#食べ日記さんは無類のショート好き
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akitabe · 5 years ago
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2019.9.30 #月見チキンフィレサンド & #月見和風チキンカツサンド @ #ケンタッキー #ケンタッキーフライドチキン #CMの高畑充希かわいい #食べ日記さんは無類のショート好き #9月 も #今日で終わり #今月もいろいろ行きました #食べログ #行ったカレンダー 今月も埋めることができました #消費税増税 しても食べ日記さんは#歩みを止めない !! https://www.instagram.com/p/B3COlctBEWP/?igshid=1v3l7noe6kway
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manganjiiji · 2 years ago
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さいごの一講
48こめ。いよいよ。速読英単語上級編(advanced level)。この本を買ってから8年は経っているはず。塾の教材として使っていたので3分の2は解説のために読んであったのだが、40番台くらいは手付かずであったのを、やっと終わらせ…ていない、まだ。最後に単語を調べて通読して終わりだがそれは明日にした。一晩寝たら分からない単語も構造も閃くかもしれないので一旦置く。これは単語を覚えるのにもいいし、精読にもちょうどいいので、GMARCH以上を目指す子には通読させていた。自分がしてねえのかよという感じだが。もう英語を頑張って読んだ割に書いてある内容が大して面白くない、という英語学習あるあるにやや飽きてしまい、…など贅沢なことはいいたくないが、大人になるとこういう事を言い出すから困る。私はあくまで英文の構造が意味を作り出すのが好きなのであって、英語で書かれている内容には興味は無い(なんとも手段が目的化している)。と思っていたはずなのに、大したこと言ってねーじゃねーか、と思うと、なんかがっくりきてしまうのも最近は増えた。読むものの面白さを上げろ。そういうコンテンツを日常的に摂取しろ。いろいろあるんだから、この電脳の海には。と思うが、光る画面は���が疲れて頭痛になるので紙がいいです。つまり新聞とか、本とか…本も出来れば小説じゃなくて…ということで、すごく昔に丸の内オアゾの丸善でユヴァル・ノア・ハラリのmoneyというのを買ったことを思い出した。なんとなく邦訳はまだのような気がして。今となってはユヴァル・ノア・ハラリがなんの人だったのかも朧げ。人類史みたいな名前の本が売れた人だったっけ。いや、ホモ・サピエンスの人か。あっ、サピエンス全史。調べました。その人。あと昔流行った『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド)とか若い読者のための世界史、とか、買ってあるのに通読できていないシリーズのことを今思い出した。読むか。その前に大澤真幸×橋爪大三郎の『アメリカ』を読んでしまいたい。いい紙を使っている河出新書。本は何年経ってからでも、持っていればいつでも気軽に読めるから最高。私は自分の読みたい本をだいたい持っているので、あとは読むだけだと思う。どれもこれも面白そうな本しかなくてびっくりして泣きそう!と思う。自分の本棚を見ると。最近は全然本を買っていないし買わないようにしています。その代わりなのか化粧品をやや買いすぎています。太っていて服が買えないため、顔面に意識が集中している。表参道のそんなに高くない美容室でショートにしてもらい、確かな技術に深謝。後輩のメイクや服を一式プロデュースするために1日遊び倒したりしたなあ!9月。最後は爆笑しすぎておたがいへろへろになりながら新宿東南口のエスカレーターを降りていた。ひいひい言っていた。だいたい友達と会うと最後は箸が転げてもおかしいの境地になり、死にそうになってしまう。呼吸困難で。もう勘弁してほしいのにまだ笑いの波が来る、酸素が足りない、涙が出る、呼吸ができない、表情筋が言うことを聞かない。苦しいけど脳内では天国みたいなことになっているんだろうな。たしか「ポーチふたつ」を「ポーツふたち」と言い間違えたとかそんなことで倒れそうになるほど笑っていた。酒は一滴も入っていない。
studimbler?みたいな表記で、勉強したノートの写真や勉強の仕方のハックを載せているアカウント(英語)がおもしろいのでよく見ている。私も勉強した結果の写真を上げるだけのスタディンブラー、作りたくなってしま��たぞ。しかしそんなもの誰が見るのか?
毎日痩せたいと思っては、なぜ食べてしまうんだろうと思って悲しくなっている。なぜ、とかではなく、単に「食べれば元気が出るはず」という宗教に入信しており、もはや自力ではその信仰を捨てられないからである。街をゆく人、みな私より痩せている。なぜそんなにお腹が出ていなくて、腕がほっそいんだ?そういう美しい女はたいてい高いものを身につけており、社会人としての完全な自立を感じさせる。歩き方や目線のやりかたが、もうプロ。人間のプロ。なにもかも強い意志のもとで、計算されて動いている。美しい女。いいよねえ。
2022.9.27
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petapeta · 4 years ago
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「次室士官心得」 (練習艦隊作成、昭和14年5月) 第1 艦内生活一般心得 1、次室士官は、一艦の軍規・風紀の根源たることを自覚し、青年の特徴元気と熱、純  真さを忘れずに大いにやれ。 2、士官としての品位を常に保ち、高潔なる自己の修養はもちろん、厳正なる態度・動  作に心掛け、功利打算を脱却して清廉潔白なる気品を養うことは、武人のもっとも  大切なる修業なり。 3 宏量大度、精神爽快なるべし。狭量は軍隊の一致を破り、陰欝は士気を沮喪せし  む。忙しい艦務の中に伸び伸びした気分を忘れるな。細心なるはもちろん必要なる  も、「コセコセ」することは禁物なり。 4 礼儀正しく、敬礼は厳格にせよ。次室士官は「自分は海軍士官の最下位で、何に  も知らぬのである」と心得、譲る心がけが必要だ。親しき仲にも礼儀を守り、上の   人の顔を立てよ。よからあしかれ、とにかく「ケプガン(次室士官室の長)を立てよ。 5 旺盛なる責任観念の中に常に生きよ。これは士官としての最大要素の一つだ。命令を下し、もしくはこれを伝達す  る場合は��、必ずその遂行を見届け、ここに初めてその責任を果したるものと心得べし。 5 犠牲的精神を発揮せよ、大いに縁の下の力持ちとなれ。 6 次室士官時代はこれからが本当の勉強時代、一人前になり、わがことなれりと思うは大の間違いなり。 7、次室士官時代はこれからが本当の勉強時代、一人前にをり、わがことなれりと思うは大の間違いなり。公私を誤  りたるくそ勉強は、われらの欲せざるところなれども、学術方面に技術方面に、修練しなければならぬところ多し。  いそがしく艦務に追われてこれをないがしろにするときは、悔いを釆すときあり。忙しいあいだにこそ、緊張裡に修  業はできるものなり。寸暇の利用につとむべし。   つねに研究問題を持て。平素において、つねに一個の研究問題を自分にて定め、これにたいし成果の捕捉につと  め、一纏めとなりたるところにてこれを記しおき、ひとつひとつ種々の問題にたいしてかくのごとくしおき、後となり   てふたたびこれにつきて研究し、気づきたることを追加訂正し、保存しおく習慣をつくれば、物事にたいする思考力  の養成となるのみならず、思わざる参考資料をつくり得るものなり。 8、少し艦務に習熟し、己が力量に自信を持つころとなると、先輩の思慮円熟をるが、かえって愚と見ゆるとき来るこ  とあるべし、これすなわち、慢心の危機にのぞみたるなり。この慢心を断絶せず、増長に任じ人を侮り、自ら軽ん   ずるときは、技術・学芸ともに退歩し、ついには陋劣の小人たるに終わるべし。 9、おずおずしていては、何もできない。図々しいのも不可なるも、さりとて、おずおずするのはなお見苦しい。信ずる  ところをはきはき行なって行くのは、われわれにとり、もっとも必要である。 10、何事にも骨惜L誤をしてはならない。乗艦当時はさほどでもないが、少し馴れて来ると、とかく骨惜しみをするよう  になる。当直にも、分隊事務にも、骨惜しみをしてはならない。いかなるときでも、進んでやる心がけか必要だ。身  体を汚すのを忌避するようでは、もうおしまいである。 11、青年士官は、バネ仕掛けのように、働かなくてはならない。上官に呼ばれたときには、すぐ駆け足で近づき、敬  礼、命を受け終わらば一礼し、ただちにその実行に着手するごとくあるべし。 12、上官の命は、気持よく笑顔をもって受け、即刻実行せよ。いかなる困難があろうと、せっかくの上陸ができなか   ろうと、命を果たし、「や、御苦労」と言われたときの愉快きはなんと言えぬ。 13、不関旗(他船と行動をともにせず、または、行動をともにできないことを意味する信号旗。転じてそっぽを向くこと  をいう)を揚げるな。一生懸命にやったことについて、きびしく叱られたり、平常からわだかまりがあったりして、不  関旗を揚げるというようなことが間々ありがちだが、これれは慎むべきことだ。自惚があまり強過ぎるからである。  不平を言う前に已れをかえりみよ。わが慢心増長の鼻を挫け、叱られるうちが花だ。叱って下さる人もなくなった   ら、もう見放されたのだ。叱られたなら、無条件に有難いと思って間違いはない。どうでも良いと思うなら、だれが  余計な憎まれ口を叩かんやである。意見があったら、陰で「ぷつぷつ」いわずに、順序をへて意見具申をなせ。こ  れが用いらるるといなとは別問題。用いられなくとも、不平をいわず、命令には絶対服従すべきことはいうまでもな  し。 14、昼間は諸作業の監督巡視、事務は夜間に行なうくらいにすべし。事務のいそがしいときでも、午前午後かならず  1回は、受け特ちの部を巡視すべし。 15、「事件即決」の「モツトー」をもって、物事の処理に心がくべし。「明日やろう」と思うていると、結局、何もやらずに  沢山の仕事を残し、仕事に追われるようになる。要するに、仕事を「リード」せよ。 16、なすべき仕事をたくさん背負いながら、いそがしい、いそがしいといわず片づければ、案外、容易にできるもので   ある。 17、物事は入念にやれ。委任されたる仕事を「ラフ」(ぞんぎい〕にやるのは、その人を侮辱するものである。ついに    は信用を失い、人が仕事をまかせぬようになる。また、青年士官の仕事は、むずかしくて出来ないというようなも   のはない。努力してやれば、たいていのことはできる。 18、「シーマンライク」(船乗りらしい)の修養を必要とす。動作は「スマート」なれ。1分1秒の差が、結果に大影響を    あたえること多し。 19、海軍は、頭の鋭敏な人を要するとともに、忠実にして努力精励の人を望む。一般海軍常識に通ずることが肝要、   かかることは一朝一夕にはできぬ。常々から心がけおけ。 20 要領がよいという言葉もよく聞くが、あまりよい言葉ではない。人前で働き、陰でずべる類いの人に対する尊称    である。吾人はまして裏表があってはならぬ。つねに正々堂々とやらねばならぬ。 21、毎日各室に回覧する書類(板挟み)は、かならず目を通し捺印せよ。行動作業や当直や人事に関するもので、    直接必要なる事項が沢山ある。必要なことは手帖に抜き書きしておけ。これをよく見ておらぬために、当直勤務   を間違っていたり、大切な書類の提出期目を誤ったりすることがある。 22、手帖、「パイプ」は、つねに持っておれ。これを自分にもっとも便利よきごとく工夫するとよい。 23、上官に提出する書類は、かならず自分で直接差し出すようにせよ。上官の机の上に放置し、はなはだしいのは   従兵をして持参させるような不心得のものが間々ある。これは上官に対し失礼であるばかりでなく、場合により   ては質問されるかも知れず、訂正きれるかも知れぬ。この点、疎にしてはならない。 24、提出書類は早目に完成して提出せよ。提出期口ぎりぎり一ぱい、あるいは催促さるごときは恥であり、また間違   いを生ずるもとである。艦長・副長・分隊長らの捺印を乞うとき、無断で捺印してはいけない。また、捺印を乞う    事項について質問されても、まごつかぬよう準備調査して行くことが必要。捺印を乞うべき場所を開いておくか、   または紙を挾むかして分かりやすく準備し、「艦長、何に御印をいただきます」と申し出て、もし艦長から、「捺して   行け」と言われたときは、自分で捺して、「御印をいただきました」ととどけて引き下がる。印箱の蓋を開け放しに   して出ることのないように、小さいことだが注意しなければならぬ。 25、軍艦旗の揚げ降ろしには、かならず上甲板に出て拝せよ。 26、何につけても、分相応ということを忘れるな。次室士官は次室士官として、候補生は候補生として。少尉、中尉、   各分あり。 27、煙草盆の折り椅子には腰をおろすな。次室士官は腰かけである。 28、煙草盆のところで腰かけているとき、上官が来られたならば立って敬礼せよ。 29、機動艇はもちろん、汽車、電車の中、講話場において、上級者が来られたならば、ただちに立って席を譲れ。知   らぬ顔しているのはもっとも不可。 30、出入港の際は、かならず受け持ちの場所におるようにせよ。出港用意の号音に驚いて飛び出すようでは心がけ   が悪い。 31、諸整列があらかじめ分かっているとき、次室士官は、下士官兵より先にその場所にあるごとくせ。 32、何か変わったことが起こったとき、あるいは何となく変わったことが起こったらしいと思われるときは、昼夜を問わ   ず第1番に飛び出してみよ。 33、艦内で種々の競技が行なわれたり、または演芸会など催される際、士官はなるべく出て見ること。下士官兵が    一生懸命にやっているときに、士官は勝手に遊んでおるというようなことでは面白くない。 34、短艇に乗るときは、上の人より遅れぬように、早くから乗っておること。もし遅れて乗るような場合には、「失礼い   たしました」と上の人に断わらねばならぬ。自分の用意が遅れて定期(軍艦と陸上の間を往復し、定時にそれら   を発着する汽艇のこと)を待たすごときは、もってのほである。かかるときは断然やめて次ぎを待つべし。    短艇より上がる場合には、上長を先にするこというまでもなし。同じ次室士官内でも、���任者を先にせよ。 35、舷門は一艦の玄開口なり。その出入りに際しては、服装をととのえ、番兵の職権を尊重せよ。雨天でないとき、   雨衣や引回しを着たまま出入りしたり、答礼を欠くもの往々あり、注意せよ。 第2 次室の生活について 1、我をはるな。自分の主張が間遠っていると気づけば、片意地をはらす、あっさりとあらためよ。  我をはる人が1人でもおると、次室の空気は破壊される。 2、朝起きたならば、ただちに挨拶せよ。これが室内に明るき空気を漂わす第一誘因だ。3、次室  にはそれぞれ特有の気風かある。よきも悪きもある。悪い点のみ見て、憤慨してのみいては   ならない。神様の集まりではないから、悪い点もあるであろう。かかるときは、確固たる信念と決心をもって自己を修め、自然に同僚を善化せよ。 4、上下の区別を、はっきりとせよ、親しき仲にも礼儀をまもれ。自分のことばかり考え、他人のことをかえりみないよ  うな精神は、団体生活には禁物。自分の仕事をよくやると同時に、他人の仕事にも理解を持ち便宜をあたえよ。 5、同じ「クラス」のものが、3人も4人も同じ艦に乗り組んだならば、その中の先任者を立てよ。「クラス」のものが、次  室内で党をつくるのはよろしくない。全員の和衷協力はもっとも肝要なり。利己主義は唾棄すべし。 6、健康にはとくに留意し、若気にまかせての不摂生は禁物。健全なる身体なくては、充分をる御奉公で出来ず。忠  孝の道にそむく。 7、当直割りのことで文句をいうな。定められた通り、どしどしやれ。病気等で困っている人のためには、進んで当直を  代わってやるぺきだ。 8、食事に関して、人に不愉快な感じを抱かしむるごとき言語を慎め。たとえば、人が黙って食事をしておるとき、調理  がまずいといって割烹を呼びつけ、責めるがごときは遠慮せよ。また、会話などには、精練きれた話題を選べ。 9、次室内に、1人しかめ面をして、ふてくされているものがあると、次室全体に暗い影ができる。1人愉快で朗らかな  人がいると、次室内が明るくなる。 10、病気に羅ったときは、すぐ先任者に知らせておけ。休業になったら(病気という程度ではないが(身体の具合い   が悪いので、その作業を休むこと)先任者にとどけるとともに、分隊長にとどけ、副長にお願いして、職務に関する  ことは、他の次室士官に頼んでおけ。 11、次室内のごとく多数の人がいるところでは、どうしても乱雑になりがちである。重要な書類が見えなくなったとか  帽子がないとかいってわめきたてることのないように、つねに心がけなければならぬ。自分がやり放しにして、従  兵を怒鳴ったり、他人に不愉快の思いをきせることは慎むべきである。 12、暑いと��、公室内で仕事をするのに、上衣をとるくらいは差し支えないが、シャツまで脱いで裸になるごときは、   はをはだしき不作法である。 13、食事のときは、かならず軍装を着すべし。事業服のまま食卓についてはならぬ。いそがしいときには、上衣だけ  でも軍装に着換えて食卓につくことになっている。 14、次室士官はいそがしいので一律にはいかないが、原則としては、一同が食卓について次室長(ケプガソ)がはじ  めて箸をとるべきものである。食卓について、���兵が自分のところへ先に給仕しても、先任の人から給仕せしむる  ごとく命すべきだ。古参の人が待っているのに、自分からはじめるのは礼儀でない。 15、入浴も先任順をまもること。水泳とか武技など行をったときは別だが、その他の場合は遠慮すべきものだ。 16 古参の人が、「ソファー」に寝転んでいるのを見て、それを真似してはいけない。休むときても、腰をかけたまま、  居眠りをするぐらいの程度にするがよい。 17、次室内における言語においても気品を失うな。他の人に不快な念を生ぜしむべき行為、風態をなさず、また下士  官兵考課表等に関することを軽々しく口にするな。ふしだらなことも、人秘に関することも、従兵を介して兵員室に  伝わりがちのものである。士官の威信もなにも、あったものでない。 18、趣味として碁や将棋は悪くないが、これに熱中すると、とかく、尻が重くなりやすい。趣味と公務は、はっきり区別  をつけて、けっして公務を疎にするようなことがあってはならぬ。 19、お互いに、他の立場を考えてやれ。自分のいそがしい最中に、仕事のない人が寝ているのを見ると、非難した   いような感情が起こるものだが、度量を宏く持って、それぞれの人の立場に理解と同情を持つことが肝要。 20、従兵は従僕にあらず。当直、その他の教練作業にも出て、士官の食事の給仕や、身辺の世話までするのであ   るからということを、よく承知しておらねばならぬ。あまり無理な用事は、言いつけないようにせよ。自分の身辺の  ことは、なるべく自分で処理せよ、従兵が手助けしてくれたら、その分だけ公務に精励すべきである。釣床を釣っ  てくれ、食事の給仕をしてくれるのを有難いと思うのは束の間、生徒・候補生時代のことを忘れてしまって、傲然と  従兵を呼んで、ちょっと新聞をとるにも、自分のものを探すにもこれを使うごときは、わがみずからの品位を下げゆ  く所以である。また、従兵を「ボーイ」と呼ぶな。21、夜遅くまで、酒を飲んで騒いだり、大声で従兵を怒鳴ったりす  ることは慎め。 21、課業時のほかに、かならず出て行くべきものに、銃器手入れ、武器手入れに、受け持ち短艇の揚げ卸しがある 第3 転勤より着任まで 1、転勤命令に接したならば、なるべく早く赴任せよ。1日も早く新勤務につくことが肝   要。退艦したならば、ただちに最短距離をもって赴任せよ、道草を食うな。 2、「立つ鳥は後を濁さず」仕事は全部片づけておき、���し継ぎは万遺漏なくやれ。申し  継ぐべき後任者の来ないときは、明細に中し継ぎを記註しおき、これを確実に託し   おけ。 3、退艦の際は、適宜のとき、司令官に伺候し、艦長・副長以下各室をまわり挨拶せよ4、新たに着任すべき艦の役務、所在、主要職員の名は、前もって心得おけ。 5、退艦・着任は、普通の場合、通常礼装なり。 6、荷物は早目に発送し、着任してもなお荷物が到着せぬ、というようなことのないようにせよ。手荷物として送れば、早目に着く。 7、着任せば、ただちに荷物の整理をなせ。 8、着任すべき艦の名を記入したる名刺を、あらかじめ数枚用意しおき、着任予定日時を艦長に打電しおくがよい。 9、着任すべき艦の所在に赴任したるとき、その艦がおらぬとき、たとえば急に出動した後に赴任したようなと時は、  所在鎮守府、要港部等に出頭して、その指示を受けよ。さらにまた、その地より他に旅行するを要するときは、証  明書をもらって行け。 10、着任したならば、当直将校に名刺を差し出し、「ただいま着任いたしました」ととどけること。当(副)将校は副長に   副長は艦長のところに案内して下さるのが普通である。副長から艦長のところへつれて行かれ、それから次室  長が案内して各室に挨拶に行く。艦の都合のよいとき、乗員一同に対して、副長から紹介される。艦内配置は、   副長、あるいは艦長から申し渡される。 11、各室を一巡したならば、着物を着換えて、ひとわたり艦内を巡って艦内の大体を大体を見よ。 12、配置の申し継ぎは、実地にあたって、納得の行くごとく確実綿密に行なえ。いったん、引き継いだ以上、全責任  は自己に移るのだ。とくに人事の取り扱いは、引き継いだ当時が一番危険、ひと通り当たってみることが肝要だ。  なかんずく叙勲の計算は、なるべく早くやっておけ。 13、着任した日はもちろんのこと、1週間は、毎夜巡検に随行するごとく心得よ。乗艦早々から、「上陸をお願い致し  ます」などは、もってのほかである。 14、転勤せば、なるべく早く、前艦の艦長、副長、機関長、分隊長およびそれぞれ各室に、乗艦中の御厚意を謝す   る礼状を出すことを忘れてはならぬ。 第4 乗艦後ただちになすべき事項 1、ただちに部署・内規を借り受け、熟読して速やかに艦内一般に通暁せよ。 2、総員起床前より上甲板に出で、他の副直将校の艦務遂行ぶりを見学せよ。2、3日、当直ぶりを注意して見てお   れば、その艦の当直勤務の大要は分かる。しかして、練習艦隊にて修得せるところを基礎とし、その艦にもっとも  適合せる当直をなすことができる。 3、艦内旅行は、なるぺく速やかに、寸暇を利用して乗艦後すぐになせ。 4、乗艦して1ヵ月が経過したならば、隅々まで知悉し、分離員はもちろん、他分隊といえども、主たる下士官の氏名  は、承知するごとく心がけよ。 第5上陸について 1、上陸は控え目にせよ。吾人が艦内にあるということが、職責を尽くすということの大部である。職務を捨ておいて   上陸することは、もってのほかである。状況により、一律にはいえぬが、分隊長がおられぬときは、分隊士が残る  ようにせよ。 2、上陸するのがあたかも権利であるかのように、「副長、上陸します」というべきでない。「副長、上陸をお願いしま   す」といえ。 3、若いときには、上陸するよりも艦内の方が面白い、というようにならなけれぱならない。また、上陸するときは、自  分の仕事を終わって、さっぱりした気分で、のびのびと大いに浩然の気を養え。 4、上陸は、別科後よりお願いし、最終定期にて帰艦するようにせよ。出港前夜は、かならず艦内にて寝るようにせよ。上陸する場合には、副長と己れの従属する士官の許可をえ、同室者に願い、当直将校にお願いして行くのが慣例  である。この場合、「上陸をお願い致します」というのが普通、同僚に対しては単に、「願います」という。この「願い  ます」という言葉は、簡にして意味深長、なかなか重宝なものである。すなわち、この場合には、上陸を願うのと、  上陸後の留守中のことをよろしく頼む、という両様の意味をふくんでいる。用意のよい人は、さらに関係ある准士   官、あるいは分隊先任下士官に知らせて出て行く。帰艦したならば、出る時と同様にとどければよい。たたし、夜   遅く帰艦して、上官の寝てしまった後は、この限りでない。士宮室にある札を裏返すようになっている艦では、か   ならず自分でこれを返すことを忘れぬごとく注意せよ。 6、病気等で休んでいたとき、癒ったからとてすぐ上陸するごときは、分別がたらぬ。休んだ後なら、仕事もたまってお  ろう、遠慮ということが大切だ。 7、休暇から帰ったとき、帰艦の旨をとどけたら、第1に留守中の自分の仕事および艦内の状況にひと通り目を通せ。  着物を着換え、受け持ちの場所を回って見て、不左中の書類をひと通り目を通す心がけが必要である。 8、休暇をいただくとき、その前後に日曜、または公暇日をつけて、規定時日以上に休暇するというがごときは、もっと  も青年士官らしくない。 9、職務の前には、上陸も休暇もない、というのが士官たる態度である。転勤した場合、前所轄から休暇の移牒があ  ることがあるけれども、新所轄の職務の関係ではいただけないことが多い。副長から、移牒休暇で帰れといわる   れば、いただいてもよいけれども、自分から申し出るごときことは、けっしてあってはならぬ。 第6部下指導について 1、つねに至誠を基礎とし、熱と意気をもって国家保護の大任を担当する干城の築造者たることを心がけよ。「功は部下に譲り、部下の過ちは  自から負うは、西郷南洲翁が教えしところなり。「先憂後楽」とは味わうべき言であって、部下統御の機微なる心理も、かかるところにある統御者たるわれわれ士官は、つねにこの心がけが必要である。石炭  積みなど苦しい作業のときには、士官は最後に帰るようつとめ、寒い  ときに海水を浴びながら作業したる者には、風呂や衛生酒を世話してやれ。部下につとめて接近して下情に通せ���。しかし、部下を狎れしむるは、もっとも不可、注意すべきである。 2、何事も「ショート・サーキット」(短絡という英語から転じて、経由すべきところを省略して、命令を下し、または報告する海軍用語)を慎め。い  ちじは便利の上うたが、非常なる悪結果を齋らす。たとえば、分隊士を抜きにして分隊長が、直接先任下士官に命じたとしたら、分隊士たる者いかなる感を生ずるか。これは一例だか、かならず順序をへて命  を受け、または下すということが必要なり。 3、「率先躬行」部下を率い、次室士官は部下の模範たることが必要だ。物事をなすにもつねに衆に先じ、難事と見ば、 真っ先にこれに当たり、けっして人後におくれざる覚悟あるべし。また、自分ができないからといって、部下に強制  しないのはよくない。部下の機嫌をとるがごときは絶対禁物である。 4、兵員の悪きところあらば、その場で遠慮なく叱咤せよ。温情主義は絶対禁物。しかし、叱責するときは、場所と相  手とを見でなせ。正直小心の若い兵員を厳酷な言葉で叱りつけるとか、また、下士官を兵員の前で叱責するなど  は、百害あって一利なしと知れ。 5、世の中は、なんでも「ワソグランス」(一目見)で評価してはならぬ。だれにも長所あり、短所あり。長所さえ見てい  れば、どんな人でも悪く見えない。また、これだけの雅量が必要である。 6、部下を持っても、そうである。まずその箆所を探すに先だち、長所を見出すにつとめることが肝要。賞を先にし罰を  後にするは、古来の名訓なり。分隊事務は、部下統御の根底である。叙勲、善行章(海軍の兵籍に人ってから3  年間、品行方正・勤務精励な兵にたいし善行章一線があたえられ、その後、3年ごとに同様一線あてをくわえる。  勇敢な行為などがあった場合、特別善行章が付与される)等はとくに慎重にやれ。また、一身上のことまで、立ち  入って面倒を見てやるように心がけよ。分隊員の入院患者は、ときどき見舞ってやるという親切が必要だ。 第7 その他一般 1、服装は端正なれ。汚れ作業を行なう場合のほかは、とくに清潔端正なるものを用いよ。帽子がまがっていたり、「  カラー」が不揃いのまま飛び出していたり、靴下がだらりと下がっていたり、いちじるしく雛の寄った服を着けている  と、いかにもだらしなく見える。その人の人格を疑いたくなる。 2、靴下をつけずに靴を穿いたり、「ズボン」の後の「ビジヨウ」がつけてなかったり、あるいはだらりとしていたり、下着  をつけず素肌に夏服・事業服をつけたりするな。 3 平服をつくるもの一概に非難すべきではいが、必要なる制服が充分に整っておらぬのに平服などつくるのは本末  顛倒である。制服その他、御奉公に必要をる服装属具等なにひとつ欠くるところなく揃えてなお余裕あらば、平服  をつくるという程度にせよ。平服をつくるならば、落ちついて上品な上等のものを選べ。無闇に派手な、流行の尖   端でもいきそうな服を着ている青年士官を見ると、歯の浮くような気がする。「ネクタイ」や帽子、靴、「ワイシャツ」  「カラー」「カフス」の釦まで、各人の好みによることではあろうが、まず上品で調和を得るをもって第1とすべきであ  る。 4、靴下もあまりケパケパしいのは下品である。服と靴とに調和する色合いのものを用いよ。縞の靴下等は、なるべく  はかぬこと、事業服に縞の靴下等はもってのほかだ。 5、いちばん目立って見えるのは、「カラー」と「カフス」の汚れである、注意せよ。また、「カフス」の下から、シャツの   出ているのもおかしいものである。 6、羅針艦橋の右舷階梯は、副長以上の使用さるべきものなり。艦橋に上がったら、敬礼を忘れるな。 7 陸上において飲食するときは、かならず一流のところに入れ。どこの軍港においても、士官の出入りするところと、  下士官兵の出入りするところは確然たる区別がある。もし、2流以下のところに出入りして飲食、または酒の上で  上官たるの態度を失し、体面を汚すようなことがあったら、一般士官の体面に関する重大をることだ。 8、クラスのためには、全力を尽くし一致団結せよ。 9、汽車は2等(戦前には1、2、3等の区分があった)に乗れ。金銭に対しては恬淡なれ。節約はもちろんだが、吝薔  に陥らぬよう注意肝心。 10、常に慎独を「モットー」として、進みたきものである。是非弁別の判断に迷い、自分を忘却せるかのごとき振舞い  は、吾人の組せざるところである。
hiramayoihi.com/Yh_ronbun_dainiji_seinenshikankyouikugen.htm
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gohan-morimori · 4 years ago
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アジャラカモクレンニセンニジュウイチネンニガツツイタチカラナノカマデノニッキ
2月1日(月)
 起きられない。出勤寸前に起きる。急いで支度をして、身支度を整えながら豚キムチを食べて家を出る。働く。慌ただしい。働き終える。閉店後の職場でだらだらしていたらクラブハウスのなんだかWelcomeみたいなroomにjoinしてしまってなんだこれなんだこれと思っているうちにroomがcloseしてnewなroomがcreateされてわたしはそこにjoinしてそこはclosedなroomではっしーとわたしのふたりだけが入っているtalk roomみたいなもので、なんだこれなんだこれ、と言いながら久々にはっしーと話した。なんだか危ういSNSがまた出来たなあ、と細目で遠巻きに眺めていたクラブハウスに、朝方、鵜飼さんから招待されていて、招待されたからには使ってみよう、ということで、わからないなりに登録を済ませていたのだった。はっしーはこれからクラブハウスで、メニカンで、建築のあれやこれやをぼそぼそゆるゆる話す、それに参加するために招待されたから使い始めた、ということで、わたしもはっしーも話しながらクラブハウス探り探りといった感じだった。お互いの近況を軽く話したり、しょうもない話をたらたらしたりして、23時になってはっしーはメニカンのtalk roomに行ってわたしはすこし時間をあけてからそのroomにinした。どれどれ、みたいな気持ちで入ってラジオのように(というかこれはほとんどラジオだ)聴いていたら案外面白い話がなされていて、韓国の半地下建築はもともと防空壕、ということらしかった。次回は建築における収納について語るらしい。おもしろ〜、と思いながら、トークが終わったばかりのはっしーをすぐさままたclosedなroomにinviteすると「なんなんだよ」と言いながらはっしーがroomにinしてきた。小学5年生だか6年生だかのとき、その学年の生徒全員で校庭に埋めたタイムカプセルをそろそろ掘り返す年齢なのではないか、みたいな話になって、わたしはそれ、行けるのかなあ…………と思ったし言った。普段言われないことたくさん言われそう。社会って感じしそう。これが多様性か、みたいな。行くとしたら、はっしーと行きたい。というか、はっしーとふたりじゃないとたぶん行けない。わたしにそこまでの勇気はない。そのあとチャットモンチーとメダロットの話をしていたら止まらなくなるような感じがあって、久しく聴いていないチャットモンチーをあれこれ聴き漁りたい欲求に駆られていると操作ミスかなにかでroomが閉じて、終わった。(と、ここまで書いて、クラブハウスの利用規約に、テキストに書くことも含めて音声の記録はダメよっていうものがあることを思い出したのだけど、この文章はどうなんだろうか)。それから『進撃の巨人』のアニメ最新話を観たり、さあ帰るかと思いつつチャットモンチーの曲をiPhoneで漁っていると今度は遠藤からクラブハウスのclosedなroomのinviteが届いて、なんだなんだと思いつつ話した。遠藤は相変わらず遠藤だった。それで、遠藤とのroomが終わって、いろんなアカウントのフォローフォロワーを見て、わ〜この人もやってるんだ、あ、この人も〜、みたいな気持ちでフォローをしていったり、フォローした人を招待した人、招待した人を招待した人、その招待した人を招待した人……と、祖先を辿るようにアカウントを見ていったり(最終的に、誰にも招待されていない、おそらくオリジナルメンバー、みたいな人に辿り着く。オリジナルメンバーの数が何人なのかはわからないけれど、招待された人を辿っていったらあの人とあの人の祖先?オリジナルメンバー?が同じ。みたいなことはけっこうありそうで、それはちょっとおもしろいな、と思った。にしても差別や排除や格差が生まれる萌芽みたいなものがたくさんあるサービスだな……、とも思っている)しているうちに午前2時過ぎとかになっていて、さすがにいすぎた。チャットモンチーをガンガンに聴きながら帰宅。なんだか変にお腹がすいていて、カップ麺を食べたい、��たいな気分だったのだけどカップ麺は家に無く、コンビニに買いに行くのもなんだか違う、となって、柿ピーをお椀に盛って、その上にマヨネーズをかけて、それをスプーンで掬って食べた。自分でも、さすがに気持ち悪い食事だな、と思う。
