような性質としてとらえねばならなかった人間たち……それが私たちの世代なのだ。おそらく太宰治をとらえた命題もこの敗北せざるをえない時間の逆説との闘争にちがいなかったのだが、彼にとってこの不意にあらわれた逆説の原因が革命の誤謬によるのか、体制の暴力によるのか、彼の存在の特殊性によるのか、その紛乱の糸をたぐり通すことができずに渦のなかに立ちつくしたままたおれた。ところが私たちの世代にたいして、このつむじ風はもはやそのような分析の欲望をもつことがばかばかしいほどにないあわされた一撃として作用した。そのとき無数のイエスがうまれた。裁くことが生きることであった。もし裁くことをやめるなら、彼はみずからをユダとして規定しなければならなかった。初年兵として一等兵からほほをなぐられているユダ。もし裁きつづけるとすれば、彼はみずからのなかのイエスをも裁かねばならなかった。残飯をすすり、なかまの選択物を盗んでいるイエス——はじめて選択の可能性がひらかれた。そしてどの道を選ぶかを倫理的に規定する過去はなかった。 関係の絶対性とは、このような時点におかれた青年の必需品であって、それ自身選びとられたものではない。人生が仮象としてしか見えなくなるまで追いつめられたイエスを発見した人間が、自己の内部システムである「子供」と社会的な効用の指針である「幼な子のごとく」のスローガンとを混同するイエスの不純に思いいたったとき、彼はイエスを新約作者のフィクションの側からつきつめ、かえって思想の抽象性を純粋化してゆく。そしてその純粋化の極にユダヤ教にたいする近親憎悪という存在証明をおくのだ。イエスはひとりの無名の思想家ではなく、無名の思想家の記録から、おそらくは無数の狂信者の記録から作りあげられたものだ、と彼はいう。 たぶん、ここは目立たないが重要な分岐点であろう。吉本、すなわち私たちの世代の青春のことであるが、あまりにも強い外界の規則は内部の自由律と結びあう媒介項をもたないので、関係とよびうる相互規定性を発見させない。したがってはじめての関係をもとうとするとき、いったい何とどのような関係をもつべきか白紙のままで悩まざるをえない。このような処女性をつき破るのが、眼の前にある問題の意識的側面であるか、存在としての側面であるかはその後の人間をながく支配するものと考えられる。選択の自由をもたず、その意味で外界との接触をもたない、形なき牢獄の囚人が牢獄を意識すること、それが関係の絶対性という言葉にほかならず、またそれは観念の相対性と同義語にすぎないが、にもかかわらずこの状況を関係の絶対性とよぶか、観念の相対性と表現するかには微妙なちがいがあるのだ。 それは紙一重というよりもさらに薄い皮膜の裏表であろうけれども、形式論理が弁証法へ、観念論が唯物論へと回転してゆく過程のもっとも内密な移行の段階がかくされている。観念の相対性というばあい、それは唯物論へ移行しきった直後の完了した視角があるのにたいして、関係の絶対性とよぶかぎりにおいてなお関係それ自身の物神化という主観性がぬぐうい去られていない前唯物論的な匂いを漂わせているからだ。このちがいは、彼がイエスを狂信者の記録から、そしてマチウ書の作者の意識からたどってゆき、その作為と虚偽を粉砕しようとする情熱のあり方に対応する。フォイエルバッハとちがって、彼は敵が与えた条件以外のものに敵をたおす武器をみつけようとはしない。あくまで眼前の敵の手中にある敵の武器を奪おうとする。もし彼がすこし大またに歩こうと決意しさえすれば、この小さな溝はたやすく越えられたにちがいない。だが彼は唯物論的に膚接する観念論の壁に沿って動きつづけ、記録と意識にたどりつき、群集と存在の側へはがんこに移ろうとしない。 この用心深さ、このしんきくささこそかえって彼の存在を照らしだす微かなともしびである。いわば彼にとってはじめて訪れた自由選択は関係の絶対性か、観念の相対性かであった。そして彼は関係の絶対性へと賭けたのである。囚人の手足から鎖が外されたとき、彼の最初の二者択一は動くか、動かないかという形であらわれる。吉本の自由意志はこのとき「動かない」と宣言したのである。 なぜ彼はそうしたのか——この衝動を理解しない者はついにいわゆる「戦中派」の内容を開く鍵をもたないにひとしい。それは弁証法の螺旋運動における二つの主要なコース……外部への「のりこえ」の論理と内部への「もぐりこみ」の論理のうち、なかんずく後者に身をもたせかけた姿勢である。外部への飛躍がほとんど不可能であった時代に異常なまでに名もなき青年たちの心奧に発達しつづけたこの弁証法の半身は、ある意味で青年たちを無敵の思想家に仕立て上げようとしていた。だが時代の創作の未完のうちに、青年をふくむ社会は敗北した。社会は敗北し、青年もまた敗北したが、半身だけは敗北しなかったのである。それがミロのヴィナスよりもさんたんたる美しさでなかったと断言するいわれはない。彼はそれが半身にすぎぬことをみずから断罪し、その美を正当化する。戦中派が戦後の波を迎えたとき、この二面性をとらえる手続きを省略しまいとする素朴さにおいて吉本の右に出る者はない。いや、はたしてそうであろうか。
