#ふるちん屋外喫煙スペース
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2024年5月2日木曜日
病院の待合室にて17
夏だって
私にとって五月になったということは、花粉の季節が終わったということだ。気分はほとんど夏。実際にはいったん梅雨が挟まるのであるけれど、スギ花粉とヒノキ花粉を目の敵としている私としてはかなり解放感があって、夏だなーって気持ちになる。夏だって。夏なんか来るんだね。私のところにも。
先週の木曜日に、通っていた脱毛サロンで癇癪を起こしてしまったので、そこに通うのはもうやめて他に移ろうか、だったら医療脱毛だよね、ていうかなんで最初から医療脱毛にしなかったの?だって医療脱毛とか知らなかったんだもん、ということで、医療脱毛のできる病院に来ている。ここは、かつて巨大な布を天井などに付いているレールに吊ったり外したりする仕事をしていた時の、取引先だった病院なので、すこし懐かしい。ブラインドを洗うために確保されたスペースが狭くて大変だった。内視鏡室がなかなか空かなくてカーテンを持ったまま結構待った。今待っているのも同じ待合室である。そういう記憶もいつかなくなってしまう。まあ、これは比較的なくなってもいい記憶だけど。
夏だって。どこに行こう。無職だから時間がものすごくあるよ。こんな風に時間があったらあなたはどこに行きますか?どこでも行ける。夏は、私にどこでも行けることを思い出させる。実際にはいつだってどこだって行けるんだけど、なんか忘れてしまっている。
診察が終わった。今日はカウンセリングだけだから早かった。軽い感じのお医者さんで、ふつうは四回くらい通って脱毛して、あとは気の済むまでどうぞ、という感じだった。カジュアルでいいような気がした。そのつど支払いなので、なんだったら一回でやめてもいい。楽ちん楽ちん。
明日解約する脱毛サロンには6回通っていて、髭以外は結構つるつるである。誰に見せる予定もない裸。毛がなくなって食べやすくなっただけかもしれない。髪の毛はあるけど、どうせ頭なんか捨てるでしょ。夏だから泳ぎに行く?海に。車で。女の子と。永遠でも見つける気なの?
再来週末に友達が徳島に遊びに来てくれる。この人は女の子じゃないから永遠は見つからないと思うけど、楽しみ。夜は信じられないくらいビールを頂こうと思う。ビジネスホテルも取って、準備万端。それにしても、なんで徳島なんか来るんだろう?全然聞いていない。なぜか聞く気も起きない。車で迎えに言って、その後どこに行けばいいのか。積もる話を話せばいいのか。彼とは遊びに行ったことがほとんどないような気がする。東京タワーで蝋人形館に行って、出たところにあったお店で試聴機に入っていた何十枚かのCDを、隅から隅まで試聴して、2枚だけ選んで買ったら、店員のお姉さんが「こんなに熱心に試聴する人いないから」と、お店の名前が入ったライターをもらった。それくらいしか遊びに行った思い出がない。遂に思い出を更新する時が来たのか。時は来た。
昨日ショートメールで聞いたら、彼はまだホテルを取っていないということだったので、私が一緒にとってあげた。「タバコは吸わないけど喫煙の部屋でもいいよ」と言っていて、タバコやめたんだと思った。私もタバコはやめてしまった。あの時もらったライターも、もうどこかへ行ってしまった。
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ある画家の手記if.4
「ーーーーうっ、く…」 耳障りな嗚咽と一緒に戻してしまったものをぼんやりと見て、それを水で流してしまいながらふらふらと立ち上がる。 口元をタオルで拭いながら部屋の隅までいってベッドの脇に崩れるように座りこんだ。 こうしている場合じゃないな、と時計を見て時間を確認する。 もうそろそろ病院は昼食が済んだかな。
最近はいつも頭の中が忙しなくて、沢山の人声がこだましている。 もっと静かだったはずだ、僕に関係ない音は僕にまで届かないもので、目の前にいる誰か以外の声はしなかった 目の前にいないのなら誰もいない、僕に見えないどこかにいることは僕には関係がなかった そして静物は喋らなかった。僕の世界はずっと静かだった。
ーーーー直人が ーーーー死んじゃったかと思った ーーーー怖いよ
うん お前の言うとおりだね
「聞いたよ。退院にはあと一ヶ月かかるんだって?」 「うん…大袈裟だよね」 「そう言わずにのんびりするんだね」 「のんびり……。」 香澄は怪我と心的外傷も加味して一ヶ月間ほど病院にいることになったそうだ。 本人はそれをあまり有難そうにはしていない。 とりあえず寝かされた個室の中にはまだ香澄の私物は一つもない。 「要るものがあったら僕が買ってくるよ」 「あ、財布……俺のアパートに少しなら「くだらないことを気にしてないでちゃんと休��なさい」 「う……。」 入院費も僕が払うつもりだ。面倒だから貯めすぎないように情香ちゃんにプレゼントを買ったりして使ってきたけど貯金はそれなりにある。 「なにか欲しいものはある? そういうことは僕より彼女のほうが手際よくしてくれるかな」 「彼女…」 「この前会った子。可愛い人だったね」 「…俺、あの子とは別れたんだ」 「いつ?」 「この前、直人の部屋に泊まってったあと…かな」 「…どうして?」 香澄はなにか言おうとしてやめると、少し考えるようにどこか遠くを見た。 「………………フランケンシュタイン…」 「ん?」 「………あ、あの、買ってきて欲しいもの、一度読んでみようかなって」 「いいよ、買ってこよう。でも少し怖いかもしれないよ、眠れなくなったりしないかな」 「俺は直人みたいに怖がりじゃないよ」 二人で見たホラー映画。 春の夜。なぜだか香澄は電気を消すし、たまに映画も見ていなくて上の空だったりして僕ばっかり画面を凝視して怖がっていた。 あの頃香澄がなにを考えているのか僕は知らなくていいと思っていた。 「香澄があんな厄介なものを持ち込むからだよ、見ないわけにもいかないじゃないか」 「…嫌なら嫌って言わない直人も直人だよ」 「お前は……」 だんだんふてぶてしくなってきたね。 前より俺は好きだけどね。 上着のポケットに手を突っ込むと指先に触れるものがあった。手にとってポケットから出してみる。 タバコの箱とライターだった。 「直人、吸うんだっけ」 「ああ、いや…僕のじゃないよ」 友人のものだ。ここにくる前に少し寄ってきたそこで ーーーーおめでとう ーーーーお祝いに一箱あげる ーーーー吸えばいいのに、似合いそう 壁を見回すとすぐに目に入ってきたタバコのマークに斜線の印。流石に病室では吸えないか。 ポケットに二つをしまい直すと、本を買ってくると告げて香澄の病室から出た。 廊下を出てこれまで意識したこともなかった喫煙所を探して歩き回る。 ようやく見つけた狭いスペースに入り込んで、タバコの箱をトントンと軽く叩いて拙い動作で一本取り出して口にくわえる。 ライターだけなら油絵の具を溶かすためによく使ったからその要領でくわえた先に火をつける。 ジリジリ焼けて白くなる先端を見ながら煙を吸い込む「っ、」思わず噎せて軽く咳き込む。 喫煙所の中でこれだけ不慣れで挙動不審な喫煙者もいないだろうな。 でも口内に広がる匂いも味も好ましいものだった。 それを暫くの間そっと、緩やかに喉に通していった。
本屋に行って、指定された本以外にも香澄の暇つぶしにといくつか余計な本も買い込む。 隣にあった花屋で病室にそのまま置け��うな花がないか見ていて、なんとなく気になったものを手にとる。 鉢植えは入院��者には縁起が良くなかったんだったかな、詳しくないので構わず買ってしまった。
「はい、ご指定の本と、一冊じゃ味気ないかもしれないから全然違う本も混ぜたよ」 香澄は礼を言って紙袋を受け取った。 手に下げていたもうひとつの紙袋から、サイドテーブルに僕は5センチほどの小さな鉢植えを置いた。 「………サボテン?」 「うん。香澄が寂しくないように」 ベッドで身を起こしている香澄は自分の横に並んだミニサボテンをじっと見つめている。 「…………」 「…………」 「………邪魔になったら捨ててもいいから」 あまりに無言で長く凝視する香澄を見て思わずつけ加えた。 「……直人…タバコ吸ったの?」 うーんやっぱり匂いが残ってたか。僕にはとても誤魔化せそうにないので白状する。 「少しだけ……。なにか、したことないことをしてみようかと思ったんだけど…」 手近なもので済ませすぎた気がする。今更、幼稚な発想だなと思わなくもなかったけど ーーーーおめでとう 「41年前の……今日が、 僕の生まれた日だ」 香澄はなにも言えずにいる。僕が、あまりにも言葉に似つかわしくない億劫で気鬱な空気を出してしまっている。 それでも続ける。呼吸が浅くなるのを感じながら。 「……正確な日付は、戸籍ではあと少し先だ。出生届を出すのが遅れて」 生きるか死ぬか曖昧なところを生まれてからしばらく彷徨っていた。 「僕が産まれたことを………喜ばない人も………」 ーーーこんな話、息が苦しくなるだけでこれから生きていくのに関係ないと思っていた。 過去なんて語ってもつまらない、まるで僕がなにかを赦されたくて言っているだけのようで心底気分が悪い。 でも毎年この日から誕生日までの短い間、僕は必ず体調を崩す、それを隠しながらここへは通えない。 ずっと上っ面だけ傷つけ合わない優しい言葉を交わしていたかった。香澄はそんな風に振る舞う僕をそのままにしておいてくれたけど ーーーーーそれじゃ寂しいと、僕の中の何かが騒ぐようになった。 「ひとが…産まれてくることが怖くて、僕は……」 「怖くて…それだけで命を……奪ってしまったことも…………」 取り返しのつかないことをした。 赦されたいんじゃない、受け止めて欲しかったのでもない、ただ話すのが困難なことを、煙を喉に通すよりずっとずっと困難なことを、僕が先に口にしなければ香澄もきっと永遠に口にすることはないだろう。 引っ掻かれた肋の爪痕がじわりと痛む。 ベッドの上、香澄の目の前に腰かけて香澄を囲むように手をついた。 「僕は……お前にも同じようなことを強いてるんじゃないんだ」 僕が吐いた分と同じだけお前���吐けなんてことを言ってるんじゃない。そんなことは望んでない、ただ 「教えてほしい…… お前のことが、知りたいんだ」 「お前はどうして僕に優しくしたの?」 僕には優しくなかったそれを、お前はどうしてただ繰り返したんだ 僕を見ていれば分かったはずだ 相手の姿を無視してまで、お前がしようとしていたことはーーーいつから始まったんだ? 「…………」 ベッドの上で両膝を抱えて、首を項垂れると香澄はそのまま身を強張らせた。 僕は香澄のほうへ腕を伸ばして、自分の体にタバコの匂いが染みついていることに一瞬躊躇ったけれど、香澄の体をそっと上から包み込むように抱き締めた。
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久しぶりに寄り道
夫が会社の飲み会で、じゃあってことでわたしもぶらっとお酒を飲んで帰ってきた。こういうことを久しぶりにした。コロナのあれこれになってから初めてかもしれない。 べつに毎日ぜったい夕食を作らなくてはいけないわけではないんだけど…、大人二人の生活なので、調子のよくない日はさっさとお弁当とか外食にしちゃうし、そんなに凝ったものも作らないから負担とか面倒ってほどでもない。加えてわたしは自分の食べるものの仕度をすることが気分の安定につながる方なので、けっこう楽しんでいる方だと思う…、けども、ぶらーっとどこかに行くとか、自分の食べたいものを選ぶとか、座って待っているとそれが運ばれてくるとか、そういう時間がすごく好きだし必要なんだなーと思った。すごくリラックスできた。行きたかったお店に一人で行って、ちびちびお酒を飲みながら読みかけの本を読み進めて、なんて幸せなんだろう…!とクラクラした。
行ったのはSta.の神田店。前にランチで渋谷のお店に行ったことはあったんだけど、神田は初めて。こっちのほうが広いかな? 旧万世橋駅の赤レンガの高架下にあって、ほかにもカフェとか雑貨屋とか入っている場所(なんか入っていきなりコワーキングスペースが並んでいたけどテナントが空いちゃったのかな…)。お店の入り口は神田川沿いのオープンデッキ側で…というとなんかいまどきっぽい感じだけど、神田川って神田川なので、雑居ビルやオフィスビルの背中が並んだ暗い水の流れ…だし、オープンデッキのどんづまったところが喫煙スペースで、おじさんやおじいさんがたむろしていた。まあでも神田川を見下ろす感じはすごく好きだしほっとする。わたしにとって東京都ってこういう眺めだなーと思う。ちょっと場所がずれるけど、神田川が隅田川と合流するあたりとか。あと必ずしも買い物しなくても休憩できるスペースがあるのはすごくいいことだと思ってる。 高架に並ぶアーチの形を生かしたお店で、中はコンクリート打ちっぱなし。大きなテーブルがどーんと置かれていて、暗めの照明が落ち着いた感じでよかった。明かりがかなり低い位置(座ったときに顔より低い位置)に並んでいて、料理はちゃんと照らしてくれるけど眩しくないの。本を読んでいるとテーブルに跳ねた明かりでぼやーっとページが明るくなった。カマボコ型の高い天井に音楽が響いていて、たぶんちょっといいスピーカーなんだと思う。低音が心地よくて、ちょっとライブハウスっぽかった。お酒を飲んでいると体がちょっと動いてしまうくらい。
ビールと唐揚げと焼売を頼んだ。ビールは伊勢のペールエールって言ってたかな? すごくフルーティーで、一口すすって「わ!」って声が出そうになった。唐揚げはビールとセットになってたやつ(こういう早い時間だけ出してる「晩酌セット」みたいなのが大好き。サッと飲んで帰るにはちょうどいい)、ちゃんと揚げたてでうれしかった。ガリッとしててジューシーで、ローズマリー風味って書いてあったけどいい香りがした。 読んでいたのはMOMENT JOONの「日本移民日記」。岩波のwebサイトでの連載に加筆修正を加えたもので、連載中にほぼ読んでいたんだけど、本の形で読めてうれしい…。 “悪魔化(demonize)と英雄化(lionize)はコインの両面みたいなもので、そしてどちらも「人間」として人を見るのではなく「キャラクター」として理解することに過ぎません。” ”「いやこういうアーティストもいるよ」と反論してくるやつらの声、聞こえてるだろう? やつらには「隅っこで自分らしく生きること」と「真ん中で自分らしく生きること」の違いがわかんないのさ。” 一文一文がビシビシくる。文藝に載せていた小説も本にならないかな〜と思う。
しばらくして焼売がやってきて、せいろのふたを開けたときの、ふわっ!と湯気がのぼるのがたまらない、うれしい…。せいろを蒸しているいいにおいはお店の外でもわかって、ちょっと中華街を思い出した。焼売はお肉が「ごろっ」と「ほろっ」の中間くらい。そんなにでっかくないんだけど食べ応えがあった。皮がむちむちしているのもよかった。 気分がよくなったのでもう一杯飲むことにして、メニューをめくってスパイシーレモンサワー。レモンサワーにシナモンスティックとスターアニスが入っていて、たしかにスパイスの香り。すご��いいお店だな、今度は誰か誘って来たいなと思った(そのほうがいろいろ食べられるもんね)。 帰り道、えもからLINEが来て、お願いした表紙の話とか、タコの話とかした。充電が17パーでやばいかもといいつつ、タコにレバーを操作させる訓練をしていたらタコは腕がもげるまでがんばっちゃって、係の人が止めてあげた…っていうえもの話(えもが読んだ本の話)がおもしろくて、5パーになるまでしゃべった。
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カット 2/10 初めての喫茶処へ行った。前の職場の近く。分煙大事。ホットケーキが安くておいしい。ひさしぶりに映画熱が高まったのでボヘミアン・ラプソディを見たくなるも売り切れ。やっぱり、大人気だな~。ということでTSUTAYAに行った。『ノッティングヒルの恋人』を見。昔、テレビで見たのをなんとなくいいな~と思ったので。ロマンティック・コメディというジャンルらしい。こういうの気負いなく見られるのでいいんだよな~。パスタを食べ、そのついでにソミュール液を作ってみて肉を漬け込む。どうなるか楽しみ。夜中に突然、妻がプリンを作り始める。昔もよく夜中に作り始めた怒られたとのこと。そりゃそうだ。しかし、突発性の行動欲に関しては僕もよく気持ちが分かる。ということで僕は髪を切り始める。そんなことをしていたら3時に。うおお。
2/11 2日連続して同じ場所に。珈琲ゼリーパフェみたいなのがおいしかった。安定感がある。本屋に行って旅行本見ていたらなんとなくスイスの高原風景に惹かれる。高原鉄道に乗りたい。特にそれ以外に目的はないけれど。1~2ヶ月くらい違うところに住みたい。ほや~んとしたい。暖かいところで。ガーリックパウダーにも惹かれる。おいしいんだ、あれ。かつ、食卓にあれば便利そう。 --詳しく知らないけど、飲食店アルバイト従業員のいたずらがニュースになって��るけれど、「バカスタグラム」ってまたこれなんかいまいちしっくりこないんだよなあ。「バカッター」も語感があんまりよくないし。今度は「バカトック」(Tiktok)かと書かれていたけれど、もはやそれ、モーラ数が合ってないから・・・と思った。なんだか、バカなトック(韓国のお餅)みたいだし、、あの手のネーミングにぎこちなさを感じる。「バイトテロ」にも違和感・・・。「テロ」という言葉が使われてるのが違和感があるんだよな~。「政治的、経済的目的」という意味からも外れてるだろうし、行為を意図的にしていないだろうし(悪戯的に遊んでるだ��で、結果的に炎上、企業が被害を被ってる状態。)という部分でうーむ。字面のインパクトだけでつけてる気がするなー。やってる側からするとあれって、「オレってちょっとワルなんだぜ感」を出してるんだろうか。そういうエピソードの1つや2つを獲得するために。そこまで考えてないか。 とあるサロンオーナーのあれこれの話にオードリー 若林さんの「もうすぐ、マウンティングがダサい時代がくる」という言葉が刺さるんじゃないかと感じた。「マウンティング」が通用する(『通用してしまう』と言ったほうが正しい。)のは本当に今年度で終わらせたほうがいいよね。新元号にまでもっていたらだめだと思う。や、いますぐに終わらせなければならないと思うけれど!笑あと、もう「プライド」もいらない。それがあるからマウンティングにも繋がってる部分があるはず。でも、今井美樹さんには歌い続けて欲しい。いい曲。 2/12なんやかんやと考えているうちに終わってしまった。英語の勉強を始めようかなと思ったので人気のアプリをインストールしてみた。昔の貯蓄がどれほど生きているだろうか。受験生くらいのときにアプリ欲しかったな~。戻りたくはないけど、、。飲食店、フードコートなどでごはん食べるときに周りがガヤガヤしていると落ち着かないことが多々あるので、「ひとりでもくもくもぐもぐスペース」がほしい。夜にひさしぶりに筑前煮を作った。鶏のダシが出ていたな~ダシが出ているのを実感すると喜びを感じる。ダシを取ることに従事したくなる。
2/13 劇的に眠たいのに朝から遠方の地へ。そして、とてつもなく寒かった。慣れない時間を過ごしたので疲労困憊。帰って21時まで寝てしまった。『鳥肌が』/穂村弘を読了。恐ろしさとおかしさが同居していた。次、なにを読もうかな~。宮内優里のYACHIMATAシリーズを聴く。湯につかりながら。染み渡る音楽。最高に癒される。露天風呂で聴きたい。 なんとか言葉を発しているけれど、寒すぎて冬がつらすぎて夢の中でしか人と話せなくなってきた。��部、冬のせい。冬がつらすぎる。冬に対してストライキを起こしたい。 夢の中で人とグループワークして発表する夢を見た。なぜか、有名なアイドルもいた。有名なアイドルともグループワークをした。大学生をもう1回やりたいけど、たぶん、前回と同じく馴染めない。情けない。ゼミというものを体験したかったな~。 暖かくて自然あふれる高原の森に行きたい。そこで少しの間、暮らしたい。そして、静かに映画を見たい。ギターとかピアノを弾きながら。ピアノ、弾けないけれど。心が社会から引退しかかっている。引退する際は髷を切ってほしい。なので今日から髷を結うことにする。アル髷ドン。どうやら疲れている。
2/14 職場の女性たちがバレンタインの甘いものをいまから配ろうと打ち合わせするような仕草が見られたので、離席する。「わー、ありがとうございます!」の演技ができない。苦い気持ちにしかならない。「レジ袋いりません」の札みたいに「バレンタインデーのお菓子いりません」の札が欲しい。フェイクトイレを済まして、トイレから出ると違う部署の方々が同じく打ち合わせをしていた。女性陣も大変なんだろうけれど・・・。女性側に立つのも嫌だな、そう思うと。。考えるだけでストレスでしにそうになる。ばくはつしそうになる。どわん。お昼に聴いていたAOKI,hayatoさんのギターが良くてね。。働いているときに音楽を聴きたい。早足で帰った。
2/15 朝からぼーっとしてたら、ミスしてた。しっかし、ワードは使いにくい。エクセルもよくわからない挙動がある。嫌だな〜と思って、昼にニュースサイト見たら!?!?!?!?!?!?!?となった。「ナンバーガールが再結成」という文字に我が目を疑った。。。その30分前くらいに向井さんのサイトを見てたけど、そのときはまだ更新されていなかった、、生きててよかった、生きててよかったと心から思った。最近、バリヤバという雑誌のナンバーガール特集を読んでいたりしたところだったんだ。。1番好きなバンドが再始動するなんて思わなかった。ライジングサンに行きたい。コメントの感じだったら他でも何回かやるのだろうか。とにかく、興奮のあまり全身から汗が出て止まらなかった。。曇っていた気持ちが一気に飛んだ。ナンバーガールのコピーバンドもした、青春だったな、疑いなく。はああ、なんかこんな日が訪れると思ってなかった。。それしか出ない。とりあえず、ナンバーガールを聴いている。全く飲めないお酒を飲みたくなる。ああ、ライブ見るまでにはどんなことがあっても絶対に死ねない。
どわー。 あ、そういえば、髪切ったのに美容院で髪を切る夢を見た。髪めっちゃ伸びてた。美容院にもう10年近く行っていない。セルフカットにも慣れたもんです。
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3/5-6
上野駅で合流。くすりくんが事前に昼間から酒が飲みたいとか言っていたので早速そういうことになる。落ち着きどころを探してガード下あたりをうろうろしていると疫病の存在とか忘れそうになるくらいの人が流れ、そこらの飲み屋の前に溜まっていて、世界の広さというか自分がふだん見て会っている人間の知らず知らずの偏りを思う。一通り見て回って、さて、となったときちょうど目の前にあった居酒屋の看板を指さしたくすりくんが、ここ結構有名だよ、というのでそこにした。こういうときちゃんとベタに行くのがぼくの長所だと思う、という話をしながら席に着いてくすりくんがメニューの中のホッピーを指さすまで普通にビールを頼もうとしていたのだから不徹底このうえない。こっから先ずっとそうだけど酔っぱらってたから何の話したかぜんぜん覚えてないな。ただすごいのは初めて会うのに本当にぎこちなさゼロ��急にいつもの感じで話せたことで、初対面っぽさといえば席についてしばらくお互いの周囲の近況みたいな話になったくらいだ。次々くる小皿のつまみがどれもうまかった。とくに豚とケールのチーマージャン炒め! くすりくんと後になって通話したときも話題に上がるくらいおいしかった、いや単に話題とかの記憶がないからだな。
いろいろ頼んで酎ハイとかビールとかに流れつつ間にたばこ吸いに出たりした(喫煙スペースが店先にあった)。くすりくんが吸ってるのはアメスピで、きのう会ったひとがアメスピ吸ってるやつ馬鹿にしてたよみたいなこと言ってきのうの話とかになった。隣でたばこを吸っているひとか、通りがかったひとかが、昼間からこんなに飲めるなんて、みたいなことを言っていて、ああここにいる人だってだいたいは毎日こんなことしてるわけじゃなくて、ぼくらとおなじような非日常を過ごしてるんだな、と気づくとなんだか魔法が解ける思いがした。しかし酒もたばこも入ってめちゃくちゃ気分がよく、思い返すきのうもおとといもあまりにも楽しかったのでこんなに楽しいことあるのかという気持ちになる、これは今思い返してもそうだ。
三杯か四杯くらい飲んだところで出ることにした。でたらめに四千円おいてトイレ行くから払っといてって言って戻ってくると二千円返ってきてる。やっしぃなとその場では思ったが真偽は定かでない。二件目にくすりくんが連れて行ってくれたのは立ち飲み屋で、立ち飲み屋というか、雑居ビルの一回入ると左手に普通の肉屋みたいな感じでコロッケが並んでいてそこで一緒にビールとかも買えてすぐそばにあるテーブルで飲む。うめ〜! まだちょっと寒かったはずだけど酔ってたからかあんまり覚えていない。ここではなんかインターネットの話した記憶ある。たぶん。
その後大声が出したすぎてカラオケに行ったんだけどぼくがボンヤリしていてコンビニで買った酒をふつうにレジ袋に入れて持っていたせいでフロントで没収されてしまい、やるせない気持ちになった。ぼくは酒とタバコでいいかげんのどがめちゃくちゃで声がぜんぜん出なかったんだけどくすりくんはなぜか異常にのどが強靱でめちゃくちゃシャウトしていて怖かった。cry babyいれてイントロで爆笑したりcreepy nutsをウケねらいでやる流れがあったりした。ふたりしかいないのにお互いウケから離れられない。
二時間でワンドリンクのくせにひとり二千円もとられ、……ッソ! ……たばれ! と歯を食いしばりながら店を出る。フロントで二時間常温でほっとかれた缶はしっかりぬるくなっていて、それに口をつけながら移動して、もう真っ暗な上野公園に南側から入っていく。入って右手にある喫煙所でタバコを吸うと、次の缶を開けて階段左の滝みたいなやつをみる。水道水のにおいがしてマイナスイオンだ〜とか、水を照らすライトが青から緑に変わって緑黄色社会じゃんとか、死ぬほどしょうもないことをいっていたらいつのまにかマカロニえんぴつの替え歌大会になっていて、「前戯で射精してしまったはっとりが「やめときゃよかったな」って言う」「せっかく集まったのにみんなずっとゲームしてたら、PSP持ってないはっとりは「モンハンじゃなくて!」って言う」とかずっと死ぬほどくだらなかったのだがそのときは十歩ごとに膝から崩れ落ちるくらい笑った。そんな調子で真っ暗な闇の中をぐるりと一周してもどってきてまた同じ喫煙所でタバコを吸う。少し人が減っている。それから上野公園をもう一周したのだったか、そのまま浅草の方へ歩いて戻ったのだか忘れた。
夜も更けていい加減寒く、くすりくんがマフラーを出して巻いている横でぼくは生っちろい首をむきだしにしてぶるぶる震えていた。酔っぱらっていて忘れていたが晩飯を買っていなかったので、ウェンディーズでハンバーガーを買って帰りしなに公園で食べようとぼくが提案した。最初に見つけた公園は結構大きくていい感じだったけど、地元のマイルドヤンキーみたいな人がペットボトルを足下に投げつけてきてぼくがきっちりビビったので逃げ、もう少し先の小さな公園のベンチに落ち着いた。向かいにはここ以外に居場所がないのだろうか、やや挙動不審なおじさんが酒の缶片手にふらふらしており、たぶん家でタバコを吸えないもう少し若い男の人がタバコを吸っているのが立ち去った頃には二人ともハンバーガーを食べ終えていて、くすりくんはおもむろにブランコに向かった。腰掛けたまましばらくただじっとしてからゆっっっくり加速し、たいして強く漕がないでだら〜っとやめてしまう様子をぼくは携帯のカメラで撮影した。戻ってきたくすりくんは、エンターテイメントだわ、これが最強のエンタメだ、といっていた。そのあとぼくもブランコに乗り、こっちは最速で最高到達地点に達するよう本気で漕いだ、それもくすりくんが動画に残した、今見ても美しいほどだ、ぼくは結構ブランコに自信がある。
コンビニで買い足した酒をホテルで続けて飲む。ホテルの壁は思ったより薄かったらしくて、R-1の歯医者復活戦の動画を見てYes!アキトをほめたり(ロング魚焼きグリルがおもしろすぎる)、Awichの新譜を流してかっこいいねえと言ってりしてるとドアのノックで怒られてシュンとした。ホテル内は禁煙なので途中いちど外に出てすぐそこにある灰皿の近くでたばこを吸う、アイコスをもらったがぜんぜん吸った感じがしなかったしくすりくん曰く「濡れた犬の臭い」がたしかにした、いやだなあ。それはわがままだろ、犬だってずっと乾いてるわけじゃないんだからさあ。くすりくんはぼくのキャスターを吸っていたが軽すぎるといって結局じぶんのアメスピを吸った。部屋に戻ってまた飲むうち次第��意識が曖昧になっていつの間にかお互いのベッドの上に横になっている、くすりくんは雀魂を起動してまだぜんぜんルールの分かっていないぼくに説明がてら実況プレイみたいなのをはじめたがそもそもドラとかテンパイとかの意味もちゃんと頭に入ってないからまったく分からなくていつの間にか眠っていた。
起きると十一時とか。くすりくんはまだ寝ていてぼくはシャワーを浴びる。髪を乾かしている間にくすりくんが起きる。今日はどうしようか? という相談をそこでしたような気もするし、前の晩にしたような気もする、上野動物園に行こうという話になったのは夜にその前を通ったからだから前の晩か、どっちでもいいけど、たらたら歩いてまた上野まで出た。道中富士そばに寄り、そういえば昨日の晩からずっとこういうものが食べたかったような気がしていた。
