#レガ旅
Explore tagged Tumblr posts
Text
風の護る大地
ストーリー4章後の世界。大幅なネタバレ有。
リズベットとタミスのコンビ要素有。大体妄想。
***
竜の影がその姿を生い茂る草木に変え、新たな“風”がサガの全てを巡らせるようになってから月が二度その姿をなくした頃である。異国の魔女リズベットは、困難な戦を共にした友人モカの妹――タミスの様子がおかしいことに、薄々気が付き始めていた。
濡れ烏色の長い髪を揺らし、タミスは忙しない日々を送っていた。それについては、リズベットも似たようなものだ。目まぐるしく変わるサガの情勢のため、修行から雑用まで、《水大精》であるヴォダの下で動いている。一方で、復興の“アーリア派”再興のために、タミスは新たな《風大精》となり、“アーリア”の名を授かることとなった。名前が変わるというのは不思議な慣習に思えたが、ルストブルグの女たちが自らの苗字をルストブルグと称するものと同じような物だろう。 《水大精》の下で修業に励むリズベットはしかし、星の光を妨げるものがないこのサガの地で、時折タミスが空を眺めることを、夜の鍛錬の帰りに知ったのである。
夜風の中、タミスはじっと、瞬きも忘れたとでもいうように大きくその双眸を開く。その姿は、双子の“姉”であるモカに、よく似ていた。 「――リズ?」 タミスの口が動く。リズベットは驚愕した。タミスが微笑んで言う。 「どうしたの、こんな夜更けに」 愛用のブルームエースに手をかけ、リズベットは風を切る。そしてずっと先に小さく映っていたタミスの隣に、すっと舞い降りた。サガの地において彼女のブルームエースは摩訶不思議なものであり、レガや近所の子どもにはよく遊ばれたものだ。しかし、その様子にもタミスは、微笑むばかりである。
「タミス…見えてたの?」 「不思議ね。昔から見えていないことが多かったから……なんとなくね、分かるの」
不完全な風のマターは穢れを嫌った。そして穢れを取り込まないために、タミスの双眸は長い期間、暗い闇に閉ざされていたのである。これもまた、聖石と争いによってもたらされた悲劇と理不尽の結果であった。――聖石アスモデウスの時と同様に。
「タミスは、よくここにいるよね」 何をしているの? そう口にする前に、タミスはその答えを口にする。 「星を見ているの。きっと、モカも見ているから」 “モカ”。彼女の最愛にして唯一の血縁者、双子の姉。彼女が先の争いで穢れを負い、それを祓うための術を探すべく、同胞ティナと共に旅立ったのは、あっという間のことだった。リズベットがルストブルグを去りこの地に留まったように、彼らもまた、サガを去った。それだけのことである。 しかし、リズベットはそれが“それだけのこと”ではないということも、理解していた。タミスはすぐに、“アーリア”となるだろう。彼女からまた、“アーリア派”が始まる。そしてそれは彼女が《風大精》として、この先永い刻を過ごすことを意味していた。 それは恐らく、まるでルストブルグの孤独な女王のように。民を愛し、永く永く、リズベットの寿命などはるかに凌ぐほどであろうことは、ヴォダの下で学ぶリズベットが、想像できないはずはなかった。 異国の人間がそれを感じ取れるのだから、当の本人や周囲の者たちが、それを分からないはずなどない。
どうして、“一派”のためにそこまでできるのか。どうして辛くないのか、ヴォダに尋ねたことがあった。彼女は笑って、『愛しい子を見守るようなものだ』と答える。それもやはり、生まれ育った国の女王がかつて持っていた愛の形に、よく似ている気がした。 「ねえリズベット、ルストブルグって、どんな国なの?」 ふと、タミスが問いかけた。その瞳は、今はしっかりとリズベットを捉えている。 「んー、女の人が多いのは、前も話したよね。それから、雪が降ったよ」 「雪……?」 「そう。今はそうでもないかもだけどね、ここよりはずっと寒いかな」 タミスは雪を見たこともないのだろうと、リズベットは考えた。なにせサガはルストブルグより遥かに気候が温暖で、そしてそれは恐らく、《四大精》のもたらすマターの力によって保たれているに他ならない。 