趣味の小説/SSを書いています。 更新頻度は少なめですが、よろしくお付き合い下さい。 ~自己紹介~ 82475 と申します。 妻あり娘ありの中年男性。関西在住。 ~嗜好/フェチ~ 着衣緊縛、エンケースメント、 イリュージョンマジック、明るいM女性、 CMNF を意識した女性のコスチューム、生足とソックス
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Bondage Model その8・縛スケッチの女絵師
1. 電車の中。斜め向かいの席に座った女性が美人さんだった。 お、いい女。 車内は空いていた。今なら大丈夫だろう。 芹沢樹里(せりざわじゅり)は膝の前に持っていたキャンバス地のショルダーバッグを開けた。 いつも持ち歩いている B5 サイズのスケッチバインダーと鉛筆セットを取り出す。 膝の上に置いてページを開いた。 女性を直視しないよう注意しつつ、さらさらと線を引いてゆく。 頭、肩。第2ボタンまで開いたブラウスと鎖骨のライン。後ろに流れるセミロングの髪。 4つ目の駅で女性が降りて行ったときには、胸から上のラフが描けていた。
うん、こんな感じかな。 樹里はさらに線を追加していく。 バストの上と下。脇を少し締める。 この食い込む感じがいいのよね。 背中に回した手。右手と左手。肩の後ろに見える指。 高手小手なんてもんじゃない、強烈に捩じり上げられた腕。 痛々しくて美しいポーズ。 いつの間にかブラウスの線が消え、縄で絞られた乳房を描いていた。 柔らかそうなおっぱい。 揉まれたときの感度もよくて可愛い声で鳴きそう。
次の駅で乗って来たおばさんが樹里のすぐ隣に座った。 たまにいるのよね、こんな人。がらがらの電車でわざわざ密着してくる人。 気にせず黙々と鉛筆を走らせる。 「まあっ」 耳元で声がした。おばさんがハンカチを��にあてて絵を見ていた。 「覗き見ですか? いけませんねぇ」 樹里��にっこり笑う。 「ちゃんと言ってくれればお見せしますのに」 スケッチを膝に立てておばさんに向けてあげた。 「どうですか? 縄で縛られた女性、綺麗だと思いません?」 「そんな、嫌らし・・」 「そうだ貴女も一度縛られてみたらどうですか? 知人に緊縛のプロがいますの」 「なっ」 「お歳を召した女性だって縄で縛られたらそれはそれは色っぽく見えるんですよ」 バインダーと鉛筆をショルダーバッグに入れると、肩に掛けて立ち上がった。 「うふふ、失礼♪」
電車が止まり、樹里は開いたドアからホームに出た。 振り返ると赤く染まった頬に両手を当ててぷるぷる震えているおばさんが見えた。 あらら、何かに刺さっちゃったかしら。
・・
駅からほど近いスタジオ。 樹里が入って行くとメンバーは揃っていた。 縄師のテルさんこと鮫島照男(さめじまてるお)、元美容師で今は事務所社員の布施展子(ふせてんこ)、そしてスケッチモデルに応募してきた若い女の子が二人。
「画伯の登場や」 鮫島が言って他の3人が拍手した。 「やめて下さいよー。あたしそんなに偉くない」 「でも芹沢さん、私たちには憧れの絵師さんですよ」 女の子の一人が言った。 樹里は SNS のフォロワーが2万人いるイラスト作家でもあった。 「樹里って呼んでくれていいよ。あなたたちも描くの?」 「はい。ぜんぜん下手ですけど」 顔を見合わせて笑う彼女たち。 一人は大きな黒目がちの目に栗色の髪。もう一人は縁なしの眼鏡で黒髪を後ろで括っている。 二人とも肌が綺麗。ナチュラルメイクだ。 ちょっと心配になった。・・まさか高校生ってことはないよね、この子たち。
展子がメモを見ながら紹介した。 「えっと、こちら森矢楓子(もりやふうこ)さんと福井小春(ふくいこはる)さん。二人とも高校3年生ですね」 「はい!」 え、やっぱり高校生! いいの? 一瞬、不安な表情になった樹里に鮫島が言った。 「高校生も構へんって社長のお言葉や」 「いいんですか!?」 「非公開のイベントやからな。そもそも『縛(ばく)スケッチ会』自体、社長の趣味みたいなもんや」 樹里は事務所の社長の顔を思い浮かべる。 自分もあの人に誘われてこんな仕事を手伝う羽目になったと思い出した。
「・・もう知っているとは思うけど『縛スケッチ会』のルールをお話ししますね」 展子が説明を続ける。 「写真と動画の撮影は禁止。衣装はここにある中から好きなものを選んで下さい。自分で持参した衣装を着てもらってもいいですよ」 「あ、コスは持ってきました」 「了解。スケッチは1縛1ポーズを2縛分。2枚描いた中から気に入ったほうを選んでもらって、それを後日着色してお届けします」 「はい」 「モデルが二人の場合は1縛ずつ。スケッチの着色はどちらか1枚になりますけど、いいですね?」 「あの、」 眼鏡の女の子が手を上げる。福井小春と紹介された子だった。 「モデルはこちらの楓子ちゃんです。自分は付き添いで来ました」 「分かりました。・・じゃあ、縛られるのは森矢楓子さんお一人、と」
鮫島が聞いた。 「楓子ちゃん、緊縛は初めてやな?」「はい」 「気楽に楽しんでくれたらええわ。気持ちのいい縄にしたるさかい」 「はいっ、よろしくお願いします」 鮫島は齢60を軽く超える事務所で最古参の縄師である。 「テルさんに縛ってほしい」と志願する女性は後を絶たない。 緊縛の腕がいいのはもちろんだが、鮫島がモテるのはそれだけが理由ではない。 べたべたの関西弁で馴れ馴れしく喋り、ときには尻や胸をわしわし揉まれるのに、どんな女性も何故か心地よくなってしまうのだった。
・・
楓子が着替えた。展子がメイクを軽めに整える。 衣装は白いブラウスと薄紫色のミニスカート。 胸を強調するデザインが有名なウェイトレスの制服である。 「アン○ラやないか。こんなん今時の子が知ってるんか?」 鮫島が驚いている。 「何言ってるんですか、誰でも知ってますよー。これ着て縛ってもらうのが夢だったんですから」 「それは済まんかった。・・それで何か希望はあるか? 楓子ちゃん」 「希望?」 「どんなふうに縛れたいかってこと」横から樹里が言った。 「あ・・、そうか」 それまで笑っていた楓子が真顔になった。 「あの、自由を奪ってもらえるならどんな緊縛でも構いません」 「よっしゃ」 鮫島は袋から束ねた麻縄を出した。 ごくり。 縄を見て小春が唾を飲むのが分かった。
楓子は床に敷いたマットの上に立たされた。 「両手を後ろに」 背中で合わせた手首を鮫島が縛る。 後ろから楓子を抱くようにして胸の上下に縄を巻き、さらに胸下の縄に割縄を通した。 「どや?」 「動けません。あっという間に、・・ひゃ! ・・あぁっ」 1回目の悲鳴は左側、2回目の悲鳴は右側の割縄が絞られたタイミングだった。 ブラウスの胸がきゅっと盛り上がるのが分かった。 「ほい」「あ」 お尻をぽんと叩かれ、楓子の膝から力が抜けた。 そのまま崩れ落ちそうになるところを背中の縄を掴んで支えられた。 床のマットに尻がつくまでゆっくり下ろして座らされた。
樹里がショルダーバッグからスケッチブックを出す。 これは B5 よりずっと大きい F6 サイズである。 目の前に鉛筆をかざして全体の形を測り、構図を決めるとスケッチを始めた。 「・・あの樹里さん、私どんな顔したらいいですか?」 「楓子ちゃんが描いてほしいと思う表情でいいんだよ」 「そんなの分かりません」 「じゃあ今のまま、もじもじしててくれてもいいけど?」 楓子は何度か微笑もうとして諦めた。 うなだれた姿勢で床の一点を見つめ、ときおり溜息のような深呼吸を繰り返す。 それからデッサンの間、スタジオは静かだった。 誰も何も喋らず、樹里が鉛筆を滑らせる音だけが続いた。
描き始めて約8分。 「はい、1ポーズ目はここまで」 樹里が宣言して鉛筆を置いた。 うわあ、上手! スケッチを後ろから見た小春が声に出さずに叫んだ。
・・
「休憩する?」 展子に聞かれて楓子は首を横に振った。 「大丈夫です。このまま縛られていたいです」 テルさん、どうしますか? 展子と樹里が振り返って鮫島に確認する。 「問題ない。本人の希望やろ?」
楓子の2縛目が始まった。 鮫島は楓子の右足を膝で折らせ脛とまとめて2か所縛った。 「そしてこれは吊り縄」 新しく4メートルほどの縄を出すとその両端を楓子の背中と膝に繋いだ。 立ち上がって天井の滑車から下がるフックを掴み、そこに吊り縄の真ん中辺りを掛けた。 小春が驚いている。楓子ちゃん、吊られるの? 壁際のロープを引くとフックが上昇した。 「あ」 吊り縄に繋がった楓子の上半身と膝も浮き上がる。 「あ、あ、」 左の膝だけが床につく高さまで引き上げると、その位置で動かないように滑車のロープを固定した。 楓子は眉をしかめている。 不安定な姿勢に左足一本では身体を支えきれない。 「心配せんでええ」 鮫島は吊り縄を前後させてフックの掛かり位置を調整した。 膝が高くなり、その分頭が低くなった。 「縄を信じて体重を預けるんや。下の足は無理に頑張らんと床に添えるだけにしてみ」 言われた通りにしたら、上半身と右膝、左足のバランスが取れて体勢が安定した。 さっきの辛さが嘘のように消えた。 「どっか痛いか?」 「いえ、全然。私本当に吊られてるんですか」 「吊りともいえん縛りやけどな」 鮫島はそう言うと楓子の吊り上がった太ももの内側を軽く撫でた。 じゅん。 快感が走って身を震わせた。 「今度はポーズもちょっと複雑やからスケッチは時間かかるやろ」 「は、はい」 「じっくり縄の感じを楽しんでくれたらええ」
樹里は既にスケッチにかかっていた。 テルさんったら緊縛初体験の子を吊るんだから。 でも楓子ちゃんいい顔してる。これは描き甲斐があるわ。
2ポーズ目のスケッチが描けるまで20分ほど。 その間楓子はモデルとして吊られ続けた。 自分では何もできない。甘くて切ない時間。
・・
鮫島が楓子の縄を解き始めた、そのとき。 ぱちぱちぱち��� 「よかったわぁ~。素敵な緊縛!」 スタジオの隅に人影があった。 小木洋子(おぎようこ)社長が拍手していた。 夜職女性と見誤りそうな化粧。 ラメ入りの真っ赤なワンピースと光沢のあるピンヒール。深いVネックの胸元に煌めくストーンの巨大なアクセサリー。 何とも派手な装いである。
「お、社長」「いつの間に」 「どこのお店に出勤するんですか」 「私は神出鬼没なの。おほほほほっ」 洋子は右手の甲を口に当てて高笑いをする。 「この衣装に関してはノーコメントっ。・・そ、れ、よ、り!」 楓子を指差して聞いた。 「こちらのお客様、初縄なんですって?」「そうですよ」 「嬉しいわっ、ウチで初体験してもらえるなんて。スケッチ料金は割引してさしあげるわ」 「・・はひ? 何ですか?」 「ただいま絶賛縄酔い中やからまともに返事できまへんで、この子」 「初縄で縄酔い? 羨ましいわねぇ。じゃ、こちらの方!」 今度は小春を指差した。 「可哀想にウルウルしてるじゃない。見学だけで終わりなんて気の毒だわ」 「あ、あのわたし、ウルウルだなんて、」 そう応える小春の瞳は眼鏡の下で確かに潤んでいた。 楓子の緊縛を見て泣いてしまったのは誰の目にも明らかである。
「展子ちゃん! 彼女に似合う衣装着せてあげて。涼しげなのがいいわね」 「え、あの、わたし縛られるんですか!?」 「もちろんよっ。楽しみだわ」
あれよあれよという間に小春の緊縛が決まってしまった。 無料で1縛1ポーズのスケッチ付である。 展子が備え付けの中から萌黄色の浴衣を着付け、髪も下ろしてくれた。 ちなみに浴衣になったのは「和服にしましょ♪」という洋子の鶴の一声による。
鮫島が小春に縄を掛ける。 「おお、お嬢ちゃんは柔らかいな」 背中で交差する手首がぐいと引き上げられた。 初縄にして高手小手縛りである。 樹里が苦笑いしながらスケッチブックを開いた。
うひゃあ。本当に縛られてるぅ~! 小春はパニックに陥っていた。 訳の分からないうちに縄が身体を絞め付けた。 きゅんっ。 動けないよぉ。気持ちいいよぉ。 「コハル綺麗!」楓子の声が聞こえた。 そっちに笑顔を返そうとしたけれど視界がぼやけて何も見えない。 着付のときに眼鏡を取られたので、まるで濃霧の中にいるような状態なのである。 あーん、どうしてコンタクトにしなかったんだろう。 何も見えない。何もできない。わたし、もう。 「ほぉら。もう何されても抵抗でけへんなぁ、お嬢ちゃん」 耳元で鮫島に囁かれて胸の鼓動がぎゅーんと跳ね上がった。 「テルさん! 初めて縛られる子に言葉責めは止めて下さい!」展子が叱る声。
「はい、終わり!」 約10分後、樹里がスケッチ終了を告げて小春は緊縛から��放された。 床に座り込んだまま立てない。 楓子がハグしてくれた。 無限の時間が過ぎたようでもあり、一瞬で終わったような気もした。
・・あの子、今夜はいろいろ爆発して眠れないだろうなぁ。 洋子さんのせいで心の準備もないまま縛られちゃって。 画材を片付けながら樹里は思う。 そういえば洋子さんは? 洋子の姿が消えていた。 「社長ですか? 遅刻するぅ~って叫びながら飛び出していきましたよ。これから銀座ですって」 展子が教えてくれた。 「まさか本当にお店を持っているとか」 「さあ? 謎の多い人ですから」
・・
その夜。 樹里は楓子のスケッチに水彩鉛筆で色をつけた。 2ポーズ描いた中から楓子が選んだのは片膝吊りのほう。
そしてもう1枚。小春の和服緊縛。 オリジナルのスケッチは本人に渡してしまったので、樹里は昼間の情景を思い出しながらもう一度描いて着色した。 楓子ちゃんの分と一緒に届けてもらおう。 あたしも優しいよねぇ。こっちは画代をもらえる訳でもないのに。 縛り絵、やっぱり面白い。

2. 樹里は絵が好きで小学校のときは絵画教室にも通っていた。 アイドルの似顔絵を描いたり、アニメなら○リキュアの絵が得意だった。 セクシーで可愛い女の子が好きだった。 男の子向けのドラマやアニメも高露出なヒロインが多いからよく見ていたし、そんな番組のお色気シーンだって嫌じゃなかった。 でも女の子が敵に捕まって拷問を受けた���するシーンはあまり好きになれなかった。 嫌がっているのに力ずくで酷いことをするなんて野蛮だと思った。 囚われのヒロインにドキドキしたなんて話はよく聞くけど、自分の子供時代にそれはなかったと樹里は思っている。 今じゃもっと酷いことする絵を描いているくせに。
自分の性癖を初めて意識したのは中学2年のときだった。 テレビのピンチシーンではなくて、学校の授業。 H字管の水溶液の中で電極から泡がぽこぽこ発生していた。理科の実験である。 電気分解って面白い。水に電気を流すと分解して水素と酸素になるんだ。 ふと思った。 ・・女の子の電気分解、できるかな。
休み時間。 樹里はノートとペンを出して絵を描いた。 少女が水中で両手を電線に繋がれて足先から溶けている。 きょとんとした顔。可愛く見えるかな。 描きながら胸が高鳴るのが分かった。 初めてだ、こんな気落ち。 女の子の電気分解なんて無理に決まってる。 でもあたし、できたらいいなと思ってる。
クラスで仲良しの女の子が目ざとく見つけてやってきた。 「樹里ちゃん、またイラスト描いてる」「ただの落書きだよ」 「それ何の絵?」 「・・女の子の電気分解」 「へ? 人間を電気分解するの?」 「違うよ。人間じゃなくて女の子」 「同じでしょ」 「まあね。でもあたしの中では女の子だけ電気分解できるの」 「そっか。よく分らないけど樹里ちゃんの描く女の子、可愛いから好きだよっ」 「ありがと」
受け流してくれる子でよかったと思った。 あたし「女の子だけ電気分解できる」なんて言っちゃった。 女の子だけ電気分解。女の子だけ溶かされる。女の子だけ。 うわぁ~、あたし絶対顔赤い。 どうしてこんなにドキドキするだろう?
家に帰ると落書きのページを切り離して机の引き出しの一番奥に隠した。 それは樹里が初めて妄想を描いた宝物になった。
・・
高校生になると SNS に日常のスケッチや水彩画、スマホで描いた美少女絵などを投稿するようになった。 親に内緒でヌードや緊縛の絵も描き始めた。 さすがにそれを SNS に上げる勇気はなかったけれど。
夏休みのある日。 !!! スマホを持つ手が震えた。 それはとある美術サイトにあった絵画で『ジューサーミキサー』というタイトルがついていた。 ミキサーのガラス容器の中に肌色の「材料」が詰まっている。 無数の小さな裸の少女だった。 何百人、もしかしたら千人以上の少女がいろいろな姿勢でガラスの中に溜まっていた。 下のほうは赤い液体になっている。 底で回転するプロペタカッターが少女たちをジュースにしているのだと理解した。 ・・リョナだ、これ。 樹里はリョナという表現手段を知っていた。 女の子を壊す世界。精神的にではなく物理的に。 そのことに嫌悪はなかった。 今も引き出しに隠して大切にしている『女の子の電気分解』だって女の子を壊す絵だもの。
画像を拡大すると少女一人一人がリアルなタッチで緻密に描き込まれていた。 いったい何週間、何ヶ月かけて描いたのだろう。 彼女たちの表情を辿る。 泣き叫んでいる少女はいなかった。 どの子も無表情、あるいは陶然とした表情。笑っている子もいた。
衝撃的だった。ありきたりのリョナ絵じゃない。 世の中にはこんな世界を描く人がいる。 樹里は夜遅くまでスマホの画面を眺め続けた。 そろそろ寝なくちゃとベッドに入る度、あの少女たちが蘇って再びスマホを手に取る。 自分でも描いてみたいと思ったけど、この絵は模写することすら難しい。 同じ作家の作品を探すと女の子をいろいろな食材にしたシリーズがあった。 まな板で捌かれたり、煮物や焼き物にされたり。 中でも巻き寿司の具になって巻かれる絵が樹里の目をひいた。 ・・これなら。
数日かけて鉛筆と消しゴムでスケッチ画を描いた。 ホットドッグのバンズに裸の女の子が挟まれている構図だった。 女の子の顔には目隠しを描いた。 この子は見えなくされるほうが嬉しいと思ったからだった。 思いきってスケッチ画を SNS に上げると「いいね」が一晩で 100 個ついた。
フォロワーがどんどん増えていった。 交流が広がると世界も広がる。 性癖に刺さるコンテンツが続々現れた。 特に強く惹かれたのは・・女の子同士のハードSMプレイ、完全拘束と人間家具。アクロトモフィリア(欠損嗜好)、カニバリズム。 高1女子にしてはノーマルでない嗜好だと思う。 でも好きになったものは変えられない。 彼氏ができたら絶対に同じ沼に引き込んでやるぜ。

3. 翌月の縛スケッチ会の応募モデルは背の高い女性だった。 「芝野乃美(しばののみ)です。上が芝で下が野乃美です。よろしくお願いします!」 「芝野さんじゃないんですね」 「よく間違われるんですよねー��野乃美なんて変な名前で。あははっ」 展子が資料を赤ペンで修正する。 「オビデの紹介で来たんやて?」鮫島が聞いた。 「はいっ。早めに描いてもらったほうがいいわよ、もう29でしょ?って言われまして」 「客に向かって失礼なこと言う店やな」 「あはははっ、そうですよねー」 オビデとは都心にあるフェティッシュバーである。正しい店名は『オビディエンス』。 野乃美はオビディエンスの常連客なのであった。
樹里が言った。 「じゃあ、綺麗に縛ってもらって描かないといけませんね」 縛スケッチ会に応募してくる女性には若くて綺麗なうちに緊縛を描いてほしいと願う人が多い。 二十歳そこそこ、まだまだ綺麗になるはずの歳でもそんな女の子がいるんだから、29歳となれば無理もないだろう。 「あ、綺麗な緊縛は要らないです」「はい?」 「自分の希望は、」 野乃美は一旦言葉を切ると、指を一本ずつ立てて数えながら話した。 「できれば惨めで恥ずかしい感じに縛ってほしいです。服は着せないで裸にして下さい。あと、絵師さんにはできるだけ生々しく描いてもらえますか」 「生々しく、ですか?」 「はい。お汁の匂いまで伝わるように」 お汁!? 野乃美の話し方に樹里のほうが顔を赤らめた。 「あはは、あけすけに喋る女でごめんなさい」 「あ、いえ」 「惨めでいたいのが本性なんです。綺麗な緊縛写真ならオビデでも撮ってもらえるし」 「おもろい人やな。きついのが願望やったらそないしたるで」鮫島がにやにや笑いながら言う。 「ありがとうごさいますっ」 野乃美は礼を言ってから樹里に顔を向ける。 「実は女性に描いてもらうのも楽しみなんです。こんなM女の緊縛、同じ女性の絵師さんがどう描いてくれるのかなって。あ、自分プレッシャーかけちゃいました?」 プレッシャーだよ!! とりあえず苦笑いするしかない樹里であった。
・・
野乃美が服を脱いだ。 身に着けているのは前を隠す小さな紐パンだけである。 自ら望んだとはいえ、皆の前で一人だけ裸になるのはフェティッシュバーと勝手が違った。 胸を手で隠して固まっている。
「ほう、」鮫島が聞いた。 「あんた身長は?」「170 です」 「ちょっと向こう向いて。背筋を伸ばして頭の後ろに両方の掌を当ててくれるか」 「あ、はい」 「もっと肘を上げて」 歩み寄ると野乃美の背中に指を当てた。その指を肩甲骨の外側まで走らせる。 「ええ広背筋やな。硬すぎず柔らかすぎず、張りと弾力があって。右左のバランスも悪うない。何やってるんや?」 「介護リハビリのトレーナーやってます。あと趣味でボルダリングを少し」 「それでか。えらいええ筋肉してるから感心したわ」 「ありがとうございます。縄師さん、もしかして理学療法士?」 「わしが? なわけあるかいっ」 「あははっ」 樹里は二人のやりとりを聞いて感心する。 さずがテルさんだな。 あっという間にモデルさんの緊張をほぐしちゃった。
鮫島は野乃美の手を��ろさせると背中で交差させた。 「ボルダリングって高いとこ登るんやろ?」 「そうですね、5メートルくらい」 「5メートル言うたらビルの3階か」 話しながら展子と樹里に向けて片手を差し出した。 察した展子が縄束を手渡す。 「わしは高い所はあかん。腰がすくむわ」 「自分は平気です。小さいときは木登り大好き少女でしたから」 「勇敢な少女やなぁ。わしの知り合いにもおったで」 「へえ、どんな?」 「いつも屋根に上がって空ばっかり見とった娘」 「あはは、面白い女の子」 「今は天文学者しとるわ。わしの嫁はんやけどな」 「ええ~っ!!」 野乃美と同時に展子と樹里も叫んだ。
きゅっ。 「え?」 上半身が絞め付けられた。腕が動かない。 いつの間にか野乃美は後ろ手に縛られていた。 恐るべき鮫島の早業である。 「高いのが平気やったら吊ってもええな。こっちおいで」 野乃美をスタジオの中央に立たせた。 本日は頭上に金属棒を渡した吊り床が設置されていた。 鮫島は野乃美の背中に新しい縄を繋ぐと吊り床に掛けた。 右の膝を肩より高く吊り上げる。 さらに左足は膝で折って縛ると、野乃美は完全に宙吊りになった。 「展子ちゃん、そこのディルドとワセリンくれるか」 ディルドにワセリンをたっぷり塗り付けた。 股間の紐をずらしてディルドの先端をあてがう。 「入れるで」 「!!!」 野乃美が身を震わせた。 「ほい。まずは1縛目や」
鮫島の技に見とれていた樹里が慌ててスケッチブックを取り出した。 野乃美は無言だった。 さっきまで笑いながら喋っていたのに、今では眉を逆八の字に歪め歯を食いしばっている。 吊り床の下で大柄な身体が揺れていた。 その姿を見上げて樹里は不安な表情をする。 「心配せんでええ。意識ははっきりしとるし、さほど苦しくもないはずや」 「ああぁぁ~っ!!」 野乃美が叫んだ。 込み上げる何かに我慢できなくなったかのような叫びだった。 「肯定の返事やな」 本当? 不安であるが今は鮫島の言葉を信じるしかない。 樹里は描き位置を決め座り込むと鉛筆を前にかざした。 「樹里ちゃん、たっぷり時間をかけて描いたってくれるか。この人は何時間吊るしたって構へん」 「あ、あぁ、」野乃美が震えた。 「そういうのが嬉しいマゾやからなぁ」 「あ、ああぁ~~!!」
・・
ディルドを抜くと周囲に女の匂いが広がった。 野乃美は縄から解放されてその場に倒れ込んだ。 「あ、あぁ・・」 渡されたボトルのドリンクをぐびぐび飲む。 「惨め、でした」 「そりゃよかった」 「縄師さん、意地悪ですね」 「がはははっ」
わずかの休憩の後、野乃美は驚異的な速さで復活して2縛目に臨んだ。 鮫島は野乃美を高手小手で縛ると二つに折り畳んだ。 両足の間に頭を挟む姿勢で固めて仰向けにした。まんぐり返しである。 「んんっ、んんん!!」 口咥内に押し込まれた手拭いのため唸り声しか出せない。 「見た目は地味やけどな、首と背中の負荷が大きいし頭に血も上る。もしかしたら���りより厳しい責めや。頑丈な人やから多分壊れはせんやろ」 「『多分』でいいんですか?」樹里が聞いた。 「がははははっ!」
野乃美は無力感と惨めさの中にいた。 足指だけをぴくぴく動かしながら呻き続ける。 「ん、んん~っ!!」 樹里はスケッチブックに鉛筆を走らせながら思う。 この人はこれで幸せなんだ。 匂いまで伝わるスケッチ、描けたかしら。
・・
野乃美が選んだのは吊りのスケッチだった。 着色するなら派手なポーズのほうがいいよね。 樹里は1縛目のスケッチを着色する。 あのとき樹里の描いたスケッチを見て野乃美が泣いてくれたことを思い出した。 緊縛中の気持ちが蘇ったのだと分かった。 こういうのを絵師冥利につきるっていうのかな。
それにしても前は初々しい女子高生のコスプレ緊縛。今日はアラサーM女さんのハード緊縛。 本当にいろいろな縛り絵を描かせてもらっている。 この仕事を請けてよかったと思った。

4. 樹里は高校を卒業して、大学の学生寮に入った。 性癖を共有する彼氏を作る試みは諦め、女一人で生きる決意であった。 創作活動に励んで SNS へのスケッチ絵やCGの投稿が増えた。 ストーリーに合わせてイラストの連作をしたり、モノクロの緊縛写真を模写して色を塗ったり。 思いのままに表現していると更にフォロワーが増えた。 ある日、小木洋子と名乗る女性からメッセージを受信して新しい交流が始まった。 洋子はちょっと変わった文章を書く人で、樹里が SNS に新作を載せるたびに感想をくれた。
『額装した美少女は芸術品。谷崎やポーが好きな人には刺さるかしら。 耽美で幻想的! 人間の美への執着を垣間見た気がします。 でもその美しさは永遠にあらず、心を込めてお世話しても露草のように消えてしまうのね。 命尽きるときの少女の思いを想像してしまうわ。タナトス。切なくなって少しだけ涙しました』
これは『額の乙女』というタイトルの作品を上げたときの感想である。 樹里の性癖を盛り込んだキャプショ��(説明)付のCGだった。 丁寧な感想をもらえるのは嬉しいけれど、ところどころ意味不明。 谷崎やポーは分からなくもない。読んだことはないけど。 タナトスって何。

樹里が小木洋子と会ったのはその翌年。大学2年の夏だった。 洋子の側からお話しさせて下さいと申し入れてきたのだった。 待ち合わせ場所に現れたのは、襟と裾にレースがついた花柄ワンピースとカーディガン、頭にピンクのベレー帽をかぶった女性だった。 これってガーリーファッション? 襟のレースがデカい。うわソックスもレースだよ。 「こんにちは! 芹沢先生」 「先生じゃないです。ただの学生です」 「あらそうなの? じゃあ樹里さんてお呼びしてもいいかしら。んー、あなた可愛いから樹里ちゃんにしようかな♪ 私のことは洋子でいいわ!」 「樹里ちゃんで結構です。小木さ、いえ洋子さん」 「おほほ。よろしくね」 この人よく見たら美人だ。レースまみれのインパクトが勝るけど。 「あの、洋子さんはいつもそんな服でいるんですか?」 「これ? 昭和平成初期風レトロガーリーコーデよ。可愛いでしょ?」 「まぁ、それなりに似合ってると思います」 「微妙な評価ねぇ。まあいいわ」 「そうだ、いつも作品の感想いただきましてありがとうございます」 「お礼なんていいのよ。お役に立ってるかしら? 頑張って書いてるんだから」 「は、はい。その、ユニークな視点が多く、て勉強になります」 「そーでしょそーでしょ、おほほほほっ」 ふう。小さく溜息をつく樹里である。
「あの、今日はどんな用件」「そうね。はいこれ!」 名刺を渡された。 『株式会社 ジャイ・アイ・ケー 代表取締役社長 小木洋子』 社長!? 「洋子さん、会社やってるんですか」 「ちっぽけなモデル事務所よ。それで聞こうと思ってたんだけど、樹里ちゃん、いつもどうやって描いてるの?」 「どうやって、ですか?」 樹里が描く妄想イラストはネットやテレビ映画マンガなどから思いつくネタを膨らませたものだった。 ずっと抱えていたアイディ��が突然整ってイラストになることもある。 緊縛絵はネットの画像・動画を参考にしたり模写することが多い。 最近は縛り方が分かって来たのでオリジナルの緊縛にも挑戦している。 「目の前のモデルを描いたことは?」 「ありません。やってみたいんですけどデッサンスクールは高くて」 「じゃあ、緊縛を直接見たことは」 「それもありません」 「そうだろうって思ってたわ!」 洋子はにやりと笑った。 「実はウチの事務所、緊縛専門なの。もちろん女の子の緊縛」 「えっ!」 「デッサン会もやってるわ。ご招待するから一度描いてみない?」
・・
樹里は緊縛デッサン会に参加した。 モデル女性の緊縛ポーズを 10~20 人くらいの参加者が囲んで描く形式だった。 関西弁を話す初老の縄師がモデルを縛る。 モデルは樹里と変わらない年頃の可愛い女の子だった。 1縛目は長襦袢姿で床に正座の両手吊り。2縛目は締め込み(褌)だけの姿で高手小手緊縛の片足吊り。 目の前で女性が縛られるのも、風呂以外で女性の裸を見るのも初めてだった。 樹里は夢中で鉛筆を走らせた。 その時は何も感じなかったけれど、デッサンが済んで隣の女性参加者に「色っぽい線ですね」と言われて初めてエロを意識した。 想像の緊縛絵ではない。生きた女の子を本当に縛って描いた絵だと実感した。 その夜、洋子に電話で報告した。 「どうしたい?」と聞かれて素直に答えた。 「もっと描かせてほしいです」
樹里は緊縛デッサンを続けた。 デッサン会で描いたスケッチを水彩着色する練習も始めた。 習作を SNS に公開するとフォロワー数が1万を超えた。
・・
大学2年が終わろうとする頃。 洋子から樹里に新しい提案があった。 『一般応募の女性を緊縛し、それを女性絵師が描く』という企画である。 これまでの緊縛デッサン会は『事務所のモデルを緊縛し、それを一般参加者が描く』だから逆だった。 「女性絵師って誰ですか?」言ってすぐに間の抜けた質問をしたと気付いた。 「やぁねぇ、樹里ちゃんに決まってるじゃない。あなたがいるから通した企画よ!」 ああ、やっぱり。 胸が高鳴った。 「相応のお支払をするわ。期間は、そうね、最低1年。もちろん受けてくれるでしょ?」 4月になって「縛スケッチ会」のモデル募集が発表された。 樹里は毎月開催の「縛スケッチ会」で正式に絵師を務めることになったのだった。
5. はぁはぁ・・。 んっ・・、あぁっ・・。 縛スケッチ会のスタジオには二人の女性が向かい合って吊られていた。 顔が触れそうな距離。 一人はショートヘア、もう一人はポニーテール。 身体を逆海老に反らせ、片足だけ高く吊り上がったポーズで耐えている。 喘ぎ声がデュエットで流れる。
二人の下で樹里がスケッチブックに鉛筆を走らせている。 ショートヘアの女性の目元に大粒の涙が浮かんだ。ぽろぽろ頬を伝って流れる。 おっと、展子さん! 樹里が合図するより早く展子がコットンを持って駆け寄った。 プロのモデルでも厳しい緊縛に涙を流すことは珍しくない。 一般の女性なら感情の起伏も大きいからなお��らだ。 涙は悪くない。 樹里は涙の瞬間を上手に切り取った緊縛写真が好きだった。 自由を奪われた女性が流す涙。美しすぎて胸を打たれる。 でも絵師としてはスケッチ中の涙は勘弁してほしい。 いろいろ伝わってくるから落ち着いて描けなくなってしまう。
「お前は行かんでええっ」 縄師の鮫島が助手の五十嵐を叱った。五十嵐はタオルを持っていた。 「そんなもんで擦ったら化粧がぐちゃぐちゃになるやろが」 「すいません、師匠!」 「師匠言うなぁ~っ」 涙を拭いてあげようとしたのか。優しいね、五十嵐くん! 樹里は心の中で五十嵐を褒める。 でもテルさんの言う通りだよ。 そういうことは元美容師の展子さんに任せたらいいの。 「・・はい、OKです!」 展子が吊られている二人から離れ、樹里はスケッチを再開した。
この日のモデルは愛川蘭(あいかわらん)と美川杏(みかわあん)の同性カップルだった。 ショートヘアの蘭は24歳、ポニーテールの杏は23歳。 二人は女性専用のカフェバーで出会って惹かれ合い、今はルームシェアで同棲している。 結婚の約束をした記念に縛スケッチに応募したという。 希望のポーズは二人揃って吊られる連縛である。
「普段はお互いオモチャの手錠やアイマスクでプレイしてます」 緊縛前のオリエーションで二人は手を繋いで座っていた。 「でもきつい緊縛にも憧れはあって、一度どこかで縛ってもらおうかって話してたんです」 「こちらなら本格的な緊縛で綺麗な絵も描いてもらえると聞いて」 互いに顔を見合わせて笑った。 「蘭、ドMなんですよ」「杏だってドM」 「うふふふふ」
五十嵐が手を上げた。 「あの、質問させてください!」 「はい?」 「蘭さんと杏さん、レズなんですよね?」 鮫島が何を質問するんやという顔をしている。 「どっちがネコでどっちがタチですか!?」 ぽかーん。 鮫島が丸めた新聞紙で五十嵐の頭を叩いた。 「いらんこと聞くんやないっ」 「だって師匠~」「そやから師匠やなぁい!!」 蘭と杏がくすくす笑っている。
五十嵐龍平(いがらしりゅうへい)は縄師志望のアルバイター19歳である。 鮫島の弟子を自認しているが鮫島は認めていない。 本日は吊りの連縛と分かっていたので力仕事の手伝いに連れて来られたのだった。 初めて会った五十嵐は、樹里が見る限り、明らかに女慣れしていなかった。 界隈の知識もなさすぎる。それで本当に縄師を目指すつもりなの?
「でもタチならドMじゃなくてドSじゃないですか」五十嵐はひきさがらない。 「あのね五十嵐くん、ネコタチとドSドMは別だよ」樹里が言った。 「どういうことですか」 「ネコでSの人もいるしタチでMの人もいるの」展子が続けた。 「へっ、そうなんですか?」 「ええか五十嵐。そもそもレスビアンの女性をネコかタチかで決めるんは、やったらあかんことや」 鮫島が諭すように言う。 「・・違てたら申し訳なけどお嬢さんらは、リバ、ゆうやつやないか?」 「分かるんですか!?」蘭��叫んだ。 「私どちらかと言うとネコ寄りのリバです」 「自分タチ寄りのリバですっ」杏も言った。 「縄師さんっ、すごい!!」 「まあ、同性愛のM女もよおさん縛ってきたからな」 「ひえぇ、オレには全然意味が分かりません~っ」
五十嵐くん、キミはもっと勉強しないと駄目だよ。 それにひきかえテルさんは只者じゃない。 樹里は鮫島を尊敬の目で見る。 今度レズの緊縛、後学のために教えて下さい!
・・
「連縛のスケッチは普通の倍、時間がかかります。ちょっと長い緊縛になりますが覚悟して下さいね」 コスチュームを着替えた二人に展子が念を押す。 「長いって、どれくらいですか?」 「そうですね、30分以上は」 それくらいなら平気。 一瞬不安そうな顔をした蘭と杏は安堵の表情に戻る。 「最低1時間放置してもらえますか」 「そら構へんけど、こっちで限界や思たらすぐに下ろすで」 「それで結構です」 「なら早速縛ろか」「はい!」
鮫島は袋から縄を出した。 まず蘭、そして杏を後ろ手に縛る。 五十嵐が後ろで見ているが一切手伝わせることはない。 続いて蘭を立たせ背中に繋いだ縄を吊り床に掛けて縛った。 左足を膝で折らせて縛り、続けて右の膝上と足首に縛り付けた縄を吊り床に渡して強く引く。 「きゃ」 蘭の下半身がふわりと浮き上がり、厳しい逆海老になった。 「次はあんたや」 宙に浮かぶ蘭に向き合うように杏を立たせた。 蘭のときと同様、背中に繋いだ縄を頭上に掛け、右の膝を折らせて縛った。 左足の膝上と足首の縄を吊り床に渡す。 「五十嵐、これ持っとれ」 初めて五十嵐が呼ばれ、吊り床に渡した縄を持たされた。 杏の身体を支えて位置を調整する。 蘭と杏、互いの頬が触れそうなほどに近づけ、吊り床の縄位置も調整した。 「よっしゃ、上げろっ」 五十嵐が縄を引いた。 杏の身体も逆海老になって浮き上がった。
・・
約40分かけてスケッチが終わった。 二人同時の連縛なので1縛1ポーズのスケッチで完了である。 樹里は鉛筆を置いて鮫島の顔を見た。 鮫島が二人の状態をチェックして首を縦に振った。 蘭と杏は逆海老の吊り連縛で放置されることになった。
・・
開始から1時間が過ぎた頃、蘭と杏の目が合った。 こんな傍にいたのね。 微笑み合うと、首を捩じって唇を合わせた。 長いキスの後で舌を絡める。 手も足も縛られていた。抱き合えないのがもどかしい。 舌を触れ合う。 頬を舐め合う。 少しでも強く、少しでも広く触れ合いたい。 求め合い、与え合う。 二人の涎が混じり合って床に落ちた。 縄が撓る。 苦しいよ。うん、苦しい。 限界まで首を捩じって唇を吸い合う。 逆海老の腰がいっそう厳しく反り返った。
「すげ・・」五十嵐が呟く。 その背中を鮫島がぽんと叩いて言った。 「女をここまで堕とす仕事や。お前、覚悟はあるか?」
樹里は再びスケッチブックを開いた。 鉛筆を持つ手が勝手に動く。 描きたかった。描かずにはいられなかった。

6. サロン? 「ボンデージ・アートサロンよ。毎年やってるの」 電話の向こうで洋子が言った。 「そこで『額の乙女』をやりたいのよ」 額の乙女? 「ほら、昔描いてくれたでしょ?」 あー思い出した。3年前のCGだ。 「実はあれを本当の女の子でやろうって準備してるの。あとは樹里ちゃんに許諾してもらうだけ」 許諾を先にしないと駄目と思いますけど。 でもOKです。やってほしいです。 「樹里ちゃんならそう言ってくれると信じてたわ。モデルも可愛い子たちよ。楽しみにしててね!」
縛スケッチを始めて1年。樹里は大学4年生になっていた。 洋子からは縛スケッチ会の継続と正式な専属契約の打診も受けていた。
ボンデージ・アートサロンは洋子の事務所が年に一度開催している様々なボンデージグッズと緊縛アートの展示会である。 話には聞いているものの樹里は行ったことがなかった。 そもそも招待制のクローズなイベントなので行きたくても行けなかった。 業界の関係者や懇意のお客様を招く展示会。 そこで作品が展示される。 あたしの性癖にまみれた作品が。 急に恥ずかしくなって樹里は一人で顔を赤らめた。
・・
アートサロンの会場は都心の画廊だった。 樹里が行くとロビーで五十嵐が待っていた。 「五十嵐くん!? 半年ぶりねっ」 「お待ちしてました、芹沢先生」 「え? 洋子さんは?」 「社長さんは都合で遅れるので、代わりにオレが案内するように言われました」 「そうですか」 「さ、先生。どうぞこちらへ」 「先生はやめて、お願いだから!」
五十嵐が樹里を案内した。 ほの暗い会場には拷問器具、拘束具、写真や絵画、そしてモデルの女性をいろいろな形で拘束/緊縛した「作品」が並んでいた。 それぞれの近くにはソファとミニテーブルが配置されていて、ゆっくり座って鑑賞できるようになっている。 淡い光を当てて飾られた「作品」はどれも美しかった。 モデルの年代や着衣の有無は様々だけど、どれも縛めを従容として受け入れて静物になっていた。 どんなに厳しい緊縛でも、激しくもがいたり喘いでいる「作品」は一つも見なかった。
一箇所だけ空いたスペースに鮫島がいた。 うつ伏せに寝かせた女の子を馬乗りで��んじがらめに縛っている。「作品」の製作中らしい。 樹里に気付くと手を振ってくれた。樹里は軽く会釈する。 綺麗な子。あの子も飾られるんだ。 少しドキドキした。
会場には大勢のお客が来ていたけれど、大声で話す人や急ぎ足で歩く人はいなかった。 ほとんどの人はお気に入りの作品の前でゆっくり過ごしているようだった。 ・・睡蓮(すいれん)の絵の前で布張りの椅子に座って縛られたドレスの少女を、品の良さそうな夫婦がソファから鑑賞している。 ・・競泳水着の女性2体に10センチ刻みで縄を掛けて回転台に乗せた作品は、カップルや女性グループが取り囲んで見ている。 ・・アンティークの大きな振り子時計に全裸で縛り付けられた全身タトゥーの美女を、若い女性が何度も溜息をつきながら眺めていた。 ・・そして観葉植物に横吊りの女子高生を添えた作品は、初老の男性がティーカップを手にゆったりくつろぎながら楽しんでいた。
樹里はその雰囲気に惹かれた。 いいな、この空気。どのお客も「作品」を楽しんでいる。 ここは身動きできない女を美しく飾る場所。女は生きた展示品。 こういう世界、ずっと昔から憧れてきた気がする。 考案したのは洋子さんだろうか。だとしたら洋子さんはあたしと "仲間" だ。 妄想が溢れた。 飾られる女の子。美術館や博物館に生きたまま陳列される女の子。駅や公園やホテルのロビー。 どの子も綺麗に縛られて、どの子もそれを受け入れて。 樹里の中を様々なイメージが濁流のように流れて行く。 描きたいな。
「あそこです」 五十嵐に言われて我に返った。 奥の壁に巨大な「作品」が掛かっていた。 人の背丈より大きな額縁。その中にゴシックロリータを纏った少女が手枷で拘束されている。 『額の乙女』と記したプレートが貼られていた。 あのCGが3次元化されて展示されているのだった。 よくここまで作ったと感心させられる出来映えだった。
近づいて作品を見上げた。 イラストではない、本物の女の子。 眠るように目を閉じている。もちろん動こうと思っても動けないだろう。 可愛い子だな。 でもこの子どこかで見たような。
「樹里さんですか!?」 後ろから声を掛けられた。 振り返るとゴスロリ服の女の子がソファに座っていた。その衣装は額の乙女と同じだった。 「コハル~っ。樹里さんが来てくれたよっ」 額の乙女がぱちりと目を開けた。 「樹里さん! 小春です」 「小春ちゃん!? ・・じゃあこっちは」 ソファの女の子に目を向ける。 「楓子です。お久しぶりです!」 以前、縛スケッチ会で描いた森矢楓子と福井小春だった。
楓子と小春は大学生になっていた。 洋子に声を掛けられてモデルを引き受けたという。 「コハルの次は私が額に入るんですよ」 「楓子ちゃんも?」「はい!」 「拘束はオレがやります」 「任せてもらったのね、五十嵐くん」 「『額の乙女』だけですけどね。もしモデルに何かあればオレが責任もって救出します」 そう言う五十嵐はどこか誇らしげであった。
・・
ぱちぱちぱち。 静かな会場に拍手が響いた。 「最高のインテリアだわ!!」 ��ポットライトの中に洋子が立っていた。 ・・前も似た登場シーンあったような。いつだっけ? 樹里は考えたものの思い出せなかった。
皆の注目を集めながら洋子が歩いて来た。 黒のプリントTシャツの上にチョーカーとダメージ加工のレザージャケット。 ショートパンツに網タイツ。編み上げのハードなブーツという扮装。 Tシャツのプリントはドクロである。 「な、なんすかその恰好!」五十嵐が叫んだ。 鮫島が縄を取り落とすのが見えた。 洋子を知っているらしい客たちも驚いて立ち上がっている。 「社長!?」「パ、パンクロック・・」「小木さん、何があったんですか!」 小春が額の中からぽつりと言う。 「社長さん脚キレイ」
「ほほほほほーっ!!」 側へ来ると洋子はひとしきり高笑いしてから樹里に話しかけた。 「樹里ちゃん、素敵な作品やってくれてありがとー!!」 「はい・・?」 嫌な予感がした。 「樹里ちゃんは楓子ちゃんの次ね?」 「はいっ、そうです」楓子が返事した。 「え、どういうこと!?」 「樹里さんも額の乙女になるって聞いてますけど?」 「あたしは聞いてなーい!!」 「うふふ♪、そうだっけ?」
洋子の後ろから展子が現れた。 「事情は何となく想像つくけど諦めてね、樹里ちゃん」 「展子さ~んっ」 「さ、着替えましょ。樹里ちゃんのサイズ用意してるわよ」 「あ~ら抵抗しちゃダメじゃない。五十嵐くんも一緒に行ってあげてくれるかしら」 「うっす、社長さん」 展子と五十嵐に確保され、樹里は更衣室に連行されて行くのであった。
・・
衣装を着替えた樹里が戻ってきた。、 ゴスロリ服が重い。ウィッグも重い。 おまけに展子に塗り付けられた美白ファンデが気持ち悪い。 樹里は普段お化粧は最小限。ほぼすっぴんなのであった。 小春は解放され交代の楓子が拘束されていた。 ソファに座って見上げると両手を高く上げた姿勢で固定された楓子が綺麗だった。 磔に架けられたみたいだと思った。 女の子の磔は大好きだけど、次に刑を受けるのが自分だと思うと落ち着いていられない。
「よお」 鮫島が来て隣に座った。 「樹里ちゃん、飾られるんやて?」「ううっ・・」 「あれだけ縛り絵描いてきて自分が縛られるんは初めてなんやな」「はい」 「よかったなぁ。己の性癖を体験できて」 「どういう意味ですか?」 「わしが初縄の子縛るときはできるだけ希望聞いたるけど、その子の思い通りになる訳やない」 それはその通りだ。 「この額縁は樹里ちゃんが考えたんやろ? 樹里ちゃんは樹里ちゃんが思うたとおりの酷い目に会えるんやで」 「!!」 「それに樹里ちゃんが創造するんは女の子の被虐で、幸い樹里ちゃんも女や。それやったら自分でも体験せな損とちゃうか?」 「・・テルさん、そんな風に言われたら苛められたいって思うじゃないですか」 「がはははは」 「笑わないで下さい」 「ええこと教えたろか」「何ですか」 「せっかく酷い目に会えるんやから、思たこと感じたこと絵にしたらどうや」 「あ」 「絶対おもろい思うで。描くのも描いた絵を見るのも」 「・・考えてみます」 「そやけど社長には言わんほうがええ思うな」「どうしてですか?」 「被虐の体験を絵に描くなんて言うたら、あの人狂喜乱舞してもっと酷い目に会わそするわ」 「あはは」 すっかり気が軽くなった。 テルさん、やっぱりすごい人。 「ほなな。楽しめるかどうか分からんけどな、涙くらい流したらええわ。がははっ」 テルさん、やっぱり意地悪。
額縁を登るとき、脚立の五十嵐が手を取ってくれた。 手首に枷が掛かる。 マジックテープで留めるオモチャじゃない。 しっかりした金属製で鍵の掛かる枷。 腰にベルトを掛けられた。 衣装の下に通す構造で前から見えないようになっている。 胴が後ろの壁に密着して離れなくなった。 立ちっぱなしの膝が抜けたとき、崩れ落ちて枷に吊られる手首を痛めないようにする配慮だった。 誰が考えてくれたのかな。五十嵐くん? まさか。 作業が済むと五十嵐は降りて行った。 脚立が撤去され樹里だけが残された。
ふ~ぅ。 ひと息ついて視線を下ろすと、大勢の人々がいた。 皆が樹里を見ていた。 !! 息が止まりそうになった。 怖いと思った。あたし、やっぱり無理。 パニックになりかけた瞬間、鮫島の顔が浮かんだ。 ・・たっぷり体験せな損とちゃうか? べたべたの関西弁が流れる。
もう、テルさん。 いつもどうしてそんなに優しいんですか。
・・
額の乙女から見えない場所で鮫島と洋子が話していた。 「勘弁して下さいよ。わしはただの縄師でカウンセラーやない」 「でも助かったわ。あの子を前向きにしてくれて」 「社長はえろう肩入れしてはりますなあ。他にもっとすごいM女はおりますやろに」 「被虐性が高い子はいくらでもいるけど、創造できる子は少ないの」 「そやから育ててはるんですか? 3年もかけて。あの子にも知られずに」 「本人に言っちゃダメよ」 「承知してます。もしかして後継に?」 洋子は笑った。 「分からないわ。これからもっともっと被虐を知ってもらって、それからの話」 「面白がってはりますな」 「うふふ、この歳になってあんな才能に出会えたのよ?」 「歳は秘密のはずやなかったですか」 「あらいけない♪」
・・
スポットライトの下、樹里は『額の乙女』になっていた。 まだ動悸はするけれど大丈夫。あたしは落ち着いていられる。 ゆっくり深呼吸して自分の身体を意識した。 高く上げて動けなくされた両手。無防備なポーズだと思う。 こんな女の子をあたしは愛しているんだ。 可愛くて可哀想で、モノみたいに飾られて。 考えてみたら今やあたしもその一人だ。 生きた展示品。 うん、悪くない。
描きたい。強烈に描きたい。 可愛くて可哀想な女の子。もっと酷い目に会わせてあげたい。 女の子たちの思いや気持ち、そして縛スケッチで目の当たりにしたあの感じ。 M女さんの吐息、喘ぎ声、柔肌の震え。熱くなって、とろとろに溶けて。 全部盛り込んで描きたい。 もっと広げたい、あたしの世界を。
さっき浮かんだイメージを早くラフにしよう。 いろいろありすぎて発散しそうだな。 まずモチーフ単位で整理しなきゃ。 洋子さん、あたしに来年の展示のラフ作らせてくれるかしら。 そうだ被虐の体験絵も描く。絶対に描く。 誰か撮ってないかな、拘束されたあたし。 そうだったここ撮影禁止。資料にしたいのにぃー。 やりたいこと、できないこと、頭の中でぐるぐる回る。 そうだ五十嵐くんに頼んでこっそり。あれ、五十嵐くん? おーい、五十嵐ぃ。楓子ちゃんも小春ちゃんもどこ行っちゃったのよぉ~。 「あーん��もう・・」 声を出してしまった。
皆がこちらを見た。 二人組の女性が互いに頷き合っている。 ・・ああ、そういうことか。 ・・M女だものね。 人々の間に微笑みが広がった。 やば。誤解されたぞ。 やるせなくなって声上げたと思われてるぞ。
『額の乙女』の頬が白塗りのメイクでも分かるほど赤くなった。 頭上で拘束された左右の掌の小指だけがぴくぴく動いている。 ・・可愛い。 女性客の一人が呟いた。 それから2時間、樹里は「作品」として放置されることになった。 鮫島が言った通りに樹里が涙したかどうかは、本人の強い希望により割愛する。
────────────────────
~登場人物紹介~ 芹沢樹里 : 21歳。縛スケッチ会の女性絵師。個人では少女の拘束イラストを描いている。 森矢楓子、福井小春 : 共に18歳。縛スケッチ会モデルに応募した高校生。 芝野乃美 : 29歳。縛スケッチ会モデルに応募したアラサーM女。 愛川蘭、美川杏 : 24歳と23歳。縛スケッチ会モデルに応募した同性カップル。 布施展子 : 30歳。モデル事務所社員。元美容師。 五十嵐龍平 : 19歳。縄師志望で自称・鮫島の弟子。 鮫島照男 : モデル事務所所属のベテラン縄師。 小木洋子 : モデル事務所社長。年齢不詳の美女。
Bondage Model シリーズ10年目にして(作者にとって)実に魅力的なキャラクターが生まれてしまいました。 樹里さんは女性の被虐に強く惹かれる女絵師です。 SかMかの自覚はありません。同性愛でもありませんが可愛い女の子は好きです。 洋子社長は彼女を大層お気に入りの様子。 縄師のテルさんもいつになく関わっていますね。 本話の続きを書きたい欲が芽生えていますが、この先樹里さんを書くには更なる美術イラスト関係の知識が必要と思われハードルが高い。 非常に迷っています(笑。
「縛スケッチ会」は一般応募のモデル女性を緊縛しその姿を事務所の女性絵師が描く企画です。 当シリーズその1で書いた「緊縛デッサン会」は、事務所のモデルを緊縛しその姿を一般参加者が描く企画です。 紛らわしい名前ですみません。 「緊縛体験会(スケッチつき)」も考えましたがスケッチがメインの名前にしたかったので・・。
本話の挿絵はすべて絵師である樹里さんの作品という体裁です。 縛スケッチ会で描いた絵は拙小説過去作の挿絵を AI で水彩風に加工したものです。 使えそうな過去絵を先に決め、お話ではそれに合わせてテルさんに縛ってもらいました。 (挿絵を拝借しただけです。拝借先のお話と本話の間に関係はありません) その他の絵は生成 AI で作ったものを手作業で修正し、さらに AI でタッチを加工しました。 いろいろなタッチを簡単に再現できるのは楽しいですね。 水彩画や鉛筆画として見ると変な箇所はありますが、挿絵で雰囲気を感じるだけなら十分使えると思いました。
樹里さんが高校1年で遭遇した絵画『ジューサーミキサー』は実在します。 彼女が新しい表現に踏み出すきっかけとして使わせていただきました。 万人にお勧めできる絵ではないので、リンクは貼りません。 ご覧になりたい場合は「会田誠 ジューサーミキサー」で画像検索して下さい。(注意:衝撃的��す。女性は不快感を覚えるかも) 会田氏は過激な作品を多数発表されている現代アート作家です。 美術館の企画展では18禁部屋を設けて展示されたとのこと。さもありなんです。
最後に、洋子さんが纏ったコスチューム(銀座ママ、レトロガーリー、パンクロック)はお話の本筋とはまったく関係ないお遊びです。 ChatGPT に「普段スーツ姿でバリバリ働くキャリアウーマンがオフの日に着る、意外性があって楽しいスタイル」のお題で考えてもらいました。 それぞれイラストも描いてくれたので ここに置いておきます。
それではまた。 ありがとうございました!
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悪魔ッ子の孫娘
[1966(昭和41)年]
1. 帝国サーカス団公演。 「次に登場いたしますはー、希代の魔術師、赤沼幻檀(あかぬまげんだん)と悪魔ッ子リリー!!」 円形アリーナの中央に黒ずくめの魔術師が歩み出た。 床まで届く黒マントに黒手袋と黒いシルクハット。 お世辞にもハンサムとはいえない容貌だった。痩せこけ��頬の上に爬虫類を思わせる丸い両眼が開いている。 愛想笑いの一つもしないで、ぎょろりと客席を見回した。
魔術師が黒マントの裾を大きく翻すと、その陰から赤いチャイナ服の小柄な人物が出現した。 年端も行かない少女だった。ほんの6~7歳くらいではないか。 客席がどよめいた。 何もないところに少女が出現したことに驚いたのではない。出現した少女の幼さに驚いたのでもない。 観客は彼女の登場を待ちかねていたのだった。 魔術師と少女のショーは新聞に取り上げられるほど話題になっていた。 ほとんどの客は二人を目当てに来ているのである。
少女はお人形のように動かずその場に立ちくしている。 魔術師は白いロープを出すと少女の手首を背中で縛った。続いて足首も縛る。 人差し指を立てて目の前で振ると、少女は即座に意識を無くした。 その場に崩れ落ちたところを抱きかかえられる。
大きな金庫が引き出されてきた。 その横幅は魔術師が両手を広げた幅で、その高さは魔術師のシルクハットの高さである。 金属製の扉を重々しく開くと中は何もない空洞だった。 そこにロープで縛った少女を転がせた。 頬を軽く叩いて目覚めないことを示す。 扉を閉めて鍵を掛けた。
照明が暗くなって会場全体が薄闇に包まれた。 アリーナ中央の金庫とその横に立つ魔術師がほのかにシルエットになって見えた。 そして──。
おお~っ。 再び客席がどよめいた。 今度は正真正銘の驚きの声。
金庫の上に少女の頭が生えたのである。 その頭はゆっくり上昇し、顔、首、肩、そして胴体から足までの全身が現れた。 手足を縛っていたはずのロープはなくなっていた。 金庫の上に立つチャイナ服の少女。 彼女は硬い金庫の天井をどうやって通り抜けたのだろうか。
不思議なことはもう一つあった。 暗い会場に少女の姿がはっきり見えることである。 スポットライトなどで照らされている訳ではない。 少女自身がほのかに発光していた。まるで幽霊のように。
魔術師が両手を広げて呪文を唱えた。 少女の足が金庫から離れた。 彼女は何もない空間に浮かび上がったのだった。 5メートルくらいの高さまで上昇して静止、すぐに何もない空間を前方へ歩み出す。 観客席の上まで来るとすっと降下した。 真下にいた女性客のすぐ傍に降り、ほんの数センチの距離まで顔を寄せて悲鳴を上げさせた。 少女は会場の空間を上下左右自由自在に移動した。 ワイヤなどで吊られているようには見えなかった。 天井近くまで上ったかと思うと、急降下して客席ぎりぎりで旋回し再びふわりと舞い上がってみせた。
少女が "飛行" していた時間はおよそ5分くらいだろうか。 魔術師が手招きすると彼女は金庫の上に戻ってきた。 ゆっくり金庫の中へ沈み込むようにして消えたのであった。
照明が点いて会場が明るくなった。 魔術師が金庫を解錠して扉を開ける。 中には白いロープで縛られた少女が眠っていた。 最初に閉じ込められたときと何も変わった様子はな��った。
少女は拘束から解放されて目を覚ました。 魔術師と並んで頭を下げる。 満場の拍手と声援を浴びながら彼女は初めて笑顔を見せたのだった。
[2024(令和6)年]
2. 私はテーブルの向かい側に座る男にグラスの水をかけた。 他の女と結婚するから関係を終わりたい? バカにしないで。 「サヨナラ!」 「ちょ、けやき!!」 そのまま席を立ち、小走りでカフェを飛び出した。
金曜日の夜。 私、近本けやきは雑踏の中を泣きながら駆けた。 運命の人と信じてたのに。 とても優しくて、よく笑わせてくれて、どんなグチも聞いてくれて、ベッドの相性も最高で。 大切な話があると言われて、いよいよプロポーズと信じて来たのに。 アラサー女の貴重な2年間を返せ、このバカ野郎ー!! 涙で景色が霞んだ。 私きっとお化粧ぼろぼろだ。
きゃっ。 前から来た女性と当たりそうになって私は転倒した。 歩道に座り込んで腰をさする。 痛、た、た。 「大丈夫ですかっ?」 「だ、だいじょーぶ・・」 その人は私の手を持って立つのを助けてくれた。 赤いチャイナ服を着た女の子だった。 男の子みたいなショートヘア、くりくりした大きな目。 可愛いな。高校生かしら。 いけない、謝らなきゃ。 「ごめんなさいっ、前見ないで走って。そちらこそ怪我とかありませんか?」 「あたしは全然。それよりも」 「はい?」 「変なこと聞きますけど、お姉さん金縛りの癖がありませんか?」 !! 「金縛り!?」 「そんな気がしまして」 「いいえ、そんな癖はないです。失礼しました!」 「あのっ、もしもしっ」 私は顔を背け、女の子を置いて逃げるように走り去ったのだった。
・・金縛り。 布団に入って眠ろうとすると襲われる状態。意識はあるのに身体が動かない。 私は子供の頃によく金縛りをやっていた。 最近は少なくなったけれど、それでもあの感覚は鮮明に覚えている。 やなこと思い出しちゃったな。 ただでさえ男に二股をかけられて滅入っているところなのに。
無性にお酒が飲みたくなった。 飲んでも嫌なことを全部忘れられるはずはないけど、酔えば少しは楽になりそうな気がした。 ・・よぉしっ! 近くにあったファッションビルのパウダールームに飛び込んだ。 泣き崩れたお化粧をちゃちゃっと直して外に出る。 行き慣れたパブに顔を出すのはやめよう。 だって今日は週末の金曜日。絶対に知り合いに会うし、会ったら泣いたでしょって見破られる。
目に留まった雑居ビルの入口にスナックの看板が並んでいた。 いつもなら一人でスナックなんて入らない。 でもその夜の私はひねくれていた。 傷心の女がスナックでカラオケも悪くないわね。 どうせなら一番へんてこりんな名前のスナックに入ろう。 『すなっく けったい』。 よし、ここだ。
3. さほど広くない店内はお客でいっぱいだった。 「ようお越し! ・・お一人?」 カウンタ���に一つ��け空いていた椅子席に案内された。 とりあえずビールを頼む。
「お姉さんも手品を見に来たのかい?」隣席のおじさんが話しかけてきた。 「あ、いえ」 「違うで。このお客さん今日が初めてやし」 カウンターの向こうのママが言ってくれた。関西弁? 「そうか、ラッキーだね。始めて来て赤沼さんの手品を見れるなんて」 「毎月第3金曜は流しの手品が来るんよ。・・せっかくやから見てってちょうだい」
流しの手品? そんなもの初めて聞いたよ。 言われてみればこのお店、普通のスナックと空気が違った。 カラオケコーナーはあるけど誰も歌ってないし、大声で放談する人もいない。 落ち着いたカフェかバーみたいな雰囲気。 女性も多いな。よく見たらお客の半分が女性だった。 どの人も手品が目的で来てるんだろうか。
しばらくして入口のドアが開き、黒ずくめの男性が現れた。 タキシードの上に黒いマントを羽織ったお爺さんだった。頭にはシルクハット。 ひと目で手品師と分かる服装。 お爺さんに続いて赤いチャイナ服の女の子が入ってきた。大きな革のトランクを両手で持っている。 あっ。あの子! 私が歩道で衝突しかけた女の子だった。
カラオケコーナーのスポットライトの当たる位置まで進むと、二人は並んで頭を下げた。 皆が拍手した。遅れて私も拍手した。 女の子が私に気付いたようだ。胸の前で右手を振って笑いかけてくれた。 困ったな。笑顔を返しにくい。
「今夜もたくさんお集まりいただきましたな。こんな爺の芸がひとときの慰めとなれば幸甚の極み・・」 お爺さんは口上を済ませると、マントの中からステッキを出して振った。 ステッキは一瞬で花束に変わりそれを近くの女性客に渡した。
次に左手を高く掲げた。 何もないはずの手の中にトランプのカードが1枚出現した。 それを右手で取って投げ捨てると、左手にまた1枚現れた。 次々とカードを出現させて投げた。最後の何枚かは左手から直接空中に投げて飛ばした。 「あれはミリオンカードっていう技だよ。あの爺さんの十八番さ」 隣に座るおじさんが教えてくれた。 「へぇ。詳しいんですね」 「まあね。毎月ここで見てるからね」
お爺さんは手品を続けた。 銀色のリングをいくつも繋いで鎖のようにしたり、ピンポン球を指の間に挟んで増やしたり減らしたりした。 それから紙に火を点けそれを口に入れて食べてみせた。 ほとんど笑顔も見せずに淡々と続けた。 マジックとか手品は全然知らないけど、何となく最新のマジックではないような気がした。 昔からある手品をやっているんじゃないかしら。
「レトロだろう?」 隣のおじさんが笑いながら言った。 「やっぱり古い手品なんですか?」 「そうだね。あんなのばかり何十年もやっているらしいよ」 「そうなんですか」 「でもこの後の幽体離脱のイリュージョンはすごいよ。何回見ても不思議なんだ」 幽体離脱? イリュージョンって確か、美女が宙に浮かぶとか、そういうマジックよね?
4. チャイナ服の女の子がカウンタースツール(カウンター席用の背の高い回転椅子)をお店の奥から借りて持ってきた。 トランクの中から薄いカーキ色をしたキャンバス生地の包みを出すと、客席に向けて広げて見せた。 金属の金具とベルトがついていて、先の閉じた長い袖がだらりと垂れたジャケットのような形状。 これは知ってるわ。 病院とか拘置所とかで暴れる人に使う拘束衣ね。
お爺さんが拘束衣を女の子に着せる。 長い袖に腕を入れさせると、背中で編み上げになっている紐を締め上げた。 そして腕を前でクロスさせ袖の先を背中できつく絞って固定した。 腰から下がったベルトも両足の間に通して後ろで留めた。 「どなたか力のある方、お手伝いを」 男性のお客に手伝ってもらって女の子を持ち上げ、カウンタースツールに座らせた。 最後に黄色いハンカチで女の子の足首をスツールの一本脚に縛りつけた。 女の子はにこにこ笑っているけれど、これって割と厳しい拘束じゃないかしら。