当たり前みたいにコンビニで酒を買って上野公園へ。また園内の喫煙所に行く。ここが今いちばんアツいスポットかもしれん。車椅子に納まってたばこを吸っていた老人が、吸い終わってしばらくして現れたヘルパーさんらしい女性に連れられていった。
動物園まで北上する道のりは昨晩とは違う経路を選んだ。日曜の昼間だからあたりまえだけど昨晩とは全然違ってそれなりに人がいて、大道芸人みたいなのもちらほら、最初にみたのはアコーディオンかなにかを演奏している女性で急に海外の町を歩いているみたいな気分になった、広い場所に出てくると今度はジャグリングかなんかをやっている男が少し息を切らしながら、今からやる技はすごく難しいので、できたら一番の拍手をもらえたら……とかたらたら能書きを垂れていつまで経っても取り組まないのに対して口々に悪態をついた。あんなやつはキングコング西野のクラブハウスでも聞いてろ。そういえば江ノ島でああいう大道芸人みたけど、ずっと準備運動やっててあれを夕方まで続けてたらおもしろいなって話したよ。あいつもずっとああやって喋ってたらすごいね。上野動物園は休園だった。
悪態を吐きながら苦肉の策で美術館へ行くことにする。近代美術館も上野の森も休園だったが(しかもたぶんどっちもコロナとか関係ない休園なので本当についてない)、東京都美術館でフェルメールがみれるらしいのだ。言ってみると人数制限で、一時に着いてとったチケットが三時半入場とかになる。それまでの二時間はまあきのうと同じで酒飲みながらぷらぷらして潰すことにした。あ、じゃあ動物園の裏にある湖を見に行こう。広場まで戻ると大道芸人はふたりに増えていて増えたほうはけっこう黙々とやっていたけど御託の多いほうより観客は少なかった。
公園をちょうど出るところの坂道で桜が咲いていて携帯で写真を撮った。今年はじめてみる桜だ。
信号をわたると湖だ。水草なのかススキか何かかが一面に茂っていて水面はほとんど見えなかったがそれでも水辺はいい。湖の向こうのでっかいビルが見えた。水辺が好きというか平たい場所で見晴らしがいいのが好きなのかもな。カップルがいて、いいデートだなあとぼくが言った。ビールを開け、ベンチに腰掛けてチーザをつまんだ。チーザのパッケージにはきのうの夕方さんざっぱら馬鹿にしたcreepy nutsの写真がプリントされていて笑った。途中かわいらしい女性とその写真をでっかいカメラで撮るかわいらしくない男性がいて、ああいうのほんとにあるんだなあという話をする。日陰でじっとしていると肌寒く、わりとすぐまた歩き出したら、だんだんアイドルライブの音漏れみたいなのが聞こえてくる。調べたら実際、公園内の野外ステージでマイナーなアイドルがいっぱい出てくるイベントをやっているらしかった。出演者一覧をながめて今やってんの誰なのかな、とか言っていると野外ステージの入り口にさしかかり、壁の隙間からライブの様子が舞台側から覗けた。舞台上には三人のアイドルがいて客席野埋まりは想像の五倍まばらだった。こういう時期だからなあ、コールも満足にできなくて大変そうだ。
湖の裏手に回るとススキの生える洲はこっち側にはなくて水面が見え、向こうの方にはアヒルボートの群れも見えた。遠くからだからよりいっそうそう見えたんだけど狭い水域をギチギチに詰まっている。くすりくんは小さい頃遊んだGBAのワンピースのゲームで、海戦のシ��ュレーションバトルみたいなパートがあったけど絶対現実にはあり得ない密度で船が詰まってて、あれみたいだ、とか言っていた。何の話だよ。近づいていくとアヒルボート(実際にはアヒルでないただカラフルなだけのボートもちらほら)の水域は狭くて浅い中をいくつもの船が動いているので水面に水流が見てとれた。
途中ショートカットに湖畔の寺の境内を通り、湖を一周してもまだ少し時間が余っていて、そこをどうしたんだったか、駅前のコンビニへ行って酒を買い足してまた公園内をふらふらしていたんだったか、とするとまたあの喫煙所に行ったはずで、その道中にはアコーディオンの女性もまた相変わらず異国情緒なかんじのメロディを奏でていたはずだ、こっちのが百倍いいよなあ。あの御託が多いジャグリング男をくさす流れがしつこく続いていた。
美術館に戻ってくるころにはいい感じの低空飛行をすぎてただ酔いが軽い体の不調としてしか認識できなくなってしまうくらいでぼくはくすりくんにもらった500mlの午後ティーをのんだ。これいつ貰ったんだっけ? だいたい人にあげる用に鞄の中に複数のペットボトルが入ってるってどういうことなんだ。
美術展はおもしろかった! フェルメールの「窓辺で手紙を読む女」の復元の結果、女性の背後に画中画が出てきたというのが目玉なんだけどそれよかそれと一緒にドレスデンから来ているほかの十六世紀オランダの絵画、メツーとかロイスダールとか、がおもしろくて、とくに静物画! 当然古い油絵なので表面の凹凸から筆致というかそこに絵の具を乗せた手の動きを読みとるというような楽しみは難しいんだけど(ぼくの思ってる油彩とは画材が違うのでそういう凹凸が生まれにくいのかな、ぼくはなんもしらない)、そのぶん画面の構成とかに意識がよく向いて、そうなると今までウソすぎるだろと思ってあんまりまじめに見ていなかった静物画の隅々まで計算の行き届いていてそれがこっちにもある程度分かることのおもしろさが強く印象に残った。先に一通り見終えてじっとしていたくすりくんと合流して話すとくすりくんもだいたい同じような感想でうれしかった、わかんない、あっちが合わせてくれたのかもしんないけど。修復したフェルメール普通に修復前の方がよかったよねとくすりくんが言う。どうやら後の世代の人が勝手に判断して画中画を消したということらしく、それ自体は褒められたことではないと思うけどない方がいいと思って消した人がいたわけだから今みる僕たちがそう思うのも無理はないのかもしれない。
とくに印象に残ったのは「手紙を読む兵士」という絵で、画面左にいる帽子をかぶった兵士が座って手紙を読んでいるのを、画面中央奥に座っているのと画面右で立っているのもなんか内容が気になるらしくて見ている、みたいな絵で、どうして他人の手紙が気になるのか想像の幅があったり、画面奥で見ている人が顔以外ほとんど暗��て見えないことによって空間の奥行きというか、何もない暗闇の存在感みたいなものが強まっていてかなりじっくり見てしまった。あと展示の最後の最後にあったブラーメルの「神殿で祈るソロモン王」というのが、線の荒々しさや黒色の塗りかたからしてほかの絵画とは全然違っていて、本当にほかにいくあてがなくて仕方なく最後にあったという感じがとてもかっこよかった。
あてもなく上野公園を南下して、日も暮れはじめ昼間の騒がしさも収まったなかをいつの間にか喫煙所へ向かいながら、これからどうする、とまあ解散かな〜と思いながらたずねてまあ解散かな〜といわれてまあ解散だよな〜と思った。いやぜんぜんまだまだ遊びたいんだけどとにかく金がないんだよね。言われてみればぼくも決して金があるわけではないのに何にも気にしないで缶ビールとか買いまくってしまっていたな。最後のたばこを吸い終えて上野駅へ向かう、上野公園でもガード下の飲み屋街でもない都会っぽい都会の上野をそういえばこのときはじめて見た気がして、きのうの午後から丸一日、旅行に行く前の自分が上野と言われて想像できたものからは遠く離れた、ほとんど異界みたいな場所にずうっといたのだと思った。そういえば東京だ。
上野駅前のスクランブル交差点で、何かひとりで怒っている女性がいてふたりして思わずそっちを見たのだがどうやらハンズフリー通話だ。こえ〜! おれもふだんあんな感じなのかな。話題がワケ分からんからもっと不気味かもな。
改札までついて行った。くすりくんはかなり名残惜がってくれてた。ぼくは正直そんなに寂しくもないというか、まあ解散してもどうせTwitterとか通話があるしみたいな気分で、それは実際に会って話すのとインターネットを介した会話との間になんのズレもなかったからなんだろうけど、ただこういう楽しい時間がもう終わってしまうんだなということの名残惜しさはあって、じゃあこっちもなんやかんや名残惜しかったのか。とにかくくすりくん自身と別れることの寂しさは不思議となくて、またすぐそのうち会えるだろと手を振って簡単に別れた。
解散してからドトールで簡単なご飯を食べつつ書きかけの小説をいじくり回して、ホテルに帰ってからコンビニで買った適当なご飯を食べ、テレビでR-1みて寝た。こんなに出場者を全員知っているR-1ははじめてだ! 全員おもしろくて良かった。しかしZAZYは最高だった、結果も含めて。あの完璧な二本目で優勝できたらZAZYはZAZYを続けられないのではないかという寂しさがあったので、どこか安心もした。吉住の二本目も見たかったなあ。
最終日の予定が何にもなかったので、そういえばsatooさんが旅行中にまた遊びましょうって言ってくれてたなと思って連絡したら夕方から横浜を案内してくれることになった。問題は重点措置でどこもかしこも閉まった後、夜行バスが来るまでの時間をどう潰すかだ。不安をビールで忘れてすぐに寝た。
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ルドンの気球
昼の盛りを少し過ぎていた。朝早くからの仕事を終えた私は午後から始まる別の仕事場へと移動していたのだが、時間に少し余裕があったので道の途中にある喫煙所に寄り道をして、休憩も兼ねがね空に煙草の煙を吐いていた。
その喫煙所は市街中央から少し離れた場所にあるホームセンターの入り口脇に設置してあるもので、近頃閉��が相次いで喫煙所が皆無であるこの界隈においては屋外で煙草が吸うことの出来る数少ないスペースだった。必然として近隣のあぶれた喫煙者たちは飢えた蠅が残飯にたかるようにこの喫煙所一か所に集まり、連日どの時間帯も紫煙と煙草の香りが賑やかに空へと立ち昇っているのだが、今日は自分以外に人は一人も居なかった。だからといって寂しさが募るわけでもなく、むしろ人の居ない気楽さを煙草と一緒に味わいながら目の前に広がる景色を漫然と眺めていた。 私が履いている二足のスニーカーの先にはテニスコートのような樹脂製の赤茶色をした地面があって、その少し先にはいつもそれ程人が通っていない歩道があった。歩道の先には木蓮の街路樹とつつじの植え込み、白いガードレールを挟んで幅の広い車道が横たわっている。その車道では種々雑多な自動車が途切れることなく右や左に行き交っていて、行き交う度に車が空気を切り裂く乾いた音がここまで響き、時折排気ガスの臭いが微かに漂って来ることもあった。そんな車道の向こう岸にはこちら側と同じように白いガードレール、木蓮の街路樹とつつじの植え込みを挟んで人通りの少ない歩道があり、その先には白塗りの壁に包囲されている広大な空き地があった。 今年になってから巨大商業施設の建設工事が行われているその空き地からは螺旋状のドリルで地面を掘り返している掘削機の重低音や作業員たちの掛け声や怒声が断続的に聞こえてきた。工事の様子そのものは白塗りの壁に遮られてここからは殆ど見ることが出来なかったが、壁の上から空に伸びているクレーン車の長い首の姿だけは幾本か見ることが出来た。空はというと白い雲に一面を覆われているように見えたが、しかし良く見ると、白、灰白色、灰色、と所々に微妙な濃淡の差異が見えて、薄い墨を使って描かれた淡い禅画のようだった。殆ど動きを見せないクレーン車の直線的で無機質な梯子は真冬の空に聳え立っている黒い巨木のように背景の虚ろな空に良く馴染んでいた。 寡黙で怠慢なクレーン車の長い首だったが、時折思い出したようにゆっくりと空の只中を旋回した。先端の小さな頭の下からは細長いワイヤーが垂直に下へと伸びていて、その先のフックに四角い鉄骨の束をぶらさげているのだが、巨大で重量もかなりありそうなその鉄骨の束に比べてワイヤーの方は随分と細過ぎるような気がした。おそらくそれは恐ろしく硬く丈夫な材質で出来ているのだろうが、遠く離れたこの喫煙所から見てもそれは白い空に引かれている縦の棒線にしか見えず、その頼りない細さは空中に鉄骨が浮いているという不自然な状況を更に不自然に不安定に非現実的に見せていた。 束の間、白い空の中を回遊した鉄骨は段々と降下していって、最後には白塗りの壁の下に見えなくなった。暫くするとまた新たな鉄骨が白塗りの壁の上から姿を現し、白い空の中を漂い始める。どこかそれは酷く陰惨な拷問の現場を見ているかのようだった。 飛翔する開放感はなく、上昇する高揚感もなく、ただ白い空の只中に宙ずりにされている存在。色もなく音もない虚空の中で何一つと触れることが出来ない彼の存在を唯一世界の内側に繋ぎ止めているものは自らの身体に巻き付いているワイヤーであって、しかしそれは同時に自らの全体重が喰らい込んでいる耐え難き苦痛の繋ぎ目でもある。その線は言い換えるならば存在と現実を繋ぎ止めている最後の絆であり、ワイヤーが断ち切られた瞬間に彼の身体は地上へと落下して瞬く間に大地と一体化し、切り離された彼の魂は白い空の上へと無限に上昇していく。 言葉に変換されたイメージは少しずつまた言葉からイメージに変換された。しかし、そのイメージはもはや既にクレーン車に吊るされている鉄骨の姿ではなく、白い空の中に突き出している黒い十字架だった。それからイメージは、吊るし首の樹海、冷凍室に吊るされている豚の肉塊、廃墟に浮かぶ風船の群れ、と変転していき、やがて一枚の絵と結び付いた。それはオディロン・ルドンの眼=気球だった。 いつどこでその絵を最初に見たのかは定かでない。ユイスマンスのさかしまの挿絵だったような気がするが、もっとずっと以前からその絵を知っていたような気もする。とにかく長い間、そのルドンの絵が私の意識下無意識下に棲み続けていた。 絵の下方には先細った生気のない数束の草の葉以外に何も見えない荒涼とした平地が広がっている。殆どが黒く塗りつぶされているのでそれが土の地面なのか或いは草原なのか判然としない。ただ生命の息吹を感じさせるような大地でないことは確かで、見方によっては海、それも暗い夜を髣髴とさせるような海にも見える。その上方には私が今目の前にしているのと同じように白や灰白色の混在した虚ろで観念的な空が覆い被さり、その中に黒く巨大な気球が浮かんでいる。その黒さは観念的で非現実的な空の色とは対照的に暴力的で生々しい夜そのものの黒さで、常に破裂の緊張感が付き纏う気球の丸い輪郭線も危険な印象に油を注いでいる。 しかし最も不気味なのは黒い気球の上半円に見開かれている一つの大きな瞳だろう。眼窪のように抉られている気球の上半分に細い睫毛を生やして埋まっているその眼球は黒目が著しく上方に偏り、残された広大な白目には若干血管が浮いている。それは正常な状態における人間の瞳ではなかった。私がごく初期に連想したのは首を締め上げられて死んでいく人間の瞳だった。���には白昼夢を見ている人間の瞳となり、性交の際絶頂を迎えている女の瞳となり、賭博で一文無しになったときのギャンブラーの瞳となり、法悦に浸っている聖人の瞳となり…と気球の瞳は様々な人間の瞳の中に顕現した。そのどれもが快楽の絶頂か苦痛の限界に接している人間の瞳で、つまりは自己を喪失しかけている人間の瞳だった。 黒い気球に見開かれた瞳の下睫毛には黒い円盤のような物が吊るされている。円盤はかなりの重量があるようで、その重みによって細い睫毛はの一本一本が張り詰め、下瞼に至っては一部が捲れ上がってしまっている。つまりはこの円盤の重みが下瞼を開かせているのだった。その力は同時に黒い気球全体をこの虚ろで観念的な空の只中に繋ぎ止めているのであり、もし仮に睫毛が切れた場合、円盤は地上に落下して黒い地面と一体化し、下瞼を閉じてほぼ完全に黒い球体と化した気球はどこまでも空を上昇していき、遠くはその故郷である夜そのものに溶けていくであろうことを予感させる。 というのがルドンの気球=眼に対する私の凡そな見解であったが、今こうして白い空とクレーン車のを見ているうちにまた新たな側面に気が付き始めた。それは至極単純な答えで、あの絵は白い空を見詰めるルドンの自画像だということだった。 ルドンにとって白い画用紙は白い空そのものであり、その白い空を見詰め続けるということは虚無を見詰め続けることと同じ意味を持ち、更にそれは自分自身の虚無を見詰めるということだった。しかしそれは非常に恐ろしいことで、なぜならそれは自分自身が存在しないのだと自分自身が強烈に自覚していく行為であり、刻々と死んでいく自分自身を自分自身が見詰めるということだからである。その死は肉体的な死というよりもより完全に純粋な自分自身の死であり、実際に人間が本当に恐れているのはこの自分自身の死であって肉体の死ではない。肉体の死が必然的に自分の死を引き起こすと仮定するために人間は肉体の死を恐れているのに過ぎない。しかし実はそうした恐怖、虚無に対する恐怖という感情そのものが虚無に接している人間にとって最後に残された虚無的でないもの、つまりは自分自身そのものなのであって、だからルドンの虚無に対する恐怖苦痛絶望といった人間的感情は全てあの黒い円盤の方に詰まっているのである。その円盤を吊るしている睫毛が切れた瞬間、つまりは虚無に対する恐怖苦痛絶望といった人間的な感情の全てが消えた瞬間彼は虚無そのものになり、本当の夜がそこに訪れるのである。 しかし一方で見開いた目玉の黒い気球もルドン自身であることは間違いない。虚無に対して見開かれていているその瞳は自己の存在を否定する虚無の方へと自分自身全体を引っ張っていく、言うなれば自分の中にある他人の瞳である。その他人である彼の瞳にとって虚無は恐ろしい無の世界ではなく、魅惑的な無限の世界=パラダイスとして映っているのだということは、そのどこか夢を見ているような瞳の表面に薄っすらと光が反映していることからも伺える。謂わばそれは太陽の光に魅せられたイカロスの瞳であるのだが、太陽へと真っ直ぐに飛んで行ったイカロスの雄姿はもうそこになく、天上と地上に、神々と人間の間にそれぞれ強く引っ張られ、上下真っ二つに引き裂かれようとしながらも何とか一つの均衡を保って地上すれすれにやっと浮かんでいる有り様である。なぜ、そうなってしまったのか?時は十九世紀であり、神の死とそれに伴う虚無がひたひたと人々の目の前に近付いてきた時代である。もはや人々は空の上に輝く絶対無比の太陽を信じることが出来なくなり、代わりとして空の上に現れたあらゆるものを相対化してしまう絶対的な虚無に不安を感じるとともに怯え始めていた。それは同時に近代自我の目覚めであり、精神と肉体の分離現象であって、タナトスとエロスが袂を分かち始めたときでもあった。死と自らの内に潜む死の欲動に不安と怯えを抱いた人々は硬く小さな円盤に閉じ籠り始め、その重力で黒い死の気球を安全な地上に縛り付けようと画策し始めた。
しかし、今後この黒い気球は果たして空に上昇していくのだろうか?それとも地上に堕ちるのだろうか?或いは二つに分離してそれぞれ帰るべき場所に帰るのだろうか?ルドン自身がどうなったかは知らないが、その後の人類の歴史を顧みると果たして人類全体は夢見る瞳を空の中に捨て去って地上に堕ちていったようである。
突然耳に聞こえたライターの点火音が延々と紡がれていくかに思われた思索の糸を断ち切った。現実に引き戻された意識は音が聞こえた方へと向きかけたが、自分の鼻の先でその殆どが白い灰と化している煙草の姿が目に映り、注意はそこに逸れた。いつの間にか意識の完全な枠外で造成されたその灰の塊は無造作でありながら絶妙な均衡を保って自分の左手人差し指と中指の間から空中へと細長く伸びていたが、根元の付近は未だに仄かな煙を流し燻っていて今にも自らの重みによって崩れ落ちそうだった。それが崩壊していく様子を目にするのが何となく嫌な気がして直ぐに私はその灰の塊を自分の手で払い落そうと傍らにある灰皿の方へ振り向いた。するとその灰皿の向こうに女が立っていることに気が付いた。と同時に均衡を失った灰の塊が崩れ、何枚かが空中にひらひらと舞って、残りが灰皿の暗い穴の中へと落ちていった。 その女は短い髪に黒縁の眼鏡を掛け、小柄で線の細い体型に枯葉色の地味なチェック柄のベストと長袖の白いワイシャツを着ていた。蒼白い左手の人差し指と中指の間には細長い煙草が挟まれ、既に火の付けられているその煙草の丸い切れ口からは白い煙が気怠そうに流れていた。右手の中には黒いライターが握られていて、直ぐにそれは先刻耳にしたばかりの点火音と結びついたが、その認識が一致するよりも早く、女は歩き始めた。真っ直ぐに女は歩道の方へ、つまりは喫煙所の前に広がる白い景色の方へと歩いていった。ゆっくりと遠ざかっていく女の背中は痩せているせいか酷く平板でタイル張りの壁のように見え、下半身に穿いている黒いスーツのズボンも黒い板のように直線的で女性らしい曲線は何処にも見当たらなかった。そのスーツの脚と合わせて規則的に動く左右の黒靴は鋭利なヒールの先端を地面へと交互に突き立てていたが、地面が柔らかい樹脂製のために靴音がまるで聞こえず、それが何とも言えない不安な気持ちを興させた。女は歩道の少し手前まで歩いていくと、地面の上に棒立ちになってそのまま殆ど動かなくなった。 地面の上に茫然と佇む女の先程よりも少し遠くなったその後ろ姿は白い景色を前にして朧な木柱の黒い影のように映った。だらりと力なく垂れ下がった両腕の左手指先から流れる煙草の煙だけが有機的な動きを見せていて、まるで女の暗い輪郭そのものが周囲の空気に溶けて蒸発しているように見えた。その前方に広がる白い空は相変わらず白い空のままだったが、クレーン車の方は小休止していて虚空に吊るされていた鉄骨も今は見当たらなかった。休憩に入ったらしく作業員たちの掛け声や怒声も止んでいて、車道を流れる自動車の音だけが寂しい波音のように響いていた。段々と私は前方に実際に生きた女が存在しているという現実が曖昧になり始めていた。同時に自分が今目の前にしている光景の全てが一体何なのか理解することに時間が掛かり始めて、少しずつその所要時間は長くなっていった。しかしながら、ようやく理解出来てもそれは現実の実感と呼ぶのが躊躇われる曖昧な感覚だった。 意識の表面に白い靄がかかっているような現実の曖昧さ、しかしそれは私の生活の隅から隅に至るまで深く浸透していた。 朝、仕事へと赴くとき、外に出て道を歩きながらふと洗面所の蛇口をちゃんと閉めたか不安になる。可能な限り記憶を振り絞ってその場面を思い出そうとするのだがどうしても思い出せない。思い出せないというよりは思い出したその場面が今朝なのか昨日なのか或いは夢の中なのか判然としない状態で、結局いつも駆け足で家へと戻り、靴のまま家の中に上がって洗面所の蛇口が閉められているか確認をする。蛇口はいつも当然のように固く閉められていた。水の一滴さえも零れ落ちてはいない。私は胸を撫で下ろし、自分の心配性を嘲笑う余裕すら出来上てまた玄関へと戻っていく。しかし、背後の洗面所から遠ざかっていくにつれてたった今確認したことが酷く曖昧になり始める。「本当に蛇口から水は流れていなかっただろうか?」自分でも馬鹿らしいとは解りつつも顔から若干血の気が引いている私は再度洗面所に戻って蛇口を確認してしまう。やはり蛇口はちゃんと閉まっている。幾度となくそんなことを繰り返しているうちに時間は恐ろしく浪費され、仕事場へと到着するのはいつも勤務開始時刻寸前だった。 しかし、ここ数か月間というもの症状は尚の事重く悪化していた。私は実際に蛇口を目の前にしながら「これは本当に水が出ていないのだろうか?本当は出ているのに目に見えていないのではないだろうか?」と疑っていた。すると手を伸ばして水が出ていないことを確認しなければならなくなり、終いにはその手の触感に対しても懐疑を抱く始末だった。 そうした現実に対する終わりの無い懐疑の症状は殊に蛇口の確認だけに限ったことではなく、生活のあらゆることに付き纏っていた。次第に私は疲れ切ってしまった。何をする���も憂鬱で億劫になっていった。自然と身体を動かさずにぼんやりすることが多くなり、妄想に費やす時間が増え始めた。すると妄想は生々しく現実味を帯びていき、反対に現実は獏として現実感を失っていった。そうして妄想と現実の境い目は酷く曖昧になり、現実はまた更に曖昧になっていった。 そんな出口の見えない沈鬱とした状況から半ば避難するように私は一日の内三回も四回も浴室へと赴いた。風呂湯の疑いようのない熱さ温もりは私に失われている現実感の手軽な代替品だった。浴室の白い壁や天井はまるで現実を感じさせるものではなかったが、首から下が湯船に優しく現実を保証されているので、私は安心してその白い虚空に想念の気球を飛ばすことが出来た。それは私にとって数少ない安らぎの時間であり、結局はそれがまた更に現実感を失わせる結果に繋がると理解していてもやめることは出来なかった。 掃除も稀にしか為されず、私の生まれるずっと以前からそこに存在している浴室の白い壁は、白い壁とは言ったものの半ば黄ばんでいて、至る所で亀裂が走っていたり表面が剥がれ落ちていたりしていた。黒かびの星座も彼方此方に点々と煌いていた。そんな古い浴室の壁の上を梅雨の時期から夏にかけてはよく蛞蝓が這い回っていた。蛞蝓は梅雨の初めの頃は注意して見ないと壁の黴やしみと見間違える程小さかったが、夏の終わる頃には皆でっぷりと太って禍々しいまでの存在感を発揮していた。蛞蝓を見つける度に私は素手で捕まえて窓から逃がした。突然、壁から引き剥がされた蛞蝓は最初手の平の中で小さく委縮しているのだが、少しずつ顔の上から細い棒状の突起眼が二本伸びてきて、やがてそれは触覚のように左右ばらばら動きながら頻りに周囲を確認し始める。それが落ち着くと今度は手の平を我が物顔で這い回り、蛞蝓はその柔らかい口で一心不乱に手の皮膚の表面を齧り始める。私の手の平を白い壁の続きだと勘違いして食べている、その滑稽で間が抜けた様子と無邪気な食欲の感触は意外にも不快ではなかった。ただそんな蛞蝓を手放した後に残る粘液の感触は堪らなく不快だった。お湯と石鹸でいくら洗ってもそのぬるぬるとした粘液はしつこく手の表面に残り続けた。それが嫌で私は次第に蛞蝓を壁の上に見付けても放って置くようになった。壁の管理人が消えて蛞蝓たちは縦横無尽に壁の上を這い回るようになり、私は温かい湯船に浸かりながらぼんやりとそんな彼らの様子を眺めるようになった。蛞蝓はいつも酷くのんびりと移動してたが、床付近の壁に居たはずの蛞蝓がふとすると天井付近に張り付いていることがあった。その意外な速さに驚いて私は蛞蝓の動きを目で追い始めるのだが、いつも途中でその姿は意識から消えて、蛞蝓は壁の思いもしない位置からふと突然に現れた。その度に今目の前にいるこの蛞蝓が白い壁の亀裂を通って無意識の世界から湧き出して来たかのような不思議な感覚を私は覚えた。 ふと気が付くと、女はこちらの方に振り返っていた。女はそのまま真っ直ぐにこちらへと歩いて来ているようであったが黒いズボンも黒い靴も殆ど動いておらず実際にその姿が近付いているという実感は少しも持つことが出来なかった。まるで女そのものは少しも動いていなくて周囲の風景がその背後へと退いているような、丁度それは海岸の浅瀬に沈んでいる貝殻や流木の朧な姿形が沖合いへと潮が引いていくのに従って段々と明らかになっていくという感じだったが、やがてはっきりと鮮明になったのは先程見掛けた枯葉色の地味なチェック柄のベストや皺一つない白のワイシャツ、黒いスーツのズボンといった身に付けている服装ばかりであって、女そのものの身体は一向にはっきりとせず、その顔に関しても黒縁の眼鏡ばかりが目立つばかりで顔の造りや表情は曖昧で判然としなかった。まるでそれは服や眼鏡だけが絶妙な均衡を保って虚空に浮いているかのようで、そよ風か何かの些細な振動によって今にもばらばらと崩れ去りそうであった。 それから間もなくして透明なその幽霊は私の傍らにある灰皿の向こう側へと戻って来た。灰皿の上に白い手がぼんやりと浮かぶ。その指と指の間からは白い灰の塊が絶妙な均衡を保って虚空へと細長く伸びていた。その灰の塊を見た瞬間、私の中で不安な気持ちが大きく揺れて、現実そのものを確かめるように私は女の顔を凝視せずにはいられなくなった。私からは横を向いているその女の顔は恐ろしく白い色をしていた。しかし、それは人間の肌の自然な白さではなく人工の観念的な白さであった。更に良く見るとその白い仮面は所々深い皺によって裂けその周辺から粉が吹いていて、それが造られた仮面であることを自ら強調していた。その裂け目や空いた穴から覗く生の地肌を見たとき私の心はようやく落ち着きかけた。しかし、ふと女がこちらを向いて俯き、今まで眼鏡の陰に隠れていたその瞳が露わになった瞬間、私の心は再び大きく揺れた。その透明な眼鏡の双眼レンズの奥には血管の赤い亀裂が幾筋も走っている異様に白く生々しい眼球とその眼球の上辺から今にも飛び出しそうに偏っている黒い瞳が二つぼんやりと浮かんでいた。それがルドンの気球と結び付くよりも早く、女の手が白い残像を描いて素早く動き、その指と指の間から灰の塊が崩れ落ちた。私は雪片のように舞い散る灰の幾枚かを視線で追いながら、自分自身がばらばらに崩れていく音を聞いていた。
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もうこのままでいい? 外出自粛で感じた「良い面」
集計期間:2020年4月20日~4月23日 回答数:14761
新型コロナウイルスの流行にともない、世界的に「外出自粛」の動きが続いています。
家にずっと引きこもることを余儀なくされ、生活環境が激変したことで「自粛疲れ」も発生しているようですが、中には外出しな��なったことで見えてきた「良い面��もあるかもしれません。
そこで今回は「外出自粛のメリット」に関する調査を行いました。
外出自粛で感じた「良い面」はありますか?
