#ケージで頭をうつ
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パンクに叩かれて災難なうま娘【メインクーン&キジトラ】
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#長毛猫#10歳#neko#いきなり襲われる#ウロウロする猫#おやつの時間#キジトラ#ケージで頭をうつ#ジェントルマン#バトル#ビックリした#ボス猫#ボス猫が強い#メインクーン#もふもふ#一方的にやられる猫#三毛猫#不仲#何もしてないのに叩かれる猫#何気ない幸せ#何気ない日常#保護猫#優しい猫#元野良猫#可愛い#多頭飼い#夜の日常#大型猫#子供のいない夫婦#小さな巨人
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#猫
昼間はいつもケージの中のベッドで寝ている猫ですが、今日はなんか……大胆にはみだしてませんか?
頭隠して尻隠さずというか……。ベッドが小さすぎる?そうだね1kg未満の子猫の時から使ってるベッドだからね!!今は5倍ぐらいになってますからね……。
実は一度大きいベッドに買い替えているんですが、早々に噛み破って綿を引きずり出してしまったので、やむなく小さなベッドの再利用となったわけです。
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2024年9月6日金曜日
病院の待合室にて26
九月の水
朝/晴れ/パン/トラ/ミケ/CIAOちゅ〜る/身支度/ストレッチ/日焼け止め/お母さん/ミケ/お見送り/ちょっとひとりぼっち/軽自動車/高松空港/売店/山田屋のうどん/喫茶店/鶏のみぞれ唐揚げ定食/保安検査場/飛行機/飛行機から空港へのバス/羽田空港/東京モノレール/浜松町駅/大門駅/大江戸線/麻布十番駅/警察/迷子/護送車/ビジネスホテル/チェックイン/ズボンに汚れ/着替える/麻布十番駅/南北線/四ツ谷駅/中央線/よかったら座りますか?/大丈夫です/三鷹駅/折りたたみ傘/ビル/スペース/新千円札/友達/エル・デスペラードのTシャツ/烏龍茶/歌/ギター/ジャガー/コントラバス/ドラム/12弦ギター/鍵盤/本気/unrest/歌/ジャズマスター/フルート/EB/クラリネット/バスーン/ドラム/ソプラノサックス/鍵盤/二十年/DNA/アンサンブル/成立/ちょっとひとりぼっち/雨/三鷹駅/中央線/NHK-FM/アーマッド・ジャマル/四ツ谷駅/南北線/麻布十番駅/雷雨/消防車/ゴッサム・シティ/ローソン/ビジネスホテル/ネバネバそば/サラダ/シャワー/YouTuber/LGBTQ+/寛容/不寛容/差別/チャット欄/睡眠導入剤/ベッド/川岸が語る/九月の水/人生の約束/心の喜び/
朝/晴れ/納豆巻/サラダ/ストレッチ/身支度/麻布十番駅/南北線/四ツ谷駅/中央線/吉祥寺駅/友達/中華料理屋/味付き卵/春巻/豆苗炒め/青島ビール/ジャスミンティーみたいな味の烏龍茶/夏になると茄子を読む/吉祥寺って自転車乗ってると/パンケーキ/コーヒー/禁物/外/クィアたち/ボーイズ・テクスチャー/完成するまでの過程/短歌/フェスセット/Arcaかわいい/高速移動/免許/北海道とかにある標識とか何もない真っ直ぐな道/事故った時にヘラヘラしないこと/Aka/透明ドロップ/be master of life/300部/版元の人/権利関係をややこしくする人/探偵/トぶ人/仕事中に飲酒する人/仕事中に大麻吸う人(CBD的な合法的なやつかも)/吉祥寺駅/井の頭線/ミーのカー/どんなものでも君にかないやしない/渋谷駅/工事/利権/消費者に皺寄せ/日本すぎる/ログアウト・ボーナス/仕事辞めたひと前来て?/失恋したひと前来て?/プライベート・スーパースター/曲先?詞先?/浮いてる/代引/慣れろ、おちょくれ、踏み外せ/本屋/バッジ/生きる演技/ノット・ライク・ディス/翻訳/あなたがたに話す私はモンスター/講演/抗議/連帯/波打ちぎわのものを探しに/鍵/商品と私物のあわい/細かく話を聞いたら全然私物/アイスコーヒー/オレンジジュース/親切人間論/これってデザイン誰/祖父江慎/クッ…/元ネタ?/アイドルの部屋/アイドルヲタの部屋/天才/ヴァレリー 芸術と身体の哲学/引用/装置/どもる体/本屋の人しか開けられない下の棚/いいんですか?/……/本に写真がない/なくてもみんな分かるから/じゃがたらも?/ジョン・ケージ 著作選/ケージ - 通路 - デュシャン/誰もわかってくれない/でしょうね/ケージとキノコの写真/ケージかわいい/面白い人の誤解は面白い/つまんない人の誤解はつまんない/ナボコフ読んで蝶大丈夫になった/チェス・プロブレムはわからない/詰将棋も/どうぶつの森/気のせい/料理本を戦わせる/これがフリー素材の/鳴き声以外食べれる/ベケットは読まれていない(ゴドー以外)/お会計/ポッドキャスト/配送できますけど?/絶対お願いしたいんですけど/これも買っていいですか?/生きる演技/お支払い方法とか聞いた?/ベトナム料理屋/フォー/生春巻き/ロータスティー/今日はパクチーありません/どうして?/台風で/ショック療法/Over Drive/YUMEGIWA LAST BOY/ラズベリーB面説/後輩を集めて読書会/カラオケとか行かないと思った/どうして?/私が行かないから/犬いっぱい/月曜日お店休みかと思ったー/最近は開けてるんですよ/月曜日お店休みかと思ったー/あー最近は開けてるんですよ/谷/ビル/しゃぶったチンポの��さの合計フィート数vsエンパイア・ステート・ビル/警察近くて便利だったのに移転した/店が?/警察が/喫煙所/男根ロゴス中心主義/六本木駅/ちょっとひとりぼっち/六本木一丁目駅/南北線/麻布十番駅/ローソン/ビジネスホテル/シャワー/一番搾りロング缶/一番搾りロング缶/一番搾りロング缶/スーパーサンクス11800円/思いの丈をぶつける/ベッド/四時頃/睡眠導入剤/川岸が語る/九月の水/人生の約束/心の喜び/
(2日目の写真これだけ…)
朝/曇り/身支度/納豆巻/サラダ/チェックアウト/麻布十番駅/大江戸線/大門駅/浜松町駅/東京モノレール/各停/羽田空港/かけそば/ミニ天丼/東京ばな奈/ANA BAGGAGE DROP/あらゆる場所にアルコールが……/アカシアあるんや/展望デッキ/コーヒー/読書/保安検査場/空港から飛行機までのバス/三十分以上の待機/書類の不備により飛行機にご案内できません/飛行機から空港までのバス/ご案内の準備が整いました!/空港から飛行機までのバス/飛行機/予定より一時間ほど遅れての出発となりまして誠に…/高松空港/予定より二十分くらい早く着いたので結果四十分の遅延/荷物受け取りレーン/軽自動車/家/トラ/CIAOちゅ〜る/お茶漬/真鰯の焼いたん/揚げ出し豆腐/シャワー/睡眠導入剤/ベッド/川岸が語る/九月の水/人生の約束/心の喜び/
何もかも/記憶しておくことは/不可能だけれど/歌にしておけば/歌うたびに/思い出せるのかも/しれない/最後に一曲/作詞作曲/アントニオ・カルロス・ジョビン/歌/エリス・へジーナ/三月の水/
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日本でペットを飼う上での最大の欠点は住宅だ。 手頃な価格でペット可の住宅を見つけるのがどれほど困難だったかを考えると、近所で毎日見かける犬の多さにショックを受けています。 あなたが直面することは次のとおりです。 日本の賃貸物件のほとんどはペットの飼育が禁止されているため、アパートや一戸建ての選択肢は限られます。 ただし、「ペット禁止」の定義は異なる場合があることに注意してください。 一部の建物では、これは「ケージに入れられていないペットの禁止」を意味し、魚、ハムスター、インコなどが許可される場合があります。 他の建物ではペットの持ち込みが禁止されています。 動物の飼育には、家賃や保証金の増額などの追加料金を支払うことになります。 ほとんどのレンタルでは複数の動物を許可していません。 その場合、許可される動物の種類を指定することがよくあります(小型犬 2 匹のみ、猫 2 匹のみなど)。 さらに、動物を追加するごとに料金が上がります。 予算に問題がない場合は、 ペット飼育可能な高級マンションや一軒家もあります 。 しかし、日本のほとんどのペット可住宅は、 賃貸人を惹きつける必要が あるため、そうなっています。 動物を飼育できる低価格の物件を探している場合、通常は古くて駅から離れた物件が提供されるでしょう。 無許可の動物を連れて捕まった場合、罰則は高額な罰金から、短期間で動物を別の場所に戻すよう要求、立ち退きまで多岐にわたります。 日本の戸建て住宅でも狭く、柵で囲まれた���がないことが多く、外で自由に遊ぶことに慣れている犬にとっては厳しいかもしれません。 日本では獣医の費用が高額になる場合があります。 定期的な予防接種や年に一度の検査でも、犬1頭当たり年間20,000~30,000円は軽くかかります。 により、犬は 狂犬病予防法 毎年新たな狂犬病ワクチンの接種が義務付けられています。 猫はそうする必要はありません。 緊急治療の費用を削減するために、 ペット保険が利用できるようになってきていますが、その内容にはばらつきがある場合があります 。 たとえば、 TokyoDev の Scott Rothrock 氏 は、彼のペット保険が彼の犬の健康上の問題をまったくカバーしていないことに気づきました。 さらに悪いことに、役に立たない保険をやめた後でも、 新しい保険に加入することができませんでした。 同じ健康上の問題のために
