#街並みシリーズ
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新作 #旅する器 #街並みシリーズ また違う街並みのお茶碗です♪ このデザインは銀座へ お持ちします❇︎ お茶碗は、 東急たまプラーザさんと、 銀座三越さんに 異なるデザインのものを お持ちしてます。 たまプラーザさん3日目です。 たくさんのお客様に お越しいただきまして ありがとうございます😭 感謝致します♡ #チューリップ #カーネーション など #赤い花 シリーズの カップとプレートは たまプラーザさん分は 完売しました♪ 在庫は銀座三越さん用に ご用意しておりますので 気になる方は銀座の方で ご覧いただけたらと��います。 明日から晴れる☀️ようです。 🌸お花見がてら 春の日にどうぞ お出かけください♪ ❇︎展示会のご案内❇︎ 3月16日〜22日 #東急たまプラーザ 4階特設スペース ※22日のみ作家在店しません 3月22日〜28日 #銀座三越 本館 7階 リミックススタイル ※22日は15時まで作家在店します #花のある暮らし #花の器 #花のうつわ #花が好きな人と繋がりたい #花が好き #器好き #うつわ好き #器のある暮らし #器好きな人と繋がりたい #春の器 #春の花 #花紋 #器 #パステルカラー #陶芸工房ラプエルタ #小林恵 #春爛漫 (東急百貨店 たまプラーザ店) https://www.instagram.com/p/Cp7bRKzL91N/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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【宍道湖の出会い】
植田正治写真美術館で 「私風景 植田正治のまなざし」を拝見。 その中で1960年代の松江シリーズもありました。 出版社の企画での撮影ではあったみたいですが 植田調の松江の今はなき街並みと そこに生きる人たちが写っていました。 良い写真展を見た後は写真を撮りたくなる♫ の一枚です📸 2024年5月31日撮影
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1130-1205
1130 うちはトイレと物置が隣にあって同じドアが並んでいて、物置に何か取りに行ったつもりが隣のトイレのドアを開けていて、あれおしっこしたかったっけ…とか思いながら用を足している。物置に何か用事があったのを忘れてしまう。こういうことはスマートフォンの上でもよくあって、メールをチェックするつもりがツイッターを開いている。 なんか電車が空いていた。べつに理由はないんだろうけどなんでだろうと思ってしまう。理由を探してしまう。窓の外の荒川が濃い色をしていて冬だなーと思う。そしてその窓に、明らかにデマというかインチキ医療の本の広告が貼ってあり、こういう本が堂々と出版されているのにどうしてわたしの小説は同人誌なんだろうなーとか思う。やつあたりみたいに思う。
ずいぶん前に買ったエッセイの本を読んでいる。とても自由であたたかい家庭の話だと思うのに読んでいるとどんどん心がささくれだっていく。夫婦でやっているお店の話で、お店の仕事は女の人がメイン。本の語り手の男の人はサポートと広報をやっていて、その流れで本を出したようす。 なんかこうなんかこう、あなたの話はいいからこの女の人の話がききたいよとか思ってしまう。この女の人がどのように考えて店をやっているのか、あなたの口からじゃなくてこの女の人の言葉でききたい。声をききたい。いやそんなのは役割分担だとは思うのに、まったく何も取り繕わない自分の気持ちとしては、こいつなんかいけすかねえな〜!と思ってしまう。仕事の役割が夫婦で逆だったら、サポートしている女の人に本を書きませんかって話はきたかな〜とか訝ってしまう。そうしてあるいは、これが女の人同士のカップルだったら、わたしはこんなふうに思うんだろうか。 じゃあつまり自分にはひどいミサンドリーがあるんだよな…。この本に限らず日常の中のほんとにいろんな瞬間で自分のミサンドリーにぶちあたり、しょんぼりする。ハッとしたときはもう遅くて、本当になにかこう、ごく自然に、嫌悪の感情がある。 自分にべったりしみついた差別心や偏見はもうどうにもならないんじゃないかと怖くなる。わたしは自分の性格をなんて意地悪なんだろうと思っているけど、意地悪どころでは済まないひどいものが自分のすみずみまでがっつりしみついていて、このような土をいくら耕したってここから生えるものはみんなだめなんじゃないか。わたしのやっていることは本当にぜんぜんだめなんじゃないか。ときどき絶望的な気持ちになる。
夕方、通販と書店さんへの荷物を送った。思ったより手間取ったし部屋もとっ散らかった。そんなにたくさん送ったわけではないんだけどたぶん要領が悪い。本の梱包とか荷造りとかがとても苦手で、何年やってんだって感じだけど本当に慣れない。引き続き腹も痛いし尻も痛い。夕飯は豚肉とチンゲンサイとえのきと春雨を炒め煮したやつとかつおのたたきと厚揚げ。
1201 今日も通販の荷物を送る。このところほとんど毎日やってるのにぜんぜん梱包うまくならないのどうなってんだ。ガムテープをまっすぐ貼るのがへたくそすぎるし本を袋詰めするのもなんかきれいにならない。手のしびれ、震えのこともあるとは思うけど、送る荷物が格好悪くてまいどほんとに恥ずかしい。お手に取ってくださった方は薄目で見てほしい…。
書店さん宛に送った荷物が届きはじめているようで、犬と街灯さん(表紙を描いてくださった谷脇栗太さんのお店)がさっそくネットショップに追加してくださっていた。ツイートを見て、ほんとにある!と驚いた。驚くって言い方はなんか変なんだけど、遠くのお店にほんとにあるんだな…と感慨深くなる。本屋lighthouseさんからも本が届いたよと連絡がきていて、ほんとに置いてもらえるんだな〜とドキドキした。書店委託はまったくの初めてではないんだけどなんかこうどうしたんだろう。 「顔たち、犬たち」関連はずっと気持ちが張り詰めている。新しい小説の本を出すときはいつもtumblrにステイトメントみたいな記事を書くんだけどそれも書けていない。言いたいことや話したいことがいっぱいあって、どっからどうしたらいいのか、やりたいことが目詰まりしている…。そうしてそんなに激重感情でやってるのに小説自体はほんとにしょ〜もない話で、よわよわおちんぽの〆切直前もそうだったけど、悲壮感を出すような作品ではないのでなんかチグハグしている。
でもこの「しょうもない話」はちょっといい傾向かなとも思っている。執筆の佳境とか書き終わる直前ってなんかこう気持ちが盛り上がってしまって、作品を「大層な話」にしたくなってしまいがちというか…。なんていうの、谷川俊太郎の「魂のいちばんおいしいところ」みたいに書きたいみたいな、高望みした欲がある。
私たちの上に広がる青空にひそむ あのあてどないものに逆らって そうしてあなたは自分でも気づかずに あなたの魂のいちばんおいしいところを 私にくれた
長めの話に時間をかけて取り組むと自分の中のそういう…純っぽいもの…?を差し出したくなってしまうというか、自分の芯を取り出したものでありたいみたいな、そういう欲がわいてしまう。やけに体重をのせてしまう。 で、最近それを回避したくて、けっこう意識的に「しょうもない話」をやっているふしがある。単純に作品がくどくなるのを避けたいのもあるし、なんかこう自分の差別心や意地悪ってそういうとこからきてるんじゃないかみたいなことも思って。これはまとまってないのでもうちょっと考える。
夕飯はおでん。夜中、ふと思い立って虐殺反対のステッカーを作った。ネットプリントにした。
12/2 ゴルフの練習に行って洗濯をして掃除機をかけた。お昼はきのうのおでんの残りとチャーカラ(チャーハン唐揚げ弁当のこと)。きのうのステッカーをプリントアウトしてみたらいい感じだった。ロボット掃除機が壊れたかもしれない件はやっと言えた。まるでいま壊れたかも?みたいな感じで言った。えもからもらった柿をジャムにした。柿プリンも作ってみたけどあんまり固まらなかった。やけに疲れてしまって2時間くらい昼寝した。寒いので夕飯は鍋。アド街を見ながら食べた。
夜中、通販などの荷造り。本を袋に入れて送るだけのことがどうしてわたしはこんなにへたくそなんだ…と散らかった部屋で途方に暮れた。毎日同じことを思っている。
12/3 プリパラプリチャンプリマジのライブ。毎年恒例の幕張メッセでのライブで、前回の幕張がついこのあいだのように感じる。一年が早すぎる。きのうの残りの鍋を食べて車で出かけた。幕張メッセの駐車場は一日千円なので、二人分の電車代やコーヒー代を考えたらこっちの方が安い。昼公演と夜公演の間の待ち時間を過ごせる場所があるのも気楽だし。スタンレーの水筒にお茶を入れて持って行った。夜になっても湯気が立った。
今年は演出がとてもよかった。とくにプリマジの各キャラクターのソロ曲、ほかのキャラクターがうしろで盛り上げてるの最高最高最高だった。庄司宇芽香さんの演じるあまね様が本当に素晴らしくてたくさん手を振った。声出しOKライブでよかった。今日の公演のためだけに髪の毛真っ赤にしてくれたのかと思うと胸がいっぱいになる。夜公演はアリーナの花道そばだったので、一回だけ目があって本当に泣いちゃうかと思った。 プリマジは9月のリーディングイベントのときも思ったけど、女性が女性にキャーキャーいうのがどまんなかにきているので本当に居心地がいい。なんていうのかな、「本来は女児向けのアニメにいわゆる大きなお友だちのオタク男性が大挙して…」みたいな感じでもないんだよな。男オタが女の子(女の子のキャラクターだったりそれを演じる若い女性の演者だったり)を愛でてやるぜ的な感じがあんまなくて、みんながキャーキャーいいながら女の人たちの格好よさ、かわいさ、楽曲のよさを喜んでいる。本当にすごい。長いシリーズを通して作品が変化しているのもあるし、観客を育ててきた感があるなーと思う。演者も客も年齢を重ねたのもあるかも。 そしてプリティーシリーズ通してだけど、ファンにセクマイが多いのをなんとなく認知してくれているように思う。もちろん演者によって濃淡はあるのでたまーに発言にハラハラすることはあるんだけど、あなたのための席がありますと言い続けてくれているシリーズだと思う。リングマリィの「コトバブーケ」は「おとぎ話の通りじゃなくても私はヒロイン」「おとぎ話の通りじゃない方が自分らしい」と始まる曲で、まっすぐ女性同士のウエディングを描いていてすごくうれしい…。それを冷やかすような反応や百合!みたいな茶化した感じの反応が今回はあんまなかった気がして(あることはあるんだけど前より減った感じで)よかった。
