#鴨川沿い
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moment-japan · 2 years ago
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知恩院で撮ったんだけど、こういうのなんていうのだろうか?
土曜日なのに今日もお仕事でした。
(そろそろ死ぬぞ。笑)
ですので、来週は平日2.3日休ませていただきます。
土日は何処もいっぱいだし人混みが苦手なので休みは平日にして欲しい。
(ランチも平日のほうが安いよね)
そういえば、昔、春先に清水の茶わん坂でデート中、ノートルダム学院か洛南高校付属か思い出せないけど、そこの凄く賢そうな顔した男子小学生に「バカップル!」と言われたことを思い出したのです。
(まじか!笑)
そう叫んで、猛スピードで逃げて行きやがった。
(逃げ足、速かったよな)
京都人は大人だけではなく子供も「いけず」なんだと身をもって感じ、そして確信した、茶わん坂での出来事でございます。
あと、夏真っ盛りだった今年の8月、京都コンピュータ学院側の鴨川沿いを歩いておりましたら、前方を歩く綺麗な女の人の日傘が飛ばされてとっさに走って川に落ちるギリギリで日傘を捕まえることに成功致しました。
(捕まえる。笑)
後ろにいた女子高生二人組に「めちゃめちゃ足早い!」と拍手しながら大笑いされました。
(昔と変わらず全然、走るスピード落ちていないよな、おっさんなのに。笑)
自分でもびっくりいたしました。
あと、関係ないのですが、社内に「京都のことなら何でも聞いてください」と言う京都人がいるので「平成KIZOKUはどうなったん?」と聞くと彼以外の京都人が皆笑いながら「何で京都人でもないのに平成KIZOKU知ってるんですか?」と聞かれたので「あの当時、月に3回くらい京都に来とった」というと「どんだけ京都好きなんですか?」と京都人に大笑いされたのでございます。
(平成KIZOKUのその後は京都人も良く分からないらしい)
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kyoto4 · 2 years ago
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20230521 小さな神社
鴨川沿い。四条より南で、カワウの飛来防止の仕掛けがあった。はじめてみた。
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tokyomariegold · 10 months ago
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2024/1/28
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1月28日 今日も海には行けなかった。 目を覚ませても身体が持ち上げられず、今日もなるべく眠る日にしてしまおう、と、3・4度寝をした。 その間に大きめの地震があって、でもいつもみたいに飛び起きてパニックできる力がなく、ちょっともういいから…と寝てしまった。 あと6人時代(あのちゃんが在籍していた時)のゆるめるモ!が一夜限りの復活ライブをする夢を見た。絶対に実現しないだろうなと思った。
地元の友人の結婚祝いに、ソーシャルギフト?を使ってみた。もう彼女が好きなものがなになのかわからないので、でも最後に会った時にインスタントコーヒーをたくさん飲んでいた記憶があり、ブルーボトルコーヒーのギフトを贈った。 それでやっと、結婚おめでとう、を言えた。 “家族でファミレスに行ったことがない人としか結婚したくない”の写真には、自分と並行して彼女が被写体として存在している。この作品で少し鍵になる存在だと思っていたので、その彼女の結婚…と、面白がりつつもどうして良いかわからずにいた。
誕生日を祝ってくれたメッセージにお返事するかたちでギフトのURLを送った。 なるべくもうあまり会わずに、でも年1回誕生日を祝う間柄くらいでいたい。
昼過ぎに、本当にあてもなく出かけてしまった。 誰に会うわけでもなくちゃんとお化粧もして、空はずっと曇りの良い天気で(頭がとても痛い)、これくらい余裕のある日々を過ごした先に、やっと作品を作ったり展示のことを考えたいと思えるようになるのかな、と思った。もう明日はお仕事。
先週友人たちと会った蔵前から浅草、上野、そして蔵前に戻るルートで下町散歩をした。 ダンデライオンチョコレートもシノノメも半月もとっても混んでいたので、どのお店でも良い感じの商品の雰囲気とお菓子のいい匂いだけを味わった。
隅田川沿いを歩いて屋形船を眺め、浅草駅のところで、ここは大学院生の夏に灯籠流しを見に来たところだ!と気がつく。 あと京都の鴨川沿いを歩いた時のことも少し思い出したけれど、隅田川は、眺めていたい、そばに置きたい川ではないな、と思った。工業的な風景。 川にいた鳥が、昔九州一周旅行をした時にフェリーの上でかっぱえびせんをあげた鳥と同じ種類な気がして、その時一緒にかっぱえびせんをあげた友人に鳥の写真を送った。
浅草はとっても人が多かった。 昨年観た百貨店展で気になった松屋にも行ってみた。昔ながらの百貨店で天井も低くて、お菓子売り場はスタンダードなラインナップ。 イートインできるとらやがあり、お茶スポットの穴場な感じ。
雷門を眺めて合羽橋で大きいコックさんを見上げてナチュラルローソンに寄って帰ってきた。 1日かけて観光するようなスポットを、人がいるな〜と、歌いながら2時間くらいで巡り歩いてしまい、でも贅沢した気分。 掲示板に近くの神社で来週豆まきが開催されるお知らせがあり下町。豆まき少し行ってみたい。
帰りの道中で、やっと母からのおめでとうメッセージに返事をした。そしてやっぱり全人類からおめでとうって言われたいと思った。
一日寝るはずだったけれど、東京の街の楽しさを思い出せる日になって、自分を楽しませてあげられてよかった。
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what-iam-today · 1 year ago
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昨日の京都。
秋から冬へ。
出町柳で降ろしてもらったのに、
結局祇園四条まで歩いてしまった。
鴨川沿い散歩、楽しすぎなって。
今日もどうか早く帰れますように。
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toytraint · 1 year ago
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jr yokohama line
#jr東日本
#横浜線
#鶴見川沿い
#富士山
#小机〜鴨居
#横浜線開業115周年記念
#ヘッドマーク付
#jr_east
#yokohama_line
#tsurumi_river
#mt_fuji
#kozukue
*ヘッドマーク付が走っているのを知らなくて…。
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eichi-seaa · 1 year ago
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鴨川沿いも桜が咲き始めてました。
