#バート・ランカスター
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2024年8月12日(月)
普段はコンビニを利用することはないが��時々行われるAppleGiftCardのキャンペーンは見逃さない。今朝もアプリからプッシュ通知、セブンイレブンでCardをnanacoで購入すると5%還元とのこと。最大5,000ポイントとのことで10万円分購入すれば良いのだが、旅行から戻ったばかりでとてもそんな余裕はない。30,000円分購入してAccountに登録した。ん?改めてnanacoの限度額を調べると<50,000円>となっている。つまり、nanacoでは最大でも2,500ポイントの還元となるのでは? ま、買う余裕がないから良いけど・・・。
5時30分起床。
体重は700g増。
日誌書く。
朝食。
洗濯。
珈琲。
9時30分を待ってセントラルスクエア花屋町店へ、ココの猫砂を購入。ついで、セブンイレブンでAppleGiftCardをnanacoで30,000円分購入する。
どうやらオリンピックが終わったようで、BSシネマの放送が再開された。午後の映画を録画予約する。
ツレアイ(訪問看護師)はいつも通り午後から2件訪問、少し早めにランチを済ませて自転車で出勤する。
息子たちには素麺、今日からは頂き物の島原細麺、茹でたものを揉むときの手触りが良い。
冷蔵庫の残りものと🍷頂きながら映画鑑賞。
野球を通して、家族の絆と愛、信じることの大切さを描く、ケビン・コスナー主演の感動の傑作ファンタジー。アイオワ州の農夫レイは、ある日不思議なささやき声を耳にする。その声に導かれるように、自分のとうもろこし畑に小さな野球場を建設するレイ。周囲の人からばかにされながらも、妻や娘の協力で野球場が完成したとき、伝説の名選手が現れる。そして…。これが最後の映画となった名優バート・ランカスターの存在感も光る。
多分、アメリカと日本でしか評価されないだろうが、涙腺は緩んでしまうね。
あれこれ資料整理。
浜峰商店から干物が届く、感謝!
17時、彼女が帰宅する。
今夜は干物定食、酒は彼女が仕事帰りに買ってきた司牡丹。
録画番組視聴、名探偵ポワロ。
第2話「ヒッコリー・ロードの殺人」/ Hickory Dickory Dockシーズン 6, エピソード 2 ミス・レモンの姉、ハバード夫人が管理人を務める学生寮で盗難事件が続出。被害は大したものではないが、それを見たポワロは盗みの陰に潜む危険を察知する。その直後に寮生のセリアが怪死する事件が…。ポワロは二つの事件の裏の大胆な犯罪を読み、謎を解く。
片付け、入浴・・・まで待てずにダウン。
何とか3つのリング完成。
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好評発売中『ビッグ・アメリカン』Blu-ray&DVD予告編
監督ロバート・アルトマン×主演ポール・ニューマン 英雄と称された伝説のガンマン、バッファロー・ビルの後半生をシニカルに描く アメリカ建国200年に投げかけた問���作! 第26回ベルリン国際映画祭金熊賞(グランプリ)受賞作品 人間の真実をとらえ、群像劇の名手とも冠された鬼才ロバート・アルトマンが、西部開拓史に英雄として名を刻む実在の人物バッファロー・ビルの後半生をシニカルに描いた衝撃作。主演は「ハスラー」「明日に向って撃て!」などの名優ポール・ニューマン。共演に、バート・ランカスター、ジョエル・グレイ、ハーヴェイ・カイテルなど名立たる俳優陣が脇を固める。 <STORY> 西部開拓時代の終焉が近づいてきた1885年。伝説のガンマン、バッファロー・ビルは「ワイルド・ウエスト・ショー」という名の一座を率いて西部劇ショーを公演、興行主として大成功を収めていた。そんな彼にも心配事があった。ビルを人気者にしたショー作家のネッドは「俺がビルをスターにした」と吹聴して回ってるのだ。そして、一座に新加入したスー族の酋長シッティング・ブルのふてぶてしい態度も気に入らない。そんな折、大統領が公演にやって来ることになり…。
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映画「合衆国最後の日」を観る。監督ロバート・アルドリッチ、出演バート・ランカスター、リチャード・ウィドマーク、チャールズ・ダーニング、バート・ヤング他。
1981年、元空軍将軍デルは仲間とモンタナのICBM基地を占拠、国家安全保障会議のある議事録を公開するよう政府に迫る。奪還作戦に失敗後、大統領は単身、基地のデルに相対しに向かうのだが。
80年大に流行った仮装クライシスものではあるのだが、面白かったのは主人公は占拠した将軍ではなくて苦悩する大統領に見えたこと。冒頭は軽口の多い人物のシーンが目に付くのだが、議事録の秘密(ソ連対抗の威信だけで勝ち目のない戦争を続けていた)を知った際の怒りと落胆、現場に向かう決断までの動揺など強い印象があった。
面白かったのだが、今見ると80年代的なテンポの鈍さや強引な設定(秘密のミサイル基地の横に大統領専用機が着陸するとか)もあり、個人的には懐かしく微笑ましくもあった。
ラストはバッドエンドを匂わしてエンディングなのだが、いずれにせよ「合衆国最後の日」ではないのもまたご愛嬌か。
★★★⭐︎⭐︎