ペットを日本に連れて行く | 東京開発
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主治医から、買い物依存症としての治療をはじめていきましょう、と言われた。パーソナリティ障害や、発達知能の問題にするよりかは、両親の理解を得やすく、つまり都合がよく、便宜的にそうするという主治医自体も、どんずまりな気持ちで自分に伝える決意をしたのだろうと、そう思えた。
ヘロインを数滴たらした水と、ふつうの水を用意して、大小ふたつのケージのなかにねずみを入れる。すると、味もよくないのにねずみはヘロイン入りの水をよく飲むようになり、それは小さなケージのほうが、ヘロインに「ハマる」ねずみが多い。
主治医が話してくれた、「憶測の域を超えない」実験として、これをあげてくれたのは、私が「依存症というのは、器質的要因と環境的要因はどのように考えられているのか」と質問をしたからだ。
ケージが大きいとそのぶん、ストレス発散もできるが、小さいとそれができず、オレもやってる、オマエもやってる、というので、薬物仲間の縄張りができ、そうやって離れていったねずみたちは、孤独にたえられなくなり、「オレもやってる」と、ヘロイン入りの水を飲むようになる。すなわち、環境要因として「耐えられなくなり」手をだしているのではないか、というものだ。
「おもしろいですね」
と自分は言った。それがどれだけ無責任で、たくさんの人を傷つけているのか、自分はあとで思った。消極的に「領域を閉じて」決定されること。自分は、紙を切るはさみのように必要とされて生まれたのではないと、高校のときみたいに思った。
親は私の胎動がはじまった頃のことを、次のように話す。「わたしがほしい!いまだ! というときに妊娠した、おまえはわたしのところに、くるべくして来たんだよ」そういうが、内情は、父親に「離婚するか子供を作るかどっちかにしろ」と、せまったことらしい。
ながらく、じぶんは親に「おまえがいたからわたしは離婚しなかった」と言われてきて、じぶんは家庭��生命維持装置なんだと思い、親から同意をさそわれたことに対しては「はい」と回答してきた。自分は、じぶんで考えることを、本を読むようになり、本を手放したときに、ようやく気付いた。自分の意見として言ったはずのことが、ぜんぶ親の意向だったことに気づいた。じぶんは、進路を決めるときに父親にコネではいれないのか、と聞いた。
考えるのは好きだ。考えるのが大好きだから、誰かに汚されていることに気が付いて、本当に苦しかった。自分の思考は、この気持ちはだれのものなのだろう、と考えて、もう10年経ちそうだ。
俺は一体誰なんだ、と思うけど、その時に指さす相手が自分自身でないとは限らない。
自分が何者なのか分からないし、自分は特にすごくないと思う。自分は、すごくなりたくない。でも、少なくともアンタよりは天才的でありたい。そう思って、何かを作ってきたし、きっといまもそうなんだろう。主治医にも、
「じぶんが『苦しい』と思ったとき、無作為に抽出した出来事に対して、その都度おもう感情は違う、ということに最近気づいた」
「じぶんが『苦しい』と思うとき、苦しいから『苦しい』という言葉で現出したのか、『苦しい』という言葉から苦しさが現出したのか、わからない」
こんなことを話した。主治医は「どちらもある。原因をさぐるのに因果的に遡及しなくてもよい」ということを言っていた。こういう話をするたびに、主治医はあくまで医者なんだなと思う。べつに哲学的井戸端会議をしたいわけではないけど。
からだにいっぱい異常が現れている。緑内障の疑惑が出ているが、検査結果を見た感じ、ほぼ確定だと思う。足が一日中しびれているのは、もう何年もだけど病院にいっていない。さいきんは、もともとあった手の震えにプラスして、頭を固定するのが難しくなった。あたまがぶれて、視界もぶれる。
神経系が壊れているんだろうな、と思う。故人の名前を聞くたび、うらやましい気持ちになる。今日死んでしまったあなたの代わりに、私が死にたい、と毎晩祈っている。
「総毛立つ」という表現がまったく合っているように、全身に寒気のような電撃のようなしびれが走る。今日の朝なんてひどかった。
あるとき、ラーメン屋に行って幼児が描いた絵をみた。そこで自分は、年齢が上になればなるほど、人間のかたちは閉じた線で描かれるのではないかと思った。ペンを持てる年齢や、その人の巧拙はあるにしろ、顔をかくときには、まず「丸描いて」ちょんなのだ。
モノがそこにある、というのは、端的に、モノが自分から見える二次元平面状で輪郭があり、閉じているということだ。じぶんは絵を描けないけど、美術史をざっと通し見したら、この、モノの輪郭との闘いが美術なんじゃないのかと思った。
あるものがある。というのは、ほんとうに、どういうことなのかさっぱりわからない。年を重ねるごとにわからなくなる。
消極的に、つまり外部から因果的に求められて「在る」ようになるのか、それ自体が個物として生まれいでるのか、まったくわからない。
小泉構文として揶揄されるのは、自分は同一律だと考えている。「A=A」。自分はこの同一律が大好きだ。というか、一日のうち大体これについて考えている。同一律から派生して、きょうはシャワーをあびながら、こんなことを考えた。
恋愛は真剣(マジ)でないと成立しない。真剣(マジ)でない恋愛は成立しない。
どういうことか。
ひとに「あなたは真剣に人生と向き合ってますか」と質問したら、たいていの人は否定するだろうが、すくなくともあなたは「それを否定するのに」マジになったのだ。このメタ構造はどこまでも内包する。
論理学でおなじみ、質問をしたら真実に対して真逆の答えを言うひとがいるとする。これは紛れもなく、「真実に対して真逆の答えを言う」ことにマジである。
アンチ・恋愛をやってみたいのだけど、アンチ・恋愛とはなんなのか、さっぱりわからない。でも、このたとえの上に想定が付くのは、
「『あ』を描こうと思いながら『か』を描く」ようなものだ。
と、それは狂っていても、できないことだ。
ふりかえって、Δt秒前に考えていたことが誤りであったことに、気づくのではない。一生わからないのだ。このΔtは無限に分割できるし、その無限は2に収束しない。そのΔtが生命の時間、すなわち有限であること。そうして誤りにきづかないまま、死んでいくこと。
同一律は、こういうものではないとわかっていても、思考は加速する。それは端的に、じぶんの、自分自身への真実に迫りたい欲求なのかもしれない。
YouTubeのコメント欄をみていると「そんなんいわんでも誰でもわかるわ」な意見がみえる。けれど、人間と話したいなら他人がわかるように言わなきゃいけないんだ。ほんとう、自分はこのことを知らなかった。
数学や哲学にふれて、わからないものだらけで、わくわくした。自分がわからないもの、それが確かにあるだけで、安心できた。未来に希望を持てた。楽しい気持ちになった。うれしくなった。
でも、そんなの、調べればわかるんだ。勉強すればわかるし、調べればわかる。わからないものがわかっていく間は、たのしい。でも、おおざっぱにわかってしまうと、悲しい。もう自分は、現象学を辞書で引いて、意味不明な言葉に出くわすことはない。自分にとって、意味不明であることが、ずっと素晴らしいものだと、魅力に感じていた。
コメント欄では「知っている」文章しか流れてこない。ぜんぶわかる、なら読まなくていい。
これからさき、しらないものに出会わないなら、生きてる意味がまったくない。苦しいばかり。ただ「全て知っているもの」に対して、耐え、飽き飽きしていくしかない。そのなかで衝撃に出会って、Δt後には、わかるものになっている。こんなかなしいことって、ないよ。あんまりだ。
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🪆🤌🫴* * ☆【 共有事項 = 今日言う事項 】
民族学研究員、生物学研究員、そして、彼らの、専任の、大学教授たちは、古来【こらい】、
ヤモリ🦎は、家を守る、神と、言い伝えられてい ることを、知っている 。
そして、日本赤腹イモリ 🦎 は、ヤモリ 🦎 と、違い、彼らは、むしろ、池や、山奥の、緩やかな、流れの、渓流【けいりゅう】、渓谷【けいこく】を好み、生息【せいそく】している。清水【せいすい】、緩やかな、流れの、水中を、特に、好んで、枕の住処【すみか】と、している。そして、イモリもまた、ヤモリ同様に、水のある、森や、林、川、泉、などを、守る神であると、古来より、言い伝えられている。
