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John Frusciante【Carvel】和訳解説 悲しみよサヨウナラ Goodbye Sadness
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Happy Birthday John Frusciante〜💕… と言うことで、毎年恒例「John Fruscianteのお誕生日にLyraが和訳解説して、皆んなでお祝いしよう」を、今年も又やりたいと思います。 毎年書い��来たように色々とラブメッセージを書きたいけれど、今年はやめておきましょう。キャピキャピするより、今は、シリアスに聴きたい気分だから。 昨年、今年と2022〜2023年のRed Hot Chili…
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無題
Kとレッチリ観に行った。Tも来るはずだったのが当日に体調不良でキャンセル。チケットの譲渡先をKと友人一帯探すも見つからず、見切れ席の当日券売り場の前や、物販の出口、水道橋の改札の前に張り込んでダフ屋ムーヴ。しかしセキュリティの多さにも尻込みして、結局誰にも声をかけられなかった。ライブ会場の周辺でチケットあるよーとささやく小汚いおっさんが跋扈していたのも今は昔である。Tには悪いけど、By the way聴けたし悔いなし。隣の女がアイラビューってずっと叫んでた。ジョン・フルシアンテってセクシーだと思う。
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冷凍庫の奥を整理したら、いにしえの油揚げと、マックのハッシュドポテトと、ナンが出てきた。「薄茶色の板」という意味では、どれも同じオブジェクト。ちんちんを凍らせたら「かちんこちんちん」ってことですか、それとも「かちんこちんこ」ですか。
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2006年といえばジョン・フルシアンテがレッチリを去る直前の時期。多分観たことなさそうな動画。機会あったら観れたらよい
ロック・バンドを観たら元気が貰える、心がシャッキリするそういうことあることもあるけれど未だに今でもそう言えるかどうかは不明というような心象風景
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かつて存在した日本の情景を音楽で表現するアーティスト・冥丁 の視線が捉える環境と時代
2018年に突如リリースされた1stアルバム『怪談』が『ピッチフォーク』の2018 年度「ベスト・エクスペリ メンタル・アルバム」の 1枚に選出され、翌年発表の2ndアルバム『小町』も、国内外のリスナー��批 評家から高い評価を得るなど、現在のアンビエント/エレクトロニック・ミュージック・シーンにおいて 最も熱い注目を集めるアーティストの1人である、冥丁。
“LOST JAPANESE MOOD”という特異なコンセプトを掲げ奏でられるその音は、ここ日本のリスナー にとってはどこか集団的記憶の根源に触れるような「懐かしさ」を、海外のリスナーにとっては、失わ れた1つの文化への興味と哀感を、単なるエキゾチシズムを越えた鋭利さをもって喚起してきた
9月27日にシンガポールの名門『KITCHEN. LABEL』からリリースされる最新アルバム『古風』は、同 テーマの終章と位置づけられた作品でありながらも、かつての日本映画や記録映像などから引かれ た具体音のサンプリングや、時にヒップホップに通じるような明示的なビートなど、前2作とは異なった 手法を大胆に取り入れた意欲的な内容となっている。
これまで表立ったメディア露出もなく、どこか謎に包まれていたこの広島県在住の音楽家へ、その活 動経歴をはじめ、“失われた日本のムード”とはいったいどんなものなのか、そして、自身にとって「ア ンビエント」とはなんなのかなどについて、じっくりと話を聞いた。
「もともとエスモードジャポンに通いファッションの世界を目指していたこともあって、そこまで熱心に 音楽を聴いてきたわけではないんです。でも、そんな中20歳くらいの時に聴いたジョン・フルシアンテ のソロ・アルバム『Niandra LaDes and Usually Just a T-Shirt』(1994年)にすごく衝撃を受けてし まって。すぐにギターを買いに行って、そこからは勉強もそっちのけで、音楽漬けになっていきまし た。
