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ヨソモノ
#snoodles#myart#fake type#fake type fanart#yosomono#thhk#dyes iwasaki#wooma#woomasOCfa#FT_art#tophamhatkyo#music fanart
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電車で寝落ちしたら、カミツキガメから法律相談を受けている夢をみた。「ご心配の点には法的な問題はないですけど、相談者さんが特定外来生物なので、法的保護を受けられないと言いますか…駆除されるリスクがありますね」と回答していた。駆除と言う時、喉の奥がカッと乾いた。 昨日10歳から追い回されて延々とカミツキガメの話をされたのが原因だよ。こんちくしょう。 「聞かれていないことを答えてよいのか…ヨソモノ扱いは失礼ではないのか…しかし生命のリスクがあるのだから言わねばならぬ」ってめちゃめちゃ真剣に悩んだよ。
Xユーザーのらめーんさん
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愛着のある場所
こんばんは。
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ご存知のように、当店は水曜日にお休みを頂いている。
とはいえ、ちょっと他の仕事が午前中に入ることも多々あり、丸1日お休みということもなかなかとないのだけど、その分、午後からは毎回お休みの日らしく、美術館に行ったり、本屋に行ったり、街ブラをしてみたり。
ずっと店にいると、凝り固まったり、視野が狭くなったり。
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なので、頭を整理したり、リフレッシュしたりする時間として、かなり楽しく過ごさせてもらっている。
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さて、そんな先日のお休み。
出会って10年以上。
長年、西脇でお世話になっている知人の新居にお邪魔してきた。
知人でもあり、元取引先の相手でもあり。
個人で仕事をしていると、オンとオフの境界は曖昧になることが多々ある。
こうやって好きな仕事をさせてもらっていて、しかも好きな相手と仕事ができて、大変ありがたいことだ。
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昨年8月に訪れたときはまだ基礎工事も進んでいなかったのだけど、完成の報告を受け、こうして新居を見に行くことが出来たわけだ。
室内には、多くの窓が取り付けられ、季節、時間、天候で光の入り具合も変わり、窓から見える風景も気持ちが良い。
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色々と、家の設備の話も聞いたけど、どう生きたいのか。
ここ数年、模索し、実験し、研究した成果とも言える家だと感じた。
住処は完成しているのかもしれないけど、まだまだこれからもアップデートを重ねていく構想も含め、今後も楽しみである。
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服の話から始まり、生地のこと、ブランドのことといったことはもちろんだけど、循環の話やデザインの話、食べ物の話というように、5〜6時間では語り尽くせないほど、色々な話を積み重ねた。
お米を育てていることは以前から知っていたので、見せてもらった。
自然と向き合い、���境をデザインする。
そんな話を聞きながら、稲穂が頭を垂らしている風景を見ていると、「このお米を食べてみたい。」なんて純粋に思ってしまったものだ。
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次は、収穫の季節に訪れ、一緒に農作業をさせてもらいえればなんて思っている。
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色々とゆっくりと話をすることで、数年前までの"itocaci"では絶対にやれなかったことを、新たにやってみるのも面白いかなぁなんて一層強く思った1日だ。
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ぜひ楽しみにしていただけると幸いだ。
さて、今回訪れた知人の新居は西脇の隣の町になるのだけど、まあ、僕からしてみれば西脇を通じて出会ったわけで、西脇に遊びにきた感覚に近い。
僕が毎月通う畑からはさらに車で40分。
確かに別の世界にはなるのだけど、僕の中ではコットン畑の延長に存在している。
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僕が一番びっくりしているのだけど、今年で西脇に通い始めて10年を超えた。
まさか、こんなに長く通うことになるとは思っていなかったし、実は3年ほど前に西脇と距離を置くという選択をする機会もあった。
それでも、僕はその分岐で西脇に通うことを選択した。
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畑で会う顔ぶれは、基本拠点を西���に置いているし、僕と比べれば会う機会も多い。
