旭川14歳少女イジメ凍死事件がついに国会審議の俎上に載せられた。4月26日、萩生田光一文科大臣は音喜多駿参議院議員の質問にこう答えた。
「本事案については、文科省として4月23日に旭川市教育委員会及び北海道教育委員会に対し、事実関係等の確認を行い、遺族に寄り添った対応を行うことなど指導、助言を行った」
爽彩さんが亡くなった公園に置かれた献花 ©️文藝春秋
爽彩さんが亡くなった公園に置かれた献花 ©️文藝春秋
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萩生田大臣は「事案が進まなければ政務三役が現場に入る」
今年3月、旭川で当時14歳の廣瀬爽彩(さあや)さんが凍死して見つかった事件の背景に凄惨なイジメがあったことについて、「文春オンライン」では4月15日からこれまで9本の記事を掲載し、詳報を続けてきた。爽彩さんが通っていたY中学校では、これまで「イジメはなかった」としていたが、報道を受けて22日には旭川市がイジメの再調査に乗り出すことを公表。だが、冒頭の発言の後、萩生田大臣はさらに、
「文科省としても必要な指導、助言を行っていくことが重要であると考えており、今後なかなか事案が進まないということであれば、文科省の職員を現地に派遣する。或いは私を含めた政務三役が現場に入って直接お話する。ただ、一義的には少し時間がかかり過ぎじゃないかと」
と述べ、旭川市の対応に釘をさした。旭川市の再調査の発表を踏まえたうえで、その調査に迅速な対応がとられない場合は、本省の職員あるいは政務三役を直接現地に派遣する可能性に言及したわけだが、これは「イジメ対応と���ては、かなり踏み込んだ発言」(全国紙政治部デスク)と見られている。
4月26日に開かれたY中学校の臨時保護者説明会
しかし、その一方で、渦中の旭川市の教育現場では、いまだに煮え切らない対応が続いている。取材班は4月26日、萩生田大臣の答弁が行われた同日の夜に臨時に開催されたY中学校の保護者説明会の様子を取材。保護者説明会では、学校側は相変わらずの隠ぺい体質を貫き、イジメの実態については何も明らかにしなかった。保護者達は反発し、怒号が飛び交う「大荒れ」の展開となった――。
Y中学校、臨時の保護者説明会の告知
Y中学校、臨時の保護者説明会の告知
※本記事では廣瀬爽彩さんの母親の許可を得た上で、爽彩さんの実名と写真を掲載しています。この件について、母親は「爽彩が14年間、頑張って生きてきた証を1人でも多くの方に知ってほしい。爽彩は簡単に死を選んだわけではありません。名前と写真を出すことで、爽彩がイジメと懸命に闘った現実を多くの人たちに知ってほしい」との強い意向をお持ちでした。編集部も、爽彩さんが受けた卑劣なイジメの実態を可能な限り事実に忠実なかたちで伝えるべきだと考え、実名と写真の掲載を決断しました。
「文春オンラインの報道が出てから学校には問い合わせの電話が殺到。取材活動も過熱し、地元メディアがY中学校の生徒に直接コンタクトしようと声がけをするなど保護者から不安の声が上がっていました。学校側が自主的に説明の場を設けたというより、開かざるを得なかったというのが本当のところです」(Y中学校関係者)
平日夜にもかかわらず保護者100名が詰めかけた
19時から校内の体育館で行われた保護者会では厳戒態勢が敷かれた。体育館の入口では教員らが在校生名簿と保護者の名前を照合し、部外者を完全にシャットアウト。不測の事態に備えて、パトカー数台が警戒に当たるなど、学校周辺には異様な雰囲気が漂っていた。
平日の夜にも拘わらず、体育館には100名ほどの保護者が詰めかけた。取材班は出席した複数の保護者から現場の様子を聞き取った。
パイプ椅子に座った保護者の前に校長と教頭が立ち、体育館の横の壁に沿ってPTA会長、教育委員会のカウンセラー、爽彩さんの当時の担任教師を含めた各学年の教員20名ほどが直立不動の姿勢で並んでいたという。
当時別の中学校在籍だった校長が、何度も頭を下げて説明
19時、開始の時刻を過ぎると、重々しい空気の中、校長がまずマイクを取った後、深々と頭を下げ、爽彩さんに向けたお悔やみの言葉を口にした。なお、この校長は昨年4月にY中学校に赴任したばかり。爽彩さんがイジメを受けた2019年は市内の別の中学校に在籍していた。校長はこう述べた。
「本校の対応に対するご意見やご指摘が続いており、生徒や保護者の皆様にはご不安な思いやご心配をおかけしております。そのような中、生徒の不安解消や、安心安全を確保するために、その一助になることを願い、本会を開催させていただきました」
校長は何度も頭を下げ、今後の措置として、在校生の心のケアのために個別面談を実施することや教育委員会からスクールカウンセラーを招聘することなどを説明したという。
対応していた教頭、当時の担任教師は同様の言葉を述べるのみ
続いて、6月に起きたウッペツ川飛び込み事件(#3参照)の後から、爽彩さんの家族への対応窓口となった教頭と、当時の担任教師が、揃って同様の言葉を述べた。
「本校に在籍していた生徒が亡くなったことに関しまして、心から残念であり、言葉になりません。ご冥福をお祈り申し上げます。また、ご遺族の方にはお悔やみを申し上げます。本校生徒の保護者の皆さんにご心配、ご不安な思いをさせておりますことに、お詫び申し上げます。報道に関する部分につきましては、今後予定させていただいている第三者委員会において、誠心誠意対応させていただきます。今、私ができることですが、保護者の皆様にできることに一生懸命努力していきたいと考えています。よろしくお願いいたします」
質疑応答で担任教師は下を向くだけ
その後、20分ほどで学校側の説明は終わり、次に保護者による質疑応答の時間となった。最初にマイクを持ったのは同校に3年生の子供を通わせている母親だった。この子供のクラス担任を今務めているのは、爽彩さんの母親がイジメの相談をしてもまともに取り合わなかった当時の担任教師である。質問した母親はまず「亡くなった子の担任だった先生に何を子供は相談するのか? 担任を代えてください」と訴え、涙で声を震わせながらこう続けた。
「担任の先生が(爽彩さんの母親からイジメの)相談を受けたときに『今日わたしデートですから、明日にしてもらえませんか』って言ったというのが報道で出ていますよね。小耳に挟んだ話ですけど、先生がお友達にLINEで『今日親から相談されたけど彼氏とデートだから断った』って送ったっていう話をちらっと聞いたんですよ。本当に腹が立ちました。そういうことも言ったかどうか全部はっきりして欲しいです」
当時の担任教師は前に立っていた同僚の後ろに隠れるようにして、下を向くだけで、一言も答えない。代わりに校長が「いまの質問にここで即答はできない。申し訳ございません。検討します」と答えた。
「報道されている言葉が本当であれば、ふざけんなって思います」
爽彩さんが加害生徒から受けた凄惨なイジメの実態を報じた文春オンラインの記事について、その真偽を問う質問も集中した。
「報道されていることは事実なんですか? 過剰なんでしょうか? 子供に『お母さん私どうしたらいいの?』と言われて正直悩みました。先生方は命の大切さとおっしゃっていましたが、言葉の重みというものも子供達に伝えて欲しいです。報道されている先生が発した言葉が本当であれば、ふざけんなって思います。今回報道されなかったら誰も何もしなかったのか」(在校生の母親)
校長はこう答えた。
「言葉の重みというものにつきましては、本当に重く受け止めて参りたいと思っております。今回の報道に関わる部分ですけれども、当時の学校の対応に関わる部分の中で、食い違っている部分もあります。その部分も含めてこの後の第三者による調査の中でしっかりと検証されていくと思っております」
学校側はイジメについて子供たちに「話はしていない」
爽彩さんが受けたイジメの事実について、これまでY中学校は保護者、在校生らに詳しい説明をしてこなかった。ネットで事件を知った子供から事件について聞かされた保護者たちは混乱していた。質疑応答は白熱していった。
「今回の件について、生徒たちには学校からどのように説明しているのでしょうか。子供に質問された時に私たち親はなんて答えればいいんでしょうか、教えてください!」(在校生の母親)
「今回の件につきましては、先ほども申し上げましたように、今後第三者による調査によりまして学校の対応を含めて色々な面が明らかになったら、今後学校としてどういうふうにして受け止めて、指導にいかしていかなければならない。そのことをしっかりと受け止めて参りたいと思っております」(校長)
「スマホ、タブレット、パソコンでどんどん情報が入ってきて、子供たちは私が教えなくてもネットを見て知っていくという状態です。学校側は今日この説明会があるまで子供たちに対して何の説明をして、どういう対応をしたんですか?」(3年生の母親)
「この事案に関わるお話は公表できない事になっておりますので、お話はしておりません。学校が行っている対応は警察と連携しながら登下校の時に巡回をしていただくとかですね、安全安心に関わる部分の対応を行ってきているところであります」(校長)
「Y中学校を爆破する」と脅迫電話が…
実はこの日の朝、何者かが市役所に「Y中学校を爆破する」と脅迫電話をかけてきたという。そのため、市は警察と相談し、この日は学校周辺をパトカー数台が一日中警戒に当たるなど、終日緊張感に包まれていた。保護者からはこの点についても不安の声が出た。
「今日、爆破予告が入っていたというのは本当ですか?」(1年生の母親)
「今お話にありました爆破予告と言いますか、そういうような愉快犯は市役所の方にそういう情報が入っていたということは聞いております」(校長)
「私は不安を抱えたまま子供を送り出しましたし、学校に行った子供も不安だったと思います。そういう(爆破予告の)事実があったら、まず(爆弾が校内にないか)確認して大丈夫なのか、少し登校時間を��らすとかできないのか、せっかくメールを登録しているのでご連絡いただきたいです」(1年生の母親)
「わかりました。警察、教育委員会と連携してですね、施設も一度全部点検していただいて、安心だということでこのまま対応させていただいております」(校長)
学校側の煮え切らない態度に、飛び交う怒号
いつしか会場には怒号が飛び交うようになっていたという。学校側の煮え切らない態度に怒り、途中退席する保護者も大勢出るなど、保護者会は大荒れとなった。保護者の非難の矛先はイジメ問題の当事者でありながら、今回の保護者会には姿を現さなかった前校長や当時対応にあたった現教頭に向けられた。
「2年前にいた校長先生は、今日この場にいらしてないんですか? なぜですか?」(1年生の母親)
「来ておりません。お気持ちはよくわかるんですけども、いま本校の職員でないので、そのような状況にはならなかったです。大変申し訳ございません」(校長)
「最初に、報道に対しての説明をするという話で開始しましたよね。SNSでの誹謗中傷、(子供は)当然みんなSNSや報道も見ている。文春オンラインの記事の内容を見て僕は涙が出た。この学校に子供を通わす親として、本当に大丈夫なのかと。それに事件に関して何の説明もない。『第三者委員会』を繰り返して、あのおぞましい行為をイジメじゃなかったと判断している学校。この中途半端な説明会でどれだけみんなが納得すると思いますか。そしてやるからにはきちんと記者会見して、イジメはなかったと言えるくらい胸張っていてくださいよ。教頭先生、生徒のスマホ画面をカメラで撮ったそうじゃないですか。これも第三者委員会じゃなくては分からないことなんでしょうか」(在校生の父親)
教頭は「私自身は法に反することはしていない」と主張
「……」(教頭)
「今あったお話にこの場でお答えできないことが本当に心苦しいですけども、私どももお話できない状況になっておりますので本当に申し訳ございません」(校長)
「教頭先生にお話はしていただけないのでしょうか?」(在校生の母親)
すると、教頭はこう答えた。
「私の方からお話できることは、第三者委員会の調査の中では、私の知っていることは全て誠実にお伝えさせていただきたいと思っております。1つだけ今回の報道等に関することは、個別の案件に関わることですのでお答えすることができませんが、私自身は法に反することはしていないということはお伝えさせていただきたいと思います。このあと捜査を受けることになるか分かりませんけども、しっかりと対応していきたいと思っております。現段階では私のお話は以上です」(教頭)
教頭、担任教師は一度も頭を下げることはなかった
1時間30分に渡って行われた保護者会は20時30分に終了。20名を超える保護者から学校側に厳しい意見が突き付けられたが、学校は「第三者委員会の調査」を理由にほとんどの回答を拒否。保護者からは「何のための保護者会だったのか」「まったく意味がなかった」などの声が洩れたという。