回答者14761名のうち、外出自粛にメリットを感じた人は全体の約46.8%と、わずかに少数派となりました。
ここからは、みなさんから寄せられた「外出自粛の良い面」を具体的に見ていきましょう。
外出自粛のメリットとは…
<生活様式の変化>
・通勤時間がなく家事ができる
・電車や道が空いている
・テレワーク出来ない職場で、いまだに24時間操業中の為、自家用車で出勤していますが、道路が空いている為、2/3程度の時間で通勤できます。
・睡眠時間がふえた
・介護の時間が多く取れるようになった
・たまった録画を消化できる
・路上喫煙者が減った
・休みの昼酒がしやすい。
・皆さんが物を大事に使うようになったこと
・zoomなどアプリが使えるようになった
・一部アーティストのライブが無料で観れること。
・子供のギャーギャーと外で騒ぐ声や主婦連の井戸端会議が静になった。
・元々自分はパーソナルスペースが広いので、周りの人が意識して距離を開けてくれるのは有りがたい。
・元々あまり活動的でないので 休日に家にいることに引け目をかんじていたが 自粛生活にはいってからは 引け目を感じなくなった。
・資格の���験勉強がはかどります
・凝った料理と自宅ワークアウトが捗る
・食材を1週間分として、買い込み。それを、いかに毎日工夫して、品数多く、和洋中と、レパートリーを考えて、新しいメニューに挑戦。食費が、安く済んだ、この様に、ある物を工夫して1週間乗り切れて、食費が、だいぶ安くなって、家族も新しいメニューを喜んでくれた。
・スポーツクラブに通っていたが(月7000円)自宅でも筋トレが出来る事に気がついた むしろ家の方が隙間時間にできるから良かった
・ウォーキングをするようになり今まで知らなかった、住んでいる街の、いろんな所、お寺や神社風光明美な場所を発見出来た
・おうち時間がたっぷりあるので、家の掃除が捗る。断捨離、庭掃除と進めている。
・家に長く居ることで、日頃開けない引き出しなどから、忘れていた懐かしい物が発見されたりしました。但し、明らかに断捨離の対象になる不用品も、多数押し入れから発掘されたのでした。
・ものづくりに没頭できた。ミシンも上達して通帳ポーチも作れるようになった。沢山作りためて10月にあるであろう保育園のバザーに出して、少しでも保育士さん達に還元できると良いなぁ。
・ソーイングに目覚めて、マスク作りを始めた。
・花壇を綺麗にしました毎日眺めて楽しんでます
・迷惑な勧誘電話の業者も活動自粛なのか、自宅の固定電話が静かになった
・あれほど毎晩ブンブン走り回っていた暴走バイクが鳴りを潜めた。あれほど毎日警察の防犯メールに痴漢事案が配信されていたのに、痴漢がいなくなってきた。
・地区の行事や、学校の総会にいかなくてよいこと
・通院している病院が、いつもだと一時間以上は待つのに、最近はほぼ待たないで済む。
・買い物に行っても、いつもより人が少ないので、安心感がある。みんなマスクをしているから、安心感がある。
・感染リスクの高い飲食店が減ること、隣の深夜まで営業のうるさい飲食店が早く閉めるようになったこと。
・居酒屋さんのテイクアウトがすすんできて、個人店でもできるようになって家で食べられるのが嬉しい。
・白髪染めの回数が減ったしたまの外出も化粧なしでマスクで出掛けられる。
・化粧する回数が少ないので化粧品が減らない。肌の調子が良い。
・オンライン授業が導入され、家でリラックスしながら授業を受けることできるようになった。
・せかせかと忙しく働いていた毎日だったが、自宅待機になって時間的な余裕が出てきて家庭菜園を始めたことで、植物の生育をゆっくりと楽しむ心の余裕ができた。
・近所の家の駐車スペースにチョークでケン��ンパーの○が沢山描かれた昭和の風景を久々に見つけて懐かしい気分になった。家での生活もちょっとした工夫で楽しめることもあって普段より充実している。
・地球がきれいになった(海や大気。記事で読んだ)
・経済活動が抑えられるが、その分二酸化炭素排出量が減り、地球温暖化が少しでも緩和するのではないでしょうか、
・時間が長く感じる。
<金銭面の変化>
・飲み会やイベント等での出費が減った
・パチンコ行かなくなったからこのままやめたい。
・自炊するようになって節約ができている。ガソリン代がかからなくなった。交通事故も減っているように感じる。
・マスクや化粧品、お金が減らない。営業や宗教などが来ない。掃除が捗る。読書や映画鑑賞に集中できる。道がすいてる等々。
・外食が当たり前だったけど家で子供とパンケーキをお店より美味しく作って楽しむ事!普段高くて買えない食材を買ってみて外食より安いのかなと思った。
・余計な買い物をしなくなった。もともと休みの日は家でゆっくり過ごすのが好きだったが、晴れた日などは一日中家にいることにちょっと後ろめたいような気持ちも感じていた。自粛になって堂々と家で過ごせるので、そういったことからも解放されたような気がする。
<人間関係の変化>
・家族と過ごす時間が増えた
・家族みんなで一緒にご飯。
・家族の生活時間帯が、仕事の都合でバラバラでしたが、一緒に過ごせる時間が増えました。
・家族と過ごす時間が増えて。ケンカもしますが。笑なかなかに家族の絆を見つめなおす機会になりました。
・夫婦関係が良くなった
・夫が家事を手伝ってくれる
・旦那さんが在宅勤務になり、毎日一緒に過ごせること
・旦那が仕事で帰りも遅く、0歳の子のワンオペ育児できつかったが今は休みも増え帰りも早くなったので負担も軽くなった。結果夫婦ともイライラが減った。
・夫が在宅勤務になって、料理にはまってくれたので「YouTubeの簡単レシピ?」と言いながらいろいろチャレンジしてくれています。晩ごはんのメニューを考えずにすむので楽になりました。自分で考えたメニューなら文句は言われないことも良かったです。
・嫁と長い時間会話出来た。知らなかった事、聞けなかった事、いろんな会話をした。あと、猫の生態系も観察出来た。
・子どもと話す機会が増えた
・子どもと料理をする時間が増えた
・子供との会話が増えた。一緒にストレッチができる
・子供達と普段しないおやつ作りや、雑巾がけなど気分転換になることをやってみたりして、楽しんでいる。
・子供とゆっくりお散歩をしたこと。自分は知らなかったお散歩コースがあって、そこには色んな鳥やメダカやオタマジャクシがいて新しい発見だった。
・休校になり、子どもたちだけにして仕事に行くことになったが、子どもたちが協力して家事をしてくれ助かっている。子どもたちの優しさを感じる。
・大学生の息子が時間があるからという理由での外出や外食したりということ��なくなり家にいるようになったので食生活なども含め生活自体が健康的になったし、会話も増えた。
・普段2歳の息子と家に引きこもっていたが、幼稚園が休園になり5歳の娘が外で遊びたがるので毎日庭や公園で遊ぶようになり、息子はとても楽しそう。
・娘が7月に県外へ嫁いでしまうので一緒に過ごせる時間が増えて正直嬉しい。日々過ごせる時間が愛おしく貴重に感じる。
・長男は中3受験生、長女は新1年生、次女は入園..本来ならもうバラバラの生活をし始めていた頃でしょうが、この休校自粛期間は毎日のように3人揃って3食食べ、今までにないくらい一緒の時間を過ごしています。こんな時間もうこの先ないかもしれないと思って大切に過ごすことにしました。
・中3に��り、やっと来た反抗期の息子。そっけない態度や、何を聞いても「別に」「普通」しか言わなくなった矢先の外出自粛。家族に炒飯を作ってくれたり、家庭菜園の為に父と一緒に土作りをしたり、私にハマってるYouTuberを教えてくれ一緒に楽しんで会話がとても増えました。コロナの為、先はどうなるか確証は無い中ですが、高校は野球留学で熊本の私立での寮生活の予定です。車で10時間はかかる場所で寂しさばかり感じてましたが、今、不謹慎ですが学校も硬式野球も無い中、この様な時間をいただけて家族は感謝してます。遠く離れても覚悟を持って、大好きな野球??楽しんで欲しいです。
・結婚してからずっと閉まってあった人生ゲームを探し出して大きくなった子供たちと楽しめてるのが成長も感じられて良かった。親は子供にボロ負けでしたけど。
・ペットとのふれあいが、1日続けて出来るので…癒されます
・ペットと過ごす時間が長くなって、色々な表情を見る機会が増えたこと。
・病気の猫の看病が、会社に気兼ね無しに出来ること。
・あまり調子の良くなくなった16歳の愛犬のそばに居てやれる。
・しばらく(10年くらい)ぶりに 友人から電話があった
・彼女の大切さが分かった
・割と日頃からインドアなのであれこれ誘われなくなった分、ストレスが減った。おひとりさまが好きな私にはお家で過ごす時間が増えて丁度良い。ワンコとのふれあいも増し増しよ。
・他人と関わらないでいい幸せ。
・疲れる人と会わなくてすむから
・義家族との関わりが無くなった
<考えの変化>
・家でも、結構楽しめるように思えるようになった。
・何気ない毎日毎日が、いかに感謝すべき事か、気付けた。
・自分を見つめ直すきっかけとなり、自分を大切にするようになった。
・出掛けないといけない用事かそうでもないか改める良い機会になった。
・医療関係者のみならず、必要不可欠な仕事に従事する人に対して、改めて感謝の念を覚えた。
・時間の流れがゆったりして、昭和時代を振り返る。忙し過ぎる毎日から、気づきもあたえられた。
・今回��給付金について色々と考えられたからよかった。
・通信を使ってのオンライン飲み会、オンラインレッスン等が普及してて、今までの時代とは違う新しい時代が来るのかなと色々考えてしまう。
・企業の方の民間へのサポートの仕方でその会社の考え方や取り組み方を見れて新しい企業の一面を知れるいいきっかけになった。
・命のありがたみや戦時中の生き抜く知恵など、今までの当たり前は当たり前では無いことをしっかりと知るいい機会だと思った。
・精神的にやられてしまって仕事をやめたあと自粛モードになったので、静養期間としていいなと思ったから(転職に焦らなくてもいいと思う)
・一生独身でいいやと思っていたけど、思ってたより寂しがり屋なことに気付いてしまって結婚しようと思えた。
・季節や天気、自宅(の建物)と会話をしながら、ゆったり丁寧に暮らす事の良さを知りました。また今回の出来事は、自分にとって言わば初めての「被災」に準じるものだと感じます。自分の欲求を言動に出す前にその結果が周囲にどのような影響を与えるかを意識するようになったり、必要なものが品薄な中どのように乗り切るか工夫したり、無意識のうちに相手に感謝の言葉が口から出たり…とても気付き・学びの多い日々を過ごしています。
まとめ
みなさんから寄せられた意見をまとめると、外出自粛には
・自分のために時間を使える
・家族との絆が深まる
・何気ない日々の尊さに気づくなど、考えが変わる
といったメリットがあるようです。
大人になると様々な事情もあり、自由に使える時間が限られるという人もいるでしょう。
今回の外出自粛を好機というわけにはいきませんが、そう悲観せず好きなように時間を使って、自分の生活を見直してみるのもいいかもしれませんね。
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さて。17:00からテレカン。しかし今いるネカフェには声を出せるスペースがない。
池袋東口快活クラブの近くのカフェで、無料wi-fiがある場所を検索 下記が該当
カフェ・ド・クリエ プラス 南池袋 [LINK] https://www.pokkacreate.co.jp/shops/detail/77
ふむ。やっぱwi-fi使いつつ通話できるスペースがないとキツいな。どこも基本的にはないけど、エレベーターホール付近で話せたり、喫煙スペースで話せたり、超狭いけど通話用ブースがあったり、抜け道があるネカフェは多い。快活クラブはそれがない。やっぱ70点か。
仕事上、電話(通話)せざるを得ない事がある。もちろんPCの前にいる事前提で、だ。資料観つつやる必要あるからな。北朝霞(朝霞台)の自遊空間、池袋のマインスペースはそれができるからいい。
荷物が置いてある職場が近い北朝霞の自遊空間に戻りたいが、あそこは臨時休業している可能性がある。検索。
[LINK] http://jiqoo.jp/shop/9931546/
特に情報なし。Twitterも2019から更新なし。わからない。博打だな。
快活クラブはやっぱいろいろとコストがかかる。灯りも暗いしな。
・ ・
安さで言えばカラネット24一択。ただ、ここは本当の地獄。 臭い、汚い、危険。
[LINK] https://netcafe-info.jp/?p=844
臭さはコーンポタージュをぶちまけたものを乾燥させたような塩っけのある匂いに芳香剤をブレンドさせた感じ。ひと呼吸ひと呼吸が不快だ。トイレが絶望的に汚い。床が常にびちゃびちゃ。当然ただの水であるはずがない。皆その足でブースに戻るから廊下が濡れた足跡だらけ。付近のブースは当然公衆トイレのスメル。ブースドアの隙間が2mm空いているのでそこから覗いてくるやつがいる。ドアガチャされる。パソコンなしの席だと受付で途中外出時に「なにも」渡されない。つまり、戻ってきたら部屋番号を伝えるだけでブースに戻れる。店員が入れ替わるタイミングで別の人間が部屋番号伝えれば恐らくそのまま入れる(全ては店員の記憶頼み���から)。
でも、安い。漫画読んで寝るだけなら案外快適。作業するとなると覚悟がいる。
【✓】
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やさしい光の中で(柴君)
(1)ある日の朝、午前8時32分
カーテンの隙間から細々とした光だけがチラチラと差し込む。時折その光は強くなって、ちょうど眠っていた俺の目元を直撃する。ああ朝だ。寝不足なのか脳がまだ重たいが、朝日の眩しさに瞼を無理矢理押し上げる。隣にあったはずの温もりは、いつの間にか冷え切った皺くちゃのシーツのみになっていた。ちらりとサイドテーブルに視線を流せば、いつも通り6時半にセットしたはずの目覚まし時計は、あろうことか針が8と9の間を指していた。
「チッ……勝手に止めやがったな」
独り言のつもりで発した声は、寝起きだということもあり少しだけ掠れていた。それにしても今日はいつもに増して喉が渇いている。眠気眼を擦りながら、キッチンのほうから漂ってくる嗅ぎ慣れた深入りのコーヒーの香りに無意識に喉がこくりと鳴った。
おろしたてのスウェットをまくり上げぼりぼりと腹を掻きながら寝室からリビングに繋がる扉を開けると、眼鏡をかけた君下は既に着替えてキッチンへと立っていた。ジューという音と共に、焼けたハムの香ばしい匂いが漂っている。時折フライパンを揺すりながら、君下は厚切りにされたそれをトングで掴んでひっくり返す。昨日実家から送ってきた荷物の中に、果たしてそんなハムが入っていたのだろうか。どちらにせよ君下が普段買ってくるスーパーのタイムセール品でないことは一目瞭然だった。
「おう、やっと起きたか」 「おはよう。てか目覚ましちゃんと鳴ってた?」 「ああ、あんな朝っぱらからずっと鳴らしやがって……うるせぇから止めた」
やっぱりか、そう呟いた俺の言葉は、君下が卵を割り入れた音にかき消される。二つ目が投入され一段と香ばしい音がすると、塩と胡椒をハンドミルで少し引いてガラス製の蓋を被せると君下の瞳がこっちを見た。
「もうすぐできる。先に座ってコーヒーでも飲んどけ」 「ん」
顎でくい、とダイニングテーブルのほうを指される。チェリーウッドの正方形のテーブルの上には、今朝の新聞とトーストされた食パンが何枚かと大きめのマグが2つ、ゆらゆらと湯気を立てていた。そのうちのオレンジ色のほうを手に取ると、思ったより熱くて一度テーブルへと置きなおした。丁度今淹れたところなのだろう。厚ぼったい取手を持ち直してゆっくりと口を付けながら、新聞と共に乱雑に置かれていた郵便物をなんとなく手に取った。 封筒の中に混ざって一枚だけ葉書が届いていた。君下敦様、と印刷されたそれは送り主の名前に見覚えがあった。正確には差出人の名前自体にはピンと来なかったが、その横にご丁寧にも但し書きで元聖蹟高校生徒会と書いてあったから、恐らくは君下と同じ特進クラスの人間なのだろうと推測が出来た。
「なんだこれ?同窓、会、のお知らせ……?」
自分宛ての郵便物でもないのに中身を見るのは野暮だと思ったが、���しぶりに見る懐かしい名前に思わず裏を返して文面を読み上げた。続きは声に出さずに視線だけで追っていると、視界の端でコトリ、と白いプレートが置かれる。先程焼いていたハムとサニーサイドアップ、適当に千切られたレタスに半割にされたプチトマトが乗っていた。少しだけ眉間に皺が寄る。
「またプチトマトかよ」 「仕方ねぇだろ。昨日の残りだ。次からは普通のトマトにしてやるよ」
大体トマトもプチトマトも変わんねぇだろうが、そう文句を言いながらエプロンはつけたままで君下は向かいの椅子に腰かけた。服は着替えたものの、長い前髪に寝ぐせがついて少しだけ跳ねあがっている。
「ていうか同じ高校なのになんで俺には葉書来てねぇんだよ」
ドライフラワーの飾られた花瓶の横のカトラリー入れからフォークを取り出し、小さな赤にざくり、と突き立てて口へと放り込む。確かにクラスは違ったかもしれないが、こういう公式の知らせは来るか来ないか呼びたいか呼びたくないかは別として全員に送るのが礼儀であろう。もう一粒口に含み、ぶちぶちとかみ砕けば口の中に広がる甘い汁。プチトマトは皮が固くて中身が少ないから好きではない。やっぱりトマトは大きくてジューシーなほうに限るのだ。
「知らねぇよ……あーあれか。もしかして、実家のほうに来てるんじゃねぇの」 「あ?なんでそっちに行くんだよ」 「まあこんだけ人数いりゃあ、手違いってこともあるだろ」 「ったく……ポンコツじゃねぇかこの幹事」
覚えてもいない元同級生は今頃くしゃみでもしているだろうか。そんなどうでもいいことが頭を過ったが、香ばしく焼き上げられたハムを一口大に切って口に含めばすぐに忘れた。噛むと思ったよりも柔らかく、スモークされているのか口いっぱいに広がる燻製臭はなかなかのものだ。いつも通り卵の焼き加減も完璧だった。
「うまいな、ハム。これ昨日の荷物のか?」 「ああ。中元の残りか知らないけど、すげぇいっぱい送って来てるぞ。明日はソーセージでもいいな」
上等な肉を目の前に、いつもより君下の瞳はキラキラしているような気がした。高校を卒業して10年経ち、あれから俺も君下も随分大人になった。それでも相変わらず口が悪いところや、美味しいものに素直に目を輝かせるところなんて出会った頃と何一つ変わってなどいなかった。俺はそれが微笑ましくもあり、愛おしいとさえ思う。あとで母にお礼のラインでも入れて、ああ、それとついでに同窓会の葉書がそっちに来ていないかも確認しておこう。惜しむように最後の一切れを噛み締めた君下の皿に、俺の残しておいた最後の一切れをくれてやった。
(2)11年前
プロ入りして5年が経とうとしていた。希望のチームからの誘いが来ないまま高校生活を終え、大学を5年で卒業して今のチームへと加入した。 過酷な日々だった。 一世代上の高校の先輩・水樹は、プロ入りした途端にその目覚ましい才能を開花させた。怪物という異名が付き、十傑の一人として注目された高校時代など、まだその伝説のほんの序章の一部に過ぎなかった。同じく十傑の平と共に一年目から名門鹿島で起用されると、実に何年振りかのチームの優勝へと大いに貢献した。日本サッカーの新時代としてマスメディアは大々的にこのニュースを取り上げると、自然と増えた聖蹟高校への偵察や取材の数々。新キャプテンになった俺の精神的負担は増してゆくのが目に見えてわかった。
サッカーを辞めたいと思ったことが1度だけあった。 それは高校最後のインターハイの都大会。前回の選手権の覇者として山の一番上に位置していたはずの俺たちは、都大会決勝で京王河原高校に敗れるという失態を犯した。キャプテンでCFの大柴、司令塔の君下の連携ミスで決定機を何度も逃すと、0-0のままPK戦に突入。不調の君下の代わりに鈴木が蹴るも、向こうのキャプテンである甲斐にゴールを許してゲーム終了、俺たちの最後の夏はあっけなく終わりを迎えた。 試合終了の長いホイッスルがいつまでも耳に残る中、俺はその後どうやって帰宅したのかよく覚えていない。試合を観に来ていた姉の運転で帰ったのは確かだったが、その時他のメンバーたちはどうしたのかだとか、いつから再びボールを蹴ったのかなど、その辺りは曖昧にしか覚えていなかった。ただいつまでも、声を押し殺すようにして啜り泣いている、君下の声が頭から離れなかった。
傷が癒えるのに時間がかかることは、中学選抜で敗北の味を知ったことにより感覚的に理解していた。君下はいつまでも部活に顔を出さなかった。いつもに増してボサボサの頭を掻き乱しながら、監督は渋い声で俺たちにいつものように練習メニューを告げる。君下のいたポジションには、2年の来須が入った。その意味は、直接的に言われなくともその場にいた部員全員が本能的に理解していたであろう。
『失礼します、監督……』
皆が帰ったのを確認して教官室に書き慣れない部誌と共に鍵を返しに向かうと、そこには監督の姿が見えなかった。もう出てしまったのだろうか。一度ドアを閉めて、念のため職員室も覗いて行こうと校舎のほうへと向かう途中、どこからか煙草の香りが鼻を掠める。暗闇の中を見上げれば、ほとんどが消灯している窓の並びに一か所だけ灯りの付いた部屋が見受けられる。半分開けられた窓からは、乱れた黒髪と煙草の細い煙が夜の空へと立ち上っていた。
『お前まだ居たのか……皆は帰ったか?』 『はい、監督探してたらこんな時間に』
部誌を差し出すと悪いな、と一言つけて監督はそれを受け取る。喫煙室の中央に置かれた灰皿は、底が見えないほどの無数の吸い殻が突き刺さり文字通り山となっていた。監督は短くなった煙草を口に咥えると、ゆっくりと吸い込んで零れそうな山の中へと半ば無理やり押し込み火を消した。
『君下は……あいつは辞めたわけじゃねぇだろ』 『お前がそれを俺に聞くのか?』
監督は伏せられた瞳のまま俺に問い返す。パラパラと読んでいるのかわからないほどの速さで部誌をめくり、白紙のページを最後にぱたりと閉じた。俺もその動きを視線で追っていると、クマの濃く残る目をこちらへと向けてきた。お互いに何も言わなかった。 暫くそうしていると、監督は上着のポケットからクタクタになったソフトケースを取り出して、残りの少ないそれを咥えると安物のライターで火をつけた。監督の眼差しで分かったのは、聖蹟は、アイツはまだサッカープレーヤーとして死んではいないということだっ���。
迎えの車も呼ばずに俺は滅多に行かない最寄り駅までの道のりを歩いていた。券売機で270円の片道切符を購入すると、薄明るいホームで帰路とは反対方向へ向かう電車を待つ列に並ぶ。間もなく電車が滑り込んできて、疲れた顔のサラリーマンの中に紛れ込む。少し混みあっていた車内でつり革を握りしめながら、車内アナウンスが目的の駅名を告げるまで瞼を閉じていた。 あいつに会いに行ってどうするつもりだったのだろう。今になって思えば、あの時は何も考えずに電車に飛び乗ったように思える。ガタンゴトンとレールを走る音を聞きながら、本当はあの場所から逃げ出したかっただけなのかもしれない。疲れた身体を引きずって帰り、あの日から何も変わらない敗北の香りが残る部屋に戻りたくないだけなのかもしれない。一人になりたくないだけなのかもしれない。
『次はー△△、出口は左側です』
目的地を告げるアナウンスで思考が現実へと引き戻された。はっとして、閉まりかけのドアに向かって勢いよく走った。長い脚を伸ばせばガン、と大きな音がしてドアに挟まる。鈍い痛みが走る足を引きずりながら、再び開いたドアの隙間からするりと抜け出した。
久しぶりに通る道のりは、いくつか電灯が消えかけていて薄暗く、不気味なほど人通りが少なかった。古い商店街の一角にあるキミシタスポーツはまだ空いているだろうか。スマホの画面を確認すれば、午後8時55分を指していた。営業時間はあと5分あるが、あの年中暇な店に客は一人もいないであろう。運が悪ければ既にシャッタは降りているかもしれない。
『本日、休業……だあ?』
計算は無意味だった。店のシャッターに張り付けられた、チラシの裏紙には妙に整った字でお詫びの文字が並んでいた。どうやらここ数日間はずっとシャッターが降りたままらしいと、通りすがりの中年の主婦が店の前で息を切らす俺に親切に教えてくれた。ついでにこの先の大型スーパーにもスポーツ用品は売ってるわよ、と要らぬ情報を置いてその主婦は去っていった。こうやって君下の店の売り上げが減っていくという、無駄な情報を仕入れたところで今後使う予定��来るのだろうか。店の二階を見上げるも、君下の部屋に灯りはない。
『ったく、あの野郎は部活サボっといて寝てんのか?』
同じクラスのやつに聞いても、君下のいる特進クラスは夏休み明けから自主登校となっているらしい。大学進学のためのコースは既に3年の1学期には高校3年間の教科書を終えており、あとは各自で予備校に行くなり自習するなりで受験勉強に励んでいるようだ。当然君下以外に強豪運動部に所属している生徒はおらず、クラスでもかなり浮いた存在だというのはなんとなく知っていた。誰もあいつが学校に来なくても、どうせ部活で忙しいぐらいにしか思わないのだ。 仕方ない、引き返すか。そう思い回れ右をしたところで、ある一つの可能性が脳裏に浮かぶ。可能性なんかじゃない。だがなんとなくだが、あいつがそこにいるという確信が、俺の中にあったのだ。
『くそっ……君下のやつ!』
やっと呼吸が整ったところで、重い鞄を背負うと急いで走り出す。こんな時間に何をやっているのだろう、と走りながら我ながら馬鹿らしくなった。去年散々走り込みをしたせいか、練習後の疲れた身体でもまだ走れる。次の角を右へ曲がって、たしかその2つ先を左――頭の中で去年君下と訪れた、あの古びた神社への道のりを思い出す。そこに君下がいる気がした。
『はぁ……はぁっ……っ!』
大きな鳥居が近づくにつれて、どこからか聞こえるボールを蹴る音に俺の勘が間違っていない事を悟った。こんなところでなにサボってんだよ、そう言ってやるつもりだったのに、いざ目の前に君下の姿が見えると言葉を失った。 あいつは、聖蹟のユニフォーム姿のままで、泥だらけになりながら一人でドリブルをしていた。 自分で作った小さいゴールと、所々に置かれた大きな石。何度も躓きながらも起き上がり、懸命にボールを追っては前へ進む。パスを出すわけでもなく、リフティングでもない。その傷だらけの足元にボールが吸い寄せられるように、馴染むように何度も何度も同じことを繰り返していた。
『ハッ……馬鹿じゃねぇの』
お前も俺も。そう呟いた声は己と向き合っている君下に向けられたものではない。 あいつは、君下はもう前を向いて歩きだしていた。沢山の小さな石ころに躓きながら、小さな小さなゴールへと向かってその長い道のりへと一歩を踏み出していた。俺は君下に気付かれることがないように、足音を立てないようにして足早に神社を後にした。 帰りの電車を待つベンチに座って、ぼんやりと思い出すのは泥だらけの君下の背中だった。前を向け喜一、まだやれることはたくさんある。ホームには他に電車を待つ客は誰もいなかった。
(3)夕食、22時半
気付けば完全に日は落ちていて、コートを照らすスタンドライトだけが暗闇にぼんやりと輝いていた。 思いのほか練習に熱中してしまったようで、辺りを見渡せば先輩選手らはとっくに自主練を切り上げて帰路に着いたようだった。何の挨拶もなしに帰宅してしまったチームメイトの残していったボールがコートの隅に落ちているのを見つけては、上がり切った息を整えながらゆったりと歩いて拾って回った。
倉庫の鍵がかかったのを確認して誰もいないロッカールームへ戻ると、ご丁寧に電気は消されていた。先週は鍵がかけられていた。思い出すだけで腹が立つが、もうこんなことも何度目になった今ではチームに内緒で作った合鍵をいつも持ち歩くようにしている。ぱちり、スイッチを押せば一瞬遅れて青白い灯りが部屋を照らした。
大柴は人に妬まれ易い。その容姿と才能も関係はあるが、自分の才能に胡坐をかいて他者を見下しているところがあった。大口を叩くのはいつものことで、慣れた友人やチームメイトであれば軽く受け流せるものの、それ以外の人間にとってみれば不快極まりない行為であることは間違いない。いつしか友人と呼べる存在は随分と減り、クラスや集団では浮いてしまうことが常であった。 今のチームも例外ではない。加入してすぐの公式戦にレギュラーでの起用、シーズン序盤での怪我による離脱、長期のリハビリ生活、そして残せなかった結果。大柴加入初年度のチームは、最終的に前年度よりも下回った順位でシーズンの幕を閉じることになった。それでも翌年からも大柴はトップに居座り続けた。疑問に思ったチームメイトやサポーターからの非難や、時には心無い中傷を書き込まれることもあった。ゴールを決めれば大喝采だが、それも長くは続かない。家が裕福なことを嗅ぎつけたマスコミにはある事ない事を週刊誌に書き並べられ、誰もいない実家の前に怪しげな車が何台も止まっていることもあった。 だがそんなことは、大柴にとって些細なことだった。俺はサッカーの神様に才能を与えられたのだと、未だにカメラの前でこう言い張ることにしている。実はもう一つ、大柴はサッカーの神様から貰った大切なものがあったが、それを口にしたことはないしこれからも公言する日はやって来ないだろう。
「ただいまぁー」 「お帰り、遅かったな」