だから、大阪から月に1回しか通っていない僕は、いつまでもヨソモノだ。
実際に彼ら彼女らからヨソモノだという扱いを受けているわけでもないし、そんな空気が流れているわけでも一切ない。
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訪れると常に温かく迎い入れてくれて、取れた野菜なんかを持たせてくれたり、美味しいご飯を振舞ってくれる。
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恐らくヨソモノだと思っているのは僕だけだ。
だから���のだろうか。
数年前まで西脇という街が僕にとって近しい街だと思ったことはなかった。
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自分のルーツでもある松本。
今拠点を置く大阪。
そして学生時代を過ごした滋賀。
その学生時代に過ごした滋賀以上に長い関わりを持つ西脇のことを、どうしても今挙げた3つの都市と同じように思えずにいた。
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西脇なんて、正直地図を見なくても大体の場所には行けてしまう。
どの道を曲がればいいのか。
どこの道を使えば早く抜けれるのか。
街のどこに何があるのか。
明日から暮らせと言われても、何も困ることはないほど街のことは知っている。
それでも、ただ街を知っているだけだった。
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西脇で会う方のことが苦手とか、嫌いとか、そんなことはもちろんない。
むしろ、西脇で会う皆のことはとても好きだ。
じゃなければ、こんなに長年通っていない。
西脇を近しい街だと思えなかった最大の理由は、僕自身がその距離感を程よく感じていたからだ。
月に一度、ヨソモノとして訪れる街。
その距離感を僕自身が楽しんでいたのだと思う。
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しかし、ここ数年、僕が勝手に作った西脇の壁が壊れ始めた。
おそらく、きっかけは西脇と距離を置くかという選択に迫られた時、僕が距離を置かずに通うという選択をした時からなのかもしれない。
きっかけはコットンだったはずが、気がつけば10年。
コットンの栽培ももちろん楽しいけど、結局今は、月に1回、土をいじりながら知人たちとおしゃべりをする時間が楽しいのだ。
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気がつけば、僕にとって愛着のある街になっているのだ。
ここまで10年もかかった。
でも、それは当たり前なのかもしれない。
長野にしろ、大阪にしろ、滋賀にしろ、僕はその土地に住んでいる経験がある。
でも、西脇に住んだことはない。
これは決定的な差だ。
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たかが月に一度しか通っていないヨソモノの僕が、愛着のある場所だと思えるのは、これまでの10年の積み重ねなのだ。
知人の家を出る頃。
あたりはすっかりと暗闇に包まれており、時刻は21時を回ろうとしていた。
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窓を開けて、初秋の気持ち良い風を感じながら帰路へ着いた。
ナビは不要だ。
頭の中で西脇の街の地図を描きながら車を走らせた。
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ここ1〜2年くらい。
西脇から帰る時、少しだけ寂しく思うようになった。
それは、きっと西脇が愛着のある街になったからなのだと思う。
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また来月、訪れるのが少し楽しみになった。
さて、そんな昨日知人とお話をしてきた中で、僕が皆さんに紹介したいと思ったアイテムがある。
hatsutoki : sally w-face ユニセックスシャツ ¥29,700 (tax in)
昨日出会ってきた知人夫妻は、自分たちのライフスタイルを模索しながら、どのような選択をしたらかっこいいのか。
環境や自然と向き合いながら、日々アップデートを重ねていくライフスタイルのお話はとても興味深かった。
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結局、そういった姿勢がモノを作る上でも大きく影響を及ぼすのだ。
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この"sally w-face ユニセックスシャツ"。
西脇が得意とする”先染め織物”に見えるのだけど、実は糸を染めていないのだ。
コットンには白と茶色の2種類がある。
白と茶色のそれぞれコットンが持つ自然の色を使った糸を使って織り上げたテキスタイルになるのだ。
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自然本来の持つ色を使って、先染め織物のような織物を作ることで、2面性も楽しめる。
