#視界の隅 朽ちる音
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雑踏、僕らの街 [Wrong World] • 誰にもなれない私だから [I'm Nobody] • 空の箱(井芹仁菜、河原木桃香) [VOID (Nina Iseri, Momoka Kawaragi)] • 声なき魚(新川崎(仮)) [Voiceless Fish (Shin Kawasaki (Temporary))] • 視界の隅 朽ちる音(新川崎(仮)) [What to raise (Shin Kawasaki (Temporary))] • 心象的フラクタル(beni-shouga) [Mind playing Fractal (beni-shouga)] • 空白とカタルシス [Emptiness and Catharsis] • 運命の華 [I'm here] • Cycle Of Sorrow • ETERNAL FLAME ~空の箱~ [ETERNAL FLAME (VOID)] • 闇に溶けてく [melt into the dark] • 蝶に結いた赤い糸 [meant to be]
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#hyltta-polls#polls#artist: トゲナシトゲアリ#artist: togenashi togeari#language: japanese#decade: 2020s#Television Music#Shimokita-kei#Emo-Pop#Math Pop
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世の中は空前のサウナブームらしい。各種情報メディアを駆使して街の銭湯にたどり着いた全国の猛者たちが昼夜問わず約50 - 120 ℃の高温室内で肌を触れ合わせる姿を想像してゾッとしない訳がない。合言葉は「整いました」とのことで、僕はこれを珍奇サウナ偏愛者による「型に嵌ったフロー」と誤読して勝手に溜飲を下げている。チンコだけに、風呂だけに。これはなにもサウナ好きを揶揄しているのではない。むしろ彼らは街の銭湯の隆盛に大いに貢献している。そんなサウナブームを皮切りにして、いまでは銭湯での音楽ライブやDJイベント、更にレコードや書籍を販売する催事までもが行われて、みな一様にそれなりの賑わいをみせているようだ。この数年で銭湯を舞台にしたMVや楽曲がどれだけ製作されたことだろう。これについても、関わった人たちは広義の意味でのリノベーションに一役買っている。公共性の再編とでも形容しておこうか。因みにカセットテープレー��ル”Ital.”を主催するケイタくんはサウナ好きではなく、古���にして無類の(ただの)風呂好きである。とある書籍の記述により誤解を招いている可能性があったので、一応。かくいう僕も幼少期に住んでいた家の並びに銭湯があったので週の半分くらいは利用していた。お尻に石鹸を塗りたくって誰が一番速く床を滑ることができるかを競い合う「尻軽レース」に挑戦したり、友人とタッグを組んで肩車をする、もしくは自力で壁をよじ登って女湯を覗くなどの愚行三昧で、いずれも店主にこっぴどく叱られた。16-18歳の頃にはいまも豊津駅の近くにある福助温泉で深夜の清掃アルバイトもさせてもらっていた。誰もいない時間帯の業務目的とは言え、禁断の女湯に足を踏み入れるのは、性欲みなぎる多感な時期の男子として、当たり前にドギマギした記憶がある。ロッカーの片隅に置き去りにされた下着を見つけたときは興奮を抑えきれなかった。いま思い返せば老婆が使用している類の肌色のそれであったが、当時の自分としては貧相な妄想に薪をくべるものであれば、なんでも良かったのだ。バイト終わりにはトイレにこもって自身の陰茎を握り締めた。そんな日の翌朝は決まって寝坊してしまい、定刻の登校に間に合わなかった。そういう小さな欲望の積み重ねが、人を大人にするのだ。僕はいまでも家族で福助温泉に通っている。番台では当時と変わらぬ寡黙な女将さんが節目がちに帳面を捲っている。いまも昔もこの人に向かって性器をさらしているかと思うと、未熟な僕は今更ながらに不思議な感慨に浸ってしまう。女将さん、俺はちゃんとやれただろうか?やるべきこと、果たすべきことを全うできましたか?女将さんは大人になった僕を認識している筈だが、なにも言わない。もともと極端に口数の少ない方だったので、僕の方からも敢えて話題を持ち出すこともない。30年前、父親と一緒に股間を露わにしていた僕がいつしか父親になり、今度は自分の息子たちと共に股間を露わにしている。女将さんはすべてを見て、知っている。心底かなわないと思う。数十年間ずっと変わらぬ姿勢でペンを握る女将さんの手許にある帳面��あそこに世界の秘密、いや、もっと言えば「世紀の発見」がしたためられているのではないかと勘繰らせるほどの圧倒的な寡黙。安易に適温を求めてはならない。静寂の裏側で、湯は激しく沸いている。
もう一件、自分が子どもの頃から足繁く通い、お世話になっていた近所の銭湯、新泉温泉があったのだが、昨年惜しくも閉館してしまった。電気風呂の横に鯉が泳ぐ大きな水槽があって、息子たちも一番のお気に入りだったので、残念で仕方がない。隆盛と没落。この世の均衡が保たれたことなど、かつて一度もなかった筈だ。そもそもフロー(風呂)強者が言うほど簡単に物事が整う訳がない。新泉温泉の最終営業日、もちろん親子で最後の湯に浸かりに行った。しかしそんな日に限って長男がロッカーの鍵を紛失してしまい、浴室や脱衣場を血眼になって探し回るも見つからない。僕ら家族の異変に気がついた店主やその場にいたお客さんも誰が言い出すともなく、一緒になって鍵を探してくれた。床を這いずって探しているうちに銭湯の老朽を伴う歴史が手のひらを通じて伝わってくる。今日限りでもうこの場所には通うことができないことがわかっているので、自ずと込み上げてくるものがあった。鍵は古びた体重計の裏側から発見された。その瞬間、店主以外の全員が全裸のまま快哉を叫びハイタッチした。長男もほっと胸を撫で下ろしていた。これこそが裸の付き合いというものだ。帰り際、息子たちは自分たちで描いた新泉温泉の絵と手紙を店主に手渡した。僕は「実は子どもの頃から通っていたんです」と伝えると店主は「わかってたよ、自転車屋さんのとこの」と言ってくれた。適温を求めてはならない。いつだって現実は血反吐が出るほど残酷だ。それでも僕たちは新泉温泉の湯を忘れない。店主はその日の入浴料を受け取らなかった。
このように僕個人にとっても銭湯には様々な思い入れがあり、いまでも大好きな場所に変わりはないが、それは昨今のサウナブームとはまったく関係がないし、死んでも「整いました」とか言いたくない。そもそもが自分の性器を他者にさらすことも、他者によってさらされた性器を目の当たりにすることも得意ではない。むしろはっきりと苦手だ。世の男性の数だけ多種多様な性器が存在する。サイズ、形状、カラーバリエーション、味、ニオイ等々、どれをとってもふたつとして同じものがない。股の間にぶら下がっているという設置条件がこれまた滑稽で、あのルックスのあの人にあんな性器が、とか、あのガタイのあの人にあんな性器が……みたいな、得たくもない新規情報が視覚を通して脳内に流し込まれるので、煩わしいことこの上ない。挨拶を交わす程度だった近隣の人々とばったり銭湯で遭遇してしまったら、その日を境にして、顔を合わせるたびに性器が脳裏にチラついてしまう。実際に息子の同級生の父親数名と銭湯でチンコの鉢合わせしてしまったのだが、以降、なかなかパパたちのチンコの造形を払拭できなくなる。これはまさに不慮の追突事故、ごっチンコというやつだ。会社員時代、憧れの上司と出張先で入浴を共にする機会があったのだが、どちらかと言えば華奢に分類されるであろう上司の股間には目を覆いたくなるくらいに巨大なふたつのフグリがblah blah blah、いや垂れ下がっていたのだ。��髪の際にバスチェアに腰掛けておられたが、信じられないことに巨大すぎるフグリはべちゃりと床に接地していた。以来、上司がどれほどの正論を振りかざそうが、客先でのプレゼン時に切れ味鋭くポインターを振り回そうが、どうしたってスラックスの内側で窒息しかけているであろう巨大なフグリを想起してしまう。程なく僕は退職した。とにかく性器というのにはそこにあるが故に素通りすることが難しく、極めて厄介なシロモノである。それが「ない」ことで逆に「有して」しまう諸問題と真摯に向き合ったOBATA LEOの最新作『目下茫洋』は、数多あるフェミニズム関連のテキストとは一線を画する。あまりにグロテスクでおぞましい、だからこそ美しいなどという常套句を粉砕する「弱さ」に貫かれた思考の遍歴。貫く我々♂ではなく、貫かれる♀の身体から滴る分泌液で書かれた紋様のようで、誌面に一定の形状で留められている訳ではない。読む者の素養に左右されるようにして、その形状は刻一刻と微細に変化するだろう。こちらは無数に排泄するが、あちらはたったひとつで対峙している。なにも戦地は彼の地だけではない。戦場は僕やあなたのすぐそばで、いまもネバっこく股を開けている。
臍の下に埋め込まれた爆弾を抉りとるための努力を続けながら、同時にあるのかわからない最終地点に向けて爆弾を運ぶ。本当は抉り取ることはできないとわかっていても、背骨を曲げて運び続けることが、すなわち生きること��なっている。『目下茫洋』
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2024年09月16日の記事一覧
2024年09月16日の記事一覧 (全 14 件) 1. 円相場、一時1ドル=139円台に上昇 1年2か月ぶり水準 - 日本経済新聞 2. Ginger Root - Multiply 3. すいそうぐらし - 大人なフリして。 4. kuroneko - ブリキノダンス 5. 黒鋼スパナ(藤��泰也) - Blaze up - 『仮面ライダーガッチャード』キャラクターソング 6. らんま1/2 - [ふ]百年目の浮気 7. Masayoshi Oishi - あとの祭り 8. riria. - 浮気されたけどまだ好きって曲。 9. Masayoshi Oishi - Sea of Wonderland 10. トゲナシトゲアリ - 視界の隅 朽ちる音 - 新川崎(仮) 11. トゲナシトゲアリ - 名もなき何もかも 12. トゲナシトゲアリ - 空の箱 - 井芹仁菜、河原木桃香 13. トゲナシトゲアリ - 雑踏、僕らの街 14. トゲナシトゲアリ - 蝶に結いた赤い糸 September 17, 2024 at 05:00AM
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千体仏
2024年7月11日、山梨県韮崎市とその周辺を旅した。日常からの逃避を目指した、計画性の薄い旅行。
JR韮崎駅に着くと誰でも韮崎平和観音が目につく。眺望のよい丘のうえに聳え立つ高さ18メートルの昭和建立の観音像。その脚元に窟観音、と案内のある小さな洞窟が、住宅の並ぶ狭い路地のあいだにひっそり佇んでいる。宿の方面に見当をつけて歩く際、旅行人の癖で狭くひらかれていない路地に好んで迷い込むと、その洞窟はすぐに現れた。崖に面しているとはいえ、住宅のあいまに存在するのは奇異な気がした。無論、中へお邪魔する。忽ち、現世へ生れ出る手前に通るような黒々とした闇が視界を囲む。
光をもとめて外へ出ると足もとに地蔵が並んでいる。寺の裏手に出たようである。雲岸寺という空海に由緒のある曹洞宗の寺だとあとで知った。
裏手には観世音菩薩像、弘法大師像、そして千体仏がそれぞれ容易に人手に触れられないよう柵の奥に安置してあった。像には説明が添えてある。千体観音の説明に曰く、「どれかひとつと必ず目が合う」と言われて江戸時代に篤く信仰されたという。暗くて目の合う仏を見定められなかったが、いずれも礼拝してその場をあとにした。
宿で夕食をしたためているあいだ、テレビでは歌謡祭が流れていた。流行りの音楽が司会の紹介を挟んで規律よく流れる。
わたしは近頃殆ど音楽は耳にしない。故にか、いずれの音楽にも心を揺すられなかった。ただ過去と似た調子で、言葉の端々に時代を偲ばせつつ哀歌が次々と現れては消えてゆく。それはかつてわたしの心を支えた音楽とて例外ではない筈だ、とあたまの片隅に思いながら。
「SUPER BERVER」と全国の学生達との合唱が番組の主要な企画だった。フロントマンの歌の合間に幾つかの小節を学生たちが唱和する。「小さな革命」という歌を、学生たちが皆、目に熱や涙を溜めて陶酔の表情で声を張って唄っていた。
わたしは豚肉のバターソテー定食と冷奴、日本酒��平らげて宿の部屋に戻った。しずかな部屋でベッドで横になっていると、先刻のテレビの映像がぼんやりと思い出されて、あれも千体仏なのだな、と一人合点した。千体もあれば、誰かと目が合う。誰か一人を救うことがある。別の誰かを救わずとも。わたしはかつて別の人々に救われ、彼らはいま救われている。
翌日以降も韮崎市や隣の北杜市を巡った。そこで出会った数多の廃屋。それらが、わたしの印象に強く残った。蕎麦屋の消えかけた文字跡や、車ごと草木に絡め取られ朽ちた姿。或いは川の裾でうち棄てられたような石切場の跡や廃車場。かつて誰かが日々の糧や団欒を得ながら、時の流れにあらがえずにくたびれ、敗残した生の痕跡。それは資本の祭儀の中心地、東京とは未だ縁遠く、しかしすべての人類がやがて至る姿。
彼らにもまた、千体の仏の救いのようなものが、あって欲しいと願う。或いは既に痕跡すら見出し得ない過去の死者たちにも、どうか。
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【本日最終日】◆Moschino (モスキーノ) 2024年春夏本コレクション受注会◆
日時:10/5(木)まで 場所:GalleryなんばCITY本館1F店
Moschino(モスキーノ)ファーストラインの2024年春夏メインコレクション受注会を開催致します。 海外の生産受注の締め切りに間に合う、本当の意味での受注会です。 国内最新情報です。
今回はモデル着用画像と絵型を店頭で弊社スタッフの解説と共に御覧頂き、御予約を受け付け致します。 複数点の御予約も承ります。 ウェア全般、BAG、帽子、ベルト、アクセサリーが対象です。
御自身のサイズ、カラーを1点から御注文頂けます。 サイズは全型、38(XS)、40(S)、42(M)、44(L)、46(XL)まで注文可能。 特殊なデザインやカラーは直営店や、国内のブティックが要望しない為、そういったスペシャルなアイテムを購入御希望の方はこの機会にオーダーしなければ入手困難です。 御客様の為に生産した商品がマイナーカラー&マイナーサイズで有れば、世界で1着の商品に成る可能性も非常に高いです。 更に今シーズンは担当商社が海外よりショーサンプルを購入していない為、この機会が最もレアなものを入手するチャンスです。
※商品の御渡しは2024年3月から4月予定です。
今回の受注会は国内では弊社でのみの可能性が高いです。 大変貴重な機会となっております。 是非、この機会に御来店下さい。
スタッフ一同、心より御待ちしております。
【以下が今回のコレクションに関するモスキーノメゾンからのオフィシャル解説です】 モスキーノの 40 周年を記念して、"40 years of love "と題し、メゾンは 4人を選びました。 そして 1983年から1993年までのフランコ・モスキーノのアイコニックなデザインにインスパイアされたコレクション制作を依頼 しました。 4人の著名なスタイリスト、4人の並外れた女性、カーリン・サーフ・ドゥ・ドゥゼール、ガブリエラ・カレファ=ジョンソン、ルシア・リュー、ケイティ・グランドによる 4幕で構成されます。 世代も芸術的背景も異なるそれぞれのクリエイターが生み出すヴィジョンには、ひとつの共通の目的があります。 それは、4つの別々の視点が、フランコ・モスキーノのインスピレーションの多様性と、彼の哲学の共通点を表現していることです。 フランコは過去を振り返ることを嫌い、未来に目を向けました。 ブランド設立から 40年、早すぎる死から 29年、フランコがファッション界に残した遺産はいたるところにあります。 彼の影響力は現在もあります。 彼の価値観では、女性たちが自由を保持し、主体性を持ちます。決してシステムの犠牲者にならず、自分たちのルックを主張します。
Act One CARLYNE CERF DE DUDZEELE カーリン・セルフ・デ・デュゼールは、フランコ・モスキーノの不朽の名作を現代的に再解釈しました。 フランコの作品を自分なりに解釈を加え、洗練されながらもさりげなく表現しました。 基本となる���素を巧みに融合させ、彼女独自の「カーリン・セルフ スタイル」を確立しています。 視覚的なバリエーションで注意深く構成し、「現代において、古典とは何か」という問いに驚くべき答えを導き出します。
Act Two GABRIELLA KAREFA-JOHNSON 90 年代前半のショーのスタイルを再現し、シルエットや素材感をアップデートすることに重きを置きましたが、それでもあの頃のエネルギーはそのまま表現したいと考えていました。 NOWstalgia(ナウスタルジア)と名付けましょう! インターネットやソーシャルメディアを通じてフランコの作品を知ったというガブリエラ・カレファ=ジョンソンは、フランコのトレードマークであるカウボーイハットやオーバーサイズのイヤリング、クロシェ編みのドレスを、愛と賞賛の表現として、彼女の並外れた風変わりなテクスチャーへの感覚で再構築し、新しいひねり、新しい感性を加えて、フランコが私たちに教えてくれた方法で、彼のファッションを自分のものにしました。
Act Three LUCIA LIU ルシア・リューは、フランコの作品の中に、見過ごされがちなロマンスと根底にある女性らしさを見出しました。 フランコの主なモチーフをシャッフルして新たなモチーフを作り出し、重ねました。 フランコが興味深いと感じたであろう概念的なアプローチです。 純粋で優美な雰囲気を持ち、大胆で自信に満ちたテーラリングです。 フランコの "Protect Me from Fashion System "Tシャツは、ルシア・リューのムードボードにしっかりと貼り付けられていました。
