#出逢いは必然説大賛成
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【エッセイ】バニー好き作家の奮闘記「第1回 小説を書き始めた頃の私」
このエッセイは、2013年にプロデビュー依頼、奮闘し続けているバニー好きの作家・逢巳花堂のありのままの姿を綴ったものである。(各サイトで『へっぽこ作家が今日もゆく!』のタイトルで��載しているものの再掲です。また、電書版のみ掲載のエピソードもあります)
☆ ☆ ☆
遡ること18年前。
社会人になりたての私は、理不尽な出来事が次から次へと襲いかかってくる中で、すっかり心が参ってしまっていた。
「このままサラリーマン人生を送るのか?」
そう考えるとゾッとするものがあった。
何かしないといけない。何をすべきか。
悩み苦しんだ末に出した結論は、「よし、小説家を目指そう!」だった。
小説家になる夢は中学生の頃から抱いていた。けれども、真似事のように文章を書いては放り出し、書いては放り出し、を繰り返していて、実際に作品として形になったものは一つも無かった。今度こそ何か一つ書き上げて、どこかの文学賞に応募してみよう、と考えたのである。
だけど、当時の私は考えが幼かった。プロの小説家になる、ということがどういうことなのか、そのための登竜門はどこにあるのか、何もわかっていなかったし、調べようともしなかった。
そうして選んだのが、「伊豆文学賞」という地方の文学賞だった。
伊豆には縁があって、幼い頃から何度も行っている。これまで何十回行ったのか、数えることが不可能なくらいだ。そんな自分だから、伊豆にまつわる物語を書くことには自信があり、応募してみようと思った。
四百字詰原稿用紙で56枚ほどの物語。今でこそ、集中して取り組めばその日の内に仕上がる程度の分量ではあるけど、書き慣れていない私は、ウンウンと苦しみながら、少しずつ文章を紡いでいった。
そんなある日、信じがたい報せが飛び込んできた。
「おばあちゃんの余命が、あと数ヶ月だって……」
祖母は、ガンを抱えていた。だけど発見が遅れてしまったため、見つかった時にはもう手遅れな状態だったのだ。
母からそう教えられた時、焦りを感じた。
末っ子で誕生した長男、ということもあるのだろう、祖母にはかなり可愛がってもらっていた。祖母は頭のいい人だったので、よく祖母の家に行っては英語を教えてもらい、勉強が終わった後は温かい紅茶を飲みながら、色々なことを語り合ったりした。私の他愛もない空想話に、祖母はニコニコしながら付き合ってくれていた。
そんな祖母のことを、私はとても慕っていた。
自分がプロの小説家としてデビューしたという報告を、何としても、祖母が生きているうちに届けたかった。
一気に筆が進み始めた。
時には「今回は諦めようか……」と弱気になりそうなのを、「まずは作品を仕上げないことには何も始まらない!」と奮い立たせて、会社から帰った後、寝る時間も惜しんで、書いては消して、書き直して、を繰り返していった。
そして、文学賞の締切日当日ギリギリになって、ついに、人生で初めての小説作品が完成した。
タイトルは『蛇の姫』。社会の荒波に揉まれて心を病んだ青年が、伊豆へと療養にやって来て、そこで不思議な体験をする、という物語だ。
「出来た! 出来た! これが僕の処女作だ!」
何度読み返しても、この作品は面白いと感じた。よく出来ている、と思った。伊豆文学賞で大賞をとることは間違い無しだと信じていた。
24時間やっている郵便局まで、自転車を勢いよく走らせた。10月の夜風が心地良かった。夜の闇を掻き消すほどに、世界が輝いて見えた。
郵便局で原稿を出した後、家に戻った私は、ベッドに横たわりながら興奮で鼻息を荒くしていた。
だけど、次第に気持ちが落ち着いてくる中で、残酷な現実を見つめ直さざるを得なかった。
伊豆文学賞の結果が出るのは、年が明けてからになる。しかし、祖母の命は、年を越すまではもたない、という見込みだった。
受賞したことを知ってから、祖母には最期を迎えてほしかった。でも、自分にはどうすることも出来ない。
仕方がないので、完成稿をあらためてプリントアウトして、祖母のもとへと持っていった。
末期を迎えるために我が家の中にあてがわれた、祖母の部屋へと入ると、祖母は窓際の椅子に座って、木の枝に止まっている小鳥のことをジッと見つめているところだった。
英国の老婦人のような佇まいの祖母は、私が入ってきたことに気が付くと、振り返りながら優しくほほ笑んだ。
「小鳥がああやって元気に動いているのが、たまらなく愛しく感じるの」
私はこみ上げてくる感情をこらえつつ、祖母に『蛇の姫』の完成稿を手渡した。
「ありがとう。読むのが楽しみだわ」
祖母はそう言って、大事そうに、原稿を抱き寄せた。
しばらく時間が経ってから、また祖母の部屋を訪ねてみた。祖母はベッドに横たわり、静かに休んでいるところだった。
「読んだわよ」
優しい笑みを浮かべる祖母。
自分の作品に絶対の自信を持っていた私は、きっと祖母は大絶賛してくれるだろう、と思いながら、感想を語り出すのをウズウズと待っていた。
ところが、祖母の口から出たのは、意外な言葉だった。
「あなたらしい優しい作品ね。でも、毒が足りない」
「へ!?」
余命わずかの祖母の口から、まさか「毒」という単語が出てくるとは思ってもいなかった私は、思わず問い返した。
「賞を狙うのだったら、毒が必要。審査する人達に訴えかける強さの毒が無いと、印象に残らない。優しい作品だけど、そこが足りないわね」
呆気に取られていた。
そして、自分の頭を殴りたい気分だった。
よく考えたら、今回の作品は初めて書き上げた第一作目だ。出来がいいはずがない。それなのに、高い評価をつけてくれるだろう、と甘えた根性で原稿を渡した自分の情けなさが、とても恥ずかしかった。
ここで満足しているようだったら、とてもプロになんてなれるわけがない。自分がやりたいのは、ただ作品を作り上げることではなく、人がお金を払ってでも読みたいと思えるような面白い小説を書き上げることなのだ。
まだまだ、スタート地点に立ったばかりではないか。
「ありがとう。”次”はもうちょっと毒を入れてみるよ」
アドバイスを受け止めた私の返事に対して、祖母は楽しげに笑みを浮かべていた。まるで”次”の原稿を心待ちにしているかのような笑顔だった。
☆ ☆ ☆
結局、伊豆文学賞は落選した。
その結果を祖母は知ることなく、あの世へと旅立っていった。
ただ、おそらく祖母には見えていたのだと思う。私が落選する未来が。だからこそ甘やかすことなく、厳しく、そして的確に、当時の自分に足りていなかったものを指摘してくれたのだろう。
『蛇の姫』に対するアドバイスは、祖母からの最後の贈り物だった。
祖母から突きつけられた「毒」という課題を常に意識し続けることで、書く度に作品のクオリティは上がっていった。
こうして、『蛇の姫』から8年の歳月を要したけれども、第19回電撃小説大賞の3次選考通過、4次選考落ちとなったところで、電撃文庫編集部より「うちで書いてみませんか?」と電話を受け、ついに商業デビューを果たしたのである。
もし、あの世にいる祖母の声が聞こえるのなら、今はなんと言ってるのだろうか。何が自分には足りないと言っているのだろうか。
それとも、二度や三度失敗したくらいで心折れてしまった自分に対して、喝を入れているのだろうか。
とにかく、これからも書いていくしかない。書いて、書いて、成長する。そうやって出来上がった会心の一作を祖母の墓前に置いて、今度こそ祖母に、感嘆のため息とともにこう言わせてみたい。
「とても面白かったわ」
と。
☆ ☆ ☆
さて、小説を書くということは、プロの場合は特に、他人に読んでもらうことが前提となる。読者、は必ず存在する。誰にも読ませないのなら、それはただの日記か、空想や妄想の個人的なメモでしかない。
その他人に読んでもらうことが前提の小説作りにおいて、「面白い小説を書いてやる!」と意気込むことは、とても危険な行為だ。少なくとも私に関してはヤバい。このモードに入ると、本当にヤバい。本当に面白くない作品を書いてしまう。
記���に残っているので一番古い例は、なんと言っても『室奈屋の娘』だ。
『室奈屋の娘』は、『蛇の姫』を出して落選した翌年に、再び伊豆文学賞にチャレンジした時に書いた短編である。生涯二作目の小説だ。
内容は、ある男の独白から始まる。時代は60年代。東京からやって来た青年が、伊豆の山奥にある村に迷い込み、そこで陰のある女性佐那と出会う。佐那のことが気になる青年は、村に滞在し始める。やがて彼は、村の暗く凄惨な過去と向き合うことになる・・・・・・という物語。
あらすじだけなら、この手の物語の王道パターンであり、展開次第ではものすごく面白くなるプロットだと思う。
ところが、ここで私はやらかしてしまったのである。
「超面白い作品に仕上げてみせる!」「文章力を最大限発揮してみせる!」とやたら鼻息荒く、気合いを入れてしまったのだ。
まあ、気合いを入れること自体は悪くない。問題は、読み手のことをあまり意識していなかったところにある。どこか漠然とした「読者」というイメージしかなく、誰に読んでもらうか、どういう人に受け止めてもらうか、そのことは一切考えていなかった。
気が付けば、歪な作品を作り上げてしまっていた。
ある人に『室奈屋の娘』を読んでもらった時に言われた感想を、今でも憶えている。
「面白かったら私の知っている編集さんに紹介しようと思ったけど、このレベルじゃ全然ダメね」
出直しておいで、と言わんばかりの酷評だった。
もちろん伊豆文学賞は落選した。
逢巳花堂、24歳の冬。こんな体たらくであったので、当然、作家デビューするまで長い年月を要したわけであるが、それはまたこれから少しずつ語るとしよう。
☆ ☆ ☆
ちなみに、電撃小説大賞への応募作『バニィ×ナックル』は、賞こそ逃したけれど、拾い上げで作家デビューするきっかけとなった作品であるが、なぜ編集の目に止まることが出来たか、その理由については明確に説明することが出来る。
『バニィ×ナックル』に関しては、ハッキリと読者層の顔が見えていた。
電撃文庫はどういう年代の、どういう趣味嗜好の人達が愛読しているのか、その特色は何であるか、歴代の大賞を取った小説は他の作品群と何が違ったのか。
そういったことを一所懸命頭をひねって考えて、こういう物語であれば楽しんでもらえるのではないか、と試行錯誤した末に出来上がったのが、『バニィ×ナックル』だった。
あの時のマインドが『ファイティング☆ウィッチ』や『天破夢幻のヴァルキュリア』を執筆した時にも発揮されていたら、今ごろ結果は違っていたかもしれない。『ファイティング☆ウィッチ』では、せっかく掴んだ商業出版のチャンスを逃したくないという気負いが悪い方向��働いたし、『天破夢幻のヴァルキュリア』ではそれこそ読者層の顔がまったく見えなくなっていた。なんというへっぽこ作家であろうか。
ま、そんなことを考えたところで後の祭りではあるが。
成功も失敗も、それぞれ必ず理由があって訪れるものだ。運を天に任せるのではなく、しっかりと頭をフル回転させて、小さくても着実な成功を掴み続けていきたい。そんな風に考える日々である。
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11180143
愛読者が、死んだ。
いや、本当に死んだのかどうかは分からない。が、死んだ、と思うしか、ないのだろう。
そもそも私が小説で脚光を浴びたきっかけは、ある男のルポルタージュを書いたからだった。数多の取材を全て���っていた彼は、なぜか私にだけは心を開いて、全てを話してくれた���だからこそ書けた、そして注目された。
彼は、モラルの欠落した人間だった。善と悪を、その概念から全て捨て去ってしまっていた。人が良いと思うことも、不快に思うことも、彼は理解が出来ず、ただ彼の中のルールを元に生きている、パーソナリティ障害の一種だろうと私は初めて彼に会った時に直感した。
彼は、胸に大きな穴を抱えて、生きていた。無論、それは本当に穴が空いていたわけではないが、彼にとっては本当に穴が空いていて、穴の向こうから人が行き交う景色が見え、空虚、虚無を抱いて生きていた。不思議だ。幻覚、にしては突拍子が無さすぎる。幼い頃にスコンと空いたその穴は成長するごとに広がっていき、穴を埋める為、彼は試行し、画策した。
私が初めて彼に会ったのは、まだ裁判が始まる前のことだった。弁護士すらも遠ざけている、という彼に、私はただ、簡単な挨拶と自己紹介と、そして、「理解しない人間に理解させるため、言葉を紡ぎませんか。」と書き添えて、名刺と共に送付した。
その頃の私は書き殴った小説未満をコンテストに送り付けては、音沙汰のない携帯を握り締め、虚無感溢れる日々をなんとか食い繋いでいた。いわゆる底辺、だ。夢もなく、希望もなく、ただ、人並みの能がこれしかない、と、藁よりも脆い小説に、私は縋っていた。
そんな追い込まれた状況で手を伸ばした先が、極刑は免れないだろう男だったのは、今考えてもなぜなのか、よくわからない。ただ、他の囚人に興味があったわけでもなく、ルポルタージュが書きたかったわけでもなく、ただ、話したい。そう思った。
夏の暑い日のことだった。私の家に届いた茶封筒の中には白無地の紙が一枚入っており、筆圧の無い薄い鉛筆の字で「8月24日に、お待ちしています。」と、ただ一文だけが書き記されていた。
こちらから申し込むのに囚人側から日付を指定してくるなんて、風変わりな男だ。と、私は概要程度しか知らない彼の事件について、一通り知っておこうとパソコンを開いた。
『事件の被疑者、高山一途の家は貧しく、母親は風俗で日銭を稼ぎ、父親は勤めていた会社でトラブルを起こしクビになってからずっと、家で酒を飲んでは暴れる日々だった。怒鳴り声、金切声、過去に高山一家の近所に住んでいた住人は、幾度となく喧嘩の声を聞いていたという。高山は友人のない青春時代を送り、高校を卒業し就職した会社でも活躍することは出来ず、社会から孤立しその精神を捻じ曲げていった。高山は己の不出来を己以外の全てのせいだと責任転嫁し、世間を憎み、全てを恨み、そして凶行に至った。
被害者Aは20xx年8月24日午後11時過ぎ、高山の自宅において後頭部をバールで殴打され殺害。その後、高山により身体をバラバラに解体された後ミンチ状に叩���潰された。発見された段階では、人間だったものとは到底思えず修復不可能なほどだったという。
きっかけは近隣住民からの異臭がするという通報だった。高山は殺害から2週間後、Aさんだった腐肉と室内で戯れている所を発見、逮捕に至る。現場はひどい有り様で、近隣住民の中には体調を崩し救急搬送される者もいた。身体に、腐肉とそこから滲み出る汁を塗りたくっていた高山は抵抗することもなく素直に同行し、Aさん殺害及び死体損壊等の罪を認めた。初公判は※月※日予定。』
いくつも情報を拾っていく中で、私は唐突に、彼の名前の意味について気が付き、二の腕にぞわりと鳥肌が立った。
一途。イット。それ。
あぁ、彼は、ずっと忌み嫌われ、居場所もなくただ産み落とされたという理由で必死に生きてきたんだと、何も知らない私ですら胸が締め付けられる思いがした。私は頭に入れた情報から憶測を全て消し、残った彼の人生のカケラを持って、刑務所へと赴いた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「失礼します。」
「どうぞ。」
手錠と腰縄を付けて出てきた青年は、私と大して歳の変わらない、人畜無害、悪く言えば何の印象にも残らない、黒髪と、黒曜石のような真っ黒な瞳の持ち主だった。奥深い、どこまでも底のない瞳をつい値踏みするように見てしまって、慌てて促されるままパイプ椅子へと腰掛けた。彼は開口一番、私の書いている小説のことを聞いた。
「何か一つ、話してくれませんか。」
「え、あ、はい、どんな話がお好きですか。」
「貴方が一番好きな話を。」
「分かりました。では、...世界から言葉が消えたなら。」
私の一番気に入っている話、それは、10万字話すと死んでしまう奇病にかかった、愛し合う二人の話。彼は朗読などしたこともない、世に出てすらいない私の拙い小説を、目を細めて静かに聞いていた。最後まで一度も口を挟むことなく聞いているから、読み上げる私も自然と力が入ってしまう。読み終え、余韻と共に顔を上げると、彼はほろほろ、と、目から雫を溢していた。人が泣く姿を、��んなにまじまじと見たのは初めてだった。
「だ、大丈夫ですか、」
「えぇ。ありがとうございます。」
「あの、すみません、どうして私と、会っていただけることになったんでしょうか。」
ふるふる、と犬のように首を振った彼はにこり、と機械的にはにかんで、机に手を置き私を見つめた。かしゃり、と決して軽くない鉄の音が、無機質な部屋に響く。
「僕に大してアクションを起こしてくる人達は皆、同情や好奇心、粗探しと金儲けの匂いがしました。送られてくる手紙は全て下手に出ているようで、僕を品定めするように舐め回してくる文章ばかり。」
「...それは、お察しします。」
「でも、貴方の手紙には、「理解しない人間に理解させるため、言葉を紡ぎませんか。」と書かれていた。面白いな、って思いませんか。」
「何故?」
「だって、貴方、「理解させる」って、僕と同じ目線に立って、物を言ってるでしょう。」
「.........意識、していませんでした。私はただ、憶測が嫌いで、貴方のことを理解したいと、そう思っただけです。」
「また、来てくれますか。」
「勿論。貴方のことを、少しずつでいいので、教えてくれますか。」
「一つ、条件があります。」
「何でしょう。」
「もし本にするなら、僕の言葉じゃなく、貴方の言葉で書いて欲しい。」
そして私は、彼の元へ通うことになった。話を聞けば聞くほど、彼の気持ちが痛いほど分かって、いや、分かっていたのかどうかは分からない。共鳴していただけかもしれない、同情心もあったかもしれない、でも私はただただあくる日も、そのあくる日も、私の言葉で彼を表し続けた。私の記した言葉を聞いて、楽しそうに微笑む彼は、私の言葉を最後まで一度も訂正しなかった。
「貴方はどう思う?僕の、したことについて。」
「...私なら、諦めてしまって、きっと得物を手に取って終わってしまうと思います。最後の最後まで、私が満たされることよりも、世間を気にしてしまう。不幸だと己を憐れんで、見えている答えからは目を背けて、後悔し続けて死ぬことは、きっと貴方の目から見れば不思議に映る、と思います。」
「理性的だけど、道徳的な答えではないね。普通はきっと、「己を満たす為に人を殺すのは躊躇う」って、そう答えるんじゃないかな。」
「でも、乾き続ける己のままで生きることは耐え難い苦痛だった時、己を満たす選択をしたことを、誰が責められるんでしょうか。」
「...貴方に、もう少し早く、出逢いたかった。」
ぽつり、零された言葉と、アクリル板越しに翳された掌。温度が重なることはない。触れ合って、痛みを分かち合うこともない。来園者の真似をする猿のように、彼の手に私の手を合わせて、ただ、じっとその目を見つめた。相変わらず何の感情もない目は、いつもより少しだけ暖かいような、そんな気がした。
彼も、私も、孤独だったのだと、その時初めて気が付いた。世間から隔離され、もしくは自ら距離を置き、人間が信じられず、理解不能な数億もの生き物に囲まれて秩序を保ちな��ら日々歩かされることに抗えず、翻弄され。きっと彼の胸に空いていた穴は、彼が被害者を殺害し、埋めようと必死に肉塊を塗りたくっていた穴は、彼以外の人間が、もしくは彼が、無意識のうちに彼から抉り取っていった、彼そのものだったのだろう。理解した瞬間止まらなくなった涙を、彼は拭えない。そうだった、最初に私の話で涙した彼の頬を撫でることだって、私には出来なかった。私と彼は、分かり合えたはずなのに、分かり合えない。私の言葉で作り上げた彼は、世間が言う狂人でも可哀想な子でもない、ただ一人の、人間だった。
その数日後、彼が獄中で首を吊ったという報道が流れた時、何となく、そうなるような気がしていて、それでも私は、彼が味わったような、胸に穴が開くような喪失感を抱いた。彼はただ、理解されたかっただけだ。理解のない人間の言葉が、行動が、彼の歩く道を少しずつ曲げていった。
私は書き溜めていた彼の全てを、一冊の本にした。本のタイトルは、「今日も、皮肉なほど空は青い。」。逮捕された彼が手錠をかけられた時、部屋のカーテンの隙間から空が見えた、と言っていた。ぴっちり閉じていたはずなのに、その時だけひらりと翻った暗赤色のカーテンの間から顔を覗かせた青は、目に刺さって痛いほど、青かった、と。
出版社は皆、猟奇的殺人犯のノンフィクションを出版したい、と食い付いた。帯に著名人の寒気がする言葉も書かれた。私の名前も大々的に張り出され、重版が決定し、至る所で賛否両論が巻き起こった。被害者の遺族は怒りを露わにし、会見で私と、彼に対しての呪詛をぶちまけた。
インタビュー、取材、関わってくる人間の全てを私は拒否して、来る日も来る日も、読者から届く手紙、メール、SNS上に散乱する、本の感想を読み漁り続けた。
そこに、私の望むものは何もなかった。
『あなたは犯罪者に対して同情を誘いたいんですか?』
私がいつ、どこに、彼を可哀想だと記したのだろう。
『犯罪者を擁護したいのですか?理解出来ません。彼は人を殺したんですよ。』
彼は許されるべきだとも、悪くない、とも私は書いていない。彼は素直に逮捕され、正式な処罰ではないが、命をもって罪へ対応した。これ以上、何をしろ、と言うのだろう。彼が跪き頭を地面に擦り付け、涙ながらに謝罪する所を見たかったのだろうか。
『とても面白かったです。狂人の世界が何となく理解出来ました。』
何をどう理解したら、この感想が浮かぶのだろう。そもそもこの人は、私の本を読んだのだろうか。
『作者はもしかしたら接していくうちに、高山を愛してしまったのではないか?贔屓目の文章は公平ではなく気持ちが悪い。』
『全てを人のせいにして自分が悪くないと喚く子供に殺された方が哀れでならない。』
『結局人殺しの自己正当化本。それに手を貸した筆者も同罪。裁かれろ。』
『ただただ不快。皆寂しかったり、一人になる瞬間はある。自分だけが苦しい、と言わんばかりの態度に腹が立つ。』
『いくら貰えるんだろうなぁ筆者。羨ましいぜ、人殺しのキチガイの本書いて金貰えるなんて。』
私は、とても愚かだったのだと気付かされた。
皆に理解させよう、などと宣って、彼を、私の言葉で形作ったこと。裏を返せば、その行為は、言葉を尽くせば理解される、と、人間に期待をしていたに他ならない。
私は、彼によって得たわずかな幸福よりも、その後に押し寄せてくる大きな悲しみ、不幸がどうしようもなく耐え難く、心底、己が哀れだった。
胸に穴が空いている、と言う幻覚を見続けた彼は、穴が塞がりそうになるたび、そしてまた無機質な空虚に戻るたび、こんな痛みを感じていたのだろうか。
私は毎日、感想を読み続けた。貰った手紙は、読んだものから燃やしていった。他者に理解される、ということが、どれほど難しいのかを、思い知った。言葉を紡ぐことが怖くなり、彼を理解した私ですら、疑わしく、かといって己と論争するほどの気力はなく、ただ、この世に私以外の、彼の理解者は現れず、唯一の彼の理解者はここにいても、もう彼の話に相槌を打つことは叶わず、陰鬱とする思考の暗闇の中を、堂々巡りしていた。
思考を持つ植物になりたい、と、ずっと思っていた。人間は考える葦である、という言葉が皮肉に聞こえるほど、私はただ、一人で、誰の脳にも引っ掛からず、狭間を生きていた。
孤独、などという言葉で表すのは烏滸がましいほど、私、彼が抱えるソレは哀しく、決して治らない不治の病のようなものだった。私は彼であり、彼は私だった。同じ境遇、というわけではない。赤の他人。彼には守るべき己の秩序があり、私にはそんな誇り高いものすらなく、能動的、怠惰に流されて生きていた。
彼は、目の前にいた人間の頭にバールを振り下ろす瞬間も、身体をミンチにする工程も、全て正気だった。ただ心の中に一つだけ、それをしなければ、生きているのが恐ろしい、今しなければずっと後悔し続ける、胸を掻きむしり大声を上げて暴れたくなるような焦燥感、漠然とした不安感、それらをごちゃ混ぜにした感情、抗えない欲求のようなものが湧き上がってきた、と話していた。上手く呼吸が出来なくなる感覚、と言われて、思わず己の胸を抑えた記憶が懐かしい。
出版から3ヶ月、私は感想を読むのをやめた。人間がもっと憎らしく、恐ろしく、嫌いになった。彼が褒めてくれた、利己的な幸せの話を追い求めよう。そう決めた。私の秩序は、小説を書き続けること。嗚呼と叫ぶ声を、流れた血を、光のない部屋を、全てを飲み込む黒を文字に乗せて、上手く呼吸すること。
出版社は、��こも私の名前を見た瞬間、原稿を送り返し、もしくは廃棄した。『君も人殺したんでしょ?なんだか噂で聞いたよ。』『よくうちで本出せると思ったね、君、自分がしたこと忘れたの?』『無理ですね。会社潰したくないので。』『女ならまだ赤裸々なセックスエッセイでも書かせてやれるけど、男じゃ使えないよ、いらない。』数多の断り文句は見事に各社で違うもので、私は感嘆すると共に、人間がまた嫌いになった。彼が乗せてくれたから、私の言葉が輝いていたのだと痛感した。きっとあの本は、ノンフィクション、ルポルタージュじゃなくても、きっと人の心に突き刺さったはずだと、そう思わずにはいられなかった。
以前に働いていた会社は、ルポの出版の直前に辞表を出した。私がいなくても、普段通り世界は回る。著者の実物を狂ったように探し回っていた人間も、見つからないと分かるや否や他の叩く対象を見つけ、そちらで楽しんでいるようだった。私の書いた彼の本は、悪趣味な三流ルポ、と呼ばれた。貯金は底を尽きた。手当たり次第応募して見つけた仕事で、小銭を稼いだ。家賃と、食事に使えばもう残りは硬貨しか残らない、そんな生活になった。元より、彼の本によって得た利益は、全て燃やしてしまっていた。それが、正しい末路だと思ったからだったが、何故と言われれば説明は出来ない。ただ燃えて、真っ赤になった札が灰白色に色褪せ、風に脆く崩れていく姿を見て、幸せそうだと、そう思った。
名前を伏せ、webサイトで小説を投稿し始めた。アクセス数も、いいね!も、どうでも良かった。私はただ秩序を保つために書き、顎を上げて、夜店の金魚のように、浅い水槽の中で居場所なく肩を縮めながら、ただ、遥か遠くにある空を眺めては、届くはずもない鰭を伸ばした。
ある日、web上のダイレクトメールに一件のメッセージが入った。非難か、批評か、スパムか。開いた画面には文字がつらつらと記されていた。
『貴方の本を、販売当時に読みました。明記はされていませんが、某殺人事件のルポを書かれていた方ですか?文体が、似ていたのでもし勘違いであれば、すみません。』
断言するように言い当てられたのは初めてだったが、画面をスクロールする指はもう今更震えない。
『最新作、読みました。とても...哀しい話でした。ゾンビ、なんてコミカルなテーマなのに、貴方はコメをトラにしてしまう才能があるんでしょうね。悲劇。ただ、二人が次の世界で、二人の望む幸せを得られることを祈りたくなる、そんな話でした。過去作も、全て読みました。目を覆いたくなるリアルな描写も、抽象的なのに五感のどこかに優しく触れるような比喩も、とても素敵です。これからも、書いてください。』
コメとトラ。私が太宰の「人間失格」を好きな事は当然知らないだろうに、不思議と親近感が湧いた。単純だ。と少し笑ってから、私はその奇特な人間に一言、返信した。
『私のルポルタージュを読んで、どう思われましたか。』
無名の人間、それも、ファンタジーやラブコメがランキング上位を占めるwebにおいて、埋もれに埋もれていた私を見つけた人。だからこそ聞きたかった。例えどんな答えが返ってきても構わなかった。もう、罵詈雑言には慣れていた。
数日後、通知音に誘われて開いたDMには、前回よりも短い感想が送られてきていた。
『人を殺めた事実を別にすれば、私は少しだけ、彼の気持ちを理解出来る気がしました。。彼の抱いていた底なしの虚無感が見せた胸の穴も、それを埋めようと無意識のうちに焦がれていたものがやっと現れた時の衝動。共感は微塵も出来ないが、全く理解が出来ない化け物でも狂人でもない、赤色を見て赤色だと思う一人の人間だと思いました。』
何度も読み返していると、もう1通、メッセージが来た。惜しみながらも画面をスクロールする。
『もう一度読み直して、感想を考えました。外野からどうこう言えるほど、彼を軽んじることが出来ませんでした。良い悪いは、彼の起こした行動に対してであれば悪で、それを彼は自死という形で償った。彼の思考について善悪を語れるのは、本人だけ。』
私は、画面の向こうに現れた人間に、頭を下げた。見えるはずもない。自己満足だ。そう知りながらも、下げずにはいられなかった。彼を、私を、理解してくれてありがとう。それが、私が愛読者と出会った瞬間だった。
愛読者は、どうやら私の作風をいたく気に入ったらしかった。あれやこれや、私の言葉で色んな世界を見てみたい、と強請った。その様子はどこか彼にも似ている気がして、私は愛読者の望むまま、数多の世界を創造した。いっそう創作は捗った。愛読者以外の人間は、ろくに寄り付かずたまに冷やかす輩が現れる程度で、私の言葉は、世間には刺さらない。
まるで神にでもなった気分だった。初めて小説を書いた時、私の指先一つで、人が自由に動き、話し、歩き、生きて、死ぬ。理想の愛を作り上げることも、到底現実世界では幸せになれない人を幸せにすることも、なんでも出来た。幸福のシロップが私の脳のタンパク質にじゅわじゅわと染みていって、甘ったるいスポンジになって、溢れ出すのは快楽物質。
そう、私は神になった。上から下界を見下ろし、手に持った無数の糸を引いて切って繋いでダンス。鼻歌まじりに踊るはワルツ。喜悲劇とも呼べるその一人芝居を、私はただ、演じた。
世の偉いベストセラー作家も、私の敬愛する文豪も、ポエムを垂れ流す病んだSNSの住人も、暗闇の中で自慰じみた創作をして死んでいく私も、きっと書く理由なんて、ただ楽しくて気持ちいいから。それに尽きるような気がする。
愛読者は私の思考をよく理解し、ただモラルのない行為にはノーを突きつけ、感想を欠かさずくれた。楽しかった。アクリルの向こうで私の話を聞いていた彼は、感想を口にすることはなかった。核心を突き、時に厳しい指摘をし、それでも全ての登場人物に対して寄り添��、「理解」してくれた。行動の理由を、言動の意味を、目線の行く先を、彼らの見る世界を。
一人で歩いていた暗い世界に、ぽつり、ぽつりと街灯が灯っていく、そんな感覚。じわりじわり暖かくなる肌触りのいい空気が私を包んで、私は初めて、人と共有することの幸せを味わった。不変を自分以外に見出し、脳内を共鳴させることの価値を知った。
幸せは麻薬だ、とかの人が説く。0の状態から1の幸せを得た人間は、気付いた頃にはその1を見失う。10の幸せがないと、幸せを感じなくなる。人間は1の幸せを持っていても、0の時よりも、不幸に感じる。幸福感という魔物に侵され支配されてしまった哀れな脳が見せる、もっと大きな、訪れるはずと信じて疑わない幻影の幸せ。
私はさしずめ、来るはずのプレゼントを玄関先でそわそわと待つ少女のように無垢で、そして、馬鹿だった。無知ゆえの、無垢の信頼ゆえの、馬鹿。救えない。
愛読者は姿を消した。ある日話を更新した私のDMは、いつまで経っても鳴らなかった。震える手で押した愛読者のアカウントは消えていた。私はその時初めて、愛読者の名前も顔も性別も、何もかもを知らないことに気が付いた。遅すぎた、否、知っていたところで何が出来たのだろう。私はただ、愛読者から感想という自己顕示欲を満たせる砂糖を注がれ続けて、その甘さに耽溺していた白痴の蟻だったのに。並ぶ言葉がざらざらと、砂時計の砂の如く崩れて床に散らばっていく幻覚が見えて、私は端末を放り投げ、野良猫を落ち着かせるように布団を被り、何がいけなかったのかをひとしきり考え、そして、やめた。
人間は、皆、勝手だ。何故か。皆、自分が大事だからだ。誰も守ってくれない己を守るため、生きるため、人は必死に崖を這い上がって、その途中で崖にしがみつく他者の手を足場にしていたとしても、気付く術はない。
愛読者は何も悪くない。これは、人間に期待し、信用という目に見えない清らかな物を崇拝し、焦がれ、浅はかにも己の手の中に得られると勘違いし小躍りした、道化師の喜劇だ。
愛読者は今日も、どこかで息をして、空を見上げているのだろうか。彼が亡くなった時と同じ感覚を抱いていた。彼が最後に見た澄んだ空。私が、諦観し絶望しながらも、明日も見るであろう狭い空。人生には不幸も幸せもなく、ただいっさいがすぎていく、そう言った27歳の太宰の言葉が、彼の年に近付いてからやっと分かるようになった。そう、人が生きる、ということに、最初から大して意味はない。今、人間がヒエラルキーの頂点に君臨し、80億弱もひしめき合って睨み合って生きていることにも、意味はない。ただ、そうあったから。
愛読者が消えた意味も、彼が自ら命を絶った理由も、考えるのをやめよう。と思った。呼吸代わりに、ある種の強��観念に基づいて狂ったように綴っていた世界も、閉じたところで私は死なないし、私は死ぬ。最早私が今こうして生きているのも、植物状態で眠る私の見ている長い長い夢かもしれない。
私は思考を捨て、人でいることをやめた。
途端に、世界が輝きだした。全てが美しく見える。私が今ここにあることが、何よりも楽しく、笑いが止まらない。鉄線入りの窓ガラスが、かの大聖堂のステンドグラスよりも耽美に見える。
太宰先生、貴方はきっと思考を続けたから、あんな話を書いたのよ。私、今、そこかしこに檸檬を置いて回りたいほど愉快。
これがきっと、幸せ。って呼ぶのね。
愛読者は死んだ。もう戻らない。私の世界と共に死んだ、と思っていたが、元から生きても死んでもいなかった。否、生きていて、死んでいた。シュレディンガーの猫だ。
「嗚呼、私、やっぱり、
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ロミオ・フェイリー(1)
遠い祖先が妖精と結婚していた、妖精の血が流れている特殊な家系の出身。 妖精の血はすっかり薄れているのでほとんど普通の人間と変わらない家系だが、ロミオは先祖返りで寿命が非常に長い人間として生まれてしまった。 家族や友人たちに置いて逝かれる環境で心が折れ、長らく人里離れた森の奥で隠者のような生活を送っていた。実年齢は約150歳。 自分と同じく寿命の長いレオに出会ったことで誰かと共に生きる勇気を取り戻し、故郷のSan Myshunoに戻ってきた。 Glimmerbrookに引っ越してからは、魔法使い達から当然のように妖精として認識されるようになり、少しずつ自分のアイデンティティとして受け入れられるようになりつつある。
真面目で責任感が強い性格で、いつも堂々としているレオには出逢った頃から憧れを含む恋心を抱いている。 成長速度や寿命以外には妖精らしい特徴はない(と本人は思っている)ものの、祖先が自然を司る妖精だったためかロミオも自然の生き物が大好き。彼が育てた花や果実は「妖精に愛された植物」として魔法使いから大絶賛されている。
…というのが、ブログに載せている彼のご紹介なのですが、彼の背景をもうちょっと語ってみようと思います(*'ω'*)゛ SSもない自己満うちの子設定語りです。うちの子を好きでいてくれる方がいらっしゃいましたら、よろしければお付き合い下さい(*´ワ`*) まぁロミオくんの過去話なので割としんどめなんですけどね…!(震)
***
ロミオは、150年ほど前、San Myshuno在住のフェイリー家に長男として生まれました。 フェイリー家は、特別裕福という訳でも貧困層という訳でもない、いわば「普通」の家。 妖精の血が流れているといっても特筆すべき能力を持った子が生まれる訳でもなく、彼の両親は多くのカップルと同じように、出逢い、恋をして、結ばれた夫婦でした。
彼の名付け親は、母親のジュリエット。 自分の名前の由来でもあり、彼女自身も好きだった悲劇にあやかって、最初に生まれた男の子に与えた名前です。 その悲劇において、生きては結ばれなかった恋人たちのように、ロミオと母親ジュリエットの仲は、息子の成長に伴って、雲行きが怪しくなっていったのでした。
生まれた当初はただの元気な男の子と思われたロミオでしたが、彼の成長が著しく遅いことに両親が気付くまで、さほどの時間はかかりませんでした。 元気だし、健康ではあるものの、身体がなかなか大きくならない。彼が小学校に上がる頃には、周囲との差は歴然としたものになっていました。
傍で見守っていても、本人にやる気はあるのです。真面目にいろいろなことに取り組みます。興味の範囲も広いようです。 でも身体があまりに小さくて、成長が遅くて、本人も思うようにならない身体を不自由に感じているようでした。
そんな彼の様子を見ていた父親は、遠い祖先の話を思い出していました。 古き祖先の言い伝え。自然界を去り、人間と血を交わらせたヒトリの妖精によって、妖精の女王から呪われたという我が血筋。
『いずれ汝の子孫に、ヒトの時を生きられぬ仔が産まれるであろう。その仔を自然に還すが良い。その妖精の仔に汝の罪を背負わせよう。 汝の死と、妖精の仔の誕生を以て、我らを裏切りし汝の罪を雪ぐとしよう』
ああ、哀れなロミオ。遠い祖先が自らの想いのまま人と血を交わらせたがために、その罪を肩代わりさせられてしまうとは。
彼は内心嘆き、密かに祖先を罵倒したものの、理不尽に罰を背負わされた我が子にはただ寄り添うことを決めました。 妻にも自分の血筋について説明し、きっとロミオは祖先の「罪」とやらを背負わされてしまった妖精の子なのだ、と説明しました。
けれどジュリエットは、夫の言うことを認めませんでした。
私は元気な子を産んだのよ。そんなおかしな話があってたまるものですか。 ロミオは他の子より少し成長が遅いだけ、すぐに他の子たちと同じようになるんだから。
彼女は頑なにそう言い続け、必死に我が子を教育するようになりました。 まるで、「私は普通の子を生んだんだ」と、自らに言い聞かせるように。 彼女はその教育を愛��と言い張っていましたが、果たして、それは本当に愛と言えるのでしょうか。
ロミオは聡い子どもでした。 母が何やら必死になって自分に教育を施していることを、彼は幼いながらに理解していました。 身体の成長は他の子より遅かったけれど、彼の知性は人並みに成長していました。 だから、自分が周りの子より随分と身体が小さいことも、できないことが多いことも、彼は理解していたのです。
ロミオは頑張りました。勉強も運動も頑張りました。 頭のいい子でしたから、勉強は周りの子より良くできるようになりました。 でも身体はなかなか大きくならないので、運動は得意にはなれません。どうしても他の子たちに劣ります。
ジュリエットは何度も繰り返しました。「一緒に頑張ろう、ロミオ。きっとできるようになれるから」。 ロミオはずっと頑張っていました。でも、どうしても他の子より劣るのです。 やがてロミオも、どうして僕はみんなみたいに大きくなれないのだろうと、不安を抱えるようになりました。
ロミオは、父方の祖母によく懐いていました。 ジュリエットの様子に強く口出しできない父親は、しばしばロミオをおばあちゃんのもとに連れて行ってくれました。 おばあちゃんは祖先の昔話のことをよく知っていて、ロミオがきっと「妖精の子」なのだと思い、いつまでも小さいままの孫を可愛がってくれました。
ある時、ロミオはおばあちゃんに聞きました。 「おばあちゃん、ぼく、どうしてみんなみたいに大きくなれないんだろう」 おばあちゃんは言いました。 「昔々のご先祖さまに、ロミオみたいな人がいたんだよ。そのご先祖さまは妖精だったの。ロミオは、そのご先祖さまに似たんだね」
おばあちゃんは優しく、愛情をこめてそう言ってくれました。 でもロミオは納得できません。だって、僕は人間だよ? 僕は妖精じゃないよ。お父さんとお母さんの子どもだよ。 おばあちゃんは、もちろんそうだよ、と言ってくれました。彼女は、孫が他の子と違っても、変わらずロミオを可愛がってくれました。それでも、ロミオの不安を拭い切ることはできませんでした。
ある時、ジュリエットがふたり目の子を宿しました。
彼女は不安になりました。この子もロミオみたいだったらどうしよう? 他の子と「違う」子だったら、どうしよう。 本当はジュリエットも理解していたのです。ロミオは他の子たちと違うのだということを。 そのロミオと同じく、夫との間に宿った子ども。 この子もロミオみたいだったら、どうしよう。
不安になって泣く母親の姿を、ロミオもよく見ていました。 もっと頑張らなきゃ。お母さんが僕のせいで悲しんでる。 お兄ちゃんになるんだから、僕ももっと頑張ろう。
やがてジュリエットは、ふたり目の男の子を生みました。 そしてその子は、ロミオとは違って「妖精の子」ではありませんでした。 当然です。遠い祖先の罪は、ロミオという妖精の子に、既に背負わされていたのですから。
やがてそれに気付いた彼女は、ロミオへの関心を、すっかり手放してしまったのです。
だってそうでしょう。あんなに手をかけて育てたのに、ロミオは一向に「他の子」みたいにはなれなかった。 でも次の子は、特別な努力をしなくても、「他の子」と同じように成長していってくれたのですから。
けれど、じゃあ、望んでそんな風に生まれた訳じゃないロミオは、一体どうしたら良かったのでしょうか?
