#切妻屋根の家
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おはようございます。 モルタル外壁のお家です。 いつも採用しているノンクラックモルタル通気工法に仕上げ塗りをせずに、下地塗りを仕上げとしています。 #ノンクラックモルタル通気工法 #切妻屋根 飛香台の家|2019愛知県常滑市 青木昌則建築研究所 "等身大の心地良い暮らしを設計する" 設計事例や現場の様子はプロフィール @mojaoki からホームページよりご覧いただけます。 DMまたはメールにてお気軽にお問合せ、ご相談下さい。 #家づくり #マイホーム #一戸建て #住宅 #新築 #木の家 #心地良い家 #設計 #建築士 #設計事務所 #設計事務所とつくる家 #建築家 #建築家と建てる家 #丁寧な暮らし #青木昌則建築研究所 https://www.instagram.com/p/CrPBFugygRB/?igshid=NGJjMDIxMWI=
#ノンクラックモルタル通気工法#切妻屋根#家づくり#マイホーム#一戸建て#住宅#新築#木の家#心地良い家#設計#建築士#設計事務所#設計事務所とつくる家#建築家#建築家と建てる家#丁寧な暮らし#青木昌則建築研究所
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落ち着いて見えたり、馴染んで自然な佇まい すっきりした三角屋根に、ガルバリウムと 塗壁、板貼りの組み合わせ 建物の足元を、植栽や石や塀で隠してあげると 重心が下がって見えて、建物を低く感じさせる効果があります 他にも事例を紹介しているので @kazuya_ikezoi からとんで見てください #ガルバリウム外壁 #切妻屋根 #三角屋根 #軒天板貼り #シンボルツリー #外構デザイン #ベルアート #塗壁の家 #玄関を隠す #設計士とつくる家 #コラボハウス https://www.instagram.com/p/CnhOvJZvM2b/?igshid=NGJjMDIxMWI=
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YさんのAV男優スカウトとOさんのデマ事件
前の会社で起きた変なエピソードをご紹介したいと思います。
就職して間もない新人の頃、私が担当していた地域は、現在担当している中東・北アフリカなどのアラブ圏ではなく、インド・パキスタンが昔から領有権を巡って紛争の火種になっているインド北部のカシミール地方だった。 私はインドへはカシミール地方(主にスリナガルか、ラダック)しか行ったことがないのだが、カシミール地方は、俗に言うインドの有名観光地(デリー、カルカッタ、バラナシ、アグラ、ブッダガヤなど)とは全く異なる雰���気らしく、インドがイギリス領だった頃のイギリス貴族の別邸があったり、当時、避暑地としての高級リゾート地だった名残を残している。
雪を抱いたヒマラヤの山々と湖が織りなし、三角屋根の可愛らしい家々や、湖に浮かぶボートハウスなどが、雄大な大自然に恵まれたカシミール地方の美しさを引き立てており、治安さえ安定すれば、ここは素晴らしい観光地になるだろうと、訪れる度に思っていた。
カシミール地方を担当していた頃、一緒に取材に行く映像部門のカメラマンに40代半ばのYさんという中間管理職の男性だった。
どちらかと言えば、この会社では、何故か容姿や体格にやたらと恵まれた男性が多い(特に営業部)中、Yさんに至っては、ごく普通の風貌だった。 身長も恐らく、175cmぐらい(当時の40代半ばの175cmだと世間一般では、高いのかもしれないが、大学&大学院で所属していた研究室と、前の職場の男性は異様に背が高い人が多く、仲良くしている男性社員は全員180㎝台後半だったし、私の親兄弟&親戚&夫&夫の親戚も皆異様に背が高く、明治生まれの祖父でさえ、185cmという背の高い家系なので、男性で175cmだと低いと思ってしまう💦)の瘦せ型で、特にイケメンという訳でもなく、ごくごく普通のオジサンという印象だった。
重い機材を持ち運ぶカメラマンらしく、Yさんの浅黒く日焼けした身体は引き締まっており、白髪も無いフサフサとした黒髪は豊かで、弛みの無いシャープな顎は実年齢よりもYさんを10歳ぐらい若く見せており…と誉め言葉を連ねたいのだが、中年男性特有の(?)顔のテカりを営業部の次長のOさん(ハリウッドスターのロバート・レッドフォードさん似の高身長痩身の男前で、海外ハイブランドのスーツを格好良く着こなし、営業成績も良く、見た目だけは、モデルや俳優のような完璧な容姿。だが、性格と言動はかなり問題アリな人)にからかわれ、Oさんからは『てっかりん』と呼ばれていた。
Yさんは、奥様と二人の娘さんがいる、ごく普通の妻子持ちのサラリーマンである。 ちなみに、娘さん二人は、Yさんには全く似ておらず、奥様に似た美人姉妹で日本最高峰の国立大学に公立高校から予備校にも通わずに、通信教育だけで現役で合格した超秀才の、非の打ち所がない才色兼備の美人姉妹である。
だから、心無いOさんは、『Yさんの娘さんは二人共、奥様と間男との不義の子だ』なんて酷い噂を流していた。だが、Yさんはおおらかで、寛大な方だったので、Oさんの悪意も笑って受け流してしている、非常によくできた人間だった(多分、私がYさんだったら、そんな噂を流されたものなら、OさんやOさんの上司のTさんにブチ切れたあげく、人事部の部長に報告し、名誉毀損で損害賠償を請求すると思う)。
そんな、お人好しのYさんが、ある休日に、彼の趣味であるパラグライダーの用品を買おうと渋谷を歩いていたら、スカウトされたらしい。 何にスカウトされたかというと、なんとAV男優へのスカウトだったらしい。 Yさんは、その場で断ったらしいが、1出演あたり、50万円のギャラを支払うから、どうか、撮影現場だけでも来て欲しいとスカウトしてきた人に懇願されたらしいが、YさんはAVなんかには絶対出演したくなかったし、そもそも自分はカメラマンで、撮影する側であり、撮影される側ではないと、断ったらしい。スカウトの人は残念そうに、名刺だけYさんに渡して、気が変ったら、是非連絡をくださいと言い残して、残念そうに去っていったらしい。
Yさんは、帰宅してから奥様に渋谷でAV男優にスカウトされた事を話したらしい。 すると奥様は「よかったじゃない。AV男優にスカウトされるなんて、あなたは、40代だけれど、まだまだ男性として魅力があるってことよ。でも、まあ普通、AVの出演は断るわよね」と言ったそうだ。
すっかり気を良くしたYさんは、次の出社日にスカウトされたときにもらったAV制作会社の名刺を持って、意気揚々として、『渋谷を歩いていたら、一回あたりの出演ギャラ50万円のAV男優にスカウトされた』と誇らしげに語っていた。 YさんがAV男優にスカウトされた話は、お喋りや噂好きのOさんの耳にも届き、会社中どころか、関連会社、子会社の社員までが知る事となってしまった。
YさんのAV男優スカウトの話題が社内で落ち着いた頃、私はセミナーで自分と同じくカシミール地方の紛争取材を担当している同業種の他社で働いている知人記者とバッタリ会った。 その知人記者とお昼休憩で、一緒にランチをしていると、こんな会話になってしまった。
「みずほさんの会社にYさんっていうカメラマンの方がいらっしゃいますよね?」 「ええ、いますよ。私とペアを組んでいるカシミール担当のカメラマンです」 「あのYさんって凄いですよね~。カリスマAV男優の●●さんと共同出演してゲイAV界で華々しくデビューして初版のDVD発売数は500万部って��きましたよ~」
私は思わず、飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。 なぜ、そんな噂が流れているのか?! カリスマAV男優の●●さんは、確かにカリスマAV男優だけれども、ゲイAVに出演するなんて聞いたこと無いぞ?しかも、その相手がYさんだなんて、一体何処からそんな情報が出たの?? 私は心の中で何度も疑問を反芻していた。
「…!!!えっ?それ、完全にデマですよ?Yは確かに、AV男優にスカウトされましたけど、スカウトされたその場でAVの出演を断りましたけど?しかも、ゲイAV男優じゃなくて、普通のAV男優として、スカウトされただけですけど?」 「えっ?だって、御社の営業部のOさんが、ウチの△△部長にそう言ってましたよ」 「いえいえ、その話は、真実に尾鰭が付いたデマです。YはAV男優にスカウトされただけですし、その場で断ってますし。真実と異なるいい加減な情報をOが流してしまい、本当に申し訳ございません。どうか、△△部長殿にも、デマだとお伝えいただけますか?」 「Yさんと一緒に仕事をされているみずほさんが、そう仰るなのなら、それが事実なんですね、分かりました、伝えておきます。」
このとき、私は口から心臓が飛び出るかと思うほどビックリしたし、顔から火が出るほど恥ずかしかった。 なぜ、Oさんは、いつもいつも真実ではなく、余計な尾鰭、背鰭、胸鰭、尻鰭まで付けてデマを流すのか。 しかし、よくこんなぶっ飛んだデマを思い付くモノだなってOさんの発想力に感服すると共に、冷静になればなる程、Oさんに対する不信感が募ってきた。 百歩千歩譲って社内や関連会社の人間だけならまだよしとしても(本当は全然よくないが)、全く違う会社の人に、こんなデマを伝えるなんて、この業態に身を置く人間として許されないのではないか?という怒りがこみ上げ、午後からのセミナーは殆ど身に入らならかった。
その日は直帰していい事になっていたが、私はセミナーが終わるなり、会社へと急いだ。 自分の部署の扉を開けるなり、私は大声で
「Mさん!!Oさんのせいで、大変な事になりかけてましたよ!!」
と叫んだ。 てっきり、私が直帰するとばかり思っていた上司で部門長のMさんは私が物凄い剣幕でまくし立てたので、ビックリして飛び上がりそうになっていた。
Mさんは、取り合えず、私に落ち着く様にと言い、何が起こったのか順を追って説明してくれと言った。 私は知人記者から聞いた「YさんAV男優スカウト事件」について、Oさんがトンデモナイ尾鰭、背鰭、胸鰭、尻鰭まで付けて、社外の人に真実と異なる事を喋っていた事を伝えた。 そして、これは職務上、聞き洩らしや言い間違いなどの齟齬を防ぐための、私のいつもの習慣なのだが、ボイスレコーダーを再生し、知人記者との会話をMさんに聞かせてみせた。
Mさんは、Oさんが盛った話があまりにコミカルで��っ飛んでいたので、最初はお腹を押さえて大笑いしていたが、一通り笑った後、「イカン、イカン、笑い事じゃなかったな。営業部と人事部に報告に行こう」と言い、私を同行させた。
この業界は色々な人間や組織を相手に取材を行い、取材から得た情報を提供する事が仕事である。 だから、提供する情報は真実と異なる物であっては絶対にならない。 勿論、知っている情報から憶測でモノを言うこともご法度である。 これは、新入社員の時に厳しく言い聞かされた事であり、私のように執筆に携わる者だけでなく、間接部門や管理部門でも周知徹底している当然の鉄則である。 ましてや、社外の人との交流が多い、営業部の、部門長のTさんの次に偉い人間であるOさんがデマを話すなんて言語道断である。
幸い、Oさんが話した内容は、相手方企業の方があまり興味を持たなかったので、事無きで済んだ。 しかし、Oさんが盛った話の中で、Yさんの相手役になっていた●●さんというAV男優は、AV界では、カリスマAV男優として名を馳せている(特定の分野に限ってではあるが、ある意味)著名人である。 もしも、Oさんがデマを話した相手方企業が、Oさんの話に興味を抱き、カリスマAV男優の●●さんへ取材を申し込んでいたりしたら、当社は信頼を失墜する恐れすらあったのだ。
この事は人事部長の逆鱗に触れ、Oさんは1週間の出勤停止処分となり、Oさんの上司のTさんも部下の監督不行き届きで厳重注意処分となった。
人事部長と営業部の部門長のTさんには、よく炎や火事になる前に煙の状態で火消ししてくれたと感謝されたが、当然ながら、Oさんには恨まれた。私はこのAV男優スカウト事件以来、Oさんにしょっちゅう落とし穴を掘られたり、地雷や罠を仕掛けられるようになり、Oさんとの長い戦いの始まりであった。
だが、滅茶苦茶酷い噂を流されても、「まぁまぁ、Oさんは面白い話をしたかっただけだと思うし、よくそこまでぶっ飛んだ噂に飛躍できるなって、ある意味Oさんも盛った話は笑いのネタとしてはもってこいだから、僕は気にしてないよ」と、笑いながらOさんを許したYさんは、本当に寛大な人間だと思う。 私もYさんの寛大さとおおらかさを見習わなければならないと思った瞬間だった。
残念ながら、私は2年後にカシミール地方の担当を外れ、アラブ圏(主に中東・北アフリカ)担当になったので、Yさんと一緒に仕事をしたのは2年間だけだった。
中東・北アフリカ担当になり、カシミール担当時代よりも、遥かに過酷な現実や心が折れそうになる悲惨な世界や事柄を沢山目の当たりにした。だが、挫けそうになる度に、私はYさんの事を思い出した。 まだ、右も左も分からない新人の頃に、Yさんからは、この業界に身を置く者としてのイロハを沢山教えて頂いた。
Yさんから教えて頂いた沢山の事は、今でも私の心の支えである。
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脚本家の加藤正人さんによる書き下ろし小説「碁盤斬り 柳田格之進異聞」発売決定!
