#タイムトライアル
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2024/3/23〜
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3月23日 11月23日の日記を文字起こししながら出かけた。
なかなか起き上がれなくてかなり遅くまで寝てしまった。14時に近美で待ち合わせだったので、その前に昨日一期下の方と帰りながら話に上がった人形町へ行ってみることにした。 半蔵門線と日比谷線の地上乗り換えの際に降り立った時に気になっていた街。
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人形焼屋さんは二店舗見つけた。 一つはとても行列ができていて、もう一つはそうでもない感じ。行列のお店に人形町のガチャガチャがあり思わずやってみる。中身が見えないタイプのカプセルだったので、週明けに一期下の方と中身を楽しもうと思ってまだ開けていない。
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水天宮を眺めて、明治座こんなところにあったんだ〜と、確認して、甘酒横丁は甘酒屋さんよりもなぜか潰れない婦人服屋さん、がたくさん並んでいた。 行列のたい焼き屋さんがあった。 鶏ものを売っているお店で厚焼き卵が焼かれる様子がほかほかしていてよかった。
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そのまま日本橋から大手町まで歩いて、知らない街と知っている街を繋げることができて充実感。 あまり写真は撮れなかった(撮りたくなかった)。
和菓子屋さんはたくさんあって、なんとなく入ったお店にすはまだんご(!)があり嬉しくて写真を撮ってしまった。あとギンビスの建物があった。
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友人と合流して、中平卓馬の展示を鑑賞。 夏に葉山館で観た展示に上書きする様な感覚で鑑賞していた。
その後竹橋の��レスサイドビルのスターバックスコーヒーでお茶を少しして別れた。 パレスサイドビルから出た時に、学生時代に毎日見ていた風景があって、雨上がりのやたら明るい空と春の感じに、はっ!となった。
お茶の席で友人と話した話、彼女から「日記には書かないでほしい」と言われ、私の日記に登場するかもしれない、と思ってもらえたことが嬉しかったり、日記を書かなくてもいいのか、とほってしてしまったり、彼女の話そっちのけで他人をしてしまってひとでなしだと思っている(そして少し誇っている)。
今日はこの出来事の間中、ずっとずっとめまいと吐き気がひどくて、途中何度かもう帰ろうと思っていて、でも一日過ごして、帰宅して掃除や日記の更新をしてしまった。
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掃除をするのは別に過度に脅迫的な行為ではない気がしてきた。 掃除をして綺麗になるのは嬉しい。でも今はちょっとした日常の生活行為をする体力すらない状態なのだと思う。 掃除をするのが悪いのではなく、体調が良くない。
スーパーに行こうと外に出たら、明後日の満月を控えた月が出ていた。 見切り品の野菜コーナーでズッキーニに出会ってしまいなんとなく買ってみる。お味噌汁に入れたら美味しいかな。こ��数日売れ行きを観察していたちいかわのランチパックは値引シールが貼られていた。
写真を見返してみたら前世はきつねなのかもね、とか可愛いことを言いたくなるくらい、最近油揚げばかり食べているみたいだった。
とにかく足がおぼつかなくなってきたので終わり!
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3月24日 心が無になる1週間を目の前に、昼過ぎから出かける予定もあったので、朝一のヨガを受けて開店したばかりのスーパーでスパイスカレーの材料を買って先に作っておく、という初めての試みをした。
野菜の見切り品コーナーにホワイトマッシュルームがいたので買ってみたけれど、なんか黒っぽくて弾力がない気がして、半分くらいは使わずに捨ててしまった。 使った分も悪くなっていないのか不安になりながら、後で調べたら断面が黒いのは通常らしい。でも弾力がなくなっていたのもあって不安(だけど調理してしまったので、食べてしまうと思う。人体実験。)。 そもそもきのこは水洗いしない?らしく、洗ってしまったから弾力がなくなってしまったのかな、とか今日はマッシュルームのことばかり考えていた気がする。
カレー作って冷蔵保存するために粗熱をとる間でお掃除などをして、初めての試みだったので出かけるまでの逆算がうまくできずにタイムトライアル的でとてもとても疲れてしまった。
最近は前より料理(っぽいこと)をしていて、でもそれは全く写真にならないな、と今日改めて思った。 CONTAXに入れたフィルムを撮りきれず、昨日から1日レンタルの期間を延長して、料理の写真でも撮ろうか、とそばにカメラを置いていたけれど、カメラとかiPhoneとかの衛生レベルが料理の現場もかけ離しておきたい気持ちが強くて無理でした。
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料理も衛生面や食材の鮮度の面で不安なことばかりだしやめたほうがいい気がする。 とにかくしなくてはいけない生活のタスクが増えるだけのような気がする。
午後の予定で会った方は昨日まで金沢と富山に行ってきたとのこと。今は金沢もちょっといいビジネスホテルは一泊20,000円くらいしてしまうらしい。 北欧に行きたい話やタイとベトナムの国民性の違いの話(タイはいつも笑顔で迎え入れてくれて、ベトナムはわりと無愛想。でもシャイ故らしい。)をした。 いま割と一番したいことは北欧に旅行に行くことかもしれない。 行った方がいいかもしれない。 パートナーと旅行に行ったその方は「やっぱりそろそろ一人旅をしないだめだ…」と言っていた。
好きなひとを好きなままでいるためには、一緒に仕事をしない、家族にならない、が、今のところの人生で私が見つけた人間関係で気をつけたいこと。
これからカレーを食べます。 お腹痛くなりません様に。
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〖50〗滋賀国体強化指定選手の選考
【大会当日まであと110日】 2025.02.25
いよいよ50号です。何気ない思い付きを毎日綴ってきました。あっと言う間の出来事でした。またこれからも、気になることや大会関係情報など、気ままに自由に綴っていきます。改めてよろしくお願いします。
今日は、以前の県協会からの連絡事項の続きです。県協会の先輩からの連絡をお知らせします。ひと足先に、五島トライアスロン協会の公式HPでは公開しているものです。「国体強化指定選手選考・ジュニア強化指定選手選考」についてです。
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滋賀国民スポーツ大会強化指定選手の選考、同長崎県代表選手の選考、及び、2025年度ジュニア強化指定選手の選考について(選考基準) 1.強化指定選手選考について 2025年度滋賀国民スポーツ大会に向けて選手強化をおこなうため、強化育成委員会で県スポーツ協会指定の国スポ強化選手、及び長崎県トライアスロン協会指定の強化選手を選出する。選考は、優先順位①~②で、以下の基準で行う。 ①NTTトライアスロンジャパンランキング(2025年3月31日時点) ②2025年JTU認定記録会の記録(2025年3月31日時点) 1~3位までは県スポーツ協会指定の国スポ強化選手、4~6位は長崎県トライアスロン協会指定の強化選手とする。 ※国スポ予選(5月25日に天草で行われる九州ブロック選手権)にエントリーしている選手またはNTTトライアスロンジャパンランキングを持つ選手であること。 ※認定記録会は、スイム400mおよびラン3000mのタイムトライアル。記録は、スイム記録+ラン記録の合計を正式記録とする。
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2.滋賀国民スポーツ大会 長崎県代表選手選考について 2025年度滋賀国民スポーツ大会の長崎県代表選手選考は、優先順位①~③で、以下の基準で行なう。 ①2025年NTTトライアスロンジャパンランキング(2025年7月31日時点。ただし県スポーツ協会の国スポエントリーの締切が早まった場合は前倒しする場合もある) ②5月25日に天草で行わ���る九州ブロック選手権 ③九州ブロック選手権が中止の場合、または決定できなかった場合、2024年11月~2025年6月の認定記録会記録の順位により決定する。選手の希望があれば、6月に認定記録会を開催する。 ※基準①(ジャパンランキング)を満たしている選手も国スポ県予選参加申請を行うこと。 ※荒天等で競技がデュアスロンまたはアクアスロンに変更になっても、その結果を選考の資料とする。 《スケジュール》
国スポ県予選(九州ブロック選手権)にエントリーする~ただしNTTジャパンランキングを持っている選手は必須ではない。
国スポ県予選参加申請を県トライアスロン協会に行う。(4月15日締切)
国スポ県代表選手選考大会(九州ブロック選手権)に出場する。
NTTジャパンランキング、国スポ県代表選手選考大会に基づき上位2名が県代表となる。男女各3位は予備登録選手となる。
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3. 2025年度ジュニア強化指定選手の選考について 以下の認定基準をもとに選考する。 ①JTUジュニア強化指定選手(2025年4月1日以降の認定期間) ②JTU認定記録会で、以下の長崎県ジュニア強化指定基準タイムを突破した選手 U18(16歳~18歳)スイム・ラン合計で23級以上 U15(13歳~15歳)スイム・ラン合計で10級以上 U12、U10、U8(12歳以下)スイム・ラン合計で8級以上 ※上記は、2025年12月31日現在の年齢に基づく。強化指定選手は、県外大会出場に一部補助を行う。 ジュニア選手��強化活動は以下のとおり行う。 ア、定期的な練習会 ・現在、毎週日曜日10時~12時、長与,神ノ島、諫早干拓地などで練習を行なっている。 イ、国スポ強化練習会への参加 ・中高生で実力のある選手は、国スポ強化練習会へ参加する。 ウ、U19日本選手権、全国高校選手権、全国中学大会、その他大会への出場 ・県ジュニア強化指定選手または、その基準に準ずる競技力を持つ選手で、出場希望選手に対してコーチの帯同など出場をサポートする。 エ、ジュニア合宿 ・1~2泊の合宿を実施する。
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強化指定選手に選ばれるのは、とても名誉なことです。今までの練習の積み重ねを認めてもらったような気分になると思います。また改めてもっとがんばろうというやる気に繋がることでしょう。ジュニアの育成は、長崎県の選手層を厚くするひとつの方法です。私たち大人が、もっとトライアスロンの魅力や素晴らしさを次の世代にしっかりと伝えていきたいですね。
