#腹パンの向こう側
Explore tagged Tumblr posts
Photo
【43会 虎ノ門とだか】 予約2年待ちのとだかさん。 今日はずっとずっと会いたかった43会のNo.4とのお食事会。 多分、、、 4年ぶりぐらいでお会いすることができました。 しかも滅多に予約が取れない「虎ノ門とだか」で行うことができたのも 本当に嬉しいです。 積もる話も 美味しすぎる こーへー君の料理にも 大盛り上がりで 本当に素敵な2時間❣️ こーへー君 今日もありがとう。 そして 深尾さん 遠いところを起こしくださり ありがとうございます😊 又43会 やりましょう❣️ #43会 #こーへー君 #腹パンの向こう側 #虎ノ門とだか (虎ノ門横丁) https://www.instagram.com/p/CpzjlsurgRe/?igshid=NGJjMDIxMWI=
0 notes
Quote
すこし前に筋トレYoutuberの嘘栄養学についての投稿がホッテントリに上がっていたが、女性向けのダイエット・筋トレ動画はそれに輪をかけてヒドい。ためしにYouTubeをシークレットモードにして「女性 ダイエット 筋トレ」で検索してみてくれ、3分間で浮き輪肉がごっそり取れるだの、2週間で二の腕痩せだの、やりたい放題。しかもそれらは数百万、場合によっちゃ数千万回も再生されてるんだぜ。ウォッチしてたら腹が立ってきたので俺が正解を書く。俺?ただの通りすがりの野良マッチョだ。命令口調でところどころ口うるさいかもしれんが、デタラメな事は言わないからまあ聞いてくれ。■継続続けることが最重要だ。最低でも3ヶ月、できれば半年取り組んでほしい。2ヶ月で10kg落としたいとか無謀なことは考えるな。それはボディビルダーのようなダイエットのプロがやる減量だ。あんたは月に2kg、攻めても3kgと考えてくれ。目先の数字に一喜一憂するな。体重なんて1kg〜2kgは簡単に増減する。ただし身体に関する情報を記録しろ。ノートを用意して体重・食事やトレーニング内容、思い当たることを書き記せ。身体の写真も月イチくらいで撮っとけ。足跡は後々あんたの財産になる。一度の食った、サボったは気にするな。女性の一時的な食欲増加は生理現象だ。というか週に一度はしっかり食え。あんたが頑張った一週間は一度の暴食よりはるかに尊い。一週間、一ヶ月間単位の総量で考えるんだ。2日止まっても3日目にまた走り出せば大したことはない。いいか、継続だ。■カロリー収支結局のところ���イエットの本質はこれだ。消費カロリーが摂取カロリーを上回るように食事をコントロールすること、これがダイエット。〇〇食べて痩せ、白湯、一旦無視でいい。まずは自分の一日の総消費カロリー(基礎代謝+活動代謝)を計算する。年齢身長体重でだいたい分かるから検索しろ。これを基にして必要な栄養価の目安を算出する。P=タンパク質、F=脂質、C=炭水化物(糖質)の三大栄養素、これらをどのような内訳で摂取するか、これがPFCバランスだ。総摂取量を10として本稿ではP2:F2:C6を勧める。Fは意識していても摂り過ぎるからだ。Cは無理のない範囲で削ってok。1日の総消費カロリーから-300kcal〜-500kcalに設定できれば上出来だ。自炊ベースで食事管理するのが王道だが、忙しくて自炊なんて出来ない奴もいるよな。出来合いを食べるなら成分表に目を通せ。食べたもの、これから食べる食材の栄養価をチェックするなら江崎グリコの栄養成分ナビがオススメだ。何を食ってどれだけ摂取したか、数値で確認しろ。食事をカロリーベースで考える習慣がつくと、1日の中で上手に調整できるようになってくる。サプリ?要らない。食べ物の形をしたものを食べて消化器を動かせ。野菜もモリモリ食え。ただしプロテインパウダーは使い勝手がいいから常備しとけ。低カロリーで栄養効率がいいからな。栄養については書ききれないからググってくれ。そして大事なことが2点。・しっかり食べること。これは後述する。・脂肪が落ちるということは筋肉も落ちるということ。従ってあんたのダイエットの目標が「いい身体になること」であれば筋トレは必須となる。■筋トレ全身やれ。胸・肩・腕・背中・お腹・前腿・ハムストリングス・尻、ぎりぎり10回できる強度のトレーニングを3セット、これが原則だ。「5分で腹痩せ腹筋運動」じゃない。あれ系で腹が引き締まった気がするのは普段動かしていない筋肉が刺激され、腹筋の活動が活発になり、垂れ下がっていた内臓がリフトアップされるからだ。嘘ではないが本質的ではない。部分痩せ?無い。運動習慣のないあんたは全身の筋肉量が足りない。どの筋肉をどう収縮し、どう伸ばしたらどういう刺激があるのか、自分の身体を点検しろ。膝つき腕立て、パイクプレス、ベンチディップス、レッグレイズ、ブルガリアンスクワット、ヒップリフト、まずはこのあたりからだ。最初は自体重の種目でいい。ここで朗報だ。筋トレ��心者のあんたは腕立て伏せ10回も満足にできないだろう。3セットやると���日には脇の下あたりが強烈な筋肉痛に見舞われるはずだ。これはあんたの筋肉が発達する福音だ。おめでとう!急な刺激を受けて肉体は突貫工事を始める。なにしろ身体にとって緊急事態だからな、アンダーカロリーだろうが疲れていようがお構い無しだ。あんたの身体は筋トレをやった直後から発達し始める。初心者に限っては「除脂肪と筋肥大」という相反する要素が両立する。我々はこれを初心者ボーナスと呼んでいる。1ヶ月も続ければ自重では不足に感じ始めるはずだ。特に背中は難しい。できればジムに行ってほしいのだが、様々な事情で通えない人もいるよな。自宅でトレーニングする場合はダンベルとベンチがあれば多くのことが出来る。ダンベルは20kgまで可変可能なアジャスタブルタイプのものが望ましい。もし男性なら30kgは欲しい。そんな重量は自分には不要と思うかもしれないが、なあに1年後には物足りなくなるさ。そのくらい初心者の発達は目覚ましい。あんたには伸び代しかない。■具体的tipsとはいえ何から始めればいいか分からないよな。そこで手軽に取り組める具体案をいくつか挙げるから今日から取り組んでくれ。・飲み物でカロリーを摂らないジュースをお茶に、ビールなら糖質offのものにしろ。100ccにつき40kcalのジュースならペットボトル一本で200kcal減だ。簡単だろ?・よく咀嚼すること見落としがちだがマジで重要だ。普段の2〜3倍噛むよう心がけてくれ。噛むことでインスリンの分泌が促され満腹中枢が刺激される。なるべく生野菜やカロリーの低いものから食べ始めること。噛むことで顔の筋肉が使われて小顔効果もある。・しっかり食べること一見するとカロリー制限と真逆のことのように感じるかもしれないが、ジュース一本とバナナ二本���考えてくれ。どちらが腹持ちがいいかは言うまでもないだろ?女性にありがちなのが普段から少食なのに痩せないパターン。これは最悪だ。身体には恒常性といって生体の状態を一定に保とうとする機能がある。海藻サラダにパンひと切れでも痩せないのは、あんたの身体が省エネモードになっているからだ。要するに代謝が落ちている。まずはバナナ一本でいいから朝飯を食べろ。「私はこれから食べて運動して燃やして生きていきます」と身体に宣言するんだ。それで1kg増えたってどうってことはない。あんたが最終的に得られるリターンははるかに大きいのだから。・歩けひと駅余分に歩け。階段を使え。徒歩は最強の有酸素運動だ。歩くことで全身に血が巡り代謝が上がる。HIIT?ラン?必要ない。毎日歩け。良いことしかない。水分は摂れよ。適当な事ばかり言ってるYouTuberをこき下ろすはずが、書いてみたら地味で真っ当な事ばかりだった。俺は別に「YouTubeで一緒にやろう系」を悪いとは思っちゃいない。ああいうものをきっかけに運動習慣がつくならそれは良い事だ。ただ一撃必殺!脂肪撃退!なんてものはなく、変化は日々の継続の先にしかない。画面の向こうの教える側はもれなく泥臭い努力をしてきた事はどうか理解してほしい。あいつらは時にそれを言わないから。この投稿が何かしらのきっかけになれば幸いである。ナイスマッスル!
女性向けダイエットの情弱ビジネスがヒドすぎるから正解書く
100 notes
·
View notes
Text
桜林美佐の「美佐日記」(263)
潜水艦修理中の物品・飲食供与について思うこと
桜林美佐(防衛問題研究家)
────────────────────
おはようございます。桜林です。「男もすなる日記
といふものを、女もしてみむとてするなり」の『土
佐日記』ならぬ『美佐日記』、263回目となりま
す。
海上自衛隊の潜水艦修理中に乗員が物品や飲食な
どの供与を受けていたということで「特別防衛監察」
が実施されています。
これまで防衛産業について書いてきた私としては、
これを無視するわけにはいかず、先週の夕刊フジで
の連載では、まずこのことについて触れました。
その原稿を書きながら、私は色々なことを思い出
していました。
それは私が自衛隊や防衛産業について書くようにな
ってから、多くの所に行き、多くの人に会いました
が、その時の食事代は誰が払ってくれたのだろう、
ということです。
といっても、講演で訪れた部隊での昼食や、夜の
居酒屋(隊員クラブなどの)の代金のことです。今
思うと、自衛隊のどなたかが払ってくれていたのだ
と思います。実は、講演後の懇親会で会費を徴収さ
れたことがあり、その時に初めて自衛隊ではそうし
た経費というものがないのだということに気づいた
のです。
貧乏だった私は、いつも適当なお菓子やパンなど
を食べて暮らしていましたので、ああ今日、誰かと
ばったり会って「ランチをご馳走するよ」なんて言
われないかなあと妄想していたくらいでしたから、
講演に行って会費を取られた時はあまりに衝撃が大
きかったことを今でも忘れません。
知り合いで自衛隊で講師などをしている方が数々
いますが、私のように誰かが払っていることを知っ
ているのは少数��かもしれません。おせっかいばば
あのように私はこの事実を教えてあげているのです
が、皆さん恐縮して、今度からは自分で払うとか言
われます。
そうなると、お互いに気を使い合ってまで講演会
をする必要はないという気持ちになってもおかしく
ありません。
飲食代だけでなく、経費を領収書で落とすなどと
いう概念がない自衛隊ではとにかく手出しが多い。
そう考えると、乗員と企業側は造船所で膝詰めで真
剣な作業を行っているわけですから、企業が手を差
し伸べてもおかしくないでしょう。
ただ、いずれの企業も昨今は経費が認められるた
めには、領収書に相手の名前を書くとか、その「成
果」を問われるなど、管理が厳しくなっていると聞
きますので、今回、資金捻出のために架空取引のよ
うな手段をとってしまったのか、分かりませんが、
いずれにしても、潜水艦の乗員に何か供与しても、
潜水艦の受注に繋がるとか、営業成績にはならない
のです(もうすでに受注しているのですから)。
もし、乗員が造船所に言えば何でも買ってくれる
くらいの態度で要求していたというなら、そのいび
つな構造を厳に改めなくてはなりませんが、新聞や
ニュースがイメージしているものとはちょっと違う
のではないかという気もします。
昨今は各所で倫理規定を気にする余りの光景をし
ばしば目にし、私はそちらの方が違和感があります。
自衛隊の高官が何らかの行事に招かれ、自腹で高
額な会費を払い、会場に行って名刺交換をひたすら
して帰る。これが1週間のうち何度もあります。
このところ官用車の使用も神経を使うため、自衛隊
トップクラスが雨の中とぼとぼ歩いて、会場まで電
車などで向かっているという、こんな姿、本当にあ
るべき姿なのですか?と強く思います。
風雲急を告げる安全保障環境、いつ起きるか分か
らない自然災害、そんなことを誰もが当たり前のよ
うに言う割には、これが「危機管理組織」の実態で
す。
これで自衛隊は本当に強くなるのでしょうか。
最後に、これまで私の分の代金をそれと気付かれ
ないように支払って下さった皆様へのメッセージを
この場を借りて。いつかビッグになってきっと恩返
しをいたします!待っていて下さい。その日まで
!!
今日も最後まで読んで頂きありがとうございました。
皆様にとって素晴らしい1週間となりますように。
9 notes
·
View notes
Text
231207
朝、カーテンの向こう側で、光がうすくあおい。 冬がますます透きとおっている。 北海道の冬はもっと透きとおっているのだろうか。
生クリームとあんこのパンを食べる。 あんぱんの上のごまはどうして乗っているのだろう。 見た目でパンの中身を判別するためだろうか。ごまとあんぱんの組み合わせがあまりすきではない。 最近、とにかくお腹がすいている。 たくさん食べたくて仕方がない。
-
231208
絵を描いて、本をつくって、家事をして、絵を描いて、本をつくって、散歩をして、絵を描いて、本をつくっていた。 自分を飽きさせないように、必死だった。
お湯に浸かると、身体の芯まであたたまって、夜になっても冷え切ることはなかった。
-
231209
朝、つまらない、と感じてしまう。 エアコンの電源をいれて、部屋があたたまるまで、携帯で動画をみる。 素敵な人の朝の過ごし方をみて、今日がいい日になるような気持ちをかきあつめて、起き上がる。
たぶん、あまり体調がよくなかった。 そのせいで、気が落ち込んでいた。 何をしてもつまらなくて、ねむいわけでもないのに、ねていた。 けれど、それは必要な睡眠だったのだろう。
夜、友人に手紙をかく。 わたし、わたし、とわたしのことばかり書いていて、わたしはわたしのことが分からないかから、こうやってたしかめてしまうんだ、と思った。 ずっと、そう思っている。
-
231210
ひとつひとつ、丁寧に日記を売っている人がいて、私もこうでありたい、と思った。 雰囲気にのまれず。
紫色のカリフラワー。 あなたはほんとうにカリフラワーですか、と思ってしまう。 カリフラワーをカリフラワーたらしめるものは色ではなかった。
夜、友人と電話をする。 ごはんを食べられなくなって、人は死んでいくらしい。
6 notes
·
View notes
Text
【米空軍兵士焼身自殺事件のあらまし】26日月曜、ワシントンDCのイスラエル大使館前で男性が焼身自殺を図った。重度の火傷を負い救急搬送された男性は、病院でまもなく息を引き取った。 男性の名前はアーロン・ブシュネル(25)。米空軍要員で、サンアントニオ統合軍基地所属のサイバー戦争担当シニアエキスパートだった。昨年11月に全軍に派遣命令が下り、イスラエルに派遣される矢先の「良心的派遣拒否」だった可能性があるが、真偽は確認されていない。イスラエルでは、「標的情報支援」としてガザでの爆撃作戦の標的特定を行う情報支援任務が待っていた。 ブシュネル氏は動画の冒頭、イスラエル大使館に向かう道すがらこのように語っていた。 「私の名はアーロン・ブシュネル。合衆国空軍の現役要員だ。これ以上ジェノサイドに加担するつもりはない。私は極端な抗議行動を行おうとしている。しかし、パレスチナで人々が植民地支配者たちの手によって経験してきたことに比べれば、決して極端なことではない。これが我々の支配階級が決めた『普通』なのだ」 こう述べた後、ブシュネル氏はカメラを遠方固定し、カメラの奥の方に歩いていき、ゲートか何かの前で、ガス缶のようなものからガソリンを頭から被ったあとで制帽した。その後、間髪を入れずにガス缶を放り投げた後、膝の後ろ4箇所に念入りに油らしきものを吹きつけ、その後で、「何かご用ですか」と再三制止する大使館側の警備の声を無視して足元から着火する。 激しい炎が立ち上がる。 着火した直後から、彼は声を発せなくなるまでこう叫び続けた。 「パレスチナに自由を!パレスチナに自由を!パレスチナに自由を!パレスチナに自由を!パレスチナに自由を!…パレスチナに自由を!」 叫んでいる間、彼は直立不動のままで、駆けつけた警察官に「膝をついて腹ばいになr!膝をついて腹ばいなれ!腹ばいになれ!」と何度も消火を促されても応じなかった。そして少し間を空けて6回目に「パレスチナに自由を!」と叫んだ後、ついに崩れ落ちるように倒れ、言葉を発さなくなった。 彼が倒れた後に、SPと思われるサングラス姿の人間が彼に銃を向けながら距離を置いて待機する。その間、警察官らは消火器を探して奔走する。 「消火器はどこだ!消火器が欲しい!」 警察官らが口々にこう言いながら、消火器を探し当てては消火していく。しかし炎を勢いが強く、なかなか消火しきれない。 この時点でブシュネル氏はまったく動かない。 しばらくして、もう一人のSPと思われる人間が大型のバッグを抱えて現場に到着し、バッグの中を広げるが消火活動に役立つものではないらしく、警察官にこう一蹴される。 「銃は必要ない!消火器が必要なんだ!」 その後、警官3人がかりで懸命な消火作業が続く。その後も銃の構えを解かないSSは場所を変え、消防活動を邪魔しないよう銃を構え、狙いをブシュネル氏に定め続ける。 カメラがようやくパンして、補充警官たちの乗ってきたパトカーが映し出される。 「何だって?誰だって?」 警察官がこう語っているなかで動画が切れる。 以上 ※ALT化しようと思いましたが長すぎてできませんでした。どなたか分割しくださるようならお願いします。
2 notes
·
View notes
Text
29/07/23
会社の近くペルシャ料理屋があって、そこへいくと必ず幸福な気持ちになれる。店内にある大きなタンドールが放つ熱で店内がほかほか暖められていて(背中向かいの席では熱いくらい)、照明は薄暗くて、食事はおいしくて、なんだか居心地がよくて眠くなっちゃう感じ。ワンプレートメニューが大半だが、基本的な組み合わせとしては、バスマティライス、チキンorラムor両方の炭火串焼き、サラダ、焼きトマト、一欠片のバター、が盛り付けられている。若干酢にくぐらせたような風味のする、炭火で焼かれたチキンがお気に入りで毎回それを頼んでいたが、こないだはものすごくラムを食べたい気持ちになって、ラムはあまり好んで食べないけど美味しく食べられるのか心配半分、ラムが美味しいということになったならばそれはさぞかし美味しいだろうという楽しみ半分で店へ向かい、いつものチキンと、ラム(ミンチにしたラムを小さく成形した、ラム苦手な人にとって一番難易度低そうなやつ)が両方乗っているプレートをお願いして、食べたら、ラムが...とっても美味しかった..!