そして大好きな大好きな厚木那奈美さんが本当に本当に…いつも変わらずお姫さまみたいで…本当に素敵だった…。内側から光ってるんだよな…存在が光、祝福なんだと思う。厚木那奈美さんを前にするとわたしはいつも幼稚園の子どもになってしまう。厚木那奈美さんがお姫さまの国でリスとかネズミとかコロボックルとかになって暮らしたいよ…。「ブランニューガール」はミディアムテンポのちょっとセンチメンタルな曲なんだけどけっこうしっかりめの振り付けで、でも厚木那奈美さんはニコニコ笑顔で歌って踊っていて、本当に本当に宇宙に神さまに星々に絶対絶対絶対愛されているほんもののお姫さまなんだな〜!って泣いた。厚木那奈美さんの長い手足がすらーっとすーっとどこまでも伸びていって、ほんとにもう東京湾くらいなら全然余裕でまたげるんじゃないかと思う。厚木那奈美さんが微笑めば木からどんぐりが落ちてきて、リスとかネズミとかコロボックルはそれをぎゅっと抱きしめます。 厚木那奈美さん、友だちや知り合いにわたしはこの人が好きなんだよ〜って教えると「うわ好きそー」って納得されるのすごい面白い。わかりやすくどタイプ。厚木那奈美さんとかムンビョルさんとか美少女さんとか、おかわだくんはこういうスラッとした人が本当に大好きだよね…。
あと泣いたといえば、コスモさんの「君100%人生」やってくれて! 久しぶりにライブで聴けて爆泣した。君100の何がいいって、「次は負けないよ」「取り戻せ」「自信出して 元気になって」「体 心 鍛え直すよ人生」のとこ。わかりやすく励ます歌詞ではあるんだけど、それ以上に「今回は負けたよね、いろんなもの奪われたし失くしちゃったよね、自信も元気もないよね、体も心もおしまいだよね」っていうのをまんま受け止めてくれるのがすごい好き。おまえは今回負けたよねって目をそらさず認めてくれるのとても安心する。 日記やけに長くなってるからここらへんにしとくけど、小林竜之さんのアサヒの仕上がりがやばすぎてすっげーよかった。ほんとに「マジヤッベーチョースッゲー」だった。34歳男性のあの感じ最高ですわ。小林竜之さん40歳のアサヒ役ぜってえぜってえ観たいのでプリティーシリーズを今後とも応援していこうと思った。
ライブがあまりにもよかったので、やっぱプリティーシリーズミリしらアンソロやりたいな〜と思った。わたしは二次創作的なのは書けないので、「プリティーシリーズのことを考えて書いた小説」とかになっちゃうんだけど、それを本にしたい…そしてなんかいろんな人にゲスト原稿を依頼したい…すごく同人誌って感じするやつ…。いったい誰が読むんだって感じなんだけどそういう変なアンソロをやりたいよね…。 そしてウキウキの気持ちで帰ってきたらKADOKAWAがろくでもねえトランスヘイト本を刊行しようとしているのでテンションだだ下がりになった。ふざけるなよとインスタのストーリーズでキレ散らかした。
12/4 えもとなむあひさんと遊んだ。朝パン屋で待ちあわせて多摩川に行った。いい���気で冬って感じの空だった。広々していて気持ちいい。二子玉川の駅を降りてすぐこの景色なのほんといいよな。橋を渡る電車がずっとごとんごとんいっていて、遠くの橋や向こう岸で車が流れている。水や物がずっと動いている。サギがたくさんいた。白くて大きな鳥が冬の濃い青い空にたくさん舞っているのが、なんだかうそみたいにすがすがしい眺めだった。 えもから個展のDMをもらった。先々週会ったときに元の絵を見せてもらっていたけど、す��くきれいに色が出ていてほんと展示楽しみだなーと思った。あと「あいじょうぶ」ブローチももらった。「俺の愛があるから大丈夫!あいじょうぶや!」のブローチ(ナポリのすぎるのやつ)。草の上に置いて写真を撮った。 なむあひさんが「顔たち、犬たち」の感想を伝えてくださってうれしかった。なんかこうがんばって書いていきたいよな…という話をした。本を持ってきてくださったので表紙の優人さんに川を見せてあげた(?) そのあと昼から磯丸水産に行って飲んだ。トマトハイめっちゃ薄かったけど美味しかった。えもとわたしで何杯飲んだんだ…。このあいだなむあひさんと焼き鳥食べたとき、注文したはずのタコウインナーが結局来なくて、わたしはすっかり忘れていたんだけど次の日なむあひさんがそういえばタコウインナー来なかったですねって思い出していて、じゃあ今度リベンジしましょうって言ってたんだけど2週間で早くもそれが叶うの面白いな。川行って、(磯丸だけど)イカとかウインナーとか網で焼いて、実質バーベキューみたいだった。あとプリティーシリーズミリしらアンソロやりたいんですよ〜という話をした。いきなりどうしたって思ったろうな…。 夕方もっかい川に行って、あまりにも楽しくて手つないでワーイとかした。えもの手が小さくて冷たくてびっくりした。
KADOKAWAに問い合わせメール送った。刊行中止してくださいとははっきり書かず(できないだろうと思った)、なんでこういうのを出そうと思ったのか経緯を知りたかった。それで質問を送った感じ。
12/5 これぜったい乾かないよなと思いながら朝洗濯物を干して出かけた。曇っていたし寒かった。昼にチバユウスケの訃報を知って驚いた。これがきのうえもと一緒にいるときに知ったらどうだったろう。明るい川べりで知ったら、真昼間の磯丸水産で知ったらどんなふうだったろう。コンビニでコーヒーを買って小袋成彬の「Night Out」を聴いた。今日はとても寒くて、外もずっと暗かった。むかしの友だち、ミッシェルを好きだった人たちの顔がつぎつぎ浮かんだ。なんかツイートではなにも言えなくてリツイートのカウンターがまわるのをじっと見ていた。ものすごい熱心なファンとかではないけどなんかこういっぱい思い出深い…みたいな距離感だからだと思う。いま小説のあれこれでやりとりしている人や現在進行形で作品を生��出している人、みんなひとり残らずいつかいなくなるのだ…とすごく当たり前のことを思った。夜になって、長いこと連絡をとっていなかった人からチバのこと悲しいねってメールがきていた。携帯電話のキャリアメール宛で、迷惑メールかと思った。そういやこの人のLINE知らないや。そうだねみたいなことをちょっと書いて送って、それ以上はべつにやりとりしたくない気がした。これを機に旧交をあたためようなんていうのはなんかこう格好悪いだろと思った。いやこれがめっちゃ好きな人からきた連絡だったらしっぽ振って返事送るんだろうけどさ…。洗濯物は厚手の靴下がやっぱり乾いていなかった。Mリーグを見ながらキムチ鍋を食べた。
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2024/2/10
2月10日 天気が良くてかなり助かった日だった。 昨日の帰りに一期下の方から、山の上ホテルのショップでキーホルダーとお菓子を買ったお話を聞いて、明後日閉館する山の上ホテルへ行ってみたくなり11時のオープン目掛けて出かけた。 予想通りたくさん人がいて、もうカフェの整理券の配布は終わってショップに長蛇の列が出来ていた。 30分だけ並んでみようかな、と階段下まで降りて並んでみる。 ここで何十年前に結婚式を挙げて…とスタッフさんにお話かけている方がいた。 多分そんな感じですごい思い入れのある方々がたくさん来ていた感じだった。
30分並んでも列が全く進まなかったので離脱して母校の卒業制作展へ。 道中、薬局によって昨晩から目の様子がおかしかったので一回ずつ使い切りタイプの目薬を購入。 昨晩は右目にまつ毛が絡まった痛みがあり、今朝は左目に同じ痛みがあって、右目と左目でものもらいあっているのでは?と不安。
卒業制作展を見て、卒業後も一応建築のお仕事をしているけれど、卒業生の制作を現実からかけ離れた立派なお遊び的なものと思うことがなく、プレゼンテーションボードや模型の見せ方を楽しんでしまい、やっぱり建築は自分の中でビジネスパートナーでしかない分野なのかもしれない。 自分で建築することにも、他人が建築することにも全然割り切ってビジネスの方が楽だと言えてしまう気がする。
午後からニコンのフォトレビューがあったので、その前にオペラシティで“ガラスの器と静物画”を鑑賞。とても楽しかった。色々な用途のガラスの器が並んでいるのを見て、シルバニアファミリーの食器にもいろんなグラスがあって、それを並べるのが楽しかったのを思い出す。カクテルグラスやコップ、ガラスのピッチャーやパフェグラス等、いろんなシリーズのシルバニアを持っていたのでグラスもたくさんあった。
昨日出張の途中に出したフィルムを受け取り、ニコンサロンへ。 久しぶり一葉ちゃんに会えて嬉しかった。 自分の写真にレビューをもらえたこともだけれど、いろんな方々の写真や言葉をきけてただただ楽しかったです。 そんな感じで、レビューの中でフィルムで撮り続ける意味を問われても、確かにデジタルで、もっと撮れる環境を整えるべきだよな〜と思っても、まあ楽しいから!と多分フィルムを使い続けちゃう位、今写真は(貴族の)お遊びになっている感じ。 でも今はそれでいい気がする。
伊勢丹でバレンタインと友達の結婚祝いを買う一葉ちゃんと別れて東新宿まで歩く。 何ががなくなった新宿、昨日は1人で風景を眺めてわからなかったけれど、一葉ちゃんから小田急がなくなったと��えてもらった。
そしてやっぱり新宿の街はどこに足をおろしても汚物を踏んでしまっている気持ちになる。 体調が保てます様に。
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Famitsu PS2 vol.210 Persona 3 section pictures and transcription.
