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#奥尻空港
st8610 · 2 years
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自転車で奥尻島に行きましたPart3
奥尻島3日目の朝、同行していた友人が先に帰るので一緒に早起きして撤収を見守りました。
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朝食は簡単に済ませる。 僕は今夜もここに泊まるのでテントや大荷物はそのまま。
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ターミナルまでのお見送り。
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また次の旅で。 前日は北側を徘徊したので、この日は南側を徘徊します。
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一人旅のスタートは鍋釣岩から。荷物は最低限。フラッグは友人から預かった。 個人的な奥尻島の知識で最もメジャーなのは地震による津波災害。 島の南端、青苗岬には慰霊碑がありました。
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朝のウォーキングで来たおじいさんが刻まれた名前を一つ撫でて行ったのが印象的でした。
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青苗地区から奥尻空港の裏側を散策。
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南端から初日のキャンプ地であった北追岬までは海のすぐそばを走る。交通量も皆無。
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二分割ではありますが島を一周したことになります。 初日にも入った北海道最西端の温泉へ。
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昼前の一番風呂を貸切状態にて堪能。
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奥尻ワイナリーにてお土産を購入し青梅へ戻ります。 昼飯時、昨日食べ逃したウニを目指し、友人がリサーチした店へ。
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ミョウバン漬けとは思えぬほど大粒なウニ、焼きサクラマス、焼きツブ、もずくの味噌汁、イカに至っては刺身、煮物、塩辛の海産づくし定食。道民でもなかなか食べられないクオリティでした。
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少々中途半端な時間になってしまったので来た道を戻りつつ徘徊。 キャンプ地に戻ったところで雲行きが怪しくなってきたのでテント内で簡単な夕食。
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暗くなる頃には雨が降り始めました。明日は日の出前に起きるために早めの就寝。
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ichinichi-okure · 1 year
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2023.7.30sun_tokyo
7月30日 1:00AM 友人4人と芋洗い状態のスーパー銭湯で汗を流した後、八王子ラーメンで塩分補給。 サウナ後のラーメンは至福。
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ラーメン屋二階のバーからは知らない女性達が歌う"夏の日の1993" この曲を歌っていたバンド名が思い出せず、しばらく考えてみても一向に答えは出なかったが誰一人調べようともしなかった。
2:30AM 皆を家まで送り届けたあと翌日のために前橋へ向かう。 東京から日帰りできる距離ではあるけれど少しでも旅気分を味わうために前乗りすることにした。
4:00AM 前橋のホテルに到着。 深夜ということもあるが建物自体古くて全体的に薄暗い。 深夜のひと気の無いだだっ広いロビーの奥で唯一明るく照らされたフロントに座る男性二人がなんだかミステリー・トレインに出てくるホテルマンみたいだった。
部屋に入りベッドに潜ってそろそろ寝ようかという頃、ベッドサイドのランプが突然ひとりでに明るくなり驚いて振り返ると灯りはゆっくりと暗くなった… ????? そういえば先程からどこからか物音が聞こえるし、部屋番号は422と忌み数が並んでいるし、と色々考えはじめたら恐ろしくなってきて眠れなくなった。
何か写ったらどうしようと思いながらランプにカメラを向けてみたが特に何も写らない。
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この部屋を案内した若いほうの男を恨みながら壁のシミを気にしている頃、突然ブーンと唸り出した冷蔵庫に呼応するように照明が一瞬暗くなってまた戻った。 なんだよ、電圧の上がり下がりが照明に影響しただけか…。 幽霊の正体見たり枯れ尾花…阿保らしくなってすぐ寝た。
11:00AM 寝不足のままホテルをチェックアウト、少し辺りを散策してからツルヤ前橋南店へ。 東京出店を切に願う長野が生んだ最強スーパーマーケット。
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たまにしか来られないので土産用にあれこれカゴに入れてたら結構な量になったが、まだまだ買い足りてない気がする。
2:30PM 浮と港の単独公演『緑白んで』を観に白井屋ホテルへ。 会場は前橋で古くから旅館を営んできた老舗ホテルに大胆なリノベーションが施されたアートホテル。
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事前にホームページで見るととても素敵なホテルだったので前乗りするのならここに宿泊…といきたかったが身の丈に合わない宿泊料を見て即却下した。
浮(ぶい)こと米山ミサさんを知ったのはGOFISHのライブにはじめてゲスト出演された時で、彼女の演奏と唄声を聴いた途端時間の流れがゆっくりと進むような不思議な感覚になった。 出会えて良かったと思える音楽家の一人。
米山さんの演奏を浮かばせるような藤巻鉄郎さんのドラムと服部将典さんのコントラバスのアンサンブルは今日も素晴らしかった。
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時々海の底で聴いているような気分になったのはラウンジの高い吹き抜けのせいか、あるいは寝不足でウトウトしてたせいかもしれない。 今回この空間で観られたのは本当によかった。
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フジロック出演の翌日に2部公演をこなしてお疲れの皆さんと別れを告げてライブの余韻を引きずりながら東京へ。 すぐ日常に戻ってしまうのは寂しいので少しだけ遠回りして帰った。
追記…時間を少しだけ巻き戻して29日 6:00PM
平木元さんと山口洋佑さんの展示会『that summer feeling 』を観に東京おかっぱちゃんハウスへ行ってきた。
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これまで主に紙で表現されてきた元さんと山口さんの世界が陶器や陶板に練り込まれたり描かれた作品たちはそのどれもが本当に素晴らしい。
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条件さえ揃えば千年万年と残る陶磁器、自分たちのすでに存在しない遥か遠い未来にこの作品たちを目にする人がいるかもしれないと思うとドキドキした。
友人らとだらだら長居していると19時終了の予定だった営業時間も20時まで延長するという。 おかっぱちゃんハウスは相変わらず居心地がよくて毎回ついつい長っ尻になる。
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The End
-プロフィール- 金子哲広 52歳 東京 会社員 Instagram https://instagram.com/irie_akhr Twitter https://twitter.com/irie_akhr Threds https://www.threads.net/@irie_akhr
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kyono-toritori · 2 years
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とてもいいお天気で、なじみの漁港に足を運んだ。珍しいカモはいないかな…。
まずはカルガモ、ヒドリガモ。
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私の好きなウミアイサがつがいでやってきた。モヒカンヘアがセクシー。
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手前にホシハジロ、奥にスズガモ。
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ヒドリガモは額のクリーム色がとても可愛いらしいカモなのだけど、今日は機嫌が悪そう。どのカモも大声でメスの尻尾に攻撃している。遊んでるのか、求愛なのか。
そして興味なさそうなメス…w
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一枚に色んなカモの様子が見えるのが、漁港の楽しみ。 岩に立ってる右から2番目のカモだけ、マガモのメスだと思う。多分。オスはどうした。
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一羽でやってきたオオハクチョウに仲間が合流。こちらにすいーっと寄ってきた。こりゃ餌付けされてるな…?
真ん中の子は水飲み中。下を向いたまま水を飲めないらしくて、嘴に水を乗せてから上を向いて流し込むみたい。しょっぱそう…。
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今日は1個の漁港しか行けなかった。
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のぎわ公園で、マガンの渡り。ケラケラ…。ケラケラケラ…。
青森市はビルばかりで都会だなぁと思ってたけど、空が高いな。広い空も、高い空も好き。
のぎわでは、エナガ、コゲラなどを目撃。まだ雪が多くて、春になったら出直そう。
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eighthara · 7 years
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OKUSHIRI AIRPORT デッキは飛行機の発着を見るにはちょっと不向き😅 ともあれ、住人の生活を担う重要な空港。そう思うと感慨深い。 #hokkaido #hakodate_photo #okushiri #奥尻空港 #横断歩道 (Okushiri Airport)
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leblog400 · 2 years
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na-mmu · 3 years
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BACK TO WEST   3   - Geraskier modern AU
Chapter 3 旅の始まり
「いや…大したことじゃないんだ…大丈夫…」  財布とスマートフォンを失ったショックで歩道にしゃがみ込んでいたヤスキエルは、白い髪の男に手を貸してもらいながら立ち上がった。顔から出ている涙とも鼻水ともつかない液体を、花柄のプリントシャツの端で拭う。ズズッと鼻をすすった。 「ありがとう…大丈夫…全然大丈夫だ…」  鼻声になっていた。しばらく下を向いて息を整え、落ち着いたところで顔を男へ向けた。 「全然大丈夫じゃない!」  勢いよく顔をあげたせいで、また鼻水が出た。ズッと鼻を吸い上げると、白髪の男は可哀想なものを見るような目で、持っていたタオルをヤスキエルに渡してくれた。 「…ありがとう」  受け取って鼻をかむと、ライトグレーのタオルからは優しい洗剤の香りと太陽の匂いがした。少しの間、タオルに顔をうずめていた。 「…ふー」  タオルから顔を離し、息を吐きながら空を見上げると、見た事のない鮮やかな鳥が空を飛んでいるのが見えた。さっき聞こえた鳴き声は、あの鳥のものかもしれない。  少しすっきりした気がして、顔を男の方へ向けた。 「落ち着いたよ、ありがとう」 「そうか、良かった」  男が小さく笑んだ。  日の下でその白い髪の男をあらためて見ると、やはり信じられないほど整った顔をしていた。目元の彫りは深く、しっかりとした顎と通った鼻筋が美しい。まるで大英博物館に展示されているギリシャ彫刻が、そのまま展示室から動き出してきたようだった。もしミケランジェロがこの男を一目でも見たら、その手から創り出す人物の彫刻はすべてこの男と同じ顔になってしまいそうなほど完璧な顔立ちだ。うっすらと生えた髭が野性的で、その端正な顔と絶妙なバランスを保っており、黄色みがかった珍しい虹彩をもつその瞳は神秘的ですらあった。一見、白に思えるその長く柔らかそうな髪は、光の加減で銀やグレーにも見える。逞しい腕の筋肉と、厚い胸板が黒いシャツ越しに窺え、ボタンを二つほどあけた胸元から見える胸毛がセクシーだった。 「で、どうしたんだ?」 「あっ、いや、その…」  すっかりその男に見とれてしまっていた。  目の前の男に自分の哀れな状況を訴えようとした時、ぱさりと何かがヤスキエルの足元に落ちた。音のした方を見下ろすと、それはヤスキエルのパスポートとロンドン行きの航空券だった。風に飛ばされた五ポンド札を追いかけようとした時、無意識に尻のポケットに入れていたのだろう。それが落ちたようだった。 「良かったぁ!」思わず大声をあげると、ヤスキエルは飛びつくようにパスポートと航空券を拾いあげた。「君たちは残ってくれたんだな、ありがとう!良かった!ほんとうに良かった!」   今さっきまで地面に落ちていたことも気にせず、天を仰ぎながらワインレッド色のパスポートに何回もキスをした。 「…大丈夫、なんだな…?」  男は少し訝しそうな顔をしながら、ヤスキエルに聞いた。 「え?ああ、うん、ありがとう!大丈夫だ。いや、ほんとは全然大丈夫じゃないけど、まあとりあえず大丈夫だ」  ヤスキエルは手をひらひらと振りながら、男へ笑顔を向けた。  ひとまずロンドンへ帰るために必要なパスポートと航空券が無事で良かった。正直なところ、この東海岸からオーストラリア大陸の正反対に位置する西海岸のパースまで、どうやって二週間以内に辿り着けば良いのかは分からなかったが、なんとかしてパースの空港に着きさえすれば自分の国へ帰ることは出来る。どうするかはこれから考えようと思った。  ふと、男が手にドライバーらしき道具を持っているのが目に入った。 「あー、僕のことはいいけど、君は何してるんだ?何か困ってるなら手伝うけど?」  ヤスキエルの視線に気付いた男は「ああ…」と手元の工具を見た。 「俺は、車を修理していたところだ。後ろのタンクが水漏れしてたからな。もう治ったから問題ない」  男は自身の後ろを親指でさした。そちらへ目を向けると、大きな白いバンが男のすぐ後ろに停まっているのが見えた。さっきまで自分のことで精一杯で、その大きい車がすぐそこに停まっていることに全く気づいていなかった。白いボディの下側に黒のラインが入ったその車は、通常のバンと比べるとかなり奥行きがあるようだった。どことなく、使い古した感がある。 「これって、キャンピングカー?」 「ああ、そうだ」 「格好良いね。旅をしてるんだ?」 「いや、今から旅に出るところだ」 「ふーん、そうなんだ。じゃあ君はこの街の人なんだね」 「いや、違う。シドニーは仕事で来ただけで、普段は別の場所に住んでる。休暇を取って、このバン��旅行しながら帰るつもりだ」 「いいなあそれ!キャンピングカーでホリデーなんて楽しそうだよ、憧れるなあ。どれくらい旅する予定?」 「十日ほどだ。家がパースの近くなんだが、ちょうどシドニーからだと大陸を横断する形になる。せっかくだから、ウルルに寄ろうかと考��てるところだ」  男はその少しくたびれた車体に手をついた。 「こいつは買ったばかりの中古車だが、まあなんとか走ってくれるだろう」  そう言いながらヤスキエルの方へ顔を向けた男は、訝しそうにその黄色い目を細めた。 「…どうして、そんなに笑顔なんだ?」  ヤスキエルの薄い唇はきれいな三日月のように、にんまりとしていた。  訝しげな顔をした男を尻目に、ヤスキエルはミュージカルでも演じるようにくるりと回転しながら移動すると、男の後ろへまわった。バンに片手をつくと、空いた手を優雅に広げる。 「人助けをしたくないか?」   男は訝し気な表情のまま、厚みのある逞しい体をヤスキエルの方へ反転させた。 「…誰の?」 「僕だ」  ヤスキエルは歌うように答えた。更に手ぶりをつけながら続ける。 「このうるわしい哀れな青年は、彼の命綱となる財布とスマートフォンを、シドニーの街にはびこる凶悪なゴミ収集ロボットカーに今しがた奪われてしまったところだ。無一文になった上に連絡手段も断たれて、手元にあるのはパスポートと、二週間後にパースを出発するこの飛行機のチケットだけになってしまった」パスポートと航空券を持った手を仰々しく天に掲げ、もう片方の手をドラマチックに胸にあてた。「そして、なす術もなく打ちひしがれていたところに、君が颯爽と現れた。偶然にも君もパースに向かうというじゃないか。もしここで、君がほんのちょっと、ほんのちょっとだけこの可哀そうな青年に情けをかけてくれれば、二週間後には飛行機に乗って自分の国へ帰ることができる」  ヤスキエルは優雅なしぐさで今度は両手を広げると、笑みを見せながら男の顔を見据えた。 「さあ、助けたくならないか?」 「…つまり、俺のキャンピングカーでお前をパースまで連れていけというのか?」 「その通り」  ヤスキエルはウィンクをした。  男は首をかたむけ、ヤスキエルを見返すと口を開いた。 「…その前に、電話を貸してやるから家に掛けて事情を説明したらどうだ。ウエスタン・ユニオンを使えば海外送金してもらえるぞ」  ヤスキエルは広げていた手をおろすと、目をくるりと回した。 「あー…実はいま、うちの家族もホリデーで家を空けてるんだ。みんなでポーランドのおばあちゃんの家に行ってる」 「じゃあ、その祖母の家に電話を掛ければいい」 「誰が自分以外の家の電話番号覚えてるっていうんだ?全部スマホが記憶してくれるじゃないか。まあ…そのスマホは今この街のどっかを走ってるロボットカーの中だけど」 「なら、そこにある図書館に行け。無料で使えるパソコンが置いてあるから、それでFacebookでもなんでも使って家族か友達に連絡すれば良い」 「ログインパスワードを覚えてないよ。というか今はなんでも二段階認証だから、どっちみちスマホがないとどのSNSにもログインできない」  男は目を上へ向けながらため息をつき、バンに手をついた。 