「私ね、風のマターをきちんと制御できるようになって、記憶を感じ取れるようになったの」 “記憶”と、タミスは云った。 「その中には、笑顔のサガの人々がたくさんあって――けれど、雪はないの」 「サガでは雪が、降らないから?」 「そうね。そして」――他国のことは、あまり知らなかった。 それを聞いて、リズベットはようやく、《四大精》になる意味を理解したのだ。遠い場所に国を出て旅立ったモカと、恐らくこの先サガを離れることが、永く、永くないかもしれないタミス。凍り付いたように言葉を失ったリズベットに、タミスは「大丈夫」と笑う。なんだか思っていることをすべて見透かされているようで、リズベットはブルームエースを持つ手に力を込めた。
「でもね、私、このサガの人々を愛するように、他国の人たちも愛していきたい」 「タミス? え、……!?」 風が舞う。草木を揺らし、二人のいる丘の上で影がざわめいた。息吹と呼ぶにふさわしいほどの、“生”の鼓動。“アーリア”の心に共感するように、サガの大地が揺れる。 「リズベットのように、素敵な人がほかにもいる。ゲオルギウスのように、傷ついても風の心を忘れない民も。なら、私は世界の人々を愛したい、このサガの民と同じくらいに。私はここにいるしかできないけれど、今���は私が、モカやみんなの居場所を護る存在になるの」 星明りの照らす中、そう笑うタミスの黒く長い髪が、夜に溶けるようになびく。その横顔はどこか、サガを護ると誓うモカにも、ティナにも似ていて。そしてその眼からは、慈愛の力が息づいていた。心がふっと燃えるように熱くなり、それがリズベットを突き動かす。
「……タミスぅうう」 「わっ!? えっ、リズベット? どうしたの?」
晴天の空のような大きな双眸から、こぼれるように伝う雫に、タミスは動揺する。その小さな手を伸ばし、頬に添えて、困惑したように涙をぬぐう。そんな仕草ひとつひとつが、リズベットの涙腺を大きく動かしてしまうので、タミスはより混乱するばかりである。 もしかしたら女王陛下も、他国の私のことを祈ってくれるのだろうか。そんな風に考えると余計に涙があふれてきて、どうしようもなく、リズベットは勢いよく鼻をすすった。
「ねえタミス、私たち、ずっと友達だよ」 唐突な友人の言葉に、タミスは目を丸くしてクスリと笑った。 「勿論よ」 「おばあちゃんになっても、ずーっとだからね」 「そうね」 「私、修行をたくさんして、立派な魔女になって、うんと長生きして、色々なものを見てくるよ」
タミスの息を飲む音は、リズベットの耳には届かない。
「いろんな場所を見て、いろんな人と出会って、それを伝えに来るね。それで、色々なことを話そう! 雪のことや、雨のこと、風のこと、星のこと。きっとそれって、このバベル大陸が繋がってるって証拠だから!」 「繋がってる……」 「そう、この大地を癒す風はどこまでも、どこまでも届いてる。私が知らなかっただけで、きっとルストブルグにも、砂漠にも」 だから一緒に、愛していこう。――そう言いかけた言葉は、喉を通ることはなかった。リズベットが感じたのはあたたかなタミスの、細く小さな身体。そして今まで聞いたことのない、彼女の泣き声だった。
***
モカが自分を護るために、ただそれだけのために多くの物を捨てていることに、タミスは気付いていた。マターを宿すために視力を奪われたタミスの代わりに、モカはタミスを誰からも傷つけさせない、護ると誓った。揃いの長かった髪――アーリア派の憧れであるセーダ様と同じ色だと、大切にしていた髪を切りそろえた。困難なフゥ派の鍛錬を進んで行い、槍を極め、それでもなお一族のために、誰よりもタミスのために、戦い続けていた。 自分がマターを宿すことができたのは、幸運なことだったと感じる。しかしそのために、モカが無理をすることに耐えられなかった。自分ばかり、暗闇でもがくだけで、マターを開放することもできない。無力さに歯がゆく、いつも傷を作りながら強くなるモカが愛おしく、妬ましく、羨ましかった。