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yuurasu · 1 year ago
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久しぶりに三条を降りて三条大橋を渡り散策。身近なのになぜ長いことご無沙汰してたのかなあ🤔#高山彦九郎像 #三条大橋 #鴨川 #鴨川沿い #三条通 #三条通り
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kennak · 2 years ago
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何と言うか、こう…、イベント後にフラッと川に行ってその場でビール飲めるみたいな会場が…、鴨川以外のどこか、と言うか東京に無いですかね…? 先日のKyoto.goの体験が良すぎたので東京でもああ言う感じの二次会出来ないもんかなぁと思ってしまった 何故か隅田川はなんか違うような気がしてしまうんだよな。川沿いで飲んでるのがやんちゃそうな若者ばっかりだからか…? 大都市の中心部からそう外れていないところにあのレベルで綺麗な川があるの、羨ましすぎるな
syumaiさんはTwitterを使っています
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ichinichi-okure · 2 years ago
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2023.5.24wed_tokyo
9年ぶりの京都旅行から東京に帰ってきて2日経った。2日経ったというのに、旅での興奮はまだまだ覚めそうにない。何をしていても京都の事を考えてしまう。今回の旅の目的は、京都dddギャラリーで5/21の日曜日まで開催していた展示を見に行く事だった。目的はこの展示だけだったので、他はノープランという無計画な旅。
新幹線とセットの宿を取ったので、こちらも全然こだわりは無い。“ギャラリーに一番近い場所から“という理由だけで泊まったビジネスホ��ルだった。月曜日は一日フリーの予定で、特に何も決めていなかった。日曜日の夜、京都にいることをインスタのストーリーに投稿すると、とても久しぶりの人からDMが来た。
彼の名前は、トマ。去年度まで藝大に留学していた友達だった。わたしたちは約1年前に出会い、荒川の土手でピクニックをしたり、ファンシーな中華喫茶にご飯を食べに行く仲だった。だけど、秋ぐらいからお互い忙しくなり、全く会うことも連絡する事もしていなかった。トマは、5月から京都の大学に入学したらしく、わたしが京都にいるのに驚いて連絡をくれたらしい。そして、次の日に朝ご飯を食べる約束をした。
月曜日、京都の四条のバス停で、203番のバスを待っていると1人の女性に英語で話しかけられた。もしかして困っているのかな?と思い、色々と質問した。どうやらその人は、わたしが京都のバスに乗るのに困っているのだと思い、話しかけてくれたようだった。とても笑顔が素敵なその人は、わたしが大丈夫だと知ると別のバスへ乗っていった。東京にいて、そんなふうに話しかけられることはあまりないから、正直びっくりしたけど、なんだか嬉しかった。
そして、やっと203のバスが来た。早速飛び乗り、市バスマップを見ていると、数分後、「ん?」と思った。思っていた方向と違う気がしたのだ。でも、確かにわたしは203番のバスに乗っているし…。不安になったので、信号待ちの間に運転手さんに話かけることにした。運転手さんは行き先を聞き、「このバスだと遠回りなんですよ!今ここで降りて、あの向かいの203番バスに乗ってください!!」と、言って停留所なのかもわからない場所で、運賃も取らずに、扉を開けて下ろしてくれた。運転手さんの起点が効く、素早い決断力に圧倒された。そして無事、本来乗りたかったバスへ乗り、無事にパン屋さんへ到着した。
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そこでわたしたちは、美味しいパンと、コーヒーを飲み食いしながら、一瞬も止まらないおしゃべりをした。そのあとは、そこから歩いて数分のトマおすすめの岡﨑神社へ行くことになった。岡崎神社は、ウサギが有名な神社のようで、石でできたうさぎが沢山いた。しかも、結構可愛かった。岡崎神社を訪れる人は少なく、人が多かった四条とは全然違う町みたいだなと思った。岡崎神社の中を越えると、お寺がいくつもあり、その先は墓地だった。この場所はトマのお気に入り散歩コースらしく、わたしは言われるがままどこまでもついて歩いた。大きな石の階段を登ると、真っ赤な紅葉の木が沢山あった。思わず、「わぁ!綺麗!!!」と言ってしまうほど美しくて感動した。こんな真っ赤な紅葉は初めて見たかもしれない。同時に、今まで14歳、21歳と、京都を旅していたけれど、わたしは一体何を見ていたんだ?とも思った。そのまま歩いていると、より緑が深くなった。素敵なお庭の中を歩いていると、オレンジ色のキノコを発見した。思わず2人ともキノコを見ながら、「かわいいね~!」と、立ち止まって見入っていた。とても発色が良いキノコ。空気もとても澄んでいて、気持ちが良かった。
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そしてその時、気がついた。「わたし、これを求めていたのかも!?」と。東京で知らぬ間に疲労していた事にも気が付かず、自分が京都の自然に癒されていることを体感したのだった。そして、どんどん元気に、わたしの身体は軽くなって行った。次、京都に来るときには、何も決めず、ただバスで京都をぐるっと回ったり、友達と鴨川でアイスクリームを食べたり、そういうことがしたいと思った。
昼過ぎ、トマと解散し、またバスで四条に戻り、コトバトフクへ向かった。バス停から歩いてさっきのパン屋で買っておいたプレッツェルをかじりながら、扉の外で13時の開店を待った。そして13時になり、ドアが開いた瞬間、店員の藤井さんは、わたしの顔を見て「わぁ!」と驚いた。9年ぶりの再会だった。前回会った時は、話していたら閉店時間になり、近所にある小籠包屋さんに連れていってくれたのだった。当時、初めての1人旅で心細かったので、今思い出してもありがたかったし、嬉しい時間だったなあと思う。素敵な店内も変わらずで、色々と迷ったが今日はKIKKOUの石がついたピアスを買った。おしゃべりは全然止まらなかったけど、まだ行かなければならない場所があったので店を出た。素敵なお店があって、そこが変わらずその場所に居てくれるありがたさが沁みた。
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またバスに乗り、今度はitouへ。バスに乗りながら大きな鳥居を抜けた。京都の日常ってやっぱすごいなあと思った瞬間だった。バスから降りると、無性にソフトクリームが食べたくなり、バス停の近くのマクドナルドでソフトツイストを買った。140円という金額に驚きつつも(昔は、100円で買えた気がする)、食べながらitouへ向かった。階段を上がり店に入ると、穏やかな店主の方が「こんにちわ~」と、迎えてくれた。色々な人に「京都へ行ったらitouに行って!」と、言われていた理由がなんかわかる気がした。そして、気がついたら一目惚れした、よくわからないハンガーを買っていた!