お爺さんが前で指を振ると女の子は目を閉じて動かなくなった。 トランクから大きな布を出し、お客さんに再び手伝ってもらって女の子の上から被せた。 女の子の姿は隠れて見えなくなる。 「さぁて・・、」 お爺さんが前に立って両手を広げた。 布の下で動けないはずの女の子がびくっと動いた・・ような気がした。 しばらく何も起こらなかった。 やがて──。
おおっ。店内に驚きの声が響いた。 布の上に薄いもやのような影が現れて、空中に浮かんだ。 影はすぐにくっきりしてチャイナ服の女の子になった。
女の子は拘束衣を着けていなかった。 浮かんだままにっこり笑うと、ゆっくり一回転してみせた。 一度天井近くまで上昇し、それから降りてきてお店の中をふわふわ移動した。 お客の近くに寄ると手を伸ばして一人一人の肩や頭を撫でた。 わっ。きゃっ。 その度に悲鳴が上がる。
女の子が私の傍に来た。 ごく普通の女の子に見える。でも足が床についてない。 いったいどういう仕掛けなんだろう? 彼女は私の耳に口を寄せて囁いた。 「・・あとでお話しさせて下さい」 先ほど歩道で会話したときと同じ声が頭の中に共鳴するように聞こえた。 あまりにもリアルだった。トリック��あるとは思えない。 まさか本物の幽体離脱? 背筋が凍りついた。
5. その夜、私はベッドの中で眠れないでいた。 二股かけられた男のことは、もうどうでもよくなっていた。 それよりスナックで見た幽体離脱が忘れられなかった。 耳元で囁かれた声。 私は怖くなってあの場から逃げ出して帰ってきたのだった。
あの後、女の子は高く舞い上がって元の場所に戻った。 布の下に隠れた本体に重なるように消えると、手品師のお爺さんはその布を外してみせた。 そこには拘束衣を着せられた女の子が何も変わることなく座っていた。 お爺さんが彼女を解放している間に私は立ち上がり、急いでお会計を済ませてスナックから出てきたのだった。
・・金縛りの癖がありませんか? そうだ、私には金縛りの癖がある。 どうして見抜かれたんだろう? あまり考えちゃいけない。考えすぎると金縛りが再発する。
女の子が拘束衣を着せられる光景が蘇った。 長い袖に両手を差し入れる。袖の先を背中に巻き付けられて、ぎゅっと引き絞られる。 私は仰向けに寝たまま、右の掌を左の脇腹に、左の掌を右の脇腹に当てた。 これで強く縛られたら絶対に動けないよね。 腕に力を入れて身体に押し付けた。 ぎゅ。圧迫感。
・・ブーン。耳鳴りがした。 いけない!! 気がつけば私は動けなくなっていた。手も足もあらゆる筋肉に力が入らない。
(拘束衣に自由を奪われた私。あの女の子と同じ)
違う。これは金縛りっ。
(お爺さんが大きな布を広げた。ふわりと覆われる。何も見えない)
だから金縛りだってば。無理に動こうとしないで深呼吸しなきゃっ。
(拘束感が薄れる。布を通り抜けるイメージ)
もやが晴れるように視界がクリアになった。 目の前に見えたのは自室の天井。 私は仰向けに寝た姿勢で浮かんでいるのだった。 腕がだらりと斜め下に開いた。 拘束は・・、されていないみたい。
起きなきゃ。 そう思うと空中でまっすぐ立っていた。 ここは私の部屋。ワンルームマンションの最上階。窓の外には街灯り。 自分に起こったことを理解した。 これは幽体離脱だ。
足元を見下ろすと、目を閉じてベッドに寝ている私が見えた。 上へ。 意識するなり、すっと浮上して天井に当たった。と、天井を突き抜けてマンションの屋上に頭を出した。 真っ暗な空と夜の街が見えた。 いけない。 下へ。 降下して部屋に戻った。 スナックで見た幽体離脱は震え上がるほど怖かったのに、いざ自分に起こると驚きも恐怖もなかった。 こういうものかという感じ。 今の私、どんなふうに見えてるんだろう?
洗面台の鏡の前へ行ってみた。 歩かなくても移動できるから楽だ。 鏡の中によれよれのスウェットとショートパンツの女がいた。私だ。 電気も点けてないのにくっきり見える。 そういえばあの女の子もくっきり見えたな。カラオケコーナーのスポットライトの中で。 灯りを点けたらどうなる? 壁のスイッチを入れようとしたら指が壁の中にめり込んだ。 あら残念。
ベッドの上空に胡坐で浮かび、腕組みをして考えた。 私、どうなっちゃったんだろう。金縛りに加えて幽体離脱まで達成してしまうとは。 そもそもこれは現実なのかしら? ぜんぶ夢の中のような気もするし。 スマホやテレビでチェックしたらと思ったけど、触れないから確認��きない。 窓に目を向けた。今の私なら窓ガラスを通り抜けられる。 コンビニにでも行って店員さんに私が見えるか聞いてみようか。 ダメだよ。もし本当に見えたら幽霊が来たって大騒ぎになるでしょ。
今、何時だろう? ベッドサイドのデジタル時計は 2:59。見ているうちに 3:00 に変わった。 じー。枕元のスマホが振動して画面が明るくなった。何かの通知を表示するとすぐに暗くなった。 夢だとしたらすごいわね。むちゃリアル。 スマホに手を伸ばしたら手がスマホをすり抜けた。 やっぱりこうなるか。ばかやろー。
・・
気がつけば朝だった。 私はベッドから起き上がって頭を掻く。ああ、本体に戻ったのか。 時計を見ると7時半。 も少し寝ようかな。今日はお休みだし。 いつもの習慣でスマホをチェックすると飲み仲間の女友達から LIME のメッセージが入っていた。 『水曜いつものパブでどう?』 メッセージの時刻は 3:00。
記憶が鮮明に蘇った。 時計が3時になって、同じタイミングで着信通知。 夢と現実がここまで一致するなんてあり得ない。 あの幽体離脱は現実だったと確信した。
それなら──。 私は思った。 あの子に会わないといけない。あの女の子と話をしないといけない。
6. 土曜のせいか『すなっく けったい』は空いていた。 先客はサラリーマン風の若い男性が二人だけ。 JPOP の音楽が流れていたりして、いたって普通のスナックだった。
関西弁のママは私を覚えていた。 「昨日のお姉さんやね。途中で帰ってしもたから莉里(りり)ちゃんが残念がってたわよ」 「莉里ちゃんて?」 「手品のアシスタントしてた子やんか」 「ああ、チャイナ服の女の子ですね」 「そうそう。莉里ちゃんは赤沼さんのひ孫なのよ」 へえ、孫じゃなくてひ孫さん。
ママによると、あのお爺さん(=赤沼氏)は2年ほど前にふらりと現れて手品をするようになった。 ずっと一人でやってたけど、今年の春になって莉里ちゃんも一緒に来て幽体離脱のイリュージョンを始めた。 それが受けて、今では赤沼氏が���る日は手品好きのお客が集まるという。 「あの人も昔は名のある手品師やったらしいけど、今は道楽でやってる言(ゆ)うて笑(わろ)てはったわ」 「私、赤沼さんと莉里ちゃんに会いたいんです。連絡先ご存知ないですか?」 「お姉さんネットで配信してる人? それともマスコミ関係とか。それやったら会(お)うてもらえへん思うよ」 「違いますっ。あの、個人的に、すごく個人的に会いたいだけなんです」 ママはにやりと笑った。 「それやったら、ボトル入れてくれたら話そかな?」 「入れます!」 「よっしゃ。・・あいにく連絡先は分からへんけど、雲島のほうの公園でストリートなんとかゆうのをやってるのは聞いてるわ」 「ストリートパフォーマンスですか?」 「それそれ。やるのは日曜だけでそれも気まぐれや言うてはったから、絶対に会えるとは限らへんけどね」 「ありがとうございます。行ってみます」
「・・ママぁ、カラオケするでぇ」「はーい、どぉぞ」 サラリーマン組が歌い始めた。
「ところで何飲む?」 ママ��聞かれた。 「あ、ボトル入れますから。・・その、一番安いので」 「さっきのは冗談やから無理せんでええよ。そやね、何でもいけるんやったらホッピー割なんかどう?」 初めて飲んだホッピーの焼酎割は爽やかで飲み易かった。 「美味しいです」「やろ?」 ママも自分のグラスに入れたホッピーをぐびりと飲んで笑った。 「お姉さんのお名前お聞きしていい?」 「私、けやきです。近本けやき」 「けやきちゃんね、覚えたで。・・それで二人に会うてどうするの?」 「昨日の手品で聞きたいことがあるんです。特に莉里ちゃんの方に」 「ふーん、さてはけやきちゃんも幽体離脱してもぉたんやな」 ぎっくう!!! 「がはははっ、そんな真顔で驚かれたらホンマに幽体離脱した思てまうやんか」 「いえ、あの」 思い切り笑われてしまった。
「さあ、カラオケ空いたで。あんたも遠慮せんと歌いっ」 「あ、はい。・・じゃあ『ふわふわタイム』を」 「がははっ、アニソン! ええやんっ」 それから私はカラオケでアニソンを歌い、サラリーマン二人と意気投合して歌いまくった。 ホッピー割はいつの間にかハイボールとストレートのジンに変わり、結局ボトルキープと変わらない代金を払うことになった。
7. 翌日はよく晴れていた。 私は『けったい』のママから聞いた公園に来ていた。 そこは野鳥や水鳥の観察ができる貯水池や広葉樹の森が広がる自然公園で、私は赤沼氏と莉里ちゃんを探して歩き回った。 どこにいるのか分からないし、どこにもいないかもしれない。
ふう。疲れてベンチに座り込む。 『けったい』で飲み過ぎたかしら。おかげで爆睡して金縛りも幽体離脱もなかったんだけど。 それにしてもこんなに広い公園って分かってたら、もっと歩き易い格好にしたらよかったな。 私はロング丈のワンピースにヒールを履いて来たのだった。
・・あれ? 遠くに人が集まっている。 なだらかな芝生の丘の上にレンガの壁で囲まれた噴水があって、そこで何かが行われていた。 噴水の上にふわりと浮かぶ人影が見えた。 白いワンピースを着ていて背中に羽根のようなものがついている。
私は立ち上がった。 息を切らせながら斜面を登り、ようやく噴水の端へたどり着いた。 見上げると噴水に虹がかかっていた。 きらきら輝く飛沫と太陽の光。 その光の中、4~5メートルくらいの高さを莉里ちゃんが "歩いて" いた。 肩を出した真っ白なキャミワンピ。大きく広がる天使の翼。ひらひらした裾から伸びる素足。 神々しいくらいに綺麗だった。
「莉里ちゃん!」 私が叫ぶと彼女はこちらを見下ろして驚いた顔をした。 噴水の中をゆっくり降下し、それから水面を歩いて外へ出てきた。 彼女の髪や衣装は少しも濡れていなかった。 噴水の畔には大きなキャリーバッグが置いてあって、莉里ちゃんはその中へ溶け込むよう消えた。 取り囲むギャラリーから「ほおっ」という歓声が上がる。 「すごい! このイリュージョン」「どうなってるんだろ?」会話が聞こえる。 そうだよね。イリュージョンと思うよね普通。
キャリーバッグの脇に白髪のお爺さんが立っていた。 それはもちろん赤沼氏だけど、明るい色のシャツとズボンで優しく笑う姿は『けったい』で見たのと全然違っていて驚かされた。 赤沼氏は観客に向けて親指を立てウインクすると、キャリーバッグを横に倒して蓋を開けた。 バッグの中には拘束衣を着せられて丸くなった莉里ちゃんが入っていた。 立ち上がって拘束衣を脱がせてもらう。 弾けるような笑顔。額に汗が光っていた。 やっぱり可愛い子だわ。
拍手の中、二人はお辞儀した。 足元に置いた菓子缶に小銭がぱらぱら投げ込まれる。 莉里ちゃんが私を見て手を振ってくれた。 薄いキャミワンピ1枚だけ纏った背中に天使の翼はついていなかった。
・・
「近本けやきといいます。先日は途中で帰ってしまってごめんなさい!」 ギャラリーがいなくなってから私は二人に挨拶した。 「あたしは気にしてません。それに、きっとまた会えると思ってましたから」 莉里ちゃんが答えてくれた。
「実は私、金縛りの癖があります」 「あ、やっぱり」 「あの夜、久しぶりに金縛りになりました」 「!!」 「それともう一つ、私も本当に驚いたんですけど、えっと・・」 言い淀んでいると赤沼氏が応えてくれた。 「貴女も幽体離脱したのですかな? 先程のこの娘と同じように」 「あ、あれ、やっぱり本物の幽体離脱・・ですか?」 「はい!」 莉里ちゃんがそう言ってにっこり笑った。
あっさり認めてくれてほっとした。マジックじゃなかった。 さっき見たのも、『けったい』で見たのも、どっちも本物の幽体離脱だったんだ。 二人に告白した。 「私も、生まれて初めて宙に浮いて、自分の寝顔を見下ろしました」
8. 狭いキッチンに香ばしい匂いが漂っている。 ここは赤沼氏が暮らす古びた公営団地。 夕食を食べていきなさいと誘われたのだった。
私は莉里ちゃんと並んで座り、準備する赤沼氏の背中を見ながら二人でお喋りした。 莉里ちゃんのフルネームは関莉里(せき りり)。16 歳で高校1年生だと教えてくれた。 ひいお爺さんの赤沼氏はこの団地に一人住まい。莉里ちゃんは近くの一戸建て住宅に両親と住んでいる。 彼女は赤沼氏のアシスタントを春休みの3月から始めた。 「皆さんの前でふわって浮かんでみせるの、楽しいんです」 そう言って明るく笑う莉里ちゃん。 昼間から着たままでいる肩出し白ワンピが眩しい。
「・・さあ、できたよ。こっちは桜海老のビスクと鮭の香草焼き。メインにチキンソテーのクリームチーズソース。バケットを切らしていたからカリカリに焼き上げた食パン。ガーリックバターをつけて食べて下され」 「これ全部赤沼さんが作ったんですか!?」 「びっくりでしょ? ひい爺ちゃんはお料理が得意なんです」 「昔はフレンチのシェフをされてたとか?」 「いやいや、メシ作りは好きでやっておるだけだよ」
食卓テーブルはないからと、床に置いた卓袱台(ちゃぶだい)を囲んでお料理をいただいた。 「美味しいです!」 「それはよかった。・・そうそう、ワインは飲むかね? ちょうどドメーヌ・トロテローの白があるんだが」 「い、いいんですか!?」 「遠慮は無用。ただしワインにしてはアルコール 15 度を超える強めの酒だ。いけますかな?」 「いけます!」
赤沼氏は笑って冷蔵庫からワインの瓶を出してくると、プロのワインソムリエみたいにスマートに栓を抜いた 「ではティスティングを・・。おっとその前に姿勢を正していただきたい」 「あ、すみません」 私はきちんと正座して、少しだけ注いでもらったグラスを鼻に近づけた。 「どうだね? 2020 年のロワールで最もリッチなワインだよ。ふくよかで甘い香りがするだろう?」 「そうですね、いい香り」 「ゆっくり口に含んで」 口の中に芳醇な香りが広がった。 「舌の上で転がせば辛口で、凝縮された果実感と酸味がたちまち貴女を酔わせようとする──」 「ああ、本当」 ふぁっと熱いものが広がる感覚。 酔ってしまいそう。 でもほんの一口試しただけなのに、私こんなに弱かったかしら?
ぽん。誰かに肩を叩かれた。 振り返ると、いつの間にか赤沼氏が後ろにいた。 「けやきさん、やはり貴女は暗示にかかり易いようだね」 「?」 「もう一度グラスの中身を飲んでみなさい」 ワインを飲むと味がしなかった。 あれ? 「それはただの水だよ」
「けやきさん、ごめんなさい」 莉里ちゃんが言った。 「あたしからひい爺ちゃんにお願いして確かめてもらったの」
・・
食事をしながら話を聞いた。 暗示は言葉やいろいろな合図を受けて誘導される精神的作用だという。 私はただの水をワインと思い込んだ。 思っただけじゃなくて、本当にワインの味と香りを感じたのだった。 赤沼氏はそうなるように私を導いた。これが暗示。
莉里ちゃんが言った。 「あたし、最初に会ったとき "金縛りの癖がありませんか?" って聞きましたよね。たぶんあれが金縛りの暗示になっちゃったと思うんです。ごめんなさい!」 「でも私にはもともと金縛りの癖があったんだし」 「それも暗示かもしれません。けやきさん、そんなにしょっちゅう金縛りをやってましたか? 癖があるって意識してましたか?」 え? そうだっけ?
「金縛りは睡眠障害の症状の一つと言われるが、それだけではない。暗示が金縛りの引き金になることもあるんだよ」 赤沼氏が説明してくれた。 「起こる起こると思っていると起き易くなるんですね」 「そう。だから逆に金縛りを起きにくくするのにも暗示が使えるし、起こったときに恐怖を感じないようにもできる」 「できるんですか? そんなこと」 「試してみるかね?」 「・・はい。お願いします」
食事の後、食卓を片付けて私は赤沼氏と向かい合って座った。 「貴女が金縛りになったときの状況を話して下さい。できるだけ詳しく、どんな些細なことでもいいから」 「はい、あのときは、」 あのときはベッドに入って、莉里ちゃんの幽体離脱を思い出していた。 金縛りの癖があるって言われたことを考えた。 それから莉里ちゃんが拘束衣を着せられるところを思い出して。 そうだ。私、自分が拘束衣を着て動けなくされるのをイメージした。 両手を前で組んで。ぎゅっと。
・・ブーン。耳鳴りが聞こえた。 あぁ、駄目! 身体ががくがく揺れるのが分かった。
「喝!!」 赤沼氏の声が響く。はっとして我に返った。 大丈夫、ちゃんと動ける。金縛りになんかなってない。 莉里ちゃんが横から肩を抱いてくれた。 「大丈夫ですよ、けやきさん」優しい声で言われた。 「怖い思いをさせてすまなかったね。・・しかし記憶を辿るだけで起こりかけるとは。よほど強い暗示か���さもなくば貴女の感受性が並外れているのか」 赤沼氏が言った。 「でも施術の方向は見えたよ。悪いがもう一度やらせてもらえるかね。もう怖い思いはさせないから」 莉里ちゃんに目を向けると、彼女はまっすぐ私を見て頷いてくれた。 私は答えた。 「やって下さい。お任せします」
・・
赤沼氏が奥の部屋から持って来たのは束ねた縄だった。 「背中で手首を交差させて」 手首に縄が巻き付いた。 それから二の腕と胸の上下にも縄が巻き付いて、全体をきゅっと締められた。 がっちり固められて動けない。 私は人生で初めて縄で縛られた。
仰向けに寝かされ、頭の後ろと背中で組んだ手首の上下に丸めた座布団を押し込まれた。 「床に当たって痛いところはないかね?」 「いいえ」 「では目を閉じて、リラックスして。大きく深呼吸。・・そう、ゆっくり、深く」 息を深く吸うと縄の締め付けが強くなった。 辛いとか苦しいの感覚はなかった。締め付けられることに快感すら覚えた。
「けやきさん、今、貴女は縛られている。貴女を包む縄に身を預けている」 「はい」 「貴女が感じるのは穏やかな心地よさ。縄に守られる安心感。とても気持ちよくて、ずっとこのままでいたいと思う」 気持ちいい。まるで抱きしめられているみたいに気持ちいい。 優しくて、暖かくて。 これは、幸福感。
「いい表情をしているね、けやきさん。貴女は縄に守られているんだよ。何も恐れなくていい。あらゆることが気持ちいい」 私は守られている。 この気持ちよさの中にずっといられたら、何も怖くない。
「たとえ金縛りでも気持ちいい。・・悦び、と言ってもいい」 そうか。 今の私にもう金縛りを怖がる理由なんてないんだ。 金縛りが来ても嬉しい。
「準備できたようだね。さあ、迎えたまえ」 ・・ブーン。耳鳴りがした。 私はそれを受け入れた。
目を開けると赤沼氏と莉里ちゃ��がいた。私を見下ろして微笑んでいる。 動こうとしたけど動けなかった。 縄で縛られた腕はもちろん、首、脚、指の一本も動かせなかった。 完璧な金縛り。
怖いとは感じなかった。暗示をかけてもらったおかげだろうか。 私は落ち着いて自分の状態を確認する。 どこも痛くない。気持ち悪いところもない。 誰かが上に乗って押さえている感じ・・、なんてものも全然ない。 身体中の筋肉が脱力したまま、脳からの命令を無視しているイメージ。
面白いね。 嫌じゃないぞ、この感じ。 今までの金縛りで味わったことはなかった。こんな感覚は初めてだよ。 確かに悦びかもしれない。 私、マゾのつもりはないんだけど。 「どうかな?」赤沼氏が静かに聞いた。 「・・今、貴女は動けない。動けないが怖くない。金縛りは怖くない。それどころか快適に感じるんじゃないかな?」
・・はい、快適です。 答えようとしたら、ふわりと身体が浮かんだ。 あれ? 私はそのまま赤沼氏と莉里ちゃんを通り抜けて浮かび上がった。 あらら、また幽体離脱しちゃったんだ。
私は仰向けで後ろ縛りのままだった。 そのまま上昇して天井にぶつかる前に止まった。 前、後ろ、右、左。 自由に移動できることを確かめた。前と同じだ。 その場でくるくる回ってみた。 頭を下に向けて倒立した。楽しい。 おっとスカート。 慌てて見下ろしたらワンピースのスカートはめくれ上がることなく足先の方向へのびていた。 引力は関係ないのね。
前を見ると逆さになった二人と目が合った。 いや逆さになっているのは私の方だけど。 縄で縛られた女が倒立状態でふわふわ飛んでいる。暗がりで会ったら腰抜かすかも。 赤沼氏と莉里ちゃんには見えているんだろうか?
「もしもし、私のこと、どう見えてますか?」 「ええっ」「何と・・」 揃って驚かれた。 「聞こえたよね? ひい爺ちゃん」「はっきり聞こえた」 え、聞こえたらびっくりするんですか?
「貴女が逆さに浮かんでいるのはちゃんと見えておるよ」 「びっくりしたのは、離れていても声が聞こえたことなんです」 二人が説明してくれた。 「この間は莉里ちゃんも私に話しかけてくれたと思いますけど」 「あたしは相手の近くで囁くのが精一杯です」 そうだったのか。確かにあれは耳元で聞こえたわね。 「体外に分離した幽体が普通に会話できるのは大変なことだよ。幽体の濃度がとても高いことの証しだ」 幽体の濃度? さっぱり分からない。
「あの私、金縛りに入っただけなのに、幽体離脱までしちゃったみたいですみません」 「金縛りをきっかけにして幽体が分離するのは珍しいことではないよ」 「よくあることなんですか」 「そうなんだが・・、そこでふわふわされていたら落ち着かないな。申し訳ないが本体に戻ってもらえますかな?」 「あ、はい」 私は自分の身体の上に浮かんだ。 そこには後ろ手に縛られた私が両方の眼をかっと見開いたまま眠っている。かなり不気味だ。
「・・あの、どうやって戻ったらいいでしょう?」 「前に幽体離脱したときは?」 「朝、目が覚めたら戻ってました」 「そうか」 赤沼氏はしばらく思案し、それから奥の部屋に行って紙袋を持ってきた。 「莉里、これで戻してあげてくれるかい」 「これを使うの? 久しぶり!」
莉里ちゃんが紙袋から出したのは赤いゴム風船と空気ポンプだった。 「これは手品で使う風船です」 風船をポンプに繋ぐと、レバーをしゅこしゅこ押して空気を入れた。 「これは画びょうです」 左手に膨らんだ風船、右手に画びょうを持ち、眠り続ける私の本体の耳元で構えた。 「ちょ、莉里ちゃん何するの!?」
ぱんっ!! 大きな音がして私は目覚めた。 「つぅ~」 耳を押さえようとして、自分が後ろ手に縛られていることを思い出した。 「驚かせてごめんさない。これ、あたしが幽体離脱の特訓で戻れないときにやってもらってた方法です」 「幽体を元に戻すには聴覚の刺激が最も効くんだよ」 「そ、そうなんですか」
・・
起き上がって縄を解いてもらった。 淹れてもらったコーヒーを飲みながら、赤沼氏の説明を聞いた。 「元々けやきさんには幽体離脱の特別な能力があったんだろうね。それが急に活性化したのは、金縛りの暗示とおそらくスナックで莉里の実演を見たからだろう」 「私の能力って特別なんですか?」 「そうだね、けやきさんの幽体は濃度レベルが極めて高い。驚くべきことだ」
脳の神経細胞の接点をシナプスと呼ぶ。幽体と肉体の分離はシナプスの活動電位の乱れによって引き起こされる。 分離した幽体の濃度レベルが高いと幽体は可視化され、さらにレベルが高いと音声も伝わる。 レベルが低い場合は本人は離脱の記憶すらあいまいになり、たとえ覚えていても夢を見たと思うだけだ。
「これはわしの知り合いで一ノ谷という学者が提唱した理論だよ。もう何十年も前に死んでしまったが」 「そうなんですか」 「一ノ谷は超短���ジアテルミーという装置を作り、それを使ってわしの娘を訓練した」 え? 娘さんって、つまり莉里ちゃんのお婆ちゃん? 「今のは余計な話だった。忘れて下され」
「ひい爺ちゃん、これからどうするか話すんでしょ?」莉里ちゃんが催促した。 「おお、そうだったね。・・けやきさん、今、貴女が最も注意すべきは金縛りではなく幽体離脱なんだよ。使いこなす訓練が必要だ」 え? 「貴女のように幽体濃度レベルが高い人が無意識に離脱を繰り返すのはとても危険なんだ」 「もし今のまま幽体離脱が続いたらどうなりますか?」 「貴女自身の精神が不安定になる。やがて分離した幽体が独立した人格を得て勝手に行動するようになる。いわゆる生霊だね。娘もそれで危ない目に会った」 ええっ、それは困る。絶対に駄目。
「貴女はお勤めかな? それとも結婚して家庭におられるか」 「独身で勤めています」 男に振られたばかりで来年 30 のアラサーOLだよっ。 「では、後日改めてお越しいただけますかな? 今夜はもう遅い。これ以上続けると明日の仕事に差し障るでしょうから」 「分かりました。・・もしそれまでに幽体離脱が起こったら?」 「貴女の場合は金縛り状態でない限り、幽体の分離は起こらないと思っていい。そして貴女が金縛りになるのは縄で縛られているときに限られる。そういう暗示をかけたからね」 「つまり、縛られなければ安全なんですね?」 「その通り。もし貴女に誰かから緊縛を受ける趣味がおありなら、しばらく控えたほうがいい。その最中に幽体離脱が起こるかもしれない」 「そんな趣味はありません!」
莉里ちゃんが言った。 「けやきさん、実はあたしにも暗示がかかってるんですよ。あたしが幽体離脱するのは拘束衣を着せられたときだけです」 「莉里ちゃんも?」 「だって授業中に居眠りして勝手に離脱しちゃったらヤバイでしょ?」 そうか、だから莉里ちゃんはいつも拘束衣で幽体離脱してたのか。
・・
「では次は土曜日に来ていただくことでよろしいかな?」 「分かりました。時間は?」 「あの、」莉里ちゃんが右手を上げて言った。 「土曜の夜でもいいですか? 日曜日までゆっくりしてもらうことにして」 「夜? ・・なるほど」赤沼氏は何か分かったようだった。 「けやきさん、すまんがこの子の希望に合わせて夜でもよろしいかな?」 次の土曜の夕方6時に再訪の約束をして、私は赤沼氏の住まいを辞した。 すぐ近くにある自宅へ帰るという莉里ちゃんも一緒に出てきて、二人で並んで歩いた。
歩きながら莉里ちゃんは、赤沼氏の娘さん、つまり莉里ちゃんのお婆さんについて教えてくれた。 もう 60 年近い昔、赤沼氏は娘さんと一緒にサーカスで幽体離脱の見世物をやっていた。 娘さんは『リリー』と名乗っていて、彼女が見せる幽体離脱は大評判。当時の新聞に載ったほどだという。 リリーさんは 19 歳のとき父親の分からない女の子を出産し、その翌年に病気で亡くなった。 この女の子が莉里ちゃんのお母さんになる。
「あたしのママに幽体離脱の力はなかったんです。ごく普通に結婚してあたしを生んでくれました」 「莉里ちゃんの能力は赤沼さんが気付いたのね」 「はい。中1のとき金縛りになって固まってるところを見つけてくれました。あれがなかったら、あたし今頃本当に生霊になって飛び回ってたかもしれません」 莉里ちゃんは両手を前で揃えた幽霊のポーズで笑った。
「しばらくして離脱の特訓���始めました。ひい爺ちゃんは急に流しの手品師なんて始めたりして。それまであたし、ひい爺ちゃんが元手品師だってことも知らなかったんですよ」 「昔リリーさんと見せたショーをまたやりたかったのかもしれないわね」 「きっとそうです。ママもそう言って、あたしがお手伝いすることに賛成してくれました」
莉里ちゃんの家の近くまで来て、私は莉里ちゃんと LIME のIDを交換した。 「赤沼さんのアカウントも教えてもらっていい?」 「ひい爺ちゃんはスマホ持ってません」「そっかー」
「けやきさん、あたしね、」 「何?」 「ずっと一人だと思ってたんです」 「?」 「こんなことができるの、もうあたし一人だけと思ってたんです。でも、けやきさんと会えました」 「莉里ちゃん・・」 「ものすごく嬉しくて、泣いちゃいそうなんですよ、あたし」 そう言うなり私に抱きついた。 「これからも一緒にいて下さい。お願いします!」 彼女の背中を撫でてあげた。 「私こそお願いするわ。これからもいろいろ教えてね、先輩」 「まかせて下さい! ・・今度一緒に飛びましょね」 え、飛ぶの? 「じゃあ、サヨナラ!」
手を振って走って行く莉里ちゃん。 真っ白なキャミワンピの裾が広がって揺れていた。 ちょっと大人びてるけど、まだ 16 歳なのよね。 素直で明るくて本当にいい子だわ。
ふと気付いた。 あの子、幽体離脱できるのは自分一人って言ってたよね。 ひいお爺さんの赤沼氏自身に能力はないのかしら? リリーさんのパパなのに。
9. 週明けから急に仕事が忙しくなった。 残業が続いて毎夜牛丼屋か深夜ファミレスの生活。 飲み友達を『けったい』に連れて行きたいと思ってたけど、それも叶わずあっという間に週末になった。
SNS であの噴水パフォーマンスの評判をチェックしてみたら、やっぱりイリュージョンだと思われているようだった。 そりゃあれ見て本物の幽体離脱と判る方が変よね。 女の子が可愛い!という書き込みがたくさんあったのは納得したけど。
金縛りはまったく起こらなかった。 一度だけ、ベッドに入って自分が縛られているところを妄想した。 赤沼氏に縛られた縄。身体を締め付けられるあの感覚。 思い出すと少しだけ胸がきゅんとしたけど、金縛りの前兆であるブーンという耳鳴りは聞こえなかった。 ちょっと残念、だったりして。
10. 土曜日。 約束の時刻に赤沼氏を訪ねた。 莉里ちゃんも先に来て待っていてくれた。
私はまだ自分の意志で自由に幽体離脱できない。 前回は赤沼氏に誘導してもらって金縛りになり、その後勝手に幽体が離れてしまった。 自分で幽体離脱って、いったいどうすればいいんだろう?
「・・幽体離脱が起こるのは金縛り中に限ったことではないよ。強い衝撃を受けたとき、意識障害や失神したとき、酩酊したとき、あるいは普通の睡眠時にも起こり得る」 赤沼氏が教えてくれた。 「でも結局、離脱のハードルが一番低いのは有意識下の金縛り中なんだよ。パニックにならず落ち着いて自分を保てばいい。・・けやきさんはもう金縛りに恐怖はないだろう?」 「はい。縄で縛っていただけたら」 「では貴女の目標は、まず緊縛されて誘導なしで金縛りに入ること、それから意識を体外に向けて分離すること。ゆっくり練習すればいいよ」 「はい」
「けやきさん、あたしも金縛りになってから離脱してるんですよ」 「莉里ちゃんも?」 「そうですっ。コツを掴んだら難しくないです。けやきさんなら絶対にできますよ!」 「ありがとう。やってみる」
・・
私は前回のように床に��るのではなく、椅子に座って後ろ手に縛られた。 手首と腕、そして胸の上下を絞める縄が心地よい。 縄に抱きしめられる感覚。 肉体は自由を奪われるのに、心には安心感と幸福感が広がる。 ほんと暗示ってすごい。 いつか自由自在に幽体離脱できるようになっても、この暗示だけは解いて欲しくない。
自分の胸に食い込む縄を見下ろした。 そうか、こんな風になってるのね。 我ながらセクシー。もうちょっとお洒落してきたらよかったと思ったくらい。 今夜は特訓だからと、私は動きやすいスキニーパンツに半袖のオーバーニットを合わせて着ていた。 せめてノースリーブとか、もちょっと肌を出したトップスにしておけば、・・って何を考えてるんだ私は。 これは真面目な訓練なのに。 「けやきさん、顔が赤らんで綺麗。羨ましいです」 「あ、ありがとう」 莉里ちゃんに指摘されて焦る。 今は邪念を払って集中しなきゃ。深呼吸を繰り返す。
「OKだよ。この先は貴女一人で行くんだ」 赤沼氏が私の肩に手を置いて言った。 「心の準備ができたら、いつでも始めなさい」 「はい」
私は目を閉じた。 身体を絞め付ける縄の感覚。大丈夫、何も怖くない。 これから私は肉体の自由を明け渡す。その代わりに精神を肉体から解き放つのだ。
・・ブーン。耳鳴りがした。 その音は以前より少し柔らかくなって聞こえた。
自分の身体を意識した。 その身体はまるで時間が止まったかのように静止していた。 外の世界を意識した。 そこには私を拒まない自由な空間が広がっていた。 行ける──。
私は虚空を見上げて飛び上がった。 自分が肉体から離れるのが分かった。 「おおっ、飛んだ!」「けやきさーん!」 赤沼氏と莉里ちゃんが私を見上げていた。 「どうですか? 私の幽体離脱」 私は二人の上空に浮かんで微笑んだ。 宙に浮かぶ緊縛美女、なんちて。 ちょっぴり、いや結構誇らしかった。
・・
私はしばらく空中に浮かんで元の身体に戻った。 戻るときもスムーズだった。 幽体を肉体に重ね、じんわり融合するイメージを描けばよかった。 初めての単独幽体離脱は大成功だった。 たった1回のトライで成功するとは正直思っていなかったと赤沼氏にも言われた。
「さて腹が減ったね。けやきさんも夕食はまだだろう?」 「え、また用意してもらったんですか!?」 「好きで作っとると言っただろう?」
私は緊縛を解かれた。 本当は縄に抱かれる快感にずっと浸っていたかったけど、縛られたままじゃご飯は食べられないものね。 赤沼氏が作ってくれたのは和食だった。 大根のべっこう煮、厚揚げと小松菜の煮びたし、鯖塩焼きに豚汁。 「すごいですっ」 「ありきたりの献立だと思うがね。けやきさんは自分で料理せんのかね?」 「あ、私は外食が多くて。・・でも今は家で作らなくても十分やっていけますから。ね、莉里ちゃん!?」 「お嫁に行くならお料理はできた方がいいですよ、けやきさん」 ズキューン。莉里ちゃんを味方につけようとして逆に撃たれてしまった私。
・・
莉里ちゃんが言った。 「けやきさん、次はあたしと二人で飛びませんか?」 「そういえば莉里ちゃん一緒に飛びたいって言ってたわね」 「それはやった方がいい。一緒に行って教えてもらうことがたくさんあるはずだよ」 そうだね。いっぱい勉強することはあるんだ。 よし、空でも何でも飛んでみせるわ。
今日の莉里ちゃんは膝上ショートパンツとボーダー柄のTシャツを着ていた。 その上に拘束衣を着て袖に手を入れ、その袖を赤沼氏が背中に取り回して強く絞った。 だぶだぶの拘束衣がきゅっと締まったのが分かる。 これで莉里ちゃんは両手を動かせない。 「えへへ、ぎちぎちです」 屈託なく笑いながら言われた。
次は私の番。 再び後ろ手で縛られた。 きっちり両手が動かないことを確認して安心する。 いいな。やっぱり嬉しい。 「私もぎっちぎち」 莉里ちゃんにそう言って笑いかけた。
「行きましょ! けやきさん」「うん、行こう」 目を閉じて、深呼吸。
「けやきさん、」莉里ちゃんが小声で言った、 「はい?」 「一緒に拘束されてるの、嬉しいです」 どき。 「もうっ、集中できないでしょ!」「えへへ、ごめんなさい!」
・・ブーン。耳鳴りがした。 莉里ちゃんが少し震えて動かなくなった。隣で私も固まった。 そして──。
私と莉里ちゃんは部屋の中に浮かんでいた。 互いに微笑み合う。 莉里ちゃんが赤沼さんの近くへ行って挨拶した。 「行ってくる、ひい爺ちゃん」 「うん、気を付けてな」
莉里ちゃんは笑って私を手招きすると窓ガラスを通り抜けていった。 私も赤沼氏に会釈して、窓を抜け外へ出た。
11. 夜の空に浮かぶと私たちはとても小さな存在だった。 「うわぁ~~!!」 小さな子供みたいに叫んだ。
天空に瞬く星々。 眼下にはマッチ箱みたいな団地。 そして周囲 360 度に煌めく街の夜景。 ガラスの粒をばらまいたみたいに綺麗だった。 碁盤目に走る道路と車のライトの列。あそこですれ違う光の線は電車。 はるか彼方に見える超高層ビル群。虹色に光るテレビ塔。
「莉里ちゃん今までこんな景色を独り占めしてたの!?」 隣に浮かんでいる莉里ちゃんに聞いた。 「まあ、空に上がれば見放題ですからね」 「すごいなぁ。これ見れただけで幽体離脱に感謝だわっ」 「うふふ。・・よかった!」 「何がよかったの?」 「幽体同士だと普通にお話しできて。私だけけやきさんの傍で囁かないと駄目かもって、ちょっと心配してたんです」 「ああ、そうか」 幽体のときの莉里ちゃんの声は、普通の人間にはよほど近くでないと聞こえないのだった。
「でもほんと夢みたい! 一緒に飛んでくれる人がいたなんて」 莉里ちゃんは笑顔で両手を広げて一回転した。 暗闇の中でくっきり見えた。 ショートパンツとTシャツ。よく見たら髪に白い造花のバレッタをつけていて可愛い。 私も両手を広げようとして、後ろ手に縛られていることに気付いた。 そういえば莉里ちゃん、いつも幽体離脱したときは拘束衣が消えるわね。
「ねぇ莉里ちゃん、今更だけど拘束衣は?」 「はい、これですか?」 莉里ちゃんを包むように拘束衣が出現した。両手が固定されたぎちぎちの拘束。 「ええーっ!?」 「見た目なんていくらでも変えられますよ?」 拘束衣がふっと消えた。 替わりに莉里ちゃんの背中に大きな翼が生えた。噴水の上に浮かんだときの翼だった。 「はいっ、天使に変身です」 「そ、それ私にもできるの?」 「できますよ。頭の中でなりたい姿を思い浮べるだけです」 ・・じゃあ。 私を縛っていた縄が融けるように消えた。両手が自由になった。 「できた!」「はい、よくできましたー」 「どうして言ってくれなかったの? 変身できるって」 「すぐに気が付くと思って。それにけやきさん、縛られたままで嬉しそうだったし」 「う・・。あれは暗示のせい!」 「���ふふ」
莉里ちゃんの服装が変わった。 肩出しの白いキャミワンピ。背中に翼も生えて正に天使だった。 「けやきさんも!」「うん!」 私も莉里ちゃんと同じ衣装になった。背中に翼も。 あれ? 翼の先端が薄れて消えかかってる。 「あたしの姿を見て、しっかり隅々までイメージして下さい」 翼がくっきり表れた。 「OKです!」
「ねぇっ、私たちどこでも行けるんでしょ? スカ○ツリー、見下ろしたいな」 「んー、行けなくはないけど、都心まで急いでも4時間くらいかかりますよ」 「え? どうして?」 「地面を歩くのと同じ速さでしか進めませんし、帰りの時間も考えたら朝になっちゃいますね」 「ぴゅーんって飛べないの? そうか一瞬で移動とか」 「そんな魔法みたいなこと無理ですよー」 幽体離脱だって魔法みたいなものだと思うけど。 「スカ○ツリーは無理だけど、お勧めのコースがありますよ! 行きませんか?」
・・
二人で夜の街を飛んだ。 ビルの上、道路の上。駅の上。 翼を広げて飛ぶのは気持ちよかった。
夜の小学校に降りた。 誰もいない校庭で莉里ちゃんと滑り台を滑ったり、ジャングルジムに登って遊んだ。
自然公園の森を飛び抜けた。 高度1メートルで飛んでも木の枝や幹が邪魔にならない。全部通り抜けられるんだ。 森を抜けたところで先を行く莉里ちゃんが貯水池に飛び込んだ。私も続いて飛び込む。 どぶん。 鳴るはずのない水音が聞こえた、ような気がした。 水中で動かない魚の群れを突き抜けて、水面から上空に飛びあがった。 もちろん私たちはぜんぜん濡れていない。
高圧線の鉄塔をネコバスみたいに登り、両手を広げて電線の上を歩いた。 ジャンプしてトトロみたいに回りながら着地した。 楽しい。初めて外に出してもらった子犬みたいにはしゃいだ。
「次はちょっと冒険です!」 莉里ちゃんが指差したのは幹線道路沿いにそびえる巨大なショッピングモールだった。 もう遅い時刻なのに歩いている人が多い。さすが土曜の夜。 誰にも見られないよう物陰に降り、変身を解いて天使から元の恰好に戻った。 莉里ちゃんは膝上ショーパンにボーダーのTシャツ。足元はバスケットシューズ。 私はスキニーパンツと半袖オーバーニットにパンプスを履いている。 さあ、行こう。モールの通路を並んで歩き出した。 心臓がドキドキしてるのが分かる。幽体なのに。
何人もすれ違って誰にも気付かれない。 「意外とばれないものね」「ばれたら大変ですけど」 「そりゃそうだ」「うふふ」 調子にのってエスカレーターに乗ったりベンチに座ったりした。
ベンチにいると、ヨークシャテリアを抱いた女性が前を通りすぎた。 と、その犬が私たちを見て唸り声を上げた。 女性の手から飛び降りて吠え掛かってきた。 やば! 私たちは慌てて逃げ出した。 通路を走り、角を曲がった。きっと床から足が離れていたたと思う。 正面は全面ガラスのテラスになっていた。誰もいない。ラッキー! 私たちは二人並んでガラスを走り抜けた。 3階から外に飛び出すとモールの外壁沿いに急上昇した。 「おっと!」「ひゃあっ」
高く上がって近くを流れる川の上に出ると、すぐに真っ黒な水面ぎりぎりまで降下して一��線に飛んだ。 いくつも橋をくぐって進むと前方に大きな道路橋が見えた。 それは鉄骨を台形に組んだトラス橋で、オレンジ色の照明が鉄橋全体を照らしていた。 「莉里ちゃん、あそこっ」「はい!」 私たちはトラスの一番上の梁に並んで座った。 「えへへ。びっくりしましたねー」 「ほんと、どえらい冒険だったわ。・・いつもやってるの? あんなこと」 「たまに。でも吠えられたのは初めてです」「犬には分かるのかな」 「そうかも。・・驚きました」 莉里ちゃんは自分の胸を両手で押さえた。 「これからは控えることにします。ああいう冒険は」 「その方がいいわね」
足をぶらぶらさせながら見下ろすと、橋の上を車がたくさん走っていた。 誰かが上を見たらきっと気付くだろうね、あり得ないところに座る女の子の姿に。 目立たない恰好に変身した方がいいかな。 いっそ透明なら絶対に見えないけど。
「ね、透明になれないの? 私たち」 「なれません。お婆ちゃんは透明になれたらしいんですけど」 「リリーさんのこと?」 「ひい爺ちゃんから聞いただけですけどね。幽体離脱も特別な暗示なしで自由にできたそうです」 「すごい人だったのね」 「はい。それで暴走したって話も」 「?」 莉里ちゃんはふわりと浮かんで言った。 「もう一箇所だけ、つき合ってもらっていいですか」
12. もう深夜だった。 たった今走って行った電車はそろそろ最終電車ではないかしら。 周囲は街路樹と街灯が整然と並ぶ住宅街。 私たちは電車の線路に降りた。 「昔、この辺りは一面の雑木林で蒸気機関車が走っていたそうです」 「へぇ」 「ここはお婆ちゃんが生霊になった場所です」 「!」
リリーさんは幽体離脱を繰り返し過ぎて精神が不安定になった。 やがて幽体が独立した意志を持ち、勝手に本体から分離して徘徊するようになった。 ある夜、眠っている本体を起こして外へ連れ出した。 赤沼氏が発見したとき、幽体と本体は線路の上を迫りくる列車に向かって歩いていた。 轢かれる寸前、赤沼氏はリリーさんを抱きかかえて救出した。 それから赤沼氏は一ノ谷博士の協力でリリーさんの精神を安定させ、リリーさんが勝手に幽体離脱することはなくなった。
「まさか幽体が生霊になって本体を殺そうとするなんて、思ってもいなかったでしょうね」 「・・」 「だからあたしは暗示をかけられました。勝手に離脱しないように。拘束衣を着たときだけ幽体離脱できるように」 「そうだったのね。私の縄の暗示も同じなのね」 「そうです」 莉里ちゃんは遠い目になって言った。 「暗示の理由を教えてもらったとき、ひい爺ちゃんはこの場所で起こった事件のことも教えてくれました。・・それ以来あたしはときどきここへ来てお婆ちゃんのことを考えています」 「リリーさん、ずっと怖かったのかしら」 「そうかもしれませんね」 「ねぇ、莉里ちゃん。お婆さんはどんな人だったの?」 「無口でおとなしい人だったらしいです。それ以上のことは、ひい爺ちゃんは何も教えてくれません」 「そう」
「・・そうだっ、」 莉里ちゃんは突然にやっと笑った。 「けやきさん、ひい爺ちゃんはずっと独身だって知ってます?」 「あれ? リリーさんがいたのに?」 ��ひい爺ちゃんは今年 83 歳です。お婆ちゃんは 19 であたしのママを生んで、ママは 31 であたしを生みました。それで計算すると、ひい爺ちゃん 17 歳でお婆ちゃんが生まれたことになるんです」 「あらら」 赤沼氏、若いときに "やらかした" のかしら? 「じゃあリリーさんのお母さんは」 「分かりません。きっと事情があって結婚できなかったんだろうってママが言ってました」 そうか。それならリリーさんは自分の母親を知らずに育ったのかもしれない。 寂しかっただろうな。
・・
突然風景が変わった。 住宅街が消え、灯り一つない雑木林になった。 電車の線路は木々をかすめるように敷かれたか細い単線の線路に変わった。 私たちの前方に人影があった。 幼い少女が二人、並んで線路を歩いている。 白い寝巻らしきものを来た二人は瓜二つだったけど、片方の少女はぼんやり半透明に見えた。
がしゅがしゅがしゅ。 遠くに機械音が聞こえた。列車が来るんだ。 その音は次第に大きくなった。 やがて黄色いヘッドライトが一つ、こちらに迫ってきた。 少女たちは歩みを止めない。 ボウォーッ!! 汽笛の音。 危ない!!
・・
「見えたんですね?」 莉里ちゃんの声がした。 私と莉里ちゃんは住宅街を抜ける線路にいた。 「残留思念っていうんでしょうか、あたしにも見えるんです。もう 60 年も昔のことなのに」 「幽体になった私たちだけに見えるのかしら」 「たぶん。誰にでも見えたら『幽霊の出るスポット』で有名になるでしょうから」 「それは残念ね。動画に上げたらバズるのに」 「それだったらもっといいネタがありますよ。・・あたし達自身です」 「それもそうね」「うふふ」
・・
二人が赤沼氏の団地に帰りついたのは、日付が替わってだいぶ過ぎた時刻だった。 寝ないで待っていてくれた赤沼氏は叱りもせずに私たちの拘束を解いてくれた。 程なく莉里ちゃんはぐっすり眠ってしまい、それを見届けてから赤沼氏はとっておきのバーボンを開けてくれた。 「水ではありませんぞ」 「あはは、水と判っても騙されたふりして飲みます」
赤沼氏は、莉里ちゃんがこんなに晴ればれした顔で帰ってきたのは初めてだと嬉しそうに話してくれた。 今まで誰にも言えなかった秘密を私に話せた。一人でしかできなかった体験を共有できた。 それは私という仲間ができたからと言ってくれた。 「これからもこの子に寄り添って下されば、こんな嬉しいことはありません」 私は少し考えて返事した。 「これからもお二人のこと、お手伝いさせて下さい」
13. 『すなっく けったい』に行くとさっそくママに声をかけられた。 「けやきちゃん! もう来てくれへんかと思てたわっ」 「すみません、ご無沙汰しちゃいまして」 「ええんよ。はい、こっち座って!」
カウンター席に座りホッピー割を頼んだ。 ああ、美味しいな。 これからも『けったい』に来たら一杯目はホッピー割にしよう。
「さすがに今夜は賑わってますね」 「そら第3金曜やからね。けやきちゃんも手品見に来たんやろ?」 「もちろんです」 「そういえば、あんときは莉里ちゃんと会えたの?」 「おかげさまで、何もかもうまくいきました。・・本当にママさんのおかげです。感謝しきれないくらい」 「何や、気持ち悪い」 ママは不思議そうな顔をしたけど、それ以上は何も聞かずに笑ってくれた。
・・
「こんばんわーっ」 チャイナ服の莉里ちゃんが入ってきた。その後ろに真っ黒なマントとタキシードの赤沼氏。 赤沼氏は年中こんな恰好で手品をするのは大変だと思う。 でも本人に言わすと「これがわしのアイデンティティ」ということらしい。
いつものカラオケコーナーで二人が挨拶すると一斉に拍手が起こった。 莉里ちゃんが私を見つけてウインクしてくれた。 うん、ちゃんと来てるよ!
赤沼氏の手品が始まる。莉里ちゃんはアシスタント。 トランプを扇形に開いたり閉じたり繰り返すとカードがどんどん大きくなった。 財布を開くと中から小さな火が出て燃えたり、両手の間にステッキを浮かせて踊らせたりした。 ハラハラドキドキするような手品じゃないけど、ちょっと不思議で楽しい。 安心して見ていられる手品。 これが赤沼さんのテイストなんだと改めて思った。
さあ、次は幽体離脱イリュージョン。 皆が期待するのが分かる。 莉里ちゃんがカウンタースツールを2脚持ってきてカラオケコーナーに置いた。 「ん? 何で二つ?」誰かが呟いた、 莉里ちゃんは店内をまっすぐ私の方に歩いてきた。 「こちらへどうぞ」 私の手を取って言った。 店内がざわつく。 ・・いつもと違うぞ? 何が起こるんだ?
私は一度は遠慮して断り、再び誘われて首を縦にふった。 羽織っていたジャケットを脱いで席に置く。 立ち上がった私の恰好はノースリーブのブラウスと膝上タイトミニ、黒ストッキングにハイヒール。 今夜のサプライズのために選んだコーデなのだ。 脚を見せるなんて3年ぶりだぞ。
莉里ちゃんに連れられてカラオケコーナーに置いたスツールの片方に座った。 赤沼氏が縄を持っている。 私は黙って腕を背中に回した。 「緊縛!?」 女性のお客さんが両手を口に当てて驚いている。
赤沼氏が耳元で囁いた。 「少々厳重に縛りますよ」 私は無言で頷く。 厳重なのは大歓迎。それだけ私は守られるのだから。
腕が捩じり上げられた。手首を固定する位置がいつもより高いような。 二の腕の外側から胸の上下に縄が回される。 別の縄が腕と胸の間に通されて、胸の縄をきゅっと絞った。 ・・はうっ。 思わず息を飲んだ。こんな縄は初めて。 むき出しの肌に縄が食い込む感触。ノースリーブにしてよかったと思った。 ストッキングを履いた膝と足首にも縄が掛かった。 脚を縛られるのも初めてだった。
気持ちいい。 縄の暗示で導かれる安心感。 それだけじゃない気がした。味わったことのない快感。
隣で莉里ちゃんが拘束服を着せられていた。 袖が強く引き絞られている。 うん、ぎっちぎち。 私も莉里ちゃんも拘束感の中にいるのね。互いに微笑み合った。 大丈夫、いつでも金縛りに移行できるわよ。
赤沼氏が大きな布をふわりと広げ、私たちはその中に包まれた。
・・
チャイナ服の女の子とノースリブラウスの女が空中に出現した。 拘束服も縄も纏っていない。 その代わり二人の背中には大きな翼が生えていた。 お客様の真上で優雅にお辞儀すると、両手を広げてくるくる回った。 私たちは自由だった。 天使のように舞って自由自在に飛び回った。
・・
布が取り払われると、私たちは再び拘束された状態でスツールに座っていた。 お客様全員からスタンディングオペレーション。 赤沼氏がまず莉里ちゃんの拘束衣、そして私の縄を解放してくれた。 「けやきさん!」 莉里ちゃんからハグされた。
それは抱きしめられた瞬間だった。 背筋に電流が走った。 はぁん! 身を反らせて快感に耐えた。 まだ縄で縛られている感覚が残っていた。 気持ちいい。子宮がじんじん震えそうなくらい気持ちいい。 どうしたんだろう。 縄を解いてもらえば暗示は解けるはずなのに。 一歩、二歩、前に進もうとして私はその場に崩れ落ちた。
気が付くとソファに寝かされていた。 まわりを赤沼氏、莉里ちゃん、『けったい』のママ、そして『けったい』のお客さんたちが囲んでいた。 ほのかなエクスタシーが残っていた。 素敵なセックスに満たされた後の余韻のような。 ・・とろけそう。 寝ころんだまま私はだらしなく微笑んだ。
ママが言った。 「・・縄酔いやな。がはははっ。赤沼さん、この人相手に張り切り過ぎたんとちゃう?」 「ううむ。久しぶりの高手小手縛り、つい縄に力が入りましたかな。いやこれは申し訳ない」 「あんた縄師の仕事もしてたん?」 「昔のことです」 莉里ちゃんがきょとんとして聞いた。 「あの、縄師って何ですか?」 小さなスナックに皆の笑い声が響いた。
14. 『けったい』で鮮烈?デビューを果たした私は、それから本格的に赤沼氏と莉里ちゃんのお手伝いを始めた。 二人の手品やパフォーマンスに裏方として同行し、たまにサプライズで幽体離脱イリュージョンに参加する。 主役はあくまで莉里ちゃんだからね。
莉里ちゃんの将来の目標はひいお爺ちゃんのような手品師になること。 赤沼氏に習って手品の練習を始めたし、高校を卒業したらプロについて修行する話もしているようだ。 幽体離脱は大切な自己表現だけど、莉里ちゃん自身はそれを手品のオプションでやる必要はないと考えている。 いつか、超常現象やオカルトではなく、普通の能力として世の中に認められるようになったら、そのとき堂々と見せたい。 それまでに「仲間」が見つかるかもしれないし。 彼女の意見に赤沼氏も私も賛成した。 先は長そうだけど私も全力で応援するつもり。
私は赤沼氏からそろそろ暗示を外してあげようと提案された。 暗示とは、私が金縛り状態に入れるのは縄で縛られているときだけ、という条件付けのことだ。 今の私なら縛られていなくても不用意に幽体が分離することはない。生霊になる心配はないから暗示は不要。 わざわざ申し出てくれたのは、おそらく私の私生活への配慮だ。 一人でいつでも幽体離脱を楽しめるように。 もし私がプライベートでも縛られることを望んだとき、幽体離脱の懸念なく存分にプレイを楽しめるように。
その心遣いにはとても感謝するけれど、私は今のままでいたいと返答した。 誰かに縛られることで幽体離脱の自由を与えてもらう。 とても受動的。でも私はそれが嬉しい。身震いするほど嬉しい。 その「誰か」は今のところ赤沼氏。そしてこれからは莉里ちゃんかもしれないし、未だ現れないパートナーかもしれない。 マゾだね。もう素直に認めるよ。 でもこれは私の特権なんだ。こんな素敵な特権を手放すなんて考えられないよ。
莉里ちゃんからは、けやきさん早く婚活すべきです、と強く言われている。 「けやきさんお料理苦手だからごはんを作ってくれる人、最近けやきさん縛られたらとっても色っぽくて綺麗だから緊縛も上手な人、それと、ときどき幽体離脱しても呆れないでずっと愛してくれる人! この三つは絶対譲れない条件です!」 そんな都合のいい相手が見つかるかしら? でも運よくそんな人と結婚できたら、そのときは赤沼氏に暗示を外してもらおうと思う。 莉里ちゃんに言わせると、ひい爺ちゃんはとても元気で 100 歳まで絶対に死なない! らしいから、まだまだ時間はあるわね。 理想のパートナー探し、頑張ってみよう。
[1963(昭和38)年]
15. その女の子は4歳で、いつも一人でいた。 感情を露わにすることは少なく、話しかけられたときに最低限の受け答えはするけれど、自分から他人に話しかけることはなかった。 この施設にいる子には暴れる子や泣いてばかりの子もいたから、女の子はむしろ手がかからない子として扱われていた。 元々は戦災孤児の保護を目的に設立された施設だが、終戦から 18 年が過ぎた今では親のいない子、育ててもらえない子、その他いろいろな事情の子供がここで暮らしていた。
自由時間になると女の子はよく鉛筆で絵を描いていた。 その絵は人物画のようだけど、いつも顔面がのっぺらぼうで誰だか分からない。 施設の職員から「誰を描いてるの?」と聞かれても、女の子は黙ったままで何も答えなかった。
「上手だねぇ。もしかして君のお母さん?」 突然声をかけられて女の子が顔を上げると、知らない人が微笑んでいた。 その人は 20 歳そこそこの若い男性で、頬がこけていて目だけが大きいちょっと昆虫みたいな顔だけど、笑顔には優しさがにじみ出ていた。 彼女が描いていたのは確かにお母さんだった。 どんな顔か覚えていないから、のっぺらぼうにしか描けない。 でも記憶の中には自分を抱きしめてくれた母親が確実に存在していた。
どうして分かったんだろう? 不思議そうな顔をして男性を見上げる。 「もうすぐ手品をするんだ。見に来てくれるかな?」 その男性は慰問で訪れた手品師だった。
集会室に子供たちが集まって手品を見た。 右手で消えたコインが左手に移動する。手の中からカラフルなカードが何枚も現れる。空の箱から生きたウサギを取り出す。 初めて見る手品に女の子は目を見張った。 最後は大きな黒布を両手に持って広げると、手前に小さなお人形が出てきてふわりと浮かんだ。 お人形はどこにも支えがないのに宙を飛びながら楽しそうに踊った。
まばたき一つしないで見つめながら女の子は思う。 いいなぁ。わたしも��びたい。 あんなふうに飛んでお母さんに会いに行きたい。
ショーが終わると手品師は女の子にお人形をくれた。 「君が一番熱心に見てくれたからね。そのお礼」 背の高さがほんの 10 センチくらいのセルロイド製の少女人形だった。 手品師は手品で使う人形とは別に、プレゼント用に安価な人形を用意していたのだった。 お人形は女の子の宝物になった。
・・
数週間後、施設で異変が起きた。 深夜、巡回していた職員が廊下で女の子を見た。声を掛けるとその姿はふっと消えた。 さらに数週間過ぎた夜、食堂の天井の近くに女の子が浮かんでいた。腕にあのセルロイドのお人形を抱いていた。 目撃した職員が腰を抜かして動けない間に、女の子は壁の中に溶けるように消えた。 そしてその翌月、2階の窓の外を女の子が飛んでいた。昼間のことであり複数の職員が目撃して大騒ぎになった。 皆で女の子を探すと、女の子は誰もいない遊戯室で一人眠り込んでいた。 慌てて起こして問いただしても本人は何も覚えていなかった。
職員の中に女の子のことを『悪魔ッ子』と呼ぶ者が現れ、やがてその名は子供たちも広がって女の子は苛められるようになった。
・・
女の子が職員室に呼ばれて来るとあの手品師がいた。 人づてに噂を聞いてやって来たのだった。
手品師は女の子の目をじっと見つめて言った。 「きっと飛びたかったんだね。お母さんに会いに行きたいのかな?」 分かるの? わたしの気持ち。 「君は特別な女の子だ。あのとき気付いて���げられなくて悪かった」 この人は何を言ってるんだろう。 でも、いい人だと思った。信じても大丈夫。この人なら大丈夫。
手品師はにっこり笑った。優しくて暖かい笑顔だった。 「僕と一緒に手品をしないかい?」 手品!? あの手品の情景が蘇った。 「自由に飛べるようにしてあげるよ。きっとすごい手品ができる」 ええっ!? 「やりたい。手品も、飛ぶのも、全部やりたい!」 女の子は初めて自分から喋った。
「僕は赤沼っていうんだ。君の名前は?」 「わたしはリリー。リリーだよ!!」
こうしてリリーは赤沼に引き取られた。 翌年正式に養子縁組して親子になった。 二人がサーカスでデビューしたのはさらに2年後。赤沼 24 歳、リリー7歳のときだった。
────────────────────
~登場人物紹介~ 近本けやき (ちかもと けやき): 29歳 独身OL。莉里と出会って幽体離脱の能力が覚醒する。お酒が好き。 赤沼幻檀 (あかぬま げんだん): 83歳。手品師。リリー・莉里・けやきの幽体離脱を導く。 関莉里 (せき りり): 16歳 高校1年生。赤沼のひ孫。赤沼の手品のアシスタントをしている。 『すなっく けったい』のママ: 年齢不詳。豪快なおばさん。 リリー: 赤沼の娘。莉里の祖母。7歳で赤沼と一緒にサーカスのショーに出演する。
タイトルを見ただけでウルトラQを思い浮べた人は何人いらっしゃるでしょうか? この小説は昭和41年に放映されたテレビドラマシリーズ『ウルトラQ』の第25話『悪魔ッ子』(以下、原作) をリスペクトして書いたものです。 小説は原作を知らない方でも読めるように書いていますが、原作も抜群の人気を誇る(と個人的に信じている^^)名作なので、機会があればぜひご覧になって下さいませ。 公式に視聴するには有料配信か円盤購入しかないようです。およその粗筋やシーンの一部ならネットで見られるので、そちらだけでも。
本話は原作の設定を少し変更した上で、魔術師赤沼と悪魔ッ子リリーのその後を描いています。 当初『悪魔ッ子の娘』というタイトルでリリーが生んだ女の子が活躍するお話を書きかけましたが、その娘は2024年の現在では40~50歳くらいになってしまうのでモチベが続きませんでした(笑。 そこで『悪魔ッ子の孫娘』にして女子高生を主人公のアラサーOLと絡ませることにした次第です。 なお名前だけ登場した一ノ谷博士は原作では『一の谷博士』で、シリーズ全体で様々な怪事件を解決に導く学者です。 ちなみにこの人は、ウルトラQの後番組『ウルトラマン』で科学特捜隊日本支部の設立にも関わったそうです。(Wikipedia より)
金縛りと幽体離脱は私の小説では初めて扱った題材です。 自分では体験したことがないので、ネットで調べた内容に作者のファンタジーを加えて創作しました。 肉体から分離した幽体は誰の目にもくっきり見える設定です。 暗いところでも見えてしまうので違和感を感じますが、明るい場所だと普通の人間と区別できません。 (空を飛んだり壁を抜けたりするのを見られたら当然バレます) 肉体から離れられる距離や時間は制限なし。ただし普通に歩いたり走ったりする速度でしか移動できないので遠くへは行きにくい。 あと、幽体時に着用している衣服は本人の脳内イメージで自由に変えられます。 実は主人公のけやきさんが自分の服をイメージし損ねて全裸で空を飛ぶシーンを考えましたが、お話が変な方向に進みそうになって止めました(笑。
もう一つ、暗示も初めてのネタです。 本話ではけやきさんも莉里ちゃんも自分に暗示がかかっていることを認識しています。 二人とも暗示を受け入れていて、しかも解除されることを望んでいない。 無理矢理コントロールされるのではなく、かけられた当人が嫌に思わない、むしろ嬉しい状況が私の好みです。 暗示の与え方についてはいろいろ調べましたが難しいですね。 赤沼氏が暗示をかけるシーン、けやきさんがとても素直な人であるとはいえ、あんな簡単な指示で実際にかかってしまうことはないでしょう。
挿絵は拘束衣を着せられた莉里ちゃんにしました。 自分で描くのは時間がかかりますが、やっぱり楽しいです。
それではまた。 ありがとうございました。
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イリュージョンワークショップ
[Part.1 仁衣那さん] 1. ちょっと挨拶に寄っだけのはずなのに、夕食とビールをご馳走になってオヤジとオフクロはすっかり盛り上がってしまった。 出水さんとうちのオヤジは従兄弟同士、出水さんの奥さんとオフクロは中学高校の同級生。 直接会うのは10年ぶりというから話に花が咲く。 昔好きだった歌手の話題になって、やがて昭和ポップスのカラオケ大会になってしまった。 この家、こんなにデカいカラオケ機があるのか。 カラオケルームの装置より大きいぞ。
オヤジが拳を突き上げて熱唱している。 隣でおばさん二人がダンスの練習を始めた。ピンクレディーって誰? 僕はじっと座っているだけだった。 いつまでこんなのに付き合わされるのだろうか。
「終わりそうにないわねぇ。・・わたしの部屋に来る? 将司くん」 隣にいたお姉さんが声をかけてくれた。 助かった。 僕はお姉さんに連れられてカラオケ会場と化した客間から逃げ出した。
2. 僕は畑本将司(はたもとまさし)、18歳の高校3年生。 お姉さんは出水仁衣那(でみずにいな)さん。年齢は教えてもらってない。 親同士が従兄弟だから、僕から見て仁衣那さんは再従姉妹(はとこ)にあたる人だ。
「わたしのこと覚えてる?」 「いえ、全然」 「わたしは覚えてるよ。10年前の将司くん」 そう言われても困る。 ひい爺さんの三回忌だか七回忌だかで親戚が集まったとき、8歳だった僕もそこにいたらしい。 「可愛いかったなー。それがこんなイケメンになるんだから」 「仁衣那さん、そのときいくつだったんですか?」 「内緒。それ言ったら今の歳が分っちゃうでしょー?」
話しながら階段を上がって2階の仁衣那さんの部屋に来た。 淡い色のカーテンとベッドカバー。ドレッサーっていうんだっけ化粧のための台。 床に籐のカゴがあって中に猫のぬいぐるみが寝ている。 女の人の部屋ってこういう感じなんだな。
「女の部屋が珍しい?」「まあ一人っ子なもので」 「彼女くらいいるでしょ? その子の部屋とか知らないの?」 残念ながら、たった一人だけ付き合った女の子とは部屋に入れてもらえる関係になる前に別れました。 「あらごめんなさい。わたしつい余計なこと言っちゃうのよねぇ」 「いえ、大丈夫です」 「そう? ・・えっと、将司くんは高校2年だっけ」「3年生です」 「そっか。なら進学?」「一応そのつもりです」 「行きたい大学は決まってるの?」「第一志望はJ大ですけど」 「あら、わたしJ大卒だよ」 「そうなんですか」 「そうそう! 自由でいい大学だよっ」 「・・」 「自由過ぎて放ったらかしというか」 「・・」 「将司くん?」
僕は机の上に飾られているペーパークラフトを見ていた。 丸い台座からまっすぐ立った棒とその上に女性の人形が浮かんでいた。 その人形の顔はどことなく仁衣那さんに似ていた。 水着みたいな服。片肘をついて横になったポーズ。やや頭を下にして全体が傾いた構図。 これ、イリュージョンじゃないか。