『ペルソナ』は新世代へ
主人公
月光館学園の転入生。転入直後に謎の怪物"シャドウ"の襲撃を受け、ペルソナ能力を覚醒させる。自由にペルソナをつけ替えられる特殊な能力を持つ。
初期ペルソナ
オルフェウス
絆が僕らを強くする-
長い沈黙を経て動き出した『ペルソナ3』の第1報。橋野氏&副島氏のコメントも必見!
"召喚器"でペルソナを召喚
主人公たちが帯びた使命は、"シャドウ"を討伐すること。分身たるペルソナを"召喚器"によって召喚し、敵となる"シャドウ"たちと戦うのだ。
召喚器とは、ぺルソナを召喚するときに用いる小型の補助装置のこと。その多くは銃の形をしており、自分に向けて撃つことで、ぺルソナを召喚する。
ムービーも美しく
ペルソナ3
第一報
P3
PERSONA3
PS2
DVD-ROM
開発状況
?%
アトラス 7月13日発売予定 価格未定
学園 RPG 容量未定
1人
審査予定
ディレクター : 橋野桂
キャラクターデザイン&アートディレクター : 副島成記
『ペルソナ2罪・罰』から5年。ついに『ペルソナ3』が始動! 本作ではキャラクターとシナリオを一新。架空都市港区を舞台に、自分自身の別人格"ぺルソナ"を召喚できる力を持った者たちが、"シャドウ"と呼ばれる怪物と戦っていく物語が描かれるぞ。まずは、主要人物とペルソナを紹介。見たことのない『ペルソナ』が、始まる。
©ATLUS CO., LTD. 1996 2006. ALL RIGHTS RESERVED. ※画面は開発中のものです。
STORY
1日と1日の狭間には影時間が日在する
私立月光館学園に転校生した主人公は、怪物の急襲を受けたことでペルソナ能力が覚醒。1日と1日の狭間に"影時間"という隠された時間が存在することを知る。そこには"シャドウ"と呼ばれる怪物が棲んでおり、人の精神を食らっていた。その被害から人々を守るべく、主人公はペルソナ能力者が集まった特別課外活動部の一員となり、"シャドウ"と戦うことを決意するのだった。
ペルソナ
ヘルメス
いおり じゅんべい
伊織順平
CV : 鳥海浩輔
主人公の同級生。転校生である主人公に真っ先に話しかけてきたお調子者。ペルソナ能力に目覚め、主人公とともに戦いに参加する。
たけば
岳羽ゆかり
CV : 豊口めぐみ
主人公の同級生。同じ寮に住んでいる。ペルソナ"イオ"を召喚する能力を持ち、主人公とともにシャドウ討伐を行う。明るく前向きで、皆から好かれている。
ペルソナ
イオ
アートディレクター
そえ じま しげ のり
副島成記
独特のビジュアルで、多くのユーザーから高い支持を得ている。代表作は『ペルソナ2罪・罰』。
今回、完全新作となる『ペルソナ3』の絵を創るにあたって、いま一度『ぺルソナ』の魅力について考えるところから始めました。シリーズを通しての最大の特徴、それは本当の意味での"現代劇"であると考え至り、その部分をさらに掘り下げて作り込んでいます。等身大のキャラクター、日常感にあふれた街並を再現した背景、そしてゲーム操作画面に至るまで"現代"を意識したデザイン。さらに、ムービーパートを筆頭に、物語の展開に合わせてキャラクタ一の希望や不安といった内面世界までも絵にすることにより、魅力的でリアルな世界観を構築しています。つねに"いま"を表現し続けることにより新しい作品となった『ペルソナ』最新作の魅力を堪能していただければと思います。
→バトルでは、マンガのような演出も見られる。
朝、昼、夜一そして影時間
本作では、1日が朝、午前、お昼、午後、放課後と夜に分かれ、それぞれで行動していく"リアルスクールライフ"システムを採用。これにより主人公は、朝になると登校して、放課後には自由な時間を過ごす、というごくふつうの生活を送ることになる。しかし、午前0時になると影時間が訪れる。影時間に自由に動けるのは、シャドウとペルソナ能力を持つ者のみ。主人公はここで、仲間たちとともにシャドウに戦いを挑むのだ。戦うことにより、主人公は新たなぺルソナを手に入れる。入手したぺルソナは、"コミュニティ"システムでパワーアップさせられるぞ。また、ペルソナどうしを合体させて強化することも可能だ。ここではシステムの詳細を見ていこう。
舞台��なるのは架空都市"港区"と私立月光館学園
港区は、古くからの港街"巌戸台"と新興の人工島"辰巳ポートアイランド"がある海沿いの都市。ポートアイランドの中心に、主人公たちが通う小中高一貫の名門校、私立月光館学園がある。
高校生としての日常を過ごす
スクールライフ
School Life
主人公は、定められた時間帯の中では自由に行動できる。朝から午後までは学校で過ごすことになるが、放課後は校内外を探索できるし、寮に帰れば寮内も見て回れる。さらに夜は、街を徘徊することもできるのだ。
→同級生のゆかりと会話。朝、昇降口でのひとコマだ。
もちろん授業も
↑校門前で順平に遭遇。たわいもない会話が交わせるのも魅力的だ。
↑夜、寮のラウンジにて。特別課外活動部員は、全員同じ寮に住んでいるのだ。
ショップも利用夜には街でお買い物
Shop
夜または自由時間であれば、街の中にあるショップも利用可能。ここのアクセサリー屋では、どうやらアクセサリーを売買するだけでなく、店員と話すこともできるようだ。
←色彩豊かでグラフィカルなインターフェースにもご注目。
深夜0時校門前にて
←同じ寮に住む仲間とともに校門前へ。これから何が起こるのか?
すべてが変わり影時間が始まる
→雰囲気が一転。いよいよ影時間の始まりだ。これから"シャドウ"が活動する。
怪物
"シャドウ"
影時間
Darkness
影時間になると、ふつうの人間はみなオブジェ化する(棺になる)。だが、オブジェにならなかった人間はシャドウによって精神を喰われ、口も聞けないほどの無気力状態に陥ってしまう。そうした人間を増やさないために、主人公たちは影時間になると活動を開始し、ペルソナを使ってシャドウを倒していくことになるのだ。
EVENT イベント
影時間中は、ゆかりや順平ら特別課外活動部の仲間とともに行動するのだ。行動中はさまざまなイベントが発生するようだ。はたしてどんな事件が待っているのか⋯⋯?
いったい何が?
↑影時間になると現れる謎の塔、タルタロスを横に見ながら疾走。
BATTLE
バトル
"シャドウ"に出会ったら戦闘。 ペルソナの持つスキルを駆使し でシャドウを倒していこう。
↓初期ペルソナのオルフェウスで攻撃。ぺルソナを使わずに武器のみで戦うことも可能だ。
→戦いに勝つとペルソナカードが手に入るぞ。どんどん集めていこう。
ペルソナカードをゲット!
←主人公は、カードに記載されている悪魔をぺルソナとして使えるのだ。
影時間の訪れと共に現れる謎の塔⋯⋯"タルタロス"
影時間とは⋯⋯?
午前0時に現れる謎の時間。始まると、 ふつうの人間は棺に似た形のオブジェに 変わるが、そのあいだのことは記憶に残 らないため、存在に気づいていない。
"コミュニティ"でペルソナをパワーアップ!
学校や街中にいる人物と会話して仲よくなったり、部活動に参加することで、コミュニティを発現できる。コミュニティは、所属する人物との関係を深めることによってレベルがアップするぞ。レベルが上がれば、ペルソナが強くなるのだ。
コミュニティの種類は多彩
→クラス、部活動など、20種類以上のコミュニティがある。
→命発現したコミュニティのレベルをチェック。
←人物と会話したことでコミュニティが発現。
友との絆が強さに直結する
↑コミュニティにはそれぞれアルカナ属性があ る。コミュニティがレベルアップすると、アルカ ナ属性に該当するペルソナもパワーアップする。
ペルソナ合体システム
謎の場所"ベルベットルーム"では、2枚以上のぺルソナカードを合体させることでより強力なペルソナを作り出すことができる。数多くのカードを入手して、より強力なペルソナを作り出していこう。
イゴール登場
→おなじみのペルソナ合体。何ができるかな?