五島トライアスロン協会は、国体強化選手に選ばれたアスリートやジュニアでがんばっている若年層、そしてそれを支えている家族をはじめとする周囲の皆さんを、心から応援しています。
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アラン・パイパー:ツール・ド・フランス2020、タディ・ポガチャル、ファストフード、Directouer Sportif
From The Cycling Podcast: Peiper on Pogacar: It was the pinnacle of my life, Nov 27, 2020
パイパーへのインタビューは、(2020年の)ツール・ド・フランスの最終日の前日、9月19日土曜日の朝にどう感じていたかを聞くところから始めた。その時点で、タディ・ポガチャルはプリモシュ・ログリッチに対して57秒の遅れをとっていた。彼は、彼のチームのヤングライダーがこのツール・ド・フランスを優勝すると、現実的に考えていたのだろうか。
(その可能性は)非常にわずかだった。(第17ステージの)ロズ峠で15,6秒を失ってログリッチと57秒差になり、梯子から脚を踏み外したかのようだった。本当はその反対に峠でログリッチから15秒を奪い返すことを目指していたから、私もタディもがっかりした。 その結果、タイムトライアルでは長距離砲を必要とした。
幸いなことに私たちは準備を済ませていた。6月に私1人で、7月にはタディとミッケル(・ビャウ)と、そして大勢のスタッフとコースを見に行き、スーツ、機材、バイクチェンジも含めた本番同様のシミュレーションを行っていたんだ。 しかし、55秒先の背中はやはり遠かった。当日の朝に目が覚めたときには、多かれ少なかれ、ログリッチが良い日ではなく、同時にタディが並外れた走りをすれば、1989年のシャンゼリゼ(最終ステージに設定されたタイムトライアルでグレッグ・レモンがローラン・フィニョンを50秒のビハインドから逆転した。最終タイム差は8秒だった。)のような僅差になると思った。
6月から、この最終日前日に間違いなく上位10名の変動があるとわかっていたし、皆の予想を超えてツールの優勝者すら覆るかもしれないと思っていた。登り坂の難しさ、バイク交換を伴うタイムトライアルの複雑さ、そして30kmという長丁場のハードさから、その可能性は明らかだったんだ。30km、バイクを乗り換えて、頂上までフルガスで登るのは簡単じゃない。だから逆転は可能だとわかっていたし、それを信じていたけれど、とにかく長丁場になりそうだった。”Buttefly in the stomach”の文字通り、本当に緊張で胸が張り裂けそうだったよ。 その日、マチン(ホセ・アントニオ・「マチン」・フェルナンデス。UAEチームエミレーツの監督)が車を運転し、タディが助手席に、私が後部座席に座っていたのを覚えている。マチンが車やら腕時計やらの話をタディとしてくれていたのはありがたかった。私はタディと話せるような状態では全くなかったんだ。ギアもバイクの変更も私が決めた。タイムトライアルバイクのギアとロードバイクのギアは、私の中では全く異なるものだった。もしレースがうまくいかなかったら、それは基本的に私の責任で、そしてタイムトライアルでは色々なことがうまくいかない可能性があると知っていた。
タイムトライアルの前日、タディとある決定をした。彼の部屋に行って、こう言ったんだ。 「タデイ、今夜は250kmの長距離移動がある。翌朝、スタート地点から50kmのところまで車で行き、午前中にもう一度コースを1周して、ゴール地点近くのホテルに用意しておいた部屋で午後は休む。」 「もしくはこうしないか?長い移動の後はとにかく寝たいだろう。だから、ローラー台を部屋に置いて、明日の朝食の前にローラー台で30分ほど走り、朝食を食べ、出発してゴール地点近くのホテルに直行する。コースは見ない。」
そして彼は言った。「そうだね、そっちにしよう。」 思うに、このスケジュールがタディのストレスをかなり取り除いたのだろう。彼は10時まで寝ることができ、10時半までローラーに乗って、朝食をとって、そして11時にホテルを出た。 さっきも言ったように、マチンは運転席に座って彼とくだらない話をしていたし、私はスタート地点で機材のセットアップを見られないからディティールを心配していたけれど、その時点で全てがうまくいっていた。タイムトライアルの準備を周到にしていた、彼が試走を必要とせずにストレスなく過ごせた、そういうことが全て合わさって、一発勝負のために全てが正しい方向に進んだことが勝因だった。
マイヨジョーヌだ。彼は昨年(2019年)のブエルタで3位を経験しているから、表彰台がどんなものか知っている。
*
彼はスタートの1時間前にチームバスの窓から頭を覗かせた。というのも、メカニックたちがトラックの後ろに(ヤングライダージャージ用の)白いバイクフレームを作っていて、その様子が見えたからだ。そして私に「彼らは僕が今日やってのけるって信じてないのかな」と言った。その顔は笑っていた。
彼はリラックスしていて、朝から晩まで笑顔を絶やさず、決してネガティブにならず、不平不満も言わず、本当に特別な性格だ。思うに、それがレースでの彼の大きなアドバンテージになっている。お金や名声や責任や、物事が思い通りに進まないことで、将来的には変わっていくかもしれないけれど、少なくてもあの時はすべてが完璧に進んでいた。先ほど説明したような彼の1日のスタートが、部屋の中のローラーが、全てが彼をリラックスさせることにつながっていた。彼はこのコースをフルアクセルで走ったことがあり、すべての箇所とコーナーを熟知していて、タイムを失うことはないという自信があった。自分の装備が完璧に調整されていることも知っていた。あとはバイクに乗って走るだけだった。
*
無線で話しかけられるのが好きなライダーもいれば、話しかけられるのが嫌いなライダーもいる。要点だけ聞きたいライダーもいれば、応援されたいライダーもいる。タディは全てが好きだった。彼は情報を好んで聞き、声をかけられることも応援されることも歓迎した。だから、ツールの最終週の現場には、スロベニアナショナルチームの監督で、昨年(2019年)から私たちのチームの監督でもあるアンドレイ・ハウプ��マンに来てもらった。彼はツールの担当ではなかったけど、帯同してもらうことにしたんだ。このことはツールの始まる2~3週間前に決めていた。
タイムトライアルで彼は後部座席のメカニックの隣に、そして私とマチンは助手席と運転席に並んで座っていてた。私は何度もコースを下見して書き付けたテクニカルな情報をタディに無線で伝えていた。あと200mでコーナー、300mでカーブ、200mで緩やかな登り、400mで細かなアップダウンのある平坦、、、というように。私が冷静に努める一方、アンドレイは別の役割を担った。彼は無線を渡されると、タディを心理的に鼓舞し、レースの後半に差し掛かると特に力を入れた。
私が考えるに、チームカーからの指示は、明確で、冷静で、正確でなければない。興奮しすぎてはだめなんだ。(トム・)ドゥムランに次ぐ2位でタディが第一計測に入ったとき、ログリッチを11秒上回っていたが、私はタディに「ペースを変えずにそのまま行くんだ。焦ってはいけない。」と伝えた。ログリッチはステージ後半に向けて別のペーシング戦略をとる可能性があったから、ペースを維持させる必要があった。山のふもとまで来たとき、ログリッチとのタイム差はさらに広がっていたが、ログリッチの本当に状態は知る由もなく、その先どうなるかわからなかった。
山の中間にある第二計測まで来たとき、タディとログリッチのタイム差は1分に至っていた。計測が間違っている場合もあるから深く考えないようにしたが、その時点で私達はタディがイエロージャージに向かっていると知った。そうなったら、あとは彼をただただリードするだけだった。無線で伝えることをためらうようなことはもう無かった。
*
恐らく山岳の途中からタディが勝つと内心では感じていて、最後から1km地点でのタイム差が1分40秒程度だと確かめてもいた。それでも、卵が産まれる前に鶏を数えるようなことはしたくなかった。ログリッチの最後の計測を聞いて、成し遂げたことを確信できる状況にあっても、ログリッチがゴールラインを超えるまで勝利を祝うことはしなかった。そして、ついにオフィシャルのアナウンスがあった。
その瞬間は間違いなく人生の頂点だった。
17歳のときに300ドルをもって渡欧して、プロになるまで、そして10年間プロでいる間に様々な浮き沈みを経験した。ロット(Lotto)のDS(Directour Sportif)として自転車界に復帰するまで、10年間余り競技を離れていた。 その後16年間DSを務め、ここ(ベルギー)での生活を築き上げ、5年間にわたってがん治療をした。化学療法を行った去年は私の人生の瀬戸際だった。 チームカーに戻ることは不安で仕方なかったし、今年のツアーダウンアンダーでさえも視力、反射神経、体力が、���日中運転してレースをできるか心配だった。DSの1日は他のスタッフと同じようにとてつもなく長い。朝早くに起きて、夜中に仕事を終えて、常に頭の中で進行中の様々な出来事を考える。そんなことをできるかは以前はわからなかった。とにかくあの場に至るまでには沢山のステップがあった。ツールの手綱を握ることはスタートの数か月前にはわかっていたから、決定的な行動ができた。 そして、いざゴールにたどり着いたとき、そこに、自分の人生の集大成が見たんだ。…こうして話している今も感情的になってしまうよ。
すべてが1つになった。私はただ車の隣に腰を下ろして泣くことしかできなかった。
*
レースを組み立てる私にとって、これは間違いなく快挙だった。若いタディにとっては明らかに大きな出来事だ。毎日レースバブルの中にいると、つい彼を過小評価してしまう。毎日隣にいたあの子がツールドフランスで3つのステージを獲り、3つのジャージを手にし、あのような形でツールを制するなんて思いもしなかった。多かれ少なかれ、1か月以上彼と一緒に過ごして、彼の歩みを見てきた。
チームにとっては一瞬の出来事で、晴天の霹靂だっただろうが、私からすれば、タイムトライアルに向けた準備も含め、数か月にわたる出来事だった。(COVID19による)ロックダウンが解除された直後にフランスを横断して12個のステージを回り、選手達の意に反して下見に連れていき、レースの最終局面で重要になるポイントを確認した。
ツールにはパリまで足を引きずるようなチームで臨んだ。チームの2人はリタイヤした。(ダビ・)デ・ラ・クルスは尾骨の骨折を抱えてレースを走っていたし、マルコ・マルカートは膀胱炎だったが、前に進むしかなかった。我々は何もコントロールできなかった。だから、(それでも勝てたのは)神々の恩寵が我々の元にあったんだ。
レースが動いたのは第7ステージだった。マイヨジョーヌのアダム・イェーツから7秒遅れ、ログリッチから4秒遅れだったポガチャルは、横風と落車の影響で他複数のライダーとともに後方集団に取り残された。落車の影響は大きく、彼はログリッチに対して1分21秒失った。
ああ、ライオネル(インタビュアーの名前)。物事がどう転ぶかはおかしなものだろう。そのステージが終わった直後、チームが失望させるような走りをしたことに私は怒り心頭だった。その日、タディが横風区間の10km前でパンクした。バーレーン・メリダの選手が横風区間の5km前で落車して、選手はバラバラになった。そして横風が吹いたとき、チームはど��にも見当たらず、70人の集団に置いて行かれた。受け入れられるわけがない。