靴を脱いでつま先で並べると、靴箱の上の小さな木製の皿に車のキーを入れる。ココナッツの木から作られたそれは、卒業旅行に二人でハワイに行ったときに買ったもので、6年間大切に使い続けている。玄関までふわりと香る味噌の匂いに、ああやっとここへ帰ってきたのだと実感する。大股で歩きながらジャケットを脱ぎ、どさり、とスポーツバッグと共に床へ投げ出すと、倒れ込むように革張りのソファへとダイブした。
「おい、飯出来てるから先に食え。手洗ったか?」 「洗ってねぇ」 「ったく、何年も言ってんのにちっとも学習しねぇ奴だな。ほら、こっち来い」
君下は洗い物をしていたのか、泡まみれのスポンジを握ってそれをこちらに見せてくる。この俺の手を食器用洗剤で洗えって言うのか、そう言えばこっちのほうが油が落ちるだとか、訳の分からない理論を並べられた。つまり俺は頑固汚れと同じなのか。
「こんなことで俺が消えてたまるかよ」 「いつもに増して意味わかんねぇな。よし、終わり。味噌汁冷める前にさっさと食え」
お互いの手を絡めるようにして洗い流していると、背後でピーと電子音がして炊飯が終わったことを知らせる。俺が愛車に乗り込む頃に一通連絡を入れておくと、丁度いい時間に米が炊き上がるらしい。渋滞のときはどうするんだよ、と聞けば、こんな時間じゃそうそう混まねぇよ、と普段車に乗らないくせにまるで交通事情を知っているかのような答えが返ってくる。全体練習は8時頃に終わるから、自主練をして遅くても10時半には自宅に着けるように心掛けていた。君下は普通の会社員で、俺とは違い朝が早いのだ。
「いただきます」 「いただきます」
向かい合わせの定位置に腰を下ろし、二人そろって手を合わせる。日中はそれぞれ別に食事を摂るも、夕食のこの時間を二人は何よりも大事にしていた。 熱々の味噌汁は俺の好みに合わせてある。最近は急に冷え込んできたから、もくもくと上る白い湯気は一段と白く濃く見えた。上品な白味噌に、具は駅前の豆腐屋の絹ごし豆腐と、わかめといりこだった。出汁を取ったついでにそのまま入れっぱなしにするのは君下家の味だと昔言っていた。
「喜一、ケータイ光ってる」 「ん」
苦い腸を噛み締めていると、ソファの上に置かれたままのスマホが小さく震えている音がした。途切れ途切れに振動がするので、電話ではないことは確かだった。後ででいい、一度はそう言ったものの、来週の練習試合の日程がまだだったことを思い出して気だるげに重い腰を上げる。最新機種の大きな画面には、見覚えのある一枚の画像と共に母からの短い返信があった。
「あ、やっぱ葉書来てたわ。実家のほうだったか」 「ほらな」 「お前のはここの住所で、なんで俺のだけ実家なんだよ」 「知るかよ。どうせ行くんだろ、直接会った時に聞けばいいじゃねぇか」 「え、行くの?」
スマホを持ったままどかり、と椅子へと座りなおし、飲みかけの味噌汁に手を伸ばす。ズズ、とわざと少し行儀悪くわかめを啜れば、君下の表情が曇るのがわかった。
「お前、この頃にはもうオフだから休みとれるだろ。俺も有休消化しろって上がうるせぇから、ちょうどこのあたりで連休取ろうと思ってる」 「聞いてねぇ……」 「今言ったからな」
金平蓮根に箸を付けた君下は、いくらか摘まんで自分の茶碗へと一度置くと、米と共にぱくり、と頬張った。シャクシャクと音を鳴らしながら、ダークブラウンの瞳がこちらを見る。
「佐藤と鈴木も来るって」 「あいつらに会うだけなら別で集まりゃいいだろうが。それにこの前も4人で飲んだじゃねぇか」 「いつの話してんだよタワケが、2年前だぞあれ」 「えっそんなに前だったか?」 「ああ。それに今年で卒業して10年だとさ。流石に毎年は行かねぇが節目ぐらい行ったって罰は当たんねーよ」
時の流れとは残酷なものだ。俺は高校を卒業してそれぞれ違う道へと進んでも、相変わらず君下と一緒にいた。だからそんな長い年月が経ったことに気付かなかっただけなのかもしれない。高校を卒業する時点で、俺たちがはじめて出会って既に10年が経っていた���だ。 君下はぬるい味噌汁を啜ると、満足そうに「うまい」と一言呟いた。
*
今宵はよく月が陰る。 ソファにごろりと寝転がり、カーテンの隙間から満月より少し欠けた月をぼんやりと眺めていた。月に兎がいると最初に言ったのは誰だろうか。どう見ても、あの不思議な斑模様は兎なんかに、それも都合よく餅つきをしているようには見えなかった。昔の人間は妙なことを考える。星屑を繋げてそれらを星座だと呼び、一晩中夜空を眺めては絶え間なく動く星たちを追いかけていた。よほど暇だったのだろう。こんな一時間に何センチほどしか動かないものを見て、何が面白いというのだろうか。
「さみぃ」
音もなくベランダの窓が開き、身体を縮こませた君下が湯気で温かくなった室内へと戻ってくる。君下は二十歳から煙草を吸っていた。家で吸うときはこうやって、それも洗濯物のない時にだけ、それなりに広いベランダの隅に作った小さな喫煙スペースで煙草を嗜む。別に換気扇さえ回してくれれば部屋で吸ってもらっても構わないと俺は言っているのだが、頑なにそれをしようとしないのは君下のほうだった。現役のスポーツ選手である俺への気遣いなのだろう。こういう些細なところでも、俺は君下に支えられているのだと実感する。
「おい、キスしろ」
隣に腰を下ろした君下に、腹を見せるように上を向いて唇を突き出した。またか、と言いたげな顔をしたが、間もなく長い前髪が近づいてきてちゅ、と小さな音を立てて口づけが落とされた。一度も吸ったことのない煙草の味を、俺は間接的に知っている。少しだけ大人になったような気がするのがたまらなく心地よい。
それから少しの間、手を握ったりしてテレビを見ながらソファで寛いだ。この時間にもなればいつもニュースか深夜のバラエティー番組しかなかったが、今日はお互いに見たい番組があるわけでもなかったので適当にチャンネルを回してテレビを消した。 手元のランプシェードの明かりだけ残して電気を消し、寝室の真ん中に位置するキングサイズのベッドに入ると、君下はおやすみとも言わないまま背を向けて肩まで掛け布団を被ってしまった。向かい合わせでは寝付けないのはいつもの事だが、それにしても今日は随分と素っ気ない。明日は金曜日で、俺はオフだが会社員の君下には仕事がある。お互いにもういい歳をした大人なのだ。明日に仕事を控えた夜は事には及ばないようにはしているが、先ほどのことが胸のどこかで引っかかっていた。
「もう寝た?」 「……」 「なあ」 「……」 「敦」 「……なんだよ」
消え入りそうなほど小さな声で、君下が返事をする。俺は頬杖をついていた腕を崩して布団の中に忍ばせると、背中からその細身の身体を抱き寄せた。抵抗はしなかった。
「こっち向けよ」 「……もう寝る」 「少しだけ」 「明日仕事」 「分かってる」
わかってねぇよ、そう言いながらもこちらに身体を預けてくる、相変わらず素直じゃないところも君下らしい。ランプシェードのオレンジの灯りが、眠そうな君下の顔をぼんやりと照らしている。長い睫毛に落ちる影を見つめながら、俺は薄く開かれた唇に祈るように静かにキスを落とした。
こいつとキスをするようになったのはいつからだっただろうか。 サッカーを諦めかけていた俺に道を示してくれたその時から、ただのチームメイトだった男は信頼できる友へと変化した。それでも物足りないと感じていたのは互いに同じだったようで、俺たちは高校を卒業するとすぐに同じ屋根の下で生活を始めた。が、喧嘩の絶えない日々が続いた。いくら昔に比べて関係が良くなったとはいえ、育ちも違えば本来の性格が随分と違う。事情を知る数少ない人間も、だからやめておけと言っただろう、と皆口を揃えてそう言った。幸いだったのは、二人の通う大学が違ったことだった。君下は官僚になるために法学部で勉学に励み、俺はサッカーの為だけに学生生活を捧げた。互いに必要以上に干渉しない日々が続いて、家で顔を合わせるのは、いつも決まって遅めの夜の食卓だった。 本当は今のままの関係で十分に満足している。今こそ目指す道は違うが、俺たちには同じ時を共有していた、かけがえのない長い長い日々がある。手さぐりでお互いを知ろうとし、時にはぶつかり合って忌み嫌っていた時期もある。こうして積み重ねてきた日々の中で、いつの日か俺たちは自然と寄り添いあって、お互いを抱きしめながら眠りにつくようになった。この感情に名前があるとしても、今はまだわからない。少なくとも今の俺にとって君下がいない生活などもう考えられなくなっていた。
「……ン゛、ぐっ……」
俺に組み敷かれた君下は、弓なりに反った細い腰をぴくり、と跳ねさせた。大判の白いカバーの付いた枕を抱きしめながら、押し殺す声はぐぐもっていてる。決して色気のある行為ではないが、その声にすら俺の下半身は反応してしまう。いつからこうなってしまったのだろう。君下を抱きながらそう考えるのももう何度目の事で、いつも答えの出ないまま、絶頂を迎えそうになり思考はどこかへと吹き飛んでしまう。
「も、俺、でそ、うっ……」 「あ?んな、俺もだ馬鹿っ」 「あっ……喜一」
君下の腰から右手を外し、枕を上から掴んで引き剥がす。果たしてどんな顔をして俺の名を呼ぶのだと、その顔を拝みたくなった。日に焼けない白い頬は、スポーツのような激しいセックスで紅潮し、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。相変わらず眉間には皺が寄ってはいたが、いつもの鋭い目つきが嘘のように、限界まで与えられた快楽にその瞳を潤ませていた。視線が合えば、きゅ、と一瞬君下の蕾が収縮した。「あ、出る」とだけ言って腰のピストンを速めながら、君下のイイところを突き上げる。呼吸の詰まる音と、結合部から聞こえる卑猥な音を聞きながら、頭の中が真っ白になって、そして俺はいつの間にか果てた。全て吐き出し、コンドームの中で自身が小さくなるのを感じる。一瞬遅れてどくどくと音がしそうなほどに爆ぜる君下の姿を、射精後のぼんやりとした意識の中でいつまでも眺めていた。
(4)誰も知らない
忙しないいつもの日常が続き、あっという間に年も暮れ新しい年がやってきた。 正月は母方の田舎で過ごすと言った君下は、仕事納めが終われば一度家に戻って荷物をまとめると、そこから一週間ほど家を空けていた。久しぶりに会った君下は、少しばかり頬が丸くなって帰ってきたような気がしたが、本人に言うとそんなことはないと若干キレながら否定された。目に見えて肥えたことを気にしているらしい本人には申し訳ないが、俺はその様子に少しだけ安心感を覚えた。祖父の葬儀以来、もう何年も顔を見せていないという家族に会うのは、きっと俺にすら言い知れぬ緊張や、不安も勿論あっただろう。 だがこうやって随分と可愛がられて帰ってきたようで、俺も正月ぐらい実家に顔を出せばよかったかなと少しだけ羨ましくなった。本人に言えば餅つきを手伝わされこき使われただの、田舎はやることがなく退屈だなど愚痴を垂れそうだが、そのお陰なのか山ほど餅を持たせられたらしく、その日の夜は冷蔵庫にあった鶏肉と大根、にんじんを適当に入れて雑煮にして食べることにした。
「お前、俺がいない間何してた?」
君下が慣れた手つきで具材を切っている間、俺は君下が持ち帰った土産とやらの箱を開けていた。中には土の付いたままの里芋だとか、葉つきの蕪や蓮根などが入っていた。全て君下の田舎で採れたものなのか、形はスーパーでは見かけないような不格好なものばかりだった。
「車ねぇから暇だった」 「どうせ車があったとしても、一日中寝てるか練習かのどっちかだろうが」 「まあ、大体合ってる」
一通り切り終えたのか包丁の音が聞こえなくなり、程なくして今度は出汁の香りが漂ってきた。同時に香ばしい餅の焼ける香りがして、完成が近いことを悟った俺は一度箱を閉めるとダイニングテーブルへと向かい、箸を二膳出して並べると冷蔵庫から缶ビールを取り出してグラスと共に並べた。
「いただきます」 「いただきます」
大きめの深い器に入った薄茶色の雑煮を目の前に、二人向かい合って座り手を合わせる。実に一週間ぶりの二人で摂る夕食だった。よくある関東風の味付けに、四角く切られ表面を香ばしく焼かれた大きな餅。シンプルだが今年に入って初めて食べる正月らしい食べ物も、今年初めて飲む酒も、すべて君下と共に大事に味わった。
「あ、そうだ。明日だからな、あれ」
3個目の餅に齧りついた俺に、そういえばと思い出したかのように君下が声を発した。少し冷めてきたのか噛み切れなかった餅を咥えたまま、肩眉を上げて何の話かと視線だけで問えば、「ほら、同窓会のやつ」と察したように答えが返ってきた。「ちょっと待て」と掌を君下に見せて、餅を掴んでいた箸に力を入れて無理矢理引きちぎると、ぐにぐにと大雑把に噛んでビールで流し込む。うまく流れなかったようで、喉のあたりを引っかかる感触が気持ち悪い。生理的に込み上げてくる涙を瞳に浮かべていると、席を立った君下は冷蔵庫の扉を開けてもう2本ビールを取り出して戻ってきた。
「ほら飲め」 「おま……水だろそこは」 「いいからとりあえず流し込め」
空になった俺のグラスにビールを注げば、ぶくぶくと泡立つばかりで泡だけで溢れそうになった。だから水にしとけと言ったのだ。チッ、と舌打ちをした君下は、少し申し訳なさそうに残りの缶をそのまま手渡してきた。直接飲むのは好きではないが、今は文句を言ってられない。奪うように取り上げると、ごくごくと大げさに喉を鳴らして一気に飲み干した。
「は~……死ぬかと思った。相変わらずお酌が下手だなお前は」 「うるせぇな。俺はもうされる側だから仕方ねぇだろうが」
そう悪態をつきながら、君下も自分の缶を開ける。プシュ、と間抜けな音がして、グラスを傾けて丁寧にビールを注いでゆく。泡まで綺麗に注げたそれを見て、満足そうに俺に視線を戻す。
「あ、そうだよ、話反らせやがって……まあとにかく、明日は俺は昼ぐらいに会社に少し顔出してくるから、ついでに親父んとこにも寄って、そのまま会場に向かうつもりだ」 「あ?親父さんも一緒に田舎に行ったんじゃねぇの?」 「そうしようとは思ったんだがな、店の事もあるって断られた。ったく誰に似たんだかな」 「それ、お前が言うなよ」
君下の言葉になんだかおかしくなってふふ、と小さく笑えば、うるせぇと小さく舌打ちで返された。綺麗に食べ終えた器をテーブルの上で纏めると、君下はそれらを持って流しへと向かった。ビールのグラスを軽く水で濯いでから、そこに半分ぐらい溜めた水をコクコクと喉を鳴らして飲み込んだ。
「俺もう寝るから、あとよろしくな。久々に運転すると疲れるわ」 「おう、お疲れ。おやすみ」
俺の言葉におやすみ、と小さく呟いた君下は、灯りのついていない寝室へと吸い込まれるようにして消えた。ぱたん、と扉が閉まる音を最後に、乾いた部屋はしんとした静寂に包まれる。手元に残ったのは、ほんの一口分だけ残った温くなったビールの入ったグラスだけだった。 頼まれた洗い物はあとでやるとして、さてこれからどうしようか。君下の読み通り、今日は一日中寝ていたため眠気はしばらくやって来る気配はない。テレビの上の時計を見ると、ちょうど午後九時を回ったところだった。俺はビールの残りも飲まずに立ち上がると、食器棚に並べてあるブランデーの瓶と、隣に飾ってあったバカラのグラスを手にしてソファのほうへとゆっくり歩き出した。
*
肌寒さを感じて目を覚ました。 最後に時計を見たのはいつだっただろうか。微睡む意識の中、薄く開いた瞳で捉えたのは、ガラス張りのローテーブルの端に置かれた見覚えのあるグラスだった。細かくカットされた見事なつくりの表面は、カーテンから零れる朝日を反射してキラキラと眩しい。中の酒は幾分か残っていたようだったが、蒸発してしまったのだろうか、底のほうにだけ琥珀色が貼り付くように残っているだけだった。 何も着ていなかったはずだが、俺の肩には薄手の毛布が掛かっていた。点けっぱなしだった電気もいつの間にか消されていて、薄暗い部屋の中、遮光カーテンから漏れる光だけがぼんやりと座っていたソファのあたりを照らしていた。酷い喉の渇きに、水を一口飲もうと立ち上がると頭痛と共に眩暈がした。ズキズキと痛む頭を押さえながらキッチンへ向かい、食器棚から新しいコップを取り出して水を飲む。シンクに山積みになっていたはずの洗い物は、跡形もなく姿を消している。君下は既に家を出た後のようだった。
それから昼過ぎまでもう一度寝て、起きた頃には朝方よりも随分と温かくなっていた。身体のだるさは取れたが、相変わらず痛む頭痛に舌打ちをしながら、リビングのフローリングの上にマットを敷いてそこで軽めのストレッチをした。大柴はもう若くはない。三十路手前の身体は年々言うことを聞かなくなり、1日休めば取り戻すのに3日はかかる。オフシーズンだからと言って単純に休んでいるわけにはいかなかった。 しばらく柔軟をしたあと、マットを片付け軽く掃除機をかけていると、ジャージの尻ポケットが震えていることに気が付いた。佐藤からの着信だった。久しぶりに見るその名前に、緑のボタンを押してスマホを耳と肩の間に挟んだ。
「おう」 「あーうるせぇよ!掃除機?電話に出る時ぐらい一旦切れって」
叫ぶ佐藤の声が聞こえるが、何と言っているのか聞き取れず、仕方なくスイッチをオフにした。ちらりと壁に視線を流せば、時計針はもうすぐ3時を指そうとしていた。
「わりぃ。それよりどうした?」 「どうしたじゃねぇよ。多分お前まだ寝てるだろうから、起こして同窓会に連れてこいって君下から頼まれてんだ」 「はあ……ったく、どいつもこいつも」 「まあその調子じゃ大丈夫だな。5時にマンションの下まで車出すから、ちゃんと顔洗って待ってろよ�� 「へー」 「じゃあ後でな」
何も言わずに通話を切り、ソファ目掛けてスマホを投げた。もう一度掃除機の電源を入れると、リビングから寝室へと移動する。普段は掃除機は君下がかけるし、皿洗い以外の大抵の家事はほとんど君下に任せっきりだった。今朝はそれすらも君下にさせてしまった罪悪感が、こうやって自主的にコードレス掃除機をかけている理由なのかもしれない。 ベッドは綺麗に整えてあり、真ん中に乱雑に畳まれたパジャマだけが取り残されていた。寝る以外に立ち入らない寝室は綺麗なままだったが、一応端から一通りかけると掃除機を寝かせてベッドの下へと滑り込ませる。薄型のそれは狭い隙間も難なく通る。何往復かしていると、急に何か大きな紙のようなものを吸い込んだ音がした。
「げっ……何だ?」
慌てて電源を切り引き抜くと、ヘッドに吸い込まれていたのは長い紐のついた、見慣れない小さな紙袋だった。紺色の袋の表面に、金色の細い英字で書かれた名前には見覚えがあった。俺の覚え違いでなければ、それはジュエリーブランドの名前だった気がする。
「俺のじゃねぇってことは、これ……」
そこまで口に出して、俺の頭の中には一つの仮説が浮かび上がる。これの持ち主は十中八九君下なのだろう。それにしても、どうしてこんなものがベッドの下に、それも奥のほうへと押しやられているのだろうか。絡まった紐を引き抜いて埃を払うと、中を覗き込む。入っていたのは紙袋の底のサイズよりも一回り小さな白い箱だった。中を確認したかったが、綺麗に巻かれたリボンをうまく外し、元に戻せるほど器用ではない。それに、中身など見なくてもおおよその見当はついた。 俺はどうするか迷ったが、それと電源の切れた掃除機を持ってリビングへと戻った。紙袋をわざと見えるところ、チェリーウッドのダイニングテーブルの上に置くと、シャワーを浴びようとバスルームへと向かった。いつも通りに手短に済ませると、タオルドライである程度水気を取り除いた髪にワックスを馴染ませ、久しぶりに鏡の中の自分と向かい合う。ここ2週間はオフだったというのに、ひどく疲れた顔をしていた。適当に整えて、顎と口周りにシェービングクリームを塗ると伸ばしっぱなしだった髭に剃刀を宛がう。元々体毛は濃いほうではない。すぐに済ませて電気を消して、バスルームを後にした。
「お、来た来た。やっぱりお前は青のユニフォームより、そっちのほうが似合っているな」
スーツに着替え午後5時5分前に部屋を出て、マンションのエントランスを潜ると、シルバーの普通車に乗った佐藤が窓を開けてこちらに向かって手を振っていた。助手席には既に鈴木が乗っており、懐かしい顔ぶれに少しだけ安堵した。よう、と短く挨拶をして、後部座席のドアを開けると長い背を折りたたんでシートへと腰かけた。 それからは佐藤の運転に揺られながら、他愛もない話をした。最近のそれぞれの仕事がどうだとか、鈴木に彼女が出来ただとか、この前相庭のいるチームと試合しただとか、離れていた2年間を埋めるように絶え間なく話題は切り替わる。その間も車は東京方面へと向かっていた。
「君下とはどうだ?」 「あー……相変わらずだな。付かず離れずって感じか」 「まあよくやってるよな、お前も君下も。あれだけ仲が悪かったのが、今じゃ同棲だろ?みんな嘘みたいに思うだろうな」 「同棲って言い方やめろよ」 「はーいいなぁ、俺この間の彼女に振られてさ。せがまれて高い指輪まで贈ったのに、あれだけでも返して貰いたいぐらいだな」
指輪という言葉に、俺の顔の筋肉が引きつるのを感じた。グレーのパンツの右ポケットの膨らみを、無意識に指先でなぞる。車は渋滞に引っかかったようで、先ほどからしばらく進んでおらず車内はしん、と静まり返っていた。
「あーやべぇな。受付って何時だっけ」 「たしか6時半……いや、6時になってる」 「げ、あと20分で着くかな」 「だからさっき迂回しろって言ったじゃねぇか」
このあたりはトラックの通行量も多いが、帰宅ラッシュで神奈川方面に抜ける車もたくさん見かける。そういえば実家に寄るからと、今朝も俺の車で出て行った君下はもう会場に着いたのだろうか。誰かに電話をかけているらしい鈴木の声がして、俺は手持ち無沙汰に窓の外へと視線を投げる。冬の日の入りは早く、太陽はちょうど半分ぐらいを地平線の向こうへと隠した頃だった。真っ赤に焼ける雲の少ない空をぼんやりと眺めて、今夜は星がきれいだろうか、と普段気にもしていないことを考えていた。
(5)真冬のエスケープ
車は止まりながらもなんとか会場近くの地下駐車場へと止めることができた。幹事と連絡がついて遅れると伝えていたこともあり、特に急ぐこともなく会場までの道のりを歩いて行った。 程なくして着いたのは某有名ホテルだった。入り口の案内板には聖蹟高校×期同窓会とあり、その横に4階と書かれていた。エレベーターを待つ間、着飾った同じ年ぐらいの集団と鉢合わせた。そのうち男の何人かは見覚えのある顔だったが、男たちと親し気に話している女に至っては、全くと言っていいほど面影が見受けられない。常日頃から思ってはいたが、化粧とは恐ろしいものだ。俺や君下よりも交友関係が広い鈴木と佐藤でさえ苦笑いで顔を見合わせていたから、きっとこいつらにでさえ覚えがないのだろうと踏んで、何も言わずに到着した広いエレベーターへと乗り込んだ。
受付で順番に名前を書いて入り口で泡の入った飲み物を受け取り、広間へと入るとざっと見るだけで100人ほどは来ているようだった。「すげぇな、結構集まったんだな」そう言う佐藤の言葉に振り返りもせずに、俺はあたりをきょろきょろと見渡して君下の姿を探した。
「よう、遅かったな」 「おー君下。途中で渋滞に巻き込まれてな……ちゃんと連れてきたぞ」
ぽん、と背中を佐藤に叩かれる。その右手は決して強くはなかったが、ふいを突かれた俺は少しだけ前にふらついた。手元のグラスの中で黄金色がゆらりと揺れる。いつの間にか頭痛はなくなっていたが、今は酒を口にする気にはなれずにそのグラスを佐藤へと押し付けた。不審そうにその様子を見ていた君下は、何も言わなかった。 6時半きっかりに、壇上に幹事が現れた。眼鏡をかけて、いかにも真面目そうな元生徒会長は簡単にスピーチを述べると、今はもう引退してしまったという、元校長の挨拶へと移り変わる。何度か表彰状を渡されたことがあったが、曲がった背中にはあまり思い出すものもなかった。俺はシャンパンの代わりに貰ったウーロン茶が入ったグラスをちびちびと舐めながら、隣に立つ君下に気付かれないようにポケットの膨らみの形を確認するかのように、何度も繰り返しなぞっていた。
俺たちを受け持っていた先生らの挨拶が一通り済むと、それぞれが自由に飲み物を持って会話を楽しんでいた。今日一日、何も食べていなかった俺は、同じく飯を食い損ねたという君下と共に、真ん中に並ぶビュッフェをつまみながら空きっ腹を満たしていた。ここのホテルの料理は美味しいと評判で、他のホテルに比べてビュッフェは高いがその分確かなクオリティがあると姉が言っていた気がする。確かにそれなりの料理が出てくるし、味も悪くはない。君下はローストビーフがお気に召したようで、何度も列に並んではブロックから切り分けられる様子を目を輝かせて眺めていた。
「あー!大柴くん久しぶり、覚えてるかなぁ」
ウーロン茶のあてにスモークサーモンの乗ったフィンガーフードを摘まんでいると、この会場には珍しく化粧っ気のない、大きな瞳をした女が数人の女子グループと共にこちらへと寄ってきた。
「あ?……あ、お前はあれだ、柄本の」 「もー、橘ですぅー!つくちゃんのことは覚えててくれるのに、同じクラスだった私のこと、全っ然覚えててくれないんだから」
プンスカと頬を膨らませる橘の姿に、高校時代の懐かしい記憶が蘇る。記憶の中よりも随分と短くなった髪は耳の下で切り揃えられていれ、片側にトレードマークだった三つ編みを揺らしている。確かにこいつが言うように、思い返せば偶然にも3年間、同じクラスだったように思えてくる。本当は名前を忘れた訳ではなかったが、わざと覚えていない振りをした。
「テレビでいつも見てるよー!プロってやっぱり大変みたいだけど、大柴くんのことちゃんと見てるファンもいるからね」 「おーありがとな」
俺はその言葉に対して素直に礼を言った。というのも、この橘という女の前ではどうも調子が狂わされる。自分は純粋無垢だという瞳をしておいて、妙に人を観察していることと、核心をついてくるのが昔から巧かった。だが悪気はないのが分かっているだけ質が悪い。俺ができるだけ同窓会を避けてきた理由の一つに、この女の言ったことと、こいつ自身が関係している。これには君下も薄々気付いているのだろう。
「あ、そうだ。君下くんも来てるかな?つくちゃんが会いたいって言ってたよ」 「柄本が?そりゃあ本人に言ってやれよ。君下ならあっちで肉食ってると思うけど」 「そうだよね、ありがとう大統領!」
そう言って大げさに手を振りながら、橘は君下を探しに人の列へと歩き出した。「もーまたさゆり、勝手にどっか行っちゃったよ」と、取り残されたグループの一人がそう言うので、「相変わらずだよね」と笑う他の女たちに混ざって愛想笑いをして、居心地の悪くなったその場を離れようとした。 白いテーブルクロスの上から飲みかけのウーロン茶が入ったグラスを手に取ろとすると、綺麗に塗られたオレンジの爪がついた女にそのグラスを先に掴まれた。思わず視線をウーロン茶からその女へと流すと、女はにこりと綺麗に笑顔を作り、俺のグラスを手渡してきた。
「大柴くん、だよね?今日は飲まないの?」
黒髪のロングヘアーはいかにも君下が好みそうなタイプの女で、耳下まである長い前髪をセンターで分けて綺麗に内巻きに巻いていた。他の女とは違い、あまりヒラヒラとした装飾物のない、膝上までのシンプルな紺色のドレスに身を包んでいる。見覚えのある色に一瞬喉が詰まるも、「今日は車で来てるから」とその場で適当な言い訳をした。
「あーそうなんだ、残念。私も車で来たんだけど、勤めている会社がこの辺にあって、そこの駐車場に停めてあるから飲んじゃおうかなって」 「へぇ……」
わざとらしく綺麗な眉を寄せる姿に、最初はナンパされているのかと思った。だが俺のグラスを受け取ると、オレンジの爪はあっさりと手放してしまう。そして先程まで女が飲んでいた赤ワインらしき飲み物をテーブルの上に置き、一歩近づき俺の胸元に手を添えると、背伸びをして俺の耳元で溜息のように囁いた。
「君下くんと、いつから仲良くなったの?」
酒を帯びた吐息息が耳元にかかり、かっちりと着込んだスーツの下に、ぞわりと鳥肌が立つのを感じた。 こいつは、この女は、もしかしたら君下がこの箱を渡そうとした女なのかもしれない。俺の知らないところで、君下はこの女と親密な関係を持っているのかもしれない。そう考えが纏まると、すとんと俺の中に収まった。そうか。最近感じていた違和感も、何年も寄り付かなかった田舎への急な帰省も、なぜか頑なにこの同窓会に出席したがった理由も、全部辻褄が合う。いつから関係を持っていたのだろうか、知りたくもなかった最悪の状況にたった今、俺は気付いてしまった。 じりじりと距離を詰める女を前に、俺は思考だけでなく身体までもが硬直し、その場を動けないでいた。酒は一滴も口にしていないはずなのに、むかむかと吐き気が込み上げてくる。俺は今、よほど酷い顔をしているのだろう。心配そうに見つめる女の目は笑っているのに、口元の赤が、赤い口紅が視界に焼き付いて離れない。何か言わねば。いつものように、「誰があんなやつと、この俺様が仲良くできるんだよ」と見下すように悪態をつかねば。皆の記憶に生きている、大柴喜一という人間を演じなければ―――…… そう思っているときだった。 俺は誰かに腕を掴まれ、ぐい、と強い力で後ろへと引かれた。呆気にとられたのは俺も女も同じようで、俺が「おい誰だ!スーツが皺になるだろうが」と叫ぶと、「あっ君下くん、」と先程聞いていた声より一オクターブぐらい高い声が女の口から飛び出した。その名前に腕を引かれたほうへと振り返れば、確かにそこには君下が立っていて、スーツごと俺の腕を掴んでいる。俺を見上げる漆黒の瞳は、ここ最近では見ることのなかった苛立ちが滲んで見えるようだった。