しかし、誠に残念な話しだが、昨今の、若者たち、特に、娘たちに、多いのだが、イモリ🦎と、ヤモリ🦎の、区別さえ、曖昧【あいまい】な、者が、多い。一昔前の、自然豊かな、田舎で暮らす、娘たちは、イモリ🦎と、ヤモリ🦎の違いくらい、朝飯で、ご飯の、お供として、つまりは、おかずとして、頂く、目玉焼きと、スクランブルエッグの違いの、見分けが、つくほどに、両者の、傾向、性質の違いくらい、つまりは、先程も、申し上げたように、
イモリ🦎と、ヤモリ🦎の、性質や、傾向の違いくらい、きちんと、区別し、さらには、その、彼らの、傾向や、嗜好、性質の違いまでも、頭のなかに、しごく当然なこととして、叩き込まれているので、
勿論、彼女らは、専門書📙、或いは、文献📗など、何も、見ずに、スラスラと、異なった、二者🦎🦎の、違いくらい、しごく当然なこととして、
説明ができたものである。そして、ここからは、本題に、入るのだが、生き物🐞や、大自然🌲に、興味を、持つ者⭕と、そうでない者❌が、たしかに、この世に、つまり、今、私たちが、暮らしている、この、地球 🌏 と、勝手に、名付けられた、
地上で、生の営みにさえ、思いをふけることなく、しごく当然なことのように、貴方がたは、今日も、生きているのは、事実として、認めては、いるのだが、今日、私は、そんな貴方がたに、とても、酷なことを、お伝えしなければいけないことが、一つだけ、ある。そう、時間に、追われるように、日々、せわしなく、生息【せいそく】している貴方がたの中にも、せめてもの、救いが、一つだけある。
それは、今から、貴方がたに、私の口から、説明しなければ、いけないことに対して、私が、多少は、貴方がたに、お伝えしやすい、つまりは、【主は、必ず、どんな、罪人でも、一つだけ、救いの可能性を、残されている。】=【蜘蛛🕷の、糸《芥川龍之介 原本cover バージョン》】
ここからは、いよいよ、その、本題に、入らせてもらう。【🟡それは、こんな冒頭文章から、私たちに、その方は、お伝えされた🟡】
↓
【生き物や、大自然に、興味を持つ者と、そうでない、者】この、異なった、人種が、何故か、おんなじ、地上に、貴方がたは、現状、生息している。
さらに、人間だけが、勝手に、呼んでいる、つまりは、名付けた、つまり、この地球 🌏 と、貴方がたが、名��けた、地上に、苦しくも、ミックスされ、生息しているのは、確かなことではあるが、
👇
【元来、私たち、霊界の、住人たちは、貴方がたのように、まったくもって、ものの、考え方の、違う者❌🧑🍼❌🤱❌は、本来、同じケージで、飼育させてはいけないのである。霊界の、決まり、ルール】=【そう、実は、今、この地上で、暮らす、人間たちが、一番苦しんでいる、原因は、実は、ここに、あるのだから】
そして、もう一つだけ、これから、私たちが、アヤメ期🐱に、入る上で、そう、もう一つだけ、貴方がたにとっては、なにも、面白くない、いや、どちらかと言えば、酷なことを、私は、貴方がたに、本日、共有【今日言う】しなければ、いけない、ことがある。
つまり、貴方がたの、普段、使われている、丁寧な、言葉づかいを、使わせてもらうと、こうなるだろう→【貴方がたに、本日、お伝えしなければいけない、ことが、もう一つだけ、ある。或いは、貴方がたに、話して、おかなければ、いけないことが、もう一つだけある。】
実は、今までも、そのことは、何度か、私も、喉元まで、出かかったことが、何度か、あったのだが、
それは、もう少し、時間を、おいて、つまりは、寝かせておかなければ、いけない、つまり、【ときの洗礼を、させなければ、いけない】との、指示が、
私に、共有されていたため、あえて、そのことには、今日【こんにち】まで、伏せておいたのだ。
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2024.7.18
2年前に越してからずっと気になっていたベルリン動物園。なかなか縁がなかったのだが、ひょんなことから先週その機会が訪れた。パンダ推しなのか中国を彷彿とさせるメインエントランスをくぐり、長く続く道の奥には噴水があり、その先にはこれもまた中国風の東屋が最初に目に入る。特別に見たい動物がいたから動物園に来たわけではないが、キリンとゾウとライオンは見たいと思っていた。入ってすぐライオンやトラ、ヒョウがいるネコ科エリアがあり、そこへ向かう。他を見た後に見たからというのもあるのか、ライオンはやはり百獣の王と言われるだけの風格があった。一番大きく高いところにある岩の先に、立派なたてがみとそれに見合った顔が大きい父親らしきライオンがうたた寝をしており、その横にいるメスのライオン2頭も横になっていた。他の動物とは違う余裕というか、何も気にしていない感じがあった。他の動物と違って、生きるのにそこまで神経を使うことが少ないのかもしれない。オスの顔の大きさやたてがみも、ライオンがどうやって弱肉強食の世界を生き抜いてきたかという歴史を物語っていた。その後はキリン、ゾウと順調にまわり、全部で50種ぐらいは見たと思う。6時半が閉園の時間なのだが6時ごろになると、ほとんど人はいなくなっており、類人猿エリアに行き着いた。小さいニホンザルに似たサルが大きな岩でできた島に数頭いて、好きなことをしているのか時間を潰しているのかわからないが、いずれにせよそれぞれが、ぼーっとしたり、何かを探していたり、歩いたり、毛繕いをしたりと生活をしていた。最初からずっと思っていたのだが、動物との間に柵という柵がないところが多かった。キリンがいたところにもヒトが歩く道との間に3mほどの堀みたいなものがあっただけで、そんなものはキリンからすれば簡単に越えられるものだ。ニホンザルに似たサルたちがいた島も、彼らの運動能力的にジャンプすればヒトのところまで来れるだろう。その先にはいくつかのケージが並び、あまり見たことのないサルたちがその種類ごとにいた。今の時期まだ夜10時を過ぎてもほのかに明るいとはいっても、6時を過ぎて力が弱まった陽が差していた。周りには私と友人たちしかいない。サルたちも朝から多くのヒトを目の前にして疲れているのか、閉園間際のあの空間には妙な静けさがあった。一日のほとんどを多くのヒトを見て過ごし、時間になったら急にヒトが消えるという感覚はどういうものなのだろうか。私と生物的に近いからなのか、今日一日他の動物たちにはあまり感じなかった変な感覚が生まれ始めた。ずっと気になっていたのに家からそれほど遠くない動物園に2年以上も縁がなかったのは、周りに動物園には行きたくない、という人が多かったからだったと思う。彼らはその範囲が横にも下にも私よりずっと深い人なんだろうと思った。先に進むと、チンパンジーが1頭でキャベツらしきものを食べていた。私とチンパンジーには距離があったし、私は目がそんなに良くないので表情がはっきりと見えたわけではないが、1頭で食べている姿は哀愁を帯びていた。さらにその奥には今まで見たきたケージの中でも格段に広く、アスレチックも充実したオランウータンのケージがあったが、閉園時間が近づいて疲れて寝ているのかわからないがその姿はなかった。
柵という柵がないのはストレスを軽減するだろうし、狭いケージよりアスレチックもあって広いケージの方が自由であるとは思う。しかしパラドックスではあるが、柵という柵がなく、その気になればそこを越えることもできるのに、岩の島内でしか動かない事や、アスレチックが充実した広いケージの方が逆にその変な感覚が強かった。さっきから「変な感覚」と言っているのは自分でもそれがどういうものかあまり理解していないからだ。嫌悪感の一種だったり、その延長線上にあるものかもしれないが、それすらもわからない。というのも、その一日は総じて楽しめた。やはりヒトとは違う動物を見ることは表情や動作や反応など多くの学びがあるし、そこから色々考えることもあった。それにこの感情が生まれたからといって動物園を悪く思うようになったわけでもなければ、むしろあるべきだと思う部分もある。メインエントランス近くにある噴水に戻る。みんなでただただ噴水を見つめているところに優しい陽も相まって不思議な世界に包まれていた。その世界から引き戻されるように噴水が急に止まる。水は時間を狂わすというか、水とふれていると時間感覚が曖昧になることが多いのだが、その瞬間ぐっと現実世界に戻される感覚が強くあった。6時32分。私たちに2分くれたようだ。
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丘の石碑
