#悪魔の招待状
Explore tagged Tumblr posts
vacantworld · 7 months ago
Text
Tumblr media Tumblr media
3 notes · View notes
nyantria · 9 months ago
Text
「米国経済は破綻し今まさに不況に突入しようとしている」「これからスタグフレーションが起きる」元ブラック・ロック、エドワード・ダウド氏【インタビュー】——「バイデン、クラウス・シュワブなどの悪役がお払い箱になり美男美女の『救世主』が現れる時は要注意」
エドワード・ダウド氏が、先週、人気ネット番組InfoWarsのライブ配信に出演し、今起きている経済的、社会的な変革について自論を語った。ダウド氏は、全米の主要生命保険会社が集めたデータを分析し、高齢者や病人を含む一般的な人口よりも健康的であるはずの労働人口の間で、より多くの超過死亡が起きていることを告発して一躍有名となった。ダウド氏は、世界最大の資産運用会社ブラックロック・グループで株式ポートフォリオ・マネジャーを10年間務めた経験を持つ。
昨年8月にエドワード・ダウド氏へ行われたインタビューは、ここで紹介した。
先週行われたインタビュー部分を切り抜いた番組動画(以下)は、1月18日(水曜)に公開されている。
▼ なぜ今、「情報解禁」になったのか?
ジョーンズ司会者:・・・今、ダムは完全に決壊しました・・・しかし、彼ら(ダボス会議に集まるグローバリストたち)は絶対に諦めません。そこで疑問となるのは、「彼らは次に何をするつもりだろうか?」ということです。エドワード・ダウドさん、私たちが今置かれた状況についてアップデート情報を伝えていただけますか?これは主流メディアですら報じたことですが、ダボス会議には招待された半分が出席しなかったそうです。ジョージ・ソロスや、ビル・ゲイツなどです。これが意味することは何なのでしょうか?
明らかに主導権を握っているのは彼らではありません。彼らは腹話術ショーで物を言わされている代弁者にしかすぎません。ボスは他にいて、彼らはその単なる操り人形であり、アバターです。これから、彼らは何をするつもりなのでしょうか?・・・彼らは次に何をしでかすつもりでしょうか?・・・時代を先取りした思考を行うエドワード・ダウドに聞いてみましょう。
ダウド氏:・・・あなたがイントロでおっしゃったように、ダムは決壊しかかっているように見えます。私は6月に���イッターによってバン(利用禁止)されていましたが、今は戻ることができています。私はオーブリー・マーカスのYouTube番組(タイトル:「Why Are Healthy People Dying Suddenly Since 2021? w/ Ed Dowd(訳:なぜ健康な人たちが2021年以降、突然死しているのか?withエド・ダウド)」)に出演したのですが、その動画は口コミで広がっています。5日間ですでに100万回の再生数を記録しています。YouTubeに何が起こったのか、私は興味があります。以前であれば、彼らはこの種の動画を削除していました。
このような情報は、公開するのが許可され始めたように見えます。こうした情報がなぜ公開されるようになったのか、私たちは疑問に思う必要があります・・・突然、私の書籍(「“Cause Unknown”: The Epidemic of Sudden Deaths in 2021 & 2022 (訳:『原因不明』:2021年&2022年における突然死の蔓延)」)が飛ぶように売れ、私と話がしたいという人々から問い合わせがあり、2月に私は(FOXニュースの)タッカー・カールソンの番組に出演する予定です。なぜ今なのか?と自問する必要があります。なぜダムは決壊しかかっているのか?と。
その理由の一つは、あまりに多くの死亡者数と健康障害が報告されているからだと思います。また、これから多くの人間が尻尾切りに遭い、お払い箱になる予定だからだと思います。私が以前、あなたの番組に出演したときに話したように、人々が本当は何が起こったのかに気がついた後、それに続いて起こるであろう混沌(カオス)に、私たちは注意しないといけません。
ジョーンズ司会者:1年半前、あなたは「来年ダムは決壊するだろう。そしてマーケットは下落するだろう」と話していました。まさに今、私たちはそこにたどり着きました。
ダウド氏:ようやく到着です。これは私の憶測ですが、グローバル政府を倒す一つの方法は、彼らの信用を失墜させることです。彼らは人々を死に追いやり、障害を負わせるワクチンをもたらしました。ですので、このことを主導していたと思われる操り人形師(黒幕)をお払い箱にするのです。それはクラウス・シュワブや、ジェームス・ボンドに登場する悪役、悪のパロディーのような人間たちのことです。そして人々は勝利を宣言する。
▼ 2023年上半期に深刻な不況へ突入
ダウド氏:しかし、経済はあまりに破綻しています。話がそれますが、私たちは今まさに不況に突入しようとしています。第1四半期(1月~3月期)、第2四半期(4月~6月期)は厳しい不況です。株式市場もそれに追随するでしょう。今はまだ下げ止まりを待っている段階です。あらゆる種類の経済的理由による解雇���行われるでしょう。また、多���のモノ不足が起きるでしょう。引き続きエネルギー不足が続くでしょう。そしていずれ彼らは、チャイナと台湾との間で戦争を起こすのではないかと私は疑っています。
しかし「なぜ今なのか?」と自問する必要があります。なぜ、今、私たちは(不都合な真実を)話すことが許されるようになったのか?そしてそれが公に広まるようになったのか?私は「バン」されていたのが、突然、口コミで広がるバイラル動画になったことに私は疑念を抱いています。YouTubeはこの手の動画を厳しく制限していました。それなのに今ではそれを行っていません。なので、こうした情報が公に広まるようになっていることについて私は疑ってかかっています。「私は、このこと(ワクチンによる被害)を暴露することで、知らず知らずのうちに混沌(カオス)を引き起こす代理人に仕立て上げられているのだろうか?」と。
ジョーンズ司会者:だから私はあなたのことが気に入っているのです。あなたは非常に頭がいい・・・彼らは、今、バイデンをお払い箱にしようとしています・・・そんな中、なぜ突然(真実を暴露しようとする人たちの)アカウントが次々と回復しているのでしょうか?左翼の精神的シンボルになっている私は例外ですが。諜報機関が私たちの側を乗っ取ってしまったのでしょうか?それとも、これはより大きな計画の一部なのでしょうか?
▼ 悪役たちも「捨て駒」ーー本当の頭脳戦は他にある
ジョーンズ司会者:そして彼らがウイルスをばら撒くより2年前の『SPARS文書』を読んでみると、どのように政府の信用を破壊し、そしてグローバリストが『救世主』として興隆するかが説明されています。ただし(今回の計画の)例外は、政府に非難の矛先が向かうのではなく、操り人形たち、ダボス会議の人間たちに非難の矛先が向かうということです。バイデンやダボス会議のニュースを見ているとそれがわかります。
私はクラウス・シュワブや他の人間たちのボディー・ランゲージを観察しています。彼らは、導火線に火がついたダイナマイトの山の上に座っているかのようにナーバスになっています。彼らは怯えているように見えます。彼らは逃げ隠れしようとしている・・・彼らは自信あるように自分たちを見せようとしていますが。私は彼らの恐怖が目に見えます。彼らは怯えています。初めて、彼らの傲慢さが消えました。彼らは、すでに「お前たちは吊し上げられる(秘密が公にされ罪が問われる)」と聞かされているのだと思います。ここで鍵となるのは、これよりも上位で展開している「3次元チェス(頭脳戦)」とはどういったものなのか?ということで、それを議論しないといけません。
ダウド氏:繰り返し言うように、これは私の憶測にしかすぎませんが、もし私が悪魔的な天才だったとしたら・・・・クラウス・シュワブやユバル・ハラリ(*)、ファウチなどの“デュープス(利用されるバカ)”がいかに邪悪かを考えてみると気が遠くなります。彼らは極めて自信満々でした。しかし、彼らへの支援が急に打ち切りになり、足がすくわれた状態です。彼らはこれから吊るされる(秘密が公にされ罪が問われる)ことになります。そしてグローバル政府への信頼が失われることになります。いろいろな物が崩壊し、状況は悪化します。
(*歴史家であり未来学者。世界経済フォーラムのアドバイザー。21世紀の現代技術がある今、「我々はこれほど多くの人口はいらない」と発言している。)
私たちは、まだ見ぬ人間たちに注意する必要があります。美しく、ハンサムで、口のうまい、解決策を与えてくれる人たちが現れます。まだ世界的な舞台には登場していないかもしれないし、すでに登場している人たちかもしれません。彼らは、これからやってくる避けられない混沌(カオス)への解決策を与えるでしょう。こうした人たちが必ず現れるだろうということに私は賭けます。しかし、「解決策」を持って現れるような人たちを、みんなで注意して見張っていましょう。彼ら(世界経済フォーラム)は、「あなたは何も所有しないが幸せになる(You’ll own nothing and be happy)」、「昆虫を食べることになる」ということを売り込むために登場しました。実は彼らは「わら人形(身代わり)」なのかもしれません。そして他の人間が持ち出してくる「別の解決策」のほうがよっぽどましに見えるという状況が作り出される可能性があります。しかし、それ(ましな解決策)はまた別の奴隷制度でしかありません。
ジョーンズ司会者:全くおっしゃる通りです。彼らはヘーゲル弁証法の状況を生み出しています・・・全く対極にある2つの選択肢を用意し・・・一方では「昆虫を食べろ、下水を飲め。皆殺しにしてやる」と言い、そこに救世主が現れて、「いやいや、そんなことはしない。生活水準を40%切り詰めるだけだ。そして全員の行動は追跡されないといけない。しかし、少なくとも昆虫を強制的に食べさせるようなことはしない」と言うのです。
ダウド氏:その通り。それが「売り込み」をするときのやり方です。「私たちはジェームス・ボンドの悪役を倒した!」と思ったとしても、その悪役というのは「愚か者(利用されるバカ)」であり最初から操り人形でしかないということを理解していなかったからそう思うのです。
繰り返しますが、これは私の憶測です。もし私が新たな通貨制度(金融制度)を導入し、皆に受け入れられるグレート・リセットを実行したいと思ったなら、そうするだろうということです。
ジョーンズ司会者:あなたは多少、控えめで穏当な言い方に留めていますが、理解できます・・・100%明白です。こうしたソシオパス(社会病質者)や、ハリウッド・スターになりたいと憧れるクレイジーなナルシストたちを取り込み、明らかに彼らをヘーゲル弁証法のやり方に利用しています。彼らを「悪役警官」にし、それから「ヒーロー役の警官」を登場させるのです。ですが、「ヒーロー役の警官」が導こうとしている行き先こそが、彼らが本当に進めたい方向なのです。これは単純な話��す・・・
彼らの手先・子分たちは「香ばしい」人たちで、確かに私たちをそそります(インタビュー中の画面に、昆虫を食べる女優ニコール・キッドマンなどセレブの動画が表示される)。ですが、彼らは人の心を巧みに操作しようとしているので私は大っ嫌いです。胸糞が悪くなる。彼らは火にくべられるべきだ。ですが、彼らはより大きな計画の一部でしかないということがわかります。
5 notes · View notes
ashi-yuri · 2 years ago
Text
あなたや私と同じ普通の少女の話
FAITH: The Unholy Trinity fanfiction
エイミーのお話です。
※バチカン非公認
Tumblr media
1.    家(予兆)
 誰も口にしないパーティーのチキンをゴミ箱へ捨てる。招待状を捨て、お誕生日の飾りを捨てる。地下からだかだかとミシンペダルを踏み込む音が聞こえる。毎日、毎日。父さんから中東だかアフリカだかの人形が送られてきてから、お母さんは毎日地下室にこもってマネキン相手になにかを作り続けている。父さんはどうかしている。不安を抱えてるお母さんにあんな気持ちの悪い人形を送りつけるなんて。家にもろくにいないのに。この家にいるのは私とお母さんの二人きり。そして会うことのなかった弟たちの二人。
 階段を上がり、隣の部屋へと続く扉を見つめる。もうあの扉を開けたくない。真新しかったはずのおもちゃにうっすらと埃がかぶっているのを見るのがつらい。父さんもお母さんも誰もずっとなにもできないでいる。捨てることも、掃除することさえも。ほんとは片づけるべきなんだろう。家に来たお医者さんの先生も��う言っていた。だけど、あの部屋を片付けた瞬間に私の家は終わる。���うしてだろう。でも、あの部屋だけが私たちを何とかつなぎ留めている。気が狂いそうだ。
 リビングの片づけが終わっても、ミシンのだかだかという音がまだ聞こえる。きっと明日も、明後日も。今度は何を作るのだろう。ミシンのあの音は大嫌いだけど、何か作っているあいだのお母さんの具合はまだよかった。一度、あのミシンの音をやめてほしくてお願いしたら、急にすごい大声でいつもの双子の話をまくしたて、森へと飛び出してしまった。慌てて森に探しに行こうとしたら、両手を血まみれにして帰ってきた。「狼がいるの。あなたも、あの子たちも、私が守らなくちゃ」と呟きながら。このあたりに狼なんていないよと言ったけれど、お母さんは手を洗って、そのままふらふらと地下室へ行ってしまった。
 お母さんに私の声は届かない。ずっと双子に憑りつかれているから。
 お母さんの調子が悪くなって、父さんは仕事で家を空けることが多くなった。それとも、逆だったろうか。外に続く森は暗く、幹線道路を走る車の音も聞こえない。この家にずっと私とお母さんと二人きりでいる。地下室のミシンの音がようやくやんだ。その代わりにすすり泣く声が聞こえる。
 お母さんは可哀想な人なんだ。これ以上傷つけたくない。私がしっかりしなくちゃいけない。気が狂いそうだ。
2.    樹
 お気に入りの松の木に寄りかかって座る。どの木も同じに見えるけれど、この木はとりわけ枝張りがよく、近くにいると落ち着けた。この場所ならおかしな声も音も聞かなくて済む。家のことを考えるのが怖かった。中にいると、歪んで、まっすぐに進めなくて、家自体が軋んで悲鳴をあげている気がする。お母さんには、学校に行けずに家に閉じこもっているからストレスがたまっているのだろうと言われた。私とお母さん、おかしいのはどちらなんだろう。この家と森にふたりでいると、すべてがどんどんおかしくなっていく。出口が見えない。
 前にこの木のそばでひとりで泣いていたら、そのすすり泣く声がお母さんにそっくりで、それが怖くてもうずっと、泣けなくなっていた。
 誰もいない木々のあいま、鹿が通り抜けていくのだけを眺めている。ずっと眺めていると、赤いものを身に着けた大人の人たちが歩いていくのが見えた。ふとその一人と目が合ってしまうと、あちらか声をかけてきた。
「そんな顔をしてどうしたの、お嬢さん。なにか辛いことでもあった?」
 なんてことない言葉だったけれど、そこには随分とひさしぶりに感じた暖かさがあった。
3.    診療所
 ハートフォードのクリニックでお手伝いをするのはとても楽しかった。チームのみんなが近くまで車で迎えに来てくれるし、街には森にはない色々なものがあった。それにクリニックでボランティアをすることは、すごく人のためになることのように思えた。そこにはいろいろな悩みや不安を抱えた女の人たちがやってくる。私は医者でも看護師でもないから大したことはできないけれど、ちょっとした事務仕事や患者さんの話し相手になることはできた。
「赤ちゃんを失ってしまったことは、あなたのせいじゃないんです」
「今はつらいけど、きっと受けいれられる日が来ます」
 そうだ。本当にそうなんだ。
 少しだけ肩の荷が下りたようにクリニックを出る人を見ると、私の心も少し軽くなる。だから、このクリニックのことを悪く言う人がい ても気にならなかった。
一度だけ、このクリニックを経営する団体のトップだというミラーさんという人と会ったことがある。スタッフみんなに親しげに声をかけながら、最後に私のところへと来た。赤いへんなローブから覗く瞳が、真正面からこちらを見つめる。
「いつもクリニックのため頑張ってくれてありがとう。これからも期待しているよ」
 強面のわりに言葉は思いのほか優しく、握手した右手は骨ばっていた。そしてなにより見つめた瞳の奥の翳りは、どこかで見覚えがあるような気がした。ミラーさんと一緒にいた女の人が私を睨んでいたような気もしたけれど、私はあの翳りをどこで見たのか、そればかり思い出そうとしていた。
4.    家(変容)
 頭がぼんやりする。眠れないとき、不安で息が苦しくてたまらないとき、クリニックでもらった薬を飲むようになった。あれを飲むと、すこし不安が消えて落ち着ける。時々、ぼうっとしてしまったり、たまに何かよくわからないものが見えることもあったけれど、形の見えない不安に苛まれ続けるよりはよかった。
 父さんもお母さんも私がクリニックでボランティアすることを快く思っていなかった。変な噂があるとか、私の様子が最近おかしくなっているとか。確かにそうかもしれない。けれど、この家にいるよりずっと普通だし、ちゃんと誰かの役に立てている。チームのみんな、私の話を聞いてくれるし、親切にしてくれる。
 夕方の食事の席で、久しぶりに帰ってきた父さんが諭す。
「お前のことを心配しているだけなんだよ。」
「そうよ。あそこには変な人が出入りしてるっていうじゃない。」
「うちよりずっと普通だよ。」
「どうしたの、エイミー?」
「うちよりずっと普通だって言ってるの!」
 なぜか、これまでずっと言えなかった言葉が喉の奥で渦巻いている。目の奥が引き攣り、頭の中で聞いたことのないノイズが呻き鳴く。
「どうしたの、あなた……ねえ、本当におかしくなってしまったの?」
「おかしくないよ。私はずっとまとも。」
「エイミー、そういう話は食卓では……」
「エイミー、何がおかしいっていうの?」
「うちだよ。」
「えっ」
「うちがおかしいんだよ。」
 耳鳴りがひどくなる。家が軋む音が聞こえる。戸棚がガタガタと震え始める。
「父さんもお母さんも、ずっとおかしいよ。」
「エイミー、」
「弟たちがいるふりなんかして。」
「エイミー、やめなさい……」
「とっくに双子なんていないってわかってるくせに。」
「エイミー!」
「あなた、おかしいわ……」
「おかしくない。」
 口の端からごぼりと血がこぼれ出す。
「エイミー、やめなさい!」
「いもしない双子の幻影なんかにすがり続けてるほうがおかしいんだよ!」
「エイミー、お前がおかしい。謝りなさい!」
「私はおかしくなんてない!」
「あなた、悪魔が憑いてるのね!」
 バン、とグラスがはじけた。
 救えない。この家は、もう救えない。
 ふらふらとダイニングを出る。手足がガクガクと震えてうまく歩けない。ふと振り返ると、鏡に映った自分が見えた。そして、気付いた。あのゲイリーという人の目にあった翳りをどこで見たのかを。
 それは、自分の眼の中にあった。
5.    家(事件)
 椅子に縛り付けられ、どこかからやってきた大人たちが私に向かって聖書を読み上げている。無性におかしくて笑い声をあげると、自分のものじゃないノイズが混じる。薬が切れたせいだろうか、やけに息苦しくて体が震える。なんで神父さまなんか呼んできたんだろう。ふたりとも、神様なんて信じていないくせに。いつもそうだ。ずっとそうだ。救ってもくれない幻影を、偽りの救いを信じ続けるなんてあまりにも哀れだ。そういえば、結局なんの役にも立たなかった、アフリカに派遣された神父さまの手紙は地下のどこに置いたっけ?口が勝手になにかを叫ぶ。体は震え、熱く苦しい。なのに心だけは、驚くほど静かだった。
 一人きりになった年長の神父さまがなにかを唱え、十字架を掲げる。途端に体が燃えるように熱くなり、胸の奥に蠢く何者かごと圧し潰そうとしてくる力を感じる。今までのものとは比べ物にならないほど苦しい。胸の奥の「それ」が苦しみ外に出ようと滅茶苦茶に暴れ出す。口から聞いたこともない悪態の言葉が飛び出す。苦しい。死んでしまいそうだ。でもまだ死にたくない。神父さまのほうを見上げると、その表情は力強くまったく揺るがない。だめだ。私では勝てない。このままでは圧し潰される。まわりを見渡すと、奥にマネキンたちが見えた。視線を強く向ける。自分とマネキンの間に繋がりを感じ、触ってはいないけど手ごたえがある。そのまま引っ張るように顔を引き上げると、がしゃんとマネキンが倒れた。警戒しながら神父さまが振り返る。めくれた布の間から、異様に精巧で生気のない、まったく同じ表情をした二つの少年の顔が覗く。神父さまの眼に一瞬、戸惑いと疑念が浮かんだ。それで十分だった。
 胸の奥の「それ」が無限の力を貸してくれる。私には何をすべきか分かっていた。
 手に力を入れるだけで、それはあっけなく終わった。 
 ブレーカーの方に視線を向ければ、バチン、と音を立てて家の中が暗くなる。明かりはなく真っ暗だけど、私には家のすべてが見えている。足を踏み出さなくても、どこへでも移動できる。この家は、いまや私の手中にある。なぜなら私が、私だけが、この家の真実を知っているからだ。
 暗闇の中、私の手がずぶずぶと人の体に沈んでいく。粘土���工をこねるようにかき混ぜる。内臓が引き千切れる音がしようとも、断末魔の叫びが響こうとも、私の心はずっと静かなままだった。
6.    家(対面)
 家中の電気がすべて落ちても、月明かりが差し込むこの屋根裏だけはほんのりと明るい。差し向かいに立つ若い方の神父さまの顔は、けれど屋根の影になっていて私には見えない。
「戻ろう、エイミー。君は良くならないと。」
 良くなるってなんだろう?これ以上、いったい何が良くなるというのだろう?若い神父さまの言葉は弱くて偽りだらけで頼りない。誰かを救うにはまったく足りない。視線は揺らぎ、握った十字架は小刻みに震えている。それでも一歩こちらに近づいた神父さまの顔を月明かりが照らす。その眼の中には、見覚えのある翳りがある。見つけた。
「あなたはメレディスを救えなかった。違う?あの人はいま、私と同じところにいるんだよ。」
「やめてくれ。」
 神父さまの体がぶるぶると震えはじめる。やっぱりだ。これでいい。この人の言葉は、心はあまりに脆い。大きいのは図体だけ。掲げられた十字架も怖くはない。十字架を見た胸の奥の「それ」が騒ぎ出す。自分の体が勝手に動き、よじれ、眩暈がするなかで、神父さまの眼の奥すべてが恐怖に呑み込まれるのが見えた。これで終わりだ。
 手を伸ばすと、急にまばゆい光が目の前ではじけた。
 頭を強く打ったのだろうか、気が付いたら床に仰向けで横たわっていた。右手と左足がありえない方向にねじ曲がっている。傷はついていないのに、血が鼻と口からだらだらと流れ出す。あの神父さまは、入口の奥に積み重なったマネキンの向こうにいるのか、もう見えない。激痛の中をぼんやりと漂っていると、急にわかった。
『私はおかしい。』
 すべてから裏切られた気がした。すべてを失ったのだと知った。
 この家で、屋根裏の窓から見える月だけが好きだった。月はいま、目から流れる血で赤く染まっていた。
7.    病院
 ずっと頭がぼん��りとしている。麻酔、鎮痛剤、抑制剤、見舞いに来たクリニックのメンバーが差し入れる薬。あの日から、私の体はよくわからない薬漬けとなっている。時の流れももうよくわからない。混濁と覚醒を繰り返しながら、時折体の、心の激痛に叫ぶ。そしてほんの束の間、はっきりと物事がわかる時がある。
 親戚は一度だけ面会に来て、二度と姿を見せなかった。当たり前だけど見放されたのだろう。病院の先生たちも、重罪を犯し、よくなる見込みもなく、うわ言しか言えなくなった私を哀れな厄介者としか見ていなかった。頻繁に見舞いに来るクリニックのメンバーたち、彼らのことはもう信用できなかった。けれど、すべてから見放された私を気にかけているのは彼らだけだった。先生たちも、親切で情け深い友人たちとして、あの人たちを何の躊躇もなく病室に入れた。そして彼らはいつもなにかを唱え、大量の薬を渡して帰っていった。
 私の体はじょじょに腐っていくようだ。悪臭でも放つかのように。まともな人は誰も私に近づかない。私はまともじゃない。私はおかしい。ずっと。ずっと前から。そういえばあの人はどうなった��う?だれも救えないあの神父さまは。わからない。わからない?なぜあの人は助けられた?どうして私はこんなことになった?始まりはどこ?始まらない道はあった?私はとっくに終わってる。終わってるのに終わらない。私の終わりはどこにあるのだろう。
8. 儀式
 目覚めると、いつもは外から施錠されている病室の扉が開いていた。変な気がした。なんでもいいから、この場所から出たかった。ずっとまともに動かせなかった体はふらつき、足はおぼつかない。あせらずに歩く。一歩ずつ進んでいく。
 あの場所に戻らなければいけない。家に帰らなければいけない。あの場所だけが、私の終わりで、私の始まりだ。あの場所できっと、私に手を下してくれる人が待っている。手を差し出してくれる人はいなくても。
 わき目もふらず、まっすぐ歩いていく。と、急に手を引かれる。その手は赤く染まっていた。
 体が動かない。おぼえのある気怠さが体全体を覆っている。顔になにか被せられている。内側になにか塗られているのかドロドロして気持ち悪い。皮膚が溶けていくように熱い気もするけど、感覚がなくなってよくわからない。もう喋れない。もう動けない。私はどこまでも降りていく。ここが本当の終わりだろうか。ちがう。いやだ。ここじゃない。顔からなにか引き剥がされ、息をのむ音が聞こえる。赤い人影は見分けがつかない。ろうそくの灯のなか、まばゆく光るナイフが見える。目が痛くてほかに何も見えない。あの煌めきの先に私の終わりは、私の救いはあるのだろうか。
Tumblr media
あとがき
あるいは、失われた断片について。
エイミーに何回もMortisさせられ、この娘はなんでこんなに強いん?と思ったので書きました。書いてみて、これじゃ100回Mortisさせられても文句言えないなあと納得したので、満足です。
Tumblr media
つよつよ悪魔になったら楽しく悪魔ライフをエンジョイしていてほしい。
19 notes · View notes
ari0921 · 1 year ago
Text
「宮崎正弘の国際情勢解題」 
令和五年(2023)12月15日(金曜日)
     通巻第8050号
中国共産党中央規律検査委員会が大々的に金融界の汚職にメスを入れた
70名近い金融業界の幹部,取り締まり側の証券監督管理委員会の主席も逮捕した。
*************************
 2023年12月13日、中国で注目の判決が出た。
 中国銀行開平支店長だった徐国軍に対して汚職と横領の罪で終身刑を言い渡し、全財産没収、政治的権利を生涯剥奪された。
中国銀行開平支店は広東省、広州からバスで弐時間ほどのところ。支店長だった徐は犯罪行為が発覚する直前の2001年に米国に逃亡した。一年後に国際手配され、二十年後、インターポールは身柄を拘束し、2021年11月に中国へ送還していた。
 元支店長は1993年から2001年までに部下の徐朝帆、余振東氏らとグルになって公的資金を横領した。虚偽の融資を行ったり、会社から返済資金を猫ばばしたり、資金を直接、外国へ送金したりで、合計23億元(邦貨換算460億円)を「失敬した」。
 共犯の二人はすでに汚職と横領の罪で懲役12年、懲役13年の判決を受けていた。
 「開平支店」と聞いてピントくるものがある。クーリー貿易の本場が、この広東省の街で、米国へ重労働で赴き、少数の成功者がアメリカで成功して故郷に錦を飾った。筆者は二十年近く前に開平へ撮影に行ったことがある。瀟洒な洋館が建ち並び観光名所になっていた。
つまり海外華僑の出身地の中枢であり、海外からの送金が多い。そのうえ中国銀行というのは外為、外国取引が専門の銀行であり、香港では香港ドルの発券銀行でもある。 
 もう一つの注目裁判は新幹線汚職に絡んだ。
中国新幹線の中核企業「中鉄集団」の元総経理(中国の総経理は社長)、盛光祖は汚職で懲役15年と罰金600万元(8邦貨換算1200万円)の判決を言い渡された(環球時報、12月12日)。
 中国共産党中央規律検査委員会が大々的に金融界の汚職にメスを入れた。監査強化は2011年頃から何回かなされ、習近平政権発足後の2015年にも大々的な査察がなされて、2019年には恒大集団系の銀行からアリババの金融部門であるアントの前身組織にも及んだ。
 一説に、引退した王岐山が金融界と濃厚な関係にあったため、これまで捜査のメスが入らなかったという。
 
2023年だけでも、すでに70名近い金融業界の幹部が逮捕されており、中央銀行の範一飛・元副総裁や、肝腎の取り締まり側の証券監督管理委員会の朱従久元主席補佐、中国銀行の劉連船元会長らも逮捕した。劉は党籍剥奪処分になった。
 
 ▼取り締まる側の責任者も逮捕された
2023年二月、銀行・保険監督当局、銀行保険監督管理委員会(銀保監会)は銀行5行に合計3億8770万元(5630万ドル)の罰金および不正利得の没収を科した。
処分を受けたのは、英スタンダードチャータード(スタンチャート)の中国法人、大手国有銀行の中国建設銀行と中国銀行、中国民生銀行、中国渤海銀行。
とくにスタンチャートの中国法人は、違法な不動産融資、個人向け融資の悪用など複数の違反行為で、総額4970万元の罰金と不正利得の没収に処せられた。
 中国建設銀行は、地方政府の金融会社への違法融資、中小企業向け融資と富裕層向け事業に関し不正確な統計報告などで1億9890万元相当を処せられた。
 このあおりを受けて地方のいくつかの銀行で取り付け騒ぎに発展し、騒動の鎮圧後、倒産した銀行は再編された。
2023年7月、野村ホールディングス香港の中国向け投資銀行部門の責任者・王仲何が中国本土からの出国停止を受けた。
これは大富豪・包凡(華興資本=チャイナ・ルネッサンスの創業者)ならびに同社元社長の叢林が、数ヶ月以上も消息不明になったことに関連するらしい。
 もともと金融界には腐敗が深刻な状態に陥って庶民から怨嗟の声があがっていた。とくにマンションを購入しローン契約をして支払いが続いている人たちが、物件引き渡しがないばかりか、ローンの解約が出来ないのは金融行政が腐敗の伏魔殿だからだと批判が沸騰した。また大學をでても職のない若���失業者が非難の合掌を始めた。習近平の唱えた「共同富裕」って何だ、というわけだ。
 金融界、とくに銀行の汚職は権限を利用した賄賂だが、不正融資を知りながら融資から3~5%のリベートを取ることなどが慣例になっていた。
 ▼不正融資の見返りがリベートと贅沢は接待漬けだった
 不法な融資を受けるための接待、饗応と高給腕時計などの贈り物で銀行幹部を招待漬けとする。融資実行後は巨額リベート。したがって腐敗につかりきった銀行幹部等は贅沢な旅行、高給自家用車、側室の経費やら豪遊に使って、大都市のキャバレーやナイトクラブなど連日満員だった。
 
 当局は世の中の批判、それもネットでも批判囂々に、慌てて金融機関の職員給与、ボーナスカットを行い、また職場で高価な服や腕時計着用を禁じ、旅行や娯楽の支出を控えるよう職員に指導した。
なれきった贅沢を引き締め、「倹約ムード」のイメージ作りを展開し格差拡大に神経をとがらす政府の意向を反映した動きだ。
 若年層の失業率が過去最悪を記録した一方で、金融機関の専門職は給与水準が高く、裕福で派手な生活スタイルがしばしば批判されてきたが、欧米の「金融エリート」観を排除し、「高級志向」を過度に追求するような快楽主義を是正すると宣言した。銀行汚職摘発は氷山の一角でしかないが、ジェスチャーとして効果がある。
2 notes · View notes
elle-p · 1 year ago
Text
P3xP4 World Analyze pages 36-37 transcription.