「ああ?テメェのスーツなんか知るかボケ。お前が誰とイチャつこうが関係ねぇが、ここがどこか考えてからモノ言いやがれタワケが」 「はあ?誰がこんなブスとイチャ��くかバーカ!テメェの女にくれてやる興味なんぞこれっぽっちもねぇ」 「なんだとこの馬鹿が」
実に数年ぶりの君下のキレ具合に、俺も負けじと抱えていたものを吐き出すかのように怒鳴り散らした。殴りかかろうと俺の胸倉を掴んだ君下に、賑やかだった周囲は一瞬にして静まり返る。人の壁の向こう側で、「おいお前ら!まじでやめとけって」と慌てた様子の佐藤の声が聞こえる。先に俺たちを見つけた鈴木が君下の腕を掴むと、俺の胸倉からその手を引き剥がした。
「とりあえず、やるなら外に行け。お前らももう高校生じゃないんだ、ちょっとは周りの事も考えろよ」 「チッ……」 「大柴も、冷静になれよ。二人とも、今日はもう帰れ。俺たちが収集つけとくから」
君下はそれ以上何も言わずに、出口のほうへと振り返えると大股で逃げるようにその場を後にした。俺は「悪いな」とだけ声をかけると、曲がったネクタイを直し、小走りで君下の後を追いかける。背後からカツカツとヒールの走る音がしたが、俺は振り返らずにただ小さくなってゆく背中を見逃さないように、その姿だけを追って走った。暫くすると、耳障りな足音はもう聞こえなくなっていた。
君下がやってきたのは、俺たちが停めたのと同じ地下駐車場だった。ここに着くまでにとっくに追い付いていたものの、俺はこれから冷静に対応する為に、頭を冷やす時間が欲しかった。遠くに見える派手な赤色のスポーツカーは、間違いなく俺が2年前に買い替えたものだった。君下は何杯か酒を飲んでいたので、鍵は持っていなくとも俺が運転をすることになると分かっていた。わざと10メートル後ろをついてゆっくりと近づく。 君下は何も言わずにロックを解除すると、大人しく助手席に腰かけた。ドアは開けたままにネクタイを解き、首元のボタンを一つ外すと、胸ポケットから取り出した煙草を一本口に咥えた。
「俺の前じゃ吸わねぇんじゃなかったのか」 「……気が変わった」
俺も運転席に乗り込むと、キーを挿してエンジンをかけ、サンバイザーを提げるとレバーを引いて屋根を開けて���った。どうせ吸うならこのほうがいいだろう。それに今夜は星がきれいに見えるかもしれないと、行きがけに見た綺麗な夕日を思い出す。安物のライターがジジ、と音を立てて煙草に火をつけたのを確認して、俺はゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
(6)形も何もないけれど
煌びやかなネオンが流れてゆく。俺と君下の間に会話はなく、代わりに冬の冷たい夜風だけが二人の間を切るように走り抜ける。煙草の火はとっくに消えて、そのままどこかに吹き飛ばされてしまった。 信号待ちで車が止まると、「さむい」と鼻を啜りながら君下が呟いた。俺は後部座席を振り返り、外したばかりの屋根を元に戻すべく折りたたんだそれを引っ張った。途中で信号が青に変わって、後続車にクラクションを鳴らされる。仕方なく座りなおそうとすると、「おい、貸せ」と君下が言うものだから、最初から自分でやればいいだろうと思いながらも、大人しく手渡してアクセルに足を掛けた。車はまた走り出す。
「ちょっとどこか行こうぜ」
最初にそう切り出したのは君下だった。暖房も入れて温かくなった車内で、窓に貼り付くように外を見る君下の息が白く曇っていた。その問いかけに返事はしなかったが、俺も最初からあのマンションに向かうつもりはなかった。分岐は横浜方面へと向かっている。君下もそれに気が付いているだろう。 海沿いに車を走らせている間も、相変わらず沈黙が続いた。試しにラジオを付けてはみたが、流れるのは今流行りの恋愛ソングばかりで、今の俺たちにはとてもじゃないが似合わなかった。何も言わずにラジオを消して、それ以来ずっと無音のままだ。それでも、不思議と嫌な沈黙ではないことは確かだった。
どこまで行こうというのだろうか。気が付けば街灯の数も少なくなり、車の通行量も一気に減った。窓の外に見える、深い色の海を横目に見ながら車を走らせた。穏やかな波にきらきらと反射する、今夜の月は見事な満月だった。 歩けそうな砂浜が見えて、何も聞かないままそこの近くの駐車場に車を停めた。他に車は数台止まっていたが、どこにも人の気配がしなかった。こんな真冬の夜の海に用があるというほうが可笑しいのだ。俺はエンジンを切って、運転席のドアを開けると外へ出た。つんとした冷たい空気と潮の匂いが鼻をついた。君下もそれに続いて車を降りた。 後部座席に積んでいたブランケットを羽織りながら、君下は小走りで俺に追いつくと、その隣に並んで「やっぱ寒い」と鼻を啜る。数段ほどのコンクリートの階段を降りると、革靴のまま砂を踏んだ。ぐにゃり、と不安定な砂の上は歩きにくかったが、それでも裸足になるわけにはいかずにゆっくりと海へ向かって歩き出す。波打ち際まで来れば、濡れて固まった足場は先程より多少歩きやすくなった。はぁ、と息を吐けば白く曇る。海はどこまでも深い色をしていた。
「悪かったな」 「いや、……あれは俺も悪かった」
居心地の悪そうに謝罪の言葉がぽつり、と零れた。それは何に対して謝ったのか、自分でもよく分からない。君下に女が居た事なのか、指輪を見つけてしまった事なのか、それともそれを秘密にしていた事なのか。あるいは、そのすべてに対して―――俺がお前をあのマンションに縛り付けた10年間を指しているのか、それははっきりとは分からなかった。俺は立ち止まった。俺を追い越した、君下も立ち止まり、振り返る。大きな波が押し寄せて、スーツの裾が濡れる感覚がした。水温よりも冷たく冷え切った心には、今はそんな些細なことは、どうでもよかった。
「全部話してくれるか」 「ああ……もうそろそろ気づかれるかもしれねぇとは腹括ってたからな」
そう言い終える前に、君下の視線が俺のズボンのポケットに向いていることに気が付いた。何度も触っていたそれの形は、嫌と言うほど覚えている。俺はふん、と鼻で笑ってから、右手を突っ込み白い小さな箱を丁寧に取り出した。君下の目の前に差し出すと、なぜだか手が震えていた。寒さからなのか、それともその箱の重みを知ってしまったからなのか、風邪が吹いて揺れるなか、吹き飛ばされないように握っているのが精一杯だった。
「これ……今朝偶然見つけた。ベッドの下、本当に偶然掃除機に引っかけちまって……でも本当に俺、今までずっと気付かなくて、それで―――それで、あんな女がお前に居たなんて、もっと早く言ってくれりゃ、」 「ちょっと待て、喜一……お前何言ってんだ」 「あ……?何って、今言ったことそのまんまだろうが」
思い切り眉間に皺を寄せ困惑したような君下の顔に、俺もつられて眉根を寄せる。ここまで来てしらを切るつもりなのかと思うと、怒りを通り越して呆れもした。どうせこうなってしまった以上、俺たちは何事もなく別れられるわけがなかった。昔のように犬猿の仲に戻るのは目に見えていたし、そうなってくれれば救われた方だと俺は思っていた。 苛立っていたいたのは君下もそうだったようで、風で乱れた頭をガシガシと掻くと、煙草を咥えて火を点けようとした。ヂ、ヂヂ、と音がするのに、風のせいでうまく点かない。俺は箱を持っていないもう片方の手を伸ばして、風上から添えると炎はゆらりと立ち上がる。すう、と一息吸って吐き出した紫煙が、漆黒の空へと消えていった。
「そのまんまも何も、あの女、お前狙いで寄ってきたんだろうが」 「お前の女が?」 「誰だよそれ、名前も知らねぇのにか?」
つまらなさそうに、君下はもう一度煙を吸うと上を向いて吐き出した。どうやら本当にあのオレンジ爪の女の名前すら知らないらしい。だとしたら、俺が持っているこの箱は一体誰からのものなのだ。答え合わせのつもりで話をしていたが、謎は余計に深まる一方だ。
「あ、でもあいつ、俺に何て言ったと思う?君下くんといつから仲良くなったの、って」 「お前の追っかけファンじゃねぇの」 「だとしてもスゲェ怖いわ。明らかにお前の好みそうなタイプの恰好してたじゃん」 「そうか?むしろ俺は、お前好みの女だなと思ったけどな」
そこまで言って、俺も君下も噴き出してしまった。ククク、と腹の底から込み上げる笑いが止まらない。口にして初めて気が付いたが、俺たちはお互いに女の好みなんてこれっぽっちも知らなかったのだ。二人でいる時の共通の話題と言えば、サッカーの事か明日の朝飯のことぐらいで、食卓に女の名前が出てきたことなんて今の一度もない事に気付いてしまった。どうりでこの10年間、どちらも結婚だとか彼女だとか言い出さないわけだ。俺たちはどこまでも似た者同士だったのだ。
「それ、お前にやろうと思って用意したんだ」
すっかり苛立ちのなくなった瞳に涙を浮かべながら、君下は軽々しくそう言って笑った。 俺は言葉が出なかった。 こんな小洒落たものを君下が買っている姿なんて想像もできなかったし、こんなリボンのついた箱は俺が受け取っても似合わない。「中は?」と聞くと、「開けてみれば」とだけ返されて、煙が流れないように君下は後ろを向いてしまった。少し迷ったが、その場で紐をほどいて箱を開けて、俺は目を見開いた。紙袋と同じ、夜空のようなプリントの内装に、星のように輝くゴールドの指輪がふたつ、中央に行儀よく並んでいた。思わず君下の後姿に視線を戻す。ちらり、とこちらを振り返る君下の口元は、笑っているように見えた。胸の内から込み上げてくる感情を抑えきれずに、俺は箱を大事に畳むと勢いよくその背中を抱きしめた。
「う゛っ苦しい……喜一、死ぬ……」 「そのまま死んじまえ」 「俺が死んだら困るだろうが」 「自惚れんな。お前こそ俺がいないと寂しいだろう」 「勝手に言ってろタワケが」
腕の中で君下の頭が振り返る。至近距離で視線が絡み、君下の瞳に星空を見た。俺は吸い込まれるようにして、冷たくなった君下の唇にゆっくりとキスを落とす。二人の間で吐息だけが温かい。乾いた唇は音もなく離れ、もう一度角度を変えて近づけば、今度はちゅ、と音がして君下の唇が薄く開かれた。お互いに舌を出して煙草で苦くなった唾液を分け合った。息があがり苦しくなって、それでもまた酸素を奪うかのように互いの唇を気が済むまで食らい合った。右手の箱は握りしめたままで、中で指輪がふたつカタカタと小さく音を立てて揺れていた。
「もう、帰ろうか」 「ああ……解っちゃいたが、冬の海は寒すぎるな。帰ったら風呂炊くか」 「お、いいな。俺が先だ」 「タワケが。俺が張るんだから俺が先だ」
いつの間にか膝下まで濡れたスーツを捲り上げ、二人は手を繋いで来た道を歩き出した。青白い砂浜に、二人分の足跡が残る道を辿って歩いた。平常心を取り戻した俺は急に寒さを感じて、君下が羽織っているブランケットの中に潜り込もうとした。君下はそれを「やめろ馬鹿」と言って俺の頭を押さえつける。俺も負けじとグリグリと頭を押し付けてやった。自然と笑いが零れる。 これでよかったのだ。俺たちには言葉こそないが、それを埋めるだけの共に過ごした長い時間がある。たとえ二人が結ばれたとしても、形に残るものなんて何もない。それでも俺はいいと思っている。こうして隣に立ってくれているだけでいい。嬉しい時も寂しい時も「お前は馬鹿だな」と一緒に笑ってくれるやつが一人だけいれば、それでいいのだ。
「あ、星。喜一、星がすげぇ見える」 「おー綺麗だな」
ふと気づいたように、君下が空を見上げて興奮気味に声を上げた。 ようやくブランケットに潜り込んで、君下の隣から顔を出せば、そこにはバケツをひっくり返したかのように無数に散らばる星たちが瞬いていた。肩にかかる黒髪から嗅ぎ慣れない潮の香りがして、俺たちがいま海にいるのだと思い知らされる。上を向いて開いた口から、白く曇った息が漏れる。何も言わずにしばらくそれを眺めて、俺たちはすっかり冷えてしまった車内へと腰を下ろした。温度計は摂氏5度を示していた。
7:やさしい光の中で
星が良く見えた翌朝は決まって快晴になる。君下に言えば、そんな原始的な観測が正しければ、天気予報なんていらねぇよ、と文句を言われそうだが、俺はあながち間違いではないと思っている。現に今日は雲一つない晴れで、あれだけ低かった気温が今日は16度まで上がっていた。乾燥した空気に洗濯物も午前中のうちに乾いてしまった。君下がベランダに料理を運んでいる最中、俺は慣れない手つきで洗濯物をできるだけ綺麗に折りたたんでいた。
「おい、終わったぞ。お前のは全部チェストでいいのか?」 「下着と靴下だけ二番目の引き出しに入れといてくれ。あとはどこでもいい」 「へい」
あれから真っすぐマンションへと向かった車は、時速50キロ程度を保ちながらおよそ2時間かけて都内にたどり着いた。疲れ切っていたのか、君下は何度かこくり、こくりと首を落とし、ついにはそのまま眠りに落ちてしまった。俺は片手だけでハンドルを握りながら、できるだけ眠りを妨げないように、信号待ちで止まることのないようにゆっくりとしたスピードで車を走らせた。車内には、聞き慣れない名のミュージシャンが話すラジオの音だけが延々と聞こえていた。 眠った君下を抱えたままエントランスをくぐり、すぐに開いたエレベーターに乗って部屋のドアを開けるまで、他の住人の誰��も出会うことはなかった。鍵を開けて玄関で靴を脱がせ、濡れたパンツと上着だけを剥ぎ取ってベッドに横たわらせる。俺もこのまま寝てしまおうか。ハンガーに上着を掛けると一度はベッドに腰かけたものの、どうも眠れる気がしない。少しだけ君下の寝顔を眺めた後、俺はバスルームの電気を点けた。
「飲み物はワインでいいか?」 「おう。白がいい」 「言われなくとも白しか用意してねぇよ」
そう言って君下は冷蔵庫から冷えた白ワインのボトルとグラスを2つ持ってやって来た。日当たりのいいテラスからは、東京の高いビル群が遠くに見えた。東向きの物件にこだわって良かったと、当時日当たりなんてどうでもいいと言った君下の隣に腰かけて密かに思う。今日は風も少なく、テラスで日光浴をするのには丁度いい気候だった。
「乾杯」 「ん」
かちん、と一方的にグラスを傾けて君下のグラスに当てて音を鳴らした。黄金色の液体を揺らしながら、口元に寄せればリンゴのような甘い香りがほのかい漂う。僅かにとろみのある液体を口に含めば、心地よいほのかな酸味と上品な舌触りに思わず眉が上がるのが分かった。
「これ、どこの」 「フランスだったかな。会社の先輩からの貰い物だけど、かなりのワイン好きの人で現地で箱買いしてきたらしいぞ」 「へぇ、美味いな」
流れるような書体でコンドリューと書かれたそのボトルを手に取り、裏面を見ればインポーターのラベルもなかった。聞いたことのある名前に、確か希少価値の高い品種だったように思う。読めない文字をざっと流し読みし、ボトルをテーブルに戻すともう一口口に含む。安物の白ワインだったら炭酸で割って飲もうかと思っていたが、これはこのまま飲んだ方が良さそうだ。詰め物をされたオリーブのピンチョスを摘まみながら、雲一つない空へと視線を投げた。
「そう言えば、鈴木からメール来てたぞ……昨日の同窓会の話」
紫煙を吐き出した君下は、思い出したかのように鈴木の名を口にした。小一時間前に風呂に入ったばかりの髪はまだ濡れているようで、時折風が吹いてはぴたり、と額に貼り付いた。それを手で避けながら、テーブルの上のスマホを操作して件のメールを探しているようだ。俺は残り物の鱈と君下の田舎から貰ってきたジャガイモで作ったブランダードを、薄切りのバゲットに塗り付けて齧ると、「何だって」と先程の言葉の続きを促した。
「あの後女が泣いてるのを佐藤が慰めて、そのまま付き合うことになったらしい、ってさ」 「はあ?それって俺たちと全然関係なくねぇ?というか、一体何だったんだよあの女は……」
昨夜のことを思い出すだけで鳥肌が立つ。あの真っ赤なリップが脳裏に焼き付いて離れない。それに、俺たちが聞きたかったのはそんな話ではない。喧嘩を起こしそうになったあの場がどうなったとか、そんなことよりもどうでもいい話を先に報告してきた鈴木にも悪意を感じる。多分、いや確実に、このハプニングを鈴木は面白がっているのだろう。
「あいつ、お前と同じクラスだった冴木って女だそうだ。佐藤が聞いた話だと、やっぱりお前のファンだったらしいぞ」 「……全っ然覚えてねぇ」 「だろうな。見ろよこの写真、これじゃあ詐欺も同然だな」
そう言って見せられた一枚の写真を見て、俺は食べかけのグリッシーニに巻き付けた、パルマの生ハムを落としそうになった。写真は卒アルを撮ったもののようで、少しピントがずれていたがなんとなく顔は確認できた。冴木綾乃……字面を見てもピンと来なかったが、そこに映っているふっくらとした丸顔に腫れぼったい一重瞼の女には見覚えがあった。
「うわ……そういやいた気がするな」 「それで?これのどこが俺の女だって言うんだよ」 「し、失礼しました……」 「そりゃあ今の彼氏の佐藤に失礼だろうが。それに別にブスではないしな」
いや、どこからどう見てもこれはない。俺としてはそう思ったが、確かに昨日会った女は素直に抱けると思った。人は歳を重ねると変わるらしい。俺も君下も何か変わったのだろか。ふとそう思ったが、まだ青い高校生だった俺に言わせれば、俺たちが同じ屋根の下で10年も暮らしているということがほとんど奇跡に近いだろう。人の事はそう簡単に悪く言えないと、自分の体験を以って痛いほど知った。 君下は短くなった煙草を灰皿に押し付けると火を消して、何も巻かないままのグリッシーニをポリポリと齧り始める。俺は空になったグラスを置くと、コルクを抜いて黄金色を注いだ。
「あー、そうだ。この間田舎に帰っただろう、正月に。その時にばあちゃんに、お前の話をした」 「……なんか言ってたか」
聞き捨てならない言葉に、だらしなく木製の折りたたみチェアに座っていた俺の背筋が少しだけ伸びる。 その事は俺にも違和感があった。急に田舎に顔出してくるから、と俺の車を借りて出て行った君下は、戻ってきても1週間の日々を「退屈だった」としか言わなかったのだ。なぜこのタイミングなのだろうか。嫌な切り出し方に少しだけ緊張感が走る。君下がグリッシーニを食べ終えるのを待っているほんの少しの時間が、俺には気が遠くなるほど長い時間が経ったような気さえした。
「別に。敦は結婚はしないのかって聞かれたから答えただけだ。ただ同じ家に住んでいて、これからも一緒にいることになるだろうから、申し訳ないけど嫁は貰わないかもしれないって言っといた」 「……それで、おばあさんは何て」 「良く分からねぇこと言ってたぜ。まあ俺がそれで幸せなら、それでいいんじゃないかとは言ってくれたけど……やっぱ少し寂しそうではあったかな」
そう言って遠くの空を見つめるように、君下は視線を空へ投げた。真冬とは言え太陽の光は眩しくて、自然と目元は細まった。テーブルの上に投げ出された右手には、光を反射してきらきらと輝く金色が嵌められている。昨夜君下が眠った後、停車中の誰も見ていない車内で俺が勝手に付けたのだ。細い指にシンプルなデザインはよく映えた。俺が見ていることに気が付いたのか、君下はそっとテーブルから手を離すと、新しいソフトケースから煙草を一本取りだした。
「まあこれで良かったのかもな。親父にも会ってきたし、俺はもう縛られるものがなくなった」 「えっ、まさか……昨日実家寄ったのってその為なのか」 「まあな……本当は早いうちに言っておくべきだったんだが、どうも切り出せなくてな。親父もばあちゃんも、母さんを亡くして寂しい思いをしたのは痛いほど分かってたし、まあ俺もそうだったしな……それで俺が結婚しないって言うのは、なんだか家族を裏切ってしまうような気がして。もう随分前にこうなることは分かってたのにな。気づいたら年だけ重ねてて、それで……」
君下は、ゆっくりと言葉を紡ぐと一筋だけ涙を流した。俺はそれを、君下の左手を握りしめて、黙って聞いてやることしかできなかった。昼間から飲む飲みなれないワインにアルコールが回っていたのだろうか。それでもこれは君下の本音だった。 暫くそうして無言で手を握っていると、ジャンボジェット機が俺たちの上空をゆっくりと通過した。耳を塞ぎたくなるようなごうごうと風を切り裂く大きな音に隠れるように、俺は聞こえるか聞こえないかの声量で「愛してる」、と一言呟く。君下は口元だけを読んだのか、「俺も」、と聞こえない声で囁いた。飛行機の陰になって和らいだ光の中で、俺たちは最初で最後の言葉を口にした。影が過ぎ去ると、陽射しは先程よりも一層強く感じられた。水が入ったグラスの中で、溶けた氷がカラン、と立てたか細い音だけが耳に残った。
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少なくとも、精神病院と大量の薬と四肢拘束五点張りと保護室と閉鎖病棟と電気ショックと看護士の暴力と精神医の後ろから襲われて何発も殴られ引きずり倒され馬乗りになっての医局長の首締めに対して、CVPPPのようなチームテクニクスのニープレスに見せかけた医局長の膝蹴り二発に対して、落とし前を百倍返し千倍返しでつけてやろうというのが、えばっちの鬼であり、その怒りと復讐心が俺の中に彼が居たと云うことだと想う。そして、だからこそ、患者会にいてみんなで食事会をしレクをし、みんなで泣き笑い慟哭し哄笑していたからこそ、ZOPTになっていたからこそ、俺は彼にはならなかったのだと想う。
でもそれだけじゃない。ここから、さらに心の底のほの暗い闇が続く。
みんなの部屋の中で話していると、実に、想いもよらないなかまから、想いもよらない言葉を聞くときがある。その言葉を聞いたとき、まさしく、い君のその言葉は、まさしく、俺の中の言葉だと思った。その言葉を、ここに書いてしまうことが、少し恐ろしい。けれども、本人の了解のもと、その言葉を書いておきたいと想う。それは、みんなの部屋の中の廊下の突き当りにある自分たちで手作りで作り上げた「ゆうゆう」と云う喫茶スペース、喫煙スペースでのことであった。い君とえばっち、そして誰がいたんやったかな、患者会らしいよもやま話の中、ついつい、えばっちの怒りと復讐の話になった時、い君が言ったのである。「えばたさん、ボクもね、ホントはね、社会に対する漠然とした殺意があるんですよ」と、言ったのである。で、僕は「えぇぇぇーーお前もそうなのか。参ったな、おどろくな。おまえもか。漠然とした社会に対する殺意なのか?漠然なのか?ふーん、俺はよう、漠然というよりは、はっきりしたとした対象が決まった殺意なんだけどな、相手が決まってるのよ、夜よ、布団の中でよ、真っ暗な天井見てるとよ、相手の顔が出てくるんだよね」「でもよ、そういや、俺だって、世間様に対する漠然とした、全ては滅んでしまったらええのや、というのはあるなー」「ここによ、宇宙消滅爆弾のスイッチがあるとするよな。や君とかよ、ざ君とかが、宇宙の大統一理論を完成させて、宇宙消滅装置みたいな理論イコール装置みたいなものを完成させて、そのスイッチがあるとする。これ押すか?」「俺は即座に押す。迷うことなく躊躇することなく即座に押す。やっと楽になれるんや。」「いやーワシは押せんな」と、誰が言ったのか。くちゃんは、「俺は押さんで」と言って、御大師様の全ての生きとし生けるもの全てに仏性があるのや、というようなことを力説しだす。すると、ざ君が「くちゃんは偉いなぁー、だから副代表なんやね、僕は押すかもしれません、押すなー、でもその前に大統一理論を完成しなくっちゃ」「い君よ、お前どうする?社会に対する漠然とした殺意あるけど、子供もおるし、このスイッチ押せんやろ?」で、い君はこう答えたと想う。「押せませんよ。でも、社会に対する漠然とした殺意はあるんですって」で俺は、「俺はそのスイッチ押すわ。本当にあったらな。この押すか押さんかが、何かの分かれ目かも知れんな」というような会話をしていたのを想い出す。
い君が彼なのではない。スイッチを押してしまう俺が、彼なのである。
また別の日の事である。同じ場所で、大体同じ面子が集まって、明日の食事会の事なんかを考えながらよもやま話をしていたのである。いつもの口癖のような言葉が出た。「俺の人生っていったい何だったんだろうな」。不全感、不遇感満載で、「俺の人生って何だったんだろうな」「糞だめのクソのような人生じゃなかろうか」といつもの如く言っていたのである。で、これまたいつもの如く「誰も人生の事なんてしゃべってませんって、ここで人生人生なんて言ってんのは、○○さんと○○さん○○さん、だけくらいのモンじゃないですか」「ほかの人は誰も言ってませんよ」と言われるのである。い君がそう言うのである。それはそうなんだけど、明日の食事会のメニューの方が大事なんだけれども、明日の食事会は焼き飯なんだけれども。それで、「あ、明日、焼き飯用の出汁があったかな、エビの焼き飯だから、肉使えないし、海鮮系の出汁あったかな」と、は君が言いながら台所に確認に行った。「そうだ、明日は、肉はダメの日だからなぁー」「出汁無かったら買いに行かなあかん」「あっ、ありましたありました」「良かったなぁー焼き飯は、ミスターもふさんも、好物だしなぁ」「明日の焼き飯は楽しみだなぁー」そしてまた、また、ついつい言ってしまうのである。「それにしたってよ、俺の人生っていったい何ナンだろうなー」「美味い海老焼き飯をたらふく食べることが、人生じゃないですか」「そりゃそうだなぁーこの間交流の人が持ってきてくれはったキンツバはうまかったなぁー」「こしあん派と粒あん派、友の会はどっちが多いですかネ」「俺は断然粒あん派だなぁー」「エッそうなんですか、ぼくはこしあんですよ」「ボクもです」「京菓子はこしあんなんじやないですか」「だから京菓子が嫌いナンだよ、粒あんのドシンとした田舎菓子がエエなぁー」「羊羹派と饅頭派、ココはドチラが多いかな」「次に交流に来たいって云う人はドンなお菓子持ってきてくれるかなぁー」「交流じゃなくて、持ってきてくれはるお土産目当てみたいに見られチャいマズイですヨ」「ソンなことはないだろうよ、なんたって前進友の会と交流したいって云うくらいなんだから、モンダイは実際来てみたらこの雰囲気だから、ガッカリしたトカ言われそうだな」「それにしても俺の人生っていったいナンだったんだろうなぁー」「だから、誰も人生の事なんて喋ってませんって、イマお菓子のハナシでしょ」「い君にだって、社会に対する漠然とした殺意がアルんだからな」「い君、なんでえばっちにアンなこと言っちゃったんだ」「アーあんなこと言っちゃったボクがワルイのかなぁー」と、い君がボヤく。こうして、友の会みんなの部屋喫茶ゆうゆうでの、中年高年のオッサン病者の会話が延々と続くのである。
さらにまた、別の日のみんなの部屋の出来事である。一番広いみんなの部屋のテーブルの周りに、みんなで座って、ワイワイと話していた時である。ひょんなことから、自分たちの初期のころの家庭内での暴力の話になった。それも、赤裸々にみんなで語り合える、そういう時であり、雰囲気であった。「ここで家族に対して、シビアーな暴力を振るってシモウタモン、いっぺん手挙げてみいひんか」と言ったのである。ほとんど全員がバラバラバラ、と手が挙がったのである。そして、口々に喋りはじめたのである。「親父をグーで殴りましたからね」「グーで殴り合いですよ」「包丁が出ましたからね」「なんで入院させたんやー、と叫びながら茶碗を片っ端から投げつけて、机をひっくり返しましたからね」「僕の方が包丁を出したんですよ」「赤いむすぶに書いた通りですよ」「何を言っているんだ、俺なんか、もうちょっとで妹を殺すところだったんだぞ」「あの映画でも、バクチク本でも、キーサン革命宣言でも、書いた通りや」「悲惨やった、ふすまが血だらけになってた」「ふすまが血だらけと言えば、そさんが酒を飲んで暴れた時は、ふすまがほちゃんの血で真っ赤になってて、玄関のドアが外れていて、俺踏み込むとき、こりゃ、ほちゃん死んでるかもしれんなあと、想いながら、恐る恐る踏み込んでいったんだよ」「お母んにエルボーを食らわしてしまいました」「以来、お袋から強制入院させられるのが怖くて、逃げ回ってるんです」「包丁はよく出るよな」「れさんの枕の下の包丁はヤバかった」「家族だけじゃなくて、ココでも、包丁事件あったよなあ」「あったあった」「あれは、被害者はくちゃんじゃなかったか」「確か、とさんが包丁持ってくちゃんを追いかけまわしたよな」「まあ無事で済んでよかった」「そういや、くちゃん、ま君から、ずっと蹴り続けられるというのもあったよな」「そうそう、あの時はうちゃんがプロレス技で止めたんだったよな」「そういや、い君の奴、そういう一番やばい肝心な時に、いないんだよな」「便所で、紙がねえっつって、やっと出てきたら、全ては終わってたんだよな」「い君、良いガタイしているのに、肝心な時に役に立たねえ、で、その時、何で尻を拭いて出てきたんだ?」「これは一生言われるんですかねー?」「仕方がないから、もらった賃金袋の紙をちぎって拭いてきたんですよ」「尻が痛かったんです」「お前なー。ここさっきまで大変な修羅場だったんだぞ。みんな真っ青になってるだろ」「だって、便所に紙が無かったんですよ、コレきっと一生言われるなー」「そうそう、夏レクで主治医をモウチョットで殴り倒すとこマデいくのもアったって聞きましたよ」
前進友の会 キーサン革命の鬼 えばっち
えばっちのホームページ 乾坤一擲
http://ebacchihomepage.dousetsu.com/index.html
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馬琴と国芳・国貞 八犬伝と弓張月