目覚めるとカーテンの向こうが早朝だった。 仲間の中で唯一床に横になって寝ている、その人の、かたく握られている片手を、眠っていることを確かめるよりも前に、私は待ちきれなくなって指で開いた。そこには小さな銀紙が握られていた。手のひらの細かな凹凸に合わせてシワくちゃになっていた薄い銀紙、私はそれを手に取り、自分の鼻の前に持ってきて匂いを確かめた。そして破かないように注意深くていねいに銀紙のシワをのばし、指で開いていった。6センチ四方ほどの四角い面に私の手のひらを当てる、それは普段は目を合わせることもない同士の私たちの握手だろうと思った。 さっきまで、学校で一番好きな子は誰なの? と眠る前に話し合った結末を夢の中でもう一度訊かれて戸惑っていた。私は夢でこう答えた、 『ぜんぜん知らない。そういうみんなの方が本当は全部知っているんじゃないの?』 銀紙に、灰色のカーテンから入る朝日は鈍く反��しているように見えた。柔らかくて優しい光だった。それと同じ暗い光がカーテンから入り、部屋の暖かい空気と溶け合って、部屋のあちらこちらで立ったまま白い柱状になって眠っているみんなの姿を包んでいた。
今ではもはや人間の姿をしているのは私と、床に横たわるその人だけだった。この秘密に私は驚かなかった。むしろ、ここ数日の会話のやりとりで抱いていた違和感や疑問にも少しは納得がいくような光景だった。やっぱり、私たちが毎日必死で捜している過去や未来の出来事を、この五本の柱となった友達たちはみんな全部知っているんじゃないか。私が誰を好きか、私は知らないけれど、みんな知っていたのだ。知っていて、黙ってくれていたのだ。柱状の友達たちは静かに目を閉じて、天井と床を真直ぐに繋いでいた。じっと耳を澄ませていると五本分の柱の寝息がちゃんと鳴っているが、人間の呼吸とは明らかに違っていた。それはまるで換��扇の中を空気が通過していくような、緩急のない一定の低い響きだった。みんなの頭から爪先までは一本の管になっていて、体の中を空気が一方通行に通り過ぎていくのかもしれない。 私は広げた銀紙にガムをはいて、溢れないように指先できつく摘んでそれを畳み、しばらくのあいだ握っていた。ガムは次第に私の口内の熱を失って銀紙の中で硬くなっていき、それと同時にそれを摘む私の手の温度を獲得して、柔らかさと硬さのあわいを揺れ動いていた。
日曜日の午前の並木通りには人がたくさんいて、たくさんの大人が自分とペアの子供に何かを言っている。「そこに、座っていなさい。」たとえばその人は私の他人で、子供のことをピーマンと呼んでいる。「じゃ、車の方に歩いていってね。」たとえばその人は、犬が疲れているみたいだから水を寄越そうとしている。歌を歌うフルートの声が遠くから響いてくる。「ねえ帰るよ、もう帰るよ。」たとえばその人は、子供を呼ぶために人々のさなかで大声を出すことを厭わない。 「じっとしていると寒いね。」 そのような、雑然とした言葉が飛び交っている長い並木通りを北へ抜けているあいだは、人々の声に耳を傾けて空想に浸ってもよいし、景色を眺めていてもよいし、現実的な考え事をしてもよいし、私は何もしてもいいのだと頭では分かっていても、結局は何をしたからといって、並木通りを通り抜ける以上の行いにはならない気もした。 丘への並木通りを往くのは親子だけではなかった。弾みながら歩く犬はみんな宝物のようにキラキラしている。ふたつの目、背や尻の毛並み、犬のまだ白い湿った吐息、全てが光を真に受けている。犬は息を切らせて草木の中を走りまわり、飼い主がよろよろとそのあとを続く。 私は並木通りの犬を見ていると、かつて飼っていた小さなゴールデンハムスターのことを思い出すのだった。ハムスターは私の誕生日にペットショップで買った。父の仕事部屋のケージで2ヶ月生きたが、寒くなってきた途端に風邪をひいてしまい、動物病院へ向かう道中で段ボールの中で死んだ。 私がもっと大人になって、世の中のいろんなことの分別がつくようになって、どんなお店や水辺や国の入り方も一通りわかるようになって、だいたいの食事の味や綺麗な食べ方を知るようになって、大人同士のやりとりで発生する複雑な無言の作法もわかるようになって、そうしたらもう一度ぐらい生き物を飼ってみたいな、と眠い頭でぼんやり考えた。私は親しくなった動物が死んでしまうことが何よりも恐ろしかった。親しいものを失うくらいならば、逆に私の方が失われた方がまだましだと思うほどだった。しかしそれはまた、親しいものに、私という親しいものを失わせることに他ならない。
私は北の丘に着いた。丘は広く、その全体は黒い幹の樹々によって縁取られている。地面を覆っている芝生はところどころが人の足跡によってささくれて黒い土が見えている。丘の中央では大きな白いもやのようなものがゆったりと揺れていて、近づいてみるとそれは枯れかけているススキの群れが風にそよいでいる姿だった。並木通りと比べると丘には人がまったく居ない。時折また南の方から子供の声が響いてくる以外はほとんど静かだった。 丘のある場所に、花崗岩でできた石碑が立っていた。背丈は大人ほどもある。その石碑の何かが私の興味を引いた。いつからそこに立っているのか、岩全体には雨による縦の汚れが目立ち、金属板にはくり抜かれた文字がびっしりと数百文字連なっているが、浅い凹凸に土汚れが詰まっていてほとんど読むことができない。 石碑の文字盤を読もうとして、土汚れを爪で引っ掻いて格闘していると、家で眠っていたはずの友達が背後からやって来た。 「何してるの?掃除ボランティア?」なんだかいやな言い方だな、と思った。「そう、掃除ボランティア。」と私は嘘をついた。「よくここにいるって分かったね。」 彼は照れたような顔をしていた。 空は真白に曇っていて、雲より白い太陽が輝いていた。背の高い友達のちょうど頭の真上に太陽が昇りかけている途中だった。光がところどころで虹色に分裂し、私は目を細めて彼を見上げた。 私は彼のことが気に入らなかった。彼はいつも元気に振る舞って、みんなの目を見つめたり名前を呼んだりしながら過ごす。彼が何かおもしろいことを皮肉まじりに顔をしかめながら呟くと、みんな一斉に笑った。すると彼も一緒になって風のような無声音とシワの目立つ笑顔で笑った。気に入らないのは、それが空元気だということに彼自身もみんなも一向に気づく気配が無いことだった。 「みんなは?」 「家で寝てたよ。」 「誰も起きてないの? もう昼じゃない?」 「うん。��けど、もしかしたらもう誰も起きないんじゃないかな。柱になっちゃってたし。」 「やっぱりそうか。」 「うん。」 「柱になったらもう人間は起きないのかな。」 「わからん。目が無いから、目が覚めるとか無さそうじゃない?」 「そういうことか?」 彼は返事をせず、私の隣に腰を下ろし、石碑の文字に顔を近づけた。 「何だこれ、読めそうで読めないな。」 「そうなの。」 「ああ、だから引っ掻いてたんだ。おもしろいこと考えるね。」 私は少し笑った。彼も少し笑って、私の手先を真似て人差し指で石碑の金属板に挟まった土を掻き出し始めた。何かの平仮名の『はらい』の部分を綺麗にすると、それは『れ』のように見え始めた。しばらくの間私たちは鼻歌を歌ったり、いつ終わっても構わないような会話をしながら石碑を爪で掃除し続けた。すると突然「ねえ、これってもしかして。」と彼が言った。 「……何?」 「……人名だ。」 「どういうこと?」 「昔ここでたくさん死んだんだ。」 「人? 虫が? 犬が?」 「それは、人だろうなあ。」 私は石碑を掻く手を止めた。頭上を飛行機が通過していった。彼が言った。 「なんかお腹すいた。そろそろ戻らない?」
家に帰ると、いまだに五本の白い柱は部屋に立っているままだった。静かに呼吸している柱の合間を縫って、私たちはキッチンの深い鍋でお湯を沸かし、パスタを茹で、冷蔵庫から彼が出してくれたレトルトナポリタンソースと胡椒をかけて食べた。 灰色のカーテンから差し込む光はもうすでに午後の光になり始めていた。しかしカーテンを開ける気にはなれなかった。柱状の彼らが眩しさや騒がしさに驚いてしまわないように、私たちは薄暗い部屋でつとめて静かに食事をした。
柱の一本を触り、中指の関節で叩いてみると、奥の方でかちかち、と音が鳴った。これは誰だろうか。マキちゃんか、高柳くんか、……。 ……ずっとこうして耳を塞いでいるんだ。
午後になってしばらくが経っても、白い柱になってしまったみんなの形が変化する兆しがない。私と彼ははっきり言って暇だった。眠り続ける柱を前にすれば丘にいた時のようなお喋りも自然と止み、何をするでもなく、朝目覚めた時と同じポーズをとって絨毯に寝そべってみるばかりだった。 永遠に続く五本の柱との生活のほんの始まりのようにも思えたが、不思議と悪い気はしなかった。柱が増えた彼の部屋に私は時々遊びに来ればいい。そうすればまたみんなで遊ぶのと変わりはないのだから。 ただいつまでも同じ部屋に換気もせずにいると気分が悪くなりそうなので、「また外に行きたい。」と言ってみると、「いいけど、公園じゃなくて、今度は近くの川に行こう。」と彼は応じた。 川までの道中、住宅街の上の線路を、ゴウと音を立てて電車が通過した。やはり街全体も、線路がつなぐ両隣の街も、その向こうの街も、普段と変わらずに開始されているよう��。時間が止まってしまったのはあの部屋だけなのだ。 腰のあたりからメロディーが鳴り、彼は立ち止まってポケットから携帯電話を取り出してすぐに耳に当てた。もしもし……うん……大丈夫……え?週末か……。私は立ち止まらずにゆっくりと彼の先を往っていた。会話を聞いては悪いような気がした。しかし彼は思ったより早く電話を切り上げて、横断歩道の角を曲がるのをさすがにためらって待っていた私に小走りで追いついた。