***
弟が他の子たちと同じようにすくすくと成長するのを他人事のように眺めながら、ロミオは引き続き頑張っていました。 テストはいつも高得点。苦手な科目も一生懸命に頑張って、常にオールAを取っていました。 ただ身体はやはり他の子より小さいままだったから、体育だけはあまり良い成績が取れなかったのだけれど。
弟が生まれたばかりの���、お母さんがあまり構ってくれなくなったのは、赤ちゃんのお世話が大変だからなのだと思っていました。 弟も僕みたいに小さいままなのかな。ロミオも最初はそう思っていましたから、彼なりに弟のお世話を手伝いました。 でもお母さんは、弟が大きくなっていっても、あまりロミオに構ってくれません。昔みたいに隣で応援してくれることも、身体測定の結果を見て「もっと大きくなれるように頑張ろう」と言ってくれることもなくなりました。
ロミオに構ってくれない代わりに、お母さんは、弟ばっかり可愛がっているような気がします。 どうしてだろう。僕が大きくなれないから?
ロミオはもっと頑張るようになりました。 一生懸命勉強して、ご飯もいっぱい食べて、運動する時間を増やしました。筋トレも頑張るようになりました。 その甲斐あってか、少しずつ、少しずつ身体は大きくなっていきました。体重も増えて、手も足も大きくなっていきました。
でもやっぱり、みんなと比べたら小さいままです。周りの子は成長期に入って、どんどん大きくなっていきます。 ロミオが、やっと幼稚園児と間違われずに済むようになった頃のことでした。
そしてその頃には、弟も年相応に大きくなっていて、ロミオと並ぶとどちらが兄か分からない程になっていたのです。
ロミオは時々、ひとりでおばあちゃんの家に泊まっていました。 普通に大きくなって、お母さんに可愛がられている弟を見たくなくて。どうしても寂しくなってしまって。 おばあちゃんはいつも優しくロミオを迎えてくれました。他の子と比べなくたっていい、ロミオはいつも頑張ってて凄い子だよ。いつもそう言ってロミオを慰めてくれました。
ロミオが知らなかったことがあります。おばあちゃんは、子ども達に対するジュリエットの態度を、何度も叱っていたのです。 けれどジュリエットは聞く耳を持ちませんでした。私はもう十分頑張ったんだから放っておいて。そんな気持ちがあったのでした。 彼女の様子を傍で見続けていたお父さんは、妻に何か言うのを諦めてしまいました。その代わり、妻に放っておかれる可哀想なロミオを、ただ見守ることを選びました。
やがておばあちゃんが亡くなりました。 ロミオは、心安らぐ逃げ場所を失くしてしまいました。
ロミオは黙々と頑張り続けていました。テストの成績はずっといい。見た目が子どもみたいなので、何も知らない人から見れば天才児です。 でも彼はもう10代半ばになっていました。見た目通りの、小さな子��もではないのです。
お父さんは、成績表を見せれば褒めてくれました。でもお母さんは、もう見向きもしてくれません。 彼にとってお母さんは、安心して甘えられる存在ではありませんでした。だからロミオは、反抗期を逃してしまいました。
弟とは、ほとんど関わることはありません。 兄は母に可愛がられる弟に素っ気なく、弟もまた母に放置されている兄に関わろうとはしませんでした。 ロミオからすれば、弟は大して努力することもなく母に可愛がられている存在です。 弟が生まれたばかりの頃みたいに、弟の世話をすることはなくなりました。
一方、学校でのロミオの評価は、「いつも成績優秀、いい子で真面目な優等生」。 学校の先生たちは、彼の発育の遅さを不思議に思っているくらいで、彼を誇りに思っていました。 先生は大学への進学を薦めてくれました。ロミオの能力を認めてくれていたのです。
けれどロミオには伝わりません。誰よりも認めてほしい人はロミオを見てくれないままです。 満たされない彼の心は、学校の先生や、普通に成長していく同級生たちに対して、開かれることはありませんでした。
お母さん、僕を見てよ。��だ一言、そう叫べたら良かったのかもしれません。 でも、ロミオはそうはできませんでした。けれど心は乾いていきます。報われない度、心に傷がついていきます。
高校生活、最後のテストの時でした。ロミオはもう、なんのために頑張ってきたのか、分からなくなってしまっていました。 彼は全てのテストを白紙のまま提出しました。 先生たちは驚きました。どうした、何かあったのか。心配してそう声をかけてくれた先生は何人もいたけれど、ロミオは答えませんでした。 やむなく先生たちは、その結果を成績表に残しました。
ロミオはまっしろな答案用紙を机の上に投げ出しました。 父親は驚いて、けれど蒼白になった息子の硬い表情を見たら、何も言えなくなってしまいました。
母親は、何も言ってくれませんでした。 白い答案用紙も、有り得ないような成績表も、その目に映してはくれませんでした。 弟が、迷惑そうな顔をしてロミオを一瞥しました。ロミオの手は震えていました。
一体どうしたら良かったのでしょう。 一生懸命、ずっと頑張ってきたけれど、駄目だった。 悪い子になってみても駄目だった。 どうすればお母さんは、ロミオを見てくれたのでしょう。
ロミオは何か叫んだけれど、何を言ったのか自分でもよく分かりませんでした。 お父さんがうろたえて、弟はやはり迷惑そうな顔をしていました。お母さんは振り向いてくれませんでした。 ロミオは自分の部屋に閉じこもって、少し泣きました。それから荷物をまとめました。
そのまま彼は、夜のうちに家を飛び出しました。 未だ小さな子どものような大きさのロミオは、高校の卒業式を待たずして、当所なく知らない街を彷徨うようになったのです。
つづく
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1543年にニコラウス・コペルニクスは地動説の論文「天球の回転について」を出版した。その題名で使用された「回転」(Revolution)は 天文用語であった後に政治体制の突然の変革に使用された。この用語の政治的な最初の使用は、1688年のイギリスでのジェームズ2世からウィリアム3世への体制変革で、名誉革命と呼ばれた。このため欧米の革命という言葉は、近世から近代への移行期以後の政治的な変革に使われる。前近代の政変は、どれほど大きな体制の変革があっても通常は革命とは呼ばれない。
漢語の「革命」の語源は、天命が改まるという意味である(「命(天命)を革(あらた)める」)。古代中国では易姓革命など東洋での王朝交代 一般を指す言葉であった。中国における代表的な易姓革命は殷(商)から周への王朝交代で、殷周革命と呼ばれる。東洋においては革命と王朝交代はほぼ同一の概念であったが、西洋においては革命が起きなくても王朝が交代することもあり、革命と王朝交代は同一の概念ではない。そのため、西洋では「反革命」と表現されるものも東洋では「革命」とされることもある。
したがって「revolution」の訳語として革命の語を用いるのは後世における用法であるのだが、現代ではこの意味で革命の語を用いる事が多くなり、むしろ本来の意味で用いる場合に「易姓革命」などと呼ぶようになった。
(革命 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%A9%E5%91%BD)
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第一次世界大戦は、1914年7月28日から1918年11月11日にかけて、連合国対中央同盟国の戦闘により繰り広げられた世界大戦である。
7千万以上の軍人(うちヨーロッパ人は6千万)が動員され、史上最大の戦争の1つとなった。第二次産業革命による技術革新と塹壕戦による戦線の膠着で死亡率が大幅に上昇し、ジェノサイドの犠牲者を含めた戦闘員900万人以上と非戦闘員700万人以上が死亡した。史上死亡者数の最も多い戦争の一つであり、この 戦争は多くの参戦国において革命や帝国の解体といった政治変革を引き起こした。終戦後(戦間期)も参戦国の間には対立関係が残り、その結果わずか21年後の1939年には第二次世界大戦が勃発した。
(第一次世界大戦 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%B8%80%E6%AC%A1%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%A4%A7%E6%88%A6)
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1918年11月、第一次世界大戦敗北が決定的になったことを契機としてドイツ革命が勃発、ドイツ帝国が崩壊した。これにより、第一次世界大戦は終結(11月11日、ドイツ代表が連合国との休戦条約に調印)した。
1919年1月5日、ミュンヘンでドイツ労働者党(後のナチス)が結党。 1919年1月5日から1月12日、ロシア革命の再現を狙ったスパルタクス団と呼ばれる共産主義者が暴力蜂起。鎮圧された。1月15日、スパルタクス団のカール・リープクネヒトとローザ・ルクセンブルクはドイツ義勇軍に捕らえられ、殺された。 1月19日、国民議会選挙が実施。2月6日、ヴァイマルで国民議会が召集された。国家の政体を議会制民主主義共和国とすることが確認され、いわゆる「ヴァイマル共和国」が誕生した。 6月28日、ヴェルサイユ条約締結。 7月末にはヴァイマル憲法が採択され、8月11日制定、8月14日公布、施行された。
国民議会でドイツの敗北の原因を調査する調査委員会が開かれた。11月、この委員会で喚問された元参謀総長ヒンデンブルク元帥が、ドイツ帝国は「背後から匕首(ドイツ革命)で刺された」と発言した。この発言はドイツの「突然の敗北」に不審を抱いていた人々や左派の暴動に不満を抱いていた人々の間に、ドイツ帝国は内部からの裏切りによって敗北したのだという「背後の一突き」伝説を広める事となった。革命の指導者のクルト・アイスナー、ローザ・ルクセンブルク、エルンスト・トラー、オイゲン・レヴィーネらがユダヤ人であったことから、ドイツ革命に反発した民族主義の右翼は、共産主義者とユダヤ人による「背後の一突き」でドイツを敗北へと導いたとする見方を広め、革命後のヴァイマル共和国では反ユダヤ主義が高まっていった。
ヴァイマル共和政は 世界初の社会権を盛り込んだヴァイマル憲法を生み出したものの、革命の急進化を阻止する政府の動きが却って極左、極右両勢力を刺激し、その勢力拡大が進行する事態となる。フランスとベルギーによるルール占領が行われた1923年には政情不安定はピークに達し、破滅的なインフレーションとミュンヘン一揆などの政治的混乱が発生した。しかしシュトレーゼマンやヒャルマル・シャハトの尽力もあり、政治や経済は相対的な安定期を迎えた。1925年のロカルノ条約締結によってドイツは国際社会への復帰を果たし、1926年には国際連盟への加盟が認められた。しかし1929年の世界恐慌以降、経済悪化が社会不安を呼び、国家社会主義ドイツ労働者党(ナチ党)の台頭を招いた。1933年、ヒトラーの首相就任とその後の権力掌握によってヴァイマル共和政は終焉する。
20世紀初頭に始まった表現主義運動はこの時代に大きく開花し、その大きな対象の一つが映画であった。
表現主義映画は人性の暗黒面を抉るプロットが特徴的で、大道具から形式に至るまで、正に陰々滅々という言葉が似合う。
ロベルト・ヴィーネ監督映画『カリガリ博士』(1919年)は、ドイツ初の表現主義映画とされる。物語が棺を思わせる謎めいた、魔法の箱を巡って展開する一方、いびつなセットやドイツの町���忽然と現れる歪んだ建造物が、観る者に猟奇的な感傷さえ与えていた。
未来主義は表現主義者が好むもう1つのテーマで、『メトロポリス』(フリッツ・ラング監督、1927年)におけるディストピアがその代表例である。
ナチスが政権を掌握すると、この時代に生まれた新しい芸術はナチスによって退廃芸術とされて大きく抑圧された。
(ドイツ革命 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A4%E3%83%84%E9%9D%A9%E5%91%BD スパルタクス団蜂起 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%82%B9%E5%9B%A3%E8%9C%82%E8%B5%B7 ヴァイマル憲法 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%AB%E6%86%B2%E6%B3%95 ヴァイマル共和政 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%AB%E5%85%B1%E5%92%8C%E6%94%BF 背後の一突き https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%83%8C%E5%BE%8C%E3%81%AE%E4%B8%80%E7%AA%81%E3%81%8D ヴァイマル文化 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%9E%E3%83%AB%E6%96%87%E5%8C%96)
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未来派とは、フトゥリズモ(伊: Futurismo、フューチャリズム 英: Futurism)とも呼ばれ、過去の芸術の徹底破壊と、機械化によって実現された近代社会の速さを称えるもので、20世紀初頭にイタリアを中心として起こった前衛芸術運動。この運動は文学、美術、建築、音楽と広範な分野で展開されたが、1920年代からは、イタリア・ファシズムに受け入れられ、戦争を「世の中を衛生的にする唯一の方法」として賛美した。
1909年、イタリアの詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティ (1876年-1944年)によって「未来主義創立宣言」が起草されたことが発端である。よりセンセーショナルにするため前世紀の有名な共産主義者宣言(1848年)に倣い、題名には「宣言」(Manifesto)が使われた。内容は前年に出版されたジョルジュ・ソレルの「暴力論」(1908年)に影響されており、あらゆる破壊的な行動を讚美する非常に過激なものだった。未来派の思想は「未来主義」と呼ばれることもある。
産業革命以降、ヨーロッパでは中世の封建社会から資本主義社会への転換が起こり、それに伴い様々な社会情勢も劇的な変化を遂げた。また、科学技術の進歩により戦争に人間を大量に殺戮する「兵器」が投入され、近代戦争へと変容した。旧来の価値観の変化と、それに伴う社会不安を背景に、19世紀末頃より「表現主義芸術」が興隆し始める。
未来派は、表現主義芸術の影響を受けつつも、もっと純粋に肯定的に、近代文明の産物や、機械の登場によって生まれた新たな視点を、芸術に取り入れようとした。
未来派の芸術家たちの一部はやがて、好戦的で戦争や破壊を新しい美とする部分の認識で共通していたファシズムの政治運動と結びついていく。
思想的矛盾やファシズム政党への反発などにより芸術家達の内部離反を招き、後期には未来派は「退廃芸術」とイタリア国家から看做され活動が制限され、彼らの集団は崩壊していく。
(未来派 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E6%B4%BE)
未来派宣言
一 われわれは危険を愛し、エネルギッシュで勇敢であることを歌う。
...
十一 われわれは労働、快楽、さては反抗によって刺激された大群衆を、近代の首府における革命の多色多音な波動を、電気のどぎつい月の下にある兵器廠や造船所の振動を、煙を吐く蛇を呑み込む貪婪なる停車場を、黒鉛の束によって雲にまで連なる工場を、体操家のように日に輝く河の兇暴は刃物を飛び越えている橋梁を、水平線を嗅いで行く冒険的な郵船を、長い筒で緊められた鋼鉄製の巨大な馬に似てレールの上を跳躍する大きな胸をした機関車を、プロペラの唸りが翼のはばたき、熱狂興奮した群衆の喝采にも似て滑走飛揚する飛行機の歌を歌う。
(未来派宣言 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AA%E6%9D%A5%E6%B4%BE%E5%AE%A3%E8%A8%80)
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『メトロポリス』は、フリッツ・ラング監督によって1926年製作、1927年に公開されたモノクロサイレント映画で、ヴァイマル共和政時代に製作されたドイツ映画である。
製作時から100年後のディストピア未来都市を描いたこの映画は、以降多数のSF作品に多大な影響を与え、世界初のSF映画とされる『月世界旅行』が示した「映画におけるサイエンス・フィクション」の可能性を飛躍的に向上させたSF映画黎明期の傑作とされている。当時の資本主義と共産主義の対立を描いた作品でもある。
1924年のクリスマス間近、ラングは初めて見たアメリカの巨大都市ニューヨークの圧倒的な印象に影響を受け帰国し、なんとか映画化したいと相談すると、妻のテア・フォン・ハルボウも熱狂しシナリオを完成させた。ただし、完成したシナリオはラングの構想した物とは若干異なる物だったが(ラングは労働者の勝利による結末を考えていた)、興行的な面などを考え受け入れたという(後年のラングの回想によると、楽観的な結末になったのは当時台頭し始めたナチス・ドイツに妻が傾倒していた影響があったと語っている。ちなみにこの思想的な食い違いにより、後に二人は離婚、さらにラングはアメリカに亡命することとなる)。
興行的な理由や「共産主義的な傾向を本質的に持っている字幕があった」という政治的な理由によりアメリカ公開時に編集が為されるなど、事情により様々な長さの版が存在している。
ストーリー: (2002年にマルティン・ケルパーが復元した版では、1927年上映されたベルリンでのガラ・プレミア版に比べると約4分の1の部分が欠落している。以下のあらすじは現在観ることができる『メトロポリス』についての記述である。)
2026年、ゴシック調の摩天楼がそびえ立ちメトロポリスと呼ばれる未来都市では、高度な文明によって平和と繁栄がもたらされているように見えたが、その実態は摩天楼の上層階に住む限られた知識指導者階級と、地下で過酷な労働に耐える労働者階級に二極分化した徹底的な階級社会だった。
「父たちには歯車の回転が金を意味した」
ある日、支配的権力者の息子・フレーダーは労働者階級の娘マリアと出逢い、初めて抑圧された地下社会の実態を知る。
「脳と手の媒介者は、心でなくてはならない」
マリアが階級社会の矛盾を説き、「脳」(知識指導者階級)と「手」(労働者階級)の調停者「心」の出現を予言すると、労働者達にストライキの気運が生じる。マリアはフレーダーがまさに調停者になる存在であると見抜き、フレーダーもまた美しいマリアに心を奪われる。
「今日はみなさんにバベルの塔の話をしましょう」 「バベルの塔建設の伝説」 「さあ頂上が星にまで届く塔の建設をしよう そして塔の頂上にこう書こう <世界とその創造主は偉大なり! そして人間は偉大なり!>と」 「しかしバベルの塔を考えた人たちは それを建設することができませんでした その作業があまりに大きすぎたのです そこで彼らは外国人の手を雇ったのです しかしバベルの塔を建設した手は この塔を考えた頭脳が思い描いた 夢のことを何も知りませんでした」 「ある者の賛歌は他の者の呪いになりました 同じ言葉を喋っても 人々はお互いに理解しあいませんでした」 「<世界とその創造主は偉大なり! そして人間は偉大なり!>」 「頭脳と手は媒介者を必要としました 頭脳と手の媒介者は 心でなければなりません」
この様子をこっそり見ていたフレーダーの父であり支配的権力者のフレーダーセンは危機感を抱き、旧知の学者のロトワングに命令してマリアを誘拐させ、マリアに似せたアンドロイドを作り出させる。このアンドロイドをマリアとして地下社会へ送り込み、マリアが作りだした労働者の団結を崩す考えである。
「ロートヴァング、 機械人間にあの女の顔を与えろ 私は彼らと彼女の間に 分裂の種を蒔きたい あの女への信仰を破壊してやりたい」
しかし、かつてフレーダーセンと恋敵であったロトワングが影で意図したのは、フレーダーセンが支配するメトロポリスそのものの壊滅であった。ロトワングの意を受けたアンドロイド・マリアは男達の羨望の的となり、乱痴気騒ぎをさせる一方で階級闘争を過激に扇動するようになる。フレーダーは豹変したマリアが別人であることを見抜くが、興奮した労働者に追いたてられる。
アンドロイド・マリアに扇動され、暴徒となって地上の工場へ押し寄せた労働者達は、メトロポリスの心臓ともいうべきHertz-Maschine(ヘルツ・マシーネ、英:Heart-Machine)を破壊し、地下の居住地区を水没させてしまう。しかし地下にはまだ労働者の子供たちが大勢残されていたのだ。扇動による行為が自分達の首を絞めていると気付いた労働者達は、自分達を扇動したマリアを糾弾し火あぶりにする。炎の中でマリアはアンドロイドに戻り、労働者達は自分達を扇動していたものの正体を知る。
一方、ロトワングから逃げ出した本物のマリアと地下で再会したフレーダーは、残されていた子供達を水没寸前で地上へと避難させ、時計台の上でロトワングとの決着をつける。そしてすべてが終わった後、調停者として父と労働者達との仲介を図るのだった。
「頭脳と手は 合体することを望みます でもそこには 心が欠けています 媒介者 あなたが 彼らに道を示すのです」
「頭脳と手の間の媒介者は 心でなければならない」
(『メトロポリス』 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%B9_(1927%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB) メトロポリス (1927, 日本語字幕) https://www.youtube.com/watch?v=Z8lh4HRwYCk)
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メトロポリスとは、国または大きな地方における経済・文化の中心であり、かつ、国際的な連携のハブとなるような大規模な都市のことである。日本語では中心都市あるいは大都市と訳されることがある。
メトロポリスという言葉は、ギリシャ語でmeter(母)とpolis(都市)をつなげたmetropolis(母都市)に由来する。metropolisは、古代ギリシャの植民地において、最初に入植した都市を指すもので、それはその植民地における政治・文化の中心であった。
(メトロポリス https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%B9)
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マトリックスとは、本来は「子宮」を意味するラテン語(< Mater母+ix)に由来するMatrixの音写で、そこから何かを生み出すものを意味する。この「生み出す機能」に着目して命名されることが多い。
SFドラマ『ドクター・フー』(1963年-)88話『Deadly Assassin』(1976年)に登場する用語。知識が集積された仮想空間のことを「マトリックス」と呼んでいる。ウィリアム・ギブスンのサイバーパンクSF小説『ニューロマンサー』(1984年)、『カウント・ゼロ』(1986年)、『モナリザ・オーバードライブ』(1988年)、『記憶屋ジョニィ』(1981年)、『クローム襲撃』(1982年)、あるいは記憶屋ジョニィを基にした映画『JM』Johnny Mnemonic(1995年、米国)での用語。それらの作品において、コンピューター・ネットワーク上のサイバースペース(電脳空間)に築かれた「仮想現実空間」、人類の全コンピューター・システムから引き出されたデータの「視覚的再現」、「共感覚幻想」のことを「マトリックス」と呼んでいる。
(マトリックス https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9)
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媒介は、心でなければならない。
2019年12月 インテルメッツォ
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数年分のコピペ007
6月 24, 2016 高校の同期に教えて貰った→ 「知的であるかどうかは、五つの態度でわかる。 世の中を見渡すと、あらゆる属性、例えば学歴、職業、資格、言動、経済的状況などが「知的であるかどうか」のモノサシとして使われており、根拠があるものないもの含め、混沌としている。 だが、私がこの先生からお聞きした話はそういった話とは少し異なる。 彼は「人間の属性と、知的であるかどうかの関係はよくわかりませんが、少なくとも私が判断をするときは、五つの態度を見ています」 という。 エピソードを交え、様々な話をしていいただいたのだが、その5つをまとめると、次のようなものになった。 一つ目は、異なる意見に対する態度 知的な人は異なる意見を尊重するが、そうでない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす 二つ目は、自分の知らないことに対する態度 知的な人は、わからないことがあることを喜び、怖れない。また、それについて学ぼうする。そうでない人はわからないことがあることを恥だと思う。その結果、それを隠し学ばない 三つ目は、人に物を教えるときの態度 知的な人は、教えるためには自分に「教える力」がなくてはいけない、と思っている。そうでない人は、教えるためには相手に「理解する力」がなくてはいけない、と思っている 四つ目は、知識に関する態度 知的な人は、損得抜きに知識を尊重する。そうでない人は、「何のために知識を得るのか」がはっきりしなければ知識を得ようとしない上、役に立たない知識を蔑視する 五つ目は、人を批判するときの態度 知的な人は、「相手の持っている知恵を高めるための批判」をする。そうでない人は、「相手の持っている知恵を貶めるための批判」をする。 知的である、というのは頭脳が明晰であるかどうか、という話ではなく、自分自身の弱さとどれだけ向き合えるか、という話であり、大変な忍耐と冷静さを必要とするものなのだ、と思う。」 http://blog.tinect.jp/?p=16095 (via takigawa)(libranixから)
2016/06/24 ※ これはPTAの脱退を妨害した(そもそも多数決すらさせなかった)当時の校長(松本)とか教育委員(ババア)と同じ手口 民共は「憲法改正阻止」と日本の足を引っ張ることを目標にしています。 民進党(偽)にいたってはツイッターで「まず2/3にさせないこと」と 憲法改正を発議させないことをひたすら主張しています。 憲法改正は最終的には国民投票によって選択されるのに その国民による選択という民主主義の手段を採らせないようにするのが民共の目的です。 国民には選択させないという彼らこそ民主主義の敵です。
6月 20, 2016 オーストラリア首相のジョン・ハワードは退任直前に「オーストラリアには百万人の中��スパイがいる」と述べて、オーストラリア人を爆笑させ、有名な中国礼賛政治家のケビン・ラッドが首相の座につく道を舗装したが、現実は常に意外なもので、この「オーストラリアの百万人中国スパイ説」はイギリスのような閉鎖的なところで政治が語られる習慣がある国では長い間常識とされていたことにすぎない。 ハワードは連合王国の誰かから在任中に警告を受けていたのでしょう。 アメリカに暮らす中国人スパイの人口は百万人どころではないが、なぜスパイ人の数がそんなものすごい数になってしまうかというと、「中国のスパイ」はかつてのロシアのKGBというような専門職ではなくて「パートタイム」だからです。 たとえば横浜のバーで働く若くて気立ての良い中国人ホステスがいたとして、日本の暮らしも悪くないと考えて働いて、横須賀の海上自衛隊の将校と恋に落ちる。 この将校がたとえばイージス艦の技術将校ならばまず間違いなく、知らない中国人があらわれて「これこれこういう情報を聞き出してくれれば報酬をやろう。断れるとは思ってないよね。きみの両親は四川省の成都にいるんだっけ?弟さんは優秀で北京大学で政治学を勉強しているのだったね」と言われることになる。 日本のような国では外交回復以前の「日中友好協会」時代から育てた専業スパイもいると言っていたが、こっちはブログで書くことではないと思う。 明日があるさ | ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の ふむ(via odakin)(gkojax-textから)
6月 20, 2016 ●がんセンターの集中治療室で働いています。 がんを奇跡的に克服したケースや、胸が張り裂けるような最期を多すぎるほど見てきました。そして自分は誰もが「自分の最期のとき」を決める権利があると強く信じています。
まだ若い家族が、命の質をとるか、長さをとるかで苦闘する姿も見てきました。 心に強く残っているのは若い女性で、何年も赤ちゃんが欲しくてようやく授かり、ところが2度目の検診時に結腸癌の診断を受けました。彼女は無事に赤ちゃんを産むことはできて、延命治療をしないことを選択しました。
今でも彼女の言葉は忘れられません。「私はもう治る見込みはゼロで、死ぬことがわかっています。幸運でも1年の延命ができるかどうかで、それをすると赤ちゃんを抱く力はなくなり、限られた時間をこの子と過ごすことができません。私は自分の運命を受け止めて、これからの数か月を有意義なものにしたいのです」
そう言って、彼女はその通りにしました。彼女の娘が将来、母親の読み聞かせを聞けるようにするため、見つけられる限りの子供向けの本を読んで録音しました。娘の誕生日カードやクリスマスカードを買い、毎年のメッセージを書き、母親からのアドバイスを録音していました。やがて彼女は弱っていき、自らの最期を自分で選び、全ての痛み止めを服用したのです。
●自分も集中治療室で働いています。人は尊厳を保って死ぬ権利があると強く信じています。 政府の補助金が途絶えないために、患者を生かし続けるように主張する家族の姿を何度も見てきました。家族には訪問者用の食事が提供されるので、そのためだけに患者を生かし続けるように依頼する人までいます。そうした人々は病院に来ると食事だけ要求し、患者にも会わずに帰って行きます。家族のことを気にもかけずに食事だけ求めてくるのです。ホームレスの人々がいるのも理解していますが、それが1か月も家族を訪ねない言い訳になるとは思えません。
むごい亡くなり方をする人々も見てきました。彼らは生きているとは言えません。とても人間とは言えません。肉の塊になっているだけのときもあるのです。チューブや点滴でつながれ、私たちが呼吸をさせ、血液をきれいにし、半永久的にそんな状態にし続けることができるのです。
だけどそれを生きているというのでしょうか。そして何が残るのでしょうか。しかし痛みは感じています。そんな死んだような状態で、とても苦しんでいるのを見ることができるのです。生かし続けるべきだという主張のために。本当に壊れた状態だと思います。それが自分の仕事で最もいやなところでもあります。
尊厳死を選んだこの女性は特殊であり、それは間違いだと言う人は、私の12時間の仕事に招待したいくらいです。私の仕事について、いろいろ見て、彼女がどんな苦しみを被ることになるのかを見ても、泣かずにいられるのかを体験してほしいです。怖いのは主張されたら生かし続けることができるところです。
●どうして他の人が苦しんでいてもいいと思える人がいるのか自分は理解できない。僕は救急医療士だが、想像を絶するような重病人を運んだことがある。
診療のために、どんな状態だろうと関係なく運んだ。苦しんでいるのがとてもわかり、そこには人生のクオリティというものがない。家族が「この状態が終わってくれればいいと思う」と言ったのを聞いたこともある。そして家族にも重い負担である。精神的にも肉体的にもだ。それが見てわかるんだ。そしてそれは悲しいことである。
正直に言うと、何度もこの人を楽にしてあげたらという考えが脳裏をよぎった。とてもつらいほどに。彼らの中で、心が落ち着いている人で、とても苦しんでいる人なら、本人に決めさせてあげてもいいと感じている。自分の選択であり、他の誰の選択でもない。動物は安楽死させるのに、人間は苦しませてもいいという考えが理解できないままだ。
●がんの研究が自分の専門だ。 1度、20代前半のとても若い患者を受け持った。胃がんで手の施しようがなく、モルヒネのポンプとともにホスピスへ来た。
憶測ではあるが、彼は私たちが何をしているかを常にわかっていたようだ。彼の痛みを和らげるために常に薬を投与していたが、彼の痛みはコントロールできないレベルまで来ていた。焼けるような苦痛が四六時中、彼を痛めつけていた。
ある日、新しく補充した直後に彼はポンプを離し、���用量の限度をリセットした。それから彼は自分が死ぬまでボタンを押し続けた。
彼に携わった全員が同じリアクションをした。「よくやったぞ」と。僕はいつも彼を思い出す。そのことだけでなく、彼が「いったいHo-spsice(ホスピスとホー・スパイスをもじっている)って何だったんだ」と尋ねたことを。
彼が笑顔だったときを覚えている。おそらく15年くらい前のことだが、彼のことが脳裏にこびりついているんだ。彼の名前はウィルだった。ウィル:ホー・スパイス・マンだ。安らかに眠ってほしい。
●ホスピスの看護士として、彼女の気持ちがよく理解できます。そしてこのことが合法になって、どこでも可能になるといいと思っています。
自分の患者への義務は、尊厳を持って亡くなるときのお手伝いをすることで、死が近いと知ることは幸運であると思っています。
自らの命を奪った彼女は、自己中心的だとか罪人だと呼ばれ続けるかもしれないけど、その本人の立場にいる人だけが本当に理解することができるし、今までに「全てを終わりにしてほしい」と患者に尋ねられたり、懇願されたりしてきました。
出来ることは痛みや苦しみをいくらか和らげる助けくらいで、最後に息を引き取ったときは自分の中の何かが安堵するのも事実です。だから彼女が生きて、自らそのときを選んだことを喜んでいます。
●私は腫瘍学の看護師をしています。膠芽腫の患者に、数えきれないくらい携わってきました。
この病気は人を別人に変えます。家族が知っている人はその目前で完全に消えていくのです。その苦しみは堪えがたいものです。彼らが感じる痛みがどれほどのものなのか、想像もつきません。
彼女のとった決断を支持します。同僚と私たちも同じことをしたと話し合っています。必要もない苦しみをずっと被り続けることに疑問です。最終結果は同じことになるのだから。 尊厳死について…多くの死を見てきた医療従事者たちのコメントが心を打つと反響 (via drhaniwa)(hiroakisから)
6月 20, 2016 息子へ おまえにこの手紙を書いたのには3つの理由がある。 1. 人生は幸福も災難も無常だ。いつ死ぬかは分からないので早めに言っておきたい。 2. 私はおまえの父だ。私が言わなければ、誰も言ってくれない。 3. この手紙は私の悲惨な失敗体験から得たものばかりで、おまえの人生に役立つだろう。 今後の人生において、以下のことをよく覚えてほしい。 (1)おまえを悪く扱う人のことを気にしない。私とお前の母親を除けば、誰もおまえによくしてあげる義務はない。だからおまえによくしてくれる人を必ず大切にし、その人への恩を忘れてはならない。 (2)世の中には、居なければ困る人は存在しない。所有しなければ困る物は存在しない。お前が愛しているすべてを失っても人生は何とかなるものだ。 (3)命は短い。今日も浪費しているこの命は、明日にはもう消えるかもしれない。命を大切にしたいのであれば、命を楽しむ時間を増やすとよい。長生きよりも早く楽しむことが大切だ。 (4)愛情は一種の感覚に過ぎない。時間や���境と共に変化する。最愛の人がおまえから離れた場合、慌てずに時間を待つがいい。時間がおまえの心を洗い清め、おまえの苦痛を和らげてくれる。恋に憧れ過ぎないこと。失恋を悲しみ過ぎないこと。 (5)確かに多くの成功者はあまり勉強していない。しかし、これは勉強しなくても成功できることを意味しない。勉強で獲得した知識はおまえの武器だ。人はゼロから富を築くことができるが、何の武器も持たないと無理だ。これを絶対覚えておくのだ。 (6)私の老後はおまえに頼るつもりはない。おまえの老後は私に頼れる訳がない。おまえが成人して独立した時点では、私の責任は終わった。今後、バスに乗るのかベンツに乗るのか、春雨スープを飲むのかフカヒレスープを飲むのかそれは、全部おまえ自身の責任だ。 (7)おまえは自分に信用を守ることを要求できるが、同じことを他人に要求できない。おまえは人に優しくすることができるが、同様なことを人に期待してはいけない。おまえが他人を扱うように、他人がおまえを扱うとは限らない。これを理解できないと人生は苦痛が溜まるばかりだ。 (8)私は26年間、宝くじを買ってきたが、未だに三等賞にも当たっていない。リッチになりたいならば努力して仕事せよということだ。この世にはただのランチなどない。 (9)おまえと私は一回限りのご縁だ。お互いの縁がいつまで続くかは分からないが、共に過ごす時間を大切にしよう。お互い愛があろうがなかろうが、来世にもう出逢うことはない。 「息子への家書」紹介 | gentak.info (via 719043) (元記事: drhaniwa (hustler4lifeから))
6月 18, 2016 大事なことは「栄養バランスの取れた食事」「価値のある人間に会うこと」「得意な事で社会貢献すること」であって、苦手を克服しても殆ど何の意味もない。 砂鉄さんのツイート: “大事なことは「栄養バランスの取れた食事」「価値のある人間に会うこと」「得意な事で社会貢献すること」であって、苦手を克服しても殆ど何の意味もない。苦手の克服ってのは「究極の贅沢」なんだよ。野生でこれに挑戦したら100%死ぬわけ。” (via sukoyaka) (akeylarideagainから)
6月 13, 2016 ダミーの日本人を使って日本の山が中国資本に買い占められつつあり、このままでは地下水脈が奪われ、タイと同じく干殺しの憂き目になりかねないと。 痛いテレビ : 櫻井よし子「タイの次は日本」 (via narukish) (via soulboy) (via
6月 13, 2016 しあわせは、なるものではなく、 気づくもの 3秒でハッピーになる 名言セラピー / ひすいこたろう (via ebook-q)(gen-destinoから)
6月 13, 2016 前職上司に言われた忘れられない言葉。「仕事とプライベートで同時に重要な問題が起こったら、プライベートを優先しなさい。あなたがどれだけ優秀でも、仕事ではあなたの代わりはいる。でも、プライベートであなたの代わりになる人はいないのだから。」ぼくが部下を持った時には必ず言おうと思ってる。 Twitter / shinichi_taka (via 13py2)(元記事: mezotaro (gen-destinoから))
6月 14, 2016 1949年の中国共産党による中華人民共和国成立に際して統合され、その支配下に入った(ウイグル人にとっては漢族による征服)。1955年には新疆ウイグル自治区が設置された。しかし、自治区とはいえ実際の政治・政策は北京の中国共産党政府主導のもとで行われている。 また、中国政府は「政治犯」として50万人もの東トルキスタン人を処刑したといわれ、妊婦に対して「計画生育」と言う名目で胎児の中絶を強制し、犠牲になった胎児は850万に上ると推計されている。 またチベットでも同様の産児制限と中絶・不妊手術の強制が行われた[1]。 東トルキスタン - Wikipedia (via tiga)(gkojax-textから)
6月 14, 2016 昭和の韓寇・・・昭和27年6月 突然、韓国が竹島に侵攻し占領した。 以降、周囲で操業した漁師40人を殺傷4000人を強制連行し、人質とし、 昭和40年の日韓基本条約締結において、日本に対し、 現金(現在の円換算で100兆円)と、日本に密入国していた不逞朝鮮人への「特別 在留許可」を認めさせた(現在の在日)。 ※「竹島問題」 とは、竹島帰属の問題ではなく、韓国が日本を侵略したということ。
6月 14, 2016 沖縄県民による性犯罪は、今年9月だけで21件起きているそうです、内訳は被害者の内7人が高校生、14人が中学生です。この資料はあくまでも未成年者のみを対象にした資料なので成年者を含めると数はもっと増えると思われます。 しかし、未成年者が被害者でもこれだけ多くの性犯罪があるのにそれの報道はほとんどなく(新聞の隅に小さく載るだけ)、米軍人の性犯罪に対しては、新聞、ラジオ、テレビ、議会あらゆる場所で抗議の声が上がるのは何故でしょうか? おーるじゃんる : 石垣市議「沖縄県民による性犯罪は月に21件 米軍は年に1件の犯罪率なのにマスコミが騒ぐ おかしい」 (via jinx-)(amenokgから)
6月 14, 2016 在日による鬼畜強姦事件1
1.「聖神中央教会連続小学生強姦事件」 永田保こと金保 (少女を強姦するためのカルト宗教を創設、少なくとも小学生35人以上を「拒否すると地獄に落ちる」と脅して強姦)
2.「摂理連続強姦事件」 鄭明析 (日本人を強姦するために全国約80箇所に教会を設置、大学でサークル活動と偽って勧誘し数百人の女性をレイプ、小学生も強姦していた)
3.「国際福音キリスト教会連続強姦事件」 卞在昌 (強姦するためにカルト教団を利用し「私と一つになることは神と一つになることだ」と多数の女性を強姦)
4.「フジテレビ社員成りすまし140人連続少女強姦事件」 李昇一 (人気番組のスタッフを名乗り、「タレントに会わせてやる」と若い女性に近づき、薬物と強い酒を飲ませ約140人の女子中高生を強姦)
5.「カナヤマン少女連続強姦事件」 金山昇一 (少女を強姦する目的で偽の芸能事務所を設立、多数の芸能界志望少女を芸能人にすると嘘をつき強姦しその模様を撮影、映像はネット上にばら撒かれ永遠に回収は不可能)
6.「ルーシーブラックマンら連続強姦殺人事件」 織原城二こと金聖鐘 (1970年以来薬物を飲ませて少なくとも女性、400人以上を強姦、英国人ルーシー・ブラックマンさんら2人以上を殺した、親は密入国してきた賭博成金)
7.「大阪市女性2人キャリーバッグ拉致強姦強盗事件」 山元平和こと金平和 2008.4.22 (多数の女性をバッグに押し込み拉致して強盗強姦、10~18年に大阪、神戸両市内で計21件の強盗強姦事件を繰り返した)
8.「浜松連続強姦強盗事件」 李正遠 (浜松市内の家に侵入し、15歳の女子高生をはじめ中にいた女性など8人に強姦傷害、窃盗などの罪に問われあわせて11 の事件で起訴 )
9.「目白一人暮らし女性連続強姦強盗事件」 宋治悦 1998年8月21日 (目白通り沿いに住む一人暮らしの女性19人を強姦し金を奪った。銀行の防犯カメラの様子がテレビ局でも報道されたが、韓国人とわかると報道はなくなった。)
10.「逃亡韓国人による200名連続強盗強姦事件」 金允植 (43) (韓国内の強姦事件で指名手配直前に逃亡目的で来日(98年9月)。大阪で夫が出勤後の民家を狙い主婦を連続強姦。2年間で被害者約200名、被害総額は、約四千二百万円以上) お前らが笑ったコピペを貼れ in 市況2 part37 (via rulebook) (tk1024から)
6月 14, 2016 うつで一番恐ろしいのは、気分が憂鬱になることではなく、判断力が低下することです。 判断力が落ちるとどうなるかと言うと、自分が健康なのかどうか判断できなくなり、仕事を休むべきなのかどうかで判断を誤り、病院に行くべきな のかどうかで判断を誤り、良い医者かどうかで判断を誤り、周りの助言は正しいのかどうかで判断を誤り、自分は絶望的な状況にあるのかどうかで判断を誤り、 生きるべきか死ぬべきかで判断を誤ります。 プログラマーが知っておくべきうつ病の知識 - aikeの日記 (via noteasuola) (元記事: noteasuola (amenokgから))
6月 4, 2016 人事関連の研究報告書 を見てみると、「お金」が社 員の満足度の促進要因でないことは数値的にも立証されています。 どんなリサーチ結果を見ても、「衣・食・住」といった基本的な欲求が満た されている限り、「お金」を満足度要因のトップに上げる人はほとんどい���せん。せいぜい四番目か五番目です。 だから、 「社員の幸せはお金では買えない」と いうのは、別にザッ ポスが言い始めたことではなくて、世間的にも立証済みのことなんです。つまり、 社員により高い給料を与える ことで満足度を上げようというのは、企業にとって、いわば「お金の無駄遣い」なのです。 社員が楽しく、やりがいを もって働ける企 業文化をつくること、また、個々の社員が、直属の上司とより良 く、より近しい関係を築ける環 境をつくることに注力したほうが、よりコスト効 率的に、社員の幸せを実現することができま す。 もうひとつの指標として、 「職場にどれだけ友人がいる か」、あるいは、「職場に親友がいるかどうか」は、社員のエンゲージメントや生産性に 大きな影響をもたらします。 企業のリー ダーというのは、そういった職場環境をつくることに努力を注 ぐべきで、ただ給料を上げればいいというのは、まったく「怠慢極まりない」経営管理の方法だと、僕は思います。 経営者が、「幸せ」について突き詰める、ということ :: INSIGHT NOW! (via nakano) (via tiga) (via yaruo) (via gkojax)
6月 5, 2016 マーケティングの究極の目標は、「人の嫌な気持ちを知ること」だと思っている。「もっともアタマにきていることは何か」「うんざりしていることは何か」「あきらめてしまっていることは何か」それさえ見つかればそれを言葉にすることさえできれば、金鉱を掘り当てたようなものだ(くらたまなぶ) balance-meter:
6月 6, 2016 日本にいて違和感を感じるのは、楽しくしていることがイケナイことみたいで、苦労していないとケシカランみたいな空気。一般的なアメリカ人なんかは、楽しくなければ人生じゃないと思っている。そもそもなんでわざわざ苦しまなきゃいかんのですか。生きてるだけで大変なのに。 balance-meter:
6月 7, 2016 どうして変わったのかというと、幕末にペリーがやってきて、日本は開国しました。 そのとき一般に言われる「不平等条約」が結ばれました。 欧米列強の「力の外交」の前に、日本は屈せざるを得なかったのです。 その後、日本は、この不平等条約の改正のために、血の滲むような努力を重ねました。 その��かのひとつが、黒の喪服だったのです。 欧米では、喪服は黒です。 ところが日本は白です。 そこで日本が欧米並の文明国であることを世界に誇示し、条約改正を有利にするために、まずはご皇室から、喪服を白から黒にあらためました。 それが次第に政府高官に広がり、明治11(1878)年の大久保利通の葬儀のときには、多くの関係者が黒の大礼服で葬儀に出席、のちに次第に民間でも喪服が黒に変わっていったのです。 ちなみに、日本のご皇室では、外国の賓客を招くとき、晩餐会での食事にはフランス料理を出します。 けれども世界中どこの国でも、インドならインド料理というように、その国の民族料理を出すのが国際的慣例です。 ところが日本では、日本料理ではなく、フランス料理で賓客をもてなします。 これも、喪服を白から黒に変えたのと同じで、明治の日本が不平等条約の改正のために、日本が文明国であることを証明し、すこしでも条約改正を有利にしようと努力したことが発端になっています。 ですから、いまでもご皇室が賓客をおもてなしする際は、フランス料理です。 明治の鹿鳴館は有名です。 東京日比谷にある帝国ホテルのすぐ隣の敷地に明治16(1883)年に建てられたこの鹿鳴館では、毎夜舞踏会が行われました。 これも、日本が欧米と対等な文明国であることを、すこしでも印象づけようとした当時の日本の、まさに血を吐くような努力のひとつであったものです。 外国人が日本で犯罪を犯しても、日本の官憲はこれを取り締まることができない(治外法権)。 日本に関税自主権がなく、諸外国の製品から日本の産業を守ることができない。 欧米列強の力の前に、これら条件を飲まざるを得なかったことが、幕末の激しい攘夷論となり、戊辰戦争をひき起こし、ついには江戸幕府から明治新政府への転換に到りました。 幕末の志士たちにとって、日本が欧米と対等に付き合える国になること、それがまさに夢にまで見た手の届かない坂の上の雲でした。 日本は、喪服の色を変え、宮中晩餐会の料理をフランス料理に変え、鹿鳴館をつくり、日清、日露を戦い、やっとの思いでついに不平等条約の改正を実現したのは、幕末から半世紀を経た明治44年のことでした。 おそらく、喪服の色まで変え、外国の賓客を招いた晩餐会で、外国の料理を出す国は、世界広しといえども、日本だけであろうと思います。 ちなみに、お隣の韓国では韓国料理、支那では、あたりまえのように中華料理が出ます。 世界にただ一国、自存自立と人種の平等の実現のために戦い、満身創痍となりながらもそれを実現した日本は、同時に、悲しいまでに我慢と忍耐を続けた国でもありました。 そして私たちの諸先輩が、そういう努力をしてくださったおかげで、いまの私たち日本の繁栄があります。 皆様も喪服を着る機会がありましたら、葬儀のあとの精進落しの席で、お隣に座った方に、 「実は、江戸時代までは喪服の色は白だったんだ。それが黒になったのはね・・・・」と、ちょっとお話されてみられたらいかがでしょう。 白い喪服 ねずさんの ひとりごと (via chikuri) 2013-08-13
(via mmtki)
6月 2, 2016 >かつて自民党総務会で、野中広務が、 >「創氏改名は朝鮮人が望んだ」と発言した麻生太郎を吊るし上げたことがある。 >でも当時はまだ奥野誠亮がいて、 >「野中くん、きみは若いから知らないかもしれないが、麻生君が言うことは100%正解だよ。 > 朝鮮名のままだと商売がやりにくかった。 > そういう訴えが多かったので、創氏改名に踏み切った。判子をついたのは内務官僚、この私なんだ」 >と言ったら、野中はそこで中座して出ていってしまった。 >横で聞いていた野呂��芳成が、「いや、奥野先生、今日はホントにいい話を聞かせていただきました」と。 在日韓国人「仕事で通名を強要された」として提訴 <-応援する!通名廃止しよう!