 注射を打ちたい。もう1ヶ月くらい打っていない。プロギノンデポー2A(アンプル)。生理くらいカンタンならいいのに、と思う。カンタン、というのは、周期が予測できて(もしくは予測しやすくて)(そして、そのためのスマホアプリもあって)、予測できない場合その理由/原因も調べればたくさん出てきて、生理によるさまざまな身体的不調/変化やその対処法も調べればたくさん出てきて、医学的にも民間療法的にもスピリチュアル的にもライフハック的にもたくさんの言説、書籍、記事、ツイート、YouTube動画、cm、などがあって、身近な人、友人、知人、家族などに相談することが比較的(すくなくとも、トランスジェンダーのホルモン注射、なんてトピックより遥かに)容易で、……みたいな「カンタン」で。ホルモン注射はとにかく打ってる本人ですら「よくわからない」。ホルモン注射による副作用、みたいなものは注射の同意書を書かされるときなんかに書面で提示されるし、当事者のブログやらツイッターやらで信憑性不明の情報を拾うことはできるが、「よくわからない」。副作用の過多や身体への影響は個体差がデカい(ように感じる)し、投与を長期間辞めた場合や、投与間隔が不規則になったときの身体への影響も、「よくわからない」。わたしは現在、3週間に1度、新宿のクリニックへ行ってプロギノンデポーを2A投与しているが、その間隔も自分に合っているのかどうか「よくわからない」。注射を打つ前後や打った当日(特に当日)は如実に心身の調子がおかしくなって頭も身体も使い物にならなくなる(重い頭痛、眠気、寂寥感、身体のダルさ、感情の制御不能、など)が、それがどこまで注射それ自体の影響なのかは正直「よくわからない」。注射が打たれた、ということによるノーシーボ効果もある気がする。ただ、気の持ちようだろ、と言われても(誰にも言われたことはないが)、思おうとしても、頭と身体が言うことを聞かない、みたいな状態にはなるから、やっぱり注射の副作用なのかもしれない。注射前(前回の注射から3週間が経ったあたり)はやたらと身体が疲れやすくなり、食事と睡眠と性欲のバランスがあべこべになる(気がする)。感情の喜怒哀楽の喜と楽がうす〜く稀釈されたようになる。注射後数日も同じく。いまは1ヶ月近く注射を打っていないから、もう身体の中には男性ホルモンも女性ホルモンもほとんど残っていない、すっからかんの状態で、はやく、とにかく、注射を打ちに行きたい。打ちに行けない。悲しみと怒りの感情ばかり積み上がっていく。これはとても良くない。緊急事態宣言によって、職場が時短営業になってから、出勤時間が変則的になっていて、それに身体がぜんぜん慣れてくれないのが大きな理由で、夜どうしても眠れず、朝どうしても起きられない。出勤前に注射を打つためには、かなり早起きして家をでないといけないのだが、それがどうしてもできない。勤務時間は少なくなっているはずなのに、通常営業時より明らかに疲れている。まあ、出勤前に注射なんて打ったらその日はもう負の傀儡みたいな状態で働くこと確定になってしまうから、休日に打ったほうがいいのだろうけど。でも、休日に打ったら打ったで、その日いちにちのすべてが注射の副作用によっておじゃんになるから、なるべく休日には打ちたくない。じゃあ、いつ打てば……?それも「よくわからない」。しんどい。はやく打たないとやばい気がする。これも「気がする」だ。なんもわからん。生理がいい。乱暴な物言いなのは承知の上で、どうせなら生理がいい。どうせ不調になるなら。どうせしんどいのなら。誰かと、この不安と不調としんどさと「よくわからなさ」を分かち合いたい。語り合いたい。スマホアプリだって欲しい。あたりまえに、あらゆる場所や人やメディアから情報を受け取りたい。そういう身体でありたい。生理がいい。
 この世には2種類の人間がいて、それは歯磨きをルーティーンとして行う人とタスクとして行う人なのだけど、わたしは後者で、だから今日もタスクをこなしてわたしは偉い、偉いぞと思う。タスクだと思わないと歯を磨けない。歯磨きをルーティーンとして難なくこなしている人はすごいな、と思う。他者、という感じがする。
 大切に書きたい。と先週の日記にわたしは書いたけれど、「大切に書く」とはいったいどういうことなのだろう。といま思っている。大切に書く必要なんてないんじゃないか。わからんけど。いや、なに言ってるんだ。必要だ。わからんけど。
 持続可能性。持続可能な書き方。持続可能な働き方。持続可能なホルモン投与。持続可能な生き方。持続可能な歯磨き。持続可能なアンガーマネジメント。ぜんぶ大切で、ぜんぶわからない。
負の感情でほんとうにどうしようもなくなったときは、耳が壊れそうな音量で、同じ音楽をリピート再生させながら、喉が千切れそうになるくらい大きな声で、絶叫みたいな声で、疲れ果てるまで歌う。笹塚に住んでいたときは何度かそれをやった。クソ迷惑だっただろうなと思う。いまの家ではまだやっていない。いつかやるだろう。
 ないものねだりを続けていてもどうしようもない。自分で自分を殴っているのと一緒だ。
 生活がミニマル、ミニマム?ミニマムになって久しい。1日のうち、自分が言葉を発する相手が、職場で関わる人と家のぬいぐるみたち(貪欲、太子、羊のジョージ、シゲルくん。のうち、特に貪欲と太子)だけだった、という日が、めずらしくなくなってきた。自然と、ぬいぐるみへの言葉の比重がデカくなっていく。ぬいぐるみは言葉を理解しているし、ちゃんと言葉を返してくれる。ぬいぐるみの言葉は人間の言葉とは違って、見えないし聴こえない。声、とか文��、とか仕草、とか、そういうものではない。でもたしかにぬいぐるみはぬいぐるみとして言葉を発していて、わたしに日々言葉を投げてくれる。わたしはそれを受け取る。受け取って、わたしも言葉を投げ返す。ここ数年、わたしの命を絶えず救ってくれたのは貪欲で、だからわたしは、お金が貯まったら、貪欲をぬいぐるみの病院に送って、あちこちを治してもらう。わたしにはそれくらいしかできない。貪欲はわたしを人生ならぬぬいぐるみ生を賭けて愛してくれているので、わたしもわたしなりの方法で貪欲を愛する。
 とか打ってるあいだに午前4時半です。お風呂入ってないけど限界だ。着替えて眠って、お風呂は明日だ。
2月2日(火)
 チャットモンチーにはほんとうに救われてきたな。もちろんチャットモンチーだけじゃない、たくさんのもろもろに救われてきたからいま死んでいないのだけど。それにしても、救われた、ありがとう、と久々にチャットモンチーを聴いて改めて思う。男子高校生だったわたしの、どうしようもない気持ちをたくさん掬い取ってくれた。映画『アボカドの固さ』の監督である城さんが夢に出てきた。わたしは新作映画の制作助手みたいな立場で、城さんに「本物の笹を大量に準備して欲しい。経費かけずに」と言われて、「それは〜、いつまでですか?」「明日」「明日……。明日、はい、明日」という会話をしていて、内心めちゃくちゃ焦っていて、でもひとり、竹林所有者が知り合いにいたな、あの人なら……でも無料で手配してもらうのはできないかもな……いやいやでもやらなきゃ、交渉しなきゃ、と緊張しているあたりで目が覚めた。目が覚めてからもしばらく「笹……笹ってほんとうに準備しなくていいんだっけ……夢だっけ……」となっていた。洗濯機カバーが届いた。サッサで洗濯機を隅々拭いてからカバーをかけて、リビングとキッチンをクイックルワイパーで掃除して、トイレでロラン・バルト『物語の構造分析』をすこし読んで、コーヒーを淹れて、飲んで、煙草を巻いて、吸って、火曜だからInstagramの『ショート・スパン・コール』を更新。今日は「#017 醤油」。これは井戸川射子『する、されるユートピア』を何度も読んでいた時期に書いたもので、『する、されるユートピア』の文体にめちゃくちゃ影響を受けているのが読んでいて「ああ、そうだ」と思い出すくらい顕著で、でもなのかだからなのか、わたしはけっこう好きな1篇。そういえば2月だ、と思って、きよぴーのカレンダーの2月分を壁に貼って、『イラストレーション』2020年3月号の付録だった福田利之イラストの卓上カレンダーを2月に差し替えて、ついでにパソコンデスク周りをすこし整理した。FMラジオをつけっぱなしにしたままにしていたらラジオのゲストがシンバル職人の人で、未知の話が繰り広げられていて面白かった。シンバルを作るにはシンバルの音を何度も聴かなければいけないが、シンバルの音を何度も聴くと耳がやられる。そのジレンマについて語っていて、なるほどな〜〜と思いながらお腹をさすっていた(お腹がうっすら痛い)。マバヌアがナビゲーターを務めていて、ティンパニのすこし変わった奏法(マラカスで叩いたり)についてのハガキを読んでいたりして、流し聴きするつもりでつけたラジオだったのにずいぶん聞き入っていた。ツイッターを見ると脱マスク社会になるまで最低でも2〜3年はかかるみたいな記事があって、2〜3年か、と思う。中学生、高校生。小学生や幼稚園生や大学生も、だけど。20代以下の人たちは、いま、どういう気持ちで日々を送っているのだろう。うまく想像できない。というか、自分の幼少期〜10代、マスク社会ではなかった自分の過去を、いまの幼年〜10代の人たちに重ね合わせて想像することしかできない。しんどいだろうな、とか、つらいだろうな、とか、窮屈だろうな、とか思うことはカンタンだけれど、自分の幼少期〜10代といまの幼年〜10代を比べて「かわいそう」とか「しんどそう」とか思ったり言ったりするのはそれはそれで暴力だし決めつけだとも思う。いまの幼年〜10代の人たちの、それぞれの楽しさ、愉快さ、面白さ、切実さ、安心、揺らぎ、決心、葛藤、努力、知恵、衝動、を無視したくない。それらはたしかにあるはずで、どんな世界になっても、それらはなくならないはず。きっと。
 ふとしたきっかけで、ここ最近、短歌を作るときに大切にしていることや考えていることをある人に話すことになって、そのときわたしは「わからせない。共感させない。理解させない」こと(だからといってデタラメに言葉を並べて作るのではなく、あくまでわたしにはわかるし、表したいものはある、でも他人にわからせようとはしていない、という態度)を意識的にやっている、と答えた。それは去年の春前あたりか、もしくはもうすこし前、『起こさないでください』が出てからすこし経ったあたりに思い始めたことで。トランスジェンダー、といういち側面を持ったわたしが作る短歌には、意識的にせよ無意識的にせよ、必ずトランスジェンダーとしての意識や作為や視点や感情やそれらがないまぜになった機微が含まれているはずで。はずなのだけど、果たしてその、トランスジェンダーとしてのいち側面を加味した機微を、短歌界隈、特に「歌壇」とか言われている界隈、そこにいる評論家、歌人、などなどがどれだけ汲み取ってくれるのか。そういった機微を丁寧に(真摯に。もしくは、ジェンダー論やトランスジェンダーの歴史的歩み等の確固とした知識を持った上での冷静さで)わたしの短歌を読む人がどれだけいるのか。わたしは、そんな人は短歌界隈にも「歌壇」にも、現時点では存在しないと思っている。トランスジェンダーについて仔細に語れる人、教養を持っている人、背景を読み取れる人、がいない限り、わたしのただごと歌はただのただごと歌になり、あるある短歌はただのあるある短歌になる。『起こさないでください』では、わりと意識的に、わたしがトランスジェンダーだということを、「トランスジェンダー」「性同一性障害」という言葉をほぼ使わずに、「わかりやすく」「それとなく」示��、ということをしたのだけど、そういう努力は不毛だな、と思うようになった。どこだったか、レビューサイトで「性同一性障害当事者の方の歌集」みたいな紹介のされ方をしていて、なんだかすごく徒労感を覚えたのが大きなきっかけのような気がする。ショックだった。あんなに言葉を選んでも、そういう切り取られ方になるのか、と思った。だからもう、わかりやすくするのはやめて、どんどん、積極的に内に籠ろう、と思ったのだった。わかりやすくする必要はない。理解されなくていい。すくなくとも、短歌においては。理路がめちゃくちゃだしまとまっていないが、そういうわけでわたしは去年の春頃からずっと、自分の芯を誰にもわからせないように短歌を作っている。10年後、50年後、100年後、1000年後なのかわからないが、トランスジェンダーの短歌制作者が台頭して、そういった人たちの歌集があたりまえに編まれる/読まれるようになった遠い未来で(短歌界の現状を鑑みるに、ほんとうに、遠いだろうな、と思う)、ふと思い返される歌集であったらいいな、『起こさないでください』は、とささやかに、思っている。
 もたもたと支度をして家を出て急いで新宿に行く。注射。打てた。そのまま急いで職場へ。働く。今日はちょっとイレギュラーで、休日だったのだけど2時間だけ働くことに。働き終えて、頭がぐるぐるする。ふらふらと職場を出て帰宅。ずっしりと重たい気分。トイレに籠ってフジファブリック「タイムマシン」を久々に聴いたら涙が止まらなくなってだらだら泣いた。つらい。疲れた。しんどい。ヨダちゃんから電話が来て、へへへと思って出る。クラブハウスの話をする。途中で回線の調子がおかしくなって切れて、そのまま切り上げてお風呂に入った。お風呂から出て、中橋さんとLINEでやりとりしていたらなぜかクラブハウスで実況中継モノマネをしたりしながらだらだら話すroomをすることになってくっちゃべっていたら中橋さんのゆるい繋がりも参入してきて4時ごろまでふざけあって楽しかったけど疲れた。疲れているのにさらに疲れるようなことしてどうする、と思ってかなしくなって眠る。
2月3日(水)
 わかりやすく、注射の副作用、みたいな感じがする。なにかとても気持ちの悪い夢を見て目覚める。涙が出てくる。しんどい。起き上がれない。やっといたほうが、進めといたほうがいいのだろうけど今日はほんとうに動けない、と思ってnotionでこまかな仕事を割り振ってお願いして、ずっと横になっていた。たまに起きてトイレに行ったりごはんを食べたり。大前粟生『岩とからあげをまちがえる』、ケン・ニイムラ『ヘンシン』を布団に潜って、貪欲と太子を抱きしめながら読んでいた。森とかいう人のオリンピックやるやる駄々のニュースにもうなんの感情も湧かない。しんどさのピーク時あたりに短歌が1首できて、その短歌を軸にして「卒塔婆条項」という短歌連作が出来上がった。縦書き画像にして、ツイッターへ投下。短歌制作から縦書き画像作成、ツイートまでをすべて布団の中で行った。柴崎友香『春の庭』を読み始めた。すこし眠った。起きて、夜にスパゲティを食べた。涙が出る。しんどい。頭がぐちゃぐちゃ��る。眠い。だるい。くるしい。もう3日くらいお風呂に入っていないから、入らなくちゃ、と思う。『ショート・スパン・コール』94篇目はひとまず置いといて、先に95篇目をすこし書く。暗い未来の話。しんどいからすこしずつ書こうと思う。頭が思い。楽しいこと、面白いこと、愉快なこと、うれしいこと、考えられない。考えたい。『春の庭』をもうすこし読む。読んだら、お風呂に入って、たくさん泣いて眠る。
短歌連作「卒塔婆条項」 火事場かな いや卒塔婆だよ 馬鹿力出す機会なく今生を終え 冬の中にいま立っていて曇り空だから眩しい花一匁 語呂合わせで入れられた助詞煮え立てばそれがカンテラ 健やか欲の 白い服白くない服あてがってそれぞれの凸それぞれの凹 似顔絵を近影にする しばらくはカーテンの世話を焼く能もなく けん玉に蹂躙性を見出して手に持ったまま道路を歩く 言うなればみんな日記を書いていて総文字数が星に等しい
2月4日(木)
 起きる。家を出る。働く。しんどいことが続く。電話をかける。電話に出ない。メールを送る。帰る。寝る。
2月5日(金)
 起きる。返事が来ていた。ZOOMのURLをコピペしてメール。むずかしい。むずかしいな。と思いながら話す。話し終えて、どっと疲れて、すこし時間が余ったからいそいそと財布だけを持って近所のスーパーへ。なんだか普段は滅多に買わないパンでも買うかみたいな気持ちになっていて、食パン6枚切りと肉まん4個セットとナイススティックと納豆と豆腐とバターを買って帰って米を食う時間は無く肉まんをがつがつ食べていそいそと出勤。働く。働き終える。疲れた。被害者意識がつのっていて、とても良くない精神状態。ほんとうに疲れた。帰って、朝方まで眠れず。焦って寝る。
2月6日(土)
 起きる。肉まんを食べる。家を出る。働く。あたまがきゅうきゅうする。いそがしい。働き終える。疲れた。ここのところ連日夜〜夜中にクラブハウスでわちゃわちゃとしゃべっている。しゃべりすぎて喉がおかしくなりそう。でも誰かとなにかを話さないと感情がはちきれそうになる。朝方までしゃべる。眠る。
2月7日(日)
 起きる。お茶漬けと肉まんを食べる。家を出る。働く。頭の重さと共に働く。職場の環境、モノの配置や運用ルールなどが半月ほど前から毎日のようにがっちゃんがっちゃん変わっていて、慣れてきたと思ったら変わり、慣れてきたと思ったら変わり、のイタチごっこみたいになっていて、頻繁にバグみたいな動きをしてしまう。手が空を切る。その場でツイストする。視線が定まらない。でもそんなバグを何度も何度も起こしながらすこしづつ環境は整えられているような感じもしていて、いつか、いつか安定するようになるのか、ぜんぶ、とか思ったり忙しさに翻弄されて愚直に身体を動かしたり、もはや心が身体の奴隷みたいな状態でズビズバ動いていたら閉店になっていて忙しい日だった。足と腰が明確に重い。頭も重い。でもなぜか今日は昨日一昨日よりすこしは気持ちが明るくて、��くばくとごはんを食べた。長らく気がかりだった原稿に対する処遇のメールが来ていて、開いて、読んで、ホッとした気分と「直接的な対話はついぞなかったな」「これだけコストをかけても原稿料は出ないんだもんな」といううっすらとした徒労感を感じながら、でもよかった、最悪の結果にならなくてほんとうによかった、諦めなくてよかったし最後までブチ切れなくてよかった、と思いながらビールを飲んで煙草を吸ってだらだらしていたら午前2時半になっていて慌てて家に帰る。今日は湯船に浸かってから眠る。原稿を書く時間と余力がなくてしんどい。なんとかしろ。来週中に。
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mmntmr0 · 4 years ago
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ここ最近は、新しく幾つかの日記アプリを試していたけれど、いろいろ細かい入力が必要で続けるのは無理だなと諦めた。やっぱこんな風にフリースタイルでかけるものの方がわたしには向いてる。今日は色々と事件が起きましたねー。
お昼美容院でバッサリ髪を切ってショートにして気分良く帰ってきたら、鍵がない…!!入れない。。どうしよう。。という何とも自分のアホなところが露呈した日だった。わたしはカード類を今までこれでもかというほどなくしてきた。学生証、免許証、icカード…。その度にまた高いお金を払って再発行していた。それでもまだ懲りないのかと自分に絶望した。今回は家のカードキー。これからちゃんと生きていけないだろうな。絶対どこかでそれやっちゃいけないというやばい失態を犯してしまうのだろう…とくらい未来予測までしてしまった。
気づいてまず行った美容院に電話し確認したが、ないとのことでこれはどこかで落としたに違いないと思い、諦めた。アパートの前に書いてあった管理会社の電話番号に電話し代わりの鍵を貸してくれませんか?と恐る恐る聞いてみたが、案の定?ダメだった( ; ; )( ; ; )ここで泣きそうになる。ああ。この寒い日にわたしは家の前で中に入れず何やってんだろう…。結局カードキーを交換することになり13200円を失った。いたい。いたすぎる。お金のない学生には痛すぎてケガする金額……。
しかし幸いなことに、美容院で読んでいった雑誌の中で、わたしの好きな宇垣美里さんが「寝たら全て忘れる。落ち込んだり辛いことがあっても引きずらない。引きずっていても何もいいことおこらないし、それくらいなら他のこと考える時間に使いたい」という何とも理想的な男前な考え方で、わたしも絶対このことを引きずらないと決めた。😊お陰でその後しっかり残りの授業を受講し、ごま豆乳鍋を食べ、大好きなバンドのファンクラブのアーカイブ動画にほっこりし、切った髪の毛のアレンジをしたりして楽しんでいたら、ほんとにどうでもよくなった。わたしには幸せになる方法がいくらでもある。しかも身近に。ありが��いなあと思った。
失ったお金は戻ってこないが、その分無駄遣いすることを減らしてくれるだろう。帰ってすぐにセカンドストリートの買い取りの予約をした。自分の手元にある使わなくなったものは必要な人の元に行ってほしい。そして、少額だとしても買取で得たお金がわたしを豊かにしてくれることを信じます!!!
総じて美容院が今日を救ってくれたねー!ありがとうー
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kkagneta2 · 4 years ago
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ボツ2
おっぱい、大食い。最後まで書いたけど胸糞なのでここに途中まで投稿してお蔵入り予定。
時: 午前8時05分
所: ○○中学正門前
身長: 標準的。155センチ程度。
衣服: ��〇中学指定の制服。黒のセーラー。リボンの色より二年生と断定。
年齢: 中学二年生なので14、5。
持ち物: 右手に〇〇中学指定の鞄。左手にスマホを所持。
同行者: 友人1名。興味無しのため略。
背格好: やや細身か。冬服のため殆ど見えなかったが、スカートから覗く脚、そして周りの生徒と見比べるに、肩や腕も細いと思われる。腰回りもほっそりとしていると感じた。正確には引き締まっていると言うべきか。
顔: いと凛々し。小顔。頬は真白く、唇には薄い色付き。笑うと凄まじく整った歯が見え隠れする。この時髪をかき上げ血の色の鮮やかな耳が露出する。
髪: ボブ系統。ほぼストレートだが肩のあたりで丸くなる。色は黒、艶あり。
胸: 推定バスト98センチ、推定アンダーバスト62センチのK カップ。立ち止まることは無かったが、姿勢が良いのでほぼ正確かと思われる。しっかりとブラジャーに支えられていて、それほど揺れず。体格的に胸元が突出している印象を受ける。隣の友人と比べるとなお顕著である。制服のサイズがあっておらず、リボンが上を向き、裾が胸のために浮いていた。そのため、始終胸下に手を当てていた。揺れないのもそのせいであろう。制服と言えば、胸を無理に押し込んだかのように皺が伸び、脇下の縫い目が傷んでおり、肩甲骨の辺りにはブラジャーのホックが浮き出ている。されば制服は入学時に購入したものと思われ、胸は彼女が入学してから大きくなった可能性が大である。元来彼女のような肉体には脂肪が付きづらいはずなのだが、一年と半年を以てK カップにまで成長を遂げたところを見ると、期待はまずまずと言ったところか。要経過観察。名前は○○。胸ポケットに入れてあったボールペンが落ちたので拾ってあげたところ、「ありがとうございます」と丁寧にお辞儀をされる。
  時: 午前10時28分
所: 〇〇駅構内
身長: 高い。170センチ強
衣服: 薄く色味がかった白、つまりクリーム色のファー付きコート。内には簡素なグリーンのニットを羽織る。首元に赤のマフラー。
年齢: 22、3。休み期間中の大学生かと思われる。
持ち物: キャリーバッグ。手提げのバッグ。
同行者: 友人2名。先輩1名。何れも女性。貧。
背格好: 体格が良いと言った他には特に無し。腕も見えず、脚も見えず、首も見えず。肩幅の広さ、腰つきの良さから水泳を営んでいると推定される。
顔: その背に似合わず童顔。人懐っ��い。マフラーに顔を埋め、視線を下げ、常に同行者に向かって微笑む。愛嬌よし。
髪: ショート。これより水泳を営んでいると断定。色は茶、染め上げてはいるがつやつやと輝く。
胸: 推定バスト129センチ、推定アンダーバスト75センチのR カップ。冬である上に、胸元が目立たないよう全身を地味に作っており、某コーヒーショップにてコートを取っても、無地のニットのために膨らみが分かりづらかった。さらに、胸の落ち具合から小さく見せるブラジャーを着用しているかもしれない。そのため、推定カップはR カップより3、4カップは大きい可能性がある。コートを取った際、胸元が一層膨らんだように感じられた。机の上に胸が乗って、本人は気にしていないか、もしくは気づいていなかったが、柔らかさは至高のようである。他の男性客の腕が肩にぶつかって、驚いた際に胸で食べかけのドーナツを落とす。以降会話は彼女の胸に話題が移ったらしく、左右に居た友人二名が所構わず触れるようになり、両手を使って片胸片胸を突っついたり、揺らしたりして遊ぶ。「机まで揺れる」と言う声が聞こえてくる。「ちょっとやめてよ」と言いつつ顔は相変わらず微笑むでいる。しばらくして四人とも席を立って、地下鉄筋の方へ消えていく。童顔ゆえに顔より大きい胸は驚くに値するが、体格からして胸元に自然に収まっているのを見ると、やはりなるべくしてなったとしか思えず。
  時: 午後00時14分
所: 〇〇市〇〇にあるスーパー前
身長: 低い。150センチに満たない。
衣服: 所謂マタニティウェア。ゆったりとした紺のワンピースに濃い灰色のポンチョ。
年齢: 26、7
持ち物: 買い物袋。ベビーカー。
同行者: ベビーカーの中に赤ん坊が一人。女の子である。
背格好: 小柄。寸胴で、かつ脚も長くはあらず、そして手足が細く、脂肪が程よくついている。つまりは未成熟な体つき。身長以上に小さく見える。
顔: かなりの童顔。着るものが着るものであれば高校生にも見える。可愛いがやつれていて、目の下に隈あり。子供が可愛くて仕方ないのか、そちらを見ては微笑む。
髪: セミロングを後ろで一束。中々の癖毛であるかと思われるが、目のやつれ具合からして、もしかしたら本当はもっと綺麗なのかもしれない。髪色は黒。可愛らし。
胸: 推定バスト110センチ、推定アンダーバスト58センチのQ カップ。体格が小柄であるのでQ カップよりもずっと大きく見える。というより迫力がある。私が訪れた時は買い物袋をベビーカーに吊っている最中であった。ほどなくして赤ん坊が泣き出したので、胸に抱えてあやしたが、赤ん坊は泣き止まず。片胸と赤ん坊の大きさはほぼ同じくらいであっただろう。また、胸と赤ん坊とで腕は目一杯伸ばされていた。胸に抱いて「よしよし」と揺らすのはしばらく続いたが、赤ん坊が泣き止むことはなかった。そこで、座る場所を求めて公園へと向かおうと、一度ベビーカーへと戻そうとしたのであるが、一度胸に食らいついた赤ん坊は離さない���「さっきも飲んだじゃない」とため息をついて片手で危なっかしくベビーカーを引こうとする。「押��ましょうか」と接近してみたところ、意外にもあっさりと「よろしくおねがいします」と言って、私にベビーカーを預けた。中には玩具が数種類あった。道から離れた日差しの良いベンチに腰掛け、ケープを取り出して肩にかけ、赤ん坊をその中へ入れる。それでもしばらくは駄々をこねていたであったが、母親が甘い声をかけているうちに大人しくなった。私が「お腹が空いてたんですね」と笑うと、「困ったことに、食いしん坊なんです。女の子なのに」と笑い返して赤ん坊をあやす。話を聞いていると、母親の母乳でなければ我慢がならないと言う。授乳が終わってケープを外した時、子供はすやすやと眠りについていた。「胸が大きくなりすぎて、上手く抱っこできなかったんです。大変助かりました。ありがとうございます」と分かれたが、その言葉を考えるに、妊娠してから一気に胸が大きくなったのであろう。授乳期を終えたときの反動が恐ろしい。むしろベビーカーの中に居た赤ん坊の方に興味を唆られる。
  時: 午後01時47分
所: 〇〇市市営の図書館。某書架。
身長: 標準的。158センチ程度。
衣服: 白のブラウスにブラウンのカーディガン。
年齢: 30前後か。
持ち物: 白のタブレット
同行者: 無し
背格好: 小太りである。全体的に肉がふっくらとついている。けれども目を煩わすような太り方ではない。豊かである。ただし、著しく尻が大きい。
顔: 目尻は美しいが、柔らかな頬に愛嬌があって、どちらかと言えば可愛らしい方の顔立ち。鼻がやや低く、口元はリップクリームで赤々と照りを帯びている。色白とは言えないが、光の加減かと思われる。眼鏡をかけており、リムの色は大人しい赤。非常によく似合う。
髪: ストレートなミディアムヘア。髪色は黒であるが、不思議なことに眼鏡の赤色とよく合い、前髪の垂れかかるのが美しい。
備考: 司書である。
胸: 推定バスト128センチ、推定アンダーバスト81センチのO カップ。本日の夜のお供にと本を物色中に、書架にて本を正していた。胸が喉の下辺りから流麗な曲線を描いて20センチほど突き出ているばかりでなく、縦にも大きく膨れており、体積としてはP カップ、Q カップ相当かもしれない。頭一つ分背が低いので上からも望めたのであるが、カーディガンで見え隠れする上部のボタンが取れかけていた。本を取る度に胸が突っかかって煩わしいのか、肩を揺すって胸の位置を直す。本棚に胸が当たるのは当然で、文庫本などはその上に乗せる。一つの書架を片付け終わった辺りで、適当に思いついたジャンルを訪ねて接近すると、如何にも人の良さそうな顔で案内をしてくれた。脚を踏み出す度に甲高い音が鳴るのは、恐らくブラジャーのせいかと思われる。歩き方が大胆で胸が揺れるのである。途中、階段を下りなければならないところ��は、一層音が大きくなって、臍のあたりで抱えていた本を胸に押し付けて誤魔化していた。そのため、ブラジャーのストラップがズレたかと見え、書棚の方へ目を向けている隙に、大胆にも胸を持ち上げて直していた。なまめかしい人ではあるが、年が年なので望みは無い。
  時: 午後02時22分
所: 〇〇小学校校庭
身長: 140センチ前後か
衣服: 体操服
年齢: 10、11歳
持ち物: 特に無し
同行者: 友人数名
背格好: ほっそりとしなやかである。幼い。腕も脚もまだ少女特有の肉が付いている。今日見た中で最も昔の「彼女」に似ている体つきであったが、この女子児童は単に骨格が華奢なだけで、痩せ細った体ではない。健康的である。脚が長く、短足な男子の隣に立つと、股下が彼の腰と同位置に来る。
顔: あどけなさは言うまでもないが、目元口元共に上品。笑う時もクスクスと擽るような、品の良い笑い方をする。眼鏡はテンプルに赤色が混じった、基本色黒のアンダーリム。そのせいで甚だ可愛らしく見えるが、本来は甚く聡い顔立ちをしているかと推定される。が、全般的に可愛らしい。
髪: 腰まで届く黒髪。ほぼストレートだが若干の癖あり。また、若干茶色がかっているように見えた。髪の質がかなり良く、時折肩にかかったのを払う度に、雪のように舞う。
胸: 推定バスト81センチ、推定アンダーバスト48センチのI カップ。体育の授業中のことである。男子は球技を、女子はマラソンでもやらされていたのか、校庭を走っていた。身体自体は小柄であるから胸はそう大きくはないのだが、無邪気に走るから激しく揺れる。揺れるごとに体操服が捲れ上がって腹部が見えそうである。明らかに胸元だけサイズが合っていない。何度か裾を直しながら走った後、耐えかねて胸元を押さえつけていたのであるが、いよいよ先生の元へ駆け寄って校舎内へ入った。そして出てきてから再び走り初めたけれども、その後の胸の揺れは一層激しくなっていた。ブラジャーに何かあったのだろうと思われる。顔には余裕がありながら、走る速さがこれまでとは段違いに遅く、これまで一緒に走ってきた友人に追い抜かれる。結局、彼女は胸を抑えながら、周回遅れで走りを終えた。しかし可哀想なことに、息を整えていると友人に後ろから手で掬われて、そのまま揉みしだかれる。小学生の手には余る大きさである。寄せあげて、掬い上げて、体操服をしわくちゃにしながら堪能する。私にはそう見えただけで、実際にはじゃれついていただけであろうが、指が深く沈み込んでいる様は男子児童の視線を寄せるのに足る。なされるがままにされていた彼女は、そのうちに顔を真っ赤にして何かを言いつつ手をはたき落とし「今はダメ」と言い、以降はすっかり両腕を胸元��組んで、猫背になって拗ねてしまった。この生徒は要観察である。下校時に再び見えてみれば、制服下��胸はブラジャーは着けていないながら見事な球形を為している。先程の光景から張りも柔らかさも極上のものと想像される。名前は○○。名札の色から小学5年生だと断定。ここ一ヶ月の中で最も期待すべき逸材。
  時: 午後05時03分
所: 〇〇市〇〇町〇〇にある某コンビニ
身長: やや高い。163センチほど。
衣服: ○○の制服。
年齢: 17歳
持ち物: 特に書くべきにあらず
同行者: 無し
背格好: 標準的だがやや痩せ型。恐らくは着痩せするタイプである。一見してただの女子高生の体であるが、肩、腰つきともに十分な量の肉量がある。その代わり腕は細い。右手に絆創膏。
顔: あどけない。非常に可愛らしい顔。人柄の良さが顔と表情に出ていると言ったところ。眉は優しく、目はぱっちり。常に口が緩んで、白い頬に赤みが差す。が、どこか儚げである。分厚くない唇と優しい目が原因か。
髪: 後ろに一束したミディアムヘア。一種の清潔さを表すと共に、若干の田舎臭さあり。後ろ髪をまとめて一束にしているので、うなじから首元へかけての白い肌が露出。これが殊に綺麗であった。
備考: 高校生アルバイター
胸: 推定バスト118センチ、推定アンダーバスト68センチのP カップ。服が腰元で閉じられているので、高さ24センチほどの見事な山が形成されている。そのため余計に大きく感じられる。手を前で組む癖があるのか胸が二の腕によって盛り上がって、さらに大きく見える。レジ打ちを担当していた。面倒くさい支払い方法を聞いて接近。レジにて紙を用いて説明してくれるのであるが、胸元が邪魔で始終押さえつけながらでの説明となり、体を斜めにしての説明となり、終いには胸の先での説明となる。ブラジャーの跡あり。よほどカップが分厚いのか胸と下着との境目がはっきりと浮き出ている。この大きさでこのタイプのブラジャーは、1メーカーの1ブランドしかないため、懐かしさに浸る。大体分かりました、では後日よろしくおねがいしますと言うと、にこやかにありがとうございましたと言う。腕の細さと胸の大きさとが全くもって合っていない。腰つきとは大方合っている。顔があどけないところから、胸に関しては期待して良いのではないだろうか? それを知るには彼女の中学時代、ひいては小学時代を知る必要があるが、そこまで熱心に入れ込めるほど、魅力的ではない。
