#代打パーソナリティ
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crydayz · 5 months ago
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240722 EXTRA
自分メモ:
今日のタスク:倉庫代金の振込 ジャックス未払の振込
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無料枠というか、身内以外(端的に言うと条件次第で���にもなるような人々)が観ているところでネガティ���な事を書くのはリスクだ
基本は建設的で道徳的でポジティブな...
ある意味お為ごかしとも取れるような当たり障りない事を書いていればいい
そういうの書くのが億劫ならそもそもなんも書かないほうがいい
そうだな、それはそう
だがいいのだろうか? 僕のポジティブなテキストというものは「視野狭窄の箱の中で幸せの花が咲き乱れる狂気そのもの」だ
僕が本気で主観的幸福について語ったところで むしろ誰からも共感不能な「勘違いドンズレ幸せ宇宙」が展開されるだけだ
そういう自分だけの「ストレス除去システム」を持っているからこそ「表社会のストレスにダメージ受けてるフリ」してルサンチマン気取って「遊べる」のだ
例えばどんな時でも主観的時間を「一時停止」して「脳だけ活性状態のまま熟考できる」特殊能力持ってたとして、その能力で得た気付きをわざわざ他人にシェアしないだろう?
他人が共感不能で応用も不可能で再現性も乏しい「ラッキー」にまつわる物語は、シェアしたところで「一体誰の為の何の話?」って思われてしまう
再現性も普遍性もない「想像の枠を遥かに越えた幸せな物語」は薬物用いて観る幻覚と差異がない
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まあ、同じ薬物使えば似たような幻覚見られるという点で再現性はあるっちゃあるが...(社会性がマイナス域に入っちゃうので、死の淵に立たされ苦しみの絶頂にいるような人がやる場合除き肯定できない)
僕は妻と出会えなければ物理的 / 社会的に氏んでいたという確信がある
つまり妻の存在は僕にとって「死にかけの人間の痛みを取り去る薬物」だった
もし僕が生きる気力に満ち溢れた状態で妻と出会ったなら、むしろその出会いは僕の人生を狂わせ不幸へと導く毒として働いたかもしれない
悲しみや虚無感を打ち消す為には、自身のそれを遥かに上回る悲しみと虚無を凄い勢いで外からぶつけられるしかない
つまり自分が想像&実感するシリアスさ(往々にして他者との比較による死にたさ)を遥かに越えるシリアスさぶつけられる事で自分という存在が相対的に「ギャグ化」される
それによって当たり前に「救われる」のである
ギャグ時空に入ると とりあえず生き延びられはするものの、仕事をする気がゼロになってしまう。ギャグキャラというものは社会や現実に対する責任を一切負わない(負えない)からだ
不老不死キャラが「ぼんやりとした眠たげなパーソナリティ」になるのは「他人と同じ世界や時間軸に所属していないから」だ
だから自身をギャグキャラ化して「死ぬ理由」キャンセルした後は、ほどよい真剣さと建設性取り戻して「自分はこの世界で活躍し自尊感情満たしながら生きる権利がある、もとい使命がある」と思い込まなければならない(そうしないと社会に対する信頼感とリアリティが喪失して貯金が尽き、再び「死ぬ」以外の選択肢がなくなってしまう)
人はどんなにキャリア重ねようと優れた知性を獲得しようとも「自身の人生には何の価値もなかった」と思い込むことができるように設計されている
それはそう設計されているんだから仕方ない。その視点に切り替えたら最後、あらゆる他者の言葉を無視して破滅の道へと突き進む「暴力性」を持っている
理性や知性の存在が動物的な本能や判で押したような退屈を拒絶し「自決」という「非・本能的レア行動」を選び取らせる
だからこそ心療内科で自殺志願者に処方される薬の半数は前頭葉の働きを鈍らせ「人間性を抑える」ものになっている
理性を研ぎ澄ませて無用な自分を「処分」できるなら、理性の力で理性を抑えて「無用な自分を有用と錯覚させる」事も当然できるのだ
最も、自分もそれができるようになるのに15年以上の歳月を要したが...
ああ、でも諦めないでほしい。10代後半で既に僕以上の「精神操作」を実現している人間をDiscord上で観測している
つまり、できるやつは数年で僕がストレス回避に用いている「楽天思考」を獲得できる
楽"観"思考というのは「悪いことなど多分起きないさ」という「思考停止」を内包する思考法
楽"天"思考は「悪い出来事が発生しようともそれは長続きしない、必ず人生はいい方向へと進んでゆく」という「自浄作用への信仰」を含んだ思考法
これはアドラーが唱える「共同体感覚」とまったく同種のものである
自分の半径100kmの人間が全員悪人であろうと、その輪の外側には必ず建設的で道徳的で優しい人々のコミュニティがある
だから自分の周りに蔓延る悪意を「現実」として認識する必要は一切ない
信じるべきは世界全体(もっと言えば宇宙全体)の「善意」の和であり、卑近な現実で観測できる悪意や諦観に「リアル」を見出すメリットはない
ほんとこの「ともすれば異常」と評価できる視点を10代、20代で獲得している人間は一体なんなんだ?? って思う
押し並べてその視点を獲得しているのは女性だ
ヘテロ男性で若くしてその視点を獲得している人間は極めて稀
男性は卑近な現実の不幸に対し影響を受けすぎる
「不幸の実感」こそが自分と他者を、ひいては世界全体を不幸にする事はもはや自明の理だというのに...
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kennak · 2 years ago
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父親、70代半ば。定年してから家ですることないし何もしないし酒飲んでばっかり。人との関わりもできないし社会と関わり持つようなこともなくて時々2階の自室から降りてきて、家族にあることないこと文句言う。で、本人もコミュ障なのかアスペなのかわかんないけど、酒飲んでなくても認識がおかしいところもあるし、何よりも怒る事くらいしかエンタメがないのか、過去の嫌だった事を1人で煮詰めて、それがグツグツしてペースト状のドロドロになった頃に人にぶつけたりする。友達とかはいない。一緒に遊びに行く友達の存在とかもほぼ居なかったと思う、聞いたことない。すぐに人をこき下ろしたがるのでだれも仲良くしないと思う。極端に、周りを見下すことでしか自分の優位性を保てないんだと思う。テレビ見ても雑誌みても、フン、て偉そうに多分何も知らないのに間違っとるとか批評家気取りのズレたご高説を垂れるばかり。聞いてる側も気分悪いのでいつからか家族もまともに返事しなくなった。気を使って話しかけても、自分すごいorお前は大したことない、の話しかできないから。目的があって外出するのは月に1回の通院と、タバコと酒買いにコンビニ行くくらい。地方都市なのでヨボヨボだが車を運転していく。食事も、家族��作ったものは選り好みするし決まった時間に食べる習慣もな��し、置いてあるカップラーメンやチルドうどんとかを食べてたりする。スーパーの弁当なんかも置いておくと食べてたりする。で、最近特にひどくなってきて身体も思ったように動かなかったりとかの不安もあるんだろうけど家族への暴言や暴力が頻度が高くなってきて、限界も近くなってきた。夜中に家族の寝ている部屋で訳のわからない気分悪い話やどうしようも無い人のルーツを馬鹿にする発言をしたり、扉をデカい音で閉会したり、テーブルにコップをゴンゴンあてたり、階段をわざと大きな音で歩いたりとか、もう明らかな異常性がでてる。父親本人は構ってほしくて構ってほしくて仕方ないんだろうけど、本当に話すネタも自分かわいそう、か誰かしらが悪い、くらいでつまらないし、無視してると嫌がってるのに顔を無理やり覗き込んできたりとか、反応貰えるのがそんな事しか思いつかないのかロクな事をしない。第三者にSOSを出すとしたらどこなんだろう?暴れる(大声の暴言含む)時に7119とかは迷惑?それとも警察?保健所に相談したらどこかと繋げてくれるんだろうか。アル中単体とかなのか、性格だったり心の障害なのか��判断できないし、かと言って本人が自ら精神系やカウンセリングみたいなところに行けと言っても絶対行かないだろうし、何をどうしたらいいのかわからない。病院では暴れてる事なんで自己申告してないだろうし、下手すると本人も覚えてないから、酒の飲み方も週に2回飲まない日作ればいいとか言われてるらしいけど怯える日が増えるので家族としては正直余計な事を、と思わずにいられない。今月になってから、目立つ飲酒時の奇行とかはスマホのメモ帳に付け始めた。他に準備できることあるんだろうか。【追記】散歩くらいしたらって言ってるんだけど、行かないね家の周辺歩くのに人の目が気になるなら山とかの駐車場に車止めてその辺15分くらいでも過ごすと違うと思うんだけどね習い事も、きっと周りを馬鹿にして自分スゴイをやるし、そもそもそのお金を払うのが馬鹿だと思いそうきっと行った店の店員さんにも変なキレ散らかし方してご迷惑かけてそう【追記】たくさんコメントあって驚いたのと、有難いのとこの手の高齢男性って多分たくさんいるんだろな自分も含めてこれから歳をとる世代のみんなは、苦手な人こそどうか感謝と謝罪を口にできる訓練をしておいてほしいそういう意固地って自分の行動範囲を自分��ジリジリと削り続けてなんでだよって逆ギレかますみたいなもんで、周りはドン引きしかしないし手を差し出す事もできればしたくなくなっちゃうから社会と関わりがなくなるとこうなるんだと思うけど本人ももう働いたりする気はないみたい犬は飼ってるけど、ペットの管理で過去にやらかして信用もないし、犬自体もやっぱりおかしいのがわかってるから懐かない、懐かなくて犬も文句をいう材料にする、の負のループ昔から犬の散歩もしないし犬の粗相も家族にオイ、って知らせて犬の世話をしてる気になるタイプだったとりあえず保健所や福祉系のところに相談実績を作るから始めようと思う高齢者でも性欲ってあるんだね、母親の体をなんとかして触ろうとしているときがある、それがまた自分本位なので本当に醜悪で…コミュニケーション能力や相手をちゃんと人として扱うって大事すぎるなって父親の尊厳を傷つけるのはと思っていたけど、向こうはこちらの尊厳をゴリゴリに削ってくるんだからストレスすごい、それでもここで吐き出せてよかったです実は2年前に父親は食事もまともに取らず酒飲んで寝てたので意識がなくなって?救急搬送から月単位での入院のコンボをかましている部屋は見事な酒の紙パックだらけだった、腰の高さで埋もれるくらい昔見かけた競売物件で「まる」だらけの部屋があったけど、あれプラス謎の溜め込んだ金属ゴミ系(空き缶を切ったりした物は破片が危なく片付けに苦労した)趣味がなかったり、人を馬鹿にしないと生きていけなかったり、せっかく死にかけたところから戻ったのに何も見つけられないのはどうしたらいいんだろう、1人でできて金もかからない、前向きな気持ちになれる気軽な趣味を見つけてほしい【追記】初めて匿名ダイアリーを使うので、返信のお作法がわからないのですがいただいたコメントは基本目を通しています。共感いただく方が複数いるという事は少なからずあるパターンなんですね。増田本人の心配をしてくださる方のお声もありがたいです。コメントの通り、どうやって本人を福祉なりに繋げられるように連れていかせるかが焦点になるでしょうか通院先は総合病院で(入院したところなのでその辺の事情のデータも残っているかもしれない)ソーシャルワーカーもいるのでそちらあての相談もできないか調べようかなそういえば思い出した、以前に地域包括支援センターの方が本人に会いにきたのだけれども怒鳴ったり暴言吐いて追い返したらしい、自分はその場にいなかったから後から聞いた。訪問されたスタッフなんて正社員でも何でもないモンが、偉そうに指図しやがって、的な事を言っていたらしいのだが正社員なら言うこと聞くわけでもなかろうに誰の言うことなら聞くんだろう【追記】ネットを検索してもなかなか見つけられなかったヒントが、吐き捨て目的の匿名ダイアリーのブコメでこんなに集まると思わなかった、集合知に感謝です。既に終わった人も大変だったろうしなかなか人には言いづらい事を教えてくれて助かります、これからに備える人も何かしらの参考になるなら書き殴りの文だけど、できそうな対策を1度考えてみてもいいのかなとたくさんいただいてる意見の中の認知症疑い、これは多少ある気もしますが、それで急におかしくなったわけではなくて元々の本人の性格におかしなところはありました。働いてる時でもいきなり癇癪起こして自室から数ヶ月出てこないとか定期イベント。一緒に住むなら心をフラットにできる薬を服用してほしい。あとは睡眠薬等で夜中に寝て朝に起きる癖をつけて欲しい。夜中や早朝に異常行動起こすのは思えばここ数年…?そう思うとだいぶおかしいのか。増田が同居してるのが悪いって意見、考えたことも無かったですがそれもあるかも知れません、しかし離れた県外で結婚して家庭をもっている兄弟(息子)への暴言や難癖もひどく、結婚相手の実家に対する根拠もない差別発言を聞いて、同じように自分が家を出たところで文句を言う材料にするんだろうなと。で、あいつも悪いから何も相続させん!とか叫んでそう。他者が悪い、すなわち自分は正しいという思い込みしか拠り所がないんですかね。あと、自分が同じ部屋にいる時は比較的おとなしい。自分の部屋に怒鳴り込みにはこない。ターゲットは基本母親。娘の前では少し理性が働くのかフルスロットルにはならない、少し前に母親殴りそうな時に平手打ちしてメガネぶっ飛ばした。その時に力でも勝てないのも理解したんじゃないかな。反撃しようとして半世紀前に習ったか何かの空手かなんかの型みたいなので威嚇してきたけどびっくりするほど痛くもない肩パン。色々書きながら思い返すとやっぱりダメですね。物理的距離を取る、を第一目的に動こうと思う。前に支援センターの人が来たのは何だったかな、近所に呼ばれたとかではなかった。入院してて退院前後は介護認定3がもらえた(という表現もおかしいが)ので話早いといいな酒で入院した時はウェルニッケの疑いの話されたけど、なんか案外元に戻ってしまった。酒飲むの止められない人、極力減らすのが1番だけど各種ビタミン忘れず取ってね。酒のカロリーで生きてもロクな事ないですよ。結婚したら一生セルフケアしてもらえると思ってた世代ってあるのかな。成功しないのに察して察してを続けて、何かこちらが提示しても後出しのイヤイヤ。70代のイヤイヤ期なんて情けなさしかないからそういう思想なくなればいい。教育テレビで尊大な自尊心を穏やかに丸くさせるような番組とかしてくれたら助かるんじゃないか【追記】思いのほか拡がってしまい戸惑ったけど、たくさんのためになる情報をありがとう「自己愛性パーソナリティ障害なんじゃないか」の声を複数見かけて、調べてみたら全てが当てはまって今までの奇行にも納得がいくし、本人幼少期にロクな扱いされてなかった話は聞いた事もある(田舎の次男)、診断こそおりてないけど多分そう。少なくとも対処法が近いのでこちらも考えやすいしお互いのつらさは少し減らせるかもしれない。今の父親本人は暴れたあとの落ち込みタイムとでも言うのか、これも定期イベントだけどしばらく大人しくなる期間ぽい。このやらかす→大人しくなる、の繰り返すスパン短くならないといいなソーシャルワーカーさんにも相談したし、あとは地域包括支援センターにも話を通したりしながらどうにか改善できるように手探りしていこうと思う。将来が不安だったり、不安定な身内がいる人たち、自分も含めて穏やかに過ごしていけるといいね。日光浴して、肉食って、歩いて、無理せず笑える日常がそこにありますよう。
父親狂い始めてどうしていいかわからない
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elle-p · 2 years ago
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P3 Club Book Mitsuru Kirijo short story scan and transcription.