美容師の友だちに髪の毛を切ってもらうようになってから3ヶ月経つ。今回は彼女のお家にお邪魔して、髪を切ってもらって、ビールとおつまみをいただいた。ヘアカット中のBGMは千と千尋で、おつまみは彼女のシェアメイトが作った夕飯の残り物で、ああいう時間がもっと人生の中にあればいいなと思った。またすぐね。
---
金曜日に有給を取って3連休を作り、マルタへ旅行した。イギリスは秋みたいに寒いけど、ヨーロッパには記録的な熱波がやってきており、マルタも例外ではなく、空港を出たら暑すぎて、いっぱい歩くのはやめよう..と危険を感じた。マルタには電車がなくて、移動手段はバスだから、3日間で15回くらいバスに乗った。前回のオスロ旅行で、自分の興味関心に基づいて行きたいところ���いくつか選んでおくべきだという教訓を得たため、ワイナリーとかレストランとか色々ピックアップしておいたのに、バスが来なくて閉館時間に間に合わないみたいな理由で立てた予定はほとんど全て崩れ、行きたかったところの9割は行ってない。
立てた予定が全て崩れて向かったバスの終点には、イムディーナという静まり返った美しい城塞都市があった。後から調べてみたらマルタ最古の都市で、かつてはマルタの首都だったらしい。なんか普通のマルタの街に到着したなと思ってぷらぷら歩いていたら、お堀じゃないけどお堀みたいな高低差のある場所へ出て、中へ入るととっても別世界だった。旅をしている時(文字通りの旅ではなく、その場に意識があってその場に集中してわくわくしながら歩いている時)は自分の足音が聞こえる、とポールオースターの友だちが言ってたが、わたしは匂いもする。暑すぎるのか、痩せた雀が何羽か道端に転がって死んでいた。馬車馬は装飾のついた口輪と目隠しをされ、頭頂部には長い鳥の羽飾りが付けられていた。御者がヒーハー!と言いながら馬を走らせた。とにかく暑かった。
ほとんど熱中症の状態で夕食を求め入ったレストランで、ちょっとだけ..と飲んだ、キンキンに冷えた小瓶のチスク(マルタのローカル大衆ビール)が美味しくて椅子からころげ落ちた。熱中症なりかけで飲む冷たいビール、どんな夏の瞬間のビールよりうまい。
安いホステルにはエアコン設備などもちろんついていない。さらに、風力強の扇風機が2台回っている4人部屋の、私が寝た2段ベッドの上段だけ空気の溜まり場になっていた。明け方に頭からシャワーを浴びてさらさらになって、そのまま二度寝する。隣のベッドのイタリアから来たかわいらしい女の子2人組が夜遊びから帰ってきて、わたしは出がけに、部屋で少し話す。8年前に来たコミノ島はプライベートビーチのようで素晴らしかったけど、昨日行ったらツーリズム化されていて悲しかった。耳の裏に日焼け止めを塗り忘れて痛くなっちゃったから、あなたは忘れないように。わたしたち今ちょっとおかしいのよ、と言いながらドレスも脱がずにそのままベッドの上で眠ってしまった彼女は天使か何かみたいだった。扇風機をつけたまま部屋を出て行く。
地面がつるつると滑る。
砂のような色をした街並みが広がるマルタにもイケてるコーヒー屋は存在する。これも近代化・画一化の一途かと思うと、微妙な気持ちにもなるが、こういう場所へ来ると息が深く吸えるので有り難くもある。
マルタは3つの主要な島��ら成る。そのうちのゴゾ島へ行く。首都のバレッタから港までバスで1時間強、フェリーで20分。
フェリーほどいい乗り物はない。売店でビールとクリスプスを買って、デッキへ出て、なるべく人がいない場所で海を眺める。乗船案内と音楽が止んで、フェリーが作る波と風の音しかしない中に佇むと、これでいいような気がしてくる。ビールはあってもなくてもいいけど、フェリーのデッキで飲むビールの味というのがあって、それはめちゃくちゃうまい。
ゴゾ島へ降り立つと、足音と匂いがした。適当に道路沿いを歩いていたら、また別世界に続きそうな脇道があって、進んだらやっぱり別世界だった。ディズニーランドのトムソーヤ島で遊んでる時みたいな気持ちで謎の小屋へ入り、人で満杯のhop on hop offバスを眺めやりながら、人懐こすぎる砂色の猫と涼む。港とは反対側の海辺へ行きたかったのでバスを待つものの、一生来ないため、バス停近くのローカルスーパーを覗く。これといった面白いものは置かれていなくて、見たことある商品ばかりが並んでいた。バスは一生来ない。
バスを降り、水と涼しさを求めて入った地中海レストランは目と鼻の先に浜があり、今回の旅は下調べなしの出会いが素敵だなあとしみじみする。カルパッチョと白身魚のライススープ、プロセッコと、プロセッコの10倍あるでっかい水(笑)。カルパッチョは、生ハムのような薄切りの鮪が敷かれた上に生牡蠣、茹で蛸、海老が盛られていた。鮪は日本で食べるのと同じ味がした。カルパッチョは旨く、プロセッコはぬるく、ライススープは想像と違った。パンに添えられたバターは外気温のせいで分離していた。水が一番おいしかった。
おいしいものとお酒が好きで楽しい。
ヨーロッパ人の色気の正体ってなんなんだろう?アジア人が同じ格好をしてもああはならない。胸元がはだけていてもスカートが風で捲れてもはしたないと全く感じない。むしろロメール作品のようにさえ見える。そもそも'はしたない'という概念がアジア(少なくとも日本)にしか存在しないのではないか?色気って品かと思ってたけどそれは日本だけかもしれない。
地元料理が食べられるワインレストランを夕食に予約してみたらコース一択だった。お昼食べ過ぎてあんまりお腹空いてなかったからちょっと小走りで向かってみる。ラザニア、ムール貝と魚のスープ、うさぎの煮込みなど。人ん家の料理みたいな美味しさだった。マルタのワインはほとんどが島内で消費されるらしい。ゴゾ島の白ワインの感想:暑い村、お絵描きアプリのペンの一番太い線(色はグレーがかった白で透過度50)。食後のグリーンティーは、TWININGSのティーバッグで、お砂糖���いれる選択肢が与えられて、洋風の装飾がたっぷりついた受け皿付きの薄いカップと共にポットで提供された。カップの底に描かれた静物画のような果物が綺麗でうっとりした。
どこにでもあるような早朝からやってるスタンドでドーナツとオレンジジュースとコーヒー。扇風機に当たり続けていたいが荷物をまとめて宿を出る。行きたい街へ向かうバスが一生来ないため、行きたい街に名前が似てる街が行き先に表示されているバスに適当に乗ったら、行きたい街より30度北へ行くバスだった。でもやっぱり行きたい街へ行きたかったので、30度北の街へほとんど到着してからバスを乗り換え行きたい街へ向かったが、Googleマップの示すバス停へは行かず、行きたい街を通過してしまったため、行きたい街から30度南の街に降り立つこととなった。海辺でチスクを飲みながらメカジキを食べた。暑すぎて肌着1枚だった。店先のガラスに映る自分に目をやると、いわゆるバックパッカーの様相をしていた。
空港行きのバスだけは遅延なくスムーズに来て着く。肌着状態からシャツを身につけ普段の姿(?)に戻ると、途端に具合が悪くなった。日に当たりすぎたみたい。お土産を買ってセキュリティを通過し、充電スポットの近くに座って搭乗を待っていたら、すぐそばにグランドピアノがあることに気がついた。誰か上手な人が演奏しないかしらと思っていたら、青年によるリサイタルが始まった。父親が彼を呼びにやってくるまで、クラシックからビートルズまで5-6曲。思わぬ良い時間だった。
都市に住むと、旅行から帰ってくる時安心する。
---
会社の人たち語録 ・やりたいことたくさんあるけど、今はやりたくないです。 ・返事がないのはいい知らせではないので。 ・Are you alright? まあまあ、ぼちぼち。
夕方、商店街へ買い出しに行く時がすごく幸せ。食べたいと思うものしか買わなかった時は特に幸せ。ぱつっと瑞々しい野菜、ちょっといいパスタ、ジャケ買いしたクラフトビール、好きな板チョコ。そんでキッチン飲酒しながらご飯作る。ビールを開けて一口目を飲むまでの間だけは音楽を止めるというのにはまっていて、そういえばフェリーのデッキで乗船案内とBGMが止んだ時の感じに似ていなくもない。フラットメイトが、夜中3時まで友人とリビングで遊んでいたり、土曜の夜にパーティへ出かけたりしているのと比較して、わたしが幸せ感じてるポイントは内向的だ。
やりたいことが浮かぶ。それをやる前に、比較対象の選択肢や判断軸を不必要なほど増やしてしまいがちだが、最適な選択を選び取ることよりも、やりたいと思う気持ちを満たすことの方が幸せなんじゃないか?
色々比べて悩んじゃったら「朝から決めてたことだから」って言うとス���と選び取れる!
食材の買い出しで1週間くらいはもつかなと感じるくらいたくさん買っても実際3日もすれば冷蔵庫空になるやつ、悲しさというかやるせなさを覚えるんだけど、こないだ500gパックの美味しそうなミニトマト買った時に、長く保ち続けること(終わりを迎えないようにする、終わりを想像しないようにすること)よりも、きちんと消費する(終わりを気持ちよく迎えること)を考えるようにしたら明るくなれてよかった。終わりって何事にもやってくるもんね。
食の話ばっかり回。
3 notes
·
View notes
Text
水藻フィッシングセンターで両ウドン床釣り縛り
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
どうも、こんにちは。4月2日(日)は、Fさん、hrkさん、ICDさんと水藻フィッシングセンター(以下、水藻FC)に行ってきました。前夜、hrkさんとメールしてて、グルテン宙釣りが得意なhrkさんは水藻FCへ、両ウドン床釣りをしたい僕は阪奈園へら鮒センターかフィッシングセンター竹之内のどちらかを考えていたのですが、僕らの師匠筋のFさんからhrkさんに「ガオ君を水藻FCに誘うこと」と厳命が降りw水藻FCに出頭してきましたw。水藻FCのInstagramを覗くと、最近の釣果は両グルテン床釣りで40枚ぐらい釣れてる人もいるらしい。床釣りで釣れるのか〜、釣れてしまうやんw。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
自宅から貝塚市の水藻FCまで約1時間。6時開店のカフェでサンドイッチを買ったのですが、到着したら7時半ぐらい?FさんとICDさんは先に着いてて、車でご飯を食べておられました。僕もお腹が空いたので、釣り座を構えてからまず腹ごしらえ。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
さあ、やるで〜。今日の浮子は舟水の「冬の底釣り極細パイプ」です。箱池フェチの僕からしたら水藻FCは深いので、サイズは10番〜14番の5本セットの13番やったかな。「極細」というだけあって、パイプにしては「返し」が弱い気がするけど、トップの馴染みもバッチリで使いやすかったです。今日は最後まで浮子を交換しませんでした。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
常連さん?管理人?いつも見かけるお爺さんに「水深は?」と尋ねたら、「12尺〜13尺で浅い」って言ってたけど、深いんですが…僕はいつも箱池やし。なので、14.2尺の師光の朱総塗りを出��ました。好きな竿なので最後まで使ったけど、浮子と穂先が近くなったので15尺〜16尺が良かったかな。さて、釣り始めたんだが、隣のICDさんはYouTubeでも活動している某釣りクラブのメンバー。21尺のダイワの「ヘラV」を使って長尺の両グルテン床釣り。沖床で浮子も遠いのに「床立て」もバッチリでバンバン釣ってます。僕の方がちょっと早いぐらいで、ほぼ同時期にFさんに誘われてヘラ釣りを始めたんですが、「越えられない壁」がそそり立っている気がしましたw。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
後から来たhrkさんも「21尺は買ってないわ〜」と言いながら、19尺の「へらV」を出してこちらも長尺で沖床の両グルテン床釣り。ICDさんに負けじとバンバン釣りはります。床釣り一筋の僕の立場はw。一方、Fさんは、釣りの大会があるらしく、「練習や」と言いながら浅ダナセットでポツポツ釣っておられました。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
僕にも釣れました。(´▽`) ホッ。両ウドン床釣でも釣れましたぜ。水藻FCは、魚品が良いですね。体高の高い河内フナが釣れます。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
ここで嬉しいサプライズが!hrkさんが独自デザインの帽子を数種類作ったのですが、僕らにプレゼントしてくれました。「ガオさん、どれにします〜?」と選ばせてくれたので、僕は「KWS」(喰わせ)を選びました。段床釣りは上手くないけどw。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
午前の釣果は2枚。お昼ごはんを食べて午後の部開始ですが、良い天気ですね〜。桟橋にパラソルが花のように咲いていました。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
釣りをしてたら、「パン!」と鉄砲の発射音みたいな音が鳴ってびっくりしましたが、鵜を追い払っているようです。吉野川で鵜にアマゴを食べられて漁協が困ってましたが、ヘラブナまで���うんですね〜。午後の1枚目は傷だらけの小ぶりなヘラブナでしたが、鵜に襲われたんかな?
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) Fさん撮影
ヒット!14.2尺の師光が孤を描く。竹竿は13尺〜15尺が竹竿らしいしなりでいいらしいですよ。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
体高もあって腹パンのヘラブナ。水藻FCは魚が良いわ。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
当日は、最大風速5mぐらいの予報だったのですが、午後は風向きが変わって落ち葉が吹き寄せられて目の前は落ち葉だらけ。釣りにくいので桟橋��反対側の内向きに釣り座を変えました。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
こっち側は落ち葉もほぼ無くて釣りやすそう。
2023年4月、水藻フィッシングセンター(貝塚市) iPhone11
沢山釣れないけどポツリポツリ。両ウドン床釣り縛りだし上出来じゃね?「つ抜け」は遠かったけど、午後は5枚釣れました。Fさん、hrkさん、ICDさんはそれぞれ20枚〜30枚ぐらい釣ったそう。
ということで、4月2日はヘラブナ7枚でした。僕はトイレが近いので、帰りは先に帰らせてもらったのですが、おかげで大阪屋さんの閉店に間に合ったので最近の釣況を聞いてみたら、某池は、4月に入ったというのに釣れておらず、大阪屋の常連さんもボウズか貧果で嘆いておられたようです。僕の腕だと他の箱池でも10枚釣れるかどうかなので、水藻FCで7枚って良い感じだったのでは?