そして、何より色味がとても柔らかくて優しい。
少し厚みのある生地を使っているので、シャツとして着用することはもちろんだが、シャツジャケットのように羽織っていただくのもオススメだ。
コットンの自然本来の色を活かす。
そして、染色という工程を省く。
そうすることで、環境への負荷を低減した。
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もちろん全てのアイテムがそのように製作されるわけではない。
それでも、環境や自然への眼差しを通して帰結した、一つの答えなのだろう。
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知人から出てくる言葉や、お互いに思っていることを擦り合わせる中で、このシャツがどういった経緯で生まれてきたのかという思いの琴線に触れた気すらした。
知識としては、コットン本来の色を生かした素材であること。
環境への負荷を少しでも配慮したこと。
そんなことは分かっている。
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でも、深く色々と話を積み重ねてきたことで、一層シャツへの理解の深みが生まれたような気がする。
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こちら現在、本当に偶然にもonline shopにも掲載をしているので、もしよかったらご覧いただけると嬉しく思う。
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それでは今日はこのくらいで。
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次回もお楽しみに。
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ネトウヨやネオリベ連中は今回の東京都知事選挙で「小池百合子難なく当選」「2位大健闘石丸」「蓮舫大惨敗」を望んでいるようだ
「今だけ金だけ自分だけ」で「金持ちは東京に残れ」「老人や貧乏人は地方に行け」「目障りなヨソモノ出ていけ」という排外的政策で東京並びに日本がもっと儲かるようにしたいのだろう
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2024/03/31
BGM: 佐野元春 - Heart Beat
今日は休日だった。中国の友だちに桜の写真をシェアしたところ、彼女がこんなことを訊いてくれた。なぜ桜を愛で、いつくしむのか、と。面白い質問なので考え込んでしまう。なんでだろう……ぼくにとっては、桜はこの世界にあまねく存在する情熱的要素の暗喩、あるいは情熱のシンボルそのものでさえある(大げさかな)。いわば、青春時代や成功した日々(いにしえの言葉で言えば「栄華」「盛り」――日本の随所には「もののあわれ」文化があるので)。ゆえに、桜の季節は人生とはどんなものかについて教えてくれる季節でもあるだろう。とてもはかない、だからこそ尊い。そんなことを書き送った。
過去にひどいヘビードリンカーだった頃(毎日毎日書きなぐっていることなのだけれど、結局この事実を無視してはぼくは何ひとつ語れない)……その頃、ぼくは実に「クソ真面目」かつ「短絡的」に人生に絶望しきっていた。その時期、桜はぼくにとってあまりにも「アウェイ」というか「遠い」シロモノでさえあった。だから桜に感動することもなかった(したかもしれないが、そんな時にしたってつとめて「感動しちゃダメだ」と思ったかもしれない)。桜は遠いもの、無縁のものだと思い込もう、として……その頃は読んだことはなかったのだが、ある意味ではアルベール・カミュが記した小説の世界さながらの不条理で哲学的な世界に入っていたのかもしれなかった。ということはぼくはムルソーだったのだろうか。
ある意味、アウェイの世界を生きる「ビジター」というか「エイリアン」というか……この世界を異���った、おかしな観点から見つめる男。いわば変人・奇人。ある意味ではそれは正しいことだった。33の歳にぼくは自分が発達障害者であることを知り、その概念から自分がなぜ奇妙な、珍品の小説や音楽に惹かれるのかを知ったのだから(世界というか、マジョリティの方が正しかったのだ)。その後、40まで「孤独な」生を生きることとなる。40の歳に自助グループとつながり、両親のありがたみを知り、そして……。
もう察しがついているかもしれないけれど、この島国では「クレバー」「目ざとい」一部の人たちがこんなことを言う。「ヨソモノであれ。人と違うことをしろ」と。なんだかアップルやそれに追従する会社のモットーを連想させるが、ぼく自身もあまりにも自分が珍妙な人間だったので毎日をそれこそ「居直って」「とことん変に」生きようとしたっけ。だから馴れ合いを嫌うという名目で「ホーム」「住まい」を持つことさえ拒否し、「ヨソモノ」としての生を生きようと考えたりしたのだった(もっとも、その頃ぼくは両親と同居していたのだった……)。40になり、米を炊いたり味噌汁を作ってみたりする自炊の練習やプレゼンテーションをこなすということを経て、そんな試行錯誤の末にこの郷里(文字通り「ホームタウン」)に愛着を感じるようになる。
桜の話から話題がずいぶん脱線してしまった。村上春樹『羊をめぐる冒険』を読破したことを書きたかったのだけど、その余裕がない……オー・ノー!