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桐条美鶴の暴走
桐条美鶴は悩んでいた。
どうやら、自分は普通の同年代の女子とは、少し違っているらしいのだ。
思えば、いままではシャドウとの戦いと、勉学に明け暮れる毎日だった。愛する父親のため役立つことなら、どんな苦労も厭わなかった。そしてそれは、ごく普通のことだと思っていた。ごく最近までは。
きっかけは、やはり修学旅行だろう。日ごろの学校での勉強と違い、たとえ数日のことであっても、学友たちと朝から晩まで寝食をともにすることで、ほんのちょっと、自覚せざるを得なかった。何というか、一般常識的に、自分は少しズレているのではないか、と。そういえば特別課外活動部の仲間も、生徒会のメンバーも、自分から距離を置いているのではと思えることが、しばしばあるような気がする。
つい先日も、真田明彦に「なあ、私は······普通とは違うのだろうか?」と率直に相談してみた。美鶴の質問を聞いた明彦は、いつもの爽やかな笑顔のままピクリとも動かなくなり、たっぷり1分ほど時間を置いた後に、個性というものがいかに大切か、ひとりひとり違う人間とはなんと素晴らしいことかといった内容で熱弁をふるい、歌を歌いながら立ち去った。曲目は『世界にひとつだけの花』。最後まで、美鶴と目を合わせようとしなかったのが、印象的だった。
これはやはり、遠回しに「問題あり」と言っているのだと、さすがに理解できた。
生徒たちの上に立つ生徒会長として、そして特別課外活動部を率いる責任者として、これではいけない!いまさら、一朝一夕で一般常識とやらを身につけることは不可能だろうが、せめて、せめて周囲の人々に慕われるような、そんな人間になろう!そう美鶴が発奮したのも、無理のないことだろう。そして、彼女の性格上、行動は迅速だった。---はた迷惑にも。
「か······会長っ?いま、何と言······」
「ど、どうかしたのか?い、いや······違うな······どうかしたの?ち、千尋ちゃん?」
「か、かいちょおぉぉぉつ!?」
生徒会室に、生徒会会計である伏見千尋の絶叫が響き渡った。美鶴の“慕われる人柄になろう作戦”が発動した翌日の放課後。彼女はさっそく、それを実行し、戦果を上げていた。
やっていることは大したことではない。まずは形からだけでもと、美鶴が知る限りでもっとも人当たりがいい少女---山岸風花の喋りと動きを真似しようと思った。それだけだ。
それが、予想以上の破壊力だったことは、誰にとっても不幸なことだった。美鶴はただ、千尋の「会長、この件はどう処理しましょう?」との質問に、こう返答しただけだったのだ。
「ち、千尋ちゃんは、どうしたらいいと思う?」
そして、にっこり。
柔らかい笑顔、のつもりだが、日ごろ使っていない表情筋を酷使したため、頬の端がピクピクしていることに本人は気づいていない。おかげで、それは笑顔というよりも、どう見ても何かを企んでいる顔にしか見えない。
それでも、悲鳴を上げて真っ白になった千尋を心から心配して、美鶴が優しく声をかける。
「大丈夫?千尋ちゃんっ?」
これがトドメとなった。
ぴきっ。千尋の中で何かが壊れる音がした。
「いやあああぁぁぁあ!ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!私が悪かったなら謝ります!お願い!許して!言いたいことがあったら死ぬほど責めてくださって構いませんからぁ!丸呑みにして生きたままじわじわ胃の中で溶かしていくみたいな生殺しはしないでぇ!ごーめーんーなーさーいー!!」
ありうべからざる異常な現象を目撃し、千尋の脆弱な精神は、簡単に灼き切れていた。恐怖に翻弄され、被害妄想で心は満たされ、ついには胎児のような丸い姿勢でうずくまって、ごめんなさい会長を差し置いて彼には手を出しません、とか訳のわからぬことを呟いている。
「え······お、おい、伏見?みんな?ど、どうしたんだ?何が起こった?」
千尋の狂態に、ようやく状況に気づいた美鶴が周囲を見回したときには、すでに生徒会室の中には、まともに口がきけるものはいなかった。
「そ、それは······申し訳ありませんでした······って言うのも変ですね。うふふ」
「いや。私が半端に山岸の真似などしたのが悪かったのだ。やはり、本物には敵わない」
生徒会室の惨事が、数台の救急車のサイレンをもって幕を引かれたあと、美鶴は廊下でたまたま出会った風花を連れ高等部校舎の屋上へとやってきていた。作戦失敗に少々へこみつつ、美鶴は無断で手本としたことへの侘びを風花に告げ、自分のミスの原因を率直に訊いてみる。
「やっぱり······口調や立ち居振る舞いって、その人だけのものですから······。無理をしてもどこかでボロが出るのは仕方ないです」
「しかし、それでは······皆に一歩引かれてしまうのだ。私の態度は、どうも硬すぎるらしい」
「だったら、話す内容かなあ······」
「内容?」
「少ししか······一緒にはいられませんでしたけど、荒垣先輩って話してみると面白い人だったんですよ。最初はちょっと怖くて近づきにくかったですけど、けっこう冗談とか言うし」
「冗談か。なるほど······」
美鶴の脳裏に、高等部に上がったばかりの頃の荒垣の面影が浮かぶ。確かにあの事件が起きるまでの荒垣は、どちらかというと陽気なタイプで、いまで言えば順平のようなパーソナリティの持ち主だった。
「そうか······納得いった!山岸、恩にきる!」
「え?あ······桐条先輩?どちらへ?」
「さっそく寮に帰って、草稿を練ってみる!明日は幸い、全校集会がある日だからな!」
そう言って、風花を取り残したまま、猛スピードで美鶴は立ち去った。それは、入浴中に「わかった!」と叫んで裸のまま往来へ飛び出したアルキメデスのような勢い。もちろん、美鶴は何にもわかっちゃいなかった。
翌日の朝、講堂には集会のため全校生徒が集まっていた。恒例の眠気を誘う校長訓示、学年主任教師からの諸注意のあと、「続いて、生徒会からのお知らせがあります。会長、どうぞ」とのアナウンスが、エコーを伴い講堂に響く。そして、いつものように堂々と背筋を伸ばした。桐条美鶴が壇上に姿を現わした。
カツカツと靴音を響かせ舞台中央に立った美鶴は、演台上のマイクの角度を軽く直し、視線を前に向けて講堂を隅々まで脾説する。それは正しく、王者の貫禄。昨日のようなイカレた様子は微塵も感じさせない、常と同じく凛々しい姿に、舞台袖に控える生徒会役員たちが胸をなでおろした、その瞬間。
「······おっはー☆」
······ざわつ。
軽く短いざわめきが広がる。一瞬、その場にいた全員が、自分が幻聴を聞いたと思ったに違いない。ただひとり、山岸風花だけが、昨日の不用意なアドバイスのことを思い出し、顔面蒼白にして固まっている。
ざわざわざわざわ。
徐々に増えるざわめきに、美鶴は焦っていた。おかしい。こんなはずではなかった。最初に軽いツカミで聴衆の緊張をほぐし、その後、小粋なジョークの連打で笑いの渦を我が物とするはずが······。そのために、わざわざ古書店で『アメリカンジョー 100選』やら『大人のフランス小話』やらを買い漁って研究したのに。やはり、美鶴が幼いころに 一世を風靡した朝の子供向け番組の名セリフとはいえ、ネタが古すぎたのだろうか?しかし、最近では滅多にテレビも見ない自分に思いつくネタは······あった!確か伊織が言っていた最近流行りの······。
「······お手上げ侍」
しーん。
今度こそ静寂が周囲を包み込む。生徒ひとりあたり、平均して5本ずつ白髪が増えていた。もはや働く者はいない。そして、しばしの言葉の真空状態を経て、「いやあぁぁぁぁぁ!!」と響き渡る千尋の絶叫。昨日のトラウマが、このタイミングで蘇ったようだ。ここが学校でなく職場だったら、PTSDで労災がおりるに違いない。
その日、月光館学園に緊急出動した救急車は、10台を越えたという······。
放課後、今度こそ真剣に、美鶴は落ち込みまくっていた。ほぼ徹夜で考えたスピーチが目も当てられない失敗に終わったことも原因だが、何より、アドバイスを活かせなかったことを風花に告げに行った際。
「別に構いませんけど、今度からは一般人の目の前でマハブフダイン (氷結ハイブースタにより威力1.5倍) は止めてくださいね、うふふ」
とか、ぐっさり言われたことが、相当に堪えていた。あれで、風花は意外と毒がある。ちなみに風花の目は、微塵も笑っていなかった。
そんなわけで、美鶴は意気消沈して寮への帰路をとぼとぼと歩いていた。と、そこに。
「あれ?やっほー、美鶴センパイ」
と、声がかけられる。それは、美鶴も良く知った、岳羽ゆかりの声であった。いつもならここで、「ああ、ゆかりも今帰りか?」などと、自然と会話が始まるのだが、連日の失敗で美鶴はすっかり調子を狂わせていた。思わず、美鶴の口を突いて出たのは。
「や、やっほぉー、ゆかり······」
言葉が美鶴らしくないなら、態度も美鶴らしくなく、ゆかりの反応を下から窺うような、おどおどした表情になっている。
「······」
「······」
「······きもっ」
ぐっさり。
容赦のないゆかりの言葉が、美鶴の胸に深く突き刺さる。そして---。
「う······ううっ」
「あ、あれ?美鶴センパイ?」
「······うえっ」
「え?ウソ?ちょ、ちょっと泣かないでくださいよ!ご、ごめんなさい、ごめんなさい。ちょっとした冗談ですから。あー、よしよし」
子供のように、美鶴は泣きじゃくっていた。
---夕刻。なかなか涙が止まらない美鶴を、ゆかりは長嶋神社の境内へと連れてきていた。小さジャングルジムや、その向こうの境内が、照り映える夕陽で橙色に染まってゆく。
「すまない······ゆかりにまで、愛想をつかされたかと思って、つい······」
「だーかーら!違いますって!だいたい、仲良くなかったら上級生相手に『きもっ』なんて言えるわけないじゃないですか?」
やや目の端は赤いものの、美鶴は何とか泣き止んで、今は少し落ち着いた様子だった。
「で、いったいどうしたんですか?今日のセンパイ、はっきり言ってヘンでしたよ?」
親しさゆえとはいえ遠慮のないゆかりの物言いに、美鶴はうぐっと言葉を詰まらせるが、それでも淡々と先日からのことを説明した。すべてを聞き終えたゆかりは、大きく溜め息をつくと、ばっさりと切り捨てるように言う。
「バッカじゃないですか���」
「ば、馬鹿とは何だ! これでも真剣に······」
「バカですよっ!」
そう言って美鶴の目を見つめるゆかりの表情は、なぜだか少し怒っているようだった。
「ゆ、ゆかり?」
「センパイ、ぜんぜんわかってない!」
怒っているようで、それでいて、少しだけ寂しさを含んだ顔。
「いいですか、一度しか言いませんよ?少なくとも寮の連中や生徒会の人たちは、誰も美鶴先輩を敬遠なんて、まして嫌ったりなんてしてません!見ててわからないんですか?」
「ゆかり······」
「風花が美鶴先輩に親身にアドバイスしたのはどうしてです?いつもと違う先輩にみんなが驚いたのは、いつもの先輩がいいと思ってるからでしょ?まったく、いつも自分ひとりで納得して突っ走るの、悪い癖ですよ?」
「私は······このままでいいのかな?」
「そのままの先輩で、いいんです!」
「······一般常識がなくても?」
「はなから期待してません!」
「······嫌われて、ないか?」
「みんな、先輩が好きなんです!」
どくん。
ゆかりの言葉に含まれた、ひとつのキーワードが、美鶴の胸を打つ。それは、自分でも気づいていなかった、もっとも欲しかった言葉。
「も、もう一度!」
「へ?」
しょんぼりと気力を失っていたはずの美鶴が、一転してすごい剣幕でゆかりに詰め寄る。
「いまのセリフ······」
「え?みんな······先輩が······好き?」
じ~ん。
そんな描き文字がバックに見えるように、美鶴は全身を震わせて感動していた。そして、 さらに顔を紅潮させつつ、ゆかりを問い詰める。
「ゆ、ゆかり······は······どうなんだ!?」
「わ、私っ!?私は······きですよ」
「聞こえない!」
「あー、もう!そんなことわざわざ口に出して言わなくても······。あ······」
言わなくてもわかるだろう、と言いかけて、ゆかりは美鶴の目を見てしまい、そして悟る。美鶴はもちろん言わずとも理解していた。だが、いま必要なのは、はっきりとしたゆかりの言葉なのだ。それを訴えかける、美鶴の必死な視線を受けて、ゆかりは苦笑しつつ言った。
「私も、美鶴先輩が好きですよ。······ほ、ほかの人と同じようにですけどね」
心からの言葉を美鶴に贈り、それでも妙な感じに誤解されないよう釘を刺すことも忘れない。
「さ、さて!そろそろ暗くなりますから、さっさと寮に帰りましょう!」
ゆかりが、軽く染まった頬の色を隠すように、ベンチから腰を上げて美鶴に背を向けた。そしてそれを追うように、美鶴も慌てて立ち上がる。
「お、おいゆかり!ちょっと待て、できればもう一度······その······」
ゆかり以上に頬を染めて、美鶴が先ほどの言葉を重ねてねだる。しかし、ゆかりは構わず先をずんずんと歩いてゆく。
「知りません。もう十分でしょ?」
「······ゆかりは、意外とケチなのだな······」
「ケチって何ですか!ケチって!」
「ケチじゃないか。先日だって······」
「あ、それ蒸し返します?先輩こそ······」
ぎゃあぎゃあと喚きつつ、薄明のなかを歩くふたり。その姿は、10年来の親友同士のもののよう。美鶴の小さい悩みは、いつの間にか春の雪のように融け去っていた。
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shingoiwasaki-blog-blog · 5 months ago
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【境界線=バウンダリーに���ついて、少し】
つまりさ、人間で、言うところの、ボーダーライン、パーソナリティスペース、な。わけよ。
あんまり、いきなり、距離が、近いとさ、うっ😟て、なんじゃん。特にさ、毒親である、【機能不全家族→🤡】で、育てられた、anoみたいな、Z世代に、多い、アダルトチルドレンという、名の、障害は。
今さ、霊界からの、メッセージを、鳥の糞を、歯ブラシ🪥で、ゴシゴシ、やりながら、伝言🕊されたんだけどさ、動物が、好きで、飼育してる人とかさ、ペットショップの、店員さんは、😂君たちが、動物を、好きなんじゃなくてさ、😂動物たちから、君たちのことを、興味持たれていてさ😂そう、つまり、動物の、飼育と、言えばさ、大半が、糞や、尿の、始末な、😂わけよ😂つまり、動物達が、君たちに、興味、持ってるからさ😂こっち、カモンカモン🦆と、😂言われてる😂わけよ😂でさ、秀吉🐒は、兄弟子の、履く、草鞋【わらじ】を、冬の、寒い日にさ、履いたときに、冷たさ、寒さを、感じさせないためにさ、我の、懐【ふところ】に、入れて😂温めてた、わけよ😂で、つまり、動物達が、好きで、ペットにしてる、人たちはさ、😂動物側から、むしろ、飼わされた、わけよ😂君ら、動物愛好家は、つまりね😂それはさ、動物たちが、興味を、持った人間だけにさ、自分たちの、糞の、始末させること=輪廻転生🐻に、入る前の、つまり、兄弟子、動物たちの、世話をすることは、修行を、させて、もらってる、わけよ。勿論、奴ら🦜もさ、😂おまえらが、鳥の、糞始末を、イヤイヤながら、してるのは😂知ってんだけどさ😂輪廻転生に、おまえらが、加わって欲しいから、つまりは、愛のムチという名の、人間で、言うところな😂勿論😂そう、愛のムチという名の😂修行を、させて、もらってる、わけよ😂選ばれし、君たちは😂これは、😂感謝して、日々😂鳥の😂糞始末に、😂専念せねば😂ならんな😂ポア🦜、されるより、だいーぶ😂マシ😂だよな?😂動物、好きな人や😂動物愛護団体の、人たち、は😂これは、😂主から、動物愛好家への、福音、成りて☹️
でさ、早い話し、オウ厶🦜が、好きで、すでに、もう、飼ってるよ、僕たち、私たちって、人は、もう、この、今、行われてる、地獄の再臨活動の、1抜けしたと、考えてもらって、🙆⭕だから😂
でさ、俺はさ😂それ、なにより、凄かったんよ、その、自分の、境界線である、バウンダリーに、他人に、侵入してこられることが、😂でもさ、考えたら😂俺はさ😂小学生の、頃はさ、逆に、バウンダリーとか、気にしてないというかさ、😂むしろ、俺が、距離を、いきなり、縮めて、しまう、性格だった、からさ、😂そう、嫌悪😂されてた、わけよ😂俺は😂大多数の、学年の、奴らに😂でさ、これはさ、つまり、再臨を、するには、必要な、経験な、わけよ😂つまり、バウンダリーを、知らずに、縮めてしまう、側の、心境→😄😃😀【共��存】と、逆に、バウンダリーを、縮められて😂嫌悪→😣😫😨😰【アダルトチルドレン☺️→とりあえず、嫌いだけど、いつも、ニコニコ、スマイル🥰(🙄→😮‍💨)】する、側の、心境の、2つを、知らんとさ、😂君たちに、うまく、伝えられん、わけよ😂でさ、勿論、カルマ🚗も、😂だいーぶ、苦しんだ、わけよ😂俺も😂でさ、その、バウンダリー😫を、気にするように、なって、はじめて、俺は、いかに、学年の、友達をさ、😂嫌な、気分に、させてた、ことを、知ったわけよ😂
でさ、俺が、なんで、ここまで、精神障害や、アダルトチルドレンについて、詳しいかと、言うとさ、何より、俺が、アダルトチルドレンの、到達点=アルコール依存症🍺に、なってしまってさ、そこから、打破するために、精神科の、斎藤学先生やら、アダルトチルドレンという、言葉を、1970年代に、つくった、【私は、親のようにならない📕、子供を生きれば大人になれる📘】クラウディア☁ブラック⚫という、アメリカの女性の、書籍やら、小説書きながら、精神科医してる、岡田尊司先生=回避性パーソナリティ障害の、産みの親の、本を、読み漁った、乱読した、から、な、わけよ👀👌あ、あと、村上春樹先生の、古井戸【カール・グスタフ・ユング=精神科医というよりも、宗教家】つながりの、河合隼雄先生の、文献📚、読み漁った、結果、こうして、みんなに、インプット→アウトプット【伝えて、思考の、中に落とし込み=ブレインウォッシング=寝具=春樹先生の、奥さんの、実家の家業=寝具店=洗脳】できてる、わけよ👀👌
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jiyuutyou · 4 months ago
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今日は迎え盆の日だったので、朝お墓に行ってそれからはエアコンのついた部屋でかなりゆっくりと過ごしていた。
会社でいつもタイピングの練習をさせられているから(多分社員全員)、休み中も家でやろうと思っていたのを思い出して昨日から始めてみた。私のタイピングは自己流で、パソコンは小学校低学年から家にあったから(タイピングとかインターネットとか本格的に使い始めたのは五年生ぐらいだったと思うけど)誰から教わるとかもなくて、本当にめちゃくちゃな指の位置のまま打つのが速くなってしまった。今は大体の位置は覚えてるから、ずっとキーボードを見ていないと打てないということはないけど、あまり正確さとかは無いように思う。タイピング練習を今まで少し馬鹿にしていた気がするけど、ブラインドタッチができるようになれたらいいなと今は少し思う。
ところでブラインドタッチという言葉は今も使っていい言葉なんだろうか。言葉尻、というか言葉の一部分だけ切り取って過敏に批判したりするのはあまり好きじゃないけど、時代の流れだったり、「その言葉をそういうふうに不快に捉える人もいるのだな」と思ったりもするから、言葉遣いって本当に難しいと思う。
私自身、障害者だけど「障害」という言葉の「害」という部分に不快を覚えたことはあまりなくて、だから「障がい者の方」みたいな表記を見たりすると「あっ、気を遣ってくれているんだね…。」みたいな何だか妙な気分になったりする。それは個人的な意見だし、障害の種別とか程度とか、その前にその人のパーソナリティに基づく考え方があるから正解はこう、みたいのはないのかもしれないけど。
言葉は毎日遣わないと生きていけないんだから大切にしなきゃいけないよね、と普段は雑に扱いがちな分反省したりする時がある。
タイピング練習をした後はExcelの勉強をしようと思っていたけど、パソコンを久々に立ち上げたら動作が重いような気が��て、スムーズに動くようにしたり、知り合いのブログを見ていたら触発されて自分もブログを作ってみたりしてなんとなく時間が過ぎていた。
こうやって言葉を綴っていると考えがとめどなく溢れてきて、それは自分でも物凄く予想外だったのだけど、こんなに吐き出したい気持ち(というほど重く考えていることではないが)があるとは自分でも思っていなかった。Twitterを17歳ぐらいからやっていて、つぶやかなかった日は多分始めてから無いと思うから、自分の思考は十分にアウトプットしていると思っていたけど、こんなこともあるんだなあ、となんだか感心してしまった。私に自分のブログを教えてくれた人は、昔友達だった人達と関わりがある人で、その人とブルースカイでたまたま話すことがなかったら、こんなふうな気付きもなかったと思うから、とても不思議だしありがたいと思う。人生の中で起こる出来事って自分でコントロールできることのほうが少なくて、しかも理不尽な目に遭うことのほうが多いのだろうから、たまにこういう嬉しいことがあると気持ちが明るくなる。そういう些細だけどラッキー、みたいな事を積み重ねて生きていきたいと最近はよく思っている。
ずっとTwitterで素敵な感性と才能を持った人たちが、絵とか音楽とか文章を創って表現していることが羨ましかったから、自分も下手なりにこうやって文章を綴ることができるようになったのだと知れて嬉しい。私は本当に飽き性だからもしかしたらすぐやめてしまうかもしれないし、更新が止まるかもしれないけど、なるべく削除したりしないで、生きている間も死んだ後もインターネットの海に漂わせておけたら面白いな、と思っている。
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aonorie · 1 year ago
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昨日のラジオ出演2本目は「渋谷のラジオの渋谷系」
憧れの野宮真貴さんとシャンパンで乾杯という夢のようなひと時🍾🥂✨
レーベル土橋さんと、急遽カジさんがお休みでマネージャーの竹田さんが代打でいらしたのもレア回で、サポートしてくださり感謝でした。
30分の生放送はあっという���で、ピチカートの音楽やヴィジュアルにすごく影響を受けたことなど全然伝えきれなかったので、また近いうちご一緒できるように精進して参ります🥹✨
野宮さん、竹田さん、土橋さん、お聴きくださった皆様ありがとうございました✨
再放送やアーカイブもあるようなので、お聴き逃しの方もぜひ✨
#渋谷のラジオ 「渋谷のラジオの渋谷系」
 放送日:2023年12月4日(月)17:00~19:00 O.A.(生放送)/再放送 12月10日(日)22:00〜24:00 O.A.