停滞する時の中で過去を垣間見る “時の狭間”
異なる時空の歪み
ニュクスとの戦いが終わって2ヶ月。リーダーを失った特別課外活動部は影時間がなくなったことでその活動目的も喪失していたが、別の異変によって寮に閉じ込められることとなった。
3月31日が延々と繰り返され、“次の日” がこない。寮は外界と時空そのものが隔絶した状態となり、外にも出られない。寮のロビーに出現した階段を降りると砂漠のような空間が広がり、いくつも立ち並ぶ扉からは “時の狭間” と呼ばれる不可思議な空間へと繋がっており、進んでゆくと特別課外活動部のメンバーそれぞれがペルソナ能力を獲得した過去の記憶を目の当たりにすることとなる。
異変の始まりとともに現れた自称 “アイギスの妹” メティスとともに、特別課外活動部は探索を始める。そこにはやはりシャドウたちが存在し、彼らは再び戦いに身を投じることになったのである。
“時の狭間” は、扉を通じて7つの異なる時空へと通じている。階段で降りていくことで、先へと進むことができる。
異変の原因
リーダーの立場となって、特別課外活動部を率いることになるのは、アイギスである。リーダーを失ったことで悲しみを感じていた彼女は、ただのロボットでいたほうがよかったとさえ思っていた。そこに現れた “妹” と戦いになったとき、出現したペルソナはリーダーと同じオルフェウスであり、“ワイルド” の力に目覚めた者としてベルベットルームにも招待される。メティスの協力もあって、アイギスは新たな装備を追加されるが、オルギアモードは使えなくなった。その代わり、同行するメティスにリーダーとしてオルギアモードを指示することができるようになった。
“妹” メティスが現れたことがこの探索行の始まりであり、ベルベットルームの主人イゴールが言った通り “命のこたえ” を見つけることが目的となる。“時の狭間” はアイギスに起こったさまざまな変化と繋がった、いわばアイギス自身が原因となって生まれた空間である。
寮から出ることはできないが、ポロニアンモールと直結していて、アイテムなどを購入することはできる。
ダンテ『神曲』
行く先々の名称などはメティスが教えてくそれらは13世紀イタリアの詩人ダンテ・アリギエーリの『神曲』が元になっている。この三部構成の長編叙情詩では、著者であるダンテ自身が地獄、煉獄、天国を巡る旅をする。ダンテが幼少期に出会ったあこがれの少女ベアトリーチェが案内役として登場するが、実在したベアトリーチェは『神曲』が書かれたときすでに死んでおり、その悲しみから神格化し、登場させたとされている。“時の狭間” でアイギスたちが感じる、リーダーを失った悲しみと符合する要素である。
ダンテは敬虔なカトリック教徒であり、キリスト教神学をベースに地獄を描いているが、その描写にはギリシア神話からの影響も強い。地獄の入口はギリシアに実在するアケロン川を渡ったところにあり、渡し守はニュクスの子であるカロン。ミノス王やケルベロスなども登場している。“時の狭間” では9つある地獄の8番目以降の名称が使われている。
造られた “姉妹”
アイギスは桐条のラボで造られた最後の対シャドウ兵器であり、その完成とともに開発計画は終了している。アイギス以降に新たなタイプは造られていないし、アイギスより前に実働可能な機体も存在しなかった。アイギス以上の性能を持ち、しかもより人間的な感情も持ったメティスは、同型機種としての姉妹ではありえない。アイギスの心から生まれた分身 (シャドウ)と言うべき存在である。
[プシュケイ]
人間の王の娘でありながら、美の女神アフロディーテに嫉妬されるほどの美しさを持つプシュケイ。母を裏切り、身分を隠して愛し合った夫クピドを自らの手で殺してしまい、取り戻すため冥界へ下ることになる。こうしたタイプの神話には珍しく、プシュケイは冥界の協力を受け、夫を取り戻すことに成功する。神々の王ゼウスやアフロディーテらにも認められ、プシュケイ自身も神に等しい永遠の命を得たとされる。
時の狭間より接続された8つの “時空”
古の路マレボルゼ
ボルサとはイタリア語でカバンを意味する言葉で、『神曲』に描かれる8つ目の地獄には10の “悪の袋 (マレボルゼ)” があって、罪人は罪の種類によって振り分けられ焼かれたり切り裂かれるなどの責め苦を受ける。その中には、聖職売買などで神聖なるものを目流した者が入れられる袋もある。
罪の路コキュトス
ギリシア神話の異界を取り巻くように流れる川のひとつで、三途の川ステュクスの支流。冥界の最下層を流れ “嘆き悲しむ” という意味の名を持っている。『神曲』では9つ目の地獄として最も重い罪 “裏切り” を罰する場所となる。カイーナからジュデッカまでは、それぞれコキュトスの一部。
力の路カイーナ
コキュトスは4重の円で構成されていて、一番外側にあるのがカイーナ。肉親に対する裏切りを罰する地獄で、『創世記』で弟アベルを殺害したカインから名付けられた。『神曲』では、父アーサー王を殺したモードレッドの名も挙げられ、氷漬けになっている悪人の罪状が語られる。
夜の路アンテノラ
コキュトスの2番目の円で、祖国に対する裏切りを罰する地獄。ギリシア神話の『トロイア戦争』で、トロイア王の助言役でありながら門を開いてギリシア軍を手引きした人物が、裏切り者として地獄の名前の元となった。ただし、本当に裏切っていたのかは神話上はっきりとは描かれていない。
哀の路トロメイア
コキュトスの3番目の円で、客人に対する裏切りを罰する地獄。迎え入れた客 (マレビト) を眠らせてから殺すという物語は日本でも “ヤマンバ” と呼ばれる存在としてよく描かれるが、古代パレスチナのエリコの王が客として訪れたイスラエルの祭司シモン・マカパイを殺したことに由来する。
業の路ジュデッカ
コキュトスの4番目の円で、主人に対する裏切り者を罰する地獄。イエス・キリストの弟子でありながら裏切ったイスカリオテのユダの名がつけられており、最も重い罪として地獄の最奥部にある。この中心には、悪魔ルシフェルが氷漬けになっており、ユダはその口に咥えられている。
王居エンピレオ
地獄と煉獄を巡ったダンテが最後に訪れた場所で、天国の中でも至高の場所。キリストをはじめ数多くの聖人や聖母マリアが暮らす平和な地で、ダンテは神が空に描いた光の文字で “愛” を知る。ダンテの愛したベアトリーチェが “愛” そのものであったように、リーダーもそうだったのだろうか。
コロッセオ・プルガトリオ
『神曲』第二部の煉獄にあたる場所で、罪人たちが浄罪の炎で清められる山のこと。“七つの大罪” それぞれを浄罪する場所があり、それぞれの罪に応じた責め苦を負わされ、罪を悔い改める。山頂は天国にもっとも近い楽園で、アダムとイヴが無垢な時代に暮らした場所とされる。
繋ぎ留められた “記憶”
トロメイアでは、幼き美鶴がペルソナ能力を獲得し、父親とともに浄罪を始める姿を見ることができる。
カイーナでは、中学生時代の美鶴と明彦が出会った時を見ることができる。美鶴の過去は “時の狭間” の鍵でもある。
最後の試練の扉 “エレボス”
“暗黒” を意味するギリシア神話の神のひとり。ニュクスの兄弟であると同時に夫でもあり、夜の空であるニュクスに対する地の闇にあたる。ギリシア神話において “地獄” の意味で使われる言葉のひとつでもあり、地獄の最も深い部分を指すとされることが多い。神々の系統上の役割を考えると、“大地” ガイアや “冥府” ハデスとともに、“奈落” タルタロスをも含めた “地の領域” 全体を表すものとも取れる。
Tumblr media Tumblr media
2 notes · View notes
exciting-funeke · 1 year ago
Text
ゲームメモ:常世ノ塔
半分くらいこのゲームのことを理解した気がするのでいろいろ文章にしました 非常に自己満
※注意
・ネタバレ(注意って言うほどでもないけどラスボスの情報を含むので)
・チュートリアル以外で忌火ちゃんしか使ったことありません(半分くらい理解したとは?)僕が一番忌火ちゃんをうまく使えるんだ…!
・『登頂』よりも『スコア』を重視して記載しています
・だいたい主観です
・おも��そ長文
『スコアの伸ばし方』について
登頂したことある人なら分かると思うんですけど、普通に道中ちょいちょい被弾しつつ進んで、普通にラスボスを倒してもおよそ15万程度のスコアにしかならないんですよね
では、ランキングに載ってるスコア20万とか50万とかはどうやって実現しているのか?
Tumblr media
画像左の表記が階層毎に計算されるスコアです
上から順に簡単に説明すると、
【突破した階層で取得したコインと、それによる基礎スコア】
×【階層の高さに比例した倍率】
×【その階層をノーダメージで突破したボーナス】
×【その階層のコインを全て取得したボーナス】
×【チェインボーナス(以下『連鎖』と表記)】
=【その階層の合計スコア】
となります
ここで非常に重要なのが『連鎖』で、そもそも『連鎖』が起こる条件が、「その階層をノーダメージかつ、その階層のコインを全て取得して突破する」という感じなんですよね
要はノーダメでコイン全部集めながらひたすら登っていくことでどんどん連鎖させて、トンデモ高倍率をスコアに掛けていけば自ずと50万とかも見えてくるってことです(できるとは言ってない(26万までは行けました
アーティファクト評
【超当たり】
反物質 : フロアを切り替えるとMPが回復する
登頂目的でもスコア目的でも非常に強力。単純にスキルが早く回るようになるので便利で強い。反物質が豊作な日は道中の快適度が増す。こんなんなんぼあってもいいですからね。
【���当たり】
しあわせハニワ : 人型の敵を倒すとカルマが回復する
このゲーム、「人型の敵」の範囲が非常に広く、人型っぽかったら大体の敵に適用されるので予想以上にカルマ管理が楽になる(実はボスも「人型の敵」判定である)特に2個以上積むことができた時に効果を実感しやすい。いぶし銀。
世界樹の一滴 : フロアを切り替えるとHPが回復する
普通に登頂目的なら最強の一角に君臨する強力なアーティファクトだが、「スコア理論値」を目指す場合は不要で、「高スコア」を目指す場合もやや優先度は落ちるので超当たりには入れてない。それでも変なアーティファクトを拾うくらいならこれの方がありがたい。
陰陽の式神 : スキル発動で式神を召喚する
菊理のスキルの簡易版。ダメージは高くない。
特に忌火、ココア、カナエ等のスキルの射程がある程度制限されるキャラを使用する時に重宝される。このゲームのボス戦は"どのくらいダメージを与えるか"ではなく"何回ダメージを与えるか"という仕様なので、本来射程外にいるボスに対して遠距離から攻撃を命中させることができる。つまりこのアーティファクトに関しては『1つでも所持していること』が重要である。(シッポや菊理を使用している時でも微力ながら単純に火力が強化されるので悪くない選択肢ではある)
【当たり】
マッハダッシュモーター : 足が早くなる
限りなく大当たり寄りの当たり。身体強化アーティファクトなので純粋に弾を避けやすくなるが、複数個積むと操作感がもはや別物になるので注意。
ハイピュリアの羽 : ジャンプ力が上がる
マッハダッシュモーターと大体同じ。
温かい桃 : カルマの下がり値が大きくなる
階層を跨ぐ際のカルマ減少量が多くなり、単純にカルマ管理に貢献する。複数個積むことができた場合はそこそこ頼もしく感じられるだろう。
魔法の招き猫 : コインを取ると確率でMPが回復する
MP回復が割と低確率なので安定はしないが、上手いこと発動すれば恩恵は感じられるし複数個積むことができれば運ゲーは多少マシになるというもの。
ニコールの壺 : 体力回復アイテムの効果が上がる
普通の登頂目的ならもう一段階優先度は上がる。ハートだけでなく休憩所の飲み物にも適用されるので案外発動箇所は多い。
ヴァンパイアの古刀 : 人型の敵を倒すとHPが回復する
普通の登頂目的ならもう一段落優先度は上がる。前述の通り「人型の敵」の範囲が広いのでその分発動する機会も多くなるだろう。
まじかるステッキ : スキルの威力が上がる
割と地味だが忌火や菊理等やや低火力なキャラを使う場合は雑魚処理の速度が少し早くなる。ボスに対する攻撃には適用されないので、確定数が変わ��などには期待しない方がいい。
【微妙】
百科事典 : ダメージを確率で5分の1に抑える
わりと低確率発動なうえ、スコア目的であればそもそも被弾したくないのでここでは微妙とさせて頂きたい。発動さえするなら登頂目的では心強い。
死ねないホタル : 暗闇で見える領域が拡がる
死"な"ないではなく死"ね"ないので実はかなり業が深い。性能はというと、暗闇下に於いて視野が少し広くなるという結構地味で限定的なものとなっている。役に立たない訳ではないが拾って嬉しいかと言われると……
淫魔の残り香 : 状態異常を短くする
完全に私の意見だが、状態異常攻撃なんてモノはスコア的にも登頂的にもそもそも喰らいたくないので喰らった上での微妙なアフターケアしかできないこのアーティファクトをあんまり強いと思っていない。確かに魅了や出血という厄介な状態異常への対抗策としては良いのかもしれないが。
奇妙な蛹 : 無敵時間が長くなる
効果自体は悪くないがダメージを喰らって初めて発動するアーティファクトなのでそこをあまり評価していない。二次被害防止にはなるだろうか。
名刀カネサダ : ダメージを受けると妖刀を召喚する
あまりにも受動的なダメージソース故にあんまり評価していない。ボスにも効かない。威力自体は高いので、HPが多いドラゴンなんかにはまあまあ有効かもしれない。
【いらない】
刺客の下駄 : トゲのダメージを軽減する。
確かに25ダメージも喰らってしまうトゲのダメージを抑えられるのは優秀なのだが、そもそもトゲなんて喰らいたくないし喰らってられないという話である。
ブラックダイヤ : HPが20以下になるとMP回復速度が上がる
所謂「火事場力」。モンハンとかフロムゲーで一部の変態玄人が好んで使う系統の能力でポテンシャル自体は高いが、スコア目的ならそもそも被弾してはいけないし、登頂目的にしてもあまりにリスクリターンが噛み合わなすぎであるのだが、RTAという限られた戦場に於いては最強のアーティファクトと化す。
エネミー評
ドラゴン【厄介度:上】
飛行、壁貫通、前方広範囲攻撃、高HPという厄介のハッピーセットである。冷静に対処すれば意外となんとかなるが、狭いところや複雑な地形で来られると非常にめんどくさい。大人しくスキルを切るが吉。
雪女【厄介度:上】
通常種はさほど強くないが上位種がヤバすぎる。十字型またはクロス型に放たれる氷結は地形によっては詰みかねない。上位種を射程圏内に収める算段があるならば、即スキルを切るべき。
ヴァンパイア【厄介度:上】
厄介な状態異常である出血を付与してくる。飛ばしてくる麻痺弾の弾速が結構早く、油断していると被弾しやすい。特に避けやすい地形でもない限りスキルを切って対処することを推奨する。
スキュラ【厄介度:極悪〜中】
個人的に環境依存で厄介度の上下が一番激しい敵だと感じている。暗闇下で遥か上空から墨玉で爆撃してくるスキュラはもはや存在するだけでそのルートを回避したくなるレベル。明るく平坦な地形だと割と対処は容易。
バニー【厄介度:上〜中】
一見挙動が読みにくいが、観察してみるとパターン化されておりジャンプのタイミングは読みやすい。なんだかんだ攻撃範囲が広く、喰らうと状態異常でジャンプが止まらなくなり甚大な二次被害を産むことがあるので、配置によってはスキルでの対処を推奨する。
メイドサキュバス【厄介度:上〜中】
わりと序盤から出てくる。ゲーム内テキストに突進方向は読みやすく回避は難しくない的な感じで書かれているが、それはそれとしてあまりにしつこいので大抵スキルを切らされる。
くのいち【厄介度:中】
くのいちの下を通る時にクナイを投げてくる。意外と避けやすいが、ステージギミックと相まってなかなかに厄介な場合がある。
ハーフオーク【厄介度:中】
もはや破壊可能なステージギミックである。冷静になれば鉄球の回避はさほど難しくないが、大抵他の厄介な要素と一緒に現れるので、結局スキルの錆になってもらう場合が多い。
ウィザード【厄介度:中】
単純に自機狙いのリングを飛ばしてくるので厄介。回避は容易だが、他の脅威に対処しながらウィザードに相対すると思わぬ事故に繋がるので注意されたし。
サキュバス【厄介度:中】
上位種は厄介度を一段階上げても良い。通常種はわりと大したことはないの���が、ハート弾が背景や他の弾幕に同化して被弾しかねないことや、魅了という状態異常がそもそも厄介なので結局対処する羽目になったりする。
ハーピー【厄介度:中】
自機目掛けて弧を描いて突撃してくる。それだけ。それだけだが充分にめんどくさいのは迷い人であれば知るところであろうか。
スライム、スケルトン、ゾンビ、スピリッツ、メイジヘッド、エレメント【厄介度:小】
上記の敵に比べれば対処は容易なので省略。
デモンズヘッド【厄介度:EX】
敵には変わりないので一応記載。カルマの番人。カルマが0になるとどこからともなく現れて、自機目掛けて高速で突撃し出血状態にしてくる。初見じゃどうすれば良いのか分からなくて大抵そこで墓になる。
非常に厄介であるのだが、スキルを準備してどっしりと構えていれば案外対処はできるものである。カルマが尽きたからと言って諦めるのはまだ早い。
ボス評
碧き星雲の守護者
慣れればそこそこ安定して被弾無しで倒せる相手。討伐に必要な攻撃回数は2回。たまに乱数でひどい攻撃をしてくるので、できるだけ広い空間に向かって逃げると吉。
紅い恒星の破壊者
慣れれば(ry。討伐に必要な攻撃回数は3回。守護者よりも攻撃が苛烈になっているほか、たまに乱数によってひどい攻撃をしてくるところも健在である。あまりに攻撃の回避に集中していると忘れた頃に中央のトゲに被弾して墓が増える。
しにぞこないのナナハ
つよい。討伐に必要な攻撃回数は5回。おそらく三種のラスボスの中では一番乱数による攻撃が少なく、慣れれば安定してノーダメージ討伐が狙える相手(できたことないけど)。
初見殺しの塊みたいな相手なので、対処方法は純粋に経験を積むことであろうか。スライディングには要注意。
大魔王エルロア
デスタムーア娘。つよい。討伐に必要な攻撃回数は5回。体感ラスボスの中で一番厄介。あからさまに攻撃が通り破壊できそうな手をしているが、こちらの攻撃が通るのは頭部だけである。
一見ビームを打ってくるだけの手だが、手のせいで微妙に視認性が悪くなり弾幕の厄介さに貢献している。そして、HPが4割以下になると普段の攻撃に手からのビームが加勢してより攻撃が苛烈になる。
暗き星のルゥラ
かわいい!!!!!!!!!!!つよい。討伐に必要な攻撃回数は5回。個人的にはまあまあやりやすい相手だが、ラスボスの中では一番弾幕弾幕しており狭い空間での弾避け技術が試される。あと反射神経。
ルゥラの難易度を上げている要因として、ラスボス随一の乱数攻撃の多さが挙げられる。個人的にやりやすいと前述したが、どう考えても避けられないひどい弾幕を連続されて常世ノ塔をそっと閉じる日もある。
その他
・道中で拾うことがある黄色い四角こと『シールド』だが、地形含むあらゆるダメージとそれに伴う状態異常まで無効化することができる。つまりノーダメージボーナスも適用される。重ね掛け不可
・休憩所の飲み物はメロンフロート一択(スキル短縮という効果があまりに強すぎるため)
・ジャンプ中にすり抜けられる床を通過すると、なんとジャンプの権利が復活する。覚えておくと役に立つこともある。
・黒ルート、白ルートどちらを選んでもスコアの変動は(おそらく)無い。ちなみに、【白→黒の後半の黒】と、【黒→黒の後半の黒】は同じ構造では無い。
・忌火のスキルは早出ししてボスのバリアに当てると弾け飛ぶので、スキル早出しをする際は弾け飛ばない猶予を狙うか、ボスからある程度離れて領域に触れさせない等の工夫が必要である。
ところで……
Tumblr media
こちらは各ボスの再戦ができる場所なんですけど、中ボス2人にラスボス全3人と戦って再戦の解放は終わっているはずなんですよね
───であれば、この右上の空白は……?