このたび、映画『碁盤斬り』脚本家の加藤正人さんによる書き下ろし小説「碁盤斬り 柳田格之進異聞」(文春文庫)が3月6日(水)に発売することが決定しました。映画『碁盤斬り』は、落語の演目として長く親しまれてきた「柳田格之進」を題材に、『日本沈没』『クライマーズ・ハイ』『凪待ち』などを手掛けてきた脚本家の加藤正人さんが、3年半の月日をかけて書き上げたストーリーです。小説ならではの登場人物の細かな心情の描写はもちろん、劇中でも登場した若き日の格之進の姿をさらに掘り下げたエピソードや、映画のラストの〈その後〉も描かれているなど、作品の脚本を担当した加藤正人さんならではの内容となっています。そして、映画のティザービジュアルとして描かれた、イラストレーターのゴトウヒロシさんによる、精悍な眼差しで今にも斬りかかりそうな主人公・柳田格之進の姿が印象的な書影も公開となりました。映画とともに、小説もぜひお楽しみください!
■加藤正人さんコメント 落語の「柳田格之進」は、囲碁を巡る人情噺である。落語のみならず、歌舞伎、文楽、講談など、古くから人々に愛されてきた物語には、日本人が愛するキャラクターが登場する。格之進もまた、魅力のある人物だ。貧しい浪人暮らしをしているが、品性があり、武士としての矜持をしっかり守り抜いている。物語に登場する他の人物も、大切な人のために自分は犠牲になっても構わないという高潔な精神を持っている。こういう人物や倫理観を描けるのが、時代劇の素晴らしさだ。日本人の心の底には、何よりも人間の品格や礼節を重んじるという道徳観が流れているはずだ。今の若い人たちにも、格之進のような人物像を受け止めてもらいたい……。そういう願いを込めてこの小説を書いた。
■書籍内容 娘の絹とふたり、江戸の貧乏長屋で暮らす柳田格之進。彼は、身に覚えのない罪をきせられた上に妻も喪い、故郷の彦根藩を追われた身だった。しかし、かねてから嗜む囲碁にはその実直な人柄が表れ、江戸で多くの知己を得る。ある日、旧知の藩士により、彦根藩での悲劇の真相を知らされた格之進と絹は、復讐を決意する。絹は仇討ち決行のために、自らが犠牲になる道を選び……。父と娘の、誇りをかけた闘いが始まる!
■書誌情報 書名:碁盤斬り 柳田格之進異聞 著者:加藤正人 発売:2024年3月6日 定価:792円(税込) ページ数:288頁 https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167921842
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Persona 3 Club Book Pawlonia Mall people pages scan and transcription.
ポロニアンモールの人々
People of Pauloownian mogol
月光館学園に隣接する巨大ショッピングエリアのポロニアンモールは、買い物と娯楽の一大スポット。タルタロス探索の準備のためだけでなく東の間の息抜きにもふさわしい。
黒沢巡查 辰巳東交番
港区の辰巳東交番を守る地域課の巡査。かつては敏腕のエリート巡査として知られていたが、正義感のあまりに10年前の桐条研究所事故の真相に深入りし、出世の道を外れた。
だがそのときの捜査によって真相に警察機構の手に負えない、人外のモノの存在を感じ、以降は独断で関係者と接触し、事件解決のサポートを行なうようになる。
なお巌戸台地区に配属されたときの最初の担当案件は、真田兄妹の入寮していた孤児院火災事故の再捜査だった。結局この事故もとくに人為的な点は見当たらずに決着しているが、そのときに現在の真田との関 係がつくられた。
基本的に非番はなく、昼は交番での勤務と武器の横流し販売、夜は担当地区一帯のパトロールと、とにかく黙々と働く男。毎週月曜日にご機嫌で値引きしてくれるのは、勤務明けに彼女とのデートが待ってい るから······かもしれない。
話しかけるのを躊躇させる強面の巡査。見かけによらず港区の平和を心から願い、特別課外活動部員への武器提供を請け負っている。
寡黙な平和
の守り手
眞宵堂店主 眞宵堂
隠棲の美人
科学者
断片的ではあるが港区で起こる事件のカラクりを知る数少ない人物。黒沢巡査とは桐条がらみで知り合い、頻繁に情報交換をする仲。
趣味で集めた骨董品を売る、凄みのきいた笑みが魅力的な女性。
学生時代から考古学を専攻していたのが縁で、桐条鴻悦が存命のころ、非公式計画の中核であった「エルゴノミクス研究所」の研究所員として、岳羽詠一朗の下で研究の一端に関わっていた。おもな研究は、過去のシャドウ関連の記述や痕跡を考古学的見地から分析・解析するもの。中心研究から一歩引いたところにいたことが、早期に研究 の問題を知ることとなり、事故の起こる数年前には研究所を去っている。しかし研究の真相を知りながら、その事実から身を引いたことに呵責を感じていて、桐条の膝元の土地を去れずにいる。そんな自分の迷いを自嘲し、店の名前を「眞宵」堂と名づけた。
上司であり師弟関係にもあった詠一朗には、妻子ある相手と知りながら道ならぬ��情を抱いていた時期があり、彼がすべての罪を負わされる形で世間的な決着がついていることも、彼女の桐条への複雑な感情をを助長しているようだ。
青ひげ店主 青ひげ薬局
欧米型ドラッグストアがこの国に根を下ろして十数年、今やすっかり市民権を獲得した中、昔ながらの対面販売式「薬局」としてがんばる、青ひげ薬局の店主。洗練された雰囲気を全面に押し出す新興のショッピングエリア・ポロニアンモールの一等地にて、このスタイルを貫く心意気はさすが。顧客は若者はもちろん、仕事帰りのサラリーマンや、いろいろ不具合に悩むお年寄りまで、幅広い年代をカバーしている。
仕事柄幅広い医薬品を扱ってはいるが、なにを置いても養生がいちばんという、東洋医学に基づいた主張をもっている。その証拠に料理の相談を持ちかけると、医食同源の秘蔵のハブの干物を熱心に勧められたという、部員からの報告あり。
店主渾身の青汁スムージーは販売1年目には罰ゲームのネタにされるという不幸な歴史を持つが、本人はその味わいと健康的な価値とに自身を持っている様子。
家庭の医学の体現煮
立派なひげをたくわえた恰幅のいい店主。豪快な人柄と取扱商品の怪しさにただの薬屋ではない気配がただよう。
ヤリ手の女性記者 ポロニアンモールほか
ペンを武器に三流ゴシップ誌で戦う女性記者。全国的に広がりつつある謎の社会現象の真相に、たったひとりで挑んでいる。その行動力と洞察力で、無気力症患者の発生のメカニズムにいち早く着目したほか、月の満ち欠けと無気力症患者の増減や、無気力症拡大と桐条グループ関係者たちの動向との関係をかぎつけるなど、本来桐条の関係者にしか知り得ない真相に徐々に迫りつつある。そのため上司や「さるところ」から圧力をかけられることも多数あり。それが彼女の自由報道への情熱に一層拍車をかけているようだ。年末に向かって無気力症が猛威を振るうようになっても、さらにそこに謎を解く鍵を見出す、恐るべきバイタリティの持ち主。
無気力症におちいったタクシー運転手の間近でも冷静に状況を分析。報道に携わる者の鑑。
記者eyes
事件の気配をいち早く見分ける千里眼!!
記者brain
巧妙に隠された真相を見抜く冴えた頭脳!!
記者heart
おばさんと呼ぶと無反応になる乙女心!!
記者suit
体を張った取材に耐える丈夫な素材!!
記者hand
記事を書きなぐる武器!ペンだこは勲章!!
記者pumps
走っても足を痛めない低めのヒール!!
●図解!デキる雑誌記者!!
●女性記者の真実への軌跡
老いてますます盛んな老人 噴水広場
日がな一日、噴水のそばに腰を下ろして遠くを見つめるお爺ちゃん。多少弱々しく見える現在からは想像もつかないが、若いころは結構な女泣かせだったらしく、会うたびに盛んに「若いころにはギャルと遊べ」と力説される。このところ、かつての友だちがひとり、 またひとりと冥土に旅立ち、寂しさを隠し切れない様子。ポロニアンモールを訪れて無事な姿を確認するたび、「元気でよかった」を胸をなで下ろさずにはいられない、噴水広場のシンボル的存在になっている。
影人間が増え出す時期以外は一年を通してこのベンチで過ぎ去った時間を思い返している。
聞かせて!おじいちゃんの武勇伝
ビー・ブルー・ヴィーの店員 ビー・ブルー・ヴィー
感度の高いアイテムで、月高生をはじめとした地域の女子高生に人気のアクセサリーショップの、カリスマ店員。彼女の提案する小物使いは、必ずといっていいほど10代女子のハートをがっちりつかむ。見た目の派手さに反して、気さくな人柄と丁寧な応対で、相手の目線で接客する態度が好感度高し。自然と恋愛相談を受けることも多くなり、客同士の人間関係や恋の成り行きにはちょっと詳しいようだ。信条は「おサイフに優しい値段でセレブ感のあるオシャレ」。
クレーンゲームの月高生 ゲームパニック前
齢17にして初めてクレーンゲームを知り、世間から10年以上遅れてやってきた、景品釣りのスリルと興奮に盛り上がり中の男子生徒。友だちの誘いもむげにして、熱心に攻略方法を研究しており、影人間が徘徊を始める時期以外は、青春の貴重な時間と多くない小遣いを、その娯楽に費やしてポロニアンモールで過ごしている。かつて一世を風靡したこのゲーム、最盛期には亀や伊勢海老まで景品になっていたのは本当の話。
買い物途中の主婦 噴水広場
��方の買い物の途中で油を売っている主婦ふたり組。日々成長する子どものしつけと教育問題に頭を悩ませている。家事と買い物で疲れたと言ってはたびたびお茶に繰り出しているらしく、ポロニアンモールや巌戸台商店街の飲食店には、月高生以上に詳しい。
●髪を結った主婦
高校2年生の年頃の娘を抱える母親。勉強そっちのけでオシャレに凝り始めた娘にあきれ顔。
●髪の短い主婦
中学3年生の息子を持つ母親。月高を目指しているが不穏な事件続きで躊躇気味。
Syuhu's COMMU
高2の娘 ← シャガールばっかり行って!← 髪を結った主婦 買い物友だち
髪の短い主婦
ご近所さん? 購買のおばちゃん
→ 目指せ月高!→ 中3の息子
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(注意: つらい内容が含まれます) ヨギタ・リマエ、BBCニュース 丘の上、木々の合間に、ミャンマー軍キャンプの廃墟がある。眼下に、特徴的なハートの形で地元で有名な、絵のように美しい湖が見える。足元には、地雷の薬筒や使用済みの弾丸が散乱している。兵舎があった場所では、散らばるトタン屋根の隙間から、黄色い花をつけた野草が顔を出している。キャンプの一角には、急いで掘られた塹壕(ざんごう)がある。 赤、白、青の横じまの中央にサイチョウという鳥が描かれた旗が、曇り空の下で風になびいている。ミャンマーの西部チン州で同国の軍事政権と戦う、民族武装組織「チン民族軍(CNA)」の旗だ。 CNAは7カ月前、地元の武装住民グループとともに、インドとの国境貿易の町リクホーダルにあるこのキャンプと、チン州の他の地域からミャンマー軍を追い出した。チン州の武装勢力は、2021年のクーデターでミャンマーのぜい弱な民主主義を粉砕した軍事独裁政権と戦ってきた。その彼らにとって、前例のない成果だった。 国軍がこの地域で支配権を失ったのは初めてだ。BBCは今回、同国西部で反政権勢力の躍進を目にするという、めったにない機会を得た。 リクホーダルでの勝利は、決して簡単ではなかった。武装勢力は1年以上にわたり、何度も攻勢をかけた。一部の家族は、耐え難い犠牲を払った。 画像説明,武装抵抗運動に加わったラルヌンプイさん ラルヌンプイさんはダンスが大好きな17歳だった。彼女のソーシャルメディアのアカウントは、人気映像のダンスをまねる彼女の動画でいっぱいだった。 「彼女はいつも自信たっぷりに踊っていた。でも、着飾ることには興味がなかった。兵士に憧れ、国のために命を捧げた兵士についての歌を一日中聴いていた。勇敢で強く、怖いもの知らずだった」。ラルヌンプイさんの母ラルサントルアンギさんは、そう話す。 クーデターが起こると、ラルヌンプイさんは両親を説得し、家族が暮らすハイムアル村で武装住民運動に加わった。その理由を、学校で手書きした英作文の中で、次のように説明していた。 「ミャンマーはいま、壊れている。(中略)ビルマ兵は私にとって敵だ。情けがないからだ。