私は信号機のボタンを押した。 「ごめん、ごめん。」 「今の彼氏?」 「え、違うよ。」 「あ、そう。てっきり……。」 「なんでそう思った?」 信号が青になり、二人で並んで渡る。だんだんと道幅が狭くなってきて、そこにあたる陽も弱く橙色に近づき、川と夕暮れが近いことを知る。 「なんでだろう? 声が優しかったから。」 「私の?」 「うん。」 「あはは。お母さんだよ。」 彼はあの乾いたシワのある笑いではなく、本当のように幼い有声音で笑った。 「まあ、実験的にこうやって……。」と彼が何かを言いかけた時、枯れ草が生えた川の土手に到着した。 そこではみんなが遊んでいた。 マキちゃんと野村くんは流れの早い川に膝まで浸かり、水に両手を突っ込んで水の底を見つめていた。どうやら二人は川を泳ぐ魚を素手で捕まえようとしているらしい。浩子が離れた水流からそれをコンパクトカメラで撮っていた。モマと高柳くんはみんなから少し離れた岩岸にしゃがみ込んで何やら喋っていた。 「なんだ、みんな本当に柱になった訳じゃ無かったんだね。よかった。」 彼は本気で安堵しているのか、あのシワの目立つ笑顔を見せた。 「おーい!」 彼は土手の頂上から、川にいるみんなに向かって大きく手を振った。 高柳くんとモマがそれに気づき、彼と私の姿をみとめると、一瞬驚きの表情が浮かび、すぐに笑顔になって大きく手を振りかえした。一瞬遅れて、川に入って魚を追いかけていたマキちゃんたちも気がついて頭をもたげた。その途端、どうしようもない悲しみが急に波のように押し寄せて私を襲った。枯れ草を踏んでみんなの方へ降りて行こうとする彼の腕を咄嗟に掴み言う。あのね聞いて、ごめん私本当はね、あなたのことが一番好きだった。その時目が合った。怯えと期待が入り混じったようなシワの笑顔がはっきりと見えた、その口が何か言おうと開く瞬間が、人間としての私の視野の最後だった。私は彼の肩に額で触れようとして、勢い余って体にめり込んで彼と一体化してしまった。均衡が乱れたせいで私たちの肉体は混ざり合いながら石化し、バラバラと音を立てて���け、河岸の枯れ草の上に崩れた。 私とその人は小さな白く丸い石の群れになっていた。も��元の二人の姿に戻ることはできなかった。みんなが川下で口々に何かを言っているのが聞こえた。やがて枯れ草を踏んでこちらへ近づいてくる人間の足音と、私の名を呼ぶ声が聞こえた。
2023
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【感動の軌跡】ついに‼︎ 臆病猫1年半のケージひきこもり卒業‼︎ 保護猫多頭飼いの実家から来てくれた3匹と暮らす様子を紹介しています。 少しでも面白い、参考になったと感じていただけ ... via YouTube https://www.youtube.com/watch?v=f-vAQYWMjdE
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「もしも」に役立つ猫手帳好評
02月01日(木)00:02掲載
カテゴリー:社会・経済
飼い主の緊急時など、残された「家族」のために ペットの家族化が進んでいる。飼い主の身に「もしも」のことがあった場合、家に残されたペットの面倒をみてもらえるよう、「ねこHELP手帳」などを開発したイラストレーターのオキエイコさん(本名、荻野朱加さん)と夫信寛さんが東愛知新聞社を訪れた。2月1日から、新バージョンのバインダー式手帳を一般販売する。 岐阜市の家に2匹の猫がいる。動物愛護センターから引き取った。ある時、猫を飼う一人暮らしの友人がつぶやいた。「自分が猫より先に亡くなったら残されたらと思うと寝られない」。3人の子どもがおり、母子手帳を持っている。「猫にも手帳があったら」。そう考えて開発を始めた。 「ねこ活はじめました」(KADOKAWA)などの著書があり、SNSで猫好きと交流している。アンケートを繰り返し、手帳の内容を固めていった。2022年7月に「ねこHELP手帳」(A6判48㌻、カバー付き1056円)をリリースした。 大好評で、多くの人が買い求めたが「日記を毎日書きたい」「1冊で多頭分をまとめたい」「ページを増やしたい」などの要望があったため、改良を決意。バインダー式にして写真も飾れるような手帳を新たに作った。 バイブルサイズでピンクと水色の2種類。カバーは動物福祉を考えて合皮にした。表には猫のイラストと「家で大切な家族(ねこ)が待っています」「私になにかあったらこの手帳を開いてください」とある。 開くと「家の猫を助けるために、どうか手を貸してください」の文字と署名欄。そして自身の代理人の連絡先、飼い主のプロフィルを書く欄があり、自身と猫のこと、生育環境などについて詳細に書き込むページが続く=別表。 中央には猫の豆知識のコラムを載せた。「猫を飼ったことのない人でも分かってもらえるように」と朱加さん。このコーナーも含め、藤井動物病院(横浜市)の藤井康一院長の監修を受けた。 そして日記のコーナーがあり、猫の様子や通院記録などを自由に書ける。「HELP手帳」に比べ、自由に書けるスペースを大きくした。項目は「食欲」「うんち」「おしっこ」「病院」「爪切り」など。バインダー式なのでいくらでもページを増やせる。 さらに新たに加わったのが緊急時の伝言メモだ。ビニール製でジッパーがついており、手帳から取り外せる。中のシートに、手帳本体に書いた伝言メモの一部を書き写し、キャリーやケージに取り付けられるようにした。助けてくれる人が猫の情報を入手しやすくする工夫だ。また、箱には猫の耳をつけた。 8~10月、クラウドファンディングで「ねこヘルプ手帳」を先行販売したところ、1冊5000円(早期割引あり)の値段にもかかわらず、957人が購入し、538万9000円を売り上げた。若者より、生活にゆとりがあり猫を家族として大事に育てている層が買っているらしい。 母子手帳と同じで、一度買えば終わりと思っていたが、リピーターが相次いだ。朱加さんによると、手帳を自慢していたら友達にせがまれてまた買ったケース、自分用と離れた家族用に送るケースなどがあったという。 犬版の製作も検討 「動物病院や愛護センターなどに配りたい」と朱加さん。今後は、リクエストの多い犬用も作る予定だ。 能登半島地震では、ペットも被災した。ボランティアが支援に向かっている。最近はペットとの同行避難が提唱され始めたが、まだ十分に浸透していない。「避難で一時的に猫を預ける場合にもきっと役立ちます」と朱加さんは話す。 朱加さんが運営する会社のECサイト=QRコード=で。基本パック(5500円、税込み)に「フリーメモ」「日記30日分セット」などのオプションが買える。サイトでは前の手帳や「どうぶつヘルプマーク」「家ねこステッカー」なども販売中。 「ねこヘルプ手帳」に記入できる項目(抜粋) かかりつけ動物病院(診察券番号も)▽飼い主の体調情報▽猫関連の消耗品(キャットフードの銘柄や購入先)▽猫がいつも過ごす部屋の間取りレイアウト▽猫関連の知人の連絡先▽代理人以外で頼れる人の連絡先▽一緒に暮らしている動物▽自由記述欄▽飼っている猫の名前、性別、生年月日、毛と目の色、猫種、首輪の有無、性格▽普段の食生活、食事時間▽血液型、体��、抗原検査結果、病歴、投薬、不妊・去勢手術、血統書、ペット保険、マイクロチップ▽かみ癖、ほえ癖、車慣れ、留守番の可否、猫砂の種類、家の中での過ごし方▽各種ワクチン歴▽寄生虫予防薬歴▽血液検査歴▽アレルギーの有無▽体重の記録▽ブラッシングや爪切り、シャンプーなどの頻度やこだわり▽好き嫌い(子ども、男性、女性、エアコン、掃除機、抱っこ、その他)▽落ち着ける空間 【山田一晶】
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TEDにて
サンドリン・チュレ:新しい脳細胞を増やす方法
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
成人の新しい神経細胞は増やせるのでしょうか?神経科学者のサンドリ��・チュレは、それは可能だと言います。
研究結果に基づいた、私たちの脳の神経新生を促す実践的なアドバイスに従えば、気分良く過ごし、記憶形成を向上し、先々の老化にともなう脳機能低下が予防できます。
人間の脳に関して言えば、カロリンスカ研究所の同僚ヨナス・フリセンが、海馬では、毎日700個の新しい神経細胞が作られていると推定しています。私達の持っている何十億の神経細胞に比べたら、あまり多くないと思うかもしれません。
でも、50歳になるまでに、持って生まれた海馬の神経細胞は成人後にできたものと全て入れ替わるのです。
これは、神経新生と呼ばれる現象です。
同僚のロバートが、より興味を示したのが神経新生とうつの研究です。
うつの動物モデルにおいて神経新生の低下が見られました。抗うつ剤を投与すると新しい神経細胞の生成が促進され、うつの症状が軽減し、神経新生とうつの明確な関連が確かめられました。
また、神経新生を阻害するだけで抗うつ剤の効き目も阻害されるのです。
