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#持ち込み車両オッケー
assy1210 · 2 years
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(実録・出ヨルダン記1) ヨルダン旅も終盤 運転手が元のホテルに届ければいいかを ツアー客それぞれに口頭確認していく 私はインターネットで申し込んだ通り 「空港までの送り届けサービス」を申込済み 死海を出たのが1730過ぎなので クイーン・アリア空港2105の便には 十分間に合うスケジュールだ ところが、地中海海抜ゼロmあたりで 「シンイチ、シドニーでいいか?」と運転手 あれ? 何スットボケてんの? 昨日ピックアップしたシドニーホテルに 降ろそうとしている 「空港で降ろしてくれるってヤツ  お願いしたじゃん」と、私 運転手「残念だがそれはできない  アンマンの市街地から、バスとか  タクシーとかで行ってもらうしかない」 そういえば同行してるフィリピン女Bとも ご飯食べてるときに話していた 「空港まで送るサービスって申し込んだけど  サービスって、この国だとおカネ取りそだよね」 思った通り… というか、まさかの放置… タクシー代が高いことは、来る時に十分存じ上げているので 「途中ルートの空港に近いところで  降ろしてください」とお願いする もう市街地まで行ってたらタクシーでも 間に合わないし、バスなんてその数倍掛かる しかも、変なところに止められるリスクも知っている しばらく進むとクルマは止まり、 「ここで右に曲がって進むと空港だけど  タクシーを捕まえるのは凄く難しいよ」 ビュンビュン飛ばしているジャンクションなのでそりゃそうだ 困った顔をすると代替案 「いちばん近くのタクシー拾えそうな  広場で降ろすってのはどうだ?」 大きくうなずくフィリピン女B 私も「わかった」と同意を表明 クルマはさらに10kmくらい進み、 タージグループの大型ホテル前へ やっとだが、ありがたいことにタクシーが 何台も停まっている Googleマップでは空港まで20km以上… まあ、出発2Hは切るけど、なんとかなるかなと思いつつ 歩行者信号のないジャンクションを横切って ホテル前のタクシー溜まりへ ここも歩行者信号のないジャンクションなので 荷物持って渡るだけでド緊張なのだが たまたま道を一緒に渡るおじさんから 「なんか困ってる?」と優しく声が掛かる 「空港に行きたい」 「それならタクシーで20ディナール  (約4,000円)だよ  わかったかい? 20だからね」 ありがたい情報だ 早速タクシー溜まりを仕切っている クレイジーケンバンドみたいなおっさんに 「空港まで」と声を掛ける するとおっさんは「こっちおいで」と誘導 トランクに荷物を入れると、彼は運転席に座った 誘導員じゃなくてドライバーだったのか… 席に座る前に料金を確定させたい「いくら?」 「25ディナール」とドライバー ググっ… さっきの情報より吹っ掛けてる… しかも1,000円も… ・ちょっとだが急いでいる ・さっきまで死海に入ってて疲れている ・そうでなくとも昨日は13kmのトレッキング ・何しろずっと弾丸日程 あ、そうだ… ・さっきツアーの運転手に昨日のお弁当代と  死海プライベートビーチ代払った残りが  ちょうど25ディナール… ・交渉したら「俺の話を聞け」と言ってきそうな佇まい いろいろな理由が符合して もう交渉するのがイヤになってしまった 「オッケー」とバックミラー越しに笑顔を返し 前金として25ディナール(約5,000円)支払い もう現金がこれだけしかないと宣言する Googleマップでは空港までの行程20kmちょっと 夕刻の郊外はちょっと混んでいて 出発1.5H前の1930くらいを覚悟する 来る時に乗った、全財産AirTag追跡タクシーはかなりポンコツで、 左の内側からは扉が開かないなど、不具合も多く、 メーターは付いているものの、客に見えるように設置もされていない いま考えるとなんだか犯罪の香りもする車両だった いっぽうクレイジーケンバンドは、同じイエローキャブで 外からのデザインは変わらないものの さすがタージホテル御用達なだけあって、ピカピカだ 内装もしっかりしていて新品 あら… よく見たらメーターが付いていない… もしかしたら時価の寿司屋みたいなヤツ? 前金でよかった… 斯くしてタクシーは出発 Googleマップとは180°逆に山を登って かなり心配したが、どうやらホテルの周りを 一周回って空港への道に出るのが作法のよう そこから大通りに出てホッとすると 「頭文字D」あたりがヨルダンで流行ってるのか 狂ったようガンガンすっ飛ばして、 出発ロビーには結局1900ジャストに到着した この時は「やっと帰途… 」と思っているが タイムマシンがあったら指摘してあげたい ここからがシリアスと… #ヨルダン #アンマン #タクシー (Zero Level Jordan) https://www.instagram.com/p/CpL4jbRy1cg/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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jewel-cars · 3 years
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持ち込みのお客様のちょい上げリフトアップのお仕事です。 こちらのエブリィ完璧な車中泊仕様になっていました! ありがとうございます♪ #jewelcars #ジュエルカーズ #長野市 #持ち込み車両オッケー #ちょい上げ #suzukievery #スズキ #エブリィバン #xtremej #yokohamageolandar (Jewel Cars) https://www.instagram.com/p/CTOwCB8PTWl/?utm_medium=tumblr
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na-mmu · 3 years
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BACK TO WEST   3   - Geraskier modern AU
Chapter 3 旅の始まり
「いや…大したことじゃないんだ…大丈夫…」  財布とスマートフォンを失ったショックで歩道にしゃがみ込んでいたヤスキエルは、白い髪の男に手を貸してもらいながら立ち上がった。顔から出ている涙とも鼻水ともつかない液体を、花柄のプリントシャツの端で拭う。ズズッと鼻をすすった。 「ありがとう…大丈夫…全然大丈夫だ…」  鼻声になっていた。しばらく下を向いて息を整え、落ち着いたところで顔を男へ向けた。 「全然大丈夫じゃない!」  勢いよく顔をあげたせいで、また鼻水が出た。ズッと鼻を吸い上げると、白髪の男は可哀想なものを見るような目で、持っていたタオルをヤスキエルに渡してくれた。 「…ありがとう」  受け取って鼻をかむと、ライトグレーのタオルからは優しい洗剤の香りと太陽の匂いがした。少しの間、タオルに顔をうずめていた。 「…ふー」  タオルから顔を離し、息を吐きながら空を見上げると、見た事のない鮮やかな鳥が空を飛んでいるのが見えた。さっき聞こえた鳴き声は、あの鳥のものかもしれない。  少しすっきりした気がして、顔を男の方へ向けた。 「落ち着いたよ、ありがとう」 「そうか、良かった」  男が小さく笑んだ。  日の下でその白い髪の男をあらためて見ると、やはり信じられないほど整った顔をしていた。目元の彫りは深く、しっかりとした顎と通った鼻筋が美しい。まるで大英博物館に展示されているギリシャ彫刻が、そのまま展示室から動き出してきたようだった。もしミケランジェロがこの男を一目でも見たら、その手から創り出す人物の彫刻はすべてこの男と同じ顔になってしまいそうなほど完璧な顔立ちだ。うっすらと生えた髭が野性的で、その端正な顔と絶妙なバランスを保っており、黄色みがかった珍しい虹彩をもつその瞳は神秘的ですらあった。一見、白に思えるその長く柔らかそうな髪は、光の加減で銀やグレーにも見える。逞しい腕の筋肉と、厚い胸板が黒いシャツ越しに窺え、ボタンを二つほどあけた胸元から見える胸毛がセクシーだった。 「で、どうしたんだ?」 「あっ、いや、その…」  すっかりその男に見とれてしまっていた。  目の前の男に自分の哀れな状況を訴えようとした時、ぱさりと何かがヤスキエルの足元に落ちた。音のした方を見下ろすと、それはヤスキエルのパスポートとロンドン行きの航空券だった。風に飛ばされた五ポンド札を追いかけようとした時、無意識に尻のポケットに入れていたのだろう。それが落ちたようだった。 「良かったぁ!」思わず大声をあげると、ヤスキエルは飛びつくようにパスポートと航空券を拾いあげた。「君たちは残ってくれたんだな、ありがとう!良かった!ほんとうに良かった!」   今さっきまで地面に落ちていたことも気にせず、天を仰ぎながらワインレッド色のパスポートに何回もキスをした。 「…大丈夫、なんだな…?」  男は少し訝しそうな顔をしながら、ヤスキエルに聞いた。 「え?ああ、うん、ありがとう!大丈夫だ。いや、ほんとは全然大丈夫じゃないけど、まあとりあえず大丈夫だ」  ヤスキエルは手をひらひらと振りながら、男へ笑顔を向けた。  ひとまずロンドンへ帰るために必要なパスポートと航空券が無事で良かった。正直なところ、この東海岸からオーストラリア大陸の正反対に位置する西海岸のパースまで、どうやって二週間以内に辿り着けば良いのかは分からなかったが、なんとかしてパースの空港に着きさえすれば自分の国へ帰ることは出来る。どうするかはこれから考えようと思った。  ふと、男が手にドライバーらしき道具を持っているのが目に入った。 「あー、僕のことはいいけど、君は何してるんだ?何か困ってるなら手伝うけど?」  ヤスキエルの視線に気付いた男は「ああ…」と手元の工具を見た。 「俺は、車を修理していたところだ。後ろのタンクが水漏れしてたからな。もう治ったから問題ない」  男は自身の後ろを親指でさした。そちらへ目を向けると、大きな白いバンが男のすぐ後ろに停まっているのが見えた。さっきまで自分のことで精一杯で、その大きい車がすぐそこに停まっていることに全く気づいていなかった。白いボディの下側に黒のラインが入ったその車は、通常のバンと比べるとかなり奥行きがあるようだった。どことなく、使い古した感がある。 「これって、キャンピングカー?」 「ああ、そうだ」 「格好良いね。旅をしてるんだ?」 「いや、今から旅に出るところだ」 「ふーん、そうなんだ。じゃあ君はこの街の人なんだね」 「いや、違う。シドニーは仕事で来ただけで、普段は別の場所に住んでる。休暇を取って、このバンで旅行しながら帰るつもりだ」 「いいなあそれ!キャンピングカーでホリデーなんて楽しそうだよ、憧れるなあ。どれくらい旅する予定?」 「十日ほどだ。家がパースの近くなんだが、ちょうどシドニーからだと大陸を横断する形になる。せっかくだから、ウルルに寄ろうかと考えてるところだ」  男はその少しくたびれた車体に手をついた。 「こいつは買ったばかりの中古車だが、まあなんとか走ってくれるだろう」  そう言いながらヤスキエルの方へ顔を向けた男は、訝しそうにその黄色い目を細めた。 「…どうして、そんなに笑顔なんだ?」  ヤスキエルの薄い唇はきれいな三日月のように、にんまりとしていた。  訝しげな顔をした男を尻目に、ヤスキエルはミュージカルでも演じるようにくるりと回転しながら移動すると、男の後ろへまわった。バンに片手をつくと、空いた手を優雅に広げる。 「人助けをしたくないか?」   男は訝し気な表情のまま、厚みのある逞しい体をヤスキエルの方へ反転させた。 「…誰の?」 「僕だ」  ヤスキエルは歌うように答えた。更に手ぶりをつけながら続ける。 「このうるわしい哀れな青年は、彼の命綱となる財布とスマートフォンを、シドニーの街にはびこる凶悪なゴミ収集ロボットカーに今しがた奪われてしまったところだ。無一文になった上に連絡手段も断たれて、手元にあるのはパスポートと、二週間後にパースを出発するこの飛行機のチケットだけになってしまった」パスポートと航空券を持った手を仰々しく天に掲げ、もう片方の手をドラマチックに胸にあてた。「そして、なす術もなく打ちひしがれていたところに、君が颯爽と現れた。偶然にも君もパースに向かうというじゃないか。もしここで、君がほんのちょっと、ほんのちょっとだけこの可哀そうな青年に情けをかけてくれれば、二週間後には飛行機に乗って自分の国へ帰ることができる」  ヤスキエルは優雅なしぐさで今度は両手を広げると、笑みを見せながら男の顔を見据えた。 「さあ、助けたくならないか?」 「…つまり、俺のキャンピングカーでお前をパースまで連れていけというのか?」 「その通り」  ヤスキエルはウィンクをした。  男は首をかたむけ、ヤスキエルを見返すと口を開いた。 「…その前に、電話を貸してやるから家に掛けて事情を説明したらどうだ。ウエスタン・ユニオンを使えば海外送金してもらえるぞ」  ヤスキエルは広げていた手をおろすと、目をくるりと回した。 「あー…実はいま、うちの家族もホリデーで家を空けてるんだ。みんなでポーランドのおばあちゃんの家に行ってる」 「じゃあ、その祖母の家に電話を掛ければいい」 「誰が自分以外の家の電話番号覚えてるっていうんだ?全部スマホが記憶してくれるじゃないか。まあ…そのスマホは今この街のどっかを走ってるロボットカーの中だけど」 「なら、そこにある図書館に行け。無料で使えるパソコンが置いてあるから、それでFacebookでもなんでも使って家族か友達に連絡すれば良い」 「ログインパスワードを覚えてないよ。というか今はなんでも二段階認証だから、どっちみちスマホがないとどのSNSにもログインできない」  男は目を上へ向けながらため息をつき、バンに手をついた。 「お願いだ、この青いつぶらな瞳の、哀れで無力な青年を助けてくれ」  駄目押しで続ける。 「じゃないと僕はこの見知らぬ土地でのたれ死ぬかも…」  懇願するような表情で、男を上目遣いに見た。  男は少しの間ヤスキエルを見つめ返していたが、顔を下へ向けると再度ため息をついた。片手をバンに置いたままもう片方の手でその白い髪をかき上げ、ヤスキエルへ視線を戻した。 「…ギブアンドテイクだ」 「…うん?」 「乗せて欲しければ、お前も何か役に立つことをするんだ」 「オッケー…わかった。まあ、そりゃそうだよね。何をすればいい?」 「料理はできるか?」 「うーん…あんまり。でもパンケーキなら最高においしいのが作れるよ。ふわっふわのやつ」 「三食パンケーキはごめんだ。…車の運転は?」 「できる!免許を持ってないけど」 「それだと意味がないだろ」  男は少し考える素振りをした。 「じゃあ、車のメンテナンスなんか……出来る訳ないな」 「まったく知識はないけど、手伝いなら任せて。前に自分で自転車のパンクを修理したことがあるんだ」  ヤスキエルは得意げに言ったが、そんなことで説得されるわけがないというように、男は鼻から唸り声を出した。  沈黙がおり、またさっきの鳥が鳴いたのが聞こえた。  その時、ふと男の後ろに視線を向けると、遠くの方で路上に放置されているヤスキエルの荷物が目に入った。ゴミ収集車がお気に入りのKANKENのリュックを連れ去ったその場所で、取り残された大きいバックパックと、その上の薄茶色のギターがじっとしていた。  ヤスキエルは男へ視線を戻すと、自信��満ちた顔でにっこりと笑った。 「あと、歌が歌える」 「…音楽は聴かない」 「じゃあ、移動しながら路上で歌うよ。それでガソリン代を稼ぐのはどう?」 「どうだろうな。うまくいくとは思えないが…」 「君は僕の歌を聴いたことないだろ?僕がどれだけ才能に溢れてるか知ったら、君も納得するよ」  ヤスキエルは口の両端をこれ以上ないくらいに持ち上げると、男を見た。  男はバンに手をついたまましばらく考え込んでいたが、小さくため息をつくと観念したようにヤスキエルを見返した。 「…分かった、乗せてやる。お前の才能は知らないが、その得意な歌で少なくとも自分の飯代は稼ぐんだな。あと料理を教えるから、お前が飯を担当しろ」 「ああ!ありがとう、完璧だ!」  ヤスキエルは男に抱きついていた。 「君が良い人だってことは会った瞬間から分かってたよ。それに、僕といれば楽しい旅になること間違いない。パースに着く頃には、オーストラリア紙幣で僕のポケットはいっぱいになってるから、君にフルコースの料理を奢ってあげられる!僕と一緒に旅をして良かったって絶対に思うよ」  更に男を強く抱きしめた。背に回した手から、黒いシャツ越しに男の鍛え上げられた筋肉のなめらかさを感じた。ヤスキエルの頬に男の柔らかい白髪が触れ、ハーブのようなシャンプーのかすかな香りと、ほんの少し汗の匂いがした。 「分かったから、離れろ」  男はうっとおしそうに、体にまわされたヤスキエルの腕を引きはがした。 「さっさと荷物を取ってこい。すぐに出発するぞ」 「ああ、今すぐ取ってくる!」  ヤスキエルは荷物のほうへ走り出した。先ほどまでの絶望的な気持ちが噓のように消え、信じられないほど心がワクワクしていた。  あの白い髪の男とこれからキャンピングカーで旅をするのだ。しかもこの旅の一番の目的だった、あの大きな一枚岩のウルルも見に行けることになった。これまでの旅で作った歌を道中で歌って、自分自身が称賛のコインを得るに値するアーティストなのか試す機会も得られた。本物の吟遊詩人になったみたいだ。  ヤスキエルは自分の荷物の前までたどり着くと、バックパックを背負い、ギターを手に持った。  つい十五分くらい前にこの場所で、間違いなくこの旅の生命線だった財布とスマートフォンを失ったけれど、そんな事は些細な出来事のような気がした。  空を見上げる。  相変わらず太陽は、元気な光を地上に降り注いでいる。  さっき見た鮮やかな鳥が、何羽も沿道の木にとまっているのが見えた。ヤスキエルを囃すように高い声をあげて鳴いている。  こんなに心が弾むような気持ちは初めてだった。  笑顔になるのを抑えられず、ニコニコとしながら男の待つ白いキャンピングカーの方へ歩いていくと、男は車体の横に屈み何かやり残した作業をしているようだった。ヤスキエルはバンに手をついた。 「よろしくな、ローチ」  そう言って、車体を励ますように叩く。男が立ち上がった。 「ローチ?」 「この車の名前だよ」 「車に名前はつけない」 「でもここにそう書いてある」  ヤスキエルはキャンピングカーの脇腹に貼られたステッカーを指差した。幅十五センチメートルほどの黒色のステッカーには、ちょっとくすんだ赤色でROACHと印刷されていた。ヘビメタを思わせるようなゴシック体だ。 「バンドステッカーかなあ、これ」 「前の持ち主が貼ったんだろう。俺じゃない」 「いいじゃないか、ローチって。かわいいよ。この車の名前にぴったりだ。名前をつけた方がもっと愛着が湧いて良いと思うけど」  ヤスキエルはイタズラっぽい笑みで男を見た。男は、鼻から唸るような音を漏らすと「…好きにしろ」と言って、キャンピングカーのドアを開けた。乗り込もうと片足をかけたところで、ヤスキエルを振り返る。 「そういえば、お前の名前を聞いてなかったな。なんて言うんだ」  ヤスキエルは目線をステッカーから男へ移すと、笑顔で答えた。 「僕は、ヤスキエルだ」顔に笑みをのせたまま聞き返す。「君は?」   片足をステップにかけた姿勢のまま、男は尖った八重歯を見せると、 「ゲラルトだ」 と言い、その白く長い髪を揺らしながら、キャンピングカーに乗り込んだ。  ヤスキエルも男に続いて勢いよく飛び乗った。  二人の旅が、始まろうとしていた。
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harinezutaka · 3 years
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一年前日記25(2020年6月17日~6月23日)
6月17日 だらだらしがちだったので、午前中に買い物に行こうと思い、ついでにモーニングにも行った。平日の喫茶店のモーニングに行くと、自分の感覚が15年ぐらいギュイーンと戻される感じがする。世の中は自分が思うほどそんなに進んでいないんだな。このギュイーンは、時々意識的に経験しにしかないといけないなと思う。お昼はサーモントロ丼の温玉のっけ。朝のコーヒーは違うかったみたい。胃がイヤイヤと言っている。俳句の選句。食べたものや飲んだものの句ばかりで楽しい。夜ご飯は、蒸し鶏、中華風コーンスープ。お風呂に入ってから、アマヤドリさんの動画を見ながらゆっくりストレッチをした。
6月18日 午前中、掃除。自分で作っていたコロナの感染者数の表を久しぶりに更新した。近くではほとんど増えていないみたいだけど、時々チェックするようにしよう。4月ごろに作ったこれから起こり得るだろうことの一覧には3つぐらいのチェックが入って止まっている。次あるとすれば、「死者が1000人を超える」だろう。夜は友達とご飯。4月ぶりかな。美味しいとうわさの貝のラーメン屋さんへ。美味しかった。近くに遊びにきた友達はここに連れていけばいいんじゃないだろうか。車じゃないとなかなか行きにくいところだし。
6月19日 いつもの2人組の1人、最近はアイスコーヒーになっている。って16日にも書いてるじゃん。すっかり忘れていた。大丈夫か私。今日の仕事は自分のペースでできた。帰り、実家に寄る。母は米を買いにスーパーへ。父に父の日のプレゼントを渡す。Tシャツ。喜んでくれた。お菓子を食べながら雑談。家族っぽい。やっぱり父がすごく変わったと思う。母も穏やかになった。「これ持って帰り」とイカをくれた。夜ご飯は、とんかつ、キャベツと油揚げの味噌汁。健康診断の結果が返ってきていた。心電図とコレステロールがB判定だった。心電図はいつもひっかかる。コレステロールは善玉が高いので、あまり気にしてなかったんだけど、今回は総コレステロールも高めだからちょっと良くないのかも。前の日にクレープとか食べてたしな。反省。ちょっとひっかかっただけで、めちゃくちゃビビってしまって気をつけようと思うのに、親とか見てるといっぱいひっかかって薬飲みながらも、わ���と好き勝手に生きてるのってすごいよなと思う。喉元過ぎればってやつなのかしら。そして人間って結構しぶといのなって思う。
6月20日 カウンセリングに行く。来院で予約を取ったつもりだったが、基本的に今はオンラインらしい。先生は病院にいたので、急遽対応してくださる。ボード越しに前回からの気づきなどをひと通り話した。自分の傷つきに鈍感だったことで誰かを傷つけていたんじゃないかと思うと話すと、「別に傷ついてないんじゃないですかね。その人」と言われた。そうなのかな。もっとシンプルに「自分が傷ついた」と言いたいのかもしれないな。何かそれを邪魔しているものがあるんだろうな。確認すると今回で7回目らしい。もう話したいことは特になくなった感じ。それでも来てもいいのかと聞くと、全然オッケーらしい。何でもない雑談のなかに気づきがあることも多いとか。少し間隔を空けながら続けてみようかな。お昼はティムマッマの新店舗へ。ひとり火鍋が食べられるお店。ティムマッマは学生時代に岡本の市場にあった時代から大好きなお店。あそこから手広くやられていてすごいなあ。今回は商業施設の中でお酒も飲める。しっかり落ち着ける雰囲気もあり、さすがだなあと思う。一人鍋というコンセプトも今にバッチリハマっているし。いろんな時間帯に行ってみよう。その後KIITOの『イスイズサイズ』展を見に行く。いろんな人に合わせた椅子がたくさん。家具をデザインするって楽しそう。これだけ世の中の変化が激しいと家を建てるのもなかなか難しいが、椅子ぐらいならこだわってお願いしてみてもいいかもなあ。健康のためにも座り心地は大切だし。図書館で予約していた本を受け取って帰宅。本はめちゃくちゃ重かった。夜ごはんは、イカとズッキーニを、サッと茹でてごま油とレモン塩で味付けしたやつ、ハムと玉ねぎ入りのリゾット。どちらも美味しくできた。今日の太田さんは佐賀へ。太田さんもイカを食べていた。来週からは野球なので中止のとき以外はお休みになる。今日も暑いは暑いが爽やかな日だった。コロナで時間の感覚もおかしいうえにこんなに爽やかだとまだ5月みたいな気がする。ネットで「ひょうたん」の閉店を知る。神戸の街の景色みたいなお店がなくなってしまうのは悲しいな。
6月21日  日曜日  読書とちょこっと掃除。お昼ごはんを食べながら、『野ブタをプロデュース』を見る。最終回の前の回。ぐぐぐっと引き込まれる。夕方、父から連絡。晩ご飯を食べに来ないかと。急だなあとか、何でかなとかいろいろ思い少し葛藤。父がそんなこと言うのも珍しいし、結局行くと返事をした。夫も義実家に父の日を渡しに行くことになった。5時ごろ向かう。特に何があったわけでもなく、父の日のごちそうだった。姉が送ってくれたローストビーフを温めて切る。他にもうなぎやお寿司、サラダなど。今日はお酒も解禁していた。昔の話をたくさん。母にとっての昔の話は母の小さい頃の話。大変だったけど楽しかったんだろうな。そういえば、自分が小さい頃の話とかはあまりしてもらったことがないな。だからずっと記憶がぼんやりしたままなのかも。今思えば、両親ともに、ACだったんだろうな。そういう時代の人なんだろう。明るく振る舞いながらも、ずっと我慢してきたしんどさの歪みが今出てきてるんだと思う。8時ごろに帰る。自分の気持ちを優先すれば「行けないと断わる」だったのかもしれないとそうできなかったことに悶々としていたが、行ってよかったなと帰り道には思った。純粋に会話が楽しかったし、自分が子どもの役割を演じている感じがしなかった。すぐに巻き込まれずに、一度考えて、その上で行こうと決めたんだからそれで良かったんだろう。「断わるほうが正解」で正しいほうを選ばなくちゃというのは、自分の考え方の癖だと思う。ややこしいけれど、本当は行きたかったから行っただけなのかもな。って、これも自分の納得するストーリーを作り上げてしまってるのだろうか。むむむ。湿気もなくて涼しい爽やかな週末だった。
6月22日 まあまあ天気も良かったので布団を干した。気になっていた網戸の掃除もする。あとはクレジットカードの変更手続きとかメルカリの出品とかもろもろ。お昼からは音楽をかけながらの野菜仕事。玉ねぎをひもで吊すのを初めて自分でやってみた。YouTubeを見ながら。夕方、ドラッグストアとコンビニへ行く。夜はカレー。最近カレーの作り方が固まってきた。香味野菜と肉を炒めたところにスパイスいろいろ投入、炒めた玉ねぎとフレークのルーを入れてペースト状にする、なんらかの水分と甘いものと酸っぱいものを入れて少し煮て火を止めて放置。各ステップでお鍋についた焦げかけのところを綺麗にするのも大切。夫は会社の面接で評価が良かったらしく、嬉しそうだったというかびっくりしていた。このご時世にありがたいことだな。あまりこれまで報われることがなくて何度も転職してきているが、今回の職場は今までで最長記録を更新し続けている。それでも私から見るとなかなかブラックだけど、今まで苦労してきただけのことはあって根性あるなと思う。いつもどんよりしていたので、こんな日が来るとはという感じだ。この間ジブリのプロフェッショナルを見て見たくなったと『風立ちぬ』のDVDを買っていた。私もとても好きで二回映画館に観に行った。そのうちの一回は夫と観に行った。その帰りに結婚することにしたのだった。二人で半分ぐらいまで見る。何度も観れるの嬉しいな。
6月23日 仕事の日。お昼ご飯は、スープジャーのお粥。具材は緑豆と切り干し大根。味付けは鶏がらスープ。優しい味でばっちり美味しかった。胃腸の元気は、気持ちに繋がる。だんだん元気になってきた。本屋で雑誌を買って、カフェに寄り道。今の雑誌、リモートで作られているからかあまり洗練されてないところがとても面白いと思う。すごくわくわくする。GINZAを買いました。クローゼット特集。夜ご飯は、塩麹につけていた豚肉と玉ねぎを焼いたの。塩もみしたきゅうりをばさっとのっけた。ズッキーニと油揚げの味噌汁、煮豆、ぬか漬け。夫は仕事帰りに鍼に寄っていたので、ご飯まで少し時間があるなと思い、私は6時からアマヤドリさんのストレッチをして、頭を洗った。頭を洗うハードルが高いので、先に洗っておくと気持ちが楽。眠る前に湯船にじゃぽんと浸かり漫画を読んだ。夫も鍼の先生に「マスクが裏です」と言われたらしい。マスクの裏表に無頓着な夫婦だな。10時前には就寝する。
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komogomo-blog · 3 years
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週記1
四月五日。健さんがとうとう日本に帰った。UZUには自分とマティだけ。
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見送りから帰ってきた朝の八時、白く明るい部屋で横たわると空のベットが居なくなった事をより一層感じさせる。一年弱、一緒の部屋で寝ていたのかと思うとまた感慨深い。