では、また。
#fishing#osaka#japan#snapshot#streetphotography#水藻フィッシングセンター#大阪#釣り好きな人と繋がりたい#ヘラブナ#へら釣り#キリトリセカイ#写真好きな人と繋がりたい
2 notes
·
View notes
Text
2022の日記
2022.1.23
祖父が亡くなって、(場所)にある祖父の家まで来ている。かれが認知症を患っていたことを、今日知った。時折わたしのことは話に出ていたらしい。母が祖父の訃報を聞いたときすぐに父親が電話をかわり、わたしは隣の部屋で壁の向こう側の父が警察や祖母、伯母とかわるがわる話しているのを盗み聞いた。「自分も、経験ないので」という父の言葉もそのとき聞いた。祖父は以前から足が悪かったけれど、最近はそれに加えて認知症のせいで言葉がわからなかったり、石が人間や猫に見えていたり、尿を漏らしながら歩いたり、どのボタンが何に対応しているのかわからなくなっていたらしい。テレビのボタンを理解できず、砂嵐なってしまった画面をわざわざテレビ業者になおしてもらったり、自分の尿を尿と認識できず水道局に連絡していたらしい。生前はよく怒る人だったと祖母は話すけれど、わたしはその一面を知らない。
死ぬ直前まで歩いたり飲み食いができていたらしい祖父の、そのほかはすべて祖母が介護していたらしい。そういった生活がここ数年続いていたことを知らなかった。祖母はそういうことを知らせることが父と似て苦手らしい。それでも、「(祖父が亡くなった日は)朝起きてから、一日中トイレ(の床)が(尿で汚れていなくて)綺麗だった。それがすこしほっとした」と言っていた。祖父は、尿を垂れ流すことが恥ずかしくて大量のおむつをネットで買い込んで、自分ではつけられなかったらしい。大きな車が運転できず祖母の軽自動車に乗り、傷をつけ、乗るなと言われて自分の軽自動車を買い、それも傷をつけ運転をやめたらしい。風呂に入り、出られず、水を抜いて一段一段椅子を増やし浴槽から出た日から、風呂に入らなくなったらしい。一つ一つ生活をもがれた祖父のことを、いまは自分のことのように考えている。ひとりになった祖母が、「広い家に越してきたら何かできると思ったけど結局何もできなかった」と言っていた。
2022.1.24
寒気で朝8時に起きてまどろみ、歯磨きをするため九時頃に起き、朝食を食べた。厚めの食パンとハム2枚、干し柿を2つ。祖母が祖父の服を畳んでいたのでそっと手伝ったら、畳まなくて良い服だった。汚いから触らないよう言われ、ピアノを弾いたり、ストーブの前で本を読み、昼寝をしていたら13時になっていた。昼食は肉まんをすすめられ、食べていたらあんまんもでてきた。結局その2つ(あんまんは二分の一のあんこだけを抜いた、そういう食べ方が許された)を食べ、風呂に入った。昨日の夜の浴室はかなり冷えていて、シャワーを浴びただけでかなり呼吸が苦しくなり、頭痛までしたから怖くなって入浴を諦めたのだけど、今日はしっかり浴室をあたためたので体調も悪くならなかった。15時半ごろ父が警察署から祖父の遺体を引き取り、家につく。白く、ていねいな刺繍のついた長方形の棺が三人がかりで縁側に持ち上げられ、台車を使って家の中まで押し上げられた。葬儀屋と父が棺が玄関を通る、通らない、持ち上げて、という話をしているとき、祖母が「人のことをモノみたいに言わないでほしいわね」と言った。祖母は口を開けば、祖父が色盲で貧乏性で身勝手で金遣いが荒く怒りっぽくて頭が悪かったというようなひどいことばかりいうけれど、時折喉をつまらせたり、手のひらで口元を覆ったりするので、簡単に相槌を打てず苦労する。間近で見る祖父の顔は気味が悪く、死体というだけで近寄りがたかった。死んだ人間がどれほど冷たいのか、触って知りたいけれど、抵抗があって触ることができない。唇を綿棒��湿らせる行為も、なるべく肉の感触を感じたくなくて、結局ほんとうにそっと触れるだけにしてしまった。
夕食はお腹が空いておらず、何を食べたらよいかもわからなかったけれど、結果的に1300円もする寿司を買ってもらった。こっちに来てから炭水化物ばかり食べている。お守りとはいえ、ビタミンBを忘れたことが悔やまれる。そもそも、何を手伝うために来ているのかわからずずっと困っている。父にも母にも祖母にも、いるだけでよいといわれたけれど、ただ祖母の負担を増やしているだけのように感じる。実際そう。
祖父の遺品にレザーコートがあり、父のものになるはずだったが、父はおしゃれな服を全く着ない。私が着てみるよう言われ、試しに着たら、父に「いいじゃん、袖とか折ってみて、そう。似合うじゃん」といわれた。父に服装のことを似合うと言われたのはおそらく人生で初めてだったので、なんだかどうしようもない気持ちがした。もちろん嬉しかったけれど、どことなく悲しいような気もしたし、そもそも気恥ずかしかった。どうしてもっと早く、なんとかして、今とは違う関係になれなかったんだろう、のような後悔に似た気持ちもあった。
2022.1.25
母と(妹)が山梨についた。(伯母)さんと初めて会う。(伯母)さんは白髪のなか、赤いメッシュが両側に入っていて、着ているものも随分柄が大きかったけれど、自分の持っている限りで地味な方のものを着てきたらしい。幼稚で情けなく恥ずかしい性質をその場の人々の前で暴かれてしまい、事実だけれど開き直ることもできずただ虚しかった。いっそ帰ったほうが良かった。
(叔母)さんはハキハキと喋るキレの良い人で、しっかり喋る(妹)とは話が弾んでいた。朝11時に葬儀屋が来て、棺の中に入れる花などを渡された。勝手のわからない私達は死体の顔周りだけを花でぎっちりと覆い、祖父の顔がライオンのようになりまるでふざけているみたいだった。(伯母)さんが「顔が大きいから隠すくらいが丁度いい」と言っていた。(妹)だけが泣いていた。一番可愛がられていたからなにか思うところがあったのかもしれない、それか、あまりにも祖母や父、伯母が祖父の死に淡々としているものだから、しかもすごく悪口を言うし、それが悔しかったのかもしれない。母がしきりに「じいじのほっぺ触ってお礼を言って」と言ってきたが、私は最後まで死体に触らなかった。棺桶に自分の写真を入れてあげたい、と(妹)が言い、みんなで写真を探し、二階に飾っていた母手作りのアルバムを入れようと祖母が言い出し、それもそれでどうなのと思ったが、私自身に思い入れは無いのでそれを外した。けれど後に思い出すと棺には入っていなかった。さすがに入れなかったのかもしれない。母が、祖父があの世でなにか買えるようにとお札を入れた。
タクシーに乗って葬儀場につく。棺の大きさと、��れを運ぶ機械の大きさがぴったりなので、棺やその機械には規定の大きさや形があって、全国で共通しているのかもしれない。燃やされている間、奥のはしのテーブルに固まって時計の針が動く瞬間を何度も見た。それから祖母と伯母が喋っているのを聞いていた。伯母が父を「コイツ」と呼ぶのをみんなで笑った。母の相槌はあいまいで話についていけていないのがわかりやすい。政治とカネの話になるとすぐ曖昧な相槌をするが、害虫の話になるとよく喋る。たしかに私たちはそういう家族だった。棺ごと焼き、台上が骨のみになる。それらはまだ人の形をしており、すべて骨壷に納める。下顎、喉仏、頭蓋を最後に乗せるらしい。タクシーで家に帰り、みんなで残った食材を平らげ、お腹いっぱいになった。骨格ウェーブが着るような、くびれたダウンを着た(伯母)に「つみたてNISAをやれ、FXはやるな」と言われる。6時頃妹、母、(伯母)さんが帰る。夕飯は脂の多い肉だった。
2022.1.29
九時頃に起床。すき焼きを温めて卵をかける。野菜を食べて、残った卵をオートミールにかける。ピスタチオのチョコレートを2つ食べた。本を読むかと思って猫を抱いて象と泳ぐ・マウスの2冊をリビングへ持っていくがいつも通り読めない。今度こそと思ったけれど、今日も読めなかった。もう諦めたほうがいい。部屋のヒーターをつけて、ホットカーペットを椅子に引いて、ikeaのくまの人形を膝に乗せると体勢がちょうどよい。10時半頃コンビニのATMで振り込めるか確認しにセブンイレブンへ。砂ずりとねぎをポン酢で和える惣菜を買う。ついでにメルカリで「あそびあそばせ」1〜8巻の支払いを済ませる。1200円かと思っていたら、1300円だった。
夕食の代わりに(妹)の誕生日ケーキを二切れと、チョコレートを4切れ食べた。最近は甘いものを食べすぎている。祖父が糖尿病だったらしいから、私も今から甘いものは気をやって管理をしないといけない。(友人)から連絡があったが、コロナ禍で遊ぶのは難しいと思う。なによりもまずコロナにかかりたくない。
岩浪れんじ先生がよく使っている「🥳」という顔文字がすきで、LINEでよく真似をしている。楽しい気持ちになる。
2022.3.23
本免試験に向かう。(場所)まで母に送ってもらい、五千円チャージした後(場所)へ向かう。(場所)は思ったより栄えていて、ドン・キホーテやスーパー、お土産屋があり、驚いた。(交通)は椅子にくぼみがなく、座席間隔は任意のため人があまり詰めて座らない。それはあの一帯が人の少ない地域で、電車も古ぼけているし、栄えていないのだと勝手に思っていたけれどそんなことはな��ったみたい。
バス停に向かうと運転免許センター行きの年齢の偏りが極端な列に並ぶ。隣りの若い人はかりかりと脇目も振らず勉強していて、試験前の空気を思い出し、影響されて緊張し始め、つかれた。免許センターはかなり広く、おおきい。顔写真をが必要だと会場で知り、無いので試験を諦めて帰ろうと一度センターを出て、けれどもったいないので帰るのをやめ、係の人に聞くと写真機があるとのことだったのでそこで撮った。写真を切り抜く器具の使い方がわからず一度その場から逃げ、どうしょうもなくて戻り、知らない人に聞くと困りながら教えてくれた。切り抜き、写真を書類に貼ったが一度ミスで書き直し、また別の書類は本籍を書き間違え情けない思いをした。試験会場につくとボールペンを禁止されており、ボールペンだけを持ってきたつもりがそもそも筆記用具を忘れていることに気づく。鉛筆の貸出はありませんという張り紙に怯え、知らない人にシャーペンを借りたあと「鉛筆を忘れた方は購買で買ってきてください」というアナウンスをされる。同時に「あと少しで始まりますので席について……」というアナウンスをされ、迷った挙げ句、気まずい思いをしながら借りたシャーペンを使った。
無事合格し、指示に従って素早く写真をとり、帰った。朝食に玄米とおひたしを食べたのだけど、そのとき塩気と混ぜて噛み締めるご飯の甘みをとても美味しく感じたので、それをもう一度したくてコンビニで漬物を買った。それから夕食にご飯は良くないと思い直し、オートミールと漬物の組み合わせで食べた。本免試験の合格祝いに母がスーパーで刺し身を買ってきてくれていたけれど、なぜだか必ず美味しくない刺し身で、いつもどおりなぜだかシャキシャキしており、美味しくなかった。
2022.1.30
8時半に寒さで起きる。背中の肌着を伸ばしてじっくり温まりながらメギド72を始めたら部屋の外で(猫)に呼ばれたので、部屋に入れてあげる。9時45分頃、昨日の残りの肉を目当てにリビングへ降りたら、ちょうど父がすべてをラーメンに入れていた。自分が作ったわけでもないので食べたかったとも言えずオートミールを温めた。ついでに目玉焼きを作ろうとしたけれどぶよぶよ太っていくばかりなのに、食事を足すのもげんなりしてやめた。11時頃生麺のカップラーメンを食べる。スープは液体と粉末があったけれど、粉末だけで十分おいしかった。
このまま一生働けないのではないか、という不安がよぎる。希死念慮に就活を阻害されたひとのブログを読む。3月に就活をして、ブログを書いた当時では働く日々を過ごしているらしい。わたしもそうなれたらいい。16時頃目玉焼きを2つ作り夕食のつもりで食べる。本当は昼ごはんに食べるつもりだったけどラーメンを見た瞬間忘れてしまった。祖父が食べ物しか娯楽がないひとで、足を悪くして��ら食べ物に依存してしまった話を思い出すと、自分もそんなふうに食で理性を失っていてはよくないと思う。メルカリで取引していた「あそびあそばせ」が届く。送料が購入者負担になっていたことに気づかなくて、結果的に2300円ほどかかってしまった。素直に最安の5巻までのもの買っておけばよかった。
自分が異性愛者だという自認が昨日に比べてすっかり薄れ、消え失せている。
2022.3.21
11時頃に起きる。糖質と脂質のバランスに悩みつつ、さつまいもとハンバーグを食べた。昨日洗顔を忘れたら顔がざらついていたので、仕方なく泡洗顔をした。それから朝洗顔に適したジェルを買おうと、外出の支度を始めた。15:31(交通)に乗って(場所)へ。(場所)で降り、少し歩く。(店)側のテラスのようなところ��様々な服装の人たちや鳩がくつろいでいるのを避けながら店内に入る。ワゴンに3900円のジーパンが敷き詰まっていて、1700円で売っている神戸レタスのジーパンを思い出す。レディース階でSPINNSや古着ショップの瑞々しさに圧倒されつつ、鏡に映った自分を見て、縮毛矯正の決意を弄びながら店を出る。5月頃、たぶんする。ブックオフで眩暈・いちばんここに似合う人 ・すべての、白いものたちの・小川洋子の陶酔短編箱・悲しみよ こんにちはを購入。6千円強。157ポイントになる。PLAZAで洗顔ジェルを見ようとし、見つからず、蛍光灯と鏡の輝きに圧倒され店を出る。マツキヨでも希望に近い洗顔ジェルが見つからず、仕方なくネットで検索すると、混合肌はTゾーンのみ泡で洗うと良いと書いてあるので、自分が混合肌かはわからないけれどとりあえずそうしてみようと、店を出る。
(交通)が来るまでの15分間で本屋を一周する。ハリーポッターの文庫本が並んでいた。最近、哲学の棚の隣に、ヒカルランドの棚ができた。世界史のコーナーで立ち止まると向こうから来た男性も同じタイミングで立ち止まり、買うつもりもないため移動した。岩波文庫の棚でシュトルム『みずうみ』を見つけ、手に取り、戻す。歩き、ゾラ『ナナ』も、同様にして戻す。心理特集フェアで平積みされていた本を開き「親は子供にリスペクトされることを望みますが、子供のことをリスペクトすることはあまりありません」という趣旨の文を読む。従兄弟の生活を侵害している母方の祖母を思い出し、いやな気持ちになる。時計を見ると残り3分だったので、海外の棚で『回復する人間』を手に取り、いつか読みたいなーと思い戻し、(交通)へ向かう。(交通)につくと、待っている人が四人しか居なかったので、なにかを間違えたかと思ったけれど、間違えていなかった。予定通り来た(交通)の中で、本免試験の問題を解く。同じところを間違え、うんざ��してやめる。試験は23日なので、それまでにどうにかする。
父方の祖母が送ってきた肉を焼き、胸焼けした。最近はなんでも食べていたせいで体に肉がついて、細身に見えない。反省してプロテインを飲んで、ひなちゃんねると検索して気分にあったものをやるようにしている。
2022.3.24
下着の違和感で起きる。祈りながら起きるとシーツと敷布団が汚れていてはっとし、しかたなくいそいですべてを剥いで水洗いし、干した。天気が良く、ベランダは入学式の匂いがした。昨日したかった玄米と漬物の組み合わせを食べ、スープを飲む。昨日の朝ほどお腹いっぱいにならず、苦い緑茶を飲んでいたらカフェインで気持ち悪くなって、フローリングに寝っ転がって体調不良をやり過ごすためぼうっとした。 調子が戻り、『供述によるとペレイラは…』を少しずつ読み進めながらヒーターの前で温まったり、プロテインを飲んだりする。今日はほとんど本を読んでいたから、特に書き連ねるようなこともない。
新しく買ったソイプロテインはほうじ茶風味で、少し豆の味が残るからきなこのような味にも感じる。同じメーカーの、ホエイプロテインに杏仁豆腐味があったので次はそれにしたい。ソイプロテインは温めて飲むことができるけど(苦味がましてあまり美味しくない。どうしても体調が悪く温かいものしか食べられず、どうしてもタンパク質を取りたいときしかやらないほうがいい)、ホエイプロテインは温めると分離する(乳糖が原因?)。今日もリビングに本を持っていくが、いつもどおり読めなかった。
敷布団を干しているのでベッドに寝転ぶことができず、くまのぬいぐるみを背もたれにしながら本を読む。たまに声を出して録音してみて、聞き、消す。『供述によるとペレイラは…』は、の、ペレイラが日々摂取する異常な量のレモネードを指摘されるシーンで、医師がひとの食生活を「きちがい沙汰」と言ったのに笑う。徐々に忍び寄るファシズムに、というより、時代が変わりつつある匂いに、中立の立場をえらんだはずのペレイラがときめき始めている。そのことに罪悪感を覚えつつ、春風を嗅ぐのをやめられない。9時だけどもうねむい。昨日はナイトキャップをつけて寝たら、一日髪の収まりが良かったので、今日もそうする。
2022.3.25
10時53分起床。ご飯に麻婆豆腐をのせて食べる。そのあと、昨日買ったバジルのパンが残っていて、本当は食べないほうがよいが、食べたかったので食べて反省した。やるべきことが漠然と積もってゆく感覚があったので、せめてタスクを可視化したほうがよいとリストを作ったら、多くはあったがそのうちいくつかを消化することができた。運転免許証のコピー、療養費申請、口座開設、眼鏡の新調。よかった。適当な時間に(店)へゆき、視力を測り直し、度を入れ替える。度が弱いと思っていたら、視力と合わせて0.6に調���されていたらしい。たしかに弱めに作ったけれど、不便なので1.0にしてもらう。かけると、こまごまと際立つ輪郭に吐き気がして、一生かけることはないだろうと思いながら受け取る。けれどしばらくかけていると、慣れた。よかった。ZARAの激しい色合いの服を眺めながら、明るいピンクのワンピースに、カジュアルな編みサンダル、前髪をなくし、鮮やかに赤い口紅をつけ、大きく笑う自分を想像し、それが本来の自分であるように錯覚する。今となっては、やりたければやればいいと思う。 寿司7貫で980円の高い盛り合わせを食べる。その後、百円の皿を3枚食べる。また行ったときに食べるものに目星をつけておいた。白いエビ、びんとろ、かつお。 帰ると、チョコレートをいくつか食べ、風呂でアジトtvとその実況を聞く。久しぶりにメギドがやりたくなって、少しやって飽きる。今育成をするには大幻獣を倒し続けなければならず面倒。寿司を食べたので、生理中だがひなちゃんねるを一生懸命やった。今日中に『供述によるとペレイラは…』を読み終えそう。 Twitterで卒業式の写真を見て、自分は卒業式も成人式もやっていないことを思い出し、せめて着物が着たくなって(いまさら)調べたけれど、着付けそのものよりアルバム代が高額で、成人式としてやるのは難しそうだった。家族に相談すればなんとかなりそうだけれど、だからあのとき言ったのにと言われるのがどうしても嫌だから、たぶん撮らない。 大学生のときはめったに写真を取らなかったけれど、過去の自分を他者としてまなざすことのできるいまは、もうすこし撮っておけばよかったと思う。