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映画『バイオレント・サタデー』
ようやくAmazon Primeでサム・ペキンパー監督の遺作『バイオレント・サタデー』(1983)を見ることができました。画面に出ているアイコンをいじっているうちに字幕が出るようになったのです。
主演はルトガー・ハウアー。渋い。共演がジョン・ハート、デニス・ホッパー、バート・ランカスター。こちらも渋い。
原作はロバート・ラドナム。一時随分人気のあった小説家ですね。
でも映画としての出来は「?」がつきます。
物語はあるカップルのセックスシーンから始まります。ことが終わり男がシャワーを浴びに行った隙に、数人の男たちが部屋に忍び込んで、女を押さえつけ鼻から毒薬を入れて殺します。
その録画を二人の男が見ています。一人はCIAの長官、もう一人はその部下のようです。女を殺された男もCIAだかFBIだかのメンバーで、女はポーランド大使館の職員。情報漏洩の危険を断つために長官が女の殺害を命じたようです���、この段階では何が何だかわかりません。
長官は女を殺された男ーーファセットという名前ですーーを呼び出します。ファセットはKGBに情報を流している3人の男が週末にタナーというテレビのキャスターの家に集まるので、罠をかけてそのうちの一人を寝返らせるという計画を立てています。長官はその計画にゴーサインを出します。
ファセットに呼び出されたタナーは当初、ファセットの言うことを信じようとしません。しかし、証拠となるビデオを見せられ、CIA長官が直々に顔を出したので、長官が彼のテレビ番組に出演することと引き換えに計画を受け入れます。
CIAはタナーの家に盗聴・盗撮の機器を設置します。一方、タナーは週末の間、妻と息子をどこかに行かせようとしますが、目を離したすきに妻子の乗った車を奪われてしまいます。
必死にカーチェイスを繰り広げるタナー。幸いにしてCIAの介入もあり、車を奪った男は射殺され、妻子は救出ーー結局家にいる方が安全だということになります。
いよいよ3人の友人たちがやって来ます。3人とタナーは大学の同級生だとのことで、放送作家で武道の達人でもあるオスターマンは一人で来ますが、医者のトレメインと証券マンのカードンは妻を連れて来ています。
楽しかるべき同窓会ですが、3人の方もタナーにきな臭いものを感じているようで、関係はギクシャクしています。
計画の責任者であるCIAのファセットは機器を通してタナーと連絡をとりますが、結構杜撰というか不用心で、タナーとテレビ電話で話している最中に3人が入ってきます。ファセットはテレビ通信を切ろうとしますが、機器の不具合で切ることができません。仕方なくファセットは即興で天気予報を始め、テレビ番組のフリをします。
えーっと、これ……笑うところですよね。
しかし、事態は悪化し笑ってはいられなくなります。トレメイン夫妻とカードン夫妻はもう帰ると言い出し、車を出そうとしますが、CIAのファセットは遠隔操作でガレージの扉を閉めてしまいます。4人は仕方なくタナーのキャンピングカーに乗って帰ろうとします。
タナーはファセットのところへ行って、「こんなことはやってられない。もうおりる」と言います。「おりられないよ」と言うファセットにタナーは「お前は誰に操られてるんだ?」と言います。
「操られている?」と言って、おどけて操り人形のフリをするファセットの顔の不気味なこと! 名演技です。
[ここからネタバレになります。未見の方はご注意を]
タナーは家に残ったオスターマンと戦いますが、相手は武道の達人ーーあっという間に組み伏せられてしまいます。オスターマンに言われてタナーは計画を打ち明けます。
そこで驚くべき真相が明らかになります。3人はKGBに情報を流していたわ��ではなく、単に脱税か何かをしてスイスの銀行に金を送っていただけなのです。
突然テレビがついて画面にファセットが現れます。ファセットは自分の妻を暗殺したCIA長官に復讐するために計画を立てたと言い、キャンピングカーに乗った4人を画面に映します。
タナーとオスターマンは「車から降りろ」と叫びますが、音声は届きません。タナーは紙に大きく「Get out」と書いて4人に見せようとします。4人が車を停め降りようとした瞬間……
ファセットは遠隔操作でキャンピングカーを爆破します。
え? そこまでする?
そこからタナー&オスターマン vs. CIAメンバーの命を賭けたバトルになります。どう考えてもCIAのメンバーの方が強いはずですが、子どもを連れて逃げていたタナーの妻が弓で(!?)参戦することもあって、CIAのメンバーは全員殺されてしまいます。
残ったファセットはタナーの妻子を人質に取り、タナーにある条件を突きつけます。
ところ変わって(!?)翌日のテレビ局。タナーが司会を務める生放送が始まります。ゲストはCIA長官ーータナーはシークレットゲストがいると言って、リモート画面にファセットを出します。ファセットは長官が妻を暗殺したと告発します。
そうか……ファセットはこれがやりたかったんだ。
ヘリコプターから一人の男が降り、ファセットの元へ向かいます。男はCIAが放った刺客かと思いきや……タナーです。
タナーは生放送のフリをしていましたが、実はタナーの喋る部分だけは予め録画しておいたものだったのです。タナーはファセットを射殺し妻子を取り戻します。
なるほどそうだったんだ……って思うか、普通?