「お願いだ、この青いつぶらな瞳の、哀れで無力な青年を助けてくれ」  駄目押しで続ける。 「じゃないと僕はこの見知らぬ土地でのたれ死ぬかも…」  懇願するような表情で、男を上目遣いに見た。  男は少しの間ヤスキエルを見つめ返していたが、顔を下へ向けると再度ため息をついた。片手をバンに置いたままもう片方の手でその白い髪をかき上げ、ヤスキエルへ視線を戻した。 「…ギブアンドテイクだ」 「…うん?」 「乗せて欲しければ、お前も何か役に立つことをするんだ」 「オッケー…わかった。まあ、そりゃそうだよね。何をすればいい?」 「料理はできるか?」 「うーん…あんまり。でもパンケーキなら最高においしいのが作れるよ。ふわっふわのやつ」 「三食パンケーキはごめんだ。…車の運転は?」 「できる!免許を持ってないけど」 「それだと意味がないだろ」  男は少し考える素振りをした。 「じゃあ、車のメンテナンスなんか……出来る訳ないな」 「まったく知識はないけど、手伝いなら任せて。前に自分で自転車のパンクを修理したことがあるんだ」  ヤスキエルは得意げに言ったが、そんなことで説得されるわけがないというように、男は鼻から唸り声を出した。  沈黙がおり、またさっきの鳥が鳴いたのが聞こえた。  その時、ふと男の後ろに視線を向けると、遠くの方で路上に放置されているヤスキエルの荷物が目に入った。ゴミ収集車がお気に入りのKANKENのリュックを連れ去ったその場所で、取り残された大きいバックパックと、その上の薄茶色のギターがじっとしていた。  ヤスキエルは男へ視線を戻すと、自信に満ちた顔でにっこりと笑った。 「あと、歌が歌える」 「…音楽は聴かない」 「じゃあ、移動しながら路上で歌うよ。それでガソリン代を稼ぐのはどう?」 「どうだろうな。うまくいくとは思えないが…」 「君は僕の歌を聴いたことないだろ?僕がどれだけ才能に溢れてるか知ったら、君も納得するよ」  ヤスキエルは口の両端をこれ以上ないくらいに持ち上げると、男を見た。  男はバンに手をついたまましばらく考え込んでいたが、小さくため息をつくと観念したようにヤスキエルを見返した。 「…分かった、乗せてやる。お前の才能は知らないが、その得意な歌で少なくとも自分の飯代は稼ぐんだな。あと料理を教えるから、お前が飯を担当しろ」 「ああ!ありがとう、完璧だ!」  ヤスキエルは男に抱きついていた。 「君が良い人だってことは会った瞬間から分かってたよ。それに、僕といれば楽しい旅になること間違いない。パースに着く頃には、オーストラリア紙幣で僕のポケットはいっぱいになってるから、君にフルコースの料理を奢ってあげられる!僕と一緒に旅をして良かったって絶対に思うよ」  更に男を強く抱きしめた。背に回した手から、黒いシャツ越しに男の鍛え上げられた筋肉のなめらかさを感じた。ヤスキエルの頬に男の柔らかい白髪が触れ、ハーブのようなシャンプーのかすかな香りと、ほんの少し汗の匂いがした。 「分かったから、離れろ」  男はうっとおしそうに、体にまわされたヤスキエルの腕を引きはがした。 「さっさと荷物を取ってこい。すぐに出発するぞ」 「ああ、今すぐ取ってくる!」  ヤスキエルは荷物のほうへ走り出した。先ほどまでの絶望的な気持ちが噓のように消え、信じられないほど心がワクワクしていた。  あの白い髪の男とこれからキャンピングカーで旅をするのだ。しかもこの旅の一番の目的だった、あの大きな一枚岩のウルルも見に行けることになった。これまでの旅で作った歌を道中で歌って、自分自身が称賛のコインを得るに値するアーティストなのか試す機会も得られた。本物の吟遊詩人になったみたいだ。  ヤスキエルは自分の荷物の前までたどり着くと、バックパックを背負い、ギターを手に持った。  つい十五分くらい前にこの場所で、間違いなくこの旅の生命線だった財布とスマートフォンを失ったけれど、そんな事は些細な出来事のような気がした。  空を見上げる。  相変わらず太陽は、元気な光を地上に降り注いでいる。  さっき見た鮮やかな鳥が、何羽も沿道の木にとまっているのが見えた。ヤスキエルを囃すように高い声をあげて鳴いている。  こんなに心が弾むような気持ちは初めてだった。  笑顔になるのを抑えられず、ニコニコとしながら男の待つ白いキャンピングカーの方へ歩いていくと、男は車体の横に屈み何かやり残した作業をしているようだった。ヤスキエルはバンに手をついた。 「よろしくな、ローチ」  そう言って、車体を励ますように叩く。男が立ち上がった。 「ローチ?」 「この車の名前だよ」 「車に名前はつけない」 「でもここにそう書いてある」  ヤスキエルはキャンピングカーの脇腹に貼られたステッカーを指差した。幅十五センチメートルほどの黒色のステッカーには、ちょっとくすんだ赤色でROACHと印刷されていた。ヘビメタを思わせるようなゴシック体だ。 「バンドステッカーかなあ、これ」 「前の持ち主が貼ったんだろう。俺じゃない」 「いいじゃないか、ローチって。かわいいよ。この車の名前にぴったりだ。名前をつけた方がもっと愛着が湧いて良いと思うけど」  ヤスキエルはイタズラっぽい笑みで男を見た。男は、鼻から唸るような音を漏らすと「…好きにしろ」と言って、キャンピングカーのドアを開けた。乗り込もうと片足をかけたところで、ヤスキエルを振り返る。 「そういえば、お前の名前を聞いてなかったな。なんて言うんだ」  ヤスキエルは目線をステッカーから男へ移すと、笑顔で答えた。 「僕は、ヤスキエルだ」顔に笑みをのせたまま聞き返す。「君は?」   片足をステップにかけた姿勢のまま、男は尖った八重歯を見せると、 「ゲラルトだ」 と言い、その白く長い髪を揺らしながら、キャンピングカーに乗り込んだ。  ヤスキエルも男に続いて勢いよく飛び乗った。  二人の旅が、始まろうとしていた。
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Next → Chapter 4 ハングリーバード
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kuro-tetsu-tanuki · 3 years
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裕くんが三日月亭でバイトする話(タイトル)
定晴ルート入った辺りのお話。
委員会イベやら本編の描写やらとあるルートネタバレやら有。
「なぁ裕。お前、数日ここでバイトしねえか?」 「は?バイト?」
いつものように三日月亭に買い物に来ていた俺は、店長から唐突な申し出を受けた。
「お前ドニーズでバイトしてたって言ってたよな?調理スタッフとしてもやれるだろ?」 「はあ。まぁ、確かにキッチンもやってたのでやれなくはないですが。どうしたんです?随分と突然ですね」
三日月亭は店長が一人で回している。 繁盛している時間は確かに忙しそうではあるが、注文、調理、配膳と見事に捌いている。 港の食堂を稼働させていた時の俺のような状態ではとてもない。 これが経験の差というものか。 いや、それは兎も角人員を雇う必要性をあまり感じないのだがどうしたというのだろうか。
「いや、その・・・ちょっと腰が・・・な」 「腰?店長腰悪くしたんですか?ちょ、大丈夫ですか!?海堂さん呼んできましょうか?あの人ああ見えてマッサージ得意なので」 「あー・・・そういうワケじゃ、いや、元はと言えばお前らがブランコなんか・・・」
なんだかよくわからないが随分と歯切れが悪い。 腰悪くしたことがそんなに言いにくい事なのか? 言葉尻が小さくて上手く聞き取れない。
「・・・あー、海堂の旦那の事は頼む。屈んだりすると結構痛むもんでな。基本はホール、こっちが手一杯になったらキッチンもやってもらうつもりだ。で、どうだ?まかない付きで給料もしっかり出すぜ。時給は・・・こんくらいでどうだ?」 「おお・・・意外と結構な金額出しますね」 「臨時とは言えこっちから頼んでるわけだしな。その分コキ使ってやるが」
海堂さんの事を頼まれつつ、仕事内容も確認する。 まぁ、ドニーズの頃と左程変わらないだろう。お酒の提供が主、くらいの違いか。 時給もこんな離島の居酒屋とは思えない程には良い。田舎の離島で時給四桁は驚きだ。 内容的にも特に問題ない。直ぐにでも始められるだろう。 とはいえ、屋敷に世話になっている身。勝手に決められるものでもない。
「非常に魅力的ではあるんですが、即断即決とは・・・。申し訳ないですが、一度持ち帰らせてください」 「おう。言っとくが夜の居酒屋の方だからな」 「キッチンの話出しといて昼間だったらそれはそれでビックリですよ。わかりました、また明日にでも返事に来ますよ」
話を終え、買い物を済ませて三日月亭を後にする。 バイト、かぁ・・・。
夕食後。皆で食後のお茶をいただいている時に俺は話を切り出した。 夜間の外出になるのでまずは照道さんに相談するべきだし、海堂さんにもマッサージの話をしなければならない。
「成程。裕さんがやりたいと思うなら、私は反対はしませんよ。店長には日ごろからお世話になっていますし」 「ほー。ま、いいんじゃねぇの?懐があったかくなることは悪いことじゃあねえじゃねえか。マッサージの方も受けといてやるよ。店長に借り作っとくのも悪くないしな」
難しい顔をされるかと思ったが、話はあっさりと通った。 海堂さんに至っては難色を示すかと思っていたが、損得を計算したのかこちらもすんなりと了承を得た。 ちょっと拍子抜けしつつ、改めて照道さんに確認する。
「えっと、本当にいいんですか?」 「ええ。ただ、裕さんの事を考えると帰りだけは誰かしらに迎えに行ってもらった方がいいかもしれませんね」
確かに。禍月の時ではなくても、この島は気性が荒い人は少なくない。 まして居酒屋で働くのだ。店長がいるとはいえ何かしらトラブルに巻き込まれる可能性もある。
「じゃあ、俺が迎えに行くぜ。なんなら向こうで普通に飲んでてもいいしな」
お茶を啜っていた勇魚さんがニカッと笑う。 あ、湯呑が空になってる。 急須を取り、勇魚さんの湯呑にお茶を注ぎながら問い返す。
「俺は助かりますけどいいんですか?はい、お茶のおかわり」 「お、さんきゅ。いいんだよ、俺がやりてえんだから。俺なら酔いつぶれることもねえしな。それに、そういうのは旦那の仕事だろ?」
自然な流れで旦那発言が出てきて驚きつつ、その事実に一気に顔が火照る。 うん、そうなんだけど。嬉しいんだけど。そうストレートに言われると恥ずかしいというかなんというか。
「え、と・・・ありがとうございます」 「けっ、惚気は余所でやれってんだ」 「ふふ・・・」
海堂さんのヤジも、照道さんの温かな眼差しもどこか遠くに感じる。 ヤバい。凄い嬉しい。でもやっぱ恥ずかしい。 そんな思いに悶々としていると、冴さんがコトリと湯呑を置いた。
「で、バイトはいいんだけど、その間誰が私達のおつまみを用意してくれるの?」 「はっ、そういやそうだ!オイ裕!お前自分の仕事はどうする気なんだ」
冴さんの一言に、海堂さんが即座に反応する。 ええ・・・酒飲みたちへのおつまみの提供、俺の仕事になってたの・・・?
「それこそ三日月亭に飲みに来ればいいのでは・・・?」 「それも悪くはないけれど、静かに飲みたい時には向かないのよ、あそこ。それに、この髭親父を担いで帰るなんて事、か弱い乙女の私にさせるの?」
確かに三日月亭は漁師の人達がいつもいるから賑やか、というかうるさい。 ゆったり飲むには確かに向かないかもしれない。ましてや冴さんは女性だから漁師たちの視線を集めまくることだろう。 さり気なく、海堂さんを担ぐのを無理ともできないとも言わない辺りが冴さんらしい。
「ふむ。俺が裕につまみのレシピを教えてもらっておけばいいだろう。新しいものは無理だが既存のレシピであれば再現して提供できる」 「それが無難ですかね。すみません、洋一さん。今日の分、一緒に作りましょう。他にもいくつか教えておきますので」 「ああ、問題ない」
結局、洋一さんが俺の代わりにおつまみ提供をしてくれる事になり、事なきを得た。
翌日、午前中に店長へと返事をした後、島を探索。 少々の収穫もありつつ、昼過ぎには切り上げ、陽が落ち始める前には三日月亭へと足を運んでいた。
「説明は大体こんなもんか。不明な点が出てきたら逐一聞いてくれ」 「はい。多分大丈夫だと思います」
注文の仕方、調理場の決まり、会計の方法。 業務の大半はドニーズでの経験がそのまま役立ちそうだ。 むしろ、クーポンだのポイントだのない分こちらの方がシンプルで楽かもしれない。 渡されたエプロンを付けて腰紐を後ろで縛る。うん、準備は万全だ。
「さ、頼むぞルーキー」 「店長が楽できるよう努めさせてもらいますよ」
そんな軽口をたたき合いながら店を開ける。 数分も経たないうちに、入り口がガラリと音を立てた。
「いらっしゃい」 「いらっしゃいませー!」
現れたのは見慣れた凸凹コンビ。 吾郎さんと潮さんだ。
「あれ?裕?お前こんなとこで何してんだ?」 「バイト・・・えっと、店長が腰悪くしたみたいで臨時の手伝いです」 「なに、店長が。平気なのか?」 「動けないって程じゃないらしいので良くなってくと思いますよ。マッサージも頼んでありますし。それまでは短期の手伝いです」 「成程なぁ・・・」
ここで働くようになった経緯を話しつつ、カウンター近くの席へご案内。 おしぼりを渡しつつ、注文用のクリップボードを取り出す。
「ご注文は?まずは生ビールです?生でいいですよね?」 「随分ビールを推すなお前・・・まぁ、それでいいか。潮もいいか?」 「ああ、ビールでいいぞ。後は―」
少々のおつまみの注文を受けつつ、それを店長へと投げる。
「はい、店長。チキン南蛮1、鶏もも塩4、ネギま塩4、ツナサラダ1」 「おう。ほい、お通しだ」
冷蔵庫から出された本日のお通し、マグロの漬けをお盆にのせつつ、冷えたビールジョッキを用意する。 ジョッキを斜めに傾けながらビールサーバーの取っ手を手前へ。 黄金の液体を静かに注ぎながら垂直に傾けていく。 ビールがジョッキ取っ手の高さまで注がれたら奥側に向けてサーバーの取っ手を倒す。 きめ細かな白い泡が注がれ、見事な7:3のビールの完成。 うん、我ながら完璧だ。 前いたドニーズのサーバーは全自動だったから一回やってみたかったんだよなぁ、これ。
「はい、生二丁お待たせしました。こっちはお通しのマグロの漬けです」 「おう。んじゃ、乾杯ー!」 「ああ、乾杯」
吾郎さん達がビールを流し込むと同時に、入り口の引き戸が開く音がした。 そちらを向きつつ、俺は息を吸い込む。
「いらっしゃいませー!」
そんなスタートを切って、およそ2時間後。 既に席の半分は埋まり、三日月亭は盛況だ。 そんな中、またも入り口の引き戸が開き、見知った顔が入って来た。
「いらっしゃいませー!」 「おう、裕!頑張ってるみたいだな!」 「やあ、裕。店を手伝っているそうだな」 「勇魚さん。あれ、勇海さんも。お二人で飲みに来られたんですか?」
現れたのは勇魚さんと勇海さんの二人組。 俺にとっても良く見知ったコンビだ。
「勇魚から裕がここで働き始めたと聞いてな。様子見ついでに飲まないかと誘われてな」 「成程。こっちの席へどうぞ。・・・はい、おしぼりです。勇魚さんは益荒男ですよね。勇海さんも益荒男で大丈夫ですか?」 「ああ、頼むよ」 「はは、裕。様になってるぞ!」 「ありがとうございます。あまりお構いできませんがゆっくりしていってくださいね」
勇魚さんは俺の様子見と俺の迎えを兼ねて、今日はこのままここで飲むつもりなのだろう。 それで、勇海さんを誘ったと。 もう少しここにいたいが注文で呼ばれてしまっては仕方ない。 別の席で注文を取りつつ、すぐさまお酒の用意を準備をしなければ。
「いらっしゃいませー!」 「おッ、マジでいた!よう裕!遊びに来てやったぜ!」 「あれ、嵐の兄さん、照雄さんまで。何でここに?」
勇魚さん達が来てからしばらく経ったころ、店に見知った大柄な人物がやってくる。 道場の昭雄さんと嵐の兄さんだ。
「漁師連中の噂で三日月亭に新しい店員がいるって話を聞いてな」 「話を聞いて裕っぽいと思ったんだが大当たりだな!」 「確認するためだけにわざわざ・・・。ともかく、こっちの席にどうぞ。はい、おしぼりです」
働き始めたの、今日なんだけどな・・・。 田舎の噂の拡散力は恐ろしいな。 そんな事を思いつつ、2人を席に誘導する。 椅子に座って一息ついたのを確認し、おしぼりを渡しクリップボードの準備をする。
「おお。結構様になってるな。手際もいい」 「そりゃ照雄さんと違って裕は飲み込みいいからな」 「・・・おい」
照雄さんが俺を見て感心したように褒めてくれる。 何故か嵐の兄さんが誇らしげに褒めてくれるが、いつものように昭雄さん弄りも混じる。 そんな嵐の兄さんを、照雄さんが何か言いたげに半目で睨む。ああ、いつもの道場の光景だ。
「はは・・・似たようなことの経験があるので。お二人ともビールでいいですか?」 「おう!ついでに、裕が何か適当につまみ作ってくれよ」 「え!?やっていいのかな・・・店長に確認してみますね」
嵐の兄さんの提案により、店長によって「限定:臨時店員のおすすめ一品」が即座にメニューに追加されることとなった。 このおかげで俺の仕事は当社比2倍になったことを追記しておく。 後で申し訳なさそうに謝る嵐の兄さんが印象的でした。 あの銭ゲバ絶対許さねえ。
「おーい、兄ちゃん!注文ー!」 「はーい、只今ー!」
キッチン仕事の比重も上がった状態でホールもしなければならず、一気にてんてこ舞いに。
「おお、あんちゃん中々可愛い面してるなぁ!」 「はは・・・ありがとうございます」
時折本気なのか冗談なのかよくわからないお言葉を頂きつつ、適当に濁しながら仕事を進める。 勇魚さんもこっちを心配してくれているのか、心配そうな目と時折視線があう。 『大丈夫』という気持ちを込めて頷いてみせると『頑張れよ』と勇魚さんの口元が動いた。 なんかいいなァ、こういうの。 こっからも、まだまだ頑張れそうだ。
「そういえば、裕は道場で武術を学んでいるのだったか」 「おう。時た��かなり扱かれて帰って来るぜ。飲み込みが早いのかかなりの速度で上達してる。頑張り屋だよなぁ、ホント」 「ふふ、道場の者とも仲良くやっているようだな。嵐の奴、相当裕が気に入ったのだな」 「・・・おう、そうだな。・・・いい事じゃねえか」 「まるで兄弟みたいじゃないか。・・・どうした勇魚。複雑そうだな」 「勇海、お前さんわかって言ってるだろ」 「はは、どうだろうな。・・・ほら、また裕が口説かれているぞ」 「何っ!?ってオイ!勇海!」 「はははははっ!悪い。お前が何度もちらちらと裕の方を見ているのでな。あれだけ島の者を惹きつけているのだ、心配も当然だろう」 「裕を疑うわけじゃねえ。が、アイツ変なところで無防備だからよ。目を離した隙に手を出されちまうんじゃないかと気が気じゃねえんだよ」
何を話しているのかはここからじゃ聞こえないが、気安い親父たちの会話が交わされているらしい。 勇魚さんも勇海さんもなんだか楽しそうだ。
「成程な、当然だ。ふうむ・・・ならば勇魚よ、『網絡め』をしてみるか?立会人は俺がしてやろう」 「『網絡め』?なんだそりゃ」 「『網絡め』というのはだな―」
あまりにも楽しそうに会話しているので、まさかここであんな話をしているとは夢にも思わなかった。 盛大なイベントのフラグが既にここで立っていたのだが、この時点の俺にはあずかり知らぬ出来事であった。
そんなこんなで時間は過ぎ、あっという間に閉店時刻に。 店内の掃除を終え、食器を洗い、軽く明日の準備をしておく。 店長は本日の売り上げを清算しているが、傍から見ても上機嫌なのがわかる。 俺の目から見ても今日はかなり繁盛していた。 売り上げも中々良いはずだろう。
「いやぁ、やっぱお前を雇って正解だったな!調理に集中しやすいし、お前のおかげで客も増えるし財布も緩くなる!」 「おかげでこっちはクタクタですけどね・・・」 「真面目な話、本当に助かった。手際も良いしフードもいける。島にいる間定期的に雇ってもいいくらいだ。もっと早くお前の有用性に気づくべきだったな」
仕事ぶりを評価してくれているのか、便利な人材として認識されたのか。 両方か。