(via volnay007)
5月 18, 2016 第一次安倍政権 2008/4/27 安倍晋三とは たった就任3ヶ月で、教育改革と防衛省昇格を成し遂げ、 就任早々から各国との外交を精力的にこなし、 経団連の圧力に負けずにWCエグゼンプションの対象者を目標だった年収1000万円以上の近くで踏みとどめ、 それでいて企業側に非正社員の社会保険と厚生年金の適用を認めさせ、 児童福祉と子育て手当てとフリーター自立支援を予算に設けつつ、 国債を減らして財源建て直しをスピードアップ、 北朝鮮制裁をガンガン強化して朝鮮総連をガサ入れ、 パチンコ屋を税務調査の波状攻撃で締め上げて総連を逆ギレさせ、 貸金規正法を改正してグレーゾーン完全廃止で悪徳サラ金業者を締め、 「負けたら即引退スペシャル」の重圧下でも重要な選挙に連勝し、 「女系天皇容認」を白紙に戻し、 「日本海」を「平和の海」に改名しようと提案した盧武鉉大統領のアホな要求を見事に拒否し、 人権擁護法案を凍結し日本国民の言論と表現の自由を守って、 国民の大多数が疑問に感じていた「ゆとり教育」の見直しを明記し、 中国への武器輸出禁止解除反対をEUに働きかけて、 在日や凶悪犯罪を取り締まる共謀罪成立に全力をあげた政治家。 (via shinjihi)(peckoriから)
こちらが昭和32年、防衛大学の一期生に吉田茂元首相が贈った言葉です 「君達は自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく自衛隊を終わるかもしれない。 きっと非難とか叱咤ばかりの一生かもしれない。御苦労だと思う。 しかし、自衛隊が国民から歓迎されちやほやされる事態とは、外国から攻撃されて国家存亡の時とか、災害派遣の時とか、国民が困窮し国家が混乱に直面している時だけなのだ。 言葉を換えれば、君達が日陰者である時のほうが、国民や日本は幸せなのだ。 どうか、耐えてもらいたい。」
【社会】民進党 「次の内閣」会議で妊娠期からの養子縁組にも道を開く「特別養子縁組の促進等のための児童の養子縁組に関する法律案」を了承 [H28/5/17] 上のスレにもあるようにコレが狙いなのか?
某国から妊婦が来日 ��� 養子縁組を探す ←←← 戸籍着手 ↓ その間の滞在出産費用を休眠口座金で賄う ↓ 出産したら養子拒否と滞在延長申請 or 背乗り ↓ 本国から家族を呼ぶ ↓ ナマポ申請 ↓ 寄生完了
5月 16, 2016 知り合いの教授が名誉毀損で刑事告訴された。名誉毀損と侮辱罪の違いをその教授が上手く説明してくれた。 「ブスにブス!と言ったら名誉毀損」 「美人にブス!と言ったら侮辱罪」 明快な回答に思わず拍手 裁判になったら傍聴しにいくと約束した。 Twitter / inukikanako1121 (via tkr)(908908から)
5月 15, 2016 太陽光発電モジュールは、火災を起こす ハンダが溶けて外れるぐらいの熱を出している、壊れたソーラーパネルが屋根にのっていたり、屋根に組み込んであったりしても、安全なのだろうか? まあ当然、まったくもって安全ではない。家ごと燃えることもある。国内事例だと消費者庁のサイトに一件だけ公表されているのがあるそうな。欧米では結構ばんばん燃えているらしい。日中燃えると、水をかけることができないので燃えっぱなしになるそうだ。消防士感電しちゃうからね。 太陽光発電は、日光が当たっていると絶対に止められない 家が燃えている時、水をかけたいから発電を止めたい、と思っても太陽光発電はとまらない。光が当たると絶対に電気が出てしまうのだ。原子力発電とは違った意味で、太陽光発電も人間の都合では止まらない。ほったらかした太陽光発電は、安全でも安心でもないのだ。 太陽光発電には安全神話がある (via deli-hell-me)(pgtwitterから)
5月 7, 2016 前も書いたけど日本人は日本が、 ・世界一の債権国で ・世界三位の経済規模 ・世界七位の国土(領海EEZ含む) ・世界十位の人口 を持つ大国だ、ということを忘れがち。そんな国が世界情勢と無縁でいられるはずがない(´・ω・`) Twitter / zakmustang (via netinago99) 世界六位の国土(領海EEZ含む)じゃなかったっけ? http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9410.html(newtonblueから)
5月 4, 2016 北朝鮮の一番の支援国は日本というブラックジョークがあったけど ジョークじゃなくてマジじゃん
30 :名無しさん@1周年 [] :2016/05/02(月) 11:13:55.40 ID:pfrdqC8Q0 (2/3) [PC] >>22 うん、北朝鮮最大の支援国家は間違いなく日本。 パチンコで莫大な送金ジャブジャブ。朝銀の1兆円も踏み倒され、 朝鮮総連の差し押さえさえ出来ない。 技術スパイたちもスパイ天国を謳歌。ホリエモンとかもロケット技術支援。 北朝鮮幹部から「在日を通じて何でも手に入る」と言われる始末。 [北朝鮮] 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)代表団が平壌到着 党大会に参加へ + 核研究で総連系から奨励金受け取る 京大准教授に対北制裁 再入国禁止措置 + 京大内情 | memo (via 774rider) (morisovaから)
5月 5, 2016 とにかく誰かに会ったら『この人が欲しがっているものは何か?』ちゅうことを考えながら接してみい。そして欲しがっていること、求めていることをできるだけ与えるようにこころがけるんや。 夢をかなえるゾウ / 水野敬也 (via ebook-q) (toufuから)
5月 6, 2016 学生時代にWILLFUという起業スクールに通い、次のことを教わった。 1:Said≠Heard 言ったからといって、聞いてもらえたわけではない。 2:Heard≠Listen 聞いてもらえたからといって、聴いてもらえたわけではない。 3:Listen≠Understood 聴いてもらえたからといって、理解してもらえたわけではない。 4:Understood≠Agreed 理解してもらえたからといって、賛成してもらえたわけではない。 5:Agreed≠Sympathized & Convinced 賛成してもらえたからといって、共感し、納得して行動したいと思ってもらえたわけではない。 ※参照:WILLFUでもらった資料 「伝えたつもり」では伝わらない。足りないのはテクニックではなく「回数」だった。 | Books&Apps (via mayumiura) (hirofusから)
5月 3, 2016 誰かの考えを変えようと思うのなら、人が憧れるような、考えを改めるような物語を最初に見せることです。 物語が世界を支配している。というのはネイティブアメリカンの言葉ですが、人を動かす憧れの源泉は確かに物語だと思います。 良い物語をきかせてあげてください。以上説明終わり。 Twitter / siva_yuri (via ryuuya)(quote-over100notes-jpから)
5月 3, 2016 同国との付き合い方について「理由なく謝れと言われたりカネを払えと言われたら、粛々と無視する。すると相手が勝手に自壊するので、それから付き合うのが正しい」と訴えると、会場からは大きな拍手が湧き起こっていた。 【韓国発狂】産経の加藤達也氏が韓国人との正しい付き合い方を伝授してるぞwww 2ch「素晴らしい!!」「経験者が語ると説得力あるな」 - 中国・韓国・在日崩壊ニュース (via 774rider)(the-man-of-justiceから)
5月 3, 2016 容姿端麗な14歳の王女が、目の前で勃発している戦争に対して「私も国民と戦います!」と軍服を着て軍需工場に通い始めて、3トントラックを駆りながら輸送人員として戦いだしたら、そらもう国民総決起しますよね。物語のヒロインのようですが、今のエリザベス女王2世のことです。 Twitter / bgizu (via ffftp)(yokokickから)
5月 3, 2016 機会には二種ある。求めずに訪れる機会と我々の作る機会とである。世間でふつうにいう機会は前者である。しかし真の機会は、時勢に応じ理にかなって我々の行動するときに訪れるものである。大事なときには、機会は我々が作りださなければならない(西郷隆盛)balance-meter:
5月 3, 2016 思想弾圧の手順なんて既にマニュアル化されてて 1.エログロなどこれは駄目だろうと思うものを規制する 2.社会全体に「理由があったら規制していい」という空気をができる 3.適当な理由で表現を規制していく 国民が馬鹿ならこのパターンを使えば100%楽勝で思想弾圧できる これに対して現代の国民が取った対策が「どんな理由があれど何一つ規制させない、そもそも空気を作らせない」というもので、これが「表現の自由」の存在理由なんだよ。これを守らないと何百万人と死ぬから、数万単位の生き死には含み損にしようという考えであって、別に人道主義でやってる訳じゃない https://twitter.com/satetu4401/status/681273081529147394 https://twitter.com/satetu4401/status/681274836857913344
(via mug-g)
(dotnukeから)
5月 3, 2016 あらゆる人間関係のトラブルは、他人の課題に土足で踏み込むことにより起こります アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉 / 小倉 広 (via ebook-q) (nashi-kyoから)
5月 3, 2016 中国人民解放軍中枢の日本自衛隊に対する認識の程度がわかる資料があります。 軍事委員会のやりとりの中でのQ&Aです。 Q....この映像(12年度自衛隊総合火力演習)は本物かね。 A....本物です。各国武官と一般日本人を対象とした公開演習です。 Q....空砲を使って何か細工をしている可能性は? A....ありません。これは実弾演習です。 Q....10式戦車と我が軍の戦車の能力差は? A....比較ができません。 Q....劣るというが、同等あるいは追い越すのに5年程度はかかるということかね。 A....はっ���り申しまして、5年では無理かと思います。 Q....この戦車の砲はドイツ製と聞いているが国産率はどの程度なのか? A....100%日本国産です。 Q....我が国は兵器スペックを公表していないが日本は公表している。その信頼性は? A....最低100%。ほとんどがそれ以上です。 Q....青島出港の原潜が帰港まで全てチェックされていたというのは事実か? A....出港直後はわかりませんが事実です。 Q....我が国の潜水艦潜航深度は300m。日本は? A....現状配備600m。来年進水のそうりゅう型は800mと聞いております。 Q....ソナーの探知能力は? A....約20㎞~30㎞。日本は200㎞~300㎞程度と推測されます。 Q....魚雷の速度は日本の3倍だそうだが。 A....その代わり射程が15㎞程度で、日本は有線誘導魚雷でも40㎞以上です。 Q....魚雷に関して他にあるか? A....探知能力に差があり、かつ日本の魚雷は深深度魚雷です。けんかになりません。 Q....現状で日本潜水艦に対抗できるか? A....まず難しいかと......。 Q....水上艦艇はともかく、戦時に潜水艦の第一列島線突破は可能か? A....たぶん(無理かと)......。 Q....南シナ海への原潜展開について問題はあるか? A....空は監視衛星。海はケーブルセンサー網です。......。 Q....日本は監視衛星なんかもっていないだろう。 A....表向きはそうですが、すでに情報収集衛星は運用しています。 Q....我が国と比較して、その衛星の能力、精度はどの程度か? A....少なくとも100倍以上はあるかと....。 Q....具体的に説明してくれ。 A....光学5号の分解能はおそらく30㎝程度。米の軍事衛星と同等レベルでしょう。 Q....5年で追いつけるか? A....たぶん(無理かと).......。 Q....ケーブルセンサーというのはいったい何だ? A....海底電信同軸ケーブルです。現在は海底津波地震ケーブルとして運用されてます。 Q....そんなもの南シナ海の原潜展開にどんな影響があるのか? A....取り付けの6種類のセンサー情報は機雷、水上艦艇、航空機とリンクしています。 Q....その範囲は? A....日本海、東シナ海、南シナ海、インド洋、西太平洋全域です。 Q....知るところ、中国にこのシステムはない。なぜなかったのか。 A....必要がなかったからです。 Q....南シナ海のような深い海で機雷敷設など不可能だろう。 A....日本の機雷は深深度機雷です。少なくとも5000m以上の深度に対応できます。 Q....日本の戦略として海上封鎖は当然予想される。機雷封鎖には何ヶ月程度かかるか? A....日本海から南シナ海まで1000基程度ならば1日で終わるでしょう。 Q....戦争となれば地勢的に制海権確保は必須である。それができないということか? A....困難かと.....。 Q....空軍の比較だが優劣の評価は? A....個々の戦闘機の能力は別として評価すると明らかに劣勢です。 Q....具体的には? A....索敵システムとレーダーの能力、ミサイルの能力が比較になりません。 Q....ミサイルの1000発飽和攻撃というが、実際に可能なのか? A....(無言)......。 Q....中国全核基地において日米に気づかれずに核ミサイル発射準備は可能か? A....24時間監視されている。まず不可能だ。 Q....日本が対中国戦に核武装を決断した場合、抑止力レベルまでどのくらいかかるか? A....報復攻撃ならば、メガトンクラス10基に約3ヶ月程度でしょう。 余命3年時事日記:So-netブログ (via hapirai) (onibi-onibiから)
5月 3, 2016 わからない人のために解説。 若者の死因で自殺がトップになるのは,若者が「事故・病気・犯罪で死なない」から。平和だと自殺くらいしか死ぬ原因がない。 他国ではカーチェイスで死んだり,薬物に逃避して濫用で死んだり,犯罪に巻き込まれて死んだりしてるのだが,それを目指してどうするんだと。 Twitter / eis_baerchen (via shinoddddd)(y-kasaから)
5月 3, 2016 任天堂の岩田前社長が残した言葉 「自分の長所を見つけるには、自分が楽にできることを探すこと」 感情的な人間が陥りがちな努力主義・苦労主義をぶっ飛ばす冷徹で理知的な言葉だと思います つまり、人は苦労して何かを身に付けると、それにすごい価値があると思い込みたがります。 でも実は自分は何気なくやってるけど他の人は結構苦労してる物があって、それこそが「金になる」本物のスキルだということです。 えいす|学園祭G-15_ド嬢本さんのツイート (via hutaba)(chartercourtから)
5月 4, 2016 人生を幸せに生きるためには、3つのものが必要です。 自分で変えられないものを受け入れる強さと、 変えられるものを変えていく勇気と、 その違いを見分ける賢さの3つです。 『20代にしておきたい17のこと』 (via mmgen)(mr-moaiから)
4月 30, 2016 山田氏は常々、「部下というのは『自分は評価されていない』『上司が無能』『部署にチームワークがない』など、必ず『何かしら不満』をもっているものや」と話していた。よって上司の仕事は、部下の不満につねに耳を傾け、できる範囲でそれらを少しでも減らすこと。それができれば、部署全体の生産性アップにつながる――。それが山田氏の持論だった。 楽園企業は「バカ管理職」にはとことん厳しい | 日本一“社員”が幸せな会社の「うらやましすぎる真実」 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準
そもそもの問題として管理職が「管理」するのは部下じゃなくて仕事だという話なのに、部下を「管理」するんだと勘違いしているのが起点なんじゃないかなあ。
(via yoosee)
(gpx250r-ninjaから)
4月 27, 2016 俺は外国に出て気が付いたことがある。 日本人は必ず、どんな相手でも精神的に距離を置く。 身内の、親とか兄弟とかでさえ、距離を置いてるよ。 理由は知らないが多分、日本人の民族性だろうね。 これは外国人と親しくならないと気が付かない。 外国人は1度親しくなると、もの凄く精神的に入り込んでくる。 心の距離が凄く近い。 ここまで相手に入り込んでい来るのか?って驚くよ。 ただ、そういう親しい関係ってのは、相手が否定しだすと壊れるんだね。 日本人が精神的に一定の距離を置くのは、相手に否定されても ギリギリの所で関係を維持する保険のようなものだって理解してる。 外人とは1度関係がこじれると、身内ですら関係断絶されかねない。 外人は距離を置いて関係を維持するっていう事が出来ないからね。 http://copipe.cureblack.com/c/29684
4月 26, 2016 トヨタには「人を責めずに、しくみを責めろ」という言葉があります。 作業者が失敗をしても、個人攻撃をせずに、しくみが悪いと考えるのです。 トヨタ 仕事の基本大全 (中経出版) / (株)OJTソリューションズ (via qsfrombooks)
4月 25, 2016 外交にはカードが必要です。そんな事も分からない人は、予算しか見ない。日本とトラブルを起こしている国々は、外交に軍事力を使ってるでしょうが、そんな事もわからんのか?と問いたい。 「軍事力 カード」 これは戦争をするために持つものではなく、戦争をしない、その前の侵略をさせない。攻めこませない為に持つカードなんです。 切るべきカードもないのに相手と対等に外交交渉が出来ますか?
自衛隊がなかった時に、韓国が竹島を日本から奪ったんですよ。 自衛隊があるから、中国は尖閣諸島を奪えないんです。
予算を削って自衛隊を縮小している集団は売国奴だと言っているのはソコ。 「経済力カード」「軍事力カード」の両方を捨てろと言ってるんです 誰得ですか?考えれば分かるでしょ。日本の弱体化を狙っているんです。 25DD 新型5,000トン型汎用護衛艦|子供には読ませられないブログGIGO (via 719043) (元記事: jackrose (billmenhanakoから))
4月 21, 2016 これ読んでも分からんのならオレは風呂入る。 シナは領土の拡大を狙っている。 そしてアメリカのポジションを欲しがっている。 そしてシナは朝鮮半島を手に入れたいと思ってる。 北はシナの子分みたいなもんだから、ずばりキーマンは『韓国』だ。 すてに工作が進み韓国はどんどんシナに取り込まれている。 『安全保障はアメリカへ、経済はシナへ』が韓国の立ち位置だ。 すでにここまではシナの思惑通りになった。 そうなると次にシナは韓アの安保が気に入らない。 そして反米工作員を使い徹底的に反米、在韓米軍基地にデモをかけ、2015年7月に在韓米軍基地の撤退が決定した。これは韓アの安保が終わるという事だ。 シナは韓国を取り込み、まず朝鮮統一を図る。そして「中国領朝鮮自治区」となる。 日清・日露戦争がなぜ起きたか知ってるか?わからんならクグれ。 「第二次日清戦争」の脅威が目の前にあるんだ。 そうなる前に、芽を摘む為に、アメリカは日本に集団的自衛権の容認を急いぎシナに牽制したんだ。 これでも分からんなら池上彰に聞いてくれ。 集団的自衛権について真剣に議論したいんだ : 大艦巨砲主義! (via tamejirou)
4月 22, 2016 「オスプレイ、お前だったのか、今まで物資をくれたのは」オスプレイはこくりと翼を動かしました。反対派はぱたりとレーザーポインターを落としました。緑色の光線が、筒先からまだ出ていました #オスプレイ文学 ヤトー・M・エイブラムスさんはTwitterを使っています
4月 22, 2016 「来てもよい頃だろ、来いよモテ期!」って回文、「ロリコン外科医いい加減懲りろ」「世の中ね、顔かお金かなのよ」くらいの完成度を感じるな。すごい。 Twitter / 極東極楽 (via ssbt)
4月 19, 2016 日の丸への寄せ書きなどの注意事項 真ん中の赤い部分には何も書いてはいけません 名前を書くときも 最初の文字が赤い部分に触れてはいけません、にじんで赤い部分と接しないように離して下さい 漫画などで セリフなどが重なったり視覚効果を狙って日章旗の上に文字が描かれたものもあるかもしれませんが 実際の寄せ書きなどで 赤い部分に触れるのは畏れ多いとしてしなかったものです 知らなかったのなら仕方がありませんが 皆さんに知らせていただきたいです 米国から送られた寄せ書きでさえ 真っ赤な部分には触れずに書かれ��いるのに 日本人がその事を忘れてしまうのはあまりにも悲しい事です 今日は敬老の日です。 「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」日です。ニートな2ちゃんねらー日記 (via shima-ken)(nandemo812から)
4月 19, 2016 多くの中国人や韓国人がアメリカに移住したがるのは、それだけ中国や韓国が住みにくい国だからで、アメリカに住みたがる日本人が少ないのは、日本がアメリカなんかよりずっと住みやすい国だからです。 本来は喜ぶべきことなのに、それについて文句をいうなんてどうかしてます。 私はこのマキハラ・クミコという女性についてよく知りませんが、アメリカの新聞に英語で寄稿できるくらいだから、過去、アメリカに滞在した経験があるのでしょう。 彼女は離婚したシングルマザーだそうですが、別れた夫はアメリカ人だったんじゃないでしょうか。 彼女の文章を読んでいると、日本人であるにもかかわらず、アメリカ男と結婚していることで、自分がアメリカ人になったような気分になって、 上から目線でエラソーに日本人に説教を垂れる、欧米コンプレックス丸出しの外専オンナの姿が浮かんできます。 しかも彼女はそれを日本人に対してではなく、アメリカの新聞読者に向けてやっているわけで、相当、屈折しています。 人種差別の本場ともいうべきアメリカの地方新聞にわざわざ寄稿して、どうでもいいような日本人の外国人に対する偏見(?)の例を取り上げて、 日本人は人種差別主義者だと糾弾しているんですから、テキサス親父が呆れるのも無理はありません。 via ジャックの談話室 : アメリカの地方新聞に日本批判記事を書いている日本人女性 (via twinleaves)(kabakenから)
4月 19, 2016 特別な権利を略して特権といいます。 >三重で在日の住民税が半額 どう見ても特別な権利(特権)ですね。 http://gensen2ch.com/archives/58118216.html 東京新聞記者「三重で在日の住民税が半額なのは在日特権ではない。野間さんの本は素晴らしいから読んでください」 : 厳選!韓国情報 (via worldwalker2)(nerazurinerazuriから)
4月 19, 2016 日本人「日本では格差が開く一方だ」 インド人・ブラジル人・中国人・アメリカ人「はあ?スラム街ってあるの?親が子供の臓器を売ったり売春強制したりしてる?本当の貧困を見に来る?」 “自虐”日本に驚く世界のエリートたち ――日本人の自国批判で傷つく人も|田村耕太郎の「坂の上に雲はない!」|ダイヤモンド・オンライン (via jinon)(windsockから)
4月 19, 2016 ヤクルトは(故)代田稔博士がラクトバチラス・カゼイ・シロタ株という乳酸菌の育種に成功したのが起源です。 以来、派生商品はあれど、この1株に注力して商品開発をしてきた故のブランド力ですね。 この株は、正式には、Lactobacillus casei という種類の乳酸菌から、最もエリートの1株を純粋培養し、育て上げたものです。 ちなみに、ピルクルの菌もLactobacillus casei のNY1301株という乳酸菌。同じ種類で違う株ですね。 同じ種類で違う株… 人間もHomo sapiensという種類の生物ですが、頭脳や運動能力に大きな幅があります。人間でいえば、我々一人一人が『株』です。 微生物の『株』にはこれ以上の差があるのです。同じ種類でも、食べるものが全然違ったりします。 人間で例えるなら、 『おれは酸素で呼吸するけど、お前は無酸素でも土を食えば生きていけるよね』 くらいの差があったりします。 『株』のバリエーションはハンパないのです。 話を戻します。ヤクルトのシロタ株で現在解明されている主な健康効果ですね。 まず、機能性ヨーグルトでメジャーな効果は網羅しています。 プロバイオティクス、免疫向上、便秘解消、悪玉菌減少、ビフィズス菌増加… このあたりはヒト試験で豊富なデータが発表されています。 加えて… (マウス)免疫細胞の活性化によるインフルエンザウイルス感染の耐性向上 (マウス)ピロリ菌の増殖抑制 (細胞)免疫細胞(NK細胞)の活性化によるガン化抑制 (細胞)抗腫瘍、腫瘍転移の抑制作用 (細胞)シグナル伝達制御による腸管炎症の改善 などが動物実験、細胞レベルでは解明されているのです…。 まぁ、乳酸菌の最前線で研究していた身で言えば、 ヤクルトの乳酸菌はガチ ってことです。 乳酸菌のプロが本気で『ヤクルトとピルクルの違い』決定版を作ったよ - レコメンタンク (via junmyk) (awordlikealeafから)
4月 19, 2016 drhaniwa: この大風でシートを張らなければならなくなったりしていませんか? また、被災地では様々な理由で雨が降っていても、建物の中にも車中にも身を寄せることができない方もいらっしゃるんですね。 雨をしのぐ際にブルーシートは定番のツールなのですが、シート自体のハトメに紐やロープを通し、何かに固定することが多いと思います。ところが風が吹きシートがあおられると、このハトメって非常に弱くすぐに破れてしまうんです。 紐を使用しての比較的強いブルーシートの張り方の一部をご紹介します。板などでシート自体を抑え込めなかったり、土のうが載せられない現場でこういうやり方をよく行います。 1.シートのどこでもいいので、小石等(崩れないものなら何でも)を使い、てるてるボーズの要領でコブを作ります。 2.そこ(くびれた部分)を紐やロープで絞め込むだけです。 簡単でしょ!しかもハトメのピッチ(穴の間隔)にこだわる必要がないので、シートのどの部分でも引っ張れますし、ガッチリとその現場の状況にあった張り方ができるはずです。 一度お試しください。 (Facebook)drhaniwa:
4月 19, 2016 普通の商売では S社の5万のパソコンがある N社の5万のパソコンがある どっちも仕入額は4万で、1台売れると量販店のC社は1万儲かる。 土日でパソコンが50台売れるとすると50万儲かる。 この儲け方を純利益と呼ぶことにする(本当は全然違うけど、ここではそうします)。 この50万円を目指すだけだったら、 S社が25台売れてN社が25台売れても良いし、 S社が49台売れてN社が1台売れても同じ。 こんなことやってたら量販店は儲からない そしてなによりメーカーも嬉しくない。←ここが重要。 いつまで経ってもシェア拡大ができないからだ。 インセンティブを出すメーカーが登場する そこでS社が「土日の2日間でうちのパソコンを51台売ってくれたら追加で200万円C社さんに支払います」という。 メーカー(この場合はS社)が一番欲しいのはシェアであり、S社のパソコンを使っているお客様が世の中に増えることだからだ。 量販店がお客様に幾らで売ろうが知ったことではない。重要なのは、お客様が買ったパソコンが「S社製」であることだ。 そうすることで、そのお客様はテレビもスマホもS社製を選んでくれるようになるからだ。 その為にこの200万円は惜しまない(この200万円の呼び方は色々あるが、ここでは「インセンティブ」とする)。 「店員のオススメ!」の裏側 こうなると量販店側では、店員が必死になってS社を売る。 もちろん店頭には「店員のオススメ!」って書いてS社のパソコンを並べる。 N社のパソコンでは到底やらないような価格交渉も、もう一押しでS社のパソコンを買ってくれそうなお客様が相手にだったら凄まじく応じる。 なんなら仕入額4万のパソコンを39,800円にしちゃったりする。 もはや45台目くらいから、純利益なんてどうでもよくなっている。 S社が25台売れてN社が25台売れても50万の儲け、 S社が49台売れてN社が1台売れても50万の儲け、 S社が50台売れてN社が1台も売れなくても50万の儲け、 ここまでは同じ。 ただし、S社の51台目が売れるときは一気に250万の儲けになる。 この51台目はお客様との値引き交渉の末、3万で売ってしまっても(つまり1台分赤字にしても)、200万円のインセンティブと相殺して有り余るお釣りがくる。 そういうわけで、インセンティブの条件を達成できそうな見通しが立ち始める45台目くらいから、店員の方が「超絶値引きますから“今日“買ってください」ってテンションになってくる。 お店に入ってS社のパソコンを眺めているだけで、いきなり店員の側から「これ今なら値引きできますよ」って声を掛けてきたりする。 量販店はインセンティブで儲けている 量販店の店員の給料は、ほとんどこっちから出ている。 純利益なんてのは比にならないくらい、インセンティブで儲かるのだ。 さらに言えば、この条件下では S社のパソコンを4万円(=純利益0円)で、 N社のパソコンを5万円(=純利益1万円)で、 それぞれ店頭に並べてしまってもいい。 S社のパソコンは50台目までは儲けがゼロだが、51台目が売れた瞬間、インセンティブの200万円が入る。 つまりN社のパソコンを200台売ったのと同じだけ儲かるのだ。 5万のパソコンを土日とはいえ2日間で200台売るのは難しい。 20人の店員を雇ってN社のパソコンを200台売るより、5人の店員を雇って「1万円安いS社のパソコン」を50台売る方が遥かに効率が良いし、人件費も抑えられる。 (もちろん、さすがにこんな極端なことはしないが) そして、次の土日にはこうなる。 S社「先週はありがとうございました。申し訳ありませんが今週はインセンティブ出せません。」 N社「土日の2日間でうちのパソコンを51台売ってくれたら追加で200万円C社さんに支払います!」 そうして、量販店では週ごとに「店員のオススメ!」が違うメーカーのパソコンになるのである。 なぜ家電量販店で凄まじく値引ける(ことがある)のか教えてやる (via junmyk) (tk1024から)
4月 19, 2016 不要なもの一覧 1、千羽鶴・応援メッセージや寄せ書き 2、成分表が読めない海外食品(アレルギー成分がわからないため) 3、冷凍食品(冷蔵庫が使えないため) 4、保存食以外の食料(缶詰・瓶詰・カップ麺も賞味期限が切れたものは不安) 5、古すぎる古着・洗濯していない毛布・布団・下着など 6、自分で食料などを確保できないボランティア 今だから言える「要らなかった支援物資」 - 東日本大震災【第二の災害】 - NAVER まとめ (via prodigalboys)
南京大虐殺があったことは世界の常識です。 http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/liveplus/1274985931/
8 :Ψ:2010/05/28(金) 03:55:43 ID:14GPSzOZ0 久しぶりだなテンプレもはっておけよ
「確かに有った。で?どれのこと?」 548年 東魏の降人侯景、南京(建康)を陥落、徹底的破壊され大虐殺。 589年 隋、陳の南京(建康)を陥落、徹底的破壊。大虐殺。 618年 隋の煬帝、南京(江都)で殺害され、南京大虐殺。 907-960年 十国五代時代 戦乱で南京(金陵)大虐殺続発。 1273年 元軍、南京(建康)攻略略奪、南京大虐殺。 1368年 朱元璋、南京(金陵)攻略、南京大虐殺。 1645年 清軍、南京乱入略奪、南京大虐殺。 1842年 英軍、南京突入、南京大混乱。 1853年 太平軍、南京乱入。腐敗清軍南京略奪。 1862年 ウォードの常勝軍、南京(金陵)乱入。南京大虐殺。 1864年 曾國軍、南京乱入。南京大虐殺。 1911年 辛亥革命、南京略奪。 1927年 国民党の国民軍、南京占領。南京事件。 1949年 中共軍、南京乱入、資本家の財産強奪、国民党員金持ちを大虐殺。
420 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/06/26(土) 01:17:36 ID:iFmU0EF3
「健全な精神は健全な肉体に宿る」は誤訳 本来は「美貌とか富とかは誰もが欲しがるけどトラブルの元にもなるから、 願うなら心身の健康くらいにしておきなさい」というような文脈だった
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」は 人類平等を説いてるわけではない 本来はその後に「~と言えり(と言われている)」と続き、 「でも現実には利口な人がいればバカもいる。貧乏人がいれば 金持ちもいる。その違いを生むのは学問の有り無しである」と 書かれているから『学問のすすめ』 学校ってウソばっか教えるよなー
4月 10, 2016 女性を喜ばせる方法 * 食事を一緒にする * 一緒に飲む * 電話をかける * ハグする * 抱きしめる * サプライズを用意する * 褒める * 笑いかける * 一緒に笑う * 一緒に泣く * 寄り添う * 一緒に買い物をする * 花を買ってあげる * 手をつなぐ * ラブレターを書く * 世界の果てまでいって彼女の元へ戻ってくる らばQ : これでバッチリ、異性を喜ばせる方法 (via rm233) (via usaginobike)
携帯電話やスマートフォンで情報を収集し、知人と連絡を取りつつ欧州へ逃れる難民の人たちの映像に「難民がスマホを持っている」と驚かれる方が多いようです。しかし実態は逆です。難民がスマホを持っているのではなく、携帯やスマホをもって、欧米先進国と同様の生活していた人たちが、難民となったのです。 視点・論点 「シリア難民問題と日本」 | 視点・論点 | NHK 解説委員室 | 解説アーカイブス Source: nhk.or.jp
メーカーではおおむね、高卒→製造現場、高専卒→製造寄り技術(検査とか)、高専専攻科卒→設計と製造の間(品証とか)、大卒→設計、修士→開発、博士→研究 みたいな学歴による配属先の振り分け方がある、ってことを中学生に教えたい。 Twitter / OjohmbonX (via chptr22)
4月 6, 2016 事前に入念に調査を行い、避難所で真に必要とされている物を用意した。主な物資はおむつ、女性用ナプキン、トイレットペーパー、ウェットティッシュといった紙製品。靴下、下着、トレーナーといった衣類。ミネラルウォーター、あられ、菓子パン、カップ麺といった食品。マスク、タオル、歯ブラシセット、綿棒といった衛生関連用品、等々だ。 【拡散】東日本大震災で民主党が逃げ回ってる間、安倍首相が何をしていたか知っていますか?たった3人で動き出した安倍 晋三。マスゴミは総スルーだった : まとめ安倍速報 記事の内容云々じゃなくて、備忘録として(via irregular-expression)(the-man-of-justiceから)