Act Four KATIE GRAND ケイティ・グランドは、フランコ・モスキーノの作品の本質に興味を向け、そのコンセプトを今に応用しました。 フランコ・モスキーノは、その瞬間に反応をし、特別な時で表現をしていました。 グランドは、同じく、彼女のその瞬間に反応し、表現します。 モスキーノの服は、隅っこでうずくまって着るようにはデザインされていません。 センスの良さとユーモアを結びつけるという彼の哲学を尊重し、その指針が出発点となりました。 彼のスローガンはとても魅力的で、LOUD LUXURY のアイデアはすぐに思い浮かびました。 " 現在の流れを感じた“私たちは不協和音の中に生き、そこでは誰もが常に複数のプラットフォームで話を聞いてもらおうと戦っています。 メガホンを通して贅沢というものを探求することは可能なのだろうか? センスはこの雑音に耐えられるのだろうか? スタジオ・ウェイン・マクレガーの芸術監督であり、ロイヤル・バレエ団の専属振付師でもあるウェイン・マクレガーが振り付けたエリート・ダンサーをモデルにした作品によって、彼女の新しいデザインに肉体的なエレガンスを加えました。 「フランコのショーは常にコンセプチュアルなものだった。それが私にとって彼の本質的な魅力でした。だからショーのこの部分もコンセプチュアルであるべきだと感じました。あれだけ騒々しい中で、誰もが主張したいことがある、けれどそれは私たちが忘れがちなことです。」とケイティは語ります。
Act Five “I AM WHAT I AM” Performed by LAURA MARZADORI スカラ座のコンサートマスターであり、ファッションをこよなく愛するラウラ・マルツァドリが、モスキーノ1986年秋冬ファッションショーのフィナーレへのオマージュとして、グロリア・ゲイナーが歌ったフランコの愛すべき名曲「I Am What I Am」をヴァイオリンで演奏します。
Finale In support of the ELTON JOHN AIDS FOUNDATION フランコは面白いキャッチフレーズの T シャツが大好きで、彼の作品の中心的な要素でした。 チャリティー活動、特に HIV/AIDS の啓蒙活動への貢献は、彼の人生の功績の中に広く浸透していました。 そこでモスキーノは、エルトン・ジョン・エイズ財団と提携し、チャリティー限定版 40 周年記念 See-Now, Buy-NowT シャツを 発表しました。 この T シャツには、次のようなグラフィックがあしらわれています。 BORROW ME –WEAR ME – HUG ME – ME
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【モスキーノ(moschino)とは】 1983年、フランコ・モスキーノがイタリアにて創立したブランド「MOSCHINO(モスキーノ)」。 ダリの彫刻やダリ美術館の内装に影響を受けた作品、エルザ スキャパレリ、クレージュへのオマージュであるトロンプルイユの作風、 ジャンニ ヴェルサーチのグラフィックデザインを担当した事等が有名である。 約10年クリエイティヴ・ディレクターを続けた、ゴルチェの弟子のジェレミー スコットが2023年3月に退任することが決定。 新任のクリエイティヴ・ディレクターは、創業者フランコ・モスキーノがエイズで急死した直後バトンを受け継ぎ長年ブランドを手掛けてきた女性ロッセラ・ヤルディーニ。 元アシスタントの為、1994年から2013年まで、遜色の無いクリエイションで世間を驚かせました。 2014年からミッソーニのコンサルタントも手掛けていました。
Gallery なんばCITY本館1F店 〒542-0076 大阪府大阪市中央区難波5-1-60なんばCITY本館1F 【営業時間】11:00~21:00 【休館日】10月無休 【PHONE】06-6644-2526 【e-mail】[email protected] 【なんばCITY店Facebook】https://goo.gl/qYXf6I 【ゴルチェ��Facebook】https://goo.gl/EVY9fs 【tumblr.】https://gallerynamba.tumblr.com/ 【instagram】http://instagram.com/gallery_jpg 【Twitter】https://twitter.com/gallery_jpg_vw 【Blog】http://ameblo.jp/gallery-jpg/ 【online shop】http://gallery-jpg.com/
#モスキーノ#フランコモスキーノ#ジェンナリーノ君#モスキーノクマ#シュールレアリスム#ライダースジャケット#チュチュスカート#フリルスカート#パーティードレス#パーティーウェア#フォーマルドレス#フォーマルウェア#Y2K#トロンプルイユ#エルザスキャパレリ#ベルボトム#ロングカーディガン#クロッシュレース#マーメードスカート#フラメンコスカート#コルセット#ビスチェ#タキシードジャケット#マキシ丈ドレス#ジャンプスーツ#バギーパンツ#パンクファッション#レザージャケット#マリエ#ウェディングドレス
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視界の隅 朽ちる音
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ある女の子のことが好きだった。どれほど好きだったのか度合で言えば、愛してたって言葉を使った方がこの場合���しいのかもしれないけど、あの頃の僕は好きという表現だけで愛してるを遥かに上回っていたような気がする。もしくは愛してるという言葉の使い方を知らなかっただけなのかもしれない。きっとそうだ、今でさえ、よくわかっていないのだから。世界の何もかもが果てしなく美しいものに見えてすぐに涙ぐんでしまっていたあの頃、休み時間になればイヤホンをつけて目を閉じながら笑っているあなただけを思い描いていたあの頃、きっと今のあの子がしているように笑っては見せているけどその肌の下は外見だけじゃ捉えられないほど酷く荒んでいる状態だったと、そう思う。見てられないような光景が心を覆いつくしてた。勉強なんて、学校なんて、そんな自分の将来について考える隙も与えないぐらい、それよりも重要で優先すべきことがあるんじゃないかって、彼女に対してもっと今の自分が出来ることがあるんじゃないかって、目を覚ましてから眠りにつく数秒前まで好きなあの子のことで頭がいっぱいだった。当時の僕はシャーペンを握りしめるだけで黒板の音なんて掻き消すほど一つのことだけに集中してた。大事な時期だというのに成績なんてそっちのけで視線が落ち着く教室のどこかの隅を一心に見つめながら、どのようにすればあの子を救い出せるのかそのことだけを一年費やして考え尽くしたけど、あの子の好きな雨をその心に降らせることはできなくて、かける言葉さえも見つけられないまま時間だけが残酷に胸を引き裂きながら過ぎていった。学校にも行かずに自転車で行ける最も遠いところまで行っては立ち止まり少しずつ重くなっていく自分の無力さを背負いながら制服姿で知らない町のなかを何時間も歩き続けた。何の傷もない自分の腕を嫌いになったのはちょうどその頃からで、同じ痛みをわからない者には何もできないと言われてるようで虫唾が走るたび少しでもその心情が理解できるのなら知りたいと、脳に要求し神に訴え続けた。愚鈍な行為だと知らぬまま呼吸が浅くなっては喉に熱がこもるほど日々考えることをやめなかった。それでも、深呼吸のすぐそばには空と海、風と、月がいつも近くに居てくれたのを今でも覚えている。ぼろぼろに朽ちていくこの身体に変わりない態度で、僕の名前を呼んでは、寄り添ってくれた。どことなく美しい景色たちはいつだって穏やかな酸素を運んできてくれた。根拠もなく不確かで見えない何かが、あの頃の僕を唯一支え続けてくれた気がする。不安定な僕に手を差し伸べてくれたのは、姿形もわからない大丈夫という存在だった。17の僕は留年を��れなかったけれど、特殊な卒業式を迎えて卒業アルバムももらえなかったけど、あんなに好きだったあの子が結婚して今幸せに暮らしてること、僕が平常心で今この文章を打てていることに何かしらの意味はあるのかも知れないって、思う。思いたい?あるいは信じたいのかもしれない。。。久しぶりに書いてみたよ、ここで、あなたのtumblrをみて書きたくなった。拙い文章だけど、あの頃の記憶を少しでも文字に起こしたくて、残したくて。うん...ほんとはね?まだ書きたいんだけど指が凍っててこれ以上は厳しいんだ、ごめんね。また、あの日みたいに言いそびれたら許して、くれたらうれしい。ここまで読んでくれてありがとう お疲れ様でした ゆっくり休んでください それじゃ...おやすみなさい
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11120233
「お前、つまんない人間になったね。」
彼の冷めた声が、心にズシリと重くのしかかって、身体を中から凍りつかせていく。脊髄液がばきりと音を立てて、生きるための機関が、胸のあたりからゆっくり静かに止まっていく、そんな、生々しくて精神的な死。
久しぶりに赴いたほどよく広いその庭は、以前とは打って変わって雑草一つ生えていなかった。先日訪れた時は、アイビーがたくさん生い茂り、清廉なハナニラと、それから色とりどりの花とが咲いていたのに。
震える手でチャイムを鳴らして暫く経って顔を出した彼は、昔と何も変わらない。少し、痩せただろうか。久々の来訪に驚きもせず怒りもせず、ただ表情の読めない目線を俺に向けたあと、どうぞ。と一言呟いて家に入るよう促した。俺の目線が庭へ向いていたことにも気づいているはずの彼がそれに触れることはなかった。
天窓から柔らかな光が差し込み、微かにアールグレイの香りがするリビング。彼は流していたBGMを止め、「今お茶入れるから。」と一言残してキッチンへと消えていった。
繊細な描写と綺麗な言葉、人の心を掴んで離さないラブストーリーで次々と実写化を実現させている天才作家の彼らしい、優しい空気に包まれた家。いつから彼は、一人でこんなに立派に生きられるようになったんだろう。そんなことすら、俺は知らない。
俺がここにいた頃はもっと空気が湿っていて、淀んでいて、淀みの中の少ない酸素を二人で奪い合うように、明日死ぬことも厭わぬようにただ愛し合っていたはずだった。彼も、俺も、考える葦以下のか弱い存在だった。言葉に縋って自分の世界だけを信じ溺れありとあらゆる全てを憎んでいた俺と、世界を信じず綺麗な上っ面だけを貼り付けてなんとか人ごみをすり抜けていた彼。お似合いだ、なんてこぼした台詞は悲惨すぎて、皮肉にもならない。
本棚には、彼の好きな作家の本と、彼の著書が並んでいた。背表紙を指でなぞり、タイトルを一つ一つ咀嚼する。コバルトブルーに死ぬ、ルビーレッドの慟哭、ヘリオトロープの憂鬱。空でも言える、何度読んだかわからないその言葉達。悲しくも、色とりどりの小説達。俺の、宝物達。
俺達が一緒にいた頃彼が書いた本は、本棚の隅に積まれていた。
お茶を入れ終えた彼の視線を背中に感じる。それに応えるように、一番好きな本を手に取りながら彼に告げた。
「読んだよ、新刊。今までの分も、読んでる。」
「ありがとう。お前は、まだ書いてるの?」
「いや、俺はもう、書いてない。」
こんな明るい場所にいても、自分が惨めに見えるだけだと分かっていたのに、彼に性懲りも無く会いに来た自分は一体何を、期待していたのだろうか。漏れ出る全ての言葉の責任どころか、意味すら上手く説明出来る気がしない。
「座って。この前いただいたアップルティー。お前甘いの好きだったでしょ。だから、入れてみた。どうぞ。」
シンプルなロイヤルコペンハーゲンの中で揺れる、紅緋色。添えられたティースプーンは、やけに可愛らしい。すかさず彼の左手を確認した己が、酷く浅ましく思えた。
「花は、もうテーマにしないのか。」
「しないよ。均整が取れていないし、もう綺麗だとも思わない。その点色は、裏切らない。変わることがないから。」
「そうか。」
退屈そうに呟いた彼は雨の日に言うことを聞かなくなるその癖っ毛を指先で摘んで弄びながら、何しに来たの。と淡々とした口調で零した。何をしに。分からない。俺だって分からないまま、気づいたら記憶を辿って会いに来ていた。わざわざ記憶を辿るほど離れていないと思っていたはずなのに、彼はきっと俺の思ってるよりずっと遠くに行ってしまったらしい。
「相変わらず、愛情を言葉に表すのが上手いよ、お前は。万人に受け入れられる、綺麗で、壊れそうなガラス細工みたいな物語ばかり。二人だけの世界を、読者にこっそり覗き見させるような覗き窓を作るのが、本当に上手い。」
「ありがとう。素人の割に、偉そうな言葉で褒めるね。」
彼が何に苛立っているのかは分からないが、ただ、俺に褒められることを快く思ってないことはよく分かった。彼はこんな、人を傷付けて存在を証明するような人間じゃない。何か意味がないと、こんなことはしないはずだった。
「お前、つまんない人間になったね。」
それは、彼の口から一番聞きたくなかった台詞だった。俺はいつだって、彼のために、彼を楽しませるために色んな世界へ誘ってきたつもりだった。俺らなりの愛情表現は、物語を紡ぎ合うことで、それはどんな人間にも立ち入る事のできない領域であり、理解されない遊戯でもあった。
心臓を鷲掴みにされるような感覚を覚えて、そういえば彼が昔書いた話の中に、そんな描写があったなと、ぼんやり思い浮かべた。
「俺は、書かなくなったお前に興味はないよ。ヒモになっても人を殺しても誰かを愛しても、生きててくれれば究極のところ許せた。でも、お前は捨てたの。俺と一緒に、俺が何より愛してた世界も。捨てられた世界は、朽ちていく��けだよ。誰も広げられない。そんな無責任なことする人だと思ってなかった。」
俺は、彼の言葉に微かな温度を感じて顔を上げた。彼の目からはクリスタルのような涙がぽろりぽろりと落ちて、若草色のテーブルクロスに模様を描いている。
「ここに来なくて、見えないところで見えないまま生きてていいから、忘れないでよ。作った世界も、過ごした時間も、放った言葉も全部。責任持って抱えててよ。俺に、貴方を探させないで。」
彼の言わんとしていることは、きっと俺にだけ伝わるような淡いニュアンスを帯びていた。でも、それでいい。分かりやすく、共感を得られやすい彼の物語とは対照に、いつも他者を寄り付かせず、己、もしくは二人の幸せに耽溺するのが俺の物語だった。彼らしい幕引きをしてくれた、と思えた。
言えなかった言葉は、最後まで言わない方がいい。きっと彼は全てに気付いてくれるだろう。次の、俺の物語を読んだ時に。
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27/肚の内
(はるゆき)(のような何か)
(※CoCシナリオ「ストックホルムに愛を唄え」のネタバレがあります)
(一般的に不快を催すであろうような感じの描写があるかもしれない)
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幼い頃から疑問だったのだ。
どうして野獣が得なければならなかったのは、人間からの真実の愛だったのかと。
初夏。午後の教室には、青葉の匂いが満ちている。気の早いあぶらぜみが、もう中庭で鳴き始めていた。遅い梅雨がようやく明けた六月の空は夜のように青い。再来週に期末テストが近づいていることも吹き飛んでしまうほど、一般的に良い空模様をしていた。 エアコンが稼働しているのに、教室はじんわりと暑かった。手扇でぱたぱたと首元を仰いでも、汗はなかなか引いてくれない。 五限開始のチャイムまで、あと一分三十秒。窓際の席の人たちは、あついあついと口々に言いながら、友達の席を囲んで談笑している。廊下側の席は直射日光が届かず、エアコンの冷風も程よく流れてくるので、ちょっとは居心地がよいけれど、教師たちはやれ空気が悪くなるだの、エアコンの使い過ぎは体に毒だので設定温度を高くしているし、常に教室の窓はどこかしらが換気のために開いているので、さほど教室が快適だとは言い難い。 廊下側でこうなのだから、窓側の席はもう少し不快なことだろう。外から吹き込んでくる生ぬるい風は、すでに気の早い夏の色をしている。 パンティングのような呼吸を一瞬だけして、すぐ咽頭の渇きを覚え、口を閉じた。そして、誰にもばれないようにそっと窓際の席に目を向ける。生成色のカーテンに隠れて、銀色の髪が陽に透けているのが見えた。静かに窓の外を見ている。夏服の白い襟に、首筋を伝った汗がすっと沁みて消えた。 本鈴のチャイムが鳴って先生が入ってくると、皆慌てて席に着いた。初老の国語教師のつまらない口上と、前回授業の振り返りを聞く。指定されたページは言われる前からもう開いている。中国のどこかで撮影されたらしい竹林の写真は、鬱蒼としてひどく涼しげだった。 ぼんやりと指先でシャープペンを回していると、頭上に微かな視線を感じていやな気持ちになった。 「じゃあ二十六ページ、始めから、二十八ページ八行目まで。誰か読んでくれる奴ー」 挙手を促しても、誰が進んで読みたがることなんかないだろうに、必ずこの教師はそうやって聞く。誰も彼も指名されたくなくて、いっそう息を潜めてしまうのが、少し面白かった。現文の時間って、挙手したらテスト悪くても内申上がるのかな。なんて、皆が嘲笑混じりに言っていることを彼が知っているかどうかはわからなかった。 再度、視線を感じる。薄らと、今度は四方から。 反応は返さず、藪の中で息を潜めるように呼吸を小さくする。教師は頭を掻きながら「誰もいないのかあ」なんて決まりきった言葉を吐く。いつもそう。自主性の無い奴は成績が上がらないぞ。それに続いて出る言葉を、私は良く知っている。 「じゃあ、鏡。十八ページから」 いつもの名指し。決まりきったこと。周囲のやっぱり、そうなるよね。という、安堵の呼気を聞いた。「はい」短く返事をする。みんなそんなに読みたくないのだろうか。別に、朗読しろって訳でもないのに、難しい漢字や、句読点の息継ぎがそんなに恥ずかしいものだろうか。 席に腰を下ろしたまま、段落の頭を指でなぞった。唇を舐める。唾液がねばついていた。暑さからだろうか。水が欲しい、生ぬるくてもいいから。 「“なぜこんな運命になったかわからぬと先刻は言ったが、しかし考えようによれば、思い当たることが全然ないでもない。”」 グラウンドから、体操の掛け声がこだましている。見て面白い光景でもないだろう。犬の吐息のように生ぬるい風が、開いた窓から吹き込んでいる。微かに汗ばんだ首筋に、髪が張り付いて鬱陶しかった。横髪を耳に掛ける。 そもそも、どうして髪を伸ばし始めたのだっけ。 ふと思い返したことだが、私は今まで、美容室へ行ったことがない。髪はいつも、母が大事に切ってくれるので、外で誰かに切ってもらうという習慣がなかった。 幼稚園のころ、お遊戯会で赤ずきんちゃんをやったことを覚えている。 私は赤ずきんちゃんをやりたかったのに、生まれの早い私は他の子と比べて背が高く、赤ずきんちゃんは似合わないという理由で、悪いオオカミの役になってしまった。当時の私はそれはそれは落胆して、練習の度に落ち込んでいたのだが、本番の舞台の時、母親が主役の子よりも綺麗に見えるようにと張り切って髪を整えてくれたので、不機嫌にならず演じ切れたことを覚えている。 髪を大きく切ったのは、恐らくその記憶が最後だ。 それ以来、なんで髪を切っていないんだったか。母親がそもそも、女の子は髪が長いほうが良いと夢見るように言っていたからだったような気もする。けれど、多分決定的なものは違う。 そうだ。確か、綺麗だねって、一言褒められたから、伸ばしていたのだ。 多分、そんなありきたりで下らない理由だ。 恐らく、言った本人は、きっともうそんなこと忘れている。それくらい、下らない一言だった筈だ。 「……“人間はだれでも猛獣使いであり、その猛獣にあたるの��各人の性情だという。おれの場合、この尊大な羞恥心が猛獣だった。”」 一つだけ、色合いの違う視線を感じた。窓側、私の左後方から。 「“虎だったのだ。”」 それが誰のものであるか、理解はした。それでも私の目線は、教科書体の黒いインキの上を見ている。俯いた頬に横髪が再び零れてきて、私は句読点の間に小さく唸り声を上げた。 がり。内側で、何かが私を引っ掻いた。 生成りのカーテンが風を孕んでゆったりと膨らむ。囁くような衣擦れ。まるで、下草がざわめくような。私の視界にはない青葉が、窓の向こうに揺れている。 「“ちょうど、人間だったころ、おれの傷つきやすい内心をだれも理解してくれなかったように。おれの毛皮のぬれたのは、夜露のためばかりではない。”」 俯いたまま文字を追う。横髪は、また音もなく滴り落ちてくる。 私は未だ、髪を伸ばし続けている。窓の外に垂らすことのできる日なんて、来るはずもないのに。 私は初めから、窓辺になんていな��。
