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女子プロレス団体スターダム所属の木村花さん(享年22)が23日に死去した。木村さんは、19年9月からネットフリックスで配信され、フジテレビでも放送中の人気恋愛リアリティー番組「テラスハウス」に出演。番組内の言動に関して、SNSで誹謗(ひぼう)中傷を受けていた。そのことに対し、多くのプロレスラーがツイッターで思いをつづった。▼スターダム中野たむ「この世は地獄かよ。画面の向こうにいるのは、偶像じゃなくて心を持った人間なんです。心無い言葉で傷ついた事が、あなたにもあるはずです。こんな理不尽な人の憎悪を受けて、自分の中にもまた憎悪が芽生えていく事に腹が立ちます。殺し合うんじゃなくて、生かしあおうよ。おかしいよ。」▼スターダムの林下詩美(22)「ちょっとしたコメント、軽い気持ちで言った言葉じゃないんだよ。��山の心無い言葉を目にする本人の辛さは計り知れないし、真っ直ぐな人だから誰よりも言葉を重く受け止めちゃうんだよ。度が過ぎた言葉を投げつけてた人はこれで満足なの?言葉は自由だけどさ もう少し考えようよ」▼20日に引退した元スターダムの星輝ありさ(24)「今までごめんね。ありがとう。生きてね。がほとんど会話しない私に来た最後の言葉だった。謝るならちゃんと直接言ってほしかった。ありがとうも直接言ってもらいたかった。私はあなたこそ生きたほうがいいよと返したけどもう既読付くことはない。でも本当に気持ちは分かるんだ。死ぬという覚悟が決まると怖くなくなるものだよ。やった側の人間は『ちょっと』かもしれないけど、やられた側の感覚は『もの凄く』だからね。生きてる意味も分からなくなる。自分がやったことは大きく自分に返ってくる。この件も含めて本当に相手への言動や行動をまじで改めて欲しい。全部狂ってる」▼マーベラスの長与千種(55)「SNS書き込みは言葉で人を殺める事が出来るツールではないはず。顔隠し言論の自由として狂気のナイフを振り飾した奴って絶対的に人事にするはず。言っておく!! これからの選手、これからのプロレスラーだった。悪役を演じただけ。本当の彼女は礼儀も優しさも兼ね備えた後輩でプロレスラーだったから」「いまいちどだけ。殺め言霊の主人公の方々様へ 消すくらいなら 書くな 知らぬ存ぜぬは するな。これは歴とした事件です。ツイッターが悪いのではない。道徳心無き言霊の綴りで追い込んだ主人公の問題 逃げても 真実に時効無くついて回るはず。皆悲しんで心の憤りしかないんだよ!」▼WWEの中邑真輔(40)「狂ってる」▼WWEのアスカ(38)「渡米するまで数年間、毎日沢山の、死ね、女子プロレスを壊すな、この業界から去れとメールが私の元へきました。そして今日は、他の選手がコメントを出してるのに、まだお前はコメントをださないのか、ときました。自分の正義感に前のめり過ぎて、同類だと気がついてないんですきっと。これが怖い。」▼KENTA(39)「言葉は時として人を傷付ける武器にもなる。この事は肝に銘じないといけない。そして嫌な事や物から逃げるのは決して恥ずかしい事ではない。自分の人生だ。自分を大事にして欲しい。」
木村花さん誹謗中傷に「狂ってる」レスラーたち憤り - プロレス : 日刊スポーツ
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中邑真輔WWEでメジャーベルト初栄冠
メジャー王座初戴冠を果たした中邑
黒いロックスター中邑真輔しばらく、反則攻撃を封印していたが
リング前に奇襲の金的攻撃
試合開始、6秒でキンシャサー弾を炸裂させ
ベルトを強奪した。
AJスタイルズの持つ、WWE世界王者戦を得て
WWE・ユナイテッドステイツ王座戦に挑んだ中邑真輔
NWA時代から続く由緒正しい世界のベルトである
NWA時代初代王者は
日本でもお馴染みのハーリーレイス
WCW時代に突入すると
スタンハンセン
ベイダー
日本人では、佐々木健介とタジリが王座を獲得している。
WWEで王座が復活すると、クリス・ジェリコ、AJスタイルズ、ジンダー・マルハ
などWWEの王座を獲得してるレスラーも多い
WWEになってからの日本人選手の獲得はなく、中邑真輔の快挙となる
AJスタイルズとの王座戦に敗退、数回のチャレンジでも獲得ならなかったWWE王座
黒のロックスターとなり、中邑真輔に注…
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今日の2軒のお宅取材。 そのどちらのお宅にもBTSグッズがあって、推しの話をされる時のお施主様はそれはもう本当に楽しそう! 2軒目のお宅の女性に至っては、BTSに加えてプロレス愛溢れるコーナーまであって、推しへの愛と熱量を感じて来ました。 私が唯一わかる現役プロレスラーは棚橋選手だけなんだけど、その棚橋選手が部屋のあちらこちらに! コロナ禍で外へ出られない時の「推し活」は心に元気をもたらすものなのだと実感。 ・・・私も何か「推し」が欲しくなった1日でした。 画像は2軒目のお宅に鎮座していたBTS本と棚橋選手&中村選手人形。今日の2軒のお宅取材。 そのどちらのお宅にもBTSグッズがあって、推しの話をされる時のお施主様はそれはもう本当に楽しそう! 2軒目のお宅の女性に至っては、BTSに加えてプロレス愛溢れるコーナーまであって、推しへの愛と熱量を感じて来ました。 私が唯一わかる現役プロレスラーは棚橋選手だけなんだけど、その棚橋選手が部屋のあちらこちらに! コロナ禍で外へ出られない時の「推し活」は心に元気をもたらすものなのだと実感。 ・・・私も何か「推し」が欲しくなった1日でした。 画像は2軒目のお宅に鎮座していたBTS本と棚橋選手&中村選手人形。 #bts #book #magazine #btsmagazine #プロレス #棚橋弘至 #中邑真輔 https://www.instagram.com/p/CaKaHpVvarl/?utm_medium=tumblr
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vol.1 堕落さん
――プロレスを見始めたのはいつからですか。 これが結構謎なの(笑)。初代タイガーマスクのデビュー戦(1981年4月23日/vsダイナマイト・キッド)をリアルタイムで観た記憶があるんだけど、定かではなくて。俺は最初から藤波辰巳(現・辰爾)ファンだったから、それ以前に藤波の試合を観ているはずなんだけど、藤波のジュニア時代はまったく記憶にないの。観ているのかもしれないけど、おぼえてない。藤波の試合でちゃんと記憶に残っているのは、83年の小学校3年のとき。俺、夏に肺炎で入院して、入院患者がくつろぐようなスペースで藤波vs長州(力)の攻防を観たんだ。それは確実に観たおぼえがある。 ――その試合は、ある程度プロレスのルールがわかっている状態で観たんですか。 もちろん。ルールをわかっていて、好きで観た。最初のきっかけは思い出せないんだけど、親父が金曜8時にテレビをつけていたんだと思う。親父はプロレス、あんま好きじゃないんだけどね。ほかに見るものがなかったのかもしれない。 ――どんなところに惹かれましたか。 単純に、藤波辰巳は格好良かった。元祖アイドルレスラーだからかね。女の子がイケメンに惹かれるのと一緒で、男の子も格好いい人に惹かれるじゃん。藤波はスラッとしていて、筋肉質で、動きも早くて。(アントニオ)猪木は結構動きがバタバタしているように感じて。俺は、猪木は運動神経が良くないんじゃないかって思っていて。あの人は、ドタバタが味というか、フックになるんだよ。一方で、全日を観たら(ジャンボ)鶴田、(ジャイアント)馬場、ファンクスとか。同世代だとテリー(・ファンク)からプロレスを好きになった人は多いんだけど、俺は当時、あの外連味がすごく嫌で。プロレスファンとしてキャリアを積んで、プロレスの仕組みやワビサビがわかってから好きになったけどね(笑)。「テリー最高!」って。 ――当時は同級生も金曜8時の『ワールドプロレスリング』を観ていたんですか。 そう。今じゃ信じられないけどね。当時の小学校は土曜が半ドンで、3時間だけ授業がある世代だから、クラスの男子の半分以上がプロレスの話やプロレスごっこをしていたね。実家は神奈川の田舎町なんだけど、1学年に6、7クラスある結構でかい小学校に通ってたの。男子は1クラス20人くらいはいたんだけど、その半分がプロレスに興味を持っていたね。ちょうどキン肉マンもあったから。 ――なるほどなあ、キン肉マンですか。 空前のプロレスブームだったね。猪木、藤波、長州、タイガー、そしてキン肉マン(笑)。当時は、新日が金曜8時。全日は土曜の夕方だったけど、全女は月曜の7時代。クラッシュ(・ギャルズ)全盛で、(長与)千種がダンプ(松本)に坊主にされるシーンがゴールデンタイムで流れてた。 ――テレビは毎週観るのが当たり前でした? 毎週観てた。金曜8時は、俺がチャンネル権をガッツリ確保して。弟と妹がいたけど、まあ勝負にならないから。でも、親父に対してはどうしてたかな。昔ながらの親父で、機嫌悪いとぶん殴られるし。小学校の入学式で、全校児童の前でビンタされたこともあったから。母ちゃんの腹の中に妹がいて来られないから代わりにパンチパーマに髭の親父が来たの(笑)。俺がはしゃいでいたら、「うるせえ」って感じで。弟をいじめたらキレられて、往復ビンタを食らって。