#常世ノ塔   #ゲームメモ
4 notes · View notes
tanakadntt · 2 years ago
Text
旧東隊の小説(二次創作)
刺身蕎麦クッキー
三輪秀次の好物は、ざる蕎麦、刺身、クッキーである。
一、刺身
ドアがあくと、まずプンと磯臭い空気が部屋に入ってきた。ここは東隊の作戦室で、三輪は同隊隊員である。
「大漁だぞー」
ついで入ってきたのは、発泡スチロールの箱を抱えた隊長の東春秋である。機嫌がいい。私服である。本日、東隊は任務のないシフトであったが、学校のあと、隊員は作戦室に集まっていた。仕事のためではない。
「おかえりなさい」
現地で購入したとおぼしき白い箱の中身は釣った魚だ。手持ちのクーラーボックスに入りきらなかったらしい。肩に下げているクーラーボックスだってかなり大きいのに、発泡スチロールの箱はさらに大きかった。重そうだ。三輪は発泡スチロールのほうを受け取った。ずっしりとしていて、よろける。氷がゴロゴロ動く音がした。
「床を濡らさないでください」
二宮匡貴が用意しておいたブルーシートを指す。
「気が利くな」
ニコニコしながら、東がクーラーボックスを肩から下ろす。三輪を手伝ってやりながら、二宮は黙って頷いた。
「東さん、長靴と道具は?」
「まだ車の中だな」
「後で取りに行きましょ。ほっとくと忘れちゃうわ」
加古望がキッチンから顔を出した。
ペリペリとビニールテープを剥がして、蓋を開ける。
のぞき込むと
「…大きい魚」
「鯛だな」
氷水の中に魚の王様が埋まっている。
東が器用にさばいていく脇で三人の隊員��忙しい。キッチンが臭くなるのは嫌と、加古はあらかじめ新聞紙をシンクに敷いていた。
「内臓はここに入れてね」
新聞紙で作った箱は暇なときに皆が折ってストックしてある。
タッパーや折を用意していくのは三輪の役目だ。紙袋にもポン、ポンと保冷剤を入れていく。
「秀次は手際がいいな」
「俺が教えました」
「あら、私が教えたのよ」
「今日、本部にいるのは誰かな? いつものことで悪いが、
手分けして、配りに行ってくれ」
「二宮、了解」
「加古、了解」
「了解です」
テンポよく言えずに、三輪は口の中でつぶやいた。
「ねえねえ、東さん、海鮮しゃぶしゃぶにしてみない?」
加古はカレイを見ながら提案する。
「新鮮なんだから、刺身だろう」
二宮が言い返す。二人はいつもこんな調子だ。
本日は、東隊長の釣ってきた魚を堪能する会なのだ。作戦室では飲酒禁止なので、ビールを飲みたい東の希望もあって、このあと本部内の彼の持っている居住スペースにお邪魔させてもらっての開催である。
「鍋があるからできるが、それなら最後はうどんで締めたいなあ」
「売店で売ってるんじゃないかしら」
東は包丁の手を止めてそうだなあと言いながら、チョイチョイと手招きして三輪を呼んだ。
「はい」
てっきり、うどんを買ってくるよう言われると思っていた三輪に東は、
「味見」
鯛の切れ端をヒョイと三輪の口の中にいれた。
「どうだ」
「おいしいです」
白身魚が甘いのを三輪はここにきて初めて知った。
ニ、クッキー
「暑いわね」
盆である。
この時期、食堂が休みなのだ。若者はコンビニに行き、偉い人は仕出し弁当を頼む。
今日の東隊長は上層部に呼ばれて会議に出席中である。これはよくあることで、片手間で隊長をやってるのではないかと思うほど忙しい人なのだ。今頃、上層部と高級弁当を食べていることだろう。
時刻は午後一時である。
「お腹が空いたわね」
先程から、加古は暑いとお腹が空いたしか言わないと気がついて、三輪は少しおかしかった。二宮はまだ到着していない。要領のよい彼のことなので、どこかで食事をしてからやってくるのだろう。
「コンビニで買ってきます」
三輪は立ち上がった。本部の中にも最近コンビニができたのだ。
「今日はコンビニのご飯って気分じゃないのよねえ」
と、加古は顎に長い指を当てた。二宮がいたなら、わがままだとののしったに違いないが、三輪はあまり気にならない。
「外へも買いに行きますよ」
どのみち三輪も何か腹に入れないといけない。
「本部の外は暑いわよ」
「そうだけど」
最近、加古に対しては敬語がすっぽ抜けるときがある。年上とか年下だとかそういうのを突き抜け��ところが加古にあるからだ。
加古は天井に視線を送って、しばし考えたあと、
「どっかにクッキーがあったはず」
ぽんと手を叩いて、立ち上がった。
「東さんがもらってきてた」
「え! あれ? 」
あれは確かお中元でもらった高級クッキーだった。お中元をもらう大学生もどうかと思うが、東はよく頂きものをする。ご相伴にありつくのは隊員の役得だ。
しかし、いいとこのクッキーを昼飯代わりとは。
棚をゴソゴソとあさって、すぐに加古はクッキーの四角い缶を見つけてきた。目星をつけていたらしい。
「これこれ」
遠慮なくカパッとあけると、ほとんど手つかずの高級焼き菓子が現れる。
「三輪くん、冷蔵庫から飲み物持ってきて。私、アイスティー」
三輪は麦茶にした。
「お前らばっかり何食ってんだ」
案の定、程なくして現れた二宮は呆れた声を出した。
「太るぞ」
「三輪くんはもうちょっと太ったほうがいいわ」
「お前だ、加古」
「ご飯代わりだもの。それにこれから、動くから問題ないわ」
「トリオン体じゃあ関係ないだろう」
そう言いつつも、二宮もクッキーに手を伸ばす。
「二宮先輩、何飲みますか?」
「牛乳」
結局、三人でバリボリ食べて、缶のクッキーはすっかりなくなってしまった。
「内緒ね」
「証拠隠滅だな」
三輪くんの方で捨てておいてねと空の缶を持たされた。三輪が本部に住んでいるからだ。
なんとなく捨てそびれて、東隊が解散して、それぞれが別の隊を持つようになった今でも、その缶は三輪の部屋にある。
三、ざる蕎麦
「なんだ、引っ越したばかりなのか」
東隊が結成されたばかりの頃の話だ。
なんの用事だったか。多分、東からの言伝てがあったのに三輪へのメールが既読にもならないし、電話にも出ない。
二宮、すまない。俺、手が離せないから、伝えるついでに様子をちょっと見てきてやってくれ、そのまま帰っていいから。
隊長にそう頼まれたら、二宮も嫌とは言えない。もう、夜と言っても差し支えない時間だった。加古は既に帰宅している。
東に聞いた区画で三輪の部屋を見つけ、何度か呼び鈴を鳴らして、ようやくドアはあいた。
単身者用らしく、玄関から見渡せるほどの部屋だ。
およそ、生活感というものがない部屋だった。
中はガランとしていて、薄い蒲団が敷いてある他は、ダンボール箱がひとつおいてあるだけだ。入り口すぐに見えるキッチンも使っている形跡がない。
だから、二宮は引っ越してきたばかりかと聞いたのだ。三輪は焦点の合わない目をして、否とも応とも言わなかった。
出会ってまもないが、三輪には時々そういう不安定な状態に陥るときがある。何もかもが億劫になるらしく、食べることも眠ることもしなくなる。反���も鈍い。
この街には、この街独特の事情によって、そういう人間は割と存在し、容認されている。だから、二宮もそれほど奇異には思わない。あの日あのとき、『あちら側』だったんだなと思うだけだ。
それでも淡々と任務をこなす姿は評価するが、面倒な後輩であることにはかわりなかった。
東からの用件を伝え、確認をとったらもう二宮の任務は終わりだ。
しかし、
「夕飯は食ったのか?」
「ああ、はい、いえ」
返事は要領は得ないが、おそらく食べていない。
(昼も食べてなかったな)
「夕飯、食うぞ」
「……え?」
やはり反応が鈍い。二宮はイラッとしたが、今の三輪相手に何か言う気はしない。
三輪を連れて、食堂に行こうとする。
が、二宮はふと気が変わった。
「鍋あるか?」
「ないで���」
「皿は?」
「ないです」
「コップは?」
「ないです」
二宮がため息をつくと、すみませんと三輪が謝った。徐々に意識が浮上してきたようだ。
「あの、二宮先輩、食堂で」
「いや、待ってろ」
三十分後、調理道具一式を調達してきた二宮は再び三輪の部屋に現れたのだった。
「蕎麦を茹でるぞ」
「…蕎麦ですか?」
その頃には、三輪もうつ状態になっているどころではない。二宮のペースに乗っかりもできず、さりとて落ちることもできない。
「あの、なんで、蕎麦」
「引っ越ししたら引っ越し蕎麦だろう」
引っ越しのことを考えたら、最初に思いついたのが蕎麦だった。新居で食べるのにふさわしい。
「あちこちから、借りてきたからな。明日、返しに行くぞ」
本格的な塗りの四角いセイロまである。三輪はおっかなびっくり持ち上げて、意味なく裏をのぞき込んだ。
その間に、二宮は鍋を沸かし、乾蕎麦を放り込んでいる。
「七分、計ってくれ」
「了解です。料理されるんですね」
「麺を茹でるくらい料理に入らんと思うぞ」
菜箸で、麺を動かしながら、二宮はこともなげに言った。
「三輪も食堂の飯ばっか食ってないで、蕎麦くらい茹でろ」
「はい」
思いの外、大量に茹で上がった蕎麦をセイロに山のように盛って、二人ですすった。箸もなくて割り箸だった。
もうここに一年ほど住んでいますと言えずに三輪は黙って、蕎麦を食べた。
この日にようやく三輪の引っ越しが終わったといえるかもしれない。
終わり
4 notes · View notes
4redfred · 4 months ago
Text
国際機構の一員
歴史ある国際機構の信頼と権威をお借りして国際的な運動に加わりやすくなっている,ということは,それを借りなければ本来加われるはずのないところに加えていただいている,ということで。 実際,能力も実績もまったく足りていないのに,名前を借りたことでズルして順番待ちの長い列に割り込んでいるような状態になってしまっているんだと思う。そこで名前に見合った働きができなければ,我々が割り込んだせいで順番が後退してしまった他の組織や団体の方々に申し訳ないし,信用も失うし,他にも被害を出しかねない。信用を失う.. というか,失うもなにも本来我々自身は信用を得ていないんだけど,名前を借りたことで信用も得ているように見せかけているというか。
一応それなりの準備期間を経ていくつかの条件のもと本部の承認を得たとはいえ,素人��然のことしかできていないようでは事実上なりすましと変わらない。。 実態に見合った活動をするならば,国際機構の一員としての名前は返上して最後尾から並び直し,地道にスキルアップして活動を続けて実績を積み上げて自力で信用を得て..... 。国際的な機関から話を聞いてもらったりカンファレンスに招待してもらえるようになるのは,どうだろう,早くても5年後とかになってしまうのかな。
そうすべきだろうか。
ExecutiveどころかSeniorレベルすら不在の無名無力の個人が数名集まって2年ばかり準備したからって,個人としての活動期間を含めても10年にも満たないようなメンバーで,国際機構の一員を名乗ろうだなんて本来身の丈に合ってなかったんだよね。分かってたつもりだった。コーチやアドバイザーに手伝ってもらいながら計画書等々を準備して,国際本部にはだいぶオマケして承認してもらったようなものだったので。そうまでして許可いただいた国際機構の名前を,支部とはいえ好き勝手なことをして信用を傷つけるようなことはできない。初級者が私物化なんてできないし,許されない。
だから最低限「これは勝手にやってはいけない」「これをやる場合はこのルールを守る」というラインは承知しているつもりだけど,新しく仲間を迎えようとすると,その最低限のはずのラインが邪魔になるんだろうか。
でもExecutiveならともかく初級者や新人がそのラインを踏み越えるとなると,どうしても「素人です」「専門機関の公式の言動ではありません」とのDisclaimerが必要になる。国際機構支部の名札とこのDisclaimerとは大変食い合わせが悪い。国際機構の一員を名乗っておきながら「専門機関とは関係のない素人の個人的見解です」は真っ向から矛盾する。
名前を守ることを優先して活動を制限するか(というか初級者である以上は信用を傷つけたり他者の権利を侵害したりしないよう制限が必要だと信じているのだが),素人を免罪符に不正確な情報の発信や他属性の人権に無頓着な活動を許容するか。 個人的には前者の選択しかないと思っていたけど,それによって自由な活動ができない,やりたいことができない,といって加わってくれる仲間がいなくなり活動が潰えるのも問題。「やりたいことやらせてもらえないならやめます」で熱意のある仲間に加わってもらえるチャンスを潰すのも辛い。 でも後者の選択をして他属性どころか同士であるはずの人々までをも踏みつけまくってしまっては何が人権擁護だ? それとも自分が分かっていないだけでそういう人権擁護の分野(?)や手法(?)があるのか? それが許されるのはどういう場合なのか? 教わりたい。
未経験の方を迎えて教えながら仕事をする余裕はないし,教える側の人材も足りない→無償ボランティアに経験年数や資格を求めるわけにもいかない,タダで求めて良い職能ではない→スキル経験の有無に関わらず人を迎えられない
というもうひとつの無限ループにもぶち当たる。
でも確かにボランティアの方に方針やら戦略作りにまで関わってもらうのはさすがに負担がデカすぎる,というか普通に務まらないと思うし,いきなり任せるべきではない。 これは現地の(現存する中では世界最古と言われる)組織にボランティアの面接に行った時にも言われたことで,組織の根幹に関わる大事な仕事をボランティアスタッフに任せたりはしないと。だから幹部レベル以上のスキルや経験はなくても大丈夫だと。 しかしそれは既に規模も大きく幹部職員も多数在籍していて実績もある組織だからこそボランティアに任せられる仕事もあるわけで。今の我々は弱小すぎて,根幹に関わらせずにできる仕事をまだ生み出せていないし,スキルや経験を要してしまうような仕事ばかりがまだまだ山積みの状態。
しかしお給料払うとなればそれこそ経理というかお金周りが分かる人が必要だし,銀行口座問題もあるし,いきなり正規雇用は無理にしても時給制にするのか成果報酬か何なのか,その前に法人化とか法務周りも分かる人いないし,何にせよ自力では無理なんだよな。やっぱり我々のような弱小組織のサポートを行なっている機関にもう一度相談できないか申請してみるか。。
名前とそれに付随する信用,制限,活動の質を守りぬいて人がいなくなり閉鎖するか,名前を返上して誰でも自由に活動してもらえるようにして,その代わり信用やそれに付随する各機会は自力で積み上げて獲得していくしかなくなるが,それでも人を迎え入れて存続を図るか。
創立メンバー戻って来てくれもいいんだよ。。
0 notes
t82475 · 4 months ago
Text
悪魔ッ子の孫娘
[1966(昭和41)年]
1. 帝国サーカス団公演。 「次に登場いたしますはー、希代の魔術師、赤沼幻檀(あかぬまげんだん)と悪魔ッ子リリー!!」 円形アリーナの中央に黒ずくめの魔術師が歩み出た。 床まで届く黒マントに黒手袋と黒いシルクハット。 お世辞にもハンサムとはいえない容貌だった。痩せこけた頬の上に爬虫類を思わせる丸い両眼が開いている��� 愛想笑いの一つもしないで、ぎょろりと客席を見回した。
魔術師が黒マントの裾を大きく翻すと、その陰から赤いチャイナ服の小柄な人物が出現した。 年端も行かない少女だった。ほんの6~7歳くらいではないか。 客席がどよめいた。 何もないところに少女が出現したことに驚いたのではない。出現した少女の幼さに驚いたのでもない。 観客は彼女の登場を待ちかねていたのだった。 魔術師と少女のショーは新聞に取り上げられるほど話題になっていた。 ほとんどの客は二人を目当てに来ているのである。
少女はお人形のように動かずその場に立ちくしている。 魔術師は白いロープを出すと少女の手首を背中で縛った。続いて足首も縛る。 人差し指を立てて目の前で振ると、少女は即座に意識を無くした。 その場に崩れ落ちたところを抱きかかえられる。
大きな金庫が引き出されてきた。 その横幅は魔術師が両手を広げた幅で、その高さは魔術師のシルクハットの高さである。 金属製の扉を重々しく開くと中は何もない空洞だった。 そ��にロープで縛った少女を転がせた。 頬を軽く叩いて目覚めないことを示す。 扉を閉めて鍵を掛けた。
照明が暗くなって会場全体が薄闇に包まれた。 アリーナ中央の金庫とその横に立つ魔術師がほのかにシルエットになって見えた。 そして──。
おお~っ。 再び客席がどよめいた。 今度は正真正銘の驚きの声。
金庫の上に少女の頭が生えたのである。 その頭はゆっくり上昇し、顔、首、肩、そして胴体から足までの全身が現れた。 手足を縛っていたはずのロープはなくなっていた。 金庫の上に立つチャイナ服の少女。 彼女は硬い金庫の天井をどうやって通り抜けたのだろうか。
不思議なことはもう一つあった。 暗い会場に少女の姿がはっきり見えることである。 スポットライトなどで照らされている訳ではない。 少女自身がほのかに発光していた。まるで幽霊のように。
魔術師が両手を広げて呪文を唱えた。 少女の足が金庫から離れた。 彼女は何もない空間に浮かび上がったのだった。 5メートルくらいの高さまで上昇して静止、すぐに何もない空間を前方へ歩み出す。 観客席の上まで来るとすっと降下した。 真下にいた女性客のすぐ傍に降り、ほんの数センチの距離まで顔を寄せて悲鳴を上げさせた。 少女は会場の空間を上下左右自由自在に移動した。 ワイヤなどで吊られているようには見えなかった。 天井近くまで上ったかと思うと、急降下して客席ぎりぎりで旋回し再びふわりと舞い上がってみせた。
少女が "飛行" していた時間はおよそ5分くらいだろうか。 魔術師が手招きすると彼女は金庫の上に戻ってきた。 ゆっくり金庫の中へ沈み込むようにして消えたのであった。
照明が点いて会場が明るくなった。 魔術師が金庫を解錠して扉を開ける。 中には白いロープで縛られた少女が眠っていた。 最初に閉じ込められたときと何も変わった様子はなかった。
少女は拘束から解放されて目を覚ました。 魔術師と並んで頭を下げる。 満場の拍手と声援を浴びながら彼女は初めて笑顔を見せたのだった。
[2024(令和6)年]
2. 私はテーブルの向かい側に座る男にグラスの水をかけた。 他の女と結婚するから関係を終わりたい? バカにしないで。 「サヨナラ!」 「ちょ、けやき!!」 そのまま席を立ち、小走りでカフェを飛び出した。
金曜日の夜。 私、近本けやきは雑踏の中を泣きながら駆けた。 運命の人と信じてたのに。 とても優しくて、よく笑わせてくれて、どんなグチも聞いてくれて、ベッドの相性も最高で。 大切な話があると言われて、いよいよプロポーズと信じて来たのに。 アラサー女の貴重な2年間を返せ、このバカ野郎ー!! 涙で景色が霞んだ。 私きっとお化粧ぼろぼろだ。
きゃっ。 前から来た女性と当たりそうになって私は転倒した。 歩道に座り込んで腰をさする。 痛、た、た。 「大丈夫ですかっ?」 「だ、だいじょーぶ・・」 その人は私の手を持って立つのを助けてくれた。 赤いチャイナ服を着た女の子だった。 男の子みたいなショートヘア、くりくりした大きな目。 可愛いな。高校生かしら。 いけない、謝らなきゃ。 「ごめんなさいっ、前見ないで走って。そちらこそ怪我とかありませんか?」 「あたしは全然。それよりも」 「はい?」 「変なこと聞きますけど、お姉さん金縛りの癖がありませんか?」 !! 「金縛り!?」 「そんな気がしまして」 「いいえ、そんな癖はないです。失礼しました!」 「あのっ、もしもしっ」 私は顔を背け、女の子を置いて逃げるように走り去ったのだった。
・・金縛り。 布団に入って眠ろうとすると襲われる状態。意識はあるのに身体が動かない。 私は子供の頃によく金縛りをやっていた。 最近は少なくなったけれど、それでもあの感覚は鮮明に覚えている。 やなこと思い出しちゃったな。 ただでさえ男に二股をかけられて滅入っているところなのに。
無性にお酒が飲みたくなった。 飲んでも嫌なことを全部忘れられるはずはないけど、酔えば少しは楽になりそうな気がした。 ・・よぉしっ! 近くにあったファッションビルのパウダールームに飛び込んだ。 泣き崩れたお化粧をちゃちゃっと直して外に出る。 行き慣れたパブに顔を出すのはやめよう。 だって今日は週末の金曜日。絶対に知り合いに会うし、会ったら泣いたでしょって見破られる。
目に留まった雑居ビルの入口にスナックの看板が並んでいた。 いつもなら一人でスナックなんて入らない。 でもその夜の私はひねくれていた。 傷心の女がスナックでカラオケも悪くないわね。 どうせなら一番へんてこりんな名前のスナックに入ろう。 『すなっく けったい』。 よし、ここだ。
3. さほど広くない店内はお客でいっぱいだった。 「ようお越し! ・・お一人?」 カウンターに一つだけ空いていた椅子席に案内された。 とりあえずビールを頼む。
「お姉さんも手品を見に来たのかい?」隣席のおじさんが話しかけてきた。 「あ、いえ」 「違うで。このお客さん今日が初めてやし」 カウンターの向こうのママが言ってくれた。関西弁? 「そうか、ラッキーだね。始めて来て赤沼さんの手品を見れるなんて」 「毎月第3金曜は流しの手品が来るんよ。・・せっかくやから見てってちょうだい」
流しの手品? そんなもの初めて聞いたよ。 言われてみればこのお店、普通のスナックと空気が違った。 カラオケコーナーはあるけど誰も歌ってないし、大声で放談する人もいない。 落ち着いたカフェかバーみたいな雰囲気。 女性も多いな。よく見たらお客の半分が女性だった。 どの人も手品が目的で来てるんだろうか。
しばらくして入口のドアが開き��黒ずくめの男性が現れた。 タキシードの上に黒いマントを羽織ったお爺さんだった。頭にはシルクハット。 ひと目で手品師と分かる服装。 お爺さんに続いて赤いチャイナ服の女の子が入ってきた。大きな革のトランクを両手で持っている。 あっ。あの子! 私が歩道で衝突しかけた女の子だった。
カラオケコーナーのスポットライトの当たる位置まで進むと、二人は並んで頭を下げた。 皆が拍手した。遅れて私も拍手した。 女の子が私に気付いたようだ。胸の前で右手を振って笑いかけてくれた。 困ったな。笑顔を返しにくい。
「今夜もたくさんお集まりいただきましたな。こんな爺の芸がひとときの慰めとなれば幸甚の極み・・」 お爺さんは口上を済ませると、マントの中からステッキを出して振った。 ステッキは一瞬で花束に変わりそれを近くの女性客に渡した。
次に左手を高く掲げた。 何もないはずの手の中にトランプのカードが1枚出現した。 それを右手で取って投げ捨てると、左手にまた1枚現れた。 次々とカードを出現させて投げた。最後の何枚かは左手から直接空中に投げて飛ばした。 「あれはミリオンカードっていう技だよ。あの爺さんの十八番さ」 隣に座るおじさんが教えてくれた。 「へぇ。詳しいんですね」 「まあね。毎月ここで見てるからね」
お爺さんは手品を続けた。 銀色のリングをいくつも繋いで鎖のようにしたり、ピンポン球を指の間に挟んで増やしたり減らしたりした。 それから紙に火を点けそれを口に入れて食べてみせた。 ほとんど笑顔も見せずに淡々と続けた。 マジックとか手品は全然知らないけど、何となく最新のマジックではないような気がした。 昔からある手品をやっているんじゃないかしら。
「レトロだろう?」 隣のおじさんが笑いながら言った。 「やっぱり古い手品なんですか?」 「そうだね。あんなのばかり何十年もやっているらしいよ」 「そうなんですか」 「でもこの後の幽体離脱のイリュージョンはすごいよ。何回見ても不思議なんだ」 幽体離脱? イリュージョンって確か、美女が宙に浮かぶとか、そういうマジックよね?
4. チャイナ服の女の子がカウンタースツール(カウンター席用の背の高い回転椅子)をお店の奥から借りて持ってきた。 トランクの中から薄いカーキ色をしたキャンバス生地の包みを出すと、客席に向けて広げて見せた。 金属の金具とベルトがついていて、先の閉じた長い袖がだらりと垂れたジャケットのような形状。 これは知ってるわ。 病院とか拘置所とかで暴れる人に使う拘束衣ね。
お爺さんが拘束衣を女の子に着せる。 長い袖に腕を入れさせると、背中で編み上げになっている紐を締め上げた。 そして腕を前でクロスさせ袖の先を背中できつく絞って固定した。 腰から下がったベルトも両足の間に通して後ろで留めた。 「どなたか力のある方、お手伝いを」 男性のお客に手伝ってもらって女の子を持��上げ、カウンタースツールに座らせた。 最後に黄色いハンカチで女の子の足首をスツールの一本脚に縛りつけた。 女の子はにこにこ笑っているけれど、これって割と厳しい拘束じゃないかしら。
Tumblr media
お爺さんが前で指を振ると女の子は目を閉じて動かなくなった。 トランクから大きな布を出し、お客さんに再び手伝ってもらって女の子の上から被せた。 女の子の姿は隠れて見えなくなる。 「さぁて・・、」 お爺さんが前に立って両手を広げた。 布の下で動けないはずの女の子がびくっと動いた・・ような気がした。 しばらく何も起こらなかった。 やがて──。
おおっ。店内に驚きの声が響いた。 布の上に薄いもやのような影が現れて、空中に浮かんだ。 影はすぐにくっきりしてチャイナ服の女の子になった。
女の子は拘束衣を着けていなかった。 浮かんだままにっこり笑うと、ゆっくり一回転してみせた。 一度天井近くまで上昇し、それから降りてきてお店の中をふわふわ移動した。 お客の近くに寄ると手を伸ばして一人一人の肩や頭を撫でた。 わっ。きゃっ。 その度に悲鳴が上がる。
女の子が私の傍に来た。 ごく普通の女の子に見える。でも足が床についてない。 いったいどういう仕掛けなんだろう? 彼女は私の耳に口を寄せて囁いた。 「・・あとでお話しさせて下さい」 先ほど歩道で会話したときと同じ声が頭の中に共鳴するように聞こえた。 あまりにもリアルだった。トリックがあるとは思えない。 まさか本物の幽体離脱? 背筋が凍りついた。
5. その夜、私はベッドの中で眠れないでいた。 二股かけられた男のことは、もうどうでもよくなっていた。 それよりスナックで見た幽体離脱が忘れられなかった。 耳元で囁かれた声。 私は怖くなってあの場から逃げ出して帰ってきたのだった。
あの後、女の子は高く舞い上がって元の場所に戻った。 布の下に隠れた本体に重なるように消えると、手品師のお爺さんはその布を外してみせた。 そこには拘束衣を着せられた女の子が何も変わることなく座っていた。 お爺さんが彼女を解放している間に私は立ち上がり、急いでお会計を済ませてスナックから出てきたのだった。
・・金縛りの癖がありませんか? そうだ、私には金縛りの癖がある。 どうして見抜かれたんだろう? あまり考えちゃいけない。考えすぎると金縛りが再発する。
女の子が拘束衣を着せられる光景が蘇った。 長い袖に両手を差し入れる。袖の先を背中に巻き付けられて、ぎゅっと引き絞られる。 私は仰向けに寝たまま、右の掌を左の脇腹に、左の掌を右の脇腹に当てた。 これで強く縛られたら絶対に動けないよね。 腕に力を入れて身体に押し付けた。 ぎゅ。圧迫感。
・・ブーン。耳鳴りがした。 いけない!! 気がつけば私は動けなくなっていた。手も足もあらゆる筋肉に力が入らない。
(拘束衣に自由を奪われた私。あの女の子と同じ)
違う。これは金縛りっ。
(お爺さんが大きな布を広げた。ふわりと覆われる。何も見えない)
だから金縛りだってば。無理に動こうとしないで深呼吸しなきゃっ。
(拘束感が薄れる。布を通り抜けるイメージ)
もやが晴れるように視界がクリアになった。 目の前に見えたのは自室の天井。 私は仰向けに寝た姿勢で浮かんでいるのだった。 腕がだらりと斜め下に開いた。 拘束は・・、されていないみたい。
起きなきゃ。 そう思うと空中でまっすぐ立っていた。 ここは私の部屋。ワンルームマンションの最上階。窓の外には街灯り。 自分に起こったことを理解した。 これは幽体離脱だ。
足元を見下ろすと、目を閉じてベッドに寝ている私が見えた。 上へ。 意識するなり、すっと浮上して天井に当たった。と、天井を突き抜けてマンションの屋上に頭を出した。 真っ暗な空と夜の街が見えた。 いけない。 下へ。 降下して部屋に戻った。 スナックで見た幽体離脱は震え上がるほど怖かったのに、いざ自分に起こると驚きも恐怖もなかった。 こういうものかという感じ。 今の私、どんなふうに見えてるんだろう?
洗面台の鏡の前へ行ってみた。 歩かなくても移動できるから楽だ。 鏡の中によれよれのスウェットとショートパンツの女がいた。私だ。 電気も点けてないのにくっきり見える。 そういえばあの女の子もくっきり見えたな。カラオケコーナーのスポットライトの中で。 灯りを点けたらどうなる? 壁のスイッチを入れようとしたら指が壁の中にめり込んだ。 あら残念。
ベッドの上空に胡坐で浮かび、腕組みをして考えた。 私、どうなっちゃったんだろう。金縛りに加えて幽体離脱まで達成してしまうとは。 そもそもこれは現実なのかしら? ぜんぶ夢の中のような気もするし。 スマホやテレビでチェックしたらと思ったけど、触れないから確認できない。 窓に目を向けた。今の私なら窓ガラスを通り抜けられる。 コンビニにでも行って店員さんに私が見えるか聞いてみようか。 ダメだよ。もし本当に見えたら幽霊が来たって大騒ぎになるでしょ。
今、何時だろう? ベッドサイドのデジタル時計は 2:59。見ているうちに 3:00 に変わった。 じー。枕元のスマホが振動して画面が明るくなった。何かの通知を表示するとすぐに暗くなった。 夢だとしたらすごいわね。むちゃリアル。 スマホに手を伸ばしたら手がスマホをすり抜けた。 やっぱりこうなるか。ばかやろー。
・・
気がつけば朝だった。 私はベッドから起き上がって頭を掻く。ああ、本体に戻ったのか。 時計を見ると7時半。 も少し寝ようかな。今日はお休みだし。 いつもの習慣でスマホをチェックすると飲み仲間の女友達から LIME のメッセージが入っていた。 『水曜いつものパブでどう?』 メッセージの時刻は 3:00。
記憶が鮮明に蘇った。 時計が3時になって、同じタイミングで着信通知。 夢と現実がここまで一致するなんてあり得ない。 あの幽体離脱は現実だったと確信した。
それなら──。 私は思った。 あの子に会わないといけない。あの女の子と話をしないといけない。
6. 土曜のせいか『すなっく けったい』は空いていた。 先客はサラリーマン風の若い男性が二人だけ。 JPOP の音楽が流れていたりして、いたって普通のスナックだった。
関西弁のママは私を覚えていた。 「昨日のお姉さんやね。途中で帰ってしもたから莉里(りり)ちゃんが残念がってたわよ」 「莉里ちゃんて?」 「手品のアシスタントしてた子やんか」 「ああ、チャイナ服の女の子ですね」 「そうそう。莉里ちゃんは赤沼さんのひ孫なのよ」 へえ、孫じゃなくてひ孫さん。
ママによると、あのお爺さん(=赤沼氏)は2年ほど前にふらりと現れて手品をするようになった。 ずっと一人でやってたけど、今年の春になって莉里ちゃんも一緒に来て幽体離脱のイリュージョンを始めた。 それが受けて、今では赤沼氏が来る日は手品好きのお客が集まるという。 「あの人も昔は名のある手品師やったらしいけど、今は道楽でやってる言(ゆ)うて笑(わろ)てはったわ」 「私、赤沼さんと莉里ちゃんに会いたいんです。連絡先ご存知ないですか?」 「お姉さんネットで配信してる人? それともマスコミ関係とか。それやったら会(お)うてもらえへん思うよ」 「違いますっ。あの、個人的に、すごく個人的に会いたいだけなんです」 ママはにやりと笑った。 「それやったら、ボトル入れてくれたら話そかな?」 「入れます!」 「よっしゃ。・・あいにく連絡先は分からへんけど、雲島のほうの公園でストリートなんとかゆうのをやってるのは聞いてるわ」 「ストリートパフォーマンスですか?」 「それそれ。やるのは日曜だけでそれも気まぐれや言うてはったから、絶対に会えるとは限らへんけどね」 「ありがとうございます。行ってみます」
「・・ママぁ、カラオケするでぇ」「はーい、どぉぞ」 サラリーマン組が歌い始めた。
「ところで何飲む?」 ママに聞かれた。 「あ、ボトル入れますから。・・その、一番安いので」 「さっきのは冗談やから無理せんでええよ。そやね、何でもいけるんやったらホッピー割なんかどう?」 初めて飲んだホッピーの焼酎割は爽やかで飲み易かった。 「美味しいです」「やろ?」 ママも自分のグラスに入れたホッピーをぐびりと飲んで笑った。 「お姉さんのお名前お聞きしていい?」 「私、けやきです。近本けやき」 「けやきちゃんね、覚えたで。・・それで二人に会うてどうするの?」 「昨日の手品で聞きたいことがあるんです。特に莉里ちゃんの方に」 「ふーん、さてはけやきちゃんも幽体離脱してもぉたんやな」 ぎっくう!!! 「がはははっ、そんな真顔で驚かれたらホンマに幽体離脱した思てま��やんか」 「いえ、あの」 思い切り笑われてしまった。
「さあ、カラオケ空いたで。あんたも遠慮せんと歌いっ」 「あ、はい。・・じゃあ『ふわふわタイム』を」 「がははっ、アニソン! ええやんっ」 それから私はカラオケでアニソンを歌い、サラリーマン二人と意気投合して歌いまくった。 ホッピー割はいつの間にかハイボールとストレートのジンに変わり、結局ボトルキープと変わらない代金を払うことになった。
7. 翌日はよく晴れていた。 私は『けったい』のママから聞いた公園に来ていた。 そこは野鳥や水鳥の観察ができる貯水池や広葉樹の森が広がる自然公園で、私は赤沼氏と莉里ちゃんを探して歩き回った。 どこにいるのか分からないし、どこにもいないかもしれない。
ふう。疲れてベンチに座り込む。 『けったい』で飲み過ぎたかしら。おかげで爆睡して金縛りも幽体離脱もなかったんだけど。 それにしてもこんなに広い公園って分かってたら、もっと歩き易い格好にしたらよかったな。 私はロング丈のワンピースにヒールを履いて来たのだった。
・・あれ? 遠くに人が集まっている。 なだらかな芝生の丘の上にレンガの壁で囲まれた噴水があって、そこで何かが行われていた。 噴水の上にふわりと浮かぶ人影が見えた。 白いワンピースを着ていて背中に羽根のようなものがついている。
私は立ち上がった。 息を切らせながら斜面を登り、ようやく噴水の端へたどり着いた。 見上げると噴水に虹がかかっていた。 きらきら輝く飛沫と太陽の光。 その光の中、4~5メートルくらいの高さを莉里ちゃんが "歩いて" いた。 肩を出した真っ白なキャミワンピ。大きく広がる天使の翼。ひらひらした裾から伸びる素足。 神々しいくらいに綺麗だった。
「莉里ちゃん!」 私が叫ぶと彼女はこちらを見下ろして驚いた顔をした。 噴水の中をゆっくり降下し、それから水面を歩いて外へ出てきた。 彼女の髪や衣装は少しも濡れていなかった。 噴水の畔には大きなキャリーバッグが置いてあって、莉里ちゃんはその中へ溶け込むよう消えた。 取り囲むギャラリーから「ほおっ」という歓声が上がる。 「すごい! このイリュージョン」「どうなってるんだろ?」会話が聞こえる。 そうだよね。イリュージョンと思うよね普通。
キャリーバッグの脇に白髪のお爺さんが立っていた。 それはもちろん赤沼氏だけど、明るい色のシャツとズボンで優しく笑う姿は『けったい』で見たのと全然違っていて驚かされた。 赤沼氏は観客に向けて親指を立てウインクすると、キャリーバッグを横に倒して蓋を開けた。 バッグの中には拘束衣を着せられて丸くなった莉里ちゃんが入っていた。 立ち上がって拘束衣を脱がせてもらう。 弾けるような笑顔。額に汗が光っていた。 やっぱり可愛い子だわ。
拍手の中、二人はお辞儀した。 足元に置いた菓子缶に小銭がぱらぱら投げ込まれる。 莉里ちゃんが私を見て手を振ってくれた。 薄いキャミワンピ1枚だけ纏った背中に天使の翼はついていなかった。
・・
「近本けやきといいます。先日は途中で帰ってしまってごめんなさい!」 ギャラリーがいなくなってから私は二人に挨拶した。 「あたしは気にしてません。それに、きっとまた会えると思ってましたから」 莉里ちゃんが答えてくれた。
「実は私、金縛りの癖があります」 「あ、やっぱり」 「あの夜、久しぶりに金縛りになりました」 「!!」 「それともう一つ、私も本当に驚いたんですけど、えっと・・」 言い淀んでいると赤沼氏が応えてくれた。 「貴女も幽体離脱したのですかな? 先程のこの娘と同じように」 「あ、あれ、やっぱり本物の幽体離脱・・ですか?」 「はい!」 莉里ちゃんがそう言ってにっこり笑った。
あっさり認めてくれてほっとした。マジックじゃなかった。 さっき見たのも、『けったい』で見たのも、どっちも本物の幽体離脱だったんだ。 二人に告白した。 「私も、生まれて初めて宙に浮いて、自分の寝顔を見下ろしました」
8. 狭いキッチンに香ばしい匂いが漂っている。 ここは赤沼氏が暮らす古びた公営団地。 夕食を食べていきなさいと誘われたのだった。
私は莉里ちゃんと並んで座り、準備する赤沼氏の背中を見ながら二人でお喋りした。 莉里ちゃんのフルネームは関莉里(せき りり)。16 歳で高校1年生だと教えてくれた。 ひいお爺さんの赤沼氏はこの団地に一人住まい。莉里ちゃんは近くの一戸建て住宅に両親と住んでいる。 彼女は赤沼氏のアシスタントを春休みの3月から始めた。 「皆さんの前でふわって浮かんでみせるの、楽しいんです」 そう言って明るく笑う莉里ちゃん。 昼間から着たままでいる肩出し白ワンピが眩しい。
「・・さあ、できたよ。こっちは桜海老のビスクと鮭の香草焼き。メインにチキンソテーのクリームチーズソース。バケットを切らしていたからカリカリに焼き上げた食パン。ガーリックバターをつけて食べて下され」 「これ全���赤沼さんが作ったんですか!?」 「びっくりでしょ? ひい爺ちゃんはお料理が得意なんです」 「昔はフレンチのシェフをされてたとか?」 「いやいや、メシ作りは好きでやっておるだけだよ」
食卓テーブルはないからと、床に置いた卓袱台(ちゃぶだい)を囲んでお料理をいただいた。 「美味しいです!」 「それはよかった。・・そうそう、ワインは飲むかね? ちょうどドメーヌ・トロテローの白があるんだが」 「い、いいんですか!?」 「遠慮は無用。ただしワインにしてはアルコール 15 度を超える強めの酒だ。いけますかな?」 「いけます!」
赤沼氏は笑って冷蔵庫からワインの瓶を出してくると、プロのワインソムリエみたいにスマートに栓を抜いた 「ではティスティングを・・。おっとその前に姿勢を正していただきたい」 「あ、すみません」 私はきちんと正座して、少しだけ注いでもらったグラスを鼻に近づけた。 「どうだね? 2020 年のロワールで最もリッチなワインだよ。ふくよかで甘い香りがするだろう?」 「そうですね、いい香り」 「ゆっくり口に含んで」 口の中に芳醇な香りが広がった。 「舌の上で転がせば辛口で、凝縮された果実感と酸味がたちまち貴女を酔わせようとする──」 「ああ、本当」 ふぁっと熱いものが広がる感覚。 酔ってしまいそう。 でもほんの一口試しただけなのに、私こんなに弱かったかしら?