 放送局:渋谷のラジオ
 パーソナリティ:野宮真貴/カジヒデキ
 ゲスト:青野りえ/土橋一夫(FLY HIGH RECORDS)
※サイマルラジオ対応。全国で聴取可能。→https://www.jcbasimul.com/shibuyanoradio
※トーク部分のアーカイヴは再放送翌日夜にこちらにアップされる予定です。
https://note.com/shiburadi/m/m7b6b50966d65
#野宮真貴 #青野りえ #土橋一夫 #渋谷系 #ラジオ #ラジオ出演 #radio #渋谷 #shibuya #makinomiya
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eternitycomenevermore · 1 year ago
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抄 録
本稿では、“Four Basic Concepts in Self Psychology”において、Kohutが「自己の特異的定義」とし て示した内容を基に、主として2つの点を論じた。第一に、自己の概念の構成をKohutの他の著作を 参照しつつ考察した。第二に、Kohut以降における自己心理学における自己の概念に関わる理論的展 開を概観するとともに、学派内における論争について取り上げた。「自己」の概念については、自己 心理学以外の理論を含めた一般的な見方とも比較対照することが必要と考えられ、本研究では、その ための視点を提示することを意図して検討を行った。
Key Words:自己 自己心理学 自己愛 精神分析学
1.はじめに
Kohutは、1979年 の 論 文“Four Basic Concepts in Self Psychology”(以下“Concepts” とする。)において、自己、自己対象、断片化、 自己対象転移について定義をまとめている。彼 は、それまでの著書、論文において、伝統的な 精神分析学、自我心理学の枠組みを越える形で
「自己」の概念を提示してきたものの、その定 義を系統的に示さずに、様々な文脈で「自己」 という用語を用いてきたが、“Concepts”におい て、定義をまとめたのである。 Kohutは、精神分析学における欲動driveの概 念に対抗させるために、自己という観点を強調 してきた。自我心理学が優勢であった当時のア メリカでは、欲動を精神分析的治療の基軸にし ており、人間の心を部分的・要素的に捉える見 方がなされ、心の全体性を見過ごす傾向があっ
たとKohutは考えていたのである。 Kohut(1977)は、「自己の修復」のエピロー グにおいて、個人の内的経験を観察する手段で ある内省と共感を用いたとしても、自己の本質 を捉えることはできず、自己が存在していると いう徴候を、人は知覚できるのみであると述べ ている。つまり、自己=「私」という体験の徴 候は、内省的、共感的に知覚される様々な内的 体験から構成されており、それは乳幼児期から の心理発達過程において徐々に形成されてくる が、その形成パターンの様式については個々人 による観察が可能なのである。Kohutは、自己 を形成するような内的体験の様式に関わって、 野心ambitionと理想idealという二つの次元を想 定している。その次元においてまとまりをもっ ている(=凝集的cohesive)内的体験が、自己 として体験されるというのである。“Concepts” において基本的概念の一つとして挙げられてい
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る断片化fragmentationは、この自己としての まとまりを脅かす体験であり、精神病理に深い 関わりを持っている。Kohutの自己心理学理論 では、こうして、心理発達、心理機能、精神病 理、心理治療に関わる理論が、自己の概念をめ ぐって体系化されることになった。 現代の自己心理学派は、1980年代のアメリカ で生じた関係精神分析学派による二者心理学的 視点の影響を受け、自己の概念の捉え方につい て論争が生じているが(富樫、2011)、今日に おいてもKohutの定義に立ち返り検討すること には意味があると筆者は考える。何故ならば、 Kohutの論述には、細部にわたり、臨床上の理 論として検討すべき問題が多く含まれており、 現代においても理論上の展開に影響を与えうる と考えるからである。また、自己の問題は、特 定の学派内の問題ではなく、あらゆる臨床場面 に関わっている。そのため、臨床家は理論的立 場を超えて、心理療法に携わる限り、常に「自 己とは何か」を問い続けるべきである。そこで 本 稿 で は、“Concepts”に お い て、Kohutが「 自 己の特異的定義」として示した内容を基に検討 を試みる。
2.“Concepts”における「自己」の定義
以下に“Concepts”における「自己」の定義の 抄訳を示す。
a.「自己の分析」の序文 「(自己心理学の枠内での狭義の意味で、という
ことを加えないといけないが)自己は精神分析 状況で現れてくるし、精神装置の内容として、 比較的低い水準の、つまり比較的体験に近い、 精神分析的抽象物という様式で、概念化される。 このように自己は精神の一つの審級(※イド、 自我、超自我などの心的装置の構成要素のこと。 以下※は筆者による注を示す。)ではなく、精
神の内部の構造なのである。それは時間の中で 連続性を持ち、永続的である。さらに、自己は 心的な場所を占めている。対象の表象と全く同 様、自己は精神装置の内容であるが、その構成 要素ではない。」(※Kohut,1971、「自己の分析」、 水野信義他監訳、IV-V頁から翻訳部分参照)
b. 1975年11月のJurgen vom Scheidtへの書簡 「私(※Kohut)は、自己と同一性の概念は、
明らかに違うものと見ている。自己は深層心理 学的概念で、幼児の最早期の自己対象との相互 作用における様々な構成要素から作り上げられ てきたもので、パーソナリティの核にまで及ぶ ものである。(1)力を持つことと成功に向け た努力の発生源になるパーソナリティの基層; (2)自己の���心にある理想化された目標;(3) 野心と理想の間に介在する基本的な才能と技 能、の3つの面が自己には含まれている。 これらは全て、時間と空間において一つのま とまった単位unitであること、印象の受け手で あるということ、行動の起こし手であること、 という(※自己)感覚に付随しているのである。 一方、同一性とは、(青年期後期と成人期初期 に確立される)発達した自己と、個人の社会文 化的位置づけとの間の一致点のことである。 このような区別は、とても実りが多いもので ある。例えば、人生の早期に獲得された、強く、 固く、輪郭のはっきりした自己によって特徴づ けられているような人がいるが、彼らの同一性 は、後の環境のためにかなり拡散してしている ことがある。精神分析家のあるタイプのパーソ ナリティは、このようなパターンに属している と思う。同一性の拡散によって、多くの異なる 人々への共感ができるようになるが、確固とし た自己が断片化を防ぐのである。(パーソナリ ティの)組織化が正反対の人々がいる。つまり、 彼らは弱い自己を持ちつつも、強い、おそらく 強すぎる厳格な同一性の持ち主である。このよ
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うな人々は、自己の凝集性cohesionを強く経験 させる社会的役割や、人種的あるいは宗教的な 所属感などによって自己を維持している。この ような人々は、彼らの同一性が取り去られると
(例えば、村から都会への移動のようにある文 化から別の文化に移る時)心理的にばらばらに 分解してしまう。
c. 次の定義は、赤ん坊がまだ自己を所有してい ない、つまり、自己を体験することができない 段階だが、環境(※=養育者)は最初から、赤 ん坊はすでに自己を所有しているものとして体 験しており、その環境(=養育者)と赤ん坊は 融合している、という打ち消しを含む見方から 推定されるものである。推定される定義:「自 己は、空間的に凝集し時間的に連続する一つの 単位であり、それは自主性initiativeの中心であ り、印象の受け手である。」(※Kohut,1977、「自 己の修復」、本城秀次他監訳、78頁から翻訳部 分参照)
d. この定義は、自己の障害を抱えた患者の成 功した分析、つまり、確固として、凝集した自 己の確立が達成されたと言える成功した分析の ことであるが、その分析から推定される。ここ での定義は、部分的に発生的なものであり、分 析過程の間に子ども時代の過程を繰り返すこと について言及するものである。つまり、特異的 に自己対象(子ども時代における親という自己 対象;分析中の自己対象転移における分析家) が自己に変形transformationされるという分析 過程である。ここで推定される定義:「自己(中 核自己)は、人が持っている中核的野心と理想
(それらは一群の才能と技能と協動するもので ある)から成り立っている。これらの内的な属 性は十分に強く、確固としたものでなければな らない。それは、いくぶん自己促進的、自己志 向的、自己支持的な一つのま���まりある単位と
して機能できるようになるためである。その単 位はパーソナリティに中心的な目標を与え���人 生に意味があるという感覚をもたらす。言いか えると(発生的に言うと)、自己は(分析にお いて)次の時点で確立すると言える。つまり、
(※親、または分析家である)「自己対象(とそ の機能)が、(※子どもあるいは患者の)心理 的構造になるように十分に変形され、それらが、 自主性(野心)と内的な指針(理想)という自 己発生的なパターンと一致しながら、ある程 度、独立して機能するようになった時点」であ る(※Kohut,1977、「自己の修復」、本城秀次他 監訳、108-109頁翻訳部分参照)。私(※Kohut) は、自己が「確立」しているということを文字 通りに受け取ってはならない、ということをさ らに付け加えた。つまり、自己対象に対する欲 求needは、全ての人にとって人生全体にわたっ て存在し続けるということ、そして実際、とも かくも孤立して歩むことが強いられるのではな く、緊急時には、自己対象の支えを得る方向に 転換できることが健康な自己の特徴である、と いうことである(※Kohut,1971、「自己の分析」、 水野信義他監訳、250頁;Kohut,1977,「自己の 修復」、本城秀次他監訳、144頁、翻訳部分参照)。
e. また、自己の発生、構造、力動(つまり自己 の機能の様式)に関するより複雑な記述から推 定される定義がある。例えば、「自己の連続性 の感覚、つまり、身体と精神の変化、パーソナ リティの成り立ちの変化、我々の生活している 環境の変化にも関わらず、生涯を通じて同じ人 間であるという感覚」(※Kohut,1977「自己の 修復」、141頁から翻訳部分参照)について語る ことによる内省を通して、私は、自己の体験に ついて言及しているのである。そして後に、私 は自己の知覚について、「時間的な限界と変化、 そして究極的には無常であることに我々を向き 合わせる現実の枠組みの中で、変わらず同じで
Heinz Kohutによる「自己」の定義をめぐって
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あり続けるという感覚である」と述べた。そし て、自己の構成要素(野心、理想、技能、才能) でさえ変化するかもしれないが、「同じであり 続ける感覚」つまり自己を失うことはない、と 結論付けている。また、我々の自己を定義する のは中核自己の構成要素の内容ではなく、それ らの間の緊張勾配tension gradientの性質、つ まり「未来を指し示す、自己表現的で創造的な 緊張が持っている不変的な特異性」である。(※
「自己の修復」、143頁で)私は、フロイトとプルー ストの過去の想起へのアプローチを比較してい る。フロイトの目的は、子どもが解決できなかっ た葛藤を解決できるように過去を想起すること である。プルーストの取組みは自己心理学によ り近い。つまり、少なくとも時間軸に沿って自 己の連続性と単一性の感覚を再確立するために 過去を捉え直そうとするのである。「あの最も 初期の時代から今でも私の中に残っているもの は何か?」プルーストの小説の中の語り手は問 うているようだ。そして、彼は、変化(年を取 ること)、不連続性、不均衡という恐ろしい感 覚を自分で癒そうとしており、その感覚のもと で問題を捉えている。
f. 自己は、「遺伝と環境要因の相互作用におい て」具現化される構造である。「(自己は)それ 自身がもつ行動の特異的なプログラムの実現を 目標としている。そのプログラムは、野心、目 標、技能という自己の構成要素の特異的な固有 のパターンと、これらの構成要素間に生じる緊 張によって決定される。野心、技能、目標のパ ターン、それらの間の緊張、それらが創造する 行動のプログラム、そしてこのプログラムの実 現に向けて努力する活動はすべて、空間と時間 において連続しているように体験される。つま り、それらが自己であり、独立した自主性の中 心であり、独立した印象の受け手なのである」
(Kohut and Wolf,1978)。
g.「自己は我々の人格の核である。幼児期の最 早期の環境において我々が自己対象として体験 する人物との相互作用において獲得する様々な 構成要素を(自己は)所有している。子どもと その自己対象との間の最適な相互作用の結果で ある確固とした自己は、3つの主要な構成要素 から出来上がる。つまり、(1)力を持つことと成 功への基本的な努力を発生させる1つの極;(2) 理想化された基本的目標を留め置いているも う1つの極;(3)野心と理想の間に形作られる 緊張弧tension arcによって活性化される基本的 な才能と技能という介在的な領域(Kohut and Wolf,1978)。
3.Kohutによる「自己」の特異的定義 についての検討
Kohutは、敢えて、彼の理論の中心である「自 己」の概念を、“Concepts”に至るまで整理して こなかったが、晩年に近くなり“Concepts”にお いて、それまでの著述を引用する形で「自己」 の特異的定義として整理した。このような態度 の背景には、自己が本質的に不可知であるとい う考えがあると思われる。哲学的考察であれば、
「自己」について体系的、網羅的に定義するこ とを目指すことになるが、Kohutは、自身の精 神分析の体験を基に、「自己」の概念を特異的 に定義し整理しようと試みたのである。 ここで、上記の定義に関して、“Concepts” 以外におけるKohutの論述を補足することによ り、Kohutの考えた「自己」の概念の成り立ち について検討したい。
aの定義に関連して、“The Chicago Institute Lectures”(Kohut、1996)(※以下、“Lectures” と示す。精神分析の訓練生を対象とする講義の 記録である。)の第25回講義において、Kohut は、自己には、狭義の意味と広義の意味がある
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と説明している。狭義の意味においては、自己 は心的(装置の)内容とされる。つまり、イド においては自己の無意識の側面を発見すること ができ、超自我においても自己の理想的側面、 あるべき自己を発見することができる。そして、 自我においては、意識的な自己を様々な形でイ メージできるのである。 この狭義の意味の自己は、無意識の葛藤や防 衛を理論の基軸とする伝統的な精神分析学にお いて用いられてきた概念であり、他者表象と対 になる自己表象、あるいは対象と対になる自己 という意味づけができる。日常的な感覚におい て、自己を明確に意識できるのは、自我領域に おける狭義の意味の自己を意識しているからで ある。 それに対し、広義の意味の自己は、自己が凝 集性(まとまり)などの特定の機能的様式を持 ち、本質的に永続的なパターンが現れるとい う、自己の機能的側面に関わっているものとさ れる。広義の意味での自己が形成される���とに より、個人の心理的世界が生まれ、そこでは個 人は自由意志を持つことができる。自由意志の 問題は、精神装置という心的決定論をベース とする種類の理論では捨て去られてしまうが、 Kohutは、精神分析は内省と共感をベースとす べきで、個人が自由な意志を持っているという 主観的体験は内省と共感によって把握される自 明な事実であると述べている。“Concepts”にお ける、a以外の定義は、いずれも広義の意味の 自己について言及しているものである。
bの定義に関連して、「自己心理学セミナー」 (Kohut,1987)(3巻、195-201頁)においても、
Eriksonの自我同一性概念は、社会文化的な観 点を含めた青年期や成人期において形成される 前意識的な自己表象であるが、Kohutの主な関 心事である自己愛転移(自己対象転移)を説明 するための概念ではない、と述べている。自我
同一性の観点からすると、自我同一性が拡散し ているのは不適応状態として意味付けられる が、現に直面させられている社会状況によって は自我同一性は拡散状態になるものであり、そ れにも関わらず内面的に確固とした自己を維持 し続けられる場合があることをKohutは想定し ている。このように自我同一性と自己を区別す る観点は、臨床場面における見立ての際に有意 義であると筆者は考える。クライエントの問題 を自我同一性の観点で見立て、治療目標を自我 同一性の確立と考えると、発達した自己と個人 の社会文化的位置付けの一致点に関心が向けら れ、個人の内面と外的現実のバランスに配慮す ることに重心が置かれる。しかし、外的現実や 社会文化的位置付けは、個人の意思や努力を越 えた問題であり、心理療法を経たとしても、個 人が置かれている外的現実は全く変わらず、個 人の内面が外的な現実と不一致な状態のまま、 挫折感や絶望感を持たざるを得ない場合もあ る。 一方、自己の観点からの見立てや治療目標は、 内面における自己理解や自己受容の治療的意義 を支えるものであり、不変的な外的現実の捉え 方自体が変わることに重心が置かれる。そのた め、より実際的な見立てや治療目標になると考 えられる。
cの定義に関して、Kohut(1977)は、「自己 の修復」(77頁)で「環境(※=養育者)は生 まれたばかりの赤ん坊に対してすら、あたかも 自己がすでに形づくられているかのように反応 するということを強調することによって、乳児 期の最早期から痕跡的自己が存在するという」 見方ができると述べている。「自己は、空間的 に凝集し時間的に連続する一つの単位として、 それは自主性の中心であり、印象の受け手であ る」という自己の体験は、人にとっては自明の ことであり(Kohut,1996)、養育者も赤ん坊自
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身が自己を体験していると想定して赤ん坊に反 応するというのである。 また、“Lectures”第12回で、養育者が子ども の自己体験における全体性を受け入れる、また はそれに反応することにより、子どもは自己体 験における全体性total self を喜びjoyとして体 験する、とKohut(1996)は述べている。これ は、cの定義では触れられていない点であるが、 自己の全体性、あるいは統合性について言及し ているため、自己の発達にとって重要な側面で ある。
dの定義は、もともと自己愛パーソナリティ 障害患者の精神分析過程において展開する自己 愛転移(1977年の「自己の修復」において自己 -対象転移として概念化されたもの)が、自己 の修復、治��に繋がるとする、自己心理学的治 療理論の中心的内容を示している。 「分析過程の間に子ども時代の過程を繰り返 す」ことに関して、Kohut(1984)は、「自己 の治癒」(196頁)において「(※分析過程で) 患者が欠陥をもった自己をまもるのは、自己の 発達がかつて妨げられたその時点から将来再び 成長し発達をつづける準備をするためである」 と述べている。伝統的な精神分析理論において は、転移分析により無意識の欲動や葛藤を意識 化すること、さらにはエディプス・コンプレッ クスの洞察が本質的な治療目標とされるが、 Kohutは、分析過程で自己対象転移が展開され、 そこで「自己の発達」が生じることが本質的な 治療目標であるとしている。また、自己対象と の関わりによる自己の発達には終わりがなく、 生涯にわたり存続するという考え方も、自己心 理学の独自性を示すものである。 dの定義で「中核的野心と理想」という自己 に関わる2つの次元が提起されるが、Kohut
(1971)は「自己の分析」(59頁)で、2つの次 元の発生過程について「蒼古的なイマーゴの理
想化と蒼古的自己の誇大性との前駆体は、何に
も乱されない一次的な自己愛均衡について幼児
がする体験であり、〜その心理状態のもつ完全