「あ、それ?」 仁衣那さんは手を伸ばして人形の足を指で押し下げた。 指を離すとそれは棒の上でゆらゆら揺れた。 [動画] 「よくできてるでしょ? これはブルームサスペンション・・って言っても分からないか」 「イリュージョンですよね。こんな風に棒一本で浮くっていう」 「知ってるんだ。将司くん」 「はい。ちなみにブルームは英語でホウキって意味だけど、ホウキを使ってなくてもこんな形だとブルームサスって呼ぶんですね」 「よく知ってるねぇ。ホウキのことなのかぁ。知らなかったよー」
僕は小さい頃からイリュージョンマジックに興味があった。 人体切断や空中浮揚などテレビやネットで見てはタネを調べたりしていた。
「わたし、イリュージョンやってるんだよ。アマチュアだけどね」 「え、仁衣那さんが?」 「うん。このお人形はね、大学で同好会にいたときのわたしなの。ステージ見た人が作ってくれたんだ」 これは驚いた。親戚にイリュージョンをやる人がいたなんて。 しかもこの人形。この人形は。 「仁衣那さん、あの」 「はい?」 「こんなエロ、いやセクシーな恰好でイリュージョンやったんですか」 仁衣那さんは一瞬呆れた顔をしてから笑った。 「男の子ねぇ。・・確かにこのハイレグに生足だもの。エロいに同意するわ!」
僕は仁衣那さんを見る。ごく普通にTシャツとジーンズの仁衣那さん。 この人がへそ出しのハイレグで生足で。 「そんな目で女の子を見たら嫌われるぞ、少年」 「そこで少年呼びはやめて下さい」 「このときの録画があるけど、見たい?」 「見たいです」 「素直でよろしい」
・・
仁衣那さんのタブレットでブルームサスの動画を見せてもらった。 あのエロいコスチュームで登場した仁衣那さん。 たった一本のサーベルに支えられて空中浮揚。ハイヒールの足が斜め上に向いてすらりと伸びる。 これ、サーベルの先端を受ける仕掛けがあるんだよな。
「こんなこと聞いて答えてもらえるか分からないですけど」 「いいわよ。年齢以外なら何でも教えてあげる」 「太りました?」「うるさい」 「じゃあ別の質問」「めげないのね」 「このイリュージョン、腰から下が大変じゃないですか?」 「あら、分かるの!?」
映像を見る限り仁衣那さんの身体は上半身でホールドされている。腰から下には何もない。 だから仁衣那さんは自力で下半身のポーズを維持している、と思う。 筋肉に力を込めて、まるで体操の選手みたいに。 僕の質問が通じたんだろう。仁衣那さんはにやっと笑ってくれた。
「さすがだね、少年!」 「だから少年は止めて欲しいと」 「イリュージョンはね、アシスタントの汗と涙で成立するんだよ!」 「大雑把な答えですね」 「あっははは」 豪快に笑われた。仕方ないので僕も笑う。
「そうだ! 再来週の土曜日だけど、ヒマしてない?」 「何ですか?」 「イリュージョン同好会の公演があるの。わたしは用事があって行けないけど、将司くん見に来ない?」 行きたい。 でも、知らない大学生の集まりに一人で行くのはちょっと。
「誰でも大歓迎のイベントだから心配ないわ。それに来年は将司くんも入会するでしょ? 今から顔売っといて悪いことないと思うけどなー」 「僕は同好会に入るとは決めてません。だいいちJ大に通るかどうかも分からないっていうか」 「大丈夫大丈夫! きっとうまく行くよ」 「んな気楽に」 「公演会、きっとエロいコスチュームの美女が登場するよ」 「え」 「我がJ大イリュージョン同好会の伝統だからね、女子のコスがセクシーなのは」 「行きます」 「よし! チケット代はわたしが出すから安心して」 「お金取るんですか」 「イリュージョンはお金がかかるからねー。ここはOBとして協力してあげたいのよ」 「何枚買わされてるんですか?」 「え?」 「何枚買わされてるんですか? チケット」 「・・10枚」 「そ、れ、は、た、い、へ、ん、だー」 「もちょっと気持ちを込めて同情してよぉ~」
[Part.2 J大イリュージョン同好会公演] 3. イリュージョン同好会公演の会場は小さなライブハウスだった。 入口で紙切れを渡された。 そこには QR コードが一つあるだけで出演者もプログラムも書かれていなかった。 試しにスマホで QR コードを読んでアクセスしてみると、ただ真っ黒な画面が写るだけだった。
フロア前方の椅子席に座る。 フロアの後ろ半分は椅子のない広場になっていて、そこに揃いの黄色いハッピを纏いメガホンやうちわを持った兄ちゃんたちが群れていた。 うちわには蛍光色の派手な丸ゴシックで『知里』とか『琳琳』とかの字が見える。まるでアイドルの応援グッズだ。
ステージは少しだけ高くなっていて、袖とバックに黒幕が掛かっている。 客席とステージを仕切る幕(緞帳)はないから、開始前からステージの様子が分った。 今、ステージには一人掛けの黒い椅子が置かれている。その隣には大きな造花の植栽。 あの椅子は知ってるぞ。美女の出現椅子だ。 ということはあの中にはもう。
○ 公演会オープニング やがて会場が暗くなり、スポットライトがステージの椅子を照らし出した。 椅子に黒布が掛けられる。ほとんど同時に水色のドレスの美女が登場した。 足を組んで座り、髪をかきあげて微笑む。 ちーりちゃーん! 後ろの方で野太い声が湧き起こった。
続いて、隣の植栽に黒布が掛けられた。 プランターの中に別の美女が立ち上がる。 彼女はピンクのフリルドレス。その場で両手を広げて回って見せた。 りんりーんちゃーん! 再び声援。 お前ら、さっきからちょっと五月蠅い。
それにしても二人とも速かったな。 あの布の下に出現すると判っていても、ほんの一瞬で移動するのは驚きだった。 この後のイリュージョンも期待していいんじゃないか。
ステージにイリュージョン同好会のメンバーが並んで挨拶した。 全部で5人。少ないな。 男性メンバーは3名。全員グレーのスーツ姿。 女性は2名。 「朝比奈知里(あさひなちり)です! 3年で会長です!」 「岩淵琳琳(いわぶちりんりん)、1年生です!」 知里さんは青いドレス。切れ長の目でちょっと知的な美人という感じ。 琳琳さんはピンクのドレス。大きな瞳をしていて可愛い美少女という感じ。 どっちも魅力的だ。 来年この人たちと一緒に活動できるのなら、ちょっとは受験勉強も頑張ろうという気になるね。
続いて男性メンバーも自己紹介をしたらしいけど、知里さんと琳琳さんを見ていて耳に入らなかった。 まあ男の名前はどうでもいいわな。 それよりイリュージョンをしっかり見ないと。 できればタネも見破りたい。
男3人は袖に引っ込み、ステージには女性だけが残った。 美女2人で演じるイリュージョン!? 知里さんがマイクを持って深呼吸し、そして叫んだ。 「お待たせしましたーっ。歌いまーっす!!」 うぉお~~!! 待ってましたぁ~っ!!! 怒涛のような歓声が起こる。 え? 何? 「♪あ・な・た~のアイドぉルぅ、サインはビビビ!!」 二人は踊りながら歌い出した。
うりゃおい!うりゃおい! うりゃおい!うりゃおい! ちーりちゃーんっ!! りんりーんっ!! 耳を覆いたくなる音量の音楽と声援。 一斉にコールをかけながら踊る兄ちゃんたち。 椅子席の観客も飛び跳ねながら手拍子。 イリュージョン、しないの?
・・
それから知里さんと琳琳さんは3曲歌い、会場はむちゃくちゃ盛り上がった。 2曲目の途中で衣装の早変わりがあった。 二人は衝立(ついたて)の陰でショートパンツに変身した。 「おおっ」と思ったけど、他にイリュージョンっぽいことは何もなかった。
「10分間休憩でーす!! 握手とチェキタイムは後半の終了後になりまーす!」 チェキまで撮るんかい。
休憩時間中、僕は椅子に座ったまま憮然としていた。 僕は何を見にきたんだろう? ねえ、仁衣那さん。全然エロくないっすよー。 おっと違う違う。 エロは目的じゃなかった、イリュージョンを見に来たんだ。 まあエロいのも期待してるんだけど。
4. 後半の部。
○ マジカルマミーの人体交換 男性メンバーが二人、細長い白布を持って登場した。 二人は左右に分かれて立ち、間に細長い布を掲げて見せた。 それは高さ2メートル、横4メートルほどもある白布で、まるでステージに白い壁ができたように見えた。
右側の男性がくるくる回りながら左に進んだ。自分の身体に布を巻き付けてミイラのようになってゆく。 4メートル分すべて巻き終えて止まると、左にいた男性がその頭と肩の部分を押さえて中身が人間であることを示した。 するとミイラが逆に回って今度は布を解いてゆく。 すべて解き終えて右側に現れたのは男性ではなく知里さんだった。 ハイレグの青いレオタード。兎の耳はないけど付いてたらバニーガール。ハイレグの下は網タイツにハイヒール。 右手で白布を掲げたまま、身をくねらせて微笑みながらウインクしてくれた。 え~!? ちりちゃーん!! 応援団の声援も驚き混じりだ。
続いて左側の男性がくるくる回って布を巻きつけミイラになった。 知里さんがその頭と肩を押さえて中身の人型を示す。 ミイラは逆向きに回転して布を解き、そして琳琳さんが登場した。 知里さんと同じデザインの赤いレオタード。胸の谷間もくっきり。 うわぁ~っ。りんりーん!!
知里さんと琳琳さんは互いの肩と太ももに手を当ててポーズ。 僕は思い切り拍手した。 これだこれ。見たかったのは。 お二人とも文句なしにエロいです。
・・
その後はイリュージョンが続いた。
○ 逆さヒンズーバスケット キャスター付きの台に載って登場したのは台形の籠。ヒンズーバスケットだった。 目隠しの黒布を手前にかざし、その間にハイヒールを脱いだ琳琳さんがバスケットの中に隠れた。 黒布を外すとバスケットの口から琳琳さんが手だけ出して振っている。 これで蓋を乗せるのかと思ったら、細かい発泡スチロールのボールが注ぎ込まれた。 大きなビニールの袋で1杯、2杯。 あーあ、琳琳さん、すっかり埋もれちゃったな。 琳琳さんの手が発泡スチロールの中に引っ込んで、その上に蓋が被せられた。
知里さんが長い棒を振りかざした。 棒の先端を蓋の小穴に刺し、バスケット側面の穴まで斜めに突き通す。 さらに次の棒を刺す。全部で6本。 何箇所かバスケットの穴から白いボールが押し出されてこぼれる。 最後の棒を垂直に刺した。その先端がバスケットの底から突き出るのが見えた。
ヒンズーバスケットはとてもメジャーなイリュージョンだし、仕掛けも簡単だ。 でも発泡スチロールボールでバスケットの中を埋めてしまうとは。 あそこにいる琳琳さんは視界が遮られてやりにくい���ろうし、それに閉塞感が増して心理的にも大変だろう。 "イリュージョンはね、アシスタントの汗と涙で成立するんだよ!" 仁衣那さんの言葉が蘇った。 本当だ。頑張っている琳琳さんを想像して少しドキドキした。
全部の棒が引き抜かれ、上面の蓋も外された。 せーの、ほいっ。 男性メンバーが3人がかりでバスケットを持ち上げた。 え? 何するの? 腰の高さまで持ち上げたバスケットを上下逆に向けた。 発泡スチロールのボールがざぁっとこぼれる。 知里さんが下から手を入れて奥の方のボールをかき出した。 さらに4人でバスケットを揺さぶる。逆さに持ったバスケットを何度もぶんぶん揺さぶった。
これはマ��で驚いた。 こんなヒンズーバスケットは見たことがない。琳琳さんはどこに消えたのか。 会場もざわついている。
やがてバスケットは元の向きで床に置かれた。 目隠しの布をかざす。バスケットの中から琳琳さんが立ち上がった。 発泡スチロールのボールが纏わりついている。払い落とそうとするけど静電気でくっついたボールは簡単に落ちない。 諦めて琳琳さんはにっこり笑い、皆で並んでお辞儀をした。
・・
○手首ギロチンと切断手首 男性メンバーが床に散乱したボールを掃除機で吸い取っている。 その前で知里さんがマイクを持った。 「次は会場のお客様にお手伝いお願いしましょう」 はいはーい! おれオレ!! 一斉に手を上げる兄ちゃんたちを制して言った。 「ごめんなさい。ここはやっぱり女の子で♥」 えーっ? 仕方ないなー。 知里さんは何人か手を上げた女性の中から一人を指差した。 「はい、あなた。どうぞこちらへ!」 琳琳さんが走って行ってその女性の手を取り、ステージの上に連れてきた。
客席から上がって来たのは元気な感じの子だった。高校生ぽく見える。 薄いピンクのシャツと白いハーフパンツ。シャツと合わせたピンクのネイル。 「お名前は?」 「玻名城(はなしろ)れいらですっ」 「れいらちゃん。今日は生贄になってもらいます」 「はい?」 「この椅子に座って下さいねー」
ステージに小さなギロチン台が登場する。 このサイズは首じゃなくて手首だな。 手首と野菜を同時に切断する、そしたら野菜だけ切れて落ちるってやつだろう。 知里さんは女の子の右手首をギロチンにはめ、外れ止めのフックをかけた。
「準備完了!」 「え? え? えーっ?」 「うふふ。何度やっても楽しいわ。処刑のしゅ・ん・か・ん!」 芝居がかった台詞を言う知里さん。 白いパラソルを持った男性メンバーが二人出て来た。 両側に分かれて屈むと、持って来たパラソルをギロチンに向けて開いた。 知里さんはギロチンの向こう側。 女の子は不安そうな顔をしている。
「ではさっそく♥」 知里さんがギロチン台の紐を引いた。 かちゃん! ギロチンの刃が落ちて手首が床に転がった。 パラソルに赤い飛沫が飛んだ。 「きゃぁ!!」 短い悲鳴を上げて女の子は動かなくなった。 その頭に麻の袋が被せられる。
ええーっ。本当に切ったの? 近くで女性の声がした。 まさか。本当に切る訳ないさ。演出だよ。 僕は密やかに笑った。
男性メンバーがテーブルを押して出てきた。 テーブルといってもそれほど大きくない。花瓶を一つ飾るのにちょうどくらいのサイズ。 テーブルには床まで届くテーブルクロスが掛けられている。 ギロチンから少し離れたところに停めた。テーブルクロスが外される。 テーブルの下は細い脚が4本あるだけで何もない空間だった。
知里さんは床に落ちた手首を拾い上げ、それをテーブルの上に置いた。 手首は切断面が流血して赤くなっている。そこへ白いレースのフリンジ(ふさ飾り)を巻き留め紐で縛った。 手首を覆うようにガラスの箱を置いた。 一辺 30 センチくらいの立方体のガラス箱だった。
透明なキューブの中に安置された女性の手首。 まるで美術館のオブジェだ。近くで見たい。 そう思っていたら、すかさずアナウンスが入った。 「お手元のスマホで QR コードにアクセスして下さい」
わ、見えた! 周囲で声が上がる。 僕もあの紙切れの QR コードを読み込んだ。 スマホの画面に手首のアップが映し出された。 男性の一人がスマホを持ってガラス越しに撮影しているのだった。
それは正に女性の手首だった。 このリアルさはマネキンなんかじゃ無理と思った。 カメラがゆっくり移動する。 ピンクのネイルがはっきり見えた。 切断箇所は白いレースで覆われているのが分かる。 僕は無意識に二本指でピンチアウトして映像を拡大した。 レースの表面にうっすら血が滲んでいた。 全然グロテスクじゃない。むしろ綺麗だと思える。
たぶん会場の全員が自分のスマホを見ていただろう。 きゃっ!! うぉ!? 一斉に悲鳴が上がった。 画面に映る指がぴくりと動いたのだった。 人差し指から中指、薬指と小指から親指まで順に動き出した。 やがて五本の指がテーブルを掻くように動き、それに引きずられて手首全体がわずかに移動した。 何だよこれ!! やだやだぁ~!! 僕はスマホから顔を上げて直接ステージを見た。もしかしたら映像フェイクかもと思ったのだ。 でも客席から遠目に見ても、ガラス箱の中で手首がゆっくり動いているのが分った。
すごい演出だと思った。 プロのイリュージョンでも見たことないぞ。 僕は口をぽかんと開けたまま、スマホの画面とステージを交互に見るのだった。
やがて手首は動きを止め、知里さんはその手首をガラス箱から持ち上げた。 ぐったり動かない女の子の腕に手首を押し付ける。 ギロチン台の拘束を解放し首に被せた麻袋を外すと、女の子は笑顔で立ち上がった。 手首が繋がって元通りになった腕にはレースのフリンジが巻いたままになっていた。
・・
ステージは次の演目のために模様替えされる。 「次が最後のイリュージョンです!」
○ ドラム缶脱出 男性メンバーが3人でドラム缶を担いできた。重そうだ。 直径 80 センチくらい。長さ 120 センチくらい。 ステージの床に立てて置き、梯子付きの台を押してきてドラム缶の後ろに据えた。 客席から見えるようにドラム缶を前に傾けて中に何もないことを示した。
知里さんがハイヒールを脱いで梯子を登った。 ドラム缶の中に降り立って手を振る。客席からは知里さんの胸から上だけが見えている。 男性メンバーが金属の円盤を持って来た。 それはドラム缶の断面に合わせた蓋で、手首が通る丸い穴が二つ開いていた。 上から蓋を被せると、知里さんの姿はドラム缶の中に屈むようにして消えた。 軽くノックをすると蓋の穴から右手と左手が差し出された。その手に手錠が掛けられる。 蓋の周囲にバンドを掛け、外れないよう周囲に南京錠を6個掛けた。 これで完成。梯子が外された。
ステージが暗くなる。 スポットライトの中にドラム缶だけが浮かび上がって見えた。 ドラム缶の上面には手錠を掛けた手が生えていて、交互にグーとパーの形を作っている。 男性メンバーがドラム缶の手前に黒幕を掲げた。 ドラム缶の本体は隠されたものの、知里さんの手は幕の上に見えていた。 仰々しいドラムロール。 知里さんの手がすっと下がって見えなくなった。すかさず黒幕が外される。 おおーっ。 ドラム缶の前に知里さんが立っていた。
ステージが明るくなった。 ドラム缶の蓋を取り外すと中から女性が立ち上がった。 琳琳さんだった。 ええー!? 両手を水平に広げた琳琳さんを男性メンバーが左右から持ち上げた。 ドラム缶の前に全員が並んで頭を下げる。
うわーーーっ。すごい!! ちーりちゃーん!! りんりーん!!! 拍手と声援が終わらない。僕も拍手していた。 今まで見た中で一番面白いイリュージョンショーだと思った。
5. ステージは握手会になった。 1回 500 円で知里さんか琳琳さんと握手とツーショットのチェキを1枚撮影できる。 応援団の兄ちゃんたちだけでなく一般のお客さんたちも並んでいて繁盛していた。
僕はチェキなんて趣味ではない。 荷物を持って帰ろうとしたら知らない人から声を掛けられた。 「畑本将司くんですか?」 背の高い、お兄さんというよりおじさんに近い人だった。 髪がぼさぼさで眼鏡かけて、三日三晩部屋に籠ってアニメ観てそうな感じ。 「OBの酒井です。来年はイリュージョン同好会に参加してもらえると聞いて」 仁衣那さんから伝わってるのか。 「あ、それは僕がJ大に合格できたらの話でして」 「大丈夫。君なら合格するよ」 適当なこと言わないで下さい。仁衣那さんと同じじゃないですか。
「今日はどうでしたか? 本来なら現役のメンバーから伺うべきだけど、あの通りの忙しさなので」 酒井さんはそう言って握手会の列を目で指す。 「そうですね。とても面白かったです。これまで見たどのイリュージョンと比べても」 「ほう、例えば」 いちいち聞くの? 「ええっと、ヒンズーバスケット。発泡スチロールを入れたり逆さにしたり、普通のヒンズーと違ってて驚きました」 「うん、あれはうちのオリジナルだからね」 「中に入ってる女の人は大変ですよね。イリュージョンはアシスタントの汗と涙で成立するって、その通りだなぁ、と」 「ほう」 酒井さんの目がきらりと光った、ような気がした。 仁衣那さんから聞いたのをそのまま言っちゃったけど、マズかったかな?
「あの、えーっと、あの」 「はい?」 そうだ。 「あの歌とダンスは意味があるんですか? その、イリュージョンの同好会なのに」 僕は何を聞いてるんだろう。 「それは朝比奈知里会長の趣味」 「・・趣味、ですか?」 「我々OBは現役のすることにいちいち口を出さず、距離を置いて見守る方針なんだ」 距離を置くって、あなた真っ黄色のハッピ羽織って、背中に『知里』『琳琳』って書いたド派手なうちわ2本背負ってるじゃないですか。
「これをあげよう。握手券2枚」 「え」 「せっかくだから記念のツーショットを撮ってもらうといいよ。あの子たち、ノリノリだから」 「・・はい」 「またの機会に語り合いたいね」 またの機会? 酒井さんは手を振って離れていった。
それから僕は列に並び、知里さんと琳琳さんと握手してツーショットのチェキを撮ってもらった。 二人ともサービス満点だった。 知里さんは並んでピースサインしながら横乳をぎゅっと押し付けてくれたし、琳琳さんはけたけた笑いながら胸の谷間にまぎれていた発泡スチロールのかけらを僕にくれた。
[Part.3 ワークショップ1日目] 6. 二週間経って仁衣那さんから電話があった。 「イリュージョン同好会とOB会で一泊二日の合同ワークショップをやるんだ。メインはバーベキューだよ。将司くんもどうですかって」 知里さんと琳琳さんの網タイツ姿が浮かんだ。 夏休みに入った最初の週末。 オヤジとオフクロは仁衣那さんと一緒なら行ってもいいと許してくれた。
・・
絶好のバーベキュー日和だった。 仁衣那さんと駅で待ち合わせる。 「OBの酒井さんって人と会いました」 「ああ、あの人はイリュージョン同好会の創設者だよ。今も現役の指導してくれてるし」 「そうなんですか」 「同好会にある道具の半分は酒井さんが作ったんじゃないかな」 なんか分る。 ああいうオタクっぽい人って何でも器用に作っちゃうんだな。 「初めて会った時はオタクっぽい感じの人だなーって思ったけどね」 「それ僕も思いました。おじさんに見えるけど案外若いんじゃないですか」 「酒井さんまだ20代だよ」 「あはは」 僕らは揃って笑った。 「そーいや仁衣那さんはいくつなんですか?」 「わたし? って、さらりと年齢を聞くな。うっかり白状しちゃうところだったわ」 「だめか」
「それよりどうだった? 現役の子たちの公演は」 「楽しかったです。知里さんと琳琳さん、セクシーで綺麗だったし」 「そっちかよ」 「りんりんって本名ですか?」 「知らないわ。わたしは知里ちゃんが1年生のとき一緒だっただけだし」
ほう。知里さん1年で仁衣那さん4年だったのね。 ということは、2年経って仁衣那さん今は23か24。歳バレするの嫌がってるからきっと24だな。 僕は頭の中で計算して勝利感に浸る。 性格悪いって思われるの嫌だから、口には出さずしっかり覚えておこう。
・・
郊外の駅で電車を降り、大きなコンビニの前にやって来た。 人気(ひとけ)のない駐車場の隅で待つ。酒井さんが車で迎えに来てくれるという。 「どうしてこんなところで落ち合うんですか?」 「車に乗るところを見られたくないのよ」 「?」
ほどなく酒井さんの運転する車がやって来た。 背の高いバンタイプの軽自動車。 車内は積荷でいっぱいだった。後席シートを畳んで天井まで荷物が積み上がっている。 空いているのは助手席だけ。
「バーベキューの材料やら何やらでいっぱいになっちゃってね」 どーするんですか? 仁衣那さんと僕、二人が乗るのは無理みたいですけど。 「んー」 酒井さんは頭を掻きむしる。その仕草がわざとらしい。 「仕方ないね。一人は荷物ということで」 「え」
バンのリアゲートを開けるといろいろな小物とダンボールが積まれていた。 一番下のダンボール箱は寝かして置かれていて、蓋がこちらを向いてい���。 セロテープで簡単に留めた蓋を開けると中は空だった。 「ここに入るのは」 「わたしね」 仁衣那さんはにっこり笑うと、お尻から潜り込んでダンボール箱の中で丸くなった。 「手錠されたい?」「されたい♥」 揃えて差し出された両手に酒井さんが手錠を掛けた。 どうして手錠なんか持っているんだろう? 酒井さんは仁衣那さんの手を箱の中に押し込むと、蓋を締めてガムテープをHの字に貼って封をした。 いったい何ですか、この流れは。
「これでいいね」 酒井さんはリアゲートをばたんと閉じた。 「さ、行こうか」
・・
車の中で酒井さんに聞かれた。 「畑本くんは "拘束" に興味ある?」 「えっと、女性アシスタントが手錠を掛けられるとか、小さい箱に閉じ込められるとか?」 「そうだね。最初に同好会を始めた僕の責任でもあるんだけど、そういうイリュージョンが多くなってね」 「・・」 「女の子たちも自然に受け入れてくれるというか、積極的に喜ぶ子もいて」 「マゾ、ということですか?」 「理解が速いね。皆がそうとは言わないけど、そんな傾向はあるということ」 「ははぁ」
道路の段差を越えて車が大きく揺れた。 後ろから「きゃん♥」という悲鳴が聞こえた。 僕はダンボールに収まって荷物になっている仁衣那さんのことを考える。 仁衣那さん全然拒んでいなかったし、そもそも最初から仕込まれていたのは明らかだ。 そういえば、あの人自分から手錠を希望したな。 もしかして仁衣那さんも・・?
「実は今夜、拘束に関するアクティビティがあるんだ。イリュージョンの一部としてではなく拘束そのもののね」 アクティビティってどういう意味だっけ。 「ま、ぶっちゃけて言えば、緊縛の体験会だね」 「!」 「君に知っておいて欲しいのは、みんな良識ある人たちだってこと。だからそういう場になっても驚かないで欲しい」 「・・はい」 「実は君を招待していいか迷ったんだ。でも来年同好会に参加してくれる子が "そっちの世界" を知ってる子でね」 来年参加する子って、僕と同じ高校3年? 「だから今の会長とも相談して、畑本くんに知ってもらうことにした。個人的には君自身にも適性があると思うし」 「適性ですか?」 「そう。・・もちろん無理強いはしないよ。イリュージョン同好会にはそんな側面もあると理解して、来年加入するかどうか決めてくれたらいい」 「分かりました」
不思議な気持ちだった。 女の子との経験はキスが1度だけだった。 なのに、拘束とか緊縛とか、そっちの世界を先に見るのか。
・・
森の中にぽつんと一軒のコテージに到着した。 2階建ての赤い三角屋根。正面にコンクリートを敷いたテラス。 駐車場には自動車やトラックが何台も停まっていた。 隣の広場ではバーベキューの準備をする人たちの姿も見えた。
車が停まると僕は急いで降りて後方に回った。 酒井さんがリアゲートを跳ね上げた。 ダンボールのガムテープを勢いよく剥がす。 「え!?」 箱に入っていたのは仁衣那さんではなかった。 知らない女の人が手錠を掛けられて、ものすごく色っぽい目で僕を見つめていた。 「あら・・、着いたのね♥」 「紹介するよ。妻の多華乃(たかの)だよ」 !!!!
仁衣那さんは・・? かちゃ。助手席のドアが開いて女性が降りてきた。 その人は両手に手錠を掛けたままだった。 「やっほ! 将司くん」 仁衣那さんだった。 さっきまで僕がいた場所に仁衣那さんが座っていたのだった。
7. 先に来ていた人々が集まって来た。 僕は最後に到着したゲストだったらしい。 「タネ明かししてあげたら? 彼、口ぽかんと開けたまま固まってるわよ」 そう言ってくれたのは知里さんだった。 おお、知里さんっ。来ていて下さったんですね。
「大した仕掛けじゃないけどね」 酒井さんはもう一度バンのリアゲートを開けて荷室を見せてくれた。 多華乃さんが入っていたダンボールを引くと、手前にすぽっと引き抜けた。 上の荷物が落ちて来ない。 すぐ分った。二重床だ。 本来の床の上にもう一枚、合板の床が張ってあるのだった。 工事業者のワゴンなどでよく見るのと同じだから、注意して見ていれば気付いたはずだった。 本当の床と二重床の間隔は 50 センチ。 幅 49 センチのダンボール箱を横に倒してちょうと収まる寸法だ。 このダンボールはリアゲート反対側(室内側)の蓋が密封されていない。 合わせ目に小さな鉄板と磁石が貼ってあって、内側から押せば開くことができる。
二重床の前端には半径 25 センチくらいの半円形の切り欠き穴があった。 運転席と助手席の直後の場所だ。 そして運転席と助手席の背もたれの間は少しだけ開いているので跨ぎ易い。 仁衣那さんはここを通って助手席に移動した。
分ってしまえばシンプルな仕掛けだった。 車が走り出したら仁衣那さんはダンボールの蓋を足で押して開き、二重床の下に這い出る。 待機していた多華乃さんが交代でダンボールに入り、その蓋は仁衣那さんが閉める。 あとは目的地に到着するまで隠れているだけだ。 僕が車を降りるのを待って、前端の切り欠き穴を抜けて助手席に移動した。 リアゲートを開けても荷物が積み上がっているから仁衣那さんの姿は見えない。
「酒井さんの奥さんはいつから隠れてたんですか?」 「んー、東京のマンションを出るときに手錠掛けて、それからずっと入ってたね」 「東京から?」 「隠れるのは直前でいいじゃないかって言っても、それじゃ勿体ないって言うんだよ。うちの妻は」 「うふふ♥」 多華乃さんが笑った。 この人はどうしてこんなに色っぽく笑うんだろうか。 「この人、こんなことするためにひと月かけて新車を改造したのよ。わざわざ商用車を買って。バカでしょ?」 「フルフラットのバンだから何でも使えて便利なんだよ。だいたい、最初にダンボールに詰めて運ばれたいって言い出したのはタカノじゃないか」 「私は誘拐された気分を味わいたいって言っただけ。イリュージョンやるつもりなんてなかったんだから」 ぷ。 何人かが吹き出した。
「俺たち全員、春の新歓合宿のときこのネタ仕掛けられたんだよね」 そう教えてくれたのは公演会に出ていた男性メンバーの一人だった。 「わざわざ一人ずつ呼び出されて、この車に乗せられて」 「まあ驚くわよね。まさか奥様が登場するとは思ってもいないし」 現役の人たちまで引っ掛けられたのか。 騙されたのが僕だけじゃないと分って、少しだけ安心した。
「わたしも巻き込まれたんだよー」 仁衣那さんも笑いながら教えてくれた。 「知らないうちにダンボールに入るって決まってたんだから」 「仁衣那センパイが断るはずないですものね」知里さんが言う。 「あはは、多華乃さんじゃないけど誘拐されたみたいな気分になれて楽しかった」 「いいですよねー、誘拐」 「こら琳琳」「あれ、知里さん。嫌ですか誘拐?」 「いやちょっと憧れる」 その場の全員が笑った。 笑わなかったのは僕だけだった。
酒井さんと目が合ったら、笑いながらウインクされた。 何を言いたいのか何となく分かったけど、おじさんのウインクが気持ち悪くてそれ以上何も考えられなかった。
8. 「カンパ~イ!!」 バーベキューが始まった。 集まったのは僕を含めて男6人女6人の合計12人。 あらためて紹介してもらったので、皆の名前を整理しておこう。
・同好会現役 3年 朝比奈知里さん(会長) 2年 占野(しめの)陽介さん(副会長) 八代亘さん 1年 高浦仁志さん 岩淵琳琳さん ・同好会OB 酒井功さん、多華乃さん夫妻 小谷真幸さん 出水仁衣那さん ・ゲスト 玻名城れいらさん(高校3年) 桧垣梢(こずえ)ちゃん(中学3年)
ゲストのれいらさんと梢ちゃんは、あのギロチンイリュージョンに出ていた女の子だった。 客席から上がって手首を切断されたのがれいらさん。 そして切断された手首を演じたのが梢ちゃんだった。 二人はイリュージョンが好きで酒井夫妻と仲良��していて、その縁で同好会の公演をお手伝いしてくれたそうだ。 あのイリュージョンはスマホのカメラで中継する演出がすごかったけど、ガラス箱の中でぴくぴく動く手首も迫力があった。 誰かがテーブルの下から手を出しているのは分かっていたけど、まさか中学生がやっていたとは。
「畑本サン、ウチがやった手首見ました?」 「うん、あれは凄かったよね」 「でしょ? 自分でも渾身の演技やった思てますもん。将来手タレになろかて真剣に考えたくらい」 梢ちゃんは関西弁を駆使してよく喋る子だった。 「特殊メイクの専門家に来てもろて手首のメイクに4時間、そのあとテーブルの中半日待機で頑張ったんですよー」 「そんなに!?」 「こら、」れいらさんが突っ込む。 「調子に乗って誇張しちゃダメ。畑本さん真面目そうだから信じちゃうでしょー」 違うの? 「えへへ、メイクは知里さんがぱぱっとしてくれて、ネタ場に入ったんは休憩のとき。その後は放置されてましたけどね」 「あら、直前に入ったんじゃなかったの?」 「だってヒンズーのときは皆さん出演中で誰もおらへんし、一人やと入られませんから」 「そっかー」 「ええんです。ウチは耐えられる子やから。イッくんにご褒美も約束してもろてますしね!」 途中から二人の会話が分らなくなった。 放置で耐えるって、どういう意味なのか?
「梢ちゃ~ん、おいでーっ。一緒に飲もー!!」 琳琳さんの呼ぶ声がした。 「はーい!! ・・すんません、ウチ人気モンで」 梢ちゃんはペコリと頭を下げると琳琳さんのいる輪の方に走って行った。 残されたのは僕とれいらさんの二人。
「・・面白い子でしょ?」「そうですね」 「コミュ力が高いというか、誰とでもすぐに友達になるのよね、あの子」 「一緒に飲もうって、梢ちゃん中学生なのに?」 「乾杯以外は全員ノンアルかコーラよ。後のアクティビティに影響しないように。・・イッくんの指導がしっかりしてるのよね」 「イッくんって誰ですか? 梢ちゃんも言ってましたけど」 「酒井さんのことよ。酒井イサオさんだから "イッくん" って呼んでるの」 あのおじさんが、イッくん・・。
「ね、同じ学年だし、そろそろあたしに敬語は止めて欲しいな。それに "れいらさん" じゃなくて "れいらちゃん" でいいんじゃない?」 「分かりました、じゃなくて分った。れいらちゃん」 「あたしも来年はJ大でイリュージョン同好会に入るから仲間だよね、畑本くん」
"畑本さん" が "畑本くん" に変わって、少し嬉しくて少し残念だった。 もしや "将司くん" って呼ばれるかと思ったのだった。 今日初めて会話したばかりの相手に名前呼びを期待するのは図々しいことではあるけどね。
そもそも僕はれいらちゃんのことを何も知らない。 酒井さんが「そっちの世界を知ってる子」って言ったのは彼女のことだろうか。 僕は隣に座るれいらちゃんを横目で見る。 白いシャツの上にパーカー、デニムのミニスカート。とても可愛いと思う。 この子が拘束や緊縛に詳しい? まさか。
「そんな目で女の子を見たら嫌われるわよ、畑本くん」 うわ、同じこと誰かに言われたような。 「でも今はその目で見てもいいわ。呆れて愛想をつかされるのはあたしの方かもしれないしね」 「どういう意味?」
れいらちゃんは笑ってテラスの方を指差した。 「始まるみたいよ!」
9. ○ ドラム缶水中脱出 「さあさあ、現役諸君並びにゲストの皆様。本日OBが贈るスペシャルイリュージョンへようこそ!!」 酒井さんが芝居がかった喋り方で呼びかけた。
テラスにドラム缶が置かれている。 あの公演で最後のイリュージョンに使われたドラム缶だった。 真上に差し掛かる太い木の枝にワイヤを巻いて滑車が取り付けられていた。 ドラム缶の前にOBの酒井さんと小谷さんが立っている。 黒いタキシードに蝶ネクタイと白手袋。この季節に暑そうな恰好だ。
待ち兼ねたように同好会メンバーとゲストがドラム缶の前に集まる。 OBがイリュージョンをすると知らなかったのは僕だけらしい。 とりあえず後ろの方で見ていたら、れいらちゃんが隣に来てくれた。
「さてここにあるのは容量 400 リットルのドラム缶。先日現役諸君が使ったものだね」 酒井さんは後ろのドラム缶を手で示した。 「実はこれ中古品をたった千円で買って改造したものなんだ。値段より持って帰って来る方が大変だったよ」 現役2年生と3年生が笑った。そのときの苦労はよく覚えているのだろう。
「先のステージで使ったとき、この中は "空気" だった。しかし、」 ドラム缶の側面を手で叩く。 どぅん。重い音が響いた。 「美女をドラム缶に入れるなら、本来その空間は "水" で満たされているべ���ではないか」 「そうだー!」れいらちゃんが両手を口に添えて叫んだ。 「ありがとう」 酒井さんはにやりと笑った。
「そもそも我々アマチュアに水中イリュージョンはハードルが高い。どうやって現地で大量の水を確保するか。どうやって短時間で注排水するか。重量も満タンで 430 キロ。下手な会場じゃ床が抜ける」 うんうんと頷く現役の人たち。 「しかしここなら問題はない。今しがた水道水をホースで入れたところだよ。1時間かかったけどね」 小谷さんがドラム缶の中に手を入れ水をすくってみせた。 「という訳で、本日はセクシーな美女の水中脱出をみんなで楽しもうと思う」
酒井さんと小谷さんは振り返ってコテージの玄関を示した。 「お待たせしました。美女の登場ーっ!!」 ドアが開いて多華乃さんと仁衣那さんが登場した。 うわぁーっ。ぱちぱちぱち。 きゃあっ!! 色っぽ~い!!
二人とも水着だった。 髪を上げて括り、身に着けているものといえば極端に布地の少ないマイクロビキニとハイヒールのみ。 恥ずかしそうなそぶりはまったく見せない。 堂々と胸を張って微笑みながら、腰に片手を当ててモデルみたいな歩き方でやって来た。 多華乃さんはスレンダーでセクシー。どこかで本当にモデルやってたんじゃないかと思うほど。 仁衣那さんは前に見た学生時代の動画から少しだけ丸くなった感じ。でも大きな胸とお尻はやっぱりセクシーだ。 「キレイ~!」「色っぽいよねぇ」 梢ちゃんと琳琳さんの声が聞こえる。
待ち構えていた酒井さんと小谷さんが二人を迎えた。 タキシードのマジシャンにはさまれてポーズをとるマイクロビキニの美女二人。 エロい構図だなぁ。 「うわぁ、エロいなぁ」 れいらちゃんが同じことを呟いて思わず隣を見た。 「あれ? あたし何か変なこと口にした?」 「変とは思わないけど、エロいって言ったよ」 「あは」 れいらちゃんの頬が少し赤くなった。 「・・あのね、イリュージョンのお約束だから当然なんだけどね、あんな風に正装した男の人の隣で女だけカラダ見せる恰好。畑本くんはケシカラン!って思わない?」 「思う。とんでもなくケシカランね」 「よかった、あたしと同じだ」 「そういうのを喜ぶのは男だけかと思ってたよ」 「女子でも好きだよ。多華乃さんや仁衣那さんみたいに綺麗な人なら」
・・
小谷さんが頭上の滑車にかかるロープを下ろした。 ロープの先は輪になっていた。 「では美女たちがドラム缶に入ります。まずはタカノから」 「はい」 多華乃さんがロープの輪を両手で握ると、小谷さんと酒井さんは二人がかりで滑車の反対側のロープを引いた。
ふわり。 テラスにハイヒールを残して多華乃さんが浮かび上がった。 握力だけで自分を支えながらポーズを決める。 片膝を引き上げて静止。続いて後ろに曲げた脚を反らして後頭部にあてた。美しい逆海老ポーズ。 マイクロビキニの身体を撓らせブランコのように揺れる。 揺れながらゆっくり降下し、やがて爪先でドラム缶の縁を捉えて水の中にするりと降りた。 胸まで沈んで妖しく微笑む。 溢れた水が周囲に流れてテラスを濡らした。
水に入るだけでこのパフォーマンス。 いったいこの人は何者? 「多華乃さんは昔クラシックバレーやってたんだって。恰好いいでしょ?」 れいらちゃんが教えてくれた。 なるほど。それであの身のこなし。
「次は出水さん」「はい」 仁衣那さんがロープの輪を掴んで吊り上がった。 身体を伸ばして静止。それから。 ? 仁衣那さんの笑顔がこわばっていた。 腰だけが前後にばたばた動いて、伸ばした爪先は空中の一点に固定されていた。 どうやら多華乃さんみたいに優雅に動くのは無理そうだった。 そのうち力尽きて落ちるんじゃないか。
「畑本くん、悪いけど手伝ってくれるかい」 酒井さんに呼ばれた。何で僕が。 「そこに立って、彼女を受け止めて」 目の前に仁衣那さんが降りてきた。 「抱いてあげて、お姫様抱っこで」「え」 背中と膝の下に手を入れて支えた。 柔らかい! 腕の中に小さなビキニを着けただけの女体があった。 「ごめんねー」「いえ」 仁衣那さんが謝って視線を下ろすと目の前にふくよかな胸の谷間。
「彼女を運んでくれるかい」 覚悟を決めて仁衣那さんをドラム缶まで運んだ。 そこには多華乃さんが微笑みながら待っていた。 仁衣那さんは僕の腕の中から手を伸ばすと、そのままドラム缶に転がり込んだ。 ぼちゃんっ。 波がたって多華乃さんのときより大量の水が溢れた。
「うふふふ♥」 仁衣那さんと多華乃さんがドラム缶の中に立った。 互いに抱き合ってビキニの胸を合わせた。二人の胸の谷間を波が洗っている。 「・・将司くん、ちょっと待ってくれる?」 仁衣那さんが僕を呼び止めた。
仁衣那さんは微笑みながら両手を背中に回した。 身をくねらせてブラの紐を解くと、多華乃さんと密着した胸からブラを引き抜いた。 「わたしを運んでくれたお礼♥」 親指と人差し指につまんだブラが差し出された。
梢ちゃんが口に手を当てて固まっているのが見えた。 いいのかね、中学生の前でこんなことをして。
「やるわね」「ふふん」 多華乃さんが悔しそうに言うと仁衣那さんは誇らしげに笑った。 「負けられないわね」 多華乃さんは両手を水の中に沈めた。 くねくねと腰を動かす。 え? 「私からもプ・レ・ゼ・ン・ト♥」 渡されたのは脇の紐を解いたビキニのボトムだった。 多華乃さん、下を脱いだんですか!!
こ、これはさすがに高校生の僕にも刺激が強いです。 同好会の人たちは笑い出し、れいらちゃんは手を叩いて喜んでいる。 梢ちゃんは、といえば両手を口に当てたままコロリと倒れ、右に左に転がりながら悶絶していた。 「終わりましたか? ・・じゃあ畑本くんは戻って下さい」 酒井さんが言った。 「���女からのプレゼントはちゃんと持って帰るように」
僕はたぶん耳まで赤くなっていたと思う。 れいらちゃんの隣に戻ると、にやにや笑いながら背中をどんと叩かれた。 仁衣那さんのブラと多華乃さんのパンツは手の中に丸めて握れるくらい小さかった。 これ、どうしたらいいの?
・・
はぁ~っ。ふぅ~っ。 多華乃さんと仁衣那さんが抱き合いながら呼吸を整えた。 大きく息を吸って互いに頷くと、水の中に頭を沈めた。 再び溢れた水がこぼれる。
酒井さんと小谷さんが上から蓋をした。 これは前回のドラム缶イリュージョンで使ったのと同じ、丸い穴が二つ開いた円盤だった。 蓋の穴から濡れた手が2本出た。 よく見るとどちらも左手だった。 多華乃さんと仁衣那さんが左手をさし上げているのだった。 酒井さんは手錠を持ってきて、二人の左手に掛けた。 これで手を下げるころはできない。 小谷さんが蓋の周囲にバンドを掛け、さらに南京錠を6個取り付けた。
・・
コンコン。 ドラム缶の側面を軽くノックすると二人の手の指がひらひら動いた。 「一般に息止めの限界は3~4分程度と言われています。今はまだ1分経っただけだから心配ないね」 酒井さんが腕時計を見ながら話した。 「本来なら次は美女の脱出シーンになるけど、今日は現役諸君のために質疑応答の時間をとろう。まずはこちらへ来て機材をチェックしてくれるかい」 同好会現役メンバーがドラム缶の傍に集まった。僕たちゲストも手招きされて集まる。
2年生で副会長の占野さんが指摘した。 「全体が上下反対になっていますね」 「そう。先のイリュージョンとは逆の向きで置いている。このドラム缶は両方の面が開いたオープンタイプ仕様なんだよ。どちらかに底板を取り付ければ任意の向きで使える」 酒井さんは腰を屈めてドラム缶の底を示した。 そこにはボルトで締めた底板が固定されていた。
「前回はこの底板は逆の側についていたんだ。・・では、なぜ上下をひっくり返したのか? 理由は側面にあるこの隠し扉」 ドラム缶の側面上部に扉が付いていた。 縦 30 センチ、横は缶側面の円弧に沿って約 60 センチ。 ドラム缶本体と同色に塗られて目立たないように工夫されているけれど、近くで見ると存在が分かる。
「君たちのとき、この扉はドラム缶の下の方にあって梯子の台と繋がっていただろう? 朝比奈さんと岩淵さんはここを通って交換した」 知里さんと琳琳さんが頷く。 「でも水を入れてしまうと、この扉は邪魔物になるなんだ。たった水深1メートルでも扉全体に 180 キロの力がかかる。水漏れを防ぐのは大変だし、下手すると扉そのものが弾け飛んでしまう」 なるほどという顔をする一部メンバー。きょとんとしている残りのメンバー。 「まあ、水圧は恐ろしいということだね。海外のタネ明かし動画ではドラム缶の底に水密構造の蓋があったりするけど、あれはプロがお金をかけて作らせたものさ」 酒井さんは学校の先生みたいに説明を続ける。 「隠し扉を最上部にすれば水圧でかかる力は 36 キロ。これなら僕でも何とかなるから最初からその強度で作ったんだ。・・念のために付け加えると、水圧が低くても扉を開けば当然水はこぼれるよ。だから中に水が入っている限りこの扉を開くことはできない」 ポンと手を叩いた。 「以上が上下逆にした理由さ。・・他に質問は?」
「あの、」 次に手を上げたのは知里さんだった。 「この手錠、前に使ったのと違うようですけど」
それは蓋の穴から突き出された多華乃さんと仁衣那さんの手に掛かる手錠のことだった。 同好会現役のイリュージョンのとき、ドラム缶から手を出して手錠を掛けられていたのは琳琳さんだった。 最後の瞬間に琳琳さんは手を引き下げ、そのタイミングに合わせて知里さんが黒幕の後ろから登場した。 あのときの手錠は軽く引けば外れるフェイクの手錠だった。
「よく気付いたね、朝比奈さん。さすが会長だ」 酒井さんは嬉しそうに説明する。 「これはね、正真正銘の本物なんだ。フェイクじゃない」 「は?」 「だから、ここに閉じ込められている彼女たちが自分で外すことはできないんだよ」
知里さんと琳琳さんが目を丸くしてる。 「試しに岩淵さん、その手錠を両側から引っ張ってみてくれる」「はい」 琳琳さんが手錠の輪を掴んで引いた。 「外れません」 「本当に引いてる? もっと強くやってみて」 さらに力を入れて手錠を引っ張った。 と、手錠を掛けられた左手がくいと動いて琳琳さんの手を掴んだ。 「きゃ!!」 皆が笑った。
「上手ねぇ、イッくん。多華乃さんか仁衣那さんか、どっちの手か分からないけど」 れいらちゃんが僕にだけ聞こえるように小声で言った。 そうか、これもイリュージョンの演出なんだよね。 相手に知識がある前提のイリュージョン。こんなやり方もあるんだな。
・・
「いいかい、半トン近くある重量物だからね、途中で傾いたり倒れ掛かったりしても絶対に自分で支えようとしないこと」 酒井さんの説明が続いている。 急いでいるように見えない。
多華乃さんと仁衣那さんは無事なんだろうか。 何か仕掛けがあるのは違いないから、無事には決まってるんだけど。 誰も心配しているように見えないし、れいらちゃんに至ってはにやにや笑っている。
「事故は何でもないときに起こるんだ。僕の知ってる人に倉庫の現場で骨折した人がいて・・」 「おーい酒井よ。そろそろ先へ進んだらどうかな」 小谷さんが催促した。 「おっと、話に夢中になって忘れていた。・・もう12分も経ったのか」 酒井さんは時計を見て大げさに驚く。
蓋の穴から生える二本の手が前に垂れていた。 その指を持ち上げても再び力なく垂れるだけだった。 「これは手遅れかもしれないね」 そう言うと酒井さんはどこからともなく赤いバラの造花を2本出し、ドラム缶の手に持たせた。 「これは美女を復活させる魔法の花」
小谷さんが大きな黒布を持って来て酒井さんに渡した。 酒井さんは両手で布を持ちドラム缶の前に掲げた。 布の上に二本の手が見えた。
れいらちゃんが言った。 「やっとクライマックスだね」 「いつもこんなに仰々しいの?」 「何でも大袈裟にするのよ、イッくんは」
酒井さんがカウントした。 「ワン、ツウー、スリー!」 次の瞬間、二人の美女の手がぴんと伸びて下に消えた。
数秒後。 黒布の後ろから、仁衣那さんが小谷さんにエスコートされて出て来た。 裸の胸を片手で隠しながらポーズをとる。 次は小谷さんが黒布を持ってドラム缶の前に掲げた。 すぐに酒井さんに手を引かれた多華乃さんが布の陰から半身を見せた。 前を巧みに隠しながら布を二つ折りにして腰に巻く。 二人ともたったいま水の中から出てきたみたいに濡れていた。 髪から雫がぽたぽた垂れている。 小谷さんが仁衣那さんの肩を、酒井さんが多華乃さんの腰���抱いてお辞儀をした。
その直後、仁衣那さんがふぅっと息をついて座り込んだ。 大きな胸を押さえて震えている。 押さえようにも押さえられない何かを我慢しているようだった。 小谷さんがバスタオルを肩に掛けると、それを頬に当ててやっと笑った。
多華乃さんは酒井さんの肩に爪先立ちでしがみついていた。 腰の布が下に落ち、セクシーアクション映画のヒロインかと思わせる綺麗なお尻が全員に公開された。 小谷さんがバスタオルを持って来たけれど多華乃さんは離れる気配を見せない。あきらめて二人の上にまとめてタオルを被せた。 やがて酒井さんが腰を屈め、タオルの下で多華乃さんとキスをした。 きゃあ~っ!! 女性陣が一斉に歓声を上げた。
・・
いつまでも離れようとしない多華乃さんをようやく引き剝し、酒井さんは再び皆の前に立った。 タキシードのジャケットが濡れているのが分る。 「最後にハプニングがあったけどこれで演技終了だよ。・・君たちが知りたいと思っているであろうポイントはおそらく次の二つ。美女が水中でどうやって生き延びたのか、そして封印されたドラム缶からどうやって脱出したか」 全員が頷いた。 「まさにその二つがこのイリュージョンの肝だね。ただし、それを説明するのは明日までお預けにしようと思う」 「ええ~っ?」 「勿体をつけるのが好きなんだよ、僕は」 酒井さんはそう言ってにやると笑った。 「イリュージョン好きが揃ってるんだ。皆で考察して楽しんでくれたら嬉しいね」
10. それからバーベキューパーティは知里さんと琳琳さんのアイドルソングで盛り上がった。 アイドル服とかではなくバーベキューのパンツスタイルのままだったけど、僕にはそのほうが二人を身近に感じられていいと思った。 やがて梢ちゃんとれいらちゃんも立ち上がって一緒に踊り始めた。 可愛いな、この子たち。特にれいらちゃん。 気がつけばれいらちゃんだけを見ていて、慌てて目を反らせたりした。
・・
夕方になってバーベキューはお開きになった。 会長の知里さんがこの後のスケジュールを説明する。 「1階の食堂にチェア・アピアランスとヒンズーを置いたから触っていいわよ。アクティビティは20時から。女の子はそれまでにシャワーを使っておくこと!」 アクティビティってのは酒井さんが言ってたアレか。 全員が参加するんだろうか? 中学生の子もいるのに。
バーベキューの片づけを手伝ってから一人でコテージに入った。 1階は2~30人くらいが座れそうなダイニングになっていた。 テーブルと椅子を片付けたフローリングの窓際に一人掛けの黒い椅子があった。 人体出現椅子だ。チェア・アピアランスっていうのか。 その隣はヒンズーバスケット。 公演会で使ったのを運んできたんだね。
椅子はキャスターが付いていてどの方向にも押せるようになっている。実際に押してみると案外軽い。 中を見たい。でも勝手に開けたら叱られるかも。 躊躇しているところへ知里さんが通りがかった。 「知里さんっ」 ダメ元でお願いしたら笑って椅子の中を見せてくれた。 ・・そうか、こんな風になってたのか。 知里さんここからあの速さで出現。僕ならとても無理だ。
次にヒンズーの蓋を外して中を覗かせてもらった。 それは想像していたのと違った。 内側の壁に沿って細いパイプの梁が張ってあった。もちろんちゃんと剣を刺せるようになっている。 入口裏の四隅、手で握ったり足を掛けたりできるんじゃないか。 そうか。あのステージで逆さになったとき、琳琳さんはここに掴まって。 「このヒンズーはイリュージョン同好会で一番古い資産なのよ。酒井さんが会長時代に魔改造したって聞いたけど、全然壊れないの」 「ここのフレーム、手作りなんですね」 「興味深々ね」「そりゃそうですよ」
「少し時間あるかな、畑本くん」 「はい?」 「酒井さんからキミのこと聞いて、一度お話ししたいって思ってたの」 知里さんと並んで床に座った。
・・
「ドラム缶のイリュージョン、畑本くんはどう思った?」 「凄かったです。説明��長すぎましたけど」 「話が長いのは酒井さんの芸風だから許してあげて」 芸風、ですか。 「最後に出てきた多華乃さんと仁衣那さんを見たでしょ? あの人たちのこと畑本くんにはどう見えた?」 あの時の二人を思い浮かべる。 疲労困憊していて、でも満足してて、エッチな気分になっていて。 「はっきり言ってくれていいわよ」 「はい。エロかったです」 「好きだなぁその答。ウチの1年2年の男の子たち、オブラートで包んだ言い方しかしてくれなくって物足りないのよね」 「そうですか」 「酒井さんのイリュージョンって、ときどき女の子はエロくなっちゃうのよ」 「知里さんは水中脱出のタネを知ってるんですか?」 「知らないわ。でも何となく想像はできるな。聞きたい?」 「はい」
「多華乃さんと仁衣那さん、ドラム缶の中でずっと水に浸かってたと思う。それと楽に呼吸する手段もなかったんじゃないかな」 「それじゃあ、」 死んじゃうじゃないですか。 「落ち着いて意識を保っていたら無事でいられるよう配慮していたと思う」 「僕はシリコンとかゴムのチューブを使って息してるのかなって思ってましたけど」 マ○ク・マジシャンのタネ明かし動画じゃそうだったぞ。 「そうかもしれないけど、多華乃さんと仁衣那さんの様子見て何となく思ったのよね。酒井さん、狙ってるなって」 「何をですか?」 「アシスタント、というより女の子に楽させない。わざと苦しい思いをさせる。それを観客の見えないところでする」 「それ、イリュージョンに必要ですか?」 「要らないよねぇ。他に安全な手段があるなら」 知里さんはそう言って笑った。
「そう思った理由はもう一つあるのよね。それはあの手錠」 「知里さんが質問した手錠のことですね」 「そう。あれは絶対に本物だと思う」 「本物だって言ってましたよね」 「実は本物と説明して、本当の本当はフェイクって、珍しくない方法よ」「そうですか」 「そもそもあの質疑応答がなければフェイクの手錠で十分でしょ? その方が楽に脱出できるんだし」 「そうですね、あれは誰かから指摘されるのを想定して。・・いや違うな。本当の本当はフェイクにすればいいんだから」 「思ったのよね。あの説明は私たちにしてたんじゃなくて、ドラム缶の中の多華乃さんと仁衣那さんにしてたんじゃないかって」 「え」 「あれは二人に思い知らせたのよ。君たちはより困難な方法で脱出させられるんだよって」
「あの、」 「何?」 「酒井さんって、ドSですか?」
「いいわねぇ、ストレートな質問!」 知里さんは楽しそうに笑いながら答えてくれた」 「答はもちろんイエスよ。そんな人の作るイリュージョンだもの、女の子はエロくなっちゃうわよ!」 つまりそれは。 「女性の方もドMになってしまうってことですか?」 「うふふ」 知里さんは笑った。ちょっと不思議で妖しい笑い方だった。 「そうかもしれないわねぇ」 何ですか、急に含みのある言い方。
・・
「誰がドSだって? 朝比奈さん」 「きゃ! 酒井さんっ、いつの間に」 「この椅子のことなんだけど、」 「はい?」
酒井さんはチェア・アピアランスの椅子を指差した。 ドSって言われて叱るんじゃないの?
「これ今年買ったんだよね。中古には見えないけどいくらだった?」 「はい。新品で20万円、くらいだったかしら」 「どうしても欲しいなら中古を安く買ってレストアしてあげるのに」 「そんな、いつもいつもお願いする訳には」 「今年の活動費は残ってるの? 遠征の輸送費は?」 「それは、足りないときは皆で出し合って」 「困ったら僕に連絡して、朝比奈さん。OB会からも援助するから」 「はい、ありがとうございます」 「ところでこの椅子はどんな使い方を考えてるのかな」 「それは出現と消失」「あとは人体交換?」 「はい」 「20万円も使ってそれだけじゃ勿体ないよ。ぜひ新しい使い方を提案して欲しいね」 「は?」 「ムチャ振りのつもりはないよ。皆で相談してみたらどうかな」
酒井さんはそう言うとフロアを出て行った。 「新しい使い方考えて」を言いたかったのね。 予算がどうのとか、回りくどい人だな。 それにしてもムチャ振りされましたね、知里さん。 酒井さん、やっぱりドS。
「む!」 知里さんが唸った。 「出現椅子の新しい使い方。よーし、考えてやろーじゃないの!」 「大丈夫ですか?」 「なせばなる! ・・あーん、どうしよう!?」
[Part.4 体験緊縛] 11. 1階ダイニングの床にイリュージョン同好会の現役メンバー5人全員と、梢ちゃん、そして僕が座っていた。 梢ちゃんも体験緊縛に参加するんだね。 れいらちゃんがいないのは意外だった。絶対に来ると思っていたのに。
梢ちゃんが琳琳さんの方を向いて、口元を手で隠しながら言った。 「ウチ、ノーブラにしました。外した方がいいって聞きまして」 「アタシもノーブラだよ」「私も」 琳琳さんと知里さんも口元を手で隠して返した。 まる聞こえだった。内緒話になってない。 占野さん、八代さん、高浦さんの男性メンバーが顔を赤らめている。
知里さんはメンズのワイシャツ1枚。琳琳さんと梢ちゃんは白いTシャツにショートパンツ。 ワイシャツから延びる知里さんの生足がセクシーだった。 あのワイシャツの下はノーブラで、まさかパンツも履いてない? 知里さんが言った。 「畑本くん、そんな目で女の子を見たら嫌われちゃうわよ」 うわうわうわ! またしても。 「でも私は自分に素直な男の子が好きよ。だから安心して」 知里さんは自分でワイシャツの裾を持ち上げて白いショーツを見せてくれた。 「ほら、穿いてるわよ♥」 皆が笑った。僕も笑った。
・・
OBの人たちが入って来た。 多華乃さんと仁衣那さんは、キャバ服だっけ、身体のラインくっきりの真っ赤な超ミニドレス。多華乃さんのドレスは片方の肩を出してて、仁衣那さんのは脇腹が出ている。 酒井さんと小谷さんは紺の作務衣。やっぱりこの二人が緊縛の担当なんだね。 そのうしろには、れいらちゃんがいた。前の二人と同じ作務衣を着ている。 れいらちゃんも緊縛担当なの!?
「今日が初めての人は?」 酒井さんが聞くと、琳琳さん、高浦さん、そして梢ちゃんと僕が手を上げた。2年生以上の人は初めてではないのか。 「分かりました。体験の前にまずは見本として出水さんとうちの妻を縛ります」 「皆さん、固くならずにくつろいでね」 小谷さんが安心させるように言った。
輪になって座った僕たちの中央に、れいらちゃんが 1.5 メートル四方くらいの小さなカーペットを敷いた。 その上に多華乃さんと仁衣那さんが立つ。作業が始まった。 れいらちゃんが縄を手渡し、それを使って酒井さんと小谷さんが縛る。 酒井さんの獲物は多華乃さん。小谷さんの獲物は仁衣那さん。 「これは高手小手縛り」「こっちは鉄砲縛り」 するすると魔法のように縄が掛かる。 胸の上下に縄が掛かると、多華乃さんの綺麗な胸がふっくら盛り上がった。仁衣那さんの大きな胸が一層大きく盛り上がった。 多華乃さんも仁衣那さんも胸の先端がつんと突き出ている。おへその窪みもくっきり解る。 こんなに薄い衣装で縛るから身体の凹凸がはっきり出るのか。 縄で締まる女体、ものすごくエロい。
「はぁ・・」 作業を見ていた琳琳さんが溜息をついた。少し震えているようだった。 知里さんが黙って横から琳琳さんの手を握った。 梢ちゃんは身動き一つしない。目だけが酒井さんたちの手の動きを追っている。
やがて多華乃さんと仁衣那さんは背中合わせで繋がれ、そのままカーペットにお尻をついて両脚を胡坐で縛られた。 新しい縄を二人の口に噛ませながら二周、三周。 ぐるぐる巻いて押し付け合った後頭部が離れないようにした。 最後は二人の頭に巻いた縄に別の縄を直角に掛けて絞る。これは酒井さんの指導でれいらちゃんが施した。
「完成です」 カーペットごと引きずって、多華乃さんと仁衣那さんを窓際へ移動させる。 二人の髪をれいらちゃんがブラシで整えた。 「しばらく置物にしましょう」
ほぇ~。 思わず唸ってしまった。 置物にされるって、どんな気持ちだろう。 隣に座る一年生の高浦さんと目が合ってお互い苦笑した。 高浦さんも初めて生の緊縛を見たんだろうな。僕と同じだ。
・・
「次は、岩淵さんと梢ちゃんに被虐を体験していただきます」 酒井さんが言った。 「岩淵さんはこちらの小谷が担当します。梢ちゃんは僕がお世話するね」
琳琳さんがびくっと震えた。 その後ろに小谷さんが立つ。 「��手を後ろで組んでください」「・・はい」 おそるおそる回した手に縄が掛かった。 「あ・・、っ」 上半身を縛った後、うつ伏せに寝かせて膝と足首を縛る。さらに足首の縄を背中に繋ぐ。 「あ、あ、あぁ、・・」 可愛い声で囀る琳琳さん。まるで歌っているみたいだった。 アイドルソングを元気に歌う時とは全然違う声だったけれども。
梢ちゃんは急に慌て始めた。 「あ、あの、ウチ!」 急に立ち上がって酒井さんに頭を下げる。 「お、お世話になりますぅ!」 「座ったままでいいよ」 「そやっ。ウチの母ちゃ、母もよろしくお願いします言(ゆ)うてました!!」 「お母さん?」
「梢ちゃん、可愛い♥」「本当♥」知里さんとれいらさんの声が聞こえる。
「落ち着いてね。不安なら目を閉じていたらいいよ」 酒井さんはそう言うと縄を持って梢ちゃんを縛り始めた。 「はぁ~っ」 両手を腰の後ろで緊縛。その後椅子に座らせて背中と足首を緊縛。 「あーっ、動かれへん!」 部屋じゅうに聞こえる声で梢ちゃんが叫んだ。 「動かれへんっ、動かれへん! ウチ、縛られてるぅー!! ・・そや写真!」 急に周囲をきょろきょろ見る。 「誰かっ、誰でもええからウチの写真、撮ってくださーいっ。こんなん一生の宝モンやんかー!」
窓の方から「ブファっ」「ンファファっ」という音が聞こえた。 多華乃さんと仁衣那さんが縄の猿轡の下で拭き出した声だった。
・・
れいらちゃんが縄を持って来た。 「畑本くん、体験してみる?」 僕も? 「あたしに縛られるのが嫌だったら、酒井さんか小谷さんが縛ってくれるけど?」 そんなことはないよ。
僕はれいらちゃんに縛ってもらうことにした。 手首を後ろで縛られる。 胸に縄が回された。手首が吊り上がる感覚。 胴と腕の間に縦に通した縄を絞られた。 きゅ。 「うわ」 全部の縄が締まって上半身が固められた。 動けない。動けないけど痛くない。 「どう?」 「すごいよ!」 れいらちゃん、縄師じゃないか。
「高浦さんはどうですか?」 れいらちゃんは1年生の高浦さんにも聞いて縛り始めた。 酒井さんや小谷さんに負けないくらい、れいらちゃんの緊縛は手早く見えた。 「動けないよ!」 高浦さんも驚いている。
初めて味わう感覚だった。 イリュージョンで使う拘束具、手錠や枷なんかとは全然違うと思った。 縄ってすごいな。
12. みんな縄を解いてもらって、体験緊縛は一旦休憩になった。 多華乃さんと仁衣那さんは緊縛を解かれた後しばらく立てなかった。床に手をついて身を震わせている。 泣いてる? ちょっと違う。 二人とも、満ち足りていて、とてもエッチな気持ちに溢れている。 「軽い縄酔いだから心配ないよ」酒井さんが言った。
なわよい? 初めて聞く言葉だけど、多華乃さんと仁衣那さんを見ていて何となく想像はついた。 一度縛られたら解いてもらっ��後も気持ちいいんじゃないか。まるでお酒に酔ったみたいに。 縄酔いの多華乃さんと仁衣那さん、何となく昼間のイリュージョンでドラム缶から脱出したときに似ていると思った。 そういえば知里さんが言ってたな。 多華乃さんと仁衣那さんはあのイリュージョンで苦しい思いをしたはずだって。 そんなイリュージョンをやったら女の子はエロくなる、とも。 さっきの緊縛も同じなんだろうか?
もう一度知里さんと話したいと思った。 知里さんの姿を探したけど部屋にいない。お手洗いかな?
「将司く~ん♥」 仁衣那さんが這い寄って来て僕の膝に乗った。 「うわ」 「ごめんねー、何だかんだお世話になって」「別にお世話してませんけど」 「そんなことないよー。昼間わたしを抱っこしてくれたでしょ。今もほら、抱っこ♥」 両手で抱きつかれた。 唇を突き出してキスしようとするので必死に逃げる。 れいらちゃんと梢ちゃんがこっちを見て笑いこけているのが見えた。 「に、仁衣那さん! どーしてそんな急にハイになるですか。さっき立てなかったくせに」 「許せ少年そういう癖(へき)の女じゃ、きゃはは」
「今の仁衣那ちゃん、調子に乗ったら何でもしてくれるわよ♥」 いつの間にか多華乃さんが傍にいて言った。この人も縄酔いから復活したみたいだ。 「あら先輩、もう大丈夫?」 「ごめんなさいね。私、あなたより繊細だから」 む。 仁衣那さんの顔が一瞬強張り、それからにやあっと笑った。 「・・わたしをこんな女にしたの、多華乃さんと功さんなのに」 「その言い方、高校生の彼が誤解するんじゃない?」
二人の顔がぐっと数センチの距離まで近づいた。 一瞬女同士でキスするのかと驚いたけどそんなことはなく、仁衣那さんが多華乃さんの肩に右手を当てただけだった。 その肩に刻まれた模様。うわ、縄の痕だ。 仁衣那さんの手首と多華乃さんの肩に縄の痕があった。 二人のキャバ服からむき出しの肩、二の腕、手首のそこかしこにも縄で縛られた痕がある。 柔らかい肌に縄の刻み目。 エロ過ぎるよ。これは。 緊縛って、女性を何もかもエロくするんだなぁ。
「・・パンツ脱ぐなんてシナリオになかったのに、あれは将司くんを誘惑したんですか? 多華乃さん」 「そんなつもりはないわ。ただ彼が可愛かっただけよ」 「それを誘惑って言うんですよ」「うふふ」 僕がお二人のエロに感動しているのに、まだしょーもないマウント取り合ってるんですか。
「多華乃さんって可愛い男の子が好きですよね。功さんもああ見えて実は可愛いし」 「仁衣那ちゃん人のこと言う前に早く彼氏見つけなさい」 「ぐわぁっ」 仁衣那さんがのけ反った。 「人が気にしていることを~っ」 「確かもう25だっけ?」「ああああ~!!」
あれ、25? 計算が合わないぞ。 24だと思ってたのに。 「すみません、仁衣那さんは大学出て2年ですよね。なのに25って」思わず質問してしまった。 「あれ、畑本くん知らないの?」「ああっ。言わないでぇ~っ」 「うふふ。ちょっと道草しちゃったのよ彼女」「え、と、いうことは」 「お慈悲を、お慈悲を~、多華乃さまぁ」 「遊び過ぎて留年したのよね、仁衣那ちゃん」「あらら」 「うわーん」 多華乃さん、普段はMなのにこういうときはSなのね。
・・
休憩タイムが済んで、次は占野さんと八代さんの2年生男性コンビが多華乃さんと仁衣那さんを縛り始めた。 亀甲縛り、は難しいから菱縄という縛り方に挑戦するみたいだ。 小谷さんがつきっきりで指導している。
琳琳さん、高浦さん、梢ちゃん、そして僕の初心者グループはれいらちゃんから "本結び" という縛り方を教わった。 緊縛の世界では腕や足首を縛るときの基本中の基本ともいえる手順らしい。 れいらちゃんが自分の足首を縛ってみせ、それを見本に各自がそれぞれの足首を縛った。 「じゃあペアを組んで、お互いの手首を縛って下さい」 女の子を縛れる! ・・と思ったら、すぐに琳琳さんと梢ちゃんがペアになって縛り始めてしまった。 僕と高浦さんは顔を見合わせて苦笑する。・・男同士で、縛る? れいらちゃんがすぐに察して申し出てくれた。 「縛るなら女の子がいいよね。じゃあ、あたしの手首を順にどーぞ!」
・・
酒井さんが来て言った。 「まだ時間があるから、梢ちゃんと岩淵さん、もう一度縛ってあげようか」 「うわーい!」「お願いします!」
酒井さんの緊縛はとても速かった。 梢ちゃんと琳琳さんをそれぞれ後ろ手に縛る。 二人を隣り合わせで床に膝を崩して座らせた。 梢ちゃんが右側、琳琳さんが左側。足を崩す方向も梢ちゃんは右側、琳琳さんは左側。 やや小柄な梢ちゃんが琳琳さんに甘えているようにも見える。 酒井さんは二人の背中に縄を足して連結した。 梢ちゃんと琳琳さんは互いに横座りで体重をかけ合っているから立てない。 下半身は自由なのに立てない。
「どこか痛いかな?」「いいえ」 二人は首を横に振った。 「君たちの身体のどこにも無理はかけていないはずだよ。どこも痛くないのに拘束感だけはある。・・そんな感覚をしばらく楽しむといいよ」 酒井さんは白布の目隠しを二人に掛けた。
・・
梢ちゃんと琳琳さんが目隠しで過ごしたのは15分くらいだと思う。 その間に酒井さんがやったのは僕も予想外のことだった。 目隠しを外されて、二人は叫んだ。 「えっ、れいらさん?」「れいらちゃん!!」
れいらちゃんが正座で縛られていた。 衣装は作務衣のまま。 後ろ手の縛りは一見似ているけれど、両手が背中の高い位置で直角に交差していた。 女の子ってこんな姿勢で平気なのか。 下半身は脛と太ももをまとめて縛られていて、正座の姿勢から動けないようになっている。
「えへへ、イッくんにお願いして即興で縛ってもらったの」 れいらちゃんは明るく笑って言った。 「あたしも梢ちゃんや琳琳さんと同じ仲間だよ」
僕はれいらちゃんから目を離せなかった。 縛る方と思っていたれいらちゃんが縛られている。衝撃で心臓が止まりそうだった。 作務衣姿で笑顔だから、普通に考えたらエロいはずがない。 エロくないのにドキドキする。どうしてだろう。 れいらちゃんが縛られている。自由を奪われて、それなのに笑ってる。 それだけで興奮するのは何故だろう。
・・
「ねぇ会長は?」 「あれ? そういやどこ行ったんだろう」 緊縛体験会が終わる頃になって、知里さんがいないことに皆が気付いた。 バスルームや2階の部屋を探しても見つからない。
「・・誰を探してるの?」 酒井さんがのんびり聞いた。 「だからさっきから知里さんがいないんですよ!」 「朝比奈さんなら外にいるけど?」 え?
全員で外に出た。 コテージ正面のテラスに昼間のドラム缶が置いたままになっている。 その頭上、木の枝に取り付けられた滑車。 そこから全身をがんじがらめに縛られた知里さんが吊られていた。

白いシャツと素肌が夜目に浮かび上がる。 仰向けで半ば逆さ吊り。 膝で折って縛られた太ももと脛に食い込む縄が痛々しい。 両脚の間の縄、あれ股縄っていうんじゃなかったかな。 くしゃくしゃになった顔で喘ぎながら振り子のように揺れる知里さん。
「かなり手間かけて縛ったんじゃない? イッくん」 れいらちゃんが聞いた。 「そうだね。僕一人で30分くらいかかったかな」 「いつ?」 「休憩のとき。一緒に抜け出して吊ってあげたんだよ」 酒井さんが説明した。 「朝比奈さんの希望は "吊り" だったんだ。食堂は吊り床がないからここへ来て。そうしたら、ドラム缶に逆さ吊りで沈めて欲しいって言い出されて、いくらなんでもそれは危険だから・・」
「わあ~!!!」 上の方から声がした。 「酒井さんっ。そこから先は言わないでぇ~」 無残な宙吊り緊縛で苦し���でいるとは思えない、大きな声だった。
「知里会長、僕らが思ってた以上にドMだった」 副会長の占野さんがぼそっと言った。他の1~2年男子も頷く。
「いいなぁ、次はアタシも吊って下さいってお願いしようかな」 琳琳さんが言った。隣で梢ちゃんがうんうんと頷く。
「イサオったら、"吊り" なんて私には長いことご無沙汰なのに」 多華乃さんが文句を言った。れいらちゃんがまあまあと慰める。
「あれ? あそこにいるの、知里ちゃん?」 仁衣那さんが初めて気が付いたみたいに言った。 誰もフォローしないから仕方ないので僕がズッこけてあげた。
13. ベッドに入って眠ろうとしたけど眠れなかった。 頭の中に浮かんで消えないのは、ドラム缶イリュージョンの多華乃さん仁衣那さんではなく、宙吊り緊縛の知里さんでもなく、ぜんぜんエロくない作務衣で緊縛されたれいらちゃんだった。
1階に降りてくるとダイニングの灯りが点いていた。 同好会の人たちが人体出現椅子を囲んで何か相談していた。 ダイニングの仕切り衝立(ついたて)を持ってきて、その手前で椅子を何度も左右に押して動かす。
・・分かった。酒井さんのムチャ振りだ。 出現椅子の新しい使い方を考えなさい。 皆さん大変だな。 邪魔する訳にいかないから僕はそのままコテージの外に出た。
・・
森の中に遊歩道があった。 ところどころ照明灯が点いていて歩き易かった。 「畑本くん!?」 れいらちゃんがいた。 小さなタンクトップとショートパンツ。素足にサンダルを履いているだけ。 何その可愛い恰好。
「れいらちゃん、こんなところでどうしたの?」 「梢ちゃんがぐっすり寝ちゃったのよ。今夜はいっぱいお話ししましょって言ってたのにね。・・それで冷たいモノ飲もうと思って降りてきたら同好会の人たちがいるでしょ。仕方ないから出てきたの」 「僕もそんな感じ」 梢ちゃんとれいらちゃん、同じ部屋に泊ってるんだね。
「梢ちゃん、疲れたんだろうね」 「そうね。人生で一番衝撃的な体験をしたと思うわ、彼女」 「聞いてもいいかな。梢ちゃんはどうして体験緊縛なんて」 「あれはね、梢ちゃんが手首のイリュージョンで頑張ったご褒美なの」 「意味が分かりません」 「イッくんを通して出演頼まれたときにね、縛ってくれるなら出ますって言ったのよあの子。・・イッくんの特技が緊縛だって、どこで気付いたのかしら」 「中学3年生を縛ってもいいの?」 「いけない理由って何かある? あたしの初体験は中2だったよ」 え、えええっ。 「あ、誤解しないでね。初体験ってのはキンバクのことだから」 そんな補足されたら、かえって誤解するじゃないですか。
「そんな訳で、梢ちゃんのご両親に体験緊縛のお話したらすぐに了解して下さって」 「り、理解あるご家族だね」 仁衣那さんとバーベキューに行ったら緊縛されたって、オヤジとオフクロに報告したらどんな顔するだろう?
「梢ちゃんのお母さんもすごいのよ。初めて男の子から縛ってもらったのは中学3年のときだったわって」 「それ向こうから教えてくれたの?」「そうよ。オープンなお母さんだわ」 「それは梢ちゃんも知ってるの?」 「もちろんよ。ウチも一緒や!って喜んでたわ」
・・
深夜の遊歩道を並んで歩いた。 こんな可愛い女の子と出会ったその日の夜に二人きりで歩いている。でき過ぎの展開じゃないか。 もう手くらい繋いで、いい雰囲気になって、それから。
「畑本くん、あたしのことどう思った?」 「えっ。そりゃ、明るくて可愛くて」 「違うよ。縄で男の子縛っちゃうような女のことどう思うって聞いたの。・・引いた? やっぱり」 「そんなことはないよ。いきなりだったから驚いたけどね」 「よかった。これでも変なことやってる自覚はあるから、嫌われても仕方ないとは思ってるの」 「・・あのさ、れいらちゃんってドSなの?」 酒井さんみたいに。 「へっ? あたしがドエスぅ!?」 れいらちゃんが目を丸くした。 いけね。またド直球で聞いてしまった。
「ごめん、からかうつもりはないんだ」 「いいよ。あたしは緊縛に興味があるだけだからSにもMにもなるよ。縛るならイッくんみたいに格好良く縛りたいし、縛られるなら多華乃さんみたいに色っぽく縛られたい」 「緊縛って僕にはまだ分からないな。全然動けなくてすごい技術だと思うし、多華乃さんや知里さんの緊縛見て超エロいとも思ったけど」 「酒井さんが感心してたわよ。畑本くん、"イリュージョンはアシスタントの汗と涙で成立する" って言ったんだって?」 そんなこと言ったっけ? ・・あ、仁衣那さんのセリフ。 「素敵よね。そんな風に言える畑本くん、きっと素質があると思うわ」 「酒井さんにも同じようなこと言われたよ。でもイリュージョンと緊縛は全然違うでしょ」 「そりゃエンタメとプライベートパフォーマンスだもんね。あ、これイッくんの受け売りだから突っ込まないでね」 「?」 「目的は違ってもやってることは似てると思わない? どっちもだいたい被虐の役目は女性だし」 「そう言われればそうだけど」
れいらちゃんは急に立ち止まってこちらを向いた。ものすごく距離が近かった。 どきんとした。 「ほら!」 手首を前で合わせ僕に向けて差し上げた。まるで縛られているみたいに。 「本結びの練習であたしの手首縛ったでしょ? ドキドキしなかった?」 「した」 「あたしもドキドキしたんだよ。"縛るなら女の子がいいよね!" なんて今思い出すだけでも赤面することよく言ったと思う」 薄暗がりの中でれいらちゃんの頬が赤くなっているのが分った。 何となくれいらちゃんの言いたいことが解った気がした。
「その役目って、同好会やOBの人たちには普通のことなんだね。女性の方も嫌がってないし、むしろ楽しんでやっている?」 「うん。それが水中脱出でも、縛られて置き物にされることでもね」 「エロくなっちゃうよね」 「なっちゃうねー。だからだいたいマゾに目覚めるし、元々マゾの人はもっとこじらせちゃう」 「それが知里さん?」「仁衣那さんとか」 「多華乃さん?」「あの人はJ大でイッくんと出会う前から超ドM」 「ははは」「うふふ」
・・れいらちゃんは? 聞きたかったけど、面と向かって聞くと引っ叩かれそうな気がしたので止めた。
くしゅんっ。 れいらちゃんがくしゃみをした。 「夜中に薄着過ぎるんじゃない?」 「えへへ、そうかも。・・今何時かしら?」 「分からない。スマホ持って来なかったし。そろそろ戻ろうか」 再び並んで歩き出した。 れいらちゃんの肩がさっきより近いような。
「ね、畑本くんはお付き合いしてる人いるの?」 え、れいらちゃんから聞いてくる? 「いないよ。れいらちゃんは?」 「あたしもいないわ。・・大学に入ったら一緒にイリュージョンやってくれる彼を見つけるつもり」 「それ、僕のことじゃない?」 「あ、言われてみれば」
「僕はれいらちゃんとイリュージョンをやりたい。酒井さんみたいにオリジナルのイリュージョンを作って」 「オリジナル? 畑本くん、あんなすごいの作れるの?」 「それは分からないけど、やってみたいんだ」 「よぉし頑張れ! できたらあたしが一緒にやったげる。・・酷い目に会う役でもいいよ」 「なら逆さ吊りで火炙りとか」 「ばか。死んじゃうでしょ」
れいらちゃんが笑った。 おお、いい雰囲気じゃないか。これはもう肩抱いても。 手を伸ばそうとしたらするっと逃げられた。
「こら。男の子ってすぐにこうなんだから」 「メンボクないです」 「じゃあ手だけ繋いであげる」 「やった」「現金ねぇ」 「素直なのがよいと知里会長にも評価していただきました」 「何それ、あはは」
14. コテージの前でれいらちゃんと別れた。 ダイニングでは同好会の人たちがまだ練習をしているようだった。
僕もやって見せたいな、イリュージョン。 立ち止まって考えた。 体験緊縛で習った縄。 頭の中でアイディアを整理する。
・・
酒井さんと小谷さんは駐車場にいた。 あのバンタイプの軽自動車の脇に小さなテーブルと椅子を置いてランタンの灯りでお酒を吞んでいた。
傍に行くなり酒井さんに言われた。 「れいらちゃんと一緒にいたね」 見られちゃったか。もしかして手を繋いだところも? 「心配無用。我々は誰にも漏らさないから」小谷さんにも言われた。 「まあ、梢ちゃんあたりに気付かれないようにね。あの子やたら勘がいいから」 「・・心得ました」
「それで何か用?」 あ、そうだった。 「僕もイリュージョンやっていいですか?」 「え」「ほう」 二人が身を乗り出してきた。
緊縛の縄を1本借りれますか。7メートルくらいの柔らかい縄があったら嬉しいんですけど。 「10メートルの綿ロープがあるから切ってあげるよ」 針金のクリップ2~3個。できるだけ太目のやつで。あとラジオペンチを貸して下さい。 「クリップってゼムクリップ? 工具箱に入ってるかな」 最後にもう一つ。本結びを習いましたけど全然自信がありません。もう一回特訓してもらえませんか? 「もちろんいいよ」
本結びで誰を縛るつもりでいるのか、酒井さんにも小谷さんにも聞かれなかった。 もうバレバレだとは思うけど。
[Part.5 ワークショップ2日目] 15. ○ チェア・アピアランスのバックステージ 明朝。 朝食の後、知里さんたちによるイリュージョンの発表があった。 お題は "チェア・アピアランスの新しい使い方"。
1階ダイニングに現役メンバー5人が整列する。 ステージ衣装を用意していないから、バーベキューのときと同じ服装だった。 僕たち観客は手前で一列に座って見ていた。その真ん中で酒井さんが腕組みをしている。 知里さんが挨拶した。 「バックステージ(backstage)というカテゴリのイリュージョンがあります。今皆さんは舞台の奥にいてイリュージョンを後ろから見ています。向かい側に仮想の客席があると思って下さい」 自分の後ろを手で示した。 「客席から見えない秘密が皆さんにだけ見える。・・それではチェア・アピアランスのバックステージイリュージョン、よろしくお願いします!」
2年の占野さんと八代さんがチェア・アピアランス=人体出現椅子を押して来た。 知里さんが足を組んで座る。その上から大きな黒布。 数秒後、黒布を外すと知里さんは消失していた。 占野さんと八代さんは椅子を左側に押して行き、僕たちの反対(=仮想客席がある側)を向けて置いた。 僕たちからは椅子の背中が見えるだけになった。
・・
琳琳さんが出てきた。腰に手を当ててお尻をくねくね振りながら歩いている。本人はモンローウォークのつもりなんだろう。 ステージ中央で立ち止まると僕たちにお尻を向けて(=仮想客席を向いて)手を振る。
高浦さんがダイニングの仕切り衝立を運んできて、琳琳さんの向こう側(=仮想客席の側)に立てた。 衝立の高さは2メートルくらい。 僕たちからは琳琳さんの後ろ姿が丸見えだけど、仮想客席からは衝立の陰になって見えない想定だ。
・・
左側にあった椅子を占野さんと八代さんが押して出てきた。僕たちからは相変わらず椅子の背しか見えない。 衝立の手前(仮想客席から見ると衝立の陰)に椅子を停める。 その直後、椅子の背もたれの陰から知里さんが立ち上がった。 交代して琳琳さんが背もたれの陰に入って消える。 占野さんと八代さんは椅子を押して右側に移動して行った。 ほんの数秒の交換だった。
高浦さんが衝立を外し、知里さんが(仮想客席に向かって)手を振る。 仮想客席からは琳琳さんが消失して知里さんが出現したように見えるはずだ。 再び衝立が戻されて、知里さんを(仮想客席から)隠した。
・・
右側にあった椅子が押されて戻って来た。 衝立の手前(仮想客席から見ると衝立の陰)で椅子を停める。 今度は椅子から琳琳さんが立ち上がり、椅子の中へ知里さんが消えた。 椅子は再び左側に押されて移動する。 高浦さんが衝立を外し、琳琳さんが(仮想客席に向かって)手を振った。 さっきとは逆の交換だった。
・・
占野さんと八代さんが三たび椅子を押して出てきた。 衝立は脇に退けたままだから、適当な場所に椅子を停めた。
椅子に黒布が被せられた。 脇に立っていた琳琳さんが駆け寄って椅子を指差す。 布を外すと・・、 「じゃーん!」 そこに座ってポーズをとっていたのは知里さん、じゃなくて梢ちゃんだった。
・・
酒井さんが立ち上がって拍手した。 他の観客・・小谷さん、多華乃さん、仁衣那さん、れいらちゃんと僕も拍手した。 観客の中に梢ちゃんがいないのは最初から分かっているから、ラストで梢ちゃんが出現したこと自体には驚かない。 それでも拍手したのは、イリュージョンとして素晴らしい出来だったからだ。 これなら実際のステージでも通用するんじゃないかな。
「えっと、講評の前に、」 酒井さんが椅子を指差して聞いた。 「よく二人も入れたねぇ」 「梢ちゃんとなら入れるんです。アタシと知里さんじゃ無理でした」琳琳さんが説明した。 「えへへ。ちっちゃい女の子が要るときはいつでも使(つ)こて下さいっ」梢ちゃんがおどけて言った。
「朝比奈さんはどうしたの?」 「あれ?」「会長っ」「知里さん!」 現役メンバーが椅子を開くと、知里さんが中で動けなくなっていた。 「ふにゃぁ~」 「大丈夫ですか?」 「成功したと思ったら、腰が抜けて」 「じゃ、そこでそのまま聞いてくれるかい」 「ふわぁい」
酒井さんが講評する。 「チェア・アピアランスのスピード感とバックステージの面白さ。両方を楽しめる素晴らしいイリュージョンだったよ。同好会連合の交流会辺り��やったらウケると思う。ただし通常のステージに出すのは難しいかもしれないね」 え、駄目なの? 「このバックステージのコアキャラクターは椅子そのものと二人のアシスタントだね。観客がその動きを追ってくれることが前提になっている」 皆が頷いた。 「だから最初の朝比奈さんの消失シーケンス。あれは "消失" ではなく椅子の内部への "移動" だと客が自然と思うように仕向けなけばならない」 「そうか。僕らは当たり前のように "移動" と捉えてた」占野さんが呟いた。 「その通り。チェア・アピアランスは最近よく見るとはいえ、まだまだ新しいイリュージョンだよ。椅子に腰かけた美女が一瞬で消える。それだけで驚く客が大半だろう。その先まで考えるのはプロかマニアだけじゃないかな」 「それなら、布で隠さずに椅子に入ったら?」高浦さんが聞いた。 「そんなシーンを見せるのはオリジナルのチェア・アピアランスに対して敬意がないと思うね、僕は」 酒井さん、厳しい。でもその通りだ。 「アイディアはあるよ。椅子の背中に丸い穴を開けて朝比奈さんが手を出して振るんだ。それなら中に女性が入っていることは誰にでも理解できるし、椅子に入る方法そのものは秘密にできる」 ああ、なるほど。それなら。 「でもね。それをはっきり見せてしまったら、次に普通の人体出現や消失で驚けると思うかい?」 「無理でしょうね」
「・・整理しよう。このバックステージの面白さは、椅子に潜む女性の姿は見せず、出入りを後方から見せることでお客を騙すところにある。だから最初に女性が椅子の中へ移動するシーケンスは欠かせない。でもそのシーケンスを理解してもらうのは容易でない」 「ダメかなぁ」八代さんがぽつりと言う。 「僕は決してダメ出ししてる訳じゃないよ。本当に面白かったし、現役諸君がこれを一晩で考えてくれたことを賞賛するよ。・・ただ、あのバックステージは少し未来に行き過ぎてる。そう感じただけなんだ」 「その未来は、いつでしょうか?」 琳琳さんが聞いた。 「申し訳ないけど、分からない。・・あの "あたまグルグル" とか "ウォーキングテーブル" くらい誰でも解るようになったとき、かな」 「その二つ並べるんですか」 「僕はウォーキングテーブルについてはそろそろ次のブレークスルーが欲しい段階と思っていて、その理由はあれ見て大げさに悲鳴上げる観客がスタジオ収録のマジック番組だけになったから、なんだけど」 「イッくんその発言ヤバいからもう止めよう」
・・
知里さんの救出は難航した。 本当に力が入らないらしくて、男性二人がかりでようやく引っ張り出してあげることができた。 「ふにゃあ、私このままでいい~」 「しっかりして知里さん!」 「もう、私、何されてもいいよぉ」 「会長いつの間にドMモード」
知里さんが平静を取り戻すまで30分くらいかかった。 その間に次のイベント "ドラム缶水中脱出のタネ明かし" の準備が進められたのだった。
16. ○ ドラム缶水中脱出 タネ明かし 正面テラスのドラム缶は水を入れ替えて再び満水になっていた。 酒井さん、小谷さん、そして多華乃さんと仁衣那さんがその前に立つ。 多華乃さんと仁衣那さんは昨日と同じセクシーなマイクロビキニ。
「今日は不要な演出を止めて、閉じ込めと脱出のプロセスだけを再現します。近くて見てもらって構わないよ」 酒井さんが言って全員がドラム缶の傍に集まった。 「これはUSBの水中カメラ」 酒井さんは小さな装置を皆に見せた。長いケーブルの先に丸いカメラが付いている。 「直径2センチ、長さ2センチ。レンズの回りにLEDが点くから暗くても撮影できるよ。これに磁石をつけてドラム缶の内側に貼れるようにした。ケーブルの取り回しが面倒だけどね」 水の中にカメラを入れてドラム缶の内側に貼った。 「こんな風に見える」 ケーブルを繋いだタブレットに映像が映った。水面から射す光に照らされてドラム缶の内部が明るく映っている。
「じゃあ、早速始めよう」 多華乃さんと仁衣那さんが水に入った。 前みたいにロープにぶら下がって入ることはなくて、酒井さんと小谷さんがさっと抱き上げて入らせてしまった。 また仁衣那さんを抱っこさせてもらえるのかと一瞬期待したけど、仕方ない。
溢れた水が周囲に流れた。 多華乃さんと仁衣那さんがドラム缶の中に立っている。 「昨日と違うのが分るかい?」 昨日と違う? 前回の光景を思い出そうとしたけど分からなかった。
「あ!」叫んだのは梢ちゃんだった。 「お腹が見えるっ。前はもっと沈んでました!」 え、そうだったっけ?
「その通り。前はこうだったんだ。・・やってくれるかい」 「うふふ」 多華乃さんと仁衣那さんが妖しく笑った。 互いに抱き合って胸を押し付け合う。 二人の背がすっと低くなった。 ドラム缶の縁からさらに水が溢れる。
ああ! 皆が声を上げた。 思い出した。胸の谷間を洗う波。
「せめて将司くんには気付いて欲しかったなー」仁衣那さんが言った。 「わざわざサービスしてあげたのに」 「も一回、脱いだら?」多華乃さんも言う。 「そうね、やっちゃおっか♥」
「あ、それは止めてくれるかな。また皆の目が惑わされてしまう」 「皆の目じゃなくて男性の目でしょ?」れいらちゃんが突っ込む。 「いいえ、私も惑わされました。仁衣那センパイのおっぱいが立派過ぎて」 「知里さんもですか? アタシも」「ウチも」 この同好会、女同士でこんな会話が多すぎるぞ。
「・・ええっと、」 酒井さんが続ける。調子が狂ったようだ。 「まあ、もう分かったと思うけど、前回は膝を折って屈んでたんだ。そうしなければならない理由は」 「上げ底なんですね」占野さんが指摘した。 「その通り。まっすぐ立ったら底が浅くなっているのが分ってしまうからね」
このドラム缶の深さは約 120 センチ。しかし 30 センチ底上げされていて実際の深さは 90 センチだという。 その 30 センチの部分は? 「金属の容器が置いてあるよ。中身は空っぽで入っているのは空気だけ。水圧で潰れないよう補強して底板にボルトで留めてある」
酒井さんは水中カメラを外して多華乃さんに持たせた。多華乃さんがカメラを底まで沈める。 タブレットの画面に多華乃さんと仁衣那さんの足元が写った。 水中で組み合わさった膝と足先、丸いお尻も見えている。 そして底に小さなペダルがあった。
「0.5 秒だけ押して」「はい」 多華乃さんが身を沈め右手でペダルを押した。 ぼこ。 卓球の球くらいのサイズの泡が浮かび上がった。 「ペダルを手で押すか足で踏むかすると、容器の栓が開くようになってる。栓が開いている間は水が流れ込み、同じだけ空気が出てくるんだ」 「その容器に空気はどれくらい入ってるんですか?」占野さんが質問する。 「だいたい 100 リットルだね」 「100 リットルの空気で呼吸できますか?」 「密室に 100 リットルの空気だけで二人が生きていられるかという質問なら答えはノー。前に調べてみたんだけど酸素濃度の低下と二酸化炭素濃度の上昇が原因でほんの2分くらいで呼吸が苦しくなる。4~5分で命の危険が生じる」 それじゃ無理じゃないか。 「この容器の目的は呼吸のための空気を提供することじゃないんだ。水を流し込むことでドラム缶内部の水面を下げることなんだよ」
酒井さんは多華乃さんから水中カメラを受け取ると、ドラム缶の内側に再度貼り付けた。 カメラのケーブルを蓋の手首用の穴に通しタブレットと再接続した。
「ここから先は実際にやって見せよう」
・・
多華乃さんと仁衣那さんが大きく息を吸って水の中に頭を沈めた。 上から蓋が閉められる。 蓋の穴から付き出された二人の左手に手錠を掛ける。 さらに蓋にバンドと南京錠を取り付けた。
「カメラの映像を注意して見ていてね」
タブレットの画面に多華乃さんと仁衣那さんが写った。 フィルター越しに撮ったみたいな青みがかった映像だった。 水中撮影だとすぐに思い出した。
二人は抱き合った互いの肩に頭を乗せてうずくまり、左手だけを真上に上げていた。 多華乃さんの顔が見えた。目を閉じてじっと呼吸を我慢している。 仁衣那さんの顔は陰になって見えない。
「・・案外狭いな」占野さんと八代さんが話している。 「上下 90 センチでしょ? 横はドラム缶の直径 80 センチだもの。ほとんど動けないわ」知里さんも言う。
ぽこぽこ浮かび上がる泡が見えた。 多華乃さんか仁衣那さんのどちらかが容器のペダルを踏んでいるのだろう。 泡は二人のお腹に当たり、そこから胸と肩を伝ってさらに上へ浮かんで行く。
画面の上方に水面が見えた。 さっきは水面なんてなかったのに。 その水面がゆっくり下がって多華乃さんと仁衣那さんの後頭部に掛かった。 なるほど、下の容器に水が流れ込んで水面が下がっているのか。 酒井さんの言った意味が分かった。
水面が下がって顔面が、いや鼻か口さえ水の上に出たら、後は呼吸ができる。 狭いドラム缶の中でも手首の穴の空隙から新鮮な空気が入ってくる。 それまで頑張れば窒息して死ぬことはないんだ。
ぽこぽこ浮かび続ける泡。 仁衣那さんが右手をぎゅっと握った。 二人の顔面はまだ水の中だ。 しまった、時間のチェックを忘れてた。 多華乃さんも仁衣那さんも、水中に沈んでから一度も呼吸をしていない。許されていない。
ゆっくり、ゆっくり、水面が下がる。 うつ伏せの顔面の端から空気に触れる。 多華乃さんが眉を寄せている。鼻と口はまだ水の中。 頭を捩じる。どうにか口が水面に出た。 わずかに空気を吸う。
顔が水面に出た。 二人の肩が揺れている。苦しそうだ。 多華乃さんと仁衣那さん、どれくらいの時間苦しんだろう。
「・・容器の空気が水と入れ替わって満タンになるまでの時間は容器の栓の直径で決まるんだ。直径 10 ミリだと 820 秒かかるけど、50 ミリなら 30 秒くらいで済む。通り道が広い方が速いということだね」 酒井さんが説明してくれた。 「じゃあ、できるだけ大きな栓にしてるんですね?」知里さんが聞いた。 「逆だよ。できるだけ小さな栓にしている。今使ってるのは直径 20 ミリで 205 秒」 「3分半? どうして!?」 「鼻口が水面に出るまでの時間はその半分くらいだよ」 「それでも・・」 「美女が苦しむ時間は長い方がいいと思わないかい?」 「!」 知里さんの顔色が変わった。
「絶対安全な方法なら外から空気管を引いて咥えればいい。でもそれは安易過ぎるとみなすのが僕の美学なんだ。・・イリュージョンはアシスタントの汗と涙で成立する」 酒井さんはドラム缶の上に出た多華乃さんと仁衣那さんの手を取った。 「幸い、ぼくの美学に賛同してくれる美女が今もこの中で頑張ってくれている。・・朝比奈さん、」 「は、はい」 「誰かが僕のことをドSと言ったみたいだけど、僕が見る限りそのドSが考えたイリュージョンに君も賛同してくれていると思うな」 「あ・・」
「公開調教♥」僕の隣でれいらちゃんが言った。 「嬉しそうだね。れいらちゃん」 「だって知里さんドMだって、みんなもう知ってるじゃない」 「そりゃそうだけど」
「・・はい、苦しい役、私も興味・・あります」 「OB会に入ったら是非、ね」 「はい」 知里さん、チョロい。
・・
ドラム缶の中では多華乃さんと仁衣那さんの肩まで水面が下���った。 「下の容器が満杯になったとき上端から水面まで約 40 センチ。ここまで下がれば隠し扉が水の上に出るよ」
酒井さんはドラム缶をノックした。 蓋の上にで出た多華乃さんと仁衣那さんの手が振られた。 その手首には手錠が掛かったままだ。
「では脱出のプロセスに移ります。映像をよく見ていて下さい。・・ワン、ツウー、スリー!」 二人が手を引き下げた。 ドラム缶の蓋に大きな穴が開いて、二人は手錠で繋がったまま手を下げたのだった。
多華乃さんが仁衣那さんの左手の手錠を解錠した。 同時に仁衣那さんが右手で隠し扉を開ける。 隠し扉はドラム缶の内壁に沿ってスライドするように開いた。 仁衣那さんが隠し扉を抜け出た。外で小谷さんが仁衣那さんを受け止める! すぐに多華乃さんが自分で手錠を解錠した。 隠し扉から脱出した多華乃さんを酒井さんが受け止めた・・!! ドラム缶の前に並んだ4人に皆が拍手した。
「いくつか補足説明します」 酒井さんが手錠を見せた。 多華乃さんと仁衣那さんが掛けられた手錠だった。 「これは本物だから引っ張っても外れない。だから細工するのは当然蓋の側になる」 ドラム缶の蓋の手を通す部分はダンボール製で裏にカッターで筋が入っていた。 手錠のまま手を下げれば筋の箇所が割れて開くのだった。 手錠の鍵は最初からドラム缶の内側に貼ってあって、多華乃さんはそれをずっと右手に握っていたのである。
「はい」占野さんが手を上げた。 「隠し扉が開いたままですが」 「そうだね。コテージから丸見えになるから後で閉めておいたよ。蓋の上から手を入れて」 「手を入れたのはダンボールの穴を通してですか?」 「もちろん」 「だったらその穴は、開いたままですか?」 「誰も覗き込まなかったからね。アイドルソング大会の間に蓋を外して水も抜いたから、それで証拠は消滅さ」
17. 水中脱出のタネ明かしが済んで、これで終わりという雰囲気になったとき。 酒井さんと小谷さんが僕を見てニヤリとした。 ・・やるのかい? やります。 僕は立ち上がって言った。 「皆さん、僕にもイリュージョンをさせて下さい!」 え? 皆の目が集まったところで追加して言った。 「相手は、玻名城れいらさんにお願いします」
・・
○ ロープイリュージョン 同好会とOB、梢ちゃん。 にこにこしながら僕とれいらちゃんを見ている。 多華乃さんと仁衣那さんなんてビキニのままで笑ってる。
「あたしでいいの?」 「れいらちゃんがいいんだ」 おおー。 歓声が上がったけど僕は怯まない。 「やってくれるかな」 「はい。喜んで・・。あたしはどうしたらいいの?」 「あの木の前に立つだけでいいよ」
テラスの近くに生えるハルニレの木。 その木の幹は、れいらちゃんが背中をつけて立ち、前から僕が抱きつけば反対側に余裕で手が回る太さ。 早朝から手頃なサイズを探して決めた木だった。 れいらちゃんがその前に立ってくれた。 白いシャツとデニムのミニスカート。 恥ずかしそうな笑顔。
「ようこそ皆様! これより世紀のイリュージョン。これなる美女を縄で縛り上げてお見せします!」 酒井さんの真似をして口上を述べたけど、全然決まってないのが自分で分る。 まあいいや。大切なのは勢いだ。 よーし、行くぞ。
酒井さんから借りた7メートルの縄は、前後 3.5 メートルずつまとめて、互いに繋がった二つの縄束にしてあった。 両手に握り、真ん中の縄をれいらちゃんの胸の上に当てた。 れいらちゃんの肩の両側から木の後ろへ縄束を送る。 前から抱くみたいにして手だけ木の後ろへ出し、手さぐりで縄をクロスさせる。 れいらちゃんの顔が近い。本当に抱いているみたいだ。 クロスさせた縄はそのまま反対側かられいらちゃんの腕の外に掛けてお腹の前へ。 縄はハルニレの幹の凹凸に掛かっているから自重で落ちることはないと思うけど、それでも少しきつめを意識する。 「痛かったらゴメン」「平気だよ」
お腹に来た縄はまたクロスさせ、手首の外から再び後ろ側へ。 前と後ろでクロスを繰り返しながら、れいらちゃんの身体とハルニレの木をまとめて縛って行く。 今、僕はれいらちゃんの身体を縛ってるんだ。 胸がばくばくして息が止まりそうだ。
身体の前だけで4回クロスさせた縄が足首に達したところで、クロスさせずに縛った。 足首はわざと縛らない。上から降りて来た二本の縄を本結びで縛り合わせるだけだ。 酒井さんに特訓してもらった手順だった。 体験緊縛で教わった手順は腕や足に縄を巻くことから始まるから、同じ本結びでも手順が違う。 これで完成。 れいらちゃんはまっすぐ立って両手を脇に添えた姿勢で縛られている。
・・
木の回りを一周してチェックした。 後ろでクロスする縄のうち、実は上から2番目と3番目はクロスしていない。 針金のクリップを曲げて作ったフックを掛けて、"クロス" じゃなく "折り返し" になっている。 OK。ぶっつけ本番で我ながらよくやったよ。 「さて、これからがイリュージョンっ。一瞬で縄抜けする美女をお見せいたしまぁす!」
「え、え、」 れいらちゃんが焦っている。 「あたし縄抜けなんかできない」 本気で困っているらしい様子が可愛い。このまま困らせておきたいね。 「ワンツースリーで力を込めて腕を左右に開いてくれる」 「それだけでいいの?」 「大丈夫。僕を信じて」 「はい」
"僕を信じて" なんて言ってしまった。 恰好いいじゃないか、僕!
「では行きます! ・・ワン、ツー、スリー!!」 れいらちゃんが腕を開いた。 後ろで針金のフックが開いて、折り返しの縄が外れた。 全体の絞め付けが緩み、巻き付いていた縄がばらばらと足元に落ちた。
おーっ。やった!! パチパチパチ。 僕はれいらちゃんの傍に行くと手をとってお辞儀をした。
・・
「いきなり頼んだのに受けてくれてありがとう。どうしてもれいらちゃんとやりかったんだ」 「こちらこそ。畑本くんが指名してくれて嬉しかったわ」 「本当はもっとすごいのをやりたかったんだけどね。昨夜考えた方法だし、あれが精一杯だった」 「あれ、畑本くんのオリジナルだったの?」 「まぁね。でも似たのはたくさんあるよ、きっと」 「すごい!! ・・実はね、」 れいらちゃんは周囲を見て近くで誰も聞いてないことをチェックした。
「ちょっと期待しちゃったの。畑本くんが縄を持ってあたしの前に立ったとき」 「期待?」 「うん。もしかして本当にあたしに酷いことするんじゃないかって」 「する訳ないだろ。れいらちゃんに酷いことなんて」
「昨夜あたしが言ったこと覚えてる? あれ半分は社交辞令だけど、半分は本気だったんだよ」 「何のこと?」 「忘れちゃった? 畑本くんと一緒にするイリュージョン、"酷い目に会う役でもいいよ" って言ったこと」 思い出した! ということは、つまり。
「次はJ大で一緒にやろうね、イリュージョン!」 「え」 れいらちゃんは僕が返事をする前にコテージの方へ走り去ったのだった。
18. 帰りは皆が乗って来た車でそれぞれ帰ることになっていた。
れいらちゃんと梢ちゃんは知里さんの車。 他の現役メンバーは八代さんの車。 イリュージョンの機材は小谷さんの2トントラックに積んで大学の倉庫へ運ぶそうだ。
ドラム缶は今まではOBからの貸し出しだったけど、水中脱出を教示したので正式に寄贈して同好会の所有品になる。 ということは、次は知里さんと琳琳さんが水の中で頑張るんだろうか。 酒井さんが説明していたように実際のステージで水を使うのは難しいから、できるのはこんな郊外の合宿だけかもしれないけどね。 僕としては知里さんの次の代、つまり琳琳さんとれいらちゃんの水中脱出に期待したいところだ。
知里さんと現役メンバーに挨拶する。 「お世話になりました。来年からまたお世話になりますけど」 「畑本くんは期待の星よ。楽しみにしてるわ」 「弱小サークルだけどよろしく!」「待ってるよ!」 「一緒にイリュージョンやりましょうね!」 「いつでも顔出してくれよな。歓迎するよ」
そうだ、これだけは伝えておかないと。 「僕はイリュージョン同好会に入ったらオリジナルのイリュージョンを作りたいと思ってます」 「おお、いいじゃないか」「どんなイリュージョンを作りたいの?」 「ここへ来て酒井さんのイリュージョンに驚きました。作るならあんなイリュージョンをやりたいです。・・その、」 僕は知里さんと琳琳さんの顔をうかがう。 「知里さんと琳琳さんがOKしてくれたらですが」 知里さんが察してくれた。 「・・女の子がエロくなるイリュージョン?」 「はい」 「会長何ですかそれ」占野さんが不思議そうに聞く。
「うふふ。私は大賛成。琳琳ちゃんも大丈夫よ。でもれいらちゃんにも聞かなくちゃダメよ」 「もちろんです」 実はれいらちゃんの答はもう知っている。 ・・酷い目に会う役でもいいよ! でもここで僕がそれを言うのは反則だね。 一緒に同好会に入って、皆の前で本人が賛成してくれたら、僕は自分の望むイリュージョンを作ろうと思う。
「あ、もしかして」占野さんが声を上げた。 「ドラム缶のタネ明かしで知里会長がドM全開になったアレ」 「ああ、アレね!」琳琳さんも分かったみたいだった。 「知里さん、アシスタントが苦しいイリュージョンをやりたいって言ったんですよね!」
知里さんの顔がぶわっと赤くなった。 「ち、違うわっ。あの、あの、あのときは」 「会長っ、落ち着いて下さい!」 「あのときは、苦しい役に興味ある、って言っただけ!」 「・・同じじゃん」高浦さんがぼそっと言った。
知里さん、後輩の前でもM女を隠せない。 可愛い人だね。 J大に入ったらどうぞよろしくお願いします。
・・
「畑本くんっ」 れいらちゃんから声を掛けられた。 まさか最後に告白? 「秋の学園祭でイリュージョン同好会も模擬店やるんだって! 行くでしょ?」 おお、学園祭デートのお誘い! もちろん行きます。絶対に行きます。 カレンダーにマルしておかなくちゃ。
「ウチもおりますよー!!」 梢ちゃんが割り込んだ。 「ウチも忘れんと連れて行って下さいねっ。それともウチがおったらジャマですか?」 そうか、梢ちゃんがくっついて来るのかー。 「邪魔なはずないでしょう? 梢ちゃんも一緒よ」 「そやかて畑本サン一瞬イヤって思たでしょ? ウチの勘は外れないんですよー」 梢ちゃんの勘、侮りがたし。
僕はれいらちゃん、梢ちゃんとJ大学園祭での再会を約束して別れた。
・・
同好会の人たちとれいらちゃん梢ちゃんの乗った車、そして小谷さんのトラックが出て行った。 後に残るのは僕と仁衣那さん、そして酒井さん夫妻の4人。 僕たちは酒井さんの車で帰ることになっている。 酒井さんの軽バンは二重床。荷室は荷物で一杯。 後席はない・・。
ここは譲るべきだよね。 「多華乃さんが助手席に座って下さい。僕は後ろに行きますから」 「偉いぞ少年。でも今はそんなマナー、どこかへやっちゃえ」
仁衣那さんが寄ってきて右側に密着した。重ねた掌を右の肩に乗せ、耳元で囁かれた。 「狭い場所に押し込まれるも美女の務めだよ♥」 多華乃さんも寄ってきて囁かれた。 「男性は前のシートでゆっ��りお寛ぎ下さい・ま・せ♥」 囁くなり多華乃さんは僕の耳を舐めた。耳穴に舌を入れられた。 うわぁっ。
「二人とも、遅くなるからそろそろ用意して」 酒井さんが止めてくれた。た、助かった・・。 「畑本くんは助手席に座ってくれるかい」 「は、はい」
「うふふふ」 多華乃さんと仁衣那さんは楽しそうに自分でガムテープを口に貼った。 互いに後ろ手錠を掛け合う。 それからバンの後ろから二重床の下に這って入っていった。 酒井さんがバタンとリアゲートを閉めた。
「東京まで乗って行くだろう?」 「はい。お願いします」 当たり前のように聞かれて答えた。
車が走り出した。 「驚かせて悪かったね。妻はああいう悪ふざけが好きなんだ。今日は出水さんも一緒だから余計に悪乗りして」 「大丈夫です。僕にはむしろ奥さんが何やらかしても動じない酒井さんの方が驚きです」 「そうかな」
・・
溜息をつきながら流れる景色を眺める。 僕を取り巻く世界、昨日と今日で激変したな。 イリュージョン、緊縛、そしてれいらちゃん。 今だって手錠掛けた女の人を荷物みたいに積んだ車で走ってるだぜ。
いろいろ変わり過ぎてしばらく混乱しそうだけ��、迷いはない。 僕には目標ができた。 イリュージョン同好会に入って新しいイリュージョンを作ること。 れいらちゃんに正式な彼女になってもらうこと。 もちろんその前に絶対に達成すべき目標。それはJ大合格だ。 死ぬ気で勉強する。れいらちゃんと一緒にJ大に行く。
「畑本くん、大学に入ったらうちに遊びにおいで」 酒井さんが言った。 「イリュージョンの話をしよう。それから縛り方も教えてあげるよ」 「いいんですか?」 「ああ。昔はJ大にも緊縛研究会があって僕もタカノも世話になったんだけどね、最近は活動停止しているらしい。うちに来たらタカノを受け手にして練習できるよ」 「ありがとうございます!」 「畑本くんはれいらちゃんを縛りたいんだろう?」 「!!」 「そのつもりじゃないのかい?」 「はい! もちろんそのつもりです!!」
そうだ。もう一つ目標があったんだ。 それはれいらちゃんを一人前に縛れるようになること。
「僕はあの子が小学生の頃から知ってるんだよ。大きくなってまさか緊縛に興味を持つとは思わなかったけどね」 「れい、いえ玻名城さんの緊縛の師匠は酒井さんですか?」 「そうだよ。れいらちゃんもタカノを縛って練習したんだ。縛られる方は僕が経験させてあげた。あの子は縛る方も縛られる方も適性があるよ」 そうか、やっぱり。 「畑本くんが縛れるようになったら、れいらちゃんにきちんと申し込んだらいい。緊縛でもパートナーになって下さいって」 「普通のパートナーになってもらう方が先だと思いますけど」 「ええっ、まだだったの!?」 珍しく大きな声で驚く酒井さん。
「ヌフ!」「ンフフ!!」 後ろで変な声がした。 振り返ると、二重床の切り欠きの下に仁衣那さんの顔があった。 ガムテープの猿轡の下で器用に笑っている。 あ、多華乃さんも笑ってる。 後ろ手錠の身体をひくひく揺すりながら笑っている。 よく盗み聞きできるもんだね、そんな狭いところに転がってて。
・・
「ちょっと五月蠅いね」 酒井さんが運転席の横のレバーを引いた。 かしゃ。 二重床切り欠きのシャッターが閉じて、仁衣那さんと多華乃さんの姿が見えなくなった。 笑い声も途絶えた。 まるで鮮やかなイリュージョンの幕切れのように美女が消え去った。
「何すかこれ!!」 「こんなこともあろうかと作っておいたんだ」 「真田班長ですか」 「誰だい、それ」
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~登場人物紹介~ 畑本 将司 (はたもとまさし): 18歳(高3) イリュージョンに興味がある高校生。 朝比奈 知里 (あさひなちり): 20歳(大3) J大イリュージョン同好会会長。アイドルコスで歌うのも好き。 占野 陽介 (しめのようすけ): 20歳(大2) 同好会副会長。 八代 亘 (やしろわたる): 19歳(大2) 同好会メンバー。 高浦 仁志 (たかうらひとし): 18歳(大1) 同好会メンバー。 岩淵 琳琳 (いわぶちりんりん): 19歳(大1) 同好会メンバー。 酒井 功 (さかいいさお): 26歳 同好会OBで初代会長。特技はイリュージョン製作と緊縛。 酒井 多華乃 (さかいたかの): 26歳 同好会OB。功の妻。身体が柔らかい。 出水 仁衣那 (でみずにいな): 25歳 同好会OB。将司の再従姉妹(はとこ)。巨乳。 小谷 真幸 (こたにまさき): 26歳 同好会OB。功と共に緊縛ができる。 玻名城 れいら (はなしろれいら): 18歳(高3) 酒井夫妻の友人。功から緊縛を習っている。 桧垣 梢 (ひがきこずえ): 15歳(中3) 酒井夫妻の友人。大阪出身。
酒井功・多華乃さんが関係するお話もずいぶん増えましたので、関連する過去作を一覧にします。 本話だけ読んでも楽しめるように書いていますが、これらもご覧いただけば一層楽めると思います。 『体験イリュージョン』 (功くん、多華乃さん、仁衣那さん登場) 『多華乃の彼氏』 (功くんと多華乃さんの出会い、小学生のれいらちゃん登場) 『多華乃の彼氏2』 (イリュージョン同好会設立) 『美術モデル』 (れいらちゃん高校生) 『梢ちゃん、初めてのイリュージョン』 (梢ちゃん登場) 上の流れとは独立していますが、こんなお話もありますのでよろしければどうぞ。 『アネモネ女学院高校文化祭マジック研究会公演記』 (仁衣那さん高校時代) 『キョートサプライズ・水色の思い出』 (梢ちゃんお母さんの中学生時代)
今回は本文だけで4万5千文字の巨大サイズになりました。 イリュージョンの数も多く、そちら方面に興味のない方には読み難いと思います。 一部のイリュージョンには見出しをつけましたので、適当に読み飛ばしてもらってもストーリーは追える、かな?
新キャラは主人公の畑本くんと、J大イリュージョン同好系現役の面々です。 畑本くんはイリュージョン好きでネットで情報収集するタイプ。 SNSや動画サイトはもちろん、無料で見られるなら英文のイリュージョンブック(イリュージョンを演じるための説明本)まで探して読む、まあ私や皆様^^と仲間です(笑。 そんな彼も功くんが作る 変態的 マニアックなイリュージョンを初めて知って 道を誤る 新たな道を選ぶことになりました。 畑本くんの設定を考えていたら、偶然れいらちゃんも同学年。となれば若いモン同士でいい雰囲気になってしまうのはもうお約束ですよね!
同好会メンバーでは知里会長が可愛らしいM女になってくれました。下級生にもバレバレなのに本人は隠そうとしているところが私の好みです。 琳琳ちゃんもM性たっぷりですがまだ1年生。彼女には男性メンバーの誰かをボーイフレンドにしたいと思っていましたが描けませんでした。
それでは登場したイリュージョンを順に振り返ります。 作者オリジナルのイリュージョンがいくつかありますが、どれも実現性を考えたガチです。今回ファンタジーのイリュージョンはありません。 ネタバレ/タネ明かしがあるので、本文未読の方は先にそちらをお読みになることを強くお勧めします。
1) ブルームサスペンション人形 仁衣那さんの部屋にある人形を畑本くんが見つけたことからお話が始まります。 私も欲しくなって簡単なペーパークラフトを作ってみました。やじろべえ構造にしたので本当に揺れます。 (実物のブルームサスはこんな揺れ方はしません) 使ったのは手持ちの古ハガキ、プラ板、ナット。台座は 100 均で見つけた「ミニ王冠と杖」です。 製作期間1日以内のお手軽作品です。 参考までに 裏面はこんな感じ です。
2) イリュージョン同好会公演オープニング 一人掛けの椅子と巨大造花からそれぞれ美女が出現します。どちらも現実にあるイリュージョンです。 特に美女が出現する椅子(チェア・アピアランス)は最近よく見かけるイリュージョンで Amazon でも買えてしまったりします(笑。
3) マジカルマミーの人体交換 巨大な布を人間にぐるぐる巻いて、再び解くと別の人間が出てきます。 たぶん昔からあるイリュージョンです。 私は同じ布の左右で2回巻くアレンジをしてみましたが、すでにどこかで演じられているかもしれません。
4) 逆さヒンズーバスケット 美女が入ったまま上下を逆にできるオリジナルのヒンズーバスケットです。 『多華乃の彼氏2』でイリュージョン同好会初代会長の功くんが出来合のヒンズーバスケットを魔改造しました。 あまりに丈夫で壊れないので、7年経った今も使われ続けている設定です。 本話では発泡スチロールのボールを流し込むバリエーションをやりました。
5) 手首ギロチンと切断手首 首が落ちるギロチンイリュージョンはよく見かけるので手首でやってみました。 落ちた手首をガラス箱の中に収めること、その手首が動くこと、それをカメラで接写して観客のスマホに中継するのはオリジナルです。 実は倉橋由美子さんの『怪奇掌篇』に含まれる『カニバリスト夫妻』のエンディングにインスパイアされたのがこの手首です。 『カニバリスト夫妻』で女性の手首はアクリルキューブに入っていましたが、ここではガラス箱に変更。 切断面を覆う白いレースが洒落ていたので真似させていただきました。
6) ドラム缶脱出 千円で買った中古の 400 リットルドラム缶を改造して作ったオリジナルイリュージョンです。後述の水中脱出にも使用する前提で改造されています。 隠し扉の追加などでドラム缶本体よりはるかにお金がかかっていると思います。
7) 軽自動車ダンボールの人体交換 イリュージョンというよりイタズラです。 助手席に座る人物一人を騙すためにばかばかしい手間をかけています。こういう遊びが大好きなんですよね。 (言わずもがなですが、本当にやったら乗車積載方法��反になりますよー^^) 想定車種はズズ○のエ○リイ。床面フラットの軽バンというだけで、車に詳しい方ならお判りかも。 図面をダウンロードして調べましたが、エ○リイの収容力はすごいですね。床面から 500mm の二重床の下に(女性を詰めた)490×730×630mm のダンボール箱を3個収納できます。 功くんがわざわざ選んで買って多華乃さんに呆れられるのも分かりますね(笑。
8) ドラム缶水中脱出 功くんこだわりのイリュージョンです。 「女の子に楽させない。わざと苦しい思いをさせる。それを観客の見えないところでする」(知里さん談)を実現するため無茶をやってます。 ドラム缶内の水面が下がることでアシスタントが呼吸可能になる構造です。呼吸管はあえて設けません。 水面が下がる速度はできるだけ遅く、時間をかけて・・(笑。 詳細の構造/効果については作中で功くんが長々と語っていますので、そちらを参照して下さい。
今回このイリュージョンの検討ではいろいろ楽しい計算をしました。水圧、水栓の直径毎の通水時間と水深変化、限られた空気での限度時間、etc. こういうとき ChatGPT は便利ですね。 「XX 立方メートルの密室(換気なし)に成人女性N名を閉じ込めた場合、酸素濃度と二酸化炭素濃度の変化を計算し、時間毎の健康影響を示せ」なんて指示にも「お前何するつもりやねん」と疑わず親切に答えてくれますから^^。
9) チェア・アピアランスのバックステージ 美女が出現する椅子(チェア・アピアランス)について、単純な出現/消失に留まらない使い方ができるはずという話題を X(Twitter)でしたことがありまして、本話でそれをやってみました。 バックステージとは、観客に向けて演じるイリュージョンを後ろ(観客の反対側)から眺めさせる、という手法のイリュージョンです。途中まで仕掛けを見せて「なるほど」と思わせておき、最後は「あれ?」と驚かすのがお約束。 自分では面白いプランができたと思っていましたが、「椅子の中に女性が隠れている」ことを暗黙のうちに分かっているから成立するバックステージだと執筆中に気付きました。 功くんに「面白いけど未来に行き過ぎている」と講評させたのはこの理由です。 椅子を使わなくても、キャスター付の箱やスーツケースで(一定の大きさがあれば)近いことができるでしょうね。 あと、功くんが違うイリュージョンのことをいろいろ言ってますが、ネタで言ってるだけですから突っ込まないで下さいね。
10) ロープイリュージョン 主人公の畑本くんが一人でできるネタとして選びました。 ストーリー上は重要なイベントですが、イリュージョン自体は特に珍しくありません。 仕掛けにクリップを使ったのはオリジナルです。 ちなみにロープを使うイリュージョンとしては「ジプシーロープ」が有名ですが、まったく別のものです。
イラストは今回すべて(ペーパークラフト原図も)AI出力です。 自分の過去絵を i2i して時短しました。
さて、J大イリュージョン同好会やOBの功くん多華乃さん、れいらちゃんや梢ちゃん、(本話では未登場ですが)三田先生の造形美術教室 が登場する一連のシリーズをこの先どうしようか思案中です。 新しいお話のたびにキャラを追加して過去の登場人物と絡ませるのは楽しいです。キャラの成長や人生の変化(結婚・出産など)を描けるのもよいですね。 しかしお話の数がずいぶん増えてしまいました。毎回イリュージョン���緊縛の似たような内容になるのも避けられません。 ゆっくり考えて結論は X(Twitter)で報告することにします。
それではまた。 長文お読みいただきありがとうございました。
[Pixiv ページご案内] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
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FTMのお客様
1. ここは日本有数の資産家で実業家でもある旦那様のお屋敷。
厨房で仕上がったポワソン(魚料理)をワゴンに載せて晩餐ホールへ運ぶ。 配膳担当のメイドは私を含めて2名。 ホールの扉の外に立つメイドが2名。そしてホール内に控えて様々なお世話をするメイドは4名。 今夜は旦那様のプライベートなディナーでお客様はお一人だけだから、私たちメイドも最小のチーム構成で対応している。 各国政財界の要人をお招きする公式の晩餐会なら数十名から100名近いメイドが働くことも珍しくない。
扉を開けて90度のお辞儀。ワゴンを押して中に進む。 本日のホールにはオブジェが飾られていなかった。 「オブジェ」は観賞用に女性を緊縛した作品のことで、その意図はお客様へのサプライズ、あるいは旦那様の趣味だ。 縛られるのはもちろん屋敷のメイドで、私たちは日頃からそのための訓練を受けている。 大抵の晩餐ではたとえお客様が女性の場合でもオブジェを飾るのが普通だから、今夜のように何もないのは珍しい。
お食事のテーブルには旦那様と向かい合ってお客様が座っておられた。 「・・失礼します。こちら焼津沖の真鯛のポワレとヴァンブランソース、アスパラガスのエチュベ添えでごさいます」 「ありがとう」 お客様から明るいご返事をいただけた。 黒髪のナチュラルショート。お召し物はネイビーのスーツ、チェック柄のボタンダウンシャツ。 ラベンダーのネクタイとポケットチーフがよくお似合いだった。 よく見るとスーツの胸元が膨らんでいるのが分かる。腰もほんの少し括れているように見えた。 今夜のお客様は女性だった。
この方は作家の天見尊(あまみたける)様。 大学在籍中の22才でSF文学新人賞を受賞し、26才の今は次代を担う若手SF作家のホープとまで呼ばれている。 FTM(生物学的に女性、性自認は男性)のトランスジェンダーで、それを秘密にせずブログやSNSで公開されていた。 旦那様はいろいろな方を招待されるけれど FTM トランスジェンダーのお客様は初めてのはずだ。
「・・ではもう長らく男性ホルモンを?」旦那様が聞かれた。 「はい。19のとき GID 診断を受けまして、その翌年から投与を始めました」天見様がお答えになる。 「いずれ手術もお考えですかな?」 「そうですね。なかなか決心がつかないのが困ったものですが」 「いやいや、お悩みになるのが当然です」
旦那様はずいぶん熱心に質問なさっている。 これでオブジェを置かない理由も理解できる。 今夜はお客様を驚かすよりも、ご自身の好奇心を満たしたいのだろう。
「その、ホルモンを使うと、本来女性である身体にはどういった変化があるものですかな?」 「変化ですか? 声が低くなったり、他にもいろいろありますが」 「例えば月のモノがなくなるのが嬉しいと、どこかで聞きましたが」 「それはありますね。実は僕の場合・・」
私は前のお料理のお皿をワゴンに回収し、頭を下げてテーブルから離れた。 旦那様は会話がお上手だ。 相手を機嫌よくさせて、普通なら口にするのを躊躇うような話題でも聞き出してしまう。 そうしてご自身が満足されたら、今度はお客様への心遣いも疎かになさらない。
・・ヴィアンド(肉料理)かサラダの後で始まるわ。心の準備をしておいて。 私はワゴンを押して出て行きながら、ホールの壁際に控えるメイドたちに目配せする。 彼女たちも無言で相槌を返してきた。 このお屋敷に勤めるメイドなら皆が分っている。 旦那様がなさるであろうこと、そして自分たちがすべきことを。
2. アヴァンデセール(デザートの一品目)をお出しするときに旦那様が仰った。 「そろそろメイドの緊縛は如何ですかな?」 「は?」 天見様は一瞬驚いた顔になり、すぐに落ち着いて応えられた。 「なるほど、これが噂に聞くH邸のサービスですか」 「ご存知でしたら話は早い。作家である貴方なら見ておいて損はありますまい」 「拝見します。いえ、拝見させて下さい」
待ち構えていたメイドたちが走ってきて横一列に並んだ。全部で8人。 「好きな娘を選びなされ。この中から何人でも」 「僕に決めさせてくれるのですか」 「もちろん。お望みなら裸にしても構いませんぞ」
旦那様はとても楽しそうにしておいでだった。 天見様はメイドたちを見回し、そして一人を指差した。 「この人をお願いします。裸は・・可哀想なので服を着たままで」 選ばれたのは私だった。 「務めさせていただきます。どうぞお楽しみ下さいませ」 私は両手を前で揃え180度の辞儀をする。 お屋敷直属の緊縛師が道具箱を持って入って来た。
両手を背中に捩じり上げられた。 肩甲骨の位置で左右の掌を合わせ、その状態で縄を掛けられる。 後ろ合掌緊縛という縛り方だった。 柔軟性が必要といわれるけれど、私たちメイドにとって特に無理なポーズではない。
旦那様と天見様の前で1回転して緊縛の状態をご覧いただいた。 それから私は靴を脱がされてテーブルに上がった。 本来なら晩餐のためのテーブル。 テーブルクロスを敷いた上にうつ伏せに寝かされる。
右足を膝で折って縛り、その足首に縄を掛けて背中に繋がれた。 さらに左の足首にも縄が掛けられ、左足がほぼ真上に伸びるまで引かれた。 背中に別の縄が繋がれた。口にも縄が噛まされる。
足首と背中、口縄。全部の縄を同時に引き上げられた。 私はふわりと宙に浮いた。 支えのない腰が深く沈んで逆海老になった。 口縄に荷重のかかる位置が耳の下なので、首を横に捩じった状態で吊られる。