新宿駅の東南口にはダメ人間の吹き溜まりのような喫煙スペースがありましたが、いつの間にか移転していておどろきつつ、新しいダメ人間の隔離空間で一服してのち、これまた初めて歩く地下通路をとおって副都心線に乗り、明治神宮前で降りて5番出口を目指すとアラふしぎ、うっぜー竹下通りや表参道をおおむねスルーして太田記念美術館の間近にワープできちゃうんですねえ。ヤッタネ。原宿に勝利。おしゃれキッズどもザマアミロ! などと卑屈に忌避すべきものではなく、いまやわが日本の誇るkawaii文化発信地として四海にとどろくHarajukuでございますが、さる6月20日、太田記念美術館で開催の「馬琴と国芳・国貞 八犬伝と弓張月」なる展覧会を見学してきた次第です。この企画にはあまりkawaii要素はないですが、若い外国のかたもけっこう来てました。まあsamurai特集ではありますな。 滝沢さんの『南総里見八犬伝』と『椿説弓張月』はどちらも背のびして原文で読んでおり、内容はあまりおぼえてませんでした。特に弓張月は崇徳上皇がいわゆる「闇堕ち」して大天狗になる場面の描写が超かっこよかったのと、主人公の為朝という人はたびたび切腹を言い出してハラキリハラキリ詐欺を繰り返すくせに旅の先々でちゃっかり子どもをこしらえるのな! いい商売だな! と思ったことくらいしかおぼえてません。でも絵を見てたらあれこれ思い出せました。「はっちょうつぶてのきへいじ」とかいたなあ。石を投げるのが得意という地味戦闘スキルのおじさんだ。トルネコっぽい存在感だけども、ゆうしゃ為朝はちゃんと彼を馬車待機でなくパーティーに入れてあげてました。 で、展示作品のほうは、当然なのかもしれませんが、役者絵が多かったですね。滝沢さんの小説に取材したというより、歌舞伎の演目としての八犬伝や弓張月というおもむきが強く、あくまでも何代目なにがしが演じる犬塚信乃とかになってしまうことが多かったです。これは残念なことだろうかと考えてみましたが、たとえば「本郷猛のライダーカード」と「本郷猛のかっこうをした藤岡弘、のブロマイド」とを比較したとき、見た目はまったく同じいわけですから、べつだん拘泥する必要はないと結論したものです。いま考え直すとよくわからない理論ですが、当日はなにしろ陽射が強かったので。 今回の展でチェックしたかったのは、どの犬士の絵が多いか、という点です。幕末明治のころには、まだデモクラシーが進んでないので、現在のようにアイドルも超人も猫も杓子も「総選挙」をやりたがる風潮がない。人気のバロメーターは当時のキャラクターグッズの代表格である錦絵で��ょう。ただし、pixivなどでアマチュアの「絵師」たちが活動できる現在と��がって、ご本家の絵師たち━━国芳さんや国貞さんたちはプロですので、商業的な活動としてキャラの絵を描いていた。すなわち役者絵であり、けっきょくのところ歌舞伎で頻繁に演じられるような名場面に出ている犬士が、数としては多くなります。これはこれで、まあ人気の高さを測定できるデータとはなるでしょう。
圧倒的に多かった場面はやはり、八犬士のリーダー格である犬塚さんと、敵方として登場する犬飼さんが屋根の上で決闘するシーン(上図は国芳)。歌舞伎の舞台をえがいた役者絵も多かったですが、個人的にうれしかったのは、月岡芳年の『芳涼閣両雄動』(下図)が見れたことでした。犬飼現八をやたら大きくかっこよくえがく一方、いちおうメインであるはずの犬塚信乃はコッソリ小さくえがかれ、犬飼さんはむしろ鬼瓦とにらみ合ってるかのような図になっている。修羅場の緊張感と滑稽味が混在しているステキな絵だと思います。
次に多かったのは犬坂さんの仇討ち。これは犬坂毛野というキャラクターを象徴する「女装」がともなうので、見た目も華やかだし、いかにも歌舞伎に向いてるかんじですね。滝沢さんといえば、美少年、しかもいまで言うところの「男の娘」に強いこだわりがあるご様子ですが、この手の趣味は現代よりも江戸時代のほうが一般的かつ人気があったのでしょう。kawaiiはないがhentaiはなくもなし、といったところです。 ほかは犬村さんの化け猫退治と、犬山さんと犬川さんが犬塚さんの刀を取り合うやつが目立ちました。犬村大角の見せ場には犬飼さんも参加してるので出演数を余計にかせいでます。犬山道節はこの時点では火属性魔法が使えた(のちに邪法だからと封印しちゃってキャラが薄まる)ので画面が派手でした。 絵の枚数で順位をつけると、犬飼、犬塚、犬坂、犬山、犬村、犬江、犬川、犬田といったかんじでした。犬江くんよりも、叔父の犬田小文吾と大苦労人の犬川荘助が少ないのは納得がゆかない。 そもそも八犬伝を読んでいて不満だったのが犬江親兵衛の特別あつかいです。彼は最後に参加するのですが、神隠しにあったあと、犬士たちの霊的な母親である伏姫の神霊に育てられたということで、サラブレッドな天才少年として、真の主人公登場!といったノリでわりと急に出てきた印象でした。特撮ヒーロー物でテコ入れのために追加された新ヒーローのごとき風格であり、すでに七犬士たちの苦難やブロマンスに熱くなってきた読者としては、いくら作者の趣味とはいえ、いまさらショタなどお呼びでないよと思わざるえなかった。しかも彼単独のエピソードが、関羽の千里行のオマージュなのだけども退屈で長かった。馬琴としては、それで温室育ちの犬江くんに苦労させて株を高めようとがんばったのでしょうが、失敗していたと私は考えます。実際、千里行の絵を見たおぼえはありません。 こころひそかに、犬江くんが最下位でありますようにと願っていたのに、この選挙結果は無念でした。ただ、絵を見てみとめざるをえなかったのは、犬川さんも犬田さんも、キャラ設定上、服装がみすぼらしい。犬田さんは旅籠の息子で一介の町人だし、犬川さんに至っては犬塚さんちの下男である。社会的地位が限りなく「モブキャラ」に近いわけで、こりゃあピンでは描かれにくいわなあと納得したものです。もしpixivがあってもふたりのタグは最下位をあらそってそうですね。 もうひとつ残念だったのが、八犬伝に妖艶ないろどりを添える悪女たちの影が薄かったことです。さすがに物語の発端を作った玉梓やラスボスの妙椿は数枚ありましたが、たびたび犬士たちを困らせた中ボス級の毒婦・舟虫は双六の1マスにしかえがかれてなかった。彼女がもっと注目されていれば、犬田さんの出番も増えたろう。まだ幕末明治の人びとには「ヤンデレ」の魅力が認知されてなかったと見てよさそうです。 なにはともあれ、Japanese pop cultureの古典に触れた有意義な展覧会でした。八犬伝の原文版は図書館で借りて急ぎ足に読んだので、ちゃんと買ってじっくり読み直したいと思いました。滝沢さんの作品は文章に言葉あそびが盛りだくさんなので、現代語訳は絶対よして背のびしたほうがいいです。 なお太田記念美術館では、7月29日から8月27日まで「月岡芳年 妖怪百物語」と題して芳年のお化け特集がもよおされるもよう。同じ会期で横浜市歴史博物館では「丹波コレクションの世界Ⅱ 歴史×妖×芳年」なる類似企画もなされるとか。この夏は芳年ブームがきてる。できればどちらも観にゆきたい。
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【小説】咲かない
幼い頃から「幽霊みたい」とよく言われていた。
入退院を繰り返してばかりの俺の身体はポンコツで、顔色が悪く痩せ細っている姿は、自分でも幽霊じみていると思った。
成人するまで生きることはできないだろうと医者に言われて育った俺は、二十七歳になった今もこうして生き延びている。奇跡的になかったことになった余命宣告のことを、両親はひどく喜んでいたけれど、俺の身体は健康体と呼ぶには未だほど遠い。学校を休みがちなのは今だって相変わらずで、勉強についていけず周囲よりも一年、二年遅れることにももう慣れた。
だから余計に思うのだ。まるで亡霊みたいだ、と。
今まで、一体いくつの春を見送ってきたのだろう。肩を並べて入学したはずの同輩が俺を残して進級し、あっという間に大学を去って行ったのをただ見送ったのは、確か三年も前だ。後輩の門出だって祝福した。出て行った人間たちと同じ数だけ、新しく入ってくる人間たちも見てきた。
俺はいつまでここにいるのだろう。この場所に縛り付けられているかのように、季節が過ぎて行くのを眺めているだけ。卒業できず大学に残り続ける俺は、まるで地縛霊だ。
「卒業おめでとうございます」
俺に向けられたものではない言葉。後輩たちにそう声をかけられて、どこか照れたように笑う彼ら。彼らもまた、俺からしたら後輩に変わりない。
俺の所属するサークルでは毎年、卒業式を終えた卒業生を講堂の前で待ち構え、後輩たちが祝福する。桜並木を前に、晴れ着姿で笑い合う後輩たちを、今年も卒業しない俺は、少し離れたところから煙草片手に見つめていた。
「丸谷先輩」
人の輪の中から、頭ひとつ分背の高いやつが抜け出して、俺の方にやって来た。
がっしりとした身体は、柔道をやっている人間なんだと聞けば、なるほど無駄にでかい図体をしている訳ではないんだな、と頷けるが、それを知らなければただの独活の大木にしか思えない。短く刈り上げた髪と無骨な表情、鋭い目つき。他人を寄せ付けない雰囲気を常に纏うこの男も、今や大勢となってしまった俺の後輩のひとり。こいつも今日、大学を卒業してうちのサークルを出て行く。
「卒業おめっとさん、鷹谷」
「ありがとうございます。先輩、ここ、禁煙ですよ」
後輩――鷹谷篤は訝しげにそう言ったが、俺はそれを無視して煙を吐いた。煙草くらい吸わせてほしい。後輩の門出を祝福して、ただでさえ肩身が狭い思いをしているというのに、手持無沙汰だなんて空しいだけだ。
「来年は、俺も卒業するから」
「先輩、それ、毎年言ってますね」
鷹谷は俺の冗談ににこりとも笑わない。無粋な野郎だ、面白くない。
「まさか、俺が四年生の時に入学してきた一年生が、もう卒業していくなんてな」
「俺も、一年生の頃からお世話になってきた丸谷先輩が俺たちの卒業まで見守って下さるとは思いませんでした」
今のは嫌味か、それとも笑わせようとしているのか。背の高い後輩の表情を見上げて窺ってみたが、相変わらずの無表情で、何を考えているのかはさっぱりわからない。
「先輩の卒業式には、俺、必ず行きますから」
「そうだな、後輩には見送ってもらうもんだ」
そんな下らない話をしながら、俺は考えていた。俺はこの四年間、一体ここで何をしていたのだろう。入学してきた後輩たちがそれぞれの進路を決めて学び舎を去っていくまでの、この四年間に。
「わー」という声が聞こえたので目を向けると、人の輪の中からまたひとり、頭ひとつ分出っ張ったやつがこちらへ向かって来るところだった。
そいつも、今日卒業した俺の後輩だ。多くの女子学生が色鮮やかな袴姿の中、その女はグレーのパンツスーツを着用していた。華やかさに欠ける服装だが、その分、引き締���った腰と長い脚がよく映えている。
「丸谷先輩、いらしてたんですか」
「お前らが卒業する年だけ、式に顔出さない訳にもいかねぇだろ。魚原も、卒業おめっとさん」
「ありがとうございます」
女はきっちり四十五度の一礼をした。その姿勢の良さに、思わずこちらの背筋まで伸びそうだ。
この女は女性にしては背が高く、色気も洒落気もない容姿をしているが、決して醜い女ではない。むしろ、短い髪と精悍な顔つきには洗練された清潔感がある。
魚原美茂咲という風変わりな名前のこの女も、鷹谷同様に武道をたしなんでいる。しかも、ミモザなんて名前の割に結構な腕前だというのだから、侮れない。この二人が並んでいるのを見ていると、このサークルは武闘派だったのかと錯覚しそうになる。
うちのサークルは「文化部」だ。名前だけでは何をする団体なのか判別つかないこのサークルは、特に何をするサークルでもない。目的も活動内容も存在しない。ただ日々をだらだらと過ごす、それだけが活動だ。いや、それだけでは活動とさえ呼べない。そんな集団なのだ、俺たちは。
この二人の後輩は、そんなうちのサークルでは浮いていた。良くも悪くも、こいつらは異色だ。他のやつらと違ってだらしのないところがないし、妙に着飾ることもしない。そして二人は、毛色の違う者同士、仲がいい。
「お前らは相変わらずだな」
「そうでしょうか」
お互いに寄り添うようにぴったり並んで立っている二人を見て、俺がからかい半分にそう言うと、鷹谷は、何を言われているのかわからない、といった口調だった。
「いい加減、お前たちは付き合ったらどうなんだよ」
「うーん、でも、鷹谷はそういうのじゃないっていうか……」
「魚原は、よき友人です」
二人は表情ひとつ変えずにそう返してくる。
この二人は、一年生の頃から親しかった。交際しているのではないかという噂が、サークル仲間内で立ったこともあった。だがいくらはやし立てても肝心の二人が一向に気に留めないものだから、周りの方が先に冷めてしまったのだ。
「お前らは、春からはどうするんだ?」
「俺は故郷へ戻ります」
「私は、東京です」
「東京?」
訊き返すと魚原は頷いた。その表情は、どこか嬉しそうに見える。
「そうか……東京か。頑張れよ」
「はい、ありがとうございます」
魚原はまた、四十五度に腰を折って一礼する。
離れたところで集まっている後輩の女子たちが、ミモザせんぱーい、と魚原のことを呼んだ。彼女は、そちらに「はーい」と返事をしてから、俺の方へと向き直り、それじゃあ失礼します、と礼儀正しく頭を下げて、人の輪の方へと小走りで駆けて行く。
その後ろ姿を見送りながら、俺は鷹谷の横へ移動してそいつの脇腹をつついた。
「いいのかよ」
「何がですか」
鷹谷はぴくりとも動じない。
「魚原、東京にいっちまうんだろ」
「そうですね」
「簡単に会えなくなるんじゃねぇの」
「はい」
「……それでなんとも思わないのかよ」
「なんとも思わないこともないですが」
鷹谷はそこで、何か言おうと口を開き、だがそれからしばらく何も言わなかった。やがて、少しばかりためらうように口にした。
「会えなくなったからといって、なんにもなくなってしまう訳では、ないですから」
「……はぁ」
「もう二度と会えなくなる訳でもありませんし」
「まぁ、そりゃそうだけど――」
「魚原にも、」
鷹谷の瞳が、俺が吐き出した煙の向こうで、貫くように俺を見ていた。
「――丸谷先輩にも」
一瞬、呆気に取られた。
俺? 俺にも?
人の輪から鷹谷を呼ぶ声が聞こえてくる。それじゃあまた、と頭を下げて、後輩は踵を返して歩いて行った。
俺はしばらくの間、そこにただ呆然と立ち尽くし、去って行く後輩の背中を見送っていた。
人が集まっている中から、ひとりの女子が飛び出すように鷹谷のところへと駆けて来る。背の高い鷹谷の顔を見上げて、何かを一生懸命に伝えようとしているようだ。その頬は緊張しているのか赤く染まり、だがどこか、嬉しくてたまらないというような表情にも見える。
そんな女子に向き合う鷹谷は、相変わらずの仏頂面であったが、ほんの少し、いつもより穏やかな表情をしているようにも見える。あの堅物の鷹谷にも、そんな風に接する相手がいたのか。
俺はふと我に返ってから、吸いかけの煙草を口に咥えたまま、後輩たちとは反対の方向に歩き出すことにした。
卒業式の後、卒業生たちはそれぞれが所属する学科や研究室での集まりがあるので、サークルで集まるのはこの時間が最後だ。親しい後輩の顔を見ることもできたし、祝福の言葉もかけてやった。もうこれでいいだろう。
俺の次の行き先は決まっていた。大学敷地内の隅に設置されている喫煙所だ。
入学した頃、大学内のあちこちに用意されていた灰皿は、今ではほんの数ヶ所にしか残されていない。年々、嫌煙の気が高まり撤去されていくのだ。敷地内全面禁煙となる日も近いだろう。それまで俺がこの大学に在籍しているかは、ともかくとして。
講堂から最も近いその喫煙所は、学務棟の裏手にある。喫煙所と言っても、ペンキがほとんど剥げているベンチと、強風の日には転倒する一本足の灰皿スタンドが立っているだけのスペースだ。
学生たちがよく利用する講義棟や実験棟から離れていることや、屋根がなく雨風や暑さ寒さをしのげないことから、日頃からここの喫煙所を利用している喫煙者はそういない。せいぜい、大学職員の連中くらいだ。だからここはいつでも空いている。誰もいなくて心地がいい。そういう理由で、俺はこの場所を愛用していた。
人がいないというのは好都合だ。同期が大学を卒業していった三年前から、大学にいるとどうも肩身が狭いような気がしている。一年留年したくらいどうってことないと当時は思っていたが、それも大学在籍八年目をもうすぐ迎えようとしている今では、いよいよそうも言えなくなってきた。
腰を降ろすとベンチは軋んだ音を立てた。俺はすっかり短くなっていた煙草を灰皿で揉み消し、コートのポケットから煙草の箱とライターを取り出す。煙草を一本咥え、火を点けようと軽く息を吸い込んだ時、春の陽気が鼻先をくすぐるのを感じた。菜の花のにおいがする。辺りに咲いている姿は見えないが、どこかで咲いているのだろう。今日は天気も良く、温かい気候だ。卒業式にはちょうど良い。
だがそれでも、俺が吐く息は震えていた。もう何日、熱が下がっていないのだろう。身体は重くけだるく、頭の奥がしびれるように痛む。
煙草を吸いながら煙の動線に目をやっていると、ふと、頭上の枝が気になった。
俺が座るベンチの側には、一本の桜の木が生えている。花は六分咲きというところだろうか。講堂の側の桜はほとんど満開だったような気がするが、学務棟で日射しを遮られた薄暗いこの場所では、開花が遅れている��かもしれない。根元もほとんどがアスファルトで固められており、木にとっては居心地が悪いだろう。
頭上の枝、たくさんの花や蕾をつけているその枝の中、一本だけ、一輪の花もなければ蕾さえもない枝がある。それを見上げて思う。ああ今年も、この枝だけは咲かなかった。
俺が初めてこの枝を見つけたのは、自身の入学式の時だった。花が咲いていない枝があることを「あいつ」が指摘して、俺は今と同じようにここで煙草を吸いながら空を仰いだのだ。枝は枯れているのだろうか。あれからほとんど毎年のようにここで見上げているけれど、この枝が花をつけているのを見たことは一度もない。
あいつと初めて会ったのは、この場所だった。
退屈な入学式を途中で抜け出し、ここで煙草を吸っていると、俺と同じようにやつはやって来た。やつはどこか、人間離れしている印象があった。二メートル近い長身で、手足がやたら長く、色白で細身な体格だった。飄々とした表情で現れると、そいつはさも当たり前のように俺の隣、同じベンチの上に腰を降ろして煙草を吸い始めたのだ。
「あの一本だけ、桜、咲いてないね」
お互いスーツ姿だったから、新入生なんだろうということはすぐにわかった。
「きみも新入生でしょ? いいの? 煙草なんて吸ってて」
煙を吐きながらそいつはそう言った。俺は鼻で笑った。
「俺はもう二十歳だよ。未成年のなのはお前の方だろ」
俺の声はひどくしゃがれて掠れていた。そいつは驚いたような顔をして俺を見て、それから、
「そうかぁ、年上だったかぁ」
と、どこか楽しそうに笑った。悪戯っ子のような笑顔には、つい数ヶ月前まで高校生であったその面影が見てとれる。俺が高校生だったのは、その時既に二年も前のことになっていた。
そいつは悪びれている様子もなく、煙草を吸い続けていた。そう言う俺自身、未成年の頃から喫煙の習慣があるので他人を咎める気はない。だいたい、俺が二十歳になったのだって、つい四日前のことだ。
俺もそいつも、慣れているなというのが一目でわかる煙草の吸い方をしていた。同類だということは、一瞬でわかった。
「学部は?」
そう尋ねられた。
「工学部」
「そうなんだ。俺は文理学部」
その学部は、うちの大学で入試時の偏差値が最も低い学部だった。選考時の試験内容が異なるので単純な比較はできないが、俺が在籍する学部とは十五近く偏差値が離れているとされていた。こいつはたいしたことないやつだな。そんな考えが俺の脳裏を掠める。
やつはその後、自身が所属するやたら長い学科の名を口にしたが、今ではそれがなんていう名前の学科だったのか、もう思い出せない。あれから七年が経とうとしている現在、やつが当時在籍していた学科は、他学科と統合され名称が変更されている。今はもうないのだ。ただ、その名称からだけでは一体どんな研究をする学問分野なのか、よくわからないという印象があった。
その学科の印象のように、やつには得体の知れないところがあった。掴みどころがない。ただ妙に、憎めないやつだという印象もあった。悪いやつではなさそうなのだ。
「大学の入学式って退屈だね。あれなら出なくてもよかったよ」
「全くだ」
やつの言うことに俺は同意だった。大勢の人間が一箇所に集められているというだけで、特に面白いことは何もない。おまけに襟元のネクタイが締めつけてきて窮屈で耐えられない。ああいった式典は慣れないし好きにもなれそうにない。出なくて済むのなら出ない。その考えは今だって変わらないが、当時はもう少し、世の中に対して斜に構えていたいという願望も混ざっていたような気がする。要するに俺は、若かったのだ。今から八年も前の話になる。
「どうして人間って、ああいう式典が好きなんだろう。式の中で行われていることは、ほとんど無意味なのにね」
やつは一本目の煙草を吸い終わり、二本目の煙草を取り出しながらそう言った。そのひしゃげたオレンジ色のパッケージには見覚えがあったが、自分がそいつと同じ十八歳の時に、そんな銘柄の煙草を吸っているやつは周りにはいなかった。それは年寄りが吸う煙草だと思っていた。
やつは続けて言った。
「人がたくさん集まる場所はどうも苦手だな。ここではない、と思うんだ。自分がいるべきなのはここではないんじゃないか、自分はこの人たちの一員ではないのではないか、って」
言葉と同時に吐き出されていく煙が、空中に霧散して見えなくなっていく。その過程を俺は横目で追いつつ黙っていた。何を語ってるんだ、こいつは。その時は、それくらいに思っていたかもしれない。
俺はやつの言葉には何も返さず、もう吸い終��った煙草を灰皿の中へ捨て、立ち上がった。もう一度、講堂に戻って入学式を覗いて来ようと思ったのだ。このままこの場所でこいつと時間を潰すことになるのもなんだか嫌だった。
「ねぇ、」
座ったままのやつが俺を見上げてくる。
「工学部のお兄さん、名前はなんていうの?」
そう言ったやつの、あの目が忘れられない。思わず引き込まれそうな瞳の中で、何かがきらりと光っているように見えた。それは明らかに、俺を興味の対象として捉えている目だった。
「丸谷文吾」
「丸谷さん」
「敬称はいらない」
「年上なのに?」
「同期だろ」
俺がそう言うと、そいつはにっこりと笑った。右手に持っていた煙草を左手に持ち替えて、やつは空いたその手を俺に差し出してくる。
「俺は郡田三四郎。よろしく、丸谷」
それが、最初だった。
郡田とはその後も度々、喫煙所で顔を合わせ、話をするようになった。俺のしゃがれた声は聞き取りにくかっただろうが、それでもやつは話しかけてきた。学務棟の裏にあるその喫煙所に足を運ぶ時、俺はたいていひとりで煙草を吸っていて、やつもいつもひとりでやって来た。
「丸谷は成人しているんだろう? 酒は飲むの?」
「飲めない」
「弱いんだ」
「違う。服用している薬の影響で、アルコールが摂取できないんだ」
俺がそう言うと、郡田は不思議そうな顔をした。それからほんのしばらくの間、何かを考えているようだったが、やがて煙草を口から離して煙を吐き出しながら、俺の口に同じように咥えられているそれを指差した。
「酒は駄目だけど、煙草はいいの?」
「いい訳ねぇだろ」
そう答えると、やつは目を丸くして、それから噴き出すように笑った。俺も一緒に笑った。
俺の病気について郡田に話したのは、それが最初で最後だった。やつはそれ以降の四年間、一度も俺の体調や病状について触れてきたことはない。やつは察しがよかった。俺が病気の話をしたくないことを、ちゃんと感じ取っていたのだ。
「俺の名前さ、変わってるでしょ」
やつは唐突にそう切り出した。
「郡田三四郎。三四郎、か。親が夏目漱石のファンなのか?」
「違うよ」
俺は自分のジョークに笑っていたが、その時あいつは笑わなかった。
「俺は三人兄弟の三番目で、兄貴が二人いるんだけど、本当は四番目なんだ」
「上にもうひとり、兄貴がいたってことか」
「そう。もうひとりいた。俺たちは双子だったんだ」
その双子の兄は、生まれてすぐに亡くなった。だからやつは、本来は四番目だったにも関わらず、三番目の子供として育てられた。やつの名前、「三四郎」という名は、そのことを示しているのだという。思った以上にヘビーな由来の名前だった。
「そのせいなのかな。子供の頃から、なんだか妙なんだ」
「妙って?」
「ここが――」
郡田は左手を自分の胸に当てて言った。
「――なんだか空っぽな気がするんだ。俺には何かが足りていない。決定的に何かが間違っている。そんな気がしているんだ。何をしていても、誰といても」
俺は思わず笑いそうになったが、当の本人があまりにも大真面目にそう語るものだから、なんだか悪いような気がして笑えなかった。
生まれてすぐに失った双子の片割れ。三番目の子供であり、四番目でもあることを示すその名前。
俺はその時、あいつが深刻に思い悩んでいるとは思いもしなかった。恐らくは、俺の病気の話を聞いてしまったことで、何か自分のことを打ち明けようと思ったのだろう。本当は誰にも語りたくないことを、あえて俺に話したのだ。それが公平だと、あいつは思ったに違いない。俺はやつの言葉をそんな風に解釈したし、実際、あいつはそういうやつだった。
その後は、いつも通りだった。他愛のない会話をして、煙草を吸い終わると別れた。その後もしばらく、いつもと変わらない日々を過ごした。俺にも郡田にも、特に問題はなかったような気がする。
大学生活も順調だった。新しい生活に慣れるには少し時間がかかったが、お互い毎日を楽しんでいたように思う。二人揃って一限目の講義に盛大に遅刻した日には、喫煙所でだらだら煙草を吸って講義が終わるのを待ちながら、お互いを馬鹿にし合ったものだ。
だが俺はその後、郡田が発した言葉の意味を、あいつは決定的に何かが欠落してしまっているのだということを、理解することになる。
「俺さ、自分のサークルを立ち上げようと思うんだけど」
あいつがそう言ってきたのは、大学一年の夏休みが始まる前のことだったと思う。梅雨明けしたばかりの、空気がまだ湿気を帯びて熱のこもっている頃だった。空調の効いた教室を出て、学務棟の裏へと足を運ぶとその熱気に嫌気が差した。
俺は煙草をメンソールのものに変えていた。郡田は相変わらず、オレンジ色のパッケージの古臭い煙草を吸っていた。
「サークル? なんのサークルだよ?」
喫煙サークルか? なんて冗談をその時俺は口にしたが、やつはそれにも笑わなかった。
「活動内容自体はなんでもいいんだ。なんかそれらしい名前で、ちょっとよくわかんない活動をしている感じが出れば」
「お前の学科みたいにか?」
これにはやつも少しばかり笑った。俺はいまいちやつの意図が掴み切れず、さらに尋ねた。
「そんなサークルを作ってどうするつもりだよ。やりたいこともないのに、サークルを作るのか?」
「どのサークルに入っていないような人が、ここなら入ってもいいかなって思えるような、そういうサークルがほしいんだ」
当時、俺も郡田もどこのサークルにも所属していなかった。俺の所属していた学部でサークルに所属している学生はだいたい半数くらいだったが、やつの所属していた学部ではなんのサークル活動にも所属していない学生は、恐らく少数派だったはずだ。
俺は最初からサークルなんかに所属する気はなかった。興味のあることもなかったし、一緒につるむ仲間が必要だとも思わなかった。いつ爆発するのかわからない爆弾みたいなこの身体では、何をしたところでたいして長続きしないことは嫌というほどわかっていた。郡田の方は、四月頃にいくつかのサークルに見学へ行ってみたりしていたらしいが、どこにも所属はしていなかった。気に入る集団が見つけられなかったのだろう。
郡田の言っていることは、やっぱりよくわからなかった。ただ、その表情があまりにも真剣だったので、やつが本気で言っていることだけは伝わった。
「ただの飲みサーになるんじゃねぇの」
「それでもいいよ、別に」
ずいぶん投げやりな声音だった。本当になんでもよかったのかもしれない。
「サークルを立ち上げるのに、最低五人の部員が必要なんだって。丸谷さ、名前だけでもいいから、貸してくれないかな」
俺は少しの間だけ逡巡し、煙を吐きながらその行く先を目で追っていた。頭上で枝を這わせている桜の木は、青々とした葉を茂らせていたけれど、やはりあの枝だけは今も裸のままだ。もう、とうに枯れているんだろうか。まるで冬の季節のまま、時が止まっているみたいだ。
俺はその枝を見つめながら答えた。
「いいよ」
「え、本当に?」
「名前だけじゃなく、なるべく参加するよ、そのよくわかんないサークルに」
「丸谷ぃ」
やつがいきなり抱きついてきたので、俺は思わず煙草を地面に落とした。
「何すんだ、やめろ」
「ありがとう」
「いいから、離れろ」
「丸谷は、人と群れるのが嫌いなのかと思っていたから」
そう言いながら郡田は身体を離し、落ちた煙草を拾い上げると、ごめんね、と謝った。やつは煙草を差し出してきたが、俺はいいから灰皿に捨てろ、と指で示し、次の煙草を取り出す。
「俺は人と群れるのが嫌いなんじゃない、人が嫌いなんだ」
そう言いながら火を点けていると、隣で郡田は笑っていた。冗談のつもりではなかったので、心外だった。
そうして、大学の長い夏休みが終わり、後期の講義が始まった頃に発足したのが、「文化部」というサークルだった。
郡田が集めた部員は俺を含め七人。四人は男子、三人は女子で、そのほとんどは俺と同じ一年生。部長は郡田が務めた。
予想通り、それはほとんどサークルとして機能していなかった。サークル棟の五階の最奥、北向きの部屋が俺たちの部室として宛がわれることになったが、いつそこへ足を運んでも、活動らしい活動は行われていなかった。他愛のない話を遅くまでしたり、終わりのないカードゲームに延々と興じたりしているくらいで、ただただ怠惰な時間を過ごした。