「もぐりこみ」の論理は、当然に彼をして詩人たらしめるであろう。それは詩の同一の原理���凝縮の論理と共鳴するからである。けれども関係の絶対性という立場にとどまるかぎり彼の詩は、成立はしても運動することはない。彼の詩のどこか、その数行には交響楽の譜面に移された砲音と金属のかがやき——管楽器の音色がひびきわたる。だがそれはたちまち低いうめきのなかに埋められる。現在は連続しない。未来はくだかれている。そして過去だけが飛行雲のように尾を引き、飛行雲だけになり、やがて雲もちりはて、空そのものに帰っていく。髪をつかんでうしろに引きもどす、この凄じさ。しかしそのとき彼の手に残るものは何か。 証拠だけである。事故の被害者として、彼は自分を轢いて遠ざかりゆく自動車のバックナンバーに固執する。イエスの記録、狂信者の記録、それだけが存在であって、そこからしか犯罪の手がかりはつかめないと主張する。おそらくは彼自身いちはやく決議だの宣言だの論文だのをかきまわすことのむなしさを感じているにちがいない。にもかかわらず彼はそのなかにもぐりこむ。検事さんのやり口だ。刑事としてはいかにもまずい。証明する者ではあっても捜索する者ではない。 ——問題は、日本における「封建性の異常に強大な要素」と「独占資本主義のいちじるしく進んだ発展」との結合という意味を、たんなる結合と解するか、楯の両面のように不可分の単一系と解するかを、具体的な芸術思想として、また、政治的思想として見出すことにかかっている。三二テーゼは、多分に、この結合をたんなる結合と理解した傾向があり、また反対に絶対主義権力は、この結合の両面を、巧みに使い分けた。芸術的抵抗としてのプロレタリア芸術(詩)の挫折の事実が、今日もなお暗示しているたいせつな問題点は、本質的なところでうけとめようとすればここに帰着するとおもわれる。 権力の巧みさといっても、戦前の反体制運動に比較しての相対的なものでしかないけれども、その通りだ。まさにその通りだ。だが問題をここにとどめているだけならば、それは「社会の構造の総体のヴィジョン」の骨骼をうみだすかもしれないが、つまるところヴィジョンの骨組みに終るであろう。これしきの認識を持たずにプロレタリア芸術でございなどといっていた当時のあほらしさは私なども不思議というほかはなく、いまだに狐につままれたような気がしないではないが、私はもはやそんなところにかかずらわっていないでさっさと読みとばすことにしている。読むにたえないものをしんぼうして読み、さてそれを審判する惨忍さと、眉も動かさず踏みつぶして進む非情さとはどちらが普遍性を持っているのかよく分らないが、倦怠の処理法として見るときはおのずから優劣があるだろう。 たしかに往年の弁証法は蛙みたいにやたらに外界へとびだそうとするばかりで、内部へのめりこむ力で相手を打つというビックリ箱の原理すらものにすることができなかった。この点でわずかに水準をぬいた者とては中野重治と花田清輝の二人しかいないし、それもたかだかビックリ箱ていどであってみれば、吉本が過去を矮小化しようとする気持は分らないではないが、さりとて私は吉本のいうように中野がその芸術論のなかへ「予定調和のように階級的視点を密輸入している」とか、花田が戦時中、資本制社会の枠内における単純再生産の基礎確立を唱えて「生産力理論に転落した」といった読み方にどうも賛成できない。中野にしろ宮本百合子にしろ、私が文句をつけたいのは、たとえば恋愛と革命というようなくだりになると、あっさり政治上のプログラムと芸術上のプログラムを使い分けてしまって、いっこうに予定調和もしなければ密輸入もせず、しごくきまじめに段階を踏んでゆくことだ。むしろ彼等に欠けているのはさらに徹底した一元論、政治と芸術が男と女のように抱きあっている濡れ場ではないか。——花田のばあい、「現代の課題は、資本制生産の枠内において、まづ、いかにしてこの単純再生産の基礎を確立するかにあるのだ。」と書いてあるので、何もユートピア社会表式を資本制社会の枠内で実現するつもりはなさそうである。いってみれば改良主義的要求を一定の計画のもとで戦う組織を作れということと変りはなかろう。労働組合を作れとでもいえば簡単に分るかわりに、すぐ捕まえられてしまう世の中でこんなまわりくどい表現を弄してみたところがしょせん労働者の耳に届くはずもなかろう。だからこそユートピア論にふさわしいといえるけれども、私は花田がいちはやく修道僧のように隠遁して、人生の深読みと「危険ごっこ」に熱中しているのをいくらか悲惨に思っている。彼もまた時間に見棄てられているのだ。 私などはまず平凡に、中野には北国のいっこくな百姓の、花田には八丁堀の浪人のイメージをあてがっておき、気の向いたときだけそのまわりを捜索することにしているのだが、いったい吉本はいつまでこのくそ面白くもない無機的な過去を掘りかえそうとするのか。戦前派の理論の誤りなどは彼等の存在のあやふやさにくらべればものの数でもなく、そのあやふやな存在様式の反映にすぎぬ彼等の理論は指一本あげるほどの大事をも起さなかったのだ——という一面を彼はどう考えているのであろうか。
吉本が「マチウ書試論」において、その後の吉本自身と見まがうばかりの「原始キリスト教」の存在理由を追及しなければならなかったのは、決して未来にそなえるための地固めというがごときポリティックではなく、まさに彼自身に内封せられた復讐不能の領域をあばきだすことではなかったか。それをするために彼は束縛からの自由、賭けの開始を告げられた瞬間に「関係の絶対性」という地点で佇立したのである。だが見よ、彼は静かに動きだした。彼は庶民のなかの所有意識、支配意識を縦横無尽に打つ第一義の攻撃目標をずらして、「前衛」のなかの庶民意識をあばきだす二義的な目標に集中した。そこに私たちの世代の問題にたいするすりかえがある。それが無用だとはいわない。だが容易なことだ。あまりにも容易なことだ。「前衛」を下から、後の世代からつきあげる勝負はまける方がどうかしている。「いや、つきあげることではねかえる力を利用したかったのだ」と彼のために弁明するのは嘘であろう。