事件当時を知らない校長は何度も陳謝し、保護者に頭を下げたが、爽彩さんや母親が必死に助けを求めた教頭、担任教師は一度も頭を下げることはなかったという。
爽彩さんの遺族は、文春オンラインの取材に対して以下のコメントを寄せた。
「事前に連絡はなく、説明会のことは知りませんでした。どんな説明会だったのかはわかりませんが、ほかの関係のない子供たちが巻き込まれてしまっているのは、とても辛いです。学校に対しては、イジメと向き合って、��三者委員会の調査に誠実に向き合っていただきたいです」
保護者会の翌日の4月27日、旭川市教育委員会は定例会議で「女子生徒がイジメにより重大な被害を受けた疑いがある」と、いじめ防止対策推進法上の「重大事態」に認定。5月にも第三者委員会による本格的な調査を始めると発表した。Y中学校の誠実な対応が求められるだろう。
4月30日(金)21時~の「文春オンラインTV」では担当記者が本件について詳しく解説、Y中学校でおこなわれた保護者会の音声の一部も公開する。
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久々にたくさん映画を観れた11月(2021年11月の日記)
■2021/11/1
月曜日。今週は仕事を休みます。娘が学校に行ってから有楽町へ。映画祭は3日目です。まずは「都そば」でかき揚げうどんを食べる。関西風の出汁、いいね。朝日ホールにてフィルメックス『瀑布』を観る。春本監督と梅田さんがいて、そうだ『かぞくへ』パンフにサインをもらおう、と思ったらすでにサインがされていた。まるゆさんが買ってくれた日にサインももらってくれていたのだ。春本監督、梅田さんにはお礼のみを伝える。同じ回を観ていたけんす君と「きじ」へ行ってお好み焼きを食べる。「きじ」と云えばPFFのときに食べるのが定番(僕とけんす君とチートイツさんの中でのみ)なのだが今年はPFFのときに行けなったからな。さらに時間があったので交通会館地下の喫茶店でコーヒーを飲む。こういう時間が良いですよね。けんす君と別れTOHOシャンテへ。TIFFコンペ『アリサカ』を観る。新宿へ移動。移動しながらU-NEXT『キャンディマン』(古い方)を見終わる。そしてTOHO新宿で『キャンディマン』(新しい方)を鑑賞。
■2021/11/2
火曜日。映画祭は4日目。今日も有楽町へ。まずはガード下の「蕎麦や はないち」で春菊天うどん。読売ホールへ。TIFF ガラ・コレクション『リンボ』鑑賞。久々に読売ホールで映画を観ましたよ。「谷ラーメン」でラーメン+半チャーハン。ここは平日しかやっていないので映画祭のときに一度は行っておきたいところ。久々に行ったらがっつり改装されて綺麗になってました。ミッドタウン6Fのパークビューガーデンへ。春本監督が参加するアジア交流ラウンジを見る。野外でとても気持ちいい。話も面白かった。途中退席してTOHOシャンテへ。TIFFワールド・フォーカス『箱』を鑑賞。「ジャポネ」で明太子のレギュラーを食べる。ここも映画祭期間中に一度は行かないと気がすまない。日比谷エリアをclubhouseをしながらふらふら。たまにclubhouseで話すsatoshiさんも近くにいることがわかり合流してお茶する。そう、去年までの映画祭と違うことのひとつがclubhouseがあることだ。clubhouseは流行りにのって使っていた人たちが去り、普段使いする人のみが残っている。在宅勤務が続いている自分としてはこのclubhouseをまだ楽しく使っているし、こういう機会には会うこともできる(あとから同じカフェの同時間にHOKUTOさんもいたらしいと知りびっくり)。再びTOHOシャンテへ。TIFFコンペ『一人と四人』を観る。この回はまるゆさん、matsuさんも観ていて、僕とmatsuさんは1年半以上ぶりの再会。久々にシネマクティフ東京支部の3人がリアルでそろった。まぁオンラインでは顔見たり話しているのでそこまでの久しぶり感はないのですが。でも嬉しいものです。
■2021/11/3
水曜日。本日は祝日。僕は映画祭を休み、娘とすごすぞ!と思っていたら午前中は学力テストがあるとのこと。しょうがないのでキノシネマ立川へ。『かそけきサンカヨウ』を鑑賞。観れてラッキー。TIFFの『リンボ』ソイ・チェン監督のオンライントークを聴きながら帰宅。午後は娘と遊んだり、DAZNでFC東京の試合を見たり。オンライン試写にて『十人十色の物語~今年90歳になる館長と9人のドラァグクイーン~』を見る。コリアン・シネマ・ウィーク(オンライン)で『私は私を解雇しない』を見る。ナツノカモさんと志の春さんのTwitterスペースも聴いちゃう。志の春さん、楽しくてお酒がすすんでべろべろ。
■2021/11/4
木曜日。立川の病院への通院日。採血待ちの時、近くにいた見た目70歳ぐらいの男性が「また寒くなるのやだなぁ」と云っていた。それだけ生きても寒くなるの慣れないのかな。血液検査は今回も問題なし。薬局で薬を受け取り、渋谷へ移動。牛丼を10分で食べ、イメフォへ。『MONOS 猿』を鑑賞。このタイミングで観れなかったらどうしよう、と思っていたので観れて良かった。千代田線で日比谷へ移動。よみうりホールへ。TIFFコンペ『復讐』を鑑賞。けんす君と同回だ。映画終わってからけんす君と「博多うどん よかよか」へ。ごぼ天うどんを食べる。やさしい感じのうどん。ミッドタウン地下、和菓子の「鈴懸」さんへ。おうちにお土産を買う。けんす君とわかれTOHOシャンテへ。TIFFワールド・プレミア『ベネシアフレニア』を鑑賞。WOWOWオンデマンド『兄が教えてくれた歌』を見る。
■2021/11/5
金曜日。再び映画祭は休み、本日は一般公開作を観る日。まずはシネマシティへ。『エターナルズ』aスタ極爆上映、初日初回を観る。MCU作を初日にシネマツーで観る。これけっこう好きなんですよね。久々ですよ。食べたかったカレー屋を見に行ったら並んでいたので断念。平日も並んでるのかよ。しょうがないから「松屋」でスープカレー。うまい。ご飯大盛りにするとカレー足らない。吉祥寺へ移動。吉祥寺オデヲンで『リスペクト』鑑賞。シネマクティフ東京支部4周年として東京支部で選んだMCT11月のお題作品となります。よろしくお願いします。下北沢へ移動。「みん亭」でカレーチャーハンを食べる。駒木根さんが話していたスパイスカレーラーメンの店も行きたかったけどなぁ。トリウッドで『カウンセラー』鑑賞。そのカウンセラーの話をしていた「僕モテFRIDAY」を見ながら帰る。
■2021/11/6
土曜日。今日も有楽町へ。Twitter上やスペースでは話していたche bunbunさんとランチ。初対面でしたが映画祭の話いろいろできて楽しかったー。やっぱ会うと話しやすいことってありますよね。そしてヒュートラへ。フィルメックス メイド・イン・ジャパン『春原さんのうた』鑑賞。濱口監督も観にきていた。この作品を観ることは特別な体験になるんじゃないか、という予想があったけどやはりそうなった。どこかで話す機会があるかな。まぁあるだろうな。同回を観ていたチートイツさんと喫茶店に移動。コーヒーを飲みつつ二人とのそれぞれのスマホで『春原さんのうた』Q&Aを見るという不思議な状態。僕の質問も読まれていた。このシステムはイマイチな気がするけどなぁ。視聴人数を確認するとあまり見れている人がいないもの。チートイツさんとわかれ再びヒュートラへ。TIFFアジアの未来『異郷の来客』を観る。otokeiさん、まるゆさんと合流して短時間で夕飯が食べられるところを探すがなかなかない。しょうがないので「丸亀製麺」へ。あわててうどん食べ、皆がそれぞれの次の映画へ。これが映画祭か。朝日ホールへ。フィルメックス特別招待作品『麻希のいる世界』なのですが、もう客層の雰囲気が違う。そうか「さくら学院」のファンの方がいっぱいなんですね。Matsuri StudioのTシャツを着ているのは僕ぐらいだったんでしょうね。電車で「9時ゆる」を見ながら帰宅。今週も映画祭の話で楽しい。最寄り駅に着く少し前、まだ「9時ゆる」の途中だったが杉田監督のTwitterスペースがはじまる。そっちに移動。いつものように杉田監督が僕をスピーカーとしてあげてくれたのだけど、これは話せないだろうというぐらい『春原さんうた』関係者がたくさん集まってきた。杉田監督はQ&Aに参加できなかったから、という気持ちがあったみたいだけどなんとも素晴らしい数時間でした。後半は完全に杉田監督と東直子さんの対談という感じになっていて聴き続けてしまった。内容については口外できませんが。25時半ぐらいまで続き終了。杉田監督にお知らせしたいことがあったのでそれをDMだけして寝る。
■2021/11/7
日曜日。個人的に映画祭への最終参加日。有楽町へ。TOHOシャンテでTIFFコンペ『ヴェラは海の夢を見る』鑑賞。いっしょの回を観ていたmatsuさん、otokeiさんと「そば 俺のだし」へ。食べても食べても底が見えない蕎麦を食べる。もう夜までおなかすかない感じ。3人で朝日ホールへ移動。フィルメックス特別招待作品『時代革命』鑑賞。これまた客層がいつもと違う。本作は作品名が発表されたのがその前日。でもチケット発売は作品名をふせたままされていた。僕とかmatsuさんは作品を予想しチケットを発売日から買っていたのですが、おそらく映画好きの多くがこの作品を予想していたと思う。でもそれをSNS上などに書いていないところに映画好きの連帯感を感じました。ヒュートラへ移動。TIFFガラ・セレクション『チュルリ』鑑賞。すげー誰かと感想話したいけどまわりで観ている人少なそう。TOHOシャンテへ移動。TIFFコンペ『市民』鑑賞。ということでこれでおしまい。TIFF13作品&フィルメックス7作品。期間中に一般公開作を7本も観てしまったので映画祭作品が少なくなってしまったけど、この期間しか僕はたくさん映画観れないと思っていたので後悔はないです。フィルメックスはこのあとオンラインでも見れる作品があるのでそれも追います。でも9日間、楽しかった。1週間ほど家に滞在してくれていた義母に今年も感謝。帰りの電車、ある人をサポートするために、ある人に質問をしたら丁寧な回答をくれた。本当にありがたい。これがとある結果を生むとしたら、とても不思議な縁である。帰宅し、風呂に入り、軽くパンを食べ寝室へ。ドラマとか見ようかと思ったけど、どうしようか考えながらもう眠ってしまったようだ。
■2021/11/8
月曜日。あー仕事に復帰。4日休んだだけですが、いろいろたまってるんでしょうね。たまってましたね。仕事に体がなれません。Apple tv『ディキンスン~若き女性詩人の憂鬱~』S3E1を見る。ドラマ鑑賞に力を入れていこう。夜、フィルメックスのオンラインで1作見ようとしたが眠すぎる。早々に寝てしまう。
■2021/11/9
火曜日。生活のリズムを取り戻していく。娘が下校して、すぐに英会話に向かう日であったがちょうどMeetingで自分が発表している時間に帰ってきて大変申し訳ない。フィルメックス・オンライン『見上げた空に何が見える?』を見る。たしかにこれは面白い。夜中になってしまったが、タキさんのPodcastを聴きながら僕モテの情報コーナーを仕上げる。mixiやらBBSの回、大変面白い。
■2021/11/10
水曜日。どうも体調がイマイチ。午後ぐらいから右目が痛いし。Apple tv『ディキンスン~若き女性詩人の憂鬱~』S3E2を見る。夜、娘を寝かしつけながら、これは寝てしまうだろうという予感があったがやはり寝てしまった。朝まで寝てしまった。
■2021/11/11
木曜日���8時間ほど寝てしまったがまだ右目が痛い。困ったな。Apple tv『ディキンスン~若き女性詩人の憂鬱~』S3E3を見る。Amazon Prime Video『社会から虐げられた女たち』を見る。
■2021/11/12
金曜日。午前半休で吉祥寺へ。京都からやってきているyukaさんと「ワールド ブレックファースト オールデイ 吉祥寺店」へ。チートイツさん、けんす君、そして大川編集長もきてくれた。前日の飲み会も行きたかったがどうしても出れなかったので、朝ごはんのようなランチのような食事を。エジプトの朝ごはんを食べながら久々に話せて良かった。もう2年前だけど、手術する前に京都に行ったときに関西の友人らが集まってくれたのは忘れない。また京都も行きたい。午後は帰宅し仕事。夜はキンザザの『エターナルズ』回収録に参加。わいわい。Disney+『アルベルトの手紙』『ホーム・スイート・ホーム・アローン』を見る。Netflix『ボク���ちはみんな大人になれなかった』を見る。
■2021/11/13