居なくなる前に、やっぱり一度、ゆっくり話すべきだったと後悔もしたが、常に喋ってきたし、色々見聞きしてた事を、もう一度反芻する瞬間が多々。
目を覚ましたのは3時。目を覚ましトイレに行くと庭が少し広く感じた。
目をこすって、よく見ると、バーカウンターが取り外され、無残に穴が出来ていた。
フルフル震えながら家に駆け込み、寝ているマティに罵声を浴びせる。 外に連れ出し、これは何だと問い詰める。何だか言い訳をしてるマティアスを眺め、全身がフルフルと震え、健さんが旅立って数時間しか経っていない、健さんはまだ日本にも着いていない、短時間に問題起こすかと、半分呆れてきたところで、一旦中断し、一緒にハチャプリを買いに行き食べる。
ペガが訪ねてきた。
何だか彼女もイラついてる様子だったので、放置した。するとマティと言い合いしだす始末で、厭きれた自分は不貞寝を決め込んだ。
ロベルトがやって来る。��の定、マティがしでかした事に対して、文句を自分に言ってくる。勿論、自分の監督不足。(下っ端の自分が言える事ではないとは知ってるけども)窓口やるなら、しっかりやらないと。
ロベルトと少し話し、綺麗にするからと落ち着いて、帰ったのは夜の八時とか。 そこから始まるマティとの大喧嘩。自分の肉体で喧嘩で勝てるわけもないし、ドイツ語の口喧嘩を勝ち抜く程、頭も良くない。それでも、言い合いし続けていると、マティは彼女のところに行くと、準備し始める。このまま、積もり積もった喧嘩を放っておく事に、血も沸くどころか、通り過ぎ呆れていた。出ていくマティに「このままで彼女の所行くんやったら、もう帰ってくんな」と言い放った。マティも彼女と別れそうで、彼女から呼びつけられているようだった。 少しして、帰ってきたマティ。「彼女に今日行かないと伝えると、振られた。これ以上何を求める?」との嫌味に、ンな事知るか!てめえ���甲斐性ないからやろとまた怒り出す自分。感情が忙しい日でした。 お互いに溜まっていた鬱憤を吐き出した。上から目線でちょくちょく言ってくるが、それでもドイツ人は年下の話を聞いてくれる。というか、聞き流してる。
お互いに落としどころを見つけ、ハグして一日を終えた。 火曜日
朝、九時前にはマティが起こしてくれ、目を覚ます。 ここで一緒にやっていくのだから、朝話したり何かを一緒にする時間を作ろうと昨日決めたからだ。起こしてくれるのは大変ありがたい。
朝十時から駐車場に花壇を作るため、庭仕事。一時間半位。庭仕事の後、マホさんから電話が入り、車で近くまで来てるとの事。米を買いに行く為に車に乗っけてもらう。ジョージアについて、話を聞きながら、家に行き、お昼ご飯をご馳走になる。三時には家を去り、家に帰る。 家に帰ると渡さんがビールと焼きそば引っさげてやってきてくれる。豚肉を買ってきてくれた渡さん。健さんがいなくなって、緊張も解けた頃だろうと言って遊びに来てくれた。とても有難く嬉しかった。
そしてアイコが遊びに来た。元気か?と丁寧なあいさつをしてくる。
渡さんが焚いてくれた火を見ながら、ビールを飲んでいく。こういう時、自分は緊張する。自分は話下手で、誰とでも健さんが喋っていた。外国人の場合は、自分は通訳だった。やはり元引き籠りの自分は、会話の仕方を学ばないといけない。英語もドイツ語もジョージア語も、ましてや日本語でさえも、少し難しい時がある。
暫くすると、ロベルトがまたやってくる。
今度もいきなりマティが昨日しでかしたことに対する文句を自分に言ってくる。信用問題だとか、クソだとか。ロベルト曰く、俺は健を信用してる。でお前を信用してる。健を信用してるからだ。と、ちょくちょく頂くお馴染みのお言葉。理解してます。散々色々言われた挙句、肩パンして帰っていくロベルト。
この後ばかりは、マティも自分が何をしたのか、それが自分にどう降りかかってきているのかをようやくわかったらしい。何度も言ったのに、結局、マティは自分の事をなめている。人の話聞く振りばかりで、自分の主張を通そうとする。
お馴染みのドイツですね。
水曜日
今日は天気が良い。太陽は暑くて、家の中はとても冷えている。彼女が仕事に向かう道中、UZUにやってきた朝八時。今日は起こされるのが七時半前。一日ごとに少しずつ早く起こされるのかと、少し考えた。
彼女は楽器をUZUに忘れて仕事に行き、九時から十時半まで庭仕事。十一時半になると、彼女から電話がかかり、楽器を今すぐ持ってきてほしいと。渡さんに置手紙を残し、楽器を持っていく。
トビリシの植物園の入り口近くのカフェに向かう。彼女に楽器を渡し、お茶をもらい直ぐに家に戻る。その後、かんちゃんとアイコが来てくれて、一緒に散歩に出る。vakeまで歩き、チョハを調べ、ピッコロでビールを飲む。アイコはそのカフェで仕事がもらえるかもしれない様だった。
家に帰ると四時半、階段の三段目をセメントで作った。これで少し整えたら暖炉横の階段は完成だ。その次はマティが解体したところを作るか、Barカウンターを奥の角の所に作るか。
バーカウンターを作るより、まず解体したところを綺麗にするのが先決かもしれないと感じている。
着々とUZUの改造を進めていくのも良いが、少しゆっくり動いた方が、色々といいのではないかと考えたり。
ロベルトが今日もやってきた。アイコとマティとアイコの弟、ワホの三人が作業していた所にきたらしい。アイコは英語も喋れる分、通訳してくれる。
それが中々色々と言われるらしく、辛そうにも見受けられた。
マティとカンチャンと自分で親子丼を作り食べて、眠りに着いた。
木曜日
今日も八時半には、マティに珈琲で無理やりにでも起こされる。感謝です。
珈琲を飲むかとお前は俺に訊いてくれた事、最近全然ないよなと、喧嘩の時に言ってから、たまに作ってくれる。
今日は健さんが帰国してからの一回目のイベント。どういった形になるのか、不安と期待と緊張でおっかない日だった。
今日は料理人のナバさんと冷やしうどんを作った。作るコストは安く上がった。
投げ銭もコストが低い分、赤字ではなかった。
暑いわりに、天気は少し曇り気味。四時には、うどんを作りに手伝いに人が来てくれ、健さんが居なくなり、UZUを知ってる人たちは、ささっと動いてくれ、安心し、色々な物事に感謝した。
それでも今日のイベントの感想は、締まりが悪い。 自分が常に準備やなんだと動き続けていたせいで、場所にまとまりがない。言い方悪く言い表すなら、皆が勝手を知らずに、自由に遊んでいる。UZUに初めて来る人が、続々と増えてきている。前までは、ビールを皆が各自持ち込んで、みんなで飲んでいたが、知らない人が増えると、皆買いたがらないのか、少なくなってきた。 それでも、古株の人らは持ってきてくれる。
この流れは、お酒でお金を取るいい機会になるかもしれない。皆が持って来なくなり、建設予定のバーカウンターが出来れば、上手いことお金が入ってくる仕組みが出来るかも。と思っている。
金曜日
今日は、連絡と渦のFacebookの管理の一日になった。何をしようか、何がしたいのか、わからなかったのもある。それとラズさんの誕生日パーティーがNozomiBarであった。
八時には起きるのが慣れてきたように思える。今日は曇り時々雨。家に引き籠ることに決め、シャワーを浴び、昼ご飯を食べ、明日のイベントについて悩んでいた。心ではラーメンをやると決めていたのだが、体と自分の甘さと、状況とで、どうしようか悩んでいた。何ラーメンを作るのか、人は足りるのか。一人で晩から翌日の晩まで耐久を抜けれるのか。色々と考えた結果、肉もベジも両方作ることに決めた。
明日、買える物で考えることにして、YouTubeで勉強する。
五時半前には家を出てBarに向かう。マティもいつもお世話になってるからお祝いしに行くと、一緒に向かう。
道中サボテンを買い、プレゼントする。
八時半には家に帰り、イベントを作り眠る。
土曜日
イベント当日、朝八時には起き上がり、生地を練る。今回は卵麺。こちらの方が良い仕上がりに持っていき易いと思っている。
そのまま、中央駅まで電車で向かい、鳥の骨、野菜、計十キロ何だかんだで買った。買い物が済み、ゾノさんと一緒に渦に帰る。前日から、手伝いますと連絡をくれた。有難い。
ここでの自分個人の問題は、説明下手。手持ち無沙汰にならないか、心配だった。実際なっていたんじゃないだろうかと思う。
四時にはスープも完成し、五時にはトッピングも完成。
ベジは味噌とタヒニで返しを作り、肉はほぼ鶏白湯のスープにチャーシューを煮込んだ醤油でオッケーとした。
麺は六時には切り終えた。
麺は細麺。卵麺で踏み込みも良かったせいか、途中で千切れたりしなかった。
途中から来た人に交代してもらい、麺を茹でる。渡さんが管理してくれていた炎のおかげで、直ぐに始めることが出来た。麺を茹でる時は沸騰した状態が大切。
それを一番上手く調節してくれるのが、とてもすごい。
かと思いきや、途中で雨が降り出す。この時ばかりは、ラーメンやるんじゃなかったと頭を抱えそうだったが、渡さん曰く、これぐらいの雨じゃ火は消えないから大丈夫だと。
そこからは雨に濡れながら、ラーメンを作り続けた。
ゾノさんとペガはホットワインをストーブで作り、アイコ、カンチャン、渡さん、自分はラーメンを作った。
協力してくれる人が固定になってきた。負担ではなかろうか。こういったイベント続きでは流石に疲れるだろうと思う。木土以外でにゆっくり気軽に立ち寄れる日を作ろうと思う。
お世話になってる感謝を込めて。恩返し程、返せる物はないが、せめて楽しんでほしい。
マティは別れた彼女と再開し、話し込んでいた。こういう時、何も彼はしない。
日曜日
今日も一日やり切った感の中、余った麺で焼きそばを作り、一日中家から出ずにダラダラと過ごした。
明日からまた一週間が始まる。
健さんがいなくなっての最初の一週間、ようやく閉幕です。
おやすみなさい。
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skf14 · 4 years
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08041926-7
なんで鍵をつけておかなかったんだあのクソ野郎、と舌打ちを溢し、こじ開けられた扉を閉めようとした瞬間、奴の足が隙間に差し込まれ、かけられた手が扉を閉めさせまいと力を込める。怯える母親が俺に抱き付いて、シャツ越しの背中にふにゃ、と柔らかい肉の感触が伝わる。人間の、女の肉だ。くらり、込み上げる吐き気に力が抜けた瞬間、奴が力の限り扉をこじ開けた。俺を突き飛ばすように部屋へ入ってきた奴は母親と俺を交互に見て、怒りをあらわにした表情のまま、俺を見下ろした。何故コイツが怒るのか、分からない。
「何、参加したいの?」
「ふざけるな。」
「出てけ。見世物じゃねえんだよ。」
「もう、一度殺してそれで十分だろ」
「お前に何が分かる。」
「俺は医者だ。お前も医者だろ。そんな当たり前のことすら説明しないと分からなくなったのか。」
「はっ、どのツラ下げて言ってんだ。てめぇでてめぇのガキ殺したの、忘れたか。」
刹那、目の前に真っ白い火花が飛ぶ。ジン、と鈍く刺さるような痛みが頬に走り、歯を食いしばって拳を握りしめる奴の姿が目前にある。ああ、殴られたのか、と、認識が後から鈍足で追いついて、乾いた笑いが込み上げた。
「お前が作り出したモノだろ。」
「......モノ、ねぇ。これ見ても言えるか、その台詞。」
最後まで何も変わらない奴に立つ気力を全て削がれた俺は、床に座り込んだままケツに入れっぱなしだったスマートフォンを操作し、写真を一枚見せた。よく分からない、と眉を潜め写真を見ていた奴の顔から、どんどんと血の気が失せていくのを、まるで映画のクライマックスでも見ているかのような気分で見ていた。要するに、興醒めだ。俺は謎を解く過程が好きなんであって、謎解き後に自己を正当化する泣き言を聞きたいわけじゃない。
「誰だ、これは、」
「お前と、エリの子供だよ。」
「クローンは、受精卵の時点で、あの時処分したはずだ。」
「もう一人いたんだよ。」
「そんな、はずは...本当に俺と、エリの...?いや、そんなはずはない、この顔、エリそのままじゃないか!!」
「お前にはどうしても似せたくなくてなぁ。」
「この子はどこにいる、」
「死んだよ。」
12歳のまま時を止めた子供の顔。画面越しに愛おしさを込めて撫でれば、いつか頭を撫でたときの髪のつるりとした感触が蘇るような気がした。そういえば後ろで怯える母親も、美しい黒髪の持ち主だった。
「アイツの話には、意図的か偶然か、足りないピースがいくつかある。地球が実験場になってから俺はアイツの技術を借りて、自分自身の過去の記憶を全て見た。」
「過去を全て...?」
「ガキの脳味噌で都合良く加工された記憶ほど、目障りなものはないからな。俺はただ事実を知りたかった。」
母親は俺の背中に隠れたまま、精神の疲労からか、うとうとと船を漕ぎ始めている。幼子のような仕草が外見とミスマッチで、脳が違和感に警鐘を鳴らしていた。
「本当に邪教にハマっていたのは、俺の父親だった。生まれて初めて見た景色は、俺を抱き上げた男が、己の顔を切りつけて溢れた血を、恍惚とした顔で俺に塗りたくる姿だ。笑えるだろ?教材ビデオみたく、父親らしい男のイカれた姿を何時間も、何十時間も見続ける母親を、俺はいつも押し入れの隙間から見てた。」
「...彼の話に、父親は出てこなかった。」
「アイツの目的は俺の過去を晒すことじゃなく、母親の話で俺を煽ることだからな。ただ不要な要素を削っただけだ。」
すっかり眠ってしまった母親は柔らかな頬を俺の肩に乗せ、すぅすぅと気持ちよさそうに寝息を立てていた。その艶やかな髪に、そっと頬を擦り寄せて、愚かにも記憶の上塗りを試みる。
「...それに、出さなかったんじゃない。出せなかったんだ。」
「どういうことだ。」
「やけに美味かった母親の手料理が記憶に残ってた。でもそれが何だったのか、ずっと思い出せずにいた。ガキ用の器に山盛り盛られた、味のしつこいオートミールみてえな謎の食い物がさぁ、すげえ好きだったの、俺。3歳頃の記憶を覗いた時、全部の謎が解けたよ。」
「まさか、」
「冷凍庫から取り出された肉の塊をお湯で戻した母親が楽しそうに叩いて柔らかくしてさ、ミキサーでぐちゃぐちゃにして、調味料かけて水入れて鼻歌まじりに煮込んでんの。湯気が立ち込める台所からは喉に張り付くような油の匂いがして、俺はテーブルでその飯を心待ちにしてた。」
口元を押さえて顔を顰める姿にこみ上げた笑いを噛み殺し、ため息を一つ。
「俺が殺すって言うのを分かってて、アイツは選択を迫ったんだ。万が一言わなくても、結局どうこうする権利はアイツにしかないからな。だから俺は、母さんを守るために、一旦ここに連れ込んだ。」
『......ディナーの時間だよ、......!』
「...呼んでるぞ。」
「分かってる。少しだけ、母さんと二人にしてくれ��頼む。」
「......分かった。5分だけ待ってやる。すぐ出て来い。二人でとりあえずお母さんを逃がそう。」
「...あぁ、ありがとう。」
ギィ、バタン。背後からは変わらず安らかな寝息。とりあえず耳を塞いでおいてやるか、と、両手で母親の小さな顔を包むように掴んで、耳を覆う。そして無音に包まれた殺風景な部屋の中、まるで胎内へ帰ったような気持ちになって、余計に吐き気が加速する。目を閉じていれば、死後の世界かと思うほどの、冷たい場所。少し経って、車に跳ね飛ばされた獣の断末魔の如く聞くに耐えない慟哭がドアの向こうから漏れ聞こえ、そして、バタバタと暴れる音、一瞬の静寂ののち、どん、だか、ばん、だかの破裂音が響いた。4コマ漫画のようなオチだ、と、眠る母親をそっと床へ横たえ、部屋を出た。
「...ひでえ有様。」
「手伝うとかないの?」
「ない。自業自得だろ。さっさと片付けろよ。」
「おっかしいなぁ、俺ボスなのに。」
リビングの床に這いつくばって肉のカケラをチマチマ拾い集めていた奴を呆れた顔で見下ろせば、奴は困った顔でゴミ箱ゴミ箱、と呟きながら掻き集めたそれを捨て、片付けていた手を拭いて椅子へと座り直した。
テーブルの上に置かれていたであろう皿はひっくり返され汁やら野菜やらが散乱してひどい有様だ。折角丹精込めて作ったのに、と言いたげな顔で唇を尖らせているが、その台詞は何よりも俺が言いたい。
「何がしたかったの、アンタ。」
「さぁ。むしろ、オッケー出したのお前じゃん。」
「このままいけば、先天性疾患もなく普通に生まれる予定だったからな。」
「それの何が不満だったのさ。お前にしては、裏もない優しい契約に見えたけど、俺。」
「アイツは?」
「俺の部下に回収されて、火葬で処理ってところかな。まごうことなき自殺だしね。」
「そうか。」
「びっくりしたよ。折角食べやすいようにしてたのにまさか俺の料理でパズル始めるとは思わなくて。」
当然の末路だろう。コイツが俺達に出そうとしていた料理は、エリを使って育てていた奴の子供だ。バラバラにして出して、食べたところでネタバラシをしたのか、食べる前にバレたのか。開きっぱなしのベランダから吹き込む風が、縺れたカーテンを揺らしていた。
「で、どうするの。」
「何が。」
「あのクローン。本物だよ。お前の真似で作ったにしては、商売出来るレベルの再現度だと思うけど。」
「そうだな。あれほど的確で、趣味の悪いプレゼントはないだろうよ。」
「だよね。よかった。」
床やら机やらを綺麗に拭き終わった奴は、よし、と満足げに見渡し、そして、俺に向き直った。
「どうするの?」
「人間が、いついかなる時もどうするか考えて行動出来る理性的な生き物だと思ってんのか?」
「少なくともお前はそうでしょ。」
「...そうだな。」
「ねぇ、俺もいていいかな。」
「アンタならどっからでも覗けるだろ。」
「近くにいたいんだ。ダメ?」
「...好きにしろ。」
彼のために用意しておいた部屋で、俺はただ、なぜ他の誰でもない彼に興味を持ったのか、ぼんやりと考えていた。広がる果てのない虚無と、抗えない焦燥感と、全てから解放されたくてこの星に来たのに、虚無と、焦燥感しか感じ取れない、まるで人間らしくない彼と今、行動を共にしている。何故なのか。
「やめ、やめて、いたいわ、どうして、和、」
「どうしてだろうな。俺はその何倍も、何十倍も、何百倍も聞いたよ。どうして、なんで、母さん、って。」
「おれる、おれちゃう、いたい、いたいいたいいたい!!!!!」
「いたかったよ、ずっと。」
様々な人間を見て、本性を試し、大実験を繰り広げたこの星で、俺は一体何を得たのだろうか。むしろ何か、失ったのだろうか。分からない。彼の足が、ボコボコに殴られて横たわる母親の肩を押さえ、彼の細い指がゆっくりと雑巾を絞るように柔らかな腕を捻っていく。ばきょ、と湿った鈍い音がしたのは、骨の耐久度の問題か、それとも、関節の限界か。詳しく見ようとは思わなかった。
「あの夜、俺は殺した恐怖で震えてたわけじゃない。」
「あれ、違ってた?」
「世界に一人になった実感で、震えたんだ。それが恐怖なのか喜びなのか、当時はわからなかった。が、結局あれは、喜びだった。幸せ、だ。分かるか?」
「分かるよ。呪縛からの解放、ってことでしょ。」
「そうだ。一人に、自由になった幸福感だ。」
でも、と、彼の口からぽろぽろ、脳を介さない子供の独り言のように言葉がこぼれ落ちていく。
「それは果たして本当に、幸福と呼べるものだったのだろうかって、俺は血塗れで倒れる母親を見下ろしながら自問自答した。答えは出なかった。殺した瞬間はただただ嬉しかったその静けさが、段々怖くなって、俺は、ただひたすら深く深く、母親を埋めた。裏山の土のむせ返るような生臭い匂いと、湿ってぬかるむ足元と、何かの鳴き声と、真っ暗闇の中で、ひたすら掘った。」
「うん。」
「そして、いつからか、人の真似をするようになった。人がどう感じどう思うのか、思考の上でしか味わえなくなった。母さんと買い物に行く、母さんとどこかへ旅行に行く、母さんと手を繋ぐ、そんな妄想すら、大多数が幸せだと判断する事象だから幸せなんだ、としか、思えなかった。」
「あの子と過ごした日々も?」
「ああ。思い描いた通りに作って、思い描いた通りに育てて、思い描いたように出来た。テレビで見た家族と、本で読んだ親子と、全て足し合わせて最適解を見つけたんだ。当たり前だ。」
「じゃあ、目の前のそれも、何かの真似?」
異形、と呼ぶにふさわしい生き物が虫の息で目の前に転がっていることに、果たして彼は気付いていたのだろうか。丁度彼が話の中で母親を埋めた時、首に食い込んでいた彼の親指が母親の喉仏を抉り出し、くぇ、だかきゅえ、だか上手く形容出来ない声と共に絶命したそれをじっと見下ろした彼は、無垢、と表しても遜色ない純粋な表情で首を傾げ、暫し考えた後、「再現。」と言った。
「最初に可愛がってた犬、確かこんな感じで捻じ曲げられてたんだ。俺の飯の残りを喜んで食べる、汚い野良犬だった。俺が唯一、名前をつけた犬だった。」
「気分はどう?」
「なにも変わらない。ゼロがゼロに戻っただけだ。」
「一人ぼっちなんだね、お前は。」
「...ふっ、ふは、はは、ははは、ふははは!」
急に笑い出す彼の気が狂ったかと目を見開い���刹那、全てを見抜くような、鋭く、そして嫌な目がこちらを刺すように向いた。
「自己紹介でもしてんのか?アンタ。」
「...どうして?」
「いくら技術に長けた星でも、知識を無限に蓄えても、一人じゃ"一人"は学習出来ないよなぁ。そりゃ。」
「何を言ってるのか、よく分からないな。」
「お前が引き連れてた部下、全部人工物だろ。」
「なんで、」
「この部屋もそうだ。使った痕跡がまるでない。わざわざ今日の為に用意したな?」
「......」
血やら体液やらが溢れ出る母だった塊を足で退かした彼は気持ちよさそうな顔で俺を見下ろした。俺は、その目をよく知っていた。いつかの人権を失った人間、いつかの子を失った親、いつかの矜恃を捨て去って畜生と化した若者、それらに向けられていた、そう、"可哀想"の目だった。
「アンタがどんな生き方をしてきたのか俺は知らねえが、この星に来て、アンタはやけに人の心、それも人同士が関わり合う心の動きに執心してた。契約もそうだ。承諾が必要なんてまどろっこしい真似せず、アンタが楽しいか楽しくないかで許可すれば良かったのに、アンタわざわざ人間に委ねたよなぁ?」
「それは、実験がしたかったから。」
「いや、違うね。あのサンドイッチの女だって、英知の結晶なアンタの頭で考えたにしては余りにも不確定要素が多すぎる。俺が気まぐれで外に出たら?俺があの女に興味を持ったら?会社の嘘がバレたら?」
「......」
「楽しむにしちゃあ、人間すぎるんだよ。アンタは。」
今更、この目の前の男がおよそ人間らしくなく、逸脱した倫理観と恐ろしい程良い頭の持ち主だったことを思い出した。今や知識すら契約でなんでも買える世の中で、人の心を掌握し、嬲り、思う方へ転がす悪魔。
「おいおい、この星を壊すだけ壊した奴がなんて顔してんだよ。」
「お前だけには、知られたくなかったのに。」
「なんで?」
「惨めになる。」
「下の下にいるただの人間相手に?」
「初めて出来た、知己だったから。」
「かたっ苦しいな。友達、でいいじゃねえか。」
けろり、と笑った彼の顔にはもう、蔑みも軽蔑の色もない。出会った時の、退屈な日常に中指を立て、おもちゃを探して楽しそうに笑う彼だった。
「来いよ。」
「え?」
手を引かれるまま、部屋を出る。彼に続いて靴下のまま開きっぱなしだったベランダへと出た。そういえばこの家を用意してからバタバタしていて、初めて、外に出て景色を見た。爛々と輝く街の光が、俺と彼の角膜に写って、その光が漠然と命を思わせる。
「綺麗だろ。ただの街灯と、航空障害灯と、車のライト、あと、人間が生きてる光だよ。」
「そうだね、綺麗。」
「それは学習した上での結論か?」
「いや、考える前に出た、言葉だ。」
「皆、一人じゃないって証明のために数十年の命を無駄遣いしてんだ。俺と、アンタは、それをしなくても生きていける。」
「...確かにね。」
「その使い古した皮捨てろよ。今日くらい。」
「え?」
「俺が今まで何人生身の人間作ってきたと思ってんだ?」
「......そうだね、今日くらい。」
いなくならない彼にだけは見せないでおこう、そう決めたはずなのに、首に手をかけ、被っていた頭皮をメリメリと剥がしてから、部屋の中へと投げ入れた。景色は俺を通り抜けても、変わらず目に映って眩しい。
「さて、ボス。明日は何をしよう?」
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shnovels · 5 years
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呑まれる
 ギタリストの指先は、本当に硬いんだろうか。  スタジオの鍵をまわしつづける夏紀の指が目線の先にみえかくれすると、ふとそんな話を思い出す。ペンだこが出来たことを話す友人のことも。肩の先にぶらさがったなんでもない手を目にやっても、そこに年季のようなものはうかんでこない。どうやら、私はそういうものに縁がないらしい。  夏紀の予約した三人用のスタジオは、その店の中でも一番に奥まった場所にあった。慣れた様子で鍵を受け取った夏紀のあとを、ただ私は追いかけて歩いている。カルガモの親子のような可愛げはそこにはない。ぼんやりと眺めて可愛がっていたあの子どもも、こんな風にどこか心細くて、だからこそ必死に親の跡を追いかけていたんだろうか。なんとなく気恥ずかしくて、うつむきそうになる。  それでも、しらない場所でなんでもない顔をできるほど年をとったわけじゃなかった。駅前で待ち合わせたときには開いていた口も、この狭いドアの並ぶ廊下じゃ上手く動いてくれない。聞きたいことは浮かんでくるけれど、どれも言葉にする前に喉元できえていって、この口からあらわれるのはみっともない欠伸のなり損ないだけだ。 「大丈夫?」  黙り込んだ私に夏紀が振り向くと、すでに目的地にたどり着いていた。鍵をあける前の一瞬に、心配そうな目が映る。なんでもないよ、と笑ったつもりで口角を上げた。夏紀が安心したようにドアに向き直ったのを見て、笑えてるんだとわかった。少し安心した。 ―――――― 「ギターを、教えてほしいんだけど」 「ギターを?」 「うん」  あのとき私がねだった誕生日プレゼントは、夏紀のギター教室だった。  その言葉を口にしたとき、急にまわりの席のざわめきが耳を埋めた。間違えたかな、と思う。あわてて取り繕う。 「無理にとは言わないし、お金とかも払うから」 「いや、そういうのはいいんだけど」  私の急なお願いに、夏紀は取り残されないようにとカップを掴んだ。言葉足らずだったと反省する私が続きを投げるまえに、夏紀は言葉を返してくる。前提なんだけど、と、そういう彼女に、私はついにかくべき恥をかくことになると身構えた。 「希美、ギター、持ってたっけ?」 「この前、買っちゃって」 「買っちゃって?」  夏紀の眉間の皺は深くなるばかりだった。一緒に生活していると、こんなところも似てくるのかと思う。今はここにいない友人の眉間を曖昧に思い出しながら、たりない言葉にたしあわせる言葉を選びだす。 「まあ、衝動買いみたいな感じで」 「ギターを?」 「ギターを」  私が情けなく懺悔を――もっと情けないのはこれが嘘だということなのだけれど――すると、夏紀はひとまず納得したのか、命綱のようににぎりしめていたカップから手をはなした。宙で散らばったままの手は、行き場をなくしたようにふらふらと動く。 「なんか、希美はそういうことしないと思ってたわ」 「そういうことって?」 「衝動買いみたいなこと」  夏紀はそういうと、やっと落ち着いたかのように背もたれに体を預けなおした。安心した彼女の向こう側で、私は思ってもいない友人からの評価に固まる。 「え、私ってそういう風にみえる?」 「実際そんなにしたことないでしょ」 「まあ、そうだけど」  実際、あまり経験のないものだった。アルコールのもたらした失敗を衝動買いに含めていいのかはわからないけれど、今まで自分の意図しないものが自分の手によって自分の部屋に運び込まれることは確かになかった。  そういう意味でも、私はあのギターを持て余していたのかもしれない。ふとしたことで気がついた真実に私は驚きながら、曖昧に部屋の記憶を辿っていく。社会に出てから与えられることの多くなった「堅実」という評価を今まで心の中で笑い飛ばしていたけれど、こういうところなのか。ちっとも嬉しくない根拠に驚く。  一度考え始めると、それは解け始めたクロスワードパズルのように過去の記憶とあてはまっていく。私が埋めることの出来ない十字に苦戦している間に、夏紀はとっくに問題から離れて、いつものあの優しい表情に戻っていた。 「教えるぐらいなら、全然構わないよ」  拠り所のようなその笑顔に、私は慌てて縋る。答えのない問に想いを馳せるには、この二人掛けはあまりにも狭すぎた。 「ありがと。買ったはいいけど、どう練習すればいいのかとかわからなくて」 「まあそういうもんだよねぇ」  こういうところで、ふと柔らかくなった言葉の選び方を実感するのだ。それはきっと過ぎた年月と、それだけではない何かが掛け合わさって生まれたもので。そういった取り留めのない言葉を与えられるだけで、私の思考は迷路から現実へ、過去から今へと戻ってくる。  スマートフォンを取り出して予定を確認していたらしい夏紀から、幾つかの日付を上げられる。 「その日、みぞれと優子遊びに行くらしいんだよね」 「そうなの?」 「そう、で、夜ご飯一緒にどうかって言われてるから、土曜の午後練習して、そっから夜ご飯っていうのはどう?」  日本に戻ってくるとは聞いていたけど、その予定は初耳だった。