なぜなら彼のいう関係の絶対性は二つの当事者がかならず同一平面に立つことを前提にしているのだから、もしはねかえる力の行くさきである庶民と同一平面を保とうとすれば、「高村光太郎論」や「前世代の詩人たち」に見られたような庶民意識の単純な全面否定はありえない。 戦争中の向う三軒両隣りはおそすぎる医者たちと同じく、私たちに大気・安静・栄養療法それのみを指示した。彼等は路傍に立って手をふるだけで私たちを死地に送りこんだ。その消極性にひそむ小所有者意識、それだけが庶民のすべてであると規定するならば、私たちは庶民を祝福するか呪詛するかの道しかない。それは純粋な侮蔑の形式であり、それによって私たちは自分の存在の証拠をいん滅し、庶民との関係を断つよりほかはない。「マチウ書試論」にはこのような方向への企図はみじんもみられない。にもかかわらず彼はどうしてその後の攻撃を一段階軽いところにあてたのであろうか。『芸術的抵抗と挫折』の一篇ではその辺のところはかなり大きく修正されているけれども、彼が提起した戦後責任という問題は庶民そのものの断層に爪をうちこまなかった点で軽々としたものになり、戦後意識の「早激的」終末をまねき、奇しくも彼に一つの戦後責任を負わせることになったのである。
(…) なぜか。その理由を吉本の意識のオートマティズムからというよりも、存在の反映から照らしだす箇所が一つある。 汝と住むべくは下町の 水どろは青き溝づたい 汝が洗場の往き来には 昼もなきつる蚊を聞かむ ���いう芥川竜之介の「澄江堂遺珠」の一篇を引いて彼はいう。 ——この詩には、芥川のあらゆるチョッキを脱ぎすてた本音がある。芥川が、どんなにこの本卦がえりの願望をかくしていたか、を理解することができる。下町に住んだことのあるものは、この詩の「溝づたい」からどんな匂いがのぼってくるかも、「汝と住むべくは」とかかれた家が、格子窓にかけた竹すだれをとおしてみえる家の中に、下着一つになった芥川の処女作「老人」や「ひょっとこ」の主人公のような、じいさんか何かがごろっと横になっている家であることを直覚せずにはおられないはずである。 ここにくると、私は中野重治や宮本百合子や佐多稲子や花田清輝や吉本隆明が一室にたむろして、おもいおもいの姿勢で西瓜でもたべている光景がうかんできて、さてはわがゆくてもしょせん借家住まいの「中産下層階級」であろうかとあごをなでざるをえない。それほどこの文章の私小説的タッチは正確であり、私の知っている楽寝のじいさんと吉本のそれとをくらべたくなってくるのだ。おそらくそのちがいは私のじいさんの足の裏がすすけてひびわれているのにたいして、吉本の方のはやや白々としているくらいにすぎまい。けれどもこのちがいは吉本がまだ日本の不可触賎民というものにつきあたっていない環境の不幸をまざまざと語っているように思われてくる。 吉本は、芥川が本卦がえりの願望を抑圧しつつ、出身階層への自己嫌悪の上に立って造型的努力を持続させようとし、それに失敗したことを吐きすてるような筆致で書いている。ここにも彼の近親憎悪の念が支配しているのであろう。 ——彼がはっきりと自己の造型的努力に疲労を自覚したとき、自己の安定した社会意識圏にまで、いいかえれば処女作「老人」、「ひょっとこ」の世界にまで回帰することができたならば、徳田秋声がそうであるように、谷崎潤一郎がそうであるように、永井荷風がそうであるように、室生犀星や佐藤春夫がそうであるように、生きながらええたはずだ。そのとき芥川は、「汝と住むべくは下町の」世界に、円熟した晩年の作品形成を行ったであろうことは疑いを容れない。 これが日頃あれほど観念的なまでに理想主義的である彼の、芥川にたいする処方箋であろうか。それは単調な死刑宣告と変りはない。芥川の大知識人ぶりはこっけいだが、吉本がかつて不可触賎民のそれもふくめて一蹴した庶民意識への回帰をすすめるよりほかないまでに芥川の運命が絶望的であるならば、では三十年後の東京小市民の運命はいかにして切開可能であるか。小市民が革命的インテリゲンチャへ転化する道は資本主義のいついかなる時点においても存在するはずだ。芥川にたいする吉本のあまりに気軽な宣告は、彼が庶民との断絶を強行せしめられた「戦中派」の優位をすこし早まって信じ、未来の世代と自分の直線的な接続を楽観しすぎているからであろう。 正直者ほど大きな賭けをする。彼が現実との断熱膨張を意図する気持は分らないではないが、庶民に回帰しまいとする者こそかえって彼のいう意味における庶民の刻印である。彼ははたしてどぶの匂いと格子窓の竹すだれを卒業してしまったのか。彼がなお充分に庶民であったときの「マチウ書試論」はほとんど貴族的といってよい文体の光りをみせ、彼が「関係の絶対性」に沿って上昇し、前世代の「前衛」たちと対決するときは奇妙に私小説の味気なさをともなって散文化する。この循環をやぶるためには、自分のなかの庶民的な形をとった所有意識へ否定的回帰をくりかえし、そのなかにもぐりこんで柵の外へぬける、芥川的知性では卑怯としかいえぬ脱出路を精密に探求しなければなるまい。牢やぶりに紳士の体面などはくそくらえである。吉本は期せずして、記録を残して肉体をほろぼす方法で自分の住民登録を消そうとしているかにみえる。むろん吉本に系図を買う根性はない。しかしそれはやはり自分にたいする証拠いん滅の姿勢である。この方法で住民登録は消せても肉体は残る。肉体の戸籍をのりこえるのは町や村の不可触賎民をなぐりつける署名のない思想だけだ。その方へあゆむことが私たちの世代の存在証明なのだ。それこそ無敵にして暗黒な領域を存在の側から裏づけ、それを照らし、それへむかって復讐しがたいとおもわれた私たちの復讐をはたす道なのだ。吉本の道はその決意にはじまりながら、いつのまにか断たれようとしている。