七人の部員たちは学部や学科、出身地が異なり、唯一の共通点は郡田と知り合いだという点のみだった。それでも一緒に過ごすうちに親しくなり、部室で談笑する以外にも、共に出掛けたり食事に行ったりするようになった。
部員全員が顔を合わせる機会が一番多かったのは、飲み会だろうか。部員のほとんどは未成年であったけれど、皆少しずつ酒に手を出すようになった。俺は飲酒できないので、飲み会の席では煙草をふかしてばかりで暇を持て余していることが多かった。だが、だんだんと酔っ払っていく仲間たちを見ているのは少なからず面白かった。
郡田も酒を飲んではいたけれど、その量は決して多くなかった。飲み過ぎることはあまりなく、本当に時々、足元がふらつくような時があるくらいだった。そんな日は、背後から抱きついてきた郡田をずるずると引きずるようにして家まで送らなければならず、俺は非常に厄介な目に遭わされた。やつが長い腕を俺の肩の上に這わせ、肩甲骨の上で「丸谷ぃ」とどこか甘えた声で呼ぶ時、俺はいつも、こいつが二歳年下の男なのだということを思い出した。
そうやって皆で遊ぶ時、郡田はいつも必ずその中心にいて、楽しそうに笑っていた。
郡田に何かが欠けていることに気付いたのは、その頃が最初だった。やつは同じ部に所属している三人の女子部員と順番に寝たのだ。それはサークル発足からひと月にも満たない間のことだった。
「何を考えているんだよ」
ある日、部室で顔を合わせた郡田を学務棟裏、いつもの喫煙所まで連れ出してから俺はそう言った。やつはきょとんとした顔をしていた。
「何をって、何が?」
そのすっとぼけた表情が気に食わず、俺は語調が荒くなった。
「お前が作りたくて作ったサークルだろ、文化部は。なのに、お前がそのサークルをぶち壊すようなことしてどうするんだよ」
「壊れたりしないよ」
やつは紫煙を吐きながら、飄々とした口調でそう言った。
「俺がまきちゃんやさよちゃんや真島さんとセックスしたことを言ってるんだったら、それでうちの部は壊れたりしないよ」
「なんでそう言い切れる」
郡田はちっとも悪びれていない様子で、
「だって皆、誰のことも憎んでなんかいないもの」
と言った。
そしてそれは、やつの言った通りだった。
やつが三人の女子部員に順番に手を出したことは部の全員が知っていた。女子部員たちもお互いに、だ。発足したばかりの少人数のサークルで、部長が女子部員全員と肉体関係を持ったなんて、狂っている。他人同士だった部員たちが打ち解け始め、親しくなり始めた頃だったというのに、これで部員同士の人間関係は最悪の状態になる。俺はそう思っていた。
だがそんなことがあった後も、部員たちの人間関係はいつも通りだった。何があったのか、お互い知っているはずなのに、まるで何事もなかったかのように、今までと同じように笑い合い、楽しそうに手を叩き合ってはしゃいでいた。飲み会、カラオケ、遊園地、旅行。楽しい行事はいくつでもやってきて、彼らはそれを本当に楽しそうにこなしていった。その光景は、ある種の「異常」だった。狂気に憑りつかれているようにさえ思えた。
誰も郡田のことを責めようともなじろうともしなかった。そのことを口に出す者さえいなかった。ただいつもの日常の続きがあるだけだった。やつが冗談を言えば皆が笑い、やつが何かを提案すると皆がそれに同意して従った。
だけれど、俺は駄目だった。どうしてもそこに馴染むことができなかった。この関係を普通だとは思えなかった。俺がおかしいのか、と考える時もあった。郡田はただ女とセックスしただけだ。強姦した訳ではないし窃盗や恐喝をした訳でもない。暴行も殺人も犯していない。「ただ」短期間に不特定多数の女と関係を持ったという「だけ」だ。それだけのことじゃないか。そう思おうとした時もあった。だけれど、やはり理解できなかった。そんな話を聞いて、平然とやつらと毎日のように顔を合わせ笑い合うだけの余裕が、俺にはなかった。
喫煙所で顔を合わせた時だけは、郡田と今まで通りに他愛のない話をした。喫煙所で会う時のやつは、いつもと同じようだった。そうやって話をしている限り、俺はやつが特別女好きだとは思わなかったし、セックス狂いという訳でもなさそうに思えた。ではどうしてあんなことをしたのか。それがわからなかった。俺は何度か郡田にそれを尋ねたことがあったが、いつであってもやつはその理由を明白に語ろうとはしなかった。
俺は徐々に部の活動に顔を出さなくなっていった。飲み会は三回に一度行く程度になり、部室にも週に一度足を向けるだけになった。郡田は文化部から足が遠のいていった俺を、除け者にしようとはしなかった。部に顔を出すようにと強いることもなかった。
「来たい時に来ればいい、関わりたい時に関わればいいよ」
やつは、ただそう言った。そして実際、俺はその後そんな風に、文化部と関わっていくことになる。今思えば、郡田の俺に対する扱いは、他の部員に対してとは少し違ったものだったのかもしれない。
部内でのやつは、どこか他人に有無を言わせないところがあった。それは決して威圧的ではなかったが、相手が逆らうことをなんとなく遠慮して、結果的に言われた通り従ってしまうような、そういう雰囲気だ。そういうものが、やつには備わっていた。だが俺は、郡田に何かをするようにと言われた記憶がない。いつも自分の自由にさせてもらっていた気がする。そもそも、各個人が自由でいることは当たり前のことなのだが。
「丸谷さんは、郡田と仲いいから、特別ですよね」
なんて言葉を、部員から言われたこともあった。
俺はほとんどの部員から「さん」付けで呼ばれていた。学年が同じでも俺が年上なので、呼び捨てでは呼びにくかったのだろう。文化部の同期たちとは、その後どんなに親しくなっても敬語を使われた。俺のことを呼び捨てで呼び、敬語を全く使わないのは、同期では郡田ただひとりだけだ。だからこそ他の連中には、郡田と俺が特別に親しい関係のように見えたのだろう。実際には俺たちは、周囲が思うほど特別な関係ではなかった。
そんな俺と敬語を使わずに話をする郡田以外の唯一の部員が、真島ヨウコだった。ヨウコという名前は漢字だったが、俺は結局最後まで、難しい「ヨウ」の字を覚えられなかった。
彼女は文化部の中では唯一の三年生だった。俺に敬語を使わないで話すのは、俺より年上だからというだけの理由だ。学年では俺たち一年生の二つ上だが、年齢も俺より二歳年上だった。郡田のように現役で大学に入学してきた一年生たちからしてみれば、四歳年上ということになる。
文化部に入部するきっかけは、バイト先で郡田と知り合ったことなのだという。二人は同じ居酒屋でバイトをしていたのだ。
真島ヨウコは金色に近い茶髪を短く刈り上げた髪型をしていて、耳にはピアスがいくつもあいていた。うちの部の他に軽音サークルにも所属していて、バンドを組んでいたはずだ。一体なんの楽器を担当していたのかまでは、もう覚えていない。大学では文学部哲学科に在籍していた。
女のくせに煙草を吸うし、酒もやたらと強かった。タールが三十二ミリもある、妙なにおいがぷんぷんする不味そうな煙草を吸っていて、この女の身体にはそのにおいが染みついていた。一升瓶をひとりで空けてもけろっとした顔している澄ました女で、俺は彼女のそういうところが嫌いだった。飲み会では誰よりも酒を飲むのに、先に潰れた後輩たちの面倒をよく見ていた。
三人の女子部員の中で、最初に郡田と寝たのがこの女だった。
この女が言うには、郡田はバイト先の女もその大半は既に抱いてしまった後なのだそうだ。そしてそこでも、誰にも咎められることなく、皆が平然とした顔で日々仕事に励んでいるという。
「皆、頭がどうかしているんじゃないですか」
俺がそう言うと、彼女は���った。
「そうかもしれないね」
真島ヨウコとは、サークル棟の前にある喫煙所でよく出くわして、話をした。部室や飲み会で隣同士の席に座っても言葉を交わすことはほとんどなかったが、喫煙所では別だった。
俺と真島ヨウコはここでいろんな話をした。その大半はどうでもいい、他愛のない話だ。新発売のメンソールの煙草はカプセルを潰すとリンゴの味がするんだとか、バイト先の居酒屋の常連に片足のない親爺がいるんだとか、アパートの上の階の住人がベランダの鉢植えにやった水が漏ってきて面倒だとか、そんな話ばかりだった。しゃべるのはいつも真島ヨウコの方で、俺は彼女の話す内容について質問をしたり、相槌を打ったりしていることがほとんどだった。俺から何かを打ち明けるほど、この女に心を開くことができないでいたのかもしれない。
俺の方から真島ヨウコに何か口にすることがあるとすれば、それは大抵、郡田のことだった。
「……真島さんは、なんであんなことしたんですか」
「あんなことって?」
「郡田と寝たんでしょ」
「ああ、そのこと」
真島ヨウコは煙を吐きながら天を仰ぎ、それから首を傾げて言った。
「なんで、だろうねぇ……」
「理由とか、ないんですか」
「理由、ねぇ……」
うーん、とあの女は唸った。
俺も女につられて上を向く。澄んだ青空には雲ひとつない。
「郡田くんは、空っぽだよ」
「え?」
俺は思わず訊き返した。以前、同じような言葉を郡田の口から聞いたような気がしたからだ。
「郡田くんにはなんにもない。未来も、過去も、何も」
俺は郡田がかつて言った言葉をやっと思い出していた。
――なんだか空っぽな気がするんだ。俺には何かが足りていない。決定的に何かが間違っている。そんな気がしているんだ。何をしていても、誰といても……。
次の春がやって来て、七人だった文化部は三十人近くに部員が増えた。大所帯となり、部室は一気に賑やかになった。いつ足を運んでも人がわいわいと集っている部室はどこか居心地が悪く、俺は喫煙所でぼんやりと時間を潰すことが多くなった。学務棟裏の桜は、やはりあの枝にだけは花をつけなかった。
郡田は新入部員の女子たちにも手を出した。どうやったらそんなに上手く寝れるんだと思うくらいに、次々と。だいたいは酒を飲ませて酔わせて、送っていくよと言い、相手の部屋に上がり込んでコトに及んでいるらしかった。
郡田はサークル外でもどこからか新しい女を見つけてきては抱いていたようだけれど、同じ女と二回以上夜を共にしたという話は聞かなかった。大抵がその場限り、一夜限りの関係ばかりで、特定の相手を作るということもしなかった。女と二人きりどこかへ出掛けたりすることもほとんどなかった。身体の関係を持った相手から交際を迫られるということもなく、郡田から告白したという話も聞いたことがない。それがまた、なんとも不気味で、やつの新たな噂を呼ぶ原因となっていた。
唯一の例外が真島ヨウコだった。あの女だけが、郡田と二人きりで遊園地に遊びに行ったり買い物をしたり、部屋で一緒に映画を観たりしていた。あんな女のどこがいいのか、あの女も、郡田のことを「なんにもない」などと言っておきながらよく仲良くできるもんだと思いながら、俺はその話を聞いていた。
サークルの中では一時、郡田と真島ヨウコは付き合っているのではないかという噂が立ったが、俺がいつもの喫煙所で真島ヨウコにそれを尋ねた時、あの女はあっさりとそれを否定した。
「付き合ってないよ」
「あんなに一緒にいて、付き合う気もないんですか」
「郡田くんは、誰といても深い関係を築けないと思うよ」
口には出さなかったが、その時俺はこの女の言うことに同意していた。郡田は誰と寝ても深い仲にはならなかった。なろうとしていないのか、なれないのかは判断できないが、身体だけの、そして一夜だけの関係を、次々と違う相手と結んでいくやつを見ていると、そう思わざるを得なかった。
「そう言って、真島さんは仲良くしてるじゃないですか」
「ただ一緒にいるだけだよ」
「楽しそうにしてるじゃないですか」
「ただ楽しいだけ」
俺は何か言おうと口を開き、そして、結局は何も言えなかった。
郡田の人懐っこい笑顔を思い出す。
「たぶん、郡田くんは誰と一緒にいても楽しいんだと思うよ」
「でも、ずっと一緒にいるのは、真島さんだけじゃないですか」
「一緒にいてくれるのが、私だけだからだよ」
「真島さんはどうして、郡田と一緒にいるんですか」
「彼は、誰かが一緒にいてあげないと駄目になるよ」
真島ヨウコはまつげを伏せたままそう言って、煙草の煙を吐いた。
この時、この女は四年生に進級していたけれど、髪の毛を紫色に染めていて、就職活動も卒業研究もろくに手をつけていないようだった。郡田と同じ居酒屋でのアルバイトも辞めてしまっていて、講義もろくすっぽ出ていなかった。ただ時々ふらっと部室に来て後輩たちと談笑しては、そのままふらっと帰ってしまう。一体毎日どうやって生活していたのだろう。生活費をどうやって捻出していたのか、今となってはわからない。
「そう言う丸谷くんは、どうなの」
女の瞳が俺を捉えた。
「どうって、何がですか」
「人のことあれこれ訊くけど、付き合っている人、いないの?」
「いませんよ。……俺のことは関係ないだろ」
「もしかして、童貞なの?」
咄嗟に言い返そうと向き直った俺の目の前に、真島ヨウコの顔があった。その近さに思わず身体が強張る。キスでもされるのかと思ったが、真島ヨウコは何もせず、そのまま身体を引いた。そして何事もなかったかのような顔で、手に持っていた煙草を咥え、火を点ける。
「ふふっ、可愛い」
そんな風に言って唇の端だけで笑っていた。真島ヨウコは本当に、いけ好かない女だった。
そしてその年の冬、真島ヨウコは駅のホームから線路に身を投げて自殺した。よく晴れた日の、突き刺さるように空気が冷たい朝のことだった。
自殺した理由は知らない。遺書のようなものが見つかったらしいということは噂になっていたが、誰もその内容までは知らなかった。卒業研究がほとんど進んでおらず留年確定であったことや、就職先が決まっていなかったこと、バイトを辞め、親からの仕送りも絶えたことで、金に困り貯金が底を尽きていたこと。自殺の理由になり得そうな問題はいくつか思いつきはしたけれど、実際のところはわからない。あの女は確かに馬鹿そうな面をしていたけれど、そんな風に死ぬような、思い詰めた人間だとは思わなかった。
誰だってそうだろう、あの女が自殺するなんて思ってもいなかった。部員たちの動揺は大きかった。文化部では最年長者であった彼女は、後輩たちには慕われていた。
他サークルでの経験もあって、大学の合宿所の使用を予約するのも手慣れていたし、文化祭で模擬店を出店する手続きについても詳しかった。人を惹きつけて従わせる魅力を持っていたのは郡田であったが、部員たちが郡田の言う通り行動できるように陰で指示を出していたのは真島ヨウコだった。司令塔を失った文化部は、ぽっかりと穴が空いたようだった。
だがやはり、郡田だけは違った。やつだけは、真島ヨウコの死に動じた素振りを少しも見せなかった。いつもと同じ、飄々とした表情で日々を送っていた。
「知っていたのか、真島さんが自殺するって」
「知ってる訳ないよ。知ってたら、さすがに止める」
「……だよなぁ」
学務棟裏の喫煙所は、真冬だと身が縮こまるほど寒い。日が暮れてしまうと特にそれが顕著だ。奥歯ががちがちと音を立て、とても煙草を咥えてじっとしていられるような状態ではない。それでも、俺は時々ここへ来て煙草を吸っていた。そうしているとどこからか郡田もやって来て、俺たちは震えながら話をした。入学式の日にここで始めて出会って以来、それだけが、俺とやつの間にあった変わらない習慣だった。
「でも、それにしてはお前、落ち着いてるからさ」
「落ち着いてる?」
コートをどこかへ置いてきてしまった郡田は、セーター姿の背中を丸めて突っ立っていた。震える指ではなかなかライターを点火させることができず、忌々しく舌打ちをしている。
「そうかなぁ、これでも結構、びっくりしているんだけど」
「そうは見えねぇよ」
「正直、まだあんまり実感がないんだよね」
やっと火の点いた煙草を口元から離し、煙を吐き出しながらやつは言った。
「真島さんがいなくなった、その実感がね。今でも自分の部屋に帰ると、彼女が炬燵に入っていて、また勝手に俺のセーブデータを消して、ゲームを最初から遊んでるような気がするんだよね」
「あの女、そんなひどいことしてたのかよ」
「真島さんの荷物の中から、俺があげた合鍵が見つからなかったらしいんだ」
そう言った郡田の顔を、俺はまじまじと見つめてしまった。
「合鍵って……お前、そんなもの渡してたのか」
「だってあの人、週の半分くらい俺の部屋にいてゲームしてるんだもの」
それは半同棲と言うのではないか。俺はそんなことを思いながら、そうか、だから郡田は女と寝る時、自分の部屋ではなく女の部屋に上がり込むのか、などとどうでもいいことを考えていた。
「だから、まだ帰って来そうな気がするんだよ」
そう言う郡田の表情は、いつも通りであったが、目だけがひどく虚ろなことに俺は気が付いた。初めて出会った時に俺を見ていた、光が宿っているかのように見えたあの瞳と同じだとはとても思えない。
いつも通りなんかじゃない。俺はそ���時までわからなかった。郡田は真島ヨウコの死に動揺していないのだと思い込んでいた。そこには、喪失感だけを抱え込んだ姿があった。
――郡田くんは空っぽだよ。
あの女のどこか優しい声音が耳元で蘇る。
突然、もう駄目なのかもしれない、という考えが俺の脳裏を掠めた。もう駄目かもしれない。郡田は、もう元には戻らないかもしれない。
「俺のせいなのかな」
唐突に、郡田はそう言った。俺は思わず、「え?」と訊き返す。
やつはそれには答えず、喉をか細く鳴らして笑った。そう、笑った。この時、この男は笑っていた。くくく、と震えた笑い声を漏らす。その表情は寂しげで、今にも泣き出しそうにすら見えるのに、郡田はこの時、確かに笑ったのだった。
「帰って来てほしいよ、真島さん」
俺は何も言えずに、ただ黙って煙を吸って、そして吐き出した。
また春が来て、俺たちは三年生に進級した。
真島ヨウコがいなくなってからも、郡田の女癖の悪さは相変わらずだった。いや、むしろ悪化していたと言ってもいい。また新たに入部してきた後輩の女たちを、やつは飲み会の度に「お持ち帰り」していった。部内の女を全員抱いても、それでもやはり、やつは誰にも責められず、咎められることもなかった。ひとりぐらいは声を上げるやつがいてもおかしくないとは思うが、誰も何も言わなかった。
全員、郡田に何か弱みでも握られていて、だから誰もやつ��は逆らえないのではないか。そんなことを疑いたくなるほど、誰ひとりとして声を上げることを拒んでいた。そこには、ただ嵐が通り過ぎるのを、戸締りをしっかりして家の中で待っているかのような、緊張した静寂があるだけだった。
そう、郡田は嵐のようだった。自由奔放で、好き勝手で、それでいて誰にも有無を言わせない絶対的な何かが、やつには常にべったりとまとわりついていた。やつが一声かけると、文化部の連中はまるで奴隷のように従った。やつが提案した遊びにも飲み会にも、多くの部員が参加した。そこには違和感を覚えるくらい、いつでも笑顔が溢れていた。それでも時々、珍しく飲み過ぎて酔っ払ったやつは、どこか薄暗い瞳をして不気味に笑うことがあった。
だが俺は、この時期の郡田に一体何があったのか、詳しくは知らない。持病が悪化し、長期入院を余儀なくされたからだ。俺たちが三年生であったこの時期に、後輩たちが最も郡田を恐れ、その後やつを文化部の禁忌として扱うようになるきっかけである何かがあったはずだけれども、幸か不幸か、俺は大学に足を運ぶことさえできていなかった。
そうしている間に、また春が来た。俺を置いて郡田は四年生に進級し、そうして、やつは出会うこととなった。冗談が通じない無骨な男の後輩、鷹谷篤と、姿勢が正しく凛々しい女の後輩、魚原美茂咲に。
鷹谷篤は目つきの険しい堅物で、人付き合いの悪そうな態度も相まって、うちの部では少々煙たがられていた。年上の部員と暴力沙汰になりかけたこともある。けれど郡田はやつをひどく気に入って、よく飲みに連れて行って可愛がっていた。そうやって郡田が可愛がるものだから、部員たちは鷹谷のことも一目置くようになってしまった。今思えば、それくらい郡田の存在は大きかった。
魚原美茂咲は、その鷹谷と最も親しい新入部員だった。鷹谷に比べれば可愛げもあるし愛想のいい女だが、女としての性的魅力には欠けていた。郡田は魚原とだけは寝なかったので、郡田ほどの無類の女好きであっても魚原だけは食えないのか、もしくは、それだけ郡田は彼女のことを大切に思っているのではないか、という噂や憶測が部内では飛び交った。
郡田と鷹谷と魚原、この三人はよく一緒に過ごしていた。傍から見ても、仲の良い三人だった。どこを気に入ったのか、どうしてあの二人だったのか、それはわからないが、郡田はその二人をひどく好いていた。
この二人と出会ってから、郡田は少しずつ変わっていった。少なくとも、傍観していた俺にはそう見えた。相変わらずやつは新入部員の女と次々に寝たけれど、夏が過ぎて秋が来たあたりから、やつは徐々に女と寝ることをやめていった。それが一体どうしてなのか、どういった心境の変化がやつに起きたのか、俺は知らない。ただなんとなく、空っぽなはずのやつの胸の内を埋める何かを、あいつらが持っているということなんだろう、と思った。
冬が来て、年が明けた頃だっただろうか。鷹谷と魚原が一夜を共にして一線を越えたのだという話を、俺は郡田から聞いた。場所はいつもと同じ、学務棟裏の喫煙所だ。
その時に煙草を吸っていたのは、俺だけだった。郡田は大学三年生の時、俺が入院していた間に、煙草を吸うことをやめていた。それでもやつは、部室にいて部員たちと談笑している時、俺が煙草を吸いに行こうと腰を上げると、時々それについて来た。ベンチに座り腕を組んだまま、することもなく暇そうに俺と話をした。
俺はその話をする郡田の表情や声音が、穏やかなものだったことを覚えている。
「鷹谷は、魚原を大切にしてくれるよ」
やつは自らの足下を見つめながらそう言った。
「誰とでも寝る、お前とは違ってか?」
俺が茶化してそう言うと、郡田は笑った。それはどこか悲しい、自嘲的な笑みだった。やつが日頃決して、人前で見せることのない表情。その笑顔は、見ているだけの俺まで空しい気持ちにさせた。
「お前は、魚原が好きなんじゃないのか」
「好きだよ」
郡田は俺の問いに、少し遠くの景色を見ている時の瞳のままで、そう答えた。
「魚原が好きだし、鷹谷のことも好きだ」
つまり、後輩の鷹谷が魚原のことを好いているから、郡田は魚原から手を引いた、という意味なのだろうか。手を引くも何も、やつは魚原にだけは手を出してもいないのだが。俺はやつの表情を窺いながらそんなことを考えた。だが、それ以上は追及しなかった。
いつの頃からだったのか、俺はもう郡田の女癖の悪さを責めようとは思わなくなっていた。やつが何を考えてそんなに女と寝ているのか、その理由を考えることも放棄していた。考えてもどうしようもないと思うようになっていたのだ。理由を聞いたところで、理解できるとも思わなかった。
その年も俺の体調はあまり良くならず、入退院を繰り返した。卒業はおろか、進級も見送らざるを得なかった。
春が来て、郡田は飄々と大学を卒業していった。就職先は東京だと聞いた。詳しくは聞かなかった。もう今までのように簡単に会うことができないということはわかっていたし、大学という共通の場所がなくなって以降も、付き合いを続けるような関係性じゃないことは明らかだった。もう一生、あいつに会うことはないのだろう。その時俺はそう思っていたし、実際その後、一度も俺たちは会っていない。
やつが卒業した途端、文化部の空気は一変した。やつの存在は部内では禁忌とされるようになり、誰もがやつの話題を避けるようになった。男も女も、郡田との間にあったことは全てなかったことにしようとしていた。皆、まるで金縛りを解かれたように、郡田のことを嫌うようになった。否、やつを憎んでいたということを、表に出せるようになったと言うべきだろうか。
鷹谷と魚原は、それでもやつのことを嫌ってはいなかったように思う。だが、部の雰囲気が変化していくのに抗議の声を上げることはなかった。ただ静かに、周囲の変化を見守っているように見えた。
そうして、それからもう、三年が経った。今年は鷹谷も魚原も大学での四年間を終え、卒業していく。信じられるだろうか。俺はまだ、今年も咲かない桜の枝を、ここでこうして見上げているというのに。
「桜、咲いてないね」
四本目の煙草に火を点けた時、そう声がした。
懐かしさに思わず笑みが零れそうになる。
俺は頭上の桜を見上げた姿勢のままなので、声の持ち主の姿が視界には入らない。ただ、その声は記憶の中とそいつの声とそっくり同じだった。
ベンチが軋んだ音を立て、成人男性ひとり分の重みでベンチがたわむのを尻で感じた。
「あの一本の枝だけ、やっぱり咲かないんだね」
そう聞こえて、ライターを点火した音がする。俺は変わらず、天を仰いでいる。
「きみ、卒業生じゃないの? いいの? こんなところで煙草なんか吸ってて」
「俺は今年も卒業しねぇよ」
「あ、そうなんだ。それは失礼したよ」
嗅いだことのあるにおいが漂ってきた。煙草を吸わない人間には全部同じようにヤニ臭く感じるものなのかもしれないが、俺にはちゃんとわかる。こいつは未だに、あのオレンジ色のパッケージの煙草を吸っているんだろうか。おかしいな、俺の記憶では、確か大学三年生の時、こいつは禁煙に成功していたような気がするのに。
「……今、お前のことを考えていたんだよ」
卒業してからは、一度も連絡を取らなかった。連絡するような事柄もなかったし、そもそも、一緒に大学に通っていた頃も連絡を取り合うことはほとんどなかった。俺たちは、時折ここ、学務棟裏の喫煙所で顔を合わせ、煙草を吸いながらくだらない話をする、ただそれだけの仲だった。
「お前のことを考えていたら、いろんなことを思い出したよ」
「いろんなことがあったからね」
ここに座って咲かない枝を仰いでいる間に脳裏をよぎっていったものたちは、もう思い出したくもないと思っていた記憶ばかりだった。できればもう二度と触れたくはない記憶の断片。でもそれでも、懐かしいと思ってしまう。
「丸谷は真島さんのこと、好きだったでしょ」
それは唐突な言葉だった。ひどい冗談だな、と俺は笑ったが、やつの声は笑っていなかった。
「おかげで俺は、いろんな女と寝る羽目になった」
「それは俺のせいじゃねぇ」
自分の声が思っていた以上に苛々した声音であることに気がついて、俺は一度、静かに息を吐いた。煙草の煙が目に染みる。無意識に眉間に力が入る。その後吐き出した言葉は、予想以上に掠れていた。
「どうしてお前は、最初にあの女と寝たんだ」
お前はあの時、真島ヨウコの恋人でもなんでもなかったくせに。
そう思ってすぐに思い直す。もちろん俺も、あの女の恋人でもなんでもなかった。
きっかけなんて覚えていない。いつからだったのだろう、どうしてだったのだろう、そしてどちらが先だったのだろう。ただ、先に手を出したのが俺ではなく郡田だった。それだけの話だ。郡田は真島ヨウコと寝た。そうして、その後に知ったのだ。実は俺たちは、真島ヨウコに対して似たような感情を抱いていたのだということを。
「お前は、自分が誰とでも寝る男であるように振る舞って、誤魔化そうとしたんだろ」
「そうだね」
肯定する声は、淡々としていた。
ずっと気になっていたことがあった。郡田は何人もの女を酔わせては、ベッドの中まで連れ込んでいたけれど、あの女相手にどうやったのだろうか、と。どれだけ飲んでもけろっとしていて全く酔った様子のない真島ヨウコを、酔わせることなんてほとんど不可能だ。だから俺は、飲み会で郡田が他の女を酔わせているのを見かける度に思っていた。本当は、最初に真島ヨウコと寝た時、ひどく酔っていたのは真島ヨウコではなく、郡田の方ではなかったのか、と。
たった一度犯した過ちをなかったことにするために、こいつは一体いくつの過ちを塗り重ねようとしたのだろう。それは過ちなんかじゃない。こいつは悪くないのだ。だって知らなかったのだから。俺があの女にどんな感情を抱いていたのかなんて、誰も知らなかったのだから。
だが郡田は気付いてしまった。だから、他の女とも関係を持つようになった。「自分は誰とでも寝る男だ」と自分のことを偽ったのだ。真島ヨウコがただの「最初のひとり」であるように振る舞った。そうすることが、俺にとっての償いになるとでも思っていたのだろうか。やつの真意はわからない。
最初からそうだった。胸の内が空っぽな気がするんだと打ち明けられたあの時から、こいつがさっぱりわからなかった。俺はなんにも、郡田のことをわかっていなかった。
「あの女は、お前のことを好いていたよ」
真島ヨウコの横顔を思い出しながら、俺はそう言った。
あの女のことで、思い出すのは横顔ばかりだ。その見つめる先の視界に、果たして俺は入っていたのだろうか。あの女は郡田のことばかり見つめていた。やつのことをよく心配していた。やつの隣にはいつもあの女がいて、そしてその時は、やつも穏やかそうな笑顔を浮かべていた。
郡田は誰かが側にいないと駄目になると言っておきながら、俺たちの前からあっさりといなくなりやがった、あの、気に食わない女。あの女は郡田が他の女と寝ることを、一体どう思っていたのだろう。時には嫉妬することもあったのだろうか。そのことが苦痛だったこともあるのではないだろうか。そうして、あの女は死んでいったのではないか。あの女を殺したのは、郡田なのではないか。そして郡田にそんな行動を取らせる要因となった、俺の感情が、あの女を死に追いやったのではないか。正答がわからないそんな考え事を、今まで何度してきただろう。
「魚原も、お前のことを好いていた���
俺は思い出す。卒業後、東京へ行くと言った時の魚原の表情を。東京は、郡田、お前の住んでいる街なんだろう?