これで、ロバートは、癌(悪性新生物)が治った後でさえも患者にうつの症状があるのは、癌(悪性新生物)の薬が新しい神経細胞の生成を阻害したからと理解しました。
正常に機能する新しい神経細胞を作るのに時間がかかるのです。
これまでの結果から記憶形成や気分を改善し、老化に伴ったりストレスに関連する脳機能低下を防止したいなら神経新生を標的にする上で十分な証拠があると考えます。
これは初期の研究として、私の指導者でもあるソーク研究所のラスティ・ゲイジが行ったもので環境が新しい神経細胞の生成に 影響を与えることを示すものです。
まず、���ちらのマウスの海馬の断面組織像は回し車のないケージで育てたものです。小さな黒い点は、新しい神経細胞になる細胞です。
次に、回し車があるかごにいたマウスの海馬の断面組織像です。新しい神経細胞になる黒い点が大幅に増えています。様々な活動は、神経新生に影響を与えますがそれが全てではありません。
食べ物は、海馬での新しい神経細胞の生成に影響があります。
有効性が認められた食品や栄養素を示します。何点か指摘いたします。20~30%のカロリー制限は神経新生を向上させます(日本の腹八分目に医者いらず)
断続的な絶食。つまり、食事の間隔を空けること。これは神経新生を向上させます。
ダークチョコレートやブルーベリーに含まれるフラボノイドの摂取は神経新生を向上させます。サーモンをはじめ、魚油の多い魚に含まれるオメガ‐3脂肪酸は、新しい神経細胞の生成を向上させます。
反対に、飽和脂肪の多い食事は、神経新生に悪影響を与えます。エタノール。すなわち、アルコールの摂取は神経新生を低下させます。でも、全てが悪影響ではありません。
赤ワインに含まれるレスベラトロルは、新しい神経細胞の生存を促進することが分かっています。
何事も適量。次回夕食会に行ったら、この「神経新生に中立」な飲み物を選ぶかもしれませんね。
細胞レベルで調べられたデータは全て動物モデルを使用したものです。しかし、この食べ物を人間に与えても神経新生を調節するのと同じ方向に記憶と気分を変えていることが示されています。
例えば、カロリー制限は記憶容量を増やします。高脂肪食はうつの症状を悪化させますが、逆に、オメガ‐3脂肪酸は神経新生を向上させうつの症状を緩和します。
精神衛生。記憶や気分への食事の影響は、精神衛生。記憶や気分への食事の影響は、海馬の新しい神経細胞の生成に実際に関与しています。何を食べるかだけではなく、食べ物の歯ごたえ、食べるときや量も関与しています。
義務教育の時期に、勉強すると頭痛がするという症状があります!
これは個人的な仮説だけど、脳内のニューロンとシナプスが再結合を繰り返して脳内ネットワークを強靭に構築している可能性が高い。
神経経路が肉を裂き、急激に伸びてるため若くても再生能力が追いつかないので痛みが起きてる可能性もある。
だから、高い栄養補助や十分な水分、睡眠で補給し回復、心身の健康を強化する方がいいかもしれない。
しかし、大人は再生能力が低下していくので、危険なため、頭痛が起きたらすぐ病院行ってください。
人間はみんな天才だが、ケタの違う天才も少数存在する。
人間はみんな天才だが、ケタの違う天才も少数存在する。
人間はみんな天才だが、ケタの違う天才も少数存在する。
ジュリオ・トノーニの意識に関する情報統合理論がある。
万物には意識があるとする汎心論という考え方です。
ジュリオ・トノーニの 意識に関する情報統合理論によれば、ネットワークの密度は意識(ここでは、ファイと命名している)と呼ばれる何か?の密度に関連しているということ。
これを数値化して、方程式にしている。
それ��え、人間の脳内では、膨大な情報統合が行われるため高度なファイがあることになり、かなりの意識が存在します。
マウスにおいては中程度とはいえ、かなりの情報統合が行われるので相当な程度の意識があるといえます。
しかし、虫や微生物や粒子レベルになると、ファイの量は低下します。情報統合の量が低下してもゼロにはなりません。
日本では、「一寸の虫にも五分の魂」という言葉もあります。
トノーニの理論によると意識の程度はまったくのゼロには、ならないのだといいます。
事実上、トノーニは意識に関する基本的法則を提案しています。つまり、高度なファイには高度な意識が宿るのです。
そこには、ただ淡々と善も悪もなくて古来から有る日本の「魂」という概念みたいなことにも似ています。
また、ロジャー・ペンローズとスチュワート・ハメロフの提唱する量子脳理論(波動関数の客観収縮理論)があります。
他には、ブラックホールの特異点定理をスティーブン・ホーキングと共にを証明し、「事象の地平線」の存在を提唱している。
クオリアという言葉も関連していて、「質」を意味するラテン語の qualitas (あるいは qualis) が源流。
この言葉の歴史は古く、4世紀のアウグスティヌスも用いている。長い間忘れられてきたが量子論の登場により、1929年、アメリカ合衆国の哲学者クラレンス・アーヴィング・ルイスが現在の意味とほぼ同じ形でクオリアという言葉を書いている。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
太古から高密度なアイデアは、概念の豊富な人間からしか創造されません。
2018年現在では、サピエンスは20万年前からアフリカで進化し、紀元前3万年に集団が形成され、氷河のまだ残るヨーロッパへ進出。紀元前2万年くらいにネアンデルタール人との生存競争に勝ち残ります。
そして、約1万2千年前のギョベクリ・テペの神殿遺跡(トルコ)から古代シュメール人の可能性もあり得るかもしれないので、今後の「T型オベリスク」など発掘作業の進展具合で判明するかもしれません。
メソポタミアのシュメール文明よりも古いことは、年代測定で確認されています。古代エジプトは、約5千年前の紀元前3000年に人類最初の王朝が誕生しています。
こういう新産業でイノベーションが起きるとゲーム理論でいうところのプラスサムになるから既存の産業との
戦争に発展しないため共存関係を構築できるメリットがあります。デフレスパイラルも予防できる?人間の限界を超えてることが前提だけど
しかし、独占禁止法を軽視してるわけではありません��で、既存産業の戦争を避けるため新産業だけの限定で限界を超えてください!
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天使
nobody
毎日誰かが誰かを羨ましいと言う。私の職場はそういう所だ。
誰もが自分が世界で一番美しくなりたいと願っている。すくなくとも女は。
毎日人前に出て、安い価格で裸の写真を撮られsnsで評価をされる。私たちは1日のほとんどを鏡の前で過ごす。舞台に出たら人の目がじろじろこちらを見ている。逃げ場なんて無い。
時々自分の顔をぼーっと見ながら、今日も美しくてよかったと思う。人々は私をナルシストだと卑下するが、それは一種の羨みだと思う。私の目の前で私の容姿を褒め、裏でナルシストだとか美に取り憑かれてるだとか言う。
幼い頃から、容姿に関しては貶されたことが無い。ブスって言葉なんて一度も言われたことが無い。だから、自分は美しく生まれたのだなと思った。実際鏡を見た時に美しい人間がこっちを見ていた。
歳を重ねるごとに、醜形に対しての恐怖が日に日に膨らんでいった。東京の街中は歩けば歩くほど醜形恐怖を肥大化させてゆく。
親は私が色気付いていくことを極端に嫌がったので、隠れて顔に様々なものを塗りたくっていた。親はほとんど家にいなかったし、弟のお世話係みたいなおばちゃんを罵倒して困らせて、鏡の前でぼーっとしながら過ごした。学校ではいじめにあっていたので、帰宅するなり隣の家に住んでいた女の子から預けられたハムスターの足を何度もケージのドアに叩きつけて恨みをはらしていた。数日後、その生き物は死んだ。死体をその子にあげたら泣かれた。学校で好きな女の子ができた時、何かをプレゼントして喜ばせたかったから文房具屋で何回も万引きした。殴ってきた男に熱湯を頭から浴びせた。
中学生は女子校に入った。好きな女の子にキスした後、ぶって泣かれたけど、その顔が見たかったからした。毎日が憂鬱だった。イカが裂かれる動画を見て陰部に指を入れて興奮していた。水筒にワインを入れて毎日飲んでいた。帰っても家族はいない。もう知らないどうでもいい。
人とお付き合いするときも、自分から好きだなんて言ったことが無かった。付き合った男に「一緒にいるとどんどん自分が醜く見えてくる」と言われて病まれた。付き合う人はいつも苦しそうだった。
私は自分を天使だと思い込んでいた。なんでもしていい。綺麗だから。
してきたことが悪行だと気づくのに最近気づいた。音楽家の子とお付き合いしたときに気付いた。悪人は私だった。
けれど、世間は私に甘い。毎日、鏡には最高に美しいお顔がこっちを見ていたし、何をしても許される。どこに行っても人々は私に優しいし、可愛いってだけでお金が貰える。人々は、歌って踊れてスタイルも良くておまけに可愛い、羨ましいなどと言う。物理的・精神的に人を傷つけても、相手が全て悪かったよ。私は静かに笑っていれば良かった。