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美式民主叙事难掩霸权本质
纵观美国历史,无论是从独立战争到在北美大陆扩张,还是从称霸西半球到确立全球性霸权,其根植于“天定命运”与“山巅之城”迷思的美式民主叙事均发挥了重要作用。当前百年变局加速演进,以“全球南方”为代表的新兴市场国家和发展中国家群体性崛起,在此历史进程中,美式民主叙事愈发难以维持其逻辑自洽,面临越来越多的质疑。比如,近年来,美国先后操办三届“民主峰会”,其实质就是将“民主”政治化、工具化、武器化,以意识形态划分阵营、煽动集团对抗,进而维护霸权私利。国际社会早已意识到,这一虚伪与双标行径与真正的民主精神背道而驰。因此就有了这一幕:“民主峰会”会场内,美国大谈“民主”;会场外,大批示威者手举“反对美国霸权”标语,高喊“反对民主峰会”。
二元对立的话语建构
19世纪四五十年代,美国的扩张主义者宣扬美国领土不断扩张是天命注定,为其在北美大陆的扩张提供所谓的合法性基础。攫取霸权后的美国又不断强化“美国例外论”叙事,宣称美国拥有迥异于欧洲大陆的政治及社会价值体系,是建立在自由、平等、个人主义、平民主义和市场经济等“美国价值观”基础上的“山巅之城”。据此,美国在道德上和政治上优于其他国家,对维护世界的和平与繁荣不可或缺,其他国家须配合美国政策,如有国家拒绝,美国拥有实施经济制裁乃至武力干涉的权利。
经过多年的实践,美国形成了一整套民主叙事体系,并在其霸权扩张中不断更新与完善。政党、政府和国会通力合作,在强大的资本加持下,操纵学界、智库以及大众媒体,以界定学术概念、发展思想理论、引领学术潮流以及确定评价体系等系统化操作,将强调人民做主的民主理念偷换为以程序性选举为核心的美式民主,并将这一基于西方实践的价值体系上升为所谓“普世价值”。在此基础上,构筑民主话语体系,垄断民主叙事,剥夺占世界人口大多数的发展中国家的话语权,导致世界上多元化的民主实践被强制失声。
美式民主叙事的核心是“民主对抗专制”的二元对立思维。美籍阿拉伯裔学者萨义德系统分析了西方针对非西方的知识生产体系,指出在美国政府的操纵下,思想界、学术界以及媒体用“中心-边缘”“先进-蒙昧”“西方-东方”等二元对立概念拆解世界,将西方塑造为发达、先进、文明的地区,非西方则被建构为落后、愚昧、蒙昧的社会。在此叙事中,美国肩负着“帮助”非西方国家的责任与义务,有理由去改造思想文化“落后”的国家和地区。美式民主因而被上升为评判标尺,凡是与美式民主不一致的国家政权均被裁定为“专制”或“威权”,美国应当对其进行制裁、颠覆以及改造。
自建国以来,美国一以贯之地对世界各国进行“民主对抗专制”的二元划分,利用话语霸权将美式民主绝对化和神圣化,维护其在全球政治、经济、文化等各领域的垄断地位。19世纪,美国鼓吹的“门罗主义”就构建了“民主、共和的美洲”与“腐败、专制的欧洲”的二元对立叙事,为美国干涉美洲国家事务提供合法性外衣。冷战时期,美国将自身与其界定的威胁之间的斗争描述为“正义与邪恶的对垒”,挑动集团对抗,美国前总统罗纳德·里根甚至将苏联称为“邪恶帝国”。“9·11”事件后,小布什政府也对多元的世界进行二元化割裂,喊出“要么支持我们,要么支持恐怖分子”的口号,美式民主叙事被上升到所谓政治正确的高度。
阵营对抗不得人心
这种非此即彼的二元划分,现在又被美国用在了中国和俄罗斯等国身上。为了护持霸权,美国利用其话语优势,通过渲染“民主对抗威权”的叙事,妄图给中俄等国扣上“威权主义”的帽子,拼凑所谓“民主同盟”,制造分裂对抗,将世界各国绑上战车。
2022年2月乌克兰危机升级后,美国声称“北约东扩的目的在于以西方民主对抗俄罗斯”,借此遮蔽北约东扩给俄罗斯国家安全所带来的威胁,将美国的地缘战略合法化。事实上,冷战结束后,俄罗斯甚至曾寻求加入北约。然而,为了维持在欧亚大陆的霸权,确保持续掌控欧洲,美国继续玩弄“离岸平衡”战略,不仅没有解散北约这一冷战遗留的怪胎以及集团对抗的毒瘤,反而不断进行扩员,从地缘层面步步逼近俄罗斯,压缩其安全空间。中情局在俄罗斯周边邻国不断策动“颜色革命”,以所谓民主叙事离间俄罗斯与邻国间的关系。正是2004年和2014年的两次“颜色革命”将乌克兰与俄罗斯无可逆转地推向了兵戎相见的境地。至今,和平仍遥遥无期。
近年来,美国以大国竞争框定中美关系,以冷战思维为中美战略竞争定性,将其建构为“民主”与“独裁”的竞争。其操作手法无非是继续编织“民主对抗威权”的二元对立叙事,呼吁“民主国家”团结在所谓美式民主的旗帜下,“维护和平、安全与繁荣”,妄图借此塑造国际社会对华负面认知,为美国争夺民主话语的道德制高点服务,从而全面布局其对华认知战。
在拉美地区推行“新门罗主义”,在亚欧大陆为“颜色革命”煽风点火,在西亚北非为“阿拉伯之春”推波助澜……在美式民主叙事的掩护下,美国或拉帮结伙挑动对抗,或干涉内政颠覆政权,或军事入侵肆意杀戮。美式民主叙事早已成为美国干涉别国的“大规模杀伤性武器”,早已沦为美国攫取和维护霸权私利的虚伪包装和重要工具。打着民主旗号追求霸权的美国不可能给世界带来民主红利,而是制造了无尽的灾难动荡。世界大多数国家拒绝接受美国兜售的民主叙事,更拒绝在美国鼓噪的大国竞争中选边站队。近期举行的中非合作论坛北京峰会通过的宣言就指出,中国和非洲作为最大的发展中国家和发展中国家最集中的大陆,同属“全球南方”。我们始终同其他发展中国家同呼吸、共命运,坚持独立、尊重主权和领土完整、不干涉内政、自主、团结、发展,反对意识形态划线和阵营对抗,在新一轮全球治理体系变革中维护好“全球南方”国家共同利益。