翌日には状況が変わった。第7ステージを終えた夜にタディは「明日アタックする」と言ったが、私は「明日アタックするのはダメだ。(アタックできる区間が)フィニッシュから遠すぎるし、決定的なタイム差でペイルスルド峠を超えられない」と伝ええていた。「君がライバル達の前に姿を晒せば、彼らは下りで君を連れ戻し、警戒するだろう。」とね。ただ、彼は結局アタックをした。 ペイルスルド峠を最速で登り、フィニッシュまで下って、40秒を取り戻したのは本当に素晴らしかったーそれまでタディを侮っていたかもしれないライバル達も、その日タディの脚を見てしまったけどね。 だから、最終的に(タイムを失っていたのは)不幸中の幸いだったといえる。タイムを取り戻すのは長丁場になるとは思ったが、我々はジャージを守る動きをする必要はなかった。もしジャージを守る立場になれば、我々はライバル達に引き裂かれ、二度と互角の戦いには戻れなかっただろう。(追われるのではなく)追う方が我々には最善だった。
「君たちは3週間ユンボ・ヴィスマの影に隠れて、最終日に出てきただけだ。」多くの人がこう言った。それに対しては、その通りだと言うほかない。私たちに他にできることはなかったんだ。ただ、(ユンボ・ヴィスマ以外の)ライバル達を突き放したのはタディだよ。彼のアタックがライバル達を置き去りにしたんだ。ログリッチが自らアタックを仕掛ける必要はレース中に一度だってなかった。タディがそれをやっていたからだ。思うに、これは2人にとってwin-winのシチュエーションだった。
そうしてタイムトライアルの日がやってきた。
*
トップレベルでDSの役割をこなすには、選手の性格や様々な場面を読み解き、自分をコントロールしながらも権威を示す必要がある。これには、半分心理学者のようにならなければいけない。それは決して簡単なことではない。
横風の吹いたラヴァールのステージ直後、私は焦りを浮かべながらバスの外で10分間立ち尽くしていた。どのスタッフは誰も私に声をかけずにいた。どこに座ればよいか、どこに立てばよいか、何をすればよいかわからなかった。我を忘れていた。 選手たちにシャワーを浴びる時間を与え、そして、彼らがバスに戻ったとき、報告会をしようと言って座って、一言だけ切り出した。
「一度だけいう、一体どうして、どうやって70人もの集団を見逃したか教えろ!」
言ったのは本当にそれだけだった。そして選手一人ひとりの元へ歩み寄った。彼らはうつむいて、打ちのめされた様子で、それぞれのストーリーを話し始めた。
それだけかって?いや、私たちは一度出た話題については全て議論し、その日のうちに解決し、そして前に進んだ。こうしたことが選手達に責任感を与えていくんだ。彼らを人前で怒鳴ったり、彼らを惨めにしたり、もしくは私がいかに落胆しているかを見せる必要はない。それ自体が目的ではないからね。選手達に責任は自らにあると自覚してもらうこと、「なぜ」「どのように」を説明する声を与えることが必要だった。
私達はこのツールのスタートから非常によくやってきた���思っている。彼らはスタート直後から皆意見を持っていた。私はツールの前に選手達に会い、数日間のミーティングの中で、彼らが今、そしてこれから何をするのか、このツールに何を期待するかを尋ねていたし、レース期間中も彼らがそうしたことを話せるように保った。レース後の報告会では、私も彼らも自らの言葉で状況を説明し、全てを詳らかにしていた。
報告会は、ニール・スティーブンス(*1)が昨シーズンのはじめからこのチームに持ち込んだものであり、今日私がチームで求められている仕事だ。初期の報告会は簡単ではなかったが、そこで選手達にも意見があるということを学んだ。彼らは自分で話す機会を得ると、彼らは自分のしていることに責任を持つようになり、さらにそこから成長できるんだ。そして、今日このレベルにおいては、私達は翌日には前進し、軌道修正を行う。
横風でタディがタイムを失った翌日、パワーポイントを用いたミーティングの前に、私はバスの前方でこう言ったのを覚えている。 「君たちはどうするか知らないが、私はパリまで戦う。」
パイパーは比較的若くして引退した。彼がレースを退いたのは32歳だったが、1990年代において、十数年に及ぶ経験は、この欧米中心の競技のチームマネジメントへの切符にはならなかった。彼がチームカーに戻ったのは2005年だった。 1991年の終わりにモトロラ(Motorola)のジム・オコヴィッツ(*2)からチームのリードDSにならないかという誘いがあったが、そのとき私はもう1年選手としてレースを走りたいと思っていた。つまり、私はその機会を逃したんだ。 翌年、私が選手キャリアを終えた1992年の終わりには、もうそのポジションは空いてなかった。ジムが次の話をくれることはなく、私はあらゆるチームに声をかけて回ったものの、当時は自国主義が強く、オランダのチームはオランダ人だけを、ベルギーのチームはベルギー人だけを、フランスのチームはフランス人だけを欲しがった。
だから代わりにテレビの仕事をした。チャンネル4やSBSオーストラリア、ユーロスポーツ、NBC、、、、特に一年目は色々な人のために働いたよ。雑誌への寄稿も沢山した。ただ、当時の英語コメンタリーのフロントランナーとしてフィル(・リジェット)(70年代よりNBC等でツール・ド・フランス放送の英語コメンテーターを務める。2024年に引退。)とポール(・シャルウェン)(*3)がいたことは、私になかなか仕事の機会が回ってこないことを意味していて、あるとき遂に、この仕事をフルタイムワークに出来ないと理解した。
お金を稼ぐ必要があった。ベルギーで妻の営んでいるファストフード販売に自分も参加することを決め、8~9年は一緒にその仕事をした。良いギグはたくさんあって、例えばアンデレヒトのフットボールの試合や、オクトーバーフェストに出店し��いた。加えて、自分が詳しいという理由で、自転車レースにも展開を試みた。ロンドファンフランデーレンの日には3、4か所に異なるスタンドを置いた。パリルーベではフランス人に追い出された。アムステルゴールドレース、ヘントーヴェヘルヘム、オムループニュースブラッドのモレンベルグの登り口、、、、とにかく色んなレースへ出向いたんだ。その時間は当時の生活の大部分を占めていて、自転車競技に復帰することを計画していたけれど、まだその時ではなかった。 妻と別れて一人でオーストラリアに半年間戻り、国中を旅した。息子が恋しかった。まだ彼は凄く幼かった。 ベルギーに戻って、ツール・ド・フランスのガイドとして働き、あらゆる自転車チームへ打診し続ける日々を再開した。そして、ロット(Lotto)のDSの職を手にした。 競技は私が離れていた12年間で大きく変わっていた。国際化が進み、より国籍に対してオープンになっていた。45歳で、競技を12年も離れていた私がDS職に就けたことは本当に幸運なことで、そのチャンスをくれたマルク・サージェント(ロットの当時のGM、*4)には感謝しきれなかった。私がチームに加入したとき、チーム無線も知らなかったためにあらゆることを学ぶ必要があった。
今はそこから15年間が経ち、スポーツ科学の発達、Webミーティングやカンファレンスコールなどのコミュニケーション技術の台頭、新たな地域でのレースの開催など、競技はさらに大きく変化している。DSとして特筆すべきはVelo Viewerだろう。レースのコースや位置情報をGoogle Earthで確認し、ミーティングで使用するパワーポイントを日毎で作成することができる。ライダーはレース前に情報で武装するようになった。 この大きな変化は、DSがトップレベルで機能するためにより多くの情報を必要とすることを意味する。
パイパーの語るマネジメント技術の変遷は面白く、彼が時間をともにした伝説的なチームマネージャーの権威主義的な手法が、今日日どうなっているのだろうと考えさせられた。パイパーはペーター・ポスト(Peter Post)率いるオランダ籍のパナソニック(Panasonic)に所属していた。
ペーターは強い男で、同時に人を操る男でもあった。だが、厳しい言葉はもうライダーたちには伝わらない。今の子供たちは何かを言われたがらない。むしろ、何かを聞いてもらいたいんだ。それはすごく大きな違いに思える。ポストの、もしかすると(ジャンカルロ・)フェラッティ(*5)、(ヤン・)ラース(*6)、(シリル・)ギマール(*7)も同様で、彼らの時代の厳しい接し方はもう存在しない。今日の子供たちは50年の彼らとは全く違う扱いを受けている。 だからこそ、今のライダーたちは、私が言ったように、報告会で彼らに立ち返り、何を・いつ・なぜそれをしなければならないか、なぜそれをしなかったのか、と責任を問われることを必要とするのだろう。パワーポイントの利点はその日のチームの目標に対する個々の役割を明確にできるところだ。ライダーもそれに基づいて、なぜそうならなかったを説明することができる。 思うに、ペーターはかの時代においては間違いなく素晴らしい監督だったが、時代が変化し、若いライダーたちのメンタリティも変わり、彼らが受け入れるものも変わったんだ。最高の結果を引き出すために現代に必要なスキルは昔のそれとは違う。それだけのことだ。
私がプロだった10年間、どういうわけか私は常に他のチームに所属しているDSを見て、彼らがどのように何をして、どのような身のこなしをして、どのような話し方をするのかを観察していた。フェラッティであれ、ギマールであれ、ヤン・ラースであれ、特にピーター・ポストのやり方は、強硬で、時には悪辣なコメントでライダーを奮起させるが、同時に柔和な態度でライダーに寄り添うこともできた。
ときどき、私達は当然のことに対して”よくやった”と頻繁に言い過ぎているのではないかと思うことがある。私は5年間ポストと仕事をしたが、よくやったと肩を叩かれたのは3回だったと記憶している。たった3回だ。5年間で3回というのは、そのレベルを期待されていたことの現れだった。
最近の子供たちは、自分が良い仕事をしているかどうかの確認をもっと求めていると思うし、コミュニケーション能力も、ライダーに関する感情的知性も変わってきているはずだ。非常に興味深いよ。
昨年パイパーは5年越しのがんの再発を受け、化学治療のためにUAEチームエミレーツの仕事から離れていた。調子はどうか尋ねた。
気分はすごくいいよ。明日のデ・パンネを最後に、何もせず、自転車に乗って、午後にTVを見て、余計な心配がいらない数週間を楽しみにしているところだ。体調も良いし、来週にツール前に受けた血液検査と画像検査の結果が返ってくるけれど、大丈夫だと思う。気分とここ数か月間の経過からすると、自分の体力もしっかりあるし、全て好調だと感じている。全てがまだうまくいっていることを願うよ。
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*1)Neil Stephens(ニール・スティーブンス):ツールドフランスのステージ勝利を挙げたオーストラリア出身の元選手。1986年にイタリアチームのSantini-Cierre-Conti-Galliからジロに出走しているが、本格的な渡欧は1988年だったとみられる。 1980年代のヨーロッパは不況に見舞われており、多くのサイクリングチームのスポンサーシップ契約が打ち切られていた。スティーブンスは1988年の初頭にプロ契約を獲得してヨーロッパへ渡ったものの、不況の煽りを受け、本格的な活動前にチームが解散したため、代わ���に同じ憂き目にあったオランダ人選手を中心に構成されるZero Boysへ加入した。レース毎にスポンサーを募るこのチームでいくつかの勝利を挙げ、翌年89年にはCaja Rural/Paternina(2025年現在Caja Rural)への移籍を決めた。以降、いくつかのチームを渡り歩いた先で、98年のツール・ド・フランスのフェスティナ事件の当事者となり、EPO使用のかどで現役を引退した。 2007年にDSとしてプロプロトンに復帰し、ドーピング問題に巻き込まれながらも、経験豊富な人財としてOrica GreenEDGEやUAE Team Emiratesを含む複数チームを渡り歩いた末、2025年現在はTeam Bahrain Victoriousの監督を務めている。