ぽん。誰かに肩を叩かれた。 振り返ると、いつの間にか赤沼氏が後ろにいた。 「けやきさん、やはり貴女は暗示にかかり易いようだね」 「?」 「もう一度グラスの中身を飲んでみなさい」 ワインを飲むと味がしなかった。 あれ? 「それはただの水だよ」
「けやきさん、ごめんなさい」 莉里ちゃんが言った。 「あたしからひい爺ちゃんにお願いして確かめてもらったの」
・・
食事をしながら話を聞いた。 暗示は言葉やいろいろな合図を受けて誘導される精神的作用だという。 私はただの水をワインと思い込んだ。 思っただけじゃなくて、本当にワインの味と香りを感じたのだった。 赤沼氏はそうなるように私を導いた。これが暗示。
莉里ちゃんが言った。 「あたし、最初に会ったとき "金縛りの癖がありませんか?" って聞きましたよね。たぶんあれが金縛りの暗示になっちゃったと思うんです。ごめんなさい!」 「でも私にはもともと金縛りの癖があったんだし」 「それも暗示かもしれません。けやきさん、そんなにしょっちゅう金縛りをやってましたか? 癖があるって意識してましたか?」 え? そうだっけ?
「金縛りは睡眠障害の症状の一つと言われるが、それだけではない。暗示が金縛りの引き金になることもあるんだよ」 赤沼氏が説明してくれた。 「起こる起こると思っていると起き易くなるんですね」 「そう。だから逆に金縛りを起きにくくするのにも暗示が使えるし、起こったときに恐怖を感じないようにもできる」 「できるんですか? そんなこと」 「試してみるかね?」 「・・はい。お願いします」
食事の後、食卓を片付けて私は赤沼氏と向かい合って座った。 「貴女が金縛りになったときの状況を話して下さい。できるだけ詳しく、どんな些細なことでもいいから」 「はい、あのときは、」 あのときはベッドに入って、莉里ちゃんの幽体離脱を思い出していた。 金縛りの癖があるって言われたことを考えた。 それから莉里ちゃんが拘束衣を着せられるところを思い出して。 そうだ。私、自分が拘束衣を着て動けなくされるのをイメージした。 両手を前で組んで。ぎゅっと。
・・ブーン。耳鳴りが聞こえた。 あぁ、駄目! 身体ががくがく揺れるのが分かった。
「喝!!」 赤沼氏の声が響く。はっとして我に返った。 大丈夫、ちゃんと動ける。金縛りになんかなってない。 莉里ちゃんが横から肩を抱いてくれた。 「大丈夫ですよ、けやきさん」優しい声で言われた。 「怖い思いをさせてすまなかったね。・・しかし記憶を辿るだけで起こりかけるとは。よほど強い暗示か、さもなくば貴女の感受性が並外れているのか」 赤沼氏が言った。 「でも施術の方向は見えたよ。悪いがもう一度やらせてもらえるかね。もう怖い思いはさせないから」 莉里ちゃんに目を向けると、彼女はまっすぐ私を見て頷いてくれた。 私は答えた。 「やって下さい。お任せします」
・・
赤沼氏が奥の部屋から持って来たのは束ねた縄だった。 「背中で手首を交差させて」 手首に縄が巻き付いた。 それから二の腕と胸の上下にも縄が巻き付いて、全体をきゅっと締められた。 がっちり固められて動けない。 私は人生で初めて縄で縛られた。
仰向けに寝かされ、頭の後ろと背中で組んだ手首の上下に丸めた座布団を押し込まれた。 「床に当たって痛いところはないかね?」 「いいえ」 「では目を閉じて、リラックスして。大きく深呼吸。・・そう、ゆっくり、深く」 息を深く吸うと縄の締め付けが強くなった。 辛いとか苦しいの感覚はなかった。締め付けられること��快感すら覚えた。
「けやきさん、今、貴女は縛られている。貴女を包む縄に身を預けている」 「はい」 「貴女が感じるのは穏やかな心地よさ。縄に守られる安心感。とても気持ちよくて、ずっとこのままでいたいと思う」 気持ちいい。まるで抱きしめられているみたいに気持ちいい。 優しくて、暖かくて。 これは、幸福感。
「いい表情をしているね、けやきさん。貴女は縄に守られているんだよ。何も恐れなくていい。あらゆることが気持ちいい」 私は守られている。 この気持ちよさの中にずっといられたら、何も怖くない。
「たとえ金縛りでも気持ちいい。・・悦び、と言ってもいい」 そうか。 今の私にもう金縛りを怖がる理由なんてないんだ。 金縛りが来ても嬉しい。
「準備できたようだね。さあ、迎えたまえ」 ・・ブーン。耳鳴りがした。 私はそれを受け入れた。
目を開けると赤沼氏と莉里ちゃんがいた。私を見下ろして微笑んでいる。 動こうとしたけど動けなかった。 縄で縛られた腕はもちろん、首、脚、指の一本も動かせなかった。 完璧な金縛り。
怖いとは感じなかった。暗示をかけてもらったおかげだろうか。 私は落ち着いて自分の状態を確認する。 どこも痛くない。気持ち悪いところもない。 誰かが上に乗って押さえている感じ・・、なんてものも全然ない。 身体中の筋肉が脱力したまま、脳からの命令を無視しているイメージ。
面白いね。 嫌じゃないぞ、この感じ。 今までの金縛りで味わったことはなかった。こんな感覚は初めてだよ。 確かに悦びかもしれない。 私、マゾのつもりはないんだけど。 「どうかな?」赤沼氏が静かに聞いた。 「・・今、貴女は動けない。動けないが怖くない。金縛りは怖くない。それどころか快適に感じるんじゃないかな?」
・・はい、快適です。 答えようとしたら、ふわりと身体が浮かんだ。 あれ? 私はそのまま赤沼氏と莉里ちゃんを通り抜けて浮かび上がった。 あらら、また幽体離脱しちゃったんだ。
私は仰向けで後ろ縛りのままだった。 そのまま上昇して天井にぶつかる前に止まった。 前、後ろ、右、左。 自由に移動できることを確かめた。前と同じだ。 その場でくるくる回ってみた。 頭を下に向けて倒立した。楽しい。 おっとスカート。 慌てて見下ろしたらワンピースのスカートはめくれ上がることなく足先の方向へのびていた。 引力は関係ないのね。
前を見ると逆さになった二人と目が合った。 いや逆さになっているのは私の方だけど。 縄で縛られた女が倒立状態でふわふわ飛んでいる。暗がりで会ったら腰抜かすかも。 赤沼氏と莉里ちゃんには見えているんだろうか?
「もしもし、私のこと、どう見えてますか?」 「ええっ」「何と・・」 揃って驚かれた。 「聞こえたよね? ひい爺ちゃん」「はっきり聞こえた」 え、聞こえたらびっくりするんですか?
「貴女が逆さに浮かんでいるのはちゃんと見えておるよ」 「びっくりしたのは、離れていても声が聞こえたことなんです」 二人が説明してくれた。 「この間は莉里ちゃんも私に話しかけてくれたと思いますけど」 「あたしは相手の近くで囁くのが精一杯です」 そうだったのか。確かにあれは耳元で聞こえたわね。 「体外に分離した幽体が普通に会話できるのは大変なことだよ。幽体の濃度がとても高いことの証しだ」 幽体の濃度? さっぱり分からない。
「あの私、金縛りに入っただけなのに、幽体離脱までしちゃったみたいですみません」 「金縛りをきっかけにして幽体が分離するのは珍しいことではないよ」 「よくあることなんですか」 「そうなんだが・・、そこでふわふわされていたら落ち着かないな。申し訳ないが本体に戻ってもらえますかな?」 「あ、はい」 私は自分の身体の上に浮かんだ。 そこには後ろ手に縛られた私が両方の眼をかっと見開いたまま眠っている。かなり不気味だ。
「・・あの、どうやって戻ったらいいでしょう?」 「前に幽体離脱したときは?」 「朝、目が覚めたら戻ってました」 「そうか」 赤沼氏はしばらく思案し、それから奥の部屋に行って紙袋を持ってきた。 「莉里、これで戻してあげてくれるかい」 「これを使うの? 久しぶり!」
莉里ちゃんが紙袋から出したのは赤いゴム風船と空気ポンプだった。 「これは手品で使う風船です」 風船をポンプに繋ぐと、レバーをしゅこしゅこ押して空気を入れた。 「これは画びょうです」 左手に膨らんだ風船、右手に画びょうを持ち、眠り続ける私の本体の耳元で構えた。 「ちょ、莉里ちゃん何するの!?」
ぱんっ!! 大きな音がして私は目覚めた。 「つぅ~」 耳を押さえようとして、自分が後ろ手に縛られていることを思い出した。 「驚かせてごめんさない。これ、あたしが幽体離脱の特訓で戻れないときにやってもらってた方法です」 「幽体を元に戻すには聴覚の刺激が最も効くんだよ」 「そ、そうなんですか」
・・
起き上がって縄を解いてもらった。 淹れてもらったコーヒーを飲みながら、赤沼氏の説明を聞いた。 「元々けやきさんには幽体離脱の特別な能力があったんだろうね。それが急に活性化したのは、金縛りの暗示とおそらくスナックで莉里の実演を見たからだろう」 「私の能力って特別なんですか?」 「そうだね、けやきさんの幽体は濃度レベルが極めて高い。驚くべきことだ」
脳の神経細胞の接点をシナプスと呼ぶ。幽体と肉体の分離はシナプスの活動電位の乱れによって引き起こされる。 分離した幽体の濃度レベルが高いと幽体は可視化され、さらにレベルが高いと音声も伝わる。 レベルが低い場合は本人は離脱の記憶すらあいまいになり、たとえ覚えていても夢を見たと思うだけだ。
「これはわしの知り合いで一ノ谷という学者が提唱した理論だよ。もう何十年も前に死んでしまったが」 「そうなんですか」 「一ノ谷は超短波ジアテルミーという装置を作り、それを使ってわしの娘を訓練した」 え? 娘さんって、つまり莉里ちゃんのお婆ちゃん? 「今のは余計な話だった。忘れて下され」
「ひい爺ちゃん、これからどうするか話すんでしょ?」莉里ちゃんが催促した。 「おお、そうだったね。・・けやきさん、今、貴女が最も注意すべきは金縛りではなく幽体離脱なんだよ。使いこなす訓練が必要だ」 え? 「貴女のように幽体濃度レベルが高い人が無意識に離脱を繰り返すのはとても危険なんだ」 「もし今のまま幽体離脱が続いたらどうなりますか?」 「貴女自身の精神が不安定になる。やがて分離した幽体が独立した人格を得て勝手に行動するようになる。いわゆる生霊だね。娘もそれで危ない目に会った」 ええっ、それは困る。絶対に駄目。
「貴女はお勤めかな? それとも結婚して家庭におられるか」 「独身で勤めています」 男に振られたばかりで来年 30 のアラサーOLだよっ。 「では、後日改めてお越しいただけますかな? 今夜はもう遅い。これ以上続けると明日の仕事に差し障るでしょうから」 「分かりました。・・もしそれまでに幽体離脱が起こったら?」 「貴女の場合は金縛り状態でない限り、幽体の分離は起こらないと思っていい。そして貴女が金縛りになるのは縄で縛られているときに限られる。そういう暗示をかけたからね」 「つまり、縛られなければ安全なんですね?」 「その通り。もし貴女に誰かから緊縛を受ける趣味がおありなら、しばらく控えたほうがいい。その最中に幽体離脱が起こるかもしれない」 「そんな趣味はありません!」
莉里ちゃんが言った。 「けやきさん、実はあたしにも暗示がかかってるんですよ。あたしが幽体離脱するのは拘束衣を着せられたときだけです」 「莉里ちゃんも?」 「だって授業中に居眠りして勝手に離脱しちゃったらヤバイでしょ?」 そうか、だから莉里ちゃんはいつも拘束衣で幽体離脱してたのか。
・・
「では次は土曜日に来ていただくことでよろしいかな?」 「分かりました。時間は?」 「あの、」莉里ちゃんが右手を上げて言った。 「土曜の夜でもいいですか? 日曜日までゆっくりしてもらうことにして」 「夜? ・・なるほど」赤沼氏は何か分かったようだった。 「けやきさん、すまんがこの子の希望に合わせて夜でもよろしいかな?」 次の土曜の夕方6時に再訪の約束をして、私は赤沼氏の住まいを辞した。 すぐ近くにある自宅へ帰るという莉里ちゃんも一緒に出てきて、二人で並んで歩いた。
歩きながら莉里ちゃんは、赤沼氏の娘さん、つまり莉里ちゃんのお婆さんについて教えてくれた。 もう 60 年近い昔、赤沼氏は娘さんと一緒にサーカスで幽体離脱の見世物をやっていた。 娘さんは『リリー』と名乗っていて、彼女が見せる幽体離脱は大評判。当時の新聞に載ったほどだという。 リリーさんは 19 歳のとき父親の分からない女の子を出産し、その翌年に病気で亡くなった。 この女の子が莉里ちゃんのお母さんになる。
「あたしのママに幽体離脱の力はなかったんです。ごく普通に結婚してあたしを生んでくれました」 「莉里ちゃんの能力は赤沼さんが気付いたのね」 「はい。中1のとき金縛りになって固まってるところを見つけてくれました。あれがなかったら、あたし今頃本当に生霊になって飛び回ってたかもしれません」 莉里ちゃんは両手を前で揃えた幽霊のポーズで笑った。
「しばらくして離脱の特訓を始めました。ひい爺ちゃんは急に流しの手品師なんて始めたりして。それまであたし、ひい爺ちゃんが元手品師だってことも知らなかったんですよ」 「昔リリーさんと見せたショーをまたやりたかったのかもしれないわね」 「きっとそうです。ママもそう言って、あたしがお手伝いすることに賛成してくれました」
莉里ちゃんの家の近くまで来て、私は莉里ちゃんと LIME のIDを交換した。 「赤沼さんのアカウントも教えてもらっていい?」 「ひい爺ちゃんはスマホ持ってません」「そっかー」
「けやきさん、あたしね、」 「何?」 「ずっと一人だと思ってたんです」 「?」 「こんなことができるの、もうあたし一人だけと思ってたんです。でも、けやきさんと会えました」 「莉里ちゃん・・」 「ものすごく嬉しくて、泣いちゃいそうなんですよ、あたし」 そう言うなり私に抱きついた。 「これからも一緒にいて下さい。お願いします!」 彼女の背中を撫でてあげた。 「私こそお願いするわ。これからもいろいろ教えてね、先輩」 「まかせて下さい! ・・今度一緒に飛びましょね」 え、飛ぶの? 「じゃあ、サヨナラ!」
手を振って走って行く莉里ちゃん。 真っ白なキャミワンピの裾が広がって揺れていた。 ちょっと大人びてるけど、まだ 16 歳なのよね。 素直で明るくて本当にいい子だわ。
ふと気付いた。 あの子、幽体離脱できるのは自分一人って言ってたよね。 ひいお爺さんの赤沼氏自身に能力はないのかしら? リリーさんのパパなのに。
9. 週明けから急に仕事が忙しくなった。 残業が続いて毎夜牛丼屋か深夜ファミレスの生活。 飲み友達を『けったい』に連れて行きたいと思ってたけど、それも叶わずあっという間に週末になった。
SNS であの噴水パフォーマンスの評判をチェックしてみたら、やっぱりイリュージョンだと思われているようだった。 そりゃあれ見て本物の幽体離脱と判る方が変よね。 女の子が可愛い!という書き込みがたくさんあったのは納得したけど。
金縛りはまったく起こらなかった。 一度だけ、ベッドに入って自分が縛られているところを妄想した。 赤沼氏に縛られた縄。身体を締め付けられるあの感覚。 思い出すと少しだけ胸がきゅんとしたけど、金縛りの前兆であるブーンという耳鳴りは聞こえなかった。 ちょっと残念、だったりして。
10. 土曜日。 約束の時刻に赤沼氏を訪ねた。 莉里ちゃんも先に来て待っていてくれた。
私はまだ自分の意志で自由に幽体離脱できない。 前回は赤沼氏に誘導してもらって金縛りになり、その後勝手に幽体が離れてしまった。 自分で幽体離脱って、いったいどうすればいいんだろう?
「・・幽体離脱が起こるのは金縛り中に限ったことではないよ。強い衝撃を受けたとき、意識障害や失神したとき、酩酊したとき、あるいは普通の睡眠時にも起こり得る」 赤沼氏が教えてくれた。 「でも結局、離脱のハードルが一番低いのは有意識下の金縛り中なんだよ。パニックにならず落ち着いて自分を保てばいい。・・けやきさんはもう金縛りに恐怖はないだろう?」 「はい。縄で縛っていただけたら」 「では貴女の目標は、まず緊縛されて誘導なしで金縛りに入ること、それから意識を体外に向けて分離すること。ゆっくり練習すればいいよ」 「はい」
「けやきさん、あたしも金縛りになってから離脱してるんですよ」 「莉里ちゃんも?」 「そうですっ。コツを掴んだら難しくないです。けやきさんなら絶対にできますよ!」 「ありがとう。やってみる」
・・
私は前回のように床に寝るのではなく、椅子に座って後ろ手に縛られた。 手首と腕、そして胸の上下を絞める縄が心地よい。 縄に抱きしめられる感覚。 肉体は自由を奪われるのに、心には安心感と幸福感が広がる。 ほんと暗示ってすごい。 いつか自由自在に幽体離脱できるようになっても、この暗示だけは解いて欲しくない。
自分の胸に食い込む縄を見下ろした。 そうか、こんな風になってるのね。 我ながらセクシー。もうちょっとお洒落してきたらよかったと思ったくらい。 今夜は特訓だからと、私は動きやすいスキニーパンツに半袖のオーバーニットを合わせて着ていた。 せめてノースリーブとか、もちょっと肌を出したトップスにしておけば、・・って何を考えてるんだ私は。 これは真面目な訓練なのに。 「けやきさん、顔が赤らんで綺麗。羨ましいです」 「あ、ありがとう」 莉里ちゃんに指摘されて焦る。 今は邪念を払って集中しなきゃ。深呼吸を繰り返す。
「OKだよ。この先は貴女一人で行くんだ」 赤沼氏が私の肩に手を置いて言った。 「心の準備ができたら、いつでも始めなさい」 「はい」
私は目を閉じた。 身体を絞め付ける縄の感覚。大丈夫、何も怖くない。 これから私は肉体の自由を明け渡す。その代わりに精神を肉体から解き放つのだ。
・・ブーン。耳鳴りがした。 その音は以前より少し柔らかくなって聞こえた。
自分の身体を意識した。 その身体はまるで時間が止まったかのように静止していた。 外の世界を意識した。 そこには私を拒まない自由な空間が広がっていた。 行ける──。
私は虚空を見上げて飛び上がった。 自分が肉体から離れるのが分かった。 「おおっ、飛んだ!」「けやきさーん!」 赤沼氏と莉里ちゃんが私を見上げていた。 「どうですか? 私の幽体離脱」 私は二人の上空に浮かんで微笑んだ。 宙に浮かぶ緊縛美女、なんちて。 ちょっぴり、いや結構誇らしかった。
・・
私はしばらく空中に浮かんで元の身体に戻った。 戻るときもスムーズだった。 幽体を肉体に重ね、じんわり融合するイメージを描けばよかった。 初めての単独幽体離脱は大成功だった。 たった1回のトライで成功するとは正直思っていなかったと赤沼氏にも言われた。
「さて腹が減ったね。けやきさんも夕食はまだだろう?」 「え、また用意してもらったんですか!?」 「好きで作っとると言っただろう?」
私は緊縛を解かれた。 本当は縄に抱かれる快感にずっと浸っていたかったけど、縛られたままじゃご飯は食べられないものね。 赤沼氏が作ってくれたのは和食だった。 大根のべっこう煮、厚揚げと小松菜の煮びたし、鯖塩焼きに豚汁。 「すごいですっ」 「ありきたりの献立だと思うがね。けやきさんは自分で料理せんのかね?」 「あ、私は外食が多くて。・・でも今は家で作らなくても十分やっていけますから。ね、莉里ちゃん!?」 「お嫁に行くならお料理はできた方がいいですよ、けやきさん」 ズキューン。莉里ちゃんを味方につけようとして逆に撃たれてしまった私。
・・
莉里ちゃんが言った。 「けやきさん、次はあたしと二人で飛びませんか?」 「そういえば莉里ちゃん一緒に飛びたいって言ってたわね」 「それはやった方がいい。一緒に行って教えてもらうことがたくさんあるはずだよ」 そうだね。いっぱい勉強することはあるんだ。 よし、空でも何でも飛んでみせるわ。
今日の莉里ちゃんは膝上ショートパンツとボーダー柄のTシャツを着ていた。 その上に拘束衣を着て袖に手を入れ、その袖を赤沼氏が背中に取り回して強く絞った。 だぶだぶの拘束衣がきゅっと締まったのが分かる。 これで莉里ちゃんは両手を動かせない。 「えへへ、ぎちぎちです」 屈託なく笑いながら言われた。
次は私の番。 再び後ろ手で縛られた。 きっちり両手が動かないことを確認して安心する。 いいな。やっぱり嬉しい。 「私もぎっちぎち」 莉里ちゃんにそう言って笑いかけた。
「行きましょ! けやきさん」「うん、行こう」 目を閉じて、深呼吸。
「けやきさん、」莉里ちゃんが小声で言った、 「はい?」 「一緒に拘束されてるの、嬉しいです」 どき。 「もうっ、集中できないでしょ!」「えへへ、ごめんなさい!」
・・ブーン。耳鳴りがした。 莉里ちゃんが少し震えて動かなくなった。隣で私も固まった。 そして──。
私と莉里ちゃんは部屋の中に浮かんでいた。 互いに微笑み合う。 莉里ちゃんが赤沼さんの近くへ行って挨拶した。 「行ってくる、ひい爺ちゃん」 「うん、気を付けてな」
莉里ちゃんは笑って私を手招きすると窓ガラスを通り抜けていった。 私も赤沼氏に会釈して、窓を抜け外へ出た。
11. 夜の空に浮かぶと私たちはとても小さな存在だった。 「うわぁ~~!!」 小さな子供みたいに叫んだ。
天空に瞬く星々。 眼下にはマッチ箱みたいな団地。 そして周囲 360 度に煌めく街の夜景。 ガラスの粒をばらまいたみたいに綺麗だった。 碁盤目に走る道路と車のライトの列。あそこですれ違う光の線は電車。 はるか彼方に見える超高層ビル群。虹色に光るテレビ塔。
「莉里ちゃん今までこんな景色を独り占めしてたの!?」 隣に浮かんでいる莉里ちゃんに聞いた。 「まあ、空に上がれば見放題ですからね」 「すごいなぁ。これ見れただけで幽体離脱に感謝だわっ」 「うふふ。・・よかった!」 「何がよかったの?」 「幽体同士だと普通にお話しできて。私だけけやきさんの傍で囁かないと駄目かもって、ちょっと心配してたんです」 「ああ、そうか」 幽体のときの莉里ちゃんの声は、普通の人間にはよほど近くでないと聞こえないのだった。
「でもほんと夢みたい! 一緒に飛んでくれる人がいたなんて」 莉里ちゃんは笑顔で両手を広げて一回転した。 暗闇の中でくっきり見えた。 ショートパンツとTシャツ。よく見たら髪に白い造花のバレッタをつけていて可愛い。 私も両手を広げようとして、後ろ手に縛られていることに気付いた。 そういえば莉里ちゃん、いつも幽体離脱したときは拘束衣が消えるわね。
「ねぇ莉里ちゃん、今更だけど拘束衣は?」 「はい、これですか?」 莉里ちゃんを包むように拘束衣が出現した。両手が固定されたぎちぎちの拘束。 「ええーっ!?」 「見た目なんていくらでも変えられますよ?」 拘束衣がふっと消えた。 替わりに莉里ちゃんの背中に大きな翼が生えた。噴水の上に浮かんだときの翼だった。 「はいっ、天使に変身です」 「そ、それ私にもできるの?」 「できますよ。頭の中でなりたい姿を思い浮べるだけです」 ・・じゃあ。 私を縛っていた縄が融けるように消えた。両手が自由になった。 「できた!」「はい、よくできましたー」 「どうして言ってくれなかったの? 変身できるって」 「すぐに気が付くと思って。それにけやきさん、縛られたままで嬉しそうだったし」 「う・・。あれは暗示のせい!」 「うふふ」
莉里ちゃんの服装が変わった。 肩出しの白いキャミワンピ。背中に翼も生えて正に天使だった。 「けやきさんも!」「うん!」 私も莉里ちゃんと同じ衣装になった。背中に翼も。 あれ? 翼の先端が薄れて消えかかってる。 「あたしの姿を見て、しっかり隅々までイメージして下さい」 翼がくっきり表れた。 「OKです!」
「ねぇっ、私たちどこでも行けるんでしょ? スカ○ツリー、見下ろしたいな」 「んー、行けなくはないけど、都心まで急いでも4時間くらいかかりますよ」 「え? どうして?」 「地面を歩くのと同じ速さでしか進めませんし、帰りの時間も考えたら朝になっちゃいますね」 「ぴゅーんって飛べないの? そうか一瞬で移動とか」 「そんな魔法みたいなこと無理ですよー」 幽体離脱だって魔法みたいなものだと思うけど。 「スカ○ツリーは無理だけど、お勧めのコースがありますよ! 行きませんか?」
・・
二人で夜の街を飛んだ。 ビルの上、道路の上。駅の上。 翼を広げて飛ぶのは気持ちよかった。
夜の小学校に降りた。 誰もいない校庭で莉里ちゃんと滑り台を滑ったり、ジャングルジムに登って遊んだ。
自然公園の森を飛び抜けた。 高度1メートルで飛んでも木の枝��幹が邪魔にならない。全部通り抜けられるんだ。 森を抜けたところで先を行く莉里ちゃんが貯水池に飛び込んだ。私も続いて飛び込む。 どぶん。 鳴るはずのない水音が聞こえた、ような気がした。 水中で動かない魚の群れを突き抜けて、水面から上空に飛びあがった。 もちろん私たちはぜんぜん濡れていない。
高圧線の鉄塔をネコバスみたいに登り、両手を広げて電線の上を歩いた。 ジャンプしてトトロみたいに回りながら着地した。 楽しい。初めて外に出してもらった子犬みたいにはしゃいだ。
「次はちょっと冒険です!」 莉里ちゃんが指差したのは幹線道路沿いにそびえる巨大なショッピングモールだった。 もう遅い時刻なのに歩いている人が多い。さすが土曜の夜。 誰にも見られないよう物陰に降り、変身を解いて天使から元の恰好に戻った。 莉里ちゃんは膝上ショーパンにボーダーのTシャツ。足元はバスケットシューズ。 私はスキニーパンツと半袖オーバーニットにパンプスを履いている。 さあ、行こう。モールの通路を並んで歩き出した。 心臓がドキドキしてるのが分かる。幽体なのに。
何人もすれ違って誰にも気付かれない。 「意外とばれないものね」「ばれたら大変ですけど」 「そりゃそうだ」「うふふ」 調子にのってエスカレーターに乗ったりベンチに座ったりした。
ベンチにいると、ヨークシャテリアを抱いた女性が前を通りすぎた。 と、その犬が私たちを見て唸り声を上げた。 女性の手から飛び降りて吠え掛かってきた。 やば! 私たちは慌てて逃げ出した。 通路を走り、角を曲がった。きっと床から足が離れていたたと思う。 正面は全面ガラスのテラスになっていた。誰もいない。ラッキー! 私たちは二人並んでガラスを走り抜けた。 3階から外に飛び出すとモールの外壁沿いに急上昇した。 「おっと!」「ひゃあっ」
高く上がって近くを流れる川の上に出ると、すぐに真っ黒な水面ぎりぎりまで降下して一直線に飛んだ。 いくつも橋をくぐって進むと前方に大きな道路橋が見えた。 それは鉄骨を台形に組んだトラス橋で、オレンジ色の照明が鉄橋全体を照らしていた。 「莉里ちゃん、あそこっ」「はい!」 私たちはトラスの一番上の梁に並んで座った。 「えへへ。びっくりしましたねー」 「ほんと、どえらい冒険だったわ。・・いつもやってるの? あんなこと」 「たまに。でも吠えられたのは初めてです」「犬には分かるのかな」 「そうかも。・・驚きました」 莉里ちゃんは自分の胸を両手で押さえた。 「これからは控えることにします。ああいう冒険は」 「その方がいいわね」
足をぶらぶらさせながら見下ろすと、橋の上を車がたくさん走っていた。 誰かが上を見たらきっと気付くだろうね、あり得ないところに座る女の子の姿に。 目立たない恰好に変身した方がいいかな。 いっそ透明なら絶対に見えないけど。
「ね、透明になれないの? 私たち」 「なれません。お婆ちゃんは透明になれたらしいんですけど」 「リリーさんのこと?」 「ひい爺ちゃんから聞いただけですけどね。幽体離脱も特別な暗示なしで自由にできたそうです」 「すごい人だったのね」 「はい。それで暴走したって話も」 「?」 莉里ちゃんはふわりと浮かんで言った。 「もう一箇所だけ、つき合ってもらっていいですか」
12. もう深夜だった。 たった今走って行った電車はそろそろ最終電車ではないかしら。 周囲は街路樹と街灯が整然と並ぶ住宅街。 私たちは電車の線路に降りた。 「昔、この辺りは一面の雑木林で蒸気機関車が走っていたそうです」 「へぇ」 「ここはお婆ちゃんが生霊になった場所です」 「!」
リリーさんは幽体離脱を繰り返し過ぎて精神が不安定になった。 やがて幽体が独立した意志を持ち、勝手に本体から分離して徘徊するようになった。 ある夜、眠っている本体を起こして外へ連れ出した。 赤沼氏が発見したとき、幽体と本体は線路の上を迫りくる列車に向かって歩いていた。 轢かれる寸前、赤沼氏はリリーさんを抱きかかえて救出した。 それから赤沼氏は一ノ谷博士の協力でリリーさんの精神を安定させ、リリーさんが勝手に幽体離脱することはなくなった。
「まさか幽体が生霊になって本体を殺そうとするなんて、思ってもいなかったでしょうね」 「・・」 「だからあたしは暗示をかけられました。勝手に離脱しないように。拘束衣を着たときだけ幽体離脱できるように」 「そうだったのね。私の縄の暗示も同じなのね」 「そうです」 莉里ちゃんは遠い目になって言った。 「暗示の理由を教えてもらったとき、ひい爺ちゃんはこの場所で起こった事件のことも教えてくれました。・・それ以来あたしはときどきここへ来てお婆ちゃんのことを考えています」 「リリーさん、ずっと怖かったのかしら」 「そうかもしれませんね」 「ねぇ、莉里ちゃん。お婆さんはどんな人だったの?」 「無口でおとなしい人だったらしいです。それ以上のことは、ひい爺ちゃんは何も教えてくれません」 「そう」
「・・そうだっ、」 莉里ちゃんは突然にやっと笑った。 「けやきさん、ひい爺ちゃんはずっと独身だって知ってます?」 「あれ? リリーさんがいたのに?」 「ひい爺ちゃんは今年 83 歳です。お婆ちゃんは 19 であたしのママを生んで、ママは 31 であたしを生みました。それで計算すると、ひい爺ちゃん 17 歳でお婆ちゃんが生まれたことになるんです」 「あらら」 赤沼氏、若いときに "やらかした" のかしら? 「じゃあリリーさんのお母さんは」 「分かりません。きっと事情があって結婚できなかったんだろうってママが言ってました」 そうか。それならリリーさんは自分の母親を知らずに育ったのかもしれない。 寂しかっただろうな。
・・
突然風景が変わった。 住宅街が消え、灯り一つない雑木林になった。 電車の線路は木々をかすめるように敷かれたか細い単線の線路に変わった。 私たちの前方に人影があった。 幼い少女が二人、並んで線路を歩いている。 白い寝巻らしきものを来た二人は瓜二つだったけど、片方の少女はぼんやり半透明に見えた。
がしゅがしゅがしゅ。 遠くに機械音が聞こえた。列車が来るんだ。 その音は次第に大きくなった。 やがて黄色いヘッドライトが一つ、こちらに迫ってきた。 少女たちは歩みを止めない。 ボウォーッ!! 汽笛の音。 危ない!!