じわじわじわじわ。
籠もったような、あぶらぜみの声が耳について離れない。 微かなアンモニアの匂い。薄暗い女子トイレの個室の壁を爪で引っ掻くと、骨を齧ったような乾いた音がした。 放課後の校舎は、どこもかしこもじっとりと暑い。さっきまで涼しい図書室にいたのに、廊下を数歩歩いただけで、もうぶわりと汗が噴き出している。肌に薄い夏服がくっついている。怠い下腹部を抱えて、溜め息を吐いた。 「最悪……」 淀んだ、濃い血液の匂いが鼻についた。 道理で日中、思考がぐらぐらすると思ったのだ。経血にぬるついた下着を下げるだけで不快感が強くて、思わず眉を顰める。不運にも替えの下着を持ってきていないので、血の着いたクロッチ部分をふき取るだけに留める。咥えたサニタリーポーチから、ナプキンを取り出す。 月経血の生臭さは、腐敗した肉の生臭さによく似ていると思った。スカートの裾を引っ張って、後ろに血が滲んでいないことを確認して、一先ず胸をなでおろす。 暑さが纏わりついてくる。途端に全身が重く感じる。 「……帰ろう……」 図書当番を早引けするのは申し訳ないが、幸い今日当番にいるのは後輩の女の子たちばかりだったので、素直に話せば事情は汲んで貰えた。さっさと荷物を抱えて図書室を後にし、下駄箱のたたきにローファーを放り投げる。 気の早い午後の日差しは痛いほど強い。日光を避けて、軒をずるずると這うように歩いていると、ふと、剣道場から人の声がするのを聞いてしまった。 足が止まる。日影から足先が出る。 私の足が勝手に剣道場へ向かっていた。
剣道場自体に足を運ぶことは、ほとんどない。体育の授業でも、部活棟の辺りは使わないからだ。 グラウンドの隅にある剣道場周辺にはとくに樹が少なくて、日影がない。立ち寄る生徒は運動部の子たちくらいだった。剥き出しの皮膚が、じりじりと焼かれて痛んだ。 道場の外壁には高窓しかついておらず、見上げて聳えるそれはまるで刑務所の壁のように見えた。果たして内側と、こちら側のどちらが閉じ込められているのか、私には判別ができなかった。 通用口と、グラウンド側に繋がる大きな出入口は空いているが、そこから中を覗くことは、とてもじゃないけれど私にはできない。 木目に擬態した道場の外壁に手を当てると、壁は日差しに焼かれて鉄板のように熱かった。内側からは、剣道部特有の咆哮が響いている。 私はたくさんの遠吠えの中から、彼の波形を探した。汗の匂い。くぐもった反響。壁の振動。声はすぐに見つかった。北西側、反対側の壁際、多分三列目。 沢山の気配の中に、彼が混ざっていた。 彼ではない気配の中に、紛れるように、しかし違和を残しながら、そこに溶けていた。水に落とされた、油みたいに。
不意に、私はどうしたらいいかわからなくなってしまって、その場にただ立ち竦んだ。 人がいるのだ。この中には人がいる。 当たり前のことだ。ここは、学校なのだから。しかし、私ではない人間たちがいた。私が知らない彼を、知っている人間がいた。そうして、会話して、戦って、視線を交わすのだろう。私の知らない、触れあって。 知らないで、見ないで、触れないで。見るな。私の、 。
喘いだ。 湿度の高い、熱せられた空気が喉に絡んで、小さく噎せた。自分を支えることが困難になって、鉄板のように熱い壁に額をつけて凭れる。壁は、焼けるように熱くて痛い。強く爪を立てると、ぎゃり、と不快な音がした。私の爪は鋭かった。そして、空しい音を立てるばかりだった。
おとぎ話は、人間が夢を見る為にある。 幼い頃から、私は世界に王子様とお姫様がいることを、疑いはしなかった。本の世界にばかり、足を浸していたからだ。物語に主役がいるのであれば、邪な竜も、野獣もこの世界には存在することになる。役割は、必ずしも自分が望むとおりに振り分けられるわけではない。幼稚園のお遊戯会と一緒。誰も彼もが王子様やお姫様になれる訳じゃない。紡ぎ車も狼も、そうなりたくてなった訳ではないだろう。私が、悪いオオカミを演じたように。
そうだ。だから、私だって、彼だって、例外じゃないことなんて。
どうして野獣が得なければならなかったのは、人間からの真実の愛だったのか。 そうだ、小さい頃からずっと疑問だった。彼がたとえ野獣に身を窶しても、同じ野獣の番であれば、傷をなめ合うことのできるはずなのに、って。どうして彼は貶されて、傷を深められても、人間からの愛を得て、人間に戻りたいと思ったのだろう、って。
おとぎ話は、人間が夢を見る為にある。 頭の中にある書物のページをいくら捲っても、化物と化物が結ばれた結末なんて、一つだってなかった。化物が化物のまま、幸せになる物語なんて���かったのだ。シルヴィアも、李徴も、グレゴールも、みんなみんな。 おとぎ話は人間しか幸せにしてくれない。幸せになりたいなら、人間になるしかない。それを私は知っていた。だから私は人間でいなければいけなかった。人間でいる必要があった。私だけでも、人間でいなければいけなかった。人間で居たかった、人間で居たかった、人間で居たかった。 そうでなければいけなかったのに。 おとぎ話の世界で、私は。
月が零れる。 獣の匂いが、否応なく下腹部から立ち上る。つま先から皮膚がひっくり返っていく。全身の毛皮があわく月夜に煌めいたとして、たとえそれを千枚縫い合わせても、光り輝くドレスになんかならない。 私は全部、知っていた。最初から分かっていた。目を背けていただけだった。 足元で、ぽたぽたと水滴の垂れる音がした。それは異様に粘ついていて、腐肉の匂いがした。 私の中にいる私が、そっと耳元で囁いた。
もうどうしようも無いんだったら、はやく喉に噛みついちゃえばいいじゃない。って。
ラ・ベッラなんて、最初からいなかった。 狼だったのだ。
†
意識は冷たくて、白濁していた。 そこで私は初めて、気を失った時に世界が真っ白になるということを知った。 全身はまんべんなくずきずきと痛んでいる。頭は特に割れるように痛む。焼けた火箸で頭蓋の内側をぐちゃぐちゃにかき混ぜられているような痛みだ。床の感触が冷たいのに、脇腹が異常に熱を持っている。 熱いから痛いのか、痛いから熱いのかわからなかった。全ての熱がそこに集まってしまったようで、事実、指先は凍えていて一切動かない。 私は薄らと目を開いた。 下水のような、饐えた汚物の匂いがする。そして血の匂い。地下室は、ひたすら暗い。髪を垂らす窓も無く、寝台もなく、ただ檻のような壁だけがあった。 晴。 名前を呼びたくても、舌が動かない。呼んで、どうなるというのだ。私が目を覚ましたことを、気付かせるだけではないのか。 床に投げ出された私の手のひらは、まだらな赤褐色に乾いていた。それからは、微かに甘い匂いがした。床がまだ新しい血で赤く濡れていて、それはひどく生臭かった。きっと狼の血なのだろう。 なんとか視界を広げようと瞼を上げると、部屋の中に晴が立っていることだけが解った。後ろ姿だけのそれを見るや否や、たちまち悔いと後ろめたさが燻った。後悔の念が尽きない。
私が願わなければ、こんなことにならなかった。ましてや、晴が傷つくことなんて、望んでいなかった。
私はただ、庭先に咲いた私だけの薔薇を誰にも盗られたくなかっただけ。ただ、それだけだった。 傷つけることを、望んでなんていなかった。 けれど、それを今誰が証明してくれるだろう。現に私は晴を閉じ込め、切り裂いて、頭から丸呑みにしようとした。きっと、またすぐに私は狼になってしまう。狼である証拠に、私は彼を酷く甘いものだと思い込んでいる。一体、これのどこが人間だと言うのだ。健常な意識ですら、獣性を否定できていないのだから。 私は目を閉じた。 目を覚ましたくなくて、冷たい眠気へ緩やかに身を任せる。 そうだ、こ��まま私が眠っていれば、少なくとも私が晴を傷つけることはない。目を覚ませば、私はたちまち狂気に取りつかれて、彼に牙を立てることしかできなくなってしまう。もう彼を傷つけるのも、怯えた瞳で名前を呼ばれるのも嫌だった。
眠っていよう。 これ以上、晴を傷つけないように。いっそ、私が救われなくたっていい。茨の内側が暴かれなければ、私はいつまでもお姫様と誤認されたままでいられるでしょう。狼がお姫様を丸呑みにしてドレスを着て、精一杯着飾ったところで、大きな口と生臭い匂いですぐに狼だとばれてしまう。 そんな姿は、晴に見せることができない。彼がまだ、私を人間だと思っているうちに、朽ち果ててしまいたかった。 微睡みは心地よかった。 ふと、何か、喧騒のようなものが聞こえた。悲鳴か、怒号かわからない叫び声のように思った。ただ、晴の声ではないことだけは理解して、どうでもよくなった。それも私の意識が氷湖の底に沈んでいくうちに、ぼやけて遠くなっていった。 夜明けの笛の音も、白く光を亡くした月もなく、薔薇の花も無い。深い眠りの水底には、ただ長い静寂が横たわるだけだった。
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嘘つきのナイチンゲール
嘘世界ノースディンのおはなし。嘘予告の情報だけで書いたので、ちょっぴりノスクラっぽいかもしれない。 かなり幅広く捏造しています。最初から最後までALL捏造。何でも許せる方向け。 ただひたすらに暗いです。
※死を匂わせる描写あり
***
「嘘つきのナイチンゲール」
その日のことは、いまでもよく思い出せる。 あの祝福された夜のことを。 わたしの指を握るちいさな手は、どこまでも無垢で純粋で。わたしはおまえが──どうか冬の寒さに、空虚な氷に囚われることなく生きてほしいと、そう願った。 その手が、愛らしいその手が凍えてしまわないように。そう在ろうと誓った。
***
吐く息が白い。トランシルヴァニアでもあるまいに、ひどく寒い。 ──吹雪の悪魔が? 笑わせる。そう鼻を鳴らし、立ち上がろうとして……ノースディンはその力も残されていないことを、頭の隅で認識した。血の通う感覚がすでに、ない。 手ひどくやられてしまったようだ。 胸を衝く弾丸はかろうじて氷で縫い留めてはいるが、もはや薄氷のようなノースディンの身体は、少し力を入れれば容易く壊れてしまいそうな状態だった。自分の心臓がひび割れていくかのような感覚に、ノースディンは思わずうめく。それがまだ脈打っているかどうかすら、いまではもう怪しかった。 ──愚かな。 投げだされたままの身体を雪に沈め、浅く息を吐く。ありったけの能力を駆使して応じたため、木々は重みを持って撓垂れ、あたりは一面の銀世界へと変貌を遂げていた。何もない。まるで冬を切り取ったような世界の中で、ノースディンはひとり思い出す。腹が立つほど澄んだ海をたたえた蒼の瞳と、嘲笑うように高鳴ってみせたあの心臓を。己をなげうってまで、あの人間を生かした愛弟子を。わたしに報復するために? 自分はいま、嘲るような笑みを浮かべられていると、ノースディンは思ったに違いない。 なんて愚かな。人間に肩入れするなんて。ノースディンは内心で吐き捨てた。脆弱で、潰しても潰しても現れる虫のような、どうしようもなくみじめな存在だとお前はあの方の近くでよく見ていたはずだろうに。か弱くて、儚くて、すぐに死んでしまう。どのみち我々を置いてゆく生き物だということを、お前は知っていたはずだろうに。 我々は止まらない。止められない。昼の末裔は、悉く滅ぼすしかないと、お前の祖父も、父も――。 人間と馴れ合うなど、あまつさえ退治人などと! お前はあの方の嫡孫。白銀の狼の嫡男。奴らは我らの悲願を阻むものどもだというのに。 こんなことになるとは思っていなかった。警告したつもりだったが。 喉がひゅっと締まり、ノースディンは咳き込んだ。 わたしみたいになるな、と。 ……そうとも。 かつてただ一度、愚かにもわたしはお前と同じことを願った。そっと瞼を閉じて、ノースディンはその裏に黒衣の姿を浮かべる。あのころは、お前もまだ小さくて、いまよりもずっと泣き虫だった。人間に強い思い入れなどはなかったが、あの男がわたしを退治しにきてから──それも悪くはない、と考えていた。 そうだ。奇しくも、彼も退治人だった。 ノースディンの胸のあたりがキシっという音を立てた。 しかし、望んだ未来は来なかった。あの方は──。 すべての昼を赦さないとあの方が言うならば、ドラウスが肯定したならば、わたしもそうしよう。 遠くから見ていようと決めた城下の者たちを雪の下に埋めた。正体を知らずとも、わたしによくしてくれた者たちの子孫を、手にかけた。 それでいいのだと信じていた。信じたかっただけかもしれない。後にはもう引けなかった。人間との対立は深くなる一方だろう。我々が撒いた種だ。だからこそ、わたしはあの子を人間から遠ざけようとした。 なんてひどい師だろう。傷つけまいとそう誓ったのに、結果だけ見れば、わたしはあの子��殺したのだ。 努力はしたんだ、ドラウス。頑張ったんだ、わたしなりに。だが、わたしではあの子を連れ戻せなかった。 これはその代償だ。 ああ、なのに。なぜ、わたしの心はこんなにも穏やかなのだろう。 これで終わりなのだとわかっているのに、とても愉快な心地がする。呼吸もままならなくなった肺の音を鳴らしながら、ノースディンは虚空に向けて高らかに笑った。 こんなふうに笑ったのは何世紀ぶりだったか。 これでお前を傷つけることもない。もう、自分���殺し続けることもないのだ。そう思うと、暗くなりはじめた視界とは裏腹に、晴れやかな気分になった。 やれることはやったのだ、ノースディン。それでも変えられないというのなら──あの子はそうあるべきなのだろう。 もしかすると、どこかで喜んでいたのかもしれない。あの子が自身と同じような未来を望んでいることを。ノースディンは力なく笑った。 ドラルク。わたしの指を握った小さな手。お前の歩む道は、苦難で舗装されている。わたしにもこの先の未来がどうなるか、少しも検討がつかない。それでもどうか、と願わずにはいられない。 傍で見てやれないのが……残念だが。愚かな師匠から不出来な弟子へ、最後の課題を出そう。 その手でお前の大事なものを、守りなさい。 「……」 鼓動が遠い。 ピシ、ピシ、と亀裂の入るような音が、かすかに耳に届く。このまま雪に溶けるのだろう。それでいい――それでいいのだ。「吹雪の悪魔」には相応しい最期だ。もう、疲れた。 かつての願いは叶わない。あの子は行ってしまった。わたしはどこにも帰れない。自分を欺き、夢を捨てられずに一族を欺き……。許されるのは、永遠の白銀へ沈むこと。 嗚呼。もしも神がいるというのならば、どこにも行くことのできないわたしに、どうか裁きを。朽ちる前にただ一度でいい。 ――クラージィ。 動かせない唇が音のない名前を紡ぐ。 わたしたちは、いったいどこで誤ってしまったのだろうな。
***
サクリサクリと、雪を踏む音がした。 音はどんどんとノースディンの方へと近づき、やがて止まる。 「あれ。そこにいるのはもしかして吹雪の野郎?」 遠くに聞こえたのは、ノースディンが望んでいた声ではなかった。 ――そうだな。お前は、わたしの手の届かないところに行ってしまったのだから。 ハハッという笑い声をかすかに感じながら、あの子に読み聞かせた物語を思う。オスカーワイルドの小さな鳥。 わたしにお似合いの結末だと、ノースディンは微笑んだ。
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【黒バス】やさしい国で待ちあわせ
2014/02/11発行オフ本web再録
■1■
リアカーを壊した。緑間と二人で壊した。