「俺も俺でやることがあるので定期は流石に・・・」 「ま、ひと夏の短期バイトが関の山か。ともかく、明日もよろしく頼むぜ」 「はい。店長もお大事に。また明日」
金銭管理は店長の管轄だし、もうやれることはない。 店長に挨拶をし、帰路につくことにする。 店を出ると、勇魚さんが出迎えてくれた。
「さ、帰ろうぜ、裕」 「お待たせしました。ありがとうございます、勇魚さん」 「いいって事よ」
三日月亭を離れ、屋敷までの道を二人で歩いていく。 店に居た時はあんなに騒がしかったのに、今はとても静かだ。 そんな静かな道を二人っきりで歩くのって・・・何か、いいな。
「・・・にしてもお前、よく頑張ってたな」 「いや、途中からてんてこ舞いでしたけどね。飲食業はやっぱ大変だなぁ」 「そうか?そう言う割にはよく働いてたと思うぜ?ミスもねえし仕事遅くもなかったし」 「寧ろあれを日がな一人で捌いてる店長が凄いですよ」 「はは!そりゃあ本業だしな。じゃなきゃやってけねえだろうさ」
勇魚さんに褒められるのは単純に嬉しいのだが、内心は複雑だ。 一日目にしてはそれなりにやれたという自覚もあるが、まだまだ仕事効率的にも改善点は多い。 そういう部分も無駄なくこなしている店長は、何だかんだで凄いのだ。
「にしても、この島の人達はやっぱり気さくというか・・・気安い方が多いですね」 「そう、だな・・・」
酒も入るからか、陽気になるのは兎も角、やたらとスキンシップが多かった。 肩を組んでくるとかならまだいいが、引き寄せるように腰を掴んできたり、ちょっとしたセクハラ発言が飛んできたり。 幸か不幸か海堂さんのおかげで耐性がついてしまったため、適当に流すことは出来るのだが。
「裕、お前気を付けろよ」 「はい?何がですか?」 「この島の連中、何だかんだでお前の事気に入ってる奴多いからな。こっちは心配でよ」 「勇魚さんも俺の事言えないと思いますけど・・・。大丈夫ですよ、俺は勇魚さん一筋ですから」 「お、おう・・・」
勇魚さんは俺の事が心配なのか、どこか不安そうな顔で俺を見る。 モテ具合で言ったら寧ろ勇魚さんの方が凄まじい気がするので俺としてはそっちの方が心配だ。 でも、その気遣いが、寄せられる想いが嬉しい。 その温かな気持ちのまま、勇魚さんの手を握る。 一瞬驚いた顔をした勇魚さんだが、すぐさま力強く握り返される。
「へへっ・・・」 「あははっ」
握った手から、勇魚さんの熱が伝わってくる。 あったかい。手も。胸も。 温かな何かが、胸の奥から止まることなく滾々と湧き出てくるようだ。 なんだろう。今、すごく幸せだ。
「なぁ、裕。帰ったら風呂入って、その後晩酌しようぜ」 「閉店直前まで勇海さんと結構飲んでましたよね?大丈夫なんですか?」 「あんくらいじゃ潰れもしねえさ。な、いいだろ。ちょっとだけ付き合ってくれよ」 「全くもう・・・。わかりましたよ。つまむもの何かあったかなぁ」
という訳でお風呂で汗を流した後、縁側で勇魚さんとちょっとだけ晩酌を。 もう夜も遅いので、おつまみは火を使わない冷奴とぬか漬けと大根おろしを。
「お待たせしました」 「おっ、やっこにぬか漬けに大根おろしか。たまにはこういうのもいいなあ」 「もう夜遅いですからね。火をつかうものは避けました」
火を使っても問題は無いのだが、しっかりと料理を始めたら何処からかその匂いにつられた輩が来る可能性もある。 晩酌のお誘いを受けたのだ。 どうせなら二人きりで楽しみたい。
「お、このぬか漬け。よく漬かってんな。屋敷で出してくれるのとちと違う気がするが・・・」 「千波のお母さんからぬか床を貰いまして。照道さんには、俺個人で消費して欲しいと言われてますので・・・」 「ああ、ぬか床戦争って奴だな!この島にもあんのか」
ぬか漬け、美味しいんだけどその度に沙夜さんと照道さんのあの時の圧を思い出して何とも言えない気分になるんだよなぁ。 こうして勇魚さんにぬか漬けを提供できる点に関しては沙夜さんに感謝なんだけど。 というかぬか床戦争なんて単語、勇魚さんの口から出ることに驚きを感じますよ・・・。 他の地域にもあるのか?・・・いや、深く考えないようにしよう。
「そういえば前にからみ餅食べましたけど、普通の大根おろしも俺は好きですねえ」 「絡み・・・」
大根おろしを食べていると白耀節の時を思い出す。 そういえば勇魚さんと海堂さんでバター醤油か砂糖醬油かで争ってたこともあったなぁ。 と、先ほどまで饒舌に喋っていた勇魚さんが静かになったような気がする。 何があったかと思い勇魚さんを見ると、心なしか顔が赤くなっているような気がする。
「勇魚さん?どうしました?やっぱりお酒回ってきました?」 「いや・・・うん。なんでもねえ、気にすんな!」 「・・・???まぁ、勇魚さんがそう言うなら」
ちょっと腑に落ちない感じではあったが、気にしてもしょうがないだろう。 そこから小一時間程、俺は勇魚さんとの晩酌を楽しんだのであった。
翌日、夕方。 三日月亭にて―
「兄ちゃん!注文いいかー?この臨時店員のおすすめ一品っての2つ!」 「こっちにも3つ頼むぜー」 「はーい、今用意しまーす!ちょ、店長!なんか今日やたら客多くないですか!?」 「おう、ビビるぐらい客が来るな。やっぱりお前の効果か・・・?」
もうすぐ陽が沈む頃だと言うのに既に三日月亭は大盛況である。 昨日の同時刻より明らかに客数が多い。 ちょ、これはキツい・・・。
「ちわーっとぉ、盛況だなオイ」 「裕ー!面白そうだから様子見に来たわよー」 「・・・大変そうだな、裕」
そんな中、海堂さんと冴さん、洋一さんがご来店。 前二人は最早冷やかしじゃないのか。
「面白そうって・・・割と混んでるのであんまり構えませんよ。はい、お通しとビール」 「いいわよォ、勝手にやってるから。私、唐揚げとポテトサラダね」 「エイヒレ頼むわ。後ホッケ」 「はいはい・・・」
本日のお通しである卯の花を出しながらビールジョッキを3つテーブルに置く。 この二人、頼み方が屋敷の時のソレである。 ぶれなさすぎな態度に実家のような安心感すら感じr・・・いや感じないな。 何だ今の感想。我が事ながら意味がわからない。
「裕。この『限定:臨時店員のおすすめ一品』というのは何だ?」 「俺が日替わりでご用意する一品目ですね。まぁ、色々あってメニューに追加になりまして」 「ふむ。では、俺はこの『限定:臨時店員のおすすめ一品』で頼む」 「お出しする前にメニューが何かもお伝え出来ますよ?」 「いや、ここは何が来るかを期待しながら待つとしよう」 「ハードル上げるなァ。唐揚げ1ポテサラ1エイヒレ1ホッケ1おすすめ1ですね。店長、3番オーダー入りまーす」
他の料理は店長に投げ、俺もキッチンに立つ。 本日のおすすめは鯵のなめろう。 処理した鯵を包丁でたたいて細かく刻み、そこにネギと大葉を加えてさらに叩いて刻む。 すりおろしたにんにくとショウガ、醤油、味噌、を加え更に細かく叩く。 馴染んだら下に大葉を敷いて盛り付けて完成。 手は疲れるが、結構簡単に作れるものなのだ。 そうして用意したなめろうを、それぞれのテーブルへと運んでいく。 まだまだピークはこれからだ。気合い入れて頑張ろう。
そう気合を入れ直した直後にまたも入り口の引き戸が音を立てたのであった。 わぁい、きょうはせんきゃくばんらいだー。
「おーい裕の兄ちゃん!今日も来たぜ!」 「いらっしゃいませー!連日飲んでて大丈夫なんですか?明日も朝早いんでしょう?」 「はっは、そんくらいで漁に行けない軟弱な野郎なんざこの打波にはいねえさ」 「むしろ、お前さんの顔見て元気になるってもんだ」 「はァ、そういうもんですか?とは言え、飲み過ぎないように気を付けてくださいね」
「なぁあんちゃん。酌してくれよ」 「はいはい、只今。・・・はい、どうぞ」 「っかー!いいねぇ!酒が美味ぇ!」 「手酌よりかはマシとは言え、野郎の酌で変わるもんです?」 「おうよ!あんちゃんみたいな可愛い奴に酌されると気分もいいしな!あんちゃんなら尺でもいいぜ?」 「お酌なら今しているのでは・・・?」 「・・・がはは、そうだな!」
「おい、兄ちゃんも一杯どうだ?飲めない訳じゃねえんだろ?」 「飲める歳ではありますけど仕事中ですので。皆さんだってお酒飲みながら漁には出ないでしょう?」 「そらそうだ!悪かったな。・・・今度、漁が終わったら一緒に飲もうぜ!」 「はは、考えておきますね」
ただのバイトに来ている筈なのに、何だか何処ぞのスナックのママみたいな気分になってくる。 それも、この島の人達の雰囲気のせいなのだろうか。
「あいつすげぇな。看板娘みてぇな扱いになってんぞ」 「流石裕ね。二日目にして店の常連共を掌握するとは。崇といい、これも旺海の血なのかしら?」 「もぐもぐ」 「さぁな。にしても、嫁があんなモテモテだと勇魚の野郎も大変だねぇ」 「裕の相手があの勇魚だって知った上で尚挑めるのかが見ものね」 「もぐもぐ」 「洋一、もしかしてなめろう気に入ったのか?」 「・・・うまい。巌もどうだ?」 「お、おう」
料理を運んでいる途中、洋一さんがひたすらなめろうを口に運んでいるのが目に入る。 もしかして、気に入ったのかな? そんな風にちょっとほっこりした気持ちになった頃、嵐は唐突に現れた。 嵐の兄さんじゃないよ。嵐の到来って奴。
「おーう裕。頑張っとるようじゃのう」 「あれ、疾海さん?珍しいですね、ここに来るなんて」 「げ、疾海のジジィだと!?帰れ帰れ!ここにはアンタに出すもんなんてねぇ!裕、塩持って来い塩!」
勇海さんのお父さんである疾海さんが来店。 この人がここにやってくる姿はほとんど見たことがないけれど、どうしたんだろう。 というか店長知り合いだったのか。
「なんじゃ店主、つれないのう。こないだはあんなに儂に縋り付いておったというのに」 「バッ・・・うるせェ!人の体好き放題しやがって!おかげで俺は・・・!」 「何言っとる。儂はちょいとお前さんの体を開いただけじゃろが。その後に若い衆に好き放題されて悦んどったのはお前さんの方じゃろ」
あー・・・そういう事ね。店長の腰をやった原因の一端は疾海さんか。 う���、これは聞かなかったことにしておこう。 というか、あけっぴろげに性事情を暴露されるとか店長が不憫でならない。
「のう、裕よ。お主も興味あるじゃろ?店主がどんな風に儂に縋り付いてきたか、その後どんな風に悦んでおったか」 「ちょ、ジジィてめぇ・・・」 「疾海さん、もうその辺で勘弁してあげてくださいよ。店長の腰がやられてるのは事実ですし、そのせいで俺が臨時で雇われてるんですから。益荒男でいいですか?どうぞ、そこの席にかけてください」 「おい、裕!」 「店長も落ち着いて。俺は何も見てませんし聞いてません。閉店までまだまだ遠いんですから今体力使ってもしょうがないでしょう。俺が疾海さんの相手しますから」 「―ッ、スマン。頼んだぞ、裕」
店長は顔を真っ赤にして逃げるようにキッチンへと戻っていった。 うん、あの、何て言うか・・・ご愁傷様です。 憐れみの視線を店長に送りつつお通しと益荒男を準備し、疾海さんの席へと提供する。
「よう店主の手綱を握ったのう、裕。やるもんじゃな」 「もとはと言えば疾海さんが店長をおちょくるからでしょう。あんまりからかわないでくださいよ」
にやにやと笑う疾海さんにため息が出てくる。 全く・・・このエロ爺は本当、悪戯っ子みたいな人だ。 その悪戯が天元突破したセクハラばかりというのもまた酷い。 しかも相手を即落ち、沈溺させるレベルのエロ技術を習得しているからなおさら性質が悪い。
「にしても、裕。お前さんもいい尻をしておるのう。勇魚の竿はもう受けたか?しっかりと耕さんとアレは辛いじゃろうて」
おもむろに尻を揉まれる。いや、揉みしだかれる。 しかも、その指が尻の割れ目に・・・ってオイ!
「―ッ!」
脳が危険信号を最大限に発し、半ば反射的に体が動く。 右手で尻を揉みしだく手を払いのけ、その勢いのまま相手の顔面に左の裏拳を叩き込む! が、振り抜いた拳に手ごたえは無く、空を切ったのを感じる。 俺は即座に一歩下がり、構えを解かずに臨戦態勢を維持。 チッ、屈んで避けたか・・・。
「っとぉ、危ないのう、裕。儂の男前な顔を台無しにするつもりか?」 「うるせえジジイおもてでろ」 「ほう、その構え・・・。成程、お前さん辰巳の孫のとこに師事したんか。道理で覚えのある動きじゃ。じゃが、キレがまだまだ甘いのう」
かなりのスピードで打ち込んだ筈なのに易々と回避されてしまった。 やはりこのジジイ只者ではない。 俺に攻撃をされたにも関わらず、にやにやとした笑いを崩さず、のんびりと酒を呷っている。 クソッ、俺にもっと力があれば・・・!
「おい裕、どうした。何か擦れた音が、ってオイ。マジでどうした!空気が尋常じゃねぇぞ!?」
店内に突如響いた地面を擦る音に、店長が様子を見に来たようだ。 俺の状態に即座に気づいたようで、後ろから店長に羽交い締めにされる。
「店長どいてそいつころせない」 「落ち着け!何があったか想像はつくが店ん中で暴れんな!」 「かかかっ!可愛い奴よな、裕。さて、儂はまだ行くところがあるでの。金はここに置いとくぞ」
俺が店長に止められている間に、エロ爺は笑いながら店を後にした。 飲み食い代よりもかなり多めの金額が置かれているのにも腹が立つ。
「店長!塩!」 「お、おう・・・」
さっきとはまるきり立場が逆である。 店の引き戸を力任せにこじ開け、保存容器から塩を鷲掴む。
「祓い給え、清め給え!!消毒!殺菌!滅菌ッ!!!」
適当な言葉と共に店の前に塩をぶちまける。 お店の前に、白い塩粒が散弾のように飛び散った。
「ふー、ふー、ふーッ!・・・ふぅ」 「・・・落ち着いたか?」 「・・・ええ、何とか」
ひとしきり塩をぶちまけるとようやく気持ちが落ち着いてきた。 店長の気遣うような声色に、何ともやるせない気持ちになりながら返答する。 疲労と倦怠感に包まれながら店の中に戻ると、盛大な歓声で出迎えられる。
「兄さん、アンタやるじゃねぇか!」 「うおッ!?」 「疾海のじいさんにちょっかいかけられたら大体はそのまま食われちまうのに」 「ひょろっちい奴だと思ってたがすげえ身のこなしだったな!惚れ惚れするぜ!」 「あ、ありがとうございます・・・はは・・・」
疾海さんは俺と勇魚さんの事を知っているから、単にからかってきただけだろうとは思っている。 エロいし奔放だし子供みたいだが、意外と筋は通すし。 あくまで「比較的」通す方であって手を出さない訳ではないというのが困りものではあるが。 そんな裏事情をお客の人達が知っている訳もなく、武術で疾海さんを退けたという扱いになっているらしい。 けど、あのジジイが本気になったら俺の付け焼刃な武術じゃ相手にならない気がする。 さっきの物言いを考えると辰馬のおじいさんとやりあってたって事になる。 ・・・うん、無理そう。
「おっし!そんなあんちゃんに俺が一杯奢ってやろう!祝杯だ!」 「いいねえ!俺も奢るぜ兄ちゃん!」 「抜け駆けすんな俺も奢るぞ!」 「ええっ!?いや、困りますって・・・俺、仕事中ですし・・・」 「裕、折角なんだし受けておきなさいな」
どうしようかと途方に暮れていると、いつの間にか冴さんが隣に来ていた。 と、それとなく手の中に器のようなものを握らされた。
「冴さん。あれ、これって・・・」
横目でちらりと見ると『咲』の字が入った器。 これ、咲夜の盃・・・だよな?
「腕も立って酒にも強いと知っとけば、あの連中も少しは大人しくなるでしょ。自衛は大事よ」 「はぁ・・・自衛、ですか」 「後でちゃんと返してね」
これって確か、持ってるだけで酒が強くなるって盃だったっけ。 その効果は一度使って知っているので、有難く使わせてもらうとしよう。 店長もこっちのやりとりを見ていたのか何も言うこと無く調理をしていた。
「おっ、姐さんも一緒に飲むかい!?」 「ええ。折角だから裕にあやからせてもらうわ。さぁ、飛ばしていくわよ野郎共ー!」 「「「「おおーっ!!」」」」 「お、おー・・・」
その後、ガンガン注がれるお酒を消費しつつ、盃を返す、を何度か繰り返すことになった。 途中からは冴さんの独壇場となり、並み居る野郎共を悉く轟沈させて回っていた。 流石っス、姐さん。 ちなみに俺は盃のご利益もあり、その横で飲んでいるだけで終わる事になった。
そんな一波乱がありつつも、夜は更けていったのだった。
そんなこんなで本日の営業終了時刻が近づいてくる。 店内には冴さん、海堂さん、洋一さんの3人。 冴さんはいまだ飲んでおり、その底を見せない。ワクなのかこの人。 海堂さんはテーブルに突っ伏してイビキをかいており、完全に寝てしまっている。 洋一さんはそんな海堂さんを気にしつつ、お茶を啜っている。 あんなにいた野郎共も冴さんに轟沈させられた後、呻きながら帰って行った。 明日の仕事、大丈夫なんだろうか・・・。
後片付けや掃除もほぼ終わり、後は冴さん達の使っているテーブルだけとなった時、入り口が壊れそうな勢いで乱暴に開いた。
「裕ッ!」 「うわっ、びっくりした。・・・勇魚さん、お疲れ様です」
入り口を開けて飛び込んできたのは勇魚さんだった。 いきなりの大声にかなり驚いたが、相手が勇魚さんとわかれば安心に変わる。 だが、勇魚さんはドスドスと近づいてくると俺の両肩をガシリと掴んだ。
「オイ裕!大丈夫だったか!?変な事されてねえだろうな!」
勇魚さんにしては珍しく、かなり切羽詰まった様子だ。 こんなに心配される事、あったっけ・・・? 疑問符が浮かぶがちらりと見えた勇海さんの姿にああ、と納得する。 というか苦しい。掴まれた肩もミシミシ言ってる気がする。
「うわっ!?大丈夫、大丈夫ですって。ちょ、勇魚さん苦しいです」 「お、おう。すまねえ・・・」
宥めると少し落ち着いたのか、手を放してくれる。 勇魚さんに続いて入って来た勇海さんが、申し訳なさそうに口を開いた。
「裕、すまないな。親父殿が無礼を働いたそうだな」 「勇海さんが気にすることではないですよ。反撃もしましたし。まぁ、逃げられたんですけど」 「裕は勇魚のつがいだと言うのに、全く仕方のないことだ。親父殿には私から言い聞かせておく。勘弁してやって欲しい」 「疾海さんには『次やったらその玉潰す』、とお伝えください」 「ははは、必ず伝えておくよ」
俺の返答に納得したのか、勇海さんは愉快そうに笑う。 本当にその時が来た時の為に、俺も更なる修練を積まなければ。 ・・・気は進まないけど、辰馬のおじいさんに鍛えてもらう事も視野に入れなければならないかもしれない。
「裕、今日はもう上がっていいぞ。そいつら連れて帰れ」 「え、いいんですか?」 「掃除も殆ど終わってるしな。色々あったんだ、帰って休んどけ」
俺に気を遣ってくれたのか、はたまたさっさと全員を返したかったのか、店長から退勤の許可が出た。 ここは有難く上がらせてもらおう。色々あって疲れたのは事実だ。
「じゃあ、折角ですので上がらせてもらいます。お疲れ様でした」 「おう。明日も頼むぞ」
店長に挨拶をし、皆で店を出る。 勇海さんはここでお別れとなり、俺、勇魚さん、冴さん、海堂さん、洋一さんの5人で帰る。 寝こけている海堂さんは洋一さんが背負っている。
「裕、ホントに他に何も無かったんだろうな!?」 「ですから、疾海さんにセクハラ受けただけですって。その後は特に何も無かったですし・・・」
で、帰り道。勇魚さんに詰問されております。 心配してくれるのはとても嬉しい。 嬉しいんだけど、過剰な心配のような気もしてちょっと気おくれしてしまう。
「俺に気を遣って嘘ついたりすんじゃねえぞ」 「冴さん達も一緒にいたのに嘘も何もないんですが・・・」 「裕の言ってる事に嘘はないわよ。疾海の爺さんに尻揉まれてたのも事実だけど」 「・・・思い出したら何か腹立ってきました。あのジジイ、次に会ったら確実に潰さなきゃ」
被害者を減らすにはその大本である性欲を無くすしかないかな? やっぱり金的か。ゴールデンクラッシュするしかないか。 あの驚異的な回避力に追いつくためにはどうすればいいか・・・。 搦め手でも奇襲なんでもいい、当てさえすればこちらのものだろう。 そう思いながら突きを繰り出し胡桃的な何かを握り潰す動作を数回。 駄目だな、やっぱりスピードが足りない。
「成程、金的か」 「裕、その、ソイツは・・・」
洋一さんは俺の所作から何をしようとしているかを読み取ったようだ。 その言葉にさっきまで心配一色だった勇魚さんの顔色変わる。 どうしました?なんで微妙に股間を押さえて青ざめてるんです?