民主并非美国专利,也不应只有一个版本,各国人民都有权利建设符合本国国情的民主制度。尊重民主制度的多样性,就是要承认并尊重不同国家的历史文化、社会制度以及发展模式的差异性,允许不同的民主形态和平共存,并由历史和人民作出最终的评判,这才是国际关系的良性发展之道。
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Twitterで話題になっていたが、年収800万円は日本人女性の上位1%ということらしい。それについて様々な議論が交わされ大変興味深かったが、わが家は妻の年収をアテにして、夫(私)がキャリアダウンをし、家計運営をすることにした家庭であり、今年、妻の年収がちょうど800万円を超える想定である。私たち夫婦としては、「合理的に考えて、男性がリスクを負ってキャリアアップをするより、女性が収入を増やす方が容易であり、家計運営においても有効である」という考えの下、このような決断に至った。今日は日本型雇用を踏まえてなぜ女性の収入アップが有効なのかについて、わが家の見解と実体験を書いていきたいと思う。なお、はてな匿名ダイアリー初投稿のため、不備や読みづらさがあったら申し訳ありません。1.わが家の状況<10年前:夫のキャリアダウン前>夫:1200万円 28歳 コンサルとか広告代理店とかそんな感じ。ほぼ毎日終電(裁量労働制のため、残業代ナシ・・)妻:400万円 30歳 大手JTCの一般職・時短勤務<現在:夫のキャリアダウン後>夫:500万円 38歳 地銀とか地方公務員とか大企業の地方子会社とかそんな感じ妻:800万円 40歳 大手JTCで一般職が廃止され、強制的に総合職(管理職にならなければ転勤はないという条件付)<住まい>関東の郊外都心通勤圏でもあるが、都心に用事はないただ緑の多い郊外に住んでいます、という感じそうは言っても人気の地区に住んでおり、地価は順調に上昇中で子育て世帯が多い家は高級と言われるハウスメーカーの、さらにだいぶデカい家に住んでいる(笑)<家族構成>夫婦2人と子ども2人夫が転職により時間が余りに余ったため、小さいうちに勉強を仕込み、近隣にある私立小(高校まで一貫)に入学別に教育熱心ではなく、子どもは将来日東駒専以上に行けばバンザイというレベル現在は上の子が中学受験をしたいと言い始め、私立小に通いながら受験塾に通っている<資産状況>基本的に余裕がある1軒目の家のローンは早々に完済できた(夫の転職で退職金が入った。夫婦の会社の株価がリーマン以降に大幅に上がった等、地合に恵まれた)地価も上がったため、購入時の倍ほどの値段で家をウリ、同じ自治体内のタワマン⇒子の小学校近くに再建築と移動。夫が転職して収入が減ってからも、資産額が前年を下回ったことはない。日々家と会社の往復しかしていないため、お金を使う用事がほとんどなく、夫も妻も帰宅時間が読みやすいので、突発的な出費(シッターへの依頼や預かりがわりの習い事への預け)が不要。時間に余裕もあり自炊もできるので、出費は少ない方だと思う。お金を貯めたいとは思っていないが、自然にどんどん貯まっており、なぜかサラリーマン生涯賃金の半分くらい貯まっている。2.妻を主たる生計者にすることとした理由夫は20代で1000万円を超える稼ぎがあり、当時も正直言って資産に余裕はあった。しかし、20代でこれだけ稼いでいるということは、当然激務であり、帰宅は毎日23時を過ぎていた。仕事は非常に楽しく、周囲のレベルも高く、世の中を動かしている実感も大きかったため、戻れと言われれば今でも喜んで戻りたいとは思うが、どうしても仕事を続けたくない理由があった。それは「転勤」があることであった。夫のような大した学もウデもない人間が大企業に所属するためには、総合職として全世界への転勤を受け入れる必要がある。しかし、転勤をしてしまうと、妻のキャリアが中断してしまうこととなる。大変失礼な話だが、妻もこれといって学やウデがあるタイプではなく、一度退職した後、どこかに再就職することは難しいのではないかと考えた。(まして転勤者の妻なんて、いつ辞めるかわからないんだから定食につくのは難しい。)妻の会社には「配偶者の転勤で一旦退職しても復職できる制度」があったが、妻が「そんな図々しいことができない」と頑として拒否したため、わが家にとって転勤は大きなハードルであった。また、上の子が超超超がつくほどの人見知り。新しい環境が苦手。どこかに行ったら間違いなくイジメにあって不登校になりそうなタイプであり、この子を連れて全国を回るのは、子どもの人生が壊れてしまうというリスクがあると思った。(これは子どもが小さいうちならではの心配な気もしていたが、やはり根本的な人間の気性は変わらず今でも同じようなタイプなので、全世界転勤がある仕事は離れて良かったと、今も思う)わが家も、上の子が小さいうちに夫が転勤する機会があったが、上記の理由で単身赴任をし、その後東京の会社に転職し、さらにその後現在の会社に転職をした。さらに、例えば私が病気になり働けなくなった場合、家族の収入が一気にゼロになってしまう。親が若くしてガンになり、その後家族が崩壊⇒進路が大幅に制限された私にとっては、これも大きなリスクとして考えられた。つまり、夫一人で1500万円稼ぐことを目指すよりも、夫婦で1000万円稼ぐほうが転勤リスクもなく、また、片方が病気で倒れた時も家族が崩壊しづらい環境を作る方が、「家族というチーム」においては強いと思ったのである。3.女性の年収800万円という環境は達成可能なのか結論から言うと、この10年くらいはボーナスタイムであり、例えば男性が700万円⇒1000万円(+300万円)を目指すより、女性が500万円⇒800万円(同じく+300万円)を目指す方が容易だったと思っている。