翌日、学校に行った時も顔面に手の跡が残ったりしてたし。 ――そういう体験があったから、対抗するために強さに憧れたとか? それは関係ないかも。 ――鬱憤晴らしでプロレスごっこなんかも? そう(笑)。プロレスごっこといいながらひどい技かけてた。敷布団と掛布団を四重くらいにして、そのうえにドラゴンスープレックスとか(笑)。 ――ひどい(笑)。 ひどいよね。そりゃあ弟もプロレス嫌いになるよ(笑)。そんな弟が、将来プロ格闘家になるとは思ってもみなかった。一昨年くらいに引退しちゃったけど。リングスにも上がってんだよ。 ――そのあたりも追々伺いますね。初めて生観戦したのはいつですか。 1985年の7月かな。『バーニング・スピリット・イン・サマー』茅ケ崎青果市場大会。ブルーザー・ブロディが初めて新日のシリーズに出場したとき。 ――どういう経緯で観戦することになったのですか。 そのへんも全然記憶にないんだけど、近所のオッサンというか、親父の友だちに連れてってもらったの。チケットは、誕生日が近いからそのへんに絡めてもらったんじゃないかな。自分で買ったとは思えないから。 ――その時のメイン、おぼえてます? 猪木、藤波、ザ・コブ��vsブロディ、キングコング・バンディ……あ、キングコング・バンディはセミかな。バッドニュース・アレンかマット・ボーンかな。ネットでもすぐに出てくると思う(注:正しくは、ブルーザー・ブロディ、ブラック・タイガー、マット・ボーン)。 ――会場の規模はどれくらいですか。 バスケットコート2面くらいあるのかな……そんなにないか。青果市場だからね。湘南地区でプロレスっていうとそこだった。鶴見五郎の聖地。国際プロレス、IWA格闘志塾がずっと使ってたとこ。そこで全日も観たし、IWA JAPANの旗揚げシリーズも観た。 ――堕落さんのなかではどんな思い出になっていますか。 そりゃ大きいよ。だって、チェーンを振り回しているブロディに追っかけまわされたんだもん(笑)。俺個人が追っかけられたわけじゃないけど、近くで見たら「でけえ!」「怖ぇ!」って(笑)。 ――テレビ観戦との差異でここに感動したとかは? 音。プロレスは音だよ。「バシーン」ってすごい音がするじゃない。第1試合から「ワー」って……第1試合のカード、なんだったかな。(ドン)荒川さんかな。当時、ドン荒川ってストロングスタイル転向宣言とかしてて、名前変わったのもそれがきっかけなのよ。その1年後くらいにIWGP Jrに唯一挑戦したことがあったの。ザ・コブラ戦。当時はまともな試合をしてたの。俺が唯一観たドン荒川の試合が、まともな試合だったんだよ(笑)。当時は、ジャパンプロレスに行く維新軍団が抜けて、何もなくなっちゃった頃だね。それでブロディを引き抜いて、85年の4月に両国で初めて猪木とシングルをやって、救世主になって。 ――それから会場にはコンスタントに行くようになりましたか。 全然。次に行ったのは91年くらいじゃないかな。なぜかというと、中学で部活に入ったから。 ――部活は何を? バスケ部(笑)。まあ2年でやめちゃったけど。 ――バスケで憧れている選手がいたとか? 全然。単純に運動をやりたいなって思って。 ――プロレスラーを目指して体を鍛えるような感じ? いや、背も伸びてなかったし。なりたかったけど。だって、中学3年で162cmしかなかったからね。中学入学したときに145cmしかなかったから。まだ覚えてるけど、中1の初めての身体検査で145cm、中2で152cmになって。1年間で7cm伸びたから、「おお、やっぱバスケすげえな」って。あ、背を伸ばしたかったのかもしれない。今もそうだけど、当時も太ってて、145cmで45kg。それが中2で7cm伸びたのに3kg減ったから、相当痩せたんだよ。公立だけど県大会で準優勝とか3位とかに入ってたから。俺はユニホームすらもらえなかったけど。 ――バスケ部っていうのはすごく意外です。 隣町に光GENJIのメンバーになった佐藤アツヒロがいて、そこそこ強いバスケ部がある学校に通ってた。俺らの1つ年上だった。 ――部活を一所懸命やっていたから観戦にも行けなかった? だって、中高生ってお金ないじゃん。部活やっている時間に『ワールドプロレスリング』が放送されてて、ビデオに録画して観てたけど。当時は、藤波が長期欠場した頃で。 ――腰ですね。 そう。89年の6月に長野の佐久大会で(ビッグバン・)ベイダーのバックドロップを食らって、そこで腰やっちゃって。猪木の選挙応援に駆けつけて悪化して(笑)。飛龍革命があって、俺的には「やっと藤波の時代が来た!」って感じだったのに。俺、いじめられっ子だったから。 ――それ、想像つかないです(笑)。 いじめられっ子だったし、喘息持ちだったから、一日おきに死ぬことを考えた。俺は性善説の人間だったから、いじめられると「なんでこんなひどいやつらがいるんだろう」って傷ついてた(笑)。むかつくっていうより、悲しいっていう。身体も弱かったし。でも、「藤波が天下を取るまでは死ねねえ!」って(笑)。で、(88年8月8日の横浜文化体育館で)猪木と引き分けて、IWGP王者になった、ついにエースになった、ついに待ち焦がれていた日が来たんだけど、それも長く続かずにあの人は腰をやっちゃって、欠場して。 ――傷ついている人がプロレスラーに自分を重ねるケースは多いと思うんですけど、堕落さんも多少なりともそうだったということですね。 マジで支えだったもん。俺、見た目も性格もオタクっぽいと思うんだけど、俺が漫画やアニメやゲームにいかなかったのは、プロレスがあったから。ウルトラマンよりも、仮面ライダーよりも、戦隊物よりも、プロレスラーがいたから。実在のヒーローとして。〇〇マンよりルチャドールの方がカッコいいじゃん(笑)。 ――週プロとゴング、どっち派でした? 雑誌どころか、小学生3、4年の頃から東スポとレジャーニューズ読んでた。 ――小学生で?(笑) 家族と出かけるとき、駅のホームにいったらキオスクでプロレスの見出しが出てるわけ。「なんだこれ、安いし買っちゃおう」って。東スポはまだいいんだけど、レジャーニューズは完全にプロレスと風俗だけだから(笑)。 ――親に何か言われませんでした? とくに何も言われなかった(笑)。エロ記事は隠れて読んでたしね(笑)。で、雑誌はゴング。初めてプロレスを観に行った人とは違う、家族ぐるみで付き合っている一家がいて、そこの親父がプロレス好きでゴングをたまに買ってて、もらってた。たぶん、小学3年くらいから自分で買い始めたんじゃないかな。当時、喘息の治療をするために、隣の市の病院まで行って注射を打ってたの。減感作療法ってやつ。それが毎週金曜日で、行くついでに買ってた 。当時、ゴングと週プロは木曜発売で、俺はゴング派だった。 ――ゴング派だった理由は? 誌面がきれいだったから。紙質が良かったし、写真もきれいだったし。当時、週プロが250円、ゴングが300円で、週プロの方が50円安かった。ゴングの方が高級感があった。ゴングは創刊したのが週プロより後なんだよね。週プロはまだそんなにアクの強さはなかったんだけど、ちょっとクセはあって、それが小学生には引っかから���かった。俺はもっとプロレスラーの生の声や情報が欲しいし、きれいな写真が見たいって。ゴングは「ルチャリブレ広場」もあったし(笑)。 ――毎週ゴングを購入されて、一字一句漏らさず読むくらいの勢いで。 もちろん。 ――どんどん知識もついていくなかで、プロレスの話ができる友人はいたんですか。 高校までいなかった。 ――じゃあ、さっき話していた91年の観戦はその友人と一緒に? そう。クラスでいつも体育を休んでて、全然しゃべらなくて、お笑いのネタにされているようなやつがいたの。俺もどっちかっていうとからかっていたけど、そいつと話すようになったら、プロレスが好きで、同レベルで話せるくらい結構詳しいの。それで意気投合して。で、ほかにもうひとりプロレスの話ができるやつがいて、翌年の1月4日、新日の後楽園に3人で行って。それが2回目だと思うんだよね。話せる人がいたら、また盛り上がるじゃん。 ――よくわかります。 当時は、チケットを取るのに新日の事務所に普通に電話してた。学校のロビーの赤電話から休み時間にかけたんだけど、神奈川の田舎と東京じゃ距離があるから10円玉もすぐになくなって、何回か通話が切れて、(新日の)事務員の姉ちゃんもキレてた(笑)。特リンを買ったんだけど、すごい悪い席で。前年の秋に藤波が復帰したけど、アニマル浜口にピンフォール負けするくらいの感じで、徐々に復調してて。年末の浜松かな、メインが長州と藤波のIWGP戦。藤波が復活を賭けて長州に挑戦、みたいな。生中継だったけど、お約束でメインの途中で放送が終わった(笑)。同じ日にルー・テーズの最後の試合もあって。テーズが74歳にして……。 ――おぼえてます。バックドロップをやりましたね。 そう。あと、猪木がニック・ボックウィンクルとやるはずだったけど、急遽猪木が欠場して、マサ(斎藤)さんとやって。 ――メインは? メインはなんだったかなあ……。藤波はセミだった。浜松で王者になって、初来日のムッシュ・ランボーっていう、ヨーロッパのCWAを主戦場にしていたでかい選手とやった。で、ツーカーのやつと3月にもうひとつ行ってて。『スターケードin闘強導夢』。藤波vs(リック・)フレアー。藤波がWWEの殿堂入りしたときも、一番のトピックとして扱われてた。フレアーに勝って、IWGPとNWAの2冠王になって。チケットはどうしたのかな。母親に泣きついたけどお金貸してもらえなくて(笑)、友だちに借金したのかな。