・・
「見えたんですね?」 莉里ちゃんの声がした。 私と莉里ちゃんは住宅街を抜ける線路にいた。 「残留思念っていうんでしょうか、あたしにも見えるんです。もう 60 年も昔のことなのに」 「幽体になった私たちだけに見えるのかしら」 「たぶん。誰にでも見えたら『幽霊の出るスポット』で有名になるでしょうから」 「それは残念ね。動画に上げたらバズるのに」 「それだったらもっといいネタがありますよ。・・あたし達自身です」 「それもそうね」「うふふ」
・・
二人が赤沼氏の団地に帰りついたのは、日付が替わってだいぶ過ぎた時刻だった。 寝ないで待っていてくれた赤沼氏は叱りもせずに私たちの拘束を解いてくれた。 程なく莉里ちゃんはぐっすり眠ってしまい、それを見届けてから赤沼氏はとっておきのバーボンを開けてくれた。 「水ではありませんぞ」 「あはは、水と判っても騙されたふりして飲みます」
赤沼氏は、莉里ちゃんがこんなに晴ればれした顔で帰ってきたのは初めてだと嬉しそうに話してくれた。 今まで誰にも言えなかった秘密を私に話せた。一人でしかできなかった体験を共有できた。 それは私という仲間ができたからと言ってくれた。 「これからもこの子に寄り添って下されば、こんな嬉しいことはありません」 私は少し考えて返事した。 「これからもお二人のこと、お手伝いさせて下さい」
13. 『すなっく けったい』に行くとさっそくママに声をかけられた。 「けやきちゃん! もう来てくれへんかと思てたわっ」 「すみません、ご無沙汰しちゃいまして」 「ええんよ。はい、こっち座って!」
カウンター席に座りホッピー割を頼んだ。 ああ、美味しいな。 これからも『けったい』に来たら一杯目はホッピー割にしよう。
「さすがに今夜は賑わってますね」 「そら第3金曜やからね。けやきちゃんも手品見に来たんやろ?」 「もちろんです」 「そういえば、あんときは莉里ちゃんと会えたの?」 「おかげさまで、何もかもうまくいきました。・・本当にママさんのおかげです。感謝しきれないくらい」 「何や、気持ち悪い」 ママは不思議そうな顔をしたけど、それ以上は何も聞かずに笑ってくれた。
・・
「こんばんわーっ」 チャイナ服の莉里ちゃんが入ってきた。その後ろに真っ黒なマントとタキシードの赤沼氏。 赤沼氏は年中こんな恰好で手品をするのは大変だと思う。 でも本人に言わすと「これがわしのアイデンティティ」ということらしい。
いつものカラオケコーナーで二人が挨拶すると一斉に拍手が起こった。 莉里ちゃんが私を見つけてウインクしてくれた。 うん、ちゃんと来てるよ!
赤沼氏の手品が始まる。莉里ちゃんはアシスタント。 トランプを扇形に開いたり閉じたり繰り返すとカードがどんどん大きくなった。 財布を開くと中から小さな火が出て燃えたり、両手の間にステッキを浮かせて踊らせたりした。 ハラハラドキドキするような手品じゃないけど、ちょっと不思議で楽しい。 安心して見ていられる手品。 これが赤沼さんのテイストなんだと改めて思った。
さあ、次は幽体離脱イリュージョン。 皆が期待するのが分かる。 莉里ちゃんがカウンタースツールを2脚持ってきてカラオケコーナーに置いた。 「ん? 何で二つ?」誰かが呟いた、 莉里ちゃんは店内をまっすぐ私の方に歩いてきた。 「こちらへどうぞ」 私の手を取って言った。 店内がざわつく。 ・・いつもと違うぞ? 何が起こるんだ?
私は一度は遠慮して断り、再び誘われて首を縦にふった。 羽織っていたジャケットを脱いで席に置く。 立ち上がった私の恰好はノースリーブのブラウスと膝上タイトミニ、黒ストッキングにハイヒール。 今夜のサプライズのために選んだコーデなのだ。 脚を見せるなんて3年ぶりだぞ。
莉里ちゃんに連れられてカラオケコーナーに置いたスツールの片方に座った。 赤沼氏が縄を持っている。 私は黙って腕を背中に回した。 「緊縛!?」 女性のお客さんが両手を口に当てて驚いている。
赤沼氏が耳元で囁いた。 「少々厳重に縛りますよ」 私は無言で頷く。 厳重なのは大歓迎。それだけ私は守られるのだから。
腕が捩じり上げられた。手首を固定する位置がい��もより高いような。 二の腕の外側から胸の上下に縄が回される。 別の縄が腕と胸の間に通されて、胸の縄をきゅっと絞った。 ・・はうっ。 思わず息を飲んだ。こんな縄は初めて。 むき出しの肌に縄が食い込む感触。ノースリーブにしてよかったと思った。 ストッキングを履いた膝と足首にも縄が掛かった。 脚を縛られるのも初めてだった。
気持ちいい。 縄の暗示で導かれる安心感。 それだけじゃない気がした。味わったことのない快感。
隣で莉里ちゃんが拘束服を着せられていた。 袖が強く引き絞られている。 うん、ぎっちぎち。 私も莉里ちゃんも拘束感の中にいるのね。互いに微笑み合った。 大丈夫、いつでも金縛りに移行できるわよ。
赤沼氏が大きな布をふわりと広げ、私たちはその中に包まれた。
・・
チャイナ服の女の子とノースリブラウスの女が空中に出現した。 拘束服も縄も纏っていない。 その代わり二人の背中には大きな翼が生えていた。 お客様の真上で優雅にお辞儀すると、両手を広げてくるくる回った。 私たちは自由だった。 天使のように舞って自由自在に飛び回った。
・・
布が取り払われると、私たちは再び拘束された状態でスツールに座っていた。 お客様全員からスタンディングオペレーション。 赤沼氏がまず莉里ちゃんの拘束衣、そして私の縄を解放してくれた。 「けやきさん!」 莉里ちゃんからハグされた。
それは抱きしめられた瞬間だった。 背筋に電流が走った。 はぁん! 身を反らせて快感に耐えた。 まだ縄で縛られている感覚が残っていた。 気持ちいい。子宮がじんじん震えそうなくらい気持ちいい。 どうしたんだろう。 縄を解いてもらえば暗示は解けるはずなのに。 一歩、二歩、前に進もうとして私はその場に崩れ落ちた。
気が付くとソファに寝かされていた。 まわりを赤沼氏、莉里ちゃん、『けったい』のママ、そして『けったい』のお客さんたちが囲んでいた。 ほのかなエクスタシーが残っていた。 素敵なセックスに満たされた後の余韻のような。 ・・とろけそう。 寝ころんだまま私はだらしなく微笑んだ。
ママが言った。 「・・縄酔いやな。がはははっ。赤沼さん、この人相手に張り切り過ぎたんとちゃう?」 「ううむ。久しぶりの高手小手縛り、つい縄に力が入りましたかな。いやこれは申し訳ない」 「あんた縄師の仕事もしてたん?」 「昔のことです」 莉里ちゃんがきょとんとして聞いた。 「あの、縄師って何ですか?」 小さなスナックに皆の笑い声が響いた。
14. 『けったい』で鮮烈?デビューを果たした私は、それから本格的に赤沼氏と莉里ちゃんのお手伝いを始めた。 二人の手品やパフォーマンスに裏方として同行し、たまにサプライズで幽体離脱イリュージョンに参加する。 主役はあくまで莉里ちゃんだからね。
莉里ちゃんの将来の目標はひいお爺ちゃんのような手品師になること。 赤沼氏に習って手品の練習を始めたし、高校を卒業したらプロについて修行する話もしているようだ。 幽体離脱は大切な自己表現だけど、莉里ちゃん自身はそれを手品のオプションでやる必要はないと考えている。 いつか、超常現象やオカルトではなく、普通の能力として世の中に認められるようになったら、そのとき堂々と見せたい。 それまでに「仲間」が見つかるかもしれないし。 彼女の意見に赤沼氏も私も賛成した。 先は長そうだけど私も全力で応援するつもり。
私は赤沼氏からそろそろ暗示を外してあげようと提案された。 暗示とは、私が金縛り状態に入れるのは縄で縛られているときだけ、という条件付けのことだ。 今の私なら縛られていなくても不用意に幽体が分離することはない。生霊になる心配はないから暗示は不要。 わざわざ申し出てくれたのは、おそらく私の私生活への配慮だ。 一人でいつでも幽体離脱を楽しめるように。 もし私がプライベートでも縛られることを望んだとき、幽体離脱の懸念なく存分にプレイを楽しめるように。
その心遣いにはとても感謝するけれど、私は今のままでいたいと返答した。 誰かに縛られることで幽体離脱の自由を与えてもらう。 とても受動的。でも私はそれが嬉しい。身震いするほど嬉しい。 その「誰か」は今のところ赤沼氏。そしてこれからは莉里ちゃんかもしれないし、未だ現れないパートナーかもしれない。 マゾだね。もう素直に認めるよ。 でもこれは私の特権なんだ。こんな素敵な特権を手放すなんて考えられないよ。
莉里ちゃんからは、けやきさん早く婚活すべきです、と強く言われている。 「けやきさんお料理苦手だからごはんを作ってくれる人、最近けやきさん縛られたらとっても色っぽくて綺麗だから緊縛も上手な人、それと、ときどき幽体離脱しても呆れないでずっと愛してくれる人! この三つは絶対譲れない条件です!」 そんな都合のいい相手が見つかるかしら? でも運よくそんな人と結婚できたら、そのときは赤沼氏に暗示を外してもらおうと思う。 莉里ちゃんに言わせると、ひい爺ちゃんはとても元気で 100 歳まで絶対に死なない! らしいから、まだまだ時間はあるわね。 理想のパートナー探し、頑張ってみよう。
[1963(昭和38)年]
15. その女の子は4歳で、いつも一人でいた。 感情を露わにすることは少なく、話しかけられたときに最低限の受け答えはするけれど、自分から他人に話しかけることはなかった。 この施設にいる子には暴れる子や泣いてばかりの子もいたから、女の子はむしろ手がかからない子として扱われていた。 元々は戦災孤児の保護を目的に設立された施設だが、終戦から 18 年が過ぎた今では親のいない子、育ててもらえない子、その他いろいろな事情の子供がここで暮らしていた。
自由時間になると女の子はよく鉛筆で絵を描いていた。 その絵は人物画のようだけど、いつも顔面がのっぺらぼうで誰だか分からない。 施設の職員から「誰を描いてるの?」と聞かれても、女の子は黙ったままで何も答えなかった。
「上手だねぇ。もしかして君のお母さん?」 突然声をかけられて女の子が顔を上げると、知らない人が微笑んでいた。 その人は 20 歳そこそこの若い男性で、頬がこけていて目だけが大きいちょっと昆虫みたいな顔だけど、笑顔には優しさがにじみ出ていた。 彼女が描いていたのは確かにお母さんだった。 どんな顔か覚えていないから、のっぺらぼうにしか描けない。 でも記憶の中には自分を抱きしめてくれた母親が確実に存在していた。
どうして分かったんだろう? 不思議そうな顔をして男性を見上げる。 「もうすぐ手品をするんだ。見に来てくれるかな?」 その男性は慰問で訪れた手品師だった。
集会室に子供たちが集まって手品を見た。 右手で消えたコインが左手に移動する。手の中からカラフルなカードが何枚も現れる。空の箱から生きたウサギを取り出す。 初めて見る手品に女の子は目を見張った。 最後は大きな黒布を両手に持って広げると、手前に小さなお人形が出てきてふわりと浮かんだ。 お人形はどこにも支えがないのに宙を飛びながら楽しそうに踊った。
まばたき一つしないで見つめながら女の子は思う。 いいなぁ。わたしも飛びたい。 あんなふうに飛んでお母さんに会いに行きたい。
ショーが終わると手品師は女の子にお人形をくれた。 「君が一番熱心に見てくれたからね。そのお礼」 背の高さがほんの 10 センチくらいのセルロイド製の少女人形だった。 手品師は手品で使う人形とは別に、プレゼント用に安価な人形を用意していたのだった。 お人形は女の子の宝物になった。
・・
数週間後、施設で異変が起きた。 深夜、巡回していた職員が廊下で女の子を見た。声を掛けるとその姿はふっと消えた。 さらに数週間過ぎた夜、食堂の天井の近くに女の子が浮かんでいた。腕にあのセルロイドのお人形を抱いていた。 目撃した職員が腰を抜かして動けない間に、女の子は壁の中に溶けるように消えた。 そしてその翌月、2階の窓の外を女の子が飛んでいた。昼間のことであり複数の職員が目撃して大騒ぎになった。 皆で女の子を探すと、女の子は誰もいない遊戯室で一人眠り込んでいた。 慌てて起こして問いただしても本人は何も覚えていなかった。
職員の中に女の子のことを『悪魔ッ子』と呼ぶ者が現れ、やがてその名は子供たちも広がって女の子は苛められるようになった。
・・
女の子が職員室に呼ばれて来るとあの手品師がいた。 人づてに噂を聞いてやって来たのだった。
手品師は女の子の目をじっと見つめて言った。 「きっと飛びたかったんだね。お母さんに会いに行きたいのかな?」 分かるの? わたしの気持ち。 「君は特別な女の子だ。あのとき気付いてあげられなくて悪かった」 この人は何を言ってるんだろう。 でも、いい人だと思った。信じても大丈夫。この人なら大丈夫。
手品師はにっこり笑った。優しくて暖かい笑顔だった。 「僕と一緒に手品をしないかい?」 手品!? あの手品の情景が蘇った。 「自由に飛べるようにしてあげるよ。きっとすごい手品ができる」 ええっ!? 「やりたい。手品も、飛ぶのも、全部やりたい!」 女の子は初めて自分から喋った。
「僕は赤沼っていうんだ。君の名前は?」 「わたしはリリー。リリーだよ!!」
こうしてリリーは赤沼に引き取られた。 翌年正式に養子縁組して親子になった。 二人がサーカスでデビューしたのはさらに2年後。赤沼 24 歳、リリー7歳のときだった。
────────────────────
~登場人物紹介~ 近本けやき (ちかもと けやき): 29歳 独身OL。莉里と出会って幽体離脱の能力が覚醒する。お酒が好き。 赤沼幻檀 (あかぬま げんだん): 83歳。手品師。リリー・莉里・けやきの幽体離脱を導く。 関莉里 (せき りり): 16歳 高校1年生。赤沼のひ孫。赤沼の手品のアシスタントをしている。 『すなっく けったい』のママ: 年齢不詳。豪快なおばさん。 リリー: 赤沼の娘。莉里の祖母。7歳で赤沼と一緒にサーカスのショーに出演する。
タイトルを見ただけでウルトラQを思い浮べた人は何人���らっしゃるでしょうか? この小説は昭和41年に放映されたテレビドラマシリーズ『ウルトラQ』の第25話『悪魔ッ子』(以下、原作) をリスペクトして書いたものです。 小説は原作を知らない方でも読めるように書いていますが、原作も抜群の人気を誇る(と個人的に信じている^^)名作なので、機会があればぜひご覧になって下さいませ。 公式に視聴するには有料配信か円盤購入しかないようです。およその粗筋やシーンの一部ならネットで見られるので、そちらだけでも。
本話は原作の設定を少し変更した上で、魔術師赤沼と悪魔ッ子リリーのその後を描いています。 当初『悪魔ッ子の娘』というタイトルでリリーが生んだ女の子が活躍するお話を書きかけましたが、その娘は2024年の現在では40~50歳くらいになってしまうのでモチベが続きませんでした(笑。 そこで『悪魔ッ子の孫娘』にして女子高生を主人公のアラサーOLと絡ませることにした次第です。 なお名前だけ登場した一ノ谷博士は原作では『一の谷博士』で、シリーズ全体で様々な怪事件を解決に導く学者です。 ちなみにこの人は、ウルトラQの後番組『ウルトラマン』で科学特捜隊日本支部の設立にも関わったそうです。(Wikipedia より)
金縛りと幽体離脱は私の小説では初めて扱った題材です。 自分では体験したことがないので、ネットで調べた内容に作者のファンタジーを加えて創作しました。 肉体から分離した幽体は誰の目にもくっきり見える設定です。 暗いところでも見えてしまうので違和感を感じますが、明るい場所だと普通の人間と区別できません。 (空を飛んだり壁を抜けたりするのを見られたら当然バレます) 肉体から離れられる距離や時間は制限なし。ただし普通に歩いたり走ったりする速度でしか移動できないので遠くへは行きにくい。 あと、幽体時に着用している衣服は本人の脳内イメージで自由に変えられます。 実は主人公のけやきさんが自分の服をイメージし損ねて全裸で空を飛ぶシーンを考えましたが、お話が変な方向に進みそうになって止めました(笑。
もう一つ、暗示も初めてのネタです。 本話ではけやきさんも莉里ちゃんも自分に暗示がかかっていることを認識しています。 二人とも暗示を受け入れていて、しかも解除されることを望んでいない。 無理矢理コントロールされるのではなく、かけられた当人が嫌に思わない、むしろ嬉しい状況が私の好みです。 暗示の与え方についてはいろいろ調べましたが難しいですね。 赤沼氏が暗示をかけるシーン、けやきさんがとても素直な人であるとはいえ、あんな簡単な指示で実際にかかってしまうことはないでしょう。
挿絵は拘束衣を着せられた莉里ちゃんにしました。 自分で描くのは時間がかかりますが、やっぱり楽しいです。
それではまた。 ありがとうございました。
[Pixiv ページご案内] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
1 note · View note
strabin · 5 months ago
Text
Tumblr media
 公共マップ「夢への招待状」での話(無常さんとホセさんを一緒に写した写真を持っていないのでイメージ画像は公式のこの動画で代用とします)。
 暗い。この小説の一部を漫画で描いていたので今回は挿絵として使ってみた。
【設定】
白黒無常:来世を迎えても過去のしがらみからは逃れられなかった。
 雨と共に死亡した二人を元に作られた。謝必安と范無咎、二人の魂が入っていようがいまいが(本人達であろうとなかろうと)白黒無常には世界五分前仮説のように生前の頃の記憶が植わっている、かつ客観的に見て生前とは別の姿となっているのである意味、来世の姿としてここに「生きて」いる。
 しかし新生を始めてもなおすれ違いや雷雨、再会を願う念の影響からは逃れられていないため二人は離れ離れのまま再会は叶わない。
ホセ:身分を捨ててもその血や過去からは逃れられなかった。
 海賊の頃は誰かから平穏を奪わなければならなかった。危険な状況での船上では、たとえ仲間であったとしても問答無用で海に投げ捨てねばならないこともある。
 海賊業を抜け出し、海上騎士の���と栄光を背負っても、「特殊任務」と「取引任務」はホセ自身の影だと言わんばかりにどこまでもついて回る。直であろうがなかろうが、かつて決別したはずの海賊の自分と成すことに変わりはなかった。
 いくら逃れようとしても、血で手を染める運命からは逃げられなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――
 数多もの星々が空一面に広がっている。天の川の白い光は次第に、千にも万にも広がる細い糸のように見え、それはまるで必安の想いと涙が形を伴ったように思えた。吸い込んだ空気はひどく澄んでいて、無咎の胸の空洞を冷たく透かしては通り抜けていくような感覚を覚える。  一体いつになれば必安にまた会える日が来るのだろうか。「また」はあるのだろうか。
「死後の世界、来世はあると思うか。」
 無咎が隣のホセを見やると、彼は物珍しげな顔を無咎に向けていた。しかし早々にホセは視線を橋の下に落とす。その視線の先では星が黄色く仄光り、鏡面のように無咎とホセを映す水面が静かに揺れている。
「君たちを見ていると悩むところだが、あるともいえるしないとも言えるというのが私の答えだな。」
 無咎の予想に反し、その口から出たのはどちらともつかない言葉だった。無咎はホセを曖昧さは嫌う質たちだと捉えていたが、今日は彼も普段と違う心境らしい。
「……。」
Tumblr media
*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+
 無咎が哲学的な問いを投げかけるとは珍しい。ホセは少しの驚きをもって彼の言葉を受け取った。水面に映る無咎の顔は感傷に浸ったようで、その後ろでは靄のように空の星の白い光が映っている。何となく無咎が考えていることを理解した。
 必安と無咎がここにいる以上、死後の世界はあるように思える。あるいは来世だろうか。だが問題はそこではない。「現状を脱して新しい人生を開始することはできるだろうか」という問いに、ホセは自身の経験からして不可能だと答えざるを得なかった。
 確かに死者はその生命を終えたあとも別の場所で生きているという話は何度も耳にした。しかしそういった類の話には必ず「死人は生者のように生き生きと暮らしているわけではない」「命を終えたときの苦しみが永遠に続く」といった但し書きが続く。
 死んでこそいないにせよ、ホセにはこのような類の話は他人事のように思えなかった。海賊から手を引こうにも、バーデン家の人間である事実からは逃れられない。
 たとえば海に仲間を投げ入れるときの胸騒ぎ。彼らが生を諦めていないとしても、重石と共に帆布で彼らを縛り上げ、その目から光を奪って海に投げ捨てねばならない。  「助けてくれ」  「やめてくれ」  「あぁ神よ……」  彼らの呻き声が今でも耳にこびりついて離れない。あの弱弱しくも冷たく鋭い視線は浴びたいものではない。それはホセの胸を鋭く抉り、赫々とした悪魔の血を暴くようだった。そんな中、目の前の仲間が海の底で永遠に抱き続けるであろう痛苦も想像したくなかった。
 ……知りたくもなかった。
*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+
 「『死んだら全てのしがらみから逃れられる』、『体を捨ててどこか美しい夢境へと旅立てられる』――そんな都合のいい話はない。私がこの手で海に投げた者たちも……きっとデイヴィー・ジョーンズのロッカーで生きているかのように死んでいるだろう。」
 義手で右の前腕を握るように覆いながら語るホセの表情は固く、まっすぐに水面に注がれている。その神妙な面持ちはまるで裁きを目前にした罪人のようだ。しかし何度その罪から逃れようとも、畢竟自らの成すことは変わらない。恐らくそういう星の下に生まれてしまったのだ。
「そして――」
 ホセは手にしていた星の欠片を爪弾いた。星は音を立てて水に飛び込んだかと思うと、水の暗闇にその光を奪われながら沈んでいった。水面に残された波紋は星空ごと映った像を揺らしている。
 かつて言われたことを思い出す。  「犠牲は必要だ。」  「後戻りできないほどの外傷や後遺症を負った者は海に投げ入れねばならない。」  「試した薬のすべてに効き目がないのです。」
 波紋は次第に薄く広がってついぞ見えなくなり、そこには変わらず二人の姿だけが残った。
 新たな生を受けても、身分が変わっても、過去の一切を断つことはできない――これが真理なのだろう。ならば船乗りの運命に則り、いつか自身がそうしたように誰かの手によって海に沈められることになるのだろう。光一つ届かない、深く冷たい海の底。生前同様、死の先でもそこで罪を抱え続けるのだ。
「いずれ私もそうなる。」
Tumblr media
*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+*⁠.⁠✧。⁠*゚⁠+
 「都合のいい話はない」「生きているかのように死んでいる」。現に謝必安に会えないまま、無咎は不変の過去に縛られながら過ごす非日常を思い返した。季節はあれど己に変化は訪れない。
「お前の言う海底や文字通りの死後の世界、来世は此処にあるのかもしれないな。繰り返す日々に変化はない。」
 無咎の言葉と共に、どこからか吹いたゆるやかな風がホセの髪を静かに揺らした。
「そうだな。いつかではなく今、一等航海士は死んでいる。」
 二人の姿を映す水面は凪いでいた。
――――――――――――――――――――――――――――――
 ホセは不屈の精神を持っている(?)のできっとこんなふうに諦観に染まることはないと思う。でも見たかったので書いた。
 たとえ一等航海士としてのホセが死んでしまっていても、異国の地で非業の死を遂げた二人が死んでしまっていたとしても、みんなどうにか抜け道を見出して生きてほしい。お戚みたいに、これまでのすべてを捨ててでもしないと新生は迎えられないということに気付けば、そしてそれを受け入れられれば……過去のしがらみを振り切ることはとても難しいけれど、それができればホセは病の治療は現時点では難しいけれど少なくとも生まれに囚われずにいられるし、無常もイベントの月日と共にと同じように明るい未来に進んでいけると思うんだ。……そうであってほしい。
0 notes
junmoriuchi-donut · 6 months ago
Text
instagram
【今日のレコード】次に『BACK IN BLACK』をプレイ。AC/DC復活のアルバム。写真右上のシールはサンプル盤のシールです。もちろんワーナー盤です。一体いつから音楽業界と関わっているんだって感じです。このアルバムの邦題はそのまま『バック・イン・ブラック』ですが、次作は『悪魔の招待状』という物騒なタイトルがつけられます。そのときのワールドツアーで来日したとき、初めてAC/DCのライブを武道館で見ました。かっこよかったなあ。
0 notes
satoshiimamura · 7 months ago
Text
魔霧の城 第1章
(一)
 晩秋の早朝。湖畔には、朝霧が立ち込めていた。
 周囲には誰もいない。車も通らず、民家も見えない。静寂しかない。
 その中を、追内翔は一人で歩いている。
 橙色に染めた髪は傷み切っており、天然パーマな故に、手入れされてない頭髪なのは一目でわかる。日焼けした顔も、百八十近い長身も、服の上からでもわかる体格の良さも全て潰す、陰鬱な雰囲気。
 彼は全身が倦怠感に覆われ、目覚めたばかりの朦朧とした意識で、目的地まで歩いていく。
 追内が向かった先には、枯れ草と野草に埋もれる切り株があった。その切り株の根元は煤けていて、燃えた跡が残っている。
 追内は切り株を一瞥すると、外套のポケットから結婚式の招待状を取り出した。
 その留め具にあったのは、色褪せたリボン。元はもう少し濃い紫色だったが、時間経過とともに色が落ち始めて、随分と淡い色になっていた。
 リボンを取り、中を見ればとっくに過ぎ去った日付と、綾文れいと金剛司紀の名前が記されていた。