*2)Jim Ochowicz(ジム・オコヴィッツ):サイクリングチームの元GMとして知られる人物。 1951年にアメリカのウィスコンシン州のミルウォーキーで生まれ、スピードスケートとサイクリングに親しんで育つ。18歳~19歳で初めてスピードスケートの大会に遠征した際、オランダチームがトレーニングをする様子や、チームメイトが集まって食事をする様子、コーチやトレーナーがそばにいる様子に感銘を受け、スポーツマネジメントの分野に足を踏みいれた。 1970年代後半、スピードスケート競技において、同ウィスコンシン州出身で付き合いがあった背景から、Eric Heiden(エリック・ハイデン)及びUSAスピードスケートチームのマネージャーとなり、1980年のレークプラシッドオリンピックでハイデンと前人未踏の5種目全制覇を達成した。 同じく1980年、オコヴィッツはペーター・ポストのTI-Raleighでの成功に影響を受け、自転車チーム経営のアイディアを持つと、ある日のTrexlertownのトラックで同じ自転車レースに参加していたハイデンに話を持ちかける。このアイディアを気に入ったハイデンは快諾し、1981年にハイデンのネームバリューをもとに7-Eleven(1991~1996;Motorola)を立ち上げるに至った。なお、スポンサードを行う7-Eleven自体の目的は1984年のロサンゼルスオリンピックで自転車競技のメダルを自国にもたらすことであり、同時期に国内にトラックを新設する多大な投資を行っている。 自転車チームである7-Elevenとしての転機はそのオリンピック後だった。Ron Kiefel(ロン・キーフェル)が1985年のTrofeo Laiguegliaで勝利すると、オコヴィッツはイタリア滞在を延長してスポンサー集めに駆け回り、イタリア語を話せないにも関わらず、HoonvedやCastelli、Colnagoの支援を獲得することに成功、7-Elevenとして同年のジロ出場を果たす。また、そこでの活躍をきっかけに、翌年86年からアメリカチームとして初めてツール・ド・フランスの舞台に立った。 後年、”Motorolaでアームストロングを勝たせるためにライバルチームに賄賂を贈った”、”2002年から2006年にUSAサイクリングを率いた際にUSポスタルの組織的ドーピングを知っていた”、など、議論を呼ぶ告発がされることもあるが、ゼロから欧州にアマチュアサイクリストを送り出し、米国におけるロードレース競技の下地を作ったのは、オコヴィッツであるとされる。 2007年にはBMC Racing Team(2019~2020;CCC Team)を立ち上げ、Cadel EvansやGreg van Avermaetらと成功を収めながら、2020年の解散までチームを率いた。
*3)Paul Sherwen(ポール・シェルウェン):英国の元選手かつロードレースのコメンテーター。16歳のときに地元のWeaver Valley Cycling Clubに加入し、国内レースで成績を上げると、Sean Kelly(ショーン・ケリー)らと同様に、フランスのA.C.B.B.(Athletic Club Boulogne Billancourt)へと渡り、1978年にFiatとプロ契約を結んだ。 引退後はChannel 4、ABC、ESPNなどでツール・ド・フランスの英語コメンテーターを務めた。2018年に逝去。
*4)Marc Sergent(マルク・サージェント):ベルギーの元選手であり、Lottoの元GM。1981年にプロデビュー以降、1985年~1987年、1995年~1996年の2期間においてLottoで活躍後、97年からはLottoのGM及びDSを務めた。長きにわたりチームの中核に在していたが、2022年に後任のGMであるJohn Lelangue(ジョン・ルラン)に、突然の解雇を言い渡された。後日、サージェントは”コミュニケーション不足である”とルランを批判した。
*5)Giancarlo Ferretti(ジャンカルロ・フェレッティ):”鉄の軍曹”の異名をとったイタリアの名伯楽。1970年代から2000年代にかけて、BianchiやAriostea、Fassa Bortoloと言った強豪チームを率いた。
*6)Jan Raas(ヤン・ラース):1980年代に活躍したオランダの選手かつサイクリングチームの元GM。元々ペーター・ポスト率いるTI-Raleighに所属していたが、ポストと衝突を繰り返し、1985年にKwantum Hallen -Decosol(後のRabobank、2025年現在のTeam Visma | Lease a Bike)を新設、移籍。2003年までGMを務めた。
*7)Cyrille Guimard(シリル・ギマール):1970年代から1990年代にかけてGitane-Campagnolo(後年のRenault-Elf、System U、Castrama)を率いたGM。ベルナール・イノーやローラン・フィニョンをツール優勝に導いたことで知られる。 2003年には、1966年から続くフランスの自転車クラブであるV.C.Roubaix Lille Metropoleのコーチに就任。2007年には同クラブのロードレース部門をUCIコンチネンタルチームとして登録し(2025年現在のVan Rysel-Roubaix Lille Metropole)、GMとして2014年まで率いた。2017年から2019年にはフランス代表監督を務めた。
(翻訳元・参考) ・The Cycling Podcast / Peiper on Pogacar: It was the pinnacle of my life ・Neil Stephens: I joined Bahrain McLaren because of Rod Ellingworth | Cyclingnews ・Racing in Recession – Cycling Legends ・PEZ Talk: Team 7-Eleven Founder Jim Ochowicz - PezCycling News ・PEZ Bookshelf: The Story Of Team 7-Eleven - PezCycling News ・Jim Ochowicz talks about his 30-year climb to cycling’s peak | The Seattle Times ・Bobby and Jens: Jim Ochowicz ・Herman Frison en Marc Sergeant over vertrek bij Lotto-Soudal: "Manier waarop is respectloos" | sporza ・Ex-Lotto-Soudal boss takes scathing social media swipe at departing manager John Lelangue | Cycling Weekly ・GIANCARLO FERRETTI, “IL SERGENTE DI FERRO”, OGGI COMPIE 80 ANNI ・Vélo Club de Roubaix – 1966 à nos jours – Velo Club Roubaix
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自転車トラックレース男子の元英国代表で、通算6個の五輪金メダルに輝いたクリス・ホイ(Chris Hoy)氏(48)が19日、末期がんで医師から余命「2年から4年」と告げられていたと明かした。 今年2月にがんを公表したホイ氏は、化学療法などを受けて治療は「非常に順調」に進んでいると説明していた。 しかしながら英紙サンデー・タイムズのインタビューでホイ氏は、医師に余命を尋ねたところ「2~4年」と告げられており、当時から自分の病気が末期であると分かっていたと語った。 ホイ氏は現役時代、2004年アテネ五輪のタイムトライアルで金メダルを獲得し、2008年北京五輪では3種目、2012年ロンドン五輪では2種目を制覇した。 世界選手権(UCI Cycling World Championships)では通算11度のタイトル獲得を果たし、2013年に自転車競技を退いた。(c)AFP
ホイ氏 末期がんで余命「2~4年」 自転車トラックで五輪金6個 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News
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療養日記・心臓(その2) / Recuperation Diary: Heart(part 2)
『 原因 / Causes 』
心房細動の原因は自律神経の乱れだが、その自律神経の乱れの原因には、心因性ストレスやオーバーワーク、不眠や過度のカフェインがある様だ。これには全く異論は無い。通常の仕事以外に NPO法人の仕事もこなしていたので、一週間に軽く70時間以上、30年近く行なってきた自覚はある。また、イベント開催時には睡眠時間を充分にとれない事は当たり前だし、眠気を覚ますブラックコーヒーは必需品だったからだ。 思い返してみれば、身体の異常に最初に気付いたのは 1998年か 1999年頃、年間に 40回以上のイベントを企画して開催・運営していた頃だった。動悸や眩暈(めまい)はそれまでにもあったが、「疲れているかな?」で済ましていたが、タイムトライアルの最中だけに「視覚異常」が現れる様になったのだ。 走行中にコースやパイロンが 二重にずれて見えてしまうので、片目で走ってしまう事も少なくなかった。きっと、脳への血流不足が原因か、或いは「血栓」の影響があったかも知れない。