夜の新幹線で東京に帰るというのに、今度は叡山電車に乗って出町柳へ向かった。itouから一乗寺の駅までの10分くらいの道は、とても独特で面白かったので時間があったら散歩したかった。9年ぶりの出町柳の駅は、なんだか少し変わった気がした。見覚えのある、駅前のレンタルサイクル屋さんを見つけて少し安心した。鴨川の橋で、アレックスと待ち合わせ。アレックスは、京都に交換留学で来ている子で、春のZINE祭りで出会った。わたしたちは、ひたすら鴨川沿いを歩いた。とても綺麗な鴨が居た。他にも色々な鳥が、のびのびしていた。鴨川の近くにいる人間たちも、みんな好きなように過ごしていて、その光景がとても好きだった。
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だいぶ歩いたので、アイスを買いにファミリーマートへ。また鴨川に戻り、地べたに座ってアイスを食べる。アイスを食べながら、色々な話をした。「なんで日本を選んだの?」と聞くと、「わたしも同じ質問をしようとしていたよ!なんで、ドイツへ行きたいの?」と聞かれた。自分でもよくわからなかったけど、昔からドイツという国になぜか惹かれていた。初めてドイツに興味を持ったのは、母の友人の娘のモニカの影響だと思う。モニカは、ドイツと日本のハーフで、ドイツにずっと住んでいる。わたしより10歳くらい年上だった。モニカ達と下北沢へ行った時、質問をされた。「なんで、日本の女の子は、みんな同じような服を来ているの?」と。当時中学1年だったわたしは、すぐにその意味は分からなかったけど、ずっとその事が印象に残っていて、古着を買い始めたのはその頃だったような気がする。“みんなと同じが良い”という世界で生きていたわたしには、結構な衝撃だった。モニカは、むしろそんなことは、覚えていないだろうな。アレックスと、もっと話していたかったけど新幹線の時間なので、バス停でハグをして解散。バスで京都駅へ向かった。時間はあまりなかったけれど、柿の葉寿司をルームメイトのお土産として購入して、新幹線へ飛び乗った。
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ープロフィールー サリー★ 30歳 東京の東側 プリンター、ONLY CHILD CLUB部長 @pandahousedayo
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moko1590m · 17 days ago
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「寿司1カン2000円」「30万円の中華料理」 強気価格が目立つニセコ、現地自治体の苦悩とは 4/15(火) 5:55配信 1124 コメント1124件 ITmedia ビジネスオンライン ニセコの現場を歩く  最近、ニュースサイトなどでよく目にするようになった言葉の一つが「オーバーツーリズム」だ。筆者は札幌在住だが、確かに多くの外国人観光客が街中を歩いている。道内では外国人向けのビジネスを展開している場所として「ニセコ」エリアが話題になることも多いが、現状はどうなのか。実際に現地を訪ねた。 【画像】確かにすごい! 1カン数千円の寿司、驚くべき価格の海鮮丼、中華料理、カレー、ハンバーガー(計8枚) 小樽駅は大混雑 ホームがすし詰め状態に  ニセコエリアと北海道の中心地である札幌は、JRを利用して移動��る。札幌からニセコを目指すにはバスなどを使う必要があるが、時間の都合上、JRを選択した。札幌からだと、まず小樽へ向かい、そこでニセコ方面へと乗り継ぐ必要がある。札幌に住んでいる筆者はニセコを目指し、札幌~小樽間を30分ほどで結ぶ「特別快速・エアポート」に乗車した。車内には外国人観光客がちらほらと乗車している。  小樽駅に到着すると、ホーム上は大勢の外国人観光客で埋め尽くされており、なかなか前に進めない。外国語が飛び交い、すし詰め状態である。人混みをかき分け、一旦小樽駅の外に出た。ひと休みした後、倶知安行き普通列車に乗車した。  出発時間が近付くと、キャリーバックを持った乗客が増え始め、出発直前には満席になった。座れない乗客もおり、混雑した状態で小樽駅を出発し、1時間以上かけて目的地の倶知安駅に到着した。 ゴミ投棄など迷惑行為に住民が迷惑 市が警備員を配置する事態に  それにしても小樽駅の混雑はすさまじいものだったが、小樽市はどのように対応しているのだろうか。取材に応じた小樽市観光振興室の担当者は「小樽市としては2025年のある時期に限定し、船見坂に3人、JR銭函駅と朝里駅、それと眺望が良い三本木急坂にそれぞれ2人の警備員を配置する予定だ。これらの場所は特に観光客が集中するため、警備員を置くことになった」と説明する。  背景には「外国人観光客が個人宅の敷地内に侵入したり、迷惑行為を行ったりしていることで住民が困惑し、ごみの不法投棄が相次いでいる」点があるとし「地域住民から『迷惑している』との声が市役所に寄せられている」と現状を明かしてくれた。  市では中心部で英語や中国語などの街頭放送も実施している。これまでは住民が注意喚起のポスターを作成していたが、直近ではこちらも市が担当するようになった。  市の担当者によると警備員の配置はひとまず2024度末で終了し、2025年度は春節の時期を中心に再び警備員を配置する計画だという。今後、警備員などにかかわる支出増には「官公庁の補助金を活用するとともに、宿泊税を導入することが決まったため、税金を一部の補助にしたい」としている。    まるで“異世界” 価格も景色も特殊な世界  話を戻そう。JR倶知安駅に着いた筆者��、駅前で「ニセコバス」に乗車。バスは比羅夫を通り、リゾートホテルのヒルトンニセコビレッジ方面へと向かった。乗客は20人前後。日本人は筆者を含めて2~3人のみで、他は全員外国人と見受けられた。スキー板やスノーボードを持っ��いる。  ニセコバスの車内では、日本語と外国語の自動音声が長々と流れる。同社の自動音声装置などを製作する中央バス商事によると、製作している音声の種類は日本語と英語、中国語の3種類。「確認できるものでは、2005年ごろから運用を始めているとの記録がある。