土曜日。映画を2本観れるチャンス到来。MOVIX昭島で『マリグナント 狂暴な悪夢』と『アイス・ロード』を短いインターバルで鑑賞。夜は「9時ゆる」を途中まで見てから、シネマクティフ東京支部の音声配信収録。さくっと収録する。Amazon Prime Video『呪われた老人の館』を見る。札幌国際短編映画祭(オンライン)で『全身犯罪者』を見る。これ見たかったやつ。
■2021/11/14
日曜日。午前中から娘と両親とみかん狩りへ。天気が良くて気持ちいい。回転寿司でランチを食べてから実家へ。のんびり過ごす。夕方、車を借りて娘とMOVIX昭島へ。『映画 すみっコぐらし 青い月夜のまほうのコ』鑑賞。夕飯用にケンタッキーを買って帰る。夜はシネマクティフ東京支部の音声配収収録。札幌国際短編映画祭(オンライン)で『かの山』と『乳首囁き師』を見る。
■2021/11/15
月曜日。娘を学校に送り出してから車を実家に返却。すぐに帰宅して在宅仕事。夜はラロッカさんとDiggin' Netflix収録。収録ばっかしてる気が。
■2021/11/16
火曜日。数か月ぶりの出勤。本日から火曜と金曜、週2回の出勤を開始。久々すぎていろいろ不安。昼は会社の近所の「丸亀製麺」でランチ。ちょっと日常が戻ってきた感じ。WOWOWオンデマンドで『ペイン・アンド・グローリー』を見る。夜中の日本×オマーン戦を見てから寝る。
■2021/11/17
水曜日。在宅仕事も楽だけど、集中力があるのはオフィスだろうな。娘にも邪魔されないし。キンザザ界隈でおなじみのラフランスさんがPodcastをはじめた。『007』に特化している。特化しすぎている。フィルメックス・オンラインで『ユニ』を見る。札幌国際短編映画祭(オンライン)で『透明な私』と『ミーチューブ3:オーガストが歌うオペラ「人知れず涙」』を見る。
■2021/11/18
木曜日。いろいろ追いつかない。夜、blockfmの「京浜ネバーランド」でおたよりが読まれた。嬉しい。フィルメックス・オンラインで『ホワイト・ビルディング』を見る。U-NEXT『ロング・ライダーズ』を見る。札幌国際短編映画祭(オンライン)で『トップ・ダウン・メモリー』を見る。
■2021/11/19
金曜日。出社日。昼はやはり「丸亀製麺」だ。仕事を早めに切り上げ立川へ。シネマシティで『聖地X』鑑賞。大川さんが参加しているパンフも忘れずに購入。夜は音源編集などを頑張る。でも眠くて寝てしまった。
■2021/11/20
土曜日。娘は土曜登校日で音楽会。保護者が1名だけ見に行けるということで僕が見にいく。良いLIVEでした。田辺・弁慶映画祭(オンライン)がはじまって忙しい。『ミューズは溺れない』『浮かぶ』を見る。その合間に『マリグナント』2回目をMOVIX昭島で観る。分刻みのスケジュールだ。夜はおなじみ「9時ゆる」をYouTubeで見る。U-NEXTで『ドミニオン』と『エクソシスト・ビギニング』も見る。
■2021/11/21
日曜日。午前中、映画を1本観に行ける時間あり。新宿へ。武蔵野館で『リトルガール』鑑賞。すぐ帰宅。娘を連れて実家へ。娘を母に見ていてもらい、僕は父親といっしょに近所のおじさんの葬儀へ。幼稚園から一緒の友人の親父さんの葬儀だ。ほぼ話せなかったけど、久々に友人の顔も見れた。実家で夕食をごちそうになり帰宅。田辺・弁慶映画祭(オンライン)で『スタートライン』を見る。
■2021/11/22
月曜日。ミーティングの連続な日。フィルメックス・オンラインで『時の解剖学』を見る。これまた難解だ。
■2021/11/23
祝日の火曜日。娘が部屋を片付けたい、というのでどこにも出かけず片付けを手伝う。宿題とかも手伝う。そしてオンライン試写で『悪なき殺人』を見たり、WOWOWオンデマンドで『スポンティニアス』を見たり。片付けがけっこう早く終わったので、夕方から家族で近所のスーパー銭湯的なところに。祝日ということもあるのだろうけどけっこう混んでいてサウナはやめておいた。ぼんやり1時間ぐらい風呂に入っているのは気持ちいい。食堂的なところでカレーうどん食べたり、コーヒー牛乳飲んだり。満喫。
■2021/11/24
水曜日。昨夜は早く寝た、というか寝落ちしてしまったので早起き。朝からWOWOWオンデマンド『ディヴァン・フューリー 使者』を見る。ダースの新作の発売日だったので近所にコンビニ行ってみたが売ってなくてがっかり。夕方、Disnely+で『ホークアイ』がはじまったのでS1E1とE2を見る。楽しい。夜はイシヤマさんとDiggin' U-NEXT収録。
■2021/11/25
木曜日。ミーティングたくさんな日。娘が寝る前にいっしょにちょこちょこ見ていたU-NEXT『映画ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』を見終わり。うちの娘の中で『ちびまる子ちゃん』ブームきてるっぽい。ちょうど小3だしな。娘を寝かせてMCTOS『ボクたちはみんあ大人になれなかった』回に参加。なんか懐かしい話をしてしまった。
■2021/11/26
金曜日。出勤日だけど通院日なので早起きして先に八王子の病院へ。もう8時には採血完了。7時半からやっているらしい。診察も早々に終わり10時には出勤。半休使わないですんだ。お昼は「丸亀製麺」である。来店スタンプ×10でかけ並無料。ありがたい。夜はYouTubeで「僕モテFRIDAY」見たり。WOWOWオンデマンド『誰かの幸せ』を見たり。
■2021/11/27
土曜日。娘の塾に今日は僕が連れていく。塾は立川なのだけど、1時間45分だけなのでその間に映画館に行くことは不可。はー。娘を迎えに行き、ついでに図書館に行く。娘の本を5冊ほど借りる。夜はYouTubeで「9時ゆる」。Netflix『独身の行方2』を見る。WOWOWオンデマンド『インビジブル・スパイ』を見る。
■2021/11/28
日曜日。朝から娘と歩いてMOVIX昭島へ。途中、イチョウの落ち葉がたくさんで楽しい。『ARASHI Anniversary Tour 5×20 FILM Record of Memories』を見る。娘は楽しそうに見ていたが、尺が長いので途中ぐったりしていたな。夜はDiggin' Amazon Prime Videoを収録。
■2021/11/27
月曜日。締め切りのスライドを頑張って仕上げる。どうも体調はよくないらしい。WOWOWオンデマンド『きっと、またあえる』を見る。
■2021/11/30
火曜日なので出勤日。正直、今は会社の方が仕事に集中できる。昼は「丸亀製麺」でカレーうどん。寒いときに食べたくなる。音声配信の編集終わっているやつがあるけど配信する余裕がない。仕事終わってから渋谷へ。この仕事帰りに映画観に行く、ってやついつ以来だろう。コロナ禍になってからははじめてだろう。映画の前に「かむくら」でラーメンを食べる。これも久々だ。ニラをいっぱい入れちゃう。ユーロスペースで『JOINT』鑑賞。事前アナウンスなかったけど監督、キャストのトークもあった。少しずつでもこうやって映画観れるといいな、と思ったけど、そうもいかないような連絡がスマホにきていてがっかりしながら帰宅。U-NEXT『Mr.ノーバディ』を見る。コロナはこのままの状態でいってくれるのか。僕のしんどい状況は良くなっていくのか。まだまだわらないまま11月も終わり。
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この世界はオワオワリ Ⅸ
なんか昔から地球を喰いものにする愚かな人類を滅ぼす系の漫画とかあるよね、実際そうなってみるとやっぱぜーんぜん危機感が足りないんだよな、みんな平生の生活続けちゃってさ。違う星から来襲した宇宙人に征服を宣言されてるけど、地球人の大半は自分ごととして捉えられてなくゲームかなんかとしか思ってへんのやない?
地球人は目覚めよ式の勇ましいこと言ったり逆に宇宙人への信奉を表明したりする輩はお���けどどうだってよくないかそんなこと、完全にどうだっていいわけじゃないけど優先順位は下だ、まずは現実的な危機を乗り越えることが先だろ、思想やポリシーだけじゃどうにもならねんだよなあ。
私はまあまあ危機感ある方だと思う、だって先祖は日本に植民されとるわけやしな。
宇宙人はまず数人の地球人を指定して1on1を通達した。なんらかの技術で、超能力のある人間だけを選別できるらしい。
地球側は軍事的に勝つことあたわず戦力に差があると見込んでいるから征服しにきたんだろうにわざわざトイメンで超能力使った殺し合いやるのは快楽主義者なんかね、その点だけ共感するよ。快楽主義は片手間にやるもんよ、マジメくさって快楽追求する、のは美学に反する。依存症とかで必死こいて快楽を求めるのはダメ。美しくない。
最初の2人くらいは死んだ。地球の方でもセレクトされた者どもの戦力を分析しているらしー、らしーというのは選ばれた超能力者全員を交えて会議したわけでなく、そういう方針になりましたと後から知らされたからだ。
超能力者でないやつらが超能力者を上手く「使える」枠組み、つくれんのかね?
サイキックに属する人間が初戦2戦目に投じられたが宇宙人の超能力者(この言い方が適当かは微妙。だって常識を超えたスキルが超能力であって、それは地球基準の考えであり、宇宙人は誰でも使えるのだろうから、超をつける意義はないと思われる)に敗れた。
危惧したとおり。サイキックとESPの違いも知っていない連中に音頭を取らせるべきではなかったのだ、宇宙人側の力量を正確に測るノウハウが地球にない以上、序盤から最大戦力を投入して闇討ち不意打ちだまし討ちなんでもして僅かな勝つ見込みに賭ける方がよかったのだ。サイキックとESPの能力をかけあわせて戦略を練ったらまだ生存確率は上がっただろう。
相手の土俵で、きわめて官僚的な手続きでバカみたいにちょろちょろ1人ずつ戦わせるべきではなかった。
どうせ死ぬのは超能力者で99%の地球人は死なないので他人事なのかもしれない。っていうかそうだろう、1on1に出る順番はお上によって決められ、それぞれの日にちが近づくと連日新聞紙やテレビやネットでひとびとは盛り上がった。新聞が比較的マシな書き方はしているものの、超能力者は明らかに消費されていた。
攻撃面で優れているサイキックの野郎2人が死んだので、私は3人目の対戦者となったらしい。選別のなかに入っていたのは通知されて知っていたし能力に関するヒアリングもあれやこれやされたがその後特になーんもなかったから対戦で使えないと判断されたんだと思ってた。
RPGやマンガでは攻撃とサポート的な能力どちらも使えるような描写が多いが現実はそうでもないんだよな、自分は攻撃に直接使えるスキルが全くないただのESPだ。血統に関わる能力として霊媒があり、あと危険察知とか相手の分析をかなりショートカットして出来るとかあるけどどれもこれも補助向きで戦闘員適正なし。テレパシーですら受信感度は良いが送信はしんどい。
自発的に現実に介入する力が欠けているという性格がきれいに反映されてんじゃねーかという気すらする(カウンセラーはあなたが言うほど介入する力がないということはないよと言うものの)、実際はどうなのかしらんが。
◆
私は烏丸三条をいっぽん下ったところから御幸町に入るまでのあたりを歩いていた、街は茶色っぽくなりイチョウは黄色になりひとびとの服装もえんじ色やマスタード色になっていた。季節は秋なのだろう。
後ろからくる人に気がついて振り返った、仲の良い友人グループの1人だった。今日は全員で集まってあそぶため河原町に向かっていて、たまたま乗っていたバスの時間が近かったので彼はちょっと先をいっていた私を見かけて近づいたのだろう。
一緒に歩いて待合せ場所のカフェまで行く。我々4人グループは京都市北区/京都市右京区/奈良/奈良という組合せなので自宅近辺よりは河原町周辺で集まることが多い。…ということは私はまだ大学生なのだ。
ものがなしい気分が襲ってきた。バスに乗る前、突如ビジョンが降りてきたから。1通の封筒を受け取って、あけるまえに全てを悟った。
「わたしついに死ぬみたいよ」
努めて明るく言ったつもり。カフェへの道中、何度も彼らと来た道、寺町や新京極の、古着屋や雑貨屋やごはん屋があふれている商店街方面に向かうときに。
親切な人にこれを伝えるのは非常に勇気が要った、他の誰に言うよりきついだろう、例えば親や姉に言うよりもこの瞬間よりつらいと感じることはないだろう。
「知っとるやろわたしがどーしょもないモン持ってるってこと、政府から封筒来ててさ、最近作られた施設に連れて行かれるらしい」
最初のサイキック2人が死んだから、対戦の駒となる超能力者を確保・監視するためにお上は施設を作ったのだ。字面では超能力研究をし地球の存続のためだのなんだの書かれていたが、危険察知のスキル持ちにどーして通用すると思ってんのかね?