どんでん返しを狙ったのでしょうが、このストーリーはあまりに無理やり過ぎて破綻しています。
ファセットがCIA長官の悪事を告発したかったのであれば、多くの犠牲者を出してこんな迂遠な手段を取らなくても、タナーに言えばよかったじゃないですか。タナーは番組の中で政治家や権力者の悪事の暴露をしていますから、言えば受け入れてくれたはずです。
また、タナーは生放送の最中にファセットを射殺するわけですが、どうやってそんな短時間で彼の居どころを突き止めたんでしょう。最初から居どころがわかっていたなら、そんな面倒なことはする必要がなかったはずです。彼の「トリック」は単に映画を見ている観客を驚かせるためのものにしか見えません。
そして何より、CIA長官はこの後どうなるんですか。テレビの生放送で悪事がバレて辞職を余儀なくされるんですか。でも、どう見ても悪者はファセットーー視聴者から見れば長官はいちゃもんをつけられただけに見えませんか。
最後にテレビに映るタナーの言葉が流れます。彼は言いますーー「結局テレビなんて広告収入のためのものです。くだらないと思ったらスイッチを切ってください。でも、あなたは切らないでしょうね。」
まさかそれが言い��かったのか、サム・ペキンパー。
これはダメだ���、サム。
追記: この映画の原題は The Osterman weekend(オスターマンの週末)。オスターマンが毎年決まった時期に集まることを提案したから、このイベントをそう名付けたというセリフがあるので、そこから来ています。 客たちはタナーの家で2泊し3日目に悲劇が起こります。彼らが来たのが何曜日かわかりませんが、もし金曜日なら悲劇が起こるのは日曜日……邦題の『バイオレント・サタデー』はちょっと変だなと思います。
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アトランティック・シティ Kineca No.17 シネセゾン デザイン・レイアウト=石上久朗+スタジオR.U.M. 監督=ルイ・マル/出演=バート・ランカスター、スーザン・サランドン ほか
#ATLANTIC CITY U.S.A.#アトランティック・シティ#kineca#louis malle#ルイ・マル#burt lancaster#バート・ランカスター#susan sarandon#スーザン・サランドン#anamon#古本屋あなもん#あなもん#映画パンフレット#movie pamphlet#atlantic city
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『#ワイルドアパッチ』「水がないから砂漠を憎むか。恐れて生きる方が賢い」#バート・ランカスター ってかっこいいんだって初めてわかった💦すべて時代と共に去りぬ。 #nhkbsp https://www.instagram.com/p/CkPrOwfvNyB/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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SDC映画の部屋「フィールド・オブ・ドリームス(1990)」
かつていしかわじゅんが週刊宝石で「薔薇の木に薔薇の花咲く」と言うギャグ漫画を連載していた時、この映画のパロディとして「それを作れば、彼がやってくる」という言葉を聞いて、水田を潰して土俵を作る男の話を描いていた。やってくるのはもちろん相撲取りである。たしかに伝説の名力士たちが夢の土俵に現れて熱戦を繰り広げてくれれば、日本人なら誰しも心が浮き立つだろう(立たないか)。でも最近の角界を見る限り、あまりギャグにはならないのは悲しいところ。
アイオワの田舎で小さな農園を営むレイ・キンセラ(ケビン・コスナー)は質素な暮らしながら妻と小さな娘と幸せな生活を送っている。ある日、トウモロコシ畑を見回っていたレイは、「If you build it, he will come」という謎の言葉を突如耳にする。不可思議な思いに囚われながらも、翌日から何かに取り憑かれたようにトウモロコシ畑を潰して整地し、小さな野球場を作り上げるレイ。周囲の皆が心配するのをよそに彼は野球場に「だれか」が来るのを待ち、そしてついに彼がやって来る...