今のところ、国の数を増やす予定はない」(同社担当者)という。  また、ニセコバスによれば「乗務員への教育は特にしていないが、(外国人との会話を補助するための)指さし確認ボードを持たせてはいる。バスの増便は人手不足のため、したくてもできない」と回答し、肩を落としていた。  バスは坂を上り「比羅夫北」停留所を過ぎた。このエリアでは道道343号線に沿い、ホテルやペンションなどが立ち並んでいる。外国人観光客向けだろうか「インターナショナルクリニック」と書かれた病院があり、まばらだが飲食店もある。  この辺りからキッチンカーの姿を多く見かけるようになる。時を同じくして、道路の両側にロッジが見えてきた。数でいえば7棟×3列ほどだろうか。  「パノラマ ニセコ」と書かれた1泊10万円以上もする宿泊施設も見えてきた。とある宿泊予約サイトを見ると、ホテルやコンドミニアムの価格が10万~20万円が当たり前。筆者はこの時点で「別世界に来た」と感じた。これまでバスで通ってきた風景とは全く違うもので、まるで日本ではない別の国に訪問したような感覚である。 寿司1カンで数千円 「30万円」のメニューを出す店も  その後、筆者は「ひらふ十字街」停留所で下車した。ひらふ十字街はニセコアンヌプリのふもとにあり、飲食店やホテル、コンビニエンスストア、食料品店などが多く集まるエリアで利用者が多い。  辺りを見渡すと、昼間であるせいかキッチンカーはほとんど営業していない。驚いたのは、飲食店で提供する商品の価格だ。近くにあった寿司店に目を移すと、「うに」「いくら」「まぐろ」などの握りが写真に映っており、値段はほとんどが2000円だった。  そこから少し歩くと、ラーメン店も見えてくる。通常のとんこつラーメンが1杯1700円、違うラーメン店ではチャーシューラーメンが1杯3400円、さらにカニの足が入った「クラブラーメン」が1杯1万円である。  中華料理店にも寄った。ほうれん草炒めが2580円、鴨肉の煮込みが1万5800円、極上熊の手の中華煮込み特大が30万円。ため息が出るほどだった。  それもそのはず、北海道が3月に公表した「令和7年地価公示」のうち、ニセコエリアを含む後志(しりべし)総合振興局が取りまとめた地価公示結果によると、倶知安町ニセコひらふの価格は1平米当たり18万1000円。前年度比で1万6000円���上昇している。ニセコひらふでは2023年→2024年でも地価が9000円上がっており、需要が大きい分、価格も上がるようだ。   住民の「生活物価」が意外とふつう?  このように価格が異様に高いのがニセコエリアの現状だ。その一方「カレーライス物価」を見ると興味深い結果も出ている。カレーライス物価とは、カレーライスに使う原材料や、調理に必要な水道光熱費などを独自に試算した指数だ。ニセコ町が発表したカレーライス物価レポートによると、1食当たりの価格は342円(2月現在)。帝国データバンクが発表している全国平均の396円(1月時点)より50円ほど安い。  レポートの中で、町は「ニセコ町の生活物価は高くない」「暮らしは全国の地方と変わらない」と宣伝しているが、どうしてカレーライス物価をPRしているのかは疑問である。町の担当者に聞くと、次のように話す。  「マスコミをはじめ、ニセコエリアの物価が高いとの報道がたくさんある。特にインターネットでは『これがニセコの全てだ』と喧伝されているイメージがある。その結果、一部の日本人観光客から敬遠され始めている。私たちはニセコに住んでおり、その目線から実情を伝えようとしており、ラーメンでも良かったのだが、より親しみのあるカレーライスの方が今回は分かりやすいと考えた」  カレーライス物価レポートでは、帝国データバンクが公表しているものと同様の定義を準用。6食分(市販のカレールー2分の1パック)をまとめて調理したと想定し、ニンジンやジャガイモ、米、カレールーなどを電気とガスで調理した際、1食分でどれくらいの費用がかかるかを計算している。  確かに、筆者が駅前のスーパーに入った際、食べ物の価格は札幌とあまり変わらなかった。利用した飲食店も、提供する食べ物の種類や量によるが、高くも安くもなくといった感覚だった。宿泊したホテルも1泊1万3000円ほど。少し割高に感じたが、極端に高くはない。駅から離れた町の一部エリアの物価だけが異常に高かった印象だ。 逆風の中でも「スキーの町」を強調  倶知安町には「レルヒ記念公園」という公園がある。その名前の主は「テオドール・エードラー・フォン・レルヒ」というオーストリアの少佐だ。倶知安町について著した『倶知安の八十年』(1971年、吉田 冨美雄編、倶知安町刊)によると、レルヒ少佐は1912年に旭川師団付きとなってスキーを指導。同年に少佐一行は倶知安に到着し、スキーで羊蹄山の登山を成し遂げたとの記述がある。  1972年、倶知安町はスキーを町技と定める「スキーの町宣言」を行った。町は公式Webサイトで、宣言に関して「スキーの町であることに誇りを持ち、町民だけではなく、この地を訪れる全ての人の豊かな未来に向け、世代を超え、これからも歩み続けていきます」と強調している。  観光客が多すぎるとして、オーバーツーリズムがわが国の社会的な課題ともいわれているが「スキーの町宣言」の中には、町を訪れる人に対する思いが込められている気がする。多くの媒体では「ニセコが高い」などと書かれ、筆者も実際に同じような印象を持っていたが、今回の取材を通じてその印象は変わった。 (小林英介)
「寿司1カン2000円」「30万円の中華料理」 強気価格が目立つニセコ、現地自治体の苦悩とは(ITmedia ビジネスオンライン) - Yahoo!ニュース
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tamanine · 21 days ago
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2025.4.6-7
雨が止まないかと思っていたら5時前には止んでいた。
もう一度Babygirlを見ようかと思っていたけど人に会いたくなり、会う。
映画を眺めるよりも自分の体験を積んだほうがきっと何かがわかると思うから。でも何を知りたかったんだろう?