「冴さん。こう、男を不能寸前まで追い込むような護身術とかないですかね?」 「あるにはあるけど、そういうの覚えるよりもっと確実な方法があるわよ」 「え?」 「勇魚。アンタもっと裕と一緒にいなさい。で、裕は俺の嫁アピールしときなさい」
嫁。勇魚さんのお嫁さん。 うん、事実そうなんだけどそれを改めて言われるとなんというか。 嬉しいんだけど、ねぇ?この照れくさいような微妙な男心。
「裕。頬がだいぶ紅潮しているようだが大丈夫か?」 「だ、大丈夫です。何というか、改めて人に言われると急に、その・・・」 「ふむ?お前が勇魚のパートナーである事は事実だろう。港の方でも知れ渡っていると聞いている。恥ずべきことではないと思うが?」 「恥ずかしいんじゃなくて嬉しくも照れくさいというか・・・」 「・・・そういうものか。難しいものだな」
洋一さんに指摘され、更に顔が赤くなる。 恥ずかしいわけじゃない。むしろ嬉しい。 でも、同じくらい照れくささが湧き上がってくる。 イカン、今凄い顔が緩みまくってる自覚がある。
「流石にアンタ相手に真正面から裕に手を出す輩はいないでしょう。事実が知れ渡れば虫よけにもなって一石二鳥よ」 「お、おお!そうだな!そっちの方が俺も安心だ!うん、そうしろ裕!」
冴さんの案に我が意を得たりといった顔の勇魚さん。 妙に食いつきがいいなァ。 でも、それって四六時中勇魚さんと一緒にいろって事では?
「勇魚さんはそれでいいんですか?対セクハラ魔の為だけに勇魚さんの時間を割いてもらうのは流石にどうかと思うんですが」 「んなこたあねえよ。俺だってお前の事が心配なんだ��これくらいさせてくれよ」 「そう言われると断れない・・・」
申し訳ない旨を伝えると、純粋な好意と気遣いを返される。 実際勇魚さんと一緒に居られるのは嬉しいし、安心感があるのも事実だ。
「裕、あんたはあんたで危機感を持った方がいいわよ」 「危機感、といいますとやっぱりセクハラ親父やセクハラ爺の対処の話ですか?」
冴さんの言葉に、2人の男の顔が思い浮かぶ。 悪戯、セクハラ、煽りにからかい。あの人たちそういうの大好きだからなぁ。 でも、だいぶ耐性はついたし流せるようになってきたと思ってるんだけど。
「違うわよ。いやある意味同じようなモンか」 「客だ、裕」 「客?お店に来るお客さんって事ですか?」
え、海堂さんとか疾海さんじゃないのか。 そう思っていると意外な答えが洋一さんの方から返って来た。 客の人達に何かされたりは・・・ない筈だったけど。
「店にいた男たちはかなりの人数が裕を泥酔させようと画策していたな。冴が悉くを潰し返していたが」 「何っ!?」 「え!?洋一さん、それどういう・・・」
何その事実今初めて知った。どういうことなの。
「今日店に居た男たちは皆一様にお前をターゲットとしていたようだ。やたらお前に酒を勧めていただろう。お前自身は仕事中だと断っていたし、店長もお前に酒がいかないようそれとなくガードしていた。だがお前が疾海を撃退したとなった後、躍起になるようにお前に飲ませようとしていただろう。だから冴が向かったという訳だ」 「疾海の爺さん、なんだかんだでこの島でもかなりの手練れみたいだしね。物理でだめならお酒でって寸法だったみたいね」 「えっと・・・」 「食堂に来てた立波さん、だったかしら。ここまで言えばわかるでしょ?店長も何だかんだでそういう事にならないよう気を配ってたわよ」
あァ、成程そういう事か。ようやく俺も理解した。 どうやら俺は三日月亭でそういう意味での好意を集めてしまったという事らしい。 で、以前店長が言っていた「紳士的でない方法」をしようとしていたが、疾海さんとのやりとりと冴さんのおかげで事なきを得たと、そういう事か。
「えー・・・」 「裕・・・」
勇魚さんが俺を見る。ええ、心配って顔に書いてますね。 そうですね、俺も逆の立場だったら心配しますよ。
「なあ裕。明日の手伝いは休んどけ。店には俺が行くからよ」 「いや、そういうワケにもいかないでしょう。勇魚さん、魚は捌けるでしょうけど料理できましたっけ?」 「何、料理ができない訳じゃねえ・・・なんとかなるだろ」
あっけらかんと笑う勇魚さんだが、俺には不安要素しかない。 確かに料理ができない訳じゃないけど如何せん漢の料理だ。店長の補助とかができるかと言うと怪しい。 この島に来てからの勇魚さんの功績をふと思い返す。 餅つき・・・臼・・・ウッアタマガ。 ・・・ダメだ、食材ごとまな板真っ二つにしそうだし、食器を雑に扱って破壊しそうな予感しかしない。 勇魚さんの事だからセクハラされたりもしそうだ。 ダメダメ、そんなの俺が許容しません。
「様々な観点から見て却下します」 「裕ぅ~・・・」
そんなおねだりみたいな声したって駄目です。 却下です却下。
「裕、ならば俺が行くか?」 「お願いしたいのは山々なんですが洋一さんは明日北の集落に行く予定でしたよね。時間かかるって仰ってたでしょう?」 「ふむ。ならば巌に―」 「いえ、海堂さんには店長のマッサージもお願いしてますしこれ以上は・・・」
洋一さんが申し出てくれるが、洋一さんは洋一さんで抱えてる事がある。 流石にそれを曲げてもらうわけにはいかない。 海堂さんなら色んな意味で文句なしの人材ではあるのだが、既にマッサージもお願いしている。 それに、迂闊に海堂さんに借りを作りたくない。後が怖い。
「洋一も無理、巌も無理とするならどうするつもりなんだ?高瀬か?」 「勇魚さん、三日月亭の厨房を地獄の窯にするつもりですか?」 「失礼ねェ。頼まれてもやらないわよ」
勇魚さんからまさかの選択が投げられるがそれは無理。 冴さんとか藤馬さんに立たせたら三日月亭から死人が出る。三日月亭が営業停止する未来すらありえる。 頼まれてもやらないと冴さんは仰るが、「やれないからやらない」のか「やりたくないからやらない」のかどっちなんだ。
「明日も普通に俺が行きますよ。ついでに今後についても店長に相談します」 「それが一番ね。店長も裕の状況に気づいてるでしょうし」 「巌の話だとマッサージのおかげかだいぶ良くなってきているらしい。そう長引きはしないだろう」 「後は勇魚がガードすればいいのよ」 「おう、そうか。そうだな」
そんなこんなで話も固まり、俺達は屋敷に到着した。 明日は何事もなく終わってくれればいいんだけど・・・。 そんな不安も抱えつつ、夜は過ぎていった。
そしてバイト三日目。 俺は少し早めに三日月亭へと来ていた。
「ああ、だよなぁ。すまんな、そっちの可能性も考えてなかったワケじゃ無いんだが・・・そうなっちまうよなあ」
俺の状況と今後の事を掻い摘んで説明すると、店長は疲れたように天井を仰ぐ。
「何というか・・・すみません。腰の具合はどうです?」
別に俺が何かをしたわけではないけれど、状況の中心にいるのは確かなので申し訳ないとは思う。
「海堂の旦那のおかげでだいぶ良くなった。もう一人でも回せそうだ。何なら今日から手伝わなくてもいいんだぞ?」
店長はそう言うが、完治しているわけでもない。 悪化するわけではないだろうが気になるのも事実。 なので、昨日のうちに勇魚さんと決めていた提案を出すことにする。
「でも全快というわけでもないんでしょう?引き受けたのは自分です。勇魚さんもいますし、せめて今日までは手伝わせてくださいよ」 「心意気はありがてえが・・・。わかった、面倒ごとになりそうだったらすぐさま離れろよ?勇魚の旦那も頼むぜ」 「おう!」 「はい!さ、今日も頑張りましょう!」
昨日話した通り今日は開店から勇魚さんも店に居てくれる。 万が一な状態になれば即座に飛んできてくれるだろう。 それだけで心の余裕も段違いだ。
「裕、無理すんなよ」 「わかってますよ。勇魚さんも、頼みますね」 「おう、任せときな!」
勇魚さんには店内を見渡せる席に座ってもらい、適当に時間を潰してもらう。 俺は店長と一緒に仕込みを始めながら新メニューの話も始める。 途中、勇魚さんにビールとお通しを出すのも忘れずに。
「新しいメニュー、どうすっかねぇ」 「今日の一品、新レシピも兼ねてゴーヤーチャンプルーでいこうかと思うんですよ」 「ほー。確かに苦瓜なら栽培してるとこはそこそこあるしな。行けるだろう」 「スパム缶は無くても豚肉や鶏肉でいけますからね。肉が合わないなら練り物やツナでも大丈夫です。材料さえあれば炒めるだけってのも高ポイント」 「肉に卵にと寅吉んとこには世話になりっぱなしだな。だが、いいねえ。俺も��しぶりにチャンプルーとビールが恋しくなってきやがった」 「後で少し味見してくださいよ。島の人達の好み一番把握してるの店長なんだから。・・・でも、やっぱり新メニュー考えるのは楽しいな」 「・・・ったく、面倒ごとさえ無けりゃあこのまま働いてもらえるってのに。無自覚に野郎共の純情を弄びやがって」 「それ俺のせいじゃないですよね・・・」
調理実習をする学生みたいにわいわい喋りながら厨房に立つ俺達を、勇魚さんはニコニコしながら見ている。 あ、ビールもう空きそう。おかわりいるかな? そんな風に営業準備をしていると時間はあっという間に過ぎ去り、開店時間になる。 開店して数分も経たないうちに、店の引き戸がガラリと開いた。
「いらっしゃいませー!」
「裕、お前まだここで働いてたのか」 「潮さん、こんばんは。今日までですけどね。あくまで臨時なので」 「ふむ、そうか。勇魚の旦那もいるのか」 「おう、潮。裕の付き添いでな」 「・・・ああ、成程な。それは確かに必要だ」
「おっ、今日も兄ちゃんいるのか!」 「いらっしゃいませ!ははは、今日で終わりなんですけどね」 「そうなのか!?寂しくなるなぁ・・・。なら、今日こそ一杯奢らせてくれよ」 「一杯だけならお受けしますよ。それ以上は無しですからね」
「裕の兄ちゃん!今日でいなくなっちまうって本当か!?」 「臨時ですので。店長の具合もよくなりましたし」 「兄ちゃんのおすすめ一品、好きだったんだけどよ・・・」 「はは、ありがとうございます。今日も用意してますから良かったら出しますよ」 「おう、頼むぜ!」
続々とやってくる常連客を捌きつつ、厨房にも立つ。 店長の動きを見てもほぼ問題ない。治ってきてるのも事実のようだ。 時折お客さんからの奢りも一杯限定で頂く。 今日は以前もらった方の咲夜の盃を持ってきているので酔う心配もない。
「おう、裕のあんちゃん!今日も来たぜ!」 「い、いらっしゃいませ・・・」
再びガラリと入り口が空き、大柄な人物がドスドスと入ってくる。 俺を見つけるとがっしと肩を組まれる。 日に焼けた肌が特徴の熊のような人だ。名前は・・・確か井灘さん、だったかな? 初日に俺に可愛いと言い、昨日は酌を頼まれ、冴さんに潰されてた人だ。 スキンシップも多く、昨日の一件を考えると警戒せざるを得ない。 取り合えず席に案内し、おしぼりを渡す。
「ガハハ、今日もあんちゃんの可愛い顔が見れるたぁツイてるな!」 「あ、ありがとうございます。注文はどうしますか?」 「まずはビール。食いモンは・・・そうさな、あんちゃんが適当に見繕ってくれよ」 「俺が、ですか。井灘さんの好みとかわかりませんけど・・・」 「大丈夫だ。俺、食えねえもんはねえからよ。頼むぜ!」 「はあ・・・分かりました」
何か丸投げされた感が凄いが適当に三品程見繕って出せばいいか。 ついでだからゴーヤーチャンプルーも試してもらおうかな。 そんな事を考えながら、俺は井灘さんにビールとお通しを出す。
「む・・・」 「どうした旦那。ん?アイツ、井灘か?」 「知ってるのか、潮」 「ああ。俺達とは違う港の漁師でな。悪い奴では無いんだが、気に入った奴にすぐ手を出すのが玉に瑕でな」 「そうか・・・」 「旦那、気を付けた方がいいぞ。井灘の奴、あの様子じゃ確実に裕に手を出すぞ」 「・・・おう」
こんな会話が勇魚さんと潮さんの間でなされていたとはつゆ知らず。 俺は店長と一緒に厨房で鍋を振っていた。
「はい、井灘さん。お待たせしました」 「おう、来た来た」 「つくね、ネギま、ぼんじりの塩の串盛り。マグロの山かけ。そして今日のおすすめ一品のゴーヤーチャンプルーです」 「いいねえ、流石あんちゃん。で、なんだそのごーやーちゃんぷうるってのは?」 「内地の料理ですよ。苦瓜と肉と豆腐と卵の炒め物、ってとこでしょうか。(厳密には内地の料理とはちょっと違うけど)」 「ほー苦瓜。滅多に食わねえが・・・あむ。うん、美味え!美味えぞあんちゃん!」 「それは良かった」 「お、美味そうだな。兄ちゃん、俺にもそのごーやーちゃんぷうるってのくれよ」 「俺も!」 「はいはい、ただいま」
井灘さんが美味しいと言ってくれたおかげで他の人もゴーヤーチャンプルーを頼み始める。 よしよし、ゴーヤーチャンプルーは当たりメニューになるかもしれない。 そう思いながら厨房に引っ込んでゴーヤーを取り出し始めた。
それからしばらくして井灘さんから再びゴーヤーチャンプルーの注文が入る。 気に入ったのだろうか。
「はい、井灘さん。ゴーヤーチャンプルー、お待たせ」 「おう!いやー美味えな、コレ!気に入ったぜ、ごーやーちゃんぷうる!」 「あはは、ありがとうございます」
自分の料理を美味い美味いと言ってもりもり食べてくれる様はやっぱり嬉しいものだ。 作る側冥利に尽きる。 が、作ってる最中に店長にも「アイツは気を付けとけ」釘を刺されたので手放しに喜ぶわけにもいかない。
「毎日こんな美味いモン食わせてくれるなんざあんちゃんと一緒になる奴は幸せだなあ!」 「はは・・・ありがとう、ございます?」 「あんちゃんは本当に可愛い奴だなあ」
屈託ない笑顔を向けてくれるのは嬉しいんだけど、何だか話の方向が急に怪しくなってきたぞ。
「おい、裕!早く戻ってきてこっち手伝え!」 「ッ、はーい!じゃあ井灘さん、俺仕事に戻るので・・・」
こっちの状況を察知したのか、店長が助けを出してくれる。 俺も即座に反応し、戻ろうと足を動かす。 が、その前に井灘さんの腕が俺の腕を掴む。 あ、これは・・・。
「ちょ、井灘さん?」 「なあ、裕のあんちゃん。良けりゃ、俺と・・・」
急に井灘さんの顔が真面目な顔になり、真っ直ぐに俺を見据えてくる。 なんというか、そう、男の顔だ。 あ、俺こういう顔に見覚えある。 そう、勇魚さんの時とか、立浪さんの時とか・・・。 逃げようと思うも腕をガッチリとホールドされ、逃げられない。 ・・・ヤバイ。そう思った時だった。 俺と井灘さんの間に、ズイと体を割り込ませてきた見覚えのあるシャツ姿。
「なあ、兄さん。悪いがこの手、離してくんねえか?」 「勇魚さん・・・」
低く、優しく、耳をくすぐる声。 この声だけで安堵感に包まれる。 言葉は穏やかだが、どこか有無を言わせない雰囲気に井灘さんの眉間に皺が寄る。
「アンタ・・・確か、内地の客だったか。悪いが俺の邪魔・・・」 「裕も困ってる。頼むぜ」 「おい、アンタ・・・う、腕が動かねえ!?」
井灘さんも結構な巨漢で相当な力を込めているのがわかるが、勇魚さんの手はびくともしない。 勇魚さんの怪力はよく知ってはいるけど、こんなにも圧倒的なんだなあ。
「こいつ、俺の大事な嫁さんなんだ。もし、手出しするってんなら俺が相手になるぜ」
そう言って、勇魚さんは俺の方をグッと抱き寄せる。 抱き寄せられた肩口から、勇魚さんの匂いがする。 ・・・ヤバイ。勇魚さん、カッコいい。 知ってたけど。 知ってるのに、凄いドキドキする。
「っ・・・ガハハ、成程!そいつは悪かったな、旦那!」 「おう、分かってくれて何よりだぜ。さ、裕。店長が呼んでるぜ」 「あ、ありがとうございます勇魚さん。井灘さん、すみませんけどそういう事なので・・・」
勇魚さんの言葉に怒るでもなく、井灘さんは納得したようにあっさりと手を放してくれた。 井灘さんに謝罪しつつ、促されるまま厨房へと戻る。
「おお!あんちゃんも悪かったな!旦那、詫びに一杯奢らせてくれや!」 「おう。ついでに裕のどこが気に入ったのか聞かせてくれよ」
漁師の気質なのかはたまた勇魚さんの人徳なのか。 さっきの空気はどこへやら、そのまま親し気に話始める2人。
「ちょ、勇魚さん!」 「いいぜ!旦那とあんちゃんの話も聞かせてくれよ!」 「井灘さんまで!」 「おい裕!いつまで油売ってんだ、こっち手伝え!」
店長の怒鳴り声で戻らざるを得なかった俺には二人を止める術などなく。 酒の入った声のデカい野郎共が二人、店内に響かない筈がなく・・・。
「でよ、そん時の顔がまたいじらしくってよ。可愛いんだこれが」 「かーっ!羨ましいこったぜ。旦那は果報モンだな!」 「だろ?なんたって俺の嫁さんなんだからな!」
勇魚さんも井灘さんも良い感じに酒が入ってるせいか陽気に喋っている。 可愛いと言ってくれるのは嬉しくない訳ではないけれど、連呼されると流石に男としてちょっと悲しい気分になる。 更に嫁さん嫁さん連呼されまくって複雑な心境の筈なのにどれだけ愛されているかをガンガン聞かされてオーバーヒートしそうだ。
「何故バイト中に羞恥プレイに耐えなければならないのか・・・」 「おい裕、いつまで赤くなってんだ。とっとと料理運んで来い」 「はい・・・いってきます・・・」
人が耐えながらも調理しているというのにこの銭ゲバ親父は無情にもホール仕事を投げて来る。 こんな状況で席に料理を運びに行けば当然。
「いやー、お熱いこったなあ兄ちゃん!」 「もう・・・ご勘弁を・・・」 「っははははは!」
茶化されるのは自然な流れだった。 勇魚さんと井灘さんのやりとりのお陰でスキンシップやらは無くなったが、祝言だの祝い酒だの言われて飲まされまくった。 咲夜の盃が無ければ途中で潰れてたかもしれない。
そんな揶揄いと酒漬けの時間を、俺は閉店間際まで味わうことになったのだった。
そして、もうすぐ閉店となる時間。 勇魚さんと一緒にずっと飲んでいた井灘さんも、ようやく腰を上げた。 会計を済ませ、店の前まで見送りに出る。
「じゃあな、あんちゃん。俺、マジであんちゃんに惚れてたんだぜ」 「はは・・・」 「だが、相手が勇魚の旦那じゃあ流石に分が悪い。幸せにしてもらえよ!」 「ありがとうございます・・・」 「また飲みに来るからよ。また今度、ごーやーちゃんぷうる作ってくれよな!」 「その時に居るかは約束できませんが、機会があれば」
からりとした気持ちの良い気質。 これもある種のプレイボーイなのだろうか。
「じゃあな!裕!勇魚の旦那!」 「おう!またな、井灘!」 「おやすみなさい、井灘さん」
そう言って手を振ってお見送り。 今日の三日月亭の営業も、これにて閉店。 店先の暖簾を下ろし、店内へと戻る。
「裕。そっちはどうだった?」 「こっちも終わりました。後は床掃除したら終わりですよ」 「ホント、この3日間マジ助かった。ありがとうな」 「いえいえ、久しぶりの接客も楽しかったですよ」
最後の客だった井灘さんも先程帰ったばかりだ。 店内の掃除もほぼ終わり、閉店準備もほぼ完了。 三日月亭のバイトももう終わりだ。 店長が近づいてくると、封筒を差し出してきた。
「ほい、バイト代だ。色々世話もかけたからな。イロ付けといたぜ」 「おお・・・」
ちょろっと中身を確認すると、想定していたよりかなり多めの額が入っていた。 店長なりの労いの証なのだろう。
「なあ裕。マジで今後もちょくちょく手伝いに来ねえか?お前がいると客足増えるし酒も料理も注文増えるしな。バイト料もはずむぜ」 「うーん・・・」
店長の申し出は有難いが、俺は俺でまだやらなければならない事がある。 悪くはない、んだけど余り時間を使うわけにもなぁ。 そんな風に悩んでいると、勇魚さんが俺の頭にぽん、と掌をのせる。