 追内は指先が出た手袋を取らず、招待状の名前の部分をなぞる。何度も、何度もなぞる。
 なぞっていた指先にピリリとした痛みが走った。手入れもされていない彼の指は荒れに荒れており、血が滲んでいる。
 だが、追内は痛みを無視してなぞり続ける。
 側から見れば不審な動きしかしていない彼は、しかし脳裏で大切な幼馴染たちの三年前の葬儀を思い出していた。
 葬儀場で啜り泣きながら、金剛と綾文の両親たちが互いを慰め合っていた。
『息子だけでなく、義娘になったばかりのれいちゃんまで』
『あの子、司紀くんとせっかく一緒になれたのに、こんなことに』
 突然の訃報に誰もが呆然とした表情で、二つの遺影を眺めている。追内もまた力抜けたまま、椅子に座って写真を眺めていた。
『例の爆発事件で、遺体の損壊が激しすぎたらしいわ』
『それで火葬された状態で返されたの?』
『最後に顔を見ることさえできないなんて』
『警察はなんて?』
『犯行グループを全力突き止めるってテレビでは盛んに報道しているけど』
『もう見るのも辛いわ。何度も何度も、あの現場が流れてくるの。他にも亡くなった人がいるのでしょう』
『地下鉄なんて、あんな人が多い場所で……逃げられなかった人はさぞや辛かったでだろうに』
 弔問客の囁き声が、この場に二つの棺がない理由として広がっていく。
 どうして、なぜ、二人がこんなことにと続く言葉に、一番同意したいのは追内だ。
 楽しみにしていた幼馴染たちの結婚式、それまでとっておけと言われた涙。その幸せな未来は、二人の葬儀と別れの涙で塗り替えられた。
 包帯が巻かれた手を顔にあてて、追内は嗚咽を漏らす。嗚咽ではなく、むしろ叫びたいほどだったが、未だ彼の喉は回復していない。
『追内』
 学生時代の先輩であり、友人でもあった稲里豊が、追内の肩を慰めるように叩く。
『……悲しいな』
 絞り出した稲里の言葉は短く、そこに大きな悲哀だけが込められていた。彼は追内の手を外し、包帯の上からさする。
 稲里の横には、能面のように感情を削ぎ落とした後輩の迂音一が立っていた。
『……先輩、僕も悲しいです。先輩よりも付き合いの短かった僕ですら、こんなに悲しいんです。きっと先輩は、もっと悲しいんですよね』
 でも、と迂音は追内に告げる。
『だからといって、先輩が自責の念で傷ついていい訳じゃないですよ』
 迂音が顔を追内に近づける。能面のようだと表現した彼の目尻は、泣き腫らした痕がくっきりと残っていた。
『先輩、追内先輩……お願いですから、あの二人の後を追わないでください。これ以上、僕たちを悲しませないでください』
 懇願する後輩の視線から逃れるように、追内は稲里を見る。だが、稲里もまた追内の治らない手のひらを見つめていた。
『……だって、俺のせいなんだ。俺が前を走っていたから、二人は後にいた。俺が後にいれば、あの二人は助かったんだ』
『追内!』
 稲里が声を初めて荒げた。周囲が何事かと追内たちを見る。
『俺だけが助かった! 俺だけが……俺だけ』
 堰を切ったように追内は心情を吐露する。鬱屈した思いがぶちまけられる。
『なんでだよ、どうしてだよ、なんであの日だったんだ、どうして俺だけが生き延びて、あの二人が死ぬんだよ。だって、あの日に結婚式の招待状をもらったんだ。俺泣いて喜んで、楽しみにしてた。なのに、どうして? なぁ、どうしてなんだよ! 俺、あの二人を助けようとしたんだ。必死に、何を犠牲にしてもよかった、なのに、なのにッ』
 支離滅裂な、起承転結すらもない、追内の掠れた声による叫び。
 稲里は何度も『わかる、ああ、お前の気持ちは痛いほど分かる』と返す。迂音は『先輩。追内先輩、落ち着いて。先輩の傷、まだ治ってないんです』と宥める。
 痛ましいものを見るように弔問客の視線が三人に向けられていた。
 綾文と金剛の両親たちもまた少し近づく仕草をしたが、却って追内の混乱が悪化した過去を思い出し、留まる。
 なんで、どうしてと嘆く追内の声は徐々に小さくなっていったが、終ぞ言葉がなくなることはなかった。
 葬儀が終わるまでずっと、追内は自分を責め続けていた。
 以来、追内は漫然とした人生を送っている。
 脳内の時間旅行から帰ってきた追内は、招待状から目を離し。今度は切り株に注目する。
 未だ彼から自責の念は消えず、思い出すだけで息切れをする始末。死ぬことは許さないの身内たちの言葉から、自らを傷つけることだけはやめられた。ただ何もかもから逃げたくて、三年ほど誰とも繋がらず、音信不通状態で過ごしている。
「……三年てあっという間だよなぁ。全然、忘れられねえよ」
 ぽつりと零した独り言が、追内の意識を縛る。忘れられないと呟く度に、何度も何度も彼の脳内に反芻される悲劇が劣化することはない。
 いつの間にか風が強くなっていた。
 霧が風で動いていく。湖の表面が波立つ。周囲が見えなくなっていく。
 それが爆発事件のあった日を思い起こした。
 爆発音が響き、逃げ惑う人々を飲み込むように、地下鉄の駅構内を煙が覆っていく光景を思い出す。
 追内は未だ思い出にできない過去に、背筋がそわりとしたのを感じ取った。
 吐き出す呼吸がか細くなっていく。
 しかし、自分の呼吸だけが聞こえるはずの場でシュー、シューと何かが漏れ出るような音が、近くでし始めた。
 ギギギと錆びた金属が擦れ合う音もする。
 悲劇に浸ったままのぼんやりとした意識で、追内は音のする方に振り向いた。
「……あ」
 思わず声が出る。
 そこにいたのは、追内よりも小柄な女性だった。
 真っ赤なドレスで人形のように着飾られた金髪の女性が、背後におぞましい異形を従えて立っていた。
 追内は一歩、後ずさる。
 濃霧で細部は見えないが、異形は人型のようだった。女性と似たような構造の衣服を身に纏っていたようだが、それでも手足は長く、アンバランスで、顔がベールで隠されているとはいえ目があると思われる場所が煌々と光っている。
 ヒュー、ヒューと霧を吐き出しながら、ギギギと腕や足を覆う錆びた金属を引っ掻きながら、異形は女性の背後にいた。
 だが、女性は追内を見つめ、続けてその背後にあった切り株を見つめる。異形には一切の関心を払っていない。
 そして唐突に喋り出した。
「器が燃えたにも関わらず、力はその織紐に移っていたのですね」
 通りでここへ来られたわけです、と続く言葉とともに、彼女の指が追内が持っていた招待状のリボンを差す。
 追内は「何が」と尋ねるが、それへの答えは返されない。
 逆に女性は、さらに意味のわからないお願い事を口にした。
「一つ、あなたに頼みたいのです。彼に魔霧の件はしかたがなかったと伝えてください」
「なに、え? まぎり?」
「魔霧です」
 そこで女性は初めて微笑んだ。それは慈愛にも満ちたものでありながらも、諦観の色が色濃く乗っている。
「どれだけ人々が魔霧を崇めたとしても、あれはただの現象にすぎない。彼がどれほど後悔しても、力があろうが、努力を積み重ねようが、結末は変えられなかったのです。だから、しかたなかったとお伝えください」
 努力を積み重ねようが結末は変えられなかったの言葉に、追内の脳内に幼馴染を助けようと瓦礫をどけようとした光景が蘇り、怒りを抱く。
 あれを無意味だと他人に言われたくはなかった。
「ふざけるな�� どうして、どうしてそんな言葉を俺が」
「あなただからこそ、彼に共感できるからです」
 互いの背景など欠片も知らないと言うのに、追内は自分勝手な苛立ちを女性にぶつけようとする。だが、女性は追内を遮り、まるで彼の立場をよく知っているかのように語りかけた。
「あの魔霧立ち込める場で、あなただけが彼を理解できたのだから」
 再度、彼女は「あなただけ」と強調する。
 一歩、追内が問い詰めようと足を前に出した時、霧が動き始める。たった一メートル先さえも分からないほどの濃霧。女性の姿が霧に埋もれ始める。
「どうか、どうか魔霧の城の終焉を責めないで」
 追内は何歩か前に出る。だが、先ほどまでいたはずの女性の姿はどこにもなかった。そして、あの奇妙な異形の姿もなく、再度静寂が戻る。
「なんだったんだ」
 呆然とした追内は、視界が開けると同時に、思考もまた澄んだような気がした。
(二)
 初夏特有の燦々と降り注ぐ太陽光と、未だ湿り気を含んではいない風が、追内の頭を撫でていた。
 東京、新宿の東口の広場。人々が集まるこの場所は、昼休憩の時間帯のため弁当を持つ人が多かった。もしくは、これから食事に向かおうとする人々か。
 その中でボストンバッグ一つを足元に置いて、彼は電話を掛けている。
「と、いうわけでえ、火事で家が無くなった俺に愛の手を」
 電話口の相手、追内の先輩で友人でもある稲里豊は深々とため息を吐く。
『追内……お前、お祓い行った方がいいんじゃないか』
「正直、行きたい。行きたいけど、まずは寝床が欲しいです」
 切実なんですよ、と続く追内の心情に、稲里もそれはそうだなと納得する。
『一時避難で俺の家に転がり込むのは、まぁ問題ないが』
 そこまで答えて、稲里は歯切れ悪く確認する。
『不仲の元凶である俺が言うのもどうかと思うが……その、ご実家の方は頼らないのか?』
「……それは」
 両親、特に父親とは長年連絡を取り合っていない追内にとって、その選択肢はないに等しい。だが、続く稲里の言葉は意外なものであった。
『お前と親父さんの件は知っているが、それでもお袋さんはお前の味方だろ? ご両親とも、あの二人の三回忌のときに心配されてたぞ』
 彼が告げるあの二人と言えば、五年前に亡くなった共通の友人である金剛司紀と綾文れいのことだった。
 稲里が二人の三回忌に参加するの自体は意外でも何でもなかったのだが、追内の両親と話していたのは驚きである。
「え、豊さん参加してたの? うちの親も? え、何それ知らない、いつの話?」
 混乱のあまり、最後には訳のわからない問いかけをしたが、稲里は『あのな』と呆れ混じりで説明する。
『音信不通で連絡先すら知らせないでどこかに行ってたお前に、どうやって知らせろと』
「えーと、豊さん経由とか」
『俺にすら二年前まで、まともに連絡入れずにいたくせに?』
「うっ」
 二年前に突然戻った追内。
 そんな彼を稲里は、音信不通時代に何をしていたのか問い詰めることはせず、粛々と受け入れた。しかし時間経過と共に、徐々に踏み込んだ話題を出すようになってきている。
『……なあ、追内。お前さ、いい加減に墓参りくらい行けよ』
 それは表面上は元に戻りつつある追内が、未だ金剛と綾文の二人に関係するもの全て――墓参りも法事も思い出の場所への話題すらも――から背を向けているのを知っているからだった。
『五年前の爆発事件で、あの二人を目の前で亡くしたお前の悲しみは、理解できる』
 でもな、と稲里は慰めの言葉を紡ぐ。
『お前はあの二人の代わりに一人の子供を救ったんだ。お前と金剛と綾文の三人がいたからこそ、子供は救われた』
 記憶の中で追内は、自分が二人の前を走っていたからだと責めている。
 だがあの日、追内は傷ついた子供を背負い先行し、金剛と綾文の二人はその子を守るために後ろを走ったのだった。
 結果、先行していた追内とその背にいた子供だけは、地下鉄通路の崩落に巻き込まれず、無事であった。
『お前はあの二人のご両親に顔向けできないと嘆くが、子供の命を救ったお前が責められる謂われはないんだ。お前のご両親も、まだ自分を許せてないのかと心配されてたんだぞ』
 三人で一つの命を救おうとし、結果二人が犠牲となった。これは、単純な足し算でも引き算でもない話である。
「でも……でもさ、子供を助けるだけなら俺じゃなくても」
『追内!』
 稲里からの強い呼びかけで、それ以上何かを言おうとした追内は黙った。
 それでも追内翔は幼馴染たちの死を受け入れきれない。あの日、爆発事件が起きた後の、もしもの行動を夢想してしまうのだ。
 その夢物語に囚われて三年間もの間自責の念に苛まれていたと思われる追内に気づいているからこそ、稲里は彼の言葉を否定する。
『とりあえず、今は俺の家に避難でも構わない。でも、いつかは問題と向き合え、逃げるな』
 いいな、と念押しされた追内は、嫌々ながらも了承する。
 そのまま電話が切られようとしたが、本題を思い出した稲里によって待ち合わせ時刻と場所が確認された。
「……豊さん、昔よりお節介になってるなぁ」
 つい独り言が零れた。
 スマホをしまい、五月晴れの空を見つめる。日差しが強く、手で影を作った。
 次に追内はジャケットの内ポケットにいれたままの結婚式の招待状に、布の上から触れる。もはや持ち続けることが癖になったそれは、変わりなくあった。
「俺なんかに世話焼いてると、婚期逃しそうなのに」
 追内も稲里も互いにいい歳であるから、その辺りの話題くらいは出てきておかしくない。だがお付き合いについて、あるいは結婚の話題の一つも稲里からは出てこない。
 再会してから女性の影も見えないので、本当にいないのだろう。しかし、結婚式直前の幼馴染たちを亡くして傷心している追内のことを慮って、わざと教えていない可能性もあった。
「豊さんのパートナーか……ちょっと審査はさせてもらうかもしれないけど、基本俺は祝うからね、うん」
 金剛と綾文が結ばれた際は無条件で祝福した追内だが、基本身内贔屓だ。なんだかんだで懐いている先輩の稲里の結婚相手には、少し辛口意見を言ってしまうかもしれない。でも、幸せになってくれるなら嬉しいのも事実だった。
 その時、メッセージの着信を知らせるメロディがスマホから流れる。
 なんだろうと彼が確認すれば、もう一人いる長い付き合いの後輩である、迂音一からだった。
「豊さん、はじめちゃんまで巻き込まないでよ」
 メッセージに記されたのは、稲里の仕事終わりまで迂音の持つ店で時間潰しをしたらどうか、という誘い。
 昼休憩真っ最中、しかもこの後は夕方の開店までの仕込みの時間だと思われるが、後々のことを考えると追内にはありがたい提案だ。
 肯定と感謝のメッセージを送り、駅へと向かう。
 燦々と降り注ぐ太陽光から逃れるように、追内は地下へと潜っていた。
 目的のホームへ向かう道中、追内がそのポスターを見つけたのは偶然だった。
 何かのキャンペーン中なのか、連続したスマホゲームのポスターが並んでいる。
 主要キャラクターたちと思われる絵と、その背後にキャラたちを襲おうとするモンスターたち。キャラの服装や背景からすると、スチームパンクもののようだ。だが、歯車や金メッキ、ドレスや古臭いスーツを彩るアイテムの中に、魔法らしきものが見え隠れしている。
 どう言う世界観なのだろう、と人の流れから離れてまじまじとポスターを眺める追内。とりあえずゲームタイトルを確認しよと視線をズラしたところで、気づいた。
「……魔霧の城」
 ゲームのタイトルを追内は口にする。
 二年前に出会った謎の女性。
 その女性が最後に告げたのは「魔霧の城の終焉を責めないで」だった。
 追内の中で、彼女の告げた「まぎり」が「魔霧」へと変換される。
 鮮明に覚えている、あの不可思議な一時。二年も前の出来事だというのに、未だ色褪せない記憶。
 なぜなら女性が告げた「あなただけが共感できる」の言葉に、ほんの少しだけ彼が救われたからだった。
 稲里も迂音も、追内の悲しみを理解できると慰めた。確かにそうだろう。彼らもまた、大切な友人を同時に失ったのだから。
 だが、追内の仄暗い心の中で、否定が先走る。
 あの日、目の前で通路が崩れ、分断され、無情にも二人が目の前でいなくなった恐怖を、虚無を、焦りを早々に理解できるのかと疑念が浮かぶ。
 共感など誰もできないだろう。
 理解などできないに違いない。
 けれど、追内のその孤独を理解できる人間がどこかにいるのだと、彼女の言葉で慰められた。だからこそ追内は、友人たちの前に戻れたのだった。
「なんで、そんな馬鹿な」
 その追内の思い出の中にしかないはずの、魔霧というキーワードが目の前にある。
 口をぽかんと開けた彼は、目だけで周囲を観察した。
 追内以外の通行人はポスターには目もくれずに通り過ぎていく。時折、プレイヤーと思われる人が写真を撮るために足を止めてもいた。が、それも人の多いここでは少数だった。
 日常にしか見えない光景。
 だが、何かがおかしいと焦燥感を募らせる。
 そして、さらに彼を混乱に陥れるポスターを見つけた。
「あの時の……異形」
 謎の女性の背後にいた、奇妙な形をした何か。
 主人公と思われる少年が振り上げた剣の先に佇むそれは、巨大で、アンバランスな体型の人らしき何かだった。
 赤黒いドレスを纏い、煌々と光る目をベールで隠し、金属で覆われた両手は優雅にスカートの裾をつまみ上げている。赤い薔薇を足元に這わせ、同じくアンバランスな騎士を従えた何か。
 そのポスターに書かれた煽り文句は他のものに比べてシンプルだった。
――魔霧の女王、魔霧に呑まれた旧都の���配者
 早鐘のように追内の心臓が鼓動を細かく刻む。
 ポスターに掲示された検索ワードですぐさまアプリをダウンロードし始めた。
 屋外であるために遅々としたペースでしか進まないダウンロードバー。
 確か迂音の店には無料WiーFiがあったはずだと思い出した追内は、足早にホームへと駆けた。
 時刻は午後二時手前。追内は、到着のアナウンスと目的地の案内を確認した。次に来るのが、思ったよりも早い。
 一旦アプリのダウンロードを止めて、落ち着くために音楽でも聴こうとワイヤレスイヤホンを耳に着けて、再生ボタンを押した。
 徐々に緊張が溶け、心音がゆっくりになっていく。
 直後やってきた電車の通過音がホームに響く。
 風が轟音となって耳に流れる音楽を打ち消す。
 アナウンスが、がちゃがちゃと何かを伝えようと��ている。
 電車の扉が開いて、追内は人の流れに乗って足を踏み出した……つもりだった。
「は?」
 電車内に足を踏み入れたところで違和感に気付く。
 誰一人乗っていない車両、ホームにいる誰一人その顔を向けない電車、電気一つ点かない薄暗い車内。
 ただ、それ以外は普通の電車だった。釣り広告に違和感はなく、座席は誰もいないだけで古びている。ゆらゆらと揺れるつり革は、先程まで誰かが握っていたように、いくつかが大きく揺れている。
「やばっ」
 追内が間違えたかと思って慌てて降りようとしたとき、無情にも電車の扉が閉まる。
 一人閉じ込められた彼は、誰も視線が合わない外へと顔を向けた。
――ザザッ
 イヤホンからノイズが聞こえ始めた。
「待って、待ってくれよ。おい、何が……なんで」
 焦る追内は大きな独り言を口にし、扉を何度も叩くが開くことはない。しかも通り過ぎるホームにいる人々の誰一人として、彼を――否、電車を認識できないでいるようだった。
――ザザッ
――ザッ
――ザザザッ
 不規則で、神経を逆撫でするようなノイズが続く。
 それが余計に追内の不安を加速させた。
「おい、なんだよ。何が起きてんだよ」
 電車は進む、進む、進み続ける。
 揺れる、傾く、車輪の音が響く。
 そのまま地上を走るのかと思われた電車は、なぜか地下へと入っていった。もちろん、追内が乗ったのは地下鉄ではない。ありえない場所から、ゆっくりと地面に沈んだのだった。だが妙な揺れも、異音もなく、地下特有の騒音が車内に轟く。
 乗った時に薄暗かった車内は、暗闇に支配された。
 窓の外は何も見えない。ただ、次の行き先を告げる車内の画面だけが煌々と光る。
 記された文字は、裏東京の三文字。前後にある駅名は文字化けしている。
 そこで、ようやく追内はスマホの存在を思い出した。どこに、何を、どう伝えればいいのかわからない。だが、とにかく助けを呼ぼうとホーム画面を開いた。しかし、無情にも圏外の表記が目に入る。
 ネットでお馴染みの怪異かよ、と舌打ちをした彼は、しかし奇妙なことに気づいた。
 先程ダウンロードしを中断したはずのアプリ「魔霧の城」が、更新し始めているのだ。確かに圏外であるはずなのに、進むはずのない更新バーとその下の数値が確かに動いている。
 再び、追内の胸が痛み出した気がした。
『……そ…………では……織……』
 直後、追内のイヤホンから低い、掠れた男の声が聞こえた。
 音楽ではない。誰かが電話のように喋っているのだ。ぼそぼそと、受話器の向こうで喋っている。
 先程までのイヤホンから聴こえる断続的なノイズが少なくなり、声が明瞭になっていく。
『共鳴、共感、なるほど転移先は呼ばれた結果か』
 その声の主は、大変歳をとった男であると分かった。感情の昂りを感じるものの掠れがひどく、荒い息遣いと、今にも咳き込みそうな声の出し方。
『では、私は扉の向こうへ渡った全てを集めよう』
 聞き取れたのは強い決意だった。今にも笑いだしそうなほどの、激しい喜びがありありとわかるだけの、高らかな宣言だ。
 追内は恐怖のあまり、ワイヤレスイヤホンを外した。その直後、彼は微かな息遣いにようやく気づく。
 ぎこちなく、ゆっくりと、本当は何も見たくないと言わんばかりに嫌々と追内は首を回す。
 真っ暗な車内。
 次の停車駅を知らせる車内テレビだけが光源の車両の陰影は僅かだ。
 だが、電車はどこかの駅を通り過ぎる。
 結果、煌々とホームを照らす照明の光が車内に差し込まれたので、追内はそれの姿をはっきりと見ることになった。
「……あ」
 悲鳴とは違う、何の意味もない音が追内の口から出た。
 それはおそらく人だ。
 金色の糸で複雑な紋様が刺繍された紺色のローブに包まれた誰かが、隣の車両との接続部近くに立っている。
 フードを深く被っていることで顔は見えないが、追内よりも少し低い身長と、袖から見える皺だらけの手。
 周囲に靄が立ち込める。密室のはずの車内で、謎の人物と追内の足元が靄に沈んでいく。
「そうして魔霧の終わり、つまり魔霧の城に終焉を与えよう」
 先程までイヤホンから聞こえてきていた掠れた男の声が、目の前の人物から発せられた。
 その瞬間、再び車内は暗闇に包まれる。
 駅を通過し切ったらしい。
 追内の眼球は暗反応に追いつかず、けれど構うものかと彼は謎の人物がいるのとは真逆の方向へと走り出した。
 走る、ぶつかる、扉を開けて、再び走り出す。
 誰もいない、荒い呼吸音は一つのみ。
 電車が揺れて、体勢が崩れる、咄嗟にどこかに掴もうとして掴み損ね、転ぶ。肩を思い切り打ちつけて、冷たい床の感触が頬に伝わった。
「――ッ」
 それでも追内は諦めずに立ち上がり、車内を走ろうとする。
 一瞬だけ背後を気にして、けれど何も見つけられずに前を向き直す。
 一両、二両、三両と通り抜けたとき、急激に電車のスピードが落ちたことに気づいた。
 そして再び、横から煌々とした光が叩き込まれる。
――ここは裏東京、裏東京。魔霧が満ちています、お気をつけて。
 流暢なアナウンスが流れ、電車は止まり、扉が開かれる。そしコンサートなどで使われるスモークのような、重い霧が車内に流れ込んできた。
 冷気が足元を撫でる。甘い匂いが充満する。
 むせかえるほどの匂いと湿気、そして喉を刺激する冷気に、追内は数秒だけ躊躇うも、その足をホームへと向けた。
――ご利用ありがとうございました。またのご利用ができますことをお祈りいたします。
 彼が降りたと同時に電車の扉が閉められる。
 そして不吉なアナウンスとともに、電車は去っていった。
 追内は周囲を見回す。
 等間隔で並ぶ柱、遠くに見える階段。
 誰もいないが、たびたび追内も訪れた東京駅の地下ホームによく似ている。似ているが違う。その決定的な違いは霧と奇妙な蔦だ。
 ホーム全体の床を覆い、膝下まで立ち込める霧。それらに隠れていたが柱や看板に何らかの蔦が絡み、毒々しい紫の葉が生い茂り、禍々しいほどの赤色の花が咲いていた。
「……なんなんだよ、これ。夢にしちゃ」
 リアルすぎる、と呟こうとした彼に「逃げて!」と女性の鋭い声が届く。
 直後、彼は誰かに抱えられて宙を舞った。
(三)
 追内の眼下に見えるのは、蔦が絡まる駅の備品たちと霧に覆われた駅のホーム。
 彼の腰を強く抱え込み、高く飛び上がった人物の顔は残念ながら見えない。
 霧が追内の視界の中心でうねり、その中から歪んだ剣先が追内に向かって競り上がった。
 ゆっくりと動いているように錯覚するが、それは彼が現状を理解できないからだ。
 剣先から、剣の刀身、そして柄と姿を表しながらも、その剣を持つ人物が現れてくる。
 それは全身を鎧に覆われた騎士だった。ぼろぼろになった臙脂色のマントを翻した騎士。胸元を真紅の薔薇に寄生された、鈍色に光を反射させる鎧を纏った騎士。
 その姿は、あの魔霧の女王が率いていた騎士とよく似ていた。まるで絵から出てきたように、そっくりであった。
「……ッ」
 声が出る暇などなかった。
 剣を向けた騎士は、追内を追いかけて跳躍する。瞬きをする暇もなく、騎士が追内の目の前にくる。霧を蹴散らし、空気を切り裂き、重厚な鎧が一瞬で彼の前に踊り出た。
 だが、光の線が追内と騎士の間を通り抜ける。
 光の線は紐のように曲がり、剣に巻きついた。その直後、騎士はより上昇し、追内たちは降下していったのだが、離れてようやく何が起きたのか分かる。あの光の紐を巻きつけた剣を起点にして、追内を抱えた誰かが騎士を投げ離したのだ。
 騎士は勢いよく天井へとぶつかり、結果衝撃で空間全体が揺れた。
 勢いよく地面へと着陸した誰か。そのまま支えられていた腰を手放された追内は、べちゃりと床に落ちる。
 無様にも口の中に土煙が入ってしまった追内は、げほげほと吐き出しながら、彼を助けてくれた人物をようやく見た。
 そこに立っていたのは、美しく凛々しい異国の女性だった。
 真っ白な髪と真っ白な肌。細められた目は天井へと向けられており、口元は革製のマスクで覆われている。
 あの騎士ほどではないが胸部や腕、脛には金属製の防具で覆われていた。
 そして特徴的であったのは、手に持つ奇妙な模様の装飾がされた棒。片方からは例の光の紐が出ており、もう片方からは周囲の霧を吸い込む穴がある。パッと見る限りは鞭を彷彿とさせた。
「……えっと?」
 呆然としたまま、追内は異国の女性を見つめる。だが、女性は追内ではなく、ひたすらに天井を、あの���士がいるはずの場所を険しい表情で睨みつけていた。
「大丈夫?」
 異国の女性ではない、少し甲高い少女の声が追内に掛けられる。
 いつの間にか彼の背後に、少女が立っていた。
 少女は追内に手を差し出す。疑いもなく彼は少女の手を取った。