卒業後、一時期は音楽以外の仕事をやっていたんですが、今から10年ほど前、本格的に作曲をして みようと思い立ったんです。その頃は、『Warp Records』のアーティストだとか、素晴らしい音楽家か
ら刺激を受けることも多くて、自分なりのスタイルを模索していました。ヴィンテージのカセットMTRを 2台買ってきて、ギターを変調させながら録音していました。それ���MPC(サンプラー)に取り入れて、 編集したり。現在はその手法を発展させてDAWを使って作っていますけど、今に至るまでシンセサイ ザーは手にしたことはないんですよ」。
以後、舞台音楽や店舗のBGMを手掛けるプロの作曲家として活動するようになった。2018年に『怪 談』でアーティスト・デビューを果たした経緯についても聞いてみた。
「仕事とは別に自分の音楽を作り続けてはいたんですが、誰にも聴かせたことがなかったんです。で も『怪談』は初めて満足のいく出来栄えの作品になったので、Bandcampにアップしてみたら、シンガ ポールのレーベル『Evening Chants』がたまたま発見してくれて、リリースに至りました。自分の音楽 がそうやって広がっていくことは大きな驚きでした」。
“LOST JAPANESE MOOD”を実現させる鋭い時代感覚と幼少期 の原体験
“LOST JAPANESE MOOD”というコンセプトはどのような経緯で誕生したのだろうか。
「僕は基本的に洋楽ばかりを聴いてきた人間なんですけど、ふと国内に目を転じると、どうもいびつ な状況があるような気がしたんです。“日本の音楽”でありながら、そのほとんどがおそらく無自覚に “東京の音楽”になってしまっている。海外の音楽を聴くと、その土地ごとの要素が少なからず溶け込
んでいるように感じるけど、日本の音楽は、たとえアーティストが東京に住んでいなくても頭の中で組 み立てられた“架空の東京の音楽”ばかりを鳴らしているという気がしてしまうんです。邦楽のルーツ をさかのぼるにしても、あくまで“西洋のポップス”の枠組みばかりで、それが時に“日本らしさ”だと考 えられてすらいる。たとえば雪をかぶったお地蔵さまとか、田園の水面に月が映る様子とか、僕達の 世界に本当は今も実際に現存し続けている本源的な風景だとか記憶の階層には意識が向いていな いように思えてしまって。
そういう、『なんとなく作られ、演奏されている』日本の音楽に対して少なからず怒りのようなものが あって、自分が音楽を作るのであれば、そもそも『現在の日本で音を奏でる』とはいったいどういった ことなのかというレベルまで歴史を含めて掘り下げるべきだと考えていたんです」。
そのような“かつての日本”へ実体的にアクセスし作品へ昇華するというのは、現代ではなかなか困 難なように感じるが、それを可能にさせたのは、何よりも彼自身が経験した「記憶」だったという。
「少年時代を過ごした実家が、すごく古い家だったんです。中学生くらいまで薪をくべてお風呂を沸か していましたから(笑)。地下に穀物や野菜を貯蔵しておく洞穴���きの蔵があったり、祖母が近くのお 寺に勤めていたので、毎日僕も一緒にお��香をあげに行ったり……。原体験として、そういう『日本』 の風景があるんです」。
こうした過去への視点というのは、ちまたに溢れてきたように、時に単線的なノスタルジーに陥った り、あるいは「あの頃の日本は良かった」というような自己肯定(憐憫)を呼び込んでしまうものでもあ るかもしれない。しかし、冥丁の音楽においてはそういった甘さは厳しく退けられ、むしろ現在への切 迫した意識というべきものを感じる。こうしたことに関連して思い起こすのが、ケアテイカーやベリアル といった、「ノスタルジー」を反転的に引き据え、ある種の亡霊的世界観を描き出したイギリスのアー ティスト達だが……。
「彼らの作品との共通点を指摘されることもあるんですが、特に意識したことはないんです。そもそも ケアテイカーの名前も、今年の3月にバルセロナのコンベンションに参加した時に海外のエージェント から教えてもらったくらいで(笑)。
僕が作っている音楽は、『諸行無常』という古くからある概念と親和性があるように思います。物事が 生成して、枯れて、なくなっていく。だから、あえて『古き良きものを保存すべし』と言っているつもりも ない。それよりも、例えば人気のない山奥の古い家に漂う空気とか、そこに張っている蜘蛛の巣の質 感とか、かつて住んでいた人が残していって今は黄ばんでしまった紙の色や匂い、そういったものを 音としていかに捉えうるのかを実践するという意識が強いです」。