(中略)私の将来は国民防衛隊にあって、私はそれが好きだ」 2022年8月、彼女の村の武装住民らは他のグループとともに、リクホーダルの軍キャンプに攻撃を仕掛けた。 「私たちは13日間連続で、相手側にドローン(無人機)の雨を降らせた。爆弾のほとんどは私が作った。私が部隊で一番の溶接工だったので」と、ラルヌンプイさんの父ラルジディンガさんは言う。彼はクーデター前はトラック運転手だったが、ハイムアルで何人かと国民防衛隊を組織するようになった。 この時の攻撃では、軍キャンプを奪うことはできなかった。双方に犠牲者が出た。 ミャンマーの地図 2022年8月14日、ミャンマー軍は報復攻撃としてハイムアル村を急襲した。住民の話では、民家十数軒に火が放たれた。私たち取材班は、そのような家屋の残骸をたくさん目にした。ミャンマー軍は、��部と西部で抵抗勢力を抑え込むため、何万軒もの民家を焼き払ったと非難されている。 この報復攻撃で、17人が軍に人質に取られた。ラルヌンプイさんと、弟のラルルアトマウィアさん(15)も含まれていた。その後、この2人を除いて全員が解放された。2人の父親に軍が仕返しをしたのだと、家族は考えている。 2日後、ハイムアルの外れにある森の浅い墓の中に2人の遺体があるのを、村人たちが発見した。 どちらも残忍な拷問を受け、銃床で殴り殺されていた。ラルヌンプイさんはレイプされていた。弟の胸、腕、性器には熱湯によるやけどの跡があった。BBCは、遺体の詳細な写真と検死報告書を確認している。 BBCはこの件でミャンマー軍に質問を送っているが、まだ回答はない。 ラルヌンプイさんの弟ラルルアトマウィアさんはまだ15歳だった 「子どもたちに何が起こったのか、考える勇気がない」。父ラルジディンガさんはしばらく黙った後、言葉を探すように言った。「子どもたちは殉死者だ。私よりずっと立派だった」。 少しの間を置いて、彼は続けた。子どもたちのことを愛情をこめて語る、誇らしい父親の姿だった。「息子は私より5センチ背が高くなっていた。話し好きで、家の手伝いを何でもいやがらずにやった」、「2人は切っても切れない仲だった。人が集まっているところに娘が行けば、みんな楽しく笑顔になった」。 母ラルサントルアンギさんは、涙を拭いながら末娘のハダシちゃん(4)を抱きしめ、こう話した。 「夫には、子どもたちの死で落ち込まないように言っている。これは私たちだけの問題ではない。将来の世代も自由は必要だ。何の権利もなく、軍の言いなりになるような、そんな状態で暮らすのは正しくない。命をかける価値がある戦いだ。私は自分の子どもたちを誇りに思っている」 私たちはミャンマー滞在中、戦闘服に身を包んだ人たちに会った。半自動小銃などの銃器を携えている人もいた。ただ、職業軍人ではない。野蛮な紛争に直面し、見事なまでに意を決している農民、学生、一般住民たちだ。 国民防衛隊のヴァラ司令官は、ハイムアルの眼下に広がる緑豊かな谷を指さしながら、ミャンマー軍はこの全域から撤退し、最も近い基地でも直線距離で50キロ以上離れていると笑顔で説明した。現地の墓地では、ピンクと白の造花で覆われた新しい墓へと私たちを案内した。 「軍事政権と戦って死んだ人たちのものだ」と、ヴァラ司令官は義理のきょうだいの墓のそばに倒れている花束を戻しながら言った。私たちは、ラルヌンプイさんとラルルアトマウィアさんの墓も見つけた。 私たちが会った住民らのほとんどは、ハイムアルの南にあるチン民族軍のヴィクトリア基地で訓練を受けていた。私たちは、緑深い森と山間部を通る、曲がりくねったでこぼこ道を進み、同基地を訪ねた。 そこでは、制服を着た何百人もの若者が新兵となって、広々とした平原を行進していた。 行進が終わると若者たちは、「私たちの祖国、愛する土地、私たちは血と命をかけてそれを守る」と歌う。 そして、武器の訓練へと続く。銃声が響く。 全員18歳以上だと説明されたが、もっと若く見える人も多い。2011年のミャンマーの民政移管で、大勢が自由を味わった。それだけに、もはや軍事政権は受け入れられないと考える10代の若者たちが、それぞれの夢を捨てて、抵抗運動に加わったのだ。 サン・ダール・リンさん(19)は教師を目指していた。 「クーデター後の最初の1年は、それほど悪くなかった。けれども、やがて軍が私たちの村を砲撃し始めた。私たちの家は壊されて、村に入って来た兵士は家を燃やし、人や動物まで殺した。私たちはジャングルに逃げた。かなりの人数がいたので、ジャングルがそのまま村になった」 「おじは無残に射殺された。私は軍が大嫌い。自分の国と国民を守るため、CNAに加わった」 私たちは行く先々で、ミャンマーの若者たちが革命の波に巻き込まれているのを目にした。 ビルマ国家のために働いていた何千人もの人たちもまた、支持する対象を変えた。 ヴァンラルペクタラさん(22)はかつて警官だった。 母親のモリー・キアンさんは、息子が警察で訓練を受けていたころの古い写真を3枚差し出すと、「彼はそこそこの月給をもらっていた。私たちは幸せで満足していた。そうしたらクーデターで政府が倒され、彼は抵抗運動に参加することを決めた」と説明した。 モリーさん自身は青春時代を軍事政権下で過ごした。「当時は楽しい日なんて1日もなかった。軍がとても怖かった。だから私は息子の決断を支持した」。 息子ヴァンラルペクタラさんは2022年3月に抵抗運動に参加。その6日後に殺害された。 モリーさんは胸と首を指さしながら、「息子はこことここを刺された」と言った。「残忍に襲われた。片足は切り落とされていた」。さらに話を続けようとしたが泣き崩れた。「この話をするのはつらい」。 ヴァンラルペクタラさんが死んだ時、彼の妻は妊娠していた。もうすぐ1歳半になる男の子は現在、遠く離れた難民キャンプで暮らしている。 軍が村から追い出されたときの気持ちを尋ねると、モリーさんは拳を突き上げた。「とてもうれしい。でも完全な勝利が見たい」。 彼女の次男も国民防衛隊の一員となっている。 国軍に比べれば弱い複数の反政権勢力が、この紛争の流れを変え、はるかに強力で装備の整ったミャンマー軍を守勢に立たせた。それができたのは、一般国民の幅広い支持があるからだ。 「最初は軍が勝っているように見えた。しかし、戦争であれ政治であれ、国民の支持がなければ誰も勝てない。軍は武器では優位かもしれないが、民衆を味方につけられていない」。チン州の反政権グループが設立した並行政権の「首相」に指名されている政治家、パ・サンさんはこう話す。彼はアウンサン���ーチーさんが率いる国民民主連盟(NLD)のメンバーでもある。 並行政権は、チン州全域の80%近くを掌握していると主張する。しかしミャンマー軍は、州都を含め戦略的に重要な町のほとんどを今も支配している。 それでも、反政権勢力には勢いがある。今週初めにはトンザンという町を奪った。 チン民族軍のフテト・ニー広報官画像提供,AAKRITI THAPAR/BBC 画像説明,チン民族軍のフテト・ニー広報官 「ここは私たちの土地だ。ビルマ軍の土地ではない。私たちは勝利を収めつつある。この土地の隅々までよく知っているからだ」。チン民族軍のフテト・ニー広報官はそう言う。 民族軍側が戦果を挙げている理由は、ほかにもある。国内各地の反政権勢力が協調し、軍が力の入れどころを選ばなくてはならない状況を作っているのだ。チン民族軍によると、自分たちはカチン独立軍やカレン民族解放軍、カレンニー軍と協力関係にあるという。 反政権勢力が直面する最大の課題は、グループ同士の内紛だ。チン州だけでも数多くの派閥が活動しており、その多くは従来から敵対している。 前出の政治家パ・サンさんは、結束を維持するのは可能だと主張。クーデター後に軍によって投獄されたアウンサンスーチーさんが率いる、選挙で選ばれた文民政府を代表する国民統一政府(NUG)の下で活動することに向けて、将来的な計画があると話す。 「私たちは鋭意、法律と憲法を作成している。NUGの一員として、チン州から大臣2人と副大臣1人を出す予定だ。ミャンマー軍が敗北を認めるときに向けて、あらゆる準備をしている」 私たちが会った人たちには、明らかな共通点があった。自分たちは勝てると、全員信じているのだ。 「もう、それほど長くはかからない」とパ・サンさんは言う。「こういう予測をするのは良くないが、私たちがあと2〜3年以上戦うような、そんなことにはならない。そう信じている」。 (追加取材:アアクリティ・サパル、サンジェイ・ガングリー) (英語記事 The devastating cost of fighting Myanmar's military dictatorship)
【ルポ】 ミャンマー軍事独裁政権と戦う人たち その途方もない犠牲 - BBCニュース
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[1]奈良国立博物館 仏教美術資料研究センター Nara National Museum Buddhist Art Library
仏教を中心とする歴史と美術にかかわる学術資料の作成・収集・整理・保管・公開を目的に、昭和55年(1980)に博物館の一部門として設置され、平成元年(1989)より現在の建物にうつりました。
資料公開日: 毎週. 水曜日・金曜日 (国民の祝日・休日、12月26日から翌年1月4日までを除く 開館時間: 午前9時30分〜午後4時30分 (複写受付は午後4時まで) 公開している資料: 図書、雑誌、紀要、報告書、展覧会カタログ、両像資料等 サービス内容: 閲覧、複写、レファレンス
調査研究を目的とする利用者に対して資料を公開しています。利用を希望の方は左側のインターホンを押して係員をお呼び出して下さい (水曜日・金曜日の公開日のみ)。
[2]重要文化財 旧奈良県物産陳列所 昭和58年(1983)1月7�� 指定 奈良市登大路町50番地1
この建物は明治35年(1902)に竣工し、同年奈良県物産陳列所として開館したもので、県下の殖産興業と物産の展示販売をおかなう施設として利用された。設計者は、帝国大学工科大学造家学科(東京大学工学部建築学科の前身)出身の建築史学者で、当時奈良県技師として古社寺建造物修理に尽力した関野貞博士(1867-1935)である。 木造桟瓦葺で、小屋組や河辺などに西洋建築の技術とりいれつつ、外観は和風を基調とする。唐破風造車寄を正面につけた入母屋造の中央楼から、東西に切妻造の翼部を延ばし、端には宝形造の楼をおいている。関野は大学在学中より宇治の平等院鳳凰堂を研究しており、屋根の形式や左右対称の優美な外観は鳳凰堂に範をとったものと思われる。また蟇股などのなどの細部には、飛鳥時代から鎌倉時代にかけての伝統的な建築様式を取り入れ、この建物の設計と奈良における古建築研究との密接な関係がうかがえる。その一方で窓にはイスラム風の意匠もみられる。構造・意匠に東西の要素を巧みに取り入れた明治中期を代表する近代和風建築として高く評価されている。 この建物は開館後、奈良県商品陳列所、奈良県商工館と名称を変え、昭和26(1951) に国に移管されて、昭和27年(1952)から55年(1980)まで間のに奈良国立文化財研究所春日野宇舎として利用された。昭和58年(1983)に重要文化財の指定を受け、同年奈良国立博物館が管理するところとなり、現在は当館の仏教美術資料研究センターとして活用されている。 平成23年7月 奈良国立博物館