年末年始はいつもそうだということを思い出す。いつの間に���、そうやってクリスマスやバレンタインのようになんでもない行事のようになるかと思うと、ふと恐ろしくなった。 「大丈夫」 「オッケー。じゃあ決まりね」 ―――――― 「そういや、ギター何買ったの?」 「ギブソンレスポールのスペシャル」 「えっ」  いつ来るかと待ち構えていた質問に、用意した答えを返した。準備していたことがわかるぐらい滑らかに飛び出したその言葉に、なんだか一人でおかしくなってしまう。  私の答えに、夏紀は機材をいじる手を止めて固まった。ケーブルを持ったままの彼女の姿におかしくなりながら、黒いケースを剥がして夏紀の方に向けると、黄色のガワはいつものように無遠慮に光る。 「イエロー、ほらこれ」 「えっ……、いい値段したでしょ。これ。二十万超えたはず」 「もうちょっとしたかな」 「大丈夫なの?衝動買いだったんでしょう?」 「衝動買いっていうか、うん、まあそうね」  私の部屋にギターがやってきた真相を、夏紀の前ではまだ口にしていない。どうしようもなさを露呈する気になれなかったのもあるけれど、酷くギターに対して失礼なことをしている自覚を抱えたまま放り出せるほど鈍感ではいられなかったから。結局嘘をついているから、どうすることもできないのだけど。一度かばった傷跡はいつまでも痛み続ける。 「あんまこういう話するの良くないけど、結構ダメージじゃない?」 「ダメージっていうのは?」 「お財布っていうか、口座に」 「冬のボーナスが飛びました」 「あー」 「時計買い換えるつもりだったんだけど、全部パー」  茶化した用に口に出した言��は、ひどく薄っぺらいものに見えているだろう。欲しかったブランドの腕時計のシルバーを思い出していると、夏紀にアンプのケーブルを渡された。 「じゃあ、時計分ぐらいは楽しめないとね」  そういう夏紀が浮かべる笑みは、優しさだけで構成されていて。私は思わずため息をつく。 「夏紀が友達で本当に良かったわ」 「急にどうしたの」  心から発した言葉は、予想通りおかしく笑ってもらえた。  夏紀がなれた手付きで準備をするのを眺めながら、昨日覚えたコードを復習する。自分用に書いたメモを膝に広げても、少し場所が悪い。試行錯誤する私の前に、夏紀が譜面台を置いた。 「練習してきたの?」 「ちょっとね」  まさか、昨日有給を取って家で練習したとは言えない。消化日数の不足を理由にして、一週間前にいきなり取った休暇に文句をつける人間はいなかった。よい労働環境で助かる。  観念して取り出したギターは、なんとなく誇らしげな顔をしているように見えた。届いたばかりのときのあのいやらしい――そして自信に満ちた月の色が戻ってきたような気がしたのは、金曜の午前中の太陽に照らされていたからだけではないだろう。  ただのオブジェだと思っていたとしても、それが美しい音を弾き出すのは、いくら取り繕っても喜びが溢れる。結局夜遅くまで触り続けた代償は、さっきから実は噛み殺しているあくびとなって現れている。 「どのぐらい?」 「別に全然大したことないよ。ちょっと、コード覚えたぐらいだし」  幾つか覚えたコードを指の形で抑えて見せると、夏紀は膝の上に載せたルーズリーフを覗き込んだ。適当に引っ張り出したその白は、思ったより自分の文字で埋まっていて、どこか恥ずかしくなる。ルーズリーフなんてなんで買ったのかすら思い出せないというのに、ペンを走らせだすと練習の仕方は思い出せて、懐かしいおもちゃに出会った子どものように熱心になってしまった。 「夏紀の前であんまりにも情けないとこ見せたくないしさ」  誤魔化すようにメモを裏返すと、そこには何も書かれていなかった。どこか安心して、もう一度元に戻している間に、夏紀は機材の方に向き合っている。 「そんなこと、気にしなくてよかったのに」  そういう夏紀はケーブルの調子を確認しているようで、何回か刺し直している。セットアップは終わったようで、自分のギターを抱えた。彼女の指が動くと、昨日私も覚えたコードがスタジオの中に響く。 「おおー」 「なにそれ」  その真剣な目に思わず手を叩いた私に、夏紀はどこか恥ずかしそうに笑った。 「いやぁ、様になるなぁって」 「お褒めいただき光栄でございます。私がギター弾いてるところみたことあるでしょ」 「それとは違うじゃん。好きなアーティストのドキュメンタリーとかでさ、スタジオで弾いてるのもカッコいいじゃん」 「なにそれ、ファンなの?」 「そりゃもちろん。ファン2号でございます」 「そこは1号じゃないんだ」  薄く笑う彼女の笑みは、高校生のときから変わっていない。懐かしいそれに私も笑みを合わせながら、数の理由は飲み込んだ。 「おふざけはこの辺にするよ」 「はぁい」  夏紀の言葉に、やる気のない高校生のような返事をして、二人でまた笑う。いつの間にか、緊張は指先から溶けていた。 ―――――― 「いろいろあると思うけど、やっぱ楽器はいいよ」  グラスの氷を鳴らしながらそう言う夏紀は、曖昧に閉じられかけた瞼のせいでどこか不安定に見える。高校生の頃は、そういえばこんな夜遅くまで話したりはしなかった。歳を取る前、あれほど特別なように見えた時間は、箱を開けてみればあくまであっけないことに気がつく。  私の練習として始まったはずの今日のセッションは、気がつけば夏紀の演奏会になっていた。半分ぐらいはねだり続けた私が悪い。大学生のころよりもずっと演奏も声も良くなっていた彼女の歌は心地よくて、つい夢中になってしまった。私の好きなバンドの曲をなんでもないように弾く夏紀に、一生敵わないななんて思いながら。  スタジオから追い出されるように飛びてて、逃げ込んだように入った待ち合わせの居酒屋には、まだ二人は訪れてなかった。向かい合って座って適当に注文を繰り返している間に、気がついたら夏紀の頬は少年のように紅く染まっていた。  幾ら昔に比べて周りをただ眺めているだけのことが多くなった私でも、これはただ眺めているわけにはいかなかった。取り替えようにもウィスキーのロックを頼む彼女の目は流石に騙せない。酔いが深まっていく彼女の様子にこの寒い季節に冷や汗をかきそうになっている私の様子には気づかずに、夏紀はぽつりぽつりと語りだした。 「こんなに曲がりなりにも真剣にやるなんて、思ってなかったけどさ」  そうやって浮かべる笑いには、普段の軽やかな表情には見当たらない卑屈があった。彼女には、一体どんな罪が乗っているんだろう。 「ユーフォも、卒業してしばらく吹かなかったけど。バンド始めてからたまに触ったりしてるし、レコーディングに使ったりもするし」  ギターケースを置いたそばで管楽器の話をされると、心の底を撫でられたような居心地の悪さがあった。思い出しかけた感情を見なかったふりをしてしまい込む。 「そうなんだ」  窮屈になった感情を無視して、曖昧な相槌を打つ。そんなに酔いやすくもないはずの夏紀の顔が、居酒屋の暗い照明でも赤くなっているのがわかる。ペースが明らかに早かった。そう思っても、今更アルコールを抜いたりはできない。 「まあ一、二曲だけどね」  笑いながら言うと、彼女はようやくウィスキーの氷を転がすのをやめて、口に含んだ。ほんの少しの間だけ傾けると、酔ってるな、とつぶやくのが見えた。グラスを置く動きも、どこか不安定だ。 「まあ教本一杯あるし、今いろんな動画あがってるし、趣味で始めるにはいい楽器だと思うよ、ギターは」 「確かに、動画本当にいっぱいあった」  なんとなくで開いた検索結果に、思わず面食らったのを思い出す。選択肢が多いことは幸せとは限らない、なんてありふれた言葉の意味を、似たようなサムネイルの並びを前にして思い知った気がしたことを思い出す。 「どれ見ればいいかわかんなくなるよね」 「ホントね。夏紀のオススメとかある?」 「あるよ。あとで送るわ」 「ありがと」  これは多分覚えていないだろうなぁと思いながら、苦笑は表に出さないように隠した。机の上に置いたグラスを握ったままの手で、バランスをとっているようにも見える。 「まあでも、本当にギターはいいよ」  グラグラと意識が持っていかれそうになっているのを必死で耐えている夏紀は、彼女にしてはひどく言葉の端が丸い。ここまで無防備な夏紀は珍しくて、「寝ていいよ」の言葉はもったいなくてかけられない。  姿勢を保つための気力はついに切れたようで、グラスを握った手の力が緩まると同時に、彼女の背中が個室の壁にぶつかった。背筋に力を入れることを諦めた彼女は、表情筋すら維持する力がないかのように、疲れの見える無表情で宙に目をやった。 「ごめん、酔ったっぽい」  聡い彼女がやっと認めたことに安堵しつつ、目の前に小さなコップの水を差し出す。あっという間に飲み干されたそれだけでは焼け石に水だった。この場合は酔っぱらいに水か。  くだらないことを浮かべている私を置いて、夏紀は夢の世界に今にも飛び込んでいきそうだった。寝かせておこうか。そう思った私に、夏紀はまだ心残りがあるかのように、口を開く。 「でも、本当にギターはいいよ」 「酔ってるね……」 「本当に。ギターは好きなように鳴ってくれるし、噛み付いてこないし」 「あら、好きなように鳴らないし噛み付くしで悪かったわね」  聞き慣れたその声に、夏紀の目が今日一番大きく見開かれていくのがわかった。恐る恐る横を向く彼女の動きは、スローモーション映像のようだ。  珍しい無表情の優子と、その顔と夏紀の青ざめた顔に目線を心配そうに行ったり来たりさせているみぞれは、テーブルの横に立ち並んでいた。いつからいたのだろうか、全く気が付かなかったことに申し訳なくなりながら、しかしそんなことに謝っている場合ではない。  ついさっきまで無意識の世界に誘われていたとは思えない彼女の様子にいたたまれなくなりながら、直視することも出来なくて、スマートフォンを確認する。通知が届いていたのは今から五分前で、少し奥まったこの座席をよく見つけられたなとか、返事をしてあげればよかったかなとか、どうにもならないことを思いながら、とにかく目の前の修羅場を目に入れたくなくて泳がしていると、まだ不安そうなみぞれと目が合った。 「みぞれ、久しぶりだね」  前にいる優子のただならぬ雰囲気を心配そうに眺めていたみぞれは、それでも私の声に柔らかく笑ってくれた。 「希美」  彼女の笑みは、「花が咲いたようだ」という表現がよく似合う。それも向日葵みたいな花じゃなくて、もっと小さな柔らかい花だ。現実逃避に花の色を選びながら、席を空ける準備をする。 「こっち座りなよ」  置いておいた荷物をどけて、自分の左隣を叩くと、みぞれは何事もなかったかのように夏紀を詰めさせている優子をチラリと見やってから、私の隣に腰掛けた。 「いや、別に他意があるわけじゃ、なくてですね」 「言い訳なら家で聞かせてもらうから」  眼の前でやられている不穏な会話につい苦笑いを零しながら、みぞれにメニューを渡した。髪を耳にかける素振りが、大人らしく感じられるようになったな、と思う。なんとなく悔しくて、みぞれとの距離を詰めた。彼女の肩が震えたのを見て、なんとなく優越感に浸る。 「みぞれ、何頼むの?」 「梅酒、にする」  ノンアルコールドリンクのすぐ上にあるそれを指差したのを確認する。向こう側では完全に夏紀が黙り込んでいて、勝敗が決まったようだった。同じようにドリンクのコーナーを覗いている優子に声をかける。 「優子は?どれにする?」 「そうねえ、じゃあ私も梅酒にしようかしら」 「じゃあ店員さん呼んじゃおうか」  そのまま呼び出した店員に、適当に酒とつまみと水を頼む。去っていく後ろ姿を見ながら、一人青ざめた女性が無視されている卓の様子は滑稽に見えるだろうなと思う。 「今日はどこ行ってたの」 「これ」  私の質問に荷物整理をしていた優子が見せてきたのは、美術館の特別展のパンフレットだった。そろそろ期間終了になるその展示は、海外の宗教画特集だったらしい。私は詳しくないから、わからないけど。 「へー」  私の曖昧な口ぶりに、みぞれが口を開く。 「凄い人だった」 「ね。待つことになるとは思わなかったわ」 「お疲れ様」  適当に一言二言交わしていると、ドリンクの追加が運ばれてくる。小さめのグラスに入った水を、さっきから目を瞑って黙っている夏紀の前に置く。 「夏紀、ほらこれ飲みなさいよ」  優子の言葉に目を開ける様子は、まさに「恐る恐る」という表現が合う。手に取ろうとしない夏紀の様子に痺れを切らしそうになる優子に、夏紀が何か呟いた。居酒屋の喧騒で、聞き取れはしない。 「なによ」 「ごめん」  ひどくプライベートな場面を見せられている気がして、人様の部屋に上がり込んで同居人との言い争いを見ているような、そんな申し訳のなさが募る。というかそれそのものなんだけれど。 「ごめんって……ああ、別に怒ってないわよ」  母親みたいな声を出すんだなと思う。母親よりもう少し柔らかいかもしれないけれど。  こういう声の掛け方をする関係を私は知らなくて、それはつまり変わっていることを示していた。少しだけ、寂しくなる。 「ほんと?」 「ほんと。早く水飲んで寝てなさいよ。出るときになったら起こしてあげるから」 「うん……」  それだけ言うと、夏紀は水を飲み干して、テーブルに突っ伏した。すぐに深い呼吸音が聞こえてきて、限界だったのだろう。 「こいつ、ここ二ヶ月ぐらい会社が忙しくて、それでもバンドもやってたから睡眠時間削ってたのよ」  それはわかっていた。なんとなく気がついていたのに、見て見ぬ振りをしてしまった。浮かれきった自分の姿に後味の悪さを感じて、相槌を打つことも忘れる。 「それでやっとここ最近開放されて、休めばいいのに、今度はバンドの方力入れ始めて。アルコールで糸が切れたんでしょうね」  グラスを両手で持ちながら、呆れたように横目で黙ったままの髪を見る彼女の声は、どこかそれでも優しかった。伝わったのだろうか、みぞれも来たときの怯えは見えなかった。 「希美が止めてても無駄だったから、謝ったりする必要ないわよ」  適切に刺された釘に、言葉にしようとしていたものは消えた。代わりに曖昧な笑みになってしまう。 「そういえば、夏紀のギター聞いたのよね?」 「うん、まあね」 「上手かった?」 「素人だからよくわからないけど、うまいなと思ったよ」 「そう」  それならいいんだけど、と、明らかにそれではよくなさそうに呟いた彼女の言葉を、私はどう解釈していいのかわからなかった。曖昧に打ち切られた会話も、宙に放り投げられた彼女の目線も、私にはどうすることも出来なくて。 「そういえばみぞれは、いつまでこっちにいるの?」  考え込み始めた優子から目線をそらして、みぞれに問いかける。さっきからぼんやりと私達の会話を聞いていたみぞれは、私の視線に慌てる。ぐらついたカップを支えながら、少しは慣れればいいのに、��んて思う。 「え?」 「いつまでこっちにいるのかなって」  アルコールのせいか、少しだけ回りづらい舌をもう一度動かす。 「1月の、9日まではいる」 「結構長いね、どっかで遊び行こうよ」  何気ない私の提案に、みぞれは目を輝かせた。こういうところは、本当に変わっていない。アルコールで曖昧に溶けた脳が、そういうところを見つけて、安心しているのがわかった。卑怯だな、と思った。 ―――――― 「それじゃあ、気をつけて」  優子と、それから一応夏紀の背中に投げかけた言葉が、彼女たちに届いたのかはわからない。まさにダウナーといったような様子の夏紀はとても今を把握出来ていないし、優子はそんな夏紀の腕を引っ張るので精一杯だ。  まるで敗北したボクサーのように――いや、ボクシングなんて見ないけれど――引きずって歩く夏紀は、後ろから見ると普段の爽やかさのかけらもない。あのファンの子たちが見たら、びっくりするんだろうな。曖昧にそんなことを想いながら、駅の前でみぞれと二人、夏紀と優子の行く末を案じている。  その背中が見えなくなるのは意外と早くて、消えてしまったらもう帰るしかない。隣で心配そうに眺めていたみぞれと目があう。 「帰ろっか」 「うん」  高校時代とは違って、一人暮らしをし始めた私とみぞれは、最寄り駅が同じ路線だ。こうやって会う度に何度か一緒に同じ列車に乗るけれど、ひどく不自然な感じがする。改札を抜けた先で振り返ると、みぞれが同じように改札をくぐっているのが見えるのが、あの頃から全然想像出来なくて、馴染まない。  少しむず痒くなるような感触を抑え込んで、みぞれが横に立つのを待つ。並んで歩くふりくらいなら簡単にできるようになったのだと気付かされると、もうエスカレーターに乗せられていた。 「なんか、アルコールってもっと陽気になるもんだと思ってたよね」  寒空のホームに立つ私のつぶやきを、みぞれは赤い頬で見上げた。みぞれは人並みに飲む。人並みに酔って、人並みに赤くなる。全部が全部基準値から外れてるわけじゃない。そんなことわかっているのに、なんとなく違和感があって。熱くなった体がこちらを向いているのを感じながら、もうすぐくる列車を待つ人のように前を向き続けた。 「忘れたいこととか、全部忘れられるんだと思ってた」  口が軽くなっていることがわかる。それでも後悔できなくて、黙っている方がよいんだとわかった。塞いだ私のかわりに口を開きかけたみぞれの邪魔をするように、急行電車はホームへと滑り込む。  開いた扉からは待ち遠しかったはずの暖かい空気が、不快に顔に飛び込んできた。背負い直したギターケースに気を遣いながら、一際明るい車内に乗り込んでいく。空いてる端の座席を一つだけ見つけて、みぞれをとりあえず座らせた。開いた目線の高さに何故か安心している間に、電車はホームを離れていた。  肩に背負ったギターを下ろして、座席横に立て掛けた。毎朝職場へと私を運ぶこの列車は、ラッシュとは違って人で埋め尽くされてはいない。だから、みぞれの後ろ姿が映る窓には当然私も入り込んでいて、いつもは見えない自分の姿に妙な気分になる。酔いはまだ抜けていないようだ。 「みぞれはさぁ」  口を開くと言葉が勝手に飛び出していた。降り掛かった言葉にみぞれが顔を上げる。 「オーボエ以外の楽器、やったことある?」  私の問いかけに、彼女は首を振った。 「そうだよね」  それはそうだ。プロの奏者が他の楽器に手を出してる暇なんてないんだろう。いろんな楽器を扱える人もいるわけだけど。その辺の話がどうなっているのかは、私にはわからない。プロではないし。  どうやっても違う世界の人と話すのは、取材をしているような感触が抜けきらない。私達の他の共通点ってなんだろう。毎度手探りになって、別れたあとに思い出す。 「ギター、楽しい?」  何故か話題を探そうとしている私を、引き戻すのはいつも彼女の問いかけだ。  どう答えるべきか、わからなかった。何を選ぶのが一番正しいのか、見つけるのにはそれなりに慣れているはずなのに、そういう思考回路は全く動かなくて、だからありのままの言葉が飛び出す。 「楽しい、よ」  それは本心からの言葉だった。本当に楽しかった。それを認めてしまうということが、何故か恥ずかしくなるほど。  つまりこのまま何事もなく過ぎていくはずの人生に現れたギターに、ひどく魅了��れてしまったということだ。認めたくなかった退屈な自分をさらけ出しているようで。年齢のせいか生活のせいか、頭にふと過る自問自答が、ギターの前ではすっかり消え失せていることに気が付かないわけにはいかなかった。 (まあでも、このまま死ぬまでこのままなのかなとか、みぞれは考えなさそうだな)  そう思うと、ずるいなと思った。 「楽しかった。新鮮だし」  私の答えに、みぞれは言葉を口に出さなかった。ただ笑顔ではない表情で、私のことを見つめている。どこか裏切られたかのように見えた。どこか寂しそうにも見えた。見ないふりをして、酔ったフリをして、言葉を続ける。 「ギターって奥深いね」  そんな大学生みたいな感想を並べて、目の前のみぞれから目を外す。どんな表情になっているのかは想像がついた。 「面白い音なるしさぁ」  確かめたくなくて言葉を繋げる。この悪癖がいつまでも治らない自分に辟易しながら、結局逃げるために言葉を選び続けている。そうやって中途半端に取り出した言葉たちの中に、本当に言いたいことは見えなくなってしまうって、わかっているはずなのに。 「夏紀の演奏が本当に上手くてさぁ」 「フルートは」 「っ」  遮られた言葉に思わず黙ってしまったのは、それが痛い言葉だったからなのか、言葉の切実さを感じ取ったからなのか。目を合わせてしまう。耳を塞ぎたくても、無気力につり革にぶら下がった手は離す事ができない。 「フルートは、続けてるの?」  みぞれの声は、どこか張り詰めていて、ざわついた電車内でも通った。隣の座席の男性が、こちらを盗み見ているのがわかる。ひどく晒し者にされているような、そんな気分になった。  やめるわけないよ、まあそれなりにね、みぞれには関係ないでしょ。なんて言ってやろうか。 「やめたって言ったら、どうする?」  選んだ言葉に、すぐに後悔した。  なぜ人のことなのに、そこまで泣きそうな目ができるんだろうか。子供がお気に入りのぬいぐるみを取られたみたいな、そういう純粋さと、どこかに混じった大人みたいな諦めの色が混じり合って心に刺さる。 「冗談だよ」  言い繕っても、彼女から衝撃の色は消えない。そんなにショックだったのだろうか。私に裏切られたことなんて、いくらでもあるだろうに。 「前からやってたサークルがさ、解散になっちゃって」 「解散」 「そう。だから、ちょっと吹く機会がなくなってるだけ」  それだけ。それだけだった。だからみぞれが悲しむことはないし、気に病んだり必要もないんだよ。そう言おうとした。言えるわけがないと気がついたのは、みぞれの表情に張り付いた悲しみが、そんな簡単な言葉で取れるわけじゃないとわかったからだ。 「大丈夫だから」  結局言葉にできたのは、そんな頼りない、どこをf向いてるのかすらわからないような言葉だった。みぞれは私の言葉にゆっくりと頷いて、それだけだった。  逃げ出したくなる私をおいて、電車は駅へと滑り込む。みぞれが降りる駅だ。 「みぞれ、駅だよ」 「うん」  目を逸らすように声を上げると、みぞれは小さく頷いた。何を話せばいいのかわからないような、その目は私を傷つけていった。降りていく後ろ姿に声を掛ける事もできずに、私はただ彼女を見送った。  そういえば結局遊ぶ約束をし忘れたな。動き出した電車の中で、空席に座る気にもならないまま思い出す。ギターは何も知らないような顔で、座席の横で横たわってる。さっきまであったことなんて何も知りませんよって、言ってるみたいだった。  このまま置いていってやろうか。そう思った。
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usickyou · 2 years
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場面
シーン1-3
○小早川組所有ビル(夜明け前)    重厚な扉のアップ。カメラが徐々に引く。扉の全体像が映り、黒いスーツを血で汚した二人の男が現れる。
男1「(息を切らせながら)どれだ、どれだ……」 男2「(鍵を奪い取る)貸せ! これは……」
   振動音が響く。男1、男2と顔を見合わせてポケットから電話を取り出す。画面を見て、ゆっくりとした動作で耳に当てる。
女の声「お、やーっと繋がった。状況は?」 男1「は、はい! 侵入者は一階から、そちらへ向かっています! おそろしく強い、生き残りはもう、俺たちしか……」 女の声「特徴は?」 男1「女です! 青い目、銀色の髪……」 女の声「(小さく笑って)そりゃ、しゃあない。生き残りは何人?」 男1「……おそらく、二人しか」 女の声「オッケー。二人は今、倉庫やね? 銃を取ったらちゃんと鍵閉めて、一階の階段下で待機。もし奴が現れても、戦わないこと。適当に撃って足止め、したらあたしが行くんで、じゃあ、よろしく」
   電話を切る指先のアップ。カメラ、パンして塩見周子(19)を映す。周子、電話を放る。ベッドサイドのテーブルから銃とナイフを取り上げる。両方を見比べて、銃を窓へ向ける。
周子「動くな」
   窓のアップ。沈黙。
周子「えーっと……フリーズ? じゃないか。日本語わかるよね? 中に入って、おしゃべりしよっか」
   開いた窓の下から手が現れる。窓の縁を掴む。アナスタシア(15)が姿を現す。アナスタシア、室内に入って両手を開いて周子に見せる。
アナスタシア「どうして気付きましたか?」 周子「へえ、写真より全然きれいだね。声もかわいいし」 アナスタシア「(沈黙)」 周子「とりあえず、物騒なもの捨ててくれる?」
   アナスタシア、腰に差した拳銃を床に置いて蹴り飛ばす。周子、マガジンを抜いてベッドに放り投げる。
周子「あたしなら、そうするから」 アナスタシア「……窓を開けておいたのは、罠、ですか?」 周子「(苦笑いをする)いや、夜風が気持ちよくって、つい」 アナスタシア「……キツネ、ですね」 周子「オオカミさんは、どうするつもり?」 アナスタシア「(沈黙)」 周子「お目当てなら残念、ここにはいないよ」
   アナスタシア、テーブルを隔てた扉を見て、周子を見る。周子、アナスタシアを見返す。
周子「わりと、いい獲物がかかったかな」 アナスタシア「……そうですか」
   アナスタシア、溜息をつく。鋭く足を踏み込み、背中からナイフを抜いて周子へ襲いかかる。周子、アナスタシアのナイフを受けた銃を投げ捨て、テーブルからナイフを取り上げて切り返す。格闘の末、互いの喉元にナイフを突きつけ合う。刃先に、薄く血が滲んでいる。
周子「……もうやめない?」 アナスタシア「(血を吐き捨てる)」 周子「お互い、ご主人様と関係なく死にたくはないでしょ」 アナスタシア「(沈黙)」
   アナスタシア、後ろへステップを踏んで、窓から姿を消す。周子、蹴られた肩をさすりながら、外を見下ろす。アナスタシアが窓枠に手をかけ、一階一階を落ちるように降りていく姿を見て、笑う。手にしたナイフを見て、落とす。ナイフはアナスタシアの肩を切る。アナスタシア、バランスを崩して三階程度の高さから落下する。車の屋根へ落ち、立ち上がり、少しふらつきながら歩き出す。
周子「(手を振りながら)またね、アーニャちゃん」
○ビル街(夜明け)
   アナスタシア、シャツの袖を破って傷口を縛る。電話を取り出して、迎えを指示する。途中、驚いたように目を開く。
アナスタシア「……はい、平気です。安心してください。すぐに、帰りますから……ミナミ、……いえ、なんでもありません。また」
   アナスタシア、電話を切る。立ち止まり、視線を横に向ける。ビルの間の汚れた路地を眺めて、歩き出す。カメラ、遠ざかるアナスタシアの背中から路地へパン、タイトル。
 
シーンx-y(仮)
○ホテル外(夜)
   白いドレスのアナスタシア。黒いドレスの周子。男に声をかける。
男「招待状は?」
   アナスタシア、無言で頭を撃ち抜く。周子、溜息をついて招待状を男の死体に放る。
周子「躾がなってないなあ」 アナスタシア「関係ありませんね」 周子「飼い主の差かな?」
   頭に銃を、喉にナイフを突きつけ合う。イヤホンから通信が入る。
志希「仲良しだねえ」 アナスタシア「誰が」 周子「わかる?」
   同時に答えて、二人は睨み合う。志希の笑い声がイヤホンから漏れ聞こえている。開いた扉から、二人の男が姿を現す。アナスタシア、頭を撃つ。周子、背後に周り込んで口を塞ぎ、ナイフで胸を刺す。
志希「送るよ」
   アナスタシア、周子のコンタクトレンズに映像が映る。ホテル内の立体図と、移動する赤青黄のマーカー。
志希「赤は敵、青は民間人、黄色は不明。オーケー?」 アナスタシア「会場に入ったら、切ってください」 志希「いいけど、民間人は殺しちゃダメだよ。フレちゃんが泣いちゃう」 周子「フレちゃんは知らんのでしょ?」 志希「それでも」
   二人は了承する。扉を開き、ホテルへ入る。
○ホテル内部(夜)
   アナスタシア、周子、ロビーを横切る。三人の男が立ち上がり、後を追う。二人、トイレへ。男達、清掃中の札をかけトイレへ入る。
○女性用トイレ
   二人の姿はない。最奥の個室の扉が閉じている。男達、銃を乱射する。銃撃が終わり、扉を蹴破る。誰の姿もない。男達、顔を見合わせる。銃声。男二人が続けて倒れ、天井の通風口から銃口が覗く。残った男、振り返る。周子に刺されて崩れ落ちる。アナスタシア、通風口から降りる。
周子「先は長いね」 アナスタシア「帰りたくなりましたか?」 周子「いつだって、そうだよ」
   アナスタシア、驚く。周子の表情を見て、困惑する。口を開こうとするが、周子が目を逸らして何も言えなくなる。二人、無言でトイレを後にする。
○ホテル内部
   レッドカーペットの階段。男の死体が転がる。周子は手を拭いて、アナスタシアは弾倉を入れ替える。
アナスタシア「これくらい、ですね」 周子「しきちゃん、オーケー?」 志希「いいよ適当で。始まったらまた湧いてくるから」
   二人は、扉の前に立つ。一つを残して赤いマーカー群が消える。続けて、顔写真が映される。
志希「でも、こいつだけは逃がしちゃだめー」 アナスタシア「覚えてます。消してください」 周子「イヤな面してるよね」
   写真が消える。扉の内側から、うっすらと音楽が 聞こえている。
志希「カンペキなタイミング。いいもの見れるよ、にゃはは」
   二人は顔を見合わせる。周子、首を傾げる。アナスタシア、無言で扉を開く。
○パーティー会場
   歌声が響いている。真っ赤なドレスを纏った楓が、バックバンドを従えて歌っている。アナスタシア、周子、呆然と楓を見つめる。楓、曲を終えて一礼すると、二人を見て笑う。