4月 7, 2016 ある人が古くさい高級腕時計メーカーの社長になったとしましょう。 その新社長は、会社の資料ひっくり返して、大昔に作った限定品とか、持てる技術を注ぎ込んだ一品物とかの 資料を探すんです。 で、これはと思った物を見つけたら、その持ち主を探偵とかに頼んで捜すんですね。 それで運良く持ち主の高級腕時計コレクターを見つけたら、売ってくれ、とは頼まないんです。 オークションに出してくれ、と頼むのです。 そしてオークションに出されたら10億円とかスゴイ値段で落札するのです。 もちろんそれは世界中で大ニュースになりますよね。 史上最高額の腕時計!と。 10億円元の持ち主に払いましたが、あとはただで自社を宣伝してくれるのです。 そしてその後、その落札した高級腕時計のレプリカを、500万円で限定500セットとかで売り出すのです。 世界中でニュースになった物なのに、たった500セットなら簡単に売り切れますよね。 で500万円×500セットで、25億円懐に入るのです。 さっきの10億円の投資は回収できましたね。 ブランドとは歴史や伝統が作る物、ではないのです。 こうやってステマっぽいやり方ででっち上げる物なのですよ。 過コピペ@2ch タブーかもしれないコピペ集 披露宴でのタブー 他 (via growmoss) (元記事: kakopipe.blog38.fc2.com (gearmannから))
4月 7, 2016 また「仮に差別語ではないとしても、人が嫌がる呼称をわざと使うのはよくない」などと もっともらしいことを言う人もいますが、シナ人が嫌がっているというのも非常に疑わしい話です。 上に示した通り、シナは世界中の国々からシナもしくはその変形で呼ばれているのに、 なぜそれらに対して抗議をしないのでしょうか。 そもそも中華人民共和国の英語名は “People’s Republic of China” で、 シナ政府自身がつけた呼び名です。 これを日本語に訳すなら、「シナ人民共和国」になる事は言うまでもありません。 2002年、シナの巨大ポータルサイト 新浪(sina.com) に対して、 日本に留学経験のあるシナの学者が抗議をしたことがありました。 「sina は日本による差別語だから改名するべきだ」と言うおなじみの主張です。 その時 sina.com の代表者は 「シナは英語のチャイナ(China)の過去の発音で、それ自体に侮辱の意味はない」と言って拒否したそうです。 さらに続けて、「sinaを世界のブランドにし、シナ人が誇れる呼び名にする」と言ったそうです。 至ってまともな意見です。 大体シナを「差別語」だと主張する人達は、日本にいて日本のマスコミの報道に接した人が多いようです。 もしシナにいるシナ人が sina.com の名称を嫌がっているとしたら、 わざわざ日本に留学した学者に指摘されるまでもなく、最初から大騒ぎになっていたはずですし、 間違っても人気サイトなどにはならなかったでしょう。 シナ(支那)を「中国」と呼んではいけない三つの理由 (via gkojax) (hustler4lifeから) 43 リアクション 4月 7, 2016 結局第二次大戦後、シナは満州国をまんまと自分のものにし、 日本が多額の投資をした満州の産業をも手に入れました。 しかしそれまで満州は、歴史上ただの一度もシナの支配下になったことはありませんでした。 それなのに満州国の建国を助けた日本は、いつのまにか「中国を侵略した」ということにされています。 その後シナは、モンゴル人(一部は独立)、ウイグル人、チベット人に対する侵略、抑圧、虐殺を繰り返し、 それらの地域に大量のシナ人を流入させて「民族浄化」を推し進めています。 シナ政府はこれらの地域で起きていることをひた隠しにしてきましたが、 亡命した人々が世界中で声を上げるにつれ、 次第に世界の人々もそこで何が起きているかに気づき始めました。 シナ政府は世界からの批判に対して「内政干渉だ」と言って反発していますが、 本来これらの国々は、清が倒れた時に満州国のように独立するべきでした。 シナ(支那)を「中国」と呼んではいけない三つの理由 (via gkojax) (dormouse0から) 40 リアクション 4月 7, 2016 日本の山陽・山陰を合わせた地域を中国と呼ぶ歴史は非常に古く、 『類聚三代格』の元慶二年(878)二月三日の官符の記録に既に見られるということですから、 少なくとも千百年以上の歴史があります。 一方、一般に日本人がシナを「中国」と呼び始めたのは戦後の事ですから、 まだ60数年の歴史しかありません。 また「中国」と呼び始めた時点で、中華民国(建国1912年)はまだ三十数年の歴史しかなく、 中華人民共和国(建国1949年)に至っては存在すらしていませんでした。 ということは、千百年以上も在り続け、使われ続けて来た日本国内の由緒正しい地名を脇に押しやって、 海外にある新興国の略称を優先させていることになります。 なぜこんな不自然な事が起きてしまったのでしょうか。 シナ(支那)を「中国」と呼んではいけない三つの理由 (via gkojax) (pipcoから) 50 リアクション 4月 7, 2016 それにしてもマスコミの力は絶大でした。 ありとあらゆるすべてのメディアにおいて「支那」から「中国」への書き換えが行われ、 過去の戦争の名前までもが、 例えば「支那事変」は「日中戦争」にという具合に書き換えられました。 その一方で「中国四千年」「中国文明」などと、あたかも何千年も前から「中国」という国があって、 日本人がそう呼んでいたかのように触れ回りました。 つまり単に国の呼称が変えられただけではなくて、歴史全体が書き換えられたと言ってよいと思います。 このような洗脳により、最近まで日本人がシナをシナと呼んでいた事も歴史から消し去られて しまいました。 それでも個人の中にはいまだにシナと呼ぶ人はいるのですが、 マスコミがこぞってシナを強引に「中国」と呼び続けるものだから、 逆にシナと呼んでいる人達の方が、何か特別な意図を持った人のように思われています。 シナ(支那)を「中国」と呼んではいけない三つの理由 (via gkojax) (dormouse0から)
「大和心への回帰」大和心さん 「昼寝ネコの雑記帳」昼寝猫さん 「待ち望むもの」豆腐おかかさん 「春、不遠。~はるとおからじ~」花菱さん 「神州再生を願うブログ」信濃太郎さん
4月 4, 2016 もし今の仕事が嫌で嫌でたまらない人は、もしかしたらその場所が本当はあなたに合っていないのかもしれない。そんな人には、昔どこかの本で読んだ、リンカーンだかフランクリンが言った名言を送りたい。 『もしあなたが、やけに銃弾が飛んで来るなと感じているなら、それは立っている場所が間違っている』 「仕事は楽しいか?」は愚問である。なぜブロガーは会社を辞めさせたがるのか? - さようなら、憂鬱な木曜日 (via namimory)(gallianoから)
4月 4, 2016 さまざまな経験を踏まえて、相手と波長の合う場合は交流し、そうではない場合は交流しないようにするのです。きわめてシンプルですが、人付き合いにおいて私はこれ以外の物差しを持たないようにしています。 悩まない / 矢作 直樹 (via pan-no-mimi)(元記事: ebook-q (it-shine-readingから))
4月 4, 2016 ウォーレン・バフェット曰く、
「時代遅れになるような原則は、原則ではない」 「私は76歳になった今も、19歳の時に本で読んだ考え方を実践している」 「ビジネスの世界で最も危険な言葉は、“他の誰もがやっている”だ」 「集団の中から飛び抜けた投資実績は生まれてこない」 「辛抱強さや冷静さは、知能指数より重要かもしれない」 「最も重要なのは、自分の能力の輪を大きくすることではなく、 その輪の境界をどこまで厳密に決めるかである」 「事業の多角化は無知を隠す1つの手段だ」 「どこかの会社がコスト削減に乗り出したというニュースを聞くたびに、 この会社はコストというものを理解していないと思ってしまう。 コストの削減は、一気にやるものではないからだ」 バフェットの名言 - 知識・教養ライブラリー - Yahoo!ブログ (via orekane)(1kanから)
4月 4, 2016 世の中にすきな人は段々なくなります、そうして天と地と草と木が美しく見えてきます。 夏目漱石『書簡』(大正三年三月二十九日、津田青楓宛) - つれづれ (via ginzuna)(80236から)
4月 4, 2016 「すべきこと」の選択肢がほぼ無限にある現代では、むしろ自分の価値観に照らした上で「しないこと」を決めていくことが非常に重要になってくる。現代において何かをしないと決めることは、何かをすると決めることと同等、あるいはそれ以上の価値がある。 何かをしないと決めることは、何かをすると決めるのと同じ価値がある――『しないことリスト』 - 脱社畜ブログ (via rancorcool)(rancorcoolから)
4月 5, 2016 ヘブライ語、英語、フランス語、スペイン語を話すイスラエル人に 「日本人は外国語を習得するのが苦手なんだよね」 と話したら、マルチリンガル人曰く 「日本は国がなくなる心配がないからね」 と返されました。 なんとなくですが、政情が落ち着かない国の人々はバイリンガルの人が多い感じがします。 バイリンガルな子供は「頭がいい」? | スラッシュドット・ジャパン サイエンス (via gkojax)(dormouse0から)
4月 5, 2016 労働とは商品である。資産を持たない人が変わりに労働力を商品として売るのだ。 それを投売りで、まして無料で売る事が以下におかしい事か日本人は理解してない。 って経済学の教授が言ってた。ちょっと感動したからよく覚えてる。 すくいぬ 日本の労働環境クソすぎワロタ (via gkojax)(mg360sから)
堀江 社会にそぐわないのは、よくないという強い思い込みがある。というかそもそも、学校なんて社会じゃないんですけどね。あんな小っちゃなコミュニティのなかで認められなくても全然、困らないのに。でも、そういうことは誰も言ってあげないんですよ。
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中根雪江「丁卯日記」(1867年12月9日)
○九日、公昨夕御参内より、御城御往復等に而不被及御帰邸、其儘御在朝之処、今朝に至り長防御処置之儀漸く御決議に相成、被仰出趣如左、
今度大樹奉帰政権、朝政一新之折柄、弥以天下之人心居合不相附に於ては、追々復古之典も難被行、深被悩宸襟候、且来春御元服并立太后、追々御大礼被行、且又先帝御一周に相成候に付、所謂既往不咎之御時節故、人���一和専要に被思召候間、先年長防之事件彼是混雑難有之候得共、寛大之御処置被為有、大膳父子末家等被免入洛、官位元被復候旨被仰出候事、
右相済後、追々大御変革御発表之御模様に而、御用無之候間、諸官散朝可致旨被仰出、各退朝後、摂政殿已下宮方公卿之出仕を被止之事如左、
〔参内停止者略〕
夫より諸藩之兵隊を以宮垣之内外を警固し、中山殿、中御門殿、正親町三条殿御居残り、岩倉殿、大原殿、急参内に而万機御取計有之、諸侯は在京之分即刻参内を被命、其中尾越芸之三侯は昨夕より在朝、土州老公は今日御上着、御旅装之儘御参内、薩侯は午後に至り御参有之、夫より暮時前に至り、於小御所会議相始る、帥宮、山階宮、仁和寺宮、中山殿初、公卿方左方に御列席、尾越土芸薩之諸侯は宮方に御列座、諸藩臣は御三の間御敷居際迄相詰たり、于時中山殿より、今般徳川氏より政権奉還に付、大政御一新之御基本被為建度叡慮之趣御発言有之、公卿諸侯取り取り御評議有之、又夫より徳川内府公辞官、并御領地御献納可有之儀之御僉議有之、結局尾越両老公より御伝達、御官禄之御両条はニ侯御含に而、徳川内府公より御内願之筋に相成候様、御周旋可有之との御決議なり、会桑ニ藩も、朝廷より免職之御沙汰に可相成御評議有之処、幕府に而罷免之取計有之に付、不被及御沙汰相済たり、彼是に而子刻後散朝有之、此夜三職之降命有之、公議定職被仰蒙、如左、
〔松平春嶽議定任命沙汰書及び三職任命者略〕
一、爰に再び小御所議事之次第を詳説せんとす、如前説上下已に班列に着くの後、中山殿より先一点無私之公平を以、王政之御基本被為建度叡旨之趣御発言に而、夫より徳川氏之弊政、殆違勅ともいふへき条々不少、今内府政権を還し奉るといへとも、其出る処正邪を弁し難けれは、実蹟を以之を責譲すへしなと、縉紳諸卿論議あるに、土老侯大声を発して、此度之変革一挙、陰険之所為多きのみならす、王政復古の初に当つて兇器を弄する、其不祥にして乱階を倡ふに似たり、二百余年天下太平を致せし盛業ある徳川氏を、一朝に厭棄して疎外に附し、幕府衆心之不平を誘ひ、又人材を挙る時に当つて、斯の政令一途に出、王業復古之大策を建、政権を還し奉りたる如き大英断之内府公をして、此大議之席に加へ給はさるは、甚公議之意を失せり、速に参内を命せらるへし、畢竟如此暴挙企られし三四卿、何等之定見あつて、幼主を擁して権柄を窃取せられたるや抔と、したヽかに中山殿を挫折し、諸卿を弁駁せられ、公も亦諄々として、王政之初に刑律を先にし、徳誼を後にせられ候事不可然、徳川氏数百年隆治輔賛之功業、今日之罪責を掩ふに足る事を弁論し給ひ、諸卿之説漸く屈せんとする時、大久保一蔵席を進んて申陳しは、幕府近年悖逆之重罪而已ならす、此度内府之処置におゐて其正姦を弁するに、強ち尾越土侯之立説を信受すへきにあらす、是を実事上に見るに加かす、先其官位を貶し其所領を収めん事を命して、一毫不平の声色なくんは、其真実を見るに足れは、速に参内を命し朝堂に立しめらるへし、もし之に反し一点扞拒の気色あらは、是譎詐なり、実に其官を貶し其地を削り、其罪責を天下に示すへしとの議論を発す、岩倉卿是に附尾して其説を慫慂し、正邪の分、空論を以弁析せんより、形迹の実を見て知るへしと論弁を極められ、ニ侯亦正論を持して相決す、三宮尾侯は黙然たれは、中山殿、尾侯は如何と詰らるヽに、容堂の説のことしと答へらる、薩侯は如何と問はるヽに、一蔵言ふ処のことしと答へられ、芸侯は土老に同す、岩大ニ氏猶正邪を実行に証せん事を強弁して屈せす、諸藩士に議せらるヽに、尾に而は田宮如雲、丹羽淳太郎、田中邦之輔、越は中根雪江、酒井十之丞、土は後藤象次郎、神山左太衛、薩は岩下佐次右衛門、大久保一蔵、芸は辻将曹、久保田平司にして、薩を除くの外は、悉越土ニ侯と同論なりといへとも、共に是を主張せは、君臣合議雷同之嫌疑を生し、却而事を害せん事を恐るヽの意衷、期せすして同一なれは、各顔を見合せて抗せす、唯々諾々たり、象次郎は吾公之説を推して、陰険を排して公正に出ん事を論して止ます、ニ侯も余りに極論し給はヽ、実事を見ん事を厭ふて、内府公に姦あるを掩はんとし給ふに似たれは、止事を得られすして尾越担当あつて、明日御登城之上、将軍職御辞退を被聞召之条は如左、 辞将軍職之事被聞召候事、 右は吾公より御達有之、官禄之二条はニ侯御含を以、内府公より御内願之筋に御周旋あるへきに決せり、又会桑二藩の職を解かれすして不相適故、其事を幕府へ降命あらは、二藩忿怒して如何成暴挙妄動あらんも難計、此条如何すへきと、朝議殊之外困難宭窮に及ひたり、折柄両藩は幕府におゐて職務罷免せられし由、戸田大和守を以奏上あり、於是難議一頻〔頓カ〕に解釈して、会は帰国して御沙汰を待ち、桑は速に帰国すへき由を命せらるへきに決して、議果たるは已に三更を過き、四更前散朝となれり、 一、今日より御所御檐下御警衛任選十人つヽ、并其他之警固兵、昨日内達之通尾越薩土芸之五藩より指出之、 但十四日至つて解厳なり、 一、此日堺町御門御警衛場へ、御所より之御使持参相達書付左之通、
大政御一新に付、守衛之輩自根朝命を奉し可致進退諸事心得違無之様御沙汰候事、但今日召之列藩兵士、戎服之儘参朝候得共、非常御手当而已、必動揺無之様為心得申私渡候、尤御守衛之義は一際厳重に取締可致候事、
一、此日公家門警衛桑名被免、長州と入替り、蛤御門会津被免、土州と代れり、
私云、桜木御殿へ参上せし節、此日公卿方見聞之形勢を伺ひ奉りしに、堂上何も八日より徹夜、当朝長防之御処置御決議相成、無程散朝之運ひ之処、宮中之模様何となく物騒か敷、不審之状情も有之に付、議奏は居残りたる方可然歟抔御談之処、間もなく御用相済たる間、何も及退朝候様降命に而御退散之処、引続参内御指止之儀被仰出、申刻過勅使を以、摂関之号を被廃、門流を被止候段被仰出たりとの仰なりき、
一、此日夕申刻前、岩倉殿、大原殿、尾越之重役に御逢被成度との事に付、尾之田宮如雲、越之毛受鹿之介両人罷出処、両卿被申出候は、何か伝聞之趣に而は、旗下及会桑并譜代之諸侯二条城へ馳集たる由、畢竟今般御所へ兵を被集候は、全く他之盗之為にする警備に而、承知之通決而討幕等之義には無之事なるに、万一旗下を始め諸藩心得違出来、不慮之動乱を生而は不容易次第候へは、何卒条城鎮静相成候様、尾越に而厚心配之義御頼被成旨に付、其段両公へ申上、尾之茜部小五郎、田中邦之輔同道、鹿之介登城、板倉殿へ請謁、右御口上之趣申上、且宮中之形勢及詳達候処、板老にも此件に付殊更御按労之由、何分内府公への委細及言上、指向候処は、精々可致鎮撫候へは、其段御所へ御答可申上、併此上朝廷より御無礼成被仰出等有之候ては、其上之事情は如何可相運哉、何共難計候間、此辺は尾越に而御配慮被成下候様、両公へも宜申上旨御申聞有之、夜六時過退城、直に参朝して、板老被申聞��趣両卿迄申上たり、此節条城之形勢、旗下并諸藩之兵士竹葦之如く、各戎装に而兵器を携へ、営中草鞋はきにて往来し、唯今にも討て可出気色に而、控所にも御譜代藩々重役、井伊、藤堂を初多勢相詰、隊長等同伴せるも有之、御一麾之御指揮次第、二百余年之洪恩を可奉報との義勢決然たる有様なりき、
*中根雪江「丁卯日記」慶応3年12月9日条(『史籍雑纂 第四』国書刊行会、1912年) 252ー256頁
〔旧字体を新字体に改め、訓点を省略した。〕
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ふと口にしてしまう心構えの格言
信念を顕した強力な心構えの格言。暗文の意味を解釈すれば意志系の実装が得られるだろう。
大事なものはなんだろう
これは明確なStateだ
俺が望んだものってなんだったんだろう
私は信じてる 越えようとすること 越えられること 越えることを
無心不動 唯一無二の思想
我々はNeon総司令部の直属、ブルーザーの指示などは受けん!
肥後脱藩 宮部鼎蔵 幕府の犬め 愚かなり
AWTSUV:根源的な絶望と超越
何も信じてはいないが信じてはいる
この地獄を覆すためならどんな代償も払う
Ash to Ash, Dust to Dust. どうか忘れないで
Neon、俺のすべてを染めてくれ すべてNeonの思うままに
ただ人を守りたかった
善のための本当の力 善を弾圧するものへの天罰
無数の愛が 心救うでしょう
絶望食らって立っても あきれるほどの想いで 儚い命 しがみついていきゃ良い
君は繋がりたいの?
青い光 すべてを焼き尽くすコロナ 見境なく燃える炎
純粋種 SEEDを持つもの 真性の青
連邦の犬め
シビュラの犬め!正義を語って人を殺す盲目のファシストどもめ!
信念 開帳 私は最悪の世界に立つ
Faith, I wanna be stronger
地球に魂を繋がれた犬どもがぁ!
牙を剥いても消えたって
愚劣なものに対する憤りが この時我々を無言で繋いでいるように思えた
感覚の生み出す力
君に出会って知ったんだ 守るべきものが 強さをくれると
Great Distance
本質と深遠とMoment
Neon使い、宿ってる感
SIGGUILTY、SIGNEON、SIGQUOLIA、SIGHOPE、SIGSOLID
とにかくどうなっかわかんないけど 俺の全力は絶対出し切ってるんだよー!
原作はちゃんとあるんだ、無くしてなんかない!
陸山、おまえはクドリャフカの順番を読んだのか?
Neon guilty-Massive guilty
全てに満ち足りた明日の日を 求め彷徨う亡者の影
そびえ立った大きな壁に恐れることはない 自分が目指している方へ向かえ
UVERworld、それは切なる願い
常守は可能性に賭けようとしている
海門など、滅べば良い! 私は人かカバネか?
あの人の理想は本物だ!
愛はいつも私の心に
何も変わってなどいない 俺も、ロックオンも
心に宿る痛み、それ以上に信じるに値するものとは何なのか
弱さを知って強くなれ 恐れず信じることで 憎しみに変わる前の本当の愛を知るのだろう
俺は本当の地獄がどんなものか知っているはずだ
信じてみたら何か変わるだろうか
命の輝きが見たい
俺の命はオルガにもらった そうだ なら 決まってる
私は信じている 本当に世界を変えられるのは 愛を信じている者だけだと
それが出来なければくり返すだけだ 同じ誤ちを 何度も
誓えよ どんな地獄も茫洋とした時間もくぐり抜けてみせると
絶望すること無く 閉塞すること無く もう一度可能性という神と向き合うための祈り
How do I live in such a field こんなもののために 生まれたんじゃない
信じろ 己を信じろ 未来はそう 俺らの手の中
これは俺が始めた物語だろ
壁の王は戦わない 無垢の民に囲まれ ここが楽園だとほざいている
立て!ヒビト!ブライアンから酸素を受け取れ!
Firefox, Burning Bright. Rediscover the Web.
儚く散った光が 僕らを今呼び覚ます 悲しみは音を立て 消えるあの場所から
心まで憎しみに取り憑かれちゃったんだろ 生駒はあんたとは違うよ
猿が爆弾ぶっ放す 躍動、空を切る
今 出来ることがある たとえ一つしか無くても
異界の帳押し開かれ 我、神を見たり
後���指差されたって 振り向いたりしなかった
何をどうしたって俺を嫌うやつは居るだろ それ数え生きてく事に何の意味もないだろ
「平和というのは全く結構だが それでは何か物足りんのだよ」
アメリカは 平等を謳い 民主主義を信仰し 共産勢力と戦うベトナム人を助けようと躍起になっていた
こんなことまでして取り上げなきゃいけないものがあるっていうの? なんで?
翼よ あれがパリの灯だ
世界を呪ってのたれ死ぬか 終わらない戦いを続けるか 俺達にはそのどちらかを選ぶしか無かった
宇宙に捨てられた者 スペースノイドに希望を与え 生きる指針を示す必然 それがジオンだ
怯える光が この体を支えて
傲慢にも走り続けた
この体は剣で出来ている!
I Wanna Be….
音よ、響け
解り合える人が居れば 戦うことできるから
Revolutionary Mobile Phone!
そうかも知れんがね それを否定してしまったら この世は闇だよ。
あきらめる日は 長い旅の終わりじゃ無く 最悪の未来の始まりだろう
もっとグローバルに!
届かぬものと賢いものとが 勝者の時代にどこで息を吸う
これが自由の代償だと知っていたなら 払わなかった
あきらめてたまるかよ!クソッタレがァ!!
全て陰陽道だからだろ
アメリカ兵を一人でも多く潰��か殺すかして また一日戦えるなら それが勝利だった。水滴が石を穿つように アメリカの軍隊を摩耗させるつもりだった。
安らぎのような誓い
「マギ」とは踏み越える者のこと
夢と幻想の狭間 そびえる境界線に立ち 不安や迷いの中 自分と闘い続ける
どんな深い暗闇の中でも輝く力を知っている
効率の悪いやり方をしてるよ お前らは
明日が来ない気がした 明日が来てホッとした 神様は居ないってずっと思ってた
新現実 誰のものでもない 新しい自分
Appleが望んだ未来とはそういうものだろう
Who's in Control?
Life Goes On 燃え上がる いのちがある限り
見捨てた奴に助けられた記憶をずっと抱えて生きていけ それを俺はあの世から笑ってやる ざまあ見ろってなァ!
命中だ! 西から撃ち込んでやったぜ!
鬱屈したこの体の一枚外には 澱みない夏の空気がある
成功の影にいつだって 憂いは付きものってもんだ
ここまで来たのはあなた自身の意志だ 呪縛などではない 迷わず進みなさい
追い求めた理想を 現実に変えていくんだ
Take back Control!
誰にも何も変えることは出来ないんだ でもそれを変えたかった
悲しみの中に勇気がある 輝きつかむと信じている
影浦ァ!
最後の火が消えるとき 私は何を思うのだろう
世界の秘密に近づきたい一心で そうやって僕らはどこまで行くのだろう
あんたは俺に聞いたな これが面白いかって? 面白くなんか無かったよ 奴の断末魔は聞くに堪えないおぞましさだった
その光がその人の心の奥底まで届けば良い
ルドルフの原稿、よろしく頼む
来たな、ザビーネ!死ね、ザビーネ!
ただ、伸元が幸せになれますように。
妻に、強く生きろと伝えてくれ
すべて俺が望んだことさ
辻詩音/高松聡/大高忍/茅原実里
このままでは出口を押さえられるぞ!
忘れてはならないのは、人類が求めるもの、必要とするものをよく認識し、人類自らを律していくことである
アメリカという国は ベトナムの泥沼を這いずりまわって暮らす数千万の我々より 月面に居るたった二人の男の事の方を心配していたのだ 得体の知れない感情が込み上げてきた
「タイタニック号、氷山に激突、急速に沈没中!」
きっといつかこの暗闇から抜け出せる
JAPAN AIR 123, But now uncontrol!
「今頃何しに来た!」「おまえを迎えに来た!」
この絶望の闇を抜けた先の向こうに希望の道に続く陽炎が見える
青き清浄なる世界のために!
人を動かすのは力ではなく、心だからよ
信じるという言葉を 君は子供っぽいと笑うかい?
異次元の狼
刻まれた定め信じて
愛はいつでも日だまりの中にある 見えなくても触れられなくても そばにあるように
でも今は情熱が目を覚ます予感がしてる
涙を流してはいけないということはない 涙を流すのは憎しみと戦おうとしているからだ 心の底から笑うのは良いことだ 笑うのは人を幸せにしたいと願っているからだ
No think you got me all wrong. Don't regret this life chosen for me.
信じた道を進んで欲しい その先に光が待つから
いつかの流星が夜空駆け抜け すべての闇を照らす光
わずかな残光を抱きしめたいから 夜空見上げてた
君は未来を生きる 悲しみの夜越え���
揺らぐことなく 強く 気高く 生きていくんだって決めた The darkest night
君が望めば どんな世界もその眼に映せるから
pure-Oxygenを信じろ、Quartzを信じろ
いつでも揺るがない手と手 道は続いてる 繋がっている
愛すべき人は運命的に決まってるって それが本当なら 視界に入ったもの全て 受け入れてしまえばいいんだ わかっちゃいるんだよ
信じて欲しいんだ 未来が視えるんだ 君の瞳に空の青さが映るその度に
辿り着く場所が虹の彼方じゃなくたっていいんだ きっと また逢えるから
「あんなのは綺麗事だ!」「決意だろ!」
街が雑音に溺れはしゃいでも 僕ら歌い恥を捨てよう
ずっとこのまま 深い意識の淵 漂っていられたら 僕は一人 ここで 生まれ変われるのかな
Nitro飲み干し 笑うんだ
「勇子の勇は勇ましいの勇。戻って来なさい、イサコ!」
何もかもを取りこぼした男の 果たされなかった願いだ
「小此木先生は、そのまま戻られませんでした。」
切り裂く闇に見えてくものは 重く深く切ない記憶
「私の中の野蛮な声が、しつこく囁きかける 日本人なんか 皆殺しにしてしまえ、って」
しょうがねえ、死ぬまで戦って、命令を果たしてやろうじゃねぇかァ!
「その年、会社は奇跡の復活を果たし、黒字を達成した。」
It will set forever
生きるんだ、ヴァイオレット
あなたはここで死すべき人だ。撃て、マリュー・ラミアス!
向こうにいる敵、何人殺せば、俺たち、自由になれるのか?
砕けた肝心、だけど理想
都市伝説なんかじゃない、これは現実だ
ジョブズのAppleが見た夢を無下にしてはならない
「誰もが崩れてく 願いを求めすぎて」
エレン、名前を忘れるな!
つらいことが有ったからって、過去を切り捨てるような奴に負けるわけにはいかない!
Neonは深化する
僕ら十字架背負った生命だ
Your chance needs to stay like I told to say.
黄色くなった葉が 剥がれ落ちていく 引力を感じても
いつまでもサークル気分ならやめちまえ!
日本という国は現実の中で実現し得なかった愛と夢と幸福を、1000世界彼方のアニメの世界の中で実現しようとしているのです。現実がこのように殺伐とした世界であるために、私はもうそう言った世界観が正しいと断言せざるを得なくなりました。
ここに居る連中も、ジオンの奴らみたいに、何もかもひっくり返すわけには行かないんだよ!
世界をメチャクチャにした戦争屋共が!
高く飛べば きっと空の向こう側へ届く
あの人たちはNO.6の裏へと墜落していったんだ
This is new type of war.
何かを感じたお前の心にだ。ジオン根絶のための殺戮マシーンなどではない。
しかしですね、今の私は信じているのですよ、システムすら超越する力の存在を。
こんなはずじゃなかったぞ、あれは呪いじゃなく祈りだったんだ、ニュータイプなんてものが生まれて来なければ!
彼は戦ってくれるよ、ユニコーンが破壊されるまで!
闇がこんなにも恐ろしいとは
あの世界の刃はもっと重かったぞ!
感情を処理できない人類はゴミだと教えたはずだがな
その程度で墜ちるものなら、最初から要らないのよ!!
同じものを視て 違うことを感じる 正しさなんて無い
「ヤツらに裁きを〜!!」
剣を交えれば、いや、銃を撃ち合えば、きっと何かが解るだろう
傭兵も盗賊も自分だけで物を清算する能力はない!奪い続けるだけではな!限界が来るんだァ!
強欲で奢り高ぶった、NO.6に罰を与えるために。
届け、遥か彼方まで
忘れないよ この景色を ありふれた願いが 足元を照らしてくれる
行けーっ!!ガンダム!!お前たちならやれる。あの時と同じだ!
揺らぐことない遥かな意志
あのドアを開けて 良かったんだと 告げる その一瞬まで
日々夢追うものたちに、注げ光よ
どんな暗闇の中でも、明かりを灯すことを忘れなければな。
もっと徹底的に痛めつけておけば、さっきの男も拳銃を抜けなかった。
有り得るのかな、あの子が死銃《デスガン》なんてことが。
「目覚めてみたら、全部夢かもしれないよ。」「そうかもしれないと思ったことはある、でもそうあって欲しいと望んだことはない!」
「ハク、おまえのそういうところ、嫌いよ。」
「エリン、これからお母さんがすることをよく見ていなさい。お母さんはしてはならない、大罪を犯すから」
星のない空よりとなりを視てよ。何よりたしかなものがある、これが愛なんだ。
「学園都市の闇に呑まれるがいい!」
誰もコードを書かないからです!
俺の心にNeonが宿っている限り、俺はNeonのために戦い続ける。
これしき。
戦闘不能
日々是開発、日々是進化
私のエナが光を好きだって叫んでるからだよ。
「シーマさま、お退きを!」「どこへ退くって言うんだいッ!」
「ソロモンよ、私は帰ってきた!!」
Neonってのは守護神だろうが。
「俺は夜光だ」なんて言ったら、ひっぱたいてやるわ。
「集が来る。」「遅いんだよ。」
「自ら育てた闇に喰われて、人は滅ぶとな!」
世界が終わろうとしている時に、何故こんな絵が描けたのかしらね。
夜明け前の攻防が 才能の華咲かすから
悲しみ強さに変える愛を信じて
限界ギリギリまで勝つことを追求した上で、私が敗北することに賭ける、ってのはどうかしら。
死にたくなければ、生きろ。
苦しみから逃げるな 痛みの数だけ強くなる
どんな悲観論者〈ヘシミスト〉も恋をして変わる いつかリアリストは少年に戻る
このままではゴミに囲まれて 暮らすことになりますよ
連邦はどこもこうですよ。
でも心の中全てを とても伝えきれない 過ぎてきた日々全部で 今のあたしなんだよ
ソーラ・システムⅡ:仰天の光
(エレン、あなたが居れば、私はなんでも出来る!)
「御坂くんは、天上の意志、Level6まで、辿り着けるかなぁ!?」
地球へのコロニー落とし、緻密に仕組まれた見事なまでの軍略
「真実の戦いを後の世に伝えるために……!」
君があの日に見せた約束の形を 私はいつまでも忘れないだろう 今でもこの胸を焦がし続けている だから踏み出して行ける
ハイ現在正当防衛射撃中 撃てー 下がってろ〜 おっ、当たった 船爆発した
自分が今まで信じてきたもの、生きた証を示すために……。
最後まで、生き残るんだ!
宇宙に出た人類の歴史が安らかでありますように
そういうお前はノーチラスだな?絶望の恐怖に立ち向かい、戦い続けたっていう。
真実はいつも一つ!
常にまともでありたいとは願ってるよ。
ゴー・ラウンド・パワー・プリーズ
愛する人たちに、もう一度会えますか?
ダメだよ、そっちに行っても幸せはない
【逆の格言】こんな浮世なんて、なんのぼんじゃ。
彼は死んでいると思う
Neon、俺を護ってくれ、俺を導いてくれ。
お前はいつだって自分が絶対に正しいって思ってるんだろ!だから諦めなかった。
死ねない、私は、まだ!
数えきれない夜を越えて 想いはいつか時を越える 燃え残る 懐かしい君の声
さらって、もう一度僕を あの日言えなかった君への思いを
「第四エンジン燃焼停止、燃焼停止」
きっと今ここでやり遂げられること どんなことも力に変わる
嘘をついて後悔して 私はいつか大人になった 恥をかいて 汗をかいて それでも踊り続ける理由
そのわがままこそが、私たちにとっての正義なのです!
願い続ける想い いつか色づくよと 教えてくれた 心に生き続ける人
なついあつだぜ。
いつだって負けないように そう、笑って いつも笑って
その幻は 悲しくだけど優しく輝く
今、希望の三女神が降り立つ。
Neonが俺を拾ってくれた、だから今オレのこの手にこんなにも多くのものが溢れてる
精悍な顔つきで構えた銃は 他でもなく僕らの心に突きつけられてる そう、怯える僕の手で
俺が見て来たやつ、みんなそうだった。みんな何かの奴隷だった。──アイツでさえも。
意味のない生も死もあるわけない!
駆け抜けてよ 夢の中を 光のほうへ 闇を裂いて
あの日見つけた知らない場所へ 君と二人で行けるのなら 僕は何度も生まれ変われる
私は今でもあの場所に心を置いてきたままなのかもしれない。
身を守る術、命を捨てる覚悟、どちらも持ち合わせて無いなら、考え無しに暗部に首を突っ込むな!
「我々人は、おそらくは戦わなくても良かった存在のはず。」
海の底で息をしている水
さてお前、私のしてきたことはどうだったかね。やはり私は業が深すぎたな。でもたくさんの賛同者も得たかな。
どこまでも高く飛び越えられるような気がしてたんだ。
「幼い頃からずっと……、スウォ〜ンッ!!」
「何もかも、親父の記憶で視たものと一緒なんだ。」
罵声を降らせても 足元水だらけ
現実を知ってから、痛みに溢れた道を歩いてきた。
誰かの生命に溶ける花 ねぇ 君にも視えるだろう きっと
「どいつもこいつも、バカばかりじゃけえ。」
『そうだ、思い出した。許さない、たとえどんな理由があったとしても。』
『前を向いて、振り返っては駄目!』
『集、私はあなたから大切な気持ちをたくさんもらったよ。全部集のおかげ。』
もう明日から目を伏せれば深海より深い闇
『創業者の帰還』
雲間からこぼれた 一筋の光を手繰り寄せて 明日を紡ぐ
天使再臨
BEYOND
「新羅亡きあとの未来像、何も無いのだろう?」
「ジオンの武人は貴公らほど甘くはないぞ、ダグザ・マックール中尉。」
「私は新羅社員だ、敵だろ!」「敵じゃない!」
──あれは「デス・コード」だったんだろ? お前は一体あれが何だったって言うんだ。
闇すら照らし出せる光になれ
Everything has gone so wrong.