Vocab 関わる (かかわる) to be concerned with, to have to do with 学術 (がくじゅつ) science, learning, scholarship 作成 (さくせい) making (a report, etc.) 収集 (しゅうしゅう) collection (of art, etc.) 整理 (せいり) sorting, organization 保管 (ほかん) charge, safekeeping, storage 公開 (こうかい) making available to the public, exhibiting 部門 (ぶもん) branch, division 元年 (がんねん) first year 祝日 (しゅくじつ) national holiday 翌年 (よくねん) following year 複写 (ふくしゃ) copying 図書 (としょ) books 紀要 (きよう) bulletin, memoirs 報告書 (ほうこくしょ) (written) report 物産 (ぶっさん)product 陳列 (ちんれつ)exhibition, display 登大路町 (のぼりおおじちょう)Noborioojichou 竣工 (しゅんこう)completion of construction 県下 (けんか)prefectural 殖産興業 (しょくさんこうぎょう)promotion of industry 設計者 (せっけいしゃ)designer 帝国大学 (ていこくだいがく)Imperial University (name of Tokyo University 1886-1897) 工科大学 (こうだいがく)engineering college 建築学 (けんちくがく)architecture 全身 (ぜんしん)previous existence, predecessor organization 出身 (しゅっしん)one’s origin (i.e. school) 史学者 (しがくしゃ)historian 技師 (ぎし)engineer, technician 古社寺 (こしゃじ)old shrines and temples 建造物 (けんぞうぶつ)structure, building 修理 (しゅうり)repair, mending 尽力 (じんりょく)efforts, exertion, services 関野貞 (せきの・ただし)Sekino Tadashi 木造 (もくぞう)wooden 桟瓦 (さんがわら)pantile 葺 (ぶき)roofing 小屋組 (こやぐみ)roof truss, room frame 河辺 (かわべ)riverside, riverbank 取り入れる (とりいれる)to adopt (e.g. an idea), borrow つつ while; even though 外観 (がいかん)exterior appearance 基調 (きちょう)basic theme, underlying tone 唐破風 (からはふ)karahafu, bow-shaped eaves of a gabled roof 車寄 (くるまよせ)carriage porch, entranceway 入母屋造 (いりもやづくり)Irimoya; building with a gabled, hipped roof 楼 (ろう)tower, tall building 切妻造 (きりづまづくり)gabled roof construction 端 (はし)end, tip, edge 宝形造 (ほうぎょうづくり)pyramidal roof 在学 (ざいがく)attending (school), enrolled 宇治 (うじ)Uji (city) 平等院 (びょうどういん)Byodo-in temple 鳳凰堂 (ほうおうどう)Pheonix Hall 左右対称 (さゆうたいしょう)bilateral symmetry 優美 (ゆうび)refinement, grace, elegance 範 (はん)example, model 蟇股 (かえるまた)curved wooden support on top of the main beam of a house (shape looks like a frog with open legs) 細部 (さいぶ)details, particulars 飛鳥時代 (あすかいじだい)Asuka period (550-710) 鎌倉時代 (かまくらじだい)Kamakura period (1185-1333) にかけて till, over (a period), through 建築様式 (けんちくようしき)architectural styles 設計 (せっけい)plan, design, layout における regarding 密接 (みっせつ)close (relationship, connection, etc.) うかがう to guess, infer, surmise 意匠 (いしょう)design 構造 (こうぞう)structure, construction 巧み (たくみ)craftmanship, design 評価 (ひょうか)appreciation, recognition 商工 (しょうこう)commerce and industry 移管 (いかん)transfer of control 国立文化財研究所 (こくりつぶんかざいけんきゅうしょ)National Research Institute of Cultural Properties 春日野 (かすがの)Kasugano 庁舎 (ちょうしゃ)government office building 国立博物館 (こくりつはくぶつかん)national museum 管理 (かんり)control, management
#日本語#Japanese language#Japanese vocabulary#Japan#Nara#奈良#日本#日本歴史#Japanese history#Japanese architecture#日本建築
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20240407
「東京の街に出てきました。相変わらずワケの、わからないこと言ってます。」というのはくるりの東京という曲の歌詞だが、20代前半に北海道から東京に戻ってきたよりも一層色濃く、この歌詞が身体に馴染んで俺はいつまでも相変わらずワケのわからないこと言っていますなんだろうなと思う。
東京での暮らしが始まって1週間が経った。歳を重ねれば重ねるほど、時間が過ぎる速度は加速していくものだが、この1週間はこれまでの北海道での一ヶ月よりも一年よりも長く感じた。その理由は二つあって、一つは家の問題と一つは仕事の問題だった。
つまらない方から書く。仕事の問題だ。俺は北海道の職場ではそれなりにブイブイ言わせて活躍することができていたが、東京の仕事を知って感じたことは無力さだった。大学で人気者だった新卒の��の子たちが一般的に感じる無力さ同様、俺は東京の仕事量や周りのスキルにきちんと圧倒され、あーばばばと宣うこととなった。
具体的に言えば、Excelでピポットテーブルを使いこなすことなぞしたこともなかったが、周りのみんなはそれを呼吸するがの如くできる。他部署や他社との電話での"お話"をすることなんて今まで俺には無く、急にやらざるを得ない状況になった時に無意味なエヘヘへ〜という不気味な笑みを電話相手に聞かせてしまい気色の悪い結果となるが、周りの人はそんなことを普通にやってのけてしまう。そんな環境であることを期待していたにも関わらず、今の周りにとって普通のことを普通にできないという事実に直面してきちんと落ち込んでいるし、まあ新卒みたいなもんだからいずれできるようになるっしょという気持ちでなんとか乗り切ろうときちんと四苦八苦している。
業務量も北海道の頃の体感比4倍で、午後になるともう頭がピヨピヨしてしまう。労働時間もこれまでは19時まで残業したら俺は今日頑張った!と思っていたが、今は朝6時に起き19時半まで働くことがデフォルト。19時半からが残業だよなあと錯覚してしまうような環境がまだ1週間も働いていないのに当たり前と化している。
「なんで東京で働きたいの?」と質問されたらどう答えよう。理由は死ぬほどある。前の日記に書いたように、若かりし頃に得た東京の暮らしへの憧憬だとか、父親が高卒ででかい会社の偉い人になったからその視点や世界を味わってみたいだとか、目標や乗り越えなくてはいけない壁のようなものがないと退屈してしまう俺の性質だとか、社会人として北海道時代の俺への評価は果たして適切だったのか知りたいというような自身の社会性への期待だとか、シンプルに金が欲しいという浅ましい気持ちだとか。
それらさまざまな理由をもって東京に来たはずだったが、現実はそう甘くはない。今はなんとか、持ち前の「全員殺すぞ」という気持ちと、「なるようにしかならない」という適当な気持ちで4月1日からの1週間を乗り越えることができたが、今後どうなっていくのかは正直わからないという気持ちもあるし、まあ俺はなんだかんだで上手いことやっていくでしょうという根拠のない自信も微かにある。アサハラ鬱病編が人生に無いことを祈りつつも自分自身に健闘を祈る。
二つ目が家の問題だ。北海道では綺麗な1LDK、浴室乾燥機付、エアコン付、札幌中心まで徒歩5分で家賃7万円程度という、こと"家"という観点��は何不自由ない暮らしをしていた。東京に引っ越すとなった時に、選択肢としては自身で賃貸を借り��、社宅に住むという2択があった。今でこそ思考停止していたなと反省することではあるが、奥さんと2人で住めるような家で、俺が住みたいエリアに住む家を借りて住むとなると家賃は最低でも12万円ほど必要だった。それに比べて、社宅は家賃1万円。年間コストで言えば120万円社宅に住む方がお得だった。その120万円という暴力にあえなく屈し脳死で社宅を選んだが、これがとんでもない物件だった。
駅徒歩15分、は最悪許せる。6畳間の和室が二つあることも最悪許せる。エアコンやガス台がないことも最悪許せる。部屋の壁と床に隙間があり、そこから冷気が流れ込んでくることや、小さな蜘蛛たちがどう頑張ってもそこかしこで跳梁跋扈してることも全然許せる。なぜなら俺は元無職だから。汚い家にはそれなりに慣れているつもりだから。が、しかし社宅のそれは俺の想像を悠々と超えており、初めて家に対して生理的に無理という気持ちを抱いた。
問題は水回りにあった。まず風呂がバランス釜。バランス釜って言葉みんな聞いたことある?少なくとも俺はこの家に住むまでなかったよ。加えて風呂の床は汚い雑巾みたいな色をした石でできており、シャワーの水圧は猫のおしっこよりも弱い。キッチンは一切水を流してなくとも時折ゴポッという音を立てて、ゲロを煮詰めたような香りが定期的に部屋に供給される。洗濯機置き場という概念が部屋に存在せず、今も洗濯機はキッチンの片隅で深い寝息を立てている。形として家のていをなして入るものの、昭和末期の団地の暮らしに時間軸を移行された感触がして、住めるような努力の手段も考えたが、とても住めたものではないというのが率直な感想だった。
可哀想なのは妻だった。俺の目的で東京の正社員を辞め北海道で暮らし始め、結婚して生活が安定してきたと思ったらまた俺の目的で東京に連れ戻され、住んだ家はゴミ廃墟、在宅勤務の妻にとって家というものがどんなに重要かは計り知れないが、結果的に相当量のストレスを与えることになった。
今日4月7日はそんな現状を打破すべく、2人でヘロヘロになりながら不動産屋を駆け巡り、ようやく良さそうな家を見つけたものの、いつも通り俺のキモさのせいで妻との話し合いがうまくいかずに喧嘩になって引越しの話は宙空に霧散した。
自分の嫌なことの話、お金の話など、すったもんだの言い合いの末、妻は俺に対して「決めて欲しい」と言った。俺は「引越しをしよう」と言った。その後に俺は自分だけが責任を取るのは嫌だと思いその浅ましい気持ちを忌避するために「その上で最終決定をして欲しい」と妻に言った。それまでの流れから、最終的には2人で引越しを決めるという大円団を想定していたが、妻は少し逡巡したのちに「この家で頑張って暮らしていこう」という結論を俺に伝えた。
新しい生活には不安はつきものだ。俺は自身の自己肯定感と全能感でそんなものはお釣りがくるもんだと鷹を括っていたが、何事もそんなにうまくはいかないらしい。ひとまず明日の朝までに俺はこのゴミみたいな家で、これから暮らす覚悟をしないといけない。今日の日記は本当につまらないな。
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おとといの日記。夏至の晩。冬至から数えて今日が一年の折り返しだなんて信じられないなと思った。早すぎる気がする。1月に義父が亡くなってバタバタしていたというのはあるけど、別にそういうのがなくてもそう思う。
冬至は12月の後半なので冬だなあという感じだけど、夏至の6月の半ばというのは梅雨であってまだ夏ではない…という感覚がある? 冬至と夏至で一年を半分に切り分けるとなんかアンバランスな感じがする。