するすると引き上げられて、天井から下がるシャンデリアと同じ高さで固定された。 床からの高さは約3メートル。 すぐ下に旦那様と天見様のテーブルが見えた。
私は無駄に動かないように努める。 これは空中で女体を撓らせて見せる緊縛だから、あらゆる関節が固められている訳ではない。 もがこうと思えばもがける。 でも今夜のお客様に対して、激しくもがく緊縛は旦那様の意図ではない。 私に期待されているのは静物。 感情を表に出さないこと。耳障りな喘ぎ声や鳴き声をこぼさないこと。 お人形のように動かないこと。 動くなら、ときどき手足の筋肉に力を入れて無力であることをお見せする程度がよい。
私の中には縄に自由を奪われる切なさとやるせなさが既に芽生えている。 でもそれをお客様に知られるのはNG。 被虐の思いは自分の中で密かに楽しもう。 女として生まれメイドとしてご奉仕できることを感謝しながら、この時間を過ごそう。
テーブルではお二人がコーヒーを楽しんでおいでだった。 ときおり天見様は感嘆の表情で私を見上げられた。 そして旦那様はその様子を満足気にご覧になっているのだった。
お二人の歓談が終わるまで約2時間。その頭上に私はオブジェとして吊られ続けた。
3. 客室の扉をノックする。 「失礼いたします」 中から扉が開いて天見様が顔を出された。 「君は・・」 「伽(とぎ)に参りました」「え、伽」 「よろしければ朝まで一緒に過ごさせて下さいませ」 「知っていると思うけど僕の身体は女だよ」 「存じております。私どもはどんなお客様にもご満足いただけるよう教育されてますからご心配ありません」 「へぇ、面白いね。じゃあどうぞ中へ」 お部屋に入れていただいた。
天見様は客室に備え付けのスリーパー(丈の長いワンピースタイプのパジャマ)の上にナイトガウンを羽織っておられた。 お立ちになると身長166の私より10センチは小さい。 でもお身体はスーツをお召しのときよりがっしりして見えた。着痩せするタイプね。
「コーヒーか紅茶でも入���よう。ミニバーにお酒もあるみたいだけど」 「それは私にやらせて下さいませ。お飲み物をお出しするのはメイドの仕事です」 「じゃあ、お願いするよ」 「ご希望はございますか? ここにない品でしたらすぐに持って来させますよ」 「それなら暖かい紅茶をストレートで。言っておくけど君も一緒に飲むんだよ」 「分かりました。今ここにはインドのダージリンとアッサム、ニルギリがございますが」 「アッサムがいいな」 「承知いたしました。しばらくお待ち下さいませ」
ケトルでお湯を沸かす。 ティーカップのセットを2客とポットを出し、お湯をかけて温めた。 温まったポットに茶葉を量って入れる。 ふつふつと沸騰したお湯をポットに注ぎ、きっちり4分間蒸らす。
「丁寧に作るんだね」 「ごく普通の淹れ方ですよ。・・さあ、どうぞお召し上がり下さいませ」 「ありがとう。立ってないでここに座って」「はい」 小さなテーブルに向かい合って座った。 「うん、美味しい」「恐れ入ります」 「その手」 「はい? ・・あ」
天見様が見つめる私の手首には緊縛の痕跡がくっきり残っていた。 「これはお見苦しいものを・・。大変失礼いたしました」 「見苦しくなんかないさ。名前があるんじゃなかったかな、それ」 「『縛痕(じょうこん)』と呼びます。肌に刻まれた縄の痕でごさいます」 「いいねぇ。君が縛られた証拠だね」 「はい」
「えっと、君の歳を聞いてもいいかな?」 「私は19才でございます」「そうか、若いなぁ」 「お食事のときは私が一番年上だったのですよ」「え?」 「他に控えていたメイドは15から17才でした。もっと若い娘をお選びになると思っておりましたのに」 「15の女の子を縛っていいの?」 「もちろん構いません。もしお客様が15才のメイドを選んでおられたら今頃はその者が伽に参ったはずです」 「15の子が僕に?」 少し驚かれたようだった。
「どうして私を選んで下さったのですか? よろしければ教えて下さいませ」 「それはね、君が初めて好きになった子に似ていたからだよ」 「まあ、それは光栄です」 「中学2年生だった。・・女の子同士の同性愛だと思ってたんだ。でも彼女を抱きたいって思うと自分が女の身体であることが気持ち悪くてね。ずっと悩んでた」 いけない。無邪気に質問して嫌なことを思い出させてしまった。 「あの、ご不快な思いをされたら申し訳ありません」 「いいんだ。今となっては懐かしい思い出さ」 天見様はそう言って笑って下さった。
「僕はね、君に感謝したいんだよ」 「感謝、ですか?」 「だって僕のために緊縛を受けてくれたじゃないか。話に聞いてはいたけど、ああいうのを直接見たのは初めてなんだ。女の子を縄で縛って吊るす。・・すごいと思った」 「お楽しみいただけたのですね。よかったです」 「どうやら僕は女性をあんな目にあわすことに興奮するらしい。サドだね。こんなことを本人の前で言ったら嫌われるかもしれないけど」 「とんでもございません。男性が若い女性の緊縛に興味を持たれるのは自然なことです。天見様は立派な男性でいらっしゃいます」 「ありがとう。・・うわ、やっぱり僕、とんでもないことを告白しちゃった気がする」 天見様は急に立ち上がると頭を掻きむしられた。 その姿が可愛らしい。笑っては失礼だから微笑むだけにしていたけれど。
このお客様なら嗜虐プレイも大丈夫ね。 きっとお悦びいただけるだろう。 私は備え付けの道具を頭に浮かべつつ提案することにした。
「天見様。もう少し、次はご自分でお試しになっては如何でしょう?」 「試す? 何を?」 「少々お待ち下さいませ」 クローゼットを開けて一番下の引出しを手前に引いた。 そこには様々な拘束具や縄束、責め具がきちんと整理して収められていた。 「そんな物まであるのか、ここには」 「H邸の客室でございますから」
私は短鞭(たんべん)と呼ぶ棒状の鞭を取り出した。 乗馬鞭の一種で長さ50センチ。先端にフラップという台形のパーツがついていて正しく打てば大きな音が鳴る仕掛けになっている。
「これでしたら初めての方でも比較的使い易い道具です」 「柄の長いハエ叩きみたいだね。おっと君はハエ叩きを知らないかな」 「存じております。これでハエではなく女の尻をお叩きになって下さいませ」 「女というのは、もしかして」 「はい」 私はにっこり笑う。 「今、女といえば私だけでございます」
4. 天見様が短鞭を持って素振りをされている。 「そうです。手首のスナップを利かせて、先端の平らな部分が対象に平行に当たるように」 「えっと、鞭を打つ練習用の台みたいなものはないのかな」 「ございません。練習でしたらメイドの身体をお使い下さいませ」
手錠を2本出してお渡しした。 私は床のカーペットにお尻をついて座り込み、右の手首と右の足首、左の手首と左の足首をそれぞれ手錠で連結していただいた。 そのまま前に転がって膝をついた。 右の頬をカーペットに擦りつけ、天見様に向かってお尻を高く突き上げる。 これでメイド服のミニスカートの中に白いショーツがくっきり見えているはず。
「私の下着を下ろしていただけますか?」 「でも」 「構いません。どうか私に恥ずかしい思いをさせて下さいませ」 天見様は両手でショーツを下ろして下さった。
「ここは僕と同じだね。でも僕よりずっと綺麗だ。それにいい匂いがする」 「ありがとうございます。・・でも、そんなに顔を近づけて匂いを嗅がないでいただけますか? 恥ずかしいです」 「恥ずかしい思いをしたいと言ったのは誰だっけ」 「あ、私でした」 二人揃って笑う。少し空気が和らいだ。 「では始めて下さいませ」 「本当にいいんだね?」 「どうぞ、天見様」
鞭を持って大きく振りかぶり、・・ぺちん。 控えめな音がした。 「もっと思い切って当てて下さいませ」 ぱち。 「もっと強く」 バチッ。 ビシッ!! 鋭い音が出た。臀部に痛みが走る。 「あぅっ」 「ごめん! 痛かったかい?」 私は顔を向けて微笑んで見せた。 「今の打ち方で合格でございます。その調子でお続け下さいませ」 「やってみるよ」 「あの、」 「?」 「私この後も声を上げるかもしれません。お聞き苦しくないよう努めますので、どうぞお愉しみ下さいませ」 「・・分かった」
深呼吸。それから連続の鞭打ちが始まった。 ビシッ!! ビシッ!!! ビシッ!!! 「あっ」「あっ」「ああっ!」 鋭い痛み。被虐感。 お尻から頭までじんじん響く。 このお客様、筋がいい。
ビシッ!! ビシッ!! 「はぅっ」「はん!」 天見様は私のお尻だけを見つめて鞭打っておられた。真剣な表情。 もうお任せして大丈夫ね。 私も自分を解放しよう�� そっと性感を放流した。胸の中、子宮、身体の隅々へ。 少しずつ、少しずつ。・・とろり。
ビシッ!! ビシッ!! ビシッ!! 「あああ!」「はあん!!」「は、あああっ」 痛みの部位が移動するのが分った。 右側、左側。太もも。 同じ個所を打ち続けないように気を遣って下さっていると理解した。 まんべんなく打ち据えられる。 嬉しい。 とろり、とろーり。
ビシッ!! 「はぁ、はあぁ・・ん!!」
鞭が止まった。 はぁ、はぁ。 天見様は鞭を握ったまま立ち尽くし、肩で息をなさっている。 額に汗が光っているからお拭きしてさしあげたいけど、今、私にその自由はない。
「辛くないかい?」 「辛いです。でも嬉しいです」 「それは君がマゾだから?」 「はい。それもありますが」 「?」 「同じ個所を何度も打たないようご配慮いただきました」 「気がついたのか」 「もちろんでございます。それからもう一つ」 「まだあったっけ」 「私、我慢できずに下(しも)を濡らしました。天見様もご一緒にお感じになって下さいませんでしたか?」
天見様の驚く顔。 今、天見様の目には赤く腫れた私のお尻、そしてその下にぐっしょり濡れてひくひく動く膣口が見えているだろう。 これは演技でやったことではない。 私は本当に官能の中で濡れてさしあげたのだった。
お客様のご満足のためにご奉仕する、それがH邸のメイドの役目だ。 メイドが醒めていたらお客様はお楽しみになれないし、逆にメイドだけが乱れてお客様を置いてきぼりにすることも許されない。 だから私たちはお客様を導き、お客様と一緒に高まるように訓練されている。 たとえ拷問を受けるときでもお客様の気持ちを測って苦しみ方を変える。
「・・うん、興奮した。僕が打つ鞭が君に痛みを与えている。その度に君が喘ぎ声を上げてくれる。たまらなく興奮したね」 天見様は仰った。 「もし僕が男の身体だったら絶対に勃起してるね。いや、男の身体で君を打ちたかったと心底思ってる。・・ん、ふぅっ」 その指先がご自身の下腹部を押さえていた。 天見様? 「ありがとう。・・これで終わろう」
5. 拘束を解いていただいた。乱れた髪と服装を整える。 ニーソックスの後ろが破れたので手早く交換した。 「お尻は大丈夫かい? 赤くなってるみたいだけれど」 「どうかご心配なく。この程度の腫れでしたら明日には消えるはずです」 本当は4~5日ってところ。 「そうか、酷くなくてよかったよ」
このお屋敷では、接待にあたるメイドの負傷はある程度避けられないとされている。 だから接待プランやお客様の嗜好データに基づいてAIがリスクを予測している。 例えば今夜の天見様ご接待の予測値は 10-20。 これはメイドが全治 10 日の軽傷を負う可能性 20% という意味になる。 予測値が高い接待では相応のスキルがあるメイドを割り当てたり、最初から大きな怪我をする前提でシフトが組まれたりする。 まれに 90-90 といった拷問そのものの接待があって、担当するメイドは命の覚悟をして臨むことになる。 当然ながらこれはお屋敷内部で管理される予測値だ。 お客様にお伝えすることは決してない。
二人並んでベッドに腰かけた。 私は自分の両手をそっと天見様の手に乗せる。 天見様が仰った。 「テストステロン(男性ホルモン)を使うとね、声が低くなったり生理が止まったりするけど、他にも変化があるんだ。それは性欲が強くなること」 そう言って先ほどと同じように指を下腹部にお当てになった。 「だからオナニーが増えたよ。女の身体が嫌なはずなのにクリを使ってね。・・実は今も触りたくて仕方ない」 「お気持ちお察しいたします。でも天見様は他の女性にご興味がおありではないですか?」 「うん。僕は FTM のヘテロ(異性愛者)だから、自分以外の女性は異性として好きだよ」 「それでしたら私も女です。私にお慰めさせて下さいませ」
私は床に降りて正面に膝をつき、天見様のスリーパーの裾を持ち上げた。 天見様は FTM 用のボクサーパンツを着用されていた。 パンツの上から触れただけで突起が分った。 「んぁ!」 「優しく触ります。どうぞお任せ下さいませ」 「ありがとう。君を、信じる」 ボクサーパンツを下ろしてさしあげた。 わずかに香る匂い。 膝を左右に開かせ、ベッドに座ったまま開脚していただいた。
そこにクリトリスが生えていた。 その長さは外に出ている部分だけで4~5センチ程度。 男性ホルモンは女の陰核をこれほど肥大化させるのか。 真上からそっと指を当てる。 「ん、あぁ」 「我慢しないで、感じるままに声を出して下さいませ」 「くぅっ、んあぁ!!」
根元を押して包皮を引き下げ、露出した亀頭を唇に挟む。 反対の手の指を膣口に挿し入れた。 そこは既に愛液で潤っていて、中指がするりと吸い込まれた。 軽く噛んで先端を舌で転がし、同時に挿入した中指の第二関節を折って内壁を刺激した。 「ひっ、・・あああっ!!」 さらさらした液体が噴出して私の顔と腕を濡らした。 あっという間だった。 この方はきっとGスポットでも自慰をなさっていると思った。
天見様は2度、絶頂を迎えられた。
6. 明け方。 私は天見様とベッドにいる。 天見様は裸の上にスリーパーだけを纏っておられた。 私は全裸で天見様に抱かれていた。
「ね、もう一回抱きしめてもいいかな」 「はい。力いっぱい抱いて下さいませ」 ぎゅう!! 強く抱きしめられ、その間息ができなかった。 「ごめん、苦しかった?」 「いいえ。でもすごいお力」 「テストステロンは筋肉が付くんだよ。でも放っておくと腹だけ膨らむから、ジムで筋トレしてるんだ」 「そうでしたか」 「・・生まれて初めて裸の女の子の抱き心地を堪能したよ。君のおかげだ。僕はここで人生最初の体験を重ねてる」 私も初めてでございました。FTM 男性との体験は。
「そういえば、君の名前を聞いてなかったね」 「私の名前はお客様がご自由につけて下さいませ」 「僕と君の間だけの名前か。面白いね。・・それな��『キツネ』ちゃんはどうかな?」 「まあ私はキツネですか?」 「君の髪がキツネ色だから」 「そんなに明るい色ではございませんよ。でもありがとうございます。可愛いお名前、私も大好きです」 「調子がいいねぇ。本当に思って言ってる?」 「あら天見様、私、商売柄調子のいいことを言いますが、嘘は申しません」 天見様はにやりと笑われた。 「いいねぇ、その返し。・・君には人を騙す尻尾が九本あるかもしれないな。あの玉藻前(たまものまえ)みたいに」 私も妖しく笑う。こういう返しは得意でございます。 「あいにく誰かに憑りついて生気を吸い取ることはしないよう努めております。前に一度やって主人に叱られましたので」 「・・ほぅ、知ってるのか」「はい、レキジョですから」 「え、本当?」「嘘です。天見様を騙しました」 「ぷ」 二人で声を出して笑った。
「君には感心したよ。賢くて機転が利く。察しがよくて心配りも行き届いてる。今どきこんな子がいるとはね」 「恐縮でございます」 私たちは皆そういうふうに躾られているのですよ。
「君なら僕がベッドでも服を脱がない理由が分かっているんだろう?」 「はい。・・ご自身の胸が目に入るのを避けておいでではありませんか?」 「そうだよ。できるなら見ないでいたいモノだ、自分の胸なんて。君はあれだけ僕の性器を刺激してくれたのに胸には一切触れなったね。女同士なら真っ先に乳首を触ってもおかしくないのに」 「天見様」 私は天見様の手を取った。それを自分の裸の乳房に当てる。 「女同士ではありません。男と女です。どうぞ男性としてこの女の胸を弄んで下さいませ」 「そうだね、僕は男だった」
きゅ。 乳首を摘ままれた。電流が走る。 「きゃん!」 天見様は悪戯をした男の子みたいに笑われた。 「自分のものでなけりゃ女の子のおっぱいはいいよね。顔を埋めたくなるよ」 「もう!」 私は身を起こし、仰向けになった天見様の上にのしかかった。 「それなら存分に埋めさせてあげます!」 乳房を顔面に押し当てて体重を乗せた。これでも一応Dカップ。 「うわぁっ」 「どうですか? 嬉しいですか?」 「て、天国」 「エロ親父ですか」
7. 作家の天見尊様がお泊りになってから4か月が過ぎた。 私は誕生日を迎えて20才になっていた。 メイドの一人が誕生日だからといって特別な行事がある訳ではない。 せいぜい仲間内でささやかなお祝いをする程度だった。
その日の午後は外出の命令があった。 お屋敷の用務かと思ったら、外部のお客様への接待だという。 本来、私たちメイドのご奉仕の対象は旦那様が招かれたお客様に限られる。 無関係な人や組織への接待は滅多に行われない。 仮に行う場合は相手に対して法外な対価が求められる。 昔、外務省からの緊急要請で同盟国の高官にメイドを派遣したとき、旦那様が要求なさったのは中央アジア某国でのレアメタル採掘権交渉を日本政府が支援することだった。 H邸に勤める者の間では今も語り継がれる伝説だ。 仮に現金で支払う場合はメイド1名に数千万円から数億円が請求されるらしい。 いったい私はいくらで派遣されるのだろう?
指定されたホテルまでお屋敷の車で送ってもらった。 ロビーでお待ちになっていたのは。 「天見様!」 「やあ、キツネちゃん! 二十歳の誕生日おめでとう。お祝いにデートしようと思ってね」 「あの、メイドの誕生日は公開されていないはずですが、どうやってお知りになったのですか?」 「電話で聞いたら教えてくれたよ」 「・・」 「とても親切だったね。君をレンタルしたいって頼んだら料金も良心的で」 「あのあの、それはおいくらか、よろしければ教えていただけますか?」 「1時間ごとに 1113円。それ東京都の最低賃金だから、せめて 2000円くらい取ればいいのにね」 「・・」 旦那様、絶対に面白がっておられる。
「さあ行こうか」 「どちらへ?」「僕に任せてくれるかい」 ホテルを出て歩道を歩き出された。 「天見様、お車は?」 「持ってないんだ。タクシーも苦手だし、地下鉄で行くよ」 「あ、あの」 「どうしたんだい?」 「私、地下鉄に乗ったことがごさいません」 「本当かい? はははは」 大きな声で笑われてしまった。
8. 自動改札機がどうしても通れなかったので、天見様が別に切符を買って通らせて下さった。 お屋敷のIDカードでは改札機の扉が閉まることを初めて知った。 カードを手で擦って暖めたり、ひらひらさせたり、いろいろ工夫してみたのだけど。
ようやく電車に乗って連れてきていただいたのは英国ブランドのブティックだった。 「せっかくのデートにそんな地味な服は駄目だよ」 私は薄いグレーのワンピースを着ていた。確かに地味かもしれない。 対して天見様が着こなしておられるのは鮮やかなワインレッドのカラーシャツと黒のカジュアルパンツ。 小柄な身体にオーバーサイズを着けているから胸の膨らみも目立たない。
天見様は私にホルターネックの真っ白なミニドレスを選んで下さった。 キュートだけどバックレスになっていて背中が腰まで開いている。 上から覗いたらお尻の割れ目まで見えてしまうのではないかしら。 「よく似合ってるね。これを君にプレゼントするよ」 「あの、もう少し身体を隠すドレスの方がよろしいのでは」 「却下。僕の好みに従って下さい」 「・・はい、天見様」 これを着て帰ると伝えたら、それなら髪を上げた方が、それならお化粧も変えた方が、とお店のお姉さんたちが集まってきてあっという間に変身させられてしまった。 この人たちも絶対に面白がっていると思った。
お店を出て天見様と並んで歩いた。 髪をアップにされた上にハイヒールも履かされたから、私の方が30センチは背が高い。 でも天見様はそれをいっこう気になさる様子はなく、笑って左の肘を差し出された。 私は少しだけ溜息をつき、それから笑ってその腕にすがって密着した。
「駅は反対側ではありませんか?」 「少し歩いて見せびらかそう」 はぁ? すれ違う人々の視線が痛かった。 露出した首筋と肩、そして背中。 まだ風が冷たい季節ではないのにぞくぞくした。 お屋敷のパーティではこんなセクシーな衣装の女性をよくお見掛けする。 思い切り肌を晒して見られるのを楽しむセレブの美女たち。 でも今、見られるのは私だった。 せめて何か羽織るものをお願いすればよかったな。
「頬が赤いよ、キツネちゃん」 「天見様!」 「前は一番恥ずかしい場所を僕に見せてくれたのに?」 「知りません!」 「でもさ、僕は落ち着き払っている君よりも今の君の方が可愛いから好きだね」 ああ、もう。 可愛いと言ってもらえるのは嬉しいけれど。
9. プラネタリウムで星座を見て、湾岸の公園で夕日を見て、オーガニックのレストランでお食事。 庶民的なデートコースだった。 天見様はセレブじゃないものね。 でも15才でお屋敷に入って以来ほとんど外に出たことのない私にとっては珍しい場所ばかり。 お食事の後はスター○ックス。 抹茶クリームフラペチーノにストローを2本挿して二人でくすくす笑いながらシェアする。 何て楽しいのだろう。 セクシーな衣装にはすっかり慣れてしまった。
気がつくと天見様の手が私の肩に乗っていた。 しばらく一緒に歩いてから指摘する。 「あの、踵を上げたままお歩きになると大変ではありませんか?」 「そう思うなら君の方で何とかしてくれないかい」 仕方ありませんね。 私はその場でハイヒールを脱ぎ捨て裸足になった。 どうですか? これでずいぶん低くなりましたでしょう? 私の肩。 「おー、ちゃんと届くようになった」 「ご命令でしたら、この後ずっと裸足でおりますが」 「ふふふ、それもいいねぇ」 「ただし水溜りがあったら私を抱き上げて下さいませ」 「え?」 「よろしいですか?」 天見様はにやりと笑ってお答えになった。 「約束しよう。じゃあ今からキツネちゃんは裸足だ。・・これはもう要らないね」 脱ぎ捨てたハイヒールを拾うと自分のパンツのポケットに片方ずつ突っ込まれた。
「ところで、たまたま偶然思い出したんだけど、近所に僕のマンションがあるんだ」 「あら、それは偶然ですこと」 「来てくれるよね」「はい、天見様」 私は素直に従う。 もとよりそのつもりだった。 お屋敷で指示された内容は「お客様のお住まいでご奉仕」だったのだから。
二人並んで歩き出した。 私だけが裸足。天見様は私の肩をお抱きになっている。 「すぐ近くですか?」 「ん-、電車で20分、いや30分くらいかな」 「怒りますよ」
10. 天見様がお住まいのマンション。 玄関横の表札プレートには『徳山誠一』とあった。 天見尊はペンネームのはずだからご本名? もちろん余計なことは詮索せず、天見様について中に入る。
上がり框(かまち)のところで天見様が振り返って言われた。 「まさか本当に裸足で歩くとはね」 私はすまして応える。 「どこかに水溜りがあればと期待しておりましたのに」 ここへ来るまでの間、私は電車の中でも裸足を通したのだった。
天見様の行動は速かった。 私はその場で抱きしめられた。 むき出しの背中を天見様の手が撫でる。 私より小さいお身体なのに、前と変わらない、いえ前よりさらに強い力で抱かれた。 「んんっ」 天見様の右手がドレスの脇から侵入して乳房に覆いかぶさった。 「だ、駄目です。・・私の足、まだ汚い」 「後で拭けばいいさ」 ゆっくり揉みしだかれた。 「あぁ・・」 官能が湧き起こる。 この間は初めて女の子を抱いたって仰っていたのに、どうしてそんなに上手に揉むのだろう。
「君のレンタルを申し込んだときにね、聞きたいことはあるかと言われたからいろいろ質問したんだ」 「はぁ・・ん」 「君に何をしてもいいのかって。・・そしたらOKだって」 「んぁ!! ・・ああ」 「酷いことをしてもいいのか。苦痛を与えてもいいのか。怪我をさせてもいいのか。・・全部OKと言われたよ」 「あ、・・あん!!」
天見様の愛撫は執拗だった。 気持ちいい。このまま身を任せてしまいたい。 でもちょっと放っておけないことを口にしてらっしゃるわね。 少し脳みそをクリアにしなきゃ。
はぁ、はぁ。 激しく喘いでさしあげながら、天見様の表情を横目でチェックする。 大丈夫。自制なさっている。 これ以上暴走する危険はないわね。 おそらく今日のデートは入念に計画されたのだろう。 この後も何かご計画があるはず。きっと私への嗜虐行為だろう。 では今必要なことは? 私がすべきことは? ・・理解していただくこと、そして安心していただくことね。
「天見様」 ゆっくり呼びかけた。 「ご安心下さいませ」 「え」 「天見様のご満足のためでしたら何も拒みません」 「・・キツネちゃん?」 「ご奉仕させて下さいませ」 「そうか、君は知ってたんだね」 「はい。私をお好きなように扱って下さいませ。酷いことでも苦しいことでもお受けいたします」 私を押さえる手から力が抜けた。 「本当にいいのかい?」 「はい、天見様」 「悪かった。乱暴なことをしてしまったね」 「いえ、どうかお気になさらず」
ご理解いただけた。 ほっとすると同時に官能が戻ってきた。 とろり。下半身が熱い。 もしあのまま押し倒されていたら、どうなっていたかしら。 ああ、私きっとエロい顔をしているわ。
11. 天見様のマンションはリビングダイニングのお部屋の奥に階段があって、その上が吹き抜けのロフトのようになっていた。 メゾネットだよと教えて下さった。 浴室は階段の隣。
私はまずシャワーをお願いして、浴室を使わせていただくことにした。 服を脱いで裸になってから、ご一緒に如何ですかと聞いたら天見様も来て下さった。 裸になってから自分の胸を隠し恥ずかしそうになさっている。 もちろん私はそこに目を向けるようなことはしない。
天見様のお身体は贅肉がほとんどなくてよく締まっていた。 特に腕と背中にはアスリートのような筋肉がついて逞しかった。 股間には肥大したクリトリスが突き出していた。 それはまっすぐ立っていても見えるほどだった。
お背中を洗ってさしあげた後、当たり前のように正面に跪いた。 そしてそれを口に含んでご奉仕・・しようとしたらずいぶん慌てられてしまった。 前にもしてさしあげましたのにと指摘すると、あのときはもっと優しくて情緒的だったと抗弁された。 はっとした。 口でご奉仕、いわゆるオーラルセックスは男性のお客様にも女性のお客様にもお悦びいただけるスタンダードなサービスだけど、トランスジェンダーのお客様にはセンシティブだった。 これは失敗。お屋敷でやらかしたら罰を受けるレベルね。 胸の方は直接見ないように注意していたのに。
失礼をお詫びして、もう一度心を込めてご奉仕させて欲しいとお願いした。 その最中は私に何をなさっても構いません。 よろしければ私の手をお縛りになりますか、と言うと天見様の眉がぴくりと上がった。 本当に何をしても構わないんだね? と聞かれて私は頷いた。
私は浴室の床に跪き、後ろで揃えた手首をタオルで縛っていただいた。 その気になれば自分で解けてしまうような拘束だけど、解くつもりは絶対になかった。 顔を斜め上に向けて天見様のクリトリスを口に含んだ。 唇と舌ででご奉仕する。 それは私の口の中でびくんと震えた。
頭の上からシャワーのお湯が注がれた。 シャワーヘッドが目の前に迫り、ほんの数センチの距離からお湯を浴びせられた。 流れるお湯で視界が覆われる。 唇と舌のご奉仕は止めない。 天見様のそれは明らかに硬さを増して大きくなった。
天見様の片手が後頭部を押さえた。 顔面にシャワーを浴びせられたまま、髪をぐしゃぐしゃにかき乱される。 前髪を掴んで引き寄せられた。目と鼻を恥丘に強く押し当てられる。 鼻孔が塞がれて空気が入ってこなくなった。 すぐに胸の酸素が尽きて私はもがき、お湯が気管に入って激しく咽(む)せた。 慌ててそれを口に含み直す。必死の思いでご奉仕を続けた。 きっと私シャワーの中に涙と鼻水をぐずぐず流してる。
シャワーのお湯が背中に移動した。背中が暖かくなる。 と、お湯がいきなり冷水になった。 ひっ! 私は震えあがり、その瞬間、クリトリスの先端に露出した亀頭を歯で扱(しご)いて��まった。 絶対に噛まないよう細心の注意を払っていたのだけど。
天見様が小さな声を上げて絶頂を迎えられた。 しばらくしてから、最高だったよ、と言われてご奉仕は終了した。
12. ぐったりされている天見様のお身体をお拭きしバスローブを羽織らせてさし上げた。 幸福感に満ちたお顔。女性のイキ顔だと思った。 これが男性のお客様なら精を放たれて醸し出されるのは満足感や征服感。 これほど幸せそうな表情はなさらない。
「・・とてもよかったよ。やる前はあんなプレイのどこが楽しいのかと思ってたんだけどね」 「それは何よりでございました」 「ねぇ、キツネちゃんは男の客が相手のときにも、あんなご奉仕をするんだろう?」 「それは本来お答えしかねるご質問です。でも天見様だけにはお教えしますね。イエスです」 「ありがとう。もう一つお答えしかねる質問だけど、いいかな」 「何でしょう?」 「相手が射精したら、君はそれを飲むとか顔で受けるとかしてくれるのかい? ・・うわっ、ごめんっ。怒らないで!」
「・・天見様は男性の射精にご興味がおありなのですか?」 「そりゃそうさ。僕には絶対に叶わないことだからね。でも今興味を感じたのは射精そのものじゃなくて、女の子が口で奉仕することなんだ」 フェラチオに興味ですか?
「人間には手があるのにそれを封じてわざわざ口で尽くしてくれる。しかも飲むんだろう? あんな扇情的な行為はないね。・・強制されてすることもあるだろうけど、僕はそれを女性が自分の意志でやってくれることに感動するよ」 自分語りのスイッチが入ったみたい。 私は黙って拝聴する。
「・・考えてみれば男の快楽のために女が奉仕するってのは尊いね。暴力的なプレイまで進んで受けてくれる。まさに君たちの仕事だよ。実に興味深い」 接待で二人きりのとき語り始めるお客様は珍しくない。ほとんどが男性。 そういうときに大切なのは、すべて聞いてさしあげること、小難しい話でも理解に努めること、適切なタイミングで相槌を打つこと。
「キツネちゃんはさっき顔面シャワーを受けてくれたよね。髪の毛を掴んで振り回されるのはどんな気持ちだろう。やはり惨めなものかい?」 「はい。でもそういう思いを甘受するのもメイドの務めでございます」 「ものすごく嗜虐的な気分になるね。もう一回ご奉仕して欲しいくらいだよ」 終わりそうにないわね。 そろそろ後のご予定を伺わないと。
「天見様、きちんとしたお召し物をお着け下さいませ。お風邪をひきます」 「ああ、そうだね」 「今夜は何かご計画があったのではありませんか?」 「え」 「私を使って嗜虐プレイをなさると思っておりましたが」 「どうして分かったんだい?」 分りますよ。 私に抱きついてさんざん "苛めたい" オーラを放っておいて、分からない方がおかしいです。
13. 天見様は壁際に置いてあった手提げケースを大事そうに持って来られた。 「あれからSMバーに通って一本鞭の練習をしたんだ。人並には打てるようになったよ」 ケースの中にはSMプレイ用の一本鞭が入っていた。 グリップ(持ち手)の先に皮を編んだ撓(しな)やかな本体が繋がっている。 長さは1.5メートルくらいか。
私はお部屋を見回してチェックした。メイドの習性だ。 吹き抜け部の天井高さは4メートル以上。広さは 2.5×3.5 メートルってところ。 大丈夫、ここなら長鞭を使えるわね。
吹き抜けには梁が一本通っていて、そこに小さな滑車が取り付けられていた。 滑車からフックのついたロープが下がっているのが見えた。 「天見様、あれは?」 「ああ、あの滑車は僕が付けたんだ。安物だけど人は吊るせるよ」 「ということは、私、あそこに吊られて鞭を打たれるのですか?」 「そうだよ。・・君を宙吊りにする技術はないから、両手を吊るだけのつもりだけどね」 天見様はそう言ってにやりと笑われた。 「どうかな? 怖いかい?」 「怖いです、天見様」 「嬉しいね。そう言ってくれると」
わさわざ私の誕生日のために準備して下さったのか。 きっとそうね。あの滑車とロープは新品だわ。 ご自分で掴まってテストするくらいのことはなさっているだろう。 お一人でぶら下がっている姿が浮かび、心の中でくすりと笑った。
天見様はジムでお使いのトレーニングウェアを着てこられた。 私は生まれたままの姿で、お借りしたバスローブを肩に掛けているだけ。 下着を着けてもいいと言われたけれど、私は自ら全裸を選択した。 ほんの4か月の練習ではブラやショーツを鞭で飛ばすテクニックはおそらく無理。 であれば、最初から肌をすべて晒して鞭打たれる方がお愉しみいただけるはず。 それにこの方は女が惨めな姿であることを好まれる。先ほどの会話で分ったことだ。
天見様が頭上の滑車からフックを下ろされた。 私はバスローブを床に落として前に立つ。 「両手を前に出して、キツネちゃん」 「はい、天見様」 この先はあらゆるご命令が絶対。私は絶対に逆らわない。
お屋敷を出るときに伝えられた今回のリスク予測値は 14-30 だ。 プレイの内容が不明なので信頼性の低い参考値と言われた。 でもここまで来たら私でも予測できる。 14-50 か 20-30。 私は今から打たれる。 無事でいられるかどうかは天見様の腕次第。 ・・ぞくり。 押さえていた被虐の思いが頭をもたげる。
前で揃えた手首に革手枷を締められた。 手枷のリングにフックが掛かって、床から踵が離れるまで吊り上げられた。 私は両手を頭上に伸ばし、爪先立ちの姿勢で動けなくなった。
「綺麗だね」 天見様が私をご覧になって仰った。 「ありがとうございます。・・どうぞ私をご自由に扱って下さいませ」 「じゃあ、お尻を打つから向こうを向いて」 「はい、天見様」 言われた通り身体を回して、天見様に背中を向けた。 「よーし」 鞭を持って構えられた。深呼吸。 「・・」 「?」 「一回練習する」
天見様は向きを変え、ソファのクッションに向かって鞭を打たれた。 ひゅん! ばち! 鋭い音がした。 鞭は全然違う方向に飛んで床を打っていた。 「あれ?」
訂正。 30-50 ね。
14. 天見様の鞭はとても速かった。 肘を曲げて素早く振り下ろす上級者の打ち方をマスターされていた。 ただしコントロールが悪かった。
天見様は真っ赤な顔をして何度か振り直された。 3回目でようやくクッションが跳ねた。 「待たせたね」 「いいえ、天見様。・・あの、まことに差し出がましいことですが」 「何?」 「一度ごゆっくりお座りになられては如何でしょうか。お座りになって、私をご覧になって下さいませ」
天見様ははっとした顔をされた。 ソファに腰を下ろし、一本鞭をテーブルに置いてから私に顔を向けられた。 「ありがとう、落ち着かせてくれて」 「とんでもございません」 笑顔で仰った。 「よく考えてみれば、いきなり鞭を打つなんて勿体ないことだね」 私も笑顔で応える。 「はい。今、天見様はこんな美少女の自由を奪って飾っておいでなのですよ?」 「本当だ。・・今どさくさに紛れて美少女って言ったね? もう二十歳のくせに」 「しまった。二十歳までは美少女の範囲でございます」 「あはは」「うふふ」
それからしばらく天見様はにこにこ笑いながら私をご覧になるだけで何もなさらなかった。 両手を吊られているからどこも隠せない。 天見様の視線が胸や股間に向いているのを感じる。 嫌ではなかった。 ・・乳首が尖るのが分かった。天見様はお気付きになったかしら?
10分ほども過ぎただろうか。 天見様がお立ちになった。 「もう大丈夫。・・覚悟はいいかい? キツネちゃん」 「はい、天見様」
15. ひゅん! ばち! 衝撃が走る。 私は身を捩って耐える。
ひゅん! ばち! ひゅん! ばち! ひゅん! ばち!
お尻。背中。太もも。 肌を切り裂かれる感覚。 お上手です、天見様。
ひゅん! ばち! ひゅん! ばち!!! 「ひぁっ!!」 声を出してしまった。 サービスで上げた悲鳴ではなかった。 ひゅん! ばち!!! 「ああーっ!!」
「キツネちゃん! 大丈夫かい!?」 天見様が駆け寄ってこられた。
はぁ、はぁ・・。 私は両手吊りのまま天見様に寄りかかった。 慌てて支えて下さるその腰に右足を回して掛ける。 太ももの内側を擦りつけるようにして絡みつかせた。 「!」 天見様が驚かれた。 私の右の内ももは股間から染み出た液体で濡れていた。 左の内ももにも粘液がふた筋、み筋。 はぁ、はぁ。
「お、お願いがございます、天見様」 天見様の耳元で話しかけた。 「私に、猿轡、をしていただけませんでしょうか?」 「さるぐつわ? いったいどうして」 「女の悲鳴は高く響きます。ご近所様に聞こえると天見様にご迷惑をおかけするかもしれません」 「・・」 「ご安心下さいませ。猿轡をされても私の味わう苦痛は変わりません。お耳に届かなくても私の悲鳴は天見様に伝わると信じております」
天見様はわずかに溜息をつかれたようだった。 「君はそんなことまで気遣ってくれるのか。そこまで濡れておきながら」 「メイドの務めでございます」 私はできるだけ艶めかしく見えるよう微笑んだ。 「どうか、思う存分お愉しみ下さいませ」
「・・本当にいつも君には、」 天見様はそこまで言いかけてお止めになった。 「それで僕はどうしたらいいんだい?」 「はい、とても簡単でございます。ハンカチなどの柔らかい布をできるだけたくさん口の中に含ませて下さいませ。私が嘔吐(えず)く寸前までぎゅうぎゅうに詰めていただいて構いません。それからダクトテープ、なければガムテープでも結構です。耳まで覆うほど長く切ってしっかり貼って下さいませ。2枚切って口の前でX(えっくす)の字に交わるように貼っていただければ、より剥がれにくくなります」 一気にまくしたててしまった。少し面食らってしまわれたかも。 「わ、分かった。・・ハンカチとガムテープだね? 取ってくるよ」
お願いした通りの猿轡を施していただいた。 口腔内に大量のハンカチが充填され、声も空気も通らなくなった。 鞭打ちが再開される。
ひゅん! ばち!!! 「んっ!」 ひゅん! ばち!!! 「んんーっ!!」 鞭が空を切る音。一種遅れて肌に当たる音。 衝撃が脊髄を抜けて脳天を貫く。
ひゅん! ばち!!! 「ん、んんっ!!」 鞭の当たる部位が識別できなくなった。 どこもかしこも腫れているのだと思った。 後半身はそろそろ賞味期限。まっさらな肌をご提供しないと。 私は少しずつ身体を回す。
ひゅん! ばち!!! 「んんっっ!!!」 脇腹を打たれた。
ひゅん! ばち!!! 「んんーーっ!!」 おへその下の柔らかい部分。
ひゅん! ばち!!! 「んんんんっっ!!!」 乳房。 赤い筋が浮かび上がるのが見えた。
私は両手吊りになった身体の全周をまんべんなく打っていただいた。 ときどき爪先で体重を支えきれ��、手首に体重を預けてゆらゆら揺れた。 吊られた雑巾みたいに揺れた。
天見様はただひたすら鞭を振るっておられた。 どんなお顔をなさっているのか、見ようとしてもうまく見えなかった。 ぼろぼろ流れる涙が滲んで見えないのだと気付いた。
16. 「キツネちゃん・・?」 目を開けると、ソファの上だった。 私は天見様の膝に頭を乗せて寝ていた。 手枷と猿轡は外されていて、身体にシーツが掛けられていた。
下半身にどろどろした感覚があった。 無意識に股間に手をやると、そこにはまだ性感がマグマのように溶けて渦巻いていた。 あぁ!! びくんと震えた。全身に痛みが走って顔をしかめる。 自分がどうなっているのかよく分かっていた。 鞭で打たれた箇所が赤い痣とみみず腫れになっているのだ。 血が滲んで流れたところもあるはず。
「まだ寝てた方がいい。疲れ果てているだろう?」 天見様が仰った。 「出血の場所は洗浄スプレーで洗ったから心配しないで。後で起きたら洗い直してキズパッドを貼る、・・でいいんだよね?」 私は何も言わずに微笑んでみせた。 傷の手当くらい心得ておりますよ。
髪の生え際を撫でられた。 不思議と嬉しくなった。 「よく尽くしてくれたよね。・・嬉しかったよ、ありがとう」 あれ、どうしたんだろう。 また涙が出そうな感じ。 「ん? メイドとして当然の務めでございます、とか言わないのかい?」 「もう、天見様ぁ」 「キツネちゃんでも泣きそうな声を出すんだね。可愛いよ」 からかわないで下さいませ。 本当に泣いちゃいますよ。
天見様の指は髪から首筋に移動した。 人差し指と中指でそっと押さえられる。 エクスタシーが優しくさざ波のように広がった。 どろどろしていたモノが柔らかくなった。 「ああ、気持ちいいです」 「ここはね、僕がオナニーするときに好きだったポイントさ。テストステロンを始めてからは何も感じなくなったけどね」 私は黙って両手を差し伸べ、天見様の首に子どものようにしがみついた。 少しだけ甘えさせて下さいませ。
しばらくして天見様が仰った。 「・・君は女性を鞭で打つ愉しさを僕に教えてくれたね」 「はい」 「自分にこんな嗜好があったなんて、以前の僕には想像もできなかったことだよ。・・それで今日分かったことがあるんだ」 自分に言い聞かすように仰った。 「僕は SRS(性別適合手術)を受けようと思う」
天見様はご自身の嗜虐嗜好を認識して以来、女性の身体で女性を責めることに違和感を感じたと教えて下さった。 その違和感は男性ホルモンの投与だけでは緩和できず、それまで踏み切らなかった SRS を真剣に考えるようになられた。 「鞭の練習をしながら考えてたんだ。キツネちゃんをとことん責めて、僕が本当に求めていることを確認しようってね」
天見様の首にしがみついたまま質問した。 「では、私はお役に立てたのですか?」 「もちろんだよ。キツネちゃんが鞭で打たれて苦しむとき、その前にいるべきは男の身体の僕だ」
・・私はお役に立てた。 どろどろの澱みがなくなり、雪解けの水のように流れ去った。 「ありがとうございます!」 天見様の上によじ登った。頭を抱きしめる。 全身の鞭痕がずきずき悲鳴を上げたけど、気にしないことにした。
「・・ん、んんっ」 天見様の声がくもぐって聞こえた。 「ねぇ、もしかしてわざとやってる?」 私は全裸で、天見様の顔はDカップの胸に埋もれていた。 「はい。痣だらけの胸でございますがお尽くしするのが務めと考えました。・・ご迷惑ですか?」 「迷惑だなんてとんでもない。キツネちゃんのおっぱいは天国だよ」 「お粗末様でございます」
17. マンションの玄関にあった『徳山誠一』は天見様のご本名ではなく私生活での通り名だった。 天見様のご本名は『徳山聖子』だと教えていただいた。 「SRS を受けて性別変更したら戸籍名を『誠一』にするつもりなんだ。そのときはまた招待してくれると嬉しいね」 「主人に申し伝えます」 「約束する。次は男性の身体でキツネちゃんを責めてあげるよ」 「はい!」
朝になって私は迎えの車でお屋敷に戻った。 鞭痕は全治20日と診断された。 全身の痣が赤から紫に変わり、数日の間、私は七転八倒することになった。
18. 天見様が再びお客様としてお越しになったとき、私は24才になっていた。 この年、天見様はSFではなく歴史小説で文学賞を受賞された。 同時に MTF トランスジェンダー女性との結婚も発表されて文壇の話題となっていた。
晩餐ホールに呼ばれて伺うと、旦那様と向かい合って天見様ご夫妻が座っておられた。 SRS を受け戸籍上も男性となられた天見様は4年前より一層筋肉のついた男性らしいお身体になっていた。 奥様は色白でとても綺麗な方だった。
「キツネちゃん!」 「お久しぶりにごさいます、天見様。ご結婚と文学賞受賞お祝い申し上げます」 「ありがとう。キツネちゃんはメイドを引退するんだって?」 「はい」 私は横目でちらりと旦那様を伺う。 「構わんよ、話しなさい」 「はい。・・婚約しました。来月結婚いたします」 「え、それはおめでとう! 聞いてもいいかな、相手は?」 「アメリカで会社を経営されています」 「そりゃすごい!」
婚約者は旦那様の事業のお相手だった。 何度かご奉仕をしてさしあげた後、先方から私を "購入" したいとのご希望があった。 表向きは結婚という体裁になる。 その金額がどれくらいなのか私は知らない。 人身売買のようだと思われるかもしれないが、彼は優しく誠実な人だ。 私は彼を愛している。 ちなみに彼の嗜好はエンケースメント(閉所拘束)。 結婚したら月の半分は妻として務め、残り半分は樹脂の中に密封されて過ごすことになる。 実は彼も FTM であることを知る人は、このお屋敷では旦那様の他数人だけだ。
「・・ところで、」 旦那様がおごそかに仰った。 「そろそろメイドの緊縛は如何ですかな?」 「え」 天見様は一瞬驚いた顔になり、それから奥様と顔を見合わせて微笑まれた。 「是非お願いします。・・ここにいる女性の中から誰を選んでもよいのですよね?」 「もちろん」 「それでは彼女を、キツネちゃんを縛って下さい。服は脱がせて全裸で、できるだけ厳しくて可哀想な緊縛をお願いします」 「ふむ!」
私は天見様に選ばれる前から前に進み出ていた。 お約束を果たすために来て下さったのですね。 今夜、私は天見様ご夫妻のお部屋に伺って責められる。 天見様と奥様が鞭打って下さるのだろうか。 それでも私と奥様が天見様から鞭打たれるのだろうか。 それは多分、このお屋敷で私の最後のご奉仕。
私は旦那様と天見様ご夫妻に向かい、両手を揃え180度のお辞儀をした。 「謹んで縄をお受けします。どうぞお愉しみ下さいませ」
────────────────────
~登場人物紹介~ キツネちゃん: 19才。H氏邸のメイド。 天見尊(あまみたける): 26才。作家。FTM(生物学的に女性、性自認は男性)のトランスジェンダー。
2年半ぶりのH氏邸です。 確認したら前々回と前回の間も2年半開いていました(笑。
今回はトランスジェンダー界隈の情報ネタをストーリーに取り込みました。 私自身は FTM でも MTF でもありませんが、これらの方々が抱く嗜虐/被虐の思いには大変興味があります。 そこでH氏邸に招かれた FTM トランスジェンダー男性がメイドさんの接待を受けて、それまで潜在的に持っていた嗜虐嗜好に目覚めることにしました。 目覚めた嗜好が理由となり SRS(性別適合手術)を決心する、という設定ですが、これは作者(私)のファンタジーです。 現実世界にそんな人はおらんやろと思っていますが、さてはて・・?
なお私は、この界隈に関してネットで得られる以上の知識がありません。 トランスジェンダーの皆様の苦痛や悩み、ホルモン治療と SRS の詳細について不適切な記述があるかもしれないこと、あらかじめお断りしてお詫びします。
さて、メイドさん側の心理行動はこれまでのシリーズを踏まえて描いています。 よくあるドジっ子メイドとは正反対の超優秀なメイドさんです。優秀だけど立派なM女です。 現実世界にそんな女の子はおらんやろと確実に思っています(笑。
次に挿絵ですが、久しぶりにAIを一切使わずに手作業で描きました。 細かい手順をすっかり忘れてしまい大変苦労しましたが、対象をイメージ通りに描くなら手書きも便利と思いました。 これからも定期的に手描きを続けることが必要だなと痛感した次第です。
最後にシリーズの今後について。 長く続いた『H氏邸の少女達』ですが、次回で最終話にしようと考えています。 サイトへの掲載はずいぶん先になると思われますが、気を長くして待っていただければ幸いです。
それではまた。 ありがとうございました。
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梢ちゃん、初めてのイリュージョン
1. 大阪から東京へ引っ越して、あっという間に1学期が過ぎた。 新しい学校で仲良しの友達もできたし、まあどんな環境にもすぐに適応するのがウチの強みやな。 弟の湊(みなと)は転校先の小学校に慣れなくてちょっと苦労している感じ。 それで母ちゃんが新聞の折り込みチラシで見つけた小学生向けの造形美術教室へ行ってみたらどうか、と提案してきた。 湊はウチと違(ちご)て繊細やもんね。 ゾーケイとかビジュツとか、そういうんは向いてると思う。
母ちゃんは教室へ電話を掛けて見学の予約をした。 土曜日午後のクラス。 「梢(こずえ)も一緒に来て」 「えぇー、ウチも?」 「湊は小2やし一人で行かされへんでしょ? いつもママが付き添えるとは限らへんし、そのときはあんたが連れてくの」 「あーん、貴重な週末やのに。母ちゃんのいけずー」 「そろそろ『お母さん』かせめて『ママ』って呼んでくれへん? いつも成○石井で母ちゃんって大声で叫ばれるの恥ずかしいんやけど」 「『おかん』って言われるよりええやろ? それに高級スーパーやゆうて恥ずかしがるんは田舎モンやで。だいたい成○石井くらいアベノ橋にもあったやんか」 「あ、そうか」 「分かったらよろしい、母ちゃん」 「そうやって親を煙に巻くの止めなさい」
2. そんな訳で3人で見学に来た造形美術教室。 三田さんというおばちゃんの先生が教えていた。 生徒は10人ほどで、それに保護者のパパとママが何人か来ている。 この日はカラーキャンドルを作っていた。 使い古しのろうそくとクレヨンを削って湯せんにかける。 何色か溶かして好きな順番で型に流し込めばカラフルなキャンドルが出来上がる。
「桧垣湊くんね? よかったら一緒に作らない?」 先生に誘われて湊は頷いた。 「あのっ、ウチもやらせてもらっていいですか!」 「こら梢!」 母ちゃんが止めようとしたけど、先生は笑って許してくれた。 「湊くんのお姉さんね? もちろんどうぞ」 「桧垣梢ですっ。中学2年です! ヨロシクお願いします!!」 だってキャンドル作り、すごい面白そうなんやもん。
「うわぁー、綺麗やん!」 どや、この色のチョイスはなかなかのもんやろ? 「水色を入れたいの? ええで、お姉ちゃんが一緒に削ったげる」 クレヨンを削るのを手伝ってあげた。この教室、こんな小っちゃい子にもナイフ使わせるんか。 「ボク! そこ指入れたらあかんっ。熱いでぇ~!」 湯せんの中に指を入れかけた男の子を止めた。ホットプレートの扱いも注意させんとあかんなぁ。
気が付けばウチは子供たちの輪の中にいてあれやこれや世話をしていた。 先生は後ろに立って笑っていた。
3. 「この娘が一番楽しんだようで申し訳ありません」 他の生徒さんたちが帰った後、母ちゃんが謝った。 ま、ウチを連れてきたらこうなるのを予想せんかった母ちゃんのミスやな。 「いいんですよ。よかったらこれからも毎週来てくれたら助かるな、梢ちゃん」 「ええんですか?」 「子供、好きでしょ?」 「ハイッ、好きです! ・・母ちゃん、ウチの分の月謝もお願い」 「あのねぇ」 「月謝なんて要らないわ。むしろお給料払わないといけないくらいよ」 「えぇ! お給料もらえるんですか!」 「な訳ないやろ」 母ちゃんがウチの頭を小突いた。
「ところで、」 母ちゃんは先生に向かって聞いた。 「三田、静子先生ですよね?」 「はい」 「覚えてませんか? 30年以上前ですけど京都の中学校で」 「京都? 確かに昔、京都で教師をしていましたが」 「私、美術部でお世話になった鈴木です」 鈴木っちゅうんは母ちゃんの旧姓やな。
「・・鈴木純生(すみお)さん? あの、捻挫して松葉杖の」 「はい!」 「きゃあ~っ」「きゃあ~っ」 母ちゃんと三田先生は両手を握り合った。 それからハグして、その場で跳ねながら一回転する。よお息が合うもんやと感心した。
「チラシでお名前見て、もしかしたら思ってたんです」 「懐かしいわ!」 「よかったら、あらためて昔のお話させてください」 「そうね、そうしましょう!」
・・後ろのドアが開く気配がした。 「先生、これも倉庫に置かせてもらっていいですか」 振り返ると背の高いお兄さんが立っていた。 その後ろには可愛いお姉さんもいる。 お兄さんは大きな丸いモンを抱えていた。 イケてない兄ちゃんやな。この、もさぁっとした感じ。 ウチの見立てやと30は超えとるな。もちろん彼女いない歴イコール年齢や。 それと比べてお姉さんはずっと若くてキュート。きっとピチピチの女子高生。
「ああ、まだ生徒さんがいましたね。出直します」 「いいのよ。もう済んでるから。・・それで何を置きたいの?」 「このボールです」お姉さんが答えた。 「くす玉なんだって」 「正確には人間くす玉です」 人間くす玉って、いきなり謎のワード。
「くす玉っ!?」 素っ頓狂な声を上げたのは母ちゃんだった。 「まさかそれ、S型の人間くす玉・・」 「よく分かりますね」 お兄さんが言った。 「あなた何者ですか?」
母ちゃんは両手で胸を押さえて深呼吸して、それから一人で叫んだ。 「きゃあああ~!!」 さっき三田先生とシンクロして叫んだときよりずっと大きな声だった。 皆が驚いて見守る中、母ちゃんだけが絶叫しながらぴょんぴょん飛び跳ねていた。 46歳の母ちゃんが急に若返ってハタチになったみたいに見えた。
4. 次の土曜日の教室。 ウチは一人で湊を連れて来た。 母ちゃんは前の晩からどこかへ出かけ、朝になって上機嫌で帰って来てグーグー寝ている。 ええ歳の主婦がそないな夜遊びしてええんか? 父ちゃんは笑ってたから許してるんやろうけど。
今日の造形美術教室の題材は千切り絵だった。 いろいろな色の和紙をハサミを使わずに裂き、糊で貼って綺麗な絵にする。 子供たちは一生懸命。ウチも一緒に絵を作る。 やっぱり楽しい。 ウチには造形美術の才能があるんやないか。
「みんなーっ、クッキーだよ! あたしの手作り!!」 れいらさんがお菓子を持ってきてくれた。 玻名城(はなしろ)れいらさんは先週出会ったあの高校生だった。 造形美術教室の卒業生で、ときどき子供たちに差し入れしてくれる優しいお姉さん。
「イッくんは二日酔いらしいです」 「男のくせに駄目ねぇ」 れいらさんが報告して三田先生が笑った。 イッくんとはあのお兄さんのことで、本名はえーっと、酒井功(さかいいさお)さんやったな。 れいらさんと同じく造形美術教室のOBで今もいろいろお手伝いしてくれているらしい。
「いったい何人で飲んだんですか? 先生」 「5人ね。イッくんと桧垣純生さんと私。それに桧垣さんの知り合いっていうモデル事務所の社長さんと、京都から来たイベント会社の社長さん。イッくん以外は全員女性よ」 「えっ、ウチの母ちゃんも一緒やったんですか?」 「そうよ。昔のお話が沢山できて楽しかったわ」 「社長するような人と母ちゃんが知り合いとか、知らなかったです」 「面白い人たちだったわ。皆さんお酒もぐいぐい飲むし、盛り上がっちゃった」 「先生もぐいぐい飲んだんでしょ?」 「おほほほ」 「イッくん可哀想。おばさんたちに飲まされて」 「んま、れいらちゃんったら失礼なこと言うわねー」 「ウチにも分かります。30過ぎのおじさんでも、おばちゃんたちから見たら若い男の子ですもんね。そら可愛がられますわ」 「梢ちゃんまだ中学生でしょ? 何でそんなことが分かるの?」 「えへへ、そうゆうんは得意なんです」 「でも30は可哀想よ。彼25歳だもの」 「うわぁ、ホンマですか~! ウチが言うたってチクらんといてくださいっ」 「あはは」「きゃはは」
5. 家に帰って、ウチは母ちゃんから若い頃の話を聞いた。 母ちゃんは京都の会社でイベントの司会やイリュージョンのアシスタントをしていた。 イリュージョンって、あのマジックのイリュージョンなのか。 二十歳のときの写真と言って見せてくれたのは、チャイナ服の母ちゃんが透明な箱の中に出現したところだった。 腰まで割れたスリットから生足出して、きらきら輝く笑顔で手を振っている母ちゃん。 今の母ちゃんと同じ人とは信じられないくらいに綺麗だった。
謎の『人間くす玉』についても教えてもらった。 人間くす玉は同じ会社のアトラクションで、中から女の子が飛び出すくす玉なんだって。 先週イッくんが抱えていたのは一番小さなサイズのくす玉。 「彼がクレクレしたから無料であげたって社長が言ってたわ。意味分からへんよね」 ウチにも意味が分かりません。
夜、れいらさんから LIME のメッセージが届いた。 『明日イッくん家に行くの。梢ちゃんも一緒にどう?』 『行きます!』 『イリュージョンを見せてくれるんだって』 またイリュージョン!? 後にして思えば、それはウチが新しい世界に足を踏み入れるお誘いだった。
6. イッくんのマンション。 「いらっしゃいませ!」 ドアを開けて迎えてくれたのは綺麗な女の人だった。 「あなたが梢ちゃん? 酒井多華乃(たかの)です。よろしくね」 「多華乃さんはイッくんの奥さんだよ。先月結婚したばかり!」 ほぇ~。ばりばりの新婚さんやないですか。 多華乃さんは七分丈スパッツの上にニットのサマーセーターを着ていた。セーターの襟ぐりが大きくて谷間がちらちら。 こんなセクシーな奥様がいるやなんて、この間は「彼女いない歴イコール年齢」とか思てゴメンナサイ!
リビングに案内してもらうとイッくんが待っていた。 ちゃんとお話しするのはこれが初めてだった。 「お招きありがとうごさいます! ・・あの、ウチも『イッくん』って呼ばせてもらってええですか?」 「いいけど?」 「実はどう呼ぶか寝ないで考えました。『イッくん』はちょっとナレナレしい、『イサオさん』はヨソヨソしい、そやかゆうて『イッさん』やと大阪のおっちゃんみたいで」 多華乃さんがぷっと笑う。 「なんでやっぱり、れいらさんと同じ『イッくん』で行かせてください!」 「梢ちゃんって面白いね」 よっしゃ、ウケてくれた! ウチは心の中でガッツポーズをする。
「イッくん、二日酔いは治った?」 れいらさんに聞かれてイッくんは頭をかいた。 「ああ、酷い目にあったけど、タカノがいてくれたから・・」 「熱いねーっ」 大喜びで冷やかすれいらさん。 いつものウチなら一緒に囃し立てるとこやけど、さすがに初対面で遠慮したのは我ながらエライと思う。
「・・んじゃ、さっそくやろうか」 「イリュージョン!?」 「うん、新作だよ。この場所に招かれたゲストだけが見れる限定イリュージョン。そして記念すべき最初のゲストが君たちだよ」 ぱちぱちぱち。れいらさんが拍手した。 今度はウチも一緒に思いきり手を叩いた。
7. 小さなテーブルを挟んで4人がソファに座った。 手前のソファにウチとれいらさん。 向かい側にイッくんと多華乃さん。 こちらから見て向かって左にイッくん、右に多華乃さんが座っている。
イッくんは多華乃さんの腰に左手を回すと、ぐいっと引き寄せた。 多華乃さんがイッくんに密着する。 ニットの襟がでろんと伸びて白い肩が出た。その肩にブラ紐はなかった。 あの、それはお客さんが男性のときに目を惑わすための演出ですか。 女でもドキっとするんですけど。
「これはサテンの袋。長さ2メートルあるのでうちの妻が全部入ります」 イッくんは多華乃さんを左手で抱いたまま、床の袋を右手で拾い上げた。 紫色でつるつるした光沢のある袋だった。 それを多華乃さんの頭から被せる。もぞもぞと右手だけで身体全体を覆ってゆく。 ・・そやから、わざわざ密着してそういう作業をするのは何でですか。 すごくエッチに見えるやないですか。
足先まで袋を被せた。 「足あげて」 多華乃さんの膝がぴょんと伸びて、目の前に袋の先が突き出された。 「れいらちゃん、袋の口をくくってくれる」 「これでいい?」 れいらさんはサテン袋の口を絞って結んだ。
「ありがとう」 相変わらずイッくんは袋に入った多華乃さんを左手で抱いたままだった。 つるつるしたサテンの袋を右手で撫でる。 多華乃さんのボディラインがはっきり分かった。 膝、腰、頭。 うわ、そこは多華乃さんの胸。 いくら奥さんやからゆうて、人前でそないに揉みしだいたらアカンでしょ。
「次はこのシュラフ(寝袋)。梢ちゃん、シュラフって知ってる?」 「ええっとキャンプとかで使うモンですよね」 「そう、携帯用の寝具だね。綿が入ってて暖かいんだ。・・これを被せるから手伝ってくれるかい?」 イッくんに指示されてシュラフを今度は多華乃さんの足の方から被せた。 腰の下を通すとき、イッくんは左手に抱いた多華乃さんを持ち上げて通し易くしてくれた。 頭まで被せ終えると、脇のファスナーを上まで閉めた。
「こっちは縄で縛るよ。・・ん? どこかな」 右手で足元をまさぐった。 「れいらちゃん、そっちに紙袋が置いてない?」 「ええっと・・、あった!」 ウチとれいらさんが座るソファの後ろに紙袋があった。 「そこに縄が入ってるから、それでここを縛って。できるだけきつく」 れいらさんはイッくんのソファの後ろに回り、言われた通りにシュラフの口に縄を巻いて縛った。
「二人ともご苦労様でした。後は座って見てね」 ソファに座ったイッくん。 ウチとれいらさんはその反対側に座っている。 イッくんの左手はシュラフ(の中の多華乃さんの腰)を抱いたまま。
「いま、タカノは二重の袋の中。暖かい、というより暑いだろうね。呼吸するのも辛いかもしれない」 右手でシュラフを押さえた。多華乃さんのちょうど顔にあたる部分。 「この中で美女が苦しい思いをしていると考えたら、・・ちょっと興奮するよね」 「イッくん! そういうフェチな妄想してる場合じゃないでしょ! 梢ちゃんも見てるのに」 「え、ウチ? 何のことですか?」 分からないふりをしたけど、二人の会話は何となく理解できた。 じっと我慢���てる多華乃さん。たぶん本当に苦しい。 そんな多華乃さんを抱きながら「興奮する」と言ったイッくん。ドSやんか。
「ごめんごめん。イリュージョンに戻ろう」 イッくんは右手でシュラフの口を縛る縄を掴んだ。 「いくよ。・・それ!!」 手前に引いた。 シュラフは腰の位置で二つに折れ曲がった。 「もう一回!」 すぐにシュラフの足先を掴んで持ち上げた。 二つ折りのシュラフが四つ折りになった。
「え」「え」 ウチとれいらさんは揃って声を上げた。 「二人で上から押さえてくれるかい」 言われた通りシュラフを押さえると、空気がしゅうっと抜ける音がした。 シュラフは四つ折りのまま潰れて平らになってしまった。
「えーっ、どうして!?」 「多華乃さんは!?」 二人で騒いでいると多華乃さんの声がした。 「お疲れ様、お茶にしましょ♥」 リビングに隣り合ったキッチンに多華乃さんがいた。 紅茶とケーキを乗せたトレイを持って笑っている。 少しだけ乱れた髪。少しだけ紅潮した頬。 とても色っぽかった。
8. 「いったいどうなってるの!?」 「それは内緒。今のところお客さんが来た時に見せられるのはこのイリュージョンだけだからね」 イッくんはタネを教えてくれなかった。 「あんなにたくさんあったイリュージョンの機材はどうしたの?」 「ほとんど人にあげるか倉庫に入れちゃったんだ。これからまた新しいのを作るよ」 「新居に汚いものを置くなって、三田先生に言われたみたい。私は気にしないんだけどね」 多華乃さんが補足してくれた。 「まあ彼のアパートにいろいろ怪しいモノがあったのは確かね」 「怪しいモノはないだろ、タカノ」「うふふ」 「イッくんはね、何でも自分で作っちゃうんだよ。イリュージョンの道具から吊り床まで」 「スゴイですね! 吊り床って何ですか?」 「あ、ゴホンごほんっ」「・・ちょっと早いかな? 梢ちゃんには」 「???」
いろいろ話をしてイッくんと多華乃さんのことを教えてもらった。 二人は同じ大学で知り合って、一緒にイリュージョン同好会を設立した。勤めるようになってからも仲間と活動を続けている。 マジックの競技会にオリジナルのイリュージョンを出して賞を獲ったこともある。 たまに造形美術教室の子供たちにもイリュージョンを見せてくれているんだって。
「最近はれいらちゃんも参加してくれてるんだ。梢ちゃんはイリュージョンをしてみたいって思わない?」 「やりたいです。ウチもあんなすごいイリュージョンができるようになりますか?」 「できるわよ。私も最初は何も知らなくて始めたんだもの」 「ならウチの親が許してくれたら。あ、日曜日しかダメですけど、いいですか?」 「ぜんぜん大丈夫」
「梢ちゃんを誘おうと思ったのは訳があるの」 れいらさんが説明してくれた。 「三田先生、10月に還暦を迎えるのよ」 「カンレキって?」 「60歳のことだよ」 「先生そんなお歳やったんですか」 「だからお誕生会を企画してるの。そこでイリュージョンも見せようって」 「ははぁ」 「いつもだったらイッくんが多華乃さんとやるんだけど、たまにはサプライズもいいでしょ?」 イッくんと多華乃さん、れいらさん。3人がウチを見て笑っている。 まさか。 「れいらちゃんがものすごく推すんだ。新しく来た梢ちゃんっていう中学生がとてもいい子だって」 「あのウチそんないい子では」 「僕も梢ちゃんと会って思ったよ。是非、誕生会のイリュージョンをやって欲しい。・・タカノはどう?」 「大賛成よ。私も梢ちゃんのことが大好きになっちゃった」 「決まりね。マジシャンはあたし、アシスタントは梢ちゃんだよ!」 れいらさんが宣言した。 どうやらウチはいつの間にかイリュージョンに出ることが決まっていたらしい。 母ちゃん、ウチ、母ちゃんと同じイリュージョンのアシスタントするんやで。怒らんといてな。
「実はこんなのを設計しているんだ」 イッくんはノートに描いた図面を見せてくれた。 スーツケース?の中に膝を曲げて入った女の人のシルエットが描かれていた。 「タカノ用に描いたんだけど、梢ちゃんなら問題ないはずだよ」 「もしかしてウチがこれに入るんですか?」 「そうだよ。それで外から剣を刺すんだ」 「えええ~っ!!」
9. 還暦祝いなんて勘弁してちょうだい。 はじめのうち三田先生はお誕生会を嫌がった。 それでも造形美術教室の卒業生がたくさん来る、保護者の皆さんもお金を出し合って準備してくれると聞いて抵抗を断念した。 「ありがとう! ・・でも赤いちゃんちゃんこなんて着せようとしたら、その場で逃亡するわよ」
母ちゃんはウチがイリュージョンするのを嫌がるどころか大喜びしてくれた。 「三田先生のお誕生日にイリュージョン? 素敵やないの!! それであんた衣装はどうするの?」 「んー、まだ何も決まってへん、と思う」 「マジシャン役はあの高校生の女の子ね? よーし、母ちゃんがまとめて面倒みたげる!!」 母ちゃんはイッくんの携帯の連絡先を聞いていたらしい。 勝手に電話して衣装製作の了解を取り、るんるん楽しそうに準備を始めたのだった。
10. 「スーツケースが手に入ったんだ。サイズをチェックしたいから来てくれる」 次の週、連絡があってウチは一人でマンションへ来た。 イッくんと多華乃さんが迎えてくれた。
さっそくスーツケースを見せてもらう。 「メ○カリで買った中古品なんだ。これをイリュージョンに使う予定」 それは思ったより小さかった。 立てて置いたら腰くらいの高さしかない。 「入ってくれるかい。梢ちゃん」 「あ、はい」 いきなりですか。 ええですよ。そのつもりでスカートやのうてショートパンツ穿いてきましたし。
イッくんが広げたトランクの中にお尻をついた。 「両手は後ろに回してくれるかい」 「後ろですか?」 「そう。手錠掛けるつもりだから」 「てじょう?」 「うん、後ろ手錠。動けないように」 !!
「イサオ! イリュージョン初体験の女の子にそんなストレートな言い方はダメっ」 多華乃さんが叱ってくれた。 「梢ちゃんフリーズしてるじゃない。・・心配しないで、梢ちゃん。マジック用の手錠だから自分で外せるわ」 「身の危険を感じました。ウチは生���できるんでしょうか?」 「んー、大丈夫だと思うよ。しらんけど」 イッくんがのんびり答えた。 ウチの関西人アンテナが反応する。 「あ、今『しらんけど』言いました? ウチも使うチャンス伺ってたんですけど」 「一度言ってみたかったんだよ『しらんけど』。今の使い方でいい?」 「グッドです。イッくん大阪でやっていけますよ」 「ナニアホナコトイッテンネン」 今度は多華乃さんが言った。 「多華乃さん、それは東京のヒトがやると割とスベるんで止めた方がええです。あとイッテンネンやのうてユーテンネンです」 「難しいのねぇ」「ドンマイです」 「ねえ、そろそろ続きをやらない?」 「イッくん人のギャグには冷淡ですねー」 「うふふ。冷たいのも彼の魅力よ」 はいはい、ごちそう様です。
トランクの中で横になった。 身体を丸くして両手を後ろに回す。 「もっと顎を引いて頭を下げてくれる」 「はい」 「あぐらを組む感じで。もうちょっとお尻下げて。・・OK、そのポジションをよく覚えておいてね」 「了解っす」 外にはみ出した髪を多華乃さんが直してくれた。 「大丈夫だね。では蓋するよ」 カチャ。 トランクの蓋が閉じて真っ暗になった。 頭の後ろが押し付けられて痛かった。 ぎゅっと折りたたんだ膝と脛、足の甲も前に当たってキツイ。 狭いやん! 「起こすよ」 ぐらり。 お尻に体重が乗った。 すっと身体が沈んで後頭部に余裕ができた。 足は全然動かせないけれど、少しだけほっとした。
「肩を捩じって、片手ずつ前に出してみて」 ごそごそ。 あ、出せた。 「右手で左の壁、左手で右の壁。触れるでしょ?」 はい、触れます。 「あとはまた両手を背中に戻す」 ごそごそ。 戻せました! 「ここまでできたら問題ないよ。ちゃんと生還できるから安心して」 はい! 「何度も練習して慣れてね。出してって言ってくれたらすぐに開けるから」 分かりました!
11. 「・・梢ちゃーん、大丈夫?」 声が聞こえた。 この声は、れいらさん!? 「はーい、大丈夫ですぅ。れいらさんですかぁ?」 「そうだよー。もう15分くらい経ったっていうから開けるよー」 え? 15分も?
ぐらり。 ウチを閉じ込めていた空間が横向きになった。 カチャカチャ音がして蓋が開く。 イッくんと多華乃さん、それにれいらさんがウチを見���ろしていた。 あ、えーっと。 「じゃーんっ、たった今、囚われの美少女が救出されました!」 あかん、誰も笑てくれへん。 仕方ないので、自分で「えへへ」とごまかして起き上がった。
「大丈夫みたいだね。静かなままだから、ちょっと心配になって」 イッくんが言った。 「ぜんぜん大丈夫です。・・何か馴染んでしもて、ぼおっとしてただけです」 多華乃さんとれいらさんが安心したように微笑んだ。
本当は、女の子を閉じ込めるってこういうことなんかと考えてた。 ちょっとえっちな妄想もしてドキドキした。 でんもそんなん恥ずかしくて言われへんやんか。ウチ純真な中学生やのに。
「そういえばれいらさん、いつの間に来てたんですか?」 「遅れてごめんね。梢ちゃんのお母さんに衣装の採寸してもらってたんだ」 「れいらさんちに行ってたんですか、ウチの母ちゃん」 それで朝からウキウキ出かけて行ったのか。 「面白いお母さんねぇ。あの人から梢ちゃんが生まれたのなら納得だわ」 「変な納得のしかた、せんといてください」 「そうだ梢ちゃんのお母さん、イリュージョンやってたって教えてくれたよ」 「え、そうなの!?」 多華乃さんが驚いた。 「らしいです。ウチも詳しくは知らんのですけど」 「むかし京都にいた頃、かなり本格的なイリュージョンをやってたらしいよ」 「なんでイサオが知ってるのよ」 「前に飲まされたときに聞いたんだ。・・あ、別にわざと教えなかったんじゃなくて、僕は余計なことは喋らないだけだよ」 「む」 多華乃さんはイッくんの首を肘で絞めて押さえ込むと、その耳の後ろをゲンコツでぐりぐりした。 「あれはスリーパーホールド。多華乃さんの得意技だよ」 れいらさんが教えてくれた。
その後イッくんがスーツケースイリュージョンの仕掛けを説明して、皆で進め方を相談した。 途中でれいらさんが「あたしもスーツケースに入りたい」と言い出して入ることになった。 「何時間でも閉じ込めていいよ」なんて言うもんやから「なら駅のコインロッカーにでも預けましょか」って返したら「うわーいっ!」と喜ばれてしまった。 多華乃さんまで「あらそれ素敵」なんて言う始末。 「手錠は?」「いいですねー」 「DID♥」「ですっ!」 もうやっとれんわ。 でも、これだけあけすけに話せるんは羨ましいな。 ウチもさっきスーツケースの中で興奮しましたって素直に告白したらよかったかな。
12. お誕生会前日の造形美術教室。 子供たちがみんなで飾り付けをしていた。
ウチは湊と一緒にケーキを作っている。 ケーキと言っても食べられない飾りのケーキだった。 ダンボールの大きな筒に模造紙を貼って、その上から色紙で作ったクリームやフルーツをつける。 「姉ちゃんっ。そこはローソクやんか」 「あ、ゴメン」 「ここのチョコプレートはボクがやる」 「ならまかせるで」 「うん」 造形美術教室に来るようになって湊はずいぶん積極的になったと思う。
立ち上がって周囲を見渡す。 手伝って欲しそうな子は・・おらへんな。 それなら部屋の隅に座り込んでちょっとひと息。 明日はいよいよイリュージョンの本番か。 昨夜見た夢を思い出した。
スーツケースに入っている夢だった。 何故か学校の制服を着ていて、後ろ手に手錠を掛けられていた。 この頃、何度も同じような夢を見る。 ウチはいつもスーツケースに閉じ込められていた。 ・・またか。 夢の中で考える。 ・・それやったら、楽しまな損。
イリュージョンと言われてスーツケースに入ったウチ。 そのままどこかへ運ばれる。 街の雑踏が聞こえる中をごろごろ転がって、静かな場所に置かれた。 コインロッカー!? スーツケースごと、コインロッカーに収納されたんか。 あの、このスーツケース、女の子が入ってるんですけど。
囚われのヒロイン。DID。 ずっと前からDIDの意味は知っていた。ウチはおませな少女なんや。 おませなウチは絶対絶命のピンチにも憧れる。 もう逃げられへん。どこかに売られてしまう。 そうや、可愛い女の子は拉致られて売られる運命にある。 諦めるってキモチ、ちょっとええと思う。
小さく折り畳んだ身体が動かせない。 もどかしい。もどかしくてウズウズする。 そやけど、このもどかしさ���耐えるのが乙女の務めや。 身体じゅうが熱くなる。
「・・梢ちゃん!」 誰かに呼ばれて我に返った。 ウチの顔を覗き込んでいるのは、れいらさんだった。 「梢ちゃんがヒマそうにしてるのは珍しいね」 「ちょっと休憩中です。れいらさんはどうしはったんですか?」 「さっきね、衣装を試着してきたの」 「お~っ、どんなでしたか」 「セクシー! 自分でもびっくりしちゃった」 「母ちゃん、ウチの衣装よりもヤル気出してましたもん」 「恥ずかしいけど、あんな恰好めったにできないから頑張って着るよ。梢ちゃんの衣装は?」 「それは明日のお楽しみです。・・ええっと、あの、つかぬ事を伺いますが」 「はい?」
思い切って聞くことにした。
「れいらさん、こないだスーツケースに入ったでしょ? イッくんのところで」 「入ったねー」 「失礼なこと聞くって怒らんといてくださいね」 「うん、怒らない」 「れいらさんと多華乃さん、やっぱりマゾの人ですか?」 「へ!?」 「あのときのお二人、ドMトークで盛り上がってたやないですか。コインロッカーに預けてほしいとか手錠掛けられたいとか」 「そ、そんなこと口ばしったっけ」 れいらさんが顔を赤らめるのを見たのは初めてやないかな。 「『ICレコーダー梢ちゃん』の異名を持つウチですから間違いありません。あのトーク、なんぼかはノリで言わはった思うんですけど、羨ましかったです。あんな風に性癖を発散する女の人を見たのは初めてでしたから」 「中2のくせに性癖なんて言葉使うのね」 「ウチはおませな少女なんです」 「あははは」 豪快に笑われた。 「いいよ、教えてあげる。マジレスすると多華乃さんはドMだよ。自分でも公言してるわ。旦那様のイッくんはS」 「分かります分かります」 「あたしはMとS両方あるな。お相手によってどちらでも。・・あ、お相手って男性に限らないからね」 れいらさんはそう言ってウインクした。 「梢ちゃんはMだよね」 「あ、ウチはまだ・・」 「スーツケースに詰められて感じてるじゃない。もうみんな気付いてるわよ」 ぶわ。 冗談やなしに顔に火が点いた。
しばらくけらけら笑ってから、れいらさんは言った。 「それでいいんだよ! SとかMとか恥ずかしいことじゃないんだし」 「それやったらお願いがあるんですけど」 「何だって聞いたげるよ」 「これからはウチも多華乃さんとれいらさんのドMトークに参加していいですか? ウチもエロいこと言いたいです」 「そんなこと!? あはは、大歓迎!!」 「ありがとうございます。何かすっきりしました~」 「梢ちゃんて本当に面白くっていい子ねぇ。ますます好きになっちゃった。あたしが三田先生なら絶対にぶちゅ~ってしてるところね」 「ぶちゅう~!?」
13. 三田先生のお誕生会が始まった。 造形美術教室の生徒さん、保護者のパパとママたち、卒業生が何十人も集まっている。 イッくんと多華乃さん、それにウチの母ちゃんもちゃんと揃っていた。
司会のれいらさんが開会を宣言した。 続いてイッくんが卒業生代表として挨拶。・・その直後。 ぱーん! 正面にあったケーキからクラッカーが弾けて紙吹雪が舞った。 「三田先生っ。はっぴぃばーすでーぃ!!」 ケーキが上下に割れて、中から立ち上がったのはウチやった。 母ちゃんの作ってくれた白い衣装を着ていて、手には花束。 ケーキから出て花束を三田先生に渡した。、 子供たちは大喜び。他の人たちからも大きな拍手。
ウチが飛び出したのはケーキの形をしたびっくり箱。 その正体は前日に湊が作ったダンボール製のケーキだった。 これをイッくんがたった一晩で改造してくれた。 クラッカーを取り付けて紙吹雪が飛ぶようにした。 上下に分離できるようにして内部を補強し、小柄な女の子なら収まる空間を用意してくれた。 ホンマ、イッくんって何でもできるスーパーマン。
「ご苦労様!」 花束を渡して戻って来たウチをれいらさんが労ってくれた。 「ケーキの中でドキドキした?」 「はいっ。次にパーティするときは一緒にびっくり箱しましょ!」 「いいわね!」 ウチは皆が集まる前からケーキの中にずっと隠れていたのだった。
お誕生会はそれから子供たちが歌ったり踊ったり、造形美術教室の昔のビデオを上映したりして進行した。 そしてメインイベント。ウチとれいらさんのイリュージョンの時間になった。
14. れいらさんが衣装を着替えて出てきた。 「うわあ」「れいらちゃーん!!」 「すごーい!」「キレイ!!」 大人も子供もみんなびっくりしてるなぁ。 「みんなー! お姉ちゃんこれから頑張ってマジックするよー。立ち上がったりしないで見てねー」 「はーい!!」
れいらさんは真っ赤なボディスーツとその上に短い黒ジャケットを着ていた。 ボディスーツはハイレグで胸のカットも深い。 バニーガールみたいにも見えるし、白いブーツを履いているからレースクイーンのようにも見える。 エロくて恰好いい。 母ちゃんが「萌える~!!」と雄叫びを上げながら作ったコスチュームだけのことはある。執念がこもってるわ。 何人かのパパが見とれてしまってママから叱られているのもお約束。 さすがにこれを女子高生に着せて小学生の前に立たせるんはええのかと心配やけど、三田先生が手を叩いて喜んでるから構へんのやろうね。