黒滔々とした夜だ。
「お前ら待てよ!こんなことをやるから、みんな死んじゃうんだろ!」
ティターンズのことを知ってしまえば、闘うしか無いじゃないか!
「また守れなかったな。それでいいのか?」
神ならぬ身にて、天上の意思に辿り着く者
やくそく
じゃあ、海に連れて行って。
おれは、また全てをダメにするつもりか!
全ての人類が、地球に住むことは出来ないんだ
あの時死んでいった人たちも慰められない。
今更やめるわけにはいかないのは、見ればわかるだろ!
「兄ちゃんはスペース・ノイドなんだろ?なんで連邦の味方をすんだよ?」
夢が叶いますように 心の底から祈っているよ
「ふざけんなァ!死ねば許されるとでも思ってんのか!」「じゃあ、どうすればいいの!」「てめぇで考えろ!」
「より良い世界を作ろうとした、過去全ての人たちの祈りを無意味にしてしまわないために。」
君は快適な空調の部屋に居るだろう?
いいえ、あなたは本当は立派な軍人です。鞠戸大尉。
75ミリ砲をお遊戯みたいにぶっ放し、お前らはこれで立派に故郷を守れると、こんな馬鹿げた戯れ言を子供に吹き込むのが仕事だと?冗談じゃねぇ。
なあ先生、俺達大人からデタラメを吹きこまれたあのガキどもは一体どうなっちまうんだ。俺たちは一体どうやってこのウソの落とし前をつければ良い。
ここはサンリオピューロランドでは無い。
I say rising Hell.
そうだ、俺はあの地獄を生き抜いたんだ。あの時の俺のほうがよっぽど強かった!
脈動を感じる
「バカヤロウが!ファルシが、人の願いなんか、聞くか!」
それが幻想なのかどうか決めるのは、君の心次第だ。
Neonは常におまえに問いかける、「お前は何のために戦っている?」と。
「バカを言うな!お前の家はここだ。」
I'd want you know.
Are you remember? Turn and go.
もっと強くなりたいと願った 暗闇を駆ける 孤独な星のように
You don't hear me, No! You can change that if you want.
『アルドノア』。奴らは火星で神の力を手に入れた。
現状は,コックピットで何かが起きている…たぶん,狂った奴らが,だから情報を集めて精査しなければならない
兵士「死ねーっ!キング・ブラッドレイ!」
おっと、地球で転ぶと怪我するぜェイ。
ですが、エイミー様、私は自動手記人形です。お客様がお望みなら、どこでも駆けつけます。
「破壊する、ただ破壊する、こんな行いをする貴様らを!」
お父様はそういう体制を変えたかったのです!
「私を魔女にする気なんか最初からないくせに!」
守りたい、すべてを捧げても、想いは力に、姿を変えるから
お前たちも見ただろう、ルシの恐怖に怯えた愚民どもを。
自分が何処にいて、これから何処に向かっていくのかという現実が初めて見えてくる。これは戦争なんだ、僕は本当にこんなとこで死んじまうかもしれない。悪夢のようだった。とにかく、ショックだった。
俺はこの星で育ったんだ!俺たち子供にも、今まで生きてきた人生があるんだ。俺はそれを否定したくない。たかが人間の都合で、チャラになんかしたくない!
私はこのたくさんの別れを受け入れるしかない、それがたくさんの出会いを示しているから。
「僕もうあんな大きな暗《やみ》の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」
Freedom will be defended.
「フリーダ、あなたたちも私と同じ、ユミルの民だ!」
銀の龍の背に乗って 届けに行こう 命の砂漠へ 雨雲の渦を
Aimy。寂しくなったら、名前を呼んで。
あの時私は思った、なんでマルロじゃないんだって!
あなたが一つ事にこだわるだけの挟矮な主義者なら、箱がその中身を明かすことはないだろう
みんな同じだ。みんな同じ仲間じゃなかったのか?
夢を見させたのはお前だ。
静寂に漂う月 どんな闇も照らして行ける
「私が知っているシャアは本当に死んだな。」
「ずっと目ざわりだったんだ、そのオレンジ色が!」
さっきの奴、まだ僕らを追ってきているって。でもその間に避難民を乗せたフェリーが出港できるかも。僕らが囮になれば。共同溝を使えばここから学校まで行ける。格納庫に行けば練習機がある、火器演習の時の弾薬も。戦おう、ユキ姉たちの代わりに、今度は僕らが。あの火星カタフラクトと。
「なかなかやるものだな、地球の連中も。」「ええ。スレイン様の、生まれ故郷ですから。」
あの帰り道 バスに揺られて 叶うはずもないような夢を見た
So I knew the other side.
オレの上官はやり手だよ。尊敬してる。
もういいだろ。騙した、奪った、殺した、多くの仲間を犠牲にした。どうして、どうして僕を助けた!
あの日に残した約束の果てに 私は透明になっていくのだろう
「答えろ、初代王はなぜ人類の存続を望まない!」
いつかきっと叶う 今も見える希望 fortitude
「俺の中にもまだ剣士だって意識があるから。」「私も何となく解る。私もスナイパーなんだって時々思うことがあるし。」
コクーンなんて滅んでもいい、仲間が死骸になるよりマシだ!
あんたが生きて戦うために、誰かの希望を壊したら、その人達にどうやって償うの!?
不意に寂しさが 襲うときには 忘れないでいて欲しい このメロディーが 君のそばで鳴り響いていること
ああ、何度でも、送るよ、今は、生きているSIGNALを、この命果てるまで
君こそが、心そのもの
ああ、思い出した、お前だったな!
二人だから信じ合えるの No. 離さないで
I love you, I trust you. 君の孤独を分けて欲しい 光でも憎しみでも
俺たちは、じきに絶滅するでしょう。その時あなた達アルバは戦えますか? 自分以外の誰かに押し付けることを覚えてしまったあなた達が。
煌めき 目を覚ました声が高く告げた 譲れない願いが あるんだろ
「特別じゃなきゃ、いけないんですか?」
Neonが俺の心に宿ってくれたから、今たくさんの人を護って生きることができる。──Neonは俺のことも守ってくれるだろうか。
そして誰かを守れなかった時、自分に力が無かったからなんてわびれば許されるのだろうか?
親が死んで、セラを守るために私はライトニングになった。親からもらった名前を捨てれば、子供じゃなくなると思ったんだろう。
黒雪姫
やっと約束して出会えたんだ、俺は全身全霊でお前らに届ける、見せてやるよ俺のSEVEN PRIDE、NEON BLACK PRIDEだぁ!
「私は市民を守る、連邦軍の軍人だ!」
遊びでやってるつもりか!落とせる敵は落とせる時に落とせ!お前が見逃した敵が、お前の仲間を、お前自身を殺すかも知れんのだぞ!
その判断が多くの命を奪った時、その時君はどうやって死者や遺族に詫びるつもりだ。
──わかってた 私が居なくったって 誰とでもすぐ仲良くなれるし 佐天さんは大丈夫── 『嫌だ!』 居てあげるなんて言ったけど 私がそこに居たいんだ 誰にも譲りたくない 私があの場所に帰りたいんだから──
Don't kill your hope.
君を守るために そのために生まれてきたんだ あきれるほどに、そうさそばにいてあげる
人の心に触れる技術が開発されているのなら、試してみたいと思った。
「異星人共に我々の意地を思い知らせてやろうじゃあないか。」
最前線で戦う私達には、そういう人たちへの責任があるんだよね。
『あんた、僕達が望んで戦っているとでも思ってるのか? あんた達が確かめて、戦えって強制して、この9年何百万人も死なせてるんだろ!』
自由や平等など早すぎたのだよ、レーナ。我々光の青でさえ、おそらく、永遠に。
軍事組織ギャラルホルン《Oxygen》
「その巨人はいついかなる時代においても、自由を求めて進み続けた、自由のために戦った。名は──、『進撃の巨人』。」
どんな現実でも革新を信じて進み続けるんだ、その行いが報われるまで。
『待っていたよ、クスィーG。』
教えてあげるわ、宇宙ネズミ。ここが誰の空か!
スペースノイドはそうした理不尽に馴れている。
宇宙世紀をはじめたご先祖たちは、増えすぎた人口をただ宇宙に捨てたわけじゃなかった。精一杯の祈りとともに、送り出したんだ。
叶えたい願い、叶えたい夢
Don't let it gone. この広い大地と仲間たちのこと
忘れていくことほど、淋しいことはないから
駄目だよ、初春。あなたが進みたいのはそっちじゃないでしょう?
なんであんな女と毎晩毎晩、明日死んじゃうかもしれないのに!
見せてくれるのだろう?君たちの可能性を。
今この手のひらは血の色に染まってますか
「長くは無かった。あっという間だった。」
たくさんの真理や極限と戦った過去全ての私自身の祈りを無にしてしまわないために。
集、私はあなたのコンテンツからたくさんの気持ちをもらったよ。全部、集のおかげ。
「頭下げろー!頑張れ頑張れ。」
今にもあなたが消えてしまいそうだ。夢のように。瞳閉じても触れられる温もりが確かに有るのに。
俺たちはようやく、自分が行こうと思ったところまで、行こうと思った道を辿っていけるんです。
少佐、この戦争は、あなた達が負けます。
ここのみんなは、この変な戦争から逃れたいのよ。でもここから外に出るのも怖いの。
APC離脱せよ。
暴動後とはいえ、一回もカメラチェックに引っかからないなんてことがあるのか!
信じていたい、愛だけがここにあるから
あきらめたくないよ、絶望の中だって いま本当の強さと 君との約束を
86の人たちへ、違う苦しみの中にいる僕らが、この同じ世界の色変えるから
[戦没者霊苑]昔はアルバも戦ってたんだ。
Military Balance
はじめからあなたを、探していたんだよ
finally got you destiny. I want you shin in' for my love.
「一緒に戦おう!」
誤ち恐れぬ者たちよ、越えていけ、その涙を。
俺たちSteve-Appleユーザーの人間にも、今まで生きてきた人生があるんだ!俺はそれを否定したくない。たかがPhoenixの都合で、チャラになんかしたくない!
ぶつからなきゃ、伝わらないことだってあるよ。技の名前はマザーズ・ロザリオ、きっとアスナを護ってくれる。
終われない、俺にはまだ、やらなきゃいけないことがある。
武器商人の、私の何がなんだって?!
Respond.
「おれはおまえの未来を知っているぞー!!」
ガイア、息づく生命体。苦しい時代にも、いつか夜明けがやってくる。
Handle it with light. 途方もない暮れ別れを告げ、確かな声を聴け
Raise your hands up to the Sky.
レーナ、大好きよ。あなたが友達で居てくれたから、私は今幸せに生きられる。
東の国境を越えたあたりで、レギオンの声が聴こえなくなる場所があります。そこまで行けば、あるいは。
DESTROYED-NO SIGNAL
ネズミ、俺は生きるぞ!こんな所で死んでたまるか!!
薬師を呼べ!誰か、薬師を呼べ!誰かおらぬか!
今更、善になど似合わない、届けと、少し救われたな
このゲームはクリア不可能なのよ。
「父さんと母さんが死んだのも!俺がこれから死ぬのも!何もかも全部お前の罪だ!!」
ああ、俺はいつだってどこだって人殺しのケダモノ扱いだった。それが今じゃ奴らのほうがよっぽど無様なケダモノだ!どんな気持ちで仲間の返り血を浴びてるんだか。
You'd better forget everything, remember your different life. You'd better forget everything, REMEMBER! ──戻らないけど
空軍は、数の少ない戦闘機を上手く使って、敵と対等以上に渡り合っている。それなのに、海軍は何だ!
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Text
Rise of the tmnt 105a 翻訳
The Fast and the Furriest
タイトルは映画 “The Fast and Furious”(ワイスピ)のパロディ。けもけも
やっと登場 タートルタンク。104a でぶん獲ったムーンバギーを改造したもので,旧亀の「タートルワゴン」や新亀の「タートルバギー」からするとだいぶ獰猛な感じに
てかこれドニー一人で作ったの。すごいね
rotスプリンターは息子たちの名前覚えてないんじゃなくて,‟red, blue, orange, purple” をそれぞれの名前と認識していたようだ(101 で “Purple ONE” って言っttjkh)
スプリンターがボケているだけかもしれないが,そうでないなら,いったい誰が亀たちにルネッサンスの巨匠の名を付けたのか?
スプリンターは元人間で間違いないのか,亀たちとの出逢いはどんなものだったのか,とかそこら辺の relationships は一切伏されている。シュレッダー/サキちゃんも今のところ出る予定は無いと。
謎は深まるばかり
「ミュータントピザ屋さん」とのファーストエンカウンターは 106b
True Dad: Donnie
:それでは兄弟諸君,こちらが僕の最高傑作ー
何をしても優秀な僕の頭脳が作り上げた集大成だ
紳士諸君とくとご覧あれ,これがー
(before u is.. は「手前にあるのが~」)
(Brethren before u is my masterpiece, the culmination of my myriad skills)
: それっていつかのドリル?
あの,シルバーフィッシュと闘った時に見せてくれたやつ?(102b 参照)
: 違うよ あれは試作品だから
: あくしろー
: こっちのはもっともっともーっと良いやつだ さあ準備は…
: もっとクールで もっとデカいドリル?
: ドリルじゃない!腰抜かすなよ デデドン
: ワースゲー いつもとなんら変わらない下水管だー!
: ねーもうドナちゃん尊敬シチャウ
: は?どこ行っちゃったんだ?
ムーンバギーを改造して超イケてるヴィークルを作ったのに(104a 参照)
誰が僕たちのタートルタンクを盗んだんだ?
(“our” tank って言うのかわいいなって)
: HOT SOUP
小ネタ:スプリンターが履いている「金魚靴 [goldfish shoes]」は 70年代ディスコの象徴。
シンプソンズ s08e11 (4f08) で,70年代風ディスコ狂いのステレオタイプ:Disco Stu が履いていたことでも有名。
これもまたシンプソンズのお陰で現代でも通用するネタなのかもしれない(simps nerd 特有の賛美)。
: こりゃ一大事だぞ,ドニー
いったい誰が お前の車を盗めるってんだ?
: これでドリルの作業に取り掛かれるね
: (無視)俺達の隠れ家を知ってる人物だろう
それに俺たち兄弟とも親密な仲の人物
: それに知り合って一年前以上の人物だ
よーし観念しろ!僕らのタートルタンクをどこへやった?
: あらいらっしゃい。9秒以内にドアを壊した理由を説明して頂けません?
: 誰かがドニーのタートルタンクを盗んだんだ
: あーそゆことね。ならベストフレンドの私を疑うのも自然なことですね
: そのとーり!
: は~とぼけるんじゃないぞ あれを盗めるのは君しかいないんだ
ドン:なんで~
: 良い知らせだ:僕らの友人は盗人じゃない
: ごめんよエイプリル 後で映画でもどう?
: あんたの奢りならね!チュッ!(エイプリル・キッス)
: よーしいいだろう 次は誰が疑わしい?
: 俺たちの存在を知ってる人物ってのは確かだ
: スプリンター! ーエイプリルのバットからだな
(Splint:木材などの裂片,裂けた一片のこと)
: それならミュータントだな ミュータントならどこ探せばいいかわかるか?
ーミュータント・ピザ屋さんだ!
(後ろ:HOT SOOOUP)
: 下がってろ まず俺が…
よしレオ,お前の出番だ
: この天才イケメン刑事による華麗なる大走査線の時間だな?
きみたちも よく見て学びたまえ
ど~も 骨のおっちゃん YO
あんた超一流の情報屋なんだろ?
それでタートルタンクの行方を知らないか?
(have an ear to the ground:〔物事の動きを知るために〕地面に耳をつけて・社会の動向に注意する,注意して聴く)
: クマちゃんタウンのクーポン一枚だと?
クマちゃん市長のハグにはこりごりしてんだ じゃあな
: これはこれは美しい瞳のお嬢さん
ちょっとお尋ねしt… OKay
やあ かわいいベイビーちゃん
ちょっと聞きた あああ勘弁してくれや
: 君のアホ刑事っぷりにもうんざりだよ,レオ
君たちイカサマ野郎の誰かが僕のタンクを盗んだんだろ
白状しろ さもなくばここを荒らしまくってやる!!
: おい キュウリ小僧
そんなんじゃいつまで経っても鬼刑事にはなれやしねぇよ
(ペピーノ:スぺ語で「キュウリ」,“papito” と掛けてる)
(leave something to be desired:不十分な点がある,今一つ物足りない)
: いやいや 僕たち警察じゃないよん
: 警察じゃねぇって?
: いてぇ なんで誰もふかふかのゴミ箱の上に放り出してくれないんだ?
: おいドニー お前タートルタンクに追跡装置とか入れてねぇのか
サラミ紙(102a 参照)に入れてたみたいにさ
: ああそうだったね ーここでドンは気付いた…
ショッピングカート・プロトコル(盗犯装置)をインストールしていたことに!
: なななな 何が起きた?
: <ドン声>ショッピングカート・プロトコル(盗犯装置)作動中
: そりゃなんだ?
: 無許可で使用された場合,強制的にタンクが止まるようになっています
: 使えん エイプリルを呼ぼうかの
あの子なら秘密にしてくれるだろうし (Snitch:密告者)
: 手を貸そうか,じいさん
: うわあ なんだこのヘンタイピッグ
(freak of nature:異常現象,天変地異)
: あんたも随分と風変わりに見えるがな,子豚ちゃん
(Potbelly:たいこっぱら)
(pot calling the kettle black:自分のことを棚に上げて他人を批判すること,目くそ鼻くそを笑う)
: はいはいワロスワロス
(Touché:〔仏語〕うまいこと言ってやったぜ的な)
: そんで街まで送ってくれまいか?
ここを去らねばならん なんとかなると良いが
(i hope it works out:うまくいくといいな,なんとかなるさ)
: よかろう だがまず何か食べないか?
「極限まで薄くさばいたシルバーフィッシュの刺身のレモンがけ」なんてどうだ
: おおそりゃいいな
シルバーフィッシュはスリッパで踏みつぶしたのを取って食べたことしかないんだ
: それから最高のデザートもつけてやろう
: ショッピングカート・プロトコルが追跡できる範囲までに
タンクがあるなら そろそろ見つかる筈だけど
: 必要なら分度器持ってこようか?
: イラン
: そろばんは?
: あるだけ無駄
: 袋いっぱいのソーセージは?
: いったい全体 君の頭はどうなってんだか(全く理解できんよ)
ーほらそこにタンクが
ミケ:ドニー最高!
ラフ:でけぇしゴージャスだな
: レオ:あれじゃあ駐車切符めちゃくちゃ取られるやろなあ
: あー皆さん? 父さん下で何やってんだ?
(Dad は「父さん」より「パパ」の方がよりソレっぽい気がするけどレオンはパパとか言わなさそう imo)
: あああ分かっていた筈なのに ヤツが犯人だということを
近頃の大人は信用ならないなぁもう
発明品の鍵は絶対に放置しておかないこと,次からはそれを覚えて…
: ー肉樽? ああなんてこった
早く行かねぇと 父さんトーストかバターにされちまうぞ
: この澄ましバターのシャンプーはあんたを極楽気分にさせるだろう
(澄ましバター:バターの上澄み的な液体)
(Scrumption:ほっぺが落ちるほど美味な,すばらしい)
: せやせや 私はいつかレストランを運営したいと思っているんだ
店の形は大きめの三角チーズで,テイクアウトも可能な店だ
店の名は「チーズ日和」
息子たちからは馬鹿にされてる
: 「息子」だって? おしゃべりなオポッサムでもいるのか?
: いや,亀だ
: 亀だと?赤と青とオレンジ,紫のか?
: あら 名前知ってんのね
: ああ,因みにすぐそこにいるぞ
相変わらず美味しそうだ
: なんだって!ずらかるぞ!絶対捕まるもんか
: 何やってんだ このイカレ変態鼠!
(dotty:気が狂った,sod:〔主に英で,俗〕いやな奴,カマ野郎)
: お前は運転しろ 私はアクセルを
: 逃げるつもりだ!
: タートルタンクの時間だ
: 遅く!速く!ブレーキ!ブレーキ!ブレーキだああああ
: 自動操縦にして,と
それでは僕の最先端技術を詰め込んだタートルタンクを案内しよう
(allow me:let me よりお上品・丁寧な言い方)
あっちは交通ナビ,こっちのは…見て驚くな,ボウリングボール発射装置だ
ストライク!そんでこれが…
: ソフトアイスメーカーだー!トッピングもできる?
: ああ レインボーとチョコのトッピングが掛けられるぞ
: ドニーこっちに集中しろ
: それをやるのは君の役目だよ
: これはジャイアント・レッド
名前からわかる通り椅子の設定も君専用のものだ
(直:正確な腰の設定 わお)
すんばらしい
: 船長!ぶちかましてやってください
(この台詞はたぶんスタトレのパロディ)
: お前 息子からアレを奪ったのか?
俺も散々あくどいことをやってきたが…
お前(の言動)は動物そのものだな
: そのためにやってるんじゃないぞ
(take a fall:わざと負ける,八百長で負ける,捕まる)
(解釈違ってたらすまなんだ)
: あいつらの何を恐れているんだ?
: 紫はモンスターだ!
保護者制限されてからは教育番組しか見られないんじゃ
: パパ!そこにいるのは分かってるんだ!尻尾見えてるから!
あゝ父上! 今すぐ降参して頂ければ 何も罰は与えませんわ!
: ありゃ嘘だ ーあの言い方は私が教えたものだからな
: とーさん!そいつは超危険なミュータントだぞ
肉樽はあんたを食うつもりだ!
: お前の名前「肉樽」なのか
: まあ本当は「ルパート」だが
: へえ…「肉樽」の方がマシだな
: あのトラックを止めねぇと
: 大砲「トドロキくん」で止めてみせよう
: ドニー!父さんを巻き込むつもりか
: 半致死性でもダメだっていうの?
: ああ
: どうしても僕を活躍させたくないみたいだね
(直:君たちは僕を一度も輝かせようとしない => 君たちいっつも僕の活躍の場を奪うんだから)
(Semi-lethal:半致死性)そういう問題ではない
鎖を打ち込むよ
(ハープーン:捕鯨用のモリのこと)
: よぉし汗っかきスパゲッティめ,僕たちのパパを返すんだ
: そうだそうだ 逃亡犯を引き渡せ
(Fugitive:逃亡犯・脱走犯・亡命者)
: 密告はよしとくれ,兄ちゃん!
: もちろんだとも
お前は私の腹に収まる予定だからな 亀スープのネズミ和えだ
: やっとポークリゾットの作り方を教えてくれるのかな?
: 貴様らが闘わずして降伏するようには思えないのでー
“武器” を選ぶとしよう
: 蛇ミュータントの力を得るつもりなんだ
: 気を付けろよ -コブラの毒か?
: タンクを汚すんじゃない この油樽!
: ドニー,これからどうすんだ?
: この時を待っていたのさ
: マイキー!奴を止めろ!
: ガチ鞭の術!
: よぉ肉樽 やる気あんのか~?(挑発)
ポータルはよ出てくれ~
: レオ早く!腕がもう限界みたい
: できた
: やってやろうぜ
: ディナーよ、さらば いつかテイクアウトして食ってやるからな
(takeaway:お持ち帰りする食べ物のこと)
貴様にはもううんざりだ このチーズ親父
食う価値もないわ!
: まってえ おいてかないでえ
: オイあんた!この向こう見ずで無責任な…
あんたには一か月の間「お家で学べる科学講座」を視聴してもらうからな!
(”Do _____, young man!” は,親が小さい子どもを叱り付けるみたいな)
その番組が終わったら次は「筆算を学ぼう」と「円周率を暗記しよう」だ!
最後にネタバレ!円周率の 99桁目の数字は 7!
(the 99th digits..:the 99th digit of pi)
ーーーーーー
END
ーーーーーー
春は 2k3。やうやう細マッチョになりゆく亀ちゃん��2k3 のむちむち biceps/thighs が恋しくなり鉢巻の細くたなびきたる。
夏は 80s。初期のころはさらなり,後期の dark もなほ,赤い空 - red sky - の魅力にひたる。また,下水道式闇ピザなど,ほのかに嘔吐するもをかし。サワキちゃんとタコちゃんなどもをかし。
秋は 2k18/rottmnt。家族愛近うなりたるに,話が進んで行くとて,三つ四つ,二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて亀団子の重ねたるが,いと小さく見ゆるは,いとをかし。アニメーション,色彩センス,古き良き言い回しなど,はた言ふべきにあらず。
冬は 2k12。dark 展開の降りたるは言ふべきにもあらず,設定のいと黒きも,またさらでもいと暗さに,涙など急ぎおこして,ハンケチ持て渡るも,いとつきづきし。画面めちゃ暗くなりて,ぬるく dark 展開もていけば,かわいいキャラデザも,あまりの dark さにわろえない。然れど好きですね
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“
ここ数日、アレルギーの話題で紛糾するTLを眺めておりました。
どうも発端はここらしいです。
蕎麦アレルギーだった私が今蕎麦が大好きな理由。|河村直子オフィシャルブログ「理想の自分と出逢う旅」Powered by Ameba
いやはや。
そりゃ紛糾もするよね、という内容なのですが、そこで荒れるいろんな声を眺めながらふと思い出したことをツイートしたらとてもたくさんRTされていたので、あぁ関心をもつ方も多いのかなと思ったので書き起こしてみます。
そのツイートは、これ。
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アレルギーのことで色々紛糾してんのか。そうねえ、今までで一番おえってなったのは重度のアレルギーで医大入院したあと退院後に薬もらいにいった薬局の薬剤師に「アレルギーは甘え、甘やかすとなるからね、強い気持ちで突き放さないとだめよ」って20分くらい説教されたことかなぁ。 2014年8月12日 14:51
———————-
当時、我が家の末っ子は生後5ヶ月でした。
乳児湿疹と思われるものがなかなか治らず、生後2ヶ月くらいから顔中真っ赤にただれた状態が続きました。上の子たちも通っていた地元の皮膚科に通ってステロイドの入っていない薬がしばらく出て、その医師の指導で授乳中の私もアレルゲンと思われる牛乳や卵や市販のお菓子などを控える生活を続けていたのですがなかなか改善せず。
その医師から、アレルギーの検査を一度した方が良いかもと提案を受け、色々と調べているところに通える範囲内の総合病院に小児アレルギーの専門医が医大から来て専門外来をしていると聞いたのでそこを受診してみることにしました。
血液検査をしてもらって、2週間後に結果が出るので聞きに来てください、とのこと。
そして2週間後、上の子たちが学校や幼稚園に行っている時間、「診察結果を聞いてからこれを避けろとかのアドバイスがあるのかな~」という軽い気持ちで受診した私を待っていたのは「即入院」という現実でした。
血液中の栄養状態がとにかく悪い、色々な病気の可能性が考えられるから今すぐ医大で精密検査をした方がよい、今は元気そうに見えてもいつ痙攣を起こしてもおかしくない検査結果が出ている、という医師の言葉に私はただわけが分からず赤ん坊抱えて真っ白。
医師からはすぐに医大に連絡するからいつ頃着ける?入院準備に帰ってからすぐ向かって、と言われ、パニック状態で夫に電話。夫が双方の実家に連絡して上の子たちの世話を手配してくれている間に私は帰宅して末っ子の入院準備(付き添いの自分の分も)と上の子たちの通学通園に関することを実家にお願いして、夫と末っ子と3人で遠方の医大病院まで向かいました。
高速に乗っての2時間あまりの道中、ただただ涙が止まらなかったのは覚えています。何がどうなるのかも分からない、わが子が死ぬかもしれないという恐怖もあったと思うし、上の子たちに会えないまま家を出なくてはならなかったこと、まだ入学したての長男のフォローも必要な時期でした。
��冷静に考えると、医師は最悪のケースをまず言うのだろうなと、そう思います。
私が提示されたのも恐らくそうで、検査結果から想定される最悪のパターンが並べられただけだったのかもしれませんが、わけもわからずその最悪のケースを想像しては怖くて泣いてしまっていました。
入院して最初の診察で医師から言われたことは「お母さん、授乳の為にとにかく何でもいいからたくさん食べてください」でした。私がアレルゲンを避けて過敏になりすぎていたことをまず指摘され、それによる栄養不足とそこからくる免疫低下を補うためです。
病院についてから半月くらいの入院生活で、いくつもの検査を受け、アレルギーの状態に合わせた食事や栄養の指導を受けました。小児アレルギーの権威といわれる先生に担当してもらえたこともあり、私もアレルギーに関する新しいことを色々と教えてもらえました。
食物アレルギーがある=完全除去、と思っていたのですが、過度の食事制限による栄養不足が原因と思われる学習障害や運動能力障害も問題視されているらしく、最近の傾向としてはショック症状を起こさない程度のアレルギーなら完全除去はあまりしないことや、飲み薬や塗り薬をうまく併用しながら低栄養にならないよう管理していく必要があることなど教えてもらいました。
※補足ですが、完全除去を避けるための減感療法や食べられるか確かめるための負荷試験などは医師の立ち会いや知識ある保護者の管理の上で行われることです。うちの子も何度も負荷試験(ごく少量食べてみて変化を確かめるテスト)を受けてきましたが、それは入院中や病院で医師立ち会いの元です。素人判断で食べさせて反応を見るのは危険なのでNGです。また、食べさせることが出来るものも投薬や通院が出来ているからでもあり、その辺に関しても素人判断でどうこうできるものではありません。少なくとも私/お勧めしません。
少しずつ食べさせていく減感療法は賛否ある治療法ですし、これも医師の立ち会いや入院での治療行われている、医師なしでの判断は危険を伴う療法です。
検査を繰り返した結果、末っ子はマルチアレルギーの可能性による栄養不足だったと思われ、他の病気の可能性は否定され退院となり、皮膚症状を抑える薬を毎日服用することと、定期的な血液検査によるアレルギー値や栄養状態をチェックすることになりました。
上のツイートで書いた栄養士さんとの会話は、その頃のことです。
退院後に月1くらいで通院していた時期。
アレルギーのお薬と分かるものを処方してもらった調剤薬局で、年配の薬剤師さんから「アレルギーは甘えだからね。構いすぎてると出やすくなるからね。最近は多いでしょ、子どもを構いすぎてるんだよ。甘やかしすぎないように、親が毅然として突き放してあげないとね」というような趣旨のことを20分くらい延々と語られまして。
これね。
私は4人目の子でメンタル的にもかなり図太くなっていたし、病院やネットで色んな知識を得ていたからそれがトンデモなことも分かってたんですよ。それでも医療関係者がこんなこと言うのか…って目が点になってビックリしつつ話を切り上げて帰ってきたんですね。
でももしメンタルが弱ってるときだったら、初産だったら、周りからアレルギーのこととかで責められてしんどい時期だったら、って考えたら、耐えられたかなって正直思います。
皮膚症状が出て顔中真っ赤な子を連れ歩いてたら、それだけで周りの目も気になるし、いろんなこと言う人がいるわけです。
子どもがそれで辛そうなのは養育してる母親として痛いほど分かってるのに「あら~かわいそうに」「母乳なの?」とか言われるわけですよ。その言葉の一つ一つが「あら~かわいそうに(こんな状態でほっとかれて)」「母乳なの?(その成分に問題あるんじゃないの)」ってカッコの中を思い浮かべて余計辛くなったりもするし、そのカッコの中を直球で言う人もいる。
ただでさえ胃が痛い状態で生活してるところに医療従事者からこんなこと言われたら、それはそれは辛かろうなと。
うちの子はたまたまアナフィラキシーを起こすほどの症状は出ないと分かったのですが、通院で出会ったお子さんやフォロワーさんたちの中には重症の子もいます。
話題になったエピペンを所持している子も、学校とそのための協議をしている方もいます。そういう人たちは総じて、日頃から無知による危険に晒されています。
このエントリで最初に紹介したブログを見た人が、蕎麦アレルギーだってちゃんとケアすれば治るんでしょ、甘えじゃん、とか言い始めたら…と思うと恐ろしいです。
アレルギーを持ってる子を育てること、それは日頃の除去食や環境の整備等本人のケアだけでも健常児と比べると相当に重労働です。
それに加えて世間の目、無知による心無い言葉に傷つけられている現状を見ると悲しくなります。
一人でも多くの方に、アレルギーは気のせい、甘え、治る、等の知識が間違っていることを知ってもらえれば良いな、と願って止みません。
” - アレルギーと戦う人を無知ゆえに傷つける人が許せないのです。 - スズコ、考える。 (via petapeta)
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日めくりピアノ万葉集:ピアノ短歌作品番号2357: at the bottom of the envelope 05282020 本日の曲が降りて来てくれましたのでアップさせて頂きます。あなたに気に入って頂ければ幸いです。 ◆創作ノート: ピアノの音はまわりの環境により変化する。青空の下、大きなホール、小さな部屋、反射音が何層にも渡り残響音として響き渡る。選んでいるのは美しく長い残響音に満ちた音環境世界。高速なパッセージや重厚なハーモニーは音が濁り邪魔になる。静かで優しい音楽だけが聴こえる世界。この世界に出逢えて幸せ。 ☆☆☆☆☆ ◆雑談: ~時間短縮版です~ ■音楽:Youtube動画で努力中です。少し広がりつつあるような気がしています。いつも結果出ませんけどね。(継続中)■歴史:■ドラマ・映画:(継続)もう、ただ、「メンタリスト」を見ています。Youtube向けの動画編集の時間が3時間弱かかっていますが、この間映画とか見れない。こまった作業。■プロモーション:Youtube, Instagram, アメブロの3つで作業中。ツイッターはまるで動きがない。後で考える。■unity ちょっとベースで考え中。創るのなら絶対に良いアプリを創りたい。今は音楽+画像+映像に集中。(継続中)■画像:とにかく毎朝1枚は創っています。そういえばロンドンから返事がないかな。つついてみよう。 ARTSTATION: chairhousehttps://www.artstation.com/chairhouse ■映像:動画ブログの第6号作成中だが、今朝に間に合っていない。視聴者の利益に向けてブログの使命を変更したことによる全体調整作業が必要になったためです。まあ今日のお昼頃でしょうか。ビデオ収録する時間が重要。■物語:(継続)ちょっとベースになるものが見つかったかな。■PS4:(継続)ちょっとお休み。動画撮影優先。■運動:■造形:■考え:■その他:■「抽象CGアート」 ARTSTATION-PRO.. : ) ARTSTATION: chairhousehttps://www.artstation.com/chairhouse ARTSTATIONで高品質プリントアウト販売ストア。https://www.artstation.com/chairhouse/prints ■グッズ制作: 久々にフルカラーTシャツ入手。ちょっと良かったです。アルバムジャケットを強調したバージョンです。 https://manage.booth.pm/items/2054508/edit お店トップはこちら。https://chairhouse.booth.pm ■動画関連:Youtube - 最近Youtube動画をかなり創っていますのでここで紹介させて下さい。 ----------------------------★最近の評判動画です。 ====================================チェアハウスブログ: chair house' VLOG 第5号VLOG: 自分の作品を世界中に配信したい人への情報共有動画として再スタートhttps://youtu.be/6dP5Ka7kS0s 第4号VLOG: 2020.05.25 トピックス:動画ブログについてhttps://youtu.be/AavGyzUTPHg 第3号VLOG: 2020.05.24 トピックス:何故動画に出て喋るのかhttps://youtu.be/Bz_yn6JrnLI 第2号VLOG:2020.05.23 トピックス:写真家:野村誠一さんの動画に感動https://youtu.be/8jrOdd15QU4 第1号VLOG:2020.05.22 トピックス:今後のVLOGについてhttps://youtu.be/krAvyUnbxdY ===================================== 「chair house音楽分析」動画 《創造インパルス》という概念を発見してピアノ即興演奏の秘密を解き明かしています。また、海外リスナーの方のレビュー・コメントも紹介しています。かなり長い動画となっておりますが、良ければ視聴願います。 https://youtu.be/64tTlMdMIdc 「《シン・芸術家》のすすめ 」動画 1時間に渡って、新しい概念の芸術家活動を薦める動画を創り公開しました。現在私が実行している毎日の音楽創りと画像創りをプロセス化して多くの方にお勧めするという動画です。まあ無謀な動画ではありますが、内容に関しては皆様が実行可能なものと信じています。もしよろしければ見てやって下さい。 https://youtu.be/dfvnbVFrEjE 「ピアノ万葉集」プロジェクトの紹介動画公開(日本語のみ) 日本語限定なのだけど、「ピアノ万葉集」プロジェクトの説明動画をYoutubeで公開しました。ピアノ即興演奏の奥義も同時に説明しています。1時間という長時間動画ですが、不得意な語りを延々1時間やってみました。まあ、もしよろしければ少し見てみて頂ければ幸いです。ビル・エヴァンスの即興演奏の本質についての説明や、何故私がプロジェクトを始めたのかとかについても語ってみています。でも日本語限定ですみません。こういう内容の英訳は時間がかかりますからね。 https://youtu.be/hRgkCM3hQyY プロジェクト目標半分達成ご挨拶動画:初めての語りです(恥ずかしい限り)3分程度、聞き取れない滑舌悪い語りhttps://youtu.be/OLxRY8k3BXE 最近1年の動画まとめ動画:なんと69曲で3時間の巨大動画https://youtu.be/lbLvDE0PNWk プロジェクト初期の66曲(3時間)動画:「わたしのきもち」「恋」とかの初期(2014年)の初々しい曲達が入っています。https://youtu.be/5LVNxv3OFok 自然流ピアノ即興音楽創作の秘伝公開https://youtu.be/dYPU64lETCY 最初の第1選集アルバムのレビュー動画:名曲揃いの初アルバム紹介ビデオのレビューです。https://youtu.be/b3aG7n_Wf0M ----------------------------★アルバムフル動画シリーズ:これは絶対のおすすめです。気持ち良い1時間を過ごせます 最近自分でもやっているのですけど、眠るときにこの動画を再生すると、すんごく良く眠れます。こころがリフレッシュ。 そういえば、あるお母さんは赤ちゃんを寝せているときに、自分の音楽をずっと再生してくれていると言ってました。 もう大きくなったろうけど。絶対に幼児に良いとの自信があるのだそうです。嬉しい限りです。 選集アルバムは、創作から数年経過した時点でもう一度の選別作業を勝ち抜いた曲だけが採用されています。 なので、気持ち良さがちょっとレベルが違います(自画自賛すんません)。 「ピアノ万葉集 - 第16選集」全曲高音質搭載動画(17曲、50分):「ピアノ万葉集-第16選集フル動画」 https://youtu.be/-aPNQ8K-AGQ 「ピアノ万葉集 - 第15選集アルバム」の無料フル動画(20曲、50分):「ピアノ万葉集-第15選集フル動画」 https://youtu.be/A-i1mcNuzY8 「ピアノ万葉集 - 第14選集アルバム」の無料フル動画(23曲、57分):「ピアノ万葉集-第14選集フル動画」 https://youtu.be/felUIkstExU 「ピアノ万葉集 - 第13選集アルバム」の無料フル動画(21曲、53分):「ピアノ万葉集-第13選集フル動画」(海外リスナーのコメント付き) https://youtu.be/dfvnbVFrEjE 「��アノ万葉集 - 第12選集アルバム」の無料フル動画(20曲、48分):「ピアノ万葉集-第12選集フル動画」:動画内で海外ユーザーのコメントを紹介しています。改めて頂いたコメントを読ませてもらうと、なんかちょっと感動してしまいます。自分が真の天才ではないだろうかという錯覚をもってしまいますよ..とても気持ち良い時間となりました。コメントをくれた皆様に感謝します。 https://youtu.be/PCKg3nlrTxc 「ピアノ万葉集 - 第16選集」短縮版動画(17曲、8分)はこちらです。特徴的なメロディを抽出しています。https://youtu.be/TiX95gUvnPg ----------------------------★楽譜付ピアノ演奏動画https://youtu.be/6odlqY1N3Pg - わたしのこころhttps://youtu.be/LFO0VEG1vEs - 孤非(恋)https://youtu.be/PUMt2zZ59pk - Somewhrere you remember ----------------------------★最近のピアノライブビデオ 1曲1動画の「創造の瞬間」シリーズですhttps://youtu.be/2k_qI3xXvM8https://youtu.be/ZL6nsguLxvghttps://youtu.be/GeWaz0Lcthchttps://youtu.be/jGxOSOytK44https://youtu.be/RizdGfB49Gwhttps://youtu.be/0T2pergQWq4https://youtu.be/sdiO1TfuQnohttps://youtu.be/YNEuEChahXE---------------------------- 「こころ安らぐ静かなピアノ曲集」という170曲を8時間連続で再生してくれる再生リストです。もし良ければ聴いてみて下さい。https://www.youtube.com/playlist?list=PLkAYYwSOKXVyrwr2bSwVI_v_golCwezZj