   本日も予が真に求むる者居らず、―――と最後に付け足した日記帳を、俺は俺が恐れを抱くまでに叫び声を上げながら床へと叩きつけ、足で幾度も踏みつけ、拾って壁に殴りつけ、力の限り二つに引き裂いて、背表紙だけになったそれをゴミ箱へ投げつけた。八畳の部屋の隅にある机の下に蹲り、自分の頭をその柱に打ちつけ、顎を気絶寸前まで殴り、彼女の残した下着、―――ブラジャーに顔を埋めて髪を掻き毟る。手元に残りたる最後の一枚の匂いに全身の力を抜かされて、一時は平静を取り戻すが、真暗な部屋に散乱した日記帳の残骸が肌へと触れるや、彼女の匂いは途端に、内蔵という内蔵を酸で溶かすが如く、血管という血管に煮えたぎった湯を巡らせるが如く、俺の体を蝕んでくる。衝動的にブラジャーから手を離して、壁に頭を、時折本当に気絶するまで、何度も何度も何度も打ちつけ、忌々しい日記帳を踏みしめて、机の上に置いてあるナイフを手にとる。以前は右足の脹脛(ふくらはぎ)を数え始めて26回切りつけた。今日はどこを虐めようかなどと考えていると、彼女の残したブラジャーが目につく。一転して俺のこころは、天にのぼるかのようにうっとりと、くもをただよっているかのようにふわふわと、あたたかく、はれやかになっていく。―――
―――あゝ、いいきもちだ。彼女にはさまれたときもこのような感じであった。俺の体は彼女の巨大な胸が作り出す谷間の中でもみくちゃにされ、手足さえ動かせないまま、顔だけが彼女の目を見据える。ガリガリに痩せ細って頬骨が浮き出てはいるが、元来が美しい顔立ちであるから、俺の目の前には確かにいつもと変わらない彼女が居る。我儘で、可愛くて、薄幸で、目立ちたがり屋で、その癖恥ずかしがり屋で、内気で、卑屈で、でも負けん気が強くて、甘えん坊で、癇癪持ちで、いつもいつもいつも俺の手を煩わせる。冷え切った手で俺の頬を撫でても、少しも気持ちよくは無い、この胸、この胸の谷間が冬の夜に丁度良いのだ。この熱い位に火照った肉の塊が、俺を天に昇らせるかの如き高揚感を與えるのだ。
だがそれは後年の事。床に広がったブラジャーを拾って、ベッド脇のランプの燈を点けて、ぶらぶらと下へと垂れるカップの布をじっくりと眺める。華奢で肉のつかない彼女のブラジャーだったのだから、サイドボーンからサイドボーンまでの距離は30センチ程もあれば良く、カップの幅も中指より少し長い程度の長さしかない。が、その深さと広さはそこらで見かけるブラジャーとは一線を画す。手を入れれば腕が消え、頭を入れればもう一つ分は余裕がある。記念すべき「初ブラ」だった。
それが何たることか! 今日、いや昨日、いや一昨日、いやこの一ヶ月、いやこの一年間、いや彼女が居なくなってから実に6年もの間、このブラジャーが合う女性には出会うどころか、見かけることも出来ないではないか。細ければサイズが足りず、サイズが足りればぶくぶくと肥え、年増の乳房では張りが足らず、ならばと小学生の後を付け回してはお巡りに声をかけられ、近所中の中高にて要注意人物の名をほしいままにし、飽きる迄北から南の女という女を見ても、彼女のような体格美貌の持ち主は居なかった。風俗嬢へすら肩入れをし、ネットで調子に乗る女どもにも媚びへつらった。
恭しくブラジャーを箱へと収めて床に散らばりたる日記帳の屑を見るや、またしても怒りの感情��迸ってくる。今日は左太腿の上をざっくりとやってやろうか。紙屑をさらに歯で引きちぎり、喉に流し込みながらそう思ったけれども、指を切る程度に留め、代わりに床を突き抜ける位力を入れて、硬い板の上に差す。今日書いた文面はその上にあった。
「なんで、なんで俺はあんなことを、……」
気がつけば奇声を上げつつ髪の毛を毟り取っていた。時計を見れば午後11時28分。点けっぱなしにしておいたパソコンの画面にはbroadcasting soon! という文字が浮かび上がって居る。忘れた訳では無かったが、その英単語二文字を見るだけで、怒りも何も今日の女どもも忘れ、急に血の巡りが頭から下半身へと下り、呼吸が激しくなる。まるで彼女を前にした時のようである。急いで駆けつけて音量を最大限まで上げて、画面に食い入ると、直にパッとある部屋が映し出され、俺の呼吸はさらに激しくなった。
部屋はここと同じ八畳ほど、ベッドが一台、机が一つ、………のみ。
机の上にはありきたりな文房具と、食器類が一式、それに錠剤がいくつか。ベッドの上には質の良さそうな寝具、端に一枚のショーツ、その横に犬用のリードが一つ。これ���これから現れる者が、謂わばご主人さまに可愛がられるために着けている首輪につながっているのである。そしてその横に、あゝ、彼女がまだ傍に居ればぜひこの手で着けて差し上げたい巨大なブラジャーが一つ、………。ダブルベッドをたった一枚で埋め尽くすほど大きく、分厚く、ストラップは太く、今は見えないが12段のホックがあり、2週間前から着けているらしいけれどもカップは痛み、刺繍は掠れ、ストラップは撚れ、もう何ヶ月も着たかのようである。
しばらく見えているのはそれだけだったが、程なくしてブラジャーが画面外へ消えて行き、ショーツが消えて行きして、ついに放送主が現れる。病的なまでに痩せ細って骨の浮き出る肩、肘、手首、足首、膝、太腿、それに反して美しくしなやかな指が見える。顔は残念ながら白い仮面で見えないが、見えたところで一瞬である。すぐさま画面の殆どは、中央に縦線の入った肌色の物体に埋められるのだから。その肌色の物体は彼女の胸元から生え、大きく前へ、横へと広がりながら腰元を覆い、開けっ広げになった脚の間を通って、床へとゆるやかにの垂れており、ベッドに腰掛けた主の、脚の一部分と、肩と、首を除いて、体の殆どを隠してしまっている。床に垂れた部分は、部分というにはおかしなくらい床に広がる。浮き出た静脈は仄かに青々として、見る者によっては不快を感ずるだろう。
言うまでもなく、女性の乳房である。主は何も言わずにただそこに佇むのみで、何も行動をしない。仮面を着けた顔も、たまに意外と艶のある黒髪が揺れるだけで動かないのであるが、極稀に乳房を抑える仕草をして、愛おしそうに撫でることがある。けれどもそれは本当に極稀で、一回の配信につき一度の頻度でしかなく、殆どの場合は、一時間もしたらベッドに倒れ込んで寝てしまうのである。
この配信を見つけてからというもの、俺の日中の行動は、その寝姿を見るための暇つぶしでしか無い。彼女そっくりな体つきに、彼女そっくりな胸の大きさ、―――しかもこちらの方が大きいかもしれない上に、彼女そっくりな寝相、………見れば見るほど彼女に似て来て、また奇声を発しそうになる。無言で、手元にあった本の背表紙で頭を打ちつけて落ち着きを取り戻し、画面を見ると、ゴロンとベッドから落ちてしまったその女の姿。彼女もよくやった寝相の悪さに、途端懐かしさが込み上げて来て、
「あゝ、こら、叶(かなえ)、寝るんだったらベッドの上で寝ないと、……。手伝ってやるからさっさと起きなさい」
と頬を叩いたつもりだが、空を切るのみで、消息不明となっている者の名前を呼んだだけ、羨ましさと虚しさが募ってしまった。
   幼馴染の叶が居なくなってから早6年、片時も忘れた事はないのであるが、隣に住んでいながら出会いは意外と遅いものであった。当時俺は11歳の小学5年生、物凄く寒かったのを思えば冬から春前であったろうか、俺の家は閑静な住宅街の中に突如として現れる豪邸で、建物よりも庭に意匠を凝らしたいという父上の意思で、洋館が一つと離れが一つ庭に面する形で建てられ、俺はその離れを子供部屋として与えられていた。球状の天井を持つその部屋は、本当に子供のために閉ざされた世界かのようだった。庭の垣根が高く、木に埋もれる形で建っているのであるから、内は兎も角、外からだとそもそも離れがあることすら分からない。音も完全に防音されていて、車が通りかかるのすら、微妙な振動でようやく分かるくらい外界から切り離されているのである。いつも学校から帰ると、俺はその部屋で母上と共に話をしたり、ごっこ遊びをしたり、宿題をしたりする。食事もそこで取って、風呂には本館の方へ向かう必要はあるけれども、学校に居る7、8時間を除けば一日の殆どをそこで過ごしていた。だから、近隣の様子なぞ目については居なかったし、そもそも父上から関わるなというお達しがあったのだから、あえて触れるわけにはいかない。学校も、近くにある公立校へは通わずに、ずっと私立の学校へ入れられたのだから、関わろうにも、友人と言える者も知り合いと言える者も、誰も居ないのである。
そんな生活の中でも、よく離れの2階にある窓から顔を突き出して、燦々と輝く陽に照らされて輝く街並みを眺めたものだった。今はすっかりしなくなってしまったけれども、木々の合間合間から見える街並みは殊に美しい。一家の住んでいる住宅街というのが、高台に建っているので、街並みとは言ってもずっと遠くまで、―――遥かその先にある海までも見えるのである。
そう、やっぱり冬のことだ、あのしっとりとした美しさは夏や秋には無い。いつもどおり、俺はうっとりと椅子に凭れかかって街並みを眺めていたのであるが、ふとした瞬間から、女の子の声で、
「ねぇ、ねぇ、ねぇってば」
と誰かを呼びかける声がしきりに聞こえてきていたのだけれども、それが少し遠くから聞こえてくるものだから、まさか自分が呼ばれているとは思わず、無視していると、
「ねぇ!」
と一層激しい声が聞こえてくる。下を見てみると、同年代らしい女の子が、彼女の家の敷地内からこちらを不満そうに見つめてきている。
「僕ですか?」
「そう! 君!」
と満面の笑みを浮かべる。
この女の子が叶であることは言及する必要も無いかと思うが、なんと見窄らしい子だっただろう! 着ている物と言えば、姉のお下がりのよれよれになった召し物であったし、足元には汚らしいサンダルを履いていたし、髪は何らの手入れもされていなかったし、いや、そんな彼女の姿よりも、その家の古さ、ボロさ、貧しさは余りにも憐れである。流石に木造建築では無いものの、築20年や30年は越えていそうな家の壁は、すっかりと黒ずんで蜘蛛の巣が蔓延っており、屋根は黒いのが傷んで白くトゲトゲとしているし、庭? にある物干し竿は弓なりに曲がってしまっていて、痛みに傷んだ服やタオルが干されている。全体的に暗くて、不衛生で、手に触れるのも汚らわしい。広さ大きさは普通の一軒家程度だけれども、物がごちゃごちゃと置かれて居るのでかなり狭苦しく感じられ、俺は父上がどうして近隣の者と関わるなと言ったのか、なんとなく理解したのだった。目が合った上に、反応してしまったからには相手をしなくちゃいけないか、でも、できるだけ早く切り上げて本の続きでも読もう。―――俺は一瞬そう思ったが、ようようそう思えば思うほど、彼女に興味を抱いてしまい、小っ恥ずかしい感情がしきりに俺の心を唆していた。
それは一目惚れにも近い感情だっただろうと思う。というもの、その時の叶の外見は、着ているものが着ているものだけに見窄らしく見えただけで、顔立ちは悪くないどころかクラスに居る女子どもなぞよりずっと可愛いかった。いや、俺がそう感じただけで、実際は同じくらいかもしれないが、普段お嬢様と言うべき女の子に囲まれていた俺にとっては、ああいう儚い趣のある顔は、一種の新鮮さがあって、非常に魅力的に見える。どこか卑屈で、どこか苦心があって、しかしそれを押し隠すが如く笑う、………そういう健気な感じが俺の心を打ったと思って良い。また、体つきも普段見るお嬢様たちとは大きく変わっていた。彼女たちは美味しいものを美味しく頂いて、線の細い中にもふっくらとした柔らかさがあるのだが、叶はそうではない。栄養失調からの病気じみた痩せ方をしていて、ただ線が細いだけ、ただ貧相なだけで、腕や脚などは子供の俺が叩いても折れそうなほどに肉が付いておらず、手や足先は、肌が白いがために骨がそのまま見えているかのようである。兎に角貧相である。が、彼女にはただ一点、不自然なほど脂肪が蓄えられた箇所があった。
それはもちろん胸部である。叶は姉から譲り受けた服を着ている��ために、袖や裾はだいぶ余らしていたのであるが、胸元だけはピンと張って、乳房と乳房の間には皺が出来ていて、むしろサイズが足りないように見える。恐らく裾を無理やり下に引っ張って、胸を押し込めたのか、下はダボダボと垂れているけれども、胸の上は変にきっちりしている。体の前で手をもじもじさせつつ、楽しげに体を揺らすので、胸があっちへ行ったり、こっちへ行ったりする。俺は最初、胸に詰め物をしているのであろうかと思われた。そう言えば、一昨日くらいにクラスの女子が、私の姉さんはこんなの! と言いつつ、体操服の胸元にソフトボールを入れてはしゃいでいたが、その姿がちょうどこの時の叶くらいであったから、自然にやっぱりこの年の女子は大きな胸に憧れるものなのだと納得したのである。だが、叶の胸は変に柔らかそうに見える。いや、それだけでなく、ソフトボールを入れたぐらいでは脇のあたりが空虚になって、はっきりと入れ物だと心づくが、彼女の体に描かれる、首元から始まって脇を通り、へその上部で終りを迎える曲線は、ひどく滑らかである。手が当たればそこを中心に丸く凹み、屈んで裾を払おうとすれば重そうに下で揺れる。
俺が女性の乳房なるものに目を奪われた初めての瞬間である。
それは物心ついた少年の心には余りにも蠱惑的だった。余りにも蠱惑的過ぎて、俺の体には背中をバットで殴られたような衝撃が走り、手が震え、肩が強張り、妙に臀部の辺りに力が入る。頭の中は真っ白で、少しずつ顔と耳たぶが赤くなっていくのが分かる。途端に彼女の胸から目が離せなくなり、じっと見るのはダメだと思って視線を上げると、さっきとは打って変わって潤いのある目がこちらを見てきている。微笑んでくる。その瞬間、徐々に赤くなって行っていた顔に、血が一気に上る感覚がし、また視線を下げると、そこにはこれまで見たことがない程の大きさの胸。胸。胸。………あゝ、なんと魅力的だったことか。
「こんにちは」
「うん、こんにちは。今日は寒いね」
彼女に挨拶されたので、俺はなんとか声を出したのだった。
「私は全然。むしろあったかいくらい」
「元気だなぁ」
「君が元気ないだけじゃないの」
「熱は無いんだけどね」
「ふふ」
と彼女は笑って、
「君どのクラスの子?」
「いや、たぶん知らないと思う。この辺の学校には通ってないから」
「どおりで学校じゃ、見ないと思った。何年生なの?」
彼女がこの時、俺を年下だと思っていたことは笑止。実際には同い年である。
「へぇ、あっちの学校はどうなの?」
「どうもこうもないよ。たぶん雰囲気なんかは変わんないと思う」
「そうなんだ」
と、そこでトラックが道端を通ったために、会話が区切れてしまって、早くも別れの雰囲気となった。
「ねぇ」
先に声をかけたのは彼女だった。
「うん?」
「またお話してくれない?」
少年はしばし悩んだ。近くの者とは関わるなと言う父上の言葉が頭にちらついて、それが殆ど彼女の家庭とは関わるなとの意味であることに、今更ながら気がついたのであ���たが、目の前に居る少女が目をうるませて、希望も無さげに手をもじもじと弄っているのを見ると、彼女の学校での扱われ方が目に見えてしまって仕方がなかった。そっと目を外すと、隣に住んでいなければ、多分一生関わること無く一生を終えるであろう貧しい家が目に飛び込んできて、だとすれば、良い育ちはしていないに違いはあるまい。だが、今言葉を交わした感じからすれば、意外にも言葉遣いはぞんざいではなく、笑い方もおっとりとしている。それに何より、自分がここまで心臓の鼓動がうるさいと思ったことはないのである。少年の心はこの時、「またお話したい」などというレベルではなく、彼女に近づきたい気持ちでいっぱいであった。近づいて、もっともっとお話をして、その体に触れて、夜のひと時をこのメルヘンチックな我が部屋で過ごせたら、どんなに素敵だろう。この窓から夜景を見て、手を取って、顔を突き合わして、行く行くは唇を重ねる、………あゝ、この部屋だけじゃない、綺麗に見繕って、二人で遊びに行くのも良い、いや、もはや二人きりでその場に居るだけでも僕の心は満足しそうだ。………実際にはこんなに沢山ことを考えた訳ではなかったけれども、しかしそういうことが、父上の言いつけから少年をすっかり遮断してしまった。つまりは、彼女の言葉に頷いたのである。
「もちろん。こうやって顔だしてたら、また話しかけてよ」
「ふふ、ありがとう。またね」
「またね。―――」
これが俺と叶の馴れ初めなのだが、それから俺たちは休みの日になると、窓を通じて10分20分もしない会話を楽しんだ。尤もそれは俺が父上と母上を怖がって、勉強しなくちゃい��ないだとか、習い事があるとか、そういう理由をつけて早々に切り上げるからではあるけれども、もし何の後ろめたさも無かったら日が暮れても喋りあったに違いない。
「えー、……もう? 私はもっとお話してたい!」
「ごめんね。明日もこうやって外を眺めてあげるからさ」
その言葉に嘘はなく、俺は休日になれば、堪えきれない楽しみから朝食を終え、両親を煙に巻くや窓から顔を突き出していた。すると叶はいつも直ぐに家から出てきて、
「おはよう」
と痩せ細った顔に笑みを浮かべる。彼女もまた、楽しみで楽しみで仕方ないと言った風采なのである。
「おはよう。今日はいつにもまして早いね」
「ふふ」
会話の内容はありきたりなこと、―――例えば学校のこと、家のこと(彼女はあまり話したがらなかったが)、近くにある店のこと、近くにある交番がどうのこうのということ、近くにある家のおばさんが変人なことなど、強いて言えば、近所の人たちに関する話題が多かった。というのも、この住宅街に住んでいながら、今まで何も知らなかったので、俺の方からよく聞いたのが理由ではあるけれども、話に関係ないから述べる必要はあるまい。
それよりも、あんまり叶が早く出てくるので、いつのことだったか、聞いてみたことがあった。すると、彼女は心底意地の悪い笑顔で、
「私の部屋から丸見えなんだもん。そんなに楽しみ?」
と言うので、無性に恥ずかしさが込み上げてきたのは覚えている。どう返したのか忘れたが、その後の彼女の笑う様子が、強烈に頭に残っているのを考慮すれば、さらに恥ずかしい言い訳を放ったのは確かである。………
そんなある日のことであった。確か、叶と出会って一ヶ月経った日だったように思う。何でも学校が春の休み期間に入ったために、俺達は毎日顔を合わせていたのであるから多分そうで、非常に小っ恥ずかしい日々を送っていたのであるが、この日は俺しか俺の家には居ないのであった。それも朝一から深夜まで、何故だったのかは忘れてしまったが、両親も居なければ、ハウスキーパーも、確実に居ないのである。然れば初恋に目の暗んだ少年が悪巧みをするのも当然であろう。つまり俺はこの日、叶をこのメルヘンチックな離れに招待しようとしていたのである。
一種の期待を胸に抱きながら、いつもどおり窓から顔を突き出して、今や見慣れてしまった貧しい家の壁に視線を沿わせては、深呼吸で荒れそうになる息を整えようとする。一見、「いつもどおり」の光景だけれども、この時の俺はどうしても、初めての彼女をデートに誘うような心地よい緊張感ではない、恐ろしい罪悪感で押しつぶされそうだった。別に子供が同級生の女の子を連れてくることなど、親からしたら微笑ましい以外何者でもないかもしれない。が、これから呼ぶのは、父上が関わるなと言った、隣家の貧しい娘なのであるから、どうしても後々バレた時の事を考えると、喉が渇いて仕方ないのである。―――出来れば叶が今日に限って出てきてくれなければ、なんて思っても、それはそれで淋しくて死ぬ。まぁ、期待と緊張と罪悪感でいっぱいいっぱいだった少年の頭では、上手い具合に言い訳を考えることすら出来なかったのである。
「おはよう」
そうこうするうちに、いつの間にか外に出てきていた叶が声をかけてきた。一ヶ月のうちに、さらに胸が大きくなったのか、お下がりの服の袖はさらに長くなり、………というのは、服のサイズを大きくしないと胸が入らないからで、その肝心の胸の膨らみは今やバレーボール大に近くなりつつある。
で、俺は焦ることは何もないのに、挨拶を返すこともせずに誘うことにしたのであった。
「ねぇ」
「うん?」
「きょ、今日、僕の家にはだ、だれも居ないんだけど、………」
「え? うん、そうなの」
それから俺が叶を誘う言葉を出したのは、しばらくしてのことだったが、兎に角俺は彼女を頷かせて門の前まで来させることに成功して、庭を駆けている時に鳴った呼び鈴にギョッとしつつ、正門を開けると、さっきまでその気になっていた顔が、妙に神妙なので聞いてみると、
「なんか急に入って良いのか分からなくなっちゃった」
ともじもじしながら言う。それは引け目を感じると言うべき恥であることは言うまでもないが、一度勢いづいた少年にはそれが分からず、不思議な顔をするだけであった。それよりも少年は歓喜の渦に心臓を打たせており、今日という今日を記憶に焼き付けようと必死になっていた。というのは、普段遠目から見下ろすだけであった少女が目の前に現れたからではあるけれども、その少女の姿というのが、想像よりもずっと可愛いような気がしただけでなく、意外と背丈がひょろ高いことや、意外と服は小綺麗に整えてあることや、手も脚も、痩せ細った中にも一種の妖艶さが滲み出ていることなど、様々な発見をしたからであった。特に���胸元の膨らみにはただただ威圧されるばかり。大きさは想像通りだったものの、いざ目の前に来られると迫力が段違い。試しに顔を近づけてこっそりと大きさを比べて見ると、自分の頭よりも大きいような感じがし、隣に並んでみると、彼女の胸元にはこんな大きな乳房が生えているのかと驚かれる。
「ちょっと、どうしたの」
と言われてハッとなって、叶の手を引きながら広大な庭を歩き始めたが、少年の目はやはり一歩一歩ふるふると揺れる彼女の乳房に釘付けであった。
庭の様子は今後必要ないから述べないが、一方はお坊ちゃん、一方は女中にもならない卑しい少女が手を取り合いながら、花々の芽の萌ゆる庭園を歩く様子は、或いは美しさがあるかもしれない。
離れについて、「や、やっぱり私帰るね」と言い出す叶を無理に押し込んで、鍵をかけると、一気に体中の力が抜けて行くような気がした。何となく庭を歩いているうちは、誰かに見られているかのようで、気が気でなかったのに、今となっては何と簡単なことだったであろう。とうとう成功した、成功してしまったのである、叶を一目見た瞬間に思い描いていた夢が、一つ叶ったのみならず、この心の底から沸き起こる高揚感はなんだろうか。期待? それとも単に興奮しているだけ? いや、恐らくは彼女が隣に居ること、手を触れようとすれば触れられる位置に居ること、つまり、彼女に近づいたという事実が、嬉しくて嬉しくて仕方がないのだ。そしてそれが、自分の住処で起こっている、………俺は多分この時気持ち悪いくらいに笑っていたように思ふ。頭は冷静に叶をもてなしているつもりでも、行動の一つ一つに抜けている箇所が、どうしても出てしまって、土足のまま上がろうとしたり、段差に足をひっかけて転けそうになったり、お茶を溢しそうになったり、最初からひどい有り様であったが、彼女は引け目を感じながらも笑って、
「ほんとにどうしたの、熱でも出てるんじゃ、………」
と心配さえもしてきて、その優しさもまた、俺には嬉しくて仕方がなくって、ますます惚けてしまったように思われる。が、それが出たのは昼前のことだったろう、あの時俺は、目の前ある叶の乳房が大きく重たく膨れ上がっているのに対し、それを支える身体が余り痩せすぎている、それもただ単に痩せているのではなくて、こうして間近で見てみると、骨格からして華奢であるので、身長はどっこいどっこいでも(―――当時の俺は背が低かったのである)、どこか小さく感じられるし、そのために、余計に体と胸元の膨らみとが釣り合っていない上に、胸が重いのか、ふらふらとして上半身が風で煽られているかの如く触れる時がある、それが緊張で体が強張っている今でも起こるので、段々と心配になってきて、
「す、すごい部屋、………」
ときちんと正座をしながら目を輝かす彼女が、今にも倒れてしまいそうに思われたのだった。しかし惚けた少年の頭では、ああ言えば失礼だろうか、こう言えば婉曲的に尋ねられるだろうか、などと言ったことは考えられない。ただ、この眼の前に居るかぁいい少女が、かぁいくってしょうがない。あれ? 叶ってこんなにかぁいかっただろうか? と、彼女の一挙一動がなんだか魅力的に見えて来て、手の甲を掻くの��らもかぁいくって、言葉が詰まり、今や何とか頭に浮き出てきた単語を並べるのみ、彼女を一人部屋に残して外で気持ちを落ち着けようにも、今ここに叶が居るのだと思えばすぐさま頬が燃え上がってくる。再び部屋に入れば入ればで、自分の思い描いていたのよりかぁいい少女が、きちんと正座をしながらも、未だに目をキラキラとさせ、口をぽかんと開けて部屋中を眺めている。そんなだから、一層少年の頭は惚けてしまった。同時に、胸の前で、乳房を押しつぶしながらしっかりと握られている両の手が目について、その細さ、そのか弱さに惹き込まれて無遠慮に、
「ねぇ、前々から気になってたんだけど、どうしてそんなに細いの? どうしてそんなに痩せてるの?」
と、彼女の正面に座りながら聞いた。
「あっ、うっ、……」
「ん? だって手とか僕が握っても折れそうだし」
「え、えとね?」
「うん」
「その、食べては居るんですけれど、………」
叶はここに来てからすっかり敬語である。
「食べても食べても、全然身につかなくって、………その、おっぱいだけが大きくなってしまってるの。だから、こんなにガリガリ。骨も脆いそう。………あはは、なんだか骸骨みたいだね」
「全然笑い事じゃないんだけど」
「うん、ありがとう。それだけでも嬉しいな」
とにっこりするので、
「もう」
とにっこりとして返すと、叶はすっかり普段の無邪気な顔に戻った。
「あ、でね、もちろんお母さんも心配してくれて、お金が無いのに、私のためにたくさんご飯を作ってくれててね、―――」
「たくさんって、どのくらい?」
「えっと、………」
と言葉に詰まるので、
「まぁ、別に笑わないからさ。言ってごらん?」
とたしなめた。すると返ってきた言葉は、俺の想像を軽く飛び越していたのだった。
毎日微妙に違うから昨日のだけと、はにかんだ叶の昨夜の夕食は、米を4合、味噌汁が鍋一杯、豆腐を3丁肉豆腐、その肉も牛肉1キロ、半分を肉豆腐へ、半分を焼いて、野菜はキャベツとレタスと半々に、鶏胸肉2枚、パスタ500グラム、………を食した後に寒天のデザートを丼に一杯、食パンを2斤、牛乳一リットルで流し込んだ、と、ご飯中は喉が乾いて仕方がないと言って、水もペットボトルで2本計4リットル飲んだ、いつもこれくらいだが、それでも食欲が収まらない時は、さらにご飯を何合か炊いて卵粥として食べるのだと言う。
笑わないとは言ったけれども、流石に苦笑も出来ずに唖然とするばかりで、俺は、スポーツ選手でも食べきれない食い物が、一体全体、目の前で顔を覆って恥ずかしがる少女のどこに入って、どこに消えたのか、想像をたくましくすることしか出来なかったが、そうしているうちに、今日の朝はねと、朝食までおっしゃる。それもまた米が4合に、やっぱり味噌汁を鍋一杯。そして、知り合いが店を構えているとか何とかでくれる蕎麦を、両手で二束、大鍋で茹でてざる蕎麦に、インスタントラーメンを2人前、水を2リットル。言い忘れてけどご飯���大きなおにぎりとして、中に色々と具材を入れて食うと言って、最後に、デザートとは言い難いが、デザートとしてシリアルを、やっぱり牛乳1リットルかけて食べる。その後パンがあればあるだけ食べる。水も何リットルか飲む。で、大体食事の時間は1時間半から2時間くらいで終わるけれども、お腹が空いていたら30分でもこれだけの量は平らげられるらしい。
「いやいやいやいや、………えっ?」
俺のそんな反応も当然であろう。ところで以上の事を言った本人は、言っちゃった、恥ずかしい、と言ったきり黙って俯いているが、益々見窄らしく、小さく見え、やはり可哀想でならなかった。
ポーン、と鳴って、時計が12時を示した。叶の告白から随分時間が経ったように思っていたら、もうそんな時間である。空腹を訴えかけている腹には悪いが、今ここで食事の話題を振れば恐ろしい結果になるかもしれない、一応自分の昼食は、父上が予め出前を取ってくれたのが、さっき届いたからあるし、母上が夕食もと、下拵えだけして行った料理の数々があるので、それを二人で分けて、一緒に食べる予定ではあったのだが、しかし先の話が本当だとすれば���とても量が足りない。だが、恐ろしい物は逆に見たくなるのが、人間の常である。俺は、叶がご飯を食べている様を見たくてたまらなかった。普段、外食は両親に連れられてのものだったけれども、幸い街を歩けばいくらでも食事処にはありつける。日本食屋に、寿司屋に、洋食屋に、喫茶店に、中華料理屋に、蕎麦屋饂飩屋鰻屋カレー屋、果ては創作料理屋まであるから、彼女をそこに連れて行ってみてはどうか。もちろん一軒と言わずに何軒も訪れて、彼女が満足するまでたくさんご飯を食べさせてあげてみてはどうだろうか? 俺はそんなことを思って、心の内で嫌な笑みを浮かべていたのであったが、偶然か必然か、その思いつきは叶の願いにぴったり沿うのであった。
「あはは、………やっぱり引いた?」
と叶がもじもじしながら言う。
「若干だけど、驚いただけだよ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「じゃ、じゃあ、もう一つ打ち明けるんだけどね、………あ、本当に引かないでよ」
「大丈夫だって、言ってごらん?」
と言って顔を緩めると、叶は一つ深呼吸してから、もじもじさせている手を見つめながら口を開くのであった。
「えとね、私、………実はそれだけ食べても全然たりなくて、ずっとお腹が空いてるの」
「今も?」
「今も。ほら、―――」
叶が服の裾をめくり上げると、そこにはべっこりと凹んでいる腹が丸見えになる。
「すっかり元通りになっちゃった。君と会うために外に出た時は、まだぼっこりしてたんだけど、………」
「お昼は?」
「え?」
「お昼。お昼ごはん。どうするの?」
「我慢かなぁ。いつもお昼ごはんは給食だから、全然平気だよ!」
この時、図らずも俺の画策と、彼女の願い、というよりは欲望が、同じ方向を向いたことに歓喜したのは言うまでもない。俺はこの後のことをあまり覚えていないが、遠慮する叶に向かって、
「ご飯一緒に食べよう!!」
と無理やり立たせて、取ってあった出前を彼女の目の前に差し出したのは、微かに記憶に残っている。彼女はそれをぺろりと平らげた。口に入れる量、噛むスピード、飲み込む速度、どれもが尋常ではなく、するすると彼女の胃袋の中へと消えていった。母上が下ごしらえして行った料理もまた、子供では食べきれないほどあったが、5分とかからなかった。こちらは食べにくいものばかりであったけれども、叶は水を大量に飲みつつ、喉へと流し込んで行く。それがテレビでよく見る大食い自慢のそれとは違って、コクコクと可愛らしく飲むものだから、俺はうっとりとして彼女の様子を見つめていた。食べ終わってから、俺は彼女の腹部に触れさせてもらった。その腹は、3人前、4人前の量の食事が入ったとは思えないほど平たく、ぐるぐると唸って、今まさに消化中だと思うと、またもや俺の背中はバットで殴られたかのような衝撃に見舞われてしまった。ちょうど、叶の乳房に目を奪われた時と同じような衝撃である。思わず耳を叶のヘソの辺りに押し付けて、たった今食べ物だったものが排泄物になろうとしている音を聞く。ゴロゴロと、血管を通る血のような音だった。
「まだ食べられる?」
「もちろん!」
叶は元気よく答えた。俺は彼女がケチャップで赤くなってしまった口を、手渡されたナプキンで綺麗に拭き終わるのを待って、
「じゃあ、行こうか」
と、財布と上着を取りながら聞いた。
「どこへ?」
「今日はお腹いっぱいになるまで食べさせてあげるよ」
俺の昼食夕食を軽く平らげた彼女は、今更遅いというのに遠慮をするのであった。「いや、私、もうお腹いっぱいで」とか、「お金持ってない」とか、「別にいいって、いいってば」とか、終いには「ごめん、ごめんなさい」と言って泣き出しそうにもなったり、なんとかなだめて離れから飛び出ても、動こうとしなかったり、自分の家に入ろうとする。「だ、大丈夫! 嘘! 嘘だから! 忘れて! もう食べられないから!」など、矛盾に満ちた言葉を放っていたのは覚えている。俺はそれをなんとかなだめて、気持ちが先行してしまって不機嫌になりつつも、最終的には弱々しい彼女の腰を抱きかかえるようにして引っ張って行った。
「ごめんね、ごめんね。ちょっとでいいからね。私よりも君がたくさん食べてね」
と食べることには堪忍したらしい叶が、物悲しそうにしたのは、確か家からまっすぐ歩いて、3つめの交差点を曲がって、広めの県道を西に沿ってしばらく行った所にある小綺麗な中華料理屋だっただろう。前にも述べたが、俺はこの日のことをあまり詳しく憶えていないのである。何故この中華料理屋に訪れたかと言えば、ようやく落ち着いた叶に何が食べたい? と聞くと、渋々、春巻きが食べたいとの答えが返ってきたからであるのだが、この店は昔も今も量が多いとの文句が聞こえてくる名店で、俺はよく、父上が天津飯一つすら苦しんで食べていたのを思い出すのである。とまぁ、そんな店であるのだから、そんな店にありがちな、所謂デカ盛りメニューなるものがあって、例えば丼物、―――麻婆丼だったり、炒飯だったり、それこそ天津飯だったり、そういうのはだいたい揃ってるし、酢豚とか、八宝菜の定食メニューもそれ専用の器すらあったりする。そしてそれを30分以内に食べきったら無料なので、これならお金を気にする彼女も安心してくれるだろうと、少年は考えた訳であったが、いざ入ってみて、奥の席へ通されて、
「この春巻きを10人前と、デカ盛りメニューの麻婆丼一つと、それと僕は、………エビチリ定食をご飯少なめでください!」
と注文すると、
「ぼ、僕? 冗談で言ってる?」
と、まず俺を見、そして叶を見して怪訝な顔をするのであった。
「冗談じゃないよ。ねぇ?」
と叶を見るが、彼女は静かに俯いている。
「ま、そういうことだから、お金は出すんだから、早く! 早く!」
「でもね、これはとっても量が多いんだよ?」
「うん、知ってる。だけど叶ちゃんが全部食べてくれるから、平気だよ」
「え、えぇ、………? この子が? 嘘おっしゃい」
そういう押し問答は10分乃至15分は続いたのであったが、とうとう店側が折れる形で、俺達の前には山になった春巻きと、山になった麻婆丼と、それ比べればすずめの涙程のエビチリが、テーブルの上に現れたのであった。俺も驚いたし、店員も驚いたし、何より他の客の驚きようと言ったら無い。奥の席だったから、人気はあまりないものの、写真を撮る者、頑張れよと冷やかしてくる者、わざわざ席を変わってくる者も居れば、自分たちも負けじとデカ盛りメニューを頼む者も居る。彼らの興味は殆どテーブルの上に置かれた理不尽な量の料理と、それに向かう華奢な少女であったが、妙に俺は良い気になって、ピースして写真に写ったり、冷やかして来た者を煽ったりして、相手をしたものだった。本当に、あの時の俺は、自分が一時の有名人になったかのような心持ちで、サインでも握手でもしてやろうかと思った。いや、そんなことよりも、もっと写真に撮って、もっと騒ぎ立てて、もっと人を集めてくれという気持ちであった。有頂天と言っても良い状態だった。が、ふと叶の方を見てみると矢張り俯いたままでいる。―――あゝ、こんなに騒がしかったら美味しいものも美味しくは無いだろうな、早く食べないと冷えてしまう、それに、自分もお腹が空いて仕方がない、そろそろ追っ払おうかしらん。叶の様子にいくらか冷静になった俺はそう思ったのであった。