当時のドーム大会って映像観てもらえるとわかるけど、すげえセットバック組んでアリーナも傾斜になってんの。何だかんだで観えるんだろうなって思ってたけど、一段嵩上げしている程度で全然観れない。だから、後ろ向いてヴィジョン観てた。 ――高校生で藤波さんが好きっていうのは渋好みに思えます。 そんなことないよ。だって、当時の藤波辰爾は38だし。昔のレスラーはちょっと老け��るから。 ――15、16歳のころっていうのは、まだ素直にプロレスを観ていましたか。 いわゆる高橋本(ミスター高橋『流血の魔術 最強の演技 すべてのプロレスはショーである』)以前・以降って話になるけど、以前の人の見方で、「相手の技はちゃんと受け合うけど、最後は力尽きた方が負けるんじゃないか」みたいな。頑なにガチだとは思ってなかったけど、勝敗は決まってないんじゃないかなって。 ――その頃って、将来こうなりたいとかって考え始めるじゃないですか。さっき、プロレスラーになりたかったって話もありましたけど。 無理。今も抱えている持病が高1の頃に発症しちゃって、かなり世捨て人だった。クラス替えで仲良い奴が1人もいなくなり、溶け込めなくなって。高3の頃は孤立してて、学校もちゃんとは行ってなくて。まあ卒業はできたけど。 ――高校卒業後はどんな生活をしていましたか。 2年宅浪して、家で何もしないで、『電気グルーヴのオールナイトニッポン』を録音して、テープが擦り切れるくらいまで聞いてた(笑)。その少し前だけど、92年に藤波のファンクラブに入ったんだよ。藤波が腰痛から復帰したあとにまた欠場して、その復帰戦が異種格闘技戦(vsリチャード・バーン)で、おそろいのTシャツをつくって入場を先導する感じで。よくあるじゃん、昔の(ミル・)マスカラスとかテリーの親衛隊みたいな。ハチマキまいてダッセーやつ(笑)。横浜文化体育館なんだけど、花道の前で待機したりして。そのつながりで、そこでドームのチケットを取ってもらって行くようになったりしてた。その翌年に、藤波がG1で優勝して。 ――決勝で馳(浩)とやったときですね。 そう。それは観に行ってないんだけど、「ついに藤波が完全復活!」みたいな感じでファンは盛り上がってたの。で、渋谷で祝勝会をやるっていって、ファンクラブのメンバーとして行って。そのファンクラブで仲良かった人がいて、コアな人たちと手伝いに行ったりしてたのかな。そんな中で無我をやるって話が出て、大阪までわざわざ夜行バスで旗揚げ戦に行ったりして。95年10月29日。大阪ATCホール。 ――よくおぼえてますね(笑)。 その前の93年にはドームと、WARの東京体育館大会に行った。2月14日、バレンタインだった。それもファンクラブにチケット取ってもらって、おそろいのジャンパー着て。メインは、天龍(源一郎)、石川(敬士)VS藤波、馳。しかも、馳って当時は藤波と組んだことがなかったの。俺は長州派に対して疑心暗鬼だったから、藤波が負けさせられるんじゃないかっていう嫌な予感がしてたの(笑)。それは1カ月後か2カ月後に、藤波、長州VS天龍、石川で石川にフォール負けっていうのがあって。石川、あまり評価してなかったから、こんな屈辱はないと思って。なんで天下の藤波辰爾が石川敬士に負けなきゃいけないんだって。石川は巧いとか言われるけど、全然巧いと思ったことなくてさ。彼はいろいろやるんだけど、器用貧乏の��。貧乏器用。ヘタなのにいろんなことをするけど、どれもたどたどしい。中堅でやっている分には活きが良くていいけど、藤波に勝つのは……しかも2回勝ったからね。イリミネーションマッチでも藤波からピンフォールとってる。当時、阿修羅・原が失踪してSWSに復帰してからそれほど経たないくらいだったし、身体がボロボロで使い物にならなかったから。石川を格上げしなきゃいけないって事情はわかるんだけど、だったら長州が負けろよって思った(笑)。その頃はもうそういう見方をしてたね。東京体育館は、セミが(ジョン・)テンタVS(キング・)ハクだったかな。モッサリした試合で、いっぱい来てた新日ファンからかなり野次られてた。当時、俺たち新日ファンはかなり差別意識をもって(WARを)見ていたからね(苦笑)。 ――本当に藤波さんが好きなんですね。 藤波史観だから(笑)。 ――当時だと、全日とかFMWはいかがでしたか。 大仁田(厚)と(ターザン)後藤の最初の電流爆破のビデオは買ったよ。親に見せて、「こんな思いしてやってんだぞ」ってアピールして(笑)。俺ね、FMWはホセ・ゴンザレスを使った時点でかなり冷めた。ブロディの命日って、俺の誕生日なの。当時、うちは日刊スポーツを取ってて、ブロディが死んだことを知って大ショックを受けて。まだネットがないわけじゃん。朝刊スポーツ紙と夕刊の東スポと週プロ、ゴングが情報源で、突発的なニュースが入ったら編集部に電話してたもん。「〇〇が亡くなったって本当ですか?」って聞いたら「はい、そうです」って沈んだ声で言われたり。 ――僕も試合結果はよく週プロの自動音声を聞いてました。 テレフォンサービス? あれは俺もかけまくったよ。なかなかつながらないこともあったよね。 ――ありました。懐かしいですね。今なら試合結果もすぐにネットで見れますけど。 勝手に客がツイッターとかで「〇〇が勝った」って書いちゃうからね。 ――で、藤波さんがいる新日を中心に観ていた、と。 全体的な流れは追ってたよ。ルチャが好きだったからユニバーサル(・プロレスリング)観てえなって思ったり。話がさかのぼるけど、俺は『世界のプロレス』がアメプロばっかりだったのが不満でしょうがなかったから。ロス・ファンタスティコスの試合とかが流れて。俺は毎週ルチャをやってほしかったけど、やってくれなかったからね。カト・クン・リーのロープ歩きとかがゴールデンタイムで流れることもあった凄い時代だね(笑)。 ――90年代前半からは、いろんなインディー団体が出てきたりもしましたね。 インディーも結構行ってた。IWA JAPAN旗揚げシリーズの茅ケ崎行ったでしょ、NOWの旗揚げシリーズの茅ケ崎も行ったでしょ、あと、オリエンタルプロレス、湘南プロレス、UNW、PWC、WARも後楽園に1回行った。当時、怨霊とかが第1試合で。天龍VS仲野信市がひでえ試合だったよ。「天龍、殺しちまえー」みたいな怒号が飛んでて。本当に殺すんじゃないかって試合で、仲野の顔面を���ったらパコーンって音がして、仲野は鼻から一気に大流血で、鼻が折れてたもん。 ――いろいろ観てるんですね。 俺、冬木(弘道)の講演会かなんかも早稲田大学に見に行ってるもん。その時に抽選が当たって特リンのチケットもらったんだけど、後楽園に行ったらダフ屋に捕まって、チケットむしり取られて1000円渡されたっていう(笑)。ダフ屋がそんなに悪徳だとはまだ知らなかったから。 ――プロレスを観ていない時期はなさそうですね。 新日のドームは毎年行ってるけど、2000年以降はあんまり記憶がないかな。週プロ、ゴングを買わなくなったのが2001年くらいか。友だちの家に転がり込んでから金もなかったし。あとはスポナビとか2chを見たりするくらい。棚橋(弘至)、(中邑)真輔の暗黒期とか、空気も暗黒だったし、自分の熱も低かったから。もちろん、彼らがどういうストーリーをたどってきたかはわかってるんだけど、一つひとつが記憶になくて。この前、真輔VSカート・アングルの試合をYouTubeで観たんだけど、「こんな試合だったっけ?」っていうくらいおぼえてなかった。 ――トピックとしては総合もありましたけど。 俺は格闘技も好きで、最盛期は週プロ、ゴング、ファイト、格通、紙プロを買ってた。K-1の1回目が93年、フジテレビの夢工場とかいう��ールデンウィークの企画の中の一つだった。 ――まったく別の競技として観ていた? うん。やっぱリングスが大きかったかな、プロレスと格闘技のハブという意味では。藤波のファンクラブの人がいろいろプロレスのビデオを回してくれて、その中でリングスを観て。正道会館がトーワ杯に出たりさ。藤原組からも高橋義生と石川雄規が出たり。そこで正道会館勢が猛威を振るって。もっと前だと、全日本キックの武道館大会とかをフジテレビが夜中にやってたの。立嶋(篤志)が成り上がってくる頃の試合だった。 ――UWFは? TBSで特番とかやってたね。俺は、新生UWFは何が面白いのかさっぱりわからなかったけど、プロレスに文句を言うやつにはUWFを観ろって言ってた(笑)。でも、これだったら修斗を観た方がいいなって当時から思ってた。UWFが明確に旧来のプロレスと同じだとは思ってなかったんだけど、暗くて緊迫感がねえなって。だったら、旧UWFの方が情念が感じられて特別感があった。 ――当時UWFが世間的に受けていたことをどのように感じていましたか。 文化人とかに支持されるプロレスだなって。 ――糸井重里とか? 糸井重里とか、クマさん(篠原勝之)とか。プロレスの胡散くささを排除して。「プロレスは八百長じゃねえ!」って言ってる人でも、言い切れないことってあるじゃん。馬場さんの十六文とか、「なんでロープに走るの?」とか。でも、UWFはロープに飛ばないし派手な大技がないから。 ――堕落さんもクラスメイトにそういうことを言われましたか。 そういうのと闘ってた。 ――闘ってた(笑)。 当時のプロレス少年は理論武装をしないと駄目だったの。「あん��の八百長だよ」って言うやつは絶対いるから。それは今でもそうだけど。 ――前田日明にカリスマ性は感じた? 時代のスターだとは思った。