 追内の身長からするとだいぶ下に見える、染めていないこげ茶の髪と、同じ色合いの目の彼女の顔つきは幼い。彼には少女が高校生くらいに見えた。
 その少女は、追内の目を真っ直ぐに見つめて、とんでもないことを喋り始める。
「あなたがヴァポレから派遣された応援ね。あたしは福来鈴花。あの子は、あたしの召喚キャラのフー」
「は?」
「手短に説明するわ。先日のレイド戦で打ち破った星見の賢者の空間で、女王たちの居場所に繋がる手がかりがないか調査してたの。だけど、なぜか女王の薔薇騎士がやってきて……知っての通り、あいつは魔霧の女王の最高戦力よ。今は撤退の隙を作って欲しいの」
 つらつらと告げられた内容は、追内には意味がわからない。
「星見の……賢者? 魔霧の女王て、あのポスターにあった」
 かろうじて知っている単語を口にすれば、少女――福来は怪訝な表情を浮かべた。
「何当たり前のこと言ってるのよ。時間がないわ。あなたの召喚戦士を早く出してちょうだい」
 さらに意味のわからない単語が出てくる。
「何のことだよ、つーか、魔霧の城のゲーム世界が……本当にあるのか?」
 追内の言動にようやく、福来は異常だと気づいたようだった。
 血の気が引いたように、少女の顔色が悪くなる。そのまま一、二歩後ずさった。
 福来の視線が追内から逸らされ、左右へと忙しなく動く。
「待って、どうやってあなたここに来たの? ここはヴァポレの通行証がないと入れない筈なのに」
 震える指先で掴んだ少女の手にあったのは、手のひらサイズのガラス玉に霧がこめられたものである。
 もちろん、追内に見覚えのあるものではなかった。
「し、知らない」
 慌てて追内は首を横に振る。そのまま、言葉がつっかえながらも、今に至る説明をした。
「普通に電車に乗ったら、えっと訳のわからないやつしか乗ってなくて、そいつから逃げるために降りたら、ここだったんだ」
 しどろもどろの、整合性もない説明だった。が、福来は一部が気になっ��ようだった。
「訳のわからないやつ?」
「年寄りだった。それで」
 説明の途中でぱらりと、上から土塊が落ちてきた。
 はっとした福来が、フーと呼んだ異国の女性に顔を向ける。その直後、あの騎士が三人の上から勢いよく落ちてきた。
 今度は追内も自力で避けた。つもりだったが、少女と彼の頭上には光の紐で編み込まれたネットが貼られ、騎士の攻撃が阻められている。
「マスター! ご無事ですか」
 異国の女性――フーはぎりぎりと手に持つ棒を構え、騎士を睨みつけながらも福来の無事を確認する。
「大丈夫! あとごめん、この人ヴァポレの応援じゃなかったわ」
「では敵ですか?」
 女性の問いかけに、福来は一瞬追内を見て、再度フーへ向け直す。
「たぶん違う。巻き込まれただけの一般人よ」
 キリッとした眼差しで言い返す少女に、何か言いたいことがあるような顔をフーはした。が、目の前にいる敵のせいで余裕がないのだろう。
 ぶちぶちぶちと騎士によって光のネットが切られていく。
「マスター! ご指示を」
 フーの呼びかけに福来がスマホを構える。
 少女がスマホ画面の何かを押したところ、フーの周囲の霧が蠢き出した。
 霧は女性の周囲を取り囲み、狼の形の装甲となった。
 より巨大になったフーの鞭が唸る。先程までとは比べ物にならない威力と速さで、騎士の胴体を叩きつけた。
 次いでフーはその場から飛び出し、騎士へと追撃を放とうとする。だが、見切ったと言わんばかりに、騎士もまた素早く回避した。
 第二撃、第三撃は掠るばかりで、最初の攻撃ほどはダメージが与えられていないようだ。
「スキルを使ったけど、やっぱり決め手にはならない。薔薇騎士相手じゃ、フーの攻撃力だと僅かなダメージしか入らない」
 福来のスマホ画面に表示されていたのは、フーのステータスと、敵対する騎士の推測ステータス。
 彼女には相当な焦りがあるのだろう。冷や汗が流れ、顔色が悪い。
 ブツブツと独り言をこぼし、必死になって考えているのが見てとれた。
「このままじゃ、らちがあかない」
 そして福来は覚悟を決めたように、大声を出した。
「一か八かだけど、通行証を割るわ!」
 その宣言の意味は、追内には分からない。だが、フーには通じたようだった。
「しかし、それではマスターの御身が!」
 騎士を相手にするには、明らかな隙であった。それだけ動揺したのか、フーは騎士が繰り出す剣を避け損ね、脇腹にあった装甲を破壊される。
「ぎりぎりで耐えられるかもしれないでしょ。魔霧への耐性はある方よ。異形化しないかもしれない」
 もう隙を作るにはこれしかないの、と悲壮感まで背負った少女の様子に、追内はようやく口を挟んだ。
「異形化って、もしかして、あんな風になっちまうってことか?」
 追内が指さした先にいたのは薔薇騎士。明らかに胸元が薔薇に寄生された異形だった。
「なるかもしれないし、ならないかもしれない。賭けよ」
「待ってくれ、何か。何か他に手はないのか?」
 追内の中で五年前の出来事がフラッシュバックする。
 あれとは状況が違うが、目の前で人が死ぬかもしれないこの状態が、すでに彼は恐怖でしかなかった。
 追内の過去など知らない福来は、簡単に言い返す。
「あなたが助かるなら、それもいいわ。あなたも、ここに来られるからには召喚の資質があるのだろうけど、今戦力を持ってるのはあたしだけなの」
 だから、と続く少女の言葉を追内は無理矢理遮った。
「素質があるなら、俺がキャラクターを召喚する。ちょっと時間がかかるかもしれないけど」
「でも、この場を変えられるキャラが出るとは限らないでしょ」
 微かな希望を打ち砕くような福来の指摘に、追内はグッと息を詰まらせる。だが、戦闘の合間を縫ってフーが彼を後押しした。
「ですが、一度はやってみる価値があります。僅かとは言え、可能性を試してみるべきです」
「……わかった」
 渋々と頷いた福来に、追内はパッと笑みを浮かべる。そして彼はスマホを取りだした。
「じゃあ、召喚方法教えてくれない?」
 追内の質問に、福来は呆れた表情を浮かべるも親切に説明する。
「ゲームを起動して、オープニングが終われば最初の召喚画面よ。どうせ、あなたもここに来られたなら自動で召喚できるわ」
 追内のスマホにはいつの間にダウンロードとアップデートが完了したのかわからないゲーム「魔霧の城」のアイコンが鎮座している。
 タップし、ゲームを起動した。
 スマホの画面に文字が浮かび上がる。
 そしてマイクが起動したのが分かった。
 恐る恐る追内は画面に記された文章を読み上げる。
「集え魔霧に屠られし英雄 集え魔霧を憎みし英雄
 理不尽に対抗せよ 女王に叛逆せよ 英雄のなり損ないたち」
 その言葉に応じて、ゆっくりと霧が渦巻き、扉の形となっていく。
 扉の出現に騎士は動きを止め、剣を構えより警戒を顕にした。あまりにも隙がなさすぎて、フーもまた動きを止めざるを得ない。
 徐々に扉は実物となり、やがてゆっくりと開いていく。
 扉の向こうに誰かが立っていたが、その奥行きは全く分からない。
 暗闇だけが広がる場所で、誰かが一歩その足を動かした。
 カツンと床が鳴る。
 誰かがその音を聞いた直後に、リズミカルに、楽しそうに駆け出す。
 そして足音とは違う、何かを床に叩くような音も同時にした。
「その名を告げよ」
 最後の一文を読み上げた追内は、扉から現れた男をまじまじと見た。
 そこに立っていたのは、追内よりも若かった。
 日に焼けていない真っ白な肌。薄い唇、整った顔立ち。黒髪は長く後ろに結いでいて、顔に納められた切れ目の紫色はキラキラと輝いている。
 複雑な細工がなされた杖と、一目で高級品だとわかる織物で作られた衣服。
 立ち振る舞いは、年齢にそぐわないほどに堂々としており、いつだったかプレイしたゲームでみたような、高慢な貴族に見えた。
 男は周囲と自分の体を眺め、その次に追内を認識する。
「なるほど、お前が私の主か。なんとも間抜けな顔だ」
 男は堂々と追内を貶す。
 あまりにも滑らかに侮辱されたために、一瞬追内は何を言われたのか分からなかった。
 言い返す間もなく、今度は福来と、フーを男は認識する。特にフーをまじまじと、不躾に見た後に、彼は鼻先で彼女を笑った。
「銀狼の一族か。その装備と見目、王都派遣されたツェツェリの血族だな」
「……なぜ我が血族の装備を知っている」
 人を見下す男の態度に不快感と不信感を隠さないフー。だが、その感情すらどうでもよさそうな雰囲気で、男は理由を述べた。
「北の辺境まで詳細な噂は届いていたさ。面倒かつ意味のない政争に巻き込まれたと思ったがね」
 その説明に、フーは目を見開く。
「北の辺境……その紫の目となると、まさか貴殿は⁉︎」
 男の正体に気づいたフーは、真実を受け入れきれなかったのか。自らを落ち着かせるように、喉元を摩った。
 そして、遂に薔薇騎士に気づいた男は、ニンマリと笑う。
 うずうずと身体を揺らし、浮き足立ったように一歩一歩と距離を詰めた。
「久しいな、薔薇騎士! ああ、本当に久しぶりだ。こんな、こんな地獄のような魔霧に満ちた場所で出会えるなど、神に感謝してやってもいい!」
 傲慢な口調で、興奮を隠さないほどに早口に告げる。
 だが、騎士は手に持つ剣を男へ向けた。
 それが気に入らなかったのか。男は先程までの笑みをすぐさま消し、今度は無表情で杖を床に何度も叩きつける。
「なぜ剣を私に向ける? ああ、私のことを覚えていないのか。そんな鳥頭に誰がした」
 スッと彼の紫の目が細められ、騎士の胸元に寄生している薔薇に向けられた。
「なるほど、理性をなくす狂火の文様か。なんとまぁ、無粋な魔術を受けているんだか……女王陛下の薔薇騎士が聞いて呆れる」
 これではただの犬ではないか、とうんざりとした口調で男は告げた。その瞬間、侮蔑を感じ取った騎士が攻撃を仕掛ける。
 パチンと男は指を鳴らした。
 その直後に彼の背後の霧から、いくつもの長銃が列を成して現れる。
「放て!」
 男の号令に合わせていくつもの銃弾の雨が降り注いだ。
 騎士の立っていた場所の床が細かく砕けていく。
 霧だけではない土煙が周囲を覆う。
 ばちばちばちと響く振動と衝撃に、フーだけではなく、離れた場所にいたはずの福来や追内ですら耳を塞いだ。
 前列が放ち終わり、一糸乱れぬ動きで、次の小銃から弾丸が放たれる。
 一度、二度、三度、四度……と繰り返すこと十回の破裂音が響いたところで、男は手を挙げた。
 土煙が晴れた後でも、騎士は立っていた。だが、胸元にあった赤薔薇の花弁は砕け散り、その胸部は露出している。
 そこには黒と赤の薔薇を模した紋様が記されていた。
「狂火の文様は、女王陛下に賜ったものか。くだらん執着を捨てればよかったものを」
 男の変わらない温度に、騎士は怒りを顕にする。
――AAAAAAAAAAAAAAA
 雄叫びとともに騎士が剣を構え、振るう。
 先程までフーが相手にしていた速さとは桁違いになっている。
 それを男は杖を一度ついて地面から鎖を生やし、呆気なく止めた。
「この駄犬め。かつての主に二度も剣を向けるとは、躾がなってないな」
 傲慢とも言えそうな言葉遣いではあったが、男は圧倒的な力を持ってしてこの場に立っていた。
 先程までの絶体絶命のピンチから大逆転していることに、福来は信じられないようなものを見ている。
 対し追内は、自身のスマホ画面に出ている召喚したキャラクターのステータス画面を凝視していた。そこに記されていたのは、補助系スキルの説明。つまり、これだけの攻撃力を持ちながらも、この男の本領発揮は全く別の部分なのだ。
 ごくりと追内は唾を飲み込む。
 震える指で、スマホ画面に映し出されるスキル使用のボタンをタップした。
 パキンと何かが割れた。
 いや、違う。追内の背後で、霧からさまざまな金属の板が生み出され、複雑に重なり合い、奇妙な形の鎧となっていったのだ。
「――ヒッ」
 追内の側にいた福来が怯えとともに後ずさる。フーが騎士から離れ、追内と少女の間に立った。
「おや、それを使うのか」
 騎士を固定したまま、男は追内を見つめる。男の表情に浮かぶ感情は喜色へと変化しており、再び機嫌が直ったようだった。
「なるほど、思っていた以上に魔霧への耐性が高いようだな。これは幸運だ、ありがたい」
 パチンと金属の留め具が嵌められた音がした。
 スマホを持ったまま、追内が自分の足元を見ると、金属の拘束具が足に取り付けられていた。
 それを認識したが故に「あ?」と間抜けな声が追内の口から出る。
「大丈夫だ、主。これは散々、目の前にいるあの薔薇騎士で試したものだから、改良はしっかりしているさ。さぁ次は腕、そして顔だ」
 ��く台詞に、握られていたスマホを男に取られ、拘束具が足につけられる。
 続けて、口元にも何かが取り付けられた。
 ガチガチに拘束されて、身動きができないままに視線が上がる。
 奇妙な器具が取り付けられた追内の姿は、一見すると蜘蛛と蟷螂が足されたキメラのようなものだった。
 腰から下は八本の金属の足が取り付けられており、重心を取るためか本来の彼の足が固定されて腹の位置にある。
 上半身は前屈みになっており、両手は巨大な鎌が取り付けられていた。
 そして顔につけられたのはペストマスクのような何か。
 ガラスのレンズがきらりと光り、その奥で本来の黒からエメラルドグリーンに染まってしまった追内の目が、覗いている。
 蜘蛛のような足のうち一本が動いた。
 関節部から蒸気のように霧が溢れ出る。
 追内が呼吸をするたびに、ペストマスクの嘴のような場所から白い煙が上っていた。
「思うがままに暴れてみるんだ、主。何も考えず、屠ればいい。魔霧の意思のままに、聞こえるままに」
 男の行けという言葉に従うかのように――マスターであるはずの追内を下僕のように操り、鎖で固定されていた女王の薔薇騎士へとけし掛ける。
 その直後に騎士を拘束していた鎖は解かれ、薔薇騎士の抱いた剣が真横に振られた。
 鼓膜を切り裂くような、不快な金属音がギギギと響く。
 フーと福来は、耳を塞いだ。
 だが、男は不快な表情すら浮かべずに、二体の戦いを眺める。
 薔薇騎士の剣が、追内の鎌とぶつかりあった。
 だが二本足である薔薇騎士は、八本の金属の足を持つ追内に比べればそのバランスが崩れやすい。
 戦闘慣れしているからこそ、力比べには持ち込まなかった。
 騎士は早々にその態勢を整えるために後退する。
 それを許そうとはせずに、力一杯、追内はつけられた足で地面を踏みしめた。
 石畳が砕け、破片が周囲に飛び散る。
 その圧は風となって霧を動かした。が、それでも薔薇騎士のマントの一部が地面に縫い留められるだけに終わる。
 対し薔薇騎士はこれまでの力任せの動きではなく、明確に一対一の、暴れるだけの戦闘から流れるような美しい剣技へと動きを変える。
 結果、あっさりと騎士はマントを切り裂いて脱出した。
 まだ余力があるのかと、内心で追内は舌打ちをする。もちろんその動きに素人の彼が追いつけるわけもない。
 足と腕を使っての防御一辺倒へと追い込まれる。
 騎士の剣は奇妙な鎧を貫くことはできなかったが、それでも手足の痺れを追内にもたらした。
 踏み込まれ、鎧の隙間から胸を貫かれそうになる追内。
 その動きを待っていたかのように、地面から生えた鎖が両者を固定した。
 追内も薔薇騎士も、突然の出来事に驚きが隠せない。
 戦闘を眺めることしかできなかった福来とフーもまた、呆然としたまま棒立ちしている。
「ご苦労、主」
 その中で、パチパチパチとやる気のない、ゆっくりとした拍手をしながらも、男は追内と騎士の側にやってきた。
「この駄犬の攻守は優れてすぎていた。私でさえ、先程の拘束でも近づけば切られただろう」
 カツカツと靴底で鳴らし、両者の間に立つ男。言動からするとどうも、この状況を狙っていたらしい。
 離している間に彼の手に握る杖が光り輝く。
「さて、その狂火の文様を失えば、少しは話が分かる犬になるだろう。さっさと目を覚ませ、ニール・ホルスター」
 ガンッと力一杯、杖が女王の薔薇騎士――ニール・ホルスターと呼ばれた異形の胸元にぶつけられる。
 バチバチと男の持つ杖と、文様の間に火花が散った。
――AAAAAAAAAAAAAAA
 騎士が叫ぶ。だが男は手加減することなく、火花を散らし続ける。やがて鎧に描かれていた黒と赤の薔薇の紋様が消え去った。
――AAAAAあああああああああああぁぁ。
 徐々に悲鳴の声が化け物じみた、人間とは到底思えないものから、確かに人間の声帯から発せられたものに変化していく。
――ああああぁぁぁぁ……あいつら、あいつらは許さない、許せない。
 そして叫びはやがて言葉となり、意味を込められ、最終的に呪詛となる。
「許してやるものか、魔術師ども!」
 頭を振った騎士、その鎧の頭部が砕ける。
 そこから現れたのは淡い金髪をポニーテールにした、青白い肌の男だった。だが、その顔の至る所に薔薇の根が蔓延り、葉と蕾が這っている。
 死人のように白い肌とは対照的にエメラルドグリーンの目だけが、爛々と生気を主張していた。
「なぜだ、なぜ貴様が魔術師どもの味方をする!」
 騎士の理性がようやく男の存在を認識した。
 すぐ側ににいる追内へは目を向けず、彼らを拘束し続ける謎の男に向かって呪詛を吐く。
「女王陛下への忠義はどうした、魔霧の辺境伯!」
 ようやく男の正体が分かった。
 しかし魔霧の辺境伯と呼ばれた男は、ニンマリと笑いながら躊躇なくその手に収めた杖でニールの顔を殴る。
 あまりの勢いに、目の前で見ていた追内はビクリと震える。
「おやおや、久しぶりに会ったというのに随分な態度だ。偉くなったものだな、ニール」
 殴られて呆然とした騎士は、未だ現状が飲み込めていない。
 遠くにいる女性二人も同様だ。
 だが、近くで全てを見ていた追内だけは、形だけでも口元を歪めていた男の目が、少しも笑っていなかったことに気づいたのだった。
 なおも男――魔霧の辺境伯は、薔薇の騎士――ニールの顔を殴り続ける。
「女王陛下を守る近衛騎士ともあろう者が、異形化とは笑えない。お前を推薦した私の立場もない。実に愚かだ」
「わ、私は」
 殴られ続けながらも、うわ言のように何かを言おうとしたニール。だが、魔霧の辺境伯は聞こうとはしない。
「言い訳などいらない。そんなものは何の意味もない」
 さらに殴り続ける男に、追内は躊躇いながらも「お、おい」と声を掛ける。
「何かね……この駄犬への躾を止めるほどの価値がある内容か?」
「その辺で終われよ。そんなに殴ってたら、死んじまう」
「死ぬ? 構わんだろう。これは女王陛下を守れなかった愚か者だ」
 あっさりと言い放った内容に、追内は食ってかかる。
「あんた、人の命をなんだと思ってんだ!」
 未だニールと同じく鎖で押さえつけられたままだが、それでも追内は持てる力で動き出そうと試みた。
 ギリギリと拘束していた鎖が引っ張られ、歪み始める。
 その様子を見た魔霧の辺境伯は、やれやれと肩を竦め、ぱちんと指を鳴らした。途端に、追内が身につけていた奇妙な鎧が霧となって消える。ついで��彼を拘束していた鎖もまた消え失せた。
 おわっと叫びながら、再び床に倒れた追内の上に、男はスマホを投げつけた。
「勘違いするな、主。これはもう人ではない。異形になっても理性を保てたのは賞賛するが、それが仇となったのだろう。憐れんだ女王陛下は、苦しまないようにこれに狂火の文様を授けた」
 慈悲を掛けるのなら殺すべきだったがな、と続く魔霧の辺境伯の言葉。彼の視線の先には、未だ呆然としていたニールがいる。
「じゃあ、なんで文様を消したんだ! 生かすつもりがないのなら、わざわざ消すことはなかったじゃないか」
 起き上がった追内の噛み付きに、男は目を少しだけ泳がした。
 しかしガチリと奥歯が鳴らされると、短くはっきりとした言い方で返す。
「自覚だ、罪の自覚」
 先程までのどこか飄々とした物言いではない。喜怒どころではない激情を内に秘めながらも、必死にそれを隠した声色。
「王都を守れなかった、女王陛下を守れなかった、馬鹿な男に罪を自覚させるためだ!」
 魔霧の辺境伯は、持っていた杖をさらに強く握り込んだ。そして高く腕を持ち上げる。
 未だ鎖で拘束されたままのニールは、ゆっくりと辺境伯へとその視線を向け直した。
 追内は再び男が手をあげようとしたのを止めようと動き出す。
 その直後、美しい歌唱が駅のホームに響いた。
 歌が聴こえた瞬間に、魔霧の辺境伯の動きが止まり、ニールの目に光が戻ったのを追内は見ていた。
「……へいか……陛下、女王陛下!」
 徐々に力強く言葉を発するニールは、力強く拘束している鎖を引きずり壊す。
 魔霧の辺境伯もまた、ニールの変化に気づいたのか。追内を連れて福来たちの元に撤退する。
「な、なに? 何が起きているの?」
 混乱する福良に、フーが緊張した面持ちで告げた。
「これは魔霧の女王の歌でしょう。あの方が薔薇騎士を呼んでいるのです」
「ラスボス登場ってこと?」
「……登場だけで終わってくれれば良いのですが」
 ちらりとフーは魔霧の辺境伯に視線を向ける。
 男はその紫の目をニールに向けたままだ。過度な緊張もしていなければ、呼吸が荒くもなっていない。
 彼は先程まで見えた激情を綺麗に隠し、胡乱な雰囲気を纏ったまま、自らが生み出した鎖が薔薇騎士に粉々にされていくのを眺めていた。
「陛下、今戻ります。ああ、悲しまないでください。苦しまないでください。いつだって、あなたの騎士は側におります」
 うっとりとしたニールは、自由になった両手両足を広げる。青白い肌が少しだけ色づいたようにも見えた。
「あなたの敵を、あなたの憂いを、あなたの悲しみをきっと無くしてみせます。ですが、ああ、ですが、今だけはあれらを置いて、あなたの側に戻りましょう」
 自らを抱きしめる薔薇騎士の姿が変わっていく。
「――ッ」
「――ヒ」
 福来と、それまで黙っていた追内は、その変化に息を呑む。
 騎士ニールの足から、薔薇の蔦が絡まり蜘蛛の足のように生えた。
 それは先程まで追内は身につけた金属の足と似たような形だった。が、追内のが取り付けられたものだったの対し、騎士の足元から寄生した薔薇が生えてくる光景は、グロテスクとしか言いようがない。
 そのまま薔薇騎士は四人を振り返ることなく、跳躍する。
 まさに蜘蛛と同じ動きだった。軽やかに、けれど簡単に土へ足をめり込ませながら、天井や壁を伝いどこかへ消える。
 薔薇騎士の姿が消えると、歌唱が遠のいていく。
 細く、美しい旋律を奏でた女性の声も聴こえなくなった頃、ようやく福来は終わったのだと思えた。
「マスター!」
 安堵のあまり、足から力が抜けたのか。しゃがみこんだ福来に焦ったフーが、彼女を抱え込んだ。
「大丈夫か? どこか怪我したとかないか?」
 追内も心配して、彼女の体をざっとではあるが観察する。見ている限りでは、擦り傷はあっても大きな怪我はなさそうだった。
「……大丈夫。あと、ありがと」
「何が?」
「一発逆転のキャラ召喚。ファインプレーだったわ」
「……ああ」
 そのことか、と追内は内心で思った。彼自身は、偶然でしかなく大した活躍とは思っていなかったのだが、福来は違ったらしい。
「単体で薔薇騎士に対抗できるとか、壊れ性能すぎるわよ。しかも召喚主への強化もできるなんて……でも、これで薔薇騎士攻略が楽になるわ」
 やったわね、と笑いながら告���る福来。だが、彼女のキャラであるフーは浮かない顔をする。
「マスター、油断しないでください」
「フー」
「確かに彼の戦力は魅力的です。ですが、あの魔霧の辺境伯という人物は魔霧研究の第一人者。翡翠の魔術師と並ぶ、いえ、あの魔術師よりも遥かに危険な研究者です」
「翡翠の魔術師って、鷹崎さんのことよね? あの人確か、王国の中でも魔霧研究の専門家だったって」
 つらつらと紡がれる女性二人の会話。
 その内容についていけない追内は、自らが召喚したキャラを改めて見た。
 魔霧の辺境伯と呼ばれた男は、三人の様子を気にするそぶりもなく、あの騎士が消えていった方向を眺めている。
 何か声をかけようと思った追内だが、どう声をかけていいのかも分からない。
 いや、そもそも彼の名前さえ知らないことに今更気づいた。召喚のときにも、スキル使用のときですら、スマホの画面に彼の名前は書かれていなかった気がする。
「あー、えっと、その」
 適当すぎる呼びかけをしながらも、追内は男の背後に近寄った。すると彼は振り向いて、主と呼ぶ。
「私に何の用だ?」
「その、あんたの名前って」
 ああ、と納得したような声が男から発せられた。
 男は身なりを軽く整えると、カツンと杖を床につける。改めて、その名前を告げようとしたのだが、ピクリと男の眉が顰められた。
 ホーム内で電車到着のメロディが鳴り響く。
 線路をガタガタと鳴らし、風で霧を吹き飛ばしながらも、四人の前に電車が到着した。
 ドアから複数人が武装して出てくる。だが、その最前線にいたのは、非武装の若い男だった。彼だけは木製の、宝石のような装飾をつけた杖を手にしている。
 武装した面々は福来とフーへと歩みを進め、若い男は丸メガネの位置をかちゃりと直しながらも、追内たちの方へ近づく。
 だが若い男は追内を通り過ぎ、魔霧の辺境伯と呼ばれた人物と相対する。
 髪の根本は白髪で、毛先は黒い。若いと評したが、もしかしたら歳はもっと上なのかもしれない。だが、肌艶の良さは若者のそれだった。
「……召喚されたのは貴公でしたか」
 丁寧な言葉使いではあるが、冷え冷えとした雰囲気をもっていた。その態度を当然と受け止めた魔霧の辺境伯は、せせら笑って挨拶をした。
「久しいな、翡翠の魔術師」
 辺境伯は片手を顎に置き、わざとらしく若い男を上から下まで眺める。
 上下ともにモノトーン調のシャツとズボン。羽織っている春物コートの前は開けられており、全体的にゆったりとした服装なのが見て取れる。
 辺境伯は現代服の男へ、嫌味を隠さずに問いかけた。
「ところで、そのふざけた姿はなんだ?」
 若い男は手に持つ杖を魔霧の辺境伯に向けて、言い返した。
「これが、この世界の服装なのですよ、デューリュ・ソン・ハルバッハ卿」
 辺境伯と魔術師の両者ともに、一触即発の空気を醸し出す。
 その様子に、名前が分かったのはいいが、また面倒な事態になったのだと追内は悟った。
0 notes
takahashicleaning · 10 months ago
Text
TEDにて
コリン・ストークス:映画が男の子に教えること!
