#リチャード・ロドニー・ベネット
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SDC映画の部屋「オリエント急行殺人事件:シドニー・ルメット版(1974)」
シリアでの事件を解決した名探偵エルキュール・ポワロ(アルバート・フィニー)はイスタンブールに向かう船上で訳ありそうな男女を見かける。軍人のような姿勢の良い男性(ショーン・コネリー)に向かい、芯の強そうな英国人女性(ヴァネッサ・レッドグレーブ)が「まだ早すぎる、すべてが終わってから…もうあと少しだから」と深刻そうに話しているのを耳にして妙に気になるポワロ。やがてイスタンブールに着いたポワロに、至急イギリスへ戻ってほしいとの要請が寄せられる。休暇を返上して帰国すべく、イスタンブール発ロンドン行きの国際列車「オリエント急行」に乗ろうとするポワロだったが、シーズンオフにも関わらず何故か一等客室は満室で、旧知の鉄道会社重役ビアンキ(マーティン・バルサム)の口利きでも無理だと断られる。ビアンキの部屋を譲ってもらうことで何とか列車に乗り込むポワロだが、同じ一等客車に乗り込んだ乗客は国籍も身分も職業もバラバラの、個性豊かな男女たちだった。列車がイスタンブールを出て翌朝、ポワロは朝食の席で不躾なアメリカ人ラチェット(リチャード・ウィドマーク)から「自分は命を狙われている、いくらでも払うから護衛を引き受けてほしい」という申し出を受けるが、ポワロは言下に断る。吹雪の中立ち往生した列車の中で、次の朝、車掌とビアンキに起こされたポワロが目にしたのは、ラチェットの惨殺死体だった… あまりにも有名な、アガサ・クリスティ原作による「オリエント急行の殺人」は、国際列車という走る密室の中の殺人事件ということもあり、いかにも��像化されやすいと思われるが、登場人物が多い上にトリックが明快というわけではないことから、これまできちんと映像作品になったのは、この1974年のシドニー・ルメット版と2017年のケネス・ブラナー版、テレビドラマ「名探偵ポワロ」シリーズの1エピソード「オリエント急行の殺人(2010)」くらいだ。中でも本作品はアカデミー賞で6部門にノミネート、スウェーデン人の宣教師を演じたイングリッド・バーグマンに助演女優賞のオスカー(助演としては初)をもたらした。 多数の登場人物が同じ客車内に集い、そこには被害者と容疑者と探偵だけが乗り合わせているという、小説自体が極めてトリッキーな体裁となっていることから、映画化はどの作品も苦労をしている。本作品の場合は、オープニング直後に「アームストロング事件」の実録映像や新聞記事をまとめることで、この惨劇が物語の背景にあることを予告している。推理小説であればかなりの反則技だが、ここまで人口に膾炙した原作であれば「ネタバレ」を気にする観客もいないはず、という当時の製作者の思いがあるのだろう。オープニングが、軽やかなワルツ(リチャード・ロドニー・ベネットの音楽は本当に流麗で美しい)に乗せて絵物語のページのように登場人物の名前を映し出すというスタイルも、本作品が「サスペンス」というよりは、「オールスターキャストによる豪華な舞台劇」だぞという意思表示にも思える。そう考えると、アルバート・フィニーの印象的なポワロ像も、ローレン・バコールを始めとする容疑者たちのちょっとやり過ぎの演技も、すべてこの豪華絢爛な物語の動く挿絵として、まさに狙い通りなのだろう。 小学生から中学生までにクリスティやクイーンをあらかた読み尽くし、いっぱしのミステリマニアのつもりだった私は、公開当時に劇場に行って、冒頭のネタバレで出鼻をくじかれて憤慨した思い出がある。ところが50代になって「午前十時の映画祭」で再見したときは、オープニングで往年の名俳優たちの名前が並ぶだけでワクワクするようになっていた。同じ作品を観ても、受け止め方が大きく変わっていく、それこそが時代を越える映画の素晴らしさなのかもしれない。 ちなみに三谷幸喜氏がこの原作を昭和初期の日本に舞台を移し替えて、ポワロに相当する名探偵「勝呂武尊」��野村萬斎を宛ててテレビドラマにした。三谷幸喜の脚本は大部分がこのシドニー・ルメット版にオマージュを捧げたオールスターキャストもので、野村萬斎も正にこのアルバート・フィニーのポワロに寄せて演じていた。これもまた名作故のなせる業かも。
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