楓「お待ちしておりました」
   電気が落ちる。ロウソクや卓上の小さな照明だけが残った会場に、小さな混乱が巻き起こる。程なく電気が復旧する。楓、マイクを持って小さく息を吸う。左手には、拳銃を持っている。
楓「では、始めましょうか」
   銃声が響く。男が一人倒れ、悲鳴が巻き起こる。会場はパニック状態になる。逃げ出す人々をかき分けて、スーツから拳銃を取り出す男達の姿がある。楓は、既に姿を消している。数人の男が立ち止まり、周囲を見渡す。アナスタシア、続けざまに全員を撃ち抜く。二人の男がアナスタシアへ銃を向ける。周子、一瞬で二人の首を切る。血飛沫が散り、パニックが広がっていく……
○パーティー会場から逃走する車内(夜)
   アナスタシア、周子、後部座席に座っている。楓、助手席。奏、運転席。周子、軽く息を切らせたまま大声で笑い出す。
周子「ああ、楽しかったー!」
   楓、同調する。アナスタシア、無言だが否定しない。
周子「ほんと、楽しかった」
   周子、運転席を背後から撃つ。車が横転する。
○ビル街(夜)
   横転した車内から伸びた手が、大破した窓枠を掴む。アナスタシア、傷だらけになって姿を現す。首を振って、顔を上げる。周子と目が合う。アナスタシア、腰に手を伸ばすが銃が消えている。車体を乗り越えた周子に蹴り飛ばされる。続けて飛びかかった周子を投げ飛ばして、立ち上がる。武器を持たず、二人は格闘する。
アナスタシア「……どうして、……どうしてです!?」 周子「は、どうしてって」
   周子の足がアナスタシアの胸に深く刺さる。アナスタシア、後ろへ跳んで衝撃を殺すが、膝をつく。
周子「かわいいかわいいワンコになっちゃった? オオカミちゃん」
   周子、ナイフを投げる。車内から出ようとしていた、楓の手を貫く。楓、釘付けにされる。
周子「敵も、あの高垣楓も一緒に始末できる、こんなチャンス見逃すわけないよね」 アナスタシア「……だからって!」 周子「まあ、別にいいよ」
   周子、ナイフを抜いて襲いかかる。アナスタシア、応戦するが周子に組み伏せられる。
周子「別に、いいんだって」
   周子、アナスタシアを見下ろす。アナスタシアと一瞬だけ目を合わせる。
周子「さよなら、アナスタシア」
   周子、表情を苦悶に歪めて、目をそらす。ナイフを振り上げる。数発の銃声。アナスタシアの顔に、血飛沫が降りかかる。周子、自分の血を確かめて、倒れる。車体の陰から身を乗り出した、奏の構えた銃口から煙が立ち昇っている。
アナスタシア「シュウコ!」
   アナスタシア、周子へ呼びかける。周子、アナスタシアを一度だけ見て、夜空を見上げる。
周子「……かんざし、返しといて良かった」
   大量の血が流れ出している。アナスタシア、周子を呼び続ける。周子、答えない。
周子「……どうか、生きて」
   周子、空へ手を伸ばす。
周子「あの、苦いお茶……また、二人で……」
   周子、言葉を終える。手が地面に落ちる。アナスタシア、喉の奥で声にならない悲鳴を上げる。
楓「あなたには、お伝えしておきます」
   アナスタシア、楓を見上げる。楓、奏に肩を貸しながら続ける。(奏の防弾服には銃痕が残っている。)
楓「先ほど、小早川組が襲撃されました」 アナスタシア「……」 楓「組は壊滅です……当主も」
( ○小早川組の屋敷(夜))
   ( 破壊された屋敷内、死体の山が築かれている。奥座敷、着物姿の少女が血を流して倒れている。(顔は映さない。)カメラ、少女の抱きしめたナイフとかんざしを映す。)
楓「……推測ですが」 アナスタシア「必要ありません」 楓「……」 アナスタシア「……死体の始末を、頼めますか?」
   楓、頷く。奏から受け取った電話で、どこかへ連絡する。アナスタシア、立ち上がる。振り返らず、去っていく。白いドレスは、周子の血で染まっている。
○街(深夜)
   アナスタシア、歩き続けている。不意に足を止め、目線を上げる。時計台が、日付が変わったことをアナスタシアに理解させる。    アナスタシア、この日が美波の誕生日だと思い出す。美波が二十歳になったと知る。
(暗転)
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565062604540 · 2 years
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 四畳半の生活感あふれる和室に、どこぞの子供ブランド服のモデルを連れてきて座らせたような光景。  びっくりするほど浮いてる。 「でもヨンナちゃん、よく知ってたね、お兄ちゃんが退院したの」 「さっき、車が通ったのが見えましたから」 「へー」  んなはずはない。車道側の窓は曇りガラスである。窓を開けて外を監視していたわけでもないだろう。  しかし、こうやって並べて見てみると、ヨンナが13歳にしては大人びて見える一方で、衣紬はは来年も子供運賃で乗ってもオッケーな雰囲気がある。とても1歳差には見えない。  そのヨンナですらも子供に見えるんだよなあ……。自分の外見だって、いまだに鏡を見ても慣れない。なんだこの人相の悪いガキは、という感じだ。  ヨンナと衣紬の会話は弾んでいる。どうやら本当にお隣さんをやっているらしい。  キリのよさげなところを狙って、会話に割り込んだ。 「で、なんの用だ?」  そう問いかけると、衣紬がずいっと身を乗り出してきた。 「お兄ちゃん、そういう言いかた、女の子に嫌われるよ……? ヨンナちゃんはやさしいからいいけど……」 「ええ、気にしてないですよ、衣紬」 「ほらー、気をつかわせちゃってるー」  むしろ俺のほうこそ気遣っていただきたいくらいである。 「私が来たのは学校のことです。道太が休んでいるあいだに、けっこう授業が進んでしまってますから。道太、コンパスは持ってますか?」 「どうだったかな」  つーか、冷静に考えると、いまから中1の授業を受けることになるんだよな……寝そう……。 「ほかにもいろいろ必要なものがありますから。文房具屋さんに行ったほうがいいと思います」  今日でちょうど3週間、俺は休んでいることになる。それを考えれば忘れものの一つや二つ、先生だって多めに見てくれそうなものだが。  そう考えた俺に、ヨンナから突きつけられる強い目配せ。  あー、はいはい。外に出ろってことね。 「んじゃちょっと行ってくるわ。衣紬、お留守番できるか?」 「えー、衣紬も一緒に行くー」 「母さんが帰ってきたとき、だれもいなかったらびっくりするだろ」 「むー、わかったー」  ちょっとむくれながらも、衣紬は諒承してくれた。 「それじゃ行きましょう、道太」 「はいはいっと」  どっこらしょとばかりに立ち上がる。 「なんかお兄ちゃん、おじさんっぽい……」  ごめんな衣紬。中身は正真正銘のおっさんなんだ……。  もちろん文房具屋になんかは用はない。俺が病み上がりであることもあって、近くの公園で話をすることになった。ほんとにこの肉体、若いのか。いや若いんだが……。 「まじだるい」 「道太、おじさんみたい……」 「あんたに言われるといらっと来るものがあるな」  時間的には夕方、学校が終わったころである。  驚くことに、公園には子供がけっこういる。出生率はともかく、子供の絶対数でいうとまだまだ多い時代だ。ファミコンの発売っていつだったかな。まだ先だった気がするけど。公園にいる子供が多いのは、たぶんそのことと無縁じゃないだろう。  ベンチに並んで座る。 「で?」  そう水を向けると、ヨンナがはぁ、とため息をついた。 「なんだよ」 「なぜ令和の世まで生きた人が、そんな昭和の男みたいなぶっきらぼうさなんですか……」 「と言われても」 「自覚なしですか……まあいいです。話を進めます。お察しかとは思いますけど、外に来ていただいたのは、すり合わせのためです」 「すり合わせ」 「なんですか」  不平そうにヨンナが言う。 「いや、13歳女子はいわないだろ、すり合わせ」 「そんなことはわかってます! あなたに合わせてあげたんです! おじさんの! あなたに!」 「ちっちっ、わかってーな」 「なにがですか」 「人間50越すと、おっさん呼ばわりされて腹は立たない。なにしろ事実だからだ!」 「そうですか……」 「人によってはハゲは激怒するからやめとけ」 「だれもそんなこと聞いてないです……」  ちなみに俺は、そうそうに薄くなってくる毛髪という事実を受け入れたタイプである。そろそろヨンナが呆れ顔になってきたので、真面目に話をすることにする。 「えーと、ヨンナって呼んでいいのか」 「ええ。私も道太って呼びますから。幼なじみですしね」  設定だけの幼なじみとか、原理主義者がキレるぞ。 「んじゃ、あらためてヨンナ。この世界における、あんたの設定をできるだけ細かく知りたい。幼なじみとして不信感を持たれない程度には」 「そうですね……」  そこから、ヨンナの長い説明が始まった。  そもそも俺たちがあのボロアパートに住み始めたのは、俺が6歳のときだ。父親が病死して、それまで住んでいたそれなりのアパートには収入の関係で住めなくなった。ヨンナとはそのときからの幼なじみだ。だから6歳以降の俺のことはよく知っている。逆もまたしかりだ。  ヨンナの家族関係については、仕事が忙しく不在がちである、という設定になっている。それゆえ頻繁に遊びに来るし、食事を一緒にすることも多い。  まあ、要するに幼なじみである。 「ヨンナの個人情報は? 好きな食べ物とか、成績とか」 「好きな食べ物はこのわたですね」 「んなJCがいるかよ!」 「え、おいしくないです? 私、お酒のつまみ系の食べ物、だいたいなんでも好きなんですけど……」 「しかもガチ!?」 「甘いものは苦手ですねー。天使が地上で受肉するときって細かいとこはランダム設定なんですけど、どうも私の肉体はそういうふうに設定されてるらしいです」 「ってことは、いまは完全な人間なのか」 「そうなりますね。で、天使なのにお勉強できなくて赤点とかも微妙なので、頭もけっこういいみたいですよ。えと……リーマン予想とかも解決できるみたいです」 「やめて。人類のことは人類に任せてあげて」  それ、どこかの研究所から懸賞金出てるやつじゃん。天界だか天国だか知らんけど、そんなところにゴリ押しで解決されてしまったら人類の意味なくなる。 「運動もまあ、世代の平均よりはできるようです。つまり、文武両道、そのうえかわいい。それがいまの私です」 「ふーん」 「え、反応うすい……」 「いやだって。天使なんだろ? 世界のどこの絵画見ても天使はだいたい美しく描かれるもんだし、そういうもんなんじゃないの?」 「それは誤解です!」 「お、おう……」  とつぜん顔を近づけて力説してきたヨンナに、思わず体を引く。 「天使の外見は、人間と同じように多様なんです。ですから私は、たまたま、奇跡のごとくこんなかわいい外見に生まれついたんです!」 「そうなんだ……」  自分で言っちゃうんだ……。 「え、私、かわいくないですか?」 「はいはいかわいいかわいい」 「なんか雑……」  そうは言っても、ブサイクな天使とかあんま想像できないし。やっぱそういうもんなんだって思っちゃうじゃない。 「まあ、私がいかに愛らしくてすばらしい女の子はおいおいわからせるとしてですね」 「それだ!」 「え、もうわからされたんですか?」 「そうじゃなくて。ヨンナって俺の監視なんだろ?」 「そうですけど」 「それって、期間はいつまで? たとえばほら、俺が死ぬまでとかだったら、いろいろ不都合があるだろ」  どちらかというと、俺よりもヨンナのほうに不都合がある気がする。タイムスリップしたくらいで童貞が捨てられるなら、前世でもたぶんどうにかなってた。その俺のそばにヨンナみたいな美少女がいてくれるのはむしろご褒美とすら言っていい。けど、ヨンナはそうじゃない。俺みたいな男と付き添う一生というのはどうなのか。  という意味を込めての質問だったのだが、ヨンナは、意外な返答をした。 「バタフライ効果って知ってます?」 「言葉だけは」  もともとはカオス理論で出てくる用語だったと思うが、日本人的には、風が吹けば桶屋が儲かる、と思っとけばいい。  でもそれがいま、なんの関係があるのだろう。 「世界は、無数の可能性の宝庫です」  どこか遠い目をしてヨンナが言った。 「人の選択で、世界は変わる。あなたがこの世界に生まれ落ち、衣紬を助けようと行動した瞬間から、この世界は大きく変わりました。どこまで変わるのかはわかりませんが、天界としては、その世界が滅ぶような結末だけは望んでいません」 「んな大げさな……」 「じゃあ、具体的な話をしましょうか」  ヨンナは少しのあいだ目を閉じた。  開いたときには、青い瞳に奇妙な光が浮かんでいた。 「あなたの意識が戻ったとき、衣紬はナースコールをしました。あの看護師さんは、家に帰って娘さんに、あなたのことを話します。この時代の日本では、記憶喪失という概念が流行しているため、娘さんはその話題に興味を持って、母親とかなり長く話し込みます」 「それ、実際にあったこと?」 「はい。私の脳が焼ききれない程度に、天界から情報をダウンロードしてきましたので」  なんか怖いこと言い出した。 「娘さんは、おやつに食べるつもりだったプリンを食べそこねてしまいました。そのことによって、母親が買い物に行くタイミングが一日ずれます。このズレによって、母親は、スーパーで出会う予定だった旧知の人と出会う機会がなくなります。この人との出会いによって、母親は、娘の私立中学受験のきっかけを得るはずだったのです。しかし、その可能性はいま、潰えています」 「……んなアホな」 「扇状に広がっていくドミノ倒しみたいなものです。娘さんが私立中学で出会う教師は、国文学の世界では少しは名を知られた人でした。この人との出会いによって、娘さんは研究者の道を歩む予定だったんです」 「……」 「もう、おわかりですよね。影響は時間とともに、どんどん広がっていく。たった一人の運命の変化が世界を変える。ここから先、歴史は、あなたが知っているものと異なった道を歩んでいくことになります」 「そんなこと気にしてたら、身動きひとつできなくなるじゃないか」 「実際には、世界には復元力のようなものがあります。人間には、洋の東西を問わず普遍的な性質がある。不幸よりは幸福を。空腹よりは満腹を。巨大な才能を持った人は、場所を問わずその才質をあらわすでしょう。あなたというイレギュラーな存在も、いずれは『そういうもの』として世界に受け入れられるようになる。それを見届けた時点で、私の役目はおしまいです」 「それは、いつわかるんだ」 「……こればかりは、なんとも。可能性ということだけでいえば、道太がここから家までの帰り道で車にひかれて死んでしまう可能性も絶無ではありませんから」 「いやな可能性だ」  そう言いつつ、俺はヨンナの言ったことについて考える。  これはつまり、壮大な規模の『なるようになる』である。  しかし、すでに40年前の自分にタイムスリップしてきた俺は、別の可能性についても考えざるを得ない。 「じゃあさ、俺が世界に受け入れられなかった場合は?」  ヨンナ自身が言っていたじゃないか。滅ぶような結末は望んでいない、と。それこそその可能性があるから、ヨンナは言及したんじゃないのか。 「その場合は……残念ながら、滅びの起点となる道太を消滅させるしかありません」 「その可能性は?」 「道太の生きかた次第、としか」  なるほど。理解した。  つまり、低くない、だ。 「よっしゃ」  俺は掛け声とともに立ち上がった。話し込んでいるうちに、空には夕暮れの気配が漂いはじめていた。眩しい西日を、目を細めて眺めながら、俺は言った。 「なあヨンナ」 「はい」 「俺は、衣紬を助けるためにこの世界に来た。それが俺の執着だったからな」 「……はい」 「なら、やることは決まってる」 「なんですか?」 「衣紬を幸せにすることだ」  衣紬がいつでも笑っていられるように。その歩む道が幸せに満ちているように。そのために、俺は、俺のできることをする。 「……ってのはどうだ?」  そう言って、ヨンナを振り向いた。  金色の髪がきらきらしている。こうして見ていると、本当に天使みたいだ。  ヨンナは、その美しい顔を、ふっとやさしく緩めて微笑んだ。 「わかりました。道太は、決めたんですね」 「ああ。俺は衣紬のお兄ちゃんだからな」  数分後、家に帰ったら衣紬がめっちゃむくれていた。  妹の扱い、難しい。
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groyanderson · 3 years
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☆プロトタイプ版☆ ひとみに映る影シーズン2 第八話「シャークの休日」
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(シーズン2あらすじ) 私はファッションモデルの紅一美。 旅番組ロケで訪れた島は怪物だらけ!? 霊能者達の除霊コンペとバッティングしちゃった! 実は私も霊感あるけど、知られたくないなあ…… なんて言っている場合じゃない。 諸悪の根源は恩師の仇、金剛有明団だったんだ! 憤怒の化身ワヤン不動が、今度はリゾートで炸裂する!!
pixiv版 (※内容は一緒です。)
དང་པོ་
 高々とそびえる須弥山の麓。宙にはトンビやカラスが舞い、地上では鮎や鯉が戯れに滝を登る。その平穏な滝壺のほとりで、徳川徳松少年は私達に今生の別れを告げる。 『あんたらは何も気にしないでいい。地獄行きはぼくだけだ』 「そんな」  光君はしゃがんで徳松の両肩に触れた。 「利用されてただけで。地獄など!」 『ダメだ。御戌神は沢山殺しすぎた。誰かがその業を背負って行かにゃ、地獄の閻魔さんが困っちまう』  ……野暮な事実だけど、現代に地獄や極楽へ行く人は稀だ。大昔は全ての神仏と霊が宗教という秩序のもと、亡くなった人の魂を裁いたり報うための聖域が幾つも設けられていた。けど地球全土が開拓され人口過多の現代では、そういった聖地を置ける場所も管理する神仏も足りていない。誰もが知っている程の重罪人や、誰が見ても割に合わない一生を遂げた善人だけが、狭小な聖地へ招き入れられるんだ。それが当たり前となった平成の時代に徳松が『地獄』へ赴いたとしても、事務的な獄卒にちょっと話を聞かれて追い返されるだけだろう。ただ、江戸時代からずっと本物の地獄を生き続けた彼に、私もドマルもそんな残酷な事言えるわけがなかった。 「どうしてそこまで……島の人達が、あんたに見返りを?」 『見返りなど! これは誰かがやらにゃならねえ事だから。……そりゃ本当はぼくだって辛かった。大散減が飢えたらぼくも腹ペコになって、嫌だ嫌だって思いながら人殺しを。しかも殺るのはぼくと本来無縁だった来世達が! ぼくは……何も出来なかった。ゴメンナサイって思うしか出来なかった』 「僕が地獄へ行く」 『バカこくな……』 「こいてねえ!」  光君は徳松を抱きしめた。 「何が救済だ! この世界は誰かがババ引かにゃ成り立たねぇなら、僕が地獄へ行く! そして何一つ反省しないで永遠に場所取り続けてやる! あんたみたいな人が落ちてこれねぇように!!」 『……!』  すると光君の背中に後光が差していく。ドマルは無言で跪き合掌。私は徳松の隣に寄り添い、彼の顔から影を拭った。 「徳松さん、もう誰もこの件で地獄に落ちる事はありません。あなたは許されたんです」 「『え?』」  光君は振り返り、自分の後ろに光輪ができている事に気がついた。 「こいつは……!」 ༼ 正しい心のもとに、仏様は宿られる。今のこの青年の言葉は、あなたが犯した罪を浄化するに足る力があった。そもそも、殺生の罪とは誰か一人に擦り付けられる物ではない ༽  ドマルも徳松の傍に寄る。 『そんな……けどぼくは実際、何度も人殺しを』 「徳松さん」  これは、あなただけの問題じゃないんだ。 「人が生きるためには、誰かが絶対に殺生をしなきゃいけないんです。お肉を食べるためには、農家の人に動物を屠殺して貰わなきゃいけない。家を守るためには、ときどき業者さんに虫や鼠を駆除して貰わなきゃいけない。殺した本人が悪い、自分で殺してないならセーフ、じゃないんです」 ༼ 言っておくが、僧侶やヴィーガンなら無罪とかそういう事もないからな。草木を殺した死体を着て胡座をかいている坊主だって、もちろん業を背負っている。大事なのは、自分や大切な人々が生きるために糧となった命達への謝意。『謝罪』と『感謝』の心だ ༽ 『謝意……』  光君は徳松の頭を撫で、徳松と指切りをする。 「徳松様。僕達の救済は殺生って形だったけど、誰もせにゃもっと沢山人が死んでたかもだ。僕はあんたの苦しみをずっと忘れない。あんたと一緒にしでかした事、あんたと繋がる縁、全てを忘れない。だから、どうか、安らかに」 『光』  光君の後光は強まり、草葉の陰にまで行き渡る。するとそこから一匹のザトウムシが現れた。針金のように細い体を手繰る、か弱い盲目の虫だ。徳松は子犬のような笑顔を浮かべた後、もはや誰も傷つける事なきその小さな魂を率いて何処へと去っていった。 ༼ はあ、最高かよ。エモいなあ ༽  ドマルが呟いた。口癖なのかな、それ。 「ドマルはどうするの?」 ༼ 拙僧はあなたの本尊だ。ムナルの遺志をあなたが成し遂げた時、この自我は自然とあなたに帰するだろう ༽ 「そう。じゃあ、金剛を滅ぼすまで成仏はお預けだね」 ༼ 成仏……あいつみたいな事を言うな。そもそも拙僧は邪尊だ ༽  ドマルは須弥山の風景を畳み、また私の影に沈んでいった。あの世界で逝去した徳松は、私と光君の中で永遠に生き続けるんだ。
གཉིས་པ་
「じゃじゃじゃじゃあ、埋蔵金って徳川徳松を襲った大妖怪の事だったんですか!?」  空港エントランスにタナカDの馬鹿でかい声が響く。熾烈を極めた大散減浄霊から一夜、五月五日午前九時。私達はしたたびの締めコメントを収録している。けど佳奈さんと二人きりじゃない。この場には玲蘭ちゃん、後女津親子、そして光君がいる。モノホンのみんなで予め打ち合わせした筋書きを、玲蘭ちゃんがカメラに向かって話す。 「したたびさんが歌の謎を解いて下さって、助かりました。マジムンは私達霊能者が協力して、一匹残らず退治しました。ね、斉一さん」 「え! え……ええ!」  斉一さんは『狸おじさん』のキャラを再現しようと、痛ましい笑顔を作った。 「いやぁ、大変だったんすよ。でもね、私の狸風水で! 千里が島の平和は……ぽ、ぽんぽこ、ぽーん、と……」 「た、狸おじさん? ひょっとして泣いてるんですか?」  タナカDが訝しむ。その涙は失った家族を思い出してのものか、はたまた安堵の涙か。カメラに映らない万狸ちゃんと斉三さんも、唇をぎゅっと噛んだ。 「い……いえね……俺今回、割とマジで命がけで頑張ったから……撮ってなかったなんてあんまりじゃないっすか、タナカDっ!」 「なはははは、そりゃすいませんねぇ! こっちも色々とおみまいされてまして……ぶえぇっくしょん!!」  そういえば光君が島民達に拉致されてから色々ありすぎて、私も佳奈さんもタナカDの事をすっかり忘れていた。スマホに入っていた何十件もの不在着信に気がついたのは、昨晩ホテルに戻っていた道中。二人で慌ててタナカDを迎えに行くと、彼は何故か虫肖寺の井戸の中で震えていたんだ。 「タナカさん、そっちは一体何があったんですか?」 「聞いてくれますか? 僕はねぇ、人生で一番恐ろしい思いをしたんですよぉ……」  未だ風邪気味な声でタナカDは顛末を語った。あの時島民達に襲われたタナカDは、虫肖寺のお御堂へ拉致された。そこの住職はタナカDに、「肋骨を一本差し出せばしたたびチーム全員をこの島から無事に帰してやる」というような脅迫をする。祟りなんて半信半疑だったタナカDは千里が島を『島丸ごと治外法権のヤバいカルト宗教村』だと判断、演者の命を優先するため取引に応じる事に。ところが「肋骨は痛そうだしちょっと……」「小指の骨とかで妥協して頂けませんかねぇ?」「足の小指です」などと交渉に交渉を重ねた結果、島民達を怒らせて殺されかけてしまう。慌ててお御堂から逃げ出したがすぐに追っ手が来たため、タナカDは咄嗟に井戸を降りて身を隠した。しかし数分やり過ごして地上へ戻ろうとしたその時、地震や爆発音などあからさまに異常事態が起きておちおち井戸から出られなくなってしまったのだという。色々とツッコミどころが満載な顛末だ。 「あなた、カルト相手に演者の命を値切りしたんですか」 「悪かったですって。けどあの時は本当に怖かったんですよぉ、紅さんだって同じ立場だったら値切るでしょぉ?」 「それは暗にまた私を小心者だと言ってるんですか? この三角眉毛は??」 「一美ちゃん、ここでキレたら小心者だよ!」 「なっはっはっはっはっは!!」  なんだか腑に落ちないけど、まあタナカDが無事だったのは本当に良かった。思い返せば虫肖寺という名前は『虫の肖像という名を冠したお寺』で、さらに漢字を繋げて読むと『蛸寺』になる。つまりそこも八本足のザトウムシ怪虫、大散減を祀る場所だったんだろう。 「皆さん、もうすぐ搭乗開始が」  光君が腕時計を見て告げる。二泊三日、色々あった千里が島ともついにお別れだ。それでも、この地で出会った人達や出来事、それら全ての『ご縁』は、決して捨てるべきじゃない大事なものだと思う。 「光君」  私は化粧ポーチから青いヘアチョークを取り出し、光君に手渡した。 「引越しが落ち着いたら、連絡してね」 「モチのロンで。一美ちゃんいないと、東京で着る服など何買えばいいかわからないんだから」  光君は徳松の成仏を機に、役場の仕事を辞めて島を出る事にしたそうだ。運転免許を取ったらすぐに引っ越すらしい。今は一時のお別れだけど、またすぐに会える。 「それじゃあみんな、帰るよ」  佳奈さんがここにいる全員の手を取った。 「……東京へ帰るよ!」 「「「おー!」」」
གསུམ་པ་
 それから数週間経ち、したたびで千里が島編がオンエアされる頃。  宗教法人河童の家は、『リムジン爆発事故で教祖含め大勢の信者が亡くなった』事故で、アトムツアー社に業務上過失致死の集団訴訟を起こした。リムジンを居眠り運転をしていたアトム社員が新千里が島トンネル前のコンビニに突っ込み、そこに設置されていたプロパンガスに引火、大炎上を起こした……という筋書きだ。この捏造によって私がコンビニを焼却した件も不問になり、私は本当に河童の家さんに落とし前をつけて貰った事になる。なんだかだぶか申し訳ない気もしたけど、先日あんこう鍋さんにお会いしたら『アトムから賠償金めっちゃふんだくれたんでオッケーす、我々はただの笑いと金が大好きなぼったくりカルトですから』と一笑に付してくれた。  加賀繍さんは、玲蘭ちゃんと斉一さんが辞退した除霊賞金三億円を一切合切かっさらっていった。その資金を元手に、電話やスマホアプリで人生相談ができるサービス『みんなのぬか床』の運営を開始。それが大ヒットして、今度は星占い専用人工衛星とやらを打ち上げる計画をしているそうだ。私も興味本位で一度ビデオチャットを課金してみたら、魔耶さんと禍耶さんが相談に乗ってくれた。そういえばこのサイトには、プロフィールも名前もない謎の占い師と繋がる事がある……なんて都市伝説があったような。  後女津親子は失った斉二さんの分の戦力を補充するため、木更津のどこかにあるという聖地『狸の里』で一から修行し直すと言っていた。斉一さんは生きながら強力な妖怪の魂を持つ半妖(はんよう)という状態を目指し、万狸ちゃんと斉三さんもそれぞれ一人前の妖怪になれるよう鍛錬を欠かさないとのことだ。ちなみに万狸ちゃんは九尾の狐みたいに糸車尻尾をたくさん生やして、佳奈さんの童貞を殺す服を着た女を殺す京友禅メイド服に対抗する服を作るのが目標らしい。  玲蘭ちゃんはなんと、あの後再び千里が島に行ったそうだ。今度は沖縄から神様を大勢率いて、長年大散減によって歪んでいた島の理を正したんだという。そこまでしたのにアトムツアーから何の見返りも受け取らなかったのは、『あんな賠償やら何やらで倒産寸前の会社と今更縁を持ちたくないから』。代わりに島の魂達から感謝の印にと、ちゃんと浄化済みの大散減のエクトプラズムをたくさん授かったそうだ。これまで多くの人々が追い求めていた徳川埋蔵金は、玲蘭ちゃんが手に入れたんだ。  さて。一方私はというと、顔のかなり目立つ位置にニキビができてしまいちょっぴりヘコんでいる。しかもこんな時に限って、メッセージアプリで久しぶりに光君から連絡が来た。だぶか、これが想われニキビというやつなんだろうか。 『From:あおきち 映画の前売チケットがたまたま二枚で! ご興味など?』  ……うーん、なんてベタな誘い文句! 返信をし��ら詳しく経緯を説明してくれた。  実は来週公開の『シャークの休日』というイタリア映画が、光君が以前務めていた千里が島観光課とのタイアップで『全編南地語字幕上映』という企画をやるらしい。それで光君にも、地元の元同僚さんからチケットが送られてきたそうだ。イタリア人がチャキチャキの南地語を喋ってるような字幕ってまるで想像がつかないけど、確かに面白そうだと思った。 「えーと、『来週の月曜か木曜なら木曜がいいです』……と」  実はどっちも予定は空いているけど、ニキビを治したいから遅めにして貰った。返信を終えた私は早速洗面所へ。さっきお風呂で洗顔したとはいえ、ニキビの箇所はもう一度念入りに洗ってからちゃんとスキンケアしよ……
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Fjórði