収容され、自分の意思では出してもらえず、無能な指示系統に巻き込まれて死ぬであろう仕事に放りだされることが判っていた。友人は深く考えるときの顔して黙っていた。彼にこんな表情をさせたくはなかったのだ。
そしてカフェにいつメンが集まってまた私は同じ話をした、これまでと同じ、生存戦略のまるでない、丸投げされた状態で3人目の対戦者として駆り出され、戦闘向けの力をまるで持たない自分がおそらく死ぬということ。
友人たちは猟奇殺人の話を聞いたような、あるいはこの世のものとは思えぬSFを聞いたようなポカンとした表情をしたあと、首を少しかたむけて、やや私の顔をのぞきこむようなかたちになった。
ああ、私はこれらの顔を見たことがある、何度も…バイトでヘイトスピーチ(伊勢丹に入っているパン屋で、バイトを募集しているが中国人と韓国人は取るなと言われた、同僚上司は私が韓国人だと知らなかった。会社ぐるみでそうしろと決められているとのことだ)を目撃し闘ったとき、彼氏からモラルハラスメントを受けて反論を決意したとき、轢き逃げされやる気のない警察をよそに単独で犯人を特定したとき、結婚生活で死ぬほどつらいめにあって関西を出ると決めたとき、それから、それから…いくつもの個人的な闘争とそれらに伴う彼らの記憶がよみがえった。
彼らはいつも私の近くにいて心配してくれていた、またこの顔をさせてしまったと思った、しかし言わないで彼らのもとを去るという選択肢もなかった。希薄な家族関係で「兄」を欠落していた私にとって、彼らが飢えを満たしてくれていたので、彼らに言うのが一等つらくて彼らにだけは忘れてほしくなかったのだ。
さすがに今回は逆らわず収容されるつもりだ、私は地球規模のでかい組織に対抗するほどパワーのないただの大学生だから、ただ友人たちが私の人生をこれまでどおり見守ってくれているという事実に満足した。
どーでもいーのだ、地球の存亡なんて。超能力者の生死をハンター×ハンター考察するレベルでしか捉えずにネタにしてる連中のために本気になれるわけないだろ。
死ぬかもしれないのにいまいち燃えない理由がわかった。私は私のポリシーを守るための闘争と友人たちに対する執着のためだけに生きている。
この後私は開き直り、宇宙人をガソリンのみずたまりに突き落としてジッポで着火し大笑いしたことでpsychoな「女」の超能力者として人々に消費されつつ立ち回るのだが、それはまた別のおはなし。
◆
元同居人が関西に帰るというので四ッ谷のマンションに戻った。現実的には彼は現在蒲田の方に移ったらしくこの部屋はがらんどうか別の人間が住んでいる。
私はこの部屋が好きだった。他人の思想のもとに暮らしていたからかもしれない。結婚生活だと自分と相手の要望をすりあわせる必要がこまごまと生じるが、居候の身で相手に合わせしかもその人が干渉しない人間だと案外身を投げ出してみた方が楽なのだ。調度品とか服とかのセンスも好きだった。ルームランプが可憐なのでこの人は意外と上品趣味なのだなと思っていたら後日「割とええとこの育ちをしているから野卑な音楽は好きではない」と言っていて何か合点がいった。
形式的に自分の忘れ物がないかどうか調査したが何もないに決まっている。段ボール3箱だけで来て出ていく当日新居にそれらを送った。置いていったものは、寄贈したものだけだ。
少しばかり話をして「どうして帰ることにしたの」と聞く手前でやめた、帰りたくなったから以外の理由はないだろう。素直に「いいなあ~~~~うらやましいわたしも帰りたいヨオ、でも3年は仕事がんばる決意しとんねン」と言った。元同居人はなんともいえない顔をしていて、のらりくらりとした回答のようなものをした。
私は、近いうちに自分が東京-京都の新幹線チケット(往復)を購入し乗車するであろうビジョンを得た。
◆
道玄坂近くのマンションから外に出る。80年代に建てられたであろうそこは四ッ谷のマンションとも通ずる外観をしていて(元同居人曰く”ダダってる”)、ヨーロッパ風のエッセンスが入っているがファミリー向けという違いがある。
父方のいとこにあたる女性が結婚して東京の精神科医とここに住み、私はなぜだか彼女らを訪ねた。本当は20年以上目にしていない。彼女の親が私の母親をひどくいたぶったから家同士で金のトラブルが起こったときに関係は切れた。夢の中だからして幼少期の「東京でしか再放送していないウルトラマンタロウのビデオを送ってくれるおねえちゃん」のパートのみが強調されており、特段疑問に思わずいとこ夫妻に会った。
玄関ロビーに出ると知人男性が待っていた。あっついなか、夏向きの素材と色とはいえちゃんとジャケットを含めてスーツを着ている。
「あら…わざわざ迎えに来て待っていていただいたようですね、ありがとうございます」
時間を少し巻き戻そう、この人は仕事に関係ある人で、東京来てからフリーの編集者として精神科によく置いてある雑誌の制作に関わっている私が割とよく会って仕事するうちの一人だった。
仕事で会ううち飲みの席に連れていってもらえるようになり、さらに少人数の、彼と仲の良いひとびとのグループにもちょいちょいまぜてもらえるようになっていた。そのうちひとりの女の子が彼は不倫している、という話を聞かせてくれた。
また、仕事関係でいうなら〇〇さんと××さんが好みなのでうっかり好きにならないようにしているみたいな話も本人から聞いていたため自分は完全に安全圏だろうと流していたらある日突然不倫を打診された。
はぁ? 当然の疑問として、だいたいあなたが好きなのは〇〇さんとかではとたずねると突然そうしたくなったのだから、しょうがないと回答され呆れかえると同時にまあそうとしか答えようがないわなとも思う。 仕事を考慮し一旦流されとくことにした。 ナントカ博物館に行くという。
「ここから歩いてすぐだよ」
「? 道玄坂に博物館なんてありましたっけ」
「小規模なのがあるよ。千葉県の海の生き物を展示しているのがあってね」
千葉県の海には思い出がある。房総半島の東側を旅したから、あらためて勝浦周辺の海の生物の歴史生態をみてみたい。博物館行ってそのあと天ぷら食う、くらいならいいだろう。寝たくはないが。あとがめんどそうで。あるいは寝たくなるのかもしれないが、寝たけりゃ寝ればいいのだ。たいていの恋愛沙汰はやむにやまれぬ回転がなんとなしに始まって、無慈悲に速度が速まるだけ。決意して好きになる、なんてことあるのだろうか。
千葉県の海に思いを馳せつつ後の「処理」を考えていた。ふと、精神科の仕事をするのと東京へ移ったのとが、いとこ夫婦の人生をなぞってコピーしているようで寒気がした。自分の意思で決めたことなんてなにひとつなくて、得体のしれない大きなものに駒として動かされているような気分になったからだ。
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NOxAyumu
堀田歩
その日は、起きるのに少し苦労した。一度スマートフォンのアラームで起きて、エアコンを除湿でつけてぼんやりしていたらまた寝てしまった。前夜に寝付くまでラジオを聴こうと耳にしたイヤホンの紐が首にかかったまま意識が浮上してきて、寝ぼけながら一生懸命それを解こうとした。自分のんー、んーと唸る声で目が覚めてきた。古いアパートだから、上の階の忙しない足音が聞こえる。しばらく天井を見つめ耳を澄ましていると、豪快な施錠の音。
バタン、ガチャ。
もうそんな時間か。
エアコンですっかり冷えた腕をさすりながらベッドを出た。テレビを点けるとニュースが流れ、アナウンサーの真剣な顔を横目に耳だけそちらに向ける。
「えー、引き続き、昨日午後五時頃、○○県立第一高等学校で起きました、無差別殺傷事件の速報をお伝えしております」
ご飯はいいや、いや、食べられるかな。カップラーメンを食べよう。線まで水を入れて、電子レンジに入れて三分チンする。本当は、火花が散るため強く禁止されている横着だ。かつて友人に火事になるぞと言われて一時期やめたけれど、ついやってしまう。普通にお湯を沸かして三分待つことができなくなってしまった。
タバコも吸わない、彼女もいない、麻雀もやめたし、なるべく歩くし、お年寄りには席を譲り、未来ある青少年教育を担う。カップラーメンで電子レンジに火花を散らしたくらいじゃ、誰も怒らないでしょう。
芯の残った麺は、割り箸には重たい。啜りながらノートパソコンを開くと、喚くようなファンの音が耳に付く。夜中電源を切らなかったから、熱がこもってしまったんだ。ああ、また熱がこもる季節になってきたんだな。それとも、パソコンの寿命かな。メールをチェックしようとすると、机の上のスマホが震えた。
「はい、堀田です」
「あ、堀田先生おはよー」
「おはよう、さやか。どうしたの」
「あのさあ、体育館開いてないんだけどさあ、今日男バスの顧問が当番でしょ」
「え、職員室行った?前田先生居ないの」
「居ねー」
「居ねー、じゃねえだろ。じゃあ前田先生に連絡して、今から行くから。女子バスケ部の皆さんもういるの?外練できる?」
「うん。私らはいいけどさ、なんか男バスの一年の子居るよ」
「二年来たら外周しといてって伝えて」
「了解。じゃーね、早く来てね、ほったちゃん!」
「こら」
通話を切って、前田先生に連絡を入れた。自分も行かなくては。一歩踏み出すと、胃の中でラーメンがゆらりと揺れた。いつもなら軽くかき込んで出ていけるところが、なんとなく立ちすくんだ。いやだな、変なことしなきゃよかったな。内臓冷えてるところに追い打ちを掛けてしまった。後悔しながら、手にした残りのラーメンを、全て流しの三角コーナーに捨てた。ヒゲ剃って歯磨きもして、夏は上着が無くてシャツのシワが目立つから、一番綺麗に見えるシャツを羽織る。パソコンに刺さっていたUSBを勢いよく抜いて、部屋を飛び出した。
なんだか嫌な天気だ。もうじんわりと汗ばむのに、思ったよりも、全然夏じゃない。途方も無く白い薄暗ささえある。SF映画に出てくる恐怖の惑星のセットみたいだな、と目を細めて見ていた。さあ、行かなくちゃ。頼りないエンジン音を聞きながら、サイドブレーキを降ろす。
学校に近づくと、ちらほら我が校の制服を見かけるようになる。顔を伏せ気味に車を運転し、中庭に停め運転席を降りると、体育館前であぐらをかいている山賊のような生徒たちが何人か見えた。先ほど電話をかけてきた、女子バスケ部員たちだ。俺が男子高校生ならば、その迫力に大いにおののいた事だろう。
「ちょっと、あんたたち女子高生でしょ」
「ほった、おはよー!」
「堀田先生」
「ほった、早く鍵開けてよ」
「お前らあんまそういうこと言ってると前田先生にご報告ですからね」
「え、やめてやめてやめて、ほんっとうにやめて」
「授業も同じだからな、今日は小テスト落ちないでよ。さ、じゃ、職員室に鍵取りに行くから、ちょっと待っててね」
「もうあと一時間しか練習できないんですけど!」
「ごめんって」
職員室は静かだった。普段あまり会話を交わさない年上の教諭や、コピーをせっせと取る非常勤職員がちらほら居るだけで、あとは二台の空調が部屋を冷やさんとごうごう音を立てていた。
今年の春に赴任してきて、三ヶ月。生徒の前では、当然他人行儀とか見知りとかなんて言っていられないし、慣れてなくても、教え子は愛情を持って下の名前で呼べば「そう言う感じ」の先生でスタートできるし、そうすれば先生の間でもあんまり目立たないし。上手にやれていた。無理はしてないし、仕方も知らない。抱えてきた荷物を自分の机に降ろせば、手の甲にひんやりと冷たい天板が触れた。