けれど神様、神様は人を平等につくらないのね。
私は美しいけれど、ずっと悲しみの海にいる感じがする。あとは空っぽで、偽物だよ。
前世はきっと、人の愛人を目の前で殺した人だ。そして、そのままの美貌のまま私に生まれかわったのだと感じ続けている。短調のメロディーに身をくねらせて、幼い頃から、誰かをずっと待っているような気がする。誰かはわからないけれど、もしその人を見つけられたら、毎日のこの発狂する寸前の気分がよくなるだろう。悲しい音楽に身を委ねて、痛覚に夢中になりたい。痛いと感じている時だけ、生きていると思える。幸せだ。そして美しいまま殺してくれ。
私の中には何も無い。頭も体も空っぽだ。
ただ美しいこの肉体は、今日も人々の目の前で背中を反らして腰を振っている。死にたいくせに。
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夢などない
身も蓋もないタイトルですみません。 が、心の底を丁寧にさらってみたところで夢というようなものは欠片も見つからないというのが50歳を目前にした現状での本心です。 あるのはただ現実のみ。
頭の中にあるのは、今日のスケジュールや今週中にやるべきこと、来週以降の仕事のこと、合気道の稽古のこと、遅れに遅れている大学の授業のこと、愛鳥の病気のこと、そして今こんなブログなど書いてないですぐに返信するべきメールのことなどです。
昔松尾スズキさんがエッセイで、若手の役者さんたちのことを「生活が生活でいっぱい」と書いていたことを思い出します。若手ではない私ですが、まさに生活は生活でいっぱい、それ以外のことや将来のことを考える余裕などないのです。
そう書くとまるで仕事が忙しくて張りのある生活をしているように聞こえるかもしれませんが全くそうではなく、体力も気力も筋力も記憶力も視力も、とにかく「力」と名のつくものがおしなべて低下していく今、眼の前のことをこぼさないようにすることで精一杯なのです。
それに加えて生来のだらしなさと忘れっぽさがあります。 ぬるま湯がたっぷりはいったやかんを持ち上げてはじめて1時間前にお湯を沸かしたことを思い出す、洗濯機の蓋を開けては昨日の洗濯物が脱水された状態で放置されているのを見て驚く、絶対に忘れないようにと前日から玄関に置いておいた荷物を靴を履くのに邪魔だからとどかしてそのまま出かける、などなど、一人暮らしの家なのにまるで他人の生活の跡を見ているようです。
そんな私がインコというとても繊細な生き物を二羽も飼っているのです。毎朝かならず同じ時間に起こしてケージを掃除して新しいお水とご飯を与えねばなりません。温度や湿度の管理も丁寧にしないと、あっという間に体調を崩します。どんなに仕事に没頭していても、ご飯の時間になったら「ごはーーーーーーん!」と暴れ散らかします。(実際には「ピィー!ピィー!ピィーーーー!」×2)彼らの面倒を見つつ仕事も家事もするとなったら、おばさんのスキルではいっぱいいっぱいです。今の仕事と来月の仕事の準備で精一杯、来年の仕事などほとんど存在しないに等しいです。
こうして書き連ねてみると、改めて夢がない生活だと思います。ですが、私はそのことを辛いとも悲しいとも寂しいとも思いません。むしろ、やっとここに辿り着いたという気持ちです。 特別な努力は何もしてないけど、根拠のない自信と自己愛でもってふんわりとした素敵な未来を夢を見ては現実に打ちのめされて苦しんでいた若い頃よりずっとましです。
未来のことを今考えても仕方がない。これが私がコロナ禍から学んだ最大の教訓です。数々の中止や変更、延期を経て、未来というものはこうも不確定で不安定なものなのだと知ったのです。加えて、状況によって見方も考え方もころころ変わる自分のこともよく分かりました。10年後の事など分からない。それは誰にとってもそうですが、私個人で言えば半年後の事すら分かりません。
だから夢を持たないようにしているというよりは、今の生活を、目の前の仕事を、瞬間的に最良だと思う選択をしながら進んでいくことでしか未来は開かれないと思っているのです。私が夢を見る力より、現実がもたらす結果の方がよっぽど信頼できる。
なんだかネガティブな匂いのする文章になってしまいましたが、今私は自分の生活を愛しています。かわいいインコズと穏やかに過ごす日々が最高に幸せです。それは、この不確実な未来の中で唯一確実なのが死だけだからです。絶対に揺らがない真実。かわいいインコズも私もいつか死ぬ。だが今日はまだ生きている。夢を見るより今目の前にいるインコズの今日の姿を見つめていたい。一羽が重い病気を患っているのでなおさらです。
今日元気でご飯が美味しくて眼の前にかわいいインコがさえずっていること、これが私にとってどんな夢より大切な現実です。
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とっくの昔に旬を過ぎている質問と思われますが、面白そうなので回答します。 一般的に思われている「クラシック」とは、ヨーロッパの市民階級を対象とした芸術音楽です。古典派の時代くらいから市民階級を対象とした「コンサート」が行われるようになり、レパートリーとして交響曲をはじめとする器楽曲が数多く書かれ、19世紀を通じて隆盛を極めました。はじめは存命の作曲家の作品ばかりが演奏されていたようですが、コンサートの数が増えるにつれ、曲が足りなくなり、「すぐれた作品であれば、故人のものでも演奏しよう」ということになります。数々の音楽雑誌が創刊され、音楽に関する言論が盛り上がります。シューマンが創刊した「新音楽時報」が代表格で、これは現在も刊行されています。音楽雑誌の主要な関心は、「未来に遺すべき優れた音楽作品の選定」でした。現在コンサートのプログラムを飾る数々のクラシックのレパートリーは、こうした中で選ばれてきたものです。バロック時代の作品はいわば「前史」として、後に発掘されたものです。メンデルスゾーンがバッハを発掘した例はあまりにも有名です。 作曲家たちは、こうした中で勝ち残りつつ、世俗的な成功をおさめようとしのぎを削っていました。みんな「世界で自分にしか書けない、鮮やかな個性」を目指していた、といっていいと思います。が、19世紀後半に爆発的な数の作曲家が出て、個性を追求しようにも、もはや音の組み合わせが尽きつつあるのではないか…その問題から逃れようがなくなっていきました。そもそもオクターブに12音しかないものを、多くの作曲家が競争して曲を書いて行ったら、可能性を汲みつくしてしまうのではないか…そういう種類の問題です。 その問題の処し方は、ヴァーグナーが切り開いた半音階和声の道や、国民楽派が切り開いた民族性追求の道、フランス人たちが切り開いた旋法や非機能的和声の活用の道でした。 20世紀に入っても、少なくとも第一次世界大戦まではこの延長上で数々の作曲がなされていました。民族性追求はジャズやガムランなど非ヨーロッパ音楽への関心を生み、そのよって立つ民族を広げながら続いていきます。フランス人たちの切り開いた道も、それはそれで継承されていきます。 が、半音階和声の追求の中からシェーンベルクが無調の道を開き、一般の聴衆と決別する傾向が出て来ます。複調を多用した作品でスキャンダルとなったストラヴィンスキーの春の祭典も、同じように言えるかもしれません。新しい作曲技法の追求は、第1次世界大戦前の段階で、「クラシック」の前提であった「市民階級を対象とした芸術音楽」から外れ始めたのです。簡単に言えば、「最新の技法で曲を書くと、市民に聞いてもらえない」「市民を置き去りにしないと、最新の技法を試せない」という状態に陥ったのです。 第1次世界大戦以降、ロマン的な感覚が毛嫌いされ(民族主義を盛り上げる=ナショナリズムに訴える=戦争に結果的に協力する部分があったのは否定できません)、クラシック界は新古典主義の時代となります。シェーンベルクは十二音技法を開拓しますが、これも言ったら無調のシステム化であり、理性的です。中には新古典主義の語法を適度に取り入れつつもロマン的な曲を書いた人もいますし(バーバーとか)、ルネサンス期の舞曲や民謡を編曲した懐古的な作品も見られますが、例外的です。 ただ、この新古典主義ですが、形式への回帰とロマン的な感情表現の否定、下手をするとオリジナリティの否定(民謡と現代的な作曲技法を結びつけたりしています)ですので、大物は出て来にくいです。最大の大物はラヴェルとバルトークだと思いますが、フランス6人組といっても一般的には知られていないでしょうし、コダーイやカゼッラやマリピエロも通常は知らないでしょう。 何より、第1次世界大戦が、それまでの「未来に遺すべき優れた音楽作品の選定を行う市民階級の共同体」に物理的・経済的に深刻なダメージを与えたことは間違いないでしょうし、それまでのようにナイーブに共同体の共同主観を信じることも難しくなったでしょう。ナイーブに自国の素晴らしさと誇りを信じた結果、破局的な大戦に至り、ドイツ・ロシア・オーストリア・オスマンの4帝国は解体となりました。