2022.5.28
6時半頃起床。仕事を始めてから生活が規則的になった。やや薄暗い早朝の食卓でひとりしずかに冷えたさつまいもを食べる。糖質56g。
古い服をまとめて捨て、8時頃風呂に入る。付けすぎたオイルが残らないようにていねいに洗う。コームでリンスをまんべんなく髪につける。昨日の夕方に打ったワクチンの副反応はこのときまだなく、きまぐれに美容院に行く準備をした。けれど万が一を考えてやめ、自室で『魂の不滅なる白い砂漠』を読む。12時頃とつぜん眠気が増し、13時には目も開けられないほどになったので寝る。外出しなくてよかった。15時に起きる。38℃。ブロッコリーをふたつ食べて昨日買っておいたルルアタックを飲み寝る。薬は2日分買ってある。 19時に再び起きる。体温計をなくしていた。発熱らしいだるさは変わらず卵焼きを少し食べルルアタックを飲む。少し楽になる。
一日を通してほとんど何もしなかった。朝方掃除をしたから部屋はやや綺麗。本を読む(ちいさな文字に焦点を合わせる)とぐるぐるして体調が悪くなる。目をつむったまま自分について振り返る長い一日だった。かろうじてソシャゲの周回ができた。無課金プレイしかしないけれど、一部ユーザーの課金によって成立するソーシャルゲームの運営システムは歪とおもう。ゲームといえば、電車に乗ってるスーツのひとがトゥーンブラストをプレイしているのをよく見る。思考を追いやった働きかけによるうすい反応、それがもたらす僅かな刺激にひとは依存しやすいらしい。 朝と夜に詩を読み、頭の中で音楽を流しながら働くことができ、時間を売るだけでお金がもらえる今の生活はかなり好きだけれど、この生活を続けるには不安が大きい。
ここで了承されるべきは、時間がもたらしたり取り去ったりしないつつましくも奥深く変わらずあるようなあらゆる事物のことであり、人間として存在することが自身にとって必要不可欠であるのと同じ程度で人間にとって本質的な事物のことだ
ピエール・ルヴェルディ 『魂の不滅なる白い砂漠 詩と詩論』
小川洋子が『密やかな結晶』のあとがきで人間のあらゆるすべてをそぎ落としたとき微かに残るなにかがあるはずというようなことを書いていたはず。立ち読みだったからよく覚えていないけれど。あとがきのみのために既に持っている本を買い直すか迷う。氷枕がひんやりして気持ちいい。
2022.5.29
6時30分起床。体温37.1。頭痛がひどく目を閉じる。 7時30分起床。37.1。ふらふらしながら食卓へ。やきとり二本食べる。本が読めた。『すべての、白いものたちの』読み終える。6/14に同作者、同翻訳で『引き出しに夕方をしまっておいた』が出るらしい。未読本が多いからすぐには買わない。 『魂の不滅なる白い砂漠: 詩と詩論』を読み終える。終盤の訳者解題と訳者あとがきはだれてさらっとしか読んでない。
「詩とは、人の心の中で、空虚を埋めることのできる代替物を創るためにある」(『全集ⅱ一二五二頁』)(中略)苦しみの根源にある欠如は詩作によって充当されるべきものだったのだ。
魂の不滅なる白い砂漠 詩と詩論 ピエール・ルヴェルディ 訳者解題
私が特に色々な本を読み漁っていたのは10代の頃です。学校の先生やクラスメイトと一緒に得るものを、どうにか読書を通じて吸い取れないかと必死になっていた記憶があるので、その時間がなかったらもっともっと人として欠けていたのだろうと思います。
World meets KODANSHA interview 齋藤飛鳥
思えば自分の魂やこころ、精神の欠損をあまり実感したことがなかった。まるごとの質の低さを漠然と感じていたけれど、欠損とすればなにかで埋まることもあるかもしれない。なんにしろ出会いは遅くても早くても意味がないので気長に運を待つ。
藤本:(略)僕は読み切りを描く時は大体怒りで…。例えば、今ネット上で怒っている人が多いじゃないですか。そ��いう人たちって、Twitterとかで発散できていると思うんですけど、僕は自分の怒りなどをTwitterとかに書く気が知れなくて。漫画にぶつけているんですね。
藤本タツキ×沙村広明奇跡の対談
17歳の時に僕は山形の美術大学に入学しました。東日本大震災が起こったすぐ後だったので、このまま絵を描いていていいのだろうかと皆思っていたはずです。絵を描いていても意味がない気がして。何か少しでも役に立ちたいと石巻に復興支援のボランティアに行きました。行くバスの中で僕と同じように考えている美大生や、体育大学の学生達がたくさんいました。(中略)30人くらいで一日中やったのに全然できなかった事に無力感を感じ、帰りのバスの中でも皆沈んでいました。作業中一緒に作業していた体育大学の学生が「俺達が来た意味なかったですね」と言っていました。 (中略) また、悲しい事件がある度に、自分のやっていることが何の役にも立たない感覚が大きくなっていきました。 最近そろそろこの気持ちを吐き出してしまいたいと『ルックバック』という漫画を描きました。描いてみると不思議なものでちょっとだけ気持ちの整理ができた気がします。
藤本タツキ短編集 17-21
藤本タツキ作品は全体を彼固有の言語と感じるからたびたび愛しく思う。音楽があれば、小説があれば、絵画があれば語ることのできるひと、逆に言えばそれがなければ言葉を喉で詰まらせるひとがいる。創作という状態でのみ息を吹き返すような切実さにふれることで、吹き込まれる呼吸がある。
中学生の私は「死ぬ日」を自分が中学校を卒業した後のある日に決めてカレンダーに印を付け、あと140日、あと139日、と毎日自分の生命の残りの日数を書きこんで数えながら生き延びつづけていました。そのとき、私は小説に対する執着を、生きるために利用しました。自分の頭を自分で手術し、小説という「教会」を自分の生命と繋げました。
新潮 村田沙耶香『平凡な殺意』
学生時代のレポートが出てきたので読み直す。 宗教は精神的苦痛を身体的苦痛へ置き換えてくれる。精神に苦痛を引き受けることを決めたひとにとって、神はあまり役には立たないだろう。
18時頃37.0。発熱にも飽きてきた。
2022.5.30
5時起床。浮遊感と倦怠感で動けない。なんとかカーペットの上まで這いずり昨日の日記を整え投稿する。ビジネスチャンスを狙ったいいねの通知が煩わしいためまたどこかへ移植したい。wordpress使いこなせたらいいけど、生半可な気持ちでやるのはむずかしそう。7時に会社に連絡。おやすみを貰う。動けないからしかたないのに罪悪感。この程度で注意を受けたら辞める。7時半やきとり二本食べる。冷凍のやきとりあるだけで一回の食事を頑張れる。毎日食べても美味しい。14時まで動けない。熱の気配は完全に消え怠さがずっと残る。 東野圭吾『毒笑小説』が傍にあったので眺めていたら、なんだか知っている話で、よく読むと小学生の時に借りたことのある本だった。気づいたきっかけは『エンジェル』。流し読みしながら不調の原因は脱水症状かもしれないと思い始め、いそいで経口補水液を作って飲んだ。改善せず。
9月に大学を卒業してから卒業証書を貰っていないのでその連絡をしようとしたけれど、すっかり忘れてつみたてNISAの解説動画をみてた。死にたくないと言うより苦しい思いをしたくない。苦しい思いをしないために必要なときに必要なお金や環境があって欲しい。いつなにが起こるかわからないから怖い、というのが最近の不安。志賀直哉『城の崎にて』の鼠のような、生死の境に横たわる狂気からは逃れられないだろう。今日もたかがだるさで手を震わせて経口補水液をつくったし。祖父が亡くなる当日の朝、普段は使うことのない関西弁で「俺は(名前)やぞ!わかっとんのか!」と叫んだと祖母が話していたのを思い出す。
死は、頑丈な足場を築いた気になる者の、足元を崩れさす。そのとき、感覚器は断線し、呼吸程度の身体の実感も失い、鼓動で計る最も原始的な時間感覚すら途絶え、意識は自らを振り返すこともできずただ灰色である。ことばを思い出すきっかけなどない。ただ幸運にも生還できた者だけが、ことばも何もない、動物になった自分の絶叫のみが反響する灰色に溺れていたと知るのだ。
長谷川敏司 『あなたのための物語』5-6頁
そして、サマンサ・ウォーカーは、動物のように尊厳なく死んだ。
長谷川敏司 『あなたのための物語』428頁
とはいえ、死についてあれこれ書いているひとも、じっさい死を体験したことのないひとばかりなのだからあまり真に受けてもいられない。今週末ひとと会う予定があるから無理に美容院に行こうとしたり、ネットで可愛い服を探していたのに、あろうことか瞼の上!を虫に刺されて、どうぶつの森で蜂に刺されたむらびとの顔になった。からっと落胆しながら瞼に軟膏を塗る。よくない人相がさらに悪くて漫画みたくへこむ。
18時になんとかシャワーを浴びれて、日記をかけている。普段の生活は無理そうだけれど、在宅勤務のときくらいは記録を残せそう。明日みたらし団子が食卓に残ってたら食べる。
2022.5.31
いいねが煩わしいと書いたらいいねこなかった。意外にちゃんと読んでるのかしら。6時半アラームが鳴る。なんとか2度目のアラームまでねばる。44分起床。みたらし団子とさつまいもと卵たべる。ひじょうに満腹で通勤中かなり後悔。朝ごはんが一番豪華な生活が理想なのに。そろそろひと通りは読んでおきたい現代思想かばんにいれて家を出る。満員電車でなんとか読む。瞼が腫れているから目を開くと疲れる。仕事が終わった頃目の奥が痛くてくるしい。ふらふらしながら帰宅。22時半布団の中。
意識的になれば、こういう生活の中でもあるていどの記録はできそう。ただ聞くだけでよいと言われても、意識がある私に話しているという事実が(友人)を癒やすのだろうし、そのとおりにわたしにも意識があるからそれがつらいときもある。なるべく他者として、癒着されないよう振る舞う。永続的な関係のひけつは運と他者性とおもう。幼い女性の軽やかな他者操作を絶賛する社会きもちわるい。
2022.6.6
ショッピング楽しすぎて16時に帰宅してつかれてすぐ寝た。3時に起きてだらだらしてねて7時におきる。リモートワークで良かった。こういうよくわからない睡眠をまばらにとって満員電車に乗ると体調を崩す。仕事。なんとなくだけど指示を仰がず一人のうちに完結できるようになってきた。教えて下さいと言ってすぐわかる(資料)を案内されるととても申し訳ないからこれからも頑張りたい。でも思い入れはないのですばやく(駅)近くに転職したい。実家ぬくぬく生活できるのありがたい。
湿気で髪が広がるのがいやだから切るなりなにかしたいけどどれも迷って決められない。経営者のYouTuberが悩むことは自分にとって価値が低いということ(切羽詰まってない)、だから選択は10秒でする、そういうルールを作って無駄な時間を省くべきと言っていた。けっこう悩む時間も好きだから無駄に感じてはいない。でも早めに決めなきゃと思う。(人)ちゃんを通勤経路が同じためよく見かける。恐ろしくおしゃれ。大学生のとき(店)でバイトしてるのを見かけたし、ファッション雑誌の編集とかになっていたりするのかな。おしゃれなひとを見るとみずみずしい気持ちになる。みずみずしくなりながら『道しるべ』読む。
2022.6.7
帰りの電車座れたから日記書いてみる。つかれて頭ぼうっとする。早く帰りたい。寒くて4時起床。布団を被ってもなかなか寝付けず。昨日の夜寝る間際まで考えてたひとの夢をくっきりみてうれしい。
6:45再び起床。適当な化粧する。Qoo10で化粧用スポンジ買ったから届くの楽しみ。次はメイクブラシセットを考えてるけど収納スペースが狭くて困る。ほしいけど買わないかもしれない。もともと欲しい物を忘れたり我慢するのはかなり得意だからあまり浪費せずにすんでいる。何度も確認してどうしても必要でほしいものに惜しみなくお金を使うのがすき。買い物は買う前に悩み尽くすから失敗してもあまり後悔したことはない。プロテインいつもの3分の2、ポテトサラダ、マリトッツォ食べる。ポテトサラダはからしをいれると美味しい。マリトッツォは世間で人気になってからずいぶん気安い存在になった。今日食べたのも一袋4ついりの量産型マリトッツォ。ファッションで��うところのつけ襟やセーラー襟のような大衆的な気安さを感じて文化だなあと思う。
昨日在宅だったからPC持って満員電車。つらかった。すでに筋肉痛。上司が一日を通してをあからさまに気分が悪そうだった。そうまでしてなぜ働くことを選んだり強いられたりしているのかわからない、心配で気が散るから帰ってほしかったけれどそうもいかないところが社会だから厳しいなと思った。この間小声で死ぬかもと言いながら早退したひとは今日出勤してた。わたしは健康なうちに仕事辞めたい。
2022.6.8
優先席座った。ひやひやしながら日記書く。ここを必要とするひとがきたらすぐ譲る。疲れたから座ったけどもう後悔してる。 脱げない靴が脱げる。気が向いたら中敷き買う。起床6時半。すっきり目覚めて二度寝なし。昨日と同じ人の夢をみる。人間が短毛で皮膚がでろでろの大型犬に石を投げ、大型犬はそれを両手で受け止め投げ返す、渋谷に似た治安の悪い街で迷子になる。「だから言ったのに、この街をなめるとそうなる」と言われる。どぶの上にかかる都会的な白い石の橋。
innisfreeのファンデーションは白すぎるから使いにくかったけどかなり薄めに付けたら肌に馴染んだ。ずいぶん残りがあるし永遠に使えそう。化粧品はときめくけど必要ではないから新しく買う予定もなく無くなるまで買わない。メルカリにも出さない。メルカリで買ったポルジョの下地はかなりいいけど高くてリピートできない。普段はキャンメイクの下地でやり過ごし人と会う日にだけポルジョの下地使ってるけれど、なくなったらいろいろ調べた結果マジョマジョにしそう。ファンデーションと下地はどちらかを妥協したい。餃子7個も食べる。豚肉は塩漬けすると加熱しても赤みが消えないらしい。さらさら雨が降ってるので傘持ってく。折りたたみ傘買うべきだけどとりあえず貰い物の長傘でやり過ごしている。思い入れのないものほどなくさないから不思議。(交通機関)がかなり遅れていたけど間に合いそうでのんびり歩く。いつもの時間よりやや空いていて、この時間でも良いかなと思うけど、朝は本屋もやってないしホームに椅子もなく時間のつぶしようがない。
上司は意識的に結論から指示を出してくれるのでありがたい。昨日、なにか書こうと思って眠すぎてねたの思い返すとやや傷つく。 『道しるべ』ピンとこないから読むべき本がわからず呆然としてたけどすこしだけ本屋歩いたら元気出た。早く次の本見つけて布団入りたい。
2022.7.2
七時半起床。昨日ののこりのつけ麺を食べる。一食分サイズはだいたい半分でよい。たまに食べたくなる重い炭水化物をめいっぱい咀嚼しているときはそこそこ幸せ。一番はなすの煮浸しを食べてるとき。ワールドトリガー2期一挙放送を途中から観る。スポーツ観戦をしてるみたいで面白い。判断が遅いな、と思った���ころで実況キャラクターが遅いと解説するのでよくできている。漫画が無料公開されていたときにさらっと読んだけれど、もともと漫画を読むのが得意でないせいで何が面白いのかわからなかった。アニメになっていると色と音があるのでわかりやすい。アニメ『宝石の国』も色が綺麗だった。最近アニメを観ること減っていたけれど、在宅勤務が増えたのでまた何か観たい。
『戦艦武蔵』と『悲しみよこんにちは』を毎日持ち歩いている。文庫本軽くてありがたい。17時から(人1)と(人2)と会う予定だったけれど(人1)が一時間遅らせてほしいというのでそうなった。聞くと昨日会社の飲み会で、朝帰りだったらしい。自分とは無縁の世界で生きているひとたちの話を聞くのはたのしい。会社固有のコールがある、社員の大半が二日酔いで機能していないので二日酔いが二日酔いの味噌汁を昼休憩で買いに行くなど。飲み会。みんな明るくて元気。広告会社と営業に就職したひとたちだからかすごく気がまわり、何度もお冷をもらってありがたかった。こういう外向きのひとたちの飲み会の手際の良さには巻き込まれるたび感動する。飲み慣れた人たちはぐびぐび飲んでテキパキ話すけれど、いっぽうの私はハイボール一杯で酔うコスパのいい体になったらしく、ずっと笑っていながらよく覚えていない。年々お酒弱くなってるし酔うことも好きでもなくなってる。しばらくお酒いらない。セクハラはどこにでもあるねという話をした。前のアルバイト先の店長にされた頬を揉むという独特で不気味な可愛がり方を思い出した。
カラオケに行ったら息を吐きすぎてぐったり。歌うことは好きなのにできず、ポルノグラフィティに合わせて必死にマラカス係。久しぶりに色彩の鋭い光と音楽が自分を素通りしていく感覚を味わう。高校の同級生と会うことは余程のことがない限りない。同窓会を企画するようなひとが友人の中にいないし、連絡の途絶えたほとんどがそれきり。今日会ったひとたちももう一生関わらないだろうと思っていたので、実際に会って軽く話せているのが不思議だった。カラオケでは眠くてしんどくて子どもみたいに無口になってしまいすごく反省していたけれど、帰り際8月にまた同じ三人で会うことになり、少し戸惑っている。
au通信障害があったけれど運良く被害を受けずに済んだ。よかった。
2022.7.19
昨日の微熱が下がらない。不安になる。祖母に会いに行ってしまったのは馬鹿だった。東京ではとてもコロナが増えているのに。いつ罹ってもおかしくないのに。 病院へ行ったがとても混んでいた。9時に行って帰ってきたのが10時30分。発熱患者は待合室も隔離されていて、話を盗み聞くに私と同じように微熱が上がりきらない症状を訴えているひとが多かった。みんな不安なのだろう。それと同じようにわたしもとても不安。子どもがひたすらしんどいとため息のように呟いていたのが素直でうっとうしかった。体調が���るいと自分が助かることばかり考えてしまう。 検査は込み合っていて結果は明日届かない可能性があるとのこと。 一年前の検査は容器に一定量の唾液を溜めて提出したけれど、今は脱脂綿に3ー5分唾液を含ませるだけで良く、医療システムはこの短期間でぐんぐん効率化されている。それでも一時間半かかるのだから、最近の感染者急増はすさまじいのだろう。わたしもそのひとりかもしれないけれど。不安。 症状として、熱は37度から上がる気配はない。昨日は体に熱が覆っている感覚があったけれど、今日は汗を掻いたせいか昨日ほど籠った熱ではない。昨日と体温は変わらないけれどからっとした発熱になった。どうかコロナでありませんように。