「おはようございます、あの、前田先生まだいらっしゃってないですかね」
校内の鍵は全て教頭先生の机の背面に管理されている。教頭先生に声を掛けると、眼鏡をずらしてこちらを見た。
「来てると思うよ。スクールカウンセラーのことで保健室の方に行かれてるんじゃないですかね」
「あ、なるほど。ありがとうございます」
「なにか御用でした?」
「あ、ちょっとご相談があって」
そう言いながら体育館の鍵に手を伸ばした。
体育館への昇降口は、塗り立てのペンキの匂いがした。太陽は雲の向こうにさんさんと照っているのに、そこには最悪な企みがあるような。ドアスコープの向こうから、笑みを浮かべてこっちを覗き込む影の不気味さに似た、信じきれない温もりに、ワイシャツがじっとり肌に吸い付く。
体育館の鍵を開けに行くと、女子バスケ部員の生徒たちが、手を叩いて笑っていた。
「先生」「ほったちゃんに聞いてみようよ」「ねえ先生」
「おまたせ」
体育館を解錠していると、背中から代わる代わる問いかけられる。
「先生さ、犯人とか捕まえられる?」
「は?」
「昨日一高で殺人事件あったじゃん」
「殺人っていうかね、あれはね」
無差別殺傷事件って言うんだよ。いや、殺人事件でもまあ間違えてはないけど。
「あれでさあ、なんか結局警察来るまで犯人の生徒そのままだったんでしょ?先生とかって生徒取り押さえられないの?」
「 さあ」
どうしてたんだろうね。
昨日、近隣の高校で、生徒による無差別殺傷事件が起きた。同校男子生徒が授業中に所持していた刃物を振り回し、今朝の時点で生徒四名、教師一名が搬送先の病院で息を引き取った。いや、「さあ」じゃなくて。
「君らさあ、簡単に言うけど先生も亡くなってるの知ってる?」
「あ、そうなの?」
「そういうのをね、自重というのだよ、君。モテたいなら化粧じゃなくて思慮深い発言するようにね」
「はあ?今日してねえし」
「ばか、毎日しねえんだよ。今日なな香部長は?」
体育館の重い扉を開け、「部長休み」と答えた生徒に体育倉庫の鍵を差し出す。
「え、今日顧問無し?」
「前田先生御用だから」
「いやほった副顧問でしょ、見てくれないの?」
「見てた方がいい?」
「いた方がいいよ」
からかうように笑いながら、体育館に駆け上がる子供たち。
かわいいな、と思う。
でも、命をかけられるかな。まだ出会って間もないこの子たちの無邪気な未来を守るために、この先の全てを投げ打てるかなあ。
立派だったと思う。亡くなった先生は。どう亡くなったのかはわからないけど、きっと勇敢だったに違いない。もしかしたら、一人目に刺されて、痛がる生徒の姿を見たら、お前!なんて、刃物の前に立ち塞がれるかも。書いて字のごとく、胸が痛い、想像すると、首元もぞくぞくと悪寒がする。お葬式、どうするんだろう。かわいい生徒たちが、みんな来て、泣いてくれるんだろうか。いや、こんなに一度に亡くなってしまったら。
深く刺さった、刃物を握る、他人の子供。進路相談も、模試も、朝礼もしたのに。たくさん単語が、構文が詰まった頭を抱えて、やっと振り絞った気持ちが、初めて、深々と刺さったんだろうな。いや、案外、スッと、頸動脈に刃物が当たっただけかも。あっけない、怖い。
体育館に響くドリブルの音は、カップラーメンすら受け付けなかったばかに繊細な胃の底を、力強く揺さぶった。
今日はいつもに増して欠席者が多い。午前中の授業を終え、職員室前の学級ごとの欠席者数報告に足を止めた。
うちの学校は、いわゆる田舎の進学校で、ゆとり教育の後に吹く強い風にちょうど晒される場所だ。大学入試の意義も体制も揺らぐ中、何だかよくわからないものを信じながら、生徒は生まれ育った家から何百キロとある遠い地の公立大学へ進学していく。不安を抱える生徒は少なくない。
自身のクラスの名簿を職員室で開く。
風呂蔵まりあ。久しぶりに出席に丸のついた名前にため息をついた。
「堀田先生」
「はい」
前田先生の声だ。立ち上がって振り返ると、おじさんが申し訳なさそうな顔をして立っていた。
「ちょっと」なんて、もの言いたそうに手招きするから、怖かった。
こう言う時のおじさんって怖いよな。俺はどう見られてるんだろう。促されるまま職員室のとなり、会議室の椅子へ腰を掛けた。昼休みに会議室を使う先生は結構多くて、別に聞かれても構わないけど「聞いて欲しくはない」ような背中をしている。生徒を叱っている先生もいる��、部費の計算をしている先生もいる。職員室でやればいいのに。
キョロキョロ癖、治らない。
視線を手元の長机に落とすと、前田先生は視界の隅へプリントを置いて俺の横に腰掛けた。
「今日ごめんね、朝練の面倒見てもらっちゃって」
「いえ、そんなそんな」
「あ、堀田先生お昼食べました?すみません、確認もせず。すぐ済むので」
「ああ、いえ、大丈夫です」
「これなんですけどね、言い訳がましくなっちゃうんですけど、市からスクールカウンセラーを増やすって連絡が来て。例の事件のことで、市���方でも対策を取ろうと言うところで」
「一高の、無差別殺傷事件ですか」
「そう。僕ね、ちょっとしばらくこっちの方担当しなくちゃならなくて、部活の方に行けなくなってしまうので、週末まで部活動を堀田先生にお願いしたくて」
「ああー!はい、是非是非。監督さんにも僕の方からお伝えしておきますね」
「いやあ、助かります。なんだかんだでここ最近女バスも男バスも僕の方で面倒見ちゃってたから」
「こちらこそ、むしろ前田先生お忙しいのに、ずっとお任せしっぱなしで」
「いやいや。それでね、これはまた別件なんだけど、堀田先生のクラスの…」
前田先生は、良くも悪くも癖の無い人だ。少し強面で、いつもジャージで、身体が大きくて、ちらほら白髪が混じっている。いわゆるよくいる体育の先生。同じ男子バスケ部の顧問として、それなりに活動を共にすることはあるけれど、特に大きな思い出はない。「はい」口半開きのまま、次の言葉を待つ。嫌な予感と言えば失礼だけれど、ちょっとどきどきした。
「あの、お話中すみません。堀田先生に保健室から内線入ってます」
背後から声をかけられて、振り返った。事務員の女性が腰を曲げて申し訳なさそうに職員室を指差していた。
前田先生の方をちらりと見ると、手でどうぞ、と促される。
「お待たせしました、堀田です」
「お忙しいところごめんなさい。保健室の仁科です。あの、風呂蔵さんがいらっしゃってます。午後は早退したいみたい」
「あー、だめそうですか」
額に手をやって、そのまま前髪を持ち上げた。クーラーの直風が生え際を撫でる。
「お昼休みに駆け込んで来た時はいつもと変わらない様子だったんだけど。逆にそれが気になったんですよ。昨日、結構ショッキングな事件があったでしょう」
「ああ、はい」
「私の方でちょっとお話を聞いてみてもいいんだけど、先生、午後どこかで保健室いらっしゃられますか」
「お昼休みの後になっちゃうんですが、五限にお伺いします」
「分かりました、あと、桝さんが風呂蔵さんとお昼一緒に食べようって来てくれてますよ」
「桝ですか、そっか。良かった。ありがたいです」
「はーい、じゃあ、失礼しますね。いらした時に私がいなくても、丸いテーブル使ってくださいね」
「はい。恐縮です」
受話器を戻し、自然と力のこもっていた首を左右に揺らした。
うちのクラスの風呂蔵まりあは、心が痛くなるほど普通の女子高生に見えた。
元々、学生時代の付き合いの中で、風呂蔵の姉と面識があった。確か名前は、風呂蔵いのりさん。姉の方は静かで人見知りのようだったから、この珍しい苗字でなければ気づかなかっただろう。風呂蔵まりあの担任になってすぐ、新年度のはじめは、クラスの中心になるグループの一員くらいに思っていた。昼休みはぎゃあぎゃあ騒いでる女子たちの一角に、お弁当を持ってそそくさと座り込んでいたし、教室を出る時も同じような女子たちと誘い合って出て行った。俺のことも、他と一緒になって「ほったちゃん」と茶化していた気がする。他人との境界をあまり感じない振る舞いもあり、そういう子、だと思ってた。
一方で、未提出の課題を催促したときや、遅刻を叱ったときは、心の底から後ろめたそうにして、ちょっと悲壮な表情にすら見えたのが強く印象に残った。この年頃の女子生徒が男の先生を茶化したりするのは、まあ仕方のないことだと思うし、高校まで来てそんなことを正そうとも思わない。ただ、自身が軽んじられやすいからか、風呂蔵の、普段の様子とは少し異質な「次は気をつけます」「明日出します」は、むしろこっちがたじろいだ。
根が真面目なんだな、と結論付けた。それでも、風呂蔵の未提出物や遅刻、居眠りは増えていって、クラスのグループ作りのざわつきは収まってきた時期、ちょっと心配になった。風呂蔵は昼ご飯を一人で食べるようになったから。
ぼんやりと立ち尽くしていると、前田先生が職員室へ入って来た。
「堀田先生、今の内線は風呂蔵さんのお話ですか?」
「あ、すみません、ぼんやりしてて。お話の途中だったのに」
「いや、仁科先生が朝、風呂蔵さんにカウンセリングを考えるよう堀田先生へ話してみて欲しいと言われて」
「はい」
「そんな感じなので、これ、カウンセラーの先生の出校表です。良い機会なのでと」
「ありがとうございます、助かります。すみません」
「こちらこそ、結局お呼び出しした意味がなくなっちゃって、すみませんね」
前田先生は、「風呂蔵さんは体育もあんまり出席が無くて」と切り出したが、会話を続けたいわけでは無さそうで、「ね」なんて言いながら自分の席へ戻って行った。
前田先生の後ろ姿は、やはりおじさんだった。昼休みが終わり、五限目の予鈴が鳴る。
授業は無いけど、片付けないとならない仕事が山ほどある。放課後がしばらく部活動にとられちゃうから、詰め詰めでやって行こう。でもその前に、風呂蔵…いや、六限に返す小テストの採点が先か。
俺も、学生時代は要領がいい方じゃなくて、特に優先順位を付けることが苦手だった。コンプレックスの変遷はいわゆる教科書通り、腰パン、チェーン、声変わり、ワックス、眉毛、女のこと。やりたいことと出来ないことの折り合いの中で、ふと気がつくと、周りの人には出来て当然のことが出来ない大人になっていた。時間ギリギリに来る、忘れ物をする、誤魔化し、嘘をつき、ほぞを噛み、夜更かしをした。
外に向けられていたコンプレックスが、内面に出現したことをくっきり感じ始めたのが教育学部に入りたての頃だったから、「みんなそんなもんだろ」では自分を誤魔化せなくなって、今度は自分こそ教育者になるべき人間だと、正当化した。弱者の気持ちが、分かるから。共感性を無くした閉塞的な学校王国の教師たちなんかより、出来ないことの辛さを知る俺は立派になれるはずだ。世の中に辟易してるのはみんな、俺みたいなやつで、自分が駄目であればあるほど、そういう子どもに救いの手を差し伸べることが出来るんじゃ無いかと、思った。
こうして根底に湧き出た自己肯定感は、めちゃくちゃな毒だったのだが、歳を取る以外にそれを知る術はない。恐らく。
採点が終わると、もう三十分も経っていた。一コマが五十五分だから、あと二十五分しかない。風呂蔵と十分くらいしか話せないかも知れないな。とりあえず、行ってみなきゃ。
職員室を出ると、外は蒸し暑かった。一階にある保健室へ階段を降りる足音も、どこかこもって響かない気がする。下駄箱を通り過ぎて、体育館へ向かう昇降口の手前に保健室がある。
「失礼します」