→コミュのレベルに応じて経験値もつくぞ。
コンゴトモヨロしク{?}
ディレクター
はし の かつら
橋野桂
『真・女神転生⋯if』よりシリーズの開発に携わる。代表作は『真・女神転生Ⅲ-ノクターン』など。
前作で物語が完結してから5年、ついに、新たな舞台と物語を得た、まったく新しい『ペルソナ』を、シリーズ3作目として発表させていただききました。学園ジュブナイルという若い世代の思いや悩みを等身大で描く中で、ペルソナ召喚や合体システムなどのご好評いただいたゲームシステムを継承しつつ、さまざまな新要素を存分に加えて、十分なボリューム(プレイ時間は50時間以上)でやり込み度満点のRPGを、もうすぐお届けできると思います。とくにこだわったのは"日常"の表現。実際の人間社会にあるようなコミュニティの形成を『ペルソナ』の成長システムに大胆に絡め、まったく新しいシステムとして構築しました。日常のさまざまな人間関係のリアリティーを、365日という学園生活の中で、壮大な物語とともに存分に楽しんでいただけたらと思っています。シリーズのファンの方はもちろん、新しく興味を持っていただいた方にも、「本当におもしろかった!」と思っていただけるゲームにしたいと思っておりますので、ぜひご期待ください。
記事担当チェック!!
待望の新作。『ペルソナ2罪・罰』はあれで完結��いうことで、完全新シリーズです。注目はやはり"コミュニティシステム"。仲よくなることで強くなっていくなんて、ステキではないですか。もちろんペルソナ合体も健在。今度はピクシー出てるといいな! (ライター : 荒井弘子)
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年末は忙しい忙しいと言っている割に何故目の前の課題がまるで減ってくれないのか。その謎を探るべく私はジャングルの奥地へ……は行きませんが何とかやっております。
更新が滞っている間、ちょっと体調を崩すなどをしておりました。いつもの貧血に伴うあれやこれやが落ち着いたと思ったら、ストレートネック由来の強烈な肩こりで二週間くらい死んでましたね…
ストレートネックは本当につらいので、みんなも姿勢を正したり、肩を回すなどのストレッチを心掛けたりして健やかな筋肉と筋と骨格を維持していこうな。お医者さんから貰える鎮痛剤と湿布は強力とはいえ、車が揺れるだけで痛み、激痛のあまり寝返りすらうてないのは辛すぎるので……
それで、機能が低下していた間は、小泉悠先生の対談本「終わらないウクライナ戦争」だったり「ニンジャスレイヤー」を一巻から読み直したりしていました。というのも、ニンジャスレイヤーのコミカライズ版がkindleで一冊33円で売られていて、ちょっと再燃してしまったので。なんというかこう、海外の映画やアメコミなんかにありがちなちょっと変な日本という舞台の可笑しさと、ハードなディストピア的近未来設定が混じりあって、このシリーズでしか得られない魅力がある。最初本当に海外の作家さんが書いて、それを日本人が翻訳していると騙されてしまったくらい文章も巧みだったし。キョート編のラストから読んでないけど、調べたらまだまだ続きがあるらしいのでしばらくはそっちを追いかけたりしたいなと。
それと、ずっと観てみたかった白黒無音声映画の「カリガリ博士」を観るなどもした。いや、寝てるより座ってる方がなんぼかマシだから暇つぶしに映画みるしかすることがないんですよ。「カリガリ博士」は、病院に入院している若い��フランシスが傍らに座る男に、病院の庭をうろついている美女を指して彼女は自分の婚約者で、二人して酷い目にあった。とカリガリ博士と彼の操り人形である夢遊病者のチェザーレが引き起こした恐るべき事件について語る。といった内容。奇妙な街並みや大仰なリアクションや一部登場人物のメイク等、結構目を引くものがあって楽しい映画だったなと。最後のオチは意外といえば意外だけど…まあ、当時は珍しかったのかな。昔の映画らしく展開がのんびりでちょっと眠くなる。でも音楽も演出も良いのでおすすめの一作かもしれない。
次は「フランケンシュタイン」を観ます。フランケンシュタインは博士の名前で、あの怪物の名前じゃないんだよって初めて知った時はびっくりしましたね…
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ハロー(´ー∀ー`)2023.9.9
コロナ後遺症継続中のわたくしです。
たまに煙臭い→四六時中タバコ臭に変化して12日。味もにおいも少し戻ってきたのですが、まだ完全ではないようです。いつまで続くのでしょうか…たまに味がわかりません…
発症してから1カ月経過しましたが、クリニックで言われたように3カ月はかかるのかもしれませんね😞
そんな中…朝方4時にアリスがぶりぶり下痢をしている音で目が覚め、お尻を拭くと真っ赤で
「!?!?!?血!?」
と寝惚けた頭が即覚醒しました。
血便は初めてで、下痢のうんちが全て赤かったのでこれは…病院やなとなりました。ネットですぐに血便の情報を調べて、ペット保険が使用できる近くの動物病院を調べ血便持参で朝イチで駆け込みました。
30分〜1時間待ちですと告げられ、その間(腫瘍からの出血とかだったらどうしよう…今年16歳で高齢だからいつどうなってもおかしくないし覚悟は日々してるつもりだけど、、アリスが元気で長生きしてくれるのが1番いいよ😭)とぐるぐる考えておりました。
便検査は異常なし、食欲はあるみたいなので様子見でいいとは思いますが血液検査・エコー検査まで希望されますか?と言われました。
悩んだけれど採血の身体的負担などを考えると様子見に決めました。
整腸剤・下痢止めを6日分処方してもらい帰宅。
すぐに朝の分の薬を砕きチュールに混ぜて食べさせました。これで落ち着いたらいいけど、改善しない場合はまた病院へ行って検査してもらう必要があります。
その後薬のおかげか下痢は治りましたが色が黒炭のように黒かったりと、出血継続中かなとも思っていましたが今現在は元に戻りつつあります。
引き続き観察を続けていきます。
生き物だから突然の体調変化は仕方ないですね😞
人間だってそうだもん。
アリスに「猫生楽しかったー!」って思ってもらえるように飼い主の務めを果たしたいです。
ところで。
「トランスフォーマービースト覚醒」を映画館で観るのは諦めました←
吹替しかないのと一回しか上映されておらず、いい時間帯がないのでもう諦めました〜
ブログをあたためている間にいつも2〜3週間経過していたりするので、近況が変わったりその度にブログ書き直したりするので最近はブログに更に時間がかかってます😅
「マイ・エレメント」
を観に行ったのに感想ももう薄れてきているしね←
火の女の子エンバーの母親が、私的にはちょっと嫌悪感がありました。やっぱどうしても過干渉ババーに拒絶反応が出てしまいます。
でも映像はとっても綺麗で、エレメント達の生活をもっと見たいなぁと思うくらい街並みや乗り物の作り込みがすごかったです。
恋愛に興味を持てない私でも、2人がお互いを気遣う気持ちは素敵だなと思いました。興味はないけど←
途中でね、エンバーが「本当は私店なんか継ぎたくない!」って突然言い出した時は
(え???そうなの???)