仕事の話。通常三人体制のところを今週は一人が5日間有給休暇をとっていて、今日明日わたしが休んでしまうので一人体制となっている。一人で出来る仕事量ではないから大変だろうけれど、会社員ひとりが休んだごときで仕事が回らなくなってしまうのは経営に問題があると思うのではやく辞めようと思う。というのが強気な建前。 いっぽうで、私の代わりに在宅の人が出社になってしまった、わたしの業務を押し付けてしまった、そういうことを考えると猛烈に人間臭い弱気な悩みが噴き上がる。申し訳ない。申し訳ない。申し訳ないからもう二度と会いたくない。仕事辞めたい。
やっぱりコロナだったらどうしよう、祖母に会いに行ったのは間違いだった。たくさん本を貰ってきて、また会いに行くねという話をしたばかりなのに。最悪のことばかり考えて消耗する。 考えても仕方ない、今わかっていることはなにもない。今できることは全部正しくやったから、大丈夫のはず、(場所)は病床逼迫率も低いし、万が一のことがあっても病院をたらい回しにされるようなことはないだろう、とは思うものの…。 やっぱりコロナは早く収まってほしい、あらゆるリスクが高くて生活しづらい。あと3人以上の飲み会は今後も断り続けよう。
山椒魚戦争読み始めたらやっぱり面白い。グレムリンみたい。
追記 8.28 新型コロナではなく、ただの風邪だった。
2022.8.25
ポワントを家で履いてはいけなかった。家のフローリングについている成分をバレエ教室へもちこむと、教室の床がなぜかつるつるになってしまうらしいから。 木の板便利なところ1:広い 90*90はけっこう広い。広い木の上にすっきりPCが置いてあると導線が複雑にならないからこういう日記もすんなり書きはじめることができる。電子ピアノも置ける。立って電子ピアノを弾くこともできる。 木の板便利なところ2:左側にスペースが出来た 今まで使っていた勉強机の右側にスペースを増設したから、木の板を正面にすると左側にスペースが生まれた。左利きなので左側にスペースが生まれると作業効率があがるし、L字にスペースがあると体をぶつけない。 木の板便利なところ3:天井が見える わたしの勉強机に限ったことだけれど上部に棚が付属しているから暗い圧迫感があり地味にストレスになっていた。作業中真上に天井があるのはいがいと安らぐ。天井が高い家はよくCMになっているけれどわたしもそういう家に住みたい。 木の板こまるところ1:痛い ちょっとかさかさする。腕が擦れるとやや危険。 木の板こまるところ2:書ける 書けるし書いたら消えなそう。試していない。でもこれは将来的に長所にもなりそう。絵とか、感情の為におしゃれにするつもりはない。 木の板こまるところ3:猫を部屋に入れられない 木の板がひっくり返って猫がけがをしてしまったら怖いので部屋に猫はいれないことになった。おおきな犠牲だけれど快適な生活をとった。
2022.8.30
去年の夏原因不明の眩暈で救急車を使った際保険証をもっていなくて13000円支払った。申請すれば立て替えた保険代分の費用を返してくれるとのことで、返金申請の書類のための書類を手に入れる連絡などを毎日仕事の合間にこつこつやっている。巡り巡ってなかなか書類に届かないのは月とか地球ががぐるぐる回っているようでもう一生立て替え金なんて手に入らない気がする。積み立てnisaの申し込みとマイナンバーカードの申請もやったりして書類があちこちに散らばっているけれど木の板を設置していたので床に広げずに済んでいる。
本屋に行って練り歩いていたら坊主で短パンの男性が哲学とか社会学の棚から一歩も動かずなんとなく似合っていないかんじが似合っていた。 みすず書房のフェアだとかで『徴候・記憶・外傷』があったら買っちゃうなあと思っていたけれど『いじめの政治学』しかなかったから特に何も買うことはなかった。
2022.10.3
7時起床。朝食に茶碗蒸しと月餅。 1日に(人)と(場所)へ遊びに行った。(人)は携帯を持たないので前日までに待ち合わせ場所をメールでやり取りし、11:30、(駅)の(交通)線最後尾で会うことになる。10分前につくと(人)はもう居た。どこか行きたいところはあるかと聞かれ、行ったらなんでも面白いかなと思ってと答えるとそういうの調べないんだと言われる。恥ずかしかった。 昼食を食べお茶を買い高い月餅を二つかった。そういう経緯で家に月餅がある。毎日食べている。 BMIが18.5以下は皆痩せ型だからあなたは欠食児童と言われ、児童という歳でもないけれど面白かった。今日からひさびさにあすけんの記録を付けてみたら食事バランスでばかみたいにお菓子が突き抜けていた。月餅のせいだから気にしてない。カロリー計算上だと食べる量はそれほど多くないけれど、カロリーがすべてではないし、脂質と糖質の組み合わせによっては簡単に太るだろう。でも健康が一番なので多少の体形の崩れにはもう目を瞑っている。運動すれば良いけれどしたくない。
今週はずっと在宅勤務。勤務中にプライベートな息抜きだとか娯楽ができるのはいいことなんだろうか。
夕飯時、母親がクッキー食べてるの見てつられて食べたら母親の二倍食べた。
猫の一匹が心臓肥大で最短の余命が半年との宣告を受ける。目が見えなくなって、血圧を下げる薬を飲んでから視力が回復したので勝手によくなったのだとぬか喜びしてしまった。これから死ぬ生き物と一緒に暮らすのは弱い地震が起こったあとの破壊的な揺れを想像する時間がうっすら引き延ばされているようで不気味。どの生き物もこれから死ぬのは死ぬけれど。 一度失明したとき、瞳が光に対応できず黒黒と開ききった瞳孔が全面に光を反射していて、その選びようのなさが虚しかった。ずっと一緒に暮らしてきたのに、瞳が機能していないだけで同じ生き物ではないように、人形のように思えた。私は私の知る生の基準をそのままに、失明した猫を生きているとみなしているのか、自分で分からなかった。体験するとは多分そういうことだけれど、これは酷い話で、不特定多数の読みうるウェブ上の日記に、本当は書くべきではない。 昨日口呼吸をしていたので夜間救急へ連れて行くと心臓肥大が判明した。これからもっと悪くなることは確実で、そのスピードには個体差があるらしい。今日は一日ぐったりと廊下の暗がりに横たわっていて、この調子じゃ早そうだねと母が言った。今日一日の経過しかみていないのだから何とも言えないけれど、母は最近妹を亡くしていて、死が急速に迫ることへ慣れたがっているふうだった。 昨日はわたしも昂っていて、どうしても猫の死から逃れたく、この家を出ることでしか猫の死から逃れる方法はないと絶望していた。心臓肥大が進行し、肺に水が溜まり呼吸が苦しくなり、安楽死であれ病死であれ、溺れるように窒息しかける/する様子が続くことに耐えられず、死ぬなら私が家を出た後勝手に死んでほしいとさえ思っていた。いまは一日経ったのですこし落ち着いた。なんとなくこのまま猫の病状に慣れ、時間をかけて死んでるかもしれない/死んでいるようだ/死に慣れ、不在に慣れるのだろう。猫の死を拒む思いは全く消えないけれど一方で、生まれた以上死ぬことは決まっているのだし、せめてよりよい命のためにすべきは願いでなく行為とも思う。 猫が初めて失明した日、もう二度と視力は戻らないだろうと言われた。目の見えていない猫が妹の部屋を目指して鼻を壁に押し付けながら階段を上っていた。引用はそのとき書いたものの一部。
いつの日か温かい寝床に縫い付けられる日が訪れたとき、あなたのみる夢が最後にのぼった階段のさき、あなたを受け入れる扉の奥のにおいを蘇らせますように。
今日は階段を上る元気もないようで、撫でると喉を鳴らすのみだった。生きていた。 できれば、生きていることあまり大袈裟に捉えないようにしたい。生きていることの過度な祝福は死の否定で、死と生は地続きだから結局生の否定に反転する。もうたぶん、人生で動物は飼わないと思う。
2022.10.4
起床8時。月餅とヨーグルト、茶わん蒸しを食べる。月餅残り一切れ。最近は夜更かししてしまうので起きる時間も遅くなっている。そろそろ早く寝る習慣を付けないといけない。とはいえ今は10時だけれど、もう眠い。
『月の三相』読みながら労働。
猫は一日廊下の隅から動かなかった。一昨日病院に行く前は階段を上ってトイレで息を切らせていたけれど、それさえ元気に思えるほどぐったりとして、糞尿を垂れ流している。あの晩に病院に行き、嘔吐や下痢をしたことがなにか張り詰めた生気のようなものをぷつんと途絶えさせてしまったのかもしれない。胸を引き上げるみたいに息を引き込んで、重力に任せて呼気を追い出すような呼吸を繰り返している。動かないから分からないけれど、動けないほどつらいのだろう。本当に別れは早いのかもしれない。でもこの様子を見ていると、がんばれとはとても言えない。
昼は昨日からそうめんを食べようと予定していたのでそうめんを食べた。100gで330カロリー。四分ほど茹でるうちにお湯に入りきらなかった面が焦げてしまった。4倍濃縮のめんつゆを薄めて食べた。 昼休憩後留守番のためリビングで仕事をしていると動物病院から電話がかかってくる。仕事をして良かったことは二点、電話に出やすくなったことと、Ctrl+Aを知ったこと。土曜に予約を取り付け終話。
どこかの知らない、けれど存在する町のルポルタージュのように小説を読む。段落の機能に感動する。ものを割り開くことより事象をなぞることができるようになりたいけれどそれは時間の経過、並走することだから今までやってこなかったことで大変だ。25ぐらいまではまだ分解を楽しんでいそうだけど30までには並走もできるようにしたい、40あたりで並走に重心が置ければまあ成功だろう。その辺で人生もすこし楽しくなってくる予定。また生きていかなくては。
ひとと話していて口癖が「でも」だと気付き反省。わたしの「でも」は一旦相手に納得して、思考を相手に傾けてからの揺り戻しで意見を発する「でも」なので、相手に完全に納得しているのだけどそんなこと言っても無いのだから伝わるはずがない。さらにこの会話だとすべて意見は逆張りになってしまうのだからなにも上手く行かないだろう。”でも”、「でも」を使わずに会話を展開させるやりかた分からない。会話って展開しないものなのかな。
0 notes
Text
外壁塗り替えたのか🏘
ずっしり、、
園内のりものは観覧車しか乗らなかったけれどもコスモワールドで今ラブベリ20thコラボしていて、せっかくなのでスタンプ集める。元がグラフィックだからかキャラクターの面影ないね〜ハイライト♡だね内容を知らないままの参加に寛容な大人になった。私は多分初めて入ったが建物内もなかなか昔ながらで、通路の途中にあるガチャ機が懐かし当事者だった。そこでなかなか出会えないでいた100円スタンプも見つけたら、出て欲しかったクレープ柄のらぶが出て、おあつらえすぎてルンッとなった。お腹が減って、クレープ食べる。胃の調子的に揚げ物でもなく生クリームやチョコでもなく、カスタードブルーベリー味にしてみた。つられて。お渡し口必要ないんじゃってくらい秒で包まれて渡されてすごかった。スタンプシート貰わずだったのでアウトローな周り方をしたが、ラブベリスタンプの一つ(ロゴ)がエアーキャビン建物内にあって、桜木町側(では映像や音声コラボは行われてたけど)反対側にしかないということで テニプ��コラボも来月あるらしく予習またはデジャブなのか?残像なのか?
このところのかねてから船の形の風景印憧れていたのでえーいと横浜港郵便局行ってみる。(近辺の印も素敵) 道、LADYのMVのとこであるね。向かいのタリーズも建物おしゃれだよなぁ 2月にもこの周辺までテクテク歩いて迷ったりしてたけど、歩けるなぁと思ったりちゃんと遠かったりした、大さん橋の乗り場の広いことと薄暗いことよ🤭船内でも立ちっぱなしだったのが効いたのか足がパン 90分立ってると痩せるよみたいなのはジャストな乗船時間だよ
大さん橋から、東京夜景クルーズへ 早めにチケット引き換え済ますかと向かって時間まで探索するかと、木造の床に夕方の体力を奪われながら回っていたら、いつのまにかこんなに?とズラーッ列出来ていて、乗り場も疑って迷ったりしてしまった。大きな船なんだなぁさるびあ丸。昨今コラボイベしているらすぃ 夜景に飽きる子供でなくても謎解きなぞザッとやって汗や体温の冷えない格好して見えるものを見ようとしたほうが良さそう
音楽フェスなど複数箇所で開催していて、観覧車に楽器模様など🎡インターコンチネンタルの天使は目視見えず。笑 でも白妙の〜で。見えます。ありすぎるから知らないままだけど、施設や名所少し詳しくなりたいです
えーびしっぽ踊ろ🎙 サルビアって緋衣草と呼ぶのね
えびステージの日ではなかったけれど、グッズ....売店やステージ位置など全然アナウンスも誘導も整備もなくてびっくり。そうか。。船の造りは縛りなのだろなぁ。列に並ぶほどにはなっていなかったと見えて、一応難なくの範疇なのだろな。広くて狭い船の中、船員の乗組の溝、尋ね方の難しさ。乗船は4階、下船は5階。についてだけでもアナウンス欲しい...。乗船チケットも回収...!? そのうち夜景ガイドの5階アナウンスの方のそばで風に晒されて堪能し過ごした そんな感じしなかったけど屋上の人にも聞こえてるのかな? 海からよく見れば見えるスポット多いのでぼんやりしたままのものも近づけるものも面白かった
苔ぽんも私も衣、てんかす、揚げ玉みたいなベージュあいてむを身につけてコラボ乗船
各地スタンプありすぎてびっくり、クラフトノート終わってしまった🍤
0 notes
Text
Trip to Korea, September 2024 - Day 1: from Bangkok to Seoul
Late summer vacation, second half. I left Thailand and spending the rest of my summer vacation in South Korea.
遅めの夏休み。タイから移動して、後半は韓国で過ごします。
深夜便のバンコク〜ソウルのフライトから、大荷物を持ってオフィスへ。夏休み中ですがミーティングに参加。いつものオンラインの向こう側に、今回は私がいるのがちょっと面白い違和感w
ミーティングが終わってから、「お昼連れて行ってほしい〜〜」というオーラを出していた私。(確信犯) 「何食べたい?」と聞かれてリクエストしたのは「ブデチゲ」! そこでランチに連れて行っていただいたのがこちら。
◾️サムボプデチゲ 삼보부대찌개
📍서울 서초구 효령로68길 102 선민빌딩
こちらは、昔は焼酎会社のオフィスの近くにお店があったそうなのですが、焼酎会社とビール会社が合併してオフィスの場所が変わった時に、一緒に移転してきたという超老舗。平日のお昼なので、お店にいるのもほとんど会社の人でした。
ほとんどの人がブデチゲを頼むからか、テーブルにデフォルトで麺が置いてあるw さっぱりタイプの水キムチも♡おいしい。
みなさんは平日のお昼ですが、私はプライベートなので、ランチからビールいただきます!TERRAビール🍺 ゲヘゲヘ
ブデチゲだけでなく、贅沢にステーキも頼んでくださったので、遠慮なくいただきます。\ワーイワーイ/
ジュージュー!🥩 ワーイワーイ!🥩
ステーキはいいお肉で美味しかった!じゃがいももうまい。
こちらが名物のブデチゲ!5人分なのでめちゃくちゃ大鍋です。
韓国は麺がしっかりしてて美味しい。煮込むの専用で麺が作られてるから、煮崩れないし食べ応えしっかりのモチモチ麺です。
ソーセージとハムがたっぷりでお腹いっぱいです。美味しかった〜
ランチなのに、夜の飲み会が終わったかのようなテーブルw
その後、おすすめの喫茶店で猫に癒されながらコーヒーブレイク。 🐈(ねこさんは繋がれてないけど、どんなお客さんにもクールに対応していて爆キャワでした)
その後、ホテルに移動して荷物置いて、ちょっと休憩。 成田〜仁川のフライトの友人とソウル駅で合流して、晩御飯へ。
サムギョプサルが食べたかったので、Twitterで評判のモクサル屋さん(豚バラ焼肉=サムギョプサル、豚肩焼肉=モクサル)へ向かったのですが、残念ながらめちゃくちゃ混んでいた...
▼行きたかった方
「2Fにもお店あります」と書いてあったので、てっきり同じサムギョプサル屋さんかな?と思ってそちらへ。...入ったら全然違った...苦笑
◾️60年伝統新村黄牛ホルモンカンナム駅直営店 60년전통신촌황소곱창 강남역직영점
📍서울 강남구 강남대로100길 13
とはいえ、木曜日の夜とはいえ結構混んでいる中で入れただけラッキーかも。ホルモン鍋のお店でした!
▲結構混んでた!ということは正解のお店だと思う(確かに美味しかったし)
みんなが頼んでいるものを注文すれば大丈夫だろ、ということでメニューを翻訳して確認。
ん、基本的にはホルモンの部位が違うだけで、鍋なのは変わらなそうだな、ということで、「生盛り合わせ(2人)」を注文。 (こういう時、naver papagoがめちゃくちゃ翻訳精度が良くて便利!)
お鍋は、お店の人が「いいよって言うまでちょっと待ってね」と言いながら大きなホルモンをカットしてくれました。ちょっと煮込んで出来上がり!
ホルモンなので、脂がすごいw 超グツグツです。
大量のニラが脂をまとって、これもまたうまい。
味わいはちょっとだけ醤油のすき焼きっぽさがありつつも、どちらかというと胡椒系。味濃いめなので、酒が進むぜ!
最初にTERRA飲んで、その後に新商品のTERRA Light飲んで、
ガッ���リ4本楽しみました🍺
最後にご飯を追加して、炒め飯にしていただき、、、
(▲おばちゃんが豪快に混ぜ混ぜしてくれた)
ガッツリ完食!ごちそうさまでした。
「せっかくだから1日1ビアバーだな」ということで、腹パンですがビアバーに移動。お店とホテルの間にあったこちらへ。
◾️アートモンスター カンナム駅店 아트몬스터 강남역점
📍서울 강남구 테헤란로1길 28-3
入口可愛い〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!! 香港的な看板で、めちゃくちゃいい。可愛い。 アートモンスターは前回別のお店(乙支路店)に行ったけど、そっちはそっちで可愛いんだよなあ。テーマがある内装で素晴らしい。
お店の中も可愛い!