比較的最近の「名画」ということもあり、観たことがある人も多いだろう。「それを作れば、彼はやってくる」「彼の痛みを癒せ」「道は遠くともやりとおせ」という曖昧な「声」を聞いたインテリ農夫が、トウモロコシ畑の真ん中に野球場を作り、そこに現れる様々な人と交わす暖かくファンタジックな物語は、「ベースボール」を愛するアメリカ国民のみならず、世界中で大ヒットした。
理由の一つは、普遍的な「父」と「子」の物語が主軸になっていること、主人公以外の登場人物が抱える「夢」や「希望」の思いが詰まっていること、それらが心の琴線に触れるエピソードとして表されているからだろう。例えば、私の妻は、PTAの集会で「50年代女」を論破して、はしゃぎながら廊下に飛び出すシーン(「60年代に戻ったみたい!」)がお気に入りだ。私はベンチに座っている主人公夫婦と小説家の三人が「ミニウェーブ」をするシーンが心��残っている。観る人それぞれに、印象的なシーンが数々あるのもこの映画の面白いところかもしれない。
「午前十時の映画祭」であらためて観直して、私が「良かった」と思ったのは、バート・ランカスター扮するドク・グラハムがフィールドと現世との境界を踏み越えるシーン。ホットドッグの話や、ドクの人生と故郷の街のエピソードなどの伏線をすべて拾い上げて、ウィンク一つで彼が退場する感動的なシーンは、結果的に名優ランカスターの遺作として文句の付けようのない演技となった。
「あの時ああしとけば良かった」と後悔しながら幾星霜を経て、ほんの一歩踏み出すだけで奇跡に出逢う。そんな「夢」がかなうかもしれない、という希望が映画のエネルギーとなっている。
監督のフィル・アルデン・ロビンソンは、本作品の後、スター競演の「スニーカーズ」や「トータル・フィアーズ」等のアクション風味の映画を撮ったが、残念ながらこれ以上のヒット作には遭えなかった。「ある日どこかで」のヤノット・シュワルツ監督同様、「奇跡」はそうそう起こるもんじゃない。
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「山猫」
ルキノ・ヴィスコンティの山猫。大昔に観て途中で挫折した作品だったが
BSシネマの放送をあらためて観たら、久しぶりに余韻に浸ることができる映画だった。
物語は淡々と進み、時代遅れになりつつある公爵の心持ちとリアリティある映像美。
3時間以上あるので、やや退屈な序盤をクリアできれば、あとは19世紀のイタリア貴族の世界。
バート・ランカスターの存在感もすごいが、アラン・ドロンの美しさも必見である。
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今記事作中の2020年9月現在、まだまだ日本全国のどこかで上映中のインド映画「ウォー!!」を妄想ポスター化してみました
公式のビジュアルが「硬質かつ対決」な雰囲気であるのに対して何故だかツイッターなどで流れてくる感想の多くが「薄い本が作れそうなブロマンスに胸キュン♪」だったりするので「んじゃ、いっちょそっち側へ寄せてみようか」と「シズル感あふれる男の絆」の視点から構成してみたのが今回の作品なのであります
血と汗、見つめ合う2人、などなど「対決姿勢」というよりはむしろ「仲良し」を感じさせる素材(血と汗?)をちりばめて全体的にはなんとなーく80~90年代の雰囲気でとりまとめ(具体的な元ネタはバート・レイノルズ、クリント・イーストウッド「シティヒート」、ロバート・デ・ニーロ「ミッドナイトラン」、「ユニバーサルソルジャー」の1作目、など) 惹句はアル・パチーノ、ロバート・デ・ニーロ「ヒート」のをアレンジして使って、公式様のキャッチ「スーパー・ユニバーサル・アクション」がカッコよくてお気に入りなので、公式様リスペクトでそのまま採用(バート・ランカスター「ダラスの熱い日」のポスターにある「EXECTIVE ACTION」を踏襲してます)
あとは個人的に超お気に入りの劇中の武装装甲車の画像を無理くりネジ込んでササっと完成 字数と声に出したときの響きがどうにも貧弱な「うぉー」を太目のフォントと背後の英題でごまかしたトコロが最大の工夫ポイントかもです
#hrithik roshan#tiger shroff#war#yash raj films#hindi movie#hindi cinema#bollywood#bollywood movie#bollywood cinema#fan made poster#fanmade poster#movie poster#poster
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The Cassandra Crossing (1976) Blu-ray ; Japanese ✺ 5/22 “Gyao!”スライダーに『カサンドラクロス』追加 〜 とにかくキャストが凄過ぎて伝説の域に達しているのと、クライマックスにおける容赦のないカタストロフがいかにもヨーロッパ映画だなーと。単純なパニック映画にしないあたりは、今の時代、改めて観てもやっぱり面白い。悪役のバート・ランカスターがとっても素敵で哀愁すら漂わしちょるオススメの傑作。 ❂ It is a personal site of my hobby, movies and animation. There is no advertisement.
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2021/12/23
朝、なかなか目覚ましが鳴らないなぁと思って目を覚ますと大寝坊、祝日変えの罠にハマる。でも、今日にかぎってはべつに大丈夫な日だから落ち着いて対処にあたり、むしろ、よく寝られたことをラッキーに思う。そとは冷たい風が吹き遊び、一隊をなしているかのような落ち葉の群れがオリャーと小人の突撃のようにコロコロ転がってくる。電車、お母さんと小6くらいの娘と小1くらいの息子とベビーカーのなかにはママを言えるくらいになった女の子。優先席に座る息子がベビーカーに近づいていって、電車の手すりを握ってイナバウアーのように仰け反ると、ベビーカーのなかの女の子もそれを真似して楽しそうに仰け反っている。お母さんはけっこうフラフラしたひとでベビーカーに付きっきりではなくなんか電車内をうろついていて、女の子が声をあげながら手をいっぱいにひろげてベビーカーから身を乗り出すと、一瞬、優先席の姉が反応して席を立とうかと窺う、お母さんが気がついて妹を抱きしめに来るのを確認して踏みとどまる。
夜、映画へ。一本目、フレッド・ジンネマンの『闇に浮かぶ犯罪』。盲目の探偵と盲導犬のフライデーくんが大活躍する喜劇&活劇&フィルムノワール。フライデーくんの大活躍ぶりにはニッコニコで、盲目の探偵の盲目ならではの活躍ぶり(暗闇に犯人の一味を誘き寄せて……)にも、劇場にもかかわらず思わず派手なガッツポーズをかましてしまう。最高!!!!