こいつはどうして、魚原美茂咲に手を出さなかったのだろう。やはり遠慮していたのだろうか。鷹谷が魚原のことを好いていたから? 鷹谷が魚原と身体の関係を持ったから? だが、鷹谷と魚原は関係を持ってもその後、付き合うことはなかった。今も変わらず仲が良さそうな二人だが、二人はお互いに今でも友人関係であり続ける姿勢を貫いている。郡田がもしも本当に魚原のことを好いていたのであれば、魚原と結ばれても良かったのではないか。
俺にはわからない。やつの考えていることも、後輩二人の心境も。
「……なぁ、ひとつ訊いてもいいか」
「何かな」
黙っていた隣の声が、そう返事をした。
その時、日陰で風通しの悪いこの場所にも、生温かい春風が吹いた。桜の枝は俺の目の前で大きく揺れる。花びらが吹雪のように俺たちの頭上に降り注ぐ。
また春が来て、桜が咲いた。今まで何度こうやって見上げてきたのだろう。手を伸ばしたところで届かないところで咲く花を、いつも見上げてばかりいるような日々だった。
それでも、あの一本の枯れ枝にだけは、一輪の花も見つけられない。あの枝は冬のままだ。春が来ていない。俺も同じだ。春が来ない。来る気配もない。ただいくつもの春が過ぎて行くのを、こうして見上げているだけだ。
さっき、鷹谷は言っていた。魚原が東京へ行ってしまっても、もう二度と会えなくなる訳じゃないから、と。そしてそれは、俺とも同じだと。でもそうだろうか。本当に、そう言えるのだろうか。
真島ヨウコとは、あっさりもう会えなくなった。俺が自分の感情を何ひとつ彼女に伝えられないまま。あんなに一緒にいた郡田だって、あの女にはもう会えないのだ。
だが会えなくなって清々した。俺はあの女のことが、本当に、大嫌いだったのだ。
「――郡田、あんたは今も、空っぽのままか?」
隣から、もう返事はなかった。
においも、煙も、重みの感触までも、全てが幻のように消えている。
今のは夢だったのだろうか。
自分の額に手のひらを当ててみる。熱が上がっているような気がした。身体の節々が痛み、悪寒がする。俺はなんだか唐突に、もう二度と郡田とは会えないような、そんな気がした。
煙草の煙を吐きながら、咳をひとつした。口の中で血の味が広がっていくのを感じながら、俺はもう二度と迎えることができないであろう、次の春をただ祈った。
了
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一面識もなかった人たち
高校2年生のある朝、ホームルームの時間になっても一向に担任が姿を現さないことがあった。
どうやら両隣のクラスも同じらしかった。 クラスのお調子者的な奴らが職員室の様子を覗きにいって、帰ってきた。 どうやら誰かが自殺したらしい、ということであった。
その後、全校集会が行われた。 生徒のひとりが自殺したこと、原因については現在調査中であること、むやみやたらと口外しないことなど、話は当たり障りのない内容ばかりだった。
やがてその生徒についての詳しい噂話が伝わってきた。 彼は中学2年生であったこと(僕が通っていた学校は、中高一貫校だった)、修学旅行から帰ってきたばかりであったこと、修学旅行の最中に同じグループの生徒から邪魔者扱いされたこと。 修学旅行の最終日に一旦学校へ戻ってきて、荷物を自分のロッカーに置いて自宅へ向かったこと、そのままエレベーターでマンションの最上階へ行き、飛び降りたこと。
自分と同じような環境にある人間が、何を考えて修学旅行の大きな荷物を学校に置いていったのか、何を想って自宅までの電車の窓から見える景色を眺めていたのか、どうして自宅のあるフロアで降りずにそのまま最上階へ向かったのか、僕は毎日をオロオロと過ごした。
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僕が新卒で入った会社には、「顧問」という肩書で呼ばれる人がいた。 齢70を超えた、白髪の男性である。 たまに出社をして、他の人たちの手伝いなどをしている様子だった。
あるとき、社内の小さな会議室に部員が集められた。 顧問は、ある著者の先生が亡くなったことを告げ、その場で泣き崩れた。 僕はそのとき、はじめて老人の涙というものを見た。
その先生は、戦後すぐにアメリカへと渡って英語を学び、帰国してからはずっと大学で日本の英語教育に寄与してきた方であった。 先生と顧問は、二人三脚で英語の教科書を編み、一時代を築いた。
僕はその先生の葬儀に参列するために、はじめて礼服というものを買い、はじめて黒いネクタイを絞め、はじめてお清めの寿司を喰らった。
それから一年後、会社の人間で先生のお墓参りをしようという話が持ち上がった。 一面識もなかったことを気遣ったのであろう、上司から「お前はどうする?」と尋ねられた僕は、どうしてか「行きます」と二つ返事で答えた。
先生のご実家は福島県にあった。 在来線を乗り継ぎ、大野という駅で降りた。 駅からは先生の次男にあたる方が車に乗せてくださった。 途中で花屋に寄った。
先生のご実家は、はたして立派な日本家屋であった。 家を囲む石垣、広い庭、松の木、黒光りがして歩くと軋む廊下。 昼食を御馳走になって、いよいよお墓へ向かうことになった。
先生のお墓は、農道を歩いた先にあった。 農地に囲まれていくつかの墓石が立っていた。 それがこの地域の昔からの姿なのだろう。
僕たちは先生のお墓の前で記念写真を撮った。 その写真は、いまも僕の手元にある。 背の高さも、声も、歩き方も、何ひとつ知らない人の墓前で、僕は居心地の悪そうな表情を浮かべている。
それから数年が経ち、僕はふたたびあの「大野」という駅名をニュースで耳にした。 先生のご実家は、東日本大震災にともなう福島第一原子力発電所事故によって、帰還困難区域内に指定された。 親族の方によると、あの石垣は地震で崩れてしまったが、先生の位牌だけは命からがら持って逃げた、とのことであった。
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僕はその女の子を2度、それも遠目にしか見たことがない。 それに、その子をはっきり視認したわけでもなく、集団のなかのひとりと認めたに過ぎない。
はじめて見たのは、2014年に滋賀で行われたイナズマ・ロックフェスであった。 僕がお目当てにしていたアイドルと、彼女がいたグループは別のステージに立つことになっていて、しかも時間が重なっていた。 お目当てのライブが終わると、僕はなんとなく彼女がいるステージの方へ近づいていった。 お目当てのアイドルは誰でも無料で見られるステージに出演したが、彼女のグループは有料のステージで、そこに入るためのチケットを買っていなかった僕は、喫煙スペースになっている小高い丘から、遠巻きに彼女たちを眺めていた。
2度目に見たのは、昨年幕張メッセで行われた@JAM 2016というイベントだった。 いちばん大きなステージで、彼女たちはなにかのバラード曲を歌っていた。 数名の知り合いと一緒に行動していたが、彼らは昔そのグループを少し通ったことがあるとかで、うっとりした面持ちで聞き入っていた。 その横顔が鬱陶しく、僕は無言でひとりその場を離れた。
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以上の人びとは、いずれも生前、直接には面識のない人びとである。 しかし、それぞれの人生の機微をもって、なにかしらの光を僕に投げかけている、ような気がする。
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【15thAnniversary】vol 01 浅草東宝鑑賞読本
かつて浅草に浅草東宝という映画館がありました。 開館は1964年ということなので、浅草六区にある映画館としてはかなり新しい、つかだいぶ後の方に出来た映画館ってことになりますか。 浅草六区が寂れた後も独自のプログラムを組んで何とか生き残っていたのですが、残念ながら2006年に閉館してしまいました。 アタシは2001年の秋から2003年末まで東京に在住しており、あくまでこの期間に限るのですが、何度も浅草東宝のオールナイト上映に足を運びました。 初めて浅草東宝に行ったのは1990年代前半だったと思いますが、アタシが本当に通った期間などわずか2年もない。何十年にもわたって毎週のように浅草東宝に通った人に比べるとぜんぜん行ってない部類になると思います。 それでもここは印象深い。たぶん数多くある、そしてアタシが行ったことのある名画座の中でもインパクトはトップといっていいと思う。 他の名画座はね、こう言ってはナンだけど、作りが<チャチ>いんです。いや劇場のチャチさと上映されるプログラムの良し悪しは何の関係もないんだけど、どうせなら「懐かしの映画を観ている」ってな感覚ではなく、さも「今、リアルタイムで、こうした映画を観ている」みたいな錯覚をさせて欲しい。 そんな錯覚をさせてくれる数少ない劇場が浅草東宝だったんです。 浅草東宝では毎週土曜日にオールナイト上映を開催していました。 だいたい5本立て。プログラムによっては4本立ての時もあったけど、夜の21時くらいから始発が動き出すか動き出さないかくらいの5時前まで、古い邦画を連続で上映する。 5本も連続で古い映画を観せられて疲れないかって?いやいや、意外と大丈夫だったりする。ま、アタシもまだ若かったってのもあるけど、そういう気構えで行くとね、疲れを感じるまではいかないんです。 もちろん「これは絶対に観ておきたい」と思える作品が含まれている時にしか行かないし、プログラムもそーゆーことを十分に理解した、この作品が観たいのなら他の4本も楽しめるだろ、みたいな作品で組んでくれてましたから。 浅草東宝に行く時は、ほぼひとりで行ってました。誰もつきあってくれない、というのももちろんありますが、こういう「古い邦画」を観に行く時はひとりの方が圧倒的に気楽でいいのです。 だいたい上映開始が21時すぎなんで、20時半くらいに浅草に着くようにします。半分閉まりかけの新仲見世を通って、途中のコンビニでドリンク類(酒は眠くなるので買わない)やお菓子を購入し、さらに劇場近くの松屋でメシを買っていきます。 堂々たるつくりの劇場は、ありし日の東宝、いや日本映画全盛時への想像をかきたてられます。エスカレーターを昇っていく途中、後ろをふりむくと、「明るく楽しい東宝映画」の文字が。もうこれだけで相当の満足度が手中に入るのです。 この「エスカレーターで昇っていく」という感覚が何物にも代え難い。思い起こせばアタシの幼少時代、神戸の三宮の阪急会館っていう素晴らしい劇場があってね、そこもずーっとエレベーターを昇っていってたんですよね。 中に入ると、まずは席を決めます。当たり前ですが。 アタシの記憶では満員になることはなかったと思います。もちろん浅草東宝全盛期っつーかオールナイト上映全盛期の1980年代には満席になることもあったんだろうけど、1990年代〜2006年でいえば一度もなかった。 かといってガラガラというわけでもなくて、6分入りくらいの時が多かったはずです。 ま、6分入り程度なら、んで少々早めに劇場に着けば、ほぼ好きな席を選べます。 って書いてて思ったんだけど、いわゆるシネコンしか知らない人には座席指定が当たり前なんでしょうかね。 しかしここはもちろん座席は自由です。どこの席に座ってもよろしい。 アタシの好みは、ま、これは浅草東宝に限らず、それこそシネコンとかでも同じなんだけど、席はやや前寄り、中央がベストです。前寄りを嫌がる人は多いけど(どうしてもスクリーンを見上げる感じになっちゃうし)、それでも何故かアタシの場合は前寄りの方が落ち着くんです。 ま、中央ってのはそこまでこだわってるわけでもなくて、通路側であるか否かを優先させます。とくに5本立ての長丁場になると、いつでも気兼ねなくトイレに行けるってのは重要だからね。 余談だけど、アタシは飛行機とかでも通路側を優先する。窓側も最初はいいんだけど、どうも不自由な感じがするし、ましてや隣が外国人だったりしたら、さらにいえば英語さえ通じなさそうな外国人に「トイレに行きたい」という意思を示すだけでも面倒だから。 それはさておき。 まず1本目鑑賞。2本目が始まるまでの間に、さきほど松屋で買っておいた弁当を食します。 当時何食ってたかなぁ。ま、1990年代以降、松屋に行ってとくに食いたいものがないって場合、たいてい牛焼肉定食だったから、たぶんそーゆーのだったんだろうね。 1本目と2本目の休憩時間はたしか10分ほどあったと思うから、その間に充分食べ終われますが、万が一残ったら2本目を観ながら・・・になります。 2本目~3本目、3本目~4本目の休憩はタバコタイムにあてます。もちろんトイレも忘れずに。 つかこの頃はまだ劇場内に喫煙スペースが当たり前のようにあったんだなぁ。さすがに上映中に座席で喫煙、なんて時代は知らないけど(大阪の新世界にある小汚い映画館はみんな勝手に吸ってたけど)、この頃は喫煙スペースのない劇場が増えてますからね。その点、現存する新文芸坐はちゃんと喫煙ルームを設けてくれているのがありがたい。 いろんな風潮があるのは理解してるけど、こーゆー名画座に来る客層を考えれば喫煙スペースは必須だと思うんだけどねぇ。 再び、それもさておき。 たぶんこれはアタシだけだろうと思いますが、よほど観たい作品でない限り、5本目は観ずに帰ります。 というのもね、別に眠くなったから、とかじゃないんですよ。前もって心の準備をしてきているわけだし、翌日は日曜日なので、当時サラリーマンだったアタシは好きなだけ寝ていられる。 じゃあ何で最後まで観ないの?もったいないじゃん、と思われるかもしれませんが、変に思われるかもしれないけど、満足しきってしまわないためにあえてそうするのです。 どうも、最後まで観てしまうと、悲しくなってしまう。祭の跡を見る感覚っつーか。 イベントとかでもそうなんだけど、撤収なんか見なくて済むのなら見ない方が絶対にいい。「これで終わり」とバンッ!と閉じられるよりも「もしかしたらあの祭は今も続いている」みたいな余韻があった方が幸せな気分になれるんですよ。 とはいえ外は真っ暗だし、電車も動いていません。 この頃アタシは人形町に居を構えていました。浅草から人形町までは都営浅草線で6分ほど。5本目まで観てしまえば、ほんのちょっと時間を潰すだけで都営浅草線で帰れるんだけど、4本目終わりならまだ始発まで軽く2時間近くある。 じゃあファミレスかなんかで時間を潰すとお思いでしょうが、莫迦なアタシはそんなことはしない。つかファミレスで時間を潰すくらいなら、さすがに5本目も観た方が良い。 ほんと、今考えても莫迦だと思うけど、当時アタシは浅草から人形町まで徒歩で帰っていたのです。 もちろん歩いて歩けん距離ではない。ゆっくり歩いてもだいたい1時間くらいだし。 それにしても、はっきりいって、真夜中に1時間も歩くなんて狂気の沙汰です。 しかし浅草東宝のオールナイト上映を観た帰りだとフシギに歩けるのです。なんというか、一滴も呑んでないクセにほろ酔い状態なんですね。だから歩いていてすごく気持ちいい。(ただし雨の日と真冬はこんなことしませんでしたが) あの時の感覚は今でも忘れられない。つかあんなに気持ちいい時間もなかったと思う。その日観た映画のテーマ曲なんかを軽く鼻唄で歌ってみたりなんかして、これ以上はない、という上機嫌で部屋にたどり着くのです。 映画ってのは観てる間も大事だけど、終わった後の余韻も同じくらい大事ですからね。そう考えるなら、しかも直前に4本もの映画を観たのなら、歩く時間として、余韻に浸る時間として、1時間くらいがちょうどいい。 あの頃、そういうね、浅草東宝みたいな場所があって本当に良かったと思うし、今はもうないのは心底寂しい。けど、これも祭の跡っつーか、閉館が決まって以降に浅草東宝に行かなくて良かったとも思うわけでね。 (初出 2003年11月20日更新「浅草東宝鑑賞読本」、改稿 2018年5月21日)
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一日一はや慕Weekly 2017年6月21日~6月27日
530. 6月21日 「はやりさんの音楽の趣味って、意外と弾けてますよね」 「慕ちゃんにいろいろ勧められてね。慕ちゃんは慕ちゃんでおじさんの影響があったとか」 女性の音楽の趣味は9割方昔のパートナーの影響と聞いて はやりんの趣味もきっと慕ちゃんの影響かなと確認してみる良子ちゃん 「慕ちゃんの勧める音楽、みんな良かったから。いつの間にかね…」 今部屋にかかってる音楽も昔慕ちゃんが 勧めたものと聞いて軽く嫉妬する良子ちゃん でもいくら嫉妬しても 慕ちゃんとはやりんの関係の積み重ねに及ばないことを 嫌でも自覚させられてしまう良子ちゃん 「良子ちゃんには、この曲なんかいいんじゃない?」 はやりんもまた良子ちゃんに一曲勧めて 一度は軽く拒否されるものの しつこく推されるので折れて結局 一緒に聞いてしまう 「この曲、良子ちゃんにも似合うよ☆」 「これも慕さんに勧められたんでしょ」 「でもいいじゃん」 悲しい歌詞だった 母と生き別れになった子どもが 母を捜して旅をする そんな内容だった でも曲調には不思議と悲壮感がなく すっと世界観に入り込めた 「良子ちゃん途中でボーッとしてた。やっぱり良かった?」 「ああまぁ…ファビュラスでした」 「やったっ」 お世辞ではなくて 心が晴れてしまうほどに素晴らしい曲だった 「じゃあ、CDもあげる」 「ありがとうございます」 「同じの何枚もあるから、好きに貰っていっていいよ」 「そんなに!?」 良子ちゃんがはやりんに押しつけられたCDの表題には リチャードソンとだけあった 531. 6月22日 油断してるのか上着も下着も含めて すっかり無防備な慕ちゃん 短いタイトスカートを履いて 胸元の開いた服を着てそこから ブラもパンツも見えたまま テーブルに突っ伏して寝てる様子 慕ちゃんはよほど疲れてたのだろう 「(たまには私の方からリードするチャンス…!?)」 いつも慕ちゃんに責められてばかりの はやりんもすっかり慕ちゃんが無防備になったタイミングで 彼女を責めようとするが 「残念でした」 待ってましたとばかりに無防備だったはずの慕ちゃんが 襲ってきたはやりんを逆に押し倒してしまう 「油断してたのははやりちゃんの方だよ」 「はやっ…///」 「はやりちゃんは頭がいいのにわからないかなぁ…。わざと胸元の開いた格好して誘ってたことも」 「そのぐらいわかってたよっ…あっ…」 すっかり返り討ちに遭ったはやりんは 慕ちゃんにいつも以上に責められて 滅茶苦茶に犯されるのでした 532. 6月23日(1) は「冷やしトマトだ」 慕「おじさんはトマト食べてくれないけど、はやりちゃんだと食べてくれるから作りがいがないなぁ」 は「涼しいし口当たりサッパリしてるし甘いし」 慕「何より夏にはいいからね」 は「食べ過ぎたら身体冷えすぎるけどね」 533. 6月23日(2) 「ライター落としてたよ」 「ありがとっ」 慕ちゃんが家にライターを忘れてたから 急いで取りに戻って帰ってきた 「ふぃ~、これがないと辛い~」 「路上喫煙はやめようね」 「はいはい」 慕ちゃんがタバコを吸いたがってるので 喫煙出来るスペースまでささっと移動する 「タバコ吸えない所増えたから息が詰まる~」 「しょうがないでしょ、そういう世の中なんだし」 愚痴をタレながらタバコを取り出して さっき取りにいったライターで火を付ける はやりん自身はタバコを吸わないけど 特に苦手というわけではない むしろ慕ちゃんが吸う姿が好きだ タバコの匂いは確かにヤニ臭いけど 慕ちゃんの甘い匂いと溶け合って 調和してるようだった 「タバコもいいけど、はやりちゃんも吸ってみたいなぁ」 「どうぞ」 慕ちゃんの求めるままに 口を差し出したはやりん 健康に良く無さそうな タバコの煙が口移しで流れ込んでくる タバコなんて吸えないし 吸ってもクラっとしてしまうのに 慕ちゃんの口を介すると 甘美な麻薬のように感じてしまう このままだと肺がんになってしまいそうなのに やめられる気がしない 「おいしい?」 「うん」 「それなら自分で吸えばいいのに」 呆れた顔で言う慕ちゃん 「慕ちゃんだって、私の薫り味わいながらタバコ吸いたいからキスせがむくせに」 「だってね、今吸ってるタバコ物足りないもん、フレーバーが」 「キツいタバコ吸ってるからだよ。あっという間に肺がんになっちゃいそう」 口を離した慕ちゃんは そのまま残りのタバコに戻っていく タバコが朝の日差しに照らされながら 朝靄に吸い込まれていく光景は どこか幻想的で 慕ちゃんの長い黒髪が合わさると余計にそう見えた 「じゃあ行こっか」 「今日の仕事は一緒だからゆっくり歩こう」 携帯灰皿に吸い終えたタバコをしまい 二人でゆっくりと朝の街を歩いて行く 534. 6月24日 「もしも慕ちゃんが男の子でも、私は好きになってたのかな?」 「なぁにいきなり変なこと言っちゃって、変なものでも食べちゃった?」 「特に変なもの食べてないよ…。昨日のご飯は慕ちゃんの手作りなのに変なものなわけ…」 「そうだよね…。あ、そういえば私が男の子でも――」 「はやりちゃんには魅力的だった?」 「うーん、男の子とか女の子とか以前に慕ちゃんが魅力的だったんだよ…。うまく言葉にできないけど」 「そっかぁ…。でもはやりちゃんは女の子だからこそ魅力的だと思うけどなぁ」 「おっぱい見ながらそれを言うかな…恥ずかしいよ…」 「そ、そういうところだよ…。慕ちゃんの男の子っぽいところ」 「おっぱい好きなところ?」 「それだけじゃなくて…、変なところで優しいところとか時々かっこいいところとか」 「じゃあ結論出てるよね。私が男の子でもはやりちゃんは惚れてたよね」 「あっ…そっかぁ…」 535. 6月25日 気分の沈んだ慕ちゃんに出来たてほやほやの 手作りケーキを差し出すははやりん 「この匂い」 「わかる?」 香ばしいケーキの薫りとブルーベリージャムの匂いを嗅いで 何かを思い出しそうになるけど なかなか頭から出てこない慕ちゃん 「ほ~らっ、菰沢中に負けたとき」 「あっ…」 はやりちゃんの助けでなんとか記憶を思い出した瞬間 中学生の時のあの出来事が奔流のように思い出されて まさにその瞬間まで時が戻ってしまいそうな錯覚に陥る慕ちゃん 「あの時すっごく落ち込んだから、はやりちゃんのケーキやけ食いしたんだった」 「でしょでしょ」 「あの時の慕ちゃんの食べっぷりすごかったよね。とにかく凄い勢いでケーキ食べてたんだもん」 「食べなかったらこの悔しさどこにぶつけて良いのかわからなかったし…。何よりはやりちゃんの手作りケーキおいしかったから」 今度は同じケーキを一口一口味を噛みしめて食べる慕ちゃん 「うっ…」 ゆっくりとケーキを食べていくうち かつての悲しみと悔しさまで蘇ってきて 涙が出てくる慕ちゃん 「今の慕ちゃんだって、凄く悔しそうに見えるよね。あのドイツの選手に負けちゃって」 「おかーさんを掠ったあの人でもないのに全然勝てなかった…悔しい」 「辛い時こそ、いっぱい食べて英気養おう。ね」 「そうだよね…。はやりちゃんおかわり」 一皿食べ終わる頃には落ち着いて はやりんにおかわりをせがむ慕ちゃんに ちょっぴり微笑むはやりん 「(あんな負け方なのにいつも通りだから心配したけど、慕ちゃんだって悔しいんだね)」 「まだ~」 「ちょっと待ってね。すぐ持ってくから」 慕ちゃんが食べてるときから準備してたけど それでも時間が掛かるので子どものようにおねだりする彼女に ちょっと呆れるはやりん 「(それでも慕ちゃんが元気になってくれてよかった…いつも以上にワガママな気がするけど)」 536. 6月26日 「隣いいですか?」 「いいですよ」 仕事で地方に行った帰りに新幹線に乗った慕ちゃん 今回は隣にはやりんもいなくて寂しいし その上疲れてぐったりとしてる彼女の隣に女子高生がやってきて 「あなたもしかして、白築プロですよね!?」 「そうですが…はい」 隣に座った女性が白築プロとわかるや 上機嫌になって興奮する女子高生 「私、白築プロのファンなんです!サインください!」 「えっと、色紙とかないんですか」 「色紙なんてどうでもいいんです!私の私物ならなんでもサインしてかまいませんから!」 おねだりに困惑する慕ちゃん 一応転売対策のため女子高生の名前を聞き出し その名前と一緒にサインを入れる慕ちゃん 「ありがとうございます!一生の宝にします!あ~、新幹線なんて仕事帰りのむさ苦しいサラリーマンばっかりで、隣がお姉さんで安心したと思ったらさらに白築プロなんて!」 「は、はぁ…」 その後は女子高生の身の上話や適当な雑談話に答えて 東京に着くまでの車中の退屈を凌ぐ慕ちゃん 「白築プロ、そういえばあの小鍛治プロと個人戦で戦ったそうですがなんとか勝てそうですか…」 「う~ん、わからないなぁ…」 答えづらい質問にもうまく答える慕ちゃん 「ありがとうございました!」 「どういたしまして」 「重ねてですが、白築プロのこと。これからも応援してますから」 彼女は明るくて快活な女の子だったものの テンションがあまりに高すぎるので 相手するのに少し疲れてしまう慕ちゃん 「(はぁ…この子の友達は大変そう…)」 なんとか東京に着いたため 別に目的地がある女子高生とは別れて 待ち合わせしてるはやりんの元へ向かう慕ちゃん だがそこには冷たい目をしたはやりんが 「どうもただいま~。ってはやりちゃんどうしたの?」 「慕ちゃん、浮気してた?」 「してないよはやりちゃん!?」 「さっき、女の子の陰が見えたけど」 「そうだけど、たまたま新幹線で乗り合わせただけで」 「ふ~ん。白々しいなぁ、慕ちゃんは」 どうも弁解を許さない雰囲気が漂ってるはやりん 彼女を納得させることは難しい模様 「どうも慕ちゃんは女の子を魅了してしまうみたいだからねぇ」 慕ちゃんをじろりを見回して 反応を見るはやりん 「でも、今回は白かなぁ?」 「はぁ…」 「だ・け・ど、不倫しちゃったら罰金だぞ☆」 「はい…」 実は彼女一人で仕事に行く度 不倫の疑いを掛けられて いつも背筋を凍らせてる慕ちゃん 今回は落ち着いて一安心する慕ちゃん 537. 6月27日 「はぁ~…、慕ちゃんかわいい…」 慕ちゃんの形をしたぬいぐるみを バッグから取り出して自撮りするはやりん 最近ぬい撮りなる趣味に目覚めて 慕ちゃんのいない日には撮りにいくはやりん 「慕ちゃんのおかーさんとおじさんと私のお母さんも一緒だよ」 「…」 慕ちゃんをはじめとするぬいぐるみたちは 本物の慕ちゃんがいない合間にはやりんの自作したものだ 「最近、慕ちゃんあちこち仕事で飛び回ってるから寂しいんだよ」 「…」 物言わぬぬいぐるみに笑顔を向けるはやりんは どこか寂しさを誤魔化してるようにも見えた 「答えてくれないならいいもん。ぎゅーっとしたげる」 「はやりちゃんくすぐったい」 一瞬慕ちゃんの声が聞こえて 寂しすぎてとうとう幻聴が聞こえたかと思ったはやりん 「どうしたの?そんなに泣いちゃって」 振り返るとそこには本物の慕ちゃんが 「慕ちゃんのバカ~」 「最近家にいてあげられなくてごめん」 「寂しかった~」 泣きじゃくるはやりんを抱きしめる慕ちゃん 慕ちゃんもすっとカバンからぬいぐるみを取り出し 「私もはやりちゃんのぬいぐるみで寂しさ補ってたんだよ」 「慕ちゃんも…」 慕ちゃんに不思議な共感を抱くはやりん 「はやりちゃんも一緒にぬいぐるみ撮ろう?」 「なんか不思議な感じがするなぁ…」 はやりんがぬいぐるみを置いてる所に 自分もぬいぐるみを置いてシャッターを切る慕ちゃん 「これおかーさんのぬいぐるみ…はやりちゃん…」 「慕ちゃん…」 母を思う彼女に思いをはせるはやりん
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