それもまあ仕方のないことで、この三年間、毎日使い続けていたそれは大分傷んでいて、何処かに寄付するにはぼろぼろ過ぎた。木目は至るところが節くれだって、慣れていないと服を引っ掛けて怪我してしまうし、車輪は少し歪んで、気を付けないといつも進行方向から左にずれてしまった。チェーンも錆びて、ぎいぎい音がしていたし、サドルの布はちょっと破けていた。 俺たちの愛車は満身創痍で、真ちゃんはいつも、リアカーの左角の節くれと、登ってすぐの歪んだ板に触れないようにそうっと乗っていた。俺はいつもハンドルを右側に傾けて運転していた。直した先からパンクするし、毎日油をさしても固まった錆は取れなくなって、着実に増えていた。 だから、壊したのだ。俺と真ちゃんで、卒業式の日に。いつも停めていた、学校の駐輪場の隅で。胸に花を刺して、卒業証書が入って歪んだ鞄を地面に置いて、砂に膝をついて、季節はずれの汗をかきながら、俺たちは黙って作業をした。真っ赤な夕暮れの中、二人で、ネジを外してボルトを取って、板を分解して、壊したのだ。俺たちのリアカーを。思い出を、��と銅と板に分解して粗大ゴミのシールを貼って捨てた。次の日の朝には回収される予定だった。駐輪場からは体育館の屋根だけが見えた。そうしてそこまでやってから、俺たちは歩いて駅まで向かって電車で帰った。 だって、まあ、仕方がないことなのだ。 俺も真ちゃんも、行く大学が違って、その方向も違って、お互いに別のアパートを借りて、四月から新しい生活を始めようとしていたのだから。俺が真ちゃんを迎えに行ったってどうしようもない。行き先の違うバスに乗ったって目的地には着かないのだ。そうなってしまうと、リアカーなんて場所を取って邪魔なだけだった。誰かに讓るにしても修理代金が高くついて新しく買った方がマシなレベルだったし、そもそも何処に寄付すればいいのかもわからなかった。 いいや、本当は、俺たち以外の誰かがこれを使うのが嫌だったのかもしれない。
「真ちゃん家だったら置いとけるんじゃねえの」 「置いてはおけるかもしれないが、俺もお前もいなくなる以上、誰も手入れをしなくなる。そうしたら後は本当に朽ち果てるだけなのだよ。修理もきかなくなるだろう」 「そうだよなあ」 「ああ」 「じゃ、壊そっか」 「ああ」
解体するとも、分解するとも、捨てるとも言えなかった。壊すという乱暴な言葉が最もふさわしいと思った。毎日毎日油をさして、毎日毎日真ちゃんが「今日もよろしく頼む」と声をかけて、パンクしたら直して、板が割れたら直して、雨が降ったらビニールシートでくるんで、落書きされたらペンキで塗って、そうやって三年間過ごしてきたこいつを、俺たちは壊す。 だって、仕方がないだろう。俺たちは大人になってしまったんだから。 こうして俺は真ちゃんを迎えに行く口実を失って、真ちゃんは俺に会う口実を失ったのだった。いいや、会う口実なんてのはいくらでもある。映画を見たい、新しい甘味が食べたい、なんだっていい。なんだっていいけれど、それは一般人の話であって、こと緑間真太郎にとって、それは必ずしも誰かが必要なものではないのだった。そして必ずしも必要でない場合、あいつは決して声をかけない。例え内心で寂しいと思っていたとしても、あいつは一人で祭りに出かけるだろう。 意地っ張りで我が儘で、懐に入れた人間には存外甘いあいつは、理由が無ければ他人に頼ろうとはしないのだ。人は一人でも、案外生きていけるものである。そもそも中学の頃は、あんな奇妙な乗り物が無くても一人で何処にでも行ってなんでも手に入れていた男だ。リアカーが無くなった今、あいつは俺を呼びつけないだろう。あれは、緑間真太郎なりのサインだった。不器用なあいつの、唯一の、俺を呼んでいい理由。 だから、俺たちには新しい口実が必要だった。いいや、俺たちだなんてずるい言い方はよそう。俺には口実が必要だった。 何せ、俺は、この緑間真太郎のことが好きだったので。 真ちゃんが俺のことを好きかどうかは知らない。多分好きだろう。俺の好きと同じ形をしているかどうかは知ったこっちゃないが、まあ、ほぼ同じ形で好きだろう。 でもそんなことよりも大切なことは、俺たちはそれを一つも口に出さなかったということなのだ。あれを壊している間中、ずっと。思い出を壊している間、ずっと。 だから俺も黙り続けている。黙ったまま、探している。まだ。
■2■
「真ちゃんホント忙しそうだね」 「まあな。取れるだけの講義を取った。ほぼ毎日一限から五限まであるのだよ」 「うっわ、信じらんねえ。勉強の鬼かよ。鬼真ちゃん。オニシン」 「全く語呂が良くないし何も洒落になっていないと思うが」
そう言いながらサラダを口に運ぶ真ちゃんの頬は、入学式から一ヶ月、少しこけたような気もするけれど、顔色は悪くない。心配していたが、きちんと食事は取っているらしい。今だって、サラダにスープ、ステーキを頼んで黙々と食べている。
「体調管理にも人事を尽くすのだよってか?」 「当たり前だ。自分で入れた講義を自分の不調で欠席するなど愚かしいだろう。初めの週に、きちんと栄養バランスを考えた献立を作った。後はそれ通りに食べれば問題ない」 「すげえ。そんな食事管理SF映画の中でしか見たこと無かったわ」
窓の外は真っ暗で、車が路面を走るザアアという音がする。なんだか雨の音に似ているような気もするが気のせいだろう。時計の針は八時を指していて、夕飯を食べるには、まあ、少し遅いくらいの時間。
「仕方がないだろう、講義があるのだから」 「ですよね」 「それでも今日は早い方なのだよ」
一ヶ月ぶりに再会する真ちゃんはいつもと同じ調子で、ひと月前と何も変わらないように見える。だけど実際は、俺の知らない所で俺の知らない講義を受けて、知識を吸収して、誰かと会話して、段々と新しく生まれ変わっているのだ。
「真ちゃん、友達できた?」 「……挨拶をする程度の顔見知りなら」 「多分それもう相手は友達だと思ってるって」 「そんなものなのか」 「そんなものですね」
飯に誘われたりしないの? と聞けば、真ちゃんは黙って頷く。俺の聞き方も悪かったが、これで頷かれても、誘われているんだか誘われていないんだかわからない。多分、誘われているんだろう。ゆっくりと口の中の肉を咀嚼して飲み込んで、水を一口飲んで真ちゃんは答えた。
「講義の終わりに、飯でも行かないかと言われたことはあるが、俺はその後も講義があったからな。最終講義が終わった後はさっさと帰っているし」 「じゃあ真ちゃん一ヶ月ぼっち飯?」 「昼は一緒に食べている奴もいる」
そんな当たり前の返事にちょっと傷つくくらいなら聞かなきゃいいのに、愚かな高尾和成くん。いやいや、マジで一ヶ月独りで飯食ってる方が心配だろ。健全な社会的人間性を持ち合わせていてくれて何よりだ。何よりなんだけれど、俺はこいつの母ちゃんでは無いのに、こんな心配をしてどうする。何にもならない。
「かわいい女の子はいた?」 「どうだろうな。いつも一番後ろの席に座るから顔は見えん」
心配すべきは、こいつが誰かと結ばれること。なんて、別に、付き合ってる訳でも無いのに、こんな心配してどうすんの。どうにもならない。何にもならない。世の中はそんなことばっかりだ。何をどう心配したって、それは全部見当違い。俺は母ちゃんでも無ければかわいい恋人でもなく、ひとりの友達。ひとりの相棒。
「お前の方はどうなんだ」 「俺? ううーん、俺んとこも女子の割合すくねえからなんともなあ。あ、でも若干みゆみゆ似の子いた」 「宮地先輩に紹介したらどうだ」 「え、真ちゃんがそんなこと言うなんてどうしたの」 「先輩の大学の教授が客員講師として来ているんだが、学部的に先輩が講義を取っている可能性がある。話でも聞けないかと」 「真ちゃんって、案外目的のためなら手段を選ばない���なあ」
真ちゃんはしっかり焼いてもらった肉を口に���ぶ。俺も自分の肉にフォークをぶすり。レアなそれからしたたる赤い肉汁。口の中で思いっきり噛み切ってごくりと飲み込む。生きている味がする。
「真ちゃん、次いつ会えんのさ」 「……そうだな、一通り落ち着いたし、来週の木曜なら問題ないのだよ」 「木曜な。オッケー。六時とか平気?」 「ああ」 「んー、どうすっかな。久々にストバスでもやる?」 「そうだな」
ぶすり。刺さったフォーク。それを持つ左手に、もうテーピングは存在しない。目を細めてみれば、そこに白い幻影が見えるような気もする。真ちゃんはバスケをやめた。悪いことじゃない。俺たちのバスケは、あの日の粗大ゴミの一つとしてどこか遠くで燃やされたのだろう。悪いことじゃない。ちゃんと、俺たち自身が選んだのだから。全てを失ったと悲壮感に浸るほど子供ではなかった。
◇
「いや、お前、ホント、ねえわ、マジで……」 「お前は少し鈍ったんじゃないか」 「そりゃ鈍るわ! 昔みてえな練習してねえんだから! お前はなんでそんなキレッキレなんだよ! 人事尽くして自主練しまくってんのかよもしかして!」 「いや、多少の筋トレはしていたが俺もここまでちゃんと動くのは久しぶりだ。元々の地力の差じゃないのか。単純に」 「単純にズバッとひでえこと言うよなお前」
コートに寝そべれば街灯に邪魔されて少し暗く星が見える。たかだか一時間くらい動いただけなのに、荒い呼吸がなかなか止まらなくて俺は苦笑した。一ヶ月でここまで衰えるとは、いやはや時間の流れとは無情だ。これを元に戻すには三ヶ月はかかるだろう。いつだって、壊す方が簡単なのだ。
「そんなこと言って、真ちゃんもまだ息整ってない癖に」 「……お前もだろう」 「ははっ、俺たち二人ともこうやっておっさんになってくんかな!」 「俺は絶対にお前よりも格好良いおっさんになってみせるのだよ」 「ええ、なんだそれ」
たるんだ腹など許さないからな、と俺に指を指してきたって、そんなの俺の知ったこっちゃない。許さないも何もお前の話だし、多分お前は太るよりはやせ細っていくタイプだから筋肉落ちないように気をつけろよ、と言おうと思って面倒になって取り敢えず笑った。母ちゃんじゃ、ねえんだから。うん? はいはい、きっとお前は、なかなかにダンディでイカしたナイスミドルになるに決まってるよ。
「あー! でも真ちゃんが練習してねえなら、俺が真ちゃん抜ける可能性も出てきたな! ぜってー次は抜く。めっちゃ練習する」 「ぐ、人が講義を受けている間に成長しようというのか」 「ふふん、ずるいってか? ずるくないよなあ、俺は人事を尽くすだけだからなあ。ずるいなんて言えねえよなあ。どうだ真ちゃん、自分の信念に邪魔されて文句言えない気持ちは。うん?」 「お前……底意地が悪い、いやそれは前からだったか」 「あん? お前に尽くし続けた高尾ちゃんのどこが底意地が悪いって?」 「どこの誰が尽くし続けたというのだよ。なんだかんだ自分の意見は押し通してきた癖に。俺の我が儘の影に隠れてやりたい放題していただろう」 「おお? それこそ聞き捨てならねえな? 我が儘の影に隠れてたんじゃねえよ、お前の我が儘がでかすぎて俺のが霞んでただけだっつの。お前の自己責任。オッケー?」 「我が儘を言っていたことは認めるんだな」 「いやいや、滅相もございません」 「どっちなのだよ!」
夜のコートで、体ばっかりでかくなった男が二人、真剣に言い争っている。あまりにも馬鹿馬鹿しくて子供みたいな内容を、わざと真剣な調子で言い合う。ああ、なんだか視界が眩しいのは、星のせいか、街灯のせいか、自販機の明かりだろうか。なんだか酷く目にしみて瞼を閉じた。おい、寝るな! なんて真ちゃんの怒った声。寝るわけねえだろ。お前がいるのに。お前がいたら俺はいつだって目かっぴらいて起きてるよ。今は閉じてるけど。はは、閉じちゃってるけど。
「おい、高尾、……高尾? なんだ、死んだのか」 「お亡くなりになった高尾くんに一言」 「高尾……、実は俺はお前のことを……」 「高尾くんのことを?」 「超ド級の変人がいると言って、大学の奴との話の繋ぎに、適当にあることないこと喋ったのだよ……」 「いや、待って待って待って真ちゃん! 何それ! ちょっと待ておい!」
流石に聞き捨てならなくて飛び起きたら、真ちゃんは真顔で俺の顔を見て頷いた。いや、その頷きは何なわけ。何を示してるわけ。全然わかんねえから。
「死人に口無し、バレなくてなによりだ」 「最低じゃねえか!」
叫ぶだけ叫んで、やりとりのあまりの下らなさに溜息をついた。何よりも下らないのは、真ちゃんが大学でも俺の話題を出してることに喜んでる俺自身である。滑稽な独占欲に苦笑いを零していたら、真ちゃんからボールが飛んできてギリギリのところで俺はそれを受け取る。びりびりと、手のひらがしびれる感触。こいつ、本気でぶん投げてきやがった。赤くなった俺の手はまだまめだらけで、皮も分厚くなっているけれど、これも後数ヶ月もしたら普通の手になっているのかもしれない。
「というか、お前は何故そこまで鈍っているのだよ。お前の方が暇なら、今日の時点でここまでへばっていないんじゃないか」 「暇とか言うなって! まあそりゃお前とはちげえけど、俺だってバイトとかめっちゃ入ってんだって。家賃は親に払ってもらってっから、生活費は自分で稼がねえと」 「ああ、なるほど、そうか、それがあったな」 「お前は? それこそ講義で忙しくてバイトなんかしてる暇ねえんじゃねえの?」 「親の脛をかじっている」 「めっちゃ堂々と言ったなおい!」
笑いながら全力で投げたボールは、俺の希望通りこいつの手のひらの中に収まって、そのままゴールリングへ向けて発射された。俺の知っている、俺の憧れたままの高度と軌道。それが変わらないことに安堵しつつ、ボールは勢いよくネットを揺らして落ちる。地面がごうんごうんと跳ねる音。このシュートだって、いつかは終わる。
「事実なのだから仕方がないだろう。家賃光熱費水道代食費学費その他もろもろ全て親持ちだ。そもそも、ラッキーアイテムであれだけ金を使わせていた俺が今更この程度のことで罪悪感を覚えると思うのか?」 「やべえ、どうしよう、言ってることはどこまでも格好悪いのにここまで堂々とされるとそんなことないように聞こえ……聞こえねえな」 「やはり駄目か」 「駄目だったなあ」
少し笑いながら真ちゃんはボールを拾う。かがんだ時に僅かに揺れた上半身と、グレーのセーターが何故か目に焼き付いた。その服の下の筋肉も、段々と衰えていくし、二度とあの派手なユニフォームを着ることもない。そんな当たり前のことを、俺はゆっくりゆっくり飲み込んでいく。別に、悲しいわけではないのだ。少し寂しくはあるけれど。そうだ、寂しいのだ。大人になっていくことが。俺たちが、大学生になって、卒業して、就職して、もしかしたら結婚したりして、子供ができたりとか、して。そういう変化をこれからも続けていく。
「うちの大学は成績優秀者になれば賞金がもらえるのだよ。一年間にかかる金額と比べれば雀の涙のようなものだがな。それは親に渡すつもりだ」 「もう取れることは確定なのね」 「当たり前だ。人事を尽くしているのだから。」
例えば、一人暮らしをするようになって、洗濯だとか料理だとかを少しずつ覚え始めた。電気をつけっぱなしにしたり、蛇口をしっかり締めないで母さんに怒られた理由がようやくわかるようになった。お金のこととか、現実とか、ちゃんと見始めた。悪くないなあ、と思う。あの駆け抜けた日々に比べると少しばかり穏やかすぎて、太陽の光もあまり眩しくないけれど、変わりに柔らかくなったように思うのだ。
「成長してから恩返しということで先行投資してもらうしかないからな、金額の問題ではなく担保のようなものなのだよ。将来性の保証だ」 「お前さ、なんか照れ隠しが生々しくなってねえ?」
パスされたボールを投げ返す。真ちゃんはそれをシュートせずにもう一度俺にパスしてきた。別に俺はシュートなんか撃たねえのに。もう一回真ちゃんにパスしたらまた返ってきて、奇妙なキャッチボールが延々と続く。ぼんやり数えて十二回目で俺はでかいくしゃみをした。背筋からぞわぞわと、這い登るような冷気。
「うあー、さぶ。汗ひくとめっちゃ寒いな。つか、五月ってこんな寒かったっけか」 「五月は寒いだろう」 「五月は寒いか」
寒いっけ、と首を傾げる俺の顔面めがけてジャージが飛んでくる。真ちゃんのではなく、俺のだ。勝手に鞄から出されたらしいが腹も立たない。帰り支度を始めるこいつもジャージを羽織る。お前だって寒かった癖に、先に俺に渡しちゃうんだからなあ、そういうとこ、好きなんだよなあ。好きなんです。あーあ、好きなんだよ、ほんと。
「おい、聞いてるのか」 「へ? あー、ごめんごめん、何?」 「全く聞いていなかったのか。ボケすぎだ」 「ごめんって。で?」 「風邪を引かれても困るから、俺の家に寄っていけ」 「あ?」
耳に届いた言葉が信じられなくて俺は思わず自分の頭を殴りつけそうになった。そこまで驚くことでも無いのにこんだけ動揺が隠せないのは、やっぱり、俺がコイツのことを好きだからなんだろう。好きな奴の、一人暮らしの家に上がり込む、なんてのは、どうしたってそういう意味にしか取れないのだ。勿論真ちゃんにその気が無いこと��わかっているけれど。だけど、わかるだろうか、一人暮らしの家だぞ、生活の何もかもが部屋に閉じ込められた、まず間違いなくこいつの匂いで満ちている部屋。
「お前、何回聞き逃せば気が済むんだ」 「いや、聞こえてた聞こえてた! 聞こえてたけどさ! え、いいの」 「構わん。ここから俺の家は近い」
そりゃ、お前の家に近いストバスのコート探したからな。俺のアパートからは遠いのだ。お前の家。俺が三年間迎えに行った、あのだだっ広い門扉がある豪邸とは別の、お前が一人で暮らしてる家。
「おい、どうした、来ないのか」 「いつ誰がそんなこと言ったよ。行く。超行く。真ちゃんのお部屋大訪問」 「そうか。エロ本はまだ買ってないから探しても無いぞ」 「……真ちゃんもなかなかに、俺が言うことわかってきたよね」
◇
「……おい、ちょっと待て、待ちなさい、親の脛かじり太郎」 「なんだ、さっき宣言しただろう」 「限度があるだろ! 何だよこの部屋! 部屋じゃねえよ家だよ! どう見ても一人暮らしには広すぎるだろ! 普通六畳一間だろうが! なんだこれ!」 「俺の家だが」
入口がオートロックの門だった時点で嫌な予感はしていたが、大的中も大的中、ドアを開けたら玄関と靴箱があり、そこから廊下が伸びていた。バス、トイレ別だ。というか、部屋までの通路に台所が無い時点で戦慄した。大学に入ってから他の奴の家にも幾度かお邪魔したが、部屋までの短い通路の片側に風呂トイレ、片側に狭い台所と洗濯機置き場、ドアを開ければ六畳間、この鉄則を外れる奴なんていなかったのだ。
「いやー、これはない、マジでない、かじるどころじゃねえ。しゃぶってやがる」 「まあ、富裕層だからな」 「やめろ……聞きたくない……こんな露骨な格差はやめろ……」
風呂に入れと投げ渡されたバスタオル。真っ白で、まだほとんど使われていないそれに遠慮する気にもなれなかった。保温機能で自動で沸かしてくれるバスタブでも俺はもう驚かない。腹いせに、シャンプーとリンスの位置を逆にしたことくらいは許されてもいいだろう。思い切り鼻歌を歌っても近所に文句は言われないんだし。 風呂を上がってみれば、真ちゃんが真剣な顔で洗濯機を回していた。���明書が壁に貼られている。若干首を傾げてセーターのタグを見ていたこいつは、マークの意味がわからなかったらしく携帯電話で調べ始めた。堅実な奴である。
「ちょっとくらいならソフトサイクルで問題ねえと思うけど」 「馬鹿なことを言うな。これだけ細かくラベル分けされているのだから消費者はそれに従うべきなのだよ。ふむ、これは手洗い不可」 「いちいちクリーニング出すわけ? 金がもったいな……いや、俺は何も言わねえ。言ったら言っただけ傷つきそうな気がする。何も言わねえ」 「ドライヤーを使うならそこの引き出しだ。暇ならリビングにいろ。茶は勝手に出せ」 「へいへい」