「ごめんね、彼女、恥ずかしがり屋だから、ほら、あっち行ってて」
そう言うと、店主のハラハラした視線だけはどうすることも出来なかったが、皆次第に散り散りになった。叶もまた、周りに人が居なくなって安心したのか、顔を上げる。
「騒がしかったね」
「うん」
「まったく、野次馬はいつもこうだよ」
「うん」
「足りなかったら、もう一つ頼むことにしようか」
「あ、あの、………」
「うん?」
「いただきます」
この時の彼女の心境は、後になって聞いたことがある。たった一言、ああいう状況に慣れていなかったせいで、食べて良いのか分からなかった、と。実際には、中華店へ入る前から匂いに釣られて腹が減って死にそうになっていたところに、いざ目の前に好物の春巻きと、こってりとした匂いを漂わせている麻婆丼が現れて、遠慮も恥も何もかも忘れて食らいつきたかったのだそうである。事実、麻婆丼は物凄い勢いで彼女の口の中へと消えていった。
ところで麻婆丼は、後で聞けば10人分の具材を使っているのだと言う。重さで言えば8.7キロ、米は5合6合はつぎ込んで、女性の店員では持ち運べないので、男が抱えなければならない。時たま米の分量を誤って、餡のマーボーが指定分乗り切らない時があって、そういう時は乗り切らなかった餡だけ別の器に盛って出す。かつて挑戦した者はたくさんいるが、無事にただで食べられたのはこれまで1人か2人くらい、それも大柄な男ばかりで、女性はまだだと言う。
そんな麻婆丼が、11歳の、それも痩せ細った体つきの少女の口の中へ消えていくのである。休むこと無く蓮華を動かし、時折春巻きを箸に取っては、殆ど一口で飲み込むが如く胃の中へ流し込み、真剣ながらも幸せの滲み出た顔をしながら、水をグイグイ飲む。見れば、心配で様子を見に来ていた店主は、いつの間にか厨房に引っ込んで呆れ顔をしている。叶はそれにも気が付かずに黙々と口を動かして、喉が微かに動いたかと思ったら、蓮華を丼の中に差し込んで、幸せそうな顔で頬張る。あれよあれよという間にもう半分である。こういうのは後半になればなるほど勢いが落ちるものだのに、叶の食べるスピードは落ちないどころか、ますます早くなっていく。やがて蓮華では一口一口の大きさが物足りないと感じたのか、一緒に付いてきたスプーンで上から米もろとも抉って食べる。叶は普段から綺麗に食べることを心がけていて、大口を開けて食い物を口へ運んだとしても、それが決して醜くなく、逆に、実に美味そうで食欲が掻き立てられる。優雅で、美しい食べ方は、彼女が言うには、体の動かし方が重要なのだと、かつて教えてもらったことがある。気がついた時には、もう普通の麻婆丼と殆ど変わらない分量になっていた。一個もらうつもりだった春巻きは、………もう無かった。
俺は、叶の料理を食べている姿をついに見ることが出来て、ただただ感激だった。先程は恐ろしい勢いで食べたと言っても、量は大食いの者ならば簡単に平らげる程度しか無かったのである。それが今や10人前の巨大な麻婆丼を前にして、淡々と頬張っていき、残るは殆ど一口のみになっている。彼女はここに来てようやくペースが落ちたのだが、その顔つき、その手付き、その姿勢からして、腹が一杯になったのではなくて、あれほどあった麻婆丼がとうとうここまで無くなったので、急に名残惜しくなったのであろう。その証拠に、一口一口、よく噛み締めて食べている。俺は、またもや背中をバットで殴られたかのような衝撃に身を震わせてしまい、その様子をじっくりと穴が空くほどに見つめていたのであったが、汗もかかずに平然と、最後の豆腐に口をつける彼女を見て、とうとう食欲がさっぱり無くなってしまった。代わりに無性に苛立つような、体の内側が燃えるような、そんな堪えきれない欲が体の中心から沸き起こってきて、今までそんなに気にしてなかった、―――実際は気にしないようにしていた胸元の膨らみが、途端に何かを唆しているように思えて、もっともっと叶の食事風景を見ていたくなった。
「ごちそうさまでした」
と、声がしたので見てみると、澄ました顔で水を飲んでいらっしゃる。俺は慌てて、店主がテーブルの上に乗せて行ったタイマーを止めて時間を見てみた。
「16分39秒」
「えっ? 食べ終わった?」
「ほんまに?」
「本当に一人で食べたんだろうか。………」
気がつけば観客たちがぞろぞろと戻ってきていた。彼らの様子は、もうあんまりくだくだしくなるから書かないが、俺はまたしても注目を浴びている彼女を見て、ただならぬ喜びを感じたということは、一言申し上げておく必要がある。少年は輪の中心に居る少女の手を取るに飽き足らず、その体に抱きついて(―――何と柔らかかったことか!)、
「やったね叶ちゃん。やっぱり出来るじゃないか」
と歓声を放ち、
「ほら、ほら、この子はデカ盛りを16分で食べきったんだぞ。男ならそれくらいできなきゃ」
と、まるで我が手柄のように、奮闘中の大学生らしき男性客に言うのであった。俺の感性はまたしても有頂天に上り詰めて、多幸感で身がふわふわと浮いていた。隣で叶がはにかんで居るのを見ては、優越感で酔っ払ってしまいそうだった、いや、酔いに酔って、―――彼女の隣に居るのは僕なんだぞ。少年はそう叫んだつもりであるのだが、実際には心の中で叫んだだけなようである。俺がこの日の記憶をおぼろげにしか覚えていないのは、そんな感情に身も心も流されていたからなのである。………
騒ぎが収まってから、俺は半分近く残っていたエビチリを叶にあげた。もちろんぺろりと平らげた訳なのだが、しかしその後余りにも平然としてデザートの杏仁豆腐を食べているので、ひょっとしたら、………というよりは、やっぱりそうなんだなと思って、
「もしかしてさ、もう一回くらいいける余裕ある?」
「あ、………もちろん」
もちろんの部分は小声で言うのであった。そして小声のままその後に続けて、今体験した感じで言うと、もう一回あのデカ盛りを食べるどころか、さらにもう一回くらいは多分入ると思う。なんて言っても、まだ空腹感が拭えない。実のことを言えば、あれだけ店主が期待させてくるから楽しみだったのだけれども、いざ出てきてみれば、美味しかったものの、いつも食べてる分量より少なかったから、拍子抜けしてしまった、30分という時間制限も、頑張ったらさっきの麻婆丼2つ分でも達成できると思う。いや、たぶん余裕だと思う、出来ることならもう一回挑戦してみたいが、あの騒ぎを起こされた後だとやる気は起きないかなと言う。少年は彼女の食欲が未だに失せないことに、感謝さえしそうであった。なぜかと言って、この日の俺の願望は、彼女の食事姿を眺めること、そして、街にある食事処をはしごして、彼女が満足するまでたくさんご飯を食べさせてあげること、―――この2つだったのである。しかし、前者は達成したからと言って、それが満足に値するかどうかは別な問題であって、既に願望が「彼女の食事姿を飽きるまで眺めること」となっていた当時の俺には、元々の望みなどどうでもよく、叶がお腹いっぱいになっちゃったなどと言う心配の方が、先に頭に上っていた。が、今の彼女の言葉を聞くに、彼女はまだまだ満足していない。腹で言えば、三分ほどしか胃袋を満たしていない。となれば、第二の願望である「彼女が満足するまでたくさんご飯を食べさせてあげること」を達成していない。然れば、僕が叶の食事風景を飽きるまで眺めるためにも、そして叶が満腹を感じるまでに食事を取るためにも、今日はこのまま延々と飯屋という飯屋を巡ってやろうではないか。そして、あのメルヘンチックな子供部屋で、二人で夜景を眺めようではないか。………斯くして三度、俺の願望と叶の欲とは一致してしまったのであった。
結局叶は、春巻きをもう一度10人前注文して幸せそうな顔で味わい、その間に俺は会計を済ましたのであったが、あっぱれと未だに称賛し続けている店主の計らいで杏仁豆腐分だけで済んでしまった。本当にあの体にあの量が入ってるとは信じられんとおっしゃっていたが、全くその通りであるので、店を出てから叶に断ってお腹に手を触れさせてもらったところ、ちょうど横隔膜の下辺りから股上までぽっこりと、あるところでは突き出ているようにして膨らんでいる。ここに8.7キロの麻婆丼と、春巻き20人前が入っているのである。ついでに水何リットルと、申し訳程度の定食が入っている。そう思うと、愛おしくなって手が勝手に動き初めてしまいそうになったけれども、人通りの多い道であるから、少年は軽く触れただけで、再び少女の手を引いて、街中を練り歩き出した。
それから家に帰るまでの出来事は、先の中華料理屋とだいたい似ているので詳しくは書かないが、何を食べたかぐらいは書いておこう。次に向かった店は近くにあったかつれつ屋で、ここで彼女は再びデカ盛りのカツ丼4.3キロを、今度は初めてと言うべき味に舌鼓をうちながらゆっくりと、しかしそれでも半額になる25分を6分24秒下回るペースで平らげ、次はカレーが食べたくなったと言って、1つ2つ角を曲がってよく知らないインドカレー屋に入り、ご飯を5回おかわり、ナンを10枚食べる。おぉ、すごいねぇ、とインド人が片言の日本語で歓声を上げるので、叶はどう反応していいのか分からずに、むず痒そうな顔を浮かべていた。で、次はラーメン屋が目についたので、特盛のチャーシュー麺と特盛の豚骨、そして追加で餃子を頼んで、伸びたらいけない、伸びたらいけないと念仏のように唱えながら、汁まで飲み干す。この時既に、一体何キロの料理が彼女の腹に入っていたのか、考えるだけでも恐ろしいので数えはしないが、店を出た時に少々フラフラとするから心配してみたところ、
「いや、体が重いだけで、お腹はまだ大丈夫」
という答えが返ってくる。事実、その移動ついでにドーナツを10個買うと、うち9個は叶の胃袋へ、うち1個は俺の胃袋へと収まった。そして今度は洋食屋に行きたいとご所望であったから、先の中華料理屋の向かい側にある何とか言う店に入って、ナポリタン、―――のデカ盛りを頼んで無料となる19分17秒で完食す。とまあ、こんな感じで店をはしごした訳であったが、その洋食屋を後にしてようやく、ちょっと苦しくなってきたと言い出したので、シメとして喫茶店のジャンボパフェを食べることにした。彼女にしてみれば、どれだけ苦しくても甘いものだけはいくらでも腹に入れられるのだそうで、その言葉通り、パフェに乗っていたアイスが溶けるまでにバケツのような器は空になっていた。そして、喫茶店を出た時、叶は急に俺の体に凭れかかってきたのであった。
「あ、あ、………苦しい、………これがお腹一杯って感覚なんだね」
と、俺の背中に手を回してすっかり抱きついてくる。うっとりとして、今が幸せの絶頂であるような顔をこちらに向けたり、道の向かい側に向けたりする。人目もはばからず、今にもキスしそうで、その実ゴロンと寝転がってしまうのではないかと思われる身のこなし。心ここにあらずと言ったような様子。………彼女は今言った量の料理を食べて初めて、満腹感を感じられたのであった。―――あゝ、とうとう僕の願望と叶ちゃんとの欲望が、叶い、そして満たされたしまったのだ。見よ見よこの満足そうな顔を。ここまで幸せそうな顔を浮かべている者を皆は知っているか。―――少年も嬉しさに涙さえ出てくるのを感じながら、抱きついてくる少女のお腹に手を触れさせた。妊娠どころか人が一人入っているかのようにパンパンに張って、元の病的なまでに窪んでいた腹はもうどこにもなかった。胸元だけではなく、腹部にある布地もはちきれそうになっていた。思えばここに全てが詰まっているのである。今日食べた何十キロという食べ物が、………そう考えれば本来の彼女の体重の半分近くが、この腹に収まって、今まさに消化されているのである。少年と少女はついに唇を重ねるや、そっとお腹に耳をつけてその音を聞いてみると、じゅるじゅると時々水っぽい音を立てながら、しかしグウウウ、………! と言った音が、この往来の激しい道沿いにおいても聞こえてきて、この可愛らしい少女からこんな生々しい、胎児が聞くような音を立てているとは! 途端に、股間の辺りから妙な、濁流を決壊寸前の堤防で堰き止めているかのような、耐え難い感覚がして、少年は咄嗟に彼女から身を引いた。今度の今度は背中をバットで殴られたような衝撃ではなく、内側からぷくぷくと太って破裂してしまいそうな、死を感じるほどのねっとりとした何かだった。そしてそれは何故か叶の体、―――特に異様に膨らんだ胸元と腹を見るだけでも沸き起こってくるのであった。少年は恐怖で怯えきってしまった。この得体の知れない感覚が怖くて仕方なかった。目の前でふらふらとしている少女から逃げたくもなった。が、無情なことに、その少女はうっとりと近づいてきて、少年の体にすがりつくので、彼は逃げようにも逃げられず、為されるがままに、その痩せきってはいるけれども上半身の異様に膨れた体を抱いてやって、少女の希望ゆえにお腹を両手で支えながら帰路につくのであった。
「お母さんに何言われるか分からないから、楽になるまで遊んで」
離れに戻ってから、叶はそう言って俺の体に寄りかかってきた。道沿いでしてきた時はまだ遠慮があったらしく、俺はすっかり重くなった彼女の体を支えきれずにベッドに倒れてしまい、じっと見つめる格好になったのであるが、そのうちに堪えきれなくなって、どちらからともなく、
「あははは」
「あははは」
と笑い出した。
「ねぇねぇ」
「うん?」
「さっきキスしてきたでしょ」
「………うん」
俺はこっ恥ずかしくなって、素っ気なく答えた。
「もう一度しない?」
「………うん」
今度はしっかりと叶の顔を見つめながら答えた。
これで俺たちは二度目の接吻をした訳であるが、俺の手はその後、自然に彼女の胸に行った。この時、叶の方がベッドに大きく寝そべっていたので、俺の方が彼女より頭一つ下がった位置にあり、目の前で上下する乳房が気になったのかもしれない。俺の手が触れた時、彼女はピクリと体を震わせただけで、その熱っぽい顔はじっとこちらを向けていた。嫌がっている様子が見えないとなれば、少年は図に乗って、両手を突き出して乳房に触れるのであったが、それでも少女は何も言わない。思えば、少年が恋する少女の胸に手をかけた初めての時であった。やわらかく、あたたかく、頭ぐらい大きく、手を突っ込めばいくらでもズブズブと沈み込んでいき、寄せれば盛り上がり、揉めば指が飲み込まれ、掬い上げれば重く、少年はいつまででも触っていられそうな感じがした。と、その時気がついたことに、着ている物の感触として、女性にはあって然るべき重要な衣服の感覚が無いのである。
「ぶ、ぶ、ぶ、ぶらは、………?」
と少年は何度もどもりながら聞いた。
「高くって買えないの。………それに、おっぱいが大きすぎて店に行っても売ってないの。………」
と少女は儚げな表情を、赤らめた顔に浮かべる。
それきり、言葉は無かった。少年も少女も、大人にしか許されざる行為に、罪悪感と背徳感を感じて何も言い出せないのである。少年の方は、父上の言いつけに背くばかりか、この部屋に連れ込んで淫らな行為に及んでいるがため、少女の方は、相手が自分の手に届かない物持ちの息子であることから、果たしてこんなことをして良いのかと迷っているところに、突然の出来事舞い込んできたため。しかし両者とも、気が高揚して、場の雰囲気もそういうものでないから、止めるに止められない。そして、どうしてその行動を取ったのか分からないが、少年は少女に跨って下半身を曝け出し、少女もまた裾を捲って肩まで曝け出した。玉のような肌をしながらも、はちきれんばかりになったお腹に、少年はまず驚いた。驚いてグルグルと唸るそれを撫で擦り、次に仰向けになっているのにしっかりと上を向く、丸い乳房に目を奪われた。生で触った彼女の乳房は、服を通して触るよりも、何十倍も心地が良かった。少年は、少女の腹を押しつぶさないように、腰を浮かしながら、曝け出した物を乳房と乳房が作る谷間の間に据えた。と、同時に少女が頷いた。右手で左の乳房を取り、左手で右の乳房を取り、間に己の物を入れて、すっぽりと挟み込み、少年は腰を前後に振り始めた。―――少年が射精を憶えた初めての時であった。
叶の腹がほぼ元通りに収まったのは、日も暮れかかった頃であったろうか、彼女を無事家まで送って行き、すっかり寂しくなった部屋で、俺はその日を終えたのであるが、それからというもの、お話をするという日課は無くなって、代わりに、休みの日になると叶を引き連れて、街にある食事処を次々に訪れては大量に注文し、訪れてはテーブルを一杯にし、訪れては客を呼び寄せる。その度に彼女は幸せそうな顔を浮かべて料理を平らげ、満足そうな顔を浮かべて店を後にし、日の最後は必ずその体を俺に凭れさせる。彼女にとって嬉しかったのは、そうやっていくら食っても俺の懐が傷まないことで、というのは、だいたいどこの店にもデカ盛りを制限時間内に食べられれば無料になるとか、半額になるとか、そんなキャンペーンをやっているのだけれども、叶はその半分の時間で完食してしまうのである。「頑張ったら、別に2倍にしても時間内に食べられるよ」と言って、見事に成し遂げたこともあった。その店には���降出入り禁止になってしまったけれども、痛いのはそれくらいで、俺は俺の願望を、叶は叶の欲望を満たす日々を送ったのであった。
だが、叶を初めて連れて行ってから一ヶ月ほど経った時の事、父上に呼ばれて書斎へと向かうと、いつもは朗らかな父上が、パソコンの前で真剣な表情で睨んで来ていらっしゃった。俺は咄嗟に叶との行動が知れたのだなと感づいて、心臓をドキドキと打たせていると、
「まぁ、別に怒りはしないから、隣に来てくれ」
とおっしゃるので、すぐ傍にあった椅子に腰掛けて、父上が真剣に見ていたであろうパソコンの画面を見てみた。そこには家中に配置されている監視カメラの映像が映し出されていたのであったが、その映像をよく見てみると、若い少年と少女が手を繋いで庭を渡る様子と、端に俺が叶を連れ込んだ日の日付と時間が刻銘に刻まれているのである。俺は頭が真白になって、どういい訳をしたらいいのか、どうやれば許して頂けるのか、―――そういう言葉ばかりが浮かんで結局何も考えられなかったが、兎に角、叶と会っていたことが父上にバレた、それだけははっきりと分かった。
「この映像に思い当たる節はないか?」
無いと言っても、そこに写っている少年の顔は俺であるし、後ろ姿も俺であるし、背丈も俺であるし、況や叶をや。言い訳をしたところで、事実は事実である上に、父上に向かってこれ以上見苦しい姿を見せたくなかったし、嘘を言うなんて事は俺には出来ないので、正直に告白することにした。もちろん、彼女に一杯物を食べさせてたなんて言うべきではないから、ただ一言会っていたとだけ伝えることにした。
「ふむ、正直でよいよい。そんなとこだろう。いや、それにしても、いきなり自分の部屋に連れ込むとは」
と、一転して朗らかになったので、急に恥ずかしくなってきて、キュッと縮こまったのであった。
ところで俺がこの監視カメラを甘く見ていたのには、少しばかり理由がある。1つには、庭は木が生い茂っていて見通しが悪いこと、そしてもう1つには、子供部屋として使っている離れには設置していないこと、だから俺はあの日の朝、部屋にさえ連れ込んだらこちらのものと思っていたのであったが、それ以上の理由として、父上がその防犯カメラの映像をあまりチェックし給はないことが挙げられる。父上は抑止力としてカメラを設置していらっしゃるだけで、その映像を見ることは月に一回あるかないか、それもたまに半年間もすっぽ抜かすこともあれば、チェックをするのも適当に何日かを選んで、早送りをして見るだけというずさんさがあった。俺はしばしばその様子を眺める機会があったのだが、いまいち鮮明でない画面であるがゆえに、もはや人が居るかどうかが辛うじて分かる程度であった。だから、俺はあの時、叶を部屋に連れ込んだとしても、見つかるはずは無いと高をくくっていたのである。
で、子供が一人で家の中で何をしているのか気になった父上が、ひょんなことから防犯カメラの映像を、ぼんやり眺めていると、何者かと共に離れにまで入っていく事を確認し、それが何とも見窄らしい格好をした少女であるから、2、3回繰り返して見ているうちに、隣家の貧家の娘であることに気がついたのであろう。
俺はそれから、また真剣な顔つきになった父上に、たんまりと諭されてしまった。この住宅街は、その大半が一般庶民の暮らしている家で埋められているのであるが、とある一画にだけは物騒な人(に売られる)が住んでいる。不幸なことにこの家を建てる時に、上手い土地が無かったために、ある一つの家を挟んで、そこと向かい合わせになってしまった。それならば、せめて家の裏にして、木で生け垣を作って完璧に仲を隔ててしまおうと思って、お前の部屋からも分かる通り、風景は見えるようにだけしたのである。もちろん、それなら別に他の所に住めば良いではないかと思うかもしれないが、しかしこの地は俺が子供時代に何年か過ごしたことがある土地であって、そして、お前のお母さんの生まれ育った土地である。つまりは夫婦の思い出の地であって、(言葉を濁しながら、)つまりは俺もお前と同じ穴の狢であるから、近所に住む女の子を一人や二人呼んだところで何も言いはしない。が、裏にある地区だけはダメだ。別にそういう地区ではないが、何しろ物騒な噂ばかり聞く。で、彼女の家��そんな地区と我々とのちょうど境目に建っていて、一番可哀想な境遇を経ているのであるが、向こうから色々と入れ知恵されていると人はよく言う。もし問題が起これば面倒事になるかもしれないし、お前に怪我でもあったら良くない。実際、昔お前のお母さんの友人が、あの地区にいる人といざこざを起こした時に、上辺だけは丸く済んだけれども、その後に復讐として連れ去られそうになったことがあった。彼らは放っておくとどこまで非情なことをするのか分からない。だからあの言いつけはお前を心配してのことだったのだ。そもそも、俺はお前にはもっとふさわしい女性とお付き合いしてほしい。ほら、一人二人くらい学校で仲良くなった子は居るだろう。いたらぜひ言ってくれと、最終的には学校生活の話をするのであったが、父上は諭している途中ずっと真面目であった。俺はそれをふんふんと頷きながら、その実父上がそういうことを話てくれることが嬉しくて、内容はあまり耳に入ってなかった。ただ叶が可哀想なんだなと思うくらいで、始まった父上の詰りに、すっかり考えを逸らされてしまったのであったのだが、
「しかし、可愛い子だな。あんな家に住ませておくのがもったいない。転校して会えなくなる前に、分かれの挨拶くらいは許してやるから、やっておけよ」
と、突然父上が衝撃的な事を言ってのけるので、
「え? 転校?」
と聞き返してしまった。全く、転校するなどとは俺には初耳で、椅子の上でぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
「もう少ししたら、気晴らしに別荘の方で何年か過ごすからな、―――あゝ、そうそう本当に何年間かだぞ、一週間などではなくて。だからそのつもりでな」
俺はぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
それからは急に頭がぼんやりとしてしまって、引っ越しまでどう過ごしたのか憶えて居ない。ただ、最後に叶に会ったことだけは憶えていて、彼女は泣いていたように思う。ようやく自分が満足する量の食事を隔週ではあるけれども、取っている彼女の体つきは、微かに肉付きがよくなっているのだが矢張りガリガリに痩せ細っていた。逆に、胸元だけは一層膨らみ始めていて、その大きさはバレーボールよりも大きかった。俺は木陰に入って、最後にもう一度触らせてもらった。もうこれが最後だと思うと、お腹にも耳を当てた。朝食後直ぐに出てきたというその腹からは、矢張りゴロゴロと中で何かが蠢く音が聞こえてきた。そして泣いて泣いて仕方がない彼女と最後のキスをして、また会う約束を交わして、蕾を付け始めた桜の花を、雲の下にてあわれに見ながら袂を分かった。
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sorairono-neko · 5 years ago
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めろめろめろめろでれでれ
 パーティでヴィクトルは、このうえもなくうれしそうな、はしゃいだような、いとおしそうなまなざしをし、最高のしあわせを見せつけるように、陽気な笑みを振りまいていた。 「なんてうつくしいんだ。もう目が離せないよ」 「ああ、きみに夢中だよ。俺のこころをこんなにかきみだして、いったいどうするつもりだい?」 「もっとこっちへおいで。みんなに俺のお砂糖ちゃんを見せびらかしたいんだ。堅苦しいのが苦手なのは知ってるけど、俺は自慢したいんだよ」 「綺麗だね。その瞳、吸いこまれそうだ。ずっと俺だけ見ていてくれ。俺のそばから離れないで」 「きみは可憐だ。隣にいるだけでどきどきするよ。いつも俺の精神をめちゃめちゃにするんだね。俺がきみにめろめろになってること、知ってるかい? きみはにぶいからな。でもそういうところがかわいいよ」 「おねがいだからつめたくしないでくれ。きみのちょっとしたひとことや、そのそっけない態度で俺が絶望することくらい、わからないものかな? どうしてそんな目つきで俺を見ることができるんだ? 俺の胸が張り裂けそうなのも知らないで」 「もっと笑って。きみの笑顔は俺をとろけさせるんだ。とろけさせられたいな、俺」  勇利はそんなヴィクトルを見て腹が立っていた。なんなの。ヴィクトル、どうかしてるんじゃない。なんでそんなことが言えるの。でれでれしないで! どういう神経をしてるんだよ!  勇利はヴィクトルの上着の裾をつかみ、それを引いて注意をうながした。視線をよこした彼のそばで背伸びをし、耳元に鋭くささやいた。 「そういうのやめて!」 「え?」 「何なんだよ。でれでれしちゃって……」 「えぇ?」  ヴィクトルが心外だというように笑いだした。 「いいだろう? べつに……」 「よくない。ヴィクトル、自分がどんな顔してるかわかってる?」 「わからないけど想像はつくよ。もう最高にしあわせって顔だろう? いいじゃないか」 「よくない!」  勇利はもう一度言った。 「よくないから言ってるんだよ。そういうの、よしたほうがいいと思う」 「なぜ? 好きな子のことはたくさん自慢したいし、みんなに見てもらいたいし、知ってもらいたいよ」 「ちょっとは自覚したほうがいいんじゃない。あんな──あんな、あんな……」 「あんな?」 「あんな顔して!」  勇利はヴィクトルをにらみつけた。 「もっと落ち着けないの? 好きな子とやらを紹介してまわるのも大事かもしれないけど、威厳を保つのも大切だと思うけど」 「威厳? なんのことだ? そんなもの、好きな子を紹介する以上に意味があるわけないだろ?」 「ヴィクトルがいつも言ってるんじゃない。駆け引きは大事だって。ここ、えらい人がたくさんいるんでしょ。駆け引きしなくていいの?」 「ああ、そういうことも言ったかもね。でも今夜は例外なんだ」  ヴィクトルはにっこり笑って片目を閉じた。 「なんていっても、普段めったについてきてくれないいとしい子がそばにいるんだからね!��最優先にしなくちゃ」  ヴィクトルがさらに何か言おうとしたとき、そばに壮年の男性がやってきた。勇利もさっき紹介されたどこかの企業の役員だ。彼はロシア語でなにごとかヴィクトルに話しかけ、ヴィクトルはにこにこしながらうれしそうに言葉を返した。「好きな子」の話をしているのだろう。勇利はむっとした。 「でれでれしないで!」  勇利は厳しく注意した。ヴィクトルが笑いだした。 「いいじゃないか……気にしないほうがいいよ」 「だめ。何を考えてるんだよ」 「ちょっとでれでれするくらい……」 「ちょっとじゃないから言ってるんです」  男性がまた何か言った。ヴィクトルが笑顔で返事をした。相変わらず彼はたまらなく幸福だという顔をしている。勇利はむっとしたので、さっさと背を向けて歩きだした。何なんだ、と思った。何なの。あんなにとけた顔しちゃって……信じられない。 「勇利!」  ヴィクトルが追いかけてきた。勇利はつんとして飲み物のテーブルに向かった。 「なに?」 「そう怒らないでくれ……」 「もういいです。そんなにでれでれしたいなら勝手にすれば?」 「勇利、頼むから……」 「したいだけすればいいじゃん。『好きな子』の自慢も思う存分どうぞ! ぼくはもう知らない」 「どうしてそんなことを言うんだ? 勇利、機嫌を直して……」 「ぼくのことはほっといて」  勇利はくちびるをとがらせた。 「どうやらヴィクトルは、でれでれするためにこのパーティに来たみたいだから、好きなだけでれでれすればいいんです。なんだよ。何が『好きな子』だよ。ふんだ……」 「仕方がないだろう? 本当に好きなんだから……」 「ええ、ええ、そうですね。ご自由にどうぞ」 「勇利……」 「会場じゅうまわって、でれでれでれでれして、好きな子のことを言ってまわって、でれでれ星人になっちゃえば?」  ヴィクトルが噴き出した。 「でれでれ星人?」 「ヴィクトルがそんなにでれでれしたいなんて知らなかった。ヴィクトルが望むなら、ぼく……」  勇利はふと立ち止まった。ヴィクトルが「勇利?」とふしぎそうに呼びかけた。勇利は、ヴィクトルが勇利の言ったとおり会場じゅう歩いて、「好きな子」の話をしてまわり、「でれでれ星人」になるところを想像した。 「……やっぱりやだ」 「え?」 「やっぱりやめて欲しい。ヴィクトルにはでれでれ星人にならないで欲しい」  勇利は振り返り、せつない表情でヴィクトルに訴えた。 「ヴィクトル、でれでれ星人にならないで」  ヴィクトルが目をまるくした。勇利はヴィクトルに顔を近づけ、一生懸命に言いつのった。 「なんでそんなにでれでれしたいの? そんなに『好きな子』が好きなの? もういいじゃん。そんな話しなくていいじゃん。『好きな子』の話なんてしないでよ。ぼく聞きたくないよ」 「勇利……」 「そんなことしなくてもパーティは楽しめるでしょ? もうじゅうぶん『好きな子』の話はしたし、でれでれもこころゆくまで楽しんだだろ!」 「……勇利」  ヴィクトルが笑いをこらえるような表情をし、深呼吸をして静かに話した。 「でもほら、みんな、俺のいとしい子に興味があるんだから。めったに見られない子が来て、ようやくひと目会えたと喜んでくれてるんだ。俺がどれだけ愛してるか確かめてやろうと、期待してる人もいる。ひやかし半分だけど、好意からなんだし、大事なことだよ。それも交流のうちだ」 「でも……」  勇利はうつむいた。 「あんなにでれでれして……いつまでもいつまでも『好きな子』の話ばっかりしなくても……」 「そうしたいんだ」  ヴィクトルは熱心にささやいた。 「俺が言いたいんだよ。俺が好きな子の話をするのはだめかい?」 「……だってぼくつまんない」  勇利は拗ねてぽつんと言った。ヴィクトルが苦笑を浮かべた。 「どうしてつまらないんだい?」 「だって……」 「俺が好きな子の話をするのは嫌い?」 「……好きじゃない」 「なぜ? 勇利も喜んでくれると思ったのに」 「喜んだりしない。ぼくはそんな趣味ない」 「趣味の問題じゃないさ」 「じゃあどういう問題?」 「どういうって……そうだね……」  ヴィクトルが考えこんだ。勇利は上目遣いで彼をにらんだ。 「……ヴィクトルはぼくを子どもだと思ってる」 「思ってないよ」 「ヴィクトルが好きな子の話をするのもゆるさないような、こころの狭いやつだと思ってる」 「思ってない」 「でもいま、『勇利って何を考えてるんだ。あきれる』っていう顔した」 「してないさ。確かに『何を考えてるんだろう』とは思ったけど……」 「ほら!」 「でもあきれてはいないよ。ふしぎな子だなと考えただけ」 「それってあきれてるってことだろ!」 「ちがう」 「ふんだ!」  勇利はそっぽを向いておとがいを上げた。 「わかったよ! もういいよ! 好きにすれば!? よかったね、好きな子の話がたくさんできて! ヴィクトルの好きな子も、こんな豪華なパーティにわざわざやってきた甲斐があるってものじゃない!? ヴィクトルがそんなにその子のこと好きだなんて知らなかった! もう、なんだよ! ばか! ヴィクトルのばか!」  ヴィクトルが笑いだした。彼は勇利の腰を抱き、顔をのぞきこんで楽しそうに言った。 「勇利、何をそんなに怒ってるんだい?」 「…………」 「俺の好きな子がきみだって宣言してまわるのが、それほど腹の立つことなのかな?」  ヴィクトルはたまらないというようにくすくす笑い続けた。勇利は頬を赤くして拗ねた。 「だって……」 「自分のことなんだからもっと堂々としていてごらん。勇利のことを自慢しまくりたい俺のことを、子どもだと思ってゆるしてくれないか」 「だってヴィクトル、でれでれするんだもん……」 「そうだよ。勇利のことでならいくらでもでれでれするよ。でれでれ星人にだってなるさ。何かまずいかい?」 「ヴィクトル・ニキフォロフはでれでれなんてしないんです!」  勇利はきっぱりと言った。 「あんなふうに鼻の下を伸ばして……とろけた顔で……得意そうにぼくの話をしたりしないんだよ」 「ヴィクトル・ニキフォロフは?」 「ヴィクトル・ニキフォロフは」  勇利はいかにも重々しくうなずいた。ヴィクトルは愉快そうだった。 「そうかな? 俺は、ヴィクトル・ニキフォロフこそそういうことをしそうだっていう気がするけどな」 「気のせいです」 「いや、気のせいじゃない。ヴィクトル・ニキフォロフは勝生勇利のことででれでれするよ。絶対するよ」 「変なこと断言しなくていい」 「必ずする。俺が保証する」 「保証しなくていいから!」  そこへ、恰幅のよい男性が人ごみをかきわけてやってきて、ヴィクトルに笑顔で話しかけた。ヴィクトルはすぐにロシア語で応じ、それから勇利を引き寄せて、英語で紹介した。彼は誇らしそうに、胸を堂々と張り、子どものようにはしゃいでいた。 「私の生徒の勝生勇利です。私の世界一大切な子です」 「やあ、初めまして。君がうわさのヴィクトルの『天使』ですな。お会いできて光栄です」 「は、初めまして」 「勇利、こちらは俺のスポンサー会社の──」  ヴィクトルは彼のことを紹介してくれたけれど、そのあとは大喜びで何やらロシア語でぺらぺらと話し、相手はおもしろそうにそんなヴィクトルを眺めていた。どうせまた勇利のことを自慢しているのにちがいない。まったくもう。また……! 勇利はヴィクトルの服の裾をひっぱった。 「うん? なんだい、俺のお砂糖ちゃん」 「でれでれしないで!」  勇利はヴィクトルをにらみつけ、それから男性に向かって「すみません……」と謝った。彼は大笑いした。 「すっかりめろめろになっているようだ。知ってたけどね」  勇利は赤くなり、その日は、家に帰るまでつんつんしていたし、帰ってからもそっけなかった。ヴィクトルは笑いながら勇利の機嫌を取った。 「勇利、そんなに怒らないで」 「ヴィクトルはでれでれしすぎなんだよ」 「だから、勇利といるんだから仕方ないだろう? 勇利がいるのにでれでれしなかったら俺じゃない」 「ヴィクトル・ニキフォロフはでれでれなんてしません」 「まだそんなこと言ってるのか?」  