その中で、『古風』で特にフォーカスされているのが、かつて存在した「人」への視点といえる。わけて も、「花魁Ⅰ」「花魁Ⅱ」「女房」などのような女性達をテーマとした曲が印象的だ。
「江戸時代の承応・明暦年間に吉原で人気のあった勝山という遊女や花魁の女性達、さらには川上 音二郎の妻の(川上)貞奴とか、女性達の人生を調べていくうちに、すごく触発されました。その当時 を描いた絵とか、写真を見ていると、すごく感情移入してしまって。壮絶な体験をしながらも、自分の
人生を懸命に生きようとした人達……。特に、江南信國という明治時代に活躍した写真家が写した 女性達の姿を見て、ハッとしました。現代にももちろん素晴らしい写真作品は多いけれど、彼の写真 には、『二度とこのような光景がありうることはない』ということが深く刻まれていて、かえってその被 写体についてのイメージを喚起する力が強いような気がするんです。
そこから受ける印象を音で表現しようと考えた時、これまでの手法���は及ばないなと思って、今回新 たに、かつて第三者が残した音源からサンプリングするという手法を導入することになりました。そん なことは初めてなんですけど、作りながら何度か感極まって涙が出てきたこともありました」。
昨今、音楽シーンではアンビエント・ミュージックの復興が大きく取り沙汰され、彼の作品もそういった 文脈で評価を受けることが多い。冥丁本人は「アンビエント」という概念をどう捉えているのだろうか。
「正直に言うと、今アンビエントが世界的に盛り上がっているというようなことも、『怪談』をリリースす る時に海外のスタッフから聞かされて初めて知ったんです(笑)。自分の音楽がそういうふうに聴かれ ているというのは少し不思議な気もしつつ、一方で納得できることでもある。僕の音楽も、一般的な意 味での音楽作品以外の事象、例えば古い日本にあった環境を音として表現しようとしているものです しね。『小町』を作った時は、京都の宇多野という地区に毎晩のように通って、そこにある空気や環境 をどうやって音にしようかと考えていました。実際に環境や風景に「触れてみる」ことから楽曲制作を 始める。だから、その時点で自分の音楽はアンビエントとしての機能を持ち得ていると思います。『怪 談』の時は、まず当時の自分の置かれている環境を、目指すべき作品性に合わせていくことからアプ ローチしました。体重を10キロ以上落として、髪も伸ばし放題にして、夜中にしか作業しませんでした ……(笑)。
でも、『古風』に関して言えばヒップホップ的な要素もあると思うし、一概にジャンルとしてのアンビエン トということでは捉えられない部分もあるとは思います。自分も、レーベルのスタッフも、一体この作 品はどんなジャンルなんだろう? と首をひねっています(笑)」。
アンビエントが、作品と環境の横軸的境界を曖昧にする作用があるのだとすれば、確かに冥丁の音 楽もそうだといえるだろう。それと同時に、彼の作品においては、空間の境界だけでなく、縦軸的な時 間の境界をも融解させるような感覚も蔵している。この点こそが、“LOST JAPANESE MOOD”の一 連作が持つ特異性でもあるだろうし、現在に対する批評性の如きものも浮かび上がってくるようだ。
「アンビエントやエレクトロニック・ミュージックというのは、今の時代だとその可能性がより開かれてい る表現のように思います。というのも、今の日本のポップス系の音楽を聴くと、特に歌詞において、ど うしてもミュージシャン本人の切迫した意識や閉塞感がダイレクトに描かれていることで、その人自身
の自意識が過剰に出てしまっていうように感じるんです。結局それは、何かしらのメッセージ性を超 えて、『自分を理解してくれ』というようにも聞こえてしまうんです。そこには繊細で、健康的ではなく なった日本社会の現状が反映されていると考えています。ミュージシャンは敏感な人ができる仕事だ と僕は思います。彼らが歌詞にしている内容は現在のリアルな日本です。しかしそこは閉塞感に満ち ているので歌詞も必然的に繊細で自意識が過剰になり、それが支持されて拡散されれば閉塞感は どんどん加速する、そのような文化の流れができているように感じてしまいます。本来エンターテイン メントは社会の息抜きであったはずなのに。
その点、エレクトロニック・ミュージックというのは、そもそもそういった自意識を担保しながら作れる仕 組みになっていない。特定の『言葉』以前のレベルでの『ある違う視点』を提示して、『逃避』ということ とも違った、日常に健やかさを取り戻させるようなオルタナティブな作用が、今エレクトロニック・ミュー ジックができることの1つなんじゃないかなと思います」。