ルックスも良かったし、デカいし、借り物かもしれないけど言葉も持っているし。やっぱり、週プロとか格通とかが盛り立てたしね。「プロレスっていう言葉が嫌いな人、この指とまれ」とかさ(笑)。前田は突破者だったよ。でも、実際に試合を観ると面白いとは思えなかった。 ――で、K-1とUFCの始まりが93年。すごいものがでてきたっていう衝撃はありました? すごいものっていうより、プロレスラーが負けたじゃん。だから、プロレスの範疇にある異種格闘技戦を抜け出して、明らかにガチ(競技)で、しかも強いと思われていた(ケン・)シャムロックがあっさり負けたことに、呆然とした感じはあった。しかも、シャムロックが90kg台で、ホイス(・グレイシー)が70kg台だったでしょ。(ジェラルド・)ゴルドーもやられたし。噛みつきも金的もやって負けたからね。当時はリン魂(『リングの魂』)と『SRS』っていう番組があって、あとはなぜかNHKでUFCをやったんだよ。たしかBSかな? 当時はアルティメット大会って言ってた。 ――言ってましたね。UFCが始まっても総合オンリーにならず、プロレスはプロレスで楽しんでいた? うん。藤波辰爾とルチャが好きだから、元々ね。 ――2000年には桜庭(和志)がホイスに勝利しますが、ドームには行きました? 行ってる。その前のドームの高田(延彦)vsホイス(・グレイシー)、のちの船木(誠勝)vsヒクソンも観てる。 ――その頃、格闘技の好きな知人にNOAHの話をして「まだそんなの観てんの?」みたいに言われたことをよくおぼえています。 つうか、二極化したじゃん。NOAHと総合を両方好きって人は、たしかにあまりいなかった。俺は両方観てたけど。 ――当時「プロレスはもういいや」ってなった人は多かったと思うんです。そんな中で堕落さんは、プロレス界の流れを把握しつつ、総合の細かい技術面まで理解してチェックしているのが面白いなって。 自分がやりたかった人間だから。プロレスは体が大きくないとできないし、病気もあったから無理だったけど。格闘技に関しては、病気さえ治れば体のサイズ関係なしにできるじゃん。街で教えてくれるから。住んでいた赤羽って、U-FILE CAMPもGRABAKAもあったから。 ――なるほど。 プロレスも総合も、どっちも構造に興味があるんだよ。何をしたらどうなるのか。定型というか、詰め将棋みたいな。プロレスのロジックと格闘技のロジックって対極かもしれないけど、構造はある意味同じじゃないかな。こうしたらこうなる、こうしたらこう返す、みたいなさ。それが相手を組み伏せるものか、試合を構築するためなのかの違いだけであって、定型はあるから。その定型の積み重ねの破れ目みたいなところがプロレスの醍醐味じゃない? いわゆる不穏試合とか、不穏試合じゃないけど思いがけない展開になってすごい盛り上がって素晴らしい試合になるとか。 ――たとえば? 藤波vs天龍の3戦目とか。藤波と天龍って3回試合をしてるんだけど、じつは全部不細工な試合になってんの。2人とも受けのレスラーでしょ? 必ずいい試合をする名勝負製造機って言われる2人だけど、3戦とも不細工。初戦は唯一藤波が勝ったんだけど、天龍が突っ張りをやったときに藤波の歯で手首を切っちゃって、最後救急車で運ばれたの。2戦目は天龍が勝つんだけど、パワーボムをすごい急角度で落としちゃって3カウント。3戦目は、藤波がドラゴンロケット3連発をやって鼻を折って。藤波は負けたし大流血戦だけど、俺はその3戦目が大好きなの。アクシデントで予定とは違う終わり方になった気がするけど。でも、そのまとめ方がすごいテンポが良くて、やっぱり2人も一流だなって思った。天龍は藤波にドラゴンスリーパーをかけられたときに鼻血がドバーッとついたりして、相当嫌だったと思う。最後は天龍のラリアットで唐突に終わるんだけど、流れがすごくいい。唐突に藤波がトップロープからニードロップをやって、天龍は避けたように見えないんだけど当たってない感じになって、藤波が着地したところにラリアットを浴びせかけて、たぶん「これで終わらせよう」みたいな合意がその瞬間にあったんじゃないかな。 ――今、おもに情報ってどこから仕入れていますか? ネットだよ。スポナビとか。あとは昔の情報なら昭和プロレス掲示板ってところがあって、そこは国際プロレスの話をずっとしてたりするので、たまに追って読んじゃう(笑)。雑誌だったら『G-SPIRITS』は毎号買いたいくらい。この前、(Vol.18を)ちょっと立ち読みしたんだけど、石川が藤波のこと呼び捨てにしてるのはカチンときた。お前より先輩だろって(笑)。 ――また藤波さんだ(笑)。個人的には、同じ号の記事で馳が冬木(弘道)を高く評価しているのが面白かったです。 冬木の評価もわかるんだけど……。冬木vs橋本(真也)がすごい嫌いでさ。冬木が意地を見せた試合なんだけど、橋本がDDTをやって冬木が返して、2回目も返して、3回目でフォール負けっていう、俺が一番嫌いなタイプ。それだったら、1回目で返したあと、あと2連発で勝負を決めろよって。爽快感がない。 ――細かく見てますね(笑)。 あれは冬木が意地悪なのか、もともとそういうふうにやるつもりだったのか知らないけど。時々あるんだよ、そういう試合。藤原(喜明)vsダン・スバーンもそうだったんだけど、あれも酷くて。スバーンは水車落としをフィニッシュにしてたんだけど、同じパターン。1回目は返される、もう1回やって返される、3回目でフォール。 ――確かに爽快感はない。 ほかにもよくあるじゃん、カウント3でギリギリで返したように見えてもゴングが鳴って「今のは入ってないだろう」ってアピールするとか、3カウントで負けた後にすぐにスタスタ帰っちゃう武藤(敬司)とか、長州とか(笑)。ああいうプライドを見せつけるのは駄目だよ。その点、藤波は偉いと思うよ。石川にもちゃんとフォールを取られたし(笑)。藤波と対戦した選手で藤波を悪く言う人はまずいないと思う。 ――「無人島に流れ着いたと思ったら仲間がいた」って言った人もいます��ね。 あの日(2017年4月20日ドラディション『藤波辰爾デビュー45周年ツアー』後楽園大会)ね、前田に長州と藤波がつっかかったの。最後にみんなのあいさつが終わってリングを降りるとき、藤波が前田を突き飛ばして、「かかってこい」とかやってさ。長州も「やれよ」みたいになって。3人ともニヤニヤ笑ってるんだけど、前田にそんなことできるの、ほかにいないと思うよ。前田はそういうのに本気で怒るタイプだから。 ――そんな藤波さんの社長時代についてもどう思っているか聞きたいんですけど。 俺、赤プリでやった藤波の社長就任記念パーティーに出席したから(笑)。キラー・カーンと堀辺正史とそれぞれ2ショット写真撮ってる(笑)。司会が生島ヒロシで、チェリッシュとかも来てた。2度とこんなところでパーティーに参加することはないと思った。 ――新日の暗黒期は記憶が薄いって言ってましたけど、ほとんど見てなかったですか? テレビを見なくなってたから、ネットばっかりやってて。深夜に30分だし、アルティメット・クラッシュとかやっちゃってるし(笑)。ちょっと冷めてたね。やっぱり藤波史観だから。社長でほとんど試合してなかったし、2000年に引退カウントダウンも始まったし。トップの座から落ちて、年齢的にもトップに返り咲くことはないような。今の棚橋より上、40代後半だったから。今の棚橋だって、トップに返り咲く感じはしないじゃん。1回くらいIWGPを獲ることはあるかもしれないけど、エースとしてではない。 ――そうですね。 暗黒期といえば……藤波が永田(裕志)に1回も勝ててないっていうのが俺は不満だね。永田と3、4戦はやってるんだよ、G1とかで。1度も勝ってない。永田の実力は認めてるけど、なんか腑に落ちねえなって(笑)。安田(忠夫)に負けた時点でもう駄目だと思った。藤波ってさ、凱旋帰国試合で「アイ・ネバー・ギブ・アップ」ってさ、ガキの頃、ずっと信じてた。実際に藤波はギブアップしなかったし、記録にもほとんどなかったし。だけど、実は普通にしてるんだよね。3本勝負の1本をギブアップで取られたり、海外でNWAインタージュニアを1回獲られるんだけど、その時に4の字でギブアップしてるし。最初に明確にしたのは、G1の橋本戦(1994年8月7日の『G1 CLIMAX』 Bリーグ公式戦)なんだよ。形は腹固めなんだけど、当時の公式発表では逆肩固めとかになってた。俺が明確に見たのはそれ。それってUWFとか総合の影響。関節技が極まったら本当は返せるものではないっていうのが世の中に広まったから、プロレスでもギブアップ決着が多くなった。昔はトップレスラーってあんまりギブアップ負けしなかったよ。両者リングアウトがなくなったのと、ギブアップ負けが多くなったのは、UWFと総合の影響だと思う。決着がつくカタルシスが格闘技にはあって、判定がつくじゃん。ドローもあるけど。最初に総合の影響を受けたのは意外にも全日なんだよ。馬場の鶴の一声で両者リングアウトがなくなって。 ――ああ、たしかに。 当時の雰囲気だと……四天王プロレスをガチだと思っちゃう感覚がすげえなって。俺は思ってなかったけど(笑)。人間って、インパクトにやられるんだ��って。いや、実際すごかったよ、四天王プロレス。人間の限界に挑戦していたと思うけど、ガチだと勘違いさせるくらい恐ろしいことをやっていた。相手を殺す気がないけどハンマーで頭をぶん殴る(笑)。「あれは殺しにいってるだろう!」「いや、殺しにいくつもりは全然ない、でも本物のハンマーで力を加減して頭を殴ってる」っていう。 ――そのハンマーが、三沢(光晴)vs小橋(建太)の、三沢が小橋にかけた花道から場外へのタイガースープレックスだったり。 小橋vs秋山(準)の、小橋がやったエプロンからのブレーンバスターもそうだしね。 ――「NOAHだけはガチ」って言葉、当時流行りましたね。 ある意味、ガチな結末になっちゃったじゃん。三沢が亡くなって。 ――今日はそのへんの話も伺いたかったんですけど、リング上におけるレスラーの事があったとき、どうやって自分の中で折り合いをつけていますか? 三沢の死は…93年かな、鶴田が欠場したときの三沢vs川田(利明)の頂上対決。三沢が投げっぱなしジャーマン連発で勝った試合。それを観てから、四天王プロレスは嫌いになった。 ――その理由は? 美しくない。さっき言ったように、DDTを3発やるとして1発1発返していったら美しくないでしょ。1発返されたら2発連続でやってダメ押しするみたいにしないとダラダラした印象になる。それと同じで、危険な技を散発的に出すことに理屈が感じられない。 ――フィニッシャーに説得力が感じられない、と。 説得力でいえば、四天王プロレスの技自体にはあったじゃん。でも、首が折れるんじゃないかって技をなんで何発もやるんだっていう。そうなってくるとタフマン・コンテスト、残酷ショーでしょ。「信頼している人間だからこそ危険技を掛けられる」って言うけど、信頼している人間を殺す寸前までやる必要はないだろうって。四天王プロレスのきっかけって、豊橋でやった小橋vs(スティーブ・)ウィリアムスだと思う。ウィリアムスのバックドロップドライバー、殺人バックドロップが最初に出た試合。あれ当時ね、夜中に全日の中継見てて、解説の百田(光雄)と一緒に思わず「うぉー!」って言ったくらい衝撃的な試合だった。あの試合の小橋はすごい好きなの。すごい表現力があって、バックドロップを食らっ��後、意識を失うんじゃなくて、ガクガクしながらロープに這っていって逃げ惑うの。ウィリアムスはそこにもう1発バックドロップを食らわせてフォールを取るんだけど、それだったら俺は納得がいく。でも、小橋は散々受けてきたのに自分がやる方になって、それがちょっとげんなりしてさ。後に2chとかで“勝ちブックおじさん”っていわれるんだけど、NOAHでの絶対王者時代、小橋自身がブックを書いていたっていう。しかもあんな危ない技で勝ちまくる小橋、みたいなさ。そこに小橋の魅力はないわけ。確かにあの頃の小橋もすごかったし、小橋のことは認めてるんだけど、四天王プロレスは嫌いなの。小橋はミスター・プロレスだと思うし。スタイル自体は違うけど、小橋は藤波とキャラクター的には同系統だと思う。2人とも生粋のベビーフェイスで、ヒールだったことが1度もない。藤波はメキシコでルー��になったこともあるんだけど、ものすごく非難をされた時期がないじゃん。で、2人とも生粋のプロレスファン上がりのレスラーじゃん。格闘技の実績があったわけじゃなくて、入団当初期待されていたわけでもなかったのに、練習熱心で身体をつくって、努力で上がったと。レスリングのスタイルとしては、藤波から受け取ったのは武藤、棚橋、SANADA。それってじつは、猪木とは違う系統。 ――今言った藤波さんに連なる系譜は同感ですけど、小橋と同系統っていう解釈は新鮮に感じます。 俺は今の新日は面白いと思うんだよな。藤波がすごい棚橋批判をしているらしいんだけど、それは乗れない。いくら生粋の藤波ファンとはいえ。WWEっぽさとかが駄目なようだけど。 ――僕はWWEをちゃんと観ていなんですけど、やっぱり近づいてきてますか? フィニッシャーを大事にするところとかね。フィニッシャーを決めて、そこから逆をたどって試合をかっちりつくってる。さっき言った破れ目が試合に全然ない感じ。アクシデント性、アドリブ性は昔に比べてなくなったなあって。昔はいわゆる基本的なチェーンレスリング、こう来たらこう返すっていう型がいくつもあるんだけど、その組み合わせ自体は完璧に決めないでお互いのアドリブ感覚で試合をつくっていくっていうのがあったっぽいんだけど、今はかなりきっちりつくられている。 ――いつくらいからですかね? 2010年前後? そのくらいじゃないかな。2000年代半ばはちゃんと観てないんだけど、あの頃は「しょっぱいな」って試合が多かったから、移行期だったのか、まだだったのかって感じ。少なくとも2012年には今のスタイルになってた、レインメーカーショックは完全にWWEのスタイルの流れを汲んでいると思う。そうそう、俺、オカダ(・カズチカ)の凱旋試合観て、「アメプロのテレビマッチだな」ってツイートしてるの。いわゆるスカッシュマッチっていうんだけど、見せ場もほとんどなしに終わらせる試合。一応、相手のYOSHI-HASHIの凱旋試合でもあるのに、波もなくあっさり終わったの。勝った方と負けた方で明確に格の差があるのが、向こうの試合っぽいなって当時思った。そうしたら今の流れになったから、あながち間違ってなかったなって。 ――新日が盛り返したのは本当にうれしいです。 ただね、けが人が多すぎる。 ――最近だと、柴田ですね。 まだオカダ戦も観てないんだよね。観れない。別に凄惨な試合じゃないってのはわかってるんだけど。 ――僕はリアルタイムで観ましたが、すごくいい試合でした。 想像はつくんだよね。今の対立軸としても最高のふたりだったし。ものすごくもったいないし惜しいけど、ある意味では最高の終わり方かなって気もする。問題は本人がどう思っているか。ありがちなのは、会社は止めるけど本人がやりたがるとかさ。ただ、彼との試合で過去にひとり亡くなっていることは考えてほしいと思う。あまりいい言い方はではないけど、すごい因果だよね。でも、それはそれでそういうストーリーとして受け止めるしかない。 ――僕自身は、ああいうことが起こるたびに「このまま観ていてもいいのかな」って自問するんですけど、結局、いつも忘れて流されちゃってるんです���ね。 俺が最初に通ったリング禍は、プラム麻里子。尾崎魔弓のライガーボムだけど、写真を見る限りはきれいに受け身も取ってる。脳の障害は慢性的なものもあるだろうし、人間の体って紙一重で助かるケースも多いと思うの。とくに脳はね。たとえば、棚の下を掃除してて、棚があることを忘れて頭を上げた瞬間にぶつけるっていう……日常でよくあるドジ。でもそんなことで死んだ人だって世の中にいるから。脳なんて水に豆腐を浮かべてるようなもんだし。ちょっとした角度とか、寝不足だったとか風邪気味だったとかで、人間は死んだり再起不能になったりするんだろうなって。首とか背骨もそうだけど。だから、どうすればいいって言いきれないんだけど、なるべくそのリスクを軽減されていることが平常であるべきだとは思う。だから、「危険技がどうのこうの言ったらプロレス見れねえ」っていうけども、できるはずだから。それでも事故は起きるよ。でも、確率を減らすことはできるはずだから。危険技があれば面白くて感動するものではないってことは、もうわかってるはずだから。だったら、減らすべきだろうし。そういうのを徹底した上で、どうしてもそういう技を入れたいっていう時にやったら、それはそれでインパクトがすごいだろうし、温存することにもなるから。料理にたとえたら、激辛のハラペーニョを500g入れたラーメンとすごく繊細な出汁をとったまろやかなラーメン、どっちが旨い?って話で。(前者は)刺激はあるけど、(後者を取るのが)人間の英知でしょって。それは何だってそうだけど。 ――ケニー(・オメガ)なんかは試合によってそのへんをうまく使い分けているように感じます。 ただね、(2017年の)1.4の雪崩式ドラゴンはやり過ぎだと思う。あれはさすがに……。オカダもよく大丈夫だったと思うもん。ジャーマンだと胴体を持つから相手の可動域も広くて途中で回転しやすいけど。ドラゴンって、本当に勢いつければ支点がてっぺんの方にあるからうまく体が回るはずなんだけど、首は固定されたら何もできない場所だから、中途半端に落ちる可能性がものすごく高い。ジャーマンをかけられた方が途中で切り返すときって、かける方は必ず相手の胸の方をグリップしてる。ドラゴンは首を固定しているから本当に危ないんだよ。 ――堕落さんがこの前ツイートしていたみたいに、藤原、(ザ・グレート・)カブキレベルになれば、リングに立っているだけでいいわけですもんね。 妖気漂う爺さんが隈取をしてね。首が曲がっちゃってて、言い方は悪いけど背虫男みたいになってるけど、逆にそれが不気味さを醸し出してる。藤原も胃がんをやって、体なんかダルダルになっているけど、藤原なわけじゃん。そのふたりが何もせず睨み合っているだけで成立する。ふたりの歴史もあるし。そういうものを使って見せるのがプロレスだと思う。だから、棚橋とオカダは正しいんだよね。レベルが高い���、危険技をほとんど使わずにあれだけテンションを保って、毎回アレンジを加えて名勝負をしているんだから。一昨年(2015年)のドーム、オカダが試合後に泣いた試合、あれは最高のアクセント。危ない技も派手な技も派手な仕掛けもなく、ただ泣いただけ。でも、あのオカダが泣いたから、ストーリーが翌年につながって。 ――オカダに一つだけ注文をつけるとすれば、マイクやバックステージのコメントで「この野郎」って言うのは似合わないからやめてほしいなって(笑)。 うん、慇懃無礼かつ愛されキャラでいいと思う。最近、地方では子どもにマイク振ってるみたいだよ。「なぜだかわかる?」って振って、「レベルが違うよ」って言わせてる。