性は、その後にできあがる完全性のカテゴリー
(つまり、力、美、徳の領域の完全性)へと向 かう最も未発達な分化にすら、さらに先行する ものである。〜母親の小さな共感の失敗、誤解、 遅延のいずれによっても、乳児は無条件の完全 さ(一次的自己愛)という蒼古的なイマーゴか ら自己愛的リビドーを撤収し、その代わりに母 親のもつ機能を引き継いだ微細な内的心理構造 を獲得する」と述べている。一次的自己愛均衡 とその乱れについて、Kohut(1987)は「自己 心理学セミナー」(第1巻、121頁)で「それは、 簡単にいうと、自己愛が良く保たれていて、ま だ何の妨害もされていない状態なのです。〜そ して子どもは、自己愛の楽園にも欠陥があり、 限界があることを知り、何らかの方法で自己愛 を救済しようとするのです」と表現している。 こ の よ う に、Kohutは、S.Frued(1914) の 一 次的自己愛の概念に従って、発達早期において、 自己が全智全能で完全性を備えていると体験さ れる段階、あるいは自己愛の楽園のような段階 を想定している。その原初的段階から、必然的 に生じる自己の欠陥や環境側(養育者)の失敗 を体験するにしたがって、自己も環境も完全で はないことに直面し、子どもは両者に対し失望 せざるを得なくなる。それを補償するように自 己に関しては誇大化したイメージが、環境(養 育者などの他者)に関しては理想化のイメージ が、心理的構造として発達的に形成されるとい うのである。原初的全能性の段階からの失望と いう考え方は、Winnicott(1971)の脱錯覚を めぐる発達理論に類似しているが、Winnicott は、現実とファンタジーの中間領域における遊 びや移行対象などの問題に関心を向けているの に対し、Kohutは、誇大性や理想化という極の 側に関心を向けていると言えよう。
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eの定義では、自己の時間的連続性、つまり 自分が同じであり続けるという感覚の発生、構 造、力動的要因として、二つの側面を取り上げ ている。一つは、中核的野心と理想をつなぐ緊 張勾配であり、もう一つは、過去の想起、記憶 である。時間的連続性、同じであり続ける感覚 は、自我同一性の概念と一致している。しかし、 Kohutの独自性は、自己の構成要素とされる中 核的野心と理想の間の緊張勾配に、時間的連続 性を発生させる要因を見いだしている点であ る。 ま た、「 自 己 の 修 復 」(142-143頁 ) で、 プ ルーストが自伝的小説「失われた時を求めて」 を著したことは、単に過去の記憶を取り戻した ということではなく、中核自己の連続性や凝集 性を回復する試みであった、とKohutは解釈し ている。この考え方は、臨床場面においてクラ イエントが過去を想起して治療者に語っている 時に、その行為には自己の連続性や凝集性を強 化するという治療的意味があることを示すもの である。
fの定義で「自己の行動の特異的プログラム」 という概念が提起されているが、Kohut(1984) は「自己の治癒」(144頁)で以下のように述 べる。「自己の全体的なプログラムに関するか ぎり、〜精神分析は新しい構造を構築しない 〜。実際には新しい構造が、徹底操作の過程で 構築され、自己の欠陥を埋め合わせたり、自己 の現存する構造を強化したり、あるいは時間的 に連続し空間的に凝集している調和とバランス のとれた単位として、患者に自分自身を体験す ることをゆるす連結部を提供するだろう。〜そ れらは人生初期にアウトラインを描かれたパー ソナリティの基礎プログラムを創造しはしない し、また新たな中核自己を創造しもしないので ある」。さらに、「自己の治癒」においてKohut は、自己を身体組織全体に喩えて表現してお り、精神分析過程において構築される心理的構
造を、食物として摂取された「外来性—蛋白質 foreign protein」というアナロジーを用いて表 現している。精神分析によって、中核自己や基 礎的なプログラム自体が産み出されるのではな く、食物を摂取消化することにより出来上がる、 生体を構成している蛋白質レベルの微細な構造 が構築されるという見方をしている。 自己がパーソナリティの基礎的プログラ ムの実現を目指すというKohutの考え方は、 C.Rogersや、C.G.Jungの自己実現の考え方に通 じており、乳幼児レベルの防衛や葛藤の分析を 指向する伝統的な精神分析学とは異なる性格を 示すことになる。
gの定義において(1)野心の極、(2)理想化の極、 (3)両極をつなぐ緊張弧(才能、技能)に関わる 領域が自己の構成要素とされている。Kohutは、 1971年の「自己の分析」において、理想化転移 と鏡転移という二つの転移を軸とした理論を提 唱し、1977年の「自己の修復」において双極自 己bipolar selfおよび二つの極の間の緊張弧とい う概念を提唱した。そして遺稿となった1984年 の「自己の治癒」においては、野心の極に対応 した鏡転移、理想化の極に対応した理想化転移 に加え、緊張弧という中間領域に対応した双 子(分身)転移の3つの自己対象転移をモデル 化した。このように、Kohutの理論の展開にお いては、2極から3極へ、という流れがあった と考えられる。Kohutの理論をS.Freudの心的 構造論と対照させると、野心の極はイド、理想 化の極は超自我、中間領域は自我に丁度対応し ている。gの定義は、Kohutが、S.Freudや自我 心理学の理論から脱却しようとしながらも、逆 に回帰している様相を示しているのかもしれな い。
Heinz Kohutによる「自己」の定義をめぐって
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佛教大学教育学部学会紀要 第13号(2014年3月)
4.Kohut以降の自己の理論的展開
Lee & Martin(1991) は、Kohut以 降 の 自己の概念の展開について、Kohut、Stern、 Stolorowを取り上げながら、自己を実体entity として捉える見方からシステムとして捉える見 方へ移行していると論じている。Leeらによる と、Kohutは、Kantの 現 象 的phenomenal自 己 や叡知的存在noumenalとしての自己という見 方に影響を受けており、主体agentとしての自 己と上位形態のsupraordinate自己という次元 において、“Concepts”に見られるような自己の 概念を展開させたとしている。そして、Kohut の後には、乳幼児期からの対人関係の発達にお いて段階的に自己が形成されるモデルをStern が提唱し、そのモデルは発達心理学分野にも広 く受け入れられている。また、Kohutの記述し た自己が、具象化されたイメージで捉えられや すく、S.Freudの自我、エス、超自我と同様に 機械論的に受け取られるという問題を孕んでい たため、Stolorowによってさらに理論的修正を 試みられることになる。
Kohutの 後 に 間 主 観 性 理 論 を 提 唱 し た Stolorowら(1987)は、Kohutの記述した自己 の概念の不明確さに関し「自己という用語を、 心理的構造(体験のオーガナイゼーション)と 実存的発動者agent(行為を始める人)の両方 の意味で使ってきたことにある」と指摘してい る。Stolorowの言う心理的構造とは、「自分に とっての体験の構造」であり、「それを通して 自己・体験が、融和性(※cohesiveness、凝集 性)と連続性を獲得するし、そのおかげで自己・ 体験は、独自の形状と耐久的なオーガナイゼー ションを得ることができ」、「体験する主体であ るとともに行為を始める発動者である人person の概念とを、鮮明に区別すること」が重要であ る、と記述している。 また”Concepts”の、gの定義に関わり、Kohut
の双極自己bipolar selfという概念の、具象化さ れ「人の体験の有機的流動性を正しく伝えてい ない」という問題と、緊張弧という概念の、体 験から隔絶した機械論的思考につながるという 問題をStolorowは指摘している。これらの問題 により、Stolorowは、「自己」よりも「主観性」 という概念を理論の中心に据えたのである。 Stolorowは、主観的体験の次元から離れな いことを徹底するアプローチを取る方向で自 己の概念を位置付けようとしたが、その一方 で、Basch(1988) やLichtenberg(1988) は、 生物的、心理的発達の観点を組み入れる形で、 Kohutの自己の概念をシステム論として展開さ せている。Lichtenbergは、Kohutの挙げる野心、 理想(目標)、技能という3つの方向性を統合、 発展させ、人間生活に関わる基本的な動機付け (例えば、生理面での制御regulationや愛着など) が、主体としての自己の存在を支えているとい う見方を取っている。
5.現代自己心理学派におけるKohutの 「自己」をめぐる論争
Kohutの自己に対する見方は、すでに古典的 な理論として位置付けられることもあるが、そ の一方で、現在においても再評価の試みがなさ ている。 “Concepts”におけるfの定義で「自己の中核 的プログラム」という概念は、Summers(2011) によれば、Kohutの研究テーマの核の部分にあ るということは明らかであるが、近年では、こ の概念が、一者心理学的であるとみなされるた め、自己心理学派においても注目されなくなっ ていると述べている。Summersは、提示した 成人男性の事例において、その男性の遺伝的素 質に関わる自己の中核的プログラムを開花させ るための空間と時間を提供する環境としての役 割を、分析過程が果たしたという見解を示し
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た。「自己の中核的プログラム」という概念は、 治療場面における二者の関係性の文脈から独立 し、またその文脈に先行して存在しているため、 関係精神分析理論に強く影響されている現代自 己心理学派においても、論争が生じているので ある。 イスラエル在住の自己心理学派精神分析家 であるKulka(2012)は、プラグマティックな 文化背景を持つアメリカでは、Kohutが1966年 の論文「自己愛の諸形態とその変形Forms and Transformation of Narcissism」 に お い て 提 起 した哲学的、超越論的側面が省みられない傾 向があったとして、Kohutの理論への批判の矛 先の一つである双極自己のモデルについての 再評価を試みている。特に、理想化について は、辛い現実に対する防衛的な否認として見な され、超越的存在との融合という崇高な意味合 いを持っていることが忘れられているとしてい る。Kulkaは、transformationと は、 あ る 形 態 formから別の形態への運動を意味しているの ではなく、形態を超えたものへの運動、ある状 態a state of beingを超えた状態への運動である という意味付けができる概念であると述べてい る。自己愛的自己における理想化は、現在の自 己を超越した自己に向けての運動を引き起こす 様相を表しているのであり、価値道徳的に中立 的な心理的機能や構造を意味しているのではな いと主張している。自己の双極モデルは、生理 的、機械論的構造と言うよりも、心理発達的に 形成されるものの、人間としての存在論的次元 での自己を表す理念上のモデルということであ る。Kulkaの主張は単なる思弁的なものではな く、民族的に過酷な外傷体験が繰り返されてい るユダヤ人社会において臨床実践を行っている 治療者による真摯な人間理解として受けとる必 要がある。 Videgaard(2013)は、「主観性」を理論の 中心に位置付けているStolorowを批判し、「自
己」を他の概念に置き換えるべきでないとして、 以下の点を強調している。つまり、1)Kohut は「自己」という言葉をいくつかの文脈で使用 しており限定的に捉えることができないこと、 2)Kohutの「自己」は、進行中の活動や経験 の文脈から切り離せる実体ではなく、様々な 経験において統合される何か、(体験に共通す る)個人的であることの意味を最初に与えるも のfirst-personal givenness(Zahavi, 2009) で あること、3)具象化された概念であるとして 批判されている双極自己は、自分自身と他者へ の気遣いのバランスをとるという人間の基本的 ジレンマを形として表したもので、比喩的に見 るべきであること、4)Kohutの自己は、自己 の超越的な側面��ついて言っているものである こと、である。しかし、Stolorowら(2013)は、 Videgaardの批判に対して、Kohutが「自己の 修復」(248頁)において、自己は「経験的デー タから引き出された一般化である」と記述して いるとおり、Videgaardの言うような比喩では なく、明らかに具象化された概念であるとして い る。Stolorowは、S.Freudが リ ビ ド ー と い う 具象化された概念を用いて構築した理論から、 精神分析理論は脱却すべきであると考えてお り、Kohutに対しても、同様の批判的見方をし ているのである。 以上のような現代自己心理学派の論点は、臨 床事実の積み重ねと社会の変化に伴った理論的 展開を単に示しているだけではなく、Kohutと いう人物そのものへの理想化という要因も絡 まって、もともとのKohutの考え方を擁護しよ うという立場と、あくまでも批判すべき点は批 判して新たな方向を模索すべきであるという立 場の論争という側面もあると考えられる。心理 療法の理論には、科学のみならず、技芸という 側面もある(河合、2001)ために、所属する学 派や依拠する理論家に対する理想化が生じるの は、むしろ自然なことであろう。しかし、心理
Heinz Kohutによる「自己」���定義をめぐって
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佛教大学教育学部学会紀要 第13号(2014年3月)
療法理論の科学としての性格を保持するには、 理想化が生じつつも、論理的整合性を指向して、 臨床事実と照合する作業を積み重ねて、理論の 展開を図る必要がある。自己心理学派における、 自己をめぐる論争においても、その葛藤が表れ ていると言えよう。
6.おわりに
本稿では、Kohutによる自己の定義をめぐっ て、その概念の構成、理論的展開、Kohut以降 の自己心理学派における論争について取り上げ て検討した。Kohutの理論が自己愛パーソナリ ティ障害を中心に展開されたことから、現代の 日本においても、臨床的価値は大きいと筆者は 考えている。それは、発達早期における養育環 境の問題を背景にした空虚感、自己愛的な傷付 きやすさ、自己中心性の問題などがテーマとな る心理療法のケースが、現代の日本でも稀では ないと考えるからである。しかし、Kohutが自 己愛の健康的な側面を強調しているのに対し、 現在の日本で精神分析学派の主流になっている 対象関係論では、自己愛構造体(Rosenfeld,1971) の概念のように、自己愛は病理的、倒錯的な パーソナリティの核であると意味付けられてい る。Kohutの理論では、自己愛パーソナリティ 障害を、環境(養育者)側の反応(失敗)によ る外傷をその要因として重視していることも、 対象関係論の立場からすると、問題の外在化を 促してしまうという批判の対象である。そもそ も、Kohutが自己を理論の中心に据えているこ とは、対象との関係を中心に据えている対象関 係論と対極の関係にあることを意味しているの かもしれない。 Kohutによる自己心理学は、自己愛パーソナ リティ障害の治療理論から始まり、「自己」を 中心とした臨床理論として体系化されるに至 り、アメリカを中心に発展が見られている。し
かし、「自己」の概念については、限られた学 派内でのみ通用する考え方としてではなく、他 の臨床理論も含め、広く一般的な考え方と比較 対照できるものである必要があると思われる。
「自分がわからない」など「自己」が臨床場面 でテーマとなる場合は稀ではなく、「自己」は、 自己心理学のみが扱えるというテーマではな いから��ある。本稿においては、その意味で、 Kohutが、本来「自己」をどう捉えていたのか、 ということに焦点を当て理論的考察を行った が、臨床的態度や臨床的な関わりに対して、個々 の臨床家が持っている「自己」の概念がどう影 響を与えるかという点についての検討も今後の 課題として必要であろう。
引用文献
Basch,M.(1988). Understanding Psychotherapy. New York:Basic. Freud,S.(1914). On Narcissism.Standard
https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/KK/0013/KK00130L041.pdf
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mazelnakiken-1 · 1 year ago
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日程:11/5sun
魔ゼルな規犬企画
@新宿ゴールデンエッグ
https://g-egg.info/info :東口ドンキ1本先の裏通り 東京都新宿区歌舞伎町1丁目16−10 第27東京ビル 地下2F
開場18時半~1500円(予
進行・催眠ブース:謎の超能力者戸田
VJ :バールのような者
LIVE(あいうえお順
gloptin
NA/DA(ナーダ)
バロムさん with サワラ
honninman
Bizarre Love Triangle(SiSeN+Pinkspine feat.あなるちゃん+はんみょうプロジェクト華奴泉血+魔ゼルな規犬)
もらすとしずむ
===時間案===
18:30開場~余興枠!
19:00~Bizarre Love Triangle  19:25~転換
19:35~honninman  20:00~転換
20:10~バロムさん with サワラ  20:35~転換
20:45~NA/DA  21:10~転換
21:20~もらすとしずむ  21:45~転換
21:55~gloptin 22:20~全演奏終了
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出演者詳細:
【 gloptin 】
"孤高の音求道者です。
ドラム缶タム、キッチンメタル、自作電子ボックス、
改造エフェクター、ストロボと照明を使ったソロ活動してます。
ライブでフライパン叩けます"
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【 謎の超能力者戸田 】
"謎の超能力者戸田です。 銀河系に住むオセロ七段。
催眠、気功、伝授できます。
「催眠サークル人間失格」の代表
http://blog.livedoor.jp/mesmerism99/
有料noteあります https://note.com/todatomoya111 "
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【 NA/DA (ナーダ) 】
”ミニマルなトラックとタイトな生ドラム、
変幻自在なチェロによる唯一無二な音世界!
東京を中心に活動するツーピース音楽ユニット”
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【 バロムさん with サワラ 】
オッチーさん エマルジョンのmika-Rさん によるバロムワン!
のようなユニット!
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今回!あの!鉄観音サワラさんが!パフォーマーとして入ります!
鉄観音サワラ:
"モデル/パフォーマー。フェチフェスガールもしています。
文脈と欲望を愛す酒好き。熊サポ。 #ヒスベ #X女 #ほんせけ
#酒場SF #桶屋になりたい #メ女tar #舞台SNS
【ご依頼】http://twpf.jp/sawaraph
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【 honninman 】
"本人マン/解体ザダン壊/$hvmp666/
最新EP→https://omoidelabel.bandcamp.com/album/honninman-returns
やっていくしかないですね...
LINEスタンプ→http://x.gd/FQcsI
依頼はDMまたは[email protected]
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【バールのような者】
バールのような者と申します!