しかしどうだろう、自分が《風大精》となり、モカがそばを離れた途端に、言葉にすらできぬ不安がタミスの胸中を覆う。自分ばかり見ていなくていいと思いながら、自分を見ていないことを不安に思い。自分だけがサガのためにと思いながら、時を刻むことを恐ろしく感じ始めていた。 たった二人だけのアーリア派。たった二人だけの家族。たった一人だけの双子の姉。 そんなモカが、自分がマターを開放し、《風大精》となることにショックを感じていることも知っていた。しかしの時の自分は、やっとモカの役に立てるという矮小な気持ちばかりで、自分の浅はかさに息苦しさすら感じていた。
しかし自分の呼んだ風は、もしかしたらサガよりも遠い先に、届いているのだろうか。そこでいくらかの息吹を、巻き起こしているのだろうか。 視界を閉ざしてから、泣いたことなど一度もなかった。モカが泣いたところも、“あの時”以外は知らない。心をひた隠し、民のために、サガのためにと言うことが当たり前で、泣き方など教わることがなかった。
――目が熱い。息が苦しい。泣くってこんなことだっただろうか。情けない。もうやめないと。そう思うのに、心臓の波打つ速度はおさまらなかった。
「タミス。気分転換にね、とっておきのもの、見せてあげる」
リズベットが、ブルームエースを握る手と反対の手で、タミスの手を取った。
「とっておき……?」 促されるままにブルームエースにまたがったタミスを確認して、宙に浮くブルームエースにリズベットが足をかける。 「ほら、いくよ!」
足が地を離れた。と感じたと同時に、ものすごい速度で自分たちが空を飛んでいると理解した。竜の背に乗った時とは違う、なんて軽やかで自由な感覚。涙が伝った頬が、夜風に癒されていく。まるで湧き水に手を入れたときのような、冷たく、けれども清らかな冷たさ。
「ほら見て、タミス。これがサガだよ。タミスが、護っていく、サガ!」
足元には、ちらほらとランタンや松明の灯が見えた。湖や池には星が映り、時折ブルームエースの軌道が草木に勢いの良い弧を描く。人々が暮らし、自然と共存する、タミスが護るべき、愛おしいサガが、目の前にあった。
「すごい。……サガって、とても広いのね」 「そうだよ。ブルームエースで飛ぶんなら早いけどね~」 「それに湖や、森や、すべてが見える」
見上げたリズベットが、遠くを指さした。星の光が、彼女の春の風のような髪を掬い、まるで花吹雪のように瞬いている。
「この遠い先に、砂漠があるよ」 「――砂漠」
身を乗り出してみても、彼女が指さす先には、何も見えない。ただ星が瞬くだけだ。
「そしてルストブルグはあっち。私はね、小さいドラゴンに乗ってここまで来たんだよ。もう乗り心地最悪! だったけど」 「ふふ。ブルームエースにこんなに上手に乗れるのに、ドラゴンは苦手なの?」 「そうっ! ブルームエースより速いからって乗ったけど、あんまり良いものじゃないよ」
リズベットはそう言って、「ヴォダ様に習ったことがあるんだ」と髪を耳にかけた。 「ヴォダ様……?」 「そう。見えないけど、水はどこにでもある。それを私の氷の魔法で――えいっ!」
空気が凍る音がした。
刹那、空から星が舞い落ちる。きらきらと落ちたそれはタミスの髪や手に乗り、そしていつの間にか消えていった。驚いて見上げれば、星を降らした魔女が満面の笑みで笑う。
「これが雪だよ! 雪!」
“雪”は、二人の周囲にだけ現れ、すぐに消えていった。���射した星明りが二人を照らし、タミスの双眸にはまるで、自然という命の光が瞬くように、強く、強く映り込んだ。
「本当はもっとたくさーん降ってね! 溶けずに残ったりするんだけど、私の力だとこのくらいになっちゃって……」 「雪は、水なの?」 「元々はね。水を風が運んで、冷えて氷みたいになって、落ちてくるんだよ」 たぶん、と自信なさそうに付け加えるリズベットに、思わず噴き出したタミスは、年頃の娘のように声を出して笑った。泣いて笑って、今日の自分はどうしてか普段通りにいかないな、と思う。きっとリズベットのせいだろう。異国の、ありのままに笑う少女のせいで、自分も少しだけ、普段と違う自分になってしまうのだ。
「ありがとう、リズベット。私、みんながこんな風に笑えるように、サガを、大地を護るわ」
冷たい風が二人の隣を通り過ぎ、夜も更けたことを告げていく。二人は笑いながら、しばらくサガの誰も訪れない宙の上で、肩を寄せ合った。
《風大精》“アーリア”が誕生する、少し前の話である。
0 notes