今後どんな展望を描いているかについても聞いてみた。
「たくさんやってみたいことはあります。まずは海外のアーティストをプロデュースしてみたいです。僕 はK-POPをよく聴くんですが、彼らが時に歌う日本語詞に、日本語のネイティブが歌うもの以上に感
動してしまうんです。それは、母国語を話す時に顔を覗かせてしまう言語を操る上での自意識のよう なものが排除されていて、『今これを歌うんだ』という純粋な姿勢が表れているからなんだと考えてい ます。以前、知り合いのロシア人のアーティストに『万葉集』の一節を音読してもらったことがあるんで
すが、これまでに体験したことのないような不思議な感覚があったんです。それを音楽として発展さ せられたら面白いなと思っています」。
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#3 このまま溶けてなくなるかもしれない
結成から10年、ドラマーが抜けるたびにメンバーを探してきたけど、ネットを介してメンバーを募集するのは初めてだった。 名もないバンドの音源を聴いて、手を挙げてくれる人が果たしているのか? その心配をよそに、SKYの曲を聴いて感銘を受け、加入したいと連絡をくれたのが、年齢が一回り下のジャズドラマー、中山くんだった。 一回り下と聞いて、最初に連想したのはジョン・フルシアンテ。 RED HOT CHILI PEPPERSの初代ギタリストがオーバードーズで死亡したのち、弱冠24歳で電撃加入したギタリストも、他のメンバーとは一回り歳が離れていた。 これは面白いことになったなと思った。 ��日後には集まって、一緒に音を出した。 左右の手をクロスさせないオープンハンドのフォームで器用にドラムを奏でながら、緊張した面持ちで必死にセッションにくらいついてきた。 今日初めて会った人間がSKYの音をリスペクトして汗をかきながらドラムを叩いている。 もうそれだけで、一緒にバンドをやっていくには十分すぎた。 そのあと電車がなくなるまで酒を酌み交わし、4人でSKYを続けていくことになった。 4人で活動を重ねていく中で、個人的には結婚という大きな出来事もあった。 メンバーも祝福してくれて、パーティーでは中山くんに司会を、てっちゃんにDJを、かみやんに乾杯の音頭をそれぞれ担ってもらった。 結婚がSKYの活動を制約するようなこともなく、妻にも応援されながら活動を続けた。 友達とのイベント共催やツアーを経て、4人の音がしっかり鳴らせるようになってきた頃、突然舞い込んできたのが中山くんの海外赴任の話だった。 仕事で3年間日本を離れないといけない。 中山くんは「他にドラマーを探してくれても」と言ってくれたけど、せっかくこうして出会えたメンバーの代わりを探すという発想は持てなかった。 とにかく3人でやれることをやって待つことにして、一旦は中山くんを見送った。 とはいえ、具体的に何をやるかは決められていなかった。 ちょうど第一子の誕生と仕事の忙しさが重なって、新たな方向を目指してバンドの舵を取る余裕がない状況だったのだ。 それでも何とかなるだろうと、高をくくっていたのがまずかった。 一緒に音を出すどころか、メンバーと会って話すことがどんどんなくなっていった。 今のようにラインや録音データ共有アプリなど、直接会うことを補ってくれるツールがない時代では、時間がないというシンプルな理由でメンバーとの繋がりが希薄になっていくのはあっという間だった。 一緒に音を鳴らせないまま、ただただ時間だけが過ぎていった。 結局、かみやんとてっちゃんとは2年近く顔を合わせなかった。元々、人との関係が自然になくなっていくということが大嫌いだった。 ましてや「続けていく」と決めてやってきたバンドがなくなっていくというのは自分にとって受け入れがたいことだった。 その思いとは裏腹に、忙殺されながらどうすることもできない日々が続いていく。 その後、久しぶりに顔を合わせることになった友達の結婚式でも、お互い何を話したらいいのかわからなかった。 炎天下のアイスクリームのように、このまま溶けてなくなってしまうかもしれない。 そんなことをぼんやりと考える日々が続いた。 2015年、中山くんがいなくなってから2年目の夏が過ぎていった。 (つづく)
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Emoji of a wave