それでいいと思う。だって、どう考えても愛されキャラだから。ちょっと悪ぶっている気のいい兄ちゃん。 ――プロレスと言えば、テーマ曲も大切ですよね。好き選手のテーマ曲以外で、この曲を聴くとブチ上がる、みたいなものはありますか? 俺も基本的にオリジナルが欲しくて、一曲のためにアルバムを買うタイプだったから、「IRONMAN」が欲しくてブラック・サバスを買ったり(笑)。あと、ヘルレイザーズが出てきたときは、オジー・オズボーンのアルバムも買ったし。藤原の「ワルキューレの騎行」とか。「スーパーファイターズテーマ集」とか買ったけど、納得いかなくて、藤波の「ライジング」って曲――飛龍革命をやっていたころに使っていた――悲壮感があって、「ドラゴンスープレックスより合っていたと思うけど、オリジナルはビクターレコードから出てて。だけど、キングとビクターって、お互いにオリジナル原盤を持っていない方が必ずカバーを出すの。ほかのレコード会社が出した「ライジング」は、あきらかに音が違うわけ。ちゃんとしたスタッフがいる団体はそれを使わないはずなんだけど、DRAGON GATEに藤波が出た時にはそれが使ってやがって。ビクターから2回出てるんだけど、1回は橋本、蝶野(正洋)、藤波のテーマでミニアルバムが出て。その時に、藤波のテーマのあとにエピローグとして音が入っていたんだけど、表記が「ライジング~エピローグ」で。そうなると、知らないやつが曲名をそれだと思ってて、藤波のテーマ曲が「ライジング~エピローグ」って表記されてたりする。許せない、それは(笑)。あと、(グレート・)ムタのテーマ曲は、プロトタイプバージョンと音源バージョンだと全然違う。 ――知りませんでした(笑)。 会場使用がプロトタイプで、試作品をずっと使ってたのに、商品にする際に新録してるから、「会場でかかっているのと違うな」って思ったら、やっぱり違った。 ――やっぱり細かい(笑)。個人的にこれを聴くとテンションが上がるっていう曲はありますか? スタン・ハンセンの「サンライズ」かなあ。でもね、俺、UWFが嫌いだったのに、田村(潔司)がKOKトーナメントでヘンゾ(・グレイシー)とやったときだけ特別に使った『U.W.F.プロレス・メインテーマ』は良かった! 別に山ちゃん(山崎一夫)が使っててもそんなに気にならないのに(笑)。田村がついにグレイシー狩りに行ったとき、「ヒクソンより強いかもしれない!」と言われていたヘンゾと1���戦であたったんだけど、リングアナが「田村潔司選手の入場です!」って言った後に、数秒の間を置いてあの曲がかかったら、会場が「ウォー」ってなって、実況も「オオー!」とか言って(笑)。「Uを背負ってやる」って姿勢に瞬時に感動したわけだよね。 ――田村も面白い選手ですよね。UWFインターのときのドームに出なかったことも含め。 田村は本当にいいプロレスラーだと思う。自分でストーリーなりフックなりをつくるし。 ――プロレスラーは愛すべき個性を持っている人が多いですけど、いろいろな逸話を楽しんだりするのも好きですか。 嫌いじゃないけど、社会運動にかかわって、いろんなコード(規範)みたいなものをより意識するようになって。それと照らし合わせると、「あり」とは言えないものも多々ある。過去のシゴキの話とかも、昔は笑っていた気がするんだけど、今は「駄目でしょ」って思うし。 ――僕も以前は好きだったんですけど、今だったら駄目だよね、と思うことが増えています。たとえば、以前の新日の巡業でレスラーが女風呂を覗いていたっていうのも、もちろんナシでしょうし。 ホモソーシャルな中で笑い話にはできるかもしれないけど、表向きは絶対できないよね。 ――レスラーの政治志向なんかも気になりませんか? たとえば、ハンセンは(ドナルド・)トランプに投票したんだな、とか。 そうそうそう。でも、それはそうだろうなとしか思わなかったよ。 ――テキサス出身だったらトランプなのかな、とは思いましたけど。 俺も気になって調べた。レスラーとか格闘家って基本的には保守的な連中だと思っているから、その中でリベラルっぽい人をチェックしたの。俺は英語が苦手だから自動翻訳だとわかりにくかったんだけど、ジョシュ(・バーネット)は左派を揶揄してるように見えるツイートをしてた。今も付き合ってるか知らないけれど、白人のジョシュはアフロアメリカンの格闘家の彼女がいたし、リベラルな人なのかなって思ってたんだけど、そうでもなかったのかな。 ――そういう情報まで含めて細かいところまでチェックされて、そこからさらに深く考えてますよね。僕自身は、後楽園とかに行って、半裸の男女がプライドをかけて闘っているのを見るだけで「プロレスいいなー」って思っちゃう単純さだから、余計にそう思います。 いま「半裸」って言葉が出たけど、セックスワーカーの話にもつながるよね。仲の良いゲイの人が過去にウリをやっていて、その時の思ったことを著書(ハスラー・アキラ『売男日記』)につづっていたの。それを読むと、セックスワークにおける充実感とかがつづられていたりするわけ。俺は昔からセックスワーク、セックスワーカーが大嫌いで、蔑んでいたの。自分でも絶対利用したくないって思ってた。けど、いろいろな情報を得たり、そういう人たちと出会って、だいぶ考えが変わって。「あ、これはありだな」って思った。いわゆる売春自体が、人類最古の商売っていわれるくらい根源的なものとしてあるでしょ? あと、なぜ嫌悪するのかっていうところを突き詰めて考えると、性的なプライド、尊厳、肉体的なきつさを金にしていいのかっていうのがあると思うんだけど、いざ、自分が日雇い肉体労働派遣仕事しかできないような状況のときに、病気で体力もないのに現場派遣に行って、40kgあるガラを一輪車に乗せてダンプを駆け上がってっていうのを一晩中やらされて、死にそうになってしゃがみ込んでいたら、俺より明らかに若いアンちゃんに「てめえ、何さぼってんだよ」って言われたときに、肉体的にも死にそうになって、プライドもズタズタにされて、それで一万円も稼げないわけ。その時のことを思い返して考えたの。肉体労働とセックスワークは何が違うのかって。セックスワークは、いいお客さんに当たったら、相手を気持ち良くしてそれなりにお金をもらって、もしかしたら自分も気持ちいいかもしれない。だったら、それは素晴らしいことでしょ? もちろん現実はそんな理想的ではないだろうし、ゲイの人のとヘテロ男性向けの女性のとで事情も違うだろうけど。誰も損しなければね。搾取で行ったら、一般の肉体労働派遣の方が酷いこともあるし。だとしたら、その二つにどんな違いがあるのか、どっちが蔑まれるべきものなのか。そういうことを突き詰めたらね。もちろん、無理やりやらされてたり、酷い扱いをされるとかだったら駄目だけど、その存在自体は否定されるべきではないんじゃないかなっていうことをここ数年で思った。でも、世間的には未だに賤業なわけじゃん。それってプロレスと同じなんだよ。 ――なるほど。 プロレスってこんな熱く何時間も語れてさ、一緒に観に行けば「うわー!」って叫べて、生きる糧にもなってるわけじゃん。でも、やっぱりバカにされる。「いい年したおっさんが裸になって八百長やって何がいいんだ?」って扱いをされるわけじゃん。実際レスラーは身体ボロボロにしながら夢を売ってるのに。 ――今後もずっとプロレスは見ていこうと思っていますか。 ほかに趣味がないんだよね。映画も観ないし、本も読まないし、音楽も全然知らないし。漫画もアニメもゲームも……ゲームはスマホで野球のゲームをやるくらい。最近、ツイッターもプロレスのツイートばっかりしてるもん(笑)。 取材日:2017年4月下旬 取材・文:チリドックYT イラスト:鈴木侑馬
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WWE王座挑戦も場外乱闘で両者リングアウト黒のロックスター中邑真輔
中邑真輔WWE王座再び挑戦
レッスルマニアで敗れた直後
ヒールに転向した中邑真輔
度重なる、AJスタイルズへの急所攻撃で
ヒールに転向悪のユニットを結成かなど話題を振りまく
中邑真輔
ともあれ、再度AJスタイルズの前に立ち
王座挑戦はさすがだ
レッスルマニアで敗れて、尻すぼみになるわけでもなく
日本人が当たり前のように、なんどもWWE王座挑戦できる
中邑真輔の自分のプロデュース力には頭が下がる
日本でも数多くのモデルチェンジをし成功してきた
スーパースター中邑真輔のWWE王座挑戦
残念ながら、ヒールに転向の影響もあり王者と場外乱闘に発展。両者リングアウトによるベルト移動なしで、王者の防衛となった。 Sponsored Link
急所攻めの後からヒートアップしたAJスタイルズに場外へと落とされた中邑は防護壁や放送席に投げ飛ばされるなど場外乱闘へ。そのまま両者リングアウトのゴング…
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黒いロックスター中邑真輔ヒール軍団「CHAOS ARRIVE」結成か
中邑真輔黒のロックスターに変身
WWEのスマックダウン(SD)大会で、祭典レッスルマニア34
でAJスタイルズに敗れた中邑真輔だが
試合後、AJスタイルズに、急所攻撃
AJスタイルズの試合に乱入しては、また急所攻撃で、観客から
ブーイングヒールに転向
画像出典元 東スポ
黒のロックスターに変身
完全ヒールに転向した
中邑真輔は、控室のインタビューでも
なぜ・悪事を働くようになったの?