れいらさんが手招きした。さあ出番や。 「マジックをお手伝いしてくれる梢お姉さんです!」 「よろしくーっ」 ウチはスーツケースを引いて出て行く。 あの中古のスーツケースはイッくんが改造して外��が変わっていた。 正面と裏側に細長い穴が6つ。 これはサーベル(剣)を刺すための穴。 ギミックの都合でキャリーハンドルは上げたまま固定。
ウチはお客さんの方に背中を向けると両手を後ろで組んだ。 その手首にれいらさんが手錠を掛けた。 左右に引っ張って手錠が外れないことを示す。 それが済むと、れいらさんはスーツケースを倒して蓋を開いた。 スーツケースの中は仕切り類が全部外されていた。 代わりに蓋の裏に剣刺しのギミックがついて、少しだけ狭くなったけどウチが入るのには問題ない。
うちは靴を脱がせてもらって裸足になり、スーツケースの中に横になった。 膝を引き寄せて身体を丸くする。 簡単な所作やけど、一発で決まるように何回も練習したんやで。

れいらさんはスーツケースの蓋を閉じようとする。と、中身が大きすぎるのかなかなか閉まらない。 蓋にお尻を乗せて座って閉めた。パチンとロックを掛ける。 キャリーハンドルを両手で握り、重そうにスーツケースを立てた。
れいらさんが次に手に取ったのはサーベルだった。 これもイッくんの手作りで、長さ1メートルほど。 銀色のブレード(刃)と手元が束(つか)になっている。 れいらさんはブレードを指で撫でて痛そうな顔をした。 「怖い人は目をつぶってねー」 スーツケースの後ろに立ち、一番上の穴にサーベルの先端をあてがった。 何人かの子供が自分の手を目の前にかざした。
15. カチャリと音がしてスーツケースが閉ざされた。 ウチはもう外へ出られない。 ぐらり。 スーツケースが立てられて世界が90度回転した。 いよいよここから本番。 ウチはスーツケースの中で深呼吸する。 こんな姿勢やから本当の深呼吸は無理やけど、大切なんは気持ちやからね。
スーツケースの中で身体を捩じった。 背中で手錠を掛けられていた両手を前に回した。 そんなことができるのは、左右の手錠が分離できるからだった。 手錠の鎖は紐で繋がっているだけで、その紐はリールで伸びるようになっている。
前に出した右手で左の壁をまさぐり、そこに6個並ぶレバーを探し当てた。 蓋の裏にはサーベルの一部、ブレードの先端だけが隠されている。 レバーを動かすとスーツケースの蓋の穴からその先端が突き出る仕組みになっている。 一方、れいらさんが持つサーベルは、スーツケースの穴に押し込むとブレードが縮んで束の中に収まる仕掛けになっているのだった。
「・・スチール製のメジャーがあるだろう? あれと同じ構造だよ。ブレードは硬いように見えて実は巻き取られてるんだ」 「?」「?」「?」 ウチもれいらさんも、一緒に聞いていた多華乃さんも、イッくんの説明はさっぱり理解できなかったと思う。 理屈は分からんでも、効果は分かった。 後ろからサーベルを押し込むのに合わせてレバーを操作したら、お客さんにはサーベルがスーツケースを貫通したように見える。 大切なのは二つ。 二人のタイミングを合わせること、それから6個ある穴の順序を間違わんようにすること。 それさえ守ればバッチリのはずや。
れいらさんが最初の穴に1本目のサーベルを押し当てた。 コツン。 スーツケースの中に音が響く。 ウチは1秒待ってレバーを下げた。 これでサーベルの先端がにょっきり顔を出したはず。
2本目、3本目。 ウチは順番にレバーを操作した。 後で聞いたら子供たちとパパママたちはビックリしていたらしい。 ウチが本当に刺されたって思った子が多かったんやて! うわぁっ嬉しいぃ、って叫んでしもたよ。 4本目、5本目、6本目。 全部のサーベルがスーツケースを突き通った。 れいらさんはそのスーツケースをくるりと回してお客さんに全体を見せた。

今度は後半。サーベルを抜く演技になる。 レバーを逆の向きに動かせばブレードの先端が引っ込み、同時にれいらさんがサーベルを引き抜いたらええんやけど、実はこれはけっこう、ちゅうか、かなり難しい。 前半でサーベルを刺すときは、れいらさんがサーベルを押し当てる音を合図に、少し遅れてレバーを動かせばよかった。 「・・でも、抜くときに少し遅れるのは困るんだ。ちょっと考えたら判ると思うけど」 「?」「?」「?」 またしても女性3人はイッくんの説明を理解できなかった。 「後ろで引き抜いてるのに、前に出ている先端がそのまま残っているのは不自然だよ。あれ?って思われてしまう」 「そうか」 れいらさんが気付いた。 「前も後ろも同時じゃないといけないんですね」
イッくん細かい。でもその通りやな。 ウチとれいらさん、スーツケースの中と外でタイミングを完全に合わせないといけない。 何か合図が要る。でもどうやって? イッくんのアイデアは単純やった。 「それならお客さんに合図してもらおう 」
16. 子供たちに向かってれいらさんが呼びかけた。 「みんなー、梢お姉さんが穴だらけになっちゃいました! 助けてあげたいですか?」 「助けてあげたーい!」 「じゃあ、この剣を抜きまーす! 何本抜かなきゃいけないかしら?」 「ろっぽん!!」 「1本ずつ抜くから一緒に数えてくれるー?」 「はーいっ」「数えるー!」 「数え間違ったり、声が揃っていなかったりしたら、梢お姉さんは死んじゃうかもしれないよ?」 「だめー!」「やだあっ!!」 「じゃあ練習しよう! いい? せーのっ、いーち、にぃーい・・。ああぁっ、ダメダメ揃ってないっ。もう一回!」 全員が揃って1から6まで数えられるまで練習させた。 「いくよ? せーの!」 「いーっち!」 れいらさんがサーベルを引き抜くと同時にブレードの先端が引っ込んだ。 「にぃーい!」 子供たちの声が響く。リズムもペースも綺麗に揃っていた。 「さーん!」 どんどんサーベルが抜けて行く。 「しいー!」 あと2本! 「ごぉー!」 これで最後!! 「ろぉーっく!!」
「はーい! 全部抜けたねー! 梢お姉さんは無事かなー?」 スーツケースを横に倒して、ロックを解いた。 カチャリ。 横になっていたウチが身を起こした。 「うわー!!」「あれー!?」 白い衣装がピンクに変わっていた。 立ち上がって一回転して見せた。 どうかな? 母ちゃんの作ってくれた早変わり衣装。 可愛いでしょ?

れいらさんに手錠を外してもらう。 小声で言われた。 「知らなかったよ。びっくり!」 「えへへ。黙っててスミマセン」 二人並んでお辞儀をした。
三田先生が駆け寄って来た。 「すごいすごいすごい!! どきどきしちゃった! ありがとう!!」 イッくんも来て握手してくれた。 「やられたよ。衣装チェンジとはね」
もう一度拍手を浴びながら皆でお辞儀した。 お客さんの中に母ちゃんと湊が座っているのが見えた。 湊は黙ってサムズアップしてくれた。 あんた、どこでそんなゼスチャー覚えたの。格好ええやんか。 ウチも笑って親指を立てて返す。 すると母ちゃんまで指を立ててウインクした。 母ちゃんっ、指が違う. 立てるのは中指やのうて親指やちゅうねん。
17. それから二週間経った夜。 ウチと母ちゃん、れいらさん、イッくんと多華乃さん夫妻、そして三田先生がレストランの個室にいた。 三田先生がお誕生会のお礼にと招待してくれたのだった。
「ウチ、フレンチなんて初めて」「あたしもです!」 「お箸で食べるフレンチ、いいですねー」 「友人のお店なの。形式張らずに楽しんでちょうだい」 ワインとノンアルコールのスパークリングで乾杯。 「あら、あなたたちもノンアル?」 先生がイッくんと多華乃さんに聞いた。 「僕らは後でいただきます。今は、ちょっと」 「彼、リベンジする気なんです」 多華乃さんが言った。 「タカノ、いきなり言う?」 「いいじゃない。頑張るのは私だよ?」 「あ、ぴぴっと来たっ。イリュージョンするんでしょ!」 れいらさんが言った。 イリュージョン!?
「この人、梢ちゃんの衣装チェンジに全部���ってかれたこと未だに根に持ってのよ。子供みたいでしょ? うふふ」 「そんなことはないよ。僕は」 「うん、イッくんってそうだよね」「分かるわ」「イッくん、ホンマですか?」 「ぼ、僕は・・」 「あまりイサオを苛めないであげて。その分、私が彼に苛められるんだから♥」 謎めいた微笑の多華乃さん。 他のみんなは笑っている。母ちゃんまでウンウンって頷いて。 まさかこの二人、ムチとローソクでSMプレイしてたりする?
18. 「ええっと、やろうか」「はい!」 イッくんと多華乃さんは席から立ちあがった。 一度出て行って戻って来た。 持ってきたのはあのスーツケースと紙袋。それからサーベル、ではなくて金属の細い棒。 「先日とは趣向を変えたスーツケースイリュージョンをやります。・・これは」 イッくんはそう言って金属棒を持って水平に構えた 「ステンレスの丸棒です。直径5ミリ、スーツケースの穴をぎりぎり通る太さです。先端を円錐形に削り出しました」
イッくんはスーツケースを床に倒して蓋を開いた。 れいらさんが黙ってウチの肩を叩いた。それから開いた蓋の裏を指差す。 !! あの剣刺しのギミックがない。 蓋の裏に張り付けられていた黒いパネルのような仕掛けがなくなっていた。 6個の穴がはっきり見えた。
多華乃さんがさっとシャツを脱いだ。 ブルーのスパッツ。その上は黒いブラだけ。格好いい!! スーツケースの中に入って膝をついた。 そのまま身体を逆海老に反らしてスーツケースに収まる。むちゃくちゃ柔らかいやないですか。 イッくんが多華乃さんの肌を撫でる。ああ、また。 「あら♥」「まぁ♥」 嬉しそうな声を上げたのはウチでもれいらさんでもなく、三田先生と母ちゃんだった。

イッくんはにやりと笑うと蓋をぱたんと閉じた。 すかさずスーツケースを立てて起こす。 紙袋から縄束を出してスーツケースに巻きつけ、荷物みたいにきりきり縛った。
れいらさんがウチの耳元でささやいた。 「多華乃さん、頭下向き」 ホンマや! あのポーズで逆立ち?
イッくんはスーツケースの後ろでステンレス棒を水平に構えた。 「前後の穴を一発で通すのが難しいんだ。・・練習の成果をご覧あれ」 息を整える。 いきなり穴に突き刺した。合図も何もしなかった。 反対側の穴から棒の先端が飛び出す。 すぐに引き抜き、別の穴に突き刺した。 抜いては刺してを何度も繰り返した。 むちゃくちゃ速かった。
今度はステンレス棒を6本、スーツケースの横に並べた。 まず1本を突き刺した。 すぐに次の1本を持って突き刺した。 立て続けに全部の棒を刺してしまった。
「・・おっと失礼」 テーブルにあった紙ナプキンで、一番下の棒の先端を拭いた。 ナプキンが血に染まったみたいに赤くなった。 ひょえー。 ウチらのイリュージョンより迫力ありまくり! 多華乃さんがどうなっているのか想像できなかった。 ぎちぎちに縄で縛ったスーツケースの中で、無理なポーズで逆立ちで。
「では助けてあげましょう。彼女が無事でいるかどうか心配です」 ステンレス棒を全部引き抜き、スーツケースの縄を解いた。 床に寝かせて蓋を開ける。 入ったときと同じポーズの多華乃さんが現れた。 ぐったりしているみたいやった。 イッくんが多華乃さんの背中に手を当てて起こした。
血!! 多華乃さんの胸と脇腹から真っ赤な血が流れていた。 ええ!! まさか、大怪我!? れいらさんも驚いて固まっている。 「・・ええっと、残念ながらイリュージョンは失敗したようです。妻は天国へ旅立ちました」
ガタ! 立ち上がったのは母ちゃんやった。 自分のナプキンを掴むと、二人に近づいて多華乃さんのお腹をごしごし擦った。 「ひ、・・きゃはははっ」 多華乃さんが身を捩って笑いだした。 「あーん、ごめんなさい!!」
「あんたら、やりすぎ! これ、ケチャップでしょ?」 母ちゃんが言う。母ちゃんの目も笑っていた。 「恐れ入りました」 イッくんが謝った。 「最後まで騙せると思ってたんですけど、さすがですね」 「昔よく使ったわ。匂いで分かるからお客さんと近いときは注意が必要なの」 「勉強になります」
19. 食事が済んで、三田先生がイッくんに聞いた。 「さっき、もし桧垣さんに見抜かれなかったらどうするつもりだったの?」 「そのときは蘇生措置をして生き返らせる予定でした」 「ウソ。スーツケースに入れて持って帰るって言ってたじゃない、イサオ」 「そっちの方がよかったかな?」 「そうね。私はまる1日詰められてもイサオのためなら耐えるわよ♥」 「多華乃ちゃん」「はい?」 三田先生がいきなり多華乃さんの頬を両手で挟んでディープキスをした。 「ん! んんん~っ!!」 「素敵よ、その心がけ。でも新婚だからってサービスしすぎると、彼、図に乗るわよ」 「はぁ、はぁ、・・はい」
「次は、」 三田先生が顔を向けたのは・・、ウチやった! 「一番頑張ってくれた梢ちゃん♥」 「は、はい」 ウチは顔を近づけてくる先生から逃げられなかった。 「本当に、一番お礼を言いたかったのはあなたなの」 「うわ♥」れいらさんの歓声が聞こえた。 「これからも、お願いね」 ちゅう。 マウスツーマウスでキスをされた。 女の人相手で快感やったというと変態みたいやけど、本当に気持ちよくてうっとりしてしまった。 ウチは皆が見ている前で60歳のおばちゃんにファーストキスを奪われたのだった。
・・それからウチは長いことイリュージョンの活動をすることになった。 イッくん夫妻とれいらさんにはまだ秘密があったけど、それを知るのはずっと先のことだった。
────────────────────
~登場人物紹介~ 桧垣梢(こずえ):14歳、中学2年生。一人称は『ウチ』。 桧垣湊(みなと):8歳、小学2年生。梢の弟。造形美術教室の生徒になる。 桧垣純生(すみお):46歳。梢と湊の母ちゃん。旧姓鈴木。 三田静子:60歳。小学生向け造形美術教室の指導者。嬉しいと誰が相手でもキスする癖がある。 玻名城(はなしろ)れいら:17歳、高校2年生。造形美術教室の卒業生で教室を手伝っている。 酒井功:25歳。造形美術教室の卒業生。趣味でイリュージョンをやっている。通称イッくん。 酒井多華乃(たかの):25歳。功の新妻。身体が柔らかい。
4年前に書いた 多華乃の彼氏 と 多華乃の彼氏2 での仕込みをようやく回収しました。 仕込みとは、造形美術教室の先生の名前を三田静子にしたこと、そしてイッくんが京都に行って人間くす玉をクレクレしたことです。 大抵の場合、回収方法はまったく考えずに執筆時のノリだけで仕込むので、そのまま放置で終わることも多いです。 今回はAIで作成したイリュージョン絵(=スーツケースに女の子が入って笑っている絵)が中学生のように見えたことから、この女の子を純生さんの娘にして仕込みを回収することにしました。 純生さんと三田先生のエピソード(純生さん中学3年生のとき)は『三田静子』をサイト検索すれば出てくるはずなので興味のある方はお読みになってください。
今回のイリュージョンは3つ。 イッくんのマンションでやった袋詰めからの脱出は、現実に演じることが可能と想定しています。 ただし、あの部屋(正確にはソファと隣接してキッチンがある)かつ観客が少人数でないとできないので、舞台で演じるには向きません。 袋の上から多華乃さんのボディを撫でまわすのは夫婦のイリュージョンだからできることですね。
梢ちゃんのスーツケースイリュージョンは、前記の通りスーツケースに入った女の子をAIに描かせたので、それなら剣を刺してしまえと考えたものです。 ダンボールの剣刺しはよく見かけるイリュージョンですが、スーツケースは珍しいかもしれません。 サーベル回避のギミックは、これならできそう?というものをイッくんに考えてもらいました。 刺すときと抜くときのタイミングの相違は作者のこだわりです。お読みの皆さまには面倒くさかったら申し訳ありません。
梢ちゃんのスーツケースで仕掛けを凝ったので、多華乃さんのスーツケースは一切ギミックなしの命がけです(笑)。 ダンボールよりはるかに狭いスーツケースの中、軟体ポーズでその上逆立ち。いったいどうやって6本のステンレス棒をすり抜けたのでしょうか? 最後に母ちゃんが止めたのは本当はルール違反です。 元プロだから分かっているはずですが、レストランで血まみれは悪乗りが過ぎましたね。
本話の最後で梢ちゃんの今後を示唆しました。 イッくん夫妻とれいらちゃんの秘密とは、もちろん 前話 で描いたあの趣味です。 梢ちゃんがどんなM少女に育って行くのか作者の私も楽しみです。
挿絵は今回もすべてAIで生成して一部手修正を施したものです。 一番うまくできたのはれいらちゃんのマジシャン姿。やはりAIは単純な立ちポーズなら簡単です。 ここのところAIに描かせた絵にストーリーをつける小説が続きましたが、次回以降はストーリーを先に考えて挿絵をつける従来の手順で進めたいと思います。 しばらく時間が開くと思いますが気長にお待ちください。
最後に小説ページの体裁について。 tumblr の入力エディタが更新され、従来の入力方法(HTML入力)が使いモノにならなくなりました。 大きな変化がないように努めていますが、一部違和感があるのはお許し下さい。 (例えば、後書き前の区切り線が引けない~泣)
それではまた。 ありがとうございました。
[Pixiv ページご案内] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
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Pixiv での作品案内掲載
以前 この記事 でご案内して以来、Twitter で更新案内や萌え語り、情報交換をして参りました。 多くの方と知り合い、交流できたことを深く感謝いたします。 しかしながら Twitter は近年サービスの品質が大幅に低下し、気まぐれ・思い付きにも見えるアカウント凍結やシャドウバンが多発する事態が生じています。 かくいう私もシャドウバンが数か月継続しており、アカウント凍結の可能性があると考えています。 そこで皆さまとの交流の場を維持するため、Pixiv の小説ページにサイト小説の掲載案内を載せることにしました。 あくまで主は Twitter ですが、いざというときに Pixiv でコメント交換だけは可能な状態にしておきます。 ○ Twitter でのアカウント維持に関する私の方針: Twitter に対しては自分の趣味の範囲で情報交換・意見交換できることを期待しています。 閲覧数やフォロワー数を増やすことを目的としていません。 よって運営の匙加減が変わるたび右往左往してアカウント維持にあくせくするつもりはありません。 万一アカウントが凍結された場合はサヨナラするつもりです。 ○ 代替の交流の場に関する方針と進め方: 本来であれば当サイトのコメント欄を安心安全なサービスに変更すべきですが、適切な外部サービスが見つかりません。 (ログインやメールアドレス入力が不要、かつコメント承認制の運用が可能なービスがあれば‥) かといって Twitter から他のSNSに引っ越しても、絶対主流といえるSNSがない現状では交流の場としては期待できません。 よって次善のSNSとして Pixiv の小説ページを利用します。 (1) 当サイトの小説を Pixiv でも掲載案内します。小説本文は量が多いので掲載しません。当サイト小説ページへのリンクだけを掲載します。 (2) また当サイト小説ページにも Pixiv 掲載案内ページへのリンクを載せます。 (3) 対象の小説は、IntenseDebate のコメント欄を廃止した 2021年12月 より後のものとします。 (4) 小説のご感想などあれば、上記 Pixiv ページのコメント欄(最大140文字)からお願いします。 (5) コメント入力には Pixiv アカウント(R18閲覧可能アカウント)が必要です。ご不便をかけますが、有象無象の他SNSよりはアカウントをお持ちの方が多いのではないかと考えました。 上記は Twitter の現状を鑑みた苦肉の策であることをご理解願います。 今後、状況に応じて見直します。
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美術モデル
1. 貸しスタジオの扉に『三田美術教室』の張り紙がありました。 美術モデルのお仕事は初めてです。 扉を開けて大きな声で挨拶。 「こんにちわっ。『アルパカ』から来ました!」 中には女の人が二人、床に座ってお弁当を食べていました。 二人とも食べかけのサンドイッチを口に頬張ったまま、驚いた顔でこちらを向いています。 女の人のうち、一人は年のいった感じ。 明るい色のチュニックにスキニーなジーンズ姿。この人が三田先生ですね。 もう一人はずっと若い女の子。 白いブラウスとグレーのプリーツミニスカート。ブラウスの胸には校章っぽい刺繍。高校の制服? 「あ、モデルさんですか!? 三田静子です。こっちはお手伝いのれいらちゃん」 「玻名城(はなしろ)れいらです。今日はどうもありがとうございますっ」 二人は立ち上がって挨拶してくました。 「『アルパカ』の谷村彩智です! ・・お食事中みたいですけど、もしかして私、時間間違いました?」 「そうですね、まだ1時間くらいありますね」 ありゃ、やっちゃったみたい。 「そうだ、谷村さん。よかったら一緒に食べません?」 「いいんですか?」 「どーぞどーぞ。作り過ぎて余りそうだったんです」 れいらさんが勧めてくれたランチボックスには美味しそうなサンドイッチが。 今日はバイトのシフトが忙しくてお昼ご飯を食べていませんでした。 ぐーっ。 大きな音でお腹が鳴って、お二人がくすりと笑いました。 ・・ 「美味しいです! これ、れいらさんが作ったんですか!?」 「はい。あたしの手作りですっ」 「れいらさんの名字、えーっと」 「玻名城です」 「そうそう、ハナシロさん。珍しい名字ですよね。沖縄みたいな感じで」 「おじいちゃんが沖縄なんです。変わってるけど、すぐに覚えてもらえるから得ですよ」 「ほんとだ。私もう覚えちゃいました。玻名城れいらさん」 「れいらさん、じゃなくて、れいらちゃんって呼んでくれたら嬉しいです」 「だったら私のことも彩智って呼んでください」 「はい、サチさん!」 れいらちゃん、元気で礼儀正しい子。 制服のミニスカートから伸びる太ももが眩しく見えます。 うちのチームに誘いたいくらい。 「れいらちゃん、やっぱり高校生ですか?」 「高校2年生17歳です。 ・・彩智さん、どうして高校生がこんなところにいるのって思ってるでしょ」 「はい。大人向けの教室だと思ってました」 「美術教室は15歳から参加できるんですよ」 三田先生がおっしゃいました。 「そうなんですか」 「美大の進学希望者には普通にヌードデッサンだってやらせてますし」 「え」 2. 急に黙り込んだ彩智さんが可愛いかった。 高校生でもヌードを描くって知らなかったんだろうね。 あたしも1度だけ参加させてもらったことがある。 同じ女とはいえ全裸のモデルさんを間近で見るのはけっこう刺激的だったな。 「今日は着衣のクロッキーですから、ヌードはお願いしませんよ」 三田先生が言った。 「そうですか。よかったぁー」 「谷村さん。美術モデルのご経験は?」 「いいえ、ありません」 「普段は何をなさってるんですか?」 「『アルパカ』はチアダンスのチームなんで本業はダンスです。お仕事はイベントのアシスタントやらポスターモデルやら節操なくやってますけど」 「じゃあ驚いたでしょう。こんな依頼で」 「はい。チアリーダーのクロッキー、はまだ分かりますけど・・」 緊縛、だものね。 「うちのメンバーは全員成人してますがR18の仕事はしません。でも美術教室のモデルなら挑戦しようってことになりまして」 「嬉しいわ、偏見なく受けてくださって」 「これでもドキドキしてるんですよ」 「あの、」 あたしも質問した。 「そのチームって何人もいるんですよね? そこから彩智さんが来たのは理由があるんですか?」 「ああ、それは私が一番年上の古株だから。まだ24ですけど。・・それと、」 彩智さんは少し恥ずかしそうに答えた。 「一番適性があるのは私だと、私以外の全員一致で決まりまして」 「まあ、適性ですか? 緊縛の?」 「はい。どういうことかさっぱり分からないんですけど」 「うふふ」 先生が笑った。 「おかしいですか?」 「いえ、ごめんなさいね」 どうして先生が笑ったのか、あたしにも何となく分かった。 彩智さんって、あたしより7つも年上だけどかなり奥手な人じゃないかな。 3. 「そろそろ設営しましょう」 三田先生とれいらちゃんが準備を始めました。 スタジオの中央にシートを敷き、その周りに椅子を並べるのです。 その間に私は着替えです。 用意してきた衣装はセパレートの赤いチア服。そこへ同じ色のヘアバンドを着け、シューズを履いて準備完了。 「彩智さん足長いですねー。身長いくつですか?」 「170です」 「うわーっ、羨ましいなー!」 会場のセッティングが済むと、三田先生が段取りを説明してくださいました。 「前半はフリーでポーズをとってください。3分ごとに5ポーズ。それを2セット」 「えっと、ポーズの間は動かないようにするんですよね」 「ええ。ムービングといってゆっくり動くクロッキーもありますが、この教室ではやりません。不慣れでしょうけど静止ポーズでお願いしますね」 「了解です」 フリーポーズの撮影は今まで何度も経験しています。 でもずっと動かないのは初めてでした。 チアの格好いいアクションを見せてあげたいけど、ジャンプやタンブリングは無理みたいですね。 「細かい指図はしませんので自由にお願いします。ただ、」 「?」 「最初は無理のないポーズがいいかもしれませんね」 そうか。3分って案外長いかも。 私、ずっと静止していられるかしら? でも何事も挑戦だよね。 「はい。やってみます。・・それから後半は、」 「緊縛です。ワンポーズ約30分。これは生徒さんの出来具合で少し長くなるかもしれません」 れいらちゃんが横から答えてくれました。 「ポーズはこっちで決めますからご心配なく」 「分かりました。頑張ります」 「彩智さん、緊縛も初めてですか?」 「初めて、です」 「怖いですか?」 どきっとしました。 私をまっすぐ見るれいらちゃんは笑っていませんでした。 彼女が急に大人びて見えました。 「怖いです。・・いいえ、怖くないです。うん多分、怖くない。大丈夫・・です!」 「彩智さんって面白いですね」 4. スタジオに美術教室の生徒さんが集まった。 退職して趣味で絵を描いているおじさん。仲良し主婦の二人組。勤め帰りのお兄さんと大学生のお姉さん。そして高校生で美術系志望の女の子が二人。 全部で7人。 皆さんクロッキー会は慣れているので、静かに椅子に座りスケッチブックを開いて待っている。 三田先生は後ろの壁際。 そしてあたしはストップウォッチを持ってタイムキーパー。 チアのコスチュームに赤いポンポンを持った彩智さんが出てきた。 真中のシートの上に立つと、正面を向いて片足を一歩前に出し、胸を張って両手を腰に当てた。 何だか凛々しい。さっきま��のほんわかした雰囲気はすっかり消えていた。 「では1セット目、始め」 全員が一斉に鉛筆を走らせる。 「3分過ぎました。ポーズを変えてください」 彩智さんの身体がすっと沈んだ。 長い足が前後に伸びて完璧な180度開脚。柔らかい~! そのまま前屈して両手を左右に広げる。 「はい、次のポーズをお願いします」 今度は立ち上がって右腕を真上に突き上げた。 反対側の膝を胸まで引き上げて静止する。 彩智さんは3分ごとにポーズを変えた。 とてもしなやかで、それでいて全然ぶれない。 体幹っていうのかな、すごく鍛えているのが分かった。 最後のポーズでは、右足一本で立ったまま、左足を後方に曲げた。 高く反り上がった爪先を肩の後ろで掴み、そのまま頭の上まで引き上げる。 「うわ~」生徒さんたちの間から声が出た。 床についてぴんと伸びた右足と、美しく反り返った上半身と左足。 片足立ちで逆海老のポーズ。 それでぴたりと静止してマネキンみたいに動かない。 あとで聞いたら、スコーピオンとかビールマンとか呼ぶポーズなんだって。 5. 「びっくりしましたー!! すごく綺麗で柔らかくて」 れいらちゃんが褒めてくれて、私はにやっと笑います。 人前でモーション(ポーズ)を披露するのはやっぱり楽しいですね。 「さすがプロですねー」 「ありがとー。でもチアダンスでご飯は食べれないから、もっぱらアルバイトで生きてるんだけどねー」 「えーっ、信じられない」 5ポーズ×2セットのクロッキーが済んで今は休憩時間です。 私は後半に備えてストレッチ。 スタジオでは皆さん総出でシートと椅子を片付けています。 どうやら後半は各自が椅子ではなく床に座って描くようでです。 次のポーズはいよいよ緊縛。 そういえば、私を縛る人はどこにいるんだろう? 「あの、緊縛をする方は来られないんですか?」 「縄師さんのことですか? ・・この教室、縄師を呼ぶほどの余裕はないんですよね」 「じゃあ、三田先生が縛るんですか?」 「あたしが縛ります」 え、れいらちゃんが!? 「結構上手ですよ。任せてください」 れいらちゃんは手に持った紙袋の中を見せてくれました。 綺麗に束ねた薄緑色のロープがたくさん入っているのが見えました。 6. あたしは小学校の頃から三田先生の造形美術教室に通っていた。 去年から大きな人向けの美術教室が始まって、そちらのお手伝いもするようになった。 美大に行けるほどの実力はないけど、絵を描くのは好きだった。 女の人を縛る緊縛は、造形美術教室のOBのお兄さんが教えくれた。 そのきっかけは3年前の事件だった。 たまたま一人で三田先生のところへ行ったら、先生の前でお兄さんがお兄さんの彼女さんを緊縛していた。 そのときあたしは中学2年だったけど、ぎちぎちに縛られた彼女さんを見ても全然引かなかった。 それどころか、うわーキレイって思っちゃったんだよね。 三田先生は緊縛とかセックスとか、そういう事柄を全然タブーと思わない人で、あたしが緊縛を教わることも公認してくれた。 「御両親がOKしてくださるなら構わないわ。ただし、れいらちゃんが大人になるまで他所では絶対に縛らないこと」 あたしはお兄さんの弟子になって、彼女さんを縛らせてもらったり、あたし自身が縛られたりして勉強した。 (ちなみにこの彼女さん、美人で素敵なお姉さんで、あたしも大好きな人なんだ) 今では一人で縛って大丈夫と太鼓判を押される腕前にはなっている。 クロッキー会の緊縛は今日が初めてだった。 三田先生にダメ元で提案したら、縄を掛けた人体はいいモチーフね、是非やりましょう!と言ってモデルまで探してくれた。 7. 「彩智さん、さっきみたいにキリっとした���してください」 「無理ですぅ」 皆さん、思い思いの場所でスケッチブックを開いています。 何人かはもう描き始めているようです。 れいらちゃんに縛られるところまでクロッキーされるだなんて、聞いてないよぉ~。 「両手を前で揃えてくれますか?」 「はい・・」 れいらちゃんは私の手首にロープを巻くと、あっという間に縛ってしまいました。 しっかり締まっていて、ぜんぜん緩みません。 「動きますか?」 「動きません」 「じゃここにお尻をついて座ってください。あ、もう少し右に寄って」 「?」 「先生、巻き上げお願いします」 低い音がして、縛られた手首が上に引かれました。 !! 天井に小さなウインチ(巻き上げ機)があってロープを引いているのでした。 あ、あ、あ。 手首が頭の上まで上がって止まりました。 「もう少し上げてください」 手首がさらに上がりました。 吊り上げられる感覚。 ああ、いったい何なの、この気持ちは? 「彩智さん、もう逃げられないって思いますか?」 「・・思います」 「そう思ってもらえると嬉しいです。次は足、縛りますね」 足も縛られるんですか。 右の足首にロープが縛りつけられました。 そっちにもウインチの音。 右足が前方に引き上げられます。 「すみません、少しだけお尻を前に滑らせてください」 え? れいらちゃんに言われる前に、右足と一緒にお尻が引かれて私は前にずりりと滑るのでした。 これで両手と右足を吊られた状態。 「無理に踏ん張らないでロープに身を任せてください」 「は、はい・・」 踏ん張ってるつもりなんかないんですけど。 「あとは左足」 ひえぇ。 左の膝を折って縛られ、さらに同じロープの続きで左の足首と右の膝を合わせて縛られました。 右足に連結された左足。 もう手も足も動かせません。自由を奪われたことを実感します。 私、制服の女子高生に縛られた。

「完成です。これだけで4分もかかっちゃった。手際が悪くてすみません」 「いえ、そんな」 「でもあたし、彩智さんのこと理解しました」 「?」 「彩智さんって、確かに適性がありますよね」 「適性、ですか?」 「ええっと、つまり、こんな風に縛られて感じてしまうマゾな人だってことです」 「!!!」 顔面がぼわっと熱くなりました。 私、わたし、制服の女子高生にマゾって言われた。 8. あたしが彩智さんの側から離れると、三田先生が立ってコメントした。 「緊縛ポーズは滅多に描けない貴重なモチーフです。時間は長めに取りますから、モデルさんの雰囲気を掴んでたくさん描いてください」 あたしはストップウォッチをスタートさせる。 時間は30分。 彩智さんにはちょっと長い時間かもしれないな。 「・・れいらちゃん、あなた最後に何をささやいたの?」 先生に聞かれた。 「いえ、特に何も」 「谷村さん、始まったばかりなのに耳まで真っ赤にして、最後まで耐えられるかしら」 「大丈夫です。被虐性が高すぎて混乱してるけど、体力のある人だから壊れてしまうことはないはずです」 「その話し方、イッくんに似てきたわねぇ」 「そうですか?」 イッくんってのはOBのお兄さんのことだ。 「そのセリフだけ聞いたら、れいらちゃんが高校2年生とは誰も思わないでしょうね」 「お褒めいただいて光栄です」 ぷっ。 先生が吹き出した。 「本当に、イッくんそのものだわ!」 「えへへへ」 「れいらちゃんが大丈夫というなら放置しましょう。それに多少は苦しんでくれた方が生徒さんも描き易いだろうし」 「先生、ドS」 「あら、そうかしら?」 7. スタジオの中は静かです。 聞こえるのは皆が鉛筆を動かす音と、ときおり誰かが立ち上がって場所を移動する音だけ。 ああ、れいらちゃんも描いている。 れいらちゃんは床に膝と手をついて猫みたいな恰好で私を描いていました。 少しお尻が痛いかな。でも大丈夫。 手首と足首のロープに身を任せるよう意識したら楽になりました。 れいらちゃんの言った通り。 それよりも私の気持ちの方が大丈夫じゃない感じがします。 縛られて、見られている。 縛られて、絵に描かれてる。 そう思うと、たまらなくなります。 もどかしくて、切なくて、胸が張り裂けそうになります。 「マゾな人」れいらちゃんに言われました。 認めたくないけど、マゾだ私。 縛られて、見られて、こんな気持ちになって、確かにマゾなんだと実感しました。 「あと10分です」 三田先生の声が聞こえました。 「モデルさんの表情が変わってきたのは分かりますか? ・・よーく見て、彼女がどんな気持ちでいるのか想像しながら描くように」 ああ、先生。 そんな解説されたら、私、もう。 8. 「お疲れ様でしたー!」 「いやぁ、面白かったです」「今日は本当に勉強になりました」「描いててドキドキしました~」 生徒さんたちが挨拶して帰って行く。 「大成功でしたねー」 「ええ、れいらちゃんがここまでできる子になってくれて嬉しいわ」 「私、先生の教室にもう10年いるんですよー。できないと思われたら困ります」 「そうだったわねぇ」 「あとは彩智さんですね」 「そうね」 三田先生と一緒に更衣室へ行くと、彩智さんがチア衣装のまま座っていた。 どこか陶然とした表情で自分の膝と手首を撫でている。 彩智さんの膝と手首には縛られた痕がくっきり刻まれていた。 「彩智さん、もう大丈夫ですか?」 「あ、れいらちゃん・・」 「それ、条痕っていうんですよ。人を縛ると肌に残る痕です。愛しいでしょ?」 「え、じょうこん?」 彩智さんは条痕に乗せていた手を慌てて振り払った。 「そんなことありませんっ」 「素直になってください。彩智さんが支配された痕跡なんですよ?」 彩智さんの顔がまたまたぶわっと赤くなった。 「・・はい。愛おしいです」 「それを触るとどんな気持ちになりますか?」 「・・胸がいっぱいになります」 「谷村さんっ、ホントいい子ねぇ~! 嬉しくなっちゃうわ!!」 三田先生が彩智さんを正面から抱きしめた。 そのまま熱烈にキスをする。彩智さんは逃げられない。 「んっ、ん~!!」 彩智さんの二番目の「ん」は裏声になっていた。 「それ先生の癖なんです。気にしないでくださいね」 9. 女の人からキスされたのは初めてでした。 男性とキスの経験もないので、これは正真正銘私のファーストキスになります。 まあファーストかどうかはともか��として、三田先生のキスはとても甘くて鮮烈で、私は再びぽよよんと脱力してしまったのでした。 ・・ ようやく元気になるとれいらちゃんが言いました。 「今日は初めての緊縛クロッキーなので簡単な縛り方でした」 「あれで簡単だったんですか?」 「はい。次は高手小手とかホッグタイとか、もっと本格的な緊縛で行きたいと思っています」 縛り方の名前は分からないけど、今日よりもずっと厳しい緊縛だとは想像できました。 「そのときは彩智さん、また来てくれますか?」 「いいんですか? 私なんかで」 「彩智さんにお願いしたいんです。あたし、彩智さんのこと大好きになりましたから」 れいらちゃんはそう言ってにっこり笑いました。 三田先生も微笑んでいます。 「こちらこそお願いします。喜んで縛られに来ます」 「よかった! ・・そうだ、これを」 れいらちゃんはスケッチブックにはさんでいた鉛筆画を取り出しました。 あのとき彼女が描いた私でした。 「これを彩智さんに」 手足を縛られたチア服の女性。私、こんなに綺麗だったのか。

涙がこぼれそうになりました。 「れいらちゃん、ありがとう!!」 「ええっと、この絵は彼氏には見せない方がいいと思います。男性ってつまらないところで疑り深いでしょ?」 「はい?」 いえ、残念ながら彼氏はいないんです。 「お付き合いしている人がいないのなら、彩智さんが一人えっちするときのおかずに使ってください」 !!! 「実は、彩智さん独り身じゃないかってうすうす思ってまして、そのつもりで描いたんです」 三田先生がけらけら笑い出しました。 ひ、ひとりえっち。 たまにします。 この絵見て、いろいろ蘇って、ムラムラして、一人えっち。 ・・しない自信、ありません。 「か、活用させていただきます」 「大切に使ってくださいね!」 ああ、私、最後まで制服の女子高生に翻弄されるようです。 れいらちゃんは誇らしげに胸を張っていて、三田先生は笑い続けていました。 二人を前にどう反応したらよいのか分からず、ただ私はもじもじするだけでした。
~登場人物紹介~ 谷村彩智(たにむらさち):24歳。チアダンスチーム『アルパカ』のメンバー。美術モデル初体験。 玻名城れいら(はなしろれいら):17歳、高校2年生。美術教室の生徒兼お手伝い。 三田静子:59歳。元中学美術教師。三田美術教室を運営。 赤いチアリーダーの緊縛と緊縛デッサン会。 どちらも以前書いたことがありますが再び登場です。 実はAIに描かせた緊縛絵の中に赤いチア服があって、昔の嗜好が再燃したのでした。 本話では語り手が二人いるので、本文の文字色を分けています。 赤が彩智さん。青がれいらちゃんです。分かりますよね? 主人公の彩智さんはチアダンスのプロです。でも24歳にして男性経験皆無。 チアのポーズを格好良く決める姿と、れいらちゃんに縛られるときの天然M女っぷりを私好みに描きました。 彼女はこの仕事で初めて自分の性癖を自覚しました。 きっとこれからは、ぐっと色っぽくなってすぐに彼氏もできるのではないでしょうか。 れいらちゃんは『多華乃の彼氏』で小学4年生だった女の子です。 7年経って高校2年生になりました。 本話では緊縛の縛り手ですが、縛られる方もきっと拒まないはず。作者的には使い勝手のいいキャラです^^。 また別のお話で活躍させたいですね。 そして、OBのお兄さんとその彼女さんはもちろんあのカップル。 今では25~6歳くらいになっているはずです。 本話に登場させることも考えましたが、当たり前にサラリーマンをしてそうでプロットが浮かびませんでした。 れいらちゃんの再登場があれば改めて検討することにします。 上記のように挿絵は今回もAI生成です。 思い通りの緊縛はなかなか描いてくれないので、一部を自分で描いて mask 機能で取り込みました。 それでも腕と手指は変な造形だし、生成を繰り返すうちに縄の色は薄緑にww。 挿絵としてなら満足ですが、単品の作品で通用する品質ではありませんね。 変化の激しいAIイラスト生成の世界。今や時代は LoRA らしいです。 自分の環境では使えませんし、そもそも出生の怪しい LoRA を使うのは道義的に躊躇します。 私自身は当分、旧式の方法で細々とやっていくつもりです。 2枚目の鉛筆画は無料の変換サービスで生成したものです。 さて、AIで生成した挿絵からお話を作るシリーズ(シリーズにしたつもりはありませんが結果的に^^)。 次はイリュージョンを描かせてみたいものですね。 どうやったら描いてくれるのか、まだ全然分かりませんが。 それではまた。 ありがとうございました。 [2023.8.10 追記] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
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続・こしろさま
1. 芙紗子(ふさこ)の家は森と田んぼの境界に建つ一軒家で、映画のトトロの女の子の家にちょっと似ている。 家から学校まで車道を歩けば30分。 田んぼの畦道(あぜみち)を抜けて近道すれば25分。 小学二年生の女の子が通うには少し遠いけど、村の子供にとってそれくらいの通学は当たり前のことだった。 このところ芙紗子が頑張っているのは自転車の練習だ。 裏の庭には古い農具を置いていた納屋があって、去年それを取り壊して芝生を植えたから、今は自転車の練習に頃合いの広場になっていた。 毎日学校から帰ると、ママに呼ばれるまで練習する。 ペダルを外した自転車で地面を蹴って走るのは、もうだいたい大丈夫。 明日は土曜だからパパに頼んでペダルをつけ直してもらおう。 家の前に自動車が止まった。初心者マークをつけた赤い軽ワンボックスカー。 女の人が降りてきた。 カーキ色のカーゴパンツにゆるゆるのTシャツ。髪の毛は肩上のボブカット。 琴姉ちゃん!? 芙紗子が走って行くと琴音はぎゅっとハグしてくれた。 「芙紗子ちゃんっ、久しぶりだね!!」 2. 室谷琴音(むろたにことね)は芙紗子と同じ室谷姓で、家では「文吾さんのところの琴音ちゃん」と呼んでいた。 村民の半分が室谷だから、苗字が室谷の人間はたいてい下の名前で呼ばれるのだった。 文吾さんは琴音の祖父で、芙紗子のパパの伯父にあたる。 つまり琴音は芙紗子の再従姉妹(はとこ)である。 今は東京で大学生になったけど、高校を卒業するまでは村にいて芙紗子の面倒をよく見てくれた。 「自転車の練習?」 「うんっ。今年中に乗れるようになるのが目標だよ」 「そうだ、芙紗子ちゃん宛の荷物、郵便局で預かってきたよ。『こしろさま』の瓶でしょ? これ」 「あ、届いたんだ!!」 それは前の週にママと通販サイトで選んだガラスの瓶だった。 『こしろさま』にお越しいただくための特別なガラス瓶。 「わざわざ済みませんねぇ」芙紗子のママが礼を言う。 「いえいえ。近くへ行くなら届けてくれって、東京の郵便局なら考えられないですねー、あははは」 しばらく笑ってから琴音は二人に報告した。 「実は私、今年の大祭で巫女をすることになって」 「あら」「本当!?」 「それで今から神社に挨拶に行くんだけど、芙紗子ちゃん、その瓶一緒に出しに行く?」 芙紗子は真新しいガラス瓶に自分の名前を書いた紙を入れた。 それを紙袋に入れて両手に抱える。 「きちんと挨拶してお渡しするのよ」 「分かってるよっ」 芙紗子はママに手を振って琴音の車に乗り込んだ。 3. 『こしろさま』は秋の大祭で子供だけがもらえる神様だった。 ガラス瓶に入った綺麗な女の子の姿をしていて、そのためのガラス瓶は自分で用意して神社に提出することになっていた。 提出を忘れた子供には神社側で確保した瓶を使ってくれるけど、古い酒瓶や牛乳瓶になるから、どの子も嫌がって出し忘れる子なんていない。 運転席でハンドルを握る琴音が言った。 「ネットで買ったガラス瓶かー。私らの頃は佃煮の空き瓶とかだったなぁ」 「買ってもらえなかったの?」 「ネットもなかったし、わざわざ買うなんて思いもしなかったもの。・・でも、どんな瓶でも『こしろさま』は来てくれたよ」 「ね」「ん?」 「琴姉ちゃんの『こしろさま』ってどんなお姿だった?」 「そうだねー。最後にもらった『こしろさま』は中学生くらいに見えたな。髪の毛が長くて綺麗だったよ」 「あたしが去年もらったのはね、お人形さんみたいに目の大きな子だったよ!」 「よかったわねぇ。今年はどんなお姿か楽しみだね」 「うんっ」 村から祠川(ほこらがわ)沿いに車で10分ほど。 瑞鳳山(ずいほうざん)の中腹に大祠(おおほこら)神社がある。 御祭神である『おしろさま』はその昔、洪水から村を守るために自ら人柱になったお姫様。 そして『こしろさま』はその『おしろさま』の分身と言われる。 「しろ」は「祠閭」と書いて「しりょ」が正しい読み方だけど、言いにくいので今の読み方に変わったらしい。 琴音は麓の駐車場に車を���めた。 祠川にかかる石造りの神響橋(しんきょうはし)を渡り、鳥居をくぐって参道を登る。 ブナの森に囲まれた境内に神社の本殿があった。 4. 社務所に行くと白衣に紫の袴を履いた宮司がいた。 この人は橘秋人(たちばなあきひと)、75歳で長年にわたって宮司として神社を守っている。 「室谷芙紗子ちゃんね。・・はい。確かに預かりました」 橘は芙紗子からガラス瓶を受け取り帳面に記録した。 「『こしろさま』のお渡しはお祭りの日の夜7時だからご両親と一緒に来てくださいね」 「はい!」 芙紗子はちゃんと挨拶をして瓶を渡せたことに安心する。 「おーい、今年の巫女さんが来ましたぞ」 橘が振り返って呼ぶと、奥から和装で総白髪の老人がもっそり現れた。 「え? 村長さん!?」琴音が驚いた。 「大祭の打ち合わせでね、ちょうどいらしてたんですよ。・・村長、こちら助務に入ってくれる室谷さん」 「室谷琴音ですっ。よろしくお願いします」 室谷仁三(むろたにじんぞう)は室谷本家の長で、90歳を超えて今なお現職の村長だった。 「文吾んのとこの琴音さんか。綺麗になったもんじゃ」 「あ、ありがとうございます」 「学校は休んでも構わんのかね?」 「はい、ゼミの方は大丈夫です。就職も決まりましたし」 「おお、東京で就職かね?」 「はい」 「若い人は村を離れてゆくのぅ」 村長は寂しそうに呟いた。琴音は何も返せない。 「そうじゃ、琴音さん」 「はい」 「仕事を辞めて結婚するときは、村のもんの嫁になってくれませんかな」 「ええっ。それは、まだ何とも」 「それとも都会で気になる男がいますのか」 「村長! お気持ちは伝わったから、琴音ちゃんを困らさんで」 帰りの車中。 琴音はちょっと怒っているようだった。 「いくら過疎の村だからって、人の結婚のことまで決めないで欲しいわよねっ」 「琴姉ちゃん、東京で結婚するの?」 「分からないわよ。相手もいないんだし」 「えー? もうお付き合いしてる人、いると思ってた」 「もう、芙紗子ちゃんったら・・」 琴音の顔が赤くなる。可愛いなと芙紗子は思った。 「もし琴姉ちゃんがお嫁さんになって村に帰ってきてくれたら、あたしは嬉しいな」 「分かったわ」 琴音が笑って答えてくれた。 「お嫁さんになれるかどうか分からないけど、戻ってこれるように頑張る」 5. 半月後。お祭りの当日になった。 芙紗子はパパとママに連れられて神社にやってきた。 森の中を登る参道は人でいっぱいだった。 この辺りの村々だけでなく、近隣の各県からも見物客が訪れているようだった。 「有名になったものねぇ」 「こんな田舎で "奇祭" が続いているのが珍しいんだってさ」 「村の人間には普通のお祭りなのにねぇ」 パパとママが話している。 芙紗子には奇祭の意味が分からない。 本殿に近づくとお囃子の音。境内に立ち並ぶ屋台。 社務所の隣には絵馬やお守りを売る臨時の授与所が設けられていて、そこに琴音がいた。 巫女服をまとった琴音はとても綺麗で眩しくて、芙紗子もちょっと巫女さんになりたいと思ったくらいだった。 「琴姉ちゃん!」 「あら、芙紗子ちゃん」 「その服よく似合ってるよ」 「ありがとっ。芙紗子ちゃんが褒めてくれると嬉しいな」

「忙しそうだね」 「まあね。もう『おしろさま』にお会いした?」 「ううん、まだ」 「じゃあ行ってらっしゃい。少し並ぶかもね」 「うん」 琴音の言った通り、本殿の入り口には行列ができていた。 『おしろさま』の御神体は平時は何重にも囲まれた箱の中にあるけど、大祭の日だけは誰でも拝めるようになっている。 薄暗い本殿で芙紗子は両親と共に『おしろさま』に向かって両手を合わせたのだった。 6. 「ふっさこちゃーん!!」 本殿を出てすぐ声が聞こえた。 屋台に囲まれた広場にクラスの女の子たちが集まって手を振っていた。 「パパっ、行っていい!?」 「行っておいで。お小遣いは大切に使うんだよ」 「うん!」 芙紗子が入って女の子8人のグループになった。 村の小学校は1学年に1クラスだけ。そのクラスも男女合計14人しかいないから、クラスの女子全員が集まったことになる。 「何する?」「金魚すくい!」「やろうやろうっ」「勝負だねー」 金魚すくいの屋台へ向かって行こうとしたそのとき。 「ね���、キミたち、この辺りの子?」 スマホを構えた男性に話しかけられた。 「ちょっとお話聞かせてもらっていいかな? あ、僕ユーチューバーの突撃大二郎です」 「はい、何ですか?」 「キミたちはこの神社の御神体のこと、知ってる? 箱に入った白い棒だけど」 「『おしろさま』ですか? 知ってます」 「そうそう。『おしろさま』って、実は人骨だって聞いたことある?」 「人骨って?」 「ヒトの骨のことだよ」 何だ、そんなこと。 「はい。昔のお姫様の骨です。他にもいろいろな女の人の骨がありますけど」 「おおぉ~っ!」 その男性は大げさに驚いて、スマホに向かって喋り始めた。 「何ということでしょう。地元の子供たちはまったく疑問に感じていない。この令和の時代に人骨を拝んでいるのです~っ!」 琴音が小走りでやって来た。後には村の青年団の若手も何人かいる。 「そこの方っ。子供たちに変な話を吹き込まないでください」 「なんだよ。あんた」 「あなた、さっき無断で『おしろさま』の写真を撮ってたでしょ? 撮影禁止って強く言われたはずですけど」 「いや、無断で、だなんて僕は何も」 男性はスマホで何か操作しようとする。 「え? 圏外!? どうして!!」 「この境内だけどうしてか電波が入らないのよねー。こっそりアップロードなんて無理ですから」 「くそっ」 逃げようとする男性を青年団が取り押さえた。 「はいはい、社務所でそのスマホ調べさせてもらいますねー」 「そんなぁ~」 男性が連れていかれるのを芙紗子たちは肩をすくめて見送った。 7. 日が暮れて、東の空から満月が上った。 秋大祭は必ず満月の日と決められている。 一旦帰った子供たちが再び集まって来た。 そこに観光客はいない。 昼間の『おしろさま』が公開なのに対して、夜の『こしろさま』は外部に告知しない秘密の儀式だった。 ろうそくが灯る本殿。 宮司が一人ずつ名前を読み上げ、読まれた子は前に出てお祓いを受ける。 「邪気払い、清めて祠閭の加護を受けよ」 そして巫女から黒布に包まれた瓶を受け取るのである。 大人たちが後ろで見守っている。 自分の子が『こしろさま』を受け取るとどの親もほっとした表情をするのだった。 これでまた一年間、子供たちは健やかに過ごすことができる。 「はい。芙紗子ちゃん」 巫女の琴音が黒布の包みを渡してくれた。 芙紗子は受け取った包みを両手で捧げ持つ。 二人はそっと微笑みあった。 8. ・・『こしろさま』は神様だから、大切に扱うこと ・・お会いするときは、一人だけで、礼儀正しくすること ・・人前にお姿を晒さないこと。写真に撮ったり、絵に描いたりもしないこと ・・瓶の蓋は絶対に開けないこと。開けたら罰(ばち)が当たると心得ること ・・一人で最後までお世話すること これが『こしろさま』をお預かりした子供が守るべき約束だ。 大人たちも理解しているから、『こしろさま』がいらっしゃる間は無闇に子供の部屋に入らない。 『こしろさま』に会えるのは本人だけで、たとえ家族でもタブーだった。 自分だけの部屋がない家では、子供が一人で会える環境を配慮する。 芙紗子も床の間がある和室を一人で使うことが許された。 夜はそこで眠っていい。 もちろん一人寝が寂しいときは、今までのように両親と一緒の部屋で寝てもいい。 「ずっと起きてないで、少しは寝なさいね」 布団を敷いてくれたママがそう言って和室を出て行った。 これも配慮の一つだ。 この村では、大晦日と『こしろさま』がいらっしゃった日だけ、子供が夜更かししても叱られない。 部屋には芙紗子と『こしろさま』の包みだけが残された。 深呼吸してから『こしろさま』の前に正座した。 「こんばんわ、『こしろさま』。室谷芙紗子です。開けさせていただきます」 黒布の結び目をゆっくり解いた。 あのガラス瓶が姿を現す。 御神水を満たして封印を貼った瓶。 そしてその中に裸の女の子が浮かんでいた。

肌の色が薄めの女の子だった。 長い髪が瓶の中に広がってゆっくり揺れている。 身体は芙紗子よりもずっと成熟していた。胸も脚も柔らかそう。 でも目を閉じて眠る顔は幼い感じで、芙紗子と変わらない年頃のようにも見えた。 ・・きれい。 芙紗子は両手で自分の胸を押さえた。 どき、どき。 心臓が大きく鳴っているのが自分で分かった。 9. 目を覚ますと青い光があふれていた。 ここ、どこ? そうだ、床の間のお部屋だ。 縁側に面した障子が光っている。 芙紗子は布団から起きて障子を開けた。 月光が地面を照らしていた。 山の稜線。近くの森のシルエット。 真夜中なのに世界がくっきり見えた。 背中に別の光を感じた。 振り返ると、枕元に置いた『こしろさま』の黒布の包みから光が漏れていた。 怖くはなかった。 『こしろさま』は神様なんだから怖いはずはないと思った。 芙紗子はその包みを両手で持った。 どき、どき。 『こしろさま』を大切に抱えて、縁側から裸足で外に降りた。 パパとママは眠っているのだろう。家の中は明かりが消えて真っ暗だった。 夜中に家の外へ一人で出るのは初めて、両親に黙って出るのも初めてだった。 どき、どき。 いつも自転車の練習をしている裏庭にやって来た。 芝生にパジャマのまま腰を下ろした。 どき、どき。 見上げると空に満月があって、そこから月光がシャワーのように降り注いでいた。 包みを前に置き、結び目を解いた。 金色の光が溢れた。 『こしろさま』が瓶の中で眩しいくらいに輝いていた。 どき、どき。 どき、どき。 どうしよう? どうしたらいいんだろう? 芙紗子はパジャマの胸元のボタンを外した。 パジャマを上も下も脱いで丁寧に畳み、それから下着も脱いでパジャマの上に置いた。 生まれたままの姿になって『こしろさま』の瓶を裸の胸に抱いた。 どうしてそんなことをしたのか分からなかった。 ただ、そうした方がいいと思ったのだった。