ってすごい驚いたけど←
そんな素振りがなかったしむしろめちゃくちゃ店継ぐ為に小さい頃から努力してきたみたいな人生だったからびっくりして感情置いてけぼりにされちゃったよね←
唯一そこが引っかかってしょうがなかったです。
あとは水の男の子ウェイドは優しいよね。すぐ泣くし。なんかいいことを2回ほど言ってて感動したんだけど、もう何て言ってたかすら覚えていないよね。。。
(後遺症の記憶障害ということにしたい
私が1番印象に残ったシーンは、2人で花を見にいくところです。本当に美しかった。
それと最近アニメキングダムを第4シリーズまで見返しました。
毎週見るんじゃなくて、一気見した方が断然面白かった。
で、なんで第4シリーズ面白くなかったんだろうって考えたら、太后が謀反の張本人なのにロウアイが車裂きの刑になったからです。
私が嬴政なら、絶対に太后こそ車裂きの刑にします。絶対に許さない←
最後の最後まで身勝手に自分の子供だけは助けろと言い、それはできないと言うと嬴政を罵り言いたい放題して嬴政も実の息子なのに一言も謝りもせず…この母親は本当に腐ってます。
それ以外は本当に面白くて、騰の活躍も大将軍になったことも嬉しいしロクオミいじりもとっても面白いし🤣昌平君にはめちゃくちゃ痺れるし、セイキョウは泣けるし、王賁と紫伯の戦いもとても面白かった。
第5シリーズが楽しみすぎます〜
そんなこんなで他にブログに書きたいことあった気がするんだけど、一日掃除して疲れたのでこの辺で終わりにしたいと思いますw
最後に2番目の姉の渾身の手作りカチューシャを載せます。
(トイストーリーホテルに泊まったんだって
夢のホテルやーー
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日記 / 5.7 / 写真を再び
どうもここ数ヶ月、写真が撮れなかった。半年前から撮っている写真のシリーズについてのことだ。製本ワークショップに参加して製本してみて、一度立ち止まって俯瞰的に見てみようと試みたが、これがまさかの急ブレーキとなってしまった。本の形になった高揚感に浸りつつ、「足りない」こと探し、粗探しを繰り返した結果、撮影を始めたときに抱いていた前のめりな感覚を忘れてしまっていたように感じていた。
京都国際写真祭でそれに拍車がかかった。凄みのある作品を三日三晩浴び続けることで、着眼点や撮影の技量、熱量、我が事とする力強さ、数え切れないポイントと比較ばかりして苦しくなってしまっていた。正直、息ができていない状態に陥っていた。1年前は「制作」をしていなかったから、どの作品も憧れのような対象だった。尊敬する写真家の自宅に訪ねて相談させてもらったり、他の写真家の方には、勤務中に彼の働く会社まで足を運んで助言を請うたりした。ようやく、自分なりの視点を持って撮影してこれたのではと、思った今年のはず…と思っていたのだが、違った。「作品をつくるようになった若い人」(と言われるようになった)は、先人たちから厳しいレビューを受け、落ち込んでしまったのだ。この落ち込みを誰かに解消してもらうことなんてできないし、親しい友人に話しても、結局情けをかけてもらいたいという気持ちから始まってしまうわけで、健全ではなかった。
先週には、撮影をお願いしていた方と長い時間お茶をして撮影に望んだが、正直に伝えた。「今は撮れるような状況ではない」と。相手からも、見透かされたような気がして、ブローニーフィルム一本を撮り切ることだけにしか集中できなかった。つまり被写体との対話ができていたとは言い難い。きょう、現像から上がってきた写真たちは、それなりに撮れているのだが、撮ったときの感情をまだ記憶しているので素直に見ることができないことで思い知らされた。現像があがるまでの高揚感、ポジティブな気持ちを抱いていなかったことに気づいた。
ここまでネガティブなことばかり書き連ねているのだが、ようやくトンネルを抜け出せそうな感覚をきょうは覚えた。一日を振り返りながら、いろいろ考えてみようと思ったからきょうは書こうと思う。
まずは、久々に早朝に起床できたことに始まる。朝マックに足を運び、エッグソーセージマフィンのセットを食し、スイッチを入れる。朝��はんを食べると血糖値が高まり、血の巡りを感じる。ファストフードとはいえ、気持ちが前向きになったようだった。その勢いで、都内の展示へ。本当は丸木美術館に行きたかったが、せっかく晴れている日、2時間も電車に乗るのがもったいないと思い、終了日前日なのに諦めた。
昨日、WHOがコロナ緊急事態宣言の終了を発表。週明けにはコロナが第5類に移行する。パンデミック下に置かれていた日常は、ようやく活気づいてきたことを武蔵小杉から乗り換えた行楽日の総武線快速で感じた。先月行った京都も、外国人観光客が戻ってきて、マスクをしている人がほとんどみなかったので、不思議ではないのだが、東京にもコロナ前の日常が戻りつつあった。そんなことを思いながら、上野に着くとすごい人だった。動物園に並ぶ人々の姿も見えた。美術館前で記念撮影をする人。にぎやかな声が聞こえてくるから、自然と触発される。
向かったのは東京芸術大学陳列館。「解/拆邊界 亞際木刻版畫實踐」(脱境界:インターアジアの木版画実践)(※)を見るためだった。初夏の日差しに浴びる青々とした葉をつけた木々が陰をつくる上野公園がこんなに気持ち良いとは思わなかった。陳列館の2階は、天窓から優しい日光が注ぎ込み、版画がすられたキャンバスや布がゆらゆらとしていた。版画は力強かった。日本、韓国、中国、香港、台湾、フィリピン、インドネシアのアーティストの作品をゆっくり何周もしながらみる。印象的だったのは、タイトルの通り、ボーダーを越えていくことの希望だ。
點印社(香港)の「私たちは輪になって食べる、刷る」は横長の大きな版画。テーブルでご飯を食べる様子を描いているのだが、そこに描かれているのは、人間だけでなく、シャチや、犬など動物もいる。コロナ禍によって幾多の国境が閉ざされた世界で、異なる国籍や民族やルーツ、バックグラウンドを持つ人々の間に境界線が引かれるようになったことを忘れてはいけない。そんな時代だからこそ、他者との時間を共有することを肯定し続ける力強さを感じた。登場する人々や、動物の表情は笑顔で豊かで、美しかった。決して丁寧に、きれいにつくられたわけではないけれど、その雑然さを版画で刻む描くことの尊さを感じた。
韓国のキム・オクさんが制作した7枚の版画からは、いつか未来で消える朝鮮半島の南北の境界線を想像させた。30年以上に渡り、朝鮮半島南部をくまなく歩き、フィールドワークしてきたというキムさん。農村地帯など韓国の原風景が描かれた7枚は、南北統一という先に続きがうまれるはずだという期待を抱かせ、そしていまだ解決しない南北問題について、極東の島国にいる自分をハッとさせた。
何よりエンパワーメントされた。この展示の作家の多くが社会運動に参画し、運動を活性化させたり、アジテーションを強化するという目的を持ったりしながら制作しているということを掲示されているテキストで知る。政治的抑圧に抵抗する。それは大きな主語を語りがちのように感じられるが、版画を刷るということによって我が事として捉える身体性が一層増していくように感じた。何より、作家自ら社会に対して、異議申し立てをするまでのプロセスを、自らの生活実践の場において果たそうとする姿勢が感じられた。だからこそ、「私たちは輪になって食べる、刷る」のカラフルな描き方に心が揺さぶられたのだろう。
何より、描いて、版を作り、刷るという繰り返しを諦めない。その先に、社会的に生じている苦しさから解放されるように思えた。新聞記者として多くの時間を、社会的課題について考えようとしながら、当事者性があるかどうかなど悩み、写真撮影においても強度があるかないかなど気にしていた自分にとって、今までの悩みがちっぽけに思えたし、何よりそうだ、自分が言いたいことを言えばいいんだと思えた展示だった。
彫り続ける作家たちの姿勢に刺激をもらい、浅草に移動してから入ったタリーズで本を開いた。坂口恭平の「継続するコツ」だ。数ヶ月前に綴方で購入したまま開いていなかったが、効果てきめんだった。「才能という言葉」の呪いにかけられたように、他者の作品を羨望の眼差しで見ていた。そして、撮影ができない状態に陥っていたけれど、それは「比較が始まり、否定が始まり、手が止まる」という項で正体が書かれていた。ある程度、自分がやりたいことを続けていくと「慣れ」が生じるというのだ。「慣れ」。なるほど。確かに、慣れてきた。こうして撮っていけばいいのだ。こう進めていけばいいのだという実感は、いつしか、「見る人に伝えるには○○が足りない」と完成度ばかり気にすることに変わっていたからだ。
製本して、足りないことが見えて、評価を受ける作家のアーティストブックやダミーブックに圧倒され、到底その領域に達していないのにと自分を卑下して、比較をし続けていたなと気付かされた。なんか自分が馬鹿らしくなった。撮っていく。それだけでまずは十分じゃないか。当初抱いていた撮りたい写真への気持ちは、いろんな人の助言や苦言や励ましで少しずつ変容したりしているけど、自分の撮りたいという気持ちに正直になれるのは自分しかいないわけなんだから。
そうだ。去年の7月、アレック・ソスに「SLEEPING BY MISSISSIPPI」にサインを入れてもらったとき��メッセージをお願いして書いてもらった言葉を思い出した。「Don't ever forget the feeling when you first piched up a camera」。そうだよね。初心忘れずって言うよね。いま撮っているカメラは別に「First」じゃないけれど、このカメラで撮っていくぞって嬉々としていたときのことを思い出した。小さな1Kで、千尋からも「買ってよかったね」なんて言われて、ファインダーを覗いて初めて装填したネガフィルムに彼女を焼き付けたんだっけ。うまく扱えず、フォーカスと露出を決めるのに時間がかかって切ったシャッターによって写し取られた千尋のふと力の抜けた表情が自分は好きだったんだなと。あの感覚があったから、静かに被写体となる他者に正対する感覚を今でも大事にしているのかもしれない。
そんなことを思いながら、ベトナムの写真作家たちのダミーブック展をあとにしたあと、ブローニーを装填した。ゴールデンタイムの日差しが当たる街にカメラを向けてシャッターを数枚着る。隅田川に沿って歩いていくと、ふと人を撮りたいなという気持ちが湧いた。