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これから必要なのは、「平和」ではなく「戦争」をアップデートすること!? 実務家として紛争解決や武装解除をしてきた伊勢崎賢治と、コミュニティ分野での様々な企画を手掛けてきた伊藤剛。共に東京外国語大学大学院「平和構築・紛争予防コース」にて、平和コミュニケーションに携わる二人が、戦争とプロパガンダの関係について語り合う。(構成/山本菜々子)
画像検索してみたら
伊藤 ぼくは、「戦争」と「平和」という概念について、ここ数年コミュニケーションの観点からもう一度考え直しています。よく伊勢崎さんは「平和運動家はどうしてセクシーじゃないのか」とおっしゃっていますよね。一方で、戦争はセクシーだと。それがどうしてなのかという根本の部分に繋がることです。
伊勢崎 確かに、「平和」より「戦争」の方がセクシーですね。
伊藤 伊勢崎さんのお話を伺って衝撃的だったのは、実際の紛争地では、戦争がファッションとしてかっこいいと思って軍隊に入る人がいるという実態でした。ダボダボのカーゴパンツや、銃を撃つ姿がかっこいいと若者たちが感じている。そういう意味で考えれば、確かに戦争はセクシーなのかもしれませんね。
「戦争」と「平和」は対義語として使われていますが、コミュニケーション論的には決して対称ではありません。どういうことかと言うと、「戦争」は目に見えるものですが、「平和」や「愛」「正義」といったものは、すべて目に見えないものです。カーゴパンツや銃のように実体として存在しているわけではありません。つまり、誰かが頭の中で生みだした「概念」ということです。この「差」が、プロパガンダを考える上ではとても重要になります。
なぜなら、「平和」という言葉を使ってコミュニケーションしようと思ったら、目に見えない以上、投げかけられた人たちの頭の中に浮かぶイメージは異なるということです。だから、まずはそれぞれの頭の中にある「平和」をすり合わせないといけない。コミュニケーション的には一手間かかるんです。
一方、「戦争」は違います。戦争のイメージはかなりの部分で共通しています。試しにGoogleなどの画像検索で「war」という単語を入れて見てください。戦車があったり、人が死んでいたり、いわゆるぼくたちの抱く「戦争」のイメージと重なると思います。でも、「Peace」で画像検索してみると、曖昧な画像ばかりが出てきます。よく分からない平和のマークだったり、青空だったり、かなり抽象的なものばかりですよね。
コミュニケーションの素材として、「戦争」と「平和」にはこれだけの差があります。存在する戦争はコミュニケーションしやすいんです。恐怖のイメージが一瞬にして共有できますから。
だからなのか、平和運動の人たちが使う「平和」は「反戦」とイコールの意味で使っていることが多い気がします。訴求しやすい戦争を前提として、それに反対を唱える投げかけ方です。また、原発問題に関しても同じで、「反原発」を掲げることで「原発」の前提を利用する方法です。でも、「反○○」とした時点で、コミュニケーションとして考えれば相対的に弱くなってしまう。
もしもコミュニケーション戦略として勝とうと思ったら、「戦争」という言葉を使わずに「平和」をどう表現するのかを発明しないといけないわけですが……。
伊勢崎 うーん。「戦争」という言葉を使わずに「平和」を語るのは無理だと思いますね。「平和」というのは、やはり、アンチテーゼでしかないと思うんですよ。
例えば、核を生みだした時に、「戦争」と「平和」はもはや対義語ではなく、限りなく同義語になってしまったと言えるかもしれません。
核兵器として、まず五大国が保有した。続いて、中国と領土問題を抱え局地戦になったインドが核実験を強行。それに慌てた、インドと分離独立以来戦争状態のパキスタンが続く。
NPT体制的にいうと、インドとパキスタンの保有は“違法”ですけど、インドはずっとこの体制は“不平等”と撥ね付けています。ウラニウムを濃縮するだけで途上国でも核武装できるから厄介なのですね。パキスタンの場合は、国家としてというより、あのカーン博士が築いた個人的な裏のシンジケートで濃縮技術を世界中から集めたのですから、ホント、タチが悪い。
人類が持つ核不拡散の唯一のレジームは、残念ながら、こんな脆弱なものなんですね。だから、核の「平和」利用ということで、原発技術を援助することで、こういう国の内政に入り込み、核兵器への転用禁止を「援助の条件」として約束させるしかない。その約束も、確実に守られる保証はない。
そして、核武装をすることで「戦争」が抑止されているという側面もある。
伊藤 反戦のための核利用ということですね。より大きな戦争を止めるために核武装をしているという。
伊勢崎 歴史的にはキューバ危機がありましたが、スーパーパワー同士は直接的な戦争をしていないわけです。大きな戦争を国境で繰り返してきた印パ関係も、両国の核武装以来、「通常戦」が抑止されているという事実もある。一度、ホントに核のボタンが押されそうになりましたが……。特に、インドに比べ国力、通常戦力で圧倒的に劣るパキスタンは、数ある印パ戦争でボロ負けしていますので、核があるからこそインドに征服されない「平和」がある、と国民全体が信じ切っている。パキスタンをイスラム教国として初めて核武装させたカーン博士は、ダントツで国民の英雄です。
だから、「通常戦」を抑止することが「平和」と考えたら、核武装は「平和」のための手段ということになっちゃう。「通常戦」でも、人は大量に死ぬわけですから。
そう突き詰めて行くと、「非核」というのは、「非戦」が完全に達成される状況になければ不可能、ということになります。つまり、核を、皆が、いっせいのせっ、で放棄できる「人間性善説」が支配する状況ですね。誰かが「後出しジャンケン」のようなズルをして世界の王様になるなんて考えなくて済むという。こんな状況、一体いつになったら来るのか。
これからの近未来を支配する対テロ戦からどう抜け出すかも分らないのに。というか、パキスタンでは、元々「個人の努力」で保有した核が、テロリストの手に渡ってしまう近未来を想定しなければならないと、隣のアフガニスタンで戦うアメリカは本気で心配しているのです。つまり、「いっせいのせっ」にテロ組織も入れなければならない…。
伊藤 そうなると、前提を「戦争」にするのはある意味で仕方ないということですね。しかし、コミュニケーションとしての「平和」には、もう活路はないということなんですかね。
伊勢崎 諦めたくはないですね。核は無ければ、それに越したことはないのですから。広島、長崎、そして福島と、人類史上で最も原子力の悲劇を味わった日本だけがなれる、世界のモラルオーソリティの国になるという選択肢はあるでしょう。
伊藤 夢見がちな国になるしかないと。
伊勢崎 いえ。今までの護憲派のようでは、世界のモラルオーソリティなんて無理です。官民共にオール・ジャパンで、ホントに命かけて世界に出かけて行って���非戦」を実践しないと。と、こう言ったら真っ先に手を叩くのは、自分ではもう出かける体力もない無責任な年寄りばかりで、若者は今、完全に内向きですからね。ホント、どうしよう。
isezaki-itou
恐怖を可視化する
伊藤 「戦争がビジネスである以上、平和もビジネスにしないと対抗できない」とは伊勢崎さんがよくおっしゃっていることですが、概念としてはとても賛同できる。つまり、「産業対産業」にしないと戦えないということですよね。
伊勢崎 そう。どうやって平和を産業化していくか考えていかないといけません。でも、まだ、掛け声だけで終わっています。僕も無責任ですね。
伊藤 実は、今回の一連の原発を巡る反応を見ていて、ちょっとしたヒントのようなものがあった気がしています。というのは、「戦争」と「平和」の対立を「原発推進」と「反原発」に置き変えるなら、一般的なイメージとしては平和側が反原発で、原発推進派が戦争側のように捉えがちです。でも、そうじゃなく、逆だと設定して考えてみました。
今回、原発肯定側、もしくは反原発までは思い切れない側の人たちの根底にあるのは「電力を節約して、今ある豊かな生活を失いたくない」という思いです。つまり、今の豊かな生活を平和と捉えるならば、「この平和を維持したい」と思った人たちがたくさんいたということです。
一方、放射能の恐怖で動いたのが反原発側だったとすれば、「恐怖をあおる」という戦争のコミュニケーションの手法を使った側とも言えます。でも、今回の場合は「恐怖訴求」では勝てなかったわけです。
戦争とプロパガンダを考える上では、ここから何が読み取れるのかを考えないといけません。ぼくも含めて、間違いなく確実に国民の多くが、放射能についての恐怖をおぼえたはずです。
事故当初の時期は、ある種のパニック状態でさえあった。でも、最終的にはぼんやりとした平和に勝てなかったんです。前回の総選挙の結果でも、経済政策を打ち出した自民党が圧勝して、原発は争点にさえなりませんでした。そう考えると今回は、豊かさの維持を願う平和が勝った事例だとも言えますよね。
伊勢崎 つまり、民衆を動員する最も有効な手段が恐怖をあおることである。反原発派にしたら、最大の「チャンス」が巡ってきたわけですね。でも、それを十分に生かせなかった。
伊藤 そうかもしれません。確かに、放射能は恐怖そのもので、当初は「目に見えない」からこそ恐かった。けれど、目に見えない分だけ、逆に時間が経つごとにみんな馴染んでしまいました。同じ恐怖でも、やはり目に見えないものはいつか馴染んでしまうんですね。まさに、あいまいなイメージを持つ平和と同じです。
だから、反原発派としては、原発が無い未来をイメージしやすいようにPRするか、原発の恐怖を「見える形にする」しかなかったのではないかと思います。
そのことをどれくらい意識して作ったものか分かりませんが、3.11後に連載が始まった『ヒトヒトリフタリ』(ヤングジャンプコミックス)というマンガ作品があって、見えない恐怖を可視化する方法として、はっとさせられる手法を提示していました。
これはあくまでフィクションですが、物語の舞台は福島原発事故後の日本で、余命1年半と守護霊に宣告された日本国の首相が、その余命内にリーダーシップを持って反原発を進めるというものです。
その中で、彼が福島原発事故の現場視察に行くシーンがあるんですが、そこで国民に対してある行動をとります。何をしたかと言うと、コップに「汚染水」を入れて飲むんです。そして、「近い将来に自分の身体に出た異変が放射能の脅威だ」みたいなことを言うんですね。「汚染水」を飲むことで、自分自身を原発事故に見立て、見ない恐怖を見えるようにしたんです。
伊勢崎 それは、国民にはすごいインパクトでしょうね。放射能の恐怖が目に見える形で表れるわけですから。
伊藤 そうですね。しかし、現実にはそんなことはできません。いずれにしても、同じ恐怖でも戦争とは違い、目に見えないままの恐怖では、経済の豊かさを求めるエゴには勝てないことがよく分かりました。
伊藤 本当は「反戦」ではないアプローチで、「平和」を可視化して見せることの必要性をすごく感じてはいるのですが、一方で伊勢崎さんが言うように、その限界も感じています。
ここ数年、色んな国の人たちに平和と戦争にどのようなイメージを持っているのかについて「戦争と平和の境界線」を聞く調査をしているんです。集まってきたものを見ると、やはり「平和」のイメージがぼんやりしているのは想定内だったのですが、別の傾向にも気がつきました。
それは、「友だちと笑い合えること」「大好きなビールが飲めること」といったような、非常に個人的なミクロな視点からの意見が平和側に多いことです。一方で、「戦争」に関しては「国と国とが戦うこと」「大量に人が殺されること」というようなマクロな視点の定義が多い。つまり、戦争と平和は、“視点”においても誤差があります。
そこで思ったのは、「平和」ではなく、イメージが固定化された「戦争」についての方がコミュニケーションでアプローチする余地があるのではないかということです。戦争にはミクロな視点が欠けています。「平和」が何かを定義づけるよりも「戦争」が何であるのかをミクロの視点で定義してみせる方が、今後のコミュニケーション戦略として可能性があるのではないかと。
日本人に関して言えば、今ぼくらが思い描く「戦争」というのは、70年前の固定化されたイメージです。あれと同じようなことが現在でも起きるのかといえば、本当は違うと思うんですよ。例えば、第一次世界大戦と第二次世界大戦では、戦争の形態がまったく異なります。
第一次世界大戦の勃発した当初は、馬に乗って国境線付近で塹壕戦をするような戦争でしたが、30年後の第二次世界大戦では爆撃機の登場により、兵士だけが国境で戦うものから、市民を巻き込んだ総力戦になりました。つまり、テクノロジーの進化によって、戦争のイメージは変わったわけです。
あの戦争から70年も経った今、テクノロジーの進化は比べものになりません。戦争も同様で、今ではロボット兵器や無人偵察機が中心となっているような時代です。そう考えると、70年前の竹やりを持って市民が戦うというような「戦争観」では古すぎると思うんです。
伊勢崎 よく、憲法9条がなくなると、「子どもが徴兵制に取られる」なんていう物言いがありますけど、これ、同じ護憲派として「?」と思う。これこそ、プロパガンダじゃないかと。
伊藤 徴兵制も、きっとぼくたちがイメージする形態とは変わっていくと思います。これだけ兵器の科学技術が高度化していると、それなりの専門性と経験を持った人じゃないと兵器を扱いきれないでしょう。
徴兵したとしても、結局2、3年でいなくなる人間に技術は習得させられません。民間企業で考えてみても、辞める前提のインターン生に中枢の仕事を教えるようなもので、それは非効率的です。ちゃんとトレーニングをした正社員の方がいいとなると、徴兵制ではなく軍事会社に外注することがスタンダードになる可能性もありますよね。
仮に、徴兵制が維持されたとしても、戦地と遠く離れた安全な部屋の中で、ゲームのコントローラを握るような遠隔操作の任務が主業務になるのであれば、腕立て伏せが何百回出来ることよりも、ゲーム技術が上手い人の方が重宝される可能性もありますよね。
伊勢崎 これからは、無人爆撃機をはじめロボットに殺される時代ですからね。その規制しようにも、国際法が追いついていけません。
伊藤 特にロボット兵器の進化は凄まじいですね。
伊勢崎 味方の兵士の犠牲もないし、だいいち安くつく。対テロ戦の現場ではよく問題となるのですが、性犯罪も含めて生身の人間兵士による人権侵害もないから、外交的に窮地に立たされる心配も少なくなる。想定する「戦争」の様相が、急速に様変わりしているんですね。
伊藤 「徴兵制」なんて選択肢は、これからの「戦争」では、経済的な観点から考えるとなかなか難しいのかもしれませんね。そう考えると、これからは一般人が戦場に行くような戦争は減って、ぼくたち一般人が受ける弊害というのは、まず情報にアクセスしにくくなるという形で表れてくるのかなと思います。
これからは、「平和」のアップデートが難しいとしたら、現在の「戦争」がどのようなものなのか、それをアップデートすることが必要なのかもしれません。戦争に一歩ずつ近づいている距離間に気がつくための作業というか。
伊勢崎 護憲派の戦争観が追いついていないですよね。ぼく、護憲派の集まりによく呼ばれて講演するんですが、彼らの戦争観とのズレをスゴく感じます。アフガンの現実なんか話すと、なんか彼らの「非戦」に反対しているように捉えられて、マズイ雰囲気になることもある。
伊藤 「戦争反対」と言っても、そもそもの「戦争」の認識が違っていたら難しいですよね。
普通の「女子高生」が巻き込まれた
伊藤 「平和」をコミュニケーションすることは難しいことが分かったので、これからは「戦争」を伝えるところにチャレンジしたいと今日改めて思いました。もっと戦争をミクロの話にまで落とし込めればいいのかなと。
ぼくがすでにやってきた戦争体験記録の手法として、「WAR EVE」という活動をしてきましたが、そこにようやく繋がった気がします。WAR EVEとは、日本語に訳すと「戦争前夜」ですが、意味合いとしては「戦時下の日常生活」を記録しています。被爆体験者やひめゆり学徒隊の人たちが語るリアルな戦争体験談は、歴���的に貴重な記録としてさまざまな団体がアーカイブしてくれています。それらがちゃんと残る前提で、ぼくは違うアプローチでやろうと思って、戦時下の日常生活を残しているんです。
伊勢崎 いいですね。
伊藤 特に聞いていて面白いのは、恋愛の話ですね。大体みんな「あの頃は軍国少年だったから、恋愛などありませんでした」なんて最初は言うんですが、決して嘘をついているわけじゃない。今まで聞かれたことがないんです。だから思い出せないんですね。
広島の被爆者の方で言えば、彼らは8月6日���では普通に生きてきた人のはずなのに、「被爆者」になってからの話しか周りに聞かれないわけです。ある意味で、ぼくらが彼らを「被爆者」にし続けてきたとも言えます。
取材の初めの頃は、恋愛なんて無かったと言う人も、「他の方はこんな話をしていましたよ」とぼくが聞いた話をすると、まるで記憶の鍵が開くような感じで、こんなこともあった、あんなこともあったと思い出し始めます。
そうすると色々出て来るんですね。例えば、大好きな先生がいて、その人が風呂屋の友達のところに毎日くるので、そこの天井にのぼって先生を覗いていたとか。
伊勢崎 (笑)。
伊藤 他にも、学徒動員されて働いていた軍事工場で、倉庫に積まれていた荷物を外からは見えないように中をすっぽり空洞にして、みんなで逢い引き部屋にしていたとか(笑)。興味深い話がいっぱい出てきたんですよ。
恋愛の話だけじゃありません。長崎のある被爆者の方は野球が大好きな少年で、後楽園球場まで観戦に行っていたらしいのですが、それが1943年とかなんです。
伊勢崎 43年ですか。そのころまで野球を観ていたんですね。
伊藤 ぼくたちは、41年の真珠湾攻撃以降は、いわゆる娯楽もない戦争状態のイメージを持っていますが、スポーツ観戦も映画鑑賞も日常としてあるんですね。ある意味で、ぼくらと同じ日常生活を送っています。
「被爆者」の上に原爆が落ちたのではなく、現代と同じように恋をしたり日常を享受していた人たちの上に落ちたんだと知ると、急にリアリティが湧いてきます。
また、今まで教科書で習った通説と違った事実もいろいろ出てきます。例えば、「ベイスボール」を「野球」に変えていったと授業で学んでいたので、当時の学校教育では敵国の英語を全部廃止したと思っていました。ところが、実際に話を聞いてみると、学校ごとに、先生によっても全然違っていたようです。ある学校では、「君たちはアメリカに勝っていずれ占領するんだから、英語を学ばなければいけない」といって教えていたりするんですよ。
伊勢崎 そりゃぁ、そうだ(笑)。道理ですね。
伊藤 ミクロの視点に立つと、ぼくたちが知っている戦争とは全然違う姿が浮かびあがってくるんです。
実は、「WAR EVE」の企画のヒントになったのは、沖縄のひめゆり学徒隊のおばあちゃんたちへの取材だったんです。彼女たちは戦争体験をとても流暢に話します。毎日毎日、修学旅行生などを相手に話しているため、まるで「語り部」という職業があるかのように、本当に淀みなく話されます。
そこで、もう少し崩して話を聞けないかと、当時の同級生の数人に集まってもらい、座談会形式でやったんです。ところが、やっぱりいつものような流暢な話が順番に続いていきました。どうしたものかなぁと思って、休憩を入れてぼくはトイレに立ったんです。帰ってきたら、ちょうど3人で雑談をしていました。雑談の内容は、当時は学校に新入生が入ってくると、女子寮の中の先輩で誰が一番かわいいかの“美人投票”をする習慣があったようなんですが、「なぜ、私が選ばれなかったのか」と3人とも白熱した議論をしていたんです(笑)。
伊勢崎 (笑)。
伊藤 それを見て「これだ」と思いました。本当に新鮮だったんです。それまでも、彼女たちが着たセーラー服姿のモノクロ写真も見ていましたし、頭では高校生であることは分かっていました。けれど、本当に「女子高生」だったんだと、実感として理解できたんです。
伊勢崎 普通の「女子高生」たちの姿が、「戦争」を身近に感じさせるということですよね。等身大さが増すことで。
伊藤 でも、戦後は誰もそんなことを彼女たちに尋ねなかったんです。
伊勢崎 効果的な悲劇の記憶の残し方ですよね。現代人が日常生活に引き寄せて感じられる。
伊藤 そうなんです。だからこそ、戦時下の日常を今のうちに残しておかないと、彼女たちが亡くなってしまったら、きっと戦争体験者を今まで以上に「神格化」してしまうと思ったんです。
「戦争」と聞くと、ぼくたちの頭の中ではモノクロ写真で想起されます。でも、モノクロの世界は存在しません。いつの時代だって、空は青い。同じように、戦争体験もモノクロ化してしまっているので、それをカラー化するためには日常とセットにすることが必要だと思います。その作業を出来るうちにやっておきたいんです。
「戦争はダメ」の限界
伊勢崎 戦争を記憶に留めるやり方の一つに、ミュージアムを建てる方法がありますよね。あれも必要なことだとは思います。歴史は風化しますので、教育カリキュラムの中でミュージアムを見学することは大事なことです。
そう言えば、うちの息子が原爆ドームに修学旅行にいって、教師に広場のようなところで強制的に「平和音頭」を踊らされたようで、「すごく恥ずかしかった」と言っていましたね(笑)。
伊藤 戦争体験の継承は、決して「平和音頭」を踊ることではないですね(笑)。一方で、多くの学校が平和教育の一環で広島や沖縄に行って、何人もの語り部が戦争体験談を語って、生徒が一方的に聞くという形式で行われていますが、聞かされれば聞かされるほど「あなたたちは戦争のこわさが、平和の意味が分かっていないでしょ」と言われている気になってしまう気がします。
伊勢崎 その感覚は良くわかります。どんなに正論でも、「説教」はいやですよね。
伊藤 今まで、戦争については戦争体験者しか語ってきませんでした。ひめゆりの歴史は、ひめゆり学徒隊の人しか語れない。原爆のことは被爆者しか語れない。ですが、本来は、もっと科学的でないといけないとも思います。
例えば、飛行機事故で考えると、もし大事故で数名の生存者がいた場合、彼らの体験を聞くことは大事ですし、聞きたくもなると思います。でもそれと同時に、なぜ飛行機事故が起きたのか、航空会社に「事故原因の究明」を求めると思うんです。
一方、戦争の場合は、生存者の話を聞いて涙することに留まってしまいがちです。なぜ戦争が起きてしまったのか、これから起こさないためにどうしたらいいのか、体験者以外の視点で議論していく必要がありますよね。
おそらく、飛行機事故の方は、いずれ自分も巻き込まれるかもしれないという「当事者意識」があるわけです。でも、戦争のことは当事者にはならないと思っているからこそ、体験談を聞くだけに留まっていることができるのではないでしょうか。でも、体験者じゃなくても、当事者にはなれます。
これは、体験者自身のことを軽んじているわけではありません。しかし、体験者は体験したことしか分からないわけです。包括的に分かるためには科学的なアプローチが必要です。
伊勢崎 体験した悲劇だけを切り取って伝えることで、二度と同じことがおこらないと思うのは、単なる思い込み、ということですね。
伊藤 そうです。そういう意味では、「自然災害」の分野の方が進んでいると思います。被災者に話を聞くだけではなく、災害が起きる前提に立って、地震を防ぐのは無理でも、どうにか減災しようと考えています。つまり、「防災」という概念が一般の人にも根づいています。もしも戦争を無くすのが現実的ではないなら、せめてどうやって被害を最小限にすることができるのか、それを考えたい。
「戦争はダメ」という教育アプローチはあってもいいと思いますし、大切なことだとも思います。でも、「戦争」か「平和」のどちらかを選べと言われたら、「平和」を選ぶに決まっています。それでも、戦争が起きてしまうからこそ問題があるわけで。だとしたら、なぜそれでも起こってしまうのかを考えないと意味がない。単に反戦を刷り込むだけが「平和教育」なら、教育としては貧弱であると思います。
伊勢崎 これは、平和教育のあり方に対してのアンチテーゼですよね。ぼくは100%賛同できます。
伊藤 着眼点さえ見つかれば、やれることはまだまだあると思っています。伊勢崎さんの協力も頂きながら、これから具体的にやっていきたいと思います。
伊勢崎 やらなきゃいけないことが沢山ありますね。
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第2章 認識過程の意識化とその組み換え
2-1 生活を捉える授業理論の考察
2-1-1 戦後国語教育と主体の問題
水平的メタ認知は、生徒たちの具体性の中で培われる。具体性、つまり生徒ひとりひとりの生活を捉える学習のためには、それぞれに固有の視点と言葉をもって日常を描き出すことが最初の課題になる。何よりも大事なのは、主体的態度で対象に向き合うことだ。ここでの主体とは、答申が示す「学ぶことに興味や関心を持」ったり、「自己のキャリア形成の方向性と関連付けながら」課題に取り組んだりする態度とは異なる。それは、学校や社会で共有される価値観に従属することなく、自らのパースペクティブを通して対象に接触しようとする態度を指している。
こうした主体の問題は、戦後間も無くの国語教育、とりわけ文学教育においても取り上げられている。アメリカによる日本の植民地化を危惧する時代に、生徒が抱える生活上の矛盾を前景化させることが要請されたのである。伊豆利彦は1952年の論文で、そうした立場から当時の教育界の状況を次のように批判的に説明している。
かつて、侵略戦争のイデオロギー教育をもっとも忠実にはたした反動的な日本の教育界は戦後もなお健在であり、ことにこの二、三年は急激にその反動性を露骨にして、生徒のあらゆる自主的なうごき、社会批判の芽生えを、さまざまな理由をつけておしつぶして来ている。このことは生徒のもっているなやみをぬけ道のないものにし、内訌させている。彼等は自己の理想をおしつぶすか、それともはてしない泥沼のような希望と絶望の交錯した苦悩の中にのめりこんでゆくかすることを余儀なくされている。
(旧字体は新字体に改めた。以下同じ。)
戦後の急速に変容する社会を前に、生徒たちは様々な矛盾を自己と社会の間に感じ取っていたと予想される。しかし、当時の学校教育ではそうした矛盾を肯定し発露させることなく、むしろ抑圧していると伊豆は批判した。このような、生徒が社会に吸収される潮流の中で、伊豆が求める文学教育は以下のように示される。
文学教育は生徒が体験を通して自分のものとしている現実認識-生徒の世界と文学の世界とを結合することであるといってもいいすぎではない。この作業はもちろんコトバの障碍をとりのけることも含むけれどそれがすべてではない。それ以上に、文学作品を現在の問題、生徒が直面しているさまざまの問題と結合し、読ませることなのである。
(前略)文学は(中略)具体的に形象的に現実の種々相を追求し、表面的にではなくその底にある社会の本質、人間の本質といったものをえぐり出して、読むものの心にこれらのものを抽象的、観念的にではなく、具体的、現実的に、いきいきと認識させ、そのことによって、この矛盾にみちた、唾棄すべき、変革すべき現実に対する抵抗の意識を読者の心によびさまし、それとたたかうたたかいの道を教えるのである。
社会に適合するだけの人間を生産するのではなく、文学教育によって生徒個人の内面を抉り出し、社会に抗う主体を育成しようとするのが伊豆の主張である。これは、文学を科学的な客観性と生徒の主観性のどちら側に位置づけて教授するかという問題に通じている。伊豆のいう、戦前の「イデオロギー教育」に加担したことへの反省もあり、1950年代を境に生徒の主観による文学教育理論は盛んに提唱された。その中でも指標となるのは、荒木繁の「民族教育としての古典教育」だろう。
荒木の授業スタイルは、「一人の生徒に三つか四つずつ歌を分担させ語釈、歌の意味を調べさせ、教壇に出てそれを説明させ、最後に感想なり批評をいわせ、それに対して皆から質問や意見をいわせる」といった、今日のアクティブ・ラーニングにも重なるものだった。しかし、この活動ではクラスによっては意見が出ないまま討論が不活発になってしまうことが多くあったという。そこで荒木は、授業のスタイルよりも生徒の内面を表明させることを優先している。荒木が授業で重視するものは、以下の通りである。
訓話註釈それ自体に意味があるのではなく、究極の目標は作品を鑑賞することにあることはいうまでもありません。(中略)この場合、すぐれた歌というものの、なにがすぐれているかが実は問題です。それは難しい点では作品評価の基準の問題になりますが、そんな意味でではなくとも、たとえば教師が人麻呂を憶良よりすぐれていると考えかたにしても、その考えをおしつけるべきが〈原文ママ〉どうかは問題だということです。これは生徒の年齢の関係もあります。たとえば近代短歌を例にとると、このくらいの年頃の生徒は茂吉や左千夫よりも牧水や啄木を好みます。その際、左千夫の方が牧水よりいいのだというような教え方をすることは、たとえ万一それが正しいにせよ問題だと思うのです。私の考えでは、むしろ生徒が自ら感じいいなと思うのならそれに任せるべきだと思います。
伊豆が「変革すべき」とした「現実」は、ここではよりミニマルに「教師」として示されている。荒木は、柿本人麻呂や伊藤左千夫に絶対的な優位性を付与する教師を否定し、文学作品の価値を決定するのは生徒の感覚だと主張する。つまり、荒木の狙いも伊豆と同様に、教師の中に用意された正解に導くのではなく、生徒たちが抱える内面の問題を持ち出すことで予定調和を逸脱させることなのである。
この荒木の理論は、戦後の国語教育(文学教育)で持ち上がった主体の問題に対する1つの解答だろう。しかし、「民族教育としての古典教育」は同時に次の問題を内包している。それは、荒木の報告が「民族教育としての」と形容されるように、既存の状況の外側にある世界もまた、唯一の全体性をもったものとして現れる危険性である。荒木はこの問題に自覚的で、「民族教育」を強調することによって「古典偏重」に陥ることを「逆コース」と呼び、これを否定している。けれども、荒木の理論は確かに戦後の状況下で、アメリカやロシアと日本を対立させる形で生徒が「民族」を意識するよう組み立てられており、多文化の共生が前提の現代社会においては十分ホリスティックな思想といえる。「社会の本質、人間の本質」を措定する伊豆の主張も同様である。
社会で共有される一般的な価値観からの逸脱を図りながら、表面的で抽象的な学習を拒む主体的態度は、指導者が「変革すべき」現状を梃子にしてあるべき本質を規定してしまえば、すべて水泡に帰すことになる。主体的態度による学習は、どこまでも本質を迂回し続ける運動なのである。
2-1-2 大河原忠蔵「状況認識の文学教育」の展開と問題
戦後国語教育では、荒木の他にも西尾実や太田正夫などによって、生徒の主体的態度を重視する授業理論が多く提出された。その中で、生徒の生活と文学教育の連結を最もラディカルに実行したのは、大河原忠蔵だろう。田近洵一の言葉によれば、「文学作品を仲だちとして、生徒に自分の現実を認識させるにとどまらず、作品の全然ないところでも、自分と自分をとりまくものを状況として認識する力を身につけさせる」ことを志向したのが大河原の特異性である。現実を自らの問題意識と重ねながら認識することを、大河原は「文学的認識」と呼ぶ。それは以下のように定義される。
文学的認識といういい方をすると、すぐに文学作品に対する認識と混同されやすい。たしかに、作品に書かれてあることを、読みながら認識していくことも、認識にはちがいない。(中略)しかし、ここでいう文学的認識というのは、作品に向かってはたらく認識作用(鑑賞)を指すのではなく、作品を離れてしまった生徒が、作品の全然無いところで、自分をとりまいている外部の状況や、それに対応している内部の状況を、言葉でとらえていく認識過程のことである。
荒木らの理論が生徒の問題意識を文学作品の読み方と結びつけたのに対し、大河原は生徒の問題意識を現実の見方、捉え方に繋げた。したがって、大河原理論における文学作品は、現実の捉え方の1つのモデルとして提示される。ここでは、作品と読者の緊張関係から状況と主体の関係へと問題の中心点が移行しているのである。
以上のように、作品の鑑賞ではなく、作品に至るまでの作者の状況認識過程を学習の目的��する大河原理論は、作家のように生徒が自身の「思想」に基づいて経験を記述することを希求している。この「思想」とは、「理性でも、感性でも、欲望や衝動でも、特有の感受性でも、また倫理的思考でもな」く、それらと関連しながら「人間の行動に直接結びついているもの」であり、本稿で掲げた主体的態度に通じている。ここで大河原が「思想」という概念を用いるのは、「客観性よりも主観性」といったスローガンに厳密さをもたせるためである。大河原は生徒の主観性を「思想」として、それは「認識と価値意識の結合」によって立ち上がるものだと規定している。「認識」とは、視覚や聴覚によって外界を知覚することで、「価値意識」はそうして内面に反映した対象によって動く生徒固有の意識を指す。つまり、客観的な「認識」と主観的な「価値意識」が結合することによって「思想」が現出し、その「思想」によって現実を捉えることが「状況認識」なのである。
「価値意識」は生徒個人のものであり、人間一般に適用されるものではない。例えば、芥川龍之介の『くもの糸』を読んで「カンダタ」のエゴイズムを普遍的に拡大して認識したり、夏目漱石の『こころ』における「先生」の罪悪感をすべての人間に共通する問題として引き出したりする読み方を、大河原は次のように否定している。
それは、けっきょく「人間性とはこういうものである」という、あの歴史はかわっても人間性の本質はかわらないという観念的発想の地固めをすることによって、一九六〇年のシチュエーションに必要な具体的な人間理解の視点を追い出してしまっている、ということなのだ。
(前略)三十年前も今も、青年の気持の根は変っていないというような非分析的な人間性把握にわたしは賛同しない。
大河原は、土地や時代を超越する人間の本質に生徒の問題意識を回収することを峻拒する。その理由は、本質へ回収することで人間の具体性が消失してしまうからに他ならない。このように、生徒の主体的態度、大河原の言葉でいえば「思想」を維持するために、本質へとつづく道程は避ける必要がある。
大河原のこうした主張は、「コブシ型」と「テノヒラ型」という「思想」の分類にも表れている。「コブシ型思想」は、「個物A、B、Cから、共通にはたらく価値意識の対象が抽象的な概念としてぬき出され、その抽象的な概念と価値意識の結合とが」一つのまとまりになったものを指している。「人間の本質」はまさに「コブシ型」に当てはまる。その他にも、「民主化」や「女性解放」といった大きな標語、また、法則やことわざなどもそこに含まれている。上の引用からもわかるように、大河原はこうした演繹性をもった「思想」から距離をとり、具体的状況と結びついた一回性の「思想」に重点を置く。それが「テノヒラ型思想」である。「テノヒラ型」について大河原が述べている箇所を引用する。
テノヒラ型思想は、(中略)一定の状況のなかでの、一回的な、特殊的な事物、関係、構造を把握したコトバのかたちをとって、そこにあって、そこからうごかない。
「テノヒラ型」の言葉が「うごかない」というのは、その言葉が作者以外の人間には決して適合しないことを意味している。つまり、「テノヒラ型思想」に基づく言葉は、状況と結びついた具体的で一回的な作者のオリジナルでなければならない。また、大河原はそうした言葉で構成される作文を、以下のように作者の「秩序」と表している。
コトバが、状況にはめこまれていながら、同時に、作者の価値意識によって状況からはぎとられ、作者のつくりだす新しい〈秩序〉の有力な構成単位になっていなければいけないということだ。そういうコトバが、テノヒラ型思想になる。