明るく輝く『こしろさま』が笑ってくれたような気がした。 10. 次の日、学校では『こしろさま』の話題でもちきりだった。 「すっごく小っちゃな女の子だった! 可愛くて可愛くて泣いちゃった」 「わたしのは大きなお姉ちゃんっ。胸大きくって色っぽいのーっ」 「ボクのもおっぱい大きかった。あれ巨乳って言うんだろ?」「やだ、えっちー!!」「何でだよー」 「芙紗子ちゃんは?」 「髪の毛がすごく多くて瓶の中にふわって広がってるの」「へぇーっ、いいなぁ」 クラスじゅうで報告しあう。 芙紗子も自分の『こしろさま』を説明したけど、外に出て服を脱いだことは恥ずかしくて言わなかった。 家に帰ると、琴音が来てママと話していた。 「琴音さん、東京へ帰るんだって」ママが言った。 「大祭も終わったし、大学に戻らないとね」 「そうなの? 寂しいな」 「またすぐに会えるわよ。・・それでどうだった? 今年の『こしろさま』は」 芙紗子は琴音を裏庭に連れ出して二人だけになった。 「『こしろさま』はね、すごく綺麗な美人さん。見ているだけでドキドキするの。・・実はね、」 芙紗子は昨夜のことを話した。 琴姉ちゃんには全部話そうと決めていた。 夜中に『こしろさま』が輝いて、一緒に外に出たこと。 そして『こしろさま』の前で裸になったこと。 「そうか、冒険したんだね。芙紗子ちゃん」 叱られるかもしれないと思っていたけど、琴音は全然怒らなかった。 「あたし、いけないことしちゃったかな?」 「いけないことじゃないよ。私は芙紗子ちゃんのこと、素敵な女の子だと思うな」 「どうして?」 「だって、『こしろさま』にお尽くししたいって思ったんでしょ?」 ああ、そうか。 芙紗子はあのときの自分の気持ちを理解した。 あたしは『こしろさま』にお尽くししたかったんだ。 『こしろさま』みたいに綺麗な裸になって。 「裸になるって、女の子だけにできるお尽くしの方法だよ」 「『こしろさま』に伝わったかな?」 「きっと伝わったわ。・・でも約束。芙紗子ちゃんのママやパパが見たらびっくりしちゃうし、もう裸になるのはやめようね」 「うん。約束する」 「でも、ちょっと羨ましいな」 「?」 琴音はいきなり芙紗子を抱きしめるとおでこにキスをした。 「ひゃん!」 「芙紗子ちゃんの冒険、私もしてみたかった!」 次の日、琴音は東京の大学へと戻っていった。 11. 芙紗子は毎日学校から急いで帰って『こしろさま』に話しかけた。 『こしろさま』はずっと眠っているけれど、たまに目を閉じたまま微笑んでくれた。 口元から小さな泡がぽこりと出て浮かび上がることもあった。 『こしろさま』の身体は本当に綺麗だった。 自分も服を脱いで寄り添いたいと何度も思ったけど、琴音との約束を思い出して我慢した。 やがて『こしろさま』の周囲が薄く白く変わる。 御神水が濁り始めたのだった。 『こしろさま』が瓶の中にいらっしゃる期間はおよそひと月。 絶対に変えられない決まりだった。 芙紗子はその姿を忘れないように見つめ続ける。 次の満月の夜。 ほとんど真っ白になった御神水の中に『こしろさま』は溶けるように消えた。 『こしろさま』との時間は夢のように過ぎて行ったのだった。 年が明け、春になり、芙紗子は三年に進級した。 自転車も上手に乗れるようになって、一人で遠くの友達の家に行けるのが嬉しかった。 12. 老人と老婆ばかり10人ほどが大祠神社に集まっていた。 村の長老と呼ばれる人たちである。 瑞鳳山の上に幾重にも重なる頭巾雲が現れ、二筋の鮮やかな紫色の光彩が目撃されたのはその前の週のことだった。 「何年ぶりかな。お告げがあったのは」村長の室谷仁三が聞いた。 「前のお告げは17年前でした」宮司の橘が答える。 「それで神託の名前は?」 「室谷琴音です。今は東京で働いておられます」 「文吾の家の孫じゃな。確か前の祭りで、」 「はい。巫女の助務をしてくれた娘さんです」 「あれはいい子じゃ。明るくて礼儀正しい」 「そうですね」 「・・納骨の方は大丈夫ですかな?」 役場で助役を務める老人が聞いた。 「それは問題ありません。室谷の血筋ですから確実に応じてもらえます」 「そうか、では、」 村長は一旦言葉を止めて、琴音の顔を思い出した。 村の者の嫁になって欲しい、などと余計なことを言ってしまったな。 「では、そのときのために万時準備の程頼みましたぞ」 13. 「ストーカー殺人、被害者は一人暮らしのOL」 ニュースが流れたのはその年の8月だった。 「都内在住の会社員・室谷琴音さん(22)が帰宅中に刃物で刺されました。室谷さんは病院へ搬送されましたが死亡が確認されました。 警察は自称ユーチューバーの○○○(27)を殺人の疑いで緊急逮捕。容疑者は半年間にわたり室谷さんにつきまとっていた模様です」 14. ごり、ごり。 橘は作業の手を止め、タオルで汗を拭いた。 人骨を削る作業。 橘はこの作業をたった一人で40年間やってきた。 もう80歳に近いから、あと何年続けられるか分からない。 今はまだ名目だけの禰宜(ねぎ:宮司の補佐役)���ある息子に引き継ぐ日も近いだろう。 自分がある日突然、先代宮司の父親から『こしろさま』の準備を命じられたときのように。 境内の古井戸『神鏡井(かみかがみい)』から湧く御神水を子供たちから集めたガラス瓶に満たす。 そこへ『おしろさま』から削り出した骨粉を耳かきに半量ずつ入れる。 蓋をして封印を貼り、黒布に包む。 これを日々祈祷すれば、次の満月の日までに瓶の中に『こしろさま』が現れる。 『おしろさま』の御神体は若い女性の大腿骨だった。 毎年、複数の大腿骨から少しずつ骨粉を削り出す。 そこで削られる合計量は大腿骨の長さ約2センチに相当する。 大腿骨の全長は平均40センチ。 つまり約20年で大腿骨一本分を消費する。 消費するには供給が必要だ。 求められるのは村で生まれ育った若い女性の大腿骨である。 村で生まれ村で死ぬ者がほとんどだった時代は、若い女性が亡くなればその片方の大腿骨を神社に納めてもらうのに困ることはなかった。 しかし今は都会に出て行って戻らない者がほとんどである。 でも神様はちゃんと道を与えてくれた。 不思議なことに次の大腿骨の候補者はお告げで知らされる。 お告げを得たら、その情報は村の長老の間で秘密裡に共有され「その時」に備える。 当人に危害を加えたり、まして殺人を犯す訳ではない。 ただ待っていれば「その時」が訪れるのである。 琴音のときは遠い東京での事件だった。 それでも、村へ遺体の搬送、葬儀、火葬前の大腿骨取り出しなど、滞りなく処置できたのはお告げを受けて準備が整っていたからだ。 琴音の大腿骨は洗浄して炭酸ナトリウム1%溶液で煮込む処置を施した。 こうすることで保存性の高い白骨が得られ、菰(こも)を巻いて乾燥させるよりずっと早く「使える」骨になる。 これは橘が骨格標本の製作方法を参考に始めた手順だった。 今の時代、科学の知識を活用することが重要と橘は考えている。 『こしろさま』のお姿は元の骨の主に似ると言われる。 だから橘は、同じ子供に同じ骨を2回使わないように注意して管理している。 今年の『こしろさま』はどんなお姿かな? 子供たちには毎年ワクワクする気持ちを楽しんでもらいたいじゃないか。 今年の大祭では誰かの『こしろさま』に琴音の姿が現れるだろう。 ごり、ごり。 作業を再開した。額に再び汗が流れる。 橘は無心に人骨を削り続けるのだった。 15. 琴姉ちゃん!! 『こしろさま』の包みを開けた芙紗子が驚いた。 六年生になって今年が最後の『こしろさま』だった。 ガラス瓶の中に浮かんで眠るショートヘアの女の子。 そのお顔は琴音にそっくりだった。 3年前の事件は衝撃だった。 お葬式では泣きに泣いて大人たちを困らせたけど、今は落ち着いて琴音のことを思い出せるようになっていた。 ねぇ、琴姉ちゃん。『こしろさま』になってあたしに会いに来てくれたの? 二階の窓に風が吹いてカーテンが揺れた。 芙紗子の家は改築されて念願の子供部屋を作ってもらえたのだった。 窓から丸いお月様が見えている。 考えてみれば今まで『こしろさま』がいらっしゃた夜に月が陰っていた記憶��ない。 雲ひとつない夜空に必ず満月が輝いていて、世界を青白く照らしているのだった。 芙紗子は月光が好きだった。 部屋の明かりよりお月様の明かりの方がずっと素敵だと思う。 芙紗子は照明を消す。 『こしろさま』の瓶を持って窓際へ行った。 ガラス瓶を掲げて月光にかざすと、琴音にそっくりな『こしろさま』がふわりと金色に光った。 ・・大きくなったね、芙紗子ちゃん。 「琴姉ちゃんっ、やっぱり来てくれたんだね」 ・・今日は神社に来てくれてありがとう。 「え? 神社にいたの?」 ・・いたよ。これからもずっといるから、いつでも会えるわよ。直接お話しできるのはこれで最後だけどね。 「行くっ。お話しできなくても絶対に行くよ!!」 ・・待ってるわ。 『こしろさま=琴姉ちゃん』がきらきら輝いている。 綺麗だな。あたしもこんなに綺麗になれるかな。 「ねぇ、あの約束覚えてる?」 ・・『こしろさま』の前で裸にならないって約束? 「うん。あたしずっと守ってきたんだよ。でも、もう破ってもいいかな」 芙紗子は思い切って言った。 「あたし、琴姉ちゃんにお尽くししたい」 芙紗子は着ていた服を脱いだ。下着も全部脱いで裸になった。 2年生のときよりずっと身長が伸びて胸も膨らみ始めていた。 初々しい少女の身体を『こしろさま=琴姉ちゃん』に見せた。 ・・素敵な女の子になったね。芙紗子ちゃん。 「あたし、もう12歳だよ」 ・・そうだったね。もうすぐ大人になるんだ。 「だからね、もう知ってるんだよ」 ・・うふふ、何を知ってるの? 「女の子が裸でお尽くしするって、本当はエッチな意味だってこと」 笑い声が響き、『こしろさま=琴姉ちゃん』の身体が眩しいくらいに輝いた。 16. 深夜。 二階から階段を下りる足音がした。 芙紗子の両親はぐっすり眠っていて目を覚まさなかった。 玄関の扉がそっと開き、ガラス瓶を抱いた女の子の影がするりと出て行った。 天空に満月。 降り注ぐ月光を浴びて、全裸の芙紗子が『こしろさま』の瓶を抱いて踊る。 瓶の中には金色に輝く小さな裸の女の子。 二人の冒険の時間はもうしばらく続きそうだった。
~登場人物紹介~ 室谷芙紗子(むろたにふさこ) :8歳、小学2年生。ガラス瓶に入った神様『こしろさま』を受け取る。 室谷琴音(むろたにことね) :22歳、芙紗子の再従姉妹(はとこ)。東京の大学に通っている。 橘秋人(たちばなあきひと) :75歳、大祠神社宮司。 室谷仁三(むろたにじんぞう) :90歳、室谷一族の長で村長。 前回のお話 の約10年後の出来事です。 前はAIに描かせた挿絵に適当に文書をつけただけでしたが、今回はきちんとプロットを作成して少し長めのお話になりました。 神社の御神体である人骨の設定は作者の嗜好です。 グロの要素はないつもりですが、苦手な方がおられたら申し訳ありません。 あと、前回の主人公(一人語りの「私」)は本話の琴音さんです。もうお判りですよね。 挿絵は今回もAIに生成させました。 立ちポーズの巫女さんを描かせるのは簡単でしたが、水中に浮かぶ『こしろさま』は試行錯誤を繰り返しました。 手足のバランスやポーズが難しいのもさることながら、裸体絵なので Tumblr の規制に抵触しそうな絵を描きがちなのですよ。 それでも水中に広がる髪が美しく(よく見ると変な部分もありますが)描けたのはさすがAIです。こんなの自分では絶対に描けません。 大祠神社に纏わる部分は(ロケーションやいろいろな名称、お祓いの祝詞に至るまで)自然言語AIの ChatGPT に考えてもらいました。 こういう設定は下調べに手間取るので、AIがそれらしく適当に決めてくれるのは助かります。 例えば、宮司の橘さんが御神水を汲んだ境内の古井戸。ChatGPT によるその名前の提案と解説は次の通り; 古井戸の名前として「神鏡井(かみかがみい)」という名前を提案します。 この名前は、神聖な鏡を意味する「神鏡」と、水が湧き出る井戸を表す「井」を組み合わせたものです。 「神鏡井」は、古式の風情と神聖さを感じさせる名前で、神社の境内に佇む御神水を象徴的に表現しています。 この井戸から湧き出る水は清らかで、神職や参拝者にとって特別な存在とされています。 どうですか。命名の根拠は2行目だけ。 後の説明は雰囲気で押し切っていて、それでも「なるほど」と思わされてしまいそうになるのは流石ww。 テレビドラマでよくある広告コンペのプレゼンなどはもうAIに任せれば十分ですよね。 私も引き続き遠慮なくAIに頼らせてもらうことにします。 さて、『こしろさま』の連作はこれで終わりです。 次の発表までまた時間がかかると思いますが、ゆっくりお待ちください。 ありがとうございました。 [2023.8.10 追記] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
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こしろさま
小さい頃、一年で一番待ち遠しい日はクリスマスでもお正月でもなくて秋の縁日だった。 この日は大祠神社の大祭で、大人も田んぼや畑の仕事は休み。 みんな着飾ってお詣りに行く。 境内には屋台がたくさん出ていて、普段は食べられない綿菓子やりんご飴を買ってもらえる。 クラスの友達と金魚すくいや射的の勝負をするのも楽しい。 たくさん遊んだ後、本殿で黒い袋に入った『こしろさま』をいただいて帰るのが習慣だった。 『こしろさま』は小学生の子供だけがもらえる。 枕元に置いて寝ると健やかに成長すると言われていて、たぶんどの子の家にもあったと思う。 黒い袋には御神水を満たして封印を貼ったガラスの瓶が入っている。ちょうど牛乳瓶くらいの大きさ。 瓶の中に小さな女の子が生まれたままの姿で眠っている。 これが『こしろさま』。 大祠神社の御祭神は、昔、洪水から村を守るために自ら人柱になったお姫様で『おしろさま』と呼ばれている。 『こしろさま』はその『おしろさま』の分身なんだ。 だから小さな女の子に見えても神様。 家の中に大切に置いて、預かった子供は責任をもってお世話しないといけない。 他人に見せるのは禁止。 たとえ家族でも無闇に見せてはいけないのが決まりだった。 『こしろさま』のお姿はその年によって、預かった子供によっても違う。 3~4歳くらいの幼女のこともあれば、ずっと年上のお姉さんのこともあった。 共通しているのは美少女であること。 本当に綺麗で可愛くて、うっとり見つめているとあっという間に時間が過ぎてしまう。 どの子も『こしろさま』の前で夜遅くまで起きているものだから、縁日の翌日に学校へ行くと皆が眠そうな顔をしているのが当たり前だった。

六年生の秋、私が最後に預かった『こしろさま』は中学生くらいに見える女の子だった。 今もはっきり覚えている。 少しウェーブの入った髪を身体の横に流して、手足が長くて胸もふっくらしていて、切れ長の目が恰好よくて、それでいてちょっと寂し気な雰囲気がするお姉さんだった。 じっと見ていると、その口元から小さな泡がぽこりと出て水面まで浮かび上がった。 ・・生きてるんだ!! そのときの感動は何と表現したらいいだろう。 私はただ黙って『こしろさま』の瓶を胸に抱きしめたのだった。 『こしろさま』がいらっしゃる期間はひと月程度。 子供たちは自分の『こしろさま』を少しでも長く保つために工夫する。 『こしろさま』が落ち着けるように瓶を毛布で包んだり、『こしろさま』が好むとされる線香花火を見せたり、キンモクセイの鉢の近くに置いたりする。 それでも御神水がだんだん濁って、やがて真っ白になると『こしろさま』はそこに溶けて消えてしまう。 みんな泣きながら『こしろさま』とお別れして一つ成長する。 クラスの男の子で、消えてしまいそうな『こしろさま』の封印を剥がして蓋を開けた子がいて大騒ぎになったことがあった。 絶対にバチがあたるよって陰で言ってたら、その男の子の家が火事で燃えたのは当時の同じ学年の子なら誰もが知っていることだ。 『こしろさま』を見送った後、白濁した御神水は庭にまいて家を守ってもらう。 ガラスの瓶は神社に返してもいいし、そのまま持っていてもいい。 私の実家にはガラス瓶が6本大切に保管されている。 これは私と『こしろさま』が一緒に過ごした記憶だ。 東京に出て大学生になったとき、常識だと思っていた『こしろさま』を知る人がいなくて驚いた。 それどころか水の中で生きていた女の子の話をしたら、ホラーじゃんって笑われてしまった。 誰も信じてくれない。 ちょっと悔しいけど、それでいいような気もする。 もし世間に知れ渡ったら、きっとマスコミが大勢集まって『こしろさま』の秘密を暴こうとするでしょ? そうなったら『こしろさま』は二度と来てくれなくなるかもしれない。 21世紀の現代だって少しくらい不思議なことがあってもいいと思うんだ。
とある地方の風習について、そこで育った女性の一人語り。 とても短いSSとも言えない文章の断片です。 今回は先に挿絵を描いて、それに合うストーリーを後から考えました。 今まで小説の挿絵は、他所からイラストや写真をいただいた場合を除き、すべて自分で描いた絵を使っていました。 しかしながら私のウデで描き上げるには小説本文の執筆と変わらない熱量が必要です。 そこで試験的に無料のAI作画ツールを導入して瓶入り少女を描かせてみました。 手や足先の形状が不完全であるなどAI絵の欠点がありますが、自分で描く絵と比べればはるかに高品質。挿絵には十分使えるレベルです。 とはいえ、今すぐAI絵を全面採用することはありま��ん。 自在なポーズや衣装、緊縛などの表現をする技術がないので、練習しながら少しずつ使って行くつもりです。 『こしろさま』の世界については改めて書こうと思っています。 本話だけで済ますのは勿体なさすぎる設定ですからね。 ではまた。ありがとうございました。 [2023.8.10 追記] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
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Bondage Model その7・スキンヘッドの代役
~ご注意とお願い~ この小説に登場するイリュージョニスト兄妹は実在のアメリカ人イリュージョニストの兄妹にインスパイアされて創作しました。 ただしあくまで架空のキャラクターであり、実際の人物や団体とは関係ありません。 本話の登場人物はすべて作者のファンタジーです。 皆様に誤解と迷惑をかける意図はありませんので、よろしくご了解ください。 1. うす暗いギャラリー。 点々と並ぶスポットライトの中に縄で縛った女の子たちが飾られていた。 衣装はさまざま。縛り方もさまざま。床に転がされている子や吊られている子、小さなガラス箱の中に詰められている子もいる。 私は壁に掛けた木製フレームに固定されていた。 一辺140センチの矩形、その角に90度に開いた足を緊縛。 斜めに垂れた上半身は両腕を背中で縛られている。 全身の体毛を剃ってスキンヘッドの私がフルヌードでこんなふうに飾られると、自分でもアートだと思う。

「きゃっ、動いたぁ!」 私の前で二人連れの女性が素っ頓狂な声を上げた。 前に立ってじっと見てくれたから、サービスで指をぴくぴく動かしてあげたんだけどね。 まさかマネキンだと思った? ちゃんと生きた女だよ。 ここは都心の画廊。 モデル事務所ジャイ・アイ・ケーが年に1度開催する「ボンデージ・アートサロン」。 アンティークの拘束具と拷問器具、そして生緊縛の女の子を飾って、ソファで紅茶とケーキをいただきながらゆっくり談笑できるようになっている。 緊縛作品は私を含めて12体。 そのときどきの「旬」の縄師による作品ということになっているけれど、実際には事務所の女社長の趣味で縄師を指名しているらしい。 今年の縄師はサンフランシスコから呼ばれたアメリカ人ボンデージアーティスト。 社長の古い友人という彼は、たった一人で2時間かけて12人を縛り上げたのだった。 「辛クナイデスカ?」 そのアメリカ人縄師が近くに来て話しかけてきた。 背の高い人だった。顔立ちは東洋人っぽい感じ。 年齢は50歳くらいかしら。 「いいえ、大丈夫です」 「アナタダケ、逆サ吊リナノデ、少シ心配シテイマス」 "下半身がしっかり固定されているのでまったく不安は感じません。すばらしいテクニックだと思います" "おお、あなたは英語が話せるんですね" "帰国子女なんです。あなたの日本語も上手" 「アリガトゴザイマス。妻ハ日本人デス」 彼はそう言って笑い、私も逆さ吊りのまま微笑み返した。 2. サロンが終わって女の子たちが解放された。 どの子も顔を赤らめている。 自分の胸や両足の間を押さえて震えている子、スタッフの手が肩に触れただけでイク子もいた。 そりゃ程度の差こそあれ皆M女だものね。 自由を奪われて何時間も展示物になってたんだから、おかしくなっても不思議じゃない。 ん、ふ~~~っ。 私は深呼吸して立ち上がった。 素敵な時間だったな。太ももに残る縄目が綺麗。 「千亜季ちゃん、4時間吊られてまさかのノーダメージ? 」小木洋子社長があきれたように言った。 「全然平気ってことはないですけど、まだ行けます」 「さすが、耐久チアキねぇ」 どうやら私は並の女の子より緊縛や拷問に強いらしい。 『耐久チアキ』ってのは事務所の縄師さんにつけられた仇名だ。 「タイキュウ、トハドンナ意味デスカ?」アメリカ人の彼が社長の言葉を聞きつけて質問した。 「え、耐久? えーっと」 社長に代わって教えてあげる。 "タフという意味です" "なるほど、確かにあなたはタフだ。ところでお名前をまだ聞いていませんでした" "袖原千亜季です。フリーで緊縛モデルをしています" "チアキですか、素敵な名前ですね。よろしければ身長も教えてください" "158センチです" "えっと、5'2(5フィート2インチ)くらい。ふむ。・・早速ですがあなたにお願いしたいことがあります" "私にですか?" 「あらリチャード、さっそく彼女のオファー?」 社長が笑いながら口をはさんだ。 「スミマセン。ソノ話ハアトデ」 「いいのよ。・・さあ、片付いたら打ち上げに行くわよ。千亜季ちゃんも来るでしょ?」 「あ、はい」 「リックとは10年ぶりの再会だもの。ご家族の話も聞かせてもらわなくちゃ!」 3. 日系アメリカ人のボンデージアーティスト、リチャード・フジタ氏からの依頼は緊縛の仕事ではなかった。 近々来日するイリュージョンチームのアシスタントをして欲しいという。 イリュージョンとは大がかりな仕掛けで演じられるステージマジックのことだ。 "予定していたアシスタントがキャンセルになりまして、代わりに出る女性を探しています" "どうして私なんですか? そういう経験はまったくありませんけど" "あなたのタフさなら問題ないと判断しました。それにそのスキンヘッドも都合がいい" "?" 「そのイリュージョンチームはリックのクライアントなの?」小木社長が質問する。 「ハイ。アシスタント欲シイノハ、ワタシノ作品デス」 「なるほど」 「あの、どういう意味でしょう?」 「あのね���リックの本業はイリュージョン・メーカーなの」 イリュージョン・メーカーとはイリュージョンのステージ全般に係る企画と機材のデザイン製作を請け負うビジネスで、彼はその会社の社長だった。 緊縛はサイドビジネスだったのね。 小木社長も賛成して私はアシスタントの依頼を受けることにした。 "お願いしたいイリュージョンプログラムは一つだけです。・・そうそう、イリュージョニストの名前はケビン・マーランド。なかなかのイケメンですよ" 4. 家に帰ってからネットでケビン・マーランドを検索した。 1件だけそれらしい動画が見つかった。 アメリカの視聴者参加番組に出演した白人の男の子と女の子。 デニムのオーバーオールと白いシャツでお揃いのコーデ。 男の子は栗色の髪。 "ケビン・マーランド、9歳です" 女の子はブロンド。 "エレイン・マーランド、7歳です" 司会者から "ラストネームが同じということは、君たち夫婦?" と聞かれて "いいえ、彼女は僕の妹です" と答えるケビン。 初々しいねぇ、可愛い。 しかし演技が始まると兄妹から初々しさが消えた。 ケビンは妹のエレインをテーブルに寝かせ、上からダンボールを折って作った箱を被せた。 箱の片側からエレインの首、そして反対側に脛から下の足先が出ている。 ダンボール製のノコギリで箱を二つに切断する。 下半身の箱を引き離して別のテーブルに移動させた。 エレインの首はもちろん、離れたテーブルの脚も動いている。 ケビンはその脚のオーバーオールの裾を膝まで折り上げ、さらにソックスも脱がせた。 カメラが寄って舐めるように映した。 そこに見える素足とぴくぴく動く足指は明らかに生身の女の子のものだった。 右手を差し上げてポーズを決めるケビン。 よくできたステージだった。 子供だけでやるのは無理だろう。きっとバックに大人がついていると思った。 それにしても私の雇い主って9歳なの? 改めて見ると動画の日付は9年前だった。ということは、彼は現在18歳。 ケビンくん、大きくなってプロのイリュージョニストになったんだね。 5. 一か月後、私はマーランド・イリュージョンチームのマネージャーで演出も担当するニコル・ランディ氏と会っていた。 そこは千葉の港湾地区にある倉庫で、ショーに使う機材の搬入整備と一時保管のために確保された場所だった。 ランディ氏は30代半ばくらい。背が高くて金髪の美人だった。 彼女はいろいろな準備と調整のために、イリュージョンチームの本隊に先行して日本に来ているのだった。 "あなたのことは聞いてるわ。チアキ・ソデハラ、24歳のシバリモデル。耐久チアキって呼ばれてるんですって?" "はい" "スキンヘッドにしているのは何故?" "楽だから。それともう一つ、モデルは個性的な方が有利だから" "OK、その回答で満足よ。リチャードの推薦だから信頼するけどテストはさせてもらうわ。明日の午後、時間をとれるかしら?" "今からでも構いません" "助かるわ。さっそく始めましょう。ラバースーツは着た事ある?" "何度も。イリュージョンはラバースーツで行うんですか? ランディさん" "テストに使うだけよ。それから私のことはニコル���呼んでちょうだい" ニコルの指示でスタッフが木箱を運んできた。中に入って横になれる大きさ。 "トイレを済ませて、着ているものを全部脱いで" 私は裸になって全身を覆うラバースーツを着た。 首から上にも全頭マスクを被り、開いているのは鼻と口だけになった。 箱の中に仰向けに寝て、鼻口に呼吸マスクを装着された。 少し息苦しい、闇の中。 がたん。蓋を閉じる音がした。 "耐えられなくなったら金切り声を上げて。すぐに助けてあげるわ" 外からニコルの声が聞こえた。 これは何のテストだろう? そういえばイリュージョンって、小さな箱から女性が登場したりするわね。 これはそのチェックかしら? しゅるしゅるという音が聞こえた。背中が暖かい。 まるでお湯でも注がれたみたいに暖かさの嵩(かさ)が増して全身を包んだ。 その暖かさが次第に硬くなる。 無意識に首を振ろうとしたらできなかった。手も足も動かせない。 石膏? 自分は固められたと理解した。 BDSMの世界で人間をプラスターに埋めるプレイがあるのは知っているけれど、体験するのは初めてだった。 こんなとき、どうすればいいのかしら。 そう、死なないことね。 とりあえず呼吸をチェックする。 舌を引くと口の中に空気が入るのが分かった。マスクのチューブはちゃんと外に出ているらしい、 肩を固められたから胸呼吸は難しいな。 腹式呼吸を試してみよう。OK。ちゃんと息ができる。でも深い呼吸は無理。 ゆっくり小さな呼吸を繰り返した。 大丈夫。私は死なない。 "発泡ウレタンフォームを注入したわ。生きてたら声出してくれる?" "生きてます" "パニックに陥らないのは、さすがね。・・しばらく放置してもいい?" "どうぞ" 私は承諾の返事をした。 プロの緊縛モデルだもの。耐えてみせる。 それにしても発泡ウレタンってすごいな。あっという間に固められちゃったね。 6. 固化したウレタンの中で時間が過ぎる。 長時間の拘束を平穏に過ごすコツは眠ってしまうことだ。 よほどの苦痛でない限り、私はぎちぎちに緊縛されていても眠ることができる。 むしろ多少の痛みを感じるくらいの方が落ち着いて眠れるから、ドMだよね私も。 でもウレタン固めはちょっと違った。 苦痛どころか快適だった。眠るなんてできなかった。 外部から途絶された空間。認識できるのは物体化した肉体だけ。 固められるってこんなに気持ちいいものだったのか。 どき、どき。 鼓動が高まって胸が酸素を求め、深呼吸しようとしてできないことに一層興奮した。 短い呼吸をハイペースで繰り返す。 こうして呼吸すること自体本当は許されないのではないかと思って我慢できる限り息を止めたりもした。 ああ、一人マゾモード全開。 この時間。エクスタシーだ。 永遠に固められていても、いいかな。 7. ごつごつ音がした。ゆらりと持ち上げられる感覚。 私を閉じ込めていたウレタンが剥がされて、自由な空間に引き出された。 全頭マスクを外される。 額に流れる汗を拭いてもらい、差し出されたストローボトルのドリンクをぐびぐび飲んだ。 「オカエリナサイ!」 目の前にニコルの笑顔があった。 "セクシーな表情よ、チアキ" "今、何時ですか?" "5時よ。あなたは3時間固められていたの" "そんなに? 30分くらいかと思った" "どんな気持ちだった?" "悪くなかったです。本当は・・、" "本当は何?" "下品な感想でもいいですか?" "もちろん" "濡れました。ヴァギナにバイブを挿して放置されたらもっと素敵だったかも" "あらっ" 彼女は破顔して、それから私の頬を両手ではさんでキスをした。 女同士のキスでも嫌な気持ちはしなかった。 "テストは合格よ! あなたには適性があるわ。安心してわたしの代役を任せられるわね" "あなたの代役?" "そうよ。膝の軟骨を損傷しちゃったの。代役を立てたんだけど、その人も都合で駄目になって" そう言われて、私はようやく気がついた。 ニコルが左手に杖を突いていることに。 "驚きました。あなたがイリュージョンのアシスタントもしていたなんて" "チームには女性アシスタントとダンサーが30人いるけど、彼女たちには頼みにくいプログラムもあるのよ" "それにあなたが出演していたんですね" "そう。だから、" ニコルは自分の前髪を掴み、べりっと引き剥がした。 ええっ!! 私はもう一度驚いた。 彼女のブロンドはウィッグで、その下は私と同じスキンヘッドだった。 "あなたはわたしの代役に適任なの" 8. ケビン・マーランドとイリュージョンチームの本隊が来日した。 さっそく朝の生放送情報番組にケビンが呼ばれて出演した。 私は自宅のテレビで番組を見ていた。 彼とはまだ対面していなかったから18歳になったケビンを見るのはこれが初めてだった。 あの動画でぎこちなく笑っていた9歳の少年は、甘いマスクの美青年になっていた。 真っ白のシャツに派手な赤いネクタイ。栗色の髪はオールバックに。 脚が長い! 身長だって180センチ以上は確実。 リチャードが言っていたのは本当だった。こりゃイケメンだわ。 番組キャスターに促され、ケビンはスタジオに特設されたミニステージに立った。 軽やかな音楽。 ミニイリュージョンショーが始まる。 アシスタントの女の子が6人がかりでガラスの水槽を押してきた。 NFLやNBAのチアリーダーみたいな丈の短いへそ出しトップスとショートパンツのコスチューム。 チアリーディングはマーランド・イリュージョンチーム日本公演のステージコンセプトだった。 彼女たちが押してきた水槽は高さ約2メートル、直径1.5メートルの円筒形。 中には水がいっぱいに入っていて、その水面が大きく波打っているのがガラス越しに見えた。 ケビンが水槽の上に立ち、赤いネクタイを外して投げ捨てる。 大きく息を吸い、そして水の中に飛び降りた。 すかさず黒い円筒形の蓋が上から吊られて降りてきた。 その蓋は水槽にすっぽり被さると、ちょうど広口瓶にキャップを締めるかのように、ひとりでに回転して止まった。 アシスタントたちが駆け寄り、全体に鎖を掛けて南京錠で固定した。 水槽の中にはケビンが立って浮いている。 音楽に合わせてダンスが始まった。 6人のチアリーダーが大きなフラッグ(旗)のついたポール(竿)を振って踊る。 ポールの長さは2メートル以上はありそう。 彼女たちは水槽の前で左右に分かれ、両側からフラッグを差し出して交差させた。 水槽がフラッグに隠れて見えなくなる。 音楽が止まり、フラッグが引き払われた。 「おおーっ」スタジオに驚きの声があふれた。 水槽の蓋の上にケビンが立っていた。髪と衣装が濡れている。 そして水槽の中には・・、女性が入っていた。 ピンクの髪色、黄色いビキニ。胸とお尻が大きいセクシー美女が水の中で手を振っている。 いったいどうなっているんだろう? 水槽が見えなくなった時間はほんの数秒だった。 その間にケビンが脱出して、美女が出現したのだ。 チアたちが水槽に取り付き、その場でくるりと一回転させた。蓋の上に立つケビンと水中の美女が一緒に回る。 これで終わりと思ったらそうではなかった。 蓋の上に立つケビンは人差し指を立て、カメラに向かって "もう1回!" と叫んだ。 再び音楽が鳴り、チアリーダーたちが踊る。 水槽の前でフラグが交差した。 「うわあっ」「何ぃ?」またもや驚きの声。 美女が増えていた。 黒髪で真っ赤なビキニ。先の美女に負けず劣らずセクシーな美女が出現して、水槽の中にはビキニ美女が二人。 再びチアたちが水槽を回転させた。 黄色いビキニと赤いビキニ。水中で手足を絡めて抱き合った美女たちを全方向から眺める。 うん、いい絵。このシーンずっと見ていられるわ。 彼女たちの姿が私の中で緊縛されたM女に被さった。 逆さ吊りにした女体の縄が捩れて回る情景。あれ、女の子の表情が苦し気で色っぽいのよね。 と、水の中にいる美女たちの笑顔もこわばっているのに気がついた。明らかに何かに耐えている。 そうか、あの子たちずっと息を我慢してるんだ。黄色ビキニの彼女なんてもう何分間も。 やっぱりSMと似ているかも。 やがて南京錠と鎖が外されて蓋が上昇し、助け出された美女たちが前に出てきた。 腕を組んで立つケビンの左右に膝をつき、彼の腰に手を当て微笑む美女たち。 その肩が大きく揺れている。ああ、やっぱり苦しかったんだ。 ケビンたちの後方で水槽の蓋が再び降りるのが見えた。 何かがざぶんと落ちる。水槽の中に渦巻く泡と波打つ水面。 「え?」今度声を出したのは私だった。 水中に新たな女の子が出現していた。 金髪でワンピースの競泳水着。 さっきのビキニ美女にセクシーさでは負けるけど、手も脚もすらりと長い美少女。 分かった。この子ケビンの妹だ。 お兄ちゃんと二つ違いだから、今は16歳のはず。 "エレイン・マーランド、僕の妹です" ケビンは水槽から出てきたエレインの手を取って紹介したのだった。 9. その日の午後。 顔合わせと通し稽古のために全員が集合した。 もちろん、ケビン、エレインの兄妹とマネージャーのニコルも揃っている。 イリュージョンショーは14日間で30回のステージが予定されている。 金曜と土曜の夜は「プレミアムナイト」。これはR12(小学生以下のお客様禁止)でテイストが変わる。 ニコルが私を紹介した。 メンバーの降坂や交代は珍しいことではないようで、私はごく自然に受け入れられた。 私がアシスタントとして出演するのはプレミアムナイトだけのプログラムだ。 前の週、私はニコルの指導で練習してOKをもらうレベルになっている。 あとは演者のケビンと実際に合わせる稽古が残っているだけだった。 "やあ、よろしく! ニコルが怪我したときは驚いたけど、君が来てくれたなら安心だよ、チアキ" ケビンはそう言うといきなり私を抱きしめた。 ちょ、挨拶にしては強く抱きすぎ。 "あの、息が苦しいです" "おっとこれは失礼" 彼はすぐに離してくれたけど、まだニヤニヤ笑っている。 間近で見るとあらためてイケメンだ。 何ということのな��ポロシャツとジーンズの私服姿も格好いい。 でもちょっとキモいぞ、ケビンくん。 "どうして安心だと言えるんですか? 私はまだ何もお見せしていないのに" "僕には分かるのさ。そう��う、君は髪の毛を剃ってくれたそうだね" そのとき私は黒髪のウィッグを着けていたけど、彼は私のスキンヘッドを知っているらしい。 "別にショーのためでは" "ありがとうっ。嬉しいよ!!" ケビンの両手が私の肩にかかった。え? 彼は私をくるりと回すと、後ろから首筋に唇を這わせた。 ひぇっ。 そのまま甘噛みされる。あんたは吸血鬼か。 "じゃ、またあとで!" にこやかに手を振って去る彼を唖然と見送る。 "初めましてっ、あたしエレインよ!" 妹のエレインが来て握手してくれた。 "変でしょ? ウチのアニキ。あれで喜ぶ女もいるから本人はサービスしてるつもりなのよね" "なるほど。モテそうですものね、お兄さん" "まあね。でも実はケビンには女性に対する性的関心がないの" "もしかしてLGBTQのGの人ということですか?" "正解。シアトルにボーイフレンドがいるわ" エレインは笑ってウインクした。 "だからケビンの行為はただのスキンシップ。受け流してくれたら、それ以上酷いことはしないわ" "分かりました。うっかり頬を叩いたりしないよう気をつけます" "うん、ありがとうっ" たぶんこの子、ケビンが初対面の女性に余計なことをする度フォローしてるんだろうな。 妹として苦労が耐えないわね。ちょっと同情した。 夜になって私はケビンとイリュージョンの合わせを行った。 彼の指導はお互いの立ち位置や細かい動きのタイミング、演者にあしらわれるアシスタントの所作まで仔細にわたったけれど、とても親切で優しかった。 やたら肩を抱かれたり、胸やお尻を触られる行為は相変わらずだった。 でも大げさに反応しないよう注意していたら、やがて察したように "君は落ち着いた女性だね" と言って過剰なスキンシップはしてこなくなった。 気づくのが遅いけれど、賢い人ではあるのね。 10. イリュージョンショーの公演初日。 私は客席の後ろに会場スタッフとして立っていた。 出演するのはプレミアムナイトのみだけど、こういう現場でバイリンガルの人間は重宝されるらしく、追加で契約したのだった。 ショーはマーランド兄妹の幕前挨拶から始まった。 ケビンは紺のジャケット、エレインはオフショルダーの赤いドレス。 イケメンの兄と美少女の妹。きっと日本でも評判になると思った。 幕が上がると、舞台には何もなくて後ろ半分が少し高い段になっているだけだった。 ケビンとエレインはその段の上に分かれて立った。 上から大きな幕がふわりと落ちてきて全体を隠し、そして床に落ちた。 二人の間に自動車が1台出現していた。真っ赤なワーゲンの初代ビートル。 ビートルの窓には人の姿が見えた。 どうやら女の子が何人も乗っているようだ。いや、ぎゅうぎゅうに詰まっているようだった。 ケビンがドアを開けると、素足にソックスとバスケットシューズを履いた脚がにゅっと突き出た。 その脚を兄妹で引っ張る。 車から出てきたのは、あの番組に出ていたチアリーダーのアシスタントだった。 一人、また一人とチアを引っ張り出し、全部で15人まで現れたところで今度はフロントのトランクを開けた。 何とそこから3人のチアが身を起こした。リアのエンジンルームからも2人。 合計20人のチアリーダーがずらりと並んでポーズをとった。 このビートルはハリボテでも何でもない本物の乗用車だ。 ビートル自体の出現は客席からの視覚を利用したマジックだけど、大量チアリーダーの登場には特別な仕掛けはない。 彼女たちはあの小さな車の中に本当に入っていたんだ。 カブト虫こと初代ビートルには人間が何人乗れるかのチャレンジがあるらしくて、ギネス記録は25人。 これを知ったアシスタントが集まって試してみたら、室内だけで20人収まってまだ余裕があったとのこと。 マネージャーのニコルはこれを日本公演でやることに決め、アメリカからビートルを運ばせた。 開演前の舞台準備を見ていた私はその周到さに感心した。 ビートル内の女の子の位置や姿勢、出入りの順序はその日の出演メンバーに合わせて綿密に決められていて、彼女たちはそれに従って車内に入り、折り重なって密着した状態で開演前から待機していたのだった。 ケビンが大きな布を広げてかざした。 エレインがドレスの裾をひるがえしながらその後ろに隠れる。 数秒待って布を外すと、エレインは他のアシスタントたちと同じへそ出しショートパンツのチアリーダーに変身していた。 チアの一人が大きなグレーの包みを持ってきて床に置いた。 ケビンは自分を親指で指すと、包みの下に潜り込んだ。 すぐにその包みがむくむくと膨らんでカバの着ぐるみになった。 頭が大きすぎる二頭身で、その頭のまた半分が口になっているのはちょっと不気味。 背中に『MARLAND HIPPO』のロゴマーク。ヒッポ(HIPPO)は英語でカバって意味だ。 アメリカのプロスポーツリーグでは各チームにマスコットキャラクターがいて、チアリーダーと一緒に試合を盛り上げてくれる。 ヒッポはマーランド・イリュージョンチームのマスコットという位置づけなのだ。 ステージは本格的なチアリーディングショーになる。 明るいマーチと虹色のライトにのせてチアリーダーたちがダンスを始めた。 エレインも一緒に踊っている。 きびきびしてエネルギッシュなダンスだった。 一斉に上げる脚が揃って全然乱れない。ジャンプで空中開脚するポーズなんてまるで体操選手。 肩を組んだ3人の上に1人が立って、その上にさらに1人が立った。スタンツっていうんだっけ。 よく見たら一番上のチアはエレインだ。うわぁI字開脚っ。そこから床までジャンプ!? まさに本場のNFLかNBAのハーフタイムショーだった。 あの女の子たち、ビートルの中に何十分も密着して詰められてたんだよ? プロのイリュージョンアシスタントってすごいなぁ。 カバのヒッポも踊っていた。 お世辞にも可愛いとは言えないマスコットだけど、短い手と足を振りながら跳ねる姿はユーモラスで観客の笑いを誘う。 やがて彼は踊っているチアリーダーにちょっかいを出し始めた。体当たりしたりお尻を触ったり。 チアが悲鳴を上げると、まるで悪戯っ子のように笑うポーズをして逃げるだった。 エレインがヒッポの前に立ちはだかった。両手を腰に当てて𠮟りつける。 ヒッポは口を大きく開けた。白い歯列から喉の奥まで見えた。 そのままエレインにかぶりつき、彼女を頭から呑んでしまった。 巨頭なカバの口からショートパンツの足が生えてしばらくバタバタしていたけれど、すぐに呑み込まれて消えてしまう。 カバがチアの女の子を食べちゃった!! 客席から驚きと笑いの声が上がる。 チアたちがひと抱えもある大きなハンマーを担いできた。 そのハンマーを振りかざしてヒッポを追いかける。 ハンマーが空振りして床を叩く度にピコピコと音が響いた。 ヒッポは敏捷だった。お腹の中にはエレインがいるはずなのにぴょんぴょん跳ねながら右に左に逃げ回る。 とうとう囲まれて、ハンマーのお仕置きを受けた! ピコ!! 紙風船が潰れるかのようにヒッポの着ぐるみは潰れてぺしゃんこになった。 中にいたはずのケビンとエレインはどうなったの!? ・・誰かが私の肩を叩いた。 振り返るとケビンがいた。その横にはエレイン。 私はそれまで立っていた客席通路からさっと移動して、後ろの二人と入れ替わった。 チアリーダーたちが一斉にこちらを指差した。 明るいライトに照らされてケビンとエレインが手を振る。 兄妹はいつの間にか着ぐるみの中から客席の後ろに移動していたのだった。 二人が舞台に掛け上がるまで間、私は客席の後ろにうずくまって目立たないようにしていた。 はぁ~。びっくりした。 合図されたら場所を開けてね、とは言われていたけど、まさかあのタイミングで来るとは。 あの兄妹、いったいどうやって瞬間移動したのだろう。 11. "初日の感想を聞かせてくれる、チアキ" ニコルに聞かれた。 私は少し考えて答える。 "すばらしかったわ。不思議なイリュージョンがたくさん。セクシーでドキドキするダンス。イリュージョンショーがあんなに華やかで夢があるなんて、初めて知った" "何そのネットの提灯記事みたいな感想" "ダメかな。本当にそう思ったんだけど" "では、あなたが欲情したイリュージョンを答えなさい" "その質問はセクハラです、先生" "チアキ、ここはどこだと思ってるの?" "ニコルと同じベッドの中です" ここはニコルが泊っているホテルの部屋。 ニコルも私も服を着ていなかった。 つまり、私たちはそういう関係になっていた。 "素直に答えなさい" "はい(Yes, sir)。・・欲情って程ではないけど、エレインの空中浮遊には刺激されたわ" それは、魔法使いのマントを羽織ったケビンが魔法の杖(ワンド)を振ると真っ白なドレスのエレインが浮き上がるイリュージョンだった。 彼女は5メートル近くも上昇して、そのままふわふわと漂い続けた。 ケビンがワンドを前後左右いずれかに向けると、エレインは浮かんだままその方向へ移動した。 ワンドの先をくるくる回すと、エレインの身体も空中でくるくる回転した。 頭が下になり上になりプロペラのように回転するエレイン。 ケビンは観客の中から一人、小さな女の子を舞台に上げた。 その女の子にワンドを持たせてエレインを自由に操らせた。 女の子がワンドを振るとエレインがそれに合わせて動く。ワンドを回すとエレインも回転する。 回転するエレインの頭がちょうど下を向いたとき、ケビンが「ストップ!」と叫んだ。 エレインは逆立ちで停止し、それより後はワンドをどう振っても逆立ちの状態で移動するだけだった。 ドレスのスカートの前がまくれ上がらないよう手で押さえながら、ちょっと困った顔をしてエレインは漂い続けるのだった。 "私の推測だけど、エレインは本当に操られていたんじゃない?" "そうね。空中でポーズをとるのは彼女のアクティビティだけど、移動や回転はコンピューターの制御よ。彼女に権限はないわ" "エレインを上下逆にするのもニコルの演出?" "もちろん! 楽しいでしょ? 女の子を杖一本で操るのって" "うん、楽しい" "イリュージョンは仕掛けより演出が勝負なの。使い古されたマジックだってやり方次第で新鮮に見えるし、最新技術のイリュージョンも下手をしたら小学校の学芸会以下になるわ" "それを決めるのがあなたの仕事なのね、ニコル" "そうよ。・・チアキも思ったんじゃない? 自分もあんな風に操られてみたいって" "否定はしないわ" "うふふ" ニコルは私の右脚を持って開いた。私の下半身が彼女の前に露わになる。 びくっ。 太ももの内側、大陰唇からほんの3センチの場所を舐められた。 "いい匂い" "恥ずかしいわ" "うそ。喜んでいるくせに" そうかもしれない。 私は後ろ手に縛られていた。 こんな状態でいるときは、いつもの2倍か3倍感度が高まる。 相手の性別なんて関係ない。 "ニコル、女同士のときはいつもタチ(Top)なの?" "何でもするわ。今はあなたがマゾだから尽くしてあげてるのよ。こんなふうに" ニコルの舌が移動した。 はうっ。 ぎりぎり触るか触らないかの加減で木の芽を転がされて、私はのけぞる。 "あら、匂いが増したわ" "ばか。ニコル膝に怪我してるんでしょ。激しく動いちゃ駄目じゃない" "全然動いてないわよ。動いてるのはチアキの下半身のほう" ああっ。 行為が済んで私たちはキスをした。 スキンヘッドの女同士の舌が絡み合う。 縛られた腕の筋肉に目一杯力を込めると、エクスタシーがいっそう増加する。 自由を奪われていることが快感。 "そろそろ縄を解く?" "このままでいいわ。今夜はずっとニコルの支配下でいたい" "本当に変態。これは褒めているのよ" "ありがとう" "そういえば、チームの中にBDSMに興味のある子が何人かいるの。その一人はエレインなんだけど" "エレインが? 彼女まだ16歳でしょ?" "年齢は関係ないわ。もう何年も吊られたり切られたりのイリュージョンをしてるのよ。あなたも感じた通り、あれはある意味ライトなBDSMだわ” 確かに性癖に年齢は無関係ね。 私だって緊縛に憧れたのは中学生・・13歳だった。 "彼女、チアキの仕事を聞いて目を輝かせていたわ。いろいろ質問してくるかもしれないわね" "どうしたらいいの?" "何でも教えてあげてちょうだい" "構わないの?" "シバリは奴隷(submissive)と主人(dominant)の世界だけのものじゃない。今やエンタテーメントなのよ。だから知識を得るのはウェルカム。・・実はね、" ニコルはにやっと笑った。 "エレインが18になったら日本からシバリ・パフォーマーを招いてイリュージョンとコラボする企画があるの。一切仕掛けのないダイナミックなロープパフォーマンスをするわ。その生贄に捧げられるのはイリュージョニストの美しき妹。素晴らしいと思わない?" "その企画、本人は知ってるの?" "知らないに決まってるでしょ。チアキも言っちゃ駄目よ" "今、初めてあなたのことを酷い人って思ったわ。ニコル" "まあ、そう言ってくれて嬉しいわ" 12. 翌日の昼公演では、前の日になかったイリュージョンが登場した。 何度も通ってくれる熱心なマニアもいるので、毎日少しずつ構成を変えてプログラムを決めているらしい。 人が立って入れるくらいの細長い箱が二つ、キャスター付きの台に乗って運ばれてきた。 箱は左側が赤、右側が青。どちらの箱も4つに区切られていて上から『1』『2』・・と番号が描かれている。 「おっ、ミスメイドが二つ!」「ダブルミスメイドやな」 近くに座っている男性の会話が聞こえた。イリュージョンのマニアらしい。

エレインともう一人のアシスタントがケビンに手を取られて登場した。 ブロンドの髪をポニーテールに括ったエレインは赤いレオタードとタイツ。 もう一人はシルバーアッシュのポニーテールで青いレオタードとタイツ。 エレインの可愛さに負けない。この子もしっかり美少女だよ。 二人はそれぞれのコスチュームと同じ色の箱に入り、ケビンが蓋を閉じた。 ケビンは左の赤箱の区切りに金属板をそれぞれ2枚ずつ刺した。 右の青箱の区切りにも金属板を2枚ずつ刺した。 アシスタントのチアリーダーたちが赤箱を4つの小箱に分けて床に置いた。 同じように青箱も4つに分けて床に置いた。 思い出したよ。このイリュージョンはどこかで見たことがある。 確か、ばらばらになった小箱を間違った順に積んで前の蓋を開けたら、中の美女の身体もその順になっている。 美女の顔があり得ない位置にあって、にっこり笑うのよね。 ミスメイドっていうのか。さっきの男性の言葉を思い出す。 今やってるイリュージョンはそれを二人の女の子で同時にやっているんだ。 ケビンとアシスタントたちが小箱を左右に4個ずつ積み上げた。色も番号もでたらめだった。 赤の『1』は右側の上から2番目。青の『1』は右側の一番下。二人の顔はここにあるはずね。 ケビンが蓋を上から順に開けて見せた。 ああ、やっぱり。 思った通りの場所にエレインともう一人の女の子の顔があって笑っていた。 美少女二人の顔が上下に並んでいるのが不思議な感じ。

「え? どうやって片側に二人も入ってるんだ?」 さっきの男性の声が聞こえる。えらく感心している様子だった。 イリュージョンをよく知らない私には、これがどれだけすごいのか分からない。 二人の女の子を同時にばらばらにして積み上げたのは面白いと思うけど。 ケビンとアシスタントたちは、箱をもう一度積み上げ直した。 違うよー! 客席から声がかかった。 それぞれ左右に積まれた箱の番号は正しく『1』『2』・・の順だけど、青と赤の色が入れ替わっている。 刺されていた金属板を引き抜き、蓋を開ける。 左側からエレインが出てきた。エレインのコスチュームはレオタードとタイツの下半分が青色に変わっていた。 右側からシルバーアッシュの髪の子が出てきた。彼女のコスチュームはレオタードとタイツの下半分が赤色に変わっている。

楽しい! 会場スタッフでなければ私も拍手したいところだった。 ニコルの言った通りだわ。昔からあるイリュージョンでも演出次第でこんなに面白くなる。 「・・頭は下から2番目じゃないと困るだろ?」「やなぁ」 マニアの男性たちはまだ不思議そうに喋っていた。 13. "チアキ!" エレインに声を掛けられた。 彼女は女の子を連れていた。さっきの四分割イリュージョンにエレインと一緒に出ていたシルバーアッシュの髪の子だった。 昼公演と夜公演の間の空き時間ということもあって、彼女たちはラフなスポーツウェア姿だった。 エレインはスポーツブラの上にパーカーを羽織り、ボトムはボクサーパンツ。 もう一人の子は丈の短いタンクトップと膝上のショートパンツ。 "紹介するわ。彼女はジュリア・マーチン。あたしと同じ16歳でとっても身体が柔らかいの" "ジュリアです。よろしくね、チアキさん" "彼女はあたしのダミーボディもしてくれてるのよ" "ダミーボディって?" "そうか、知らないよね" エレインが教えてくれた。 美女の人体切断イリュージョンでは、切り離された下半身は人形を使うか、またはテーブルや箱の中に隠れている別の女性が脚を出して演じる。 この下半身役の女性をダミーボディと呼ぶそうだ。 9年前、視聴者参加番組のイリュージョンで切断されたエレインの下半身。 あのときテーブルの中から脚を出してぴくぴく動かしていたのがジュリアだった。 二人とも当時は7歳。 "出演が決まったとき、あたしと似た体つきの女の子を探してもらったの。それがジュリア。今は親友よ!" エレインは自分の腕をジュリアの腕に絡めて笑った。ジュリアは黙って微笑んでいる。 なるほどよく見れば二人は身長も体格も同じ。肌の色もよく似ている。 顔は別人だし髪色も違うけれど、首から下なら同じ女の子といって騙せるわね。 このジュリアという女の子、エレインと一緒に成長しながらずっとダミーボディを務めてきたのか。 "ねぇ、そろそろ" ジュリアが小さな声で言った。 "そうそう。あたしたちチアキに教えて欲しいことがあったの" "何かしら?" "これ、チアキでしょ?" エレインはパーカーのポケットからスマホを出して見せた。 その画面には緊縛写真が映っていた。全裸でスキンヘッドの頭を斜め下に向けて吊られた女性の後ろ姿。 ボンデージ・アートサロンでリチャードに縛られた私だった。 "どこでこれを?" "ニコルが送ってくれたわ" にやりと笑うニコルの姿が浮かんだ。 いつの間にか彼女のプランに乗せられている気がした。 "これは東京のギャラリーでシバリの仕事をしたときの写真よ" "ギャラリーで? まるでチアキが美術品になったみたい!" "そうね。12人のモデルが縄で縛られてディスプレイされたわ。ちゃんと作品プレートもつけてね" "わーお、クール!!" "ファンタジックだわ!" エレインとジュリアが揃って歓声を上げた。 "あなたたち、そういうことに抵抗は感じないのねぇ" 私が聞くとエレインは胸を張って答えた。 "当たり前じゃない。縛った女性をアーティスティックに飾るんでしょ? ぜひ見てみたいわ!" "・・チアキさん、イリュージョンにも美女のディスプレイがあるのを知ってますか?" ジュリアに聞かれた。 "イリュージョンにも?" "はい。首のない美女を椅子に座らせて、テントの中で見せるんです" "他にもあるわ! 美女の生首をテーブルに置くとか、ブランコに乗った下半身のない美女とか" "へぇ~" "そういうイリュージョンを展示する博物館が日本にもあったわ。マネキンじゃないのよ。生きた女性をディスプレイしてたの!" "何年か前に閉館しちゃったそうです。行きたかったのに残念だわ" "その博物館に行って自分たちはプロのイリュージョニストですって名乗ったら、やらせてくれたかしら" "あり得ないっ" "きゃはは!!" 勝手に盛り上がる二人を見て理解した。 ショービジネスの世界で9年もやってきたこの子たち、彼女たちにとってはシバリもエンタテーメントなのかもしれない。 "ところで、エレイン。さっき私に教えて欲しことがあるって言ってたけど" "そうっ、あたしたち東京でシバリ・パフォーマンスを見たいの。どこで見られるのか、チアキなら知ってるでしょ?" "まあね。教えてあげてもいいけど、それにはニコルの許可が要るわ" "ニコルならノープロブレムです。相談したらチアキに教えてもらいなさいと言われましたから" "オリエンタルなシバリを見たいわ! あたしたち、ヌードを見せられても平気よ。楽屋じゃみんな裸で過ごしてるんだから。・・あとはそうね、できるだけハード(strict)なパフォーマンスがいいなっ" 私、どうやら完全にニコルの計画の片棒を担がされている。 どこかの緊縛ライブに連れて行ってあげたら次は「縛られたいっ」て言い出しそう。 それで道を誤って将来有望な美少女イリュージョニストが私みたいな縄好きの変態女になっても知らないよ? 14. いよいよプレミアムナイト。 私はこの中で「エンベッド(embed)」というプログラムに出演する。 プレミアムナイトのステージはややアダルトな雰囲気で、アシスタントのベースコスチュームもチアリーダーからショーガールに変わる。 このコスチュームはチーム内ではショーガールと呼んでいるけれど、私から見れば「ウサギ耳と尻尾がないバニーガール」だ。 特にハイレグのカットがきわどくて、元々スタイル抜群の彼女たちがこれを着ると同性でも見とれる超足長セクシー美女になってしまう。日本人体形の私には素直に羨ましい。 オープニングでは、赤いビートルからチアリーダーが登場する替わりに、巨大なワイングラスの中にショーガールが20人出現した。 エレインのコスチュームも赤いボディスーツのショーガール。 タキシードを着けたケビンと並んで立つ姿には客席から「セクシー!」と声が上がったらしい。 私は楽屋で待機していた。 個室なんて使わせてもらえる身分ではないから合同の大部屋だけど、たまたま他の女の子たちがステージに出払っていて、楽屋には私一人だけだった。 ニコルが杖をついて入ってきた。 "心の準備はできた?" "どうにかね。これから舞台に出るなんて未だに信じられないわ" "立って。衣装をチェックしてあげる" ニコルは椅子に座ると私を前に立たせ、衣装を確認してくれた。 薄い水色のリネン(麻)ワンピース。スカートは膝下まで届くロング丈。 足元は裸足で何も履かない。下着もストラップレスのブラとショーツだけ。 スキンヘッドにはシルバーのロングウィッグ。ブルーのカラーコンタクトにシルバーのアイブロウとマスカラ。全身に白っぽいファンデーションを塗って一見白人のように見せている。 "OK! ・・はい、スカートの裾を持って" 言われた通りにすると、ニコルは私のショーツを膝まで下げた。 「ほぇ?」 "切迫感のない悲鳴ねぇ" "いまさらニコルに見られてもトキメキはないもの" "言ったわね。これならどう?" ぐいっ。 股間に異物が挿さった。 「はんっ!」 "薄型のリモコンバイブよ。完全防水でクリの吸引機能付き。強弱調整も私のスマホから自由自在" "ニコル、どういうつもり?" "いつかの願望をかなえてあげようと思って持って来たの。でもチアキが生意気だから罰として使うかもしれないわ" ニコルは私の腰にベルトを締めてバイブが落ちないように固定した。 ショーツを上げてスカートの裾を下ろす。 バイブが薄型のせいか、下半身のシルエットに変化はなかった。 "ほら、分からないでしょ? チアキが怪しいデバイスを着けてるなんて" "ケビンに気づかれないかしら。その、音で" "うふふ” やおらニコルはスマホを出すと画面をタッチした。 !! 膣(なか)のディルドが振動した。同時に前方の突起が吸われた。 ほんの数秒間の刺激。 それでも腰が引いて膝が立たず、ニコルに寄りかかってしまった。 "チアキってシバリモデルのくせに、こういう責めには弱いのねぇ" "はぁ、はぁ。・・ばか" "超静音タイプの最新型よ。何も聞こえなかったでしょ?" "そ、そんな。聞こえたか聞こえなかったかなんて分からない" "安心して。あなたが乱れて変な声上げない限り、誰にもばれないわよ" "もし私が乱れたらニコルの大切なステージが台無しになっちゃうのよ?" "おお、それは困るわ。わたしマネージャーを首になってしまうかもね。それじゃあ、ドゥ・ユア・ベスト!!" ニコルは手を振って出て行ってしまった。 こら、もうちょっと私をケアしてから行けよ。 あんたのせいで私、乱れてるんだぞ? 変な声出しそうなんだぞ? 15. イシュージョン「エンベッド(embed)」はちょっとしたストーリー仕立てになっている。 ケンタッキーの小さな村に現れた殺人鬼とその殺人鬼に誘拐される娘。 殺人鬼はケビン。そして娘の役が私だ。 幕が上がると、そこは夜の墓地。 背景に十字架の墓石群がシルエットで見えている。 舞台中央に高さ2メートル少し、幅3メートルほどのレンガ作りの壁。壁の中央部はレンガが崩れていて、下地の漆喰(しっくい)が露出している。 その漆喰の部分は大きく人型(ひとがた)に窪んでいた。 黒いフードを被った殺人鬼が現れた。 後に部下の男が二人が続いて、麻袋を担いでいる。 その麻袋をどさりと床に置いて、中から娘を引きずり出した。 娘は背中で組んだ手首を布で縛られている。 ・・目を開けると、自分を照らすライトが眩しくて客席は見えなかった。 ニコルに仕掛けられた高ぶりは、袋の中で待っているうちに治まったようだ。 股間のディルドが邪魔ではあるけど、慣れてしまえばどうということはない。 手首の拘束が外される。 ケビンが私を立たせて手を引いた。 私は抵抗する素振りをしながら彼に引かれてついてゆく。 漆喰の窪みの中に立たされた。 お腹にベルトを掛けられる。 私は大げさにもがいて逃れられないふりをする。 実際にこのベルトは漆喰の裏にある丈夫な金属板に繋がっていて、私が前方に転倒する危険を防止している。 部下の二人が大きなバケツを持ってきた。 二人とも工事作業員のようにヘッドランプの点いたヘルメットをかぶっている。 先がプロペラになった電動ミキサーをバケツに差し入れ中身を撹拌(かくはん)する。 どろどろに練り上がったのは漆喰だった。 男たちはコテで漆喰をすくうと、私が立つ窪みに塗り付けた。

私は足元から次第に塗り込まれてゆく。 長い髪も容赦なく漆喰にまみれて埋められる。冷たい感触が薄い衣装の中まで染み込むのを感じた。 彼らのヘッドランプの青白い輝きの中、漆喰がしくしくと硬化する。 やがて私は漆喰に包まれ、顔面だけが露出する状態になった。 ケビンが私の顔を覗き込んだ。 手に漆喰を乗せたコテを持っている。 殺人鬼らしく憎々しい笑いを浮かべながら、その漆喰を私の顔面に塗り付けた。 数百人の観客が見ている前で、私は壁の中に生きたまま塗り込められたのだった。 その後、作業服の二人が漆喰の表面をコテでならした。 ケビンがコンコンと叩いて固まっていることを観客に示した。 16. 口にストローの先端が入って来た。 顔面に漆喰を塗り付けた直後、ケビンは漆喰の上から私の口を狙ってすばやくストローを刺してくれたのだった。 すかさず肺に貯めた空気を一気に吐き出す。 抵抗感。そしてずるっと空気が通る感触。・・成功! 硬化前の柔らかい漆喰を突き抜けたストローの中には漆喰が入っている。これを強く吹いて外へ飛ばさないと空気が通らない。 もたもたしていると詰まった漆喰が固まって吹き飛ばせなくなる。 絶対に失敗できない命がけの作業。まあ「命がけ」はちょっと大げさかも。 でもこれで私は呼吸できる。 長さ数センチのストローが私の命の通り道。 ちなみに、この漆喰。 私を塗り込めた後、あっという間に固くなった不思議な漆喰。 これはもちろん普通の漆喰ではなく、イリュージョン・メーカーのリチャードが開発した特殊な素材だった。 粘土の中にUVレジン(紫外線硬化樹脂)が練り込まれていて、紫外線を当てるとその箇所が数秒で硬化する。 固くなるとツヤのない普通の漆喰に見える��が特徴だった。 その上、この素材は以前体験した発泡ウレタンと違って女の子に優しいんだ。 固くなるのは紫外線を浴びた表面だけだから、内部は柔らかい粘土状。 身動きできないことに変わりはないけれど、深呼吸くらいなら支障ない。 殺人鬼の部下役が点けていた青白いヘッドランプはUVランプだった。 彼らはコテで漆喰を塗りながら、巧みに紫外線を当てて表面を硬化させていたのだった。 漆喰を塗り始めて娘を完全に埋めるまでの時間は3分と30秒。 この作業が長くなると観客が退屈して間が持たない。 アメリカでの初演時は6分近くかかったけれど、皆で効率を上げる工夫をして時間を短縮してきたそうだ。 さて、私の出番はこれで終わりだった。 壁に埋め込まれた娘が生還するシーンはなく、別のダミー(人形)が出現することになる。 だから私はただ掘り出してもらうのを待っていればいい。 ひとときの生き埋め放置。 悪い気分じゃない、もとい、かなり嬉しい。 ドキドキしながらこの時間を楽しもう。 そう思った瞬間、下半身に装着されたバイブが起動した。 強烈な振動と吸引の刺激。 こ、これを忘れてたぁ~!! あんたには優しさっちゅうんものがないのかニコルぅ~。 17. 私の惨状をよそに、ちゃんとイリュージョンは進行していた。 舞台にエレイン扮する女性警官が登場した。 プレミアムナイトらしいセクシーなコスチュームは、半袖のポリスシャツにネクタイ、ローライズのショートパンツとロングブーツ。 ショートパンツとブーツはわざとワンサイズ小さいものを着けてぴちぴちの生足を強調している。 殺人鬼を追ってきた彼女は、彼らを逮捕しようとして逆に捕まってしまう。 エレインは目隠しと猿轡、手錠を掛けられて薄べったい棺桶の中に閉じ込められる。 棺桶の前面の蓋を開けると中でもがく彼女の姿。 ケビンはその蓋を閉じ棺桶に火を点けた。 燃え上がる棺桶とエレインの悲鳴。 やがて棺桶は燃え落ち、その場所には仰向けに横たわった骸骨が現れた。 同じタイミングで背後の漆喰壁が崩れ落ちた。そこに現れたのはベルトで拘束された娘の骸骨。 高笑いする殺人鬼。どよめく案客。 そこへ天井からロープが下がって来た。ロープの先に掴まって降りてきたのはエレインだった。 彼女が合図をすると大きな網が落下してきて殺人鬼の一味を覆う。 網の中でもがくケビンとその部下たち。その手に手錠を掛けてキュートなポーズをとるエレイン。 脈絡なくショーガールのダンサーたちが現れてエレインと共に踊った。 最後にもう一度全員でポーズ。 拍手。 18. 棺桶の中でもがいていたのはエレインのダミーボディであるジュリアだ。 エレインはその間に舞台の天井に移動していたのだった。 棺桶と一緒に燃やされたジュリアがどうなったのか、私にはさっぱり分からないけどね。 そして崩れた漆喰壁の仕掛け。 私が埋められていたはずの壁から骸骨が現れたのは、レンガ壁と漆喰壁の構造に秘密がある。 長さ3メートルのレンガ壁。中央でレンガが崩れた箇所の幅はおよそ70センチ。その開口部を通して見える下地の漆器壁。 実はこの漆喰壁はレンガ壁に密着していない。 レンガ壁の後方で引き戸のように左右にスライドできる構造になっている。 ケビンたちが私を埋めた後、漆喰壁は全体が左へ90センチスライドする。 私を埋めた部分はレンガ壁の後方で左へ移動し、代わりに右から骸骨を仕込んだ部分が出てくるという次第だ。 漆喰壁はガラスや鏡と違って表面の凹凸が見えるから、観客の前で急にスライドすると動いているのが分かってしまう。 でもゆっくり動かせばどうだろう? そう、女性警官が登場し、棺桶に閉じ込められ、火を点けられるまでの時間、たっぷり3分かけて移動すれば(分速30センチ!)気づく人はいない。 ニコルはこのからくりを誇らしげに語ってくれた。 考案したのはリチャードなんだから、あんたが自分で考えたみたいに自慢するのは止めなさい。 19. どれくらい過ぎたのだろう。 私は壁の中からスタッフに「発掘」された。 硬化した表面を電動ハンドカッターで切り出し、粘土状の漆喰を掻き出して中の女体を引き出す。 私は汗と涙と愛液でぬめぬめになっていた。 漆喰にまみれて固まったウィッグはスキンヘッドから剥がれ落ち、一部が硬化した衣装も破れて脱げていた。 スキンヘッドが都合いい理由はこれだ。もし地毛があったらボールドキャップで覆わないといけない。 ニコルがアメリカでやっていたときも髪の毛の処理が大変で、思い切って剃ってしまったんだって。 下半身に装着されていたリモコンバイブはしばらく前から停止していた。 私を掘り出したときニコルがさっとタオルで隠してくれたけれど、スタッフの何人かには絶対に見られたな。 もしバイブが動いたままだったら、私はどうなっていただろう。 きっと壁の中からよがり続ける女が発掘されて、それはそれで面白いと思うぞ。 さすがにそれを避けたのはニコルの優しさなんだろうね。 "今、何時?" "あら、前もどこかで同じ質問をされた気がするわ" "いいから、何時なの?" "22時よ" "え? もう終演時間を過ぎてる?" ニコルはにたぁっと笑った。 "すぐに出してあげたかったけど、この劇場バックステージが狭くて。・・ほら、お客様がいるのに舞台袖で漆喰を掘るなんてできないでしょ?" "それが今になって分かったの?" "そうなの。ごめんなさいね" んな訳ない。絶対に確信犯だ、この女。 今22時ってことは、私の生き埋め時間は3時間か。 バイブが止まったのは彼女の優しさなんかじゃない。ただの電池切れだ。 "チアキ、ひょっとして怒ってる?" "怒ってるわ。いろいろな理由でね。・・でも楽しかったから許す!" そう言うと私はニコルの右手を掴んでぐいと引き寄せた。 杖をついた彼女は簡単によろけて、私はそれを両手で受け止めた。 ぐずぐずに汚れた身体で彼女をハグする。 "わ、漆喰がつくじゃない!" "私をオモチャにして遊んだ罰よ。我慢しなさい" "・・よかったわ。楽しんでくれて" "ニコルがやったときはどうだったの? 楽しかった? それとも切なかった?" "ん-、忘れちゃったわ" "あ、ずるーい!!" 20. 2週間の公演でプレミアムナイトは4回。その全部で私は壁の中に3時間埋められた。 リモコンバイブは止めるとニコルは言ってくれたけど、逆に私の方から要求して装着を続けてもらった。 あの時間を何の刺激もなく過ごすなんて、それこそ切なくて我慢できないと思ったからだ。 チームのスタッフは見て見ないふりをしてくれたようだ。 千秋楽となる最終日は昼の部で終了した。 そして夜は日本公演成功のアフターパーティが開かれた。 少し遅れて会場に来たら、立食パーティの真ん中で盛り上がっていたのはジャイ・アイ・ケーの小木洋子社長だった。 「千亜季ちゃ~ん!!」 目が合うと両手を振って呼ばれてしまった。この人はやたら声が大きいんだ。 「プレミアムナイト見たわよ! すごかったわね~っ」 「それはどうも」 「リックも一緒に見てたのよっ。本当はこのパーティにも出席する予定だったのに奥様に6人目が生まれるとかでサンフランシスコに帰っちゃったわ」 「そうですか。・・え、6人目?」 リチャードには会いたかったな。 "チアキ、この人と知り合い? 誰なの彼女は?" ニコルに聞かれた。 "やたらフレンドリーだからメンバーの誰かの友人と思っていたら、誰も知らないのよ" "この人は東京にあるモデル事務所の社長よ" 「あ、どーも! マイ、ネーム、イズ、ヨーコ、オギ! コール、ミー、ヨーコ!! ・・ところで千亜季ちゃん、この人誰?」 どうやってパーティに潜り込んだのかは謎ながら、やたらフレンドリーな小木社長はパーティ会場を勝手にうろうろして誰とでも乾杯しまくり、そして仲良くなった。 とてつもない陽キャだね、この人は。 気がつけばエレインとジュリアを相手に3人でけらけら笑っている。 怪しい英語しか喋れないくせに、どうやって16歳の女の子たちを笑わすんだろうか。 "チアキ! ヨーコってイリュージョンの専門家よっ" "いろいろ詳しくて驚きました" "そうなの、あたしたちがやったダブルミスメイドの考案者を教えてくれたわ。全然知らなかったわ!" "リチャード・フジタという人が発明したトリックだそうです" 「おほほほっ。それくらい常識よ。ユア、パフォーマンス、ベリー、ベリー、インプレッシブ!!」 "わお、ありがとう!" エレインとジュリアが箱に入って4分割されたイリュージョンが蘇った。 あれもリチャードの作品だったのか。私だって知らなかったよ。 そういえば、この子たちから頼まれた宿題があったな。 二人が帰国するまでにどこかで緊縛を見せてあげないといけない。 未成年だからねぇ。誰か頼める人いるかしら。 「チアーズ!! 大丈夫よっ。どんなアルコールだっていただくわ!」 社長は今度はケビンをつかまえて乾杯していた。 「はい、ご返杯~。え? ケビンくんお酒飲めないの? ならミネラルウォーターで、はいっ、チア~ズ!!」 ケビンが苦笑している。あのぐいぐい行く感じ、すごいスキルだわ。 はたと気がついた。 目の前ではしゃいでいる小木社長。この人は緊縛関係のプロデュースをしてるんだった。 21. シバリ・パフォーマンスを見せられないか。 私の相談を社長は二つ返事で引き受けてくれた。 その上、スタッフ含めて経費はすべて事務所側で持ってあげてもいいとまで言ってくれた。 「その子たち、えっと・・エリーとジュリー」 「エレインとジュリアです」 「そうそう。何を見せても構わないのね?」 「はい」「じゃあ・・」 社長はにたぁっと笑った。 ニコルとそっくりな笑い方だった。 「エリーとジュリーには中途半端なパフォーマンスじゃ駄目だわ、本格的な責めを見せましょ」 だからエレインとジュリアだってっば。 「それから受け手には千亜季ちゃんを指名するわ。もし袖原千亜季以外のモデルを使う場合は経費を全額請求します」 げ。やられた。 「あとね、拷問の記録動画は株式会社ジャイ・アイ・ケーが権利を有します。配信利益が出た場合は二次使用料を支払うわ。だってギャラなしで出演してくれるんでしょ? 感謝してそれくらいはお応えするということで、どう?」 「分かりました。一言だけいいですか?」 「なあに?」「鬼!」 「まあ、そう言ってくれて嬉しいわ!」 22. という訳で、ここは東京近郊のスタジオ。 吊床や磔などの設備があって水責めもできる和風のSMスタジオを小木社長が確保してくれたのだった。 スタッフは緊縛担当のテルさんと他に助手の男性が一人。 テルさんは事務所で最古参の縄師で、私に『耐久チアキ』のニックネームをつけてくれた人でもある。 "わーお、オリエンタルな会場ね!" スタジオに来たエレインが喜んだ。 彼女と一緒にジュリアとニコルも来ている。お客様はこの3人だけ。 スタジオの反対側にエアマットを敷いてエレインとジュリアに座ってもらった。膝の故障で床に座れないニコルにはパイプ椅子。 ニコルはケビンも連れてきたいと思ったらしいけど、彼はシアトルから来たボーイフレンドと京都旅行に行ってしまって不在だった。 小木社長が今日のコンテンツは女囚責めであることを説明した。 さらに、一人の女囚が三種類の拷問を受けること、それぞれの拷問は女囚が意識をなくすか30分耐えきるまで継続すること、そしてどの拷問にもトリックは一切ないことを説明した。 それを聞いた3人が神妙な表情になったから、どうやら社長のカタカナ英語でもちゃんと伝わったらしい。 手首を背中で縛られた私が登場した。 衣装は浅黄色の女囚衣。着物の下に六尺褌の締め込み。 髪は腰まで届く黒色ロングのウィッグをつけ、それを首の後ろでまとめて荒縄で縛っていた。 "チアキなの・・?" エレインが小さな声で聞くのが分かったけれど、私は何も答えない。 BGMなし。照明は固定のスポットライトのみ。 煌びやかなイリュージョンショーでもアーティスティックなシバリでもない、地味で残酷な女囚責めが始まった。 1本目「石抱き」。 私は算盤板(そろばんいた:三角の突起を並べた板)に正座させられ、背後の柱に上体を縛り付けられた。 膝に石板を乗せられる。江戸時代の記録では石板1枚の重さは約50キロもあったらしいけど、私は20キロを乗せられた。 それでも脛に食い込む算盤板の痛みは凄まじくて、ぎゅっと閉じた目から自然と涙が滲む。 10分経過して、石板が1枚追加される。 さらに10分が過ぎて、もう1枚追加。合計3枚60キロが膝に乗せられた。 テルさんは私の表情を見て口に丸めた手拭いを噛ませてくれた。そういう気配り拷問では反則じゃないかな。でもありがとう。 開始から30分経過した。 さっさと落ちて(=失神して)やろうと思っていたのに最後まで苦しみ続けることになった。自分の耐久性が恨めしい。 石板を外されるときに最高級の激痛。 うわぁ!! つい��声を出してしまった。 縛めを解かれてその場に昏倒。視界がぼやけてエレインたちの様子が分からない。 ほとんど休みなく新しい縄が手首と足首に掛けられた。 2本目「駿河問い」。 手首と足首をまとめて逆海老に縛られ天井の滑車から吊られた。さらに口縄を掛けて後方に引き足首に繋がれた。 腰に縄を巻いてコンクリートのブロックを吊られる。重さ10キロ。 ぐっと腰が下がった。折れそう。石抱きのダメージで筋肉に力が入らない。 そのまま滑車を引いて高さ2メートルまで引き上げられた。ゆっくり振り子のように揺れる。 テルさんが手を伸ばし私をぐるぐる回して縄を捩じった。 手を離すと私はよじれた縄の戻りに合わせて回転する。一定回転して今度は逆向きに回る。 頭に血が上るのが分かった。江戸時代の拷問ではこれが続くと視界が真っ赤になって目鼻から血を吹いたらしい。 30分でそこまでいくのは無理。 そう思っていたら、今度はテルさんがブロックに両手を掛けてぶら下がった。 背骨から脳髄まで衝撃が走った。私は口縄の下で悲鳴を上げ、その勢いでウィッグが落ちた。 "チアキ!!" エレインとジュリアが同時に叫ぶのが聞こえた。 何度も繰り返して回された。 テルさんは度々ぶら下がり、さらに途中でコンクリートブロックを1個追加された。 3本目「水責め」。 私はまだ意識を保っていた。 手先と足先が充血して真っ赤だった。縄の掛かっていた箇所の感覚がない。 着物を脱がされて締め込み一本になった。そうして今度は手首を高い位置で交差させた高手小手縛り。 膝と太もも、脛を縛られて滑車で逆さに吊られた。 目の前にイリュージョンチームの3人がいる。上下逆の景色の中でエレインとジュリアが手を握り合って裸の私を見ていた。 頭の下に木桶が運ばれてきた。直径1メートル。中には水が入っていて、逆さ吊りの私を膝まで沈められる深さ。 逆さ吊りの状態でバケツの水を顔面に浴びせられた。 一瞬息が止まり、子宮がきゅんと縮んだ。 拷問続きでふらふらのはずなのに、まだ被虐に興奮する私。 テルさんの合図で拷問が始まった。 ざぶ。 私は一気に水中に沈み、そして引き上げられた。 水責めの拷問は単純。ただ女囚を沈めたり引き上げたりするだけ。 その間に私が意識を無くしたら拷問タイムは終了する。 滑車の縄を引く男性たちは大変だと思う。私、決して重くないつもりだけど、きっと汗だくになるね。 ざぶん。口と鼻から空気が抜ける。そのまま水中でしばらく苦しむ。 引き上げられて激しくむせた。苦しい。 さぶん。水を飲む。苦しい。 このまま死ぬかも。それでもいいって思ってしまう私、やっぱりドマゾ。 23. 「・・千亜季ちゃん、千亜季ちゃん!」 軽く頬を叩かれた。ん、んん~っ。 「ほれっ」 背中を叩かれた。げぼっと水を吐く。 「脈拍正常、呼吸もOK。・・大丈夫、しばらく寝てなさい」 暖かい毛布に包まれた。私は再び眠りに落ちる。 気がつくと私はエアマットで寝ていた。 手を動かすと自分の乳房に触れた。縄の縛めはなくなっていた。 "チアキ、起きた?" 隣にニコルが座っていた。 "1時間くらい寝てたわよ。あの女社長は救護の専門家なの? てきぱき処置していて感心したわ" "あの人のことは何も知らないのよ。ただの仕事相手だから" "そう。でもチアキが無事でよかった" ニコルはにっこり笑った。 "抱きしめてあげたいけど、できないの" ニコルは縄で緊縛されていた。ジャケットの上から高手小手縛り。 "あなたを拷問した紳士が縛ってくれたわ。これほど完璧なシバリは初めて。被虐の喜びを実感するわね" "ショーはどうだった?" "あれをショーと呼ぶなら最低ね。わたしもあの子たちもスタイリッシュなシバリ・パフォーマンスを期待していたから。・・ただ" ニコルは真面目な顔になって言った。 "告白するわ。あの拷問を最後まで目を反らさずに見ていられるとは思わなかった。チアキが苦しむ姿は、同じ女として、興奮したわ" "正直に答えてくれてありがとう。そういえばエレインとジュリアは?" "今、着替えてるわ" "?" エレインとジュリアは私の拷問を見てショックを受けた様子だったという。 しばらく茫然としていたけど、やがて二人で相談してニコルに申し出た。 "自分から縛られたいって言ったのよ、あの子たち" "それは何となく予想していたけれど" "拷問も体験したいって" "あらま" "そうしたらこちらの社長さんから、水責めならできるって" "え、16歳に水責め!? あの社長、いったいどういうつもりで" "チアキのときより安全に気を配ってくれるそうよ" "でも、" "私は反対しなかったわ。あの子たちの将来に役に立つと思ったから" "だからニコルも縛られたの?" "ああ、これは" ニコルは恥ずかしそうに笑った。 "二人が着替えに行ったあと、縛りましょうかって誘ってくれたのよ。断ったら申し訳ないでしょ?" "あなたのような図太い人でも頬を赤らめるのねぇ" 赤くなった顔を一層赤くしてニコルが何か言おうとしたとき、スタジオのドアが開いた。 小木社長に連れられてエレインとジュリアが戻って来た。 二人とも髪を括っていて、ビキニの水着を着けている。 "チアキ!! 起きたの? どこも悪くない?" "ニコル!! どうして縛られてるの!?" 24. テルさんがエレインとジュリアを緊縛した。 エレインは肘を折った右手を肩の上から、左手を下から捩じり上げて繋ぐ鉄砲縛り。 ジュリアは左右の掌を背中で合わせた後ろ合掌縛り。 若いっていいね。 柔らかくてしなやかで、それに縛られても可愛い。 二人は縄で連結されて背中合わせになった。 そうして足首に縄を掛けられて、水が入った木桶の上に逆さ吊りにされた。 「じゃっ、オーケー!?」 横に立つ小木社長が聞く。彼女たちは揃ってイエスと答え、胸いっぱいに息を吸った。 さぶん。 二人は水中に膝まで沈んだ。 きっちり5秒数え、引き上げる。 "わーお!" エレインが叫んだ。ジュリアは黙って耐えている。 少し置いてもう一度水中へ。 私とニコルはその様子を見ていた。 マーランド・イリュージョンチームの将来を担う女の子たちの水責め拷問。 彼女たちに顔を向けたままニコルが言った。 "チアキ、アメリカに来る気はない?" "あら、まだ私を壁に埋めたいの?" "違うわ。わたしの膝は次のツアーまでに治る見込みだもの" "じゃあ次はニコルがあの特別な時間を楽しむのね" "そう。・・あなたが一緒に来��くれたらバイブのコントロールを頼めるんだけど" "やっと本心を明かしたわね。他の人には頼みにくいプログラムだなんて言って、実は自分が楽しんでたんだ" "もうチアキは騙せないもの" ニコルは私を見て笑った。私も笑い返した。 やっぱりニコルは私と同じだった。 "じゃあ私をアメリカに呼ぶ本当の理由は何? まさかイリュージョンチームのアシスタントに正式スカウト?" "それは断じてあり得ないわ。身長も低い、ダンスも踊れない。そんな人を雇う訳ないでしょ" "そこまではっきり言われるとショックだなぁ" "チアキに来て欲しいのは、将来チームでシバリをするためよ" "エレインを緊縛するって話、本気なのね?" "もちろん。ペアでジュリアも縛るわ。そのときはプロのシバリモデルから指導して欲しい。ステージのプロモートも協力をお願いするわ" "私にできるかしら" "あなたの経験なら問題ないわ。来年にはプロジェクトをスタートする予定よ。役職はサブマネージャー。どうかしら?" 行きたいと思った。 シバリのサポートはともかく、ニコルと働けるのはとても魅力的なオファーだった。 さぶん。 エレインとジュリの水責めが続いていた。 二人とも、ぎゅっと目をつぶり、顔を赤くして耐えている。 テルさんが二人に顔を寄せて、ここで止めるかどうか聞いている。 二人は揃って頭を横に振った。 もうこれ以上は無理という意味か、それとも止めないで欲しいと��う意味か。 さぶん。 水責めが再開された。あの子たち、拷問体験の継続を希望したんだ。 エレインが水を吐いた。ジュリアは少し咳き込んでいるようだ。 きゅん、と胸が鳴った。 きっと苦しいはず。でも止めてと言わない。助けを求めない。 何て健気なんだろう。16歳の女の子たち。 可哀想。でも綺麗。 私も責めて欲しいと思った。 あれだけ自分が拷問を受けた後なのに、エレインとジュリアの拷問を見て羨ましいと思う私。 縛られたい。苦しめられたい。 私はニコルに答えた。 "素敵な提案だわ。本当にありがとう。・・でも私は、ただの緊縛モデルでいたい" "アメリカには行かない、という意味?" "そう。日本で、ぎちぎちに縛られて、モノみたいに飾られて、ときどき拷問も受けて苦しむモデルでいたいの" "分かった" ニコルは微笑んでくれた。今までにない優しい表情だった。 "それがチアキの答えなら、あなたの道を邪魔はしないわ" "あの子たちが18歳になってマーランドイリュージョンでロープ・パフォーマンスをするとき、そのときはあなたの国まで見に行くわ" "待っているわ" 私は毛布を身体に巻いて立ち上がった。 椅子に座った状態で高手小手緊縛のニコルの背に立つ。 そしてやおら彼女に抱きついた。 首筋を舐める。胸を揉む。キスをする。 "きゃ! や、止めてっ" "さっき気がついたの。ニコルは縛られてるのよね。そして私は自由" "チアキっ、お願いだから・・" "このチャンスを無駄にするなんて、私にはとてもできないわ" "ああ~~~っ!!" エレインとジュリアの傍らにいる小木社長が何事かとこちらを見た。 滑車の縄を引くテルさんも手を止めて驚いた顔をしている。 エレインとジュリアは高く引き上げられて、全身からぽたぽた水を垂らしている。半ばグロッキーの彼女たちに私たちは見えていないだろうね。 "うぎゃあ! け、け、け" ニコルは身を捩りながら、ついに変な声を上げて笑い出した。 社長が吹き出した。男性たちも笑っている。 16歳の美少女を二人逆さ吊りにして水責めにかけながら、同性のセフレ美女を縛って弄ぶ。 これって、むちゃくちゃ贅沢じゃね? 私は思いながらニコルのスカートに手を入れるのだった。
~登場人物紹介~ 袖原千亜季(そではらちあき):24歳、フリーの緊縛モデル。帰国子女で日本語/英語のバイリンガル。髪を剃ってスキンヘッドにしている。 ニコル・ランディ(Nicole Randy):34歳。アメリカ人。マーランド・イリュージョンチームのマネージャー。事故で左足を怪我。彼女もスキンヘッド。 ケビン・マーランド(Kevin Marland):18歳。アメリカ人。マーランド・イリュージョンの主役イリュージョニスト。9歳のときから妹と共にイリュージョンに出演。 エレイン・マーランド(Elaine Marland):16歳。アメリカ人。ケビンの妹。同、イリュージョニスト・アシスタント。 ジュリア・マーチン(Julia Martin):16歳。アメリカ人。エレインの親友。イリュージョンでエレインのダミーボディを務める。 リチャード・フジタ(Richard Fujita):50歳。日系アメリカ人。ボンデージアーティスト。本職はイリュージョン・メーカー。 小木洋子:モデル事務所ジャイ・アイ・ケー社長。 テルさん:モデル事務所専属のベテラン縄師。 久しぶりの新作です。Bondage Model シリーズとなると4年ぶり。 イリュージョン+緊縛拷問の展開はそのままキョートサプライズと称しても通りそうな内容になりました。 仕切ってくれるのはもちろん洋子社長。 この人、スーパーウーマンなので作者にとってありがたいキャラです。 本話はプロのイリュージョンチームの公演なので、できるだけオリジナルで新しいイリュージョンを考えました。 見た目の不思議さだけでなく、それを実現するトリックを考えるのはやっぱり楽しいですね。 では、以下いろいろな話題とネタばらしです。 (イリュージョンのトリックに触れている箇所があるので小説をお読みでない方は、先に本文の方をご覧いただくことをお勧めします) ○イリュージョニストの兄妹 現実世界の兄妹イリュージョンはこの動画で知りました。 youtube.com/watch?v=hh2eGrLXxpk (Twitter で紹介した URL は非公開になったようなので、同じ内容で別の URL です) 彼らが今もプロのイリュージョニストとして活躍していることを知ったとき、ケビンとエレインのアイディアが浮かびました。 4章のイリュージョンはこの動画の雰囲気に似せています。 なお冒頭記したように、いらぬ誤解を避けるため兄妹のプロフィールをここに書くのは止めておきます。 上記動画に名前が出ていますので、興味のある方は辿って下さい。 ケビンとエレインの設定は次の通りです。 元々、兄妹は芸能事務所に所属していた無名の子役タレントでした。 ケビン9歳エレイン7歳のとき、視聴者参加番組(実態はタレント事務所が新人を売り込む番組)に出演が決まり、指導を受けて初めてイリュージョンを練習。 そのとき事務所がダミーボディ役として見つけてきたのがエレインと同い年のジュリアでした。 番組内のイリュージョンは大成功。プロのイリュージョニストから声がかかりステージに参加。 3年後独立してマーランド・イリュージョンチームを結成。このとき舞台演出家のニコルをマネージャーとして招きました。 ○水槽イリュージョン ケビンとエレインがテレビの生放送で披露した円筒形水槽からの脱出と人体出現。 美女は一人出現するだけでもイリュージョンとして面白いと思いますが、出現イリュージョン大好きな私の趣味で三人出現させました。 まずケビンが蓋の上に脱出→ほぼ同時に美女が一人出現→もう一人出現して水槽内は二人に→この二人を水槽の外に出した後もう一度蓋をする→最後の一人(エレイン)が出現、という流れ。 マジックとしては従来からある水槽イリュージョンの組み合わせなので、トリックもそれらの組み合わせでできると思います。 最後の一人の出現は少し悩みましたが、蓋を一旦上昇させてもう一度下ろせばよい(一瞬視界から消える・・あ、書いちゃった^^)ことに気づいて解決しました。 ○ビートルの出現 ビートルそのものの出現より、ビートルの中に女の子がたくさん詰まっているのを見せたかったイリュージョンです。 その昔はビートルに何人乗れるかの競技があって、ときどき新聞やテレビで報道されてましたね。 ギネス記録は25人とのこと。これはたぶん室内のみに収まった人数です。 本話ではトランクやエンジンルームからもチアリーダーを登場させましたが、あの狭いスペースに複数の人間が入れるかは謎です。 ビートルを改造(例えばエンジンを外すなど)して空間を広げるのは自分としては反則。 極端に軟体の女性がわずかな隙間に収まっていたことにしたいですね。 ○チアリーダーを食べるマスコット アメリカのNFL、NBAなどのスポーツリーグには、人間を食べてしまうマスコットキャラクターたちがいます。 この動画はおそらく一番有名なNBAトロントラプターズの The Raptor くんです。 youtube.com/watch?v=1_GmKqln-Fo ご覧のようにエアーで膨らむ(inflatable)構造なので、女の子をお腹に呑んだ状態で歩き回ることができます。 初めて見たときはそのブラックさに驚きましたが、いろいろなマスコットがチアリーダーを呑み込むシーンを見ているとそれが楽しみになってしまいました。 このような着ぐるみは正にイリュージョン向きですよね。 ケビンとエレインの瞬間移動ネタに使わせてもらいました。 実際のステージで十分可能なトリックだと思います。どこかでやってくれないかな~。 ○ダブルミスメイド ダブルソーイング(美女二人を同時に人体切断)はよくあるイリュージョンのネタですが、ダブルミスメイドはなかなか見つかりません。 ネットで情報を探すと、これくらい。 Mismade Girl|Celebrity Wiki この記事に載っている Lance Burton さんのダブルミスメイドはたぶんこれ。 youtube.com/watch?v=Af07xBczO3k 同じ記事にある、女優さんのビキニブラが入れ替わるダブルミスメイドは画像/動画を見つけることができませんでした。 ご存知の方、またその他のダブルミスメイド動画をご存知の方、ぜひお教えくださいませ! せっかくダブルミスメイドをするなら、左右で同じミスメイドをやるのはもったいないですよね。 そこで本話では、 1) 切断して積み直した際、女性二人の頭部を右側にまとめて積む。 2) 上から3段目の箱が頭部、4段目の箱が足先というミスメイド定番パターンにしない。 3) 最後に再構成するとき、女性二人のコスチュームを互い違いに入れ替える。 を工夫しました。 トリックの実現方法としては、Barton さんのように左右繋がったテーブルに乗せること、さらにテーブル厚みを確保してデザインの工夫でそうと分かり難くすること。 上から2段目のエレインはコンプレスイリュージョンのようなイメージです。 従来のミスメイド以上に中(二人)と外で息を合わせる必要がありますけどね。 ○エンベット・イリュージョン embed 本話のメインとなるイリュージョンです。 これをやりたくてチアキさんをスキンヘッドにしてしまいました。 女性を壁に埋めたように見せかける(フェイクで済ませる)方法はいくらでもあるだろうに、本当に埋めて固めるのは我ながら無茶苦茶。 さすがにファンタジー満載なので実現するのは難しいでしょう。 さて、無茶苦茶なりに壁埋めを実現する方法を考えました。 石膏やセメントは硬化時間や発熱の理由から却下。 最初に考えたのは、本話5章でも使った発泡ウレタンフォームです。 発泡ウレタンは液状なので壁面に塗るのは困難ですが、壁面に立たせた女性に噴射器で吹き付ければどんどん固まってくれそうな気がします。 しかし猛毒のイソシアネートを生じるためマスクとラバースーツが必須であると分かり、イリュージョンには適さないと判断して諦めました。 (発泡ウレタンの注意事項は故 Jeff Gord 氏サイトの Forniphilia 解説ページに詳しいです。成人了解が必要なサイトなので URL は載せません) 次に目をつけたのが紫外線硬化樹脂でした。 紫外線を浴びた箇所が数秒で硬化するゲル状の素材なので、壁面にコテで塗り付けることができそうです。 さらに、歯科治療に使われるほどの素材なので人肌が触れてもおそらく安全。 難点は費用ですが、これはファンタジーで押し通します。マーランド・イリュージョンチームは���っとお金持ちですww。