家の近くの桜はまだ綺麗に残っていて、抱えたうさぎさんとお散歩している人を見た。鯉は池の中にぼんやりと浮かび、鴨がぷかぷかしていた。世界はまだとても綺麗。橋を2個越えると空がより大きくなる。
私は私の人生を愛せるだろうか、一昨日の切望、私の虚無、私はこの人生をどうしたいんだろう。穴が空いたバケツみたい。もうパーツは揃っているはずなのに。
あの気持ちは、あの空っぽな気持ちは、20くらいからのこの空っぽさは、何をどうしたら埋まるんだろう。もう何も別案が出ない。
昨日の飲み屋で軽く酔い、「Mickey 27!」と3回言って都度訂正される。映画の話を延々していてもものすごく温かい眼差しを向けてくる人が揃っており甘やかされていると思った。うち1人は映画爆量見る民なので互いに10日分の見たものをワーワー言い合いリストに追加しバーっと別れる。やりたい放題だ。
U-NEXTのスティーヴン・キング『アウトサイダー』の話をしたが、コッポラのアウトサイダーもかっこいいらしいので見ようと思った。
映画『FEMME』を見る。『Babygirl』と合わせるとgood girl/good boy 2本立てになってしまった。
「有害な男性性」の強烈さがあり、男らしさにこだわる有害な男性たちがいることでBabygirlと違う終わりになってしまった。どうせ愛し合って求め合っているんだから愛し合えば良いのに。
FEMMEのことを書きたいと思いながらうまくまとまらず、今日は大きな疲労を抱えながら自転車に乗った。何年も前にすごく綺麗な桜並木を家の近くで見たはずなのに、どこだったのか思い出せない頭の中の映像があり、今日フラフラとSTUTS・tofubeatsの曲(One)を聞いて頭を揺らしていたらその数年前に感動した道に辿り着いていた。普段の散歩コースからは外れていたせいで気づいていなかった。でも前にも感動した通り枝ぶりが華やかに連なり空の抜けがあり、黄色や白の雑草が花咲き、夢みたいに綺麗な道だった。いろんな人が桜を見上げ、カメラを向け、夕焼けの淡い色の空を眺め、散る桜を眺め、通り過ぎるはずだったのにたたずみ、人も多くないから全員が好きな場所で風に吹かれて足を止めていた。行って帰ったっていい、どこにも行けなくなったっていい、���十分も目が離せなくても良いし、酒の缶を片手に1人で踊っていてもいいらしく踊っている人もいた。西日の黄色に照らされた薄いピンク色の丸い花の枝、地面の黄色や紫色、雲の流れを見ながら音楽を聞いて、自分の中身に空気が入って膨らんでいくように呼吸が楽になった。
音楽の効能。
私が育った場所には川があり、川沿いの印刷工場の隣のビルで求人誌や不動産雑誌の組版データを作るアルバイトをしていたことがある。デスクワークでの初めてのバイトで、誤植の怖さ、チェックの重ね方、業務上常識とされている基礎の基礎のあれこれをコツコツと教えてもらった。私がまだ高校生の時期も重なっていたはずで、意地悪な人なんておらず、新聞の校正をやっていたご年配の方や、バブル後のDTPの変化にうまく乗れなかった人、工場の人、アルバイトの人、みんな優しかった。私は背が高かったから、「スラッとしていていいなぁ」と言われたことがあり、そう見えるんだ、と思った。あの人は今どうしているんだろう。記憶の中では20代だったあの人。
そして、ある日雑誌がカラー化された時、大学の試験期間を終えてバイトに戻ると1フロア数十人全員が2、3人の正社員を残してバッサリと首になっていた。自分が残れるのかも分からなかったし、結果として残れたけどとても寂しくつらかった。業務環境が悪くなり辞めようとして、次のバイトが決まるまで誰にも言えず、次を決めてから人に話して泣いた。
工場の端っこで何時間���働いて、自転車に乗って音楽を聴きながら、魂に空気を入れてもらっているような、ぎゅっと縮まっていた場所に光が入る空間を入れてもらっているような、音楽の効き方を労働の後に感じた。工場の立ち並ぶ場所と、空が開ける瞬間の風。
昨日や今日、自転車に乗りながら、あの労働の後の音楽を思い出す。今日もあの時と同じように光が差し込む空間を音楽がシュコシュコと広げていってくれる。久しぶりに見つけた桜並木と、好き放題に咲いた野草の花、巨大な空。全世界を手にしたみたいに綺麗、ああいう場所で空を見上げないで、どうやって生きていったら良いのか分からない。
FEMMEにも冒頭に音楽が出てくる。ジュールズがクイーンとしてパフォーマンスする自信満々の曲。ジュールズは途中、あのドラァグクイーンのキャラクターに飲まれてしまいそう、と言う。ジュールズの現実の街中での恐怖、ステージ上での強さ。ゲームの中でなら強い女として暴れ回ってもみんなの歓声を浴びるのに。
プレストンが強さを纏うためにかける音楽。彼も、周りにいる人をもっと増やせたら、何かに怯えていなければ。
私たちの魂に寄り添ってくれる音楽。役にたつ、一般的な、理解しやすい、毒のない人間としてじゃない私たちに寄り添ってくれる音楽。私はデザイン系の業務もするから、人間としてざっくりと「なんかアート系だから」と放っておかれている。理解できない部分があっても良いやと思われている。もしもそうじゃなかったら、どうやって生きていったら良いのか分からなかっただろう。もっと早く滅茶苦茶になっていたと思う。
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easyinformality · 24 days ago
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4000[楽しみと喜びのために書くこと]
 あるいは年少の子どもが美に疎いのは当然のことで、特に一般的に男の子はそうだというだけなのだろうか。それとも幼い頃のわたしがそれを忌避していたから、人の美しさにも気づかなかったということなのだろうか。だとしたらそれは��個人の性質に由来することなのだろうか、それともあの年代の男の子に共通することなのだろうか。こうした由来や原因への疑問の答えはついぞ出ないものだが、まだ年少のころに同い年の従姉妹の家に泊まりに行き、そこでその従姉妹が見せる美と愛へのあからさまな欲望と接するたびに、幼いわたしが脅された恐ろしいような気持になっていたのは確かなことのようである。その従姉妹がまだ幼稚園に通っていたであろう年の頃に、仏壇のある日本人形・こけし・掛け軸などが床の間とその上の飾り棚に並べられている、日中陽光が縁側から斜めに差す埃っぽい畳の客間で遊ぶときにこちらが他所の家に来て遠慮がちなので「家族ごっこ」でわたしの配役(父親だの、赤ちゃんだの、果ては犬だの)を決めてきたのや、彼女が居間のテレビでおジャ魔女ドレミという早朝にやっていたけばけばしい彩色の魔法少女もののアニメを見ていたのはまだ良かったのだが、小学生になってそのおジャ魔女ドレミが、白いプラスチックのケースの表面にうっすら埃の膜ができている四角く真っ黒なビデオカセットのテープに録画されたモーニング娘とかいう遥かに年上の女性の集団の、観客の欲求をそのまま映したかのようにぎらぎら輝く画面に変わったのは衝撃だったし、さらに小学校に入ってしばらく経つとモーニング娘もそのポップな図柄と文字のシールもすっかり無かったことになって、カトゥーンとかいう結晶化した欲望の煌きの代わりに言わば観客の眼差しの象徴であるかのような緑色のビームが四方八方から飛び交う中で、踊るというより決めポーズを連続で作っているように見える今思うとまだ若者だったが子どもからすれば遥かに年上の大人にしか見えない男の集団に一変していたことは、恐怖に近いものを当時のわたしに感じさせた。(そしてその後もこうした変遷は続きわたしはそれをつぶさに見ているので、ある時代のある一人の女性の欲望の変化の実例を一つ持っていることになる。これは何も人を責めるために使おうというのではなく、普通に成長した人間なら誰もが持っているであろう欲望の対象の変遷を自分のそれと照らし合せるのに覚えているのである)。あの年齢の時にああいうものを急に見せられた男の子の驚きには言葉にし難いものがあるようで、状況も含めて当時のことは克明に覚えているはずだが上手く言葉にならないようなのである。