「店長、悪いがこれ以上裕をここにはやれねえよ」 「はは、旦那がそう言うんなら無理は言えねえな。裕の人気凄まじかったからな」 「ああ。何かあったらって、心配になっちまうからな」
今回は勇魚さんのお陰で事なきを得たけど、また同じような状況になるのは俺も御免被りたい。 相手に申し訳ないのもあるけど、どうすればいいか分からなくて困ったのも事実だ。
「お店の手伝いはできないですけど、またレシピの考案はしてきますので」 「おう。売れそうなのを頼むぜ。んじゃ、気を付けて帰れよ」 「はい、店長もお大事に。お疲れ様です」 「旦那もありがとうな」 「おう、おやすみ」
ガラガラ、という音と共に三日月亭の扉が閉まる。 店の前に残ったのは、俺と勇魚さんの二人だけ。
「じゃ、帰るか。裕」 「ええ、帰りましょうか。旦那様」 「おっ・・・。へへ、そう言われるのも悪くねえな」 「嫌味のつもりだったんだけどなァ」
そう言って俺と勇魚さんは笑いながら屋敷への帰路につくのであった。
後日―
三日月亭に買い物に来た俺を見るなり、店長が頭を下げてきた。
「裕、頼む・・・助けてくれ・・・」 「ど、どうしたんです店長。随分疲れきってますけど・・・」 「いや、それがな・・・」
あの3日間の後、事あるごとに常連客から俺は居ないのかと聞かれるようになったそうな。 俺がまだ島にいるのも事実なので連れて来るのは不可能だとも言えず。 更に井灘さんがちょくちょく仲間漁師を連れて来るらしく、『姿が見えない料理上手な可愛い店員』の話だけが独り歩きしてるらしい。 最近では聞かれ過ぎて返す言葉すら億劫になってきているそうな。 ぐったりした様子から、相当疲弊しているのがわかる。
「な、裕。頼む後生だ。俺を助けると思って・・・」 「ええ・・・」
それから。 たまーに勇魚さん同伴で三日月亭にバイトに行く日ができました。
更に後日。
勇魚さんと一緒に『網絡め』という儀式をすることになり、勇海さんに見られながら致すというしこたま恥ずかしいプレイで羞恥死しそうな思いをしたことをここに記録しておきます。
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ari0921 · 4 years
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「宮崎正弘の国際情勢解題」 
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令和2年(2020)7月31日(金曜日)参
 「アジアの巨星」。邪悪に挑戦した「台湾のモーゼ」=李登輝元総統
  「わたしは日本人だった」。「台湾人にうまれた悲哀」と歴史的な名言残して
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 何回もお目にかかった。その情景が様々な感慨とともに瞼に浮かんでくる。
 1996年に台湾初の直接選挙による総統選挙が行われ、中国がミサイルを撃って脅迫を続けていた。筆者は台北にいて、総統選挙を取材していた。
巷は騒然としていた。李登輝は「国民党は外来政権」と比喩したが、蒋介石に付いてきた外省人の一部は急ぎ財産を売り払って米国へ逃げた。
町の声は「逃げたい奴はとっと失せろ」だった。
 李登輝は96年ミサイル危機を目の前にしてこう言った。
「何も心配は要らない。わたしには十八の戦略がある」。
この剛胆とも言える総統の発言に本省人の多くは頼もしさを見出し、安堵感を得た。アメリカは親中派のクリントン政権だったが、空母を当該海域に派遣し、中国はすごすごと引き揚げていった。
 96年の総統選には民進党から「台湾独立運動のカリスマ」を言われた膨明敏が出馬していた。
多くの本省人は膨明敏支持だった。しかし同時に心情的には李登輝を応援した。結果は李登輝が55%。膨は25%。残りは林洋港(旧国民党強硬派。参謀総長、首相を歴任した赫白村が副総統候補)と陳履安(無所属)が出ていたが、旧勢力は惨敗だった。
 この選挙戦で、筆者は初めて李登輝氏の輝きを見た。この人の行くところ、後光が射しているかの如きで、じつは他の候補は霞んでいた。民進党は善戦したと言える。
 前後して日本側が中嶋嶺雄教授と住友電光の亀井正夫氏の呼びかけで毎年一回、台湾と日本を交互に「アジアオープンフォーラム」が開催されていた。私は台中会議から呼ばれるようになり、取材陣に加わった。毎回、李登輝閣下は出席して基調演説をこなし、懇親会にも顔をだされることがあった。
日本側の参加者を総統府に招かれ、ひとりひとりと握手された。筆者は初めて李登輝氏と握手を交わした。手に暖かみがあった。
 李登輝はキリスト教を信仰していたが、台湾のキリスト教は一神教の風情がまったくなく、台湾の風土と道教的な馬祖信仰の伝統に被さった、独特のキリスト教である。
なかでも長老会派の勢力が強いが、戒厳令の時代、教会が、じつは台湾独立派の集まる秘密集会の場所でもあった。
 ▼守旧派と千日の静かなる闘いに李登輝は勝利した
 李登輝の使命感は「台湾のモーゼ」。邪なものに挑戦し、正義を回復する。良いものは良いと評価し、一歩一歩、確実に改革に邁進するという政治信条をもち、蒋経国急死のあと、副総統から昇格したのち、守旧派と千日にわたる凄絶な戦いを続け、ついに戒厳令を撤廃し、蒋介石時代からの終身立法委員を廃止し、総統を民意で選ぶ民選にまでもっていく。
独裁政権だった国民党は大きく動揺し、李登輝を敵視する守旧派はあらゆる場面で李登輝を妨害した。
 李登輝は怯まなかった。
さずがに「台湾のモーゼ」を自称し、武士道を日本精神の中核とする信念は無私無欲、そして日本との繋がりを重視し、継続発展させるには、新幹線を日本に強引に発注する決断をなした。その後のメインテナンスで、日本との関係は継続され、深化するという独特の読みがあった。
 日台の民間交流はますます活発になった。
 1999年だった。筆者は竹村健一氏を誘って、李登輝総統への独占インタビューに出かけた。印象深かったのは、同席した「お目付役」の国民党幹部らの渋面である。同席の通訳が早業のように翻訳した紙切れを廻すと「え、こんなことを言っている」「なんとまぁ、こんなことを発言しているゾ」というあきれ顔、渋面、苦渋を浮かべる国民党幹部の顔色と、悠然と自由な会話を愉しむ李登輝総統の対比的な光景を観察しているだけでも愉しかった。
 当時、李登輝のまわりを囲んだブレーンの一人が蔡英文(現総統)だった。彼女が「中国と台湾は別個のくに」という二国論を起草した。
ドイツのラジオ局とのインタビューという形で出した「二国論」に中国は猛烈に反発したが、李登輝は自信を持って対応した。筆者は直後に『諸君!』に「猿でもわかる二国論」と題した文章を寄稿した。
蔡英文女史はその後、立法委員に当選し、いつしか党の重鎮となり、2016年総統選で国民党候補を破った。
 李総統が『台湾の主張』を出版されたときは、論壇の多くに呼びかけて発起人を引き受けて貰い、オークラに1500名が集まった李登輝出版記念会。大盛況だった。
 ▼李登輝氏とはその後も何回かインタビューに出向いた
 その後、台湾へ出かける度に、李登輝氏の台北の自宅、大渓の別荘、李登輝氏主宰のシンクタンクは淡水にあったが、そこにも三回か、四回は訪問している。
自宅を訪ねたときは花田紀凱、堤堯、中村彰彦氏が一緒だった。別荘に伺った時はたしか高山正之、花岡信昭氏が一緒だった記憶がある。
別荘の地下が書庫となっていて、その大半が日本語の書籍。哲学、思想関係のほかに日高義樹氏の著作もあった。最新の日本事情に詳しい背景がわかった。
シンクタンクへの訪問は最初、ラジオ番組収録のために、ミッキー安川と一緒だったが、このときは急遽入院されたので叶わず、後年、息子のマット安川との特別番組のインタビューの時は会えた。別の機会には、井尻千男、片岡鉄哉、藤井厳喜氏らが一緒だったこともあった。いずれも筆者が台湾側と交渉し、ツアーを組んだ企画だった。
 東京に来られたときも六本木の国際文化会館で開催された後藤新平賞授賞式では楽屋に訪ねた。日本李登輝友の会の懇親会では拙著への質問があり、氏の隣に呼ばれた。
 李登輝総統との幾つかの会話で、筆者は多くを発見した。
 第一に『武士道解題』をかかれた李登輝氏の武士道理解は『死ぬことと見つけたり』の山本常朝の武士道という悲壮な世界観に立脚するのではなく、新渡戸稲造的なキリスト教的コモンセンスの世界解釈だったこと。
 第二に、三島由紀夫に関しては、おそらく情報不足からか、一度も発言がなかった。
 第三は、李登輝世代は恋文も哲学も日本語でなしたので、大正から昭和初期にかけての日本的情緒、その奥ゆかしさを体現でき、思考の基礎を日本語で組み立てることだった。それも正調日本語である。
 或る時は駐日大使(台北経済文化代表処長)のお招きで芝のレスオランに筆者夫妻、阿川弘之夫妻、竹村健一夫妻が招かれ、懇談した。席上、阿川弘之氏が李登輝総統に会いに行くことになった。そのとき阿川氏は「断じて自費で伺います」と元日本海軍将校の基本姿勢を言われたのも印象深い。
 かくして日本李登輝友の会は初代会長を阿川弘之、二代目が小田村四郎、そして現在は渡邊利夫(拓殖大学学術顧問)となって地道な活動を続けてきた。
これからも李登輝総統閣下をカリスマとして、日台友好発展のための中核的組織として継続される。毎年7月30日の命日には追悼行事が組まれることになるだろう。
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jaguarmen99 · 4 years
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お客様、マスク着用いただけなく、乗務員の指示に従っていただけないので、恐れ入りますが降機いただけますでしょうか?」「はい、はい」  男性はきのう昼過ぎ、奥尻発、函館行きの北海道エアシステムの便に搭乗しましたが、マスクの着用を拒否し離陸直前に降ろされたという。この便はおよそ30分遅れで出発した。  男性客はANNの取材に対し、「マスクを着けると苦しくなる症状があり、系列の日本航空ではマスクをせずに搭乗を認められた」「病気のことを言いたくなかった」と話している。  一方、北海道エアシステムは「マスク拒否の理由を明確に答えてもらえず、安全確認ができなった」と説明している。(ANNニュース)
マスク着用を拒否した男性が離陸直前に降ろされるトラブル 北海道・奥尻空港
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xf-2 · 5 years
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台風19号により、長野県を流れる千曲川の堤防が決壊した。家族ら3人が避難した2階まで泥流が迫り、家屋を呑み込む危険が迫っていた。
 雲は低く垂れこめていたが、自衛隊のヘリコプター「ブラックホーク」が低空飛行で現れ、その3人をロープで吊り上げて救助した。
 自分の命が危機に陥れば、一刻も早く救助に来てほしい。誰もがそう思う。悪天候や夜間でも、派遣されるのは自衛隊のヘリや救難飛行艇だ。
 だが、いつでも、どこにでも、短時間で、派遣されるかと言うとそうではない。
 救助を求める場所がヘリ基地の近傍にあれば、短時間に到着できるが、基地から遠いと、時間がかかる。
 経路上の山に厚い雲がかかっていれば、救助を諦めて、途中で引き返さなければならないこともある。
 台風による災害が広域に発生した場合、特に悪天候であればあるほど、航続距離が長く、高性能の「ブラックホーク」による救助活動が効果的だ。
 私は、空挺部隊の降下長(Jump Master)の資格を持ち、かつヘリ偵察の経験者として、救助するヘリについて紹介したい。
 なぜなら、この救助活動は、淡々と実行されているようだが、実は悪天候などの場合には、このヘリのパイロットも救難員も、誤れば死という境界で行動しているからだ。
命懸けの緊急救助活動
 霧・雲・雪の中や、月も星もない夜、突風を受ける気象条件下で、ヘリが救助のために被災者��接近し、被災者をロープで吊り上げて救出する。
 テレビでよく見る光景だ。見ている人には、普通に淡々と行われていると映っているだろう。
 実は、厳しい訓練を積み重ねて、特殊な技能を持った者だけが、恐怖を克服して、やっとできるものだ。
 私は、彼らが「天候気象が悪い危険な現場で、必死に黙々と行動している」ことに、賛辞を送りたい。
 では、雲がかかっているとなぜ飛行が難しいのか。私の経験から述べる。
 前方がガラス張りの小型のヘリでは、薄い霧のような小さな雲の中を通過するだけで、一瞬、前方が見えなくなる。
 雲の塊に入ると、牛乳の中に入ったような感覚を受ける。小型ヘリでも時速200キロで飛行する。
 空港の周辺では航空管制の誘導を受けるので安全だが、そこから外れると視認できなければ、高圧線や他の航空機に衝突することもある。
 見えない状態のまま時速200キロで飛行することは、極めて恐ろしい
悪天候の中飛行し、山に衝突して、ヘリがバラバラに砕け、搭乗員が死亡する事故が起きている。厳しい気象条件のもとで、事故なく常に安全に飛行できているわけではないのだ。
 1994年12月、奥尻島の救急患者を空輸するため、航空自衛隊の救難隊のヘリが、雪の降る悪天候にもかかわらず、千歳空港から奥尻島に向けて発進した。
 警察や消防のヘリも飛べなかったところを、千歳救難隊のヘリが任務を受け、飛行中に雪山のユーラップ岳に墜落して、搭乗者全員が死亡した。
 2007年、徳之島の救急患者を空輸するため、夜の11時過ぎ、濃霧の中、陸上自衛隊のヘリが沖縄から徳之島に向かい発進した。
 星明りもない海の上や山々を飛行することは、前方が見えなくて極めて難しい。このヘリは、目的地である徳之島の山に激突して、搭乗者全員が死亡した。
 機長は、産経新聞社から国民の自衛官賞を受賞したほどの、誠実かつ献身的に任務を遂行してきた人物で、あと数カ月すれば定年を迎えるところだった。
 このほかにも、多くの自衛隊ヘリパイロットが、緊急を要する人命救助などを優先するために、悪天候にもかかわらず飛行して殉職している。
 一方、事故にはならなかったが、危険であることを覚悟して飛行し、任務を遂行した例も多い。
 例えば、福島第一原子力発電所の建屋が爆発し、放射線が大量に放出され、原子炉を早急に冷却することが求められた時に、被曝して生命の危険があったにもかかわらず、自衛隊のヘリが原子炉の真上を飛行し放水したことなどである。
自衛隊ヘリ基地には反対の声
 自衛隊のヘリ部隊が配備されている基地では、騒音苦情や建設反対の声が強い。
 2014年に御嶽山が噴火し、今年の台風19号で長野県や栃木県では河川が氾濫し、多く登山者や住民が救助を求めた。
 そこに、駆けつけたのが群馬県と栃木県に配置されている陸上自衛隊第12師団第12ヘリ隊だ。
 この基地のヘリは、首都圏で大災害が発生した場合には、空から短時間で救助に駆けつけ、災害派遣部隊を迅速に空輸することができる。
 ヘリは、固定翼機と異なり航続距離が短いので、ヘリ基地が被災地の近くでなければ、迅速かつ効果的な救助活動はできない。
 この意味で、この2つの基地は重要な位置に設置されているということだ。
 だが、榛名山の麓にヘリ基地を置くことに対して、建設前に、周辺地域の住民からに大反対の声が上がった。
 静かだった村に大型ヘリが来れば、騒音で住みにくくなる、丹精込めて作ったぶどう園に砂ぼこりがかかるなどで営業できなくなるといった理由だった。
 反対の意見は理解できる。私は当時、この地にある師団司令部の幕僚をしていて、自治体や地域住民の理解を得ることが非常に難しかったことを覚えている。
司令部では、「ここにヘリ基地ができないようであれば、自衛隊はこの地から撤退せざるを得ないかもしれない」という話も出た。
 それでも、説得に説得を重ね、防衛行動や災害派遣の任務の理解を得ることができて、建設することができた。
 もし、地域住民の理解が得られず、この地にヘリ基地が建設されていなかったら、現在発生している災害に、ヘリを使った効果的な救助活動はできなかったであろう。
 将来、もし首都圏で大災害が発生した場合、緊急を要する救助活動に支障をきたすかもしれない。
 自衛隊のヘリ部隊が配置されている基地は、災害救助の際にはなくてはならないものだ。
 夜間に訓練する時は、特に苦情が多い。
 災害派遣時の気象条件が悪い時を想定し、夜間でも事故なく飛行し、救助活動を行うために、日々、厳しい訓練を行っている。
 だが、騒音問題などで、周辺住民からの苦情が多い。
 災害救助はいいが、訓練の音は困る。命は助けてもらいたいが、ヘリが出す音には我慢できない、別のところでやってくれということだ。
自衛隊は、住民がなるべく騒音を感じないように、運用方法を考え、飛行規則を作る。必要最小限の騒音を引き受けることも、受け入れてほしいものだ。
 佐賀空港への自衛隊輸送機オスプレイ配備計画を巡っても、地域住民の反対がある。理由は、前述のとおりだ。
 このオスプレイは、南西諸島防衛に運用されるのだろうが、首都圏で大災害が発生したときには、佐賀から群馬県に移動して、首都圏まで飛行してきて、救助活動に当たり、多くの人々の命を救うであろう。
憲法で認められていない
 自衛官は、危険なことを承知で任務を遂行しなければならない時がある。
 自衛官も、普通の人間だ、恐怖心も持っている。その任務を遂行できるように、厳しい訓練を積み重ね、危険を乗り越える力を付けている。
 だが、現実に、困難な状況下の災害派遣任務において危険を避けられず、多くの自衛官が殉職している。
 待っている家族が、辛い思いもすることがある。
 殉職者の奥様が、喪服を着て、子供の手を引っ張って、そして、棺の前に立ち、両手を合わせる。誰でもが、自衛隊を退職するまでに、こんな光景を何度も見る。
自衛隊がこのような任務を遂行していても、国会では、自衛隊は「合憲だ」「違憲だ」という議論になる。
 国会に招致された憲法学者は、自衛隊は憲法違反だと発言する。これは、自衛官やその家族は、国民の一部から、お前たちは憲法違反だと言われ続けているようなものだ。
 国土と国民の生命を守る軍隊が、憲法などに違反していると言われるのは、日本だけだと思う。
 国会議員は、この国家の問題をいつ解決するつもりなのか。もう、後回しにする問題ではない。
 国家の問題を解決できないことが日本の弱みであり、中国・韓国・北朝鮮から、歴史問題を悪意で歪められ、誇張して宣伝されるなど、そこにつけ込まれているのではないか。
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sorairono-neko · 5 years
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はるまち