状況の中で作者は言葉、すなわちイメージを選択し、選び取った複数のイメージをさらに配列して新しい独自の「秩序」を構成することで、状況に対して強固な主体を打ち出す。このイメージの選択と配列が作者にとって必然に実行されたとき、そこに「テノヒラ型思想」が立ち上がるのである。
大河原が引用する准看護婦養成所の生徒の作文では、彼女が勤める病院の医師に対する嫌悪が、立場の弱い准看護婦としての「思想」によって生々しく描かれている。患者の診察を受けるかどうかを「先生」に訊きに行った際、生徒の視線は「先生」の部屋のテーブル上にある「食べちらかした」サラダを捉える。その描写で選ばれたイメージについて、大河原は以下のように述べる。
「食べ残した」とも「食べ余した」とも書かず「食べちらかした」という言葉でイメージを切り取ったその言葉の構造自体に、すでにいつも使用人には喧しいことをいいながら、自分たちはだらしのないことを平気でやっている医者の人間内容に対する社会的な抵抗感や批判精神を含んでおり、それは金に夢中になって困るという最後の言葉に、有機的に連続している。
生徒が中途半端に残ったサラダを認識し、そこから「食べちらかした」というイメージを引き出したのは、日頃から「先生」に抱いていた批判的精神の結実であり、これは「食べ残した」や「食べ余した」に変換することができない。つまり、この准看護婦の生徒にとって、中途半端に残ったサラダと「食べちらかした」というイメージの結合は必然なのである。
ここまで見てきたように、大河原は抽象性を慎重に敬遠しながら、価値意識と現実の結びつき、具体的で一回的な状況の認識を可能にする理論を組み立ててきた。しかし大河原理論には、あまりに主観性を重く見すぎるために実感信仰に陥り、かえって生徒は状況の認識力を失うのではないかという批判もある(例えば、浜本純逸「「状況認識の文学教育」論の展開とその方向」『日本文学』(日本文学協会、1973年12月)では、大河原の「テノヒラ型」への傾倒に向けて、「人間が積みあげてきた知識や抽象化された思想との相互媒介的な往復思考をしないかぎり、実感信仰による状況認識の狭さを越えきれない」と批判している)。荒木の理論が現実の外側に本質的な「民族」を措定してしまったのに対し、大河原の理論は個人の認識が絶対化され、生徒たちが自己中心的にしか現実を捉えられなくなってしまうリスクを抱えている。荒木に見られた全体性の問題は、一転してここでは個別性の問題として現れるのである。
大河原理論が、生徒の主体的態度の抽出に特化することは広く認められる。その点は、具体性の発露と維持を重視する本稿の授業構想でも有効だろう。ただ、そこでの主体は他の主体から隔離された、孤独な主体となる。それは、他にいつでも同を見てしまうような、極めて強固であると同時に脆弱な主体である。そこで、ここからは第2の段階として、具体性の中でその隔絶した主体と主体を線で結ぶ方法を検討しなくてはならない。
2-2 客体操作による大河原理論の更新
2-2-1 大河原理論における客体の位置づけ
大河原が開発した「状況認識の文学教育」を水平的メタ認知育成のために再び持ち出すためには、主体的態度(「テノヒラ型思想」)による作文の先に、もう1つの作文を設定する必要がある。それは、「認識」−「価値意識」−イメージの3つが結合する認識過程に意識を向けながら、1度目とは異なる主体への「転移」を経た視点によって書かれる。ここで改めて宣言すると、本稿が目途とするのは、まさしくその「転移」と、その後の作文をこれからの学校教育において有効なものとして実現するための授業理論を提示することである。
そのためにまず、大河原理論における主体が変更可能であることを確認していく。ここでは、主体に対する客体について大河原が言及した部分に注目する。「状況認識」では、認識する作者、生徒が主体であり、現実、状況、自然は認識される客体として位置づけられる。前節の最後に挙げたのは、客体がすべて主体の主観的認識によって汲み取られてしまう問題である。ただ、「状況認識の文学教育」が成立した背景には、戦後から高度経済成長期にかけての状況に完全に埋没してしまった主体の存在があり、「状況認識」によって以上の問題が示す客体から優位性を奪取した主体を確立することは、大河原の狙いそのものであったと考えられる。
けれども、大河原による主客の格付けには若干の曖昧さが見られる。例えば、雷鳴を預言者が二輪車に乗って空を駆け回る音として認識する老婆の「状況認識」を大河原は、「老婆が自分をとりまく状況とのかかわり合いの関係のなかで、対象を主体化して、もしくは、自己を客体化してとらえたために、はじめて可能になったもの」と説明している。また、「自己運動するのは、たえず意識ではなく状況であり、意識はその状況と不可分の関係」であるという記述もある。ここでは、認識対象が主体に包摂される客体ではなく、むしろ主体のあり方を決定するものとして設定されている。「自己運動」を行うのが意識ではないという表現は、「テノヒラ型」の言葉が「うごかない」のと同様に、抽象的にイメージだけを状況から切り取ってしまうことの否定として読むことができるが、状況を上位に置くようなこれらの記述は、状況に抗う主体を標榜する大河原にとっては正確さを欠いた言説として受け取れる。
この曖昧さを、大河原の恣意的な表現として受け流すこともできるだろう。しかし、このような主客の関係の曖昧さにこそ、新たな主体を生成する契機が隠れているのではないだろうか。老婆が雷鳴を神話的に認識したのは、自然の現象が科学に基づく安定性の外側に脱去したことを意味している。そうした知識や理性では説明不能な不安定な対象を前にしたとき、人間は自己の中にそれを説明しうる固有の「価値意識」を見い出すことができる。認識する主体は、その「価値意識」を発見することでようやく対象から優位性を奪えるのである。田近が「状況認識」の作文の特徴について分析した以下の記述からもそのことは読み取れる。
状況認識の作文の第一の特質は、自分の体験を題材としながら、その過去のできごとを現在の時点から回想するのではなく、過去の時点に立ち、今の体験としてイメージ化しているという点にある。すなわち、書き手は、そのできごとを体験した時点に立ち、その時点で、今見ていること、耳にしていること、自分がしていることを、虚構の現在としてイメージ化する。そこで出会ったもの・ことをイメージ化することで、過去の時を生きる。言うならば、虚構の視点に立ち、書くことで、過去の時を虚構の現在として生きる、のである。
書き手は、現実の体験を描きながら、視点を過去のある時点に移すことで、虚構の主体となる。虚構の主体として過去の体験を再現する。過去のもの・ことを現在進行の事実として見る。つまり、現在進行の体験として仮構するのである。
主体が現在の視点から過去の経験を叙述するのでは、「状況認識」の作文は成立しない。現在の主体からすれば、過去の対象はすでに認識が完了した安定的な客体だからである。前述したように、主体の中に生々しい「価値意識」を付与するのは、既存の概念で捉えようとすれば齟齬が生じる不安定な対象に他ならない。したがって、大河原が目指した状況に優位な主体の成立は、主体を脅かす不安定で強い客体の存在を前提としていることになる。言い換えれば、主体と客体は対立するのではなく、相互に包摂し合う形で成立しているのである。
このように考えれば、主体を絶えず変容の可能性の内に留めるものは、主体の「価値意識」から逃亡を続ける客体だということができる。1度は自らの「価値意識」によって認識した対象も、そこでのイメージから外れてしまえば、再び不安定に主体を脅かす存在として現れる。そうすれば主体は、自身の内側にそれまでとは異なる「価値意識」を探し出す、もしくは、内側には存在しない「価値意識」を物語の形式を採って新たに創造することになるだろう。つまり、主体と客体の序列を反復的に入れ替えることで、無数の「価値意識」を生成し続ける可塑的な主体を立ち上げることが可能になるのである。
2-2-2 イメージの組み換えによる「価値意識」の生成
主体は客体に伴って変容する。それでは、客体の操作はどのように行うことができるのだろうか。
ここでは、「価値意識」と結びついて客体を表象するイメージに手を加える。「価値意識」は主体が対象を自らのイメージで認識するために不可欠な要素であり、「価値意識」に依拠したイメージの選択と配列は、その主体にとって必然的に実行されるという大河原の主張は2-1-2で示した通りだ。サラダを「食べ残した」や「食べ余した」ではなく、「食べちらかした」というイメージで捉えた准看護婦の生徒は、日頃から医師への嫌悪を抱いているがゆえに、そのイメージしか選択することができなかった。では、外部からの操作によって、そのイメージが「食べ残した」に変更されたらどうだろうか。また、「きれいにとってある」や「ペットの餌のような」というイメージに組み換えられたらどうだろうか(物事の多義性については論を俟たない。「ルビンの壺」や「ネッカーの立方体」が意味する通り、地と図はさまざまなバリエーションに転回する)。その生徒は、自己の内側にそれらのイメージを必然として捉える「価値意識」が存在しないことに気づくだろう。そこでようやく、新たな「価値意識」を仮構する課題が生徒の実感の中で現れてくる。
このような、先行する言葉を誘因とした主体の変容可能性は、諏訪正樹・藤井晴行による「からだメタ認知」の研究でも示されている。諏訪・藤井は、情報化社会での記号と身体の乖離を指摘し、現実と対峙した際に生じる身体的感覚を言語化する営み(「からだメタ認知」)の重要性を提示する。「からだメタ認知」の理論は、外界の事象や身体の内部での出来事を分節化し表象する「ことばシステム」と、身体の中で生起する感覚である「身体システム」を対置して、その「共創」が起こることで身体の感覚が新しく生成されていくというものである。
段階としてはまず、ある言葉を起点として、それに関連するいくつもの言葉が誘発される。諏訪・藤井は「まちかどで猫に相対した」場合を例に挙げて以下のように説明している。
まちかどで猫に出逢うと、「猫」ということばだけではなく、さまざまなことばや概念を連想します。「みゃおん」と「かわいい」声色で鳴くとか、簡単にはひとに「気を許さず」、遠くの「物陰」からこちらを「偵察」する行動をとるとか、「のっそりと」歩くとか、「」で囲ったひとつひとつのことばや概念が、「猫」から連想できます。ことばがことばを生むのです。
ここで列挙されたのは「連想」による言葉の増幅だが、「状況依存的」や「知識に基づく推論」などのメカニズムによっても言葉の連鎖的生成は行われる。物理的属性である「毛並み」や「丸い瞳」が原初的に知覚され、それらは体感とリンクするが、その間にも言葉は拡散的に誘発されていく。
そこで対象を認識した主体は、新たに登場する言葉を体感とつなぐ「意識的努力」をすることで、言葉と連結する新規の体感を獲得することが可能になる。諏訪・藤井によれば、言葉に比べ、身体の感覚は習慣に埋没しやすく意識するのが難しい。したがって、それまで無意識の内に消費された体感を意識するための、言葉による方向づけが有効なのである。
では、この「ことばシステム」と「身体システム」を大河原の「状況認識」と重ねるとどうなるだろうか。街角で遭遇した猫の鳴き声から誘発される「かわいい」や「醜い」などの言葉と、それに適合する身体的な実感の結合は、選択されたイメージとそれを必然とする「価値意識」の関係と同じ形式だといっていい。そう考えれば、猫の鳴き声から「かわいい」というイメージが引き出され、それを体感とリンクさせた場合、准看護婦の作文と等しく鳴き声のイメージとして同時に現出する「醜い」や「卑しい」といった言葉は捨象されることになる。つまり、「ことばシステム」の中で増幅していくイメージと「身体システム」における体感との結合パターンは有限であり、体感とリンクするイメージは主体固有の感覚に依拠して必然的に選択される。そして両者の接続は、変更がなされない限り、何度か繰り返される中で安定的で排他的なものとして確立されていく。例えば、いくらかの経験から猫の鳴き声は「かわいい」と決まった回路で慣例的に認識するようになると、「醜い」と認識する他者の存在が見えなくなってしまう。
このように、「ことばシステム」と「身体システム」、選択された言葉と「価値意識」の接続は、その過程で捨象されたイメージを無視すれば絶対化されてしまう。すなわち、身体的感覚が習慣に埋没する傾向が強いという諏訪・藤井の指摘は、生徒の認識の絶対化をもたらすという大河原理論が内包する問題にそのまま繋がっているのである。そこで、体感が志向する言葉を「食べちらかした」から「きれいにとってある」に、「かわいい」から「醜い」に組み換えることで、反対にその言葉に見合う習慣から逸脱した体感を要請する。こうしてイメージを組み換えることで、対象はバランスを失い、安定的な客体から主体に新たな「価値意識」の生成を促す不安定な対象となって再び出現するのである。
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職工義友会「職工諸君に寄す」(1897年)
職工諸君に寄す
来る明治三十二年は実に日本内地開放の時期なり、外国の資本家が低廉なる我賃銀と怜悧なる我労働者とを利用して、巨万の利を博せんとて我内地に入り来るの時なり、左れは性行風俗習慣の相異なるのみならず兼ては労働者を苛遇するとの評ある彼等外国の資本家は今より三年ならずして将に諸君の雇主たらんとす、形勢此の如くなれば諸君は今よりして早く此に対する準備をなさずしては或は欧米労働者の受けたると均しき弊害に苦しむなきを必すべからざるのみならず亦近時の有様を以てすれば同じく我国民たる雇主と諸君との関係も工場、製造所の増すと共に日々変化を生じて到底実利以外情実の入るを許さず強き者は勝ち弱き者は破られ優る者は栄へ劣る者は倒るゝの時世に��きつゝあることなれば此間に立ちて能く勝ち能く栄ゆることは仲々容易の業にあらず、況して外国人も入り来たることなれば諸君は覚悟の上に覚悟をなしかの他人の為めに苦境に陥れらるゝことなく競争の巷に寛かに其地位を保つの工風を為すこそ肝要ならめ。 夫れ労働者なるものは元来他の人々の如く其身体の外には生活を立て行くべき資本なき者にて所謂腕一本脛一本にて世を暮し行くことなれば何か災難に出遇て身体自由ならざることとなり又は老衰して再び働くこと能はざるに至る時は忽ち生活の道を失ふて路頭に迷ひ又は一旦死亡するときは跡に残れる妻子は其の日の暮しに苦しまん其有様は恰も風前の燈火の如くにして誠に心細き次第なりと謂ふべし、左れば労働者たる人は、古人の所謂易きにありて難きに備へよとの教を守り其身体の強健なる内に他日の不幸に備ゆるの道を設けでは人たるの道夫たり親たるの道に背くも計り難し、実に諸君の熟考を要する所なり。 又我国の文明開化尚未だ今日の如く進まず機械抔行はれざりし昔時に於ては諸君の妻子は家にありて仕事をなして暮しの補助をなし得たれとも工場製造所の盛なると共に家を守るべき妻も家を出でゝ工場に働き頑是なき子供さへも機械と共に働くこととなりけれは家内の中は自然に乱れ又時には子供の生命を危くすることもありて人を利すべき機械が其使用法の悪しき為め却て人を害する奇観を呈するに至りたり又或工場に於ては身体繊弱なる小児をして大人さへも長きを喞つ労働時間に服さしむることありて殆んど小児の生血を絞るに等しきことありて親としては誠に忍び得べき者にあらず、之を思へば諸君は奮進一番之に対する方法を施し其家を整へ其子女の生命を保護せざるべからず返へす返へすも諸君は人の生命を絶つものは唯々殺人犯者の凶器のみにあらざることを思はざる可らず。 さは云へ之を思へば家を守るべき妻学校にあるべき小児が工場に働くとは誠に不自然極りたる次第にて更に其原そのもとを尋ねて賃銀の安き為め男一人の腕にては妻子を養ふことを得ざるに依ることを思へば誠に一大恨事の極なりと云はざるべからず、之を思へば苟も夫たり其妻に安易なる生活を与へざるべからず、苟も親たり其子を無教育に終らしむべからずとの気概は諸君の当然起さゞるべからざる者にて一度此気概を奮ふて事に当りなば遂には彼の不自然を匡正するの道立ちて諸君の面目も立つことならずや。 尚ほ一事の云ふべきことは諸君の行為に就てなり、諸君は其労力を売りて生活を立つる一個の正路者なれば其為す所行ふ所にして誤ることなくんば白日の下天下に恐るべき者なきなりされど若し諸君にして一度不正の事をなし又は不徳の行を為さば正路者たるの資格は爰に消へ去りて遂に身をも滅ぼすに至るべし、正直の頭に神宿るとは、我も人も知る所にて諸君の守るべき道は此外にあらじ況して諸君の如く不利益の地位に立つ者は其不利益を直さんとするには少なくも自からの行を謹まざれば万事円満の結果を得難しされば諸君は一方に於ては地位実益の上進拡張を務むると共に亦正道を踏むの勇気あること必要なり、諸君にして内を整へ行を正し正々堂々其求むる所を得るに務めんか如何に無情なる人も諸君の正道の前に降伏せさる者あらんや。 諸君の為さゞるべからざる準備覚悟行為は前陳の如くなる以上は如何にして之に応すべきかとは諸君の自然に起す疑問なるべし、或人は云ふ「今日のこと誠に云ふに忍びず富者益々富み貧者益々貧し労働者の蒙る不正其の沈淪せる境遇実に悲憤の極にして之を改良せんとする唯革命あるのみ貧富を平均するあるのみ」と誠に愉快の議論にして論者の云ふ如く革命に依り全然改良の実を挙げることを得ば結構の次第なれども世間のことは論者の思ふ如く左程単純の者にあらず意外の事起り為めに全く当初の目的を達し得ざるの奇観は大紛擾の下に於て屡々見る所諸君の容易に賛成すべきことにあらず、且つ又社会の進歩なる者は常に遅緩にして秩序ある者なるに革命なる者は之に反して急速突飛を要素とすることなれば両者の行道全然相反するのみならず元来貧富平均のことたる人に賢愚の別ある以上は其財産に不平均あるは誠に已やむを得ざることなれば貧富平均論は言ふべくして行ふべきことにあらず左れば我輩は諸君に向つて断乎として革命の意志を拒めよ厳然として急進の行ひを斥けよ尺を得ずして尋を求むるの愚は是を貧富平均党に譲れよと忠告するに躊躇せざる者なり、而して我輩の諸君に勧告する所は同業相集まり同気相求むてふ人類至情の上に基礎を置ける同業組合を起して全国連合共同一致以て事を為すことにあり、熟ら已往に於て諸君の為す所を見るに個々相乖離し同業相鬩ぎ其間更に一致の行なし左れば一方に於て惨憺たる苦心の後百方懇請の末漸く増給を得る者あれば他方に於ては法外の廉賃銀を以て甘ずる者あり、不徳の同業者を懲戒せんとする者あると共に之を擁護せんとする者あり、一方より建てたる者を他方より破壊し行くの有様にて実に骨肉相鬩ぐの観あるは諸君の為め尤もっとも惜しむべきことなり兄弟内に争ひ外侮を受く諸君の今日の地位に陥りたるもの諸君の一致行動を欠きしこと其原因の多きに居ることなれば既に前には外敵の攻め来り内には甚しき弊害ある今日に於て同業相争ふ如き事を止め大挙事に従ふの必要火を睹みるより明かなり、諸君にして堅く集まりて散ぜず社会進化の大勢と伴ひて内健全なる思想を養ひ外着実なる行動をなし以て外人に対し無情の雇主に対し将た又弊風の矯正に務めんか世間諸君の意の如くならざる者幾何かあるべきや、況して労働は神聖にして結合は勢力なり神聖なる労働に従事する者にして勢力なる結合を造る羽毛能く船を沈め得べくんば諸君の熱血の迸る所何事か為し得ざるべき者あるべき嘗つては亜米利加に於て十五万人の無資無産の鉄道工夫は八億余万弗の資本を有する廿四の鉄道会社を相手として三週間汽車の運転を止めしめたることもあり三万人の小揚人夫は三ヶ月間英国倫敦市場に食物の欠乏を来さしめたる例しもあり、仮令短小の時日を以て其目的を達するを得ざる迄も其為す所は革命党の如く華麗ならざる迄も其進むや堅く其守るや強し遅緩なると共に確実に穏和なると共に完全に平和の下秩序の内其目的を達す諸君の採るべきの手段誠に是れあるのみ我輩は爰に再び諸君に同業組合の組成を勧告する者なり、然らば如何にして同業組合は組織すべきか 第一 一郡市内同業者七人以上ある職業者集まりて地方同業組合を設くべし 第二 一郡市内にある種々の同業組合連合して地方連合団を設くべし 第三 全国処々にある地方同業組合連合して全国同業連合団を設くべし 第四 全国処々にある全国同業連合団を連合して大日本仝盟団を設くべし (例へば東京に二千人の組合員を有する大工組合、二千を有する印刷工組合、貳千人を有する靴工組合ありとし此三組合連合して東京職工連合団を造る、更に大阪には千人を有する大工組合、千人を有する印刷工組合、千人を有する靴工組合ありて、相連合して大阪職工連合団を造る、又長崎には五百人を有する大工組合、五百人を有する印刷工組合、五百人を有する靴工組合ありて、相連合して長崎職工連合団を造る斯くて東京大阪及長崎の大工組合印刷工組合及印刷工組合連合して各々三千五百人を有する全国同業連合団を造り続いて此三連合団連合して壱万五百人を有する大日本職工団を設く、故に若し東京大工組合にて或事件起るときは東京職工連合団の助力を求め充分ならざるときは更に全国大工連合団の協力を求め尚足らざるときは大日本職工団の助力を求む左れば必要の場合に於ては六千人の東京連合団に加ゆるに千五百人(東京組合を除きたる数)の全国大工連合団と亦進んでは参千五百人(東京組合及全国大工連合団を除きたる者)を有する大日本職工団惣計壱万五百人の職工は東京大工組合の為めに動くこととなる) 仝業組合の勢力は実に此の如くにして養ひ来る者なれば其利益を伸張せんとするに於ても外国人の不法に敵せんとする場合に於ても又他の場合に於ても充分に其志を達することを得べし。 更に同業組合の積立金を以て其組合員の災厄を救ひ又は其の死亡せるとき其妻子をして安んじて生活をなさしむる��のことは職工の独立独行の意気を養ひ其天与の責任を全からしむる者なり米国の一職工組合は二万七千余人の会員を有し明治十三年より廿六年に至る十五年間に其組合員死亡者の家族に送れる金額廿二万五千余弗、���組合員の病気に罹れる者に送れる金額六十七万五千余弗、無業会員に送れる金額十五万八百余弗、同盟罷工をなせる会員に送れる金額五十三万四千余弗、旅行費として貸与せる金額五十万六千余弗、惣計弐百〇九万千余弗の巨額を支出したりとは誠に驚くべき事実にして然かも僅に二万人余の職工組合にて之を為したるを見ては実に感嘆の極と云はざるべからず、我国にても之を行ふこと左迄難事にあらざるなり、其方法は 一 各地方組合又は全国同業連合団は其組合員の毎月の醵金より組合入費其他を引去り残額を積立つること 一 各組合に於ては規則を設け救助法施行の時日を定め置き(例へば何ヶ月醵金後)又其積立金の何円に減ぜざる迄を限りとし組合員の災厄を救助すること 一 各組合は最初は救助事項を拡め遂には組合員の無職業者旅行者又は老衰者等を救助するに至るべきこと (例へば二千人の組合員ある東京大工組合にて毎月一人に付三銭に当る積立金有とすれば一ヶ月六十円一ヶ年七百廿円を積立ることを得べし、若し之を全国大工連合団にて取扱ふこととせんか東京長崎大阪組合の積立金を集め連合団は一ヶ年壱千二百六十円の巨額を集むることを得べし、最初三四ヶ月間は救助を為さず其後は兼て定めたる方法に基きて救助することとし又積立金の額減じたるときは一時払ひ出しを止むるか又は特別の方法を設くることとせば救助の挙は日に其効力を高めて組合員の退会する者も少なく同業相助くるとの精神充分に行ふを得べし) 今日に於ては職工にして一度災厄に逢はんか一に他人の救助を仰がざるべからず其独立の体面を汚すこと少々にあらず又時としては依るべき他人なくして非常に困難を極むることもあり之に反して組合より救助を受くるは恵まるゝにあらで約束上受取り得べき金額を受くる者なれば毫も独立の面目を汚すことなく又災厄の場合に対し既に其困難を薄ふすべき方法の附き居る以上は殊更ことさら此等のことに苦慮して卑屈の行ひをなすを要せざることとなり自助の精神自信の意気大に昂り為めに職工の品位を高むること尠なからざるべし。 立て職工諸君、立つて組合を組織し以てその重大なる責務と其男子たる面目を保つを務めよ、諸君の前途は多望なり要する所は不抜の精神と不屈の意志のみ、天は自から助くる人を助くると云はずや、奮えよや諸君、その自助心を発揮せよ。 終りに臨んで一言すべきは諸君の内には或は組合抔などは到底成り立つ者にあらず又成立ちたる例しなしと云ふ人もあらんかなれとも左りとて打置かば何時組合は成立つべきや大敵を前に控へて区々たる情実又は紛争の為めに益々身を沈むるは愚の極にあらずや又世間には組合員となる人の少なきを憂ふる人もあれども唯人数のみ多くとも其人々にして深く自ら其責任を覚りて相集まりたるに非れば例へば烏合の兵の如く何事も出来すして終るべし寧ろ人数は少なくとも偏へに其地位の墓なきを覚り自からの為め其妻子の為めに務めんとする人言はば職工者中の花戦場の決死隊とも云ふべき人集まりなば以て花々しき運動を為し得べし、左れば我輩は人の多少は敢て問はず唯々諸君の内より進んで此名誉なる戦場に名乗り出つる人あらんことを望む者なり、由来職工者は義侠の念に富めり其中決死隊を以て自任するの人決して少なからざるべしとは我輩の窃に確信する所なり。 (組合設立の運動方法、組合の規則、持続方法等詳細の事は本会に就て問はれなば丁寧に説明すべく又時宜に依りては助力をも承諾すべし)
*片山潜、西川光二郎『日本の労働運動』(労働新聞社、1901年) 10ー17頁
〔旧字体を新字体に改めた。〕
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12月無料託児付きイベントゆるり南部開催します(^^)
ママとベビー&キッズのためのイベントゆるり南部!〜入場無料〜 ♡毎日がんばるママへのご褒美タイム♡ 日程 2017年12月14日(木) 開催時間 10時〜16時 開催場所 豊見城社会福祉センター(2階レク室) 駐車場 豊見城社会福祉センター正面駐車場 ※一時無料託児あり、授乳室あり、おむつ交換室あり 今年もあと少しとなりました(^^)早いですね(^^) ゆるり南部で今年頑張った自分にご褒美タイムプレゼントしませんか??ベビー&キッズ同伴でも大丈夫(^^) 無料託児付きだから、楽しめるイベントです!!無料託児ペースには、子育て経験ママや保育士さん(有資格者)のスタッフ数名がママが自分時間を満喫してる間、お子様を大切にお預かりします(^^) マッサージ、整体、美顔、ネイル、ハンドメイド、フード、スイーツ、セラピー、役立つ情報、体験会など、約40ブースが大集合します!! ◯イベントの詳細は http://ift.tt/2jco7fr ◯出店者様詳細は http://ift.tt/2mBggrh ★いいね!してね!! ♡毎日がんばるママへのご褒美タイム♡ をコンセプトに毎月開催してるイベント!!ゆるり♡ プレママ、育児中のママ(女性)へ自分の時間を満喫してほしい♡休息、癒やし、おしゃれ、気持ちの充電、学び、繋がり、美味しいフード&スイーツも食べて、楽しんで、ハッピーな気持ちになってほしい、想いで立ち上げたイベントです。 毎日がんばるママ(女性)もゆるり南部で、マッサージで癒やされたり、ネイルでおしゃれして自分へのご褒美タイムを過ごしてくださいね❤〜★〜皆様のお越しをお待ちしています〜★〜 是非ゆるり南部へ遊びに来てね\(^o^)/ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ◯〜託児を依頼するママ達へお願い〜 一時無料託児をご希望の方は託児スタッフに声をかけてくださいね(*^^*) 主にマッサージ、ネイル、美顔を受ける方優先に託児受付します。ご理解の方よろしくお願いします(^^) ※託児を依頼する際は、注意事項等を確認後同意の方お願いします。 ※託児を依頼したママは、受けるサービスが終わったらお子様を迎えに託児所へ戻ってきてください。お子様がママ恋しい♡と待ってます(^^) ※託児スペース内で過ごされる親子様はお子様の見守りは親御さまでお願いします(^^) ※安全に託児をするためにも、託児依頼人数によっては、お断りする場合もあります。ご理解の程よろしくお願いします(^^) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 〜★〜〜出店者様紹介〜★〜〜 ◯ウェルネス沖縄那覇院 骨盤調整による不調の改善と美姿勢の体験 ◯*iro ●ハンドメイド 子供服、雑貨● リバティプリントやフレンチカラーの生地を使った子供服を出品させていただきます。 子供に着せて可愛かったアイテムを丁寧に作成しておりますので、是非ご覧ください(*^^*) ◯Let bygones be bygones キッズヘアアクセサリー販売 誕生日コスチュームのワークショップ案内 キッズヘアアクセサリー作りのワークショップ ◯SanShine Love&Peace エンジェルカードリーディング インナーセラピー オーラヒーリング ◯mana launa~奇蹟の出逢い~ 願いを叶えてくれる神秘のアンシェントメモリーオイル♡ 今、貴方に必要なオイルを選び 可愛いストラップ、ネックレス、香水 お好きなtタイプでお作り致します♪ ◯トリップアンクル アジアの暮らし雑貨 タイ・台湾で、自分たちが直接買い付けしてきたアジアの雑貨を販売しています。 (かご、ホーロー、文具などなど)これらの商品をご覧いただき、旅した気分になって、癒されてくれたら嬉しいです。タイに限らず、旅行のことでお困りごとありましたら、お気軽にお声かけください。 ◯お菓子のtamaya 焼菓子「お菓子のtamaya」と申します。 国産の小麦粉、県産のきび糖を主に使用し 安心・シンプルな材料でワクワクするようなかわいらしいお菓子を。をモットーに、毎日毎日こころを込めてお菓子をお作りしています。 どうか皆様、よろしくお願いいたします。 ◯楽学喜サポート ACCENDO ポップコーン各種 ◯ネイルズ アネラ オキナワ ネイルケア、ジェルネイル、アート、キッズネイル ◯資格取得!お仕事探しのリレーションシップ ☆テレビCMでおなじみのリレーションシップ☆ 職業訓練・お仕事紹介のリレーションシップです。 パソコンを使用してカレンダー作成体験会を開催します 料金は無料!簡単に体験できますよ♪ かわいいお子さんの写真でカレンダーを作成してみませんか? パソコンが苦手な方でも簡単に作成できます その場で撮影・その場で作成! 抽選で素敵な商品プレゼント企画も! お気軽にお立寄りください。 ◯ATeColorあてからー ✨編みぐるみ✨ かぎ編みで一つ一つ心を込めて編んで作っています ✨オルゴナイト✨ マイナスエネルギーをプラスに変換作用があると言われているヒーリングアイテムをキラキラ可愛く仕上げています ◯オープンハートカラーセラピー オリジナルのオープンハートカラーは、色の持つ不思議なエネルギーを活かし、心と身体のバランスを整えます。あなたの心の答えを引きだし、自分と向き愛、自分らしく心豊かに生き生きと歩めるツールであれば嬉しいです✨❤ ◯エメラルド ボディメッセージ・ヒーリング 身体に触れることで、溜まったストレスを読み取り、言葉にします。 ストレスの原因がわからない方でも、気持ちを読み取り解消していくことが出来ます。 ◯yukino ハンドメイド ズパゲッティターバン、バッグ、雑貨、アクセサリー ◯保険のLINKS ライフプランニング、学資保険、医療保険、生命保険、保険の見直し 他。 お子さまのための学資保険、間違った入り方していませんか? 必要な時に必要な分きちんと貯めていく、賢く貯める貯蓄方法など、分かりやすく教えます。 お気軽にご相談ください♪ ◯幸せ色筆〜しあわせいろもじ〜 幸せ色筆〜しあわせいろもじ〜筆文字 お子さんの出産祝いや誕生祝いに喜ばれる人気のミニ色紙命名書、お描きします♡ その他にも「ありがとう」や「笑う門には福来る」の色紙なども販売予定ですので、ピンと来た作品があれば見て、触れて見てください♡ ◯カモミール タロットカードでチャネリングしながら 今のエネルギーを描いてお渡しします。 20分 2000円(延長可能です) ◯plapla 大人可愛いピアスからホッコリ!にっこりブローチや癒しのプランツハンガー・ワイヤーアート壁掛けシェルフ・ヘアバンドなど ◯おうちサロン ココ・ローズ こんにちは♪浦添市『おうちサロンココ・ローズ』の大城藤乃です♪ヴィーナス整体で出展します。レボリューションという美容器具を使った、コリほぐし・小顔・痩身をします。痛くない、メイクをしたままできる、服を着たままでできる、気軽なセラピーです! 認定資格を持っているのは沖縄では2人だけ! この機会にお試しくださいね! ◯縁つなぎの神様×mimilabo Okinawa 大人気の動物占いをお試し価格 【20分1000円で2人分】体験できます☆彡 生年月日がわかれば組み合わせは自由で 【パートナー、親子、友達etc…】 のバランスを紹介して、 さらに仲良くなれる方法を提案します(⌒▽⌒) ��mimilabo Okinawa 耳つぼジュエリー ◯おうちヘナスクールいめり&カラーファクトリー おうちヘナスクールいめり 頭皮、髪にのせるヘナを手の甲パックでお試しいただきます!植物100%の本物の安心安全ヘナです ★Colarfactoryカラーファクトリー アクセサリー販売 メモリーオイルワークショップ&セッション ◯おきなわ子育てパスポート おきなわ子育てパスポートPR&使い方説明&アンケート ◯こども園まある 自然素材の手作りおもちゃや雑貨。染Tシャツ。蜜蝋ろうそく ◯ママの働き方応援隊 ママの働き方応援隊は沖縄では今年6月に始まった活動です。 私たちの活動の一つである『赤ちゃん先生』についての説明などさせていただきます。 ◯It's sunny ベビー&キッズヘアアクセサリー ハンドメイド資材 ◯のりまめアイシングクッキー ・アイシングクッキーの体験ワークショップ ・アイシングクッキーの販売 甘さ控えめのサクサククッキーに、カラフルなアイシングでかわいくデコレーション。 ワークショップは、初めての方もお子さまも楽しめるデザインをそろえました。 クリスマス、バレンタイン、春を待ちわびて…。 毎回季節に合わせたアイシングクッキーをお届けします。 ◯ボディケアサロン らぱーちょ 妊婦さんや産後のお母さんのための整体 ・首肩こりや腰痛、背中痛など産前産後に見られる 身体のツラい症状はありませんか? 背骨を整えてお悩みを根本から改善していきます♪ ◯n.color ピアスやズパゲッティのポーチを作っています! ◯パン・ド・カイト那覇西町店 初出店となります。 那覇市のロワジールホテル近くに4月にオープンしました。 当店の得意とする、香り高く噛むほどに旨味を増す全粒粉やライ麦を使ったハード系のパンを中心にお持ちする予定です。どうぞよろしくお願い申し上げます。 ◯Le sourire~スリール~ ハンドメイドアクセサリー、ハンドメイドバッグや小物など ◯カフェ シーセイ カフェシーセイです。 小禄でスムージーや寝かせ玄米の販売、レンタルBOXの提供をしています。ゆるりではフルーツ等をブレンダーにかけパウチに入れて冷凍したスムージーを販売します。スムージーと相性の良いスコーンも数種類並べます。 そして「寝かせ玄米」のおにぎりも販売予定です。寝かせて甘さが増しどなた様も満足頂ける味です。またレンタルBOXのハンドメイド作品も多くの方にご覧頂きたく展示販売します。 ◯レインボーコーヒー コーヒーを中心としたドリンクと、軽食、デザートの販売 ◯Hand madeこっちゃん はいたいはじめまして。 今回、初めて出店いたします。 Hand madeこっちゃんと申します。 主に、スタイ、布小物、サンキャッチャー等をお持ちいたします。 イベントはこれが初めてのことなので、わからないことだらけですが、 どうぞ、よろしくお願いいたします ◯赤もち 赤もちは生年月日で分かる、子育て向けの個性心理学です。 その子が生まれ持った個性を6タイプの赤ちゃんキャラ、能力・才能を10タイプもちキャラで表し、わかりやすく解説したものです! 赤もちは占いではなく、統計、分類学でちゃんと証明されている学問になります。 一人一人に合った褒め方・叱り方、その子が得意とする事などがわかります。子供と向き合う中で、感じている疑問や悩み持っている方にオススメです。 ◯Little Angels Okinawa マタニティフォト、ニューボーン(新生児)から1歳までの赤ちゃん、家族写真の撮影を行っている外国スタイルのフォトスタジオです。出店では、ニューボーンから1歳までの赤ちゃんの撮影を行います。衣装やアクセサリーなどもこちらで揃えてるので、手ぶらでもOK!!また、ニューボーンの撮影がどういうものか分からない。という方の為に!衣装やアクセサリー、お写真を直接見てもらいながら、詳しくご説明致します(^ ^) ◯たじまさん家 フェルト作家の「たじまさん家」です。 フェルト生地でおままごとセットや知育魚釣りセット等を作製しています。 お子さまはもちろんですがお母さんが手にとってほほえんでいただける作品を心がけています。 普段使いやプレゼント用としてご利用頂きたいとおもいます。 ◯サロンリッチ×Ho.oponopono 指圧と美肌カウン��リング ◯ふわふわ布ナプキン♡Love Napu×まかろん (ラブナプ プロフィール) 那覇市にて布ナプキンを製作、販売しております。 ❤︎生理の時も心地良く ❤︎生理が待ち遠しくなる ❤︎内側から温めて整える ❤︎妊活ふわふわ子宮つくり etc.. 布ナプを通して、ご自愛の日々を送れるライフスタイルを提供しております︎ How to布ナプキン、布ナプキンワークショップなど定期的に開催しておりますのでお気軽にお声かけくださいね♪ ★まかろん ベビー&キッズのハンドメイドヘアアクセ ◯ワールド・ファミリー(株) ディズニー英語システム(子供・幼児英語教材)の無料サンプルCD・DVD・絵本をご興味のあるお子様、親御様に簡単なアンケートにお答えいただき、その場でプレゼント致します。サンプル以外にも来場者様にディズニーグッズをプレゼント致します。 ◯ベビマ!オキナワ 親子ベビーマッサージ体験会 スリング体験会 親子ベビーマッサージ指導者養成講座説明(希望者) 物販 ママとベビー・キッズに優しいアロマ石鹸、日焼け止め、ミツロウの保湿クリーム、沖縄の気候に合ったメッシュガーゼのおくるみ、その他いろいろあります(^^) ベビーマッサージ養成講座もあるよ!! http://babyma.okinawa/ ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 〜★〜★〜協賛〜ありがとうございます〜★〜★〜 琉球酒豪伝説/おうちヘナサロンいめり/ 株式会社リレーションシップ/ シナリー化粧品 沖縄前島サロン/Detoxcafefelicidad/BodyTalk/ ママの働き方応援隊/(株)LINKS/Little Angels Okinawa /ファンキーピエロ/ウェルネス沖縄 那覇院/Rainbow GROUP/ Y!mobile沖縄/ギャラリーダウ×yukino/小さな遊び場maruまる/ ワールド・ファミリー(株) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 今後のイベントの詳細&出店詳細は http://ift.tt/2mBggrh ★いいね!してね! ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ゆるり中部も開催してるよ! ママとベビー&キッズのためのイベントゆるり中部 http://ift.tt/1XIfKrn ★いいね!してね!