ただまあ、12月が冬というのはイメージの問題だよなと思い直す。実際12月を過ごしているときはまだあんまり寒くなくて、秋の終わりが長々続いている感じだと思う…このあたりの、最近の気候では。銀杏がすっかり黄色くなるのは12月に入ってやっとだし、クリスマスとか年末の慌ただしさで冬感が強いだけのような気がした。そして冬というのは、本当にとても寒いのは1月と2月の始めくらいで、2月の半ばくらいからなんとなく春っぽい感じになるなあと思う。
まだ夏でもないな、冬ってほどではないな、冬ももう過ぎたなあみたいな、季節と季節に片足ずつ突っ込んでまたがるようなグラデーションの期間は案外長い。7月だってほぼ梅雨だし。ずっと前に勤めていた会社、やめる直前は体調を崩しがちだったんだけど、周囲の人がよく季節の変わり目だからねと励ましてくれて、でも季節はずっと変化してるじゃないですか…と思っていた。ずっと体調悪くてもしょうがないってことかとか思っていた。
夕方。会社を出たら涼しくてちょうどいい感じだった。どこまでも歩いて行けそうな、冷たいビールにぴったりの晩。夕飯は一人で済ませていい日だったので何か食べて帰ろうかと思ったけど時間が早かった。いったん家に帰って洗濯機を回し、たまっていた皿洗いをして、その間ロボット掃除機も動かした。掃除機は道に迷っているのか廊下の同じところを行ったり来たりしていて、こっちだよと手で持ち上げて掃除してほしい場所に連れて行った。動物を相手にするみたいに声をかけてしまう。
いくら夏至だからってこんな時間に洗濯物を干すこともなかなかないな…と思いながらベランダにTシャツやタオルを干した。日没すれすれのまだ明るさの残る時間で、夜風が涼しかった。平日に洗濯ができると達成感がある。
いろいろ家事を片付けて、近所のブロンコビリー(ハンバーグのファミレス)に歩いて行き、道が暗いからかやけに遠く感じた。動物病院、寿司屋、鍼灸院、何かの事務所。みんなもう閉めていて暗かった。寿司屋は定休日かもしれない。家事をぱぱっとやって徒歩で外食に行くの、村上春樹の僕みたいだな…と思った。
ブロンコビリーはサラダバーに力を入れていて、チキンとパクチーのサラダとか切り干し大根と夏野菜のサラダとかおからと柚子のサラダとか、そういうデパ地下のデリっぽいものがいつもずらりと並んでいる。ポテトサラダとかマカロニサラダとかレタスとかトマトとかそういう定番のも。オレンジやグレープフルーツやコーヒーゼリーも。
ディナータイムは料理プラス500円でこのサラダバーがついてくる。すごい。買うより安い。値段もそうだしこんなにたくさんの野菜を使ってこんなにたくさんいろいろ作るなんて自分ではとてもできないと思う。野菜不足を感じていたので今日はブロンコだな…と思ったんだけど、そういうふうに考える人が多いのか、平日の夜だけど人の入りは多かった。近くのテーブルで男の子と父親とおばあちゃんぽい三人組がハンバーグを食べていた。べつにどうってことないし余計なお世話なんだろうけど、おばあさんがリュックを背負ったまま食べていたのがちょっと心配になった。下ろしたら背負うのが大変とかあるのかな、息子手伝ってやれよとか、ちょっと視界に入っただけなのにほんとに大きなお世話なんだけど、勝手に思った。こういう自分の覗き見根性がときどきとても恥ずかしくなる。いい子ぶってるわけでもなく、覗き見の何がしかが小説を書くことにつながっているのは否めないこと、わかってやっていることを含め、恥じ入る気持ちがあり、ありつつ、こういうふうに書いてしまう。
ハイボールを頼んで、大根サラダやポテトサラダをつまみ��がら読みかけの本を読んだ。正確にはわしわし食べた。メインはチキンステーキ。いつもハンバーグばかり頼んでいるのでたまにはと思った。読んでいた小説の人びとが、この中だったらなんとなくチキンを食べそうだなと思ったのもあった。「やったぜ今日はチキンステーキだ」というのは『ラスベガスをぶっつぶせ』だっけ…。
読んでいたのはジャッキーケイ『トランペット』。著名なジャズミュージシャンが亡くなり、死後彼はトランスジェンダー男性だったと暴露される。知っていたのは妻だけ。息子もバンド仲間も誰も知らなかった。妻や息子や周囲の人びとがかわるがわる語る形式の小説。息子は「親父は男ではなかった」と戸惑い、混乱する…。
死後アウティングされる。死後もなお男・女を行き来させられ、説明を求められ、過去をほじくり返され、暴かれる。「そういえば」これまでの生活でいろいろサインがあったなと「検証」され、あらゆる言葉で揶揄される。
おそらくは前フリ的なものだろうとは思いつつ、そういうシーンがきつくて読むのを中断していた。再チャレンジしてみてやはりきつかった。トランスジェンダーやノンバイナリー等当事者はちょっと注意が必要かもしれない。1998年の作品で、邦訳は2016年。作品の舞台も1997年。ちょっと古い。今だったらこういうふうには書かないかもという箇所もあった気がする。
ただ本作は悪意を持って書かれたものではないと思う。計算づくで書かれている。息子の暴言も、記者の下世話な野次馬根性も、ろくでもないものだと読者にわかるように書かれている。こういう人がこういう状況になったらこんなふうに考えるだろう、こういうひどい言動をやるだろうというのが書かれている。それはすごくわかる。わかるけれどもとてもきつい。わたしはフィクション慣れしている方だと思っているけど、読んでいてけっこう落ち込んだ。
死んだ人だからというのはあるかもしれないなと思った。本人は何も語れないのにあれこれほじくり返すのはフェアではない…これは物語の中の話だけでなく。不在の人物について周囲の人たちがかわるがわる語るみたいな物語はたくさんあり、「死後にトランスジェンダー男性だったとわかった」という話をその構造で書くとこうなるんだろうけど、現実で起きている「本人が言い返せない(言い返すすべをもたない)のに他人が勝手なことを言いまくる」というひどさを物語でもやるのは、このように書きたいのはなぜだろう? このように書かれるとおおぜいの人が読もうとするのはなぜだろう? みたいなことを考えた。
いやなぜだなんて問いはズレているとは思う。物語がどうしてそのように書かれているかは、効果をたくらんでというものでもない…。また、ろくでもない内心を小説が書けなくてどうするというのはほんとに思う。わたしもさっき近くのテーブルを覗き見したじゃないかと思う。それとこれとは関係ないかもだけど。だからこの小説がひどいとか有害だというわけで���ない。ただわたしとしては読んでいてきつかったという感想がある。ということ。また本作は実在の人物をモデルにしている。完全に埋没して生活していたミュージシャン。
長くなるのでまた改めて書くけど、本作はめちゃめちゃきついシーンはありつつ、彼がなぜトランスジェンダーなのかについては語らないのがとてもよかった。周囲の人間がいくらほじくり返しても、内心で悪態をついても、本人の内心には至れない。そこが本作の肝だと思った。
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結論、ほぼデマ | パチンコ屋の倒産を応援するブログ
民主党,立憲民主党,鳩山,枝野,野田,首相,悪夢,リーマン,311,東日本大震災,人災,
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・国家公務員の天下りあっせんを全面禁止 ↓ 府省庁からの斡旋のあったものだけを天下りに数えるように変更して 94%の天下りをカウントから除外しただけ。
さらに民主党政権は天下り・現役出向の拡大とかえって悪化させている。
評価:× 嘘
・子供手当支給 ↓ 2010年7月の参議院選挙前に配って票を得ようとして 麻生政権の景気対策補正予算を事業仕分けで無理矢理凍結して転用。 その後��結局半額支給に留まるなど政権発足前から財源がないことは 藤井裕久ら民主党幹部がすでに理解していた。
評価:△ 半分
・生活保護の母子加算復活 父子家庭に児童扶養手当 ↓ これは事実。
評価:○ ただし福祉ばかり手厚くするその財源は税金なんですけどね。
・記者会見オープン化 ↓ たしかに部分的にオープン化したが、 民主党に批判的な記事を書いた事を理由にした記者の排除や 民主党に批判的な社の記者は絶対に質問させないなどが行われた。
評価:△ オープンにした意味が無い
・公立高校生授業料無償化 私立高校へ助成金支給 ↓ 事実。ただし朝鮮学校へ支給するために1条校以外も対象にしようとするなどした。
評価:△ そもそも義務教育外のものを無償化する是非は?
・密約解明 ↓ おそらく沖縄返還の際に日米で密約があったという話の件。 岡田克也外務大臣が 「証拠はないけど密約はあったはずだ!だからあった」(要約) という乱暴な結論を出し、これを根拠に米国を批判したもので解明などとはほど遠い内容。
評価:× 証拠なしで決めつけただけ。 民主党と支持者に法治の精神がない事を示した上に米国との関係悪化だけでなく、あとから勝手に非公開のはずの話を公開されかない姿勢を各国に見せつけてしまい、各国が民主党政権をまともな外交相手として扱わなくなり日本の外交的地位を完全に地に落とした。 (実際に訪米では途上国と同じ扱いをされるまで日本外交の地位が低下した) のちの安倍政権で日本の外交を立て直すために前半数年を費やさなければならなくなった。
・社会保障費削減撤回 ↓ 評価:△ 事実、ただし代替案なしで負担増加分は現役世代へ。
・基礎自治体に事務事業の権限と財源を大幅に移譲 ↓ 権限を若干移譲したがそれ以上にNPOの主観を地方自治体に移すなど、現在問題となっている公金チューチューなどの温床となっている。 また、予算が欲しい団体は民主党幹事長室に言われた要求を満たさないとならないなど、結局の所は予算や権限を人質に民主党の横暴が加速する面もあった。
評価:△ 責任から逃げたい民主党の哲学もあってか責任の曖昧化が進むなどむしろ害の方が遙かに多いのでは?
・診療報酬引き上げ ↓ 事実、若干上がった
評価:○ ただし社会保険料の上昇加速で現役世代への負担増。
・国と地方の協議の場を設置 ↓ 地方自治体は民主党幹事長室に何らかの見返りを用意しないと予算が追加されなかったり、民主党の議員が強い自治体だけ極端に補助金が優遇されるなど協議以前の問題だった。
評価:× 民主党幹事長室を通さないとならないという憲法違反をやっていた。 (請願の自由の侵害)
・全ての国直轄事業における負担金制度を廃止 ↓ 民主党政権中にさくっと復活
評価:× その後に元に戻った事を考えれば2010年7月の参院選向けのアピールでしかなかった。
・非正規労働者の雇用保険への適用条件緩和 ↓ 事実
評価:○
・原則として製造現場への派遣を禁止 ↓ そもそも派遣で働いていた人達の働き先を無くした後のことを考えておらず、 そのことをつっこまれて民主党政権は方針を変更して撤回したため公約破りとして批判されていた。
評価:× 実現していません。
・農家戸別所得補償制度実施 ↓ たしかに部分的実施は行ったが 農地改良や鳥獣害対策費などの予算を大幅カットしてこれを財源として実現。 また岡田克也の実家であるイオンが戸別所得補償制度を理由に 米農家を買いたたいていた事が国会で指摘されたり、 飼料用米を雑に作っていれば補償で儲かるという制度の建て付けにより、 他の農業者へ貸し出していた農地の貸し剥がしなども横行した。
評価:△ 朝三暮四な上に発生した問題の方が多かった。
・バリアフリー改修、省エネ改修工事補助 ↓ 事実、ただし麻生政権で実施したプランを引っ張った形。
評価:△ 鳩山内閣が特別に実施したものではない
・分娩の公的助成 ↓ 麻生政権で増額を決定したもの
評価:× 強いて言うのなら麻生政権の実績
・肝炎患者のインターフェロン治療の自己負担限度額引き上げ ↓ 2009年民主党政権公約では「自己負担限度額を引き下げる」としていた。 引き上げたのなら公約と逆。
評価:× 公約と真逆
・自殺者が政権交代後に減少中 ↓ たしかに若干の減少は認められるものの 2007年に決定された自殺総合対策大綱を民主党政権は踏襲していただけ。 その後の第二次安倍政権では 1997年以降3万人台を下回った事の無かった自殺者数が2万人前後に低下。
評価:△ 事実ではあるがリーマンショック後の有利なタイミングで政権を取ってただけ。 民主党不況に陥れられていなければもっと減っていた可能性があるのでは?