今年の春リリースされたジョン・メイヤーのアルバムを聴いています。熱狂的なファンというわけではないのでアルバムのリリースをオンタイムで把握しておらず、近所のツタヤで見つけた瞬間飛びついたのであります。たまに行きます、ツタヤ。売り場を俯瞰して「あっ、そういえばこの人の歌、聴いてみたかったんだよなぁ」と誰かのCDを借りてみるなど、ネット検索では巡り合えない偶然を楽しむことができます。 …
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John Frusciante【Emptiness】和訳解説「奈落の底から」From the Abyss
John Frusciante【Emptiness】和訳解説「奈落の底から」From the Abyss Lyraのブログへ #JohnFrusciante #emptiness #insideofemptiness #ジョンフルシアンテ #redhotchilipeppers #rhcp #JoshKlinghoffer #レッドホットチリペッパーズ #KevinDean #DaveLee #RyanHewitt #BernieGrundman
John Fruscianteのアルバムはどれも自分好みで大好き。そしてサウンドの変化があり当時のJohnの音の好みが丸わかりになるのも面白くて楽しみながら聴けるのも好きな理由の1つだ。 今日は、Johnが最近のソロとは違いLo-Fiでストレートなロックを好んでいた時のサウンドが聴ける【Emptiness】を和訳解説しちゃいましょう。 今聞いても全然古くない。この手の乾いた感じの世界は親しみが湧いてしまう。 いつ聞いても新鮮で、いつ聞いても温かい気持ちになるよ。まるでJohnの孤独に包まれているみたいだ。 悲しくても温かい…それは生きてる温もりが伝わってくるからだ。 Continue reading Untitled
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Around The Worldのコーラス部分、ジョン・フルシアンテのギターと歌で2声のハーモニーになってるところがとても美しい。一人で��ーラス隊。そういう工夫にクリエイティヴィティーを感じる。インスピレー��ョンを与えられる。
高校のベネフィット・コンサートか何からしい。日本にも少なからずこのレッチリみたいなアクトがいる時期もあった気がするけど、今は少し下火。なのかも知れない。
社会を見渡してみても、われわれは欧米人ではないし。という悟りは、批評的に、健全に機能すれば、欧米人でない私たちの暮らし方、生き方を模索するきっかけになるかも知れないと漠然と呻く気分。社会全体なんて自分には全然見渡せないからわかんないけど。
今日、最近テレビ、気になる面白そうな番組目白押しで、録画をやる準備ができてないのが悔やまれる。気になる番組ある時期には録画の準備しておかなければ。一時期ハマって気になる番組は録画する時期があったけれどいつの間にかテレビ番組を録画する習慣捨てた。
『ルパン3世vs複製人間』面白そう、名作感漂っていたけれど途中別の番組のインサートがあって全部観れなかった。名作感漂ってたので惜しい。いつか別の機会に観てみなければ。
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3/5 #スチュワーデスの日 誕生日/ #松山ケンイチ #山田まりや #熊川哲也 #安藤百福 # 榊原るみ #湯原昌幸 #周恩来 #笠井由香 #大山千恵 誕生日 1512年 ジェラール・メルカトル(地理��) 1869年 川上眉山(作家) 1898年 周恩来(政治家) 1901年 橋本登美三郎(政治家) 1908年 レックス・ハリソン(俳優) 1910年 安藤百福(日清食品創業者) 1918年 中村真一郎(作家) 1922年 ピエロ・パオロ・パゾリーニ(映画監督) 1938年 中島誠之助(鑑定家) 1941年 井上堯之(ミュージシャン) 昭和音楽堂Vol.9「作曲家・ギタリストの井上堯之特集」https://youtu.be/sOL0mqvr6aI 1945年 大杉勝男(野球) 1947年 栗原は��み(料理研究家) 1947年 湯原昌幸(俳優・歌手) 雨のバラードhttps://youtu.be/emkVUxchi3g 1951年 榊原るみ(女優) 1952年 山下大輔(野球) 1959年 北条司(漫画家) 1960年 BON(米米クラブ・ミュージシャン) 米米クラブ/1 MATA(C)TANA 2 君がいるだけで 3 浪漫飛行 4 今夜はフル回転 5 君をつれてhttps://youtu.be/IpT9i7PL3Dc 1965年 笠井由香(マルナカ) 