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The causes of autonomic nervous system disorders seem to be psychological stress, overwork, insomnia, and excessive caffeine. I have no objection to this. In addition to my regular job, I also worked for an NPO, so I was aware that I had been doing this for over 70 hours a week for nearly 30 years. Also, it was natural that I couldn't get enough sleep during events, and black coffee was a necessity to wake me up. Looking back, I realized that something was wrong with my body around 1998 or 1999, when I was planning, hosting, and running over 40 events a year. I had palpitations and dizziness before, but I would just dismiss it as "tired?", but I started to experience "visual abnormalities" only during time trials. The course and pylons would appear doubled while I was running, so I would often ride with one eye. Perhaps it was due to a lack of blood flow to the brain, or perhaps a blood clot had played a part.
『 療養という選択 / The Choice of Recuperation 』
心臓外科手術や投薬という選択肢もあった。しかし、手術は制御系の一部をレーザーで壊してしまう方法だ。制御系に何らかの目的で自然に備わっている機能を破壊するのは気が進まない。また。投薬は身体の他の部位に負担をかけて不調の原因になる。実際、入院の後半、夜間に両脚が激しい痙攣(けいれん)を起こす様になり、担当医に伝えても処方箋の内容に大きな変更は無く、後日、自宅に戻ってから、服用している時にも夜間に激しい痙攣に襲われ、それをなだめる為に起きていた最中、突然、失神・転倒して頭部や膝を強く打撲してしまったほどだ。また、退院の日にも、「検査の結果では、数値は全く異常はありませんよ」という医師の言葉で送り出されたが、病院を出て 30分も経たない内に色覚異常を含む視覚異常が現れ、大幅に血圧が下がったのか、全く動けなくなり、街角で 1時間近く うずくまってしまった。これが医療の限界だろう。 だから、自律神経は温存したまま、生活を変える事で、自らの制御機能を回復させる “療養” という選択肢を選ぶ事を決意した。 ただし、身体が受けたダメージからの回復には、そのダメージに至った期間よりも長い期間が必要になる事は当たり前の事。だから、今も定期的に訪れる「心房細動」の発作の頻度やレベルを抑えるだけを目的とせず、長年の間に身体が受けてきた筈のダメージを回復させる事が僕の務めだと思っている。 https://player.vimeo.com/video/990907668?h=1784a96e81
Heart surgery and medication were also options. However, surgery would destroy part of the control system with a laser. I was reluctant to destroy the functions that the control system naturally has for some purpose. Also, medication would put a strain on other parts of the body and cause illness. In fact, during the latter half of my hospitalization, both of my legs began to have severe cramps at night, and even when I told my doctor, there was no significant change in the prescription. Later, when I returned home and was taking the medication, I was attacked by severe cramps at night, and while I was awake to calm them down, I suddenly fainted and fell, severely bruising my head and knees. Also, on the day I was discharged, the doctor told me, "The results of the test show that there are no abnormalities at all," but within 30 minutes of leaving the hospital, I developed visual abnormalities, including color vision abnormalities, and perhaps because my blood pressure had dropped significantly, I was unable to move at all and ended up curled up on a street corner for nearly an hour. This is probably the limit of medical care. So I decided to choose the option of "recuperation" to restore my self-regulating function by changing my lifestyle while preserving my autonomic nerves. However, it goes without saying that it takes longer to recover from damage that has been done to the body than it took to cause that damage. So, rather than just aiming to suppress the frequency and severity of my periodic attacks of "atrial fibrillation," I believe that my duty is to restore the damage that my body must have sustained over the years.
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全日本パラサイクリング選手権トラックレース マスターズ 男子スクラッチ 八幡光哉選手優勝
祝☆TEAM EMMA Cycling 八幡光哉選手 全日本パラサイクリング選手権トラックレースマスターズ男子スクラッチ優勝! https://x.com/JCF_event/status/1812509222250443177
●ウエイブニャン公式サイト→http://wavenyan.com/ ●ウエイブニャンLINEスタンプ発売中!→http://urx.blue/NTgo ●ピクシブ→https://pixiv.me/user_mxcr8474 ●インスタグラム→https://www.instagram.com/wavenyan/
#全日本パラサイクリング #八幡光哉 #TEAMEMMACycling #スクラッチ #タイムトライアル #ネコ #ねこ #猫 #カワイイ #WAVEONE #ウエイブワン #ウエイブニャン #CoolJapan #Cycle #Cyclelife #Cyclebike #Cycleride #Cycleware #Cyclejersey #Cat
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営業中。絹糸の房飾りみたいなガラスのイヤリング。夏の涼しげなアクセサリーにおすすめ。
通販→https://wazakka-kan.jp/g-acce/
昨日のプチ同窓会(私達、アラカン族)で、友人が最近始めた仕事がなかなかの気力体力勝負。インバウンド向けの観光ツアーのコンダクターなんですが、自転車で都内をめぐるというもの。
元々体を動かすのが好きな方だし英語も堪能だと知っていましたが、他人の安全確保しながら観光案内となると別な労力が掛かるはず。
自転車で移動しながら、観光スポットへついたら説明し、スナップショットをスマホで撮影してあげて、頼まれたことが可能な範囲なら対応してあげて、自転車こいで・・・またこいで。
先日までやっていた仕事は、屋内仕事でしたが、調理仕事で、当日人数を確認して人数分作り置き、清掃業務を一人で回すので、タイムトライアル状態。
自分が出来るMAXつぎ込むような働き方は、本人は大変と言いながら、私には楽しんでいるようにも見える。
その向かい側に座る友人は対照的に、早期退職してやりたいことだけやる時間の過ごし方を堪能中。今のところ、ただぶらぶらしてはご飯を食べて飲んだくれている模様。
いいご身分でと冷やかされていたけれど、これ��で選択しなかった時間の合計を考えたら、取り戻すまでまだまだかかりそう。
自分の一番を選択しない生き方で、深いところで何を感じてきたのか、その蓄積の大きさや重さがどのぐらいになっていたのかは本人のみ知る事。
それぞれ、生きていくのに手抜きなんか出来なくて、出来ることを出来るだけやるの積み重ねで今に至っているのだけれど、それぞれの話を聞いているうちに「確かにあなたらしい決断だし、行動だな」と思えるのがほんと面白かったです。
三つ子の魂百までって当たってるかも。
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サイクリングのパフォーマンスに革命をもたらす: カーボンホイールの台頭 自転車の車輪の進化
サイクリング愛好家や専門家は、パフォーマンスを向上させるイノベーションを常に探しています。 長年にわたり、自転車のホイールはカーボンファイバー技術を筆頭に大幅な進歩を遂げてきました。 アルミニウムまたはスチールで作られた従来のホイールは何十年もの間定番でしたが、カーボンホイールの導入はサイクリング業界に革命をもたらしました。
自転車カーボンホイールの利点
自転車のカーボンホイールは、本格的なサイクリストの間でますます人気が高まっています。 自転車のカーボンホイールは、優れた強度対重量比で知られる素材であるカーボンファイバーで作られています。 この特性により、カーボンホイールは金属製のホイールに比べて大幅に軽くなり、加速性が向上し、登坂能力が向上します。 自転車ホイール在庫一掃セール さらに、カーボンホイールの空力設計により抵抗が軽減され、サイクリストはより少ない労力で高速を維持できるようになります。
カーボンホイールの剛性は、より効率的なパワー伝達にも貢献します。 サイクリストがペダルを踏むとき、ホイールのフレックスによるエネルギー損失が少なくなり、よりダイレクトで反応性の高い乗り心地が得られます。 この機能は、一秒を争う競争の激しいレースにおいて特に有益です。
耐久性とメンテナンス性