二本目、ロバート・シオドマクの『殺人者』。これまた最高のフィルムノワール。主演のバート・ランカスターが殺されるところからはじまり、主演がいきなり死んでしまうということは必然的に回想劇にならざるを得なくて、そんな回想映画が面白くなるはずないだろうと思っていたら、あれよ、あれよ、どんどん引き込まれてしまう。脚本はまったくもって滅茶苦茶で、事件の真相を追う保険会社の男は会社にとって何の得にもならない事件を命懸けで追っていき、男の上司もそんなことしないで別の案件に取り掛かれと口ではいいながら男を送り出してしまう。ひたすら真相を知りたいという力学のみがこの映画の推進力になっていて、なんでそんなことを知りたいかって理由はまったくない。
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“サントリーは『洋酒天国』という小冊子をバーで頒布していた。四六判の単行本より一回り小さく、40数ページと薄っぺらく、雑誌というよりパンフレットに近かった。 にもかかわらず、その表紙は当時の日本のどんなメジャーの雑誌より小粋で目を引いた。内容は表紙以上に日本離れしていた。 ほとんどの日本人がコカコーラもホットドッグも知らないころ、それは鼻先に突きつけられたナポリピザのようなものだった。 今やドラえもんの世界にしか存在しない『空き地』がどこにでもあり、その半数が空襲の焼け跡だったころ、それはスプリンクラーが回る芝生の庭のように見えた。 私はその冊子を雑誌社に勤める伯父の家で最初に見たのだが、(折り込みのヌードグラビアなどがあったにもかかわらず)伯父は実に気安く『興味があるなら持って行きなさい』と、その場にあった十数冊を手渡してくれた。 何、驚くまでもない。伯父は、赤紙に召されて行くとき、家族に万歳だけはやめてくれと懇願し、さらにゲイリー・クーパーを真似、走り出した列車に飛び乗りタラップに片足かけたまま帽子を振ろうとして振り落とされ、入営が遅れて営倉にぶちこまれたような人物だった。 家に帰るのが待ち遠しかった。10歳かそこらの子供にも、その冊子には『何かいけないこと』がいっぱい書かれていることは分かった。電車の中で開くわけにいかない。 事実それは酒と酒場と女を巡るトリビアとコント、アフォリズムであふれていた。その語り口もいたって目新しい、─当時の雑誌が提供する『女』が浴衣の襟足だったなら、こっちはタイトスカートのスリットから覗けるふくらはぎだった。 ルビなどないから漢字は半分ほどしか読めない。漢和辞典を引くのもおぼつかない。行きつ戻りつ、まるで小林芳雄君が虫食いの暗号文を解読するようにして読みふけったのを今も覚えている。 そこにはバーカウンターのこっちと向こうに行き来するもののすべて、つまり今の私を形成するものがすべて揃っていた。乱暴に言うなら酒と煙草と女と拳銃(事実、拳銃特集などという号があった)、果ては宍戸錠とバート・ランカスターを結ぶ舌打ちの音、ウェス・モンゴメリーと植木等を繋ぐジャズの匂いまで。 今にして思うに、それは消費社会も未だしの牧歌的な戦後日本でウィスキーをいかにして日本人に飲ませるかという、OWI(米戦時情報局)も裸足で逃げ出すほどのプロパガンダだったのだ。 かくして『洋酒天国』は、「ウィスキーは美味いでっせ。一度飲んでみなはれ」などと野暮は言わず、ただ西部劇を語り、フィルムノワールを語ることでジョン・ウェインの飲みっぷり、ハンフリー・ボガートの飲みっぷりを際立たせ、アリゾナのラウンジに、はたまたウィルシャーブルバードのカウンターバーに読む者を誘い込み、ウィスキーのある生活を日本の大衆社会に根付かせた。 小学生に、トリスバーへ行けばリタ・ヘイワースに会えるかもしれないと思い込ませるのに成功したぐらいだ。決して大げさではないだろう。 当時私が暮らしていた町の古本屋には、『洋酒天国』が軒先の5円の棚に積まれていた。中学に上がるまでの間、私は小遣いでせっせと買い集めた。 そのうち母親にバレた。だが彼女は何も言わなかった。執筆者に檀一雄がいたのだ。彼女は彼の小説が好きだった。薩摩治郎八もいた。彼は彼女の遠縁で、少女時代のダークヒーローだった。そんな���けで大過なく済むどころか、新しい号を母親がどこからか仕入れてくるようになった。 何しろ執筆陣には植草甚一がいて辻まことがいた。清水俊二、春山行夫、岡本太郎、武林無想庵までいたような気がする。>>>編集長はまだ無名の開高健だった” - 『洋酒天国』の時代精神──矢作俊彦 Page2 « GQ JAPAN (via budfruits)
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『家族の肖像』
絵画に囲まれて静かに暮らす老教授のもとを訪れたお騒がせ一家。限られた物理的空間のなかで、世代間の価値観の対立や階級闘争といったテーマが展開される。
作品データ 家族の肖像 (伊:Gruppo di famiglia in un interno/英:Conversation Piece) 1974年/イタリア/121分 監督:ルキノ・ヴィスコンティ 出演:バート・ランカスター、ヘルムート・バーガー、シルヴァーナ・マンガーノ ほか