ヴィクトルはうれしそうにあきれた様子を見せた。 「あんな──あんなえらい感じの人にまででれでれ……」  言ってから勇利は確かめた。 「……えらい人なんだよね?」 「かなりね」 「ほら! もう……」 「いいじゃないか。なんとも思われちゃいないさ。かえってほほえましいと喜んでるくらいだ」  勇利はヴィクトルを洗面所へ連れていくと、洗面台の前に立たせてぐっと厳しい表情をした。 「よく見て」 「なんだい?」 「自分がどれだけでれついてるか」 「でれついて?」 「もう……」  勇利はさっさと洗面所を出、居間へ行って上着を脱いだ。勢いよくソファに座ったら、パーティの疲れがどっと押し寄せてきて、大きく息をついてしまった。マッカチンがそばに来たのでそっと撫でた。頬が熱い。 「勇利、まだ怒ってるのかい?」  ヴィクトルも上着を脱いだベスト姿でやってきて、勇利の隣に腰を下ろした。彼はずっと機嫌がよいようだ。 「そんなにだめだった? でれでれしてる俺」 「…………」 「ヴィクトル・ニキフォロフはでれでれしたりしない?」 「…………」  勇利はちらとヴィクトルを見た。ヴィクトルは眉を上げ、にっこり笑ってまぶたをほそめた。勇利はつぶやいた。 「ヴィクトル・ニキフォロフは、でれでれしたりはしない……」 「そうか」 「でも……」 「うん?」 「……家でなら……、でれでれしても、いいよ……」  ヴィクトルは笑いだし、いとおしげに勇利をみつめると、抱きしめてくちびるを重ねた。勇利はヴィクトルにくっついて、口をちいさくひらき、かすかな吐息を漏らした。 「もっとでれでれしていい?」 「……うん」 「ベッドででれでれしてもいいかい?」 「…………」  勇利はためらいがちにまつげを伏せ、それからしとやかに返事をした。 「……いい」  勇利は、ヴィ��トルがでれでれしているとすぐに怒る。「でれでれしないで」「ちゃんとして」とかなり厳しい。ヴィクトル・ニキフォロフはそういうことをしないそうだ。なるほど、とヴィクトルはうなずいた。勇利の中では、ヴィクトル・ニキフォロフはそういう心象らしい。まちがってはいない。しかし実際には、ヴィクトル・ニキフォロフだって、好きな子がそばにいればでれでれするのだ。そのことにヴィクトル自身も最近気がついた。ヴィクトルはいま、それを全身であらわして勇利に学ばせているところである。勇利はいっこうに現実を見ようとしないけれど、そんなところもまたかわいい。ヴィクトルの可憐な天使だ。  ところで、勇利はといえば──。 「ヴィクトル、見て……」  ときおり思い出したようにヴィクトルにヴィクトルの写真集などを見せて、ヴィクトル・ニキフォロフがどれほどかっこうよいか、すてきか、すばらしいかということを語り始める。ヴィクトルはおもしろいので好きにさせていた。さて、今夜はヴィクトルのどういうところが好きなのだろう。 「これ、ぼくが初めて手にしたヴィクトルのポスター……雑誌の付録だったけど、あまりに神々しくて、あと、破っちゃったらどうしようと思って、買ってから一ヶ月くらいひらくことができなかった」  ヴィクトルは噴き出した。勇利はその態度を何か勘違いしたのか、「見える部分は毎日みつめてたよ!」と抗議した。ヴィクトルは笑いをこらえ、「そうか」とうなずいた。 「それで勇利は、このヴィクトル・ニキフォロフのどんなところが好きなんだい?」 「そう……これはヴィクトルの二十歳のときの世界選手権で……」  勇利が頬を紅潮させ、一生懸命に語り始めた。ヴィクトルは首をわずかに傾けて、居間のテーブルにひろげられたポスターを眺め、勇利の話を聞いていた。勇利は普段はなめらかな英語を話すし、それは大変聞き取りやすく、文法も完璧だけれど、ヴィクトルのことをこうして語るときだけは、ときおり前置詞がめちゃくちゃになるし、冠詞を飛ばすし、修飾語をま��こぜにするし、発音があやしくなってくる。話したいことが多すぎて、舌がまわらないのか、たどたどしい口ぶりでもある。ヴィクトルはそれがかわいくて仕方がない。瞳をきらきらと輝かせ、自分がどれほどヴィクトルを好きか、どんなふうに想ってきたかを語られると、抱きしめてキスしたくなる。  人にでれでれするなと言っておいて、自分だってこんなふうじゃないか、と可笑しい。もっとも、勇利の場合はでれでれしているわけではない。勇利は──とろとろにとろけきって、もう、糖蜜のように甘くなっているのだ。 「それで、試合のあとのインタビューでヴィクトルが──ヴィクトル聞いてる?」 「聞いてるよ。『勝つことしか考えてなかった。ヴィクトル・ニキフォロフに』って言ったんだろう?」 「なんでヴィクトル言っちゃうの!? ぼくが話したかったのに!」  自分が何を話したかはおぼえていないけれど、何度も勇利から聞かされたので、そういう意味ではおぼえている。しかしこうしてヴィクトルがさきに言うと、勇利はひどく立腹するのだ。それがかわいいからヴィクトルはつい先まわりしてしまう。だが、あまりかなしませるのはよくない。 「勇利、俺、あの話が聞きたいな。ほら、ヴィクトル・ニキフォロフが試合直前にコーチに怒られた──」 「ああ、あれ? まかせて!」  こうして水を向けると、勇利はふたたび星のように目を輝かせ、一生懸命な身ぶりでヴィクトルのことを話し始める。ずっと糖蜜になりきっているのだ。俺のでれでれといい勝負だと思うけどな……。ヴィクトルはくすぐったい気分でくすくす笑いながら聞いていた。 「それで……そのときヴィクトルが……ヴィクトルは……本当に……そのあとは……」  勇利はこころゆくまでヴィクトルのことを話し、幸福そうだった。彼の語ることを聞いていると、自分の過去のことを改めて教えられたり、思い出させられたり、勇利がどれほどヴィクトルを愛してくれていたかを知ったりして、ヴィクトルはうれしく、楽しい気持ちになる。勇利ってなんてかわいいんだろう。この子にはあふれるほどの愛情がある。そしてそれはヴィクトルのものだ。  ヴィクトルは手を伸べて勇利の前髪をすこしかき上げた。 「なに?」  勇利が無邪気な目をヴィクトルに向けた。ヴィクトルは微笑した。 「そんなにヴィクトル・ニキフォロフが好きなのかい?」 「うん! 大好き」 「そろそろ、こっちのヴィクトル・ニキフォロフにも興味を持ってもらいたいな」  そうささやかれた勇利はたちまち赤くなり、ちょっとうつむいて、でも……とか、それは……とかもごもご言った。 「俺じゃだめかい?」 「だめなんてことはないけど」 「同じように愛を語れない?」 「だって……」 「だって?」 「だって……だって……」  勇利は顔を上げ、すがすがしい照れ笑いでヴィクトルに答えた。 「ヴィクトルは身近すぎて、恥ずかしいんだもん!」  抱きしめたくなるようなかわいらしさだった。ヴィクトルはたまらなくなった。 「じゃあ、最近の俺で何か勇利がいいと思ったことを言ってくれ」 「いいと思ったことって?」 「俺と暮らしていて気がついたことは?」 「それは……」  勇利はすこし考え、相変わらず照れくさそうに目を伏せてつぶやいた。 「ぼくが買い忘れをしたとき……」  勇利は数日前、調味料を買わずに帰ってきてしまったときのことを言った。 「そうか、じゃあ俺がひとっ走り行ってくるよ、って簡単に出掛けていってくれたところ……かっこよかった……」 「え? そうなのかい?」  そんなふうに感じているとは知らなかった。勇利が夕食をつくるというから、それなら自分が買ってくればちょうどよいと思っただけだ。 「それから……」 「それから?」 「ぼくが役所に書類を出しに行くって言ったら、ヴィクトルが空いてる日を教えてくれて、送っていくのが当たり前みたいに連れていってくれたのが……ときめいた……」 「え? いや、当たり前みたいって、そんなのは当たり前だろう?」  ヴィクトルには勇利の言うことがよくわからなかった。勇利が「ヴィクトル・ニキフォロフってかっこいい……」と浮かれる理由はわかるのだけれど、日常的なヴィクトルについて「ときめいた……」と言うのは理解が難しい。変わった子だ。 「うれしかったんだよ!」  勇利はなぜか怒ったように口をとがらせた。 「ぼくがヴィクトルにどんなふうにときめこうが、ぼくの勝手じゃん!」 「それはまあそうだけどね」 「いいじゃん、どきどきしたって! とろんとなるんだから……」  拗ねてしまった。ヴィクトルは笑いをこらえた。 「もちろんいいさ。でも……」  腕を伸ばし、勇利を引き寄せて、ヴィクトルは彼の子どもっぽいおもてをのぞきこんだ。 「わかりやすいところでもときめいて欲しいな……」 「…………」  勇利は黙っていた。彼は、自分で言ったとおり「とろんとなって」ヴィクトルをじっとみつめた。 「勇利……」 「…………」 「ときめいてるの?」 「……と、ときめいてる」 「そんな顔したら、何をされるかわからないのかな?」 「…………」 「めろめろしてたら、キスしちゃうよ?」 「…………」 「そこからさきのこともしちゃうぞ」 「…………」 「いいのかい?」 「…………」 「純真な勇利はもしかしたらなんのことかわかってないかもしれないから、一応言っておくけど、そこからさきのことって、えっちないろいろのことだよ」 「…………」 「……勇利?」  勇利は相変わらずとろけた糖蜜の飴のような瞳でヴィクトルをみつめており、とろとろだった。ヴィクトルは、ああかわいい、と思った。  勇利はすぐにめろめろになるのである。 「コーチとしても選手としても出場するということで、多忙でしょうし、難しいことが多いと思いますが、その点、どのような心構えでしょうか?」 「公式練習ではご自身の練習を優先されるのでしょうか? それとも生徒である勝生選手に重きを置いて?」 「滑走順によっては付き添えないこともありますが、その場合については話しあいができているのでしょうか?」  ふたり一緒に試合に出るとなると、思ったとおり、それに関して質問が集中した。ヴィクトルは笑顔で耳を傾け、しかし、彼の答えはこんなふうだった。 「俺の勇利の新しいプログラムはどうだい? すばらしいだろう? ショートもフリーもこれはパーソナルベストが出るはずだ。みんな、よく見て、すてきな勇利の記事を書いてね! 勇利はそれはそれは凛々しいんだから。でも、いまこうして俺の隣で取材を受けてる彼はかわいいだろう。それになんてうつくしいんだ。この立ち姿。すらっとしてすんなりしている。もうこぶたちゃんじゃないよ。もっとも、勇利はいつでも俺のかわいいこぶたちゃんだけどね。さっきすこし緊張してたんだ。その困った顔もたまらなくかわいかった。そうそう、彼とは同じ部屋なんだけどね、俺がクリスとロビーで話しこんでたら、チェックインを済ませてくれたんだよ。それからあの綺麗なチョコレートの瞳でじろっと俺をにらんで、クリスに変なこと言わないで! だってさ。変なことなんて言ってないんだけどね。勇利の自慢をしてただけだ。でもそうやって拗ねるところがまたかわいい。そのあと、機嫌を取るのが大変だったよ。ふくれたときの勇利のくちびるが──」 「ちょっとヴィクトル!」  別の取材陣と話していた勇利が、我慢できないという様子で振り返り、ヴィクトルをにらみつけた。 「だからなんでそういう話をするの!? ぼくのことはいいんだよ!」 「勇利のことを語りたくて」 「語らなくていいから!」  にこにこしているヴィクトルに、勇利は厳しく言って聞かせた。 「でれでれしないで!」 「勇利はすぐにでれでれしないでって怒るんだ。こんなにかわいい子がそばにいたら、そりゃあでれでれするよね」 「ヴィクトル!」  勇利は、だめ! というようにじっとヴィクトルを見てから、報道陣に向き直って、「すみません……」と気恥ずかしそうにほほえんだ。 「勝生選手、ニキフォロフ選手のプログラムについてですが……」 「えっ、あ、はい」 「すばらしい、高難度のプログラムだと思います。勝生選手のプログラムも最高ですが、戦うにあたって、どのような印象を持っておられますか?」 「それは……」  勇利は深呼吸をした。 「ヴィクトルはすごいし……かっこいいし……すごいし……とても……あの……えっと……ヴィクトルは……高貴で……皇帝で……ヴィクトルは……ヴィクトルは……」  彼はまっかになり、しどろもどろになった。英語があやしくなっている。ときおり日本語がまじっているのに勇利は気づいているだろうか? ヴィクトルは笑いをこらえた。 「かっこいいし……本当に……なんていうか……すごいっていうか……かっこいいっていうか……、」  勇利は赤い顔を上げて笑顔で言った。 「……かっこいいです!」  ヴィクトルは勇利の肩を引き寄せると、彼に向かって笑いかけた。 「勇利、おまえは俺にでれでれしないでと言う。おまえだってめろめろしてるよ。でも俺としては、勇利にはもっとめろめろしてもらいたいな」 「……なに言ってるの?」 「めろめろして、俺をめろめろにして、俺をでれでれさせてくれ」  ヴィクトルは勢いよく片目を閉じた。
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mi2osuwa · 6 years ago
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2016年「のっちヒール飛ばし事件」当時に書いた日記
「草野進(くさのしん)」という名前を覚えておいでの方は、すでにそれなりの年齢で、且つちょっと特殊な趣味の持ち主に限られると思う。表向きは「プロ野球観戦をこよなく愛する女流華道家」、裏設定で「蓮實重彦が偽名で書いてるらしい」とされるが、人物像についてはまあどうでもよろしい。1980年代に彼女だか彼だかが書いたプロ野球批評はそれなりに話題となったが、今では知っている人も多くはなかろうから、改めて紹介してみたいと思ったまでのことだ。(後半ちょっと蓮實調を真似てみました)
そんな古い文章を、なぜ今さら引っ張り出す気になったのか。2016年11月4日ナゴヤドーム2日目、のっちがやらかす現場に居合わせるという僥倖に恵まれたためである。そのとき私は卒然と理解したのだ。彼女の「やらかし」は「失敗」ではない。「長嶋茂雄のトンネル」と同じカテゴリーに属する、きわめてオフェンシヴな行為なのだと。
とまれ草野進の「爽快なエラーはプロ野球に不可欠の積極的なプレーである」と題されたエッセイ(角川文庫『世紀末のプロ野球』所収)をお読みいただこう。30年以上前に書かれた文章であるにもかかわらず、のっちの「やらかし」の意義が明確に定義されている。すべてのPerfumeファン必読である。
[できれば全文引用したいところだが、著作権侵害にあたるおそれがあることと、なにぶん手動入力なので「書き起こしがめんどくさい」という私的事情で抜粋とさせていただく。◆印が文章を省略した箇所である]
試合中に見せてはならない振舞いというものがある。たとえばエラー。これはやらない方がよいに決まっている。◆だが、プロ野球を見世物として見ている観客にとって、何とも爽快な失策というものがある。エラーにも、面白いエラーとつまらないエラーとが存在するのだ。そして、スタンドに陣どる観客は、いつでも爽快なエラーを期待しているのだ。◆たとえばサード長嶋のトンネル。右左に軽業のように跳ねて難球を処理していた彼が、あるとき、真正面の打球を股間に逸する。ボールはグラブにも触らずにレフトまでころがってゆく。あんな爽快な体験はまたとなかった。それにくらべると原のエラーは、やはりみっともないのである。総じて、グラブに入った球がポロリとこぼれ落ちたりする場合は面白くない。◆そうした失策は、文字通り失敗なのである。ところが長嶋のトンネルは、どうみても失敗とは映らない。そこには何かしら積極的な身振りが感じられる。それは同じ暴投でも、バックネットを直撃するようなピッチャーの暴投は、そこにこめられた殺意によって爽快なのに似ている。義務感から出た律儀さから、ねらった目標をわずかにそれるといった程度のエラーはつまらない。何をめがけて投げたのか見当もつかないような失策が観客を魅了するのである。◆たとえば中日のショート宇野は、つい先日、前にはじいたボールを拾いあげると、やおらライト���向けて送球した。あの暴投には、テレビで見ているだけでも下半身に戦慄が走りぬけたようだ。あれはいったい、どこへ投げようとしたボールなのだろう。ランナーが一塁にいたので二塁封殺をあせったとも考えられるが、球は、まるで一、二塁間のライナー性のヒットのような軌跡を描きつつ右翼手のグラブに吸いこまれた。田尾もさぞびっくりしたことだろう。◆もちろん、宇野にはショートフライのヘッディングという前科がある。だが、宙に舞いあがったボールが、いくら風が強かったとはいえ、グラブをかすめもせず、それを捕球する意志を持った野手のひたいを直撃するといったことが起りうるだろうか。グラブの土手にあてて落したというならこれは平凡な失策である。ところが宇野は、あろうことか、ほんとうに頭で受けてしまったのだから、エラーとは異質の振舞いがそこで演じられていたといわざるをえない。宇野には、こうした異質な振舞いに対する類稀れな才能があるに違いない。面白いエラーとは、こうしたプレーをいう。[以下略、引用終わり]
[参考動画]宇野ヘディング事件
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のっちの「やらかし」を深く愛する者ならば、〈爽快な失策〉〈積極的な身振り〉〈異質な振舞いに対する類稀れな才能〉といった言葉が、まさに彼女のためにあることをただちに了解するだろう。彼女のミスはライヴの祝祭的時間に決して水を差さぬどころか、逆にそれを活性化するのだ。われわれは、プログラムを存分に堪能した上に、思いがけずお土産までもらったような得した気分で家路につく。
ところで、先に私は「のっちがやらかす現場に居合わせるという僥倖に恵まれた」と書いたが、残念なことにその一部始終を「目撃」したわけではない。事件はエンドステージで起こり、そのとき私は一塁側スタンドの、ほとんどファウルポールぎわの席にいた。ステージ上手は死角で見えにくい位置だったし、眼鏡を新調するのを怠って視界も決して良好とは言えなかった。(これこそ凡ミスというやつで、おのれの凡庸さを呪うしかない)
とにかく私が目にしたのは、「だいじょばない」が終わった刹那、上手側舞台ソデに猛然とダッシュして視界から消え去るのっち(むろん表情を窺える距離ではなかったが、ものすごい真顔だったのではないかと想像する)と、唖然としてそれを見送るあ~かしの姿のみである。咄嗟に私は思った。「のっちヒール飛ばした?」 ご存知のように、「だいじょばない」はエンディング直前に派手な前蹴りアクションがあり、そこからの連想である。後にツイッターなどで確認したところ、果たせるかな、私の想像は当たっていた。ただし半分だけ。
これが凡人の悲しいところで、私は彼女が「前方」にヒールを飛ばしたと思い込んでいたのだ。舞台ソデには念のため予備のヒールが用意してあり、それを取りに走ったのだと。ところが、ネットの目撃談によると、彼女の飛ばしたヒールは「舞台上」に落ちたという。彼女が私の視界から消えたのは、落ちたヒールを拾おうとかがみこんだためらしい。では、彼女のヒールはステージの「どこ」に落ちたのか。詳細な報告が見あたらず私自身の曖昧な記憶に頼るしかないが、そのとき彼女はステージ中央にいて、上手方向(彼女から見て左)に駆け出し、かしゆかの後方を駆け抜けたと記憶する。
Perfumeのヒールは脱げにくいよう甲の部分を透明なバンドで固定していて、飛ばすこと自体至難の技だと思うのだが、さらにあり得ないことに、彼女が「前方」に蹴り出した足先から放たれたヒールは、彼女の「左後方」へ飛んでいったことになる。どうしてそんなことが可能なのか、凡人である私にはさっぱりわからない。ドラゴンズ往年の名ショート、宇野勝のライト送球に遭遇した観客も、きっと同じ感想を抱いたに違いない。今回の事件の現場がドラゴンズのホームグラウンドであったことも、おそらく偶然ではないのだろう。のっちは、再現不可能なことを正確に再現してしまったのだ。しかも、ヒールが落ちたのがステージ上だったため、つづく「パーフェクトスター・パーフェクトスタイル」では何食わぬ顔で戦列に復帰。これを天賦の才と言わずして何と言おう。
[追記]事件の経緯を4コマにまとめた方がおられたのでリンクを貼っておく。
1コマ目から2コマ目への推移はやはり物理法則を無視しているように思う。
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silvercloud-mini · 3 years ago
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1998y ROVER MINI PAUL SMITH 機関系O/H #15
2022年がスタートして早くも1月後半。例年なら1月は比較的ゆったりと作業していたのですが、今年は多くの作業ご依頼と販売車両のお問い合わせ・ご来店を頂いておりますm(_ _)m
なるべく一期一会を大切に。詳しくご説明したいのですが、いかんせん超が付く零細企業の為、満足な対応が出来ているかどうか・・・(汗)どうぞ温かい目で見守って頂ければと思いますm(_ _)m
ブログも不定期更新なので、もしかするとオーナー様以外にも気にして覗いて頂いている方もいらっしゃるかもしれません。日々の細かい作業などは、当店インスタグラムのストーリーズに上げたりしていますので、宜しければ覗いて頂いて、気に入ったらフォローで応援宜しくお願いします。
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さて。ポールスミスの続きですが、O/Hしたエンジン・ミッションASSYの積み込み前にお迎え準備のボディと足廻りを少々やっておきます。
まずはエンジンルーム内から。錆び補修しておいた状態から・・・
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ボロボロのバルクヘッドインシュレーターを新調します。
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別に無くても構わないのですが、遮音の役割もあるので取付けます。
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錆びで固着していたスピードメーターケーブルも交換です。
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新品は何故かグロメットが付いていないので付け替えておきます。
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メーターケーブルを入れる前に、ボディに挟まれて���ョートしかけていた強制電動ファン用ハーネスを補修しておきましょう(状況は過去記事#5)
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グロメット内を通して結線します。ハーネス色は純正ハーネスと同色で繋ぎ直しました。
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リレーへの結線もやり直し。ハーネスは目立たないようにスポンジ裏を通しておきます。
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ついでに汚れているメインハーネスや、フューズボックスなどを・・・
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清掃して接点剤を塗布。今後のマイナートラブルを抑制しておきました。
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O/Hしておいたクラッチマスターシリンダーと各ガスケット・クレビスピンなどを・・・
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組み付けます。
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室内側。異常に擦り減ったクラッチペダルパッド・・・
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そういう事ですか・・・
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両方とも交換させて頂きましたm(_ _)m
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という事で、エンジンお迎え準備は完了です♫
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続いてリヤ廻りへ・・・
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以前に当店でラバーコーン&ショック交換などさせて頂いていましたが、その時にあった問題点と今回修理前の点検を合わせて、リヤ廻りもリフレッシュしていきます(これからの作業の状況は過去記事へ)
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リヤサブフレームも降ろします。
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まずはリヤサブフレームから始めます。
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前後のマウントブッシュに・・・
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経年劣化に寄る痛みがあるのでブッシュ交換していきます。
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まずはフレーム単体にして・・・
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前回ラバーコーン作業時に落とし切れなかったグリス汚れを清掃しながら各部をチェック。
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取付け部ネジ山クリーニング・・・
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などなど。
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全体の汚れを落として・・・
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最後に高圧洗浄します。サブフレームは錆び・腐食が少なく良好でした♫
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乾燥させて塗膜の硬い塗料で防錆塗装しておきます。
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マウントブラケット類も清掃・塗装して、新しいブッシュを組み込んで・・・
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リフレッシュしたリヤサブフレームへ組付け。これでサブフレームは仕込み完了です。
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ラジアスアーム周辺はまた次回へ・・・。続きます。
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cosmicc-blues · 3 years ago
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2021/7/11
朝、夢の対話から目が覚める。外在的な真実についての対話をガネーシャみたいな神様と交わしている。窓からの日差しは希薄、窓辺の観葉植物たちに霧吹きをする。どれも新芽の成長が著しい。
午後イチ、外に出ると思っているより空気がモワッとしている。両肩の辺りから、このからだがいまここにあるということ、このからだの外在性を感じている。曇の薄いところからぽたぽたとした淡い水色の空が見え、まもなく薄い影が控えめに街のそこここに濃淡の色合いを落としはじめる。小さな公園に入ると、逆上がりでくるっと回転してちょうど正面を向いた小学生の女の子と目が合う、笑っている。並木道は静けさの空洞に満ち充ちている。
地下鉄を乗り継いでP店へ。駅が近づいてくると、からだがソワソワとしはじめ、口のなかでは唾液が果敢に出てきている。着席するなり、おばちゃんにカントリーを注文。プリックナンプラーの匂いを嗅ぎながらカリーの到着を待つ。豚肉、インゲン、キャベツ、茄子、生姜、パクチー、ふくろたけ、えのき等の活きた食材が個々にそれぞれに口のなかでハーモニーを奏でる。プリックナンプラーが口のなかで弾ける。重層的なスパイスのセリー……。おお神よ、ごちそうさまでした。
散髪の時間までK公園を散歩する。熱気球の膨らんでいるのを感じる。いつの間にか空はよく晴れ、早くも積乱雲が発達しかけている。上昇する夏のイマージュ。深緑と鉄塔、多種多様な形質の植物たち、ランナーにサイクリングにピクニック、吹き抜ける太い風が一様に草木を揺らしてゆく。体育館の上の大広場に出る。遠くのビル群の上空に青みがかった巨大な積乱雲が渦を巻いている。上裸の男どもが円になってバレーボールをしている。別のところではフリフリのワンピースを着たガールズがバレーボールをしている。バスケットボールのリングには男女ともに大勢のひとが集まって汗を流している、なかには上裸の男子もいる。ダブルタッチをしながらアクロバティックなダンスを踊るひとたち、あんまりにも凄すぎて見惚れてしまう。バック転や宙返りなんかを平然と交えながら、しかも、数人でぴったり動きをキレよくそろえながら、それでいて高速回転する縄跳びの縄にも引っ掛からない。あきらかに池の方向にボールを蹴って、案の定、ボールは池を目掛けてひとっ飛び、ボール蹴ったおバカさんがヤッベーって言いながら走ってゆく、ポチャン、大爆笑。大広場の中央あたりで、くるっと広場の全体を見渡してみる。熱気球の存在を傍らに感じながら、最高だなぁって一言が思わず口をついてでる。体育館のトイレに行くと、トイレの前でうんこ座りしているクソガキどもに凄まれる、つい笑顔になっちゃう。トイレには冷房がきいていて、ちょっと肌寒いくらい。体育館の外にでると、冷え込んでいたからだがその肌の表面からあっという間に熱気に融解してゆく、意志とは無関係に鳥肌が立つ。
名残り惜しさを感じながら、そろそろお店に行く時間が近づいてきている。そしたらUさんからメールが来ている「Jちゃんのカラーが押してるから、一時間後でもいい?」「ぜんぜんだいじょうぶ!!!」って返信する。蝉の鳴声に感極まりながら深緑の下を歩いていると、カーーーーンッと打球音のようなのがきこえてくる。音のほうへ走っていくと、なんと、なんと、硬式野球場で夏の甲子園の予選が行われている! はじめて生で観る高校野球の公式戦。スコアボードを見ると、試合は9回の裏、16-17という壮絶な乱打戦の模様。この裏にも2点がすでに入っていて、1点を追いかけるチームは押せ押せの雰囲気。ここでピッチャーの交代、1番をつけるエースがショートの守備につき、6番のショートがマウンドに上がる。投球練習、右のサイドスロー。ノーアウト走者一塁から2つの四球を与えて満塁に。続くバッターをレフトフライ、タッチアップのスライディングを好返球で本塁死に仕留めて首の皮が一枚つながる、というより潮目が変わったような。続くバッターが三遊間のゴロ、エースが捌いてギリギリのタイミングで一塁をアウトにする。守り切ったチームは大歓喜、負けたチームはけっこうな人数が泣いている。その刹那、球場のサイレンが響き渡る、涙がはらはらと止まらなくなる。
次の対戦のアップを眺め、一回の表が終わったところでタイムリミットがくる。いつの間にか空がおそろしく黒くなっていて、鈍い雷鳴が頻りに轟いている。お店を目指して急ぎめに歩いていると、四方八方からとてつもない湿った強風が押し寄せてくる。来たきたきたーっと気持ちが盛り上がってくる。いかんせん気持ちが盛り上がっているから、チィーーッスっと派手なアクションでガラス張りのドアを開ける。すると、UさんもJちゃんもそんなのを完全に無視して外の様子を窺っている。HA? と振り返ると、ちょうどその瞬間にも堰が切れていてバカみたいなゲリラ豪雨が地上に殺到している。上昇する夏のイマージュが下降するゲリラ豪雨のイマージュとして顕在化している。UさんもJちゃんもホゲーーーッとして信じられないような顔をしている。Jちゃんが「すごい、完全に同時でした。心配してたんですよ」「え、あ、あ、結婚おめでとう」。UさんとJちゃんに時間のことで平謝りされる。夏大好きだから逆に遅らせてもらってよかったと大感謝する、ゲリラ豪雨も大好きって。Jちゃんは黒髪に青のカラーを入れていて、めっちゃいいねって心底羨ましく思う。シャンプーされながら三人で雑談、Jちゃん「Rさんって全然変わらないですよね、たぶん一年ぶりくらいですかねぇ、久しぶりに会うたびに淡々としてるっていうか、飄々としてるっていうか。私なんか最近はコロナでDJもしてないし、みんなに忘れられたらどうしようって不安に思うのに、Rさんはコロナとか関係なしにどこにも姿を現さないし、幻獣なんてみんなに言われてるのに、いきなり当時と変わらない感じで平然と現れるから不思議」って言われる。よくわからんが、Jちゃんがパンツ丸出しで酔い潰れてフロアの端で寝そべっていたエピソードを引き合いに出して、そんなん忘れられるわけないじゃんって言う。Jちゃん、いますぐに記憶から抹消してくださいって。まもなくJちゃんの旦那がゲリラ豪雨のさなかにワゴンを横づけして、Jちゃんと旦那に手を振る。カットをしながら今日も今日とてUさんからみんなの動向を聞く。誰それが結婚したとか、離婚したとか、付き合ったとか、破局したとか、Sボーイは相変わらずでぜったい結婚できないね、顔はイケメンなのにねって。ワクチン接種の副反応のはなしから、歳をとったよねってはなしにもなる。Uさん「私も子供ができたし、あの当時の無茶苦茶で無軌道な感じって、もうきっと体験できないんだろうなぁって思うとちょっと切ないよね。遠い出来事になっちゃったなぁ。でもさ、もし、あの感じを体験してこなかったと思うとぞっとするよね。いまの私からはまったく想像もできないもん」ほんとうにバカだったよね~って笑い合いながら、Uさんのエピソードも持ち出す。酔いすぎてそこらへんの土を食べていたこととか、トイレのドアをぶち破って破壊したこととか、全然知らないひとに浣腸してボコボコされたこととか、こんなの一生忘れるはずがないよって。Uさんはよく憶えてるよね~って感嘆して、うれしい、一生忘れないでねって大笑いする。それから、やや深刻な面持ちで我らがボスのKさんのはなしになる。数年に渡る失踪のわけが遂に明らかになる。いわく、ある犯罪行為に加担して服役していたらしい。なんだぁ、そうだったのかぁ、どうせドラッグだろうと落胆と同時に安心していたら、どうやらそうではないらしくホンモノの犯罪行為に身を染めていて大爆笑する、さっすがKさんだなぁ!! その反応をみて、Uさんも安心したようにやっぱりそういう反応だよねって大笑いする、大したもんだよって。だって、Kさんは弱者にめっちゃ優しいからね、いくら犯罪だからって弱者をさらに蹴落とすような類いのことはぜったいにやんないよ、さっすがなぁ、頼もしさすら感じるよ、期待を裏切らないねって。そしたら、さらに大ウケなことにKさんは模範囚で5年のところを3年��出てきたらしい。カットが終わって、帰る手筈が整って、ちょうどそのとき豪雨が嘘のように上がる。Uさん「えええ! マジで凄いんだけど、夏と相思相愛じゃん!」。