 しかし理由は何であれわたしは瑞己の――当時彼女が呼ばれていた呼び方をすれば瑞己ちゃんの――持っていた美しさに一切気づいていなかったのであり、写真に写った彼女の美しさに加えてその気がついていなかったということがしばらく印象に残った。その印象の強さには現在の既に大人である��ころのわたしの内の、幾らか下劣な欲望が含まれていたのは事実である。それはあれほど仲が良かったのに恋人になって快楽を味わうことをせず惜しいことをしたという、幾らか今の自分にとって都合の良すぎる後悔の形を取った欲望で、この思いは下劣ではあるが、しかしこの下劣な感覚のお陰で更に先に進むことが出来たというのも本当のことだった。先に進むと言ってもいったいそれがどこに向かってなのかそもそも進む必要があることなのかしばらくは明らかにならないままだったが、何かそう悪くはなさそうなものを忘れたままにしないで済んだようなので、わたしは自分のこの品性の下劣さに感謝すべきであった。こうした欲望にとってはこの写真に映り込んだ瑞己という少女の、瞳が大きくて色白で茶色っぽい髪は直毛で憮然とした顔をしているという現実の形で現れている美しさは、逃した幸福なの可能性であり知らぬ間に失われたと感じられるためにますます貴重に感じられる美しさであって、その印象には過去の子供時代のわたしが感じていたことは殆ど含まれていなく、もし含まれていたとしてもそれは単なる偶然の一致にすぎず、それを発見するのに必要だった機会の偶然によってより痛切に感じられるものだった。その美は美というものの移ろいやすさではなく美というものの手に入れ難さを証していたのであり、またわれわれ人類が逃し続けてきたのであろう他の無数の美の潜在的な可能性を示唆していた。しかしわたしというのはどうやらとろい性質の人間らしく、何を見て何を考えてもそれは体の血管や神経や脳質の中をゆっくり巡っていくようで、実際にこうして言葉にできるぐらいのものになって頭に浮かぶには長い時間が必要になるらしい。だから先ほどからしきりに言っている、写真に写っていた三浦瑞己の美しさとその美しさに幼いわたしが気づいていなかったということについても、それに印象を受けたこと自体に気づいたのは写真を見た瞬間のことではなくそれからしばらく時間を経てからのことであって、それは具体的にはアルバムを広げた夜から数ヶ月後に夜道を歩いていたときのことだった。ついさっきまで、わたしはその道を、夜ではなく今度は昼に歩いてきた。仕事の捗らなさにいらいらしてもう書くことは放っておこうと思い、ここ数日季節が移り変わって窓から部屋に光や風とともに入ってくるもう冷たい風を一筋も含まない外出を促す春の陽気に素直に従うことにしたのである。
 といっても外出して特に何をするというわけでもなかった。家を出て裏のアパート用のアスファルトで覆われた駐車場の脇を通り抜け、平坦な住宅街をわたしは西向きに川まで真っ直ぐ歩いていった。それはいつもどおりの散歩コースで、こうした昼の散歩の楽しみの主眼となるのは町中ではやはり鳥の声である。なんの変哲もないどちらかといえば趣味の悪い家が立ち並ぶ草木を眺める楽しみも少ないわたしの住む街でも、遥か高空で風が雲を吹き流す音が聞こえ、歩くよりは飛び跳ねたくなるような暖かな日差しで照らされ、そして鳥が鳴いてさえいれば、ついでに自動車の騒音から隔てられていれば、どこか祝福されているような神聖な雰囲気を帯び始める。街の中でプィプィプィプィと息継ぎなしで鳴いているのや、ピョと一言だけ鳴いているのがいったいどんな姿をしているのか道を行くわたしからは全く見えないが、川まで出れば今まで隠れていた鳥たちも姿を表し始め、ずんずん土手の道を歩いていくと斥候役のムクドリがわたしを見つけて警告の声を発し、その鳥の主要部隊が先程までよちよち歩きで我が物顔で占拠していた堤防の上の道から我先に逃げ出して互いに励ましの言葉をピピピピ掛け合いながら柵に飛び乗り、反対側の川岸へ飛び去っていくのが見られる。鴨に似た全身真っ黒の名前も知らない鳥は大抵大集団を作り川べりの丈の低い叢に嘴を突っ込み一心不乱に動物らしい愚かさ丸出しで何かを食べているが、どれだけ餌に夢中でもわたしが近づいただけで水上へ避難するために一斉に飛び立ち、飛行機のように翼を広げて次々と着水し、水しぶきが波紋となって反射する昼の光が眩しいゆらゆら波打つ水面に広がっていく。しかしこうした警戒心の強い野生の鳥達の中にも例外はいて、仲間は全員逃げ出した後なのにそれに気づいていないのか一人で餌を啄み続け、横を通り抜けるわたしと目があってから慌てて飛び立つ間抜けな鴨などの様子は、わたしに鳥類と人類の種族の垣根を越えた共感を感じさせ胸中で「頑張れよ」と呟かせた。他にも橋桁で寝そべっている鵜や電信柱でこちらを観察する烏や雀の小集団などを見かけた。わたしは川沿いをすたすた歩き三つ目の橋を渡って来た方へ折り返していった。そうしている間も目は外を眺めながら、頭では家を出るまで書いていたもののことを考えていて、書き終わった箇所や書いている途中の箇所まだ書いていない箇所などのことを検討してしまっていたが、途中で次第に考えているものが陰鬱な調子になりかけているらしいことに気づいて、これではいけないと頭の中で考え直した。といっても考え直したと言っても特に計画が良くなったわけではないのだった。わたしは息を一度吐き切って、そうした考えを努めて振り払って忘れてしまおうとした。そして来た方に帰るためにもう一度橋を渡って、その際に足元を流れる川に目をやった。それは川を眺めればいつも得られるもの、何故かこちらを勇気づけてくれるもの得ようとしてしたことだったが、そうやって胸をよぎった期待感とは完全に無関係に、それは河面にいつもどおり次々と打ち寄せる無数の透明で柔らかい不定形な輝きとして波打っていて、そこには伸び縮みする陰影もあり、川底の緑色もあり空の青色も流れ行く雲もありゆっくり泳ぐ水鳥も水面に反射する草木や八階建てのマンションの影もあり、つまり川というものがそこにあって、わたしの求めていたものは文章に頭を悩ませていようがやはりいつもどおり得られたのだった。