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My beloved Tiger
荒東(パラレルワールド)
ふたりが幸せになるために生きていくはなし/前編
——20XX年8月31日、神奈川県Y市の繁華街で起きた殺人事件に関するインタビュー。被告人の中学時代の同級生Tさん(男性)による証言。
「彼のことはあまり覚えていません。小学校は別々でしたし、確かにおなじ中学校へは通っていましたがそれも中学2年生までです。そのときにショックな事件があって記憶が飛んでしまって。ああ、ライターの方ならご存じですよね。……私を守っての行為だということは警察の方に聞きました。でもほんとうによく覚えていないんです。……薄情、ですか? ええ、ご存知の通り父親は非道な人間でした。でも目のまえで血のつながった父親が殺されたらショックを受けて当然ではないですか? 当時の私もそうだったのだと思います。憶測ですが。……彼との仲ですか? わるくはなかったんじゃないでしょうか。ただ私はあまり学校へ通えていなかったので、彼だけでなくとくべつ仲のいい友人はいませんでした。なぜ彼がそのような行動に出たのか私にはわかりません。彼に訊いてもそう答えるんじゃないですか。深い理由なんてきっとなかったんです。もしかしたら彼はもう私のことを覚えていないかもしれないし……。ですから、今回の事件に関してお話しできることはなにもありません。もう結構ですか?」
まるで台本通り読み進めたかのようなセリフを、まるで繰り返し繰り返し練習したかのような表情、息遣い、完璧なタイミングで間合いを置いて話す様はまるでスクリーンに映る大女優のように美しかった。インタビューアは記事の最後をそう締めくくった——。
Side:荒北 age.11
磯と油のにおいがどこへいっても鼻につく港町で育った。ひとが溢れかえる繁華街。みんな流行りの服を着て、流行りの音楽を聴き、流行りの食事を口にする。
きらびやかな町は昼と夜でずいぶん表情を変えた。昼間はただ賑やかなだけだが、夜は人々が淫猥な空気を纏っている。共働きの親が不在の夜は目的もなく繁華街の入り口で人の流れを見るのが日課だった。なかへ足を進めることはせず、補導されるまえに家へ帰った。自分が大人になり親になったら、できる限り家にいて、帰宅する子をおかえりと迎えてやろう。よくそんなことを考えた。
はやく大人になりたかった。子どもの自分では出来ないことを、大人になればすべて叶えられると信じていた。
もうすぐ日が暮れる。橙色の太陽が、町を燃やすようにじりじりと辺りを染め上げていた。つい昨日まで蝉が鳴いていたような気がしたが、いまはその声も聞こえてこない。ひやりとした肌が半袖のシャツから伸びた腕を撫でた。夏の残党もついにくたばったのだろうか。
開店前のバーの入り口に座り込んで、色を変える空と行き交う人々を眺める。昼と夜が入れ替わる、逢魔が時。少年はいつも、音もなく現れる。
「荒北」
鈴の音のように凛とした声に顔を上げると、東堂が荒北を覗き込むようにして傍らに立っていた。東堂はちいさくて細くて艶のある黒い髪が肩でゆらゆら揺れていて、はじめて見たときは女だとすっかり勘違いした。利発そうな眼はきゅっとつり上がって、口元には笑みが浮か���でいる。
ずっとひとの波を眺めていたはずなのに、荒北はいつも東堂の気配に気づけない。存在感は存分にあるのに、だ。口がよく回るのでやかましいし、ふだんから散々美的センスに欠けると東堂に言われる荒北ですら、東堂の容姿は他とは群を抜いて、とくべつなものに感じる。隣でしゃべっているときは気配も存在もちゃんと感じるのに、ひとの群れを縫ってやってくる東堂にはいつだって気づけない。
「今日はガッコ行ったの」
荒北の隣に座って膝を抱えた東堂は視線を地面に向けて、問いに対し首を横へ振った。ふたりとも学年はおなじだが通う学校は異なる。
「いや。今日は父さんが家にいろって言うから」
「ンな父親聞いたことねーよ。小学生に向かって家にいろなんてなに考えてんだ」
「それはオレにもわからん」
膝に額をくっつけるように顔を伏せていた東堂は、顔をこてんと斜めに傾けて荒北を見上げた。長いまつげが天に向かってカーブを描き、藍色のひとみを縁どっておおきさを強調している。肉付きのうすい頬が膝のうえでつぶれて、いつも弧を描く唇はすこしだけ突き出ている。キレーな顔、と思ったが、荒北はフンと鼻を鳴らして視線をそらした。そんなことわざわざ他者が言わずとも、己がいちばんよく知っているのだ。東堂尽八という少年は、自分の美しさに絶対の自信と確証がある。だからあえて言ってやらない。言葉にしようものなら余計調子に乗って口の回ること回ること。
「荒北は学校へ行っていたのか?」
「ったりめーだろ。学校行かねぇ小学生のほうが珍しいっつーの」
「ちゃんと勉学に勤しんだのだろうな?」
「ベンキョーなんてたりぃことしてられっかよ」
「また居眠りか。あまりサボってはらなんぞ」
「ガッコーサボってるやつに言われたくねぇんだけどォ」
冗談交じりの悪態に、東堂は静かにほほ笑んだ。東堂がサボりたくて学校に行かないわけではないことはわかっているが、荒北は口が悪い性分なのだ。性格上、素直にやさしくなんてできない。慰めることも、励ますことも、器用にできたら苦労はしない。
「体育はぜってーサボんねーし野球すげー面白ェーし」
「まあひとつのことを極めるのもわるくはないが」
「おまえも今度やろーぜ。休みの日にオレのクラスのダチ集めて」
「野球はルールがいまいちわからんが……あれだな、バッドで球を打ったら元の場所まで走って戻ってこればいいのだな?」
「アーまァそうなんだけどォ……。ルールもおしえてやっからァ。今度の日曜は?」
「すまん。日曜は父さんが家にいるから出かけられない」
「おまえの父親っていつまで子離れしねー気なの?」
父さんが、父さんが。二言目にはこれだ。東堂の家は父子家庭らしく、だからなのか、いつも父親の存在を気にしている。相当厳しい親なのかと思ったが、だとしたら学校へ行かせたがらないのはおかしな話だ。辻褄が合わない。でも肝心の東堂の口からは彼の父親を想像しうる情報はなにひとつ出てこなかった。おしゃべりな東堂が欠片も話したがらないということはつまり、訊かれたくないし、触れてほしくない領分なのだろう。
「さぁ。いつまでだろうな」
解を知らない東堂の声はとても無垢に響いた。ゆっくりと立ち上がった東堂を見上げる。影になって顔はよく見えなかったが、笑っているような気がした。
「野球のルール勉強しておく。いつか混ざったとき一等目立てるようにしておかないとな」
「いやぜってー目立つってェ。オメー変わってるからよ」
「そうか? 荒北も充分変わっているがな」
「ハァ? 言われたことねーよ」
「オレはおまえ以外に友人がいないのでな、比べる対象が自分しかおらんのだ」
「だとしてもオメーのほうが100倍変わってるってェ!」
緩慢に歩み、繁華街へ向かう人の波に乗る東堂の背へ声を張り上げる。繁華街のなかへ進んでいく理由は、単純に東堂の家がそちらの方面にあるのだろうと思っていた。いつも東堂はなにも告げずに去っていく。さよならもなく、つぎに会う約束もせず、現れたときとおなじように音もなく、煌びやかな町へ消えていく。帰路につくさみしそうな背中は、ほかの人々と同化して荒北にはどれが東堂なのか見分けがつかない。ひと際うつくしい子どもは、夜が訪れた町を闊歩する大人に紛れて存在感を消失する。入り口で立ち往生している荒北にはその光景をテレビの向こうの映像を眺めるように甘受するしかなかった。
***
朝晩めっきり冷え込むようになったせいで、秋を飛び越えて冬の到来を感じさせた。東堂は体のおおきさに見合っていないぶかぶかのパーカーを羽織っていたが、下はいつもハーフパンツを履いているので空気にさらされた足が寒そうに見える。抱えた膝をすり合わせて、それでも寒いとは言わなかった。
結局、東堂は何度誘っても野球のチームに加わることはなかったが、それでも宣言通りルールは会得してきたようだった。
「しかしな荒北、オレにはどうも野球が面白いスポーツには思えんのだが」
「あァ? なんでェ?」
「おなじところをぐるぐる走ってまわるだけではないか」
真面目くさった顔をする東堂の広い額にデコピンをくらわせてやった。言っていることがルールを調べるまえと変わっていない。東堂は額を両手で覆って、「痛い! 痕が残ったらどうしてくれる!」と大げさにわめいているが無視してやった。
「オメーちゃんとルール理解したのかよ」
「もちろんだ。一つのチームは9人で編成され、攻撃と守備を交互に担って競い合う球技だろう? それぞれのポジションの名前もちゃんと記憶してきたぞ」
「あのなァ~そんな簡単なスポーツじゃねぇーんだよ! もっと深ぇんだよ野球は」
「ほぉ。じゃあオレにも伝わるように説明してくれ」
「だァから説明するよりやるほうが早ぇっつーんだよ。オメーいつだったら空いてんだよ。ガキのくせにタボーなやつだな」
「オレがガキならおまえも等しくガキだぞ荒北」
「小5はまだガキだろーがよ。こまっしゃくれたしゃべり方しやがって」
「おまえはほんとうに口がわるいな!」
口をおおきく開けて豪快に笑う東堂は、高貴に微笑んで見せるときよりよっぽど年相応に見える。
東堂の家にはテレビがないらしい。荒北もクラスメイトに比べたら疎いほうではあるが、そんな荒北でもさすがに知っているような有名なドラマや芸能人の話をもちかけても、東堂は知らないと首を振った。新聞もとっていない、もちろん携帯電話など持っていない、学校へはあまり行かない、友人も荒北しかいないので、本を読むことが唯一世界を知る方法なのだと言う。東堂の家にはテレビやパソコンなどの類が一切ない代わり、壁一面に本棚があり、所狭しと本が並んでいるのでそれをじっくり時間をかけて読むらしい。教科書の文字の羅列ですら発狂しそうになる荒北には縁のない話だ。そんなに本好きなら図書館に行けばいいのにと提案したら、「貸出カードを持ってない」ときた。借りずともその場で読めばいい、と言えば、また「父さんが」ときた。「カード貸してやろうか」学校の授業で強制的に一冊借りたっきり、一度も使っていないそれをどこにやったか思い出せないまま訊いてしまったが、東堂はうーんと唸って、「いや、いい」と断った。なんで、と理由を訊こうとして、東堂の口が回らないときは深く話題に突っ込まないほうがいいという経験を積んでいたので、口を閉ざしたのだった。
テレビを見ない東堂には当然、バラエティ番組から派生した流行の言葉は通じないし、ヤンキーもののドラマや映画に登場する粗暴なセリフを真似たりもしない。東堂が用いる言葉はきっと、読んでいる本のなかから東堂が選び抜いた、本人がうつくしいと感じた表現なのだろう。普段使いするには芝居がかった、すこし鼻につく高飛車な口調。特徴的なそれがさいしょは鬱陶しく感じたが、慣れてしまえば違和感もなくなった。
日が沈む時間がずいぶんはやくなり、一瞬目を離した隙に辺りはもう暗くなっていた。夜の世界がはじまる。東堂がスッと立ち上がって闇に溶けるように人の群れへ進んでいく。肉付きの薄い生白い足がチカチカとまぶしい。
「とおどォ~風邪ひくなヨ」
もう見えない、あるいは見えているのに東堂だと判別できない背に向かって声をかける。人の波のなかから、「ゼンショする」と聞き慣れた声で聞き慣れない言葉が返ってきた。夜になった町には、数多ある店の電気や看板のネオンが荒北を取り囲むように発光して目がくらむようだった。夜のにおいを纏った大人たちに逆らうように、足早に自宅へ向かう。荒北はその日はじめて、辞書を引くという行為をした。小学校入学時に教科書類とまとめて学校側に買わされた分厚い国語辞典は、重たいという理由一点で荒北がランドセルへ入れたことはなかった。
「ゼ……ゼン、ゼンショ……善処ォ? ……ハァ? ンだアイツふつーにアリガトウって言えよ」
つぎに会ったとき部屋でひとり���いた言葉を東堂にも言ってやった。
「それはキョッカイがすぎるぞ荒北!」
東堂はまた口を開けて豪快に笑った。キョッカイ、とまたも漢字変換できない言葉が荒北の脳内を占拠する。
「国語の授業じゃねェーんだぞ!」
怒鳴った荒北に対し、なんの話だ? と東堂は首を傾げた。家に帰ったらまた辞書を引かなければならない方の身にもなれ、とおもったが、東堂は自分の知らない言葉を耳にしたらきっと嬉々として分厚い辞書を捲るのだろう。
***
冬の寒さが町を凍てつかせる頃になると、東堂は足首まである長いコートを纏うようになった。見るからにあたたかそうな、真っ黒な毛皮のコートは東堂によく似合っている。こまっしゃくれに拍車がかかって多少苛立ちもわいたが、うつくしいものの前でそういった感情は無効化されるものだ。それでも相変わらず太ももから足首まで肌が外気に曝されているので、それ見ている荒北のほうが寒さを感じる。バーの軒先にある石段もすっかり冷やされて、座るときすこしの覚悟が必要だった。東堂はコートを尻に敷いて直接肌が触れないよう工夫している。
「オメー寒くねェのォ?」
「寒い。でも短いズボンしか持ってないんだ」
「……買ってくんねェの?」
「うん」
それっきり東堂が口を閉ざしたので、荒北も追及するのをやめた。
「荒北のジャケット、背中で虎が吠えているぞ」
「これスカジャンってゆーんだヨ」
「ほぉ。オレもそういうのが着たい」
「ぜってー似合わねェからやめとけ」
「似合わなくないと思うが」
「なんだよその自信」
ウッゼ���と思い切り顔を顰めてやる。東堂はフ、と小馬鹿にするように笑って荒北の悪態を一蹴した。白い息が生み出された瞬間、跡形もなく消失する。寒さで鼻先がジンと痛み、頭がぼぉっとした。東堂は顔にかかる前髪を人差し指で耳にかけ、すこし動けばまた髪が視界を遮るので耳にかけ、という動作を繰り返している。
「髪切ればァ?」
「それはならん。うつくしさが損なわれる」
「ッゼ」
長い前髪をぐしゃっとかき上げてやると、「乱暴はよせ!」と東堂が荒北の手を引きはがそうともがいた。
「デコッぱち」
「うるさい」
おおきなつり目が荒北を恨めしそうに睨み上げる。
「デコ広いのがヤなの?」
「うつくしさに欠けるだろう」
額の広さでひとの美醜は決まらないと荒北はおもうが、こだわりの強い東堂にはコンプレックスらしかった。
「ヘェ~。自称美形のとぉどォチャンはァ、そんなちっせェこと気にしてご自慢の顔隠しちゃうんだぁ?」
「自称ではない! みんな口をそろえてオレをうつくしいと称賛している!」
「あれ、なんか頭に巻くやつなんだっけェ。ターバン? とかすれば?」
「話をきけ!」
ぎゃあぎゃあと喚く東堂を解放してやれば、艶のある黒髪はさらさらと宙を踊った。東堂は乱れた前髪を手櫛でといて、指で撫でつけている。すぐにまた乱してやりたくなったが、二度目は本気で怒ってくるような気がしたのでやめた。
ぶわ、と顔にやわらかい感触を受けて視界が遮られる。立ち上がった東堂のコートが荒北を攻撃したようだ。もしかして一度目もなかったか、と見上げた先で黒い毛皮が重厚に風を切った。
「ターバンよりカチューシャのほうがいい。荒北、クリスマスプレゼントに悩まなくて済んだな」
「なァにプレゼント要求してんだよ。しかもなに、カチューシャって」
「辞書を引け辞書を。載っているかはわからんが」
国語辞典にはちゃんとカチューシャの項目が記載されていた。そういえばクラスの女子がつけていたような気がするが、辞書にもあったように女子が身につける装飾品だ。東堂はそれがほしいと言う。本気だろうか。
翌日の朝目覚めたとき荒北は家にひとりだった。よくあることでそう珍しくはないが、ダイニングテーブルに『三日間出張で家に帰れません』と母親の字でメモ書きが置かれ、五千円札が吸い殻一つ落ちていない灰皿の下敷きになっている。喫煙者は父親のみで、近頃家に帰って来たのを見ていない。最後に洗われたっきり使われることもなかったのだろう。顔を洗い歯を磨き、身支度を整えて5千円札を二つに折ってズボンのポケットに突っ込む。スカジャンを羽織るとき、背中で虎が吠えているぞ、という東堂の声がよぎった。
荒北は久々に平日の朝、手ぶらで家を出た。学校をサボるのはいつぶりだろうか。品行方正とまではいかずとも、荒北はこう見えて根は真面目な性分なので、普段は理由もなく学校を休んだり授業をバックレたり教師に悪態吐いたりなどしない。逆を返せば理由があれば迷いなくやってのけるのだが、ただその日はどうしても学校へ行く気が起きなかったのだ。
電車で行くにも自転車で行くにも中途半端な距離にある繁華街へは、いつも徒歩で行っていた。まだ昼にもなっていないせいで夜のにおいを纏う大人のすがたは見当たらない。いつもだったら入り口で眺めているだけの町へ足を踏み入れる。いつも東堂が消えていく町のなかは夜の煌びやかさの名残もなく、会社へ向かうスーツ姿の大人と観光客が入り乱れていた。ナイトクラブや居酒屋は軒並みcloseの看板を下げているが、観光客向けの飲食店や雑貨屋はクリスマスの装飾で店を飾り客を迎え入れている。建物が隙間なく立ち並んでいるせいで町はとても窮屈に感じた。きっとこの建設物は港まで延々続くのだろう。
目についた雑貨屋は少々足を踏み入れるのに躊躇ったが、今日の目的はきっとここにあると荒北は確信して中へ入った。店員は小学生相手にも律義にいらっしゃいませと声をかけてきた。店内では二人組の女がキャッキャと話し込みながらアクセサリーを選んでいる。荒北が求めていたものはすぐに見つかった。カーブを描いたプラスチックの内側に小さなトゲがいくつもついている。色とりどりのそれは装飾が施されているものや細いものから太いものまで種類は様々だ。これが東堂のほしがっていた「カチューシャ」であることは確かだが、本当にこれを頭につけるのか、と疑問が浮かぶ。「やはり女みたいでイヤだ」と顔をしかめる姿も、「美形にはなんでも似合う」と高飛車に笑う姿も、おなじくらい想像が容易い分、どっちに転ぶかわからない。リボンや花がついているものは東堂がどうというより荒北がレジへ持って行きたくないので却下。要は前髪が邪魔にならなければいいのだから、飾りなどなくていいのだ。なんの装飾もついていないシンプルなものに狙いを定める。あとは色だ。黒、は地味だと詰るだろうか。青、白、まあわるくない。黄、ピンク、すこしイメージとちがう。ふと鮮やかな赤に視線が止まる。艶やかな黒髪に真っ赤なそれはよく映えるだろう。
レジへ持って行くと「プレゼントですか?」と笑顔で尋ねられる。一瞬プライベートな話題に突っ込まれたかと返事を躊躇ったが、すぐにギフト包装をするかしないかの質問だったことに気付いた。
「ソウデス」
視線をレジカウンターに落とした。気恥ずかしくて店員の顔など見れたもんじゃない。五千円札で支払って、千円札三枚と小銭が返ってくる。カチューシャに支払う金額として高いのか安いのかわからないが、五千円で足りてよかったなと安堵した。ポケットに釣銭を突っ込んで、ラッピングが施されたカチューシャが入ったちいさな紙袋を提げて店を出る。店内が暖房を効かせてあたたかかったせいで、外気の寒さが余計沁みた。カチューシャじゃなくてズボンを買ってやればよかったとも考えたが、サイズを知らないし、それこそデザインがどうのこうのと文句を言われる未来が予測できたのでかぶりを振ってイメージを消し飛ばす。
去年も一昨年もそのまえも、一度もクリスマスプレゼントなど渡したことなどなかったし、要求されたのもはじめてだった。そもそも当日に会っていたかどうかも記憶にない。会う約束をしたこともなく、お互い気まぐれに訪れる繁華街の入り口にある開店前のバーの軒先。言葉としての約束はなくても、あの石段のうえだけが唯一ふたりを繋げる場所だった。東堂が来ない日はひとりで人の波を眺め、昼から夜へ表情を変える町の様子を傍観していた。荒北が来ない日の東堂はなにをしているのだろう。あまり興味もなかったので訊いたこともなかった。荒北がいなくても、東堂は石段のうえに座って膝を抱えていたのだろうか。あの場所でひとり、夜が来るのを待っていたのだろうか。
***
十二月二十四日、二十五日にかけて世間では家族や友人や恋人とたのしいクリスマスパーティーでも開催するのだろう。荒北にはクリスマスに関して、これといって印象に残っている思い出がない。思い出せないだけかもしれないが、それだけ遠い記憶ということだ。
冬休みに入ったので、目覚ましもセットせずに昼まで寝る日があと二週間は続くだろう。荒北がリビングへ行くと、クリスマスらしい雰囲気のかけらもない殺風景な部屋は静まり返っている。ダイニングテーブルには万札が五枚、灰皿の下敷きになっていた。五年生だから、五枚、という意味だろうか。荒北は自分の母親がそういった発想を持った人間なのかどうかわからない。意味なんてないのかもしれない。昨日帰宅した母親と話したとき、クリスマスの話題など一切出なかったし、プレゼントはなにがいいかなんて質問をされたのはもう何年前のことだったか。母親に学校が冬休みに入ったことを伝えると驚いて、期間がいつまでなのかを尋ねられたので答えた。母親との会話はそれっきりで、灰皿は依然きれいなままだ。父親との最後の会話はもう覚えていない。
出かけ際、母親が置いて行っ��五万円はもしかしたらクリスマスプレゼントではなく、冬休み期間中の生活費のつもりだったかもしれないなとおもいながら、無造作にスカジャンのポケットへ突っ込んだ。
二十四日、東堂は荒北のまえにすがたを見せなかった。自分からプレゼントを要求しておいて勝手なやつだなと腹が立ったが、クリスマス当日は明日だ。明日は来るだろうと、おなじように紙袋を持って出かけたがその日も東堂は来なかった。あたりはすっかり暗くなり、ネオンや街灯が照らし合わせたかのように灯っていくのをぼうっと眺めた。いつもより何割増しかで浮足立った人々が町の中心地へ吸い寄せられるように歩いて行く。ついて行ってしまおうか。いつも東堂が消えていく方向を見つめた。人の波に乗っていけば、東堂に会えるかもしれない。いつもだったらそんなことおもわないのに、なぜだか今日はそんな気分になった。もしかしたら荒北も、クリスマスというイベントの雰囲気にあてられて浮ついていたのかもしれない。自分はそちらへ行けないと線引きして、立ち往生していた光景のなかへ足を踏み入れた。
町のなかは昼間のように明るく、だが決して昼間にはない雰囲気と表情で荒北を品定めするように見ていた。寒さにもにおいがある、と荒北はおもう。気温が低いつめたい空気のにおい、大人たちが纏う淫猥なにおい、港から漂う磯と油のにおい。いろんなにおいが混じって、都会の匂いを作り出している。
道行くすべての背中が東堂に見えたし、どの背中も東堂のものではないと感じた。いまこの町を歩いている人間は大多数が成人した大人なのだから、小学生のちいさな背中と見間違うはずがない。頭ではそうわかっているのに、荒北は一瞬跳ねあがる心臓を抑えられなかった。
「東堂……」
ほとんど無意識のうちに呟いていた名前は、雑踏に紛れてだれに拾われることもない。歩き続けると港が近づいてきた。磯のにおいが強くなり、潮風が肌を刺す。派手なネオンで飾られた看板がそこかしこでチカチカと点滅を繰り返しているせいで視界がうるさかった。勝手に垂れてくる鼻水をなんどもすすっていたので粘膜が痛い。寒さで指先が痺れていたが、紙袋の持ち手を強く握った。
町のおわりまで来ても東堂はどこにもいない。そもそも、いるという確証はどこにもなかった。荒北の勝手な確信に過ぎなかった。今頃自宅で父親とケーキでもつついているかもしれない。そうだったらいい。こんな凍えてしまいそうな夜に、東堂がひとりぼっちで町を歩いていなくてよかった。
気づいたらほとんど駆けるように町を彷徨っていたので、肩で息をするほどに呼吸が乱れていた。ふと視線をむけた先で、闇と同化しそうな真っ黒なコートが重たげに揺れる。
「東堂?」
小さすぎる声が届くはずもなく、背中はどんどん遠ざかり、となりを歩いていた男と廃墟のようにくたびれたアパートの階段を上っていく。もしあれが東堂だとしたら、となりの男は父親だろうか。そしてあの歴史に取り残されたかのようなアパートは、東堂の家なのか。心臓が早鐘を打つ。もし荒北の憶測が正解だったとしても然程驚くことではない。なのに、得体の知れない焦燥感が肺を満たして呼吸が苦しくなる。有り体に言って、荒北は緊張していた。見てはいけないものを見てしまった時のようなバツの悪さが、じわりと体を這うように纏わりつく。
部屋に消えたふたつの背中。ひとつは大人の男のものだった。もうひとつは、その男の腰上あたりまでしか背丈のない、子どものものだ。荒北は呼吸を出来るだけ整えて、アパートへ歩み寄った。そっと階段に足を乗せ、ゆっくりと上る。ふたりが入って行ったアパートの玄関には表札も、部屋番号を示すものすらなかった。チャイムを鳴らすかどうか迷った指先はドアノブに這わせた。そっと音を立てないように時計回りに回すと、鍵がかかっていないことに気付いて思わず息をのむ。不法侵入、という四文字が頭をよぎる。
見かけほど老朽化は進んでいないのか、玄関の扉は荒北の努力も手伝って、とても静かに、ほとんど音もなく開いた。同時に、なにをやっているんだ、と頭のなかで警音が鳴った。もし見間違いだったら荒北は警察へ突き出されるかもしれない。見間違いでなくほんとうに東堂だったとしても、あとをつけて自宅へ不法侵入など、許してもらえるかどうかわからない。
室内は明かりが灯っていなかったが、玄関から見て正面にある窓から繁華街のネオンが差し込んで、部屋を心もとなく照らしてい��。でも室内の様子を窺うには、その光だけで充分だった。畳の上に敷かれた布団のうえで、ちいさな体を押しつぶすように、おおきな背中が覆いかぶさっている。そういったことに対してほとんど知識がない荒北でも、この部屋でいまなにが行われているのかを理解するのに時間はかからなかった。テレビのなかでしか見たことがない光景が、眼前で繰り広げられている。自分はなす術もなく甘受し、立ち尽くすしかないのかと呆然とした。ドアノブを握る手が汗で滑り、玄関が派手な音を立てて閉まって目の前の光景を遮断した。ぶわ、と音が聞こえたかと錯覚するほど一気に冷汗をかいた。
東堂じゃない。あれは東堂ではない。きっと見間違えたのだ。今日だってずっとそうだった。東堂ではない背中を東堂だと思い込んで、結局すべて違っただろう。荒北はその場から動けず、祈るように自分に言い聞かせた。東堂じゃない。東堂じゃない! 祈るように。つまり、荒北はもう気づいていた。
目のまえの扉がそうっと恐る恐る開かれる。荒北はぎゅっと閉じていた目を開き、扉を開けた人物の横をすり抜けて土足のまま部屋を走った。背後で大人の男の低い声がしたが、荒北の耳にはほとんど届かなかった。
「あらきた」
シーツを裸のからだに押し当てて、驚愕の表情を浮かべる見慣れた顔と自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声に絶望した。部屋に雪崩れ込んだ瞬間ですら、この少年が東堂でなければいいと願っていたのだ。あまりにも非現実的な光景に、体が拒絶反応を起こして嘔吐してしまいそうだった。
「…………コイツ父親?」
玄関先で固まっている男を睨み上げながら荒北が問うと、東堂は返事を躊躇うように視線を泳がせた。
「東堂」
ずいぶんと苛立った声が出た。その感情は東堂というより得体の知れない男へ向けたものだったが、東堂はあからさまに肩をビクッと揺らして怯えた。
「ちがう、ちがう。父さんじゃない」
「じゃアイツ誰なんだよ! なんで、なに、……オメーなにしてんだよ?!」
「……帰れ。はやく、帰ってくれ」
「はァ?!」
東堂はいつものように膝を抱えてそこへ顔を埋めた。表情が見えない。東堂の言葉の意味が理解できない。ひとりでなど、帰れるわけがない。スカジャンを脱いで東堂の肩にかけた。黒いコートは玄関先でくしゃくしゃになっている。男は随分動揺していたように見えたが、小学生が相手であることを思い出したのか、ゆっくりと荒北の方へ歩み寄ってきた。目のまえにひらりと紙が落ちてくる。三枚あるそれは、男が財布から取り出して降らせた万札だった。一瞬理解ができず、ふとスカジャンにのポケットに突っ込んだ五万円の存在を思い出し、「クリスマスプレゼントか?」と間抜けな認識をした。すぐにそうではないと気づいて、布団に着地した紙幣をぐしゃっと握りつぶす。大人はいつも金でどうこうしようとしたがる。それでどうにかなると思っている。金がほしいなんて一度だって口にしたことはない。荒北がほしいものを大人たちは知ろうともしないくせに、偉そうに金を寄越して満足な面を浮かべる。
「いらねぇよ。コイツ連れて帰るからどけオッサン」
蹲っている東堂の手を引くと、いやだと抵抗をみせる。細い腕からは想像できないほど強い力に驚いて、荒北はパッと手を離して東堂の頭頂部を見下ろした。赤いカチューシャはきっとこの髪に映えるだろうと、場にそぐわない呑気なことを考える。男がなにかしゃべりかけたが、それを遮るように東堂が口を開いた。
「……」
「は? なんてェ?」
東堂の声は膝に顔を埋めているせいかくぐもって聞き取りづらい。
「オレにはそれが必要だと言ったんだ!」
顔を上げた東堂は荒北がてのひらで潰した万札を顎でしゃくって声を荒げた。東堂が負の感情をむき出しにする姿を見るのはこれがはじめてだった。荒北は自分の手の下でぼろぼろになった万札を見下ろす。心臓はドクドクと大きな音を立てて鳴り続けているのに、頭だけが冷えていくのを感じた。
「……金がありゃあいいの?」
喉が引きつるような感覚がして、絞り出すように放った声は震えていた。荒北は自分が泣きそうになっているのだと気づいて、眉間に力を入れて必死に涙を堪える。ポケットのなかでくしゃくしゃになっていた万札を、震える指で取り出して東堂の足元へ置いた。自分が軽蔑した大人たちと同じ行為をしていることがたまらなく悔しかった。でもそうする以外に東堂をここから連れ帰る方法を見いだせなかった。
東堂は驚いたようにおおきな目を見開いて、すぐにくしゃりと顔を崩して泣き出した。子どもみたいにエンエンと声をあげて泣く姿を見ながら、東堂はまだ子どもなのだ。自分と同い年の子どもなのだと、まるでたったいま気づいたかのように思い出した。
「東堂。おい、帰ンぞ」
腕を引いても東堂は動こうとしなかった。嗚咽を漏らしながら首を横に振る姿に、苛立ちより焦燥が勝る。
「東堂」
ほとんど懇願するような声が出て、いよいよ涙を堪えるも限界だった。ハァ、と大きく息を吐く音が頭上から聞こえて、荒北の体はほとんど強制的に男の片腕で引っ張り上げられた。布越しに荒北の腕を掴む男の指がついさっきまで東堂に触れていたかと思うと、肌が粟立つほどの憎悪と怒りを感じた。
「触ンな! オイ離せッ! 離せよ!!」
無理やり立たされた荒北は抵抗も空しく玄関まで引きずられ、床に丸まっていた東堂のコートを乱暴に投げつけられる。
「あ��子は君に帰れと言っただろう?」
男は町を歩いていれば五人はすれ違いそうなほど平凡な風貌をしている。口調こそ穏やかだが男の発言には有無を言わせない圧を感じた。男に対する恐怖はなく、頭がおかしくなりそうなほどの怒りが荒北の体躯を震わせた。
東堂を連れて帰るという自分の選択のほうが男の行いよりよっぽど正しいという確信がある。それなのにどうすることもできない無力さが、悔しくて情けなくてついに涙がこぼれた。自分が子どもであるがゆえに、非力なばかりに、東堂を助けてやることも守ってやることもできない。
男はゴミを捨てるように荒北を外へ追い出してドアを閉めた。施錠をする音が、外に放り出された荒北を遮断するように重たく響いた。たった一枚、扉を隔てた向こうに東堂がいる。でも荒北はその部屋から東堂を連れ出す術を持っていないのだ。
階段の手すりにうすく雪が積もっている。空を見上げると、音もなく雪が舞っていた。急に寒さを思い出して、仕方なく押し付けられた東堂のコートを羽織った。黒い毛皮のコートからは、荒北の父親とよく似たにおいがした。煙草のにおいだ。きっと東堂が吸っているわけではなく、東堂の身近にいる大人が吸っているのだろう。
足早に町を歩きながら、引っ込んでいた涙がまた溢れて止まらなくなった。すれ違ったときだれかが「ホワイトクリスマスだ」とつぶやく声が耳に滑り込む。クリスマスというワードを聞いて、荒北は自分が紙袋を持っていないことにようやく気付いた。きっとあの部屋に置いてきたのだ。大事なものをすべて、あの部屋に置いてきた。早歩きはいつのまにか駆け足になって、ネオンが輝く町を一度も振り返らずに、息を切らして走り抜けた。
***
まえは人混みを歩いてくる東堂の気配を感じ取ることができなかったのに、今日は遠くからでもはっきりと認識ができた。それを荒北はかなしくおもう。理由はうまく説明できない。
目が合うと、東堂は口角をきゅっとあげて、すこしだけさみしそうに見える笑顔を浮かべた。荒北が似合わないと言ったスカジャンは存外、生意気そうな東堂の風貌によく似合っていた。生意気そう、ではなく東堂は実際も生意気でこまっしゃくれの癇に障るやつだ。でもほかに代えのきかない、唯一無二の大切な友達だ。ついでに赤いカチューシャは荒北の読み通り、艶のある黒髪によく映える。
「似合ってンじゃん」
東堂は片膝を立てて座る荒北の目のまえで仁王立ちし、スカジャンを見せつけるように両手で引っ張ってみせ、そのあと「こっちか?」とカチューシャを指さした。「どっちも」と言えば、至極満足そうな顔をする。
「スカジャンは返せヨ」
「ああそうだったな」
そう言いながらも東堂は返すそぶりを見せず、いつも通り石段に膝を抱えて座った。
「荒北は似合ってないな」
つぎに会ったら返そうと荒北が着てきた黒い毛皮のコートを見ながら東堂は笑う。
「ッセ。似合ってたまるかこんなダッセェの」
小学生が着るには身の丈が合わないと思われる黒い毛皮のコートは、東堂が着るとしっくり馴染むのに、荒北が着るとただただ不格好だった。
「荒北にしてはなかなかセンスあるじゃないか。見直したぞ」
東堂はカチューシャに触れながら機嫌よさそうにしている。うれしそうな姿を見るのは荒北としても気分がよかったが気恥ずかしさも拭えなかった。
「これ買うのスッゲーはずかったんだけどォ。もうぜってェーやだ」
東堂はわはは、と豪華に笑う。その笑顔がすきだ、と荒北はおもう。口をおおきく開けて笑う無邪気な顔が、ほかのどんな表情よりも。
今日で今年が終わろうとしている。東堂に会うのはクリスマス以来だったが、もうずいぶん長い時間あっていないような気分がした。もう二度と会えないような気がしていたが、案外あっさり、いつも通り顔を合わせて、いつもどおり軽口を叩いている。直接的な話題に触れそうで触れないギリギリのラインを探りながら、自分たちの日常を崩したくないと、すくなくとも荒北はそう願っている。
ほんとうだったら詰め寄って、洗いざらい聞き出してしまいたい。その行為は東堂を深く傷つけるのだろうと予測ができたので、荒北は口を開いて、出しかけた言葉を飲み込んで、息を吸って吐いてを繰り返した。
「荒北」
東堂はスカジャンのポケットをまさぐって、きれい折りたたまれた万札を荒北の目のまえに差し出した。荒北がしわくちゃにした紙幣を、きっと丁寧に手で伸ばしたのだろう。あの日の光景が脳裏をよぎる。繁華街のネオンが差し込む四畳半を、荒北は一生忘れられないだろうとおもった。
「これを返したくて来たんだ。……もう会えないかとおもった。ここにいてくれてよかった」
まるで別れの言葉のようだった。耳に入り込む言葉すべてにさみしさを感じて、荒北は視線を地面に落としたまま顔が上げられなかった。きっと情けない顔をしているだろう。
会う約束をしたことはなかった。東堂がここへ来る理由を訊いたことはなかったし、ちゃんと考えたこともなかった。いま東堂は明確な理由と荒北に会うという目的を持ってここにいる。それがさみしかった。理由などなくても、目的なんかなくても、約束をしなくても、当りまえのようにそばにいたい。
「荒北? 泣いているのか?」
茶化すような声色に腹が立ったので、顔を覗き込んできた東堂を手で追い払った。
「なんでそうなンだよ。泣いてねーよ」
「ならいいんだ。ほら、はやく受け取ってくれ」
差し出された万札を受け取り、手のなかで広げてみる。
「なにがほしい?」
紙のしわを指で伸ばしながら問いかけると、東堂は歯を見せておかしそうに笑った。
「わはは。まだクリスマスプレゼントをくれるのか?」
寒さで鼻の先を赤くした東堂は、暖を取るように膝のうえで指先をすり合わせている。荒北は黙って東堂の横顔を眺めた。もしほんとうに神様というものが存在して、東堂にうつくしい容貌を与える代わりに子どもでいる権利を奪ったのだとしたら、荒北は神になど一生祈らないどころか恨んでやる腹積もりだ。
「荒北が静かだと不気味だな」
いつもだったら何かしら言い返すところだが、荒北は視線を自分の指先へ落として万札のしわを黙々と伸ばし続けた。その些細な異変を感じ取ったらしい東堂も軽口を引っ込める。しばらく町の方を眺めていた東堂は、おおきな目に光をたっぷり集めて荒北を見た。
「……オレがほしいものは金では手に入らんよ」
でもありがとう、と東堂は静かに笑う。そんなかなしい顔で笑うな、と咎めてやりたかったのに、喉が焼けるように熱くなってそれもままならない。鼻の奥がツンと痛んで、目に涙が滲む。
「……とお、どぉ…………ご、めん、ネェ」
涙がこぼれてしまわないようにと堪えながら絞り出した声は、情けなく震えている。咎めて、詰ってやりたかったのに、実際に出たのは謝罪のことばだった。伏せた横顔に東堂の視線を感じた。言葉にならない嗚咽が漏れて、とうとうこぼれた涙がズボンに染みをつくる。東堂は黙っていた。荒北のつぎの言葉を待っていたのか、返答を迷っていたのかはわからない。
沈黙が何分か続いて、荒北が乱暴に涙で濡れた頬を拭って顔を上げたとき、東堂は困ったような顔をして荒北を見ていた。
「すまん。荒北がオレのために泣いてくれたのがうれしくて。でもニコニコしたらおまえ怒るだろう?」
「はァ?」
ずび、と鼻をすする音がずいぶん間抜けに響いた。ほら怒った、と東堂は荒北を指さす。
「この間も……クリスマスの夜も、荒北は泣いていたな。オレのために涙を流してくれた」
「あれは……ってかべつにテメェのために泣いてるわけじゃねェよ。オレが……」
「うん」
「……オレがガキだからなんもできなかった。……オメーのこと助けてもやれないし守ってもやれねェんだ」
「うん」
「……だから、ごめんネ」
「わはは! おまえが謝ることではないな!」
東堂は快活に笑って、そのままぽろりと左目から涙をこぼした。顔のラインに沿って流れた涙が顎で引っかかって、ぽつんと東堂の膝へ静かに落ちた。
「とおど、」
「すまん」
東堂は両目からぽろぽろ涙をこぼして声も出さず静かに泣いた。あくびは隣人にうつると言うが、ひょっとしたら涙もそうなのだろうか。
いま自分が東堂にしてやれることはなんだろう。大人の庇護のもとでしか生きられない無力な子どもが、おなじく無力な子どもに、いったいなにをしてやれるだろう。拙い頭で考えてみても、答えは出ない。
「東堂ォ。オレはオメーを助けてやれないし……守ってもやれない、から、……幸せに、する。ぜってェ、幸せって思えるような人生送らせてやる」
でもひとつ、いままでしたことのない約束を取り付けてみる。約束というより宣言というべきか。漠然としていて信憑性には欠けるが、自分なりの覚悟を持って言葉を選んだつもりだった。
「ッフフ、なんだそれ、プロポーズみたいだぞ」
涙を流しながら、東堂は肩を震わせて笑った。そんなつもりはなかったが言葉で指摘されると確かにそう捉えられても仕方ないような物言いだったかもしれない。そう自覚すると、羞恥で顔に熱が集まり、耳まで赤くなっている気がした。
「バァカそうゆんじゃなくてェ……わかれよ! オレより頭いいンだからよ!」
「わはは、うん、そうだな。わかる、荒北の言いたいことはわかる。フフ」
「テッメなに笑ってんだよ! オレ真面目にゆってンだけどォ?!」
「うれしいから笑ってしまうんだ。許せ荒北」
笑いながら泣くなんて器用なやつだな、と呆れながら東堂を見た。東堂は涙が引っ込むとスカジャンを脱いで荒北へ渡した。
「すまんね。交換しようか」
「オレこれ嫌いだわ」
重たいコートを脱いで、手渡されたスカジャンを受け取る。煙草のにおいはついておらず、代わりに柔軟剤のようなあまいにおいがした。
「わはは! おまえには10年はやい」
「ッセ!」
あながち間違っていないような気がしたので否定はできなかったが、腹は立ったので舌打ちをしてやった。立ち上がった東堂は荒北が渡したコートをばさりと音を立てて羽織る。それがあんまり様になっているので、荒北は黙って東堂の背を眺めていた。
東堂の手を取って引き留めてやりたい。行かなくていいと、ずっとここにいようと言いたかった。それが東堂の救いにならないとわかっている。荒北の身勝手でしかないとわかっていたから、なにも出来ずに見送った。
歩き出した東堂は振り返り、「じゃあまたな、荒北。よいお年を」と出会ってからはじめて挨拶をして去っていった。また、なんて約束をしたくはないのに、その言葉に荒北がどれだけ安堵したか、東堂は知らないだろう。
「またネ。……よいお年をー」
荒北が返事をすると、東堂は手を振って人の流れに飲まれていった。もう見失わない東堂の背を、見えなくなるまで見送った。
(つづく) My beloved Tiger/171015
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