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akito-takizawa · 8 years ago
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【地球ワースト1】これが平成天皇、明仁の真の悪の姿です(祈)†
【“地球ワースト1”これが平成天皇、明仁の真の悪の姿です(祈)†】霊団によれば、さらに多くの方々にブログをお読み頂けているとの事、本当に感謝致します。山を愛する霊覚者、たきざわ彰人です。まずは今日降ってきたインスピレーションを紹介させて頂きます。霊団の気持ちがこもった内容です→
----- インスピレーション「悲願達成中(大音量で霊聴に聞きました。天皇一族の滅亡が霊界全体の悲願だという事です)」「罷免して頂けるようになる(平成天皇、明仁を、という事。皆さま、話は単純なんです。女の子を殺しまくってる人間を許すのですか?殺人鬼を容認するのですか?という事です)」
インスピレーション「死ね!こんなもの必要ない、こんなものいらん(国民の思念。皆さま、単純な話なのです。理性でお考え下さい。処刑遊びを認めるのですか?女の子を強姦殺人しまくってる天皇一族を認めるのですか?)」「優勝ですよ(霊団の導きでここまで来ましたが、交霊会はまだできませんか)」
インスピレーション「憎いんですもん、地獄に落としたくてしょうがない(霊界側は天皇一族の蛮行をずっと許せない気持ちで見ておられました。そこに僕という道具が現れ、僕を使用して天皇一族を滅ぼす悲願を実行に移されたのです。単純な話なのです。女の子を殺しまくってる者たちを許すのですか?)」
インスピレーション「殺人鬼は黙ってろ、バ○じゃねーの?(国民の思念。全くその通り。これ以上シンプルな話があるでしょうか。天皇一族は大殺人一族です。まだ殺人を続けさせますか?)」「大偽善(これも国民の思念。究極にその通り!殺人鬼が国民に語りかける、まさに茶番というべきです)」
インスピレーション「ももちゃん殺される、と霊聴に聞いてピィィンと波長が降りました(僕もそれを懸念してました。皆さま、何とかももちゃんを助けてあげられませんか?天皇一族は女の子を殺す事に何の罪悪感も抱いてないのです。何とか助けてあげたい、可哀想すぎるからです…祈)」 -----
はい。霊界全体の悲願である【天皇一族の滅亡】それが達成中という事なのです。本当に1日も早くその状況に突入して欲しいと、僕も全力で願わずにはいられません。そして今回は、インスピレーション【地球ワースト1】についてブログを書かせて頂きますが、まずはこちらのツイートをご覧下さい→
----- インスピレーション「地球ワースト1」これはやはり平成天皇、明仁が地球上最も邪悪な人物であると霊団が仰ってるのでしょう。まぁ霊団から賜ったメセを思えば納得です。女の子を徹底的に殺しまくってきた人生ですから。悪の大中心(祈)†
「地球ワースト1」深いですね。誰もが知る悪の支配者ならともかく平成天皇、明仁は日本中、いや世界中から善人と思われ、その裏で女の子を徹底的に殺しまくってるのですから究極の偽善、悪の中の悪。僕たちはもうダマされてはなりません祈† -----
はい。平成天皇、明仁の表明(8月8日)を受けて、世の中ではあれこれ難解な議論が交わされているのかも知れませんが、正常な理性を持った多くの国民の方々は、この天皇一族に関する問題が至極単純、至ってシンプルな問題である事がお分かり頂けると思うのです。
天皇一族は、奴隷の女の子を殺しまくっているのです。幼い時からレイプの限りを尽くし、オトナになる前に四肢切断して殺し、その死肉を食べるという事を長い長い年月にわたって続けているのです。これを許しますか?まだ続けさせますか?というシンプルストーリーなのです。
難解な言葉も、飾り立てた演説も必要ありません。【大強姦殺人魔】【人食人種】【処刑遊び】を国民の皆さまは認めるのですか?許すのですか?という簡単なお話なのです。僕のブログを見て下さっている方々には、ぜひ脇道にそれる事なく、この単純な1本の道「殺人者を許すのか」という視点を、→
→どうか堅持して頂きたいと思うのです。はい、そして実はもうひとつ、平成天皇、明仁について皆さまにお伝えしたい事があるのです。それについてショート録音もしていますので、まずはMP3のURLをUPさせて頂きます→
----- ショート録音「平成天皇、明仁は動物も虐待(殺害)している可能性があります」(祈)† 僕のサーバー http://spiritualist.sakura.ne.jp/160810.html -----
MP3の方でもお話していますが、平成天皇、明仁は奴隷の女の子を処刑遊びで殺しまくるにとどまらず「動物も虐待(殺害)」している可能性があるのです。僕がこの理解に到達したのは、7月30日に霊団が僕に降らせたこのインスピレーション【ネコのハンバーガー】でした。
処刑遊びと、このネコのハンバーガーを繋げて考えた時「あ、なるほど」と得心がいったのです。平成天皇、明仁は奴隷の女の子を殺すのが楽しくて楽しくて仕方がありません。それはそうです。処刑“遊び”ですからね。しかし、奴隷の女の子は人数に限りがあります。
毎日のように殺してしまっては殺す女の子がいなくなってしまいます。奴隷の女の子の殺害は、僕の予測ではだいたい年に1~2人でしょう。明仁は殺す事が大好きですから、そんな頻度では足りないのです。殺害の欲望(何という低劣かつ野蛮かつ原始人的な欲望でしょうか…呆)を→
→満足させる事ができないのです。そこで【動物】を殺す方向に走ってしまった、という事のようなのです。【ネコのハンバーガー】ですから、きっと子犬や子猫を買うなり貰ってくるなりしてきて、育てもせずにいきなり四肢切断してナイフでメッタ刺しにして殺すのでしょう。殺害が目的ですからね。
そして本当に呆れ返る事に、その殺した子猫の肉をも食べているという事のようなのです。女の子の死肉を食べまくり、自らの手で殺した子猫の肉をも食べる…。まさに呆れ果ててモノも言えないといった気持ちにさせられます。何をやっても許されるポジションに身を置き、完全に感覚がマヒしてしまった→
→としか言いようがありません。正気の沙汰ではありません。狂人としか表現できません。えー、これも予測でしかありませんが、明仁の動物の殺害は、かなりの高頻度で行われているのではないかと思われます。殺害の欲望を満たすために、それこそ月1回くらいで殺しているのでは→
→ないでしょうか?皆さま、ぜひとも!ぜひとも!神から賜った正常なる理性でもって正しい判断をして頂きたいと強く強く願います。そしてここでひとつ、皆さまにぜひ知っておいて頂きたい大切な霊的知識があります。それは、動物を殺すという事が、霊的に見た時、大変宜しくないという事です。
皆さまに、僕からこの霊関連書籍をご紹介させて頂きます↓ ----- ■ペット���死後も生きている スピリチュアリズムが明かす動物の死後  シルビア・バーバネル著 近藤千雄訳 ----- この書籍の中には、何十年も精肉工場で働いてその後帰幽した霊、→
→要するに屠殺を仕事にしていた霊(人間)が、帰幽後に幽界で大変ヒドイ目に遭っている内容が紹介されています。ぜひ皆さまにもお読み頂きたいのです。シルバーバーチ霊も仰っていますが、動物は人間が保護すべき存在であり、人間の食糧として地上に存在するのではありません。
現在地上に蔓延している【肉食】という食習慣、これは霊的に見た時、大変宜しくありません。ホワイトイーグル霊も「肉食は宜しくない」と書籍で仰っています。とは言えそういう僕ももちろん肉、魚を食べて暮らしてきました。が、霊性発現3か月前(2012年3月頃)この時点で僕の肉体は→
→だいぶ浄化が進み、もうほとんど肉を食べる事を受け付けなくなっていたのですが、かろうじて鶏ムネ肉だけは食べていたのです。しかし、その鶏肉を口に入れた瞬間、何とも表現しようのない「不快な味」の体験をして、それ以来、肉、魚、動物油脂が一切食べられなくなりました。
そしてその後、霊性発現(2012年6月頃)し、守護霊様に「絵から離れて霊関連書籍でお勉強しなさい」との導きを受けて、しぶしぶ絵から離れて読書に没頭した(2012年8~12月くらい)という流れだったのです。僕は知識より先に体験が来たという、相当まれなパターンだったのでは→
→ないでしょうか(汗笑)現在の僕はオール植物食ですが、同年代の他の男性とは比べ物にならないくらい超超超元気です☆山にも何の問題もなく行き続ける事ができています。僕は自身の体験測から絶対の自信をもってこう公言しますが、僕たち人間は肉食動物としては作られていないという事です。
植物食のみで全く何の問題もなく生きていけるように僕たちの肉体は作られているのです。ホワイトイーグル霊が仰っていますが、肉食という習慣は、人類が霊的に進歩、向上するに従って無くなっていくものです。そして今日のインスピレーションで「牛が感謝してる」というものがありました。
これは比喩でも何でもありませんよ。言葉の通りの意味ですよ。動物にも感情があります。地上で屠殺された牛、豚たちは霊界で元気に暮らしているのです。(最も、動物は個的存在を永遠には維持できず類魂に埋没してしまいますが)脳天をハンマーで砕かれ首を切られて屠殺された肉牛たちが、→
→霊界で僕の今回のブログに対して感謝の念を抱いているという霊団からのメッセージなのです。ご覧の皆さまにはこの機会にぜひ、肉食という食習慣についてもお考え頂きたいと思うのです。牛ちゃんいいわ♪(この画像は乳牛ですね笑)
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はい。だいぶ話がそれましたので本題に戻ります。皆さま、平成天皇、明仁が【処刑遊び】と称して奴隷の女の子を徹底的に殺しまくっている事、さらに、それに飽き足らず動物までも虐待(殺害)し、女の子の死肉を食べるのと同様に自らの手で殺したネコの肉までも食べているという事実を→
→鑑みた時…霊団が降らせたこのインスピレーション【地球ワースト1】の意味がしみじみと感じられないでしょうか?僕はこの【地球ワースト1】に激しく納得します。上記にツイートの紹介もしていますが、ずっと善人を装って悪行の限りを尽くしていたという意味において、霊団は→
→明仁の事を【地球ワースト1】と表現したのです。霊界から俯瞰の目線で地上を眺めた時、人間の心は丸見えです。ですから、事実霊団の仰る通り、現在地上に生活している全人間の中で最も邪悪、という事なのです。今日受け取らせて頂いたインスピレーションにも、霊界の方々の、→
→明仁に対する憎しみの気持ちがにじみ出ています。本当に許せない気持ちで天皇一族の蛮行を見ておられたのでしょう。強姦殺人魔ファミリーを滅亡させるという、この霊界全体の悲願が1日も早く達成される事を、僕、たきざわ彰人は願わずにいられませんし、そしてこのブログをご覧の皆さまも→
→僕と同じ気持ちでいる事を…本当に強く信じずにはいられません(本気祈)えー、最後に…。これは以前からずっと思っていた事なのですが「やはりマズいだろう」と踏みとどまってブログ、ツイッターでは書かずにここまで来た“ある思い”があるのです。が…もうここまで来ましたので思い切って→
→ブログにて書き残す事としました。皆さま、平成天皇、明仁は想像を絶するレベルの殺人鬼です。女の子を殺して殺して殺しまくってきました。その殺人鬼が、戦争で帰幽した人々を慰霊する活動をしていますよね?強姦殺人魔、殺人鬼が死者を慰霊…。
これは三千余年の人類史上において、最大級、MAXレベルの“ギャグ”ではないでしょうか…?どんな最高のコメディアンでも、このギャグを凌駕する事はできないでしょう。まさに“茶番”の究極形と言えます。それにそもそも死者は霊界で元気に暮らしているのです。悲しむ必要などないのです。
では、神から賜った正常な理性を駆使して僕のブログをお読み下さっている方々が、天皇一族を滅亡させると共に、僕を霊媒とした交霊会が1日も早く始まる事を待���望んでおられると信じ、神の御前において滅私・謙虚の祈りを捧げるものです(祈)†
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sorairono-neko · 5 years ago
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 ヴィクトルの演技を、勇利はもう何十回も見直していた。幼いころから、ヴィクトルの踊っているところは夢中で見ていたし、姉に「またなの?」とあきれられるほどくり返し再生したけれど、これは特別だった。だってヴィクトルの復帰試合なのだ。ヴィクトルは長いあいだ、勇利のコーチとして働き、競技のほうは休養していたのである。もちろんそのあいだ、ヴィクトルがまったくすべっていなかったというわけではない。勇利と一緒にいつも氷にのっていた。しかしそれはあくまで勇利のためで、試合に出ることを考えた真剣な練習ではない。ときおり、思い出したように過去のプログラムを演じて見せてくれたけれど、それだけのことだ。たとえば勇利がその程度の稽古で試合に出ろと言われたら、きわめてみじめな結果になるだろう。それなのにヴィクトルは、ロシア選手権で、これまでとはまるでちがう、これまで以上のすばらしい演技をして見せたのだ。その復帰試合の映像を初めて目にしたとき、勇利は、ヴィクトルはこんなにうつくしいんだ、と思い、頬には知らず知らずのうちに涙が流れた。  それからは、寝てもさめてもヴィクトルのことばかり考えた。あんなに神々しい演技、あれほどのことができるヴィクトル、なんてすばらしいんだろう、なんてすてきなんだろう、とそればかりだった。ヴィクトルが自分のコーチだということも勇利は思い出せなかったくらいだ。とにかく氷上のヴィクトルに夢中で、ほかのことは考えられなかった。表彰台のヴィクトルが、気取ったしぐさで金メダルにキスしたとき、勇利は、ああ、この光景がまた見られるんだ、とそのことにも泣いてしまった。どうしようもなくヴィクトルのことが好きで、ヴィクトルのことだけを想い、ヴィクトルしか目に入らなかった。 「ヴィクトル、かっこよか……」  ああ、ヴィクトル。ヴィクトルの試合が見たい。彼の姿を瞳に直接焼き付けたい。これまで以上にうつくしく、華麗で荘厳なヴィクトルの演技。神々しいほどのプログラム。皇帝の名にふさわしいあの威厳。すべてを肌で感じたい。 「ヴィクトルを見たい……」  そうつぶやいた瞬間、勇利はもう立ち上がっていた。彼はバックパックに必要なものをつめこみ、「しばらく帰ってこないから!」と家族に声をかけて家を飛び出した。電車に飛び乗り、移動しながらすべての手配を済ませた。勇利はのんびりしているように見えるかもしれないけれど、やるときは熱中する性質なので、あっという間にチェコはオストラウにたどり着いていた。それはヨーロッパ選手権が開催される地だった。雪がひどかったので、ちゃんと飛行機が着陸できるか心配だったのだが、それほど待つこともなく望み通りオストラウ��地を踏みしめることができた。 「さむっ……」  外へ出た勇利は、ニット帽をかぶり直し、下げていたマスクを鼻の上まで引き上げて身をふるわせた。眼鏡がすこし曇った。 「えっと……」  とりあえずホテルへ向かった。荷物を置いたら散策しようと思っていたけれど、それどころではなかった。時差に勇利はまいってしまったのだ。バルセロナに行ったときもそうだったが、差が八時間あると体内時計は狂ってしまう。チェコと日本の時差は、スペインと日本のそれと同じである。 「あー、だめ……」  勇利は早々にベッドにもぐりこみ、深く眠った。目ざめる前に夢を見た。ヴィクトルが出てきた。彼は氷の上で優雅に舞っており、勇利は客席から彼をうっとりとみつめているのだ。ヴィクトル、かっこよか、と感激したところで目がさめた。 「いい夢だった……」  勇利はふわっと笑ってつぶやいた。これは正夢だ。もうすぐヴィクトルを見ることができるのだ。  食事を済ませてから、持ってきた雑誌をひろげた。それはフィギュアスケート雑誌の最新号で、ヴィクトルの記事がたっぷりと掲載されていた。もともと世界的に有名なヴィクトル・ニキフォロフだが、彼は日本の勝生勇利のコーチでもあるので、このところ、日本ではますます知名度が上がっているのだ。勇利は、勝生勇利のおかげでヴィクトルの記事が増える、と感謝した。 「あ、勝生勇利ってぼくだ」  それはともかく、勇利は雑誌を読み耽り、満足してから再び眠りについた。  翌日は、道に迷いながら、雪の中を一生懸命会場へ向かった。今日は男子のショートプログラムがある。しかし、勇利の目当てはそれだけではない。 「ヴィクトルー!」 「クリス!」 「エミル!」 「ユーラチカー!」  黄色い声援が飛び交う中、選手たちが会場入りする。もちろん勇利も大勢のファンに紛れこんでその様子を見学した。ものすごい揉み合いである。ファンとしてこういう場に参加するのは、じつは勇利は初めてではないのだけれど、過去にないほど活気にあふれていた。それだけヴィクトルの復帰をみんなが待ちわびていたということだろう。よくチケット取れたなあ、と勇利は息をついた。開催地がチェコだからよかったのかもしれない。ロシアでは無理だっただろう。確か来年はモスクワで開催だ。次はチケット争奪戦だぞ……と勇利は気を引き締めた。  ヴィクトル、ヴィクトル、と呼ぶ声が多かった。勇利も一緒になって叫んだ。 「ヴィクトル、かっこよかー!」  日本語で言った。ものすごく気持ちよかった。すると、戸口の前でヴィクトルが立ち止まり、振り返ったからどきっとした。でも、もちろん勇利の声が聞こえたわけではないだろう。彼はかけていたサングラスを外すと、にっこり笑い、片目を閉じて愛嬌を振りまいた。悲鳴と歓声が上がる。勇利も両手を握り合わせて、みんなと一緒に「きゃー!」と叫んだ。ヴィクトルのファンでいられるって最高……。  ヴィクトルが笑顔で手を振って中へ入っていく。勇利はいつまでも彼の消えた扉をみつめていた。ヴィクトルだ……。なんだか泣きそうだった。かっこいい。すごくかっこいい。ぼくの神様。王子様。 「あなたもヴィクトルのファンなの?」  隣にいた女の子が話しかけてきた。金髪でそばかすのある、気のよさそうな少女だった。癖のある英語を話す。 「うん、そうだよ」  勇利は興奮気味に答えた。 「男の子でも彼の魅力がわかるのね。当然よね。かっこいいわよね、彼!」 「うん! ぞくぞくきちゃう! 最高!」 「ああ、ヴィクトルにほほ���みかけられたいわ。ちょっとでもいいから話したいわ。彼、去年、自分の生徒にリンクでキスしたのよ。見た? すごいわよね。ユーリ・カツキって選手。知ってる?」 「知ってる。うらやましいよね!」 「みんなは、あれはしてない、ぎりぎりだ、とか言ってたけど、私はしてると思うわ。あなたは?」 「ぼくもそう思う!」  会場に入り、客席に腰を下ろした勇利は、もう完全にのぼせ上がってしまっており、あとでいくら思い出そうとしても、ヴィクトルが登場するまでの記憶がなかった。ヴィクトルがもうすぐすべる、それを見られる、ぼくが、ぼくがこの目で、と思うと全身がふるえるほどだった。勇利の頭の中はヴィクトルでいっぱいだったのだ。ヴィクトルの滑走順は最後で、彼がリンクサイドに姿を現したとき、勇利は興奮のあまり泣き出してしまった。 「ちょっと、大丈夫?」  隣にいた女性に心配された。 「だ、大丈夫です……問題ありません……」 「ヴィクトルを見に来たの?」 「はい……」 「わかるわ。そうなるわよね。ロシア選手権の演技もすごかったわよね」  勇利は、ヴィクトルのロシア選手権の演技がどれほどすばらしかったかを演説したかったけれど、ヴィクトルを見るのに夢中でものが言えなかった。  前の選手の演技が終わり、ヴィクトルが氷にのる。地響きのような歓声が上がった。勇利も喉を嗄らして「ヴィクトル!」と叫んだ。ヴィクトルがコーチと何か話している。彼はまったく緊張しているようには見えなかった。微笑さえ浮かべ、くつろいだ様子でうなずいていた。ヤコフが何か言いかけるのを、「わかったわかった」というように愛嬌のあるしぐさで遮ったのでみんなが笑った。 「はあ……ヴィクトル、かっこよか……演技前でもぜんぜん緊張しとらん……さすがヴィクトルばい……」  ヴィクトルの名前が読み上げられ、彼は歓声に応えながらリンクの中央へ向かった。勇利は再び涙ぐんでいた。両手をかたくかたく握り合わせ、ヴィクトルの一挙手一投足を見守る。スタートポジションについたヴィクトルは、目を伏せ、優しいまなざしでみずからの手を見た。何をしているのだろう? 勇利は首をかしげた。ヴィクトルのルーティンにこういうものはなかったはずだけれど。 「指輪を見てる」  隣の女性がつぶやいた。勇利は瞬いたが、その瞬間、ヴィクトルが静止し、わずかな間のあと、音楽が流れ出した。ヴィクトルがなめらかにすべり始める。  それからの約一分半は、勇利にとって目がくらむほどの陶酔の時間だった。勇利は、ぼくはあの一分半のために生まれてきたのではないかとあとになって思った。それほど濃密で、息もできないほどうつくしく、崇高な時だった。勇利は夢見るような瞳でヴィクトルの姿を追い続けた。釘付けだった。  ヴィクトルの演技が終わった瞬間、勇利は勢いよく立ち上がって思い切り手を叩いた。もちろん、まわりの観客もそうしていた。数々の花束がリンクに投げこまれる。そこで勇利はようやく気がついた。花を支度していない。そんなことも思いつけないほど、勇利の頭の中はヴィクトルでいっぱいだったのだ。  ヴィクトルが丁寧な挨拶をし、ぬいぐるみをひとつ拾った。まわりの女性が「かわいい!」と叫んだ。プードルのぬいぐるみだ。マッカチンだ、と勇利はにこにこした。  キスアンドクライで、ヴィクトルはマッカチンのぬいぐるみを膝に置き、マッカチンのティッシュカバーの奥からティッシュペーパーを引き出した。あのカバーはいまぼくのところにあるはずなのに、と勇利は思い、ヴィクトル、マッカチンたくさん持ってるんだなあ、とほわっとした感情をおぼえた。ヴィクトルが手を振ってから鼻をかんだ。さすがヴィクトル、鼻をかむ姿もかっこよか……。  ヴィクトルの得点が出た。二位を大きく引き離して、いちばんだった。勇利は当然だと思いながらも、歓喜の悲鳴をまわりのみんなと一緒に上げた。ヴィクトルは笑みを浮かべ、うんうんとうなずいた。ヤコフが何か言っている。ヴィクトルは怒られているのだろうか? どこがいけなかったのか、勇利には想像もつかなかった。ていうか、ヴィクトル、パーソナルベスト更新してもいいんじゃないの? 採点員はわかってないな!  そのあと、どうやってホテルへ戻ったのかよくおぼえていない。とにかく気持ちがふわふわと浮ついて、夢見ごこちだった。興奮で食事が喉を通らなかった。  ああ、ヴィクトル……。  かっこよかった……。  すごかった……。 「……ヴィクトル」  勇利はベッドの上を転げまわり、ヴィクトルのすばらしい演技に思いをめぐらせた。指先の繊細な動き、視線の使い方、思いのこもった表情、身体のしなり、音楽のとらえ方、そしてジャンプの入り方、着氷――何もかもが完璧だった。八ヶ月もやすんでいたとは思えない。ヴィクトル・ニキフォロフは絶対王者だというのが演技から伝わってきた。これが最高ではない。もっともっと、今後、どんどん彼のすばらしさがあますところなく発揮される。そんな予感をおぼえるプログラムだった。 「ああ、ヴィクトル、ヴィクトル、ヴィクトル……」  勇利は幾度も���息を漏らした。頬は紅潮し、ちょっとしたことで目がうるんでしまう。 「ヴィクトル、好き、好き好き……」  その夜は、ヴィクトルの比類ない姿を思い浮かべながら眠りについた。勇利はしあわせだった。  翌日はシングル男子の試合はなかったので、勇利は一日ホテルにこもって過ごした。雪がひどく、外は寒そうだったけれど、そんなことは頭になかった。勇利は退屈しなかった。彼は両手を組み合わせ、ぼんやりと視線を宙に投げ、うっとりした表情で昨日のヴィクトルの演技を思い出していた。そうしているだけで時間は飛ぶように過ぎた。ときおりは、会場入りするときのヴィクトルを思い浮かべた。スケートをしていないおりでも彼は優雅な身のこなしをしており、すばらしく洗練された物腰でふるまうのだ。振り返り方、そのときの髪の揺れ方、サングラスを取るときの手つき、片目を閉じる上品さ――、どれをとっても文句のつけようがない。勇利は上気させた頬に手を当て、「ヴィクトル……」と幾度もつぶやいた。彼は恋に落ちた乙女のようだった。  夜になると勇利は、明日のフリースケーティングに備え、早めにやすんだ。翌朝はきちんと朝食をとり、心構えをしっかりした。万全の体調でヴィクトルを見るのだと彼は意気込んでいた。ああ、またヴィクトルに会える、彼の姿を目に焼き付けることができる――そう思うと勇利はこれまでにないほど気持ちが高揚した。  もちろん、今日もヴィクトルの会場入りを見守った。勇利はもみくちゃにされながら、大勢のファンに交じって声を張り上げた。 「ヴィクトル、ヴィクトル、かっこいい! ヴィクトル、ショート最高だった。ヴィクトル好き! 大好き!」  ヴィクトルは親切にファンたちを振り返り、にっこり笑って手を振った。勇利は思わず隣にいた少女に話しかけてしまった。 「見た? 見た? いまのヴィクトル見た!? クッソかっこいい!!」 「見た! ほんとかっこいい!」  ほかの者たちも同意した。ファンのこころはひとつだった。 「すごいわよね、ヴィクトルと普通に話せる人もこの世に存在するんだもんね」 「ほんとにね! ヴィクトルを目の前にして落ち着いてられるってどういう人間なんだろう。もう、信じられないよ! ぼくだったら絶対興奮して頭が変になっちゃう!」  勇利はこぶしを握って力説した。  先日もそうだったけれど、勇利は客席で、まわりを見まわす余裕もなかった。ただヴィクトルの出番を待ちわび、彼の姿を望んだ。精神状態がおかしくなっているんじゃ、と自分で疑ったので、とにかく深呼吸をして気持ちを鎮めた。ヴィクトルの演技前に倒れて医務室へ運びこまれる、なんていう事態は絶対に避けなければならない。落ち着け、落ち着け。  ヴィクトルは今日も最終滑走だった。彼がリンクサイドにやってくると、勇利は目をきらきらと輝かせ、じっと見入った。眼鏡を押し上げて、最適な位置にレンズを動かすことも忘れない。眼鏡の度数を変えておけばよかったかな? そんなこと、いま考えても仕方がない。ヴィクトルだ。ああ、ヴィクトルだ! 「ヴィクトルー! ダバーイ!!」  ヴィクトルがスタートポジションへ向かってすべり出すと、勇利は声を限りに叫んだ。うつくしい衣装の裾がひらりと翻る。勇利はヴィクトルのこの衣装が大好きだった。色といい、デザインといい、完璧だ。いかにも気高く、皇帝にふさわしい。昨季から着用しているものなので、勇利はヴィクトルが衣装を変えてしまうのではないかと心配していたのだ。ヴィクトルのことだから、どんなものでもうつくしく着こなすだろうけれど、しかし勇利はこれがよかった。作製の時間がないからか、それともヴィクトル自身も気に入っているのか、彼がロシア選手権でこの衣装をまとって現れたときは、少なからず感激した。これを着こなせるのはヴィクトルしかいない、と思った。  ヴィクトルが静止した。彼はふうっと息をつくと、右手を持ち上げ、そっと薬指にはめた金色の指輪に接吻した。観客がどよめき、勇利も陶酔したようにそのしぐさをみつめた。  ヴィクトル、かっこよか……。  金メダルにするときもそうだが、ヴィクトルは、キスという動作が本当に似合うのである。  ヴィクトルが優しいまなざしで指輪をみつめ、ゆっくりと手を下ろした。ひと呼吸おいたあと、アリアの叙情的な旋律がささやくように流れ出る。それに乗って、なめらかにヴィクトルがすべり始める――。  勇利はほうっと溜息をついた。なんてうつくしいのだろう。この世のものとは思えない。「離れずにそばにいて」。昨季からのプログラムである。しかし勇利は、それが新鮮さをともなってこころに迫ってくるのを感じた。ちっとも見慣れたという気がしない。ヴィクトルはいつだって新しい感性をくれる。去年までのヴィクトルとぜんぜんちがう。あのときもすてきだったけれど、いまはもっと――もっと――ああ、言葉にできない!  ヴィクトルはほほえみさえ浮かべて踊っていた。「とんでもない鬼プロ」とスケート仲間のあいだでささやかれるそれを、甘く魅惑的に。舞いを見ているかのようだ。そうして人々を惹きつけておいて、難しいジャンプを鋭く跳ぶのである。はっとめざめさせられる。  ヴィクトル、貴方はなんて綺麗で威厳があるのでしょう。ぼくはもう、貴方にすべてを捧げたくなる。ううん、でも、そんなふうに考えることさえ畏れ多い――。  勇利はつぶらな瞳を大きくみはり、くちびるをわずかにひらいてヴィクトルに見蕩れていた。ヴィクトルが最後に両手を肩に添え、天を仰いだとき、勇利の瞳からは大粒の涙があふれた。 「ヴィクトル……」  しかしヴィクトルの姿を見逃すわけにはいかない。勇利は急いで眼鏡を上げ、手の甲で目元をこすると、風格のある長身に目をこらした。ヴィクトルは両手を下ろしたあと、右手だけをすっと上げ、最初と同じように指輪にうやうやしくくちづけした。それから笑顔で手を振った。彼は丁寧な挨拶を幾度もした。勇利は立ち上がり、てのひらが痛くなるほど拍手した。ヴィクトルはリンクの出口へ向かう途中、ふと視線をめぐらせ、ひとつのぬいぐるみへ寄っていった。マッカチンかな、と思った勇利は大きく瞬いた。思わずつぶやいた。 「あのぬいぐるみ、なに?」  勇利のちいさな声を聞き取った隣の観客が答えた。 「ユーリ・カツキよ! 手作りみたいね。『エロス』の衣装着てる。かわいい!」  ああ、なるほど。ユーリ・カツキか……。ヴィクトルの生徒のぬいぐるみを誰かが気遣って投げ入れたのだ、と勇利は納得した。ヴィクトルうれしそう。よっぽど自分の生徒が好きなんだね……。  キスアンドクライに座ったヴィクトルは、ぬいぐるみの手を取り、左右に振ってにこにこ笑っていた。勇利は、ヴィクトルが歴代最高得点を塗り替えるのではないかと考えた。胸がどきどきした。勇利は瞳を輝かせながら採点を待った。  会場の大型モニタに、ヴィクトルが足元にあるモニタをみつめる光景が映し出されている。結果を知らせるアナウンスが流れた。歓声が上がった。「Rank1」という文字が映し出される。ヴィクトルが金メダルだ。  予想していたことなのに、勇利はたまらなくうれしくてまた泣いてしまった。歴代最高得点は更新できなかった。しかしヴィクトルならそのうち抜いてくれるだろう。とにかくヴィクトルは最高だった。  表彰式のあいだも、勇利はずっと夢見ごこちだった。さらにその気分は続いた。翌日のエキシビションで、ヴィクトルはなんと勝生勇利のショートプログラム「エロス」を披露したのだ。これには会場じゅうが悲鳴を漏らした。勇利は両手を頬に当て、歓声を上げっぱなしだった。ヴィクトルかっこいい、と瞳は常にうるんでいた。勝生勇利の見せる誘う駆け引きとはちがう、まるで最初から「おまえは俺を愛してるだろう?」と魅了するような「エロス」だった。さあおいで。そんな目をするなら抱いてあげるよ。その代わり、忘れられなくなっても知らないよ。――そうして惹きこまれた。勇利はふるふるとふるえながら、「抱いてください……」とつぶやいてしまった。日本語だったので誰にもわからなかっただろうけれど、もし通じる者がいたとしても問題はなかっただろう。なぜなら、会場じゅうがそんな感情でいっぱいだったからである。勇利は、「ヴィクトル、ぼくを抱いてー!」と今度は叫んだ。  勇利はみちたり、これ以上ない幸福感を抱いてホテルへ戻った。彼は何をするにもヴィクトルのことを考え、ヴィクトルの圧倒的に男っぽい微笑、なまめかしい指先、そして胸がずきずきするほどのつやっぽさと色気を思い起こしては涙を流して時間を過ごした。人間が暮らしをいとなむために必要なこともするにはしたけれど、食事も入浴もすべて上の空だった。勇利は自分が何を食べたか思い出せなかった。  ベッドにもぐりこんだ勇利は、来てよかった、とこころからの満足を感じていた。これで明日からまた生きていける。ヴィクトルがいればこの世界は輝くし、勇利の人生はばら色だ。  翌朝勇利は上機嫌でホテルをチェックアウトし、空港へ向かおうとした。しかし、ものすごい吹雪に遭い、行き倒れそうになった。そのときもまだ勇利はヴィクトルのすべてにこころを奪われていたので、まるで理解していなかったのだけれど、交通機関は麻痺し、道をゆく人はまったくいない状態だった。さすがに生命の危機を感じたとき、ようやく勇利は我に返り、このままではまずい、と青ざめた。これではきっと飛行機は飛ばないだろう。そもそも空港にたどり着けないし、あたたかいところへ避難しなければ大変なことになる。  勇利はホテルへ引き返そうとした。しかし、ずいぶん歩いてきてしまったので、とても帰れそうになかった。どうしよう?  そういえば、もう一軒ホテルがあった、と思い出した。そちらのほうが都合がよかったのだけれど、泊まり賃が高くて断念したのである。だが、いまはそんなことは言っていられない。ここからならたどり着けるはずだ。勇利はふらふらしながら記憶を頼りに道を曲がった。  雪にまみれ、ほとんど雪だるまになって、勇利はようやくホテルにたどり着いた。泊まっていたところより豪華なつくりにいくらか気後れしたけれどどうしようもない。とりあえず部屋が空いてるか訊いて……と中へ入ろうとしたとき、ちょうど出てきた宿泊客にぶつかってしまった。 「あ、ごめんなさい……」  勇利はしりもちをつき、ずれた眼鏡に手をやった。 「こちらこそ。失礼」  長身の男性が言った。勇利は曇った眼鏡越しに相手を見たが、その瞬間、一気にのぼせ上がった。  ヴィクトルだ! 「えっ、あ、あ、えっ、えっ、なっ……」  まともにしゃべれなくなってしまった。こんなところにヴィクトルがいるなんて! 信じられない。ここは選手が泊まるホテルだったのだろうか? 勇利はそこまでは知らなかった。なんという幸運。