 そして一週間後、『トラップブラザーズシアター東雲(しののめ)』にて。 「あ、一美ちゃん! ごめん、お待たせを!」  平日昼間にも関わらず混雑する複合ショッピングセンターで、私は道に迷った青木光、恋人の光君をメッセージアプリ頼りに探し出した。 「あれ、キョンジャクとカンリンは?」 「それが、なくなっちゃったんだ。探してるから見つけたら教えて。そんなことより、行こう?」  この期に及んで『デートできる服を持ってない』などと言い出す恋人を助けてやるため、私は映画鑑賞の時間が近付く前にメンズファッションフロアへ向かった。まるでコーディネートの基本もなっていない男に、流行に合わせた服装を宛がう。それだけで「さすがプロは違う」と煽てられるのだ。 「一美ちゃん? ひょっとして、退屈で?」 「ううん、光君と一緒にいられて楽しいよ」  上映十五分前になり、私達は映画館に戻った。ロビーのスクリーンでは、丁度今日見る作品『シャークの休日』のトレイラーが流れていた。 『餌食である人類の世界を見てみたい……海底は人喰いザメの王国から、自由を求めるサメ姫シャークリー・シャックバーンがローマにやって来たぞ! 姫は魔法で人間に化けて新聞記者と恋仲になるけど、デート中『真実の口』に手を入れたらサメだと見破られちゃった! 魔法が解けて、ローマの人々をヤケ食いし始めるお姫様……全伊震撼の大パニックムービー誕生!』  お世辞にも興味をそそられる内容とは思えないが、私は今までしてきたように楽しそうに振る舞う。 「映画、楽しみだね」 「うん。あ、一美ちゃん、あそこに真実の口が!」  光君が嬉々として示した方向には、記念写真が撮れる真実の口のパネルがあった。彼はタイマー撮影用スタンドに自分のスマートフォンをセットした。 「ねえ、光君。作中の真実の口って、トレイラーで喋ってたよね。『サメ……ウソ……』って。これも手を入れたら喋るかな?」 「一緒に確かめてみるので。いっせー……」 「のー……」 「「せ!」」 『シタタビ……ウソ……』  その時、私はこの真実の口が何か妙な事を言ったように聞こえた。シャッター音と被って耳が錯覚を起こしただけ、だろうか。 「ごめん、もう一回手を入れてみていい?」 「モチのロンで」  二人でセンサー部分に再び手をかざす。 『シタタビ……ドッキリ!』  ヌーンヌーン、デデデデデン♪ ヌーンヌーン、デデデデデン! 突然、テレビ湘南制作『ドッキリ旅バラエティしたたび』主題歌、『童貞を殺す服を着た女を殺す服』のイントロが���画館ロビーに響き渡った。忽ちこの身体は自らの意志に逆らい跳躍し、入場口とは反対方向のエスカレーターへ飛び降りていた。先月末、ドラマ『非常勤刑事』の撮影で主演の男に「一度も見破れないのはだぶか君の才能だ」と言われた記憶が脳で想起される。 「って、サメえええぇぇえええ!?」  エスカレーター階下にはサメ帽子を被ったエキストラの大軍が群がっていた。私はコミカルに叫び、スカートスタイルにも関わらず粗暴に下りエスカレーターを駆け上がった。すると階上には、『ドッキリ』と書かれたプラカードを掲げる光君と志多田佳奈が待ち受けていた。 「ドッキリ大成功ー! 志多田佳奈のドッキリ旅バラエティ、」 「「したたびでーす!」」  悔しがってどうこうなるわけでもないはずだが、この身体はヒステリックに地団駄を踏んでいた。 「やいやいやい小心者! ハニートラップに引っかかるなんてまだまだ小心者だぞ小心者!」 「うるさい万年極悪ロリータ! そこの真実の口で実年齢をバラしてやろうか!?」 「うわぁ~、みみっちー」  しかし、これを放送するのは芸能事務所に許可されるのだろうか。私はまだ世間に正式に発表できるほど、彼と進展した関係ではないはずだ。 「あのね、佳奈さん。私と光君は今日が初デートだし、まだ事務所に何も言っていないんです。こんなのオンエアされたらこちとらたまったもんじゃないんですよ!」 「あ、社長さんには私が色つけて説明しといたから大丈夫だよ」 「勝手に何してくれちゃってるんですか!?」 「だってだって、光君の一美ちゃんへの愛は本当だよねー?」  光君は気恥しそうに真実の口へ手を入れた。 『……ホント』  よく見ると真実の口は、画角外のタナカDが裏声で喋っていたようだ。 「初デートを返せこの三角眉毛ェェ!!」 「ぬわははははは!! ごめんなさいって! ナハハハ!」 「一美ちゃんごめん、本っ当ごめん! これで堪忍を!」  光君が私に何やら縦長なフリップを差し出した。それは特大サイズに拡大印刷されたシャークの休日の前売券だ。 「『映画の世界へご招待! リアルシャークの休日』……『inローマ』ああぁ!!?」 「そ! 今回のしたたびは海外企画、イタリア編! 実は私、この映画の日本版主題歌を担当させてもらったの。そのPVを、ラブラブなお二人に撮ってきて貰いまーす!」 「え、じゃあ佳奈さんは今回行かないんですか?」 「うん。だって主題歌が入るニューアルバム、まだ収録全曲終わってないし。代わりにPVでは一美ちゃんの彼氏役が必要でしょ? だから光君を呼んだの」  そういう事だったのか。今回は光君が撮影に同行するのだ。 「ドッキリは正直ちょっと気が引けたかもけど、テレ湘さんが僕達を海外旅行に連れてってくれるんだから。ローマで本物の真実の口やったり、トレビの泉でコイン投げるなど!」  光君はさぞ嬉しそうに小躍りした。だが、それでは浅はかというものだ。 「光君、ちなみにローマで何をするか知ってるの?」 「うん。だから、映画みたいに真実の口とか……」 「そのフリップ、『inローマ』の下にやたら余白があるよね。よく見て、端がめくれるようになってる」 「え? あっ本当だ! タナカさん……」 「いいですよ、めくって」  フリップから粘着紙を剥がした光君は、前髪で表情が隠れていても解る程、顔面が蒼白した。フリップ上に現れた文章は、上の文字と繋げて読むと『映画の世界へご招待! リアルシャークの休日inローマ県オスティア・ビーチ~スキューバダイビングで人喰いザメの王国へ~』と書かれている。 「そっちへ!?」  彼もまた、私と同様に番組に騙されていたという事だ。するとタナカDが高笑いしながら、タブレットPCで企画書を開いた。 「お二人には最初の三日間でライセンスを取得して、四日目にサメと潜って頂きます。天候とかあるので五日目は予備日にしていますが、運が良ければ真実の口にも行けるかもしれませんよぉ」 「行けるかもしれませんよぉ、じゃないですよ。何が悲しくてイタリアまで行ってサメのいる海に潜らなきゃいけないんですか!」 「あやや……あやややや……」 「しかもこんなショッピングセンターでネタバラシしたって事は、どうせここで荷物買って今から行くんでしょ? 予算一万とかで」 「さすが紅さん、よくわかってらっしゃる」 「今から!? しかも一万円で旅支度を!?」 「安心して下さい、一人一万です。うははははははは!」  私達したたびチームにとっては定石である無秩序な行動に、光君はただ困惑している。 「じゃあ光君、衣装買いに行くよ。デートに行く服がなかったなら、PVに出る服だって持ってないでしょ」 「えっでも、流石にダイビングスーツは現地じゃ?」 「サメと泳ぐだけで終わらせるわけないでしょ? だぶか海中ロケなんてさっさと終わらせて、二人で街ブラする撮れ高で佳奈さんのPV埋め尽くしてやるんだ!」 「そ、そうだ……せにゃ! 見てろよ佳奈さん!」 「ふっふっふー。そう簡単にいくかな? 衣装に予算使いすぎてだぶか後で後悔するなよっ!」 「国際モデルのこの私のプチプラコーデ力を侮らないで下さい。だぶか佳奈さん本人が出てるPVより再生数稼いでやる!」  斯くして、また私達は旅に出る事になった。『行った事のない場所にみんなで殴り込んで、無茶して、笑い合って、喧嘩して、それでも懲りずにまた旅に出る』とは佳奈さんの言葉だ。それが私にとっての日常であり、私はこのような日々がいつまでも続くと漠然と思い込んでいる。
 し か し 、 そ れ で は こ の 『 私 』 に 金 剛 の 有 明 は 訪 れ な い 。 間 も な く 時 が 来 る 、 金 剛 の 楽 園 ア ガ ル ダ が こ の 星 を 覆 い 尽 く す の だ 。
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benediktine · 5 years
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【もう、人間と自然は共生できない 環境学者・五箇公一インタビュー】 - CINRA.NET : https://www.cinra.net/interview/201411-gokakouichi インタビュー・テキスト 島貫泰介 撮影:古本麻由未 2014/11/12
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11月末まで、お台場の日本科学未来館で行なわれている『地球合宿2014』は、2020年『東京オリンピック・パラリンピック』開催を前に、あらためて地球と都市の環境を考えよう、というイベント。会期中はワークショップを中心に、日本科学未来館が誇る地球ディスプレイ『ジオ・コスモス』のスペシャルデモンストレーションや講演会が予定されており、11月24日には小山田圭吾や高橋幸宏らと『攻殻機動隊』、スペースシャワーTVとのコラボレーションライブも開催する。
そこで今回は、関連イベント『TOKYO・100人ディスカッション』に出演する科学者の一人、五箇公一さんへのインタビューを敢行した。「生物多様性」という近年話題になることの多いホットワードに関連した研究を行っているという五箇さん。その他に日本に入って来る外来種の防除なども研究対象というが、「そう言われても……」と戸惑ってしまうのは、文系人間であるライター稼業の悲しい性。ここは一人の学究の徒に戻り、恥ずかしげもなく質問してみることにしよう。「先生! 生物多様性ってなんですか!?」
■《東京は人口過多な商工業都市で、まさに消費のコア。資源消費というかたちでの、生物多様性へのインパクトは計り知れません。》
―――五箇先生は最近耳にすることの多い「生物多様性」について研究されていると伺いました。でも「生物多様性」と聞くと、すごくスケールの大きい問題に感じられて、なかなか難しそうだぞ……という印象があります。
五箇:  たしかに生物多様性はグローバルスケールの話ではあるけれど、本質的にはローカルな問題なんですよ。3千万種いるとも、1億種いるとも言われる地球上の生物それぞれに個性があり、相互に支え合いながらつながっているというのが「生物多様性」のおおまかな説明になります。でも、生き物は本来ローカルな環境に根付き、そのなかで進化してきたものなので、対処としてはそれぞれの地域の自然とどうやってコミュニケーションをしていくのかを考えないといけない。つまり、「身近な自然としての東京」について考えるということですね。
 {{ 図版 1 : 五箇公一 }}
―――自分たちの住む街について考えることが、生物多様性の問題につながっていくんですね。
五箇:  そうです。東京という街は世界中とリンクしているメトロポリスですから、必然的に外からさまざまな外来種が入ってきます。今年の夏に大きな問題になったデング熱もそうだし、ひょっとすると将来的にはエボラ出血熱の危険も増すかもしれない。グローバル化に伴うさまざまな問題や環境の変化のなかで日本人自身の生活のあり方もどんどん変容しています。10月11日に日本科学未来館で行ったワークショップ『TOKYO・オン・データ』では、都市システムを研究してらっしゃる国立環境研究所の肱岡靖明さんと一緒に、そういった現実的な問題点を踏まえて、どういった未来像を作っていけるかということを考えました。
―――具体的にはどのような内容��ったのでしょうか。
五箇:  森林破壊、海洋汚染、乱獲による種の減少など、東京の身近な事例を参加者にお伝えして、「さあ、どうしたらいいでしょうか?」っていう問いかけをしました。でもねえ……生物多様性の問題というのは、人間と自然の相互作用が絡んでくるので、おっしゃる通り、対処の仕方が非常に難しい。グループディスカッションの際には4グループが気候変動の問題を選んで、1グループしか生物多様性の問題を選ばなかった(苦笑)。温暖化はCO2(二酸化炭素)を減らすというのが1つの方程式として出ているわけだから理解しやすい。要するに無駄な消費と排出を抑えましょう、ということだから。
 {{ 図版 3 : 日本科学未来館『地球合宿』の様子 }}
―――たしかに生物多様性の問題と言われても、どこから手をつければいいのか、戸惑うかもしれないです。
五箇:  でも解決するための軸は同じなんですよ。生物多様性の減少を食い止めるために必要とされるライフスタイルは、できるだけゼロエミッション(排出ゼロ)、ゼロコンサンプション(消費ゼロ)に近づけること。無駄な排出と消費を抑えることで、生物多様性に対する負荷も抑えられる。究極的な目標は、生物多様性も温暖化も同じなんです。おもしろい具体例がありますよ。たとえばウナギ。
―――ウナギですか。
五箇:  最近ウナギが減少して値段の高騰が話題になっていますよね。これも環境破壊と乱獲が原因で。ウナギって海で育って、遡上してくるわけですよ。でも川の途中にダムがあったり、川の環境が悪かったりすると遡上できず、彼らのライフサイクルが分断されてしまう。それと同時に、稚魚を乱獲しすぎてどんどん数が減っている。ニホンウナギは1970年代をピークにどんどん減少してしまって、かつての10分の1も獲れないと言われています。しまいにはヨーロッパウナギやアメリカウナギっていう外国のウナギまで手を伸ばして、そちらも同じように減少を始めている。ヨーロッパウナギは本国でも規制がかかっているんですよ。
―――ウナギ大好き日本人が原因。
五箇:  日本という小さな国が、経済力と消費力で世界の生物多様性にまで影響を及ぼすパワーを持っている。特に東京は人口過多な商工業都市ですから、まさに消費のコア。資源消費というかたちでの、東京から生物多様性へのインパクトは計り知れません。それから水質汚染の問題。高度経済成長期は工場廃水による公害が問題でしたが、公害対策基本法(現在の環境基本法)が整備されて、現在は世界でもトップクラスにクリーンな状態なんです。ではなぜ水質汚染が問題になっているかというと、個人消費なんですよね。
―――日々の生活に使う水ですか?
五箇:  今や日本人の水の消費量、1日あたり平均の水の使用量は1人約300リットルで世界最大級。生活排水が汚染のじつに70%を占めているという現状があります。水が豊かな日本であるがゆえにできることでもあるのですが、生活が豊かになった分だけ、毎朝毎晩シャワーを浴びて、お風呂に入って、全自動洗濯機で排水するという生活を続けて、大変な環境負荷がずっと続いているんです。
≫――――――≪
■《もし日本人が自然征服型で暮らしていたら、あっという間に資源を使い果たして、自分たちも生きていけなくなっちゃうわけですよ。》
―――「生物多様性について考えるのは難しい」とおっしゃっていましたが、今挙げていただいた例は、すごく身近な問題でわかりやすいと思いました。生物多様性を語る難しさというのは、何に起因するのでしょうか?
五箇:  食とか生活に置き換えるとぐっと距離が近くなって感じられるけど、実際の東京の暮らしって自然な状態からかけ離れてしまっていますよね。里山のような村社会が生活様式の中心だった時代は、自然がすぐそばにあって生物の営みが身近に感じられたんです。というか、生態系の恵みを使った循環型の社会システムを作らざるをえなかった。山が急峻で、住むところも少なく、狩猟生活では生きていけない日本では、農業中心の生活に移行していく必要があった。だから規模の限られた、村社会という小さな単位のなかでしか生きられなかったんです。
 {{ 図版 (省略) : 五箇公一 }}
―――大陸とはまったく違う世界ですよね。
五箇:  そう。大陸の文化というのは自然征服型なんですね。庭の作り方にしても、フランスとかは左右対称にきれいに調和をとって、自分たちの好きな木や花を植えて作ったりするでしょう。日本は枯山水だとか自然の成り立ちをうまく取り入れる。もし日本人が自然征服型で暮らしていたら、あっという間に資源を使い果たして、自分たちも生きていけなくなっちゃうわけですよ。がんばっても無理。
■《グローバル化と都市化というのは感染症を蔓延させる1番の温床なんですよ。リスクは、アフリカ以上に都市部のほうがよっぽど怖いです。》
―――しかし、そんな自然征服型の都市政策を東京は踏襲してきました。
五箇:  西洋文化は合理的なので、便利さを考えれば当然ですよ。速く移動するには紋付袴よりはズボンだし、下駄より靴のほうがいい。近代化への憧れという部分も大きかったと思いますし、世界的な都市化の流れに乗るなら、西洋のシステムのほうが経済もうまく回る。かつての日本の循環型システムを取り入れるよりは、一方向の消費型のほうがよっぽど早く成長できるわけですから。ただ、都市化の流れというのは世界各国ほぼ共通していて、どこに行ってもリトルトーキョー状態。代わり映えしなくなっているということは、都市化のシステムが集約されているということ。
 {{ 図版 4 : 日本科学未来館 }}
―――都市工学自体が極まっている。
五箇:  もうひと工夫はできると思いますが、屋上緑化とかビオトープ(生物生息空間)の復元とか、都市内に生物多様性を取り入れなきゃ、っていう方向に向かっていますね。ただ今回のデング熱の発生みたいに、生物多様性というのは人間にとって都合のいいことばかりではないんです。都市というのは、いびつに切り取られた生態系なので、結果的にはゴキブリや蚊のような害虫や害獣が増えやすくなるんです。トンボのような天敵もいないですし。そういう害虫たちは地下鉄や地下道の温排水のなかで生きられるから、田舎と違って冬でも淘汰されない。デング熱にしても、冬になれば蚊がいなくなるって言っているけど、あれ嘘ですよ(笑)。
―――世界中でエボラ出血熱の伝染が問題になっています。自然に囲まれたアフリカよりも、高度に都市化されたニューヨークや東京のほうが脆弱なんでしょうか。
五箇:  あまりに密集していますから脆弱でしょう。グローバル化と都市化というのは感染症を蔓延させる1番の温床なんですよ。2009年に豚インフルエンザ(新型インフルエンザ)が流行しましたが、半年もしないうちに世界中に広がってしまった。空気感染する病気だから特に感染力が強かったというのもあるけれど、世界の人の動きは止められないし、否が応でも伝染する。満員電車のなかに1人でもいたら、あっという間に100人は感染するわけで。感染症のリスクは、アフリカ以上に都市部のほうがよっぽど怖いです。
≫――――――≪
■《経済が豊かじゃないと、考えるゆとりも生まれないから、環境のことにも手が回せなくなってしまう。》
―――これまでのインタビューなどを拝見すると、五箇さんは自然と都市の間で両義的な立場をとりながら、そのなかで新しい環境をどう捉えていけるかというスタンスですよね。そういう方向性に目を向けられた理由はなんでしょうか。
五箇:  子ども時代は富山県の田舎に住むマニアックな生き物オタク少年で、昆虫だけじゃなく古代の恐竜とか、想像上の生物とか、人間とかけ離れた生物の異質性に強く惹かれる子どもでした。思春期に入って「モテたい」とか「アイドルかわいい」とかで遠ざかっていたんですが、大学に入って受けた実習でダニに触れる機会があって。そこでまたオタクの虫が目覚めてしまって(笑)。
 {{ 図版 (省略) : 五箇公一 }}
―――原点に立ち返った。
五箇:  せっかく理工系に進んだのにね。ただ、京都大学は世界でもトップクラスの昆虫学の研究室があることで有名なのですが、それはそれであまりにもマニアックで(笑)。人間社会からかけ離れすぎてしまっていて、大半の学生や研究者は虫さえいれば満足という人たちばっかりだった。
―――虫にしかお金を使わない(笑)。
五箇:  そういう世界にも「もう付いて行けない!」と思いました。働かざるもの食うべからずという考え方で、卒業後はサラリーマンの道を選んで宇部興産という会社で殺虫剤の開発に携わったんです。サラリーマンとしての7年間は、儲かるか儲からないか、商品が役に立つか立たないか、っていう社会経済システムに乗って仕事をしてきたのですが、そこでやっぱりもの作りがあってこそ日本は成り立つということを知った。農林水産業は全部そうだし、そういった第一次産業の上に第二次産業が乗っかって、ものを生産して生き残ってきたわけですよ。もちろん公害とかネガティブなものも吐き出してきたけれど、みんなが安心して暮らせる安定した社会を作らなきゃ始まらないという現実があった。経済が豊かじゃないと、考えるゆとりも生まれないから、環境のことにも手が回せなくなってしまう。実際、東南アジアやアフリカのように、発展が滞っているところでは環境汚染は続くわけですよ。
―――経済は必要なんですね。虫だけで人生オッケーとはいかない。
五箇:  いかないですよ。「虫だけでオッケー」という人たちが生きていける社会を作れたのも、経済あってのことなんだから(笑)。物質社会や商工業を悪者にしても仕方ない。経済を安定させることで、他の国への経済支援も含めて、世界の環境破壊を抑える力にもなるわけだから。いかにバランスをとるかが大事なんです。会社を辞めて、国立環境研究所の研究室に入ってからは、僕も鼻息荒く「産業は生物多様性に対してはよろしくない!」という立場を取っていたときもあったけど、やっぱり企業で働いた経験があると「ちょっと違うよなあ……」と思うことが多くて。セイヨウオオマルハナバチの問題って知っています?
 {{ 図版 (省略) }}
―――ネットで見たことがある気がします。ぬいぐるみのようにフカフカした外見の蜂ですね。
五箇:  そうそう。ヨーロッパで商品化された蜂で、1990年代に日本に輸入されました。ビニールハウス内で花粉を運ばせて、トマトの受粉に使うと効果的なんです。それまでは、植物成長調整剤を花にかけて、だまくらかして実を付けさせていた。
―――想像妊娠みたいに、受粉したと思わせて。
五箇:  手間もかかるし、じつはその調整剤ってベトナム戦争で使われていた枯葉剤を希釈したものなんですよ。だから健康上もよろしくない。さらに1990年代から一気に農作物の自由化が進んで、日本のトマトは経済的にも大打撃を受けた。そこで農水省がマルハナバチを導入することに決めて、トマトの増産に入ったんです。
―――国の旗ふりでマルハナバチの輸入がスタートしたんですね。
五箇:  ところがこのセイヨウオオマルハナバチはとんでもない繁殖力を持っていて、もし野性化してしまったら日本のマルハナバチを駆逐してしまうということで、日本の生態学者たちがものすごく反対をして悪者になっちゃった。農家までが悪者にされて、社会問題にもなりました。でも農業がいかに大事かという視点から考えると「農業生産を無視して環境保全という話はおかしいんじゃないか?」と僕は思いました。それで学者、企業、農家を交えたラウンドテーブルを組んで、外に逃がさないようにしたハウスでの使用に限定するルールを結んだんです。二枚舌な感じもするけど、結果的にうまく運用できているし、環境省、農水省の面子もこれで立った。もちろん農家さんもトマト栽培に安心して従事できるわけです。
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■《人間社会を支える多様性というのは、自然環境のみならず、文化にも非常に重要な意味を持っています。》
―――地球環境の話題になると、僕たちは科学者の方にご託宣を求めるように聞いてしまいがちで良くないのですが……果たして僕たちはどのように自然と付き合っていけばいいでしょう?
五箇:  こないだのシンポジウムでも同じようなことを言われました(笑)。難しいですよね。僕自身、田舎の生活よりも都市の生活が楽しいし、充実しているし、刺激もある。いろんな弊害もあるけれど、世界中からいろんな人が集まってきて、東京は大都市になって芸術や文化を生み出してきた。人間社会を支える多様性というのは、自然環境のみならず、文化にも非常に重要な意味を持っている。だから単純に都市を破壊して、地方に分散して、田舎暮らしに戻りましょう、という話ではないですよね。
 {{ 図版 (省略) : 五箇公一 }}
―――たしかに都市が文化を作り出してきたのは、紛れもない事実ですね。
五箇:  ただ、大都市にすべてを集中させるのは良くない。過疎化が進んで地方社会が崩壊する一方、大規模店舗が地方にドスンと移っていって、地方の経済を全部画一化して回そうとするから、地方が持っていた個性が失われてしまう。そういうものを1度見直し、地方ごとの独自の社会システムを作って、産業の育成、雇用人口増加のための若い人の住宅整備といった、ローカリゼーションも必要になってくる。そうやって人が集まれば必然的に自然環境の維持もできるようになって、里山といったものを守ることができる。自然に人は介入しないほうがいいという言い方もあるけれど、それでは生物多様性は守れないですよ。特に日本の生物多様性というのは、里山があり、水田があり、雑木林があり、っていうモザイクのような自然景観の構造があるからこそ、これだけの多様性があるんです。それを放っておくと、常緑樹と針葉樹で埋め尽くされてしまって一気に多様性が低下してしまう。多様性というのは、何かしらの撹乱があって、その隙間にこれまでの環境では馴染めなかった生き物が介入してより複雑になるんです。そうすることで生態系サービスも豊かになる。
 {{ 図版 (省略) }}
―――生態系サービス?
五箇:  多様な生き物がいることで、さまざまな機能がそこにかぶさってくるんです。土壌の循環能力であるとか、酸素の供給能力であるとか。生き物が多いほど良いっていうのは、次第に実証されてきています。
■《『風の谷のナウシカ』の腐界と人間世界の関係のように、自然と人間は共生できないんです。》
―――お話を聞いていると『風の谷のナウシカ』の腐海と人間世界の関係を思い出しますね。
五箇:  でしょう。宮崎駿さんはよく考えていると思います。
―――原作のマンガだと、結局人間と自然は共生できないっていう話でしたよね。それは先生の考えとやや違うのでは?
五箇:  共生はできないです。里山は自然の恵みをいただいてうまく調和してはいるけれど、やはり掟はある。熊が里に下りてくれば撃ち殺さないと人間が襲われてしまうし、猪も殺さないと農作物を食べてしまう。人間と野生動物の間にはものすごく厳しい不可侵の戒律があるんですよ。でも今は人に慣れた動物が里に下りてくるし、観光客が餌付けしたりするから、さらに我々を舐めてかかっている。このまま行くと、人間は野生動物に押されていくだろうと言われています。
―――人になつく動物の姿は心温まる風景ですが、それは掟や戒律がなくなった証拠でもある。
五箇:  共生というのは仲良くすることじゃなくて、住処や取り分をはっきり線引きすることなんですよ。人間は野生の社会には戻れないです。裸の猿として脆弱に退化していて、進化なんかしていない。エボラ出血熱や鳥インフルエンザの問題もそうで、これからウイルスと人間の戦いが激化するだろうと言われています。本来はウイルスによる激烈な淘汰と免疫を持つ数パーセントの新種の誕生こそが、昔から繰り返されてきた進化のプロセスだった。そのなかで人間だけが、その進化の掟を破るわけですよ。動物や植物は自分たちの生き方を変えたり、住む場所を変えたりして環境の変化に適応していく。でも人間は冷暖房を開発し、新薬を開発して、自らの環境を変化させないことで現状を維持している。自分自身と生活を守る「鎧」を作るという意味では進化したけれど、人間自身はまったく進化していないんです。
 {{ 図版 5 : 日本科学未来館(外観) }}
―――なかなかシビアな指摘です……。11月22日と23日に『TOKYO・100人ディスカッション』というイベントが開催され、五箇さんも出演されます。そこではまさに東京での生活の未来像が話題になると思うのですが、どのような場にしたいとお考えですか?
五箇:  前回の『TOKYO・オン・データ』では問題提起をしたので、今回は具体的な将来のビジョンについて議論できればと思っています。先ほどお話ししたローカリゼーションと一緒に考えたいのは情報伝達の問題です。かつて江戸や大阪から見れば、地方はほとんど石器時代くらいの情報の遅れがあって、生活も非常に立ち後れていた。でも今は情報技術が進んで、都市と地方の情報伝達の差が限りなくゼロになってきた。もっと技術が進んでバーチャルな映像再現もできるようになれば、現地に行かずともヨーロッパ旅行ができる時代が来るかもしれない。先端技術や現代日本が築きあげてきた文化というものは無駄なわけでは決してなくて、たとえば新しいネオ里山文化みたいな時代にも向かっていくことができるかもしれない。今あるツールをどう使って、どう発展させていくかを考えれば、そこに企業を巻き込むこともできるようになるしね。そういった発想の転換になるようなアイデアをみなさんで出していければいいですね。
―――さっきおっしゃっていたように、生物多様性と同じレベルで、文明文化の多様性もあるということですね。インターネットもまた、多様性を促進するツールの1つかもしませんし、そこに第2の自然とでも言うべき新たな環境を見出せるかもしれません。先生、ありがとうございます!