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2023/06/28
岡山に寄りました!これは念願のご本家ウエストランド。
カレー売ってる!写真には撮れませんでしたが『本家ウエストランドTシャツ』もありました。
M-1優勝してから6ヶ月も経つのでさすがに地元民には飽きられている様子でしたが私は初めて見たのでヨソモノ丸出しで写真を撮りました。
きくところによるとウエランの通っていた高校にも垂れ幕があるそうです。あやかる気まんまんですね。
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ジョン・ウィリアムズ『ストーナー』の序盤と、神田匠『ヨソモノ紀行』を読んだ。ストーナーは大学入学直前に読んだ作品で、もう一度改めて読むことにした。インターネットで知り合った最も古い友だちのひとりが言及していた作品。ストーナーを読み返すことで、あらためて自分が生きていくことについて考えるきっかけになると思った。そのつもりで読みにいくようにする。
https://boldmove.hatenablog.com/entry/2023/03/13/225737
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だいたい観光、観光と日本中どこも自らの土地を観光客向けの消費空間へとつくり変えようと躍起になっているけれど、観光客が増えれば増えるだけ地元との軋轢は大きくなるというのは、ただでさえヨソモノの多いバルセロナのような大都会ですらそうなのだから小さな町や村であればなおさらなはずで、観光客の増加は生活者の生活を犠牲にしうるというシンプルなトレードオフを、いったいどれくらい考慮にいれて観光立国とか言ってるのか、さすがに心配になってくる。
神山のことば|黒鳥社|blkswn publishers Inc.|note
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かもめさんの選挙事務所、姉さんのスナックとして活躍していた「シーガル」も、僕というヨソモノが入り、新たなチャプターに移っていきたい。なににしよう、なにになる。
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8名の作家による2021年短編ベストミステリー(京極夏彦さんの序文が高評価です)
ザ・ベストミステリーズ2021 結城真一郎 youtube やったらもっと早くバレると、おっちゃんは思います🤔 青崎有吾 犯人も探偵助手も想いは一緒😊 芦沢央 大正時代に異能力がよく似合う🤨 一穂ミチ これもPTSDかもなぁ🤨 乾くるみ ごめん、未だに意味がわからず😢 北山猛邦 ヨソモノが麻薬密輸?それともフェイクニュース被害? 桜田智也 フンコロガシの初見は〈どくとるマンボウ〉でした。懐かしい😆 降田天 キーマンは明らか探偵はビミョ〜に後出しジャンケンぽい🖐 推理小説関係受賞リスト】が良い!本編よりも……😆 ザ・ベストミステリーズ2021 ザ・ベストミステリーズ2021
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月の無い夜HO犬のおまわりさん
★公開ハンドアウト ▼共通 あなた達はこの月守村(つきもりむら)に住む住人だ。 娯楽もなく、閉鎖的であり、お世辞にも住人は人付き合いが良いとはいえない。 そんな村での退屈な日々を過ごしている。 ▼HO犬のおまわりさん あなたは所謂左遷でこの村の駐在所に新しく赴任して��たお巡りさんだ。 村の事は詳しくない。
★秘匿 あなたは上司である烏鷺雲雀(うろひばり)から一か月前にこの村へと左遷された。 他の上司の汚名を着せられたりちょっとしたミスが積もったり等理由や元いた部署等は自由に決めて構わないが、 烏鷺との関係は比較的良好である。 そんなあなたがやってきたこの月守村の住民は皆あなたに辛辣であり、この一か月ほぼ人と会話らしい会話をしていない。 ただ一人、HO猫だけを除いて。 自身の事については殆ど喋る事はなかったが、唯一この村であなたに好意的に接してくれていた人物だ。 しかしあなたはふと一つ、気掛かりな事ができた。 「HO猫は危険だ」 村人の誰かがそう言った、そして皆一様にしてHO猫を警戒し、監視しているように見える。 そんなある日の事、HO猫が自分の勤める駐在所へとやってきた。 どうやら記憶喪失になってしまい困っているらしく、世話を焼く事となる。 あなたはこの村の痛々しい程に感じる視線からHO猫を守りたい。
・持ち物 あなたは上司である烏鷺雲雀(うろひばり)から石で出来た数珠のブレスレットを受け取っている。 何故か肌身離さず身に着けており、それに違和感を感じた事がない。