ドアを開けると仁科先生の姿は無く、窓から入る陽の光で白くぼんやりかすむ室内は、教会のようだった。クラスメイトたちが授業を受けているときにここで差し伸べられる救いの手、泣くほど嬉しいんじゃないか。でも、案外仁科先生怖いしな。
「まりあー?」
仁科先生が使っていいよと言ってくれた、パーテーションの中の丸テーブルに腰掛けながら、風呂蔵を呼んでみた。保健室という場所は、何故か妙に緊張するから、勝手に探し回るのもあれかな、なんて。しばらく耳を澄ましてみても、返事が無い。
「帰っちゃった?」
パーテーションから顔だけ出すと、準備室に続く扉から、「せんせー、カフェオレー」と、カップを片手にした風呂蔵が出てきた。黙って見ていると、顔を上げた風呂蔵と目があった。向こうは、誤魔化すような笑みを浮かべた。
「うわ」
「はい、まりあさん、こちらへどうぞ」
「えー!やです」
「やですじゃないです」
風呂蔵は渋々カップをすすぎ、流しに置いて、丸テーブルの向かい側へ腰掛けた。慣れたもんだな、おい。
「先生、暇そうだね」
茶化してくる。この、人とそつなくコミュニケーションを取ろうと言う切り出し方は、春の頃と変わらないのに。
「まりあこそ、暇そうじゃん。午後出ようよ」
「具合悪いの!」
「お前なあ」
「明日はちゃんと全部授業出る」
「勢いだけは良いんだよなあ。仮に家に帰るとして、親御さん居るの?」
「親は居ないけど、先生の初恋の人ならうちにいるから」
「あほ」
手にしていたファイルで頭を軽くはたく。痛いんですけど!と笑う。風呂蔵が「先生の初恋の人」と揶揄したのは、彼女自身の姉のこと。
「そういうの柏原くんから吹き込まれるわけ?」
柏原くんというのは、俺の大学時代の友人だ。俺が風呂蔵の姉と面識があったのも、その柏原が当時同じサークルの一つ後輩だった風呂蔵いのりさんと交際関係にあったからだ。面識があると言っても、柏原と遊ぶたびに惚気話ばかり聞かされていただけで、実際に会ったのは、大学祭の時の一度きりだ。
柏原とはいまもずっと連絡を取り合っているが、風呂蔵の姉とは今も続いているそうで、彼女の妹にあたるまりあに、俺の話をあることないこと吹き込んでいるらしい。
「でも柏原くん言ってたよ、堀田先生もうちのお姉ちゃんのこと好きだったって」
「あなたね、そう言うのを減らず口って言うんだよ。やっぱり元気じゃん。小テスト落ちてもいいから出なさいって」
言葉による返事はなかった。代わりに目は逸らされ、喉から絞り出すような笑い声が差し出された。
心が痛かった。大人と喋るのはちょっと怖いよね。でも、そんなに無理するもんじゃないよ。
仁科先生の声を頭に思い浮かべて、なるべく優しい声を出してみた。
「…まりあ」
自分の声が思いの外おじさんで、ちょっと気持ち悪かった。まりあの顔も心なしか引きつっているように見える。自分に違和感を感じながら続ける。いや、なんか気持ち悪い、本当にごめん。
「具合悪いのは、こう、学校に居ると心が辛い、みたいな感じかな。それとも、本当に体調悪い?」
「お腹痛い!私さ、生理痛重いんですよ」
間髪入れず返ってきた風呂蔵の言葉を、強がり、と言うのも憚られるほどに。
さあ、どうして、心が痛むんだろう。訳もなく晴れない、多感な時期の子どもの苦悩に直面しているから?
「最近の若い子って、そう言うのためらい無いわけ?」
違う。救いの手だと思って差し伸べているものが、見当違いかもしれないと言う不安。
自分は子供達にとって、救いの存在じゃ無いという確信。
先生なんて、生徒が一番、それなりにやり過ごす相手じゃないか。
前田先生の後ろ姿。あんな風に、俺も見られてるのかな。
慕われる先生って、こんな時どうするんだろう。
「てか、先生さ」
「はい」
「クラスの生徒のことって大事?」
「当然じゃん」
当然じゃん
「命かけて守ろうと思う?」
迷っているところとか、困っているところとか、あんまり教師が見せるもんじゃないだろうと、勝手に思っていた。少なくとも俺が生徒の立場だった記憶の中で、「先生」は毎度迷わず教科書通りでいてくれた。でも、それも、俺には出来ないことの一つだった。いつもいつも正しくはいられない。
「どうかなあ。学校って色んな人がいるから、命がけで守って欲しい人も、そんなことして欲しくない人もいるんじゃないかな」
「堀田先生っぽい」
「申し出に合わせると思う」
だってもう、本当に分かんねえもん。守って欲しいなら、差し伸べた手を掴んでよ。どうしたいの
「風呂蔵は」
「え」
風呂蔵が、まん丸の目をこっちに向ける。前髪で隠れたニキビ。乾いてささくれの一助となった色付きのリップ。十四時五分前、時計の真下。
何て言ったら正解なんだろう。何を言えば、風呂蔵は幸せになれるかな。
「命がけで守られたら、午後の授業出る?」
「今日は、本当に!」
両手の平を顔の前でピタリと併せて、そう言いながら立ち上がる。
「まだお話済んでませんよ」
「本当に!」
ごめんなさい、立ち上がりこうべを垂れる風呂蔵に、授業の終わりを告げるチャイムが降り注ぐ。
ガラス棚に光が射して、跳ね返った光線は、空中に舞う埃を縁取った。まりあって名前の由来、もしかしてマリアさま?
成長って言うのは、ままならないね。そんな泣きそうな顔しないでよ、こっちだって簡単に命なんて張らないからさ、なんとか今は耐えて、自分のなりたいように大人になってごらん。それを邪魔する奴からなら、喜んで守ってあげるよ。
なんて言ったら、キモい!とか言うんだろうなお前ら。
すり足でパーテーションの外側へ出て行こうとする風呂蔵を見て、思わず笑ってしまった。風呂蔵の表情が安堵に満ちたのが分かった。
「気をつけて帰れよ。ちゃんと仁科先生にご報告して、早退届には明日まとめてサインするから」
「ありがとうございまーす」
俺をやり過ごすことが、そんなに嬉しい?学生時代の俺がまさしく見たかった生徒の笑顔だけど、それ。
そのまま風呂蔵は準備室へと戻って行った。静かになった教室に背を向けて、自身も保健室を後にすべく、引き戸に手をかけた。ただ気まぐれで、風呂蔵が消えていった準備室へと続く扉に向かって大きな声を出した。
「また明日!」
神様の声は、もう聞こえなかった。
六限まで終わると、生徒たちは掃除と軽いホームルームをして、各々放課後の活動へと散っていく。
教室にポツポツと散る空席に、今日配布になった学園祭のお知らせを配って回る。風呂蔵の机にも同じようにお知らせを入れようとすると、「あの」と呼び止められる。
風呂蔵と親しい、桝莉花だ。
「あ、莉花、今日はありがとうね 」
「え?」
「お昼まりあのところへ行ってくれたでしょ」
「はい」
「まりあ、元気そうだった?」
「普通でした、割と」
でも、と髪の毛をいじる。上から見下げるのが申し訳なくなって、手近なまりあの椅子を引っ張って腰掛けた。
「お昼ご飯、買ってきてたのに、私が行ったら隠しちゃって」
「どういうこと?」
「ご飯食べてないのにご飯食べたって言ってました。あんまりそういうことないかも」
「あ、ほんと」
桝莉花は風呂蔵と仲が良くて、何かというとよく二人の世界に浸っているように見える。それは俺と柏原の仲の良さとは確実に違う、いわゆる女同士っぽい付き合い方だなと思っていた。教師になってから、クラスの関係性を様々見てきたけれど、まあ珍しくはないだろうと思った。ただ、やはり風呂蔵の方が学校を休みがちということもあり、桝が進んで面倒を見ている、という印象は少なからずあった。状況だけで判断しているつもりは無く、日頃、桝の振る舞いが、少なからずそう言った雰囲気を漂わせていた。
それは全然悪いことじゃない。桝は独特だけど、優しい子なんだ。
「先生、私、まりあにプリント届けに行きます」
「ほんと?じゃあお願いしようかな、莉花今日は部活は?」
「行きます、帰りに寄るので」
桝にお知らせを手渡すと、それをリュックの中に押し込んだ。
「ねえ、莉花さんさ、まりあといつから仲良しなの」
「このクラスになってからですよ」
「そうなんだ、でも二人家近いよね」
「まりあは幼稚園から中学まで大学附属に行ってたと思います。エスカレーターだけど高校までは行かなかったっぽい。私はずっと公立」
「あ、そうかそうか」
割と最近なんだ、それにしてはと思ったけど、人間の数だけ価値観や感性があることを念頭に置かなきゃだめだ。
桝は頭を下げて教室を出て行った。
風呂蔵の机は綺麗だった。お知らせが溜まっているわけでも無く、置き勉がしてあるわけでもない。
うちの生徒は、教科書、ノート、資料集、問題集、解答集、模試ノートなど、一つの教科でいくつもの教材を持ち歩く。そこに部活の道具、塾の教材、その他諸々…土曜の補講も含め毎日学校へ来ることを考えれば、自分の席やロッカーは私物化せざるを得ない。教師に注意されても、それなりに上手くやりながら、かいくぐることをお勧めしたいね。
今日休んだ他の生徒の席も、そうは言っても、それなりに生活感というか、あああいつの席だな、とわかるくらいの面影がある。それが風呂蔵の席にはない。いつ居なくなっても、何も困らないくらいに。
桝が一生懸命、お知らせや返却物を溜まらないようにしているからだろう。しかしその行為は、いつ来ても自分の居なかったラグを実感することはなく、変わらず目の前には空っぽの席があるだけということなんじゃないか。
そう思うと、少しゾッとした。
俺なら、プリントそのままにしておいて、って言うかもしれないな。
遠くから何かの楽器の高らかな音が飛んでくる。空っぽの教室の輪郭を滑り落ちていく。そろそろ部活に行かなきゃ。立ち上がって振り返ると、出て行ったはずの桝と目が合った。
「うわびっくりした。どうしたの」
「あ、忘れ物…」
桝は自分の席に小走りで近寄って、ペンケースを持って逃げるように出て行った。
桝の目は時々すごく鋭い。二者面談をするときや、個人的に話すとき、彼女の人当たりとは裏腹な眼光の鋭さがある。もともとの顔立ちのせいなのかもしれないが、言いたいことをぐっと堪えたりしてるようにも見える。振り返った時にぶつかった視線もまた、言葉にならない訴えで射抜くような強さがあった。
十九時前、部活動を終え、職員室へ戻った。
朝とはまた少し違った終業の慌ただしさや、疲れ切った空気感は嫌いじゃない。蛍光灯のショボさはノスタルジーを誘い、高校時代に夜遅くまで校舎に残っているような、無限の王国、夏休みの直前、地球最後の日、そんな気持ちになる。無論、真面目だった俺はそんな経験はないけれど、学校の特定の場所、特定の時間帯に訪れるセンチメンタルは、��れらをとても優しく捏造してくれる。
「堀田先生、お疲れ様です」
隣の席の細倉先生がマスクをずらして会釈する。
「お疲れ様です」
「先生、どうすか。今日ご飯」
「あー…」
細倉先生は同い年で、気持ちのいい男の先生だ。俺もそれなりに、そこらの高校生には負けない背丈があるぞ、というのがなけなしの自慢だったけれど、細倉先生にはしっかり負ける。高校時代は剣道でインターハイまで行ったとか。さぞかしモテたことだろう。その勢いは衰えを知らず、今年度から細倉先生がこの学年の世界史を担当するようになってから、日本史を選択履修した女子が軒並み己を呪ったらしい。
「行きますかね…」
細倉先生は、よくご飯に誘ってくれる。ほとんど断ることはないのだが、快諾するたびに人懐っこそうな顔をするため、いつもお約束で迷うふりをする。こういうところが、やっぱり女性にもモテるし、俺も嬉しくなっちゃうんだよな。
「あ、でも細倉先生、何時に上がりますか?ちょっと今日遅くなっちゃうかもしれなくて」
「僕もう帰ろうかと思ってました」