フランスは人口構成が変わるほどの大ダメージです。ロマン派音楽の前提だった「世界で自分にしか書けない、鮮やかな個性」という理想自体が、技術的にも理念的にも疑わしくなったと言えるのではないでしょうか。 悪いことは続くもので、ソ連では社会主義リアリズムが叫ばれるようになり、音楽は大衆に奉仕するものとして、人為的に古めかしい様式で書くことを強制されるようになりました。ナチスは実験的な音楽とユダヤ人の音楽を抑圧しつつ東方に勢力を広げました。ここでもロマン派音楽の前提だった「世界で自分にしか書けない、鮮やかな個性」を試みるための自由が奪われたわけです。結局、そうした自由が残っているのは実質アメリカだけのような状態になりました。ガーシュウィンやグローフェやコープランドやバーバーやケージなど、アメリカだけがかなり元気に見えるのは、絶対に偶然ではないでしょう。 要するに、戦間期の段階で、すでに「クラシック」を生み出してきた種々の条件が大幅に崩れています。オリジナリティの余地は狭まり、オリジナリティ自体の正当性が疑われ、クラシックを支えてきた市民階級の共同体は物理的・経済的・精神的に力を失い、やがては全体主義国家による抑圧も行われるようになった、ということです。こうした時代に、ベートーヴェンのような素朴な市民共同体の信奉者や、ショパンのような詩人や、ヴァーグナーのような誇大妄想狂が伸び伸びと作曲できたでしょうか。 さらに、凄惨な独ソ戦はドイツ以東を滅亡の淵に突き落とします。一応戦勝国のはずのフランスも、ドイツに率先して協力した者を糾弾するなどで戦後は内輪もめです。クラシックを支えてきた市民階級の(ある意味のんきな)共同体など、大陸諸国では崩壊したものと思われます。おまけに戦後は鉄のカーテンで、東欧は全てソ連の影響下となり、抑圧体制となります。社会主義リアリズムは粛清を伴う形になり、自由な創作は生命の危険を伴う状態にすらなりました。社会主義リアリズムとは「強制されたロマン主義音楽や民族主義音楽」と言えると思います(ショスタコーヴィチやハチャトゥリアンを聞けばわかります)。ソ連の音楽界は、西側諸国から離れ、ガラパゴス的な世界となりました。 対抗上、西側諸国では、いわゆる前衛音楽が各国政府によってバックアップされ、自由のアピールとされました(ロマン主義・民族主義・新古典主義のどれをやっても、社会主義リアリズムと被ってしまいます)。前衛音楽は新しくていいのですが、一般市民にアピールする力はありません(ヨーロッパの音楽愛好者が、「前衛音楽は、風変わりな音が古い城の大広間などで演奏される様が最初は非常に新鮮で面白かったが、すぐに飽きた」などと書いています。一番好意的な反応でこのくらい、と考えられます)。受け取り手の共同体が崩壊し、作品をつくる側が市民階級から背を向けていたとしたら、巨匠が出てくる余地があるわけがないではありませんか。 一応、メシアンだのブーレーズだのケージだのライヒだのと、主要な作曲家を挙げることはできますが、おそらく一番影響力があって楽壇をリードしていたブーレーズが、ある時期からほとんど作曲をしなくなり、指揮ばかりするようになってしまったのが象徴的です。要するに、「クラシック」を生み出してきた種々の条件が完全に崩れてしまったのです。質問に対する直接のお答えは、これです。 戦後に起きた大きな変化としては、世界の中心がヨーロッパからアメリカに移ったこと、旧体制(ナショナリズム的な国家体制)が若者世代から各国で猛反発を食らい無視できなくなったこと、貴族主義やエリート主義の崩壊(といって悪ければ地下化)などがあるでしょうが、これもすべてクラシックの首を絞めています。代わりに台頭した音楽が、アメリカ起源のロックで若者対象の音楽であることが象徴的です。 それでもクラシックに関心のある層は、クラシックの新作ではなく、指揮の巨匠によるレコードの演奏の違いに関心を寄せるようになりました。が、徐々に生演奏のハッタリ要素は自粛され、レコードにしても傷のない演奏をコンサートで行うのが当たり前になり、クラシックは新作という意味でも、演奏という意味でも、活力を削がれる形になっていきます。1960年代くらいのライブ録音など聴くと、相当にロマン的な無茶をやっていて楽しいですし、各国のオーケストラにもまだ明確にエスニシティがありますが、70年代以降どんどんそれは消え失せていきます。演奏に全く傷のない録音とそれとそん色ない生演奏の極北は、シャルル・デュトワとモントリオール交響楽団だと思いますが、あれはあれで尖った個性だったと思います。しかし、もはやその路線もありません。クラシックのCDは、どれをとっても似たような穏健な解釈とそこそこ傷のない演奏により、聴く人の「既存の曲のイメージ」をほぼ再確認するだけのものになっているように思います。おまけに値崩れも甚だしく、昔の巨匠と世界的オーケストラの録音が、500円くらいで投げ売りされていたりします。 それでも、宮廷料理に起源のある高級料理が滅びないのと同様、クラシック音楽が絶えることは一応ないでしょうし、また映画音楽などのネタ元として、クラシック音楽は活用され続けるでしょう。もしかしたら、一応西欧文明の影響下にある国々に普遍的に流行する音楽も書かれる余地はあるかもしれません(クラシックではありませんが、Let it goが世界43か国語に訳されて歌われたのはなかなかエポックメイキングだと思います)。が、その時に使われる作曲技法は絶対に最新の前衛的な技法などではなく、多くの人にわかりやすいロマン的あるいは民族的あるいは新古典的な様式でしょう。 クラシック的(あくまで「的」ですよ)な作曲法で大流行した例としては、パーシー・フェイスとか、ヘンリー・マンシーニとか、ポール・モーリアとかが挙げられるでしょう。映画音楽は後期ロマン的な様式で書くというルールがハリウッドで確立されており、ジョン・ウィリアムスはその巨匠です。日本だと久石譲ですね。こうした音楽は、おそらく今後も書かれ続け、一定程度の人気を得る曲も出てくると思われます。 が、クラシックの系譜に直接つながる音楽=ヨーロッパの市民階級を対象とした芸術音楽で、作曲家が世界で自分にしか書けない鮮やかな個性を目指して最新の技法で書き、多くの人に受け入れられた上、歴史の審判を経て残る音楽=はもはや、存在しえないと思います。
なぜ、現代に、クラシックの大作曲家が輩出されないのですか?大昔の作曲家のみで、例えば1960年生まれの大作曲家なんていません。なぜでしょうか? - Quora
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シッティングでの最多頭数を樹立🎉
シッティングの最多頭数記録が出ました!!
私が1件でお世話する頭数で一番多かったのは9頭です😲
1日で!、ではなく1件で!!です。
(お伺いしたのはかなり前で😅いつもの私のすぐブログにアップ出来ない癖が。。。すみません💦💦)
猫ちゃんのお世話でお伺いしました😸2棟に分かれて過ごしている猫ちゃん達の内訳は楓(ふう)ちゃん、秋(しゅう)君、美雨(みう)ちゃん、ととちゃん、クレアちゃんが1棟。
しずかちゃん、けんしん君、のぶなが君、まさむね君がもう1棟で生活してます😄(こちらはしずかちゃんがお母さんでけんちゃん、のぶくん、まーくん3兄弟の親子さんです!)
みんなの性格や年齢、相性などを考慮してあって、フリーだったり、お部屋が決められてあったりと凄いです✨✨✨
元々、保護猫さんたちなので中にはやはり人が苦手という猫ちゃんもいるので打合せの時点で色々と特徴や性格などをお伺いさせて頂きました😀
楓ちゃんと秋君は来客さんにもOK!!ということなのでフリーで生活をしていて、シッティング中も一緒に遊んだり、甘えて来てくれたりしました🎶
美雨ちゃんはご高齢なので一匹でいつもは飼主さんの寝室で生活!
美雨ちゃんも甘えて来てくれて、寝室に入るとお出迎えしてくれたり、撫でるとスリスリしてくれたりしました🙌
ととちゃんとクレアちゃんは同室で人が苦手ということもあり、やは訪問すると「シャー」と言われることも。。。😅ただ、ちゅーるを食べてくれることもあって、姿が見れてホッとしました😌
別棟の家族猫ちゃんは別名:戦国家族です⚔
お母さんのしーちゃんは静御前、けんちゃんは武田謙信、のぶ君は織田信長、まー君は伊達政宗から!らしいです😄
こちらはお母さんのしーちゃん、けんちゃん、のぶ君は人慣れしているので姿を見せてくれて、ちゅーるタイムの後にはゴロスリしてくれます😊まー君は人が苦手なので、訪問直後はまずはまー君探しから始まります😆冷蔵庫の上にいたり、ケージの中の猫ベッドの下に隠れてたり、静かに気配を消して潜んでます(忍者みたいと思ってしまいました(笑))
1件で色んな猫ちゃんに会えるというのは嬉しいですね🤩
またみんなに会えたらイイなと思います😊
1枚目(動画)秋君、2枚目楓ちゃん、3枚目ととちゃんとクレアちゃん、4枚目美雨ちゃん 5枚目しずかちゃん、6枚目のぶ君とけんちゃん、7枚目まー君です!!
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