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いや、確かに火傷は酷いしヨソモノだからあんまり歓迎されないのはわかるんだけど、そこまで避けなくてもよくね…?!と思っている。 自然で療養も兼ねて、と言われはしたもののド田舎すぎる。何もやることがないのもそれはそれで現代人だから困るわけで。 いざ来てみたら針のむしろだし、違う意味で息が詰まる…と、少ししょげてるところに声をかけてくれたこねこちゃんには 正直めちゃくちゃ癒されたし救われた。感謝 嬉しいしやっぱり人と話せる方が好きだし、可愛い子だな~という気持ち。大分好印象 だからこそ危険、っていう言葉が彼女に繋がらない。何でそんなこと言われてるんだ?って不思議に思っている。 任期が終わったら戻るつもり満々ではある(あまりにも月守村に何もないから)けれど、彼女がいるなら苦じゃないかもしれないな…、とは。 ここにいる間は彼女に何か起きたら、いや起きる前から守りたいな、がある。駐在としても勿論、個人的にも恩を感じ��いる。
▽烏鷺雲雀 ひととして好き。だし、上司としても尊敬している。父親がいたら(ちょっと若いけど)こんな感じだったのかな、と少しだけ 懐くというのとはまた違う感覚でいる
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@raurublock(ultraviolet)
「道徳」や「倫理」には、「人々がお互い傷つけあわないように行動を規制する」機能とは別に、「同じ道徳規範を共有しているかどうかでミウチかヨソモノかを識別し、それによってフリーライダーを防止する」機能もあって、実は人類社会では後者の方が重要なんじゃないかと思ってる
Twitter Web Appから
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4.ソウルは劇的に近代化された
問い8:朝鮮の変化について>4.ソウルは劇的に近代化された
目次は こちら
4.ソウルは劇的に近代化された
◎ソウルや釜山などの大都市は、日本と朝鮮が協力して近代的な都市に生まれ変わりました。
『朝鮮紀行』には、バード女史が1894年に初めて訪問した朝鮮の釜山の市街の状況に関して、41ページに次のように詳細に記述されています。
[釜山の旧市街の狭くて汚い通りを形づくるのは、骨組みに土を塗って建てた低いあばら家である。窓が無く、屋根は藁葺で軒が深く、どの壁にも地面から二フィートのところに黒い排煙用の穴がある。家の外側にはたいがい不規則な形の溝が掘ってあり、固体および液体の汚物やごみがたまっている。]
また、彼女がソウルを訪れた時の様子を、58~59ページおよび65ページに次のように記述しています。
[城内ソウルを描写するのは勘弁していただきたいところである。北京を見るまでわたしはソウルこそこの世で一番不潔な町だと思っていたし、紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世で一番ひどいにおいだと考えていたのであるから!(中略)路地の多くは荷物を積んだ牛どうしがすれちがえず、荷牛と人間ならかろうじてすれ違える程度の幅しかなく、おまけにその幅は家々から出された固体および液体の汚物を受ける穴か溝で狭められている。
(中略)
ソウルの「風光」の一つは小川というか下水というか水路である。ふたのない広い水路を暗くよどんだ水が、かつては砂利だった川底に堆積した排泄物やごみのあいだを、悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく(65ページ)。]
1894年は、朝鮮が日本に対して開かれた1876年から、18年が経過しているので、釜山やソウルには清国などの諸外国の居留地と共に、日本人居留地が形成されていました。1894年当時の釜山とソウルの日本人町は、広い道路があり、上水道と下水が整備され、照明があり、清潔で慎ましい商店や家々があったことが前掲書に記されています。
『THE NEW KOREA』に南大門の写真が有りましたので、併合前後の写真を引用しました。併合前の写真は、1892年頃に撮影されたもので、朝鮮の栄光の時代に建設された南大門と荒廃した李氏朝鮮末期の荒廃した南大門周辺の様子とが、見事に一枚の中に収まっています。
日本統治によって変化した南大門とその付近の写真を示します。
道路がきれいに整備され、街には路面電車(写真には映っていませんが、黒い帯は電車の線路のようです)が走り、左奥には三階建ての建物の姿が見て取れます。
さらに、『日本統治時代を肯定的に理解する』には1930~1935年ごろと思われる京城(ソウル)の様子を、16~18ページに次のように記しています。
[僕は1926年に京城(ソウル)で生まれた。韓日併合(1910年)から16年に成る年である。僕が物心つくころの京城の街は、幹線道路には電車が走り、電気、水道、電話、ラジオ等も導入され、朝鮮総督府、京城府庁、京城駅などの建物もでんと居座って、現代化し始めた大都市の容貌を呈していた。
この京城の街は東西を貫いて流れている清渓川を境に、はっきりとはしないまでも、北が朝鮮人街、南が日本人街と云う風に、おおむね分かれていた。