ふと、目が止まった。若い男女が微動だにせず、静かに抱き合っている姿に見とれてしまった。高校生か、大学生かな、と思い、声をかけさせてもらった。こうやって街にいる人に声をかけて撮りたいって伝えるの久々だな。心のなかで自分に語りかけていた。それに、やっぱり最初は緊張する。「ティックトックですか?」と聞かれたけど、「いえ違いますよ」という。最近、インスタやYou Tubeのショート動画で確かに「ストリートスナップ撮っているんですけど」という動画が流れてくるなと思い出した。それのおかげなのかな。恥ずかしがっていた彼らは、少し悩むそぶりを見せてくれたけれど快諾してくれた。撮らせてもらえる。高揚感が全身に走った。
マキナで露出を決め、フォーカスを固める。透明の四角いファインダーの向こうで、静かに佇む二人に引き込まれる。女性は恥ずかしいからマスクをしたままだったけれど、風になびく黒髪の隙間から見える青いカラーコンタクトをつけた瞳から向けられる視線が、まっすぐ力強く凛としていた。男性の方も、無表情ながら芯の強さを感じさせていた。
撮影後に聞くと、二人は15歳の高校1年生。男性はぼくの父とおなじ江戸川区で生まれ育ったという。在日朝鮮人の母を持ち、インスタグラムには日本と韓国の国旗アイコンを掲げる。聞きづらかったけれど在日コリアンかどうかを聞いてしまったが、「そうですよ」とさらりと答える。僕がこれまで川崎で取材をしてきたことなども伝えると、親しげな感じを見せてくれた。そして、なにより自分のルーツに誇りを持っているようだった。スケートボードが好きで、スケートボードが「バ先」だといって、店長のインスタグラムアカウントを見せてくれた。女の子はシャイだ。ファインダーの奥に見たあの視線��強さとは相反するのか、不思議だった。
街で声をかけ写真を撮る。撮影時間を入れても、賞味10分ほどしかなかったかもしれない。写真はSHOOTだ。池澤夏樹によると、「Shoot」は銃撃か撮影でしか使わない。だから、若い彼らをカメラの前に立たせる行為というのは、主従関係が生じ、抑圧・被抑圧の関係性が生まれることにほかならない。それでも、撮影を許容してもらうために、僕は彼らに誠意を伝えようとする。そして彼らも受け入れるために覚悟をする(覚悟を強いている可能性も忘れてはいけない)。そのわずかな時間でも、僕と彼ら彼女の間に一定の緊張感が生まれ、正対することによって他者を信じ切るしかないのだ。嘘偽りがないとは言い切れない。それでも、1/500秒という膨大な時間軸における一瞬、フィルムに焼き付ける行為そのものが、僕がこの社会に接点を築いていくことに必要なプロセスなのだと言い聞かせるには十分なんだ。そのことを、二人との出会いによって改めて認識させられた。
これが、明るい兆しだ。写真を諦めなくてよかったと思えた撮影だった。写真を撮ることでしか、僕は社会を知るすべがないことも知っている。それが、なにか明確なメッセージや、スローガンがなくても、そこに写し込まれた人々の姿によって、この社会の輪郭が際立ち、描かれていくことを信じたいから撮っている。僕にとって人を撮ること、正対してポートレートを撮ることとは、その決意表明みたいなものなのだ。沈みかけていた気持ちが、ようやく前を向き始めた。
※参考)近年、アジア各地で木版画による芸術・文化実践が再び注目を集めています。20世紀初頭の中国で魯迅によって始まった近代木版画運動は、民衆自身が社会や現実を表現する運動/方法としてアジア各地に伝播しましたが、20世紀後半になると社会構造やメディア環境の変化により下火となっていきました。しかし、2000年代から2010年代にかけてアジアの芸術家や社会活動家たちの一部は木版画を通じて社会や政治の問題を表現し、文化的直接行動や集団的創造の実験、さらには国境を越えた交流・ネットワークを生み出してきました。 本展は《「解/拆邊界 亞際木刻版畫實踐」(脱境界:インターアジアの木版画実践)》と題し、アジア各地から12の作家・活動団体による木版画を紹介します。とりわけ2020年に始まったパンデミックでは、人やモノの移動を一元的に管理する国境の問題や、差別や排外主義などの社会的、心理的な排除や断絶の問題を現前化させました。本展はわたしたちの生きる世界や社会に張り巡らされた「境界」を改めて主題化し、これらの境界からの離脱・解体を志向するトランスナショナルなアジアの木版画実践とそのネットワークについて紹介します。同時に、コロナ期に各地で制作された木版画を比較することで「アジア」という地理的/政治的概念への批判的認識と、さらなる理解・議論の可能性を開くことを目指しています。
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20241231
1月
元旦に映画 シネコンで見てたら能登地震が来て京都の映画館の中でもかなり揺れたのを覚えている
次月のマラソンに向けて走りまくる 走りまくり膝を怪我し本末転倒
1月21日の京都芸術センターであった「人は人と、いかに向かいうるのか」という講義シリーズを朝から夕方まで受講 こういうシリーズが当たりだったためしがなかったがかなりよかった(レジュメは今も部屋に貼っている)
2月
吉田山の節分祭 雨が降ったり大変だった記憶
なんとなく投票の零票確認を初めてする 開場の30分前に並ぶ 零票確認が好きな人たちの刺客として突如謎の若者が君臨してしまう形になり申し訳ない気持ちになる
誕生日に貸切ソロサウナへ 思っていたよりも満足度が高く心置きなくサウナで横になったり大声を出せるのはいいと思った あとbluetoothで音楽も聴けたな
京都マラソン 約10年ぶりのマラソンだったが、10年前と同じタイム 同じ展開(後半で足が攣りそれを言い訳にほぼ歩く)来年こそは、、となる その日の夜に食べた焼肉と禁酒を解いたビールはマジで格別だった
3月
温水プールへ 案外いいやないのと思ったがその日以降いかず
いいあす京都へスタッフになるために説明を聞きに行く
しろくま先生(代表)の熱意がまっすぐすぎて震える
京都のベスト菓子屋(確定)「無添加菓子歩」と出会う これ以降、歩ちゃん(勝手にそう呼んでいる)の作るお菓子の虜になり続ける
家の近くにある子供絵画教室の展示を見に行く グッド展示
4月
サブマリンでの象の背のライブを見に行く ハイジさんのライブに感動する
いいあす京都でスタッフとして参加開始 「教えるはずが教えられている」という実感
今思えば最高のライブだったプラスチックトーンズ@ストンプ
この頃から作った夜ご飯をメモるように 当時はケールやセロリのサラダが流行っている
the hatchのライブを観て色気を知る
5月
新潟から富山へ 念願のshe eye eye凄まじく気づいたらたくさん購入という感じ 高田世界館でも作品を観れてよかった この頃から遠方に行ったら地元の映画館で映画を見る様になったと思う
地獄みたいなドライブの果てに食べた味噌カツ美味しかった
カターレ富山の試合を見に行き念願のかったー(youtuber)のご尊顔を拝見 恐れ多く声はかけられず
この頃家庭菜園のトマトやさつまいもなどをスタート さつまいもがまさかあんなことになるとは、、
ホテルニューウイングでカプセルホテルへの苦手感を若干克服
大風呂に近所?の相撲部屋の力士が入ってきて水が信じられないくらい溢れたのを覚えている
最高裁判所にて旧優生保護法の弁論を傍聴 自分の中でもかなり大きな出来事だった 裁判傍聴、一度は行った方がいいと思う
6月
丹後へ旅行 近場だと思いなかなか行っていなかったがいい場所だった
山形、秋田、岩手、福島、宮城へ3泊4日の1人旅行
1人だからできる強行に次ぐ強行スケジュールだったが、完璧としか言いようのない旅になった あらゆる温泉や10年ぶり近くとなった田老地区、東日本大震災の震災遺構へ巡る時間 深夜ドライブで山道の途中で車を停めてみた星空は屈指だったかも 津波伝承館は人生で訪れた中でも一番心が震えた
7月
lefthandsのサポートして参加 練習を人生で一番したかも
knitの練習も開始 こそね君とナギちゃんにお世話になりだす
つくばへ旅行 JAXAで聞いたBUMP OF CHICKEN、少年の心を踊らせまくっていた
8月
lefthands練習しまくり knitの練習もあって訳がわからなくなる
京都芸術センターで見た展示「眼差しの手入れ」、効きまくっている空調の記憶が強い
引っ越して初めての大文字 鴨川からは4つの送り火が見えてとてもよかった
lefthandsでライブ1 演奏後、即体調とメンタルを崩し途中で帰った
9月
knit練習時勧められた山月記を読み ふむ、、となる
群馬へ1人旅行 伊香保温泉は温泉街のイメージを具現化しておりよかった シネマテークたかさきで見れたナミビアの砂漠思い出深い
knit5時間練習で気が狂いそうに��る
lefthandsライブ2 1弦が中盤で切れたがそのまま続行 あざした
10月
東京にてknitライブ とてもいい時間を過ごせた 何よりもまたやりたいと思えたのが嬉しかった
YouTubeプレミアムの無料期間体験 こんなん快適にも程があるでしょうとなる
家族旅行 時が過ぎたことを実感する
11月
象の背のライブで調布 みんな来てくれて優しいと思う
その流れで山梨県へ旅行 ほうとう美味すぎ
富山にて扇状地マラソン ハーフマラソンだったが10km走って足が攣る 2月の京都マラソンやれんのか
12月
下北沢にて自主企画 企画として成立したことが嬉しかった
1ヶ月くらい放置していた自転車を修理 自転車ないとダメだ
2024年、意識的にいろんな場所へ旅行できたのがよかった
あとはライブもできてよかった
何もかもを先延ばしにしてしまいがちだが来年こそは、、(という先延ばし)
来年はアウトプットを頑張る
2024 聞いてよかった音楽10
集中的に聴く音楽がなかった
starla online
deriansky
thistle group
tobias
paira
ハイジ
touchy mob
secret boyfrirend
pygmalionz
wave
2024観てよかったライブ10
20240106 moreru@metro
20240317 ケバブジョンソン@tora
20240414 ハイジ@submarine
20240416 plastic tones @ stomp
20240429 the hatch @ soto
20241013 merimeriyeah @ flat
20241013 Süden @ flat
20241024 mmm @ submarine
20241208 M.A.Z.E. @ spread
20241208 WETNAP @ spread
2024観てよかった映画10