「ロシア選手権では必ず金メダルを獲るから」  ヴィクトルは勇利の手を握りしめてそう約束した。 「うん、信じてるよ」  勇利はヴィクトルの青い瞳をみつめ、物穏やかにほほえんでうなずいた。 「ヴィクトルが負けるわけないからね」 「勇利の演技も絶対に見るから」  ヴィクトルはさらに誓った。 「俺が目を離していないことを意識して。常に俺が見ていると思いながら演技するんだよ」 「うん……わかった」 「勇利よりも勇利が勝つと信じている」  ヴィクトルは熱心に言った。 「ありがとう。もうロシア大会のときのようなみっともない演技はしないから」 「俺はあの演技も好きだよ」  ヴィクトルは勇利の額におごそかにくちづけた。 「勇利は、いつも俺のこころに訴えかけてきて、激しく揺さぶる」 「じゃあ、ミスなしでそれができるようにするよ」 「ああ……」  ヴィクトルは名残惜しげにじっと勇利をみつめると、ぎゅっと抱きしめて、「……離れたくない」と苦しそうにささやいた。勇利は笑った。 「ぼく、ヴィクトルの復帰、ものすごく喜んでるんだよ」 「すこしはさびしそうにしてくれ」 「貴方の試合、楽しみにしてるから」 「勇利の全日本選手権に付き添いたかった」 「ヴィクトルが……」  勇利はつぶやいた。 「次に会ったとき、金メダルにキスさせてくれたら最高だな……」  ヴィクトルはさっと身体を離し、勇利に情熱的な視線をそそいだ。 「約束する」  勇利はにっこりしてうなずいた。 「勇利もそうさせてくれ」 「わかったよ」 「勇利」 「なに?」 「愛している」 「うん」 「それから……、」  ヴィクトルは目を伏せると、勇利の指輪にこころのこもったくちづけをした。 「離れても、こころはずっとそばにいるから……」 「おかえり。疲れたやろ。ようやったね。えらかったね。おなかはすいとる? 温泉入ってゆっくりしてきんさい」  家に帰りつくと、母親があたたかく迎えてくれた。勇利は微笑し、「ただいま」と挨拶した。 「勇利」 「はい」 「ヴィっちゃんは……?」 「ヴィクトルは……」  勇利はもう一度笑った。 「選手に復帰するから……、ロシアに戻って練習を……」 「でもこっちに帰ってくるとやろ?」  勇利はためらった。彼はうなずこうとしたけれど、自然と言葉がすべり出ていた。 「わからない……」  夕食のあと、荷物も片づけず、勇利はインターネットでニュースを調べた。ヴィクトルの選手復帰は歓迎され、彼は陽気に取材に答えていた。世界が沸き立ち、興奮している様子が伝わってきた。よかった、と勇利は思った。よかった。ヴィクトルのスケートは死ななかった。ヴィクトル・ニキフォロフは生きているのだ……。  勇利はヴィクトルを想った。この八ヶ月間、ぴったりと寄り添って、勇利のことをなにくれとなく気にかけてくれた彼だった。練習だけではない。日常生活でも、ヴィクトルはいつも勇利のそばにいた。勇利が落ちこんでいれば気持ちを引き立てようと遊びに誘い、落ちこんでいなくても、あそこへ行こう、あれをしようと提案した。食事も入浴も一緒で、たわいない話をたくさんした。夜、急に思いついたことがあって勇利が叩き起こしても、ヴィクトルは目をこすりながら起き上がって話を聞いてくれた。明日にしろとか、リンクで聞くよとか、そんなことはひとことも言わなかった。いつも勇利を愛し、いつくしみ、抱きしめてくれた。ヴィクトルはすぐ隣にいた。勇利は望めば彼のところへ行き、彼の姿を見、声を聞き、手を握り合うことができた。  しかし、いま、ヴィクトルの私室は暗闇に沈んでいる。もうあの部屋に、陽気で優しい彼はいないのだ。帰ってくるかもわからない。──帰ってこないだろう。ヴィクトルは勇利のコーチではあるけれど、私生活をともにする時期はもう過ぎた。これまでのように、何をするにも一緒というふうには二度となれないにちがいない。あの貴重で濃密な時間──ふたりだけの世界、互いしか存在しなかった空間は、もう戻ってこないのだ。  そう思うと勇利はたまらなく苦しくなり、両手でおもてを覆って激しく泣き出した。涙がぐっしょりとてのひらを濡らし、嗚咽が止まらなかった。わかっていたことだった。もともと、グランプリファイナルで終わるはずだったのだ。ヴィクトルはここへは帰ってこないだろうと思っていたし、覚悟はできていた。ふたりでスケートを続けられるのだから、いまは、考えていたよりずっとよい具合なのである。しかしそれでも、勇利はやはりつらくてかなしくて、彼はベッドの上でちいさくなり、いつまでもかよわい様子で泣きじゃくっていた。やがて涙は止まり、胸があまりに痛くて泣くこともできなくなり、勇利はぼんやりと放心した。泣き疲れて眠ってしまえればよかったのにと思った。ヴィクトルのことを考えると、こころがずきずきと痛んで、とても眠ることなんてできそうになかった。ふとかたわらにふわふわしたぬくもりがやってきて、勇利は驚き、顔を上げた。マッカチンが心配そうに勇利を見ていた。 「ごめんね、マッカチン。ぼくは大丈夫だよ」  そう言った途端、涙がまた転がり落ちた。 「マッカチンもさびしいのにね。でも安心して。ヴィクトルはマッカチンのことは迎えに来てくれるから」  勇利は手の甲で涙をぬぐった。そのとき、携帯電話がふるえ、ヴィクトルの名前が表示された。勇利は濡れた瞳でしばらくその文字をみつめ、深く呼吸して気持ちを落ち着かせた。声は大丈夫だろうか? 呼吸は? ヴィクトルに心配をかけるわけにはいかない。 「ハロー……」 「勇利? 俺だよ」  ヴィクトルの優しい声が耳元でささやいた。勇利の目から涙があふれた。 「そっちは夜だね。元気かい?」 「……うん、元気だよ」  勇利は嗚咽を抑えて静かに言った。 「ヴィクトルは?」 「勇利に会えなくてたまらなくさびしいよ」  勇利はまぶたを閉じた。 「……みんな歓迎してくれたでしょ?」 「もちろんさ。うれしかった。でも勇利が隣にいればよかったのに」 「無茶言って……」 「一緒に連れて帰って紹介したかったな。この子が俺の生徒ですってね……」 「もうみんな知ってるよ。ロシア大会のフリーでめちゃくちゃな演技をした選手だって」 「ああ、みんな知ってるだろうね。グランプリファイナルで最高のフリーを演じ、俺の記録を抜いた選手だって」  勇利はこらえようとしても勝手にこぼれてくるしずくを、一生懸命に手でこすっていた。声がふるえそうだ。嗚咽も漏れてしまいそう……。我慢しなければ。ああ、せっかくヴィクトルと話しているのに、こんなことを気にして。もっと彼の声をよく聞きたいのに……。 「勇利、さびしいよ」  ヴィクトルがつぶやいた。 「がんばって」  勇利は笑って答えた。 「勇利がいないとだめになっちゃったみたいだ」 「そんなことないよ。気のせいだよ」 「すごく胸が苦しい」 「別れたばかりだからね。すぐに慣れるよ」 「何か楽しいことを思いついても、勇利に話せないのはつらい」 「いま話して」 「すぐに話せないのはつらい」 「電話して」 「食事をしたとき、美味しいねと言えないのはつらい」 「写真に撮って送ってきて」 「俺がおかしなことをしたとき、『ヴィクトル、何やってんの』と叱ってもらえないとさびしい」 「ヤコフコーチが言ってくれるよ」 「綺麗な景色を見たとき……」  ヴィクトルはせつなげにささやいた。 「勇利に見せられないのが、かなしい……」  勇利はうつむいた。嗚咽がこらえられないくらいこみ上げて、息ができなかった。 「……は、離れても、こころはそばにいるよ」  勇利は無理に明るく言った。 「だから大丈夫。平気だよ」 「勇利……、勇利、おまえは強いね」  ヴィクトルは笑い、溜息をついた。 「俺も強いつもりだったんだけどね。自分で自分を強くしてきたつもりだったんだが。でも、本当はよわかったみたいだ。それとも、勇利が俺をよわくしたのかな」 「ヴィクトルは最強の男だよ」  勇利ははっきりと言った。 「いい? 誰にも負けないんだよ、ヴィクトル・ニキフォロフは。絶対王者なんだからね。ぼくは知ってる」 「勇利……」 「明日から練習するの、楽しみでしょ?」 「……ああ」 「新しいスケートができることにわくわくしてるでしょ?」 「そうだね」 「あんな俺やこんな俺を見せてやるぞ! ってたくさん考えてるでしょ?」 「その通りだ」 「ぼくも、どんなヴィクトルが見られるのかなって、いろいろ想像して、期待に胸をふくらませてるよ」 「そうかい?」 「うん」  勇利は新しくこぼれてきた涙をぐいとぬぐった。 「あぁ、新しいヴィクトルの演技が見たいなあ。これまでとはぜんぜんちがう新鮮なヴィクトルが金メダルを獲るところが見たいなあ」  ヴィクトルがくすっと笑った。 「何か提案はないかな? ぼくがどきどきするようなの……」 「勇利」  ヴィクトルは楽しそうに言った。 「演技に関しては、驚かせたいからひみつだけど、これくらいならいいかな。勝ったとき、インタビューで勇利の名を叫ぶよ」 「あははっ」 「キスも贈るよ。ちゃんと見ていて」 「わかったよ」 「勇利もしてね」 「そんな恥ずかしいことはできないよ」 「俺にはさせるのに、自分ではしないのか? 薄情だね……」 「ヴィクトルはいいの」  勇利はほほえんでうつむいた。 「絵になるから……」 「勇利、気持ちが落ち着いたよ。きみは魔法使いだな」 「ヴィクトル、マッカチンは元気だよ。ぼくと一緒にヴィクトルを応援してるって」 「本当かい? 俺のぶんもたくさん撫でておいて」 「わかった」 「勇利」 「なに?」 「愛してるよ……きみもそうだと言ってくれ」 「恥ずかしいよ」 「言って」 「……好きだよヴィクトル。おやすみなさい」 「いまライクって言った?」 「……ラブだよ」 「おやすみ」  勇利はベッドに倒れこみ、まくらに頬を押しつけた。また涙がこぼれてきた。胸が苦しい。ヴィクトル。ヴィクトルの部屋へ行けばいつもみたいに話を聞いて、なぐさめてくれるかな。……ちがう、隣にヴィクトルはいないんだった……。  勇利は目を閉じた。ヴィクトルの声を聞いたからだろうか。このほどは、泣き疲れて眠ることができた。  全日本選手権が終わり、勇利は長谷津へ戻ってきた。今季は、四大陸選手権と世界選手権の代表に選ばれたのでほっとしていた。これから次の試合に向けて練習しなければならない。勇利は連日ひとりでリンクへ通い、稽古をした。上手くいかなかったところ、不得意なところ、工夫すべきところを集中してさらったが、休憩時間になると、ともすればヴィクトルとふたり、ここで過ごしたことが思い出されて、ぼんやりと放心することが多かった。ヴィクトルは長谷津へ戻ってこないし、このリンクにももう来ないだろう。勇利は戸口のほうを見た。いまにもヴィクトルが入ってきて、「じゃあ続きをやろうか!」と元気に言いそうだった。  ヴィクトルから連絡はない。忙しいのだろう。ロシア選手権は終わったけれど、すぐにヨーロッパ選手権があるし、ヴィクトルはブランクを取り戻す必要がある。取材陣も連日つめかけているようだ。とても勇利の相手をしている余裕などない。勇利も、それでいいと思った。声を聞いてもさびしくなるばかりだ。早くひとりに慣れなければならない。  年末が近づき、まわりが慌ただしくなってきた。しかし勇利は自分のやり方で練習を続けるだけだった。朝と夜にはリンクへおもむき、昼間は陸上で体力作りをするか、帰宅して昼寝をするかし、夜の練習のあとには外へ走りに行く。そんな毎日だった。それだけだった。勇利の毎日は……スケートだけだった。  その日も、勇利はいつも通りの予定をこなし、すこしの休憩のあと、基礎訓練のため、外に出ようとしていた。年末年始はリンクはどうなるんだろう、開けてもらえるかな、西郡たちに世話をかけるのは悪いから鍵だけ貸して欲しいんだけどな、などと考えていた。 「わっ!?」  扉をひらいた途端、何かが飛びついてきて勇利は驚いた。ふらつき、後退して尻もちをつく。なんかこの感じはおぼえがあるぞ、と思った。でもマッカチンは一階で寝てたし……。  なつかしい匂いがした。あたたかく抱きしめられる。 「勇利!」  勇利は目をみひらいた。ヴィクトルが青い瞳を輝かせ、うれしそうに勇利を見ていた。 「やっと帰ってこられた! もう忙しくてさんざんだったよ! でも年越しは勇利と一緒にするぞ!」  勇利はぱちぱちと瞬いた。状況がよくわからない。 「……ヴィクトル?」 「そうだよ」 「……ほんとにヴィクトル?」 「そうだとも」  勇利はきょとんとした。 「なんでいるの?」 「せっかく帰ってきたのに勇利はつめたいな!」  ヴィクトルが憤慨して抗議した。 「もっと言うことがあるんじゃないのか��� 会えてうれしいとか、さびしかったとか、ロシア選手権金メダルおめでとうとか、ぼくも金メダルだったんだよとか、会えてうれしいとか、会えてうれしいとか、さびしかったとか、さびしかったとか、愛してるよとか、……愛してるよとか」 「なに言ってるの?」 「勇利がつめたい!」  ヴィクトルは重ねて言っておおげさに嘆いた。 「わかってたさ。勇利はそういう子だ。知ってる」 「あの……、年が明けるまでここにいるの?」 「そうだよ! 何か問題でもあるのか!?」 「いや、ないけど……、お母さんに伝えてこなくちゃ」  勇利は立ち上がり、奥へ行って、「お母さん、ヴィクトル帰ってきたよ」と報告した。 「ヴィクトル、長旅で疲れただろ。温泉入ってゆっくりしててよ」 「ああ、そうしたいな。勇利は?」 「ぼくこれから基礎訓練だから。行ってくるね」 「え!?」 「マッカチン、ヴィクトルのこと待ってたと思うから、撫でてあげて」 「ちょっと勇利」 「じゃあ」 「うそだろう? 本当に行くのか!?」  勇利は城を目指して走った。いつもの練習内容を、丁寧に、ひとつひとつこなしていく。淡々と行動した。汗が流れてきたら拭いて、水分補給をして、無心に動いた。あまりものは考えなかった。ほとんど機械のようだった。日が傾き、あたりがほの暗くなり、月と星があらわれても、同じことをしていた。すべてをやり終え、帰るころになって、ふと夜空を見上げた。きらきらと輝く星をみつめ、息を吐いた。  ……ヴィクトルが家にいる。  帰宅すると、ヴィクトルが常連の客につかまり、一緒に楽しく食事をしていた。勇利はそれを横目で見ながら温泉に入り、夕食を摂った。ヴィクトルはいつの間にかマッカチンを抱きしめて眠りこんでいた。ロシアで忙しく立ち働き、旅で疲れ、いろいろと話し相手をさせられてぐったりしたのだろう。勇利はほほえみ、毛布をかけてやると、バックパックを背負って玄関へ向かった。 「練習?」 「うん。リンクいってきます」 「気をつけなさいよ」  姉に手を上げ、外へ出た。リンクまで走っていって、いつも通りの練習をした。帰ったのは零時近くで、勇利はまず風呂に入った。温泉ではなく、自宅の風呂である。手早く済ませ、さっさと寝よう、と廊下を歩いていたら、ふと、居間の襖の隙間からひかりが漏れているのに気がついた。誰か起きてるのかな? 勇利は気になり、そっとのぞいてみた。彼は目をみひらいた。 「ヴィクトル」  ヴィクトルが、何かよくわからない深夜の番組を見ていた。勇利は驚いて部屋に入った。 「何してるの?」 「…………」 「寝ないの? いっぱい寝たから眠れない?」 「…………」 「マッカチンは? ぼくの部屋? ここんとこ、ずっとぼくと一緒にいたから……」 「…………」 「ヴィクトル、どうしたの? 何かあったの?」  ヴィクトルがゆっくりと振り返った。彼は勇利をにらみつけ、腹立たしげに言った。 「勇利、なんでそんなに普通なんだ?」 「え?」 「ようやく会えたんだよ。俺はずっと勇利に会いたかった。勇利のことを考えない日はなかった」 「…………」 「勇利はそうじゃないのか? どうして平然としてる?」 「…………」 「当たり前みたいな顔で練習に行ったりして」 「稽古は大事だから……」 「それはそうだ。でも、すこしくらい喜んでくれてもいいだろう? まるで俺なんか、いてもいなくてもどうでもいいみたいだ」 「……そんなことはないよ」 「俺は飛行機の中で、勇利を抱きしめることばっかり考えてたんだ。勇利はどんな顔をするかな、笑ってくれるかな、連絡くらいしてって怒るかな。……いろんなことを想像していた」 「…………」 「でも当の勇利は、まるで昨日も会ったみたいに、すっきりした顔をしている。愛しているのは俺だけなのか?」 「…………」 「……もういい」  ヴィクトルは立ち上がると、テレビを消して廊下へ出た。勇利はあとについていった。ヴィクトルが息をついた。 「……勇利を責めることじゃないのはわかっている。俺が勝手に好きだと言ってるだけなんだから」 「…………」 「でも……、ちょっとくらい……」  ヴィクトルはゆっくりと階段を上った。勇利はうつむきがちになりながらあとに続いた。 「……部屋はあのままなのかな?」 「え?」 「玄関に荷物を置きっぱなしだ。まだ俺の部屋に入っていない。使えるんだろうか」 「大丈夫だと思うよ。お母さんがふとんの手入れをしてたし、掃除もやってたみたいだから」 「みたい?」  階段を上りきった。ヴィクトルが不思議そうに振り返る。 「勇利は見ていないのか?」 「うん、見てないよ」 「なぜ?」 「なぜって、ヴィクトルの部屋に用事ないし、勝手に入るのも悪いし……」 「マッカチンが入りたがるだろう?」 「寝るときはずっとぼくの部屋にいたから。ヴィクトルの部屋、締めきってたし。昼間はお母さんが風を入れてただろうけど」 「どうして?」 「え?」 「なんでそんなに俺の部屋をいやがる? なぜ避けるんだ?」 「…………」 「勇利、きみは……」  ヴィクトルがつぶやくように言った。 「部屋を見るのもいやなくらい……俺のことを、嫌って──」  彼は言葉を切った。空に浮かんでいるほの白い月を、厚い雲が覆い隠した。そのため、廊下が一瞬、暗闇に沈んだ。しかし風が強いのか、すぐに雲は吹き払われ、月明かりで、ヴィクトルの端正な面立ちがあらわになった。そのうつくしい、上品な顔をみつめたいのに、勇利にはよく見えなかった。視界がかすみ、みるみるうちに目に涙が溜まって、頬にこぼれ落ちた。 「勇利……」 「ごめん、入れなかったんだ」  勇利の声が苦しそうにつまった。 「見たくなかったんだ。ヴィクトルのいない部屋なんて」 「…………」 「目にしたら、ヴィクトルがいないことを思い知らされるから」  ヴィクトルがわずかに口をひらいた。 「いやだったんだ。ヴィクトルが帰ってこないことを考えるのは」 「勇利……」 「ヴィクトルはもうここにはいないんだって、それしか頭になくて……、だから今日、会うことができても、なんだか信じられなくて、ヴィクトルに近づくと泣いてしまいそうで、どうしたらいいかわからなかった」  勇利はくちびるをふるわせてほほえんだ。 「結局泣いちゃった」  それだけ言うと、勇利は我慢できず、嗚咽を激しく漏らし始めた。涙が廊下に落ちるので、手で子どものようにぬぐった。抑えられなくて、幾度もしゃくり上げた。泣きじゃくっていたら、ふいにヴィクトルが勇利の肩を引き寄せ、部屋の障子を開けた。 「一緒に入ろう」  ヴィクトルは優しく言った。 「俺はここにちゃんといるから」  歩けたのかどうかわからない。前が見えない。背後で障子の閉まる音がした。 「ひとりじゃないよ」  ヴィクトルがささやいた。 「俺も勇利も、離れててもこころはそばにいると言ったのに……」  眼鏡を外される。ヴィクトルが勇利の頬を両手で包み、顔を上げさせた。 「仕方のない子だな……」  勇利は泣き濡れたおもてをヴィクトルに向けた。 