●プロフィール 五箇公一(ごか こういち)  国立環境研究所主席研究員。富山県生まれ。京都大学農学部卒業、京都大学大学院昆虫学専攻修士課程修了。宇部興産株式会社農薬研究部に在職中の1996年、京都大学で博士号(農学)を取得。1996年から国立環境研究所に勤め、現在に至る。主な著書に『クワガタムシが語る生物多様性』『ダニの生物学』『外来生物の生態学―進化する脅威とその対策』『日本の昆虫の衰亡と保護』��ど。テレビ出演、新聞報道などマスメディアを通じての普及啓発活動にも力を入れている。専門はダニ学、保全生態学、環境毒性学。
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2019年・夏【往路】
【はじめに】
8月9日、仕事を片付けて帰宅。さて、明朝から旅に出るぞ!と、上機嫌に洗濯を回していると何やら・なぜか・何かがおかしい。アマゾンプライムで流していた「いろはに千鳥」の音が急に消えたのだ。アレ、アイフォンで流してるはずだけどな?そろっとアイフォンに目を遣ると画面は真っ暗、全く充電されていないのである。アラ、旅直前にして壊れちまった!これは困るなあ、とトチ狂ったようにガシャガシャ充電のケーブルを抜き差し。しばらく格闘し爽やかに汗を流した直後、気付く。愕然。もしかすると。ハア。ご名答である。普段、マックにぶっ刺したハブ経由でアイフォンを充電しているのだ。その通り。なんと「ひんし」だったのはアイフォンではなくマックの方だったのだ(通りでアイフォンまで電気が通らない)。さて、ド真夜中。ポケモンセンターなら24時間営業・無償かもしれんが、アップルストアは要予約、はてさて一体おいくら万円掛かるのかしら。どうあれ、マックをマサラタウン(実家)まで連れて行くのは取り止めだ。旅行先で細かい仕事を片付けるつもりだったのになあ。しかし、自宅に置いておくとはいえ旅から戻ってもマックが壊れたまんま、というのは色々とマズイ。ライトニングケーブルと闘い続けたボクサーは、明朝アップルストアに殴り込むべく改めて拳を高く掲げるのであった。余談だが、ポケモンセンターのお仕事って、とってもブラックではないだろうか。ずっとナースのネーチャンいるよなあ。兎にも角にも、明日はホワイトな林檎マークに向かい「めざせ!ポケモンセンター」すると決めて、私は軽やかに寝落ちしたのであった。
【1】
明朝。日付で言えば8月10日。フツーに寝坊した。11時半、めちゃくちゃ素敵なお昼時である。マックどうのこうの、の件で出発を遅らせたが、そもそも朝の出発は難しかったのではないか、いやはや。さて、9時過ぎ。早速アップルストアに問い合わせる。お姉さんの声・電子音ver.が流れた後、人間のお姉さんが対応する。「あの、マックがブチ壊れてしまって」(中略)「赤坂見附のビックカメラであれば本日受付可能です」。というわけで、「まずは湘南を目指して」「熱海をカメラに収めたい」はずの青春のひとり旅は、「まずはポケモンセンターを目指して」「赤坂のビックカメラに任せたい」を経由して始まることが確定。マック赤坂当選ならぬ、マック・赤坂見附・通せんぼである。
最寄りの中野駅発、中央線・丸ノ内線を乗り継いで赤坂見附へ。ビックカメラに到着するや否や、特筆すべき話題もなく私のマックはカウンターの奥へと引き取られ消えて行った。達者でな、というかお前壊れるタイミング考えろや、という本音ダダ漏れで見送った後、急に腹痛が。こちらのダダ漏れはヤバイ。一旦四ツ谷駅まで移動し、やけにオシャレなトイレへと駆け込んだ。ハイ。ここまでの文章を、電車を乗り継ぎ、だらだらと、最終的にはトイレでウ◯コしながら書いている。この上「性春18禁」などとタイトルを決めてしまったので最早ほとんどスカトロAVである。フツーに出発してフツーに終わると思っていたけれど、どうも私はいつでも地獄を突き進むらしい。こんな調子ではございますが、「性春18禁ひとり旅」開幕です。
【2】
四ツ谷で始まるとは思っていなかった「性春18禁ひとり旅」。元々1日目で京都まで行きたい!と思っていたけれど本日の残された時間を考えると中々に難しい。難しいな���いっそ四ツ谷でめしを食ってしまうか!と思い切り、街へと飛び出した(「飛び出した」と言っても駅前の横断歩道を一本、二本渡っただけだが)。パッと目に入った店に入ろう、と決めてテキトーに歩いていると「アジア大衆料理」を謳う独特なカラーリングの看板を見付けた。冷静に考えると、「アジア料理」って何やねん。店の前にはベトナムと書いてある。ドアにはパッタイの写真。最早和食すらあるんちゃうか?という謎の店構え。ええやん、入ったるわ、と猛スピードで飛び込んだ。横断歩道を渡るのとはワケが違う。店に入ると気のイイ感じのオバチャンが「イラッシャーイ」とお出迎え。「アジア料理屋のオバチャン」って一体ナニジンやねん、というツッコミは色々とアレなので避けておき、颯爽と席へ着く。一人も客おらんがな。オバチャン大丈夫かいな。メニューをパッと開いて目に入ったのはパッタイ(タイ風やきそば)だった。どうやらイチオシらしくデカデカと載っているのだ(キャッチコピー付き)。なるほどタイ人の方なのね、とアジアンオバチャンを呼ぼうとしたその時。オバチャンが客入っとんのに華麗にYouTubeをみているではないか。「オイ注文やで」と声を掛け「コレくださいな」とオーダーするその間、私はタイ風焼きそばのことなど一寸と考えていない。オバチャンが何を視聴しているのかが気に掛かって仕方ないのだ。目を細めて画面をみる。みえないので姿勢を変える。おっ、みえた。アレ?並んでんの漢字だな。ん?コレ中国版「朝まで生テレビ!」的なヤツじゃね?うむ、どうやらオバちゃんは中国の方らしい。しかし中華料理はメニューに並んでおらず、「エスニック」と括られる系の異国の料理の写真ばかりが載っている。一体全体彼女はどういうルーツの方なのよ、と小さな飲食店で「坩堝」的な何かすら感じてしまっている。
【3】
色々な生き方があるもんだね、と妙に感心して間もなく気付く。アレ、この店厨房ないやんけ!ぐるぐる店の中を見回しても、ない。暫くぎょろぎょろと周りを眺めているとアジアンオバチャンが、私が口を開くまでもなく質問事項を読み取り、「リョウリハ、ウエヨ」と先回りして教えてくれた。二階で料理しとんのかいな。わざわざ持って降りるんかいな?と思ったその時。ウィーン。リフトである。こういうタイプの店でリフト採用しとんのかいな。高架下と駅二階両方に入り口あるタイプのマクドナルドかい。
色々とツッコミどころのある店だったが、こういう類のぐちゃぐちゃ感はなぜか憎めない。遂にオバチャンはYouTubeをみながらめしを食い始めた。ぜんぶ許しましょう。もう暫く滞在したい気持ちもあったが、せめて今日中に熱海までは出てしまいたいのである。金を支払い出発する直前、オバチャンが話し掛けてきた。「ナツハ、オヤスミカイ」「あい、休みでこれから旅しますねん」。そう伝えると急にオバチャンが奥からゴソゴソと箱ティッシュを取り出した。旅にティッシュ?旅人を見送る中国特有の伝統か?ワケもわからずティッシュを引き出す私。困惑する私に、オバチャンが「ハナミズ」と。私が鼻水垂らしてるだけかいな。気付かんかったわ。どんなタイミングでティッシュ差し出しとんねん。ありがとう。
やることなすこと一つとして納得できない店だったが、妙に愛らしく思えてしまう。今回の旅はこんな素朴な出会いから始まった。いや、まだ始まってないのか。ちなみにマクドナルド四ツ谷店のパッタイは大変すこぶるビミョーであった。
【4】
「青春18きっぷ」には、「四ツ谷」と判子が押されている。さて、まずは新宿へ。湘南新宿ラインと東海道本線を乗り継ぎ熱海を目指すのだ。そう言えばフツーに「性春18禁ひとり旅」なんて言っているが、これって一体なんぞやと。ハイ、私の故郷は東京より西に下ったその先の、鳥取という地にありまして。そちらを終点と定めて夏・冬に鈍行ひとり旅(帰省)を決行しているのでございます。この度も御多分に洩れず東京は四ツ谷を始点(図らずも)として旅が始まろうとしているのでした。「性春18禁」に深い意味・意図はございませんので悪しからず。
さて、熱海に着いた後間に合えば名古屋まで走りたいところだが、はてさてどうするか迷いどころ。ビミョーなパッタイを濃い味・名古屋めしで搔き消したいのだが、そもそも電車の本数があるかないか次第なのである。一旦流れに身を任せ。
ひとり旅漸くスタート!と言ってもぶっちゃけ電車の中は暇。今回はマックがブチ壊れてしまったので、車内で映画みる・ゲームするなんてことも難しい。もうホント、やることがない。画面真っ暗のせいで、お先真っ暗である。
代わりにいくらか本棚から摘んだエッセイを持ち込んだ。この辺りを読み込んで時間を潰したが、暫くして飽きた。コーヒーを飲んだ。お茶を買い忘れた。もうそろそろ熱海に着く。名古屋まで行きたいな、などとぼやいていたが辿り着くにはやっぱり時間が足りないらしい。というワケで、本日の終着点を浜松と定めた。その前に、どうあれ熱海で2時間ほど休むことにしたのである。
【5】
間もなくして熱海に到着した。大して歩いてもいないのに、身体が痛い。さてこの地では何が起こるか。地獄へGOしてしまう性分の私に何が待ち受けているか。地獄巡りとは、本来そんな意味ではないのだが。温泉だよなあ、温泉。温泉?いや、やっぱり熱海に来たからには海なのか?海に臨まねば。テキトーに歩いている内に、目的地は海へと変わっていた。しかし土地勘のない私はひたすらに歩き回る。テキトーに辿り着けない立地ではないはずだ。潮風の方へ(グーグルマップを見ろよ)。
暫くして海に到着した。しかし、防音壁なのか何なのか、真っ白の壁に覆われているではないか。壁の向こうに海があるのに見えない状況。思い付いたのは超古典的「高台」作戦である。シンプルに高い所から見下ろせばいいのでは?と、目に入った「何に繋がるのかワカラナイ階段」を登った(今思えばアレ、廃病院とかだったんちゃうか)。まあ良き夜景の広がること。スゲー!と言いたいものだが、流石に熱海じゃ街の光量が足りず、海は真っ暗、街明かりもまあまあ許せる程度といった感じである。この弱さ・儚さがイイんだよな、と私はにやけているが、私の周りにいたお兄さんお姉さん方はこの夜景をどう思っているのかしら。隣りのニーチャン・ネーチャンは海を見ながらラーメンの話をしていた。
【6】
海を見たら満足した。やけに満足してしまった。折角来たのに熱海は終わりかなあ。しかし、海だけで終わらせるのはどうにも勿体ない。時間もあるのでフラフラと散策した後、軽食を摂ることにした。道中、坂を登ったり階段を走ったり。熱海特有・街の高低差に体力を奪われながら、昭和の香り漂うスナック喫茶「くろんぼ」へと辿り着いたのである。
渋さと可愛らしさを兼ね備えた看板を眺めつつ階段を降りていくと、「よくある喫茶」と「よくあるスナック」が融合した憩いの空間が広がっていた(当たりだ!)。出迎えてくれたのはアジアンオバチャンとは異なるタイプのお淑やか・オバチャンだった。このオバチャンも看板・内装に負けず劣らず渋&キュートを極めている。席に着いて思わず「フーッ」と息を吐いた私に、「旅です?」と投げ掛ける渋キュー。「ええ、東京から来てんス」と返すとその後は特に何を語ることもなく、一人微笑んでいた。
ザ・日本食、花柄の皿に盛られたカレーライスと緩く冷えたアイスコーヒーをいただく。渋キューさんに向けて道中について話そうと試みたが、ぶっちゃけ道中であったことなど何もなかった(マックが壊れた、パッタイがビミョーだったなどは決して旅の話ではない)。ふと我に返る。そっか、まだ旅してないんだなコレ。そう思い始めると少し笑ける。目的も持たず、観光地を巡らず、ただ歩く。一般的に言えばコレは旅ではないのかもしれん、と思うと笑けてきた。どうせフツーに旅などできないのだ、もうこの砕けた旅を続けるのも一つアリではないか。そんなことをぼうっと考えている内に、緩く冷えたコーヒーは放ったらかしすぎて半分水になっていた。
また来ますねえ、と目処の立たない口約束を交わして喫茶「くろんぼ」を後にする。てくてくと熱海駅に戻る道中にホンモノのマクドナルドを発見した(パッタイはない)。立ち寄らねば。決してハンバーガーを食べたいわけではない。充電がないのだ。先程コーヒーを飲んだところなので、またコーヒーを頼むのと胃が破れる。紙パックのミルクをオーダーし、暫し場を繋いだ。結局充電は10%ほどしか溜まらず、胃の中の水分だけが増えたのだった。
【7】
���て。電車は走る。お次は沼津へ向かうのだ。時刻は22時。現在静岡。近くで花火大会があったのだろうか、電車の中は浴衣を纏った中高生やマイルドヤンキーたち(見た目の話)で溢れている。マイルドヤンキーといえば、いつの時代もその類の人々は見た目で何となしに分かってしまうものだが、随分私のガキの頃とはルールなのか、流行りなのか色々と変わっているらしい。昔はキティちゃんのサンダルにプーマのジャージを着た輩風のニーチャン・ネーチャンがなんかイケてる扱いをされていた。当然私は、といえば冴えないフツーの子だったために(エッヘン)。そんな文化に染まることなくコンバースのスニーカーを履いていたのだった。
充電の溜まらなかったアイフォンを触っていては後々困るからと、手持ちの本を読み進める。しかし一度読んだ本。流石に早々飽きが来る。満員電車内で座ることもできず、いつの間にか旅が面倒臭くなっている自分がいる。誰が決めたんだ、ああ。お前がやる言うたからやんけ、と自身を奮い立たせるべく、ウコンの力スーパーを激しく一気飲みした。効果は未知数(何もない)。旅に対するだらけた気持ちが芽生えた頃、取り敢えず身体だけでも沼津へと到着した。さて、ここから静岡・浜松と移動して今日の旅はお終いなのだ。後一踏ん張り、飽きずに頑張って欲しいものである。ぜひ良ければ心も、追い付いていただきたい。
【8】
浜松に到着、日付変わって8月11日0時26分。青春18きっぷに2つ目のスタンプが押された。この時期はやっぱり18きっぷで旅する人々が多いらしい。改札にスイカを翳して(あるいはイコカなのか)、すっと抜けて行く人々の横、駅員さんによる目視での確認を待つ行列が伸びていた(青春18きっぷはJR一日中乗り放題の権利を、なんと5日分も手に入れられるという魔法の切符なのである。使い方は簡単。1枚の切符に例えば「8月10日」のスタンプが押されれば、後はそのスタンプを駅員さんに見せることでどこへでも行けてしまうのである)。もちろん私も青春18きっぷを確認していただくべく、その行列に追随する。おや、私の前のオッチャンが何やら揉めているのだ。どうやら、8月10日中に浜松に到着したかったのに乗り換え等々失敗してしまったらしい。繰り返すが、日付変わって8月11日0時26分。たったの26分過ぎたことで、青春18きっぷには次の日のスタンプを押されてしまうのだ(私の場合は明日もどうせJR乗り回すからスタンプ押されてもオッケーなのだ。どうもこのオッチャンは翌日JRを乗り回す予定がなかったらしい。すると1日分の切符が無駄になってしまうんだね)。どうもこの仕組みに納得できず、ギャーギャーごねていたのだ。遂には話を捻じ曲げて、「電車が遅延したんだ!」と言い出す始末。スタンプ押さずに通せ!と。おお、駅員さんも大変やね、という気持ち半分。早くしてくれ、という気持ち半分以上(足して100%越えているのは悪しからず)。しかし強面の駅員さんは、青春18切符にそんなルールはねえんだ、とハードボイルド対応で眉間に銃を突き立てていた(嘘ですよ)。結局たったの26分にスタンプ1個を捺印され、オッチャンは儚くも浜松の地に散っていった。次に並んでいた私もスタンプを1個押されてしまう。ま、先述の通り、私は明日も旅をするので全く関係ないのだけれども。
さて、浜松に着いたはいいが、ここから何をするということもあるまい。お宿を探すのだ。残り数%しかないアイフォンでグーグルマップ。近くのカラオケを探し出す。北口に「まねきねこ」があったので今夜はここで歌い叫びながら一泊することにした。烏龍茶を注いで、14号室へ。よし、折角歌える宿に来たのだ。何か歌ってから寝よう、と何も考えなくても歌える、くるりやら何やら数曲を予約した。「ロックンロール」を歌っていると、途中金髪のニーチャンが間違えて入って来た(天国のドアを叩いている途中に地獄のドアを開くなよ)。歌い疲れて靴を脱ぐ、靴下を脱ぐ。ソファの上に横になる。グー。就寝前、タオルで身体を拭き、Tシャツを着替えたが、本当は流石に一風呂浴びたかった。明日は米原経由で京都に向かう。京都に着いたらサウナに行こう。梅湯に行こう。
【9】
アラームが鳴る。5時40分。さて、3時間ほど寝れたので旅を再開する。浜松駅から米原までは直通で2時間半。寝ようと思ったがどうも寝付けず、じゃあ本でも読むか、と読み始めて間もなく眠気が襲った。ふと目が覚めた時には既に米原。車内の人々が乗り換え時の席の奪い合いのためか、ほとんど競走馬然としている。ここが勝負だからな、とハイテンションに語るジーチャンはいざドアが開くと若者たちにガンガン抜かれていった。京都駅まで1時間。米原まで散々寝た私は、まあ座れんでもええか、くらいに考えていたのでこの熱気に共感できなかったが、案の定座れなかったジーチャンは、悔しそうに、クソ、クソ、などと申していたのが逆に笑けてしまった(言葉、ママではない)。とはいえ、ジーチャンなのですから誰か譲ってあげてもいい気がするが。
座れなかった、もとい座らなかった私は、本を読んだりアイフォンを突っついたりして時間を潰す。すると、急にオッサンがマスターベーションに興じている動画がエアドロップで送り付けられてきた。ははん、最近巷で噂のエアドロップ痴漢ってヤツだな、と若干興奮を覚えながらも充電食いそうだったので拒否しておいた。スマンな、オッサンのチ◯コ。躍動感ある下腹部の様子はサムネイルのみ拝見させていただいた。
そんなこんなで松沢呉一を読み耽り1時間を費やす。
【10】
いよいよ古都・京都府へと馳せ参じたのだった。駅構内を進んでいると、ぽてっと落ちている免許証を発見。改札出るついでに渡しておいた。これは割とどうでもよい話。
まだまだ発育している途中、伸び続けていると噂の京都タワー(嘘です)。デカブツを横目に東へと、北へと進み目指すは「サウナの梅湯」である。「性春18禁ひとり旅」の際、毎回立ち寄る素朴な銭湯。その名の通り、レトロな浴槽並ぶ向こうにサウナが併設されているのだ。カラオケで一夜を過ごした私は、汗ばんだ身体を癒すべく、この古びた湯屋の暖簾をくぐるのであった。
至福の瞬間である。汗を流して、湯に浸かる。壁面にはスタッフが手作りで仕上げた新聞が並んでいた。他に眺める物もないので、手書きの文字をじーっと追う。「京都に住んでいたわけではない、大学に入ってはじめてこの土地に来たのだ」という女子学生の手記。暫く読んで、「最近くるりの“京都の大学生”を聴く」、と続く。わかっているねえ。京都の大学生、心に来はったわ。
サウナと水風呂を繰り返し、腕時計(防水)に目を遣る。そろそろか。実はこの無計画の旅にも多少の計画が成されておりまして。なんと、同期のイラストレーター・もちがわが、丁度京都にて個展を開いているのであった。折角なら酌み交わそうと、電車乗り換え・梅湯の隙間に時間を作り、フラフラ新京極へと向かう。
【11】
五条から四条。地下鉄で走り新京極に降り立つ。「この店で昼呑みをしたい」と事前にもちがわから提案されていた酒屋(定食屋?)があった。「京極スタンド」である。12時開店に合わせて行ったのだが既に行列が続いている。早めに向かって正解だった。ちなみにスタンドへ向かう途中に、有名な判子屋さんで「ターバン男」という名の判子を買った。これもそこそこどうでもよい話。
中は素朴。「イイ意味で」小汚い単なる定食屋である。昼呑み目的で来ていることは店員・顧客ともに同意の上なのか、席に着くや否や酒のオーダーについて声を掛けられる。大瓶とグラス2つ、暫くしてポテサラ・ハモ天・冷やしトマト・うにくらげ・ホルモン焼き・ハムカツという奇跡の役満オーダーを叩き出した。いつも東京で呑んだくれている二人が敢えて京都の地でアルコールを摂取する。
「昔から京都にちらほら来てたんよねえ」「そうそう」同期・もちがわのこれまで、などというと大袈裟か、どうか。そんな類の話を聞いた。いつも会っている同期のはずが、場所と食事を変えればまた違う。そして、どう話しても、どう黙っても塩山椒の乗るハモ天は旨い(旨いなあ、と思いつつ最後の一切れをもちがわに譲った私はとてもエライのである)。ホルモン焼きはこれまでか!という量のガーリックにまみれていた。うにくらげも、クセなく絶品。
【12】
ごちそうさんでした、と出口へ。そろばんでのお会計。丁度よい程度に酔いが回った。地下鉄が来ちまうから一旦四条駅近くまで移動しよう、と炎天下のアーケードを闊歩する。東京のカラっとした熱気とは異なる、じんわりと体力を奪う熱、夏。会話も、あっちいなあ、あっちいなあ、ばかり。途中、言うても次の列車まで時間あるよなあ、ということでパッと目に入った喫茶に入った。夏バテ予防に、普段頼まないトマトジュースを注文し、飲み干す。程良い酸味が頭をしゃっきりさせる。書き忘れていたが、京極スタンドに入店する直前に八つ橋を買った。東京からの帰省なのだから、実家で待つ家族たちは東京土産を待っているだろう。依然無視して土産は京都の生八つ橋である。正直有り難みはない(地元鳥取は言うても関西が近いので、八つ橋くらい簡単に入手できてしまうのである)。でも旨いよなあ、ニッキの八つ橋。色もイイよなあ。
さて、「めざせ!ポケモンセンター」から始まったこの旅も終盤に差し掛かっている。マサラタウン(実家)に戻るため、改札前、もちがわに見送られつつ私はエンジュシティ(京都)を旅立つのであった(というと、そもそもマサラタウンのモデルは静岡県だったはずだ。マサラタウンに向かう、というのは、はてさて「カラオケ「まねきねこ」まで戻るという意味に捉えられるのではないか。いえ、それはご勘弁願いたい)。
京都から姫路、姫路から上郡。上郡からは智頭急行に乗り換える。JRではないため、上郡から鳥取までは青春18きっぷが使えない。とはいえ、1200円のフリー切符で移動できてしまうのだから、お安いもんである。今回タイミングが合わなかったのか、上郡から鳥取まで直通で移動できる列車に乗れなかった。一旦「大原行き」に乗り込んで降車。大原から鳥取まで向かう列車を待つ。その間、何となしに待合室にあったご当地鉄道ピンズガチャガチャを回す。「スーパーはくと」が当たった。ちょっとカワイイ。
【13】
最後の列車に乗り込んだ。流石にもう何もない。後はこの列車に乗っていれば故郷、鳥取に辿り着くのだ。寝るか。ちょっと本読むか。旅の終わりをどう過ごすか考えていた、その最中。ボックス席に一人で座っている私に、一人のオバチャンが近付いてきた。私の向かいの席にドーン!と何かを投げ付ける。からあげクンである。「これ、ローソンに売っててん」。うん、からあげクンはローソンに売ってるだろね。「食べ物に悪魔ってネーミングしてんねん!(ガチギレ)」。おう、めっちゃキレてんな。その後暫く黙っていたが、車内の全員に向けて演説を始めたのだ。「コンビニは変なものを売っている!日本を取り戻せ!」といった趣旨のお話である。添加物がどうのこうの!この話をSNSで拡散しろ!だの色々とまくし立てている(正直笑い話に昇華してよいのか甚だ絶妙なラインである)。散々お言葉を述べられたオバチャンは結局、再び私の元へ来て、からあげクンを回収した(くれないのかよ)。その後、なぜか裸足で大量のおかきを食べ漁っていたのである(おかきはいいんだね)。しかし、他にも乗客がいた中でなぜ私が「からあげクン事件」のターゲットになってしまったのか。そして、なぜコンビニ嫌い・悪魔ネーミング嫌いのオバチャンは、このからあげクンを購入し売り上げに貢献してしまったのか。平和に終わると思われた私の旅は幾多の謎を残したまんま、やっぱり地獄に終わってしまうのだった。食べ物に対する意見は様々だろうが、公共の場を荒らすのはなるたけご勘弁いただきたい。ここまで書いて、今度はオバチャンから「スパイシーひまわりの種」が飛んで来た。はてさて。他の人を当たってくれ。
【おわりに】
途中、列車に乗っているだけの時間が続き張り合いのない文章になってしまうなあと思っていたところに、最高に悪魔風でスパイシーな話題が飛び込んだのだった。事故である。それはさておき、知らない間に故郷へ着いてしまった。
さて、「おわりに」という形で〆にしようとしているが、どうせ実家に滞在している間もたくさんの地獄に出会うのであろう。ちょこちょことメモして残しておくとする。さて、長々と書きましたが一旦この辺で終わります。
一体何のために書いたのか。実はこの性春18禁ひとり旅、実に3回目なのである。毎度それぞれドラマが生まれるので文章で記録したら面白そうだなと。本当にそれだけの気持ちで始めたものだったのだが、多少は笑けるエピソードが生まれたのではなかろうか(やけにオバチャン多めだったのはなぜだろうか)。ぜひぜひ、復路もご期待いただきたいのである。こんな形で「往路」編、終わります。再び地獄で会いましょう。
フチダフチコ
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oharash · 5 years
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白砂の花びら
海沿いの俺のまちは、夏も冬も日本海からの潮風に守られている。この日はどういうわけか 普段よりずっと日差しが強く、昨日よりおとといより気温がだいぶ上昇していた。冬にはあおぐろく染まる北陸の空でも夏はそれなりに抜けるような青さを見せる。一種の雰囲気を感じて振りあおいだら、立ち���れたみたいに生えている電信柱のいただきに、黒くうずくまる猛禽の視線と俺の視線がかちあった。
 海沿いの道は温泉へ向かう車が時折走り抜けるだけで、���いているのは俺たちだけだった。俺の半歩後ろをついて歩くユウくんはスマートフォンを構えながらあれこれ撮影している。ポロン、ポロンとこの世界に異質なシャッター音が溢れて落ちる。
 バグジャンプのふもとまでたどり着くと、彼は先ほどの猛禽をあおいだ俺みたいに首をまわして仰いだ。
「映像で見るより大きい。ていうか高い。スキーのジャンプ台みたいだね」
 俺の貸したキャップとサングラスが絶妙に似合わない。卵型のユウくんの輪郭にウェリントン型のフレームは似合っているのだけど、ユウくんがかけるとアスリートというより、田舎の海にお忍びでやってきたはいいけれどただならぬ雰囲気を隠そうともしないセレブリティに見える。
 バグジャンプは体育館を改築した旧スケボーパークに隣接している。パークに置きっ放しのブーツと板からユウくんに合うサイズを選んでフィッティングして俺もブーツを履き、板を持って2人でバグジャンプへの階段を登った。
 登り切ると眼下に日本海が広がる。日本も世界もあちこち行ったけれど、俺は今も昔もこの景色を愛している。光をたたえた海は水平線へ行くほど白くて曖昧で、潮風が俺たちの頬を撫でた。ユウくんが歓声をあげてまたシャッターを切る。
 ユウく��の足をボードに固定しでグリップを締めた。いざとなったら抜けるくらいゆるく。アスリートのユウくんは自分の身体感覚に敏感だからかスタンスのチェックは一瞬だった。「まず俺が滑るから見てて。俺はスタンスが逆だけどそこは気にしないで」「トリックやってくれる?」「やんない。ユウくんのお手本だから滑って跳ぶだけ」フェイクの芝の上に板を滑らせる。重心を落として体重を全て板にのせ、軽く弾ませてスタートした。視界がスピードをもって背後に駆け抜けてゆく。軽く踏み切ってそのまま弧を描いてエアクッションに着地した。板を足から外して体を起こし、バグジャンプに取りすがってユウくんに電話をかける。「こんな感じ。ターンとかしないで普通に滑り下りればオッケー。スピードでて怖くなったら力抜いて。体重偏らせる方が危ないから。踏切のときにもどこにも力入れないで。そのまま落っこちる感じでいけば今みたいになるから」「YouTubeで見たのと同じ絵だ! すっごい。俺今北野アヅサの練習見てるよすごくね?」「俺の話きいてる?」「聞いてる聞いてる。体をフラットにして変に力入れないで、姿勢の維持だけしておけばオッケーってこと?」「そう」「りょーかあい」
 ユウくんがバグジャンプのてっぺんで右手を掲げる。スマホを動画撮影に切り替えて俺も手を挙げた。板をしならせて、ユウくんがスイッチした。レギュラースタンス。腰を軽く落とした姿勢はいい具合にリラックスしている。ユウくんの運動神経に間違いはないけれど、万が一ケガがあったらという不安が喉につかえた。俺の心配を茶化すようにその姿はあろうことか一回転してエアクッションに沈んだ。
 「ありえない。回転しくじってケガしたらどうすんの」
「狙ったんじゃないよ。ちょっとひねってみただけ。エアってすごく気持ちいいんだね。横の回転なら慣れてるけど縦の回転はないから、めっちゃ新鮮。空が見えるし楽しいし着地気にしなくていいなんて最高。両足固定されてるのはちょっと怖いけど」
 回転数のあがったユウくんは頰を火照らせて躁気味に笑っていて、まばたきが減って口数が多くなってるのが余計に危うい。教えてくれというので絶対に無茶はしないことを約束させて、基本の滑りにもう少し解説を加え、簡単なトリックをひとつレクチャーした。もともと体ができていることもあるしユウくんの身体と脳は笹の葉のように研ぎ澄まされていて、俺の言葉の通りに体を操っていく。終いにはタブレットでお互いの滑りを録画し、「ここ、ユウくんは左に落としたいんだろうけど下半身がついてってない」だとか「アヅはこのときどこを起点に体を引いてるの?」だとか結構真面目にやってしまった。休憩のたびにユウくんは海へ体を向けて「船」だの「カップル」だの「カモメ…ウミネコ? 」だの、言葉を覚えたての子どもが看板を読みたがるように単語を頭の中から取り出して眺めていた。「ジャンプやばい。やればやるほど考えたくなってやばいやつ。ね、夕ご飯の前に海行こ」とユウくんから言い出した。