感想 強引に部屋を貸してくれと頼みこんできたある夫人とその娘、そして同居人たち。住みついたのは夫人の愛人コンラッド。こいつがまた、とんだやくざもんだと思いきや、芸術に関心が高く絵画や音楽の教養があるらしい。知識を通して、コンラッドと教授との間には奇妙な友情が芽生え始める。老教授はヴィスコンティ監督自身の投影ということもあって、ヘルムート・バーガー演じるコンラッドにはホモセクシュアル的な感情を持っていたと読み取れるかもしれない。教授がかつての仲間に襲われたコンラッドを運び込んだ部屋は、戦争中に教授の母がユダヤ人や政治犯をかくまうために用意させた部屋だった。亡くなった母の影を追う老教授……ビアンカたちが現れるまで、彼の時間は止まったままだったのだ。ひと騒動あって、彼は一家を家族として受け入れようと決める。家族なんてのはそんなにいいもんじゃあない。それをふまえての「家族だと思えばどんなことでも受け入れられる」という科白か。
戦後イタリア……左右二大政党が中道政治をさぐる中、極右・極左の不満が吸収しきれず国内であちこちでテロが勃発するが、警察は当然ながら右翼に甘かった……なんて話を思い出す。もちろんテロなんてのはほめられたもんじゃないが、民衆にパワーがあってなおかつ共産党が政治的に影響力を持っていたなんてのは少しうらやましくもある。1960年代から70年代にかけてのイタリア映画界には左派が多いイメージがあるが、ヴィスコンティも共産党員だったとか。一方で彼は貴族出身であることを誇りにしていたようで、彼のその帰属に対するアンビヴァレントな感情は作風にもよく表れているなと思った。
コンラッドがなめてきた辛酸を思うと、ただ金持ち憎しの気持ちから左翼思想にかぶれていた過去の自分が恥ずかしくなってしまった……というのも、あのころの私は貧乏学生ではあったが、さほど優秀でもなければ教養が深いわけでもなかったのである。それは今もたいして変わっちゃいない。ちぇっ、『資本論』なんて読めないさ!まったく、努力すれば階級を超えられると信じていた。でも自分には努力ができなかった。自分だけ幸せになれればいいという浅はかな考えが悪かったのかもしれん。もはや私にできるのはお上品な人々に臭い息を吐いてやることだけだ。疎まれながら、蔑まれながら、這ってでものたうち回ってでも生きてやるんだ。
ステファノがコンラッドに投げつけた科白が胸に刺さる。
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長野市「ガスト 長野古牧店」"大空港"と炒り玉子 場所 長野県長野市大字高田459-3 電話 026-251-0062 駐車場 あり 「大空港」という映画がある。 1970年に公開されたアメリカ映画で、シカゴの国際空港を舞台とする作品である。いわゆる「グランドホテル」と呼ばれる方式で、一つの大きな場所に様々な人間模様を持った人々が集まって、そこから様々な物語が展開する。オールスターキャストでパート・ランカスター、ディーン・マーティン、ジーン・セバーグ、ジャクリーン・ビセット、ジョージ・ケネディ、ヴァン・ヘフリン、ヘレン・ヘイズといった俳優たちが結集した、とても豪華なつくりだ。 …と、こういってしまえば聞こえはよいのだが、要するに斜陽期に入ったハリウッドの映画製作会社が、少しでも観客動員を図ろうと製作した大作映画なのである。「パニック映画」なる呼ばれ方をした作品群のはしりで、それでもヘレン・ヘイズがアカデミー助演女優賞を受賞したりと、それなりに評価された作品でもある。 私もテレビで何度か観たのだが、ずいぶん昔の事なのでよく覚えていない。初鑑賞は小学校低学年時だったと思う。すべての出来事が解決し、…いや終わってないエピソードもある、それどころかこれから絶対に修羅場を迎えるはずだよな。という部分があったりするのはさておいて、なんとなく丸く収まってTHE ENDというところで、 「朝食は何を食べたい?」 と、問われた登場人物(たぶんバート・ランカスター)が 「うん、炒り玉子がいいな」 というやり取りがあった。 …???炒り玉子? 炒り玉子といえば、母が朝食に作るあれで��ないか。溶き玉子に大量の砂糖、みりん、酒を入れ混���て、薄く油を塗った鍋でグリグリっとそぼろにした、あの炒り玉子なのか?あれは熱いご飯に乗せてこそ美味いのであって、パンしか食べない外人に味がわかるのか。 「スクランブルエッグ」なる料理の存在を知ったのは、それから数年を経過した高校生になってからだというから間が抜けている。たしかに炒り玉子、…ではあるが、これは"似て非なる"ものであって炒り玉子とはジャンルが違う、あるべき世界が違うのである。だからあの場面で「炒り玉子」とするのは誤訳である。時代的に「スクランブルエッグ」が通じないのであれば、「目玉焼き」とでもしておけば良かったのだーーーーーッ!!! …と、強く主張したいのだが、今さら何をしても始まることなどあるわけもない。 