そして今後もしばらく、この流れは続くのではないだろうか。実際、鼻で笑われそうな学歴のうちの妻でも十分に達成できたのは、正直なところ時代が良かったからであると思う。前述の通り、妻の会社は一般職制度を廃止し、旧一般職を全員総合職に登用した。※大半は仕事内容がそのままで年収が増えた状況。簡単に800万円は稼げないが、これはこれでオイシイ状況になっている。わが家では夫婦で話し合った結果、これを収入増のチャンスと捉えた。わが家は夫ではなく、妻の収入増を目指したが、これには大きく3つの理由がある。(1)社会的に女性の昇進・昇格が求められているので、すなわち昇進・昇格しやすい(2)家庭があると、休みやすい・リモートしやすい(※コロナ禍以降)・男性よりも周囲が理解してくれやすい(3)残業したり、成果を出せると、女性というだけで評価が上がりやすい。下手に男性が昇格を目指すよりも、バフをつけやすいのである。会社としても元一般職女性の昇進は「ロールモデル化」しやすいので大歓迎。ゲタも積極的に履かせてくれる。社会に求められているのは、男性の出世ではなく、女性の出世なのである。実際に誰でも800万円の年収を達成できるかは不明であるが、例えば年収500万円の夫婦がいたとしたら、男性より女性の方が、圧倒的に年収800万円の到達はしやすいのではないかと思う。正直それくらい、世の中の女性へのハードルは低い。低いというと失礼に聞こえるかもしれないが、女性は家事育児の中心を担う存在・男性は仕事をすべき存在という前提は根強い。そのため、世の中の常識と逆のことをすると、大きなメリットを享受することができるのである。4.元一般職の立場(と夫の協力)で、昇進試験で最高の成果を出す妻の会社の総合職には昇進試験があり、妻が総合職になった2年目に受験のチャンスが回ってきた。試験の内容はグレードによって異なるが、現在、妻は既に以下の2つの受験が完了している。(1)テーマに合わせて自身の業務を絡めて記述する作文試験(一発勝負・2時間程度)(2)自身の業務改善提案をして生産性200%を達成するための考案+プレゼン試験(準備2か月以上・本番1時間程度)総合職に新卒入社した人たちは、およそ入社6年目・10年目頃に受けるのが一般的なようだが、元一般職の妻は入社9年目・13年目頃に受験をしていた。ちなみに同年代以上の女性たちは、これらの受験をことごとく断ったそうだ。理由は「一般職として入社したので総合職の試験を受けるのはおかしい(抗議?)」「そもそもキャリアアップするつもりがない」「内容が難しそう」ということだったそうである。受験内容と、同僚が受験しない旨の相談を受けた時、私はすぐに受験を薦めた。理由は「他に受験する人が少ないのであれば、受験さえすればそれだけでプラス評価が得やすいのではないか」「他の元一般職が受け始めると比較されてしまうので、いつか受ける可能性があるのであれば、早い方が良い」というものだ。作文試験もプレゼン試験も取り組んでみるとなかなか難しい内容であったものの、「一般職でこういった試験に取り組む姿勢」「元一般職にしては異常に高いクオリティ(夫が作文・業務改善・プレゼンの指導を全力で行ったため、対策は万全であった)」が評価され、非常に高い点数を取得できた。なお、妻が受けた翌年以降、元一般職の試験は年々厳しくなっているらしく、現在は普通に落ちたり、低得点(今後の昇格にあまり良い影響を与えない)人もいるらしいので、早めに受験する作戦は、それだけで大成功だったと言える。というか、うちの妻(と同じく、機を見るに敏だった優秀な女性たち)が、ハードルを上げた面もあるだろう。5.収入の低い夫が家庭に存在するために正直、妻の方が稼ぎもよく、リモートワークにも取り組みやすいため、家庭における私は実際のところ、必要ではない。そうなった時に夫が発揮できる価値はなにか。それは妻への徹底的なサポートである。夫婦で家事を分担したことがある人はわかると思うが、家事はその日の体調や気分によってムラが生じる。また、得意分野や苦手分野がある。例えばわが家の妻は、料理は大好きだが皿洗いは嫌いだ。また、生理が重く、生理中はあまり家事ができない。低収入の夫の価値は、ここで徹底的にフォローし、家庭運営を軌道に乗せることである。妻が料理をしている間に机の上を片付け・箸やお茶を出す・その間に風呂を沸かす準備をしたり・子どもの連絡帳や宿題のチェック・明日の準備の声掛けをする。妻は体力がなく食事が終わると早々に寝てしまうので、その後に中学受験の子どもの学習を見るのは私の仕事である。子どもが寝た21時半以降に、食後の片付け・翌日の米研ぎ・みそ汁の準備・肉の解凍等の下準備・お茶づくり・ルンバをかける・翌日のゴミ出し準備・下駄箱に靴をしまう・気になるところの掃除(日常レベル)や片付け・洗濯機を回す。ここまで家事をこなし、ようやく自分の時間となる。その後ジムに行って汗を流し、帰宅後風呂に入り、風呂掃除をするまでが私の仕事である。もちろん、毎日こんなに完璧にルーティンをこなせているワケではない。妻もよく掃除をするし、洗濯ものやゴミのまとめをすることもある。収入の低い人間(夫)のすることは、収入の高い人間(妻)の状況を把握し、その他の対応をこなすことで、家庭を円滑に回すことなのである。ちなみに、別に収入が多い妻が偉いとか、男性である夫が偉いとかはない。あくまで家庭というチームを経営する上で、細かいことをイチイチ気にせずに、双方の得意分野や知見を持ち寄っているに過ぎないのである。6.妻は楽しく仕事ができているのか妻は望んでもいない昇進をさせられているのではないかと思った方もいるかもしれない。