   行く、と言ってもバグジャンプを降りて道路を横切り防波堤を越えればもう砂浜だ。ボードを片付けて、軽くなった足でアスファルトを踏む。防波堤の上に登るとユウくんはまた海の写真を撮り出したので、その足元にビーサンを並べてやる。俺も自分のスニーカーを脱いでビニールに入れ、バックパックにしまう。
 やや遠くから犬を散歩するじいさんがこちらへ歩いてくるくらいで、ここは遊泳区域でもないので先客はいなかった。ユウくんは「砂浜やばい、何年振り」だの「ここ走ったら体幹鍛えられそう」だの「日本海は綺麗だって聞いてたけど本当だね。うちの県の海水浴場は海藻ばっかりだよ」だの俺の相槌も必要とせず軽やかに波打ち際へと歩いて行った。
 波に脚を浸したユウくんの半歩後ろにたつ。そのまっすぐ伸びたかかとのうしろで、黒や茶色の細かい砂利が水のふるいにかけられて一瞬まとまり、また瓦解していく。そこには時折海藻だとか丸まったガラスの破片だとか、たよりなくひらひらと翻る桜貝だとかが浮かんでは消え、俺はなんとなくユウくんの白いかかとその様を眺めていた。
     ユウくんは「俺札幌雪まつりやる」と言い出し、それはどうやら砂で何かを造ることだったようで、黙々と建造を始めた。俺はごろんと横になって脚をのばし、自然と目に入ってきたユウくんの、キリンの子どもみたいに野生的な首筋についた砂つぶを眺めていると、風にあおられたその粒がハラハラと飛び散って俺の目に入った。ユウくんの向こうでは空が乳白色になるポイントと遠浅の海の水平線が交わりハレーションを起こしている。
 キャップをかぶせているとはいえユウくんを長時間砂浜で太陽光にさらすのはよくないだろう。日焼け止めはバックパックの中に入っているけれど…そう思いながら目をしばたいているうちに意識が遠のいていく。次に目に入ったのは呪いの像みたいな謎のオブジェだった。「…それって」「どう? 自由の女神」「ゲームにとかに出てきそう。調べると誰かの遺書とかみつかるやつ」「アヅひっど。辛辣。砂と海水だけで作るの難しいね。ねえ、どこかの国にね、砂の像の本格的な大会があるんだって。砂と海水だけで最低でも高さ1m以上のものを作るの。砂浜一面にたくさん城だとかオブジェだとかが作られるんだけど、どれも満ち潮になると流されちゃうから、その日だけ。ヨーロッパっぽくないよね。その侘び寂び精神って日本っぽくない?」「侘び寂び精神?」「ほら日本人って桜が好きでしょ。すぐ散っちゃうハカナサ的なもの込みで。何かそういうこと」
 ユウくんはスタイルの悪い自由の女神の頭部を指先で整える。俺たちの一身先まで波がきてまた引いていった。ここも満潮時には水がやってきて、その呪いの女神像も今夜には海に還る。
 大学生になって夏休みの長さに驚いた。中高をほとんど行けてなかった俺にとって、夏休みは授業の進行を気にしなくていい気楽な期間だった。それにしたって大学の夏休みは長い。俺は授業があろうがなかろうが練習漬けの毎日だが、この2ヶ月という期間を世の大学生は一体何に使うのだろう。
 大学一年生の冬、2度目のオリンピックに出てからメディアからのオファーが目に見えて増えた。俺自身も思うところがあって露出を増やすことにした。15歳のときもメダルひとつで世界が変わったけど、あのときはそれでも中学生だったからか(すぐ高校生になったけど)競技の注目度の低さからか今考えれば優しいものだった。夏季オリンピックへの挑戦を表明してからは練習練習練習スポンサー仕事練習練習といった毎日だ。調整のために海外にいる日も少なくない。
    だからこの2日間だけが、きっと本当の夏休みになる。
    俺も俺で慌ただしかったが、そのパブリックな動き全てがニューストピックスになるユウくんのそれは俺の比ではなかった。シーズンが終わっても出身地にモニュメントが造られたりタイアップの観光案内が造られたり、国内のショーに彼が出演すると報じられた瞬間チケットの競争率がはね上がったり。そんな彼がスカイプで「夏休みをやりたい」と言い出したときは、いつもの気まぐれだろうと俺は生返事をした。しかしそれはなかなか本気だったようで「海行ったり花火したりする‘ぼくの夏休み’的なのやりたい。田んぼに囲まれた田舎のおばあちゃんちで過ごすみたいなワンダーランド感をアヅとやりたい」と彼は食い下がった。
「俺と? ユウくんのじいちゃんばあちゃん家ってどこにあるの?」
「うちの実家の近所。長閑な田舎感ゼロ」
 成人男子の頭をふたつ持ち寄ってしばし考えたものの、俺たちは家族旅行の記憶もまともにない。物心ついた頃から休日は練習だし、旅行=遠征だ。「国内がいいな。海…沖縄?」「このハイシーズンにユウくんが沖縄行ったりしたらめっちゃ目立たない?」「うううん、目立つのは仕方ないけどアヅとゆっくり過ごせないのはやだな…じゃあ何かマイナーなところ」そんな場所が即座に出てくるような経験はお互いにない。だからしばらくお互いスマホをつついてるうちに俺が「海と田んぼあって田舎で特に観光地でもない、ウチの地元みたいな場所っしょ。何もないところって探すの逆に大変なんだね」と口を滑らせたのは特に他意のないことだった。
「アヅの地元‼︎ 行きたい、スケートパークとかあのバグジャンプとか見たい。日本海って俺、ちゃんと見たことない。アヅの家見てみたい」と食い気味に言われて面食らったものの悪い気はしなかった。知らない土地に行くより気安いし何よりうちの地元には人がいない。両親は友人を連れていくことにはふたつ返事だったが、それがユウくんであることには絶句し、地味に続いている友人関係だと告げるとやや呆れていた。でもそんなの普通だろう。だって高校生を過ぎて、友人のことを逐一両親に話す必要なんてない。ユウくんがただの同級生だったらそんなこと言わないっしょ、と胸に芽生えたささやかな反発はそれでも、訓練された諦めによってすぐに摘み取られた。
 砂の上に起き上がり砂をさらっていくつか貝を拾い、謎の像を写真に収めているユウくんに声をかける。「そろそろ晩メシだから帰ろ」夏の太陽はそれでも夕暮れにはほど遠く、西に傾いた太陽の、ささやかに黄色い光がものがなしい。振り返ったユウくんの顔はなぜか泣きそうに見えた。その頰は午後5時の光線の中でもはっきりわかるくらい白くて、まるで俺が拾った桜貝の内側のようだった。彼の唇がちいさく動いたけれど、波の音に消されて何も聞こえない。かりにユウくんの目から涙がこぼれていたとして、そしてそれが流れる音がしても、波の音にかき消されてしまうだろう。「疲れたっしょ。車持ってくるから待ってて」。踵を返そうとしたらTシャツの裾を掴まれた。俺はユウくんの白い手を包んでゆっくりほぐした。「大丈夫、すぐ戻ってくるから」
 スケートパークの駐車場からラングラーを出し、国道へゆっくりと出る。ユウくんが防波堤の上で所在なさげに棒立ちになっているのが見えた。  
   まず落ちたのは母親だった。ユウくんがメディアで見せるような完璧な笑顔と言葉づかいで挨拶しスポンサードされている化粧品メーカーの新作を渡す頃には、母の瞳は目尻は別人のように下がっていた。そこには緊張も俺たち兄弟に向けるようなぶっきらぼうさも消え失せ、俺たちにとってはいっそ居心地の悪いほどの幸福が溢れていた。さすが王子様。さすが経済効果ウン億の男。さすがおばさまキラー。夕食が始まる頃には遠巻きに見ていた弟も積極的に絡み出し、ヤベエとパネエを連発していた。野心家なところがある父が酔って政治的な話題を持ち出さないかだけが心配だったが、父はあくまで俺の友人として接することに決めたようだ。ユウくんの完璧な笑顔、お手本のような言葉に少しだけ負けん気を混ぜる受け答え、しっかり躾けられた人の優雅な食事作法。兄は居心地が悪そうに俺の隣でメシを食っていた。俺と兄だけは今、心を連帯している。スノボをとったら芯からマイルドヤンキーな俺たちと、歯の浮くような爽やかさを恥ともしないユウくんではあまりに文化が違う。いつも感じている座りの悪さがむくむくと膨らむ中、母が産直で買ってきたであろうノドグロの刺身と名残のウニだけが美味かった。
 風呂上がりには念入りにストレッチをした。俺の部屋では狭いので居間でふたりで体をほぐす。ユウくんの体はゴムでできているように関節の可動域が広く、股割りを始めたときは思わず感嘆の声をあげた。俺もケガ防止に体は柔らかくしている方だが到底叶わない。いくつかペアストレッチをしてお互いの筋肉を触る。「アヅすんごい鍛えてるね。腹筋は前から板チョコだったけど大胸筋と下腿三頭筋ヤバい。何してるの?」「体幹メインだからそんなに意識してないけど…直で効いてるのはクリフハンガー。後で動画見よ」「もっと筋肉つける予定?」「んん、もう少し空中姿勢作りたいから、体幹は欲しいかな」「アヅがこれ以上かっこよくなったら俺どうしたらいいの…POPYEの表紙とかヤバイじゃん。ユニクロであれだけ格好いいとか何なの。あっ俺、明日は新しいスケートパーク行きたい」「マジ? ユウくんにスケボーとかさせれらないんだけど。怖くて」「うんやんなくてもいい。アヅが練習してるの見たい」ユウくんの幹のような太ももを抑えながら、俺は手のひらで彼の肩をぐっと押した。
   両親はユウくんをエアコンのある客間に通すように俺に言ったけれど「コンセプトは夏休みに友達んち、だから」と言って俺は自室に布団を運んだ。六畳の俺の部屋は俺が大学の寮へ移ってからもそのままにされている。どれだけモノを寄せてもふたり分の布団を敷けばもうスペースはない。ユウくんは俺の本棚の背表紙を指でなぞりながら「教科書とスノボ雑誌以外なんもねえ」と楽しそうにしている。さっき風呂から出たばかりなのにもう肘の内側や��の裏が汗ばんでいて、ないよりはマシだろうと扇風機をまわした。「もう寝る?」「んん、寝ないけど電気消す」窓を開けて網戸を閉め、コードを引っ張って電気を消した。カエルの鳴き声が窓の外、群青色の彼方から夜をたなびかせてくる。それは記憶にあるよりずっと近く、耳の奥で遠く響いた。
 ユウくんは行儀よく布団に収まって俺の側に寝返りをうった。「自由の女神像、流されたかな」「多分ね。見に行く?」「あっそういうのもいいね。夜にこっそり家抜け出して海行くとか最高。でもいいや、そういう夢だけでいい」指の長い手のひらが、探るように俺の布団に潜り込んでくる。俺の指をつまむようにして指を絡めた。
「…何もしないのって思ってるでしょう」「うん」「今日は何もしないよ。ここはアヅの家だから。セックスして翌朝親御さんの前で息子やってるアヅも見てみたいけど、我慢する」ユウくんはいつもそうやって自分をあえて露悪的に見せる。思ったことだけ言えばいいのに、と心がざらついた。
「どうだった、うちの地元」
「うん、最高。アヅと歩いて、バグジャンプ見ただけじゃなくて跳べて、海で遊べたんだよ。こんな夏休み初めてだよ。バグジャンプからの眺め最高だった。一生忘れない」
「大げさ…」
 ユウくんの目はほとんど水分でできてるみたいに、夜の微かな光を集めてきらめいていた。その目がゆっくりと閉じられるのをずっと見ていた。指先にぬるい体温を感じながら。
   率直にいって覚えていないのだ。その夜、本当に何もなかったのか。
  眠りの浅い俺が微かな身じろぎを感じて起きると、ユウくんが窓辺にもたれていた。布団の上に起き上がって片膝をたてて窓枠に頰を押しつけるようにして、網戸の外へ視線を向けている。俺の貸した襟のゆるくなったTシャツから長い首と鎖骨が覗いていて、それが浮かび上がるように白い。
 扇風機のタイマーは切れていて夜風が俺の頰を心地よく撫でた。俺の部屋は二階。窓の外では田んぼが闇に沈んでいる。目が慣れてくるとそのはるか先に広がる山裾がぽっかりと口を開けるように黒く広がっていた。ユウくんの膝と壁の微かな隙間から細かな花弁を広げてガーベラみたいな花が咲いている。彼の足元から音も立てずシダが伸びていく。教育番組で見る高速再生みたいに、生き物として鎌首をもたげて。ユウくんは微動だにしない。名前のわからない背の高い花がもうひとつ、ユウくんの肩のあたりで花弁を広げた。
 海の底に沈んだみたいに静かで、どの植物も闇の奥で色もわからないのに、そこには生々しい熱が満ち満ちている。
  布団の上を這って脱力しているユウくんの左手の人差し指と中指、薬指を握った。ねっとりした感触に少し安堵する。
「アヅごめんね。起こしちゃったね」
 ユウくんは首だけを俺に向けて囁いた。
 背の低い葦がユウくんの膝を覆う。ずっと気づいていた。右足首の治りが芳しくないこと、それに引きづられるようにユウくんが心身のバランスを大きく欠いていること。
「ねえ、春からずっと考えてるんだ。今まで俺強かったの、俺が完璧に滑れば誰も叶わなかった。でもそうじゃない潮の流れがきちゃった。アヅ、日本選手権の前にテレビで‘誰でも何歳でもチャレンジはできる’って言ってたでしょう。あれ聞いて俺すごいどうしようもない気持ちになったんだよね。腹立てたり嫉妬したりした。お前まだ二十歳じゃん、俺も二十歳だったら、って。アヅとスカイプするたびに思い出しちゃって、一時期ちょっとダメだった。でもアヅに連絡しちゃうし、そういうのって考えるだけ無駄だし、もちろんアヅも悪くないし。なんか今までは細かいことに迷うことはあっても大きなベクトルを見失うことってなかったんだよね。世界選手権2連覇するとかそういうの。でも今わかんない。引退もしたくないけどどんどん前に行くガソリンみたいなのがない。スケート以外も何もやる気おきない。ゲームも立ち上げるの面倒くさいし音楽も聞きたくない。でもこういうことって最後は自分で何とかすることだから誰に言っても仕方ないし、自分の中で消化するしかないんだけど。アヅはどんどん先行っちゃうし。それがすごいカッコイイし。好きだけど嫌い。でも俺にとって世界で一番カッコイイのアヅだな。アヅみたいに必要なこと以外は喋らないでいたいな。アヅの隣にいるのすごい誇らしい。これ俺のカレシーって皆に言いたいくらい。それが言えないのもすごい嫌だし。何かもう何もかも」
  感情の揺れるままにユウくんは喋り、彼の語彙の海に引きずり込まれる。その偏りというか極端さというか、きっとこれが海水なら濃度が濃すぎて生き物は死んでしまうし、雪山だというのなら環境が過酷すぎて大した植物は育たない、そういったものに窒息しそうになった。俺たちの語彙や世界は圧倒的に貧しくて何も生きていけない。そこには美しさだってカケラもない。「よくわかんない。死にたくないけど、いなくなりたい」
 幾重にも重なるカエルの声。降り注ぐような虫の声。こんなにもたくさんの生き物が泣き喚いているのに、そしてこのやかましくて力強い音楽が月明かりに照らされ満ち溢れている世界で、それでも虚しさしか感じられないユウくんが哀れだった。誰も見向きもしないやせ細った貧弱な空虚を大切に抱えているユウくんが。
  ユウくんの背後に虚無が立ち彼の肩をさすっていた。けれどそはユウくんとほぼイコールの存在で、彼にとっては他人に損なわせてはいけない自らの一部だった。それは誰にも意味付けられたり否定されたり肯定されるべきではない。
 勝ち続ける、他者より秀でる、新しい技術を得る。けれど俺たちの誰も等しく人間であるので、それには自分の体を損なう危険が常に伴う。けれど誰にもう十分頑張った、と言われても表彰台の一番上が欲しいのだ。
 そして自分の体が重くなってゆくこと、誰かが自分より圧倒的に秀でるであろう予感を一番先に感じるのも、自分自身だ。
 ユウくんは空いている右手でなく、俺とつないでいる左手をそのまま持ち上げて頰をこすった。子どもじみた仕草で。
 ユウくんは孤独な惑星の住人で俺はその惑星のディテールの何一つもわからない。ただ俺もただひとりで惑星に佇んでいるという一点だけで、俺と彼は繋がっていた。
「アヅ、キスしたいな」
 繋いだ手はそのままに、俺は体を起こして膝でユウくんを包む葦とシダに分け入った。草いきれの中でユウくんのうなじを掴んでキスをする。最初は触るだけ、次はユウくんの薄い舌が俺の唇を舐めた。そのままゆっくりと歯を探られればやがて頭の芯が痺れてゆく。ユウくんの唾液はぬるくて少し甘い。音をたてないように静かにキスをしながら、指に力を込めた。これだけが本当だと伝わりはしないだろうか。
 こんなキスをしたらもう後戻りできない。俺の足に蔦が絡みつく。空虚が鳴る。胸を刺されるような哀れで悲しい音だった。
 次に目を冷ますと空が白んでいた。寝返りを打つうちにユウくんの後ろ髪に顔を突っ込んでいたらしく、それは麦わら帽子みたいな懐かしくて悲しい香りがした。スマホを引き寄せて時計を見ると4時半。ユウくんの肩は規則正しく上下している。そこは正しく俺の部屋で、布団とテレビと本棚、積まれた衣装ケースがあるいつもの光景だった。ユウくんの足元に追いやられていたタオルケットを引き上げて肩までかけてやった。
 首を傾けて窓の外を見る。抜けるような晴天にほんの少し雲がたなびいていた。手付かずの夏休み、2日目。俺はユウくんの腹に手をまわして目を閉じた。
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dancingpoeta · 7 years
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強靭な若き心と、ステファンの生徒である事への危険(の無さ)について
About strong young hearts and (no) dangers of being Stéphane's student
2017年6月11日 記事(C)Reut Golinsky/ 写真(C)Askar Ibragimov, Reut Golinsky
Japanese Translation(日本語訳)  @MrAmadeus4jazz
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[ あの、議論の続きは後でできますから。インタビューを続けたいんですが… ]
デニス: 時々僕たちって確かに感情豊かになりすぎるのかも。
[ 2人とも話しやすいですけどね、確かに。 ] ステファン: そんな時は僕が大人にならないといけないんだ。デニスが感情的になってしまった時に僕は… デ��ス: 違うよ、ステファンが感情的になり過ぎた時にだよ!
 [軽口が終わったと思ったら『日常の』会話に移ってしまったので、彼らをちょっと甘く見てたかもしれない。
この『モンスター2人』(ステファンの言葉を借りると)にかかれば、真面目な質問もダイナミックに話が飛躍してしまうのだ。
この2人は様々な相違点があり-年齢、学歴、育った環境、経験、気性も全く違うのだがー打てば響くような関係性だ。
同時に話し始めるし、お互いの言葉を補完しあって(時々私の質問すらも遮って説明する隙を与えてくれない!)、同じような反応をする。
それでも2人はとても違っていて、それぞれの意見、信念、言葉がある。
形式に囚われないながらに奥深い会話になった2人のインタビューが、とても似通っていながらも異なる2人の眩しいまでの人間性を解き明かすものとなればと願っています。]
 [ さて、今日は誰が感情的だったのかな? (このインタビューはデニスのフリープログラム数時間後である)]
デニス: 今日?2人ともだよ!  ステファン: デニスはね。 デニス: ステファンもだよ! ステファン: いや、僕は平静を保ってたよ。
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[ ショートプログラム中、平静を保っていたというステファン ]
 [ ショートの後にステファン、貴方は会場で身体の感覚が無いって言ってませんでしたか? ]
ステファン: お腹がとても空いてたから。お昼を食べ損ねて、もう16時だったんだ。凄く疲れてたんだよ。
プログラムの後は身体が震えていたし、もう何が何だか解らなくなってた。だけどそれは、低血糖になってただけだよ。 デニス: 僕は昨日今日と確かに、すっごく緊張してたかもしれないけど。去年なんてボストン(のワールド)で氷上に上がる前に泣いてしまって。随分長い間目標にしてきた選考に通過しないかもしれないと思うと、怖くて。
通過した後は達成感があって、すっごく嬉しかった。そして今日も勿論、通過しなければいけなかったから。
[ だけど何故そんなにも緊張する必要があるの?通過はほぼ確実だったでしょう! ]
デニス: ノー、確かなんかじゃなかったよ。ノーーーー。
[ それは最悪な結果だって在り得たのかもしれないけど、今季は良い仕上がりで… ]
デニス: そうだね、頑張った結果だから。でもショートプログラムの結果を見てよ、皆すごく良い結果を出してるでしょう!
全員フリーでも良いコンディションである事は一目瞭然。僕の結果を見ると、失敗はあったかもしれないけど… ステファン: 問題点としては、今は順位で滑走順が決まる事だね。ジャッジの審査もそれに左右されるのをとても感じる。
デニスの事だからって言う訳ではないけど、客観的に見て彼はもう少しコンポーネント(構成点)が評価されても良いと思うんだ。
人間性が体現された、力強いパフォーマンスを見せる事の出来るスケーターだからね。
彼は技術点において抜きん出ているという訳ではないかもしれないけれど、表現力の高いプログラムを構成できている。
デニス: 1番大事な事は、今日とても楽しんで滑れた事だよ。今日は楽しかった! ステファン: しかし先ずは順位を上げないといけないね。僕たちはそこを頑張らないと… デニス: だけどそれって公平さに欠けるよね。
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[ 人生は不公平な事が多いですよね、残念ながら… ]
デニス: でもね、スポーツ界ではー特にスポーツに置いては、だけどー可能性は全員に等しく平等にあるべきだよ。
無名な選手と、既に知名度を上げている選手が同じ事をして違う評価を受けるなんておかしいと思うんだ!
もちろん努力はしているし、順位を上げないといけないのは解ってはいるけど…
ステファン: スケート競技には変えられないルールがあるという事実を受け入れて、スポーツでありながらも若干の
ーデニスにしてみれば多くのー 芸術的要素があって、それを推し量る事はできない。
僕たちはただ心で滑らないといけない、情熱をもってそして… デニス: …楽しんで… ステファン: 楽しまないといけない。 デニス: そうしてるんだけどな。
[ 大事なのは、君の名をジャッジに知らしめる事が出来たという事で、君が誰であるかが認知されたという事。そして君が今日演じた様なパフォーマンスをし続ければ、それが後に良い影響になるはずですよ。]
ステファン: 長い目で考えればね。
デニス: 頑張るよ。絶対に諦めない。寧ろ、やってやろうって思うよ。 ステファン: そうじゃないと!まだ17才なんだから!君自身が諦めてしまったら、どうしたら良いのか解らないからね。(微笑む) デニス: でも若者の心は簡単に深く傷つけられるでしょ… ステファン: うぅん…でもデニスは強い心を持ってるから! デニス: もっと頑張らないといけないという現状はきちんと受け入れてるよ。
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[ スケート界で有名なコーチに持つという事は多分に『危険』が伴うとは思うのですが。例えばロステレコム杯の時にデニス、貴方よりステファンの方が注目を集めていました。大会中はコーチでは無く、選手が注目の中心であるべきです。それについてはどう思われましたか?] (この質問中、ステファンは否定を露わに声を漏らしていた)
デニス: 一つ言える事は、有名なコーチが就くとその選手は(コーチと)同じレベルである事を求められますよね。
だけどそれを僕が不快に感じる事は無いです。自身の方向性や主張はハッキリしているので。
なので、ただ最善を尽くしてコーチを越えて行けるように頑張るだけです。
コーチが自分より優れた生徒を生み出すという事は、そのコーチが如何に素晴らしいかを証明する事に他ならないですから。
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[ ステファン、貴方がデニスより注目を集めているという事に関しては同意しかねる様ですが? ]
ステファン: そうなってしまう事はあるかもしれないけど…僕は、僕が表に立とうとは思っていない。
[ 責めているんじゃないんですよ、貴方が注目を集めようとしている等とは思っていません���
貴方が貴方である以上���うっかり起き得てしまう事だと思うんです。 ]
ステファン: それは多分、僕がまだ活動していて、まだスケートをしているからだろうね。
[ そうですね、まだ記憶に新しいですから。ファンはまだ貴方が同じ会場で競技していた時の事を鮮明に憶えてますし。 ]
ステファン: そうかもしれないね。だけど今の僕はデニスのキャリアへの責任を担っていて、競技期間中の僕はパフォーマーじゃない。
ショーに出る時はデニスにこう言うんだ:「君の『コーチ』は今はいない。このショーに置いて僕はパフォーマーで、何かあればマネージャーに言いなさい、もしくは(理学療法士の)マーラに相談しなさい」と。
何か緊急事態があった時は僕がいつでも助けられるけど、ショーの間は僕は… デニス: 触れない方が良いよね、いつもキレてるから。 ステファン: (笑いながら) それは嘘だよ!ショーに出てる時の僕はパフォーマーだけど、競技中のパフォーマーはデニスだからね、彼を取り巻く環境が安定するように、健康を維持できるように、最良のパフォーマンスが出来るように出来うる限りの手を尽くすよ。
デニス: 『スーパー・ナニー(最強保父さん)』だから。
ステファン: 僕はスーパー・ナニーだからね。
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[ 一昨日、待機エリアでデニスは貴方の事を『ポリスマン(警察官)』と呼んでいましたよ ]
ステファン: ポリスマン?僕はポリスマンじゃないよ! デニス: だけど僕が何を食べるか、どうトレーニングを進めるか、何をするか全てにおいて世話をするでしょう。
ある意味コントロールされているから。ほら、ポリスマンの仕事って大体そんな感じだよね?
ステファン: いやいやいや。 デニス: だけどステファンは余り… ステファン: …意地悪じゃない? デニス: そう、意地悪じゃない。だから素晴らしいコントローラー(管理人)って事でどうかな。 ステファン: 良い表現だね!素晴らしいコントローラーか!電車の切符はお持ちですか?
デニス: ここにありますよ、ポケットの中に! (切符をポケットから取り出すフリをする) ステファン: まぁねぇ、ただのコントローラーってだけじゃないと良いんだけど。 デニス: それ以上の存在だよ。
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[ ステファン、彼を過剰に保護しない為に引いている一線はありますか? ]
ステファン: 過剰な保護?
[ デニスの人生を『過剰に』管理しているという意味では無くて。例えばユーロでは『グリーン・ルーム』で同席していましたし、
コーチは通常ならガラ練習にもついて来ない物ですが、貴方は同行していました。教え子との適度な距離を取ってあげているか、あげないかという事なんですが。]
ステファン: それは良い例えになってないな。ガラ練習に同行していたコーチは僕だけじゃなく、他にもいたし。 デニス: それに、ガラの練習は他のパフォーマンスの練習とこなす内容は一緒だから。 ステファン: あと、『グリーン・ルーム』の件だけど…つい最近まで僕が『競技』スケーターだったという理由で、ISU(国際スケート連盟)から同席するように依頼されたんだ。たまたま僕が偶然近くにいたから、同席する事になったというだけだよ。 それに、デニスは17才だ。年齢にしては大人びているとは言え、僕は彼に対して責任がある。
デニスの両親は彼の練習場の傍に住んでいないし、そういう意味で僕には大きな責任がある。
彼をコーチする事が僕の仕事ではあるけれど、教育して、学校にきちんと行っているか、正しい食事をしているか、充分な睡眠が取れているかを管理するのも僕自身の仕事の一環だと思っているんだ。
デニス: 全てが教育の一環だよね。 ステファン: 彼が両親と共に暮らしているのであれば、それらは僕の感知する所ではないけれど、そうじゃないから。
誰かがその責務を担う事が重要だし、彼の人生の枠組みを構築してあげるべきだと思う。 デニス: そうする事によってチョコレートを食べすぎないようにもなるしね!(笑) ステファン: だけど、僕が遠出していていない時は、自分のやりたい様にやれてしまう時があるんだ。
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[ 20:00~20:30の間、とか?(時間限定的に?) ]
ステファン: 違うよ!僕がショーに出る時や、他の教え子の大会に同行する為にいない日があるから。
僕がいない時は、リンクで僕の同僚と一緒に練習しているんだ。デニスと四六時中一緒にいる訳じゃない。
だけど、彼に骨組みの強い、きちんとした枠を与えてあげられていると自負しているよ。
良い環境の中で、良いパフォーマンスが出来るように。きちんと取り組めるように、厳しい鍛錬にも耐えられる精神を作り上げられるだけのね。
デニス: それに、ステファンがそう遠くに行ってなくて何処にいるか解るとすごく安心するんだ。連絡を取りたい時はいつでも取れるって思うと安全だと感じる。
だけど僕がまだ携帯の使い方がよく解ってないから (ステファンが笑いだしたので、どうやら2人の間で通じる笑い話の模様)、それは追々かな。携帯はそんなに好きじゃないし。
[ それは気づいてましたよ。貴方の年齢でSNSにそんなに興味が無いのは珍しいですよね ]
ステファン: 良い事だよ!褒めて然るべきだね!
[ そうかもしれませんが、不思議だなぁと。 ]
デニス: (会話に追いつこうとして) それはおかしい事なの?
[ おかしくはないんだけど… ]
ステファン: (デニスに向かって) …君がSNSに熱中していないという事だよ。でも、それは褒め言葉だ!