カーボンホイールには多くのパフォーマンス上の利点がありますが、耐久性とメンテナンスについても考慮する必要があります。 カーボンファイバーは金属よりも耐久性に劣るため、カーボンホイールは衝撃による損傷を受けやすくなります。 しかし、製造技術の進歩により、カーボンホイールの耐久性は大幅に向上しました。
カーボンホイールの寿命を延ばすには、定期的なメンテナンスが重要です。 サイクリストはホイールに摩耗や損傷の兆候がないか頻繁に点検する必要があります。 過度のブレーキ熱を避け、適切なタイヤ空気圧を使用するなど、適切なケアと取り扱いを行うことで、カーボン ホイールの完全性を維持できます。
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競技サイクリングにおけるカーボンホイール
カーボンファイバーホイールの使用は、プロのサイクリングイベントでよく見られるようになりました。 軽量で空気力学的特性により競争力が向上し、多くのトップサイクリストに選ばれています。 ロードバイクホイール販売 これらのホイールは、スピードと効率が最優先されるタイムトライアルやレースでよく使用されます。
さらに、特定のレース条件に合わせてカーボンホイールをカスタマイズできるため、その魅力がさらに高まります。 メーカーはホイールのレイアップと設計を調整して、さまざまな種類の地形や気象条件に合わせてパフォーマンスを最適化できます。 このレベルのカスタマイズにより、サイクリストはレース環境に関係なく最高のパフォーマンスを達成できます。
高品質カーボンホイールへの投資
サイクリング体験をアップグレードしたいと考えている人にとって、高品質のカーボンホイールへの投資は状況を一変させる可能性があります。 IIMEZIなどのブランドは、サイクリングのさまざまなニーズに応えるさまざまなカーボン ホイールを提供しています。 毎日のライディングを向上させたいアマチュアサイクリストであっても、表彰台フィニッシュを目指すプロであっても、適切なカーボンホイールセットは大きな違いを生みます。
結論
結論として、自転車カーボンホイールとカーボンファイバーホイールの進歩はサイクリングの世界を変革し、比類のないパフォーマンス上の利点をもたらしました。 テクノロジーが進化し続けるにつれて、これらのホイールは競技用やレクリエーション用のサイクリングにさらに不可欠なものになるでしょう。 最高品質のカーボンホイールの詳細と詳細については、imezi.jp をご覧ください。
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2023/10/1

10月1日 “今のところ一生このまま”リストのこと。 今できている・している事が続く予感ではなくて、できていない・していない事が、できないまま・しないままの予感ばかりだった。 世の中的に、できていた方が良いとされている事を気にしているのがばればれで、写真を撮ってSNSをしていれば生きてる心地がしてポップです!なんてとても言いきれない自分にがっかりした。
8月末に突然(他人はいつも突然)1ヶ月間休職されることになった方が予定通り復帰して出勤される夢を見た。なぜかお見舞���に入浴剤をあげていた。
朝一のヨガを受けて、午後の予定までの時間をタイムトライアルのようにショッピングモールで必要なものを購入して、家を少し掃除して過ごす。本当に疲れた。 10時オープンと同時に入店したモールの某300円均一で気になっていたぶんぶんチョッパーを購入。
涼しくなってきた10月から寒すぎてつらい12月までの期間、毎年少しだけ料理(というより実験?)をしてみたくなる。今回はぶんぶんチョッパーでみじん切りや撹拌をしてみたくなっている。
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昨日会った友人が欲しがっていたマグネットネイル売り場を見てみる。友人に写真を送ると、3色欲しかったけれど彼女の行く店舗では在庫切れになっていた色があるらしい。午後時間があったら買いに戻ろう、と思いながら、写真集発送用にレターパックを買い、納品書をコンビニプリントして一旦帰宅。
きちんと梱包(わたしなりの)して書面を添付して宛名を書く、という発送作業の工程を済ませていくと気持ちが少し落ち着く。 手掛けるまでの腰の重さに気が付かない振りをして、こんな感じでまた手紙を書けたらいいな。
忘れていたけれど午後の予定は美容院だった。 前回の担当さんが新店舗に異動されたとのことで、初めていくお店へ。 行ってみるとおととい上野の帰りにお散歩した道中にあったお店だった! ロングにしてから美容院へ行く頻度も滞在時間も減っている。もう髪は自分でなんとかするもの、と思っていたけれどやはりプロが手を入れると少し違う。あと担当さんが全時代に適応しているイケメンって感じで色んな意味で安心感ある。
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近くにエンダースキーマの店舗があり、寄ってみる。蔵前っぽい工房みたいなお店。店員さんがとても丁寧にたくさん教えてくださって、ご自身の使っているお財布を持ってきて、実際何枚のカードを収納しているか枚数を数え始めた時はにこにこしてしまった。 買うぞ!と意気込んでいなかったけれど、とても良かったので新しいお財布を買ってしまった!12年ぶり?! とりあえず紙袋のまましばらく飾っておく。
フィルムを取りに行って、まだ時間があったのでショッピングモールは戻り、ジェルネイルを3本購入。 10時よりだいぶ混雑したモールを出ると、外ではマルシェが開催されていて天気が超曇天。友人が「最近雨女なんですよね〜」と言っていたのを気にしながら、今日は思ったより疲れてしまったので、ぶんぶんチョッピングはしないでいつも通りの夕食にしよう、とスーパーに行くと玉ねぎがバラ売り17円(いつも何円なの?)。 思わず予定を変えて玉ねぎを買ってぶんぶんチョッパーしました!だから雨?
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美味しいものを食べたいので���なく、作業をしたい欲を、慣れないことして大混乱!と共に少し解消中。レンジでスパイスカレーを作ってみました。 お腹を壊さないといいな。
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2024/05/11
朝起きて、朝食を食べたら昼まで寝てしまった。母親も体調が悪かったらしい。
月曜に日雇いバイトを申し込んだ。採用されるといいな。日雇いだけじゃやっぱり良くないなと思ったので、レンタカー屋のバイトを応募した。
モタスポはWRCポルトガルを見ていたのだが、カッレが横転するところを見てしまった。勝田も足回りを壊してしまったみたい。TGRが好調だっただけに残念。
WECはTGRは中堅ぐらいのポジションでスタート。今も中継を見ているが、勝つには少し厳しいかもしれない。BOPなのか、これが実力なのか...
それにしてもWECはオンボード映像を沢山アップしてくれる。なのでレースウィーク前後でコースを覚えるくらい何周も見ることができる。攻め方も覚えてくる。
ジロの個人タイムトライアル、ポガチャル強すぎた。ガンナのリアクションが面白すぎたなあ。
明日は母の日だという。何もできない。本当はカラフルな花とか贈りたい。
そういえば、先輩が私と飲みに行きたいと言ってくれていると人づてに聞いた。気にしてくれ���いるのか、本当に嬉しい。覚えていてくれるだけで本当に嬉しい。まだ死ねないなと思うのだ。
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ジャンル名
今回のコラムはジャンルについての話。
近年、ヒップホップの派生ジャンルとして、「ドリル」というジャンルがシーンとして確立され、紀元が2010年代中期頃といわれているらしいが、この音楽体系が一般化したとされる年代は1990年代中期頃で、紀元を辿れば、もっと前になる。そして、ジャンル名は「バウンス」。楽曲にもよるが、ハウスよりも少し早いトランスほどのBPMで、ドラムの打ち込みを半分にした、ヒップホップよりも、跳ねるような長く溜めたノリが特徴のブレイクビートである。著名な楽曲として、1999年に発売された「Ludacris / What's Your Fantasy」なんかが人気。
youtube
こうした事は人の歴史では当たり前に行われてきた事で、時間が経つと、色んなところで「これは新しい物だ!」と言って、騒ぎ立てる人がいるんだろう。面白いと思って、普及させるのはいいと思うが、音楽史を記録する機関はどこかに存在したと思ったんだけど、結局、管理をする機関はないので、時代と共に都合よく書き換えられていくのかもしれない。
このドリルというジャンルにもファッションがあって、派生元のダボっとしたヒップホップファッションとは異なり、比較的タイトなパーカーやパンツを特徴とした細見の着こなしとなっているが、元々、これは動きやすく、擦り傷防止の為に着こなしたダンサーやスケーターファッションと呼ばれる物の一つである。
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今を生きる若者たちにとっては、目の前の物がすごく新鮮でにうつるからこそ、こうした歴史改変が起きて行くのも理由の一つだと思うが、それを知っている大人たちやエンタメ業界も、意図的に「昔、こんなのあったけど、ネタになるから、新しい名称で紹介しよう」みたいな事も昔からよくあるので、これからもこうした事は行われて行くのだろう。
ただ、都合よく書き換えてしまうと、現存している物を組み替えたり、それを基礎とした新しい発想や新しい物が生まれなくなる可能性が高くなってしまう。考えの基というか、人の歴史は全ての積み重ねだし、火の無いところに煙は立たないので、今の文明で出来るだけ、過去を未来へ繋げていく事も大事ではないかと思う。
だが、ネットが一般化すると共に、間違った事が当たり前になってしまう現象が増えてしまったところもある。
例えば、ビデオゲーム(日本ではテレビゲームと呼ばれる事が多いが、正式名称はビデオゲーム)。
自身も好きな「メトロイド」というゲームがあるが、探索型横スクロールというジャンルの立役者的存在で、人気を博したゲームなのだが、2000年後期くらいから、「メトロヴァニア」というジャンル名を目にする事が増えた。どうやら、探索型横スクロールというジャンルを名称化したものであるらしい。その名称の基となったゲームがあり、それが「メトロイド」と「キャッスルヴァニア(日本名では「悪魔城ドラキュラ」)」である。ジャンル自体は「探索型横スクロール」として言われてきた物なので、名称化する必要性がなく、例えとして、「メトロイドみたいな」、「メトロイド系」といった表現はたびたび存在していたが、何故そこで「キャッスルヴァニア」が入るのかが意味不明だった。当時、気になって、その言葉が生まれたとされる海外の掲示板を調べた事があり、それによると、メトロイドよりだいぶ後の1997年に発売された「悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲」というゲームがメトロイドのゲーム性を真似た作品になっていて、そこからとったと書かれていた。
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・・・だったら、メトロイドでよくね?