その他。
野党側に審議時間すら認めない強行採決10連発など、 過去に類例の無い強引な国会運営だったが マスゴミがこれを批判しないようにして擁護していました。
民主党政権では長妻昭と山井和則コンビが 「長妻・山井プラン」などと自慢していた大量の派遣切りがありました。 特定26業種の多くで解釈によって一般��派遣と見なすという手口を使いました。 「派遣を継続的に雇えないようにすれば正社員が増えるはずだ」 という連合の生兵法をそのまま実施した形です。
それに加えて民主党政権が超円高誘導を行う事で 本来ならリーマンショック後の回復局面なのに 民主党不況を作り出して失業者を大量に生み出す結果となりました。
また、「(国家)公務員の総人件費削減」という民主党の公約を実現するという理由で 民主党政権は一時的に霞ヶ関の新卒採用を0にさせようとしました。 (さすがに非難囂々で渋々「若干名」を認めるに変更)
民主党政権は彼らの票田である「情弱高齢層」を向いたままの政治がより露骨で、 若者は切り捨てる傾向が非常に極端な政権だったと言えます。
アニメーターが労組を作った時に 各政党にも挨拶に回ったのですが、 民主党はアニメと聞いて選挙権がない子供じゃ意味が無いと考えて ろくに相手にしなかったなんて話があります。
日本の政治って結局の所は数の多かった団塊世代を中心に 高齢者層ばかりを向いた政治がこの30年以上続けられてきました。
若者を使い捨てにする氷河期世代を作ったのも そうした政治の怠慢と、数ばかり多い問題のある世代のわがままと経団連の合作 と言って良いのだろうと思います。
すでに手遅れ状態になっていますが、岸田総理は異次元の少子化対策などと言って 金を巻き上げて補助金として付け替える 財務省が喜びそうな間抜けな手口で社会保険料負担増を財源にする政策にしようとしています。
今の現役世代は30年間ほぼ給料が上がっていないのに 社会保険料がひたすら上がり続け、 可処分所得がガンガン削られてきた世代だと言えます。
若者の○○離れ、 などとマスゴミが非常に後ろ向きな文脈で使いますが、 使える金の余裕がなくなってるんですから、 お金を無駄に使うような事はできませんよ。
若者にもっと他のことに無駄にお金を使わせたいのなら、 若者の可処分所得を増やすために負担を減らすのが一番ですよ。
財務キャリアという日本国民の敵の言うような 「増税して金を毟って、それを天下りの利権の原資にしつつばらまく」 という方法では効果はほとん期待できないと思います。
日本のマスゴミの特にダメなところの一つに 「○○と比べて今の若者はxxにお金を使わない」 みたいにわざわざ比較して極めて否定的に扱うところがあります。
まぁ、マスゴミとしては 「若者は不幸なんだー!もう未来は真っ暗なんだー!」と、 世の中に不満がどんどんと蓄積していくようにしたいのでしょうけど。
���スゴミの上の方の人達は マルクス主義にかぶれたポンコツどもばかりで固められてますからね。
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梅ヶ坪の家の現場は外部のウッドデッキを除き今週でほぼほぼ大工工事完了です。 #平屋のお家 #切妻屋根 #木の家 #杉板下見張り #家づくり #現場監理 青木昌則建築研究所 "等身大の心地良い暮らしを設計する" 設計事例や現場の様子はプロフィール @mojaoki からホームページよりご覧いただけます。 #家づくり #マイホーム #一戸建て #住宅 #新築 #木の家 #心地良い家 #設計 #建築士 #設計事務所 #設計事務所とつくる家 #建築家 #建築家と建てる家 #丁寧な暮らし #青木昌則建築研究所 https://www.instagram.com/p/CqrolXdL_4D/?igshid=NGJjMDIxMWI=
#平屋のお家#切妻屋根#木の家#杉板下見張り#家づくり#現場監理#マイホーム#一戸建て#住宅#新築#心地良い家#設計#建築士#設計事務所#設計事務所とつくる家#建築家#建築家と建てる家#丁寧な暮らし#青木昌則建築研究所
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各地句会報
花鳥誌 令和5年5月号
坊城俊樹選
栗林圭魚選 岡田順子選
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令和5年2月2日 うづら三日の月花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
厨女も慣れたる手付き雪掻す 由季子 闇夜中裏声しきり猫の恋 喜代子 節分や内なる鬼にひそむ角 さとみ 如月の雨に煙りし寺の塔 都 風花やこの晴天の何処より 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月4日 零の会 坊城俊樹選 特選句
暗闇坂のチャペルの春は明日あたり きみよ 長すぎるエスカレーター早春へ 久 立春の市の算盤振つてみる 要 冬帝と暗闇坂にすれ違ふ きみよ 伊達者のくさめ名残りや南部坂 眞理子 慶應の先生眠る山笑ふ いづみ 豆源の窓より立春の煙 和子 供華白く女優へ二月礼者かな 小鳥 古雛の見てゐる骨董市の空 順子 古雛のあの子の部屋へ貰はれし 久
岡田順子選 特選句
暗闇坂のチャペルの春は明日あたり きみよ 冬帝と暗闇坂にすれ違ふ 同 大銀杏八百回の立春へ 俊樹 豆源の春の売子が忽と消え 同 コート脱ぐ八咫鏡に参る美女 きみよ おはん来よ暗闇坂の春を舞ひ 俊樹 雲逝くや芽ばり柳を繰りながら 光子 立春の蓬髪となる大銀杏 俊樹 立春の皺の手に売るくわりんたう 同 公孫樹寒まだ去らずとのたまへり 軽象
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月4日 色鳥句会 坊城俊樹選 特選句
敬な信徒にあらず寒椿 美穂 梅ふふむ野面積む端に摩天楼 睦子 黄泉比良坂毬唄とほく谺して 同 下萌や大志ふくらむ黒鞄 朝子 觔斗雲睦月の空に呼ばれたる 美穂 鼻歌に二つ目を割り寒卵 かおり 三路のマネキン春を手招きて 同 黄金の国ジパングの寒卵 愛 潮流の狂ひや鯨吼ゆる夜は 睦子 お多福の上目づかひや春の空 成子 心底の鬼知りつつの追儺かな 勝利
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月6日・7日 花鳥さざれ会 坊城俊樹選 特選句
潮騒を春呼ぶ音と聞いてをり かづを 水仙の香り背負うて海女帰る 同 海荒るるとも水仙の香の高し 同 坪庭の十尺灯篭日脚伸ぶ 清女 春光の中神島も丹の橋も 同 待春の心深雪に埋もりて 和子 扁額の文字読めずして春の宿 同 砂浜に貝を拾ふや雪のひま 千加江 村の春小舟ふはりと揺れてをり 同 白息に朝の公園横切れり 匠 風花や何を告げんと頰に触る 笑子 枝川やさざ波に陽の冴返る 啓子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月8日 さくら花鳥会 岡田順子選 特選句
雪を踏む音を友とし道一人 あけみ 蠟梅の咲き鈍色の雲去りぬ みえこ 除雪車を見守る警備真夜の笛 同 雪掻きの我にエールや鳥の声 紀子 握り飯ぱりりと海苔の香を立て 裕子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月10日 鳥取花鳥会 岡田順子選 特選句
東風に振る竿は灯台より高く 美智子 月冴ゆる其処此処軋む母の家 都 幽やかな烏鷺の石音冴ゆる夜 宇太郎 老いの手に音立て笑ふ浅蜊かな 悦子 鎧着る母のコートを着る度に 佐代子 老いし身や明日なき如く雪を掻く すみ子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月11日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
朝光や寺苑に生るる蕗の薹 幸風 大屋根の雪解雫のリズム良き 秋尚 春菊の箱で積まれて旬となる 恭子 今朝晴れて丹沢颪の雪解風 亜栄子 眩しさを散らし公魚宙を舞ふ 幸子 流れゆくおもひで重く雪解川 ゆう子 年尾句碑句帳に挟む雪解音 三無 クロッカス影を短く咲き揃ふ 秋尚 あちらにも野焼く漢の影法師 白陶 公魚や釣り糸細く夜蒼し ゆう子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月13日 枡形句会 栗林圭魚選 特選句
犬ふぐり大地に笑みをこぼしけり 三無 春浅しワンマン列車軋む音 のりこ 蝋梅の香りに溺れ車椅子 三無 寒の海夕赤々漁終る ことこ 陽が風を連れ耀ける春の宮 貴薫 青空へ枝混み合へる濃紅梅 秋尚 土塊に春日からめて庭手入 三無 夕東風や友の消息届きけり 迪子 ひと雨のひと粒ごとに余寒あり 貴薫
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月13日 武生花鳥俳句会 坊城俊樹選 特選句
浅春の眠りのうつつ出湯泊り 時江 老いたれば屈託もあり毛糸編む 昭子 落としたる画鋲を探す寒灯下 ミチ子 春の雪相聞歌碑の黙続く 時江 顔剃りて少し別嬪初詣 さよ子 日脚伸ぶ下校チャイムののんびりと みす枝 雪解急竹はね返る音響く 同 寒さにも噂にも耐へこれ衆生 さよ子 蕗の薹刻めば厨野の香り みす枝
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月14日 萩花鳥会
水甕の薄氷やぶり野草の芽 祐子 わが身共老いたる鬼をなほ追儺 健雄 嗚呼自由冬晴れ青く空広く 俊文 春の園散り散り走る孫四人 ゆかり 集まりて薄氷つつき子ら遊ぶ 恒雄 山々の眠り起こせし野焼きかな 明子 鬼やらひじやんけんで勝つ福の面 美惠子
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令和5年2月15日 福井花鳥会 坊城俊樹選 特選句
吹雪く日の杣道隠す道標 世詩明 恋猫の闇もろともに戦かな 千加江 鷺一羽曲線残し飛び立てり 同 はたと止む今日の吹雪の潔し 昭子 アルバムに中子師の笑み冬の蝶 淳子 寒鯉の橋下にゆらり緋を流す 笑子 雪景色途切れて暗し三国線 和子 はよしねまがつこにおくれる冬の朝 隆司 耳目塗り潰せし如く冬籠 雪 卍字ケ辻に迷ひはせぬか雪女 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月16日 伊藤柏翠記念館句会 坊城俊樹選 特選句
指先に一つ剥ぎたる蜜柑の香 雪 大寒に入りたる水を諾ひぬ 同 金色の南無観世音大冬木 同 産土に響くかしは手春寒し かづを 春の雷森羅万象𠮟咤して 同 玻璃越しに九頭竜よりの隙間風 同 気まぐれな風花降つてすぐ止みて やす香 寒紅や見目安らかに不帰の人 嘉和 波音が好きで飛沫好き崖水仙 みす枝 音待てるポストに寒の戻りかな 清女 女正月昔藪入り嫁の里 世詩明
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月17日 さきたま花鳥会 坊城俊樹選 特選句
奥つ城に冬の遺書めく斑雪 月惑 顔隠す一夜限りの雪女郎 八草 民衆の叫びに似たる辛夷の芽 ふじほ 猫の恋昼は静かに睨み合ひ みのり 薄氷に餓鬼大将の指の穴 月惑 無人駅青女の俘虜とされしまま 良江 怒号上げ村に討ち入る雪解川 とし江 凍土を突く走り根の筋張りて 紀花 焼藷屋鎮守の森の定位置に 八草 爺の膝捨てて疾駆の恋の猫 良江
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月19日 風月句会 坊城俊樹選 特選句
古玻璃の奥に設ふ古雛 久 笏も扇も失せし雛の澄まし顔 眞理子 日矢さして金縷梅の縒りほどけさう 芙佐子 梅東風やあやつり人形眠る箱 千種 春風に槻は空へ細くほそく ます江 山茱萸の花透く雲の疾さかな 要 貝殻の雛の片目閉ぢてをり 久 古雛髪のほつれも雅なる 三無 ぽつねんと裸電球雛調度 要
栗林圭魚選 特選句
紅梅の枝垂れ白髪乱さるる 炳子 梅園の幹玄々と下萌ゆる 要 濃紅梅妖しきばかりかの子の忌 眞理子 貝殻の雛の片目閉ぢてをり 久 古雛髪のほつれも雅なる 三無 老梅忌枝ぶり確と臥龍梅 眞理子 山茱萸の空の広さにほどけゆく 月惑 八橋に水恋うてをり猫柳 芙佐子
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月21日 鯖江花鳥句会 坊城俊樹選 特選句
師を背負ひ走りし人も雪籠 雪 裏庭開く枝折戸冬桜 同 天帝の性こもごもの二月かな 同 適当に返事してゐる日向ぼこ 一涓 継体の慈愛の御ん目雪の果 同 風花のはげしく風に遊ぶ日よ 洋子 薄氷を踏めば大空割れにけり みす枝 春一番古色の帽子飛ばしけり 昭上嶋子 鉤穴の古墳の型の凍てゆるむ 世詩明 人の来て障子の内に隠しけり 同 春炬燵素足の人に触れざりし 同 女正月集ふ妻らを嫁と呼ぶ 同
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月26日 月例会 坊城俊樹選 特選句
能舞台昏きに満ちて花を待つ 光子 バス停にシスターとゐてあたたかし 要 空に雲なくて白梅すきとほる 和子 忘れられさうな径の梅紅し 順子 靖国の残る寒さを踏む長靴 和子 孕み猫ゆつくり進む憲兵碑 幸風 石鹸玉ゆく靖国の青き空 緋路 蒼天へ春のぼりゆく大鳥居 はるか