短い俺の髪は、水気を取れば自然に乾く。面倒くさいからとリビングに向かえばきちんと整理整頓された部屋。プリントも教科書も整然と並び、出しっぱなしの衣類なんて物は無い。思いのほか完璧な一人暮らしをしているこいつに少し驚く。生活力なんて皆無かと思っていたのだが��壁に貼られた手書きのメモを見て納得した。こいつ、毎朝のルーティンワーク完璧に決めてやがる。月曜日、五時、起床、ストレッチ、五時五十分、着替え(引き出し下段)、六時、テレビ兼朝食(チャンネルは六)……目眩がしてくる。多分、中学の時も高校の時も、こうやって自分の動きを決めて行ったんだろう。所々に訂正の箇所があるのは、それじゃうまくいかなかったからか。そういえばあいつはこの前会った時、「一通り落ち着いた」とか言っていた。それはこういうことだったのか。
「何を間抜けな顔を晒している」 「うお、真ちゃん終わったの。いやー、これすげえな。機械かよ」 「人事を尽くすためには必要なことだ」 「いやー、お前の人事に対する執念こんな形で見ることになるとは思わなかったわ。隣に貼ってあんの食事の献立?」 「そうだが」 「……真ちゃん、これってさ、今日の、食事の献立?」 「そうだな」 「……明日の食事の献立は?」 「これだな」 「…………明後日の食事の献立は?」 「これだな」 「まさかとは思うけど、真ちゃん、毎日これ食ってんの……?」 「完璧なバランスだろう」 「お前は! 融通きかなさすぎだろ!」
思わず怒鳴りつければ、何故俺が叱られなければならないのだよという顔で見られる。いや、おかしいのはお前。絶対にお前。誰かこいつに常識を教えてやってくれ。 俺の目の前にある紙には、朝から晩まで、食べ物とどこでそれを売っているかの表がある。ほぼ調理が入っていないのは、自分じゃ作れないと判断したからだろうか。数えてみれば三十品目丁度。それぞれの栄養素もきっちり取れている。それにしたっておかしいだろう、朝、煮干(松の家)、白米、漬物(西武スーパー)、牛乳(二五〇ミリリットル)って、いや、栄養は取れるかもしれねえけど、こいつは三百六十五日同じもんを食べ続けるつもりなのか。嘘だろ。絶対に楽しくない。
「この前お前と食事をした時は計算が面倒だったのだよ。翌日に足りない分は全て追加したからなんとかなったが」 「なんともなってねえからそれ。なんで翌日繰越制度になってんだよ。一ヶ月間焼肉しか食わなかったから次の一ヶ月は野菜しか食いませんってことじゃねえか」 「そうだな、それではカルシウムもタンパク質も足りない」 「ちげえよ! 何にも伝わってねえよ!」
誰か、この超ド級の馬鹿をどうにかしてほしい。お前は頭が良いはずじゃなかったのか。俺にはこいつの思考が手に取るようにわかる。わかってしまう。大学生になったからには勉学に励まねばならない、そのためには心身ともに健康でなくてはいけない、健康な体は健康な食事から、完璧な献立を作らねば。完璧な献立なのだから毎日それで完璧だ。終了。殴りたい。
「そうは言ってもな、毎日別の献立を考えるのは流石に負担が大きすぎるのだよ。できなくは無いが、俺は料理が苦手だから作れるメニューも限られる。その中でどうにかしようとすれば、今度は学業の妨げになるだろう。本末転倒だ」 「なんで俺が説得されてんだろうな。お前の発言だけ聞いてるとお前が正しく聞こえるから不思議だわ。あのな真ちゃん、アウト」
頭が痛いのは長風呂をしてしまったせいだろうか。久々にちゃんと広い風呂入って、ちょっとテンション上がっちゃったもんな、確かに。俺のアパートの風呂は狭くてろくに入れたもんじゃないし。ああ、それとも髪を乾かさなかったせいだろうか。風邪ひいたかな。いいや、違う、この目の前の男が全てである。
「っつーか、真ちゃん、今日はどうするつもりだったわけ。俺、お前と夕飯まで食うつもりだったし、まともな夕飯出てくると思ってなかったから外行く気満々だった」 「さりげなく人を馬鹿にするのはやめろ。俺だって外に出るつもりではいた」 「で、それで足りなかった分は明日に追加されるわけ」 「まあ、そうだな」
壁にかかったカレンダーを見る。先週の木曜と、今週の木曜にだけそっけなく印がついている。俺と会ったからだ。俺と会う日だからだ。そしてこいつは金曜日、俺との食事で足りなかった分を一人で追加して食ってるんだろう。どうせこいつのことだから、カルシウムが足りなければ牛乳を必要なだけ追加、タンパク質が足りなければ豆腐を足りないだけ追加、とかそんな大雑把なことをしているに違いないのだ。それはなんだか、酷く腹がたった。一人でそんな素っ気ない、機械みたいな食事をしているこいつにも、それの負担になっているのであろう俺のことも。
「……真ちゃん、来週どっか空いてる?」 「……木曜日なら」 「また?」 「木曜だけは授業が三限で終わるのだよ」 「ああ、なるほど」
さて、俺のこの感情のどこまでが純粋なもので、どこまでが邪なものだったのかは俺にもわからない。俺はもしかしたら母ちゃんのようにこいつのことを心配していたのかもしれないし、恋人気取りでこいつのことを独占したかったのかもしれない。両方かもしれないし、もしかしたら全然関係なくて、俺はただ、何にも考えていない馬鹿野郎だったのかもしれない。
「じゃあ、俺毎週木曜は夕飯作りに来るから」 「はあ?」 「栄養バランス完璧な献立だったら良いんだろ? 任せろって、少なくともお前よりは作れるから」 「いや、別にだからといって何故お前が」 「良いじゃん。お前木曜以外空いてないんなら俺どうせしょっちゅう遊びに誘うし。そのたんびにお前が飯の計算しなおすのも面倒くさいだろ。 だったら俺が作っちゃうのが手っ取り早くね。別にお前が他の用事入れる時はこねえからさ」 畳み掛けるように言う俺の勢いに押されたのか、真ちゃんは、いや、だとか、それは、だとかもごもごと言っている。きっぱりさっぱりしているこいつには珍しい狼狽具合だ。自分でも無茶苦茶なことを言っている自覚はある。だけど俺は全然引く気が無い。多分真ちゃんも、そのことに気がついたのだろう。
「……お前が、いいなら」
渋々と頷いたこいつに俺は笑った。自分があまりに馬鹿らしすぎて笑ったのだ。だけど、俺は、何度も訂正された跡がある木曜日のルーティンワークを見て、何もせずになんていられなかった。そうだよなあ、二週連続でお前の予定変わったら、それは別の何かを考えるよな。来週も俺が誘うかもしれないし、誘わないかもしれないし、そしたらお前はきっと、別の日課を組み立てなくちゃいけなかった。 最終的にクエスチョンマークだけが残されて、『保留』とそっけなく書いてあるそれは、俺がお前の毎日に組み込まれるためのスペースだった。お前は自分じゃ言わないけれど、ちゃんと俺はわかっているのだ。お前からの、新しいサインに。 そうやって、形の無い不安に脅かされていた俺は、入学して一ヶ月と一週目に、驚く程スムーズに、新しい口実を手に入れたのだった。
◇
「真ちゃん、最近とみに忙しそうね」 「試験が近いからな。お前だってそうだろう」
七月の頭、室内には既に冷房がかかっている。俺の部屋にもついてはいるが、効きが恐ろしく悪く音だけうるさく、よっぽど扇風機の方が役立っているのが現状だ。大学生の試験期間というのは講義を取っていれば取っているほど過酷になるもので、楽できる奴はいくらでも楽ができる。真ちゃんの忙しさといったらない。試験だけで二十個近いと聞いて頭を抱えた。国立受験だって十科目だっていうのに。
「お前んとこほど過酷じゃねえわ。レポートも多いし」 「レポートの方がかかる時間は多くないか?」 「俺んとこでね、レポートってのは、『なんでもいいから取り敢えず出せば単位はくれてやるから文字数埋めて出せ馬鹿野郎』って意味なわけ」 「凄い意味の込め方だな」
俺が作ったキャベツのホタテ煮を、眼鏡を薄く曇らせながら食べている真ちゃんの顔は呆れている。大根は鷹の爪を入れて煮たから少し辛い味付けだが、これくらいならどうということはないらしい。まあ、こいつは甘党であるというだけで、辛いのが滅茶苦茶苦手というわけではないからあまり心配はしていなかったが。
「生姜焼きはあんま漬けれなかったからよう改良だなー、これは」 「別に、普通にうまいが」 「お前ってすげーおぼっちゃまなんだか庶民舌なんだかよくわかんねえな」 「味の違いはわかるが、どれがうまくてどれがまずいのかはよくわからん」 「おしるこにはメーカーから何からこだわるくせに……」 「おしるこは食事ではないからな」 「じゃあなんなんだよ。飲み物っていうオチだったら来週の夕飯納豆入れる」
生命の源なのだよ、と嘯くこいつの冷蔵庫にはお気に入りのおしるこが大量に常備されている。おしるこばっかだ。あれだけ食事の管理をきっちりやっていた癖に、最も糖分が高く体に悪そうなおしるこに関して、こいつは一切の制限を設けていなかった。ちゃっかりしすぎだ。俺は人一倍脳みそを使うから糖分はいくらあっても足りないのだよ、と堂々とのたまった時は流石に腹が立ってこいつのおしるこを全部捨てた。いや、捨てるのでは勿体無いので俺が全部飲んだわけだが、俺は甘ったるいものがあまり好きではないのでまあ捨てたのと同じようなものだろう。お陰様でその日は胃もたれに悩まされるわ、真ちゃんは落ち込むわで双方ともに撃沈だ。
「……で、今日も泊まっていくのか」 「おー、真ちゃんさえよければ」 「構わん」 「明日の朝ごはん、卵焼きと目玉焼きとスクランブルエッグと温泉卵どれがいい」 「卵以外の選択肢は無いんだな」
こいつは静かに箸を置いて、両手を合わせて御馳走様でした、と頭を下げた。こういうところが、お育ちが良いというのだ。初めてこれを見た時に爆笑したら、お前は「お粗末さまでした」と言わなければならないだろうと激怒された。凄く理不尽な気がする。気がするけれど、まあ別に嫌なわけではないので、俺も今では笑いながらお粗末さまでした、と言う。先に風呂入ってよ、俺片付けてるから、と言えばこいつはたいした抵抗も無く頷いてリビングから消えた。
うーん、どうしてこうなったんだろう。
リビングは相変わらず綺麗に整理整頓されている。けれど、よく見ればラックの中には真ちゃんが全く興味が無いであろう雑誌やCDが並んでいるし、洗面所には歯ブラシが二つある。真ちゃんが翌日着るものを入れていた箪笥は今じゃ俺の着替え置き場だ。そういえばこいつは、洗濯は出来ても畳むのが苦手だったらしく全て広げたまましまわれていた。そのせいで余分なスペースを取りすぎていたから、畳んでしまえば俺の服が入るスペースが出来上がったわけだけれど。ガチャガチャと音をたてて皿を流しに運ぶ。これだって全部、二つ組み。 スポンジでガシガシと皿を洗う。俺が毎週木曜日に飯を作りに来るようになってすぐに判明したのは、飯を食べた後、俺の家まで戻るのがとてもとても面倒くさいということだった。そもそも俺も真ちゃんも、毎日通うのは厳しいくらいの距離に大学があるから大学に近いところに一人暮らしを始めたのであって、その方向は全く違うのであって、何が言いたいかと言うと、真ちゃんの家から俺のアパートまではゆうに二時間はかかる。飯食った後に少し喋って帰ったのでは、簡単に日付をまたぐ。まあ仕方無いと思っていたのだが、それに気がついた真ちゃんが泊まっていけと言ってから、その好意に甘えて、ずるずる。今では木曜は必ず泊まって、金曜の朝飯まで作って帰っていくのが常である。金曜が三限からでよかった、ほんと。真ちゃんは一限からあるので一緒に家を出れば遅刻することもない。そして洗剤が足りなくなってきている。今度来るときに買ってこよう。 皿を洗う時に、思いっきり泡立てるのが好きだ。真っ白な泡がぶくぶくと膨れ上がって皿を飲み込んでいく姿が好きだ。それをざあっと熱いお湯で流す瞬間が好きだ。黙って黙々と洗っていると、言わなくていい、だけどつい言いそうになる余計な言葉が全て一緒に流れていくような気がする。 ええい、消えてしまえ、消えてしまえ。幸福の間にうもれてしまえ。
◇
「はー、いいお湯でした! やっぱ浴槽広いといいなー! 俺のアパートと段違い」 「そんなに狭いのか」 「俺が体操座りしてぎっちりって感じだから、真ちゃんは多分はみ出ちゃうんじゃねえかな。はみだしんちゃん」 「語呂は良いが、ご当地キャラクターのように言うのはやめろ」
そんなにご当地キャラっぽくもねえと思うけど、まあなんてことない軽口の一つだと俺は特に返事もしない。テレビをつければよくわからないバラエティ番組で、アイドルが笑顔を振りまいていた。これ、もしかして宮地さんに見ておけって言われたやつじゃなかったっけ、と思えば録画ボタンが点滅しているので安心する。
「……しまった、撮り忘れたのだよ、これ」 「え? 今録画ボタン点滅してんじゃん」 「それは別の番組だ。UFOの謎を追��、古代人が遺す壁画と星の導きという……」 「なんでそんなの撮ってんだよ! どうせナスカの地上絵オチとかだよそんなん!」 「わからないだろう! お前は撮っていないのか!」 「俺の家にHDDなんて高級なモンありません!」 「お前の家、か」
興味があるな、と真ちゃんは笑った。そう、俺は真ちゃんの部屋に入り浸っているが、真ちゃんが俺の家にきたことは一度も無いのだ。そりゃあそうだろう。快適さが段違いだし、そもそも。
「俺の家来てもどうしようもねえからなあ。お前毎日一限あるし、俺ん家からお前の大学まで多分二時間、下手したら三時間かかるだろ。昼間に来るっつっても毎日五限まであるんじゃな」 「木曜は三限までなのだよ」 「知ってますー。木曜だけっておかしいだろ。はーあ、俺もよりによって木曜は四限まであるしな」 「そうなのか?」 「あれ、知らなかったっけ」
俺は土曜日曜月曜の週休三日体制で、金曜以外は一限から入れて三限終わりという楽々な時間割を組んであるのだが、木曜だけは四限まであるのだ。そのせいで、唯一真ちゃんとしっかり会える曜日なのに若干のタイムロスが生じてしまう結果になっている。確かに、いつも俺が真ちゃんの家に授業が終わり次第突撃しているから、俺の時間割なんて真ちゃんは知ったこっちゃないのだった。そんなに驚くことでも無いと思うが、真ちゃんはぽかんとした顔で俺のことを見つめている。それよりも、テレビに写ってるアイドル見て宮地さんへの言い訳考えといた方が良いと思うんだけど。
「じゃあ、一時間半、お前は俺を待たせているんだな」 「え、ええ? そういうことになっちゃうわけ? いやまあ確かに言いようによってはそうかもしんねえけど、そもそも木曜以外空いてねえのお前の都合だからね」 「だが実際そうだろう」 「んー、えー、んー、俺が頑張って大学から遠い遠い真ちゃん家まで移動してることとかへの考慮は」 「移動時間を考慮しないで一時間半だろう。講義一つ分なのだから」 「あー、そりゃ、おっしゃる通りです、絶対おかしいけど」 そうだろう、と真ちゃんが満足げに笑うので俺はもうそれでいいか、という気になる。はいはい、俺が一時間半も待たせてますよ真ちゃんのこと。一時間半も俺のこと待ってくれるなんて、真ちゃんもよっぽど俺のことが好きなんだね。マジで。 なんて言えるはずもなく、俺は空中で目に見えない皿を洗う。新しい踊りか? とか聞いてくるお前は何もわかっちゃいない。
■3■
『今から向かうわ』
夏休みは長かったがあっという間だった。多分これから先、色んなことにこういう感想を抱くんだろうなあと思う。大学生活は長かったがあっという間だった。人生は長かったがあっという間だった。そんな風に。 いつも通り真ちゃんに連絡をして、携帯をズボンのポケットに滑り込ませた数分後、低い振動が伝わってくる。取り出して画面を見てみたら、浮かび上がっている名前はたった今俺が連絡したその人で、はてと首を傾げた。今まで電話がかかってきたことなんて無かったのに。
「おー、真ちゃんどったの。今日はやめとく?」 『制限時間は二時間だ』 「はあ? え? 真ちゃん? どうしたの」
俺はアメリカの諜報機関でもないのに、何故いきなりこんな勝負をしかけられているのかさっぱり���からない。しかも相手は真ちゃんで、まずもって何の制限時間なのかもわからないのだ。わからないことづくしで立ち止まる俺に、真ちゃんは一方的に話し続ける。その声が若干楽しそうな気がするのは気のせいだろうか。
『俺のことを一時間半も待たせているのだから、お前の方もそれ相応の時間でもってして探すべきだ。質問には答えてやる』 「いやいやいや、わけわかんねえから。ちょ、どういうこと」 『毎週俺はお前を一時間半待っているのだろう? 腹立たしいからお前も一時間半かけて俺を探せ』 「いや、それお前さっきと言ってることほとんど変わらねえから。ぜんっぜんその理論理解できねえから、え、ちょ、どうしたのマジで」 『質問は終わりか?』 「いや、んなわけねえだろ! 始まったばっかだよ! お前どこにいんの!」 『その質問に答えられる筈が無いだろう』 「あー、めんどくせえなあ!」
ちょっと待って欲しい。状況を整理させて欲しい。どうやら俺は真ちゃんに何がしかの勝負……勝負と言っていいのかこれは? まあいい、何かを挑まれているらしい。制限時間は二時間で、俺はその間に真ちゃんを見つけなくてはいけない、らしい。ダメだ全く訳がわからない。
「制限時間二時間ってなんなんだよ」 『ずっと待っているわけにもずっと探すわけにもいかないだろう』 「一時間半じゃねえんだ」 『移動時間があるからな』
確実に楽しんでいる。そのことを確信して俺は無意識に苦笑いを浮かべた。そういえば、移動時間はお前が俺を待っている時間には含めない、そんな話しましたね。ってことは、つまり、どういうことだ? 俺は真ちゃんを探さないといけない。まず、真ちゃんが講義終わってから出発してるんだから、真ちゃんの大学から一時間半圏内なことは間違いない。そんでもって、俺の移動時間が三十分確保されてるってのはつまりどういうことだ? 一時間半は探す時間だっつってたんだから、三十分が移動時間で別枠なわけだ。でも探すのも移動すんのも結局は同じようなもんだよな? 探しながら移動してんだから、そういうことになるよな? ってことは単純に、一時間半じゃ間に合わない位置に真ちゃんがいるってことか。取り敢えず俺の大学から一時間半以上二時間圏内、真ちゃんの大学から一時間半圏内。合ってるか? 合ってんのか、これ。いやもう合ってなかったら仕方無い。それにしたって範囲広すぎだろ。
「どこにいんのか聞いちゃ駄目って、何なら聞いていいんだよ。近くにあるものは?」 『ふむ、まあそれは良しとしよう。デパートがある。駅の真ん前だな』 「その駅って何線が入ってんの」 『それは答えられないな。だがメトロ含めて八本乗り入れがある』 「あー、そこそこでかい駅なんだな……」