 帰路では当初の予定の通り本屋に寄って色々本を物色したが、今まで売り場だった二階がカード屋やUFOキャッチャーなどのゲームに占拠されたせいで1階に残った文芸書の棚はごくわずかになってしまっていて、しかも大体がどこにでもおいてある新刊書だったので大した時間を要しなかった。
 今から語る挿話の舞台である道順は昼はだいたいこんな感じ��のだが、わたしが瑞己の美しさが印象に残っていることに気づいたのは先述した通り夜この道を歩いていたときのことで、夜このこの道から受ける印象は晴れた昼過ぎに散歩するのとは大分違っている。昼晴れた日の存在を肯定するようなもろもろのもの――陽光や鳥の声や川の流れや草花の緑――は姿を潜ませ、代わりに存在を主張しだすのが昼あれほど醜く見えた建築物の量感である。それは陽光の代わりに等間隔で設置されている街灯の光に照らされ薄ぼんやりとした暗い青色の中から姿を表すのだが、白色の光が表面で砕け散り拡散すると同時にすべての色や素材の違いを分からなくし、あれほどの俗悪さの原因となっていたすべての家に共通するしてある無個性的な個性、無数の気分屋の任意の選択の結果であることが共通しているせいで本質的な変化でなく表面・表層に留まるしかない個性も奪われ、単なる影と量に還元されることで、歩きながら眺めてもそれなりに興味深いものになる。他にも、鳥の代わりに神社の前を蝙蝠が飛び交っていたり、夜の静寂が訪れるせいで川の音が聞こえだしたり、川が真っ黒な水に反射する街の明かりのゆらめきになったりといった違いもある。そうした変化に加えて、今から数ヶ月前までその道はわたしにとって職場であるスーパーへ往来するための通勤路になっていて、仕事にまつわる疲労や焦りの気持のせいで、ものの受け取り方も平時とはかなり異なっていたはずである。長々それについて述べたところの川を渡ってからすぐ右折するとそのスーパーが見えてくる。それは人が生活を営むための建築物というよりは毒性のある緑色の塗料で全身を塗りたくられた機械性の怪物的な巨人ように神に反抗しながら鎮座している。わたしはそこへ昼出勤するときは怪物へ生贄に差し出された乙女のような重い足取りで、夜帰宅するときは命からがら逃げ出した騎士のように足早に歩いていたので、その間はろく��景色を楽しむこともなかった。しかし週末だけは別であって、肩掛けバッグの中にある帰宅してから飲み食いするためにそのスーパーで買ったビールとクッキーの味を想像しながら、もう頭のなかでは飲んだ気になっているらしく明日が休みであるという喜びも合わさって気持は酔っ払ったようになっていて、そういうときに眺める街灯の琥珀色の光や信号機の赤黄青の三色や車の点滅するテールランプやヘッドライトの白色が本当に酔っているときのように自由の喜びと労働の悲しみに滲み、歩行は更に早く横を走る車を追い抜くほど早くなり、そしてそういうときに過去の記憶がかさかさに乾いた夜に混ざって蘇り、それでわたしは手に入れることのなかった瑞己の美しい顔に失われたかつてと今と未来のすべての逃れ去った神がわたしから盗んだものを感じて涙しそうになったのである。
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tokyomariegold · 1 year ago
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2023/10/21
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10月21日 半月が上る空を見ながら帰ってきた。 今朝、鴨川沿いを散歩していたのがだいぶ昔のことのように感じるくらい、次々と大阪と兵庫で予定を済ませて、次はもっとそれぞれの場所にじっくりいられるような旅行をしたいと思っている。 どこへ旅行へ行っても、何か良い時間を過ごせて満たされた感じがあるけれど、京都や大阪は、一度数年間そこで暮らしてみたい、と行くたびに思わせてくれる。昨晩もホテルのお部屋で京都のシャーメゾンを調べていた。
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あまりぐっすり眠れなくて、ホテルのチェックアウトギリギリまで眠ってしまって焦ったり、体調が悪くなる夢を見て、現実と混同しながら、もしかして本当に体調よくない?と不安になりながら起きた。 本当に分刻みスケジュールになってしまうけれど、坂田焼菓子店の9:00オープンに間に合うようにホテルを出るつもりで、その前に時間があったので鴨川沿いを散歩した。
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京都の方々からしたらそれでも汚されてしまっているのかもしれないけれど、鴨川沿のゴミの少なさに感心してしまう。対岸の方が日陰で、ランナーたちはそちら側をみんな走っていた。帰りは日陰側へ渡って帰った。
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チェックアウトをして分刻みスケジュールスタート!と思ったけれど、乗りたかったバスがなかなか来ず、結局これ以上バタバタするのも嫌だったのでそのまま地下鉄で京都駅まで行ってしまった。 まだ早い時間だったので伊勢丹も開いてなく、地下のマールブランシェで少しだけお土産を買った。
あといつもお部屋から見ているライブカメラが映すスポットへ、今回も行ってきた。
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JRに乗って、友人夫婦と待ち合わせしている芦屋駅へ向かう。京都、大阪と人が多かったので、友人たちと会えたのと、落ち着いた芦屋の雰囲気にほっとした。 短い時間だったけれどモーニングをやっている喫茶店へ入ってお話をしてもらう。 芦屋は東京で言うと田園調布のようなまちで、大阪の百貨店文化の象徴(?)である大丸があるところ、と教えてもらう。大丸って確かに全国区で、何もない父の実家にも下関大丸があって、なんか安心したことを思い出す。
最近のお仕事のことや、NHKの夜ドラの話、昨日行った京都の一乗寺周辺は出町柳より家賃がだいぶ安い話、写真の話、モーニングを食べ比べしている話などを聞かせてもらう。 次はみんぱくや太陽の塔がある大阪の北エリアを中心に観光したくなる。
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関西に行く楽しみの一つがお二人に会うことで、お二人を見ていて自分も関西で暮らしてみたい、と思うようになった。 多分色々あるんだけれど、でも良いと思ってお二人がその場所で生活している感じを勝手にとても感じていて、そこに魅力を感じているのだと思う。
またすぐ遊びにきますね、と改札で別れる。 振り返るとずっと手を振って見送ってくれていて、きゅっと言う気持ちになった。
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三ノ宮へ移動して、神戸の友人と待ち合わせ。 三ノ宮は三ノ宮で関西の若い方々(みんなおしゃれに見える)がたくさんいた。 こちらもあまり新幹線まで時間がない中だったけれど、兵庫県立美術館でPerfumeの衣装展をみて、新神戸までお散歩してもらった。