「みっともないから、見ないで」 「かわいい」  ヴィクトルが甘くつぶやき、まぶたを閉じて、くちびるを勇利の鼻先にふれさせた。彼は勇利をベッドに横たえ、服を脱がせて裸にした。 「勇利、愛してる」 「うん」 「俺は帰ってくるよ。勇利のところへ」  勇利は泣きながらヴィクトルにしがみついた。 「信じるかい?」 「……うん」 「本当かな」  ヴィクトルがほほえんだ。彼はみずからも服を脱ぎ捨て、勇利に身体を重ねてきつく抱きしめた。苦しいくらいに……。 「いまから時間をかけて約束しよう」  早朝に目がさめた。まだ部屋は暗く、空気がひどく冷えていた。勇利は甘えるようにヴィクトルにすり寄った。 「起きたのかい?」 「ん……」 「まだ寝てていいよ。あまり眠れてないだろう」 「喉渇いた……」 「待って」  ヴィクトルはまくらべのあかりをともすと、ペットボトルを取り、それを口移しでじょうずに勇利に飲ませた。 「どうだい?」 「美味しい……」 「よかった」 「どうしたの、これ……」 「勇利が寝てから、タオルを濡らしてくるついでに持ってきた」  勇利はまだ裸身のままだけれど、身体は綺麗にぬぐわれ、清潔になっていた。勇利は黙ってヴィクトルに抱きついた。 「ひとりにしてごめん。でもすこしのあいだだけだよ。勇利の身体を拭いてあげたかったからね」 「うん……」 「もう離れない。大丈夫だ」 「……ん」  勇利はヴィクトルの腕につむりをあずけ、彼の肩のあたりに顔をうめてうとうとした。 「勇利……」 「ん……なに……?」 「俺はヨーロッパ選手権の前にはまたあっちへ行くけど……」 「……うん」 「ここで寝なよ」 「え?」  勇利は顔を上げた。ヴィクトルが優しく笑っていた。 「マッカチンと一緒にここで寝なよ」 「でも……」 「大丈夫だよ。俺がいなくても、俺の匂いがすればさびしくない。勇利は俺の匂いが大好きじゃないか。それに、出発するまでにここでたくさん勇利を愛するから」 「……そんな思い出があったら、ますますさびしくなるよ」 「さびしくなったときは電話してくれればいい」 「電話したらもっとさびしくなるかも」 「……そのときは」  ヴィクトルは声をひそめ、情熱的に、つやっぽくささやいた。 「テレフォンセックスしよう」 「えっ」 「離れててもこころはそばにいるし、離れてても俺は勇利をかわいがってあげられるよ」  ヴィクトルがいたずらめいた微笑を浮かべた。 「だからここで寝なよ」  勇利はまっかになった。ヴィクトルが陽気に笑った。 「そして春になったら……」  ヴィクトルは夢見るような瞳をして、勇利をいとおしそうにみつめた。 「ロシアで一緒に暮らそう」  勇利は目をみひらいた。 「たまには長谷津にも帰ってこよう」 「…………」 「いつか、また長谷津をホームにしてもいいし」 「…………」 「ふたりとも引退したら、ロシアでも、日本でも、そのほかの国でも、どこでもいい……勇利の好きなところへ行こう」 「…………」 「どこへでも連れていってあげるよ」 「…………」 「ね? どうだい?」 「…………」 「いいだろ? オーケィと言ってくれ」  ヴィクトルは目をほそめて幸福そうにほほえむと、勇利の手を握り、指輪にそっとくちづけた。 「誓うよ、この指輪に。愛する俺の勇利……」  ヨーロッパ選手権の直前まで、勇利はヴィクトルと楽しく過ごした。ともにリンクへ行き、長谷津城に通って体力作りをし、一緒に温泉に入り、マッカチンと眠り、時にはふたりで熱をわけあった。とてもすてきで、充実した日々だった。ヴィクトルは空港で別れるとき、片目を閉じ、「ちゃんと俺の部屋で寝るように」とひとさし指を立てて指導した。 「ひとりでえっちなことしちゃだめだからね。するときは俺に電話するんだよ」 「ねえ、そんなことよりさ」 「あのね……そんなことよりって……」 「あの話だけど」 「なに?」 「ヴィクトルが初めて抱いてくれたときにぼくにした話」  勇利は声をひそめ、ヴィクトルの耳元に口を近づけてささやいた。 「あれ、オーケィだよ……」  保留にしていた返事を、頬を赤くしてはにかみながらようやく返すと、ヴィクトルはぱちりと瞬き、ぱっと顔を輝かせ、おおげさなくらいはしゃいで勇利を抱きしめた。そして乱暴に髪を撫でてくちびるにキスした。勇利は笑ってヴィクトルにくっついた。 「まったく、俺をこんなに待たせるのは、アエロフロートと勇利くらいだよ!」
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asondekurasu · 4 years
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フライトシムで日本一周 レグ49 札幌(丘珠)空港→奥尻空港
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5484tabulae · 6 years
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散策研究会 Cadavre K 「徘徊する観察者 Vacant Lot」
散策研究会 Cadavre Kによる展覧会
「徘徊する観察者 Vacant Lot」
をTABULAEで開催いたします。
※散策研究会 Cadavre Kとは、2011年から開始された、美術家北川裕二によるプロジェクトの名称です
|会場|
TABULAE (墨田区向島 5-48-4)
|会期|
2018/11/24 (土) - 12/16 (日)の金土日
- 金 15:00 - 20:00
- 土、日 14:00 - 20:00
※曜日によって開場時間が異なりますのでご注意ください
オープニングレセプション
11/24(土)18:00 - 20:00
|イベント|
第5回 漂流教室 「まわり道してTABULAEに向かう」
12/8(土)14:00 - 17:00(終了時刻は前後する場合があります)
集合場所 東武スカイツリーライン/東武亀戸線 曳舟駅改札口付近
定員 5名
参加費 無料(要予約 参加申込み締切12月6日)
東武曳舟駅に集合し、3時間ほどかけて墨田区京島、向島エリアを散策しながらTABULAEに向かいます(台風・雷雨・地震・大雪など災害級の天候以外は、雨天でも決行します)。
>漂流教室について
※こちらのイベントは定員に達したためご予約の受付を終了いたしました
アーティストトーク
12/15(土)18:00 - 19:00
ゲスト 沢山遼(美術批評)
定員 15名
参加費 1000円(要予約 参加申込み締切12月14日)
美術批評家の沢山遼氏をゲストに迎え、アーティストトークを行います。ゴードン・マッタ=クラーク展図録に掲載された沢山氏の論考「都市の否定的なものたち ニューヨーク、東京、1972年」を参照しながら、都市、写真、散策と介入といったトピックについて議論します。
沢山遼 1982年生まれ。美術批評。武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程修了。2010年「レイバー・ワーク──カール・アンドレにおける制作の概念」で『美術手帖』第14回芸術評論募集、第一席。主な論文に「ニューマンのパラドクス」田中正之編『ニューヨーク 錯乱する都市の夢と現実(西洋近代の都市と芸術7)』竹林舎、2017年。「ウォーホルと時間」『NACT Review 国立新美術館研究紀要』第4号、2018年。「都市の否定的なものたち ニューヨーク、東京、1972年」『ゴードン・マッタ=クラーク展』(東京国立近代美術館、2018年)など。
※両イベントは予約制となっております。参加をご希望される方は、件名を「漂流教室予約」または「トーク予約」とし、①お名前②ご連絡先③希望日時④人数 をご記入の上、[email protected]までメールをお送りください。
『徘徊する観察者 Vacant Lot』開催にあたって|散策研究会 Cadavre K
散策研究会 Cadavre Kとは、2011年3月11日の東日本大震災に強烈な衝撃を受けたアーティスト北川裕二によって、同じ2011年から開始されたプロジェクトの名称です。今回のTABULAEでの新作展が、散策研究会 Cadavre Kとしては初の個展になります。あれから8年が経ったとはいえ、むろん福島第一原子力発電所は「収束」などまったくしておらず、同じように大地も揺れ続けています。したがって今回展示される作品は、そのどれもが3.11以後に制作されたものであるとしても、 むしろ“3.11下”のそれであるといってよいでしょう。
散策研究会 Cadavre Kは、以来、痙攣するこの世界を継続的に観察・記録しつづけてきました。しかし、その観察対象は福島県や岩手・宮城県などではなく、意外にもいま私たちが立っているこの場所でありました。観察対象への姿勢は当初、何よりもまず、直立二足歩行する私たちの、この足元の地面への関心から始ったのです。そのうえに築かれたあらゆるものは幻想なのではないか。であるとするならば、幻想はいかにして自然との関係を取り結んでいるのか。対立関係にあるものどもの、相反する構造(システム)と構造(システム)が、否が応でも接せざるをえない境界線、エッジが、あるいは「構造(システム)」の回収し得ない外部的なものが、観察対象として注目されました。
ほとんどの散策は、日中のほぼ一日をかけて台地や低地をひたすら歩いて横断していくというものでした。“下町”と呼ばれる沖積低地、“山の手”と呼ばれる洪積台地、あるいは武蔵野平野、奥多摩山間地など。地形学の地形区分に従っていえば、 多摩面(T面)、下末吉面(S面)、武蔵野面(M面)、立川面(Tc面)の特徴と、それらが接する際に発生する崖線等の境界線や河川についての知識が事前に取り入れられもしました。定点観測ならぬ、歩行による動線観察が何度もくりかえされ、各地域・エリアにそれぞれ漂う特有のアトモスフィア、ムードは、散策者の心理状態の変化に影響を及ぼすことが確認されました。そうして、しだいに「東京の自然史」(貝塚爽平)が把握されていったのです。散策研究会としての散策は、これまでに123回を数えます。
また、同時に、踏み固められた地面の上に存在するあらゆるもの、すなわち植生・気象・家屋との関連全般が観察対象となり、写真に記録されていきました。散策またその写真記録は、当初、アートとしてはまったく考えられてはいなかった。むしろ、3.11の衝撃は、自然災害においてのみならず、政治的・文化的にもアートの「創造」的な「表現」による「生産」を不可能にしたように思えたからです。したがって、今回の展示においても、それへの疑いが根底にはあることを記しておきます。
地形・植生・気象・家屋の全般を観察対象にするということは、いかなる些細な事象も見落とすことなく全体を知覚・認識するということ。世界のすべてを対象にするということです。生態学的に言えば、個体のみならず、個体群、群集といった階層を異にするもの全般を、そしてまた、位階秩序の異なるそれらの影響関係をも観察・記録対象にするということでもあります。身の回りの環境や社会、つまりは生活を成り立たせているアレコレは、そのようにアレやコレやソレとして一括りにされて、記憶・記録から排除されてもきました。散策研究会が関心をもったのは、まさにそのような無数のアレやコレでありました。衝撃とは、近代化の名の下に隠蔽・排除されたものどもが、「原発震災」(石橋克彦)によって再び私たちの世界に回帰してきた、そのことにあったというわけです。
写真というメディアは、このような研究にはうってつけの道具でした。なぜなら、カメラの眼は原理的にいって、ヒトの眼と違い、“すべてのものを等価なもの”として扱うことができたからです。眼で見ていたときには見えなかったものが写真には写りこんでいたというのは、カメラのこの等価性、すなわちあらゆるものを平等なものとして、なんでも選ばず記録してしまう、このアナーキーな機能によるところのものではないでしょうか。
本展は、こうしたカメラ・写真の可能性を再び抽出しようとする試みでもあります。そこには、“すべてのものが等価なもの”として記録されている。しかし、そうであるがゆえに、その可能性は、他方で、ブレもピンボケもなく構図もしっかり撮れているにもかかわらず、“誰が、いかなる目的をもって、誰のために撮影したのか、皆目見当のつかない、まったく不明なる写真”という、実に奇妙に倒錯した(不)可能性の窓をも同時に開いてしまうのではないでしょうか。この点に、写真の機能が孕む矛盾が見てとれます。そこに提示されているのは、いわば世界の「無名性」のことにほかなりません。実現しているかどうかはさておき、このような写真の(不)可能性を本展では模索しています。
セレクトされた写真と映像は、昨年から今年にかけて撮影されたものに限られています。撮影箇所は主に武蔵野面(M面)の東端であり、区としては、中野区にあたります。中野区の同じエリア、環境をくりかえし何度も徘徊する。そのようなことはこれまでに一度も試みたことがありませんでした。
そしてこのことは、先程「武蔵野面(M面)の東端」と書きましたが、本展においては、地形的特徴への関心が次第に後方へと退き(薄らいだわけではありません)、かわって植生(主にヒト)と家屋、そして何よりも気象への関心が全体に配されてくるものへと推移してきたことと関連しています。くりかえし同じエリアをおとずれる散策スタイルは、写真の機能をより自覚的に操作しようということに、何らかの影響を与えていると感じています。
本展のコアとなる作品群は四部構成となる予定です。 ①独立した1点ものの「写真作品」 数点 ②数点の写真が組み合わされた「写真作品」 数点 ③液晶ディスプレイもしくはプロジェクターで鑑賞する「スライド作品」 ④液晶ディスプレイもしくはプロジェクターで鑑賞する「映像作品」 ①~④の作品にはシリーズとしてのメインタイトルと、各作品としてのサブタイトルが付されています。各メインタイトルは、①Survey Point (測量点) ②Photogrammetry(写真測量法) ③Voronoi Diagram(ボロノイ図) ④Skid Movie(横滑りの映画)となっています。また、参考資料として、本展の作品に関係する散策ルートを図解したパネルも展示する予定です。
また、本展覧会としてのメインタイトルとなった“Vacant Lot”ですが、これは日本語では空閑地のことです。一時的に未使用になった空き地。英語名にしたのは、“Vacant Lot”という言葉に興味をもったからです。この“Lot”には、くじ、運、運命という意味があるようで、それが一時的に空き地となった区画を指す言葉にも使用されているというのがおもしろかった。“偶々割り当てられたもの”としての空閑地。文字通りに訳せば、“空っぽの運命”です。
これは、今年国立近代美術館で回顧展が開かれたゴードン・マッタ=クラークの仕事を想起させます。カタログに掲載された美術批評家沢山遼氏の論文にマッタ=クラークの発言が引用されていて、瞠目しました。以下、孫引きですが引用させていただきます。
「グリーン通り112番地でやったアナーキテクチャーの展覧会は[…中略…]なんらかの強い形式性によって固定されることのない、固定化した建築的ヴォキャブラリーの外部にあるものについてのものだった。[…中略…]ぼくたちが考えていたのは、隠喩的なヴォイド、空隙、残余的空間、未発展的な場についてだった。[…中略…]たとえばそれは、立ち止まって靴紐を結び直すような、日常的な動作がふと遮られるような場だ。そのような場は、知覚的な重要性を帯びていると思う。なぜならそこで人は動的な空間に触れているんだ。」 (「ゴードン・マッタ=クラーク展」カタログ p.265)
つまり、“Vacant Lot”とは、この解けた靴紐のことなのかもしれません。紐が解けて固定された意味が一時的に宙吊りとなる時。場所。その瞬間はおそらく、九鬼周造のいう偶然性のごとく「現実性へスルリと滑ってくる推移のスピード」を持っているに違いない。“無”が偶然性によってもたらされるということ。環境、生活、世界への認識を深め、未来を洞察するにも、このような人と自然の接するエッジに現象するささやかな出来事に対する認識をさらに深めていく必要がありそうです。今回の展覧会がそのような世界への見方、感じ方、考え方に寄与できれば幸いです。
最後に、Cadavre KのCadavreはフランス語で、日本語では死骸のことです。したがって、Cadavre Kは、死骸キとなります。“キ”とはキタガワの“キ”のことです。3.11以後のプロジェクトにそう名付けたのは、このプロジェクトがそれまでの作品とはまったく異なることもありましたが、同時に、3.11以後、偶々生き残った=生き延びているという感覚を今も持ち続けているからにほかなりません。それは、どこか幽霊的に仮構された作者名といえるでしょう。
散策研究会 Cadavre K
2011年から開始された、美術家北川裕二によるプロジェクト
漂流教室
第一回 霊岸島から埋立地へ (2015/milkyeast) http://ur2.link/N8ZH 第二回 河岸と下町低地(2015/milkyeast) http://urx.red/N901 第三回 山の手の<むらぎも>を巡る(2016/路地と人) https://rojitohito.exblog.jp/22767074/ 第四回 崖線上のカフカ──中野区を歩く(2017/路地と人) https://rojitohito.exblog.jp/23871177/
散策研究会 これまでの主な散策エリア