こうなった真ちゃんを俺が止めることなんて不可能だ。別に真ちゃん家を知ってるんだからそこで待ってりゃいい話なんだが、そんなことしたらこいつは暫く口をきいてくれないだろう。下手したら年単位、一生とかにもなりかねない。仕方がない、お前が見つけて欲しいってんなら探してやろう。見つけて欲しくないと言われるより百倍マシだ。我ながら無理やりなポジティブ思考に涙が出そう。
「で、真ちゃんはそこの駅にいるの?」 『いや、外はまだ暑いから駅近くの喫茶店で大福を食べている』 「満喫しすぎだ馬鹿野郎!」
とは言っても腹が立つものは腹が立つので思わず通話をぶった切った。満足げに沈黙する携帯を操作しつつ、取り敢えず駅に向かう。良い子は歩きながら携帯いじっちゃいけません。悪い子でごめんね。恨むならあの奇想天外馬鹿野郎を恨んでくれ。あまり時間も無いので、真ちゃんがいる範囲内でそこそこでかい駅を適当にピックアップする。実はあんまり無い。その中で路線が八本入っている駅は一つしか無かった。駅の東口に和菓子屋と大きなデパートがある。俺の大学から一時間四十五分。まず間違いなくここだろう。これで違ったらもう知らん。 案外あっさりわかるものだと拍子抜けしながら、そういえば路線の合計数を教えてきたのは真ちゃんだったと思い出した。なるほど、やっぱり、見つけて欲しくないわけでは無いらしい。なんでこんなことをやり始めたのかさっぱりわからないが、俺との木曜日が嫌になったわけではない、ということだけでも良かったと思おう。そしてもしも、この真ちゃんの気まぐれが来週からも続くのだったら、それはどんどん難易度を増していくのだろうということも容易に想像できた。嘘だろ。
◇
「いや、マジ真ちゃん、今回ばかりは駄目かと思ったぜ……」 「実際駄目だったのだがな。二十七秒遅刻だ」 「二十七秒で済んだのがすげえよ! 駅まではともかく、そっからのヒントが『信号が沢山ある所を左にまっすぐ』って、知るか!」 「他に言い様が無かったのだから仕方ないだろう」 「お前、まさかとは思うけど、俺を待ってる間暇だからってふらふら歩いてたらよくわかんないとこ出て迷子になってただけじゃねえだろうな」 「迷子ではない。携帯で調べれば帰り道はすぐにわかったからな。ただ現在地がわからなくなっただけだ」 「人はそれを迷子って言うかな!」
俺の真ちゃん探しの回数も片手を優に超えた頃から難易度を増してきた。駅前集合だった初回が懐かしい。最終的に猛ダッシュをしてたどり着いた公園で、真ちゃんは優雅におしるこをすすっていた。住宅地の隙間に無理やり作られた狭い公園内には子供の影すらなく、どこかから飛ばされてきたらしい花の種が芽を出して好き勝手咲いている。入口で荒い息を吐きながら緑間の名前を呼ぶ俺に、真ちゃんは少し驚いたような顔をしていた。わからないだろうと思う場所に呼び寄せるんじゃない、全く。 真ちゃんは俺の恨めしい顔にもどこふく風で、ブランコの板に脚をかける。頭をぶつけるんじゃないかと思ったが、案外大きめに作られていたらしく、真ちゃんを乗せてブランコはぎいぎいと揺れ始めた。すぐに息が整った俺も、なんとなくそれにならってブランコに乗る。ぎいぎいと、鎖と板が軋む音がする。
「あー、なんか懐かしいな」 「そうだな」 「ブランコなんて何年ぶりだろ。はは、めっちゃ軋む音してるけど大丈夫かこれ」 「大丈夫だろう」 「大丈夫か」 「リアカーだって、大丈夫だったのだから」
まさか今ここでその話をされるとは思っていなかった俺は、驚いて真ちゃんの方へ振り返る。夕日に照らされて目も頬も髪も真っ赤だ。ぎいぎいと、ブランコが鳴る。鉄と木の音。俺たちのリアカーの音。俺たちが壊して捨てたもの。
「懐かしいな」 「……そーだな」
それ以外、何も言えずに黙る俺に真ちゃんは笑った。仕方がなく笑ったというよりは、楽しそうに笑った。そのまましばらくぎいぎいと、懐かしい音を鳴らす。
「来週は、三限が休講なのだよ」
真ちゃんがそう言い出したのは、その日、俺が真ちゃんの家に行って夕飯を作って風呂に入って布団を敷いて寝る間際だった。俺のためにいつの間にか買われていた布団はまだまだ新しかったけれど、ところどころに小さな毛玉が見えた。俺はその言葉の意味を、もうちょっと深く考えても良かったかもしれない。
◇
『制限時間は三時間だ』 「マジかよ……」
毎週木曜に恒例になった電話をかければ、少しひび割れた真ちゃんの声が俺の耳に届く。三時間、今までで最長記録だ。休講になったって、あれはつまりそういう宣言だったのか。俺はあの時に気がついても良かった。迂闊だった��しか言えない。あいつが二限終わりになるということは、一コマ分多く待たせるのと一緒だ。ということは、その分あいつの移動時間も追加される。
「ちょっと真ちゃん、多めにヒント頂戴……」 『ヒントは無しだ』 「はあ?! いや、馬鹿言うなよ、無理だって!」 『俺が行きたい場所にいる』
それ以上何か言う前に通話が切られた。いくらなんでも理不尽すぎる。制限時間は三時間、真ちゃんの大学から三時間以内、俺の大学からも三時間以内。範囲が広すぎる。今時、三時間もあればたいていの場所には行けてしまうというのに。 真ちゃんは、もう俺に、見つけて欲しく無いのだろうか。 過ぎったその考えに背筋が震えた。理不尽なことを言われた怒りよりも、恐怖の方が先に立った。慌ててリダイヤルする。電源を切られていたらおしまいだと思ったが、どうやらそれは杞憂だったらしく、十五コール目で真ちゃんは出た。
『なんだ高尾。これ以上のヒントは無しだぞ』 「真ちゃん、真ちゃんはさ、もう俺に会いたくないわけ」 『誰がそんなことを言った』 「いや、あんな無茶ぶりされたら誰だってそう思うだろ」 『ヒントはもう言ってやっただろう。あとは自分で考えろ』
ぶちりと切れた二回目の通話。どうやら嫌われたわけではないらしく、かと言ってこれ以上の情報をくれる様子もない。嘆いていても何も変わらないなら、しらみつぶしに探す以外方法は無さそうだった。
「ヒントはもう言ったって……真ちゃんが行きたい場所?」
いや、知るかよ、と思う。素直に思う。あの気まぐれ大魔神の考えが完璧に読めたことなんて一度も無い。あいつが今どこに行きたいかなんてわからない。宇宙とか言い出したっておかしくない奴だ。宇宙に行ってUFOがいるかどうか確かめるのだよ、とか言い出しかねない奴である。三時間じゃ宇宙に行けないけど。行けないけどな。 思わず調べてみたら、宇宙の謎展とかいうのが近くでやっていた。可能性はゼロじゃない。そういえば、この前テレビを見ていた時に見かけた甘味屋に目を輝かせていた。あれはどこだったか。木村さんのとこの野菜が久々に食べたいとも言っていた。久しぶりにラッキーアイテムを探すか、とか言っていたのはなんでだっけ。 ああ、本当に、知るかよ、わっかんねえよ、お前が行きたい場所なんて、思いつきすぎてどうしようもない。
◇
「あー、ここもハズレ、か……」
どこに行っても姿が見えず、最後の望みを託して来たのは、懐かしの母校、秀徳高校だ。体育館からは、まだボールが跳ねる音がする。俺たちの一つ下の代は、それなりに癖があるけれど良い奴らだった。IH優勝は逃したが、WCはきっと優勝する。優勝できる。そう信じられるだけの奴らだ。そこに、俺と真ちゃんはもういないけれど。真ちゃんは朝から晩まで勉強三昧だし、俺はそんな真ちゃんを追いかけてこんな不毛な鬼ごっこをしてる。情けないと、去年の俺は呆れるだろうか。そんなことをする暇があるなら練習しろ、走りこめ、一分一秒も無駄にするな、そんなことを、言うかもしれない。今の俺は三限終わりでそっからバイトをして、サークルに顔を出したりして、週に一回真ちゃんを追いかける生活だ。悪くない。全然、悪くない。 駐輪場の方まで足を伸ばしてみたけれど、やっぱりそこに俺の求める緑の影はいなかった。そうだよなあ。だってここは、もう過去の場所だ。いつだって全力で走り抜けるお前が、今更ここに戻ろうなんて、言うはずがなかった。俺じゃあるまいし。
「秀徳―――――っ、ファイッファイッファイッ……」
遠くから聞こえてくる運動部の声出し。俺は今、あんな声が出るだろうか。出ないかもしれない。わからない。 だけど俺は、少しだけわかるようになったのだ。俺たちが練習をしている間、職員室では先生たちが必死になって俺たちの将来とか進路を考えていて、馬鹿にしてた鈍臭い先生だって俺たちが体育館使えるようにいつだって申請書作ってくれてて、スポーツ用品店じゃおっちゃんがいつも営業時間少し過ぎても店を開けてくれてた。家に帰ったらあったかいごはんがあった。俺が帰る丁度のタイミングで妹ちゃんは風呂からあがってて、俺はいつだってすぐに風呂に入れた。風呂から出たその瞬間に肉が焼けてた。あったかい食べ物は全部あったかいままだった。朝おきて引き出し開けたら、そこには絶対に選択済みの下着とTシャツと靴下があった。何にもしなくても部屋の床に埃なんて溜まってなかった。俺が今必死になってやってること、真ちゃんが必死になって作ってるルーティンワーク、そんなものが当たり前に俺たちの周りにあった。
「タイムアップ、かー……」
携帯を開けば、電話をしてから三時間と十五分。俺は初めて、真ちゃんを見つけられなかった。けれど、見つけられなかったと電話をするのもためらわれて、「悪い、無理だった」と一言メールをしたためて送信する。冷静に考えれば俺が悪いことなんて一つもないような気がするけれど、まあ、気持ちの問題だ。見つけられなかったのは、確かなんだし。
「帰るか、ね」
今から真ちゃんの家に向かうこともできたけれど、それはきっとルール違反だろう。俺は自分のアパートへ帰るべく、駅へと向かう。夕日はもう沈んでしまった。背中から、まだ、後輩たちの叫び声が聞こえてくる。 悪くない、全然悪くない。 大人になるのは寂しいことだと、あの時の俺は信じていた。リアカーを壊して、思い出を捨てて、バスケをやめて、学校の友達ともほとんど連絡を取らなくなって、生きるのに必要なことだけ手に入れていくのはとても寂しいことだと思っていた。だから未練がましく、あの日、ポケットを膨らませていたのだ。 ただ、そう、実際生活してみれば、案外そんなこともない。沢山のものを捨てて見つけた世界は、思っていたより優しかった。沢山のものを捨てたから、それまで俺がいた世界が、とても優しいものだったのだと気がつけたのかもしれないけれど、もしそうなのだとしたら、それは本当、悪いもんじゃなかった。真ちゃんは、いないけど。
◇
「遅かったな」 「……へ? うそ、真ちゃん?」 「待たせすぎだ。六時間だぞ」
玄関、いや、玄関なんて大層なもんじゃない、アパートの狭い門に寄り掛かるようにして真ちゃんは立っていた。錆びついて低い門は、もうとっくに鍵が馬鹿になっていて、ろくに閉まりもしない。郵便受けだって錆びているからぎこぎこと音がする。 まあ、今時、どうでもいいチラシくらいしか郵便受けには入らないのだからあまり不自由はしていないのだけれど。って、違う、違う、そんなことを考えている場合じゃない。意味がわからない。真ちゃんがいる。
「なん、で、こんなところにいるの……」 「なんでも何も、俺が行きたい場所に行くと言っただろう」
まさか六時間待たされるとは思わなかったがな、と真ちゃんは呆れたような溜息をつく。六時間って、お前、まさか六時間ここに立ちっぱなしだったわけ。不審者として通報されててもおかしくない。いや、そんな通報してくれるような甲斐性のある住人は多分この近辺にはいないのだけれど。っていうか、そうじゃない、そうじゃないだろ。きりがないからって制限時間作ったのお前だろ。なんでずっと待ってんだよ。
「お前、一体全体どこまで行っていたのだよ。もう来ないかと思ったぞ」 「いや、それはこっちの台詞っていうか、まさか俺の家とは思わないじゃん……」 「何故。俺はずっと言っていたはずだが。むしろお前はどこを探していたのだよ」 「そりゃ、いっぱいだよ」 「いっぱいか」 「うん、いっぱいあった」 「そうか」
いっぱいあったなら仕方がない、許してやろう、とふんぞり返る姿勢があまりにも偉そうなので俺は笑ってしまう。別に何が面白いというわけでもないのだけれど笑ってしまう。真ちゃんと一緒にいると、とてもどうでもいいことでだって笑ってしまうのだから仕方がない。そんな俺を見て、真ちゃんも小さく笑う。
「それで?」 「へ? それでって、なに?」 「時間に間に合わなかったのだから罰ゲームを受ける覚悟はできてるんだろうな」 「それで、にどんだけ意味がこめられてんだよ」
どうぞどうぞ、なんなりと。やっぱり俺はそんなに悪くないと思うのだが、六時間外で待っていてくれた相手に対してそんなこと言えるはずもないし思わない。おしるこ何百本おごりでも許そうと思って諦めた。惚れた弱みというやつです。投げやりになった俺の様子に、真ちゃんはにやりと楽しそうに笑って一言。
「お前の家に泊めろ」
◇
「狭いな」 「ずっとそう宣言してんじゃん」 「風呂場も狭い、台所も狭い、部屋も狭い、のに物は多い」 「わりーかよ」 「悪くない」
ただでさえでかい部屋に規格外のサイズの奴が入ってきたら、それはもう狭いなんてもんじゃなかった。極小だ。人形の部屋だ。座る場所を探した真ちゃんは見つけられなかったのか、勝手に俺のベッドの上に陣取った。わざとなのかなんなのか、いいけどね、いいですけど。一日中閉じきっていた部屋はもう夏を過ぎても蒸していて、堪えきれずに窓を開け放した。がらがらと、網戸が今にも外れそうになりながら開いていく。車輪が錆びついているのかそもそも設計的に立てつけが悪いのか、三回に一回は外れて俺を悩ませるこいつは、今回は綺麗に開いてくれた。
「ま、別に景色もよくねえけど」 「道路が見えるな」 「道路しかねえだろ」 「向かいの家も見える」 「道路沿いだからな」 「……あそこに」
俺につられて窓から身を乗り出した真ちゃんが下を指さす。そこには庭というのもおこがましい、アパートの僅かな隙間に雑草が茂っている。誰も手入れをしないから、好き放題に伸びきって、今じゃススキが揺れている。
「あそこにあるのは、お前の自転車か」 「そうだよ」
そう、そこは庭というのもおこがましい、アパートの共同駐輪場だ。駐輪場というにもおこがましいのだが、しかし実際駐輪場として機能している以上それ以外の言いようはないだろう。引っ越しをするにあたって、新しく買い替えても良かったのだけれど、ついそのまま持ってきてしまった俺の愛車。
「懐かしいな」
そう言って真ちゃんは笑う。真ちゃんは、いつからこんなに笑うようになったのだろう。そこに俺が関係していると思うのは自惚れかもしれないが、関係ないと言い切るのもまた自惚れだ。きっと、俺は関係があった。だけど、それだけじゃなくて、俺の知らない真ちゃんの生活の色んなものがきっと関係あるんだろう。
「お前、あれ、今でも乗っているのか」 「そりゃ乗りますよ。普通に乗りますよ。なんならあれで大学に行くし、スーパーだって行きますよ。お前の晩飯の材料買ってますよ」 「ああ、そうだ、夕飯、お前こんな狭い家で作れるのか」 「それは流石に馬鹿にしすぎだろ! 言っとくけど週の六日間はここで過ごしてんだからな! 俺!」 「そうだった」
お前が働いて、家賃も光熱費も水道代も食費も払って住んでいる部屋だった、と真ちゃんは笑う。何故だか誇らしそうに笑うので、家賃は親持ちだけどな、という俺の声はなんだか拗ねたように響いてしまった。それでもこいつは、立派なものだと繰り返す。俺よりももっと大変な奴なんて沢山いるから居心地が悪いことこの上ない。
「で、エロ本はどこにあるんだ」 「お前ほんっと楽しそうね」 「当たり前だ。ずっと来たかったんだから」
楽しそうに引き出しを開けるが、残念、そこには俺の下着があるだけだ。母さん直伝の下着の畳み方は、なかなか皺になりにくくてこれが主婦の知恵かと俺は感心している。まあ、真ちゃんの家の服の畳み方も、今じゃこれなんだけど。俺が教えたから。 見当違いな引き出しを次々に開けていくこいつは遠慮を知らないのかなんなのか、もっともポピュラーなベッド下にもないことを悟って残念そうな顔をした。甘い真ちゃん、一人暮らしでエロ本を隠す必要がどこにある。普通に本棚にほかの雑誌と一緒に並んでいるのだがこいつは気が付く様子がない。教えるつもりもない。
「真ちゃん、諦めろって」 「諦めろ、ということは、ないわけではないのだろう? ならば人事を尽くすのだよ」 「へいへい、人事を尽くしたいのはわかったけど、後でな」 「む」 「夕飯にしよう」
飯にしよう。完璧な食事をしよう。お前がいればそれだけで俺は腹いっぱいに幸せだけれど、腹が空かないわけじゃないんだから。
◇
「狭かった」
風呂上がりの真ちゃんの第一声がそれだった。そう文句を言っている割に顔は満足げなのだから腹立たしい。洗濯しすぎてくったくたになったタオルで髪を拭くこいつに、ドライヤーなんてねえからな、と声をかければ構わないと返事が返ってきた。嘘つけ。お前髪の毛乾かさねえと次の日めちゃくちゃ絡まるくせに。このねこッ毛野郎。
「真ちゃんさー、なんでこんなことしたわけ」 「別に」 「しんちゃーん」 「……お前の家に行く口実を、探していただけなのだよ」
不機嫌そうに顔をしかめながら真ちゃんは、俺にタオルを投げつける。ぼふりと顔に湿ったタオルの感触。俺の家に来る、口実。俺の家に。真ちゃんがずっと探していたもの。それは、多分、俺が探していたものと、そっくり一緒だった。
「……別に、いつ来ても良かったのに」 「お前は、嫌そうだったじゃないか」 「ああ、それは、お前がここまで来るの面倒だろうって思ってたんだって、それに」 「それに?」 「あれ見つかんの恥ずかしかったから」
俺が指さした先の戸棚には錆びたボルト。あの日の俺の膨らんだポケットの中身。しばらく首をかしげていた真ちゃんは思い当たったのか驚いた顔を向けた。
「リアカーのか」 「リアカーと、自転車の連結部分の、かな」
女々しいったらありゃしない。だけど俺は���うしても、全部捨てることができなくて、こんなものを大事に抱え込んでいる。あの日こっそり、一つだけポケットに忍ばせたそれをまだ大切にしている。
「笑う?」 「笑わない、が」 「が?」 「ずるくないか」 「へ?」 「俺だって欲しかったのだよ」
ふて腐れたような顔で文句を言う真ちゃんの、内容があまりにも予想外すぎて俺は間抜けな顔をしてしまう。何それ、真ちゃん、欲しかったの。そんなの欲しがってんの、俺だけかと思ってたのに。そんなの大切にしたいの、俺だけかと思って���のに。
「……そういえば、今日、お前探して秀徳まで行ったんだけど」 「はあ?! お前抜け駆けばかりか。そこまでお前がずるい奴だとは思わなかった。何故俺を連れて行かないのだよ。後輩どもはどうしてた。相変わらず生意気だったか」