202402デカローグ@ DVD
202402 瞳を閉じて@京都シネマ
202403 きえてたまるか@ u-next
202403 都会の名もなき者たち @ 京都文化博物館
202406 スカーレット・ストリート @ 元町映画館
202406 美しき仕事 @京都シネマ
202407 殿さま弥次喜多@ラピュタ
202408 宝島@京都シネマ
202409 ナミビアの砂漠 @ シネマテークたかさき
202412 あなたの瞳に話せたら @ シアターフォーラム
2024読んでよかった本→マジで本読んでないかも やばすぎ
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3年目10月24日のウルトラ怪獣モンスターファームの配信中に頂いたお手書きです
ジオラマの街並みに佇む巨女うさぎゆかり概念…何故かスク水なんですけど
関連構図でこちらもあるのでスク水纏めの方でなくこちらでのご紹介になります
こっちは男子の視線を気にするうさゆかさんシリーズという構図で描いて頂いた奴の巨女概念バージョンですね
巨女の描写において人間サイズの傍観者を描くのは羞恥の文脈を引き出すに於いて必須というあれは私にもなんとなくわかります
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年末クライム日記
ここ最近、ホラー・怪奇小説にハマっていた。 もともと読むのが遅い上に、育児と仕事に追われて 読書の時間が取れず。 読めていない犯罪小説が、かなり溜まっている。 この辺でまとめておこうと思う。忘れるから。
ドナルド・E・ウエストレイク(リチャード・スターク) 「斧」「鈎」「悪党パーカー・人狩り」 「踊る黄金像」「吾輩はカモである」「忙しい死体」 「ホット・ロック」「犯罪学講座」
今年(2024)頭に、存在を知る 「ギャンブラーが多すぎる」を買って読んだら面白かった。 古本が安く出回っているので、集める。どれも面白い。 「さらば、シェヘラザード」クライムじゃないけど、変な小説。
ジム・トンプスン 「俺の中の殺し屋」 「失われた男」 「グリフターズ」 あまり出回ってないので、見つけると買っている。
コーネル・ウールリッチ 「もう探偵はごめん」 どれ読んでも面白い。「喪服のランデブー」とか最高。
ジェイムズ・エルロイ 「キラー・オン・ザ・ロード」「ホワイト・��ャズ」 読みたいけど長くてなかなか手がでない。 短・中編集も読み返したい。 「ハリウッド・ノクターン」「獣たちの街」「クライム・ウェイブ」
ロバート・ブロック 「サイコ」「サイコ2」「サイコハウス」 ブラッド・イーストン・エリス「アメリカン・サイコ」 新旧サイコ作品を並べて読みたい。
ライオネル・ホワイト「気狂いピエロ」 ハドリー・チェイス「悪女イヴ」 「天使は黒い翼を持つ」 ジョン・リドリー「愛はいかがわしく」 ボストン・テラン「神は銃弾」 エドワード・バンカー「ドッグ・イート・ドッグ」 エディ・リトル「アナザー・デイ・イン・パラダイス」 C・マッカーシー「血と暴力の国」
この辺りが、いわゆる積読。 あとは、併せて読み返したいのは、 チャールズ・ウィルフォード 「拾った女」「危険なやつら」「コック・ファイター」 マイアミポリスのシリーズ。
エッセイだけど、 滝本誠「きれいな猟奇」「渋く、薄汚れ」 あとは評論・ノンフィクション 「ノワール文学講義」 「ロマン・ノワール」 「犯罪の歴史」 平山夢明「異常快楽殺人」
そんな感じだろうか。あとは、もっとミステリ寄りのものまで 含めると、もっとたくさん転がっていて すでに収集はついてないので、見て見ぬふりを決め込み ひとまず、これらのクライム関連を読み込んでいく。 2024��ら2025にかけて。 ぬほぬほ。
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#旅する器 #街並みシリーズ たくさん完成しました♪ #ガラス釉 のシリーズ 光に当たると✴︎キラキラ✴︎して とても綺麗です♪ 水彩画のような感じに なりました。 2枚目☞八角絵皿 径35cm 大きくかなり存在感があります 壁掛けにも出来ます。 5枚目,6枚目☞ 丸皿はスタンドセット中サイズ にセットできます。 新作たくさん完成しております♪ 時間がありませんが少しずつ ご紹介していきます〜♡ 今回は結構大物が多いです。 桜🌸開花しましたねー♪ 明後日からですので是非お出かけください。 ❇︎展示会のご案内❇︎ 3月16日〜22日 #東急たまプラーザ 4階特設スペース ※22日のみ作家在店しません 3月22日〜28日 #銀座三越 本館 7階 リミックススタイル ※22日は15時まで作家在店します #花のある暮らし #花の器 #花のうつわ #花が好きな人と繋がりたい #花が好き #器好き #うつわ好き #器のある暮らし #器好きな人と繋がりたい #春の器 #春の花 #花紋 #器 #パステルカラー #陶芸工房ラプエルタ #小林恵 #春爛漫 #スペインの街並み #桜開花 (東急百貨店 たまプラーザ店) https://www.instagram.com/p/Cpwnwedrk62/?igshid=NGJjMDIxMWI=
#旅する器#街並みシリーズ#ガラス釉#東急たまプラーザ#銀座三越#花のある暮らし#花の器#花のうつわ#花が好きな人と繋がりたい#花が好き#器好き#うつわ好き#器のある暮らし#器好きな人と繋がりたい#春の器#春の花#花紋#器#パステルカラー#陶芸工房ラプエルタ#小林恵#春爛漫#スペインの街並み#桜開花
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塔のくずれたそのあとに
どうもこんにちは。かなり時間が空いてしまったのですが、昨年秋から急に業務が忙しくなってしまいそのまま今年も慌ただしく過ごすうちにこんな時期になっていました。 ちょうど一年前の話になりますが、インドに急遽仕事で行く羽目になり『ナーガプール』へ行けるかもとも思いましたが、聖地と推定しているピンクパレス(=桜宮)のあるジャイプール、あるいは雰囲気のモデルであるタージマハルへは車で片道数時間かかるということで結局断念してしまいました。いや、インドまで行って数時間ぐらいのことを諦めるなという話であるのですが、車に乗るたび道路状況と運転が混沌としすぎており死がちらつく状況でしたので、こんな場所で数時間も車に乗っていられるかと思ったのでした。 誇張もなにもなく道路上の全ての車が残機なしの��リオカートかスタントなしのカーアクション映画かなにかをやっています。とにかく速く目的地に着けば勝ち、時は金なり、時に命は金より軽いというわけです。道路が3車線あれば車が5列並走、1列は逆走です。その中にバイク自転車と歩行者が混然一体となってやってきます。都市部はスピードが出ないのでマシですが郊外になると最悪です。「くお~ぶつかる~ここでアクセル全開インド人を右に」という有名な誤植がありましたが本当にその状況になるのでたまったものではありません。同行者さんもレトロゲームのファンなのでこれを聞いて文字通りのこの状況に苦笑いでしたが……とくに我々のドライバーさんはすさまじく、クラクションを鳴らせば無敵時間だと言わんばかりにアクセルを踏んで電話をするわ後部座席の我々に話しかけてくるわととんでもないお方でした。ですが、運転は抜群に上手いようで、滞在中急ブレーキを踏んだのは牛を轢きそうになったときだけでした。まあそんなわけですが、次の機会があればなんとか聖地巡礼に行きたいと思うものです。もちろん他のドライバーさんにお願いしたいところですが。 さて、インドの話が長くなっているのですがもう少しだけ前置きとして続けます。 出張中、インド人の同僚たちとはカタコト英語で会話していたのですが、その中のひとりと食事のときにふと英語についての話になりました。彼はヒンディーなのでヒンディーの言葉が母語ですが、オフィスで彼らは英語で仕事をしています。彼の上司はシク教徒(ターバンを巻いている人)で違った言葉が母語のため英語がなければまったく言葉が通じず仕事にならないのだそうです。これは想像しやすい例でしたが、同じインドという国でも、北と南では方言というレベルではなく言葉が違い話が通じないそうで、働く以前に大学の授業も英語で受ける必要があるため、インドのオフィスワーカーは英語を話せるのだそうです。そして似たようなことを中国の方からも聞くことがありました。ざっくり中国の人が話すのは中国語だと認識していましたが、広大な中国では北と南だったりでは全然違う言葉を話していて全く通じないので、方言とは別に「標準中国語」を勉強するのだと話していました。とても大変なことです。 そんな話の最中にふとあることに思い至りました。これが今回のお題になります。そういえば、ラスレムをプレイしていてぼんやりと「あんなに広い世界にいろんな国があってなぜどの街に行っても全員同じ言葉を話すのか」というようなことを考えては、大人の事情でしょうしゲームとして成り立たないので、と蓋をしていたのですが、そのことを聞いていると「母語は別にあるものの、仕事にならないから共和議会の参加国の人々はみんな共通語を話している」と考えることができるのではないかと思い立ちました。ということで、システム上の都合制約を無理やり世界観解釈にあてはめるシリーズをや��てみようと思います。 考えるにあたり、まず現実世界の「帝国の言語」の事例をあたってみます。主なモチーフになっているローマ帝国も全土ではないにしろ複数の地域でラテン語を使われていたようです。もうひとつのモチーフであろうイスラームの世界についても、ローマ帝国と似た範囲になりますが、モロッコのイスラーム学者がモロッコからメッカ、さらに中央アジアを通ってインドに着きそこでもイスラーム学者の仕事をしていたという記録があります。こういった現実世界の事柄をみると、モロッコやエジプト、その対岸のスペインから中東、ギリシャ、トルコ、インドあたりまで同じ言葉が必要に応じて使えそうだということがわかります。現実の地理情報から本編当てはめをすれば少なくともバアルーク、バルテロッサ、ロイオティア、ナーガプール、ウンデルバルト(の半分)は同じ言語が使えるイメージです。あくまでイメージになりますが結構末端の田舎っぽいバアルークとロイオティア、都会であるナーガプールとバルテロッサと同じ言葉が通じるのはかなり安心なのではないでしょうか。