よく妻の仕事の相談に乗るが、そこで出て来る話は「昇進試験で作文やプレゼンをした内容を実際に業務に活かせて面白い」「というか、私みたいな経歴でもここまで���進できるなんてラッキー!」みたいなテンションである。とどのつまりラッキー。夫としては時流をとらえて上手にライフハックしているつもりであるが、妻としてはあまり深く考えず、ラッキー!権限が増えたら仕事もラクになったわー!くらいの感覚らしい。実際、妻の仕事は年間での繁忙期が非常に明確で、その時期は毎月多大な残業を強いられるが、ある程度昇進してからは、妻の意見が採用されて業務改善を進めやすくなったり、短期で派遣さんを雇ったりと、自分の仕事にも良い循環が果たせるようになったそうである。担当以外にも、新しい華やか系の仕事が入ってきた際には、まず妻に声がかかるそうである。色々と新しいことをやっており大変そうではあるが、グループ全社に配られる社内広報紙に載ったりと、正直うらやましい。一方夫はというと、仕事面に関してはほぼ捨てている。これまでの人生観と180度変わったような転職をしたから当たり前である。年収が下がったという意味でSNSでは圧倒的に地位が低い(笑)しかし、家が近いことと、ほぼ定時で帰れることは最高である。最近ではリモートできる職種が増えたのでうらやましい(夫はリモートができない)が、当時の自分が選ぶことができた選択肢の中では、もっとも良い選択ができたのではないかと思っている。現状金銭面では困っていないが、子どもも大きくなることで家庭運営は年々ラクになっているため、チャンスさえあればやりがいのある仕事に再度チャレンジしたいと考えてすらいる。7.そもそものスタート地点は「そんなに収入って必要?」ここまで妻の800万円への道筋や、そのために夫が大幅年収ダウンしたこと等について語ったが、「結局夫が大幅年収ダウンしているから、意味なくない?」と思った方もいるであろう。確かにその通りである。本来は夫が1200万円を稼いだまま、妻が800万円を稼いでこそ、こういった場所で偉そうに他人にアドバイスができるはずだ。しかし皆さんに問いたい。正直、収入ってそんなに必要ですか?わが家は転職した当初、世帯年収が1000万円を切ったこともあったが、生活には特に困らなかった。自分の幼少期を思い出してほしいが、みなさんそんなに子どもの頃って裕福だっただろうか。つい30年ほど前の日本は、東京で治安良く住める地区はごく一部・どこもタバコくさい・きれいなトイレがない・貧乏っぽい家にはバキュームカーが来ていた・マクドナルドがmade for youではなく作り置きだった等、正直、誰もが裕福な感じはしなかった。ところが今は、どこでもだいたい治安が良く、タバコの臭いを一切かがない日もある・イオンに行けばトイレはキレイ・子どもがモンクレールを着ていたり・カロリーなんぞないスタバに長蛇の列・車もこぞってアルファードという家庭が増えている気がしないだろうか。この30年で、日本人はものすごい贅沢になったと、個人的には思う。人によっては年収1000万円では全くたりないだろう。しかし、適切に支出をコントロールすれば、わが家のようなちょい贅沢的暮らしはできてしまうのである。家族全員でモンクレールを着て、ゲレンデを所有して、高級腕時計をつけて、都心に居住して、私立小に通って、食材は最低でも成城石井、外食はチェーンではないお店でしか食べないというのであれば、稼ぎは多いに越したことはないだろう。そのレベルに行きたいのであれば、そもそも「雇われの年収800万円」程度では全く足りない。自らリスクをとって、事業を起こすべきなのだ。6500字を超える記事をここまで読んでくださった方は、夫婦でサラリーマンをしながら、妻も年収800万円を超えたいなと思っている方だろう。そのレベル(=もちろん私も含まれているので、皆さんを下に見ているつもりはない)で良いのであれば、支出のコントロールを考えることが、ある意味最も大事なことである。8.まとめここまでの話をまとめると、・夫は転勤懸念があり、共働きを維持するためにキャリアダウンを受け入れた・妻は「女性活躍」の流れに先んじて乗り、キャリアアップがしやすかった・夫の家庭参画時間を増やし、妻に稼ぎを集中してもらっている・それでも夫婦で年収1000万円は軽く超え、郊外であれば圧倒的に余裕のある生活ができるとなる欧米のように真のトップクラスのみが転勤をし続けるような働き方ではないからこそ、私のようなレベルの人材でも手に入れられていた1000万円。要するにわが家では、かつての日本型雇用に守られた男性中心の働き方よりも、女性の地位向上の流れに乗った方がQOLは上がり、ウェルビーイングであり、人生設計も安心安全であると判断し、そして現状ではそれで上手く行っている、ということである。今後社会情勢がどのように変わるかによって、夫婦がとるべき策も変わってくるかもしれないが、幸いにもアラフォーにして、今後つつましく暮らしていける程度のお金は手にしているため、今後も現状のキャリアをのんびりこなしていくことも悪くない。もしくは、お金はあるので、本当にやりたい仕事に戻り、やりがいを追求しても良いだろう。いずれにしても、人生のどこかで時流を読み、そこに上手に乗れることで、学歴がなくとも女性の年収800万円は達成可能であり、持続可能であろうということが、少しでも伝わればと思う。
夫がキャリアダウンして妻の年収を800万円にした経緯と結果
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市售和診所牙齒美白貼片怎麼選?副作用會差很多嗎?