【プロフィール】 年齢:21歳 職業:大学生
電話番号:070-4140-9029 映像作家を目指して修行中です。
映像編集や撮影のお仕事募集中です!
そしてYoutuberを目指しています。(
登録者3000人)是非チャンネル登録してください!
ニート株式会社という謎の会社の取締役であり
Coyu.liveというライバー集団に所属しています。
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【 Bizarre Love Triangle 】
踊れそうです!即興と4つ打ち!
SiSeN:
"長野産 東京Goth育ち ベルリン人生修行帰りで
歌舞伎町在住の妖怪DJ
DecabarSuperバーテンダー(月曜と週末) ZONE スタッフ Japaranoia / 魔女の華園 / RYDEEEEN など主催
危機裸裸Channelパーソナリティ
健康的な食生活が好き リリア推し”
https://twitter.com/DJSiSeN/
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Pinkspine:
DJ | Producer | Organiser
♪(*^o^*)O https://instagram.com/djpinkspine?r=nametag…
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あなるちゃん:
"Fée de fleur analchang (╹◡╹)
ぱふぱふフラワーあなるちゃんです。
お花がいっぱいフラワーランド 。
アバンギャルド労働組合東京婦人部。
『車掌』編集部給食係 つちのこ学会東京支部。"
https://twitter.com/analchan
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はんみょうプロジェクト:
since2005 原宿愛をモットーに日曜の原宿で18年活動中
代表・リアル都市伝説 #原宿ピエロ #カドッチ #華奴泉血
高尾にてカラオケ喫茶サンフラワー経営
テクノブレイク中野店で自作グッズ委託販売中
タロット占い等のご依頼はDMまで
https://twitter.com/hanmyoproject
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魔ゼルな規犬:
㎜∀Ζё∟μИÅ К↑Ж∃∩!  は シマウマなドラマーなラッパー
超能力少女(皮膚がプラ)と 広告モデルで参加する青砥撫子 と
野生の生きた飛ぶタイプの虫 全部がメンバー!
電話:090-9170-6967
https://twitter.com/mazelnakiken
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【 もらすとしずむ 】
"・・・・・・・・morastocisum・・・・・・・・・
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takashimatsui1960 · 1 year ago
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2023-07-17
『眠れない貴女へ』聴き逃し配信で起きぬけに聴く。プロデューサーが上手に和菓子の差し入れをする、というパーソナリティ・和田明日香さんのコメント。まさか若松園ではあるまいな。
早朝、酷暑を避けてドンキで食材購入。野菜がまだ陳列されていない。
JR四国1x−0東京ガス。雑草チームがエリートを揃えた優勝候補を食った、という見方をされるだろうが、東京ガス打線がヘボ時代に戻っただけのことで、近藤投手の快投に意地や根性、反抗心を想像するのはちょっと行き過ぎかと。野球の試合は野球の試合で、そういうことだとおもう。団体競技は怖い。僅かな期間ですぐにチームが骨抜きになってしまう。来年からホンダが東京に来るから、本大会に出るのも容易ではないだろう。
晩飯の支度をしていて、パスタの茹で汁を床にこぼす。
夜、蚊が出る。
珍しく母親の夢を見る。なぜか駅伝の中継地点に連れて行くことになって、途中、着替えやら鍵やら、いろいろなくしものをして困り果てる。凶兆でなければ良いが。
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crydayz · 6 months ago
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240614 金
引き寄せの法則ってのを結構素で信じてるって以前書いた
「なんで自分は毎日絵が描けてしまうんだろう?」って今思ってる
これがいいんだよ
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「なんでやれてしまうんだろう?」
「なんでこんなに幸せでラッキーなんだろう?」
ってベクトルで自分を不思議がる
これだけでどんどんやれるし、どんどんラッキーになる
マージ、マジマジ
--- 僕、28歳ん時もうすぐ死ぬ思いました
なんでかってこのまま生きてても「嫌なことの総量が増えていく」ばかりでそれを打ち消すいい事なんて雀の涙程度しか手に入らないに決まってるって思ったから
それが予想できるくらいには主観的踏んだり蹴ったり感を味わっていたし、過去の自分の成功体験に照らしても、もう10代の頃以上のラッキーなんて訪れるわけがないな、思ってた
つまり生きてても主観的にも客観的にもムダ。ふつうの知性と自尊心あるなら惨めで恥ずかしすぎて生きてらんない。格好悪すぎる思ってた
結構「武士的なスタンス」だと思うのね、これ
あとは自分をむっっっっっちゃ主人公として捉えてたよね
でも生きる為、それをやめた。精神を「負け犬ヌケサク敗残兵モード」にチェンジし、虐げられて然るべきモブ・・だけどどっこい最後まで生き残ちまう「ひょうきんピエロ」的ポジション目指した
しばらくその目くらましでどうにかなってたシーズンもあったけど、やがて冷静になって全部馬鹿らしくなって「幼少期に戻って人生最初からやり直したい」という気持ちになった
20代の頃のような「死にたい」という気持ち(格好良さを貫きたいという気持ち)は最早ない。ただただリセットしたい、今度はうまくやる、あそこで絶対妥協しない、選択ミスしない、へこたれない...って誓った
だからもう一度チャンスが来たら今度こそ間違わないし乗り遅れないって思った
僕の失敗のきっかけは初音ミクに対ししょーもないヘイトを抱いてしまったことだ
DTMを生半可に愛していたがゆえに、それ系の知識と愛が全然ないであろうミーハー絵描き達が初音ミクをハブにして唐突にDTM文化を蹂躙してきた(あるいはDTMカルチャー一切無視して製品のガワだけ浅はかに消費してきた)と感じてしまい、自分の好きなものを穢されたと感じてしまった
これはもう、そう感じちまったんだからどうしようもない...
それに加えpixiv台頭によるホームページの価値消失、友人に初音ミクブーストで狂気レベルの差をつけられたってのもヒステリー加速に拍車をかけた。でも何よりも大きいのは自分がディレクションしていたゲーム企画を取り上げられた事だったな
とにかく「ほう? ここまで俺をコケにしたいんか、世界」って思ったわ。知らんよなそんなの。みんな楽しくミクちゃん描いてんだ...
なぜそのウェーブに乗らないんだ? って知り合いの���描きから暗に明に言われたさ。同人イベントで色紙にミク描いてって言われた時は内心全ギレしながら描いたっけなあ
ほんと、運気を下げる思考をしていた
何が要因かっつーと結局「愛を侮辱された」っていう主観的感情がきっかけなんすよ
だからそれ以降僕はなにかを愛することをやめました
だって、愛があるからそれを「穢された」とか「バカにされた」って思うんでしょ?
その結果チャンス逃して人から嫌われるようなルサンチマンばっか吐いてたら、結果的に自分が損するじゃん
損する事がわかってる「愛」を維持するの、ある意味純愛かもしれんけどその愛向けてる対象が自分の方振り向いてくれんの? 言ったら無理なわけじゃん、初音ミクの場合はクリプトンとかヤマハなわけ、あとRolandも好きだった
でもそういうオフィシャルは僕じゃなく初音ミクというキャラをサクサク消費しお祭り騒ぎしてる実力派絵描きの方を大事にする
いやもう、何言ってんだ純粋にお前キャラ ド・ヘタじゃんって指摘にはイエス、諸手を上げてイエス
ほんっと、身の程知らずとはこの事よ!!
今でも怒りと悲しみと後悔が蘇ってくるわ。どういうこじれ方してんだアホ!! 普通に魅力的なキャラなりなんなり描いて人心掴めよヘタクソ!!! って言いたい
腐ったアヤナミみてーのばっか描いてんじゃねーよ、と
閑話���題。昔話を繰り返したところでしょーがない
つまり、だ。今ムカついてるその項目、そのムカつきの要因となっているあんたの身勝手な「愛」
それ本当に維持すべき愛っすか? って話なんすよ
僕の場合は「自分が作った箱(Discord)への愛と執着」がまだ強固に残ってる...
こいつが今後間違いなく僕を不幸に導くことだろう
不幸になってでも、多少嫌われてでも自分の好きは決して曲げない
そういう気持ち(他人や社会のことをガン無視したヒステリックなプライド)があるとな、些末な事に侮辱と敵意感じてはヘイト撒き散らし、周囲に呆れられ病人扱いされキャリアも積めぬまま歳だけ食って、どうして自分のこの真摯でキレイで真っ直ぐな気持ちを誰一人理解してくれなかったんだろう? みたいなドンズレ思考抱えた××老害になる(うーん... 極端だ。極端な思考は自分と周りを傷つける。それは結果的に自分を不幸にする。だからよくない)
プライドは、捨てなくてもいいから箱にしまうか、意識的に横に置く
そして皆が食べたがっている料理を丁寧につくる
体力増やしアタマ使って時間捻出し「自尊感情維持する為の城(テリトリー)」を構築する
最初は自閉モードでいい。次第に他者を呼び込む為のサンドボックスなり応接間なり作っていけばよい
そして考えることは「しあわせ」についてだけでいい
「どうしてできないんだろう?」と考えると「できない自分」を引き寄せる
「どうして不幸なんだろう?」と考えると「不幸な自分」を引き寄せる
それは文脈関係なしに最初に見出しに設定したワードの正当性を「肉付け」する思考が脳内で自動的に発生してしまうから
だから「どうして幸せなんだろう?」と考え続ける事で「XXでXXであるがゆえにしあわせなのである」という講式が脳内に刻まれてゆく
どうして不幸だと思うのかを思考するメリットはない
どうして幸せなのか? を自身に問い続けるだけで100%、何をどうやっても幸福になってしまう
幸せな主観があれば精神的バッファがあるわけだから無茶できる
無茶すりゃ歳食ってたってそれなりの出力と他者貢献できる
それさえできりゃいずれ優しい世界が手を差し伸べてくれる
ああ、我々が思うほど世界は悲しくプログラムされちゃあいない
誰も自分という人間に手を差し伸べぬなら、自らが率先して誰かに手を差し伸べてしまえばよい
はい、キモいお節介&パターナル&ハラスメントフラグ、って指摘には同意
同意はするが、潜在的正解は常にそれだろ
自分が救うことや手を差し伸べることを「許してくれる命」を見つけて、まずはそれを応援する事から始めたらいい
人を応援する人をディスる人ってのはもう、それは120%ロクな人間じゃあないから無視していい
無論、犯罪者や極度に反社会的な性格の人を応援するようなムーブしちゃダメだし、それをやりそうになってる自分を止めてくれる人の事は無視しちゃダメだが
善&道徳だわ、基本。子供がいる手前、そうとしか言えん
だって子供はオートで犯罪犯したがるからな。それは子供の本質。そこに親も乗っかりブーストかけちゃったらクソ毒親だろ...
ゆたぼんの父親とかそうだろ。最終的に反面教師として役立ったから結果オーライかもしれんが
とにかく、絵とフィクションの中で悪と不道徳を描くのは構わないが現実のパーソナリティや生活ん中にそれ適用すんのはナンセンスだし何一つメリットがない
マジメすぎると現実と絵の世界を同期させちまうんだよな
自分もその境目がなかった、かつて―
絵は絵、現実は現実。どっちもウケがよく自分を幸せに導くベクトルに「デザイン」してこ
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thyele · 2 years ago
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2023年2月25日
seekさん「染毛しながら Psycho le Cemu MIMIZUQ 両バンドのフルアルバム歌詞文字校正。 作詞しても、レコーディングしても、何度確認しても、やっぱり文字直しが入る。 曲もやけど、詞も、それぞれのメンバーの人間性が出ていて面白い。」https://twitter.com/seek_bonshisya/status/1629007573612642306
UNCLOCK LOVER 頼田陵介さん「大まかなアレンジできた✌️ メロもほぼ決まった❗️ 3分14秒 ベストサイズ✌️✨ 問題は歌詞やな。 なんとなくこーゆー感じっのはあるけども、、、 一先ずいいな ベース入れよ✌️」https://twitter.com/yorita_ryosuke/status/1629007771151790080
izakaya@toshiさん「そして COLOR! https://t.co/wdYtarj3v4」https://twitter.com/izakayatoshi1/status/1629008267912581125
YU§TAさん「【お知らせ】 僕が所属しているグループLaugh Life EntertainmentのOfficial Twitterが開設されました! 今後の僕の活動はLaugh Life Entertainmentで動きます。 僕を含め各アーティストの活動をよろしくお願いします。 @LaughLife___ https://t.co/Z8SnTyUNSf」https://twitter.com/primitive_alive/status/1628011757267718145
ジョニーダイアモンド首振りDollsさん「素晴らしいの一言でした。みんなで声出し、感動的だったなあ #ガチャリックスピン #GacharicSpin #渋谷公会堂 https://t.co/x6KovFd590」https://twitter.com/Tracisixteen/status/1628728007207837696
Ryuichi Kawamura officialさん「今夜もありがとう🫶🏻 https://t.co/NASpwD3XrO」https://twitter.com/RyuichiKawamur2/status/1628731702179938307
YOSHiPONさん「久しぶりのluinで町田🦩 新しい照明も楽しみだな〜」https://twitter.com/YOSHIP0NxxxTOR/status/1628706427941560320
Ryuichi Kawamura officialさん「NRSショーケース✨ ブログ更新しました! https://t.co/kO3KfM9niC」https://twitter.com/RyuichiKawamur2/status/1628732715943202817
キリ(luin)🥁さん「真新しいluin情報◎ 4/8お久しぶりに町田プレハに出ます〜土曜日ですね(*'-')b レトロリブラ一緒で嬉しい♪ 配信もアル! このMVまとめたバンド紹介良いですね👍」https://twitter.com/kiri_drums/status/1628733507160903680
Ryuichi Kawamura officialさん「Rolex Daytona✨✨✨ https://t.co/AvXyXxyYpq」https://twitter.com/RyuichiKawamur2/status/1628734067180179459
INORAN _STAFFさん「#INORAN Billboard Live Tour IN MY OASIS Billboard Session 2023 チケット好評発売中!!! 04.01-02 Billboard Live OSAKA 04.08-09 Billboard Live YOKOHAMA 04.29-30 Billboard Live TOKYO ▼詳細はこちらチェック! https://t.co/rTAAsf5fnk https://t.co/g9fpgFGAvB」https://twitter.com/INORAN__STAFF/status/1628721884018921475
seekさん「MIMIZUQ 2月23日代々木 LIVE STUDIO LODGE ACOUSTIC & TALK LIVE「秘密の森」 と MIMIZUQと時巡りの列車〜FROZEN CAVE〜終わり。 LODGEの素敵な空間で みんなの声、鳴り止まない拍手 とてつもない熱量でした いっぱい愛を感じました ありがとう 全部出し切ったー 幸せやー https://t.co/vCOP0YACqN」https://twitter.com/seek_bonshisya/status/1628741672900370435
金髪豚野郎K助(偽殿下)さん「よーし!次のレコーディングの日程決まったから気合い入れていくぞー!! (°_°)」https://twitter.com/goldenpigdrumer/status/1628744003863855104
ジョニーダイアモンド首振りDollsさん「ついに明日! こちらもよろしくお願いします!!」https://twitter.com/Tracisixteen/status/1628744408500953088
Ryuichi Kawamura officialさん「a cRoss✨✨✨ https://t.co/qDCsjBf0Cb」https://twitter.com/RyuichiKawamur2/status/1628751395640999937
森 翼mori tsubasa/MIMIZUQさん「代々木lodgeありがとうございました! お昼はアコースティック編成、夜はフルバンド編成の2本立てワンマンLiveでした。次は明後日。名古屋2DAYSでお会いしましょう。あー、ビール飲みたい。 https://t.co/JRiNpubVAC」https://twitter.com/mori_tsubasa/status/1628751901516005377
lucy+peter=esolagoto / 中村真悟さん「籠もってました。 立ちました。アコギが。 https://t.co/ES2yVmIGSF」https://twitter.com/lucy_peter/status/1628757887836381185
中島卓偉さん「毎月I回生配信!歌います!喋ります!翌月の配信までアーカイブも付きます! 中島卓偉ファンは入らないかんたまらんやつ! 明日の20時から!明日はカバーもやろうかな。お楽しみに! #中島卓偉」https://twitter.com/takuinakajima/status/1628760372504313856
舞台芸術創造機関SAIさん「◇本日23:59まで◇ #SAIの変身 劇場前売券販売終了 【キャスト応援劇場観劇券】 【劇場観劇券】 【特典付劇場観劇券】 【特典付配信観劇券】 以上4種類の受付が終��です。 ▼前売券販売ページ▼ https://t.co/EBcP1wRDIO 2/24(金)0:00以降は、当日精算券(4000円)のお取扱いとなります。 https://t.co/BrLxgZgEnn」https://twitter.com/SAI20XXtwt/status/1628696694799110144
シビィさん「帰りたくない!泊めろ!と泣き叫ぶ大将を電車に突っ込み帰宅します・・・ ごちそうさまでした・・・」https://twitter.com/sivydish/status/1628759821829955584
中島卓偉STAFFさん「【RADIO】リモート生ゲスト出演決定! 3/9(木)13:00-17:55 ON AIR KBC九州朝日放送『PAO~N』@kbc_paon リモート生ゲスト出演 14:05頃 パーソナリティ:#沢田幸二 #松村邦洋 #細谷めぐみ リモート生ゲスト:#中島卓偉 番組HP https://t.co/ENdLV4VWEM #卓偉 #KBCラジオ #パオーン」https://twitter.com/helter_takui_st/status/1628681079451226113
中島卓偉STAFFさん「【ARTICLE】インタビュー記事の掲載が決定! 北海道アルバイト情報社『アルキタ』@arukita 誌面配布開始・WEB掲載日:2/27(月) 掲載:WEB/誌面 の両方に掲載 インタビューゲスト:#中島卓偉 掲載ページURL https://t.co/BMuxKnn3Mm #卓偉 #アルキタ #インタビュー https://t.co/QEn0q8suox」https://twitter.com/helter_takui_st/status/1628681073545605125
森 翼mori tsubasa/MIMIZUQさん「帰宅。お疲れ様でした。 さて、打ち上げ配信しますか。 お時間ある方は一緒に乾杯しましょ。 #タフガイ」https://twitter.com/mori_tsubasa/status/1628763392466100226
森 翼mori tsubasa/MIMIZUQさん「モイ!iPhoneからキャス配信中 - https://t.co/n4I2EP9QRU」https://twitter.com/mori_tsubasa/status/1628767954522492929
森 翼mori tsubasa/MIMIZUQさん「ありがとうございました!! MIMIZUQでした!!」https://twitter.com/mori_tsubasa/status/1628778774757244930
UNCLOCK LOVER2020さん「■2/26仙台SPACE ZERO Member Guitar/寛(Mi-Rock、御剣) Bass/Junichiro (ex.LAID、KING) Drums/nalu:shin (airhead) ■3/6池袋EDGE Member 上に同じ ■3/21川崎Serbian Night Member Guitar/寛(Mi-Rock、御剣) BASS/参田ーー(ex.ストレイドッグカンパニー) Drums/nalu:shin (airhead)」https://twitter.com/UNCLOCK_LOVER20/status/1628779734057488384
UNCLOCK LOVER 頼田陵介さん「ごめん! 一回消した😅」https://twitter.com/yorita_ryosuke/status/1628779931261087744
UNCLOCK LOVER 頼田陵介さん「3/21は参田ーーさん@thunder1021 UNCLOCK LOVER初参加です✌️✨ 心良く引き受けて下さいました😆 よろしくお願い致します✨」https://twitter.com/yorita_ryosuke/status/1628780249872994310
lucy+peter=esolagoto / 中村真悟さん「田宮さんの新音源 先程無事完成し、納品しました😉😉😉 「キャンバス」 「Everglow」 大きな愛(𝑩𝑰𝑮 𝑳𝑶𝑽𝑬)に満ち溢れた田宮さんの唄声が、兎に角心に染みてきます。 大切な楽曲の音源制作に携わらせて頂けて光栄です・・・! 乞う御期待♡♡♡ こんな夜は ばんしぼで乾杯!!! https://t.co/FeFvPAYsoF」https://twitter.com/lucy_peter/status/1628783364487643143
小美玉たかしさん「君達のセンスは間違ってない! 応援宜しくね♪ がんばる! https://t.co/Q45RjEizMR」https://twitter.com/TAKASHI_OMITAMA/status/1628786786729336833
小美玉たかしさん「新曲絶賛制作中† ザビの歌詞が舞い降りて来た♪」https://twitter.com/TAKASHI_OMITAMA/status/1628786941788585990
V系☆星の子レシピ/ 星子誠一さん「【seekのニコ生ラジオ放送に、同じ仲間のDAISHIが初出演!】 3月22日(水)20時より、seek(Psycho le Cému/MIMIZUQ)のニコ生ラジオトーク番組「seekのFish Dance Hour」<16時間目>がスタート! ゲスト:DAISHI(Psycho le Cému) ~ヴィジュアル系を考察する会~ 番組[ https://t.co/OuVSuKZA5c ] https://t.co/aV1QO24Ds2」https://twitter.com/visualkei_oyaji/status/1628681269792874498
Keiichiさん「昨日はSaToMansionと首振りDollsの2マン企画でした! 最高に盛り上がったいい夜でしたね。 初の顔合わせだったけどいい化学反応が起こった気がします!イベントタイトルが『ニニニッ!!』って事で会場BGMはもちろんダムドの『Neat Neat Neat』でしたー! 写真はこれしかなかった。。。汗 https://t.co/98HRuZZ6Zf」https://twitter.com/Keiichi_CHELSEA/status/1628740502052044802
TOMO/ 1月21日の配信ライブVol.2さん「今日撮影してて思ったけど、やっぱシュンさんの撮られ方がすげーな…と 流石レジェンド! 撮影中の会話は絶対に公開出来ないけど!🤣 #Deshabillz」https://twitter.com/tomo1108gt/status/1628791077686906885
nao 首振りDollsさん「今日はオールバックでした。 https://t.co/iu4L49zh0n」https://twitter.com/kubihuri_nao/status/1628798650611830784
nao 首振りDollsさん「ダスボン2023始動。 どうもありがとう。 世に溢れるロック風ではない、本物のロックンロールな音がここにはあります。 今年もよろしく。 https://t.co/hYunpCbqrV」https://twitter.com/kubihuri_nao/status/1628800196439318528
MELODY ISHIHARAさん「My sister Christine (the talented one) and I started a passion project, just for fun👏💕💕 we will be releasing music from time to time! Look out for it🌙 coming soon🌙 @melodyandchristine #MelodyAndChristine https://t.co/lXjmvHeB7U」https://twitter.com/melxxxmusic/status/1628624713961422852
MIYAVIさん「100% support you. Can’t wait がんばって!」https://twitter.com/MIYAVI_OFFICIAL/status/1628825431871741959
revolvermagさん「We talked to YOSHIKI about THE LAST ROCKSTARS supergroup, X JAPAN's new album, his favorite metal bands and more. Read here https://t.co/R1opxoDYDP https://t.co/QrhL5wpXcH」https://twitter.com/Revolvermag/status/1628782940065869832
音楽ナタリーさん「/ 🔊コラム連載:これのドラムを聞け!5秒だけでもいい \ komakiの音楽遍歴がわかる6曲🥁 複雑→シンプル→やっぱり手数、そして絶妙なバランス https://t.co/jML8FL6rLL #komaki #SUGIZO #日食なつこ #tricot #MISIA #これのドラムを聞け https://t.co/08ik9fevm8」https://twitter.com/natalie_mu/status/1628243729613213696
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brdc-a · 5 years ago
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いとうかなこの『歌声喫茶 ラルゴ』 2020/1/13
第218回『シンガーソングライター 立花綾香さん』 今夜の歌声喫茶ラルゴは、いとうかなこさんがインフルエンザでお休みのため店長のピンチヒッターとして1日店長の松澤由美さんでお送りします! 今回は、11月20日(水)にリリースされた立花綾香さんのメジャーデビューミニアルバム「HELLO」についてお話をお聞きします!