1971年 大山千恵(カラーアナリスト) 1971年 ジョン・フルシアンテ(レッドホットチリペッパーズ・ミュージシャン) 1971年 原西孝幸(FUJIWARA・タレント) 1972年 菊間千乃(アナウンサー) 1972年 熊川哲也(バレエ) 1975年 吉田麻美(歌手) 1980年 山田まりや(女優・タレント) 1980年 神宮司治(レミオロメン・ミュージシャン) 1985年 松山ケンイチ(俳優) 誕生花は 矢車草、花言葉は“幸福感” 誕生石は ブルーサファイア(blue-sapphire)、宝石言葉は“慈愛・誠実” スチュワーデスの日 1931(昭和6)年のこの日、東京航空輸送が実施した日本初のスチュワーデス採用試験の結果が発表された。 「エアガール」という呼び名で募集され、2月5日に試験が行われた。140人の応募に対し、合格者は3人だった。 サンゴの日 珊瑚が3月の誕生石であることから。 ミスコンの日 1908(明治41)年のこの日、時事新報社が全国から「良家の淑女」を対象に写真を募集し、その審査結果を公表した。これが日本初のミスコンテストとなった。 1等に選出されたのは小倉市長・末弘直方の四女・ヒロ子で、学習院女子部3年に在学中だった。彼女の兄が本人の承諾なしに応募したものだったが、コンテスト参加は学習院で大問題となり、彼女は退学処分になってしまった。 歴史・出来事 1872年 日本初の万国博覧会開催 1926年 労働農民党結成 1938年 立正佼成会創立 1942年 東京で初めて空襲警報発令 1946年 チャーチル英首相がソ連を「鉄のカーテン」と批判。東西冷戦の始まり 1953年 スターリン暴落 1967年 第1回青梅マラソン開催 1969年 熊本市に日本初のスクランブル交差点が設置 1970年 核拡散防止条約発効 1970年 東京都心の主な交差点がスクランブル化される 1979年 日本テレビ『ズームイン!!朝!』放送開始 1981年 黒柳徹子『窓ぎわのトットちゃん』発刊 1986年 青函トンネルで本州と北海道が結ばれる http://c3-cube.com #今日は何の日 #パーソナルカラー #カラードレープ #カラーパレット #色見本 #PCCS #ドレープ120色 #パーソナルカラー用品 #テストドレープ #金銀ドレープ #ケープ #カラーシート #カラーチップ #C³ #色のみかた #顔タイプ診断 #パーソナルカラー診断 #シーキューブ #insta_higashinada #神戸市 #東灘区 (パーソナルカラー用品ドレープ、見本帳,PCCSのご用命はc3(シーキューブ)) https://www.instagram.com/p/CMAzwkaA_5k/?igshid=1x58otvogbqk6
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完全に見逃してたし、記事名が良すぎる:ジョン・フルシアンテ、テクノを語りまくる https://t.co/UjhomfuBYb
— ぐちょん (@guchon) August 12, 2020
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フェンダー編第二十回:「世界の周りで並行宇宙の瘡蓋」
皆様こんにちは、フェンダーフロアの𠮷岡でございます。
2019年も残すところ2週間となりましたが、今年一番レベルで驚いたビッグ・ニュースが、ジョン・フルシアンテ氏のレッド・ホット・チリペッパーズ復帰です!(引用元:BARKS)
“現代の世界3大ギタリスト“ にも数えられるフルシアンテ氏が現役にカムバックするというニュースは我々のような楽器業界にとっても嬉しい話題です。特にここ数年は多くのロック・レジェンドが鬼籍に登られていたものですから、、
フルシアンテ氏と言えば、ホワイト・ファルコンやレスポール・カスタム、フィエスタ・レッドのジャガーなど様々なギターを愛用してきたことで知られていますが、その中でも特に印象深いのは1962年式のサンバースト・ストラトキャスターであることは間違えないでしょう!
1961年式のオリンピック・ホワイトやフィエスタ・レッド、ご本人曰く二番目に気に入っているとされる1955年式のサンバーストもありますが、フルシアンテ氏のストラトと言えば「62」、彼のキャリアを象徴する名器たる「62ストラト」に強烈な憧れを���かれた方も多くいらっしゃるか��思います。
そこで本日は、わたくし𠮷岡がコロナ・ファクトリーを訪問した際に別注オーダーをかけた特別な62ストラトをご紹介いたします!