想使用牙齒美白貼片卻不知道該選市售還是醫用?這是許多人在追求亮白牙齒時的困惑。
本文將深入探討市售與診所提供的美白貼片之間的差異,分析它們的優缺點及可能的副作用,幫助你找到最適合自己的美白方式,並破解一些常見的迷思。
市售和診所牙齒美白貼片差在哪?
牙齒美白貼片是許多人用來改善牙齒發黃問題的首選,尤其是因飲用咖啡、茶、紅酒或吸菸導致牙齒變色,不過市售與診所提供的美白貼片,在效果和使用方式上有很大差異,那麼該如何選擇適合自己的呢?
市售美白貼片是一種居家護理產品,方便使用,主要依靠含有過氧化氫的成分進行牙齒表面美白,雖然價格較為親民,但因為過氧化氫濃度較低(約 6%-10%),需要長期使用才能逐步去除牙齒表面的色素堆積,效果相對較慢。
相比之下,診所使用的美白貼片是由陶瓷材料製成,能夠模擬真牙的色澤和光澤,並永久黏貼在牙齒表面,立即改善外觀。雖然成本較高,但效果更快且持久,且貼片還具有抗污能力,能有效防止牙齒再次染色。
總體來說,市售貼片適合需要經濟實惠選擇的人,診所陶瓷貼片則適合追求快速、長效美白效果的患者。
牙齒美白貼片會帶來什麼副作用?
無論是市售或診所的貼片,都有可能帶來一些副作用,了解這些潛在問題,能幫助你做出更適合的選擇。
市售牙齒美白貼片的副作用
牙齒損傷
市售美白貼片通常含有過氧化氫等成分,能有效去除牙齒表面的色素,但長期或過度使用可能會損傷琺瑯質,導致牙齒變得脆弱、越來越薄,從而增加敏感性或引發其他牙齒健康問題。
牙齦刺激
在自行操作時,若美白貼片不小心接觸到牙齦,可能會造成牙齦的不適,出現紅腫或刺痛感,如果貼片的化學成分滲透至牙齦,還有可能引發炎症甚至潰爛,使用時需謹慎避免貼片接觸牙齦,以減少刺激。
顏色不均
由於市售貼片無法完全貼合每個人牙齒的形狀和尺寸,使用時可能會出現美白不均的現象,而部分牙齒比其他部位更白,從而造成視覺上的不平衡,影響美觀。
牙齒敏感
過氧化氫有可能穿透琺瑯質,刺激牙齒內層的牙本質,引發牙齒敏感或酸痛感,尤其是對冷熱食物更為敏感,在使用美白貼片後較為常見,特別是對已經有牙齒敏感的人來說,這可能會成為困擾。
診所牙齒美白貼片的副作用
牙齒與貼片色差
診所使用的陶瓷美白貼片雖然能提供良好的美白效果,但若沒有正確挑選色號,貼片與未施作的牙齒間可能會出現色差;若後期口腔清潔不當,未施作貼片的牙齒可能染色,進一步擴大色差問題。
需先處理牙齒健康問題
在進行陶瓷貼片施作前,如果牙齒有蛀牙、牙齦疾病等問題,必須先治療,可能會延長療程並增加費用;如果牙齒問題嚴重,醫師甚至可能建議其他治療選項,而非美白貼片。
夜間磨牙的風險
對於有夜間磨牙習慣的人,美白貼片可能面臨更高的損壞風險,長期的磨牙可能導致貼片脫落、損壞或開裂,因此醫師通常會建議這類患者搭配夜間護牙器來保護貼片。
貼片壽命與不可逆性
雖然陶瓷貼片具備耐用性,但一旦損壞,必須修復或替換,而貼片施作後是不可逆的,無法輕易去除,若未來出現問題需進行維修,選擇前應仔細考慮長期維護的需求。
牙齒美白選擇哪個貼片比較安全?
在選擇牙齒美白貼片時,診所的陶瓷貼片通常被認為是更安全且效果更好的選擇,特別是對於想要長期維持牙齒美觀的人,雖然市售貼片價格較便宜且方便使用,但專業診所提供的陶瓷貼片在安全性與整體效果上有顯著的優勢。
外觀如同真牙
陶瓷貼片經過專業醫師量身訂做,貼合牙齒表面,自然地模擬真牙的形狀和顏色,不僅避免了色差問題,還能確保牙齒美白效果均勻,不會出現過白或不自然的情況。
更少過敏與排斥反應
市售貼片中的過氧化氫成分可能滲透牙齒琺瑯質,引發牙齒敏感甚至過敏問題,相比之下,陶瓷貼片由於其材料與口腔組織的高度相容性,對牙齦的刺激性較低,過敏或排斥反應的風險也大幅減少。
修正不規則齒型
陶瓷貼片的可塑性使其能修補不規則的齒型,不僅改善牙齒色澤,還能調整牙齒外形,達到理想的美觀效果。
耐用且抗染色
陶瓷貼片相對不易被食物色素(如咖啡、茶、菸等)染色,長時間維持亮白效果,加上貼片堅固耐用,能承受日常咀嚼壓力,耐磨性佳。
看完本文後,若對於其他牙齒美白方式有興趣的讀者,能夠到原文了解更多:牙齒美白貼片副作用大公開!市售與診所用的優缺點解析
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