ここのお店は、全員リストバンドをつけてもらって、後から精算する「注ぎ量り売り」のタイプ。タップの上のセンサーにピッとしてから注ぐと、量によって〇〇ウォンって表示される仕組みです。
タップは結構本数多いし、自社のものと海外ものといろいろあって良い。とはいえ、私はせっかくだからここのお店のが飲みたいと、
美味しい〜
結構いろいろ飲んだけど、ちょっとずつだったのもあったし、かなりリッター単価割安だったのもあって、1人2500円くらいで収まりました。大満足だお。
ということで初日はこれにてお開き。 晩ごはんのホルモン鍋の脂がしっかりしてたので、だいぶ早めに終了しました。脂に弱くなったなあ...苦笑
◾️江南アールヌーボーホテル 강남아르누보씨티
📍서울 서초구 서초대로74길 49
今回のホテルはこちら。2人宿泊で、できるだけ広めなお部屋で、かつ1泊10000円を目安にして、かなりリストアップして選択。
▼クリスタルツインルーム(29平米)
想像していたよりリビングエリアが広いw キッチンあり、洗濯機あり、めちゃくちゃ大きいビルトインの冷蔵庫...など、そこはかと「田舎の金持ち」感のある謎の内装でした。 でもお値段の割に広いしよかったかも。
ちょっと駅から歩くのがネックかな。 江南駅周辺は繁華街で便利だけど、なんだかんだ私は乙支路・鐘路エリアの方が好き❤️笑
【2024年9月 ソウルの旅】 ・Day 1 👈THIS └ サムボプデチゲ 👈THIS └ 60年伝統新村黄牛ホルモンカンナム駅直営店 👈THIS └ アートモンスターカンナム店 👈THIS ・Day 2 └ DMZツアー └ 臨津閣平和ヌリ公園・都羅展望台 └ 第3トンネル・統一村 └ Seoul Gypsy └ プチョンユッケ ・Day 3 └ 神仙ソルロンタン └ Seoul Brewery └ タルメクスーパー └ Chillhops Itaewon Project └ トヤジンガ └ Craftbros Taproom └ オダリチプカンジャンケジャン
+α 韓国旅行で便利なアプリ
0 notes
Quote
【遭難した話】 3/31(金)始発のバスを下りて私は1時間ぐらい歩いたつもりだったが、警察の方は30〜40分ぐらいの距離だと言っていた。 まずここから滑落まではただただ情報収集不足だったし、装備不足、判断能力不足。 落ちるべくして落ちました。 山屋だから当然、YAMAP、ヤマレコ、ココヘリも所有済。 なのに一切準備してなかったんです。 登山じゃないからって、渓流釣りを舐めてました。 知らない土地なのに、とにかく行ってみよう!と甘く見ていた。 地図読みなんかも一応出来るのに、ちゃんと見ていなかった。 そんなアホが大勢の人達を巻き込んでこの大事故を起こしたことを、まずお叱り下さい。 橋の近くまで来て川を覗き込んだ。 岩肌を見てここから下りれそうだなと、登山の経験を過信して行けると判断した。 その判断は大間違いだった。 土が柔らかく思ったより足場が悪かった。 捕まる木々も根っこが不安定だった。 案の定、早速落ちた。 10〜20mあったんじゃないか? 一回転したと思う。 そう、私はこの日釣りに来て早々に滑落したんです。 救助に来た警察官にも言われました。 えーじゃあ全然釣り出来てないじゃん!って😂 その後正しい入渓点を教えてくれました。 リベンジしに来なきゃねって。 優しい世界です。 私の返事はもちろん! 妹は余計なこと言いやがってと言っていましたが…w 落ちた先は川の端っこでした。 記憶が定かではないけど、多分お尻から落ちたんでしょう。 横に転がり両手を川の中に付いてました。 直後はパニックになったけど、落ち着いて落ち着いてって自分をなだめながら、まずスマホを落としたのを確認。 手足がどれだけ動くか確認。 生きてる?動ける?歩ける? スマホの電波はここまで来る途中からなかった。 だからスマホがあってもどうせ救助要請はできなかった。 頭は打ってない、首も胸も大丈夫、手も動く。 呼吸を整えて!ふうふう。 うん、立てない… あぁ右脚がダメだ。 左はなんとか付ける。 お尻も痛い。 あぁ、骨盤やったな、こりゃ… 右脚を引きずりながら腕の力で上流に少し移動したけど、ハングした岩があってそれ以上行けない。 まず落ちた場所が道路側で上から覗き込んでも見えない位置だったから、川を渡って対岸に移動することを決めた。 約2mの川幅で水流も弱め。下手したら水に流される可能性もあったけど、そこは意地と根性… 水に入れば浮力で足は楽になるから、後は腕力だけで移動。 顔に水が付くぐらい深い所もあり這って進んで流されそうにもなったが、女の根性火事場の馬鹿力。 無事対岸に到着。 上半身まで濡れて低体温症も恐れたが、その日暖かくなることを知っていたし、向こうに行かないと発見されないと思った。 そこから登り返すことは不可能だったし、右脚の大腿部頸部と骨盤をやったかもしれないと思っていた。 骨盤骨折が如何に危険なことかは知っていた。 内臓や血管を傷付けたら出血死すると分かっていたから、これ以上動かない、もうここで救助を待つことを決めた。 ある程度平らな場所で力尽きて寝転がった。 案の定寒くなって来て、まずリュックに入ってる物を出した。 若干濡れたULダウンと、レインウェアを急いで着る。 でも足が動かなくてズボンを履くのに苦労した。 痛過ぎてお尻が上がらない… そもそも体を起こすのも辛い。 痛みを我慢してやっと履いた。 靴もびしょ濡れで一旦脱ぎたかったけど、脱いだら履き直せなくなりそうだったし、それ以上手を伸ばすのはもう痛すぎて紐を緩めるまでに留めた。 着ていたフリースはしっかり水を吸ってしまったため、絞れるだけ絞って、足の上に広げてかけた。 このお天気で少しでも乾いてくれたらと願って。 食料は多め��持っていて、おにぎり、サンドイッチ、パンを各1個。 しかし水を入れてたボトルも紛失したことに気づいた。 沢の水を飲めば良いんだけど、動けない。 どうしたものか… 釣り竿にコンビニ袋を付けて、袋で汲み上げる作戦! 持ち上げると竿が折れるから、ズルズル引きずり上げて、大成功。 ただ袋の水を手で掬って飲むことが出来なかった。 何故なら痛過ぎて手を付いていないと上半身を起こしていられなかったから。 朝食べたおにぎりの空を使って、それで掬って飲むことにした。 大した量は入らないが、いっぱい飲む訳ではないから、充分のぐい呑みだった。 いつ発見されるかわからなかったから、脱水、低血糖、低体温症にならないようにと考えた。 動かないからお腹も空かないけど、食べないと低血糖を起こすし、エネルギーも必要だと思って、ちびちび囓った。 もしかして一週間も見つからない可能性もあるかもしれない… 食料は残さなければと思った。 ここまでまだ朝の話だ。 一日長かった。 平日で釣り人や沢登りの人は皆無だろうと思った。 天気も良い。 だが定期的に寒気がやって来た。 悪寒と言うべきか、全身の震え。 いちいち筋肉が強張って患部が痛んだ。 これは外傷による身体反応なのか、外気に対しての寒さなのか、最後まで分からなかった。 長靴もあった。 靴を履き替えることも考えたし(無理だった)、最初は手を突っ込んで腕を温めるもしたが、体幹を温めることが大事だと思って、上着の中、胸に入れた。 小さい保冷バックもあったからそれも胸に。 他にもジップロックやコンビニ袋があったから、背中に入れた。 替えの靴下は手袋になった。 周りには落ち葉がたくさん積もっていた。 少しでも身体を温めるように、枯れ葉を掻き集めてこんもり足に乗せた。 どうやって集めるかって? タモ(釣り用の網)を使って、見えない頭の方も目一杯手を伸ばして回収。 時間はたっぷりあるから、普段のサバイバル精神をフルに使って色々工夫した。 流石に夜は寒かった。 リュックを肩に乗せて寝ていたら、自分の近くに石が落ちた音が聞こえた。 上の山で鹿が歩いてるんだと思った。 あいつらが歩く度に落石があると思うといつ頭に直撃するか怖かった。 リュックに両腕を入れ頭を保護。 追っ払うために声を出したら、そのうち落石はなくなった。 ちなみに翌日も同じことが起きた。 熊もいるかもしれないけど、岸壁に囲まれた深い谷の渓流だから、餌場もないし動物はあまり入らないだろうと予想していた。 熊だけは来ないことを祈るしかなかった。 ロキソニンとエペリゾン(鎮痙剤)とデパス(抗不安薬)、眠剤各種を持っていた。 夜をメインにちょっとずつ時間を見ながら内服していた。 夜がとにかく長いから、眠りたかった。 時計はあまり見ないようにした。 見てもあまり時間が経ってないから。 2日目も良い天気だった。 今いる場所がどうも斜めになっており、真っ平だったため体を起こすのが辛かった。 頭側を高くしたかったから、数m、ほんの少しずつ腕の力で移動し、具合の良いところで収まった。 万能道具達も同時に移動させ、また枯れ葉を掻き集めた。 土曜日だから釣り人に期待した。 時々見上げた先の道路に車が通るのが見えた。 声を上げてみたが当然気付かれることはなかった。 よっぽど車から降りて見下ろさない限りは見えない深い谷だった。 天気が良いのに相変わらず定期的な悪寒と、とても眠かった。 窮地に立って仮死状態になるのか? ウトウトすることが多かった。 寝てると悪寒が来て寒さに震えてたまに痛みを堪えてなんとか起き上がって水を飲んで食料齧って… そんなことを繰り返してると、夕方になった。 この日出勤予定だったから、職場に来ない連絡も取れないとなれば確実に捜索願が出るだろうと思った。 ここから捜索か… 夜は動かないから明日の朝からだな… どこかで明日には見つけて貰えるだろうと期待していた。 Suicaの履歴を調べりゃ直ぐわかると思っていた。(実際はそうじゃなかった) もう一晩我慢しなきゃ。 いよいよ体力?筋力?が落ちて来て自力で首が上げられなくなった。 手で頭を持ってなんとか半身を起こして水を飲んだ。 2つ目の食料残り僅か。 3日目に入った夜、小雨が降った。 眠ってて気付いたら足の上に乗せていたフリースが濡れてしまって凹んだ。 まぁ下半身はすでに濡れてたし、落ち葉をたくさん乗せて葉っぱに埋もれるようにしていたからそのままにした。 足が寒いのは仕方ないから上半身だけを守った。 幸い雨はすぐ止んだ。 夜が明けて青空が見えたのは奇跡だ。 今日は日曜日、人が来ないか期待した。 ふと横を見ると釣り人が見えた。 と思って大声で叫んだけど、向こうに行ってしまった。 とうとう幻覚が見えるようになったか? 低体温症で幻覚が見える症状があるが、そこまで重症になっている印象はなかった。 そもそもそうなれば自覚もないんだろうけど… 脱水も低血糖もなさそう。 貧血でもないと思う。 それを心配する余裕もまだあった。 冷静を保っているつもり。 沢の音で声はかき消されるし、横たわってたので見えなかったのかもしれない。 ただ、前日より更に眠気が強く、夢だと思うしかなかった。 首が上がらないし、疲労もあって起きるのは精一杯だった。 もう半身の半身で、ほぼ横向きで水をやっと飲んでいた。 眠気が酷い。 この日も時々車が通り過ぎるが、声を出して無駄な体力を使うより、大人しく見つけて貰うのを待とうと、辞めたというか諦めた。 どこかで今日見つけてくれると信じていた。 上のガードレールとは別方向の道路に、白い車が停まってるのが見えた。 いつから停まってるか気付かなかったが、何度も見てあれは車だよな?と目を凝らした。 きっと釣り人が来てるんだろう。 車にはいないだろうから、車に帰って来たところがチャンスだと思って、その時に声を出そうと決めていた。 眠気に負けてよく寝ていた。 悪寒で起きて、水を飲んで、食料を齧って、また寝て… 時計は見たくなかった。 空の色や影を見て、なんとなくの時間を予想していた。 時間が経つに連れ、もし今日来なかったら…また夜かぁ… そろそろ雨が降るんじゃないか。 体力…持つかなぁ… なんて不安もよぎった。 陽が傾いて来た頃、ふと見ると白い車が消えていた。 しまった!いなくなってしまった。 まぁ声を出したところで無駄だっただろう。 諦めるしかなかったが、一つのチャンスだと思っていたから多少凹んだ… 時計を見たのは15時半頃だと思う。 捜索時間はもってあと1時間半だな… 陽が暮れたら明日だ。 間もなくして、ふと見るとガードレールから人が覗いているように見えた。 声を出したらどこかへ行ってしまった! 待って!行かないで!ここだよー! やっぱり幻かと思った… そしたら、いなくなった人が戻って来た。 …手を振ってる。 そして続々と人が集まって来た。 あぁ…救助が来たんだ。 両手を振り返した。 第一声、「大丈夫ですかー」と聞かれた。 腹から声を出した。 それからもその距離で大声で叫びながら会話した。 名前を言えるか、動けるか、どこが痛いか、等々。 到底3日遭難して弱っている声ではなかった。 なんだ、自分結構元気じゃん、と思った。 そこからまず一人の警察の方がロープで下りて来たが、私が下から見て下りるルートを指示するほど、急な崖だったことを再認識した。 もし両腕、両脚を付いていたら開放骨折、出血死だっただろうし、頭や首だったら即死。 肺を傷付けていたら3日は持たなかっただろう。 出血がないことは本当に奇跡。 消防の救助隊をもう一人要請している間、警察の方と和やかに会話した。 温かいお茶を保温ボトルに入れて来てくれて、ありがたいと受け取ったが熱過ぎて火傷するわい!と心の中で突っ込む余裕もあった。(最後熱過ぎると正直に言った←この期に及んでワガママ言うな!) 骨盤と、当時は右大腿骨頸部もやったと思っていたからそれを報告して、簡易的に固定してくれた。(激痛) もう一人も下りて来て、後は救助用の担架のボードに折り畳められた。(激痛) 下半身は川に沈みながらも対岸へ移動。(激痛) 上の道路から崖を吊り上げる形で無事、地上に戻った。(激痛) もうそこからはたくさんの人間に取り囲まれ、外すもの付けるものガチャガチャやいのやいの。 皆さんのプロの手際でストレッチャー に移動し、救急車に乗った。(激痛) 本当に情けないことに、毎度断末魔の叫び声を上げ、涙が出るほど痛かった。 テメェが悪いんだから痛いのぐらい我慢せいと言われるだろうが、こんなことになるとこんなに痛いんだよというのを伝えたいから敢えて言う。 今も痛いけど、生きているんだから感じる痛み。 もし死んでたら、痛いなんてワガママも言えず、今ここにいないんだ。 私の不徳の致すところで、最初は誰一人行き先を知らなかった。 そんな中での救助に至るまでの経緯は、また改めてツイートすることにします。 怪我はもちろん、見つかったのも奇跡があった。 全ては妹と友達、たくさんのいいねと拡散で心配してくれた皆様、警察及び捜索隊の方々のお陰です。 遭難の間の話は一旦これで終わりますが、感謝してもし切れず、伝えたいこともいっぱいです。 アホの遭難話をどうか笑い事にしながら、山や渓流、自然を楽しむ皆様がどうか安全に楽しんでくれることを願って、このお話を締めたいと思います。 まずはここまで本当にありがとうございました。
ぴちこさんはTwitterを使っています
2 notes
·
View notes
Text
2024/08/04
すすきのから出て、サンドリアに行こうとしたら行列ができていたので断念 代わりに山鼻のどんぐりに行く 二人が選べない〜と嬉しそうでよかった 好きな米粉パンがあったらしい 私は、明太チーズノンパンをレジ間際でゲット どんぐりはパンのワンダーランドなの コーヒーをこぼしたりアクシデントはあったけど無事到着して二日目開始。1日目よりは穏やかだったけど、目標金額に到達していたのでよかった 1日目の終盤に運営側の色んな人が買ってくれて、実際に履いてくれているようで、「調子いいですよー」と教えてくれたのが嬉しかった
隣のアウトドアファッションのお店は、山登りの人たちに大人気で常に人がいた 生地が良さそうで、形が可愛かったので私も買いたかったけど我慢 高知から車で来たらしく、帰りもちょこちょこポップアップをしながら帰るらしい チャリ屋さんも、帰りは函館までチャリで行って、フェリーで帰るらしい。イベント翌日に山に登ってから拠点に帰る人もいた。みんな自然での遊び方を知っていて、このイベントも遊びの延長なのだった 仕事を遊びに接続する楽しみ方を知っている、おしゃれでいけている大人たちだった!かっこい〜
打ち上げの前に、三人でお疲れ様会をしようとして店を探す 最初はメンタに行こうとして、ロッジからかなり散歩してたどり着くがまさかの臨時休業 札幌に来ると、全く歩くことに抵抗感がなくなってしまうので、タクシー乗らない?と言われるほどの距離を難なく歩こうとしてしまうので、お腹空いているだろうにごめん...と思いながら一抹の期待を込めてM'sに向かう。FORKにあかりがついてる!!まさか!!と思いながら入ると空いていた!! 量が少なめなので、それはごめんとおもいながらも、全部うまいので期待 クラシックが本当ーーーに美味しかった 一日外で売り捌いた甲斐があった!!特にズッキーニと空芯菜のパスタが美味しかった〜パスタに空芯菜って珍しい レモン風味の海老マヨも美味しかった。社長が「チェリーが札幌に住みたい理由がわかったわ」と言っていたので、なんでなんでと言ったら、ご飯が安くてうまい とのことだった ご飯が大事な人たちと働けていてよかった
そのあと、まだ三人で飲みたいな〜〜と思いながら東側に歩いていく 狸小路の中の空き地というスペースで友達がコーヒーを出しているっぽかったので、通りかかったけど、入場料がかかったのでやめた。そのまま宿に向かうと、外でたくさん人が飲んでいて、ほぼ路上を占拠していた アウトドアショップのお姉様とおしゃべりしながら、タイミングが合えば仕入れたいです、と言ってもらう。飲み会に顔をだして色々決まっていくのだよな〜...と思う その後、母と父の役割のはなしを路上にコンテナに板を乗せた簡易的な飲み場で飲みながら聞く 子どもは色のついた状態でうまれてくる、子どもに自分を照らしてみることになる それでも自分で精一杯で他人のことは考えられないなあとおもう でも子育てしている先輩たちはみんなみんな楽しそうで、「子育てはね〜楽しいよ!」という先輩たちの顔はほんとうだった ランドセルの批判をしながら、もっとライトななんとかっていう素材のやつがあるのにね〜と言っていて、アウトドア視点が根っこに根付いている...と思う
ULという概念があるらしい 「登山スタイルの一つで、装備の軽量化を意味。必要最小限の荷物で軽いギアを背負うことで、体力の消耗が抑えられてより早く、より遠くへ行けるように。」だそう 売っているときも、「このあと山に行くので袋いらないです、」というお客さんもいた。登山やトレッキング、チャリなどの行動として表出する遊び方はそれぞれだけれど、根っこにある同じ考え方があるような気がする 遊びと仕事が地続きだったり、なるべく荷物も、人間関係も軽くしていたり... スタートアップではなかったネチネチした絡まれ方が一切なかったし、快活ではっきりした(しかも嫌な感じではない)人が多かった 運動してるから、心身健康なのかな...シンプルな話なのかもしれない
そのあと、満龍にラーメン食いに行くぞ〜〜となったけどあんまり元気がなくて寝に行ってしまった ずっと誰かといるので一人になりたかった スマホを見ながら、オモコロもYoutubeも全然見てないなーと思う そういえばオリンピックかーとも 一人でいると、インターネットからと距離ができる 当たり前か
0 notes
Text
台湾1周サイクリング
2024/06/05 - 2024/06/14 @台北~台北:約920km
登山の"ついで"、にしては相当ヘビーだし、なんならこっちの方がメインなんじゃないか、という感じもするけど…せっかくの機会だし、台湾1周サイクリングをすることにした。さすがに玉山登頂翌日の朝出発は乱暴だったかもしれない笑。睡眠時間足りてないし、足の疲労もある、その上自転車も組み立ててない。そんな状況でも、玉山から戻った夜は、やけにテンションが高かった。サイクリングが楽しみだったからだと思う。そんな風に感じたことは普段全くないから、なおさらそのままの勢いで出発してしまおう、と思ってしまった。
全部終わって振り返ってみると、やっぱりやってよかったと思う。1回目の退職記念にはキリマンジャロに登り、今回、2回目の退職を前に台湾1周のソロライド、10日間。5年近く勤めた仕事を振り返ったり、労ったり、次のステップに進む英期を養ったり、という意味で僕にはこれが必要だったんだと思う。贅沢ではあるけれど、(仕事を一切しない)長めの休みを取るのも久しぶりだし、職業柄、日常を離れて未知の風景を楽しむ、というのは大事なことだと感じる。幸い、体力とか装備、お金、といった大きなところの心配が不要だったことがハードルを大幅に下げてくれた。一見無謀とも思えるこのチャレン��も、実はそこまで大変なことではなかった。
真ん中に紐みたいな短い赤い軌跡が登山で歩いた距離・場所だから、台湾をかなり堪能したことが分かるな…。
1日目 (台北から新竹) 86km