議論し合っていた書き込みをみるに、ほとんどが何も知らない世代で、キャッスルヴァニアについても初代どころか、そもそも月下の夜想曲が外伝という事も知らない様子だった。そんな状態で、気付けばウィキペディアで堂々と「メトロイドヴァニア」というゲームジャンルについて解説されたページが作られ、「・・・え?メトロヴァニアじゃなくて、メトロイドヴァニアになってる!?どゆこと?」と時代に驚かされた。ゲーム用語の「RTA」も同意で、タイムトライアルならまだ分かるけど、世界基準の「スピードラン」という言葉でいいと思うだよな。なんだよ、現実時間攻撃って。なんか戦争っぽくて、あまり好きではない。
いつの時代もこうした事は存在したとも思うが、特にネットが出来てからというもの、こうした改変される行為が横行していると感じ���。ネットは嘘が多い。ネット普及に貢献した、とある人が何気なく発した言葉には、どうしても、あらがえない人の性という物がよく表れていると思う。
やっぱり書ける文字数が多いってイイ。タンブラー最高。という事で、今回はこの辺で。
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タイムトライアル(8月23日)
男子は4km、女子は3kmのタイムを測りました。練習を始めた頃に比べて、ずいぶん力強い走りになっていて、この1か月間の成長を強く感じました。10月の駅伝大会本番に向けて、これからもみんなでしっかり取り組んでいきたいと思います!!
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GTA Onlinのスクショ - 2024年7月頃
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7月1日:名声レベル上げる為にずっとオートショップの強盗ばっかりやってたからカヨ・ペリコ強盗が下手くそになってたりして……とか思って超久々にやったら普通にエリートチャレンジクリアまで出来たわ。
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7月1日:名声レベルは1000になったけど、どうせならピンク色のバーを最後まで一杯にするか、って思ってLSカーミーティング会場には毎日通ってたら無事一杯一杯になったZOY。これで本当に名声レベルは終わりだ!
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7月1日:サルベージヤードをついこのあいだ始めたばっかりだけど、アワード見た感じ、ボトム・ダラー・バウンティと一緒にやった方が効率良さそう、って事で保釈局の物件を購入。
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モードはオフラインのストーリーの頃からあんまり年取ってない感じか? しかも着てるものとか肌が綺麗になってる気がする。ストーリーの中だとトレバーに「結婚して犬を飼う夢があるから引退するわ」って言ってたのに、何年か前のアップデートでプレイヤーに石斧くれる為のミッション担当キャラとしてちょい復活したりしてたけど、今回のボトム・ダラー・バウンティで娘に引き継いで本当に引退するっぽい。個人的にはちょい残念やな。トレバーに指示だしできる数少ないキャラとして結構好きだったのに。
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7月4日:タイムトライアル「バインウッド・ヒルズ」をクリア。設定タイムが2分35秒とかなり長いから難しいのか?って思ったがハクチョウドラッグが相変わらずハイスペックであっさりクリアできた。
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7月5日:サルベージヤード「ギャングメンバー強盗」にて初見プレイにも関わらずチャレンジクリアでボーナスGET!やったぜ。……まぁ、正直に言うと、一回目でキング・タイニーが死亡してミッション失敗して最初からやり直しただけなんだけどもww だから正確には初見プレイでは無かったりするww
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7月6日:サルベージして500万ドル稼ぐアワードが完了。まだ完了してないサルベージヤードのアワードもあるけど、あらかた全部の要素には触って思ったのは、やっぱりちょっと面白さより面倒臭さが上回るって感じだなぁ。個々の要素で見れば強盗ミッションとか、結構面白い要素とかあるし、やたらと難しいって物も無いけど、繰り返しやりたいかって言われると微妙……。今後、限定ナンバープレートとアワード欲しさにやるかもしれないが、積極的にはやらないと思われ。
7月6日:GTAⅤの総プレイ時間が3000時間を突破。ホント、無駄にプレイしたなぁ……。フレンドいないから実績は全部解除してないけど。
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7月7日:コンタクトミッション「クラッキングベル工場襲撃」を初見プレイ。報酬は50万ドルって聞いてたけど、結構面白かったZOY。まだステルスアプローチでクリアしてないけど、攻撃的アプローチでもそんなに難しくなかったわ。 ク��ルタイムがそこそこ長いけど、この難易度で50万ドル貰えるなら十分だと個人的には思う。まだランク低くて武器が揃ってない場合は準備ミッションが若干キツイ所はあるかもしれんが、クルマ(装甲)あればどうにでもなりそうだし。
何よりストーリー系のミッションが個人的は凄い嬉しい。ドラックウォーズも結構面白かったけど、お金もRPもそこまで貰えないコンタクトミッションだったからなぁ。クラッキングベル襲撃は、そこそこ稼げるから当分間は人気ありそう。
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7月7日:新コンテンツの「ボトム・ダラー・バウンティ」で500万ドル稼ぐアワードを達成。遠い場所を目的地に指定される事が本当に多くて面倒臭かったww あと一人捕まえた事ない賞金首いるから、もう少しプレイするとは思うけど、それ終わったら後はやらないと思う。
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7月8日:新しいミッション「デスパッチワーク」を始める為に専用の車を購入。一つだけデスパッチワークやってみたけど、まぁ……普通かな。序盤の小銭稼ぎには良さそうだけど、始める為にそこそこ高い車を買わないと出来ないなら意味は無いよなぁ、とは思ったが。これもアワード取ったら二度とやらないかもしれないww
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7月11日:タイムトライアル「グローブ・ストリート」をクリア。 これで全てのタイムトライアル制覇完了! いやー、週替わりで更新されないと次のコースに挑戦できないから、全部クリアするのに9か月くらい掛った気がする(笑) 一番難しかったのは断トツで「チリアド山下り」だと思う。あれは本当にヤバかったww クリアにリアル5時間かかるとは思わなかったなぁ。
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7月12日:ダガン強盗2回目の挑戦ででチャレンジクリアできた。狙ってやった訳じゃないが、一度流れを知ってしまえば簡単なチャレンジな気はする。
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7月14日:ヴィンセントからの仕事を50回やったら、ボトム・ダラーバウンティのアワード終わった。でも、確か夏のアプデはまだあるらしいから、アワードはまだ増えるのか……? あんまり面倒臭くないのが良いなぁww ヴィンセントの仕事も11Km先が指定される事が結構あって辛かったZOY!(もはや銃撃ってる時間より移動してる時間の方が多かったww)
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7月15日:まーた、車が当たった。結構な装甲車に見えるけど、普通に窓ガラスは弾を貫通するから使わなそうww
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7月16日:クラッキングベル襲撃のアワード終了。あと一個残ってるけど、一緒にプレイしてくれる人を探さないと取得できないヤツだから一生取らないと思われ。
「ステルスアプローチでクリアしろ」ってアワードあるが、最後までステルスする必要はないっぽい。ステルスアプローチでフィナーレ行ったら後はドンパチ暴れ回ってクリアしても大丈夫だったわ。(ステルスとはいったい……)
PS5版だと他にもティア4までの目標段階があって、そこで完全ステルスでクリアする目標項目があるらしい……がPC版しか持って��いから、どうでも良いかなぁ。多分完全ステルスクリアは目指さないと思うww
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7月17日:ゴルフでホールインワンを達成!! 前に「ホールインワンは諦めた」とか言い���つ、実はちょいちょい暇を見つけては挑戦してたww そしてやーーーーーっと成功したZOY!!
マジで半年くらい掛ったゾ……。ホールインワンは運ゲーすぎる。 同じ風の向きと強さで、同じようにパーフェクトショット打って、同じようにボールスピンさせても、同じ所にボールが飛ぶわけじゃないんだもんなぁ……。マジでどうすればホールインワンになるのか分からず、たまたま入ったって感じ。まぁ、それでも、もう二度とゴルフしなくて良いならそれで良いわww(ちなみにホールインワンを決めたらRP1100貰えた)
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アワードも取れた事を確認出来て一安心。(笑)
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7月17日:フライト訓練に再挑戦してみる。「編隊飛行」があまりにも難しくて銅メダルすら取れず、投げ出してたんだが、ホールインワンも決めたし、もう一回挑戦してみるか……って感じで再プレイ。
な、何とか銅メダルは取れた……ww いや、マジで難しすぎるって!! 銅メダルはゴールするだけで取れるが、ゴールする事すら難しすぎぃ!! 何回死んでリトライボタン押したか分からんww
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でも、苦労して全部の項目クリアしたおかげか、洋服を一つ貰ったわ。全部ゴールドメダルだと何か他に貰えるんか?とか思って軽く調べたが、メダルの違いで何かが変わる訳ではないっぽい。
ただ、序盤でやれば飛行スキルがかなり効率的に上げられるらしい。私は飛行スキルMAXで挑戦してても難しくて投げそうになったんだが? 飛行スキルほぼゼロでこれ、クリアできるんか……?