イラストは久しぶりに3種類も描きました。 相変わらず拙い絵ですが、百聞ならぬ百文は一見にしかず、緊縛やイリュージョンの構図が伝わったかなと思います。 それではまた。 最後までお読みいただき、ありがとうございました。 [2023.8.10 追記] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
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高校生探偵 小江戸タケシの冒険

1. 「アクション!」 カチンコが鳴った。 ブレザージャケットの制服を着た少年を黒ずくめの女性軍団が取り囲んだ。 少年は高校生探偵の小江戸タケシ。軍団は悪の組織『ZZ』の戦闘員である。 女戦闘員は歌舞伎の隈取のような化粧をしているので顔立ちは分かりにくいが、身体の方は超ハイレグレオタード、網タイツとブーツを着用して全員が相当なナイスバディである。 「へっ」 タケシは親指で鼻の下を擦ると、ジャケットを脱ぎ捨てワイシャツ姿になり空手の構えをとった。 彼はあらゆるスポーツ格闘技が得意なのだ。 「かかりなさい!」 組織の女幹部ミゼラブルが合図をすると、全員が一斉に襲い掛かってきた。 一斉にといっても一人ずつ順番に挑んでくるのがヒーローもの戦闘シーンのお約束である。 最初の戦闘員を正拳で倒し、次の戦闘員に回し蹴りを放つ。三人目はジャンプしてかわし、四人目にデコピンをかまして倒した。 女が相手だからといって悪の組織に容赦はしないのだ。 10人以上いた戦闘員が倒されるまで3分もかからなかった。 「へっ」再び鼻の下を親指で擦るタケシ。 そのとき物影から見ていた女子高生が叫んだ。 「タケシっ、後ろ!」 タケシと同じ高校の同級生である彼女は、名前を神木ユウという。 ユウがどうしてタケシを呼び捨てにするかというと、二人は近所に住む幼馴染なのであった。 「!?」 タケシが振り返ったその瞬間、ミゼラブルが巨大な棍棒を振り下ろした。 彼女は伊達に悪の組織の幹部に上り詰めた訳ではない、超セクシーな美女なのである。 101-59-92(公式)のダイナマイトボディの肌を覆うのは肩アーマーと乳爪の生えたブラ、Tバックボトム。あとは真っ赤なレザーの手袋と膝上丈のピンヒールブーツのみ。 ブラは左右に分かれてドッジボールのような乳房を両側から支えている。戦闘アクションの際はこの胸が大きく揺れて相手の目を錯乱するのである。 さらにピンヒールは高さ20センチ。バレリーナのような姿勢を強要されるので歩けるようになるまで1週間かかったと着用している本人がブログで告白したほどである。 説明が長くなったが、このように恐ろしい敵にタケシは背中を攻撃されたのである。 「ぐわ!」ダメージを受けて膝をつくタケシ。 「ほぉー、ほっ、ほっ」 ミゼラブルは高笑いしながら逃げようとするユウを捕まえた。 「さあ、可愛い彼女を無事に生かしておきたければ、いさぎよく組織の捕虜になりなさい!」 ユウの腕を後ろに捻り上げる、 「ああ、タケシっ。助けて・・」 絶体絶命である。 ヒーローものにおいて、時にヒロインはあまりに軽々しく敵に捕まりヒーローを困らせるのだ。 「卑怯だぞ!」 膝をついたままタケシは悔しがる。 と、何かを思い出したようにズボンのポケットから小さな包みを出した。 それはユウが探偵稼業の安全を願ってタケシにプレゼントした伏目稲荷大社のお守りであった。 「これだ!」 目にも止まらない速さでお守りを投げるタケシ。 それは輝く光線となってミゼラブルの胸に突き刺さった。 「ぎゃあ~っ」 ミゼラブルのブラが乳爪ごとはじけ飛んだ。 一瞬、ぶるんと揺れる巨乳が見える。 ちなみにブラをはじけ飛ばしたシーンはCG合成ではない。 マニアの熱い声に応え、ワイヤーワークを駆使してミゼラブルの胸から本当にブラを飛ばしているのである。 技術チームが執念で実現した特殊アクションなのだ。 「やったわね! おぼえておきなさい!!」 ミゼラブルは谷間を強調するように両手で巨乳を押さえ、くねくねと身を捩らせた。 その姿は次第に薄くなり。やがて背後の景色に溶けて消える。 後には、ユウ、タケシ、そして地面に転がったままの女戦闘員たちが残された。 「よぉ・・、お前を守ったぜ、ユウ」 タケシは力尽きてその場に倒れこんだ。 「タケシ!!」駆け寄るユウ。 「死なないでっ、タケシ!」 この程度のダメージでヒーローが死ぬ筈はないが、それでもユウは涙をこぼしながらタケシに覆いかぶさる。 「へっへっ・・。お、お前のこと、」 タケシはいいところまでセリフを言って意識を無くした。 「タケシぃ~!!」 ユウがタケシに抱きついた。 そのまま顔を近づけ、唇をタケシの口に押し付ける。 2. 「はい、カット!! OKです!」 「ぷは~っ!!」 ユウ役の少女は唇を離して大きく息をついた。 「由布子ちゃん、キスシーンでぷは~はないんじゃない?」 タケシ役の俳優が不満気に言った。 「だっていつまでもカットがかからないんだもん。息が苦しくて」 由布子と呼ばれた少女が返事をした。 ここは先週クランクインした映画『大転換! ~高校生探偵 小江戸タケシの冒険~』のロケ現場だった。 タケシを演じるのは玉木翔一19歳。変身ヒーロードラマでお母さんたちの熱い視線を集める長身イケメン俳優である そしてユウを演じるのは人気絶頂のアイドル羽村由布子17歳であった。 「じゃあ、皆さんそのままで。シーン #022 行きますよー!!」 「はぁ~いっ」 地面に転がったままの女戦闘員たちが返事をした。 続くシーンでも彼女たちはそのまま倒れて背景を務めるのである。 玉木が立ち上がり、替わりにやってきた少女が同じ場所に横たわった。 少女の髪は肩までぎりぎり届くセミショート。 顔立ちは玉木に似ているが、身長は150センチほどしかない。 それでいて身長180センチの玉木と同じサイズの男子制服を着ているからだぶだぶである。 胸だけは大きく育っていてワイシャツを内側から大きく盛り上げていた。 スタイリストが走り寄って彼女のシャツのボタンを上から三つ外し、肩と胸の谷間をでろんと露出させる。 少女はノーブラであった。 「OKですーっ」 待機していた由布子が覆いかぶさり、さっき玉木に抱きついたのと同じポーズで少女と唇を合わせた。 「シーン #022 行きますっ。・・3、2、1、キュー!!」 少女は目を見開いて、素っ頓狂な声で叫んだ。 「うへ?」 ユウを突き飛ばして立ち上がる。 ガニマタで立ち尽くして自分の身体をあちこち叩く。 「うお~!! 何じゃあ、これは~!!!」 「え? 何? どうなってるの・・?」 隣で尻をついたユウも驚いて少女を見上げている。 カメラがぐっと引いて、画面の中央に少女とユウの後ろ姿、そして背景に倒れている女戦闘員たちを映した。 だぶだぶのズボンが少女の腰から落ちた。いわゆる裸ワイシャツである。 カメラが回り込んで少女を正面から映した。 せっかくの裸ワイシャツがいまいち色気に欠けるのは、彼女が男性用の縦縞ガラパンを穿いているからであろう。 少女は自分のシャツの胸元を覗き込み、それからガラパンの中に手を入れ、股間を大げさに擦って確かめた。 「な、ない~!!」 素っ頓狂な叫び声が荒地に響き、彼女は両手で自分の頭を抱えた。 そのままカメラが再び後方に回り込む。 びゅうっと風が吹き、ユウの髪と少女のシャツが揺れた。 風の中でガラパンがずり落ち、ぷりんとしたお尻が輝くのであった。 さて、もうお判りであろう。 タケシはユウとキスすることによって美少女に変身(性変換)したのである。 なぜ、このような事態が生じたのか? それはかつてタケシが悪の組織に潜入して捕まったときに飲まされた薬のためだった。 変身に要する時間はわずか0.5秒。 タケシは女性とキスすると一瞬で女体化する体質に���ってしまったのである。 元の男の体に戻るためには、今度は男性とキス、ではなく同じ女性ともう一度キス、でもなかった。 もちろん某有名アニメのように熱湯をかぶることでもなかった。 その方法が判らず、タケシはこの先続くドラマの中で苦悶することになる。 3. この日の撮影が終了した。 「葵ちゃ~ん♥」 女体化したタケシを演じた少女をユウ役の羽村由布子が追いかけた。 少女は玉木葵。中学3年生15才で玉木翔一の実の妹である。 男性のタケシとよく似た顔立ち、小柄でキュート、さらにはおっぱいも大きいという理想のキャスティングは血の繋がった妹ならではといえよう。 葵は今までドラマや舞台の子役が長くその演技力は高く評価されているが、兄の翔一ほどの知名度はなかった。 兄妹揃ってのダブル主演となるこの映画。 所属事務所としては絶対に成功させて、葵をブレークさせたいところである。 「葵ちゃん、お芝居上手ねぇ~」 「ありがとうございます」 「葵ちゃんとキスできて幸せだったよー」 「私も羽村さんと一緒にできて嬉しかったです」 「由布子ちゃんって呼んで欲しいなぁ」 「年上の人にそれはちょっと」 「あたしは全然気にしないよー。・・ね、今夜一緒にお風呂入らない?」 葵に猛チャージする由布子���ある。 彼女が男性よりも女性に嗜好があることはアイドル界では有名である。 「葵ちゃんっ、本当に可愛い! おっぱい触りたい! エッチしたい!!」 人目もはばからず大声で叫ぶ由布子に、周囲のスタッフは「またか」という顔をする。 今や女の子好きを公言する女性アイドルは珍しくないが、由布子はそれに加えてやたら下ネタを口走るのだった。 「ねっ。何じゃこれは~っ、のところ、もう一回やってくれない?」「はい?」 「お願い! あのシーンで葵ちゃんのこと本当にすごいって思ったんだもん」 「じゃ一回だけ、」「うん!」 葵は両足を肩幅に開けて立った。いたって無表情である。 大きく深呼吸すると、やおら大声で叫んだ。 「何じゃあっ、これは~!!!」 ガニマタになり、落ち着きなく自分の身体を触って確かめる。 「お、お、お、」 シャツを引っ張って胸元を覗く。その場でズボンを下ろし下着の中に手を入れて股間をまさぐる。 「な、ない~っ!!!」 両手で頭をかきむしった。 「・・本当はここでお尻を出しますが、それは許してください」 葵は静かに言って、ぺこりと頭を下げた。 ぱちぱちぱちっ。 いつの間にか集まっていたスタッフが拍手をした。 この子、やっぱりすごい! 兄貴よりスゴイんじゃないか。 ・・あれ、由布子ちゃんは? 由布子は興奮のあまり地面に転がって悶絶していた。 4. 『高校生探偵』の撮影は佳境を迎えていた。 この日はユウとタケシ(♀)の最大のピンチシーンである。 薄暗がりの廃工場。 「ほぉー、ほっ、ほっ」 悪の組織の女幹部ミゼラブルが高笑いした。 相も変わらず肌を見せまくる露出狂的コスチュームである。 前回、タケシ(♂)の攻撃によって吹き飛ばされた乳爪ブラはより進化していた。 乳爪は一回り大きくなって先端から怪光線を発射可能である。 この光線を浴びた一般市民は男も女も悪の組織『ZZ』の戦闘員に変身してしまうのだ。 そして最大の目玉は『たゆんぱー』と呼ばれる新ギミックである。 小型の油圧機構によって戦闘中でなくても自動的にブラを振動させ巨乳を「たゆゆん」と揺らすのだ。 もちろんスタッフが離れたところからリモートで動かすことも可能である。 意図せず突然胸が「たゆゆん」するので腰が立たなくなり、慣れるまで1週間かかったと着用している本人がブログで告白したほどである。 説明が長くなったが、このようにパワーアップした敵によってユウとタケシ(♀)は捕られの身になっていた。 ユウは縄で後ろ手に縛られ、クレーンで高さ3メートルに吊られていた。 衣装は水色のミニスカワンピ。 空中で必死にもがくその姿をカメラがパンチラしない絶妙な角度で映している。 ちなみにユウ役の羽村由布子は衣装の下に着けたボディハーネスにワイヤーを掛けて吊られている。 両腕は縛られているが、体重はハーネスで受けるので苦痛はまったくないのだ。 「ユウを開放しろ!!」 タケシ(♀)が叫んだ。 衣装はユウから借りたという設定のジーンズとボーダー柄のTシャツである。 彼女は頭の上で縛られた手首を高く吊られ、爪先だけが床に届く状態で立っていた。 なおこの拘束にトリックはなかった。 スタッフからはハーネス使用の提案があったものの、タケシ(♀)役の玉木葵はガチで吊られることを希望したのである、 「ほぉー、ほっ、ほっ、・・はぅっ」 再び笑うミゼラブルの声が途中で途絶えた。 彼女の巨乳が突然「たゆゆん たゆゆん」といささか不自然に揺れたためである。 どうして不自然だったかというと、それは左右の乳房が逆の方向に揺れたからである。 どうでもいいことだがこれを乳房振動の位相が逆転しているいう。 まったく驚くべき『たゆんぱー』の能力であった。 ミゼラブルは眉間にシワを寄せながら、揺れまくる自らの乳房に何とか耐えた。 「はぁ、はぁ、高校生探偵もこれで終わりね」 「俺は絶対に負けないっ」 「女になったあなたに何ができるのかしら?」 タケシ(♀)のジーンズが地面に落ちた。 ミゼラブルが脱がせたのである。再びの裸ワイシャツならぬ裸Tシャツ! 「うふふ♥ 猫みたいに可愛いわ」 ミゼラブルはタケシ(♀)のシャツの裾を両手で掴んだ。 びりびり!! シャツが左右に裂けて開き、胸の谷間と下乳が現れた! 例によってタケシ(♀)はノーブラだった。 さあ、いよいよタケシ(♀)の被虐シーン。この映画一番の見せ場である。 哀れな少年いや少女を魔の手が襲う! ちなみに後日配信された動画では、この瞬間の一時停止率が98%に達した。 皆がタケシ(♂)いや葵の乳房を凝視したことはデータから明白である。 しかし破れたシャツとミゼラブルの手の位置が絶妙で、いくら目をこらして見ても乳首はおろかピンク色の片鱗すら分からないのであった。 わずか数秒のおっぱいシーン編集のために数十人のスタッフが心血を注いだという事実。 ああ、またどうでもよいことを説明してしまった。 タケシ(♀)の被虐シーンに戻ろう。 ミゼラブルはにやぁ~っと笑った。 ・・ごめんね葵ちゃん。 小さな声で謝ると両手でタケシ(♀)いや葵の胸を鷲掴みにした。 柔らかい乳房に食い込む指が大写しになる。 「ひ」 一瞬恐怖の表情を浮かべるタケシ(♀)。 構わずミゼラブルはその胸を揉み上げた!! 「うわああああっ」 小さな身体が跳ねた。 ショーツ1枚の下半身が暴れ、2本の足が宙を蹴る。 完全に両手吊りの状態である。 10秒、20秒。 ミゼラブルの攻撃は止まらない。 葵は苦悶の表情で叫びながら、罠に掛かった小動物のように激しく暴れ続けた。 手首に食い込む縄が痛々しい。 誰もが息をのむ迫真の演技だった。 5. 「カーットォ!!」 「映像チェックしますっ。そのまま待機して」 葵が動きを止めた。膝を折ってぐったりと縄に体重を預けた。 その身体をミゼラブルが抱きしめる。 「はい、OK!! 休憩に入りまーすっ」 スタッフが駆け寄って縄を解いた。 床に座り込んだ葵を毛布で包み、同時に医療スタッフが手首の状態を確認する。 「あたしも葵ちゃんを抱きたーい!」 由布子が空中で叫んでいるが構う者はいない。 次のシーンでもユウの拘束は続くので、由布子は休憩中も縛られたままで置かれるのだ。 「玉木翔一さん、入りまーす」 スタンバイしていた翔一が入って来た。 楽屋に下がる葵の頭をぽんと叩いて労う。 ここから先はタケシ(♂)が華麗に活躍するシーンである。 葵が責められていた場所に今度は翔一が立った。 その手にスタッフが縄を掛ける。 「オッケーでーす!」 「シーン #257 行きまーす。・・3、2、1、キュー!!」 ミゼラブルは目をむいた。 タケシの身長が伸びて20センチヒールの自分と並んでいた。 「あ、あなた、いったい・・」 「へへっ、覚悟しろよ」 タケシ(♂)は腕に力を込めて手首の縄を引きちぎった。 破れたシャツを脱ぎ捨てると、両手を広げてジムで鍛え上げた筋肉を見せつける。 完全に男性の肉体であった。 さて、もうお判りであろう。 女体化したタケシが男に戻る手段は胸を揉まれることであった。 それも軽く触る程度では効果なく、ぐいぐいと激しく揉み込むことが必要なのである。 なお、この設定は主人公の肉体を復元する最も効果的な手段として、原作者と構成作家が議論を重ねた結果決められたものである。 安直過ぎるとの批判があることは承知しているが、決して手抜きではないのである。 まして葵ちゃんのおっぱいを見たいとか揉みたいとか、そのような願望を抱いたことは断じてないと強調しておきたい。 タケシはミゼラブルに背を向けて地面に落ちたジーンズに足を通した。 ここでどうしてジーンズを穿くかというと、男が女モノのショーツ1枚で立ち回ると変態に見えるためである。 その辺りはミゼラブルもよく理解していて、彼の着替えの間に攻撃するような無粋なマネはしないのであった。 「へっ。待たせたな」 準備が整うと、タケシは空手の構えを取ってミゼラブルに向き合った。 上半身裸で下半身はジーンズ。 小柄な葵が穿いていたジーンズのはずなのに何故か長身の彼にぴったりなのは、気がついてはいけないお約束である。 「今度こそ決着をつけてあげるわ!」 ミゼラブルが手に持ったムチをぴしりと打ちながら言った。 タケシとミゼラブルの戦闘シーンが始まった。 ミゼラブルがムチを振るうとタケシは得意のバク転でかわした。 タケシがキックを放つとミゼラブルはしなやかに上半身を反らしてかわす。 ヒーロードラマでお馴染み、別撮りのジャンプ映像もふんだんに挿入される。 高く飛んで前転するタケシ。 180度開脚しながらコマのように回転するミゼラブル。 セクシーな肉体を見せつけように繰り出すミゼラブルの柔軟ポーズが光っていた。 さすがは悪の組織の女幹部。 映画を見る観客は彼女がただのお色気キャラではないことを知るのだ。 戦う二人の背後に高く吊られたユウが映る。 華麗な戦闘の背景に囚われの美少女。これもまたヒーローものにおけるお約束の構図といえよう。 「負けないでっ、タケシ!」 ユウが叫んだ。 任せろっといわんばかりに笑みを返すタケシ。 ミゼラブルの目が光った。隙あり! 彼女がムチを打とうと振りかぶったその瞬間、タケシが地面ぎりぎりに旋風キックを放った。 タケシはわざと隙を作って誘ったのである。 軸足を���られてバランスを崩すミゼラブル。 すかさずタケシが落ちたムチを拾う。それはするすると伸びてミゼラブルの身体に巻き付いた! 一瞬の神業だった。 タケシの手に渡った瞬間、ムチが長く伸びたのである。 いったいどんな技なのか。その詳細が語られることは永遠になかった。 説明を考えるのが面倒くさかったからである。 「へへっ」 全身に鞭が巻き付いて転がったミゼラブルの尻に足を乗ると、タケシは親指で鼻の下を擦った。 「お仕置きは受けてもらうぞ」 悪人のようにほくそ笑むタケシであった。 ・・フォン、フォン、フォン。 クライマックスのお約束、警察の到着シーン。 撮影費を節約するためパトカーの絵は省略され、駆け込んでくるエキストラの警官だけが映し出された。 そこにタケシとユウの姿はなく、一人ミゼラブルが縄でがんじがらめに縛られ天井から吊られて喘いでいた。 「ん、んんっ、んあぁっ・・!!」 聞く者をぞくぞくさせる声が響いている。 とても高校生によるとは思えないマニアックな緊縛であった。 実はこの緊縛はプロによる作品である。 わざわざ招いた超有名縄師がミゼラブル役の女優を3時間以上も掛けて徹底的に縛り上げた大作なのだ。 上半身は肩甲骨の後ろで高手小手縛り。 胸縄と右の太ももだけで吊られる女体は、口に噛ませた縄と右足首がわずか20センチの距離で連結されている。 よく見ると右のブーツの先端が後頭部に突き当たっていて、彼女はその足をわずかに動かすこともできないのだった。 左足は膝で折った状態で縛られ、その膝頭から伸びる縄は床に置いたコンクリートブロックに強い張力で繋がっていた。 彼女を縛るのは身動きの自由を奪う縄だけではない。 股縄、亀甲縄、乳房絞り縄と肌に食い込む細工がまるで工芸品のように女体を覆っているのだった。 悪の組織の女幹部の緊縛作品。 正にファン垂涎の逸品である。 そのあまりの美しさに、スタッフや他の出演者も驚愕し全員で記念写真を撮ったのは映画公開後に明かされたエピソードだった。 6. 映画『大転換! ~高校生探偵 小江戸タケシの冒険~』はこの後若干の後日談が描かれる。 タケシの女体化は日常の出来事になり、その度にユウが胸を揉んで男性に戻すのであった。 大好きな葵の乳房を揉めると知って由布子が狂喜乱舞したのは言うまでもない。 7. [おまけ・その後のミゼラブル様] 映画は全年齢対象で公開され、初日だけで観客30万人を動員した。 公開後に最も注目を集めたのは、玉木翔一でも妹の葵でもなくミゼラブルを演じた女優24歳だった。 そのセクシーな肉体と美貌が人目を引くが、実は空手の有段者で趣味はボルダリングと水泳という彼女。 器械体操とダンスも得意で、ミゼラブル役のオーディションではスタンフルツイフト(ひねりをつけた助走なしバク転)をやってのけたスポーツウーマンなのである。 女優としてはアクションだけでなくヌードもベッドシーンもOK。 16のとき、某サブカルホラー映画で生きたまま胴体を切断される女子高生を演じたのはコアなマニアの間では有名である。 インタビューで「あぁっはっはっ」と豪快に笑う姿や、天然トーク(得意な料理は「腕まくり」、大阪城を「あれお寺じゃないんですか」などと発言)も話題になった。 緊縛シーンの感想を問われたときは「切ないです。女ですから」と言い切り、男性ファンだけでなく女性ファンの共感も得て一気にブレークしたのだった。 ネットでは『ミゼラブル様』と呼ばれ、ドラマやコマーシャルの出演オファーも殺到。 ついには高校生探偵のスピンアウト映画『ミゼラブルの修行の日々』の製作が決定し、主演女優の座を射止めたのであった。 「・・ヘアヌードを撮ったぁ!?」 彼女のマネージャーが叫んだ。 「はい♥、週間〇△さんのグラビアで。ダメでしたか?」 「ダメに決まってるだろ、事務所の知らないところでヘアヌードなんて」 「わたしは全然構わないんですけど。どんなお仕事も断らないって方針だし」 「苦節5年やっとブレークしたんだぞ? そんな方��は当然撤回だよっ」 「じゃ、あれもまずかったかな?」 「まだ何かやったの!?」 「はい。Takenoko さんのモデルを」 Takenoko とは映画で彼女を緊縛した超有名縄師である。 「緊縛モデル? まさか全裸で!?」 「はい、そのまさかですよー。責め縄っていうの受けました。ほら三角木馬ってあるでしょ? あれ本当にお股の間で受けるんですよ。もうマジに裂けそうで、あっはっは」 マネージャーは頭を抱えた。彼女のプロモート計画が台無しである。 「その週刊誌っていつ発売?」 「今週の木曜日。あ、明日ですね!」 「・・緊縛は」 「Takenoko さんのサイトで本日公開。ちょっとバズってるみたい」 「げ」 慌てて SNS を開く。トレンドに『ミゼラブル様責め縄』が上がっていた。 「うわぁ~っ!!!」 「いやぁ、わたしもびっくりです。あぁっはっはっ」
~登場人物紹介~ 玉木翔一(たまきしょういち):19歳 映画『高校生探偵』小江戸タケシ(男)役。 玉木葵 (たまきあおい):15歳 翔一の妹。小江戸タケシ(女)役。 羽村由布子(はむらゆうこ): 17歳 神木ユウ役。葵のことが好き。 ミゼラブル役の女優さん: 24歳 スポーツ万能で天然なお姉さん。 放置メモのレスキュー第3弾。 男性ヒーローが女体化してしまう実写ドラマを、男性と女性の俳優がダブルキャストで演じるお話です。(ややこしい) 元々は映画ではなく、中学生縄師のようなテレビドラマを2~3話やるつもりで書き始めていました。 ヒーローは何度も女体化し、その度にピンチに陥ります。酷い目に合うのはもちろん女体化役の女優さんで、裸にされたり縛られたり、敵の女幹部から胸を揉まれたり^^。 ちなみに女体化したヒーローが男に戻る方法は胸を揉まれることではなく○○二ーすることでした。 しょうもない設定はいろいろ考えましたが、案の定続けることができず中断して放置。 このレスキュー版ではミゼラブル(とミゼラブル役の女優さん)に頼って強引に完結させました。 最後の章で、この女優さんの天然トークは綾〇はるかさんのトークを取り込ませてもらいました。 イラストはフリーのポーズ集に頼って描きました。ミゼラブル様のおっぱい、まだまだ大きさが足りないと反省。 さてこれで放置メモのレスキュー版シリーズは終わりです。 他にも放置中のメモはごまんとありますので再びレスキューするかもしません。 なお次回の更新ではレスキュー版ではなく、完全新作を投稿できるように頑張ります。 これからも程々にお付き合いくだされば幸いです。 ありがとうございました。 [2023.8.10 追記] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
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街の看板娘
1. 夏の朝。 行き交う人もまだ少ないアーケード街。開店前の洋菓子店の前。 作業服を着た女性が何かを組み立てている。 コンクリートブロックとコンパネ板を敷いて台を作り、その上に人の背より少し高いパネルを立てた。 パネルには『街の洋菓子屋さん いらっしゃいませ』の文字が見えた。 どうやら洋菓子店のウェルカム看板のようだ。 「ヨシ!」 作業服の女性はパネルの取り付けを確認すると小さく喚呼する。 少し離れたところに衣装とお化粧を整えた少女が待っていた。 衣装はノースリーブのピンクウェイトレス。下町の商店街ではなかなか人目を引く恰好といえよう。 「アケミちゃん」 作業服の女性は振り返って少女を呼んだ。 「おいで。カラダ、つけよう」「はいっ」 少女を台に立たせ、パネルを背にして右手を横に伸ばす姿勢を取らせた。 立ち位置とポーズを細かく修正して、パネルに開いた小穴の位置に少女の手足がぴったり合うようにした。 「ヨシ!」 ポーズが決まったら次は資材かばんからタイラップ(結束バンド)の束を出す。 その一本を少女の右の手首に当てて背後の小穴に通した。 同じように右の肘の上と下、左手首、お腹、そして足首にもタイラップを掛けて小穴に通す。 パネルの反対側に回り、全部のタイラップを引き絞ってきつめに締め、余分な端をニッパーで切り落とした。 少女の身体がしっかり固定されていることを確認する。 「ヨシ!」 「・・松子さん」「ん?」 「いえ、何でもないです」 「恥ずかしい?」 「・・はい」 「それでいいんだよ」 松子と呼ばれた作業員は笑って少女の頭をぽんと叩いた。 少女も微笑みを返すが、彼女はもう動けない。 可愛いウェイトレスがお客様を招き入れる等身大の立看板が出来上がった。 今日、少女は洋菓子店の店頭で看板娘として働くのである。

洋菓子店オーナーの女性が店の奥から出てきた。 「あら素敵。可愛いじゃない」 「OKですね。ではここにサインを」 松子は書類を受け取り、散らかった工具類をさっと片づけた。 「・・19時に回収に来ます。毎時1回の水分補給は忘れずにお願いしますね」 「任せてちょうだい」「では私はそろそろ」 「ねぇ太川さん、」 「私のことは名前で呼んでもらっていいですよ」 「じゃあ、松子さん」「はい」 「もしかしてこの子、新人さんかしら?」「分かりますか」 「顔赤らめてるじゃない。こんな初々しい子、初めてだわ」 「恐れ入りいます。バイトの高校生なんです」 「高校生? あたし大好きよ、若い子♥」 「よく鍛えてやってください」 「うふふ、まかせて。・・気に入ったら次もカグラ工芸さんにお願いするわ」 女性オーナーはウインクした。 あらら、アケミちゃん弄られちゃうかな? 松子は思った。思ったけど何も言わなかった。 看板業界も競争が激しいのだ。 ここはお馴染みさんになってもらうチャンス。アケミちゃんには頑張ってもらいましょ。 ふと視線を感じてそちら見ると、看板と一体になったアケミがこわばった笑顔で助けを求めるように松子を見ていた。 ホントだね。初々しい。 松子はくすりと笑うと、アケミをオーナーに引き渡し、停めていた会社のハイエースで次の現場に向かうのであった。 2. 店頭の立看板からビルの大型看板。 さまざまな看板に若い女性を取り付けてアピールする『看板娘』は今や街の風景になくてはならないものになっていた。 ふと目があった看板娘からにっこり微笑みかけられてドキドキした経験は誰にでもあるだろう。 SNSや動画サイトでは街の看板娘が次々と紹介され、人気を集めてアイドルデビューした女の子もいるほどである。 当然、看板娘は女性にも人気が高い。 全国小学生女子の将来なりたい職業4年連続ベスト3。中学や高校の看娘(かんむす)クラブは看板娘に憧れる女の子たちが集まって、看板体験やオリジナル看板娘の製作、あるいは全国看娘大会を目指して頑張っているのだった。 カグラ工芸こと神楽坂工芸社は、看板・照明の設計施工を請け負う設備会社である。 ここ数年の売り上げ頭はもちろん看板娘。 太川松子(たがわまつこ)はカグラ工芸勤続10年のベテラン主任である。 今まで納めた看板娘はキュートからセクシーまで1000体以上。 お客様の絶大な信頼を得ているのであった。 3. 国道沿いに建つ衣料品店『ファッションセンターしまくら』。 松子の運転するハイエースが駐車場に入って来た。待ち兼ねていた男性マネージャーが駆け寄る。 「松子ちゃん、悪い!」 「あのね林くん。長年お付き合いの『しまくら』さんでも本当は前日の依頼なんて受けられないのよ?」 車から降りてきた松子が言った。 この男性マネージャーとは彼が赴任してきた5年前からの付き合いである、 松子は自分より年長で独身の林を「くん」づけで呼ぶのであった。 「だから悪いって謝ってるの。本社指示来たのが昨日の朝なんだよ。これ、看板に貼る上物」 林は巻物を広げて見せる。 急いで作らせたらしいそれには『夏物一掃 売り切り半額セール!! 8月20日から』と印刷されていた。 「8月20日って今日じゃない」 「そう。ホームページだけ更新したけど、後は事前告知も新聞折り込みも何もしてない。もうお宅の看板娘に頼るしかないだろ?」 「仕方ないわねぇ。で、場所はどこよ?」「ここだよ、駐車場」 「何考えてるのっ。モロ直射日光じゃない!!」 松子は文句を言いながらもハイエースから機材を引き出した。 「そっち持って」「おれも手伝うの?」 「ったり前でしょ。男性なら黙って手伝いなさい」 二人で装置を組み立てる。 それは高さ1メートル、直径1.5メートルほどの回転台だった。 中心に立てた看板パネルがくるくる回る仕掛けである。 パネルは表と裏の両面に看板娘を二人取り付けられるが、今日は片側に一人だけだ。 「ヨシ、できた」「女の子は?」 松子は作業服を脱ぎTシャツ姿になった。頭の後ろで無造作に括っていた髪を解く。 「速攻で着替えるから15分待って。衣装はショーパンビキニだよね」 「まさか」「何よ」 「松子ちゃんがやるの!?」「私じゃ不満!?」 「い、いえ、決してそのようなことは」「ならヨシ!」 松子はにっこり笑った。 「若くて可愛い女の子はご用意できませんでした。こんなオバサンが看板娘を務めますがご了承くださいませ」 4. 30分後。 回転台の上にいる松子。その足元で林が何かをさせられて��る。 「これ?」 「違うっ。足首はそっちのピンクのタイラップ! バカあんま肌を触るな日焼け止めが落ちるだろーがっ」 「煩いなぁ、手伝ってあげてるんだぞ?」 「何よその文句。せっかく女の子縛らせてあげてんだから素直にできないの?」 「あのね、女の子って、さっき自分でオバサンって言ったじゃないか」 「あれはケンソンしたの! ほれ見なさい、これがおばさんの脚!?」 松子は先ほどまで作業服姿から、ローライズのショートパンツにビキニのブラ、その上に丈の短いパーカーを羽織るスタイルに変身していた。 すらりと伸びた松子の生脚は他の看板娘たちに負けず劣らず美しかった。 「む」 林は黙り込む。 「わははっ。脚なんてめったに見せてあげないんだから感謝しなさい」 「松子ちゃん、今いくつ」「あんた女に歳聞く?」 「えーっと、最初に会ったときは23で、あれから4年だっけ5年だっけ。おれ計算苦手なんだ」 「・・誰にも言うなよ」「神に誓って」「29」 「とてもアラサーには見えないな。見直したよ松子ちゃん」 「んな目で見るな。これでも人並に恥ずかしいんだぞ」 手首にリストバンドを巻き、その上からタイラップで縛る。 「構わないからきつく絞めて。んでもって吊り上げて」 「痛くない?」「この方が楽なの」 松子は手首を頭の上で交差させ、のびやかにストレッチしているようなポーズをとっている。 足元は15センチのハイヒール。 これを履いてポーズを維持するのは大変なので、あえて手首を吊り気味にしてヒールの踵にかかる体重を減らすのである。 「ふむ・・、ヨシ!」 自分の拘束を目で確認すると、松子は林にOKを出した。 「んじゃ、後は林くんに命預けるわ」 「いつでも助けるから。無理しちゃダメだよ、松子ちゃん」 「ありがと! ね、近くに寄って私の瞳を見てくれる」 「こう?」 言われた通り林が顔を近づけると、松子はすかさず顔を被せて彼の唇にキスをした。 「え」「わははは。感謝のキモチだよ!」 5. さらに1時間後。 国道に面した駐車場の片隅で夏物半額セールの看板娘がゆっくり回転していた。 派手な蛍光ピンクのパーカーの下には同じ色のビキニブラが見えている。 その下は細くくびれた腰におへそ。紺のショートパンツから伸びる長い脚とハイヒール。 黒のキャップ、サングラス、そして弾けるような笑顔。 その姿は行き交う車からもはっきり見えた。 『しまくら』の看板娘がイイ!! SNSに画像が上がり、程なく松子の周囲にはスマホを構える人の輪ができた。 同期して衣料品の売り上げも急増する。 夏物一掃半額セールの初日、販売成績は目標の倍を達成したのであった。 6. ここは神楽坂工芸社の本社事務所。 「ありがとうございます、看板照明のカグラ工芸ですっ」 社長の神楽坂花音(かぐらざかかのん)が電話を取った。 「看板娘ですか? はいっ、立看吊看壁面設置何でも承ります。女の子もレンタルしますか? それとも御社でご準備」 どうやら看板娘の注文が入ったようだ。 「うーっす」 ドアが開いて松子が高校生バイトのアケミを連れて帰って来た。 松子は『しまくら』の仕事が済んで現場を撤収、その後洋菓子店で看板娘になっていたアケミを回収して来たのである。 アケミはあのオーナーからずいぶん気に入られて、また来て欲しいと頼まれていた。 リピート客ゲットである。 「初めての看板娘あるある」といえる「ちょっぴり切ない時間」も何とか耐えきることができて、まずはめでたしであった。 松子は明日も『しまくら』で看板になる契約だった。 仕事上の関係とはいえ、マネージャーの林と相性がいいのは分かっていた。 そもそも男嫌いの自分が彼に拘束されるのは不思議と嬉しいのである。 今日は柄にもなくキスまでしてしまった。 ただの感謝の印なんだけど、誤解されたりしてないよね。 もちろん誤解されているし、実は食事に誘われたりしているのだが、鈍感な松子はそれがどういう意味か理解していないのであった。 「えーっ、いくら何でもそれは無理ですぅ」花音が受話器に向かって叫んだ。 「・・社長さんって可愛いですね、名前も『かのん』だし」アケミが小さな声で言った。 「・・あれで50近いんだからねぇ」松子も応えて笑う。 「何だか松子さんの方がおばさんみたい。あ、ごめんなさ~いっ」 松子は黙ってアケミの頭を拳骨でぐりぐりした。次は吊り看板にして高いとこから吊るしてやる。 「ま、まっちゃん、クレームなのぉ~」電話を切った花音が情けない声で言った。 「どうしたんですか?」 「先月フジコちゃんが雲島のほうで看板娘やったでしょ?」「ああ、バニークラブでしたね」 「そう。先方であのときの動画をサイトに載せようとしたら、お店の名前が違っててぇ」「え」 花音は事務所のモニタに看板娘の動画を映した。 シャンデリアのある豪華な店内。 大理石の壁に金色の大きな額縁がかかり、その中に赤いバニーガールが身体をくねらせたポーズで浮かんでいた。 むっちり大きなヒップに巨乳。肉感的でセクシーな美女である。 彼女は額縁の四隅から細いワイヤで空中に固定されていた。 手足は拘束されていないので、ときおりポーズを変え、その度に目を細めて妖しく微笑むのであった。 「こんな色っぽいお仕事もあるんですねぇ。・・うわぁ、ハイレグすごっ」アケミがモニタを見て喜んだ。 「実はわたし女の子の鼠径(そけい)部に萌えるんですー」「フェチねぇ」 「・・分かった。タトゥだ」松子はバニーの胸を指さした。 むにゅっと盛り上がってこぼれそうな乳房にタトゥシールが貼られている。 白い肌にくっきりと『KUMOSHIMA-BUNNY CRAB』の文字が読み取れた。 「クラブの綴りが違う。これじゃカニだわ」 「そーなの。うっかりしちゃって。笑うでしょー?」 「笑いごとじゃないです!」 看板の誤記は重大な瑕疵(かし)である。 「それでいったいどーするんですか?」 「明日朝一番、向こうのお店で撮り直すことになったの」「明日?」 「タトゥシールくらいすぐに作れるわ。問題は雲島まで行ける子がいないってことなのよぉ」 「フジコちゃんは?」「どこかヨーロッパのお城に侵入して人には言えないお仕事中だって」 「ということは・・」 「にゃあ~ん♥」 社長は首を傾けて右手を猫のように曲げた。これは無茶振りをするときのポーズだ。 「行ってくれない? まっつこちゃ~ん」 「私、明日は別の現場が」 「『しまくら』でしょ? アケミちゃんが行けるんじゃない?」 「お仕事ですか? やりたいです!」 あー、もう。仕方ないなぁ。 「分かりました。雲島へは私が行きます」 「ありがとーっ、うだうだ言わないで引き受けてくれるまっちゃん、大好きよ~!!」 「松子さんバニーするんですか? 鼠径部の写真送ってくださいね」 林の顔が浮かんだ。 ごめん明日は行けなくなったよ。 代わりに可愛い女子高生が看板娘になるから我慢しておくれ。 ショートパンツにビキニブラで回転するアケミを想像した。 手首を高く吊られてぴんと伸びる身体。10代の瑞々しい肢体。 やっぱり看板娘は若い子がいいよね。まして水着だし。 野次馬の数、今日の倍はいくだろうな。 ちょっと悔しい。 きっとアイツも喜ぶな。鼻の下でろーんって伸ばすぞ。 すごく悔しい。 松子は自分でも分からないモヤモヤした気持ちになる。 それは明らかに若いアケミへの嫉妬と林への好意が原因な訳だが、鈍感な松子は自分の気持ちを理解していないのであった。 「アケミちゃん!」 とりあえず忠告することにした。 「明日行ったらね、向こうのマネージャーが出てくるけど優しく相手しなくていいからね」 「はい?」 「それからね、看板娘やってるアケミちゃん見て、可愛いとか色っぽいとか言ってくるかもしれないけど、真に受けちゃ駄目よ」 「何言ってるんですか? 松子さん」 「あとね、あとね、間違っても彼のこと誘惑しちゃ駄目だからね。許さないからね。そりゃ 32 のおじさん誘惑しようなんて思わないだろうけど、若いアケミちゃんが相手だったら簡単にコロリしちゃうヤローだから」 「社長さん、松子さんが変です」「ときどきあるのよ、気にしないで」 「アイツはね、女の子の脚見てほめるんだけど、妙にほめ方が上手なのよ。嬉しくなっちゃうのよ。それに優しくしてくれるから、ついつい舞い上がったりするのよ。だからってその気になったら悲しむのは女の方なんだから。いい?」 もはやノロけているのと同じだが、延々と忠告を続ける松子であった。
~登場人物紹介~ 太川松子(たがわまつこ): 29歳。神楽坂工芸社のベテラン主任。仕事はきっちり「ヨシ!」 アケミ : 17歳。アルバイトの高校生。 洋菓子店の女性オーナー: 40歳くらい。若い子が好き。 林 : 32歳。『ファッションセンターしまくら』マネージャー。松子と仕事の付き合いが長い。 神楽坂花音(かぐらざかかのん): 48歳。神楽坂工芸社社長。うっかり者らしい。 フジコ : 謎のバニー看板娘。 放置メモのレスキュー短編、二つ目です。 「看板娘=女の子を看板にしてしまう」はときどき見るネタですね。 一般には、女性を看板に拘束して苦辱あるいはマゾ的な快感に浸らせその姿を楽しむ、というパターンが多いのではないかと思います。 このお話では看板娘を嗜虐行為ではなくあくまで本来の看板として扱い、女性本人も看板になるのを楽しんでいることにしました。 何となくキョートサプライズ(KS)の世界と似ている気がしますが作者が同じなのでお許しください。 松子の性格が支離滅裂なのは、もっと長くなるつもりのお話を無理矢理終わらせたためです。 初期の構想ではカグラ工芸には男性の社長がいて、花音さんはその奥さんで副社長でした。 バニー看板のフジコちゃんも本当は別の名前でメインキャラの一人にするつもりだったのですよ。 お話を短く端折ったので花音さんは社長になりカグラ工芸は女ばかり。ますますKSに似てしまいました^^。 カグラ工芸の話はこれで終わりですが、看板娘はまたどこかで再登場できたらいいなと思っています。 さて女の子を長時間看板にするにあたっては大きな問題があります。そう、トイレ問題です。 実はトイレ問題をどうするか、あれこれ策を考えましたが諦めました。 途中交代とか休憩はやりたくない。おむつなんて絶対につけさせたくない。かといってお漏らしさせたら看板娘に憧れる女の子がいなくなってしまいます。 という訳で、皆さま、ご安心ください(笑)。 この世界の女の子はどの子も驚異の括約筋の持ち主で、その上膀胱炎になんか絶対にならないんですよー。 次回はヒーローもの?をやります。 ありがとうございました。 [2023.8.10 追記] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
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ワンマンバス
幼いときに不思議でしかたなかったこと、って誰にでもありますよね。 私にとってそれはそれはワンマンバスの車内アナウンスでした。 バスの行先や次の停留所を案内してくれる、あの女の人の声。 その声の人がどこにいるのか、気になって仕方なかったのです。 電車の車内放送だったら一番後ろの車掌室に車掌さんがいます。 でもワンマンバスには運転手さんしかいない。 運転手さんは喋らないし、たまに喋っても男の人の声ですよね。 アナウンスの女の人はどこにいるんだろう? お母さんに連れられてバスに乗るたびに、声の主を探しました。 本当のことを知ったのは小学校3年生になったときでした。 それ以来、私はバスのアナウンスのお仕事をしたいと思うようになりました。 ・・ 「次は終点、天晴中央駅前、天晴中央駅前です。どなたもお忘れ物のないようご注意ください」 いつものように車内アナウンスが流れて、バスは終点の駅前バスターミナルに着きました。 「市民病院へ行くのは、どのバスですかの」 お婆さんが運転手さんに尋ねました。乗り換えの質問です。 「ああ、病院でしたらそこの3番乗り場から出るバスに乗ってください。次の時間は・・」 運転手さんはお婆さんに答えながら、頭上のモニタカメラに視線を向けます。 「次の市民病院行きは10時45分です。ゆっくり歩いて間に合いますよ。今日は雨で足元が濡れてますから気をつけてくださいね、お婆ちゃん」 アナウンスの女性の声が答えました。 はきはきしていて、気持ちのいい声です。 お婆さんはお礼を言って降りていったのでした。 ・・ 車庫に戻ったバスから運転手さんが降りてました。 バスの左側、後ろのタイヤのすぐ前に『放送室』と記された蓋がありました。 縦30センチ、横40センチほどの四角い蓋です。真ん中には鍵穴。 ポケットから出したキーで解錠すると鉄の蓋がぱかんと跳ね上がって開きました。 開いた中には靴底のようなモノが見えました。ローヒールのパンプスです。 どうやら誰かが仰向けに寝ているようですね。 運転手さんは腰を屈めて両手を差し込むと、後ろに下がりながら中身を引き出しました。 がらがら。 引き出しのようにベッドが出てきて、そこに若い女性が寝ていました。 バス会社の車掌の制服を着て、手にはバスの運行表を持っています。 車掌さん? ワンマンバスじゃなかったの!? 何も知らない人が見たら不思議に思うかもしれませんね。


「ご苦労さん!」「お疲れ様でした~」 運転手さんが車掌さんの拘束を外します。 よく見ると彼女は膝と腰、肩をベッドにストラップで固定されているのでした。 ストラップを解いてもらって自由になると、にこにこ笑いながら起き上ります。 くりんとした大きな目が可愛い女の子でした。 「さっき跳ねましたよね。もみじ1丁目と2丁目の間で」 「ああ、道路工事で段差があったな。・・もしかしてどこかぶつけた?」 「おでこ打っちゃいました。ほら、たんこぶ」 「うわ、ごめん!」「大丈夫。たんこぶだけです」 「会社には内緒にしてくれるかい?」 「夕食おごってくれたら黙ってますよ~♪」 この女の子が車内放送担当の車掌さんです。 高卒で車掌になって2年目の19才。 運行中はずっと放送室にいるのでお客様の目には触れません。 美人さんなのに、ちょっともったいないですね。 何はともあれ、彼女が仕事をする放送室はバスの床下にあって、コンパクトな放送設備がついています。 『室』と呼んではいても実は棺桶みたいな箱なので、ずっと寝たままでアナウンスのお仕事をするのです。 放送室の蓋はバスが車庫を出るときと帰ってきたときだけ、運転手さんが開けてくれます。 危険防止のため非常時以外に外へ出るのは禁止です。 閉所恐怖症の人にはちょっと厳しい職場かもしれませんね。 放送室に窓はありませんが、車内と外の様子はモニタの画面で見られるので困ることはありません。 昔モニタがなかった時代は運転士さんとのブザーオペレーションで運行していたそうです。 ブザーの音だけを頼りにアナウンスするなんて、先輩の車掌さんたちはすごかったんだなと思います。 放送室にいる車掌さんにとって一番の問題は、バスが急に揺れたり急ブレーキを踏んだときです。 油断していると、転がってしまったり、さっきの会話のように天井におでこをぶつけたりするのです。 ベッドに身体を固定するのは安全のための規則なのです。 さっきは3か所しかストラップを掛けていませんでしたが、本当は足首と膝、腰、肩、そして額をすべてしっかり拘束しなければなりません。 車掌さんの身体を固定するのは運転手さんの責任です。 でも慌ただしい出庫時に手間のかかる作業は面倒なのと、なにより若い女の子をきつく拘束するのは可哀想なので、つい手抜きして簡単な拘束でバスを走らせてしまうのです。 一緒に乗務した彼女にたんこぶを作らせてしまった。 運転手さんは申し訳なく思うのでした。 このバス会社では運転手さんと車掌さんは決まったペアで行程を組んでいます。 ペアの相手、この明るくて可愛い車掌さんに運転手さんは好意を抱いてました。 ・・・ 「いただきまーす!」 ここはラーメン屋さんです。 仕事帰りの運転手さんと車掌さんがカウンター席に並んで座っていました。 二人とも明日は非番ですから居酒屋で乾杯でもしたいところですが、二十歳前の彼女にアルコールは禁止でした。 飲酒にはうるさい業界で働く二人です。 「今日、悪かったね」 「いいんです。私こそ、しっかり身体固定してなくてごめんなさい」 「それは俺のセリフだよ」 「次の乗務からは、しっかり拘束お願いします」 「分かった。平気でいられる?」 「それ、どういう意味ですか」「いや、だから」 「仕事ですから、ご想像しているようなことはありませんよーっ」 運転手さんの想像したことって、分かりますよね? そう、全身を拘束されたらどうしてもドキドキしてしまうのです。 若くて健康な女性なら仕方のないことです。 この車掌さんも表向きは否定したものの、放送室の中でもどかしさに耐えかねて悶々とすることはごく稀に、いいえ、それなりに頻繁にあるのでした。 「・・そういや、うちの会社も来年から低床車(ていしょうしゃ)導入だって」 「時代の流れですものね、バリアフリー。でも低床車って放送室はどうなるんですか?」 低床車とは、お年寄りや身体の不自由なお客様に優しいノンステップバスのことです。 客室の床がとても低くて地面に近いので、今までのように車掌さんが床下に入るのは難しそうです。 「放送室はエンジンの上だって。エントリープラグ方式になるから全然変わるね」 「エントリ・・って 何ですか?」 「国交省が決めた新しい規格さ。細長いカプセルに車掌が入って、それをカプセルごとバスにプラグインするのさ」 「すごいですね~。やっぱカプセルの中は呼吸できる液体が満たされているんでしょうか?」 「んー、それはちょっと違う」 運転手さんの説明によると、カプセルは直径40センチほどの円筒形で、内部は人型にくり抜いた低反発クッションです。 蓋を閉じるだけで完全拘束状態になり、いくら激しく揺れても、たとえバスが横転してもカプセルの中だけは絶対に安全なんだそうです。 その代わり、今までは自由に動かせた両手を含めて車掌さんはまったく動けなくなります。 お仕事はVRゴーグルを装着してすべての操作を音声コマンドで行うので、困ることはないそうです。 「カプセルはコンベアで搬送してバスにプラグインするんだって。すごいだろ? 運転手と直接顔を合わすこともなくなるんだ」 運転手さんは残念そうに言いました。 「だから今までみたいな固定チーム制は止めるみたいだね」 そうか。新型になったら、この人とのチームはなくなるのか。 車掌さんは毎朝の出庫時の儀式を思い浮かべます。 一本ずつ締められるストラップ。 緩くないか、逆に痛いところはないか、気遣いしてくれる運転手さん。 ちょっと手間はかかるけれと、互いの心を通わせる時間。 「じゃ、今日も頼むよ!」 微笑み返す間もなく放送室に押し込まれる。 蓋が閉まって鍵のかかる音。 気がつけば狭い空間の中で胸を押さえている。 どきどき、どきどき。 彼女の頬がちょっぴり赤らみました。 この人になら、ずっと拘束されてもいいんだけどな。 そうそう。お伝えし忘れていましたが、彼女もこの若い独身の運転手さんのことが好きなのでした。 「それにしてもVRとか音声コマンドとかすごい技術があるのに、やっぱり人間の車掌が乗るんですね」 「うん、車内放送の自動化なんて簡単にできるはずなのに、日本中のワンマンバスがそれ専用の女の子を載せてる。それじゃワンマンじゃねーだろって」 「あはは、突っ込んで欲しいのはそこじゃないんですけど」 車掌さんはラーメンの鉢を両手で持ってスープをずずーっと飲み干しました。 「豪快だねー」 いけない。彼の前でやっちゃった。 隣で運転手さんもスープをずずーっと飲み干しました。 「うん、やっぱりこうやって飲むのが一番美味いよね」 優しい人だなと思いました。 「ワンマンかどうかって話ですけど」「ん?」 「私たち、バスの放送設備なんですよ。人間にカウントされてない。だからワンマンバスで正しいと思います」 「なるほどね。ノンステップバスになったらもっと人間から離れるけど、君はそれでいいの?」 「私、この仕事が好きですから。・・それに、あなたと一緒に働けるのも、嬉しいし」 「え」 こんどは運転手さんの顔が少し赤くなります。 「そりゃよかった。俺も好きだよ。そう言ってくれる君のことが」 「なら、ちょっと肩くらい抱いて欲しいなって思うんですけど」 「それラーメン屋で言う?」 並んで座る二人の肩がくっつきました。 運転手さんの手が車掌さんの肩にかかったりしているようですが、ここから先はまた別のお話ですね。
~登場人物紹介~ 運転手さん : ワンマンバスの運転手。20代半ば、車掌さんが好き。 車掌さん : 車内放送担当の車掌。19才。運転手さんが好き。 またまた更新が途絶えて申し訳ありませんでした。 完全新作が難しい状況なので、書きかけで放置中の創作メモをいくつかレスキューして短編にすることにしました。 まずは5年以上眠っていた作品を。 ほとんどの方はご存知ないでしょうけれど、昔はバスに車掌さんが乗っていました。 お客様の運賃の受け渡しや、ホイッスル(笛)を吹いてバスの誘導、���して車内アナウンスが車掌さんの主な仕事でした。 実は私は、車掌さんのいる路線バスで幼稚園に通っていました。 まれに男性もいましたがほとんどが女性の車掌さんでした。 車掌さんがマイクを持って喋るのを毎日聞いていたのです。 小学校に上がる少し前、その路線はワンマンバスになり、車内放送は録音した女性の声に替わりました。 そのとき自分はこのお話のような妄想を抱いたのです。 バスのどこか、乗客から見えないところに女の人がいて、実はその人が喋っているのではないか。 いったいどこにいるんだろう? 私はバスの中に棺桶のような空間をイメージし、そこに収まった女性がアナウンスしている姿を想像していました。 まったく5歳くらいでフェチな妄想をしていたものです。 放送室の位置と大きさのイメージはイラストの通りです。 バスの構造に詳しくないのでこの位置に人間を押し込めるかどうか分かりません。 屋根の上なら確実に放送室を設置できると思いますが、それよりも客室の下に埋もれるイメージが自分の嗜好に合います。 我ながら萌えの対象がピンポイント過ぎるお話を書いたものだと思います。 よほどストライクゾーンの広い方でないと、どこが面白いのか理解できないかもしれません。 次話以降も放置メモの救済版が続きますのでご了解ください。 ありがとうございました。 [2023.8.10 追記] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
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サオリのアルバイト
[プロローグ] 今でこそイリュージョンマジックで働く私だけど、子供の頃からイリュージョンに詳しかった訳ではない。 たまたま見つけたアルバイト先が店内のステージでイリュージョンショーをやっているカフェ&バーだった。 テレビでしか知らなかったイリュージョンを初めて目の前で見て、私はとても興味を持った。 私もやってみたいとお願いしてみたら、お店のオーナーが1回だけとショーに出させてくれた。 それは私が高校3年生のときだった。 [Scene.01] 1-1. ざわざわしていたフロアが静かになった。始まった! 私は小さな檻の仕掛けの中にうずくまっている。 まさか自分がイリュージョンショーに出るなんて。 薄いレオタードのような衣装。タイツを着けているから肌の露出は少ないけれど、ボディラインくっきりで恥ずかしい。 実際、ガッチーには「ええ尻してるやないか~」って冷やされたし。 でも仕掛けに入って待っているのは嫌じゃなかった。 だって何もないところに女の子が出現するんだよ? その女の子が私なんだもん。ちょっとドキドキするに決まってるじゃない。 私の隠れた檻がステージに引き出された。 ジローさんは檻が空であることを示してから、その中にトーチで火を点けた。 檻の中で燃え上がる炎。キヨミさんが檻の上から紫の大布をかけた。 今だっ。私は仕切り板を倒して檻の中に身を伸ばす。 ほとんど同時に大布が取り払われた。 檻の中で手を振る私。 ジローさんとキヨミさんが扉を開けて私を外に出してくれた。 二人に手を取られてお辞儀する。・・拍手。 ジローさんは黒のタキシードに白手袋。 もう40をずっと超えてるらしいけど、背の高い体にしなやかな物腰はさすがにプロのマジシャンだと思う。 キヨミさんはアシスタント。私と同じレオタードとタイツを着ていて、ポニーテールの髪が可愛らしい。 すぐに照明が変わって、キヨミさんが次のイリュージョンを出して来た。 次の演目はジローさんとキヨミさんのトランクを使ったメタモだ。 私は入れ替わるように檻を押してステージの袖に引っ込む。 振り返るとバーカウンターの向こうに立つリツコさんとガッチーが揃って親指を立ててくれた。 ええへ、やったっ。初めてのイリュージョン! 誰にでもできる出現ネタを一つやっただけなのにとても嬉しかった。 袖の陰に隠れると、両手で自分の胸を押さえた。 はあ~っ。どくん、どくん・・。 心臓が今までにないくらいに激しく熱く鳴っていた。 胸だけじゃない。下半身も熱かった。 指先でそっとレオタードの前を押さえた。 あ、ふぅ。 1-2. マジックカフェ&バー『U's(うっす)』では、毎週土曜の夜にショーをやっている。 お店のオーナーでプロマジシャンの内海次郎(ジロー)さんによる本格的なイリュージョンが売りだ。 清美(キヨミ)さんはジローさん専属のアシスタント。 律子(リツコ)さんはジローさんの奥さん。 リツコさんも元マジシャン兼ジローさんのアシスタント。今は引退して、仕事で留守がちのジローさんに代わってお店を守るママだ。 私、伊吹彩央里(サオリ)は18才の高校生。ウェイトレスのアルバイトに入ってまだ1ケ月だった。 毎週やっているジローさんとキヨミさんのイリュージョンを見てときめいてしまった。 美女が空中に浮かんだり、瞬間移動したり、箱の中に出現したり消失したり。なんて不思議で華やかな世界だろう。 ・・私もやってみたい。 ダメ元でジローさんに頼んだらいきなり出演させてくれた。 出番が終わっても、私は幕の陰でずっと前を押さえていた。 どうしてこんな気分になるんだろう? 「こんなとこでデレてたんか、サオリちゃん」 「きゃ! ガッチーさん、いつの間にっ」 「ママが早よ戻ってこい言うてるで」 「あ、すみませんっ」 そうそう、このお兄さんの紹介を忘れてた。 ガッチーは U's のマスター兼バーテンをしている人。歳は25くらいかな? コテコテの関西弁を改めようとしないのは関西人のプライドなんだって。 「イリュージョンに出れてよかったみたいやな、サオリちゃん」 「えへへ、嬉しいです」 「ふぅん」「何ですか、人の顔じろじろ見て」 「いや、色っぽい顔してるなぁ、と。まるで男とエッチした後みたいや」 「ガ、ガッチーさん!!」 「あ、もしかしてまだ処女やったか? ごめんごめん」 図星だよっ。バージンで悪かったわね! 「あのですね、女の子にそんなこと言ったらセクハラって言うんですよっ」 「わははは」 1-3. お店が閉まってからジローさんとリツコさんに呼ばれた。 「来週も出ない?」 「えっ、いいんですか!?」 「実はキヨミちゃんが家庭の事情で辞めることになったんだ。事務所の方で新しいアシを探してるんだけど、いい子がいなくてね」 「そしたらガッチーくんがサオリちゃんには適性があるって言ってくれたの。バイト代も上乗せするけど、どうかしら?」 「やりたいですっ。でも私、ファイヤー・ケージしかできないんですけど」 「大丈夫だよ。しばらくウチのカミさんがメインでアシするし、サオリちゃんは少しずつレパートリーを増やしてくれたらいい」 何だろう、このラッキー。 私はジローさんのショーに毎週出ることになった。 フロアに戻るとガッチーがモップで床を掃除していた。 「おー、サオリちゃん。ジローさんに呼ばれたんやろ?」 「はいっ。ガッチーさんのお陰でアシスタントさせてもらうことになりました!」 「よかったやないか」 「どうして推薦してくれたんですか? 私、今日初めてイリュージョンやったところなのに」 「オレには才能を見る目があるんやで。と、いうのはウソで」「?」 「サオリちゃん、さっき檻から出た後エロい顔してたやろ? あれ、可愛かったからまた見たい思てな」 「・・」 「怒らせた?」 「当たり前ですっ。もうエロい顔なんか絶対しません!」 「わはは、やっぱりエッチな気分になってたんやな」「う」 「ええねんええねん、女の子はエロいも大切や。オレは応援するで。サオリちゃんが一人前のアシになるまで」 ガッチーはそう言うと、右手を私に差し出した。 その手がひらりと翻る。 次の瞬間、赤いバラが一輪握られていた。 「ほい」 「わあっ、ガッチーさんもマジックする人だったんですか?」 「いや、オレはただの雇われマスターや。これはサオリちゃんへのプレゼント。造花やけどな」 ガッチーへの好感度が急上昇した。 花1本で釣られるなんて我ながらチョロい女だと思うけど。 1-4. こうして私はリツコさんと一緒にショーに出るようになった。 今までリツコさんが担当していたステージの照明と音響操作はガッチーが代わりにやってくれることになった。 イリュージョンのアシスタントをすると、どうしてもエッチな気分になってしまうのは変わらない。 それでもいろいろ経験すると自分の性癖が分かってきた。 どうやら私は小さな箱に入ったり布やマスクを被って隠されることに感じるみたいだ。 真っ暗な仕掛けの中で身を潜めていると、自分がタネの一部になっているのを実感して興奮した。 ガッチーは明らかにそんな私に気付いていた。 いつもニヤニヤ笑って見ていたけど、それで私を冷やかすことはなかった。 [Scene.02] 2-1. その日の衣装は和風だった。 ジローさんはラメの入った紫の着物に金の袴。 リツコさんと私は、紺色のズボンのような袴と、緋色の膝丈マント。顔には狐のお面。 ド派手なマジシャンと顔を隠した謎めいたアシスタント。悪くない。 問題はマントだった。 チョーカーみたいに首で留めるだけで、前が開いていた。 マントの下にはストラップレスの黒いブラを1枚着けるだけ。 これじゃあ、普通に歩くだけでお腹が見えちゃう。肘を広げたらブラまで全開。 私、自分の身体に自信なんてない。 「これを着るんですか!?」 「セクシーなのは初めてだっけ? でもアシスタントならこれくらい堂々と着るものよ。お客さんに楽しんでもらわなきゃ♥」 同じ衣装のリツコさんは、自分でマントの前を開くと腰に手を当てるポーズを取って笑った。 リツコさん、おっぱい大きいー。 ショーの段取りは、まずジローさんが大きな羅紗(らしゃ)の布を広げ、その後ろからリツコさんが登場する。 二人で和傘を何本も出すマジック。 その後ヒンズーバスケットのイリュージョン。 まずリツコさんがバスケットに入ってサーベルを刺される。サーベルを抜いてリツコさんが生還した後、同じバスケットから私が現れる。 つまり私は最初からバスケットの中に入っていて登場することになる。 ヒンズーの次はジローさんの扇子マニピュレーション、それからリツコさんが入るキューブザク。 最後に私が空中に浮かんで消えるアシュラ・レビテーションをやってフィナーレ。 「そろそろ開演やで。行けるか?」「ガッチーさん、カウンター離れていいんですか!?」 「かまへん。今はリツコはんが常連の相手してる」 そっと��ロアを覗くと、リツコさんがあの衣装のまま、お面だけ外してお客様と談笑していた。 口に手を当てて笑うたびに胸の谷間がちらちら見えた。 「大胆ですよね、リツコさんって」 「あの人、巨乳やろ」「はい」 「おっぱいでジローさん捕まえたっていつも自慢してるで。ダンナはおっぱい星人なのよって」 「あはは、本当ですかー」 「よっしゃ。笑ろたな、サオリちゃん」 「え? 私を笑わせるために?」 「ほれ、ヒンズーに入るんやろ?」 2-2. ショーが始まった。 私はバスケットの中に丸くなって待機している。 黒い布に覆われているのでバスケットの中は真っ暗だった。 狐のお面をつけたままだから息も少し苦しい。 次に外に出れるのは、リツコさんと一緒にサーベルを刺されて、リツコさんが出て、その後。 ちょっと、長い。 ドキ、ドキ、ドキ。 ぐらり。バスケットがステージに運ばれた。 黒布が取り払われて、リツコさんの足が入って来た。 そのままリツコさんは身を屈め、私たちは密着する。 バスケットに蓋が被せられた。ドキ、ドキ。 1本目のサーベルが刺された。 決めた通りの穴に、決めた通りの方向。 私とリツコさんは精一杯身を寄せてそのコースを避ける。 ドキ、ドキ。 2本目、3本目。 目の前5センチの空間を銀色のサーベルが突き抜ける。 「はぁ・・」リツコさんが小さく呻いた。 耳元ですごく色っぽい声。そんな声聞かされたら、私。 4本目、5本目、6本目。 狭い空間が突き抜けたサーベルで埋まる。 逃げ場のないバスケットの中で全身を絡め取られた女二人。 きゅん。 あぁ、駄目だ。私、もうエッチになってる。 一人だったらまだ平気なのに、二人で一緒に刺されたらこんなに感じるなんて。 7本目。 サーベルが蓋の中央から真下に向けて突き刺された。 ああ、心臓が止まりそう。 バスケットの中が明るくなった。 蓋が外されたんだ。 リツコさんが私の肩をとんとんと叩いて出て行った。拍手が聞こえる。 黒布が被せられてもう一度真っ暗になる。 バスケットごとぐるぐる回された。蓋が開く。 あ、立たなくちゃ・・。 私は明るいライトの中に立ち上がると、両手を広げてポーズをとった。 身体中が熱い。 お腹がすーすーした。とろんとした目で下を見ると自分の胸とおへそが見えた。 いけない! 勢いよく両手を広げものだから、マントが完全に開いていた。黒ブラ1枚のカラダ、丸出し。 慌てて身をすくめたら顔のお面がぴょんと外れて落ちた。 ぎゃー。 客席がどっと受けた。 ジローさんが苦笑いしている。 リツコさんも笑いながら床に落ちたお面を拾って「ドンマイ」って言いながら渡してくれた。 2-3. ショーの残り半分はへろへろになってこなした。 カラダを見せたことよりも、顔を見せたことの方が恥ずかしかった。 狭いバスケットの中でリツコさんと一緒にサーベルを突き刺されたのは強烈だった。 自分にマゾの気があるのは自覚していたけど、こんなに感じるなんて。 エロエロに感じた顔を、私はそのまま晒しちゃったんだ。 ガッチーに何で言われるだろう。 「・・こっちっ、サオリちゃん!!」ジローさんが呼んだ。 細長い台の上に広げられた黒布。 そうだ、アシュラ! ぼうっとしてちゃいけない。 私は黒布の上に仰向けになった。 その黒布をリツコさんが私の身体に巻き付けた。頭の上から爪先まで包まれて私は全身真っ黒なミイラになる。 音楽が変わった。 ジローさんが合図をすると黒いミイラが浮かび上がった。それはゆっくり浮上し、頭上の幕の後ろに消えた。 ジローさんとリツコさんが揃って「はい!」と叫ぶとばさりと黒布が落ちてきた。 二人はその布を広げて私がどこにもいないことを示す。 拍手が起こって、ジローさんとリツコさんは並んでお辞儀した。 2-4. 「大丈夫か?」「ガッチーさん!?」 台の蓋を開けてくれたのはガッチーだった。 私は今まで台の仕掛けの中で仰向けに横たわっていたのだった。 「リツコはんが様子見て来いって言わはってな」「?」 「サオリちゃんのこと、変にしちゃったのは自分かもって。ヒンズーの中でそんなに乱れたんか?」 「う・・、はい」 「そおか。次は落ち着いてやったらええ」 「笑わないんですか? ガッチーさん」 「ここで笑たら、さすがに傷つくやろ?」 「がっちいさぁん・・、」 「あんまり気にせんことや。この世界の女の子やったら普通にあることや思う。知らんけど」 「ぷっ、何ですか。最後すごい無責任」 「それでどうして欲しいんや? サオリちゃんは」 「じゃ、私をここから出してください♥」 私はガッチーに向けて両手を差し出した。 「しゃあないなぁ」 ガッチーは笑って私を仕掛けの中から引き上げてくれた。 私はその肩にすがりつく。ガッチーも私の背中を抱いてくれた。 「今度、飲みに行こか」 「私、未成年ですけど?」 「しもた」「うふふ」 私たちは抱き合ったままキスをした。 [Scene.03] 3-1. 月曜の朝。 駅の改札を出て学校へ向かう坂道で後ろから声を掛けられた。 同じ高校の制服を着た小柄な女の子だった。 「すみません、あたし、1年の川口っていいます」 「はい?」 「あの、あたしとお付き合いしてもらえませんか!」 「ごめんなさい。私、そっちの趣味はないんで」 「あーん、レズとかそういうんじゃないですっ。・・えっと、マジックのイリュージョンやったりしてませんか?」 「え、どうして知ってるの?」 「やっぱり! さっき電車の中で見かけて、ひょっとしてと思ったんです」その女の子は嬉しそうに笑った。 「おととい U's ってお店で見ました!」どき。 「ほら、ヒンズーバスケットから出てきて、狐のお面外して、すごく色っぽい顔見せてくれたでしょ?」 あの瞬間が蘇る。かあーっと顔面が熱くなった。 「すごいなーって感動しましたっ。プロを目指してるんですか? それとも高校生でもうプロ!?」 「いや、私ただのバイトだし。それにあれは事故っていうか、その、」 「よかったらお名前教えてもらせませんか? あたしは川口もと香ですっ」 「あ、3年の伊吹彩央里です」 「素敵なお名前。サオリさんって呼んでいいですか? あたしのことはモトカって呼んでください!」 モトカちゃんはよく喋る子だった。 小さい頃からイリュージョンマジックに興味があって、道具を自作したこともあるという。 「そうなんですかー。サオリさんアルバイトなんですか。あたしも雇ってもらえないかなぁ」 「どうかしら。今は募集してないと思うけど」 「いいです。今度アニキに聞いてみます」「アニキって?」 「あたしのアニキ、そのお店でマスターやってるんです」 「ガ、ガッチー!!??」 3-2. 学校が終わってモトカちゃんの家に来た。 7時から U's のバイトがあるって言ったけど、それまでの間少しだけと連れて来られたのだった。 「お兄さんは一緒に住んでないの?」 「今どこに住んでるのかも知らないんです。高校出てすぐオレは一人で生きるって宣言して出て行っちゃったんですよね」「へぇ」 「ずっと大阪の方にいたらしいんですど、最近になってマジックバーで働いてるって連絡してきて、それで一度だけショーを見せてもらったんです」 「じゃあネイティブの関西人じゃないのか」 「はい。変な関西弁喋ってるでしょ? ・・あ、あたしが話したってアニキには言わないでくださいね!」 「あはは、言わないよー」 モトカちゃんは自分で作ったイリュージョンを見せてくれた。 「ギロチンだ!」 「小さいから手首専用ですけどね」 「すごいなぁ。一人で作ったの?」 「えへへ、そこらの男の子より工作得意ですよ」 それは刃渡り2~30センチくらいのギロチンだった。 とても精巧にできていて、特に銀色に輝くギロチン刃はうっとり見とれてしまうくらいに綺麗だった。 これなら U's のバーカウンターに飾ってもらえそう。