でもいま自分は、���だしくみっともない姿をしているのである。勇利は急に気恥ずかしくなった。なんだこの垢抜けない貧しそうな子どもは、と思われたかもしれない。サインが欲しいけれど、そんなことを言っている場合ではない。 「あ、うんと、ヴィ、ヴィクトル、え、えっと、や……」  しどろもどろになった勇利をヴィクトルは助け起こし、それからぱちりと瞬いた。彼は大きく目をみひらき、どうして、というようにつぶやいた。 「勇利……?」 「えっ」  そこでようやく勇利は、自分がヴィクトルの生徒なのだということを思い出した。いや――もちろんそれは事実として頭の片隅にあったのだけれど、勇利はひと月ほどずっとひとりで練習していたし、そのあいだ、ヴィクトルのことを画面越しにしか見ていなかったし、オストラウに来てからはファンとしての感情しかなかったしで、そういう心構えが吹き飛んでしまっていたのだ。 「す、すみませんでした!」  勇利は反射的に逃げ出そうとした。なぜかはわからないけれど、自分の存在をヴィクトルに知られたくない、と思った。たぶん、練習もせずにこんなところにいることとか、そこまでしたかったファン心理とか、それを気持ち悪いやつだと思われるのではないかとか、そんなことが心配だったのだろう。勇利はヴィクトルにくるりと背を向け、重厚な扉を押し開けて外へ飛び出した。 「わっ」  雪に足を取られて勢いよく転んだ。勇利は雪につっぷした。 「勇利!」  ヴィクトルが慌てて出てきて勇利を抱き起こした。 「大丈夫かい? 急に外へ出るから……」  どこも痛くなかった。そんなことよりヴィクトルから逃げ出したかった。勇利はまっかになり、マスクを引き上げ、マフラーに顔をうめるようにしてうつむいた。 「ぼ、ぼくは勝生勇利ではありません」 「え?」 「人違いです。失礼します」 「あ、ちょっと」 「さよなら!」 「勇利!」  勇利は立ち上がり、よろよろと駆け出した。幸い、風はよわまり、雪もさっきほど降っていなかった。これなら前も見えるし歩ける。もとのホテルへ戻れそうだ。勇利は雪の深さに不自由しながら、脇目もふらず歩いた。とにかく安全な場所へ行きたかった。この寒さがなく、ヴィクトルもいないところへ。 「はあ、はあ」  息を弾ませつつ、ようやく目当てのホテルへたどり着く。一時間ほど前に出たばかりの建物なのに、ひどくなつかしく感じた。とにかく疲れた。もう一泊できるか訊かなければ。ロビーには人が多い。勇利のように予定の狂った旅行客だろう。泊まれるだろうか、と不安になった。扉の前で雪を払い落とし、ふらふらしながら受付へ行こうとしたとき――。 「勇利」  やわらかくて艶のある声にはっきりと呼ばれ、勇利は飛び上がった。おそるおそる振り返ると、観葉植物の陰にヴィクトルがいて、腕を組み、にこにこしながら勇利を見ていた。 「やあ。ひどいな。なぜさっきは逃げ出したりしたんだい?」 「あ、あの……」  勇利は青ざめた。どうしてここに? なんで? なぜ勇利の居場所がわかったのかも不思議だし、勇利よりさきにたどり着いているのもおそろしい。 「ぼ、ぼくは勝生勇利ではありません……」  勇利はちいさな声で反論した。ヴィクトルがおおげさに目をみひらく。 「勝生勇利じゃないだって?」 「は、はい……」 「この俺を置いてきぼりにするなんて、そんなこと、この世界で勝生勇利しかしないはずなんだけどね」  ヴィクトルはつかつかと歩み寄ってきた。勇利はうろたえ、ヴィクトルは勇利の手首をしっかりとつかんだ。もう一方の手でマスクとマフラーを下ろし、ニット帽も取ってしまう。 「ああ、やっぱり俺の勇利だ。こんなにかわいい子は俺の生徒しかいないよ。きみは勝生勇利だよ」 「い、いえ、あの……」 「で、俺の最愛の生徒がなんでこんなところにいるんだろうね? 俺のいとしい勇利はいまごろ日本の長谷津にいて、四大陸選手権のために練習をしているはずなんだけど。俺は夢を見ているのかな?」 「えっと……」 「まあいい。話は部屋で聞くよ。こんなところで言いあっていても仕方がない。おいで」 「えっ」 「こっちだ。勇利が逃げたりするから手間がかかるじゃないか。雪が激しくなったら移動できなくなるよ。早く」 「ぼ、ぼくはここに泊まるんです」 「残念ながら部屋は空いてないそうだよ。俺のところへおいで」 「でも……」 「野宿する気かい? 来るんだ」  勇利はヴィクトルに手を取られ、ふらふらしながらついていった。部屋が空いていない? 本当だろうか? しかし、どちらでも同じことだ。ヴィクトルにみつかってしまった以上、もう事態は勇利の思うようにならないのだ。  勇利は再び外へひっぱり出され、ヴィクトルのホテルへ連行された。ヴィクトルは受付でもうひとり泊まることを伝え、そのぶんの金額を支払った。 「ヴィクトル、ぼく、自分で払います」 「そんなことはいいからおいで。寒いだろう。俺のところはダブルだから問題ないよ。もともともう一泊する予定だったんだ。ちょうどよかった。明日にはこの天候もおさまるといいね。ちなみに、俺が勇利のホテルへ行けたのは、ここからいちばん近いホテルを考えて見当をつけたからで、きみより早くたどり着けたのは、俺がきみよりこのあたりの道を知っていたからというだけの理由だよ」  勇利はヴィクトルの部屋へ連れていかれた。勇利としては、引き立てられるという気持ちだった。ヴィクトルの部屋はそれほどひろくはなかったけれど、寝台が大きく、そして、枕元にぬいぐるみが置いてあった。マッカチンと、「エロス」の衣装を着た勝生勇利だった。 「さあ、服を脱いで。濡れただろう。着替えはある?」 「あ、あります」  本当に少ない荷物で来たから、それはすでに着た服だった。しかしほかに乾いているものはないし、どうしようもないので勇利はうなずいた。ヴィクトルはすこし考え、自分のトランクの中から清潔なジャージを取り出し、勇利に手渡した。 「これを着るといい」 「あの、結構です。悪いから……」 「いいから着て。下着は……」 「あっ、下着はいいです。あります」  前夜、入浴したときに手洗いして干しておいたのだ。勇利が慌てて手を振ると、ヴィクトルはふっと笑い、「じゃあ浴室を使って」と扉を示した。 「あの……」 「なんだい?」 「……すみません」 「いいよ。早く入って。試合前に風邪をひいたら大変だ。試合前じゃなくても大変だけどね」  勇利はおずおずと浴室へ行き、そこで熱いシャワーを浴びた。ああどうしよう、と頭の中はそればかりだった。ヴィクトルと会ってしまった。怒ってるかな? でもそんなことより、ヴィクトルはあのヴィクトル・ニキフォロフなのだ。どうしよう。どうしよう。どうしよう……。  ほかほかとあたたまった身体で部屋のほうへ行くと、ヴィクトルが窓際のテーブルで紅茶を飲んでいるところだった。 「おいで」  ヴィクトルがほほえんだ。勇利はぽーっとなった。遠慮がちにそちらへ行き、彼の前にちょこんと腰を下ろした。 「服、ありがとうございます」  ヴィクトルのジャージは勇利にはすこし大きかった。そしてよい匂いがした。ぼく、ヴィクトルのジャージ着てる……と勇利は興奮ぎみだった。  ヴィクトルは勇利のために、優雅な手つきでカップに紅茶をついだ。勇利は低い声で礼を言ってそれを飲んだ。 「さてと……」  ヴィクトルはソファの背もたれにもたれ、脚を高々と組んで勇利を打ち眺めた。勇利は赤くなって目を伏せた。ヴィクトル、かっこよか……試合でもかっこよかったけど、いまも……。 「説明してもらえるかな」 「え?」 「どうして勇利がこんなところにいるんだろう? 俺はびっくりしたんだよ。思いがけず勇利に会えてとてもうれしい。でもかなり混乱している。だから話して欲しい。どうして勇利はここにいるんだ?」 「え、えっと、あの、ぼく……」  何か言わなければ。ヴィクトルが説明を求めている。話さなければ。そう思うのに、勇利の舌はいっこうに動いてくれなかった。目の前にヴィクトルがいるのだ。あのヴィクトル・ニキフォロフが。あれほどのすばらしい、感動的な、たぐいまれな演技をしたヴィクトルが。勇利は喜びと興奮とで気持ちが高揚し、口が利けなかった。その代わり、どんどん頬が紅潮してくる。さっきまで雪にまみれて凍えていたのに、熱い湯を使ったり紅茶を飲んだりしたからではなく、内側から熱があふれてくるようだった。 「勇利? どうしたんだ?」 「…………」 「なんだい? そんなにじっと見て。きみは……」 「ヴィ、ヴィクトル」  勇利の口がようやく動いた。話せるとなると、勇利は一気に語り始めた。とめどなく言葉があふれた。 「あの、あの、ぼく、ヴィクトルの試合見ました。演技、見ました!」 「え?」 「すごかったです。すばらしかったです。気品高いヴィクトルの演技……、最高でした。泣きました。あの、上手く言えないんですけど、本当に感激しました。貴方が氷の上に戻ってきてくれてうれしいです。また貴方のスケートが見られると思うと、ぼくは喜びで胸が苦しくなります」 「……勇利?」 「かっこよかったです。綺麗でした。うつくしかった。すみません、月並みな言葉しか出てこなくて……ちょっといまぼく、とりみだしてて……。あのヴィクトルに会えるなんて思っていなかったし」 「…………」 「会場入りする貴方を待ってました。みんなに笑顔を振りまいてくれてうれしかった。どきどきしました。ヴィクトルはやっぱりファンに優しいなあって、ファン同士で盛り上がりました。みんな、貴方のことを偉大だって言ってました」 「…………」 「エキシビションも見ました。気高くて、崇高で、それから大人っぽくて、すっごくエロスで……ぞくぞくしました。抱いてあげるって言われてるみたいでした。ぼく、ヴィクトル、抱いて! って思いました。ホテルへ戻ってからもずっと、寝てもさめても貴方のことを想っていました」 「…………」 「来てよかったです。ありがとうございます。ヴィクトルが復帰してくれて本当にうれしい。それで、あの、ぼくずうずうしいと思うんですけど、いままでこんなこと言ったことないし、近づくのも無理だったんですけど、もうここまで来てしまったので、恥知らずだけどおねがいしてしまいます。よかったら、あの、あの……」  勇利はバックパックを探り、いつも持ち歩いているおぼえ書き用の大切なノートを取り出した。 「サインください!」 「…………」  ヴィクトルは黙って勇利をみつめていた。彼は���かにノートを受け取ると、新しいページを出し、ペンでさらさらと名前を書いた。 「宛名入れるの?」 「で、できれば……! あの、ぼく勝生勇利っていいます」  ヴィクトルは微笑を浮かべながら、「かわいらしい俺の勇利へ」と宛名を入れ、そのページを勇利のほうへ向けて差し出した。勇利はふるえる手でノートを引き取ると、胸に抱きしめ、泣きそうになりながらつぶやいた。 「ありがとうございます。宝物にします……!」 「どういたしまして」  にっこり笑ったヴィクトルはペンを置き、頬杖をついてからかうように言った。 「……で? つまり勇利は、ロシア選手権の俺の演技を見て気持ちが高揚し、いてもたってもいられなくなってヨーロッパ選手権を観戦しに来たということなのかい?」 「えっ……、は、はい、そうです」 「俺の演技を自分の目で見るまでは落ち着いて練習もできないと」 「は、はい」 「見ることさえできれば四大陸選手権に集中できるし、勉強にも、力にもなるからと」 「はい……」 「俺に連絡したら怒られるから���こっそり来たと」 「こっそりというか……そういうこと考えてなくて……」 「なるほど」  ヴィクトルはゆっくりとうなずいた。 「かわいいね……、勇利」 「あ、あの、ヴィクトル」 「なんだい?」 「訊いてもいいですか? ヴィクトルの演技、昨季とぜんぜんちがったんですけど、今回の心構えとか意識とか」 「おやおや。だんだんファン式からいつもの遠慮のない勝生勇利式に変わってきたな」 「あとジャンプ構成が……」 「あのかっこうでファンにまぎれこまれたら、さすがに俺も勇利だとはわからないよ。試合用の姿で来てくれたらよかったのに。でもね、おやっとは思ったんだ。なんとなく勇利の声が聞こえた気がしたんだよ。あまりにもおまえを恋しがっているから幻聴が聞こえるんだと思ったけどね。勇利、きみ、俺の演技前に『ダバーイ』と叫んだね」 「えっ」 「『エロス』はきみへ向けて踊ったプログラムだよ。抱いて欲しくなった? オーケィ。きみの解釈でまちがいない」 「あ、あの、ヴィクトル……?」  ヴィクトルは立ち上がると、勇利の手を取り、うやうやしく、しかし強引にベッドへ案内した。 「何を……」  押し倒され、勇利はとりみだした。ヴィクトル何なの!? 何しようとしてるの!? 「ファ、ファンにこんなこと……」 「まだそんなことを言ってるのか。皇帝ヴィクトル・ニキフォロフの魔法にかかっているようだね。俺がその魔術をといてあげよう」 「ちょ、ちょっとヴィクトル――」 「勇利……、会いたかったよ。あとで金メダルにキスさせてあげる。いまは俺にキスをして」 「あっ……」 「信じられない!」  身体のけだるさからようやくさめた勇利は、頬をふくらませて文句を言った。ヴィクトルは勇利に腕枕をし、のんびりと笑っている。 「なんでえっちなことなんてするの!? ぼくはヴィクトルの演技に本当に感動してたんだよ!」 「演技に感動することとセックスに感激することは相反しない」 「べつに感激なんてしてませんから!」 「いやだった?」 「……いやじゃないけど」  勇利がヴィクトルの胸に顔をうめて甘えると、ヴィクトルは陽気に笑って勇利の髪を撫で、耳元にささやいた。 「魔法がとけたようだね」 「う……」  ヴィクトルの親しみ深い愛撫を受ければ、遠くからあこがれているだけの子どものような精神ではいられない。 「……もうちょっとあのままがよかった」 「勇利は楽しいかもしれないけどね、俺はつまらないよ」 「だって……」  勇利は拗ねた。 「本当によかったんだもん、ヴィクトルの演技……」 「じゃあファンの言葉じゃなく、俺が溺愛する、俺の勇利の言葉で褒めてくれ」 「…………」  勇利はヴィクトルの喉元に接吻し、あえかな息をついた。 「ヴィクトル……」 「うん?」 「……すてきだった……」 「ああ」 「かっこよかった……もうわけがわからないくらいよかった……ロシア選手権も……。よすぎて、思わず家を飛び出しちゃったし、チェコにまで来ちゃったし、完全なファンに戻っちゃったよ……」 「勇利の愛情表現は複雑だ」  ヴィクトルが明るく笑った。彼のてのひらを背中に感じながら、ああ、ヴィクトルだ……と勇利は目を閉じた。 「ぼくのヴィクトルは最高……」 「ふ……」  ヴィクトルは勇利のまなじりにかるく接吻した。勇利はすりすりとすり寄った。ヴィクトルは手を伸べて携帯電話を取り、時刻を確かめた。それからすこし何か操作した。 「……あ」 「なに?」 「勇利、撮られてるよ」 「え?」 「ニュースになってる」  勇利は目をみひらいた。 「うそ!」 「本当。『ヴィクトル・ニキフォロフの秘蔵っ子、勝生勇利、ヨーロッパ選手権を観戦。関係者席にいないことから、ファンとして見に行ったものだと思われる。勝生は会場入りする選手を行儀よく待って、ほかのファンとともにニキフォロフに声援を送り、満足の様子だった。観戦中はニキフォロフの演技に夢中になっており、勝生勇利はヴィクトル・ニキフォロフのファンなのだということを改めて我々に思い出させた』だって」 「見せて!」  勇利はヴィクトルの腕をぐいと引いた。読んでみると、確かにヴィクトルが言ったようなことが書いてあった。眼鏡とマスクという姿の勇利の写真もある。両手を握り合わせて、目をうるませているではないか。勇利はまっかになった。この顔! こんなにとろけきって……。世界じゅうに知れ渡ってしまった。  気恥ずかしさのあまりヴィクトルに抱きつくと、彼は笑いながら携帯電話を戻し、勇利を抱き直した。 「俺のファンとどんな交流したの?」  勇利はすぐに立ち直った。確かにきまりが悪い。けれどよいではないか。ヴィクトルなのだ。誰だってヴィクトルの試合は見たいだろう。勇利は当たり前のことをしただけなのである。何も恥じることはない。 「みんなヴィクトルかっこいいって。ヴィクトルに話しかけられたい、笑いかけられたいって言ってたよ。そうそう、勝生勇利とリンクでキスしたかしてないかっていう話があるんだって」 「勇利はなんて答えたんだ?」 「してたと思う、って。あと、うらやましいよねって」 「おまえはどうかしている」 「そうかな……」  ヴィクトルがくちびるを重ねた。勇利はふるっとふるえた。 「……それから?」 「ヴィクトルの『エロス』見て、みんな『抱いて!』って雰囲気だった」 「俺が抱くのは勇利だけだよ」 「ぼく、ヴィクトルかっこよか! って叫ぶの最高に気持ちよかった。ヴィクトルのファンサービスうれしかった」 「普段、勇利にはもっとサービスしてるだろう?」 「そういうのとはちがうんだよ……」 「わからない子だな……」 「それに……、」  勇利はつぶやいた。 「このところは会ってなかったから、ヴィクトルのぼくへのそういうサービスとも無縁だったし……」  ヴィクトルはもう一度優しく勇利にキスし、ほほえんだ。 「いましてるじゃないか……」 「じゃあ、もっとして」 「何をしてもらいたい?」  勇利はおとがいを上げると、のんびりと笑っているヴィクトルを熱心にみつめた。 「いまになって気がついたんだけどね、ぼく、一ヶ月とすこしあとには、あのヴィクトル・ニキフォロフと戦わなくちゃならないんだよ」 「その通りだね」 「ヴィクトルは強くて、品位が高く、絶対的な威厳にみちていた……」 「勇利は可憐で凛々しく、逆らえないうつくしさにみちているよ」 「ねえヴィクトル」  勇利はヴィクトルに顔を近づけた。 「どうすればヴィクトル・ニキフォロフに勝てると思う?」 「…………」 「ヴィクトルはぼくのコーチでしょ。勝てる方法を考えてよ。そして練習の項目一覧をつくり直してよ」  ヴィクトルはおもしろそうな目で勇利をしばらく眺めていたが、「ファン式の勝生勇利は完全に終わったようだね」とうなずいた。 「そうだよ。ヴィクトルが魔法をといたんじゃない」 「しかし、ベッドの中でする会話じゃないな」 「そんなの知らない。ヴィクトル、ぼくをヴィクトルに勝てるようにして!」 「まさに勝生勇利式だ……」  勇利はベッドから裸で飛び降りると、テーブルにのっていたノートとペンを取り、再びヴィクトルの隣へすべりこんだ。 「ぼくがいま朝からやってる練習をおさらいするね。いい? まず基礎練をして、コンパルソリーをして、パート練習をして、ジャンプをやって、走りに行って……、三日に一度はランスルーをして……」  勇利はそれから一時間ほど、ヴィクトルと稽古についてまじめに話しあった。ヴィクトルに注意されたこと、新しくする練習について、こまかくノートに書いておき、あとで見直して役立てることにする。作戦会議が終わるころには、勇利は大満足のていでにこにこしていた。 「ありがとうコーチ。ぼく勝てそうな気がしてきたよ」 「その前に四大陸選手権があるけどね」 「練習のききめをためすいい機会だね」  勇利は機嫌よくノートをまくらべに置いた。ヴィクトルは勇利の髪にくちびるを寄せ、しばらく黙っていた。 「……勇利」 「なに」 「こっそり俺の試合を観戦するのは楽しかったかい?」 「うん、すごく」 「不公平だな」 「何が?」 「俺は勇利の試合でそうすることができない」  勇利は笑った。 「ヴィクトルはいつもぼくのいちばんそばにいて見ていてくれなきゃいやだよ」  ヴィクトルの長い指が勇利の黒髪をかるく梳いた。 「……前もって言って欲しかった?」 「うん?」 「ぼくが会場にいるってわかってたほうがよかった?」 「…………」  ヴィクトルは目を伏せて優雅に微笑した。 「いや……」 「そう?」 「もちろん、勇利がいると思えばうれしいけどね。ただ……」  ヴィクトルのくちびるが勇利の耳元に寄る。 「いつも、勇利が見ていると思いながら演技をしているよ。だから、同じことさ……」  勇利はその甘美な声にぞくぞくした。ファンの勝生勇利では味わえない、ヴィクトルの特別な愛だった。ヴィクトルは皇帝ヴィクトル・ニキフォロフの魔法はといたかもしれないが、ヴィクトルだけの魔術的な誘惑で、勇利をこうしてとろとろにとろけさせるのである。  勇利は頬を上気させ、とりのぼせたようにヴィクトルを見た。ヴィクトルが笑って、「夕食にするかい?」と起き上がろうとした。勇利はヴィクトルに抱きついた。 「勇利?」 「ファン式の勝生勇利は終わったの」 「ああ」 「生徒式の勝生勇利も終了だよ」 「うん?」 「ここからは……」  勇利は指先でヴィクトルのくちびるにふれ、世にも稀な清楚にみちたまなざしで彼をみつめた。若ざかりといった感じのしなやかな裸身が、ヴィクトルの身体にすり寄っていく。ヴィクトルが何かを耐えるような顔つきになった。 「勇利……、俺、試合を終えたばかりなんだけどね……」 「だめ……?」  勇利はけなげな表情で瞬き、慎ましやかにくちびるをふるわせた。 「いや……?」  ヴィクトルがまいったというように笑い出した。彼は勇利を抱きしめ、寄り添って楽しそうにささやいた。 「勇利……、本当におまえは俺を驚かせるな。こんなところへ現れたことも、そんなふうに『エロス』とはちがう方法で悩殺することも」  勇利は、四大陸選手権での再会をかたく約束してヴィクトルと別れた。たった二週間なのに永遠の別れのような気がして、勇利は泣いてしまった。ヴィクトルは優しくいつくしむように勇利の頬を撫で、愛情のこもった接吻を念入りにしてくれた。  帰国した勇利はまた時差にまいってしまって寝こみ、翌日、稽古を再開した。早朝、リンクへ行き、誰もいない氷の上に立つと、すがすがしい、さわやかな気持ちでいっぱいになった。しかし、ここにヴィクトルはいないのだ。あんなに一緒に練習したのに。ひとりにようやく慣れたというのに、チェコで彼に再会したことで、また勇利はさびしくなってしまった。 「ヴィクトル、さびしいよ!」  勇利はせつなさでいっぱいになり、リンクの中央で叫んだ。 「なんだって? それはいけない!」  そんな答えが反響し、勇利はこころの底からびっくりした。  なに? いまの……。  ヴィクトルの声……。  信じられない気持ちでおそるおそる振り返った。ヴィクトルが氷の上に立ってにこにこしていた。 「ヴィクトル……」  勇利の全身に、ぞくぞくっとした戦慄が走った。 「本物……?」 「驚かされっぱなしは性に合わないものでね。どう、びっくりしたかい?」  勇利の目に涙があふれた。勇利はものすごい勢いでヴィクトルのもとまで駆けつけ、彼に思い切り抱きついた。 「チェコで勇利に会ったときの俺の気持ちがわかった?」  勇利は泣きながらささやいた。 「いまのヴィクトル、何式?」 「勇利は何式でいてもらいたい? 皇帝式? コーチ式? それとも……」 「リンクではコーチ式でいてもらいたいけど、いまだけは我慢できないよ……!」 「オーケィ��  ヴィクトルはいつでも勇利を驚かせるし、いつだって勇利の望みをかなえてくれる、最高の男なのだ。
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sorairono-neko · 5 years ago
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インタビューウィズ…
「本日は、グランプリファイナル銀メダリスト、続く全日本選手権では金メダルを獲得されました、勝生勇利選手に来ていただきました。勝生選手、どうぞ」 「こんにちは。よろしくお願いします」 「よろしくお願いします。改めまして、グランプリファイナル銀メダル、全日本選手権金メダルおめでとうございます」 「ありがとうございます」 「すみません、シーズン中に出演をお願いして」 「いえ、大丈夫です」 「練習の邪魔ではありませんか?」 「すこしくらいなら平気です。もともと練習やりすぎで、もっとやすめと言われてるので。ただ、こういうインタビューは苦手なので……諸岡アナ……諸岡さんだからまだちょっと安心ですけど、あまり上手にしゃべれないかもしれません。すみません」 「私もこんなふうに長くインタビューさせていただくのは初めてかもしれません。勝生選手のことは、この仕事をする前から見守らせていただいてましたが」 「いつもお世話になってます」 「ジュニアのころのインタビューもおぼえてますよ。昔からずっと、『あこがれてるのはヴィクトル・ニキフォロフ選手です』『ニキフォロフ選手みたいなスケーターになりたいです』とおっしゃってましたよね?」 「言ってましたね……。そんなことも知ってるんですか?」 「そのヴィクトル・ニキフォロフ選手がいまは勝生選手のコーチというわけですが、あこがれの選手がコーチになるとはどんな感じなんでしょう?」 「どんな感じ……どんな感じですかね。うーん……」 「たとえば、もう緊張しちゃって話もできない、みたいなふうになるんでしょうか? 勝生選手、試合のときは、コーチといてもわりと普通に見えますが」 「いや、最初はそうでしたよ。緊張しました。このひとなんでここにいるんだろ、ってよく思ってましたから」 「そうなんですね。最近はインタビュー中にだいたいコーチがからんできて、勝生選手が無視するか、結局インタビューを乗っ取られるか、みたいなことに……」 「彼、選手だったから、ああいうところでしゃべるの慣れてるんですよ。選手だった、って、いまはもう復帰してまた選手ですけど」 「ニキフォロフ選手はインタビューの受け答えは丁寧なかたですが、勝生選手の取材中はもうかなりはしゃいでますよね」 「すみません」 「いや、ファンのみなさん喜んでると思いますが」 「静かにするように言っておきます」 「言って静かになるんですか?」 「ならないですけど。いまのところ、悪い結果はあんまりないからいいですけど、ミス連発したときどんなふうに絡んでくるのか考えるとこわいですね」 「ニキフォロフコーチは普段こわいですか?」 「いや、優しいですよ。でも、なんでもずばっと言うので、わりと精神に来るというか、彼が言ってることは正しいんだけど、正しいからこそ落ちこむというか、なんていうか……、あの、天才なので、わからないんですよね。凡人の気持ちが」 「凡人……、勝生選手が凡人と言ってしまうんですか?」 「『あ、それできないんだ』みたいな……、『勇利、そういうとこで失敗しちゃうんだ。へえ』みたいな反応されると傷つきますね。腹が立つので、絶対できるようになってやるって思うから、ある意味コーチの方針としては合ってるのかもしれません」 「やる気が出てしまうんですね。それは、ニキフォロフコーチは計算してやってるのでしょうか?」 「さあ……、なに考えてるのかよくわからないんですよね」 「ファンだった勝生選手は、前から知っていたわけですよね。ヴィクトル・ニキフォロフという選手を」 「はい」 「いまは復帰していますが、そんな彼が自分の専属コーチになって、ヴィクトル・ニキフォロフコーチになった」 「はい」 「そのときはどんな気持ちでした? さっきもうかがいましたが、もうすこし詳細に……」 「どんな……、そうですね……、なんかもうずっと夢みたいで……、毎日夢中でした。いまもなんですけど、いまはもうちょっと現実味を感じてますけど、あのころは信じられなくて。リンクで彼がすべってるとき、都合のいい妄想してるのかもしれないな、って思いながらぼんやり眺めたりして。でもすぐ、対決というか、えっと、ロシアのユーリ・プリセツキー選手が来て」 「温泉オンアイスですね。私も実況させていただきました」 「そうです。一週間でショート仕上げろって言われたので、それに一生懸命でした。まあそのあとも、まだ夢みたいだなっていう意識はあったんですけど、ヴィクトルと、あ、すみません、ニキフォロフコーチといろんな話をしたりして、だんだんなじんでいきました」 「けっこうですよ、『ヴィクトル』で。私もヴィクトルコーチと呼ばせていただきます。天才に話は通じるものなんですか?」 「五割くらいは通じます」 「半分ですか……」 「でも、向こうも通じないと思ってるみたいですよ。ヴィクトルの感覚が変だから通じないんだって言ったら、そうじゃない、勇利の考え方おかしい、みたいに言われました。解せないですね」 「なんとなくわかります」 「わかります? なんでですか?」 「勝生選手がシニアに上がった当時をおぼえています。私はその初めての試合をテレビで見ました。ものすごく緊張されてたんですよ」 「ぼく?」 「そうです。で、ジャンプをいっぱい失敗されまして」 「ああ……、しましたね」 「それ以外はよかったんですが。試合後のインタビューのとき、泣きながらひとこと、『もっと練習します』って言って帰ってしまったんですよ」 「そうでしたっけ?」 「見てて可笑しかったですね。びっくりしました。取材陣もぽかんとしてて……。コーチに注意されたのか、次からはもうちょっとしゃべるようになられてましたね」 「ああ、言われたような気がします。そういう場も大事にしないといけないって」 「変わってるな、とにかくこの人はスケートがないとだめな選手なんだな、と思いましたね。でも、ジャンプは失敗されてましたけど、ほかは本当にすばらしくて、完成度が高かったんですよ。この仕事をするようになって、当時の日本のトップ選手と話す機会もあるんですが、勝生選手のことをすこしお訊きしたら、すごい子が出てきたな、たぶん自分はこの子に追い落とされるかたちで引退するだろうな、とぼんやり思ったとおっしゃってました」 「まさか」 「そのあとも、会うたびちらちら見ていたけど、勝生選手はひとりでもくもくと準備をしてるから、話しかけていいのかなあって悩んだりされたそうです」 「本当ですか? すみません……」 「普通、シニアに上がりたての選手というのは先輩を遠くから見ておどおどしてる印象なんだけど、勝生選手は自分の世界に入ってたんだよね、『邪魔するな』ってオーラを出してた、と話してくれました」 「出してませんよ」 「あ、そうそう、それからこれも。その選手が一度、柔軟運動を勝生選手のそばですることがあったそうです。勝生選手は音楽を聴きながら何かを熱心に見ていた。何を見てるのかなとちらっとのぞいてみたら……」 「なんですか? こわいですね」 「ヴィクトル・ニキフォロフの写真だったんですって」 「ああ。持ってましたね。あるとヴィクトルみたいにすべれるような気がしたんですよ」 「試合前、勝生選手のそばにいていいのはヴィクトル・ニキフォロフだけなんだなあって思ったのをおぼえてる、とおっしゃってました。まさかそれが数年後現実になるとは……」 「ぼくも驚きました」 「ヴィクトルコーチは教え方がお上手ですか?」 「え? うーん……そうですねえ……」 「歯切れが悪いですね」 「教え方がどうこうっていうより、接し方がどうも……、や、うん、でもそれがヴィクトルだし、ぼくはそれでいいと思ってますから。どんなに上手く教えてくれる人がいても、ぼくにはヴィクトルのやり方が合ってるんですよ」 「喧嘩はされますか?」 「しますよ、しょっちゅう」 「意外です」 「喧嘩とは言わないかもしれません。なんかヴィクトルが文句言ってるなあって思っても、ぼくにはよくわからない理由で怒ってるので、はいはいって言って流したり」 「勝生選手のほうが強いんですね」 「いや、でも、ぼくが怒ることもありますよ。話聞いてなかったりするので、苦情を言うんですけど、ごめんねって言いながらまた同じことするんですよね」 「たとえば最近ではどんなことが原因で喧嘩されました?」 「最近ですか? うーん……、あ、今日しましたよ」 「今日ですか」 「ヴィクトルはいま、長谷津に戻ってきてるんですけど」 「ロシアナショナルも終わりましたからね」 「はい。で、ちょっと仕事があるからって言ったら、すっごく鋭い目でぼくをにらんで、『なに着て行く気?』って」 「服装の話ですか?」 「洋服にめちゃくちゃうるさいんですよ」 「ヴィクトル選手はおしゃれですよね」 「ぼくにも強要するんです。テレビに出るって言ったら、ダサいかっこうはだめって。ていうか、ぼくが持ってる服全般だめって言うんですよね。もう全部燃やすって」 「燃やすんですか?」 「それで言いあいになりましたね。折り合いがつかないので、結局……」 「ナショナルジャージですね」 「まあ、いちばん無難かなということで」 「喧嘩した場合、どちらが謝るんでしょうか? 仲直りしなくちゃ、というときは」 「そのときによります。ぼくは、よくわかんないけど拗ねてるから謝っとこう、と思って謝ることがあります。長引くとめんどうくさいので……」 「ヴィクトルコーチは……」 「ヴィクトルはもともと、ぼくが怒ってても気にしないんですよね。近づいてくるし話しかけてくるし抱きついてくるし。だんだんぼくもどうでもよくなってもとに戻ります。どうしても譲れないときはずっとつんけんしてるんですけど、ヴィクトルがしょぼんとするので、なんかかわいそうになる」 「しょぼんとするんですね。ロシアの皇帝が……」 「わりと子どもっぽいですよ。ぼくも人のこと言えませんけど」 「ヴィクトルコーチは大人に見えますが……」 「包容力はあると思います。優しいなあってよく思います。そういうときだけ『ヴィクトルごめんね』って殊勝になる」 「それ以外はならないんですか?」 「話聞かないなこのロシア人、って思ってます。でも憎めないし、まあヴィクトルだしな……ってゆるしちゃいますね。そういうひとなんですよね。ニキフォロフ目ヴィクトル科みたいな」 「ヴィクトル・ニキフォロフがひとつの分類なんですね」 「ほかにあんなひといないので……」 「そんなふうに親しい、そしてあこがれの選手でもあるヴィクトル・ニキフォロフの記録を、グランプリファイナルで勝生選手は更新しましたね。そのときのお気持ちを聞かせてください」 「それは……、もちろんうれしかったですが、信じられなかったし、複雑でしたね。あのときは、まず演技が終わった瞬間は、『完璧にできた』って思ったんです。あとでひとつひとつこまかく見ていったら、とりこぼしもあるんでしょうけど、とにかくクワドフリップを降りられて、ほかのジャンプも問題なかったし、『やりきった』って気持ちで……。でも、自分の中ではそうですけど、不安でした。どんな点数が出るんだろうって」 「すごい演技をしたのにキスアンドクライで思いつめていらしたので、ファンのかたも心配したと思います」 「そしたら最高得点が出て……、何が起こってるのかよくわからなくて、思わず隣の���ィクトルを見ました」 「ヴィクトルコーチはなんとおっしゃいました?」 「おめでとうって。それで、あ、ほんとなんだな、って思いました。すごくうれしかったけど、でも、こわくなりました。なんでぼくがヴィクトルの得点を超えてるんだろう、っていう戸惑いもありました。だってそんなことあり得ないでしょう?」 「さっきお話した日本の元フィギュアスケート選手ですが、彼は勝生選手に非常に好意的なんですよ。この選手に追い抜かれるんだと思った、と言いましたが、実際勝生選手に負けて引退をきめたとき、考えたことはこうだったそうです。『この子は世界しか見てないんだな』と」 「え?」 「どの世界でも世代交代というものはありますが、そういうとき、追い抜く若い選手は、喜びとともに、これからは自分がトップになるんだ、日本のエースになるんだ、という不安も感じるものだそうです。