まず番組恒例のアンケートトークからスタート! 立花さんの出身地の熊本のお話から人生で一番びっくりした出来事のお話からお聞きしました!もちろん、今作の『HELLO』のご紹介、MVの撮影秘話やライブでこだわっていることなど…様々なお話を伺いました。どうぞ、お楽しみに!! <いとうかなこさんからメッセージ♪> 「いとうかなこ、新年早々にA型インフルエンザにかかってしまった為、今週は代打MCとして松澤由美さんに来てもらう事になりました!由美さん、すみませんがよろしくお願いします〜! by いとうかなこ」
【CD情報】
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立花綾香メジャーデビューミニアルバム『HELLO』 鍵盤を操り優しく語りかける強いメッセージ。女性としての性(さが)を独特の視点で放つ日常と恋愛観。圧倒的な存在感で観るものを魅了する<立花綾香>の満を持してのメジャーデビュー盤。 発売:2019年11月20日(水) 詳しくはこちら
【イベント情報】
<立花綾香さん イベント情報> 『メジャーデビュー・ミニアルバム発売記念ワンマンライブ』 ①「HELLO in OSAKA」 日程:2020年1月23日(木)op/st 18:30/19:00 会場:大阪Shangri-la ②「HELLO in FUKUOKA」 日程:2020年1月25日(土)op/st 17:30/18:00 会場:福岡ROOMS 立花綾香 オフィシャルホームページ 【(K)NoW_NAME】がTVアニメ「ドロヘドロ」OP/EDテーマを担当! 2020.1.12より放送スタート!
TVアニメ『ドロヘドロ』 オフィシャルサイト
<松澤由美さん イベント情報> 『アニソンバーギルド 松澤由美 新年会カラオケパーティー』 日程:2020年1月18日(土) 2部制 会場:アニソンバーギルド秋葉原 1部:入場 11:30、開演 11:45、2部:入場 14:15、開演 14:30 『Anison GUILD LIVE Vol.6』 日程:2020年4月11日(土)  開場:15:00 開演:15:30 会場:池袋LIVE INN ROSA 出演:神田みつき、ガールズアニソンバーもふる、アニソンバーギルド 他 スペシャルゲスト:松澤由美、美郷あき
松澤由美(Twitter) Nintendo Switch「幻想マネージュ」オフィシャルサイト
【関連リンク】
立花綾香 オフィシャルホームページ 立花綾香   (Twitter) 立花綾香「最初はハロー」Music Video(YouTube) (K) NoW_NAME オフィシャルサイト TVアニメ『ドロヘドロ』 オフィシャルサイト
【コーナー/メール募集!】
さて番組では楽曲のリクエストを大募集中!!!
募集するコーナーは…2つ!
<その①『夜のヒットステージ!』> いとうさんに歌ってもらいたい楽曲のリクエストは『夜のヒットステージ!』シュタゲやカオチャ、アルバムオリジナル楽曲から昭和歌謡などに楽曲のリクエストを随時募集します!
<その②『昭和LOVEですから』> 町中でみつけた「昭和」をご紹介する『昭和LOVEですから』 昭和に流行ったアイテムや今ではなかなか見かけなくなったものなど、思い出と共に送ってくださいね。
応募はこちらリクエストフォームから!
<プレイヤーサイトに戻る>
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blue-item · 5 years ago
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代打パーソナリティ◇松澤 由美(Matsuzawa Yumi) 歌手
テレビアニメ『機動戦艦ナデシコ』のオープニングテーマ「YOU GET TO BURNING」でデビュー(キングレコード・オリコン初登場 9 位)。 その後、朝本浩文氏プロデュースで「OTOHA~音波~」「earth song~大地の詩~」「ココロ」の 3 枚のシングルをリリース。同時に作詞・ 作曲活動を開始。 アニメ『聖闘士星矢~冥王ハーデス十二宮編~』オープニングテーマ「地球ぎ」/エンディングテーマ「君と同じ青空」にて歌唱の他、作詞・ 作曲を担当。 聖闘士星矢シリーズ始まって以来、初めて女性ヴォーカリストが主題歌を担当することになる。 続き O.A.された同アニメ『聖闘士星矢~冥王ハーデス冥界編~』のエンディングテーマ「託すものへ~My Dear~」をリリースの他、 アニメ『サラリーマン金太郎』『ゲートキーパーズ』など数々のアニメ、ゲーム主題歌を担当。 好きなアニソン歌手ランキングで上位に入るなど、そのルックスと感情の機微を繊細に綴る歌声で、今なおアニソン界を牽引する歌姫の一人。 南米、中国をはじめ海外での活動も精力的に行っている。 松澤由美 オフィシャルサイト 松澤由美 オフィシャルブログ 松澤由美 (Twitter) Nintendo Switch「幻想マネージュ」オフィシャルサイト
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oka-akina · 2 years ago
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「イサド住み」について、あとがきのようなもの
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■本作はトランス男性のボーイズラブです。と、そのように小説を紹介するとき、少し勇気がいるような気がしています。わたし自身が何者であるのか、わたしのジェンダーアイデンティティはどういうものなのか、詳細に語らずにこの作品を発表するのは不誠実ではないのか……みたいなことを悩んでいる。あれっおかわだって何かあるんだっけと思った方もいるかもですが言いたくないことは言わないに決まってんじゃん、インターネット上でもリアルでも……。
このあたりの話はすごく微妙で、こういうものですと表明すること……ようするにカミングアウトは、言いたい人が言う、打ち明けたい人が打ち明けるものであって、ぜったいみんながやんなきゃいけないわけではないと思っています。
で、そういったことへの自分の態度もさだまっていなくて……。「言いたい人だけが言えばいいことなので全員があえて表明する必要はありません」と繰り返し発話することによって誰かの口をふさいじゃわないだろうかという恐れがあります。そして、発話は自分自身にも返ってくる。言わなくていいのだと繰り返し言うことですでに打ち明けている人たちとの溝をつくってしまうみたいな……なんか自分で自分に暗示をかけちゃうんじゃないか……?っていう。逆の立場でもそう。自分は打ち明けました、こういう理由で打ち明けましたとはっきり表明したとたんに、黙っている人たちのことが急に遠く、もしかしたら古びた考えのように見えてしまう。つい先日も、「ハートストッパー」の出演者がカムアウトを強いられてしまった出来事がありましたが、あまり安易にこうですと言うのは危ういよなあと思っています。
(ハートストッパーの件については、バイフォビアやバイセクシャルの存在の見えにくさということもあると思っています。これ何かの折に自分なりにでも語りたいんですが難しいね……。以前「バイ・ミー」という短い話を書いたときに(金継ぎアンソロジーを書いた時なので2018年か、けっこう前だな)、ほんとはもうちょっと、そういうことも言いたかった。作品というよりは作品の外で言及したかったんだけど、勇気がなかったですね)
何か表現するにあたり、自分は何者であるのか、必ずしも表明しないといけないわけではないと思うんですが、自分のことになると、なんだかずるをしているような気がしてしまう。気にしすぎかもなんだけど。
各人がそれぞれよく考えればいいじゃないかというのはそれはそうなんですが、そんなことはわかっている。わかっていて葛藤している。そこに「各人がそれぞれよく考えればいい」と断ずるような、あまりにさっぱりした物言いを繰り返されると、なんか怖いなあと思う。理屈や原理原則をなぞっているだけに見え、それぞれの葛藤を見ていないように思う。冷淡だし幼い。いやまあ、自らを奮い立たせているのかもとも思うんだけどね……。
じゃあどうすればいいのか? 誰とも関わらずにずっと沈黙している方が、結局は傷つかないし得なのか? おそらく、そういう結論を急ぐ感じがあんまりよくないんじゃないかと思うので、たぶんSNSとはなじみが悪いんだろうな……。
わたし自身、それはどういう立場でどこから言ってる言葉なの? ということがしばしば気になってしまう。ツイッターのつぶやきなんかはとくに。表現が、とくにフィクションの作品が、作品だけでそこに立っている、作者や作者のパーソナリティとは離れて作品だけが存在しているというのは、ほんとに可能なのか。みたいなこともいつも思う。「ものによる」というのが現状のわたしのスタンスですが、しばしば考え込みます。
まあなんか、そういうわけで、葛藤している状態だよというのを表に出していくのもいいかもなーと思いました。葛藤には口籠もっている状態もあるし、言っていることがころころ変わる、場合によっては本当ではないことも言う、何かに擬態しようとする……といったことも含むのではないかと、言っときたいですね。わたしの態度は今後変わる可能性があるけども(変わったように見える、も含め)、あいつあのときああ言ってたじゃんみたいなことをいちいち指摘しないでくれ……、と同時に、裏切られたような気持ちになっちゃうのもわかるよ……という感じ。非常にぐちゃっとしていて、何も言っていないのと同じに聞こえるかも。でも言えることを言っている。
話がどんどん脱線していきますが、本作「イサド住み」でもそんなようなことを言っている気がします。
また脱線ついでですが、以前に書いた短編のいくつか、たとえば「パラシュートたち」のParkとMoonや、「指の下」のおれくん、「メリンガータくん」のおれくん(覚えてる人いるかな……)、この人たちは男の人でも女の人でもどっちでもいいです、決めてませんと言っていましたが、かれらをはっきりトランス男性として書きたかった気持ちもあった……ということは、ちょろっと伝えておきたいです。これこそ後出しジャンケンのような気もするんだけど、その場その場でなんでも言えるわけじゃないよなあと思います。こういうすごく小さいことではあっても。
何が言いたいのかよくわからないと思いますが、わたしはわたしなりの立場から作品を書き、発表していきたいと思っています。
■トランス男性の表象が出てくる小説を読むのが、もしかしたらこの作品が初めてという方もいらっしゃるのかなあと思うと、すごく緊張します。トランス男性の不可視化、存在の見えにくさ。それにはさまざまな背景があり、埋没を望む当事者が多いという事情もあります。SNSでは苛烈な差別が吹き荒れています。でもそれはSNSでの強い言葉が目につきやすいというだけで、以前から、どこであっても、ずっと、そうでしょう。そして差別的な言説を撒き散らしたいときだけ、トランス男性が持ち出されることもしばしばです。「不思議なんだけど、トランス男性は男子トイレに入りたいなんて言わないし、男湯に侵入したなんてニュース聞いたことがないよね」というような、素朴な疑問のふりをしたヘイト。
近頃のツイッターではこういうヘイトを匿名のアカウントだけでなく、名前も顔も仕事も明らかにしている、とても有名な人、長年文芸の批評をやっている人まで言い出すようになり、とてもうんざりした気持ちです。
(余談だけど、そういう人が文芸雑誌の新人賞で審査員をやるようですが、えっ大丈夫ですか? 有名な人だから差別的な発言を繰り返してもべつにいいんですか? 仕事は変わらず任せ続けるんですか? それも新人作家を選ぶ側の仕事を? 何かを書くこと・書けることはそれ自体が特権ですが、それに賞というお墨付きを与えて商業出版することの権威性を考えたら、おい、そういう立場の人が差別的な発言を堂々繰り返してんの、ヤバだろ。わたしはその雑誌も出版社も好きでいたいんですが、ぜんぜんだんまりなので、絶望的な気持ちです)(あとそういう文芸の批評家たちが次々わけわかんない差別的なツイートをし出したのを受けて、好きな作家や書店が、中立の立場ふうの意味わっかんねえツイートしてんのとかも、もうほんとにいやなんだわ。。。。。)(何か言わずにはおれない、痒いところを掻かずにはいられないみたいな、ツイートにはそういう生理的なものがあるとは思うんだけど、とはいえ作家が、現実に生きている人の差別に対して頓珍漢なこと言ってんのやっぱりがっかりはするな……)また脱線しました。何かを言おうとするといやなことがたくさんまとわりついてきます。
■うまく言えない代わりに、いくつかおすすめの書籍を紹介します。ツイッターのヘイトの嵐、素朴な疑問や思考実験のふりをした無礼な滅茶苦茶……からは決して見えてこないこと。実存のこと。
もしおかわだの小説を読んで、何かもっと知りたくなったら……というのもかなりおこがましいのですが、もしかしたらあまり関心はなかったけど(下手なことを言ったらと思うと怖くて触れられないというのも含め)、たまたまこの本を手にとったという方もいらっしゃるのかもなあと思うので(同人誌なのでそういうこともありそうで、それならばそういうなんとなくを幸運なものにしたくて)おすすめを挙げます。紹介文は版元からの引用です。
・「誰かの理想を生きられはしない: とり残された者のためのトランスジェンダー史」吉野靫 著(青土社)
「本当の」トランスジェンダーなんてない。「本当の」男女を追求する必要なんてない−。見えないようにされていたもの、見てこなかったものについて��真摯に、丁寧に、しぼりだすように紡ぎだされたトランスジェンダー史。
・「トランス男性によるトランスジェンダー男性学」周司あきら 著(大月書店)
性別移行後の実生活に根差して「男性」の範疇でトランス男性をとらえ直すとともに、トランス男性を含むマイノリティ男性の存在を想定していない「男性学」に対して、当事者の視点から新たな見方を提起する。
・「トランスジェンダー問題­——議論は正義のために」ショーン・フェイ 著 高井ゆと里 訳(明石書店)
トランス女性である著者が、トランス嫌悪的な社会で生きるトランスジェンダーの現実を幅広い調査や分析によって明らかにする。事実に基づき社会変革に向けて開かれた議論を展開する一冊。
・「Complex」no.////(よはく舎)
"女性"として生��れ、現在は"男性"として生活している"トランスジェンダー男性「FTM」"のコンプレックスに焦点を当てた、フォトエッセイ。また、コンプレックスだけではなく、"トランス男性「FTM」にしかない魅力"をご覧いただけますと幸いです。(クラウドファンディングを利用した自費出版の書籍ですが、いくつかの独立系書店さんで取り扱いがあります)
またこういったジェンダーやクィアにまつわる書籍の取り扱い書店としては、loneliness booksさん、マルジナリア書店さんが充実していますしおすすめです(オンラインストアもあります)。
■なんかもうちょっと言いたいことがある気もするんですが、言おうとすると忘れちゃいますね。本当は、こういうあとがきはもうちょっとしっかりまとめた文章で、本の中にちゃんと載せるべきとも思うんですが、イベント直前にバタバタ入稿したものでそういうことができませんでした。小説としても一冊の本としても足りないことばかりで、もっと書きたかったことがあったなあ、もっといいやり方ができたかなあと歯痒いのですが、ともかく打席に立つのだという気持ちで書いていました。
またトランス男性の語りとして、小説を読んでいる方にはもしかしたらあまりなじみのない語もあるかもしれないのですが、そこはあんまり説明しませんでした。用語解説的なこともしたくなかった。これは今くんの語りなので今くんが言いたくないこと、気が進まないことはぜったいに言わない話にしよう……と思って書いていて、それがボーイズラブの、ラブストーリーの形をとろうとしていることも含めて、小説としてうまくいったのかどうかはわかんないですが、なんかそういう気持ちを大事にしたいと思っています。やってるうちにうまくなればいいな……。
■なにかまた思い出したらtumblrにでも書きます。とはいえ、さっき言ったような葛藤の話だったりもっとつっこんだ話だったり、オンラインでするのもな〜という話はやはりあります。言えることを言える場でやる、そういうときに、紙の本というのはインディペンデントで安心できる場だと思っています。pixivもnoteもカクヨムもKindleも現状あんまり好きじゃなくて、プラットフォームに依存しないやり方というのを模索しています。だから同人誌だったりzineだったり作る人がおおぜいいるし、増えているんだろうなあというのも考えています。
そういう、ほかのどこでも言えないような話や、まだ意識としてのぼってこない、潜在的な言いたいことらしき何かがつまったような小説……を書いた紙の本をお手にとってくださり、本当にありがとうございます。とても幸運に思います。なにかしら楽しんでいただけましたら幸いです。
ーーーーーーー
11/20文学フリマ東京の新刊「イサド住み」について、あとがきのようないろいろです。何か態度のようなものは表明した上で発表すべき作品だよなとは思うので、本当だったら本の中に書いておきたかったんですけど、ドタバタ入稿でできず…。というわけでペーパーを作りまして、通販から挟み込みしています。文フリでお手にとってくださった方や、これから興味を持ってくださる方に届くといいなあと思いまして公開するものです。ペーパーのPDFはこちら
BASEでの通販もスタートしています。よかったら覗いてみてください〜 ▶︎ https://okwdznr.base.shop
試し読みはこちら
変な話、この小説大丈夫なやつか?っていうのが気になるんじゃないかなと思うんだよね。大丈夫かというのは、作品の巧拙とはまた別の…態度とかスタンスが大丈夫なのかどうかっていう…。わたしは自分が読者のときそういう警戒をする。ヘイターの作品にわざわざ近寄りたくないなと自分だったら思う。
作品だけで勝負すべきみたいな、作家や読者の自尊心のようなもの…はいったん置いておいてもいい気がして。現実にヘイトが吹き荒れている話題を扱っている以上、差別を許さない態度、連帯を表明することは大事かなあと思ったという話です。いや作品とかふだんのいろいろとかふだんから見てくださっている方にはなんとなく伝わっているだろうなあとは思うんだけども、なのでほんとにおそるおそるではあるんだけどね…。
大丈夫なのか?がまず気になるようなことになっちゃってる(とくにSNSではそれが目立つ)のは、なんでかって話でもあるよな…。
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syupii · 3 years ago
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イクイク病になってしまった話 第1夜
※下ネタが苦手な方は見ないことをお勧めします。
☆忙しい方向けの3点要約
・仕事のストレスで性欲が通常より強くなった
・とあるセックスの達人に影響された
・エナジーオーガズムでイクイク病を発症
(2021/11/30 追記)
イクイク専用ブログを作ったのでそっちでもイクイク病についてまとめてあります。
 初めての方もこんにちは。
ここでは私が現在襲われている症状について語っていこうと思う。
私は今、適応障害と持続性性喚起症候群(PDAD)のような症状に悩まされている。
「適応障害」は環境に適応しようと頑張りすぎて心身ともに疲れてしまった状態だ。
「持続性性喚起症候群」(通称:イクイク病)は性的絶頂(オーガズム)が止まらなくなる病気である。
これは非常に珍しい病気で発症の原因は不明であり治療法がまだ確立されていない。
強いて言うなら認知行動療法といった心理療法だろうか。
患者によって発症要因や育ってきた環境要因が違うため治療法は患者個々に合わせた方法で行っているようだ。
心療内科や産婦人科で診てもらったが医師がこの病名を知らなかったため診断されていない。
この病気の恐ろしいところは、症状が症状なだけに日常生活がままならなくなっていくこと。
中には、症状を苦に自殺までしてしまう人もいる。
そこで私は勃ち上がった(立ち上がった)!!