(中略)
大体こういう風に分けられるけれども、住民達は勿論、市内のどこでも不安や不都合なく、いかなる伝統衣装をつけて出ても自由に歩くことが出来た。 昭和17年(1942年当時の朝鮮内における人口構成を見ると、全国人口は2627万8232人で、うち朝鮮人は2552万5409人(97.14%)、日本人が75万2823人(2.86%)。
京城の人口は110万8441人で、うち朝鮮人九4万1101人(84.9%)、日本人16万7340人(15.1%)。
(中略)
父(朴定緒)は宿をとるのも、レストランや百貨店に行くのも、お医者さんにかかるのも、朝鮮系に拘らなかった。
近���、たいていの若い韓国人らは、植民地時代の日本人は���柄で、韓国人を踏みにじったと考えているが、実際はお互いにヨソモノという気持ちはあったとしても、そのような敵対感情はなかった。]
このように、日本の統治が始まって20~25年の後には、ソウルは人口110万の近代的な大都市として発展していることが分かります。イギリス人の女性旅行家のバード氏の記述では、1894~1897年ころのソウルの人口は約25万人であるとされています。そして、48年後の1942年にはソウルの人口が110万人と4.4倍に増えています。このことは、ソウルがとても住みやすい大都市に変身していたことを示しています。
この記述に続いて、朴贊雄氏は家族連れで日本のレストランに行ったときに、可愛い制服の日本の女子従業員が注文したものが遅れたことを泣きながら謝ったことや、田舎の日本の雑貨屋の小母さんが優しかったことや、日本のお茶屋でアイスクリームを注文したらウェファースが添えてあったことや、耳鼻咽喉科でもらった薬瓶を落として割ったしまった時、その病院の看護婦さんが、出て来て新しい瓶に水薬を入れてくれたことや、歯科医の医師が優しかったことを紹介しています。すなわち、朴贊雄氏は当時の日本人と朝鮮人は敵対関係には無く、お互いに親切に優しくしていたご自分の経験を紹介しています。
一方、『総督府年報 1923』では、街路の改良の問題について、次のように記しています。読みやすいように現代文に直して転記しました。
[朝鮮の市街の大部分は、狭くて汚く、曲がった街路であり、交通の妨げとなっていた。そこで、この改良のために、通りを真っ直ぐにしたり、勾配をゆるくしたり、道幅を広げ、必要に応じて新たな街路を作るなど、多くのことがなされてきた。ソウルの街路の改良は、国家予算で行うことが決まり、43の街路が改良するものとして選定され、このうちの13は1911年から1918年の間に300万円(現在価値で約600檍円)の費用で完成した。このようにして、市内は、見た目と、交通の効率の両面で非常な変化がもたらされた。]
この場合の国家予算は朝鮮総督府の予算を意味していると思われます。その予算の原資は朝鮮人が納めた税金と総督府が鉄道などの事業から得た資金と日本政府の膨大な支援金が主体でした。
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10.地産地ショー
(HOOK) 光あてる 地元マテリアル それリアル 糧になる 馳せ参じよう 地産地ショー It’s like this Y'all
(GUILD) 一般ピーポー 進化しろ チンパンジーもシーザーになる 地産地ショー 一家に一つ 自家製のヒップホップ 深層心理乗っ取りハイジャック どうせ何やったっておなじでしょう とか言う声に応えてきっぱりと 申し上げ胸に刻み込む 心臓 緊張 あがってヒート レフト ライト スピーカー震動 イカツいインドアも 民間人も お役人も 踊らせりゃ 同じパーティピーポー エイトビートは共通言語 メイドイン東北 まかり通る 陽気なラッパーの産直オープン
(HOOK)
(Sasyu) 誰だか知んねーだぁ? 拙者が生産者! 昨日のことラップ 自分をレップ トレーサビリティ 俺の立ち位置 丸かじりしてる 直売スタイル まるで陽気な母さん 驚きなさんな 俺は本気な兄ちゃんだ 皆キモサベ ヒントだらけの土壌で実った言語はいいのだけ NIKS曰く「身の丈」 あとはビートだけ 必然性と空気感いいあんべ これが俺のHIPHOPだぜ ないストレス ない気苦労 田舎道あぜ道 フリーキー フリーキー フロー
(HOOK)
(HAMNIBAL) 飯食って クソして 寝て 仕事して 飯食って クソして 寝て 仕事して 見てくれ 俺の地産地ショー レペゼン大館 直に感じろ モノだけじゃねぇ モノマネでもねぇ ヨソモノでもねぇ ヨソミは嫌だね 北鹿黙読する時極楽 何てふと思う イオンのネオン の下で振り払う自己嫌悪 MOAに入り浸る日がまた来たる 俺達のRAPでまた言わせたくなる “大館にこんな奴らいるの知らねっけ" っていうか 15年やっても知られてねぇ 事実は置いといて積み重ねる日常 体現する地産地ショー
(HOOK)×2
★Track by Sasyu
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