Guitar Planet Exclusive 1962 Stratocaster Heavy Relic -Wide Black 3 Color Sunburst-
6弦側ピックガード横のウェアが大変ナイスなルックスです。
全体像です。指板はもちろんフラット・ラミネート(スラヴ貼り)のローズウッド指板です!特別色味の濃い物を選定するソート(アップチャージ項目)を施しています。
ボディ・バックも貫禄です。トレモロ・パネルは外してお使い頂いてもよろしいかと思います。
雰囲気バツグンな飴色のヘッドストックです。スラヴの62なのでデカールは2パットですね〜。
※1961年から1962年にかけてはロゴ・デカールの「WITH SYNCHRONIZED TREMOLO」の下にパテント・ナンバー(特許番号) が2つ入っているので、これを通称「2パット」と呼びます。ちなみに63年からは3パットです。
レリック部分を多めに掲載してみます。こういう感じの傷を付けたくて、めちゃめちゃ頑張って弾き倒したギター少年が何人居たことでしょうか、、
エルボー部分です。このアンダーコートのイエローが露出している感じが最高ですね。黄色〜オレンジ〜鮮やかな赤〜エッジのブラック、というグラデーションが非常にアメリカ的で格好良いです。
余談ですが、以前アメリカ買付中に見た朝焼けはまさしく “サンバースト” で、確かアリゾナ辺りをドライブしている時だったと思うのですが、地平線の向こうから太陽が昇るに従って夜空が追いやられ黄金色の朝日が道を照らしていく光景には心底感銘を受けました。荒野の多いアメリカ大陸だからこそ、ヨーロッパ楽器には無いこの色彩感覚が生まれたのだな、と腑に落ちた瞬間でした。寝不足でしたけど。
このボディ・エッジ周辺のガサガサとした感じの風合い、実は超リアルなのです。プリCBS期のラッカーは良い意味で塗膜が強くないので、特にサンバーストはこんな風な経年変化をしがちです。カッタウェイやジャック横あたりのボディ・サイド部分はハードケース内でガタガタと動いた結果傷付いてしまう、というオールド・ギターあるあるですね。
名盤「カリフォルニケーション」で胸を熱く焦がした皆様、久しぶりにギターを掻き鳴らしてみてはいかがでしょうか?
ちなみに同仕様で「2カラー・サンバースト仕様」もご用意がございます。
何故2カラーなのか?と申しますと、写真の写り方によっては3カラーではなく2カラーに見えることがあるからです!ピックガードも、写真によってはミント・グリーンではなくホワイトに見えることもありますよね。
保存状態によっては赤みの塗料が褪色してしまい2カラーのように見える状態に変化しているオールドの個体もございますので、ある意味リアルです。
本日ご紹介した62ストラトは3カラー、2カラー共に完全限定1本のみの販売でございますので、気になられた方はぜひこの機会にご検討頂けましたら幸いです。
それではまた次回お会い致しましょう!
フェンダー・カスタムショップ製品に関するお問い合わせは、ギタープラネットエレキ本館フェンダーフロア宛にご連絡下さいませ。
追記:「かさぶた」って、漢字では「瘡蓋」と書くのですね。
そして「Scar Tissue」が「瘡蓋」という意味だと今日知りました。よしおか
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interview with Trickfinger (John Frusciante) ジョン・フルシアンテ、テクノを語りまくる | ele-king
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I bought a guitar magazine after a long time because I was featured in John Frusciante. I'm glad that past articles are also posted. ジョン・フルシアンテ特集をしてたから久しぶりにギターマガジンを購入。 過去の記事も掲載されてるから嬉しい!😆 #guitar #guitarmagazine #johnfrusciante #redhotchilipeppers #rock #band #fender #fenderstratocaster #flea #funk #guitarhero #music #gear #レッチリ#ジョンフルシアンテ #フリー #ギター男子 #ギター好きな人と繋がりたい #音楽好きな人と繋がりたい #バンド #ギターマガジン #機材 #フェンダー #マーシャル #エフェクター #おしゃれさんと繋がりたい #ギター初心者 #ファンク #キングhide #GHCネット https://www.instagram.com/p/B8giit2A54R/?igshid=12aihf8f74z06
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