いや、いきなり行っても邪魔かと思って話はしてねえけど、ていうかお前探すのに必死でその余裕はなかったけど、なんだよお前。なんだよそれ。お前、そんなそぶり全然見せなかったくせに。毎日毎日忙しくて、前だけ向くのに必死ですって顔してやがったのに、そんなの、お前こそずるくねえか。
「真ちゃんってさ」 「なんだ」 「案外あまちゃんだよなあ」
俺の言葉に一気に不機嫌になった真ちゃんの機嫌を取るのは大変だった。どうせ俺は親の脛をかじった世間知らずのお坊ちゃんなのだよと愚痴愚痴ぶーたれるので、どうやら大学でも言われたらしい。まあ否定はできないがそこが真ちゃんの良い所というかチャームポイントなのだから俺としてはそのままで一向に構わないのだが。
「お前のことも言ったら馬鹿にされた」 「へ? 俺のこと?」 「お前が家に来て飯を作っていく話をしたら、通い妻かなんかかよ、そいつもかわいそうだなとかなんとか、他にも色々」 「あー、うん、まあ、そんなもんだろーな……」
むしろ気持ち悪がられなかっただけ僥倖だと思うのだが、その回答はお気に召さなかったらしい。別に俺が通えと言ったわけじゃないのに、というのはその通り。
「だから俺も通うのだよ」 「いやその発想はおかしい」
堂々と告げた内容はあまりにも頓珍漢だ。っていうかこの狭い家には何もない。テレビだってろくに映らないし録画はできないし、クーラーは効かないし多分暖房だって効かないだろう。布団だって敷けないし、風呂だって手足を伸ばせない。
「それがどうした」 「真ちゃん、衣食住の充実って言葉があってな」 「どうでもいい。ここにはお前がいるんだろう」
だったらそれでいい、とこいつは言う。その言葉の意味をわかっているんだろうか。どうせ、わかっちゃいないくせに、馬鹿な奴。本当に、馬鹿な、大馬鹿野郎。
「お前がいればいい」
わかっちゃ、いないのは、俺の方だったんだろうか。
「すっげー熱烈なプロポーズね」 「本当のことなんだから仕方がないだろう。諦めろ高尾、お前のために俺の木曜は全て空けてあるのだよ。言っておくが、他の奴にここまでする気はない」
知っている。知っているとも。お前が、必要な時にしか人に頼らないことくらい。必要がなければ、誰かに連絡なんてしないことくらい。お前の毎日のルーティンに組み込まれることの意味くらい、俺はとっくにわかっていたのだ。
「それなんだけどさ、真ちゃん」
良かったら、金曜の午前も空けてほしいなと、そう告げたら真ちゃんは首を傾げた。後期授業は考慮しよう、とわからないまま頷く真ちゃんを抱きしめて、そのままベッドに倒れこむ。あたたかい。ごつい。でかい。好きだ。あーあ、好きなんです。さっき食った夕飯の食器は、まだ流しに放置したままだ。だけど今日くらい、いいだろう。
「真ちゃん、ちょー好き、残念ながら、マジで好き」 「残念ながら俺もだな」
笑っちまう。俺の家は本当に狭いから、くっつく口実なんていくらでもあるんだ。
◇
「おーい、真ちゃん、十時だぜ。起きねえと、三限間に合わねえんじゃねえの」 「腰が痛い……」 「真ちゃんが魅力的だったからつい」 「お隣さんが凄い壁を殴っていたような気がするのだよ……もうしばらくお前の家には来ない……、というかお前、俺が金曜三限からにして以来調子に乗ってるだろう」 「ごめん」 「否定しないのか!」 「事実は否定できねえから……」
朝食を差し出せば、真ちゃんは億劫そうにベッドの上でそれを受け取ってそのまま食べる。まあ随分だらしなくなったことで。まあ、相変わらず栄養バランスにはうるさいのだけれど。一日二日乱れるくらいは何も言わなくなった。俺の腹がたるんだらお前のせいだからなと、せっせと俺の飯を食っている。いいことだ。
「あー、また一週間真ちゃんに会えねえのかよー、ちくしょー」 「仕方ないだろう。学業をおろそかにするわけにはいかん。日々の予習復習、自主学習もろもろ、他のことを加えれば遊んでいる暇などないのだよ。 「そりゃそうかもしれねえけど! 土曜にも講義入ってて日曜が実験で潰れてってホントねえから! お前それ部活ぐらい拘束時間なげえだろ!」 「やりがいがあるな」 「その顔滅茶苦茶腹立つわ」
俺の部屋の引き出しから、こいつの服を取り出してぶん投げる。ベッドの上に散ったそれを適当に身に着け始めるこいつは余裕の表情だ。本当に、腹立たしい。
「へいへい、その間に俺はバイトにサークルにバスケに忙しくさせていただきます。へへ、この前ついに真ちゃんのこと抜きましたし? エース様の座が俺に渡る日も近いんじゃねえの? エース高尾の誕生だぜ」 「まだ一回だろう。調子に乗るなよ」 「悔しいなら悔しいって言っても良いんだぜ、真ちゃん」 「次はぶちのめす」
おっかねえなあと肩をすくめる間に真ちゃんは支度を終える。俺も支度が終わって戸締りをする。火の元、水道、窓。完璧だ。真ちゃんと一緒に家を出て、チャリで駅まで送っていく。俺の大学へは遠回りだけど構わない。最近真ちゃんは、二人乗りを覚えた。滅多にやろうとしないけど。俺も真ちゃんも寝坊した時、ダメもとで提案したら了承したのだ。あの緑間真太郎が、悪くなったものである。それは多分俺のせいで、そして俺以外のせいでもある。そんなもんだ。悪くない。
「で? 俺の家にはしばらく来ないわけ? じゃあ次はどこ行くの?」 「そうだな」
変わることが怖かった。失うことが怖かった。だけど案外世界はそのままで、真ちゃんは変わらずに俺の隣を悠々と歩く。リアカーにひかれていた時と変わらずに、堂々と、傲岸不遜に、楽しそうに歩く。俺はゆっくり自転車をこいでいる。
「お前がいれば、どこでもいい」
色んなことを捨てました。沢山の粗大ごみを出しました。大切なものも捨てました。だけど実は、こっそりちょっと、取っておきました。悪い大人でごめんなさい。だけど世界は、案外こんな俺たちを許してくれたりしてるのだ。お前がいればそれでいい。お前がいるからここでいい。お前がいるからここがいい。次はどこでお前に会おう。どこでもいい、この寂しくて厳しくて優しい世界。次はどこでお前に会おう。
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hyakumono1-1-2
ま、そうだよな。 こんな風に告白されても相手のことなんて何も知らないし、普通は断るわな。
��いや、ごめん……』
そう言って、逃げるように立ち去る。 彼女が居ないとは言え、流石に相手のことは知らない。 それに美人とはいえ、今は長い髪で顔が隠れていて、全身黒ずくめで、少し……いやかなり不気味だ。 暗い感じがして安達の好みではなかった。
息を切らし、だいぶ離れたところで振り返る。 女はライブハウスの前から動かず、しっとこちらを見ていた。
そして、次のライブの日。 いつも通り、客席はガラガラで。 女の姿が良く目についた。 これまでと変わらずに、こちらを見ている。 長い髪の奥に隠れた瞳が。
帰りは気が重く、足取りも重い。 手に持ったギターケースもずっしりと。 外に出てもしあの女が待っていたらどうしようか。 また懲りずに告白してきたら。 今度は断ったら逆上して襲い掛かってきたら。
そんなことを考えながら、ライブハウスの外に出る。 老朽化しているのか、軋しむような音が響く。
良かった、今日はいない。 大きく安堵の息を吐き、帰路につくことにする。
いや、待てよ。 今、視界の隅に何か黒い……。 ゆっくりと、背後を振り返る。
やっぱり何もいない。 どうもあの件から神経が過敏になっているようだ。 もうあの事は忘れて、今日は早く寝よう。
ガシャン。
踏み出した先で、植木鉢が割れる。 呆然と上を見上げると、アパートのベランダでスッと隠れる人影があったように思える。 地面にこぼれる土は、植木鉢にみっしりと詰まっていたようだ。 これが直撃していたら……。
恐怖で頭が真っ白になった安達は先ほどの人影を確認することもできずに、逃げるように駆け出した。 どうやって帰ってきたかすらも憶えていない。 それでも、何とか無事に家に着くことができた。 手早くカギを閉めて、友人達に連絡をする。 その返答も待たずに、震えながら布団に潜り込んだ。
結局の所、友人達はみんな気のせいだとか気にしすぎだとか偶然だとか、そんな気休め程度の返信ばかりだった。 実害が出ていないからか、それとも薄情なやつらばかりなのか。 でも、ただ一人だけ高校時代の友人が親身になってくれたのが救いだった。
その唯一話を聞いてくれた友人、ここでは坂東としておこう。 坂東は明るく活発な女子で、当時少し良いなと安達は思っていた事を思い出す。 正直、あの女とは正反対で好みの範疇であったりもする。
坂東にはファミレスで話を聞いてもらうことになっていて、その道中は何事もなく合流することができた。
『それってストーカーじゃない?』
『警察に相談したほうが良いんじゃないかなー?』
改めて話を聞いてくれて、真剣な表情でそう言ってくれる坂東。 話を聞いてもらえる、それだけで安達は気が軽くなった。
『実害が出てるわけじゃないし』
『気のせいかもしれないし』
薄情だと思った友人たちと同じことを口にする安達。 人に話を聞いてもらえてすっきりしたら、そこまで気に病むことでもないのではと思うようになっていた。
そんな安達の手を握って坂東は、
『何かあってからじゃ遅いんだから。 いつでも相談してね』
と。 安達は胸が熱くなるのを感じた。
相談する前は食事も喉を通らなかったが、気が抜ければとたん空腹が襲い来る。 とはいえ、かなり話を聞いてもらって更に食事に付き合わせるのも悪いと思ってテイクアウトで注文する。
すると、
『今日は私のおごり。 だから、元気出して』
と、安達の肩を叩く坂東。
そこまでは……と、思ったが、溌溂と笑う坂東に断りの言葉を口にすることができなかった。 坂東が会計と受け取りを済ます間、ガラスに映る自分の顔を見る。 青ざめて、憔悴しきっている。 視界の端、黒い何かが動いたような気がする。 気のせい気のせい、気にしすぎ気にしすぎ。 現にそちらの方向には何もいなかったのだから。
会計を済ませた坂東から、ドリアの良い香りがする袋を受け取る。 そうして今日の所は別れることになった。 また会うことを約束して。 何かあっても、何かなくとも。
来た時とは正反対の、軽い足取りで家路につく。 袋から漂うチーズとミートソースの香りに、すきっ腹が刺激される。 会って話すことができなければこんな空腹等も感じられる精神状態ではなかったであろう。 坂東に深く感謝をした。
と、ドリアをぶら下げた腕に柔らかいものがぶつかった。 人にぶつかってしまったようだ。 向こうは驚くほど軽く、突き飛ばしてしまう形になる。 すみません大丈夫ですか、そう声を掛けようとして、さっと血の気が引く。
あの女だ。 ドリアを拾い上げ、後ずさりする安達。 今日も黒ずくめで、立ち上がろうともせず。 じっと、黒髪の奥、こちらを見つめる瞳。 叫び声を上げて、安達は逃げ出した。
薄暗い部屋の中、頭を抱える。 あれは偶然?いやそんな事はない。 後をつけられていたのだろうか、坂東の言う通りストーカーなのだろうか。 しっかりと鍵とチェーンをかけて、窓の外を確認する。 誰もいない。 もしやと思い、ドアスコープも確認する。 やはり誰もいない。
そこまでしてようやく一息ついて、ひとまずは持ち帰ったドリアを食べることにする。 昨日から何も食べていないし、ドリアを見ると坂東の事を思い出して少し安心することができた。 スプーンですくいあげて、一口。 舌を刺すような刺激がして、吐き出す。
明かりをつけて確認してみると、ドリアにはタバスコが大量に振りかけられていた。
翌日、バイト終わりに坂東と会う約束をする。 本当はバイトを休もうかと悩んだけれど、会えるのは夜からということだったし、今日こそあの女がやってきてドアをこじ開けて入ってくるのではないかという想像に囚われて一人でいるのが恐ろしかった。
バイト先のコンビニ。 もうじきバイトも終わりの時間。 そこにもあの女は現れた。 どうしてこのバイト先の事まで知っているのだろうか。 恐怖に震える。
まだ、こちらには気づいていないのだろうか。 あの髪の奥の不気味な瞳はこちらを見つめてはいない。
『ん……?』
なんだろう、店の隅の天井を見上げている。 とにかく気づかれないように奥に引っ込む。
バイトはもう終わり間際。 気づかれないように脱出しよう。 監視カメラのモニターで相手の動向を確認する。 モニター越しに目と目が合う。 にたり、女が笑った。
『大変だったね、これでも飲んで落ち着いて』
ありがとう、という気力もなくマグカップを受け取る。 あの後、なんとか坂東と合流した。 近場であった坂東の家に上げてもらい、昨日別れてから起こったことを話した。
昔気になっていた相手の家に二人きり。 などと、思う余裕もない。 走って、話して喉はカラカラで。 受け取った、マグカップの中身を飲み干す。
痛い、熱い! 舌が、喉が! これは、またタバスコか……何故……。 もがきながら、涙で歪んだ視界に映るのは並ぶ植木鉢。 奇麗に整列しているのに、一つ分ぽっかりと隙間が空いている。
ああ、そうだ……なぜ気づかなかったんだ。 このアパートはあの時の……。
『どうしたの?大丈夫?』
背後から近づいて来る坂東の声。 振り返れば、その手には鈍い輝き。 そして、腹部に焼けるような熱さが。
刺された。 そう思った時には包丁は引き抜かれ。 床が赤く染まる。 にたりと坂東が笑って、もう一度刃が振り下ろされる。 徐々に視界が赤に染まる。 消えゆく意識の中、窓を破る音と飛び込んでくる黒い塊を見た。
次に目覚めたのは病院のベッドだった。 何度も刺されていたが、臓器は傷ついておらず処置が早かったため何とか一命をとりとめたとのことだ。
坂東がなぜあんなことをしたのか、だが。 高校の時の同級生がいじめで自殺した、そんな出来事があった。 坂東とその生徒は付き合っていて、その首謀者であった安達が楽しそうな姿を見て許せなかったらしい。 とはいえ、安達は首謀者ではなく当時いじめを行っていた者の一人がバンドメンバーでそいつと仲がいいから勘違いされただけ、とのことだが。
ベッドの横、リンゴの皮をむく黒づくめの女。 口元に運ばれてくる、リンゴを咀嚼して飲み込む。 もちろん、タバスコの味はしない。
『ありがとう』
命の恩人に、そう感謝の言葉を告げる。 女は恥ずかし気に俯いて小さく笑った。 意外とかわいいんだな、安達はそう思った。
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Collapsed Land - Romaji
I’m only posting two songs since I’ve either already done some in previous posts (Story is here and Monolith and All through the night are here) or I’ve posted the transliteration and translation in my translations blog (Silly is here and My love is here). Collapsing, Diminish and Scream are originally in English, but I’ve also posted the lyrics here, here and here.
Finally, even though AKi composes both the lyrics and the music for his solo project, this time Tappa composed a song as well, 狂奏夏.
共犯
真夜中の雨 見上げれば 高すぎる空 まるで摩天楼
記憶のフィルム 映し出す 紫のカラー 染まった夜
危ないふたり ズブズブの 共犯者みたい 堕落寸前
吐息で触れ合うふたりの 不明確な境界線を そっと浸食していく 直情径行
秒針の音と雨音が ふたりを闇に閉じ込める お遊戯だと割り切って でたらめに愛し合おう
カタチだけの愛で 良かったはずなのにどうして 消えてく背中に 「またね」を押し殺す
心がいうこと聞かなくて 「会いたい」言ってもいいですか? 声にしちゃならないことが こんなに難しいなんてね
秒針の音と雨音が 心をすり減らしていくよ お遊戯が鎖に変わる 錆びて朽ちるまで断ち切れない
---
Mayonaka no ame miagereba Taka sugiru sora marude matenrou
Kioku no FIRM utsushidasu Murasaki no COLOR somatta yoru
Abunai futari zubuzubu no Kyouhansha mitai daraku sunzen
Toiki de fureau futari no fumeikakuna BORDERLINE wo Sotto kashiteiku* chokujoukeikou
Byoushin no oto to amaoto ga futari wo yami ni tojikomeru Oyuugi da to warikitte detarame ni aishiaou
Katachi dake no ai de yokatta hazu na noni doushite Kieteku senaka ni "mata ne" wo oshi korosu
Kokoro ga iu koto kikanakute "aitai" itte mo ii desu ka? Koe ni shicha naranai koto ga konnani muzukashii nante ne
Byoushin no oto to amaoto ga kokoro wo suri herashiteiku yo Oyuugi ga kusari ni kawaru sabite kuchiru made tachikirenai
*The kanji reading is "shinshokushiteiku", but that's definitely not what he says in the song.
狂奏夏
吹き抜ける風 そっと目を閉じて 胸の奥響いた メロディ口ずさむ どこまでもただ 続く青空に 夢描いてみようよ 可能性は無限大
誰かが言うのさ「君はダメだ」って そんなんは無視して やりたい事やれば良いじゃない 汗かきベソかき弱音吐き
夢中になれるならもう 君は最強さ!