このままではいけない、どうにかしてこの状況を打開する方法を見つけようと心に誓った。
私は自分の考えや個人情報をオープンにしすぎるという、いわゆる自分語りをする悪癖がある。
参考にはならないかもしれないが、この症状に苦しんでいる誰かの役に立てたら嬉しい。
要はこれは私のオナニー記事である。
 その前に私の自己紹介をしよう。
私は現在27歳の女性である。
発達障害のASD(自閉スペクトラム症)があり人とのコミュニケーションが非常に苦手だ。
言語性IQは定型発達(障害がない人)の人よりやや高め、動作性IQは知的障害レベルのディスクレパンシーだ。
ディスクレパンシーとは言語性IQと動作性IQに大きな差があることだ。
要は文章を読み解くことは得意だが手先が非常に不器用だということである。
私はいわゆるオタクでアニメとアイドルと福��に強い関心がある。
社会福祉士と精神保健福祉士の国家試験に合格している。
私の専門は精神保健分野だ。
しかし、現場経験はほとんどない。
障害特性上、福祉職に就けないのである。
前の職場も今の職場もこの発達障害と人間関係の影響で適応障害になっている。
現在は休職中かつ療養中である。
性自認はレズよりのバイで考え方がやや男性的だ。
そして、恋愛も性交も未経験のレズ童貞で処女だ。
 そろそろ本題に入ろう。
私は自己愛性パーソナリティ障害(と思われる)の上司にいじめられて適応障害になった。
この日は不正出血してしまい、頭痛のためバファリンを飲んだ。
この月は2回目の不正出血である。
次の日から会社に行けなくなり休職を余儀なくされた。
この日辺りからなぜかものもらいになった。
私はものもらいになりやすい体質なのでたぶんこれはいつものことだと思われる。
会社を休む前、私はストレスからかいつもより性欲が強くなっていた。
 いつもは1~2回のオナニーで満足できるのに足りなくなっていた。
ムダ毛処理した後、とうとういつものオナニーではしない膣内への指挿入をしてしまった。
Gスポット開発のため1時間以上指入れしてたら不正出血してしまった。
そんなにガシガシやってないのに...
 この時の私は何もかもが嫌になってアダルトサイトを見まくっていた。
今までオタ活に精を出していたが収入が途絶えてしまったため趣味にお金を使うことができなくなった。
エロはお金のかからない趣味なのでここからオナニーにひたすらのめり込むことになる。
私は人並みに性欲はあるので月1~2回くらいの頻度で忙しい時期以外はオナニーしていた。
ここだけの話だが10歳くらいからこっそり致していた。
ちなみに初潮は12歳から始まって生理周期は安定しているほう。
 ある時、私は「中イキ」という単語を知った。
中イキとは子宮でオーガズムを感じること(後に認識が変わることになる)。
モテないしコミュ障だし結婚する予定がまったくないので私には一生経験できなさそうだ。
パートナーがいる女性でも中イキを経験できる人は全体の半分くらいらしい。
中には全く経験しないで一生を終える女性もいる。
私はどうしてもこれを経験したくなってしまい中イキ開発をしている人を調べまくった。
個人的にはセックスの達人である成田アキラさんみたいな人を探していたが私が惹かれたのは真逆の人だった。
実はこの中イキ開発、女とただヤリたいだけのとんでもない男ばかりなのだ。
そんな悪質な中イキ師を糾弾しているとても口の悪い方がいた。
この方のホームページを見て私は感銘を受けた。
「『ありのままの自分を受け入れて』はアホ」「相手に伝える努力をしろ」と口の悪さと裏腹に女性のことを想った文章に膣キュンした。
「他のヤツとは次元が違う」と言い張っているが全くその通りだった。
福祉的にも考え方が大変素晴らしかった。
その方のツイッターの開発動画(ハメ撮り)を見て私は衝撃を受けた。
女性「あっ! ああん! イクぅ〜! イクイクイクぅ! またイク!! イクっ! っ! あっ! ああん! はあっ! はあ…もうダメ… はあ! ああ! イクイクイクイクイク! やべ、イクイクイクイクイクイクイクイクイクイクイクイク!! ああ! きもち! ああん! ああ! ああん! またイク! またイク! またイクイクイクイクイク! ああん! ああん! ああん! もうダメェ… おかしくなる、イク! またイク! またイク! またぁ! はあ… あっ! ああっ! っ! もうダメっ! ねえ、もうダメ!! ねえ、いっぱいイッちゃう、もうダメ! イクイクイクイク! っ! ああっ!! ああん!! ああ! ああ! ああ! ああ! ダメ! もうダメ! イクイク! またイクッ! あっ! あん! あん! あん! あん!」
とても艶めかしい美しい肢体の女性の喘ぎ声が響く。
今まで見たどんなエロ動画よりもエロイ!!
これが女性がガチイキしている姿か。
その後、女性の膣内から抜かれた男性器がかなりご立派で思わず息を飲んだ。
おいしそう...♡
医学的にも性科学的にも非常に貴重な映像だ。
消される前にスマホの画面収録で保存して、脳内HDDにしっかり焼き付けた。
ていうかツイッターはアダルトOKなんかい!!
他の開発動画は体外式ポルチオと全身性感帯のもの。
私はキメセク(薬物を使ってセックスすること)でもしてるんじゃないかと疑った。
後にこれは実際にありえることだということを身をもって知ることになる。
この動画をオカズにしながら励んで外イキ(クリトリスでイクこと)した。
 次の日、私は初めて夢イキを経験した。
まさかオーガズムに起こされるとは思わなかった。
よくわからないが気持ちよかった。
ここでふとエナジーオーガズムの存在を思い出した。
エナジーオーガズムとは体のどこにも触れないで氣だけでイク方法だ。
10代の頃に1回だけ挑戦したことがあるがその時はイケなかった。
アニオタwikiの記事を参考にやってみた。
☆自己流エナジーオーガズムのやり方(※イクイク病になる可能性があるのでやらないほうがいい!!)
①とにかくエロいことを考える →意中の人を思い浮かべるとより効果的
②なるべく裸に近い恰好でいる →着衣のままでもいいが全裸に近いほうがより気持ちいい。失神することがあるので絶対に見られない場所を確保すること。
③息を吸って吐くを繰り返す
④PC筋を締めて緩めるを繰り返す →膣をキュッキュ締めて体にオーガズムがきてると錯覚させる。宅トレの下半身を引き締める運動がこれに近い。
私は中イキ師の方に恋をしていると脳に錯覚させて成功させた。
オーガズムを迎えるまでにけっこう時間がかかる。
急に体が痙攣して強い快感がきて失神する。
その後は連続イキが始まる。
私「(なにこれ...こんなの知らない...)」
私「フフフッ! ハハハハハッ!!」
私「(すごい!! 恋の呼吸じゃん!! これじゃあ、他の人には一生無理なわけだわ!!」
私は前髪をかきあげて快楽に身を委ねた。
この日はこれでよかった。
次の日は推しの配信イベントがあったが買い物依存症による金欠で参加できず。
悲しかったので推しがデザインしたTシャツを着て夜に自室でエナジーオーガズムに励んだ。
あまりの快感に病みつきになっていたのだ。
(きたきたきたきたきたー!!)
痙攣と失神の後に連続した強いオーガズムが始まった。
失神する前に「もう、どうなってもいいや...」と放心した。
子宮の律動と収縮がすごい。
胸の高鳴りと興奮と強烈な快感で心臓が張り裂けそうだ。
どうやら体外式ポルチオによる中イキと脳イキが同時に起こっているようだ。
パートナーがいないので確かめようがないのが残念だ。
後にオーガズムは脳が引き起こしているということを知った。
あまりの気持ちよさに声を押し殺せなくなり、つい「あっ!あっ!」と喘いでしまった。
隣の部屋に寝ている父に聞こえていたかもしれない。
実家住まいだから思いっきり声が出せないのである。
この状況がより私を興奮させた。
(すげえ! どんな格好でもイケるぜ!!)
騎乗位の態勢になったり、ドギースタイル(四つん這い)になったり、どんな態勢でもオーガズムが続く。
これが、私の生き地獄ならぬイキ地獄の始まりだった...