岡田順子選 特選句
能舞台昏きに満ちて春を待つ 光子 直立の衛士へ梅が香及びけり 同 さへづりや鉄のひかりの十字架へ 同 春の日を溜め人を待つベンチかな 秋尚 春風や鳥居の中の鳥居へと 月惑 料峭や薄刃も入らぬ城の門 昌文 梅香る昼三日月のあえかなり 眞理子 春陽とは街の色して乙女らへ 俊樹
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
令和5年2月 九州花鳥会 坊城俊樹選 特選句
ポケットの余寒に指を揉んでをり 勝利 黒真珠肌にふれたる余寒かな 美穂 角のなき石にかくれて猫の恋 朝子 恋仲を知らん顔して猫柳 勝利 杖の手に地球の鼓動下萌ゆる 朝子 シャラシャラとタンバリン佐保姫の衣ずれ ひとみ 蛇穴を出て今生の闇を知る 喜和 鷗外のラテン語冴ゆる自伝かな 睦古賀子 砲二門転がる砦凍返る 勝利 小突かれて鳥と屋や に採りし日寒卵 志津子 春一番歳時記の序を捲らしむ 愛
(順不同特選句のみ掲載) ………………………………………………………………
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2022年12月13日
暗闇 見つめている二重らせん 週刊誌の最後のページ 孵化する 孵化させる 目が覚める からっぽのまま 赤ん坊の手を握る 哲学ニュース 強度 占星術師 と打ったら変換される 性占術師 学生時代 最も力を入れたこと 死は幻想である 愛、あ、あ、あ、名前を教えて なりたいもの わたしが 明るい世界 明るい未来 クビになったドラッグストア 礼拝 お好み焼き チューニングの狂った 歌 聴こえなくなるまで 聴こえなくなるまで featuring あなたのこと 声 死について って誰も知らない経験していない から 駆け込み乗車 禁止 お兄ちゃん お兄ちゃん 扉を開けて 機内モードで延命する アジテーション はやくしたい 遅く 結婚 まん防 イデア的には ずっと一緒がいい よね 今だけ無料 アジテーション テナント募集 の 看板 らすとくりすます とぽろじー 言葉で考えるのをやめる あ、あ、あ、 図式化 ズキズキする 監視されていた 白い部屋 女衒 パッチワーク フランケンシュタイン みたいに 愛と幻想と 愛と幻想と 糸 ほどけていく ことを想像する ジャスミンを銃口に 営業系総合職 死んだ瞬間の聴覚について 死んだ瞬間の聴覚について のように のように さようなら 魔法少女 ハートフィールド 歌う メヌエット ピーチ姫の テトラポット アストラル界 あなたの 吸い込まれる ダム 死体画像 すぐ会いたい女子が急増中 アカツクシガモ 京都市植物園 振り回す キャリアチェンジ された アルバイト する このサイトにアクセスできません と 声が して振り向く 昨日 のことを覚えていない 迷宮 のようだと うわさのベーコン クルトン コーラ・パール ゾラ ほら、と 初音ミクの額から垂れる汗 花園神社で 迷い込む 見世物小屋よ 一生バイト ポケットモンスター 正解を引き当てるまで やる気が出ないな 英単語帳 ランボーを読んでしまったなら ロックンロールはそう ホテル暮らし 空調の音 Jアラート 星座を結ぶ ロックマンエグゼ lain rain ruin ビスク・ドール 野良犬 奈良へ向かう列車 アーレント 現実感 人生攻略サイト 灰と は 意図 思考 回路の中を むさぼり食う 吸う 空気 止まった ままの 子宮的な エリア 嘘をついたまま死ぬ のね ルビンの壺 12ポイント stray sheep と 動詞動詞動詞動詞 同時的に 田中角栄 魔人ブウ 犯す 壊す 作る 波打つ わたしは 殺す 生かす 咲く 咲かす ライフハック 死 冷蔵庫 咲かす 飛び立つ やわらかく もやもやと ばたばたと 解毒する 夏休み 向日葵 消滅した 蝉が鳴く なく 無く 咲く さ さ さ 教育する アナイス・ニン 逃げ出す 逃走する 闘争? 領域を広げていく 閉じる 閉じこめる 閉じ込められた 布団の中 宇宙のように 宇宙そのもの 高橋まつり 滅びた 100年後のことを考えて 文章を書く 脳みそから溢れ出した 白い水着 黒いタイツ 道化のように 大天使のように 借りる 回帰する アカツクシガモ 成長すること 天秤のことを考える by this river ラブ&ポップ 脳破壊 快楽 シャドウ・ワーク 子宮口から この世界の果てまで 共同体 忙しい 忙しさ exclusive みんなのレビュー 連帯 証明するために ランキング もっと欲しい あなたらしい 瞬間に 祈る手 summer 上映する ロングヘアー 偏差値 ピアス 18個 生き延びる ラリる 刺さった 反射した 発射した 家畜人 ホワイトノイズ 空間 依存症 白い 微分不可能な やわらかい その曲線 エゴサーチ バーモント・カレー 姦淫する 階段 聖書 夢の中に出てくる 中島らも 他人の日記 読む 話す 歌う ような気がする そんな感覚が 一時間天気予報 ペヨーテ ぐるぐる回る 永久に 永久的に 結びつけた 途端に壊れる ぱりん、と ふらっと 消えちゃいそうな気がする 意識が高い 高低差 風圧 やさしい言葉 インターネットのグロサイト 巡る 再度 巡る 繰り返していた クリスマス サンタさん 産道 乱視のまま 今日も生きている 息をする あらゆる 虹色の 永久に理解されることのない強度 氷点 貯金やダイエット レポ漫画 面白くなる 国語辞典 解剖する やまい、だれ 芽殖孤虫 ひらひらと 眠る ゴミ出し 擬音一覧 シーシュポス 間違った注文 集める 女性が一生で排卵する卵子の数は400個~500個と推定され 細胞膜 ずきずきと 痛む手 うつらうつらと その指で 欺瞞 マッサージ されたまま死ぬ アイライナー いつかは終わる 旅 続いていく 気持ち悪い、 と少女 折りたたみ傘 出会う 解剖学の教科書 ホーリー・マウンテン もやし 食物繊維 的な ひらく 伸びる 匂いがする 恥丘 裏切る 一本の木 待ち続けている 市民会館 明かしえぬ共同体 ムーミンたち ムーミン谷へ 向かっている ヤツメウナギ もし仮にそれが ハッとする 気がつく 失う 海のそばで グランドメニュー 幽霊 ピアスの穴 カッターナイフで切る 舌を 下へと 血が出る 地が出る前に ここからいなくなる 踊る 大雨の中 浴びる 天高く 土砂降り もっと 濡れてしまいたい 溶ける あらゆる種類の動詞 固着した エディプス・コンプレックス 身体を売る 眠りにつく べたべたした くすぐる 太もものうぶ毛 のように 行こうね ずっと一緒に 逆にする 黒板に描かれた 天使と怪物 流れとよどみと 恋と革命 そのままの 君でいてね イデオロギー それとも 触れる 手に 手のひらに その温度を そっと撫でる ように見える 青ざめた 顔 目で 浮き上がる 物流倉庫会社 キスをする どこにも行けない どこにも行けない 憂鬱な夫婦 中絶用の 願いを書く 七夕 永遠に落ち続ける夢 人生ゲーム 青いピン そのように 性行為のやり方 鍵付き完全個室 運動会 発熱 保健室 はつなつ 人生経験 終わりゆく 肉の厚さ 海馬 言語野の 衰退 ダウンロード数 数えていた 新しい生活様式 リズム 物語ること 豊かな 再生回数 氷 覆われる 世界すべて 素数のように 感じる 解体 怒らない? 起こらない、何も 可能性が失われていく 研ぎ澄まされていく 失われていくことで 何者かになった その平らな牧場 忘れてきた お持ち帰り する 立派な 飛び降りて 刻まれた 胎児のように さえぎられる 海岸には小屋があって 喧嘩をする 白鳥 食べられる 汚い 穢れてしまった 純粋なもの 銃を撃つ 一発 チェーホフ、どこへ行ったの? と母親が階段を上がってくる 切符をなくしてしまったままで 生き続けている気がする 少女には 晴れ 絵日記は かすれてしまった とうに 音楽にはならない 寒天培地の上で 有性生殖する していた した方がいい 人生経験 ペットボトル HPVウイルス 頭のない 風邪総合 目をさます 神経系 ポーチの中で 白い粉になった 睡眠薬 遠くの方へ、遠くの方へ 並べられている 全校集会 鳴らされて 走る 望遠鏡を 覗き込む もうすっかり 子宮頸がん 夢中になって 標本にする どうやって? 悟りについて 五億年ボタン 走馬灯 一週間くらい考えてもいい? 愛妻弁当 ぷっちょ の容器でオナニーする カンブリア紀の 海中生物やわらかく モニターの奥 夏の光 ぴったりと 豊かに 遅延しながら 本間ひまわり いま、を指差す指の先 爪の長さ 変わって 一括見積もり ふざけているのではなく 頭痛 左側 ありがとう こんにちは おはようございます それは愛ではなく の ような 夜行バス 棺 出生外傷 の あなたは ロビンソン トリップした 虹色の女 devenir ひだ 開く 一枚一枚 めくっていく 匂いがする 工場の赤ん坊が コンクリート 嘘だった あてのない 意味のない 海 潜り続ける 潜水艦の中で 夢を見ている 象徴的に もっと速く 飛び立つ 自壊したい 鯛 平らな 館内における密を避けるため 破れた 四つん這いになって するだろう 想像 するだろう 未完のままの もはや戦後ではない 未亡人 ぷろ、ぱかんだ 重量と恩寵 根を 肉体が壊れていくのは かもめ 肉塊 台風が来る前の夜 アオカビ もっとたくさんの地獄 天国は通り 過ぎては消えていく スーツの人が通り過ぎていったあとの 匂い 大人の匂い 食器返却口 この席の使用はお控えください アルコール消毒 セーブポイント 豚 のような女 と 猿の ような 男が出会う 死体ごっこ バラバラに 組み合わせる 英単語帳の例文みたいに 死に近い コンクリート 裂け目 洗浄液 メリークリスマスの Yahoo知恵袋 真理があると言われている そこにある 死んだあと魂はどうなるの? と子どもが尋ねる 何グラムの 前世の記憶 当たり前の事 トンネル 潜り抜ける音 夢の中の休憩所 自動販売機 光 光 夜の闇に飲み込まれないように コンビニエンスストアは灯台として 鳴りやまない 崩れていく 昨日 来ない 来ている すでに いま 冬の ま、ふゆ ま 電気ストーブ あたたかく すりつぶす 通勤・通学 するための列車 眠る 折りたたまれたヒダ 予言する 1999年 産まれ た 朝 ねむる ねむる もっとよくなる 地方都市
夢の中では 現実的な 現実的なもの 親ガチャ 100年後の 2000万年後の 想像していてね 空っぽの脳 おばさんが入ってくる大量に 魚 飛び跳ねる 誰も見ていないところで 老人の声はデカい 無が無限に膨らんで 恒星たちは爆発し きっと届かないまま ゲーム実況見ていた 二年間 だった気がする だった気がする この区域で路上喫煙をすると 一千円の過料が科されます と どこかに書いてあった 教科書に落書きをしている間に 終わっていた もっと濡れたい 雨に 幼形成熟 恋と革命のために 太郎 花子 由香 香織 紗耶 話題のツイート 温泉むすめ 逃れてゆけ 逃れてゆけ 自撮りしているふたりを 見つめる 目 目玉 浜辺で 白く 白く 白く 白く 境界線はほどけた もう一度 あまい 糖衣錠 統一的な 像 増殖する お支払い方法 まとめサイト この世界の秘密 ねじれたソーセージ 青い 白い 脆い イオン・モール 迷子になる 歌を歌う 歌っていた 冗談でした あらゆる 情報商材のために すべて ひとつの 自己啓発 は はいいろの ノイズで
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"Kill them with kindness" Wrong. CURSE OF MINATOMO NO YORITOMO
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“kill them with kindness” Wrong. CURSE OF RA 𓀀 𓀁 𓀂 𓀃 𓀄 𓀅 𓀆 𓀇 𓀈 𓀉 𓀊 𓀋 𓀌 𓀍 𓀎 𓀏 𓀐 𓀑 𓀒 𓀓 𓀔 𓀕 𓀖 𓀗 𓀘 𓀙 𓀚 𓀛 𓀜 𓀝 𓀞 𓀟 𓀠 𓀡 𓀢 𓀣 𓀤 𓀥 𓀦 𓀧 𓀨 𓀩 𓀪 𓀫 𓀬 𓀭 𓀮 𓀯 𓀰 𓀱 𓀲 𓀳 𓀴 𓀵 𓀶 𓀷 𓀸 𓀹 𓀺 𓀻 𓀼 𓀽 𓀾 𓀿 𓁀 𓁁 𓁂 𓁃 𓁄 𓁅 𓁆 𓁇 𓁈 𓁉 𓁊 𓁋 𓁌 𓁍 𓁎 𓁏 𓁐 𓁑 𓀄 𓀅 𓀆
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【〈千年村〉研究ゼミ】 前期活動報告⑹〜韓国調査篇
韓国千年村調査3日目(8月23日)
中谷研究室学部4年の小谷さくらです。韓国調査3日目の様子をお伝えします! 今日からいよいよ千年村比定地の集落調査が始まります~
<8月23日のスケジュール> 09:00 燕山郡燕岐県 調査 10:30 比豊郡赤鳥県 調査 12:00 昼食 13:00 熊津山城 見学 14:00 扶餘郡悦城県① 調査 15:30 扶餘郡悦城県② 調査 16:00 国立扶餘博物館 18:00 ロッテリゾートホテル到着 19:30 夕食 / 調査の振り返り
7時15分に起床。3日目ともなると朝の準備も手早く終えられるようになります。
ホテル内のレストランで朝食をとり、8時にバスに乗りこんで調査に向かいます~!