001 2011_06_11 新宿御苑 002 2011_06_18 等々力渓谷 003 2011_06_25 赤坂見附 004 2011_06_29 丸の内線・四ッ谷駅 005 2011_07_02 下末吉台 006 2011_07_06 迎賓館・明治公園 007 2011_07_09 市ヶ谷・飯田橋 008 2011_07_16 お茶の水・神田川・隅田川 009 2011_07_22 野川 010 2011_08_06 新木場 011 2011_08_11 高尾山 012 2011_08_20 隅田川・スカイツリー 013 2011_08_25 菊名・獅子ケ谷・下末吉台 014 2011_09_02 渋谷川 015 2011_09_08 皇居・日本青年館 016 2011_09_11 新宿・原発やめろデモ 017 2011_09_17 渋谷川・古川 018 2011_09_19 さようなら原発・渋谷川 019 2011_09_24 赤坂 020 2011_10_01 善福寺川 021 2011_10_07 港の見える丘公園 022 2011_10_13 山手 023 2011_10_22 宇田川跡 024 2011_11_03 御岳山・ロックガーデン 025 2011_11_09 巣鴨・田町・谷中 026 2011_11_12 神田川・小日向台 027 2011_11_17 都電荒川線・王子・荒川 028 2011_12_03 愛宕山 029 2011_12_14 上野・根津・谷中 030 2011_12_15 弘明寺 031 2011_12_21 荏原台 032 2011_12_30 立川段丘 033 2012_01_01 狭山丘陵 034 2012_01_05 三殿台遺跡 035 2012_01_12 目黒自然教育園 036 2012_01_19 明治神宮 037 2012_01_26 清瀬 038 2012_02_04 深大寺・府中 039 2012_02_08 江戸前島 040 2012_02_15 江戸前島 041 2012_02_24 浜離宮 042 2012_03_03 吉見百穴 043 2012_03_15 江東区・運河 044 2012_03_17 江東区・運河 045 2012_04_07 神楽坂 046 2012_04_14 渋谷川・明治神宮 047 2012_04_20 町田・自由民権資料館 048 2012_04_28 市ヶ谷・早稲田 049 2012_05_17 町田・自由民権資料館 050 2012_05_26 江東区・戦災センター 051 2012_06_07 全生園・滝山団地 052 2012_06_14 清瀬 053 2012_06_16 京島 054 2012_06_23 玉川上水・首相官邸前 055 2012_06_29 首相官邸前 056 2012_07_12 神田 057 2012_07_13 首相官邸前 058 2012_07_16 代々木・さよなら原発 059 2012_07_02 新富町 060 2012_08_08 六郷土手 061 2012_08_12 日野 062 2012_09_08 本郷台地 063 2012_09_15 東京湾・葛西臨海公園 064 2012_10_06 生田緑地 065 2012_11_10 青梅・横田基地 066 2012_12_01 大山 067 2013_01_12 渋谷・元麻布・六本木 068 2013_01_14 獅子ケ谷 069 2013_04_13 日本橋川 070 2013_04_27 小平・玉川上水 071 2013_05_25 赤坂・六本木 072 2013_06_06 代官山 073 2013_07_07 東京駅地下通路 074 2013_07_13 王子・吉原・スカイツリー 075 2013_07_27 多摩丘陵・百草団地他 076 2013_08_17 中央防波堤埋立地 077 2013_08_24 仙川 078 2013_08_26 谷中墓地 079 2013_10_26 渋谷・地下道 080 2013_11_09 京島 081 2013_12_28 山手 082 2014_04_24 池袋 083 2014_05_17 高田馬場・神田川・淀橋 084 2014_06_27 駒込・田端 085 2014_07_13 平林寺 086 2014_09_06 秩父 087 2015_05_16 湾岸埋立地 088 2015_07_20 白山 089 2015_11_22 深川 090 2015_12_11 武蔵五日市 091 2015_12_12 武蔵五日市・城山 092 2015_12_18 戸山公園 093 2015_12_26 板橋・赤塚 094 2016_01_06 深川・森下 095 2016_02_02 国分寺崖線 096 2016_02_26 立川段丘 097 2016_04_03 日立研究所 098 2016_05_31 水道橋・小石川・白山 099 2016_10_18 神楽坂・近美・湯島 100 2016_12_06 佐伯祐三・熊谷守一美術館 101 2016_12_13 南青山 102 2016_12_20 原宿・渋谷 103 2016_12_23 戸山公園 104 2017_04_04 野方 105 2017_04_07 江古田 106 2017_05_12 上高田 107 2017_06_09 上高田・野方 108 2017_08_15 池尻大橋 109 2017_08_17 池の上・高円寺 110 2017_08_29 桃園川 111 2017_09_15 中野区南台 112 2017_09_20 新宿住吉町 113 2017_09_22 所沢 114 2017_10_10 中野区中野台地 115 2017_10_20 野方 116 2017_10_27 新宿末吉町 117 2017_12_15 沼袋 118 2018_04_24 鷺宮 119 2018_05_29 中野区中心エリア 120 2018_06_12 野方・沼袋 121 2018_06_15 杉並・堀の内 122 2018_07_06 野方・中野区中心エリア 123 2018_09_11 野方
北川裕二
1963 東京に生まれる
主な個展
1990『形のローカリズム』 ギャラリー現(東京) 1991『A PALASITE/READY-MADE SUIT MIX』 ルナミ画廊(東京) 1992『短絡的接合体』 モリス・ギャラリー(東京) 1992『分裂機械としての身体』 ルナミ画廊(東京) 1992『暮らしの変換』 モリス・ギャラリー(東京) 1993『格子/闘争』 MARS GALLERY(東京) 1993『歴史改造パズル』 GALLERY・GEN(埼玉) 1996『What is a hole?/Make a revision of…』 SHIKI FUJIMORI GALLERY(東京) 2005『Random Open Textured』 MARU GALLERY(東京) 2006『Dust passes through the window』 GALLERY OBJECTIVE CORRELATIVE (東京)
主なグループ展
1990『Bゼミ展』 横浜市民ギャラリー(神奈川) 1992『Project for O.T』 ギャラリー・サージ(東京) 1993『In Between』 FLOATING GALLERY(東京) 1993『CONSTRUCTION IN PROCESS』 ARTIST'S MUSIUM(ウッジ、ポーランド) 1994『身体美術感』 ハラ・ミュージアム・アーク(群馬) 1995『The Age of Anxiety』 The Power Plant(トロント、カナダ) 1996『ATOPIC SITE(On Camp/Off Base)』 東京ビッグサイト(東京) 1996~98『Maniacs of Disappearance』 国立美術館(ブエノスアイレス、アルゼンチン)、Austrian Musium of Applied Arts (ウィーン、オーストリア)、その他オランダ、イタリアなど巡回 1999『第34回今日の作家展 APPROACHING REALITY』 横浜市民ギャラリー(神奈川) 2010『City Beats + Live explosions』 BankART1929(神奈川) 2015『無条件修復—UNCONDITIONAL RESTORATION』 milkyeast(東京)
散策研究会──地殻を近くで知覚する
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judachigeiju · 6 years
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紀伊半島原付旅行記
早めの夏休みをもらったので、原付で伊勢湾フェリーを渡り紀伊半島を一周しようと思い立った。思い立って二週間後に出発した。紀伊半島とは精神の方面である。
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七月二日:浜松から新宮へ
排気量五十CCの原付〈一つ目家鴨〉号はキックスターターを使わないとエンジンが動かなかった。一抹の不安を抱えながら、七時半、原付に跨がった。曇空の下、国道一号線を西に進み、弁天島を回って国道四十二号線、表浜街道伝いに渥美半島を西へ進んだ。
坪井杜国の故地
赤羽根港に付属する道の駅で休んだあと和地交差点から西北に進路を変えて高田交差点で左折、高田西交差点で右折し、右手にある潮音禅寺こと潮音寺を訪れた。境内には柳原白蓮歌碑と山頭火句碑があり、空米売買で尾張徳川家の領地から追放され、渥美半島へ来た坪井杜国の墓碑がある。
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杜国墓碑の前に立っていると住職から 「俳句をやっているのですか?」 と声をかけられ、その日に咲き始めたという蓮を見せてもらった。蓮の初日はあまり開かないのだという。血統書付きの大賀蓮の水鉢もあった。住職は黒目高も二��匹に繁殖させたらしい。川を渡って「杜国屋敷跡」の看板のある角を左折すると畑のなかに小さな杜国公園。〈春ながら名古屋にも似ぬ空の色/杜国〉の句碑が建っており、投句箱もあった。
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十時を回っていたので急いで西へ向かい、二十分ほどで伊良湖岬のフェリー乗り場に着いた。標識交付証明書がなくても排気量を口頭で伝えただけで発券してくれた。合わせて三千九十円で、十円だけ人の方が高い。十時五十分発、五十五分に及ぶ伊勢湾の航海。波が荒かった。伊勢湾を渡っていると雨に降られた。船内のテレビで天皇の病態が報じられ、平成が来年五月までもたないかもしれない、と思った。鳥羽に着くと雨は止んだ。
嶋田青峰の故地
フェリーを出ると正午になろうとしていた。鳥羽フェリーターミナル二階のレストランで食事をとろうとすると係員のおっちゃんから「ここのレストランはおすすめしない。近くの錦屋がいい」と勧められ、錦屋でてこね寿司と伊勢うどんを食べた。若女将の愛想が良かった。食べているうちに梅雨晴間。志摩半島を縦断し、的矢で渡鹿野島を望もうとしたら、的矢は、ホトトギス同人から除名され新興俳句弾圧事件で逮捕された俳人嶋田青峰の郷里だった。句碑〈日輪は筏にそそぎ牡蠣育つ/嶋田青峰〉も、弟である嶋田的浦の句碑〈海うらら水平線は汽船を引く/嶋田的浦〉も夏草のなかにあった。杜国といい青峰といい不遇な俳人ゆかりの土地ばかり巡った一日だ。志摩半島の浦はどこも簡素で好きになった。尾鷲で小雨に遭い、虹を見た。ひたすら走り、いくつもの浦の潮が戻るのを見ながら走り、十九時に新宮駅近くへ投宿した。
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七月三日:新宮から田辺へ
目覚めるとサッカー日本代表が白耳義に惜敗していた。六時半に新宮市の「路地」を見てから霧雨の国道百六十八号を熊野本宮大社まで走った。
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山岳信仰とサッカー
観光客がほとんどいない大斎原や本殿を見た。熊野は大学一年生のとき以来だから十年以上ぶりだ。拝殿にサッカーワールドカップ関連の展示があったが、侍ブルーのユニフォームを着たスタッフが取り外していた。熊野の神に勝ったのだから確かに白耳義は赤い悪魔だった。
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八時半に給油してから山を下り、新宮市街まで戻ってから那智の滝を見た。数年ぶりに絵馬を書��たり護摩木を焚いたりした。熊野本宮よりも那智の滝を神体とする信仰の方が私にはわかりやすい。
鯨焼肉はレバーの味
十一時には那智を離れ、正午に太地町へ着いた。くじら博物館は千五百円を惜しんで入らなかったけれど鯨恵比須の鯨骨鳥居と燈明崎の山見を見て、道の駅たいじで鯨焼肉定食を食べた。血臭いのでやはり鯨肉は揚げた方がいい。
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尻ではなく太腿で乗る
国道四十二号線をひたすら西へ。里野で水泳パンツに着替えたがちょうど日が陰って寒くなり、海水浴はあきらめた。見老津のあたりで和歌山県警の軽パトカーに跡をつけられたので、先に行かせたら、また後ろに回られてスピーカーで停められた。職務質問だ。「浜松市」ナンバーを見なれないから停めたとのこと。浜松から原付で来たと説明すると「どうしてそんな気になったんですか」と訊かれた。「お尻が痛くならないんですか」とも訊かれたので「尻ではなく太腿で乗ると痛くならない」と答えた。ズボンの下は水泳パンツなので、ズボンの中まで調べられたら即逮捕だっただろう。別れ際に夜間に掛けられる光る反射タスキをもらった。それから道の駅ごとに休み、田辺を目指した。
交番へ出頭
十六時過ぎに道の駅椿はなの湯で休んだ。ベンチに座ってのんびりしていると別のベンチに座っていた老爺が「そろそろ行くか」と独り言を言い、軽トラックでどこかへ行った。老爺のベンチが日陰だったので日射を避けるべく私はその日陰のベンチに移動した。するとベンチの上に財布が落ちていた。あの老爺の財布だと思い、私は戻ってくるまで待つことにした。でも戻ってこなかった。道の駅は定休日で閉まっていた。仕方なく私はその財布を持って近くの椿駐在所まで行った。しかし駐在さんはおらず、備え付けの電話を架けると婦警が富田駐在所まで来ていただけるかと言った。住宅街のなかにある富田駐在所へ出頭し拾得物物件預り書一枚で解放された。一日に二回も警察沙汰だ。交番を出て国道四十二号線に出た途端に雨が降り出した。晴れ間をぬって沿岸を北へ進み田辺駅近くの美吉屋旅館へ投宿した。自動扉が開くと禿親父がソファに寝そべって歌謡ショーを観ていた。客かと思ったけれど主人で間違えなかった。夜風が吹いただけで骨組が唸る旅館の「菊」の部屋に泊まった。若旦那から純喫茶桂のご主人が亡くなって看板を下ろしたと聞いた。灯りが点いているのはどきどき奥さんがいるからだとのこと。
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七月四日:田辺から大和高田へ
北上するには二通りあった。海岸沿いに国道四十二号線を進む海ルートと高野山を経る山ルートだ。高野山は魅力だが山ルートにはガソリンスタンド問題があった。ただでさえ燃費が四十キロ前半まで落ちているのにガソリンスタンドが少ない山中を百数十キロ走るのはガス欠リスクが高い、それに近畿地方の天気予報は全域で雨なのであえて天候の見えにくい山間部を通ることもなく海ルートに決めた。
台風七号ブラピルーン
フロントに鍵を置いて五時半過ぎに出発した。みなべ町の岩代で、四つのH音のやるせなさが素晴らしい〈家有者笥尓盛飯乎草枕旅尓之有者椎之葉尓盛/有間皇子〉が詠まれたという磐代の結松と畑のなかの寺脇にある歌碑を観た。八時くらいまで台風七号はおとなしかったがトンネルを出て由良町になってから本気を出し、激しく雨が降り出した。それでも走り続けたのでジーパンはもちろん下着までぐっしょり濡れた。なぜ走っていたのかと言うと大阪は午後から曇るという予報に賭けたからだ���和歌山市まで強く雨が降っていた。大阪府に入ると小雨になり時々晴れ間も見えた。雨雲レーダーを見ると高野山はもっと強く降っていたので山ルートにしなくて本当に良かった。岸和田城の横を通り和泉市で冷えた体の血流を回復させてから東へ折れ、富田林から河南、水越トンネルをくぐって大和の葛城に出た。山はやはり雨が降っていた。
葛城一言主神社では二人の男性が階段下の祓戸神社へ参拝してから昇段し、一言主神社の拝殿へ参拝していた。一言さんは地元の信仰を集めているらしい。それと拝殿に参拝する事前準備として拝む祓戸神社というシステムは熊野本宮にもあった。祓戸神社の祭神はいずれも瀬織津姫、近畿地方の格式ある神社の様式だろうか。大和高田のネットカフェで刃牙を読んだあと大和高田駅近くの福の屋旅館の「菊」に泊まった。また菊だ。女将一家の生活スペースと部屋が廊下一つを隔てて隣りあっているので、おばあちゃん家に泊まった感があった。女将は、橿原神宮の神武天皇が奈良県を大災害から守っていると言った。そういう信仰は美しい。
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七月五日:大和高田から浜松へ
近鉄大和高田駅のミニストップで食事をとった。ちょうど通学時間帯で女子中生・女子高生が目に入る。それは揚羽よりも速いという女子高生に会いに吉野へ行くからだろう。
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三重県南部は雨時々曇りという予報を見て急ぎ八時半には宿を出た。女将から缶珈琲をもらった。桜井を経て九時半過ぎに宇陀の阿騎野へ。吉野とは飛鳥の平地から見上げるような山地のことだった。東の野にけぶりの立つ見える阿騎野は菟田吾城という古代城郭があったらしい。鎌を持った小母さんから「この地は薬草で有名」「元伊勢」と聞いた。
人間のクズが国栖に
吉野川まで南下して国栖の里を眺め十一時前には国栖奏伝習所の横を通り浄見原神社を訪れ記名した。「鯨は人間のクズだ。ちなみにクズは国栖、先住民族の名だ」と言われてからずっと気になっていた土地「国栖」に立てた。
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県道十六号で国道百六十六号線に戻り、鷲家八幡神社の桂信子句碑・前登志夫歌碑・宝蔵寺の能村登四郎句碑を見て、高見山を仰いだ。そういえば吉野で女子校生は見なかった。汗に冷えた体で高見山トンネルをくぐった。それから虹の泉のほかは伊勢までひたすらに走った。
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近畿地方はあちこちで豪雨らしいが、幸運にも私は雨を数粒受けただけで水泳パンツを履いた意味がなかった。猿田彦神社を参拝し十六時前には鳥羽のフェリー乗り場に着いた。十六時半発のフェリーには間に合ったがガソリンが空になりそうだった。あこや真珠と中国産の淡水真珠の違いを聞いた。
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雨の帰浜
フェリーは伊勢湾に出ると波に揺れた。恋路ヶ浜を見下ろしてから国道二百五十九号線を通って豊橋市を目指した。国道二十三号線からは私が「ほぼ原付専用道路」と呼んでいるバイパス横の側道を通り湖西市へ。昼夜食堂港屋本店で浅蜊汁と鯵の開きを食べた。食堂を出ると雨が降り始めた。弁天島を経て国道一号線で帰宅した。四日間の走行距離は九百三十五キロメートルだった。あとヘルメットのシールドが割れていた。
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daichan1969 · 3 years
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こないだ行ってきた #北海道 旅行記書くよーん #尻別川 別のお尻よーんー てなわけで向かうわ 奥尻島なり (新千歳空港ターミナルビル) https://www.instagram.com/p/CPFsLu3AD0d/?utm_medium=tumblr
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