その選手も、前のトップスケーターを追い抜いたときそういう感覚を持ったとおっしゃってました。でも勝生選手は、全日本選手権で初めて優勝したとき、ただ子どもっぽく喜んでいた。世界で戦えるスケーターになれたんだということで頭がいっぱいに見えた。この選手が戸惑いをおぼえるとしたら、それはヴィクトル・ニキフォロフを超えるときなんだろう。彼はそう感じたそうです」 「ああ……、確かに、全日本で金メダルを獲ったときは何も考えてなかった気がします。うれしかったけど……、でも、ただぼくが幼かっただけかもしれません」 「いまは大人になられましたか?」 「そのときよりは。だけどぼくは、まだヴィクトルを超えてはいないですね」 「フリーだけだからでしょうか?」 「それもありますけど、得点っていうのはひとつの目安ですから。もちろん高い点数を目指して演技していますし、それで順位がきまるわけですが、得点の出方というものがあります。たとえば世界記録になったヴィクトルの演技が、あのグランプリファイナルで採点されていたらどうでしょう。ぼくよりいい点数だったかもしれない。ぼくがヴィクトルと同じ過去の試合に出て、ファイナルでのフリーを演じていたとしたら、ヴィクトルより上だと判定されたかどうか。雰囲気も、採点するジャッジも、傾向も、数年前とは何もかもちがいます。採点基準もすこしずつ変わったりします。ジャンプの基礎点が変わったら、もう昔と並べて語ることなんてできないですよね。それでも得点をよりどころにして勝者をきめるわけですから、それを軽視するつもりはありませんが、でも、あのフリーの点数だけを見て、自分がヴィクトルを超えられたと思えるほどぼくも未熟ではないつもりです」 「選手として同じ試合に出て、同じ空気の中で評価されたいということですか?」 「そうですね。なにしろ一年前のファイナルでは、総合で百点以上差がつきましたから」 「世界選手権が楽しみですね」 「そうですね。ヴィクトルが出るとなると、プレッシャーの受け方もまた変わるだろうし。でもすごく楽しみです」 「ヴィクトル選手よりさきに演技したいですか? あとがいいですか?」 「さきですね」 「即答ですね」 「さっと済ませて、あとはヴィクトルの演技に見入って浸りたいです」 「勝生選手の持つ最高記録を抜かれたらどう感じると思われますか?」 「喜ぶんじゃないでしょうか。大ファンですから。ヤコフコーチが自慢げにして、ヴィクトルが当たり前だっていう顔をするのが見たいです」 「悔しくはなりませんか?」 「あとでじわじわ悔しくなるかもしれません。悔しくて夜眠れなかったり……。頭に来て、ヴィクトルを無視したりして」 「えっ」 「うそです。しませんよ。おめでとうって言います」 「ヤコフコーチといえば、ロシア大会で勝生選手の臨時コーチをされていましたが、話はほとんどされなかったんでしょうか」 「いえ、していました。キスクラではいろいろ言っていただきましたし、それ以外でも声をかけていただいてました。ただ、演技前は、ぼくはフリーのことで頭がいっぱいだったので、余計なことを言って混乱させないほうがいいと思われたんじゃないでしょうか。ヤコフコーチといえば、世界的に有名なかたなので、ぼくも気軽に話しかけられませんし。でも、いていただいてよかったです。感謝しています」 「ではここからはプライベートについてお訊きしたいと思います」 「ぼくのプライベートに興味ある人なんていないんじゃないでしょうか」 「そんなことはありません。まず、好みのタイプはどんなひとですか?」 「ヴィクトル・ニキフォロフです」 「…………」 「あ、そういうことではなくてですか?」 「……いえ、そういうことです。スケートをしていない時間は何をされてますか?」 「練習のとき撮った動画を見たり、それについて考えたり、ノートにまとめたりしています」 「それ以外の自由な時間ではいかがですか?」 「ヴィクトルの過去の演技の動画を見ています」 「……それ以外では?」 「いや、そればっかりですね。たくさんあるので、いろいろ見てたら寝る時間になっちゃうので……」 「そうですか……」 「あ、これじゃ番組になりませんか?」 「いえいえ、そんなことはありません」 「あっ、そうだ。犬の散歩に行ってます。マッカチンの」 「ヴィクトル選手の愛犬ですね」 「そうです。かわいいんですよ。すごくぼくに懐いてくれて、おとなしくて、優しくて。ヴィクトルがよくインタビューで話してたマッカチンと、ぼくが仲よくなれるとは思ってませんでした」 「一緒に寝たりなんかは……」 「しますよ。最初はヴィクトルのところで寝てたんですけど、ぼくの部屋にも来てくれるようになりました。ぼくのベッドは狭いのに。うれしいですね」 「ヴィクトルコーチはさびしがりませんか?」 「さびしいでしょうね。やたらと一緒に寝ようとしてきますし」 「マッカチンと」 「いえ、ぼくとです」 「勝生選手とですか?」 「マッカチンもだけど、ぼくと寝ればマッカチンと寝たことになるから……。最初からそうなんですよ。一緒に寝たがるんです。マッカチンを連れてぼくの部屋に入ってこようとしましたからね」 「入れてあげたんですか?」 「断りました」 「つめたい」 「だって、それコーチしに来て初日とかですよ。おかしくないですか?」 「初日でだめなら、最近は……、いや、この話題はここまでにしましょう」 「どうしてですか?」 「あとは、ダイエットが得意な勝生選手ですが」 「それだけ何回も太ってるということですね」 「好物のカツ丼は普段は食べられませんよね? 何を召し上がってますか?」 「ダイエット中はだいたいもやしとブロッコリーです。ファンのかたがたまにブロッコリーのぬいぐるみをくださるので、ヴィクトルがすごくおもしろがるんですよね。そのうちもやしももらえるんじゃないかって言ってますけど、もやしのぬいぐるみって……」 「もやしとブロッコリーでは厳しいですね」 「目の前でヴィクトルがカツ丼食べるんですよね。それもすごく美味しそうに」 「腹が立ちますか?」 「なんか、もう慣れて、どうでもいいやって……」 「いまは理想体型ですよね?」 「そうですね。シーズン中は一応調整してます。痩せないとヴィクトルが氷にのせてくれないんですよ」 「体脂肪率は普段はどれくらいなんですか?」 「五パーセントです。練習やりすぎると四パーセントになっちゃって、よくないかなって思います。ヴィクトルもただいたい五パーセントですね。うちが温泉なので、一緒に温泉入るんですけど、身体がすごいです」 「スケート選手はお尻がすごいと聞きます」 「お尻もなんですけど、脚が。太股がすごいんです。あと、もう全体的にぼくとはちがいますよ。とてもスタイルがいいです」 「いまの『スタイル』の発音がたいへんよかったんですが」 「え? 普通ですよ」 「勝生選手は英語も得意ですよね」 「得意というか、話せます。ヴィクトルとは英語で会話しますから。いま、日本語より英語しゃべる時間のほうが長いですね。いちばんそばにいるのがヴィクトルなので。彼はたまに日本語も話しますけど」 「勝生選手が教えたんですか?」 「ちょっとだけ」 「どんな日本語を……」 「挨拶が好きみたいなので、『こんばんは』とか『おやすみ』とか『ごきげんよう』とか」 「ごきげんよう?」 「あと、『かわいい』って響きが好きみたいです。カワイイカワイイってよく言ってます」 「勝生選手にですか?」 「…………」 「あの、ほかには?」 「あとは『バカ』ですね。言いあいになったとき、日本語で『ユウリノバカ』って言ってくるんですけど、噴き出しちゃって喧嘩が終わるんですよ。罵られてるのに変ですね。でも、ぼくが怒って『ヴィクトルのばか』ってぶつぶつ言ってるのを聞かれると、文句だってわかっちゃうから、もう使えませんね」 「ヴィクトル選手と話していて日本語が出ることはありますか?」 「ありますよ。喧嘩のとき、興奮したらそうなるし、あとは……、」 「はい」 「……あ、いえ、それだけです」 「そうですか……」 「それだけです」 「そうですか」 「あ、あの、最近は『もう、ヴィクトルめんどくさいなあ……』って言ったらばれますね。『メンドクサイイズ、ハイメン��ナンス! ワカル!』って怒ってきます」 「ハイメンテナンス?」 「メンテナンスが大変なやつ、っていう意味で、まあ手間がかかるとかそういうことです」 「というか、ヴィクトルコーチはめんどうくさいんですか……?」 「隙あらば一緒に寝ようとしてきますから……」 「なるほど。非常に仲がいいんですね」 「仲はいいですね。すごく上手くいってると思います」 「その仲のいいコーチと、世界選手権で戦うわけですが、意欲としてはどうなんでしょう?」 「楽しみだし、どきどきしてるし、負けたくないし、負けて欲しくないし、すごく複雑ですけど、一緒にスケートできるというだけでもうぼくはしあわせなので、そこへ向かういまの、毎日の練習も充実しています」 「これ以上は何も望まない、という感じですか?」 「そうですね……、もちろんもっと上手くなりたいし、練習もたくさんしたいし、ジャンプだって安定させたいし、欲を言えばきりがないんですけど、そういう目標みたいなことじゃなく、日々の暮らしっていう日常に関していえば、とてもみたされていると思います」 「勝生選手がヴィクトル選手のファンだということは、もう昔から勝生選手のファンのみなさんご存じで、いまのこの状況の、しあわせな勝生選手をすごくあたたかい目で見守っていると思います。最後に、ファンのかたがたにメッセージをおねがいします」 「はい。いつも応援ありがとうございます。最近、リンクに入れていただくぬいぐるみにヴィクトルが増えてきて、ヴィクトルがおもしろがってます。でも、あんまりかっこいいヴィクトルだと、『俺とどっちがかっこいい?』とか言い出すので、ほどほどにしておいてください。たまに本気で怒ってるときがあります。ただ、ぼくはかっこいいヴィクトルを待っています。えっと、同居しているということもあって、もうずっとぼくの生活はヴィクトルとスケートです。ちゃんと仲よくしてるか心配してくださるかたもおられると思いますが、仲よくしています。安心してください。みなさんは、復帰したヴィクトルのこともきっと応援してくれていると思います。お互いに刺激しあって、支えあって、ふたりで金メダルを目指したいと思いますので、これからも応援よろしくお願いします」 「勝生勇利選手でした。本日はどうもありがとうございました」 「ありがとうございました」 * * * 「本日のお客様は、日本の勝生勇利のコーチ業に専念した休養から復帰し、ロシア選手権でも金メダルを獲得した、世界選手権五連覇のリビングレジェンド、ヴィクトル・ニキフォロフ選手です」 「コンニチハー!」 「こんにちは。本日はよろしくお願いします」 「ヨロシクオネガイシマース!」 「日本語がお上手ですね」 「うちの生徒が教えてくれるんだ」 「どうぞおかけください」 「ハーイ。シツレイシマース」 「まずはロシア選手権優勝、おめでとうございます」 「アリガトゴザマス」 「ありがとうございます、ですね」 「アリガトウゴザイマス」 「復帰をきめてからロシアナショナルまでのあいだ、ほとんど時間がなかったと思いますが、大変ではありませんでしたか?」 「大変といえば大変だけど、楽しかったね。八ヶ月コーチに専念して、ロシア選手権まで二週間という時期に復帰し、それで優勝したらみんなびっくりするだろうなって思ったんだ。その瞬間のことを想像したらわくわくして、不安も心配もいっさいなかったよ」 「そのあいだ、生徒である勝生選手とは別調整でしたね。そちらのご心配は?」 「とくになかった。勇利なら国内記録を塗り替えて優勝してくれると信じてたよ。当然だろ? ただ、会えないのはさびしかったね。勇利もそうだといいんだけど」 「勝生選手は何も言わなかったのですか?」 「大丈夫大丈夫しか言わないんだ、彼は。俺になかなかこころのうちを打ち明けないんだよ。つめたいと思わないか?」 「勝生選手にもいろいろあるんでしょう。いまは勝生選手のホームリンクに戻っているわけですね」 「そう。やっと勇利に会えたよ。金メダルを交換して首にかけて写���を撮った。SNSにアップしたんだけど、みんな見てくれたかな。ジャージも交換しようとしたんだけど、勇利のナショナルジャージはすこしちいさいね」 「今日は、ヴィクトル・ニキフォロフコーチとしてのお話を多くうかがうと思いますが、よろしいですか?」 「いいよ。勇利のことたくさん話せばいいんだね。勇利のことならなんでも知ってるよ。身体がどこまで曲がるかから、酔っ払ったらどうなるか、ほくろの位置までちゃんと」 「ではまず、勝生選手との出会いについてお訊きしたいのですが、以前からご存じだったのでしょうか?」 「もちろん、日本の勝生勇利という選手は知っていたよ。試合で会うこともあったし。話はほとんどしたことがなかったけどね」 「選手として、どういう印象でしたか?」 「そうだね、能力のある選手だなと思ったよ。でも、精神的な制御ができない子なのかもしれないという気がした。練習のときよくても、試合になるとだめみたいだったからね。それから、スケーティングがうつくしいと思った。俺の知っている選手の中ではひときわすぐれていた。彼はなかなか漕がないんだ。片足で、どこまでもどこまでもすべっていくから、すごいなと思って見ていた。それから、演技は繊細だと思ったね。でも、情熱的なすべりも知っていて、熱のこもった練習は見ていてたのしかった。気持ちの儚さをどうにかしなきゃいけない子だなっていうふうに思ったよ」 「彼と親しくなったのは?」 「昨季のグランプリファイナルのバンケット。勇利は酔っ払っちゃってね。すごくすてきなダンスを披露してくれたんだ。一緒に踊ったよ。楽しかった。試合で見ていたときと印象がぜんぜんちがった」 「コーチになってからは、何かちがいを感じましたか?」 「最初はわかりやすい子だなって思ったんだよ。すぐ顔に出るし、素直だし、一生懸命だし、がんばり屋だし。でもだんだん、そういうたやすい子じゃないんじゃないかって気づき始めた。彼は普通のふりをするのが上手いんだ。すっかり騙されたよ」 「普通のふりですか……」 「無害そうに見えるだろう? でも本当はすごいんだ。ちっとも安全じゃないんだよ、勇利は。もう、猛毒だね」 「すごい評価ですね」 「でもね、猛毒だけど死なないんだ。ずっと苦しめるだけなんだ。そうやって苦しみ続けると、だんだんその苦痛が快感になってくる」 「あぶないことをおっしゃっていませんか?」 「もう勇利はね、ほんとに……びっくりさせるんだよ。彼ね、人格がいっぱいあるんだ」 「誰でもそうなのでは?」 「いや、勇利の場合は特殊だよ。うん……、特殊だな。おもしろいけどね。俺のことをここまで振りまわすのは勇利くらいだよ」 「まわりの印象では、勝生選手のほうがヴィクトルコーチに振りまわされているようですが……」 「それが『普通のふり』なんだよ。勇利はずるいんだ。そうやってすぐ騙す」 「穏やかじゃないですね。では、勝生選手は扱いづらい生徒ですか?」 「そうだね。でもそこがいいんだ。何をしでかすかわからない、もう目が離せない子なんだ。そうそう、中国大会でクワドフリップを跳んだだろう? あれ、俺は知らなかったんだよ。勇利が勝手にとりきめて勝手に跳んだんだ。確かに教えてたさ。だけど、試合で使えるほどじゃなかった。跳ぶなと言ったことはないけど、それは、試合で使うという発想を勇利がするわけないと思っていたからだ。そのくらいの完成度だったんだよ。それなのに勇利は跳んだ。俺が驚くかもしれない、その理由だけでだ。信じられるかい? まったく……、かわいくないか?」 「精神的にもろい選手のすることではないですね。コーチとして教えてゆく中で、彼がそれを克服したと思いますか?」 「いや、思わない。勇利は人格がたくさんあると言っただろう? そういうことをするのも彼の中にいるうちのひとりなんだよ。ほかにも気弱な勇利や傷つきやすい勇利がいて、そういう彼が出てきたときはまたちがうんだ。でもね、気がついたんだよ。もろいのは悪いことじゃない。それも勇利の魅力のうちのひとつだなって。たとえば、誰かの助けがないと生きていけない仔犬がいたとして、よわいからって邪魔に思ったりするかい? 守ってやりたいと思うだろう? そういうことなんだよ。儚い勇利は大切にしたくなる」 「では、ほかの人格の勝生選手は?」 「俺を手玉に取る勇利はもうめちゃくちゃにしてやりたくなるね」 「それは暴力をふるうという……」 「まさか」 「ちがうんですか?」 「そう、ちがう。どういう意味だと思う?」 「勝生選手は、ヴィクトル選手を手玉に取っている自覚があると思われますか?」 「どうだろうね。それもそのときの人格によるんじゃないかな」 「そういうときの勝生選手はどんなふうなんでしょう? わがままになったりしますか?」 「そういえばあまりわがままを言われたことはないな。言って欲しいんだけどね」 「ヴィクトル選手は優しいから、勝生選手がわがままを言ってもわがままだと思っていないだけじゃないですか?」 「でも勇利が俺に要求してくることは本当にない。試合のときに『見てて』って言うくらいだね」 「ヴィクトル選手は人気者ですよね。やきもちを焼いたりはしませんか?」 「焼かれたいね」 「コーチになって欲しいという申し込みがたくさんあるのでは?」 「ないことはない。勇利がいきなりファイナルで銀メダルを獲ったからね。あれは俺だけの力じゃなく、勇利がもともと持っていたものを引き出したに過ぎないんだが」 「引き出すのもコーチのすぐれた腕前では?」 「でも勇利以外の選手の能力を引き出したい気持ちにはならないからなあ」 「では断られているんですね」 「もちろんだよ」 「もし引き受けたくなったとしたら、勝生選手はなんて言うと思いますか? いやがるでしょうか? どうぞ、と快く了承するでしょうか?」 「さあ……、それも人格によるんじゃないかな」 「もしいやだと言ったらどうします?」 「言われたいね」 「わがままだと思いますか?」 「いや、かわいいと思うね。ヴィクトルの好きなようにさせてあげたいけど、自分以外を見るのはいやだ、ということだろう? 複雑な生徒心だ」 「どうしますか?」 「もちろん断るよ」 「勝生選手の要求を?」 「ちがう。勇利は俺にとって特別なたったひとりだからね。彼のいやがることは俺はしないよ。きみだけ見てるよ、きみにつきっきりだよ、と言って大事にする」 「勝生選手はしあわせ者ですね」 「そう思う?」 「ええ。もし『どうぞ。お好きに』と言われたらどうします?」 「泣いていいかな?」 「何かコーチとして、もっとこうしてあげたいとか、今後はこういう方針でとか、目的というか、目標はありますか?」 「方針ということではないけれど、ジャパンナショナルに付き添いたい」 「今回はロシアナショナルと日程が同じでしたね」 「国内大会は一度だけ一緒に行ったよ。地方大会だね。ちいさな大会だったけど、とても楽しかったんだ。ふたりで初めて挑んだ試合ということもあるかもしれないけれど、それを差し引いても、日本選手の中にいる勇利はおもしろいよ。普段とはちがう」 「国際大会ではいつも海外の選手と一緒ですね」 「そう。まあ、ライバルだよね。もちろん日本でもまわりはライバルなんだけど、勇利はその中でトップだろう? ほかの選手との関わり方が、国際大会とはちがうんだよ。みんな勇利と話したそうに、話しかけてもらいたそうにそわそわしているんだ。なのに勇利はそっけない。意地悪してるというより、気づいてないんだね。もっとほかの選手を気遣って、成長してもらいたいんだけど、勇利のつれない態度にしびれるっていう話も聞くからね。そういう複雑な環境にいる彼を見てみたいんだ。それに、単純に国内大会に興味がある。どんな雰囲気なのかなってね。勇利はアウェイのほうが燃える選手なんだ。もし、氷を揺るがすような応援を受けた���どうなるのかなって思う。最高にちやほやされる勇利を見たいね。そういうのが苦手な子だからね」 「たぶん勝生選手は付き添って欲しくないでしょうね」 「来年、日程がかぶらなかったら日本へ来るよ」 「かぶらなくても厳しいのでは?」 「ロシアナショナルがさきだといいな」 「来ないでください」 「なぜ?」 「たぶん勝生選手は喜びませんよ」 「俺の喜びは勇利の喜びだよ」 「普段勝生選手とはどういう話をされていますか?」 「スケート以外? そうだな……、勇利が俺を好きだという話かな?」 「そ、そうですか。それに対してヴィクトル選手はなんと答えるのでしょう」 「俺も大好きだよって」 「相思相愛ですね」 「愛してるって」 「すばらしい師弟愛です」 「きみのためなら何も惜しくない、なんでも投げ出せる、ずっとそばにいてくれって」 「言いすぎでは?」 「すてきなせりふだろう?」 「勝生選手、喜んでますか?」 「俺の喜びは勇利の喜びだよ」 「言いすぎでは?」 「勇利はねえ、すぐ変なこと考えちゃうから」 「変なこととは……」 「燃やしたくなるようなことだよ」 「質問を変えましょう」 「ねえ、もっと私的なことを訊いてくれないの? 勇利とのプライベート大公開するよ。愛を語り足りないよ」 「グランプリファイナルではこれまでのヴィクトル選手の記録が抜かれましたが、どう思われました?」 「べつに。ふうん……という感じかな」 「……悔しくはなかったのですか? おもしろくない、とかそういう気持ちは? あったはずですが……」 「俺が、思ってることをそのまま言う性格だと思う? 俺の持ってた記録はね、あれは高得点を目指してやっていたときの点数だ。すごい点を出せば驚いてくれるかなってね。あれを出したときは確かに誰もがびっくりしてくれた。やろうと思えばその数字をまた塗り替えることもできただろう。でも、人間は慣れる生きものだ。新鮮な驚きじゃなくなるんだよ。もちろん、最高得点を更新するのは大変なことだし、意欲にもつながる。まったく興味がないわけじゃない。点数は高いほうがいいから、高得点を狙うのは当然だ。けれど、ちがう方法で驚かせないとね。みんな、記録更新を期待している。だったら俺はそれ以外をやらなくちゃ。別のことをやって、その結果得点が更新されるならそれでいいけど、それを目標にするというのはちょっとちがったから、俺は得点を更新すること自体にはそれほどこだわりを持っていなかったんだ」 「確かに、『離れずにそばにいて』ではコンビネーションジャンプをひとつあまらせていましたね」 「跳んでれば更新できてたかもね。あははっ」 「では、記録を超えられても、どうせすぐに抜き返せるくらいの気持ちでしたか?」 「というか、そっちのほうがみんなおもしろいだろ? 俺が自分の記録をもくもくと超えていくより、誰かが抜いて、それを俺が抜き返すほうが見ている人は新鮮な気持ちになるじゃないか」 「なるほど。……世界選手権ではそうしてみんなを新鮮な気持ちにさせるヴィクトル選手を見せてもらえますか?」 「ふふ、そうだね。そうなればいいけど、うちのかわいい生徒がゆるしてくれるかなあ」 「勝生選手はヴィクトル選手にとって強敵ですか?」 「もちろんだよ! 勇利がどれだけ手ごわいと思う? 普段から俺の言うことを聞かないし、聞いたふりして裏切るし、裏切っても悪いと思ってないし……」 「あの、そういうことではなくて……選手として……」 「それも当然だよ。なにしろ俺が教えてるんだからね。あと、勇利はとても綺麗だ」 「綺麗は関係ないのでは?」 「関係あるよ! うつくしさは重要な要素だ」 「でも、勝生選手はそれほど綺麗じゃないでしょう。普通ですよ」 「普通? 何を言ってる? きみの目は節穴か?」 「いや、貴方の目が曇っているのでは? 言いすぎなんですよ」 「言いすぎじゃない。勇利の美の本質をきみは理解していないな。教えてあげようか?」 「いえ、けっこうです」 「普段冴えないから綺麗じゃないとでも思ってる? 普段冴えないからいいんじゃないか。勇利が氷の上に出てきたらみんな息をのむだろう」 「知りません」 「のんでるよ。気づいてないの?」 「のんでませんよ」 「俺の衣装を着た勇利は本当にすてきだ。美人だろう?」 「衣装は綺麗ですね」 「中身もだよ」 「似合っていると思われますか?」 「もちろんだよ。似合っているからこそ脱がせたい」 「そういう話は訊いていません」 「自分から脱ぐ?」 「いい加減にしてください」 「着替えを手伝うとき、ぞくぞくするよ。勇利の背中は綺麗なんだ。いたるところ綺麗だけれど」 「そういう話も訊いていません」 「あとね、指穴をまちがえるときがある。あの衣装、同じ穴に指を二本入れそうになって、おもしろいんだよね。気持ちはわかる。俺もやったから」 「…………」 「笑ってるね。かわいい笑顔だな」 「衣装の話をしましょう」 「スカート部分があるだろう。ひらひらしたところ。あそこがひっかかってないかって確かめる勇利はかわいいよ。ひらっと払うんだけどね。前髪を上げて、眼鏡がなくて、試合前の鋭い目つきで、ひらっとスカートを揺らすんだ。もうなんて言ったらいいのか……ぞくぞくするよ」 「そんなことでぞくぞくしないでください」 「挑発されてるのかと思う」 「していません」 「勇利はずるいよね。普���ほわほわしてる感じなのに──それも気のせいといえばそうだけど──試合用の顔になるともう……たまらないよね」 「いつもと同じですよ」 「ちがう。いつもはかわいいのに、試合のときはおそろしいほどうつくしくなる。ちらっと流し目で見られてごらんよ。どこかに連れこんでやりたくなるよ」 「このあたり、番組では使いませんからね。カットです」 「連れこまれたいとは思わない?」 「この話はよしましょう」 「連れこまれたうえで、俺を裏切ってもてあそぶのが勇利だな。うん」 「納得しないでください」 「家ではかわいいだけなのにね。いや、そうでもないか……ベッドに横になって俺をちらっと見上げる目つきなんて、もう……」 「やめてください」 「あれは何なんだい? やっぱり誘ってるの?」 「誘ってません」 「誘ってないなら何なんだ? よくあんないかがわしい目をできるな」 「してません」 「俺が手を出せないのをいいことに、誘惑して笑ってるんだろう」 「誘惑なんかしてないったら」 「そういうことをしているといつか痛い目に遭うぞ」 「なに言ってるの?」 「俺だってそんなに我慢強いほうじゃないんだ」 「ほんとなに言ってるの?」 「そのときになってから泣いたって遅いんだからね」 「はあ?」 「それとも……、そういうのを見越して、狙って誘ってるのかな?」 「もう、ヴィクトル!」  勇利は持っていた進行表を投げ出し、対面していたヴィクトルに顔を近づけた。 「余計なこと言わないでよ! ちゃんと打ち合わせ通りしゃべって!」 「なぜ? 俺へのインタビューだろう? 好きに話していいじゃないか」 「内容が過激なんだよ!」 「そういうの好きでしょ?」 「好きじゃない!」 「俺はそういうの、大好きだよ」  ヴィクトルがにっこり笑った。勇利は深い溜息をついた。依頼があったとき、いやな予感はしたのだ。断ればよかった……。  勇利が主要な司会者として客であるヴィクトルを迎えているけれど、そもそもこれは勇利の番組ではない。勇利を高く評価してくれている、フィギュアスケート男子シングルの元日本代表選手の番組だ。彼が急病で撮影できなくなったため、急遽勇利へ代役の打診が来た。世話になっているので断りづらく、引き受けたところ、ヴィクトルが「俺も一緒に出るー!」と立候補したのだ。テレビ局としては大喜びでその提案を受け容れたのだけれど、勇利としては不安だった。そしてその不安が的中したのである。 「ヴィクトル、言ってることがめちゃくちゃなんだよ」  勇利は抗議した。 「勇利こそ、第三者として話を進めないといけないのに、だんだん『勝生勇利』が出てたよ」 「ヴィクトルのせいだろ」 「もっと超然としていなくちゃ」 「ヴィクトルのせい」 「話を続けよう」 「もう……」  勇利はアシスタントディレクターの出す指示を見た。「なんでもいいので話を続けてください」と書いてある。とりきめてあった進行はどうでもよいらしい。まったく……。 「何の話をしてたっけ?」 「勇利の衣装だよ」 「もとはヴィクトルのやつね」 「着られるようになって本当によかったよ。俺が長谷津へ来たころの勇利の体型じゃ絶対に破れる」 「その通りだけど、余計なこと言わなくていいんだよ!」 「あの衣装を着こなしている試合のときの勝生勇利は、甚だしく高貴で厳しい人格だと思うんだけど」 「なに言ってんの? ぼくだよ。いつもと同じ」 「あのこぶたちゃん時代の勝生勇利を見たら、彼はなんて言うんだろうね」 「はあ?」  だからぼくだって言ってるじゃん……。自分の太ってるのを見たって、普段と同じ感想だよ。勇利はあきれた。 「……もうすこし痩せろって言うんじゃない?」 「それだけ?」 「スケーターがどういう神経してるの? とか」 「ほかには?」 「そんなんでヴィクトルの衣装着られると思う?」 「それから?」 「怠惰が過ぎるよ、甘えないで」 「ほら人格がちがう」 「いや、ちがうちがう。いまのはちがうから」 「何がちがうんだ?」 「思いついたこと言っただけだから」 「切り替わった勇利は本当にぞくぞくするな」 「さきに進めましょう。ファンの人から質問がたくさん来てるそうです」 「ファン? きみの?」 「ヴィクトルのかな? えーっと……」  勇利は進行表を拾い上げ、質問項目を探した。 「最近は勝生選手と一緒に寝られてますか? ……ちょっと、なにこの質問!」 「ネテルー!」  ヴィクトルが元気いっぱいに答えた。勇利は彼をにらみつけた。この前、勇利のインタビュー番組が放送されたが、それを見ての疑問らしい。あんな話、するのではなかった。 「勇利は恥ずかしがり屋だから、なかなか一緒のベッドで寝てくれないんだよね」 「ヴィクトルが無理にひっぱりこむんだよ」 「でも、俺が話しかけてるのにすぐ寝ちゃうからおもしろくない」 「眠いんだからしょうがないでしょ」 「仕方ないから、勇利が寝てから……」 「え、何してるの!?」 「いや、いろいろとねっ」 「やだよちょっと待って! こわいよ!」 「いいからいいから」 「放送できること言ってよ!?」 「わかった、抑えめに」 「待って、じゃあ実際は放送できないようなことしてるの!? あ、やっぱりいい! 聞きたくない!」 「次の質問は?」 「もし勝生選手が試合のあと、悔しくて眠れずにいたら、ヴィクトルコーチは何をしてあげますか? ……さきに寝ちゃうんじゃないの?」 「失礼だな勇利。俺はいつだってきみのことを考えているよ。もちろん抱きしめてキスして、次の試合ではきみがいちばんうつくしくなるって励ましてあげるさ」 「適当なこと言わないでよ」 「真実を言ってる」 「へえ……」 「まじめに答えると……、そういうときこそ一緒に寝てあげるだろうね。勇利はくっついてると落ち着くみたいだから」 「まじめに言われるほうが恥ずかしい。やっぱり適当に話して」 「よしよしって頭撫でてあげるよ」 「やめて」 「悔しくて眠れない勇利は抱きしめてあげたくなる」 「そういう結果にならないようにがんばります」 「いままではなかったね。悔しくて眠れないというのは」 「まあ、毎試合、いろんなことがあって……」 「ショートはだいたいいいしね」 「ちなみにヴィクトルは悔しくて眠れないことなんて……ないだろうね」 「俺が眠れなかったら、勇利はどうしてくれる?」 「よしよしってするよ」 「なんでも言うこと聞いてくれる?」 「どうして調子に乗るのさ……」 「聞いてくれる?」 「はいはい。聞きますよ」  勇利は苦笑を浮かべてうなずいた。 「聞いた? みんな聞いた? これが証拠だからね。みんなが証人だから」 「ヴィクトルは悔しくて眠れない結果になんてならないでしょ」 「それもそうだな」 「最近おぼえた日本語は?」 「おぼえたというか、よく言ってるのは……」 「なんだっけ」 「ユウリノネクタイヨクモエル」  勇利は噴き出し、手を叩いて笑った。 「ほんっと、すぐ燃やすって言うよね! 日本語でもおぼえちゃったんだ? ぼく教えてないのに」 「モヤスゥ」 「燃やさなくていいよ。あ、こんなこと言ってるけど燃やされてませんから。まだ」 「ヘソデチャガワク」 「はあ?」 「カッパノカワナガレ」 「ヴィクトルなんでそんなこと知ってるの!?」  勇利は大笑いした。日本のことわざをなぜおぼえているのか。 「カッパノカワナガレ、なに?」 「うーん、まあ言い換えると、ヴィクトル・ニキフォロフのジャンプ失敗とか、ヴィクトル・ニキフォロフの転倒とか、そういうことだね」 「ん?」 「達人でも失敗するっていうことだよ。ヴィクトルは失敗も転倒もしないけどね。絶対」 「勇利のダイエット失敗?」 「黙ってて。次。勝生選手はどういうときに日本語が出ますか? ……あ」 「それ、俺への質問?」 「……そうみたいだね」  勇利はヴィクトルに目配せをした。余計なことを言うな、の合図である。 「喧嘩してるとき出る」 「そうだよね」 「あと、自分の意見を押し通したいときは日本語」 「そう? そんなつもりないけど……」 「無意識なのかな。俺に伝わってないってわからないみたいだよ。『でもやるから』っていう感じで日本語で話してる」 「ヴィクトル、そういうときどうしてるの?」 「わかったよって言うよ。勇利は頑固だから、とりあえず受け容れようと思って」 「……優しいよね」 「あとは一緒に寝てるときに──」 「余計なこと言わないでって言ってるでしょ!?」  勇利は急いで進行表を見た。 「ヴィクトル選手は、勝生選手と同じ試合に出たら、さきにすべりたいですか? あとがいいですか? これぼくも訊かれた」 「勇利はさきがいいんだよね。俺はべつにどちらでもいい。どちらでも自分に影響しない。問題ないよ」 「かっこいい……。目の前でひどい演技されても平気?」  ヴィクトルはにっこり笑った。 「勇利はひどい演技なんてしない。勝生勇利ならヴィクトル・ニキフォロフにも勝てるって、俺は信じているよ」 「…………」  勇利は進行表で顔を覆った。ヴィクトルが「どうしたの勇利」と尋ねる。 「……今日、ヴィクトルにはいろいろ困らされたけど」 「うん」 「いまので、全部ゆるした」 「そうか」  ヴィクトルがくすっと笑った。勇利は手を下ろし、ふうと息をついた。頬が熱い。 「勇利、顔が赤い」 「言わなくていいの」 「オーケィ」 「では最後に、今後の抱負をお願いします」 「そうだね。もちろんどの試合でも金メダルを獲りたいし、みんなを驚かせたい。そしてどの試合でも勇利に金メダルを獲らせたいよ。ふたりでならいままでよりもっともっとすてきなことができると思うし、みんなに期待しててもらいたい。うちの生徒をよろしくね……っていうところかな。最後に俺もいい?」 「なんですか?」 「勇利……、これからも俺と一緒にスケートをしてくれますか?」  ヴィクトルがあまりにも真剣にみつめるので、勇利は笑い出してしまった。口元に手を当ててこっくりうなずく。 「もちろんですよ、ヴィクトルコーチ」 「約束?」 「約束」 「じゃあいい。勇利はいろいろひどいけど、その約束を守ってくれるなら、全部ゆるすよ」 「どうもありがとう。今夜のお客様は、ヴィクトル・ニキフォロフ選手兼任コーチでした。ありがとうございました」 「アリガトゴザマシタ」 「ありがとうございました」 「アリガトウゴザイマシタ」
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