「マジック用に売ってるギロチンって自分で刃を押し下げるのが多いんですけど、これはロープで吊って落とす方式です」 「本物のギロチンと同じなんだね」 「はい。でも刃が軽すぎてちょっと苦労しました。・・だから鉛のオモリをつけてパワーアップしてます。ずしんって落ちます」 「すごいなぁ。何でも切れそう」 「切断できますよ。野菜でも、サオリさんの手首でも」 「うふふ。いいわねー」

私は右手を差し出した。 「やってみてよ」「じゃあ、ここに手首を入れてください」 ギロチンの刃を上にあげて、枷(かせ)を開く。 半月形のくぼみに手首を置いて枷を閉じ、小さな閂(かんぬき)を締めると、私の右手はギロチンにしっかり固定された。 その閂にモトカちゃんが南京錠を掛ける。 「はい。これで美女は脱出不可能です」 「凝ってるのねぇ」 「拘束の部分は絶対に手抜きしたら駄目だと思って」「うん、同意♥」 「あとは、紐をフックから外したら刃が落ちますけど」 「こうね?」 「あ、ダメ!!」 私が左手で紐を外そうとしたら、モトカちゃんが大声を出して止めた。 「どうしたの?」 「これは趣味で作っただけで、タネも仕掛けもないんです」 「え」 「このまま落としたら、サオリさんの右手、本当になくなっちゃいます」 3-3. モトカちゃんは錠前を外して手首を開放してくれた。 「サオリさんの顔、可愛かったです」 「あのねぇ。まあ右手が無事だったからよしとする」 モトカちゃんは引き出しから鉛筆を出した。 「切れ味を確かめるのに鉛筆を使ってます。今日はサオリさんが来てくれたからサービスで5本」 鉛筆を5本輪ゴムで束ねてギロチンの穴に差し込んだ。 そのままギロチンの紐をフックから外す。 がちゃん! 大きな音がして、鉛筆の束が叩き切られて飛んだ。 「ね、迫力あるでしょ?」「ホントだーっ」 「鉛筆でデモンストレーションした後は・・」 モトカちゃんはギロチンの刃を上げ直して、自分の手首を枷にはめ込んだ。 「いつも自分でこうやって、一人リハーサルをするんです」 喋りながら南京錠を掛け、その鍵を私に渡した。 「鍵、持っててくださいね。これであたし、もう抜けられません」 「気をつけて、モトカちゃん」 「大丈夫です。でもドキドキしますよね」 紐に指を掛けた。 「思い切ってやっちゃおうかな、って考えるときもあります」 「ちょ、モトカちゃんっ」 がちゃん!! ギロチンの刃が落ちたけど、モトカちゃんの右手は落ちなかった。 「・・怒りました?」 「怒った」 「サオリさんの顔、やっぱりすごく可愛かったです」 「もう! この鍵、返してあげないっ」 「ああーん、それは許して~」 「ダメ。・・あはは」「えへへへ」 私たちはしばらく笑いあった。 それからモトカちゃんの手首を自由にしてあげて、二人でお喋りした。 イリュージョンの美女が着けるコスチュームの話とか、モトカちゃんが作っている次の道具の話とか、U's のリツコさんのおっぱいの話とか、いろいろ喋った。 気が付けばバイトに行く時間になっていて、私は慌ててモトカちゃんの家を飛び出したのだった。 [Scene.04] 4-1. 金曜日のバイト終わり、ガッチーに誘われた。 「サオリちゃん、デートせえへんか?」 で、でえと!? 「お酒は飲まれへんかもしれへんけど食事ならええやろ。日曜日、どうや?」 うわうわうわ。大人の男性とデートなんて、初めてだよぉ。 「嫌か?」 「いえいえいえっ。こ、光栄ですっ。デートしますっ。喜んでします!」 「おーし、うまいモン食べさしたるわ」 土曜日のバイト前、モトカちゃんから電話で誘われた。 「また家に来ませんか。日曜なら定休日でバイトお休みなんでしょ?」 日曜? ガッチーとデートが。 「次のイリュージョンができそうなんです。サオリさんに見てもらいたくって」 新しいイリュージョン? 見たい! 「駄目ですか?」 「大丈夫だいじょうぶ大丈夫。ただ明日は午後に用事があって。お昼まで、ううん2時までなら」 「じゃ、お昼ご飯と衣装用意して待ってますね!」 4-2. その夜のショーは、ジローさんとリツコさんだけで進行した。 目玉はリツコさんの衣装が早変わりするイリュージョンだった。 ついたての後ろとか、ジローさんが掲げる大布の陰とか、姿が隠れる一瞬の間にリツコさんのドレスが変化した。 最後はジローさんが長いマントをリツコさんの肩に掛けた。 リツコさんはその場で一回転。正面を向いてマントを外すと、今までとぜんぜん違うタイプの衣装に変わっていた。 フリンジの装飾がついた金色のブラ。深いスリットから片足が腰まで見える薄い黄色のスカート。 ものすごく高露出。おへそくっきり、腰のくびれくっきり。 「きゃ~っ」「待ってました!」 馴染みのお客様たちから喝采があがる。 オリエンタルな音楽が流れ始めた。 リツコさんは妖しく微笑むと、腰をくいくい振って踊り始めた。 ベリーダンスだった。すごくセクシー。 肩を左右に細かく振ると大きな胸がぶるぶる震える。同性でもどぎまぎしそう。 後で聞いたけど、衣装の早変わりとベリーダンスはリツコさんがジローさんと一緒に全国を営業していた頃の十八番だった。 引退した今もときどき披露して昔からのファンにサービスしているんだって。 「どや? ママのダンスは」 フロアの後ろで見ていたらガッチーが隣に来て言った。 「すごいですー。リツコさんにあんな特技があったなんて、知りませんでした」 「オレも初めて見たときは驚いたわ」 そのリツコさんは、踊りながら8つほどあるテーブルを巡ってお客様に挨拶している。 中にはカメラやケータイを出すお客様もいて、リツコさんは気軽にツーショットやスリーショットの撮影にも応じていた。 うわぁ、身体あんなにすり寄せて。やだ、腰、抱かれてる。 リツコさん、あんなに露出して、肌の上から男性に触られて、平気で笑ってる。 私だったら・・。 「サオリちゃん、口ぽかんと開けて見とれてたらヨダレ垂れるで」 「えっ」思わず口の周りを拭う。 「わはは」「もう、ヨダレなんか流してません!」 「サオリちゃんの頭の中、分かるわ。自分が踊るとこ想像してたんやろ」 「違いますよーだ」 「なら、むき出しの脇腹、抱かれるとこか」 「・・・」 「俺は好きやで。サオリちゃんみたいな素直な娘」 「いじわる」 [Scene.05] 5-1. 日曜日。 「いらっしゃいませ、お待ちしてましたー!」 玄関ドアを開けて迎えてくれたモトカちゃんは、赤いガウンのような服を着ていた。 「サオリさん、お化粧してる! スカートも可愛い!」 その日の私はリボンの飾りがついた白シャツと淡いチェックの膝丈スカート。 デニムミニの方がいいか何度も迷って決めたコーデだった。 「この後デートですか? いいなぁ」 ぎっくう!! 「ありがとっ。新しいイリュージョン見せてくれるんだよね」 「その前に、その綺麗なお洋服、脱いでください」「?」 「衣装用意しますって言ったでしょ?」 有無を言わさず着てきた服を脱がされた。 ブラとショーツだけの下着の上に、モトカちゃんと同じガウンを羽織らされた。 「これも自分で作ったの?」 「近所のフリーマーケットで買いました。・・動かないで」 モトカちゃんは私のガウンの前から両手を入れると、その手を背中に回しブラのホックを外した。 「きゃ!」 「女の子同士だから恥ずかしっこなしです」 するするとブラが引き抜かれた。 恥ずかしさよりも、この子の器用さに驚く。・・こんなマジック、どこかになかったっけ。 「パンツも脱いでもらっていいですか?」「え」 「あたしはもう脱いでますよ、ほら」 モトカちゃんは自分のガウンの脇をちらりと開いて、ノーブラノーパン姿を見せてくれた。 「駄目ですか?」 モトカちゃんの目が私を見ていた。 ものすごい圧を感じた。この眼力に逆らうなんてできないと思った。 「お、女同士だし、構わないかな」 モトカちゃんはにっこり笑った。さっきの視線はなくなっていた。 「サオリさん、大好きです。じゃ、むこう向いてますから脱いでくださいね」 ああ、モトカちゃん私のこと絶対チョロいと思ってる。 私はショーツを脱いだ。ガウンの下、全裸だ。 頭の中に、なぜかリツコさんがあの衣装で艶めかしく踊る姿が浮かんだ。 5-2. 新しく作ったイリュージョンを見せてもらった。 それは美女の頭に被せて周囲から短剣を刺す箱だった。 縦横4~50センチくらい。正面に観音開きの扉。上面と側面には短剣を通すための角穴がいくつも開いている。 箱の底板は首枷を兼ねていて、まず美女の首に底板を取り付けてから、箱を上からはめ込んでロックするしくみになっていた。 「ダガー・チェストです。あたしは顔剣箱って呼んでますけど」 「うちのお店じゃやってないなぁ。でも仕掛けは何となく分かるよ。鏡を使うんでしょ?」 「そうです」 モトカちゃんは実際に箱を操作して説明してくれた。 顔剣箱の中には鏡を貼った仕切り板が左右に取り付けられていて、美女の顔の前で合わさる仕掛けだった。 「これで箱の中は空に見えます」「ふむふむ」 「短剣を刺しても、鏡の反対側だから絶対安全です。・・でも」 そう言うと、モトカちゃんは箱から鏡の仕切り板を外してしまった。 「鏡なしでも遊べるようにしてます。実際のイリュージョンじゃあり得ないんですけど、その方がサオリさん喜んでくれると思って」 「どういうこと?」 「ここに座ってください」 椅子に腰を下ろすと、モトカちゃんは底板の首枷を私の首に固定した。 頭の上から顔剣箱が被せられた。 前の扉が開いて、その向こうでモトカちゃんが手を振った。 「何があっても絶対に声を出さないでくださいね」 扉が閉められた。 一瞬、暗くなったけど、すぐに目が慣れた。 角穴から光が射して箱の中がうっすらと見えた。 ぶすり。 左上の角穴から短剣が刺されて右側の穴に抜けた。 箱の中に銀色の刃が斜めにそびえる。 なるほど、鏡を外した理由はこれか。私からも見えるように。 ぶすり。どき。 短剣が逆の角度で刺された。1本目よりずっと近い。 ヒンズーのときと違って、どこから刺されるのか分からないからちょっと怖い。 ぶすり。ひ。 突き刺された短剣が途中で止まった。鋭く尖った先端が眉間で揺れ、そして反対側に抜けた。 鼻筋がつんと痛くなる。まるで弄ばれているみたい。 そうか。顔剣箱って短剣を使って中の女の子を弄べるんだ。 ぶすり。きゃっ。 水平に刺された剣が眼球のすぐ前を抜けた。近すぎて焦点が合わない。 これは本当に至近距離。ほんの2~3センチかも。 下半身に力をぎゅっと込めて、太ももを強くこすり合わせた。 ぶすり。「やんっ」 短剣の腹で頬をぺちぺち叩かれた。声出しちゃったよぉ。 弄ばれてる。もう、絶対弄ばれてる。 私、モトカちゃんの思いのまま。 きゅい~んっ。 ぶすり。「いやぁっ!」 真下に向けて刺された剣が今度はおでこを撫でた。 逃れようとするけれど、私を固定する首枷はびくともしない。 ヒンズーでは身体を絡め取られたけど、ここは顔面を絡め取られてる。 じゅんっと濡れるのが自分で分かった。そういえば下着穿いてない。 きゅん、きゅん、きゅんっ。 5-3. 首剣箱から解放されて、私は床に手をついて座り込んだ。 はぁ、はぁ。どきん、どきん、どきん。 心臓が破裂しそう。 「どうでしたか? 楽しかったでしょ?」 モトカちゃんが聞いた。へろへろになった私を見て嬉しそうだった。 「モトカちゃんって、ドSだったの?」 「サオリさんはドMですよね。乳首立てて可愛い♥」 がばっと身を起こしてガウンの前を合わせた。 それは確かに固く突き出ていた。指で摘まむと快感が走った。 モトカちゃん、上手。 私より年下なのに私の気持ちを操ってる。 「バスケットから出てきたサオリさん見て、絶対マゾの人だって思ってたんです」 「か、返す言葉もございません」 トイレに行かせてもらって股間を拭いた。よかったー、モトカちゃん家ウォシュレット。 「あたしからお願いしてもいいですか?」 トイレから戻ると頼まれた。 「落ち着いたら、次はあたしに剣を刺してください」 「モトカちゃんもやられたいの?」 「もちろんです。作ったのはあたしなのに、サオリさんだけ嬉しいのは不公平でしょ?」 「・・」 「次はサオリさんがSになる番です」 5-4. やり方を教えてもらいながら、モトカちゃんの首に底板の首枷を締めた。 「扉を閉めて剣刺すの、見えないから不安なんだけど」 「このメモに刺し方を書きました。この通りにやったら大丈夫です」 「分かった。途中で何かあったら教えてね」 顔剣箱を上からはめ込み、外れないようにロックする。モトカちゃんの顔にバイバイして観音開きの扉を締めた。 短剣を手に取って深呼吸した。 刺される側はいろいろやったけど、刺すのは初めてだった。 もらったメモを見ながら1本ずつ剣を刺してゆく。 メモには刺すべき穴の位置と方向が、楽しみどころや注意点なども含めて細かく書いてあった。 『・・No.5 半分刺したら矢印の方向にゆっくり振る。柔らかいものに当たったら女の子のほっぺた。何度か叩いて楽しむ』 これ、私がされたことじゃないの。最初から決めてたのね。 いいわ。お望み通りに弄んであげる。 モトカちゃんの表情を想像しながら、短剣で頬をぺちぺち叩いてあげた。 ガウンから見える素足がびくっと動いたけど、モトカちゃんは箱の中で黙ったままだった。 楽しい。 自分にSなんて絶対に無理と思っていたけど、モトカちゃんを苛めるのは楽しかった。 それどころか、彼女が自分の行為を受け入れてくれると思うと、それが嬉しくてさらに弄んであげたいと思った。 大好き、モトカちゃん。 全部の短剣を刺した。合計9本。 ケータイを出して写メを撮り、それから剣を抜こうとしたらモトカちゃんが片手を振って止めた。 「え? 抜かないの?」 うん、お願い。モトカちゃんは手で応えた。最後まで喋らないつもりらしい。 分かったわ。私も沈黙することにした。 今の気持ちをいっぱい味わってね。 15分くらい放置した。 椅子に座って顔剣箱を被ったモトカちゃんは一言も喋らない。 少し膝が震えているみたい。可愛いな。 その膝に触りたくなったけど、直接触れるのは反則のような気がした。 肌に触れないよう注意してガウンの裾を広げ、太ももを露出させた。 「ああっ」 小さな声が聞こえて、少し開いていた膝がきゅっと閉じた。 モトカちゃんもこんな色っぽい声を出すんだね。 5-5. 顔剣箱が前後に揺れ始めた。 「そろそろいいよね?」 返事はなかったけど、私は剣を抜くことにした。 最後に刺した短剣の束を握って引いた。・・剣は抜けなかった。 「抜けないんだけど」 ぐったりしていたモトカちゃんが急に動いて、別の短剣を指さした。 「駄目。そっちも抜けないよ」 「え、どうして?」 モトカちゃんが初めて箱の中で喋った。 どの短剣も抜けなかった。観音開き構造の正面扉も開けられない。 「刺し方、間違ったのかな」 「違ってないです。それにそんなことで壊れるはずは」 「そのまま首だけ抜くとかできないの?」 「そうですね。四隅にロックがあるので外してください」 言われた通りにロックを外したけど、箱を持ち上げることができない。 「何かに引っかかってるみたい。ぜめて首を外せたらいいんだけど」 「首枷は箱を取れないと解放できないです」 打ち手なしってこと? 「こうなったらモトカちゃんの首を切断するしかないわね」 「え、あたし首切られちゃうんですか?」 「ねぇ、チェーンソーとか持ってない?」 「いいですね、それっ。あたし血塗れになってその辺歩き回りますよ」 「歩く首なし女子高生」 「ホラーっ。サオリさんホラー好きですか」「好き」「あたしも大好き」 「あはは」「えへへ」 「・・」「・・」 「で、どうする?」「どうしよう~」 5-6. モトカちゃんを救出するまでずいぶん時間がかかった。 観音扉の蝶番(ちょうつがい)を工具で壊して、やっと箱の中を調べることができた。 仕切り板を開閉するレバーが折れて短剣に噛み込んでいた。 電動工具なんて使ったことないから大変だった。 ようやく首枷が外れるとモトカちゃんは両手で抱き付いてきた。 「よかった、です」 「顔剣箱、壊しちゃったね」 「いいんですそんなこと。・・あたし、一生閉じ込められると思ました」 「その割には明るかったじゃない」 「泣きそうだったんですから」 私にしがみついたモトカちゃんの背中が震えていた。 その背中を抱いてさすってあげた。 モトカちゃんの身体は小さくて抱き心地がよかった。 ぎゅうっ。モトカちゃんの力が強くなった。 私も力を込めて抱き返す。 女の子と抱き合うって、こんなに気持ちよかったのか。 モトカちゃんが私を見上げた。なんて可愛いんだろう。 彼女の唇に自分の唇を合わせる。 二人のガウンが脱げて落ちた。 私たちはキスをしながら、すべすべした背中を互いに撫でた。 このままいつまでも過ごしていたいと思った。 ・・いつまでも? 「ねぇ。今、何時?」「えっと5時」 ぎゃー。 ばたばた服を着て、髪とメイクを直した。 「ごめんねっ、行かなきゃ!!」 「あたしこそごめんなさい。サオリさんデートだったのに」 「いや、別にデートって訳じゃ」 「相手はアニキなんでしょ?」 「!?」 私は驚いてモトカちゃんを見る。 「昨夜電話で話したんです。今日はお店の女の子とデートって言ってたんで、サオリさんかなって思ってたんです」 「ばれてたの・・」 「あたし、サオリさんがアニキとキスしても怒りませんよ」 「キスなんて、まだまだしないよぉ」 もうしてるんだけど。 [Scene.06] 6-1. 4時間遅刻して現れた私をガッチーは待っていてくれた。 「ごめんなさい!! 」 「おお、来たか。なかなか可愛いらしい恰好してるやないか、サオリちゃん」 「怒らないんですか?」 「こんなことで怒らへん。事情があったんやろ? ・・ただ、もう水族館行く時間はなさそうやなぁ」 本当にごめんなさい! もう一度頭を下げようとしたら、大きな音でお腹がぐうと鳴った。 しまった。モトカちゃん家でお昼食べ損ねた。 「わははは。忙しすぎてメシも食うてないんか」 「いや、あのその」 「ご飯にしよう!」 言うなり、ガッチーは私の手をとってぐいぐい歩き出した。 6-2. 連れて来られたのは U's だった。 シャッターを開けて中に入り、フロアの電気を点けた。 「大丈夫やで。ちゃんとママに許可もろてるし」 「ここで食事ですか?」 ガッチーはバーカウンターの後ろに入ると冷蔵庫から大きなロブスターを取り出した。 「今夜のメインディッシュや。このガッチーさんが腕を振るって料理したるさかいにな」 「うわあい!」 カウンターの椅子に座ってガッチーが料理する様を眺める。 「退屈か?」 「ぜんぜん! ガッチーさんお料理上手ですねぇ」 「大阪におるとき修行したんや」 フライパンの上で縦割りにしたロブスターが美味しそうに焼けている。 そのフライパンの柄をとんとん叩きながらガッチーが笑う。 「今日は妹と会うてたんやろ?」 「え、何で知って」 「昨夜電話で話したんや。同じ高校でイリュージョン好きの先輩と会う言うてたから、サオリちゃんのことかな思てたんや」 「・・本当にもう、この兄妹ときたら」 「何や?」「いえ、何でも」 「ほんま、久しぶりにモトカと会うたら、おかしな趣味にはまってて呆れたわ」 「でも、お店のショーを見せてあげたんでしょ? モトカちゃん、もっと呼んで欲しいって言ってましたよ」 「あのな。オレのポケットマネーで何度も払えるほど、ここのチャージは安うはないんやで」 「そんなんですかー」 ガッチーはフライパンの蓋を取った。ぶあっといい香りが立ち上る。 「さあできた。ロブスターのガーリック香草焼きや」 フロアの二人掛けのテーブルに並んで座った。 ワインの代わりにジンジャエールで乾杯。 「美味しいっ。ちょっと疑ってたけど本当に美味しい!!」 「あのなぁ。ちゃんと修行した言うたやろ?」 「大阪へ行って帰って来たんですよね」「まあな」 「変な関西弁って、モトカちゃん笑ってましたよー」「あ、あいつめ・・」 「標準語は嫌なんですか?」「トーキョー弁には戻らないと決めたんだ。やない決めたんや!」 「ぷっ。ガッチーさんやっぱり変!」「っるっせい」 6-3. デザートのフルーツまですっかり食べて、手を合わせた。 「ごちそうさまでしたっ」「おうっ」 どうしようかな? 少し迷ったけど思い切ってガッチーの腕にもたれかかった。 ガッチーも何も言わずに私の肩に腕をかけてくれた。 「・・サオリちゃんはこの先どうしたいんや? イリュージョンの仕事やりたいんか?」 「まだ分かりません。プロになれたら素敵だと思うけど。・・ガッチーさんは? ガッチーさんの夢って何ですか?」 「オレの夢は自分の店を持つことやな。マジックとか、そういうジャンルは何でもええねん。ガッチーの店とか名前つけて、おもろい仲間が集まるようにしたい」 「素敵ですねー。私、応援しちゃいますよっ」 「何か軽いなー、その応援」「あーん、駄目?」 ガッチーへの思いが高まる。 反対側の手をガッチーの胸に乗せた。頬をガッチーの肩に合わせる。 ガッチーは黙ったまま私の髪を撫でてくれた。 気持ちいい。・・ああ、私、発情してるかも。 「ええよ、そのままくっついてても」 「あ、あ、ありがとうございます!!」 あ~、私、何をお礼言ってるんだ。 もう心臓バクバク。 「そ、そういえばっ、どうしてガッチーっていうんですか?」 「大した理由はあらへん。苗字が川口やからカワグチカワグチ言われるうちにいつの間にかガッチーになった」 「あ、カワグチカワグチでガッチー。ホンマにしょうもないですねー、あはは、」 次の瞬間、ガッチーは両手で私の顔を挟んでホールドした。そのままキス。 !! 長い時間が過ぎた。 心臓のバクバクがバックンバックンになった頃、ようやくガッチーの顔が離れた。 「落ち着いた?」 「わ、わ、わ・・」「何や?」 「私、ガッチーさんが似非関西人でも大好きです!」「ここでそれ言う?」 私たちはようやく声を出して笑った。 やたっ、2回目のキス! モトカちゃんの分を合わせたら3回目だけど。 最初のときよりずっとエクスタシーだった。 濡れた。うん、幸せ! 6-4. 入口のドアが開いた。 「あら、いたのね~」 入って来たのは U's のママ、リツコさんだった。 私たちは慌てて離れる。 「いーのよ、そのままで。お邪魔したみたいでごめんなさいねっ」 「い、いいえ」 「若いっていいわねぇ。ワタシもダンナに手を付けられたのは19のときだったわ」 リツコさんは豪快にがははと笑った。 「酔うてはるなぁ」ガッチーが小声で言った。 「多いんですか?」私も小声で聞く。 「オフの日は大抵や」そう答えるとリツコさんに向かって聞いた。 「それで何の用事で来はったんですか?」 「そうそう、それなんだけど、ウチのダンナが明日からいなくなるの」 「何かあったんですか?」 「離婚するの♥」「えええ!」 「冗談よ、冗談。仕事で香港に行くの。10日間」「あのですね」 「・・と、いうことは土曜のショーが問題やな」ガッチーが冷静に言った。 「そうなのよ。ワタシとサオリちゃんの二人」「え? それは困りますぅ~」 ジローさんがいなくて、リツコさんと二人だけで全部やるなんて無理だよぉ。 「アシがもう一人いればいいんだけどねー」 「オレはアシなんて無理っすよ。バーカウンターと照明に音響もせなあかんし」 「分かってるわ。だから何とかならないか、在庫の道具を見に来たのよ」 そこまで言うとリツコさんは両手を広げて腰をくいくい振った。 「ま、いざとなればサオリちゃんと二人でベリーダンスしましょ。特訓してあげるわ♥」 「う」 そのときひらめいた。 「ガッチーさんっ。彼女、どうですか!」 「え、アイツか?」 「きっと喜んでやってくれますよ」 [Scene.07] 7-1. 土曜日の夜。 ジローさんの代わりにリツコさんがマジシャン役で登場��た。 燕尾服に真っ黒なレオタードと網タイツ。やたら開いた胸元に盛り上がるおっぱい。 横に立つ私は黒い半纏(はんてん)とショートパンツに青スカーフのくのいち風コスチューム。 最初の演目は金属球を空中に浮かべるフローティングボールマジックだった。 妖艶に微笑みながら銀色のボールを自在に操るリツコさんは、さすがに元プロだった。 次はイリュージョン。 高さ1メートルの柱に乗った箱に私が入り、布を広げて隠している間にリツコさんと入れ替わっているサスペンデッド・アニメーション。 これはちょっと頑張って練習したネタだった。 イリュージョンの二つ目は、前にリツコさんもやったキューブザク。 箱に屈んで入って六角形断面の筒を刺し通される。さらに全体を上下分割した上、長い棒を何本も突き刺す。 すごく不思議に見えるけれど、中ではちゃんと生きていられる、大好きなネタ。 そして次は今夜のために取り寄せたイリュージョンだった。 台座の上に縦型の箱。人間が立って入れる大きさで、手前の扉が透明になっている。 私は手錠を掛けられて箱の中に立った。リツコさんがその私に下から黒いサテンの袋を被せてゆく。 頭の上まで被せると、袋の口をロープで縛った。 さらに袋に入って立つ私を袋ごとベルトで背板に固定し、扉を締めた。 客席からは透明な扉を通して、もぞもぞ動く黒袋が見えている。 箱の中に白煙が湧きたつ。 しばらくして煙が消えると、そこにあった黒い袋は赤い袋に変っていた。 リツコさんが扉を開け、背板のベルトを外した。 袋の口を縛るロープを解く。 ・・中から出てきたのは、手錠を掛けられた女子高生だった。 頬を紅潮させ少し恥ずかしそうに笑う女子高生。 誰? あの子? 客先がざわめいた。 今までのイリュージョンショーはもちろん、アルバイトの従業員の中にもいない女の子だった。 リツコさんに手錠を外してもらってお辞儀する女の子。 拍手。 もちろん彼女はモトカちゃんだった。 この箱の背板はどんでん返しで回る構造になっていて、裏側は人体交換の女の子を隠す空間になっている。 「あたし、ここに閉じ込められて待つんですか? うふふっ、いいですよ!」 モトカちゃんはそう言って笑うと、ショーが始まる前から袋詰めになって仕掛けの中に収まってくれた。 きっと素敵な時間を過ごしたんだと思う。私も同じだから。 7-2. 後半のイリュージョンはモトカちゃんがアシスタントを務めた。 といっても、練習の時間が短かったからネタは一つだけ。 モトカちゃんは靴を脱ぎ、首から上と足先だけが出る箱に入った。 箱の後ろについたハンドルをリツコさんがぐるぐる回す。 すると箱は上下方向に縮み始じめ、それに合わせてモトカちゃんの首と足先の距離も短くなっていった。 まるでモトカちゃんの身長がどんどん縮んでいるみたいだった。 やがて箱の高さは数センチまで薄くなり、モトカちゃんは顎と足先がほとんどくっついた状態になった。 もちろん本人はちゃんと生きていて、大きな目玉をくりくり動かしながら笑っているし、ソックスの足先もぴくぴく動いている。 ボディ・コンプレス(圧縮)と呼ぶイリュージョン。 これも今夜初めてやったネタだった。モトカちゃんに先を越された私はちょっと悔しい。 さて、このとき私はどうなっていたのか。 モトカちゃんが圧縮イリュージョンで頑張っている間、彼女と入れ替わりにどんでん返しの裏側に収まった私はちょっと困ったことになっていた。 奥行わずか30センチの真っ暗な空間。 この中で私は手錠と袋詰めの拘束から自力で抜けて、次のイリュージョンに備えなければならない。 手錠と背板のベルトは少し力を入れれば外れる。袋は内側に垂れた解き代を引けばロープで縛られた口が緩むようになっている。 標準サイズの女の子なら、厚さ30センチの空間でも問題なくできるはずの作業。 その後は、どんでん返しで元に戻るときに袋を足元に叩き落せば、私は自由になって登場する仕掛けだ。 手錠を外し、ロープの解き代を手探りで探り当てて引いた、そのときだった。 右手にあった手錠がぽろりと落ちた。 いけない! 後になって冷静に考えたら手錠をそのまま足元に落とせばよかった。でもこのときの私は冷静じゃなかった。 落ちた手錠を拾おうとした。 手錠はショートパンツの辺りに引っかかっているようだった。 腕を下げようとしたら、腰が動いて手錠が少し下がった。 股間に硬いモノが当たる。 や、やばっ。 無意識にもがくと、手錠の片輪がきっちり直角に食い込んだ。 手錠の反対側はショートパンツの上の方に噛んでいるらしい。 手を伸ばせない。身を屈めることもできない。 自分が極薄の空間にいることを意識した。 もがけばもがくほど股間が突き上げられる。股間に意識が集中する。 この感じ。昔やった角オナ。 体重を掛けて押し付ける、あの感じ。 ・・きゅん! 何をやってるのか私。こんな場所で。 モトカちゃんも耐えたのに。閉じ込められて耐えたのに。 閉じ込められて。閉じ込められて。 ・・きゅん! 「あ、・・はぁ、ん」 駄目。声出しちゃ。 こんな場所でエッチになっちゃ駄目。角オナなんて。あそこを押し付けるなんて。 「あぁっ」 ・・きゅん! 7-3. ステージは最後のネタに進んでいた。 モトカちゃんがリツコさんに導かれて再びどんでん返しの箱の中に立つ。 扉を閉めて箱の前に大きな黒布をかざした。 少し待って黒布を外すと、そこにはまだモトカちゃん。 もう一度かざして、再び外す。 ・・モトカちゃんが消えて、私が立っていた。 リツコさんがぎょっとするのが分かった。 そのときの私は誰���見ても分かるくらいに発情していた。 うるうるした目と半開きの口。笑顔なんてとても作れない。 ショートパンツから生える太ももは内股。内側が少し濡れているようだった。 バーカウンターの向こうに立つガッチーがお腹を抱えて笑うのが見えた。 リツコさんに手を取られて箱から出る。 どんとお尻を叩かれた。 「フィナーレだよ! とろんとしてないで、しっかり!」 「ふぁいっ」 二人で左右に分かれて立ち、私が出てきた箱を指差した。 その中にはモトカちゃんが隠れているはずだ。 ステージの照明が消え、フラッシュライトが激しく点滅する。 箱の側板が両側に倒れた。前の扉も手前に倒れた。 最後まで残っていた背板も向こう側へ倒れるのが見えた。 照明が戻ると、ステージには四方に崩壊した箱の残骸だけがあった。 あの女子高生の姿はどこにもない。 おお~っ。 客先から驚きの声が湧き、それは大きな拍手へと変わった。 7-4. 「あー、楽しかった!!」 残骸の中から制服姿のモトカちゃんが這い出してきて笑った。 崩壊した箱の下に埋もれた台座。その中にモトカちゃんは身体を小さくして入っていたのだった。 私だったら入るだけで苦労しそうな極小のスペース。 そこに短時間で移動したモトカちゃんは本当にすごい。 「・・あれ、サオリさん顔赤いですけど、大丈夫ですか?」 「あ、ちょっとした事故があったけど大丈夫だから」 「えっ、事故ですかっ。具合悪いんだったら、寝てた方が」 ふ、ふ、ふ、ふ。 その場にいたガッチーとリツコさんが笑った。 「もう、何がおかしいんですかっ」 「そういえば、サオリちゃんがやらかした現場に立ち入ったはモトカだけやな」 ぷっ。リツコさんが吹き出す。 「わ、わ、わ」 「なあ、モトカ。最後にサオリちゃんと入れ替わって回転板に隠れたとき、何か気ぃつかへんかったか?」 「最後に? すごく短い時間だったから・・。でもそういえば、つーんと甘酸っぱい匂いがして何だろうって」 ぎゃー。 [エピローグ] 私は高校を出て専門学校へ進み、その間ずっと U's のアルバイトを続けた。 卒業した後ジローさんのアシスタントに正式に採用されて、この世界に入った。 プロになってからはいろいろあって、今は女性だけのイリュージョンマジックチームのリーダーをしている。 モトカちゃんは私と一緒に U's でバイトをするようになった。 彼女が趣味で作るイリュージョンの道具はジローさんに認められてプロのショーで使われるほどになった。 この世界に入らないかと誘われたようだけど、断って今は可愛い2児のお母さんだ。 たまに会って女同士の濃い友情を交わしているのは彼女の旦那様には内緒。 ガッチーにはお付き合いして2年目にバージンを贈呈した。 被虐の想いが溢れて狂いそうになった私を、緊縛という愛情で救ってくれたのも彼だった。 彼自身は U's のマスターを辞めた後、フェティッシュバーの店長、怪しい秘密クラブのマネージャーなど、いろいろな仕事を渡り歩いて夢を追いかけている。 結婚とかそういうことは考えていないけれど、ずっとお互いを高め合うパートナーでいるつもり。 ジローさんとリツコさんは、もう老舗ともいえる U's を変わらず続けている。 お店のバーカウンターにはモトカちゃんが寄贈したあの小さなギロチンが今も飾られているんだって。 来月あたり、昔の仲間で集まろうと声が掛かった。 久しぶりにリツコさんのベリーダンスが見られると楽しみにしていたら、女性参加者は全員セクシー衣装持参で踊るのよと言われてしまった。 お酒さえ飲ませておけばストリップだってしてくれる人だから、モトカちゃんとはその作戦でいこうと相談しているところ。
~ 登場人物紹介 ~ 伊吹彩央里(サオリ): 18才、高校3年生。マジックカフェ&バー『U's(うっす)』のアルバイト。 ガッチー : 25才。U's のマスター兼バーテン。サオリの彼氏になる。 川口もと香(モトカ): 16才、高校1年生。ガッチーの妹。イリュージョン道具の自作が趣味。 内海次郎(ジロー): 46才。プロマジシャン。U's のオーナー。 内海律子(リツコ): 33才。元マジシャン兼アシスタント。ジローさんの妻。 清美(キヨミ): ジローさんのアシスタント。途中で退職。 『くのいち~』 『続・くのいち~』 で女性イリュージョンマジックチームのリーダーをしていたサオリさんが高校3年生の時のお話です。 今は30台後半と思われる彼女ですから、およそ18~20年の昔になります。 スマホのない時代ですね。おっぱい星人、写メ などの懐かしい言葉や温水便座などその頃の感覚を少しだけ織り込んで楽しみました。 本話に登場したイリュージョンで当時まだ発明されていないものがあったらごめんなさいです。 『くのいち~』ではとても真面目なリーダーだったサオリさん。 もちろん高校生の頃も真面目で奥手でした。 後輩のモトカちゃんにうまくコントロールされてエッチな気分にされてしまうのは、もうお約束の展開ですね。 イリュージョンの最中にネタ場の中で角オナに走るのはちょっと強引だったかも。 でも奥手な女の子の角オナはとても可愛いので大好きです(何を言ってるのだ私は)。 サオリさんのお相手になったガッチーという男性は『続・くのいち~』で秘密クラブのマネージャーとして登場した人です。 もともとサオリさんとの間に特別な関係があることを想定していましたが『続・くのいち~』では描くことができませんでした。 このお話で二人のなれそめを描いてあげることができてよかったです。 ちなみに、ガッチーは別の短編( 『視界不良な生活』 )にもチョイ役で登場しています。 お気付きの方は「うん、知ってる」とドヤ顔をしていただき、そうでない方はぜひお読みください。(イリュージョンのお話ではありません) イラストで描いたギロチンは、どうしてもブレード(刃)が自身の重量で落下する構造にしたくて、あれこれギミックを考えました。 お話の中ではタネに触れていませんが、このような外観イメージでマジック可能なはずです。 ブレード上部の箱はモトカちゃんの言う「鉛のオモリ」です。市販の鉛板を張れば1キロ以上になるでしょう。軽量なブレードでも鉛の重さで叩き切るイメージ。 この重量と衝撃に耐えるにはフレームを相当しっかり作らねばなりませんけどね。 もう一つ、イラストにサオリさんとモトカちゃんの人体交換イリュージョンの流れを描きました。 前半(モトカちゃん登場まで) 後半(箱の倒壊まで) ディテールはありませんが、参考にどうぞ。 それではまた。 次作はまったく未定ですが、これからも楽しみいただければ幸いです。 ありがとうございました。 PS. 執筆にあたり、ストーリー展開およびイリュージョンの内容でご提案ご相談くださった某くのいち様にお礼申し上げます。 [2023.8.10 追記] こちら(Pixiv の小説ページ)に本話の掲載案内を載せました。 Twitter 以外にここからもコメント入力できますのでご利用ください。(ただしR18閲覧可能な Pixiv アカウント必要)
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感染
★★★ご注意★★★ これは成人向けのフィクション小説です。 新型コロナウイルスにヒントを得て創作しましたが、本話に登場するウイルスはあくまで空想上のものです。 センセーショナルなテーマで注目を集めることを意図していませんで、SNSなどで無責任に話題にすることは避けてください。 また、筆者は医学の専門家ではありません。 それらしく記した専門用語や治療方法はすべてファンタジーです。現実のコロナと混同されないよう、くれぐれも注意してください。 本話で記した医療行為等を真に受けてトラブルが生じても、筆者が責任を取ることはできません。 (これだけ書いておけば大丈夫かな) ★★★★★★★★★ [Part.1] 1. とあるホテルの客室。 窓から外の景色を見る男性。 まだあと10日も過ごすのか。気が重かった。 日本に着いたのは3日前。 ワクチンは接種済みだった。 しかし入国時のウイルス検査で同じ飛行機の乗客から陽性者が出た。新種の変異株だった。 この変異株に対してワクチンの有効性はまだ確認されていない。 機内で座席が近かった男性は有無を言わさず2週間の隔離処理になった。 何ということか。 彼はプロの音楽家だった。 仕事はキャンセル。楽器も別便で送っていたから、この軟禁から解放されるまで楽器に触れないのも辛かった。 それに。 男性の脳裏に一人の少女の顔が蘇る。 彼女との再会を期待していたが、それも叶わない夢となったようだ。 2. ドアをノックする音がした。 「荷物が届きました。お部屋の前に置いておきます」 荷物? 僕に? 3分待ってドアを開けた。 ホテルの従業員との直接接触を避けるためのルールである。 食事や届け物は廊下に置いてもらい、自分で取り込むことになっていた。 誰もいない廊下。そこに大きな楽器ケースが立てて置かれていた。 これはコントラバスじゃないか。 思わず駆け寄った。 キャスター付きの楽器ケースをそのまま部屋に引き入れる。 蓋を開けようとして少し困った。 このケースには4桁のダイヤル錠がついていたが、番号が分からなかった。 「・・お部屋の番号でございます」 どこからともなく声が聞こえた。女性の声だった。 訳が分からなかったけれど、ダイヤルを自室のルームナンバーに合わせてレバーを引いた。 蓋が開いた。 楽器ケースの中にコントラバスは入っていなかった。 上の方には小さな包みがぎっしり詰まっていた。 そして下側には、不織布マスクをつけた少女が小さくなって収まっていた。 少女は自分でケースから抜け出てくると、立ち上がって髪と衣服を整え、そして男性に向かって深々と頭を下げた。 「柿崎様。このたびの不手際につきまして、心より謝罪申し上げます」 「え、何」 「当方の施設にお移りいただこうと努めましたが、あの石頭の知事が、・・失礼いたしました、私どもの力不足でございます。まことに申し訳ございません」 彼女が身に着けているのは黒いミニスカートのメイド服だった。 柿崎と呼ばれた男性はこのメイド服を知っていた。少女の声にも覚えがあった。 「キミはH氏のメイドだね」 「はい。お目にかかりますのは2度目でございます」 彼女は口元を隠していたマスクを外した。 「あぁ! キミに会いたいと思っていたんだ」 「覚えていてくださったのですね。嬉しいです」 それは男性が想っていた少女だった。 「それにしても、なぜコンバスのケースなんかに入って」 「ここでわたくしの存在は秘密でございます。柿崎様もどうかご他言されませんよう、お願い申し上げます」 「僕は新種ウイルスの濃厚接触者だよ。来てくれたのは嬉しいけれど、こんなところにいちゃダメだ」 「柿崎様の感染が確認された訳ではございません。それに、どのような事情であろうとお客様にご不便を強いることは許されないのです。つきましては、」 少女は微笑んだ。 「こちらにご滞在中、わたくしにお世話させてくださいませ。ご満足いただけるようお尽くしいたします」 3. フランス在住でコントラバスのソリストである柿崎陽明が初めてH氏邸に招かれたのは1年前。 当主のH氏の前で演奏し、そして夜は部屋付のメイドだった少女の伽(とぎ)を受けた。 彼は33才で独身だった。独身になる前に2度結婚し2度離婚していた。 これ以上結婚する愚を繰り返す気はなかったが、据え膳を拒むほどヤボでもない。 少女を抱き、そのベッドテクニックと細やかな気配りに驚いた。 朝になって彼女の年齢がわずか15と知りもう一度驚いた。 倍以上も歳が違う男をここまで満足させるとは。 この幼い日本人少女はサン・ドニの高級娼婦でも敵わないと思わせる一流のセックス・メイドだったのだ。 今回の来日はH氏邸への二度目の訪問になるはずだった。 柿崎は改めて目の前の少女を見る。 ショートヘアの黒髪、色白の肌。濃い目の眉ときらきら輝く瞳。 前に会ったときと少しも変わっていなかった。 ただ、少し背が伸びたか。胸も大きくなったように思えた。 記憶の中から少女の乳房を呼び戻す。 「バストは75のDカップになりました。よろしければ触ってお確かめくださいませ」 「え」 少女が笑っていた。 そうだ、この子は僕が何を考えているのか魔法みたいに分かるんだった。 「・・えっと、」 慌てて取り繕う。そうだ楽器。 「キ、キミは楽器の替わりにケースに入って来たんだね。できれば僕のコンバスを届けてくれると嬉しいんだが」 「そうおっしゃると思っておりました。柿崎様のコントラバスはお預かりしておりますが、ホテルの部屋でお弾きになるには音が大きいものですから、代わりにこれをお持ちしてございます」 「おおっ」 少女が出したのはサイレントベースだった。 アコースティックなコントラバスに近い音が出せる電気楽器である。 ヘッドフォンで音を聴くので誰に苦情を言われることもない。 柿崎自身もパリのアパルトマンでは同じサイレントベースを使っていた。 「使わせてくれるのかい?」「もちろんでございます」 椅子に掛けて楽器を受け取り、指で弦を弾き軽くチューニングする。 よし。 ヘッドフォンを着けて弓を構えた。 太い音が流れる。数日ぶりに奏でるコントラバス。 うん、いい音色だ。 いつの間にか音の世界に没入した。 4. 気が付くと少女の姿がなかった。 と、バスルームから少女が現れ、楽器ケースの蓋を開けて銀色の器具を出した。 あれはフライパンか? フライパンを手に少女は再びバスルームの中に消える。 それっきり出てこない。何をしているんだろう? 覗き込むとバスルームの中に折り畳み式の小さなテーブルが置かれていた。 テーブルの上にはカセットコンロ。その前でフライパンを振る少女。 このホテルの客室にはキッチンなんて気の利いた設備はないから、彼女はバスルームで料理をしているのだった。 オリーブオイルとバターの香りが漂う。 ああ、素敵な香りだ。 この部屋に来てから食事は冷たいサンドイッチか弁当ばかり。 暖かい食事に飢えていた。 少女が振り返った。 「練習のお邪魔をしましたか? ディナーまであと10分だけお待ちくださいませ」 「そんなところで火を使って大丈夫なの?」 「ちょっとした工夫です。ホテルのセキュリティシステムに細工いたしましてここの火災警報器は無効にしてございます」 「やはりキミは魔法使いだね」 「光栄です。・・サーロインの焼き加減はいかがいたしましょう?」 「任せるよ。僕の舌は音痴なんだ。でも好みを言わせてもらえばブルーレアとレアの間くらいがいいな」 「うふふ。かしこまりました」 ブランデーの瓶が振られて炎が狭いバスルームの天井近くまで立ち上がった。 5. その夜、柿崎は少女を抱いた。 少女は明らかに昨年より成熟していた。 乳房はふくよかに膨らみ、腰の括れと尻の張りも大きくなっていた。 日本女性特有のきめ細かい肌はいっそう柔らかくなっていて、あらゆる箇所の触り心地がよかった。 彼は少女の膣(なか)に2度放ち、その度に彼女は小さな声で鳴きながら震えてくれた。 「ねぇ、僕は感染していると思うかい?」 裸の少女を胸に抱きながら聞いた。 「柿崎様にそのようなことはないと信じております。ただ万一の場合は、当家の専門病院で最善を尽くします」 「キミはワクチンを打っているの?」 「はい。わたくしも柿崎様と同じです」 「何でも知ってるんだね。・・僕は本当は怖いんだ。明日にも高熱を出して倒れそうで。僕と一緒にいてキミは怖くないのかい?」 「どうして怖がるのですか? こうしてご奉仕させていただけているのに」 いい子だな。 このままずっと抱いていたいと思った。いっそ感染したらもっと一緒にいられるかな。 そう考えた途端、耳元で少女がささやいた。 「実はわたくし、悪い子なんですよ? ときどきお客様に良からぬことを思わせてしまいます」 「僕が何を考えたのか、いったいどうして分かるんだい?」 「勘です」 少女は微笑みながら、柿崎の右手を掴み自分の胸に導いた。 マシュマロのように柔らかい半球が掌の中に収まる。 「どうか、今は無事にお過ごしになることだけをお考えくださいませ。・・よろしければ、悪い子の胸を揉んでいただけますか?」 黙って少女の乳房を揉みしだいた。 「あ・・」 半球の先端に乳首が尖った。 右手の中に突然グミ菓子が現れたようだった。 「ん、あぁっ・・、お上手です、柿崎、さまっ」 柔らかい女体が波打った。 彼の男性が反応する。 少女は身を起こし、四つん這いになってそそり立つそれを口に含んだ。 おおっ。 柿崎は朝までにさらに2度放精した。 6. H氏邸からは数日おきに食材の入った小包が届いた。 それで少女が作ってくれる料理はどれも絶品だった。 ホテルからも毎食の弁当が差し入れられたが、少女が試食して「ゴミですね」と切り捨て、毎回トイレに流されることになった。 柿崎はコントラバスの練習に明け暮れ、夜はベッドで少女を抱いた。 毎朝のウイルス検査で陽性反応が出ることもなく、平穏で幸福な日々が続いた。 「あら」 H氏邸からメイドがやってきて6日目の朝、届いた食材をチェックしていた彼女が小さな声を上げた。 「どうしたんだい?」 「いえ、ちょっと頼んでいない品物が届いたものですから」 「?」 「お使いになるかどうかは柿崎様がお決めになってくださいませ。お相手は、わたくし、になりますが」 屋敷から届いたそれは、手錠、リード(紐)のついた首輪、革の手枷と足枷、猿轡、その他どうやって使うか分からない様々な拘束具だった。 「キミのところではこういうプレイもできるのか」 「はい。これらはごく軽めの拘束具ですが、ご希望があれば厳しい緊縛や拷問も承ります。メイドに苦辱を与えてお楽しみになるお客様は珍しくありません」 「拷問なんて、僕にはとてもできないよ」 「柿崎様のご嗜好はわたくしどもも承知いたしております。ですが、そろそろ新しい趣向を提案してきたのでしょうね」 「キミはどうなの? 鎖で繋がれたりして平気なのかい?」 少女の顔が少し赤くなった。 「大丈夫です。柿崎様のお気に召すようにわたくしを拘束してくださいませ」 「こういうのは初めてなんだ。教えてくれるかい」 「はい。お導きさせていただきます」 7. 揃えて出された両手に手錠を掛けた。 「お掛けになったら、わたくしの左手を持って、軽く持ち上げてくださいませ」 言われた通りに少女の左手を掴み上に引くと、手錠で繋がった右手も吊られて上がった。 「はぁ・・」 少女が溜息をついた。消え入りそうな声が混じっている。 「痛いのかい?」 「そうではありません。・・ただ、こうすることで女は拘束されていることを実感いたします」 そうか。嫌ではない、ということか。 「次は首輪を」「わかった」 首輪を巻いた。 「きつめに絞めていただいて構いません」 「絞めて欲しいんだね」 「いえ、そういう訳では」 バックルにかかる穴を二つ進めて留めた。 「はぁっ」 今度ははっきり分かる声だった。 「お、お上手です。これくらいが、苦しくなる手前です」 「手錠と首輪だけでそんなセクシーな声を出すんだね。ベッドじゃあれほど大胆なのに」 「ああ、言わないでくださいませ」 首輪から伸びるリードを少女が自分で持ち、柿崎に向かって差し出す。 「首輪を締めたら、この紐を、まるで飼い犬でも引くように、・・強く、引いてくださいませ」 黙ってリードを受け取ると、ぐいと引いた。 「あぅっ。・・も、もっと強く」 さらに力を加え、斜め上に強く引いた。 首輪が顎の下の食い込む。 少女の踵が浮いた。 「あ、ああぁっ!!」 少女は目を閉じてがくがく揺れた。 興奮していた。柿崎は少女の首を絞めることで明らかに高まっていた。 そして少女も拒んでいない。拒まないどころか、首を絞められて悦んでいるのだと分かった。 これが女性を責めて楽しむということか。 「あ・・・」 少女の身体から力が抜けた。 そのまま崩れ落ちそうになるのを抱きかかえて支えた。 「はぁ、はぁ・・、申し訳ございません」少女が目を開けて言う。 「お導きするなどと申して、こんなに頼りない、へなちょこなメイドで・・、んっ」 少女の口を柿崎の口が塞いでいた。 「たったこれだけで大人を興奮させるなんて、本当にキミは大変な娼婦だ。・・もう我慢できない。外はまだ明るいけどキミを裸にするぞ」 「あ、あぁ、はいっ。・・ご自由に、どうぞご自由に、わたくしを使ってください、ませ」 8. 隔離が終わる日。 柿崎にウイルス感染の症状が出ることはなく、検査の結果も陰性のままだった。 夜にはパリに向けて出発しなければならない。 「帰りの飛行機でまた感染者が出ないことを願っているよ」 「ご安心くださいませ。当家のプライベートジェットをご用意いたしますので、感染のリスクはありません」 「すごいね。もしかしてキミも一緒に来てくれるのかい?」 「あいにくですが、わたくしは屋敷に戻り隔離処置を受けます。機内でのお世話は別のメイドが担当いたします」 「そうか。サヨナラするのは残念だよ」 柿崎は本当に残念そうな顔をした。 「そうだ、僕からのお礼をしよう」 「お礼、でございますか?」 「ここに座って、両手を後ろに回して」「はい」 柿崎は少女をベッドに腰かけさせた。 革の拘束具を持つとストラップを少女の二の腕に巻きつけた。 右側、左側。それぞれ強く締める。 そうして両腕を背中で組ませアームバインダーを被せた。 バインダーに3本あるストラップをすべて締め上げるた。 続けて少女の足首に足枷を取り付け、これもストラップで締め付けた。 「どうかな」 「動けません。・・嬉しいと言ったら、わたくしのこと、お嫌いになりますでしょうか?」 「僕だって嬉しいさ。こんなに可愛いメイドを自由にできるんだからね」 柿崎はそう言って少女の頬を愛おしそうに撫でた。 「キミは最高の女の子だ」 「もったいないお言葉です、柿崎様」

少女の頭にサイレントベースのヘッドフォンを被せた。 それから椅子に座ってベースと弓を構える。 「僕の日本でただ1回のコンサートだ。心を込めて弾くよ」 コントラバスの音色が低く、ゆっくり響いた。 Canon in D(ヨハン・パッヘルベルのカノン)。 ・・あぁ、大好きな曲。 少女は目を閉じて聴いた。 身体は拘束具で囚われているけれど、音楽を聴く心は自由だった。 やがて涙が目元にあふれ、頬を伝って流れた。

9. フランス在住の日本人音楽家・柿崎陽明氏はパリへと帰っていった。 少女は再び楽器ケースに入ってH氏邸に帰還し、検査と観察のため屋敷内で隔離された。 3日が過ぎ、いつものように朝食を取ろうとしたら味が分からなかった。 彼女はH氏グループが経営する専門病院に移された。 [Part.2] 10. ベッドの横に人影があった。 男性と女性。二人とも感染予防の防護服を着ていた。 男性はお医者様だ。女の人は、誰だろう? 「・・熱はだいぶ下がりました」お医者様の声。 「急性期の段階から抗体価が高かったとのことですが」女性の声。 「このウイルスは急性期の方が回復期より抗体価が高いことも多いのです。ただ、彼女の場合は突出していました」 「退院しても大丈夫ですか?」 「本当はまだ許可できません。・・でも、もう決まっているのでしょう?」 「決定したのはあなたがたH邸ですよ。政府と私はそれに協力するだけです」 「そうでした」 少女は女性を見上げる。 20台半ばくらいかな。綺麗な人。 「目が覚めましたか?」女性が言った。 「・・どなた様、でしょうか?」 まだ頭が朦朧(もうろう)として、うまく喋れない。 「外務省北米局の武藤早矢(はや)です。高熱でずいぶん苦しんだそうですね」 「はい」 「あなたには悪いけど、すぐに出発しなければなりません」 「それは、メイドの、お役目ですか?」 「ええ。あなたが必要なの」 そうか、じゃあ、全力でお尽くししないと。 「武藤、様」 「早矢と呼んでくれていいわよ」 「では早矢様。わたくしは、どこへ」 「アメリカよ」 11. その90分後。 在日米軍基地を離陸した輸送機の中に少女と武藤早矢がいた。 少女は透明なカプセル状のアイソレーター(ウイルス飛散を防ぐ陰圧シールド)の中に寝かされ、さらに転動防止のために全身をストラップで固定されている。 アメリカ軍の飛行機とは驚いたけれど、早矢によると少女の輸送は日本とアメリカ両国政府の特認の元で行われているらしい。 スーツ姿の早矢が近くのシートに座っているのが見えた。 早矢は少女に顔を向けて何かを話そうとしているようだ。 そういえば、詳しい説明は飛行機の中でするとおっしゃっていたわね。 でもこんなに轟音が激しくちゃ、いくら声を張り上げても会話するのは難しそう。 早矢は少女の脇に来て喋ろうと考えたのだろう。シートベルトを外して立ち上がろうとして、隣にいた米軍士官に制止された。 お願い、大切な話なの! 両手を振り回して必死に訴えているが、聞き入れてもらえそうにない。 少女は少し微笑んだ。 早矢様って、落ち着いていて知的な女性と思っていたけど、可愛い。 そのとき機体が大きく傾いた。輸送機が旋回したようだ。 早矢は中腰のまま真横にこけて士官に支えられた。 スカートからストッキングの脚が真上に伸びて、まるで漫画のようにばたばた動いている。 少女の身体も真横に振られた。それと同時に全身を固定するストラップがぎゅっと締まって制止された。 拘束されていることを意識する。手も脚も動かせない。 あぁ、嫌じゃない。 H氏邸のメイドにとっては子供遊びのような拘束だけど、それでも自由を奪われるのはちょっと嬉しい。 少女はゆっくり目を閉じた。 早矢様、申し訳ありませんがご説明はアメリカに到着してから願いますね。 12. 着陸の衝撃で目が覚めた。 少女を収めたアイソレーターが搬出される。 あれ? ヘリコプター? 自分を載せてきた機体を見て気が付いた。いつの間にか輸送機からヘリに乗り換えていたようだ。 ごろごろ押されて建物の中に運ばれた。 「着いたわよ!」一緒に走りながら早矢が教えてくれる。 明るい手術室のような部屋に入ると、口髭をたくわえた背の高い白人男性が待っていた。 男性は早矢に向かって英語で話しながら握手する。 "やあ、リズ。見違えたよ。よりによって君が日本の官僚とはね" "運命のなせる業です。でもおかげでこうして再会できました、チャールソン所長" "クレア・エルトンとの親交は継続しているのかね?" "はい。彼女がエジンバラに行ってからも歳の離れた親友です" "そうか。いずれゆっくり思い出話を楽しみたいものだが、まず今は緊急事態だ" 男性はアイソレーターに収められた少女を見た。 "この娘がドナーか" "はい。16才のメイドです" "ふむ。さっそくだが採血と検査、患者には血漿投与の準備を同時並行で行う。・・拙速の極みだよ。急(せ)いては事を仕損じる、慌てて走ると転びますぞ、とは誰が言ったかな?" "ロミオとジュリエットの第2幕、ローレンス神父の台詞です" 早矢はさらりと答え、チャールソン所長はにやりと笑った。 13. 少女はアイソレーター内に拘束されたまま唾液を採取され、さらに腕に注射針を2本刺された。 約600mlの血液処理に要する時間はおよそ1時間。 採血管から得た血液は分離装置で血漿成分が取り出され、残った赤血球などの成分は返血管を通じて少女の体内に戻される。 「気分はどう?」 早矢が声をかけてくれた。 「問題ありません。そろそろ説明していただけるでしょうか。ここはどこですか?」 「ここはアリゾナ州にあるキャンベル人間工学研究所よ。キャンベル財閥による運営で、その当主はマーク・キャンベル氏」 キャンベル様ならお名前は聞いている。確か、旦那様が懇意になさっているアメリカの大富豪だ。 「わたくしのお役目は血液を提供することですか?」 「もちろんそれが一番の役目だけど、旦那様のお世話もしてもらうわ。あなたには抗体があるから」 「旦那様とは?」 「あなたのご主人よ。ウイルスに感染して、こちらの施設におられるの」 「ええっ!」 H氏は渡米中に発症し、キャンベル人間工学研究所に極秘で収容された。 新種の変異株である。治療薬や治療法は確立されていない。 感染症の権威が診断し、治療法として回復期血漿投与による受動免疫療法が提案された。 確実性はないが、現段階の症状の進行状況では効果が期待できると考えられたのである。 こうして金に糸目をつけずに世界中でドナー(血漿成分の提供者)の探索が行われた。 何人かの候補者の中にH氏邸のメイドがいた。 彼女はたまたま同時期に発症して回復期にさしかかっていた。 血液型、抗体価その他の条件が適合したことに加え、本人や家族の了解を得ることなくドナーに使えることも好都合であった。 日本で採取した血漿を調製して凍結輸送する余裕はないと考えられ、本人をアリゾナまで緊急搬送することになった。 日米両政府とアメリカ空軍の協力を得てわずか11時間の輸送だった。 14. 待機していた少女にウイルス検査の結果が伝えられた。陰性である。 アイソレーターが取り外され、全身を固定していたストラップからも解放された。 起き上がって深呼吸する。 ずっと続いていた頭痛と身体の痛み、倦怠感が消えていた。 もう大丈夫。わたしは元気だ。 体を洗って早矢が一緒に持ってきてくれたメイド服を着用する。 身だしなみを整えながら気になっていたことを早矢に聞いた。 「早矢様、チャールソン所長様は早矢様のことをリズとお呼びでしたが」 「あら、分かった?」 「盗み聞きするつもりはありませんが、お二人の会話がとても明瞭に聞き取れたものですから。早矢様はイギリスで英語を学ばれたのですか?」 「さすがH氏邸のメイドね」 「語学は厳しく教育されました。メイドとしてはまだまだ未熟です」 「でもあなたは旦那様がお選びになった女の子よ。誇りに思っていいわ」 「あの���もし間違っていたら申し訳ありませんが」 「何?」 「早矢様は、お屋敷でお勤めでしたか? メイドとして」 早矢は驚いた顔で少女を見つめる。 「どうして分かったの!?」 「勘です。わたくしたちメイドについてよくご存知ですし、早矢様ご自身がメイドを誇りに感じてらっしゃるようなので」 「どうやら後��を舐めていたようね。・・正体を明かすわ。この仕事をする前はお屋敷にいたの」 「あぁ、やっぱり」 「17のときにこの研究所に派遣されてご奉仕したわ。リズはそのときの一生忘れないニックネーム」 「17才ですか。きっと可愛らしいメイドさんだったんでしょうね」 「私のことはもういいでしょ? 今日はこれから・・、きゃっ」 少女が早矢に背中から抱き付いていた。 「早矢様がいてくださって、本当に心強いです」 「だ、駄目でしょ」 わざとやっているのか、そうでないのか、少女の両手は早矢の胸を押さえて揉んでいる。 「あ、ふ・・」 早矢は少女に抱かれたまま後ろを向いた。 そうして、その口を少女の唇に合わせる。 「んっ・・」 少女の身体から力が抜けた。 早矢様、女同士のキスなのに、なんて上手。 やがて二人は唇を離した。 「あなたこそ、今まさに "花" だわ」 「はぁ、はぁ。・・はい」 「全力で、お尽くしするの。いい?」 「はい、早矢様」 こほん。わざとらしい咳払いが聞こえた。 "そろそろ病室へ移動してくれるかね" ドアを開けてチャールソン所長が立っていた。 抱き合っていた二人は慌てて離れる。 "エルトン博士の報告を思い出したよ。・・リズは同性相手でも性的な接待が可能である。その技術は驚くべきものだと" "所長! お願いですから、この子のいる前でそういう話はやめてくださいっ" 15. 研究所の職員に案内されて病棟へと移動した。 エアシールドの前まで来るとその先は少女だけが通される。 病室に入ると、点滴に繋がれて酸素吸入器をつけたH氏が眠っていた。 そのまわりで防護服を着た医師と看護師が立ち働いている。 わたしだけメイド服のままで構わないのかしら? すぐに気がついた。自分には防護服もマスクも要らない。 "血漿を投与しました。後は天に祈るだけです" 看護師の一人が説明してくれた。 "そうですか。わたくしは何を?" "何でも。医療行為は我々が担当しますが、それ以外はやってください" "はい" "あなたが来られたので、我々はリスク回避のため定期的な診療を除き病室から退去します。基本的な介護はあなたに任せるようにとの指示です" "分かりました。お任せくださいませ" "何かあればインタフォンで知らせてください。それから、あなたには行動制限が課せられます" "行動制限ですか?" "それは、つまり、" "病室内に24時間留まりなさい、という意味ですね? わたくし自身には抗体がありますが、わたくしの体と衣服は汚染されましたから” "あなたが聡明な女性でよかった" "恐縮でございます。行動制限を受け入れます" やがて医療スタッフは出てゆき、病室には少女だけが残された。 よし! 旦那様のお世話をさせていただくのは初めてだ。 少女はメイド服の袖をまくった。 16. 少女は献身的にH氏の看護に努めた。 メイドがご奉仕するのは当たり前のことだから辛くも何ともなかった。 お体の清拭、衣服やシーツの交換、下(しも)のお世話。点滴や呼吸器を確認、看護師作業の補助。 できることは何でもやった。 病室には個室のトイレや洗面所があり、食事も提供されたから、彼女自身が困ることはなかった。 血漿投与の翌週、昏睡状態にあったH氏の症状は快方に向かい始めた。 数日後には呼吸器が不要になった。 意識が明確になることはないものの、たまに目を開けて「水が飲みたい」など求めるようになった。 医師は受動免疫が有効に機能していると診断した。 少女にとっては大いなる喜びだった。 自分の血液が旦那様の中に流れている。そう思うだけで嬉しい気持ちになった。 「そこのお前。ここはどこだ?」 はっきりした声が聞こえた。 振り返るとH氏がベッドに寝たままこちらを見ていた。 「キャ、キャンベル人間工学研究所でございます」 慌てて頭を下げてお答えする。 「キャンベル・・? アリゾナか?」 「はいっ。そうでございます。ご病気はまもなく治るとお医者も言われておりますので、どうかご安心くださいませ」 「・・」 あれ? しばらく待って頭を上げると、H氏は再び目を閉じて眠っていた。 どきん、どきん。 心臓が止まりそうだった。 旦那様と直接言葉を交わしたのは屋敷に入って何度目だろうか。 駄目ね、わたし。 もっとご奉仕しないといけないのに。 ・・あなたこそ、今まさに "花" だわ。全力で、お尽くしするの。いい? 早矢の言葉が蘇る。 少女はインタフォンで依頼した。 "お届けをお願いできるでしょうか? 麻のロープを10メートルほど" 17. 翌日、病室にやって来たのは早矢だった。 防護服を着て、手に麻縄を入れた袋を持っている。 「所長に聞いたわ。もしかしてあなた、自縛するつもり?」 「はい。旦那様はメイドの緊縛がお好きでいらっしゃるので」 「自信はあるの?」 「実はあまり得意ではありません。でもお喜びいただけるように全力で」 「駄目よ。旦那様はとても目が肥えてらっしゃるから、中途半端な自縛はかえってご不満になるわ」 「そんなにはっきり言われると、落ち込みます」 早矢は微笑みながら縄束を取り出した。 「大丈夫、メイドの緊縛をお見せすることなら可能よ」 「早矢様、お縛りになれるんですか?」 「私、あなたの先輩よ? あなたも受ける方なら大丈夫でしょ?」 少女も微笑んだ。 「はい。まる一日中吊られたって耐えてみせます」 「じゃあ旦那様がお目覚めになる前にやってしまいましょう。・・床にうつ伏せになって両手を前に出しなさい」 言われた通りにすると、早矢は少女の手を頭の後ろで合わさせ、その手首を縄で縛った。 右腕の上腕と前腕を合わせて縛り、左腕も同じように縛った。 さらに足首を合わせて縛り、膝を折らせて足首の縄を手首まで引いて固定する。 「どう?」 「動けません。でもお優しい緊縛ですね」 「それは物足りないっていう意味?」 「いえ、そんな訳では」 早矢は立ち上がるとインタフォンで連絡した。 "準備できました。運んでください" やがて病室に防護服の男たちが現れて、棺桶のようなガラスの水槽を運び込んだ。 彼らは床に防水シートを敷き、その上に水槽を据えた。 水槽の底には金属の首輪が細い鎖で繋がっているのが見えた。 鎖の長さは30センチほどだろうか。 「これは私の友人が使っていたウォーターボーディング(水責め)のテストツールよ。彼女、被験者を女性に限ってテストしていたの」 「 "彼女"?」「そうよ」 早矢が合図すると男たちは黙って少女を持ち上げ、水槽まで運んだ。 水槽の中に寝かせると、少女の首に首輪を巻いて固定した。 そうして男たちは洗面台でバケツに水を汲み、水槽の中に注いだ。 ざば。 少女はメイド服で縛られたまま、少しずつ水の中に沈んでゆく。 顔面が水に隠れた。 しばらく息を我慢して、そして堪らず身体を反らして顔を水面から上げる。 首輪の鎖がぴんと伸びたが呼吸はできた。 ざば。 水面はさらに上昇し、身体を精一杯反らせても鼻と口が水面から出せなくなった。 酸素を求めて首を振っているうちに、身体が浮いて水槽の中で横転した。 パニックになって水中で激しくもがく。 あぶっ。 少し水を飲んで、背けた顔が一瞬水から出た。とっさに空気を吸い、再び沈んだ。 生きられる、と思った。 厳しいけれど、一生懸命頑張れば死なない程度には息ができる。 メイドの水責めを旦那様にお楽しみいただくことができる。 そう、それでいいわ。 早矢の声が聞こえたような気がした。 水槽のガラス越しに早矢とベッドに眠るH氏が見えた。 その早矢が少女に向かって親指を立てた。 ・・早矢様、まさか。 早矢は防護服を脱いだ。 その下は屋敷のメイド服だった。マスクも着けていない。 早矢は立ち上がると、少女に見えるようにその場でくるりと一回転した。 ずっと歳上のはずなのに、自分と変わらない十代のメイドのように見えた。 理解した。 早矢は少女の代わりに旦那様のお世話をするつもりなのだ。 もちろんウイルスに感染することは覚悟の上だ。 少女は水中でぶるぶる震えた。 自分も役目を果たさなくては、と思った。 私も命をかけてお尽くしする。 18. 水中のホッグタイ(逆海老緊縛)。 さらに首輪を着けられて、その首輪はわずか30センチほどの鎖で水槽の底に繋がれている。 水槽の水嵩は30センチよりもはるかに高いが、全身で波をたてて首を背ければ波の谷間でほんの一瞬空気が吸える。 少女は何度も水を飲んで意識を失いかけた。 必要なら命を捧げることも厭わないけど、今は死んではならない。 旦那様がいつお目覚めになってもいいように見苦しい姿ではいられないのだ。 水責め水槽の中で細く長く苦しみながら、そのときを待ち続ける。 どれくらい時間が過ぎたのだろうか。 メイド服の早矢がベッドに駆け寄るのが見えた。 H氏が早矢に支えられてこちらをご覧になっている。 はっきりと意志をお持ちの目だった。 ・・うむ、これはよい。 言葉では聞こえなかったけれど、少女にはH氏の思いが明確に伝わった。 [Part.3] 19. ここはH氏が所有する周囲20キロほどの湖である。 「この辺りでよかろう」 H氏は湖の中央でクルーザーを止めさせた。 「さて、儂はこうして帰ってくることができた」 そこに揃った屋敷の幹部たちに向かって話し始めた。 「無事に回復できたのは皆の働きの賜物である。特に血液を提供したメイドには感謝せねばならぬ」 そこまで言って少女に視線を向けた。 「そろそろ頭を上げてはどうだ?」 「はい」 少女は主人に向けて恐る恐る頭を上げる。 旦那様が使用人に感謝の言葉をお述べになるなんて、聞いたこともなかった。 「褒美をとらせたい。近くに来なさい」 「はいっ」 H氏は自分の前に少女を立たせると、麻縄で縛り始めた。 高手小手縛りの上、10本の手指すべてに縄を掛ける。 メイド服に食い込む二重菱縄。そして太もも、膝、脛、足首。 時間をかけた丁寧な緊縛だった。 かつてH氏の緊縛は荒々しく女体を締め上げる緊縛だった、 しかし今はH氏自身がゆっくり楽しみながら16才のメイドを縛っているのがよく分かった。 少女にとっては縄の一本一本が身に余る光栄だった。 近頃は旦那様が自ら縄をお持ちになること自体珍しいのである。 緊縛が完成すると、少女の足首に50メートルの係留用ナイロンロープが繋がれた。 浮力を相殺するために300号(約1.1kg)のオモリを2本取り付ける。 「よいか?」 「どうぞ如何様にもなさってくださいませ」 少女は縛られたまま湖に投げ込まれた。 輝く湖面と青い空。それに続いて無数の泡と頭上にクルーザーの船底が見えた。 その船底は次第に遠く、暗くなってゆく。 自分の命を繋ぐロープが細く伸びている。 湖に投げ込んだメイドを沈めておくのか、引き上げるのか、それは旦那様のお気持ち次第だ。 20. 「うむ」 がんじがらめに緊縛したメイドが水中に消えると、H氏はクルーザーをゆっくり走らせるように命じた。 デッキに丸めたロープがどんどん出て行く。 「よい天気だ」 空を見上げてゆっくり言われた。 そこには、今までと変わらない自信に満ちたH氏の姿があった。
~登場人物紹介~ 少女: 16才。H氏邸のメイド。勘がいい。 柿崎陽明: 33才。フランス在住音楽家。 武藤早矢: 24才。外務省北米局所属。元、H氏邸のメイド。 セオドア・チャールソン: 70台半ば。キャンベル人間工学研究所所長。 久しぶりの投稿です。 H氏邸シリーズとなるとほぼ3年ぶり。 コロナ禍で憂鬱な日々が続く中、H氏がウイルスに感染することを考えました。 最初にアイディアが浮かんだのは昨年の始め頃。 世界中で様々な治療法が模索されていた時期で、受動免疫療法もその一つでした。 それからポツポツと書いては中断を繰り返し、ワクチン接種も現実になった今になってようやくアップできました。 冒頭の「ご注意」は、念のために記載しておきます。 Part.1 では、メイドさんがコントラバスの楽器ケースに入って届きます。 コントラバスのケースはとても大きいので、中に女性を入れるのは問題ありません。 ただし今回は一つの楽器ケース内に同梱物が多数です。 サイレントベース、携帯ガスコンロやフライパンその他調理器具一式、数食分の冷蔵/冷凍食材、さらに小型のキッチンテーブルまでもがメイドさん本体と共にパズルのように隙間なく収納されています。 いったいどんな風に詰まっているのか、ぜひ見てみたいものです。 なお、サイレントベースは正式には「エレクトリック・アップライトベース」と呼びます。 長くて書きにくいので本話ではよく通じると思われるサイレントベース(某社の商品名)にしました。 Part.2 は『異国のクリスマスパーティ』のアリゾナが舞台です。 リズさんはお屋敷のメイドを卒業して今は外務省のキャリアです。 彼女くらい優秀なら国家公務員総合職試験に一発で合格することは全く問題ないでしょう。 クレアさんについては少し悩んだ結果、再登場なしです。 彼女のようなスペシャリストは7年も経てば別のステージに進んでいるのが普通だと思いますので。 また、以前お約束しておきながら スザンナ姫 を絡めることはできませんでした。すみません。 Part.3 は短いですが一番やりたかったシーンです。 日本の湖で周囲20キロは田沢湖や摩周湖と同程度ですね。 こんなのを個人で所有できるのか謎ですが、H氏なら何でもアリということでww。 さて、前の記事でお知らせしましたように10月半ばには FC2 の旧ブログを閉鎖します。 突然 Page not found になると思いますが、特に案内はしませんのでご了承お願いします。
~(追記)コメント送信トラブルについて~
コメント送信でエラーになる事象が発生している模様です。 私の環境で試してみたところ、 A.「お名前」を日本語にすると「お名前が長すぎるか、短すぎるようです」とメッセージが表示 「お名前」を英文字にすると「コメントを公開する前に」という謎の文言が表示されるものの送信 B.「コメントを投稿」を押下しても送信完了しない Windows: Chrome/Firefox は A、Edge は B Android: Chrome は A iOS/iPadOS: Safari は B が発生します。(OSやブラウザのバージョンによる差異は未分類) IntenseDebate の問題と思われますが、古いサービスのため解決されるかどうか分かりません。 しばらく様子を見て解決しないようであれば、Twitter でのメッセージ交換を公開することにします。 それまでの間、恐れ入りますがメッセージの送信は pixiv からお願いします。
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生存報告と旧ブログ閉鎖について
ご無沙汰しております。 ウィズコロナの世の中となり、皆さまお元気でおられるでしょうか。 私自身はコロナ感染は免れていますが、外科手術で入院(完治)し、また長年にわたる単身赴任を終了するなど、生活が一変しました。 小説の投稿もしばらく途絶えた状態で申し訳ありません。 ここのところモチベーションが高まり、新作を執筆中です。 9月中にはアップできると思われますので、今しばらくお待ち下さい。 さて旧ブログ(FC2)に関しましてお知らせです。 旧ブログは長らく放置していましたが、2021年10月13日頃をもって閉鎖いたします。 FC2 運営からアダルトブログの管理強化(個人情報書類の提出、別会社サイトへ強制移行など)の方針が通告されており、これを機に退会することにした次第です。 旧ブログに掲載の小説はすべてこちら(Tumblr)に移行していますが、もし皆さまにとって気になる情報があるようでしたら、早めに閲覧なりダウンロードなりしてくださいませ。 よろしくお願いいたします。
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