(詳しくご覧になりたい場合は上記リンクからどうぞ)
映画「スター・ウォーズ」は、コリン・ストークスの3歳の息子を一瞬にして虜にしました。しかし、3歳の男の子は、このSF映画の傑作から何を学んだのでしょうか?
ストークスは男の子に、協力することの大切さ、女性を尊敬することが、悪者を打ち負かすことと同様に男らしいことであるという
ポジティブなメッセージを伝える映画がもっと必要であると訴えます。(TEDxBeaconStreet より)
悪者を打ち負かすことに対しての報酬という・・・
英雄ジャーニーモデル(著書「千の顔をもつ英雄」の中で英雄の物語の基本構造を説明している「ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)」のこと。
ストーカー有村昆がしつこいから、仕方がない。秘密を知ってるので映画業界の元ネタをバラします。皆様、恨むなら日本の映画業界と「有村昆」を恨んで下さいね)
という男の定義は崩壊してきていて・・・
「メリダとおそろしの森(日本名)」(なお、米国では、「Brave」です!)- ディズニー映画も登場します。
他には「オズの魔法使い」「ハリーポッター」などもベクデルテストに基づいた良い手本だそうです。
テストの内容についても詳細に説明しています。
その後、娘に「スター・ウォーズ」で好きなキャラクターを聞きました。
何と答えたと思いますか?オビ=ワン。オビ=ワン・ケノービとグリンダこの2人の共通点は何でしょうか?
おそらくキラキラの服だけではないでしょう。彼らはエキスパートなのです。
私が思うには2人の共通点は、映画の中で人一倍の知識を持ち、それを仲間の成長のために共有することです。
彼らはリーダーです。2人のような冒険を子供達にも経験してもらいたいです。
こんな冒険がもっと存在してほしい子供達に「一人で戦ってこい」と命令するような冒険は必要ないのです。
子供達に必要な冒険とは、仲間の成長を助けるために女性が指揮をとるチームに加わる必要を感じる冒険です。仲間のための冒険なのだそうです。
権力者が権力を思うまままに振舞うことは硬く禁止しています。
(個人的なアイデア)
男脳と女脳は、構造上、別物なので、自分と同じようにふるまうことをお互いに無意識のうちに相手に期待し、共感しようという思い込みが不幸を招き寄せてしまいます。
なので、極論お互い別の生き物と思えばいい。さらに、共感できる範囲が唯一食べ物や赤ん坊、子供くらいとお互いに狭いことが原因かもしれません。
男と女は違うみたいで、どちらが優れている?劣っている?ということではなくただ違う!両者に共通しているのは、種が同じということだけです。見ている世界も違えば、価値観も役割も違うそうです。
自分の尺度で相手を測ろうとしても、自分と同じ考え方、感覚を求めても必ず男女間の不満は爆発してしまうものと認めてしまえばいいかもしれません。このような前提で、お互いに歩み寄っても不満は無くなりませんが最小限にできる可能性があります。
児童虐待?女性差別?男女関係のトラブル?極端な場合は保護が必要ということを前提にしても問題がある。男女平等が社会システム内では功利主義的には有効?混乱を産み出し憎しみの連鎖を起動させてるだけで果たしてそうなのか?国の歴史によっても異なるし、上記の事例に関しては、法の下の平等は万能ではない!道理に反するということでもあります。
太古からの厳しい自然淘汰を生き抜く上で多少の児童虐待?女性差別?男女関係のトラブル?が良い作用を与えていたのも事実であって数万年かけて培われた本能的な児童虐待?女性差別?男女関係のトラブル?は、犯罪者扱いするんじゃなくて隔離して教育してもいいし、国家が対策マニュアルをオープンソースで公開して男女の特性子供の特性として共有すれば?
極端な男女平等思想が憎しみの連鎖の原因かもしれない?
それを社会システム内で最適化させて一千年単位のスパンで少しずつ改善するほうがいいし、マスメディアも慎重に吟味してセンセーショナルな報道をしないことだ。
本当に殺しては社会システム内ではダメだからテレビ的にはタレント生命、テレビ、ラジオ出演者生命や広告代理店関係者、芸人芸能人生命、俳優生命など。是非、不幸をあおるやつらを殺してほしい
児童虐待?女性差別?男女関係のトラブル?たった数十年の現代版社会システム内では善かもしれないが、数万年単位の大自然内では場合によっては最適かもしれない。強制的に洗脳報道繰り返すマスメディアは潰れたほうがみんなのためにもなる?極端な男女平等思想が憎しみの連鎖の原因かもしれない?
女性は、腹が立つ相手に恋をするし、「感性が真逆の相手に発情する」という特性は、脳科学上の真実
対策として、ケンカになった際は言い募るのではなく「悲しい気持ち」をありのままに伝え感情を共感しましょう。
男性が一日に発信する情報は7000語くらいで、女性は約三倍。この差は、テクノロジーやコンピューター、人工知能を活用しないと絶対に勝てないレベルです。
コミュニケーションツールとして女性脳は認識しているためでもあります。女性の特性上、サポートするような仕事は、太古からの自然淘汰の中で培われたため相性が良いかもしれません。
対策として、何気無い言葉でのメールやチャット、メッセンジャーも良いかもしれません。
つまり、女性はもともと本能レベルで備わってるので機械が使えないのではなく、使う必要性がないから、そんな役に立たないの使わないし興味がないだけです!だって、自分で無料で瞬時にできるのに、わざわざ遅くなる手間とお金かけないでしょ。
「今日は何してたの?」は禁止ワード。具体的に時間がかかろうが一つ一つ90分くらいは1日にかける覚悟は必要です。
「言ってくれればやったのに」は禁止ワード。まず、ごめんね。と言って感情を共感してから手伝うこと。
「おかず。これだけ?」は禁止ワード。次に食べたい食べ物を要望して会話のキッカケにすること。足りない場合は自分で買って後で食べればいいだけです。
マスメディア側の専門的な知識や経験のない勝手な先入観で広告料金をもらうだけのために勝手な報道を垂れ流し、離婚させるよう誘導、偏向報道し、その報道のために児童虐待?女性差別?男女関係のトラブル?と視聴者に誤解させても責任をとらない?潰れたほうがいい。
自らが権力者であることを発信せず視聴者を混乱させ、それ��便乗して権力乱用する日本の民法テレビ局。同じことを繰り返さないようにみんなでチェックし見守っていくことだ。
日本で、恋愛結婚が普及したのは、サルトルとボーヴォワールが来日した時に一気に拡大した可能性もあるかもしれない。それ以前は、お見合い結婚が主流でした。
前提条件として、恋愛結婚はサルトル、ボーヴォワールみたいな有名人であること。創作活動が成功していて多額の資金を保有し裕福層であること。
それ以外では、まず不可能。良い結果にはならないことを追加しておきます。日本の高度経済成長インフレ時代には合っていたけど、デフレ経済下に入ってしまうと厳しく破綻しやすくなります。
または
女性特有の支離滅裂な言語。例えば、キモいなど擬態語共感は男性には理解できない。
だから、言葉の定義を決めない場合、リアルタイムに真似して、同じしぐさで中和か、法律で正当防衛的な暴力を情状酌量可能にすれば言葉の表現方法を考えるきっかけになるかもしれない。
大前提として、理想の男性はこの世にいない!本能に任せて男を追い求めるくせに、母親が、幼い男性にもっと小さい頃から女性の善い面や悪い面を覚えさせることが最善。
さらに、将来までのサポートをしない責任もある!女性は、年齢的に心と身体形態を最低三回くらい変えていくエヴァンゲリオンの使徒みたいな特徴もあるから!
後始末しづらい精神分裂者と男性には感じられることが多々ある。
以上の前提条件から考えると
女性は子供を創る天才。男女平等じゃないのに男女雇用機会均等法を誤解したまま流布した政治家、マスメディア関係者をすべての女性は恨みな!
結局女性弱者にツケが回る仕組みなんだよね。お金を分配して償えば?邪悪な悪女が構築?
小池百合子が主犯と見ている
言葉の定義を決めよう!ジェンダー平等の定義は?そもそもの起源は?多神教や一神教。男と女。違いは必ずある!
価値観を数値化できないと定義も決まらない倫理観が欠落することになり権力者に悪用され基本的人権侵害に直結する危険性大
ジェンダー平等?真の男女平等な第二次大戦で社会実験結果がでたでしょ!男が勝利!平等はないと!
だから基本的人権が社会システム内に創られた!外に出たら結果は明白でシステム内の法律で押し付けるといずれ災厄が吹き出すぞ警告だ
女性活躍女性が強い?これは裕福女性がテレビで流布したプロパガンダだから女性弱者はこいつらを恨め!真実は第二次大戦で男性勝利で決着がついてる!
女性の末路は悲惨なものだった!死人に口無しって知ってる?
実務のできない女性を上役にしても混乱するだけ公約を果たさず再選した小池百合子が悪い見本
男女平等と誤認させるなら権力者であるテレビ局に出演する女性の旧姓と結婚後の名前を表示しろ!それで対等だ!
同じ種だが役割が違う!男が勝つのは先の大戦で結果がでた!こうして基本的人権が創設。
だから、男女平等ではなく男女対等。誤訳?平等なら男子女子と分けずに一緒にするよ
男女平等は誤り、男女対等と言え!
トップに立つには、それ相応の女性の良い見本を示すことが重要。
ジェンダーの定義は、古フランス語から共通の特性を持つ集まり、血統が語源。
この後に「平等」が付くと概念上は医療をフラットに提供するための原点に似ている?
二元性が存在できないプラスサム、共感やワンネスに近い?
参考概念としては、個人の基本的人権や法人の競争に頻繁に登場します。
知ってるつもりで思い違いしてること!で、公平概念というのは「ハンデをつけて上限を公平に!」と言葉であえて説明する。
平等概念をわかりやすく言葉にすると「上限の公平ではなく底上げの平等!」みたいな感じです。
これ以上でも以下でも概念が変わるから拡大解釈しないこと。
個人の基本的人権とは真逆なため、法人の平等な競争はあまり聞いたことない。公平な競争がしっくりくる。
時間をかけて諭していたが・・・
過酷な真実を言わなければ、女性の腑に落ちないから言うけど・・・
男女平等な第二次大戦で男が勝っているのに、東日本大震災、新型コロナ、ミレニアム以降の日本全体に災厄が降り注ぐのは
女人禁制の経験則に男女対等じゃなく、誤った男女平等を持ち込んだからかもしれない。
悲しいことに、ジェンダー平等や女性活躍主張する女性ほど独身、離婚者が多いのはなぜ?
結婚してる女性は幸せだから、慎ましく将来の息子の出世に響くため、そんなこと言わない傾向がある矛盾があるから統計を取るといいかも。
よく考えても見ろ!
自分の息子の将来を現時点で独身女性、離婚者女性が奪うのは、ジェンダー平等かな?
わがままで強欲な女性ほど、早く結婚して自分の分身である子供を産んだ方が、自我欲を均して子供に教育してもらえる。
何十年単位のトポロジー的なトリレンマがあり、すべての母親は、体得してるが、娘は絶対に聞かないし腑に落ちない傾向が強い。
法律全般にアメリカの3ストライク制は危険だがハラスメント全般に限定したら効果的かもしれない?
公人、有名人、俳優、著名人は知名度と言う概念での優越的地位の乱用を防止するため
男女問わず、美貌も含めて職業の武器にしたら、知名度に応じて罪に段階的なハンデをつけるなど。
多神教の日本では仏の顔も三度という概念をシステム化したら良いかも?日本版は、すぐ起訴ではなく3アウト制にしてファクトチェック含めてはどうだろうか?
ハラスメントなどは、なぜか成長してる国家や法人に顕著に集中する傾向が統計的にあります!
カイヨワの戦争論が言うエネルギーを奪う成長には生け贄が必要なのでしょうか?課題です。
最近の研究によると顔のバランスが整った美人ほど悪女の素養があるらしい事が判明した!芸能関係や女優を公安の対象に入れてストーカーアルゴリズムで透明化することも正当化できそうだ。
美人は飽きるではなく悪女の素養がある。
この根拠は、男尊女卑の根拠にもなる。
実は、プロセスがあって、まず君主制の場合、君主が、美人と言う皮を被った悪魔(悪女)を好む歴史的な傾向あり。
続いて、誰も君主の伴侶。つまり「無意識にバカな男達ね」とせせら笑っているのに悪女の戦略に踊らされて悪女を批判できなくなり君主が暴走する。
立憲君主制、民主主義がある場合、君主であっても批判は許容範囲なため回避できるメカニズムがある。
これが民主主義の歴史的な背景も考慮した良い面です。
<おすすめサイト>
ドン・レヴィ:視覚効果から見る映画史
J・J・エイブラムス: 謎の箱
ロバート・マガー:急成長する都市を成功に導く方法
ナディン・バーク・ハリス:いかに子供時代のトラウマが生涯に渡る健康に影響を与えるのか
ダニエル・フェインバーグ:ピクサー映画に命を吹き込む魔法の成分
FROZEN - Let It Go Sing-along - Official Disney HD
FROZEN (字幕版)
アレグザンダー・シアラス :受胎から誕生までを可視化する
<提供>
東京都北区神谷の高橋クリーニングプレゼント
独自サービス展開中!服の高橋クリーニング店は職人による手仕上げ。お手頃50ですよ。往復送料、曲Song購入可。詳細は、今すぐ電話。東京都内限定。北部、東部、渋谷区周囲。地元周辺区もOKです
東京都北区神谷高橋クリーニング店Facebook版
0 notes
ysnsgt · 11 months ago
Text
【スイクラ】色からのキャラ解釈19:何度目かの橿野姉弟
橿野さんお誕生日おめでとうございます。
ここの双子についてはずっと気になることがありまして、そのあたりのことを書きながら考えてみます。古橋編、真相、あと少しだけファンブックの話に触れますのでご留意の上つづきをお読みください。
Tumblr media
真相にしろXにしろ知也くんは姉が変わらないこと、自分を拒絶し続けることをなじります。けどそれは柘榴ちゃんが唯一なし得る知也くんへの愛情表現であり、知也くん自身の望んだことでは?
だって知也くん、「白」が好きだもんな。
かつて私はカラーコードからの解釈で、知也くんと知己くんの好む「白」について考えたことがあり��す。
色からのキャラ解釈17 橿野弟5+真井知己2
あれから7年半、様々な供給を眺めるうちに重大な見落としをしていたことに気が付きました。
姉への想いだけでできている知也くんが好むなら、それは幼少期……ふたりが分かたれるまでの柘榴ちゃんを象徴する色に決まってるじゃないですか。
17歳時の柘榴ちゃんはカラーコード「RosyBrown(#bc8f8f)」に象徴されます。どう見ても白ではありませんが、色相は0度。「White(#ffffff)」にしろ「Snow(#fffafa)」にしろ色相は0度なので、基本的人格はあの頃から変わっていないと見なせます。
特に「Snow」はRが突出していてGとBが同じ値という構造が「RosyBrown」と同じです。なので彼の言う「白」は具体的には「White」より「Snow」である可能性の方が高いかもしれません。スノードーム……。
Tumblr media
↑RosyBrown(#bc8f8f)
Tumblr media
↑Snow(#fffafa)
さらに、カラーコード「Snow」の補色(#faffff)つまり《半身》は「RosyBrown」の反転色および補色と色相が同じ180度です。
Tumblr media
↑「Snow」の補色≒《半身》(#faffff)
Tumblr media
↑17歳柘榴ちゃんの反転色≒別の角度から見た姿(#437070)
Tumblr media
↑17歳柘榴ちゃんの補色≒《半身》(#8fbcbc)
反転色と補色が同じなら自己を《半身》とし得るのでひとりで《完全体》たり得る、と解釈したことがあります。
色からのキャラ解釈7 クランとラズ1
知也くんが柘榴ちゃんを「誰のことも必要としていない」と評価したのはこのためかと思われるのですが、まったくの同色でない以上は足りない部分が出てきます。なので古橋の「欠けているが、そのままで完成品にも思える」という第一印象は的確と言えますがそれはさておき。
幼少期の柘榴ちゃんにとっての《半身》は知也くんに他ならず、知也くんを失った17歳の時点でも必要な《半身》の基本的人格が変わらないなら、「彼女が変わらないのは知也くんの《半身》であり続けるためじゃん」て話にもなってくるんですよ。
そして柘榴ちゃんが弟をずっと引きずっていたのは、知也くんが願ったことに他なりません。
でもだめなんですよね。知也くんが好きなのは薄茶でも青緑でもなく白です。白は「こちら側」、柘榴ちゃんにとっては城の外の世界を象徴します。
となると、知也くんの愛……「“白”が好き」に応えようとしたら、変わらず城の外を志向し続けるしかない。城から出られなくなろうと、自分たち以外の誰もいなくなっても、「姉弟だから結婚はできない」と断るしかないんですよ。
そして「薄茶」である現状に甘んじず「白」を目指すなら、己を変えてでも弟以外の半身を得て《完全体》となる(グッドエンドであればどの結末でも知也くんの想いに応えたことになる)か、人間をやめるしかない。
ファンブックで、真相において柘榴ちゃんが「透明」になってしまう結末が「深愛“グッド”エンド」とされていたことが解せなかったのですが(ふたりが分かたれた以上“バッド”ではと思っていた)、彼の「白が好き」という想いに応えきった“グッド”エンドということでしょうか。
白の世界たる「こちら側」で白になったら、まぁ、見えないわな。けれどあれが「Snow」なら、完全な白ではなくうっすら色が灯っている(彩度1%)。
Tumblr media
だから柘榴ちゃんはいなくなったわけでも消えたわけでもない。目をこらせばたしかにそこにいる。その存在を無自覚でも感知できたからこそ知己くんは涙を流したんだよ。という話だった可能性。
「たしかにそう願ったけどそうじゃない」という形で願いを叶えるのがスイートクラウンだからその辺はもうどうしようもない。
ふたりで仕合わせになるルートは、「あちら側」の存在など知る由もない子どものうちに一緒に「あちら側」に行くくらいでしょうか。これなら「黒」になる瞬間に気づかず此彼の反転した世界で「白」でいられます。
6歳で城を訪れたときにそのままふたり居着けたらおそらく“ハッピーエンド”でしたが、そうは問屋が卸さなかった。なぜなら城の主・道化師は、実兄に似たタイプの兄姉から双子の弟妹を奪い、歪んでいく様を見て(中略)ひとしきり楽しんだあと、兄姉と“ひとつになる”のが性癖だからです! 合掌。
でもなぁ。知也くん、頭がいいからなぁ。6歳の時点で「あちら側」の存在に気付いていた可能性もあり、そうなるとこの双子、どうがんばっても結ばれ得ないのでは。知也くんが「何色でもいい」という心境になればワンチャンある。
知也くんは相手を抉り追い詰めるような言葉を繰り返しますが、時に真逆のことを言っていたりするし、額面通りに聞き入れてはいけないと思っています。
加えて言うなら、本編における彼は「毒」の部分だけで構成され、今や「悪魔」となっている。でも彼は本来「人間」で、他者のしあわせを願う善意だってたしかに持っていたはずだということを加味して向き合う必要すらあるんじゃないでしょうか。
TAKUYOの世界において、最も身近な男は誰より主人公を想っており、主人公が幸せであるなら他の男と結ばれることすら厭わない、それどころか他の男との仕合わせを奨励する向きすらあります。恐らく知也くんはその枠でした。
城に招いたのも表向きというか悪魔の意向としては彼女と一つになりたい、彼女を後継者としたかったんだろうけど、姉の呪いを解いて仕合わせになってもらいたい、そのための場であり招待客たちの選出だった可能性も考慮するべきでしょう。
そして彼女は彼を想い、彼を求め、時に彼から離れ、傷つき傷つけながら、彼の願いを叶えるに至る。彼が「願いなんて一つも叶わなかった」と嘆いたとしてもです。
それが『スイートクラウン』という物語だったとするなら、知也くんは「最凶王」じゃないし柘榴ちゃんも「やべー女」なんかじゃない。どうしようもなく情が深く、優しくて悲しいふたりじゃないか。そんなふうにも思うのは綺麗事に過ぎるかなぁ。
どうかふたりが仕合わせに……なるのは難しいかもしれないけど、せめて安らぎを得られますように。
お誕生日おめでとうございます。
-----
で。信者としては余談を挟みたいわけです。はい、古柘です。
柘榴ちゃんと相似的人格である古橋さんはVita版だろうとSwitch版だろうとイメージカラーが柘榴ちゃんと同じ色相0度です。
Tumblr media
↑Vita版(#8b0000)
Tumblr media
↑Switch版(#990000)
ですが此彼を逆にする柘榴ちゃんからは反転色に見えている可能性があります。
Tumblr media
↑Vita版(#74ffff)
Tumblr media
↑Switch版(#66ffff)
どちらも色相は180度。「Snow」および「RosyBrown」の補色と同じです。
つまり古橋さんはオフレンダの中で唯一、幼少期の知也くんと相似的人格とみなせる可能性がありまして。彼を選ぶことは在りし日の知也くんの面影を求めた結果とも言いかえられるのではないかと。
もっと言ってしまうと、Vita版からSwitch版での変化は「Snow」の補色≒在りし日の知也くんの姿に近づいているわけで。《劇》を発動させるに至った衝動の源泉、「僕のことは拒絶するのにどうして彼はいいんだ」ってのもあるのかなぁ。答えは上で検討したとおりですが。
柘榴ちゃんにとって弟の手を取ることは「許されない」ものですが、そういえば古橋さんにとって柘榴ちゃんとの恋は「背徳」でした。
古橋旺一郎の「背徳の恋」
それでも彼は「相手の好んだ己の人格を変える」ことはかたくなに拒むんですよね。なるほど柘榴ちゃんと相似的人格。
Tumblr media
柘榴ちゃんも古橋編では他者を傷つけたり弟より自分を優先したりと、己にとっての禁忌を犯すに至るんですが、たとえ弟の願いによる呪縛だろうと弟のことをずっと想っていたことは間違いなくて、その中で禁忌を犯していた可能性はある。
それは何だろうとちょっと考えてみたんですが。思いつくのは「弟を忘れないこと」「招待状に応じて城に行ったこと」かなぁ。
神隠しが発生した場合、捜索は一定期間に限られたそうです。それまでは近隣の人と一丸となって探すものの、期間を過ぎた後の再捜索は禁忌だったとか。(参考:小松和彦『神隠しと日本人』)
白であり続けるためには、そのルールに則って生きる必要がありました。けれど彼女はルールに逆らって固執し(R)、「忘れなさい」という他者からの諭しも拒んでしまった(G)。その上で基本的人格を維持しようとしたら自我を押し殺してバランスを取る必要があって(B)、そのため彼女は薄茶色へと“堕ちてしまった”と考えることはできそうです。白に戻る方法は上記のとおりで、ここの双子は(も?)本当にままならないなぁ。
と、ここまで書いて思い出した。古橋さん、お相手を引き合いに出さずとも「己の信念を変えない」男であった。
Tumblr media
となるとですね。柘榴ちゃんが変わらなかったのは、知也くんがそう願うに至ったのは、道化師の意向を考慮する必要があり。
「わが後継者たる兄姉よ、うちの兄のようであれ」
犯人はおういちr、いや歪んだ弟の歪んだ性癖まで責を負わせるのは酷では? えっ弟が歪んだのも匣を開けた兄のせい? うーん次回(11/1)へ続く!(?)
0 notes
psytestjp · 11 months ago
Text
0 notes
binarystar1 · 1 year ago
Text
「咒术回战」 - 日语小讲堂#03
血沸き肉踊る:指在比赛或者战斗前热血沸腾紧张的感觉。
独壇場:单人舞台,独显一人。注意这个词汇本来应该是独擅場(どくせんじょう),误传久了反而成正主了。
ぬかす:说
ばかす:巨大的变化
貧乏クジ:吃亏,不利
主語がデカい:夸大陈述。本来是个人意见,却说的好像很多人的共识一样。比如:「“我”不擅长玩动作游戏」说成「“女生”都不擅长动作游戏」
塞き止める:拦截住,阻挡
牙を剝く:露出敌意。
逆罰:向神明许愿不合理的事情,反而收到了惩罚。
持て囃す:极端称赞
領分:势力范围
打てど響かず:毫无反应,不受影响
線分:线段
ナマクラ:钝刀
峰打ち:用刀背砍
逕庭:相差很大。大相径庭。
ブラフ(bluff):虚张声势,幌子
無為転変:据说词源是「有為転変」。所以这里介绍「有為転変」的意思:世间万物永远都在变化。单独拆开来看「有為」:于因缘而发生的现象。生产和消亡的现象世界的所有事物。也就是指轮回。⇔「無為」:不会发生生产和消亡或是变化的事物。自然。绝对。(或许这里是指不可逆?改变人的灵魂就再也不能倒回去了,也就是绝对。)
タンマ:等一下。「Time out」
ウィングスパン:双臂水平伸展时,从一遍手的指尖到另一边手的指尖的距离。
Tumblr media
相討ち:双方同时打到对方。打成平手。
リバイバル上映:电影重映
スプラッター映画(splatter movie):超级血腥暴力影片
三昧:专心致志。xx三昧:集中精神在做这件事
VOD:Video On Demand。视频点播。根据观众的要求播放节目的视频点播系统,把用户所点击或选择的视频内容,传输给所请求的用户。(这是不是有点古老了……)
すり潰す:碾碎
チャランポラン:轻浮随意
糸こんにゃく:魔芋丝。跟しらたき没啥太大区别。
Tumblr media
固陋蠢愚:不听取他人意见导致视野狭隘,无法灵活地做出准确的判断。「固陋」:不听他人意见,视野狭隘。「蠢愚」:愚蠢缺乏知识。
引き当てる:抽中。
悪巧み:阴谋,诡计。
なっていない:不好,不成样子,不够格,不行
引っ込んでろ:你退下,哪儿凉快哪儿待着去
レセプション:欢迎会,招待会
月影千草:「玻璃假面」登场人物。作中超级名演员。
船場吉兆状態:说实在光看这个词还真不懂啥意思。于是查了查到底是什么梗。原来是说这个公司卖过了赏味期限的东西,然后开谢罪记者招待会上,母亲指示儿子咋说咋说全都大声播出来了。其中有一条就是指示儿子说“大脑一片空白”
Tumblr media
感兴趣的人可以看看视频www
youtube
★本卷名句:
🐺「別に好みとかありませんよ。その人に揺るがない人間性があれば、それ以上は何も求めません」 (简直是比模范回答的还要让人心动)
㊆「事実に即し、己を律する。それが私です」
㊆「一般企業で働き気づいたことは、労働はクソということです」
㊆「枕元の抜け毛が増えていたり、お気に入りの惣菜パンがコンビニから姿を消したり、そういう小さな絶望の積み重ねが、人を大人にするのです」
🐰「人間は言い訳をしないと生きていけないからね」
㊆「今日は10時から働いているので、何がなんでも18時にはあがります」
㊆「残念ですが、ここからは時間外労働です」
㊆「仕事に私情は持ち込まない主義なので」
㊀「大人オブ大人の七海さん叱られたら、私は多分泣く!!」
吉野凪「学校なんて小さな水槽に過ぎないんだよ。海だって他の水槽だってある。好きに選びな」
★角色image song:
虎杖: 9mm Parabellum Bullet「ハートに火をつけて」 口ロロ(クチロロ)「いつかどこかで」
伏黒: 宇宙人「白日夢」 Weezer「Island In The Sun」
釘崎: サニーデイ・サービス「青春狂走曲」 日食なつこ「あのデパート」
五条: ASIAN KUNG-FU GENERATION「未だ見ぬ明日に」 Avicil「Shame On Me」
伊地知: 岡村靖幸「どぉなっちゃって��だよ」 槇原敬之「SPY」
七海: ゆらゆら帝国「ゆらゆら帝国で考え中」 フジファブリック「サボテンレコード」
夏油: →Pia-no-jaC←「Paradiso」 Two Door Cinema Club「Come Back Home」
宿儺: Marilyn Manson「(s)AINT」 平沢進「Day Scanner」
全听完不得不说jjxx品味很好啊……!
0 notes