週末の朝はメシがない。 家内が寝坊することがある。毎度ではないし、休みが違うのでこれは致し方ないことだから、とくに促しもせず出発することとしている。外で適当に済ませればよいだけだ。 といって、すき家は飽きる、吉野家は遠い。コメダも元町も今ひとつ、となればファミレスで済ませることとなる。今回はガストで朝食だ。 「スクランブルエッグ&ベーコンソーセージセット」538円 サラダ、ベーコン、ソーセージ、それにスクランブルエッグというまさに「あるべき朝食」といった風のメニューである。厚切りトーストもしくはライスが選択できるが、いつもライスとしてしまう、パンではどうにも力が出ないのだ。以前はプラスいくらかでフレンチトーストに変更出来たのだが、手間をくうためなのか、やめてしまったようだ。 バター、生クリーム香るとろとろ玉子は、そのまま食べてるが正当であるかもしれない。しかし、私はケチャップを少々を混ぜ合わせるようにして食すのを好む。ぷりぷりのソーセージもパリパリのベーコンも好ましい。これでドリンクバー、スープバーつきなのでとてつもないお得感がある。 「大空港」はよほどヒットしたとみえ、その後シリーズ化されパート4まで製作された。ジャンボジェット機と小型飛行機が激突する「エアポート'75」は傑作だった。ジャンボジェット機が海に沈む「エアポート'77/バミューダからの脱出」は失笑・脱力の連続。ジョージ・ケネディ扮するコンコルドのパイロットが信号弾でミサイルを撃ち落とす(しかも窓をカラリと開けて)「エアポート'80」は映画史上最大の問題作、いや大傑作なので、ヒマな物好きはぜひご覧あれ。 #長野 #朝食 #モーニング #ガスト #スクランブルエッグ #ベーコン #ソーセージ #サラダ #レタス #ケチャップ (ガスト 長野古牧店) https://www.instagram.com/p/Btl6j2JlrFM/?utm_source=ig_tumblr_share&igshid=14sssqh9ump7r
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『巨大なラジオ/泳ぐ人』ジョン・チーヴァー
ジョン・チーヴァーの作品は読んだことがなかったが『泳ぐ人』というタイトルには見覚えがあった。バート・ランカスター主演の映画ポスターを見た記憶があるのだ。1968年の映画だ。たしか、次々と他人のプールを泳いでいく話だった。奇妙な話だという印象を持った記憶がある。水着一つを身につけた男が、そのままの格好で他人の家にある私用プールを泳ぎ渡る映画を見たいと思うほど、当時の私は成長していなかった。
だから、ネディー・メリルに会うのは初めてだった。なるほど、こんな日なら家まで八マイルの距離をジグザグにつながれた水路を泳いで渡りたくもなろうか、という美しい���の日のプールサイドの情景から話は始まっていた。チーヴァーが作品の舞台によく使う郊外の住宅地には、プールとメイドがついている。日曜日で多くの家ではパーティーが開かれていて、ネディーはどこでも歓迎され酒に誘われる。ところが途中から雲行きが怪しくなる。
嵐に遭い、体力は急に消耗し、パーティーで冷たくあしらわれ、ネディーは心身とも疲れ果て、ようやく自宅に帰り着く。そこで彼を待ち受けていたものとは…。意表を突いた幕切れに、それまでの情景描写とネディーの心身の変化がシンクロしていたことに改めて気づかされる。見事なテクニックである。しかし、これを映画化しようなどとよく考えたものだ。機会があったら映画の方も見てみたいと思った。
もう一つの表題作「巨大なラジオ」はニューヨークの高級アパートメント・ハウスに住む中年夫婦の話。クラシック音楽が好きな二人はよくラジオで音楽を聴くのだが、そのラジオが壊れ、新しいラジオを買うことに。雑音がするので修理してもらうとラジオから人の話し声が聞こえるようになる。聞き覚えのある声から、それが同じアパートの人々の声であることに妻は気づく。
よくパーティーやエレベーターで顔をあわせる素敵な人々が、みな部屋では罵りあったり、金のことばかり気にしていたりすることがだんだん分かってくる。しかし、悪いこととは知りながら妻は盗み聞きをやめられない。それを知った夫は妻をなじる。夫の話から、二人の暮らしも周りにいる人々と変わらないことを読者は知らされる。高級アパートに住む「中の上」に属する人々も一皮むけばこんな程度、という話を上から目線を廃し、内側から描いているところがこの人の持ち味か。
長篇もあるが、ジョン・チーヴァーの本質は短篇作家だ。六百篇もあるその中から村上春樹が小説を十八篇、エッセイを二篇厳選してくれている。どれも、読みごたえのある作品である。「ニューヨーカー」のような雑誌が発表の舞台である、チーヴァーのような短篇作家はアメリカでは量産しなければ食べていけない。そのため軽い読み物といった扱いを受けたようだが、日本のような短篇を好んで読む国でなら受け入れられるのではないだろうか。