画像出典元 東スポWEB
ノー・スピーク・イングリッシュ!とふざけてみせた
日本のファンならおなじみの
「うっそー!!」
という事になる
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悪の軍団結成相棒は、ビックキャス
新軍団、「CHAOS ARRIVE」結成か
CHAOSは中邑真輔から、オカダ・カズチカがリーダーとなり
新日本プロレスにあるユニットである。
元々は、新日本プロレで中邑真輔が作ったユニットで…
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#WWE王座AJスタイルズ#「うっそー!!」中邑真輔#ビッグ・キャス#ロックスター#中邑真輔「うっそー!!」#中邑真輔と棚橋弘至が共闘#中邑真輔パフォーマンス#中邑真輔画像#中邑真輔VSAJスタイルズ#中邑真輔WWE王座#巨人”ビッグ・キャス画像#武藤敬司#蝶野正洋#黒のカリスマ蝶野正洋#黒のロックスター#黒のロックスター中邑真輔#nWOジャパン
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真輔AJスタイルズに敗退中邑真輔WWE王座挑戦
WWE王座戦AJスタイルズVS中邑真輔
日本人初のWWE王座を目指した
中邑真輔だが
AJスタイルズに敗退
中邑またもWWE王座奪取ならず
AJは、試合前中邑は、勝っても負けても
中邑は、スーパースターになるだろうと予言した。
画像出典ディリースポーツ
新日本プロでのインターコンチネンタルタイトルマッチ依頼の対戦となった
AJスタイルズVS中邑真輔
新日本プロレス東京ドームでは
僅差で、中邑真輔が勝利したが
解説者に蝶野は、会場が変われば結果は逆になる可能性があると言ったのが
その通りになった。
中邑はWWEマット初解禁となるランドスライドを決めるなど積極的に攻め立てる。AJのフェノメナール・フォアアームをカウント2で返すとスワンダイブ式火の鳥弾は剣山で迎撃して反撃を食い止め、後頭部へのキンシャサ・ニー・ストライクからヒザを連射していく。 さらにリバースパワースラムで…
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ロックスター中邑真輔がAJに挑戦悲願達成成るか
中邑真輔WWE王座挑戦2章
中邑真輔がAJスタイルズとの
WWE王座タイトルマッチまであとわずか
画像出典WWEJapan
新日本プロレスを退団した中邑真輔
新日本プロレスからWWEに移籍した
新日本プロレスの名勝負が
WWE王座戦でライバル対決が実現しようとしている
波乱はその後に起きた。AJが退場すると、中邑はベンジャミンの襲撃を受ける。ヒザでこれを蹴散らすと、何と背後からAJがフェノメナール弾を狙い、中邑に飛びかかったのだ。両腕を���ロスしてガードする中邑。しかしこれは、中邑が先週に仕掛けたキンシャサ弾と同じフェイントだった。うずくまる中邑の目前で必殺の一撃を「寸止め」すると、王者は笑顔で挑戦者の頭をポンポンと7回も叩きリングを後にした。 リング下でベルトをかざすAJを見つめ、中邑は顔をゆがめて怒りで全身をたぎらせた。あのクールな中邑が、ここまで感情をムキ出しにしたのはW…
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KENTAがYOSHI-HASHIの如意棒を盗む。
KENTAがYOSHI-HASHIの如意棒を盗む。 YOSHI-HASHIが入場の時に、持って入場する孫悟空ばりの如意棒。 YOSHI-HASHIはこれを棒と呼んでいる。 バレット・クラ���KENTAがかねてから、お気に入りのYOSHI-HASHIの棒を盗んでしまった。 試合中にYOSHI-HASHIの棒を奪いYOSHI-HASHIに攻撃を加える。 自らの棒で攻撃されるYOSHI-HASHI。 画像出典元NJPW CHAOSとの試合終了後、YOSHI-HASHIのコーナーから棒を取り出し持ち帰ってしまった。 YOSHI-HASHIは怒りでKENTAに棒を返せと言いKENTAは付き合う事になりましたと自らの所持品にした。 YOSHI-HASHの棒 YOSHI-HASHの棒は自作の品 中邑真輔から言われて入場時にもちだした代物。 いまではYOSHI-HASHの代名詞ともなっている棒。 棒の…
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WWE・41歳中邑真輔アポロ・クルーズの執念に敗戦
WWE・中邑真輔41歳の誕生日 WWE・SDの中邑真輔が41歳の誕生日を迎えた。WWE日本人プロレスラー 紫雷イオ、KUSHIDA、戸澤、黒潮イケメン二郎に祝福される画像が投稿された。 豪華なメンバーで祝福される、中邑真輔 中邑真輔はもう、日本に帰ってくる事はないのか? 画像出典元中邑真輔Instagram 中邑真輔Instagram 中邑真輔、アポロ・クルーズに敗戦 現在中邑真輔は、ビックEの保持するWWEインターコンチネンタル王座を巡り 挑戦権をかけて、アポロ・クルーズと抗争を展開 諦めの悪い、アポロ・クルーズは何度でも中邑真輔の前に立ちはだかる。 全開アポロ・クルーズを仕留めるも納得のいかない、アポロ・クルーズは王者を巻き込んで 試合後中邑真輔をKO WWE・SD中邑真輔、アポロ・クルーズに勝利するも、最後はKOされる。 今回は完膚なきまでに叩きのめし、ビックEのベルトに挑戦したい…
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KOPW無敗の、CHAOS矢野通、曲者チェーズ・オーエンズを撃破
KOPW無敗で驀進中の矢野通 新日本プロレス、ユニットCHAOSの矢野通 元々は実力派の矢野通だが、今は曲者となり、コナーマットを剥がすテクニックは一流 G1クライマックスでは、平気で優勝候補に土をつける矢野通は、台風の目となる。 丸め込み、秒殺、リングアウト勝ちで相手を翻弄する矢野通 そもそも矢野通は、アマレス全日本選手権で、優勝するなどの実績でプロレス界に入ってきた。 デビュー当初は、正統派スタイルであったが、金髪ヒールに変身 今の陽気なキャラクターはな��、棚橋弘至などに牙を向いて天下どりを目指す。 真壁刀義とのG・B・Hから真壁刀義を裏切り 中邑真輔とCHAOSを結成。 当時の矢野通の必殺技は鬼殺し 画像出典元NJPW矢野通 その矢野通が、オカダ・カズチカが提唱したKOPW年間王者を決める戦いで 2020年から無敗を驀進中である。 まるで矢野通の為に作られたようなタイトル 対戦ルー…
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WWE女帝アスカ「エボリューション」バトルロイヤル戦に参戦
WWE女帝アスカ「エボリューション」
WWE女子だけで行われる、PPV大会エボリューション
メイヤングクラッシックトーナメン決勝
紫雷イオ vs トニー・ストーム
女帝アスカのバトルロイヤル参加で俄然盛り上がる、エボリューション大会
バトルロイヤル優勝で、WWE女王を目指す。
画像出典元 東スポ WWEアスカ
日本女子プロレスラーアスカがエボリューション大会に参加決定
WWE女帝アスカがバトルロイヤル戦に参戦することが決定した。
参加者
ナオミ、カーメラ、ナイア・ジャックス、エンバー・ムーン、アリシア・フォックス、デイナ・ブルック、ラナ、ビリー・ケイ、ペイトン・ロイス、マンディ・ローズ、ソーニャ・デビル、タミーナ
WWE伝説の女子レスラートリー・ウィルソンもエボリューション大会に参加
画像出典元ライブドア トリー・ウィルソン
優勝者はロウかSD、いずれかの女子王座挑戦権を獲得する。
チ…
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#WWEの女帝アスカ「華名」#WWEエボリューション大会#アスカロック#カイリ・セインNXTチャンピオン#スマックダウン#スマックダウン世界チャンピオン#バトルロイヤル戦に参戦することが決定した。#リック・フレアーの娘でシャーロット#ロンダー・ラウジー#中邑真輔王座#中邑真輔US王座#日本人WWE選手#決勝へ紫雷イオメイヤングクラッシックトーナメン#無敗女帝アスカ#紫雷イオメイヤングクラッシックトーナメン#RAW#RAW世界チャンピオン#RAW世界女子ヘビー級チャンピオン#SD#WWEアスカ画像
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1・4WRESTLE KINGDOM 13 in 東京ドームIWGPヘビー級王座戦はケニー・オメガVS棚橋弘至のイデオロギー闘争
王者>ケニー・オメガvs<挑戦者>棚橋弘至のIWGPヘビー級選手権試合
13回を迎えるレッスルキングダムin東京ドーム
両国大会で、IWGPヘビー級選手権3WAYマッチを制したケニー・オメガ
ジェイ・ホワイトとの権利書争防衛戦を行い防衛した棚橋弘至
この両者の決戦となった。
ケニー・オメガの躍進の切っ掛けを作った棚橋弘至
ケニー・オメガの躍進はここから始まった。
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中邑真輔の退団に伴い勃発した棚橋弘至VSケニー・オメガだったが
結果、ケ���ーオメガが棚橋弘至下しインターコンチネンタルベルトを巻いた。
それを切っ掛けにケニー・オメガは、AJスタイルズの代わりにバレットクラブのリーダーとして
認められ、オカダ・カズチカとの抗争を展開
IWGPヘビー級王座まで登り詰めた。
ケニー・オメガは無制限3本勝負や3WAYマッチなどをIWGPヘビー級選手権に持ち込…
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#WRESTLE KINGDOM 13 in 東京ドーム#ケニー・オメガバレットクラブ#ケニー・オメガ新日本プロレス#ケニー・オメガ新時代#ケニー・オメガVS中邑真輔#ケニー・オメガVS棚橋弘至イデオロギー#ケニー・オメガVS棚橋弘至遺恨#レッスルキングダムin東京ドーム#棚橋弘至エース#棚橋弘至人気#棚橋弘至新日本プロレス#棚橋弘至画像
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ケニー・オメガ、オカダ・カズチカ越えでWWEと全面戦争の予感