思いのままに叫べ あるがままに君は君らしく 太陽より熱い日々を 駆け抜けよう
青過ぎる位でちょうど良いじゃない 夏なんて
考えすぎて立ち止まるよりも デタラメで良いから 走り続けていこう
時には寄り道だって良いよ それも人生さ だけど忘れられぬ想いが 頭の片隅くすぶって
燃え上がる時を待ってる 君を呼んでいる!
思いのままに踊れ あるがままに君のステップで 二度と忘れられぬ 日々を謳歌しよう
春過ぎて尚青 奏で狂い夏 弾けろ!
胸の奥響いたあの日のメロディ 全部今に込めて 嗄れるまで歌おう
思いのままに叫べ あるがままに君は君らしく 太陽より熱い日々を 駆け抜けよう
青過ぎる位でちょうど良いじゃない 夏なんて
---
Fukinukeru kaze sotto me wo tojite Mune no oku hibiita MELODY kuchizusamu Doko made mo tada tsuzuku aozora ni Yume egaite miyou yo kanousei wa bugendai
Dareka ga iu no sa "kimi wa dame da"tte Sonnan wa mushishite Yaritai koto yareba ii ja nai Asekaki besokaki yowanehaki
Muchuu ni nareru nara mou Kimi wa saikyou sa!
Omoi no mama ni sakebe Aru ga mama ni kimi wa kimirashiku Taiyou yori atsui hibi wo Kakenukeyou
Ao sugiru kurai de choudo ii ja nai Natsu nante
Kangae sugite tachidomaru yori mo Detarame de ii kara hashiri tsuzukete ikou
Toki ni wa yorimichi datte ii yo Sore mo jinsei sa Dakedo wasurerarenu omoi ga Atama no katasumi kusubutte
Moeagaru toki wo matteru Kimi wo yonde iru!
Omoi no mama ni odore Aru ga mama ni kimi no STEP de Nidoto wasurerarenu Hibi wo oukashiyou
Haru sugite nao ao kanade kurui natsu Hajikero!
Mune no oku hibiita ano hi no MELODY Zenbu ima ni komete kareru made utaou
Omoi no mama ni sakebe Aru ga mama ni kimi wa kimirashiku Taiyou yori atsui hibi wo Kakenukeyou
Ao sugiru kurai de choudo ii ja nai Natsu nante
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街それ自体を踊るためのノート・お気に入りの喫茶店でコーヒーを飲むために
1:前書き
1-1:コーヒーの美味しさは私の人生には関係がない
俺は、街で友達と遊べるようになりたいだけだ。 そしてそれはとても難しい。 街で遊ぶ、ということは、どういうことなのだろう。 例えばそれは、お気に入りの喫茶店を見つけて、そこに入って「ゆっくりする」ことだろうか。 これに対して問い返し、増幅してみる。 住んでいない街なのに?/自分がその店を営んでいるわけでもないのに?/地元を出て、自分が偶然住んだにすぎない街なのに?/誰かがインターネットに写真をあげていて、それを良いと思っただけなのに?/ここが地域で愛されているのを知ってしまった上で訪れているのに?/この店を訪れたということは、自分の明日にはなんの関係もないのに?…… そして、この問いかけが空虚であるということの証明は、返ってくるこだまそれ自身によってなされることになる。つまり、 「コーヒーの美味しさは自分の人生にとって何の役にも立たないのに?」といったような言葉で。 確かに、コーヒーの美味しさは人生において意味がない。しかし、私は味しいコーヒーを飲んでいるとき、その美味しさに浸ることができる。それがたとえ一瞬のことでも。
1-2:街で遊べなくなる
抽象的な言葉で言うなら、ここでの「街で遊ぶ」ことが指しているのは、「街と自分を強く関係させる」こと、そしてその時に関係元となる街の「読み方」がすぐに行為となるような遊び方のことだ。 街を読むことにとって、自分がその「読まれる」街の一部になること。そのような「遊び方」に問いを持とうとすると、それは究極的には、「世界にとって私は必要ないのに?」といった問いまで深化してしまう。 東京が、かつて80年代に存在したらしい”「パルコ的」な記号で満たされた渋谷”のようであったら、どれだけ楽だったろうか、と思う。 そこにはあらかじめ用意されたうねりがあり、波の出るプールのように、そこを「海」と見立てて楽しむような、場所との関係性の強固さに無頓着になることによって「楽しさ」の中に身をおくことができるような、楽しさ。いつでもそこにあり、そこに行けばその楽しさが約束されている場所。自分からその空間にはたらきかけなくとも、楽しめてしまう場所。 でも、そんな渋谷だって、もうない。いつまでもそこにあり続ける(と思わせてくれる)ものなんか、たぶんどこにも無いっていうことを、私たちはだんだん知ってしまっている。 そして、そういう場所には決まって「外部」が存在する。いま、私達がいる、あなたがこの文章を読んでいるところ、それがその場所にとっての外部だ。 「内部」へと向かうその境界をまたぐことで、私たちは「外部」に気づかないふりをすることで、「遊び」を行える。 そういう論理が遂行されている場所は、いまあなたが思い浮かべているようなレジャー施設に限ったことではない。 「境界を引け、強い意思と共に」という声は、既にあなたの中に届いているかもしれない。後で記すことになるが、あなたは、私は、その声によってすでに動かされているかもしれない。 あなた(私)が、意思を持って街に降り立ち、意思を持って街を遊んでいるとき、その声は深く、身体へと届いているのかもしれない。 ”いま、ここ”の先に見える街で、自由に遊べなくなっていく。自分から、ある街へ線をひこうとすればするほど、自分がいまいる場所とのかけ離れたものになっていく。 「私」にすべてを関係づけようとすることによって、すべてが内部化し、外部なき、答えなき問いへと思考の矛先は向いてしまう。つまり、「世界にとって私は必要ないのに?」だ。
1-3:街を踊る、美味しいコーヒーに浸る
先に書いた、街と私を関係づけ、そこに強い意味を持たせることを「遊び」と呼ぶことは、生活している世界の境界を自分で決定・固定することだ。 この文章では、この「遊び方」を乗り越えていくことになる。 導かれる問いは、「しかし、果たして本当に、街と私は、強い関係がなければいけないのだろうか?」というものだ。 街にとって、私は必要がないのかもしれない。ただ、きっと大事なのは、「遊びたい」という欲望があることだ。私は街で遊びたい。しかも、自由に。 街から、街との関係性から自由になる。その上で、街を再び遊ぶ。 つまり、”街それ自体”を思考し、”私それ自身”が街を遊ぶこと。遊び続けながら、遊びをやめることもできる。”いま、ここ”と街をさえぎる境界のヴァイヴを楽しみ、街と自分を関係させつつも無関係であること。 街のゆらぎを楽しみ、しかし、ゆらぎを受動的に待ち続けるのではなく、次のゆらぎに乗りつづける。 この行為を「街を踊る」と呼びたい。 街を踊る。気に入った街の、気に入った喫茶店で、美味しいコーヒーの美味しさに浸るために。あるいは、美味しくなさを笑うために。
2:街を踊る 2-1:街、接触‐切断
昨日まであったものが消え、明日には知らない風景が現れる。それはすでに消えてしまっているかもしれない。消えつつあるかもしれない。 その「なにか」の喪失、そのあらわれに気づくためには、私たちは「何か」の外側に立たなければならない。自分の好きな街に線を引き、その外側に引き下がることによって私たちは観測者にも、観光者にもなれるだろう。 しかし私たちは、振動し、増幅を続ける輪郭の中に生きている。そこには自由がある。私たちは、街において街から自由でなければいけない。外部からも内部からも自由でなければいけない。 自由であるということとして、踊りがある。そして、それは街「において」踊ることではない。街「を」踊ることだ。 街の中にひっかかりをみつけて、それを取り出し、それ自体と戯れる。踊りは、その街の上に身体として現れる。街をつむぎ、身体へと結びつける。次のムーヴでは、その結びつきはほつれてしまうかもしれない。あるいは、絡まりあって自らの動きを妨げるかもしれない。 街を踊る。糸がほつれたら次の糸を紡ぎ、動きを妨げるものがあったらそれを切断することによって、常に、街そのものと私=身体を接触-切断させ続ける。
2-2:街の糸を紡ぐもの
風になびき続ける、かつて私の踊りと共にあった糸は、再び誰かがつむぐかもしれない。切断されたまま、たゆたい続けるかもしれない。自らの髪についたままになってることに、自分すらも気づかないかもしれない。また、切断された糸は自分と無関係に誰かの糸と絡まりあい、街に堆積するかもしれない。
街はそれ自体として存在する、私はわたし自身として存在する。 街は私ぬきにも存在するが、私は街に存在する。踊りは、誰か/何かに強制されるものでもないが、必ずしも意思のもとで行われるものでもない。そこには偶然性があり、しかし偶然性のみに身をまかせた動きを「踊り」とみることはできない。
昨日まであったものが、誰の許可もなく明日へと取って代わっていく世界、あるいは、すべてに輪郭が与えられようとしている世界において、街を私たちが踊り続けるために。私達が、街から自由であるために。
3:悲しき熱帯への声、私達の寝息
「世界は人間なしに始まったし、人間なしに終わるだろう。」
(クロード=レヴィ・ストロース,p425)
20世紀の初頭、かつて、隆盛の最中にあったブラジル・サンパウロにその身を置いた、偉大な社会人類学者の「かつて」を語る言葉を読む。
「制度、風俗、慣習など、それらの目録を作り、それらを理解すべく私が自分の人生を過ごして来たものは、一つの創造の束の間の開花であり、それらのものは、この創造との関係において人類がそこで自分の役割を演じることを可能にするという意味を除いては、恐らく何の意味ももってはいない。」(同) 悲しき、かつての熱帯。共同幻想としての過去のための感情をノスタルジーと呼ぶなら、ここには現在まで堆積している「かつての」悲しみを伴う過去への感情、サウダージが通奏低音のように響き渡る。その可聴領域ギリギリで鳴る音に、今一度耳をそばだてることはできないだろうか。 失われたものを構造化し、自分の側へと引きつける。自分と世界の間に線を引き、いまの自分の物語を再び作り直すために、私たちはしばしば過去を見る。 しかし、見えない過去もまた存在する。わたしたちの寝息は寝室の壁に吸収されて消える。 寝息はおそらく、誰のもとにも届かない。寝息は過去のものだが、私たちは自分のその寝息を、夢の中ですら聞くことはできない。 寝息は出来事ですらない。そういった類の「過去」が、選択されなかった、知られもしない過去が、世界には堆積し、低音を鳴らし続けている。それを、たまに聞いてしまうことがある。 存在しているはずの、しかし何とも関係しない「かつて」に出会ってしまうとき、私は、既に何かと関係してしまっている、関係しつつある自分を強く揺さぶられる感覚に陥って、うまく立っていることができなくなる。
4:荒廃の先に
4-1:かつての街を歩く
2017年の夏、私はかつての生家周辺を歩いていた。
埃とカビと雑草の匂いが、熱気で膨張して長時間身体を包み込んでいたせいか、めまいを起こしそうになった。曇天が、視界のコントラストを下げ、定めるべき焦点を迷わせ続ける。 ハグロトンボがよたよたと飛んで、視界の隅をかすめた。辺りを見ると、いくつもの黒い羽が地面に張り付いて呼吸をしていて、ぞっとして声が出そうになる。線香の煙がたまに鼻に入ってくる。うず高く積まれ、山のようになった墓石たちは、帰るあてのない女郎の墓だと聴かされたことがある。その山が、トタン屋根の家屋の連なりの向こうに、頭だけ出している。 かつての城下街であり、絹織物で栄えた街。 家の前にスーパーができることに当て込んで、祖父が飲食店を営み始めたのは、母の中学の入学式の日だったという。隣のお茶屋とはいざこざが耐えなかったが、郊外に庭付きの一戸建てを買うことができる程度には儲かったのだろう。その土地には今の私の「実家」がある。生家はもう無い。祖母が死に、祖父が死に、生家があった場所には雑草が生い茂っている。 埃と錆にまみれた、スナックの看板がある建物の裏手に回り込むと、朽ちた木造家屋のドアに新聞が何重にも刺さっていた。ファインダーを向けると、どこかの家から甲子園の実況中継の音が聞こえてきた。シャッターは切らずにカメラを下げる。 色あせた幼児用の自転車に、蔦が絡まっている。ちぎれたカーテン、割れたガラス、セイタカアワダチソウの群生を囲むフェンス。 その奥にある生活は、生かされているわけでも生きているわけでもなく、私がカメラで切り取ろうとしていたものたちと並列して、ただそこにある。 カメラを首から下げ、自分が生まれ育った街を歩く26歳の自分は、あるいはすべてから無関係な身体として、情動と風景を自らの手で循環させる機械にでもなったような思いだった。 私は、この町で遊ぶことはできない。
4-2:街それ自体、私それ自身
私の身体は、この街それ自体と関係できないのだ、という事実が、突きつけられる。 語られなか��た過去、出来事以前の過去、過去それ自体が、街それ自体とくっつき、滅びるのを待つ。 そこに、「未来から借りてきた過去」ではない、圧倒的な現在性が立ち現れていることに、ゆらぐ。ここが再び未来を向くことは無いだろう。 しかし、母から、祖父母から聞いた、彼/彼女らの物語が、私をこの街に関係させようとする。否応なしに、意思とは無関係に、街と私は関係する。 祖父が死に、祖母が死に、俺とは無関係なはずのこの場所で、この、人が生きていてるだけの「街」で、私はその街との物語を作ろうとするほど、その空虚さに包まれる。 過去は通奏低音のように鳴り響いている。ずっと、聞こえないだけで、過去の体積はこの場所に、低く、微弱な振動と共に流れている。
地元があり、東京に住んでいる。そのどれもが、私を固定されたアイデンティティから退ける。
4-3:アイデンティティを街と固定することのあやうさ
もし、「物語」への固定化を行ったとしたら、という例を挙げてみよう。 そこには外部として、郊外、というものが立ち現れる。 そして、”「グローバリゼーションによって衰退したかつての地方都市」に生まれた私”という構図は見事に完成される。その中において、私は雄弁に語ることができる。東京を、地元を、自分を。未来さえも描けるかもしれない。 完成された図式の内部に引き下がり、その外部/内部の輪郭を固くすることで、得られる物語は多い。物語作成機構と言ってもいいかもしれない。 それは永遠に物語を再生産し続ける。読み、読まれ、しかもその物語の一部として読み手が存在できる。向精神薬のような、毒に当てられていることに誰一人として気づかない、治療という名のもとで行われるアイデンティティ汚染。 「まちづくり」も「コミュニティ」も「地方創生」「地元らしさ」も、結局、いつか「かつて」として読まれる時間を「いま、ここ」に落とし込む動きにすぎない。前借りした未来の中で、物語は確固たる元ネタ=過去をサンプリングし続ける。 その境界の中ではアイデンティティは決して揺さぶられれない。同じように、「東京らしさ」だって「東京ローカル」だって「ダイバーシティ都市」だって、「ストリートに集う仲間たち」だって、すべて、精神疾患の治療薬が持つそれぞれの名前と同じ理由で存在している。効き目が長いか/短いか、ゆっくり効くか、朝飲むか、夜飲むか。街において、処方箋を書き続ける医者は誰なのか。わかったところで、彼を弾劾すべきではないだろう。投与される薬の量は増えていく。確定されたアイデンティティなしでは生きられない私/街になっていく。
5:さいごに
私たちは、内部に引きこもることも、常に身を外部に置いておくこともできない。
「無数の高層ビルやタワーが集まって形作られる、大都市の輪郭線について考えてみよう。感覚的対象である限りにおいて、そうした建造物が互いに接触可能なのは、もちろん、それらを経験する仲介ないし媒介のみである。そしてまた、私は実在的対象としての建造物に接触することはできない。理由は単純で、実在的対象は、つねに互いから退いているからである、(…)感覚的領域で生じる出来事は、どうにかして、あらゆる経験の外部にある実在へと遡及的に影響力を与える必要があるのだ(…)」(グレアム・ハーマン.p.120) 目指していた街に出会うとき、わたしは街に出会えない。街は降り立つと際限なくひろがり、はるかかなたに、また別の街が浮かび上がる。 街には、どこへでもいけるという自由はあるが、どこへでも行けてしまうがゆえに、不自由である。 街において自由であるということは、この「つねに互いから退いている」まちたちを、すべて捉えきろう、とすることではない。 すべての存在を「経験」しようとすることは、「経験していないもの」も同時に存在させてしまう。「経験」とは、私と街の間に関係をもたせることだ。 街において自由であるということは、退いている街の中で、「街を」楽しむ主体=私自身の身体 を、常に仮固定しておくことにほかならない。 街を踊り続けること。 風のなびきに身を任せ、街において踏むステップの軽やかさを楽しむこと。 そして、自由は、踊ることをやめることもできる、という可能性によって獲得される。ムーブを中断し、喫茶店に入る。そしてまた街へ出る。家へと帰る。 そこでは境界は振動は緩やかになるだろう。踊る自由は、安息をももたらすに違いない。 恋の句を作るのは恋をすることであり、野糞の句を作るのは野糞をたれる事である。/叙景の句とはどういう事になるか。/それは、一七字の中に自分の欲する景色を再現するだけではいけなくて、その景色の中へ自分が飛び込んで、その中でダンスを踊らなくては、この定義に添わないことになる。 (寺田寅彦p.110) 私たちは、街を叙景の句にすることができよう。 街を踊ることは、街を見たり、自分がしたい振る舞いをすることではない。街の中に自分が飛び込んで、その中でダンスを踊らなくては、街は現れないのだ。
参考文献 北田暁大,2002,『広告都市・東京——その誕生と死』,廣済堂出版 國分功一郎,2017,『中動態の世界-意思と責任の考古学-』,医学書院 カンタン・メイヤスー,2007=2016,『有限性の後で-偶然性の必然性についての試論-』(千葉雅也、大橋完太郎,星野太訳),人文書院 クロード=レヴィ・ストロース,1955=2001,『悲しき熱帯Ⅱ』(川田順造訳) ,中央公論新社 グレアム・ハーマン.2010=2017,『四方対象-オブジェクト指向存在論入門』(岡島隆佑監訳 山下智弘,鈴木優花,石井正巳訳),人文書院 千葉雅也,「勉強の哲学-来たるべきバカのために-」,2017,文藝春秋 高野岳彦,1991,「訳者あとがき――人間主義的地理学とエドワード・レルフ」,Relph,E.『場所の現象学』筑摩書房,所収. 寺田寅彦,1996,「柿の種」,岩波文庫 吉見俊哉,1987,『都市のドラマトゥルギー――東京・盛り場の社会史』,弘文堂 フレッド・デイヴィス,1975=1999『スタルジアの社会学』(相場寿一,荻野美穂,細辻恵子訳),世界思想社
執筆者:小川哲汰朗(https://twitter.com/_maoxiong_)
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