郊外の住宅地に住むWASP(ホワイト・アングロ-サクソン・プロテスタント)の生活を描くことが多いが、表面的には何不自由のない人々の中にある、階層を維持するための焦燥や、落ちていくことへの不安を、あくまでもリアリズムの手法で、時にはユーモラスに、時にはアイロニカルに、優れた人間観察力を十二分に発揮して短い枚数にきっちりまとめてみせるその力量は大したものだ。何より、同じ土���を舞台にし同じ階層の人々を描きながら、マンネリズムに陥らないところが素晴らしい。
ほぼ時代順に並んでいる小説の最後に置かれた「ぼくの弟」という作品だけは時代順にはなっていない。というのも、その次に置かれたエッセイ「何が起こったか?」に、この小説の成立過程が明らかにされているからだ。エッセイを読むことで、作家がどのようにして小説を書きあげるかが手にとるように分かる。少なくとも、チーヴァーという作家が、どこからその材料を集めてきて、どのように組み合わせるかはよく分かる。
「ぼくの弟」は、夏休み、海辺に建つ母の暮らす家に家族が集まる話である。仲のいい兄弟姉妹の中で、末弟のローレンスだけが、どちらかといえば享楽的な家族と打ち解けない。彼の目には家族のすることなすことが文句の種になる。酒を飲んだり、博打をしたり、仮装パーティーに打ち興じたりする家族を弟がどう見ているかを兄である「ぼく」は、あれこれ想像する。そして「ぼく」と弟はついに衝突してしまう。
こう紹介すると、作家は「ぼく」の側に立っているように思えるが、事実はそう簡単なものではない。詳しいことは「何が起こったか?」を読んでもらうとして、読めばなるほどと思うにちがいない。ところで、日本におけるチーヴァー紹介として、既に川本三郎氏に『橋の上の天使』という短篇集があり、村上氏は今度の短篇集を出すにあたって、重複を避けることを心がけたが、この作品だけは川本氏の本に「さよなら、弟」として載っているらしい。川本三郎ファンとしては、是非探し出して読み比べてみたい。
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2017年5月24日(水)
私の iMac は Late 2013 モデル、まだまだ現役で頑張ってもらわなくてはならない。昨日の起動トラブルは結構ショック、同僚 sampe 兄のアドバイスに従い、外付けSSD によるシステム起動に切り替えることにした。もちろん、いらちの私には情報を集めてじっくり検討等出来ず、サッとググってパッと発注、週末の作業が待ち遠しい。
私が主管する「教養教育センター」、やっと第1回運営審議会を開催することができた。大学協議会・学部教授会・学科会議といった予め定まったスケジュールと、メンバーの授業時間の隙間をぬっての会議設定はなかなか困難。カリキュラムの検討課題を確認し、各学科の検討を経て来月末に第2回を開催することで合意。
集中講義「インターンシップ」、日程は確定したが「事前研修」の希望が五月雨的に届くのでなかなか決まらない。
昼には自宅に戻り、午後は家事の日。銀行+コンビニで払込2件、西大路七条ライフでプリペイドカードにチャージ+買い物。
夕飯は刺身(ブリ+モンゴウイカ+赤身切り落とし)+ポテトサラダ、奥川ファームのジャガイモとタマネギ使用、今夜はカレー風味にしてみた。
晩酌しながら、名探偵ポワロ ハイビジョンリマスター版「鳩のなかの猫」
名門女子校のメドウバンクを訪れたポワロは、校長のバルストロードから「次期校長の人選で悩んでいるので助言してほしい」と頼まれ、しばらく学校に滞在することに。そんな中、体育教師のスプリンガーが、深夜に体育館で殺されるという事件が起きる。スプリンガーは嫌みな性格で、教師や生徒たちから好かれていなかった。さらに学園の生徒で政変が起きたラマット国から来た王女が行方不明になる。
続いて、プレミアムシネマ「カサンドラ・クロス」
1000人の乗客を乗せた大陸横断列車内に広まる細菌感染の危機と、事件の抹殺を謀る軍の恐るべき陰謀を描く、R・ハリスほか豪華スター共演のサスペンス・アクション大作 【監督】ジョージ・P・コスマトス,【出演】リチャード・ハリス,ソフィア・ローレン,バート・ランカスター,【原案】ジョージ・P・コスマトス,ロバート・カッツ,【脚本】ジョージ・P・コスマトス,ロバート・カッツ,トム・マンキーウィッツ,【音楽】ジェリー・ゴールドスミス
ジュネーブにある国際保健機構をテロリストが襲撃、アメリカが極秘に研究していた病原菌に誤って感染した1人が逃走し、ストックホルム行きの特急列車にもぐり込んだ。緊急事態発生にアメリカ陸軍情報部のマッケンジー大佐は、列車の乗客である名医チェンバレンに真相を明かし、協力を求める。感染を恐れ列車ごと隔離、ポイントを切り替えポーランドに向かわせるが、途中には老朽化した大鉄橋“カサンドラ・クロス”があった…。
ソフィア・ローレンが若くて、本当に綺麗。
最後は例によって沈没、這うようにして布団に潜り込んだ。
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