野望・ケニー IWGPベルト奪取でWWEと全面戦争
オカダ・カズチカが連続防衛記録を達成
時期挑戦者に、ケニー・オメガを指名
異例の時間無制限3本勝負が行われる。
好勝負間違いなしの、オカダ・カズチカVSケニー・オメガ
世界最高峰の試合が期待される。
心技体整った、オカダ・カズチカ
現在絶好調で、今が1番強いと自らの強さを宣言
時間無制限の試合では、巌流島で行われた
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ノーピープルマッチ
アントニオ猪木VSマサ・斉藤の試合が有名
無観客試合で行われた試合は、2時間5分14秒
敗戦したマサ・斉藤はフラフラになりながら
試合が終結した。
山口県下関 巌流島
オカダ・カズチカは、時間無制限であるが
マラソンマッチは望まず
まず1本目が大事と言う
時間無制限であるにも関わらず
短期決戦を目指すつもりなのだろう
見るものも、時間無制限のキーワー…
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#オカダ・カズチカVSケニー・オメガ#オカダ・カズチカVSケニー・オメガ時間無制限#オカダ・カズチカVSケニー・オメガ3本勝負#オカダ・カズチカ画像#オカダ・カズチカ防衛記録#オカダ・カズチカVS中邑真輔#ケニー・オメガWWE決戦#ケニー・オメガを来日10年#ケニー・オメガ画像#巌流島決戦時間無制限#新日本プロレスVSWWE#AJスタイルズ
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スターダム退団紫雷イオ
女子プロレス界の至宝紫雷イオが、スターダムを電撃退団
プロレス大賞を3年連続受賞
スターダムの白のベルトワンダー・オ��・スターダム連続防衛記録
自他ともに認める、人気・実力の紫雷イオ
スーパースターである紫雷イオ
先日行われた、ワンダー・オブ・スターダム選手権で渡辺桃に敗退
次の展開が期待されていた
なんと電撃退団する事になった。
画像出典元 東スポWEB
紫雷イオ敗退ワンダー・オブ・スターダム選手権
女子プロレス界の至宝が、ついに日本を離れる。複数の関係者の情報を総合すると、イオはスターダムを退団する決意を固めた。既に世話になった関係者らに連絡を入れ、23日の東京・後楽園ホール大会直前には所属選手たちにも伝えられた。
紫雷は、07年にデビューし、12年にスターダムに正式入団した。女子プロレス大賞を3年連続受賞するなど、国内女子のトップとして活躍。スターダムでは、ワンダー・オブ・スターダムなど団体の全タイトルを史上初めて獲得している。
紫雷イオは、宝城カイリがWWEに移籍前に
WWEを視察していたと言う
しかし、2017年宝城カイリがWWEに移籍・紫雷イオは移籍とまではいかなかった。
ワンダー・オブ・スターダム選手権敗退後
紫雷イオはこう語った。
「正直言って、この結果をすんなり受け止めたくない。だけど私がベルトを守ってきた覚悟より、桃の決意が上回った結果だと思う。人生をかけて守ったベルトなので、これまで以上に輝かせてください。私は私なりの方法で、頂点を目指します」と語った。
頂点を目指すそれは、WWEに移籍して日本人として2人目のWWEチャンピオンを目指すという事
WWEで日本人として、チャンピオンになった女子プロレスラーは長与千種でもなく、豊田真奈美でもなく
ブル・中野である、巨漢レスラーであったブル・中野はヒールとしてWWEの頂点に立つ
画像出典元全日本プロレス女子
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(adsbygoogle = window.adsbygoogle || []).push({}); 長与千種&ライオネス飛鳥のクラッシュギャルズで女子プロレスブームを起こすと
極悪同盟なるダンプ松本の中でブル・中野の存在はあった。
体を巨漢にするとその実力は、ダンプ松本を凌ぐ勢いになり
クラッシュギャルズの天敵となった。
全日本プロレスに所属しながらWWEに挑戦
WWE女子のチャンピオンを獲得した。
画像出典元 WWEクラッシック
WWE日本人選手の活躍
日本人のWWEと言えば、中邑真輔の活躍は素晴らしい物がある
新日本プロレスを立て直し、カリスマ性を身に付け
中邑真輔のプロレスを確立し、オカダ・カズチカにCHAOSを託し旅立った中邑真輔
オカダ・カズチカも順調に成長し、今ではIWGPヘビー級防衛記録まで樹立した。
その中邑真輔も、AJスタイルズとの抗争を連発
WWE王座獲得が近づいている。
中邑真輔まさに、WWEの主役と言っても過言ではない。
日本のスタイルをそのままWWEに持ち込んで成功している
現��ヒールに転向
画像出典元 WWE
現在WWE女子の日本人選手と言えば
ASUKAである、デビュー以来破竹の267連���をしたASUKA
ASUKAの活躍を誰が予想しただろうか
紫雷イオは紫雷姉妹としてデビューしトリプルテイルズを姉、ASUKA「華名」結成
雷イオトリプルテイズ電撃デビュー
ASUKAとは、袂を分けたがお互いに成功している両者
また紫雷イオがWWE移籍となれば接点が見いだせる事になる
ASUKAは日本人が強いわけではなく、WWEに融合した強さが必要と言う
紫雷イオがWWEに移籍した後どのような活躍をするか楽しみでもある
また宝城カイリも、「メイ・ヤング・クラシック」で優勝
日本人選手の活躍が目覚ましい。
相次ぐ日本人レスラーのWWE移籍=2015年10月にはフリーで活躍していたアスカ(36=華名)がWWE・NXTでデビューし、翌年4月にはNXT女子王座を獲得。昨年10月にはロウで一軍デビューを飾り、今年4月の祭典「レッスルマニア34」では、当時のスマックダウン(SD)女子王者シャーロット・フレアー(32)への挑戦を実現させた。 この試合で敗れデビューからの連勝記録は「267」でストップしたが、次回の日本公演2日目(6月30日、東京・両国国技館)ではトリプルスレッド形式によるSD女子王座戦出場が決まっている。 また昨年6月に移籍したカイリ・セインは同9月、WWE史上初の女子トーナメント「メイ・ヤング・クラシック」で優勝。同11月にはNXT女子王座戦に臨むも、ベルト奪取はならなかった。男子では“黒いロックスター”中邑真輔(38)が突出した活躍を続けており、WWE王座(現王者はAJスタイルズ)に王手をかけている。イオがWWE挑戦を果たすとすればどんな形になるのか、注目される。
日本だけではなく、世界でも注目を集める現在のプロレス界
新日本プロレス棚橋弘至も、WWEに挑戦もまた一つの手段である
棚橋弘至なら、まだ輝けると感じてしまう。
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日本女子プロレス界の至宝が世界に飛び出し
ASUKAや宝城カイリと共に新しい時代を作るか
クラッシュギャルズ以来の女子プロレスのブームは起きていないが
この3人なら新しいムーブメントを起こせるやもしれない。
天空の逸女、紫雷イオスターダム電撃退団WWEに挑戦 スターダム退団紫雷イオ 女子プロレス界の至宝紫雷イオが、スターダムを電撃退団 プロレス大賞を3年連続受賞 スターダムの白のベルトワンダー・オブ・スターダム連続防衛記録 自他ともに認める、人気・実力の紫雷イオ スーパースターである紫雷イオ 先日行われた、ワンダー・オブ・スターダム選手権で渡辺桃に敗退 次の展開が期待されていた なんと電撃退団する事になった。 紫雷イオ敗退ワンダー・オブ・スターダム選手権 女子プロレス界の至宝が、ついに日本を離れる。複数の関係者の情報を総合すると、イオはスターダムを退団する決意を固めた。既に世話になった関係者らに連絡を入れ、23日の東京・後楽園ホール大会直前には所属選手たちにも伝えられた。 紫雷は、07年にデビューし、12年にスターダムに正式入団した。女子プロレス大賞を3年連続受賞するなど、国内女子のトップとして活躍。スターダムでは、ワンダー・オブ・スターダムなど団体の全タイトルを史上初めて獲得している。 紫雷イオは、宝城カイリがWWEに移籍前に WWEを視察していたと言う しかし、2017年宝城カイリがWWEに移籍・紫雷イオは移籍とまではいかなかった。 ワンダー・オブ・スターダム選手権敗退後
#WWE#WWE ASUKA#WWE 宝城カイリ#WWEチャンピオン#WWE中邑真輔#ブル中野#天空の逸女#紫雷イオトリプルテイズ#紫雷イオ画像#紫雷イオ退団#紫雷イオ電撃退団#紫雷イオWWE#紫雷姉妹
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中邑真輔になろうとした棚橋弘至!おれはなにをやってたんだろう!
棚橋弘至おれはなにをやってたんだろう!
ここ数年の棚橋弘至を見てるファンは
画像出典元number
棚橋弘至に曰く感を覚えた日々を送っていたに違いない
IWGPヘビー級王座の陥落や、田口監督との共闘
内藤哲也とのIWGPヘビー級インターコンチネンタル王座の戦いなど
それなりに話題を振りまいてきた棚橋弘至
しかし、もう棚橋弘至は終わった
オカダ・カズチカの時代
内藤哲也の時代が来た。
ファンは棚橋弘至何をやってる?
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そう感じるプロレスファンは多くいた
棚橋弘至は、もうIWGPヘビー級王座に挑戦しないのか?
アントニオ猪木や藤波辰爾、長州力
武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也
第三世代
など、アントニオ猪木を緩やかに脱皮する時代の流れに
プロレス暗黒時代の時代がやってきた
プロレス最強と信じていたファンの目に飛び込んできたのは
プロレスのスター達が…
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#AJ#IWGPヘビー級インターコンチネンタル王座#WWE王座AJスタイルズ#オカダカズチカIWGPヘビー級王座連続防衛#オカダカズチカ画像#オカダカズチカ防衛記録#プロレス暗黒時代#レインメーカーストップ#中邑真輔WWE#棚橋弘至IWGPヘビー級王座#棚橋弘至復活#棚橋弘至画像#棚橋弘至防衛ストップ#棚橋弘至防衛記録#AJスタイルズ
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