「そっか。どうしようかな。というか、奥さん大丈夫なんですか」
「最近、ヨガのレッスンが入ってるとかで、あんまり夜家に居なくて」
「毎日ヨガ?」
「教えてる方ですよ、インストラクターなんで」
「へー」
「堀田先生は何時までお仕事なさるんですか」
「いや、やっぱり今日は帰ります、行きましょう」
「え、大丈夫ですか」
「はい。校務自体は終わっているんで」
「よっしゃ、じゃあ行きましょうか!で、あの、僕今日、自転車なんですけど」
「あ、載せて行きますか」
「えー!悪いなあ、でもありがとうございます!お言葉に甘えて!」
「初めからそのつもりだったくせに」
「あはは、じゃあ、すみません!お先に失礼します!」
「僕も失礼します」
細倉先生がまだちらほら残る上司たちに元気よく挨拶すると、遠くで難しい顔をした学年主任が片手をひらひらと振った。後に続くように自分も荷物を抱えて職員室を出る。
細倉先生はずるいね。すごくやりやすそう、色々と。
昼間、自分にこびりついたおじさんの残像にがっくりと肩を落とす。かといって、細倉先生のような先生が理想かというと少し違う。ドラマや漫画や実体験が就職のきっかけになっていない自分には、端から明確な理想像なんてなかったのかもしれない。でも、高校時代の、大学時代の、比較的鬱屈とした自分に問えば、めちゃくちゃ生意気な顔をしてこう言うだろう。
「ちょっと違うんだよな」
「え?」
「あ、いや」
俺の車の後部座席を倒して自身のロードバイクを一生懸命押し込む細倉先生は、バックミラー越しにこっちを見た。
「飯、どこ行きます?」
「駅前になんか有名なつけ麺のお店が出来たらしくて、そこ行きましょうよ!」
「駅前」
「駐車場無いんで、駅ビルの立体駐車場に止めましょ」
「はーい」
助手席に乗り込んで来る細倉先生に、「じゃあ出しますよ」とサイドブレーキを下ろす。スマートフォンの通知音が響いた。
ブルーライトに照らされた隣の細倉先生の横顔は、鳴ったのが自分のスマホの通知ではないと確認すると、わずかに左右に振れた。
「俺か」
サイドブレーキをもう一度引き、スマホの画面を確認すると、差出人が「柏原」のメッセージが数件来ていた。柏原か、まあ、後でいいかな。画面を暗くすると、今度こそ学校を出た。
「堀田、もう授業終わり?」
「今日まりあちゃんに会ったよ」
「飯行こうよ」
車で二十分くらいかかり、ようやく駅の駐車場で確認した柏原のメッセージはその三件だった。柏原は風呂蔵の姉に会いに行ったのか。そこで早退したまりあに会ったらしい。また風呂蔵と二人で俺の悪口でも言っていたのだろうか。飯に行こうというのも、その延長で俺に話したいことでもできたに違いない。
「ごめん、飯は同僚と食べるから」
そう送った俺の返事にすぐ繋げられた返信は、誤字だらけだった
「今ら?あ、終わってらの?大丈夫かなる」
酔ってるのか?そう打ちかけた時、送信されたメッセージは取り消され、画面上から消えた。代わりにまた違う文面が送られてきた。
「分かった、また連絡するよ」
嘘だろ。どう考えてもおかしいだろ。細倉先生がしおらしく、「大丈夫すか?」と覗き込んできた。メッセージ画面を見ると、すぐ首を引っ込めた。
「彼女さん?」
「残念ながら」
とりあえず、「またね」とだけ返して、駐車場の外階段へ繋がる出口を目指した。帰る時に迷わないよう、頭上に掲げられた三階B区画の表示を確認する。
コンクリートに閉じ込められた埃っぽい熱気の中に、誘導灯の緑がぼやける。階段の錆びたドアを開け、細倉先生を先に通すと、会釈と溢れた「うわ、全然涼しくねえな」もまた、内側に逆流して誘導灯と輪郭を曖昧にした。振り返ると緑色がべったりと反射した愛車が、不安げに佇む。夏の夜に、人工の緑は良くないな。全然心穏やかじゃない。
「堀田さん?」
一歩が跨げずにいると、細倉先生がカンカンと音を立てて階段を上り直してきた。
「あ、行きまーす」
外に出ると、動かない外気と夜景が広がる���それらもまた、どこまで行っても息苦しく滲んでいるように見えた。
「そういえば俺、朝も麺だったな」
「朝から麺?堀田さん料理なんてするんですか」
「そう、高級なアルデンテなんですけど」
「絶対に嘘だ」
「でも食べきれなくて流しに捨てちゃった」
「流しに…?あっ、わかった。カップ麺でしょ。僕も最近食が細くてエネルギー足りないし、帰り自転車に乗る気力も湧かない。堀田さんも結構少食ですよね」
「まあ、何だかんだ暑いですものね。でも今日のつけ麺は美味しかったです、毎日食べれそう」
「ね!うまかったですよね」
つけ麺屋はそれなりに混んでいたが、待つこともなくスムーズに食事をして出て来られた。スマートフォンを確認すると、時刻は二十時半前。立体駐車場の外階段を上りながら、前を行く細倉先生の背中から声が降ってくる。
「どうすか、クラス」
「どうって」
「僕のクラス、今日すごい休み多かったんですよ。朝、出欠確認した時、びっくりしちゃって。十人くらい居なかった」
「そりゃ、結構居ないですね」
「でしょ。そこからまた一人頭痛で早退しちゃって、寂しかったですよ」
細倉先生は先に三階まで辿り着き、踊り場で夜景を一生懸命見ている。錆びた手すりの向こうは確実に夜を迎え、黒く低い空と、無数の騒がしい光が向かい合わせに続いている。
風呂蔵も、数多いる遅刻、欠席、早退のうちの一人だった。きっとどうしても学校には居られなくて、申し訳ないと心を痛めながらも、家に帰るんだろうな。みんな自分が一番情けない、恥ずかしいって思うのかな。それとも、ラッキー、くらいなのかな。ここから見れば、別に大きな差はないのに。
三階にたどり着き、今度は細倉先生が駐車場へのドアを開けてくれた。
「お嫁さん、もう帰ってきてます?」
「まだだと思う。遅いんですよ」
車の鍵を開けると、そそくさと運転席側に回って今度は車のドアまで丁寧に開けてくれる。
「ご自宅まででよろしいですか」
「よろしくお願いします!」
俺が乗り込むと、静かにドアを閉め、自分のシートベルトを締めながら、愛想のいい笑顔が助手席に収まる。本当に同い年かと、しげしげと顔を眺めながらエンジンをかける。この人の、クラスでの様子がいまいち想像つかない。
駐車場を出て駅前のごたついた道を抜けると、細倉先生がぽつりと話し始めた。
「昨日、一高で事件があったでしょ」
「はい」
「あれで亡くなった先生ね、僕知り合いだったんですよ」
「あっ」
赤信号で思わず強めにブレーキを踏んでしまった。そうだ、そういえば、細倉先生って。
「僕、一個前の赴任先が一高で、そこで、クラスを二年持ち上げした時に、新任で入ってきたのがその先生。優しい先生でしたよ。すごくいい人。でもちょっとおっちょこちょいで、間違いとか誤魔化そうとするし、僕はあんまり反りが合わないなって思ってたんですけど」
赤信号に照らされる細倉先生の横顔を、横目で見ていた。その鼻筋がパッと緑に縁取られて、慌ててアクセルを踏んだ。
「僕がこっちの学校に転任してしばらく経って、メールが来たんですよ。生徒と上手く行かなくて困ってるって。僕、言ったんです、他に相談できる先生を学年で作れよって、あんまり一人で抱え込むんじゃないよって」
細倉先生の声は落ち着いていた。俺が黙っていると、「こんな話あります?」とちょっと笑った。
「その、上手くいっていなかった生徒っていうのが、例の?」
励ますとか、諭すとか、さまざまな選択肢が脳裏に浮かんだけれど、もう胸が痛み正解を選び出すような力はなく、純粋な疑問が隙間を埋めるように口から溢れた。
「そうみたいです。学校に来れてなかった子だったらしいんですけど、説得して少しづつ来れるようになったら今度は、その先生と衝突しちゃうことがすごく増えたみたいで。なんだったんでしょうね、いじめられてたのかなあ、僕にも想像がつかない。でも、本当に彼、しつこくしちゃったのかも。最後にやりとりした時は、その生徒とはもう言葉が通じないって言ってて」
細倉先生の家が近い。俺は道沿いのコンビニに車を停めた。わずかに震えるような、大きいため息に押し出されるようにして続きが語られる。
「でも僕、その子も、一生懸命助けを求めてたんじゃないかって、思って。先生も救ってあげようとして、学校へ連れてきて、それなのに、言葉が通じなくて、お互いに、苦しかっただろうなって。それでも、あいつがしたこと、間違ってなかったって、だれか言ってあげて欲しい。事件で亡くなった生徒さんも居るから、お葬式では言えないし、今となっては、もう、遅いんですけど」
きっと、隣で感情を押し殺しながら、いつも通りの毅然とした顔でいるんだろう。それでも、細倉先生の顔は見れず俯いていた。
「ちょっと、堀田さん!」
細倉先生に肩を叩かれた。
「堀田さんが泣いてるじゃないですか!」
ちょっと涙目、くらいだと思う。鼻の奥がツンと痛かったから、それを噛んで堪えていた。涙もろいタイプですか、と散々茶化してから、細倉先生も少し鼻をすすった気がした。
「だから、僕、今日、あまりにもクラスに子供が居なくて、本当にビビっちゃって」
次の言葉を待っていると、ちょっと考えてから、
「ビビっちゃった、と言うことでした。僕が学校休みたいくらいだよって、ねえ」
強引に話を終わらせ、笑った。
生徒のことも、先生のことも、何もかもが、かき混ぜた水槽の様に、順序なく頭の中を漂っていた。
その中で、最後のメールに、細倉先生はなんて返したんだろう、という疑問というか、きっと、本当は聞かなくても分かるんだけど、後悔の本当の理由みたいなものに触れていいのかどうかだけが、深く静かに沈んでいくのが分かった。
「細倉先生、大丈夫ですか」
「いやいや、ははは!まさかそんなにダメージ食らう人でした?逆に大丈夫ですか」
「俺が泣いちゃったから泣けなかったですか」
「え、なんじゃそりゃ!すみません本当、全然そんなことじゃなくて」
細倉先生は顎に手を当ててしばらく唸った。
「いや、自分でもよくわからねえな。でも本当に、言いたかったんだと思う、誰かに。嫁にはこんな話できないですよ」
本当のところがどうかは分からないけれど、疑うなといわんばかりの強い語気を取り戻していた。俺も居直って、今度はきちんと細倉先生の顔を見た。
「話してくれて、ありがとうございます。俺なんかで良かったんですかね、少しは役に立てたらいいけど」
「あはは、なんかあれっすね。堀田さんって、卑屈というか、真面目というか…。なんて言うんだろう、ギブアンドテイクの精神がすごい人ですね」
いつもと違う会話の切り口で、少しどぎまぎする。何を言っても、話が空振りする。三振でも取らんとするその小刻みな頷きはやめてくれ。いつもなら爽やかだな、くらいにしか思わない細倉先生の笑顔が、コンビニのサインのくっきりとした光で陰影が与えられ、ちょっとだけ違って見えた。
「別に、堀田先生になんか役に立って欲しくて話したわけじゃないというか。俺も泣きたいとか、励まされたいとか、そんな感じの性格じゃないし。でも堀田先生は自然と話しやすいんですよ、教師向きで羨ましい」
真っ直ぐになだめられ、絶句してしまった。
訝しんだ手前、いつのまにか自分の方が励まされている情けなさが、反論や肯定や、細倉先生こそ教師向いてますよ、みたいな言葉も全部霞ませた。でも、細倉先生のは、ちょっと嘘っぽい言葉だな。本当に、ずっと調子のいい奴だ。隠した心はボロボロかもしれないけど、まんまとこのペースに乗せてくる。というか、お嫁さんは、よくこんな食えない男を捕まえたよな。