6月4日、玉山下山後、夕方6時に台北着。そこから翌朝出発の準備を始める。自転車の組み立ては当然すんなりとはいかず、シンガポールからの移送中に前輪のシーラントがケース内で漏れまくっていた。慌ててシャワー室でスペアチューブを足して、なんとかタイヤが機能するように。結局、前輪はチューブあり、後輪はチューブなしの状態でスタートすることに。加えて、急遽買ったミニ空気入れが上手く使えず、40psiぐらいが限度だった。もうそれで手を打った。
泊まったホテル(Brother Hotel)が親切で、登山グッズの詰まったバイクケースを10日近くただで預かってくれるところだった (引き換えに計4泊滞在)。ホテルの部屋でバイクを組み立て、朝食、荷物を預けて、チェックアウトし、台湾でのライドスタート。ラッシュアワーを避けて、早めに出ようと思ったんだけど、いろいろもたついて、結局8時になってしまう。モロに交通量が多い時間帯。それでも幸い曇りだったし、バイクに異常もなく、無難にスタートできた。河原で記念写真を撮ろうにも、全然笑えない自分がいた。不安要素が多すぎたから、顔がひきつっちゃったんだと思う。台湾政府公認の1周路を辿るにしろ、道に迷わないかとか、事故の心配、荷物が気になったり、天気が心配だったり、ペース配分が分からなかったり、言葉が思った以上に通じなかったり、と最初の2日ぐらいは実はライドを心から楽しめていなかったかもしれない。とにかく細かいことで気が散っていた。
例えば、新しく買ったサドルバッグはこの時初めて取り付けて、僕のバイクと仕様が合わないことに気づく。がっちり固定できないうえに、たぶん荷物が重すぎた(か多すぎた)せいもあって、途中から徐々にずり落ちる事態に。つまり後輪にバッグが当たる最悪の状況。その上、台北出発から1時間も走らないうちに雨が降り始める…。雨対策も万全ではなかった。振り返ってみても、9日間のライドの中で、初日が本当にハードな日だった。右も左も分からないのに加え、結局、昼ぐらいから新竹のホテルに着くまでの数時間、ずっと強い雨に打たれながらの走行で、本当にやる気をくじかれた。ずっと濡れたままだったから、寒さにも襲われて、到着間際は顔が真っ白になっていた。夕方ホテルに着いたあとは、体を洗って、服類を乾燥へ。この先のライドが不安になる…。でも、長いマラソンなんだと理解して、気持ちを切り替えた。その日の失敗から学べばいい、ということでポジティブに捉える。サンダルが壊れ、急遽モールに買いに行ったことと、夕飯を食べただけの夜。
2日目 (新竹から鹿港) 131km
雨のライドがややトラウマになったけど、まあ進むしかない、ということで朝早くから準備開始。なるべくサドルバッグへの負荷を減らすように荷物を分散させて、濡れてもいいものはポケットに収納。レインコートは昨日に引き続き着てスタート。かなり改善。ただ、自転車をストレージにずっと放置したのは良くなかった。朝行くとチェーンにサビがつき始めてた。昨日のライド後に乾拭きせず、相当汚れていたのに、何もしなかったから。結局洗う術もないまま、とりあえず油をさして出発へ。2日目は長い海沿いのコース。事前情報では強い追い風、のはずだったのだけど、あまり風は強くない。途中からパラパラと雨が降り始め、また嫌な予感がよぎったけど、幸い快方へ。苑里で排骨酥麵の昼食後、午後には台湾で初めての太陽を見て、一気にテンションが上がった。晴れるだけで、こんなに嬉しくなれるとは…。ちなみにライド中は1時間半おきにコンビニ休憩・ランチ休憩を取ってた。イートインのできるコンビニはすごい重宝。お店に入る前にTシャツと短パンを重ね着して、それにサンダルに履き替えて、一応きれいさをアピール。おにぎり・パン、バナナ、ジュース類を補給して、ごみ捨て、トイレもさせてもらう。クレジットカードが使えるのも強い。自転車をガラス越しにチェックできるのもいい。台中を過ぎて、彰化市のバイクショップでクリーナーを購入、そして空気も入れてもらう。帰りがけにショップオーナーがエネルギージェルをサービスしてくれた。優しい。この日のライドが全日程中、一番長く、7時間ぐらい。さすがに集中力を維持するの���至難。鹿港という歴史のある街に到着。この宿はb&bスタイルのオシャレなところ(a day in Lukang)で、庭付き。そこでバイクの水洗いをして、チェーン諸々の洗浄ができたのはすごく良かった。ただその最中、蚊にものすごく刺されたのがのちのちまで辛いことに。
3日目 (鹿港から嘉義) 77km
この日はスーパーで買ったパンを食べてスタート。晴れ。正規のコースに合流するまで運河沿いを走行。最高に走りやすい道。お昼は斗南駅近くのバーガー屋さん。この日は一番短い距離を移動。雨の降る気配はほぼなく、この頃には天気予報のあてのならなさに気づく。梅雨の時期でもあり、雨とか雷雨が24時間・1週間連続で予想はされてはいたものの、結局晴れや曇りの場合もすごく多かった。この日以降は、レインジャケットはバイクのフレームに括り付けて、結局最後まで使わなかった。
ホテルには3時ぐらいには到着。お腹がすいて街の方まで歩いていくことに。その途上で再認識する台湾のスクーター・原付文化。これらのためのインフラがあるからこそ、自転車ロードの整備がさほど無理なくできるんだろうなと思った。車とは別の自転車専用レーンがほぼずっとあるから、危険性をほとんど感じずに走行できる。サイクリストにとっては最高な環境でしょう。"環島"の標識や、所々ブルーの線がひかれていて、道しるべとしてもかなり助かる。その反面、台湾は歩行者にはそこまで優しくない気がした。歩道がなかったり、物で塞がってたりという感じで、歩くのには向いてないように思った。
嘉義の街の中心に移動して、現金をおろして(鹿港ではカードがあまり使えなかったから…)、あとは、焼肉丼大盛り定食をぺろり。この旅中、カロリーの高いものをいっぱい飲み食いしてた。と同時に、清涼飲料水からの糖分の摂りすぎも若干気になって、途中麦茶に切り替えたりもしてた。ジェル類は一日に一つか二つの消費量。
4・5日目 (嘉義から高雄 + 休息日) 123km
台湾西側は平地の中の街や田園地帯を抜けたり、大きな川をこえたり、日本と同じアジアモンスーンの風景が展開されていく。シンガポールにいると分からない、農のある風景;特に稲のある風景というのは日本人の心象風景として心地よい。6月なのに穂が大きいのは亜熱帯地域ならではの特徴だと思った。2期作なのかな。あと、南部に行けば行くほど、果物の作付けも多く、ちょうど今はマンゴーの季節だった。ランチスポットでうまく止まれず、台南新幹線駅までいっきに行く。駅ビルの中に一風堂を見つけ、つい入ってしまった。自転車持ち込みは難しいかな、と思いきやちゃんと預かってくれた。
その後も新幹線と並走しながら、高雄に近づく。晴れた土曜の午後は交通量が多く、市内はやはりちょっと怖い。高雄中央公園の近くの宿で2泊。さすがに休憩日を設けたのは正解だった。足を休めたり、服を洗ったり、バイクメンテしたり、公園でボケーっとしたりする時間は必要だった。翌日曜日は港近くで、ドラゴンボートでのレースを見たり、あと港湾部の再開発地域を見て回っていた。古い倉庫群跡地をカフェやショップにリノベーションしているエリアは特に面白い。建築デザインも多様。大きな再開発エリアを巡るのにも、いろいろなモビリティがあるのも今風でとても参考になった。
6日目 (高雄から車城) 88km
朝は高雄にちょうど帰省中の元同僚と会って、朝食を一緒にした。一緒に写真を撮ると自分の日焼けが突出する。曇りや雨の日でも日焼け止めが大事なことを思い知る。ソロライドの中において、久々に長々と話ができたのは良かった笑。それにローカルの人が食べそうなものを大量に注文してくれて、しかも奢ってくれたからもう感謝しかない。スタートが10時過ぎ、ということで、ランチをスキップ。真っ直ぐで平な道をひたすら南下。走りやすいところはDHポジションで自転車をこいでた。断然楽。やはりトライバイクの強みはそこなんだけれども、でも出番は正直あまり無かった。今旅もロードバイクやグラベルバイクを勧められたけど、実際トライバイクでも全く問題なかった。ただ、トライアスロンバイクを旅仕様に使ったのは、むしろ罰当たりな感じがした。唯一良かったことは、池上という東部の街で突然少年が話しかけてくれて、「僕もトライアスロンやってます。同じスポーツをやる者同士、応援してます」、と言って、お菓子を1袋��れたこと。些細なことだけど、そんなことが一生の思い出になった。
車城まで来ると、山と海に囲まれたのどかな田舎、という感じが強くなって、宿もかなり広い。部屋の目の前には畑と山。何人か同じくサイクリストを見かけたのはこの辺りが多かったと思う。最南端まで行くルートもあるのだけど、僕は公式ルートを選択したことで、若干のショートカット。翌朝のヒルクライムに備えて、その晩はガッツリ羊鍋を食べて就寝。
7日目 (車城から台東) 117km
この日は序盤にヒルクライムがあってからの東海岸沿い(太平洋側)を北上するルート。”来てよかった”、と初めて思ったのはこの辺かもしれない。ここでしか味わえない景色を堪能できたから。
ヒルクライムは500mぐらいのアップのようで、実はそれがどれほどのものなのか想像ができず、当初はかなりびくびくしてた。雨もパラパラと降る中だったから、かなり慎重で遅い登りだったけど、そこまで大変なものじゃなかった。むしろそのあとの長い下り坂が天国に感じられて、幅広な道路を一人占めしながら風をきって下れたことが最高だった。山エリアを抜けると、海岸沿いの道をずんずん北上。海を右手に、山を左手に見ながら、最高の景色を楽しむ。太平洋側は向かい風がきつい、という事前情報もあったけれど、そんなことはなかった。一部エリアで、進む道の先に、海と空が繋がってるように錯覚できる場所があって、まさに空に登っているような感覚をあじわえた。だけど、風をきって気持ちよく走っていた矢先に石(か何か)を後輪が踏んずけてしまい、大きな鈍い音がする。マーフィーの法則、じゃないけど、気分の良いときに限って、そういうアンラッキーなことが起きる。その直後は大丈夫そうだったけど、台東に着いて調べたら、やはりタイヤに穴が空いていた。シーラントのおかげで、全部の空気が抜けるところまでいかなかったよう。台東のホテルでは持っていた最後のスペアチューブを入れて修復。その後、ジャイアントのお店にタイヤを持って行って空気を満杯に入れる。空気入れは結局、台中、高雄、台東の3箇所で借りて補充したことになる。ジャイアントのお店を多用したけれど、どこもみんな親切。お昼は原住民の人たちが住んでいる地域のおしゃれなカフェで食べて(双亭院)、ホテルは台東の旧駅舎の目の前で、アートによる再開発エリア内だった。ここのホテルが唯一部屋に自転車を持ち込んでいいところで、ちょうどタイヤの修理をする必要があったから本当に助かった。
8日目 (台東から瑞穂) 100km
この日も快晴の中、景色を楽しむ最高のライドができた。米どころ、の池上ではご当地の池上弁当を食べて、のどかな田園地帯をゆっくり北上していく。夜は瑞穂という温泉街で、少し奮発して高い宿に泊まる。プライベート露天風呂で足の疲れを癒す。
9日目 (瑞穂から礁渓) 87km
瑞穂の宿で朝食をとってからさらに北の花蓮駅まで急ぐことに。というのも花蓮と宜蘭の間は、急峻で道路も狭く、トラックも多い、ということで公式ルートでも列車での輪行を勧めている区間。そのため、1時間に1本弱、という自転車をそのまま乗せられる列車に乗るために、ひとまず駅に向かう。この地域を襲った地震が起きてから1か月半ぐらいの時期だったけど、その爪痕を感じさせないくらいに日常を取り戻している印象。駅で1時間ぐらい待つ間にお弁当を食べて、その後、スムーズに乗車。僕以外にも数人自転車を載せている人たちがいたけど、みんな結構適当な感じで乗せてた。1時間ぐらいの乗車区間だったけど、窓からの景色は絶景だった。僕は羅東という駅で降りて、そこから礁渓という温泉町まで20kmぐらいさらに自転車で進むことに。山の近くの活気ある観光地、という印象かな。おしゃれな宿に泊まって、2日連続でプライベート温泉を楽しむ。ローシーズンということもあって、お客さんの数はまばら。でも質はすごく高いし、値段もそこまで高くない。
10日目 (礁渓から台北) 100km
ようやく最終日。この日まで無事に走行できたことに感謝。朝、礁渓の街をぶらぶらして、蘭陽博物館に立ち寄ってからのライドスタート。強いて言えば、この日はわりかし辛かった。トラックがとにかく多く通る海岸線の道はものすごく走りづらかったし、1時間ぐらいは雨に降られたこと、それから、台北近くのルートは自転車レーンがなかったり、交通量がとにかく多かったり、ルートが紛らわしかったりと、イライラすることが非常に多かった。疲れと焦りとゴールへの期待が全部混ざって、複雑な気分だった。それに2ヶ所トンネルを通るところがあったけど、(事前情報とは異なって)普通に車道の脇を走らされて、結構怖い思いもした。それでも、台北に近づくにつれて、旅の終わりに向けた高揚感が高まってきて、松山駅に着く頃はかなりの喜びだった。本来は0kmのモニュメントは出発時に立ち寄るべきなんだけど笑。その後、Brother Hotelに向かって3駅分、大通りをさらに進むことに。ホテルに着いた時もかなり感動した。行きはホテルを西に向かったのに、今回は東からたどり着いたわけだから。とにかく10日は長かったー。でも無事に帰ってこれたことが素直に嬉しかった。その日は、友人の友人の旦那さん、という方がご飯をご馳走してくれて、なおかつ車で市内をプチ観光案内してくれた。感謝。翌日はホテルの一角を借りてバイクパッキングをして、その翌日の早朝にシンガポールへの飛行機に乗ったとさ。
まとめ
たぶん台湾1周サイクリングは誰でもできると思う。(ある程度普段からサイクリングしている人は)体力的な心配はそこまでない気がした。走りやすいし、コンビニもたくさんある。むしろ、それだけの時間を確保できて、なおかつ、その時間をこういう体験に費やしたいか、の問題な気がする。事前にこのアイディアを思いついたときに、面白そう、と思ってしまったことがそもそもの発端で、取り憑かれたら最後、やるしかない。これをフィーチャーしたYouTuberさんの動画に触発された部分も大きい。以下2つ、すごく参考にした情報元を載せておく。
https://www.bikeexpress.com.tw/ja/2024/the-classic-9-day-cycling-around-taiwan-along-cycling-route-no-1-or-alternative-routes-jp/
https://discover-ride.com/taiwan1000km/
プラクティカルなことを言えば、僕の場合、荷物を長期間預かってくれるホテルを探すこと、サイクリストにフレンドリーなホテルを探すことが当初心配だった。今回の旅の経験からいえば、1泊1万円ぐらい(あるいはそれ以上)のところはかなりその辺の融通がきいたように思う。一般化はできないけど。一応、予約の際に、その旨を伝えておいた。全般的にホテルスタッフは優しくて、サービスも良かった。予約に失敗して、Refundできないだろうなー、という場合でも優しく対応してくれた。あとは、空気入れをどうするか問題に関しても、立ち寄った町の自転車屋さんで借りれば、問題なく走れる。
あと細かいことでいえば、中国語が少し話せたなら、もう少し楽しかったのかもしれない。英語と日本語が思いのほか通じず、例えば、同じサイクリストに話しかけられても、全く会話ができなかったり、おすすめの料理が分からなかったり、という場面も結構あった。次にまた台湾へ行く楽しみ��取っておくことが出来た、と思えばいいのかなと。
0 notes
Text
2024年5月23日
「みんなの駅ビルに」新広島駅ビル商業施設の名称は “minamoa(ミナモア)” 2025年春に開業へ(RCCニュース)2024年5月23日
建設が進む新しい広島駅ビルの商業施設の名称が「minamoa(ミナモア)」に決まりました。川の水面や、みんなの駅ビルという思いが込められています。
JR西日本広島支社 広岡研二 支社長「2025年春の開業に向け、おおむね8割、工事が進ちょくしている」
新しい広島駅ビルは、地上20階・地下1階建てで、2階部分に広島電鉄の新ルート「駅前大橋線」の路面電車が乗り入れます。JR西日本広島支社・中国SC開発は、2階から6階までの商業施設の名称を「minamoa」に決定したと発表しました。
minamoaには、広島を象徴する川や海の水面、みんなの駅ビルにしたいなどの思いが込められています。
中国SC開発 竹中靖 社長「地元の方に使ってもらえる、地元の方がなくてはならない、非常に愛していただけもの(施設)になれればなと」
JR西日本広島支社 広岡研二 支社長「人やまち、社会のつながりを進化させて、人の心を動かして、さらには未来を動かしていくというようなことを目指していこうと定めたことの、まさに具現化できるのが、この広島の駅ビルプロジェクトじゃないかなと」
また、現在の「ekieザッカマルシェ」は、増床リニューアルされ、駅ビルの開業時にminamoaの一部となります。広島初出店の「成城石井」など、新たに7店舗が加わるとしています。
2025年春に生まれ変わる広島の玄関口。商業施設minamoaのロゴデザインは、6月下旬に発表される予定です。
新広島駅ビル名称は「minamoa(ミナモア)」 「成城石井」も県内初出店 広島(HOME広島ホームテレビ)
「minamoa」には県内初出店のスーパーマーケット「成城石井」などおよそ200店舗が入る予定です。
来年春の開業に向け工事が進���広島の新たなランドマーク。現時点で約8割の工事が終わっているということです。
パンがテーマのイベント「パンタスティック!!」を突如中止、運営会社の(株)ローカルズオンリー[広島]が破産へ(東京商工リサーチ)
(株)ローカルズオンリー(呉市)は5月23日、事業を停止して破産申請の準備に入った。負債は現在調査中。
広島県内でアパレルセレクトショップ、飲食店を経営し、感度の高い若者向けの商品ラインナップで定評があった。このほか、イベント企画やブランディングなども手掛け、2020年2月期は売上高約2億1000万円をあげていた。しかし、「新型コロナウイルス」の感染拡大による事業環境の悪化で、2023年2月期の売上高は約1億2000万円にとどまった。
コロナ禍の収束以降はイベント企画に注力して業績の巻き返しを図り、近年は各地の商業施設などで全国の人気のあるパンやジャムなどのグロッサリーを集めたイベント「パンタスティック!!」を展開していた。
こうしたなか、5月23日からは調布PARCO(調布市)にて同イベントを運営主催者として開催予定だったが、経営悪化により事業継続の見込みが立たなくなり、今回の事態となった。
関係者によると、「昨日(5月22日)、会社側よりイベントの開催が難しくなり、事業を停止して破産を申請するとの連絡があった」という。
※(株)ローカルズオンリー(TSR企業コード:742243486、法人番号:8240001042448、呉市中通2-1-18、設立2012(平成24)年4月、資本金100万円)
インスタで突然の中止発表「パンタスティック‼」 パルコで開催中の人気パンイベント 運営会社の事業停止で 「生産者を馬鹿にしている」出店者に困惑広がる(RCCニュース 5月24日)
突然インスタで“中止発表” 開催期間中だった人気のパンイベントに何が
広島市で開かれていたパンのイベントが突然中止されました。運営会社が事業を停止したためです。イベントに商品を出していた店には連絡もなく、困惑の声があがっています。
広島パルコで、5月17日から10日間開かれるはずだった「パンタスティック!!JAPAPAPAPANツアー2024SS」がきのう、急遽中止となりました。
看板を見ていた人 「びっくりですね。お昼で行こうかなと思ってたんで」 「残念な気持ちではある。ずっと広告見ていたので」
パンタスティックとは、パンの物産展で、全国からユニークな商品が集まります。
2015年に広島パルコで始まり、その後、全国の商業施設で開催されていました。
今回は広島パルコにとって16回目で、およそ50の店のパンが並ぶ予定でした。また「ツアー」ということで、23日から東京・調布会場、6月には福岡会場でも開催されるはずでしたが、それも合わせて中止となりました。
インスタで告知を見た妻が1分停止…「大変な事態だと」
出品店の一つである、北海道富良野にある米粉パン専門店として人気の「そらのくじら」。店主の西山さんはイベントの中止を、偶然、インスタグラムで知ったそうです。
「そらのくじら」西山拓志 店主 「店をオープンしてまもなく、妻がちょっと手が空いたのて、インスタを見たんです。したら、『パンタスティックからのお知らせ』っていうのを見て、妻がもう1分ぐらい停止しまして・・・。大変な事態だと」
イベント開催期間中に出品者に連絡も無く中止したわけは・・・?