今の時代、生活基盤がSNSの中に完全に埋没してしまう人が多いから…
デニス: Facebookとか、そういうの?
[ アカウントは持ってるけど、滅多に使わないよね。それは何故? ]
ステファン: だけど何故(SNSが)必要だと思うのかな?そもそも何故必要になるんだろう?
[ あなた方のファンからしたら、して欲しいと思うんじゃないんですか? ]
デニス: 僕は生活していく中で実際に相手に会って、触れたり喋ったりして相手の感情を直に感じ取りたいから。
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[ ああ、お2人はその点は凄く似てますね。出会うべくして出会った気がしますよ。]
ステファン: 僕たちは確かに似てるよね。
共通点が沢山あるよ、チョコレート大好きだし。 (と言ってる間も頬張っているステファン)
デニス: 僕はチーズ大好きだけど、ステファンは違うじゃないか! ステファン: それは全然違うねぇ。 デニス: そこだけは僕の強みだよね。
[ 似ている、という点を更に掘り下げて、ステファンの教え子である事の『危険』をお伺いしたいんですが… ]
ステファン: 危険なんて無いよ!
[ 何であれデニスがステファンと比較されて… ]
ステファン: 他の質問無いの?この質問は好きじゃない。
[ OK、他の質問に…って待って、まだ質問すらしてないんですけど! ]
ステファン: いいや、僕の教え子である事に危険は何ら伴わないよ!  デニス: いや多分、彼女が言いたいのは… ステファン: 危険なんて絶対に『無い』。 デニス: …周囲は比較したがるものじゃないかなって事じゃないかな…僕がそう感じる事はないけどね!
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[ ユーロ・ガラの時にロシア人コメンテーターが貴方の事をどう呼んだかご存知ですか? ].
デニス: 第二のステファン・ランビエール?
[ 近いですね。デニス・ランビエールと呼んだんです。 ].
ステファン: でもそれは悪い事じゃないよ!僕の遺伝子を少し受け継いでるから。 デニス: 共通点は確かに沢山ありますね。
例えば、スピンの練習に時間を沢山割いたり…だからと言って、スピンの仕方が一緒な訳ではないけど。
[ 2人のスピンはかなり異なりますよね… ]
ステファン: 全く異なるね…でも新しいポジションを創るのは2人とも好きだよ。 デニス: 創作するのがお互い好きだし、パフォーマンスするのも好きで… ステファン: 親密な関係を築き上げる方を好むし… デニス: お互い全てを完璧に仕上げる事が好きだし、自身を向上させるのが好きで、より良い自分になる事が大好きで、いつも新しいことに挑戦している。
それが、僕たちが似ている所があると周りに思われる、要因じゃないかな。 ステファン: そして、そこに危険はない… デニス: そう、だけどそこに危険なんて無い。性格上似ている所があるだけだよ。
ステファン: 何が言いたいかと言うと、コーチが誰であれ努力するのは生徒本人なんだ。
コーチがエリザベス女王だろうと… デニス: …ドナルド・トランプだろうと… ステファン: …誰であろうとね、その人がきちんと教育出来て、あるべく環境、タイミングを整えられる力があるのであれば問題無いんだ。
その人の名前がエリザベス女王なら、エリザベス女王で良いんだよ。
デニス: そこで、その(教え子の)スケーターがエリザベス女王2世である必要は無い。 ステファン: 3世でも、4世でもある必要は無いね。
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[ では今度はお互い似ていない所はどこかを上げてみましょう。
文末を考えてください:『デニス/ステファン』は自分より… ]
ステファン: デニスは僕より…チーズを美味しく食べられる!(2人とも笑う) デニス: ステファンは僕よりチョコレートを美味しく食べられるし、どのチョコレートの方が美味しいか知ってる。
ステファン: デニスは僕より…絵が上手。 デニス: ステファンは僕より洗濯が上手。 ステファン: (笑いながら) 確かに。デニスは僕より…ビール作りが上手い。
[ ビール作りですか? ]
デニス: 蜂蜜ビールを作るんだ。飲まないけど、作ってる。どうやったら美味しく作れるか模索してるんだ。
ステファンは美味しく最後まで飲みつくしてるけどね! ステファン: はい、次。 デニス: ステファンは僕より台所掃除が上手。 ステファン: 僕は洗濯と掃除が君より得意なのかい?ははぁ、何が言いたいか解ったよ。(笑)
デニス: ううん。キッチン周り全般においてだよ。ステファンの方がもっと、もっと上手。
僕は料理はまだそんなに上手くないから…
ステファン: 僕が(デニスより得意な物が多いのは)キッチンだけ? デニス: ううん、ステファンが僕より得意な事はたくさんあるよ。スケート技術もだし、創作もだと思うし、自由度が高い所もだし…
ステファン: (やっと解答に納得した様子で) オッケー。
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[ デニスに質問です、君のママとステファンだと、どっちの方が煩く細かいですか?]
 ※前回のインタビューでデニスはお母さんがとても厳しくて「母にすれば5連続ジャンプですらも充分では無くて、何故3回5連続をやらなかったのかと注意されるそうです。
デニス: お母さんが細かすぎるとは思わないかな。コーチに言われる事の方が大事だし。
それに時々、自分の方がお母さんやステフより重箱の隅をつついちゃう様に、敢えて考え込んでる時もあるかな。
より良くなりたいし、僕たちは完璧主義者だから。だから…
[ でも私が知る限りではステファンはかなりの厳密さを求めてきますよね。 ]
ステファン: 僕は精確だけど、デニスも凄く精確さを求めるから。そこが僕は好きだけど。 デニス: それは、そうだよ。自己批判と判断をきちんと出来ていないと、自分の進むべく道がぼやけてしまうから…
 [ ステファン、ヴェローナでのファン・ミーティングで貴方はデニスの年頃だった自分と、今のデニスはよく似ていると仰っていましたが。それって褒めてませんよね。]
ステファン: えぇーー?褒めてるよ!
[ 褒めてませんよ。「うわぁ、僕ってこんなだったっけ?!」って時々思うって仰っていたじゃないですか。まだあの時は10月で…]
ステファン: 僕が17才だった頃より、デニスの方がもっともっともっともっと大人だよ。彼の方が確実に賢いしね。
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 [最後の質問はアニメ『ユーリ!!!オンアイス』についてです。私もですが、お2人ともファンだとお伺いしました。フィギュアスケート界に携わる者として、この作品では正確にフィギュア界を再現していると思いますか? ]
ステファン: あれは、ファンタジー作品だよ。 デニス: パラレル世界があっても良いんじゃないかな。誰しも好きな様に考えたら良いと思うし、キャラクターに誰を重ねても良いと思う。
最近ある話は大体が前にも描かれた事のある世界で、書き直されてるだけなんだけど。
勿論、誰しもが楽しめるように面白おかしく作られていると思うし、何より観客が楽しめるようにと作られているよね。
それに、クリエイターの人たちは元となっている背景を推察できるようにと話を作りこんでいるんだと思う。
どの人や物事をモデルにしてるかとか、人によって解釈の違いがあると思うんだ。作品にある全てが再現ではなくて、何かを元に新しいキャラクターを創りあげているんだと思うよ。
ステファン: 僕は単純に良い作品だと思ってるよ、スケートを別の視点で楽しめるように作られているしね。それに、アニメが好きな人たちがスケート界を知るのに良いツールだと思うんだ。
だけど、作品が実際に僕たちのいるスケート界を比較再現しているかって?それは、違う。ファンタジーだから。
僕が言いたいのは、例えば映画を観るときに全ての事を、全てのシーンを完璧に理解しようとしなくて良いでしょう。
単純に観て楽しんで、深く考えすぎてはいけない時もあるんじゃないかな。
デニス: それに、凄く良くできた作品だと思うよ。ハイレベルなアニメだと思う。
 [ つまり、楽しむのはいいけど… ]
ステファン: …決め付けたり、比較してはいけない… デニス: …どう捉えても良いと思うんだ、自分が何を信じるかは自由だから。
ステファン:キャラクターを自分が思うように捉えたら良いし、何が正解で何が間違っているかではなくて、ただ楽しめば良い。
デニス: その通り。
 [ インタビュー中、ステファンは突然会話を止めてデニスの頬から睫を拾い上げて:「息を吹きかけて、願い事を言ってごらん。」と呟き、普段コーチに指導されている時と同じように少し考え込みながら、流れるようにデニスも従っていました。
睫を吹き飛ばして願い事が叶うなんて、科学的根拠は無いとは思うのですが。
ステファンなら叶えてしまうのではないかという予感がします。
1年前にデニスが怪我に苦しみ、痛みに耐えながらスケートを続け、オリンピック選考を通過する事を諦めずにいたあの時。
ステファンは先ず、最善の治療を受けられる様にと尽力し、落ち着く事の出来る、安定した環境を整えて彼のスケートをより良くしようと奮闘してきました。
次期オリンピックシーズンが2人にとって実りのある豊かな物になり、彼らの夢が叶う事を私は切に願っています。]
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grandpersonco · 5 years
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私が経験した究極の神対応は香港(ホンコン)での出来事。もう涙が止まりませんでした。
 現地での最終日、その日は夜遅くにバスで空港に向うことに。
 そのバスに乗り遅れると、日本に戻る最終便の飛行機に間に合わない。
 バスの停留所がわからず、1時間前に余裕を持って到着。
 案の定、30分ほど周辺をウロウロして、それでも停留所は見つからないまま。
 道路でブランド時計を差し出す売り子を見つけては、逆にこちらから声をかけて停留所を示す地図を差し出す始末。
 売れないとわかってもそっぽを向かず、優しく数十メートル先の停留所を示してくれた。
 私たちの顔が怖かったのか、鬼気迫る思いが伝わったのか?
 バスも時刻通りに来て、いざ乗る事に。ここで究極の神対応に感動(涙)。
 お財布を見ると小銭がなく、運転手に紙幣を差し出すと右手を上げて左右に振り「ノー」との一言。
 その紙幣を崩さないとバスを乗れないとのこと。あたりを見回すと数十メートル先にお店があり「両替して来るので待っててほしい」。
 その運転手は、待つことができないと、直ぐにドアを閉めようとする。
 その時に一人の女性がバスに乗り込んできて、「オッケー」と言うと財布を出して支払箱にお金を入れ始める。
 その姿に驚きのあまり言葉が出ない。切羽詰まっていた私を間一髪で助けてくれた。
 バスは閉まり発車!!その女性に感謝の気持ちを伝えたい思いで大きく手を振る。
 私はその一瞬の出来事を振り返って見ると、連絡先を聞いていなかった事に気がつく。
 紙幣を持っていたなら、それを差し出せば良かった。
 私が持っているものを何か渡せれば良かった。
 連絡先が書いてあるものをいつも準備していれば良かった。
 頭の中はグルグル?!
 この女性に助けて頂いた事に感謝し、自分の対応に悔いた一瞬でした。
 これに勝る神対応は今までに経験したことはありません。
 私が反対の立場だったら、瞬時の判断で同じことができたのか?
 自分に問いかけ、自分に言い聞かせ、自分に悔いた出来事でした。
 なんか、今日になって思い出し、またジ~ン(涙)してしまう体験でした。
 ★ここからはグランドパーソン株式会社の紹介★
 当社は、長年培ってきた人材ビジネスのノウハウや、強力なネットワークを活かし、企業様にとって最適な外国人材を提供。
 日本で既に企業経験がある、また日本の大学・大学院で就学経験がある方を対象。日本の文化や習慣を理解しており礼儀をわきまえている。
 登録者の多くが日本語能力試験 N1、N2保持。日本語はもちろんのこと英語や複数の言語を習得している勤勉な人材。
 語学力のみならず、それぞれ専門性を持っており、さらに仕事に対する高い積極性など、日本ではなかなか見つからないような優秀な人材ばかり。
 また、明るく気さくで、仕事に慣れるのにあまり時間がかからず企業の即戦力となります。
 優秀な外国人を巡ってはすでに獲得競争が活発化。進出先市場のニーズに合致した製品・サービスの立案・販売戦略の策定に至るまで様々なレベルで貢献。
 これまでほぼ同質の日本人だけで構成されてきた日本企業で育った人材より、注目するとハイスペック人材が多いことに気づかされる。
 グランドパーソン株式会社は、経験やノウハウを駆使して日本企業へ外国人を紹介致します。
 是非、ご連絡頂きたくよろしくお願い致します。
 グランドパーソン株式会社(E-mail: [email protected]
https://www.grandperson.info/jobseekers
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makibadesunamaki · 5 years
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ハノイ旅日記
2019年3月12~17日、ベトナムはハノイへ、母とふたり旅へ。エクスペディアで航空券とホテルを一週間前に予約。ホーチミンとどちらに行こうか迷ったが、ハノイのほうが落ち着いてそうな予感がしたのでハノイに決めた。3/12NRT9:30→14:00HAN、3/17HAN0:55→8:00NRT、飛行機はヴェトジェット。ツチオペラハウスという、貸部屋らしきものにしてみた。ベッドが2つあったので。しめて17万円。
さてやや緊張した面持ちの母と途中の駅で合流、成田空港第2ターミナルへ。ヴェトジェットは小さな旅客機で、乗客も7割はベトナム人といったかんじ。飛行機での食事を期待していたので何も食べ物を持っていなかったのだが、食事も飲み物も出なかった。そうか、だから安いのね。うんうん。座席も狭いよ、ちょっとこれ欧米人だったら足きついよ、とか思いつつ。母は窓際で上機嫌、外の景色を見ては浮き立ち私に話しかけてくる、「ほら、〇〇見えるよ!」エトセトラ、、わたしは、うんうん、ほんとだね、そうだね、、などと気のない返事。上空の6時間はいやに長かった。きっと狭くて疲れたからだ。いやいや、俺はそれどころじゃなかったんだ、母を無事に旅から帰らせねばならぬのだから、お気楽な一人旅とはわけが違う。そうだそうだ、妹にも言われたのだ、ああ見えてもうおばあちゃんなんだから、取扱注意だよ、と。ほほほ。わかってるさ。そうだそうだ、空港についてからどうやって市街地まで行くかががまずの関門なんだよ、わかってる、おかーさん?ってわけであたしは飛行機に乗りながら地球の歩き方を読んで、どうするか考えていたんだ。タクシーという手もあるけど、バスでも行けそうだからバスに決めた。喉がかわいたのでCAのお姉さんにペットボトルのお水を注文すると日本円で出したけどお釣りの円は無いからベトナムのお金でお釣りがきたよ。
空港についてまずは両替。とりあえず2万円両替。ベトナムはドンという単位。この金銭感覚がだんだんカラダ���入ってくるのが旅の醍醐味よね。今はまだその価値もよくわからんお札を手に、とりあえず財布にしまう。それから市街地に向かうバス乗り場へ。事前に頭に入れていたのでタクシーの勧誘は無視してバス乗り場を探す。あったあった。もういっぱいで、座れそうにない、30分くらいは乗るよ、と母に話すとじゃあ次のにしようか、などと言う。すると、座っていた欧米人の男性が母に譲ってくれた。家族でベトナムに来ている旅行者だ。ジェントルマ~ン。
バスの窓から見る景色。はーあー、ほんとに来たよ、ベトナムだよ。バイクにめちゃくちゃ搭載してるよ。褐色の人々。古い自動車。あったかい、あつい。
目印のオペラハウス近辺で下車。ふぅ、こっからどうやってホテルに行くかも問題だ。グーグルマップの出番だ、、うろうろ、コロコロ転がして不安げな母を連れてあたしも不安だけどそうも言ってらんね、きっとこっちだってほうに向かって歩く。うん、ここっぽいんだけど、それっぽいのがないんですけど。困ったなって思って仕方なしにそこらにいた暇そうで優しそうで純朴そうなお姉さんに聞いてみた。うん、ここだよ。きっと上の階だね、と。まじか。で二人で階段上ってると今度はコロコロをさっと持ってくれたお兄さん登場。わてらの宿の隣人でした。なんやみんな親切。肝心の宿についたはいいが、鍵がかかっていて開かない。仕方なく宿のオーナーにメールすると、5分後に行くから待ってて、と。案の定30分くらいしてから来た。結論としては、このあんちゃんにはしてやられた感がある。最終日は蚊の一斉駆除があるから別の部屋に移動しろとか、部屋の掃除なんか一回もしなかったくせにクリーニング代払ったし。でも母は部屋はとても気に入った様子。テレビで見てた現地で短期生活するものと重ね合わせて「ホテルよりぜんぜんいい!こうゆうの憧れてたの!」とご満悦。ポジティブで助かるわぁ。
初日は散策といこう。ホアンキエム湖周辺へ。辺りは夕暮れ。観光客でごった返す。湖の畔で毎日毎日小さなおもちゃを売る盲目の老婆。湖には亀の塔が浮かぶ。あたしは小汚い店でもOKなのだが母が嫌がるので、まぁ今日は初日だし、と思い、小洒落た西欧人向けのベトナムレストランへ。フォーとハノイビールをいただく。おいしかった。まずは無事にたどり着いたことに乾杯。食後も散策をする。パン屋目指して地図を見ながら歩いていると小さくて丸い揚げパン売りのおばさんに「教えてあげるよ」と話しかけられる。そして揚げパンも買うことに。うん、まぁ、ちょっと油っこい。けっこう売ってるけど、そんな人気あるのかちょい疑問。。結局パン屋は諦めて帰ることに。ホアンキエム湖のところの売店のパンを買う。それから宿の近くのサークルKでヨーグルトなど朝ごはんを買っていく。
次の日はまずオペラハウスへ行き、『私の村』のサーカスショーのチケットを購入。現金が足りなくなりそうだから両替したい、と受付の男子に言うと、目の前の銀行まで連れて行ってくれる。そう、車とバイクが行き交う大通りを素人が横断するのは至難の業、、おにいさんの後ろをついておどおどした足取りの母を連れ渡る。だが残念なことにジャパニーズ円は両替できなかった、、なぬぅ、、ラオスではそんなことなかったのにー(たしかたぶん)、なんでだーベトナム!仕方ないので母のクレジットカードで一番いい席を2枚購入。これは結構高かった。たぶん一人5000円くらい。ショーは夜なので、まずは購入のみ。
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次は明日の電車での旅のため、ハノイ駅までチケットを買いに行く。母が列車に乗りたいというので。母は何気に鉄子なので。30分くらい歩く。道中暇そうにしているおっさんたちが目に余る(笑)プラスチック製のちっこい椅子に座ってお茶してペチャペチャ話してたり。まったく楽しげだ。道中、ふかし芋を売る人の横を通り過ぎると、母が物欲しげにわたしにねだる「買ってーまきちゃん買って」え。芋だよ、芋。と思ったけど老いたる母の望みとあらば。さて、きっと母にとっての「ベスト・オブ・ベトナム料理」はこのふかし芋だったと思う。「わかる、まきちゃん、これは採れたての味だよ」とうれしそうに。さすが元田舎娘。うん、たしかにおいしかった。あたしも芋っ子だから(川越ね)。
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駅で明日のニンビンまでの切符を購入、朝6時発のにしたので大変だ。鉄子の母と駅をウロウロ。ベンチエリアでは一族郎党で出かける大家族が休憩していた。お弁当広げて果物食べたりそこらに座ったりして。ミカンのいい匂いがする。母も先程のふかし芋屋から買ったミカンを食べ始める。おいしいおいしい。さて再び歩く。またもや30分くらい。ハノイ大聖堂へ。その前にお昼をアメリカナイズされたビール屋で食事。チキンバーガーとサービスチケットのビール。
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それから旧市街という通りを散策。口琴、サンダルなど購入。歩き疲れたのでノラカフェへ。お客が誰もいないんだけど、店員は5人くらいいて、建物が隠れ家みたいに入り組んでて、屋上まで行ってみた。屋根はあって、窓も2面だけあってなんでだろうね、なんて話してて、母はコーヒー、わたしは果物のスムージーを注文。しばらくすると噴煙が舞い始めた。窓の意味がわかった。庭でゴミを燃やしているのだ。風が吹き燃えカスやススが舞ってくる。ぶおーってくらいの量の。だれもお咎めしないのね。おおらかね。
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はて、母は疲れた様子。そりゃそうだ。歩かせ過ぎ。でもまだ歩くのだ。オペラハウスに行ってサーカス見るよ。その前に宿に寄って小休止。
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サーカスショー『私の村』はとても良かった。もちろん、観光客向けでベトナム人は見ないし、イメージのベトナムだろうけど、竹を使ってアクロバットする肢体に嘘はないし音楽も良かったし。観客の欧米人にも大いに受けていた。帰りに小腹がすいたので宿の並びにあるフォーを食べることにした。母はかなりがんばった様子。
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おいしかったよ。あっさりしてるし。中学生くらいの男子がパパを手伝ってた。私達のを作り終えたら自分用に特性フォーを作ってむしゃむしゃ食べてた。さて明日は早起きです。
朝4時半に起き、5時に宿を出てハノイ駅に向かって歩く。辺りはまだうす暗い。けどいつも喧騒の通りが静かで、通りを渡るのも簡単。地元の人たちがランニングやウォーキングや体操してる。30分歩いて駅に着くと、お目当てのサンドイッチ屋さんはまだ開いてない。駅の売店でおこわ、ピーナッツ菓子を購入し、改札が開くのを待つ。そして車内へ。座席と車両の関係がよく分からないから車掌さんに聞くと「あっち」と。車内は空いててベトナム人のほうが多い。出発すると程なくして物売りがやって来る。ベトナム人がゆでたまごやとうもろこしを買い、美味しそうに食べ始める。母がとうもろこしをねだるので、トウモロコシとそれからゆで卵を購入。トウモロコシは蒸したてで熱々。白っぽい色で、食感はモチモチしててあまり甘くはないけど、わたしわりと好きってゆうか結構好きかも。ゆで卵にはハーブ入り塩コショウもついてきた。電車に揺られて2時間。スピードはゆっくりめ。のんびりした景色。日本語を勉強している、というお兄さんが話しかけてきた。ニンビンの駅に着くと、早速数人のタクシードライバーがここぞとばかりに誘ってくる。とりあえず観光コーナーみたいなところにお姉さんがいたので、チャンヤンまで行きたいと言うとドライバーを紹介された。ガイドブックには「気をつけろ」と書いてあった白タクだからどうしようかと思ったけど、まぁ悪そうな人ではなかったのでその人に決めた。駅→チャンヤン→食事→寺→駅で550,000ドン。20分くらい車で行くとチャンアン洞窟クルージングのボート乗り場へ。ベトナム人の若い女の子2人組と相乗りで3時間コースをスタート。40~50歳くらいのおばちゃんがのんびりとボートを漕ぐ。毎日こうしてるのかな、と思う。ひたすら漕ぐんだよ。洞窟がいくつもあってその中をゆっくりと行くんだ。
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一緒に乗ってた女の子がお弁当の海苔巻きをくれた。ソーセージとか巻いてあった。お礼に柿の種をあげた。ふたりは可愛く写真をとることに夢中だった。ポーズ決めて撮ってもらって、もっとこうしてとかお互い言い合ってキャッキャしててかわいかった。ところどころにお寺があり、そこでボートを降りて寺を見学する。
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洞窟はほんとにスレスレだったりで、そんなときはおばちゃんが私の背中をそっとたたき、気をつけてと合図する。鍾乳洞の泉がしたたる。同じ制服を来たおばちゃん、たまにおじちゃんがたっくさんいて、ここが大きな雇用を生み出しているのだ。曇天だったので景色はまぁまぁだったけど、なんかのんびりボートに揺られて面白かった。さて12時にボートを降りると、ドライバーと待ち合わせた場所へ向かう。次はお昼ご飯。ガイドブックによるとヤギ料理が有名だというので、レストランに連れてってもらう。ヤギのソテー?を米粉のシートにハーブやら野菜を巻いて食べるやつと、おこげ、フォー、青菜炒めを注文。ヤギは歯ごたえあり、なかなか美味しかった。ハーブ野菜はワイルド。母は顔には出さず手こずっていた。次に本当は階段を上った先に絶景のあるお寺に行く予定だったけど、ドライバー君いわく、曇天だから上っても景色いまいちだから古都ホアールに行こう、と。いくつ?と聞いてみたら37歳と。見えないね若いね。と私も年を言ったら見えないね肌がきれいね、とほめてもらったホホホ(^^)
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もう朝が早かったから牧も母もクタクタだったのでホアール歩きながらウトウトしてた。ホアールには先程のボートこぎのおばちゃんたちが仕事が終わってバイクに乗って次々に帰ってきていた。サトウキビを粉砕しながらジュースを売っていたので購入。甘くて美味しかった。母は若干清潔感がないものだったので引いていた。ドライバー君は暇そうに携帯でゲームしてた。「もう帰る」と言うと早いね、オッケーってかんじで駅に向かう。電車の時間までまだ早いからcafeでも寄ってく?と聞かれたのでそうすることにした。駅の近くのcafeで降ろされバイバイ。cafeはかわいいベトナムの青年が店番していた。ココナッツコーヒー美味しかった。母はウトウト居眠りしてた。
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帰りも2時間揺られてハノイへ。母を再び歩かせるのは申し訳ないと思いつつ徒歩で宿へ。途中のパン&ケーキ屋で夕飯用に購入。
15日。ハロン湾へ行くのもプランにはあったけど、昨日の小旅行で疲れたのでハロン湾へは行かないことにした。でなぜか動物園へ。タクシーに初めて乗ってみた。ローカル色の強い動物園で、地元の小学生が遠足で来ていた。曇天、うっすらと寒い。
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母のお気に入りのカバ。ばっちい水の中で眠っている。
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ライオンもうらぶれてる。猿の小屋がたくさんあった。そしてあまり手入れが行き届いていない様子。。
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びみょうなかわいらしさの遊具。はにゃぁ。
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あの空気ボールの中に子どもが入ってコロコロ水面を転がって遊ぶの。そういえば水曜日のカンパネラのコムアイもやってたなぁ。わたしもやってみたかったけどさすがに恥ずかしいからやめた。動物園を後にしてホム市場へ。タクシーで20分くらい。若干遠回りされてるような、、気のせいかしら。ホム市場に入る前にランチを。あるき回った挙げ句、母を気遣いイタリアンへ。ラザニアとパスタとビール。味ははっきりしない感じ。ハノイでイタリアンはまだまだ途上のようです。
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この市場はメインが生地のようで、2階はところせましと生地が積まれて、そこかしこにその売り子さんが生地に埋もれて昼寝してたりおしゃべりしてたり。食べてみたかったチェーに挑戦。
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おいしー!!母はまた引いてたけど。日本にこの値段であったら毎日食べるなー。モチモチした透明のやつとか、薬草ゼリーとか、アンコもコシ?があっておいしいのら。母にせがまれトウモロコシとオレンジを購入。さて次に、ロンタン水上人形劇を観るため、徒歩でホアンキエム湖方面へ。
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開場まで時間があったので2階のcafeで休憩。観光客でごった返す。人形劇は文字通り水の上で繰り広げられる。演奏は上下で生演奏。生演奏プレイヤーの一番目立つ女性がめちゃくちゃやる気ない態度だったのでちょっとげんなりしたが、察するにもう習慣化しちゃってやってる方に感動��ないよねきっと。一日5ステージとかやってて観光客はなんにせよ入るし。操演の方たちは水の中でどんなふうに操ってるのか興味あり。ドキュメンタリとかあったら見てみたいな。近場のお土産屋でポーチなど購入、兄弟、叔母たちに。帰り、ご飯を動ずるか迷ったが、わたしだけ近所の店で食べた。しいたけと鶏肉のいため、みたいな和風のもの。味は普通だった。
夜中、あるいは明け方、腹痛に襲われる。いったい原因がどの食事か、わからないけれど、周期的に痛みが走る。嘔吐は無し。サトウキビかな、さっきの夕ご飯かな、チェーかな、、いずれにしても母は元気。だもんで、次の日はほとんど出かけられず。母には申し訳ない。昼過ぎにホアンキエム湖近辺で散歩。休日なので地元民でにぎわう。遊んでる若者たち。足のない物乞いのおばさん。屋台で横笛を購入。音を出すのが難しいから縦笛を勧められたけど、いつか吹けるようになりたいから横笛を買った。少し安くしてくれた。
それから宿屋のツツが移動しろと言うから移動して、そしたらどうしても急な出来事で早く出てほしいとか言ってきて、はぁー、お腹痛いしそんなのできない、わたし休みたい、と言ったらじゃあ自分の勤め先のホテルの部屋を用意するからそっちに19時には移ってくれとか言ってきて。はぁーざけんなぼけ。どうせダブルブッキングだろ、と思ったけど。普段はルーズでタオルを代えてください、と言わないと代えないくせにこうゆうときだけ時間より早く迎えに来て、部下のバイクに乗っけて一人ずつ連れてく、とか言うけど、母がバイクの二人乗りを怖がるので結局ホテルまでてくてく歩いた。そこのホテルは小奇麗だけど小さくて、欧米人観光客向けのようだ。
空港へ向かうタクシーを運転してくれたのは実直なベトナム人だった。わたしたちが夜景を見ていろいろ話してるのに気がつくとさり気なく助手席の枕を外してくれた。降りたときにチップを渡したら意外だったようで、とってもうれしそうにニコっとしてくれた。なんか、わたしと母もとても嬉しい気持ちになった。母はそのドライバーの運転がとても上手だったと関心していた。ツツにはしてやられたけど、最後に良い人に出会えてよかった。
空港ではわたし、ヘロヘロだった。腹痛のせいでご飯が食べられなかったので貧血になり、立ってられなかった。チェックインの長蛇の列で座り込み、情けなや。6時間のフライトが持つか心配だったが、無事に帰国。成田で母とドトールで食事。やっぱ普通においしい。
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次はネパールだ��
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