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7月18日:ナイトクラブを引っ越す事に。ずっと一番安いエリシアン島の物件で運営してたけど、もうお金も余りまくってるから一番高い所へ引っ越したZOY。裏と表の入り口が道路からすげぇ近くて感動したww 何故もっと早く引っ越さなかったのか……コレガワカラナイ。
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7月18日:タクシー業務中にスタントジャンプを10回決めると、車の特殊ペイントが解除されると知って今更やってみた。
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で、早速125万ドルでユードラを購入してカスタム↑。
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タクシー業務をちょろっとやってみた……が、ユードラ君……君はなんて運転のしづらい車なんだ……。
マッスルカーだってのは分かってたが、ちょっとスピード出して曲がろうとするとあっと言う間にスピンするんだもなぁ……。これは趣味で乗る車だな、間違いない。
で、客を10人運んで得られた金額は37,000ドルほど。ユードラ買った分を取り戻そうと思ったら何人運ばないといけないんだ、これww あと、タクシー業務だと何故か私はRPが貰えない……バグか?。まぁ、もうやらないとは思うが、ガレージに空きがある内は飾って置こうかなぁって感じ。
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7月20日:安いガレージを何度も買い直してアワードの「引っ越し日」をGET。まぁ、別に取らなくても良いアワードだなぁ、とはずっと思ってたが、金も腐るほど余ってるし、難しくないし、取って置くか、って感じ。
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7月20日:アワード「日常の職務」もついでにGET。デイリーチャレンジはソロで出来ない物が選択される事が多いから、デイリーチャレンジ系のアワードはこれでお終いかな。
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7月20日:初めて「感情」のステータスをMAXまで上げてみた。3時間くらいクルマ(装甲)に乗って無害なNPCを殺害しまくったけど……疲れた……。
これ、多分NPCを殺害するより車両を破壊しまくった方が上がりやすい気がする。ナイトクラブの売却時に使えるバン(スピード・カスタム)にミニガンつけて押し寄せる警察車両を破壊しまくった方が楽だったわ。(たまにやられて死ぬけど)
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しかし、この「落ち着け」のアワード取るには結構時間かかりそう。これならGTA Online始めた頃からやって置けば良かったなぁ。
イライラ状態に少し上げてから普通状態に戻してもカウントされないっぽい。ちょっとでも良いから激昂まで青いバーを伸ばしてから普通まで戻した所でやっとカウントされる仕様だった。
上げるのは車両破壊で、そこまで時間かからんけど、下げるのはひたすら待つしかないんだよな。ゲーム終了してる間も下がっていくから寝る前に上げて次の日に下がってるか確認する毎日になりそうww
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7月22日:感情のステータス下がるまで暇だからオートショップの2階あるQUB3Dのアワードに挑戦。
地味に難しくてワロタ。QUB3D自体は確かGTAⅣにあるんだっけか。GTAⅣでは実際にプレイは出来ないんだっけ? 結構プレイしてたゲームなのによく覚えてないww
ゲーム内チュートリアル見たけど、一回で理解できなくてYouTubeで解説動画探したのはここだけの秘密だ!
で、2時間くらいかけてアワードと限定の洋服をGET。これ、セッサンタはドン引きやろ。天下の大強盗がゲーム機一台に噛り付いてハイスコア狙ってるとか、痛々しすぎるww
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7月24日:マーティン・マドラッゾ関係のミッションにボーナスイベント��来てたから、昔クリアを諦めた「陪審員を裁く」に再挑戦。 そして流石のオプレッサーMk2だ! そこそこ余裕を持ってクリアできたZOY。昔はオプレッサーMk2持ってなくて、何とか車でやろうとしたけど時間足りなくて諦めたんだよな。やっとクリア出来て満足。
あと7月はピザ配達や看板をスプレーで塗りつぶすミニミッションが追加されたけど、そこまでやり込める要素はないかなぁ。 しかし、「Pizza This...」を「ピザコレ」と訳すとは思わなかったww GTAの翻訳はちょいちょい、よくこんな翻訳を思いつくよなっていうのがあっておもろいww
あとは、もうハロウィンイベントまで普通な感じなんだろうか? 去年も同じ時期くらいにプレイしてたはずなのに何も覚えてなくてワロタ。
そんな感じで、7月のGTA Onlineのプレイ記録は終わり。
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8/12自転車ニュース
座間の「ホシノタニ団地」リノベから8年経った今
放置自転車だらけの「駅前」が激変した!とのこと。当たり前。駐輪出来るスペースが確保できれば激変するよね
レムコがロードレースの雪辱! 個人TTを勝ちアルカンシエル取り戻す|UCI自転車世界選手権
オラーノ以来。それは凄い。これは讚えるべき。ロードとタイムトライアルは別の競技だし。あのガンナに勝とは
自転車旅の達人いち押し! 本当に気持ちいい「1泊2日ツーリングルート」ランキング発表
なるほどBE-PALか。でもやっぱり私がかんがえる自転車観光とは違う。参考になります
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ハリポタツアー タイムトライアルしてきた。
ツアー予約時間は12:30。 帰りの電車は16:38発。 スタジオから最寄り駅まで徒歩約2分(体感5分弱) つ��りツアーは4時間以内に出ねばならない。 1時間前から入場可能になるので11:30に入場。 フードに関しては今回全て諦めているので外観だけチラ見してショップに直行。 事前に欲しいな〜と思ってた杖とか結構無かったのと、寮グッズがめちゃめちゃに良くて悩み始めたら時間無くなると思い潔く今回は諦め。 そのおかげで意外と早く決められたのと、ツアー終わってからレジ並んで買う時間の余裕あるか?という不安と、インタラクターさん(スタッフの呼称)の「今ならレジ並ばずに買えます」の声でとりあえず先に買ってクロークに預けることに。 ちなみにクロークで10分ほど並ぶ。
チケットと同時購入したオーディオガイドとオフィシャルガイドブックをゲットしてツアー参加。 (オフィシャルガイドは結構厚みがある分重いので、帰りに受け取りでもよかったな)
冒頭の説明映像で「4時間以上かかる人もいます」って言ってたので、体験系寄ったらダメだなと察する。 それ以降はオーディオガイド聞きながら展示見て写真撮れるとこはめちゃくちゃ撮るに徹する。 ぼっちにはオーディオガイドめっちゃ良かったけど、英語で日本語字幕のインタビュー映像もあるから、ながら聞きはちょっと厳しかった。
闇の魔術に対する防衛術の授業体験は、並ばないしちょうど実施タイミングだったので参加。 後ろで小声でアバダ唱えてた男子、聞こえてるぞ。
オーディオガイドでヘッドホンつけてると気付きにくいけど、場所によって演者の声流れてたりするので楽しい。 薬学教室はスネのセリフが流れてた。
途中休憩でバタービールは飲む。 この時点で約半分、時間は14:40である。 もう2時間も残ってない。半分で。 まだホグワーツ特急も見てないのに。 なお、バックロットカフェは昼過ぎという時間帯もあってすごい並んでた。 食べ終わる頃には2時間経ってるのでは。
時間的に、並んでる展示も飛ばさないとダメっぽいな〜となり、ハリーの家は泣く泣く諦め…次回来るから!絶対!!
ホグワーツ特急のとこにあるレイルウェイショップも、1番欲しかったグッズが売り切れてたのであまり見ず。 入学許可証も作らず、車内を見る列が短かったのでさっさとそっちに並びました。
後半に魔法省とかダイアゴン横丁とかもあるんだけど、クリーチャーや魔法動物の作成とか、映像技術、音響デザインの紹介が続いてるゾーンがあって、個人的にはここもっっっっっとちゃんと見たかった!!!
スタッフさんの解説映像とかほとんど見れなかったけど、それでも面白かったしすごい興味深かった〜! ニュートの解説もちゃんと聞きたかったよ…。 ここもオーディオガイド聞きつつ後ろ髪を引かれながら通過。
最後のホグワーツ城の模型がやはり最高というか、不思議と帰ってきたような安心感と、併せてツアーの中で見てきたスタッフ達の熱意があってこそのホグワーツなんだなと胸に迫るものがあったりで感動した。 やはりハリポタは最高。
ツアー終わって戻ってきたら16:20。 電車あと18分で出ちゃう。ヤバい。 メインショップ、レジ並ぶ人すごい増えてるし先買っといてほんとに良かった!! 今から買う時間なんて1秒も無いわ!
クローク受け取りしてお手洗いも行って、ちょっと走ったけど電車には間に合いました! クロークに行列出来てたら終わってたな…。
トータルで言うとすごい楽しかったけど、充分満足したかというとやっぱ当然物足りない!! 次はフードも食べたいし、クリーチャー・映像・音響技術のところもしっかり見たい!! 寮グッズも買いたい!!! 体験だってしたい!!!特に魔法省のところ!!
てか時間制限なくても1回で周れる規模じゃありませんでした。 何度でも行きたい堪らん〜〜〜!!!
#ワーナー ブラザース スタジオツアー東京#メイキング・オブ・ハリー・ポッター#Warner Bros. Studio Tour Tokyo#The Making of Harry Potter is a brand
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