自分がどんな顔をしていたかは分からない。でも、細倉先生は多分、俺の顔で笑っていた。
細倉先生の胸ポケットのスマートフォンに明かりが灯り、画面を確認すると、そのまま呟いた。
「あ、嫁帰ってきた」
「車出します」
「大丈夫ですか?運転代わりましょうか」
そんなに情けない顔をしていたのか。
「大丈夫です!」
すぐそこが細倉先生の住むマンションだ。駐車場に入れるのが面倒で、いつもエントランスの向かいの道路に停める。
「じゃ、ありがとうございます」
助手席を降りて、後ろに積んでいた自身のロードバイクの固定を解きながら、細倉先生が語りだす。それをバックミラーで見ていた。
「僕、堀田先生が話しやすいのって、同い年ってこともあるけど、他人に興味がなさそうだからだって思ってたんですよ。割り切ってるっていうか。そういうところは僕とちょっと似てるなあって思ってたんです。僕もあいつからメールもらって、ああ、オレみたいな適当に流せるやつって話しやすいよねー、って。でも、ちょっと違ったみたいですね。全然物事深く考えられない僕の分まで、すごく色々考えてくれそう。あんまり抱え込んじゃだめですよ」
人懐っこそうに笑いながら、じゃあまた明日、なんていつまでも手を振っているから、そそくさと車を出した。
俺がもし、どうしようも無くなったら、この人を頼るだろうか。俺みたいに、変にダメージ受けるような奴より、普通はこういう強い人を選ぶだろうな。でも。ここでふと自分の嫌なところが顔を出す。でも俺だったら、もっと的確なアドバイスが出来たかもしれない。細倉先生の持つ強さって、深入りしないところなんじゃないのか。色んな人の心地よいところで踏みとどまれるというか。いい意味で浅い。だからこそ、亡くなった例の先生ごと見知らぬ生徒まで救うような導きの一撃ができなかったんだろうな。
もしも、俺だったら。
というか、いい距離感でいたからこそ俺は細倉先生に気に入られてたのかな、似てるって言ってたしな。でも、俺の反応は予想外だっただろうから、引かれたかもかな。最悪だな。最後の捨て台詞が、急に三行半のように思えてきて、チクチクと胸を刺す。いや、でもあれは感情が揺さぶられない方がどうかしてるだろ。そもそも、突然決めつけで打ち明けてきたのはあっちだし。
禁煙してなかったら、今絶対に吸ってた。どいつもこいつも、子どものためになら考え続けろよ。逃げるんじゃない。
感情の名前はいくつか知っているけれど、そのどれでもない。苛立ちなら六秒でピークは過ぎ去っていくらしいけど、この感情は一生このままのような気さえする。細倉先生のマンションから俺の家までは三十分かからないくらいの距離だが、それでもさらに遠回りを目指し左折した。
思いのほかずっと、「もはやこれまで」のまま長生きしている。生きていることに対しての恥ずかしさはもうない。夜眠れなくても、息を吸っても、吐いても、あの頃の不安はもう分からない。暗号の、解き方だけを忘れたような。周波数の違う電波は全部ノイズになってしまうような。
環状線へ乗ると、急に独りぼっちが寂しくなった。空になった助手席には、沿道の光が色とりどりに反射して、誰も居ないシートを浮き彫りにする。案外、もう、どうしようもないのかもしれないな。誰に助けを求めようか。
家に着いたのは、二十二時前だった。車を駐車場に停め、不快な湿気と温度の中、しばらく放心した。身体がだるい。夏バテにしては早すぎる。重力に逆らえず、運転席に沈んだ。
スマートフォンの画面が光って、穏やかな着信音と共に学年主任の名前が表示される。
何かあったのだろうか。細倉先生とへらへら職員室を出た自分が思い出され、決まりが悪い。怒られたくないんだよ、今日はもう。なんなんだ、一体。ほうっておいてくれ。祈りを込めた一撃で、受話器のボタンをとんと叩く。
「はい、堀田です」
「もしもし、堀田先生、夜分遅くに失礼します。主任の篠原です」
ニュースキャスターのように優しい、穏やかな声だった。
「今、ご家族の方からご連絡がありまして、先生のクラスの風呂蔵まりあさんが、駅のホームから転落して病院に搬送され、先ほど、病院で息を引き取られたと」
あ、俺、風呂蔵にカウンセラーの出校表渡すの、忘れてた。
「ご家族に僕の方からご連絡入れるべきでしょうか」
「大丈夫ですよ。明日以降改めてご家族へのご挨拶と、クラスの生徒への対応を検討しましょう」
「はい」
「明日は早めに出勤できますか?」
「はい…あ」
「何かありますか?出来ればこちらを優先していただきたいのですが」
「いえ、あの、部活の朝練の監督を、前田先生がお忙しいので僕が代わるとお約束していて」
「ああ。でもそれは前田先生にお願いしましょう。堀田先生、七時に会議室にいらしてくださいね」
「は、はい」
駅のホームに流れる業務連絡のように、自分ではない誰かに向け左から右の遠い方へ、主任の声は逃げていく。
「眠れないかもしれませんが、しっかりと体を休めるようにしてください」
「はい」
「失礼します」
言葉にならない最後の返事を口の端からこぼして、通話を終える。焦点の定らないまま、車を降りて、駐車場を後にした。
部屋は温度が逃げ出したような奇妙な空気が静かに支配し、今朝捨てたカップラーメンの塩分の匂いだけが残っている。電気がまた、安っぽく部屋を照らす。俺の部屋はこんなにわざとらしい部屋だったか。B級映画のセットみたいだ。俺は、死ぬならここがいい。
ベッドに横になると、息を止めて、少しずつぼやける天井を眺めた。まぶたを閉じれば暗転する画面にかかる「カット」の声。息を吹き返して、笑って起き上がる。なんていうのは冗談で、閉じたままのまぶたに、まだまだ続く明日のことを思い浮かべた。
「あーあ」
どのタイミングで誰に何を言えばいいんだ。いつどんな仕事をすればいいんだ。持ち合わせない誠意を求められたら、どう示そう。個人的な後悔に襲われるのはいつだろう。報告書���たいなのがあるのか。警察へ行くこともあるだろう。クラスの子どもたちは、友達を一人失ってしまったことになる。学園祭、どうするんだ。クラス旗には風呂蔵の名前も入れてやろう。クラスTシャツは、風呂蔵の分も人数に入れて発注しよう。嫌がる子がいるかな。そうだ、風呂蔵と仲の良かった、桝。あいつには個人的に話した方がいいのか。大丈夫か。もう二度と友達に会えないことを、どう告げればいい。
次々と内に溢れる不安に身を任せて、朝まで漂うしかない。
投げやりに寝返りを打つと、指の先でスマートフォンの通知音が響いた。
「堀田、まりあちゃんの話聞いた?」
「今病院の駐車場にいる」
「落ち込んでる?」
柏原からのメッセージだった。こいつ、いつも三言打つ。
メッセージ画面を開くと、そのまますぐに通話ボタンを押した。呼び出し音の中で、深く胸が痛む。
桝は、もう風呂蔵と電話もできない、声を聞くことも、学校でいくら姿を探せど会うことも出来ない。風呂蔵へと繋がるはずの呼び出し音は永遠に止まない、これから彼女に訪れるのはそんな体験ばかりだろう。かわいそうでならない。
「あ、堀田?」
柏原の声は小声で、いつもの浮ついた口調とは違っていた。
「柏原」
「堀田ぁ、大変なことになったな」
「そうだね」
柏原の疲れたようなため息が遠くに聞こえた。タバコでも吸っているんだろう。
「疲れてるだろ、電話はいいからゆっくり休めよ。今日は自宅に帰れるの?」
「さあ、わからない。今は警察の人が来てる。というか、いやいや。疲れた声してんのはどっちよ、堀田。大丈夫?なんかさあ、こんな話したくないかもしれねえけど」
「いいよ」
「記者会見みたいなのするの?謝罪会見っていうのか、あれ」
「え?」
「テレビでよくやってるじゃん。自殺した子どもがいじめられてなかったか、キョーイクイインカイってのが調査するんだろ」
「あ、ああ…」
柏原はやや頭が悪い。大学の頃からずっとそういう振る舞いで、話が噛み合わないこともしばしばあるが、一生懸命会話をしようとするし、優しくて明るい、だらしなくてちょっと悪ガキ。友達が多くて、不思議と安心感がある。教壇に立ってしばらくしてから、柏原みたいなタイプを教員が妙に可愛がる気持ちをなんとなく理解した。その頃からずっと変わってない。
「やるのかなあ、わからないや。いじめは無かったと思うんだけど…、遺書とかが出てきて、内容にそういう旨が書かれていたら別だろうな。なあ、柏原。もしクラスでいじめがあって、気づいてないバカ教師だったら、俺は懲戒処分になると思う?」
「は、え?俺に聞くなよそんなこと。そういう法律とかがあるのか」
「知らない」
「うーん、でも、俺も、まりあちゃんがいじめられてるとは思わなかった。あの子、普通に明るい子だったじゃん」
「はは、そうだね」
「普通、分からねえよ。だって他人のことなんていちいち理解出来ねえし、なあ?」
柏原の言葉尻が少し荒い。もちろん、状況が状況であるから、全てが普段通りではないだろうが、こういう時に真っ先にしょぼくれるタイプの柏原に怒りがにじむのは、少し違和感がある。
「お前は悪くねえし、第一、なんでもかんでも先生が責任とるのはおかしいだろ」
柏原の声がもごもごした。タバコを咥えたのだろう。それでも、電話越しの声がだんだんと怒っていくのがわかった。
「柏原、怒ってる?」
「は?怒ってねえよ、別に」
怒っている。柏原は軽薄そうな見た目に似合わず声が低いため、ドスが効いてちょっと怖いなと思った。初めてだ、こんなこと。夕飯の前に送られてきた、変な誤変換だらけのメッセージのことを聞こうかと思っていたのも、触れないでおくことにした。
「風呂蔵はさ、その…遺書とか遺してたのか?」
「…さあ。俺は知らねえよ」
「じゃあ他殺の可能性もあるってこと?」
「いや、駅のホームの防犯カメラの映像で、まりあちゃん自分で飛び込んでるって、警察が。また明日警察行ってその映像を確認すんのよ、ひでえよな。いのりが無理そうなら俺が付き添いで行って、俺の確認で大丈夫だって言われたら俺が見る」
「ふーん…。いのりさんは、大丈夫?」
柏原は黙った。ひやひやしながら返事を待つ。
「だめだよ。もうずーっと泣きっぱなし。気の強いやつだけど、まあ、妹の面倒一生懸命見てきて最期は自殺って、そりゃ泣いても泣いても足りねえよ、無理もないんじゃねえの」
「あー」
胸が痛かった。形容し難いものが瞬く間に胸をいっぱいになって、今度は俺が黙った。
これからは、こういう気持ちを正面から受け止めることが仕事なのか。生徒の分、保護者の分、いのりさんの分、あと俺の分。俺の分?
ことと場合によっては世間の分。何なんだ一体。何の責任を果たせばいいんだ、何の秤にかけられてるんだ、何の受け皿になったんだ、俺は。どうして死んだんだ、風呂蔵。
素晴らしい明日はしばらく来ない、過去も変えられない、出席表の丸は二度とつかない。
「なあ、堀田」
「なに」
「元気出せよ。無職になったら、仕事紹介してやるから」
「はは…縁起でもないな」
縁起でもないってなんだ、大切な教え子が死んだのに。言葉はいつも使ってるものが出てくるもんだな。何十年もかけて馬鹿みたいに毎日使えば、そりゃそうか。
「とりあえず、また連絡するわ」
「うん、じゃあまた」
「またな」
「はい、またね。切っていいよ」
耳からスマートフォンを離し手元で画面を見ると、十分六秒、七秒、八秒…。通話時間は刻々と続いて行く。
「切れよ」
集音部分に口を近づけ、笑いながらそういうと、向こう側からも笑い声が漏れ聞こえ、プツリと切れた。
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