↓続き。
https://syupii.tumblr.com/post/668086496598933504/%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%82%AF%E7%97%85%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%97%E3%81%BE%E3%81%A3%E3%81%9F%E8%A9%B1-%E7%AC%AC1%E5%A4%9C
(2021/12/17追記)
喘ぎ声のところを修正しました。
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skf14 · 4 years ago
Text
11180143
愛読者が、死んだ。
いや、本当に死んだのかどうかは分からない。が、死んだ、と思うしか、ないのだろう。
そもそも私が小説で脚光を浴びたきっかけは、ある男のルポルタージュを書いたからだった。数多の取材を全て断っていた彼は、なぜか私にだけは心を開いて、全てを話してくれた。だからこそ書けた、そして注目された。
彼は、モラルの欠落した人間だった。善と悪を、その概念から全て捨て去ってしまっていた。人が良いと思うことも、不快に思うことも、彼は理解が出来ず、ただ彼の中のルールを元に生きている、パーソナリティ障害の一種だろうと私は初めて彼に会った時に直感した。
彼は、胸に大きな穴を抱えて、生きていた。無論、それは本当に穴が空いていたわけではないが、彼にとっては本当に穴が空いていて、穴の向こうから人が行き交う景色が見え、空虚、虚無を抱いて生きていた。不思議だ。幻覚、にしては突拍子が無さすぎる。幼い頃にスコンと空いたその穴は成長するごとに広がっていき、穴を埋める為、彼は試行し、画策した。
私が初めて彼に会ったのは、まだ裁判が始まる前のことだった。弁護士すらも遠ざけている、という彼に、私はただ、簡単な挨拶と自己紹介と、そして、「理解しない人間に理解させるため、言葉を紡ぎませんか。」と書き添えて、名刺と共に送付した。
その頃の私は書き殴った小説未満をコンテストに送り付けては、音沙汰のない携帯を握り締め、虚無感溢れる日々をなんとか食い繋いでいた。いわゆる底辺、だ。夢もなく、希望もなく、ただ、人並みの能がこれしかない、と、藁よりも脆い小説に、私は縋っていた。
そんな追い込まれた状況で手を伸ばした先が、極刑は免れないだろう男だったのは、今考えてもなぜなのか、よくわからない。ただ、他の囚人に興味があったわけでもなく、ルポルタージュが書きたかったわけでもなく、ただ、話したい。そう思った。
夏の暑い日のことだった。私の家に届いた茶封筒の中には白無地の紙が一枚入っており、筆圧の無い薄い鉛筆の字で「8月24日に、お待ちしています。」と、ただ一文だけが書き記されていた。
こちらから申し込むのに囚人側から日付を指定してくるなんて、風変わりな男だ。と、私は概要程度しか知らない彼の事件について、一通り知っておこうとパソコンを開いた。
『事件の被疑者、高山一途の家は貧しく、母親は風俗で日銭を稼ぎ、父親は勤めていた会社でトラブルを起こしクビになってからずっと、家で酒を飲んでは暴れる日々だった。怒鳴り声、金切声、過去に高山一家の近所に住んでいた住人は、幾度となく喧嘩の声を聞いていたという。高山は友人のない青春時代を送り、高校を卒業し就職した会社でも活躍することは出来ず、社会から孤立しその精神を捻じ曲げていった。高山は己の不出来を己以外の全てのせいだと責任転嫁し、世間を憎み、全てを恨み、そして凶行に至った。
被害者Aは20xx年8月24日午後11時過ぎ、高山の自宅において後��部をバールで殴打され殺害。その後、高山により身体をバラバラに解体された後ミンチ状に叩き潰された。発見された段階では、人間だったものとは到底思えず修復不可能なほどだったという。
きっかけは近隣住民からの異臭がするという通報だった。高山は殺害から2週間後、Aさんだった腐肉と室内で戯れている所を発見、逮捕に至る。現場はひどい有り様で、近隣住民の中には体調を崩し救急搬送される者もいた。身体に、腐肉とそこから滲み出る汁を塗りたくっていた高山は抵抗することもなく素直に同行し、Aさん殺害及び死体損壊等の罪を認めた。初公判は※月※日予定。』
いくつも情報を拾っていく中で、私は唐突に、彼の名前の意味について気が付き、二の腕にぞわりと鳥肌が立った。
一途。イット。それ。
あぁ、彼は、ずっと忌み嫌われ、居場所もなくただ産み落とされたという理由で必死に生きてきたんだと、何も知らない私ですら胸が締め付けられる思いがした。私は頭に入れた情報から憶測を全て消し、残った彼の人生のカケラを持って、刑務所へと赴いた。
「こんにちは。」
「こんにちは。」
「失礼します。」
「どうぞ。」
手錠と腰縄を付けて出てきた青年は、私と大して歳の変わらない、人畜無害、悪く言えば何の印象にも残らない、黒髪と、黒曜石のような真っ黒な瞳の持ち主だった。奥深い、どこまでも底のない瞳をつい値踏みするように見てしまって、慌てて促されるままパイプ椅子へと腰掛けた。彼は開口一番、私の書いている小説のことを聞いた。
「何か一つ、話してくれませんか。」
「え、あ、はい、どんな話がお好きですか。」
「貴方が一番好きな話を。」
「分かりました。では、...世界から言葉が消えたなら。」
私の一番気に入っている話、それは、10万字話すと死んでしまう奇病にかかった、愛し合う二人の話。彼は朗読などしたこともない、世に出てすらいない私の拙い小説を、目を細めて静かに聞いていた。最後まで一度も口を挟むことなく聞いているから、読み上げる私も自然と力が入ってしまう。読み終え、余韻と共に顔を上げると、彼はほろほろ、と、目から雫を溢していた。人が泣く姿を、こんなにまじまじと見たのは初めてだった。
「だ、大丈夫ですか、」
「えぇ。ありがとうございます。」
「あの、すみません、どうして私と、会っていただけることになったんでしょうか。」
ふるふる、と犬のように首を振った彼はにこり、と機械的にはにかんで、机に手を置き私を見つめた。かしゃり、と決して軽くない鉄の音が、無機質な部屋に響く。
「僕に大してアクションを起こしてくる人達は皆、同情や好奇心、粗探しと金儲けの匂いがしました。送られてくる手紙は全て下手に出ているようで、僕を品定めするように舐め回してくる文章ばかり。」
「...それは、お察しします。」
「でも、貴方の手紙には、「理解しない人間に理解させるため、言葉を紡ぎませんか。」と書かれていた。面白いな、って思いませんか。」
「何故?」
「だって、貴方、「理解させる」って、僕と同じ目線に立って、物を言ってるでしょう。」
「.........意識、していませんでした。私はただ、憶測が嫌いで、貴方のことを理解したいと、そう思っただけです。」
「また、来てくれますか。」
「勿論。貴方のことを、少しずつでいいので、教えてくれますか。」
「一つ、条件があります。」
「何でしょう。」
「もし本にするなら、僕の言葉じゃなく、貴方の言葉で書いて欲しい。」
そして私は、彼の元へ通うことになった。話を聞けば聞くほど、彼の気持ちが痛いほど分かって、いや、分かっていたのかどうかは分からない。共鳴していただけかもしれない、同情心もあったかもしれない、でも私はただただあくる日も、そのあくる日も、私の言葉で彼を表し続けた。私の記した言葉を聞いて、楽しそうに微笑む彼は、私の言葉を最後まで一度も訂正しなかった。
「貴方はどう思う?僕の、したことについて。」
「...私なら、諦めてしまって、きっと得物を手に取って終わってしまうと思います。最後の最後まで、私が満たされることよりも、世間を気にしてしまう。不幸だと己を憐れんで、見えている答えからは目を背けて、後悔し続けて死ぬことは、きっと貴方の目から見れば不思議に映る、と思います。」
「理性的だけど、道徳的な答えではないね。普通はきっと、「己を満たす為に人を殺すのは躊躇う」って、そう答えるんじゃないかな。」
「でも、乾き続ける己のままで生きることは耐え難い苦痛だった時、己を満たす選択をしたことを、誰が責められるんでしょうか。」
「...貴方に、もう少し早く、出逢いたかった。」
ぽつり、零された言葉と、アクリル板越しに翳された掌。温度が重なることはない。触れ合って、痛みを分かち合うこともない。来園者の真似をする猿のように、彼の手に私の手を���わせて、ただ、じっとその目を見つめた。相変わらず何の感情もない目は、いつもより少しだけ暖かいような、そんな気がした。
彼も、私も、孤独だったのだと、その時初めて気が付いた。世間から隔離され、もしくは自ら距離を置き、人間が信じられず、理解不能な数億もの生き物に囲まれて秩序を保ちながら日々歩かされることに抗えず、翻弄され。きっと彼の胸に空いていた穴は、彼が被害者を殺害し、埋めようと必死に肉塊を塗りたくっていた穴は、彼以外の人間が、もしくは彼が、無意識のうちに彼から抉り取っていった、彼そのものだったのだろう。理解した瞬間止まらなくなった涙を、彼は拭えない。そうだった、最初に私の話で涙した彼の頬を撫でることだって、私には出来なかった。私と彼は、分かり合えたはずなのに、分かり合えない。私の言葉で作り上げた彼は、世間が言う狂人でも可哀想な子でもない、ただ一人の、人間だった。
その数日後、彼が獄中で首を吊ったという報道が流れた時、何となく、そうなるような気がしていて、それでも私は、彼が味わったような、胸に穴が開くような喪失感を抱いた。彼はただ、理解されたかっただけだ。理解のない人間の言葉が、行動が、彼の歩く道を少しずつ曲げていった。
私は書き溜めていた彼の全てを、一冊の本にした。本のタイトルは、「今日も、皮肉なほど空は青い。」。逮捕された彼が手錠をかけられた時、部屋のカーテンの隙間から空が見えた、と言っていた。ぴっちり閉じていたはずなのに、その時だけひらりと翻った暗赤色のカーテンの間から顔を覗かせた青は、目に刺さって痛いほど、青かった、と。
出版社は皆、猟奇的殺人犯のノンフィクションを出版したい、と食い付いた。帯に著名人の寒気がする言葉も書かれた。私の名前も大々的に張り出され、重版が決定し、至る所で賛否両論が巻き起こった。被害者の遺族は怒りを露わにし、会見で私と、彼に対しての呪詛をぶちまけた。
インタビュー、取材、関わってくる人間の全てを私は拒否して、来る日も来る日も、読者から届く手紙、メール、SNS上に散乱する、本の感想を読み漁り続けた。
そこに、私の望むものは何もなかった。
『あなたは犯罪者に対して同情を誘いたいんですか?』
私がいつ、どこに、彼を可哀想だと記したのだろう。
『犯罪者を擁護したいのですか?理解出来ません。彼は人を殺したんですよ。』
彼は許されるべきだとも、悪くない、とも私は書いていない。彼は素直に逮捕され、正式な処罰ではないが、命をもって罪へ対応した。これ以上、何をしろ、と言うのだろう。彼が跪き頭を地面に擦り付け、涙ながらに謝罪する所を見たかったのだろうか。
『とても面白かったです。狂人の世界が何となく理解出来ました。』
何をどう理解したら、この感想が浮かぶのだろう。そもそもこの人は、私の本を読んだのだろうか。
『作者はもしかしたら接していくうちに、高山を愛してしまったのではないか?贔屓目の文章は公平ではなく気持ちが悪い。』
『全てを人のせいにして自分が悪くないと喚く子供に殺された方が哀れでならない。』
『結局人殺しの自己正当化本。それに手を貸した筆者も同罪。裁かれろ。』
『ただただ不快。皆寂しかったり、一人になる瞬間はある。自分だけが苦しい、と言わんばかりの態度に腹が立つ。』
『いくら貰えるんだろうなぁ筆者。羨ましいぜ、人殺しのキチガイの本書いて金貰えるなんて。』
私は、とても愚かだったのだと気付かされた。
皆に理解させよう、などと宣って、彼を、私の言葉で形作ったこと。裏を返せば、その行為は、言葉を尽くせば理解される、と、人間に期待をしていたに他ならない。
私は、彼によって得たわずかな幸福よりも、その後に押し寄せてくる大きな悲しみ、不幸がどうしようもなく耐え難く、心底、己が哀れだった。
胸に穴が空いている、と言う幻覚を見続けた彼は、穴が塞がりそうになるたび、そしてまた無機質な空虚に戻るたび、こんな痛みを感じていたのだろうか。
私は毎日、感想を読み続けた。貰った手紙は、読んだものから燃やしていった。他者に理解される、ということが、どれほど難しいのかを、思い知った。言葉を紡ぐことが怖くなり、彼を理解した私ですら、疑わしく、かといって己と論争するほどの気力はなく、ただ、この世に私以外の、彼の理解者は現れず、唯一の彼の理解者はここにいても、もう彼の話に相槌を打つことは叶わず、陰鬱とする思考の暗闇の中を、堂々巡りしていた。
思考を持つ植物になりたい、と、ずっと思っていた。人間は考える葦である、という言葉が皮肉に聞こえるほど、私はただ、一人で、誰の脳にも引っ掛からず、狭間を生きていた。
孤独、などという言葉で表すのは烏滸がましいほど、私、彼が抱えるソレは哀しく、決して治らない不治の病のようなものだった。私は彼であり、彼は私だった。同じ境遇、というわけではない。赤の他人。彼には守るべき己の秩序があり、私にはそんな誇り高いものすらなく、能動的、怠惰に流されて生きていた。
彼は、目の前にいた人間の頭にバールを振り下ろす瞬間も、身体をミンチにする工程も、全て正気だった。ただ心の中に一つだけ、それをしなければ、生きているのが恐ろしい、今しなければずっと後悔し続ける、胸を掻きむしり大声を上げて暴れたくなるような焦燥感、漠然とした不安感、それらをごちゃ混ぜにした感情、抗えない欲求のようなものが湧き上がってきた、と話していた。上手く呼吸が出来なくなる感覚、と言われて、思わず己の胸を抑えた記憶が懐かしい。
出版から3ヶ月、私は感想を読むのをやめた。人間がもっと憎らしく、恐ろしく、嫌いになった。彼が褒めてくれた、利己的な幸せの話を追い求めよう。そう決めた。私の秩序は、小説を書き続けること。嗚呼と叫ぶ声を、流れた血を、光のない部屋を、全てを飲み込む黒を文字に乗せて、上手く呼吸すること。
出版社は、どこも私の名前を見た瞬間、原稿を送り返し、もしくは廃棄した。『君も人殺したんでしょ?なんだか噂で聞いたよ。』『よくうちで本出せると思ったね、君、自分がしたこと忘れたの?』『無理ですね。会社潰したくないので。』『女ならまだ赤裸々なセックスエッセイでも書かせてやれるけど、男じゃ使えないよ、いらない。』数多の断り文句は見事に各社で違うもので、私は感嘆すると共に、人間がまた嫌いになった。彼が乗せてくれたから、私の言葉が輝いていたのだと痛感した。きっとあの本は、ノンフィクション、ルポルタージュじゃなくても、きっと人の心に突き刺さったはずだと、そう思わずにはいられなかった。
以前に働いていた会社は、ルポの出版の直前に辞表を出した。私がいなくても、普段通り世界は回る。著者の実物を狂ったように探し回っていた人間も、見つからないと分かるや否や他の叩く対象を見つけ、そちらで楽しんでいるようだった。私の書いた彼の本は、悪趣味な三流ルポ、と呼ばれた。貯金は底を尽きた。手当たり次第応募して見つけた仕事で、小銭を稼いだ。家賃と、食事に使えばもう残りは硬貨しか残らない、そんな生活になった。元より、彼の本によって得た利益は、全て燃やしてしまっていた。それが、正しい末路だと思ったからだったが、何故と言われれば説明は出来ない。ただ燃えて、真っ赤になった札が灰白色に色褪せ、風に脆く崩れていく姿を見て、幸せそうだと、そう思った。
名前を伏せ、webサイトで小説を投稿し始めた。アクセス数も、いいね!も、どうでも良かった。私はただ秩序を保つために書き、顎を上げて、夜店の金魚のように、浅い水槽の中で居場所なく肩を縮めながら、ただ、遥か遠くにある空を眺めては、届くはずもない鰭を伸ばした。
ある日、web上のダイレクトメールに一件のメッセージが入った。非難か、批評か、スパムか。開いた画面には文字がつらつらと記されていた。
『貴方の本を、販売当時に読みました。明記はされていませんが、某殺人事件のルポを書かれていた方ですか?文体が、似ていたのでもし勘違いであれば、すみません。』
断言するように言い当てられたのは初めてだったが、画面をスクロールする指はもう今更震えない。
『最新作、読みました。とても...哀しい話でした。ゾンビ、なんてコミカルなテーマなのに、貴方はコメをトラにしてしまう才能があるんでしょうね。悲劇。ただ、二人が次の世界で、二人の望む幸せを得られることを祈りたくなる、そんな話でした。過去作も、全て読みました。目を覆いたくなるリアルな描写も、抽象的なのに五感のどこかに優しく触れるような比喩も、とても素敵です。これからも、書いてください。』
コメとトラ。私が太宰の「人間失格」を好きな事は当然知らないだろうに、不思議と親近感が湧いた。単純だ。と少し笑ってから、私はその奇特な人間に一言、返信した。
『私のルポルタージュを読んで、どう思われましたか。』
無名の人間、それも、ファンタジーやラブ���メがランキング上位を占めるwebにおいて、埋もれに埋もれていた私を見つけた人。だからこそ聞きたかった。例えどんな答えが返ってきても構わなかった。もう、罵詈雑言には慣れていた。
数日後、通知音に誘われて開いたDMには、前回よりも短い感想が送られてきていた。
『人を殺めた事実を別にすれば、私は少しだけ、彼の気持ちを理解出来る気がしました。。彼の抱いていた底なしの虚無感が見せた胸の穴も、それを埋めようと無意識のうちに焦がれていたものがやっと現れた時の衝動。共感は微塵も出来ないが、全く理解が出来ない化け物でも狂人でもない、赤色を見て赤色だと思う一人の人間だと思いました。』
何度も読み返していると、もう1通、メッセージが来た。惜しみながらも画面をスクロールする。
『もう一度読み直して、感想を考えました。外野からどうこう言えるほど、彼を軽んじることが出来ませんでした。良い悪いは、彼の起こした行動に対してであれば悪で、それを彼は自死という形で償った。彼の思考について善悪を語れるのは、本人だけ。』
私は、画面の向こうに現れた人間に、頭を下げた。見えるはずもない。自己満足だ。そう知りながらも、下げずにはいられなかった。彼を、私を、理解してくれてありがとう。それが、私が愛読者と出会った瞬間だった。
愛読者は、どうやら私の作風をいたく気に入ったらしかった。あれやこれや、私の言葉で色んな世界を見てみたい、と強請った。その様子はどこか彼にも似ている気がして、私は愛読者の望むまま、数多の世界を創造した。いっそう創作は捗った。愛読者以外の人間は、ろくに寄り付かずたまに冷やかす輩が現れる程度で、私の言葉は、世間には刺さらない。
まるで神にでもなった気分だった。初めて小説を書いた時、私の指先一つで、人が自由に動き、話し、歩き、生きて、死ぬ。理想の愛を作り上げることも、到底現実世界では幸せになれない人を幸せにすることも、なんでも出来た。幸福のシロップが私の脳のタンパク質にじゅわじゅわと染みていって、甘ったるいスポンジになって、溢れ出すのは快楽物質。
そう、私は神になった。上から下界を見下ろし、手に持った無数の糸を引いて切って繋いでダンス。鼻歌まじりに踊るはワルツ。喜悲劇とも呼べるその一人芝居を、私はただ、演じた。
世の偉いベストセラー作家も、私の敬愛する文豪も、ポエムを垂れ流す病んだSNSの住人も、暗闇の中で自慰じみた創作をして死んでいく私も、きっと書く理由なんて、ただ楽しくて気持ちいいから。それに尽きるような気がする。
愛読者は私の思考をよく理解し、ただモラルのない行為にはノーを突きつけ、感想を欠かさずくれた。楽しかった。アクリルの向こうで私の話を聞いていた彼は、感想を口にすることはなかった。核心を突き、時に厳しい指摘をし、それでも全ての登場人物に対して寄り添い、「理解」してくれた。行動の理由を、言動の意味を、目線の行く先を、彼らの見る世界を。
一人で歩いていた暗い世界に、ぽつり、ぽつりと街灯が灯っていく、そんな感覚。じわりじわり暖かくなる肌触りのいい空気が私を包んで、私は初めて、人と共有することの幸せを味わった。不変を自分以外に見出し、脳内を共鳴させることの価値を知った。
幸せは麻薬だ、とかの人が説く。0の状態から1の幸せを得た人間は、気付いた頃にはその1を見失う。10の幸せがないと、幸せを感じなくなる。人間は1の幸せを持っていても、0の時よりも、不幸に感じる。幸福感という魔物に侵され支配されてしまった哀れな脳が見せる、もっと大きな、訪れるはずと信じて疑わない幻影の幸せ。
私はさしずめ、来るはずのプレゼントを玄関先でそわそわと待つ少女のように無垢で、そして、馬鹿だった。無知ゆえの、無垢の信頼ゆえの、馬鹿。救えない。
愛読者は姿を消した。ある日話を更新した私のDMは、いつまで経っても鳴らなかった。震える手で押した愛読者のアカウントは消えていた。私はその時初めて、愛読者の名前も顔も性別も、何もかもを知らないことに気が付いた。遅すぎた、否、知っていたところで何が出来たのだろう。私はただ、愛読者から感想という自己顕示欲を満たせる砂糖を注がれ続けて、その甘さに耽溺していた白痴の蟻だったのに。並ぶ言葉がざらざらと、砂時計の砂の如く崩れて床に散らばっていく幻覚が見えて、私は端末を放り投げ、野良猫を落ち着かせるように布団を被り、何がいけなかったのかをひとしきり考え、そして、やめた。
人間は、皆、勝手だ。何故か。皆、自分が大事だからだ。誰も守ってくれない己を守るため、生きるため、人は必死に崖を這い上がって、その途中で崖にしがみつく他者の手を足場にしていたとしても、気付く術はない。
愛読者は何も悪くない。これは、人間に期待し、信用という目に見えない清らかな物を崇拝し、焦がれ、浅はかにも己の手の中に得られると勘違いし小躍りした、道化師の喜劇だ。
愛読者は今日も、どこかで息をして、空を見上げているのだろうか。彼が亡くなった時と同じ感覚を抱いていた。彼が最後に見た澄んだ空。私が、諦観し絶望しながらも、明日も見るであろう狭い空。人生には不幸も幸せもなく、ただいっさいがすぎていく、そう言った27歳の太宰の言葉が、彼の年に近付いてからやっと分かるようになった。そう、人が生きる、ということに、最初から大して意味はない。今、人間がヒエラルキーの頂点に君臨し、80億弱もひしめき合って睨み合って生きていることにも、意味はない。ただ、そうあったから。
愛読者が消えた意味も、彼が自ら命を絶った理由も、考えるのをやめよう。と思った。呼吸代わりに、ある種の強迫観念に基づいて狂ったように綴っていた世界も、閉じたところで私は死なないし、私は死ぬ。最早私が今こうして生きているのも、植物状態で眠る私の見ている長い長い夢かもしれない。
私は思考を捨て、人でいることをやめた。
途端に、世界が輝きだした。全てが美しく見える。私が今ここにあることが、何よりも楽しく、笑いが止まらない。鉄線入りの窓ガラスが、かの大聖堂のステンドグラスよりも耽美に見える。
太宰先生、貴方はきっと思考を続けたから、あんな話を書いたのよ。私、今、そこかしこに檸檬を置いて回りたいほど愉快。
これがきっと、幸せ。って呼ぶのね。
愛読者は死んだ。もう戻らない。私の世界と共に死んだ、と思っていたが、元から生きても死んでもいなかった。否、生きていて、死んでいた。シュレディンガーの猫だ。
「嗚呼、私、やっぱり、
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