9:00- 燕山郡燕岐県 集落調査
図1 燕岐郷校(撮影:2024/08/23 碓井颯)
朝一番で韓国初の集落、燕山郡燕岐県にて調査です!
山と河川に挟まれ、まさに背山臨水の地形に展開されたその集落には李氏朝鮮時代に儒教の学校として各郷に置かれていた郷校がありました。
門が閉まっていて入ることはできませんが、威厳のある朱色の門と立派な建造物は、当時の人々が儒教教育を大変重要視していたことが分かります。 門は3つの扉から構成されていますが、向かって右が入口、左が出口、そして真ん中は祖先や先代の先生方などが通る扉として普��は閉め切られ、祭事などの際に開かれるようです。
燕岐郷校を基点に3グループほどに分かれて集落調査を行いました。
途中で幼稚園に出会ったのですが、石垣を模した塀で囲まれていました。昔ながらの韓国住宅は石垣で囲われていますから、石垣が韓国建築におけるアイデンティティであるという意識がある程度現地の方々の中にあるのではないかと推測してみたり、、 ちなみにこの塀のデザインは、この後様々な集落や都市で目にすることになるので次第に慣れていくのですが、普遍的であることに気づく前の自由な想像も楽しいものですね!
図2 幼稚園の石垣(撮影:2024/08/23 小谷さくら)
少し経って、幼稚園から西北方向へ同行していただいた早稲田大学文学部の植田先生と韓先生が、これは寺院ではないかと立ち止まられたのです。しかし私たちの目には民家にしか見えません。しかしよく見ると神社の屋根に確かに「卍」がありました。事前調査でもこの場所に寺院があると記されています。
図3 100年の歴史を持つ寺院(撮影:2024/08/23 戸田剣) 日本でよく目にするような建物ではなく、人々が日常生活の中で気軽に足を運べそうですね!
偶然お坊さんらしき方が通ったので聞いてみたところ、この建物はなんと100年ほどの歴史を持つようです。
寺院付近の住宅は比較的新しいものが多く、道もまっすぐ整理されているので近年形成された住宅地だと推測できます。 玄関扉に以下のような煌びやかな装飾が施されている家が多くありました。先生方によるとこのデザインは近年の流行りだそうです(^^)
図4 新興住宅の玄関扉(撮影:2024/08/23 小谷さくら)
大通り沿いは郷校や寺院の周辺とは異なり、陸屋根の民家や3,4階建てのアパートばかりでした。陸屋根は60年代にブームとなりましたが、結局雨漏りなど不備が多くさらに切妻屋根をかけているそうで、、
図5 大通り沿いの景観(撮影:2024/08/23 戸田剣)
また、村(マウル)の入り口を示す石碑が2つほど見つかったため、少なくとも二つ以上の村が集落内に存在していることが分かります。石碑がつくられた年代にばらつきがあり、一斉に造られたわけではなさそうです。
図6 村の入り口を示す石碑(撮影:2024/08/23 口石直道)
10:30- 比豊郡赤鳥県 調査 小学校の北側の山際に展開された集落です。一つ目の集落と同様に私は植田先生と韓先生とご一緒させていただいておりました。
お二人が東屋で立ち止まって何やらお話されていたのでどうも気になるのですが学生はとりあえず歩いてみようということで、航空写真で発見できた集落の境のため池まで歩くことにしました。
日本の千年村調査あるあるとして犬に吠えられるということがありますが韓国でもそれは変わらないようです。犬の良く吠える村は良い村だと先生がおっしゃっていたのでまあいいかと思いながら歩みを進めていると時折り古い蔵があったり、集落の端には樹齢年の大樹を発 見したり。
図7 民家の様子(撮影:2024/08/23 戸田剣)
図8 村の端に位置する大樹(撮影:2024/08/23 小谷さくら)
時間になってしまったので急いでバスへ戻ると、植田先生と韓先生が比定のデーターベースが間違っていたとおっしゃっていました。すべてを信用できるデータというのはないものですね。
韓国千年村研究、なかなかに道のりは険しい、、、(T_T)
燕山郡燕岐県の集落をあとにして次なる目的地��熊津山城へ向かいます。
12:00- 昼食
正午を回っていたので熊津山城のふもとで昼食をとることに。韓先生も以前いらしたことのあるお店だそう。前菜が8種類ほどテーブルに並び、いざ食べようと思いきや前菜の後にメイン料理がくるそうでそのボリュームに日本勢は圧倒されてしまいました笑メイン料理は白身魚と緑茶のお茶漬け。和食と変わらないように思えますが、中には味付けが独特なものも。
図9 昼食のお茶漬け(撮影:2024/08/23 碓井颯)
12:30- 熊津山城 たらふく食べてエネルギー補給をしたのでいよいよ熊津山城へ。
前日に見学した上党山城とは異なり、山の頂上を囲むような形で築かれた山城です。
図10 下から見上げた熊津山城(撮影:2024/08/23 小谷さくら)
頂上には王宮址だとされる発掘現場があり、ふもとから見上げた山城の姿と王宮址から眼下に臨める景観は、当時の山城の威厳を十分に想像し得るものでありました。
14:00- 扶餘郡悦城県① 集落調査 熊津山城を後にして本日3回目の集落調査へ。 牛小屋やため池、寺院を示す標識など様々な構造物を発見。しかしそれらのつながりや村の構造をいまいち掴めないという声があがりました。
図11 集落の景観(撮影:2024/08/23 碓井颯)
千年村ではないのだろうか、、少し気を落としながらバスの停車の場所まで歩いていきましたが、バスが停車する前の村役場に集っていた地域の方から暑いからと招き入れていただき飲み物や村史をいただきました。現地の人々の暖かさを体験できました(^-^)
図12 村役場でおもてなしを受けている調査メンバー(撮影:2024/08/23 碓井颯)
15:00- 扶餘郡悦城県② 調査 その後、協議をした上で直ぐ近くに位置する郷校のある集落に向かうことになりました。ここでも郷校を基点に集落を調査しました。
しかし、1番初めに向かった集落より規模が小さく、山と大通りの距離が短かったのでより近代化がみられる集落でした。
図13 郷校の横にそびえたつ大樹(撮影:2024/08/23 小谷さくら)
郷校から少し登ったところには古い家が多くありました。
図14 郷校に近い民家(撮影:2024/08/23 戸田剣)
郷校の隣には現在の小学校が建てられており、この位置関係は様々な集落で普遍的にみられるようです。
図15 郷校の隣に建てられた小学校(撮影:2024/08/23 戸田剣)
郷校の横には樹齢年ほどの大樹が位置していて、関係性が考察できました。大樹の先にはお墓が位置していて、典型的な韓国集落の構成要素が実際にどのように配置されているかを体験できた集落でした。
扶余邑を走るバスの車窓からは、広大な錦江の景観が臨めました!川幅はもちろんのこと、河川敷のスケールも日本とは��違いで思わず見惚れてしまいました。
図16 車窓から臨む錦江(撮影:2024/08/23 碓氷創平)
16:00- 国立扶餘博物館 国立扶餘博物館に到着し、解説を聞きながら鑑賞しました。扶余で出土し、韓国の国宝として各地で様々なモチーフに使用されている「百済金剛大香炉」も目にすることができました。
当時の人が残したものを見るだけでもその技術や使われ方にまで想いを馳せれば当時の生活景を鮮やかに思い描くことができますね。
図16 百済金剛大香炉(撮影:2024/08/23 口石直道)
18:00- ロッテリゾートホテル扶余
博物館を後にして、本日の宿泊場所へ。ロッテリゾートホテル扶余は今回の調査に同行していただいているguga都市建築の趙先生が設計されています!
図17 ロッテリゾートホテル扶余(撮影:2024/08/23 碓井颯)
19:30にホテルの地下にあるフードコートで調査チーム全員で夕食を食べながら今日の調査の振り返りをしました。
同行していただいた先生方から様々なご意見、アドバイスをいただき、明日以降の調査の方針、そして今後の韓国千年村の在り方について再考する機会となりました。
夕食後、部屋に戻って韓先生に絵地図の見方を教えていただきました!(^^)
日記を書いたり、調査資料を修正したり、コインラ���ドリーに奔走したりしているとあれもうこんな時間?となり、あたふたと3日目が終わっていきました。
以上、韓国調査3日目、8月23日の日記でした!
明日は今日の反省を生かして引き続き集落調査です!4日目となろうともやはり異国の地です。目に映るものは何もかもが新鮮です。
待ち構えているであろう新たな発見が楽しみですね!
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728:名無し:23/06/09(金) 01:17:43 ID:kH.js.L1 さみしんぼうで過干渉な義父に振り回されてウンザリしてた。 義両親はずっと前に離婚していて、義母はおひとりさまライフを全力でエンジョイしてる。 たまにババに孫を丸投げして夫婦で飲みに行けと小遣いを握らせて来るような人。
子供の成長はあっという間、1ヶ月会わないだけでこんなに成長するなんて同居しなきゃダメだと 勝手に張り切る義父に対して旦那がその都度断ってた。 子供の成長を見たいのは親も一緒なんだけど。 なんで俺が俺がなのよ。
ある日子供を連れて義実家に行ったら酔ってた義父の不注意で1歳の子供に火傷を負わせた。 一瞬で水疱まみれ。 素人が見ても早急に処置が必要な状態で救急車騒ぎになるも、 明日でもいいんじゃないかぁ?と呑気なこと言った義父を ○してやろうかと思った。 旦那も義父に激ギレ。 子供は今でも火傷の跡が残ってる。 さすがにこの件で表面上だけは義父の同居攻撃はなくなった。
値上げばかりの世の中だし不安はあったけど、今の賃貸が手狭だから思い切って家を建てることにした。 上の子も転校しなくて済む場所に理想の土地が見つかったから。
だから設計図を持って義父の家に着工前のご挨拶に行ったよ。 「このスペースもったいないなぁ」とか言うから旦那が「親と同居する時になったら増築するからさ」と言ったら パァァ~っと目を輝かせる義父。 「なるべく早い方がいいかもなぁ」だって。 ちなみに嘘はついてない。 義母が一人暮らしするの難しくなったら増築して同居する予定だから。 それまでは一人で暮らすし、前払いのつもりで一部資金援助をしてくれる話になってる。
なんで親は自分だけだと思ってるのよ。 義母だって親なんだわ。 ついでに言うと義母からの密告で義父が今住んでる家は義父の実家からけっこうな援助があって建ててるのに、 私達が家を建てるのを知ってからもその話をするどころかタダで自分の部屋を増築してもらおうとするその根性が気に入らない。
旦那が「え、増築するのは母さんの部屋だけ��」って言ったら絶句してた。 浮気三昧で家庭を崩壊させ、旦那が大学を卒業するまで妻として母として踏ん張った義母をと思うのは 息子として当然だし私も同意見。 わざわざ反面教師と同居して面倒見る気はサラサラない。 老後が心配ならちゃらんぽらんの独身義兄に見てもらえ。
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