友人は最近マラソンをしていて、レースに出場するため、応援をするために遠征もしたりするそう。「このへんから家まで走っているんだよ、だいたい5キロくらい」と教えてくれた。
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兵庫県立美術館はとても立派な安藤建築だった。 空気の蛙が乗っかっていた。 あまりPerfumeの気持ちでなかったけれど、展示の衣装もPerfumeも可愛くてとても楽しかった。Perfume CLOSETのお洋服欲しくなる。
三ノ宮から新神戸まで歩きながら、数分歩いただけでさっきまでの人たちはどこへ?と言うくらい人気がなくなってしまって、東京は人が多すぎるよね、と言っていたら「虹だ!」と友人が虹を見つけた。 「神戸で初めて虹を見たよ〜」と言っていた。 関東に住んでいたときは、高台の家で、東の窓からたまに虹を見ていたそうで、虹って東側の空に見えるらしい。
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新神戸で友人と別れて、2時間超えると腰が痛いな〜と思いながら、うつらうつらしながら新幹線に乗った。 新大阪から隣に女の子二人組が座り、イブサンローランの化粧品と推しのアクリルキーホルダーを並べて写真を撮ったり、綿矢りさの“かわいそうだね”を読んだりしていた。 途中、うとうとして目を覚ましたら女子学生の集団が前4列くらいに入っていて、先生からお弁当とパックのお茶を配られていた。“でらなごや”と書かれたお弁当を食べていて、中途半端な時間に何ご飯だろう?と思った。
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夜に新幹線に乗るのは久しぶりで、熱海の海とかオフィスビルの赤い点々とか楽しかったけれど少し疲れている方が勝ってしまっていて、今日はなるべく掃除に励まずに休もうと思った。
一先ず帰って来れてよかったかな。 いつも行くスーパーにつくと、クリスマスケーキや年賀状のプリントの予約が出ていて年末。 芦屋で会った友人達と三ノ宮で会った友人にも「良いお年を」と言った日だった。
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wasurerunikkiii · 1 month ago
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2025.3.26 wed.
てんが暑そうにしている。最近よくベッドで見かけるが、そこが一番涼しいということなのだろうか。春はしんどいので嫌だがころころと転がる猫を見られるのは心に良い。去年はどうだったっけ、と考えてみたらてんがうちに来たのは4月になってからのことだった。
ばたばたと支度してなんとか時間通りに家を出る。婦人科で薬をもらってから六珈、いつものコース。松山さんと話してたまに細い窓から外を見て、しかし暑いですねなどと言いあう。昼を悩みに悩んで、結局ノンノに電話してみたら案の定売り切れだったので初志貫徹でトルコ料理の店へ。明るく溌剌とした女性のサーブとトルコ人らしき男性のシェフ。夫婦かな。あまりお腹の具合が良くなく、ケバブは食べきれる感じがしなかったので野菜のセットにしたが正解だった。フェタチーズっぽい白いチーズと酸味のあるスパイスがかかったサラダからはじまり、レンズ豆のスープと、メインはフムスにクスクスのタブレ、ナスのヨーグルトマリネ、それからトマトのチャトニのようなもので全部好みのものだった。今までトルコ料理だとは知らずに食べていた。ケバブもやはりおいしそうだったので次は晩に来たい。
腹ごなしにすこしその辺りをぶらつき、時間つぶしで入ったスリフティーでスカートを買ってしまった。790円也。いよいよ今日のメインのプーロへ。インスタで見てはいいなあと思っていたバスクチーズケーキを頼むと、思ったよりもかなりサイズ感が大きくうれしく頬張る。入ったタイミングは満席だったが、ちょうど自分以外はいなくなったので店主とお話ししてみると共通の知り合いがたくさんだった。自営業あるあるのような話も出てわいわいと楽しく。焼き菓子と、ここでもカナさんのお茶を扱っていたのでお土産に。チャイもおいしかったなあ。
フィルムを消化しつつ川沿いを気持ち良く歩いて知り合いの花屋さんへ行くも休み。気を取りなおして海の方まで散歩していたら色々な種類の鴨が今まで見たことないほどたくさん浮か��でいた。ぼんやり眺める。
灘区から帰りがたく、大石駅のホームでしばらく座ってすごした。温度も湿度も気持ち良すぎて頭がふわっとする。阪神からの車窓が好きだ。すこし高いところに位置しており、山と海に挟まれて、白と赤の煙突や鉄橋が見え隠れする。記憶のなかの都賀川はいつも春で、すこし霞みがかってぼんやりと白んでいる。
元町に帰ってきて、やっぱりあのあたりの空の色はぼんやりしている、と確かめて、黄色い花を買って、家に帰った。
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yotchan-blog · 4 months ago
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2025/1/9 13:00:14現在のニュース
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shohsoku · 4 months ago
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2025.1.1
よく眠れなかった。起きて塩ラーメンたべて支度して職場へ。今宮神社で初詣。
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巳の縁起物かわいい。あとでまたこよう。あんまり人いなかった。鴨川沿いの道は凍ってて、登りの自転車の人はたまらずか降りて引いてた。
六波羅蜜寺は皇服茶と稲穂の行列で松原通りまで。道で会ったUUさんに新年の挨拶。わざわざ止まって腰を折って挨拶してくれた。こういうのはちゃんとしておかないと、と。流石。マンション入ったら、とても臭い。UPさんが休憩中で寝てた。
仕事は平和に過ぎた。UUさんも穏やか。HCさんは、グランメゾン東京のキムタクの三つ星ポースがおきにいり。MPさんは、昼はあったかいですね、夕方は寒いですね。WWさんは風邪で帰った。オッサン二人、大晦日勤務の、元日まで残りはおもろ。RYはTDさんとサシ飲み行くらしい。可愛そうだから、と。もちろんおごってもらって。私は美味しい飯とお酒を飲めて、相手が奢るのを厭わないのだから、ウィンウィンだと。相変わらずだ。
御堂関白記、現代語訳上よんでる。日記ってこんなんでいいんだね。
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