パンタスティック中止の理由は、運営する会社「ローカルズオンリー」が自己破産の申請を決めたこと。出品者に中止の連絡はなく、インスタで発表されました。
「ローカルズオンリー」の代理人弁護士によりますと、コロナ禍で業況が悪化したことや、パンタスティック事業が立ちゆかなくなったことが破産の主な原因だということです。負債総額は1億9000万円を超えるとみられています。
「そらのくじら」が、パンタスティックに出品するようになったのは、2024年からです。特に、5月23日からは広島と東京での開催が重なるため、連日、午前3時から仕込んでいたそうです。
「そらのくじら」西山拓志店主 「破棄するのもね、すごい量なので。どうしようもなかったから、まずはもう真っ先に半額にして、少しでもお客さん来てもらえればなと思って」
西山さんは、行き先を失った160個の米粉パンを、半額で販売することを決断。地元のお客さんたちのおかげでなんとか売り切ったそうですが、すでに送った商品の行方はわからないそうです。
「そらのくじら」西山拓志 店主 「もう腹立ちますよね。もう遺憾としか言いようがね」 「月末の入金なので、静岡分の入金が今月末(予定)なんですけど、多分ないような気がして怖いんですよね」
「生産者を馬鹿にしている」今年の売り上げ200万円以上振り込まれず」
一方、三原市にある「むすびスイーツ」の田中裕士社長は、搬入した分を引き取りに来ました。
「むすびスイーツ」田中裕士社長 「2日(分)くらい売り上げがないので(引き取り分が)どんだけあるかわからないんで、保冷剤も多めに持ってきて・・・」
パンタスティックが始まった時からの出品者で、毎回、商品は売り切れとなる人気ですが、2024年に入ってからの売上、200万円以上が振り込まれていないそうです。
「むすびスイーツ」田中裕士社長 「びっくりしました。100個以上ですね、バスクチーズケーキも。週末もあって向こうからも『多めにお願いします』と言われてたんで。もうお金は仕方ないんですけど、生産者というか、色んな人を馬鹿にしているなと思います。これ作ってるのも、妻とスタッフが頑張って作ってて・・・。なんだと思ってるんだと思います。悔しいですね」
広島中心部に念願の「無料の高架バイパス」誕生へ!? 「西広島バイパス」延伸で都心貫通 工事いよいよ再開で国道2号「完全信号ゼロ」へ加速(くるまのニュース 5月22日)
「都心部延伸」の計画とは
広島市中心部に、悲願の「信号ゼロの無料バイパス」が実現していきます。いったいどんな道路で、完成すればどう便利になるのでしょうか。
【画像】超便利!? これが「西広島バイパス都心延伸」ルートと完成図です(7枚)
渋滞する国道2号西広島バイパス舟入出口(画像:国土交通省中国地方整備局広島国道事務所)
工事がいよいよ始まるのは、国道2号の「西広島バイパス」延伸部です。
広島の一般道の東西軸を担う国道2号ですが、周囲は立派な高架道路の西広島バイパスや新広島バイパス、東広島バイパスが整備済みな一方で、中心部はいまだに地上で信号が連続する状態です。
交差する縦の道路もやはり交通量の多い道路なので、渋滞が深刻になっています。ここに、東西を通過する交通流��信号ゼロとなるよう、完全立体交差の高架バイパスを通すのが、今回の西広島バイパス延伸部です。
西広島バイパスの今の東端は、広島電鉄の江波線の手前、天満川の西岸までです。延伸部はそこからいよいよ原爆ドーム南側や広島市役所を経由し、比治山の手前の京橋川まで。今の国道2号の真ん中に橋脚を立てる形で、総延長は2.3kmです。
2024年度になって、事業が「本格再開」となり、いよいよ準備工事が始まっていくこととなります。
計画自体は以前からあったものの、「市の財政状況」などを背景に、着工とならずに事業が延び延びになっていました。しかし数年前から事業再開に向けた動きが水面下で進められ、ついに予算が大きく設定されることとなったのです。
途中のICは、すべて西側エリアとの移動が想定されています。東行きは全て出口で「舟入」「大手町」「富士見町」「平野町」の4か所、西行きは全て入口で「国泰寺」「舟入」「観音」の3か所です。
構造は片側1車線、計2車線の高架道路。完成すれば、たとえば混雑の激しい舟入地区では、地上道路の混雑はほぼ半減となることが予測されています。
完成までの期間は、着工から7~8年とされています。
物価上昇しても賃金にほとんど回らず、大半が企業収益に GDP分析(朝日新聞)2024年5月23日
食品スーパーの精肉売り場=2023年12月、東京都練馬区
2023年度に相次いだ値上げによる物価上昇は、多くが企業収益となり、賃上げにはほとんど回っていないことがわかった。国内総生産(GDP)の物価動向を示す「GDPデフレーター」などから、朝日新聞社が算出した。昨年の春闘で賃上げ率は30年ぶりの高水準となったが、専門家は「結果的には、もっと賃上げができた」と指摘する。
「GDPデフレーター」は、消費者物価指数とは違い、原油など輸入コストの上昇分は含まれず、国内に起因する物価の値上がり分のみを算出できる。23年度のデフレーターは前年度比4・1%上昇し、伸び率は比較可能な1981年度以降、最大となった。
値上がりした分が賃金にどう回ったのかをGDPデフレーターから計算したところ、23年度の上昇分(4.1%)のうち、賃上げ要因は0・3%分にとどまった。割合では1割に満たない。残りには企業収益や固定資産の減少分、間接税が含まれるが、「大半は企業収益と考えられる」(エコノミスト)。実際、24年3月期決算で、上場企業の純利益の総額は3年連続で過去最高となり、値上げが利益を押し上げた企業も多かった。
背景には原油価格が下落するなど輸入物価が落ち着くなかでも、企業が過去のコスト上昇分を転嫁するなど商品の値上がりは続いたことがある。たとえば、帝国データバンクの調査では、食品メーカー195社が23年度に値上げした商品は2万5234品目にのぼった。
永濱利廣(第一生命経済研究所首席エコノミスト)見解 こうした傾向は他の統計からも垣間見えます。というのも、昨年度の企業収益は大企業を中心に過去最高を更新しています。
しかし、昨年の賃金構造基本統計調査を見ると、中小企業では人手不足に対応すべく一般労働者の所定内給与を前年比+2%以上上げていますが、大企業はむしろ▲0.7%減っています。
背景には、比較的賃金水準の低い30代前半までと50代後半以降の賃金が上がっている一方で、ボリュームゾーンの30代後半から50代前半賃金が下がっていることがあります。
こうした状況が続くのであれば、表面上の賃上げ率が33年ぶりとなっても、中々個人消費に火はつかないでしょう。
伊藤さゆり(ニッセイ基礎研究所 経済研究部 常務理事)補足 GDPデフレータの分析を基に企業がコスト上昇分を上回る価格転嫁をし、利益を確保したことが、インフレ押し上げ要因となった。
この現象は、英語の強欲とインフレを組み合わせた造語「グリードフレーション」が生まれるほど、欧米で問題となりました。
特に、労働市場が硬直的で、賃金と物価のスパイラルへの警戒が強いユーロ圏では、ECBが企業が賃金コスト上昇分をフルに価格転嫁するのか、平時より高い水準にある利益率を削って吸収するのかを見極めることを、金融引き締め策修正の要件としているほどです。
日本では、統計が示す高水準の企業収益という実感が、地方や中小・零細企業には行き渡っていないことを感じます。企業規模に関わらず、適切な価格転嫁ができ、利益と賃上げの原資を確保できるようにならなければ、内需の自律的な回復は望めません。
今野晴貴(NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者)見解 企業が利益を増やすために物価高騰に便乗して値上げする「強欲インフレ」は世界的な現象だ。IMFの調査では、2022年の欧州の物価高騰の要因の45%が企業の利益追求によるものとされている。アメリカでも、WSJによれば2020年から2022年の価格引上げ金額の3分の1は、企業利益に流れ込んだという。そのため、世界的に労働組合がストライキを実施し、アメリカでは組合員15万人を抱えるUAW(全米自動車労働組合)が3大自動車メーカーを相手に歴史的ストライキを行い、4年半で25%の賃上げを勝ち取っている。
だが、日本の場合には春闘の賃上げ率は、物価上昇に比して十分とはいえないばかりか、中小企業や非正規労働者の賃上げにはほとんど繋がっていない。そうした中で、個人加盟の労働組合による非正規春闘実行委員会のような取り組みも出てきており、社内労組によらずに労働者が声を上げることの重要性が高まっているといえよう。
0 notes
Text
裸の自分
2022年夏、ひとりで石垣島に行ってきた。
その直前に行ったオーストラリアでシュノーケリングにハマり、どうしても夏のうちにもう一度やりたくて、日本に帰ってすぐ往復チケットとゲストハウス、シュノーケリングツアーを予約した。
荷物はリュックの中に着替えの短パン・Tシャツ、小さなタオルとニベアくらい、ビーサンを引きずりながら飛行機へ乗った。
当時は、ずっとしていたジェルネイルもキャットアイが特徴のメイクもやめていて、かろうじて残されていたのは、パーマでつくられた人工的な「ナチュラルウェーブヘア」だけ。あれほど大切にしていた自分の「こだわり」から遠ざかっていた。
「大学生」という肩書一枚だったゆかは、自分にまとわりつく「何かしらの概念を持つレイヤー」をできる限りそぎ落としたかったのだ。
小学生の頃は「お勉強のゆかちゃん」
中学生の頃は「ダンスのゆかちゃん」
高校生の頃は「チアのゆかちゃん」
大学生の頃は、部活を引退するまで「アメフトのゆかちゃん」
部活を引退してからはじめて「ただの学生」になった。
その解放感がゆかと自然を繋ぎ合わせたのだろうか、海の中の世界を自分の居場所のように感じた。
「ゆかちゃん」を象徴するものを手放して、裸一貫、島へ向かった。
台風が来るか来ないかの瀬戸際の時期だったが、当日は快晴。同じ船にはゆか以外に、女の子二人組、ダイビングで参加している数人と会社で来ている10人くらいのグループが一緒に乗り込み3つのスポットを回る。
最初のスポットに到着すると、さっそくみんな海に飛び込んでいく。「どうぞ、自由に泳いでください!」というスタイルのそのツアーではガイドさんによる案内はほとんどなく、写真を撮ってくれたり、個別に声をかけて軽く潜り方を教えてくれるくらいだった。
シュノーケリングはオーストラリアで何度かしただけでまだまだ初心者だったが、おさかなと泳いだり、見よう見真似で潜ったり、フィンとシュノーケルをうまく使いこなし、水中の心地よさを楽しめるまで上達していた。
そして、海の中はまさに『海中都市』。
人の手が行き届いていない海こそ、繁栄した都市のように活気に満ち溢れていた。
この世界にもっと近づきたい、受け入れられたい、住人にはなれなくても「おなじみのゲスト」くらいにはならせてもらえませんかね、と海の住人たちに向かって話しかけていた。
次のスポットに到着するとダイビングの準備をするよう促された。シュノーケリングだけのつもりだったので「?」となったが、話を聞くとゆかは間違えてシュノーケリング+2ダイブのツアーを予約してしまっていたそうだ。
ゆかにとってシュノーケリングの魅力は、「裸に近い状態で呼吸を止めて異世界にお邪魔する」というところにあった。地上生物と海中生物の垣根を地上側のより発展した文明に頼らず肉体ひとつで超えていくからこそ海の世界と繋がり合えるのだ。でっかいボンベをがっつり背負って海中に踏み込んでいくダイビングは「ずる」な気がしていた。しかし、その分の料金を払ってしまっているのでしょうがない。初心者のゆかに専属でつくガイドさんに連れられて、初めて深い海の底までお邪魔させてもらうことになった。
ガイドさんはとても優しく、ゆっくり海の中を案内してくれた。途中で気づいたが、全く自分の脚で泳いでいない。ガイドさんに導かれるまま、同じ目線を泳ぎ回るおさかなたちと次々と表情を変える青の中に立ち尽くしていた。
世界全体が「ピュア」だった。
その「ピュア」の中にいるゆかは彼らの目にどのように映っていたのだろうか。
船に戻り昼食の時間になった。提供されたお弁当はカレーで、朝からほとんど食べていなかったゆかは全部平らげてしまった。その後もまたダイビングだ。海中で苦しくならないか心配だったが、食欲には逆らえなかった。
ランチタイムが終わり、最後のスポットに向かう。2回目のダイビングと、もう1回シュノーケリングをする時間もあるらしい。今度はさっきの優しいガイドさんに代わり、若いにいちゃん系ガイドさんが付いてくれることになった。「さっきのように付きっきりで案内してくれるんだろうな」と、甘えた気持ちでいた。
今度はゆかとガイドさんの他にダイビング資格を所有する参加者の2人が一緒に潜るそうだ。慣れてそうなダイバーの2人に迷惑をかけないようにしなければと、少し緊張が走る。
船から海の中に入るはしごに足をかけた。
一段、また一段と下っていくごとに感じる胃への圧迫感。
「ちょっと苦しいかも?」「いやいや、みんなも同じ量を食べてるし、1回目も少し苦しかったからこれが普通なのだろう」と、自分を説得させて、ラストダイブに挑む決意を改めた。
4人で海の中を回る。他の3人は上手にコミュニケーションを取りながらズンズン進んでいく。パシャパシャ写真まで撮っている。
ゆかは付いていくのに必死だった。「若いにいちゃん系ガイドさん」は「手厚いサポートをしてくれない系ガイドさん」だった。一生懸命脚を動かして前に進む。腰におもりを付けているのにドンドン浮いしまう体にぐっと力を入れて沈めながら、遅れをとってしまわないように頑張って泳ぐ。
胃は先ほどよりも圧迫されていた。1度でボンベから吸える酸素の量は少なく、さらに水圧と力む体の圧で苦しい。辺りはたぶん絶景。でも全然見れない、楽しめない、苦しい。
「途中で出たくなった時のジェスチャー」は教わっていたから、何度もガイドさんに伝えようとした。でも他の参加者に迷惑がかかるし、せっかくの機会だしと我慢。
が、限界。
遂にゆかはガイドさんに向けてジェスチャーをして、海面に引きあげられた。
海面に着くと、シュノーケリングをしている参加者たちの間を器用にすり抜けて、1回目の時の優しいガイドさんが駆け寄って来た。ガイドさんはどうしたのかと聞き、苦しかったと答えた。「まだ行けそうか、行けそうだったらもう1度海の中に連れていく。」という問いに、ゆかは優柔不断な態度を示した。
「行けるものなら行きたい、苦しかったけどもしかしたらまだ頑張れたんじゃないか」と悩んでいたその時だった。
急に食道を逆流してきたカレーがゆかの口を塞いだ。
ガイドさんはすぐさまダイビングマスクを外す。
クルっとゆかの体を半回転させ、そのまま首根っこを掴んで船まで連れ戻していく。
出てくるカレー
集まる魚
離れる人々
空は澄んでいた。
カレーの代わりに取り込んだ空気によって浄化されていくゆかの体内を映しているかのようだった。
人間じゃない気分だった。
ただの生き物?
ちがう。
『溺れかけた猫』
そんな気分だった。
船に戻って休憩して、体調も落ち着いた。もう1度シュノーケリングを���るかと聞かれたが、もう疲れ果てていて気分が乗らなかったから、それでツアーは終了となった。
そんな変な(?)思い出となった初ダイビングだが、また挑戦したいと思う。でもやっぱり、シュノーケリング6回:ダイビング1回くらいのバランスがいいかな。
「裸に近い状態で呼吸を止めて異世界にお邪魔する」というシュノーケリングの魅力。
異世界にお邪魔する時は、できるだけその世界になじむ姿で踏み込みたい。そして、それにともなう苦しみも受け入れたい。
自然が裸ならゆかも裸。
ゆかにとって自然との関わり合いはそれが理想的なのだ。
でも、たまには文明の力を使ってでもより深く自然を知りたい。
深く知り合うことがよりよい関係をつくるのだから。
その時のためにダイビングも練習しよう。
そして次は直前に満腹になるのはやめよう。
地上の生活に戻ったゆかは、ジェルネイルも、キャットアイのメイクも、ピアスも服も、今まで通りこだわりを貫き通すことにした。
あの時のゆかは裸の自分で生きてみたかった。
裸の自分で生きられるのか試してみたかった。
でも、この地上では服を着ないと苦しい。
恥ずかしいし、傷つきやすいし、不安。
服を着ると途端に不安は消える。
今度は不満が現れる。
あれでもない、これでもない、ゆかが着たい服はどこだ。
色んなお店に足を運んだが、結局自分のクローゼットの中にある服が一番しっくりきた。
無理にそぎ落とそうとしていたレイヤーは、唯一無二の勝負服に姿を変えていたのだ。
一生ものの勝負服。つぎはぎだらけ���なっても大切にしたい。
たまにその服を脱ぎたくなったら、自然と戯れにまた海にお邪魔しに行こう。
0 notes
Text
4枚の壁
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
どうも、こんにちは。1月13日(月)「成人の日」は、茨木新池に行ってきました。最近、僕の中では茨木新池がマイブームで連チャンです(汗)。1号桟橋は空いていましたが、新規開拓はボウズの危険があるのでw、またまた2号桟橋です。昨日は空いてなかった突端が空いてたので突端を確保。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
さて、今日も「恵舟」の9尺でスタート。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
浮子も「夢(伊吹)」のウドン浮子。他のサイズも欲しい〜。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
エサ打ちの準備ができたら、朝ごはんの用意。浮子を見ながらパンを食べます。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
トップ5節で5目出し。ここはめっちゃ浅いです。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
綺麗な節魚信で8時半に1枚目。早々にボウズ脱出〜!もう一本の鉤がお腹に引っかかって途中で横向きになって上がってきたのでスレかと思いました。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
7分後、また来たー!
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
もう両目が開きました。まだ9時になってない。今日はたくさん釣れるかな?
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
3枚目…と思ったら掻いてたわ。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
ちょっと一服。多少風はあるが、日が照ってポカポカしてます。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
2号桟橋の突端は波除パイプが台形になってるから、北側のパイプの際を狙うと桟橋に対して釣り台が斜めになるからスコープを使ってなかったんだけど、魚信が遠いので隣の枡に移ってスコープ投入。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
朝はポンポン釣れたのに釣れんくなった。お昼ごはんにします。隣のカフェが休みやったので、車でコンビニまで行って買ってきました。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
昼から節魚信を取って1枚掛けたけど、桟橋の下に潜られて何かに巻かれてバラシ…1枚損した。そのあと、中々釣れなかったけど、やっと釣れましたわ。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
9尺だと東西に張ったパイプの際は狙えますが、南北に張ったパイプには届かない。やっぱ11尺でパイプいっぱいを釣らなあかんのかなあ。あと1時間ぐらいしかないが、満を持して11尺に尺数変更。「二代目げてさく 正調」です。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
���子は、「舟水」の「冬の底釣り極細パイプ」。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
なかなか釣れなかったが、「消し込み」で来たー!
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
これだよ。昨日から良いサイズに限って「外」やねん。しかも皮1枚。スコアは3枚から変わらず。スレが2枚に増えた。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
水面がテカって浮子が見難いが、スコープは片付けてしまった。目を凝らして極細パイプを見つめていると「ツン」って。4枚目。
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
そのあと釣れず。曝気水車が回り出したのは16時1分でした。ヒラノさん、今日は1分サービスですね!
2025年1月 茨木新池(茨木市) iPhone11
ということで、1月13日はヘラブナ4枚でした。昨日も4枚、今日も4枚で「4枚の壁」www。
では、また。
#snapshot#streetphotography#写真好きな人と繋がりたい#japan#osaka#大阪#ファインダー越しの私の世界#釣り#釣り好きな人と繋がりたい#ヘラブナ#へら釣り#ヘラ釣り#茨木新池
1 note
·
View note