のこりの街にしても、ナーガプールに従うとみられるゴールやさらにすすんだ都会でアカデミーの本部や支部のあるエリュシオンやセラパレス、学術の栄えているメルフィナで(たぶんパグズ達の通っていた学校もここだと考えると)共通語が使えないというのはかなり考えにくいです。もちろんアスラムはセラパレスと他国の緩衝地帯のような感じですから、共通語が使えると考えます。悲しいことに立場が弱い=必要に迫られるということになりますので。 このように実際の世界の事例を借用すると、どの街に訪れても道具を買ったり武器を作ったり傭兵を雇ったりするのには困らなさそうです。ですが、会話のできるキャラのなかで傭兵稼業や商売をしていない、いわゆる共通語を使う必要にせまられていなさそうな存在もわずかながら残っています。商売をしていない子供といえばいいでしょうか。(よく街の入り口あたりに立っていて道案内をしてくれる感じのバルテロッサのパブの娘タイプの色違いモブの少女たちは商売をしているものとします)そもそもメインキャラでありながらラッシュとイリーナ自体がこの商売をしていない子供に入ってしまいます。しかも、へき地に暮らしていて序盤の田舎者描写のこともありかなり怪しい存在です。そこでまずこのふたりについて考えてみようと思います。 前提としてラッシュとイリーナは幼いころにユラム島に引っ越してきています。そして、ユラム島で使用されている言語は明確になっていません。ほかの島民たちも共通語を使っていれば問題はないのですがそこはなんともいえないため、仮にふたりがユラム島民と話すときに現地語を使うにしてもそれに加えて共通語を使える状況というのを考える必要がありそうです。 ここでふたりの家庭、サイクス一家について考えてみます。母親のマリーナはナーガプールで育ち、先代公オズワルドに見いだされ十分な教育を受けて……という設定があります。父親であるジョンについては出身地がはっきりしませんが、フレーバーテキストを拾うかぎり少なくともマリーナと同郷という感じではありません。また、夫妻の働くアカデミーでは様々な地方出身の人材が働いており、確実に職場では共通語を話す環境にあるため、夫妻はふだん共通語で会話をしていると考えられます。そこから、エリュシオンでの業務が多忙でほとんど家を空けているあの夫妻がユラムの現地語をマスターしている可能性と、わざわざユラムの家にいるときは現地語を使うというう可能性を掛け合わせるとない訳ではないでしょうがこれは考えにくく、やはり一家の会話も共通語を使っていると考えた方が自然です。なんなら、面倒くさいのと教育も兼ねてのスパルタ式に家では共通語を使わせているというパターンまであります。なにせ、夫妻は「勝手なひとたち」ということですので。そう考えるとラッシュのディスりの語彙が妙に豊富な理由さえうっすらと説明がついてしまいそうですね……。 というわけで、ラッシュとイリーナについては商売はしていないにしろ、同じく必要に迫られて共通語を使うことができていると考えてもおかしくはなさそうです。 つぎに、他の商売をしていない子供について考えてみます。対象となるモブは全部で6人だったはずです。実はこちらは3パターンに分かれます。セラパレスの伝説を教えてくれる子供、バルテロッサのトウテツに憧れる子供、メルフィナの騎士と乙女の話をする子供の3人については、商業区画にいるため商人の家族である可能性が高く、また知識欲というよりも教える欲があり、共通語を習得しているのは自然なように思えます。次のカテゴリのボルゾンクエストの大きな坊ちゃんとデリアンのイベントで出会うメルフィナの子供ですが、彼らはフレーバーから平民ではなく貴族階級に属し、そのため共通語の教育を受けている可能性が高く、旅人であるラッシュたちと会話するときには共通語を使っていると思われます。 最後の子供なのですが、バアルークでホーワンゲールを見ている子供です。これがなかなかやっかいです。バアルークという街は商売っ気がなく、外からの旅人もほとんど寄り付かない印象です。さらに、この子供は店から離れた村のはずれにいます。しかしながら、この子供には共通語を学ぶ強烈な動機があります。そう、ホーワンゲールです。詳細な事情はわからないものの、ホーワンゲールは神祖皇帝とただならぬ因縁があり、古代世界の中心に居たため共通語でなくとも近い言語が話せるのでしょう。またああいう性格なので共通語以外の言葉を学んだりはしなさそうで、そうなるとあの子供は一心にホーワンゲールと意思疎通したいがために勉強をするというわけです。まあ、勉強したとして意思疎通できる相手ではなさそうですが……。 という訳で、今回もちょっと無茶なシステムまわりのことについて無理やり考えてみた訳ですが、これは結構しっかり現実的な説明がついたかな、と思います。それでは、また何か思いついたときにでも。
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【開催中】
東京駅に着いたのは昼時で、駅近の飲食店には勤め人が行列を作っていた。貴重な昼休みに、みんな嫌な顔一つせず。一歩引いて眺めれば、街じゅう、無駄な情報、無駄な商品で溢れかえっている。駅周りの人流もめまいがしそう。海外からの旅行者も激増しているせいか、びっくりするほど大きい声を出す、駅員、道路の誘導員。自然にそうなるんだろうな。人がたくさん集まるところほど、無駄がたくさん集まっている。人間は無駄が必要な生き物なのだ。でも最近は、そういうのがなんとも愛おしく思えたりする。人間らしいというか。こういう中からこそ、新しく生まれてくるものがあって、みな同じ瞬間のない、かけがえのない日々を繰り返している。なら無駄ってなんだろう? 人の少ないのどかな土地の自然は、合理的で美しい。でも、人が密集する土地の自然(広義)にも、複雑な面白みと、やっぱり、なんとも言えない美しさがある。
在廊日。展示レイアウトはby 葉月ホールハウスさん。 今回展示されている6人の作家、どこか知らない、たった一つの時空からやってきたような人たちばかり。ブライアン・メイソン氏以外は皆知り合い。人によっては十年来(滅多に会いませんが)。お元気そうで、嬉しくなった。観に来られる方々も、なんだかそんな不思議な人たちが多かったような… 展示にご協力くださったり、早速ご来場くださったみなさま、ありがとうございます。
11/3にコンサートのある島崎智子さんの音源を聴かせていただいた。上のアルバムのレコーディングはここでされたのだそう。ほうぼうより噂にも聞いていたけれど、本当に…なかなかクセ強な、魅力的なアーティストさんだ。音楽にとどまらず、個性派劇団の芝居でも見たような気分。でも、ピュアで、どこか郷愁もあり。ここ数日くどく��考えていることがあったのだけど、聴いているうちになんだかどうでも良くなってしまった 笑。これはライブに行けると良いな。来月、色々と余裕があるかどうか…むむ
今回の「影凛所」シリーズは、テキストフルバージョン付き。昨年の個展時はあいまいに、3行程度のメモを置いておくのみでしたが、やっぱり、はっきり添えることにしました。読みたい方は併せてどうぞ。同シリーズの他作品のシートも(全てではありませんが)お預けしてありますので、見たいとお申し付けくだされば、岩河さんが奥の部屋から出してくれます。
openは、 11/23までの”木金土” 13:00〜18:00
です。
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横浜周辺の歓楽街。略称は「異人町」。初登場は『龍が如く7』。 モデルは横浜市西区・中区で、その内の桜木町と日ノ出町から、名前の由来である伊勢佐木町までを織り交ぜたような街並みになっている。シリーズお馴染みの歓楽街である東京・神室町の3倍近くの広さを誇り、9つのエリアに分けられている。
伊勢佐木異人町 (いせざきいじんちょう)とは【ピクシブ百科事典】
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「島袋道浩 音楽が聞こえてきた」展
BankART Station で「島袋道浩 音楽が聞こえてきた」展を見た。“1990年代初頭より国内外の多くの場所を旅し、そこに生きる人々の生活や文化をみつめ、新しいコミュニケーションやアートのあり方に関する作品を制作してきたアーティスト“(展覧会の紹介文より)による、音楽関係者とのコラボレーションなど音楽にまつわる作品を集めた個展である。
会場はふたつに分かれており、無料で入場できるほうのスペースには《白鳥、海へゆく》と題された作品が展示されていた。白鳥ボートに乗って川を下り、海まで行く様子が記録されている。
もう一方のスペースにはたくさんの作品が並んでいた。音が混ざってごちゃごちゃにならないよう配慮されており、ヘッドホンを装着して聴くようになっている作品もあれば、スタッフがタイミングを見計らいながら手動で再生を開始するものもあった。
空き缶に落ちる水滴の音に着想を得たシリーズの最新作、この展覧会のために作られた《横浜、音楽が聞こえてきた》。
ずっと音が鳴っているわけではなく、たまにポツンと雨漏りのような音がするだけなので、しばらく耳をすませていなければならない。
《キューバのサンバ リミックス》。下の写真はカシンとアート・リンゼイによるリミックス。床の近くの小さいモニタに空き缶が映っており、水滴の音に合わせて2人が演奏する様子が両脇のモニタに映る。
《キューバのサンバ リミックス》、野村誠によるリミックス。こちらは映像無しで音だけが流れる。
《シマブクのフィッシュ・アンド・チップス》では、水中で未調理のジャガイモと魚が出合う。シュールというほかない。
すぐ上の2枚の画像には不鮮明ながら魚が映っているのがおわかりいただけるだろうか……。
《ヘペンチスタのペネイラ・エ・ソンニャドールにタコの作品のリミックスをお願いした》。タコは凧🪁でなく蛸🐙。
スクリーンの映像は左右に分割されている。左には島袋がタコ釣りをしたりタコを見物人に見せたりタコに東京観光をさせたりタコを海に還したりする様子が映る。右半分ではペネイラ・エ・ソンニャドール(島袋がサンパウロに滞在中ファンになったというミュージシャン2人組)が街頭で島袋とタコについての歌をうたう。
《音楽家の小杉武久さんと能登へ行く(桶滝)》(2013年の作品なので先の大地震とは関係ない、念のため)。小杉が、たまたま拾ったアルミの洗面器と崎陽軒のシウマイ弁当に入っていた醤油入れを使って、いろいろな音を出しながら歩く。
以下2枚は展示とはまったく関係ないが、会場内の配管がちょっとよかったのでついでに撮影。
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